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真夜中の北海に、まばゆいばかりの光条とともに巨大な水柱が上がった。
落下する発光物体に照らされ、光の柱が青白く水平線上に立ち上がる。
落着地点から85キロメートルの距離まで接近していたドイツ海軍ザクセン級フリゲート「F-225ケーニヒスベルク」は、直径少なくとも70メートル以上の巨大な球形をした物体が、海上に出現したことをレーダーで探知した。
反射波のパターンから、物体にはRCS低減効果があり、ただの金属ではない、特殊な防御フィールドを纏っていることが読み取れた。
レーダーに映る情報だけでは、物体の正体が確かめられない。
しかし、もしこれが今世界中を騒がせている巨大UFOの一部なら、不用意な接近は危険である。
さらに基本的には動きの鈍い水上艦ならなおさらだ。
まずは航空機による上空偵察を試み、ある程度の情報を得てから艦艇が接近する。
イギリスからのタイフーンIIIとあわせて、ドイツ本土からも、防空軍のMiG-35スーパーファルクラム、Su-47ラオプフォーゲルが北海へ向かう。
タイフーンIIIがイギリス本土から200キロメートルほど離れた頃、クラウディアに続いてミッドチルダ艦隊の巡洋艦も大気圏に突入し、北海上空へ降下していた。
高度を3000メートル程度にとり、雲の底辺近くに艦をとって航行する。大気圏内では雲に隠れることの多い次元航行艦ならではの飛び方である。レーダー回避の意味では、次元航行艦は特に魔力素による電磁波への干渉を起こすため雲の中では捉えにくい。
大型バイオメカノイドが落下した海面付近は、夜の黒いヨーロッパの海に閃光をきらめかせていた。
おそらく、敵には隠れるという概念が無い。
いずれにしろあの大きさでは、いるだけで目立つしすぐに見つかってしまう。
むしろ最初に海へ落ちたのは幸いだった。これが陸上であれば、付近の住民に目撃されたりなどでパニックを引き起こしていただろう。
ケーニヒスベルクのソナーマンは、海水をかき分けて進む巨大な物体の音を聞いた。
潜水艦のような硬質な音ではなく、クジラのように水中を縫うような音でもない。
複雑な形状をした物体が水中を漂う、嵐のような音だった。
さらに対空警戒レーダーにもミッドチルダ艦隊の影が映る。
やや離れて先頭に立つクラウディアが、海面にいるザクセン級に向けて発光信号を打った。
用いたのは英語だが、国際的にはドイツ艦にも通じる。
まず先陣を切り、クラウディアが海面へ向け艦首魔導砲を放った。
闇夜に青白い光条が走り、沸き立つ海面がさらに激しく爆発する。
発砲の瞬間、ケーニヒスベルクのレーダースクリーンは一瞬ぶれて画像の書き換えが止まる。
魔力光の高出力はレーダー素子にも影響を与える。
ケーニヒスベルクのCICでは、上空を飛ぶタイフーンIIIから送られた敵大型バイオメカノイドの画像とレーダー反射波の分析を行っていた。
射撃諸元を計算し、ミサイルの誘導装置に入力すれば地球の武器でもバイオメカノイドを攻撃することができる。
艦砲でマニュアル射撃するには接近しなくてはならないが、ミサイルならば離れたところから撃てる。
クラウディアの攻撃開始から2分後、ケーニヒスベルクは対艦ミサイルハープーンを発射した。
ジェットエンジンによって巡航し、海面すれすれを飛ぶハープーンは、命中直前にホップアップし上空から敵の姿をとらえる。
弾頭に搭載されたガンカメラが映し出す映像を、ケーニヒスベルクの乗員たちは見た。
それは無数の瘤のような肉塊をまとわりつかせた球状の物体で、海面に出た頭部の下には、何本もの発光する触手が水中に伸びていた。
中世の船乗りが遭遇したと言われるクラーケン、大ダコか。
米軍からの情報によれば敵は巨大生物を改造した機械怪獣だという。
魔導砲が命中した箇所から、スパークのような魔力光を吹き散らしている姿は、明らかに地球上に起源をもつものではない。
クラウディアのレーダーにも、ケーニヒスベルクが発射したハープーンミサイルの輝点が映った。
次元航行艦の魔力レーダーでも、通常物体の探知はできるしその機能は必須だ。自然界には必ずしも強い魔力を持っている物体だけがあるとは限らず、微弱な自然魔力光を走査できる索敵装置が必要だ。
レーダースクリーン上を高速で移動する物体を認め、クラウディアの電測員が報告する。
「艦長、地球艦より高速飛翔体が発射されました。ミサイルです」
ミッドチルダ語では、いわゆるミサイルとロケットを区別しない。誘導能力の有無にかかわらず、自己推進力で飛ぶ弾丸をミサイルと呼ぶ。ロケットは推進装置そのものをあらわす。
また弾体が実体弾か魔力弾かどうかも問わず、誘導魔法やバインドもカテゴリーとしてはミサイルに含まれる。
「魔力光スペクトルを採取せよ。地球艦の射程を遮らないように後続のミッドチルダ艦隊に連絡しろ」
「はい艦長」
地球艦が行う攻撃オプションを登録し各艦の警戒システムに入力することで、誤射や同士討ちを避ける。
ケーニヒスベルクは距離50キロメートルをとってミサイル攻撃を続け、後続のもう1隻のザクセン級もミサイルを発射し始める。
現在、北海にいるユーロ海軍の艦では打撃力が足りない恐れが出てきた。
ハープーンミサイルは弾体が比較的小さく、対水上艦戦闘ならば十分な破壊力があるが、船舶ではない巨大怪獣にこれがどこまで通じるかというのは未知数である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中しています。続けて当たります、合計6発が命中」
「ミサイル攻撃の合間を縫って本艦の砲撃を当てます」
「砲雷長、落ち着いて狙え。敵はおそらくまだ我々の正確な位置をつかんでいない、確実に命中させろ。
電測、敵の動きを見逃すな。反撃の兆候があればすぐに知らせろ」
空中から魔導砲を発射した瞬間、海面が毛羽立つように光を反射して輝く。
XV級の放つ青い魔力光は、海の水を黒色に染め上げる。
「地球艦、先頭艦が転進、距離をとります」
「おそらくミサイルを撃ち尽くしたかと」
クロノの隣に立つウーノが予想を述べた。
実体弾であるミサイルは艦内の容積を必要とするため搭載数に限りがある。地球の艦は次元航行艦に比べて小型のものが多いため、必然的に搭載数も少なくなると予想された。
ミッドチルダ艦隊は海上を走査し、現場に向かいつつある地球艦をリストアップしていた。
まず現在交戦中のドイツ海軍ザクセン級が2隻、それからイギリス南岸をトライトン級が1隻北上している。さらに反対側のスカゲラク海峡から、ソ連海軍のスラヴァ級が1隻、向かってくるのが確認された。
ヴォルフラムから提供を受けた地球の兵器の中で、特にスラヴァ級は大型のミサイルを搭載し非常に攻撃力の高い艦であるとされていた。
現在現れているバイオメカノイドはこれまで確認できた個体の中でもかなり大型で、大クモの倍以上はあるような、赤い体色を持つ大ダコだった。
身体の天辺にあたる胴部は血のように赤く、そこから頭部にいくにつれてだんだんと色味は白くなり、触腕は金属質のうろこを持った濃灰色をしている。
ハープーンミサイルが命中した大ダコは、ミサイルを発射した艦の場所を見つけられず、腕で海面をしきりに叩いていた。
まだ起動したばかりで周囲の状況をつかみきれていないと予想された。
クラウディアの魔導砲が命中したところでは、一部、シールドが破損して魔力残滓が散らばりつつあるのが確認された。
「敵大型バイオメカノイド内に高レベル魔力反応、出力上昇します」
「砲撃が来る。ランダム回避運動開始、ミッドチルダ艦隊にも伝達せよ」
水平線の向こうにいる相手に攻撃ができないと悟った大ダコは、空中にいる次元航行艦へ向けてビームを撃ち始めた。
こちらも青白い荷電粒子砲で、大気圏内では空気の分子と衝突して激しく発光する。
大気をかき分けてプラズマが突進するため、弾速は宇宙空間に比べると遅いが、それでもこれほどの距離では発射から着弾までは一瞬しかない。
すぐにクラウディアの左舷をプラズマがかすめていき、艦の表面から火花が飛ぶ。
「左舷艦首に至近弾!ダメージ軽微!」
「艦長」
「発射の兆候を見極めろ。敵の頭部にリング状の砲口がある、計6門だ。操舵手、敵の動きに合わせてタイミングをとれ」
「了解!」
後方にいるミッドチルダ艦隊からも砲撃が始まる。ミッドチルダの主力巡洋艦であるXJR級は、XV級の船体をベースに多数の武装を搭載した艦隊水上打撃力の中核となる艦で、誘導魔法と長距離砲撃魔法の組み合わせで艦隊防空を担い、遠距離の敵を撃破する。
搭載される魔導砲は直射だけでなく弾道を曲げたプログラミング砲撃が可能であり、正面装甲をかわして敵の弱点に砲撃を当てることが可能である。
本来ならば、管理外世界の上空で次元航行艦が発砲するという事態は極めて異例である。
そもそも魔法技術は拡散させてはならないと各国間の条約で定められており、これを実際に使用してみせることも原則、禁止だ。
海上にいるであろう地球の艦からは、上空からビーム砲を撃つ異星人の宇宙戦艦としてXJR級とXV級は見えているだろう。
ザクセン級2隻は手持ちのハープーンを撃ち尽くしてしまい、タイフーンIIIからの報告で目立ったダメージを与えられなかったことを確認すると反転して撤退を始めた。
この場としては賢明な判断である。
これ以上接近すれば大ダコの視界に入ってしまい、荷電粒子砲の砲撃に晒されることになる。
そうなれば次元航行艦よりも速度で劣る水上艦は、ひとたまりもなく粉砕されてしまうだろう。
「艦長、大ダコが動き始めます。進路は──南東です、先ほど攻撃を行っていた地球艦の方角です」
クロノとウーノは面を上げ、スクリーンに投影された戦術マップを見た。
「速度は」
「現在18ノット、増速しつつあります。地球艦の速度は25ノット、おそらく追いつかれます」
「陸地へ上がられるのは避けねばならんな──よし、面舵30度、針路1-4-5。下げ舵一杯、高度300フィートまで降下。大ダコと地球艦の間に割り込め。
地球艦と地球人に被害を出すことは防がねばならん」
「面舵30度、下げ舵一杯アイ!」
「針路、1-4-5にとります!」
クラウディアの操舵手と航海長がそれぞれ復唱し、艦を変針させる。
ミッドチルダ艦隊はこのまま大ダコに向かい、真上から攻撃する作戦を立てた。
XJR級の防御力ならば、大ダコと正面から撃ち合って勝負になると踏んだ。XV級との性能的な差異は艦首魔導砲の定格出力値(XJR級の方が倍の魔力値を持つ)、結界魔法強度、艦内装甲区画の数である。
全体的にはXV級はこれまでの管理局艦同様に長期哨戒任務に向いた性能、XJR級はより艦隊決戦向きの性格である。
大ダコの放つプラズマ弾に対し、XJR級はそれぞれホイールプロテクションを展開して防御する。
艦を横に並べて敵の攻撃を分散させ、防御している間に別の艦が攻撃する。
「左舷後方距離28000、ミッド艦隊が大ダコと交戦に入りました」
「地球艦の動きは」
「ザクセン級、速度25ノットで東進中です。西側より、イギリス海軍トライトン級が1隻、向かってきます。こちらは現在距離190キロメートル」
「ソ連艦の位置は」
「デンマーク沖を南下中、距離350キロメートルです」
「よろしい。左水上戦闘用意、全主砲左舷に指向せよ」
大ダコの進路前方を横切るようにクラウディアは艦をとる。この場合正面に固定されている艦首魔導砲は使えないが、これを撃つためには敵の真正面に停止しなければならないため、艦を方向転換させて移動させる手間を考えると主砲で応じたほうが速い。
スラヴァ級から、P-1000ヴルカーン対艦ミサイルが発射される。
弾頭は通常炸薬で、ハープーンに比べて非常に巨大なミサイルであるため炸薬量が多い。命中すれば大型空母でも一撃で撃沈できる威力がある。
P-1000の最大射程距離はおよそ800キロメートルだが、陸上からユトランド半島越しに撃つとデンマーク領空を通過することになってしまうため、北海に出てから撃つ必要があった。
現在の各艦の位置は大ダコを中心としてほぼ真北にミッドチルダ艦隊のXJR級が5隻、一列横隊をとって並び、その反対側、南側にクラウディアが位置している。
XJR級は大ダコからおよそ40キロメートルほど離れ、クラウディアは20キロメートル程度まで接近している。
さらに最初に攻撃を仕掛けたザクセン級2隻は大ダコから南東側へ65キロメートルほど離れ、ヴィルヘルムスハーフェンへ向け航行中だ。
南西側からはイギリス海軍のトライトン級がドーバー海峡を越えつつあり、まもなくハープーンミサイルの射程距離内に入る。
スラヴァ級は大ダコの北北東に位置し、ユトランド半島の近くから長距離対艦ミサイルを大ダコに向けている。
スラヴァ級が発射したP-1000は巡航軌道を東側にとり、XJR級のいる位置を大きく迂回して大ダコに向かった。
P-1000ミサイルは推進装置として強力なターボジェットエンジンとロケットブースターを装備し、超音速巡航が可能だ。大型艦船を目標にした際に強力な運動エネルギーを発揮して威力を上げることができる。
米海軍大西洋第2艦隊からの情報提供に基づき、ソ連艦は規定周波数での通信発信を行いながらミサイルを発射した。
クラウディアが指定してきた連絡用の回線で、これはミッド艦隊側でも受信していた。
XJR級の通信設備には地球艦の情報が無く、XJR級単独では地球艦と通信ができない。ミッド艦隊が地球と意思疎通を図りたければ、クラウディアの用意した手段に乗ってくるしかないということだ。
これを無視すれば、ミッドチルダは地球に対して不義を働いたとみなされる。
政府の思惑はともかく、現場レベルでは、ミッドチルダ艦隊はクラウディアに従うよりないといった状況だった。
「高速飛翔体確認、地球のミサイルです!数3、方位2-5-5から3-2-0へ移動中、速度1600!」
「目標までの命中予想時間は」
「この速度ですと3分ほどです!」
「よし、命中15秒前に発砲を停止、着弾を観測せよ!他の4艦にも連絡だ」
戦隊旗艦を務めるXJR級「ソヴリン」では、スラヴァ級のミサイルを探知して攻撃オプションを変更した。
こちらが発砲を続けていては、ミサイルを誤爆させてしまう危険がある。
大ダコが放つ弾幕は広範囲にわたり、XJR級はサイドスラスターを使用して細かく船体を動かしながら、敵の予測射撃を回避している。
シールド魔法を艦の前方に配置し、他艦との距離を測りながらプラズマ弾を受け流す。
プラズマ弾に混じって、実体弾のマイクロミサイルも混じり、これは誘導魔法で迎撃する。バイオメカノイドが使用するミサイルは体内で生成した炸薬を金属皮膜で包んだ構造で、簡易だが次元航行艦や地球艦のものと違い弾薬の自己補給が可能だ。
小型のバイオメカノイドを産み落としそれを敵に向けて撃ち出していると見ることもできる。
「敵ミサイル多数、続けて来ます!対空レーザー、自動迎撃モードで射撃開始!」
XJR級およびXV級では対空防御用の小型魔導砲は左右舷側にそれぞれ2基ずつ搭載されている。
最大同時交戦目標数は2048ユニットであり、これはLS級に搭載されている管制装置の性能を引き上げたものだ。
「目標群アルファおよびブラヴォー、全て迎撃!地球艦のミサイル、命中まであと45秒です!」
「よし、撃ち方やめ、結界出力を120パーセントまで上げろ!地球艦のミサイルの着弾の瞬間を見逃すな」
「このミサイルが質量兵器と同等のものなら──」
入力された攻撃指令コマンドをクリアしたことを示す火器管制装置のアラームが鳴り響き、XJR級ジャガーの副長は小さくつぶやいた。
過去の次元世界における戦乱期では、“質量兵器”と呼ばれる大量破壊兵器が使用され、世界各地に甚大な被害をもたらした。
発射される弾丸の破壊力は常軌を逸したものであり、当時、次元を隔てた世界に精密な弾体転送を行うことが難しかったことから、多少着弾地点がずれていても目標を確実に殲滅できるように威力の大きな弾頭が開発された。
惑星に大穴を開けてしまうような“狭義の”質量兵器──対消滅弾頭なども多用された。
さらに次元属性魔法が開発されると、物理的なシールドでは防げない次元破壊弾頭が使用されるようになった。
もちろん、この第97管理外世界ではそれほどの技術水準の兵器は開発できていないはずである──。
しかし、現在地球上空にいるミッド艦隊の他の艦との連携が制限されているXJR級では、その戦闘行動に激しいプレッシャーがかかっている。
通常次元航行艦がこれほど目標に接近して戦闘を行うことはなく、惑星上での戦闘では通常は軌道上から攻撃を行う。
大気圏内に降りて目視で敵が見える距離で撃ちあうということは、それこそ非武装の違法船舶か、既に無力化した艦を拿捕する時などに限られている。
戦闘が長時間に及べば、それだけこちらが操艦ミスを犯す恐れも高まる。
シールドで防いではいても、もし一発でも防御に失敗し直撃弾を受ければ、こちらは一撃で戦闘能力を喪失する危険がある。
重装甲の戦艦ならいざしらず、このXJR級ではその本領は惑星間レベルの超長距離での戦闘だ。
「クラウディアないし管理局からの、第97管理外世界への情報提供がある」
白波を蹴立てて進む大ダコに、後ろから頭部を叩く形でP-1000ミサイルが命中する。
大爆発とともに海面に衝撃波が白い円を描いて広がり、大ダコの巨体が揺らぐ。
爆炎に照らし出される海面に、浮遊物が散らばるのが見えた。バイオメカノイドの血液だ。有機金属を含む毒液だ。
さらにその匂いをかぎつけて、サメが大ダコの周囲に集まり始めた。サメたちは鉄の匂いにひかれている。さらに、この大ダコは体内にたんぱく質も持っており、肉と金属が融合している。
大ダコに噛みついたサメは、そこからたちまち取り込まれ、吸収同化されていく。
大ダコは、頭部に絡みつく肉塊におびただしい数の魚やサメがこびりついた異様な姿になっていく。
「管理局は第511観測指定世界の存在を知っていて、それでクラウディアに!?」
操舵席に座る水兵が歯を食いしばる。
ミッドチルダ海軍といえども、各艦の末端の兵員までは、自国の裏事情は知られていない。
ただでさえ、管理局は各国正規軍からは色眼鏡で見られる立場にある。
上空30キロメートルに展開した米軍X-62編隊は大ダコの頭上を占位し、大ダコの体表からちぎれて海面に散らばった肉塊をパルスレーザーで撃っている。
「どちらにしろ我々はあのバイオメカノイドを撃破しなくてはならん──!!」
「!!艦長、友軍艦レパードが被弾!右舷中央部から炎上します!」
大ダコのプラズマ弾が跳ね返るように命中し、艦体が激震する。反動で高度を押し下げられ、散らばってきた小口径レーザーの弾幕に突っ込んで艦底部から激しく閃光を噴き上げる。
「地球艦からの大型ミサイル、再び接近!8発来ます、命中まであと120秒!」
「クラウディアは動いているか!」
「現在ドイツ沿岸と敵大型バイオメカノイドの間に進入しつつあります」
「地球艦を守る構えか……しかしそれはあくまでも管理局としての作戦だ」
「艦長、ではわが艦隊は」
「ミッドチルダ政府からの作戦指令に変更がなければ──最優先は敵大型バイオメカノイドの撃破および“回収”だ」
被弾したレパードも、乗組員たちの懸命の応急処置も空しく、火災が機関室におよびさらに艦腹から大爆発を起こした。炎上しつつ、海面への緊急着水を試みる。
XJR級の残る4隻は上空からの大型バイオメカノイド攻撃を続ける。
大ダコを撃破し、その中枢部もしくは体組織の一部、できるだけ大きな残骸を回収する。
それはミッドチルダがバイオメカノイドの正体をつかみ、それを利用した兵器の開発に資すると見立てられていた。
バイオメカノイドの正体を突き止める研究において、ミッドチルダはなんとしても管理局を出し抜かなくてはならない。
これで先を越されてしまうと、今回の事件におけるミッドチルダの立場は一気に不利になる。未知の次元世界を独占的に占領する計画を立てていたことが暴露され、さらにその計画におけるミスで、全次元世界の危機である今回の事件を招いてしまった。
この事実が知られてしまうと、各国政府や国際世論からの非難はますますミッドチルダに集中する。
そのような事態は避けなければならず、またそうなれば、今まさに魔法技術のない管理外世界に進出し、魔法を使用している自分たちはそれこそバッシングの矢面に立たされるだろう。
ヴァイゼン旗艦のチャイカは日本へ降下していったが、立場が危ういのはヴァイゼンも同じはずである。
しかし現時点では互いに、クラウディア側に従うことで相手を出し抜き、管理局による便宜を図れる可能性がある。
カザロワ少将がそこまで計算しているかはともかく、ヴァイゼンとしては仮に管理外世界への違法進出が問題になったとしてもミッドチルダに責任をかぶせることができ、その点では有利ではある。
よって、ミッドチルダ艦隊としてはこの事件の対処におけるイニシアチブを管理局に握られてしまうことはこれもまた不都合な事態である。
「!艦長、ミッドチルダ海軍司令部より入電です。緊急連絡です!」
「回せ」
受信し出力された電文を、艦長と副長のそれぞれの暗号鍵で復号する。
『“発 ミッドチルダ海軍中央司令部、宛 第511観測指定世界派遣艦隊
第6管理世界アルザスにバイオメカノイド出現、新暦83年12月31日時点においてほぼ全土を制圧された模様──
空母機動部隊による掃討作戦を展開中、貴艦隊は第97管理外世界における最低限の駐留艦を残し早急に帰還されたし──”』
「艦長、これは──!」
表示された携帯ディスプレイをつかみ、副長が驚愕の表情で艦長の顔に視線を渡す。
「管理世界がやられた──だと」
「アルザス全土を制圧ということは──」
この入電は地球に降下した艦だけではなく、軌道上にいるミッドチルダ、ヴァイゼンの両艦隊全艦が受信したはずだ。
管理世界がバイオメカノイドに襲われ、甚大な被害を出した。
そして現時点では、インフェルノは第97管理外世界には具体的な被害を与えていない。
現時点での情勢を考えるなら、ただちにアルザスの援護に向かうべきである。
しかし同時に第97管理外世界への今後の影響を考えるなら、このままインフェルノとの戦闘を放棄することはできない。
第97管理外世界の人間は、アルザスのことなど知らないし、存在さえも同様だ。
このままミッド艦隊が撤退すれば、ミッドチルダは地球を見捨てたと受け取られてしまうだろう。
そうなったとき、第97管理外世界におけるミッドチルダの権益は失われ、管理局に奪われてしまうことになる。
地球と、アルザスをはじめとした管理外世界と──どちらがミッドチルダそして管理局にとって重要かを考えるなら、それは自明である。
アルザスは放棄された。
「──通信士官、軌道上の『リヴェンジ』へ打電だ。わが戦隊はこのまま第97管理外世界にとどまり敵大型バイオメカノイドの追撃を行う。
艦隊主力は宙域を離脱しアルザス泊地へ進出されたし──と」
「艦長」
「指令では全艦帰還せよとは言っていない。1隻でも残していれば言い訳はできるということだ。
たしかにアルザスと地球、両世界を天秤にかければどちらが重いかは誰もが同じように考えるだろう──だが、我々はその両方をも手に掴まねばならんのだ」
XJR級ソヴリンの艦長は決断した。
次元航行艦の乗組員は、他の魔導師に比べて、撃沈時の生還率というのはとても低い。
板切れ一枚あれば浮いていられる惑星上の海と違い、宇宙空間では船を失うことは即、死につながる。
ひとたび宇宙に、次元空間に出れば、必ず、この航海で生きて帰れないかもしれないということを意識し心に留めておかなくてはならない。
今回の事件では、ミッドチルダ政府がいつになく穏やかでない動きをし、末端の将兵を振り回すような混乱を見せていた。
その裏の事情はともかくも、前線で戦う船乗りにとっては、命令に忠実に最後まで戦い抜くことが矜持である。
「地球艦のミサイル、敵大型バイオメカノイドに命中。速度が落ちます、脅威度の高いユニットに攻撃されていることを探知した模様です」
「クラウディア、砲撃を開始しました。1時の方角、距離86キロメートル」
「レパードより報告、火災は消し止めましたが魔力炉へのダメージが大きく航行不能、破口より浸水しつつあるとのことです」
ザクセン級やトライトン級にも、大ダコの攻撃が届き始めた。
ケーニヒスベルクは艦尾のヘリ甲板付近にプラズマ弾を受けて装甲表面が破裂しているがなんとか航行可能で、マイクロミサイルはCIWSマウザーパルスキャノンで迎撃している。
トライトン級はその艦級名が示す通りの三胴船体を持ち、適切な装甲傾斜によってプラズマ弾を弾き返すことができている。
前甲板には米海軍との共同開発である32ポンドレールガンが搭載され、これは弾頭重量32ポンド(15キログラム)のタングステン砲弾を砲口初速8000m/sで発射でき、射程距離も長く大ダコにも有効な攻撃である。
XJR級も、精密砲撃でまず敵の巨体を取り巻いている肉塊を引きはがす作戦を立てた。
肉塊が周囲を取り巻いている状態では本体に攻撃が届かず、ダメージが与えにくくなってしまう。艦数の有利を活かし、飽和攻撃で敵の防御を破る。
「!クーガー、後部マスト付近にプラズマ弾命中!」
再び艦隊が激震した。シールドが割れて飛び散った魔力残滓が、北海の寒風に吹き流されて空に舞う。
高度を下げて艦尾を海面に擦りつつ、クーガーは何とか姿勢を立て直そうとしている。
被弾し損傷した艦が2隻になった。このまま長期戦に持ち込まれるとこちらは不利だ。
「5インチ砲をマニュアル射撃で狙え!手数を減らすな」
「地球艦からの電磁投射砲、着弾します」
「まず敵の増加装甲を砕かなくてはならん。火力を惜しむな!」
鯖落ち酷いね…。
支援。
大型バイオメカノイドの耐久力は驚異的である。これだけの砲撃を射ち込まれたら、通常戦艦であっても上部構造物がぼろぼろになり、まともな戦闘はできなくなる。
バイオメカノイドはその体躯それ自体が攻撃力でそして防御力でもあり、水上艦や次元航行艦のように脆弱なセンサーや砲塔部分などがない。
大ダコの周囲を取り巻く肉塊のうち、特に大きな6個が分裂して周囲に浮き上がった。これはビットのように、独自に移動して攻撃が可能なようだ。
ザクセン級とクラウディアはただちにこのビットを狙って砲撃を集中させる。
敵はおそらく、数の不利を悟ってて数を増やす作戦に切り替えたと思われた。
打撃力で劣る地球フリゲートは、速射性を活かして敵の攻撃手段を減衰させる。その間に、攻撃力の高いスラヴァ級とトライトン級で本体にダメージを与える。
スラヴァ級の第3波攻撃が放たれ、大ダコがまき散らす弾幕を蹴散らしながら大型ミサイルが海面を疾走する。
放たれた8発のヴルカーンミサイルのうち2発が弾幕で迎撃され海面に落下したが、残る6発が海面高度のままホップアップせず、超音速のシースキミングで大ダコに命中する。
爆発の衝撃でちぎれて飛び上がった肉塊が、周囲に散らばって水柱を上げる。
クラウディアの砲撃で、ビットのうちの1基が破壊され残りは5基になった。
艦橋から、ウーノはミッドチルダ艦隊のうちの数隻が被弾しているのを見て取った。
もちろん地球側からもそれは見えているはずである。
「レパードは艦尾から水没しつつある──再浮上は望めんだろう」
光学望遠での観測で、着水したXJR級レパードは艦尾側の浸水がひどく、煙を上げている場所や魔力排気の様子から機関にダメージが及び飛行魔法の出力が上がらない状態になっていると思われた。
こうなってしまうと次元航行艦も普通の船舶と変わりなく、艦内への浸水を止められなければ沈没は時間の問題である。
「ミッドチルダは管理外世界での戦闘で艦を失うことになります──」
次元航行艦は高価な装備である。
いかにミッドチルダが次元世界有数の艦艇保有量を誇るといっても、そうやすやすとすり減らしていいものではない。
「地球艦の打撃力では敵大型バイオメカノイドを破壊するには不足です」
「地球側はこの相手に対して、管理世界に対する自分たちの優位性を示さねばならん。さもなくば今後の対バイオメカノイド作戦において立場が弱くなってしまう。
またそのために地球は機会をうかがっている」
「とすると、あの戦闘機編隊が?」
クラウディアのレーダーでは、大ダコの真上の成層圏で待機している米軍X-62編隊が探知されていた。
航空機としての性能は管理世界のものをはるかにしのぎ、武装はともかく、その機体サイズから予想されるペイロードも、プラットフォームとしてのポテンシャルはかなりのものがあると思われる。
「イギリスはグレアム提督の助言の元、大型魔力兵器の開発を行っていた。地球にそれが残されているということは、地球もまたかつての古代ベルカ時代の遺物が自国領土内に残っていることを把握している。
地球にとっては独自の魔法技術構築は絶対に成し遂げなくてはならないものだ。それによって、今後管理世界に関わっていくうえでの立場が決まる。
他の多くの次元世界のように、ミッドチルダまたはベルカに支配されていた過去を持たない世界がとる選択肢とは限られている──」
古代ベルカの勢力圏外にあった管理外世界は、管理局体制にもあまり積極的に参加していない。
地理的に距離が近かったオルセアが、先陣を切って反管理局同盟を作ろうとしている程度だ。
地球もまた、次元世界としては異例の、他管理外世界との交流が少ない立地であった。
地球は、その世界内で見つかるロストロギアを、自分たちの独力で処理しなくてはならない。
そしてそのためにも、先進各国は魔法技術の実用化を急いでいる。
避難民を乗せるための最後の艦載艇がアルザスに着陸し、ミッドチルダ海軍兵たちの誘導でアルザス市民が艇に乗り込んでいるとき、キャロとヴァイスはJF912型戦闘ヘリに乗り組み、上空直掩を行っていた。
ミッドチルダ海軍の本隊空母が到着するまで待てないので、今いるL級と、護衛の小型空母だけで凌がなくてはならない。
ヴォルテールの放つブレスは広範囲の魔力素を使用して励起させ、いっきに温度を上げて気化爆発を起こす。
やわらかい岩石質の甲羅を持つバイオメカノイドを粉々に破壊し、吹き飛ばしている。
それでも、押し寄せる個体量を食い止めきれない。
すでに数分前、別の陣地から応戦していた班が、陣地ごとワラジムシの群れに押しつぶされ、飲み込まれていた。
その跡がどうなったのか、上空からでは見えない。
「キャロちゃん、ヴォルテールをいったん戻せ!交代だ!」
ヴァイスがマイク越しに叫び、JF912の機体を低空へ降ろす。
本機には機首の旋回銃座に30ミリオートキャノンが装備され、大口径カートリッジを使用した射撃魔法を使用できる。
ヴァイスは自身のデバイスであるストームレイダーを本機に取り付け、精密射撃魔法を使えるようにしていた。
低空から、貫通属性が付与された機関砲弾が毎秒720発という猛烈な速度で撃ち出され、地面を抉るようにワラジムシたちを跳ね飛ばす。
大口径魔法弾が持つ運動エネルギーは凄まじく、ケイ素主体の殻を纏ったワラジムシたちは砂細工のように吹き飛んでいく。
ヴァイスがJF912による掃射をしている間にキャロはヴォルテールを呼び戻し、魔力の補充をする。
キャロの召喚術によって、ヴォルテールは短距離転移を使用して自身の機動力を超えた速度で移動できる。
バイオメカノイドが集まっている丘の向こう側にいる、1体の青いドラゴンにヴァイスたちは狙いを定めていた。
バイオメカノイドの中でも大型の個体は単独でもそれなりの知能を持ち、他の小さな個体を統率する能力があると予想されていた。
これまでの戦闘で、ドラゴンがワラジムシやアメフラシの集団を率い、上空からの指示で群れが一気に向きを変えて目標に殺到するような動きが観測されていた。
キャロたちが戦線に残されているのは、バイオメカノイドの行動パターンを可能な限り採取するという目的もある。
JF912のレーダーで、ドラゴンまでの距離はおよそ3700メートルと計測された。
敵のプラズマブレス攻撃は弾速こそ遅めだがとにかく威力が大きく、至近弾でもヘリコプターにとってはひとたまりもない。
『ヴァイス陸曹、民間人収容完了まであと2分です、なんとか持ちこたえて!』
「了解っ……どうだキャロちゃん、もう一回いけそうか!?」
避難民の誘導指揮をとっているギンガからの通信が届く。
管理局部隊の陣地は崖に囲まれた丘の上に設置され、飛行能力のないバイオメカノイドたちがよじ登るには時間がかかる。そこを狙って、敵の接近を阻むように応戦する。
「オーケーです、ヴォルテール!」
キャロの声にこたえ、黒い竜がワラジムシたちの真っ只中に突入する。
アルザスに生息する中では最大級の種族であるヴォルテールだが、これでも敵のドラゴンから見ると子供のようだ。
ヴォルテールは20メートルほど、敵のドラゴンは70メートル以上はあるように見える。
さらに敵のドラゴンは鉱石結晶とゴム樹脂のような不思議な質感をした体表をしており、色も毒々しい青紫色をしている。
「援護するぞ!」
「はいっ!!」
ヴォルテールの突進に合わせて、ヴァイスはJF912のオートキャノンを撃つ。
ベルト式の給弾装置がうなりを上げて大口径30ミリカートリッジを供給し、激しい魔力光とともにワラジムシたちが弾き飛ばされる。
踏みつけられたヴォルテールの足元で、アメフラシが炎を吹いている。
アメフラシは口のような器官から火を吹き出すことができ、これは摂取した土や肉などから油脂を抽出して噴射しているものだ。ナパームのような焼夷油脂で足を焼かれながらもヴォルテールはバイオメカノイドたちを蹴散らしている。
プラズマ弾を吐きながらドラゴンが飛び掛ってきて、三つある首の両側を使ってヴォルテールにつかみかかる。
ヴォルテールも至近距離からのブレスで応じ、二体の巨獣の間に激しい爆炎が噴出する。
ドラゴンがヴォルテールに組み合ったとき、周囲にいたワラジムシたちがにわかに進行方向をそろえ、進撃を始めた。
その向かう先には、まさに避難民を収容している上陸艇がいる。
「まずい、敵が別方向から来る!」
「キャロちゃん、ヴォルテールを戻して!」
ギンガが指示を飛ばす。キャロはケリュケイオンを構えるが、ドラゴンと組み合ったままの状態では呼び戻せない。
ドラゴンは左右の首でヴォルテールの両肩を押さえ、残った真ん中の首でヴォルテールの首筋に噛み付こうとしている。
ヴォルテールは頭を振ってドラゴンの攻撃を阻み、散らばるドラゴンの体液がヴォルテールの皮膚にかかって白い煙を上げている。
「ヴォルテール、ギオ・エルガ!」
組み合ったままの状態から気化爆発を起こす。ヴォルテール自身へのダメージもかなり入ってしまうが、周囲の敵を一気に吹き飛ばせる。
ヴァイスは爆風にあおられないようにJF912を操縦し、突っ込んでくるワラジムシの大群を迎え撃てる位置に機体を持ってくる。
「各班、目標方位2-2-0!敵の大群が向かってきます、優先撃破を!」
「了解!」
ヴァイス機に続き、他のJF912もそれぞれの方角から攻撃を行う。
JF912型は大きなペイロードと高い飛行速度を持つ戦闘ヘリで、左右主翼には対地ロケットランチャーが搭載できる。
パイロットの得意とする分野ごとにさまざまなオプション武装を搭載することができ、ヴァイスのようにライフル砲主体に組んでいる者もいれば、広域攻撃魔法主体のランチャーをたくさん装備する者もいる。
「撃ちますよヴァイス陸曹、自分の後に続けてください!」
別のJF912から炎熱属性を付与した魔導榴弾が連続発射され、ワラジムシの群れの先頭で炸裂する。
左右に散らばるワラジムシを、ヴァイスと他のオートキャノン装備のJF912が掃射する。
「ヴァイスさん、こっちは私が食い止めます!」
キャロの声とともに、ヴォルテールがワラジムシの群れに突っ込む。両手両足を使って地面を抉り、バイオメカノイドたちをなぎ倒す。割れたバイオメカノイドの外骨格から体液が噴き出して、キャロとヴォルテールに降りかかる。
潰れるワラジムシの体節からはみ出した神経が破裂して、ゲル状の粘液が飛び散る。
粘液は空気に触れるとすぐに発火して重油のように燃える。
空気に晒したリンゴが萎びるようにどす黒く変色した粘液を浴びる。
ヴォルテールは勢いをつけてドラゴンを蹴倒し、一時的に敵の隊列が乱れる。
『収容完了した艇からただちに発進!ヴァイス陸曹、私たちも撤退の準備をします』
「待ってくださいギンガさん!まだ、敵が残ってます──」
「キャロちゃん、無茶はしないで!」
ワラジムシの群れの中から戦車型が飛び出してきて、荷電粒子砲を撃つ。
ヴォルテールはすかさずその射線に割り込み、身体を張って敵のビームを受け止めた。キャロはラウンドシールドを同時に展開していたが、シールドごと炸裂した重粒子ビームが爆発し、魔力残滓を激しく撒き散らす。
ヴォルテール自身もかなり傷が増え、ダメージが蓄積している。
キャロの魔力によって治癒が加速されているが、それでも痛みは同様に受ける。
振りかぶったヴォルテールの左腕を、戦車型のビームが貫通する。
堅い皮膚がはじけるように鮮血が散り、その勢いのままヴォルテールはワラジムシたちにラリアットを打ち込む。なぎ払われたワラジムシが戦車型にぶつかってビームが空を切りながら転がって崖を落ちていく。
「!ヴァイス陸曹、上空からッッ──」
念話越しのギンガの声が、ノイズにまぎれて途切れた。
空中に上がった戦車型のビームが流れ弾となり、上昇中の上陸艇に命中した。
避難民を満載していた上陸艇のうちの1機がバランスを崩して、破片を撒き散らしながら墜落してくる。
地上近くの低空にいたヘリ部隊はすかさず回避するが、散らばった大きな破片が、ヴァイスの乗るJF912を直撃した。
「ぐおっ!!っち、くそっ──メインローター損傷、だめか──!!」
立ち木に機体を当てながらなんとか体勢を立て直そうとするが、ローターの翅が歪んでしまったらしく揚力が得られない。
転げないよう手すりにつかまりながら、キャロは掛けていた安全帯を外した。
「キャロちゃん、何を!?」
「ヴァイスさんはフリードに乗って!この機体はもうだめです」
「でも」
「急いでください、また撃たれたら間に合いません!」
JF912は右に傾いだ状態で地面に機首から突っ込んでいる。キャロはヴォルテールを呼び戻し、肩に飛び乗った。
ヴァイスは機体からストームレイダーを取り外し、同じく呼び戻されたヴォルテールにくわえてもらって背中に乗る。
他の戦闘ヘリたちも上空から降り注ぐ破片を避けて一時的に散らばってしまい、再び先頭に戻るまでにわずかな隙が生じている。
流れ弾を受けて墜落した上陸艇はヴァイス機から350メートルほど離れたところに落ち、ワラジムシたちが群がっている。
あの中にはおおぜいの民間人がいるはずだ。
彼らを救うことはできなく、ただ見届けるしかできない。
最後の上陸艇が離陸し、戦車型の砲撃を警戒して低空で位置を変える。
「ヴォルテール、もう少しだけ、がんばって──」
ヴァイスを乗せたフリードが離脱するのを待ち、ヴォルテールは再びギオ・エルガを放つ。
周囲の地面が丸ごと砕け飛ぶほどの大爆発が起き、群がっていたバイオメカノイドが空中に吹き上げられて転がる。
距離が離れていてブレスをかわした敵の三つ首ドラゴンは、爆発が収束するのを待ってヴォルテールに突進をかけてくる。
「キャロちゃん──!!」
「急いで!」
ワラジムシに踏まれて残されていた陣地の中で、手榴弾やオイルがところどころで誘爆している。
ヴァイスもフリードの背中からストームレイダーで戦車型を狙い、荷電粒子砲を撃たれる前にスナイプショットで仕留めていく。
「ギンガさんに連絡を!」
『ヴァイス陸曹、聞こえますか!』
「はい曹長!キャロちゃんが殿をつとめます、上陸艇の離脱を急いでください!」
『っ──わかりました!全機、急速上昇!離脱します!』
上陸艇が雲の上に飛び出していったのを見届け、キャロはあらためて周囲を見渡した。
ヴォルテールのギオ・エルガによって周囲はほとんど更地のようになっており、ここがかつて穏やかな草原だったとは思えないような、泥と炎の沼と化していた。
ぬかるみの上で、ワラジムシは追いかけるべき目標を見失いゆっくりと動き回っている。
上陸艇がすべて離陸したので、敵はおそらく人間のリンカーコアを探せなくなった。
さっきまで周囲にたくさんの魔力反応があったのが消えてしまったので、あとはいずれ、キャロとヴォルテールの反応を見つければ向かってくるだろう。
ワラジムシの群れに押し潰された他の班の陣地には、タントとミラもいた。
キャロがアルザスに戻るというので見送りに来ていたが、避難民の収容中にバイオメカノイドの襲撃が始まりそのまま残されていた。
ここで全ての魔導師が上空へ上がってしまうと、バイオメカノイドは必ず上空の艦を狙って動き始める。
自分が地上にとどまることで、敵の狙いをそらすことができる。
アルザスが襲撃されたという報せを聞いたときから、自分の胸のうちにもやもやした感情が澱を沈めていた。
管理局員として、どこの次元世界であっても分け隔てなく守らなくてはならない。
そうなったとき、自分は自然保護隊として不適格だという感情が浮かびあがった。
アルザスが全滅すれば、フリードやヴォルテールをはじめとした、アルザスにしか生息していない竜族もいずれ絶滅する運命が待っている。
他の世界には交配可能な竜族がいないので、フリードとヴォルテールの二頭が寿命を迎えてしまうと、もう竜族の子供はいなくなる。
また、もし他に竜族の生き残りがいたとしても彼らの体内にバイオメカノイドが寄生していないという保証はなく、人間でさえすべて救出しきれなかったのに竜にまで手を出すことはできない。そんな余力があるならまず人間を助けろとなる。
捨て鉢な考えだ、というのならそうなのかもしれない。
しかし今のキャロには、これまであえて考えないようにしてきた、アルザスのル・ルシエの里に対する思いが、拭いようもなく心を曇らせているのがはっきりとわかっていた。
アルザスが放棄されるということは、アルザスにしか生息していない種類の生き物も放棄されるということである。アルザス国民だけではなく、アルザスの固有種である竜族や他のあらゆる動植物が、もうまもなく絶滅する。
竜がいなくなってしまえば、召喚士としての能力はほとんどが使い物にならなくなる。
そうなった状態で、果たして自分は生きていていい人間なのか。今さらのように疑問が浮かび上がっていた。
思い返せば、今までの自分は常に戦いと共にあった。アルザスで召喚術を学んでいた頃、管理局に拾われ自然保護隊に所属していた頃、そしてフェイトの元で機動六課に所属していた頃。
召喚術とはアルザス土着の強力な戦闘魔法である。
たしかに魔法が使えなくても生きていく道はある、あるが、それでもキャロは自分の身の置き方を、戦いから切り離すことができなかった。
それはフェイトも心配していたことであるし、機動六課が解散した後、EC事件に伴ってエリオが自然保護隊を離れ捜査官に転職したことも影響していた。
エリオは、自分の能力を生かすこと以上に、管理局員として働くことに生き甲斐を感じていた。
自然保護隊の任務とは、管理世界における希少動植物の観察保護であり、環境保護としての意義以上に、次元世界に分布する魔法生命体の観測をも任務としていた。
数多ある次元世界の中で、特に観測指定世界と呼ばれる世界には管理局または次元世界海軍の哨戒艦が配置されていないケースはあっても自然保護隊が赴かないケースはない。
その理由とは、次元世界における希少生物とはロストロギアが製作運用されていた頃から生きている種族だからである。
彼らの遺伝子には、ロストロギアの影響が多かれ少なかれある。
アルザスに住む竜族や、他の大型生物は、かつて超古代に改造された人造生命なのではないかという学説は、古生物学会でも常に一定の支持を集めていた。
ここにきてバイオメカノイドなる種族が突如次元世界に現れたことにより、これこそがロストロギアの時代から生きていた伝説の巨大怪獣であるという説が、驚異的な確実性を持って浮上してきた。
かつて地上を支配していた恐竜のように、バイオメカノイドが全次元世界を支配していたことがある。
何らかの原因でその支配が崩れた後、間隙を突くように人類が進化し繁栄してきた。
キャロが今まで、任地となった多くの世界で観測したデータを集めるとそういう結果が導かれていた。
まただからこそ、アルザスでは召喚士を神職と位置づけ、竜を崇める文化が生まれた。
不思議な懐かしさを覚えている。
燃える大地と、蠢く虫たち。
バイオメカノイドは外骨格の形態をとるため外見は虫か甲殻類のように見える。
ここは地獄のようだ。
だが、不思議な安らぎがある。
ヴォルテールの意識に溶け込んでいくように感じる。
アルザスの大地は、もうすでにバイオメカノイドに飲み込まれつつある。
今、自分が管理世界に戻ろうとするなら──今度こそ、ミッドチルダは滅ぶ。
バイオメカノイドが持つ侵食性は、竜や人間に寄生して移動することを可能にする。
バイオメカノイドの本体は小さな金属粒状の制御ユニットであり、ワラジムシやアメフラシの外見は、ヤドカリが背負う貝殻のようなものだ。
伝染病患者のように、バイオメカノイドに触れた生物は隔離されなければならない。
もし竜が寄生されていれば、その竜を使役する召喚士を経由してバイオメカノイドが広まってしまう。
クラナガン宇宙港でも、中央第4区でも、バイオメカノイドが爆発的な増殖を見せたのは、無機物に溶け込んで増殖し、いちどに肉体を生成することが可能だからだ。
休眠時には肉体を使わずに金属粒だけの状態で眠り、そこからワラジムシや戦車型の身体を取り出すのはすぐにできる。
だからこそ、地上に出現する直前まで、おおぜいの人員を投入して捜索していたにもかかわらず発見できなかったのだ。
戦闘時には硬い甲羅を持った身体になり、移動時には粘性を持ったスライムになる。
倒しても倒しても生まれてくる。
今やアルザスは、惑星そのものがバイオメカノイドの巣になってしまった。遠くの山肌で、火山の噴気孔のような疣が地面に現れ、そこからバイオメカノイドの幼生が這い出してきている。
地面を掘り進んで卵を産みつけたバイオメカノイドたちが、孵化して地上に飛び出してきている。
「ギンガさん、聞こえますか」
念話通信機で上空のギンガを呼び出す。ギンガの乗った艇は上空のL級に戻り、他の艇の収容作業を急いでいる。すべての艇を収容したら上昇して軌道上を脱し、別に待機している空母に避難民を移す。
『キャロちゃん!?まだ地上にいるの!早く、戻らないと間に合わなく』
「私がここで敵を食い止めます」
ギンガの叫びを、キャロは落ち着き払った言葉で遮った。
ヴォルテールは油断なく周囲を見渡し、空を狙っている戦車型を見つけてはそこへ砲撃を撃ち込んでいる。
さらに山の向こうからはガに似た姿を持つ飛行型のバイオメカノイドが現れ、銀色の毒粉を撒き散らしながら上空へ飛び上がろうとしていた。
「今のうちに早く軌道上を離れてください、できるだけ遠くへ。
バイオメカノイドはもうアルザスに深く食い込んでます、表面を撃つだけじゃあ敵は倒しきれません。
それに──ギンガさん、もし船内で、バイオメカノイドに寄生されている人間が見つかったら、それを躊躇いなく宇宙空間へ放り捨てることができますか?」
念話通信機の向こうで、言葉を詰まらせるギンガの息遣いが聞こえる。
「私もヴォルテールももう帰れません。魔法の出力がいつになく上がってる理由がわかりました、バイオメカノイドは人間よりもずっと効率のいいリンカーコアを持ってます。
私の中で、リンカーコアが増幅されてます、数が増えてます」
『キャロちゃん……でもっ!』
「幸いまだ意識ははっきりしてます、私は意識が続く限り魔法を撃ち続けます、もし私が上空へ上がろうとしてたら──」
ケリュケイオンのグローブの下で、手のひらから黒い油のようなものがにじみ出て、垂れ落ちてきていた。
「もし私が上空へ上がろうとしていたら、迷わず撃ち落としてください。その時にはもう私は私でなくなっています」
『そんな……っ』
ギンガならずとも思うことである。
管理局で長年働いてきているとはいえ、キャロはまだ若い少女なのだ。
そしてその生まれも育ちも、けして恵まれたものではなかった。
アルザスの召喚士として、物心もつかぬうちから厳しい修行を積み、派閥争いに巻き込まれ、放浪の生活を送ることになっていた。
そして今、生まれ故郷だったはずのアルザスに戻ってきて、しかしそこで生還の見込みのない退却戦に赴く。
ヴォルテールの放つ大地の咆哮は、軌道上からでも見えるほどの激しい爆発を起こし、大気に衝撃波を発生させ、垂れ込める雲を吹き飛ばしていた。
その様子は軌道上に待機するL級巡洋艦からも見えていた。
赤い爆発が連続してきらめき、しかし次第に閃光の勢いが小さくなっていく。
吹き飛ばされた雲の向こうに、ヴォルテールの黒い体表に取り付く無数のワラジムシがうごめいているのが見えた。
フリードに乗って上陸艇に追いついたヴァイスも、この距離からでは地上の敵を撃つことができない。攻撃が届かない。
つい数分前まで上陸艇が着陸し、避難民が集まっていた丘の上の陣地は、地面に重油を流し込んだように、黒いオイルのようなバイオメカノイドの群れに飲み込まれつつあった。
やがてすべての上陸艇がL級巡洋艦に収容され、合わせて3隻のL級はさらに離れた公転軌道上に待機している空母への移送作業にかかる。
入れ替わりに、ミッドチルダ海軍の空母機動部隊による全土空襲が行われ、地上にいるバイオメカノイドを殲滅する。
ただし空母部隊が到着するまでには日数を要する。
それまで、アルザスの地表にはバイオメカノイドしかいなくなる。
アルザス上空1万9500キロメートルの静止軌道上で、ギンガは、アルザス地表にそれまで続いていたギオ・エルガの発砲炎が見えなくなったことを確認した。
次元間航路を航行していたミッドチルダ海軍空母機動部隊は、新たな次元断層の出現を観測していた。
断層の規模から、次元間航行を行っている小型艇のような物体が位相欠陥トンネルを通過していることが予想された。
しかし現時刻に当該宙域を航行予定の船舶は無く、また他の次元世界からも距離が離れすぎていることから、個人所有の航行船ということは考えにくい。
時空連続体の観測から、小型艇らしき物体は第97管理外世界へ向かったことが確かめられた。
地球からの距離、およそ40万キロメートル。
次元間航行を経て直接地球宙域に現れた小型物体は、月近傍をかすめてまっすぐに地球へ向かっていった。
大きさは5メートル程度。
銀色の戦闘機のようなフォルムをした物体は、しかしよく見ると折り畳まれた手足のようなパーツが見える。
CIA長官トレイル・ブレイザーは、イギリスに赴任中のFBI捜査官マシュー・フォード宛てに、緊急の暗号電文を送った。
現地のCIA担当官が電文を受信し、暗号を解いてから内容をフォードに送り届けるまでにはどんなに早くても数十分はかかるだろう。
間に合えばいいが、と、ブレイザーはノートパソコンの画面に表示させた地球外飛行物体の追跡画面を見ながら思案する。
“アドミニストレーション・ビュロー”──時空管理局を名乗る異星人の組織からアメリカ宛に、秘密の通信が送られてきていた。
異星人側の担当官の署名が記されている。
その名前は、“時空管理局軍令部総長レティ・ロウラン”。彼らの組織──いうところの“管理局”において、今回の宇宙怪獣対策──対バイオメカノイド作戦を中心になって進めている将官の名前だ。
肩書きから察するに、部隊編成などの人事を統括する人間であると考えられる。
異星人からのコンタクトは、アメリカにとっては心強い後ろ盾となると同時に、国内外問わず地球に対して混乱をもたらす諸刃の剣でもある。
異星人が地球にやってきているという事実は、殊更に過激なマスコミ、もしくはヒステリックな反アメリカ団体の反応を招く。
いわく、アメリカは宇宙人と密約を結んで彼らが人間を実験体として攫う手助けをしている。
いわく、アメリカは宇宙人から提供された科学技術を使って地球を支配しようとしている。
それらの噂のすべてが根拠のない妄想とも言い切れないものではあるが、現在のところ、この地球という星は異星人たちにとっては肩身の狭い世界であることは確かだ。
今回のコンタクトで、現在フォードと共にいるはずの異星人の捜査官たち──エリオ・モンディアル、ウェンディ・ナカジマ、チンク・ナカジマの3名に危害が及ぶことがないよう、CIAは彼らを警護しなくてはならない。
ブレイザーの元に届いた報告で、昨日、ケネディ国際空港を飛び立ちヒースロー空港に向かった大晦日最後の便で、4名のFBI捜査官がイギリスに入国したことが確かめられていた。
彼らが、エリオたちを狙っていないとは言い切れない。
むしろ現在の情勢では、エリオたちが狙われている可能性を真っ先に考慮すべきである。
北海に落下した敵宇宙怪獣──バイオメカノイドとの戦闘で、ドイツ海軍のフリゲートが攻撃を受け損傷したという。
地球外に起源を持つ物体の攻撃により、地球が被害を受けた。
これは揺るがしようのない事実だ。
これに対して、ドイツを含むユーロ諸国、そしてソ連、アメリカ、中国、日本など──主要諸国は、足並みをそろえなければならない。
地球はまず意思統一をしなくてはならない。
各国がばらばらに動いていたのでは異星人たちも対応に困るだろうし、何より地球人類のためにならない。
使い古されて陳腐になったフレーズを思い浮かべ、ブレイザーは重いため息をついた。
現実は、スペースオペラのように単純にはことが運ばない。
地球に向かってくる飛行物体は、猛烈な速度でヨーロッパ上空、おそらく北海を目指している。
その場合、攻撃目標は一つしかない。
地球に落下した大型バイオメカノイドである。
この未確認物体は小さな人型ロボットの姿をし、異星人の母星にも現れ、大型バイオメカノイドを単独で撃破するという戦果を挙げている。
異星人たちもこのロボットの正体に関してはつかみきれていなかったらしく、グレアムが送っていたイギリス国内で発見された自動人形の資料を改めるまで気づかれなかったという。
あのロボットは、現在イギリスが修復中の機動兵器エグゼクターの、現存する唯一の機体である。
管理局が進めるエグゼキューター計画に基づいて建造された機動兵器である。
管理局提督、レティ・ロウランは、アメリカに宛てた正式な文書の中でそう回答していた。
アメリカ政府内でも、異星人、管理局との折衝ができるのは実質ブレイザー一人、といった状況である。
異星人たちの組織──次元世界連合、地球においては国際連合に当てはまるであろう──では、従来のシステムでは実現できない強大な戦闘力を欲しており、それは未知の脅威に対抗するためのものであるとされた。
すなわち、異星人たちの組織において“ロストロギア”と呼ばれる、超古代文明が残した遺物である。
異星人たちの住む惑星では、突如起動したロストロギアによって甚大な被害がもたらされる事故が数多く起きており、これに対抗できる力を手に入れることが待望されていた。
エグゼキューター計画とはそのために立ち上げられた。
ロストロギアたる超古代文明の遺した機動兵器を復元し、ロストロギアに対抗するためである。
しかしその過程で、超古代文明の時代に猛威を振るったであろう未知の宇宙怪獣が生息する惑星が目覚めてしまった。
管理局はただちにエグゼキューターを送り込み、鎮圧を試みたが、現時点で建造できた機体が1機だけということもあり対処は困難を極めているとのことだ。
エグゼキューターはさらに地球へ向かった宇宙怪獣──バイオメカノイドの無人機動要塞を追い、地球に現れた。
ギル・グレアムを経由してイギリスで行われていたエグゼクターの復元計画に手を貸していたのは、エグゼキューターの戦力をいち早く整備するためである。
およそ1万年から2万年程度の昔であるとされる超古代文明の時代、異星人たちが第97管理外世界と呼ぶこの地球は当時の宇宙で最強レベルの科学技術を有しており、名実共に宇宙を支配していた。
異星人たちの持ち込んだ情報に記された当時の宇宙船などの記述から、確かに地球で発見された古代遺跡の中にはそのようなものがあった。
古代インド、メソポタミア、アララト山、大西洋アトランティスなど──、地球人類が未だ解明していない古代の遺物は多数が眠っている。
イギリスで発見されたエグゼクターもそのひとつだ。
それは、今まさに地球に向かっている異星人の超兵器、エグゼキューターの、いわばオリジナルとも呼べる機体である。
神話の時代、かつて人間は天から降りてきた神と共に戦った。それは現代の言葉に訳せば、宇宙を自在に飛び、さまざまな星を渡り歩いていた、ということになる。
地球には、地球人類も知らないオーパーツ、ロストロギアが眠っている。
そしてそれは、かつてない脅威に次元世界人類が立ち向かうための武器となる。
支援。
14話終了です
支援ありがとうございました!
なんでも防犯灯からのサイバーアタックが来ていたとかなんとか
無限書庫も鯖落ちとかするんですかねー
ってれれれレティ提督やっぱりーぃ
そして闇の書がついに動き出します
・CS級空母ビルシュタイン、グリーン・ファクトリー ・・・ いずれもチューニングパーツメーカー
・XJR級スワロー ・・・ ジャガー・オースチン・セブン・スワロー
大ダコは4面ボスです
見た目は全然タコじゃないんですがゲーム中のSEテストではオクトパスって出てるからタコなんだろうと思います(汗)
トライトン級はイギリス版ズムウォルトって感じの艦ですねー
三胴船は甲板面積や安定性で有利と言われますが実際はどんなもんでしょうか
ではー
投下乙でした。
作者の方々も閲覧者も辛い状況…。
乙
久しぶりに主役メカの出番が来たよやったねタエちゃん!
アルザスメンバー終了か・・・
一人残されたエリオ君がこれ知ったらどうなんるんだこれ
地球もタコ倒しても破片から地球が汚染されそうだし・・・
そういえばここでの虚数空間とか原作の魔力素を無効化する空間ではなく
次元航行艇が移動する次元空間のことなのか、
それらとは別のいわゆる亜空間的なところなのかな
もう次元とか空間とかが難しくてこんがらがってきたw
投下乙です、緊迫してきましたねー
>>20 投下とスレ立て乙!
これからも頑張って!
これは大戦争の予感・・・
キャロが死んだ…これはもうこの世の終末戦争ですね
ミッドチルダもなりふりかまっていられなくなるでしょう
重量級のクロスだぜGJ!
保守ったほうがいいのかなこれは
本当に人少なくなったね…(′・ω・)
GJ!
これから先は誰もかれもが喜んで死んでいく闘争に突入だな。
まあViVidとForceがあれではな。
そういやリオも死んだし、Forceメンバーも皆殺し(「感染個体は全て破壊」との記述)されたっぽいよな
ほんとカンリキョクは恐ろしいところやで
そういえばエクゼクタークロスでトーマがでてこないということはつまりそういうことかw
トーマ君にまともな出番があるSSは見たことないな
>>32 ほんっと、KANRIKYOKUは恐ろしいな。リンディさん曰く「そんなに冷酷な組織じゃない」ってはずなんだけどなw
そんな甘い考えじゃ生き残れないんだ!ってな危機が迫ってるってね
>>33 正直トーマって6課の人達と知り合い以外にこれといったキャラが…
スカさんが言っていた真の戦闘機人=人型バイオメカノイド
という設定に基づけば
ねちょねちょの汁まみれな女性型サイボーグエイリアンというなんともヱロイ代物ができあがるな
>>36 最初はおっぱい目当てでリリィを狙っていたが
セットでついてきたトーマを見てショタ属性に目覚め
聴取名目で司令室に連れ込みあんなことやこんなことをたくらむはやてさん
とかきっとあるはず
さあ、今すぐエロパロ板のリリなのスレに行って、
>>38を書き込んでくるんだ……!
Forceにはイワークさん級のキャラが必要だな。
ポケモン?
強いられているんですね
43 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/02/03(金) 14:16:32.55 ID:Bcg01/kX
初めまして。
本日23時より少年陰陽師となのはのクロス『リリカル陰陽師』第一話を投下したいと思います。
よろしくお願いします。
時間になりましたので、投下開始します。
最初に言っておきますが、なのはとフェイトの出番はあまりないです。
第一話 希望の糸をつかみとれ
後に闇の書事件と呼ばれる事件が起きてから、しばらく経ったころ、
「はやてちゃんが意識不明?」
病院からの電話に、シャマルは呆然となる。金髪を肩のあたりで切りそろえた二十歳くらいの女性だ。受話器を落とさなかったのは僥倖だろう。シャマルはどうにか受話器を置くと、その場に崩れ落ちる。
居間にいて声が聞こえたヴィータ、シグナム、ザフィーラも顔色を変える。
「おい、はやてが一体どうしたんだ?」
「突然、病院で昏睡状態に陥って、原因不明だって・・・・・・」
「魔力の不足か」
シグナムが唇を噛み締める。年はシャマルと同じくらい。髪をポニーテールにした凛々しい目つきの女性だ。
手にしたものの願いを叶える闇の書。しかし、莫大な魔力を必要とする闇の書は、魔力の収集を行わなかった彼らの主八神はやてを確実に蝕んでいる。
進行を抑えるべく、シグナムたちは連日、異界に飛んで魔力を収集しているが、はやての容態は悪化する一方だ。このままでは命にかかわる。
「やっぱり、こんなちんたらしたやり方じゃ、間に合わねえよ!」
ヴィータが苛立ちまぎれに机を叩く。長い髪を二つの三つ編みにして垂らしている、きつい目つきの少女だ。年は六、七歳か。
はやてが悲しまないように、ヴィータたちは相手の命を奪わず、魔力の元、リンカーコアのみを奪取する方法を取ってきた。しかし、その方法も限界に来ていた。
「落ち着け、ヴィータ。主が悲しまないよう最善を尽くす。それが我らの誓いではないか」
床に伏せていた青い狼、ザフィーラがヴィータを諭す。
「でも、このままじゃ、はやてが・・・・・・」
「手がないわけじゃないわ」
シャマルが静かに言った。
「どういうことだ? 詳しく聞かせろ」
「この前、時空のはるか彼方に、膨大な魔力反応を感じた。もし、その魔力を手に入れられれば、はやてちゃんを助けられるかもしれない」
「何だよ。そんな方法があるなら早く言えよ」
ヴィータは胸をなでおろした。しかし、シャマルの顔は険しいままだ。
「どうした?」
シグナムが促すと、シャマルは重々しく口を開いた。
「簡単に行ける場所じゃない。たぶん往復だけで丸一日かかる。まして、その先にいるのはこれまで観測したこともない魔力の持ち主。全員でなければ、絶対に負ける。いいえ、全員で行っても勝てるかどうか・・・・・・」
先日襲撃した時空管理局の少女たちも、相当な魔力の持ち主だったが、今回はさらに桁が違う。まるで神か悪魔の居場所でも突き止めたかのようだ。
「相手が誰であろうと関係ない」
シグナムが自らの剣、レバンティンを取り出す。
「主を救えるなら、たとえ神だろうと悪魔だろうと倒してみせる」
全員が力強く頷く。彼らの心に迷いはない。
彼らの名はヴォルケンリッター。闇の書の守護騎士たちだ。
魔力で作られた道具でしかなかった彼らに、人の心と温もりを教えてくれた八神はやて。彼女を救えるなら、どんな罰だって甘んじて受ける。
「決まりだな」
「こうなると、はやてちゃんが昏睡状態なのは不幸中の幸いかもね」
「ああ、余計な心配をかけずにすむ」
「ならば、一刻も早く出発しよう。そして、一刻も早く戻らねば」
ザフィーラが立ち上がった。その姿が浅黒い肌をした人間のものに変わる。
万が一、目を覚ました時のために、石田医師に伝言を頼む。石田医師からは、こんな時にはやての傍からいなくなるなんてと文句を言われたが、仕事の都合でどうしようもないと押し切った。
「では、行くぞ!」
シグナムの号令の元、騎士服に着替えたヴィータ、シャマル、ザフィーラが転移を始める。
その頃、時空監理局所属アースラ艦内では、
「敵が移動を開始した?」
「はい。座標xに向けて移動中です」
「かなりの距離ね」
「もしかしたら、そこに闇の書があるのでは?」
クロノが母親であるリンディ艦長に向けて言う。
「その可能性は高いわね。収集した魔力を主の元に届けるつもりかも。そうなると、なのはさんやフェイトの協力は不可欠ね」
アースラはなのはのいる時空に進路を取った。
ヴィータたちが降り立ったのは、月光が降り注ぐ広い草原だった。
ただし、その場所には無数の化け物が巣食っていた。
「おい!」
狒々や牛、草原を埋め尽くす化け物の群れにヴィータが思わず声を上げる。
化け物すべてが桁違いの魔力を放出している。たやすく倒せる相手ではない。
「ほう。面白い獲物がかかったものだ」
化け物たちの中心にいる巨大な牛が渋い重低音で言う。魔力の量から、そいつが親玉なのだろう。
牛が吠えると、その姿が見る見る変わっていく。牛の角はそのままに、体は虎のものに、背からは巨大な翼が生えてくる。
「おお、窮奇様が……」
「真の姿を現された」
化け物たちがどよめく。
しかし、シグナムたちを驚愕させたのはそこではない。本性を現すやいなや、化け物の全身から凶悪な魔力が放出されたのだ。
「・・・・・・嘘」
シャマルの足から力が抜け、その場に膝をつく。
「まさか、ここまでとは」
シグナムたちも武器を構えているが、顔から血の気が引いている。話には聞いていたが、まるで神か悪魔のような力だ。闇の書以外でこれだけの力を持った存在がいるなど信じられない。
(今の私たちで勝てるか?)
歴戦の勇士である彼らでさえ、いや、だからこそ勝機のなさを自覚せざるをえない。
窮奇と呼ばれた化け物が喉の奥で笑う。
「見たところ、人間ではないな。なかなか強い力を持っている。貴様らを食えば、この傷も少しは癒えるかな?」
窮奇の首には骨まで達する深い裂傷があった。普通ならとっくに死んでいるような大怪我だ。
「手負いでこの力か」
「おもしれぇ! てめえの力、そっくりいただいてやる」
ヴィータが巨大な金槌、グラーフアイゼンを振り回して突撃する。
「ふん」
魔力の放射だけで、ヴィータの体は軽々と弾き飛ばされる。それを合図に一斉に化け物たちが襲ってきた。
主はやての為に不殺を貫いてきた彼らだが、これほど邪悪な存在に手加減する理由はない。
無数の化け物たちを、レバンティンが切り伏せ、グラーフアイゼンが叩き潰す。それでも倒して切れない相手をザフィーラが退ける。倒した敵から、シャマルがリンカーコアを摘出する。
必死に応戦するが、すべてが手練れの上、数も多い。防戦一方だった。
その姿を窮奇がいやらしい笑みを浮かべて眺めている。その気になればいつでも始末できるのに、シグナムたちが傷つきもがき苦しむさまを楽しんでいるのだ。
その時、
「万魔拱服!」
轟く声と魔力が、シグナムたちを取り囲む化け物たちを一掃する。
「ちっ!」
思いがけない新たな敵の出現に、窮奇や他の配下たちが逃げていく。
「・・・・・・助かった?」
ヴィータがほっと息をつき、ザフィーラが狼の姿に戻る。
「えっと・・・・・・大丈夫?」
声をかけてきたのは、不思議な服を着た少年だった。赤い古めかしい衣に、長い髪を後頭部でまとめている。その肩には、白いウサギのような獣を乗せている。
「誰だ、てめぇ?」
喧嘩腰のヴィータに、少年は答えた。
「俺は安部昌浩。陰陽師だ」
「ま、半人前だがね。晴明の孫」
「孫言うな!」
肩の獣が茶化すように言う。それに少年は半眼でうなる。
「そのウサギ、喋るのか?」
「うん。ウサギじゃないけどね。物の怪のもっくんって言うんだ」
「俺は物の怪と違う」
「おんみょうじ? もののけ?」
聞いたことのない単語に、ヴィータが胡乱げに眉をひそめる。一方、昌浩も怪訝な表情だ。
「君たちは一体? かなりの霊力を持っているようだけど・・・・・・」
昌浩たちは内裏を炎上させた妖怪を追っていた。その主を突き止めたと思ったら、変な風体の女たちが戦っていた。状況を飲み込めずとも仕方あるまい。
シグナムが代表して、前に出た。この世界の常識がわからない以上、この少年を頼りにする他はない。
「私の名はシグナム。この地方に来たら、突然、化け物に襲われて困っていたところだ。助けてくれて感謝する。彼女がシャマル。こちらの狼の姿をしているのがザフィーラだ」
シグナムたちは昌浩の見たこともない服装をしていた。特にシグナムの服はすらりと伸びた足が裾から見えて、昌浩は目のやり場に困る。
「し、しぐなむ? しゃまる? ざふ? ……変わった名前だね」
昌浩が舌をかみそうな様子で名前を呼ぶ。ヴィータがそれを鼻で笑う。
「はっ! てめえの名前だって変わってるだろうが。昌浩だっけか?」
「こら、名前は一番身近い呪なんだよ。馬鹿にしちゃいけない。それで、君の名前は?」
「ヴィータだ」
「びた? なんか濡れ雑巾が落ちたような名前だね」
「てめえ! 言ってることが違うじゃねえか!」
カッとなったヴィータがつかみかかろうとするのを、シグナムが押しとどめる。
「すまない。われわれはここに着たばかりで、勝手がわからないのだ。出来れば説明してもらえると助ける」
「うーん。どうしようか、もっくん」
「さてな。晴明に聞いてみたらどうだ?」
「構わんよ。家に来てもらいなさい」
突然の声に、昌浩たちはぎょっとなる。
振り返ると、白い衣をまとった青年が、穏やかな笑みをたたえて立っていた。
「せ、晴明!」
「え? あれ、じい様なの?」
もっくんと昌浩が目を丸くする。
「遠方より客来ると占いに出ていたが、いやはや、ここまで特殊とは。この晴明も恐れ入った」
晴明は意味ありげに笑みを浮かべる。
「では、私は客をもてなす用意をする。昌浩、案内は任せたぞ」
それだけ告げると、晴明は風のように姿を消す。
シグナムたちは昌浩に連れられて、彼の家に向かった。時刻が遅いせいか、文明がそれほど進んでいないのか、明かりの類はほとんどない。月と星の光だけが木造の家屋を照らしている。
「似ている」
道中、町並みを見渡していたシャマルがポツリとつぶやく。それにシグナムが反応した。
「似ている? 何にだ?」
「この道なんだけど、前にテレビで見た京都のものとそっくり」
「言われてみれば、昌浩殿の服装も時代劇に出てきたものによく似ているな」
「何だよ。タイムスリップしたとでも言いたいのか?」
ヴィータが目を細める。
「よく似た別世界なのだろうが、その可能性もある。思い込みは危険だが、手がかりがあるのはありがたい」
昌浩は裏表のない性格のようだが、後から出てきたあの青年はどうも油断がならない。下手をすると、奴にいいように使われてしまう危険があった。自分たちの判断材料が欲しい。
やがて昌浩の家にたどり着いた。木造で1階しかないが、敷地面積が半端ではない。その広さにヴィータは唖然となった。
「お前、もしかしてすごい金持ちなのか?」
「違うよ。家が広いだけ。俺の家より広くて豪華な家なんて、たくさんある」
昌浩が苦笑いを浮かべる。
一行は家に入り、廊下を進む。しかし、進むにつれて、昌浩の顔が険しくなっていく。
「どうした?」
「別に。ここだよ。じい様入ります」
シグナムたちは奥にある一室に入った。そこには灯火の光に照らされて、顔に深いしわの刻まれた白髪の老人が座っていた。
てっきりあの青年が出迎えると思っていたシグナムたちは拍子抜けした。
「誰だよ。この爺は」
「さっき会った人だよ。俺のじい様」
昌浩がヴィータに憮然と告げる。
「馬鹿いうな。ぜんぜん違うじゃねぇか」
「つまりこういうことじゃよ」
老人が目を閉じると、その体からあの青年が浮かび出てくる。
「これは離魂の術といってな、魂だけを遠くに飛ばす術じゃ。魂の姿だから、わしの全盛期の姿になれる」
シグナムは愕然とした。こんな魔法は知らないし、それを行うのにどれだけの魔力を使うか、見当もつかない。
(もし、この老人から魔力を奪えれば・・・・・・)
シグナムの手がピクリと動いた。
その瞬間、夜色の外套をまとった青年が突然現れた。
「うわっ。どっから現れた!?」
青年は無言でシグナムに視線を送る。あの刹那に漏れた殺気を感じ取られたらしい。
「六合(りくごう)。下がりなさい」
言われて、青年は姿を消す。
「失礼。彼らは十二神将といって、わしの式神・・・・・・・そうさな。そなたたちと同じような存在といえば、お分かりかな」
老人は手にした扇をシグナムたちに向けてにやりと笑う。
(我ら守護騎士と同じ……つまり人ではないということか)
どうやら正体をほぼ看破されているらしい。ますます油断がならないと全員が気を引き締めた。
「彼らは隠形(おんぎょう)といって、あのように自分の姿を自在に消せる」
「便利なものだな」
「えっ? 人じゃないの?」
昌浩が驚いて、まじまじとヴィータたちを見つめる。
「じろじろ見るんじゃねぇ」
ヴィータが昌浩の足を踏みつける。足を抑えて飛び跳ねる昌浩を、晴明が大げなしぐさで嘆く。
「おお、昌浩よ。そんなことにも気がつかないとは」
「そりゃ、衣装は変わってるなとは思いましたけど、だって人間と寸分違わないじゃないですか」
ザフィーラが普通の動物ではないこと分かっていたが、後は人間だと信じ込んでいた。
「自分の未熟を棚に上げて、言い訳とは。わしの教えが悪かったのか。じい様は悲しいぞ」
「はいはい。すいませんでした!」
昌浩が不機嫌に怒鳴る。晴明はわざとらしい泣き真似をやめると、シグナムたちに向き直った。
「では、そちらの事情からお話いただけるかな?」
シグナムは慎重に言葉を選びながら説明した。こちらが人間ではないとわかっているなら、都合がいい。主が命の危機にあり、救うためには大量の魔力がいる。闇の書や詳しい話は省いたが、嘘は言っていない。
相手は百戦錬磨の狸爺だ。下手な嘘はすぐに見抜かれるだろう。
「魔力?」
昌浩が疑問を口にする。それにはむしろシグナムが困惑した。
「昌浩殿もあの化け物たちも使っていたではないか」
「ああ、霊力のことか。化け物が使っていたのは、妖力だけど」
「どうやらこいつらはすべて一括りに魔力と呼んでいるようだな」
もっくんが納得したように頷く。
シグナムは話を元に戻した。
「あの窮奇とかいう化け物の魔力を奪えれば、主は助かるかもしれない」
「なるほど。窮奇か。大陸から渡ってきた妖怪。それもかなりの大物だな」
「こちらの事情は説明した。次はそちらの番だ」
晴明の話は聞いたことのない単語が多く、シグナムたちは理解に苦労した。
ようするに、晴明はこの国の政府の要職にあり、その政府で一番偉い人の娘があの化け物に命を狙われている。それを退治しようとしているのが、晴明と昌浩だった。実際に動いているのは昌浩だが。
「窮奇の目的は力のあるものを喰らって、傷を癒すこと。かの大妖怪が完全な状態になれば、どんな災厄を招くか。我々の目的はどうやら同じのようだ。協力していただけませんかな?」
晴明が提案する。
シグナムたちはすばやく視線で意見を交わす。窮奇を退治するには、自分たちだけでは心もとない。晴明も昌浩もあの十二神将もかなりの実力者だ。これだけ心強い援軍を得られるなら、願ってもない。
「こちらからもぜひお願いする」
(それにもし化け物退治に失敗しても、彼らの魔力を奪うという選択肢もできるしな)
シグナムの心に苦いものが広がる。そんな裏切りをすれば、主はやてはきっと悲しむだろう。だが、彼女を救う手が他にないのであれば、シグナムはその手を汚すことにためらいはない。
「決まりですな。では、今夜は我が家に泊まるといい」
晴明が穏やかに笑う。
「私の客人ということで、部屋は用意してあります。それにその衣装も目立ちすぎますな。代わりの物を用意しましょう。それと気をつけていただきたいのだが、ここでは妙齢の女性が素顔をさらして歩くことはあまりない。出歩く時はそれを忘れないでいて欲しい」
「わかりました。何から何まで世話になって申し訳ない」
シグナムが頷く。ますます古い日本の風習にそっくりだ。それを参考に行動すれば、そこまで問題はなさそうだ。
「いえいえ。お安い御用ですぞ。では、今宵はこれまでということで」
シグナムたちは別の部屋に案内された。そこにはすでに三人分の布団が敷いてあった。薄い衣を重ねて掛け布団にしている。さすがにザフィーラの分はないようだ。
ヴィータとシャマルは横になると、すぐに寝入ってしまった。
疲れていたのだろう。特にシャマルは本来後方支援なのに、前線で戦ったのだ。無理もない。
今日だけで闇の書のページがかなり埋まった。窮奇を倒せば、もしかしたら、闇の書の完成すら夢ではないかもしれない。
晴明が裏切るとは思えないが、念のため、シグナムとザフィーラが交代で見張りにつく。
夜は静かにふけて行った。
第一話投下終了です。
なにぶん初心者なので、ミスがあったらすいません。
近日中に第二話を投下します。
新人さんか
乙
期待してるよ
新人さん投下乙〜
続きも頑張って〜
本日22時より『リリカル陰陽師』第二話投下します。
よろしくお願いします。
時間になりましたので投下開始します。
第二話 迫る腕(かいな)を振りほどけ
早朝、シグナムは起きると、庭に出て日課の稽古にいそしんでいた。その背後にかすかに気配を感じる。本当に些細な気配だが、覚えがある。昨夜の十二神将だろう。
(私の監視といったところか)
昨日、殺気が漏れたのは失敗だった。要注意人物になってしまったらしい。
「確か六合殿と言ったかな?」
声をかけると、六合が姿を現す。夜色の外套に、顔には黒い痣のような模様がある。
「もしよければ稽古に付き合ってもらえないか?」
六合は無言で頷く。もし戦うことになったら、手の内を知っていたほうがやりやすい。互いの利害は一致している。
六合の左腕の銀の腕輪が、長槍に変じる。その構えには一部の隙もない。
「ほう。これは面白くなりそうだ」
シグナムのレバンティンと六合の槍の先端が触れる。それを合図に激しい打ち合いが始まった。
「見て見て、シグナム!」
シャマルがはしゃいだ声で近寄ってくる。シグナムも六合も互いの武器を収める。
「こんな素敵な衣見たことない!」
シャマルは色鮮やかな衣を何枚も重ね着していた。動きにくそうだが、とても美しい。はしゃぐのも無理からぬことだろう。
「ああ、よく似合っている」
「って、二人して何してたの?」
シャマルは二人の様子に首をかしげる。
六合もシグナムも息を切らして、顔から大量の汗が流れ落ちている。
「いや、六合殿に稽古に付き合ってもらっていたのだ」
「稽古?」
シャマルはますます首をかしげた。二人はどう見ても全力の試合の後だ。
「いや、あまりに楽しくてな。つい時間を忘れてしまった」
シグナムは朗らかな顔で笑った。単純な強さだけなら、昨日の化け物のほうがはるかに上だろう。先日戦ったフェイトもスピードは素晴らしかったが、剣の腕前ではシグナムに分がある。
剣の技量だけで自分と互角に戦えるものと出会ったのは、初めてかもしれない。
「・・・・・・シグナム」
シャマルが半眼でつぶやく。
相手の手の内を探り、いざというときに備えるはずが、相手を好敵手として気に入ってしまった。これでは高潔なシグナムが裏切りなどという卑劣な真似をできるはずがない。
「だ、大丈夫だ。使命は忘れていない」
シグナムは必死に弁解するが、その慌て振りが自分の言葉を裏切っている。
「そ、それにあの化け物を退治すればいい。それで万事解決だ」
「本当にバトルマニアなんだから」
シグナムは強引に自分を納得させると、六合に向き直った。
「さて、続きをしようか」
その顔は、まるでお気に入りのおもちゃを見つけた子供のような、明るい笑顔だった。付き合いの長いシャマルも初めて見る表情だ。
六合は無言で頷く。その顔がいささかげんなりとしているのを、シャマルは見逃さなかった。
「動きにくい。わかりにくい。動きにくい」
ヴィータは不機嫌な表情で家の中をうろうろしていた。シャマルに無理やり着せられた着物が、足にまとわりついて歩きにくいことこの上ない。しかも昌浩の家の中は広くてややこしくて迷子になっていた。
「どうしたの?」
部屋から出てきた昌浩と出くわす。
「何でもねーよ。てめぇこそどうしたんだよ」
昌浩は髪を結い上げ、黒く長い烏帽子をかぶっている。おそらくこれが彼の正装なのだろう。
「俺はこれから仕事。陰陽寮に出仕しないと」
「仕事〜?」
ヴィータは眉をひそめた。目の前の少年はどう見ても、はやてより少し年上くらいだ。それが仕事に行くのは奇妙に思えた。それとも子供っぽいだけで、実年齢はもっと上なのか。
「お前、いくつだよ」
「十三歳」
「おもいっきし子供じゃねぇか!」
「こら。俺はこれでも元服を終えた立派な大人なんだよ」
「半人前のくせにえばるな。晴明の孫」
「孫言うな」
言い合いを始める昌浩ともっくんをヴィータはじっと見つめた。おもに肩に乗っているもっくんを。
「どうしたの、びたちゃん?」
「違う! 人を勉強も運動もできない小学生みたいに言うな! ヴィータだ、ヴィータ!」
「ご、ごめん。まだ慣れなくて。それでもっくんがどうかした?」
「もっくん言うな」
文句を言う物の怪を昌浩は無視する。
「よかったら、触ってみる? もふもふして気持ちいいよ。温かいし」
「おい、本人の承諾も得ずに勝手に話を進めるな」
「ふ、ふん。別にいいよ」
ヴィータはそっぽを向いた。しかし、ちらちらともっくんを見ているので、触りたいのが丸わかりだ。
「はい」
昌浩は笑顔を浮かべてもっくんを差し出す。
「へっ。仕方ないな。どうしてもって言うなら、触ってやる」
「だから、俺は承知しとらんと言うのに」
もっくんの文句は再び無視された。
ヴィータがおずおずと物の怪に触れる。物の怪はされるがままになっている。
なめらかな手触りに、ぎゅっと抱きしめると適度に柔らかく温かい。その抱き心地のよさにヴィータの顔がほころぶ。
「あ、ありがとう。昌浩」
思わず素直に礼を言ってしまい、ヴィータの顔が赤くなる。それを見られまいとうつむくと、頭を優しく撫でられた。
「触りたくなったら、いつでも言ってね」
「…………お前は気安く触るなー!」
ヴィータの拳が昌浩の鳩尾に突き刺さる。うずくまる昌浩を尻目に、ヴィータはどすどすと足音を立てながら歩いて行った。
(あいつ、むかつくな)
どうも誰かに似ている気がする。それがヴィータの心を波立たせるのだ。しばし考えたが、誰に似ているのか答えは出なかった。
朝食の席で、ヴォルケンリッターたちは昌浩の両親に挨拶をした。扱いは晴明の客人ということになっている。
どう考えても怪しいが、晴明の客人ということで、昌浩の両親は無理やり納得したようだった。
朝食を終えると、昌浩と父親はすぐに仕事に行った。
それを見届けると、シグナムたちはあてがわれた部屋に集まる。
「はやての作るご飯が懐かしいぜ」
ヴィータが遠い目で呟いた。焼いた魚やご飯など、食事自体は悪くなかったのだが、全体的に薄味で淡白な物しかないのだ。特に砂糖がないので、甘いものは皆無だった。
「アイス。ケーキ」
「言わないで。私まで恋しくなる」
シャマルも悲しそうだった。早く目的を遂げないと二人がホームシックにかかりそうだった。
シグナムは強引に話を進めることにした。シグナムも朝食の前に、この世界の服装に着替えている。
「とにかく窮奇の居場所を突き止めなければ。シャマル、探索は?」
「今朝からやってるけど、この町にはいないと思う。魔力の痕跡を追っても、途中でぷっつり切れちゃってるの。あれだけの魔力を持っているのに、隠れることがすごく上手いみたい」
「たちが悪いな」
シグナムが唇を噛みしめる。しかし、十二神将も隠形を会得しているのだ。同じ世界にいる窮奇も会得していたとしても不思議ではない。あれを使われては、よほど近くにいない限りシャマルの探索にも引っかからないだろう。
「一応、探索は続けてくれ。後は我々が地道に探すしかないか」
「でも、この世界の女は顔をさらしちゃいけないんだろ。外に出られないぞ」
それでなくとも、まだこの世界の常識を知らないのだ。自分たちだけで町を歩くのは危険だ。
「私が行こう」
のっそりと狼の姿のザフィーラが立ちあがる。
シグナム達は気まずげに視線を交わした。
「どうした? 犬の振りをすれば怪しまれないと思うのだが」
「いや、こんなでかい犬が一匹で歩いてたら、大騒ぎになるだろう」
「ならばこちらなら」
ザフィーラが人間の姿に化ける。シグナムたちはますます難しい顔になる。
「耳と尻尾が生えた人間って、もっと駄目だろう」
「うむ。狼の姿以上に大騒ぎになるな」
ザフィーラは狼の姿に戻って座り込んだ。心なしか寂しげな表情を浮かべている。
あの隠形と言う魔法を本気で学びたくなってくる。
「やっぱり晴明さんの協力を仰ぐべきじゃないからしら?」
「これ以上、あの老人を頼りたくないのだが」
借りを作ったら最後、どんな方法で返せと言われるかわかったものではない。出会った翌日にして、晴明の印象は最悪だった。昌浩が信用できる人柄なだけに、腹に一物ある晴明が際立って悪く見える。
今だってかすかに視線を感じる。恐らく十二神将の誰かが監視をしているのだろう。
こちらのこともどれだけ知っているか、わかったものではない。本当に食えない爺だ。
「やっぱり昌浩が返ってきてから、夜、一緒に探すしかないか」
ヴィータが片膝を立てながら言った。それに妖怪は夜行性と聞く。昼間に探しても見つけられる可能性は低いだろう。
「それしかないか。シャマルは昌浩殿の母上から、なるべく情報を収集してくれ」
「わかったわ」
シグナムに言われ、シャマルが昌浩の母親の元に向かう。家事手伝いをしながら、この世界の常識を学んでいくのだ。
「わたしたちは?」
「特にすることはないな。体がなまらないよう、気をつけていてくれ」
シグナムがいそいそと立ちあがる。それと同時に騎士服を装着する。六合と稽古の続きをやるのだろう。
「まったくバトルマニアはいいよな」
ヴィータはとことん憂鬱になる。ヴィータとて戦いが嫌いなわけではないが、さすがに一日中武器を振りまわしていたいとは思わない。ゲームもないこの世界では、時間をどう潰していいかわからない。
「ザフィーラ、ゲートボールでもやるか?」
「いや。おとなしくしていよう」
「そっか」
ヴィータは一人で庭に出た。そこには昌浩より少し年下らしい黒髪の少年が立っていた。放たれる魔力から、ヴィータはそれが十二神将であると悟った。
「お前は?」
「十二神将、玄武だ。晴明より、お前の暇つぶしに付き合ってやれと指示された」
玄武が淡々と言った。
どうも子供扱いされている気がしてむかつくが、相手がいないよりはましだ。
「お前、ゲートボールってやったことあるか?」
夕刻、昌浩は仕事を終えて帰路についていた。
「しかし、昌浩や、本当にあいつらを信用していいのか?」
「どうして? 悪い人じゃなさそうだよ?」
「それはそうかもしれんが……」
純粋な眼差しで言われると、もっくんは反論できない。
昌浩は新しい家族が増えたようで嬉しかった。特にヴィータは、末っ子の昌浩にとって、初めての妹同然だ。少々口が悪いのが難点だが。
「ただいま」
昌浩が玄関をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。
まるで全力疾走の後のように息を切らした六合とシグナム。
無言で、柄の長い金槌のような不思議な道具を使って、球転がしをしているヴィータとよく知らない十二神将。
台所では、夕食の用意をしながら、シャマルと母がまるで旧知の仲のように談笑していた。
昌浩に気がつくと、ヴィータがまなじりを釣り上げて迫ってきた。
「遅い!」
「ええ!?」
「もっと早く帰ってこれねえのか!?」
「無茶言わないでよ。退出時間は決まってるんだから。これより早くは帰れないよ」
「言い訳するな!」
「はい!」
ヴィータの剣幕に、昌浩は背筋を伸ばす。
ヴィータが不機嫌なのには理由があった。玄武とゲートボールに興じていたのだが、玄武は勝っても負けても無反応で、退屈この上なかったのだ。
「おし、あの化け物を探しに行くぞ!」
「みんな、ご飯よー」
気の抜けたシャマルの声が、ヴィータの気勢をそぐ。
「お、ま、え、はー!」
「まあまあ、腹が減っては戦はできぬっていうし」
昌浩が必死になだめる。その時、ヴィータの腹の虫が盛大な音を立てた。
「ほらね」
「笑ってんじゃねぇ!」
ヴィータの拳が昌浩の顎を捉える。
「ほら、さっさと飯にするぞ」
ヴィータがすたすたと歩いて行ってしまう。
「……なんか俺、今朝から殴られてばっかりだ」
「いろいろ大変だな。晴明の孫」
「孫言うな」
痛みに呻いていても、いつものやり取りは忘れない昌浩ともっくんだった。
その頃、都の外れの草原に、なのは、フェイト、クロノの三人が降り立った。
「ここにヴォルケンリッターがいるんだよね?」
「間違いない」
なのはの問いに、クロノが静かに答える。目の前には古めかしい町並みが広がっている。ヴォルケンリッターの主を見つけ出し、捕まえなければならない。
「行くぞ」
クロノが一歩踏み出す。
その瞬間、虚空から突然人間が現れた。青い髪をした青年に、筋骨隆々とした壮年の男。それに五歳くらいの少女だ。
「何者だ!」
クロノたちはそれぞれ武器を構える。そこにオペレーターのエイミィから通信が届く。
『気をつけて。分析したところ、そいつら守護騎士に限りなく近い存在みたい』
「奴らの仲間か」
クロノは顔をしかめる。まさかまだ仲間がいるとは思わなかった。それとも集めた魔力で新たに作り出したのか。
「我らの主から、貴様らに伝言がある」
青い髪の青年が声を張り上げる。彼らは十二神将だった。青い髪の青年が青龍、筋骨隆々としているのが白虎、それに女の子が太陰だ。ここに来たのは晴明の指示だ。
「“ここはひいてくれ”以上だ」
「ふざけるな。それだけでおめおめ帰れるものか!」
クロノが怒鳴る。今はっきりと主と言った。つまり闇の書の主はここにいるのだ。絶対に逃がしはしない。
「ならば、力ずくだ!」
青龍が青い光弾を放つ。
クロノたちはとっさに飛行して回避する。
「ほう」
「ちょっと、青龍。相手が人間だったら、どうするのよ」
十二神将には人間を傷つけてはならないという掟があるのだ。
「はっ。足から翼を生やして空を飛ぶ人間などいるものか。間違いなく妖怪だ」
「今なんか失礼なこと言われなかった?」
なのはが若干涙目で言った。
「覚悟!」
青龍が信じられない跳躍力で、なのはに肉薄する。
「ひっ」
鋭い眼光に、鬼気迫る表情、全身から放射される殺気に、なのはの体がすくむ。
「なのは!」
「お前の相手はこっちだ」
なのはの援護に向かおうとしたフェイトの前に、白虎が立ちふさがる。掘りの深い顔立ちに、たくましい体躯。まるで筋肉の軋む音が聞こえてきそうだ。白狐は険しい顔のまま、鋭い風の刃を放つ。
咄嗟に回避するが、白虎は執拗に攻撃を繰り出す。
「フェイト!」
「行かせない!」
クロノの前には太陰が立ち塞がった。クロノの放つ魔法を、素早い動きでことごとく避ける。
戦いはこう着状態だった。お互いに決定打を繰り出せない。
「なのは、フェイト、撤収だ!」
不利を悟ったクロノが撤退を指示する。
青龍たちは、それ以上追撃してこなかった。
アースラに戻ったなのはたちを、リンディ艦長が出迎える。
「お帰りなさい。随分苦戦したみたいね」
「すみません」
クロノは素直に頭を下げる。あんな幼子に翻弄されて、クロノの自尊心はいささか傷ついていた。あまりに幼い容姿なので全力で攻撃できなかったのだが、そんなものは言いわけにならない。
「ですが、こちらの思わぬ弱点が発覚しました」
クロノは、なのはたちを振りかえる。
なのはたちは若干青ざめた表情で立っていた。
「二人とも、どうしたの?」
リンディは心配そうに二人に駆け寄る。これまで二人がこんな様子になったことはない。
「つまり、こういうことです」
クロノがディスプレイに青龍と白虎の顔をアップで映す。
「「ひっ!」」
なのはとフェイトが怯えた顔で抱き合う。
ディスプレイを消してクロノはゆっくりと言った。
「どうやら二人は怒った大人の男性に弱いようです」
「へっ?」
リンディは思わず間の抜けた声を出してしまった。
なのはの父と兄は普段は温厚で、滅多に怒らない。怒る時は怖いのだが、いい子のなのはが怒られたことは、これまでの人生でも数えるほどだ。
そして、フェイトは母親やアルフなど、生まれてから、大人の男性と接したことがほとんどない。クロノやユーノでは子供すぎる。険しい顔のおっさんと向かい合ったことなど皆無だろう。
「なるほど。二人とも耐性がなかったのね」
リンディが苦笑いを浮かべる。
もしあの戦いで、なのはやフェイトが全力を出せていれば、勝ち目はあっただろう。攻撃力ではこちらに分があるし、あの青い髪の青年は空が飛べないようだった。しかし、完全に委縮してしまっているあの状態では、半分の力も出せるかどうか。
「相手がどこまで考えてあいつらを投入してきたかわかりませんが、状況はかなり厳しいです」
こういった苦手意識は一日や二日で克服できるものではない。徐々に慣れていくしかないのだ。
しかし、クロノ一人でヴォルケンリッターすべてを相手に出来るとも思えない。頭の痛い問題だった。
「だ、大丈夫。今度は我慢する」
「そ、そうだよ。私たちなら大丈夫なの」
フェイトとなのはが拳を握って勢い込む。
クロノが再びディスプレイを映す。
「「ひっ!!」」
「今度はアルフとユーノを連れて行った方がいいかな」
怯える二人を見ながら、クロノは静かに溜息をついた。
夜警に出かけた昌浩たちは、とりあえず窮奇が逃げて行った方角に向かうことにした。シャマルは家に残ってみんなの支援をすることになっている。
窮奇が町の中にはいないのは間違いないので、かなり遠くまで行かないとといけない。
「そう言えば、君の髪飾り面白いね」
道すがら、昌浩がそっとヴィータの帽子についているウサギの飾りに手を伸ばした。
「触るな!」
パンッと乾いた音がして、ヴィータが昌浩の手を弾く。
よほど強い力で叩かれたのか、昌浩の手が軽く腫れている。さすがにやり過ぎたと、ヴィータはばつが悪くなる。
「ごめん」
しかし、謝ったのは昌浩の方だった。
「なんで謝るんだよ?」
「きっと大事な人からの贈り物なんでしょう? わかるよ。俺にもそういうのあるから」
昌浩は胸元を握りしめた。そこには匂い袋がぶら下がっている。
昌浩は場の空気を変えるように明るい声を出した。
「それにしても、町の外となると行くのが大変だね」
「おい」
歩みを続ける昌浩の服の裾を、ヴィータがつかむ。
「何?」
「どうして飛んでいかない?」
「……だって、俺、飛べないから」
「ふざけんな!! あんだけの魔力持ってて飛べないって、どういうことだよ!?」
「いや、俺人間だし、普通は飛べないって」
「んなわけあるかー!」
ヴィータの絶叫が夜の町に轟く。
「落ち着け。近所迷惑だ」
シグナムがそっとヴィータの肩に手を置く。
「この世界ではそれが常識なんだろう。ならば、我々が配慮すればいいことだ」
シグナムがぐいと昌浩を抱き寄せる。体のあちこちに触れる柔らかい感触に昌浩の顔は真っ赤に染まる。
「シ、シグナム!?」
「喋ると舌をかむぞ」
シグナムの体がふわりと宙に浮く。そのままぐんぐんと高度を上げ、町並みが足元のはるか下に広がる。
「へぇー。都って上から見るとこんな感じなんだ」
昌浩が感嘆したように呟く。
「おい、何赤くなってやがる」
ヴィータが同じ高度まで上昇しながら軽蔑するように言った。隣ではザフィーラも宙に浮いている。
「だ、だって、こんな……」
「おー。おー。一人前に赤くなって。こうして人は大人になっていくんだなあ」
「もっくん。うるさい。それにしても、みんな飛べるんだ。すごいね」
晴明とて飛行の術は知らないはずだ。十二神将でも飛べるのはごく一部だろう。それができるシグナムたちを昌浩は素直に称賛した。
「私たちにしてみれば、魔力さえあれば、そこまで難しい魔法ではないのだがな。では、このまま探索を続けよう」
その日は窮奇の足取りはつかめなかった。しかし、町の中を暴走していた車の妖を見つけ、昌浩はそれを自分の式にした。仲間が増えた上に、空の散歩を楽しめて、昌浩はご満悦だった。
窮奇の手がかりがつかめないまま、数日が過ぎた。
時折、窮奇配下の妖怪とは出会うが、敵は決して口を割らない。
ヴィータたちの焦りは日に日に高まっていく。こうしている今も、はやての命は危ぶまれているのだ。
それは昌浩も同様だった。時間をかければかけるほど、窮奇に狙われている娘の命が危ない。
昌浩は地上から、空からヴィータ、シグナム、ザフィーラが散開して捜索を行っているのだが、それでも結果は芳しくなかった。
そんなある日、いつものように夜警に出た昌浩たちだったが、シグナムが不意に固い声で言った。
「尾行されているな」
「まさか窮奇の仲間?」
「いや。尾行のしかたが素人だ。おそらく人間だろう」
昌浩たちは路地の角を曲がると、追跡者を待ち伏せた。やがて人影がきょろきょろと周囲を窺いながら現れる。
その時、風が吹いた。馴染んだ香りが昌浩の鼻孔をくすぐる。
「観念しろー!」
「ちょっと待ったー!!」
不審者を取り押さえようするヴィータを、昌浩が押しとどめる。
「あっ。昌浩、そこにいたんだ」
人影が朗らかにそう言った。
「どうしてここにいるんだよ、彰子!」
月明かりが人影を照らす。そこには見るからに上等な着物を着た、長い髪の少女が立っていた。年齢は昌浩と同じくらいか。ただ立っているだけなのに、振舞いに優雅さがある。
「誰だ?」
「藤原彰子。左大臣……ええと、この国で一番偉い大臣の娘で、この子が窮奇に狙われているんだ」
シグナムの疑問に昌浩が答えた。
「なるほど。どうりで優雅なわけだ」
「昌浩、この方たちは?」
「ええと、協力者というか、仲間というか……」
昌浩が今度は彰子の疑問に答える。
「初めまして。私はシグナム。しかし、狙われているのに出歩くとは感心しないな」
彰子の住む所には晴明が直々に結界を張っている。そこにいる限り、窮奇とておいそれと手が出せないはずなのだ。
「そうだよ。彰子。早く帰った方がいい」
「嫌よ。私だって昌浩の役に立ちたいわ」
口喧嘩を始める昌浩と彰子から、もっくんは距離を取る。その背をむんずとヴィータがつかんだ。
「もっくん。あいつらどういう関係だ?」
「もっくん言うな……一口に説明すると難しいが、昌浩の大事な人……かな?」
「大事な人?」
「お前も見たことあるだろう。昌浩が首から下げている匂い袋。あれは彰子が贈ったものだ」
「なるほどね」
昌浩が以前、大事そうに胸元を握りしめていたことを思い出す。そこに匂い袋があることをヴィータが知ったのは、それからすぐのことだった。
「へっ。色気づきやがって。これだからませガキは」
「おい。手に力を込め過ぎだ。痛いぞ」
「ヴィータ!」
ザフィーラが注意を促す。
咄嗟にとびのくと、さっきまでヴィータがいた地面を鋭い爪が抉った。
「誰だ!」
全員が瞬時に戦闘態勢に移る。
月を背にして、人間ほどの大きさの鳥が翼を広げていた。
「窮奇様の邪魔をする愚か者ども。この場で朽ち果てるがよいわ!」
鳥の声を合図に広がった結界が、昌浩たちを飲み込む。
周囲の光景は変わらないが、虫の声やかすかな人の気配が途絶える。異界に引きずり込まれたのだ。
民家の屋根や道の向こうから妖怪たちが続々と姿を現す。完全に囲まれている。
もっくんがヴィータの手を振りほどくと、鳥と正面から向き合う。
「こちらも連日の捜索に飽き飽きしていたところだ。貴様をひっとらえて、主の元まで案内してもらおう。幸い、ここなら全力を出しても問題なさそうだしな」
「もっくん?」
ヴィータが声をかけると、もっくんは凶暴な笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。お前たちにも俺の真の姿を見せておこう」
真紅の炎がもっくんから立ち上る。
炎をかき分けて長身の青年が現れる。
ざんばら髪に褐色の肌。仏像のような衣をまとっている。放たれる魔力は凄絶にして苛烈。これまでヴィータたちが会ったどの十二神将よりも強い。
「紅蓮!」
昌浩がもっくんのもう一つの名を叫ぶ。
紅蓮。またの名を騰(とう)蛇(だ)。地獄の業火を操り、あらゆるものを焼き尽くす十二神将最強にして最凶の存在だ。
「こいつもザフィーラと同じかよ」
紅蓮の全身から、炎で形作られた蛇が無数に放たれる。蛇は妖怪たちを飲み込んで次々に焼きつくす。
「昌浩、彰子がいないぞ」
ザフィーラが緊迫した声で言った。
「しまった!」
最初に結界を張った時、彰子だけ中に入れなかったのだろう。昌浩たちを足止めしている隙に、彰子をさらう計画だったのだ。
シグナムが叫んだ。
「シャマル! 彰子殿の居場所はつかんでいるか?」
『大丈夫。敵は鳥型の妖怪一匹だけよ。でも、すごい勢いで町から出ようとしている』
「シグナム。この異界から脱出はできるか?」
紅蓮が攻撃の手を止めることなく訊いた。
「可能だ」
転移魔法を使えば、どうにかなるだろう。
「しかし、転移するには少し時間がかかる」
「ならば、昌浩とお前たちは彰子を追ってくれ。その時間は俺が稼ぐ」
一人で大丈夫かと、喉まで出かかった言葉をシグナムは飲み込む。紅蓮の顔は自信に満ち溢れていた。
転移に入ったシグナムたちに、妖怪たちが一斉に襲い掛かる。
「行かせない!」
吹きあがる炎の壁が妖怪たちを阻む。
「邪魔はさせん!」
壁と蛇の間隙を縫って、巨大な鳥が爪を振りかざす。
「紅蓮!」
紅蓮の手が燃え上がり、赤い槍が出現する。
「行け!」
鳥の爪を紅蓮が槍で受け止める。
次の瞬間、昌浩たちは元の世界へと転移していた。
「ふふ。消えぬ傷。癒えぬ傷。これが獲物の刻印よ。窮奇様もさぞお喜びになろう」
彰子をつかんだまま飛びながら、鳥の妖怪が微笑む。
「それはどうかな?」
声と同時に、鳥を取り囲むように魔法陣が発生する。その中からシグナム、ヴィータ、ザフィーラが現れた。
『転送成功』
シャマルが勝ち誇った声で言う。
「おい、重いぞ」
「だって、しょうがないじゃない」
ヴィータが不機嫌に言う。その背には昌浩がしがみついていた。転移した時、昌浩はヴィータと一緒に飛ばされたのだ。
「ええい、鬱陶しい!」
鳥の魔力が炸裂する。その隙に、鳥は包囲網を抜けだそうとする。
「アイゼン!」
「レバンティン!」
ヴィータが鉄球を打ち出す。鉄球は鳥の足に当たり、彰子を取り落とさせる。
続いて、鞭のように伸びたレバンティンが鳥の体を切り裂く。
「彰子!」
「任せろ!」
落ちていく彰子を、ザフィーラが抱き止める。
「気を失っているだけだ。命の心配はない」
彰子の様子を確認し、ザフィーラが告げる。昌浩は安堵した。
「しかし、今回は大きな手掛かりを得られたな」
シグナムが鋭い目で、鳥の向かった方角を睨む。
「窮奇は間違いなく北にいる」
「おい、北には何があるんだ?」
「そうだな……貴船山とか?」
『シグナム、気をつけて!』
「シャマル?」
シグナムが聞き返そうとすると、上空に巨大な魔力が出現した。
「まったく使えぬ部下どもよ」
聞き覚えのある重低音。放たれる圧倒的な魔力。振り返るまでもない。真上に奴が現れた。
「死ね」
死刑宣告と共に、雨のように大量の魔力の刃が降り注ぐ。
シグナム、ザフィーラが咄嗟にバリアを展開する。しかし、昌浩を背負っていたヴィータの反応が遅れる。
(間に合わねえ!)
刃がヴィータの眼前に迫る。その時、ヴィータの体が真横に流れた。
振り返ると、昌浩の体が宙に舞っていた。ヴィータを助けるために、昌浩が突き飛ばしたのだ。
「よかった」
昌浩がにっこりと笑う。
ヴィータが手を伸ばす。しかし、それより早く昌浩が魔力の刃に貫かれる。空中に赤い花が咲いたかのように、鮮血が散る。
「昌浩―!」
ヴィータの悲痛な叫びが、都の空に轟いた。
「昌浩! しっかりしろ」
窮奇は一度の攻撃だけで去って行った。ヴィータは昌浩を抱き止めると、繰り返し呼びかける。意識を失ってしまったら、助かるものも助からない。
魔力の刃は昌浩の腹を貫通していた。出血で昌浩の衣は真っ赤に染まっている。もしかしたら、内臓を傷つけたかもしれない。
「昌浩!」
敵を片づけた紅蓮が、慌てて駆け寄る。しかし、昌浩の凄惨な傷を見て絶句する。
「シャマル。転送と傷の手当てを。早く!」
『やってるわよ!』
苛立った様子でシグナムとシャマルが交信する。
次の瞬間、昌浩の体は光に包まれて、姿を消した。
「おい、昌浩は大丈夫なんだろうな」
「安心しろ。シャマルは回復魔法のエキスパートだ。彼女に任せれば問題ない」
取り乱す紅蓮をシグナムがなだめる。
「とにかく戻るぞ。今は昌浩殿の容体が心配だ」
屋敷に戻ったシグナムたちを、疲れた様子のシャマルが出迎えた。その隣には六合もいる。
「一命は取りとめたわ。出血が激しいから、しばらくは絶対安静だけど、もう大丈夫。後遺症の心配もないわ」
「そうか。ありがとう。感謝する」
もっくんの姿に戻った紅蓮がほっと胸をなでおろした。
六合はザフィーラから気絶している彰子を受け取ると、彰子の屋敷へと向かった。
「昌浩君には今晴明さんが付き添ってる」
さるさんかな?
支援
ここって話の主人公側になのは達いないとNG?
69 :
代理投下:2012/02/08(水) 21:04:07.68 ID:2bvq5i1x
晴明は意味ありげに眠る昌浩を見つめる。
「昌浩が起きたら、ヴィータ殿には叱る役をお願いしたい。この孫は助けられた人がどんな気持ちになるか、まるでわかっていないようなので」
真に人を助けようと思うなら、自分も死んではならないのだ。昌浩はヴィータを助けるのに必死で、自分の身を守ろうとしなかった。よかったなどと呟く暇があったら、攻撃を防ぐ努力をすべきだったのだ。
「お、おう。任せとけ!」
ヴィータががぜん勢い込んで立ち上がる。
「お前ら。もう少し静かにしろ。怪我人の前だぞ」
もっくんがピシリと尻尾を打ちつける。
晴明とヴィータは顔を見合せて笑うと、この場をもっくんに任せて静かに退出して行った。
第三話 揺るがぬ決意を胸に抱け
窮奇退治は昌浩の完治まで、延期が決定した。敵はあの大妖怪、なるべく万全の状態で挑みたい。
昌浩が養生している間、一度だけ彰子が見舞いに来た。
自分がさらわれたせいで、昌浩が重傷を負ったと彰子は酷く気に病んでいた。
昌浩は彰子は励まそうと、必死に明るい話題を振った。その中で、彰子が蛍を見たことがないと言った。蛍の時期はとうに過ぎていたので、ならば来年一緒に蛍を見に行こうと昌浩は約束した。
その間、ヴィータが歯ぎしりせんばかりに不機嫌だったのに、昌浩は最後まで気がつかなかった。
数日もすると、昌浩は起き上がれるようになった。激しい運動は厳禁だが、それ以外の行動は大体許されている。シャマルの治癒術は本当に素晴らしい。出来るなら教えてもらいたいくらいだった。
昌浩は書物を睨めっこをしながら、円盤状の物体をからからと回していた。
「何してんだ?」
ヴィータが昌浩の手元を覗き込む。
昌浩が目が覚めましてからというもの、ヴィータは食事を運んでくれたり、何かと世話を焼いてくれる。あまりに優しいので、昌浩の方が戸惑っていた。
「これは占いの道具なんだ。窮奇の居場所が占えればと思ったんだけど」
結果は芳しくない。それにそのくらいのことは晴明がとっくにやっているだろう。晴明すらわからないことを昌浩がわかるわけない。
「占いねえ」
ヴィータは占いという奴がどうも信じられない。未来が本当に予知できるなら、未来はすでに決まっていることになる。努力するもしないもすべて決まっている。ならば、心は何のためにあるのか。
「あ、疑ってるな。よし、ならヴィータの未来を占ってやる」
昌浩が道具に手を伸ばす。
「面白い。やってみろ」
円盤がからからと回り、結果を示す。昌浩はじっとその結果を読み取ろうとする。
無言のまま、時間だけが過ぎていく。
「おい」
昌浩は真剣な顔のまま答えない。そのあまりに真剣な様子にヴィータが不安になる。
「まさか、よくない結果が……」
「ごめん。わからない」
「うーがー!」
ヴィータが吠えた。
「さんざん待たせて、なんだよそれは!」
70 :
代理投下:2012/02/08(水) 21:04:43.19 ID:2bvq5i1x
「ご、ごめん、だって見たことない形だったから」
昌浩は本で頭部をかばう。
「もう少し時間をちょうだい。きっと占ってみせるから」
「まったく。それでも晴明の孫かよ」
「あー! ヴィータまで孫って言ったー!」
「いやー。この台詞一度言ってみたかったんだよ」
「孫言うな!」
憤慨する昌浩を、ヴィータはきししと笑う。ふとその顔が疑問に染まる。
「お前、今何て言った?」
「孫言うな」
「その前だよ」
「えーと、ヴィータまで孫って言った、だったかな?」
「お前、名前」
「ああ、ヴィータだよね。やっと言えるようになったよ」
昌浩はにっこりと笑う。
「いやあ、苦労したよ。毎晩ヴィータ、ヴィータ、って繰り返して」
ちなみにザフィーラの名前はまだ練習中だ。
「ヴィータ。これで合ってるんだよね?」
ヴィータの拳が昌浩の頭を叩く。
「な、何すんだよ、ヴィータ」
昌浩が頭を押さえてうずくまる。
ヴィータは拳を握りしめたまま、全身を震わせていた。
「ヴィータ?」
「気安く呼ぶんじゃねえ!」
ヴィータが再び拳を振り下ろす。その顔が真っ赤に染まっていた。
「どうしたの、ヴィータ?」
「だから、繰り返すな〜!」
ドタバタと暴れる音が屋敷中に響いていた。
「いやー。春だねぇ」
「夏だがな」
「連日快晴だねぇ」
「それはその通りだ」
もっくんとザフィーラは、昌浩の部屋の屋根の上で並んで日向ぼっこをしていた。
「昌浩についていなくていいのか?」
「そんな野暮はせんよ」
もっくんが後ろ脚でわしわしと首をかく。本人に自覚があるかどうかは知らないが、ヴィータの気持ちは傍から見れば明らかだ。
「すまんな。気を使わせて」
「いや、昌浩にとってもいいことだ」
「ほう。もっくんはあの彰子とかいう娘を応援しているのかと思ったが?」
「おっ。堅物かと思いきや、話せるねぇ。ただし、もっくん言うな。俺のことは騰蛇と呼べ」
「心得た」
「それで彰子に関してだが、結論から言って、あの二人は絶対に結ばれない」
もっくんは一転、厳しい表情になる。
「どういうことだ?」
「身分が違い過ぎる。かたやこの国一の貴族の娘。かたやどうにか貴族の端に引っかかっている昌浩。あり得ないんだよ、この二人が結ばれるなんて」
「身分とはそんなに大事なのか?」
しょせん同じ人間ではないか。気にするほどの差があるとザフィーラには思えない。
「そうだな。お前たちの主は女か?」
ザフィーラの緊張が一気に高まる。
失言だったと、もっくんは詫びた。
「お前たちの主を詮索しようとしたわけじゃない。例えば、お前たちの主が女だったとしよう。もしお前が主に恋愛感情を抱いたら、どうなる?」
「なるほどな」
ザフィーラは遠い目になった。彼のはやてを敬愛する気持ちに、一片の曇りもない。しかし、それは決して恋愛感情ではない。
自分はあくまで守護獣、人間ではない。そんな自分と主が結ばれるなど決してない。それなのに、主に恋心を抱けば、それはまさに地獄だろう。
「つまり、この国で身分とはそれほどの差ということだ」
しかも、彰子と天皇の結婚の準備が進められているという。晴明の占いでも、それはすでに決まった運命ということだった。もし運命を変えられる力があればと、もっくんは己の無力をこれほど呪ったことはない。
失恋から立ち直る一番早い方法は新しい恋を始めることだ。昌浩を好きなヴィータがそばにいてくれれば、これほどありがたいことはない。
「しかし、我らは……」
「わかっている。窮奇を倒したら帰るんだろう。それでもいいんだ。立ち直るきっかけになれば。それに二度と来れないわけじゃあるまい?」
「それもそうだな。その時は主も連れてこよう。きっと喜ばれる」
そう、きっと大丈夫だとザフィーラは思った。いつか主を含めた全員でこの地を訪れることができる。その時は、闇の書も完成し、主の命も助かっている。時空監理局から追われることもなくなっている。
我ながら虫のいい考えだと知りながら、そんな未来が来るのを願わずにいられない。
ザフィーラともっくんは雲一つない空を見上げた。
その頃、庭ではシグナムが見知らぬ女と対峙していた。女は黒い艶やかな髪を肩のあたりで切りそろえ、この時代では珍しい丈の短い服を着ている。十二神将の一人だろう。
六合と稽古の約束をしていたのだが、六合の姿はない。
「私の名は勾陣(こうちん)。六合は晴明の供で行ってしまってな。代わりに私が来たというわけだ」
「そうか。では、今日の相手は勾陣殿が?」
「ああ。せっかくだから、少し趣向をこらさないか?」
勾陣は三つ叉に別れた短剣を両手に持ち、宙を切り裂いた。空中に裂け目が走り、シグナムの体がその中に吸い込まれる。
シグナムが目を開けると、そこは砂と岩ばかりの荒涼とした風景が広がっていた。
「次元転移?」
「ここは我ら十二神将が住む異界だ。稽古もいいが、ここなら思う存分暴れられるぞ」
勾陣が口端を釣り上げる。氷のように鋭い酷薄な笑みだった。
シグナムも勾陣と同じ笑みを浮かべる。
「なるほど。より実戦的にというわけか」
「それと最初に言っておく。私は六合より強いぞ」
「面白い。では、いざ尋常に勝負!」
シグナムのレバンティンが炎をまとい、勾陣の魔力が炸裂する。
普段は静かな異界が、その日はいつまでも爆音が轟いていたと言う。
夕刻、帰宅した晴明は昌浩の部屋に向かった。天皇と彰子の結婚が正式に決まったということだった。後は日取りを決めるのみ。今すぐということはないが、もはや二人の結婚は避けられない。
薄々感づいてはいたのだろう。昌浩は「そうですか」とだけ呟いた。
それからさらに数日が過ぎた。
昌浩は表面上は明るく振舞っていたが、時折沈んだ表情や物思いにふけることが多くなった。そして、以前にもまして窮奇を倒すべく猛勉強を始めた。まるで勉強に打ち込むことで、何かを忘れようとしているかのように。
早朝、昌浩は目を覚ますと素早く着替える。怪我の為、長期休みになってしまった。同僚にも迷惑をかけたし、今日は出仕するつもりだった。晴明から頼まれた仕事もある。
「よし。完全復活」
「ほう。よかったじゃないか」
今日はよほど早起きしたのか、ヴィータが戸口に立っていた。
「うん。これもヴィータたちのおかげだよ。本当にありがとう」
シャマルの魔法とヴィータの看護がなければ、まだろくに動けなかったに違いない。
「いやー。そう言ってもらえると、こっちもありがてぇよ」
ヴィータはのしのしと部屋に入ってくる。ヴィータは指で昌浩に座るように示す。
「大事な話?」
昌浩はまだ気づいていない。ヴィータの目がまったく笑っていないことに。
ヴィータが深く息を吸い込み、
72 :
代理投下:2012/02/08(水) 21:08:57.10 ID:2bvq5i1x
「この大馬鹿がー!!」
大音量が安部邸を揺らした。昌浩は耳を押さえて顔を引きつらせる。
ヴィータは指を鳴らしながら、昌浩に詰め寄る。
「お前が治る日を、どれだけ待ったことか。怪我人を怒鳴りつけるのは趣味じゃないからな。これで思いっきりやれる」
晴明から託された昌浩を叱る役をヴィータは忘れていない。それどころか世話を焼くことで、怒りが鎮火しないようにしていたのだ。ヴィータの怒りは最高潮に達していた。
「あの……ヴィータさん?」
「やかましい! そこに正座」
「はい!」
「大体お前は自分が怪我をしてどうするんだ。助けるにしたって、もっと上手くやれ!」
「いや、でも」
「言い訳するな!」
「ごめんなさい!」
ヴィータが機関銃のように怒鳴り続ける。昌浩はそれを黙って聞くしかなかった。
それから一刻の後、もっくんが昌浩の部屋を訪れと、晴れ晴れとした顔でヴィータが出てきた。
「いやー。ようやくすっとしたー」
もっくんが部屋の中を覗き込むと、そこには真っ白に燃え尽きた昌浩がいた。
その夜、昌浩が仕事を終えて帰ると、シグナムたちは晴明の部屋に集められていた。
「昌浩や。彰子様には会えたのか?」
「はい」
昌浩は寂しげに笑う。晴明の取り計らいで、昼頃、昌浩は彰子と対面していた。そこで昌浩は彰子に絶対に守ると誓った。誰の妻になってもいい。生涯をかけて彼女を守る。それが昌浩の誓いだった。
「それで窮奇の居場所は?」
「はい。貴船山だと思います」
都の北に位置する貴船山。そこには雨を司る龍神が祭られている。
窮奇が北に逃げたのと、ヴィータたちが来てからというもの、一度も雨が降っていない。それが根拠だった。おそらく窮奇によって封印されているのだろう。
「ならば、一刻の猶予もないな」
シグナムにとって、ここは楽園だった。六合や勾陣、他の神将たちとも、実は紅蓮とも、幾度も手合わせした。こんなに心躍る相手がいる世界をシグナムは知らない。
「そうだな」
ヴィータとて離れがたい気持ちはある。
しかし、八神はやてを救う為、二人は未練を振り切って立ち上がる。
「はやてちゃんの為にも、お願いね、みんな」
シャマルが転送の準備を開始する。それをザフィーラが咳払いで遮る。
シグナムとヴィータがじと目でシャマルを見つめていた。
「あっ」
うっかり、はやての名前を出してしまっていた。だらだらと脂汗がシャマルの顔を滴る。ちなみに、ヴィータは以前自分がはやての名前を出しことを覚えていない。
「わしは何も聞いておりませんぞ。なあ、昌浩や」
「えっ? ……ああ、はい。俺も何も聞いてないよ」
「二人とも、気を使わせてごめんね」
シャマルが涙目で感謝の意を告げる。
やがて緑の魔法陣が足元に出現する。
昌浩、もっくん、シグナム、ヴィータ、ザフィーラが、最終決戦の場へと飛んで行った。
その頃、アースラ艦内では、クロノたちが出撃の準備を進めていた。
「それでヴォルケンリッターの動きは?」
「それが変なの」
クロノの質問にエイミィが首を傾げた。
「あの世界、時間の流れが全然違うみたい」
アースラでは、クロノたちが青龍たちと戦ってから、一晩しか経っていない。それなのに、向こうでは半月以上の時間が経過しているようだった。
どうもその間、ヴォルケンリッターたちは原住生物と戦い続けているらしい。
「闇の書もかなり完成に近づいたということか。みんな、準備はいいか?」
クロノが集まったメンバーを見回す。
ユーノにアルフ、青い顔をしたなのはとフェイト。
「な、なのは、どうしたの?」
ユーノがなのはの顔を心配そうに覗き込む。
「ちょっとイメージトレーニングを」
73 :
代理投下:2012/02/08(水) 21:10:02.69 ID:2bvq5i1x
なのはは車酔いをしたかのようにふらふらしていた。
青龍に備えて、父と兄に怒られた時のことを一晩中ずっと思い出していたのだ。
「フェイト、しっかりおしよ」
「……アルフ、大丈夫よ」
フェイトの使い魔のアルフが、フェイトの体を揺さぶる。それにフェイトは消え入りそうな声で答えた。
「エイミィ」
クロノが無言で逃げようとしていたエイミィの腕をむんずとつかんだ。
「フェイトに一体何をした?」
「ええと、頼まれてあの戦いの映像をちょっと……」
フェイトはフェイトで、あの戦いの映像を一晩見続けたのだ。しかもエイミィの好意で、男連中の顔を大写しにした編集版を。
苦手意識を克服しようと無理をすれば、かえって悪化する場合がある。なのはたちの負けず嫌いが今回は完全に裏目に出た。
クロノはユーノとアルフをつれて、部屋の隅に行った。
「いいか。男連中の相手は僕らでやる。二人には絶対に近づけるな。最悪、一生のトラウマになる恐れがある」
ユーノとアルフが決意を込めた表情で頷く。
そして、五人は転移を始めた。
967 :枕 ◆ce0lKL9ioo:2012/02/07(火) 22:31:42 ID:AiKNkGr2
うっかり第三話も一緒に投下していました。どうりで長いわけですね。すいません。
実はもうほとんど書きあがっているので、次回最終話も近いうちに投下できると思います。
楽しんでいただければ幸いです。
投下乙
揚げ足取るようだが、レ「バ」ンティンじゃなくてレ「ヴァ」ンティンな
代理投下、ご指摘ありがとうございます。
最終話は修正しておきます。
次最終話って早!?
僕は原作知らなくてなんも言えないですけど、投下乙です!頑張って〜
GJ!
て、もう最後かよ!
>>76 そりゃ少女向け小説だからな。
どうもー
本日19:30からEXECUTOR15話を投下します
■ 15
その飛行物体が地球上空7万キロメートルを切った時点で、北海にいるミッドチルダ艦隊XJR級の魔力センサーに探知された。
探知した時点での速度は秒速200キロメートル以上、そこからさらに大きく減速しつつあり大気圏突入姿勢をとっている。
巨大な魔力反応が検出され、推定される魔力量は400億と計測された。
艦隊主要打撃力として船体サイズの割に強力な魔力炉を積むXJR級の、なお2倍以上の出力がある。もちろん生身の魔導師とは比べるまでもない。
脅威度の非常に高い目標の接近を探知し、大ダコが頭部をもたげて射撃体勢に入った。
ビットが周囲をせわしなく動き回り始め、上空へプラズマ砲の照準を向ける。
上空からほぼ真っ逆さまに突っ込んでくる飛行物体の様子は、ほどなくザクセン級およびトライトン級にも探知された。
偵察飛行中のMiG-35、Su-47、MiG-25SFR、X-62の各国戦闘機はいったん海域を離脱して距離をとる。
X-62による光学超望遠撮影で、突入してきた飛行物体が変形して戦闘機型から人型になる様子が認められた。
背部のブースターユニットから激しく炎を吹き、成層圏の高さいっぱいを使って減速する。これは炎は吹いているがロケットエンジンのような反動推進ではなく、異星人たちが使う飛行魔法と呼ばれる重力制御技術である。
これによって異星人の艦艇は外宇宙航行能力と、大気圏内での浮遊能力を獲得している。さらに通常の戦闘機では不可能な高G機動も実現する。
冬の宵闇を切り裂くように、北海上空に光の矢が走る。
大ダコの真上を占位した人型ロボット──エグゼキューターは、ただちに攻撃態勢を取った。
さらに、クラウディアへ通信を送る。
クラウディアが使用する回線の周波数を知っているのである。
「人型ロボットから念話が発せられています──」
クラウディアの通信士は、ヘッドセットを押さえながら振り返ってクロノを見上げた。
目の前にいるロボットは、正しく機械仕掛けの人形であり、血の通っていない無慈悲な戦闘マシーンであったはずだ。
それが、人間に対話を試みようとする姿勢を見せている。
「繋げ」
「はっ、はい」
クロノは短く命令し、通信士はコンソールを操作して受信モードに切り替え、スピーカーにチューナーをつないで周波数をセットする。
「地球艦もこれを見ています」
ウーノが横から念を押す。
この人型ロボットの来襲は、地球にとっては待ちに待った増援となるだろう。何しろ自分たちが何十年もかけてやっと少しずつ解明してきたオーバーテクノロジーの塊が、完全に稼動した状態で目の前に現れたのだから。
それが自分たちに味方してくれるか敵対するかなど、この際どうでもいい。
力を欲する人間の欲望は限りない。
それは地球人類であっても次元世界人類であっても変わらない。
「人型物体──っいえ、エグゼキューターより本艦に向けて通信です!『60秒後に攻撃を開始する、ただちに退避せよ』と!」
「艦長」
通信士が半ば叫ぶようにして電文を読み上げる。
あれはロボットなのか。コンピュータによって操られる、人工知能なのか。それとも、パイロットが乗っているのか。人間が乗って操縦しているのか
カレドヴルフ社が惑星TUBOY地表で鹵獲しクラナガン宇宙港で破壊された同型機の場合には、コクピットブロックそのものは搭載されていたが、内部は無人であり、おおよそ人間が乗れるサイズではなかったという。
「よろしい。砲撃態勢解除、面舵一杯艦回頭180度。ドイツザクセン級を援護しつつ大ダコとの距離をとれ」
「面舵一杯、アイ!」
クロノの命令を復唱し、クラウディアの操舵手は舵を右へ切る。
艦尾ノズルから魔力光を吹き、クラウディアが旋回していく。
それを見届けるように、エグゼキューターはゆっくりと降下を始め、やがて大ダコの真上、300メートルほどの高度で静止した。
大ダコは上空のエグゼキューターに向けてプラズマ弾と小型レーザーを撃つが、そのほとんどはエグゼキューターが機体周囲に展開しているバリアのようなものに弾かれ、上空へ散らばっていっている。
エグゼキューターと大ダコの戦闘の様子は、地球艦からも目撃されている。
「間違いありません、あれはわがイギリスが発掘したロボットです。同じ型の機体です」
タイフーンIIIからの映像を受け取ったトライトン級イージス艦『アロー』CICでは、艦長以下幹部乗員たちがテレビモニターに映し出されたエグゼキューターの姿を食い入るように見つめていた。
レールガンによって大ダコの射程外から攻撃を行えるアローは距離160キロメートルを保ったまま、水平線の向こうへ曲射砲撃を行っている。
ICBMにも匹敵する弾速で飛ぶ艦載型レールガンは、通常の艦砲に比べてかなり低い弾道で飛び、目標にはほぼ真横から当たる。
大ダコが被っている肉塊はある程度の衝撃を受けるとちぎれてしまい、防御力を失うようだった。
少なくとも21世紀の現代でも、ロボット、特に人型となるとまだまだサイエンスフィクションの領域を出ないものである。
まず、介護用などの民生向けであれば意味がある人型も、戦闘機械として考えた場合は無駄が多すぎる。
手足が長くても武器がたくさん持てるわけでもなく、関節部が多いということはそれだけ脆弱な駆動機構が露出することになり防御面で不利である。
また2本の足で直立する姿勢は、車両型などに比べて前方投影面積が大きく被弾率も高まる。
しかし、あのロボット──エグゼキューターは、そんなある意味では低レベルな技術的問題などまったく意に介さないような圧倒的な性能を見せ付けている。
防御力にしても、厚い金属板や強化炭素繊維などを使った装甲に頼らなくても、エネルギーフィールドを張ることで砲弾でもミサイルでもレーザーでもビームでも防げる。
エネルギーフィールドにより、構造強度をも増すことができる。それは機体の軽量化と、駆動機構の柔軟性を高める。
また軽量な機体に大推力のブースターを組み合わせ、慣性制御装置が搭載されているので従来の戦闘用航空機のような荷重制限(現代の最新ジェット戦闘機で12〜18G程度)もない。
さらに、人型のプロポーションは人間が操縦する場合、神経接続で肉体を繋ぎ替えることで複雑なレバーやスイッチなどを不要にする。
計器類も必要ない。操縦に必要な情報は随時、パイロットの視覚野に投影される。
真っ当に研究しようとすれば、人道的、倫理的問題などからとてもではないが実現は不可能だと、これまで考えられていた数々の技術を、エグゼキューターは実物を──開発者からしてみればお手本という形で──目の前に見せてくれる。
「電磁波ノイズ増大、レーダー画像が乱れます」
「おそらく攻撃を始めるつもりだ、甲板員は艦内に退避!消磁回路作動、レーダー素子は耐電磁波防御措置を取れ」
「了解」
これほど離れた距離でも、指向性の高い強力な電波を浴びれば電子機器が破損する恐れがある。
それでなくても軍事用レーダーの電波は直撃すれば人体を焼き上げてしまうほどの出力がある。
「レールガン発砲停止。しばらくあちらさんに任せるぞ」
アロー艦長が艦首砲塔へ指示を出した7秒後、水平線上に雷鳴のような閃光が走った。
大ダコの北側で隊列を単縦陣に組み替えていたミッドチルダ艦隊XJR級は、大ダコの真上に位置したエグゼキューターがその機体の表面全体から強烈な電撃を放つのを目撃した。
高い電荷によって空気はイオン化し、酸素と窒素、それからアルゴンガスがそれぞれの原子に特有の蛍光を発して励起される様子が見える。
細い稲妻のようなものが全周囲に放たれ、海面に触れるとそこの海水が爆発して弾ける。
稲妻に絡め取られた大ダコ表面の肉塊が、体内の水分が沸騰するように弾けて破裂し、中身の体液を蒸気と共に撒き散らしながら飛び散る。
大ダコはたまらず水中へ潜ろうとするが、それでも電撃は水中にまで飛び込み、海水ごと爆発させる。
「“ゼクター・サイクロード”……と、空間内の粒子をいちどに励起させる、電撃・粒子複合属性の広域殲滅魔法ですね」
クラウディア艦橋で、ウーノが分析結果をコンソールからスクリーンに転送する。
エグゼキューターの機体全体から放射される電撃は、ただの雷や電撃魔法とは違って電磁気力を直接空間に投入している。
これを放たれると、効果範囲内にある物体はどこにも隠れられない。
空間そのもののエネルギー量が瞬時に増大するので、空気、あるいは海水、もしくは真空であっても、対生成・対消滅サイクルが加速されてエネルギーがあふれ出す。
特に大気中の魔力素をいちどに攻撃力に変換するという点で、非常な威力を発揮する。
大ダコがひるんだ隙にXJR級、トライトン級からの砲撃が殺到し、大ダコ頭部の周囲を旋回していたビットが5基すべて破壊された。
肉塊もほとんどが剥がれ落ち、大ダコはもはや丸裸である。
エグゼキューターはさらに降下して大ダコの頭部に着地すると、右脚脛部のウェポンラックからハンドガンを取り出した。
この銃はクラナガン中央第4区での戦闘でも使用された、7.62ミリ劣化ウラン弾を撃てる携行型レールガンである。
加速レールの長さは16インチ、砲口初速は秒速90キロメートル以上に達し、非常な貫通力と、目標内部での弾頭変形による破壊力を併せ持つ。
両足を広げて踏ん張り、ハンドガンを大ダコの頭部に当ててゼロ距離射撃を撃ち込む。
発砲と同時に大ダコの頭部が瞬間的に膨れるように脈打ち、体内に突入した大重量ウランの弾丸が暴れまわっているのがわかる。
この種の弾丸はいわゆるホローポイント弾と呼ばれ、目標内部に突入すると抵抗で弾頭がつぶれ、ランダムな軌道を描きながら目標内部を抉って進む性質を持つ。
この特性から、特に大型生物に対して有効であり、体内の広範囲にわたって肉を引き裂く効果がある。
通常のフルメタルジャケット弾が単に肉体を突き抜けるだけなら、体内には一直線の孔が開くだけだが、ホローポイント弾は肉体表面には銃弾と同じ大きさの孔が開くだけだが体内では非常に広範囲の肉や体組織が引きずられ、ちぎられる。
それこそ7.62ミリ口径の機関砲であれば、人間用の銃器であれば対戦車ライフルに匹敵する大きさの弾丸であり、これで撃たれれば人間など一撃で肉塊と化す。
さらに火薬で打ち出すのではなくレールガンで加速するので弾速が速く、大型機械や、建造物でも貫通してしまう。
相手が物陰に隠れていても、遮蔽物の向こうにいる相手さえ撃ち抜けるのだ。
大ダコは海中から触腕を振り上げて頭上のエグゼキューターを振り落とそうとするが、こちらも左手に同じく取り出したハンドガンで触腕を撃ち、近づけさせない。
右手の銃で大ダコの頭を、左手の銃で周囲の腕をそれぞれ撃っている。
プラズマ弾やレーザーはバリアで弾き返し、マイクロミサイルはパルスレーザーで撃ち落とす。
頭部に銃口を密着させたハンドガンが撃たれるたびに、臓物を搾るように震える大ダコの体表から黒い墨のような体液が噴出し、海に散らばっていく。
噴き出した体液は海水と混ざって、含まれている有機塩などと反応して粘性を増し、浮力が変化して大ダコは自重で沈み始める。
体内の主要な臓器を破壊しつくされ、大ダコの動きが鈍くなったのを見届けるとエグゼキューターは2丁の銃をゆっくりと両脚のラックに格納し、飛行魔法を使って飛び立った。
そのまま、反転してクラウディアへ向かう。
通信でさらに、甲板への着艦許可を求めてきた。
電波信号から復号された合成音声は、女性の声だった。
『着艦許可を求めます。これからわが機および貴艦はイギリスへ向かいます。間違いありませんね』
「艦長、われわれの作戦行動が!?」
慌てて声に出す航海長をクロノは後ろ手で制した。
40日前にミッドチルダを出航して以来、他のミッドチルダ艦との通信はしてこなかったはずだ。
もちろん、相手はヴォルフラムと接触していたはずもない。
クロノはマイクを取り、通信回線に声を送る。
「本艦の作戦内容は極秘である。貴機にはそれを知る権限があるか?」
『権限を持っています』
「担当将官の名を?」
クロノの質問に、ウーノと通信士がすばやく視線を走らせ言葉を追う。
『聖王教会本部騎士団筆頭、カリム・グラシア少将です』
クラウディア艦橋に、コンマ数秒かの視線の交錯が交わされる。クルーたちが互いに、疑問を表明しあい回答を待つ。
「──よろしい、了解した。貴機の武装はすべて待機状態にして格納せよ。着艦ポイントは後部ヘリパッドを使用されたし」
『わかりました』
回線が切れる際のクリックノイズを最後に、クラウディアの発令所はしばし異様な沈黙に包まれた。
エグゼキューターが念話回線を使用して送ってきた声は、なめらかなミッドチルダ語を話した。特に地方訛りもみられない、クラナガン首都圏の標準語である。
聞き取った声を落ち着いて考えると、単語のアクセントには軍隊話法独特のものがあった。
あれはミッドチルダの正規軍が運用している兵器なのか、搭乗しているのは軍人の操縦士なのか。
マイクをスタンドに置き、クロノはゆっくりと発令所の下段へ歩いて降りた。
ウーノが神妙に、しかし心配そうな表情をかすかに混ぜ、クロノを見つめている。
「ドイツ艦に発光信号を送れ。敵大型バイオメカノイドの沈黙を確認。引き続き警戒を続けよと」
「艦長、ここで“あれ”を本艦内に迎えるということはミッドチルダ艦隊に見咎められます」
「いずれ見せねばならぬことだ。エグゼキューターとはミッドチルダではなく管理局の力だ。
そして、現代の次元世界各国そして管理局はこの次元世界に、これまでの常識が通用しない力が存在するのだということを思い知る必要がある」
「ミッドチルダ海軍の抵抗が予想されますが」
「少なくとも第97管理外世界では向こうから戦端を開くことはできん。その瞬間にミッドチルダは地球からの信頼を失うことになる。
あの巡洋艦の艦長はそれを理解している。ミッドチルダ海軍司令部からの帰還命令を受けてなおこの海域にとどまっているということはだ」
XJR級戦隊は、これも命令変更を受けていなければ、ミッドチルダ海軍に対する命令違反を犯した艦であるクラウディアの拿捕制圧をも命令されているはずだ。
しかし、現状ではその命令を遂行することは困難である。
事情を知らない地球人の目の前で、管理世界同士が戦うわけにはいかない。
クロノは振り返り、発令所の上段にいるウーノに操艦の指示を与える。
「予告どおりイギリスへ向かう。目標はロンドン上空、針路2-7-0。エグゼキューターを収容し次第発進だ」
「はい──。甲板員、着艦作業用意。全艦警戒直を維持、各部署、交代で食事をとれ。機関部は魔力炉の点検を。エグゼキューターの着艦が完了したら知らせよ」
『こちらヘリ格納庫、了解しました副長。近くで見るとすげえイカしたロボですね』
威勢のいい甲板員の声が艦橋に届き、クロノは士官用ジャケットを軽く揺すって笑みを見せた。
つられて、艦橋にも緊張が抜け、それぞれがリラックスするようにため息を吐く。
「よろしい。航海長、巡航速度60ノットで航路を計算しろ」
「了解です」
ひとまず、当座の危機は脱した。
あとは軌道上のインフェルノをどう処理するか、また今回の戦闘で撃破されたミッドチルダ艦隊の艦と乗組員の処置をどうするかである。
沖合いの海上ではあるが、夜が明ければイギリスやドイツ、フランスなどの救難艦が捜索にやってくるだろう。
ミッドチルダ艦隊も、友軍艦を見捨てて撤退することはできない。
大破して浸水しつつあるレパードは艦の放棄が決定され、乗組員が救命胴衣バリアジャケットを装着して最上甲板に集まり、ソヴリンから艦載ヘリが飛び立って救出作業を行っている。
地球艦では、ソ連スラヴァ級は搭載していたヴルカーンミサイルをすべて撃ちつくし、反転してカリーニングラードのバルト艦隊基地へ帰投しつつあった。
大ダコのプラズマ弾を受けたドイツザクセン級ケーニヒスベルクは被弾箇所が艦尾の非防御区画だったことが幸いし航行に支障は無く、自力での帰還が可能と見られた。
トライトン級は引き続き海域に残り、クラウディアとミッドチルダ艦隊の監視を続けるようだ。
ポーツマスで出撃準備を整えていたもう1隻は決戦には間に合わなかったが、事後処理と周辺海域の警戒のために出撃する。
クラウディア後方の海面では、大ダコの体液と肉が溶けだして広がり、海面を粘つく糊のように変化させていた。
大ダコは体内に海水が浸入して比重が重くなり、次第に沈降していく。
海中では、まだ時折魔力光がまたたいているが、これもじきに弱まり消えるだろう。
敵の脅威が弱まったことを見て取り、離れた空域で待機していた各国戦闘機も上空からの接近観測を始めた。
これほどの巨大生物はかつて地球上では確認されたことがない。
大ダコの頭部は直径が20メートル以上はあり、鉛直方向の長さは50メートル近い。触腕は海中深くに沈み正確な長さが見えないほどだ。この海域の水深では、触腕を踏ん張って海底に立つことさえできる可能性がある。
地球上に生息するあらゆる生物でこれほど巨大なものはいない。ただの生物なら、水中でさえ自身の体重を支えきれなくなる。
海面に浮き上がった体液は鉱物油とみられるオイルを含んでおり、この大ダコが改造された生物機械であることを示唆していた。
イギリス海軍はポーツマスから出港するトライトン級イージス艦アヴェンジャーに救難艦と沿岸警備艇を随伴させ、オイルフェンスを張って大ダコの体液が拡散しない措置をとるよう手配をした。
宇宙怪獣の死骸から、未知の有毒物質が漏れ出していないとも限らない。もし大ダコの体液が海流に乗って拡散すれば、漁業や海洋生態系への影響が憂慮される。
またドイツ海軍でも、212B型潜水艦が曳航ブイを使用して水質の調査を行うことになった。
西暦2024年初頭、早朝から北海はにわかに騒然としつつあった。
大ダコの沈没地点は水深の浅いドッガーバンクの南端付近で、水上からの探査も容易とみられた。
また、大ダコとの戦闘で撃沈された次元航行艦レパードも、サルベージ船による引き揚げが可能であるとイギリス政府の依頼を受けた海運会社が分析した。
先行して海域に進出していたトライトン級イージス艦アローでは、乗組員の退避が行われているレパードの姿を光学望遠で捉えていた。
宇宙を渡り地球まで何万光年も飛んでくることが可能な異星人の宇宙戦艦でも、敵の攻撃で沈没することはある。
いかに異星人が優れた科学力を持っていても、人間のつくるものに完璧はない。
レパードは傾斜がさらに増し、着水から15分後、艦首が完全に海面を離れて浮きあがった。もはや沈没は時間の問題と思われた。
「異星人たちの様子はどうだ」
「ロープのようなものを垂らしています、どうやら個人で飛行が可能な装置を携帯しているようです」
暗視装置つき双眼鏡を構える航海長が答える。
飛行魔法を習得している者は自力で飛び移れるが、そうでない者は他の飛行魔法が使える者につかまえてもらうか、救援艦から展開されるバインドで運んでもらうことになる。
バインドは遠目に見ればロープのようにも見える。
「クラウディアが前方を通過します」
アローの前方43キロメートルでクラウディアは西へ向かい、高度を1000メートルに上げて航行している。
やがて、イギリス海軍司令部からの入電がアローに届いた。
ミッドチルダ人を名乗る異星人からの正式な報告書がアメリカに届き、現在軌道上にある無人機動要塞“インフィニティ・インフェルノ”に、無数の宇宙怪獣、バイオメカノイドがひしめいているという事実が明らかになった。
この機動要塞は地球だけでなく宇宙のあちこちの有人惑星に向け侵攻を開始しており、いかに異星人といえどもそれらのすべてに迎撃のための十分な戦力を割り振ることが難しい。
よって、地球においてはアメリカやソ連をはじめとする先進各国の持つ宇宙兵器を最大限活用し、対処に当たってほしいという要望だった。
打ち出された電文の感熱紙をくしゃりと握りつぶし、アロー艦長は海軍帽を取った。
冬の北海は未だ夜が明けず、大ダコが撃破された海面はまだ、海底からほのかに放たれる魔力光によって緑白色に浮かび上がっている。
夜明けまでまだ、6時間はある。
大ダコの体内に含まれていた油は海面に浮き上がっているが、それ以外の体液は海底に沈んだものもある。
これらはすぐに海流によって流され、オランダ沿岸方面へ広がっていくだろう。
海洋汚染、また、この体液が地球に存在しない物質であったら。
上空からのタイフーンIII戦闘機による観測では、主な成分は炭化水素、アルカリ土類金属を主体にした無機塩、アミノ酸などであるが、特に、周辺海域の放射線強度が上がっている。敵の宇宙怪獣は放射能を帯びている可能性がある。
軍艦では特に対NBC性能が重視されるため、このトライトン級にも放射線検出器が積まれている。
それによると、主に発せられているのはγ線で、これは特に異星人が用いる魔力と呼ばれるエネルギーから多くが発せられる。
北アメリカ航空宇宙防衛司令部──NORADの分析では、異星人が呼ぶところの魔力とは地球においてはポジトロニウムと呼ばれるエキゾチック粒子であり、惑星大気圏内を含めた宇宙のあらゆる空間に普遍的に分布している。
この非常に寿命が短く微弱な粒子からエネルギーを取り出す技術を異星人は持っている。
これに伴って異星人の扱ういわゆる魔力兵器や魔力エンジンは主な排気として光子(フォトン)を出し、それは魔力光と呼ばれている。
その中にはγ線も含まれる。ただし、対生成サイクルでそのエネルギーはほとんど消費される。
北海で放射線強度が上がったという観測データがマスコミの知られるところになれば、おそらく朝方のニュースはどこの国の放送局も大騒ぎになるだろう。
やれアメリカの原潜が沈没した、ソ連が核魚雷を撃ったなどである。
実際には、魔力兵器から観測される電磁波のスペクトルは核兵器とはまったく異なっている。
「ご苦労なことだが──我々も、このまますんなり港に帰れるとは思わない方がよさそうだ」
航海長は海図に各国艦の位置をプロットし、ミッドチルダのXJR級が着水した地点にペンでバツ印を書き込む。
あの様子では、おそらくもう30分ももたずに沈没するだろう。
「あの宇宙怪獣はバイオメカノイドというのですか」
「そうだ。例によって、米軍と──それからMI6はもう何十年も前からその情報をつかんでいた。しかし今回、ホンモノのエイリアンが地球にやってきて、いよいよ隠しきれなくなったというわけだ」
「クリステラ議員が後押ししているという例のM機関が関連していると」
「そんなところだろうな」
エグゼクター工廠は政府筋の人間にはM機関という俗称で呼ばれている。
MはMagical(魔法のような)の頭文字であると同時に、最新宇宙論のひとつであるスーパーストリングス理論のバリエーション、「M理論」とのダブルミーニングでもある。
「だとすると厄介なことになりますね……。わが国ではUFOの存在を公式に認めてしまっています、他のユーロ諸国からの追及が向けられるでしょう」
「それを狙う勢力がいるということだ。グレアム元提督の死に不審な点があり、アメリカからはるばるFBIが大所帯でやってきているという事実はそれを裏付けている」
「しかし、海の上からでは陸の出来事には手が出せません」
「われわれにできることは地球に降りてくる敵を排除することだ。このトライトン級ならそれが可能だ──もちろん、エグゼクターがわれわれの戦力になればなお心強い」
「アメリカが了承しているのでしょうか、それは」
「いずれにしても地球の代表は、少なくともアメリカが自任するような役目ではないよ」
米英の微妙な関係が、アロー艦長の言葉からは見え隠れしている。
かの有名なロズウェル事件をはじめ、20世紀後半のエリア51など、アメリカ合衆国という国では世界有数の人的・物的資源を基盤にした強力な開発リソースを生かし、数々のオーバーテクノロジーを回収復元してきた実績がある。
政府と強力に結びついたボーイングやロッキード、ノースロップ・グラマンなどの軍需企業は私設軍隊(アメリカにおいては企業が独自の警察機構を持つことが認められている)なども編成しての大掛かりな支援体制を敷き、地球外由来の技術を研究してきた。
SR-71やF-117、F-22などのステルス戦闘機、X-47などの無人戦闘機にそれはフィードバックされている。
そして現代、米空軍は試験戦闘機X-62を異例の実戦出動を行い、その作戦遂行能力が異星人や宇宙怪獣を相手にしても通用するということを確かめた。
片やイギリスでは、ユーロ連合の足並みをそろえる調整の都合から一国だけ飛び出たような立ち回りはできず、各国が互いに足を引っ張るような状況が続き技術革新は停滞していた。
もし本気で国力をつけようとするなら、それは連合などという横並びではなく、強力なトップダウン方式で優れた指導者が多くの組織を引っ張り、運営していかなくてはならない。
それはアメリカという国、そして遥か宇宙の彼方で次元世界を支配しているというミッドチルダがその証明となる。
ただどちらにしても、ロンドンの内閣では、アメリカの下にコバンザメのように張り付いていき権益を確保しようという、ある意味では小物的な考えがはびこっているのも事実ではある。
現在のイギリスの国力を考えた場合、単独でソ連やアメリカと渡り合うことは不可能だ。
これまでどおりのNATOの枠組みの中で立場を作っていく必要がある。
そうなったとき、現在の地球上において最大最強のオーバーテクノロジーであるエグゼクターがイギリス国内にあるという事実は有利な切り札になる。
このカードを生かすためにグレアムの力が必要だったが、それは失われてしまった。
事件そのものについてはアメリカが捜査を行っているが、これが純粋に犯人を探し出すためなのか、それともアメリカの自作自演なのか──は、外部の、殊更に一介の艦長レベルまでは、情報がおりてこない。
アメリカとイギリス、それぞれの政府が水面下で手を握っているのが事実だとしても、それによって現場の艦に送られる命令というのは変わらない。
ただ攻撃してよい目標と攻撃してはならない目標が振り分けられるだけだ。
それがなぜ攻撃してはならないのかということは、よほどのことがなければ説明はされない。
イギリス領空に接近しつつある異星人の宇宙戦艦に対し、迎撃を行う許可はされていない。
クラウディアおよびミッドチルダ艦隊XJR級戦隊では、停泊地としてイギリス本土内への着陸許可を申請した。
いかに次元航行艦といえどもずっと海の上で飛びっぱなしというわけにはいかないし、作戦行動のためには補給が必要である。またクラウディアの場合はエグゼクター工廠へ向かう必要がある。
10分ほどのやり取りで、ロンドン郊外にあるブライズ・ノートン空軍基地への着陸許可が下された。
クラウディアはロンドンの市街地上空を避け、南側の田園地帯上空を通過する。
速度は通常の航空機よりもかなり遅く、騒音を抑えた低速巡航だ。やや距離をとってXJR級3隻が続く。大ダコとの戦闘で沈没したレパードの救助活動のため1隻を北海に残し、残りの3隻がイギリスへ移動する。
夜が明ける頃──日本では日が暮れる頃──、海鳴市における墜落艦の救助活動を行っている航空自衛隊小牧基地にも、ロンドンにいるエリオ、チンク、ウェンディからの連絡が届いた。
イギリス時間で朝の8時なら、日本はその頃夕方17時である。
デビッド・バニングスは今回のUFO襲来事件に伴い、アメリカから日本に移動してきていた。
自分の会社であるバニングス・テクノクラフトの業務そのものは、海鳴市にある邸宅でも行えるように、エイミィ・ハラオウンによる手配があった。
彼らハラオウン家については、18年前の当時から娘であるアリサ・バニングスとの交友があった。
その関係からデビッドも彼らが所属している異世界については断片的ながらも見聞があり、その結果、今回の異星人たちとの窓口役を、アメリカ政府および日本政府から依頼されることになった。
もちろん拒否などできないし、少なくともこの時点ではデビッドには拒否しなければならない理由も見当たらなかった。
エイミィは普段どおりに振舞っていたし、彼女の息子、娘も元気にしていた。
ハラオウン家の案内で日本政府との連絡チャンネルを設置したデビッドは、現在海鳴市北側の森林地帯に墜落したヴァイゼン海軍所属の次元航行艦の乗組員たちが、海鳴市内に避難していることを伝えられた。
その移送について、海鳴市上空に待機しているヴァイゼン艦隊の旗艦チャイカへの収容作業が行われている。
ヴァイゼン艦の乗組員たちは、惑星TUBOY上空での戦闘で、次元間航路から飛び出してきた無人小型艇を発見していた。
次元間航路から飛び出してきた無人機、という言葉で、デビッドはすぐにその正体を察した。
この無人機の機体を製作したのはバニングス・テクノクラフトである。
搭載した観測機器はアメリカの各種機関から持ち込まれたものだが、それらを収める筐体はデビッドの会社で製作された。
機体性能は、次元間航行──いわゆるところのワープ航行に耐えるよう設計されている。
ボイジャー3号は、ウラヌスの槍ゲートを通過した際、異常な重力輻射を観測していた。
逆二乗の法則に当てはまらない急激な減衰と増幅をした重力波が観測され、これこそが、次元の壁に開いた穴であり、ブレーンワールド理論およびスーパーストリングス理論が予言する超高次元空間によってできたトンネルであると示された。
この次元の穴を制御することによって、宇宙のあらゆる空間を、一瞬のうちに行き来することができる。
そして現在地球を訪れている異星人の宇宙戦艦は、この技術を用いて外宇宙航行を行っている。
異星人たちはこの技術を次元間航行と呼んでいる。
デビッドは再度この機体、ボイジャー3号のスペックと、NASAから送られた観測データをエイミィに改めてもらい、ボイジャー3号が確かに次元間航行を行ったことを確認した。
「デビッドさん……この探査機は、まだ信号を?」
エイミィはかすかに慄くような口ぶりで尋ねた。
「そう聞いています。NASAでは、そのように」
「トルーマン主任ディレクターが」
「はい」
シェベル・トルーマンの名前は、FBIフォード捜査官を経由して管理局にも伝わっていた。
アメリカがこの第2次ボイジャー計画をスタートさせるためには、管理局の了承を得る必要があった。
この探査計画により、未知の次元世界に遭遇することになるのは管理局も同じである。
結果としてほぼ時期を同じくしてガジェットドローン#00511とボイジャー3号は第511観測指定世界に到達し、それぞれの世界に新たな未知の世界の存在を知らしめた。
地球人類にとっても未知の世界であり、そして次元世界人類にとっても未知の世界であった。
エイミィは、クロノからは次元航行艦隊での任務についてはほとんど知らされていなかった。
軍人は、任務上の機密事項についてはたとえ家族であっても漏らしてはならないとされる。
アメリカの軍事産業に携わる人間として、デビッドもエイミィの立場を理解することはできる。自分も、娘であるアリサに明かしていない事柄は数多い。
自分の会社がどのような製品を作っているのか、それはどこへ出荷されどんな目的に使われるのかなど。
次元世界という、地球ではない別の星の住人であっても、そのような組織に所属していれば、さまざまな人間に対しさまざまな秘密をもたなければならなくなることは、いくらでも起こりうる。
「現在私たちの身柄はCIAの監視下にあります」
デビッドはそう告げた。
海鳴市において、権益を持つのはアメリカもイギリスも同様だ。
イギリスは、かつて高町士郎が仕事を請けていた上院議員アルバート・クリステラが主導するM機関に関連する計画で、海鳴市に研究機関を設置している。さらに、民間軍事企業の社員、すなわち傭兵を常時派遣している。
また、アメリカの持つ権益といえばデビッド・バニングスその人がそうである。
彼が日本で持っている各業界や企業とのコネクションはそのままアメリカのものとなる。デビッド自身、アメリカに戻り宇宙関係のプロジェクトに携わるようになってそれを実感した。
「地球は管理世界を認知していると──」
「──そしておそらくは、あなたがたが思っているよりもずっと早くに、です。
あなたがたの部署、管理局において、グレアム氏なる人物が要職に就いていたのであれば、当然、彼があなたがたの組織に参入するにはこちらの政府の人間がそれを後押ししているはずです」
「管理局はすでに地球とのコンタクトをとっていたということです……ね」
確かめるように、エイミィは言葉を口に出す。
エイミィも、クロノと結婚してハラオウン家に入り、管理局にも長年勤務しているとはいえ、元々は艦船勤務の水兵であり、政治部へのつながりは薄い。
業務主管たるリンディが本局に戻っている間、管理局の第97管理外世界に対するアクセスは手薄になる。
「リンディさんはいつお戻りに」
「艦の手配が出来次第すぐにと聞いています。今、ミッドチルダ政府とも管理局は交渉を行っています。
次元世界連合は正式に第97管理外世界へコンタクトを取る、と」
「それはこれまでとはまた違う、オフィシャルなものと」
「そうです」
軍備相互管理条約との絡みから、かつてのPT事件、闇の書事件でも管理局は正式な介入が困難だった。
ややもすれば独断で艦隊を送り込みかねないミッドチルダやヴァイゼンを抑えるには、事件の発覚そのものを遅らせるしかない。
結果としてギル・グレアムによる独自作戦を行うことになっていた。
これについては、リンディが指揮するアースラはほとんど捨て駒として使われたようなものである。
もっと簡単にやるならば、LZ級を1隻借り出し、同級の装備する強力な結界魔法で闇の書を押さえ込んでハッキングと無力化をおこなうこともできたかもしれない。
しかし所詮はたらればである。いつも必要なときにほしいだけのリソースがまわせればいいが、現実はそうもいかない。管理局やミッドチルダにある艦艇の数は限られているし、また魔導師の数も限られている。
さらに事件にかかわる情報を理解し対処を行える人間、逆説的に言えば事件にかかわる情報を教えてよい人間となるとさらに限られてくる。
実質的に、現場に向かい対処を行うことができたのが、リンディ、クロノ、ユーノそしてなのはとフェイトだけということに、結果的にはそうなってしまった。
新暦65年12月、リンディ・ハラオウンは日本政府に対し接触を図った。
ロストロギア『闇の書』の復活に伴い、海鳴市周辺で大規模な戦闘が起こる可能性が高い。よって、アースラの使用する大規模結界に対する処置を周辺自治体に依頼する。
ルートとして、高町士郎が仕事を請けたことのある政治家周辺から官営の研究所、防衛省技研、さらに内閣情報調査室を経由して話を通していった。日本としても海鳴市は重要な先端技術研究の拠点であり、ここが各国の諜報戦に利用される可能性は考慮していた。
たださすがに異星人までもが絡んでくることは想定外だったようで、取り急ぎ、近海に護衛艦を待機させ上空の監視衛星を避難させることにした。
日本が研究していたのは、ヒトの遺伝子に含まれる未使用のコードから超能力を使用可能にするものを見つけ出すことである。
いわゆる古代核戦争説、古代宇宙飛行士説に基づけば、現代の人類とはいったん高度科学技術文明を築いた後、何らかの理由で原始時代まで後退し新たに文明を再開発してきたことになる。
日本に限らず世界各地の古代遺跡で、前触れ無く突如高度文明が出現したようにしか思えない発掘物の存在は、国家レベルでの秘密研究を行う動機として十分であった。
内閣情報調査室──いわゆる内調は、日本国内における中国系の違法地下組織の暗躍を特に問題視していた。彼らが、各国から人間を実験体として拉致し日本国内へ持ち込んで超能力開発を行っていたからである。
リンディの進言により、日本における超能力──すなわち魔法技術開発に、管理局がバックアップを行うことが同意された。
これに基づき日本政府は闇の書の観測体制を整え、JAXAは退避させた衛星のカメラを海鳴市上空へ向け、海上自衛隊護衛艦は万が一に備えて全兵装の起動準備をした。
新暦65年──西暦2005年、12月24日深夜、海鳴市上空で管理局所属艦アースラは闇の書の防衛プログラムに向けて次元破壊波動砲『アルカンシェル』を発射し、これを殲滅した。
このときの空間歪曲と反応消滅に伴う重力子波動は日本だけでなく世界各国の天文台、観測施設で検出された。
日本はただちにこれを分析し、異星人──管理局の持つ技術を解明し開発していく体制に入った。
管理局としても、いかに緊急避難としてであっても管理外世界に魔法技術を流出させたと指摘される可能性があるため、地球における魔法技術開発はあくまでも地球──第97管理外世界独自のものとして扱う必要があった。
管理外世界が独力で魔法技術を開発するならば何の問題もない。
その後で、次元世界連合への加入を依頼する形になる。
「先月のロンドンでの爆破テロ事件で、グレアム氏は亡くなられたと聞きました」
「ええ。私たち管理局でも捜査は行っています」
「次元世界の人間が仕組んだものではないと」
「民間企業の──企業警察などの人間が絡んでいる可能性があります」
エイミィとしても、たとえ民間企業であっても管理世界の人間が、国交のない管理外世界の人間に被害を与えたという事件は口に出すことを憚られるほど、心を痛める。
「グレアム氏はあなたがたの星でも著名だったのですか」
「次元航行艦隊──こちらでいう国連軍のような組織です──艦隊の立役者といわれていました」
「外国出身の人間がその国の主要なポストに就いたということですか」
「おおむねそんなところです」
ミッドチルダの人種観はどのようなものだろうか、とデビッドはしばし思案した。
デビッドの出身国であるアメリカは元々植民地から独立した移民国家で、ひとくちにアメリカ人といってもさまざまな地方の出身者がいる。
他の国のようにもともとそこに住んでいた人間が作った国ではなく、他の地方から移り住んできた人間が作った国である。元々住んでいたのはいわゆるネイティブアメリカンと呼ばれる原住民族だ。
たとえばデビッドはイングランド系移民の子孫で、バニングス家は20世紀はじめ頃にイギリスから移住して会社を立ち上げ、代々実業家として今に至る。
他にもドイツ系、ギリシア系、スペイン系、フランス系、アフリカ系など、さまざまな国から移り住み、アメリカ人となった国民がいる。
ミッドチルダでは、いわゆる“ミッドチルダ人”と言った場合、ミッドチルダという惑星で生まれた人間をさす。同じ第1管理世界内でも植民惑星となるとやや事情が異なるが、ミッドチルダで生まれた人間は自動的にミッドチルダ人となる。
そして、他の次元世界から移り住んだ人間でも、比較的、ミッドチルダ国籍を取得することは容易である。
次元世界文明の中心地であり、能力のある人間ならば誰でも、どんな出自でも活躍できるという風土がある。
ギル・グレアムのように、他の次元世界出身であっても、公的機関などに就職することが可能である。
日本のような国籍条項はない。
しかし逆にレジアス・ゲイズのように、ミッドチルダから管理局に出て行った後でミッドチルダに対して影響力を持とうとしても、なかなかミッドチルダ国民の理解を得にくいという側面もある。
時空管理局は国際特務機関であり、建前上はどこの次元世界にも属さないため、たとえばミッドチルダ出身で管理局の直属組織に入ると、たとえ勤務地がミッドチルダの地上にあったとしてもそこは外国であるということになってしまう。
レジアス・ゲイズが管理局地上本部で活躍しそれでも各関係機関からの賛同が得られにくかったのは、ミッドチルダとしてやるならいいが管理局では……という、ある種の身内びいきが働いていたということは否めない。
たとえ地上でずっと働いてきていても、その建物のゲートを一歩くぐればそこは管理局のエリアでありミッドチルダではない。
一般職員たちの間でも、そんな意識はあった。
八神はやてやゲンヤ・ナカジマが抱きつつも思うように口に出せずにいた、ミッドチルダならではの問題である。
アメリカでは、過去にも黒人大統領が当選したこともあるし、家系がどこの国の出自であってもアメリカ人であるならば社会的な制限は課せられない。
ただしそのための条件として、アメリカという国のために働くことが必要になる。
アメリカという国で受け入れられるためには、国民一人ひとりが力を合わせて運営しているアメリカという国に、自分も加わることが必要である。
デビッドももちろんそれは受け入れていたし、日本で業務を展開していてもそれはアメリカで利益を社会に還元するためだと思っていた。
だからこそ、NASAからのオファーを承諾したし、それにしたがってボイジャー3号を製造した。
ミッドチルダでもそのあたりの感覚は比較的近い、とエイミィは話した。
ミッドチルダでは、能力のある人間は積極的に社会貢献をすべきであるという考え方が広まっており、結果として、管理局はさまざまな世界からの人材のスカウトを行うことがある。
ギル・グレアムはもちろんのこと、八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサもそうである。
ユーノ・スクライアも、元々は辺境世界の少数民族出身だがその能力を買われて管理局に勤めている。
確かにアメリカは、ある種の寛容さと排他性を併せ持っているのは事実だ、とデビッドは答えた。
そしてそれはミッドチルダでも同種の問題を抱えているだろう、ということも理解した。
エイミィも、デビッドの指摘は重々承知しているところである。
「私たちがやらなければならないのはお互いが誤解を生まないように正しい情報共有を行うことです」
「同感です。ミッドチルダ政府側からもよい感触を得ていると、リンディ統括官から連絡が届いています」
仕事の場では、エイミィもリンディのことを母親としてではなく上司として接する。
リンディとレティが話し合ったミッドチルダ政府のアンソニー・カワサキ国務次官は、ミッドチルダ政府の統一見解を出すべく現在政府に戻り各方面との交渉を行っている。
いずれにしても時間がないため、現在地球に進出している管理局、ミッドチルダ、ヴァイゼンの艦はそれぞれ連絡を取り合い、互いの協調をとることが必要になってくる。
互いに出し抜こうとしても、それは往々にして良い結果はもたらさない。
デビッドもまた、自分がこうしてエイミィと話し合った内容を、アメリカ政府へ伝えなくてはならないと思っていた。
それはアメリカ国民としての義務であるし、また地球人の一人としてなすべきことである。
クラウディア艦内に収容されたエグゼキューターの機体は、手足を折り畳んだ格納状態に変形して艦載ヘリ格納庫へ入った。
間近で見ると、通常の金属素材に比べて非常に表面が平滑で、鏡面仕上げのように光の反射の強い材質に見えた。
これは通常の冶金で作成された鋼材ではなく、インテリジェントデバイスと同じように魔力で形成された金属原子の塊であることを示している。
機体誘導を担当した甲板員は、エグゼキューターの機体表面から発せられる強い魔力を感じ取った。
戦闘魔導師クラスの魔力資質がなくても感じられるほどの強烈な魔力である。
たとえば電子機器が発するオゾン臭のように、漏れ出る強力な魔力残滓は周辺空間のイオン濃度などに影響する。
XV級巡洋艦の格納庫はエグゼキューターの繋留設備を持っていないので、機体は両肩と背部の主翼桁部分に当て布をかぶせた上でワイヤーケージにより固定する。
やがて胴体部分のカバーが開き、転送魔法の魔法陣が機体上部に現れる。この機体は乗り降りに転送魔法を使用する。
巡航状態に入ったため、クロノは艦の当直をウーノに任せ、格納庫に来ていた。
機体から降りたエグゼキューターのパイロットは、バリアジャケットを解除し、その容貌があらわになる。
橙色のセミロングストレートの髪が流れ、その体格、身長は女性のそれであった。
「次元航行艦隊の在籍名簿には載っていないな」
クロノが先に声を掛けた。
他の作業員たちは機体を繋留する作業をしている。
「所属と名前を」
「時空管理局本局調査部選抜執務官、ティアナ・ランスター三等空尉です」
「ランスター三尉は既に除籍されているはずだが」
「昨年12月7日に再配属されました」
クロノは改めて、ティアナの姿を下から上まで改めて見やった。
管理局執務官の通常制服であり、襟章も間違いなく三尉のものである。
「ロンドン郊外のイギリス空軍基地へ到着するまであと2時間ほどある。貴官が本艦に搭乗することは作戦指令に含まれているか」
「はい」
「それは聖王教会の意向が?」
「はい」
「貴官は本艦の任務を知っているか」
「カリム・グラシア少将より受領し、閲覧しています」
ふむ、と腕を組み、クロノはあごに手を当てた。
今、二人の目の前にあるエグゼキューターの機体は正しく本物の実機であり、これは複製や偽装などできないものである。
また実際に敵大型バイオメカノイドを撃破した戦闘力は、従来の魔力戦闘機や装着型デバイスでは発揮不可能なレベルだ。
もっともクラウディアも昨年11月末の出航時点で持っていた情報では、エグゼキューターの実機が完成したとは知らされていない。ただ、カレドヴルフ社を初めとする多くの企業が管理局に納入した機材の目録から、ある程度の推測は可能であった。
クロノは当初より、クラウディアにエグゼキューターを擁しこれを第97管理外世界へ持ち込む算段であった。
「よし。それでは今後の作戦方針を協議する、15分後に艦長室へ出頭してくれ」
「わかりました」
ティアナはクロノに従い、格納庫を出て行く。
クラウディアを含むXV級の艦内配置では船体中央部のCICを中心に、上部に航海艦橋、戦闘艦橋、防空指揮所、前方に居住区画、後方に機関室と格納庫を配置している。
中央通路はCICの上側を通過しており、艦内を行き来する場合は中央のロビーを経由することになる。
艦内の明かりに照らされて、クロノはティアナの姿を改めるが、特に不自然な様子はない。
「『アエラス』について報告が必要ですか?」
「頼む」
「了解です」
ティアナの口調は、抑揚を抑えた丁寧なものだが、以前の彼女を知る者ならば不自然さを感じられるだろう。
元々生真面目な性格ではあるが、それでも年頃の若い女性らしい元気さがかなり抑えられ、冷たい印象を残している。
航海士に当直を引き継ぎ、クロノとウーノを含むクラウディア幹部要員は艦長室へ集合した。
末席にはティアナもいる。
エグゼキューターの機体はエンジンを切って格納状態にセットしており、この運用方法はSPTと同様である。これについては、元々SPTの中の一機種であるという。
ティアナ自身が持参したメモリーペンから、カレドヴルフ社発行の技術仕様書(テクニカルシート)が開示された。
同社はSPTの完成形として、エグゼキューター系列の機体を既にテープアウトしており、ミッドチルダ海軍と管理局技術部にはすでにサンプル出荷が行われている。
これは既に納入が開始されているSPTがデチューン版であるならばフルスペック版ともいうべきものであり、ヴォルフラムに配備されたものを含めて、封印された機能の有効化を行えば直ちに最大出力での起動が可能である。
エンジンもまた、主要動力は生体魔力炉のために非常にコンパクトであり、すべての機種で少なくとも180億以上の魔力値の発揮が可能である。
これば大型戦艦や最新型打撃巡洋艦に匹敵する容量である。もちろん、生身の魔導師とは比べるべくもない。
「さて、既に諸君らも承知のとおり本艦は第97管理外世界へ進出、現地国家イギリス政府と接触をはかることに成功した──イギリスはかのギル・グレアム提督の出身国である。
今回のバイオメカノイド出現事件──これはミッドチルダおよび管理局が共謀し起こした事件だ──この事件の対処において、我々は次元世界人類に対し、従来の次元世界に対する認識を改めるよう促していく。
次元世界は広大であり、そしてこの世にはミッドチルダの想像力の及びもつかないような存在がある。
次元世界人類が真に宇宙の覇者たることを望むならこの戦いは避けて通れない。そして同時に、現在のミッドチルダと管理局ではこの戦いに勝てない。
そのために我々が、この次元世界宇宙の真実を知らしめ、意識の改革を図っていく必要がある。
──本艦はそのために第97管理外世界に進出し、そしてこの世界が持つ力をミッドチルダに対し認識させる。これは次元世界にとっても、第97管理外世界にとっても必要な試練だ」
ウーノも、航海長以下各部署の長も、神妙にクロノの話に傾注している。
ティアナは手を膝に置き、黙ってクロノを見つめている。
「ミッドチルダは第511観測指定世界の探査において本艦を用いることにより、管理局への影響力を示せると考えた。
ミッドチルダは依然として次元世界連合のリーダーを自認しており、またこれに基づいて管理局不要論を唱える者も数限りない。
今回の事件で、本艦を追うために管理局はLS級艦船ヴォルフラムを差し向けた──管理局が独自にこれを決定したのならば、管理局は未だ独立を保ち、はっきりとした意志を示しているといえる。
逆に、ミッドチルダが管理局に対しヴォルフラムを送り込めと指名していたのなら、管理局は次元世界の反管理局勢力が指摘するように、ミッドチルダの走狗と成り下がったことを意味する」
「八神艦長に、そこのところは確認を?」
機関長が手を挙げて質問した。
「いいや。これは八神艦長自身が、そして彼女の下にいる者たち、彼女を指揮する者たちが自身で気づかなければならん。
そうでなければ彼らは永遠に自らの足枷に気づかないままだろう」
クラウディア幹部たちは、この航海にかけるそれぞれの思いと決意を確かめるように表情を引き締めている。
JS事件やEC事件を経て次第に明らかになってきた、管理局に対するミッドチルダの態度は、この次元世界連合の運営において管理局はもはや邪魔者であるというものだった。
ロストロギア“ゆりかご”の浮上に際して、ミッドチルダ海軍はほとんど目立った動きを見せなかった。
クラウディアを含む管理局所属のXV級と、たまたま整備のためにクラナガンにとどまっていた数隻のXV級が出動したが、外洋に出ていた他の艦はまったく動かなかった。
もちろん哨戒線に穴を開けるわけにはいかないものであるが、それでも艦の融通をきかせようとしたそぶりすら見せなかった。
現在の次元世界においては、ミッドチルダはロストロギアを軽視している。
これはJS事件に先立ち、学術研究目的で貸し出されたジュエルシードの1個が紛失したという事件でも明らかになっている。
ミッドチルダとしては、ジュエルシードの1個程度は所在が不明でも問題ないという考えである。
たとえ1個のジュエルシードが暴走したとしても被害は局地的で限定的なものであり、またミッドチルダの戦力ならばそれをすぐに鎮圧できるという計算である。
実際、レティやリンディなどが考えるように、現代の管理局の力では次元世界の紛争調停という本来の任務を遂行することがもはや難しくなっているということは次第に実感されつつある。
PT事件や闇の書事件などでも、ごく限られたリソースで対処を行わなければならなかった。
ミッドチルダも、10数年前当時の時点ではまだ第97管理外世界との接触が公にされておらず、下手に手を出してやぶへびになってしまうよりは管理局にすべてを押し付けたほうがいいと考えた。
現代では、管理局の組織そのものが形骸化しつつある。
かつての次元間大戦からの復興という意味ではそれはよいことであり、各世界がそれぞれ独立して運営していけるのならそれはそれでいいのかもしれない。
しかし、ミッドチルダは管理局の存在を、旗印、大義名分として利用しようとしている。
すなわち、紛争調停を名目に他の次元世界へ介入することである。
オルセア程の大国ともなれば、介入を拒否するとはっきり明言もできるが、実際にはほとんどの中小次元世界はミッドチルダかヴァイゼンのどちらかの下につかなくてはやっていけないという状況である。
次元世界間の交易が発達し大規模な経済活動や人の移動が次元をまたいで行われている現在では、ひとつの次元世界で孤立することは事実上、民族としての消極的自殺を選択することを意味する。
いずれ人もいなくなり、経済が縮小し、文明は後退していくだろう。
ミッドチルダとヴァイゼンによる、次元世界を二つに分けての冷戦構造は、ここ数十年間の次元世界の枠組みとなってきた。
しかしここにきて、その根幹構造を揺るがす事態が起きた。
第511観測指定世界と、そこに棲息するバイオメカノイドの存在である。
これまで、ミッドチルダ・ヴァイゼン両国とも、互いにこの次元世界には自分たち人類よりも強力な存在はいないという前提のもとに魔法兵器の開発と配備を行ってきた。
両国が次元間航路や虚数空間などに配備している次元潜行艦やその搭載する次元破壊弾頭である。
これらは第二次報復用兵器として配備され、両国間の最終戦争が起きない限り実際には発射されることのないものである。
現在、ミッドチルダ海軍が保有する最大の戦略次元潜行艦VG級の場合、主兵装として“ハヤブサ”次元間弾道ミサイルを96基搭載し、これは弾頭としてDB7次元破壊爆弾を1基あたり256発内蔵できる。
射程距離は実数空間換算で75億光年に達し、次元間航路に潜行した状態からほとんどの次元世界を射程に収めることが可能である。
その破壊力は人間が居住可能なスケールの恒星系を一撃で消滅させるとされる。
ミサイル本体の発射実験、そして実弾を使用した爆発実験は銀河からも離れた、外宇宙に近い球状星団内部で行われた。太陽の数十倍の半径を持つ赤色巨星表面へ発射したとき、空間歪曲によって質量バランスを崩して超新星爆発を起こす現象が観測された。
反応消滅によって欠損した質量の大きさは、周辺時空にも無視できない影響を及ぼす。恒星どうしの重力の釣り合いを崩し、周辺の何十光年もの範囲にある星たちが勢いをつけて動き出す現象も観測された。
これらの大規模破壊兵器は、星団や銀河の形が変わってしまうほどの影響を残した。
現在でもこれらの爆発実験が行われた跡は望遠鏡で見ることができ、いびつに歪んだ渦巻き銀河の姿は質量兵器廃絶へ向けた精神を広めるためとして学校教育や市民団体の講演でもたびたび引用される。
ひとつには、この次元破壊爆弾の実験によって、これまで考えられていなかった天文現象が観測されたことが、第511観測指定世界の発見につながった。
従来の物理学では、あらゆる物理現象の伝わる速度は光速(およそ秒速30万キロメートル)を超えることはないとされてきた。
化学燃料ロケットのみならず反動推進や慣性制御装置、他のどんな推進システムを使用しても光より速く飛ぶことはできないとされた。
そのために次元間航路を利用したワープ航法が開発され、次元世界の行き来に使用された。
しかし観測技術が進歩し、実際に移動している次元空間や虚数空間を観測できるようになってくると、これまで信じられていた物理法則の一部が、場合によっては成り立たないことがあるということが明らかになってきた。
アルカンシェル弾頭や次元破壊爆弾などの次元属性魔法を使用した場合、空間歪曲と反応消滅により重力波が発生する。
従来の統一理論に基づけば、この重力波の伝播速度は光速と同じである。
つまり、ある場所で爆発させた次元破壊爆弾の影響が30光年離れた星に届くには、30年かかるということである。
しかし実際には、周囲の少なくとも100光年スケールの範囲内で、爆発と“同時に”次元破壊爆弾の余波を受けて吹き飛ばされる星の姿が観測された。
爆発に伴う光はもちろん到達していない。しかし重力波は先に観測された。
重力波の伝播速度が光速を上回っているのかと当初は議論されたが、あらかじめ観測用オートスフィアを一定間隔に並べて検出しようとしても、計測される重力波の伝播速度はきっかり秒速30万キロメートルで、理論どおりの結果となった。
この現象の実体とは、これまで考慮されていなかった“超高次元”の存在が影響を及ぼしたものである。
すなわち、重力子(グラビトン)は超高次元を経由して瞬時に伝播していき、周辺の実数空間に漏れ出して、光よりも速く伝わっているように見えていた。
次元空間の実際の姿は、これまで人類が目にしてきたものとは大きく異なっていた。
次元世界とは、文字通りの別の宇宙ではなく、実際にはひとつの宇宙の別の領域であった。
それはすなわち、どんな次元世界からでも、人類が未だ知らない次元間航路を用いて侵攻することが可能になることを意味する。
次元間航路とは文字通り、通常人間が認識する空間3次元とは別のものである。
コンパクトに畳み込まれた次元はスーパーストリングス理論に基づいて合計24個のカラビ=ヤウ次元膜を示す。
これを経由することで宇宙空間の3次元座標はいかなる位置からでも距離をほぼゼロにできる。
ミッドチルダとヴァイゼンはほぼ同時にこの結論にたどり着き、さらなる大威力の次元破壊弾頭と、これを防御できる迎撃システムの開発に注力していった。
そしてその過程で、未知の次元世界を発見し、その多くは無人世界であったが、時には、そこからロストロギアに該当する物体が発見されることもあった。
つまり“過去の人類はそこの次元世界に到達していた”が、現代の次元世界人類にその記録が継承されていないということだ。
従来は古代ベルカ時代にそのほとんどがつくられたと思われていたロストロギアが、実際にはさらに古い起源を持っている可能性がある。
新暦40年代ごろから、ミッドチルダとヴァイゼンは外宇宙探査に力を入れ、多数の無人宇宙探査機を打ち上げた。
未知の次元世界と、未知のロストロギアが発見されることが期待された。
そして新暦83年、ついに第511観測指定世界と、惑星TUBOY、バイオメカノイドの存在が、次元世界人類の知るところとなった。
クロノは闇の書事件において、管理世界が未知の次元世界からの侵攻を受けることを想定していた。
闇の書は破壊されるたびに転生を繰り返し、さらに自律次元間航行能力を持つ。
これは管理局が把握していないところで、未知の次元世界にも闇の書が進出していた可能性があることを意味する。
グレアムは闇の書の追跡を行うにあたり、闇の書本体が第97管理外世界に留まったまま、周辺のいくつもの次元世界に探索魔法が発射されていく様子を観測していた。
これまで管理局は闇の書の本体を破壊することのみに集中してきたが、実際には闇の書は複数次元世界での同時行動が可能なものであった。
そのために、第97管理外世界で闇の書本体を破壊しても、他の次元世界にその残滓が残り続けることが考えられた。
クロノはその事実をグレアムから聞き、そして闇の書事件が公的には解決したとされた後も、独自の追跡調査を行っていた。
そして、次元間航行に伴って闇の書が行った位相欠陥の操作により、虚数空間の揺らぎと次元断層の位置が変動し、未知の次元世界に棲息する魔法生命体が管理世界にあふれ出してくる可能性を突き止めた。
予想される場所は第97管理外世界と第1世界のちょうど中間であり、そして同座標に位置する次元世界は既に、第97管理外世界から伝わった生命反応を入手している。
ボイジャー1号が放った電波信号であった。
これを探知した惑星TUBOYは長年の眠りからついに目覚め、自身に課せられた全生命抹殺という任務を遂行するために動き出した。
この事態に対し、クロノは聖王教会からも独自に連絡を受けた。
カリム・グラシアは、かつてJS事件に際して機動六課設立のきっかけとなった預言の再解釈を行い、これがさらなる外宇宙からの脅威をも示唆しているとの警告を、管理局に知らせようとした。
しかし現代の情勢では、次元世界大国の思惑から管理局が独自に行動することは困難である。
管理局独自の戦力となるエグゼキューター計画も、ミッドチルダとの共同で進めなくてはならなかった。
第511観測指定世界への探査任務派遣も、管理局所属の次元航行艦クラウディアを、ミッドチルダ海軍隷下に編入しての作戦となった。
ミッドチルダの専制行動は管理局にとっても身動きをとりにくくするものである。
クロノ、カリム、そしてティアナは、それぞれの立場から決起を意図した。
聖王教会はこの現代への聖王復活を明らかにし、騎士団の戦力編成を行う。
管理局は選抜執務官たるエグゼキューターを擁し、次元世界大国の意向に縛られない機動戦力を立ち上げる。
そしてクラウディアは第97管理外世界へ向かい、現地研究機関による、ロストロギア『エグゼクター』の起動を見届けることになった。
「ミッドチルダ艦隊の巡洋艦が現在、本艦についてきていますが、彼らにはエグゼクターの正体を」
クラウディア航海長のアルティマ・ヤナセ三佐が質問する。
現在クラウディアはイギリス本土の陸地に差し掛かるところを飛んでおり、ミッドチルダ海軍のXJR級巡洋艦が後続している。
彼らはもともとは第511観測指定世界派遣艦隊としてバイオメカノイドのサンプル奪取とクラウディアの拿捕を指令されているはずであり、現在クラウディアに対して行動を起こしていないのは地球人の目があるからである。
ミッドチルダ側としては、クラウディアに対する命令違反を追及すべきであるし、クラウディアはミッドチルダ海軍司令部の命令を無視して第97管理外世界への戦闘を誘ったと、少なくとも表向きはそう見られている。
「ミッドチルダが私を従えようとするならば」
ヤナセ三佐の言葉にティアナが応え、他の幹部たちもティアナのほうを振り向く。
「彼らは血と炎によって自らの行いを自覚することになるでしょう」
それぞれの重い意識が場に広がる。
エグゼキューター──ティアナが操縦していたとされるこの機体は、既にクラナガン中央第4区での戦闘で、攻撃を仕掛けてきたミッドチルダ陸軍の魔導師に対し反撃を行っている。
事情がどうあれ未知の相手を撃てば撃ち返されるのは道理であり、エグゼキューターに刃向かうことが何を意味するかは、ミッドチルダは思い知っているはずである。
自覚が足りないならば更なる自覚を促す。
その結果として、命が代償に支払われるだろう。
このエグゼキューターは、その動力に正しく人間の命を使っている。組み込まれた動力炉の中には、人体から取り出されたリンカーコアが詰め込まれている。
アレクトロ・エナジーは、エグゼキューターに搭載する動力として生体魔力炉を製造し、これはさまざまな世界から集められた人体が使われた。
第97管理外世界ではアブダクションなどと言い伝えられ、採取した人間をクローニングして増やし、リンカーコアを抽出していった。
ティアナはあえて口には出さないが、クロノはその背景を知っている。
そしてフェイトも、アレクトロ社を捜査して得られた情報、また同社保安主任プラウラー・ダッジの証言として、アレクトロ社とアメリカNSAが共謀してグレイ──バイオメカノイドの技術を奪取するために蘇らせた個体──を地球へ招き入れたことを知っているだろう。
人はこの機械仕掛けの巨人を、命を喰らう悪魔と恐れるだろう。
エグゼキューターの力は生まれたそのときから、最初から血塗られているものである。
「本艦はあくまでも単艦による作戦行動をとるということを忘れてはならん。現在、地球に留まっているミッドチルダ艦があるからといって彼らが我々に協力しているわけではない。
彼らは軍というシステムの中で、命令系統を離脱した存在に拒否反応を持つのはごく自然なことだ。我々は常に敵に囲まれた中で戦っていくということを心しておけ」
クロノはこの出航に際し、クラウディアの全乗員に訓示を行っていた。
これからの航海は長く苦しいものになるだろうが、それでもミッドチルダをはじめとした次元世界が批判するような無用の公務員として生涯を終えるよりは、ずっと意義のあるものである。
ただひたすら司法を捏ね繰り回すだけの歯車ではない。
たとえ逆賊と詰られようとも、この世には人間にばかり都合よくなどできていない、それを他ならぬ自分たち自身をも含めた次元世界人類に、身を持って理解させる必要がある。
組織に縛られた、ただ命令を待つだけのものではなく、自分たちの考えで世界に働きかけていく。
その意識の改革が必要な時期が差し迫っている。
クラウディアの行動は、大きな、そして激しい契機となる。
火種であり、きっかけであり、そして導火線である。
ミッドチルダとヴァイゼンだけではない、他の多くの次元世界に対しこれは知らされなければならない。
現在の、膨張しきって破裂しそうになっている軍事バランスの緊張を、管理局が主導して組みなおさなければならない。
そうしなければ次元世界人類はバイオメカノイドという脅威に勝てず、自滅してしまうだろう。
巨大国家という、とても動きの鈍く意思統一が困難な組織に対し、活性化を促さなければならない。
管理局本局でも、レティ、そしてリンディが、それぞれに動き始めている。
聖王教会は、この危機に対して人々の心を支えなければならない。
すべての人々が、自分たちが暮らす世界を守るためにそれぞれの仕事に立ち向かうのだ。
そのためならば人類の敵にさえもなることを辞さない。
クロノ、ウーノ、そしてクラウディアの全乗員76名は、その覚悟を持ってこの航海に臨んでいる。
朝方、セインはただならぬ気配を感じて目が覚めた。
住み込みのシスターたちが寝泊りする寄宿舎にセインは入っており、新年の祭事を終えてほとんどの者が休暇をとって里帰りなどしている中、聖王教会本部に残っているのはセインを含めたごくわずかである。
枕もとの時計を確認する。
午前4時20分過ぎ、まだ朝の支度をするにはやや早い。
外は暗く、空気は冷たい。
窓の外、教会の正門まで伸びてくる道の、石畳を囲む草原の中に、人影が見える。
それも一人や二人ではない。
大勢の人間が、この聖王教会本部を取り囲んでいる。
ただごとではない事態を察し、セインはじっと息を潜めて気配をうかがった。
もし外にいるのが堅気の人間でないのなら、インヒューレントスキルを使えば間違いなく探知されてしまう。
ひたすら感覚を研ぎ澄まし、耳と皮膚で気配を感じ取る。
冷えきった草の葉を踏み鳴らす、乾いたきしみ音が聞こえる。
正門から、あくまでも普通の手続きで訪問しようとするのは厚手の冬用スーツとジャケットを着込んだ男たちだ。
しかし周囲の草むらや立ち木などに隠れ(アンブッシュし)て、おそらく30名近い男女の魔導師が配置されている。彼らの動作からは、衣擦れの音がしない。すなわち、既にバリアジャケットを装着し臨戦態勢にあるということだ。
セインは意を決し、寄宿舎を出た。
あくまでも普段どおりに、朝の支度をするように装い、正面の庭に出る。
噴水はまだ動いておらず、水は凍りついたように、星空を映している。
「どうしました?」
白い息が見えるのは、自分の目に反射した光だ。
スーツの男たちは応えない。
ただ、4人いるうちのひとりがセインに向かって歩いてくる。
その動作には、一般にイメージされるような高級官僚らしい雰囲気は無く、荒い無骨さがにじみ出ている。
ミッドチルダ陸軍。あるいは、情報部の人間か。
他のシスターたちはまだ寝静まっているだろう。
セインはじっと、左足を擦って立つ向きを変える。
「何の御用でしょう」
教会を訪れる参拝者に対応するように、セインは平静を装って呼びかける。
男たちは何も言わず、無言でセインに向かってくる。
冬の早朝、冷たい空気に、速まる心臓の鼓動さえかき消されそうだ。
ディープダイバーを起動して地面に潜るとするなら、所要時間は最短でも0.2秒となる。
一般的に使われるデバイスの魔法発動速度なら、発射操作を行う人間の反応速度を考慮しても数十ミリ秒単位で、バリアジャケットなしではどうしても防御しきれない時間が生じる。
「すみません、礼拝でしたら……──ッ!」
反射的にディープダイバーを起動したが、間に合わず足首まで潜ったところで解除されてしまった。
セインは全身が痺れたように、身体の感覚がなくなるのを感じていた。痛みや熱さを感じたのではなく、感覚がなくなったということを感じ取った。
視界の瞬きから、スタン系の魔法を使われたのだという程度をやっと理解する。
暗い夜の中、教会の石畳の、白い丸石の表面が目の前に迫り、そこでセインの意識は途切れた。
うつぶせに地面に突っ伏したセインを、動かなくなったことを確認すると4人の黒スーツの男たちは手を上げて周囲に合図した。
彼らの合図に従い、魔導師たちは教会の建物を取り囲む。
時間にして1、2分程度をおき、じりじりと包囲を狭めていた魔導師たちが、いっせいに教会本部の建物内に突入する。
彼らの装備するバリアジャケットは通常の陸戦魔導師のものではない。
隠密性に優れた、黒い衣のようなものだ。
ミッドチルダ陸軍の特殊部隊である。彼らが行う作戦とは、すなわち、潜入や戦闘地域での救出、そして暗殺などである。
彼らが手に持つデバイスには、魔力光とそれに伴う音の放出を抑えるサイレンサーが装着されている。
音波が回折する冷えた空気を、くぐもった魔法の発砲音が駆け抜けていった。
時空管理局本局には、通常外を見るためのガラスの窓というものはない。
本局の外は宇宙空間であり、また構造物の表面はおよそ数キロメートルの厚さにわたってエネルギー吸収ガスによる防御幕が張られているため、たとえ宇宙服を装備してもこの空間では危険である。
そのため、人間が通常活動する空間は外殻からある程度深くにあり、外の様子はモニターで見ることになる。
軌道上からミッドチルダ地上を監視している衛星のカメラに、クラナガン周辺の駐屯地から移動する数台の車両がとらえられた。
単なる装備や人員の輸送ではない。
その車両がクラナガンから北へ向かうハイウェイに乗ったことが確認され、道路上に設置されている車両追跡システムが登録証の自動照合を行う。
通常このような監視データはただ記録され続けるだけで常時監視の人員が置かれたりなどはしないものだが、今回、探知された車両の登録が軍用のものだったために即座にアラートが発せられた。
ただちに本局査察部へ情報が送信され、問題の車両の追跡を開始する。
車両は、通常の野戦用トラックだ。幌つきの荷台があり軽火器程度を載せて運んだり、荷台にそのまま魔導師が乗ったりする。
しかしそのトラックは、ハイウェイを下りてしばらく走ると、一見何もないはずの林道で止まった。
乗っている魔導師、もしくは積まれている武器を、別の車両に移し変えていることが予想された。
それから数十分後、ヴェロッサの手元のコンソールが、聖王教会本部からの緊急救難信号を受信した。
尋常ならざる事態が進行している。そしてそれはミッドチルダの軍部が関わっている可能性が非常に高い。
本局査察官ヴェロッサ・アコースは、このような事態が起きずに済むことを願っていたが、それはついに破られた。
いかに本局の高ランク魔導師が持つ探索魔法でも、軌道上からミッドチルダの地表を狙うことはできない。
ヴェロッサは、すみやかにこちらも魔導師を送り込んで調査をすることが必要だと判断した。
現在の時刻はクラナガン標準時で午前4時半を回ったところだ。
新暦84年1月2日、まだほとんどの人々は年末年始の休暇をとっており、また特に新年の催しもひと段落して人々は眠りについているはずである。
このような時期に、大きな動きを見せている企業や団体があればそれは非常に目立つことになる。
ヴェロッサは査察部のオペレーションルームから、本局内の電話(内線ではなく本局は独自の電話網を持っている)でフェイトを呼び出した。
調査任務において最も技術があるのは執務官であるフェイトである。
また彼女ならば、権限という意味では多少の無理は通せる。
受話器を肩に乗せて両手でコンソールを弾きながら、ヴェロッサは言葉を綴った。
念話回線の向こうで、彼女が息をのんでいる気配が伝わる。
「心中察するが、事態は急を要する。緊急転送ポートの手配はしている」
『ミッドが……聖王教会を制圧って……』
「僕ら管理局の最優先目標はカリム・グラシア少将の救出だ。教会本部の地下には避難用の迷路がある、そこへ逃げ込めていればある程度は時間を稼げる。
騎士カリムが陸軍情報部の手に落ちることだけは避けなければならない」
彼らはシスターたちをどう扱っているだろうか。
その実態はともかく、宗教としての聖王教会はミッドチルダでは支持が篤く、議員たちにとっては票田でもある。
少なくとも手荒なことはできないはずだ。
「重ねて頼む、急いでくれ」
『わっ、わかった』
回線を切り、ヴェロッサは続けてクラナガンにいる査察部の局員たちへ連絡を繋いだ。
ミッドチルダ政府の動きを探る必要がある。
このタイミングでミッド陸軍の特殊部隊が動いたということは、今回のバイオメカノイド事件において、クラウディアを指揮していた真の組織である聖王教会を抑え、クラウディアの独断専行を阻止する目的があると考えられる。
聖王教会は次元世界政府だけでなく、管理局の運営にも関与し、主に辺境世界を中心に管理局員の活動支援を行っている。
管理局所属艦の動き、すなわち管理外世界の調査などの外洋任務について、聖王教会の意向が反映されるというケースはじゅうぶんに考えられることだ。
そこで、今回のクラウディアの行動に何らかの背後関係があると予想を立てたのなら、疑いの目が聖王教会へ向けられるのは時間の問題といえた。
聖王教会本部には、主要幹部である騎士カリム、シスターシャッハの他には、元ナンバーズの戦闘機人たちが戦闘要員として配属されている。
彼女たちはいってみれば僧兵のようなものだ。
しかしそれが、次元世界政府の擁する正規軍と戦うことになるなど、この現代ではまず想定されていなかったはずだ。
過去の歴史では、まだ古代ベルカ戦乱期などであれば各地の教会が独立国を宣言して軍勢を率いたことなどはいくつか例があったが、近代国家が成立して以降そのようなケースは起きていない。
JS事件にしてもスカリエッティは単に研究を行うスペースとしてゆりかごを起動させただけで、たとえば聖王ヴィヴィオを奉じて独立しようなどと企てていたわけではなかった。
現在、聖王教会本部に残っているのはセインとディエチがいるはずである。
オットーとディードはヴィヴィオの護衛のために本局に移動していて、ノーヴェはヴォルフラムに乗り組み、チンクとウェンディは執務官補として第97管理外世界へ赴いている。
残るのは、本局にいるトーレが出ることができるか──というところだ。
少なくとも彼女はまだ外で公に活動できる身分を持っていない。
さらに、ヴィヴィオもまた、聖王教会が急の事態となればじっとしてなどいられないだろう。
士気を高める意味で、またこの事件に対する管理局の威信を示す意味で、聖王の出撃は必要かもしれない。
そうヴェロッサが考えたところで、ちょうどよくフェイトからの返信が届いた。
なのはとフェイト、それから案の定、ヴィヴィオも一緒に行くと言い出したそうだ。
ヴィヴィオが行くということは当然、オットーとディードも行くことになる。
大所帯になるが、今回転送ポートの使用許可が出ているので、本局から直接教会近くの管理局陸士部隊駐屯地へ移動できる。
『スバルたちはフレームの調整がいるから動けないけど、私たちはすぐに行けるよ』
「相手はおそらくミッドの情報部だ。正面からでは嵌められる危険がある」
『わかってる、大丈夫。クラナガンの執務官にも根回しをしてる』
「慎重にやってくれ」
突入時刻は15分後。
全員の転送が完了するまで3分、そこから装備を整え教会本部に向かうまで10分強といったところだ。
さらに周囲に展開するまでは、あとは現場で判断するしかない。
フェイトたちの出撃に先立ち、管理局の魔力戦闘機がミッドチルダ地上へ降下する。
万が一ということもある。ミッド情報部としては事件が表沙汰にならないよう手早く済ませる必要があり、自分たちが関わった証拠を残してはならないが、あるいは航空機を仕立てて上空から制圧しようとするかもしれない。
そうなった場合、こちらに航空戦力がない状態ではいっきに不利になってしまう。
空戦魔導師が装着する空戦用バリアジャケットはAEC武装と同様第5世代に含まれ、生身の魔導師を圧倒する戦闘力がある。もっぱら宇宙空間用であるが、大気圏内に降りることもできる。
クラナガンからも、フェイトの連絡に基づいて首都防衛隊が緊急出撃の手はずを整えた。
ミッドチルダにおける、管理局および聖王教会への明らかな実力行使。
ミッドチルダ政府としても、末端の各部署が独自に動いてしまうことを抑えきれない。
あるいはこの期に及んで、管理局に対立しようとしているということも考えにくい。政府の首脳部は先日の査問会で話し合われたとおり、管理局との協力体制をとるよう、国務省から進言されているはずである。
だとすれば、事件鎮圧のためにミッドチルダ陸軍の協力が得られるか、もしくは中立姿勢を保つよう要請することも可能なはずだ。
第97管理外世界にいるエリオからもたらされた報告も気になるところだ。
現在、次元世界人類を公式に認知しているのはアメリカ、イギリス、そして日本のごく限られた政府筋のみであり、たとえば各国の警察や軍、情報機関も、部署によっては次元世界の干渉を知らない者たちがいる。
グレアムが巻き込まれた爆破事件の捜査の過程で、そのようなかなり大きな規模の組織が存在する可能性が浮かび上がってきたとエリオは報告していた。
こうなると、彼らが安全に本局まで戻ってこれるかどうかというのも怪しくなる。
場合によっては現地武装組織の襲撃を受ける可能性があり、そうなると管理世界の人間と管理外世界の人間の間で戦闘が発生する。
地球と管理局の関係が危うくなってしまう危険があるのだ。
真に対処すべき敵を誤ってはいけない。
地球とミッドチルダで、それぞれの人間たちの思惑が、網を絡めるように複雑に交錯しつつある。
聖王教会本部の地下室で、カリムは持ってきた情報端末に預言の内容を入力していた。
突如教会を襲撃してきた者たちは、教会に保管されている文書資料を入手しようとしていると思われた。
カリムはただちにシスターたちを避難させ、自分は執務室に置いていた預言の内容を書き起こした文書を持って地下室に避難した。
この情勢の中で、最も奪われてはならないのは第511観測指定世界の発見を預言した詩文である。
逆に言えばそれさえ守れれば、他は捨て置いてもよい。そのほかの過去の詩文や教会の教本などは、内容そのものは他にいくらでも書き写しのあるものや既に出版されているものである。
シャッハが点呼を行い、欠けた者がいないことを確かめた。
教会本部中央の中庭で、ディエチが防衛線を張っている。地下室に下りる階段は寄宿舎と礼拝堂の両方にあるが、おそらく礼拝堂の階段は見つかるまでに時間がかかると思われる。それまでに、ディエチは何とか礼拝堂へ移動しようと様子を伺っていた。
教会に住み込んでいるシスターたちは寄宿舎で寝泊りし、こちらから地下室へ降りる階段はすでに崩して埋めている。
カリムの私室はすでに突入部隊が入り込んでいたが、こちらには重要な資料はない。カリムが持っていった端末以外に、詩文は入力していないし、文面そのものはJS事件の際に発表されたもので、解釈もすでに発表済みだ。
この詩文を第511観測指定世界に結びつけた解釈は、まだカリムはシャッハとセインに話したのみで、ヴィヴィオにも知らせてはいない。
『ディエチ、シスターは全員そろってます。そっちはどうですか』
念話でシャッハが聞いてくる。ディエチはイノーメスカノンを構え、中庭の茂みに隠れて慎重に移動ルートを目算する。
固有武装であるこの携帯魔導砲も、対人戦に必要十分な程度の威力に抑え、サイズを小さくしている。
駐退機構を銃身前面に被せて取り付けることで全体の長さを短縮し取り回しを改善している。
「ほとんどは寄宿舎を漁ってるようです。ただかなりしつこく調べまわってます、なんとか礼拝堂を基点に陣を敷ければ。
負傷者はでてませんか?」
『みんな軽傷で、とりあえず治癒魔法で応急処置はできそうです。セインも何とか意識は戻りました』
最初に突入部隊に遭遇したセインは背後からバレルショットを撃たれ、強烈な物理衝撃で昏倒していた。
突入部隊が教会内に入っていった後、起き上がりディープダイバーで地下室まで潜ってきた。
バレルショットの衝撃波でかなり激しく脳が揺れたようでしばらく足元がおぼつかない様子だとシャッハはディエチに伝えた。
敵はおそらく捕縛系に重点を置いた魔法を使用している。
派手な魔力光を吹き散らす通常の砲撃魔法を避け、確実な打撃力を有する術式だ。
ディエチの側としては、現在こちらが襲撃を受けていることを知らせることは有利につながる。
イノーメスカノンから、閃光弾を撃つ。
上空から斜めに照らし出され、伸びた影に人間のものが含まれていないことを確認するとディエチは礼拝堂へ走った。
すぐ後ろで、これもバレルショットだろう、地面の土が激しく弾けて吹き上がる。
目標を外したバインドが、空中で礫を引き付けて弾き飛ばす。
「っ!!」
イノーメスカノンを床に滑らせるように放り出し、前転して受身を取る。
走ってきた衝撃を緩和しつつ、起き上がって砲撃体勢へ移行する。
礼拝堂の中は突入部隊の兵士が3名入ってきており、二人が祭壇の裏を調べ、もう一人が周辺警戒に立っていた。
ディエチが入ってきた横の通用口からはどちらも左右にそれぞれ腕一本分程度離れた角度で、ちょうど祭壇の裏もこちらからは見える。
向かって左側、祭壇の表側にダッシュし、礼拝者用の長いすを遮蔽物にしてディエチはイノーメスカノンを構えた。
この暗がりで、お互いに暗視装置を使っている。
こちらは普通の教会用バリアジャケットを纏っているように見えるだろう、しかし、相手が着ているのは明らかに実戦用のスニーキングスーツである。出所を示すようなバッジやエンブレムはないが、あれは、ミッドチルダ陸軍が使用しているとされる隠密用バリアジャケットだ。
かつてナンバーズとして活動していた頃、ミッドチルダの主な装備としてウーノが調べていたものを見せられたことがある。
発砲。
暗視装置越しなら、生身の人間とは異なる発熱具合を持つ戦闘機人であることを向こうは見て取ったはずだ。
特にディエチの場合、遠距離からの砲撃主体に性能が調整されているため、腕の付け根や腰などにショックアブソーバーが組み込まれ、この部分が稼動に伴って特に発熱する。さらに顔面も、索敵装置を組み込まれた眼球は通常の人体の体温よりも高い熱を持つ。
通常のマンシルエットではない、異様な姿が突入部隊には見えただろう。
「ターゲットキル、次へ」
抑揚を抑えた声でつぶやき、ディエチは祭壇の裏へサーチを向ける。
警戒に立っていた兵士は胴部中央への一撃で仕留めた。イノーメスカノンの速射砲弾で吹き飛ばされ、少なくともデバイスを取り落としたので再度攻撃に移るには時間がかかると思われた。
──今の攻撃で生きているとすれば、Sランク以上の防弾バリアジャケットを装備していた場合である。そうでなければ、弾丸の衝撃が肋骨を粉砕しているはずだ。
ディエチを含めたスカリエッティ製戦闘機人たちは、JS事件後には全員に身体能力のデチューン処置が施されている。
更生プログラムを受けるにしろ、強すぎる力を持たせておくことはしないため、程度の差こそあれ元ナンバーズたちの戦闘能力はJS事件当時よりも低下している。
連続戦闘では疲労の蓄積度合いも変わってくる。
また瞬間速度や筋力などもかなり下がっている。
イノーメスカノンのような大型武器を取り回すのも不便になったため、軽い素材で作り直すなどの処置を行っていた。
「一体何をしているんだ……」
砲口を向けた先、突入部隊の兵士たちは念話で応援を呼び、デバイスを構えて応戦する姿勢を見せながら、それでも何かを探していた。
『きっと騎士カリムが持ってる預言の解釈だ、それを狙ってる。はやてさんが今調べに行ってる観測指定世界の』
「それは──まだ未発表の?」
『うん』
遠方、教会の2階テラスに上がってきた兵士をさらにひとり、遠距離砲撃で倒す。
念話越しに、イノーメスカノンの野太い発砲音が轟く。
「どうして解釈が問題になる?」
『これまでにない外敵の存在だよ』
慄いた声色でセインが言葉を吐き出す。
カリムの預言は時にロストロギアの災厄を予知することもあり、管理局では長期作戦の指針にしてきた。
しかし誤解されやすいことだがこれは未来予知ではなくあくまでも既知の事柄に基づいた分析と洞察である。したがって、外部に知られていない情報を基にした預言というのは本来ならば出現しないことになる。
ゆりかごもまた、その存在自体は管理局や各国政府には知られていたし、ミッドチルダの惑星にはかつて墜落して埋まった古代ベルカ時代の戦艦があるという程度は知られていた。
しかしこれが、未知の次元世界を表していた場合。
いったい誰がその存在を知っていたのだ、という話になる。
どこの誰が入手していた情報に基づいて預言が組み立てられたのだ、という疑問だ。
詩文そのものは新暦75年の時点で発表されていた。
すなわち、もしこの預言が第511観測指定世界のことを表していたのなら、その時点で少なくとも次元世界人類の誰かが第511観測指定世界の存在を知っており、何らかの有意な情報を入手していたことを表す。
公式には、新暦75年に打ち上げられた宇宙探査機によって新暦83年に発見されたことになっている。
第511観測指定世界の存在は、これ以前には知られていなかったはずだ。
もちろん非公式では──その限りではない。
ミッドチルダ政府は少なくとも10年以上前から、位相欠陥に阻まれて観測困難な未知の次元世界が存在する可能性に確信を持っており、そのために外宇宙探査を行っていた。
それはその次元世界を占領することで、軍事的に、地政学的に、優位な立場に立つことを目的としている。
この情報は外部に知られてはならない。
同様に、外部の人間が独自の分析によってこの情報を入手することも阻止しなくてはならない。
「──だから、預言の解釈を」
『たぶん、それしか考えられないよ。ここにあるものでやばいものっていったらあれしかない』
ミッドチルダにとっては、聖王教会がこの預言の解釈を発表すれば、自分たちの極秘計画が暴かれてしまうおそれを考える。
預言を発表し、カリムのレアスキルの仕組みを知っている者からすれば、どうしてそれをミッドチルダ政府が知っているのかという考えに至るのは自然な流れだ。
ましてや、JS事件さえそれをカムフラージュするために起こされたのではないかとも疑われる危険がある。
「どっちにしろ口封じだね」
吐き捨てるように言い、ディエチはイノーメスカノンを構えなおした。
そもそもの話をすれば、ミッドチルダが秘密にしていた陰謀が、預言をきっかけに暴露されてしまいそうになったからそれを阻止しようというものである。
だとしても、すでに第511観測指定世界惑星TUBOYは発見され、そこからミッドチルダに持ち込まれたバイオメカノイドはクラナガンに放たれ、広大な都市が壊滅する被害をもたらしている。
クラナガンでは今も、管理局地上本部とミッドチルダ陸軍がそれぞれ、すべての部隊を動員しての救助活動と、残存個体の捜索を行っている。もし撃ちもらしたバイオメカノイドが残っていれば、今いる被災者たちや他の地区が襲われてしまう危険がある。
この事態がミッドチルダの責任にされてはひとたまりもない、と考えるのは自然といえる。
しかしそれも、管理局としてもどうしようもないし、聖王教会としても困ったことである。
「今さらっ……どうしてこんな、教会本部に突っ込むなんて大げさなことを」
『そこまでは……でも、このまま夜が明けるまで持ちこたえれば』
「私がそこまで持たない──っ、よ」
戦術の基礎に基づいたものではない。
相手はディエチを探そうとして入るが、同時に別の目標を探している。
戦場において複数目標を同時に相手取ることは避けなければならないことである。
人間の注意力は複数を相手にすればきっかり半分にはならない。半分以下に大きく低下してしまう。これはもちろんマルチタスクなどの技能を使ったところで変わらない。
ディエチは思い切って声に出した。肉声での警告に応えないのなら、もう問答無用で撃たれても文句は言えないはずだ。
対話を、向こうから断ったことになる。
「デバイスを置いて手を上げろ!その場を動くな!」
デバイス。ミッドチルダでは、魔力機構の有無を問わず武器全般をdeviceと呼ぶ。
単にデバイスといった場合、特に魔法を使うための魔導デバイスのことをさすが、火薬式の銃器や、鈍器、刀剣類、打撃武器なども、魔力を使わなくてもデバイスと呼ぶ。
魔力を使わない火薬拳銃などの実弾武器は、特に区別する必要があるときはPhysical Device(物理武器)と呼ぶ。
「……!」
1秒、数える。
暗視装置の送る視覚の中、二人の突入部隊兵士はデバイスを下げない。
こちらも立ち止まっている。撃とうとすれば狙えるはずだ。それとも、教会の修道女がこんな大掛かりな武器を持っているとは予想していなかったのか。戸惑っているのか。
違う、とディエチは悟っていた。
彼らは、混乱している。
正確には、自分たちの持っていた規範を疑い始めている。彼らに命令を下したのがどこの誰であるにしろ、彼らはこちら側、聖王教会側を敵として教えられたはずだ。
ミッドチルダに住む人間で、聖王教会本部の場所を知らない人間などいない。
ここに建っている建物が教会本部であると、知っていて突入してきたはずだ。
彼らに命令を下した組織は、聖王教会が実力行使を受けるに値する何かをしたと、教えたはずだ。
しかしここにきて、彼らはそれが嘘の命令だったのかもしれないと思い始めている。
だが、武器は下げない。
依然として、こちらを攻撃しようとしているとみなせる。
もし目当てのものを見つけられなければどうするか。シスターたちをひとりひとり尋問し自白させるのか。
そこまでされる道理は、少なくとも無いとディエチは思っていた。
「!」
立て続けに2発の速射砲弾を撃ち、祭壇の裏にいた二人を撃ち倒す。一人は腕に弾が当たり、右腕の肘から先が飛んでいった。
セインが念話で、敵は少なくとも30人以上いると伝えてきた。
これまでに倒したのは少なくとも7人、まだ大部分が寄宿舎を捜索している。
仮に崩された地下への階段を見つけたとしても掘ることはできない。
『ディエチ、私がディープダイバーでさぐってくる』
「無理はしないで。向こうは少なくともこっちを口封じするよりも大事な目的があるみたいだ、それを達成するまでは動かない。
もし目的のものを見つけられなかったらあきらめて帰るかもしれない」
『でも』
「長引くと見つかる可能性が高くなる。向こうとしてはそれは避けたいはずだ、本当なら突入してすぐに騎士カリムの部屋に向かって、それで何かを見つけられたらそのまま脱出する作戦だったはずだ」
ディエチが砲撃で応戦したので突入部隊はしばらく足止めされ、その間にカリムとシスターたちは地下室へ避難できた。
ディエチが中庭に移動した後、突入部隊が教会内に他に応戦できる人間がいるかどうかを探すよりも寄宿舎の捜索を先に始めたことで、彼らの目標は教会内にある何らかの資料もしくは品物を入手することだと思われた。
その目標物とは、事ここに至ればひとつしか考えられない。
薄明るくなり始めたクラナガンの市街地の空を向こうに、寄宿舎の通用口付近で魔力光がきらめくのをディエチは見た。
同時に、右肩のあたりに鈍い衝撃を感じる。
至近距離で、肉が叩かれる湿った音が響く。
『ディエチ!?』
「くっ──、大丈夫、弾は抜けた──」
被弾した。バレルショットではなく、通常の射撃魔法だ。バリアジャケットを貫通するレベルまで圧縮された魔力の塊が高速でぶつかり、ディエチの右肩を貫いた。
体内で機人フレーム部分にぶつかり、弾道を曲げながら背中側に抜けていった。
とっさに右肩を押さえ、傷の具合を確かめる。
人体の骨格と、それを覆うように配されたチタン合金のフレームのうち、魔力弾は肩関節と鎖骨の間あたりを抜けた。
フレームには異常は無いようだが、生身の鎖骨が、おそらく折れている。
左腕にイノーメスカノンを持ち替え、応射する。
こちらとしてはあまり教会の建物を壊すわけにもいかないが、暗視増幅により向かいの寄宿舎に隠れている相手を見つけ出す。
「さらに2人──、あと周囲には、たぶん、相手は寄宿舎から事務所棟へ向かってる」
『ディエチ、撃たれたの!?腕は、フレームは大丈夫なの』
「大丈夫、痛みがあるってことはどこがやられたかわかる、機能は失われてない──」
すでにイノーメスカノンの砲撃を命中させた敵は10名近くになる。
数えた限りでは敵の戦力の3分の1近くを減衰させたことになるが、ディエチはいまさらのように、砲を持つ腕が震えているのを感じていた。
JS事件の後、ナカジマ家に引き取られてからもう8年が経つ。
何度か、管理局入りを打診されたこともあった。同じようにナカジマ家に引き取られたチンク、ノーヴェ、ウェンディは管理局に入り、それぞれの仕事についている。
事件の現場にも出たこともある。それからも、この専用魔導砲を人間に向けて撃ったことは、久しく無い。
元々対物砲として使うことが多かったイノーメスカノンは人間相手にはオーバーキルな破壊力がある。
小型化して威力を落としているとはいえ、まともに当たれば人間を文字通り粉砕して吹き飛ばしてしまう。
ディエチ自身、後方から支援砲撃を行うガンナーとして機体を調整され、普通の人間では持って撃てない大型のグレネードランチャー(魔導榴弾砲)やガトリングガンを扱える身体能力がある。
自分の力はそれだけ、人間を超えている。
弱装弾に切り替えたイノーメスカノンを持ち直し、ディエチは礼拝堂の石畳の上から、寄宿舎の回廊を狙った。
ここは壁が無く雨よけの板葺き屋根が渡してあるだけで、ここを通ろうとすればそのときだけ無防備な状態を晒すことになる。
「なんとか外と連絡を取れるように」
『今やってるよ、呼び出してるけど、たぶんオットーもディードも本局にいるはずだから届くかどうか』
「私一人で30人斬りは、厳しいよ」
『もちろんわかってる、ディエチだけにやらせるわけにはいかない』
「本局は──大丈夫。必ず来る」
ディエチは空を見やり、軌道上にあるであろう管理局本局の方角を見つめる。
ミッドチルダの軌道上には偵察衛星が飛んでいる。これがどれだけのレベルで地上を監視しているかというのは軍事機密でありこれを当てにすることはできないが、少なくともカリムとシャッハが緊急通報を発信しているので、いずれ近隣の警察なりが事態を発見する。
また相手も、地元警察の介入が始まる前に任務を終えて離脱し、そして証拠を残してはならないはずだ。
正規軍の関与が疑われてはならないはずだ。
だからこそ、魔力残滓の検出しにくい魔法を主体に装備している。
地下室では、自分も戦うと息巻くシャンテをセインとカリムが何とか宥めているところだった。
年末年始の時期も、シャンテは実家が無いので教会に身を寄せている。
相手はプロの特殊部隊であり、インターミドル出場経験を持つとはいえ所詮素人のシャンテではどうしようもない。
さらに突入部隊が最初に撃ったバレルショットを掠っており、足首が酷く脱臼していた。バレルショットはバインドで目標を固定した上から衝撃波を当てる魔法であり、人体に命中すると特に関節に巨大な荷重が掛かる。
バリアジャケットを装備していればまだしも、生身で受ければ容易に骨折や筋肉断裂を引き起こす。
治癒魔法でどうにか痛みは緩和しているが、シャンテは戦闘が不可能だとシャッハは見立てていた。
「下手したら閉じ込められる危険がある、とにかく応急処置をして、傷を深めないで」
砲撃の威力を上げれば壁の向こうにいる敵も狙えるが、当てる箇所を考慮する必要がある。柱を折ったりすると建物全体が崩壊する危険がある。
再び寄宿舎の2階窓から射撃魔法が撃ち下ろされ、ディエチは中庭の石塀に飛び込んで身を隠す。
高速の小口径魔力弾が背中を掠り、フレームに当たって弾き飛ばされるが細かく叩くような感触が伝わる。
戦闘機人の身体はある程度の耐弾性を持っているが、それでも痛覚は遮断しきれない。
身体を切りつける痛みに、砲撃で丸ごと吹き飛ばしてしまいたいという意識がわきあがってくるのを抑える。
怒りに任せて力を振るってはいけない。
それでも、身を守るためには敵を倒さなくてはいけない。
「早くあきらめて……」
絞り出すように呻き、ディエチは2階の窓を狙って砲撃を撃ちこむ。
弾が天井に当たって木切れが散らばる音が響き、足音がそれに続く。敵は寄宿舎と事務所棟の間に陣取っているようで、ここに立てこもられるとこちらも手が出しにくい。
焦れば、それだけ注意力が落ちる。
冷たい空気を呼吸し、のどが冷えて渇く。
寄宿舎の建物の向こう、森林地帯の中のあたりで、小爆発が起きるのが見えた。
木々が一瞬だけ照らし出され、爆音がかすかに聞こえてくる。
にわかに兵士たちの動きが騒がしくなる。彼らがここまで乗ってきた車が破壊された。
別勢力の襲撃を察知し、兵士たちの注意が一瞬、ディエチからそれたように見えた。
『ディエチ、なのはさんたちが!』
セインの声が念話で届く。同時に、ディエチは自分の胸に重い衝撃を感じた。
「敵が逃げ出そうとしてる──っ」
魔力弾の運動エネルギーを正面から受け止めたフレームが、その衝撃を跳ね返して周囲の生体組織が揺さぶられる。
体内への直撃を避けても、弾丸が持つエネルギーはディエチの小さな身体を激しく突き動かす。
『なのはさんたちが助けに来てくれたんだ、今、呼び出してる!通信がつながったよ、ディエチ、──ディエチっ!?』
「だ……じょうぶっ、まだ……」
『ディエチ!!どうしたのっ、聞こえてるの、ディエチ!』
膝の力が抜け、立っていられなくなる。
目の前が一瞬揺らぎ、衝撃波が空気中の水蒸気を結露させて吹き飛ばすのが見えた。バリアジャケットの破片が、水煙をつくって散らばっていく。
敵がうろたえた様子を見て、自分の注意も途切れてしまったと気づいたときには遅かった。
突入部隊の兵士が撃ったバレルショットが、ディエチを直撃した。
イノーメスカノンが弾き飛ばされて遠くの地面に転がり、胸がひしゃげるほどの衝撃を受けて突き倒される。衝撃波は修道服をちぎり飛ばし、皮膚が裂ける。肉の繊維がちぎれる音が聞こえる。
寒気を素肌に浴び、体温が奪われていくのをディエチは感じていた。自分の身体が仰向けに地面に倒れている。
胸の辺りに穴があいたような感触がする。フレームの上から魔力弾を叩きつけられ、肋骨と胸骨が砕けている。
脳への血流が弱まり、意識が急速に霧散していく。
必死に呼びかけるセインの声をつかめないまま、ディエチの意識は朝靄の中に消えていった。
ワイドエリアサーチによるスキャンで、教会から離れた森の中の開けた場所に不審なピックアップトラックが停められているのを発見したなのははフェイトに連絡し、ただちにこれを破壊に向かわせた。
教会本部を襲撃したのが陸軍情報部の小隊ならば、ここまでやってくるのに人員を輸送する車両が必要なはずである。
ピックアップトラックは一見して放置車両に偽装されていたが、よく見ると塗装も新しく、また魔力残滓が検出されたため不審車両と断定し破壊措置が取られた。
それからまもなく教会にいる戦闘機人セインとの通信がつながり、さらにカリムとシャッハの無事も確認された。
教会本部に突入してきた兵士たちは教会事務所を中心に潜んでいるという。
『なのはさんっ、ディエチが、ディエチが撃たれて、返事がないんだ!外で、応戦してたんだけど、敵が多くてっ』
「落ち着いてセイン、地上の建物に残ってるシスターはいないんだね?私たちはすぐに敵部隊の掃討にかかるよ」
『ディエチがいるはずなんだ、あいつら、シャンテにも魔法を撃って、怪我したシスターもいる』
陸軍情報部であればバレルショットを使う。
なのはの場合は闇の書事件のときに管制人格相手に使ったことがあるが、陸軍で使用されるものはさらに威力が大きい。さらに人間よりも防御力の高い管制人格相手には動きを止める程度しか効果が無かったが、人間に使えば骨格を砕くほどの荷重をかける。
戦闘機人がこれを被弾した場合、フレームが歪み、駆動に支障を生じる可能性がある。
さらにフレームで保護されている心肺部分も、至近距離で炸裂する衝撃で損傷する危険がある。
セインの泣き叫ぶような念話を聞き、フェイトは眉を顰めた。
軍人とは国民を守るための職業であり、国民を傷つけるなどもってのほかだ。聖王教会本部もまた、そこに住み込んでいるシスターはミッドチルダ国籍を持っている。
たとえ聖王教会が事実上の治外法権を持っているといわれていても、次元世界最大宗教の総本山に対してこのような異常な実力行使に出るなど、発覚すればミッドチルダはますます各国からの非難を受けることになる。
それがわからないのか、となのはは口元を引いた。
遠距離からの砲撃では教会の建物に二次被害が出てしまうため、敷地内に突入しての白兵戦を行う必要がある。
こうなると、もともと近接格闘戦主体のヴィヴィオが力を発揮する。
「ママ、私が前に出る。ディードが持ってきてくれたこのバリアジャケットならたいていの対人魔法は防げるよ」
「油断しないでヴィヴィオ。ジャケットの防御力はあくまでも最終手段、攻撃を受けないことが原則だよ。必ず遮蔽をとって、一度に複数を相手にしないように」
「うん、わかったママ」
なのはとフェイトは飛行魔法で飛び、ヴィヴィオ、オットー、ディードはクラナガン郊外上空で合流した管理局の戦闘機につかまって移動し降下する。
戦闘機は魔力エンジンの排気が大きな音を出すため、建物の中にいても気づくだろう。
管理局所属機の接近を察知すれば、陸軍情報部としても急ぎ撤退しなければならなくなるはずだ。
『ハラオウン執務官、地上本部からの返事が来ました。緊急逮捕の要件を満たします、突入部隊の拘束は可能です』
「わかった。すでに教会内で戦闘が発生している、もしかしたら人数が欠けるかもしれないから、書類の準備を」
『了解です』
現地の執務官からの連絡を受け、フェイトはなのは、ヴィヴィオ、オットー、ディードのそれぞれに交戦許可が下りたことを伝達する。
管理局の権限でミッドチルダ陸軍の聖王教会に対する違法行動を摘発する。
セインの報告から、ひとり残って応戦にあたっていたディエチが戦闘で負傷したと伝えられた。
戦闘機人であり常人からは並外れた耐久力を持つ彼女だが状況は予断を許さない。1秒でも早く現場に到着し確保しなければならない。
『陛下、まもなく教会上空です。ぎりぎりまで高度を下げます、着地降下の準備を』
戦闘機のパイロットがヴィヴィオに伝える。管理世界で使われる戦闘用航空機は形態としては空戦魔導師のバリアジャケットが大型化していった結果できあがったもので、成り立ちそのものが異なるため地球の戦闘機に比べると非常に小さい。
これは無人航空機でも同様であり、たとえばガジェットドローン2型は翼幅も全長も3メートル程度しかない。
「準備はOKです、私の合図で投下を」
ヴィヴィオの後ろでパイロンにつかまるディードが3人を指揮する。
なのはは上空から索敵と支援砲撃を、フェイトとヴィヴィオが教会内で敵の制圧を行う。
「みんな、行くよ!」
「うんっ!」
なのはの号令と共に、全員が教会本部へ向かって突入する。ヴィヴィオは教会の中庭に向かって降下し、オットーの展開するホールディングネットを使って減速、着地する。
東の空がわずかに明るくなってきており、夜空の、東の端がぼんやりと浮かび上がっている。
3人が降下していったのを確認した戦闘機から照明弾が発射され、教会の中庭を照らし出す。
中庭にはところどころに魔力弾が命中した穴が開いており、石畳がそこかしこで割れ、石灰の粉が飛んでいた。
激しい戦闘が行われたことが容易に想像できた。
これらの戦艦群がいつ、ミッドチルダを目指してやってこないとも限らない。
『レリックは、第511観測指定世界で製造され、あちこちの世界で使われていたんだ。それを集めて、ゆりかごは、起動したんだけど、でもその大元は第511観測指定世界にあったんだ』
「……セイン、そのシステムは、まだ生きているの」
『陛下』
バイオメカノイドの正体。ヴィヴィオにとっては、親友リオを殺した憎むべき敵である。
その正体をつかみ、そして最も効果の高い戦い方を選び、敵を殲滅する。
コロナや自分を守ろうと、果敢にも立ち向かっていった少女の蛮勇を、ヴィヴィオは責めることなどできない。
だから、彼女の無念を晴らしたい。
それがヴィヴィオの願いだった。
『ドクターも今分析をしてる最中なんだ、詳しいことはまだ全部はわかってない、けど、──ゆりかごにあった、“聖王の鎧”と……惑星TUBOYで発見された船の動力は、同じものだって』
「ミッド艦隊が収集した情報で?」
『今艦隊の本隊は敵の巨大戦艦を追って第97管理外世界へ行ってて、惑星上空で救助活動をしてた駆逐艦が、惑星内部の様子を見たって通報してきたんだ』
「ミッドチルダは……それを、手に入れようとしてたんだ」
「陛下……」
ディードが心配そうにヴィヴィオを見上げる。
中等部に上がってからヴィヴィオは背が伸び始め、クラスの女子では一番背が高く、なのはやディードよりも大きくなっている。同年代、14歳の女子としてはかなり体格はいい。
「……わかった。ありがとうセイン……」
「陛下」
「ママたちが調べていること、私も少しくらいはわかる……ミッドチルダと管理局は、今の人類の祖先が何なのかを調べてる。
ベルカ時代、そして現代でも、大昔には天から降りてきた神が人類に魔法を授け戦ったっていう伝説があるんだ」
地球だけでなくミッドチルダにも、超古代文明の伝説はある。
それはあくまでも伝説、神話として、実際に見つかるロストロギアとは分けて考えられていた。
しかしロストロギアを研究して出てくる結果、そして実際に未知の無人次元世界が発見され、そこにある古代遺跡などを調べていくにつれ、単なる御伽噺とは思えない、正真正銘の超古代文明の存在が全次元世界に影響を及ぼしていた事実が、無視できなくなってきている。
インターミドル大会がオフシーズンの間、アインハルトと一緒に図書館で本を探したり、時にはユーノに無限書庫での本を探してもらったりしていた。
そうやって見つかる文献には、断片的にだがそういった伝説が記されており、それは自分たちの出自と重ね合わせて考えると、過去、古代ベルカ時代よりも昔には、現代の次元世界人類を文字通り“創造した”超古代文明とその神々たちが、人類と共に生きていたことになる。
ここ数ヶ月の不審事件、フェイトが捜査していた事件から、その神々たちの正体とはバイオメカノイドであり、グレイであったということがわかってきている。
当時の人類にとっては、魔法を操る存在とはそれだけで神のように見えただろう。バイオメカノイドは、機械を知らない人類にとっては幻獣のように見えただろう。
「第511観測指定世界は、今まで伝説だけの存在だったアルハザードなんじゃないかって言われてる。そこに住んでいたバイオメカノイドの技術を、ミッドチルダは手に入れようとしてる。
そのために船団を送って──、最初から、ヴァイゼンと手を組むつもりだったから、カレドヴルフ社が調査を担当して、それで、発掘したバイオメカノイドをミッドチルダに運んできたんだ。
それを調べた結果、バイオメカノイドが生まれる仕組みは、ゆりかごと同じ──、生体融合機械を魔力で作っていることがわかったんだ」
「それは、戦闘機人が」
ヴィヴィオの言葉に、ディードが表情を慄かせながら応える。
スカリエッティが製造していた戦闘機人の構造、仕組み、性能諸元などは、元ナンバーズであるディードたちは当然知らされている。
「フェイトちゃん、東館へ!そっちに敵が集まってる」
「了解!ディード、オットー、ヴィヴィオを頼むよ!」
「はいっ!」
フェイトは寄宿舎の上を飛び越して反対側の棟へ向かう。こちらは教会に隣接した司祭たちの屋敷につながっており、応接用の部屋が入っている大きな建物がある。反対の西側には礼拝堂と古い寺院があり、一般の参拝客はこちらへ普段は来る。
ヴィヴィオたちが降りた中庭からは、おびただしい数の弾痕が刻まれた礼拝堂の壁が見えた。
古い石造りで、漆喰で白く塗られていたが、塗装がはげて灰色の石の地が露出している。門の飾りつけなども割れて吹き飛んでいる箇所がある。
視覚増幅を行って周囲を見渡したディードは、礼拝堂の入り口のあたりに倒れている人間の死体を発見した。
身に着けているものを確認すると、これは間違いなくミッドチルダ陸軍情報部の兵士だった。装備しているバリアジャケットは魔力結合が解けていたが、隠密型の術式が使われていた。
「オットー、陛下から離れないで、周囲を警戒して。敵は間違いなくミッド陸軍よ」
ヴィヴィオとオットーは中庭の中央付近で、打ち崩された石畳の回廊を調べていた。
魔力残滓がほとんど検出されないことから、極めて高度な魔法を使用する特殊部隊の仕業である。
「まさか本当に……セイン姉さん、敵の目的は何なんだ」
『騎士カリムが、以前の預言の再解釈をしてたんだ。ドクターが、ゆりかごを起動させたときの……』
オットーは念話をヴィヴィオにも転送する。
JS事件は、ヴィヴィオにとってはまさに当事者となった出来事である。
聖王のゆりかご。
かつてベルカ戦国時代、当時世界最強といわれた次元航行艦である。
当時の軍艦は箱型の船体に多数の小口径砲を積むものが多く、現代の艦載砲のような大威力の攻撃魔法は開発されていなかった。
艦そのものも魔導師をどれだけたくさん運べるかという性能が重視されており、砲撃はあくまでも前哨戦で、決戦とは艦同士を接舷させて魔導師を敵艦に突入させる切込み戦が行われていた。
ゆりかごを特色付けたのは動力として搭載したレリックを聖王と直結させて魔力増幅を行うレリックウェポンシステムであり、これによってゆりかごに乗る聖王はレリックからの魔力供給を受けて強大な戦闘力を発揮した。
武将同士の一騎打ちにおいてこれは非常に有利な武器となった。
もちろんこれは古い旧式の仕組みであり、現代魔法戦闘では有効なものではない。
JS事件の際も、ゆりかごはエンジン出力も低いままで、武装なども基本的には手を加えられなかったため、元々装備されていた対空砲があった程度で魔導師を相手にしてそれほどの防御力は発揮できず、老朽化した船体はXV級の艦砲射撃で容易に貫通された。
いかに聖王がレリックウェポンシステムで強化されても単体で対艦戦闘は行えないため、これに関してはスカリエッティが言うとおり、ゆりかごは“ただの輸送船”であるといえる。
ただし、このゆりかごに搭載された積荷であるレリックウェポンシステムこそは高度なオーバーテクノロジーの塊であり、真に対処すべきロストロギアとはゆりかごではなく、単体のレリックでもなく、それをもとにして結合するレリックウェポンシステムである。
ゆりかごは巨大な物体であったために目を引いたが、それ自体は単なる船であり特別な機能はない。
惑星TUBOYで発見された、バイオメカノイドたちの宇宙戦艦。
それが、このゆりかごの祖先である可能性が浮上してきた。
惑星TUBOYから浮上して第97管理外世界に向かったインフィニティ・インフェルノはいわば巨大なコロニー、人工惑星であり、艦船というよりはアステロイドシップの芯のようなものであった。
その内部には岩石質のモジュールが多数埋まっており、第97管理外世界における戦闘では地球の核ミサイルを受けて外殻が破壊され、一部がちぎれて地球に落下し内部に埋まっていた大型バイオメカノイドが動き出した。
船体は年輪を刻むように船殻を何枚も重ねて大型化していっており、内部には小さな船体がいくつも埋まっている。
その小さな船体──それでも数千メートル級の大きさである──が、惑星TUBOY内部で次々と生まれ、発進していっているのがミッドチルダ艦隊によって観測された。
トラクタービームによって引き寄せた隕石や、ミッド艦隊の駆逐艦をも材料にして、艦船型バイオメカノイドともいうべき戦艦がいくつも惑星TUBOYを飛び立ち、各地次元世界へ向かっている。
そのうちの一群はアルザスに現れ、この世界を瞬く間に埋め尽くして制圧した。
しかしスカリエッティが本来作ろうとしていたものは違っていた。
機人フレームに合わせてクローン培養した人体を調整するのではなく、最初から機械がそれに適合した生体組織を生産するものである。
機械とは、何も金属で出来ているとは限らない。セラミック材料やカーボンファイバーなどはそれこそ炭素の塊であるし、たんぱく質で出来た機械をつくることは可能である。それが自己複製能力を備え、人型に成形することが出来れば、それは文字通りアンドロイドとなる。
本来の戦闘機人とはそのような形態をとる。スバル、ギンガ、そしてナンバーズを含めた現在の戦闘機人は、形態としては本来ならばサイボーグに分類されるべきものだ。
「さすがにこれを認めてしまうと、人間の定義が揺らぐってミッド政府は考えたんだと思う。使い魔だって、それは人間が作るものだし、ディードたちだって、もし結婚して子供を生んでも生まれるのは戦闘機人じゃないし」
「被造物ではなく、なおかつホモ=サピエンスではない、すなわち人類と同等以上の知的生命の存在は認められないと」
竜族や蟲族などの召喚獣も、一般的にはヒトよりも低級の知能であるとみなされている。
「バイオメカノイドは、人類以外の独立した生態系を作っていたんだ。今の次元世界にあるあらゆる生命とそれは対立し、排他的で、相容れない──どちらかが住んだ領域に、もう片方は入れない。
だから、人類はバイオメカノイドを残らず絶滅させなくちゃならない」
スカリエッティによる分析でも、バイオメカノイドの構造や生態はともかくその目的は未だ不明である。
生命にはその目的などそもそも存在せず、ただ生まれた結果として生存し続けるという見方もあるが、現在のところ、バイオメカノイドは超古代文明の時代の人間が何らかの目的で製造した人工生命体であると考えられている。
目をそらし続けていれば、気づくことはなく、恐怖で眠れない夜をすごす必要は無かったかもしれない。
しかし、それは問題の先送りである。
この次元世界に生きている限り、必ず、いつかどこかで衝突は起きた。
人類と、バイオメカノイドは、互いに生存競争に挑まなくてはならない。
ミッドチルダ政府が国民に隠れてひそかに調査を行おうとしていたことが、すでに人類の手に負えない相手だというのを証明しているようなものだ。
管理局の捜査を拒み、いくつもの多国籍大企業を引き入れて人体実験を行い、さらに管理局執務官の殺害事件までをも起こした。
プラウラーの証言で、アレクトロ社は既に数十基の生体魔力炉を製造し関係各省へ出荷を行っていることが判明した。
第6管理世界アルザスに向かう空母機動部隊の様子は、月面泊地を出航した時の映像が報道で流された。地上から脱出したアルザス政府閣僚の談話も、放送された。
ようやくといったところで、ミッドチルダ政府は情報の公開を始めた。ただし、その内容は制限され、初めて遭遇するロストロギアによってアルザスは殲滅されたという概要であった。
アルザスに、すなわち管理世界に対する攻撃への報復措置として、現在アルザス地上を占拠している“ロストロギアを違法に所持している勢力”に対する攻撃を行うためにミッドチルダ艦隊は出撃する。
艦隊の空母には、マスコミの人間は乗せられなかった。記者たちは軍の報道官から送られる資料を見るだけである。
現在の次元世界人類が保有する兵器がどれだけバイオメカノイドに有効かどうかを試す、“実験場”としてアルザスは利用されるようなものだ。
管理局でも検討の結果、戦略級次元破壊魔法を使わずに通常兵器のみでバイオメカノイドを掃討することは困難と回答している。
ミッドチルダはそれに乗じて、空母艦載機による航空攻撃、および潜行艦による長距離雷撃でアルザスを攻撃する作戦を立てた。
次元潜行艦の装備するミサイルは次元空間を経由して飛び、非常に射程距離が長く破壊力も大きい。
大型戦艦をも一撃で沈めるほどの威力のミサイルを地上に向けて撃てば、アルザスの大地はクレーターだらけになってしまうだろう。
「どうしようもないんだ」
ヴィヴィオの言葉に、ディードは思わず面を上げる。
ヴィヴィオは使命感に燃えていた。しかし、現実は厳しく、敵は強大にして堅固である。人類がどう足掻いても勝てない相手のように思える。
しかしヴィヴィオは、その言葉とは裏腹に、激しい憤りを含めた感情で声を奏でた。
「どうしようもないんだ、このままじゃ!ミッドチルダも、管理局も、このままじゃ……力を合わせるどころか、足を引っ張り合って、ろくに力を発揮できないまま、やられるだけだよ!」
「ディード、ディード聞こえるか!?早く来てくれ」
オットーの切迫した声が念話でかぶさり、ディードとヴィヴィオは気を取り直して中庭中央へ向かう。
魔力弾で切り刻まれた立ち木の下で、オットーはディエチの身体を抱えていた。
傍らには飛ばされて転がったのか、砲口に泥が詰まったイノーメスカノンが置かれている。
「オットー!ディエチ姉様は」
駆け寄ってきたディードは、血液に混じって流れ落ちる茶色い液体を見た。
機人フレームのアクチュエーターに使用される作動液である。グリコールを主体にし生体への毒性は比較的低いものであるが、これが外に漏れるということは相当の衝撃がフレームに掛かったことを意味する。
ディエチはオットーの呼びかけにも応えず、完全に意識を失っている。
頬に触れると冷たい。ゆっくりと首筋に指を移すが、脈動は、感じられなかった。
「オットー、まさか……」
「陛下……」
片膝をついて地面にしゃがみ、ディエチの身体を抱きかかえていたオットーは、おそるおそる顔を上げ、そっと首を横に動かした。
遅れてディードを追いかけてきたヴィヴィオは、愕然としたように眉をゆがめ、見下ろしている。
ディエチの胸は、巨大な杭で打たれたようにへこみ、皮膚を突き破ってフレームが露出していた。胸の中に、やや黄みがかった白いものが見える。
割れた胸骨だった。機人フレームは胴体部分では肺と心臓を包み込むように厚さ1.5インチの中空チタン合金製の装甲が張られている。
この装甲は身体を動かすときに突っ張らないようにいくつかの板に分割されそれぞれ重なって動くようになっており隙間がある。
限界を超えた衝撃を受けて隙間が開き、そこから割れた骨が飛び出してしまっていたのだ。
この状態では、通常の電気ショックによる心臓マッサージは使えない。治癒魔法で止血をしつつ、胸部装甲をどけて直接心臓を掴まなくてはならない。
ディードは意を決し、固有武装である剣、ツインブレイズを取り出した。
「オットー、ディエチ姉様の肩を支えて。陛下、カートリッジを使って治癒魔法をかけます」
「わかった」
ディエチの身体を寝かせ、緊急の胸部切開を行う。
寄宿舎棟の向こうから、砲撃音が時折響いてくる。屋敷に突入したフェイトが、情報部特殊部隊と戦闘に入ったようだ。
「ディード、私は周囲を見張るよ。カリムさんに連絡も、救急隊の手配を」
「お願いします」
ヴィヴィオは念話で地下室に連絡を取り、ディエチが重傷で意識不明であることを伝えた。
すでにカリムは緊急信号を発信していたが、それに加えて近隣の病院へ救急車の手配を依頼する。院長は教会とは面識があり、冥王イクスヴェリアの収容も引き受けてもらっている病院だ。
しかし聖王教会本部は周辺の市街地からも離れており、また教会敷地内で戦闘が発生しているため容易には近づけないことが予想された。
ディードはツインブレイズですばやくディエチの胸部機人フレームを切り取り、生身の骨をあらわにする。
張り付いた筋肉を傷つけないよう、割れた胸骨と肋骨の破片を慎重に取り除き、ツインブレイズの先端で胸部装甲を切断する。
オットーはフィジカルヒールがインストールされた緊急用の治療パックを使い、切開部の止血を行う。
心臓はほとんど拍動がみられなくなっており、徐脈を起こしている。この状態では、1秒でも早く血流を再開させ脳に酸素を送る必要がある。低酸素状態が長く続くと神経細胞は致命的な、回復不能なダメージを受ける。
手袋をはめ、ディードはディエチの心臓に手を伸ばした。肋骨を慎重に持ち上げて開き、肺の隙間に手を入れて心臓を握る。
手のひらから魔力を出しつつ、脈拍のリズムを取り戻すように心臓を動かす。
肺は血流が低下して色が薄くなりつつあった。もはや一刻の猶予もない。
この血生臭い光景をヴィヴィオに見せるのは忍びない、と思いつつ、ディードは姉の蘇生を願った。
セイクリッドハートを使用して周囲の捜索を行ったヴィヴィオは、寄宿舎の2階に倒れている兵士を発見した。
傷が深く動けないようだが、かすかに息がある。
後ろを振り返り、ディエチたちがいる場所との位置取りを確認する。部屋の窓から腕を出せば、中庭を狙える。
もし敵が再び動き出せば、ディエチたちが危険である。
他の方角には敵はいない。すべて倒されている。イノーメスカノンの砲撃を受けて死んでいる。
また、残りの敵もすべて屋敷のほうへ移動しておりもう中庭周辺には残っていないと見受けられた。
「ディード、寄宿舎の2階にまだ生きてる敵がいる」
「陛下、こちらはまだ動けません、警戒してください」
「どうする!?とどめをさす」
「もしかしたらミッド政府の情報が聞けるかも」
オットーが言葉を急ぐ。ヴィヴィオに、無闇な殺しはしてほしくない。聖王たる者が、怒りに任せた戦いをしてほしくない。
ディードの心臓マッサージにあわせてオットーは人工呼吸を行い、ディエチの肺に酸素を送り込む。なんとか洞房結節に電気信号を復活させれば、心臓が自力で動き出すことができる。
その状態までもっていったら、胸を縫合して急ぎ設備の整った病院に搬送して治療を行う。
手のひらの魔力で心臓を握り締め、血液を送り出す。体温を取り戻す。
心臓マッサージ開始から20秒ほどで、ディードは洞房結節が自発収縮を始めたことを確認した。さらに心臓の動きが安定したら、肋骨を戻し、止血をして胸郭を綴じる。
「ママ、聞こえる!?ディエチさんが、敵に撃たれて大怪我を、今何とか蘇生処置をしてる、救急車を呼んだとして教会まで来れそう!?」
上空から、なのはは教会全体の様子を見渡せる。今戦闘が発生しているのは司祭たちの屋敷の中で、もし彼らが他の民間人の接近を発見した場合これにも攻撃を行う危険がある。
『敵を無力化しないと厳しいかも、ヴィヴィオ、もし危ないようだったら私が飛んで運ぶ、カリムさんに伝えて!
どうやら残ってる敵は屋敷の中に集まってるみたい、フェイトちゃんならやれる』
「わかった、お願い!ディードさん、救急車が教会に近づけないかもしれません、外まで運びます!どこか、待ち合わせられる場所は」
「っ、それならハイウェイのインターを下りた場所のロータリーが、石像が真ん中に立っている場所だからすぐわかります」
「ありがとう。──カリムさん、まだ敵との戦闘が続いてます、もし救急隊に通信がつながるなら、インターチェンジのロータリーで待機してと伝えてください!そこまでなのはママがディエチを運びます」
『わかりました──陛下、くれぐれも気をつけて』
『陛下っ!ディエチが、やられたの!?大丈夫なの』
「シャンテ……っうん、大丈夫、大丈夫だから」
ヴィヴィオはとっさに言葉を詰まらせ、答えたが、ディエチが助かるかどうかは現状ではかなり厳しい。心臓マッサージで心拍が戻っても、低酸素状態によって既に肉体全体がダメージを受けていれば再び心不全を起こす危険が大きい。
また、もし助かっても意識が戻らず植物状態ということもありうる。
シャンテの幼い声が、いつもより、はかなげに、頼りなく聞こえた。
家族がいない寂しさを吹き飛ばすような元気いっぱいの少女だった彼女の声が、とてもか弱く聞こえた。
既に自分たちは戦禍の中に飛び込んでしまっているんだ、と、ヴィヴィオは自分の意識が泥に呑まれそうになるように感じていた。
屋敷の窓から時折金色の魔力光が吹き出し、かと思えば壁が激しく揺れて石灰のかけらが飛び散る。
フェイトは屋内での機動性を重視したインパルスフォームで戦っており、さらに敵が撃って外したバレルショットが壁や天井に当たって屋敷を揺らしている。
なのはが使用するバレルショットはレイジングハートの特性との兼ね合いからあくまでも牽制程度の威力に設定されていたが、隠密部隊向けの本来の術式では不可視の衝撃波で人間を圧殺するものである。
戦闘機人であるディエチでさえ、胴を押し潰されるほどの威力があったのだ。
屋内で撃てば、コンクリート造の建物であっても壁を砕いてしまう。
フェイトは敵の最後の分隊を屋敷の食堂に追い詰め、バルディッシュをライオットザンバーに切り替えた。
廊下や部屋では取り回しの良いライオットブレードを使い、広い場所では威力の大きいライオットザンバーを使う。
敵兵士はカスタマイズされた小銃型デバイスを持ち、バレルショットとフォトンランサーを使用できるようだった。
どちらも隠密性が高く、フォトンランサーは弾丸の口径を小さく速度を上げており、魔力光の漏れ出しが少ないタイプだ。
「どうあっても投降する気はありませんか」
フェイトの呼びかけに、兵士たちはまったく答えず無視を貫いていた。言葉をしゃべってはならないと命令されているのか、それともこちらを教会の私兵とみなしているのか。
いずれにしろもうミッドチルダ陸軍への照会を行い、陸軍は情報部が秘密裏に教会を襲撃しようとしていたことを事実上認めさせた。
彼らはもう後ろ盾を失った状態である。
できれば、傷つけずに逮捕し事実関係を明らかにし、それなりの刑を受けさせるのが筋である。
しかしおそらく、彼らはそれを受け入れないだろうとフェイトは思っていた。
この屋敷の中の戦闘で、彼らは外に気配を気取られないことだけを気にしているように見えた。流れ弾になる危険が少ない長い廊下などではためらいなく大威力のバレルショットを放ち、フェイトはこれをライオットブレードで受け流していた。
管理局執務官ないし警察官に対し、捕縛用バインドを撃ち落とすことは公務執行妨害に該当する。
あるいは、管理局相手ならば強気に出られると思ったのかもしれない。
ミッドチルダと管理局の間で小競り合いという事態になれば、どちらも上層部がその対処と折衝を行わなくてはならない。
ミッドチルダは隙あらば管理局を糾弾しようとしている。
それは国の、政府のトップが方針を改めても、情報部のような独立性の高い部署では、もしもその部署の長が管理局への反感を持っていた場合、独自権限で人員を動かしてしまうことが考えられる。
今回の襲撃事件はそれが現実に起きてしまったと考えられた。
バルディッシュを振り上げ、突進する。
テーブルを踏み切っていっきに10メートル近くをジャンプするフェイトに、兵士たちはフォトンランサーで応戦しようとするが、デバイスの引き金を引くのが間に合わない。発射された魔力弾は、フェイトの頭上数十センチを飛び越して天井のシャンデリアに当たる。
飛び散る小さなカットガラスの破片が、蛍光ランプのスパークを反射して激しく瞬く。この屋敷では蛍光灯だけでなく油をつかったランプも使われており、炎のかけらがガラスを燃やしながら落ちてくる。
斜め上段から振り払われたライオットザンバーに、残っていた兵士たちは3人まとめてなぎ倒され、暖炉にぶつかって倒れた。
ひとりはまだ呻いているが、ひとりは暖炉の角に身体をぶつけて腕が外側に曲がってしまっている。
バルディッシュに記録されたログを改め、すべての敵ユニットを撃破したことを確かめると、フェイトはなのはに念話を送った。
「なのは、こっちは片付いた。敵部隊は全員、こちらの説得を拒否──少なくとも5名の殺害を確認。教会関係者の犠牲はゼロを確認したよ」
『お疲れフェイトちゃん──こっちは、ディエチが重傷で、今救急搬送の手配をしてる。ヴィヴィオも無事で、カリムさんとシャッハさんも──それから、シャンテちゃんが負傷してる。
あと、ヴィヴィオが突入部隊の兵士を一人確保して、こっちも拘束して地上本部へ送る。尋問の用意を』
「わかった。──やられたね」
『うん……。どっちにしろ、教会に被害が出たのは事実で──ミッドはそれを黙認したことになる』
ディエチの搬送をなのはに任せ、ヴィヴィオとディードは地下室へ向かった。
カリムはすばやく預言の詩文を持ち出しており、これは奪われることなく守ることが出来た。
ヴィヴィオの姿を見つけると、シャンテは足を引きずりながら駆け寄ってきて、ヴィヴィオの胸に抱きとめられて泣いていた。
シスターたちも、この時期は教会に残っていた者は比較的少なかったが、逃げるときに突入部隊の兵士に撃たれた者が何人かいた。
カリムは教会は通常どおり開くと言い、シャッハとシスターたちは外の掃除をするためにそれぞれ立ち上がった。
オットーは礼拝堂や中庭から兵士の死体を探して外へ運び出し、シスターたちが凄惨な光景を見なくて済むようにしていた。
東の空が白み始めている。
冷たい朝靄が浮かび上がり始め、森は何事も無かったかのように緑を広げている。
針葉樹が深い碧色で山を包み、空はいつもどおりの冬の朝を迎えていた。
散らばって壊れた椅子や燭台を片付け、新しいランプに火をともす。
礼拝堂の片づけが終わったとき、なのはを通じて、病院から連絡が届いた。
搬送から36分後、医師たちの懸命の手当ても甲斐なく、出血多量による多臓器不全でディエチが息を引き取った。
シスターたち、シャッハも、カリムも、沈痛な面持ちで報せを聞いた。
ヴィヴィオは、彼女たちに何も言葉をかけられなかった。
オットーもディードも、顔を伏せ、表情を崩さないように必死に装い、涙をこらえていた。緊急の心臓マッサージをしていたディードの手のひらには、必死で命を取り戻そうとしていたディエチの心臓の熱が、感触が残っていた。
なのはは最後に、本局から武装隊一個小隊を回して教会の警護を行うこと、それからヴィヴィオを本局へ連れ帰る便の手配をしたことを伝えた。
「……ママ、次にヴォルフラムが出航するのはいつ?」
「──うん──予定通りなら、1月12日の朝で……、第97管理外世界へ向かい、現地に滞在している管理局員の把握と安全確保、それから敵バイオメカノイドの捜索掃討を。
ミッドチルダとヴァイゼンの艦隊主力はアルザスに転進したから、地球に残る戦力は少なくなってる」
「私も行く」
「陛下っ、なりません」
さすがにディードが声を上げて、ヴィヴィオを制す。
ここまできて、ヴィヴィオを更なる危険に晒すわけにはいかない。
戦闘訓練を受けていないヴィヴィオが前線に出て行かなくてはならない状況ではない。
「うん、わかった。“はやてちゃんに”伝えておくね」
「なのはさん」
「それから──カリムさん、レティ提督からのお願いで──、カリムさんも、本局へいったん避難してほしいと。今の情勢では、カリムさん自身が狙われる危険が大きいという判断です」
シャッハとセインは驚いたようにカリムのほうを振り向く。
確かに預言の新解釈は恐るべきものであるが、それがどうしてカリムが狙われることにつながるのか。
思わず振り向いてから、じわじわと、闇が湧き上がるように予感が浮かぶ。ミッドチルダが、この預言を握りつぶそうとしているのだ。この教会本部が襲われたのは、そう考えるミッドチルダの一部の人間が暴走した結果だったのだ。
「──わかりました。教会の事務はシャッハに、私は過去のものも含めて預言の資料をすべて本局へ移します」
「騎士カリム、それは──」
「教会本部を、管理局の前線基地にしてしまうわけにはいきません──そうなればますますミッドチルダは教会に対する警戒を強めます。
私だけなら、自分でもある程度は彼らをあしらえます」
「でもっ、陛下もいなくなるのに、私たちだけを残して行くなんて」
「シャッハ──」
「どうしてもっ、どうしてもだめなんですか!?どうしても行かなきゃいけないんですか!?管理局に任せておくことはできないんですかっ!?
私たちが、関係ないはずの私たちがこんな目に遭わされて、管理局は一体──」
「──申し開きの出来ないことであることは確かです。聖王教会騎士である私がこの事態に関わっていることも──
以前のJS事件の際に得られた預言が、もっと別の大きな事件を予知しているという可能性を私と管理局では分析していました。
その結果、昨年11月に発見された第511観測指定世界がそれであるという事実を掴んだのです」
「みんな、私は──自分の出生の由来を、確かめる。今ミッドチルダが面している危機に、私の、聖王の真実が関わっているかもしれないんだ」
関係の無いことではない。田舎の小さな教会ならともかく、この聖王教会本部、そして聖王とは、単なる宗教的存在ではない。
次元世界の成り立ちそのものに関わってくる組織の一角なのだ。
その組織の運営に目を背けた状態で、生きていくことはできない。
聖王ヴィヴィオが現代の世に生きているという事実は、人類がその独立と尊厳を保つ拠り所となる。
バイオメカノイド、そして超古代先史文明とその残滓たるロストロギアに、いつまでも振り回されたままではいないという人類の決意の表れなのだ。
聖王教会は、この新暦84年という現代に人類が迎えた危機に対し、人々に人類の独立を説いていくという使命がある。
「私が戦うことでみんなを元気付けられたらいいと思う、私は、ただのか弱い少女じゃない、守られるだけのお姫様でもない。
みんなに勇気を与えるシンボルに、象徴になりたいと思うんだ」
シャッハは神妙にヴィヴィオの言葉に聞き入り、シスターたちの中には涙をすすっている者もいる。
ヴィヴィオは、もう子供ではない。立派な王になるために力を高めていく。
成長することを決意している。自分がどのような生まれを持っていて、どのような力を持ち、どのような運命を持っているのか。それを正しく知り、逃げず、立ち向かう。
そしてシスターたちも、聖王教会の聖職者の一員として、ヴィヴィオの言葉のもと、人々を勇気付けていくのだ。
「ママ、行こう。オットー、ディードも──ママの故郷を襲おうとしている敵を倒しに、そして、ディエチの弔いを」
「シスターシャッハ、教会本部の決裁権限を私、カリム・グラシアより全権委任します。──留守を頼みます」
なのはもフェイトも、もうヴィヴィオを止めるだけではなく、ヴィヴィオの意志を尊重して助けていくことが必要だと実感していた。
ヴィヴィオは、自分自身を自覚し意識を高めている。
管理局が超古代先史文明の研究を行うにあたり聖王の存在は無視することができない。
ヴィヴィオ自身の協力が得られるなら願ってもない材料になるだろう。
本局技術部では、シャリオとマリーが検討した結果、当初ヴィータ用に確保されていたSPTの予備パーツを、セイクリッドハートを組み込めるようにセッティングすることが決定された。
現状で最も魔力量が大きいのはヴィヴィオであり、また管理局にあらかじめ用意されていたSPTのパーツで3機までは組み立てられるため、なのは、フェイト、ヴィヴィオの3人にこれを割り振ることが最も攻撃力が高くなると計算された。
本局に戻り次第、ヴィヴィオへSPTの操作訓練を施す。
SPT自体はデバイスとしては装着型のため、着込んだ状態でそのまま手足を動かしたり他のデバイスを持つことが出来るが、SPTならではの強力な機能や魔力蓄積には慣れておく必要がある。
スカリエッティは、第511観測指定世界に派遣されたミッドチルダ艦隊の持ち帰った観測データから、ゆりかごと同クラスないし一回り程度上回る大型輸送船が少なくとも2000隻以上、惑星TUBOYを飛び立っていることを分析した。
表面に見える武装が無いことから、おそらくこれは内部に大型バイオメカノイドを格納していると思われた。
形状も、インフェルノをそのまま小さくしたような楔型あるいは変形デルタ翼型の船体形状はゆりかごに近い。
ミッドチルダ国立天文台でも、惑星TUBOYの持つ魔力光スペクトル、また放射性元素を用いた表面の土壌の年代測定から、惑星TUBOYがおよそ1万4千年前に大規模な地殻変動を起こし、惑星全体の地殻が作り直された状態であることを突き止めた。
クライス・ボイジャーがユーノから引き受けた分析依頼で、同天文台では第511観測指定世界がミッドチルダや他の次元世界よりも、およそ1万4千年、年齢が若いという計算結果を導き出した。
宇宙スケールでは、数万年程度は誤差の範囲である。誤差の範囲内での計算を行うことは困難であったが、それでも、宇宙方程式に組み込まれる宇宙定数は、これまで観測されたあらゆる次元世界と、第511観測指定世界ではきっかり同じ量、偏移が発生していた。
これらの分析結果が示すこととは、第511観測指定世界を親宇宙とし、宇宙が膨張していく過程でいくつもの次元世界が位相欠陥によって分割されて現在の次元世界を形作ったということである。
1万年以上昔の超古代先史文明の時代には、すべての次元世界はつながっており、その中心とも呼ぶべき星間文明の首都惑星は現在の第97管理外世界に位置していた。
そして、その文明が最大の敵対勢力として戦っていた無人兵器群が、現在の第511観測指定世界、惑星TUBOYということである。
第511観測指定世界にて太陽周回軌道に乗り、惑星TUBOYの観測を行っていた探査機ガジェットドローン#00511は、進路前方に接近してくる別の探査機をキャッチした。
宇宙探査機ボイジャー3号。
第97管理外世界、アメリカ合衆国の擁する宇宙機関、NASAが運用する探査機である。
ミッドチルダ宇宙アカデミーは、両探査機の間で通信リンクを確立することを提案した。
対バイオメカノイド作戦を遂行するにあたり、ミッドチルダと地球の両世界が情報共有をするためには敵の観測偵察をも共同で行う必要があると科学者たちは主張した。
量子スピン通信により探査機ガジェット#00511からのメッセージを受信したNASAチーフディレクターシェベル・トルーマンは、国防総省へ異星人──ミッドチルダからの提案を報告するとともに、CIA長官トレイル・ブレイザーにもこの情報を知らせた。
ブレイザーは、今まさに、異星人の機動兵器が地球に降下していると答えた。
それはイギリスが発掘し復元を試みている、超古代に存在した高度技術文明が製作した搭乗型ロボット、エグゼクターである。
異星人の組織も一枚岩ではない。それぞれの人間は、それぞれの部署の立場から主張を行う。それは互いに同期しているとは限らず、互いのたとえば同じような職掌の人間は互いに理解しあえても、それぞれを統括する上層部が理解できないというケースもままある。
ブレイザーはイギリスに滞在しているCIA諜報員に対し、ただちにロンドンへ向かうよう指示した。
現在フォード捜査官は地下のM機関研究所におり、ここは強固なセキュリティで守られているが逆に穴熊のような立地であり侵入されたら逃げ場が無い。
フォードと一緒にいる異星人の捜査官を狙って、別のFBIの人間が強行突入を図る可能性もある。
年末の便でイギリスに向かった4人のFBI捜査官の身元をCIAでは調べ、彼らが数年前から現在にわたり、いわゆる地球外生命体とアメリカ政府が企んでいるとされる陰謀論に係わる事件を捜査していたことを突き止めた。
彼らの目には、フォードはエイリアンに協力している政府の手先のように、エリオや、ウェンディ、チンクの姿は、地球を侵略しようとしているエイリアンのように見えてしまうだろう。
誤解から戦争に発展するような事態だけは避けなくてはならない。
早急に彼ら4人の消息を追い、その試みを止める必要がある。
そして、イギリスに着陸しようとしている異星人の戦艦に、彼らが攻撃をしないように防がなくてはならない。
東部標準時はUTCよりマイナス5時間。イギリスで夜が明ける頃、アメリカではまだ真夜中である。
ブレイザーは執務室に備え付けのコーヒーメーカーに豆を継ぎ足し、湯を注いで眠気覚ましのコーヒーを啜った。スティックシュガーを入れようかしばし思案してから、2本取ってカップに流し込む。
時計を見上げ、時刻を確認する。
時空管理局所属次元航行艦、クラウディアが指定した着陸予定時刻まで、あと1時間と17分に迫った。
第15話終了です
さる回避のためPCと携帯を併用しての投稿を試みましたが・・・順番がずれた(汗)
99と100、104と105が前後してます
やはり何レス目から何レス目までをPCで、携帯でとあらかじめ決めておいた方がよさそうですね。。。
聖王ヴィヴィオ降臨です
大人モード使わなくても十分なくらい成長しました
シャンテちゃんをぱふぱふできるくらい・・・
ロンドンに向かっている4人のFBI捜査官はきっとXファイル課の所属です(汗)
そしてついにティアナさん復活です!なかなかクールになりました
下から上までじっくり眺めたのは別にヱロい視線ではないですよ
ゼクター・サイクロードは画面全体を電撃びりびりして倒すボムです
このゲームボムの種類がたくさんあるですよー威力とか違いがあるのかは不明です(汗)
今回名前の出たクラウディアの航海長さん
アルティマ・ヤナセ三佐・・・日産アルティマ、外車販売店のヤナセ
ではー
GJ!
ヒャッハー!さらにヤバくなってきたぜ!
心臓を手づかみとはなんというシグルイ
思わずタマヒュンした
戦争だー!(゚∀゚)
各陣営が複雑に入り乱れてるな
管理局だけでなく次元世界も地球も
誰と誰が手を組んでるかわからない緊張感でミステリアス
とりあえずやばそうなのはソ連とヴァイゼン
エリオ達とFBI
と思ってたらまさかのミッド政府と聖王教会の衝突
これは目が離せないな
あれ?そういえばSTSラストでゆりかごを破壊したのってアルカンシェルでしたっけ
普通の砲撃でしたっけ
いろんなSSがごっちゃになってしまった
エグゼクターの原作ってどういうストーリーですか?
詳しいストーリーは開発スタッフぐらいしか知らないんじゃないかな
本日23時半よりリリカル陰陽師第四話とエピローグを投下します。
第四話 悪鬼羅刹をねじ伏せろ
貴船に降り立った昌浩たちを、無数の妖怪が取り囲んだ。猿に鳥に牛にヤギ、種類も様々な妖怪たちが大地に、木の上にひしめいている。
「大歓迎だな」
「やはりここで間違いない」
もっくんが紅蓮へと変化しながら言った。
ここは本宮のやや開けた場所だ。しかし、木々が多いので、迂闊に炎を使えない。雨が降らず乾燥しているので、下手をすると貴船が全焼してしまう。
「窮奇の姿はないな」
人間の姿に変化したザフィーラが周囲を見渡して言った。
「ならば、おびき出すまで」
シグナムがレヴァンティンを構える。
「臨める兵(つわもの)闘う者、皆陣列(やぶ)れて前に在り!」
昌浩の指先から魔力で出来た白銀の刃が放たれる。
それを合図に、窮奇との運命をかけた一戦が始まった。
以前と同じ草原に出たクロノたちを、再び十二神将が出迎えた。
青龍、白虎、太陰、玄武、六合の五人だ。
「今日も引くつもりはないようだな」
青龍が険呑に言った。
「無論だ」
「剛砕破(ごうさいは)!」
青龍の手から本気の一撃が放たれる。光弾が地面に当たり、激しく土砂を巻き上げる。
クロノが思わず目を覆うと、砂のカーテンを突き破って太陰が現れる。
「またお前か!」
「またって何よ!」
クロノと太陰が空中で激しい接戦を繰り広げる。
「……」
「……」
ユーノは玄武と対峙していた。なのはの援護に行きたいのだが、目の前の敵を無視もできない。
とにかく足止めしようと、ユーノがバインドの魔法を放つ。
「波流壁!」
同時に玄武が水の結界を作り出す。ユーノのバインドが玄武を拘束し、玄武の結界がユーノの動きを封じる。
「しまった!」
ユーノは転移を試みるが、結界はそれすらも阻む。一方の玄武は涼しい顔で拘束されている。
お互いに完全に手詰まりだった。
その横では、アルフと六合が肉弾戦を演じている。
そして、
「はあああああああ!!」
「どおりゃああああ!!」
青龍と白虎が気合の声と共に、攻撃を繰り出す。
「もういやー! なんでこの人たち、こんなに怒ってるのー!?」
なのはとフェイトは男二人から必死に逃げていた。前回にも増して迫力が増している。
青龍たちがなのはたちを執拗に狙うのは、放たれる魔力から、二人が最強の敵だと察したからだ。
飛べない青龍では、逃げられると追いきれない。それで白虎と連携することにした。白虎が空から、青龍が地上から攻める。
幼い外見に惑わされない。真っ先に全力で潰す。青龍たちはそう決めていた。
その様子を、晴明は部屋でシャマルと共に眺めていた。
「だんだん可哀想になってきたのう」
晴明としては足止めさえしてくれればいいのだが、血の気の多い青龍は完全に本気だ。
半泣きで逃げ回る女の子二人に、晴明は同情を禁じ得ない。
「晴明さんはどうしてここまで私たちに協力してくれるんですか?」
シャマルが疑問をぶつける。窮奇退治は利害の一致としても、時空監理局の追手まで防いでくれるのはやり過ぎだと思う。
「お主たちが悪い人間には見えぬからよ」
晴明は人を食った笑みを浮かべる。
「それだけですか?」
晴明はそっと溜息をついた。今は十二神将のほとんどが出払っている。本音で語っても問題あるまい。
「わしの後継者は昌浩と決めておる。十二神将もいずれあやつが受け継ぐだろう。しかし、十二神将のほとんどが昌浩の力を疑っている。中には絶対に認めないと息巻いている者もいるほどじゃ」
「それで窮奇退治ですか?」
「そうじゃ、わしの助けなしで、窮奇を倒せば、昌浩の実力を認めざるを得まい。その後、気に入られるかどうかは、昌浩次第じゃ」
晴明が窮奇退治に本腰を入れていないのは明らかだったが、そんな理由とは思わなかった。
振り返ってみれば、十二神将が全員一緒のところを見たことがない。まさかそこまで仲が悪いとは。
(私たちは仲良しでよかった)
たった四人しかいないヴォルケンリッターの仲が悪かったら、目も当てられない。
「でも、私たちの手助けはいいんですか?」
「どこの馬の骨ともしれない連中と協力し目的を遂げる。それはそれで度量の広さの証明になる」
「馬の骨は酷いですよ」
「やや、これは失敬」
二人して朗らかに笑う。
利用できるものはすべて利用し、いくつもの目的を同時に遂げる。まさに老獪。それでいて根底にあるのは、悪意ではなく孫に対する深い愛情だ。
(家族っていいな)
これまでは漠然と家族というものを考えてきた。しかし、昌浩の家庭を見て、家族を本当に理解できた気がする。
帰ったらきっと、はやてともっといい関係が築けるだろう。シャマルは心からそう思った。
貴船の戦いは苦戦が続いていた。
延焼の危険があるので、広範囲攻撃ができないのだ。これだけ激しく攻められては、昌浩も大技を使う余裕がない。
一匹ずつ倒すしかないので、数に劣る昌浩たちは不利だった。
「くそ、この前にみたいに結界に引きずり込んでくれれば」
「泣き言を言うな。目の前の敵に集中しろ」
苛立つヴィータをシグナムがたしなめる。
「でも、このままじゃ防ぎ切れねぇよ!」
「危ない、ヴィータ!」
昌浩がヴィータを抱えて地面を転がる。鋭い爪が昌浩の肩を軽く掠める。
ヴィータはすぐさま体勢を立て直し、アイゼンで猿の妖怪を叩きつぶす。
しかし。その一瞬の攻防で昌浩たちは紅蓮たちから引き離されていた。
紅蓮たちと昌浩たちの間に、妖怪の群れが殺到する。完全に分断された。
「やべぇ! 逃げるぞ!」
合流は無理と判断したヴィータと昌浩は、敵の包囲網の一角を破り山林の中へと入って行く。
「裂破!」
「くらえー!」
山道を駆け降りながら、昌浩の放つ術が、ヴィータの鉄球が、追いすがる妖怪を吹き飛ばす。
ヴィータ一人なら飛べばいいのだが、昌浩を置いてはいけないし、昌浩を背負って飛べば前回の二の舞だ。
脳裏に、刃に貫かれた昌浩の姿が蘇る。あんな思いはもうごめんだ。
「ヴィータ!」
昌浩の声に、ヴィータは我に返る。
二人は川べりまで追いつめられていた。
「飛び越えるぞ!」
ヴィータが昌浩の首根っこをつかむ。
ヴィータと昌浩の体が宙に浮き、川を飛び越えようとした瞬間、川から伸びた触手が二人の足をつかんだ。
「しまった!」
振りほどく暇もなく、触手は二人を川の中へと引きずりこんだ。
「昌浩、とっとと起きろ!」
背中に衝撃が走り、昌浩は痛みで覚醒する。
うつ伏せに倒れた昌浩の背中を、ヴィータが踏みつけている。どうやら蹴り起こされたらしい。
「ヴィータ……」
「文句は後だ。見ろ」
川の中に引きずり込まれたはずなのに、そこは巨大な宮殿の中だった。
太い柱がいくつも立ち並び、本来なら玉座か祭壇があるべき場所には、巨大な翼を生やした虎が座っていた。
「窮奇!」
「我が城にようこそ。気に入ってもらえたかな」
窮奇が喉の奥で笑う。ここは窮奇が作り出した異界の中だった。
「一人で来るとはいい度胸じゃねえか! ぶっ潰してやる!」
ヴィータがアイゼンを振りかぶる。
「ふっ」
窮奇の魔力が大地を割る。そこから生じた不可視の壁がヴィータと昌浩を隔てる。
「ヴィータ!」
昌浩が壁を叩く。壁の向こうではヴィータがアイゼンを振りまわしているが、壁はびくともしない。音も完全に遮断している。
「貴様、我の配下にならぬか?」
「お前は彰子を殺そうとしている。そんな奴の仲間になんて、なるものか!」
「それは誤解だ。我はこの傷を癒すため、力ある者を欲している。だが、少しばかり血を貰うだけで、命まで奪うつもりはない」
窮奇が前足で地面を叩くと、彰子の姿が空中に浮かびあがる。
自室らしい場所で、彰子は熱に浮かされていた。その手には傷があった。
「彰子!」
「あれは我が配下がつけた刻印。決して癒えぬ傷。消えぬ傷」
傷からわき出す瘴気が、彰子の体をむしばんでいた。
「この苦しみから解放してやれるのは、我だけだ。それに貴様、この娘が欲しいのではないか?」
「!」
「我なら、その願いを叶えられる。この娘をさらい、この異界で幸せに暮らすといい。誰にも邪魔されぬ」
苦しむ彰子の姿が消え、代わりに幸せそうに笑う昌浩と彰子の姿が映し出される。
昌浩は凍りついた眼差しでそれを眺める。
窮奇がゆっくりと前に進み出る。昌浩の肩の傷から出た血が、手に伝い落ちている。窮奇は長い舌でそれを舐めとった。
窮奇の首の傷がみるみる塞がっていく。
昌浩が落ちるのは時間の問題だ。窮奇は自らの勝利を確信した。
「昌浩、昌浩!」
ヴィータが全力で壁を叩く。こちらの声は届かないが、向こう側の声はすべてこちらに届いていた。
「シャマル、転送を! シャマル!?」
シャマルとの通信が途絶している。ヴィータは完全に孤立していた。
窮奇が勝ち誇ったように目を細める。ヴィータの眼前で、昌浩が闇に落ちる姿を見せつけようとしている。
「駄目だ、昌浩!」
ヴィータが叫ぶが、昌浩は茫然と立ったままだ。
諦めかけた好きな人を手に入れられるのだ。抗えるわけがない。
窮奇の傷が癒え、魔力がますます強くなる。
(もう駄目なのか?)
ヴィータが膝を屈しかけた時、昌浩が口を開いた。
「さあ、返答やいかに?」
「……断る」
静かに、だが、はっきりと昌浩は言った。
「何故だ!?」
窮奇が狼狽する。
「ここには蛍がいない! だから、駄目なんだ!」
今にも泣き出しそうな顔で昌浩が叫ぶ。
一緒に蛍を見に行くと約束した。その約束も果たせずに、自分の思いだけを押し付けることはできない。
(そっか。お前はそういう奴だったよな)
自分の身を顧みず、他人の幸福を願える存在。ただそれだけの為に全力を尽くす少年。そんな少年だからこそ、ヴィータは惹かれたのだ。
窮奇の動揺が結界にも伝わったのか、表面がかすかに揺らめく。
「アイゼン!」
ヴィータ渾身の一撃が、結界を粉砕する。
「ヴィータ!」
「その化け物をとっとと倒すぞ!」
「おのれ! 小癪なガキどもが!」
「ガキだけじゃないぞ」
天井に裂け目が走り、シグナム、ザフィーラ、紅蓮が姿を現す。
「貴様の配下はすべて倒した。後はお前だけだ」
紅蓮が全身に炎をまといながら言った。
よほど激しい戦いをくぐりぬけたのか、全員傷だらけだ。だが、その体からは活力がみなぎっている。
「ならば、貴様ら全員喰らってやるわ!」
窮奇の全身から紅い稲妻が放射される。
ザフィーラの展開したバリアがそれを防ぐ。
「鋼の軛!」
ザフィーラの咆哮と共に、地面から無数の鋭い棘が生え、窮奇の体をズタズタに切り裂く。
「はあああああああ!」
紅蓮の体から炎の蛇が放たれる。蛇は龍へと姿を転じ、白銀に輝き、窮奇を炎に包む。
「シュツルムファルケン!」
レヴァンティンが弓へと形を変える。放たれた矢が、窮奇の眉間を正確に射抜く。
「ギガントシュラーク!」
巨大化したグラーフアイゼンが窮奇の角を叩き折る。
「舐めるな! この程度で我が倒せるものか!」
満身創痍になりながらも、窮奇の魔力は衰えない。大地が裂け、瘴気が噴き出す。
「化け物め」
あの化け物を倒すには、もっと力がいる。
『昌浩君。これを使って!』
空間に出来た裂け目のおかげで、シャマルとの交信が回復する。昌浩の足元に緑の魔法陣が広がり、中から一振りの剣が浮かび上がる。
『晴明さんが鍛えた降魔の剣よ』
昌浩は剣を手に取る。
(駄目だ。これでもまだ足りない)
昌浩はこれまで培った知識を総動員する。
自分だけの力で足りなければ、どうすればいいか。
神の力を借りればいい。ここは龍神の住まう貴船。そして、神の力を借りる最もいい方法。
それは、
「この国の言葉でお願いする、だ!」
昌浩が走る。早口で呪文を唱えながら。
窮奇の振り上げた前足をザフィーラが両腕で受け止める。
「行け!」
瘴気を避け、ヴィータが無数の鉄球を打ち出す。
「邪魔はさせねえ!」
窮奇が怯み、翼を開く。飛んで逃げようとしているのだ。
「させん!」
シグナムが右の羽根を切りつけ、紅蓮の炎が左の羽根を焼く。
窮奇がでたらめに魔力の刃を放つ。それらが昌浩の足を、肩を掠め、血を流させるが、昌浩の足は止まらない。
駆け抜けた昌浩が剣を突き出す。肉を貫く手ごたえ。呪文はすでに完成している。
「雷電神勅、急々如律令!」
龍神が封印から解き放たれ、純白の雷を窮奇に落とす。
「ぐぬあああああああああああ!」
窮奇が断末魔の悲鳴を上げる。雷によってその身を焼かれ、体内で炸裂した魔力が体を砕く。大妖怪、窮奇の最後だった。
「終わった」
昌浩がその場にへたり込む。魔力はもう空っぽだ。立ち上がる気力もない。
窮奇が死んだことで、世界が音を立ててゆっくりと崩れていく。
「昌浩」
ヴィータが心配そうに声をかける。
様子を察したシグナム、ザフィーラ、紅蓮が一足先に元の空間に戻る。
滅びゆく世界には、二人しかいない。
「……俺さあ、窮奇の誘いに乗りかけたんだ」
「…………」
「もし彰子と一緒に暮らせるなら、それも悪くないって」
昌浩の声はかすれていた。何かを堪えるように上を向いている。
「ヴィータたちとも約束したのに、窮奇を倒すって、なのに……」
昌浩が静かに嗚咽を漏らす。
ヴィータはこういう時、慰める言葉を持たない。だから、こう言った。
「私は何も聞いてない。だから、好きにしろ」
ヴィータが昌浩と背中合わせで座る。
「ごめん。それから、ありがとう。ヴィータ」
昌浩は静かに泣いた。世界が消えるぎりぎりまで、ヴィータは一緒にいてくれた。
言葉はなくとも、ただ背中から伝わる温もりが、昌浩は嬉しかった。
しとしとと雨が降る。
蘇った龍神が盛大に雨を降らせていた。
封印を解いてくれたお礼に、龍神は昌浩たちの傷を治してくれた。
一晩経って、昌浩たちは再び晴明の部屋に集められた。
「皆、本当にご苦労だった。特にシグナム殿、ヴィータ殿、シャマル殿、ザフィーラ殿には、この晴明、どれだけ感謝しても足りません」
「いえ、我々も目的を達成できました」
窮奇の魔力を回収しても、闇の書は完成しなかった。しかし、そのページの大半は埋まっていた。これならば、主はやても目を覚ますだろう。
「さて、彰子様についてなのだが」
昌浩の表情が暗くなる。結婚の日取りが決まったのだろうか。
「うちで預かることになった」
「はあ!? どういうことですか、じい様」
「彰子様にかけられたのは、決して解けぬ呪い。このまま天皇の元に嫁げば、天皇にも呪いの穢れが及んでしまう。そんなことできるわけなかろう」
「じゃあ、結婚は?」
「彰子様の異母妹で、そっくりな方がいる。その方を彰子様として嫁がせるそうじゃ」
「そうですか」
昌浩は気が抜けたように座り込む。
昌浩の一念が、決まったはずの運命を変えたのだ。しかし、当の昌浩にその実感はない。
「彰子さまの呪いは常に陰陽師が側にいて清め続けるしかない。そこでうちで預かることになったのじゃ。それにしても昌浩や」
晴明は扇で顔を覆って、泣き真似をする。
「じい様は情けないぞ。窮奇を倒すのに夢中で、彰子様にかけられた呪いを綺麗さっぱり忘れるとは。何たる未熟。これは一から修行のやり直しじゃのう」
昌浩は喉まで出かかった怒声を飲み込む。腹は立つが、今回ばかりはさすがに言い返せない。
「よ、よかったじゃないか、昌浩」
ヴィータがばしばしと背中を叩いた。わざとらしいほどに明るい笑顔だ。
「ありがとう。でも痛いよ、ヴィータ」
「さて、目的も果たしたし、帰るぞ、みんな」
ヴィータが静かに立ち上がる。
「えっ? もう少しゆっくりして行っても」
「すまないな、昌浩殿。我らも主の容体が心配なのだ」
シグナムも立ち上がって言った。
「早くアイスやケーキを食いたいぜ」
「ガスコンロが懐かしいわ」
シャマルが肩を回しながら言った。家事は嫌いではないのだが、現代文明に慣れた身に火打ち石から火を起こすのは重労働だった。他にも洗濯や裁縫、家事だけで一日がかりだ。
「そっか。もうお別れなんだ」
「なんて顔してんだよ、昌浩。俺たちと別れるのが、そんなに寂しいのか?」
「べ、別に寂しくなんか……」
「へっ。お前がどうしてもって言うなら、会いに来てやってもいいぜ?」
「素直じゃ……痛!」
からかおうとしたシャマルの足をヴィータが踏みつける。
「本当? 絶対また会おうね。約束だよ」
「しょうがねえな」
腕組みしながら、ヴィータが言った。
庭に出た四人は時空転移を開始する。
「あ、そうだ」
思い出したように昌浩が言った。
「この前の占い。ようやくわかったよ。これからヴィータたちにはとてつもない困難が立ちはだかる。でも、大丈夫。信じて頑張っていれば、きっと君たちを助けてくれる人が現れる。道は開ける、だって」
「なんだよ、それ」
ヴィータは苦笑する。漠然としていて、まったく参考にならない。
「でも、まあ、覚えておいてやるよ」
「みんな、本当にありがとう!」
ヴィータたちの姿が空の彼方に消える。
昌浩はいつまでも手を振っていた。
「ヴォルケンリッターたちが移動を開始しました」
アースラでも、その動きは感知していた。
「数は?」
「四です」
「つまり、ここには闇の書の主はいなかったということでしょうか?」
「そうね。こちらが追っているのを知りながら、主の元を離れるとは考えにくい。ここには魔力の収集に来たと見るべきかもね」
クロノの疑問にリンディが答える。二度目の戦いでも、クロノたちは撤退せざるを得なかった。
クロノたちが戦った相手は闇の書がらみではないようだ。彼らは一度としてベルカ式の魔術を使わなかった。現地の協力者なのだろう。
できれば、もう少し調査をしたいのが本音だが、学校があるなのはたちの手前、あまり長く滞在できない。
なのはたちにとっても、早くこの時空を離れた方が精神衛生上いいだろう。あれ以来、なのはとフェイトは毎晩、青龍と白虎に追いかけられる夢を見ているらしい。
アースラはヴォルケンリッターを追って、元の時空へと進路を取った。
エピローグ
それからしばらくして、闇の書事件は解決した。
闇の書は元の夜天の書へと戻り、はやての足も治った。
その過程で、はやては悲しい別れを経験したが、今はなのはとフェイトという新たな友を得て、幸せに暮らしている。
昌浩の占いに出ていた助けてくれる人たちとは、なのはたちのことだったのだ。まさか時空監理局と和解する日が来るとは予想もできなかった。
(お前の言う通りになったな、昌浩)
ヴィータは子犬の姿になったザフィーラと歩きながら、あの少年のことを思い出す。
事件が解決した後、あの世界での出来事を話したら、はやてが行きたいと言い出した。
何故か、なのはとフェイトは全力で断ったので、はやてと守護騎士だけであの世界に向かった。だが、大規模な時空震でも起きたのか、行くことはできなくなっていた。
でも、これでよかったのかもしれない。昌浩と彰子が仲良くしている姿を見ずに済んだのだから。昌浩の幸せを願っていても、これだけはどうしようもない。
一つだけ心残りなのは、また会おうという約束を果たせなかったことだ。
あの律儀な少年のことだから、きっといつまでもヴィータたちが現れるのを待っているだろう。
「ヴィータ」
ザフィーラが声を出す。
道の向こうから、一人の少年が走ってくる。その顔は昌浩に瓜二つだった。
「ま、」
思わず声をかけようとするが、少年はヴィータの横を走り抜けて行ってしまう。
(当り前か)
あの少年がここにいるわけがない。きっと他人の空似だろう。名前だって違うに決まっている。
「おーい、昌浩」
懐かしい声が、聞き慣れた名前を呼ぶ。
驚いて振り返ると、背の高い青年が少年を出迎えていた。
Tシャツにジーパンというラフな服装をしているのが、その顔は間違いなく紅蓮のものだった。
青年がこちらに気がつく。
「あ……」
青年は人差し指を口に当てると、そっと片目を閉じた。
ヴィータは、あの世界に着いたばかりの頃、交わした会話を思い出す。
あの世界はもしかしたら古い日本で、タイムスリップしたのかもれしれないと。その予想は正しかったのだ。
あの少年は昌浩の子孫なのだ。そして、十二神将は人ではない。紅蓮は千年の時を超えて生き続けているのだ。
紅蓮が後ろ手に手を振りながら去っていく。それを昌浩に似た少年が不思議そうに眺めている。
(いや、違う)
あれはきっと昌浩の生まれ変わりだ。たとえ前世の記憶はなくとも、また会おうという約束を果たしに来てくれたのだ。
瞳が涙に滲む。
「本当……律儀な奴だよ、お前は」
去りゆく二人の姿を、ヴィータはいつまでも見送っていた。
エピローグ2
ヴィータが帰ってその話をした翌日。シグナムは朝早く家を出た。
半日を費やして町を駆けまわり、ついに一軒の大きな屋敷を見つけた。その家の前にたたずむ夜色の外套をまとった男を。
シグナムは力強く呟いた。
「楽園よ。私は帰ってきた!」
投下終了です。
今は現代に転生した昌浩と、六課のメンバーたちの戦いを描くリリカル現代陰陽師、執筆中です。
今度はStrikerSの話がメインになるので、少年陰陽師を知らない人でももう少し楽しめるのではないかと。
あまり長く書けるほうではないですが、リリカル陰陽師よりはだいぶ長くなる予定です。
それではまたいずれお会いしましょう。
おつす
琥珀の夜の淫夢を観ながらΛ氏を待つ
【アッー!ルタイプ射精ルタの由来】
隕石に扮したバイドらが地球に追突
↓
「バイドを倒せ」「倒せば電子制御兵器の暴走は止まるんですね」などの
会話を経て出動に。
↓
R-13を選んだので、「黒い機体だなぁ」などと言われる
↓
ザコ敵がフォースに当たってドース値が溜まる。
↓
モリッツGにフォースをぶつけながら弱点に波動砲をぶつける。「気持ちいい!」と悶えながら爆破。
水の中に入りBGMを変化させる。このあと、R-13がフォースをつけ、バイドに前から
フォースシュート。「アッ、アッ、アッ、アッ!」と魚バイドは破壊されながら声をあげる。
↓
赤ちゃんも加わりラストダンスが始まる。ヤラれるばかりだったバイドが一転、攻勢に出て、
フォースを取り込んで精子を出し始める。R-13は小刻みに動きながら
避けて、ドース値が溜まってバイドコアにデルタ・ウェポン。
あとライトニング波動砲だったので異次元空間に取り残されたらしい。
作者でもないやつが自己主張してんじゃねぇ。
掘るぞ
Rとか知らないんで関連ss更新のときだけでお願いします
バイド自重しろっての
バイオメカノイドはまだ大人しいな
某サークルの同人ergから、主人公の肉塊(真エンド後)をVividの頃のミッドチルダに放り込んでみたら、どうなるだろうか?
とりあえず、紅絵は違和感なく紛れこめるな
>>135 そもそもググる先生に聞いても元ネタのゲーム情報すらないとかどういうことなの・・・
レトロゲーかあ・・・
今更だが
>>93の
> 聖王教会はこの現代への聖王復活を明らかにし、騎士団の戦力編成を行う。
> 管理局は選抜執務官たるエグゼキューターを擁し、次元世界大国の意向に縛られない機動戦力を立ち上げる。
何というか、地球人からしたら眉を顰めたくなるわな。
聖王の遺伝子を持ったクローンで、聖王じゃないし、
強力な戦力を保持したら、次は何を欲しがるか分かったもんじゃない。
>>140 その辺9話で触れられてたね
信者獲得に利用しようとしてるんじゃないかとか実在の人間だとは知らなかったとか14歳女子ハァハァとか
…ベネディクト16世がストライクアーツを駆使して無双する光景が浮かんだ
あの人が使うのはフォースだろう
容姿的に考えて
あの御仁にはフォース・ライトニングと赤いライトセーバーがよく似合う…
>フォース
4本のロッドが付いたオレンジ色の球体をお手玉する魔王…もとい法皇かw
>>144 コントロールロッドが何かの手違いで壊れたらその世界が終わりになりかねないw
ああ、死にはしないか 死ぬよりずっと酷い悪夢が続くだけで
今の…テクニック?
え?フォース違い?
まあこの作品ミッドチルダはアメリカ的性格の国として書かれてるから宗教が強いのだろ
次元破壊爆弾という名前だとどうしてもドラえもんのアレが脳裏にちらつく
久しぶりに登場いたします。
第二部の序盤がある程度出来てきましたので、近日中にUP致します。
キター!待っていたよ!
待ってました!!
トランスフォーム!!
お久しぶりです。
テスト週間にインターンシップと忙しく、更新が遅れました。
23時からマクロスなのは第28話を投下しますので、よろしくおねがいします。
時間になったので投下を開始します。
マクロスなのは第28話『撃墜』
「あら、来たのね」
スカリエッティにすら知らせていない隠れ家で潜伏していたグレイスが呟く。
彼女はその美貌に似合う凄みある笑みで微笑むと、隠れ家の回線から民間の回線をハック。刹那のうちに地球の衛星軌道上を回る通信衛星の一
つを自らの支配下に置くと、その更に高みに存在する静止衛星軌道上の、ある座標へとそのアンテナを向けさせた。
(*)
第1管理世界(時空管理局本部の置かれている世界) 太陽系第3惑星「地球」 静止衛星軌道上
かつてアルト達の乗ったVF-25がフォールドアウトした宙域に、再びフォールドゲートが開いた。
ゲートは向こう側から砲撃でもされたのか、爆風がゲートから吹き出す。そして静かになったかと思えば、おもむろに何かが出てきた。
赤いノーズコーンが確認できてから極めてゆっくり出てくる。しかし機首部分であるはずのそこは、次の瞬間には赤い咆哮をあげて逆噴射を行った。どうやら強力な逆推進スラスターを括り付けていたようだった。
そして4秒近くかけてようやく緑色のキャノピーをもつコックピットが、その姿を表し始めた。
(スラスター燃焼完了。廃棄(パージ)。減速率は94%で予定値をクリア。ISC大容量エネルギーキャパシタより電力を出力、該当の転換装甲に集中。
現在は機体構造維持率62%。なお低下中・・・・・・)
ようやくこちら側に来たVF-27のパイロット、ブレラ・スターンは、フレームから悲鳴をあげる己の機体に起きている事態に対処するために、全力で対
応する。
あちら側でフォールドゲートに突入した時間は機体全体で2秒に満たぬが、こちら側ではその時間は十数倍に引き伸ばされ、その時差が機体を
ゲート部分を断面として引き裂かんとしているのだ。
これに対処するために開発したディストーションシールドを、艦全体に張り巡らす改良を施さんとしているマクロスクォーターと違って、コックピットと
エンジンだけと最低限のそれしか装備しなかったVF-27はそのツケを払っていた。
機体の構造維持はその大部分を内部フレームと外装の転換装甲が担っているが、どちらも主機である反応エンジンの電力を供給してその強度を
高めている。しかしエンジン部との時差が十数倍となった機首には、通常の15分の1程度の出力しか到達しなかった。そのため機首にあるISCのコ
ンデンサから電力を出力し、無理やり構造維持を図っていたのだった。
もっとも当初から予想されていた事態だったこともあり、その対応は難しいものではなく、最初の対応から20秒ほど経った頃には主翼がその姿の
6割ほどをのぞかせていた。
すでに機体のこちら側の慣性は吸収し尽くし、両翼の反応エンジンとも通常コネクトを果たしてISCを全力運転。ゲート断面部から新たに現れる慣性
を打ち消し続けている。予定ではあと10秒ほどで機体全体が通常空間に復帰できるはずだった。
(アイツがここにいるかはともかく、ランカがいるのは間違いないな)
電子の目を通して近くにあった地球型惑星を見ると、惑星フロンティアのようにバジュラクイーンクラスのフォールドネットが惑星全体を覆い尽くして
いる。どうやらフォールドクォーツの資源に恵まれているようだ。それと同時にランカがそこで歌っていたであろう期間の長さが窺える。
しかしなにより今、惑星上の弓状列島から放たれる超強力なフォールド波に、機内のフォールドスピーカーが共振して伝わる生の歌こそが、彼女の
生存を声高にさえずっていた。
その歌声に安心していると、機体の受信機がいくつかのフォールド式トランスポンダ(IFF)を拾う。
どれもフロンティア船団籍。どうやら探し物以外にも思わぬ拾いものをしたらしい。
それら反応が集まる弓状列島へと電子の目を収束していると、彼女はやってきた。
『(久しぶりだな。ブレラ少佐)』
「オコナー大佐!?」
突然の声に思わずリアル(生身)の口がその叫びを放つ。
そして死んだはずの女が何時の間にか自らの電脳空間に侵入を果たしていることを認識するのに、25ミリ秒ほどの時間を要してしまう。その一瞬
でローテクな通信衛星からのハッキングという大きなハンデを背負っていた彼女は、情勢をひっくり返した。
電磁妨害などの機構を使う間もなく彼のシステムは瞬時に乗っ取られ、その自意識には何十ものシステムロックがかけられた。
その数秒後にはVF-27は通常空間に復帰したが、メインシステムであるパイロットはシステムの牢獄にとらわれたままだった。
人間らしさを失い無機質となってしまったかの翼は、アップデートされていたLAI製の最新アクティブ・ステルス・システムを駆使して、誰に観測され
る事なく現域から離脱した。
それから10分ほど経つと、残されていたフォールドゲートから赤く、長い針の様なものが生える。しかし針は時と共にその全長を伸ばして行き、最
終的には10メートルを超えた。
そして本体部分まで出現が始まると、本能からかフォールド波をばらまいて擬似的なディストーション・シールドを展開。時空差を捻じ曲げて赤い
物体が高速でゲートから飛び出した。
その赤い物体─────個体名称「アイくん」は、フォールドアウトと同時に不思議な感覚を味わっていた。
クイーンからのリンクが切れたから・・・ではないようだ。しかし自分達(バジュラ)にとってとても懐かしい気のする感覚だった。
アイくんはそれを『彼女(リトルクイーン)≠ェ歌っているからだ』と結論づけると、発信源である弓状列島の中心に進路をとった。
ちなみにこの時巡回任務についていた管理局のパトロール挺は、VF-27ではデフォルトのアクティブステルスシステムでゲートごと観測データを
書き換えられて気づかず、アイくんでは彼の発する生体電気シャミングによってシステムダウン。どちらにせよ、あまりに無力だった。
(*)
同時刻
空きビルの屋上には2人の人影があった。
「ディエチちゃん、ちゃんと見えてる?」
そうもう1人に問いかけたのは、メガネを掛けた少女だった。
しかし彼女こそ、海上のガジェット・ゴースト連合を幻術で強化している張本人だった。
彼女の魔法、インフューレントスキル(IS)「シルバーカーテン」は従来の幻術とは違い、魔力素の結合に頼らぬため、ランカの超AMFも効果がな
かった。
そしてディエチと呼ばれたもう1人の少女は、ある一点を見据えていた。
「うん、遮蔽物もないし空気も澄んでる。よく見えるよ」
彼女の瞳に内蔵されたスコープが、目標である管理局の大型輸送ヘリを捉える。
「でもいいのかクワットロ?撃っちゃって?あの子はただ歌ってる≠セけだよ」
ディエチの問いに、クワットロと呼ばれた幻術使いは微笑むと答える。
「ふふふ、ドクターとウーノ姉様曰く、あの子の歌がこのAMFの発生源なんですって。だから今後の計画のじゃまになるし、殺しちゃって≠セって」
まるで「今夜のおかずはハンバーグよ〜」というような軽い口調で物騒なセリフを吐くクワットロに、ディエチは
「ふーん」
と無感情に返した。
(*)
次々に出現する敵の増援に、サジタリウス小隊はランカが参入してからも20分以上付き合わされた。
そして今でも空域では空戦が続いている。
しかし弾薬の欠乏と疲労の蓄積したサジタリウス小隊は、フロンティア基地から緊急出動した部隊が到着した頃には、帰投せざるをえなくなっていた。
さくらのVF-11Gは今回狙撃任務オンリーだったため、最初に陸戦型ガジェットと格闘戦をやった時に作ったダメージ以外は無傷だ。しかし魔力砲撃
の度大出力を使うため、機載のMMリアクター(小型魔力炉)が悲鳴をあげていた。
その横を飛ぶ天城のVF-1Bはひどい有り様だった。さくらと違って直接戦闘の場面が多かった彼の機体は、エネルギー転換装甲なのに所々貫通
孔が残り、ガンポッドも紛失していた。また、左右のエンジン出力が安定しないのか何度か編隊を離脱しそうになっていた。
そして2機の前を飛ぶVF-25は飛行を続ける機動こそしっかりしているが、その純白の翼はVF-1Bに劣らぬほどの損傷を抱えていた。
それは最新鋭機に最高レベルのパイロットと言う、理想的な組み合わせでも、敵がしかるべき装備さえ配備すれば大打撃を被るという証明であった。
だがそれより、トルネードパックである両翼のブースターと上部の旋回レーザー砲がなくなっているのに、戦闘空域外ではデッドウエイトになる追加
装甲がそのまま残っている。
実はVF-25は度重なる被弾により、反応エンジンと機体本体のエネルギー転換装甲を繋ぐ配電システムが全て断絶し、その機能を完全に失っていた。
通常このまま飛行を続けると構造維持すら困難になり、最悪の場合空中分解という事すらある。
そのためアルトは機体を覆う追加装甲に電力を回し、無理やり構造維持を図っていた。
アルトは細心の注意を払いながら機体を操作する。
転換装甲のないバルキリーなど旧式のジェット戦闘機と同じだ。ミサイル1発、機関砲弾数発で大破する。
アルトは『昔の人は偉かったんだなぁ』としみじみ思った。
60年ほど前、彼らはこの状態で戦い合ったのだ。ほとんど場合でたった一撃で墜ちる≠謔、な戦闘機に乗って。
アルトは感慨に耽けりながら、そして機体を労わりながら、戦闘空域から離れていった。
(*)
ユダ・システムである彼≠ヘこの戦いにはゴーストとして参加していた。
彼は満足だった。ガジェットU型改のような急ごしらえの改修機でなく、元から限界ギリギリの高機動に耐えるよう設計されているこの
QF2200『ゴースト』という機体に乗り換えられたことに。
しかし前回とは致命的に違う事がある。実は前回の戦闘で被った被害は、ユダ自身にまで及んでおり、記憶喪失に近い状況にあった。
ほとんどはレストアして無事だったが、それでも忘れてしまった内容は、実戦経験を数値化して蓄えられたデータだ。このデータは彼自身の経験だ
けではなく、第25未確認世界の新・統合軍が統合戦争より脈々と練り上げてきた戦闘アルゴリズムが主である。
それを忘れたとあっては、人間に例えるなら戦場に出たばかりで知識しかない新兵のようなものだ。おかげで今回も無人機部隊を指揮していると言
うのに、その指揮と機動には以前と違って稚拙さが目立ってしまっていた。
彼は以前の最後の記憶でこちらを落としかけたVF-25を今度こそ落とすことを目標としていた。しかしVF-25には、こちらの単純な物量戦術や罠が
まったく通用しなかった。
また、そうこうするうちに友軍であるガジェットは謎の音波兵器≠ナ弱体化され、他の敵に集中するうちに手負い程度には追い詰めたVF-25も撤
退してしまった。
ここに至りあの機体はほんとに最精鋭であり、自分は新兵であると認識した彼は、奴を落とすため経験を積むことを最優先とした。
幸い敵にには事欠かなそうだ。フロンティア基地からスクランブルしてきたバルキリーが数多く飛翔している。
そこで彼は手始めに一番動きの鈍いVF-1A≠ニいう機種に狙いを絞ることにした。
VF-1Aはまだまだ経験の浅い2期生の乗る機体であり、比較的弱く映るのは当然の結論だった。もし本当に狙われたら航空隊にとって堪ったもの
ではない。
しかし弱点とは言え後進の指導は必須なのだから、航空隊の先輩たちは全力でそれらのフォローを行っている。そのためVF-1Aが全体に占める
割合は30%程度のもので、常に連携を維持していた。それに2期生達は「(先輩達の)ケツの匂いが嗅げる位置から離れるんじゃない」と教え込まれ
ている事から、その隙を突くことは中々に困難な事だった。
しかし万事がそうであるとは一概には言えなかった。
彼は不如意にも頭出した1機に狙いを着ける。
傍受した彼らの無線によると、ほぼ無力化されたガジェットをゴースト部隊から離して迂回侵攻させていたのだが、それを発見したらしいその機は
英雄的にも立ち塞ごうとしているようだ。
2期生と言えど毎度のスクランブル、そして数ヶ月前の演習空域での大規模空襲ですら持ちこたえて来たという自負を持っている。その事から多少
の慢心が生まれるのは必然だった。
しかし今回はその多少が命取りとなる。敵は今までと違って、曲がりなりにも戦術を持った敵なのだから。
彼は管制として高空を飛行していたが、近衛として周囲に展開するゴースト一個編隊におっとり刀でVF-1Aを追ってきた編隊機を押さえ込むよう厳
命すると、その1機にドックファイトを挑んだ。
それは高空から急降下した彼に上昇≠オて迎撃してきた。
彼の持つ知識によれば、それは全く持ってナンセンスな機動だった。
速度の乗ったこちら(ゴースト)に比べてエンジン出力とせっかく稼いだ運動エネルギーを持っていかれるあの機体(VF-1A)。勝敗は明らかなはずだ。
果たしてこちらの放つ新型弾頭「超高初速20mm対ESA(エネルギー・スイッチ・アーマー。エネルギー転換装甲)弾」が面白いように命中するのに
比べ、敵の弾丸はかすりもしない。
そして遂に転換装甲のキャパシティを超えたのか主翼やエンジンナセルがもげる。
数瞬の後、キャノピーが吹き飛び爆散した。
しかし操縦者はキャノピーが吹き飛ぶと同時に脱出し、EXギアで飛翔していた。どうやら判断力は一人前なようだ。
ユダ・システムである彼にとってこれはまだ撃墜とは認定せず、その砲口は当然のようにEXギアに向いた。
伸び行く曳光弾。しかしそれはかわされた。
(ほう、なかなかやるな・・・)
彼は初めてその敵を評価した。
元々フロンティア基地航空隊のパイロットは、全員空戦魔導士の出であり、2期生レベルだとまだ魔導士時代の戦闘スタイルを引きずっている者が
多数いた。
さきほどの機動もバルキリーではナンセンスな機動だが、魔導士としてなら実は問題ない機動だった。なぜなら彼らは浮遊魔法で重力を打ち消し、
水平飛行と同様の速度で、ある程度の高度までなら上昇できるからだ。
そして本来の身軽な体に戻った彼はなかなか善戦した。しかし、どんなに優秀でも所詮はBランクレベルのリンカーコア。リミッター付きとはいえ、
なのはやフェイトといった強者が手こずるゴーストにユダ・システムという彼には敵(かな)いようもなかった。
戦闘から十数秒、事態は動き出した。
突然敵の音波兵器が止まった≠フだ。
それによりガジェットが勢力を盛り返し、再び空域をAMFで満たした。
AMFによってその魔導士の飛行速度が遅くなる。
彼はガンポッドを照準すると、一斉射した。たった1発の20mm弾に被弾した彼は、一瞬にして全身バラバラになると、血飛沫を上げて落ちていった。
この時、初めて彼の中で撃墜数1がスコアボードに記録された。
(行ける!これなら行けるぞ!)
敵は音波兵器が止まって浮き足立っている。彼は勢力を盛り返した友軍と共に侵攻を再開した。
(*)
時系列は少し戻る。
ようやく横浜上空に到達したアルトは、懸案事項を思い出していた。
『敵の大軍に突入していったフォワードの4人は大丈夫だろうか?』と。
そこで通信機を操作し、六課のロングアーチに繋いだ。
『お疲れ様です。早乙女∴鼈ム。』
画面に映るアルト=B偶然自分と同じ名を持つ彼女とは、ファーストネームで呼び会う取り決めだった。
また、彼女とはある過去の境遇が同じで、なかなか馬があった。
その境遇とは、自身の性別の誤認だ。
上にも下にも男の兄弟しかいなかった彼女は、最近まで自らが男だと思い込んでいたという。
お笑い草にしかならないこの話題も両アルトにとっては切実なものであり、お互いのシンパシーは強かった。
「サンキュー、クラエッタ。・・・ところでフォワードの4人は大丈夫か?」
『はい。レリックを1つガジェットに確保されたらしいですが、もう1つは確保。途中、アグスタ攻防戦時にガジェットを操作したらしい召喚士一味と戦闘
になりましたが、ヴィータ副隊長とリイン曹長の援護で逮捕に成功しました』
それを聞いたアルトは六課の底力に素直に感心した。
援護があったとは言え、入局から半年の新人であるのにこの活躍。全く持って目を見張るものがあった。
『・・・・・・なんなら通信を繋ぎますが、どうしますか?』
そう聞くという事は向こうも暇なのだろう。アルトは
「そうしてくれ」
と頼んだ。
待っている間にも機外から歌声が聞こえてくる。
外部マイクは損傷で断絶しており、気密の高い機内には通常聞こえないはずだった。しかし破損が酷かった事と、ヘリがたった10メートル先を飛ん
でいる事は無関係ではないだろう。
ヘリの窓からは歌い続けるランカの姿が確認できた。
ランカの方もこちらに気づいたらしく、曲の見せ場であるキラッ☆≠こちらに向かってやってくれた。
頷きと共にすれ違い、目前の多目的ディスプレイに向き直ると、すでに通話状態だった。
『─────お、アルトか。私が居ない間に新人達が世話になったな』
ヴィータがグラーフアイゼンを肩に担ぎながら礼を言った。
「なんて事はない。・・・・・・ところで、召喚士は?」
アルトの問いにカメラの位置が横に移動し、リインと4人、そして見慣れぬ青い色の長い髪した女性を映す。彼女が陸士部隊から来た増援らしい。
しかしアルトの目はその召喚士に釘付けになっていた。
「子供?」
アルトはティーンエージャー(10代)にすら達していないであろう、その紫の髪をした少女に意表を突かれた。
『ああ。だが魔力光も魔力周波数もアグスタ攻防戦当時の記録に相違ない。・・・・・・なんだか子供をいじめてるみたいでいい気はしねぇが─────』
(お前が子供って言うな)
『─────少なくとも公務執行妨害、市街地での危険魔法使用についての現行犯逮捕だから間違いねぇ』
ヴィータは言うと、詰問している6人に呼びかける。
『どうだ? なんか喋ったか?』
ヴィータの問いにスバルが否定の仕草を返した。
しかし不意に、少女が口を開いた。
『・・・・・・逮捕もいいけど、大事なヘリは放って置いていいの?』
そのセリフに一同は凍りつく。
『なんだよ!爆弾でも仕掛けてあるのか!?』
ヴィータが詰め寄る。
しかし少女はその問いには答えず、無感情な目でヴィータを見やると言い放った。
『・・・・・・あなたはまた、守れないかもね』
そのセリフはアルトにはピンと来なかったが、ヴィータには効いたようだ。
彼女の顔が蒼白になる。
しかしアルトはこれ以上この通信を見る事ができなかった。
ロングアーチがこの通信をオーバーライドする最優先通信を繋いだからだ。
『こちらロングアーチ!そこから8時の方向、距離3キロの位置にオーバーSランククラスの魔力反応!砲撃です!』
「バカな!ここはランカの超AMF下だぞ!」
アルトは信じられない事態に、まず相手を確認する。
操縦者のその方向への振り返りに機体のセンサーが呼応して、発生地点がホロディスプレイを介して拡大される。そこには全長が2メートルほどの
大筒≠構えた人間の姿が映っていた。
大筒の先端では光の粒子が集束されており、何かはわからないが発砲体勢に入っていることは間違いない。
そしてその照準は間違いなく、ランカの乗ったヘリに向けられていた。物体を狙う場合は破壊設定であることは言うまでもないだろう。
また、オーバーSランククラスの砲撃ではヴァイスのヘリのPPBS(ピン・ポイント・バリア・システム)では紙くず同然である。
「メサイア!発砲までの予想時間は!?」
「6 seconds.(6秒)」
聞くと同時にアルトは機体を急旋回、スラストレバーを全開にまで上げてヘリまで戻る。
「ジャマだぁ!」
重い追加装甲がパージされ、多目的ディスプレイに『非常用構造維持エネルギー、限界まで60秒』という文字が躍る。
VF-25がガタガタ≠ニ軋みを上げ、自機の限界を主張する。
しかし機体だけでなく無線も悲鳴をあげた。
『アルト隊長!無理です!やめてください!』
さくらの叫び。しかし修羅となった彼は止まらなかった。
そして無慈悲にも発砲された(魔力)素粒子ビームに、その機体を曝した。
バトロイドに可変したVF-25は防弾シールドを両腕で保持してPPBSをフルドライブ!着弾したビームが四方に分散する。
しかしビームは減衰するが、止めるには至らなかった。
コックピット内で最後に彼が認識したのは、分子レベルにまで分解されゆく己の体だった。
(*)
ランカにはそれは極めてスローモーに映った。
ヴァイスのいるコックピットからロックオンアラートが聞こえた。
そちらを向こうとしたとき、視界の端につい先ほどすれ違ったはずのアルトのVF-25が映り、そちらに意識が向く。
「ビーム拡散弾、散布。PPBS最大出力!全速回避!!」
ヴァイスの叫びが聞こえると同時に、三半規管が床の傾きを感じ取る。
その刹那、正面に捉えていたVF-25から強烈な閃光が発せられ、視界が白く覆われた。
普段ならば、眩しさに思わず目を細めるはずのその光景。
しかしこの時だけはなぜか目を離さず、凝視し続けていた。
光から視界が開く。
最初に目に入ったのは、炎に包まれ四散する物体。
10秒にも満たないこの時間に凝縮された圧倒的な情報量。
それにより思考は完全に停止し、ボーッ≠チとその現場を眺める。
管理局の国籍表示マークをつけた魚のヒレのような主翼や、透明なキャノピー。その他白や赤に塗装された大量の部品が力なく落ちていく。
その光景に、自身の脳は一つの結論を導いた。
アルトが、死んだ
そんな。
少なくともイジェクト(緊急脱出)はなかった。
あり得ない。
着弾時に背中に移ってキャノピーを包むファイター形態後部ユニットはそのままだったのだから間違いない。
信じられない。
また、そこから魔力反応は感じられず、転送魔法を使った形跡はない。
嘘だ。
つまり。
そんなはずがない。
結論に。
なにかの。
間違いが、ない。
「い、や…いやああぁぁぁぁぁぁぁ!」
(*)
「畜生・・・・・・」
ビームの余波によって、PPBSがオーバーヒート。コックピットから小さな火の手が上がって、自動消化装置の液剤まみれになったヴァイスは、よく
伸びるソプラニーノの悲鳴を、つぶやきと共に聞いていた。
幸いにして敵はアルトの忘れ形見たる編隊機によって追走。もう攻撃される事はないはずだ。
しかし少女に植え付けたであろう精神的ショックは大きい。
「まだ何も言ってないよアルトくん!もう一度、もう一度『好きです』ってちゃんと言おうって思ってたのに!・・・・・・さっきの念話だって、私の事、本当
に大切に思ってくれてるって感じたもん!だからここまで頑張ったんだよ!さっきの歌だって、アルトくんのために歌ってたんだよ!?ねぇ、お願い
だから応えて!・・・・・・大丈夫だって言ってよ・・・・・・」
耐圧ガラスを叩いているのであろう鈍い音と共に、その悲痛な叫びが後頭部に届く。それは慟哭にとって変わられ、悲しみを振りまく。
このパイロットという畑に来てそれなりに長いヴァイスから見ても、アルトの生存は絶望的だった。イジェクトも、転送魔法も、シールド魔法の類も魔
力反応の残留すら感じない。
例えこの魔導世界であろうと、それらがなければ大破した機体から操縦者を守る術はない。
彼女を励ませるように何か声をかけてやりたかったが、何もその材料は存在しなかった。
しかし声をかける材料は意外と簡単に見つかった。それが良い事か悪い事かに関わらず。
無線から入荷したその材料に歯噛みし、彼女に唯一してあげられることは自ら直接伝えに行くことだけだと席を立った。
(*)
気づくとコックピットから出てきたのか、目の前にヴァイスの姿があった。どうやら自分はヘリの床に座り込み、膝を抱えて小さくなっていたようだ。
「・・・・・・すまん、こんな時にこんなこと頼みたくないんだが・・・・・・歌ってくれ。AMFが消えて勢力をぶり返したガジェットが押して来てる。もう戦闘空
域は三浦半島上空になっちまったらしい。頼む、これ以上犠牲者≠出さないためにも・・・・・・」
ヴァイスが頭を下げて頼んでくる。そんな彼の眼には、涙があった。
(・・・・・・あぁ、悲しいのは自分だけじゃないんだ)
自分にはやることがある。≠ニ自らにムチ打ったランカは立ち上がり、歌い始めた。
─────あなたの言葉をひとつください 「さよなら」じゃなくて・・・・・・
その歌声は聞く者に、知らず知らずのうちに涙を出させる旋律であった。
私はずっとそばにいた。微笑めば繋がっていたはずだった。六課のみんなと、全ての人がひとつに調和してたあの日々。
ずっとそばにいたかった。しかし、どんなに声に託しても、もうあなたまで届かない・・・・・・
蒼い 蒼い 蒼い旅路・・・・・・
―――――
以上、投下終了です。
ついにやってしまった。殺しちまった・・・・・・
これから主人公はだれになるのでしょうね。
ではまた次回に
乙
主役は一度は死にかけるのが嗜みらしい
乙っす。
まだMIAだから望みは…!
どうもおひさです
0時30分から投下します
きょうは久しぶりにミッドナイトのほうです
SERIES 10. Z will be back.A
土曜日の早朝、いつものように峠から戻ってきたスバルは、自宅の裏手にある工場に見慣れない車が入庫しているのを見つけた。
事故車だろうか、ボディはキャビンまでもひどく潰れ、一見してもう修復不能で解体待ちのようにも見える。
あるいはここから無事なパーツを取り外し、ばら売りするのだろうか。
白いボディの車だ。
現代の新しい乗用車ではありえないほどのロングノーズが目を引く。ドアヒンジからフロントタイヤまでの長さが、現代の車を見慣れた目には異様なほど長く映る。
その長いホイールベースのフロントフェンダーに、エンブレムが貼り付けられている。
流麗な筆記体で、“Fairlady Z”と書かれている。
ようやくスバルはこの車種を理解した。
型式名S30。世界中で最も売れたスポーツカーとして知られる、初代フェアレディZだ。
あらためて車体全体をみなおすと、これが単なる古い車ではないとわかってくる。
室内には太い鋼管によるロールケージが張り巡らされ、履いているタイヤは幅広のスポーツラジアルだ。
WRCカーでもここまでやるかと思うほどのボディ強化は、インプレッサという生粋のラリーベースを乗っているスバルでさえも思わず息をのんでしまうほどだった。
これだけの補強をしたボディでこれだけの損傷を負うクラッシュということは、いったい時速何キロで走っていたのだろう。
そして、それだけのスピードを出すのは、このS30のノーマルエンジンでは不可能だ。
いったいこの車のエンジンはどれだけのチューニングをされていたのだろうか。
しばらくスバルはS30の前に立ち尽くしていたが、やがて朝食ができたと呼ぶクイントの声ではっとわれに返り、何度か振り返りつつ家の中に入っていった。
東京外環自動車道を走る、一台の黒いポルシェがいた。
964型3.6ターボ、左右のリヤフェンダーに穿たれたインテークから、独立バンクのツインターボにチューンされているとわかる。
一般車の流れに乗り、静かに巡航している。
「それで、高町くんの具合はどんな感じなのかね」
サイドシートに座る男はぶっきらぼうに問いかけた。
夕方、ふらりと海鳴総合病院を訪れ、作業着の上に羽織ったよれよれの白衣といういつもの出で立ちのまま受付でリインを呼び出した。
受付のナースたちが、ある種おびえたように、何事かとリインを見送っていた。
「おとなしくリハビリをやっていますよ」
「お嬢さんと違って聞き分けがいいのかね」
「さあ、そこまでは」
あれからもう2ヶ月が経ち、東京はわずかな雪の季節を終えて寒さもやわらぎはじめている。
湾岸線での、大型トラックと衝突した大クラッシュでなのはは左脚と肋骨の複雑骨折という重傷を負い、海鳴総合病院に入院していた。
とりあえず骨はなんとか繋がりつつあるがまだ自力では歩けず、車椅子を使っている。この車椅子ははやてが小学生の頃に使っていたものを貸してくれていた。
なのはは未成年だったため、病院から実家と学校に連絡が伝わった。
両親と兄姉が来て見舞いをしていった。別の日に、学校の担任も来た。担任は、リインにとっては身内にあたるシャマルである。
リインがなのはと一緒に走っていたと聞き、シャマルはぐっと激情を堪えているようだった。
ヴィータがそばにいて、なのはにずっと付き添っていたからなんとか思いとどまれた。
それに対して、リインは何も言い訳できなかった。
自分だけならともかく、他人を車で死なせる、怪我させるなど絶対あってはならないことだ。
しばらくたって、所轄署の警察官が病院に来てなのはに話を聞いていた。
今回の事故ではなのはたちが暴走行為をしていたのはもちろんだが、トラック運転手の側も、車線をはみ出して他車の走行妨害をするという過失があったと判定された。
それとは別になのはは先日、はやてに付き添ってもらって事故を起こした相手の運送会社の事務所にも出向いていた。
トラックを運転していたドライバーはさすがに恐縮していた様子で、こっちこそ済まなかったとなのはに頭を下げていた。
他の同僚ドライバーたちが、まあ確かに最近ヤスさんの運転は目に余ってたよ、と雑談しているのが聞こえてきた。
運送会社としてもスピードリミッター付きでは顧客の要求する荷受け量をさばききれず、ドライバーの判断でリミッターを解除し無理な勤務時間での運転を黙認していた面もあり、警察から別に注意を受けていた。
運送会社のマネージャーも、お互い行政処分は受けるだろうし、うちのことは気にしないでくれ、と帰り際になのはに声を掛けてくれた。
ポルシェターボは湾岸での過激な走りが嘘の様に、流れに溶け込み、淡々と走っている。
「結構よく行くのかね、高速を遠出するのは」
「そうですね、時々ふらりと行きますヨ。夜勤明けで翌日が休みのときとか──東名や東北から、しばらく走って折り返したり、常磐からぐるりとつないで周ったりですね。
都内と違っていろんな車が走ってます、そういう車の流れの中に自分を置くのがいいんです」
「闇の書は散歩好きというわけだ」
「…………」
東北道との分岐点である川口ジャンクションを越え、高架は左へ大きく山なりにカーブしている。
「ところで、いきなり今夜呼び出されて走っていますが──ドコまでいきますか?このまま進むと関越道に乗りますが」
「ああ、関越に入ってそのまま群馬まで行ってくれ。ちと、高崎のある工場に用がある。君もきっと気になっていることだ」
高速に乗る前、リインとスカリエッティは八神家に寄り、はやてが持っていたZのスペアキーを借り出していた。
クラッシュの直後、Zから脱出したときなのははエンジンを切り、キーを抜いて持っていたのだ。
それはあたかもZは自分のものだと言っているようだった。
火事を消しとめ、なのはが病院に搬送され、車をどかそうとしたところで初めてキーが抜かれていることに道路公団の職員が気がついた。
車両撤去にはレッカーを使うのでとりあえずそのままにしていたが、病院で手術室に入ったとき、リインはなのはがずっと左手を握り締めていたのに気がついた。
手術用の麻酔をかけられても、左手はけしてはなさなかった。
ずっとZのキーを持っていたのだ。
スカリエッティはZの車両を群馬県高崎市のナカジマ鉄工所に持ち込んでいたが、キーがささっていないとゲンヤからの連絡を受けて再び赴くことにしたのだ。
なのはがこのマスターキーは絶対に肌身離さないと言い張ったので、仕方なくはやてが持っていたスペアキーを借りることにした。
なのはの事故って入院したという知らせを聞き、はやてとアリサ、ユーノは今度という今度こそは絶対になのはをZから降ろすと息巻いて海鳴総合病院に向かった。
まだ18歳、高校生である。こんな若さで、車で命を落とすなんてあんまりだ。
もうこんな危険な遊びはやめてくれ。
そう訴えようとしていたアリサたちだったが、病室でなのはと対面して、その瞳に気圧されてしまった。
なのはは、なおZを信じ続けていた。
目つきが変わって、人格までが変わってしまったようにはやては感じていた。
担当の医師と看護師たちに従って車椅子に乗り、少しずつ身体を動かす練習をしていて、ずっとおとなしくしているように見えた。
しかし、その表情はどこか、全てを悟りきったように底の見えない深みを持っていた。
Zを降りることは絶対にない、となのははユーノに言った。ユーノは何も言い返せなかった。
アリサが食って掛かったが、なのはは応じて感情を高ぶらせることなく、冷静に、あれは私の車だから、とだけ答えた。
「頑固な奴だね高町くんも。まあ、私としてはあのZを乗り続ける意志があるのは大いに結構だ」
「──修復、しているんですね」
リインはかすかにステアリングを握る力を強める。
「君はどうだ?」
「なにがです」
「高町くんはおそらくまたZに乗るだろう。だが私がZを直すのはあくまでも私の意志だ。あれは私の分身のようなものだ」
「──きっと、彼女も同じように思っているでしょうね」
「どうだかね。そんな心構えでは今回生き延びてもいずれそう遠くないうちに死ぬだろう」
車を作る人間と、車を乗る人間。
同じ走り屋であっても、その立ち位置、車に対する感情は微妙にベクトルが違ってくる。
スカリエッティにしてみれば、高町なのはも、Zに命を喰われていった多くの走り屋たちと所詮は変わらなかったのか、それともあのZに本当に向き合える乗り手だったのか、というのは興味を持つことだ。
ああ、自分も見透かされている──と、リインは気づいていた。
今回、高崎まで行くのにわざわざスカリエッティが自分を呼んだ理由。
Zがクラッシュし、悪魔のZが首都高から姿を消して以降、ブラックバードの走りにどこか翳りが見える。
そんな街の走り屋たちのうわさをどこからか聞きつけた。
自分が本当に望んでいるのは、あのZを葬り去ることではない──
その気持ちに、今さらながらに気づかされたと、リインは思っていた。
夜が更け、ポルシェターボがナカジマ鉄工所の敷地に乗り入れてきたとき、道路端に青いインプレッサと数台のスポーツカーが止まっているのが見えた。
ゲンヤは玄関先に出てきて待っており、スカリエッティを作業場に案内した。
インプレッサを中心にした数台のドライバーは若い少女たちで、ポルシェから降りてくるスカリエッティたちを遠巻きに眺めている。
「ほう、もうパネルを張り終えたのかね。さすがに仕事が早いね」
タイヤとエンジンを外し、ウマに載せられたZはフレーム修正機で各部の寸法を出しなおし、ダメージを受けたサブフレームを繋ぎ換え、新たに作り直した外装パネルを架装してボディを完成させていた。
あとはサスペンションメンバーを取り付け、エンジンを載せれば走り出せる状態である。
ゲンヤはちらりと外のインプレッサを見やって、それからリインとスカリエッティを順番に、やや憔悴したように目線を上げた。
「ま……仕事が終わって飯の後、ヒマを見つけてコツコツやった程度です」
「いやいや、いい仕事だよ。新車以上の仕上がりだ」
「スカさん、今回の件、カネは取ってるんですか?私に払った工賃も全部スカさんの持ち出しじゃないですか」
スカリエッティはリインから見えない角度で、にやりと唇の端を吊り上げた。
「これは私の、いわば自己満足だからね。幸いにして、それに付き合ってくれる人間がいる、それだけだ。
私はキチンと仕事としてアンタにボディ修復を依頼した、それだけさ」
「私はかまいませんが、スカさんはいいんですか。今日もあんたが来るって言うんで、なんとか言いくるめてチンクたちを出かけさせたんですよ」
「後悔はしていない。少なくとも今はね」
「今は──このZに乗ってる人間は、そこまであんたを」
「ま、私も昔とは違う。私なりに考えてはいるよ、食っていくための仕事と自分の趣味はしっかり区別しているさ」
「惜しいと思ってるんですよ、あんたほどの職人が、こうやって燻っているのは」
群馬と東京という離れた土地ながら、ゲンヤとスカリエッティは奇妙な因縁のあるチューナー同士だった。
片や峠のワインディング、片や高速道路のキャノンボール。一見走る人間も被らないように思えたが、たとえば各地のディーラーを転勤していくベテラン整備工などから、人づてにスカリエッティのうわさは群馬にも聞こえていた。
確かにスカリエッティの身の振りは人間としてとてもではないがほめられたものではない。
車にのめりこみ、チューナーとして暴走族たちの車をつくり、その結果として大勢の人間を死なせた。店を持ったこともあったが成功せず、借金ばかりがかさみ、家族にも逃げられた。
それでも、その技術だけは確かだった。
それだけで求められる人間がいる、それだけで求めるに値すると考える人間がいる。
ブラックバード、そして悪魔のZ。
そんな人間たちがいる限り、彼ら、首都高の悪魔たちは永遠に死なない。
リインはじっと、Zの姿を見つめている。
あの夜、もう助からないと思った。はやての前から自分が消えてしまうことを覚悟した。
しかし、Zは自分を救ってくれた。トラックを避けられない進路にいたポルシェターボを、テスタやスープラをかばうように先頭から左へノーズをねじ込み、自らを犠牲にしてリインたちを救った。
Zは、自分の身代わりに死んでしまうのだと思った。炎上するZは、もはや火を消し止めても修理など出来ないだろうと思った。高速道路で、時速200キロ以上での事故を起こせば、車両は警察が差し押さえる。そして処分されてしまうだろう。
それでも、どういうルートでか、スカリエッティはこの悪魔のZを地獄の淵から引き上げてきた。
もう、終わりにしよう──そんな感傷を許さないように、白い悪魔はリインをにらみつけている。
こいつが生きている限り、自分はまだ、走り続けることが出来る。
走る。Zが生きている限り、ブラックバードも生き続ける。萎えかけていた心が、燃え上がりつつある。
今日はここまでですー
ちょうど原作3巻のクラッシュに撃墜事件と空港火災イベントを合わせた感じですねー
たとえもうまっすぐ走れなくても僕はこのZを直したいんです・・・とか
アキオくんもあのクラッシュを境に何かが変わったような感じでしたね
EXECUTOR16話ももうすぐかきあがるので近日中にはですー
ではー
>169さん投下乙です。
さて、皆さんお久しぶりです。と言ってもこの前マクロスなのはを落としましたが・・・・・
ともかく、今回短いですがドラなのの第7章が書けたので、23時から投下しようと思います。
よろしくです〜
では時間になったので投下を始めます
ドラなの 第7章 夜天歴程
日付がかわって翌日早朝。
八神家含めてなのはやフェイト達はアースラに残って一夜を明かし、朝食を取っていた。
しかし余りの興奮によって徹夜してしまった人物が、その興奮も醒め止まぬ様子で食堂に乗り込んできた。
「みんなわかったよ!歴程の場所!」
トロンと寝ぼけた目をしていた皆の瞳に生気が宿る。
「さっすがユーノくん!」
なのはの感嘆に続き、抹茶にリンディから差し出された砂糖を危うく入れそうになっていたはやてが、我に返って尋ねる。
「そ、それで場所はどこなんや?」
「第12管理世界の北極!でもナルニアデスは力のある者が手に入れるのを防ぐために、リンカーコア保有者と夜天の魔導書の魔力の残留が少し
でもある者を弾く結界を張っているみたいなんだ」
それにクロノは
「非魔力資質保有者は乗員の中に何名かいる。彼ら取りに行ってもらおう」
と展望を明るくした。
「後は夜天の魔導書さえあれば!」
「今度こそ破壊できますね!」
シグナムとシャマルも遂に魔導書の呪縛から逃れられると口調が浮き、ヴィータもガッツポーズ。そこへさらに明るい情報をエイミィが暴露する。
「実はもう魔導書の方にも手を回したんだよね〜クロノくん」
「え?本当なの!お兄ちゃん!?」
すっかり妹が板に着いたフェイトはこのメンツではもはや言い直さない。しかしクロノにはその名称で呼ばれることに少々感じ入る所があるようだ。照
れ隠しのためかホロディスプレイ越しに返事する。
「・・・・・・ああ。解読が思った以上に早そうだったから本部に話をつけたんだ。今から12時間後には護衛艦隊の1個艦隊が魔導書を持ってこちらへ
来るはずだ」
クロノはホロディスプレイに掌をかざすと、おもむろに壁に向かって勢いよく押し出した。ディスプレイは壁に衝突すると、壁にべちゃっと貼り付いたよ
うな勢いで縦横共に5〜6倍ほどに伸びてシアターのような大型のホロディスプレイとなっていた。
そこには管理局の命令書が映し出されていた。内容は歴程の場所が判明しだい確保して艦隊と合流。即座に魔導書を破壊せよ。というものだった。
「ほう・・・・・・管理局にしては手際がいいな」
「ああ、ちょっとしたコネを使ったからな」
クロノはそう言うと、わかった風に静かに砂糖入りの抹茶をすする上官に視線を投げた。
「エイミィ、こちらに向かっている第3艦隊に歴程の場所の旨、報告を頼む。・・・・・・それでは本艦はこれより第12管理世界に進路取るが、なのは達
はどうする?」
「もちろん行くよ!」
「ここまで来て置いて行くなんて言ったら怒るからね」
2人ともそれを聞かれただけで不服なようだ。頬を膨らませて拒否のモードに入った。
「そうか、来てくれるなら心強い。君たちのような戦力は貴重だからね」
クロノは我が意を得たように頷くと、出航のために食堂から出て行った。
しかし彼らはそれから1時間もしないうちに予想外の事態に遭遇することとなった。
(*)
「本艦左舷方向に大艦隊。・・・・・・IFF(敵味方識別信号)に応答、次元航行部隊護衛艦隊所属、第3艦隊です」
次元振動レーダー(ソナー)を睨んでいた要員が報告し、通信士が通信を試みようと亜空間通信回線を開いて呼びかける。
「こちら次元航行部隊機動課、機動三課のL級巡察艦「アースラ」。第3艦隊、応答願います」
『こちら護衛艦隊第三艦隊旗艦『クレイトス』。夜天の魔導書を護送してきた。本艦隊はポイント2367、マーク8749にてランデブー予定。
ディスト―ション・シールド周波数は156THz(テラヘルツ)。数値を合わせて次元統合に備えよ』
「了解。ランデブーポイントとシールド周波数を復唱します。ポイント2367、マーク8749―――――」
「思ったより早かったね」
通信を横目にしながら聞いていると、近くに持ち場を持つエイミィが呟く。
「ああ、これなら明日、なのは達の学校を休ませなくてもすみそうだな」
「クロノくんのお兄ちゃんっぷりをもう見れなくなるのかぁ〜。せっかくかわいかったのに」
「おいエイミィ・・・・・・!」
「その様子だとまだ艦長席の引き出しの中身、フェイトちゃんにばれてないみたいだね〜」
「いや、あれは誤解だ!ただの・・・・・・そう、家族写真なんだよ」
「ふ〜ん〜」
そんな会話が続く内にもレーダーに表示される艦隊が並走するように近づいてきて、お互いが展開するディスト―ション・シールドの位相空間が接
触する。
次元空間は真空の宇宙空間とは一線を隔す。もっとも近い例をあげれば水中のようなものだ。周囲は重量子による高次元の圧力がかかっており、
その中に3次元の物体が取り残されるとその圧力に耐えられず瞬時に圧壊、アースラなら分子レベルの塊に成り果てる。
そこで小さな3次元空間を泡にように周囲に展開する機構がディスト―ション・シールド(時空歪曲場)であり、次元航行の要だ。
次元空間に浮かぶ各次元世界を超自然的に維持しているのと同じこの仕組みから、お互いのディスト―ション・シールドの周波数を同調させて統
合する「次元統合」という作業は俗に「互いの宇宙をつなげる行為」とも呼ばれていた。
「3、2、1、次元統合!」
瞬間的にアースラを包んでいた四方数百メートル程にしか過ぎなかった宇宙が、艦隊の展開するディスト―ション・シールドによって一気に広がり、
視界が開ける。目前にには整然と護送隊形を組む第3艦隊の雄姿があった。しかし安心するのもつかの間、部下の一人が異常を報告する。
「え?魔導砲の照準警報!?か、艦長!本艦は友軍艦多数よりアルカンシェルを照準されています!」
「な、何!?我々は浸食されたわけではないぞ!」
脳裏を過るは闇の書に汚染、浸食されて自沈処理させられた父の船。奇しくも同じL級巡察艦の3番艦だったが、あれから時を経て56番艦となった
今ではその対策は万全だ。
それどころか魔導書を護送してきたのは艦隊で、こちらが照準されるいわれはないはず。しかし考えてみればまったく身に覚えが無いわけではな
かった。
「(八神はやてか・・・・・・)」
事件の中心人物にして、現夜天の魔導書の管理者権限保有者。
仮に今回の騒動が彼女と守護騎士達の自作自演の場合、管理局が引き離した魔導書との接触を容易に果たすことが可能となる。
もちろん魔導書の破壊方法発見は事件とは全く別のアプローチをしたユーノ・スクライアの手柄であることもあるし、はやて達と親しくなった自分達
にはそんなことが天地がひっくり返ろうがありえないことが明白である。
だが報告書を読むだけの上層部には、あまりにうまく進んだ事態に注視してそんな現場の声を無視したようだ。
そんな自分の読みを肯定するように、静まり返ったアースラのブリッジに通信回線が開いた。
『クロノ・ハラオウン艦長、私は本艦隊司令のコンラッドだ。手荒い方法ですまないが、八神はやてと守護騎士達をただちに拘束。一時的に軟禁して
もらいたい』
「もし断ったら―――――」
『君はこの要請を断ることは許されない。それは君も分かっているはず』
目配せする彼の視線の先には、鍵が刺さって真っ赤になったファイアリングロックシステム(火器発射管制装置)があった。
それの意味することはアルカンシェル、もしくはそれに準ずる魔導砲が即時発射可能な状態で待機されているということだった。
「しかし今後八神はやて達の処遇はどうなるのでしょうか?」
『安心しろ。本作戦が何事もなく成功すれば1年の次元渡航禁止あたりで決着できるはずだ』
「了解しました」
『うむ』
閉じられる通信回線。しかしクロノは拘束に関するアクションを起こす様子は見られなかった。
「いいの?」
「我々は"アースラ艦内に"はやて達を軟禁しているんだ。依存はあるか?」
「ああ〜ないない!オールジャスト完璧!」
「よろしい。第3艦隊に打電。第12管理外世界への道中、護送を頼むと―――――」
しかしそのクロノの指示が実行させることはなかった。
「艦長!後方より戦艦クラスの次元移動物!IFF反応なし!まっすぐこちらへと向かってきます!」
「第3艦隊、対象に対して迎撃陣形に移行中」
レーダーの中で旗艦を中心に輪形陣を取っていた艦隊が転舵していき、旗艦とこのアースラを守る壁のように展開していく。
「全艦戦闘配置!武装隊、なのは達もエアロックから出撃。艦の周囲に展開して警戒にあたれ!」
第3艦隊は宇宙空間から次元空間に入ったらしく、ディスト―ション・シールドの内部空間に空気はない。しかしバリアジャケットが宇宙服の役目を
果たせるし、魔法を使うのに必要な魔力素も艦の推進排気で出てくるので、魔導士たちは艦の外に出て戦闘するのが常道だった。
「次元統合まで3,2,1!」
ディスト―ション・シールドの位相空間に小さな穴が空き、何か出てくる!と思った瞬間には画面がブラックアウトしていた。それどころか照明がす
べて消え、光源が真っ赤な非常灯のみとなっていた。
「どうした!?」
「わかりません!突然メインシステムがダウンして・・・・・・チーフ、また新人のミスなの!?」
「違う、瞬間魔力サージだ!闇の書以来『コンピュータを壊されるより前に一旦落とすようにしろ』と言ったのはお前らだろ!?大方センサーが設定
値以上のサージを探知したんだろうよ。待ってろ、今ブレーカーを上げてやる!・・・・・・よし!」
暗い赤色灯の中、技術班のチーフ(主任)がコンソールパネルに潜って電源を落とした遮断機をリセット。おかげで航法、通信、センサー系統が復
旧し、明るい照明も戻る。しかし事態は明るくなっていなかった。
「なんだこれは・・・・・・?」
回復した画面には、謎の巨大触手群と第3艦隊前衛部隊の戦闘が映っていた。
触手は各艦の真下に展開された魔法陣から出てきている物で、展開する魔導士達もそれが艦に取りつくのを防ぐので精一杯。すでに取りつかれた
艦は完全に航行不能となっているようだった。
その中を悠々と直進してくる艦。それこそこの事態の元凶だった。しかし船というにはその外観は生物的で、圧倒的な禍々しさを湛えていた。
『ピー!』という着信とともに通信が開く。アースラの直掩についているなのはからだった。
『クロノくん!はやくなんとかしてよ!』
真下を映す画面には他艦と同様の魔法陣が展開されており、武装隊となのはの砲撃が、フェイトのザンバーが触手を近づけまいと一進一退の攻
防を繰り広げていた。
おかげで現状ではまだ取り付かれるには至っておらず、航行は可能なようだ。
「『クレイトス』は!?」
「すでに艦の8割が取りこまれています。・・・・・・は!?クレイトスより入電!『魔導書は貴艦に転送済み。貴艦の任務の成功を祈る』以上です」
直後画面の中のクレイトスが、非常用反動推進エンジン(化学ロケット)の火を噴かせて向かってくる敵艦へと進路を取った。
「く・・・・・・操舵主、シールド周波数を変更しろ!」
「しかしそれでは艦隊の空間から弾き出されてしまいます!」
「構わんからやれ!」
「了解!」
歪みゆく艦外の視界。そのなかでクレイトスはあの船と共に光になっていった。
(*)
15分後 第97管理外世界 野比家
はやてやなのはといった同級生が欠席していた学校から帰宅したのび太は、件の如く隠していた零点の答案をママに発見され、勉強机にて教科書
を使って行う望まぬ労働を強いられていた。
「強いられているんだ!!」
「な、なに!?」
のび太の突然の叫びに、マンガを読みながら勉強の監視をしていたドラえもんが文字通り飛び上がって驚く。
「いや、なんでもないんだけどさ・・・・・・」
のび太は握っていた鉛筆を鼻と口の間に挟むと、両肘をついて腕で頭を支えて続ける。
「はやてちゃん達、大丈夫かなって」
「ああ。多分だけど、時空管理局が介入してくれるなら大丈夫だと思うよ」
「どうして?」
椅子を引いて向き直って聞くのび太に、ドラえもんは平然と答える。
「だって時空管理局は僕の時代でも有名でね、実はタイーーーーー」
直後、のび太がなんの前触れもなくドラえもんに向かって射出された。
なにが起きたかと言われれば、机の引き出しが物凄い勢いで開けられ、その前にあったのび太のイスが押されたというもの。のび太がイスを引くの
があと少し遅ければ半端でないボディブローを食らっていたはずだったが、彼にそれを幸運に思う暇はなかった。
「痛い痛いいたぁーい・・・・・・」
ドラえもんと正面衝突して、痛みで半ば涙声になったのび太は、自身の頭を抑えながら机を振り返る。そこには本来いるはずのない人物が不安そ
うに周りを見回していた。
「はやて・・・・・・ちゃん?」
「あ、のび太くん、ドラちゃん!お願いや!みんなを助けて!!」
突然の状況にのび太達は頭をひねることしかできなかった。
―――――
以上投下終了。
今度こそ本当にストックが切れたので、多分結構時間がかかりますが、なんとか頑張ろうと思うので、よろしくお願いします。
おっつ
>>177 お疲れさまでした。
自分も話のストックが中々たまらなくいのでよく分かります。
めげずに頑張って下さい。
さて、自分の方も、本日24:00よりUPしたいと思います。
投下乙です
ではお待たせいたしました。
これより投下を開始いたします。
魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS 第二部
―――1
第17無人世界にある惑星ホスは、鉄とニッケルから成る核の部分以外は総て氷で出来ている不毛の世界である。
表面は猛烈なブリザードが常に吹き荒れていて、例えしっかりした防寒装備を身にまとっていようとも、数時間も
経てば氷のオブジェと化してしまう。
広域次元犯罪者の刑務所がここに作られたのも、その苛酷な環境が脱走を防ぐのにうってつけだったからである。
収容されているのはジェイル・スカリエッティ以下JS事件の主犯全員で、惑星の核の中に作られた監房区画に
隔離されている。
外部との接点は、表面にある居住・運営区画からエレベーターを通じて毎日決まった時間に送られる食事のみであり、
侵入・脱獄共にほぼ不可能という点において、まさに理想的な重罪犯の刑務所と言えた。
猛烈な風と共に横殴りに吹き付ける雪で日中も薄暗い空を切り裂いて、隕石が一つ落ちてきた。
激突時の物凄い爆発音はブリザードの轟音に掻き消され、立ち上った煙も雪と風によってたちまちの内に吹き散らされる。
雪が積もり始めたクレーターの底では、隕石が例のゴガガギギという音と共に変形を始めた。
第97管理外世界ではジャガーまたはピューマと呼ばれる、獰猛な猫科の大型捕食生物へと姿を変える。
違いは全身金属製である事と、一つ目で腰の上に機関銃付きのミサイルランチャーが付いている事だ。
“デストロン軍団諜報破壊兵ジャガー”は、身体を揺すってこびりついた氷を払い落とすと、強力な肢を振るって一気に
クレーターを駆け上がって行った。
“ピッ”
警告音と共にオペレーターの眼前にある空間モニターに、“隕石が衝突”というデータが表示された。
近くに小惑星帯があるホスでは、隕石の落下は日常茶飯事で気にする者など誰もいない。
この時も、焦点の見当たらない眼に骸骨そのもののような顔立ちをしたオペレーターが、うんざりした様に
首を横に振っただけだった。
「おかしいな…」
オペレーターはそう呟きながら表示を消すと、天井を仰ぎながら背伸びをする。
「近くの基地と連絡はまだ付かないか?」
ライオンの頭に四枚の鳥の翼を背に生えている士官からの問い掛けに、オペレーターは姿勢を正してから
振り向いて答える。
「はい。更に付け加えるなら、軍用通信はおろか民間用のネットワークも使用不能になっております」
「確かにおかしいな…」
士官もそう呟くと、腕を組んで考え込む。
「警戒レベルを引き上げますか?」
オペレーターの言葉に、士官は渡りに船とばかりに頷いて言う。
「うむ、そうだな。
所長とちょっと話し合ってみよう」
普通の生物なら足を取られる深い雪の中を、滑って転びそうな氷河の上を、ジャガーは強力な肢と岩をも砕く鋭い爪
でもって難無く駆け抜ける。
障害物はミサイルポッドの上にあるレーダーで探知するので、行く手を妨げるものは何もない。
やがてジャガーの眼前に、ブリザードを除ける為に深く丸く掘り下げられた窪地が見えてきた。
窪地の縁に立つと、ジャガーはゆっくりと縁を廻りながら、光学・赤外線・紫外線などの映像やレーダーで下の状況を
詳しく調べ上げる。
窪地の中心には、イヌイットのイグルーと同じドーム型の造りをした刑務所への入口がある。
その周囲には重さを検知できる感圧センサーがびっしりと張り巡らされ、更には建物の頂上部分にはレーダーが設置
されていて気付かれずに侵入する事は不可能となっている。
ジャガーの口から、小さな昆虫型ロボットが一匹出て来た。
それは“インセクトロン”と呼ばれる、諜報と偵察を主任務とする超小型トランスフォーマーである。
あまりに小さいくてレーダーにまったく映らないこのメカイノイドは、悠々と空を飛んでレーダーサイトの基部に取り付く。
インセクトロンは基部の上を動き回ってレーダーの制御基盤と繋がっているケーブルを見つけると、そこに口吻を突き
刺してレーダーの中枢システムと直結する。
“案内人”から得たデータを基にシステムを解析すると、インセクトロンは偽のレーダー情報を流し始めた。
レーダーが無効化された旨を伝えられたジャガーは、縁から少し下がって距離を取ると、助走を付けて建物の屋根まで
一気にジャンプした。
レーダーサイトの隣にある通気孔のカバーとフィルターを前肢で破壊すると、口を大きく開いて屈み込む。
すると口の中から大量のインセクトロンが湧き出し、滝の如くダクトの中へと流れ込んで行く。
インセクトロンの大群は床に落ちる前に羽根を広げて飛び立ち、音を立てる事なくダクト内を探索する。
分岐に差し掛かれば二手に分かれ、通風口があれば二〜三匹が降り立って外の様子を偵察する。
この数にものを言わせた人海戦術(?)で、たちまちのうちに刑務所内部の構造――職員の居住区画、指揮統制を行う
中央管制室、監房区画へ通じるエレベーターといった重要施設の場所――が白日の下に曝される。
ジャガーの口の中から、今度は十数体の掌サイズの小型ロボットたちが飛び出し、通気孔へと飛び込む。
彼等は“リアルギア”という名の、破壊活動や暗殺などの潜入工作を主任務とする特殊部隊であった。
リアルギア達はダクト内へ降りると、二体はエレベーターの方へ、残りは中央管制室へと二手に分かれて向かった。
刑務所内は一切の装飾が排除された実用性一点張りの造りで、勤務する人間にとっては非常に退屈な場所
である。
「くそっ。トンタークの軌道ステーションで酒と女が待ってるってのに突然警戒レベルを引き上げやがって…。
上は何考えてやがんだ?」
偃月刀型のデバイスを持った、彫りの深い顔立ちのアラビア系と思しき魔導師が、休暇を邪魔されたグチを
デバイスにこぼしながら、殺風景な廊下を巡回していた。。
「私に言われても困ります」
デバイスの方はそんな様子の主に対して冷静に答えを返して来る。
「そんなこと言うなよ、お前と俺の仲じゃないか〜」
「いつから私たちはその様な関係に? マスターは変態ですか?
それよりとっとと任務に戻ってください」
泣き落しを受け流された上にどん底に叩き落とされた魔導師は、肩をがっくりと落としながら角を曲がって姿を消す。
それと同時に、天井の通風口からインセクトロンが湯船から溢れ出すお湯の如く、大量に湧き出始めた。
インセクトロン達は天井全体へ絨毯のように拡がると、軍隊蟻を彷彿とさせる動きで、いくつかの場所に集まって
団子を形成する。
団子は次第に大きくなり、それぞれが合体を始めて一つの大きな物体を形成する。
やがて物体は複数の鎌を持つ、一つ目のカマキリのような化け物へと姿を変えた。
“リードマン”という名前を持つそれは、光学迷彩を展開して周囲の景色に溶け込む。
しばらくして別の魔導師が二名巡回にやってきたが、天井で息を潜めるリードマンにまったく気付かなかった。
とりあえず、今回はここまでです。
自分で思ったよりも短い感じなのが申し訳ないです。
最期までめげずに書いて行きますので、よろしくお願いいたします。
今回のオリキャラ元ネタ。
●焦点の見当たらない眼に骸骨そのもののような顔立ちをしたオペレーター エイリアン: 「ゼイリブ(1988年 アメリカ)」
●ライオンの頭に四枚の鳥の翼を背に生えている士官 パズズ:「エクソシスト(1973年 アメリカ)」
どうもこんばんわ
EXECUTOR16話を24時より投下いたします
34レスを予定しています
■ 16
周波数帯域を調整された特殊なLEDランプが、フロアを冷たく照らしている。
可視光線以外の電磁波をほとんど出さず、紫外線で肌を焼かれることも、赤外線で熱せられることもない。純粋な可視光線の明るさは、とても冷たい光だ。
時空管理局本局技術部では、巨大戦艦インフィニティ・インフェルノから回収されたバイオメカノイド、グレイの生体分析を行っていた。
スバル・ナカジマ、ノーヴェ・ナカジマの戦闘機人2名も、インフェルノ内部での戦闘で磨耗した機人パーツの点検のために技術部に滞在していた。
クラナガン宇宙港での緒戦で片脚を失ったスバル、またその生理特性から機械パーツの消耗が激しかったノーヴェはインフェルノ内部での戦闘でもかなりのダメージを蓄積しており、精密検査が必要と診断された。
シャーリーとシャマルが製作した装着型マッハキャリバーも、急ごしらえのシャーシが応力集中を受けていないかなどを調べる必要がある。実際に義足を着けての格闘戦となると通常の想定を遥かに超える荷重が掛かることが考えられるため、これへの対処も必要だ。
ノーヴェに関しては、査察部との検討の結果、スカリエッティの手により再び肉体強化措置がとられることになった。
しかしそれは今後、ノーヴェが一般市民としての生活に──少なくとも年単位で──戻れなくなることを意味する。
戦闘機人技術の開発当初には、もちろん改造施術を受ける者が日常生活に支障をきたさないようにすることが前提とされたが、この限界を超えて肉体改造を行い、兵器としてのみ稼動する人間というプランも考案はされている。
さすがに倫理的な問題から実現はしなかったが、その発想は姿を変えてSPTに受け継がれたといってもいい。
人間が着る“装甲服”のイメージとしてSPTは作られたが、それを小型化して体内に埋め込んだものが、そもそもの戦闘機人の概略だ。
体内に機械を埋め込むことは拒絶反応などの問題もあり技術的ハードルが大きいが、機械仕掛けの服を着るだけならばそのハードルははるかに低くなる。
戦闘機人の体内にある機械部品を体外に出して大型化し人間を包み込めるようにしたのがSPTというものだ。
スカリエッティは聖王のゆりかご内部に残されていたいくつかのプラントを分析した結果、これらが生体融合機械を製造する機能を持っていることを突き止めた。
古代ベルカ時代、聖王家が行っていた肉体強化およびクローン技術とは、すなわち生体融合機械を作成することである。
このプラントを使用すると、高エネルギー魔力結晶であるレリックを動力とした人体を作成することが出来る。このとき、レリックは人体と直接融合する。
レリックの組成としては通常の魔力結晶と同じように、魔力素の粒子寿命が特に長い(数百ナノ秒オーダー)ケイ酸塩鉱物であるが、これがケイ素と炭素を相互に交換する。
魔力結晶とは魔力素を溜め込むことのできる結晶分子である。通常の魔力素は大気中での粒子寿命は数ナノ秒程度、真空中では数十ピコ秒と非常に寿命の短い粒子だが、特定の物質中では寿命が長くなり、特にその寿命が長くなる物質が魔力電池の材料として利用される。
金属結晶の多くは酸素を含むので、これも魔力により人体と融合する。
これらの鉱物を使用して生体融合機械は作成され、それは惑星TUBOYで発見されたバイオメカノイドの化石の成分とも一致した。
そして聖王家ではレリックに含まれる魔力を使用して強力な術式を使用する技術を開発した。これがレリックウェポンシステムである。
かつてスカリエッティグループと交戦した管理局地上本部の魔導師たち──ゼスト・グランガイツ、クイント・ナカジマ、メガーヌ・アルピーノらに対してもこの技術による強化措置が行われ、とくにゼストはその効果をよく発揮した。
スカリエッティはこの生体融合機械をもとに戦闘機人を開発するプランを管理局に対し提出したが、それは却下された。
このとき、最高評議会は生体融合機械には安定性に問題があるとして採用を見送った。だが実際のところは、ヴィヴィオが指摘したようにヒトよりも強力な人工生命を作ってしまう危険を恐れたためというものだ。
最高評議会の意向のもと、レジアス・ゲイズは正式に素体調整型サイボーグとしての戦闘機人技術を採用することを決定し、スカリエッティに最終的な要求仕様書を提示した。
この計画指示に基づき、スカリエッティは技術実証機としてナンバーズの製作に取り掛かることになる。
本来管理局が発注していたこの戦闘機人プロジェクトに関する研究データは、当然、管理局技術部でも共有が行われていた。
JS事件によってスカリエッティが逮捕されてからも、そのデータは破棄されずに保管されていた。
新暦76年中ごろまでは活動凍結状態にあったが、管理局の方針としてスカリエッティとナンバーズに対して司法取引を行うことが決定され、戦闘機人プロジェクトはひそかに、そして即座に再開された。
ミッドチルダ、そしてヴァイゼンが主導する戦闘機動兵器プランに対する管理局の回答として、戦闘機人は開発が継続された。
次元世界連合は、外宇宙探査による未発見のロストロギアの確保と、無人世界での資源探索をすすめ、ミッドチルダは勢力の拡大を図った。その思惑は、JS事件によって表向きには解決を見たとされる“預言”の真実を探るものである。
ノーヴェにとっては今さらのように驚愕をもたらすものであった。
自分たち、ナンバーズの身体を調整できるのはスカリエッティだけだと思っていたのだ。管理局の掛けたリミッターはあったが、身体の強化改造をできるほどの技術は管理局にはないと思っていた。
スバルも、取り急ぎ戦闘能力に直結する視覚の確保を行うため顔の傷を治療し、両目とも満足に動かせるようになった。ただし美容的な観点からの修復は後回しにされたため、依然として顔や胸には火傷のような傷跡が生々しく残ったままである。
「ノーヴェ……、具合はどう?」
併設されている病院のロビーで、長いすに座って俯いていたノーヴェにスバルは声を掛けた。
非戦闘時には、マッハキャリバーは待機状態に戻すが、左脚だけはバッテリー式の義足を常時展開するようになっている。
スバルの呼びかけに、ノーヴェは酷く疲れた様子でゆっくりと顔を上げた。
「うん……大丈夫、だ……たぶん、違和感はすぐに消える」
「フレームも強化してるって」
「組み込んだばっかだから、ちょっと関節の動きが渋くなってるけどな。2、3日は激しい運動を避けてアクチュエーターを慣らせって」
兵士として、体重も戦闘に影響を与える要素である。
軽すぎれば踏ん張りが利かなくなるし、重すぎても不整地や脆い足場の場所での行動に支障を生じる。
戦闘機人はもともと通常の人間よりやや重いが、それでも12パーセント以内の重量増加に抑えられた。
ヴォルフラムを降り、本局の奥深くにあるこの技術部実験区画へカプセルを運んできてから、36時間が経過した。
フロアのゲートは重く静かに閉じて佇んでおり、少なくともここ3時間、人の出入りはまったく無い。中にいるはずの職員や技術者たちも、外に出てきたり、新たに入っていったりという気配が無い。
機動六課に配属されたばかりの頃、顔見世ということで一度だけ、はやてに連れられて入り口までは来たことがあったが、中に入るのは今回が初めてだ。
そのときから少し変わった空気の部署だとは感じていたが、今ははっきりと、異様な雰囲気に包まれた場所だと理解できる。
カプセルの受け渡しを行った技術者と、同行していた事務職員の風体は、思わず目を疑ってしまうほどの澱んだ表情だった。映画やテレビドラマなどでステレオタイプに描かれているだけだと思っていたマッドサイエンティスト、という表現がしっくりくる。
スカリエッティはあれで十分まともな──人格的な意味で──人間だったのだ。
もちろん民間の技術者や、普段それぞれの部隊に配属されて整備を行っている技術者たちは、ごく普通の人間だ。
だがここだけは違った。
ロストロギアという、管理局の中でも特に機密に類される物体を扱う場所である。それゆえ、ここに配属されるということは一生ここから出られないことを意味する。いくら情報管理を行っても、人間である以上漏洩の危険を100パーセント無くすことはできない。
ここにいる人間は、外界から隔絶されている。
どんな世界、業界にもそんな領域はある。
休暇で家に帰ったとき、姉ギンガや父ゲンヤと団欒するときなど、話題に出す中でそれはうすうす感じていた。
父も姉も、仕事の上で、守秘義務として話すことの出来ない情報というものは当然ある。
特にギンガは陸士部隊の参謀としてそれなりに作戦立案にも係わる仕事をしているので、さまざまな関係各省の人間と会う機会がある。
たとえばEC事件のときに装備の提供を行っていたカレドヴルフ社などでも、その内部事情など外から見える部分はほんの氷山の一角だろう。事実、今回の事件の発端となったのは惑星TUBOYに派遣されていた同社の調査船団である。
さまざまな軍需企業が発表する新製品に使われている技術がどこから入手されたかなど、知ることの出来る人間はごく限られている。
その裏の事情がどうあれ、カレドヴルフ社は事実として、惑星TUBOYからバイオメカノイドをミッドチルダに持ち込んでしまった。
宇宙港と中央第4区、クラナガンでの2回にわたる戦闘でそれはほぼ殲滅されたと思われるが、未だ予断を許さない。
カレドヴルフ社は、十数年前より開発が進んでいた第5世代魔導デバイスの決定版として、スタンドアロン・サイコ・トラッカーと称する装着型デバイスの売り込みを行っている。
ミッドチルダ海軍でいち早く制式採用され、ヴォルフラムでも、高町なのはとヴォルケンリッター・ヴィータがまず受領し実戦出動を行った。
大容量魔力電池を搭載するSPTは強力な戦闘力を発揮し、バイオメカノイドと互角以上に渡り合える力があると確かめられた。
ノーヴェは回想する。
手術用の麻酔を掛けられ、ベッドに横になっていた間、傍らにスカリエッティが立っていたような気がした。
JS事件後の裁判によって有罪が確定し、ウーノ、クアットロら一部の姉たちと共に軌道拘置所に入れられていたはずだった。
しかし、その実はひそかに管理局に引き抜かれ、極秘のプロジェクトに携わっているとはやてから聞かされた。
管理局が再びスカリエッティを利用しようとした意図は定かではない。何か、彼にしかない技術や知識を必要としているのか、ともかくそこまでははやてでもわからないと言われた。
ジェイル・スカリエッティという人間は、自分にとって何だったのだろうかと、ノーヴェは今さらのように疑問を胸に抱いていた。
父親といえば、自分を創った人間としてはそうなのかもしれない。
少なくとも、ナンバーズ時代は、家族という体裁をとっていたのは事実だ。
血のつながりは無いが、少なくとも、スカリエッティは自分たちナンバーズを娘と呼んでいた。
すべてが今さらだ。
あの男の心が読めない。いや、あの男に心という概念はあるのだろうか。
さまざまな念話の雑音が流れ、その中に、聞き覚えのある声や言葉が混じっていた。
麻酔が効いてまどろんでいく意識の中、自分はいったい何を指針に生きていけばいいのだろうという思いが渦巻いていた。
スバルはノーヴェの隣に座り、そっと膝を寄せる。
「触って」
そっと、手を置く。
魔力によって形成された金属は、シリコンのようにつるりと、高い柔軟性とわずかな粘着性を持ち皮膚のようにふるまう。
「これは私の身体だよ」
「スバル……」
伸ばした前髪に隠れてやや目立たなくなっているが、それでも近くで見れば火傷のように縮れて硬化した皮膚が傷跡をつくっている。
真皮までバイオメカノイドの体液が浸透し肉が焼けたため、このまま放置していても自然治癒はしない。
形成外科治療により、健康な皮膚を移植して組織を再生しなくてはならない。
ミッドチルダでは医療技術の進歩により必要な生体組織もクローニングで比較的簡単に作成できるが、それでも処置を受けるには1ヶ月単位での通院が必要である。現在のスバルにはそのような時間的余裕は無い。
「私はへこたれてなんかいない、やるべきことはきちんと見えてるよ」
「本当か……?あたしたちは、これからどうやっていけばいいんだ……?」
「ノーヴェ、大丈夫だよ……私を信じて」
膝の上、マッハキャリバーがある左膝の上に置かせた手をそっと重ねて握り、スバルはノーヴェに語りかけた。
タイプゼロ・セカンド。
ナンバーズ時代、スカリエッティからそう教えられた。スバル、ギンガのナカジマ姉妹は、スカリエッティが製作したナンバーズ型戦闘機人のプロトタイプのような存在であり、正体不明組織が製作した戦闘機人である。
技術的には一世代前に当たるが、だからといってローテクではない。未知の技術が使われている可能性がある。
そのためにスカリエッティはJS事件の際、ギンガ・ナカジマの拉致を指令し、そしてスカリエッティとウーノが分析に当たった。
ナンバーズ13番機として稼動した際、いくらかの情報を収集し分析することに成功していたはずである。
そのギンガも今は管理局に復帰し、陸士部隊で任務についている。
スバルとノーヴェは、共に特別救助隊で働いていた。戦闘機人として最初からスカリエッティのために作られ、正しい教育を受けられなかったとの判決が下り、更生プログラムを経て管理局に入った。
自分の持って生まれた力を世の中のために役立てる仕事をすることが、社会貢献であると教えられた。
ミッドチルダはそういう考え方の国である。前科という概念が薄く、どんな出自の人間でも社会の一員としてその運営に協力すべきであるという考え方が強い。
ミッドチルダ本国と、管理局は、別の世界である。
たしかに設立にあたって中心になったのはミッドチルダであるが、今の管理局は、ミッドチルダとの意識の剥離がみられる。
ミッドチルダは、国民感情はともかく政府としては強力な外征志向を持ち、次元世界の警察を自認している。
国際的な建前としては、次元世界同士の紛争調停は本来管理局の役目であるが、魔法技術の最先端にして興隆の地、他次元世界の追随を許さない高度科学技術文明を持つミッドチルダが次元世界の盟主としてこれを行うべきであるという意見も根強い。
質量兵器戦争の時代はもはや過去のものであり、次元世界は管理局の監督をもはや必要としていないという主張である。
その主張が、たとえばミッドチルダとヴァイゼンの魔法兵器による軍拡競争であったり、多国籍企業による抗争といった形で表に出てくる。
それだけならば、逆説的な言い方ではあるがまだマシといえた。
次元世界大国は兵器開発企業にさまざまな援助を行い、独自の戦力を手に入れることを目指した。
AEC武装や第5世代デバイスなども、本来的には次元世界同士の軍事バランスのために各国が開発競争を行った結果誕生したものであり、兵器の進化の産物である。
管理局は、本質的には質量兵器廃絶を管理内外問わず次元世界各国に強制できる力を持っていない。
あくまでも“勧告”や“要請”といった形で提言を行うことしか出来ない。それに従うかどうかは各次元世界の考え次第である。
ヴォルフラムに乗り組んで行った数日間の作戦行動で、次元世界の裏の姿をノーヴェは垣間見た。
普段の日常生活や、特別救助隊での仕事を通して目にする世界が表の世界ならば、次元航行艦隊や各国軍が目にするのは裏の世界である。
その世界には、建前やお題目を掲げての、熾烈な抗争と恫喝が横行する、次元世界同士の力と力のぶつかりあいがある。実際に兵力をぶつけ合う戦争に発展せずとも、互いに威嚇のための軍備を配置してにらみ合う、冷戦というべき状態が長年続いてきたのだ。
それは管理局設立以前より、ベルカ戦乱期が終結して以降ずっと続いてきた。
表面上は平和でも、それは互いの軍事バランスの上に成り立った、調和というべきものだった。
「──はやてさんから、聞いたことがあるんだ。第97管理外世界では、ずっと、何十年も、100年近くも内戦をしている国がある。でも、世界全体としては高い科学技術を持っていて、人々は文明を持っている」
「本当なのか?八神艦長や、なのはさんの出身国も」
「うん。第97管理外世界で最後の大戦が起きたのが、今からだいたい85年前……ちょうど、こっちで新暦が始まった頃。
それ以降は、各地の国で紛争が続いていたし、私も一度行ったことがあるんだけど、なのはさんの生まれた国──日本も、今も隣の国とは紛争中だっていうんだ」
「そんなことが……でも、とても戦争中って感じじゃなかったんだよな」
スバルたち機動六課フォワード陣が海鳴市に行ったのはJS事件より前のため、ノーヴェは直接第97管理外世界を見ているわけではないが、話としてはスバルやティアナから聞いたことがある。
ミッドチルダの首都クラナガンと比較してもさほど違和感の無い近代的な町並みの都市だった。
クラナガンに比べて山地が多く、狭い盆地に位置しているため、クラナガンのように地平線まで高層ビルで埋め尽くされてはいなく、遠くには青い山々が見えた。
「それは国や、その下で働く防衛隊──っていうのかな、そういう人たちががんばって、戦禍が一般の人々に降りかからないようにしてるんだ。
ゆりかごのときも、クラナガンの上空で戦闘は起きたけど、たとえばエルセア地方じゃ別に上空にガジェットが飛んだりとかはしてなくて、テレビで中継されるだけだったし、そんな感じで」
「今のミッドチルダも──いや、今の次元世界もそうだっていうのか」
「うん。EC事件の時だって、私たちはヴォルフラムに乗ってフッケバインを追ったけど、その間もミッドチルダや他の次元世界のほとんとどの人々は普段と変わらない暮らしを続けていたんだ。
今、EC事件の話をしても覚えてる人ってかなり少なくなってると思う、元々そんな大騒ぎにならなかったのもあるけど、私たちが必死で戦ってても、人々って案外覚えてないものなんだ」
「でも──」
「もちろん、それは私たちの仕事が価値が無いって意味じゃあないよ、それはそれだけ人々が平和だったって事なんだ。
第97管理外世界でも、それはきっと同じなんだよ」
「なのはさんは、どう思ってるんだろう」
ノーヴェはやっと顔を上げ、奥の窓口で受付業務をしているナースたちを力の抜けた目で眺める。
今、自分たちがいる世界は、一体何なのだろうか。
この世には非現実的な世界がある。それは次元が異なるという意味ではなく、しかし、ある領域で暮らす人々の想像も及ばないような現実が、別の領域には存在するということである。
第511観測指定世界は、そして、バイオメカノイドたちの巨大戦艦は、正しく地獄、あの世と言えるような異様な世界だった。
自分たちは次元間航行で、あの世に行って帰ってきたのではないか、第511観測指定世界に向かう航路は実は三途の川だったのではないか、そう錯覚してもおかしくないと思えるほどだった。
宇宙空間から惑星を見下ろしても、そこに人間の姿を見ることは、小さすぎて出来ない。
青黒い海、緑色や黄土色の大陸、そして都市がある場所が、灰色のシミのように見える程度だ。
しかし、アルザスにバイオメカノイドがいることは宇宙から見える。かつてのアルザスは緑白色の、翡翠のような色の小さな惑星だった。
それがわずか、24時間程度であっという間にどす黒く変わってしまった。地表でうごめくバイオメカノイドの姿は宇宙空間からは腐った血液のように赤黒く見え、群れの個体の動きによって惑星全体が脈動しているように見えた。
アルザスに派遣されているL級巡洋艦が送ってきた映像でそれを見ることが出来た。
管理局技術部では、この映像からも何かを分析しているように見えた。
次にまた出航すれば、ヴォルフラムは再び戦いの中へ飛び込む。
第97管理外世界に進出し、未だ地球上空にとどまっている敵巨大戦艦を殲滅する。
そしてもちろん戦いはそれで終わりではない。第511管理外世界に存在する惑星TUBOYとそこに巣食うバイオメカノイドを、文字通り一匹も残さず根絶やしにする。
これに限っては、希少動物などという概念は用をなさない。保護すべき生物ではない。
かつての人類が犯した過ち。
機械に、過ぎた力を持たせてしまった結果、自らを滅ぼすことになってしまった。戦闘機人として、何よりも人類に対して誠実でなければいけない。それゆえに、過ぎた力を持って人類に反旗を翻した機械を止めることは人類の責任である。
真実がどうあれ、今の次元世界人類に降りかかった状況を正当化するにはそう考えるしかない。
スバルはそっと、左脚のマッハキャリバーの表面を握る。
デバイスの排熱によって、体温よりもやや温かい感触が、手のひらに伝わっている。
管理局技術部にアレクトロ社より派遣された技術者たちが、大容量魔力回線の敷設作業を行っていた。
ステアウェイ・トゥ・ヘヴンの全力稼働のため、必要な魔力の供給能力を高める措置である。
もともとのカタログスペックとして全コアのフルロード動作限界時間は72時間とされていたが、今回それを上回る過負荷運転にて計算を行う。そのために、魔力の過給とそれに対応した電源回路の増設、さらに冷却装置の能力増強も必要である。
マリエル・アテンザは、管理局の技官たちを集めて作業の段取りを進めていた。
システムが稼働状態にあるときに設備に触れるのはかなりの危険を伴う作業である。データのクラッシュを引き起こす危険もあるし、このクラスの魔力機械に使用される魔力は個人携行型のデバイスをはるかに超えた高圧の電荷を持つ。
クラスターを大きく16のモジュールに分け、一つずつを停止させて順次回線と電源ユニットを入れ替えていく。オペレーティングシステムは元々無停止稼働に対応しているのでそれを利用していく。
アークシステム社からは、当初想定していたハードウェアスペックに75パーセントのマージンを含んでいるという回答が得られた。
すなわち、数日間程度の限定された短時間ならばデバイスをオーバークロックしての高速計算に耐えられるということである。もちろん安定した魔力供給と冷却を行えることが前提である。
ヴォルフラムの出航日時は10日後と決まっているので、それまでに闇の書を復活させなくてはならない。
入れ物としてのハードウェアはその気になればすぐにでも手配できるが、中にインストールする術式プログラムが用意できるかが問題である。
残されていた闇の書のバイナリを復元する方法では時間がかかりすぎ、またプログラムの安定性にも問題があるため、ここでは新たにプログラムを組みなおすことになる。
技術部で行われていたエミュレーション実験により、現在使用されている夜天の書のオペレーティングシステムを使用してバイナリ復元処理を行えることが確認されている。
夜天の書のスペックとしては、携帯した状態ではやての魔力を使えば処理を継続できる程度はある。
すなわち、それまでにはやてが動けるようになれば、バイナリデータをヴォルフラムのコンピュータにコピーしておくことで解析作業を継続できることになる。
闇の書から情報を取り出す解析作業は本局でも継続して行えるが、はやてを戦線復帰させるためには夜天の書を使えるようにする必要がある。
そのためには、守護騎士システムを再起動しヴォルケンリッターを復活させなくてはならない。
はやて一人だけでは、魔力量はともかく魔法の取り回しが悪い。
マリーはユーノにも協力を仰ぎ、意見を求めた。
ユーノは当初から、夜天の書にオペレーティングシステムとして管制人格を新規インストールすることを考えていた。
ただでさえレスポンスの遅い大型ストレージデバイスを迅速に運用するには管制人格が不可欠である。
闇の書のすべての機能を掌握する管制人格を作成してインストールする必要がある。
持ち込んだ携帯情報端末をコンソールに接続し、ユーノは管制人格用のライブラリの組み込みを行っていた。
傍らにはヴォルフラムより預けられた夜天の書が置かれている。これも魔力ケーブルを接続してオペレーティングシステムのリカバリーを行っている。内部には、はやてが使用する魔法の術式がインストールされている。
これをいったん外付けストレージに退避させ、クリーンインストールを行ってシステムを修復してから、改めて書き戻す。
仮置きの机に向かい、ユーノは黙々と作業を続けている。
「スクライア司書長」
マリーに声を掛けられ、ユーノは手をキーボードに置いたまま顔を上げた。
管理世界で主に使われているのは魔力を用いた空間投影式のキーボードであり、ディスプレイも魔力で空間中に粒子を固定して形成される。
「何ですか?」
「いえ、まさか司書長が自ら術式を組むとは思っていなかったものですから」
「結構、書庫の業務をやるにはシステム面の整備も必要でね。僕が組んだものだから、メンテも僕がやるのが手っ取り早いんです。
いずれマニュアル化して展開していかなきゃとは思ってますけど、なかなかね」
「古い魔法の資料も?」
「参考程度には。実際、そのままソースコードを放り込んだってアセンブラ任せじゃどうしても限界がある。術式のソースを読んで移植するには、人間のプログラマーでなけりゃ柔軟な発想は出来ませんよ」
元々専門ではないが、無限書庫の司書業務を行うにあたりユーノは半ば成り行きで魔法プログラミングを習得し本職のプログラマー顔負けの技術を持っている。
術式とは魔法をプログラム化したものである。専用のプログラミング言語を用いて、デバイスに行わせたい処理を記述する。
過去には各地の次元世界でさまざまな術式の規格が考案されたが、現代、デファクトスタンダードとなり主に使用されているのはミッドチルダ式とベルカ式の2種類である。
ここ数年、無限書庫では地球で開発された術式も収録を進めており、これは地球(Terra)という名詞からテラリア式と呼ばれている。
基本的にはそれぞれの術式は互換性があり、エミュレータも開発されている。とくにベルカ式では、ミッドチルダ式との連携を重視した近代ベルカ式が成立し使用者も広まっている。
闇の書は、規格としては古代ベルカ式に基づいているが、その内部では現代型デバイスとは異なるハードウェア・アーキテクチャが使われていたりするため、単純に機械語を移植するだけでは術式が動作しないものが多い。
プログラムの中の関数を一つ一つ検証し、コードを書き換えていく必要がある。
「第511観測指定世界では、魔法は使われているのですか」
キーボードを打つユーノの手さばきは休まることが無い。よく見ると眼鏡も、普段使いのものからドライアイを緩和するOAグラスに変えている。
「“魔法”と呼べるほど洗練はされていませんけどね。バイオメカノイドは、僕らが言うところの魔力素を用いたエネルギーを使っています」
「第97管理外世界では?」
「関連性があると考えているんですか?」
「局内ではともかく、表向きには質量兵器主体の文明だと」
「確かに、一見して魔法とすぐわかるような使用方法は広まっていませんが」
エンターキーを押してソースコードを保存し、ユーノは情報端末上のウインドウを切り替える。
術式の開発には、いくつものウインドウを開いて、それぞれに関数のリストを表示させて引数と戻り値、ポインタやレジスタの連携を考えながら打ち込んでいくことになる。
プログラマーによって打ち方のスタイルには違いがあるが、マルチスレッドのプログラムを組む際には一般的なエディタの使い方である。
「地球でも魔法の開発は行われています。ただその技術に触れることが出来るのはごく一部の人間だけで、一般市民には魔法は知られていません。
というか、魔法の概念があちらとこちらでは異なります。僕らが魔法と呼んでいる技術でも、第97管理外世界では質量──、そうですね、ごく普通の科学技術で魔法とは呼ばれないものもあります。
地球では近代文明の成立はむしろミッドチルダよりも早いくらいで、既に社会インフラは出来上がっていますから、ここに新たな装置の概念を投入するには、もう数十年はかかるでしょう」
「ミッドチルダで魔力機械が使われ始めたのは──」
「最初の汎用コンピュータとしてなら、新暦6年の“Model-T”ですかね。砲撃魔法の弾道制御を行うためのものでした。
これ以前は艦載魔導砲の射撃計算は砲術魔導師が全部やっていました。艦の航行も機械制御でしたが、まあ当時の造船技術と魔法技術ではそれで特に不便はありませんでした」
「実用化された最初のインテリジェントデバイスはそれから──18年後ですか。ミッドチルダのIPM社が開発したものですね」
「発売当初は信頼性が低くて不評だったらしいですね」
IPM(インターナショナル・プロダクティブ・マジシャンズ)社は次元世界で初めて個人戦闘用魔導デバイスを実用化したメーカーとして知られている。
古代ベルカ時代は魔力付与の有無を問わず単なる武器として扱われており(魔法を撃つ機能のあるなしに関係なく剣は剣、槍は槍である)、IPM社の開発したインテリジェントデバイスの登場によってそれと対比する意味でアームドデバイスという呼び名が生まれた。
従来の物理的な閉鎖機構などによる機械制御ではなく、コンピュータによる魔法演算を行う概念である。
「レイジングハートも当然これ以降の製造ですよね」
「おそらくは。とはいっても僕らが生まれるより何十年も前です、確かに大昔といってもいいでしょう。
なのはにはああ言ってますけど、実際、あれはアームドとインテリと半々程度の設計思想です。インテリの最大の利点とは術式の高速並列処理ですから、その観点からいうとレイジングハートの性能は実はかなり低いんですよ」
「並列処理よりも単発での高出力を重視した──戦闘能力の大半は、高町一尉の魔力量に頼っている状態ですね」
「そう、そしてそういう設計思想ってのは本来はアームドデバイスの考え方なんですよ」
「単に刀剣型ならアームド、杖型ならインテリというわけではないんですよね」
「その通り」
「高町一尉の戦闘スタイルとマッチしている現状では特に手を加える利点も無いのでしょうか」
「やるとしたら、シャーシからCPUからストレージから、ほとんど全部の中身を入れ替えることになってしまうでしょうね」
デバイスマイスターとして、マリーはかつてレイジングハートとバルディッシュにカートリッジシステムを搭載する作業を行ったことがある。
魔導デバイスにおいてカートリッジとは金属ケースに雷管と魔力結晶を充填した薬莢であり、従来の火薬式弾薬と同じように使うことが出来る。
また従来の実弾武器との互換性も考慮されて規格が策定され、火薬式銃砲を魔力弾を撃てるように改造することも、カートリッジシステムを使うことによって比較的容易に出来る。
インテリジェントデバイスは、現代の最新型はともかく初期のものでは、魔力供給回路が負荷変動や高圧魔力に追従しきれずに作動不良を起こすケースが多かったためカートリッジシステムとの相性が良くないとされた。
レイジングハートとバルディッシュについては、設計は古かったが堅牢性を重視したパーツの選定が行われていたため、高い効果を発揮することができた。
バルディッシュにしても、製作者である使い魔リニスが部品の調達をした時期から考えればわかることだが、設計としてはアームドデバイスに近い組み立てが行われている。
通常の起動状態と待機状態のほかに、サイズフォームとデバイスフォームという可変機構を搭載したためにその可動部分が弱点になりうると指摘されたが、管理局に入り嘱託魔導師となってからの設計見直しとシャーシ強化で克服している。
レイジングハートにしてもバルディッシュにしても、ハードウェアとしては製造された当初の状態からはまったく入れ替わっており、中身の術式データだけが継承されている状態だ。
デバイスとしての内部パーツもメンテナンスやアップグレードに伴って何度も交換されており、いわゆるテセウスの船のような状態である。
すなわち海鳴市でユーノがなのはに渡した当時のレイジングハートのパーツは1個も残っていないということである。同様に、バルディッシュもリニスが製作した当時に組み込まれていたパーツは1個も残っていない。
闇の書にしても、何度も破壊されてそのたびに再生しているということは、デバイスとしての外装部分である魔導書そのものは何度も作り直されておりそれ自体に意味は無く、意味を持つのは内部のプログラムコアである。
逆に言えば、プログラムコアさえ復元できそれを実行できるのなら入れ物は何でも良いということになる。
「闇の書は、いわばクラスタードデバイスの先駆けといえる」
打ち込みを再開し、ユーノはコンソールに視線を落としたまま言った。
「クラスタードデバイスという考え方がどちらかといえば闇の書を参考にしたようなものです」
「外見上は1個のデバイスでも、その内部では多数のコアが連携して動いていましたね。それゆえに、リンディ提督以前の戦いでは破壊しきれずに転生を許してしまっていた」
「あの魔導書のカタチだけが闇の書の全部じゃない。本体は常に別な場所にあり、それが必要に応じて実体化しているんです。
いや、特定の本体という概念も無いですね。中枢が無いがゆえにネットワーク上のウィークポイントが無いというのがクラスタードデバイスの強みです」
闇の書の活動は、史料から確認できるだけでも古代ベルカ時代には既に現在と同規模の状態で存在したとされている。
当時の技術では製造不可能な規模の超高性能魔力機械である。
魔法制御装置たるデバイスとしてなら、カタログスペックでは闇の書を上回るものも現代では開発されているが、古代ベルカ時代のどんな魔導師の技術力でも、この規模のデバイスを製造することは不可能とされている。
それゆえに、闇の書は第一級捜索指定ロストロギアに分類された。このロストロギアが特に警戒されたのは、人の手によらない自律行動が可能なことである。
たとえばレリックやジュエルシードに代表されるような魔力結晶型のロストロギアの場合、放置されているだけならその場から動くことは無い。不用意に接近して魔力を開放させない限りは、安定して存在できる。
しかし闇の書は、周辺のリンカーコアを探知して自ら移動する。
高出力のリンカーコア、もしくは多くの魔法を習得している人間ないし魔力機械を探して移動し、蒐集のために独自の機動端末を分離させ、自ら作戦を編み出して運用し、高度な自律行動能力をも有している。
「あくまで状況からの推測に過ぎないですが、クロノ君の今回の行動は、この闇の書の実態を知ったことがきっかけである可能性が高い──と、うち(技術部)ではみています。
早速ですけど、検証機を欲しいと言い出すところもあって。カレドヴルフ社経由で、SPTのエンジニアリングサンプルを一台回してもらえることになりました」
「サンプルって、何に使うんですか?」
「まずはバラして、問題の魔力炉を開けてみないと。向こうさんの謳ってるスペックが本当に発揮できるならこれは凄い技術革新です」
SPTに使用されているのは生体魔力炉である。リンカーコアの外見はそのものではないが、やっていることは臓物を詰め込んだ瓶の蓋を興味津々で開けるようなものである。
「倫理的な面を抜きにすれば」
「それはもちろん。ただ、人体の耐久性を考慮しなければそこまでの出力をリンカーコアが発揮できるって実証できただけでも収穫は大きいです。AECにしても、結局は従来からある魔力機械の範疇を出られませんでしたしね。
エクリプスに対する効果は確かにありましたし役には立ちましたが、そもそもの魔導無効化の原理からすると、構造としては不完全です。まずありえない状況ですが直接ウイルスを浴びたらAECでも機能停止します。
SPTの搭載する魔力炉──エグゼキューターの装備と同じですね、これが本当に波動制御機関を動力に使ってるなら、エクリプスウイルスで魔力結合を解くことは出来ません。
魔力機械が、エクリプスに力押しで勝てることになります」
「EC事件はもう解決してるはずですけど。ウイルスももう、少なくともヴァンデイン社が作った分はもう無いはずですよね」
「まあ、あちらさんもあれ以降はおとなしくしてましたし」
スチールデスクの上に置いたコーヒーカップを口に運び、マリーは書類の束にパンチャーで穴を開け、バインダーに綴じて袖机に放り込む。
魔力コンピュータが広まっている現代ミッドチルダでも、まだまだ紙媒体は現役である。
これはシリコンコンピュータにもいえることであるが、魔力コンピュータは物質内の半導体粒子を魔力で固定して情報を記録するため、外的要因でデータを失う危険性が(リスクマネジメント的観念からすれば)高い。
紙に書くということは、原始的ではあるがそれだけに確実な記録方法である。
「トーマ君の持っていた銀十字の書も、おそらくは古代ベルカ当時に複製が試みられた闇の書の同類です。八神さんもそれは知ってます」
「あれもまた、闇の書と同様の能力を備えたシステムであると」
マリーは自分の手帳のページを改め、銀十字の書について書き込んだところで指を止めてページを開く。
「あれの分析もうちでやりました。推定される性能、デバイスとしての構造からすると、闇の書の巨大なネットワーク構造の一部である可能性が高いです。
闇の書は、あの魔導書型の端末が1つだけでなければいけないという理由はありませんから、ある程度独立して動ける機動端末装置を複数用意しておくこともじゅうぶん考えられることです」
眼鏡をなおし、ユーノはしばし瞼をつぶる。
それはかつての闇の書事件での、海鳴市沖での戦いを思い出しているかのようだ。
「デバイスとしての機能と、管制人格、守護騎士システムはそれぞれ独立しているね。海鳴でも、あの魔導書本体そのものは管制人格とは独立して動いていました。
シグナムたちも、リインフォースも、あくまでも機動端末であり階層モデルからすればアプリケーションプログラムにあたる部分です。はやてはここ数ヶ月、ツヴァイをずっと夜天の書に入れっ放しにしてましたから、多分もう知って理解してますよ」
「八神さんがどう思っていたかはともかく──、闇の書の機能が回復すれば、守護騎士システムは蘇ります。ただ、蓄積された稼動記録──記憶といいますか、記憶が戻るかは、現時点ではなんともいえませんが」
「あくまでも戦闘端末として──ですがね。僕だって当然、彼らには少しの情はありますが──、ただ、時が経てば感情って変わっていくものです。もしはやてが望むならかつてのように彼らを振舞わせることは可能でしょう。
なのはやフェイトがそれを受け入れ“られる”かはともかく──」
「いくら今までのように笑顔で会話を出来ても、感情を無くしたプログラムであるという認識を拭えなくなるってこと?」
「その可能性はあります」
純粋にシステムとして考えるなら、闇の書とは極めて高性能な統合無人機動兵器システムである。
その運用には人の手を煩わせることなく、作戦目標を指示すれば自力で移動し、目的を思考によって理解して戦術を組み立て、戦力を配置し、戦闘を行い、目標物を入手することができる。これを無人で行えるのである。
使用者たる夜天の主は戦闘技能もしくは作戦立案能力などの軍事知識を持っている必要はなく、魔力さえあれば戦いに関しては素人でもよい。必要であれば主への助言や行動指針の説明なども闇の書自身が行うことができる。
これだけの性能を有するシステムの構築には、ミッドチルダでさえ実現できていない。
ステアウェイ・トゥ・へヴンですら、まるごとオフィスビル一棟ぶんほどの容積を持つフロアにデバイスクラスタを詰め込んで稼動させ、これはその場から動かすことが出来ない。魔力供給も含めて、設備の整った本局の中でなければ設置できなかった。
デバイスとしての魔法計算能力はともかく、自律機動兵器としてはこのスーパーコンピュータをもってしても闇の書には遠く及ばない。
そもそもの闇の書の真の性能がどの程度なのかすら、最後の夜天の主たる八神はやてでさえも把握できてはいなかったのだ。
闇の書はそれ単体だけではなく、周辺の次元空間にバックアップを展開する能力を持っており、非常に高い耐障害性能を持っていた。
デバイスとしての戦闘力が闇の書の能力のすべてではない。
闇の書を真に恐るべきロストロギアたらしめたのは、この次元空間に配置された分散ネットワークシステムであり、これによって、多数の次元世界にまたがっての同時行動が可能になっていた。
あるいは、これまで通説として信じられていた“本来は魔法の保管庫として作られた夜天の書が、悪意を持った改変によって闇の書に変化した”という有様が、過去の人間の思い込み、ないしはプロパガンダであった可能性さえ出てくる。
闇の書とは最初から現在の性能、形態を持って誕生し、その能力に初めて触れた人間が、当時の次元世界人類の理解を超えた闇の書の脅威に驚いてそのように言い伝えられたということが考えられる。
無限書庫で数々の情報を調べていくうちに、ロストロギアの起源とされている超古代先史文明が、これまでの定説を遥かに超える規模で、全次元世界に広がっていることが推測されてきた。
そんな折、聖王教会からの、新たな預言の解釈の報せがもたらされたのである。
カリム・グラシアは、予想されうる災厄の規模から、じゅうぶんに対策案を検討した上でなければこの解釈を発表できないと考えた。
その上で、信頼できるごく少数の人物にコンタクトを取り、多方面からの検討を依頼した。
ユーノもその一人だったのだ。そしてユーノは、これまで独自に宇宙論研究を行っていたクライス・ボイジャーに、協力を仰いだのである。
「ミッドチルダ宇宙アカデミーの方でも独自にやろうとしてるみたいですよ」
「そうなんですか、私も最近あまり外に出られなくて」
マリーは近年特に、技術部での仕事が増えて研究室にこもる日々が続いている。
次元空間にさえ進出可能な闇の書を追跡するには、天文学的アプローチによる恒星間暗黒物質の観測が必要になってくる。
闇の書が存在することで、いわゆるダークマターの分布にわずかな乱れが生じ、これはごく短時間で消えてしまう魔力残滓よりも高い精度での闇の書の痕跡を可能にしている。
撃破した直後の転生を追跡するにはこの方法しかない。グレアムはこの方法を用いて、闇の書が第97管理外世界に向かったことを突き止めた。
次元空間を移動可能ということは、すなわちこのネットワークを伸ばした場所にしか転生しないということである。
従来考えられていた、ワープ航行によってまったくランダムに移動するのではなく、あらかじめ探索済みの場所に現れるということだ。
ネットワークの全体像は管理局の捜索探査能力をもってしても掴みきれないが、それでもある程度、候補を絞り込むことはできる。
管理局では闇の書のこの実態に対し、艦隊を投入しての大規模な捜索作戦に難色を示した。
まずひとつは、これを馬鹿正直に実行しようとすると必要な艦や人員の数が莫大なものになってしまう。次元世界の数は管理世界、管理外世界を合わせただけでも150以上、これに観測指定世界や無人世界を含めると千個近くにものぼる。
これらの世界すべてに次元航行艦を派遣するとなると、宙域の分担なども含めて数千隻から数万隻は最低でも必要になってしまう。
管理局が独自に持っている艦艇ではまったく足りず、またいかにミッドチルダ海軍といえどもこれほどの数の艦艇をたったひとつの作戦のために割り当てることは出来ない。
これまでどおり、闇の書の出現をできるだけ早期に探知して攻撃を加えるより他ないと判断された。
グレアムは独自の調査により、闇の書が次に出現するのが第97管理外世界であるとほぼ目星をつけていた。
アルカンシェルによって闇の書を破壊し、エスティアが消滅した際、周辺空間に伝播していった重力波が、アルカンシェルのものとは別に観測された。
次元航行艦隊司令部に提出したものとは別に、グレアムもまた独自に、自分の部下たちと共に分析を行い、この波動が闇の書が放ったものであると確定した。
闇の書が展開する次元間ネットワークは、魔導書端末の破壊を検出すると、すぐに近傍ノードから起動可能な端末を検索する。そして周辺のノードからバックアップデータを集め、稼動に必要なライブラリをそろえた上で再起動する。
第511観測指定世界の発見に伴ってクライス・ボイジャーに恒星間暗黒物質の観測依頼を出したユーノは、かつてギル・グレアムが同様の依頼を送ってきたことがあると聞かされた。
グレアムもまた、未知の次元世界の存在に気づいていた。
「闇の書はまだ生き続けているということですね」
「管制人格は、今は無い状態ですが。はやてはツヴァイを暫定的に使ってましたが、やはり最初から管制人格として作られたものではないので、能力不足は否めません」
リインフォース・ツヴァイはいわゆる融合型デバイスであり、主たる機能は使用者の身体能力の増強、魔法演算のアクセラレーション、および物理的な魔力付与である。そのため、夜天の書を制御する能力はもともとそれほど高くない。
初代リインフォースが消滅して以降、夜天の書は単なる巨大ストレージデバイスと化し、現在管理局で使われているデバイス用のオペレーティングシステムではそのハードウェアスペックを持て余し気味になっていた。
仕様上の制限からアクセスの出来ないモジュールやメモリ領域などが存在し、また闇の書のアーキテクチャに適したコード設計ではないためエミュレータを組みこんだ仮想マシンを間に入れなくてはならず、そのオーバーヘッドから性能が大幅に低下していた。
「アーキテクチャが違うんですか?古代ベルカ式ではない?」
「ベルカ式で組まれているのは、古代ベルカ時代に後付けされた管理者権限システムです。これも、言ってみればユーザーインターフェース部分だけがベルカ式で、闇の書の機能へ操作を要求するアプリケーションをベルカ式で組んだということです。
古代ベルカ時代、当時の魔導師たちがなんとか闇の書の力を押さえ込むためにかけたリミッターのようなものです。当時のアナログコンピュータとそのプログラミング技法ではこれが精一杯でした。
魔法を扱うデバイスとしての機能の制御はほとんど管制人格任せでした。デバイス単体で動いている状態では、これは今まであるどの術式にも当てはまらないものです」
闇の書のいわゆるユーザーコンソールは魔導書型をしており、これは管制人格が無くても単独で動作可能である。魔法を蒐集する機能は魔導書型端末だけでも動作でき、これで最低限の戦闘行動をとることはできる。
ただし、これの内部構造や術式のコードなどは外部からはまったく見えない。
術式を実際にデバイスに読み込ませるための制御APIは初代リインフォースが知っていただろうが、その知識は彼女の消滅と共に永遠に失われてしまった。
ただし、今やっているバイナリ復元作業が成功すれば、この情報を取り出せる可能性がある。
「コアの構造が違うんですね。今使ってる夜天の書や、銀十字の書も」
「CPUだけを交換したようなものです。シャーシ側である程度のエミュレートは出来ますが、完全ではないですね」
ミッドチルダ式、ベルカ式のどちらにもいえることだが魔法の術式によって必要なデバイスのハードウェア構造も決まってくる。
すなわちデバイスにも、ミッドチルダ式とベルカ式があるということである。インテリジェントデバイスやアームドデバイスというのはその機能目的などからみた分類であり、ハードウェア・アーキテクチャではない。
現在規格化されているのはミッドチルダ式をあらわす「FM-x86(フォーミュラ・ミッドチルダ・エックスハチロク)」であり、これをもとに近代ベルカ式「FB64(フォーミュラ・ベルカ・ロクヨン)」、地球式「FT-86(フォーミュラ・テラリア・ハチロク)」がある。
数字部分がデバイスコアの構造をあらわし、地球式はミッドチルダ式に準じた形式を取っている。
闇の書はこれらのいずれにも当てはまらない。
ハードウェアとしては分散コンピューティングに最適化された設計がなされており、これは単体ではそれほど高機能なものではないが各ユニットが連携して動作したときに強力な並列処理能力を発揮する。
計算を行うコアが分散しているため、多数の目標、あるいは広範囲の領域に効果が及ぶ魔法を高速で構築可能である。
これによって次元間航行能力を手に入れ、蒐集した魔法の運用を行うことができる。
単独の携行型戦闘用デバイスとしては、各ユニット間の通信に伴うレイテンシの大きさ、タイムラグとネットワークの帯域幅などの観点から通常型デバイスに比べると魔力変換効率はかなり悪く、魔法の発動も遅いが、それは闇の書にとっては問題とされる要素ではない。
闇の書はそれ自体が多数のデバイスの集合体である。
また、各ユニットが連絡を取り合う際に大量の魔力通信を行うため、魔力残滓や次元干渉などの痕跡を大規模に残す。
次元空間に流れる背景輻射ともいうべき常在魔力光は、そのうちの数パーセントほどが闇の書によるものである。
これは電磁波としてはノイズでしかないが、闇の書はこの揺らめく光の中に信号を紛れ込ませ、次元間通信を行っていた。
闇の書の出現に伴い、次元震が発生したり次元間通信に不調が発生するのはこれが原因である。
ユーノ自身が遭遇した、地球での魔力不適合や次元間通信の不調は元をたどれば近くに闇の書が存在していた影響だった。
「僕やなのは、はやてが遭遇し、そしてなのはたちがこの次元世界で生きていくきっかけになった事件──そのいくつもが、遠因をたどっていけばこの第511観測指定世界、惑星TUBOYの存在に行き着く。
ミッドチルダ政府でさえ想像しきれていないだろう、管理局でも、レティ提督もだ。この世界を考えるとき、現実は想像よりもはるか上をいっているということを常に、肝に銘じておかなきゃいけない。
ここ数ヶ月で明らかになった事実を目の当たりにして改めてそう思いましたよ」
マリーは、無表情でキーボードを打ち続けているユーノの口元が、かすかに引きつっているのを見て取った。
薄暗い事務室の中で、光の加減でそう見えただけだったかもしれないが、ユーノがこれほど、怒りや悔しさといったネガティブな感情を表に出すのは珍しいことだ。
無限書庫でも、懐の大きい、気配りの出来る優しい人間として司書たちの信頼も篤い。
そのユーノでも、旧知の仲である自分や、たとえば悪友のような間柄のクロノやヴェロッサの前では、このように黒い顔を見せることがある。
次元世界の、文字通りすべての情報が無限書庫では手に入る。
主だった管理世界や管理外世界では、無限書庫の保有するサーチャーが大規模なクローラーとして探索を行い、定期的に情報収集を行っている。
読み込まれる情報量は膨大な量であり、これらを自動選別していくシステムも、闇の書事件以後にユーノの手によって組まれた。
アークシステム社とはその頃からの付き合いであり、同社はとくに高性能デバイス用の魔法術式プログラムで高い技術力を持つ。
無限書庫とは管理局のいわゆるシギント任務を担う、第97管理外世界でいえばエシュロンのような組織である。この世を行き交うあらゆる情報を収集し、分析し、国家機関、国際機関の施策の指針に役立てている。
無限書庫は、単なる大規模データベースではない。
おそらくは、過去の人間が闇の書に対抗するために建造した広域次元間捜索システムである。
それがいつしか、平和目的として書物の収集のために使われるようになった。
「惑星TUBOYの正体をつかめたら」
床に何台か放り置かれている端末が、他の司書たちや技官たち、アークシステム社の社員たちが書き上げたそれぞれの担当部分のソースコードを魔力回線経由で受信して、時折インジケータを光らせている。
ユーノはそれらを自分の端末に転送し、大きなライブラリを組み上げていく。
戦闘用デバイスのオペレーティングシステムともなると、その規模は巨大であり、数十万から数千万ものファイルが連動して動く。
これらは主な役割として、魔力素から変換された電力を受け取るための電源回路、魔力供給回路を制御する入力部分、魔法の術式プログラムを格納するストレージ部分、魔法演算を行う中央処理部分、空間への魔法の形成を行う出力部分に分けられる。
さらに魔法演算には魔力を配置する座標を決定するジオメトリエンジン、さらにそれぞれの魔法陣を描画するベクトルエンジン、シェーダーなどがあり、これらがマギリングパイプラインを形成して最終的に空間に投影する魔法陣の生成とそこからの魔法発射を行う。
闇の書自体は、攻撃魔法はベルカ式、ミッドチルダ式を問わず蒐集したものを使うことができていたが、代償として常にソフトウェアエミュレーションを行っていたために、消費魔力に比して効率が著しく悪化し、動作速度やレスポンスが非常に遅かった。
今回復元される闇の書は、まず第一の目的として蒐集蓄積された観測情報を入手することを目標にしているため、戦闘能力は二の次にされる。もし闇の書を戦闘に用いることになれば改めてプログラムを組めばよい。
新たにつくる管制人格は、闇の書のすべての機能を掌握し、未知のマトリクスが存在しない状態に持っていくことを目的とする。
闇の書事件の際には、防衛プログラム以外にも、初代リインフォース自身でさえ機能を把握していないモジュールがいくつもあり、これもあって当時のその場での復元は断念された。
「おそらくミッドチルダも管理局も、惑星TUBOYを滅ぼそうとする」
「バイオメカノイドを殲滅し、次元世界人類の安全を確保するために……ですか?」
机の上に置かれた端末が、ストレージアクセスを示すオレンジ色のインジケータを点滅させている。
「それだけじゃあない。恐怖だ。理屈じゃない、本能的な。自身の生存をおびやかす、いや存在意義さえおびやかすものが見つかってしまったんです。
これをそのままにしておくことはできない、そのためにはどんな手を使ってでも理屈を捏ね上げる。それは必要だという理屈じゃなく、感情が先に来ているんです。
たとえ彼らがミッドチルダに侵攻してこなかったとしても、“それ”がこの世に存在するというだけで攻撃する理由になります。人間の、ヒトという種族の存在意義がおびやかされているんです」
「バイオメカノイドはそれほどまでに……」
「あれが単なる宇宙怪獣というのがそもそも相手を見くびっている。闇の書の実体が惑星TUBOYのシステムに似すぎている、近すぎる。
闇の書は惑星TUBOYで生まれ人類を観察していた。そしてエクリプスウイルスはいわばヒトをバイオメカノイドに作り変えてしまうようなものなんです」
「エグゼキューターの生体魔力炉は」
「現状、機械で作った魔力炉じゃ誘導式でも触媒式でもリンカーコアの高効率にはどんなに逆立ちしてもかないません。ならリンカーコアをそのまま使えばいい。実に単純なアプローチですよ」
「倫理的にはとんでもない発想ですけどね」
「科学技術ってのは、最前線の研究者からすれば思いついたアイデアのうち実際に実用化できるのなんてほんのごくわずかです。使い物になるかどうかじゃない、“使っていいかどうか”です」
リンカーコアは人間ないし動物の体内に存在するが、物理的な臓器ではなく細胞が魔力を帯びた状態で結合したものである。
そのためメスで胸を切り開いても目視では見えず、抽出には魔法を使用する必要がある。
このリンカーコア抽出能力を標準で搭載していた闇の書は、それゆえに古来より人間に恐れられてきた。魔法技術が未発達だった時代には、蒐集という現象そのものがわからず、それに耐える防御魔法を使えなかった。
またリンカーコア自体の仕組みも解明が進んでいなかったため、魔法が使えなくなったり魔力が弱まったりする理由がわからず大変に人々を悩ませた。
バイオメカノイドは、強い魔力のみならず、リンカーコアを持っている生命体に特に強く誘引される。
単に強い魔力を追うようにプログラムされているなら、無人の魔力炉プラントや、放射性元素の鉱脈などに集まることも考えられるが、実際には、たとえば次元航行艦のように多数の魔導師が乗っている船や、人間がたくさんいる大都市などに集まってくる。
そして、人間よりも強力なリンカーコアを持つ生物が生息する世界にも集まってくる。
第511観測指定世界に残っていたミッドチルダ海軍の駆逐艦が、次元間航行を開始したバイオメカノイドの艦船群を発見し、それはアルザス周辺域から希少生物が生息するいくつもの観測指定世界へ進路をとっていることを観測した。
「キャロちゃんのことは、なのはちゃんたちには」
「──どういうことです?」
「もしかして──聞いてませんでしたか。アルザスにバイオメカノイドが現れたことを」
現在、ユーノは管理局本局の査察部内に事実上軟禁された状態にあり、技術部での業務を行うユーノはヴェロッサを含む査察部局員たちによる24時間監視の下にある。
「────そうでしたか。ヴェロッサの奴も僕には知らせてきませんでしたね。まあ確かに、さしあたって僕の業務に不要な情報ではあります。
たぶん、いずれスピードスター三佐経由で情報がいくでしょう」
連絡が届く限りの自然保護隊には緊急帰還指令が出され、彼らがバイオメカノイドに急襲されることを避ける。
この際、希少種の保護がなどとは言っていられない。自然保護隊はあくまでも密猟者などからの保護を任務とされており、強力な外来種生物との交戦は考慮されていない。
動物よりも優先すべきは人間である。
自然保護という行動は、人間がその文明活動を余裕を持って行えているうえで初めて可能になることであり、生活レベルを犠牲にしてまでやるべきことではない。
管理局として、キャロやタントたちのような犠牲者をこれ以上出すわけにはいかない。
そして、ミッドチルダの不穏な動きをなんとしても解明し、バイオメカノイドのこれ以上の侵攻を防がなくてはならない。
極夜によって一日中太陽が昇らない北極圏の暗闇の空、アメリカ第2艦隊の空母“ジョン・C・ステニス”は護衛のミサイル巡洋艦3隻を従え、グリーンランド西方、バフィン湾を通過してクイーンエリザベス諸島沖に展開していた。
ジョージ・H・W・ブッシュ搭載のX-62試験部隊はイギリスへ向かったため、本艦が北極海から敵巨大要塞インフェルノを監視する。
冬の北極海では吹雪と嵐が吹き荒れ、戦闘機の発着艦は困難を極める。
それでも、乗り組むパイロットたちは風の合間を縫って飛び立ち、上空警戒を続けていた。
所属しているF/A-18F艦載機にはASM-135対宙核ミサイルが装備され、着艦のたびに整備士たちが北極の寒気で故障を起こしていないかどうかを念入りに調べる。
随伴するタイコンデロガ級ミサイル巡洋艦も、搭載したスタンダードミサイルをいつでも撃てるように戦闘配置で待機している。
光学望遠鏡での観測により、インフェルノは次に7時間後、グリーンランドのほぼ真上を通過して大西洋からアフリカ大陸上空へ向かう軌道を通るとみられている。
ジョン・C・ステニスの航空団司令は、F/A-18F戦闘機による高高度偵察を発令した。
現在、敵巨大要塞インフェルノは近地点高度を2000キロメートル程度に上げ、軌道を次第に円軌道に近づけつつある。すなわち、ソ連の水爆ミサイルを浴び、異星人艦隊との激しい戦闘を経てなお、エンジンが生きており航行能力を保っているということである。
最初に地球に接近したときにはぎりぎりまで高度を下げ、大気圏によるエアロブレーキを使用して速度を落としていったが、そこからエンジンをふかして高度を上げたのである。
もし無動力で慣性にしたがって飛ぶだけなら、大気圏近く(高度700キロメートル以下)を通過するだけで次第に空気抵抗によって速度が落ちていき、やがて地上に墜落してしまうだろう。
機動要塞が地球周回軌道に残り続けているのは、それが未だ機能を維持し生き続けていることを意味する。
スタンダードミサイルでは、低軌道高度よりも遠くにいる目標には届かない。そのため、北海に出現した大ダコのように、巨大要塞から発進してくる宇宙怪獣を地表到達前に空中で迎撃する作戦となる。
ASM-135ならば軌道上の巨大要塞を直接狙えるが、異星人の艦隊が未だ要塞周辺に留まっているため、巻き添えの危険から攻撃が出来ない。
目下、米国防総省が管理局──異星人の母星における国際特務機関──と作戦方針について協議を行っているとの事である。
ジョン・C・ステニスの任務は、敵巨大要塞の監視と、地球への降下を試みる敵宇宙怪獣の迎撃である。
『自分はエイリアンシリーズのファンなんですよ。リマスター版は全巻そろえました』
上空警戒中の機との交信も、従来からの無線電波ではノイズが大きい。大気中の雪や氷の粒に散乱されて受信レベルが上がらなくなる。
宇宙探査機やスペースプレーンで実用化されている量子スピン通信も、米軍でも未だすべての艦には配備が完了していない。
「敵はクイーンよりもずっと大きいぞ。しかも光線を撃つんだ、ゴジラのようにな」
『腕が鳴ります』
F/A-18Fのパイロットは、北極の雪氷を吹き飛ばすように威勢がいい。
本機が搭載可能なASM-135は2発(F-15は6発)であり、もし敵を発見すれば直ちに2発のミサイルを連続発射する。
弾体は巨大要塞への攻撃を考慮して衛星攻撃用の中性子弾頭から核出力5キロトンのW82熱核弾頭に換装されており、これはもともと核砲弾として開発されていたので硬い弾殻を持ち、装甲貫通能力に優れる。
敵巨大要塞のみならず、異星人の宇宙戦艦は次元干渉によるレーダー欺瞞能力を持っており、これを展開されている状態では地球の保有するミサイルは誘導が狂ってしまう危険がある。
もちろん、これは彼らの艦が持っている防御兵装なので、一時的でも止めてもらうことはできない。
よって、上昇限度ぎりぎりまで高空へ上がり、空母との連携をとった軌道計算の上でほぼ直線射撃で狙うことになる。
敵巨大要塞──管理局からの情報提供により、“インフェルノ”という呼称を共通して用いることが決まった──は現在、高度8500キロメートルでベーリング海上空にあり、F/A-18Fからは地球の地平線から昇ってくるように見えていた。
『現れました。この距離でも形がはっきり見えます、先端が尖った菱形の、スポーツカイトのような形をしてます』
「奴の同類が何隻も、異星人たちの惑星に向かっているとのことだ。今いる艦隊の助力は当てにできないぞ」
『望むところですよ』
「エコーパターンをもう一度確認しろ、コンピュータの解析を鵜呑みにするな。間違って異星人の戦艦を撃たないようにしろ」
『了解──』
電波によるミサイルの誘導というのは、あらかじめ登録した目標でなければ追尾できない。たとえば空対空ミサイルは鳥や野球のボールを追いかけるようには作られていない。
地球の航空機とは異なる形状を持つ相手には、ミサイルが目標を誤認してしまう危険がある。
そのため、F/A-18Fは攻撃前にレーダー照射を行い目標の正確な形状をミサイルのコンピュータに入力してから発射を行う必要がある。
そうしないとミサイルが目標を見失って迷走したり、近くにある他の大きな物体に向かってしまう危険があるのだ。
過去にも、演習で撃ったミサイルが民間の旅客機に命中してしまうような事故は何度か起きている。
北極海上空、シベリア方面からもソ連機が発進してきた。
ちょうど敵巨大要塞を前方左右から挟む位置取りになる。
ハバロフスク基地所属のMiG-25SFRが、海鳴市に降下したヴァイゼン艦にミサイルを発射したという報告は太平洋艦隊経由でジョン・C・ステニスにも伝わっていた。
ソ連は、異星人への不信感から攻撃を行ってしまう危険がある。
F/A-18F編隊は進路を北極寄りに変え、ソ連機を牽制する。
ソ連機の出現とほぼ同時に、ジョン・C・ステニスでは敵巨大要塞からさらに大きな破片が分裂したことを探知していた。
インフェルノと同じ進路を加速して、F/A-18F編隊に向かってくる。
「敵が来るぞ」
『異星人の艦隊は』
「インフェルノ後方に集結しつつある」
『こちらから撃てばインフェルノが盾になるか』
「おそらくは、だが一度NORADに報告が必要だ」
『こちらのレーダーでも探知した、速いぞ。あと4分で交差する、急いでくれ』
このまま向かい合って進んだ場合、ボーフォート海上空で遭遇する。
こちらはF/A-18F戦闘攻撃機が12機、MiG-25SFR邀撃戦闘機が2機。敵の正体は不明だ。同じく大ダコか、それとも別の種類の個体か。
ジョン・C・ステニスではただちに大西洋艦隊司令部へ敵大型バイオメカノイド出現の可能性を報告し、上空に上がっている艦載機全機に対してミサイルの安全装置を解除するよう発令する。
状況は一刻を争う。
F/A-18F編隊の隊長が僚機全機の戦闘準備完了を確認したとき、ソ連機側からの通信が入ってきた。
管理局艦クラウディアからの指示に基づき米ソ両国が開いていたオープンチャンネルである。この回線は秘匿されていないため、管理局、ミッドチルダ、ヴァイゼン、そして米ソのみならず地球上のどの国の軍でも受信できる。
「わが軍は敵巨大要塞への攻撃を試みる」
ソ連機パイロットの攻撃予告に、F/A-18F編隊の隊長は注意を返した。
「異星人の戦艦が近くにいる、危険だ」
「しかし、敵が地球に迫っている。わが軍では先に北海に落下した大型個体を確認している、奴らは通常兵器では倒せない。わがスラヴァ級のヴルカーンミサイルを直撃されても耐えたのだ」
「こちらも司令部に検討を急がせている、まもなく攻撃許可が下るはずだ」
「大型個体の出現はわが方のレーダーでも探知している、そちらへ向かっているぞ」
「わかっている、しかし許可なく攻撃は出来ない」
米軍とソ連軍の意識の違いである。
もちろん部隊ごとの司令官の裁量はあるが、ソ連軍の場合は基地を離陸する時点で既にパイロットの判断で攻撃してよいという許可が下される。
米軍では、あくまでも攻撃に正当性を持たせるために必ず管制とパイロットの両方による確認が必要である。
「わがR-37の射程距離にあと30秒で入る、阻止限界点までは猶予は0.7秒しかない」
ソ連機パイロットの声は切迫していた。
地上基地から発進したMiG-25SFRは距離が遠いため、全速で飛んできても攻撃可能位置に到達するのがぎりぎりになってしまう。
もし宇宙空間で迎撃できなければ、大気圏突入フェーズに入った大型バイオメカノイドを空中で撃破することは不可能だ。
F/A-18Fの高度計は9万フィートを超えた数値を示しており、従来型のジェット戦闘機が飛べるほぼ上限の高度だ。
これほどの高度では大気が希薄になることで揚力が急激に減少し、水平舵や方向舵の効きがぐっと弱くなってしまう。スロットルを常に全開にし、推力で機体を支えなければ失速してしまう。
「高度を下げろ、そちらはもう限界のはずだ」
MiG-25SFRは高度10万フィートを突破し、大型バイオメカノイドに向けてさらに上昇していく。本機は熱核ロケットエンジンを搭載するため高空でも推力による姿勢制御が可能だ。
動翼による機体制御が行えない超高空では、MiG-25SFRに限らず推力偏向装置による機動を行う。
F-104では尾翼付け根に追加したパドルで、X-62では慣性制御装置の指向性を変化させて推力のかかる方向を変える。
高度13万8千フィート、エルズミーア島上空で、2機のソ連MiG-25SFRはR-37ミサイルを大型バイオメカノイドに向けてロックオンした。
既に巨大要塞インフェルノからは800キロメートル以上離れており誤射の危険はないとの判断だ。
「フォックススリー、ミサイル発射、ブースター作動を確認!そちらへ8発向かった、右側を注意してくれ!」
一度の攻撃で全弾発射である。2機のMiG-25SFRから4発ずつ発射されたR-37ミサイルは中間誘導を慣性航法で、終末誘導をアクティブホーミングで行う。
シーカー視野角の中に入ってくるであろうF/A-18Fにホーミングしないよう、ソ連機パイロットは無線で注意を促した。
「了解した、右下方へターンする」
ミサイルに向かって正対する姿勢をとり、バイオメカノイドの方がミサイルの視野に大きく映るようにする。
一般的にアクティブホーミング方式のミサイルはより大きな目標に向かって進むようプログラムされている。
「全機ブレイク、高度7万まで降下!パルスレーザーを用意しろ!」
F/A-18F編隊の隊長は陣形を組みなおしての迎撃戦を指示した。
敵大型バイオメカノイドは高度80キロメートルを切り、濃い下層大気に突入してオレンジ色の衝撃波を纏いはじめる。
流星のように輝き始める目標へ、8発のR-37ミサイルがマッハ6の最高速度で突進する。
ミサイルの排炎が高空に瞬き、大型バイオメカノイドを捕らえる。
だが、命中寸前、ミサイルは砂を散らすように空中で爆発した。
誤爆か。信管の故障か。
MiG-25SFRの火器管制装置では、目標までの距離120メートルのところで弾頭に掛かった加速度6万3千Gを記録したのを最後にミサイルとの通信が途絶えていた。
敵が、ミサイルを迎撃した。
発射された8本のうち、5発までが空中で次々と迎撃され、残りの3本が大型バイオメカノイドの後部に命中した。
空中に火花のような炎の破片が飛び散り、ロケット燃料が付着したミサイルの筐体のかけらが燃えながら散らばっていく。
高度50キロメートル、プラズマの衝撃波を纏っていた大型バイオメカノイドが急激に速度を落とし、空中に展開する。
勢いをつけて上昇していたMiG-25SFRのパイロットは、頂上が吹き流された積乱雲の上に立つ、三つ首の巨大な竜を見た。
レーダー上では、敵大型バイオメカノイドの速度がゼロになっていた。空中に完全に停止している。
地球の航空機では不可能な機動だ。ヘリコプターなどのVTOL機でもなく、また鳥のようにその場で羽ばたいているのでもない。
翼のように見える構造を動かさず、その場に浮いている。
成層圏、極夜ジェット気流の猛風の中、ドラゴンは三つの首をゆっくりと動かし、周囲の米ソ戦闘機を見渡していた。
「でかいぞ……これは」
旋回して下方から見上げる形になったF/A-18Fのパイロットは、酸素マスクを付け直しながら気圧されるように呟いた。
巨大である。
高速で飛ぶ戦闘機からは、通常相手はとても小さく見える。20メートルの大きさを持つ戦闘機でも、何キロメートルも離れていれば芥子粒のように小さく見える。
しかし、ドラゴンは太く短い4つの足、コウモリのような長い支えの入った翼、それぞれ独立して蛇のようにうねる3本の首、それらの様子がはっきりと見えている。
100メートル近い大きさがある。
翼を一杯に広げればどれほど巨大だろうか。自分たちが乗り組んでいる空母よりさえ大きく見える。これほど巨大な生物は地球にはいない。そして、これほど巨大な物体が空を飛ぶこともない。
太陽の光が無い、暗闇の中にドラゴンの姿が淡い光を浮かべている。自己発光能力を持ち、それは伝説の幻獣のような、ファンタジー映画に登場する魔物のような、魔法の力を示していた。
大型バイオメカノイドの存在感は、米ソのパイロットたちを一瞬としても圧倒していた。
極夜の黒い空に、深い紫色の魔力光を放って飛ぶドラゴンが、地球の戦闘機たちを見下ろしている。
日本時間で1月1日の夕方、海鳴市にあるハラオウン家邸宅で、デビッド・バニングスはイギリスとの国際電話に出ていた。
先月のグレアム提督爆殺事件の捜査のためにロンドンに滞在しているエリオたちからの緊急連絡が届いたのだ。
海鳴市には、先のソ連防空宇宙軍による巨大要塞インフェルノへの核攻撃の巻き添えを食って不時着したヴァイゼン所属の次元航行艦がおり、現在乗組員たちの移送手続きが行われている最中である。
このヴァイゼン艦に続いてさらに、インフェルノから次々と大型バイオメカノイドが飛び出し、地球に降下してきている。
まず大ダコ型個体がイギリス沖の北海に落下し、警戒のために出撃していたドイツ、イギリス、ソ連の各海軍艦艇と交戦した。この戦闘にはミッドチルダ艦隊の艦艇および管理局艦クラウディアも参加した。
戦闘で損害を受けた艦はミッドチルダ艦隊XJR級巡洋艦レパードが沈没、クーガーが中破。ドイツ海軍ザクセン級フリゲート艦ケーニヒスベルクが中破、イギリス海軍トライトン級アヴェンジャーが小破した。
ケーニヒスベルクでは後部ヘリ甲板付近に大ダコのプラズマ砲が命中し、航空科員8名が吹き飛ばされて壁などにぶつかって骨折、またはプラズマの大電流によって感電し重軽傷。
アヴェンジャーでは乗員への被害は無かったが舷側が一部割れたり外板がはがれたりなどし、電子機器に故障が生じた。
積極的な接近戦を行ったミッドチルダ艦隊は被害が大きく、レパードでは右舷後部の機関室付近にプラズマ弾が命中し、装甲隔壁が貫通されて魔力炉のシリンダーを破壊、これにより機関室で発生した火災で機関科員5名を含む21名が負傷、7名が死亡していた。
クーガーでも死者こそ出なかったものの倒壊したマストの重みで艦内通路が潰され、1名が足を挟まれ切断するという事態になっていた。
バイオメカノイドとの戦闘において、生身で相対する魔導師だけではなく、強大な攻撃力を備えた艦艇であっても重大な被害をこうむりうるということがわかったのだ。
当然ではあるが、魔導師が生身で魔力機械と交戦するということは考慮されていない。アインヘリアルのような地上砲台、防衛用の戦車などを攻略するには、歩兵の魔導師であっても対人用デバイスではなく対戦車ライフル級の大型デバイスを使用する。
JS事件の際も、ゆりかごの迎撃に上がった魔導師たちは空戦用バリアジャケットを装備し、これは地上用とは異なる空中戦用の、いわば人間サイズの魔力戦闘機とも呼ぶべき装備である。
アルザスの現地自治体が当初考えたように、野生の魔法生命体を地元猟友会が駆除するというようなわけにはいかないのだ。
人類の力を明らかに超越した宇宙怪獣が相手なのだと、はっきりと認識しなくてはならない。
海鳴市北部に不時着したヴァイゼン艦では乗員が救助されているが、墜落時の衝撃で死亡した乗員もいる。
彼らの遺体は上空に待機している旗艦チャイカが用意した棺にひとりずつ納められ、同艦に運ばれている。
輸送のためには、周囲の市街地から見えてしまう場所であるという都合上ヴァイゼン側の上陸艇を使うわけにいかず、航空自衛隊のUH-60Jを使用して輸送を行っている。
各所から知らされる状況を整理していくにつれ、現在、地球と次元世界はこれまでにない緊張状態にあるということをデビッドは実感していった。
デビッド自身は技術者ではなく、あくまでも人を集めて組織をつくる実業家である。
業務を進める上でデビッド自身がクライアントと営業交渉を行うことも多い。相手になるのはアメリカのいわゆるコングロマリットや政府機関の人間などである。
彼らから、事業ロードマップの参考にしてくれと渡される資料──広報資料として一般公開されているものだけではなく機密に類されるものもある──を見るだけでも、アメリカが行っているさまざまな秘密の計画が浮かび上がってくる。
それは一般の市民からしてみれば、政府の陰謀と喧伝されたり、都市伝説と一笑に付されたりするだろう。
エリオ・モンディアルは、北海に落下した大型バイオメカノイドの個体は管理局の機動兵器により破壊され、現在イギリス海軍とドイツ海軍が共同で残骸処理にあたっていると伝えた。
かつて機動六課時代、六課フォワード陣が海鳴市を訪れた際にはエリオたちはデビッドとも面識があった。
機動六課の頃はまだ幼さが抜けない少年魔法戦士だった彼だが、今は立派に成長し管理局捜査官として活躍している。
デビッドが知りうる情報としては、今回のミッション──異星人たちの世界では“次元世界”と呼ばれている外宇宙進出を目的にしている第2次ボイジャー計画を進めるにあたり、NASAだけではなく国防総省が絡んでいるというものだった。
すでにアメリカは、20世紀中ごろから地球を訪れていた次元世界の航宙機を観測、もしくは事故などで墜落した機体を鹵獲し、分析、研究を進めていた。
それら、次元世界のいわゆる魔力機械から取り出された技術がアメリカ軍の最新装備に反映されているというのは、ある一定以上のレベルの業界人にとっては公然の秘密である。
北海では撃沈されたミッドチルダ艦から、僚艦が乗員の収容を行っているが、彼らもイギリス海軍による救援の申し出は断っている。
少なくとも現時点では、地球と次元世界は正式に国交を開いておらず、互いの世界の人間が接触するのは後々面倒なことになるのだろう。
「ミッドチルダの艦は地球に滞在を?」
『ロンドン郊外の空軍基地に、まもなく入港予定です。巨大要塞インフェルノが未だ地球軌道上にある以上、これへの対処を行わなくてはなりません』
「インフェルノが地球上空に現れてからもう3日がたちますが、戦況はどうですか。地上からは双眼鏡で覗いても見えません」
『厳しいと聞いています。こちらの武器でも彼らを倒すには威力、手数とも不足気味です』
「イギリスではM機関なる組織で超古代文明の機動兵器を作っていると聞いています」
『復元作業で手一杯です。とても実戦投入は無理です』
「そうですか……」
日本でも、海鳴市に墜落する次元航行艦の様子はアマチュアカメラマンによって撮影され、当初は巨大隕石の落下として報じられた。
しかしそれからまもなく、捜索のためにやってきたヴァイゼン艦が海鳴市上空に現れたことによって、もはや異星人の来訪を国民に隠し通すことは不可能になった。
これまで、航空自衛隊やアメリカ軍などがスクランブルを行ったUFOは、こちらが接近すると猛スピードで逃げたり、レーダー上で突如反応を消したり、目視できるところまで接近してもまるで透明になるように姿を隠したりしていた。
異星人の乗り物、すなわちエイリアンクラフト──次元航行艦は地球の兵器では相手にならない超高性能がある。
しかし、今回海鳴市に降下してきた艦はそれらの防御装置を、あえて使用しないようにしているように見えた。
地球の宇宙船、ソユーズやSSTOなどは大気圏突入の際には時速2万キロメートル以上の高速で突入し空気抵抗で減速しなければならないが、ヴァイゼン艦は大気との摩擦を起こさない程度の速度でゆっくりと降下してきた。
さらに地上近くまで降りてきてからはこちらのジェット戦闘機に合わせたような亜音速で飛行し、航空自衛隊によるF-15発進にも応じてゆっくりと飛んでいた。
レーダーにもしっかりと映り、各地のレーダーサイトからの追尾は続けられていた。
異星人は、自分たちの姿を現そうとしている。これまでのように隠れてはいない。
それは、地球人に対して自分たちの存在を知らせるべき時が来たということだ。
深夜0時を回り、日付が1月2日に変わった頃、高町士郎・桃子夫妻がハラオウン家邸宅を訪れた。
デビッドもバニングス邸からこちらに詰めており、ノートパソコンを持ち込んで関係各省との連絡を取っている。
高町なのはが管理世界に渡るにあたり、日本における身元の処理は不可欠な手続きであった。もともとミッドチルダ人であったフェイトはともかく、なのはとはやての二人については住民登録があるのに本人がいないという状態を解消する手続きが必要になってくる。
はやては、グレアムの助言を得て戸籍を削除し、ミッドチルダへの永住を決めた。
なのはは、それよりも後、11歳のときの撃墜事件を機に、この問題を真剣に考え始めた。これまでのように、戸籍を日本においたまま、長期旅行というような形で次元世界に行くというわけにもいかない。
もし次元世界で作戦任務中に殉職となった場合、地球ではその情報が伝わらないため、行方不明者扱いになってしまう。
次元世界とは広大な星間文明国家である。元々人類が居住していた星だけでなく、いくつもの惑星に進出し、開拓していった。
未知の世界を目指して探検に出かけようとするのは、地球人も次元世界人類も変わらない冒険心である。
その中で、彼らはいわゆる“エイリアン”に、この現代に至るまでついに遭遇しなかった。
広大な宇宙──次元世界には、しかし人類しか住んでいなかったのである。
天文学、進化生物学に基づくならば、宇宙に存在する恒星系はさまざまなものがあり、そこに存在する惑星もさまざまな環境を持っている。そのような多様な環境で、生物が画一的な進化をするというのはにわかに考えにくい。
まったく違う星で生まれた生き物が、出会ってすぐに意思疎通が可能なほど、知的文明は宇宙の別々の場所で発生するのだろうか。
そういった疑問はさておいても、当初の次元世界は転移魔法によってそれぞれの世界を行き来することが出来、交易を持っていた。
当時は、まだ天文学が発達していなかったこともあり世界はすべて地続きで、次元世界というのも世界はテーブルを何台も積み重ねたような層構造をしておりそれを行き来しているのだといわれていた。
旧暦以前の時代に描かれた宇宙の想像図を見ると、第97管理外世界でいうジッグラトやピラミッド、バベルの塔のような、数十階程度の石積みの建物の中に各次元世界が収まっている様子が描かれている。
あるいは、平たい身体をした竜の背中が大地であり、竜が何匹もおぶさっている様子が描かれている者もある。
しかしそれも、転移魔法を船に施した次元航行船の発明により、しだいに広い海に浮かぶいくつかの島というような描かれ方をするようになった。
やがて科学技術文明が発達し、航海技術も発達して高精度な測量が可能になると、まず1つの次元世界には1つの地球が存在するということが判明した。次元世界とは、それぞれ別個の有人惑星ということである。
確かに各世界では、観測される他の惑星や太陽の様子なども若干異なっており、それはそれぞれの次元世界は独自の太陽系を持っているからだということがわかった。
惑星の配置が似通っているのも、ハビタブルゾーン(生命の存在に適した領域)という考え方によって説明されるようになった。
すなわち太陽に近いほうに小さめの岩石惑星が、太陽から遠いほうに大きなガス惑星が形成されるというものである。
このガス惑星の配置が適切であれば、内惑星領域への彗星や隕石の爆撃を避けられ、さらに内側の岩石惑星は太陽からの適度な熱を受ける位置に安定した軌道を保つことができ、液体の水と二酸化炭素の大気が生まれ、その中で生命が誕生するというものである。
旧暦時代ではおよそ20個程度の次元世界が知られており、それは20個の太陽系と地球がそれぞれ存在したということである。
イギリスにいるエリオたちからの連絡を待つ間、士郎と桃子はそれぞれ、エイミィから渡された次元世界の歴史書や科学史書を読んでいた。次元世界の成り立ちを、即席ながら学ぶためである。これから次元世界に関わっていく上で、そこがどんな世界なのかを知る。
娘、なのはが生きている世界がどのようなものなのか。単なる異星人の星、ではない、独自の世界を持った領域である。
次元の海を渡る航海技術が発達し、各地の次元世界の探査が進んでいくにつれ、この宇宙というものがどのような有様をしているのかというのが次第にわかっていった。
地球たる惑星は太陽たる恒星の周りを公転し、恒星は数光年から数十光年の間隔をもって星団をつくり、数千億個の恒星が集まって銀河をつくっている。
銀河はさらに数百万光年の範囲で銀河団をつくり、銀河団がいくつも集まった超銀河団は実に数億光年もの大きさを持っている。
はるか遠方の銀河を観測するときに、銀河が高速で移動することによってスペクトル吸収線がずれて見えることから宇宙が膨張していることが判明し、この膨張を逆算していった結果、宇宙の年齢は137億年と計算された。
この数値はどの次元世界で観測した赤方偏移の値でも同じである。
第97管理外世界と呼ばれる地球は、天の川銀河に所属している。ここからほかの、たとえばアンドロメダ大銀河などを眺めた場合、そこには220万年前の光が見えている。
同様に、アンドロメダ大銀河に所属する地球に住む次元世界人類からは、220万年前の天の川銀河の光が見えている。
人類はさまざまな星に住んでいるが、しかし、この第97管理外世界で恒星間宇宙船を仕立ててアンドロメダ大銀河に向かっても、そこに人間の姿を見ることはできない。
異なる次元世界に住む人類は、次元間航行なしには互いを見ることができない。
このような現象は、スーパーストリングス理論が導き出すブレーンワールドの存在によって説明される。ヘテロティック弦理論が示す26次元時空によって分割された一つの宇宙空間であり、それはドメインウォール、あるいは虚数空間と呼ばれる。
次元世界とは、さまざまな星に住む人類がひとつの宇宙を共有している姿である。
それぞれの星に住む人類からは、宇宙には満天の星があり、ひとつの太陽があり、ひとつの地球がある。他の星に住む人間──いわゆる宇宙人はいない。
しかし次元間航行を用いると、あたかも並行世界に移動したかのように、もともといた世界では何もなかった場所に、人間の住む惑星を見つけることができる。
それでもなお、この宇宙とはただひとつ存在するものであり、いわゆるパラレルワールドの様相を呈してはいない。
人間以外の現象は等しく観測されるのである。
たとえばアンドロメダ大銀河はどの次元世界からも見えるし、第97管理外界の暦で西暦1987年に発見された大マゼラン銀河の超新星SN1987Aは、周辺のすべての次元世界からも同様に観測されていた。
人類はひとつの宇宙に、それぞれの星に分かれて暮らしているのである。
この宇宙の有様の原因は長らく不明であったが、ここ数年の最新宇宙論によれば、位相欠陥と呼ばれる次元のひずみがこのような光景を見せているのだという説が地位を上げてきていた。
次元世界同士を隔てているのが位相欠陥と呼ばれる天体である。
もっとも天体といっても惑星や恒星ではなく、空間がいきなり割れたり壁のようになっているものである。次元断層が線状に伸びている場所ならば宇宙ひも、断層でずれた時空が平面を成していればテクスチャーと呼ばれる。
特にこのテクスチャーの存在によって、実数空間と虚数空間、そして深宇宙の成り立ちが説明できる。
次元間航路とはヘテロティック弦理論が説明する26次元時空のうち、コンパクトに畳み込まれた余剰次元に開いた空間でありこれが実数空間に出現するとそこがドメインウォールとなり、それぞれの次元世界をあたかも並行宇宙のように分割する。
次元断層や次元震動などの次元間物理現象の発生機構には、次元膜(ブレーン)を移動する素粒子グラビトンが深く関わっている。現代では、グラビトンの波動、すなわち重力波を用いることで次元を超えた宇宙方程式を記述することが可能になる。
ミッドチルダでも未だ研究途上であるこの分野では地球も高い技術力を持ち、地球発の最新宇宙論は次元世界の魔法技術にも大きな貢献を残している。
超高次元の存在がもたらすこの原理がわかっていれば、未知の次元世界をより効率的に探索することが可能になってくる。
次元世界では今、この宇宙の大規模構造を経て出現した異質存在により、未曾有の危機を迎えている。
人間は、新たな現象に遭遇したときまずそれが既知の現象のどれかに該当していないかどうかを調べようとする。それが未知の事象であるかどうかを、すぐに判断することができない。
バイオメカノイドへの対処が遅れたのは、それが未知の存在であるということに気づくのが遅れたからだ。
士郎自身はすでに引退した身であるが、現在もSPの仕事をやっている知人などから、かすかに伝え聞いてはいた。
現在報道されている、地球周回軌道に入った巨大隕石の正体が、バイオメカノイドなる宇宙怪獣が巣食う巨大人工惑星であるという事実。
米軍はすでに異星人──なのはたちが所属している管理局を組織しているミッドチルダ人──と連絡を取り、対処を検討している。
それに伴って、互いにその正体を知らない人間同士が衝突から混乱を招かないよう、海鳴市には急遽、人員が投入されつつあった。
北部の温泉地帯に墜落した次元航行艦の救助に向かったイギリスSASの派遣に、上院議員アルバート・クリステラの意向が反映されていることは間違いない。さらに米CIA、香港警防などの各国工作員が続々と日本に入国している。
普通の市民には気づかれないだろうが、士郎には、ここ数週間で明らかに“その筋”の人間が街に増えているということが実感されていた。
エイミィの話では、彼らはかつてのPT事件、闇の書事件の痕跡を調べていたという。士郎の娘、高町なのはが関わった事件である。この事件ではジュエルシード、そして闇の書という次元世界由来の物体が海鳴市に持ち込まれ、魔法を用いた戦闘が発生した。
それは海鳴市にわずかな痕跡を残し、アメリカはその痕跡を追ってついに、次元世界の存在を突き止めたのだ。
なのはは今、時空管理局本局におり、巨大戦艦インフェルノ攻略作戦のために準備をしている。
本局は、地球から何万光年離れているのだろうか。少なくともこれまでの観測データからは、同じ天の川銀河に属するらしいということはわかっている。
日本で夜が更けていくとき、ヨーロッパではまだ日中である。
デビッドのノートパソコンで受信したメールで、ロンドン郊外、ブライズ・ノートン空軍基地へのミッドチルダ艦隊所属巡洋艦の着陸作業が始まったことが伝えられた。
イギリスは、異星人を自国領土内に迎えたことになる。
空軍基地の周囲には、異星人の宇宙戦艦、今までUFOといわれていたものの正体を一目見ようと見物にやってきた市民がちらほら集まっていた。もし万が一、彼らの中に暗殺者などが紛れ込んでいないとも限らない。
警察だけでなく、軍による警備が必要になる。
「デビッドさん、あなたはもうこの仕事に携わって長いのですか」
士郎は質問した。なのはやアリサがまだ小さいころは、同じ学校に通う娘を持つ親として近所づきあいはあった。
過去はともあれ今の士郎は喫茶店を経営する一自営業者であり、片やデビッドは日米にいくつも企業を所有する実業家である。
互いの仕事を深く詮索しないというのは、日本の都会に暮らす人間としてはごく普通の心理だった。
受信したメールにフラグを立てて、デビッドは顔を上げ、頬を爪で掻いた。
「ええ。私が最初に作った会社というのが、航空機の部品を製造しているんです。そこで、7年──いえ、8年ほど前ですか、新しく打ち上げる探査機の機体を作ってくれという案件を受注したんです」
第2次ボイジャー計画は、米国議会においては2014年に予算が承認され、翌2015年よりプロジェクトチームが発足している。
「その探査機というのが」
「──はい。ボイジャー3号は現在、キグナスGII──第511観測指定世界に到達しています。打ち上げからわずか半年でです」
外惑星領域に向かう探査機というのは、打ち上げから目的地にたどり着くまで何年もかかるのがこれまでは普通であった。
しかしボイジャー3号はわずか半年で太陽系を脱出し、人類史上初となるワープ航行を成功させた。
NASAのプレスリリースでは海王星付近に遠地点を持つ楕円軌道に投入されたと発表されているが、実際の機体は既に太陽系にはいない。地球を離れること170万光年、銀河系外の虚無の淵にその星はある。
いわゆる次元間航行については、理論的には、もうじゅうぶん基礎が出来上がっていた。あとは投入するエネルギーをどうするかが問題であった。
そこへ、異星人──次元世界人類の用いる魔力というエネルギーが浮上してきた。
「その頃から既に──いえ、ハラオウンさんがこちらにいらした頃にはもう?」
士郎の推測を、エイミィも否定はしない。なにより彼は、エイミィやリンディとしても近しい人間である高町なのはの父親である。
彼に情報を隠して都合がよいということはない。むしろ、隠し事をして不信感を持たれる事はマイナスである。
アメリカにはアメリカの都合があるのだろうが、管理局にも管理局の都合がある。
8年前といえば、なのはたちが丁度、“レリック”なる物体の調査を行っていた時期である。
さまざまな世界で分散して発見されていたレリックを捜索するため、一度海鳴に戻ってきたこともあった。
そのとき既にリンディは第97管理外世界での統括官の仕事をしていたので、顔見世程度で特に一緒に行動したりということもなかったが、この時期の符合に士郎は引っかかるものがあった。
士郎はSP時代のいくつかの仕事から、アメリカの裏の顔、性格というものを知っている。
アメリカが行動を起こすとき、それは必ず情報を入手したときである。
アメリカは、殊にアメリカ軍は、推測だけでは絶対に動かない。情報による裏づけがあってはじめて何らかの計画をスタートさせる。
2015年、新暦では75年というこの時期にアメリカが第2次ボイジャー計画をスタートさせたのは、ミッドチルダにおける何らかの事象に進展がありそれがアメリカにとって信じるに値する何らかの情報をもたらしたからであると士郎は考えた。
「ご推察、恐れ入るばかりです。確かに──JS事件と管理局では呼んでいます──当時、レリックなる純粋魔力電池とその由来について、管理局技術部では分析が行われました。
そして、戦闘機人というサイボーグ技術の由来を調べていくうちに、それが先史時代──おおよそ1万年以上前にまで起源をさかのぼることが判明したのです」
「魔力電池、ですか」
「私たちが使う魔力というのは、特別に精製した結晶鉱物に溜め込むことができます。私たちの世界で電池(バッテリー)と呼んだ場合一般的にはこれをさします」
「ちょうど、電気自動車の燃料電池のようなものですよ」
デビッドが補足する。燃料電池を用いた電気自動車では、モーターを回す電気を作るのに水素を使用するが、水素は気体や液体の状態では取り扱いが困難である。そこで特殊な合金に水素を吸い取らせることで安定した状態で搭載している。
同じように魔力素を大量に含むことのできる物質が次元世界では作られているということだ。
「サイボーグというのはわれわれ地球人が想像するものと同じと考えてよいのですか」
「その通りです。私たちが用いる魔力は、機械によってある程度の平均化はできますがどうしても使用者の熟練度や個人の能力差によるところが大きく、戦闘技術としては不安定でした。
そのため、機械によって強化した兵士というものが考案されました」
「それが戦闘機人と──名前からして、戦闘目的での身体能力強化というわけですね」
「はい。もっとも、医学的なハードルもさることながら倫理的な面からの反対も大きく、広く実用化に至ったとはいえません。
しかしその基礎研究の段階で、かつて昔──こちらでは中世に相当する時代──、既に人類はサイボーグ技術を実用化しており、諸国の王族がそれを用いて戦線に立っていたということがわかったのです」
「数百年ほども前ですか。しかしそんな昔では、精密な医療技術や、金属加工などの技術もなかったのでは」
「ええ。もちろん当時の魔法技術も、現代とは比べるべくもありません。これに関してはいまだに、ロストテクノロジーと呼ぶべきものです……。
さらに調べていくうちに、恐ろしいことがわかりました。当時用いられていたのは、人機融合技術──すなわち有機物で機械を作り、これを人間に移植するものです。
人間が、機械を生体内で生産し、組み立ててしまうのです。当時の王たちは、もはやヒトとは呼べない存在にまで昇り詰めようとしていました」
デビッドも士郎も、思わず唇を締め、息を呑んだ。
よくSF映画などでデザインされるような、生き物のように振舞う機械の怪獣。それはバイオメカノイドと呼ばれた。
ここでようやく、エイミィがこの話をした理由がわかってきた。
現在、地球に降り注ぎつつある宇宙怪獣バイオメカノイドは、まさに人機融合技術によって誕生した改造生物であり、機械怪獣なのだ。
報道で見た、北海で撮影された大ダコ型のバイオメカノイドは、明らかに金属質の身体を持っていた。
士郎、デビッド、エイミィが向かい合っているテーブルの後ろで、桃子はそっと話を聞いている。
カレルとリエラを寝かしつけたアルフが一度キッチンに戻ってきたが、マグカップを流しで洗って片付けてから、何も言わずに寝室へ戻っていった。
「なるほど……それで、私が呼ばれたというわけですね」
士郎がかつて請けていた仕事に関わる組織の中で、そのような人機融合技術に触れていたものがあった。
これに関してはもともと日本政府が絡んでいたこともあり、アメリカとのやりとりの中ですぐに判明した。
何よりも士郎は、高町家は管理局内での実力者高町なのはの実家であり、ここが押さえられてしまうと管理局での彼女の行動に支障を生じる可能性がある。
そのような事態を未然に防ぐためのリンディの判断であった。
レティからの報せで本局に召還される際、リンディはエイミィに言伝を残した。現在第97管理外世界に滞在している管理局員に加えて、彼らが身を寄せている現地人の保護も並行して進める。
殊に、高町家はこの世界で現時点において唯一、現役の管理局員がいる家族である。
ここを衝かれ、高町なのはが行動の自由を奪われることは多大な損失につながる。
「この件に関してはCIAと管理局は協調をとっています」
「私自身も、それなりの準備はできています。恭也と美由希にも伝えます」
「わかりました。エリオ君にも、合わせて二人へ連絡するように言っておきます」
深夜の町は静かに、沈黙している。
駅から離れたバイパス道路を、トラックが時折走り抜けていく。冬の冷たい空気に、遠くの音が響いて聞こえてくる。
このような環境の中でも、気配を隠すことができる技術を持つ者たちが海鳴市内に数え切れないほど潜んでいる。
彼らは一見普通の市民に成りすまし、ひそかに目標に近づき任務を遂行する。一見平和な町の中で、数々の事件や陰謀が進んでいく。
もう何十年も前から、この中京地方の小さな観光都市、海鳴市とはそういう町だった。
何の因果か、この地に生まれた健気な少女、高町なのはは、今は異世界へ飛び出し手練の戦士として戦場を駆け巡っている。
今更それをどうこうできる義理は士郎にはないのかもしれないが、力を持つ者がそれを正しく役立てることができるということが、ミッドチルダという世界に暮らす人間にとって最上の幸せであるという価値観は、結果的にはなのはにとっては幸運だったと士郎は思っていた。
ひたすら世界の闇から目をそらして、何も知らないまま怠惰な人生を送るよりはよほどいいのかもしれない。
投げやりに、不貞腐れてしまうのは自分や恭也が男だからなのだろうか、なのはには自分たちにはない芯の強さがある──と、士郎は思っていた。
再び、デビッドのノートパソコンが新着メール受信を知らせるアラームを鳴らした。
メールソフトを開き、文面を確認するデビッドの表情を、エイミィと士郎は固唾を呑んで見守る。
「──2体目の大型個体が現れました。北極海上空で、米軍空母部隊と交戦中との事です」
地球の艦や戦闘機が、バイオメカノイドにどこまで対抗できるか。ミッドチルダ艦隊とクラウディアはイギリスへ向かっており、他の艦も現場には急行できない。
ほとんどの艦がインフェルノを離れてアルザスに向かっているはずだ。
デビッドに知らせてきたのは、アメリカのオフィスで仕事をしているバニングス・テクノクラフトの社員だった。
アメリカでは、上空に現れた大型バイオメカノイドの姿が市民に目撃され、ニュースでも大きく報道されていた。
いずれ、ヨーロッパや日本のマスコミもこれを無視できなくなるだろう。大型バイオメカノイドがインフェルノから飛び出してきた瞬間は米軍の偵察機、偵察衛星によって撮影されている。
アメリカだけでなく各国でも、あの物体は隕石などではなく人工的な物体、エイリアンの宇宙船だ、それを認めて情報を公開しろという追及が厳しく上がっている。政府、そして軍はこれを無視できない。国家として対策を取らなくてはならない。
そして、アメリカだけでなく世界中のどの国の空にも、大型バイオメカノイドが現れる可能性がある。
日本とて例外では、ない。
成層圏の黒い空に、アフターバーナーの輝きが舞う。
ミサイルを発射するために距離を離そうと、12機のF/A-18Fは全速力で飛んでいた。現在搭載しているASM-135ミサイルは熱核弾頭を搭載しているため、至近距離で発射すると自機も吹っ飛んでしまう。
ソ連MiG-25SFRはミサイルを撃ち尽くしたためいったん帰還し、入れ替わりに別のMiG-25SFRとSu-35がR-73対空ミサイルを搭載して向かってくる。
W82核弾頭を撃つ場合、安全距離として20キロメートル程度をとるよう定められている。
ドラゴンはまだ空中でゆっくり漂うように飛んでおり、時折口からプラズマ弾を吐いているが、本格的な攻撃態勢に入っていないと思われた。その間に安全圏まで退避し、F/A-18F戦闘機12機によるASM-135の一斉射撃を行う。
合計24発の核ミサイルをぶつける。この際、上空のインフェルノは後回しだ。大気圏内に降りてきたドラゴンの撃破が優先される。
「全機反転!俺の左右に従って攻撃隊形をとれ!」
隊長機が指示を飛ばす。高度6万8千フィートで12機のF/A-18Fは大きく180度ターンし、ドラゴンに向かい合う。
ドラゴンは直立した姿勢のまま、ゆっくりと高度を下げつつあり、風に吹き流された巻雲に脚が触れそうになっている。
「目標、正面前方距離27マイル、ミサイル発射準備完了です!」
「ステイン1よりコントロール、全機攻撃準備完了した!」
『了解、ミサイル発射コードを確認する』
「発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト!」
『発射コード、ノヴェンバー・アルファ・ノヴェンバー・オスカー・ホテル・アルファ、セブン、ゼロ、エイト、コード確認よし、コントロールよりステイン1へ、ミサイル発射を許可する』
「了解、これよりミサイル発射を行う。ステイン1より全機へ、ミサイル安全装置解除せよ」
空母戦闘管制室と編隊長の間で管制コードの復唱が行われ、核ミサイルのロックを解除する。
「ステイン2、目標ロックオン」
「ステイン9、ロックオン完了、いつでも撃てます!」
各パイロットたちからの、攻撃準備が完了したという報告が編隊長に届く。この準備作業の間、F/A-18F編隊はドラゴンに次第に近づきつつあり、視界の遥か彼方で、雲を淡く照らすドラゴンの発光する姿が見えている。
「攻撃開始!」
距離35キロメートルをとり、横一列に並んだ12機のF/A-18FからASM-135ミサイルが発射される。
成層圏高度では水平発射も可能なこのミサイルは重力を振り切って飛ぶために非常な超高速での飛行が可能であり、近接信管によって目標に直撃しなくとも起爆する。
F/A-18F編隊はミサイルの近接信管を500メートルに設定し、また信管が作動せずとも発射から36000メートルを飛んだ時点で起爆するように設定した。
もし目標を大きく外しても、大気圏内核爆発による熱線の放射で敵を攻撃する。
大推力ロケットモーターによってASM-135は瞬時にマッハ7を超える極超音速に達し、ソニックブームを纏いながら突進する。
これほどの速度では信管に求められる精度は非常に高くなり、弾頭に取り付けられたシーカーは短波長レーザーによる測距を電波誘導と併用して行いながら起爆を制御する。
「ミサイル発射を確認、全機反転離脱!」
それぞれ左右に135度ロールをかけ、スライスターンで反転していく。
旋回中、機体の腹側を敵に向けることになるのでコクピットから敵の姿は見えない。この距離での発射では、発射から命中までにかかる時間は30秒足らずだ。
核爆発の熱線をコクピットにもろに受けないよう、機体姿勢を制御する必要がある。
「操縦桿をしっかり掴め!フィードバックに注意しろ」
「着弾します!」
黒い空が、黄金色に染まった。
夜空に突如太陽が出現したように、北極の空にまばゆい火球が出現する。
24発のASM-135ミサイルはドラゴンの周囲を取り囲むようにして爆発し、弾頭に詰め込まれたプルトニウムの核分裂エネルギーを解き放った。
核分裂によって放射されたガンマ線の高エネルギーは周囲の粒子にぶつかって光子や電子を発射させ、これらは強烈な電磁波となって放出される。
電磁波は、荒れ狂うエネルギーの奔流ですべての粒子を溶かし、分解し、発散させる。
大気が燃えるほどの高温が、北極の空に出現する。
駆け抜ける衝撃波が、戦闘機たちの翼を揺さぶり、パイロットたちは下方へ叩きつけられるような加速度を感じた。
W82核弾頭はこの空気の薄い成層圏にあっても強烈な爆風を発生させ、眼下に広がる白い雲が、綿を吹くようにゆっくりと、ちぎれて散らばり、広がっていく。
「ミサイル起爆を確認、戦果確認を」
『こちらでも爆発を確認した、電磁パルスが通過しきるまでもう数分かかる』
「機体に異常がないか調べろ。雲の下はマイナス50度の極寒だ、ベイルアウトしても誰も拾ってくれないぞ」
「こちらステイン3、自分は大丈夫です」
「ステイン7、尾翼エンジンともに異常なし」
「光が引いていきます」
総核出力50キロトンにも達したW82の爆発は、1分以上をかけてゆっくりと減光していく。
その間にF/A-18F編隊のパイロットたちは機体を立て直し、敵が万が一生き残っていないか注意して再び上空へ向き直った。
「うおっと、おいハマー、爆心地を見ろ、ドラゴンの破片だ」
編隊長と同期のパイロットが、眼前に広がる光景を見て思わず言葉を漏らした。
「本当だ──敵は粉々に吹っ飛んで──いや、あれだけの核爆発を浴びて固体が残っていること自体が驚異か──」
高層大気に広がったウィルオーウィスプのようなガス塊の中から、輝くように燃焼する粒々が噴出してきていた。
爆発によって生じた火球がゆっくりと発散していくにつれ、プラズマの中から燃え残ったかすのような、きらめく小さな固体が現れた。それはゆっくりと放物線を描いて落下をはじめ、輝きを保ったまま雲の中に落ち込んでいく。
あれは流れ星ではない。大気との摩擦で光っているのではない。
核爆発の余熱で発光しており、熱と光を纏いながらエネルギーを放っているのだ。
出力を上げたF/A-18Fの索敵レーダーで、それまでドラゴンがいた空中の地点には、直径が1メートルを超える大きさの物体は存在しないことが確かめられた。
ASM-135ミサイルによる攻撃で、大型バイオメカノイドを殲滅したことになる。
ドラゴンを形作っていた物質は粉々に砕け散り、対流圏に向かって落下していく。
「こちらステイン1、目標の破壊を確認した」
『コントロールよりステイン1了解、こちらでも敵大型バイオメカノイドのレーダーからの消失を確認した。
敵は消えたか?それとも残骸が残っているか』
「いや──」
ジョン・C・ステニスの管制官は、敵が消えたかという言葉を、“存在を失ったか”と表現した。
すなわち、まったく影も形も残さず消滅したか、もしくは死骸が残っているかである。
F/A-18F編隊のパイロットたちの周囲を、燃える軽金属のような、手持ち花火のような炎を輝かせながらドラゴンの残骸が散らばり、大気圏に落ちていく。
「ステイン1よりコントロール、敵大型バイオメカノイドは砕け散った。破片が大気圏に落下していく、破片はおそらく核の余熱で燃えている」
『──了解した。バイオメカノイドの死骸が地上ないし海上に降り注ぐ恐れがある。ただちに降下し追撃せよ』
「なんだって?」
編隊長は思わず聞き返した。やっとの思いで敵を振り切り、核を撃つという決断をして敵を倒したというのにまだ戦闘は終わりではないというのだ。
他のパイロットたちも、仕掛け花火を眺めるように緩みかけていた意識を何とか持ち直す。
核爆発によって放たれた大量の電磁波が電離層を刺激し、北極の空を覆いつくすようにオーロラが広がっている。
最初に散らばっていった破片は既に雲の中に消えており、高度10キロメートル以下まで落ちている。
地球重力と空気抵抗から考えられる落下所要時間では、おそらくあと2分ほどで最初の破片が北極海に落ちる。
『バイオメカノイドはとても小さな中枢組織(コア)を持っている。管理局からの情報によれば身体を破壊してもコアが無事なら再生するおそれがあるとのことだ』
「Holy shit──アメーバかプラナリアかよ」
「了解した、ただちに追撃に向かう。全機、俺に続いて高度1万まで急降下!対空ミサイルは無い、パルスレーザーで狙うぞ。プラド、お前の射撃の腕を見せてやれ」
「仕方ないな、わかったハマー、どっちが沢山落とせるか競争だ」
ハマーと呼ばれた編隊長と、プラドと呼ばれたF/A-18F編隊2番機のパイロットは海軍航空隊では同期で幼馴染だ。
階級上、ハマーの方が上司にはなるが現場でも時折じゃれつくような軽口のやり取りをする。
「気を抜くなよ、空中で触手が生えてきて叩き落されないとも限らん」
『こちらジョン・C・ステニス管制室、ステイン小隊は敵バイオメカノイドの残骸掃討へ向かえ。迎撃エリアをバフィン湾上空、高度8000から25000フィートに設定。
湾の外に落ちてくるものはこちらのシースパローとスタンダードで狙う、無理に深追いはするな』
「了解、全機湾内で索敵開始せよ。勢いあまって味方のミサイルに突っ込むなよ」
隊長機の指示に従い、F/A-18F各機はほぼ垂直降下でバフィン湾へ急行する。
北東、グリーンランド側から向かってくるソ連機編隊に対しては、破片との誤認を避けるため高度6000フィートで湾内に進入するようジョン・C・ステニスから要請された。
破片の数と散乱した広さから、すべてを迎撃することは困難だ。戦闘機の飛べる高度を下回ってしまった破片は無視して、とにかく上から降ってくる破片を片っ端から破壊していく。
Su-35が搭載するR-73ミサイルは追尾性能が高く、また戦闘攻撃機としての性格を持つ同機種はミサイルの搭載量が多く迎撃戦闘に有利とされた。
「こちらレッド1、破片迎撃作戦を支援する」
ロシア訛りの英語で、ソ連機編隊のパイロットが通信を送る。
極夜の北極海、高高度核爆発の余波で深い赤紫色に澱む空の中で、米ソの戦闘機たちはそれぞれに散らばり、敵バイオメカノイドの破片を追う。
パイロットたちはそれぞれに目ざとい破片を自機の正面に捉え、レーダーを照射して目標をスキャンする。これによって火器管制装置に目標の形状や特徴を覚えこませ、追尾やロックオンができるようにするのだ。
今回の出撃ではASM-135対宙ミサイルのみを装備し空対空ミサイルを積んでこなかったため、F/A-18F編隊は航空機銃であるR-150パルスレーザー砲で攻撃を行う。
レイセオン社によって開発されたこのレーザー砲は米海軍艦艇の個艦防空システムとしても従来のCIWSファランクス20ミリ機関砲を置き換えつつあり、高速パルスによる超高密度照射はレーザー対策として鏡面加工を施されたICBM弾頭であっても破壊可能とされる。
レーダー画面上で、ドラゴンの破片は燃える彗星のようにガス状の物質を噴出しているのが映し出されていた。
大型バイオメカノイドの肉体を構成していた物質が燃焼して、ハロゲンガスを放出してそれが燃えている。大気の濃い対流圏下部に入り、核の余熱で発火し酸素によって燃え始めている。
「塵も残すな!」
Su-35はR-73ミサイルで比較的大きな破片を狙い、破壊する。MiG-25SFRは長射程の大型レーザーで遠距離から破片を狙い打つ。
雲の水分に触れて、雷が鳴っているように激しく内部から発光している。
『ジョン・C・ステニスよりステイン小隊全機へ、上からさらに降ってくるぞ!破片じゃない、小さい個体だ!全機上空からの砲撃に注意せよ!』
空母管制室からの警告が編隊全機に送信される。大型バイオメカノイドに続いて、さらに小型の個体がインフェルノから飛び出してきた。
あたかも、夏の沼地に沸くユスリカのように、レーダー画面が砂を撒いたように無数の反応を拾い上げている。
エコーパターンは大きさが4〜6メートル程度、鳥や無人航空機に近い反応を見せている。
大きな2枚の扇型翼を持つ、双翅昆虫のような個体だ。空中からも、黒い空にきらめく銀色のダイヤモンドダストのような塊が見えている。
「ものすごい量だ」
「レッド1よりステイン小隊へ、わが方のMiG-25はパルスキャノンを積んでいる、これを遠くから撃ち込む」
「レーザーの大砲か!?」
「戦艦の装甲でも撃ち抜ける」
ソ連編隊の隊長機からジョン・C・ステニスに主武装の情報が送られる。管制はアイスランド上空に待機したA-50AWACSから行っているが、現場に近いジョン・C・ステニスに情報を集約したほうが効率がいい。
『こちらジョン・C・ステニス、全機火力を惜しむな、全力で撃て!誤射にだけ気をつけろ!』
「了解!」
ミサイルの数にも限りがあるので、Su-35も翼下に抱えたレーザーキャノンによる攻撃に切り替える。こちらはジェットエンジンの軸出力で発電機を回してチャージできるので、撃てる弾数が多い。
ジョン・C・ステニスに随伴する3隻のタイコンデロガ級も、スタンダードミサイルの上昇限度ぎりぎりを狙って、上空のユスリカの大群に照準を合わせた。
「バイオメカノイドからの攻撃が来るぞ」
黒い空に閃光が走る。
戦闘機のパイロットたちは反射的に、操縦桿を倒したりラダーを蹴ったりして機体を振る。
空中戦において攻撃を回避する方法のひとつは、急機動によって敵の狙いを外すことである。
敵の飛行型バイオメカノイド、ユスリカは大気の希薄な宇宙空間でも、耳障りな羽音を出す。平衡感覚を狂わせる騒音に乗って、青いプラズマ弾が上空から撃ち下ろされてくる。
「くおっ……とと、やばいぜハマー、こいつは途轍もなく速い!」
実弾銃の飛ぶ速度は秒速数百メートル程度、ミサイルでも秒速2000メートル程度である。
これらに比べるとレーザーやプラズマなどの光学兵器は非常に弾速が速い。レーザーはその名の通り光線なので光速で飛ぶ。プラズマの場合大気中では大気分子にぶつかって速度が大きく落ちるが、それでも秒速数万キロメートルの速度で飛んでくる。
発射の瞬間を見て回避することは不可能だ。
とにかく機体をランダムに動かし、敵に狙いをつけさせないようにするしかない。
ユスリカは機動性はそれほど高くないがとにかく発射する攻撃の速度が高く、回避は困難を極める。
常に機体を左右に振り、射線をはずす。もし敵のプラズマ弾発射の瞬間に敵の正面に位置していれば間違いなく被弾する。
F/A-18F編隊がユスリカの群れの中に突っ込んで、1分も経たないうちに1機目が撃墜された。プラズマによって瞬時に加熱されたF/A-18Fの機体は機内燃料が爆発を起こし、主翼や尾翼がちぎれてくるくると舞いながら落ちてくる。
「クソっ、墜ちたのは誰だ!」
「囲まれるな、アフターバーナーを全開で焚け!振り切れ!」
「多すぎます隊長、どっちを見ても敵しかいません!」
さらに1機が撃墜され、ジェット燃料が燃える黄白色の炎が空中から落ちていく。
数え切れないほどの、無数の小型バイオメカノイドが戦闘機編隊に群がっている。
ジョン・C・ステニスに随伴するタイコンデロガ級から、スタンダードミサイルとシースパロー対空ミサイルが続けて連続発射される。スタンダードは高空のかたまりになっている群れを狙い、シースパローは低空に降りた敵を狙う。
さらに各艦の127ミリ速射砲でも、低空まで降りてきたユスリカを狙い撃つ。
誘導性能のあるミサイルはともかく、北極海の荒波で艦が動揺する中では艦砲の命中率は著しく落ちるが、攻撃の手段を選んでいる余裕が無い。
とにかく全力で攻撃することが必要だ。
ジョン・C・ステニスでは大西洋艦隊司令部へ敵バイオメカノイドの大規模な地球降下を報告し、第2艦隊の他の艦へも応援を要請した。
最新型のズムウォルト級巡洋艦は太平洋に主に配属されていたが、ノーフォークにドック入りしていた1隻が緊急出撃を行うことになった。本級はレールガンのほか、長射程の誘導砲弾、荷電粒子砲を搭載している。
またインディペンデンス級沿海域戦闘艦も、最高速度50ノット以上と優速であり、プラズマ速射砲を持っているためバイオメカノイドとの戦闘が可能であると見積もられた。
F/A-18Fのパルスレーザーで撃ち抜かれたユスリカが羽を散らばしながら落ちていく。ユスリカの羽から鱗粉のような金属のかけらがちらばり、これがレーダーにノイズを浮かべていた。
ユスリカはとにかく数が多く、米ソ戦闘機編隊は圧倒されつつあった。
Su-35が遠距離からレーザーキャノンを撃ち込み、白い光条が空を貫く。200体以上のユスリカがまとめて撃ちぬかれて、空に銀色の破片が吹雪のように吹き流されている。
「敵の残骸に突っ込むなよ、インテークに吸い込んだらオシャカだ!」
3機目の被撃墜機が出て、炎のすだれが海に落着する。
いつの間にか戦闘空域がかなり高度が下がっており、海面付近での戦いに持ち込まれていた。空気抵抗が大きく、上空とは飛行特性も変わってくる。プラズマ弾を避けるには、じれったいほどに機体の反応が鈍い。
ユスリカたちは海面に沿って飛び、砂漠に現れる砂塵嵐のように、雲のような灰色の集団を作って海面を覆い突き進んでいた。
「敵が多すぎる、このまま空母に到達されたらひとたまりもないぞ」
「速射砲の弾はじゅうぶんにあるのか!」
パイロットたちの焦る声が通信で交わされる。
パルスレーザーは携行弾数が多いがそれでも限りはある。ある程度撃つと電池の役割をするキャパシタが消耗してしまい撃てなくなる。
今海域にいる空母1隻に巡洋艦3隻では多勢に無勢であるという恐れが出てきた。
既にタイコンデロガ級プリンストンがMk41VLSセル内のミサイルをすべて撃ちつくし、速射砲による砲撃に切り替えているがこれもこのまま全力砲撃を続ければもう3分もしないうちに弾切れする。
ソ連機編隊も、基地から遠いため燃料の問題があり、あまり長時間戦闘が出来ない。
Su-35はほとんど無照準でありったけのレーザーキャノンを撃ち、敵を多数撃墜しているが、これもとにかく敵の数が多すぎ、まるで雲を撃つように手ごたえが感じられない。敵は確かに破壊できているがそれ以上に大量の個体が、爆炎を乗り越えて進撃してくる。
北極海バフィン湾から、ジョン・C・ステニスの防衛線が突破され大西洋に出られてしまうとそこはニューヨークの目と鼻の先である。
何百万人もの市民がいる大都市が、バイオメカノイドに襲撃される。
1ヶ月前のクラナガンを襲った悪夢が、地球にも確実に迫りつつあった。
次元航行艦隊司令部ではようやくミッドチルダ海軍との連絡を取り、第97管理外世界に降下した艦からの報告を受けた。
大ダコ型の大型バイオメカノイドとの損傷でXJR級巡洋艦が沈没1、中破1の損害を受けた。残った3隻はクラウディアに続いてイギリス国内の空軍基地へ着陸している。
現地ではまずクラウディアがイギリス空軍との対応を行い、続くミッドチルダ艦の受け入れ準備を進めているという。
今回ミッドチルダ艦隊との連絡がついたのは、アルザスに転進した艦隊主力のほか、地球上空に待機したXV級巡洋艦が3隻残っていたからである。
インフェルノ内部での制圧戦の結果、ひとまずは敵バイオメカノイド群は組織的な行動をとれなくなっていると判断された。
インフェルノは戦艦というよりは人工惑星に近く、艦の運動を司るのは脳のような中枢組織ではない。各部に設置された兵装も互いの連携は取らず、独自に駆動している。内部に住むバイオメカノイドたちがエンジンを直接動かしている。
動力炉も数千基に分散されており、内部を次元航行艦によって掘り抜かれたインフェルノは今のところ外部の状況がつかめない盲目飛行の状態であるとみられた。
この状態に持ち込めれば、外部から力を加えない限り数十周(3週間程度)は放っておいても地球軌道に滞在できるため、あとはインフェルノが地球周辺を漂っている間にこちらが体勢を立て直すことが出来る。
ミッドチルダ艦隊司令トゥアレグ・ベルンハルト少将は配下の主力戦艦および空母を率いて第6管理世界アルザスに向かい、インフェルノの監視および地球の支援はヴァイゼン艦隊より抽出された巡洋艦戦隊が行う。
指揮をとるのはヴァイゼン海軍のユーリィ・A・ニーヴァ一佐であり、彼の乗る33級巡洋艦“ウリヤノフ”が臨時の旗艦となり、残っているヴァイゼン艦とミッドチルダ艦を指揮する。
ヴァイゼン艦隊司令イリーナ・M・カザロワ少将は現在こちらも地球に降下しており、墜落した33級71番艦の乗員を収容し次第ただちに発進すると伝えてきている。
さらにインフェルノ内部から次々とバイオメカノイドが地球大気圏内に降下しつつあり、一部では地球軍との戦闘が生じていると報告された。
次元航行艦でも魔力戦闘機でもない、地球の艦や戦闘機ではバイオメカノイドを相手にしては苦戦は必至である。
最も戦闘力の高いアメリカ軍でも、魔法技術を応用した装備はX-62を除いて未だ実験段階を出ておらず、実戦投入は難しい。既存のミサイルや実弾砲、光線砲や粒子砲で戦うしかない。
次元航行艦隊司令部に赴いて、現場のオペレーターから報告の提出を受けていたレティは、彼らとほぼ同時に、戦術レーダー大スクリーンに映し出されるアラートを見た。
ミッドチルダより公転軌道を先行した距離770万キロメートルの宙域に大規模次元断層出現。
そこから現れた数百隻以上もの未確認大型艦が、本局およびミッドチルダへ接近しつつある。
ただちにエコーパターンの照合が行われ、初めて遭遇する艦種であることを確かめると管制室のオペレータは索敵コンピュータへデータを登録する。
本局周辺の対地同期軌道に配置された偵察衛星、およびミッドチルダ〜太陽間のL4ラグランジュポイントに配置された天文衛星による撮影がただちに行われ、16分後、画像が艦隊司令部に届けられた。
「これは……ロウラン総長、これを見てください!」
画像を受け取った管制官のひとりが、慄いた声で、手を震わせながら空間ディスプレイを取り出してきた。
レティもその画像を見て、眼鏡の奥で目じりを顰める。
映し出された艦影は、全長8500メートル以上、オレンジ色の菱型船体を持つ、インフェルノをそのまま小さくしたようなものだった。
特徴的な艦首のシアーとナックルラインのシルエット、艦尾に集中配置された推進ノズル、そして艦底部に伸びるスタビライザーは、かつての“ゆりかご”を髣髴とさせる。
「間違い、ありませんね。“ゆりかご”の準同型艦──敵大型バイオメカノイドを積載した輸送艦です」
「やつらはついにミッドチルダを見つけたんですね──」
「総長、これはミッドチルダが敵に発見されているということですか」
「先月のクラナガンでの戦闘で、大型個体を含め数千体がミッドチルダに上陸しています。彼らが自分たちの所在を何らかの手段で知らせ、惑星TUBOYにいる本体がそれを受信できていたとしても不思議はありません」
「──侵攻は時間の問題だったというわけですか」
管制官たち、司令官たちは唇を噛んだ。事ここに至ってなお、管理局とミッドチルダは互いの足並みをそろえることが出来ていない。
艦隊を出撃させようにも、どこの基地からどの艦を出すのか、乗せる魔導師は誰を配置するのかなど打ち合わせが出来ていない。
レティはすぐさま月面泊地のドックに連絡を取り、強行偵察任務を与えてGS級巡洋艦2隻に出撃命令を伝えた。
これらの艦を指揮する提督たちはリンディの同期であり、レティとも親交がある。この際、管理局上層部の裁定を待っている猶予はない。
本来の管理局の命令系統では防衛出動のためには支局統括官(本局の場合は直轄ではなく同じ場所に形式的な支局がある)からの要請が必要だが、事後承諾になるのは仕方がない。
全責任は自分がとるとレティは提督たちに伝え、月面泊地から2隻のGS級がL4ラグランジュポイントへ向かい緊急出撃した。
次元航行艦隊司令部では、最初の探知から45分以内の間に連続して、ミッドチルダ、アルザス、リベルタ、カルナログ、ヴァイゼン、オルセアの6つの次元世界に進出している哨戒艦および現地海軍から、“改ゆりかご級”バイオメカノイド大型輸送艦の出現報告を受けた。
スカリエッティが予想していた通り、惑星TUBOYを飛び立ったバイオメカノイドたちはついに全次元世界へ向けて全面的な進撃を開始したのだ。
さらに査察部のオペレーションルームに詰めていたヴェロッサから、秘匿回線で技術部内に異常事態が観測されたとの報せがもたらされた。
バイオメカノイドの接近を探知し、闇の書が再起動プロセスを開始した可能性がある。
「八神二佐の容態に変化は」
『わかりません。魔力残滓の流出が激しく、アテンザ技師長、スクライア司書長ともに連絡がつきません』
ヴェロッサの声は珍しく焦りが出ていた。彼が動揺するということはよほどの事態である。
『今外部モニターのログを洗ってますが、おそらく、闇の書に連動して八神二佐の意識も戻るはずです。そのとき自分がどういう状態に置かれているか理解したら──、あとは、はやての冷静な行動を期待するしか』
「工程表のチェックは」
『予定通りなら、管制人格の作成を行っていたはずです。ただ、現時点ではまだすべてのモジュールがそろっていません』
「強制的に起動したとしてもシステムクラッシュから暴走あるいは機能不全に陥る?」
『ユーノがどういう組み方をしてたかによりますが──』
「それもはやて次第ということね」
『ええ』
闇の書の復元計画においては、ユーノが主管となって無限書庫においてプロジェクトの計画案を作成し、レティが管理局最高評議会へ提出した。
かつて自分が手がけた事件である闇の書事件において、レティもまた闇の書の恐ろしさは目の当たりにしている。
それでも、管理局は、次元世界人類はこのロストロギアの力と存在に向き合い、克服しなければならない。
それを避け、ただひたすら敵対するものを破壊し殲滅しようとするだけでは、人類は永遠に戦乱と災厄から逃れることはできないだろう。
闇の書の存在は、人類にとって恐怖だけではない。
管理局が擁する大魔導師八神はやての存在が、人類がロストロギアの恐怖を克服するための希望となる。そしてそれは同時に、自らの殻に閉じこもろうとする古い人間にとっての絶望となる。
破壊と再生。そのために闇の書は復元される。
それが成されたとき、人類は新たな力と意識を手に入れるだろう。
管理局本局内の実験棟では、他の部署から駆けつけた技官や魔導師たちが状況収拾のために結界魔法の操作を行っていた。
闇の書を格納していたフロアで大規模な魔力素の流出が起き、空調設備から出火した。火災検知器が作動してフロアへの通気口が閉鎖され、自動的にAMFが展開された。
ここまでは施設に設置された機械が自動で行う操作である。
この状態で、内部に取り残された人間が生存できるかは酸素が残っているかと、高濃度の魔力素を浴びていないかどうかに左右される。
魔力素は通常の大気中に存在する濃度では人体への影響はないものだが、魔法の使用に伴う魔力残滓の飛散や魔力炉内部での加圧などによって高度に濃縮された場合、人体や金属などを構成するバリオンを非常に強く励起する。
魔力素は素粒子としては自由電子と陽電子が対になったポジトロニウムなので、これが物質を構成している原子に衝突すると、原子核と対になっている電子とポジトロニウムの中心にある陽電子が対消滅を起こしてフォトンを放出し、これが魔力となる。
通常空間内では魔力素は数ナノ秒程度と非常に寿命が短く、密度も小さいため物体への衝突はごくごくまれであり、リンカーコアのような特殊な器官でなければエネルギーを取り出せないが、高濃度の魔力素を浴びると通常原子にも衝突して対消滅を起こすことがある。
そうなると人体そのものが反応消滅を起こし、これによるガンマ線の高エネルギーで人体が内部から焼き上がってしまうことになる。
高圧魔力素の流出は、魔力炉を用いた発電所では最も恐れられる重大事故である。
バイオメカノイドの関与が疑われる、ノースミッドチルダ第1魔力発電所での炉心爆発事故でも、この魔力素流出が起きていた。
実験棟の内部にももちろん魔力炉はある。出力自体は商用のものに比べて非常に小さいが、それでも爆発すれば大量の熱と電磁気エネルギーを放出するだろう。
闇の書、そしてはやて、ユーノ、マリー、作業をしていた技術者たち。
数十名を内部に残したまま、実験モジュールの隔壁は魔力光によって不気味に輝いている。
「まずいです、このままでは結界が持ちません」
実験棟を防護する結界魔法は、モジュールの周囲をぐるりと囲んで設置された、60基を5層掛けで重ねた結界発生装置から展開されている。
最初の魔力素流出によってこれらのいくつかが損傷し、結界網に穴が開いた状態になっていることが予想された。そうなると魔力の集中が起こり、特定の結界発生装置に異常な負荷がかかることが考えられる。
「炉は止まってるのか!?でないといつまでも反応が収まらないぞ」
「回線が断線してます、緊急停止信号をこちらからでは送れません!安全装置が作動していれば、自動停止するはずですが」
「主任、こっちで受信したデータでは、3号魔力炉の運転は止まってます、停止時刻は15時37分49秒、おそらく事故発生直後に緊急閉鎖されてます」
「だとすると今のこの反応は何だ!?魔力炉の停止は計器の誤作動か、それとも──」
避難してきたアークシステム社の社員が、闇の書を固定していたケージが開放されていると伝えてきた。
この実験棟の内部では闇の書の復元作業を行っており、システムにアクセスするためにユーノが回線を接続していた。
「闇の書を──」
技官たちを除く、何人かの魔導師たちが慄いて呟きを漏らした。
闇の書、それは管理局が把握する中でも最大級の災害をもたらした強大なロストロギアである。18年前、リンディ・ハラオウン提督の指揮の下ついに無力化・封印に成功し、闇の書は破壊された──というのが、多くの魔導師たちの共通認識であった。
しかし闇の書は未だ存在しており、そしてこの管理局本局の中で復元作業が行われていたというのだ。
いったいなぜそのようなことをしていたのか。
もし万が一、また暴走を起こすようなことになったら、危険を承知していたのか。
本局武装隊から駆けつけた魔導師のひとりが、技術部主任技官の白衣を掴んで質している。
このプロジェクトの責任者は誰か。管理局の正式な許可をとっているのか。許可した担当者は誰なのか。
本局施設内での死傷者を伴う重大事故であり、管理局の責任が問われる。
アークシステム社としても、自社が関わるプロジェクトで重大事故が起きたとなれば業界内での信頼、また今後の社の存続にさえ関わってくる。いかに管理局の後ろ盾があるといってもミッドチルダ政府に睨まれればただではすまない。
ステアウェイ・トゥ・ヘヴンは緊急停止し、現在電源は落ちている。
「レティ・ロウラン提督に報告は行っている」
「ロウラン提督が指示したのか」
「まさか、バイオメカノイドの出現と関係があるんじゃないだろうな」
別の武装隊魔導師が声を上げた。
確かにそれは最も可能性の大きい予測である。
闇の書がもし起動状態にあったのであれば、接近する敵性存在を探知できる。そしてそれは本局に施されているAMFとは干渉しない。つまり、ここにいる魔導師はAMFに阻まれて探索魔法で外を見ることが出来ないが、闇の書には外が見えているということだ。
事故発生から12分が経過し、実験棟周辺では依然、高い魔力量が検出されている。
8分程度が経過したあたりから、魔力量の上昇は頭打ちになり、およそ9600万前後で推移し続けている。
通常の誘導コイル式魔力炉では、第1段コンプレッサーでの圧縮比はおよそ30程度であり、ここを通過した後に漏れ出したとしてもせいぜい2000万程度である。
この実験棟にある小型魔力炉でも、使用しているのは通常の発電用燃料であり特に高濃度の魔力溶液を注ぎ込んでいたというわけでもない。
計測されている魔力量が正確であるなら、魔力量をおよそ1億程度に維持する何らかの機構が、停止した3号魔力炉とは別に存在することになる。
闇の書が生きている可能性がある。
この魔力の奔流は、闇の書が放っているのか。
しかし18年前の戦闘データでも、闇の書の発揮した魔力量は1億には遠く及ばない。
防衛プログラムはリーゼ姉妹の活躍によってシステムに不整合を起こした状態であり海鳴市沖の海上から飛び立てず、ユーノ、アルフ、シャマルの3人による転送魔法で軌道上のアースラ正面にまで移動させられ、アルカンシェルの直撃を浴びた。
このときも防衛プログラムは自力ではほとんど動けない状態であり、なのは、フェイトら管理局部隊の攻撃により大きく損傷した。
闇の書がその瞬間魔力発揮値以上に脅威なのは、人間の魔導師とは比べ物にならない吸収融合能力、自己再生能力である。
技術部で研究されていた闇の書の分散ネットワーク機構を利用すれば、ある次元世界で攻撃され魔力を消耗したとしても、別の次元世界から魔力を転送して補給できる。
波動制御機関を組み込んだ魔力炉──エグゼキューターに搭載されているのと同じものである──がAMF影響下でも出力を落とさずに運転できるのと同じ原理である。
高次元干渉により、実数空間で破壊するだけでは本体に影響できないのだ。
そしてこの恐るべき動力は、オリジナルのエグゼクターにはないものである。
カレドヴルフ社が、惑星TUBOYの衛星と化していたエグゼクターを発見した当初は、化石となったこの機体の中に搭載されていたのはあくまでも熱核タービンエンジンである。ケロシンの代わりに原子炉で加熱を行うガスタービンエンジンである。
しかし、惑星TUBOYから同社の輸送船団によってミッドチルダに運び込まれ、クラナガン宇宙港上空での戦闘で戦技教導隊高町なのは一尉以下首都防衛隊42名によって破壊されたエグゼクターは、墜落して爆発した際に巨大な重力波を放った。
ただの核爆発では、重力波は微々たる量しか出ない。
この爆発時に放出された重力波の量は、破壊されたエグゼクターの期待が波動制御機関を搭載していたことを意味する。
波動制御機関を積み込んだのは誰なのか。少なくとも、その見た目や成り立ちからして、エグゼクターは過去の先史文明人の間でもただの探索用搭乗型ロボットとして扱われていたはずであり、それ単体で巨大な戦闘力を持つ意味はない。
残された可能性とは、バイオメカノイドたちが破壊したエグゼクターを取り込み、自分たちが使えるように改造した結果、動力炉に波動エンジンが追加されたというものである。
バイオメカノイドたちの宇宙戦艦が次元航行能力を持っていることからもそれは予想が可能である。
現代次元世界で用いられる次元間航行は、魔法により実数空間内にコンパクト次元への通路を形成することによって行われる。一般的にはそれは“次元の壁に穴を開ける”と表現される。
これを実現するには次元属性魔法、すなわちカラビ=ヤウ空間を記述する宇宙方程式とその演算が必要である。魔力素のエネルギーを、次元膜(ブレーン)を超えて移動できる重力子に変換する操作が必要になるからである。
バイオメカノイドが誕生した当時の人類──超古代先史文明人も、おそらくこの方法を使ってワープ航行を行っていたと思われる。
彼らが滅びた後、何らかの原因で宇宙は数百以上もの次元世界に分かたれ、それらを行き来するにはワープ航法を使用しなくてはならず、しかしその技法そのものは原理が忘れ去られても人々に魔法として受け継がれ、そして現代に至る。
もし先史文明人とバイオメカノイドが大規模な戦争状態にあったとすれば、バイオメカノイドたちに破壊されあるいは鹵獲されたエグゼクターの機体もかなりの数にのぼることが考えられる。
惑星TUBOYが現代に至るまで沈黙していたことから、おそらく先史文明人は戦争には勝利しバイオメカノイドたちを沈黙させることには成功したのだろうが、その過程において損失がゼロであったとは考えにくい。
どれほどの戦力が惑星TUBOYに投入され、そして帰還できたのはどれくらいか。
現在、惑星TUBOY周囲に残された2個の残骸以外にも、相当数のエグゼクターが撃破されているはずである。
また、そのエグゼクターを搭載して惑星TUBOYに向かった船は最終的に帰還できたのかということも不明である。第97管理外世界に当時の記録が残っていない以上、これを解明することは不可能である。
「本局の艦隊でバイオメカノイドを防ぎきれるのか!?」
「ミッドチルダ艦隊も、第511観測指定世界での戦闘で大損害を出したと聞いています、本局は大丈夫なんですか」
「アルザスもですよ、管理世界が、全滅したと言うのは本当なんですか!」
次々に声が上がる。エリート部隊である本局武装隊の魔導師たちにさえ、情報不足からくる不安と憶測が広がっている。
この状態では、こちらの士気は削がれるばかりだ。
かといって、未だ魔力素を垂れ流し続けている実験モジュールにも不用意に近づけない。
生身でこの魔力素の流れに触れれば、人間の身体はあっというまに燃え、焼け焦げてしまう。
魔力素から放出されるエネルギーは主に魔力光として可視光線領域で観測されるが、極端に濃度の高いものではごく狭い範囲内でガンマ線を発して電子と陽電子の対生成を起こし、これに触れれば人体が発火する。
電撃属性魔法は基本的にこの原理を用い、対消滅・対生成サイクルを比較的容易に構築できることから魔力は一般的に電気に変換されてから利用される。
技術部とやりとりを行っていた本局司令部から各隊員に念話連絡が入る。
『本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避せよ!繰り返す、本局武装隊および非戦闘員はただちに実験棟より退避!これより当該区画を放棄、本局施設内より外空間へエジェクトする。
各部署の責任者は退避完了を確認し報告せよ、繰り返す、これより当該区画を外空間へエジェクトする、各部署責任者は退避完了を確認せよ!』
実験モジュールを、区画ごと本局外の宇宙空間に放り出すということである。この魔力暴走に対し現時点でうてる手立てがない。
武装隊の魔導師たちも、この中に突っ込んでいったところで何も出来ることはない。
歯噛みしながらも認めるしかないことだ。館内放送は続けて、次元断層からのバイオメカノイドの出現と、敵大型輸送艦が本局に接近しつつあることを伝えた。
敵輸送艦はざっとみて250隻ほどがあり、内側の月軌道を通過したあたりで大きく半分に分かれ、それぞれクラナガンと本局に向かっていた。
すなわち、大きな魔力機械のある場所に引きつけられているということである。
クラナガンには多数の次元航行艦が停泊する軍港があり、大出力の魔力炉を据え付けた発電所もある。本局内にも同様に次元航行艦が駐留し、大勢の魔導師──すなわち高出力のリンカーコアの群れが存在している。
あるいはクラナガンの一般市民も、他の世界に比べて比較的戦闘魔法を習得している者が多いため、バイオメカノイドには彼ら一般市民もリンカーコアの出力が高い、優先度の高い攻撃目標として映っているかもしれない。
本局武装隊の隊員たちと、技術部の技官、それからアークシステム・マイスターの社員たちが実験棟の別フロアに退避を完了し、闇の書が収められたモジュールが爆破ボルトによって切り離され、放出レールの上を滑り始めた。
技術部の実験棟は万が一の事故に備えて、区画ごとに宇宙空間へ投げ出すことが出来るようになっている。
「あの中にはアテンザ技師長が……」
人工重力が切られて無重力空間に浮かび上がり、爆破ボルトの破片を漂わせながらゆっくりとレールの上を動き出すモジュールを分厚い強化ガラスの窓の向こうに見ながら、技官の一人がつぶやいた。
マリエル・アテンザは本局技術部の中でも指折りのデバイスマイスターであり管理局の貴重な人材であった。壊れた魔力炉はまたつくることが出来ても、彼女の頭脳を失ったら、もう二度と戻ってこない。
同様に、一緒にいるはずのユーノ・スクライア無限書庫司書長、八神はやて二佐。彼らも、宇宙空間に放出されるモジュールの中で生きていられるのか、そもそも、この事故で生存できていたのか。
モジュールが本局を離れると、外殻表面からおよそ300メートル程度の領域にエネルギー吸収ガスによる防御幕が展開されている。
迎撃レーザーが対応しない数センチ程度の小隕石やスペースデブリなどがこのガス帯に接触すると、物質を固めているエネルギーすなわち分子間力が吸収されてばらばらに分解され、本局構造体へのデブリの衝突を防ぐようになっている。
1メートル以上の大きな物体が接触した場合、裁断機に掛けられたように接触面から物体が削り取られ、チリになって消えていく様子が観察される。もちろん、金属だろうが岩石だろうが、人間の肉体だろうが同じように粉砕される。
誰もが、マリーたちの死を覚悟した。
目の前で仲間たちが死んでいくのを何も出来ずに見ているしかないことを悔やんだ。
その思いとはある意味で裏腹に、はやては、ようやく目を覚ました寝起きで、自分の身体が大きく変容しているのを感じ取っていた。
皮肉ながら、遠ざかっていく本局構造体の外殻を目に、多分自分は死んだと思われているだろうと、他の局員たちの状況を案じる余裕もあった。
「──ユーノくん、聞こえるか?」
念話で、実験モジュールの中にいるユーノを呼び出す。ややあって、同じく念話での返事が返ってくる。モジュールの人工重力が切れたため、機材や書類がそこらじゅうに散らばって漂っており、ユーノもなんとか飛行魔法を起動させて足場を作っていた。
吹き飛ばされた衝撃で骨が折れたのか足が動かず感覚がないが、重力がなくなったので床に立つのに足を使う必要もない。ユーノはそのままはやてに念話回線を繋いだ。
「ああ、聞こえてるよ。はやて、具合はどうだい」
強烈な加速度の後に急激な重力の減少があり、脳の中で血流が偏っているような感覚がある。痛覚さえが麻痺する、頬と背中からの冷や汗を感じながらユーノは念話を送る。
「おかげさまでアタマはすっきりや。技術部の連中はしっかり処置をしてくれたようやな。おおきにな、マリー」
「ありがとうございます、おかげさまで頭がジンジンします」
爆破ボルト作動の衝撃でマリーはコンソールに頭をぶつけ、とりあえずガーゼを絆創膏で額に固定して応急手当をし機器のチェックを行っていた。コンソールに落ちた血のしずくを、白衣の袖口でごしごしとふき取る。
次元断層の出現と同時に、680万キロメートルも離れていた本局内部に次元干渉が起こり、魔力炉の出力が急上昇した。
これにより炉心温度上昇を検出した緊急停止装置が作動、その揺り戻しで炉内圧力が設計限界を超えたごく短時間での急減圧と急加圧に見舞われ、誘導コイルの焼損を起こして気化した冷却材が噴出した。
安全装置そのものは作動していたが、その作動によって止まった魔力炉が次元干渉の余波から強烈なサージ電流を発して周辺の補機類にダメージを与えたため、配管が破損して元栓の後ろ側に残っていた魔力溶液が飛び散り、発火、爆発に至った。
「はやてちゃん、このままだとあと1分でモジュールがガス防御帯に接触するわ。何もしなければ私たち全員、文字通り煙になって消えてしまう」
「他に区画内に取り残されとる局員は」
「私とユーノ君のほかには、技術部の子が6人、別のフロアにいるはずだけど呼び出しに応答がないわ。区画は──ここから見ても梁が大きく歪んでる。多分、押し潰されてる──」
魔力炉爆発によって巨大な荷重がかかった壁や天井の変形具合を見回し、マリーは無感情に言葉を述べた。
歪んだ鉄骨、砕けたコンクリートの中から流れ出す水やオイルに混じって、赤いぶよぶよした、肉片のようなものも周囲を漂っている。これは少なくとも自分の血ではない、とマリーは察した。
「この崩れ具合やと骨も拾えんな……おし、このまま防御幕を突破して外空間に出る。そこで救援呼んで、近くにいる艦に拾ってもらお」
「大丈夫?」
「このまま外殻にへばりついたら厄介や、本局の建物に傷つけたら始末書どころじゃすまんで」
「それも──そうですね」
「どっちみちバイオメカノイドどもが本局とミッドチルダにもうすぐそこまで迫ってきとる。これを見過ごして助けてくださいとは言えんやろ」
「出来る限り、サポートします」
ガーゼで吸収しきれない血がしずくになって、コンソールを操作しているマリーの顔の周囲を漂っている。
ユーノがフィジカルヒールをかけ、一時的な止血措置をとる。
「ほんなら──いくで。まずユーノ君、夜天の書の新しいカーネルをメモリ空間に配置、デバイスを起動や」
はやての指示に従い、新たに組み上げられた闇の書がついに起動を開始する。
「オーケー、メモリ空間展開、二次ブートローダ起動、シークエンス開始」
「続いてユーザーコンソールのデバイスドライバをロード。マスストレージ、ビジュアルサブシステム、スペルサブシステムのドライバをロード。スーパーユーザーからハイパーユーザーへの権限昇格、管理者権限の取得を」
「ドライバロード、権限昇格、問題なし」
「内部リンク確立、帯域はどんくらい出せる」
「24kHzでクアッドスペクトラム展開、9600kbpsまでいける」
手元に浮かべた端末で、ユーノは闇の書へコマンドを次々と送信していく。管制人格がない状態では術者もしくはその補助者が逐次コマンド入力を行うことが必要だ。
「管制人格起動、制御をそっちへ渡す」
「よっしゃ。これで外空間に出ても平気や、これからモジュール全体にシールドをかける、ごり押しで防御幕を突破するぞ」
「どっちにしても始末書ものですね」
「手がないので書けませんゆうとけや」
本局構造体の影から太陽が姿を現し、はやてたちを乗せたモジュールは太陽の直射光を浴びて白く輝く。
ミッドチルダの大気圏の縁のあたりに、きらめく惑星間塵の雲のようなものが見えた。
バイオメカノイドの輸送船団だ。搭載されているのは、インフェルノ内部で戦ったドラゴンのような、大型バイオメカノイドの個体である。
さらにミッドチルダの静止軌道上をぐるりと取り囲むように、本局、月面泊地から発進してきた次元航行艦たちの姿も見える。
艦列の先頭にやや離れて、GS級巡洋艦が2隻先行している。速度から考えておそらくレティが緊急発進させたものだ。
はやては改めて、自分の身体の感覚を確かめる。
意識だけが空間に浮かんでいるように感じられ、目を開けると、自分が入れられている治療ポットがシールドに包まれ、無重力となった実験棟のフロアに浮かんでいる。
この状態では飛行魔法を使わないと動けない。しかし、起動した闇の書によってポットごと移動できる。
闇の書が起動すれば、バリアジャケットの術式を読み込んで装着する。そこに自分の身体を入れれば、とりあえずは動けて戦闘行動が取れる。
「騎士甲冑はどうする?守護騎士システムはとりあえず止めたままにしておく。なにしろ急なことだったからまだテストが済んでない」
「なにはともあれ、この宇宙空間でユーノ君らを抱えて動けるようにせなあかん──ガス帯を抜けたら、外に出る。宇宙戦用バリアジャケットはもちろん組んであるな?」
「闇の書にインストールされているよ」
「よーし……。自分の身体が次元航行艦になったようなもんや。ユーノ君もマリーも、私の懐に入れ。私のバリアジャケットの中に抱えてれば呼吸はできる」
闇の書が作成可能な宇宙戦用バリアジャケットは数百メートルの巨大なものである。もはや防護服というよりは、艦船の制御装置に人間を詰め込むようなものだ。かつての防衛プログラムも、守護騎士システムの素体を基に、このようにして作成されたのだろう。
あれも巨大怪獣の頭部に人間が埋め込まれたような姿をしていた。
はやてが入れられている治療ポットを中心にして、魔法陣が次々と金属元素を配置し、魔力結合で固定していき、葉巻型の魔力装甲を形作る。
ユーノとマリーを内部に取り込んでシールドされた空間に保護し、はやては低出力バインドを使って実験モジュールの構造材をゆっくりとどかしていく。
「(私がなにもんかを──みんなわかって、レティ提督もクロノくんも──グレアム提督、ううん、グレアムおじさん──みんな、行動しとったんやな──私ももうすぐそこへ行く。
ティアナ──私も、あんたとおんなしようになったで──)」
高揚する意識の奥で、静かに親友たちに思いを馳せる。距離が、本局からミッドチルダ地表までの3万6千キロメートル、月までの38万キロメートル以上に遠く感じる。
自分は、遠いところへ来てしまった。
太陽のまばゆい輝きに、バイオメカノイドの艦の群れが瞬いている。
惑星ミッドチルダの影から姿を現したそれは、正しく宇宙を覆い尽くすように広がっていた。数百隻の改ゆりかご級大型輸送艦以外にも、多数のバイオメカノイドが周辺を航行している。
ミッドチルダは次元世界人類の本拠地である。ここを陥とされたら、いずれジリ貧に追い込まれる。
そうなる前に、なんとしてもこの船団だけでも押し返さなくてはならない。
出撃する艦たちにとっては背水の陣である。ミッドチルダの全人口12億を背に負って、無限の数にも思えるバイオメカノイドに立ち向かう。自分たちが倒れ突破されたら、次は無力な市民が蹂躙される凄惨な戦禍が待っている。
絶対に倒れるわけにはいかない。打ち勝たなくてはならない。
そして、この戦いにはやては加わらなくてはならない。
闇の書事件に、真の意味でけりをつけるために。ギル・グレアム、そしてクロノ・ハラオウン、彼らが垣間見た次元世界の真実に、今の次元世界人類が立ち向かうために。
未だ、この真実を知る者は少ない。
真実を知る者の戦いは、常に、孤独である。
16話終了です
…あれ?なんかレス数が増えてるよママン?(・∀・;)
エディタでのバイト数表示と実際に書き込まれるバイト数がズレていただと…(;゚д゚)
ようやく!はやてさん復活です!なんかすごいことになってますがはやてさんです
艦船型バリアジャケット?の見た目はけして某デン○ロビウムのようなものではありません
地球でもいよいよ本格的な戦闘が始まりました
F/A-18Fのパイロットたちはきっと葉巻をゲン担ぎに持っているのでしょう
ところで核ミサイルの発射コード、アルファベットはNATOフォネティックコードで発音されますが…NANOHA708?ナノハナノハ?
魔法のベルカ式ミッドチルダ式そして地球式…FT-86はちょっとアレ(汗)
ではー
今回登場した元ネタあり用語
・射撃管制装置Model-T ・・・ フォードT型
・アークシステム・マイスター ・・・ アークシステムワークス(EXECTORの開発販売元)
・フォーミュラ・ミッドチルダ・エックスハチロク ・・・ インテルx86(CPUアーキテクチャ)
・フォーミュラ・テラリア・ハチロク ・・・ トヨタFT-86
・インターナショナル・プロダクティブ・マジシャンズ ・・・ IBM(コンピュータ企業)、アイ・ピー・エム株式会社(アミューズメントベンダー企業、後のアイレムソフトウェアエンジニアリング)
不覚にもタイコンデロガ級空母で某UFOの夏を思い出してしまった。
この世界のスカンクはブラックマンタを製造しているのだろうか・・・
空母じゃなくてイージス艦のほうじゃね?>タイコンデロガ
しかし現実の米海軍でも、CGXがキャンセルされて後継艦がいない状態なんだよね…いつまで使い続けるつもりなんだろう
ヒラー大尉ならきっとバイオメカノイドが相手でも無双できるw
職人の皆々様、投下乙です〜
23時頃からマクロスなのはの第29話を投下するので、よろしくお願いします。
少し遅くなりましたが、投下を開始します。
マクロスなのは第29話『アイくん』
ランカが悲しみの歌声を発したのと同時刻 クラナガン上空200キロメートル(衛星軌道上)
「アイくん」は困惑していた。
さっきまであんなに嬉しそうに歌っていた愛しい人≠ェ、今度は心から悲しみに満ちた歌を歌っている。腸内(バジュラ)ネットワークを通して感
じる痛みに、アイくんは改めてヒトの心の痛みという物を認識した。
しかしアイくんも約1年前、フロンティア船団で起きたいわゆる『第2形態バジュラ暴徒化事件』のように、悲しみに任せて下界に広がるヒトの町を破
壊しないだけの分別はあった。
しかし何もしないのは嫌だった。そこで愛しい人≠ェなぜ悲しんでいるかを思考する。
喜びの歌と悲しみの歌との間にあった出来事は、極小の粒を粒子加速して目標を破壊せんとする稚拙な暴力機械である筒≠ゥら出た線≠ェ、
彼女の友人が乗るひこうき≠ノ命中したことだ。直後ひこうきからは、大量のフォールド波の奔流が異空間に流れ出たが、それは関係ないだろう。
人間はよく殺し合いをするが、こと味方や友人といった人種がやられることに関して敏感だ。自分がいた集団(惑星フロンティア防衛隊)≠ナも同
僚がやられると、弔い合戦だなんだと勝手に集まってきて不必要なまでの大きな戦力でその敵をねじ伏せる。バジュラは全体としてその感情につい
て完璧に理解したわけではない。彼らにとっての友軍(バジュラ)がやられたことを人間に当てはめると、腕や足を失くしたというものに近い。確かにそ
れなりには怒りや痛みを感じるが、結局代わりの効くものだ。
しかし、アイくんにはわからなくもないものであった。
これもまた自分がいた集団≠ノいた時の話だ。翻訳機の開発以来、編隊長として見た目にほんの少し差別化を図っていた自分に、いつも声を掛
けてきてくれるよく一緒に飛んでいた男≠ェいた。平時の彼の通信からは曰くろっく・みゅーじっく≠ネるものが流れており、哨戒任務中いつも
「いい曲だろ」
などど自慢されていた。
しかし彼は迷子になった大きな好戦的人間の集団(はぐれゼントラーディ艦隊)≠ニの戦闘中に撃墜。亡くなってしまった。それ以来哨戒任務中な
どにその曲や彼の声が聞こえなくなったことは、自分にとって大きな驚きと喪失感を与えるに至っていた。だからわかる。人間にとって仲間を失うことは、
丸ごとひとつ、世界を失うことに等しいとても悲しいことなのだと。
長くなってしまったが、その友人の乗るひこうきが破壊され、同時に友人を失った事に彼女の悲しみの根源があり、筒を持ったヒトが悪らしい。結論
の出たアイくんの行動は決まっていた。
『そのヒトを捕獲または殺傷する』
アイくんは戦闘用の特殊な電波≠ピンポイントでその地域に放射すると、赤いフォールド光の光跡を残しながら現場に急降下した。
(*)
早乙女アルト撃墜、死亡の知らせはほとんど伝播されなかった。なぜなら撃墜からすぐ、核兵器クラスの強力なEMP(電磁波ショック)とジャミングが
放たれ、一帯ですべての民間の電子機器がオーバーロードし、通信がダウンしたためだ。─────これをアイくんがやったとは誰も認識できなかった
だろう─────通信設備から機器まで全て民間のMTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)に依存していた管理局はひとたまりもなかった。
軍用機である六課の輸送ヘリ(JF-704式)、バルキリー、AWACSはこのような事態に対応するために基盤レベルで対電子攻撃の対抗と強力な
ECCM(電子攻撃防御手段)を行っているため、EMPでオーバーロードしたMTT製の通信機器(ほとんど全て)以外はノイズ程度でなんとかなった。ちな
みに、デバイスは元々電子機器でないためまったく関係ない。
通信できないことで周囲が混乱する中、ヘリを狙撃した砲戦魔導士に対する管理局側のファーストストライクは、怒りから魔力炉の消耗を無視して行
われたさくらの大威力砲撃だった。
「破邪剣正、桜火砲神(はじゃけんせい、おうかほうしん!)!」
詠唱破棄した集束砲は非殺傷設定で放たれ、敵へと殺到する。だがそれはミッド、ベルカ両魔法でも、オーバーテクノロジー系列でもない別系統の
シールドによって弾かれてしまった。
しかし破壊設定にした第2射は、MMリアクターのオーバーヒートで放つことが出来なかった。
そこでさくらはスラストレバーを目いっぱい押し出して追撃に入った。元々Aランクのリンカーコアを保有する彼女は、機載のMMリアクターに頼らずと
も、ある程度の戦闘が可能なのだ。
「止まりなさい!こちらは時空管理局です!あなた方を、市街地での危険魔法使用と、殺人未遂≠フ罪で現行犯逮捕します!」
あれが未遂かはわからないが、さくらもアルトが死んだとは認めたくなかった。しかし今、撃墜現場は残った天城に任せるしかない。
『また今度にしておきま〜す!』
そう言いながら逃げる2人組。謎の赤い飛翔体を認識したのはその時だった。
「あれは・・・・・・?」
敵の召喚士の寄越した増援とも考えられたが、どうも違うようだ。そのバルキリーほどの大きさをもつ飛翔体は2本の腕から連射される青い曳光
弾・・・・・・いや、ビームを逃げる2人組に放つ。そのビームは少なくとも非殺傷設定ではないらしく、着弾したアスファルトを耕していく。
「ちょ、ちょっと─────!」
考えようによってはあの2人組よりヤバそうな攻撃に声も出ない。ただ1つ救いなのは、ここは郊外であり、道路には人影がなかった事だった。それに
それ≠ヘ決して′囎ィには当てようとしなかった。
しかし逃走者は突然姿を消した。
通常レーダー、魔力レーダー、ジャミングのせいでノイズは酷いが共に反応なし。フォールド式の方は、ジャミングの影響かなぜか画面の全面がホワ
イトアウトしている。どちらにせよ行き先がわからないので「逃がしたか!」と舌打ちする彼女だったが、赤い飛翔体には違ったようだ。
それは背中に担ぐ甲羅から生えた巨大な針がスパークしたかと思うとビームを射出した。ある世界では重量子ビーム≠ニ呼ばれるこの粒子ビーム
は、空中で弾ける。
果たしてそこには例のシールドを展開した2人組がいた。外部マイクが1人の声を拾う。
『私の迷彩が破られるなんて・・・・・・』
実はこの時、アイくんは彼女の固有武装であるシルバーケープ≠フ光学迷彩を破ったわけではない。彼女が併用して発動させた魔力の隠密装置
がいけなかったのだ。この装置はフォールド波≠応用して魔力の探知を不能にする。しかし代わりに大量のフォールド波を放ってしまうのだ。人間
の使用するフォールド式レーダーでは相手側の放射量が大き過ぎてオーバーロード。一時的にホワイトアウトするはずだったので問題はなかった。し
かしフォールド波を血とし、肉とするバジュラには関係ない。それどころか多すぎる放射は、よりアイくんの照準を確実なものにした。
また、ビーム出力を下げたのはアイくんの判断だ。でなければシールドなど関係なく貫通し、下界の町をも吹き飛ばしていただろう。しかし生身の人間
がシールドを張るなど思っておらず、最低出力で撃ったことが仇となった。かといって出力を上げれば周囲への被害は避けられそうにない。
こうして両者が手詰まりになった所に、管理局側のセカンドストライクが入った。ヘリの急を聞いてこちらに向かっていたなのはとフェイトが間に合った
のだ。
『トライデント、スマッシャァー!』
『ディバイン、バスタァー!』
同一直線上を対になって発砲された桜色と金色の魔力砲撃は誤たず、2人組のいた空間に着弾した。
「やったぁ!」
さくらが声を上げるが、なのはは否定する。
『違う、避けられた!』
続けてフェイトが補足する。
『直前で救援が入った。』
さくらは即座に上空で待機するAWACS『ホークアイ』に、頭部対空レーザー砲を照準。長距離レーザー通信で後を追うよう要請した。自ら探しに行か
ないのは、更なる懸案事項が隣に鎮座するからであった。
『・・・・・・それで、さくらちゃん。これ≠ヘ何?』
なのはが油断なくデバイスを飛翔体に突きつけて、その隣を飛ぶ自分に問うた。
(*)
時系列は少し戻って三浦半島上空
そこでは勢いづいたガジェット・ゴースト連合に対してフロンティア基地航空隊の必死の迎撃が続いていた。
EMPで軌道上のAWACSとのデータリンクを失い、乱戦になると、もはや編隊規模ですら組織立った戦闘行動は行いにくい。参加者の誰もが相手より
よい位置に着こうと無秩序なベクトルで飛び回る空戦なら尚更である。
その乱戦の中をカナード翼も映える1機のVF-11S(指揮官機仕様)が飛翔していく。そこへ上方から飛来したゴーストがガンポッドから20mm弾を放って
くる。
「そんなとこにいやしねぇんだよ!」
ガウォークの足を展開したVF-11Sは急速に進行ベクトルを変えて回避する。未来位置を追いきれなかった敵機の火線が過ぎ去り、ゴースト自身もそ
のまま擦過していく。それを見届けたVF-11Sのパイロット、バーミリオン小隊隊長アーノルド・ライアン二等空尉は機体の足首≠横に振って機体を
ハーフループさせる。続いてバトロイドに可変。狙い澄ましたガンポッドの狙撃は吸い込まれるようにゴーストの主機関に飛び込みそれを爆散させた。
バルキリー(人型可変戦闘機)という奇想天外な兵器が誕生したのは、SDF-01(初代マクロス)の本来の持ち主が巨人族である。と知れたことに端を
発する。当時、惑星間航行がやっとだった人類は慌てふためき、あらゆる局面に対応可能な装備の開発に着手した。こうして誕生したのがデストロイ
ド(人型陸戦兵器)とバルキリーだ。デストロイドは大火力・重装甲に代表される『モンスター』やフロンティア船団で主に使われる『シャイアンU』など歩
兵や戦車をスケールアップしたようなオーソドックスな設計思想に基づいている。しかしバルキリーは、宇宙・大気圏内両用の軍用戦闘機から機動歩
兵に変形することで多目的な任務に対応しようという野心的な兵器だった。
例えば敵陣地を制圧するにあたって、従来の方法だと、まず制空権確保のために航空機部隊が先行。対空火器や敵戦闘機を撃滅し、それから輸送
機で陸戦部隊を派遣する。しかし広大な宇宙空間、さらには移動する要塞である敵母艦を制圧するにはこんな時間的余裕はない。そこで考えた有識
者達は
『ならば制空権を確保してヒマになった航空機部隊をそのまま陸戦部隊にすればよいではないか』
という結論に到達したのだ。
まったくもって無理難題に聞こえるこの結論だが、マクロスのもたらしたオーバーテクノロジーはそれをいともたやすく可能にし、開発から5年ほどで実
戦に耐えうる人型戦闘機、『VF-0 フェニックス』や『SV-51』などを生み出した。だがこうして誕生したバルキリーは技術者や軍部が最初に想定していた
以上の働きを見せた。
ライアンは即座にファイターに可変。現域を急速に退避する。すると数機のガジェットがノコノコやってきた。
(やっぱりな)
速度が遅くなったかと思うと即座に集まってくるガジェット。おかげでバルキリーとは相性が良い。
彼はしたなめずりすると、鋭くUターン。慌てたガジェットが撃ってくるが、速度のついた回避運動する物体にそう簡単には当たらない。
VF-11Sは密集するガジェットの中に突入する寸前にバトロイドに可変。その拳にPPBを纏わせ逃げ遅れたガジェット達を撃破していった。
数ヶ月前の演習ではシグナムとタイマンを張ったライアンにとって、これらの敵はまったく脅威足りえなかった。
そこへ、友軍からデバイスを介した短距離通信が入る。
『メイデイ!メイデイ!こちらイエロー3、ゴースト2機に付かれた!誰か追い払ってくれ!』
ライアンの視界の端を1機のVF-1Aとゴースト数機がすり抜けていく。どうやらあれらしい。
「待ってろよイエロー3!」
ライアンは再びファイターに可変。友軍目掛けて邁進するゴーストに追いすがる。
(ったく、もっとガウォークを使えと教えただろうに!)
ファイターでエンジン全開、がむしゃらに振り切ろうとする友軍にライアンは舌打ちする。
そう、バルキリーが手に入れた付与機能、それは変形である。
空戦において形態を変えることによって得られる恩恵は計り知れない。大気圏内で変形することで急激なエアブレーキをかけることも可能であり、腕
や足を大きく振って、その反作用で推進剤をなるべく使わずに旋回できる。
また、魔導士のように武装をその腕に保持することで随時広い射角を得、足先の推進器を振り回すことで推進モーメントを変え、あらゆる方向への
加速を可能にする。
その最たるものがファイターから腕と足だけを展開したガウォークという形態だ。
開発の過程おいて偶然発見されたこの形態は、一見不恰好にも見えるがその用途は十二分に広い。推進モーメントを下に集中する事によってホバリ
ングしたり、前方に大きく足を振り出して急停止するなどのポピュラーな使い方だけではない。ある程度の速度を保ったままその腕に握る武装で全方位
を射軸に収め、足を振ることで、空中においてファイターでもバトロイドでも得られないヘリのような高機動を実現することができる。
VF-0、VF-1と乗り継いだ撃墜王ロイ・フォッカーやマクシミリアン・ジーナスなど黎明期のエース達によってこの形態の運用方法は昇華され、バルキ
リーの代名詞とも呼ばれるに至っていた。
しかしライアンもアルトから同じような叱責を受けていたことを思い出し、『まぁ、最初はみんなこんなもんか。』と経験不足な2期生に視線を送り、
ゴーストを流し見た。
彼は瞬時に未来位置を予想すると、ガウォークでフィギュアスケートのように空を滑り=Aまるで魔法のように友軍とゴーストの間に割って入った。
「喰らえ!」
ガンポッドを斉射。2機の内1機を30mm弾で撃破した。もう1機のゴーストがライアンを横切る。
「逃がさん!」
ライアンはMHMM(マイクロ・ハイ・マニューバ・ミサイル)を照準、連続発射する。都合6発ものMHMMが音速の5倍という圧倒的な速度で飛翔し、目標
に接敵した。
包む爆煙。
「・・・・・・他愛ない」
彼は撃墜を確信して再び索敵に戻ろうとする。だが次の瞬間には地獄の蓋を開けたような凄まじい音と衝撃が機体を揺らし、次には爆音が轟いた。
「なん、なんだ!?」
機位が乱れてキリモミ落下を始めようとする機体を抑え込み、出力に任せて退避する。
多目的ディスプレイに表示される転換装甲のキャパシティは大幅に削られていた。
「いったい誰が!?」
後ろを振り返った彼の目に映ったのは、先ほど撃墜したと思ったゴーストだった。しかしよく見ると、ゴーストの追加装備であるガンポッドどころか外装
されていたミサイルランチャーもなくなっている。どうやらこちらのミサイル回避のために装備を全てパージ。囮としたらしい。
「なんて思い切りのいいヤツなんだ!」
ライアンは感嘆の声を上げた。その間もゴースト内蔵の20mm機関砲(以前は魔力素粒子ビーム機銃だったが、対ESA弾を装備するために換装され
た)とマイクロミサイルの嵐が彼を襲う。
彼は機体を操作してなんとか振り切るが、そいつは用意周到だった。回避した先にすでにミサイルが撃ち込まれていたのだ。対応する間もなく着弾。
機体を再び激震が襲った。
(*)
(なんだ。俺もやればできるじゃないか)
こちらの攻撃を叩き込まれて満身創痍になった敵エース級バルキリーを眺めてユダ・システムである彼は満足した。
(小細工を使おうとするからいけなかったんだ。俺はユダ・システム、直接戦闘なら人間なんかに劣らん!)
彼は自信を取り戻し、それを見下ろした。
(*)
機体の被弾アラートがコックピットに鳴り響く。目前の多目的ディスプレイなど本機は撃墜されました。脱出を推奨します≠ニ告げる始末だ。
しかしエンジンはなんとか稼働しているし、ライアンもその闘争心を失っていなかった。
彼は機体のシステムを再起動して正確な被害状況を把握し始める。
ガンポッド以外の武装は使用不能。
レーダーはブラックアウト。『アクティブ・ステルスシステム』、『アクティブ・空力制御システム』、『イナーシャ・ベクトルキャンセラー』などは軒並み沈黙
していた。
しかし奇跡的にもエンジンも変形機構も生きていた。
ライアンは顔を上げると、先ほどのゴーストを探す。それはまるでこちらを見下ろすような格好で無防備な機体の腹を見せていた。
(勝ち誇ってやがる・・・・・・)
本能的に彼はそのゴーストが無人機であるという先入観を捨て去った。無人機はそんな無駄な機動は行わないし、結果的にそれは正しかった。
ライアンはスモークディスチャージャー(煙幕発生機)から黒煙を吹き出させ、スラストレバーを絞って機体をふらふらと降下させた。すると彼の狙い
通り故障で動きが遅くなったと見たゴーストは、ミサイルでなく機銃でトドメをさすために悠々と接近してきた。
「(かかった!)全ミサイルセーフティ解除!」
EXギアになったデバイスに命令を発して、ミサイルの信管を活性化させる。そしてゴーストの放った火線を、バトロイドに可変して紙一重で回避。そ
のままバトロイドの腕でパイロンに装備されていたミサイルランチャーを無理やり外して、ゴーストに投擲した。
「今だ!」
ライアンの指示と同時に遠隔操作によってランチャーに残っていたMHMMの全弾12発、都合大容量カートリッジ弾計96発が強制撃発。強力な魔力爆
発が気流をかき乱し、敵ゴーストの機位を失わせた。
「当ったれぇ!」
ガンポッドが必殺の30mm弾をばらまく。照準器がイカれたため狙いはテキトーだ。
だがさっきのライアンのように勝利を確信した人≠ヘ、敵の突然の反撃には脆いものだ。ゴーストはまるで人間のように驚いた挙動を見せると、逃
げていった。
駆け付けた友軍機がそれを追撃していく。ライアンも追撃しようとスラストレバーを上げるが出力が上がらない。どうやら機体は本当に限界らしかった。
彼は機体を降下させると、なけなしのエンジン噴射で三浦半島に着陸した。
「ふぅ・・・・・・」
思わず安堵のため息をつくが、機体の可変機構はバトロイドで固定されて、とても空戦には耐えられそうになかった。
(さてどうするか・・・・・・)
そう考えながら後ろを見ると、大規模な黒煙が幾重も空に延びていた。それら黒煙の出どころは・・・・・・民家にしか見えなかった。
(畜生!これだから防衛戦は!)
吐き捨てる間にも彼の近くにゴーストが墜落。紅蓮の炎が無傷だった民家を包んだ。
「なんてこった!」
ある理由のため住民達は、家屋の内部から逃げていない可能性が高い。そのままバトロイドで接近すると、外部マイクが声を拾った。
『お願い!─────を助けて!』
「何だって?」
ライアンはその民家の2階から、煙を避けるように叫ぶその少年をマニュピレーターで助け、コックピットに入れる。
「何だって?」
繰り返された質問に少年は必死に答えようとするが、泣き声になって聞き取れない。ライアンは彼を安心させるように抱くと、「大丈夫、大丈夫だから」
と言い聞かせた。
そうしてようやく得られた情報は、あの民家の二階にいるこの子の母親が、倒れてきた家具に挟まれ脱出できないという事だった。
「わかった。大人しくしてろよ」
ライアンは少年を後部座席に座らせ、バックドラフトが起こらぬよう細心の注意を払いながら民家の壁を破壊する。しかし内部はすでに黒煙にまみれ
て、バルキリーからではそれより先が見えなかった。
「仕方ないか・・・・・・」
彼はキャノピーを開いてEXギアで内部に飛翔する。バリアジャケットとして機能するこのEXギアは気密が保たれており、この黒煙の中でも酸素マス
クなしで入れた。
そして少年の情報を頼りに彼女を探すと、すぐにみつかった。しかしすでに大量の煙を吸い込んで意識不明だった。
「今助けるからな!」
EXギアのサーボモーターは彼の力を数倍にまで増幅し、その家具─────タンスを軽々持ち上げた。
(*)
「ありがとうお兄ちゃん!」
「ああ。次からはお前がお母さんを守ってやれよ」
「うん!」
と元気よく頷く少年。その後ろでは担架に寝かされ人工呼吸器を付けられた母親が『ありがとうございます』と小さく頭を下げていた。
その後すぐさま後部ハッチが閉められた救急車は病院へと走っていった。
しかしライアンの活動は終わってなかった。後ろからかけられる声。それを発したのは災害出動していた陸士部隊局員だった。
「あのバルキリーはお前さんのか?」
陸士の指先が道路の真ん中で片膝を着いて沈黙するVF-11Sに向けられる。
「そうだ。すまない、邪魔だったか?」
「いや、重機が入れない場所があって手伝ってもらいたいんだ。大丈夫か?」
「了解した。誘導してくれ。」
そう告げるとEXギアを介さない浮遊魔法で離床。続いてEXギアのエンジンで飛翔すると、頭部からコックピットに飛び込む。EXギア固定と同時にエ
ンジンが始動し、ディスプレイとライトに光が灯っていく。
「基地に戻ったらオーバーホールの続きをしてやるから、もう少し頑張れよ」
彼の呼び掛けに応えるように、多目的ディスプレイにREADY≠フ文字が躍った。
(*)
アルト撃墜後20分をピークに敵が撤退していく。
ヴァイスからAWACSからのレーザー通信によって戦闘が終わったとの知らせに、歌うのをやめ、ヘリのイスに座り込む。とても撃墜現場を返り見る勇
気は出なかった。
コックピットから悲鳴が聞こえたのはその時だった。
「・・・・・・どうしました?」
しかしヴァイスには見たものをどう表現していいかわからないらしく
「すまない、来てくれ」
と返してきた。
(なんだろう・・・・・・)
そうお思いつつも重りでも付けられたのではないか?と思う程重い腰を上げると、キャビンからコックピットに向かった。そこで見たものは、なのはと
フェイトによって幾重ものバインドで固められた成虫バジュラの姿だった。
「アイ、くん・・・・・・?」
何故だかわからないが、一瞬でわかった。そうわかるとデバイスを再起動し、マイクでなのは達に呼び掛ける。
「バジュラを、アイくんを放してあげて!」
フォールド波を介した声は即座になのは達の元に届く。なのはは拘束をフェイトに任せると、こちらへ飛翔してきた。
「ヴァイスさん、後ろのハッチを開けてください」
「お、おう」
ヴァイスの操作によって後部ハッチがモーターの軋み音とともに開いていき、吹き込んでくる冷たい強風に交じってなのはが乗りこんでくる。
「アイくんってリスみたいのじゃなかったの?それにバジュラって危ないんじゃ─────」
走り込んできたこちらになのははそう言い訳する。言い分を聞く限り、どうやら情報の伝達に齟齬があったようだ。
「アイくんは・・・・・・ううん、バジュラはね、そういう悪い生き物じゃないの!」
気が付くと必死にバジュラを、そしてアイくんを弁護していた。惑星フロンティア奪取作戦で、そして1年とアイくんと過ごした半年余りで知りえた
バジュラ≠ニいう生き物を。具体的にはアイくんはバジュラであり、手乗り小動物だったのは1年以上前の話であること。でもバジュラは決して好戦的
な悪い生物ではなく、以前人間を襲ったのは誤解であり、自己防衛であったことなどなどだ。
(これ以上なにも失くしたくない!)
その思いでいっぱいだった。
時空管理局には極端に保守的なところがある。一度危険と思うと、もうその判断はめったなことでは覆さない。例えば元夜天の書の主、八神はやて
も実は今でも完全には信用されてなかったりしている。この世界に来て日も浅く、少しおこがましいと思うが、彼女がいない会議の席で何度か庇って
あちらの無理な命令を撥ねさせたり、こちらの要求を通させたりしていた。はやてもそれを知ってか知らずか、よくしてくれているので、お互い持ちつ
持たれつなのだと思ってる。
管理局に青春を捧げる少女ですらそんな扱いなのに、アイくんは管理局にとっては質量兵器にしか映らないだろうし、その行動を理解してくれない
可能性が大いにある。なにしろあのOT、OTM(オーバー・テクノロジー、オーバー・テクノロジー・オブ・マクロス)を結集したようなギャラクシー船団を
壊滅させた生き物なのだ。その噂は何人か来ているという第25未確認世界の住人から筒抜けだろうし、最悪殺処分、もしくは厳重に封印されてしま
う。アイくんにそれに抵抗するななどとはとても言えない。となるとそれまでに管理局側に壊滅的打撃を与えるであろうことは自明なことだった。
アイくんだけでなく六課のみんななど、失いたくないものは無数にこの世界にもできてしまっていた。
真剣に安全を主張するこちらに根負けしたのか、なのはが頷く。
「・・・・・・わかった。でも念のためバインドは外せないよ」
「それは仕方ないかもしれませんね・・・・・・」
そしてなのはとフェイトの監修の元、ヴァイスに頼んでヘリを寄せてもらう。
「アイくん、私だよ!わかる!?」
渾身の声で呼びかけるが、腰に付けた命綱でお腹を押さえられて声はまともに出ないし、ヘリのローター音で自分の耳にすら届かない。しかし
フォールド波を通して感じたのか、アイくんは唯一動く首をこちらへと動かして応えた。
直後、腸内(バジュラ)ネットワークを通じてアイくんの感情が流入してくる。それは「会えて嬉しい」という類いのものだった。
(よかった・・・・・・いつものアイくんだ)
そんなかつての小動物に愛くるしさが込み上げ、その頭を撫でようと手を置いた。
支援です。
驚くべき事態はその瞬間訪れた。
光る手首。
そこにつけられたブレスレット型のデバイス『アイモ』が勝手に稼働を始めたのだ。
「・・・・・・え?」
血を抜かれるような肌寒さを伴って魔力が強制的に引き抜かれ、自分の魔力光であるエメラルド色の光がアイくんを包み込んでいく。
「ちょ、ちょっと待って!どういうこと!?」
デバイスに問うが、デバイス側は念話によって『I can't answer.(解答不能)』の音声を繰り返すだけだった。
(*)
エメラルド色の眩い光がアイくんを包み、その姿が完全に隠れてしまう。
一同固唾を飲んで見守る中、その光が突然四散した。しかしそこにいるはずのアイくんの姿はなく、金色と桜色のバインドが空中に空しく漂ってい
るだけだった。
(消滅?)
誰もが息を呑んだが、本当は違った。
「・・・・・・ん、あれは─────」
フェイトが何か見つけたのか、超高速移動魔法を起動し急降下。そして「キューッ」と鳴く何か≠、地面に落ちる寸前に抱き止めた。
「・・・・・・あら、あなたがアイくん?」
フェイトの腕の中で丸くなった緑色した生物は、間違いなく、かつての手乗り小動物の姿だった。
以上で投下終了です
ちょっと急いで投稿してしまったので改行位置が変(いつもですが)です。すいません・・・・・・
次回は来月かな?ともかくこれからもよろしくです!
投下乙です。
続き期待しています!
本日、23時より少年陰陽師とのクロス、『リリカル陰陽師StrikerS』第一話を投下します。
現代に転生した昌浩(前世の記憶はない)と機動六課の物語です。
一応、前のシリーズの続きですが、知らなくてもそれほど問題はないかと。
それでは時間になりましたので、投下開始します。
第一話 しつこい誘いをはね返せ。
古代遺物管理部、機動六課本部。
部隊長、八神はやての前に前線部隊の隊員たちが整列する。ザフィーラとシャマル、陸士108部隊から出向しているギンガ・ナカジマもその中に混じっている。
「今日、集まってもらったのは他でもない。私となのは隊長の故郷、海鳴市の近くで、レリックらしき反応と、怪しいエネルギー反応が検出された。これより六課はその調査に向かう」
「ミッドチルダはいいんですか?」
「もちろん。全員では行かへん。シグナムを除いたライトニング分隊とギンガにはここに残ってもらう。フェイト隊長、部隊長代行、頼むで」
「了解」
「レリック捜査の方は他の陸士部隊に任せるということで、よろしくな」
「まさか、八神部隊長も行かれるんですか?」
青い髪をしたボーイッシュな少女、スバル・ナガジマが聞いた。ギンガ・ナカジマの妹だ。
「せや。別件で用事もあるしな」
はやては意味ありげに守護騎士の面々を眺める。
髪をツインテールにした落ち着いた容貌の少女、ティアナ・ランスターは、はやての視線を追った。
シグナムは普段通りに見えるが、どことなく嬉しそうだ。ヴィータは落ち着きがないし、シャマルはそれを楽しげに見つめている。ザフィーラは……狼の表情はさすがに読み取れない。
こんなに浮ついた副隊長たちを見るのは、初めてだ。
その時、ティアナの背筋に寒気が走った。
ティアナの横には、スターズ分隊隊長なのはが立っている。隣のティアナしか気がついていないようだが、かすかな殺気が漏れていた。
(何!? なのは隊長の故郷に一体何があるの?)
「もしかしたら、長期出張になるかもしれへん。各自、そのつもりで準備してくれ」
「ヴィヴィオも連れて行っていいかな?」
なのはが意見した。
最近なのはたちが保護した女の子だ。なのはとフェイトをママと呼んで慕っている。
「せやな。連れてった方が安心やろ。フェイトちゃん、グリフィス君。留守は頼んだで」
「任せて。頑張ろうね。エリオ、キャロ」
「「はい、フェイトさん」」
フェイトが優しく話しかけると、十歳の少年と少女が元気に返事をする。
「出発は明朝。では、解散」
はやての号令を合図に、各自部屋に戻っていく。
自室に戻ったスバルとティアナは、早速準備を始めた。
「他の世界だって。楽しみだね、ティア」
鼻歌を歌いながら、スバルが鞄に着替えを詰めていく。
「あんたはいいわね。気楽で」
一方のティアナは浮かない顔だ。なのはたちの様子から、今度の調査には不安しか感じない。
「そりゃ、任務だから、物見遊山ってわけにはいかないけど。でも、なのは隊長の故郷だよ。楽しみじゃないの?」
「あんた、隊長たちの様子が変なの、気がつかなかった?」
「別に。いつも通りだったでしょ?」
ティアナはため息をついた。鈍いということも平穏に生きる為には、必要な技能なのかもしれない。
第97管理外世界『地球』海鳴市。
「さ、行くでー」
まるで旅行の引率のように、はやてが旗を振りながら故郷の町を案内する。季節は夏。蝉の声がやたらうるさい。
「なのはちゃんは、実家に帰らんでええのか?」
「今夜は実家に泊まらせてもらうけど、それより任務が先だよ」
「固いなあ。今日一日ぐらいゆっくり両親に甘えてきたらええのに。ヴィヴィオ連れてったら、きっと驚くやろな」
「こら、みんなが見てるよ」
和気あいあいと話すはやてとなのはを、スバルとティアナはキョトンと見つめていた。故郷の空気がそうさせるのか。こうしていると、エースオブエースも普通の女の子だ。
「この世界にいる間は無礼講や。スバルとティアナも隊長とか呼ばんでええからな」
「ですが……」
「構へん。構へん」
「わかりました……はやてさん」
口に乗せてから、ティアナは恐ろしく失礼な真似をしている気分になる。
「なのはさんの家に泊まるんじゃないんですか?」
スバルはすでに順応したのか、普通に話しかけている。
「うーん。簡単にいえば、現地の協力者やね。ほら、着いたでー」
「「て、ここですか!?」」
スバルとティアナはその家を見上げて唖然とした。
平屋だが、とにかく敷地面積が半端ではない。小さな道場が付属しており、庭は近くの森とつながっている。下手をしたら、機動六課本部と同じくらいの規模があるかもしれない。
ここなら、活動拠点としては最適だろう。表札には『安倍』と書かれている。
シャマルがスバルたちの隣に来る。
「実はここにどうしてもスカウトしたい人がいるのよ」
「そうなんですか」
「色んな意味でね」
シャマルはくすくすと笑う。それを険悪な目つきでヴィータが睨んでいた。
安倍昌浩。陰陽師の修行をしながら、地元の学校に通う中学二年生だ。学校は夏休みに入っている。
その日、昌浩は自室で寝転がってマンガを読んでいた。
「昌浩。お客さんだぞ」
扉の向こうで祖父、安部晴明の声がする。
「はーい」
昌浩は返事をすると、玄関に向かう。来客の心当たりはない。一体誰だろうか。
「どちらさまで……!」
玄関に立っていた大集団を見かけた瞬間、昌浩は飛び退いて戦闘態勢を取る。
「あちゃー。かなり嫌われとるな」
「彼がどうしてもスカウトしたい人ですか?」
ティアナは困惑していた。
目の前の少年はごく普通の少年だ。長い黒髪を後ろで束ねている。十四歳と聞いているが、平均より身長が低く、エリオたちと同い年と言われても信じただろう。
「はい。安倍昌浩さん。陰陽師と言って、この世界の魔導師で、SSランクの魔力保持者です」
まるで妖精のように小さな上司、リインフォースUがはやてのカバンから頭を出して説明する。
「SS!?」
「ふえー。はやてさんと同じランクの人、初めて見た」
スバルもティアナも呆気に取られるしかない。
「そないに嫌わんと」
はやてが近づくだけ、昌浩は後ろに下がる。
「あれだけしつこくすりゃ、嫌われて当然だ」
階段の上から、子どものような甲高い声が降ってくる。
白い影は軽やかに跳躍し、昌浩の肩に腰かける。
ウサギによく似た動物だった。尻尾が長いのと、首周りに赤い突起が一巡しているのが、特徴だ。
「あれは物の怪のもっくん。守護獣だと思っておいて下さい」
「こら、リイン! もっくん言うな!」
「もっくんも久しぶりやな。元気にしとったか?」
「誰かさんが来なくなったおかげで、随分平穏に過ごせていたんだがな」
もっくんも背中の毛を逆立てて威嚇する。
243 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:03:33.94 ID:cah/NBtz
「……随分嫌われてますけど、何かしたんですか?」
ティアナの問いに、リインは困ったように眉間に皺を寄せる。
「六課設立の際に、はやてちゃん、相当しつこく勧誘したんです。おかげで今じゃ、あんな調子で」
「もう、何が不満なんや? 昌浩君と十二神将、全員分の最新型デバイス。隊長の地位まで用意し取ったのに」
「だから、そういうところが嫌なんですよ!」
昌浩が怒鳴る。
最初は普通の隊員としての勧誘だった。時空管理局理局の仕事に興味はあったのだが、まずは陰陽師として一人前になってからと思い、昌浩は丁重にお断りした。しかし、昌浩が断るたび、まるで通販番組のおまけよろしく段々待遇が向上していったのだ。
昌浩は自分が半人前だと重々承知している。それなのに特別扱いされるのが、どうしても嫌だったのだ。
もし、はやてがあくまで一般隊員として昌浩を勧誘し続けていたら、折れていたかもしれない。
「六合、久しぶりだな。また貴殿と手合わせできるとは、光栄の極みだ」
シグナムが誰もいない空間に向かって話しかける。すると、まるで空間から溶け出すように長身の男性が現れた。夜色の外套をつけ、顔に黒い痣のような模様がある。
「彼は六合さん。彼らは隠形と言って、自分の姿を透明化できるから、ビックリしないで下さいね」
「彼ら? ということは、他にもいるんですか?」
「はい。昌浩君は十二神将……ようするに守護騎士を十二人連れているんです。厳密には、彼のお爺さんのものなんですけどね」
「「十二!?」」
夜天の書の主、八神はやての守護騎士でさえ、五人だ。単純な比較をすれば、倍以上の戦力だ。
「そりゃ、はやてさんが欲しがるわけだ」
スバルはもう開いた口がふさがらなかった。この家に来てから、まだ十分と経たないのに、まるでビックリハウスに長時間いたような気分だった。
「昌浩君、久しぶり」
「あ、なのはさん、お久しぶりです」
「こっちは私の部下のスバルとティアナ」
三人がそれぞれ挨拶する。
「それから……」
「なのはママ?」
緑と赤の瞳をした五歳くらいの少女、ヴィヴィオがなのはの後ろに隠れる。人見知りしているらしい。
「あ、もしかして、娘さんですか? ユーノさんとご結婚されたんですね。おめでとうございます」
昌浩が満面の笑みで祝福する。
「そう言えば、ユーノさんと声そっくりですもんね」
「……昌浩君、違うからね?」
なのはが微妙に引きつった顔で訂正する。
「おい、昌浩よ。なのはの娘だとすると、なのはは十五くらいでこの子を産んだことになるぞ。それはいくらなんでもまずい」
「あ、そうか」
もっくんの指摘に、昌浩はしまったという顔をする。
「ヴィヴィオは私とフェイトちゃんが預かってる子なの。実の子じゃないから」
やがて廊下の奥から、和服を着た白髪の老人が現れた。顔は皺だらけだが、背筋は伸び、老いを感じさせない。
安倍晴明。稀代の陰陽師にして、表向きは警備会社の取締役。その実態は政治の中枢にすら食い込む実力者だ。
「こりゃ、昌浩や。お客さんを早く客間に通さんか」
「でも、じい様」
「無礼な孫で申し訳ない。ほれ、早くせんか」
昌浩は渋々はやてたちを客間に案内する。
昌浩を背後から、鋭い視線で睨みつける者がいることに、昌浩は気がつかなかった。
宴会ができそうなほど広い畳敷きの部屋だった。そこに全員で腰かける。
ヴィヴィオは隣の部屋で子供の姿をした十二神将、玄武と太陰に遊んでもらっている。
244 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:04:04.38 ID:cah/NBtz
一通りの自己紹介を済ませ、上座に座った晴明が口を開いた。
「さて、ご用件はすでに窺っております。調査の間、我が家はご自由にお使い下さい。我が孫、昌浩も協力を惜しみませんぞ」
「じい様。俺、何も聞いてませんよ?」
「当然じゃ。行ったら、お前、逃げるじゃろうが」
図星を刺されて昌浩は黙り込んだ。
「仲良くしような、昌浩君」
「よろしくな、昌浩」
はやては朗らかに、ヴィータがぎこちなく挨拶する。
「それじゃ、はやてちゃん。今日のところは役割分担だね」
「せやけど、なのはちゃん、それは私と晴明さんでやっとくから、皆はゆっくりしててええよ」
なのはは、しばし逡巡したが、はやての好意に甘えることにした。
「それじゃあ、青龍さん、いるんでしょ?」
なのはの呼び掛けに、青い髪をした長身の青年が現れる。十二神将、青龍だ。青龍は腰巻と、肩に布をたすき掛けにしているだけという格好だ。
できれば、もう少しちゃんと服を着て欲しいとスバルは思った。
「久しぶりだね、青龍さん」
なのはが軽やかな足取りで青龍に近づいていく。
「あの時の小娘か」
青龍がぎろりと睨みつける。
「やだな。私、十九歳だよ。もう、おと……」
「なのはちゃん! それ以上は駄目!」
シャマルが必死に止める。タイトルに『少女』がついているのだから、大人発言はNGだ。
なのはは軽く咳ばらいして言い直した。
「とにかく、もうあの頃の私じゃないよ。証明してあげよっか?」
なのはが笑顔で青龍を見上げる。親戚のお兄さんに久しぶりに会ったような、微笑ましい光景に見えないこともない。
「ねえ、ティア。なんか寒くない?」
「私の後ろに隠れないでよ!!」
しかし、なのはと青龍の全身から発散される殺気が、体感気温を著しく下げていた。かつて、なのはに叩きのめされた経験のあるティアナの膝が、勝手にがくがくと震え始める。
「下らん。我らは人を傷つけてはいけない掟がある。戦いなどできるものか」
「大丈夫。あの時だって、青龍さん、私に傷一つつけられなかったでしょ?」
「貴様」
「それとも……負けるのが怖い?」
青龍の眼光となのはの笑顔が、正面からぶつかる。二人の殺気が一段と強まる。
過去になのはは青龍と戦い、苦汁をなめさせられたことがある。いつか雪辱を晴らす機会を狙っていたのだ。
その時、スバルの耳が、ある会話を拾った。
「久しぶりだね、ヴィータちゃん。そう言えば、新しいゲーム買ったんだけど、一緒にやらない?」
昌浩がヴィータを遊びに誘っているところだった。
「ま、昌浩君。私たちも一緒にいいかな?」
その場から逃げたい一心で、スバルは上ずった声で提案した。
昌浩はもっくんを肩に乗せたまま、自分の部屋にスバル、ティアナ、ヴィータを案内する。
「ここが俺の部屋だけど」
扉を開けると、そこは板間の部屋だった。
勉強机と、テレビとゲーム機。壁一面は本によって埋め尽くされていた。漫画はごく一部で、古くて難しそうな本ばかりだ。
「昌浩君、これ全部読んだの?」
「うん。でも、俺、じい様を超える最高の陰陽師になりたいから、まだまだ勉強しないと」
「あはは。私、陰陽師には、なれそうにないな」
「あんた、こういうの苦手だもんね」
顔を引きつらせるスバルに、ティアナが嫌みを言う。
「何よ。ティアならできるの?」
「そりゃ、あんたとは違うもの」
ティアナは自信満々に書棚の一冊を手に取る。本のページに目を走らせ、ティアナは顔を引きつらせた。
それは梵字で書かれていたのだ。ティアナは本を棚に戻した。
「昌浩君。日本語の本はないの?」
「それなら、こっちです」
昌浩が一冊の本を手渡す。
「……これ、漢字しか書いてないんだけど?」
「でも、日本語ですよ?」
「やっぱり、また今度にさせてもらうわ」
ティアナが本を棚に戻すと、肩にスバルが手を置いた。
「仲間」
「あんたと一緒にしないでー!」
「こら、二人とも、あんまり騒ぐな」
ヴィータがスバルたちをたしなめる。
「気にしないで。この家、防音はしっかりしてるから。それより、ヴィータちゃんが好きだったゲーム、新作出たんだよ」
昌浩がにこにことゲームソフトを見せる。
「お、おう」
昔からの付き合いなので、昌浩はヴィータを妹のように扱う。
「今、ヴィータ『ちゃん』って言ったよね?」
「うん。言った」
ひそひそとスバルたちが耳打ちする。厳しい副隊長が少年に子供扱いされる姿に、二人は目を丸くしていた。
(頼むから、少しは察してくれ)
部下二人の前で子供扱いされ、ヴィータは生きた心地がしない。このままでは、今後の仕事に差し障る。
「ほら、お菓子もあるよ」
「あ、ありがとう」
「あのヴィータ副隊長はどういう経緯で、昌浩君と知り合ったんですか?」
さすがに見ていられなくなり、ティアナが助け船を出した。
「あれは俺が小学生の頃だったかな」
昌浩はヴィータたちとの馴れ初めを話した。
まだ幼かった昌浩は、祖父の命令で妖怪退治に出かけた。その時、同じ妖怪を追っていたはやてたちに、ばったり出くわしたのだ。
それ以来、はやてがミッドチルダに行くまでの短い間だが、親しく付き合っていたのだ。なのはやフェイトとも面識がある。
シグナムだけは、それより前によく稽古に来ていたので知っていたのだが。
「でも、もっくんも人が悪いな。前から知り合いなら、教えてくれればよかったのに」
「いろいろ事情があるんだよ」
まさか千年以上前にタイムスリップした守護騎士たちと、昌浩の先祖が共闘したことがあるとは、口が裂けても言えない。
昌浩は祖父の知り合いなんだろうと勝手に解釈していた。
「おい、昌浩」
部屋に二人の人間が突然現れる。
ティアナと同じかやや年上の男女。赤い髪に白い鉢巻をした男と、まるで天女のような容貌の金髪の女だ。前者は十二神将、朱雀。後者は十二神将、天一だ。
「なのはとヴィヴィオが実家に戻るそうだ」
「分かった。すぐ行く」
昌浩たちは車庫に向かった。
車庫から出てきたのは黒塗りのベンツだった。後部座席になのはとヴィヴィオ、運転席には二十歳くらいの女性の十二神将、勾陣が座っている。
どうやら青龍との血みどろの一戦は避けられたらしい。
「それじゃあ、明日の朝、合流するから」
「別に急がんでええのに。まだほとんどすること無いんやから」
なのはと、はやてがドア越しに会話する。
「さすがお金持ち」
「こら、みっともないわよ」
スバルが好奇心丸出しで、ベンツの周りをうろうろする。
「フェイト隊長がいたら、きっと運転したがっただろうな」