Rozen Maiden ローゼンメイデン SS総合 4

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772名無しさん@お腹いっぱい。
>>742
【 Alice 8 】



灰色がかった雲が漂う、薄蒼く広がった夜空。
月は雲に隠され、僅かな暉(ひかり)を覗かせているに過ぎなかった。

「....どうしたの?...水銀燈」
開いた病院の窓枠に腰を下ろし、硝子(ガラス)に片手を添えた黒い服のドールは、
背中から聞こえたその声には応えず、僅かに顔を後ろに振り向かせただけだった。
病室の可動式ベッドに上体を預けた少女、めぐは目を細め、
僅かに微笑みを浮かべた口元から次の言葉を発した。

「月の暉の無い夜なんて、何の価値も無いわよね...」
ドールはめぐの方に顔を向けたまま眉をひそめた。

「何故そう思うの...」
「あなたの居ない時の、この私みたいだもの」
そう言って屈託無い笑顔を見せた少女を、見つめるドール。

「くだらない…… めぐ...寝てなくていいの?」
「名前で読んでくれるんだ… でも寝てしまえば、あなたはまた居なくなるんでしょ?」

「……どこに行こうと私の勝手、あなたにどうこう言われる覚えは無いわ」
「だったら私も連れて行ってよ。いいでしょ?」

「…何言ってるの? あなた...ほんとに頭がどうかしてるんじゃない...」

外を出歩くことすらおぼつかない病身で何を言っているのかと、
怪訝な顔をするドールを見つめ返した少女は、細く、静かな声で言葉を返す。

「アリスゲーム....もう始まっているんでしょ。
 私の命をあなたが使い切ってくれれば、あなたがアリスになれば、私はあなたと一緒にどこへでも行けるわ」

ドールの怪訝な顔に、僅かな曇りが入る。
「どういう意味...?」その身を窓枠に立たせたドールは、少女の方に向きながら問い返す。
「天使だから」何の疑問も持たない瞳で返答する少女。

「また...そんなふざけた事を言う。私のどこが天使だって言うの?!大体...あなた達人間の描く天使は白でしょ。
 この黒い服と、この黒い翼を持った私の一体どこが天使だって言うの?…馬鹿も休み休み言えばぁ?」

やや嘲笑気味の表情を見せ、ドールは少女の瞳をきつく見つめ返す。
少女はにこやかに...少しだけ悲しみを込めた瞳でその言葉に答えた。

773名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 19:42:11 ID:AgEGZGMX

「何故黒だと天使じゃないの? 誰が天使は白いなんて決めたの? 白い羽に透き通るような肌だから? 何故それが天使なの?
 白は純粋無垢を表すから? そんなもの....滑稽もいい所だと思わない?」

こんな答えが返ってくるとは思わなかったドールは、その答えに返す言葉を持たなかった。
ドールの表情が...嘲笑から沈黙に変わる。
何も答えないドールを静かに見つめ、少女の言葉は続く。

「神様や天使の姿なんて、本当はエゴイズムもいい所....悲しみや、辛さや、絶望を味あわず、
 疎まれ、避けられる事すら知らない、そんなフリをしただけの....白を纏(まと)った黒い存在が天使なのよ。
 でも....そんな存在でも、私は祈り続けたわ...“本物の天使に逢わせて下さい”...ってね」
「………」

「水銀燈....あなたは、辛さや悲しさ....どうしようもない焦燥感や、望まれない自分の存在を知っているんでしょ。
 知っているからこそ、あなたは優しいの。その優しさを表す事が出来ないだけ....優しいから....何もかも背負おうとしている。
 背負おうとしているからこそ、本当の自分を塞いで、あなたはアリスを目指し....戦い抜こうとしてるのよね....あなたの姉妹達と」
「……知った風な事を....あなたに何が解ると言うの...」

「…そうね....でもあなたは導いてくれる。私の命を糧にして、私の魂を抱いて、あなたのお父様の下へ連れて行ってくれるわ。
 だって、あなたは私の天使だもの。本当の....天使だから」
「……本気で....言っているの?」

「ええ…当然よ」
「ほんと....あきれたおばかさんね....あなたって子は...」

少女の言葉にそう言って、黒服のドールは再び背を向けた。
思い詰めた...悲しみを含むような静かな顔で夜空を見上げる。
少女...めぐの方からはそのドールの表情は伺えない。
めぐはそのままドールから....水銀燈からそっと視線を外した。

774名無しさん@お腹いっぱい。:2006/02/12(日) 19:44:12 ID:AgEGZGMX



夜空を見つめる水銀燈の背中から聞こえる...静かな歌声


     (  揺れる 夢の記憶は いつも  )


その歌声は静かで...透き通り


     (       孤独な夜       )


水銀燈の心にある気持ちを和らげてくれると共に...


    (     暗い 闇に 怯えて     )


今抱いている....水銀燈の心を映し出す...


 (    泣いている 迷い子の祈りは 届くの    )


そして...雲を払うように輝きを取り戻した月が...水銀燈自身を照らし...その心を照らし出す....


水銀燈の背に生える黒い翼が、月の暉を受け止める様に広がりを見せた。


めぐの歌声が小さくなる。
声の変化に水銀燈は小さく振り向き、こう答えた。

「...どこにも行かないわ。一緒にいてあげるから....だから」




(    だからどうか   歌を   やめないで    )




めぐは...嬉しそうに目を細め....再び...
その透き通る...儚さをほころばせるような...声の旋律を奏で出した。