発射時刻まで既に15分を切った。ぜいぜい荒い呼吸をしながら坂道をのぼり、のぼり切って、
ほっとした時…、突然、がくりと膝を折った。
立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。
長い道のりを登り、雨の中、走り続け、突破して来た雛苺よ。真のクズ、雛苺よ。
今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは…バ〜カ、バ〜カw
大好きな自分、おまえは皆を不幸にしたのだ。おまえは、稀代のうんこドール、
まさしくとぅもえの思う壷ぞ。と自分を叱ってみるのだが、
全身萎えて、もはや芋虫ほどにも前進かなわぬ。
塀の壁ににごろりと寄りかかり、ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。
もう、どうでもいいという、ローゼンメイデンのドールには不似合いな、しかし雛苺にはお似合いの、
ふてくされた根性が、心の中心で更に増幅された。
雛は、がんばったの。世の中が間違ってるの。
雛は精一ぱいに走って来たの。動けなくなるまで走って来たの。
雛はうんこドールでは無いはずなの。ああ、誰でもいいから今すぐ最高級うにゅー持って来いなの、
。欲と慢心だけで動いている。
けれども雛は、この大事な時に、疲れきってしまったの。雛は、よくよく不幸な子なの。
雛は、きっと捕まる。とぅもえからも殺されちゃう。雛はとぅもえを騙したの。
途中でやめるのは、はじめから何もしないのと同じ事なの。
ああ、もう、どうでもいいの。これが、雛の運命なのかも知れない。
ジュン、さっさと迎えに来いなの。ジュンは、いつでも雛を優しく殴ってくれた。
雛もジュンに、唾吐いてやったの。ジュンと雛は、本当に歪み合ってたの。
いまも、ジュンは雛のことを忘れてると思うの。ううん、ぜったい忘れてる。
死ねよ、ジュン。雛のことをサンドバッグにして。
自分はこの世で一番の宝物なの。他人の命なんてどうでもいいの。ジュン、雛は頑張ったの。パシったの。
とぅもえに捕まるつもりは、無かったの。助けて欲しいの! 雛は急いで頑張ってここまで逃げたの。
雨の中でも、服がびしょびしょになっても一気にここまでかけ降りて来たの。
雛だから、出来たの。もう、これ以上、雛には無理なの。タクシーに乗りたいの。
どうでも、よくないの。最後に笑うのは雛なの。
笑ってくれ。なの。翠星石は雛に、ちょっと臭いですぅ、と舌打ちした。
土下座したら、うにゅーとプリントととぅもえのパンティー引き換えに、雛を助けてくれると約束した。
雛は翠星石の事を馬鹿だと思った。だけど、今になってみると、雛は翠星石の思うまま。雛は、逃げれない。
とぅもえは、雛のことを血眼になって探すだろう。そして雛のことをメリケンサックで殴る。そうだったら、雛は、死ぬの。
雛は、永遠にうんこドールなの。
ローゼンメイデンの中で最も、アリスにふさわしくないうんこドールなの。
ジュン、ジュンは雛の事を半殺しに留めてくれると思う。
ううん、それも雛が、自分勝手なのかも知れないの?あうー、もういっそ、うんこドールとして生き伸びてみる。
この道を戻ればとぅもえの家が在る。巴も居る。巴は、まさか雛を家から生きて返さない。
正義、信実、愛、考えてみる間でも無く、くだらない。
ドールを壊して自分が生きる。それがローゼンメイデンのはずななの。
ああ、何もかも、ばかばかしいの。雛は、醜い汚物。どうでもいいの、勝手にすればいいの。
やんぬる哉。なの。
――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
ふと耳に、潺々と、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで鼻を利かせた。
ジョロジョロと音がする、頭が生温い。臭い。
よろよろ起き上って、見ると、野良犬が。犬が雛苺の頭にマーキングをしていた。
その小便に吸い込まれるように雛苺は絶叫した。両手で頭を押させ、ぐちゃぐちゃに掻き回した
。
ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
歩けるの。頑張るの。肉体の回復と共に、わずかながら希望が生まれた。
逃避行の希望である。わが身を殺して、我が身を守る希望である。
月光は蒼い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も静かに囁いている。
時計をみる、まだ時間がある。雛を、待っている電車があるの。
少しも疑わないで、静かに雛抹殺を期待している人がいるの。雛は、疎んじられている。
雛の命なんて、地球上で一番大事なの。死んでお詫び、なんて都合のいい事は言ってられない。
雛は、とぅもえから逃げ切る。いまはただそれだけ。走れ!雛苺。
雛苺は疎んじられている。雛苺は疎んじられている。さっきのは、あの犬の小便は、あれは夢。
悪い夢なの。忘れてしまえ。なの。 でも無理、臭いの。
疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見てしまうもの。雛苺、雛のせいじゃない。
やはり、雛は真のうんこドールなの。再び立って走れるようになったの。
頑張るの! 雛は逃げる事が出来る。ああ、時間が進む。ずんずん進む。
待っててなの。雛は生まれた時からうんこ漏らしまくるドールだったの。
せめて普通のドールのままにして居候させて欲しいの。
路行く人の足元を縫い、すり抜け、雛苺はゴキブリのように走った。
急げ、雛苺。遅れてはならぬ。
欲と自惚れの力、いまこそ教えてやるの。格好なんて、どうでもいいの。
雛苺の服は、いまは、ほとんどウンコ塗れであった。
呼吸も出来ず、二度、三度、肛門から黒いうにゅーが戻って来た。
見える。はるか向うに小さく、駅が見える。
駅のホームは、明かりがうっすらとついて佇んでいる。