突然だけどss投下いっちゃいますヌェ(・3・)
夕飯は待てなくても、帰りは待ってるから。
『春待ち風』
「詩音、今日は自分で夕飯作っといて」
唐突に魅音にそう言われ、詩音は振り向いて「はい?」と返事をした。
読書に没頭していて気付かなかったのだが、先ほどまで普段着だった魅音が和服に着替えている。
「…やですよ、面倒臭い」
「私だって面倒だっての。あんたね、毎日ご飯作ってくれる人の身にもなってみなよ」
「作ってるのはお姉じゃなくてお手伝いさんでしょうが」
「残念だねぇ、今日は沁子さんが来てくれる日じゃないのー」
魅音はそう答えて「だから詩音が作っておいて」と言う。詩音はぱたんと本を閉じた。漫画本ばか
りで埋まっている本棚にそれをしまい、まじまじと魅音を見る。
普段、お手伝いさんが家に来ない日は、魅音が夕食を作ることになっている。詩音は本家に泊まり
にきているだけなのだが、そのことは知っていた。が、面倒臭がりの魅音といえどその日は手を抜
くことなくしっかりと夕食を作っているし、いきなり詩音に夕食を作るのを代わってほしいと頼む
ことはない。
そして、魅音の和服姿。ああ、と詩音は頷く。
「なんかの会議ですか」
「うん、村の予算とかについてだって…夕飯作るより遥かに面倒臭いよ」
「大変ですねぇ次期頭首は。まぁ頑張ってくださいな」
「…あんた、少しは労りの心とか持ってよ」
なんでもないことのように言って違う本を読み出す詩音に、魅音はため息をつく。
詩音は読み始めたばかりの本から顔を上げると、ちらりと魅音を見て「一応言っておきますけど」
と断りを入れた。
「私は代わってあげませんよ」
「わーってるって。さすがにそれは言わない」
「帰り、遅くなりそうですか?」
詩音の問いに、魅音は腕を組んでうーんと唸る。
「どうだろう…。集会所でそのまま宴会かもしれないし、遅くなるかも」
「あ、泡麦茶たらふく飲めますね。いいないいなー」
詩音の軽口に、魅音は肩をすくめて座り込む。いつもなら「羨ましいでしょー」などと返しそうな
ものだが、どうやらそんな気分ではないらしい。
魅音は薄く笑いながら障子の張り紙を指でつついていた。昔から、疲れた時にしている動作だ。
本人は気付いているのかは分からないが、少なくとも詩音は気付いている。
「…代わります?私」
詩音が口を開くと、意外な言葉だったらしく魅音は一瞬、きょとんとした顔をする。
が、すぐにいつもの笑顔に戻って言った。
「ありがと。でもいいよ、今からこんなことで疲れてちゃダメだね」
「寝不足っぽいですねー」
「多分。まあ、そんなわけだから。今日は詩音作って食べちゃってて。私と婆っちゃのぶんはいい
と思うから」
「まーさっさと食って寝るとしますよ。1人で家にいてもつまんないし」
「うん、そうしといて」
魅音は壁に寄り掛かり、ぼーっとしたように遠くを見る。珍しい、と思いながら詩音は今夜のこと
を考えた。
1人かあ、それはヒマだよなぁ…。
夏場は開け放たれている障子は今はぴっちりと閉じられているので、外の冷たい風は入ってきてい
ない。それでも伝統的な合掌造りのこの家は、至るところの隙間から冷気が入り込んでくるので、
夜はだいぶ冷え込むのだ。
おまけに今日はだいぶ風が強いらしく、家中がかたかた鳴ったり軋んだりもしている。興宮に遊び
に行くのも辛そうだ。これはもうさっさと布団にもぐりこむしかないだろう。
魅音がいないというのはからかう相手がいないということなのでつまらない。
(ついてく…ってのも鬼婆に何か言われるだろうしなぁ)
少々真剣になってそんなことを考えていると、まだ魅音がぼーっとしていることに気付く。こりゃ
あよっぽどだな、と心の中で呟いて詩音は魅音に近寄った。
詩音にいきなり正面を遮られ、魅音が顔を上げて首を傾げる。
これはガツンと言ってやるしかあるまい。うん、私って姉想い。
「どしたの?」
「あのですね。我ながらお節介だとは思いますけどちょいと働きすぎなんですよお姉は。いくら楽
しいからって毎日部活でテンション上げて遊んで帰ってから鬼婆のお守して習い事の稽古して頭首
の業務こなしての繰り返しじゃ疲労が溜まらない方がおかしいってもんです。顔に出てるんですよ
それが。分かります言ってること?つまりはあんたもたまにゃあ休めってのこの馬鹿魅音」
「へ…?あ、いや、でも大丈夫だよ。別に毎日夜更ししてるわけでもなし、ちゃんと休んでるって」
「あのですねぇ…」
詩音は呆れて言葉を続けようとするが、思い直してその口を閉じる。思えば仕方がないことなのだ
ろう、休息をとるためにはその時間が必要なのだ。そしてその時間がないからこそ魅音は疲れている。
別に魅音は年がら年中忙しいわけではない。今の時期は春に向けて、雛見沢の今後の動きを決める
会議が多くなる。たまたまそんな会議やら何やらが積み重なって疲れ気味なだけなのだろう、が。
「…大丈夫だよ」
魅音はえへへと笑い、何を思ったか詩音の頭をわしゃっと撫でた。その手の感触が、一瞬、懐かし
い人物と重なる。
…こういうところが無駄に似ているのだ。何故か。赤くなったであろう頬を手でおさえ、はぁっと
息を吐く。
「…なんかなぁ」
「へ?」
「いや、別に」
そういえば、前に沙都子に「詩音さんはときどき圭一さんと似てますわよね」と言われたことがあっ
たっけ。そのときは否定したものの、我ながら自分は圭一以上に感情的な部分があるのは認めている
ので、まあ似ていると言えなくもない。
そう考えてみればなるほど、自分達はお互いに似ている相手に惹かれているというわけだ。まあ双子
らしいと言えばそれまでなのだろうが。
…これ以上何かを言っても、魅音は恐らく「大丈夫」を繰り返すだけだろう。普段は図太いキャラを
装っているくせに、いざというときには律儀というか控え目というか。…自分が芯から図太い分、自
分達はこれでバランスが取れているのだろう。
…そもそも今魅音が負っている苦労は、本来なら自分が負うはずだったものだ。だから、魅音にこん
なことを言う権利は、自分にはないのかもしれない。…今度圭一辺りからも言ってもらうように仕向
けておこうと思う。
「…なんか、さ。とりあえず、入れ替わりたいときがあったら言って下さいよ。私の気が変わらない
うちに」
「んん、そうしとく。詩音がそんなに心配してくれるの珍しいからね」
「何か褒められてない気がします」
魅音の手が詩音の頭から離れる。…まあ、大丈夫だろうとは思う。明日の朝には多分、いつもの調子
に戻っているだろう。
「ま、精々頑張って下さいな」ぴんっとでこぴんを魅音の額に当てると、「…そだね。頑張るよ」と
魅音は笑って答えた。
詩音も微笑んで立ち上がろうとする…と、不意にその腕がつかまれる。
魅音が、おそるおそるといった感じで詩音の腕をつかんでいた。
「…どうかしました?」
「…あのさ、もし出来れば、…今日、私が帰ってくるまで起きて待っててくれたら嬉しい、…かな」
上目遣いにそう言う。…昔、詩音がまだ『魅音』だった頃、『詩音』がよくしていた表情だ。
親族会議があるから今日は一緒に遊べない。だから1人で遊んで待ってて。そう告げたとき、『詩音』
は顔を歪めて、けれども無理に笑うような表情になって「わかった。まってる」と呟く。
言っていることは正反対なのだが、今の魅音はあのときと同じ表情だった。
…だから、昔と同じように、そっと額と額をこつんと合わせて答える。
額越しに互いのまったく変わらないであろう体温が伝わる。
「…分かった。寝ないで待ってるから」
「…うん。ありがと」
「頑張っておいで。今の私じゃ待ってることしかできないけど」
うん、と頷くと、魅音は「ありがとお姉ちゃん」と小さく呟く。本当に小さい、詩音の耳にも僅かに
聞こえた程度だった。けれど
もそれを合図に、詩音はそっと魅音から離れる。
「よーし!」魅音は声を上げると立ち上がり、膝をはたく動作をした。
「うーん、こっそり詩音に何か持ち帰ってこようかな。寿司とか出るかもしれないし」
「そりゃありがたいですが、さすがにそれまで夕飯我慢はキツそうです」
「あはは、そりゃそーだね」
「んじゃ、そろそろ時間かな」と魅音は勢いよく障子を開け放ち、そこから流れ出る冷たい風にうん
ざりした顔になる。
が、「あ」と声を上げて急に明るい顔になった。詩音も立ち上がり、廊下に出る。
「どうしたんですか?」
「詩音、見てあれ」
魅音の視線の先に吹いていた風には、大量の桃の花弁が舞っていた。庭の桃が咲いたのだろうか。
どうやら春一番らしい強い風。その風が吹く度に薄桃色の花弁が舞い散る。咲いている花が全てなく
なってしまうのではないかというほどに。
けれどもきっと、そんな心配をよそにもうすぐ庭一面に綺麗な満開の花を見せてくれるのだろう。
「春が来るね」と魅音が呟き、嬉しそうにふっと微笑んだ。
詩音も「うん」と頷き、そっと魅音の背中を押す。
「行ってらっしゃい」
「…うん」
行ってくるよ。声には出さずに魅音が答えて、ぱたぱたと廊下を走り出した。
-END-
827 :
826:2008/03/19(水) 20:29:36 ID:fPLS9/xZ
以上です
お目汚し失礼
>>821 イメージになってたっけ?魅音の確認してみる