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肉を引き千切る感触と軟骨を噛み砕く音に、こなたは我に返った。
視界が真っ赤に染まっている。
鼻腔を容赦なく貫く血液の臭い。
舌の上に僅かに残る食感。
それら全てが一時的に彼女の意識を支配していた。
ふと視線を下におろす。
両腕をもぎ取られたゆたかがあった。
たおやかな白い肌は醜く傷口を露にしており、そこから溢れ出る血液は既に凝固が始まっている。
彼女の手には指が1本も無かった。
切断面にはくっきりと歯型が残っている。
さらに視線をずらし、その胴体を見たこなたは卒倒しそうになった。
乱暴に引き裂かれた腹部から腸が飛び出している。
ぽっかり空いた穴の中に臓器はほとんど見当たらない。
ただ腥(なまぐさ)い体液で満たされているのみである。
「うっ…………」
その下には首のないそうじろうがある。
こなたの記憶の中の彼はかろうじて原形を保っていたが、今は5つに分かれた肉塊でしかない。
「はは…………」
こなたは口の端を歪めて笑った。
その拍子に歯の隙間から毛髪が滑り落ちた。
「わたしが……わたしがやったんだ…………」
聞く者のいない呟きは空気を通して自分に返ってくる。
長く息を吐きながら、こなたは自分の腹をさすった。
大きく膨れている。
こうなった理由は分かっている。
「お父さん……」
返事はない。
「ゆーちゃん…………」
返事は――ない。
「うああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!」
こなたは突然立ち上がった。
「いやだああぁぁぁぁあぁッッッ!!」
喚き散らしながら廊下を駆ける。
飛び散った血液に足をとられて翻筋斗(もんどり)打って倒れる。
「ううぅぅ…………」
痛みはなかった。
左肩に受けた傷が疼くこともない。
ただ彼女は錯乱していた。
あのままゆたかの牙を受け容れて死ぬ覚悟を決めた自分が、よもや最後の最後で人肉が引き起こす発作に負け、
反対に彼女を噬(く)い裂いてしまうとは思わなかったのだ。
こなたに生きたいという意思はない。
辛辣な現実の連続に未来への希望を持てなくなっているのだ。
最愛の母の肉を喰らってしまったこともある。
人として、してはならない行為に及んでしまった後悔。
恐らく一生抜け切ることはないであろう依存性。
「いやだ……ゆーちゃんみたいになりたくないよ…………」
決してゆたかを貶しているのではない。
だがあの姿にだけはなりたくはなかった。
人を喰った時点で人は人ではなくなるのだ。
それを間近で見てしまったこなたに、生への希望が生まれるハズがない。