【舞-乙HiME】アリカ・ユメミヤスレ8【新米スター】
「あっ、アリカさーん」
聞き覚えのある声にパッと振り返る。
2本のお下げが、赤みを増してきた陽光を僅かに照り返し、宙空に鈍く煌いた。
あちらの動作を真似するように右手を振り返す。
「アオイさーん」
「…うーん…」
「これからお城に?」
「あっ、ハイ、明日の打ち合わせをしたいってサコミズさんから言われてて」
「そうなんですか。アリカさんが来てくれたら、陛下もきっとお喜びになりますよ」
「うん…」
「どうしたんですか?」
「あ、えっと、あのー…」
――実は、このあと学園に戻ったら補習を受けなくちゃいけなくて…
あらあら、とアオイは苦笑する。
「あっ、でも、あたしもマシロちゃんに会うの楽しみだなっ」
そう言うと、歩調を変えることなく器用にくるっと回って笑顔を見せた。
並んで歩きつつ、周囲に目を向ける。
「なんだか、おまつりだーってカンジですね」
「ええ、本当に」
日はかなり傾きを増してきたが、街の中心に近づくにつれ喧騒は大きくなり、其処ここから
楽の音もきこえてきた。
他国からの来訪者もかなりの数、期待に満ちた空気を味合うように、観光を満喫している様だ。
つられるように、頭を軽く振ってみる。
「あー、あたしもなんだか楽しみになってきたな、明日が」
「ふふっ」
そんなアリカを眺めやり、アオイは微笑んだ。
「でも、この前会ったとき、なんだか、マシロちゃん、あんまり嬉しそうじゃなかったけどなー。
えっと…そう、のりきじゃない、ってカンジで」
アオイは、僅かに眉を寄せた。
「そうですか…」
「あの、アオイさんは何かきいてます?マシロちゃんから。なんで元気じゃないのかなー、とか」
「いえ…」
「そっかー、うーん…」
顔をしかめて腕組みしてみせたが、2秒程でパッと笑顔に戻ると、
「ま、いっか。今日会ったら訊いてみよっと」
そしてまた、興味津々といった態で辺りに目を向ける。
普段は見られない出店の類も、明日に備えて着々と準備を進めているようだ。
たちまち目を輝かせはじめたアリカを見て、アオイは、少しほっとしたように微笑んだ。
「ふーっ」
軽くのびをしながら、先程聞かされた、これからのスケジュールを反芻する。
今日の夜12時きっかりに花火が打ち上げられ、祭りのはじまり。
明日の昼12時には、各所のテレビモニター等を通じてマシロ女王の演説。
そして夜12時に、また花火が打ち上げられ、宴は終わりを告げる。
その中で、アリカのまかされた仕事は、マイスター服を着て、演説するマシロの後ろで突っ立っているという、
いたってシンプルなものであった。
当初は、マテリアライズして演舞を披露するという案もあった様だが、観客に危険が及ぶ恐れもあるので
やめて欲しいというガルデローベからの要請もあり、見送られたという話だ。
しかし、昨年に比べて、規模も期間もぐっと縮小されたものになっている。
女王の肖像をあしらった垂れ幕などはひとつも見受けられないし、なんとなくざわついた空気を除けば、城の
バルコニーから見渡せる街に、普段と変わった様子を見つけることは難しいと思われた。
――陛下は、お祭りめいたもの自体、開催することをイヤがってたんですがね…
ふと、サコミズの言葉が思いだされる。
「内務大臣達に、国家発揚のためだとか、国内消費を奨励するためだとか、観光客からの外貨獲得が見込める
いい機会だからだとか、いろいろ説得されて、折れたようです」
「へぇー…」
きょろきょろと辺りを見回して、疑問を口にした。
「そういえば、マシロちゃん、いませんね」
「ああ、さっき、息抜きに中庭の方へ行かれると仰ってました」
「そうなんですか…」
662 :
フリーダム:2006/09/07(木) 00:00:18 ID:UDMIfIV9
アリカ誕生日おめでとう!
そして、下城の挨拶がてら、中庭までやってきたのだが…
「にゃーお」
鳴声がした方を見やると、長く伸びた柱の影の下、ミコトだけを供に、マシロが佇んでいた。
「ミコト…?」
足元の反応に気づき、こちらに目を向けたマシロは、アリカの姿を認めると、微笑んだ――後、俯いた。
「マシロちゃん…?」
常ならぬ主の反応に、戸惑いながらも近づく。
「久しいな…今日は、どうしたのじゃ?」
「えっと、明日の打ち合わせを、サコミズさん達と、ちょっと」
「ふうん…しかしそなた、確か、明日も授業があるとか嘆いておらんかったか?」
「えへへ…実は、それもあって、今日も、この後補習なんだ…」
「ふっ、相変わらずじゃのう、そなたは」
口元を吊り上げると、マシロは続けた。
「そなたも妾のマイスターなら、早いとこ一人前になってくれぬと、こちらとしても困るからの」
「うーっ、だから一生懸命頑張ってますって」
口を尖らせながらも、いつもの感じを取り戻してきた様子のマシロに、心中で胸を撫で下ろした。
「そういえば、演説の内容はもう決まってるの?マシロちゃん」
「えっ?」
虚を付かれた様子のマシロに、満面の笑みを浮かべつつ、告げた。
「ふふっ、ちょっと早いけど、おめでとう、マシロちゃんっ」
「やめてくれ!」
「あ…」
突然怒鳴りつけられて、きょとんと瞳を見開いた。
「妾は、本当は…」
マシロは表情を隠す様に再び俯くと、搾り出すような声で言った。
「すまぬ…しばらく…一人にしてくれぬか…」
そして、くるっと背を向ける。
「マシロちゃん…」
その背が震えているのを見てとって、それ以上かける言葉は見つからなかった。
――にゃーお
ミコトの心配そうな鳴声の向こうから、微かに、街のざわめきが聞こえてきた――
「ふにゃー」
自室に戻ってきた途端、灯りを点けることも忘れて盛大にベッドに倒れこんだ。
消灯時間は既に廻っており、街の喧騒もここまでは届かない。
しんと静まり返った室内を、宙高く上った月だけが、煌々と照らしていた。
「はぁー」
腕を目蓋の上にやりながら呻く。
「語学や歴史はともかく、花びんの体積の求め方なんて、本当にオトメに必要なのかなぁ…」
つい先程まで格闘していた数式が頭の中をぐるぐると回っている様な気がして、唸りながら
ベッドの上をごろごろと転がった。
ふと、窓の方を見やる。
目に飛び込んでくるのは、鮮やかな満月と、その傍らで清楚に輝く蒼い星。
無意識の内に、左耳のピアスに填った同じ色の貴石に指をやりつつ、呟いた。
「ニナちゃん…」
あの星を目にするたび、いつも想い出されるのは、かつて共に学んだ親友のこと。
別れ、戦い、和解し、そして――また別の道を選択した。
それぞれが、自分自身で考えた結果。
「あーあ」
再び、ごろんと転がって、目を閉じた。
――ニナちゃんなら、楽勝なんだろうなー、あんな問題。頭良かったし――
――そういえば、ニナちゃんも、明日――
思いはめぐる。
蒼い星。自分を産んでくれた母のこと。そして、15年前の襲撃のこと。
――あんなことがなければ――
――あんなことがなければ――どうなってたのかな、えっと――
少し、意識が遠のいてきたのを頭の隅で感じつつ。
――ニナちゃんは――ニナちゃんが――女王様だったのかな――
羽をあしらった冠を戴き、ミコトを抱いて玉座に座すニナを想像して、クスッと笑いがもれた。
――えっと、それじゃあマシロちゃんは――
――マシロちゃん――
『妾は、本当は…』
「あーっ」
目蓋をパッと開いて、飛び起きた。
「マシロちゃん…」
再び、窓の方を見やる。
月は変わらず、下界全てを見守る様に、そこに在った。
「はぁー」
眠れない。
何とは無しに、乾いた笑いが漏れる。
――とっくに、腹は括ったつもりだったのじゃがの――
アオイ。
そして、あの、パン屋の娘。
彼女達が自分の前から姿を消した時、本当に打ちのめされた。
――そして、誓ったのだ、彼女達に。王であることを。
本当に幸いな事に、アオイは再び自分の元に戻ってきてくれた。
今度こそ、見届けてもらわねばならぬ。
ヴィントの民が真に戴く、王としての自分を。
――そう、誓ったのじゃ、あの者と共に――
――じゃが――
「じゃが、妾は、本当に…」
コン、コン
突然の物音にガバッと起き上がった。
耳を澄ます。
自分の息遣い以外、聴こえぬ室内に、気のせいかと再び身体を横たえようとした時。
コン、コン
「ひぃっ」
確かに聞こえてきた音に、ビクッと身をすくめる。
常夜灯のスタンドを掴み、そろそろと床に降り立つと、恐る恐る窓の方に近づいた。
――ゴクッ
腹を決める。
いっそ思い切りよくカーテンをめくると、右手に握ったスタンドを、ぐっと突き出した。
「なっ」
月を背景に、そこに居たのは、よく見知ったお下げの持ち主。
なんとも場違いな笑顔を浮かべている。
「…」
コン、コン
ハッと我に返る。
目の前の顔は、困ったような微笑を浮かべ、再び窓をノックしていた。
とりあえず、錠を外し、窓を押し開く。
僅かに、夜風が吹き込むのが感じられた。
「いやー、マシロちゃん、もう寝てたらどうしようかって思ったけど、起きててよかっ――」
「…こ、こら、皆にみつかったらどうするのじゃ」
招き入れられた途端、屈託のない声で喋り始めたアリカの口を、慌ててふさいだ。
目配せを交わし、頷いたのを見て取って、手を離す。
「…えへへ、ごめんなさい…」
「全く、ここをどこで、今何時だと思っておるのじゃ」
腕組みをし、少し小さくなったアリカを横目で睨む。
ベッドの端に腰掛けつつ、尋ねた。
「で、いったい何用じゃ?まさか、遊びにきたなどと言うつもりでもあるまい」
「えーと、その…」
言いよどむアリカに、眉間の皺が深くなる。
「…衛兵に、引き渡すかの…」
「えーっ、待ってよー!…むぐ」
「…こら、大声を出すなと言っておろう…!」
再び、アリカの口を塞ぎながら、頭の片隅でちらりと考える。
――この城の警備は大丈夫なのかの――
まあ、目の前の相手は、身体能力や野生の勘といった点では、そこいらの暗殺者が束になっても
かなわないと思われるが――
――埒も無い、後で考えるとしよう――
ほっと一息ついて、アリカを開放する。
「…で、用はなんじゃ?申してみよ」
「あ…うん…えっとね…」
なおも逡巡する様子だったが、頬を微かに染めると、おずおずと切り出した。
「…マシロちゃんは、あたしと同じなんて、イヤ?」
「はぁ?」
とっさに、何が言いたいのか飲み込めず、素っ頓狂な声を漏らしてしまう。
「えっとね、あたしは嬉しかったんだ、一緒にお祝いできるーって。でね…」
「待つが良い、一体、何の話じゃ」
「え…」
しばし、沈黙が流れる。
やがて、視線に促されるように、アリカは口を開いた。
「えっと、お誕生日…」
「あ…」
覗き込むようにしてくるアリカに、思わず下を向いてしまう。
アリカは微笑むと、横を向き、窓の外の月を仰ぎ見るようにしながら続けた。
「あたし達、この貴石で、命がつながってるでしょ?」
左耳に手をやる。
「そう思うと、嬉しくて、ドキドキしてくるんだ…。だって、あたし」
くるっと振り向くと、あの満面の笑みと共に。
「マシロちゃんのこと、大好きだから」
それを聞いて、どうしようもなく頬が熱くなってくる。
「ねえ、マシロちゃんは?」
「あ…う…」
なんと返してよいのかわからず、どもってしまう。
「う…?」
「あうう…」
そんな様子を見て、アリカは目を細めると、続けた。
「だから、えーと、最近になるまで忘れちゃってたんだけど…そういえば、あたし達、お誕生日も
一緒だったんだーって。そう思うと、嬉しくなってきちゃって。だけど、その…」
段々としどろもどろになりつつ。
「マシロちゃんは、イヤなのかなー…って…」
顔色を伺うように言った。
再度、沈黙が流れる。
ぎゅっと目を閉じ、胸中でひとりごちた。
――そうじゃ、妾は――妾は、全てを背負うと誓ったのじゃ――
――この者と、共に――
喜びも、苦しみも、そして。
今、目の前にいる、命を同じくする者と、互いに祝い合える記念日を共有すること。
――同じ、誕生日――こやつと――
それは、何だか、素敵なことのように思えてきた。
<マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム>の誕生日が近づき、周囲から祝辞を述べられる度。
自分が、本当はニセモノに過ぎないのだと、突きつけられているような気がして。
だけど、そんな自分を受け入れて、尚、共に祝えることを、嬉しいと言ってくれるのなら。
――そうじゃな。
「え?」
「…妾も、嬉しい…ぞ」
「マシロちゃん…!」
ガバッと覆いかぶさってくる、身体。
「…こ、こらっ、抱きつくな…!」
「ふふっ、マシロちゃん、だーいすき」
「ちょ、やめ」
目を白黒させていると、そのままベッドに押し倒された。
「ぐふふー、よーいでーはなーいかー」
「いやっ、ば、本当に…」
「駄目ー、やーめなーいよー。ちゅっちゅー」
「そなたはいつも…!あっ、どこに…」
もみ合うこと暫し。
突然振って沸いた光と音に、ハッとしたように動きを止め、窓越しの空を見上げる。
1発、2発。
緑と赤の華が、瞬く様な音と共に夜空に明滅し、2人の貌に揺らめく陰影を映した。
真夜中にもかかわらず、歓声が聞こえたような気がする。
――顔を見合わせると、お互いの体勢も忘れて、クスッと笑み交わした。
「…おめでとう、マシロちゃん」
「…あ」
またもや動悸が大きくなってくるのを必死に耐える。
「ありがとう…」
そして。
「そなたも。おめでとう…アリカ」
それに答えて、満面の笑顔とともに。
「うんっ!」
祝福を交わす2人を見下ろすように、ひとつ、またひとつと。
色や形を変えながら、夜空一杯に華が咲く。
――9月7日。
”HAPPY BIRTHDAY!”
(了)