「へへ〜、やった!あたしの勝ち!」
「クッ……、あ、あなた、これはいくらなんでも反則じゃないの……っ」
「対戦ゲームなら何でもいいって言ったじゃん!負けたからって言い訳すんのォ?にやにや」
「は、謀ったわね……っ」
高坂邸を訪れたある日の事。
初めは、二人で取り留めの無い話をしていたのだけれど──ふとした話の流れの中、“あの女”が妙な提案を持ち掛けてきた。
否、提案……などと呼べるものでは無いわね、無茶振りよ、アレは。当然、私は即座に断ったのだけれど……。
そうしたら、『それならゲームで勝負して、負けたら言う事を聞くってのはどう?』などと言い出した。
あまりにも執拗に食い下がるものだから、その条件で渋々了承したのよ。
ゲームで対戦、となれば、格闘か。それともレースか、パズルか……、例えどんなジャンルでも、この私があの女如きに遅れをとる筈が無い。
どれだけハンデがあっても勝てる自信はあった。けれど──
「……何故、この世に『お兄ちゃんに見つからずに盗んだぱんつの数を競う』なんてゲームが存在するのよ……。意味不明にも程があるわ……」
「ふふん、このアタシにエロゲーで勝とうなんて10年早いってね!」
例え10年経っても勝ちたくないわよ、そんなもの。
「……流石に、兄のぱんつを盗ませたらあなたの右に出る者は居ないわ」
「まぁね〜。このゲームは結構やり込んだしィ?」
……皮肉も通用しないくらい舞い上がってしまっているわね、このリアルぱんつ泥棒が。
と、多少の悪足掻きを試みてみたものの……、受けた勝負に負けた以上、それを反故にするのは私の矜持が許さない。
全く……、厄日だったと思って諦めるしかないわね、これは。
「……はぁ……、仕方ないわね。……絶対に、今日だけと約束して頂戴」
「うんうん!分かってるってぇ♪」
「どうしてそんなにノリノリなのよ……」
──そんなわけで、今、私はあの女の部屋の姿見の前に立っている。
私の自慢の黒髪は無残にも左右に束縛され、威厳ある“女王の正装”すら剥ぎ取られ──
「うはぁ〜!やっぱ『妹』は黒髪ツインテールだよねっ!!」
……クッ、分かったわよ、現実を受け入れるわ。
あの女の言うとおり──、鏡に映るその姿は。
髪型をツインテールにし、縞模様のキャミソールに丈の短いフレアスカートを身に付けた……“私”だった。
『今日一日、あたしの“妹”になること!』──これが、あの女の理不尽な提案。
この女、日頃から変態だとは思っていたけれど、ここまで常軌を逸脱しているとは思わなかったわ……。
それとも、常軌を逸しているからこそ変態と呼ぶに相応しいのかしら。……厭な真理を垣間見た気分よ。
大体、あなた、私より年下でしょう。どうして年上の私が妹扱いなのよ。というか、あなた絶対に私を年上だと思っていないわね?
──しかし、この程度はまだ、地獄の門から顔を覗かせた程度。“真の地獄《アバドン》”は、ここから始まるに違いないのだ。
「……で、この私にこんな格好をさせて、あなたこれからどうするつもりよ……」
「カシャカシャ」
「って、何を勝手に写メ撮ってるのっ。や、やめなさい……っ」
「コレイイ、コレ超イイ!ってかヤバいっ!リアル黒髪ツインテ妹ktkr!ちょっとコッチ向いてっ!笑って笑ってっ!ハァハァ」
こ、これは流石に引くわ……。落ち着いて頂戴、お願いだから。相手が子供なら泣くわよ?
──さながら、あの『メルル』を観ている時のような興奮状態。その瞳は星が瞬かんばかりに輝き、その満面の笑みから八重歯を覗かせる。
鑑賞会の時は、その狂騒を隣で見物していただけで、それでも十分ドン引きだったけれど、……対象が自分になると身の危険すら感じるわ。
警察を呼んだほうがいいかしら──
「う〜ん、まだ表情が硬いなァ。そんなに恥ずかしがることないのに」
「は、恥ずかしいに決まっているでしょうっ」
「えぇ〜、スゴイ似合ってるのに……。そうだ、あんたコスプレ好きだし。コレも『妹のコスプレ』だと思えばいいんじゃない?
コスプレはその対象になりきるのが醍醐味って、あんた自分で言ってたじゃん」
よ、余計な事はいつまでも覚えているわね、この女。こっちはやりたくてやっているんじゃ無いのよ。
でも、確かに……この格好も『コスプレ』と思えば、幾分かは精神的ダメージを軽減出来るかも知れない。
こうなったら……久々に“アレ”をやるしかないようね……。
私は、両の眼を右掌で隠し、そのまますぅっと横に薙ぐ。その仕草の中で、私の緋色の眼が深藍色に変貌を遂げた。
「……擬態完了」
「ギタイ、って……カラコン外しただけじゃん」
うるさいわね。今の動作をどれだけ練習したと思っているの。これだから素人は。
ともあれ、この“儀式”により、私の人格は“粗暴な姉を影で支える大人しい妹”という設定に“切替《トランス》”する。
「……それじゃ、“姉さん”、これからどうしましょうか?」
「え〜、『姉さん』じゃなくて『お姉ちゃん』がいい〜」
こ、この女、調子に乗って……いっそ縊り殺してやろうかしら。そうね、そうすればこの馬鹿げた状況も御破算に……ククク。
……なんてことを考えるわけが無いでしょう。今は、あくまで“姉思いの妹”……、冷静になるのよ、私。
「……こういう妹キャラだっているでしょう。こういうのはテンプレに拘るよりも、雰囲気を重視するものよ、姉さん」
「んんん……、まぁ、いっか。それじゃ、どうしよっかな。お散歩でも行こっかっ」
じょ、冗談じゃないわ。こんな格好で表に出れるわけがないでしょう……っ。
「……き、今日は気分が優れないの。遊ぶならお部屋で、姉さんと一緒に遊びたいわ」
「そっか〜。んじゃ、ゲームしよ、ゲーム!」
ほっ、助かったわ。こんな格好で公衆の面前に立つとか、どんな羞恥プレイよ。公然猥褻のあなたとは違うのよ、あなたとは。
「んじゃ、一緒にコレやろっ!」
「コレ……って、い、一応確認するけれど、姉さん、……これは何かしら?」
「エロゲー!」
──あぁ、そうよね……。この女に、妹と普通にゲームして遊ぶ、なんて選択肢があるわけが無いのよ。さっきの勝負で学習したばかりじゃない。
……というか、この家ではエロゲーの兄妹同時プレイがデフォなの……?
「それも、只のエロゲーじゃないよっ?コレはねぇ〜、何を隠そう、ヒロインの名前が『るり』ちゃんなのっ!」
「っな……」
こ、この女……、どこまでこの私を辱めるつもりなのよ。妹萌えというのは口実で、実は単に私を虐めたいだけじゃないの……っ?
……クッ、……こ、この程度で“女王”たるこの私が膝を屈するとでも思っているのかしら。いいでしょう、いくらでも受けて立とうじゃない。
フ、フフ……こうなったら、逆にこの女が悶絶するくらいの、完璧な“妹”を演じてあげるわよ。さぁ、何でも言ってご覧なさい──
「んで、音声OFFにするから、あんたが『るりちゃん』の台詞を音読すんの!」
「……なん……ですって……」
──あ、あなた、……私のモノローグが見えてるんじゃないでしょうね?
何処の世界に、妹にコスプレさせて、妹の実名キャラのエロゲーを、妹本人に音読プレイさせる姉が居るのよ。
……そうよね、居るわよね、目の前に。──この世界は完全に狂っているわ、……今すぐ隕石でも落下して崩壊しないかしら。
……な、何よ。や、演ると言ったからには演るわよ、やればいいんでしょうっ。……でも、その前にひとつだけ確認させて頂戴。
「……姉さん、まさかとは思うけれど、……兄さんと一緒にエロゲーするときも、実際に音読したりしているの?」
「は?……す、するわけないでしょ!アイツが妹の台詞言ったってキモいだけじゃん!ってか可愛い妹が穢れるって!」
……自分が妹の台詞を音読するという発想は無いの?あなた、仮にも現実世界の妹でしょう……。
「『お別れの前に、ひとつだけ……私、姉さんにどうしても伝えたいことがあるの』」
「なになに?るりちゃん〜?」」
「……『こんなの、間違ってるって分かってる。私たちは姉妹なんだから。……でも、これは、私の本当の気持ち』」
「分かってるってぇ〜!カワイイるりちゃんの言う事なら何だって正義だからっ!」
物語は終盤に入り、『妹』が『姉』(ゲーム上では『兄』だが、音読する上で姉に置換している)に告白するシーンに突入。
しかし、……こ、これは予想以上に気色悪いわね。兄妹とか姉妹とかのストーリーの問題では無く、単にあの女の悶える姿が。
ここまで耐えている自分を褒め称えたいわ。……はぁ……、エンディングはまだかしら……。
「『……私、姉さんのこと……好きなのっ!世界に姉さんさえ居れば何も要らない……愛してるの!』」
「あ、あたしも……るりちゃんのこと、愛してるから!」
「マ ジ で !?」
──不意に響く、私でも“あの女”でもない第三者の声。勿論、この家でこんな声を出すのは──
「っせ、せせせせ、先輩……っ?」
「んなっ、なな、何よアンタ!勝手に人の部屋覗かないでよッ!」
「い、いや、黒猫の靴があったから挨拶しとこうかと……、って、お前ら……実はそういう関係だったの!?」
先輩が(゚◇゚;)こんな顔でドアを開けた姿勢のまま硬直している。あぁ、これは絶対に物凄い誤解をしている顔だわ……っ。
まぁ当然よね、誰がどう見ても女の子同士が愛を語らっているようにしか見えないわよね。我ながら迫真の演技だったわよ。
フッ、恐るべし、この私の擬態能力。……って、自画自賛している場合じゃないわっ──
「あ、あのっ、こ、これは……っ、ち、違うのよ……っ」
「だ、大丈夫だ、ちゃんと分かってる。……人の性癖には色々あるんだってことは……」
こ、この莫迦っ、やっぱり全然分かっていないじゃない……っ。何が性癖よ、殺されたいのっ?
あぁもう、先輩の交友関係に変態が多すぎて、その影響で妙に寛容な理解者になってしまっているわよ、どうしてくれるの。
「ち、ちょっと、あなたからもちゃんと説明しなさい……っ」
藁にも縋る思いで、“あの女”に話を振る。元はと言えばあなたのせいでしょう、責任持って何とかして頂戴っ。
「……るりちゃんは、あたしの妹になったの」
「そ、そうなの……、って、……“るりちゃん”?……ちょっと、あなた何を言っ……」
「だから、るりちゃんはアタシのもの!誰もあたしたちの仲を引き裂くことは出来ないのッ!」
……だ、駄目だわこの女……早く何とかしないと……。というか、あなた、その眼は本気で言っているわねっ?
いつも『二次元と三次元を一緒にすんなっ!』とか言ってる分際で、当の本人が思いっきり混同してるじゃないの……っ。
「例えアンタでも、るりちゃんはゼッタイ渡さないんだからッ!」
ぎん!という眼光と共にそう言い放って、あの女が私の体を背後から力任せに抱き締める。先輩を圧倒するその迫力。
可愛いぬいぐるみを取られまいと抵抗する幼子のような光景だが、この場合、ぬいぐるみにとっては死活問題だ。
「せ、先輩っ……、た、助け……っ」
「……すまん。──ごゆっくりッ!」
ばたん。
……扉に向かって伸ばされた私の手は無常にも虚空を掴み……、そのまま退路は絶たれた。
部屋に残されたのは、妹への愛情のあまり自我が暴走した姉と、その生贄に捧げられた憐れな妹。
先輩……、この恨みは忘れないわよ。……必ず、相応の贖罪をして貰うから……覚悟しておいて頂戴……。
「さァるりちゃん、邪魔者は居なくなったし!続きやろっ!そ、それとも……先にシャワー浴びてくる?」
……それより先ず、私自身、貞操の危機について覚悟を決めるべきかしら──
-END-(妹めいかぁGS)