>47 こんな妄想はどうだろ
同じ学園とはいえ高等部に進んだばかりで、何となく気が張っているのだろう。
今日最後の授業も終わり当番もない。後は習い事に寄って帰るだけ。
机の上に鞄が二つ。それぞれ教科書とお稽古の道具が収まっている。
今日ばかりは素直にそれらを手にとって帰路に着く気にはなれなかった。
しかしいつまでもこうしてはいられない。教室掃除の邪魔にもなる。
目を伏せため息を一つ。それでもそれは長い長いため息だった。
「ごきげんよう、祥子さん。どうしたの今日は?」
聞き慣れた声に顔をあげると三奈子がいた。
頭に三角巾を着けているところを見ると掃除当番らしいが…、しかしこの学園では掃
除の時に三角巾を着けるという規則はない。
実は中等部の頃、祥子は三奈子になぜ一人で三角巾を着けているか尋ねている。
それは祥子にとって奇妙なことと映り注意したつもりだったのだが、しかし三奈子は
「気合いが入るからよ」と言いニカッと笑って返してきた。
その時以来、時折ではあったが二人は気のおけない会話を交わす仲となった。
急にガタンっと椅子をならし立ち上がる祥子に三奈子は驚いたが、もっと驚いたのは
そのまま自分の腕を取って廊下に連れ出そうとしたことだった。
祥子が当番や規則を曲げるようす
「私もお手伝いしますから、すこし三奈子さんをお借りします」
教室を出掛けに、祥子はそう他の掃除当番に声をかけていった。
もう一度いや二度、三奈子は驚いた。
祥子が包み隠さず話してくれた紅薔薇のつぼみとの会話は、どう考えてもプロポーズ
だった。三奈子はこの『スーパーお嬢様』は妹を持つことがあっても姉になる者はある
まいと思い込んでいたが、山百合会の方々なら申し分ない。
そしてもう一つの驚きは、そのことを頬を紅く染めながら早口でまくし立てる祥子の
姿に対してだった。こんな彼女は見たことがない。
「祥子さん、ちょっと待って」
三奈子は祥子の言葉を制し真っ直ぐ祥子の瞳を見詰めた。
祥子のキョトンとした様子に三奈子は五度目の驚きを覚えた。まさかと思いながら、
おそるおそる尋ねてみる。
「祥子さんはロサキネンシス・アン・ブゥトンのスールになるの?」
やはり。祥子の表情からやっとこれがプロポーズだ気付いたことが見て取れた。
三奈子は一大決心をした。
三奈子は敢えて今まで黙っていたがと断りながら祥子のコンプレックスを喝破した。
そして、習い事なんて全部辞めちゃえ、もっと大切なこともっと色んなことを山百合
会で教わるべきだと諭した。
掃除の手伝いは断り、直ぐ帰って家族に話を付けるよう促した。
元々の冷静さを装いながら教室を出る祥子を見送りながら三奈子はほくそ笑む。
(祥子さん。親友としてこの高校生活の三年間を、たっぷり楽しませてあげるわ)
まだ三奈子には腕章もカメラもメモ帳も持っていない。
あるのは頭の上の三角巾だけだった。