【リリカルなのは】八神はやてハァハァスレ6や【A's】

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75名無しさん@お腹いっぱい。
 木のベンチに腰を下ろしていたはやては、蛍光灯が照らす天井を見上げた
 ここはミッドチルダ中央駅。そろそろ終電が出る時刻だ。狭い待合室には……もう、自分しかいない。
「終わった頃、かな」
 呟き、傍らに置いた文庫本を手にとる。
 ……キリのええとこで管理局に行こか。
 何やら敵の襲撃があったらしいが、今の自分が役に立たないことは自分がよく分かっている。
 何しろ、体がもう満足にうごかない。目も、次第に焦点が定まらなくなっている。
 肉体不備の理由は簡単なこと。夜天の書の呪縛からは解放されていたとはいえ、
「蒼天の書作るんに、ちょっと無理しすぎたからなぁ」
 嬉しさを引き替えに、未成熟だった自分の体を省みず酷使した。解っていたことだ。
 騎士の皆はどうなったろうか。勝ったか、負けたか。
 ……楽しかったか?
 ……最後までみんなを縛り続けた私を、恨んでるか?
 疑問を顔に出さず、もはや読めぬ文庫本に目を落とす。が、
「と」
 本を落とした。
 やれやれと手を伸ばし、拾いあげようとした、そのときだった。
「どうぞ、主」
「……ああ、シグナムか」
 僅かな驚きを胸に隠し、みんなは? と問えば、
「皆、ここにおりますよ。シャマルも、ザフィーラも」
 右をみれば、見慣れたバリアジャケットのシャマルとザフィーラが、自動販売機でなにを買うか悩んでいる。
 駅舎の奥では、旅行案内のパンフレットを手にしたヴィータが、
「なあはやて! ミッド北部に温泉地があるってよ!?」
 馬鹿、と苦笑して
「旅行より先にすることあるやろ。…スバルらは?」
「はい、これから厳しい戦いになるかと」
 声は聞こえるがどこに居るのかもう解らない。だがまあいいか、と思う。
 ……これから教会や他勢力相手に忙しくなるやろなあ。
 もう手伝うことは出来ないが。
 ……みんな同じやね。なのはちゃん。フェイトちゃん。クロノ君にエイミィさんも。
 ……私らが馬鹿やってた時代を、今の子供達は手伝えない。
 同じだ。あの頃自分達は楽しかった。今の子供達も楽しいだろう。
「旅行、行こかあ」
 苦笑を濃くして、ヴィータがいた辺りに言った。
「昔、リンディさんに連れられて行ったよな。みんなと。……ユーノ君がお風呂覗いてしばかれたり、クロノ君がお湯凍らしたり……」
 楽しかったなあ
「うん、楽しかった」
76名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/02(金) 15:18:14 ID:KP+sZbb9
「別に…旅行なんて行けなくてもいいんだ」
 ヴィータの声が聞えた。
「行ければいいけど、今も十分楽しいからさ」
 そうか、とはやては控え目に頷いた。
 一番聞きたかった答えに対し、はやては小さく、しかし精一杯の本心で、
「ありがとう」
 視界が白くなっていく。
 蛍光灯の光か。それとも。
 唇が呟いた。誰に対してかも解らず、音も放たず、ただ小さな動きで。
「いこう」
 はやての体が小さく震えた。
 ……最後の心音が、響いた。


 ミッドチルダ中央駅、蛍光灯の下。ティアナはベンチの後ろに立っていた。
 目の前には、もう動かぬはやての小さな背中。その両隣、左に剣と鎚をかたどったペンダント。右には指輪と、犬の首輪がある。
 はやての右手は、傍らの文庫本に伸ばしたまま止まっていた。
 ティアナが何かに導かれるようにここに来たのは、はやてが本を取ろうと手を伸ばし、そのまま動きを停めたのとほぼ同時だった。
 彼女は動かぬままで、何かを話していたようだった。
 その気配も途絶え、
 ティアナは、わずかに身を折る。
「……ありがとう、ございました」
 ゆっくり、風を揺らしてはやての前に立ち、まだ暖かい右手を取って膝に載せる。
 その時になってティアナは気付いた。
 伏せられたはやての目が、微笑の形を浮かべていることに。
「…………」
 ティアナは無理に微笑みを返した。
 遠く、道路の方から人々が走ってくる音が聞こえる。
 仲間達、機動六課を始めとする皆だろう。ティアナは目尻を拭った。
 彼女は一度うつ向き、次の瞬間に表情をいつもの凜としたものに戻し、
「はやて隊長」
 ティアナは天井を見上げ、滲んだ光の向こう、流れる思い出に向かって語りかけた。

「――楽しかったですよね」


-END-