【リリカルなのは】クロノは皆のカコイイ兄貴3【StrikerS】
少年の父は、執務官だった。
艦船アースラの提督の座につき、数々の功績を残した名将だと、そう聞いていた。
その言は半分正しく、半分間違っていた。
少年の父は確かに執務官であり、アースラでは提督と呼ばれていた。しかし少年の父が行った戦いは艦長席で命令を飛ばすことではなく前線で先頭に立つことであり、時には単独で敵の只中に飛び込むことであり、更には、
……なんだあのストレージデバイス……。
記録の中、過去の中、黒いバリアジャケットに身を包んだ父は、氷結の世界を生み出す杖を片手に、戦場を飛び回っていた。
ある時、管理局本局に努める査察官が父のいるアースラに来た。彼は元々父と親交があったが査察官という対照的な職務についており、
職務柄、局内では良く思われていなかったが、アースラではそんなこともなく、彼の査察を皆が手伝ったりしていた。
青い空の下、駐留していた基地内にあって日を浴びる中庭で、局の制服を着崩した父は同じ姿の査察官と話していた。
二人とも上着を脱ぎ、互いにビール缶を投げ交して、だ。
いくつかの世間話、基地内の誰が結婚したとか、そんなことを話した後、査察官が空を見ながら父に告げた。
「――君はいつまで続ける? クロノ」
「知らないな。君はどうだヴェロッサ・アコース」
「俺は来年いっぱいで抜ける。義姉さん経由で辺境の教会が人手を欲しがっててさ。……空の広い田舎なんだ。教会も小さい。百年は風景変わらないんじゃないかな」
「良い空気は三日で飽きるぞ。悪い空気は三日で慣れるが」
そうだな、と査察官は応じてから、
「もう少し、家に帰るようにしろよ。本を買って帰れば子供は喜ぶとか、そう思ってないか」
「そうは思ってない。だから今度は本棚も買って帰る。それだけだ」
「この男は……」
友人の声に、父は苦笑で、影の下に寝転がる。
「僕は怖いんだ」
「何が」
「僕は君と違って、職場は前線、結局は身ひとつだ。いつ死ぬか解らない。だがとうに捨てたはずの感情につき動かされてうっかり大事なものを持ってしまった。一生の失策だ」
「自分が死んだ時を思うと、側には置いておきたくない、か」
ああ、と父は告げた。
「運の良いことに僕には信頼できる友人がわりと大勢いる。僕がいなくても子は守られるだろうと考えると楽にはなる。友情万歳」
父の言葉に対し、長髪の査察官はため息と共に言う。
「あのさ。少しは生きてることの方、アッパーで望まない? 楽しいこと考えてさ。俺、死ぬ気持たずに危ない橋とか渡ってるから、君みたいな人はいつかその場の気分で線路に飛び込まないか心配だ」
「根性なしだな。一度死ぬ気になってみろ。何でもできるぞ。ちなみに僕は婚姻届出すときに通過したが」
「ならその後の地獄は面倒事ばかりだろう」
父は苦笑して、顔を右手で覆った
「本当、面倒なことばかりだよ。大事なものを持つっていうのは」
彼は、ゆっくりこう言った。
「今日だってさ、……本棚買って帰るんだよ、僕は」