>>742 【 Alice 8 】
灰色がかった雲が漂う、薄蒼く広がった夜空。
月は雲に隠され、僅かな暉(ひかり)を覗かせているに過ぎなかった。
「....どうしたの?...水銀燈」
開いた病院の窓枠に腰を下ろし、硝子(ガラス)に片手を添えた黒い服のドールは、
背中から聞こえたその声には応えず、僅かに顔を後ろに振り向かせただけだった。
病室の可動式ベッドに上体を預けた少女、めぐは目を細め、
僅かに微笑みを浮かべた口元から次の言葉を発した。
「月の暉の無い夜なんて、何の価値も無いわよね...」
ドールはめぐの方に顔を向けたまま眉をひそめた。
「何故そう思うの...」
「あなたの居ない時の、この私みたいだもの」
そう言って屈託無い笑顔を見せた少女を、見つめるドール。
「くだらない…… めぐ...寝てなくていいの?」
「名前で読んでくれるんだ… でも寝てしまえば、あなたはまた居なくなるんでしょ?」
「……どこに行こうと私の勝手、あなたにどうこう言われる覚えは無いわ」
「だったら私も連れて行ってよ。いいでしょ?」
「…何言ってるの? あなた...ほんとに頭がどうかしてるんじゃない...」
外を出歩くことすらおぼつかない病身で何を言っているのかと、
怪訝な顔をするドールを見つめ返した少女は、細く、静かな声で言葉を返す。
「アリスゲーム....もう始まっているんでしょ。
私の命をあなたが使い切ってくれれば、あなたがアリスになれば、私はあなたと一緒にどこへでも行けるわ」
ドールの怪訝な顔に、僅かな曇りが入る。
「どういう意味...?」その身を窓枠に立たせたドールは、少女の方に向きながら問い返す。
「天使だから」何の疑問も持たない瞳で返答する少女。
「また...そんなふざけた事を言う。私のどこが天使だって言うの?!大体...あなた達人間の描く天使は白でしょ。
この黒い服と、この黒い翼を持った私の一体どこが天使だって言うの?…馬鹿も休み休み言えばぁ?」
やや嘲笑気味の表情を見せ、ドールは少女の瞳をきつく見つめ返す。
少女はにこやかに...少しだけ悲しみを込めた瞳でその言葉に答えた。