「泉こなたを自殺させる方法」を考える 20

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937psychedelic
 家に着いたかがみは部屋に篭り、少しだけ後悔していた。
みさおに対し、少しきつい態度を取ってしまったのではないか、と。
 あの後、個別にみさおを呼び出し、詰問していた。
「あの時なんで、アンタ謝ったのよ」
「え。あー、聞こえてたか。もう薄々気付いてるだろうけど、あやのの彼氏って私の兄貴なんだ。それで…」
「それは感づいてたけど。それだけで謝ったの?」
「いや、それだけじゃなくて、あやのの力になれない事を、かな。私さ、やっぱり兄貴も大切だから、
兄貴が新しい恋人と幸せになれるなら、つい応援したくなっちゃうんだよな。
それに、あやのの為でもあるだろうし」
「ちょっと待って。新しい恋人?新しい女を捕まえて来たから、峰岸は捨てられたって事?」
「悪い言い方をすればそうなるな」
「最低…」
「いや、そうでもないってば。兄貴はさ、私のせいで母親の愛情とか感じられなかったから、
あやのに母親を投影してたんだと思う。ほら、あやのってお母さんキャラだしさ。
その点、今度の彼女は外見も幼くて母親キャラとは程遠い存在だからさ。
兄貴にとっては依存しなくて済むし、あやのにとっても一人の女として恋愛するチャンスじゃね?」
「日下部、じゃあ峰岸の気持ちはどうなるの?チャンスだからといって絶望が肯定される
理由にはならない。そもそもアンタ、親友でしょ?」
「勿論、あやのは大切な親友だよ。精神的に支えていくつもりだよ。
でもさ、兄貴の恋愛の邪魔をしない範囲に限られちゃうな。どうしても身内贔屓しちゃうんだよな」
(あの後、私何も言い返せなかったな)
身内が可愛い、その事はかがみにとって身に覚えがありすぎた。
 と、その時ドアをノックする音が聞こえ、かがみは反射的に目を向ける。この叩き具合は、
間違いなくつかさだ。
入ってくるように促すと、遠慮がちにドアが開き、つかさがひょっこりと頭を覗かせた。
「お姉ちゃん、大ニュースがあるんだ」
「何よ?」
つかさはドアの間に身を滑り込ませると、後ろ手で静かにドアを閉めた。
「なんと、こなちゃんに彼氏ができちゃいました〜」
「えぇっ」
かがみは身を仰け反らせた。
「お姉ちゃん驚きすぎだよ〜」
「何処で知り合ったのよ?ネットか?」
「んーん。図書館だって。ほら、今こなちゃん小説の応募しようとして、資料収集とかしてたよね。
その関係で先々週の土曜日に図書館行った時に知り合ったんだって」
「ああ」
かがみには聞き覚えがあった。かなり前になるが、こなたは父親と同じ作家の道を志すべく、
賞に対して応募すると言っていた。その関係で図書館に、とかがみは一人納得する。
「それでね、そのときに傘を押し付けるように貸して、返してもらう時に告白したらしいよ」
「はは、アイツも策士になったものね。で、何処の変わり者よ?こなたと付き合うなんて」
938psychedelic:2008/05/20(火) 18:49:40 ID:Nm9bPogo
「同じ埼玉県在住の日下部さんって人。それで、妹が稜桜学園に居るんだって。
偶然というより、運命的だよね〜」
つかさは憧憬の表情を浮かべていたが、かがみはその身が強張っていくのを感じた。
自分の身辺に起こっている事と、あまりにも符号しすぎている。
(でも、稜桜の生徒数は多いし、日下部って苗字もそう珍しくはない)
「それは運命的ね。で、いつ告白したのよ」
「一昨日の土曜日だって」
あやのがやつれていたいたのが今日、金曜日はいつも通りのあやのだった。
ならば、あやのは土曜日か日曜日に振られていた事になる。
(符号する…。そしてこなたの性格、欲しいものは必ず手に入れるという性格なら、
他人の恋人を略奪する事だってあり得る。こなたの強欲ぶりは、
オタクだからで片付けられるレベルじゃない。いや、こなたは相手がコブ持ちだって事
知らなかった可能性だってあるわけだ。こなたをすぐに責める事はできない。
そもそも、こなたが峰岸の彼氏と付き合ってると決まったわけじゃない)
「それにしてもこなちゃん情熱的だな〜。略奪愛だったんだって。
私達も、略奪するぐらいに積極的に頑張らないと駄目だね、お姉ちゃん」
かがみは目の前がぐらついていくのを感じた。ほとんど、決まったも同然だ。
偶然の一致にしては、共通点が多すぎる。
「こら、アンタは略奪されないよう心配するべきでしょ。アンタお人よしなんだから。
ほら、そろそろ宿題に取り掛かんなさいね」
「あ、そういえば今日も宿題だされたんだった。夕ご飯まで頑張ってくるね。また後で」
進学校たる稜桜で、宿題が出されない日などまずない。得意のカマかけでつかさを部屋に戻らせると、
かがみはベッドに倒れこむように寝転ぶ。妹の手前、どうにか平静を装った対応をしたが、
精神的に疲れ果てていた。
(明日、峰岸に話そう。まだ確定したわけじゃないし、そもそも一義的には峰岸の問題だ。
私にできるのは、相手がこなたかもしれないと言う事まで。それで峰岸がこなたを恨む事で
精神的な憂さを晴らせればいいんだけど、それは峰岸次第か)


 あやのは、激しく脈打つ心臓の鼓動を感じながら、無機質なコール音を聞いていた。
耳に押し当てた携帯電話のディスプレイには、発信中の表示と共に日下部の本名が映されている。
今日、かがみから言われた事はあやのにとって晴天の霹靂だった。
もしかがみの話が本当なら、身近な所にジョーカーが配置されていた事になる。
それも、猫の皮を被ったジョーカーが、だ。
 しかし、とあやのは考える。一体自分は何をしているのか。
もし、こなたが日下部と付き合っていたとして、自分はどうするつもりなのか。
今更、何もできない。かがみの話の真偽を確かめたところで、その後どう動けばいいのか分からなかった。
(多分、納得できないからなんだろうな…)
939psychedelic:2008/05/20(火) 18:50:34 ID:Nm9bPogo
日下部からは、「新しい彼女が出来たから別れよう。今までごめん」と言葉短く振られた。
意味も分からないまま振られて、納得できない想いが心の中に強く残った。
もし、納得する事ができれば、振り切って次のステップに進む事ができるのだろうか。
(どうして、何の前触れもなく新しい女の人の所へ行っちゃったのかな。私、何かしたのかな。
それに、今までごめんってどういう意味?)
「はい、もしもし」
耳に、日下部の声が届いた。電話越しでも、日下部が緊張しているのが伝わってくる。
「あ、ごめんね、いきなり電話しちゃって」
「いや、いいよ。どうしたの?」
あやのは、迷う事無く一気に直球を放った。電話を長引かせるつもりはない。
長引かせればもう一度告白してしまいそうな自分が、怖かった。
「いや、そういえばまだ祝福してなかったなって思って。振られた時は取り乱しちゃったけど、
改めておめでとう、泉こなたさんと幸せにね」
「…何で、知ってるんだ?」
(本当だったんだ)
「同じ、稜桜の生徒だから、ね。女の子の情報網甘く見ちゃ駄目だよ」
「そうっか。ありがとう。それと、ごめん」
「いいよ、謝らなくても。じゃ、私そろそろ切るね。彼女居る男の人に長電話するわけにもいかないし」
意識しているわけではないが、どうしても言葉に棘が含まれてしまう。
あやのは反省した。本当に好きなら心の底から祝福してあげなければならないのに、と。
「ああ、じゃあ」
 通話を終えたあやのは、納得するどころか余計疑問が大きくなった事を実感していた。
元々は、何故自分を振ったのか、という事を上手く問いただすつもりでいた。
それに、新しい彼女がこなただというかがみの情報に対しては、半信半疑だった。
だが、予想に反してこなたが新しい彼女である事が確定してしまい、調子が狂った。
また、声を聞いてる内に告白してしまいそうな衝動に襲われ、長電話するわけにもいかなかった。
(どうして泉ちゃんなの?前の彼女である私との共通点なんて、髪が長いところくらいしかない。
それに、泉ちゃんのキャラクターを考えれば、母親代わりにはなりえないよ)
日下部が自分に対して理想の母親像を投影している事に対しては、あやの自身気付いていた。
だが、母親の代替物としてだけの存在だけでは無い事も理解していた。
ちゃんと、自分に対して恋愛感情も日下部は抱いていた事をあやのは見抜いていた。
 それに、母親代わりという役割に対してもある種の誇りを持っていた。
そこいらの恋人とは違い、自分は具体的に必要とされているという実感があった。
母親代わりも勤め上げる事ができるから、彼の側で誰にも侵されない存在意義を
確立しているんだと信じていた。
 だからこそ、あやのは疑問だった。何故こなたなのか。
あやのに見る目がないだけで、実際にはこなたは母性溢れる女性だったのか。
それとも、二週間足らずという短期間で日下部の母親に対する愛情の飢えを断ち切ったのか。
(泉ちゃんとも、お話しようかなぁ。何か分かるかもしれないし)
疑問のままで留めて置いた方がいいという種類の闇がある事を知るには、
彼女は若すぎた。そして、その心は純白すぎた。
940psychedelic:2008/05/20(火) 18:52:20 ID:Nm9bPogo


「なぁ、日下部。アンタはどう思う?やっぱりこなたが取ったんだと思うか?」
 あやのが日下部に電話をしていたその頃、かがみはみさおにも昨日つかさから聞いた事を
包み隠さず話していた。当事者以外に話すのには抵抗があったが、あやのの親友である
みさおには話しておいた方がいいと思ったのだ。あやのの事を、昨日親友だと断言し、
精神的にサポートすると言い切ったみさおには、聞く権利があると信じていた。
 しかし、みさおの反応は鈍かった。
「いや、取ったって言う表現はおかしくねーかな。元々人間なんて、誰の物でもないし。
だからさ、あやのもこれで良かったんじゃないか?兄貴から自由になれて」
 かがみは大げさに溜息を一つつく。皮肉の意味も込めた大きな溜息を。
「じゃあ、質問を変えるわ。こなたの彼氏って、アンタのお兄さんだと思う?」
「思うっていうか、実際そう」
あっさりと確定させたみさおを見て、かがみは愕然とした。昨日、こいつはそんな話はしなかった。
「アンタ…。それ、昨日の時点で知ってたの?知ってて私や峰岸に黙ってたの?」
「だってさー、お前とちびっ子って仲いいじゃん?ワンクッション置いた方が、
お前らの仲に亀裂生じさせないんじゃないかと思ってさ。それに、
あやのとちびっ子の仲が悪くなったら、お前板挟みじゃん?困んね?それ」
「…能天気バカの癖に、変な気を回してんじゃないわよ」
「おまっ、酷いな」
「私はね、アンタはバカだけど、複雑な事なんてすっぽかして、親友が困ってれば考える前に
身体が動く人間だと思ってたわ」
「はは、そんなに熱くなれねーって。元々ガチの体育会系って訳でもねーし。
産まれた時は身体弱かったからな、それで運動部に入部したのさ」
話が急に変わったのを見て、かがみの表情も怒りを帯びたものから訝しげなものに変わる。
だが、みさおは構わず続けた。
「で、産まれた時は死ぬの生きるの大騒ぎだったんだぜ。だから、母さんも父さんもその時は
私にかかりっきりで兄貴には構ってやれなかったらしい。まぁ、父さんは私が窮地を脱した後は
ちゃんと兄貴にも目は向けたんだけど、仕事があるからな。それにしたって限界があった。
問題は母さんの方で、窮地を脱した後も私の事ばかり気にしててな。兄貴は、愛情なんて
ほとんど得ることなんてできなかった。だから私は、体育の授業に力入れたり運動部に入ったりして
もう大丈夫だって事アピールしたつもりだけど、それでも母さんの態度は変わらなかったな」
みさおはそこで一呼吸入れると、自虐的な笑みを浮かべて続けた。
941psychedelic:2008/05/20(火) 18:52:48 ID:Nm9bPogo
「兄貴があやのを母親代わりとして見ちゃったのは、私のせいなんだよ。それなのに、
今の状況を否定する事なんてできないさ。あやのにとっても、兄貴にとってもプラスなはずなんだから」
その自虐的な笑みには、いつものみさおの影も形も感じられなかった。八重歯を見せ快活に笑い、
大雑把で怠け者で、それでも太陽のような笑顔を持った向日葵の様な少女。その面影は、
何処にも見当たらない。
(違う、アンタがするべきなのはそんな表情じゃない。アンタは峰岸の側で、向日葵の様に
笑ってればそれで良かった。それだけで、彼女の力になれたはずよ)
「だからって、そうやって消極的な態度でいいと思ってるの?そもそも、
日下部は悪くないじゃない、今の話。お兄さんや私やこなたと軋轢を生じるのが怖いから、
そうやって過去の事を言い訳にして逃げてるだけなんじゃないの?」
昨日、みさおに対して取った厳しい態度を反省した事など何処吹く風、激しい剣幕でかがみは詰め寄った。
「だいたい、今この時だって、本当は峰岸の側に居てあげるべきなんじゃないの?」
「お前さ、深刻に考え過ぎだってば。普通によくある青春の一ページじゃないかよ。
それに、あやのだって独りになりたいときはあるだろ。傷心の時なら尚更な。
ま、もうすぐあやのも帰ってくるよ。直に昼休みも終わるしな」
(深刻に考え過ぎだって?そりゃ、普通に振られただけなら私だってここまで熱くならないわよ。
実際、昨日の時点では、峰岸が可哀想っていう程度の感情だった。でも今は違う。
問題は、あのこなたが噛んでるって事。ていうかコイツは、こなたと話をして何も感じなかったのか?
…感じなかったのか。そもそも話した事もそう多いわけじゃない。それに、感じなかったからこそ、
あんな発想が飛び出してくるんだろうな)
かがみの脳内で、みさおの発言がリフレインする。
『だってさー、お前とちびっ子って仲いいじゃん?』
(友人という理由で、側にいるわけじゃない…)
だが、その事をみさおに話しはしなかった。
理解を得られるとは思えなかったのだ。それに、みさおが言うとおり昼休み終了の時刻も近づいていた。