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名無しさん@お腹いっぱい。:
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1乙
ミン ナメ ガコ ハク イロ ニナ ッテ ドコ カヘ イッ テシ マッ タ
乙
... ((● コロコロ
どうも新スレ乙であります
21時半からEXECUTOR第11話を投下します
■ 11
割れて外空間に向かって開放された艦橋の窓を飛び越え、エリー・スピードスターはヴォルフラムの露天艦橋へ飛び降りた。
次元航行艦でも、飛行魔法の使えない者や、あるいは艦全体の動力が落ちた場合に備えて物理的に移動するための梯子やラッタルが備えられている。艦橋から装甲司令塔外壁を伝って前甲板へ降り、はやての元へ向かう。
あのドラゴンが撃ったプラズマ弾の被弾により主砲区画の甲板は大きくめくれ上がっており、足元に気をつけながら走らなくてはならない。
走りながら、念話で艦橋要員を呼ぶ。
「──ロウラン航海長!モモさんを呼び出してください!」
『機関出力20パーセントまで回復、噴射ノズルは2軸ともいけます──副長どうしました!?艦長は!?』
「緊急処置の準備をお願いします!艦長負傷、ただちに治療が必要です!」
念話がかすかに途切れ、回線にかすかにホワイトノイズが混じる。
『艦長がッ──まさか敵に!?副長、副長は大丈夫ですか!?』
「艦長を助け出さないといけません、とにかくモモさんに連絡を、受け入れの準備をお願いします!」
ヴォルケンリッターが活動能力を奪われるということは、シャマルも動けなくなっているはずである。
この状態では艦医はモモしか執刀できる者がいない。
ヴィータはもはや意識喪失、ほとんど身動きがとれなくなっており、魔力供給停止を検出したSPTがオートパージされてシャットダウンし、ヴィータの身体は糸の切れた人形のようにだらりと甲板に横たわっている。
騎士甲冑も強度を失ってただの布のようになっており、蒸発しはじめている。
この状態では一刻の猶予も無い。バリアジャケットを維持するための魔力が尽きてしまえば、もはや再生成することができなくなる。
リインフォースの姿をした幻影は、はやての傍らに跪き、胸に手をかざしている。
表情は場違いなほどに、不気味なほどに穏やかで、慈しみに満ちたものだ。それはバイオメカノイドが人間を観察し模倣したと考えるには、一見して心を動かされすぎる。
バイオメカノイドはただの機械ではなかったのか。人間を殺戮することのみを本能として与えられた人工生命体ではなかったのか。
そうでないのなら、なぜ、彼らは生まれたのか。
彼らの由来を知ることが、彼らと戦うためには必要だ。もし彼らの本拠地を探すことができるのならそこを叩くことで根絶できる。
この期に及んでもまだ、ミッドチルダはバイオメカノイドの技術を入手することをあきらめていないのか。
「艦長ッ!!」
あの触手で攻撃されたら、エリーではなおさらひとたまりもない。
あれは次元干渉をそのまま実数空間に書き出して、相転位空間を生成するものだ。
また、術者が幻術魔法を使用して偽者(フェイクシルエット)を生成する場合はこの方法を用いている。通常はこのまま目的の姿を形成するが、さらに相転位空間の“継ぎ目”を切り離すことで攻撃魔法に転化できる。
それは多層次元の接触分裂を利用した攻撃だ。
これで攻撃されると、アルカンシェルと同様、物質の強度や剛性といったものはまったく意味を成さなくなる。
空間をそのまま切り取るため、分子間力もあらゆる粒子結合もひといきに分解されてしまう。いわゆる魔力結合といった場合、これは統一場理論における電磁気力に基づいた結合である。これをもとにしているバリアジャケットは当然、空間ごと切り取られれば切断される。
はやての身体に残された、両腕両脚の切断面が非常になめらかに切り落とされていることがその証拠だ。
筋肉や神経、骨などをほとんど破壊することなく切断した。生体組織の破壊が少ないため、血液は心拍の圧力によって自然に流れ出していくが、肉体のダメージはその様相から想像されるほど大きくはない。
なのはもフェイトも慄き、死が目前に迫る恐怖に襲われているが、エリーはあきらめてはいなかった。
「高町さんっ!!ヴィータさんを艦後部の居住区へ運んでください!まだ間に合います!!」
エリーの必死の呼びかけに、なのははどうにか気を取り直す。
破損したSPTの回収はあきらめ、ヴィータをかかえて再び飛び立つ。今のところ、リインフォースの姿をした幻影ははやてのそばから動く様子が無く、ドラゴン本体の方はクラウディアを追いかけるのに気をとられている。
なんとかヴォルフラムを再起動し、スバルたちの班を回収しなくてはならない。
あちらも、おそらくこの様子だとザフィーラがほとんど動けなくなっているはずだ。回収したグレイ入りのカプセルと、さらにザフィーラも担いで運ばなくてはならないので、スバルとノーヴェが戦闘機人だといっても腕力的に厳しいものがある。
なのはが飛び立ったのを見届け、エリーははやてと幻影に向かいあった。
はやての身体は夥しい量の血の海に浮かぶような光景の中、手足をもがれてとても小さくなっている。
血液に浸って濡れた髪が、うなじや肩に張り付いている。
リインフォースの姿をした幻影は、ゆっくりと顔を上げ、エリーの方を向いた。
「これが、闇の書の意志──」
思わず口をついて呟きが出る。
エリーも、闇の書事件の顛末ははやてから語って聞かされたことがあった。
しかし、闇の書の意志──リインフォースのことについては、姿を収めた映像資料なども残っておらず、ただ、きらめく銀の髪をした美しい女性、という程度にしか聞いていなかった。
はやてやヴィータの驚きようから、今目の前にいる幻影は、リインフォース本人とまさに見紛うほどに瓜二つの姿をしていると思われる。
幻影に対して、言葉が通じるかどうか。
呼びかけてみるしかない。
「艦長の命を救わなければならないんです──」
リインフォースの姿をした幻影は、片膝をついて身体を上げ、エリーを見上げた。
穏やかな表情だ。これが幻影などと、にわかに信じられない。
しかし事実、この幻影はつい先ほど、この微笑みをたたえたまま、触手を振るいはやてを斬った。
管理局次元航行艦隊の幹部士官として、これほど自分が切迫した行動をしていることは初めてだ。今まで、どんな訓練でも実戦でも、冷静に任務をこなしてきた。どんな状況に直面しても冷静さを失わない自信があった。
しかしそれは、状況に対して無感動になるという意味ではない。
愛する者を傷つけられて、怒りがわかない人間などいないだろう。そして怒りに駆られる自分を客観的に受け止め、それでいてなお自分を見失わないことが大切だ。
「──……ッ!?」
「エリーさん!?大丈夫ですかっ、幻術魔法が!」
なのはが上空から呼びかける。なのは自身はどちらかといえば大出力の攻撃魔法で正面切ってぶつかり合う戦闘スタイルのため、補助魔法などを駆使した精神攻撃はもともと不得手であった。
それゆえに、かつての機動六課では希少な才能を持っていたセンターフォワードのティアナに、ずっと目をかけていた。
JS事件を解決し、教導隊での勤務に戻ってからも、六課時代に彼女に教えたことを自分でも実践し、無駄に魔力を消耗しないよう、レイジングハートをカスタマイズしてきた。
エリーもまた、魔力量そのものは目を見張るような値ではないが、総合的な状況判断能力、高効率の補助魔法に優れる。
ここで指揮官を損耗しては、ヴォルフラムの戦力は大いに殺がれてしまう。
「大丈夫です──相手は、少なくとも何か言葉を使いたがっているようです──!」
リインフォースの姿をした幻影は、それ自体が声を発することはできない。
見た目をそっくりに似せても、中身は均一な無機質粒子の塊であるため、声を出す仕組みが備わっていない。
幻影は、ドラゴンが制御する魔法にしたがってエリーにテレパシーを送る。
術式は異なっているが、これも一種の念話だ。
「これは──声──船が──?」
ドラゴンが唱える呪詛が、ヴォルフラムの艦体をも低周波で振動させている。
しかしそれまでの、音響定位を分散させたものから指向性が高くなり、ドラゴンの声として耳が認識できるほど、音の聞こえる方向がクリアになっている。これであれば耳が混乱しなくなる。
念話に音声だけではなく、映像信号をも載せて送ってくる。これを復号すれば直接情景を思い浮かべることができる。
エリーが映像のデコーダを提示すると、リインフォースの姿をした幻影はただちにその形式に合わせたデータに信号を組みなおして送ってきた。
人類が使う符号化方式、量子化方式などすべて知っていると言うかのようだ。
エリーに見えたのは、かつてまだ惑星TUBOYが生命を持ち、水と緑の惑星だった頃の光景だった。
空に舞うのは、あの人型機動メカ──エグゼクターである。
宇宙空間から単独大気圏突入をしてきたエグゼクターは、対流圏まで降下すると主翼を展開し、戦闘モードに入る。脚部内に格納されたハンドガンを取り出し、惑星TUBOYの地上へ向ける。
地上の森林や渓谷に隠されていたバイオメカノイドたちが、空を見上げて現れる。
さまざまな姿をしたバイオメカノイドは、それぞれに武器を構え、エグゼクターを狙って撃つ。迎撃している。
エグゼクターは、惑星TUBOYに由来する兵器ではないというのだろうか。
惑星TUBOYの住人が、暴走したバイオメカノイドを止めるために作ったものではないというのだろうか。
「この宇宙船は──“スピンドリフト号”──?」
軍艦ではない、民間船舶だろうか。船体の腹に書かれた船名の綴りは、“Spin Drift”とある。
おそらく英語である。ミッドチルダ語ではほぼ似た書体のアルファベットで綴り、そしてこれは最初に惑星TUBOYに派遣されたカレドヴルフ社の輸送船の名前でもあった。
ただし、今見えている船は、同社のものではない。
スピンドリフト号は、青い海と白い雲を纏ったかつての姿の惑星TUBOY上空を周り、軌道上から戦闘の様子を監視している。
やがて、惑星の夜の面から、もう1隻の艦が姿を現した。
「インフェルノ──!」
赤い、楔形をした船体。
外部に露出した艦上構造物を極力減らしたデザインは現代の次元航行艦にも通じるフォルムである。
しかしその船体は、今エリーたちがいるはずのインフィニティ・インフェルノと見比べると明らかに小さく、また武装も少なく見える。
「これはかつての──まだ惑星TUBOYの住人が生きていた頃──?いや違う、最初の戦役があった頃──」
惑星TUBOYの地表で発見された化石、破壊されたメカの残骸、土壌サンプル、そしてCW社が入手したエグゼクターのボイスレコーダーなどのデータから、この惑星はかつて大規模な宙間戦闘を経験したという予測が立てられていた。
今見えているのはその頃の光景である。おそらく1万数千年は昔の時代──その頃には、古代ベルカ文明もまだ興っておらず、人類は原始時代を生きていたと、従来は考えられていた。
しかし、一見してオカルトの領域であった宇宙考古学などの分野から出現してきた超古代文明仮説は、ロストロギアに分類されるオーパーツの発見によりその信憑性を急激に高めている。
現代では滅んでしまった超高度技術文明が、かつて存在した。
現代の人類にロストロギアを遺した文明は、かつてこの星で、バイオメカノイドたちと戦った。
その戦争の終結がどのようにしてなされたのか──ミッドチルダだけではない、どこの次元世界の考古学者もまだ誰も知らないことである。
スピンドリフト号は、あくまでも非武装の調査船のように見える。
インフェルノは、この当時の船体でも、強力なビーム兵装を搭載した戦闘艦だ。
やがてインフェルノ艦内で、動力炉か、制御装置か、とにかく内部から破壊された大爆発が生じ、エグゼクターが脱出してきた。
制御を失ったインフェルノは、炎の尾を引きながら惑星TUBOY上に墜落していき、そしてエグゼクターはスピンドリフト号へ戻る。
エグゼクターを収容したスピンドリフト号は、インフェルノが破壊されたことを見届けると、エンジンを噴射して軌道を離れ、宇宙のかなたへ消えていった。
スピンドリフト号が去った後、惑星TUBOYが夜を迎えたとき、軌道上に小さな物体が周回しているのが見えた。
それは破壊された別のエグゼクターの機体だった。惑星TUBOYの衛星を分析した当初の予測通り、バイオメカノイドとの戦闘で撃破されたエグゼクターが、惑星TUBOY上で人工衛星となって周り続けていたのだ。
スピンドリフト号──かつて1万数千年前の戦いで、インフェルノを撃沈した船──それは、いったいどこの星の住人のものなのだろうか。
エグゼクターの機体のコンピュータには、彼らの母星のデータも収められていた。
バイオメカノイドたちは、かねてより惑星TUBOYに接近していた探査機を撃破して入手した情報によって、彼らが、自分たちバイオメカノイドが侵攻予定だった惑星の住人であると確認した。
宇宙船スピンドリフト号がやってきたことで、探査機を破壊したことによって自分たちの侵攻作戦が察知され、その阻止のためにエグゼクターが送り込まれたのだということを知った。
それは、清黒の海と、碧色の大気を持つ、宇宙の瞳のような惑星である。
次元世界全体を見渡しても他に類を見ないほどの、極めて高度な科学技術文明を持つ世界。
時空管理局が“第97管理外世界”と呼ぶ惑星──地球。
超古代先史文明はかつて地球にあり、そして惑星TUBOYと戦いこれを撃破したのは“当時の”地球人である。
そして1万数千年後の今、先史文明は滅んでしまったが、惑星TUBOYとバイオメカノイドたちは生き続けていた。
仇敵であろう、地球へ再び向かうために。
しかし、長い刻を経て、その様相も大きく変わってしまった。
惑星TUBOYが再び目覚めるまでに、人類はいったん滅び生まれ変わっていた。
地球へ向かっても、そこにはかつての敵は、もういない。
侵攻プログラムは、いったん凍結され、再検討が行われている。
惑星TUBOYは未だ生きており、これを破壊しなければバイオメカノイドたちは止まらない。
ここでインフェルノを沈めても終わりではない。まだまだ、ごく一部の先遣部隊を撃破したに過ぎないのだ。
『──さんっ!!エリーさんっ!!』
「──!!」
ヴォルフラムに到着したなのはが念話で呼びかけ、エリーははっと我に返る。
エリーの目の前、あと一歩踏み出せば届く間合いに、リインフォースの姿をした幻影は立っている。
その足元にははやてがいる。
血液のほとんどが流失し、失血死してもおかしくない状態──それでもはやてはギリギリで、残った魔力で傷口にバリアジャケットを張りなおし、出血を抑えていた。
そしてそれは幻影にも察知できたようである。
幻影は左手で氷結魔法を展開し、はやての胴体を包んだ。
皮膚表面だけが瞬間的に冷凍され、切り落とされた傷口は切断面の組織を保持したまま凍結される。
次第に、エリーも焦燥が落ち着き、思考が冷静さを取り戻してくる。
この幻影がはやてを斬った理由が分かってくる。
──彼らは、進化の末に肉体を捨て去った種族だった。
バイオメカノイドたちの内部に搭乗していたグレイでさえ、彼らが持っていたであろうかつての肉体を模して作った結果生まれた存在であった。
先史文明人たちは、物理的な肉体を捨て去り、精神生命体にまで到達しようとしていた。
それが何かのきっかけで失敗し、そして精神生命体はリンカーコアという形で自らのカタチを残して、ある程度巻き戻されたところから進化をやり直すことになった。
遺伝子操作技術を駆使して、二足歩行の人型をつくった。そうして生まれた生物が、グレイだった。
当時の地球人類にとって、もはや肉体とは好きなように作り変え、着替えるように変更できるものであった。
かつての地球はそこまで、高度科学技術文明を到達させ、星の海を渡り歩いていた。
もっと後になってのことだと考えられていた、ミッドチルダへの地球系民族の移住──それが、次元世界成立の極初期まで遡ることになる。
はやての体内にある、2個のリンカーコア──バイオメカノイドはそれを目当てにした。
夜天の書の主に選ばれ、リインフォース・ツヴァイを生み出した源となった稀有な魔力資質。
魔力資質の高い人間とは、すなわちより先史文明人に近しい存在ということである。
邪魔な肉体を削ぎ落とし、より純粋な存在になれ。
バイオメカノイドたちの、渇望が見える。
人間にとっては異形にしか思えない、金属と無機質の身体を纏い、冷たい宇宙を漂っていた惑星TUBOYの“生命”たち──
彼らにとって、次元世界人類の来訪とはまさに神の再臨にも等しかったであろう。
自分たちの目指すべき約束の地は未だ失われておらず、そこを目指す旅路につくことが可能である。
惑星TUBOYが目覚めるとき、それは彼らの生命圏の拡大であり、そして同時に人類にとっては外宇宙からの侵食となる。
四肢の切断面を凍らせたのは、残った胴体だけでリンカーコアを維持するためである。
この状態では、下手に治癒魔法をかけてしまうと傷口が歪に再生してしまい、かえって治りが悪くなる。
リインフォースの姿をした幻影は、はやてを殺そうとしたのではない。リンカーコアだけの状態にしようとして、自分たちと同じ状態にしたうえでの会話をしようとしたのだ。
「だからって──!」
リインフォースの姿をした幻影が、表情を穏やかにしたまま首を傾げる。
バイオメカノイドには、外見を似せることはできても仕草までは真似られない。
「だからって、黙って言いなりにはなれない──!!」
「副長!!危険です、下がってください!」
念話ではなく肉声で、CICの当直についていたレコルトが艦橋の窓から呼びかけてくる。
「ハラオウン艦長が来ます、下がって!」
「黙ってくださいガードナー!!私は、艦長を──ッ!!」
リインフォースの姿をした幻影が、再び触手を突き出す。
エリーのバリアジャケットは一般的な海軍士官用のもので、はやてのもののような強度はない。接触すれば間違いなく貫かれる。
これに打ち勝つことが人間にはできない──
「ッッ!!」
触手が、直前で異層空間から実体化し、エリーの身体を物理的に突き飛ばす。
貫通せず、直接触れて打撃を加えた。
突き飛ばされたエリーの身体はヴォルフラムの甲板に、滑りながら倒れる。
触手がヴォルフラムの甲板を追撃で叩き、その衝撃で弾き飛ばされていたはやての腕や脚が、跳ねて艦の舷側に転がり落ちていった。とっさにバインドを放って捕まえようとするが、追いつけない。
エリーが甲板に背中を打ち付けると同時に、はやての手足はヴォルフラムの船体から落ちていってしまった。腕から離れて転がっていたシュベルトクロイツだけが何とか拾うことができた。
右腕で受身をとりながら体勢を立て直そうとしたエリーの目に、白い矢が走るのが見えた。
「スティンガーレイ・アイシクル──!」
1本だけ飛んできた長大な氷の矢が、リインフォースの姿をした幻影の中心を、寸分違わず貫いた。
幻影は冷却によって強度が落ち、自重で砕けるように崩壊する。
細かい粒になって自然に溶けても、もはや魔力結合を保てるエネルギーを残していない。
はやてを抱き起こし、振り返る。
艦尾を向けてドラゴンの攻撃から庇うように陣取ったクラウディアと、魔法陣を展開して空中に立つクロノの姿があった。
「スピードスター三佐!八神艦長を本艦へ収容する、シグナム一尉と同時に処置をする」
「ハラオウン艦長!」
「君はヴォルフラムの指揮を引き継げ!今、竜に目を付けられたらひとたまりもないぞ!ウーノ、敵を牽制しろ!現在本艦ヴォルフラム共に動けん、一発も撃たせるな!」
念話でクロノはクラウディア発令所へ指示を出す。それにこたえ、クラウディアが艦を回頭させて5インチ速射砲による全門射撃の態勢をとる。
大型魔導砲は発砲時の余剰魔力の噴出が激しいため、甲板員などへの被害を避けるためシールドが必要になる。もちろん、周囲にむき出しの人間がいる状態では発砲できない。
『了解です。バウスラスター始動、面舵30度、艦を回頭。砲塔旋回、右舷指向方位3-0-0』
クラウディアの5インチ速射砲が連続発射され、ドラゴンの3つの首をそれぞれ叩く。プラズマ弾はドラゴンの口からブレスのように発射されることが判明しているため、首をこちらへ向けさせなければ攻撃を回避することが可能だ。
クロノが不在の間、艦の指揮は副長であるウーノがとる。
なのはにとっては、かつて戦闘機人ナンバーズとして戦い、敵であったはずの彼女が、自分の知り合いの艦に乗り組んでいるというのはこれも驚くべきことであった。
インフェルノの後部へ退避していたミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊の旗艦リヴェンジから、クラウディアとヴォルフラムに対し入電が届いた。
破口周辺で外部観測を行っていた偵察機が、地球からの迎撃機と思われる機体の発進を確認した。
念のため、戦闘配置のまま警戒を継続する。
「クロノくん、地球の戦闘機が!?」
「ロケット機かどうか──こちらクラウディア、発進した機体の識別は可能か!?」
『こちらリヴェンジ、偵察機の報告によるとおそらくジェット戦闘機とのことだ、今映像を送る』
クロノの手元に、偵察機から撮影された地球戦闘機の映像が送られる。
なのははレコルトの後を追って艦橋に出て、エリーを迎えている。
「──なのは、これを見ろ」
クロノはなのはにも映像を転送した。
雲海をはるか下に見送り、青い炎を噴いて飛ぶ機体が見える。
なのはははやてほどには兵器に詳しくはないが、昔、父である高町士郎が持っていたアルバムの中に、これと同じ機体が映っていたのを覚えていた。
現在でも現役で運用されているものとすれば、それは一つしかない。
ミコヤン・グレビッチ設計局が造り上げ、ソビエト連邦防空宇宙軍が擁する、2023年現在、地球上で唯一の宙間戦闘が可能な機体。
“MiG-25SFR Starfox”。
MiG-25迎撃機をベースにエンジンを標準の低圧縮ターボジェットから熱核ロケットエンジンに換装し、酸化剤なしでの燃焼を可能にしている。
ソ連ではこの技術をもとに、EUアリアンスペース社と共同で初のSSTO(単段式軌道往還機)を開発し、ソユーズ宇宙船と共に軌道上宇宙ステーションへの低コストな打ち上げシステムを実現している。
「間違いありません。地球の、ソ連の戦闘機──実用上昇限度無限大、事実上宇宙まで行ける戦闘機です」
『では地球は我々を──いや、インフェルノを迎撃しようと』
クロノはクラウディアへのはやての収容作業と並行して、ミッド艦隊との通信を行う。
「いや、いかに宇宙戦闘機といえども単独で戦艦とはやりあわんだろう。これはあくまでも偵察だ。インフェルノがどのような軌道をとっているかは地上からの観測でもわかる。
地球に激突しないように軌道を変えたのなら敵の動きはある程度読める──減速して軌道に乗ってから、攻撃なり降下なりを行うということだ。
少なくとも地球人はこの巨大戦艦が恒星間マスドライバーキャノンの弾丸でないということは理解したはずだ」
エリーははやての胸に、待機状態に戻したシュベルトクロイツを提げさせた。
もはや血液量の減少により頬はとても冷たくなっている。だが、命はまだ残っている。
「エリー──わたしも見たよ、やつらの心を──」
「艦長、しゃべっちゃダメです、体力が」
「悔しいんや──人間の定義なんてそいつの主観で簡単に揺らいでまう──やつらは、人間を殺したとは思ってへん──
やつらにとって人間とはグレイ、バイオメカノイドのことなんや──!ホモサピエンスはやつらにとっちゃ、祖先かもしれんが人間やあない──
私やエリーに話しかけたのも、人間やない相手にどうにか言葉が通じるかもしれんと向こうが期待したからや──わたしらが試すのとおんなしように、異種族への対話をこころみたんや──
──そんな、そんな信頼のされ方なんか、されたってちっともありがたくもあらへん──!!」
「はやて、気をしっかり持つんだ。すぐに処置をする」
「クロノくん──ああ、私はまだ地獄におちてへんな──」
速射砲でドラゴンを牽制しながらクラウディアが艦を寄せ、クロノはクラウディアの後部艦載機ハッチへはやてを抱えて飛び上がる。
それを見届け、エリーはヴォルフラムの艦橋へ急いだ。
リインフォースの姿をした幻影は溶けて消え去り、甲板にははやての血が、血だまりをつくってゆっくりと艦の傾きに沿って流れ落ちていっている。
操舵席は無事だった。フリッツが舵輪を握り、ルキノは機関室へ向かいエンジン操作を手伝っている。
「副長、スバルさんたちの班を収容しました!いつでも飛び立てます!」
「オーケイルキノ、フリッツ、舵を」
「まかせてください副長!」
艦橋に戻ったエリーは、艦内放送のスイッチを入れる。
「こちら副長、艦長負傷につき現刻より本艦の指揮を代行します!機関室へ、エンジン始動、方位ベクトルを反転、アップトリム一杯機関逆進!浮上します!」
『了解、機関逆進よし!』
飛行魔法が起動され、ヴォルフラムの艦体がゆっくりと身震いし、再始動する。
微速で後進をかけ、頭からインフェルノ内壁に突っ込んだ状態から浮上をかける。みしり、みしりと艦がきしみ、フリッツは艦体構造に無理がかからないよう細かく艦の姿勢を調整する。
「アップトリム10度に修正」
「アップトリム10度よし、艦尾が浮き上がります!」
「よーしよしその調子だ……いけっ!」
電測室で、ヴィヴァーロが艦の姿勢をモニターする。その情報をもとにエリーは操艦を指令し、ルキノとフリッツがそれぞれエンジンと舵を操作する。
「バウスラスター右舷全速、艦傾斜右15度!艦首を持ち上げてください!──、今!機関前進取舵一杯!反転上昇!」
「おっし……取舵一杯、アイ!おっりゃああ!」
エンジンノズルから展開される飛行魔法のフィードバックが舵輪に伝わり、フリッツが気合をこめて舵を左へ切る。
右に傾きながら浮上したヴォルフラムは、バウスラスターを使っていっきに艦首を左へ振り上げ、インフェルノ内壁を離れる。
後方へ付いていたクラウディアも、ヴォルフラムが再浮上に成功したことを見て取り、ドラゴンへ止めを刺すべく戦闘位置へ進出していく。
「再浮上完了!艦底が内壁を離れました!」
「よろしい電測長、レーダーの作動状況は!?」
「対空警戒レーダーアレイは4面中、前方の2面が潰れました、ですが射撃管制装置は生きてます、マニュアル入力なら主砲を撃てます!」
『こちらCIC、2番主砲はユニットは無事ですが揚弾装置の故障でカートリッジロードが追いつけません、連続射撃はできないですよ』
「それだけ生きてれば十分です──」
現在のヴォルフラムは、各種装置の損傷により使用可能な兵装も減り、エンジンも全力を出せない状態である。
積極的な戦闘はできないが、それでもエリーには自信があった。
主砲1門があればドラゴンの攻撃をしのぎ、脱出することが可能である。
スバルたちが回収したグレイの遺体を持ち帰り、分析する。
ここで一度、ヴォルフラムは本局へ帰還する。現在の状況では、このままインフェルノと交戦することは不可能である。
地球近傍での戦闘は、地球上に被害をもたらす危険から大規模には行えず、破壊するにはできるだけ地球から離れたところで行わなくてはならない。
インフェルノの船体規模では、完全に破壊するにはまず次元潜行能力を奪わなくてはならない。これがある状態ではアルカンシェルの威力が大きく減衰されてしまう。
次元潜行さえできなくすれば、通常出力のアルカンシェルで破壊、ないしは地球大気圏で安全に燃え尽きる程度の大きさの破片に崩壊させることが可能である。
もちろん、次元潜行状態でも無理やり破壊できるほどの攻撃──アルカンシェルであろうと通常の魔法攻撃であろうと──を行えば、地球だけではなく太陽系ごと吹き飛ばしてしまうだろう。
ミッド艦隊では、空母から攻撃機をインフェルノ内部に突入させ、艦載魔導師による上陸戦を行う準備をしている。そのために艦隊の各艦では上陸する兵の選抜を行っていた。
全長数十キロメートルという、大都市に匹敵する規模の空間を捜索し、制圧しなくてはならない。
空母や揚陸艦に乗り組んでいる陸戦隊だけではなく、小型の巡洋艦でインフェルノ内部の構造を掘り進み、道を作るという作業も必要になってくる。
インフィニティ・インフェルノの外殻が、次元航行艦の存在を地球から隠してくれる。
地球の目から逃れながら、地球のそばで戦うという、奇妙な状況である。
ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊の兵員たちもようやく、これが管理外世界での作戦であり、自分たちの存在さえ知られてはならない世界へ踏み込んでいるということを理解しつつあった。
謎の巨大宇宙船──地球との距離が38万キロメートルを切り、肉眼でも地上からの観測が可能になりそれは小惑星ではなく人工物であると認識された──は、地球大気層に接触して大きく減速を行い、圧縮衝撃波による巨大な炎の雲を纏って大西洋上空に現れた。
長い部分で100キロメートル以上に達する大きさと、その全体を包み込む電磁妨害フィールドは、通信衛星などに電波障害を引き起こしていた。
ソビエト連邦防空宇宙軍はこの事態を鑑み、偵察目的の迎撃機を発進させた。
高度270キロメートルから撮影された巨大宇宙船は、赤い楔のような船体を持ち、地球上のあらゆるテクノロジーと隔絶しているように見えた。
これは紛れもなく、異星人の乗り物である。
既に地球接近の5時間ほど前から減速を始めており、地球軌道への進入が目的であるとみられた。
外宇宙航行速度に近い猛スピードで飛んでくれば、地球をすり抜けてすっ飛んでいってしまう。
減速した上で地球重力圏に入り、周回軌道に乗る。測定された速度から、巨大宇宙船のとる軌道は遠地点がおよそ40万キロメートル程度になる、対地同期軌道への進入を図っていると推測された。
南側から地球へ向かってきたので、近地点が北半球、遠地点が南半球を見ることになる、いわば逆モルニヤ軌道ともいうべき場所である。
北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)では、巨大宇宙船に対する地上からの核ミサイル攻撃が可能かどうかを検討していた。
大出力の核兵器を宇宙空間で使用する場合、距離が近すぎるとシールドされていない衛星が強力な放射線を浴び、電磁パルスのエネルギーによって電子機器の故障を起こす危険がある。
そのため、ヴァン・アレン帯の外で命中するように発射すべきとされた。
また、発射可能なプラットフォームとして、大重量の弾頭を搭載可能なソ連のR-7、R-39、アメリカのピースキーパー、トライデントミサイルが候補にあげられた。これらは地上基地または潜水艦から発射される。
一つ目のプランとして、巨大宇宙船が逆噴射による減速を行っている間に攻撃することが考えられた。
地球への接近を許さず、あくまでも地球に衝突する危険のある物体を迎撃するための攻撃である。
しかし、巨大宇宙船が軌道変更を行ったことでこのプランは不可能になった。
相手は地球への衝突を避けようとした。そこへの先制攻撃は過剰防衛である。もし相手が知的文明を持つ種族であったなら一方的な攻撃はなおさら行えない。
算出した軌道をもとにミサイルの発射諸元を計算し、常に巨大宇宙船の追尾を続けることが決定された。
とにかく相手の目的が何かを突き止めなくてはならない。
友好的な訪問なのか、それとも攻撃か。
もし攻撃が目的であるのなら、市民の安全を図らなくてはならない。
宇宙からの攻撃に対し有効な防御手段が存在するかどうか──アメリカはそれ以前に、他の核保有国へ対し巨大宇宙船への攻撃をしないよう要請しなくてはならなかった。
疑心暗鬼に駆られた小国が、反射的にミサイルを撃ってしまうかもしれない。
そうなれば、どこの国が行ったことであろうとそれが地球人の総意ととられてしまう。
毎年何本もつくられるハリウッド映画のように、そう簡単には地球はひとつにまとまってはくれない──事態を知らない人々が年忘れの祭事に浮かれる中、アメリカ国務省の外交官たちは慌しく各国の大使館を回ることになった。
ボイジャー3号は、遭遇した惑星の観測を継続し、現在地球に接近している巨大宇宙船がそこから発進してきたことをほぼ確定した。
巨大宇宙船の周辺を漂う岩石のスペクトルと、惑星のスペクトルを比較した結果、組成が一致していた。
すなわち巨大宇宙船はあの惑星から飛び立ったということである。
12月28日、国際天文学連合(IAU)は、ボイジャー3号が発見した新しい系外惑星を“キグナスGII”と命名し、NASA及びアメリカ政府、国防総省へ報告した。
算出されたキグナスGIIの物理的性質は直径4530キロメートル、質量は地球の93分の1、主星からの平均距離2億8千万キロメートルの楕円軌道を周るエキセントリックプラネットである。
この惑星が存在する宙域は地球から見ると天の川銀河のはくちょう腕の先にあり、距離はおよそ170万光年である。
観測される電磁波が可視光よりも赤外線領域に偏っていることから、暗黒銀河によって隠されているため地球からは見えにくい場所であると予想された。
FBI捜査官マシュー・フォードはロンドン郊外の草原の中のロッジへ赴き、連絡を取っていたある人物と待ち合わせていた。
その人物は、かつて異星人の宇宙船による誘拐──アブダクションを経験したとされる男である。
彼は以前に接触した別のFBI捜査官の調べに対し、およそ半年間、異星人の母星に滞在し、その行き帰りで異星人の宇宙船に乗ったと話していた。
異星人は地球人に比べてのっぺりとした丸い顔立ちをしており、色素の薄い皮膚、原色の頭髪など、特徴的な風貌を持つ。
体格は地球人よりも細く、頭部、特に眼球が大きく、背が高い者が多い。
そして何より、異星人は超能力を持っている。彼らの携帯する武器は光線銃や熱線銃が主体であり、また浮遊・飛行能力まで持っている。
音もなく、風が木のドアを動かすように現れ、黙ったまま、テーブルに着く。
フォードの目の前に現れたその男は、意識が今も宇宙のかなたに取り残されているかのような、抑揚のない声で言った。
「連中はいくつもの星を従えているんだ。地球だって例外じゃない。地球が妙なことをしなければ向こうから手は出さないと俺に言ってくれたんだ」
地球よりも数段上の科学技術を持った知的文明である。またそうでなければ、地球にまでやってくることはできないだろう。
地球には、問題の異星人たちがすでにかなりの長期間にわたって滞在している。
フォードが今回、この男に会うのを決めたのは、その異星人たちから、アメリカ政府に対し申し入れがあったからだ。
ブレイザーがフォードへ手紙を送ってまもなく、アメリカ国家安全保障局(NSA)が対地球外文明交渉プログラムを開始した。
地球に滞在している異星人からもたらされた情報として、未知の脅威が地球に迫っている。
既にフォードには、ブレイザーからの手紙とは別に、今回の事件に対するアメリカ国防総省の計画に基づく指令が下されていた。
すなわち、アメリカは独自に異星人とコンタクトをとり、技術交換の確約を取り付ける。
異星人たちが求めた見返りとして、彼らの組織に対する地球人の参入を要請する。ついては、彼らの組織に敵対ないし反抗しようとする個人ないし組織の行動を、いかなる手段を用いても阻止せよ──というものである。
つまるところ、地球にはもはや件の異星人の組織──“ビュロー”に参入するより他の道はないということである。
もし地球が拒むのなら、地球人は永遠に宇宙へ飛び出すことはできず、この小さな星にへばりついたまま、資源を使い尽くして干からびる未来しかない。
宇宙空間は既に異星人たちのテリトリーである。
外宇宙へ飛び出す能力を持たない世界は、なぞらえるならば交易を行わない原住民族のようなものである。
外に出ようとしなければ害はないが、外に出ればたちまち遭難してしまう。
国防総省以外にも、NASAでチーフディレクターを務めるシェベル・トルーマンが、個人的にフォードに知らせてくれたことである。
このタイミングで異星人が地球にコンタクトをとってきたのは、地球人が外宇宙に出る手段を実現したからである。
トルーマンの管轄しているプロジェクトは、無人の宇宙探査機をワープ航法を用いて天の川銀河の外へ送り出すことに成功し、そこで新惑星を発見した。
そして、その惑星から飛び立った無人兵器が、地球へ向け航行中である。
もたらされる被害の大きさから、地球人への警告が必要であると判断した──というのが、国防総省を通じて伝えられた異星人の言い分である。
過去十数年間、アメリカやヨーロッパを中心とした先進国において発生していた行方不明事件を、フォードは独自に分析していた。
不可思議な超常現象に巻き込まれたとしか思えない──今目の前にいる男も当時はそう言われただろう──人間の失踪、そのおよそほとんどが、彼ら異星人の仕業であると考えていた。
一見して地球にとって有利な材料に見える、彼らの組織への地球人の参入という条件も、今回の件を通じて事実上合法的に地球人を彼らの星へ連れ去ることを可能にせよという意味であろう。
「──魔力、だ」
「魔力?」
男は、鎖骨の付け根辺りを指で示しながら言った。
「連中は、色んなエネルギーを魔力と総称して呼んでいるんだ。電力も原子力も化石燃料も、連中は一緒くたに魔力と呼ぶ。そして連中が言うには、そのエネルギーは、人体から発生する──俺たち地球人は、連中よりも強いエネルギーを出せるというんだ」
「つまり地球人を電池として攫っていたというわけか」
そう主張するのだな、とフォードは念を押した。
国防総省からは、異星人は地球人との混血を要求しているとの情報がもたらされていた。かつて中世や古代のヨーロッパにも、天に召された人間というのは異星人に連れ去られた者が含まれている。
彼らの星ではおそらく、進化によって肉体が脆弱になっており、そのために地球人の遺伝子を求めているのではないか──というのはNSAの意見である。
とはいえ、フォードの目の前にいる男はそうは考えていないようだ。
仮にひ弱な肉体を持つ種族であれば、たとえば地球人と腕力で勝負したら負けるだろう。
彼らは、体力を超技術で──所謂ところの魔力で──補うことができ、さらに地球人よりも遥かに強靭に仕立てることができる。
彼らの星は地球と比べても重力や大気組成は変わらず──少なくとも男の言い分では歩いたり跳んだりするのにも感覚は変わらず、呼吸も問題なくできたという──異星人は、あくまでも魔力をまったく取り去った場合にのみ地球人よりやや弱くなる、という程度だ。
異星人にとって重要なのは肉体の強度ではなく、あくまでも魔力の強さである。
地球人は、強い潜在魔力を持ちながら、それを利用する技術を持っていない。
すなわち、魔力技術を教え、文字通りの“人材”として利用しようということである。
異星人に魔力の扱い方を教えられた人間は、異星人のために働くようになるだろう。どんな教育手段が用いられるのかは想像に難くない。
何しろ魔力は脳にさえ作用する。睡眠学習など必要ないほどの高効率の知識の蓄積や思考の練習が可能であり、さらに応用すれば幻覚を見せたり、刷り込みをかけることさえが可能だ。
異星人たちの中でも、魔力だけあっても魔力を扱う技術を習得している者ばかりではないらしい。
同じコストをかけて教育を施すならば、より魔力の大きい人間が適している……というわけである。
「ミスター・グレアムは俺に便宜を図ってくれた」
色の落ちたデニムのジャケットをつまみ、男はその名を口に出す。
「俺だって自分がこんな目に遭うまでは宇宙人なんて信じてなかったんだ。だけど俺は実際に体験した。そしたら、自分の記憶が白昼夢じゃないかどうかを確かめるには、信頼できる人間に自分の記憶を検証してもらう必要がある」
「その、グレアム氏というのはどういった人物なのかね?」
「とぼけるのはよしてくれ」
本当にフォードはとぼけて答えた。ギル・グレアムの行動についてはCIAとMI6がそれぞれ独自に接触と情報収集を図っており、また身辺を洗っていた。
グレアムが殺された事件では、異星人の組織内部での抗争が原因として考えられるとCIAは報告し、ブレイザーを通じてフォードに伝えられていた。
数年前よりグレアムは自宅から滅多に出ることがなくなり、彼の自宅周辺で不審な車や黒スーツの男たちが目撃されることが時折起きていた。それまで参加していた医療福祉団体からも退き、資金の提供をやめていた。
その医療福祉団体というのが、関連組織としてアメリカにサイバネティクス技術研究グループを持ち、実質NASAの下部組織であるという事実がある。
彼らが研究する技術とは、すなわち異星人が持ち込んだオーバーテクノロジーだ。
あるいは地球にたまたま墜落して軍に回収された彼らの宇宙船を調べて入手したものでもある。そして、グレアムはその宇宙船が、自分が所属している異星人の組織に関わる技術を秘めていることを当然知っていただろう。
異星人に長年協力していたグレアムが、その協力関係を反故にするような行動を取ろうとしたため、口封じをされたという見方がある。
彼の飼い猫が殺されていたのは、異星人は動物を人間に変身させる技術を持ち、使役していたからだ。
グレアムと一緒に殺されていた二匹の猫は、人間の姿を持って彼とともに異星人の組織で働いていた。
そして、彼が関わったとされる、2005年の海鳴市における事件──
異星人の組織内部でも、この事件の事実を公表し現地政府(地球、すなわちイギリス、アメリカおよび日本)と協力して危機解決に当たろうという意見と、あくまでも秘密を守り地球人の前に姿を現すのは時期尚早であるという意見が対立している。
知的文明を持ち、それなりの近代国家体制を標榜する組織が、彼らにとっても異星人である地球人を殺害するということは、国際問題に発展する危険があるのではないか──というのはフォードも意見した。
しかし今のところ、アメリカとしてはギル・グレアムの行動はやはり冷静さを欠いた性急なものであり、現在の地球の状況では異星人の存在を公表するわけにはいかない、という考えのようだ。
地球に接近した巨大UFOを迎撃しなかったことからもそれは明らかである。
アメリカだけではない、地球の科学力や軍事力では、異星人と正面からやりあって勝つことはできない。何しろ相手は何億光年もの宇宙を自在に渡り歩く技術を持っているのである。
太陽系の中でさえ何ヶ月もかけて低速で這いずり回るしかない地球の宇宙船では太刀打ちできない。
そんなところに、地球の軍が手を出すことは、なおさら慎重にならなくてはならない。
とはいえ、このまま異星人に巨大UFOの迎撃を任せ、借りを作ってしまうのはいかがなものかという意見もあることはある。
巨大UFOの出現は、地球人に貸しを作るための異星人の自作自演ではないかと疑う声もある。
だとしても、地球がこの事件の対策に参加するには、異星人の提示した条件──彼らの組織、“管理局”への参入が必須であることには違いがない。
異質な価値観である。
地球は人間を貢ぎ物として差し出せということだ。
すでにグレアムをはじめ、地球人でありながら管理局に参加し働いている人間も少なくない数がいる。
グレアムが殺されたのは、交渉の窓口を限定し、地球に選択の余地をなくさせる作戦ではないか──というものだ。
ただ、もしグレアムを殺した組織が異星人のものなら、彼らの中にも、管理局に従わない勢力が存在することになる。
彼らとしては地球人をまさに生体素材として使いたいが、管理局がそれを許してくれない。ならば独自に地球と交易を持とう、と考えるのではないかという推測だ。
圧倒的に高い技術力を持つ異星人を相手に、彼らの組織内部での勢力争いを内偵するというのは困難な仕事である。
同じFBI内部でも、オカルトだの何だのとうるさい捜査官がいる。彼らを何とか説き伏せ、情報を共有し分析しなくてはならない。
フォードがウッドチェアに座って組んだ足を組みかえ、男はタバコを取り出そうとしたが手が震え、ジッポーが地面に落ちた。
ジッポーを拾おうと身体をかがめた男のジャケットの下に、鈍色のきらめきがあるのをフォードは見つけた。
「地球を守らなくてはならないんだ」
セーブ・ジ・アースというフレーズは、一般的には環境問題などについて語られる。
ただしここでは、外宇宙での星間戦争の脅威から守るという意味になる。
「グレアムさんは地球を守ろうとしていたんだよ」
抑揚のないまま、声の強さだけが上がっていく。
「彼を殺したのはあんたらFBIじゃないのか!?グレアムさんは俺以外にも連中の星へ行った人間をたくさん知っている、アメリカ人もイギリス人も日本人も、男も女もたくさんいる。
もう地球は連中に支配されているといっても過言じゃないんだ。だっていうのにあんたら政府は、何てことをしてくれたんだよ!」
舌をもつれさせながら、男は立ち上がりジャケットの裏側から拳銃を抜いた。
口径の小さい、小型の護身用拳銃である。しかしこの至近距離であれば防弾着など意味を成さない。
眼前に突きつけられた、鈍く光る銃口をフォードは見透かし、男の顔を見据える。
銃口から眉間まで、1フィートもない。
テーブルを挟んで向かい合い、右腕を伸ばす男の拳銃が、フォードの顔の前で震えている。
「答えろ!」
男の顔に浮かんでいる感情は、恐怖だ。
異星人たちの乗る宇宙船には、地球を一撃で焦土に変えられるような武器が積まれている。もし地球人が刃向かってくるならこれを撃つぞと脅すことができる。
実際にそれをやるかはともかくとして──だ。
国防総省が言うには、異星人はきわめて紳士的な振る舞いをしている、とのことだ。
もちろんフォードとて彼らの言うことを頭から信用しているわけではないが、星間文明を築くことができる程の種族なら当然国家運営に長けていてしかるべきであり、たとえその志向が外征主義であったとしても表面上はそれを隠すだろう。
「私はそれを捜査するために君に話を聞きにきたのだ」
「ぐ……!」
男の指がトリガーにかけられ、握られる手で銃身が揺れる。
乾いた発砲音と共に、ガラス質の砂がはじけるような音が響いてフォードの目の前に閃光が生じた。
空間に浮かび上がった光の膜のようなものに、撃ち出された銃弾がめり込み、空中で止まっている。
やがて光が薄れ、銃弾は頭をひしゃげさせて床に落ち、湿った木材の音を立てて転がった。
「──」
「“連中”も、グレアム氏のことは痛く受け止めているんだ」
頭で理解してはいたが、実際に自分に向かって撃たれるというのは恐怖である。
冷や汗を気取られないように、フォードは静かに声を抑えて言った。
男は震え、あごが定まらないまま言葉を失って、銃を取り落とした。
フォードは椅子から身を乗り出し、銃のマガジンを外して弾を抜き、安全装置をかける。
男は椅子に身体を戻せず、床にへたり込んだ。
「貴重な話が聞けた。──“捜査への協力、感謝します”」
決まり文句を述べ、フォードはロッジを後にした。
草むらをしばらく歩き、最寄の農道に止めていた車に戻ってくると、フォードをここに案内した若い男が、車のそばで気配を消して待っていた。
彼らは、異星人の組織──管理局に所属する人間である。地球人ではない。
今回の事件を聞きつけ、地球での捜査を命じられて赴いてきたのだ。
「どうでしたか」
男はフォードに聞いてくる。見たところ年若いが、背丈はフォードと同じくらいはある。
欧米系の顔立ちには見えない。時折、町の本屋に並ぶオカルト雑誌に「宇宙人の顔」として載せられるいかさま写真のものともやはり似てはいない。
一見して人間だが、どこか違った雰囲気はある。
「完璧に作動してくれたよ。この──デバイスというやつは」
フォードはスーツの襟をめくり、縫い付けておいた金色の金属チップのような部品を見やる。
特別に使用が許可された、異星人のオーバーテクノロジーによって製造された装置である。
これを用いて、いわゆる魔法を使うことができる。
ただし、何もしなくても勝手に発動してくれるものだけではなく、自分の意思で発動させるためにはそれなりの訓練がいる。
「彼は?」
「ウェンディがやっています。──終わったようです」
男のほうが草むらの向こうを腕で示し、フォードが振り返ると、ここにフォードを案内してきたもう一人である若い女が、フォードの後を急いで追ってくるところだった。
こちらはやや小柄だが、体つきはやはり地球人とは微妙に違う。違和感がない程度に偽装──もちろん魔法を用いて──できるらしいが、人間の第六感というのか、なんとなく違うという程度は嗅ぎ取れる。
「処置はばっちりッス。マシューさんがアイツと会ったことも、アタシたちがここに来たことも、アイツはなんにも覚えてません。アタシたちは今日この時間、ここにはいなかったってことになるッス」
「流石の手際ですね、──ウェンディ執務官補、でしたか」
「慣れてるッスから」
執務官とは、異星人たちの星間国家を取りまとめるための組織、時空管理局における役職のひとつである。
さまざまな惑星において、星間国家に参加しているか否かを問わず、事件の捜査を行う。
地球でいうインターポールのようなものだろうか、とフォードは思った。ただし、その職務ははるかに困難が伴うものであるだろうことは想像に難くない。
フォードが束ねているFBIのセクションでは、イギリス国内における異星人たちの活動をサポートすることになっている。
すでにブレイザーが手紙を送ってきたとおり、アメリカは大西洋上で、長年研究してきたUFO──エイリアン・クラフトの技術実証試験を行う予定である。
その上で、アメリカ国内に滞在している異星人たちに対する、地元警察や探偵気取りの民間人などからの警護を行うことになる。
異星人の男のほうは、エリオ・モンディアルと名乗った。
イタリア系の名前ではあるが、彼自身がイタリア系人種の外見を持っているわけではない。
ヨーロッパ人というには顔の造形は彫りが浅く、かといってアジア系でもない。
特に特徴的な頭髪は、エリオもウェンディも、一般的なメラニン色素による赤髪ではありえないようなあざやかな発色だ。これも、魔法を使って目立たない色に偽装している。
「では行きましょう。あの男の話から、ミッドチルダが独自かつ秘密裏に地球へのコンタクトをとっていたことが判明しました。
これは次元世界連合の人道協定に違反する行為です──自分たちの技術的優位を利用して、地球人を誘拐していたことになります」
用意していた黒塗りのセダンに乗り、エリオが運転してフォードは助手席に、ウェンディは後席に座る。
郊外の草原ともなると、通りがかる車や人間は少ない。ここももともとは牧場の一角だったらしいが、地主が土地の管理をしていなかったらしく手入れがされておらず、誰も近寄らない場所になっていた。
「次元世界連合、というのはあなたがたの所属している──国際連合と考えてよいのですか」
セダンを走らせるエリオに、フォードは尋ねる。
静かな走行音の車内では、落ち着いて、会話をすることができる。
「ええ。僕らの住む世界はいくつもの星があります。人間が住んでいる星だけでも50以上、また植民惑星も同じくらい」
「われわれの地球もその中に」
「いいえ、こちらから人間の住んでいる星を発見しても、基本方針としてコンタクトはとりません。彼らが外宇宙へ進出する技術を持って初めてその星の住人に僕らの姿を明かします。
これは僕ら管理局内での呼称ですが、次元世界連合に加入し、かつ軍事相互管理条約を結んでいる星は管理世界といいます。
そうでない星は管理外世界と呼ばれます。他にもいくつかの分類はありますが、おおむねこの2つの区分けがあると考えていただければ結構です」
「地球は管理外世界であると──そうすると、先ほど仰られたように地球は未だ外宇宙航行技術は獲得していませんから、本来であればそちらから接触を持ってくることはなされないはずだった」
「そうです──もし何らかの事件が起きてその対処をしなければならない場合も、現地住民、この場合は地球の方々に、僕らの活動や存在が知られてはならないのです。
機密情報の漏洩のみならず、他の惑星の住人に無用の混乱をもたらすことは人道的に避けるべきことです。
しかしながら、協定違反を犯して管理外世界への接触を持とうとする企業や非合法組織は後を絶ちません」
「──やはり、どれだけ技術が進歩しても人の心はそう変わらないものなのですな」
「仰るとおりです」
フォードたちももちろん、地球ではアメリカ政府などが中心となり、異星人の来訪に備えた対応方法の検討というのはこれまで行ってきた。
イギリスなどは、寄せられるUFO目撃報告に対して空軍が公式にコメントを出すなど、政府間でもけして荒唐無稽なフィクションの世界の話、と切り捨てていたわけではない。
ただし、まだまだ一般市民の理解は得にくいものであるのも事実だ。
オカルトや陰謀論を扱ったドラマや小説で描かれるように、非公開組織が極秘裏に接触を持ち、異星人の存在を国民に隠蔽するというのは、“常識的に考えれば”そうせざるを得ないものである。
地球における異星人来訪の伝説は、それこそ有史以前から存在する。
数千年の昔に存在した古代文明も、他の星からやってきた者たちに技術を教えてもらったのではないかと思えるほど、その時代を考えれば高度すぎるほどの文明が突如として出現しているのである。
そしてそういった文明は、天から降りてくる神々を、神話として語り残している。
あるいは彼らは本当に、他の星から技術を持ってやってきた者たちだったのかもしれない。
こういったいわゆる超古代文明については、異星人たちの星でもまさに解明途上のものだとフォードは聞いた。
その過程で、彼らでさえも扱いに困るようなものが発掘されてしまうこともある。
地球にも過去には、そういった物体が事件をもたらしていた。
「私の捜査していた件は、もちろんそちらに情報があるのでしょうな」
エリオとウェンディは、ここイギリスにおける、管理局次元航行艦隊元提督、ギル・グレアム爆殺事件の捜査のために第97管理外世界を訪れた。
地球に到着してすぐにインフィニティ・インフェルノの再起動と浮上が判明し、哨戒艦が撤退してしまったため、二人は当分地球にとどまらざるを得ない。
グレアム提督の名は、エリオもよく聞いたことがあった。
幼少の頃、エリオを実験施設から救出し、保護してくれた執務官フェイト・T・ハラオウンが、嘱託魔導師として初めて担当した事件の当事者であった。
地球で発見された第一級捜索指定ロストロギア“闇の書”の封印のため、管理局はリンディ・ハラオウン提督の指揮のもと次元航行艦アースラを派遣した。
闇の書の起動に先立って活動を開始していた守護騎士システムヴォルケンリッターと交戦し、幾度かの戦闘の末、闇の書を暴走させていた元凶である自動防衛プログラムの破壊に成功した。
これによって闇の書はその機能の大部分を失い、最後の主となったはやてのもとに、デバイス1個ぶんの欠片を遺して消滅した。
現在、はやてが使用している夜天の書は残されたデータをもとに新たにつくられたものである。
守護騎士システムを用いてリインフォース・ツヴァイを作成したとき、既につくられていた4人のヴォルケンリッターのデータの中に、本来の夜天の書のバイナリが残されていることがわかった。
機能としてはおそらく、万が一夜天の書自体が致命的な損傷を負う事態に備えて、分散バックアップをとるように設定されていたものと思われた。
ただしソースコードではなく機械語に変換されしかも圧縮された状態であったため、どのような機能がありコアのどの部分に組み込まれていたのかがわからなかった。
このバイナリを解凍し復元するには、本来の夜天の書に備わっていた自己修復機能が必要であり、またその機能がはたらくために用意していたデータがこのバイナリなので、おおもとの機能が失われてしまった状態では意味のないデータと化したことになる。
いくら情報をCD-ROMやMOディスクに記録しても、読み取るためのドライブが無ければ意味がないのと同じことだ。
はやてのために新たに作成された夜天の書は、ハードウェアとしては単なる大型ストレージデバイスである。
その容量は個人携行用としては最大級でありそれゆえに魔力消費も激しく、単発の処理速度よりも複数魔法の並列発動を重視した設計になっている。
実際、はやてはこの夜天の書でじゅうぶんに戦うことができていた。
ストレージデバイスとしての性能はあまりあるので、あとは必要になってくるのは、その性能でもって“本来の夜天の書”の姿を解析復元することである。
もちろん、復元作業によって再び闇の書に変化してしまう危険はある。
管理局としては、有用なロストロギアはなるべく原形を留めて確保したいものである。
確かに闇の書は数あるロストロギアの中でも大きな被害をもたらしたものであるが、では完全に壊してしまい消滅させればそれでいいのかというと疑問が残る。
どのような技術によってつくられ、どのような原理でその威力を発揮しているのか。なぜこのようなものが生まれることになったのか。
それを調べれば、魔法技術のさらなる進歩が望める。
今後新たなロストロギアに遭遇したときに、より有効な対処ができる可能性が高まる。
ジェイル・スカリエッティにしてもそうであるが、この種のロストロギアにかかわる事件で被告とされる人物は、類まれな才能や重要な人脈を持っていることが多い。
管理局には司法取引が制度として存在する。
スカリエッティもグレアムもその適用を受け、極刑(次元世界においては冷凍封印処分をさす)を免れて生存していたのだ。
そこへきて、グレアムが隠居先で出身世界でもある第97管理外世界で事件に巻き込まれ、命を落としてしまった。
これは管理局としてはまったくの予想外の出来事である。
犯人は誰なのか。地球での報道通り、偶然巻き込まれただけなのか。
あるいは、次元世界のどこかの組織が、グレアムを亡き者にするために謀ったのか。
エリオたちは地球へ到着すると、すぐさま現地の諜報組織との連携を取り、捜査を開始した。
既にMI6とNSAについては管理局との連絡ルートがあったため、その線で人脈をたどった。
そして、直接捜査を行っていたマシュー・フォードにたどり着いたというわけである。
ロンドン市内に戻ってきたセダンは、テムズ川にかかるヴォクソール橋のたもとに建つ小さなオフィスビル地下駐車場へ入った。
ここには表向きには民間医療福祉団体の事務所が入居している。
ロビーの壁には、この団体のメインスポンサーでありイギリス音楽界では有名な歌手の一人であるアイリーン・ノアのポスターが掛けられていた。
斜坑エレベーターで地下に降りたフォードとエリオ、ウェンディは、警備の職員にIDカードを提示し、厳重に隔離されたフロアに入った。
フロアの中では、エリオやウェンディと一緒に来たもう一人の異星人、チンク執務官補がフォードたちを迎えた。
彼女は黒い眼帯を付けており外見でやや目立つことが懸念されたため、外には出ず施設内での資料分析などを行っていた。また、エリオたちが外に出ている間、この施設内の監視を行う任務もある。
壁と床と天井が一体化したチューブ状の通路を通り抜け、分厚いゲートが開く。
よく見るとその動力も、モーターや油圧シリンダーではない。
人工筋肉のようなリニアレールの上を、可動部のない扉板が浮上移動する。
ほんの十数年前なら、未来の超ハイテクと呼ばれたものだろう。
壁のつなぎ目の中には、シールドされた障壁発生装置が見えている。
このフロアの中では、エリオたちも魔法の使用が制限される。
地球人も、このような装置で魔法を防御できるとは思ってもみなかったことだ。異星人からの情報提供を受けて初めて判明したことである。
グレアムの管理局入りに伴い、イギリスはアメリカに先駆けてこれら魔法技術を入手し、数十年を掛けて研究配備を進めてきた。
アメリカも対抗上、独自の魔法技術開発を進めてきた。
それは端的には、ネバダ州にあるグルームレイク空軍基地などで目撃される未確認飛行物体として人々に知られていた。
フォードたちが入ったフロアでは、全高4メートル半ほどの人型ロボットがハンガーに固定され、白衣を着た技術者の指揮によって数人の作業員が機体の各部を点検していた。
銀色のロボットは、半透明のバイザーを被った頭部を持ち、中空構造の多いスケルトンのような外見だ。
本来は背部に装着されている飛行ユニットはオミットされ、基礎フレームのみの状態だが、これでもここまで再現するのに何年もかかっている。
この機体は、元々は“オートマトン(自動人形)”として、各地の教会などで聖遺物として保存されていたものである。
教会で発見された機体はほとんど骨組みだけか、あるいは手足が欠損していたりなど不完全な状態であったが、日本の──海鳴市において、ほぼ完全な自動人形の機体が発見され、いっきにその技術の解明が進んだ。
ギル・グレアム、月村忍、そして異次元より現れた“企業”の協力も得て、イギリス空軍の管轄の下、この戦闘用大型自動人形──エグゼクターの復元に成功した。
まだ基礎フレームのみを動かすに成功しただけであり、オプション装備となる飛行ユニットや武装は全く搭載されていないが、こちらも復元に成功しさえすればいつでも装備できるところまではこぎつけている。
イギリスに技術提供を行ったこの“企業”が、グレアム殺害事件に絡んでいるとウェンディはみていた。
執務官補としてティアナとともに働き、次元世界の裏で渦巻く数々の陰謀をその目で見てきて、どんな世界でも表に出せないような争いを人間は繰り広げているのだということを理解した。
それは管理世界でも管理外世界でも変わらない。
そして管理局員、執務官であってもまた、その事実に目を背けてはならない。
正義や法に盲目になってはいけない──ティアナがウェンディによく言い聞かせていたことである。
法律違反だからただちに断罪してよいわけではない、ものごとが起きるには必ず原因と状況があり、人間の意思の連鎖の結果として出来事が起きる。それを広く見て取らなければ真実をつかめない。
地球がこのような技術の開発を行っていても、それを邪魔することは内政干渉に当たるし、管理局にはそのような権限はない。
このロボット──エグゼクターも、今から申請したとしても実際にロストロギアとして認定されるまでにはいくつもの審査を通る必要がある。そもそも人の手で復元できた時点でロストロギアの定義からは外れることになる。
またそれで仮にロストロギアと認定されたとしても、ではただちに管理局部隊の出動が可能かといえばそうではない。
外部文明との接触は非常な衝撃をもたらすものであり、安易に行ってよいものではない。
もし第97管理外世界を訪れるどこかの民間企業があったなら、地球人との接触はまさにその衝撃を、身をもって見せ付けられることになるだろう。
地球が次元世界連合との国交を開かないのであれば、“地球の要請に基づいて違反企業を告訴”ということはできない。地球とミッドチルダは犯罪者の引渡しなどの協定を結んでいるわけではないので、地球で発生した事件を捜査するには面倒な手続きが要る。
あくまでも形式上は、管理世界所属企業の法律違反を管理局が管理世界内で摘発したという形をとる必要がある。
さらにフォードと例の男の会話から、問題の企業は地球人を生体魔力炉の材料にしようとしていたことが伺えた。
人間を魔力炉の材料にするなどということは管理世界であっても許されないことである。魔法技術が公式には存在しない世界の人間をそれに使うとあってはなおさらだ。
従来の誘導コイル式と比較した場合の生体魔力炉の最大の利点とは小型軽量化が可能なことである。
生体魔力炉の場合、人体もしくは生物の肉体から抽出したリンカーコアを魔力結晶内に封入固定し、蓄電池のセルのように連結接続する。
リンカーコア1個ぶんではもちろん人間ひとり分の出力しかないが、リンカーコアは機械に比べて非常に小さい。よって、通常のデバイスサイズの筐体に、数百個ものリンカーコアを詰め込むことが可能になる。
また生身の魔導師と違い肉体の負荷を考慮しなくてよいので、人体が内部から燃えてしまうような高出力を発揮させることが可能だ。
リンカーコアは素粒子物理学的には、電子と陽電子の対である魔力素を電磁気力に変換する器官である。変換された電磁気力は攻撃魔法であればさらに炎や電気に変換され、機械の動力であればもっぱら電気として利用される。
どんな魔導師でも、人体の負荷限界を超えて出力を発揮することはできない。リンカーコアにとっては魔導師の肉体は実は足枷ともいえるのだ。
生体魔力炉の製造には、文字通り数百人もの命が使われることになる。
もし管理外世界から人間を集めていた場合、管理局は現地の人間がいなくなったことを把握できない。
また管理世界であっても、ミッドチルダのように国勢調査を精密に行っている世界ばかりとは限らず、旧い王政国家などでは村ひとつが丸ごと消えても気づかないといったケースさえままある。
そうやって製造された生体魔力炉は、これまでは炉の搭載が不可能であった小型武器──特に携行型デバイスの劇的な戦闘力向上を可能にする。
ティアナがウェンディに預けていた捜査資料から、これら人体採集に関わっている企業として、第16管理世界リベルタに所在するヴァンデイン・コーポレーションの名前が挙がっていた。
そして、生体魔力炉を製造しているのは同社よりリンカーコアの提供を受けた、第1世界ミッドチルダに所在するアレクトロ・エナジーである。
いずれもそれぞれの世界で大きな業界シェアを持つ大企業だ。
アレクトロ社はかつて開発途上の技術であった触媒式魔力炉で大事故を起こしたことがあり、ヴァンデイン社に至ってはエクリプスウィルスの研究過程で重大なバイオハザードを発生させるなど、その企業活動において黒い面が多々ある。
それでも両社とも、特にヴァンデイン社はEC事件を経てなお、企業解体を免れ存続している。
次元世界連合の運営にも両社は少なくない出資をしており、それが大企業のロビー活動に政府が振り回される原因となっている。
「──僕ら管理局の調べでは」
2階のテラス状になった視察フロアからエグゼクターの機体を見下ろし、エリオがフォードに言った。
階下では研究員たちがそれぞれの作業を行っている。
「ミッドチルダ人も地球人も、遺伝子の塩基配列を含め、その成り立ちにほとんど違いはないという結果が出ています」
「同じ人類と言っても過言ではないと──違う星で進化して生まれたのなら違う生物になっているはずだが、ということですか」
「ええ。これは地球だけではない他の世界の人間にも当てはまります。その理由が、もしかしたら今回の事件をきっかけにわかるかもしれません」
「──超古代文明がさまざまな星に人類を広めたというものですかな」
「まあそんなところです。しかし、地球でもそういった研究は行われているのですね」
「いえ、私の恩師といいますか、そういった仮説に興味のある者がいまして。考古学界では、疑似科学の域を出ていないものです」
「それはミッドチルダでも大体似たようなものです。ただ、僕らの世界ではロストロギアというものが発見されていますから、学者も認めざるを得ない状態です。何しろ目の前で現物を見せられたわけですからね」
なるほど、とため息をついて、フォードは腕を組んだ。
地球では幸いというべきか、そのようなオーパーツが甚大な災害をもたらした事例は起きていない。
ただ、フォード自身が昨年調査に赴いた海鳴市で痕跡が見つかったように、全く存在しないというわけでもないようだ。
ミステリースポッドのように呼ばれたり、人間が近づけない場所にそういった物体が存在する可能性は依然として残されている。
海鳴市では、ジュエルシード──この名称はエリオから教えられた──が放射線異常を痕跡として残しており、CIAが発見した21箇所の痕跡が、海鳴市に落ちたとされる21個のジュエルシードの数と一致した。
フォードが海鳴市内で発見した戦闘の痕跡も、管理局の記録を改めた結果、一致することがわかった。
海鳴市では西暦2005年の春と冬に、計2回にわたって魔法による事件が起きており、管理局が対策部隊を派遣していた。
その痕跡は、日本政府も気づかない振りはしているが、実際には概ねその内容を把握している。
そして今回、地球に接近する巨大UFOが発見されるに至り、アメリカを始めとした先進各国はこれまで蓄積してきた地球外文明に由来する技術と地球外知的生命体の存在を確信した。
巨大UFOはグリーンランド上空で地球に最接近した。大西洋上空を北から南へ通過して地球をぐるりと半周するように曲がり、大きな楕円軌道をとって地球周回を始めたことが観測されていた。
空のかなたを、炎を纏いながら突き進む巨大UFOの姿は、北米やヨーロッパのほとんどの国から見えた。
アメリカ南部のテキサス州やフロリダ州、また巨大UFOの軌道の真下に位置した中南米では、南の空に遠ざかる巨大UFOが太陽を呑み込むように映り、人々を震え上がらせた。
ついにこの世の終わりが来たのか。
聖書に預言される審判の日が来たのかと、教会につめかける人々や、国外へ脱出しようとする人々などで各地にパニックが発生した。
州政府は警察だけでなく州兵も出動させて警備を行っている状況である。
巨大UFOが南半球側へ抜けていったため、現在、日英米ソ各国からは一時的に巨大UFOは見えなくなっている。
オーストラリアやニュージーランドのアマチュア天文家が独自に撮影した巨大UFOの映像をインターネットを使用してリアルタイム配信を行い、最新情報に遅れがちな日本でも人々の間に今回の事件が知られつつあった。
「過去に同種の事件は」
フォードの質問に、エリオは視線を強張らせるようにやや顔を伏せ、首を横に振った。
「いいえ。僕が知る限り初めてです。発掘された古代の宇宙船を誰かが勝手に動かしたとかいうのならともかく、人間の関与なしに動き出したという事例は、管理局がこれまで遭遇した事件にはありません」
「そうなると、あれをどう扱ったものかとなりますな。こちらから手出しをしなければ何もしてこないのか、それともいずれ地球に対して爆撃を始めようとするのか──単に月が2個に増えたというわけにはいきませんな」
「まずは相手の正体を知ることです。ここまで地球に姿を晒してしまった以上、僕らだけではない、艦隊もいつまでも隠れてはいられません」
「私個人としては、あなたがたの立場はじゅうぶんに理解しているつもりです」
「ええ。僕やウェンディとて、いつあなたがたに銃を向けよと命令されないとも限りません──それは絶対に避けたい事態の一つです」
英語はミッドチルダ語と似てはいるがやはり細かい語彙などは違う。
ミッドチルダ語では、デバイスとは武器全般のことを指すが、英語では装置一般という意味だ。
なのはやはやてとの会話で、エリオも自然に覚えてはいた。フォードに対する言葉で、エリオはデバイスのことをガンと表現した。
地球人にとっては、DeviceではなくGunが武器の一般的な表現である。
管理局からの情報が一時的に途絶えているため、エリオたちも問題の巨大UFO──戦艦インフェルノに対しては下手に判断できない状態である。
ミッドチルダとヴァイゼンが共同で艦隊を出撃させたということは情報が入っていたが、戦闘が発生したのかどうか、またその決着がついたのかどうかわからない。
地球からは、ハーシェルU宇宙望遠鏡、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による観測で、火星軌道付近で大規模な戦闘が発生したことが判明していた。
その後は巨大UFOの発する次元干渉が強まり光学観測ができなくなったため、地球はミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊の行方を見失った状態である。
艦数からみても残らず撃沈されたとは考えにくく、どこかに隠れて再攻撃の機会を伺っている可能性が高い。
地球接近の際に、アメリカ軍およびソ連軍が保有する偵察衛星が、巨大UFOの撮影を行っている。
その画像は今まさに分析が行われている最中である。
分析結果によっては、効果的な攻撃方法が判明するかもしれない。
地球最接近から12時間後、軌道傾斜角63.78度、遠地点高度7万4820キロメートルを通過したインフェルノは再び地球への接近を開始した。
地上からの観測により、遠地点付近での減速が確認され、次の周回では遠地点がやや近づくことが計算された。これにより、対地同期軌道からは外れ、地球の自転よりもやや速く回ることで地球上の広い範囲を見渡せることになる。
最終的には、地球を12時間で一周する準同期軌道へ入ると予想された。この軌道をとる場合、地球上のあらゆる地点を24時間以内に照準に収めることができる計算になる。
直径100キロメートルの物体ともなれば、肉眼でも容易に観察できる。
目で見えるものを、存在しないと言い張ることはできない。
各国は軍事的な対策だけでなく、ヒステリックに情報をよこせとわめきたてるマスコミやジャーナリストたちへの対策も取らなくてはならなかった。
次の接近では、最接近地点はラブラドル半島上空になる。
数日もする頃には、ニューヨーク上空、自由の女神の頭上を巨大UFOが通過するであろうことを、もはやアメリカ国民は誰ひとりとして疑わなかった。
カスピ海のほとりに建設された即席の発射基地では、ソ連製ロケットに独特のチューリップ型ランチャーに吊るされたR-7ミサイルが発射準備を整えていた。
巨大な食虫植物のように、錆止めの赤い塗料をむき出しにした鉄骨が、葉脈のように空に花を開いている。
ソ連式の打ち上げシステムでは、日本やアメリカのロケットのように発射台にロケットを固定せず、支柱から吊るした状態で点火して空中に浮かばせる。
この方式ではロケットが自身の重量に耐える強度を持つ必要がないため、軽量化した分を燃料搭載量にあてることができる。
打ち上げに伴って、支柱の鉄骨が四方に倒される光景はソ連ロケットに独特のものである。
総勢12基の発射台が突貫工事で据え付けられ、トレーラーで運ばれてきたR-7がランチャーにセットされる。
弾頭には宇宙戦用に調整された核出力320メガトンのトリチウム爆弾が取り付けられ、宇宙空間でも減衰しない強力なβ線を放射する。
現在ソ連は夜であり、夜明けとともに、南の空に浮かぶ赤い彗星のように巨大UFOの姿が見えてくるだろう。
地球接近時に観測した画像では、巨大UFOは自らの引力で大気を持っていることが判明した。見かけの大きさと地球に接近したときの軌道から計算される質量では、自己の質量に由来する重力で大気をひきつけるほどの引力は生じない。
このことから、巨大UFOは人工重力を発生させることができると考えられる。
また減速時にロケットの噴射炎などが観測されなかったことから、エンジンは化学燃料ロケットではない可能性がある。
宇宙空間を高速で飛行するための慣性制御が可能であり、それを推進器にも利用していると考えられた。
ソ連防空軍のMiG-25偵察機が低軌道上から接近して撮影した画像では、巨大UFOは幅の太い側を大きく損傷しており、無数の破口が生じていることが確かめられた。
天王星宙域への出現当初に周辺に観測されていた数百隻の小型宇宙船──といっても数百メートルもある大型艦だが──は現在見えなくなっており、巨大UFOの内部に収納された可能性がある。
それが母船と子機という関係なのか、それともこの破口は戦闘で生じたものであり宇宙戦艦たちは巨大UFO内部へ突入した後なのか──は依然として不明である。
ソ連側には異星人からもたらされた情報が少ないため、イギリスおよびアメリカへ情報提供を要求しているが外交ルートを通じてのやりとりはなかなか手間取っているようだ。
特にこの二か国は、それぞれの情報機関に異星人が派遣され所属している。前世紀よりあらゆる意味で有名になったエリア51をはじめ、アメリカ政府は異星人とのコンタクトをすでにとっており、地球に異星人が来訪している。
あの巨大UFOが彼らの母船であり大々的な訪問のためにやってきたのか、あるいはアメリカを通じて事前偵察を行ったのち準備万端整えて地球侵略のためにやってきたのか、ソ連は正確な情報を持てていないのだ。
確実に安全であるという保障がない以上、ソ連軍としては迎撃準備をしなければならない。
ミサイル部隊を指揮する将官たちは、12基の鉄の花弁に包まれた核ミサイルが飛び立たずに済むことを願いつつも、その刻がくれば発射命令を下さなくてはならない。
司令官は、作戦規定に基づき発射管制キーの照合を行った。あらかじめ決定された暗号に基づいて取り出されたキーが一致しなければミサイルは発射できない。
また、多段階の暗号を順に正確に解除してキーを差し込まなければたとえエンジンを始動していてもただちにミサイルの発射は中止される。
核兵器の発射には、“安全を期すために”非常に複雑な手順を経る。
作戦時間を示す時計が120分にセットされ、カウントダウンを始める。
このまま発射中止の命令が届かなければ、2時間後には、12基のR-7が巨大UFOに向けて飛び立つことになる。
クラウディア艦内でははやてとシグナムの、ヴォルフラム艦内ではヴィータ、シャマル、ザフィーラの懸命の処置が行われていた。
はやては治療ポッドに全身を漬けて、外部から強制的に心臓を動かしている状態である。
治癒魔法を使用しての血液造成加速を行っているが、塞ぎきれない血液が、両肩と腰の傷口から魔力溶液中に溶け出していっている。
シグナム以下ヴォルケンリッターたちは、もはや手の施しようがない状態であった。
魔力枯渇によって多臓器不全を起こした状態であり、通常の人間と同じ治療装置が使えない。
はやても、ヴォルケンリッターも、ほとんど冷凍保存されたような状態である。
淡い白色の魔力光を放つ治療ポッドは、傷口の変質を止めるだけの機能だ。これ以上悪化もしないが、回復もしない。あくまで現状に留めるための、応急処置用のものだ。
装置そのものは時の庭園でプレシアが使っていたのと同じで、きちんと作動していれば既に死亡した遺体であっても数十年は全く劣化させず保存できる。
フェイトやなのはは処置室へは立ち入れないと各艦の軍医から言われた。
カプセルに詰められた生物標本のような状態のはやてたちの姿は、親友である彼女たちに見せるには酷に過ぎると判断した。
クラウディアの発令所に戻ったクロノは、はやての回復は絶望的だとウーノに言った。
ドラゴンはクラウディアの砲撃によって首の一本を吹き飛ばされ、外殻側に墜落している。
現在、ミッドチルダ・ヴァイゼン艦隊が偵察機を出して行方を探っている状態である。
ひとまず当座の脅威は凌いだわけだが、もしドラゴンがまだ生きていることが判明すれば、確実にとどめを刺す必要がある。
あの幻術魔法をかけられたら、対抗できる魔導師はほとんどいないだろう。
「ただの幻術魔法ではないと思いますが」
発令所のメインスクリーンに、インフィニティ・インフェルノの予想軌道を表示させたクロノの背中にウーノは言葉を投げる。
「あれはアコース査察官のレアスキルと似た魔法と推察します。すなわち、特定の思考を強制的に送信するものです」
「幻覚を見せることが可能というわけか」
「採取した音波のパターンから読み取れます」
「バイオメカノイドは我々に対話を試みていると?」
「その可能性は否定できません」
クロノは振り向き、スクリーンを近くで見るようウーノを呼び寄せた。
女性としては身長が高い方になるウーノは、クロノと並んでも目線がほぼ同じ高さだ。
「その通りだ、ウーノ。彼らは姿こそ異様だがれっきとした生命体だ。その事実をまず次元世界人類は認めなくてはならん」
「破壊という言葉が駆除と言い換えられるだけではない」
「命あるものを人間は特別視する。ゆえに命はそれだけで武器になる」
「その武器の強さゆえに」
惑星TUBOYが伝説と呼ばれたのは、そこに居るのが生命の定義を塗り替える存在であるからだ。人間の一般的な生命の定義から外れる存在をもし生命と呼ぶのなら、人間は意識の変革を求められる。
それが時代を下るごとに、命さえ操れる魔法、と変化して言い伝えられていった。
ミッドチルダで発見されたグレイの皮膚欠片から採取された遺伝情報と、インフェルノ内部から採取されたグレイの持つ遺伝情報を照合し、それが一致することをクラウディアでは確認した。
グレイは、その内部に人間と同じ46基の遺伝子コードを持つ。
金属でできている無機質の身体は殻を被っているようなものであり、正にバイオメカノイドとは無機物と有機物が混ざり合ったごく小さな芯だけがその姿である。
フェイトが行った捜査で突き止められたこの事実は、バイオメカノイドの技術を入手しようとする次元世界の企業たちにとっては絶対に外部に知られてはならない機密情報である。
それゆえに、その事実を知ってしまった鑑識官はグレイによって殺された。
クラナガンでの一連の戦闘以前に、バイオメカノイド、そしてグレイがミッドチルダに持ち込まれていたことがこれで確実になった。
クロノはサブスクリーンにマッピング済みのインフェルノ内部空間地形図を表示させた。
後部のやや狭くなっている部分からは依然として強い魔力反応が検出されており、インフェルノの主動力炉がまだ生きていると予想される。
インフェルノ内部の人工重力は複雑な分布をしており、ドラゴンの墜落地点を正確に計算することは難しい。
偵察機も撃墜される危険を冒してまで深部へ潜りこむことはできず、捜索開始から2時間を経過しても未だドラゴンを発見できていなかった。
破口から外部観測を行っていた別の偵察機が、インフェルノが地球周回軌道の遠地点を通過したことを報告し、月が見えていることを知らせてきた。
月から反射された白い光が、インフェルノ内部に差し込んでくる。
新暦83年12月28日23時15分、LS級巡洋艦ヴォルフラムは管理局次元航行艦隊司令部へ、敵バイオメカノイド搭乗者の身柄確保成功を打電した。
加えて、敵大型バイオメカノイドとの戦闘によって艦長八神はやて二佐が負傷し意識不明の重体となり、副長であるエリー・スピードスター三佐が指揮を代行していることも報告した。
通信ウィンドウの向こうで、レティは眼鏡のブリッジをつまみ、表情を隠すように顔を伏せた。
元機動六課メンバーにおいて最大戦力であるはやてを緒戦で失う結果になったことは、レティ以下、元機動六課チームにとっても堪え難い痛手である。
ヴォルフラムに収容されたヴィータ、シャマル、ザフィーラの3人は、現時点ではプログラムの実体化が解除されないように凍結するのが精いっぱいで、医学的処置はとれないとモモが報告していた。
ヴォルケンリッターという、魔法技術史においても非常にまれな存在であるため、損傷時の治療方法というものが確立されていなかった。
たとえ体内の臓器の構造や機能が人間と似ていても、その根幹となる動力が異なるのである。
人間はあくまでも食物を消化して取り出したアミノ酸をエネルギーにしているが、ヴォルケンリッターは物質中に含まれる魔力素をエネルギーにしている。
人間用の医薬品が通用するのは、魔力で再現できた臓器の機能に対してのみである。
それ以上のレベルでダメージを受けてしまうと、これを修復できるのは夜天の書の主以外にいない。
しかしその夜天の書の主たるはやてが、真っ先に戦闘能力を奪われてしまった。
リンカーコアが無事だったことは不幸中の幸いというべきか、はやての身体は生命維持装置がきっちりと作動してさえいれば生命を保つことは可能であるとクラウディアからは連絡が届いた。
ただし、はやてはもう今までのように歩いたり、自分でデバイスを持って戦うことはできない。
魔力溶液を満たした治療ポッドの中に浮かんだまま、そのカプセルから外に出ることができないのだ。
たとえ顔かたちが綺麗なまま残っていたとしても、生命維持装置のカプセルに閉じ込められたまま動けないのでは、かつての最高評議会の3人と同じようなものである。
現在のところ、はやては心臓は何とか動いているが、出血多量による低酸素状態が起きていたため脳の活動が低下し、昏睡状態にある。
もし奇跡的に意識を取り戻していても、脳に障害が残る可能性は高い。
そうなれば、もはや今までのように魔法を操ることは永遠にかなわない。それどころか、なのはやフェイトたちと会話さえできなくなるかもしれない。
『わかりました──。本局への帰還はすぐに行えますか?』
エリーはいったんレコルトの方を見て、このままドラゴン追撃戦に参加はできないということを確認した。
現在のヴォルフラムが使用可能な兵装は5インチ速射砲1門だけであり、艦首魔導砲も対空誘導魔法も撃てない状態では戦闘は困難である。
「現在、インフィニティ・インフェルノは地球周回軌道に乗り、遠地点を次第に地球に近づけつつあります。地球からの探知を避けて脱出するには、この軌道上で遠地点に到達したところを狙って飛び出す必要があります。
現在すでにインフェルノは最初の遠地点を通過して地球に近づきつつあり、およそ10時間後に再び地球へ最接近します。よって、次の遠地点通過を狙うためにはあと1日待つ必要があります」
『よろしい。ヴォルフラムは可及的すみやかにインフェルノ内部より離脱し、本局へ帰還してください。確保したグレイのサンプルを、確実に持ち帰るように。
──ハラオウン艦長はそこに居ますか?』
「──いえ、現在、敵大型バイオメカノイドの捜索を行っています。
八神艦長とシグナムさん、フェイトさんはクラウディアに収容されましたので、移乗手続きを取ります」
『できればクロノ君からじかに聞きたいと思うのだけれど、難しいかしら』
エリーはポルテを見やる。ポルテはヘッドセットを右手で押さえ、首を横に振った。
「クラウディアからは現在応答ありません、次回の連絡は1時間後と予告したきりです」
「ロウラン提督、クラウディアはやはり独自に行動しているようです。我々に対しても、ミッド・ヴァイゼン艦隊に対しても、積極的な協力や対立を行おうという印象は見られませんでした──
少なくとも、ハラオウン艦長の行動は彼の独自の意志のようです」
『そうですか──。こちらでも、リンディをはじめ私たちの会派に対する追及の声が上がり始めています。
どんな形にしろクロノ君の言葉がきければ、彼らを少なくとも説得できるカードが手に入るのですが』
「──いずれにしろ、ハラオウン艦長は惑星TUBOYとバイオメカノイドをはじめとした次元世界超古代文明の存在を知らしめるべきであるという行動を示しています。
我々が第511観測指定世界で確かめた真実、そして──スクライア司書長が調べていたアルハザードの真実──これらを、真相を闇に葬るべきではないというのは、我々も同じ考えです」
「副長、それではミッドチルダと第97管理外世界の関係が──」
レコルトが横から言ってくる。
インフィニティ・インフェルノの真の目的地がミッドチルダではなく地球だと判明したということは、バイオメカノイドたちは最初から地球を狙って目覚めたことになる。
カレドヴルフ社によってミッドチルダに連れてこられたバイオメカノイドたちは、そこが地球かどうかわからずに動きだし、地球でないことを知ると、宇宙港に大挙して押し寄せ、地球へ向けて飛び立とうとした。
もしあの戦闘でバイオメカノイドがミッドチルダから惑星TUBOYまで連絡を飛ばせていれば、インフェルノはまずミッドチルダに来襲し、連れ去られたバイオメカノイド群を回収してから地球へ向かったと思われる。
過去の地球が惑星TUBOYと戦っていたというのであれば、ミッドチルダからしてみれば、言ってしまえば完全なとばっちりである。
そして逆に、地球から見ても、ミッドチルダがバイオメカノイドを目覚めさせてしまったせいで地球が襲われているということになる。
インフェルノが地球到着と同時に即座に攻撃を開始しなかったのは、現在の地球にいるのがかつて自分たちと戦った文明ではないと気付いたからだ。
もし彼らが新たに生まれた人類であるのなら、バイオメカノイドたちが今持っている地球の情報は全く古いものであり、まずは相手の分析からやり直す必要がある。
しかしいずれ、現在の地球の戦力が星間文明の水準に達していないことを確認すれば、インフェルノは地球への攻撃を再開するだろう。
クラナガンでの戦闘で回収されたバイオメカノイドの制御装置は、内部に組み込まれたわずか数十個のトランジスタの組み合わせから、ごく単純なロジックしか持ち得ていないことが判明していた。
──“あらゆる生命を抹殺せよ”──
バイオメカノイドの本能はこれのみである。
彼らにとっては、人類をはじめとした炭素系有機生命体は正しく畜生のような存在である。飼い育て、そして喰らうものである。
人類は、生命圏たる水と緑と酸素のある地球型惑星でなければ生きることができない。
しかしバイオメカノイドは、有機物、無機物問わずあらゆる元素を生命活動の材料にできるので、宇宙のどんな場所でも生きることができる。
人類側の視点を抜きに、バイオメカノイドから見れば、人類は生態系における被食者にしか映らないだろう。
首尾よく地球を滅ぼしたら、バイオメカノイドたちの次の目標は、かつての超古代文明の子孫たる次元世界連合となるだろう。
バイオメカノイドにとっては、炭素系有機生命体を殺すことは呼吸のようなものである。
人間が酸素を吸うように、バイオメカノイドは有機生命体を探し、破壊する。おそらく彼らに殺人という概念は存在しないだろう。
もしバイオメカノイドが人工的な兵器システムであるのなら、これを制御することは非常に困難である。
惑星TUBOYに、もし本当にかつて一般的な人類が住んでいたのなら、なぜこのようなシステムを建造したのか──とても想像がつかないことである。
そしてさらに、バイオメカノイドが人工物ではなく自然に生まれた、超生命体とも呼べる種族であるのなら──
──次元世界人類はまさに、宇宙における人類の存在意義を懸けた生存競争に挑まなくてはならない。
「今ここで判断を下すのは我々の職責を超えます──しかし、いずれ我々は決断しなくてはなりません。第97管理外世界の前に姿を見せ、敵バイオメカノイドを倒すために戦うことをです」
『ええ。私からも管理局首脳部には働きかけている──それと、ミッドチルダ・ヴァイゼン両政府にもね。聖王教会の協力も、今交渉中よ。
騎士カリムが次元世界政府を取りまとめてくれれば、管理局も動きやすくなる』
「ともかく、今は確実に本局へ帰還することですね。我々が入手した事実を正しく伝え、この次元世界で起きている出来事の真実を知らせなくてはなりません」
『待っています。スピードスター三佐、貴官がこれからヴォルフラムの全ての指揮をとるのです。期待しています』
「了解しました──」
通信ウィンドウを閉じ、エリーは続けてクラウディアへの連絡をとるように言った。
ヴォルフラムが一旦離脱するには、はやてとシグナムを置いていくわけにはいかない。
艦内では治療設備も限られているので、本局の病院に収容し、どうにか手立てを考えなくてはならない。
1時間後、クロノは予告通りにクラウディアをヴォルフラムに接舷させた。
クラウディアが侵入してきたインフェルノ後部の破口は地球から隠れる面に大きく開いており、ここからならインフェルノの船体を盾にして地球から見えないように脱出することができる。
インフェルノ内部の前方部分では、ミッド・ヴァイゼン艦隊がインフェルノ艦内の捜索と制圧作戦を進めている。
慎重に慎重を期し、フロアを一つずつ確実に確保しながら部隊を進めていく。
艦内に出現するまさに無数のバイオメカノイドたちには、武器の火力はいくらあってもありすぎるということはない。
時には確保したフロアをいったん放棄して後退し、艦砲射撃で敵を根こそぎ吹き飛ばしてから再進出しなければならないような状況も生じている。
甲板に出てクラウディアからの内火艇を迎えていたなのはは、沈痛な面持ちでタラップを上がってくるフェイトと、その後ろでクラウディアの乗組員たちに抱えられている大小二つの治療ポッドを目にした。
治療ポッドは二つとも、不透明のシートでくるまれ、中が見えないようになっている。
なのははふらふらと吸い寄せられるようにフェイトの前に歩み出て、言葉を吐いた。
「フェイトちゃん──はやて、ちゃんは」
フェイトは何も答えない。
伏せた顔は目線を合わせられない。なのはの後ろで、モモたちが受け入れの準備をしている。
「答えてよ──、見てたんでしょ、シグナムさんを助けたのはフェイトちゃんなんでしょ」
「──だめだよ」
「フェイトちゃん──」
フェイトの声は慄きが拭えていなかった。
彼女に衝撃をもたらしたのは、親友が大怪我を負ったことそのものではない。
次々と発見される次元世界の成り立ちにかかわる事実が、管理局という組織の能力をはるかに超える水準で姿を現してきていることだ。
惑星TUBOYこそがアルハザードであるという説は、選抜執務官──エグゼキューターの噂と合わせて、既に何人かの執務官たちの間でもかねてよりささやかれていた。
そして、無限書庫から持ち出された情報をもとにミッドチルダ政府が動いていたというタレこみも、過去に何度かあった。
さらに、義兄であるクロノの突然の独断行動。
クラウディアに収容されてからも、フェイトはクロノとほとんど話せなかった。
艦内での行動はさほど制限されなかったので、行こうと思えば発令所に行って話をすることもできたのだが、艦橋でのクロノはずっとウーノと作戦についての相談をしていて、その間に割り込んでいく勇気がなかった。
話に参加しても、バイオメカノイドたちを相手にした作戦に、自分は何も案を示せず話題に加わることができない。
自分がまだまだ未熟であると思い知らされたのだ。
立ち止まったフェイトの横を、治療ポッドを抱えたクラウディア乗組員たちが通っていく。
なのはは思わず、横からシートをめくってしまった。恐怖に耐えきれなかった。中を見て確かめなければ焦燥でどうにかなってしまいそうだった。
「あっ、高町さん──」
乗組員の一人が声をあげかけて、言葉を途切れさせた。
なのはは、見てしまった。
大きな治療ポッドには、左半身をほとんど吹き飛ばされたシグナムの身体が収められていた。
傷口を洗浄して凍結処置をしただけでなので、流れ出して魔力溶液に混じった血糊が凝固して膜のようになり、ポッドの透明部分に貼りついていた。左腕は肩口ごと無くなり、腰は半分に割れた骨盤が露出してしまっている。
左肩の傷口は胴体にまで達し、引き裂かれた騎士甲冑の下に、穴が開いて破れた肺と、筋肉ごともぎ取られた左乳房が無残にぶら下がっていた。
顔面に比較的損傷が少ないことが、人体が欠損する衝撃をさらに増幅する。
小さな治療ポッドには、四肢を失って胴体と頭部だけになったはやてがいた。
このポッドは本来は乳幼児用のサイズである。はやては、見る影もなく小さくなってしまった。
壊れた彫像のように、肌が薄白くなっているように見える。
生きているのが不思議なくらいだ。
身体が震えている。
無造作に肩をつかむフェイトの手が、なのはを引き戻した。
クラウディアの乗組員たちは申し訳なさそうになのはの前を通り過ぎ、モモたちに治療ポッドを渡す。
よろけて倒れそうになり、フェイトに抱きかかえられたなのはは、目と鼻の奥と、胃のあたりと、腰の奥がきりきりと痛み、濡れてきているのを感じていた。
衝撃と恐怖のあまり、身体のあちこちが漏れてしまった。
手を下腹部にやり、かろうじて服の外にまで濡れが見えていないことを確かめる。
「なのは、もういい、もういいから──」
絞り出すように言ったフェイトの言葉も、なのはは上の空で聞いていた。
タラップの前でクロノと話していたエリーは、負傷者の引き渡しが完了したことを確認し、敬礼を交わして戻ってきた。
「高町さん、フェイトさん──行きましょう。本艦はこれより管理局本局へ帰還します」
「なのは、戻ろう──帰れるよ。私たちは任務を果たした──帰ろう」
ヴォルフラムの損傷した甲板が、巨獣の傷口のように天に向かって牙をむいているように見える。
真っ暗で何も見えないインフェルノの外殻を見上げ、なのはは目じりに浮かんだ涙が、それ以上流れ出そうとしないのを感じていた。
身体が、異常事態に適応するために感情を殺そうとしている。
心が変質して、凄惨な衝撃を受けても涙が流れなくなっている。
教導隊の先輩のひとりが、引退間際になのはに語ったことを思い出していた。
長く軍に勤めすぎてしまった者は、身を隠してひっそりと生きるしかない。ミッドチルダの市井で最近よく語られる、軟弱な若者を軍に入れて鍛えるなどという言説は、全く現実を見ていないたわごとである。
軍人は高度な専門職である。
それゆえに、一度軍に染まった人間は、もう軍から離れて生きていくことはできない。
闇の書事件が終結して嘱託魔導師になり、管理局に入ったころからずっと、はやてが、自分の行く末に思いを馳せていたのはそれを予感していたからである。
管理局に入って、戦闘魔導師として戦うなら、一生をそれに懸けることになる。
幸運にも定年まで生き延び勤め上げることができたとしても、そこから何ができるだろうか。基地警備や災害出動などばかりであればいいが、実戦に出撃した経験を持つ人間は、良くも悪くもまともではない。
少なくともクラナガンの一般社会は、軍隊帰りの人間にとって住みよい社会ではない。
もう、戻れない。
クラナガンに帰ったところで、そこでまた今までどおりの生活ができる保証はない。
バイオメカノイドという存在が、この世に存在することを自分は知ってしまった。
そうなれば、これと戦い殲滅するまで平和は無い。
表面上、戦闘が起きていなくても、いつまたクラナガンが襲われるかという恐怖に日々さいなまれることになる。そんな中でヴィヴィオを過ごさせることはできない。
もう今までどおりの生活は帰ってこない。
本局に帰っても、次の作戦のために準備と訓練をする。
そうやって生きていくしか、もう未来は無い。
「……──!?フェイトちゃん、外が……」
外殻の向こう側、破口から差し込む光が、かすかに揺らめいた。
現在のインフェルノが向いている角度では、主に差し込んでくるのは地球表面で反射した光である。そのほとんどは大気上層や雲、海面で反射したものだが、人口密集地のビルの明かりなど、強い点光源があるとそれは宇宙からでも見える。
切迫する予感を的中させるように、ミッド・ヴァイゼン艦隊からの通信がヴォルフラムとクラウディアへ届いた。
『総員艦内へ退避!総員、大至急艦内へ退避!高町さんも、急いでください!地球からミサイルが発射されました!!』
ポルテが念話で呼びかけてきた。
ミサイル発射。地球が──アメリカかソ連かはわからないが──、インフェルノへの攻撃を開始した。
この超巨大宇宙船が地球への攻撃目的の軍艦だと判断したということだ。
続けて、ミッド艦隊所属の偵察機がミサイルの分析を行う。
『シエラ4、現在の地球までの距離は!』
『距離およそ5万3千、ミサイルは現在高度1500キロメートルを突破!数は……12!まっすぐこちらへ向かってきます!』
『弾頭はわかるか!』
『お待ちを、ミサイル弾頭より高レベル魔力反応を確認、スペクトル照合──とっ、トリチウム、ミサイル弾頭はトリチウム爆弾、推定魔力値──12兆以上!センサーの測定限界を超えています!
核出力に換算したら、艦載魔導砲とは比べ物になりません!』
驚愕に声を張り上げる偵察機パイロットの声は、なのはにもフェイトにもエリーにも届いた。
文字通り桁外れの破壊力を持つミサイル。
地球が保有する兵器でそのようなエネルギーを持つものは、ひとつしかない。
核ミサイル。
偵察機のパイロットはトリチウムと言った。
すなわち、三重水素を使用した水素爆弾である。確かにこれは高いエネルギーを持ち、さらに周辺空間の魔力素を増大させる作用を持つ元素だ。
ミッドチルダでは、AMF環境下での戦闘方法としてバリアジャケットにトリチウム生成機能を持たせてAMFを中和する方法が研究されているが、そもそもトリチウムを生成するために必要な魔力量が大きくなりすぎてしまい実用化は困難とされていた。
水素爆弾をはじめとした核兵器は、地球でも制御しきれない破壊力と環境汚染著しい兵器として前世紀より忌避され続け、廃絶すべしとされてきた。
宇宙空間で核兵器を使用するなら、その性質上直撃狙いのはずだ。
物理的な破片を撒き散らして攻撃する通常のミサイルと違い、宇宙空間では爆風が生じないため、核兵器の威力を最大限に発揮させるには目標に直撃させて起爆させ、発生した熱線エネルギーを余さず目標に浴びせる必要がある。
メガトン級の爆弾でも、数十キロメートルも離れてしまえば威力は極端に減衰する。
『高町さん、フェイトさん、早く艦内へ!』
エリーが念話で呼びかける。
なんとか我に返ったなのはは、フェイトに手を引かれてヴォルフラム艦内へ急いだ。核爆発の熱線と放射線は金属の船体とシールド魔法でかなり遮蔽できる。さらにインフェルノの船体が巨大な盾になる。
今宇宙空間に出てしまえば、核爆発の余波でいかに次元航行艦といえども吹き飛ばされてしまうだろう。
ヴォルフラムに戻ったなのはとフェイトは、エリーたちが指揮を執っている発令所へ急いだ。
「エリーさん、戻りました!甲板員も艦内へ退避完了してます!」
「よろしい!タラップ収納、発進用意!」
クラウディアとの舫い綱を放し、それぞれ機関を始動して動き始める。
ミッド・ヴァイゼン艦隊では核ミサイルの追跡を続け、ミサイルはインフェルノに向かうコースをとっており、命中は17分後と計算した。
「インフェルノの外には──」
「ここからでは間に合いません。外に出たとたんに熱線で溶かされます」
「もしミサイルがインフェルノに命中したら」
「外殻に大穴が開いて──どこに命中するかによります。もし私たちのすぐそばに当たったら、外壁がいっきに崩れてきます……埋められないように祈るしかありません」
電測室から、ヴィヴァーロは独自にミサイルの追跡を行っていた。
ポルテが偵察機のパイロットを呼び出し、それぞれの観測データを確認している。
「副長、ミサイルは計12本が来ます。1本あたり12兆以上の魔力値、これが全部爆発したら──!!」
「──機関室、魔力炉出力は何パーセントまでいけますか?」
「副長」
ポルテが不安げに呼びかけ、しばらくの沈黙をおき、機関室からの返答が返ってくる。
『出力18パーセントまでは安定、それ以上は短時間しか無理です』
「わかりました。結界魔法出力に全エネルギーを回して、防御態勢をとります。砲雷科員は後部居住区へ退避。全兵装を停止して結界を張ります」
「──了解!」
地球はこの巨大戦艦インフィニティ・インフェルノが地球を攻撃しようとしていると判断し、迎撃のためにミサイルを撃ったはずだ。
また、ミッド・ヴァイゼン艦隊も、クラウディアもヴォルフラムも地球にその存在を知らせていない。だとすれば、いくら巻き添えを食らう危険があるといってもこのミサイルを打ち落とすことはできない。
そんなことをすれば、こちらがインフェルノの味方だと地球に思われてしまう。
あるいは地球の発射したこの12本のミサイルは威嚇であり、起爆させずに自爆させるか──少し考えて、その可能性はありえないとエリーは考えを振り払った。
ミサイルには実物の核爆弾が装填されている。威嚇ならば弾頭を外して撃つはずであり、貴重なトリチウムを満載したミサイルをわざわざ12発も空打ちするはずがない。
こちらの索敵装置では、ミサイルの頭部に核物質が詰まっているかどうかを外部から観測できるが、地球の技術ではそれはできないはずだ。
予想されるミサイルの破壊力は、おそらくインフェルノを完全に包み込む火球を発生させるだろう。
次元航行艦の発生させるシールドの出力は、と思い出そうとしたが、エリーはすぐにその思索をやめた。実戦の現場では、そのような机上の計算は役に立たない。実際にミサイルが爆発してみなければ、シールドに熱線を浴びせてみなければ本当の防御力は分からない。
どちらにしろ、このミサイル攻撃を凌がなければ脱出はできない。
ミサイル着弾まであと、15分。
インフェルノ艦内にいるヴォルフラムからは、外部を直接観測することはできない。
ミッド艦隊の偵察機も、核爆発から退避するために帰艦している。ひたすら息をひそめて待ち続ける、押し潰されそうになる時間だ。
レコルトが居住区に戻っていてはどうかとなのはたちに言ったが、なのはもフェイトもレコルトの申し出を断った。
今更、逃げ隠れしてもどうしようもない。この戦いの行く末をきっちりと見届ける。
地球人類が、この超巨大戦艦に──バイオメカノイドに、戦いを挑もうというのなら。
第11話終了です
マシューさんは自分のデバイスを手に入れました!やったー(棒)
というかエリオとキャロの存在をナチュラルに忘れ(ry
…別にミッド人がアヌメ顔というわけではないと思いますがリアル二次元のナニカ…
なのはさんが毛布をめくると
箱の中にははやてがぴつたりと入って…アワワワワ
インフェルノの地球襲来は某ID4(汗)
幻影が見せた映像は原作のOPムービーですねー
謎のポージングをして変形するロボ(汗)
ではー
乙です
Xファイルから始まったと思ったらいつのまにかインデペンデンスディになってたでござる
大抵の宇宙人には核は無駄フラグだというのにとうとう核撃っちゃった
乙です
水爆にも魔力反応が出るとは
実は地球も結構強くなっていたんですね
乙です
どっかの地球軍みたく倫理も尊厳も蹴飛ばした超兵器を持ってるわけじゃなく
あくまでも現実世界の延長程度の科学力しか持たないこの世界の地球がバイオメカノイド
に対抗できるのだろうか?
デバイスやAMFの技術を渡していますが
のちのち地球が魔法兵器で武装する予感
そういえば管理世界になるには質量兵器廃止が絶対条件だっけ?
管理世界でありながら質量兵器を保有してる世界はあったかな
Forceの後なんだからそんなもん実質形骸化してるだろうな>質量兵器禁止
一部に魔力使用でおk、燃料電池で動くラプターや化学薬品による爆薬がおkになってるんだから。
エリア51には墜落した次元航行船や管理局員の遺体が隠されているのですね
エリア88?
>>44 エリア51って機密テストやってたせいで
UFOだの宇宙人だのが居るんじゃないかと噂されてた空軍基地
そういえばバニングス家ってリンディたちが地球で活動するときの仲介をやってたんだよね
ということはそこからアメリカ政府に管理局の情報が伝わって・・・というのは十分にありうることだ
>>46 闇の書事件の最終段階はさすがに全地球レベルで観測されちゃったとおもうんだがどうだろう
第五話で出てるね
国際宇宙ステーションは幸運にも回避したようだ
アルカンに巻き込まれて吹っ飛んだ衛星もかなりありそうだ
そしてNASAはデビッドの会社を指名してボイジャー3号をつくらせた・・・
まさにスカリーこれは政府の陰謀だよ
きっとインフェルノが地上に迫った時
飲んだくれのおっさんが戦闘機に乗って
特攻してくれるに違いない
魔力を持たない戦闘機が!
質量兵器が管理世界を救う!
・・・という展開にはならないだろうなw
エリア51が話題になった時期からすると開発期間はじゅうぶんにとれそうだな
変態開発チームことスカンクワークスが開発した地球製魔法戦闘機がインフェルノに突入するんだ
>>51 team R-TYPE「開発チームと聞いて!!」
キサラギ社「開発ならウチに任せろー!!」
しかしこの世界、R−TYPEシリーズと同じで、敵も味方も外見以外大差無くなって来てるな
まあ同じ人間ですから
どういう意味?
都築マダー?(・ν・ )ノΛ*
>>51 その地球製魔法戦闘機とやらは、ディーンドライブを搭載して数機製造されたけど、
最後の一機とそのパイロットも一人の少女しか残ってない状況で、その少女の心の支えになる存在を探す子犬作戦が展開されるんでしょうか?w
ユーノはこう言った。「トイレ」
箱詰め・・・エンジェルパック?
はやてちゃんは天使
スバル・スラスター旧姓ナカジマ
トーマ「この戦闘機…スゥちゃん!?まさか、スゥちゃんなのか!?」
原作がもう質量兵器気にしなくなっちゃってるからね
Λはもう話が成り立たないんだろ
このままエターでFAだな
例え質量兵器肯定してもバイド含めた地球の連中肯定する奴はいないw
まったくだw
R戦闘機に使われてる非人道的なシステムに比べれば、
AEC装備なんてチームR-TYPEが「手抜きだ!」といいそうなぐらいなレベルだ。
それに考えてみると、AEC装備はゼロエフェクト対策のために開発されたものだし、作中の描写が無いから分からないが、
もしかしたら、普通にデバイスを使ったほうが強いかもしれない。少なくともStsまでの戦法の差別化はもっとAEC装備の数が増えないと難しいから、活躍するキャラに偏りが出そなんだが。
まぁ、連載を追っかけてなくて単行本派なので、もう描写されて、完全にデバイスがいらない子になっちまったかもわからんが。
Λの時間軸はStSの2年後だぞ。
>>63 ああ、そういうことじゃないんだ。ただリリカルなのは原作の兵器事情とR戦闘機を比較してみただけ。
あとは、完全な蛇足で書いた。個人的にリリカルなのはの魔導師は相棒のデバイスを使ってこそ面白いと思ってるから、
どれだけAEC装備が格好良くてもあまり受け入れ難いんだ。
>>57 匣の中にははやてがぴつたりと入ってゐた・・・か
前に語るスレでネタが出てたな
闇の書事件以後も足の麻痺を治さず
リンカーコアを維持するための胴体だけあればいいと脚も腕も麻痺が進行してダルマと化したはやて
見た目はバジリスクの地虫十兵衛だそうだ
「おうおうわたしの大事な車いすをバラバラにしおって・・・どないしてくれるんやあんたら」
66 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/01(木) 00:01:32.75 ID:cxPGEKwm
わざわざR-TYPEに張り合わなくてもいいからw
どんな二次設定付けたところで所詮リリカルなのはなんだからwww
基本的にエロい格好をしているくせに妙にストイックなフェイトさんが居れば何でもいい
おっと俺が居た
その分、全体の面白さは激減してそうだから、
漫画になってから買わなくなった俺もいる…。
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/01(木) 15:19:52.04 ID:vTyWvkLX
R-TYPE Λって漫画化されてたの?
リリカルなのははよく知らないんだけど、そのForceってのは公式なの?
後出しで対抗しようとするなんて大人げないな
えっ?
なぜよく知らない人がこんなスレに来るんだか
原作知らないけど頑張って書きました!(キリッ ってタイプの二次創作書きなんじゃね?
>>76 そういうのは、物語の導入を思わせるだけの一発ネタなら許されるんだが(実際コレは俺もやったことある。続きは書くつもり一切無い)、
マトモにストーリー作るとなったら、原作ファンの側からしたら「ふざけるんじゃねぇ!」だよな。
あとはΛに関する書き込みへのレスへのレスだから、R-TYPEしか知らないでΛ読んでる奴かもしれない。
>>76 俺は自分で書いてはいないけど
知りたいのはそのForceってのがR-TYPEに対抗してつくられたのかどうかだよ
せっかくの良作が原作者?の権力につぶされるなんてやりきれないよ
……(;゚д゚);゚д゚);゚д゚)ジェットストリームポカーン
お 前 は 何 を 言 っ て い る ん だ ? !(AA略
ID:trr3dT2eが何を言ってるのか、本気でさっぱりわからない
もしかして、SSを信奉するあまり原作者に凸するたぐいの基地外信者なのか?
>>78 しけた餌だクマー(AA略)
どっかの誰かが趣味でやってる2次創作のためにそんなこと(新ネタ投下)する奴はまずいない筈だ。
大体、文句があるなら作者のところに文句言いに行く方が余程安いよ。
多分もう触らない方がいいと思う
本当Λ儲は碌な奴が居ないな
さすがにこのレベルは騙りアンチか、そうでなくば池沼だろう。
自分もΛ儲だけど少なくとも同じ扱いしてほしくないレベル
>>81 「賢者の石はハガレンのものです。真似しないでください」
「「撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ』」はルルーシュの(ry
実際に凸ったらこの連中の伝説に並ぶな
深刻なバイド汚染だ
きっと彼の眼にはもう琥珀色の世界しか見えていない
90 :
81:2011/12/03(土) 23:30:33.42 ID:U9Yq4d6/
>>88 >実際に凸ったらこの連中の伝説に並ぶな
うへぇ。そんなアホが居たんですか?世の中は広いなぁ。
>>84 >>66みたいなR-TYPEとなのは比べてなのはは甘いみたいに言ってる輩についてはどう思う?
>>92 そりゃ種族あげての生存競争やってる世界と比べたら甘いですがな
>>93 つまりR読者は心の中ではなのはを見下してて、なのはが公式でそういう硬派()なストーリーをやるのはおかしいと
そう言いたいんだね
>>95 なんでそーなるの?それって君自身がそう思ってるってこと?
世界観の違いも許容できないならクロススレなんかみなきゃいいのに
まぁ、とりあえずどこのファンであろうと、その作品を持ち上げるために他の世界観をこき下ろすようなファンではなくアホかアスペか基地外か、と言うことで
本当のファンもそんなのとは一緒にされたかないだろうし。
……だんだん、釣られてる気分になってきた件
>>96 世界観の違いは別にいいんだよ
クロスSSにかこつけて蹂躙を正当化しようとする儲がうざいんだ
>>97のいうとおりだ
もともと違ってるのに、わざと悪い方向に違いを広げているように見えるんだよ
そもそも
>>84のレスに答えが入ってるだろw
この手の奴はアホか釣りか、
どっちにしても一緒にされたくないわって言ってるじゃん
クロスSSを面白くするのはそれぞれの世界観をどうつなげるかだよな
特にここなんてなのは中心だからクロス元の世界観の説明やそこからどんな行動原理が考える事ができるかとか
Aの描写があるからBになるをきちんと説明して元ネタではこうだったからこうじゃなきゃいけない!ってのはおかしいし読んでて面白くない
まぁつまりどっちの元ネタも知らない人が読んでも面白い風になればいいんじゃねーの
>>101 そうそう
R-TYPEではこうだったからこうならなくちゃおかしい!はおかしいし読んでて面白くない
ここはなのは中心のスレなんだから
STGが好きで、R-TYPEも好きだけど、なのはも大好きな俺には耳が痛い話だぜ・・・。
だけど、個人的にはΛはやりすぎだと思う。
というかそもそも科学技術のベクトルが全く違う世界だし、バイドが出てきた時点で物語に終わりが見えないので、クロスさせる必要性が感じられなかった。
まぁ「作者が書きたいから書いた」といわれてしまえば終わりなんだが・・・
クロスさせる必要性とか言い出したらキリがないというか
クロススレの存在意義に関わってくるぜ
SSは書きたいから書いたが全てなんだから
それを面白いと思うならそれでいいし
合わないと思うなら切り捨てればいい
だが好きだろうと嫌いだろうとお互い過度に押し付けるのはやめてくれ
お互い?
???
お互い?????
…はぁ
つまり誰かが別のR-TYPEクロスを書けばいいわけか
でも絶対「Λは〜なのにこっちは〜」とかいちいち比較して見下しそうだな
どうもずいぶん遅くなってしまいました
EXECUTOR12話を21時半ごろから投下しますー
待ってました
■ 12
海鳴市から、沖合いの水平線に上昇していく光が見えた。
日本南方、小笠原諸島付近にいたアメリカ海軍のイージス艦「ケープ・セント・ジョージ」は、ソ連のミサイル発射を偵察衛星により探知してから6分後、迎撃用スタンダードミサイルSM-3を発射した。
大推力で地球重力を振り切っていくR-7ミサイルを追いかけ、SM-3は軽量な弾体を生かして加速していく。
迎撃ミサイル発射と同時にケープ・セント・ジョージはハワイ真珠湾にあるアメリカ海軍太平洋第3艦隊司令部へ報告した。さらに27秒後、真珠湾司令部からもケープ・セント・ジョージへ、ソ連のミサイル発射を確認したと連絡した。
さらにその19秒後──SM-3が目標に命中するまでの予想時間98秒前──、迎撃中止が真珠湾司令部より命じられた。
ケープ・セント・ジョージではただちにその理由を質問した。
このやりとりに3秒を要した。
SM-3迎撃ミサイルは、ロケットモーターで加速しある程度の距離まで接近した時点で衝突体を切り離し、敵ミサイルにぶつけて破壊するシステムである。
ミサイルの最上段までは推力の大きいロケットエンジンが装備されているが、衝突体には姿勢制御用のスラスターしか装備されておらず自爆機構は持たない。
衝突体が切り離されてしまえば、その時点で攻撃を中止することはできなくなる。
ソ連は巨大UFOに向けたミサイル攻撃を決定しNATO諸国へ報告を行っており、地上を攻撃する目的のミサイルではないと発表している。
そのため、ただちにSM-3を自爆させR-7へのダメージを避けよという命令だ。
通信終了より5秒後、艦長とCICの間で命令の復唱が行われ、飛翔中のSM-3へ向け自爆信号が送信された。
迎撃ミサイル発射から69秒後、目標命中までの予想時間75秒前の時点で、R-7を目指して飛んでいたSM-3は、沖縄諸島上空の成層圏で自爆した。
破片のほとんどは風に流され、海上に落下するとみられた。
同じころ、アメリカ・カリフォルニア州にあるパロマー山天文台では、口径200インチ(約5メートル)を誇るヘール望遠鏡を南天に向け、巨大UFOを狙っていた。
元々同天文台で行われていた地球近傍小惑星観測プロジェクトの兼ね合いもあり、地球に接近した小惑星様の物体である巨大UFOを観測することに好都合であった。
巨大UFOは遠地点がほぼインド洋の中央付近で、アメリカ大陸から見上げた場合、北西の空からゆっくりと昇り、地平線付近をスピードを上げながら移動して高速で北の空を突っ切り、徐々に進路を南に変えて南東の空へゆっくりと沈んでいくという動きをする。
これほど極端な動きをする天体を、大型望遠鏡の赤道儀で追跡することはできないが、天球上の見かけの動きが遅くなる、昇ってきた直後とアメリカ大陸を通過して南側へ出た後の時間帯を狙って望遠鏡を向けることが可能だ。
ヘール望遠鏡の解像度なら、地球から2万キロメートル程度の距離にある直径100キロメートルの物体を、表面の模様や色まで読み取れる。
パロマー山天文台にはNASAからも技術者が緊急派遣され、観測技師たちと、望遠鏡のオペレーションについて打ち合わせを急いだ。
ヘール望遠鏡の鏡筒先端には暗幕が掛けられ、核爆発による強烈な光線で反射鏡や撮像センサーにダメージが及ばないよう防護されている。
もう数分ほどで、カスピ海から発射された12基のR-7ミサイルが巨大UFOに命中する。
ソ連は先制攻撃を主張した。
もし巨大UFOが地球にやってきた目的が侵略攻撃であるならば、後手に回ってからでは勝ち目はない。
宇宙空間から砲爆撃をされ、都市が破壊されてからでは遅いのである。
ソ連中央共産党書記長は、アメリカ大統領とのホットラインでそう言った。
両国首脳が電話を繋いでいる間にも、ミサイルは宇宙空間をまさに驀進し続けている。
R-7の場合、最終突入体を分離する直前まで軌道制御が可能であり、地上からの指令で攻撃を中止することができる。
さらに弾頭には安全装置がかけられており、最終突入体を分離させた後でも装填された核爆弾を不活性化させることができる。
アメリカは、異星人との戦争を起こさないことを最優先するべきだと主張した。
互いの意思がどうあれ、先制攻撃をしてしまっては戦闘を止める大義名分を失ってしまう。
こちらから仕掛けたのであれば、常識上、相手には反撃をする権利が生じてしまう。
地球の国際法慣習が異星人に通用するかはわからないが、彼らがこちらからの先制攻撃を受けてもそれを許してくれる寛大な種族とは限らない。
ソ連首脳部には焦りがあった。
そして、アメリカ首脳部には油断があった。
異星人からの情報提供があるという事実が、彼ら異星人とて万能ではないというもうひとつの事実を忘れさせていた。
あの巨大UFOは異星人たちの船ではなく、現在地球上空では異星人たちが無人機動要塞たる巨大UFOを撃破するために戦っている。
そこへ核ミサイルを撃っては、異星人の艦隊を巻き添えにしてしまう可能性がある。
しかし、ハワイ・真珠湾にある太平洋艦隊司令部では、ホワイトハウスとは逆の決断をした。
地球に接近する未確認飛行物体を、全く無視して迎撃しないということはできない。それは軍の存在意義を否定してしまう行動である。
街の上空に未知の航空機が飛んでいるのにスクランブルをしないというのは、もし敵の爆撃機が街に爆弾を落とそうとしても防衛をしないと言っているのと同じである。
軍とは国民を守るための組織である。
地球に──すなわちアメリカ領空に接近する敵宇宙船に対しても、防衛のため、攻撃を加える必要がある。
よしんばそれで抗議を受けても、正当防衛であると主張しなければならない。
他の星では知らないが地球ではそうなのだ。
この攻撃には地球の防衛の意志がこめられており、地球だろうが宇宙だろうがそれを主張しない者は生きていけない。
意識が、太平洋の真ん中の小島から、銀河系にまでいっきに広がっていったように感じていた。
真珠湾に建設された太平洋艦隊司令部では、これまでかつてないほどに、司令室に詰める将官たちの意識は高まっていた。
軍人として、避けられない試練である。立ち向かわなければならない試練である。
たしかにアメリカはこれまで異星人に数々の便宜を図り、さまざまな技術を学び、研究してきた。
それは時に陰謀論として語られ、政府を批判する材料となっていた。そういった批判の対象に所属する人間は、市民の糾弾に心を痛めながらも、その研究がアメリカの、ひいては地球の役に立つことを信じていた。
それを証明するときが来たのではないか。
自分勝手な市民は軍の隠蔽工作だ何だとうるさいかもしれないが、そんな市民であっても守らなくてはならない。
それが軍人として、国を運営していく組織の人間として為すべきことではないのか。
真珠湾基地からの問い合わせに対し、ホワイトハウスは正式に迎撃中止を伝達した。結果的に独自判断となった太平洋艦隊のSM-3自爆を追認した形になる。
司令室の大スクリーンには、飛翔するソ連R-7ミサイルの軌道がマッピングされていた。
もうまもなくあと20秒ほどで巨大UFOに命中する。命中予想地点は、インド洋上空、高度2万1700キロメートルだ。
水素爆弾によって発生するβ線とγ線はそのほとんどがヴァン・アレン帯とオゾン層によって遮蔽され、地表に降り注ぐことはない。また放射性降下物も人体への影響はほとんど無視できるレベルと予想された。
ハワイからはインド洋の空は見えないが、ニューヨークからは、南東の空に新星のように火球が輝く光景が見られるだろう。
ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊は、それぞれの戦隊ごとにインフィニティ・インフェルノ内部の空間に分散して待機し、重力アンカーを展開してしっかりと艦を固定した。
このインフェルノが、地球の核ミサイルでどれだけのダメージを受けるのかはまったく予想が出来ない。
シールドですべてはじき返してしまうか、それとも破壊されるか。
もしインフェルノに対し核ミサイルが有効であった場合、これまでの戦闘でダメージが蓄積していた外殻がいっきに崩壊してくることが考えられる。
その場合、艦内の人工重力にしたがって外壁は内部に向かって落ち込んでくる。
外殻の厚さは数キロメートルもあり、これに巻き込まれれば次元航行艦であってもひとたまりもない。生き埋めになって脱出できなくなることが考えられる。
艦を分散させて、艦隊が丸ごと埋まってしまう事態を避ける。
クラウディアとヴォルフラムは外空間への脱出に備えてインフェルノの後部に待機していた。
ミサイル命中まであと15秒。
全艦の乗組員たちに緊張が走る。
10秒。5秒。エリーは懐中時計を取り出し、命中予想時間を読み上げた。
「弾着──今です!」
発令所に、張り詰めたような緊張と沈黙が満ちる。
インフェルノは静かにたたずんでいる。
不発か。あるいは無弾頭だったか。
乗組員たちが安堵しかけたそのとき、計器をにらんでいたヴィヴァーロが発令所を呼び出した。
「副長、こいつは遅発信管です!ミサイルの弾頭は12発全弾、インフェルノの外殻にめり込んでます!」
前方にいたミッド艦隊の艦では、大質量核爆弾の激突によってインフェルノの外殻が揺れ、細かい破片を散りばめながら外殻が軋んでいるのが見えていた。
時速数万キロメートルという猛スピードで飛んできたミサイルは、命中の8秒前に最終突入体を切り離し、そしてインフェルノの全長に対し満遍なく、均等に命中させた。
強固な球形の圧力容器に装填された水素爆弾は、命中して敵の船体──対地攻撃であれば敵陣地の地中深く──にめり込んでから起爆する。
インフィニティ・インフェルノの船体に、起爆用原子爆弾が放つ崩壊熱によって赤みを帯びた12個の球体がめり込んでいる。
このデザインは、かつてソ連が打ち上げた人類初の人工衛星、スプートニク1号を模して作られたものだ。
球形は最も堅牢な形状であり、その球体に4本の制御用アンテナが取り付けられている。これは地上からの指令を受信し、また弾体の重心から離れた部分の質量を回転させることでスピンによる姿勢制御を可能にしている。
この構造のため、最終突入体は目標命中まで精密な制御が可能であり着弾誤差も小さく、また安全に運用することができるようになっている。
ソ連は特に堅実な設計を好む。
それがこの、球体にアンテナが生えた独特の形状の核爆弾を生み出している。
「命中箇所は!魔力反応の逆探知はできますか!?」
「全艦、全域にわたってます!本艦至近には、左30度上方25度、距離8000メートル!こいつが爆発したら支柱が折れます!」
「艦長、ミッド艦隊が巻き込まれます」
「この際構っていられません、本艦の脱出を最優先します!
ルキノ、機関室へ魔力炉出力全開、ミサイル爆発と同時に結界魔法へ出力を切り替えてください!フリッツ、ただちに離床、全速反転して外空間へ向かいます!
重力アンカーは私の合図で解放してください!」
「了解……航海長、エンジンの具合はどうですか!?フルスロットルで何秒もちます」
「こちら機関室、魔力炉出力は33パーセントで30秒が限界です!それ以降は出力を18パーセントに落とします。
エンジンノズルは2軸とも無事です、フリッツ、目いっぱい吹かして大丈夫よ!」
「副長」
「それだけあれば十分です──電測長、地球ミサイルの監視を継続!爆発の兆候を見逃さないでください!」
「わかりました!おそらく30秒単位のカウントです、信管は電流爆破式かと、これなら起爆直前に大電流が出ます」
「了解──ポルテ、一応ミッド艦隊に連絡を!ベルンハルト司令に伝えてください」
「はい副長!」
ポルテが無電を打ち、エリーは懐中時計のストップウォッチをセットしなおす。
ミッド艦隊の側でも、探知したミサイルの命中箇所から、少しでも離れるように各艦が移動しつつあった。
「(シールドが有効なら弾頭が突入してきた時点で防いだはず──ということは!)
電測長、本艦より後方に命中したミサイルはありませんか!?」
「いえ副長、最も後部に命中したのは先ほどのものです!」
「了解、フリッツ、重力アンカー解放!ただちに全速反転、インフェルノ後部へ向けて全速で走ってください!ルキノ、魔力炉出力33パーセントで運転開始!30秒きっちりもたせてください!」
「はい!」
後部メインノズルから魔力光を激しく吹き、ヴォルフラムは上昇していく。
クラウディアはこのままインフェルノ艦内に残るつもりのようだ。
インフェルノの後部は、並んでそびえている巨大なエンジンのうち1基がアルカンシェルの被弾によって脱落しており、直径2キロメートルほどの穴が開いていた。
クラウディアはここからインフェルノ内部に進入してきたのだ。
この穴なら船体構造が頑強な部分なので、ある程度は耐えられる。
巨大な植物が根っこごと引き抜かれたように脱落したエンジンノズルは、直径が800メートル近くにわたり、スカート部分だけでも1キロメートル以上はある。
エンジンにはジンバル機構が備わっており、円弧状の金属の塊が、ノズルに絡みつくようにしてアクチュエーターの役割を果たしていた。
これも歯車や油圧シリンダーではなく、鉱物が結晶を成長させていくように増殖した金属元素が固まってできたものだ。内部の樹脂を移動させることで駆動している。
この戦艦自体が、巨大なバイオメカノイドであり、金属生命体のようなものである。
ノズルの根元に見える潤滑油のような脂状の液体は、培養した有機物細胞を金属と金属の隙間に塗りこんだものだ。
人間が、筋肉と骨の間に脂肪細胞が充填されるように、バイオメカノイドは無機金属の外骨格を有機物油脂で潤滑している。
彼らが体内で生成するグリースの成分は反応性の高いアルカリ金属なので、これはスライムの材料として排泄し、別に有機物を食べることで油脂を摂取している。
まさに異形の生命体である。
そして彼らには、もしかしたら生物と機械を区別する概念がないのかもしれない。
このインフィニティ・インフェルノは、全長100キロメートルの宇宙戦艦であると同時に、全長100キロメートルの巨大生命体でもある。
機械のように見える部分も、あくまでも彼らバイオメカノイドの肉体である。
だとすれば、艦船としては一見無駄に見えるような二重の中空構造も、艦内の複雑な通路の入り組み方も、一見何の役に立つかわからないような動く床や脈動する通気孔も、それが生物であるが故の現象ということになる。
インフェルノは小型のバイオメカノイドをいわば寄生虫のように宿し、彼らを自分の肉体に住まわせることで生命活動を手伝ってもらっている。
艦内の通路はインフェルノの血管であり、その中をバイオメカノイドが赤血球や白血球のように流れるのだ。
そして、艦内に侵入したものがいればただちに急行し、排除にかかる。
生物ならば、脳や心臓は存在するだろうか。
全身の運動を司り、ここを破壊されたら死んでしまうというような箇所は存在するだろうか。
エリーは士官学校でも、人並みにSF小説を読んではいた。
あくまでも読み物として、考証の正確さなどはあまり気にせずにいたが、その中でたまたま覚えていたアイデアがあった。
人類が進化の末、惑星サイズの巨大な身体を手に入れるというものである。
そのアイデアが、バイオメカノイドの生態に恐ろしいまでに合致するのではないかとエリーは直感した。
バイオメカノイドは人類の姿、超古代先史文明人が進化の果てにたどり着いた姿だ。
今の人類にとっては異様に見える姿も、彼らにとってはそれが当たり前なのかもしれない。
バイオメカノイドの内部から見つかる、小さなマイクロマシンのような金属粒は、内部にトランジスタを内蔵し簡易なコンピュータのように振舞える。
しかし、半導体でできているからといってそれがただちに人工物であると断定することはできない。
これも、スケールを拡大すれば1個の神経細胞に見立てることができる。
そう考えた場合、バイオメカノイドは神経細胞がシナプスをつなぐようにマイクロマシン同士が連絡を取り合い、単体では意味を持たない個体が集まって群体になることで、あるひとつの知能を持つことが可能になる。
それはもはや人工知能というよりは、人工生命と呼べるものかもしれない。
バイオメカノイドは、惑星TUBOYの住人たちをも自らに取り込み組み込んで、金属と有機物が融合した生命体へと進化を遂げた。
あの幻影が見せたかつての惑星TUBOYの姿、あそこにいたバイオメカノイドたちは、山林に隠して配置された兵器というよりは、ただその場に住んでいる野生動物のようにさえ見えた。
それは彼らが彼ら自身の生態系を築いていたということだ。
惑星TUBOYは人類のための惑星ではなかった。
人類よりはるかに強大な原住生物が跋扈する星だったのだ。
「前方に飛行型バイオメカノイド発見、多数出現しています!」
ヴィヴァーロが知らせてくる。
壁が崩れて穴の開いた通路から、ガのような姿をしたバイオメカノイドが、耳障りな羽ばたき音を響かせて飛び出してくる。
テレビの砂嵐のような青い色をした個体と、それよりひとまわりほど大きな、紫色の目玉模様をした個体がいる。
ガは触角から電撃を放ち、羽から金属粉のようなものをこぼしている。
「発令所よりCICへ、対空戦闘用意。前方目標群アルファへ2番主砲照準してください」
「こちらCIC、対空戦闘用意、前方、目標群アルファ、方位0-0-0。2番主砲射撃用意よし」
2番主砲の射撃室には、作動不良を起こした他の砲塔からカートリッジを移しかえ、可能な限り連続射撃をできるようにしている。
艦載魔導砲のカートリッジはデバイス用のものに比べて非常に大型であり、人力装填も不可能ではないがどうしても時間がかかってしまう。
連続発射可能な弾数は32発だ。カートリッジはリング型のマガジンに格納され、ターレット直下に据え付けられる。これを撃ちきると、いったん空カートリッジを外して新しいカートリッジを取り付けなおす必要がある。
「発令所よりCIC、ガードナー、前方の敵機群を最短距離で突っ切ります。CIC指示の目標、主砲、撃ちー方はじめ」
「了解、CIC指示の目標、トラックナンバー3-6-2-0、主砲、撃ちー方ーはじめ」
「撃ちー方はじめ!」
両舷全速で航行しながらの射撃のため、照準は真正面の敵だけに絞る。
レーダーが探知し自動的に射撃管制システムに入力された照準数値に、トリガーを握るレコルトの操作で、ヴォルフラムの主砲は次々とバイオメカノイドに砲撃を命中させていく。
金属が燃焼する激しい閃光を散らし、破壊されたバイオメカノイドの破片が飛び散っていく。
回避運動を行わず、全速力で突進するヴォルフラムの舷側や甲板にバイオメカノイドの破片や、砲撃をかわしたバイオメカノイドが取り付こうとして弾き飛ばされ、金属がこすれる音が艦橋にも響き渡る。
「前方より敵機接近!緊急回避!」
掛け声とともにフリッツが舵輪を右へ押し込み、ヴォルフラムの艦体が鋭く右ロール運動をする。
傾いた艦橋のすぐ脇を、紫色のガ型バイオメカノイドが突き抜けていく。明かりに誘われるように艦橋に突っ込もうとしていた。触覚がアンテナの表面に触れ、細い金属が電流によってはじけるように燃える。
エリーは自分のデバイスを起動させ、ディスプレイを傍らに出す。
このデバイスで、外部の電磁波の量、放射線の量を測定できる。
地球ミサイルの起爆する瞬間を逃さず捉えなくてはならない。
「舵戻しますよ砲雷長!」
「了解、自動追尾は問題なしだ。引き続き目標群ブラヴォーへ主砲照準」
ヴォルフラムクルーの絶妙なコンビネーションを、なのはは発令所の後ろで固唾を呑んで見守っていた。
訓練しぬかれた技量と同時に、それは艦の乗組員全員が互いに信頼しあうことで生まれる意思統一の結果である。
乗り組んでいる全員、ヴォルフラムの乗組員総員53名が、それぞれの仕事をきっちりとこなすことで意思をひとつにし、ヴォルフラムというひとつの艦を操る。
自分もこれまでに何百人という魔導師を教導してきたが、ここまでの連携をさせることができただろうか。
かつて機動六課で新人たちを訓練したときも、ここまでの錬度を持たせることができていただろうか。
あれから8年、はやてが育てたこの艦のクルーは、今、はやてがいなくても自分たちでしっかりと、戦っている。
「電離イオン濃度上昇、外空間に出ますよ!」
地球に接近するインフェルノの艦体を、ヴァン・アレン帯が包み込む。
「ミサイル起爆!本艦後方右舷160度、距離37000!」
「!!」
ヴィヴァーロの声と同時に、前方の宇宙空間が白く染まった。
「撃ち方やめ!エンジンストップ、惰性で航行!機関室、全エネルギーを結界魔法へ切り替え!最大出力でシールド展開!!」
「シールド展開よし!」
「衝撃波、本艦到達まであと12秒!」
「結界魔法、可視光透過率0.75パーセントまでカット!ヴィヴァーロ、対地スキャンレーダーを注意して!」
インフェルノの巨大なエンジンノズルに遮られ、炎の壁が出現しているように見える。
外殻内部で爆発した核爆弾は火球で船体を抉り取り、莫大な熱エネルギーで金属を燃やし、イオン化させ、プラズマガスを吹き飛ばす。
放出される大量の電磁波にレーダーが一時的に利かなくなり、通信回線も切れる。
爆風に巻き込まれたバイオメカノイドたちが炎の中をのたうちまわり、塵のように飲み込まれていく。
惑星TUBOYから大気を抱えて持ってきたインフェルノの艦内は、一瞬にして数万度にまで熱せられた。
宇宙空間には本来存在しないはずの大気があることにより、窒素や酸素の原子が励起され、β線のエネルギーを電磁波に変換し、大量の熱と光を放出する。
外殻の内側を満たす光に包まれ、黒い宇宙空間が雲のように、白い月を包んでいる。
それはまさに、INFERNO──煉獄のような光景だった。
ミサイル命中、起爆成功を確認したソ連は、アメリカへも確認を要請した。
この攻撃は人類の総意で行われたものである。
もし万が一にも地球への訪問が目的であったとしてもこのような接近の仕方では攻撃されてもやむを得ないことである。
現状、宇宙空間における軍事力ではアメリカはソ連に遅れを取っている状態である。
大気圏外まで進出して弾着観測を行える戦闘機はMiG-25以外に事実上なく、アメリカの保有する戦闘機では過去に『F-104 StarFighter』が大気圏離脱に成功していたが、基礎設計が古く実戦には耐えられないとされていた。
アメリカ宇宙軍はレーザー衛星を中軌道に配備しているが、ソ連はさらに月軌道まで到達する衛星を持ち、事実上この宙域を支配している。
また各国の保有する対宙ミサイルはこれらの衛星もしくは武装した宇宙船を破壊するためにつくられている。
もし巨大UFO──敵宇宙船が月軌道以遠まで離れてしまった場合、アメリカの持つミサイルでは届かなくなってしまう。
巨大UFOの追跡を引き継いだアメリカ海軍第5艦隊では、巨大UFOの先端部分から長さ2キロメートルほどの大きな破片が脱落したことを観測した。
さらに1キロメートル程度の破片も数個が分裂し、地球大気圏への落下コースをとっていることが確かめられた。
これほどの大きさの物体となると、大気圏で燃え尽きることなく地上への激突は必至である。
もし破片が市街地へ落下した場合の被害は想像を絶する。
アメリカは直ちにASM-135ミサイルによる大気圏外での破片迎撃を発令した。
同時に、ASM-135で撃ち漏らした破片に対しては世界各地に展開しているイージス艦によるスタンダードミサイルで迎撃する。
SM-3の最大到達高度はおおよそ数百キロメートル程度であり、宇宙空間より落下してくる物体に対してはここが最終防衛ラインとなる。
この高度を突破されてしまうと破片の破壊は困難になる。
可能な限り破片を小さくし、地上への激突時のエネルギーを分散させなくてはならない。
日本海上自衛隊も、舞鶴および横須賀に待機していた護衛艦を緊急出撃させ、対空ミサイルの冷却を解除して迎撃態勢をとった。
海鳴市に程近い航空自衛隊小牧基地からはE-767空中管制機が発進し、巨大UFOから分裂した破片の追跡を行う。
インフェルノの軌道が上空を通過する、東南アジア・日本・アラスカやカムチャツカ地方への破片落下が予想された。
日本近海に展開した日米ソの全艦艇が、上空監視レーダーのデシベルをいっぱいに上げての捜索を続ける。
分裂した破片は地球の重力に捕まり、秒速数キロメートルの猛スピードで大気圏に突入する。
ヘール望遠鏡による観測で、インフェルノはなお船体の形を保ち、航行を続けていることが確かめられた。
パロマー山からは、南東の地平線に燃え上がる、黄銅色に焼けた空が見えた。水素爆弾による強烈なγ線とβ線が大気を加熱し、放射線の高いエネルギーで電離したイオンが、蛍光を放っている。
上層大気は赤や緑の色とりどりに輝き、混ざった光は大気によって青色の周波数領域を散乱され、淡い茶色の原子雲となって地上へ届いた。
東南アジア各国や日本では、西の空に茶色く変色した領域が現れ、太陽を包み込んだ。
アメリカでは、真夜中であったにもかかわらず東の空が夕焼けのように黄色く輝いた。
その光は、かつて18年前、2005年の海鳴市上空に輝いた光と同じであった。
2005年の日本におけるクリスマスの夜は曇りであり、夜空が黄銅色に輝いていたことを覚えていた人間はそれでも少なかった。
しかし、当該時刻に日本上空を飛んでいた人工衛星にみられた不自然な軌道の乱れ、また10基以上を数える中軌道衛星の通信途絶から、この夜の日本上空で大規模な爆発現象が起きたことは、宇宙進出能力を持つ先進国軍の間では確信されていた出来事だった。
ソ連空軍はTu-95長距離偵察機を東シナ海に飛ばし、弾着観測と宇宙から降り注ぐ放射線量の観測を行っていた。
その結果、今回の核攻撃ではβ線が最も強く、過去の爆発現象とは異なることがわかった。過去の爆発では、光子およびγ線の量が多く、これは高エネルギー電磁波が放出されていたことを示す。
2005年の海鳴市上空で起きた爆発は核融合ではなく、対消滅によって起きたことがこれでほぼ確実になった。
対消滅の場合、通常物質と反物質の衝突ではエネルギーは高いエネルギーを持った光子(フォトン)として放出される。
それに対して、水素爆弾によって生じる電磁波にはβ線が大量に含まれるので、これによって爆発した物質がなんであるかをある程度特定できる。
今回の核攻撃で、爆発の生じた場所までの距離を正確に測定できたことは、過去の爆発で生じた痕跡が、どのようにして地上に届いたかを推測することに役立つ。
2005年の海鳴市上空で起きた爆発では、放出された電磁波が非常に大きなドップラーシフトを起こしていた。
すなわち、強力な重力場によって歪曲された空間を通過してきたということである。
これについて、ソ連宇宙アカデミーでは異星人の持つ重力制御技術が鍵を握っていると考えていた。
恒星間航行を実現するには重力制御技術は必須であり、またその技術があるならばワープ航行ができるはずである。重力制御技術を応用することで、大威力の兵器の危害半径を必要なレベルに抑えることもできるだろうと予想される。
ソ連はは前世紀から、大出力核兵器の威力制御に力を入れてきた。いかに核爆発が非常な破壊力を持つとはいえ、1発の爆弾だけでは熱線は一瞬にして通り過ぎてしまうため、頑丈に作られた基地建造物などは被爆しても残ることがある。
また、核出力の向上はそのまま危害半径の拡大に繋がるため、出力を上げすぎてしまうと影響を受ける範囲が広がり、兵器として使いにくくなってしまう。
20世紀中ごろに開発されたツァーリ・ボンバ水素爆弾でも、核出力50メガトンで20キロメートル以上の危害半径を持っていた。
現在、対宙ミサイルとして配備されているトリチウム爆弾は爆風よりも電磁波としてエネルギーを放射するように作られているため、核出力の割には危害半径は小さくなっているがそれでも地上では使えないものである。
単純に核出力を落とすだけではなく、出力を維持したまま攻撃力を狭い範囲に絞り込むことができないかというのは長年の課題であった。
異星人の兵器は、それを実現している。
2005年の冬に観測された爆発現象のエネルギーは、地上で観測された電磁波と放射線の量から単純に逆算すると、地球の半分ほどを抉り取ってしまうような巨大なものであると計算された。
そのような爆発が、高度わずか1200キロメートルで起きていたなら、日本どころか太平洋が無事では済まなかっただろう。
しかし現実には、オゾン層が傷つくようなこともなく、わずかな放射線は大気圏ですべて吸収され、人々には影響はなかった。
巨大な爆発が、わずか数十キロメートルの範囲に押し込められ、その中でだけ攻撃力を発揮した。
おそらく巻き込まれた衛星もあっただろうが、少なくとも、あれだけの規模の爆発で、衝撃波で吹き飛ばされたり太陽電池パドルが折れたりといったような現象は観測されなかった。
それだけでも、異星人の技術力がはるかに高いレベルにあることは間違いない。
巨大UFOは地球接近を続け、船体は日本上空を通過して北極へ向かった。
分裂した破片は減速して軌道を下げ、日本近海への落下がほぼ確実となった。
若狭湾と相模灘に展開した海自イージス艦から、SM-3迎撃ミサイルが破片に向けて発射された。
偵察衛星による照準と組み合わせ、破片を確実に破壊する。
イージス艦のレーダーに映った破片は、全長が数百メートルほどの、楔のような形状をしていた。
アメリカ政府は太平洋艦隊へ新たな命令を伝えた。
落下した巨大UFOの破片をすみやかに回収せよ。日本やソ連よりも先に、破片を確保せよ。
大西洋で回収復元されたエイリアンクラフトの試験を行っていた戦略指揮艦『エルドリッジ』から、横須賀を母港とする同級『ブルーリッジU』へ向け作戦指令が伝達された。
この任務発令に従い、ブルーリッジUが旗艦を務めるアメリカ海軍太平洋第7艦隊が、破片回収のため日本南岸へ進出していった。
破片の一部は陸上にも落下する可能性がある。
その場合、日本領土内の陸上であるために米軍は手が出しにくい。
アメリカから要請を受けたイギリスが、陸上での破片回収のために諜報員を招集した。
彼らにとっては、巨大UFOの破片が降ってくる場所がまさに自分たちが潜伏している場所であるということは深い因縁を感じさせることだった。
この街、海鳴市はいくつもの数奇な運命が交わる街である。
それはこの数十年間、様々な技術を研究し、それらの由来がやがてひとつの地球外知的文明に収斂していった様を象徴しているかのようであった。
ケープ・セント・ジョージを含む第7艦隊の任務部隊は、日本南岸に展開し、落下してくる破片を待ち構えた。
やがて、その中の特に大きな破片が、海鳴市北部の山林地帯に落下する軌道予測が算出された。
その破片は大気圏突入による空気抵抗よりも大きなペースで減速しており、それが何者かによって制御されている物体であることが予想された。
第7艦隊はただちにアメリカ本土へ報告し、やがてそれが異星人の宇宙戦艦かもしれないとの返答を受け取った。
まさにエイリアンクラフトの実物である。
かつてニューメキシコ州ロズウェルに墜落し、有名なロズウェル事件を引き起こしたのは、地球探査任務を帯びていた異星人の宇宙戦闘機であった。
地球──異星人が「第97管理外世界」と呼ぶ──は特に異星人にとっても未知の物理現象や科学技術をもたらす世界であったらしく、当初は彼らも地球で活動するのには一苦労をしていた。
地球現地文明調査任務と地球における宇宙戦闘機開発のプロジェクトに伴い、異星人側の殉職者も少なくない数が出た。
それでも、彼らは米軍と協力して地球で起きていた数々の超常現象にまつわる事件を解決に導いた。
最も最近になって起きた事件は2005年冬、日本の海鳴市において発生した異層次元航行型機動兵器の出現である。
いくつもの次元を──地球において一般的に想像されてきたいわゆる並行世界ではなく、幾何学上の空間次元でもなく、ブレーンワールド理論に基づいて分割されたいくつかの宇宙の領域のことを指す──渡り歩いてきた自律機動兵器。
異星人の技術をもってしても対抗困難であったこの超兵器は、地球においてついに完全破壊され、その機能を喪失した。
このときには、地球人の協力者が即席ながらも魔法技術を学び、異星人の提供した携行武器を用いて実戦に投入された。
異星人の宇宙戦艦は高度なステルス性能を持ち、低軌道や大気圏内に滞在していても地球からの観測を回避する能力があるが、それでも時には人々の目に留まってしまうことがある。
それら、宇宙戦艦や宇宙戦闘機は、未確認飛行物体すなわちUFOとして目撃される。
そしてさらに、その中には異星人の艦だけではなく、彼らから技術を学んだ地球人が建造した宇宙船も含まれている。
元々、北米大陸と欧州大陸の対立からあまり協力関係をとりたがらないアメリカとイギリスが、この異星人問題については手を握っているのも、異星人に対する地球人の協力者であるギル・グレアムの存在が大きかった。
グレアムはロズウェル事件の当時アメリカに住んでおり、墜落した戦闘機の搭乗員であった異星人を救助したことで、後に彼らの星へ向けて派遣された使節団の一人に選ばれた。
表向きには──アメリカ国内の関係機関に対しての表向きである──彼らは様々な理由で死亡したと発表され、身分は抹消されたが、そのほとんどはグレアムと同じように異星人の星へ移り住み、それぞれの仕事に就いて活動をしていた。
グレアムは、その中でも特に出世したひとりだった。
異星人たちの組織で外宇宙探査と防衛、星間文明同士の紛争解決を任務とする「次元航行艦隊」に所属し、提督にまで上り詰めた。
グレアムの指揮する艦隊は、異星人──彼らの呼称ではミッドチルダと呼ばれる星の住人──と他の異星人文明との紛争でも大きな活躍をし、数々の戦闘で軍功を挙げてきた。
アメリカは、半世紀以上をかけて解析復元に取り組んできたエイリアンクラフトの実証試験に際し、グレアムの協力を得たいと考えていた。
異星人の艦隊でまさに艦を指揮した経験のあるグレアムならば、この地球にとってはオーバーテクノロジーの塊である戦闘機を操る術を知っていると期待されたからだ。
しかし、2023年の12月、グレアムはイギリスの首都ロンドンで爆弾テロに巻き込まれ、その命を落とした。
ロンドンの新聞社に郵送された犯行声明は、アイルランドに対するイギリスの政策への不満をIRAの名を使って述べていたが、それはIRAを騙ったものであると推測された。
アメリカをはじめとする先進各国が取り組む異星人からの技術習得を邪魔しようとする勢力が存在する。
NSAによる捜査で、彼らは極端な人類至上主義を掲げる者たちであるとみられていた。
ここでいう人類とは地球人のみをさす。
彼らは異星人は地球人を見下しているのだと説き、家畜のように飼育するのが目的であり人類はそれに対抗しなければならないと主張した。
既にいわゆるUFO研究家たちの間に彼らは浸透しているとみられた。
地球に滞在している異星人にとって脅威となるのは彼らのような過激な勢力である。
フォードも、エリオやウェンディ、チンクたち異星人の官吏を、そういった勢力による襲撃から守らなくてはならない。
ここでもし地球に異星人の戦艦が墜落したとなれば、なおさら事情を知らない周辺住民との接触を避けなくてはならない。
そのためには墜落地点をすみやかに捜索特定し、対策人員を派遣することが必要である。
日本国内であれば、まさか付近の沿岸に揚陸艦を送るわけにもいかない。中京地方ではそれなりの大都市である海鳴市には、ホバークラフトやヘリコプターなどを使用した大規模な兵員輸送は不可能だ。
必然的に、少人数の諜報員を動員することになる。
そして、それが可能なのはイギリス特殊部隊のみである。彼らはかねてより海鳴市に研究拠点を所有しており、そこの人員を出動させることが可能であるとアメリカの質問に対し回答した。
ホワイトハウスでは緊急の閣僚会議が開かれ、検討の結果、イギリス陸軍特殊部隊──SASへの任務依頼が決定された。
在日米軍の部隊を動かすことは、日本国民への配慮から行えない。
よって、すでに日本へ入国している、“身なりは一般の外国人ビジネスマンにしか見えない”彼らの出動が最適である。
落下してくる破片は南大東島上空で高度35キロメートルを切り、オゾン層を通過した。
この時点で、スタンダードミサイルによる迎撃は中止された。問題の宇宙戦艦と思われる機体は、他の破片よりも遅れておよそ時速6000キロメートル程度まで減速し、最初の破片から14秒後に海自イージス艦の上空を通過した。
これほどの高度になると、肉眼でも閃光を放ちながら落下してくる物体の姿が見える。
大気圏突入の際の衝撃波により、高温のプラズマが発生して船体を流れ星のように包み込んでいる。
海自艦と米軍艦からの迎撃ミサイルにより、破片は3分の1ほどが大気圏で燃え尽き、残りは空中で塊を作って落下していった。
あとはなるべく人の少ない場所に落ちてくれることを祈るしかない。
さらに、落下軌道の観測から、宇宙戦艦らしき物体は船体をコントロールしようとしている様子が伺えた。
つまり、時速6000キロメートルで落下し船体がプラズマに包まれながらも内部では乗組員がまだ生きており、船を操縦しようとしていることを示す。
現場海域に出動していた海上自衛隊のイージス艦「ゆきなみ」の艦長は、宇宙戦艦の進路前方に無弾頭のスタンダードミサイルを発射するよう命じた。
SM-3の最大速度は宇宙戦艦の落下速度よりも速いので、ミサイルの軌跡を辿らせることで民家や市街地から離れたところへ誘導することを意図した。
ただちにセル内のミサイルへ不活性化指令が入力され、VLSから無弾頭ミサイルが発射される。
不活性化されたミサイルは信管が作動せず、炸薬が爆発しない。SM-3はロケットモーターの応答性が鋭く、マニュアル誘導に切り替えることである程度自由に軌跡を設定して飛ばすことができる。
ゆきなみから発射されたSM-3は、高度8キロメートルで巡航し、宇宙戦艦を下方から追い越して前方3キロメートルまで出た時点で上昇して速度をあわせ、宇宙戦艦の前方に位置取ってロケットモーターを最大出力で燃焼させた。
SM-3は最上段の速度が時速2万キロメートル近くに達する。
数十秒ほどで、ゆきなみから発射された無弾頭ミサイルは海鳴市上空を通過し、北部の森林地帯へ落下した。
異星人の宇宙戦艦がこの軌跡を追うことができれば、市街地への墜落を避けることができる。
北の水平線に消えていく炎の尾を見送りながら、ゆきなみの乗員たちは、海と宇宙という違いはあるが、宇宙戦艦の乗組員たちの無事を祈っていた。
地球でもかつて、スペースシャトル・コロンビアが大気圏突入時に空中分解を起こし乗員が全員死亡した事故があった。
地球よりもはるかに優れた技術を持つ異星人とはいえ、やはり人間が作るものに完璧はない。
そのような緊急事態に際し、一人でも多くの人間を救いたいと考えるのは、おそらく人類共通の感情である。
破片のすべてが日本南西諸島沖上空を通過し、海自艦は横須賀司令部へ、米艦はハワイ司令部へ、迎撃作戦の終了を報告した。
西暦2023年12月29日未明、東の空が白み始める頃。
海鳴市の西の空に、猛煙の尾を長く空に横切って、巨大な火球が出現した。
既に日本でも、巨大小惑星の接近により大量の隕石が落下してくる可能性が高いと緊急ニュースで報道され、民間航空会社が運行する旅客機、貨物機は前日の午後からすべて運休していた。
12月28日の夕方にソ連が発射した対宙ミサイルが小惑星に命中し爆破され、小惑星の軌道を逸らすことに成功したとタス通信を経由して発表された。
報道では、あくまでもUFOではなく小惑星と伝えていた。
これまでの戦闘で被弾多数を受けていたインフェルノはエンジンや照明灯などの光を放っておらず、地上から望遠鏡を向けた場合、外見としては金属質の隕石に見えなくもない。
29日午前2時ごろから流星の数が目に見えて増え始め、午前5時過ぎに紀伊半島沖で海に落下する隕石が目撃された。その後、近畿地方を中心に隕石の落下報告が相次ぎ、中にはビルの屋上に落下して天井に穴を開けたものも報告された。
そして12月29日午前5時39分、空気が圧縮される衝撃波の音を轟かせ、海鳴市上空に巨大な火球が姿を現した。
尋常ではなく巨大なサイズの物体が、大気圏に突入してきた。
あれは隕石なのか。クレーターをつくるような巨大隕石なのか。
地上から空を見上げても、比較対象物が無いので大きさを目測できない。
それでも、吹き飛ばされる雲の様子から、火球はかなりの低高度を、浅い突入角で飛んできたことが見て取れた。
さらに、隕石にしては速度が遅すぎる。
大気圏外から地球の引力につかまって落ちてくるのならば秒速数キロメートルから10キロメートル以上という猛スピードであり、飛んでくる軌跡を目で追えるほどまで減速するようなことはありえない。
しかし火球出現からわずか十数秒でそこまで気づくことは、天文学、さらに軍事技術に詳しい者でなければできないことだった。
多くの人は年末の休暇で自宅で休んでおり、さらに夜明け前の時間では外に出ている者はほとんどいなかったが、それでも数日前より既にインターネット上で騒がれていた巨大隕石接近のニュースを聞いて、望遠鏡をベランダに出して待ち構えていた者もいた。
そんな市民の頭上を、海鳴市の中心部から見て西側、岬の温泉の上空を、高度おそらく500メートル前後でその火球は突き抜けていった。
海鳴市は温泉が多いことで有名な街で、海水浴場のそばに隣接するものとさらに内陸部の山間にそれぞれ温泉があり、さらに市内にはスーパー銭湯もある。
このまま火球が飛んでいけば山間の温泉があるあたりに激突するかと思われたが、火球は高度200メートル程度でわずかに浮き上がるような動きを見せて、山の尾根を飛び越えた。
ここまで地表に近づくと、火球の大きさを推定することができる。
山の頂上をすり抜ける瞬間の様子から、火球の大きさは直径300メートル程度に見えた。
激しく噴出を繰り返す炎を吹き散らして、山肌に掠るように火球が落着する。
市街中心部からおよそ4キロメートル程度の山間に火球は落下した。
飛行機の墜落のような爆炎は上がらない。数十秒を置いて、激突時の轟音が小さな地震を伴って海鳴市の市街地を通過していった。
黒い空に薄青く伸びた火球の跡が、ゆっくりと風に流されていく。
町は再び、早朝の沈黙に戻る。
冷たく澄んだ冬の空気に、新聞配達のバイクだろうか、縮れたエンジン音が響いていた。
『目標の停止を確認。各員、行動開始』
海鳴市北部の山林に隠れていたSAS部隊が、墜落した宇宙戦艦へ向けて接近を開始した。
宇宙戦艦はステルス効果が解けたようで、白色の船体を森の中に晒している。
艦首や安定翼のような部分は、大気圏突入時の高熱で褐色に焦げていた。なぎ倒された木々が、冬の乾燥した空気で発火してパチパチとくすぶっている。
SAS隊員たちは煙に紛れて宇宙戦艦に近づき、付近に他の人間がいないか捜索した。
重要なことは、宇宙戦艦の乗組員が他の事情を知らない民間人、または他組織の工作員に見つかってしまうことである。
地球には、まだまだ異星人の来訪を歓迎しない勢力が数多い。
火の手が上がっていれば、地元の消防隊がやってくる可能性がある。
日本政府による根回しがうまくいっていれば、本件は極めて高度な国際案件であるため自衛隊が管轄する、と説明し民間組織の接近を許していないはずだ。
宇宙戦艦の船体には、識別番号と思しき文字と、所属を表す国旗だろうか、つるはしのようなものを図案化したエンブレムが描かれていた。
文字は独特のものだったが、あらかじめアメリカから提供があった、英語のアルファベットと10進法のアラビア数字に読み替えるための対照表に従うと、英語に似た文章を読み取ることができた。
それによると、船体に書かれた文字は“Vaizen Naval Force 33-071”。ヴァイゼン海軍の33番目の設計案に基づく71番艦、という意味である。
もちろん、現在地球上にはヴァイゼンという名前の国はない。
隊員たちは慎重に、宇宙戦艦の船体を捜索し、ハッチのような場所がないか調べた。もし船体機能に深刻なダメージがあり、乗組員が脱出しなければならないとしたら、早急に身柄を保護する必要がある。
太陽が昇れば、白い船体は隠せなくなる。ビニールシートなどで隠すには、宇宙戦艦の船体は大きすぎる。
幸いというべきか、墜落地点は海鳴市中心部からは山をひとつ隔てた場所だったので、山道を封鎖することで一般人の目を隠すことは可能だ。宇宙戦艦の乗組員もそれを察し、できるだけ人の目に付かない場所に着陸できるよう山を飛び越えた。
やがて、船体に穴が空いている箇所が見つかり、そこがエアロックの外部ハッチが脱落したものであることがわかった。
隊員のひとりが、銃把を使って内部ハッチをたたく。
数秒後、内部から鍵を外す金属音がして、軋みながらハッチが開いた。
ここにいるすべての人間にとって、初めての体験となる異星人との接近遭遇である。
宇宙戦艦の乗組員である異星人は慎重に、外部の大気で呼吸ができるかどうかを確かめながら、一人ずつ外に出てきた。
SAS隊員たちはあらかじめ用意しておいた毛皮のコートを配る。
彼らにとって、地球の環境は生存に適したものであるかどうか。
英語で、寒くないかと質問する。異星人の使用する言語は英語に似ているといわれている。
出てきた乗組員の中でそこそこ階級の高い士官と思われる者が、大丈夫だ、とやや訛った英語で答えた。
異星人たちは、一見して地球人とそっくりな姿をしているように見えるが、よく見ると、皮膚の表面の構造や、顔面の骨格などが異なっているように見える。
特に、肌は非常に白く、やや濃いめの肌をしている者も、その発色具合が地球人とは異なっている。
また色白な地球人によく見られる、血管が青く浮き出るといったことも異星人には見られない。
おそらく略式の軍服であろう、厚手の生地の作業着を着た乗組員たちは、腕まくりをしたところに見える肌が、奇妙なほどにつるりとしていた。
SASでは海鳴市内から山道を経由してマイクロバス2台を持ち込んでおり、宇宙戦艦の乗組員たちはそこの車内へ避難した。
やや落ち着いてきたのか、乗組員の一人が、地元(自分たちの母星)よりは暖かいとSAS隊員のひとりに言った。ここ日本は現在は冬であり、海鳴市も今朝の気温は摂氏3度まで下がっている。
乗組員たちの話によると、現在地球に来ている異星人たちは大きく分けて二つの惑星の種族があり、ひとつはミッドチルダ(Midchilda)、そしてもうひとつはヴァイゼン(Vaizen)という。
この宇宙戦艦はヴァイゼンに所属する艦であり、現在地球に接近している巨大無人機動要塞を破壊するために出撃していた。
無人機動要塞が地球に近づきすぎてしまったために破壊が困難になり、内部から制圧する作戦を立てていたが、核ミサイルの爆発に巻き込まれて外に弾き飛ばされ、地球に墜落したのだという。
異星人たちとの対話を担当したSAS部隊の隊長は、過酷な作戦任務にあたり心中お察ししますと述べた。
ミサイルを撃ったのはソ連であり、それに対して通常ならイギリスは責任を持てないが、現状では、みだりに謝罪の言葉を使うべきではない。
地球はあくまでも自衛のためにミサイルを撃ったのだから、それ自体を非難される謂れはない。
その意志を示すことが重要だ。
そして、互いに未知の文明に接触するのなら攻撃を受ける可能性は覚悟してしかるべきである。
中世大航海時代でも、探検家が原住民との戦いで命を落とす事例はいくつもあった。
「われわれの敵は未知のモンスターエイリアンだ」
宇宙戦艦の艦長だという、禿頭をした壮年の異星人が言った。
あの無人機動要塞は未知の生物が巣食っている人工惑星のようなものであり、その内部にいるのは人間のようなヒューマノイドタイプの生物ではなく、意志の疎通が不可能な、怪獣のような生命体である。
そして、この生命体の襲撃により、異星人たちの母星も少なくない被害を受けている。
この人工惑星様の無人機動要塞はごく最近発見されたものであり、ヴァイゼンの宇宙戦艦はこれを追撃して地球へやってきたのだ。
「つまり、我々が本当に対処しなければならないのはそのエイリアンというわけか」
「奴らはおそらく真空中でも生きられる。あの巨大な要塞を残さず根絶やしにしなくてはならない」
SASの隊長は、異星人──ヴァイゼン人、とでも呼べばいいのか──たちの言葉に、非常に切迫した現実感のある恐怖を感じ取った。彼らはまさに戦場の真っただ中から生還してきたばかりなのだ。
人間が恐れるのは、自分よりも強い力である。
猛犬に民家の留守番をさせるのは、犬が人間よりも強い力を持っているからである。
異星人は確かに高い科学技術力を持っているが、それは人間の力ではない。科学技術によって作られた武器は、道具として使うことはできても、人間自身を強くしてくれるわけではない。
彼らの魔法も、あくまでも超ハイテクを駆使した道具を使って魔法のように見える力を利用しているだけであり、彼ら自身が地球人と違う力を持った肉体を備えているわけではない。
「艦を再び飛ばすことは可能ですか」
「困難です」
艦長はやや憔悴した顔で、山の斜面に沿ってつんのめるように傾いで止まっている艦の姿を見上げた。
船体はそれほど歪んでいないように見えるが、乗組員の話によると、核ミサイルの爆発の余波を受けたときにエンジンがオーバーヒートを起こし、出力が上がらない状態だという。
確かにこの船体には、ロケットエンジンのようなものは見当たらない。
地球で使われるロケットや航空機のような反動推進ではない。異星人たちの用語では「飛行魔法」と呼ぶ重力制御・慣性制御技術を利用して船体を浮かせているのだ。
「まもなく夜が明けます。取り急ぎ、我々の基地へいらしてください。幸い、我々の基地はこの近くにあります。警護は万全です」
「感謝します」
「あなたがたの艦には、誰も近づけさせません。地球には、あなたがたの──管理局の執務官が滞在しています。
彼らに連絡をとり、対処方法を検討しましょう」
「──わかりました」
管理局の名前を出したとき、艦長はやや逡巡するように言葉を待ったが、すぐに、肯定の返事をした。
異星人たちにとっても未知の星である地球で、何はなくともまず生き残るためには、現地住民である地球人の協力を頼るしかない。
最悪、修理できなければ自分たちの艦はいったん置いたまま、他の艦に救援に来てもらうという方法もある。
東の空が明るくなり始め、小牧基地より急行してきた航空自衛隊所属のUH-60Jブラックホークが宇宙戦艦を隠すためのブルーシートを被せる作業を始めていた。
異星人たちは、ひとまず海鳴市内にあるイギリス資本の民間軍事企業が所有する訓練施設へ移ることになった。
宇宙戦艦には当初76名が乗り組んでいたが、墜落時の衝撃で13名が死亡し、さらに半数ほどが負傷していた。
彼らの手当てと、遺体の搬出も行わなくてはならない。そしてそれは夜が明ける前に完了しなくてはならない。
SASは車両の応援を要請し、異星人たちはマイクロバスに分乗して訓練施設へ出発した。
西暦2023年12月29日早朝の、わずか十数分間の出来事である。
インフィニティ・インフェルノは、命中した12発のトリチウム爆弾によって外殻がほとんど破壊され、内側の船体が分離しようとしていた。
外殻全体が、一種の増加装甲のような役割を果たしていたのである。内殻部分は全く健在であり、外殻をパージして、内部から新しい艦が出現することになる。
粉砕された外殻はインフェルノ自身の人工重力によって依然として内殻を取り巻いているが、おそらく次の地球接近で破片は地球の重力に引き寄せられ落下してしまうと予想された。
もしインフェルノの外殻がすべて地球に落下した場合、その質量は6万ギガトンにも達する計算になる。
インフィニティ・インフェルノの持つ質量はまさに想像を絶する。
ミッドチルダ・ヴァイゼン連合艦隊では、トリチウム爆弾の余波を受けて損傷した艦の確認を行っていた。
艦隊のうち、第97管理外世界へ進出しインフェルノ内部へ突入した艦は296隻である。このうち、188隻が少なくとも何らかの損傷を受け、さらに3隻の通信が途絶えていた。
艦隊ではただちに広域探査魔法(ワイドエリアサーチ)を使用して捜索を行い、インフェルノ艦首部付近の瓦礫に埋まった2艦を発見した。
それでも行方が発見できなかった残る1艦については、トリチウム爆弾の爆発前に付近にいた僚艦の報告から、インフェルノの外へ吹き飛ばされた可能性が高いと報告された。
どのみち、このままインフェルノが地球に接近していけば、もう艦隊は隠れることができなくなる。
いやおうもなく、地球人の前に姿を見せる決断をしなくてはならない。
「カザロワ司令、行方不明になっているのはわが艦隊の33級巡洋艦です」
ヴァイゼン海軍では、次元航行艦の艦級を計画案の連番である数字で表す。
1〜3文字のアルファベットを使用するミッドチルダ海軍との混同を避ける意味もあるが、33級はアルファベットの並びから、ミッドチルダ側からはAE級と呼ばれている。
これは単純にアルファベットの先頭から数えたものを連番と対応させたものである。ミッドチルダ語では28文字のアルファベットを使うので、28番目まではアルファベット1文字で表し29番目以降はAA、AB、ACと数えていき33番目はAEとなる。
「交信回復の可能性はあるか」
「極めて低いです。この距離では念話は届きません」
「第97管理外世界の軍に拿捕される可能性は」
「予測は不可能です」
副官は淡々と答えた。
ミッドチルダはともかく、ヴァイゼンは第97管理外世界の情報をあまり持っていない。
次元間航路も、ヴァイゼン海軍の制海権はミッドチルダとは離れた方向にあったため、第97管理外世界の近傍に進出することが少なかった。
「よろしい……『リヴェンジ』への回線を開け。ベルンハルト司令に打電しろ。
わがヴァイゼン艦隊の1艦が、先の攻撃により損傷し、地球へ墜落した。本艦はこれより地球へ降下し、遭難艦の捜索を行う。インフェルノ内殻部の制圧作戦には巡洋艦戦隊を充てる」
「了解です」
「降下するのは本艦のみだ。巡洋艦戦隊の指揮はニーヴァ一佐にとらせろ」
「わかりました。『ウリヤノフ』へ打電します」
通信士が打電の準備にかかる。
命令を伝えてから、副官はおそるおそるカザロワに尋ねた。
「管理外世界の人間の前に本艦が姿を現すことは軍事相互管理条約に抵触する可能性があります」
時空管理局がその名の由来とする、各次元世界共同での軍縮条約。
先の次元間大戦の反省に立ち、過剰な軍備の蓄積を避けるために締結されたこの条約は、各次元世界の軍事バランスの観点から、軍縮とは厳密に管理され各次元世界の歩調を合わせなければ行えないとしている。
そのため、異なる次元世界間での戦力の移動は厳しく制限されている。
管理世界の正規軍が、管理外世界へ進出する。
それだけでさえも平時であれば厳しく批判追及される行動である。
ましてや行き先は、公式には魔法技術が存在しないことになっている世界である。
しかしながら、そのような世界であっても民間企業や国家組織が独自にコンタクトをとり、魔法技術の開発を行っていることは、もはや公然の秘密である。
そしてそれは管理局であっても例外ではない。
「次元干渉結界を解除しろ。わが艦は逃げも隠れもしないということを地球の住人にまず知らせねばならん」
カザロワが座乗しているヴァイゼン艦隊旗艦17級航空戦艦『チャイカ』は、インフェルノを右手に見上げる軌道を取り、日本列島上空へ向け降下していった。
「カザロワ司令、ベルンハルト司令が待機を要請してきていますが」
「断れ」
「ですが」
「墜落したのはわがヴァイゼン海軍の艦だ。同胞を見殺しにすることはできん」
通信士席のコンソール上で、念話回線の接続待ちを示す緑色のランプが点滅している。
「敵巨大戦艦の撃沈には地球の協力が必要だ。有人惑星上にこれほどまで接近している目標を攻撃するには現地惑星に了承をとらねばならん。
わが艦隊がその作戦立案能力を見せ付ければヴァイゼンはミッドチルダに対して貸しを作れる」
降下するチャイカの艦橋から、インフェルノの後方で隊列を離れつつあるヴォルフラムの姿が見えた。
ヴォルフラムには、管理局執務官フェイト・T・ハラオウンが乗り組んでいるはずである。
ヴァイゼンが擁する次元世界有数の兵器開発企業、カレドヴルフ・テクニクス社に対する捜査のメスを最初に入れたのが彼女であることはよく知られている。
ヴォルフラムはこのまま管理局へ帰還し、インフィニティ・インフェルノ内部で発見した真実を白日の下に知らしめるだろう。
そうなれば、ミッドチルダもヴァイゼンも、他次元世界からの非難は免れない。
ここから先、重要になってくるのはこの第97管理外世界に対する艦隊派遣に、いかに正当性を持たせるかということである。
次元世界各国が最も警戒するのは、現在のミッドチルダ・ヴァイゼン両世界による二党体制の軍事バランスが崩れることである。
もしどちらかの陣営が勢力を弱めた場合、対抗する陣営に属している次元世界が相対的に力を強め、その経済力、軍事力によって周辺次元世界を侵食していくことになる。
二大超大国による調和から、単一国家による世界支配へと移行していく恐れがある。
そうなってしまうと、もはやどこの次元世界もミッドチルダに対抗することができなくなる。
それをよしとしない少数の次元世界が、ヴァイゼンに賛同し結束を強めているのだ。ミッドチルダの影響に縛られない経済圏、独自の国際安全保障を、中小次元世界は求めている。
ヴァイゼンとしては、ミッドチルダに対する牽制役という立ち位置を退くわけにはいかない。
「ミッドチルダの独占体制に我々は対抗せねばならんのだ」
「第97管理外世界がその防波堤になると」
「現在のところこの世界に対するコネクションではわがヴァイゼンは残念ながらミッドチルダの後塵を拝している。地球人にとって次元世界人とはミッドチルダ人という認識のはずだ。
このまま第97管理外世界がミッドチルダ陣営に下るならそれはヴァイゼンにとって非常な脅威となる」
「管理外世界における違法な魔力兵器開発を──ミッドチルダは現地世界の企業を使って行っている」
「常識だ」
「では本艦は」
「連中に見て見ぬふりはさせん。あの小僧──ハラオウン艦長は最初からそのつもりで我々をこの世界に誘い込んだのだ」
クラウディアは次元潜行にかかり、こちらも艦隊から離れて独自に低軌道へ降りつつある。
チャイカは日本列島を目指し、クラウディアはインフェルノに先行して大西洋へ向かう。
必然的に、ミッドチルダ艦隊も決断を迫られる。
このままインフェルノ内部の制圧作戦を継続するか、それともチャイカを追って艦を向かわせるか。
もしミッドチルダ艦隊がチャイカを追ってくるなら、それは自分たちが第97管理外世界で行っていることに後ろめたい部分があると認めることになる。
ミッドチルダは動けない、とカザロワはにらんでいた。
ミッドチルダ艦隊はインフェルノから離れることができない。
ヴァイゼン艦隊も本隊をインフェルノ制圧作戦に残しているので、これはミッド艦隊を牽制する。
連合艦隊という体裁ではあるが、実質にはミッドチルダ側はベルンハルトの、ヴァイゼン側はカザロワのそれぞれの指揮下である。互いに命令系統は重ならず、共同作戦をとる独自の艦隊が二つあるという状況である。
カザロワは発令所のマイクを全艦放送に切り替え、スイッチを入れた。
「同志諸君!我々は現代次元世界人類として初の試みに挑む。第97管理外世界、地球への接触である。
敵バイオメカノイドは地球を目指し、我々はそれを追ってここまで来た。敵巨大戦艦は強大なる力を持って地球を狙い、それはアルハザードの力である。
ミッドチルダがその拠り所にしている魔法とはアルハザードが人類にもたらしたものである、我々は今、その力の源たる存在に対峙しているのだ。
我々が直面したこの状況は次元世界人類にとって大きな変革をもたらすであろう、我々はその第一歩を踏み出す先駆けとなるのだ!」
決断。
おとぎ話や伝説などではない、アルハザードの存在は超古代先史文明とそれがもたらした巨大生命体の出現という形で現実的な脅威を目の前に現した。
バイオメカノイドの出現、そして第97管理外世界を巻き込んだ先史文明技術(ロストロギア)の復元計画。
そこには、多くの人間たちが待ち望み、しかし目を逸らし有耶無耶にしてきた、次元世界の真実がある。
「下げ舵3分の2、艦傾斜左60度!大気圏突入姿勢をとれ!」
「下げ舵3分の2、艦傾斜左60度!」
「現在高度7800キロメートル、降下速度、毎秒7.5キロメートルに増速!」
軌道を左へ大きくとり、チャイカは地球へ向かう。
インフェルノは日本の南海上から太平洋沿岸をかすめるように北へ抜け、ベーリング海を越えてアラスカ上空からバフィン湾へ向かう。
この軌道では、ラブラドル半島上空で地球に最接近したのち、高度およそ650キロメートル前後でニューヨーク沖を通過する。
約20時間後にやってくる次の周回では、軌道はやや西へ動き、接近時には日本海上空を通過、そしてニューヨーク上空で地表に最接近することになる。
その時の近地点高度は360キロメートル程度になると予想された。
アメリカにとっては、まさに自分たちの目と鼻の先をすり抜けられることになる。
「結界魔法解除完了しました!現在、紫外線およびガンマ線防御レベルは正常です!」
「よろしい、艦傾斜戻せ、アップトリム15度に修正。大気圏突入角を35度にとれ」
「アップトリム15度に修正よし!」
「突入進路に乗ります、大気圏突入角35度」
「高度1000キロメートルを切りました、地球の人工衛星が飛んでいます!」
「衛星は全てマッピング、軌道交錯を正確に回避しろ」
「司令、ヴォルフラムが離脱していきます」
艦橋からも見える位置だ。インフェルノの向こう側に、太陽の光を受けて星のように輝くヴォルフラムが見える。
管理局きっての大魔導師、八神はやて二佐が指揮する艦だ。
はやてのような強大な個人魔力は、管理局にとってはその力の象徴であると同時に目の上の瘤でもある。
「構う事はない。艦このまま、降下軌道を維持せよ」
「了解」
大気圏に突入し、衝撃波を纏いはじめるチャイカの艦影は、ヴォルフラムでも探知していた。
索敵レーダーが損傷し精度が落ちていたが、それでも艦級を特定する事はできた。
ヴァイゼン海軍の17級航空戦艦といえば、次元間大戦後の冷戦が最も緊張していた時期に建造された艦で、ミッドチルダや管理局の使用する艦に比べて非常に重武装、重装甲を誇る。
搭載される魔法兵器の種類も多く、またシールドの強度も高い。
チャイカの地球降下を探知したヴォルフラムでは、ヴィヴァーロがエリーに報告を行っていた。
「副長、ヴァイゼンの航空戦艦が地球に降りていきます」
マルチスクリーンに投影された17級航空戦艦のデータに、なのはが発令所の前段に降りてきてスクリーンを見上げる。
管理局でなじみのあるL級やXV級のようなスマートでシンプルなデザインではなく、手当たり次第に火砲を詰め込んだというような武骨な威圧感を持った外観で、むき出しの機械式魔法陣が前甲板に背負い配置で据え付けられている。
以前、ヴァイゼン出身の武装局員から広報映像を見せてもらったことがあった。
対地砲撃を想定した実弾訓練の様子で、その発砲の様子はあたかも艦全体が噴火しているかのような激しい魔力光を放ち、標的として設置されていたダミーの都市群を跡形もなく吹き飛ばしていた。
また、機械式魔法陣から発射される長距離誘導魔法は数億キロメートルもの射程距離を持ち、偵察機と組み合わせた照準が必要という条件付きながら惑星間での攻撃が可能なほどである。
第97管理外世界には偵察衛星などもおらず、照準が付かないために撃てなかったがこのような兵器も次元世界は持っているのだ。
「エリーさん、ヴァイゼンは地球へ降りるつもりです」
「そのようですね」
発令所を振り返り、なのはは胸を押さえてエリーを見上げた。
ミッドチルダの首都クラナガンに自宅を持っているという環境から、普段目にする報道やジャーナリズムなどではヴァイゼンがミッドチルダに対抗して軍拡を進めているという論調で語られる事が多い。
その実態がどうあれ、ミッドチルダにとってはヴァイゼンは暴力的な軍事国家と喧伝されている。
「先程の核ミサイル攻撃により、ヴァイゼン海軍所属の巡洋艦が地球へ墜落したとの連絡がありました。
カザロワ司令自ら地球に降りて遭難艦の捜索を行うとの事です」
ポルテが通信を伝える。
「地球が管理世界の艦に……」
なのはは血の気が引くのを感じていた。
地球が次元航行艦に被害を与えた。
あれほどの規模の爆発で、まさか艦隊全艦が無事では済んでいないだろう。けが人や、もしかしたら死者も出ているかもしれない。地球の攻撃によって、管理世界の人間に死者が出た。地球の武器が、質量兵器が、管理世界の人間を殺した事になる。
「エリーさんっ、あの艦を追いかけてください!」
発令所の階段を駆け上がりながら、なのははエリーに呼びかける。
エリーは士官学校時代によく見せていた、慇懃な表情を浮かべた。
「追いかけて……追いかけて、どうするんですか?」
「──っ、もしかしたらヴァイゼンは地球に報復をしようとしてるのかもしれません、だとしたら」
「だとしたらどうするんです。本艦もヴァイゼンに加勢せよというんですか?」
「違いますっ!そんなんじゃなくてっ」
「現時点では攻撃権はヴァイゼン側にあります。事情を汲まないのならばそれが道理です」
なのはは思わず声を荒げてしまった。
あの艦は地球を攻撃しようとしているのではないか。核ミサイルが発射されたおおよそのエリアは特定できているはずだ。地上に接近して見下ろせば、次元航行艦の性能ならすぐに発射地点を探し出せるだろう。
事前に偵察機を飛ばしていたことから考えて、おそらく撃ったのはソ連だ。
また、宇宙空間の高軌道領域にある目標を攻撃できる能力を持つのはアメリカかソ連のどちらかしかない。
はやてが言うには、爆弾を飛ばすだけならM-6ロケットの先端に誘導装置を取り付ければ……ということだったが、なのはは日本がこのような攻撃を行うとは考えたくなかった。
日本が攻撃され、人々が魔法の雨を浴びる。
そのような事態など想像したくない。
「でも、地球は」
「事情を汲まないのならばということです。道理であれば、先に攻撃を受けたのは私たちであり、私たちは次の一手として反撃を行うことができます。
しかし、私たちは地球が私たちの存在を知らないであろうことを把握しています。つまり、地球は私たちを撃つつもりはなかったのだと推測することができます。
地球の立場に立って考慮することが私たちはできるのです」
「エリーさん……」
論戦になると、エリーは丁寧語を強調するような喋り方になる。
ミッドチルダ語と英語は文法も似ているので、なのははまだ海鳴にいた頃に感じていた、英語に独特の言葉の組み立て方を思い出していた。
“地球の立場に立って”という言葉を、エリーは“自分たちが地球人になる”と表現した。
英語ではそのような構文になるし、そのように喋る方が自然になる。
それはミッドチルダ語でも同じだった。言語体系が似ているのはそれこそ偶然であろうが、ここでこうしてエリーの言葉を聞くことができたのは、なのはにとっては大きな意味を持っていた。
「航海長、針路2-7-0、速力20、太陽南磁極へ向かいます。本局への帰還ルートを作成してください」
なのははエリーの前に回り込んで立ち、背の低いエリーを屈んで見上げるようにして食い下がった。
エリーはミッドチルダ人としては体格が小さめであり、はやてと同じくらいだ。年齢の割に幼く見えることを気にしてはいるようだったが、あるいはそれが堅い身持ちにつながったのかもしれない。
「エリーさん!地球が攻撃されるかもしれないんです、せめてカザロワ司令に確認だけでも!」
エリーの肩に手を置き、なのはは口角泡を飛ばした。
自分の故郷が攻撃される、それは非常な恐怖と悲哀である。
今の地球には、次元世界の魔法兵器に対抗できる力はない。いや、少なくともなのはは無いと思っていた。
地球においては少なくともなのははただの喫茶店の娘であり、何か特別な知識や伝手があるわけでもない。しいて言えば、士郎がかつて身を置いていた公安警察(Security Police)の世界で、外国の秘密兵器として何かの写真を見たことがある程度だった。
あるいははやてに聞けば、それがどこの国がいつ頃から開発していたなんという兵器なのかくらいは聞けたかもしれない。
しかし、なのははそれをしなかった。それが必要になるとは思っていなかったし、普段の話題にするようなものでもないと思っていた。
本当に映画のように、地球の秘密兵器で魔法に対抗できるのか。そんなことは所詮空想である。
「本艦はただちに本局へ帰還します」
「どうして!」
「なのはっ、やめなよ」
遅れて発令所に入ってきたフェイトが、なのはを宥めようとする。
ルキノは機関室から戻ってきて航海の指揮をとっており、フリッツの操舵でヴォルフラムは地球軌道を離脱し、太陽に向けて針路をとっている。
「作戦目標物であったバイオメカノイドのサンプル入手に成功しました。作戦任務を達成するには、これを確実に本局に持ち帰る必要があります。
私たちの受けた命令とはバイオメカノイドの捜索と制圧、確保です。地球を防衛せよという命令は受けていません。地球を攻撃しようとしているのがバイオメカノイドでないのならなおさらです」
「そんなっ、黙って見過ごすなんて、管理世界が、他の世界と戦争になるかもしれないのに、それを見過ごすんですか!?
話せばきっとわかってくれるはずです、それなのに何も、言葉を一言も伝えずに、わかるわけないじゃないですか!!」
「なのは──」
「──高町一尉!!」
発令所の先頭、艦長席があるところまで歩き、エリーは手すりを握りしめて声を張った。
普段、冷静に決して昂ぶることのなかったエリーが大声を出したことに、艦橋内は一瞬緊張し、ポルテは自分の席で身を縮こまらせている。
「現在の本艦の最高責任者は私です。本艦内では誰であっても、私の指示に従ってもらいます。
──高町一尉を艦橋から退出させてください。デバイスはロッカーにしまって施錠し、居住区から出さないように」
指を鳴らすフィンガースナップの合図──これは海軍においては武装してここへ来いという意味である──に従い、ヴォルフラムの乗組員が二人がかりでなのはを拘束し、発令所から出させる。
艦の指揮に支障をきたす人間を、艦の首脳部に入れさせるわけにはいかない。
いくらはやての友人であっても、艦の規律が保てないようではいけない。
なのははもう逆らえなかった。幼い頃、見たことがある光景だった。偉い人間が指を鳴らすとすぐにSPがやってきて、不逞者はつまみ出されてしまう。
士郎が仕事をしていた相手は、そういう世界の人間だった。
フェイトに宥められながらなのはは発令所から出ていき、やがてドアが閉まると、エリーは手すりに両手をついて、小さく鼻でため息をついた。
正直、これが自分の柄だと言われればそうなのかもしれない。
どうしても、意地の悪さが先に出てしまう。
理論立ててきちんとなのはを説得するべきだった。なのはは故郷が危険に晒される恐怖に襲われており、それを説得するべきだった。
確かに、管理外世界とのむやみな接触は避けるべきであるがそれは防衛せよという意味ではない。
それを、狼狽えるなのはをいたぶるような物言いをしてしまった。
この掛け合いにはやてはむしろ積極的に乗ってくる方であり、お互いに腹の内も分かっていたので黒い笑いを交わすことができていたが、なのはにとってはそうではなかった。
故郷が災禍に見舞われるというなら、クラナガンが既にそうである。
忘れてはならないのは、最優先すべき相手というのはバイオメカノイドである。
それも目の前の端末個体ではなく、制御中枢のような母体が、未だ惑星TUBOYに眠っている可能性がある。
スバルたちの班が採取に成功したグレイの個体と、撃破されたバイオメカノイドの内部構造から、これは独立した生命体ではなく、群れをつくって初めて意味のある意思を持つ形態の生物であると考えられた。
一般的な生物の場合、ひとつの意識にはひとつの肉体が必ず備わっており、肉体が二つに分裂してしまうと、それは二つの意識を持った生物になる。
また、発達した脳を持つ高等生物の場合、脳を分裂させることはできず、肉体がちぎれて二つに分かれてしまうと、脳が備わっていない方の切れ端は意識を持たなくなってしまう。
しかし、バイオメカノイドは最初から分裂した状態で生まれている可能性がある。
これまでの調べで、バイオメカノイドは中心に埋め込まれたマイクロマシンによって制御されていることが分かっているが、ではこのマイクロマシン1個がバイオメカノイドの脳なのかというと疑問が残る。
このマイクロマシンは機体を動かすのに最低限の──たとえば前進せよとか攻撃せよとか──命令を出す機能しか持っておらず、細かい姿勢制御や索敵、状況判断などの機能が備わっていない。
にもかかわらず、クラナガン宇宙港や中央第4区に出現したバイオメカノイドは、全体的に統率されたような、あるひとつの意思を持っているような行動を見せていた。
個体間の連携によってそれが実現されている可能性がある。
たとえば先に出ている個体が敵を見つけたら、目の前に敵がいるという情報が他の個体に送信され、そして複数の個体がそれぞれ見た敵の位置を共有し合うことで、具体的な距離や方向を算出し、全体として狙いをつけることができる。
それはまさに群体生物の真の姿と言えるのかもしれない。
ひとつの巣に何万匹もが集まり、一匹の女王の下ですべての個体が統率される──
そういった社会性昆虫のような生態を、バイオメカノイドは持っている。
もしこの仮説が当たっているのなら、端末個体をいくら破壊してもきりがない。
資源がある限りバイオメカノイドは次々と生まれ続け、いくらでも湧き出してくる。
その根元を叩かなければ根絶はできない。惑星TUBOYにおそらくその中枢が存在する。
バイオメカノイドを倒すためにどのようにすればいいかということを、これからヴォルフラムが本局に持ち帰るサンプルを分析して調べなくてはならないのだ。
決意を確かめるように、エリーは両手をきつく握りしめていた。
「副長」
「──大丈夫です。カザロワ少将は冷静な軍人です。高町さんが心配しているような事態にはならないはずです──」
インフェルノはやがて地球の夜の部分に入り、太陽の光から隠されて暗闇の中に沈んでいく。
時折、航跡に尾を引くように大気圏に突入する細かい破片が輝き、流星になっているのが見える。
ひとまず、ヴォルフラムはこの現場から離脱する。
次元航行艦が初めて、地球人の前に姿を現す。
それは第97管理外世界のほとんどの人間にとって、生まれて初めて遭遇する衝撃的な出来事となるだろう。
異星人の存在が、目の前にそのものが現れるという事実を持って証明される。
翻ってミッドチルダでは、恒星間文明というものは既に数百年も昔から存在していた。
魔法による次元間移動が可能であったため、外宇宙航行能力が無くても他の星に行くことができたのである。
しかし現代になって、次元航行艦による宇宙探査が進んでくると、実は魔法によって移動していた次元世界というものは、これまで多くの人々に信じられていた姿とはあまりにもかけ離れていたのだということが分かってきた。
異次元とは、ひとつの宇宙の別の領域であった。物理定数や宇宙の法則が異なる世界は存在せず、あくまでもひとつの宇宙が、何らかの力によって分離させられていた。それを、異次元とみなしていたのだ。
宇宙探査機によって発見される未知の次元世界、そしてそれが従来の魔法で発見できなかった理由。
そういった、次元世界人類にとっても未知の世界が存在するという事実は、この世にはまだまだ強大な存在がいるという可能性を高くしていく。
伝説の地としてその存在が言い伝えられていたアルハザードは、確かに魔法を用いた航行ではたどり着けない世界だ。
しかし、現代では、魔法によらず、科学の力でそこを目指すことが可能になっている。
ミッドチルダが進めていた外宇宙探査プロジェクトは、究極的にこのアルハザード発見を目的にしていた。
だからこそクロノは、ミッドチルダの思惑を見越した上で任務を引き受け、そして今回のこの行動を起こした。
エリーのこの予想は、はやても同じことを考え、そしてレティたちもやがて同じ結論にたどり着くだろう。
ミッドチルダ政府の深部の考えは、管理局の調査の手も届かない。
ボイジャー3号によるキグナスGIIの観測データを分析していたNASAでは、惑星表面上に新たな噴出物が現れつつあることを確認していた。
このクラスの岩石惑星では、重力の小ささと岩石の成分組成により大規模な火山活動は通常起きない。
唯一、木星の巨大な潮汐力を受けるイオが火山活動を起こしている程度である。
キグナスGIIは主星からの距離が遠く、近くに別の大きな惑星もない。
すなわち、この火山活動は重力が由来ではなく、惑星内部に何らかの別の動力源──それも人工的な──が存在するということだ。
現在地球に接近している巨大UFOは、このキグナスGIIから分裂して飛び立ってきたことが、スペクトル分析の結果判明している。
170万光年もの距離をどうやって一瞬で移動してきたのか、ということについては、これはボイジャー3号が用いたのと同じ方法であることは想像に難くなかった。
さらに、巨大UFOはワープ航法をより自由に使えるであろうと予想された。
太陽系内に出現して地球に向かってくる間も、各国の天文台だけでなく何千人というアマチュアが望遠鏡を向けていたにも関わらず、幾度にもわたって観測の目を逃れ、そのたびにいっきに長距離を移動して、わずか数日で地球まで接近してきた。
同じくらいの遠日点に軌道をとるハレー彗星は実に76年という公転周期を持つが、この巨大UFOはわずか4日で天王星から地球までの距離を駆け抜けてきた。
しかも、もし仮にその速度で飛んできたとすると一瞬にして地球をすり抜けるはずが、減速して地球軌道へ入った。
宇宙空間にある物体は、惑星や恒星の引力によって通常、近づくにつれてどんどん加速していく。
しかしこの巨大UFOは地球の手前で大きく減速した。
反動推進ではない。もし通常の化学燃料ロケットなら、巨大UFOの船体の98パーセント以上が燃料タンクでなければ止められないだろう。
もちろん恒星間を自在に飛べる宇宙船がそのような設計になっているなどあり得ないはずだ。
地球接近後も、ソ連が撃った核ミサイルの命中後に飛び散った破片の軌道を分析した結果、巨大UFOは明らかに人工重力を放っている形跡がみられていた。
巨大UFOの破片の飛び方が、地球の重力と、巨大UFOの質量から計算される重力だけでは説明のつかない軌道をとっている。
すなわち、巨大UFOは自分の質量以上の重力を人工的に発生させ、飛び散った破片を引き寄せている。
このことから、地球のごく至近でミサイルを命中させたにもかかわらず、地表に降り注いだ破片は当初の予想よりはるかに少なくなっていた。
北大西洋に展開していたアメリカ第2艦隊では、ボーフォート海を通過した巨大UFOを高度570キロメートルで探知した。
地平線が丸く見え、それでもなお地球大気層を押しのけるようにして巨大UFOが通過していく。
第2艦隊の空母『ジョージ・H・W・ブッシュ』では、実地試験中だった新型Xプレーンズ『X-62』による偵察飛行を行うことを決定し、搭載されていた5機のX-62試作戦術戦闘機を発艦させた。
本機は1947年にアメリカ・ニューメキシコ州に墜落した異星人の宇宙戦闘機の技術をもとに、推進システムを既存の戦闘機に移植することでつくられた機体である。
機体のベースとなったのはボーイング・X-48であり、これは異星人の使用する戦闘機に機体形状が近いことから選ばれた。
21世紀初頭から地球での目撃例が増えていた、“ドローンズ”と呼ばれる特異な形状を持つUFOはほとんどがこの異星人の無人戦闘機であり、異星人側の呼称は『ドローンGD2』という。
異星人たちの用語では、無人戦闘機を総称してガジェットと呼ぶ。
ガジェットドローン2型と呼ばれたこのUFOは、特に米空軍によるインターセプトを受けて撃墜された機体がいくつかあり、それらは厳重に保管されていた。
ロズウェル事件の後、このドローンGD2の母艦であった次元航行艦は少数の技術者と兵を米軍基地へ極秘に派遣し、機密に触れる部品の回収と引き換えに技術供与を行った。
それから数十年、アメリカは地道な研究を続け、ついに地球独自での宇宙戦闘機製造にこぎつけていた。
もちろん、それはソ連側でも、MiG-25型に宙間戦闘能力を付与することができたのはこれらの技術が用いられた結果である。
グリーンランド上空を越えたX-62編隊は、冬の北極圏の荒天を避けるために高度75キロメートルまで上昇し、バフィン湾上空へ向かった。
このX-62以前に開発されていた機体はそのほとんどが無人戦闘機であったが、X-62に至って再び、パイロットを搭乗させることに成功していた。
コスト的には無人機のほうが有利ではあるが、空軍の予算を獲得するためには有人機の方が支持を得やすかった。
かつてなら近未来と呼ばれていた時代になっても、やはり戦闘機パイロットというのは現場の花形である。
X-45やX-47で研究された自律作戦行動システムと、X-48の全翼形状、そしてX-51のウェイブライダーシステムを組み合わせて、これらの集大成としてX-62は建造された。
サイズ的には従来のF-22戦闘機とそれほど大きく変わらないが、特に機体の全高は低く抑えられ、全翼機という平べったい形状でありながら前方投影面積は非常に小さくなっている。
X-62に搭乗するのは各地の航空団から選りすぐられたパイロットたちだ。
彼らは何度かの選抜試験を受けたが、合格が通知され部隊に配属される直前まで自分たちが乗る機体がなんなのかということは知らされていなかった。
所属する飛行隊は海軍の編制表には載らず、このジョージ・H・W・ブッシュも、2隻の護衛潜水艦以外は僚艦を伴わず極秘に出航していた。
このプロジェクトは諸外国だけではなく自国民にさえ知られてはならないものである。
従来の戦闘機にあったたくさんの計器類は、このX-62では非常に少なくシンプルにまとめられ、基本的にはヘッドアップディスプレイに表示された情報だけで操縦が可能である。
X-62の機体は無人航空機の技術を応用した高度な自律飛行能力を持っており、パイロットに求められるのは機体を有機的に運用し移動させることである。
すでに米空軍が開発していた無人戦闘機は、その気になれば遠隔地からの無線指令だけで作戦任務を遂行可能なレベルまで到達していたが、これも実は早くも頭打ちしかけていることは現場の研究者たちには知られていた。
無人戦闘機の性能の限界とは、すなわち遠隔操作ができる距離の限界である。
地球上でなら、米軍の戦力をもってすれば制海権を確保して空母が進出し、近隣国に駐留基地をつくって空中管制機などと組み合わせて運用することが可能だが、では自軍の勢力圏外で同じことが可能かというとそうではない。
現代の地球には、そのような領域は存在しないと考えられていた。
しかし、宇宙がある。
宇宙にはいまだ人類の手が届かない領域が広がっている。
人類は、地球という惑星のほんの表面だけを占めているにすぎないのだ。
宇宙空間から地球上を攻撃する能力を持つ衛星は、すでに数百基以上が打ち上げられ、全世界の上空を24時間飛び続けている。
ニューヨークもワシントンも、モスクワもロンドンもパリも、東京も北京も、その上空には常に攻撃衛星が待機しており、指令を受信すればただちに硬X線レーザーを地上へ向けて砲撃することが可能である。
ルーツをたどれば前世紀、ロナルド・レーガン大統領が提唱した戦略防衛計画に基づいて開発された数多の技術が、この21世紀でも生き続けているのだ。
地上では、既に米ソの軍拡競争は限界に達し、さらにその場を宇宙へ求めつつあった。
『視界に見えてきた』
「確認した。座標と速度を送信する」
X-62とジョージ・H・W・ブッシュとの間で交わされる通話は、従来の無線に比べてノイズは格段に少ない。
すでに宇宙探査機で実用化されている量子スピン通信は、何よりもそのタイムラグの少なさから、航続距離や作戦行動半径が格段に広がる宇宙戦闘機での使用にはうってつけだ。
『地球が半分に割れているように見える』
ちょうど地球の昼夜境界が真下に来ている。X-62のコクピットからは、地球の夜の面は背景の宇宙と見分けが付かない真っ黒に見えている。
境界付近は大気層が青い膜のように光っているのが見え、雲がうっすらと形を見せている。
『サンタクロースのソリは空っぽだ』
「これまで見えていなかったブリップが続々と出現している。おそらく異星人の宇宙戦艦だ。先ほど、日本列島にそのうちの1隻が不時着したと日本政府から通報があった」
『流星は降り続けている。大気圏に光の針が刺さっているようだ』
5機のX-62は、北大西洋からグリーンランド上空までおよそ1500キロメートルをひといきに駆け抜ける。
惑星表面における航続距離は事実上無限に近い。
「相対速度を3万5千ノットに維持、ちょうど30秒でミートするぞ」
『了解した』
秒速十数キロメートルもの速度からX-62はいっきに停止、反転することができる。従来の航空機の常識からはかけ離れた、桁外れの機動力を発揮することができる。
また、NASAが研究し何年もかけて実験を行った結果、現代の戦闘機や宇宙ロケットではパイロットにかかるGをおよそ70G程度まで許容できるようになっていた。これは純粋に地球の技術である。
そしてその許容荷重に釣り合うだけのパワーを、X-62は手に入れている。
もしこの機体が人々の目の前を飛んでいるのが目撃されたら、人々はこれをUFOと呼ぶだろう。
異星人の技術を用いるにあたり、これまで地球で使われてきたレーダーシステムというものも大きく変化を遂げようとしている。
レーダーというものは、その名の通り電波を使用した索敵方法である。目標に向けて電波を発射し、反射して返ってきた電波を検出することで目標の位置を知る。さらに反射波の変化の具合から、目標の大きさや形状も分かる。
異星人の戦闘機では、索敵システムの原理そのものは似ているが、使用する電磁波が電波ではない。
異星人の用いる、“魔法”と呼ばれる技術体系によれば、この世のあらゆる物質はそれぞれに特有の波動を放つ。
これを受信することで目標の位置や性質を知る。
どちらかといえば、潜水艦のパッシブソナーに近いやり方だ。
こちらから探信波を打つ場合も、何らかの電磁波を放射して反射してくるのを調べるのではなく、波動を打ち、それによって物質が励起されると、相手が波動の放出を抑えていても強制的に放射させることができるのでそれを拾う。
これにより、あらかじめ登録しておいた波動のスペクトルと突き合わせることで、調べたい目標の性質や、兵器であれば大きさや質量、材質、搭載している動力炉の出力などもある程度分かる。
異星人はこの波動を、“魔力光”と呼んでいた。
魔力光に関しては、現在のところ、可視光線以外にも全領域に渡ってのスペクトルを持った放射があるという程度が分かっているだけだ。
目下最重要視されたのはとにかく宇宙空間での機動力を持った航空機をつくることで、それに載せる武装は現行のものでもとりあえずは何とかなる。
現在出撃しているX-62には、SDI計画によって開発された戦術高エネルギーレーザー砲が搭載されている。
これは出力96キロワットのパルスレーザーを発射して目標を焼き払うことができる武器だ。ICBMなどの弾道ミサイルや、ソ連の重装甲ミサイルなども破壊できる性能がある。
実弾を使用しないため従来の機関砲に比べて重量やスペースの面で有利であり、アメリカ海軍がこれまで使用していたファランクス20ミリ機関砲からの置き換えが現在進んでいる。
また、F-15E戦闘機でもM61A2バルカンに代わって搭載され、運動性能の向上をもたらす軽量化や、特に低空侵入をはかる対地攻撃任務で非常な効果があると期待されている。
このようなレーザー兵器も、かつては必要なエネルギー量が莫大になり実用的ではないとされたが、2023年の現在ではそのエネルギー需要を満たすだけのエンジンが作れるようになっている。
「安全装置を解除せよ」
『解除した』
「ようし、次はIRSTだ。シーカーは十分に冷えているか」
『問題ない』
ヘッドアップディスプレイの下部に、現在照準を向けている巨大UFOが、熱を持った影となって投影されている。
X-62では攻撃動作時の逆探知を避けるために電波式のFCSは装備せず、完全なパッシブスキャンによって目標を照準する。
『目標はきれいに映っている。“フェレット”は獲物の巣穴を見つけた、いつでも飛び出せるぞ』
「お盛んだな、今回は狩りはお預けだ。巣穴の位置だけ見てこい」
『YGBSM、それだけで済まないことを期待してるよ』
別のパイロットが、無線に割り込んで冗談を飛ばした。
第二次世界大戦当時、敵のレーダー網を破壊するための作戦に従事していた戦闘機は、狩りをする食肉獣になぞらえてフェレットと呼ばれた。
やがてミサイルの時代になると、ワイルド・ウィーゼルとして特別に編成された戦闘機部隊が敵対空ミサイル陣地の捜索と破壊を行うようになった。
未知の敵に向かうというのは非常に危険な作戦である。
邪魔者はいない大気圏外での戦闘だ。このX-62の性能をもってすれば、いかにエイリアンの宇宙戦艦といえども振り切って見せる。
巨大UFOに距離10マイルまで接近し、周囲を大きく旋回するコースに入る。ソ連のR-7ミサイルによって破壊された外殻が砕けながら船体を取り巻き、その周辺を数十隻、いや百隻以上もの宇宙戦艦が取り囲んでいるのが見える。
間違いなく、これは小惑星ではなく異星人の操る宇宙船だ。
正体を確認したので、UFOではなくなり、これは宇宙船であると識別できたことになる。
5機のX-62と5人のパイロットたちは、それぞれに散開し、巨大UFO──無人機動要塞の周囲を、画像撮影と光学分析のために飛び回り始めた。
これらの動きは、もちろん宇宙戦艦に乗っている異星人たちにも見えているだろう。
こちらが地球上から発進してきたということは見えているはずだ。
だとすれば、彼らがこの無人機動要塞の仲間でないのなら、こちらを攻撃しようとはしないはずだ。
もし宇宙戦艦がX-62に砲を向けていても、少なくともレーダー電波では逆探知できない。
彼らの使用するレーダーシステムは地球のものとは異なるので互いに互換性はないはずだ。
現時点では、彼らは敵でも味方でもない。
距離を近づきすぎないようにあくまでも慎重に、宇宙戦艦の正面を横切ったり、対向して直進飛行する。
これでも撃ってくる気配がなければ、向こうにとっても自分たちは敵ではないということになる。
X-62のパイロットたちは、もし自分たちが50年前にタイムスリップして当時の戦闘機を相手に同じことをしたら、当時の戦闘機パイロットたちに自分たちの機体はUFOだと言われるだろう、と思っていた。
それは、5人だけでなく、地上で管制を行っているオペレーターたちも同じだろう。
ブリップの輝点を敵味方逆にしてみれば、正体不明の飛行物体に翻弄される艦船、に見える。
進歩した科学は魔法と見分けがつかなくなる──そういわれるように、現代の最先端科学は、それを知らない者にとっては超常現象のようにさえ見えてしまうだろう。
グルームレイクの狭い滑走路でテストをしていた時はまだそれでも飛行機の体裁を保っていたが、今こうして大気圏外を飛び回るX-62の姿を前にしてみると、それはまるで別世界だった。
ジョージ・W・ブッシュに乗り組み、大西洋から見上げている技術者たちも、当のパイロットたちも、この機体がまさにエイリアンクラフトと呼ばれてもおかしくないほどの驚異的なテクノロジーを現出させてしまったのだということを今更のように思い知らされていた。
バフィン湾上空で、X-62編隊は敵巨大無人機動要塞から再び大きな破片の塊が分裂したことを確認した。
外殻の破片を周囲にくっつけている様子は、スペースオペラなどで描かれるアステロイドシップのようだ。無数の隕石に覆われた内部に、要塞の本体が存在する。
そしてそれは依然健在である。
異星人の宇宙戦艦が数百隻がかりで挑んでも破壊しきれないほどの巨大さだ。
そこに、地球の戦闘機が突っ込んでいくのはさすがに無謀に過ぎる。
X-62編隊はただちにジョージ・H・W・ブッシュに分裂した破片の画像を送信した。
分裂した破片は、大西洋北部を横断してヨーロッパ方面へ向かっていた。
さらに、異星人の宇宙艦隊からも何隻かが破片を追って降下していく。敵無人機動要塞が、地球へ向け攻撃機を送り込んだ可能性が高くなった。
『どうする、追いかけるか?』
「酸素の残りに問題がなければ可能だ、やれるか?」
『タンクを確認する──オーケーだ、これより大気圏内に再降下する』
「落ち着いていけ。訓練どおりにだ」
『宇宙戦艦の一隻から発光信号のようなものが送られている、確認を頼む』
「少し待て、映像をまわす」
X-62編隊の隊長機が目撃したのは、破片を追ってヨーロッパに降下しようとしていたXV級巡洋艦クラウディアだった。
さらにその後にやや間隔をあけ、ミッドチルダ艦隊のXJR級が続く。
どちらも艦の画像を撮影し、ジョージ・H・W・ブッシュを経由してグルームレイク基地へデータを送信して照合を依頼する。
これらが間違いなく異星人──ミッドチルダ人の操る艦であれば、少なくとも交渉の窓口はある。
現在地球には、日本の海鳴市へ宇宙戦艦が1隻不時着し、さらにこれを捜索していると思われる別の艦が日本上空に進入している。
また、無人機動要塞から分裂した破片がヨーロッパへ向かい、こちらも異星人の艦隊が追撃に向かっている。
アメリカの宇宙戦闘機編隊もこれを追跡し、敵の正体をつかむためにヨーロッパへ向かった。
状況を分析し、現在の地球上で最も強い魔力を放っているであろう物体──ロンドンの地下基地にて修復中の自動人形『エグゼクター』に、敵バイオメカノイドは引き寄せられている可能性が高いとエリオは判断した。
ミッドチルダにおける幾度かの戦闘から、バイオメカノイドは特に魔力炉に対して強い攻撃性を持つことが判明している。
地球上では魔力炉は建造されていないので、可能性があるとすれば地球を訪れている魔力エンジンを積んだ艦船を狙ってくることが考えられる。
現在地球上でそれに該当するのは、海鳴市に墜落したヴァイゼンの巡洋艦と、ロンドンの地下に存在するエグゼクターの動力炉ということになる。
「つまり──敵はここを目指していると」
「それが最も考えられる可能性です。魔力反応は、長波長領域なら地殻も貫通します。正直なところ、僕らもどうやったらあれの目をくらますことができるかというのはわからない状態です」
「遮蔽に成功した事例はありませんか」
フォードもやや焦りを見せる。
もし敵がここを目指しているのであれば、通り道として敵はロンドンの市街地に突っ込んでくることになる。
「難しいです。ミッドチルダにおける戦闘でも、通常のレーダーやソナーにかからないほどの放射レベルでも敵バイオメカノイドには探知されてしまいました。
残る可能性としては、電磁波以外の手段によって彼らは魔力反応を嗅ぎ付けているのかもしれません」
「おそらく米ソは独自に迎撃作戦を展開するでしょう」
「ええ。さらに日本に不時着した艦はヴァイゼン所属です──こちらがどう動くかも注意が必要です」
「イギリスにはアメリカと連絡を密にするよう言ってあるはずですが」
「テムズ川のドックを準備しておいたほうがいいかもしれませんね」
日本とイギリスと大西洋、それぞれのエリアで、ミッドチルダ、ヴァイゼン、そして地球、それぞれの世界が、遭遇する。
それは手探りのようでいて、お互いに確信を持った行動だ。
西暦2023年12月28日、アメリカ東部標準時午後9時24分、日本時間12月29日午前11時24分。インフィニティ・インフェルノは地球へ最接近し、アメリカ・ロングアイランド沖の上空を通過して大西洋を南下していった。
インフェルノの後を追うように、多数の流星が空を彩る。
かつて中世の時代、空に走る彗星は凶兆であるとされた。
燃えさかる大気を纏い、空を横切っていく巨大機動要塞は、まさに紅の彗星のようだった。
地球に災いをもたらす、天の煉獄。
地上から見上げる人々にとっては、要塞を取り囲む宇宙戦艦たちも、地獄に巣食う死神のようにしか見えなかった。
ねずみ色の雲が低く垂れこめ、視界は100メートルもない。
かろうじて見える山脈のふもとは、山肌が削られて白い石灰岩がむき出しになり、ところどころが水を吸って燻っている。
空気はひどく湿っている。
地上近くまで降りてきた雲の粒が、空気中を漂う水滴となって肌にくっつく。
愛用の狙撃銃型デバイスを肩に、時空管理局航空武装隊隊員ヴァイス・グランセニックは苦く口元を歪めながらその光景を見渡した。
管理局の部隊が布陣した丘の上はひとまず陣地を確保したが、さてここからどう攻めたものかと、派遣部隊の佐官たちはもう何時間もテントの中で会議を続けている。
ヴァイスたちの所属する班の班長を務めているギンガ・ナカジマも、作戦案の検討のために一緒に行っていた。
いつでも出動できるように準備はしているが、どちらにしてもこの有様では敵を倒したからといって何が得られるのかというものだ。
横を見やると、小型形態に変身して周囲を警戒している白いドラゴンがいる。
使役竜フリードリヒ、かつて機動六課においてヴァイスとは共に戦っていた。
その召喚士たるキャロ・ル・ルシエは、怯えるフリードを庇うように前に立ち、ケリュケイオンを握りしめながら、変わり果てた村々の残骸を見下ろしている。
つい数時間前の出来事だ。
森の奥深くから突如として出現した大量の正体不明生物に襲われたという通報を受け、管理局の現地駐留部隊が現場の確認に向かった。
しかし、いうところの正体不明生物の数がすさまじく、まさに森から湧き出した大海嘯のようであった。
駐留部隊はほとんどなすすべなく全滅し、この時点で、この正体不明生物が森の中だけでなく空からも、宇宙からも現れ始めた。
惑星のごく至近に次元断層が出現し、正体不明生物はその中から湧き出してきていた。
神話に描かれる地獄の釜としか表現しようがないほどの、電撃的な出現と襲撃だった。
正体不明生物たちは数にものを言わせて次々と村を踏み潰していき、大都市であっても構わず突っ込み、人々を押しのけ、捕まえて噛みちぎり、喰らっていった。
ミッドチルダに出現したときとは違い、今回は彼らははっきりと人間をめがけて襲ってきた。
そして、人間を喰っていた。
彼らにとって人間の肉が栄養になるのかどうかなど、考えている余裕はなかった。
第6管理世界、アルザスにバイオメカノイド出現。
その第一報が──正確には正体不明生物がバイオメカノイドであると確認された──届いた時点で、もはやアルザスは手の出しようがないほどに、バイオメカノイドたちに制圧されてしまっていた。
個体数は、数えるよりも面積で計った方が早かった。
バイオメカノイドに覆われた土地の面積と、単位面積あたりにバイオメカノイドが占める割合から、個体数はおよそ30億体以上と計算された。
このとき、初めてバイオメカノイドが増殖する瞬間が観測された。
最初に出動していったアルザス現地駐留部隊の隊員が、バイオメカノイドの体節がちぎれて卵のような物体に変化するのを目撃した。
地面に埋まって根を張った卵は、鉱物の結晶が成長するように大きくなり、数分ほどでそこからマイクロマシンが転がり出てきて、周辺の金属元素を吸着して小さなバイオメカノイドを排出した。
卵は簡易的な金属圧延装置のようになっており、これで原型を作れば、あとは自分で金属や岩石を食べて成長が可能なようだった。
バイオメカノイドはある程度栄養をため込むと、簡易製造プラントのような装置を自分の身体の一部を使って作り、そこから幼生を次々と生み出す。
この方式だと、材料さえ供給し続けられるなら、ねずみ算式以上に急激なペースでの増殖が可能な計算になる。
アルザスに出現したバイオメカノイドは、そのほとんどがワラジムシとアメフラシで、少数、ガやマリモが混じっていた。
さらにこれらを率いるように、三つ首のドラゴンが現れていた。
しかも複数である。
第97管理外世界に派遣されたヴォルフラムからの報告にあった、現地で彼らが遭遇した個体とは別のものだ。ドラゴンは、確認されただけでも60体以上がアルザスの全域に出現していた。
ドラゴンは、大きな個体では全長70メートル以上、翼長が100メートル以上に達する個体も発見された。
キャロは、ル・ルシエの里にいた頃もこんな大きな竜の存在は聞いたことがなかったと言った。
彼女にとっては、複雑な心境である。
ここは故郷なのだろうか。ここは、自分が帰ってくるべきところだったのだろうか。どこか別の、違う遠くの世界ではないのだろうか。
キャロやヴァイスが乗ってきた次元航行艦がアルザス上空に達したとき、既に軌道上からでもはっきりと見えるほど、アルザスの地表は黒く変色してしまっていた。
バイオメカノイドがひしめいている土地は、その体表の色から、宇宙からは黒褐色に見えた。
アルザスの空、太陽の光の下に出た三つ首ドラゴンは、光に透かされて赤紫色に変色していた。
ヴォルフラムが遭遇した個体は青かったが、他にもさまざまな色の個体がいた。
「ヴァイスさん…………アルザスでは、このあたりでは昔から雨はほとんど降らなかったんです。山を昇ってくる空気はふもとに雨を降らせて水分を失って、山を越えてくるときにはすっかり乾いているんです。
それなのに、今はこんなに雲が出ている──わかりますか、雲に石灰の匂いがついてます──これは、山が削れたんです。削れた細かい岩石の粒が、雲の粒の芯になっています。
あの生き物が、山を噛み砕いて、土を食べて、水分と一緒に吐き出しているんです──」
「バイオメカノイドが──」
「山が、大地が、──食べられています。あれはもう、星さえも食べつくしてしまいます」
キャロの言葉は、直感だが計算上ありえない話ではなかった。
アルザスの大きさは直径7200キロメートルであり、直径が小さい割にコアが大きく重力も強い、第97管理外世界太陽系でいえば水星に近い組成の惑星だ。
バイオメカノイドの個体数からいくと、この程度の大きさの惑星はすぐに飲み込まれてしまう。
惑星TUBOYが、かつて直径1万7千キロメートルという、地球やミッドチルダよりも巨大な惑星であったにもかかわらず現在ではミッドチルダの月より少々大きい程度に、そして質量は軽石のように穴だらけになっている──バイオメカノイドは惑星を食べてしまう。
アルザスの質量は、おそらくバイオメカノイドの腹を満たすには足りないだろう。
彼らは、今も増え続けている。
新暦83年12月30日。
──第6管理世界アルザス、壊滅。
時空管理局は、そして次元世界連合は、わずか13時間で、生存者の捜索をあきらめてひとつの次元世界を放棄することを、苦渋ながら決断しなくてはならなかった。
12話終了です
カザロワ少将はもしかしてかつての戦傷でフライフェイスCV小山茉美・・・いやまさか
エルドリッジってあのフィラデルフィア計画のあれですかねー
かべのなかにいる事件を引き起こしたあの艦
あの計画が進行していれば地球艦もそのうちワープできますねー
グレアムさんがミッドに行ったのはプロジェクト・セルポですか
セルポは太陽が二つあるらしいですがミッドは月が二つありましたね
ドローンって言ったら個人的にはうふぉ・・・UFOのほうが思い浮かびます
・ヴァイゼン33級巡洋艦・・・33→AE、トヨタ・AE86
・航空戦艦チャイカ・・・ゴーリキー自動車工場・チャイカ(マツダコスモ以外に存在した唯一の3ローターロータリーエンジン車)
・ニーヴァ一佐・・・ラーダ・ニーヴァ
・ウリヤノフ・・・ウリヤノフスク自動車工場
キャロさん・・・ι
いくらなんでも背はおっきくなりましたよね?(汗)
なんとなく、アルザス人はその強い重力のために平均身長が低いとか思いついてしまいましたが
Vividでルーテシアさんちとミッドに時差があると・・・時差?(汗)
ではー
乙
流れ的に地球上空でのインフェルノ内部で最終決戦!
とか思ってたらまだ中ボス戦程度のところだったようですな
地球も冷戦続けてたせいかそこそこなら抵抗できる技術を持っているようだ
と思ったらバイオメカノイドが本気出し始めてワロタw
ロズウェル事件キタ━━(゚∀゚)━━━!!
そっそういえば12月13日にCERNが重大発表をというのはまさか地球もついに魔力素を発見とかワクワクしますな
アルザスまさかの瞬殺
キャロ山さんは実家帰りとかしてたんでしょうか
まさか自分を追い出した里の人が死んでザマミロとかキャロに限って無いですよね…ないよね?
地球終了のお知らせか・・・
太陽ノ使者?
R戦闘機の開発を急ぐんだ
なのはさんのおうち消滅の危機
海鳴市に次元航行艦が着陸したらパニックになるな
ヴァイゼンは管理局のように穏やかではなさそうだし
はやてさんはもう地球は捨てた気持ちですかね
心はミッドチルダ人…
とりあえず西側は存在を認知してるがソ連さんが又先走りそうな気が
上手くいけば共同戦線、下手を打つと地球とヴァイセンがインフェルノ無視して殴り合いか
グリーンインフェルノ?
乙です
いよいよ大戦争の予感がしてきましたね
地球はXプレーンズとエグゼクターを
次元世界はSPTを使って
インフェルノ撃沈に向け共闘するか、それとも・・・?
職人の皆様方お疲れ様です。
23時ごろにマクロスなのは第26話を落とすのでよろしくお願いします。
なお、本編中「 &ruby(〜){〜} 」という記述がありますが、保管庫にてルビをふるためのものなのでご了承ください。
>>149 それ、記述削除した投下用のものを別途用意すれば良いだけじゃないの
つーか、ルビのプラグインとか勝手に使っていいんだっけ?
確か最低限の機能以外は話し合い→許可制だった気がするけど
>>150 最低限以外許可制なんですか?
わかりました。運営議論スレにて許可をもらってこようと思います。
時間がかかるかもしれませんのですみません。予約を取り消します。
>>151 以前、誰だったか忘れたけどアンケート機能とか色々なプラグインを許可無く使用して、
ページを乱立させた挙句に揉め事を起こした人がいるから許可制になったはず
なまじプラグインを利用すれば大抵のことは出来るwikiですし、細かいこととはいえ、
勝手にやると後になって騒ぐ人が沢山出てくるかも知れませんし。このスレの慣習的に
>>152 はい、ご忠告感謝します。もうあんなことはこりごりです・・・・・・
管理人さんの素早い対応により許可が下りたので、当初の予定通り23時頃に投下したいと思います。
またルビは
>>150さんの進言に従って投下用は従来方式に改定させていただきます。
お騒がせしました。
では時間になりましたので投下を開始します
マクロスなのは第26話「メディカル・プライム」
八神はやては部隊長室で、今後の六課の運用について思索をめぐらせていた。
脳内会議の議題に上がっているのはカリムの預言の事だ。
設立から半年。六課はその任務を忠実に果たし、今に至る。現状に不満はない。しかし不安要素はあった。それは『事≠ェ、六課の存続する内に
起こるのか』という問題だ。
六課はテスト部隊扱いのため、あと半年足らずで解体される。1年という期間は何もテキトーに決めた期間ではない。聖王教会と本局の対策本部が
議論の末導き出したギリギリのラインだ。
今より短い場合の問題は言わずもがなだが、逆に長いとそれはそれで問題がある。今でこそガジェットの出現から出動数が多く、各部隊からの信
頼も厚い六課だが、当時は必要性の認識が薄かったため本局でさえ設立には渋ったのだ。それは予算の問題のみならず、当時対立関係にあった
地上部隊が黙っていない。という意見もあったからだ。しかしこの問題は『地上部隊のトップであるレジアス中将が賛同した』というイレギュラーな、し
かし嬉しい出来事から片づいている。
だがもう1つ問題が上げられていた。それは六課への過剰な戦力集中だ。地上部隊20万人の内、4万人は事務・補給・支援局員である。
そして残る16万人を数える空戦魔導士部隊や陸士部隊である純戦闘局員の内10人ほどしかいないSランク魔導士を八神はやて、高町なのは、ヴ
ィータ、シグナムと4人も六課に出向させている。
このランクの持ち主は『北海道方面隊など6つある地方方面部隊、5個師団(2万7千人)に1人いるかいないか』という希少な戦力であり、本局ですら
少ないSランク魔導士のこれほどの集中投入は極めて思い切った人事だった。
そのため『気持ちは分かるが、そう長くは留めて置けない』というのが周囲の本音だった。
仮に1年後に同じような部隊を本局主導で再編する場合を考えても、地上部隊を頼れない分、生み出されるであろう戦力の低下は憂慮すべき問題
であった。
そこで『何か妙案がないだろうか?』と思考をめぐらせていたはやてだったが、その思索は打ちきられることになった。
空中に画面が浮かび、電話の呼び出し音が締め切った室内の空気を震わす。画面の開いた場所は左隣の人形が使うような小さなデスクだ。本来
なら補佐官であるリインが受けるはずだが、今ここにいないことは承知済み。右の掌を空中にかざして軽く右に滑らせると、その動作を読み取った
部屋が汎用ホロディスプレイを出現させる。この部屋だと電灯のスイッチなどの操作を行うものだが、こんな時のために電話もその機能に加えてい
る。おかげで次のコールが鳴る前に通話ボタン触れることができた。
「はい。機動六課の八神二佐です」
サウンドオンリーの回線だったが、 直接外部から電話がかかることはなく、地上部隊のオペレーターを経由したルートが普通だ。しかし聞こえてき
た声はオペレーターの声ではなく、レジアスのものだった。
『はやて君か。いきなりで悪いが1330時頃にこちらに来てほしい』
「え? ほんとにいきなりやなぁ・・・・・・もちろん何か買ってくれるんよね?」
はやての冗談にレジアスは電話の向こうで豪快に笑う。
『なるほどな。グレアムのヤツがそうやって「部下がいじめてくる」と嬉しそうに嘆いていた意味がようやくわかったよ』
レジアスのセリフに、はやては「バレてたか」と苦笑いする。
グレアムは以前本局の提督を勤めていた人物で、当時足が悪く両親のいなかったはやての、いわゆるあしながおじさんであった。
またはやて自身、『闇の書事件』の責任を取って自主退職するまでのほんの1年だけ彼の元に嘱託魔導士として配属されており、当時同事件で主
犯者扱いされていたはやてが管理局に慣れるよう手を尽くしてくれていた。
彼女を学費面での援助によってミッドチルダ防衛アカデミーに入学させてくれたのも、管理局で風当たりの悪かった当時の身の振り方を教えてくれ
たのも彼だった。
閑話休題。
『・・・・・・まぁ、実際買ったのだがな。きっと君も驚くだろう』
「え、いったいなんなのや?」
『ああ、─────だ』
レジアスが口にしたその名は、確かにはやてが驚くに十分値するものだった。その後はやては2つ返事で了解し、身支度のために席を後にした。
(*)
同日 1200時 訓練場
午前中に行われた抜き打ちの模擬戦になんとか勝利した六課の新人4人は、一時の休憩に身を任せ、地面に座り込んでいた。そこへなのはに
ヴィータ、そしてフェイトを加えた教官陣がやってきた。
「はい。今朝の訓練と模擬戦も無事終了。お疲れ様。・・・・・・でね、実は何気に今日の模擬戦がデバイスリミッター1段階クリアの見極めテストだっ
たんだけど・・・・・・どうでした?」
一同の視線が集まるなか、後ろのフェイトとヴィータに振る。
「合格」
「まぁ、そうだな」
2人とも好意的な判断。そしてなのはは─────
「私も、みんないい線行ってると思うし、じゃあこれにて1段目のリミッター解除を認めます」
その知らせを耳にした4人はやったぁ!≠ニうれしさのあまり座り込んでいた地面から跳ね上がる。
「お、元気そうじゃないか。それじゃこのまま昼飯抜きで訓練すっか」
ヴィータのセリフに4人の子ヒツジは青ざめ、一様に首を横に振った。
彼ら新人にとって唯一の平安といっても過言ではない食事の時間は絶対不可侵の聖域であり、守らねばならぬ最終防衛ラインだった。
「も〜、ヴィータちゃんったら」
なのはに言われヴィータは
「冗談だよ」
と、猫を前にしたハムスターのような目をした4人に言ってやる。
しかし彼女の目が本気(マジ)≠セったことを書き添えておこう。
落ち着きを取り戻した4人にフェイトが指示を続ける。
「隊舎に戻ったらまず、シャーリーにデバイスを預けてね。昼食が終わる頃にはデバイスも準備出来てると思うから、受け取って各自しっかりマニュ
アルを読み下しておくこと」
それにヴィータの補足が付く。
「明日≠ゥらはセカンドモードを基本にして訓練すっからな」
しかしその補足を聞いた4人は、自分達が間違っていると思ったのか空を仰ぐ。真上に輝く真夏の太陽はまだ時刻が正午であることを知らせていた。
「明日≠ナすか?」
「そうだよ。みんなのデバイスの1段目リミッター解除を機会に、私とヴィータ教官のデバイスも&ruby(フルチェック){全面整備}とアップデートをする
ことになったの。だから今日の午後の訓練はお休み。町にでも行って、遊んでくるといいよ」
なのはセリフに、4人は先ほどを数倍する大声で、喜びの雄叫びを上げた。
(*)
同時刻 フロンティア航空基地 第7格納庫
「あと30分で出撃だ。しっかり頼むぞ」
愛機であるVF-25を引っ掻き回している整備員達に檄を飛ばす。 彼らはそれぞれの仕事をこなしながらも
「「ウースッ」」
と、まるで体育会系のような返事を返す。そして点検項目を並べたチェックボードを効率よく埋めて、整備のために開けたパネルやスポイラーを定位
置に戻していった。
そんな中、こちらへと1人の整備員がやってきた。しかし他の整備員と違ってそのツナギはあまり機械油に汚れていないように見える。どうやら新人
らしい。
「どうした?」
「はい、アルト一尉。恐縮ですが、モード2のバトロイドのモーション・マネージメント比は今までの1.50倍で良いでしょうか?先ほど戦闘のデータを見
る機会があったのですが、自分の見立てではあと0.04増やした方が動かしやすいように思います」
幾分か緊張した様子の新人に言われて初めて思い出す。そう言えば確かに前回戦闘の最中、そのような違和感を覚えたような気がする。もっと
もSMSへの先行配備の段階から乗っているVF-25という機体なので多少の誤差など十分カバーできるが、修正するに越したことはなかった。
「よく気付いたな。そうしてくれ」
答えを聞いた新人は満面の笑みを作って
「はい!」
という返事とともに敬礼し、再びバルキリーに繋がれたコントロールパネルに返り咲いた。そこで航空隊設立当初からVF-25のアビオニクスを任せ
ている担当者が
「やっぱり言ってよかったじゃねぇーか」
と、入力する新人の肩をたたく。
「俺達でもコイツのことは完全には把握してないんだ。だからこれからも新人とか専門外とか関係なしにどんどん聞いてくれよ!」
「はい!・・・・・・じゃ先輩、さっそくひとついいですか?」
「おう、なんだ?」
「明日地元から彼女が来てくれるんです!それでクラナガンでデートしたいと思うんですが、どこかいいスポット無いですか?」
「え・・・・・・彼女とデート?あ・・・・・・いや、俺はそういうのよくわからなくて・・・・・・その・・・・・・だな」
こういう事象に対しては知識がないのか大いに困っているようだ。そこへ彼の同期がデートと言う単語を聞きつけたのか機体越しに呼びかけてきた。
「どうしたんだよシュミット?お前俺たちと違ってモテるだろ?意地悪しないでデートスポットの一つや二つ教えてやれよ!」
「そういうわけじゃねぇんだよ加藤!」
「じゃあなんだよ?」
「だって・・・・・・なぁ?」
困ったように言うシュミットに安全ヘルメットを外してポニーテールの長髪を垂らした新人が
「ふふふ」
と蠱惑的に微笑んだ。
(*)
その後彼女は
「キマシタワー!」
と叫びながらやってきた女性局員や、
「なになに?諸橋(その新人)に彼女≠ェいるって!?」
とVF-25の整備を終えて集まった整備員集団に囲まれていた。しかしその顔触れはアビオニクス担当者であるシュミット、そして新人を含めて全員
自分と同年代ぐらいだった。別に特殊な趣向を持った人間がそう、というわけではない。この航空隊に所属する整備員はほとんど同年代なのだ。
これはこのミッドチルダでOT・OTMという新技術に、最も早く順応したのが彼らのような若者であることの証左であった。
もっとも教養としての現代の技術はともかく、OTMはゼロスタートであったおかげで3カ月前まで整備の質はあまり良くなかった。それが第25未確認
世界でも最新鋭機であったVF-25なら尚更だ。
しかし最近ではアビオニクスを整備するシュミットのような人材が育ってきてくれたおかげでなんとか乗り手である自分や、たまに技研から出張して
くる田所所長などに頼らなくても良いぐらいの水準に到達していた。
しばらく馴れ初め話を語る諸橋とデートスポットの位置について真剣に話し始めた彼らの様子を遠巻きに眺めていたが、整備が終わった彼らとは
違い、自分の仕事は目前に差し迫っている。名残惜しいが列機を見回ることにした。
まずはVF-25の対面で整備が急がれている天城のVF-1B『ワルキューレ』だ。
純ミッドチルダ製であるこの機体は、製作委任企業であるミッドチルダのメーカー『三菱ボーイング社』の技術者が、わざわざ整備方法を懇切丁寧
に講義していた。そのため比較的整備水準は初期の頃から高かったようだ。
現在パイロットである天城はコックピットに収まり、ラダー等の最終点検に余念がなかった。
まるで魚のヒレのようにヒョコ、ヒョコ≠ニ垂直尾翼や主翼に付けられている動翼であるエルロンが稼動する。
「あ、隊長」
こちらに気づいた天城は立ち上がると、タラップ(はしご)も使わずコックピットから飛び降りる。
コックピットから床まで3メートルほどあり、生身なら体が拒否するところだが、その身に纏ったEXギアが金属の接触音とともに彼の着地をアシストした。
「今日のCAP任務が8時間ってのは本当っすか?」
「そうだ。今日はだましだまし使ってきた機体の総点検らしいからな。六課にいて一番稼働率が少なかった俺たちで時間調整するんだと」
「・・・・・・ああ、そうですか」
気落ちした表情に続いて小声で
「俺は六課でも出撃率100%だったのに・・・・・・」
という天城の嘆きにも似た呟きが聞こえたが、どうしようもないので
「まぁ、頑張れ」
と肩を叩いてその場を離れた。
次にVF-1Bの隣りに駐機するさくらのVF-11G『サンダーホーク』に視線を移す。
こちらは元の世界でも整備性が高い機体なので、性能に比べて整備が容易になっている。そのためかこちらにはもう整備員の姿はなく、さくら自身
が最終点検を行っていた。
サーボモーターなどを使い、電子制御で機体の操縦制御を行う形式であるデジタル・フライバイ・ワイヤの両翼の動翼に、順番に軽く体重を乗せて
動かない事を確認する。
そして次に『NO STEP(乗るな)』という表示に注意しながら上に昇ると、整備用パネルが開いていたり、スパナなど整備員の忘れ物がないか確認し
ていく。
よほど集中しているのかアルトが見ていることには気づいていないようだった。しばらくその手際眺めていると、後ろから声をかけられた。
相手はVF-25を整備していた整備員だ。どうやらようやく全ての点検・整備が終わったらしい。
アルトはもう一度点検を続けるさくらを流し見ると、自らの愛機の元へ歩き出した。
(*)
1330時 機動六課 正門
そこにはヴァイスのものだという、このご時世には珍しい内燃機関の一種である、ロータリーエンジン式のバイクに跨がって六課を後にしようとして
いるティアナ達と、見送るなのはがいた。
「気をつけて行ってきてね」
「は〜い、いってきま〜す!」
なのはの見送りに後部座席に座るスバルが返事を返すと、ティアナは右手に握るアクセルをひねった。
石油ではなく水素を燃料とするそれは電気自動車や燃料電池車の擬似エンジン音だけでは再現できない振動やエンジン音を轟かせて出発する。
そして狼の遠吠えのようなエキゾーストノートを振り撒きながら海岸に続く連絡橋を爆走していった。
なのはは背後の扉が開く気配に振り返る。するとそこには地上部隊の礼服に袖を通したはやての姿があった。
「あれ? はやてちゃんもお出かけ?」
「そうや。ちょっとレジアス中将に呼ばれてな。ウチがおらん間、六課をよろしく」
「は!お任せください!八神部隊長」
わざと仰々(ぎょうぎょう)しく敬礼するなのはに、
「似合えへんなぁ」
とはやてが吹き出すと、なのはもつられて笑った。
その後はやてはヴァイスのヘリに乗って北の空に消えていった。
(*)
その後ライトニングの2人を見送ったフェイトと合流したなのはは、
「(フェイトの)車の鍵を貸してくれ」
というシグナムに出くわしていた。
「シグナムも外出ですか?」
フェイトがポケットから鍵を取り出し、シグナムの手に置きながら聞く。
「ああ。主はやての前任地だった第108陸士部隊のナカジマ三佐が、こちらの合同捜査の要請を受けてくれてな。その打ち合わせだ」
「あ、捜査周りの事なら私も行った方が─────」
しかしフェイトの申し出は
「準備はこちらの仕事だ」
とやんわり断られた。
「お前は指揮官で、私はお前の副官なんだぞ」
そう言われてはフェイトに反論の余地はない。
「うん・・・・・・ありがとうございます─────でいいんでしょうか?」
「ふ、好きにしろ」
そう言ってシグナムは駐車場の方へ歩いていった。
なのははそんな2人を見て、『知らない人が見たらどっちが上官なのかわかるのかな?』と思ったという。
(*)
その後デスクワークをしなければならないというフェイトと別れ、なのはは六課隊舎内にあるデバイス用の整備施設に到着した。
「あ、なのはさん」
画面に向かっていたシャーリーが振り返って迎え、その隣にいたヴィータも
「遅かったじゃねーか」
といつかのように婉曲語法で自分を迎えた。
「ごめん、ごめん。それでどう?上手く行ってる?」
なのはは言いながらシャーリーの取り組んでいる画面を後ろから覗き見る。
自らのデバイス『レイジングハート(・エクセリオン)』は昼飯前からシャーリーに預けられており、アップデートは開始されているはずだった。
「はい、あと2時間ぐらいでアップデートは終わる予定です」
プログラムを構築したシャーリーの見立てにミスはない。ディスプレイに表示された終了予定時間は1時間以下だったが、こういう終了時間は信用で
きないのが世の常。それを証明するように次の瞬間には3時間になったり30分となった。
ヴィータの方も似たり寄ったりで、プログラムのアップデート率をみる限り、自分の1時間後ぐらいに終わるだろう。
しかしなのはは画面を眺めるうちにあることに気づいた。
自分とヴィータだけでなく、まだもう1つデバイスのアップデート作業が進行しており、もう間もなく終わりそうなことに。
検査兼整備用の容器に入った待機状態のそのデバイスはブレスレット型≠セった。
「ねぇシャーリー、あのデバ─────」
デバイスは誰の?とは問えなかった。その前に持ち主がドアの向こうから現れたからだ。
「あ、なのはさん、お久しぶりです!」
地上部隊の茶色い制服に身を包み、ニコリと嬉しそうに挨拶する緑の髪した少女、ランカ・リーがそこにいた。
(*)
ランカは本局の要請で無期限の長期出張に出ていた。
行き先は戦場≠セ。
第6管理外世界と呼ばれる次元世界で行われていた戦争は、人対人の戦争ではなく、対異星人との戦争だった。
本来管理局は非魔法文明である管理外の世界には干渉しないのが基本方針だったが、その世界の住人は管理局のもう1つの任務に抵触した。
それは次元宇宙の秩序の維持≠セ。
彼らは70年程前に次元航行を独自に成功させ、巡回中だった時空管理局と遭遇したのだ。
運の良いことに極めて友好的で技術も優秀な人種であったことから、1年経たないうちに管理局の理念に賛同した彼らと同盟を結ぶに至った。
以後管理局は次元航行船の建造の約8割をその世界に依存しており、管理局の重要な拠点だった。
しかし2ヶ月前、その世界で戦争が勃発した。
その異星人は我々人間と同じく炭素<xースの知性体(以下「オリオン」)であったが、彼らは突然太陽系に入ると先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
当然管理局に友好的だったその惑星(以下「ブリリアント」)の住人は必死に応戦する。
管理局との規定により魔導兵器縛りだったが兵器の技術レベルではなんとか拮抗。戦力は圧倒的に劣っていた。しかしブリリアント側にはある
技術≠ェあった。
次元航行技術だ。
この技術は実は超空間航法『フォールド』と全く同じ技術で、第25未確認世界(マクロス世界)とオリオンの住人達は知らなかったが、空間移動より
次元移動に使う方が簡単だった。
この技術によってオリオン側の先制攻撃と戦力のメリットを塗り潰し、比較的戦いを有利にすすめた。
しかし所詮防衛戦でしかなく、オリオン側の恒星系の位置がわからないため、戦いは長期化の様相を呈していた。
だが捕虜などからオリオンの情報がわかるにつれて、戦争の必要がないことがブリリアント側にはわかってきた。
彼らの戦争目的は侵略ではなく自己防衛≠セという。
何でも彼らの住む惑星オリオンからたった数百光年という近距離にあったため、
「ベリリアン星の住人が攻めてくる!」
という集団妄想に駆られたらしい。
それというのもブリリアント側が全く気にしていなかった、それどころか最近までまったく観測すらしていなかったものが原因であった。それは次元
航行に突入する際に発生してしまう短く超微弱なフォールド波だ。
これを次元航行発明から70年間完全に垂れ流しつつけ、これを受信したオリオンが盛大に勘違いした。
彼らにはまだフォールド技術は理論段階で、空間跳躍以外の使用法を全く思いつかなかった。そのため管理局に造船を任されてどんどん新鋭艦
を次元宇宙に進宙させていったブリリアントの行為は、オリオン側にとって奇怪に映った。船を造ってどんどんフォールドするのはわかる。宇宙開
発というものだとわかるからだ。しかし恒星外にフォールドアウトするでもなく、ただため込んでいるようにしか見えないその行為は、オリオンの住
人にとって艦隊戦力の備蓄と思われてしまったのだ。
そう勘違いしてしまったオリオンは半世紀の月日をかけてフォールド航法を理論から実用に昇華させて、のべ一万隻もの宇宙艦隊を整備。そして
今、万全の準備をして先制攻撃に臨んだようだった。
しかし実のところ彼らのことはまったく知らなかったし、『協調と平和』を旨とするブリリアントは知ったところで侵略するような野心もない。
そこで和平交渉のためにまず戦闘を止めようと考えたブリリアントは、次元宇宙で超時空シンデレラ≠ニも戦争ブレイカー≠ニも呼ばれる
ランカ・リーの貸出しを要請したのだ。
管理局としても戦争による新鋭次元航行船建造の大幅な停滞は困るし、70年来の大切な盟友を助けたいという思いがあった。
こうして1ヶ月前、六課に対し最優先でランカの出張を要請したのだ。
六課やアルトは危険地帯へのランカの出張に渋ったが、ランカの強い思いから根負けしていた。
こうして第6管理外世界に出張したランカは、本局の次元航行船10隻からなる特務艦隊と航宙艦約100隻から成るブリリアント旗艦艦隊に守られ
ながら局地戦をほぼ全て歌で制≠オて行ったという。
確かなのはが最後に見た関連ニュースは「全オリオン艦隊の内、50%がブリリアント側に着いた」というものだった。
そのランカがここにいるということは─────
「戦争は終わったの!?」
ランカは頷くと続ける。
「みんないい人達なんだよ。ただ誤解があっただけなんだ」
そう笑顔で語る少女は、とても恒星間戦争を止めた人物には思えぬほど無邪気であった。
(*)
1424時 クラナガン地下
そこは戦前は半径10キロメートルに渡って巨大な地下都市があり、戦時中は避難民が入った巨大な地下シェルターだった。
一時は全区画にわたって放棄されていたが、今では歴代のミッドチルダ政府の尽力によって大規模な地下街が再建されている。
しかしその全てに手が届いたわけではない。一部の老朽化や破壊の激しい区画は完全に放棄され、そうでなくともただのトンネルとして利用されていた。
そこを1台の大型トラックが下って(クラナガンから出る方向)いた。
そのトラックのコンテナには『クロネコムサシの特急便』のロゴとイメージキャラクターがペイントされ、暗いトンネル内をヘッドライトを頼りに走って行く。
運転手はミッドチルダ国際空港近くの輸送業者の新人で、この道は彼の先輩から教わったものだ。
地上のクラナガンに繋がる道はどこも渋滞であり、拙速を旨とする彼ら輸送業者はこの廃棄区画を開拓したのだった。
しかし残念ながら路面状態はよくない。
その運転手はトラックの優秀なサスペンションでも吸収できなかった予想以上の縦揺れに驚く。
「いかんな・・・積み荷が揺れちまうじゃねぇか」
彼はシフトレバーについたつまみを操作すると、ヘッドライトをハイビームにする。
すると少しは視認範囲が広かった。しかし─────
(しっかし、いつ来ても廃棄区画は気味悪りぃな・・・・・・)
右も左も後ろにも他の車は見えない。それが彼に昨日見た映画を思い出させた。
それはベルカ(位置は第97管理外世界でアメリカ合衆国)のハリーウッド≠ナ撮影された映画で、タイトルは「エイリアン」だ。
ストーリーは時空管理局の次元航行船が、新らたに発見された世界の調査のために調査隊を派遣する所から始まる。
そこには現代の技術レベルを持った町があったが、人の姿がない。調査が進むにつれてこの惑星の住人が、ある惑星外生命体の餌食になってい
たことがわかった。
しかしその時には遅かった。
魔法の使用を妨害するフィールドを展開する敵に対し、調査隊には腕利きの武装隊が随伴していたが、また1人、ま1人と漆黒のエイリアンの餌食
になっていく。
また、次元航行技術があったらしいこの世界は、厳重に隔離されていたが次元空間へのゲートが開きっぱなしだった。
このままではエイリアン達がこちらの世界に来てしまう。
何とか現地の質量兵器を駆使して次元航行船に逃げ延びたオーバーSランクの女性執務官リプリーと、1人の調査隊所属の科学者の2人は、艦船
搭載型の大量破壊魔導兵器であるアルカンシェルによるエイリアンの殲滅を進言。そのエイリアンの危険性は認められ、それは決行される。
大気圏内で炸裂したアルカンシェルは汚染された町をクレーターに変え、船は次元空間に戻った。
しかしリプリー達が乗ってきた小型挺には小さな繭が─────!
という身の毛もよだつ結末だ。
さて、問題のシーンは物語の終盤。先の生き残った2人と、3人の武装隊員が現地調達した軽トラで、小型挺への脱出を試みた時だった。
その名も無き(劇中ではあったと思うがいちいち覚えていない)武装隊員はこのようなだれもいない地下の道を走っていた。
しかし賢しいエイリアン達は天井に潜んでいた!
ノコノコやってきた軽トラに飛び乗った奴ら≠ヘ2人の武装隊員の断末魔の悲鳴とともに運転席を制圧。危険を感じ取ったリプリー達3人は荷台
から飛び降りた─────というシーンだった。
(・・・・・あれ、俺って名も無き犠牲者その1じゃね─────)
彼の背筋に冷たいものが走る。
「ま、まさかな。そうだよ、杉田先輩だって10年以上この道を使ってたんだし、前にも先輩と1回通ったじゃないか」
わざと声を出して自らを勇気づける。
そして彼はラジオを点けると局を選ぶ。すると特徴的なBGMと共にCMが聞こえてきた。
『─────毎日アクセルを踏み、毎日ブレーキを踏み、毎日荷物を積み降ろす。・・・あなたのためのフルモデルチェンジ。新型ERUF(エルフ)
登場─────!』
彼はそれを聞きながらそのBGMを歌い出す。
「いぃつ〜までも、いぃつぅ〜までも〜、走れ走れ!ふふふ〜のトラックぅ〜」
それを歌うと何故か恐怖も飛んでいった。
(やっぱこの曲はいいねぇ〜。でも─────)
彼はこのトラックのフロントにあるシンボルマークを思って少し申し訳なく思った。
そこには『ISUDU』ではなく、『NITINO』のマークがあったりする。
(どっちが悪いってわけでもないんだが・・・・・・)
彼はそう思いながらも歌い続けた。
「ど〜こぅ〜までも、どこぅまでも〜、走れ走れ! ISUDUのトラック─────」
(*)
5分後
『そろそろクラナガン外辺部かな』と思った彼は、GPS(グローバル・ポジショニング・システム。全地球無線測定システム)で位置を確認する。
その時、一瞬サイドミラーが光を捉えた。
「?」
再び確認するがなにもない。
(勘弁してくれよ・・・・・・映画のせいで敏感になってるんだな・・・・・・)
彼はそう結論を出すと運転に意識を集中する。しかし今度はコンテナの方から無理に引き裂かれているのか、それを構成する金属が悲鳴のよう
な悲鳴を上げる。
「ちょ・・・・・・マジで・・・・・・」
積み荷は食料品や医療品などで勝手に動くものは積んでいないはずだ。
(ということは・・・・・・!)
彼の頭に映画のシーンがフラッシュバック!あの武装隊員の断末魔の悲鳴が頭に響く。
(落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け、 落ち着け、落ち着け─────!!)
彼はもはやパニック寸前だ。しかし無慈悲にもその時は訪れた。
一瞬静かになり、彼が振り返えろうと決意した瞬間─────
耳をつんざく轟音と眩いまでの黄色い閃光が閃光手榴弾のように彼の視界を奪った。
すでに冷静さを欠いていた彼は驚きのあまりハンドル操作を誤り、トラックを横転させてしまった。
(*)
横転事故より15分後、トラックに搭載されていた緊急救難信号を受信した救急隊が現場に急行していた。
「・・・・・・おい、あれか?」
救急車を運転する救急隊員が助手席に座ってGPSを操作する同僚に聞く。
「ああ、そうらしい。しかし、こんな薄気味悪い場所で事故らんでも・・・・・・」
「こんな場所だからだろ。・・・・・・運転席に付けるぞ」
救急車は横転したトラックの本体─────牽引車近くに横づけする。
「大丈夫ですか!?」
ドアを開けて助手席の同僚がトラックに呼びかけるが返事はない。車を離れているのだろうか?
後ろではもう1人の同僚が救急車の後部ハッチを開けて、懐中電灯でトラックを照らす。
どういう訳かコンテナだけがひどく損傷していたが、運転席付近は無傷だ。シートベルトさえしていれば助かりそうだが─────
いた!
エアバックで気絶しているらしい。トラックの左側を下に横転しているため、宙吊りになったまま項垂れている。
外に出た同僚2人はデバイスで超音波を発生させてフロントガラスを1秒足らずで割ると、センサーで彼の状態を調べる。
「・・・・・・大丈夫だ。バイタル安定、骨も折れてない」
2人は運転手を事故車両から引き離していく。
その間に運転席に残っていた彼は、どうも妙な事故なため、無線で1番近い治安隊に事故調査隊の派遣の旨を伝えた。
(*)
20分後
「通報を受け派遣されました第108陸士部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です」
『地上部隊 第108陸士部隊』と書かれたメガ・クルーザーのHMV(ハイ・モビリティ・ヴィークル。高機動車)に乗ってきたのは3人で、内2人は白衣を
着、もう1人は挨拶をした地上部隊の茶色い制服を着た1人の女性隊員だった。整備されていないこの地下空間は世間では犯罪者の温床にもなっ
ていると言われていることから、治安隊の代わりに陸士部隊の調査隊として派遣されたとのことだった。
「この事故はただの横転事故と聞きましたが・・・・・・」
「はい。それが事故状況がどうも奇妙でして、それほど大きな衝撃でもないはずなのにコンテナだけが吹き飛んでいて・・・・・・」
確かに救急車のヘッドライトに照らされたコンテナは、原型を止めないほどにひどく損傷していた。
「運転手の方(かた)は?」
ギンガの質問に救急隊員は困った顔をする。
「・・・・・・それが運転手も混乱していまして・・・・・・お会いになりますか?」
「できるならお願いします」
ギンガは同乗者の2人に現場検証を頼むと、運転手が手当てを受けているという救急車に入った。
「本当なんだよ!あのエイリアン≠ェ出たんだ!!」
そう手当てしながら困った顔をする救急隊員に喚く運転手に、ギンガはギョッ≠ニする。
(そうかぁ、あの映画を見た人かぁ・・・・・・)
彼女は彼に、一気に親近感を覚えた。
彼女も実は1年ほど前にその映画を劇場でみていた。人には言えないが、その後1ヶ月ぐらい1人で真っ暗な部屋に入る時には、デバイスをその腕
に待機させねば安心できなかった。
「すみません、そのエイリアンのお話をお聞かせ下さい。私はそのために管理局から派遣されました」
「なんだって!・・・・・・それじゃあの映画は!?」
思わせぶりに頷いてやると運転手の口はようやく軽くなり、やっと事故の状況が判明した。
(*)
「コンテナが勝手に爆発ねぇ・・・・・・」
救急車から出たギンガが腕組みして考える。
地面に散らばる積み荷は食料品などで爆発するような物はないし、クロネコムサシの本社から預かったそのトラックの輸送物リストもほとんどが医
療品や食料品と書いてある。
しかし本当にエイリアンが来たなどということはあるまい。
鑑みるにこれはテロで郵便爆弾の誤爆という可能性があるが、どこかの政府系機関に届ける予定の荷物は─────
「・・・・・・あれ?」
ギンガの目がリストの一項目で止まる。
(これがベルカのボストンで?)
内容物は、輸入品としては珍しくないとうもろこし。しかしベルカの比較的北にあるボストンでは寒すぎて生産していない。
ビニールハウスという手もあるが、最近赤道付近の地価は安く、補助金も出るためそんなところで作るメリットはない。
それどころかボストンでは10年前からあるベンチャー企業の進出が進んでおり、農業をやるような場所はもう残っていないはずだった。
(確かその企業がやっているのは医療用のクローン技術─────)
そこまで考えた時、一緒に来た調査隊員の自分を呼ぶ声が耳に入った。
「はーい。今行きます!」
ギンガはリストを小脇に添えると声の主の元へ走る。
「どう─────」
どうしました?と問うまでもなかった。
彼は顔を上げるとそれ≠ライトで照して見せる。
そこには他の積み荷と違って無粋な金属の塊『ガジェットT型』の大破した姿があった。
「他にもこんな物が」
少し離れていたもう1人が、床に転がっているそれを指先でトントンと叩いて見せる。
「それは・・・・・・生体ポット!?」
ギンガは目を疑うことしかできなかった。
(*)
『君はいったい何をやっているのかね!?管理局に感づかれたらどうする!』
画面の中で怒鳴る背広を着た中年男にスカリエッティは涼しい顔をして答える。
「あれ≠ェ本物かどうか試しただけですよ。それに、管理局など恐るるに足らない」
その軽い態度に更に熱が入ったのかまた怒鳴ろうとした中年男だが、画面の奥の人物に制される。
『しかし社長!』
中年男は社長と呼ぶ30代ぐらいの若い人物に異議を唱えようとするが、彼の鋭い視線だけで黙らされてしまった。
社長は中年男が席に座るのを確認すると、今度は彼自ら詰問し始めた。
『スカリエッティ君、我々はもうかれこれ7年間君の研究のために優秀な魔導士達の遺伝子データを提供してきた。だが我々が君に嘘をついた事
があるか?』
「いいえ。おかげさまで研究は順調に進んでますよ」
『なら今後、このような事は無いようにしてくれたまえ。・・・・・・それとあの子≠フ確保は後回しでも構わないが、一緒に送った3つのレリックの内
12番≠ヘ必ず回収したまえ。あれがなければこの計画は失敗だ』
「仰せのままに」
スカリエッティの同意に社長は通信リンクを切った。
画面に『LAN』という通信会社の社名が浮かぶ。この回線はミッドチルダから太平洋を横断し、ベルカの大地まで繋がった長大な有線回線だ。
現在MTT(ミッドチルダ電信電話株式会社)に市場で敗れたこの会社はもうなく、海底ケーブルは表向き放棄されている。しかし海底ケーブルという
ローテクさ故に注目されず、盗聴も困難なため、水面下で動く者達の機密回線にはもってこいだった。
「またスポンサーを怒らせたの?」
いつものように気配なく彼女はスカリエッティの背後に現れた。
「まぁね。しかし必要なことさ。それに、彼らにはあれ≠フ重要さがわかっていない」
スカリエッティは肩を大仰に竦めると首を振った。
「そう・・・・・・。まぁ、私はあなたの副業には干渉しないけど、せいぜい頑張ってね」
グレイスは微笑むと退室していった。
「・・・・・・ウーノ」
スカリエッティの呼びかけに、彼の背後に通信ディスプレイが立ち上がり、彼の秘書を映し出す。
「はい」
「あれは本物だったか?」
「確定はできませんが、恐らく本物でしょう。」
スカリエッティはその答えに陶酔したように
「すばらしい・・・・・・」
とコメントすると、それ≠フ追跡を依頼した。
(*)
『ベルカ自治領 マサチューセッチュ¥B ボストン』
その地域は最近発展してきた医療科学系企業『メディカル・プライム』が席巻していた。
この企業はミッドチルダでは禁止されている「クローン技術」を用いて、要請を受けた本人のクローンの臓器を作っている。無論これは移植のためだ。
この『クローン臓器移植法』は、移植時の拒絶反応が全くないことから定評があった。
しかし従来の全身のクローン体から、移植のため一部を取り出すという行為はクローン体を殺す事を意味し、倫理上の問題があった。
そこでこのベンチャー企業は必要な臓器を必要なだけ、ある程度瞬時に<Nローン化する技術を開発し、これを武器に発展してきていた。
社名の「メディカル・プライム」も「最上級の医療を!」という熱い思いを込めて付けられたもので、お金さえあればパーツ≠フ交換で脳を含めた
若返りすら可能だった。
現在、その企業内では深夜に関わらず、上級幹部達が緊急会議の名目で集っていた。
ある幹部が通信終了と同時に口を開く。
「全く、あの男の腹の内は読めん」
それに対し、スカリエッティに怒鳴っていた中年男が彼に怒鳴る。
「なにを言っている!やつなど野心丸見えじゃないか!だから犯罪者と手を組むことには反対だったのだ!」
「・・・しかしあいつにしかこの計画は遂行できないだろうな」
5,6人の幹部達が思い思いに意見をぶつける。今までこの議論が何度重ねられたことか。しかしやっぱり最後の結論は決まっている。
「諸君、すでに賽(さい)は投げられたのだ。この計画にスカリエッティを巻き込んだことを議論しても仕方がない。それに管理局には非常用の鈴が
着いている。不本意だが≠烽オもの時は彼女に揉み消してもらおう。我々はスカリエッティを監視しつつ、ベルカの誇りであるあの船≠フ浮上
を待てばよいのだ。あの船さえあれば、ミッドの言いなりになってしまったこの国の国民達も、目が覚めるはずだ!」
社長の熱を含んだスピーチに幹部は静かに聞き入る。そして社長は立ち上がると、会議室に飾られた今は無きベルカ国の国旗に向き直り、掛け声
を上げる。
「偉大なるベルカ国に、栄光あれ!」
「「栄光あれ!!」」
幹部達も立ち上がり、彼に続いた。
――――――――――
以上です。ありがとうございました。
乙〜
ルビの件に関しては今回みたいに投下用と編集用をあらかじめ
分けて置けば問題ないと思うよ
170 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2011/12/14(水) 16:20:34.35 ID:cX9iAhEh
ヴァンパイア十字界×禁書
スレイヤーズ×禁書
スレイヤーズ×ヴァンパイア十字界
ヴァンパイア十字界×まどか
ヴァンパイア十字界×Fate
Bleach×禁書
ダイの大冒険×禁書
ダイの大冒険×Fate
まどか×Bleach
ダイの大冒険×まどか
blackcat×禁書
ToLOVEる×まどか
ヴァンパイア十字界×まどか
blackcat×まどか
CODE:BREAKER×まどか
吸血殲鬼ヴェドゴニア×まどか
PHANTOM OF INFERNO×まどか
天使ノ二挺拳銃×まどか
鬼哭街×まどか
Claymore×まどか
スレイヤーズ×まどか
dies irae×まどか
式神の城×まどか
鬼切丸×まどか
真・女神転生CG戦記ダンテの門×まどか
鬼畜王ランス×まどか
SSが読みたい。
前にもどっかで同じの見たな。
こういうのって何処に通報すればいいんだっけ?
>>171 勝手にまどか☆マギカクロスSSスレでも立てて来ればいいのにな
22時半頃からEXECUTOR13話を投下しますー
おk
待ってます
■ 13
軌道上に待機していた管理局艦は、アルザス政府へ攻撃可否の問い合わせを行った。
ロストロギアの事故などにより、惑星ごとアルカンシェルで破壊処分とすることは過去にも何度か行われてきた。
独立した領土を持つ次元世界に対する攻撃も、行われたことがある。
バイオメカノイドが湧き出してきている次元断層は、規模が小さくアルカンシェルによる破壊が可能と見積もられた。
ただし、バイオメカノイドが次元断層を経由してアルザスにやってきているということは、ここへアルカンシェルを撃ち込めば空間歪曲のエネルギーが虚数空間に漏れ出し、周辺時空に比較的大型の次元震を誘発するおそれがある。
狙うとすれば次元断層が消えてからにするべきかもしれないが、それを待っていてはバイオメカノイドたちがアルザスからあふれ出してしまうかもしれない。
アルザス政府は、避難に成功した一部の閣僚たちによる検討で、惑星本体を残したままのバイオメカノイド駆除ができないかと管理局に依頼した。
アルカンシェルを撃てば、アルザスの惑星自体が消滅してしまう。
そうなれば、仮にバイオメカノイドを殲滅できたとしても、生き残った住民はどうすればいいのかとなる。
どのみち他の世界へ移り住まなくてはならないのなら、意味がない。
惑星は何とか残存させてほしいと、管理局は依頼を受けた。
アルカンシェルを使用しない場合、魔導師および次元航行艦を大気圏内に降下させ、通常兵器を使用してバイオメカノイドを各個撃破していく必要がある。
管理局はアルザス政府への返答として、大出力魔力爆弾の使用可否を問い合わせた。
バイオメカノイドが分布している面積の広さ、また個体数の多さから、爆弾を使用して一度に多数のバイオメカノイドを破壊していかなければきりがない。
また同時に、次元断層を破壊してこれ以上のバイオメカノイドの流入を防ぐ必要がある。
攻撃力の高い武器を使用しなければ、バイオメカノイドの殲滅は困難であると管理局はアルザス政府に通告した。
魔力爆弾の投下や、軌道上からの次元航行艦による艦砲射撃を行えば、惑星自体は壊れないかもしれないが地上はクレーターだらけ、穴だらけになってしまう。
焦土と化した地上を、それでも惑星が消滅してしまうよりはいいと考えられるだろうか。
バイオメカノイドを殺しても、その後に死骸は残る。しかもその死骸は金属の殻と毒性の強い化学物質を大量に含んでいる。
アルザスの地表で増殖したバイオメカノイドは、山岳地帯の岩盤に由来する炭酸カルシウムを大量に含み、水分と接触して激しく燃焼して炭酸ガスを撒き散らしていた。
フッ素を含まないのが幸いといえたかもしれないが、これによってバイオメカノイドの死骸を経由して大量の炭素がアルザスの地殻から大気に放出され、アルザス全域で異常気象が起こり始めていた。
雨が降れば、さらにバイオメカノイドからの炭酸ガス放出が加速する。
これを除去し、人間の生活に適した環境を復元するには大変に大量な作業が必要になる。
アルザスは比較的早くに次元世界連合に加入した世界であった。
元々惑星の地理的条件から、大都市は首都周辺の貿易港に限られ、ほとんどの住民は自然の中で、昔ながらの暮らしを続けてきていた。
また召喚魔法が発明され実用化されていたほぼ唯一の世界であり、希少技能保有者──レアスキルとは微妙に異なる──である召喚士の保護と技術継承の観点から、大掛かりな魔法技術の輸入も避けてきた経緯がある。
住民感情への配慮から、管理局はアルザスには大規模な戦力の配置を避けてきた。
ここにきてそれが裏目に出た形となった。
アルザスには管理世界でありながら管理局の目が届かない地域が多くあり、バイオメカノイドがまさにそこから出現してきたため、すべての対応が後手後手になってしまった。
クラナガンと違い、現地政府がバイオメカノイドの事実を詳しく知らなかったことも災いした。
少なくとも、首都の住民やアルザス政府の閣僚たちは、正体不明生物の出現を、単に野生の魔法生命体が山から里へ降りてきた事例だと当初は認識していた。
それが野生動物などではなく、異世界より現れたモンスターエイリアンであると認識したときにはもう遅かった。
管理局でもクラナガン宇宙港での緒戦の戦闘分析データを整理しきれておらず、バイオメカノイドに対する応戦方法がまだ組み立てられていなかった。
いずれにしろ、次元航行艦の到着が遅れた時点ですべては手遅れだったのかもしれない。
ヴァイスは武装局員に支給される防水防塵のミリタリーウォッチを見やり、時刻を確かめた。
午後5時を回り、日は暮れ始めている。
しかし気温は、日中よりも上がってきているように感じられる。
広がった雲が熱を溜め込み、また地表を埋め尽くしたバイオメカノイドたちが吐き出す炭酸カルシウムが水と反応して熱をさらに供給し続ける。
バイオメカノイドは変温動物の様相を呈し加熱による活動への影響が無いため、いったん熱を持ってしまうと際限なく排熱し続ける。
その熱量は、惑星全体の気温を上げるほどのものがあった。
軌道上からの観測で、バイオメカノイドはアルザスに生息する竜を狙ってやってきた可能性が高いと分析された。
アルザスでは、通常の生物よりもはるかに高出力のリンカーコアを持つ大型は虫類が生息しており、これを使役して戦闘に利用する召喚術が古くより研究されてきた。
召喚術は竜を使い魔に似た魔法生命体に変換して格納し、転送魔法を応用してこれを任意に実体化させる技術によって成り立つ。
使い魔の場合は死んだ個体への人工魂魄の注入によって作成され、能力は作成者の魔力によって上限が生じるが、魔法生命体へ変換された動物は生前の記憶を保ち、また使役者との自然言語による対話を用いて高度な制御が可能である。
魔法生命体への変換のためにはあらかじめ目的の動物を制圧する必要があるが、逆にそこさえクリアすれば使役者よりも大きな魔力を持った動物を召喚獣にすることも技術的には可能である。
召喚術では魔法生命体への変換作業を“契約”と呼び、その術式は通常の攻撃魔法に比べて非常に複雑である。
そのため召喚術を習得した魔導師、召喚士は非常に高度な専門職であるとされている。
キャロ・ル・ルシエは召喚士として類稀な才能を持ち、神職としての側面もあるアルザス文化圏においては当代きっての逸材といわれていた。
それゆえに、既存派閥との軋轢もあったと予想される。
草むらを踏みしめるブーツの音が聞こえて、キャロとヴァイスは後ろを振り返った。
管理局武装局員の略式軍装を着たギンガが、二人に向かって歩いてきていた。
ギンガの口から紡がれる言葉を、ヴァイスもキャロも既に予期していた。
こうなってしまっては、もはやとれる手段はそう多く残っていない。
第6管理世界アルザスを放棄、生存者を管理局艦に乗せて取り急ぎミッドチルダへ避難させる。
アルザスは元々人口がそれほど多くない世界なので、避難民を乗せるにはL級巡洋艦が3隻もあれば十分だろうということだ。
「沖合いに待機している空母への移送が完了したら私たちも撤退します。
ヴァイス陸曹、それまでの間あなたの班で周辺警戒をお願いします」
「了解です」
「念のため、避難民には防疫処置をとります」
「バイオメカノイドが紛れ込んでいないかを調べるんですか?」
「人間の体内に侵入していないとも限らないわ」
キャロの質問に、ギンガは顔を伏せて眉間の皺を隠した。
やりきれない無力感を、部下に当たり散らすなどもってのほかだ。
キャロにもまた、かねてより問題になっていた魔法生命体の異常増加を、管理局上層部に訴えかけても無視され続けてきたという事実があった。
自然保護隊にはその性格上、上層部に発言力を持つ幹部が少なかった。
タントやミラにしても、所詮は一介の現場隊員である。彼らが上に報告を提出しても、それが上の目に留まらなければ仕方がない。
もともと自分の担当ではなかったアルザスにおける魔法生命体の異常増加は、キャロがその事実に気づいたときには既に1年前の3倍近くにまで達していた。
生息している竜族に突然変異の個体や、異常な創傷を負って死んでいる個体が発見され、これらはいずれも死骸が酷く焼け焦げており、自然に存在する動物同士の戦闘で死んだものではないとみられていた。
何者かが──人間でなくてもたとえば宇宙怪獣かもしれない──、アルザスに侵略行為を行っていたことになる。
「調べるなら、遺体も余さず調べてください。人間だけじゃなく、動物も、竜もです」
鋭く、キャロはギンガを見上げる。
フリードはキャロの背負っているナップザックから顔を出して、低くうなるような鳴き声を発している。
「それは、もちろん──」
「竜も調べます。搬送する遺体の中に召喚術習得者がいればそれは運び出してはいけません。アルザスの外に持ち出したら、拡散を止められません」
「キャロちゃん」
ヴァイスが面を上げて、キャロの横顔をのぞく。
生まれ故郷のはずのこの世界に、彼女は何を思っているのだろうか。
この世界特有の禁忌を、キャロは知っている。そして、ミッドチルダの基準では対処できない事柄も、アルザスに限らずさまざまな世界には存在する。
そして今、管理局がアルザスでの事件に対処するために頼れる人間はキャロ一人だ。
他の住民は、ほぼ全滅してしまった。
離島などでバイオメカノイドの襲撃をかろうじて免れた小さな村落くらいしか残っていない。
管理局としてとれる作戦は、生き残った彼らを安全なほかの世界へ避難させることだ。
次元航行艦隊による殲滅作戦も、これほど大規模にバイオメカノイドが増殖してしまった状態では、惑星全域に艦を配置して一度に攻撃しなくてはならない。
物理的には可能でも、それだけの戦力を、いってみれば既に回復の見込みのない世界に割り振る事は、作戦立案上できない。
考えうるもっともコストのかからない作戦は、LZ級戦艦を1隻回航し、安全が確保できるじゅうぶんに離れた距離からアルカンシェルを撃つことである。
もしくは、旧時代の次元破壊弾道ミサイルを撃ち込むこともできる。ただしこれは質量兵器禁止の風潮が広がった現代ではとでもではないが不可能な戦法だ。
アルザス政府は管理局の作戦案に対し、嘆願書を添えて再検討を依頼する旨の親書を返送してきた。
自分たちの故郷が消滅してしまう悲しみは、理解できる。
しかし、これはアルザスだけの問題では済まない可能性が高い。
バイオメカノイドが次元断層から出現したということは、バイオメカノイドが虚数空間への次元潜行能力を持っているという証拠になる。
次元断層は宇宙のあちこちに暗礁のように点在し、自然に出現や消滅を繰り返すが、小さなものなら次元属性魔法によって作り出すこともできる。次元航行艦はとくに、魔力センサーによる探知を回避するために次元断層の中に隠れる事もある。
次元潜行は、単に航行するだけの艦船に比べて非常に高い精度での魔法制御が求められる。
バイオメカノイドは、次元間を自在に移動できる。
これが事実なら、バイオメカノイドはアルザスだけでなくミッドチルダやヴァイゼン、他のあらゆる次元世界に侵攻することが可能になる。
そしてもちろん、管理世界だけでなく管理外世界にも、魔法技術や次元間航行技術、外宇宙航行技術を持っていない管理外世界にも現れる可能性が生じる。
事実、バイオメカノイドが巣食う巨大要塞、インフィニティ・インフェルノは第97管理外世界に出現した。
大気圏外より日本列島に向かってくる未確認飛行物体が、既に発進していたE-767のレーダーに探知された。
目標の大まかなサイズや速度、進行方向を分析した後、未確認飛行物体に最も近い石川県にある航空自衛隊小松基地からただちにスクランブルが発令され、2機のF-15戦闘機が発進した。
早朝に墜落した宇宙戦艦と違い、こちらは自ら大気圏内に降下してきた。
おそらく、異星人の乗る別の艦で、墜落した艦の捜索にやってきたことが考えられる。
それでも念のため、戦闘機パイロットによる目視、またカメラによる光学撮影で確認する必要がある。
未確認飛行物体は大まかに見て細い楔のような形をしており、かねてより地球に来訪しているといわれていた異星人の宇宙船──ビュロー・シップに比べて、表面がごつごつしていて複雑な形状をしている。
大気圏内に降り、高度25キロメートルに達して速度はおよそ800km/hで未確認飛行物体は日本へ向け南下を開始した。
降下地点は日本とソ連のちょうど中間あたりの日本海上空で、このまま進んでいけば未確認飛行物体は南アルプスを縦断し、中部地方に達する。
その先には、宇宙戦艦が墜落した現場である海鳴市がある。
宇宙戦艦は何らかの手段でレーダー欺瞞や光学観測の妨害が可能であるとみられていた。
レーダーの反応はまるで雨雲を見ているように揺らぎ、あるいは透き通り、それが金属の固体であるような振る舞いを見せなかった。
過去、いわゆるUFOと呼ばれる飛行物体に対して戦闘機が向かっても捕捉できず翻弄されてしまうという事態は日本だけでなくアメリカを始めとした世界各国で何度も起きていた。
国によってはUFOに対し空対空ミサイルでの攻撃を試みたこともある。
しかし、UFOは全くそれを認めず、ミサイルは空を切って落ちてしまっていた。
今回、日本上空に現れた飛行物体が地球に訪れた異星人の乗り物であることがはっきりとわかっている。
これまでの接触事例から、宇宙戦艦側からの地球への攻撃はまずないとみられていた。
真に敵として対処するべきは、巨大無人機動要塞である。
地上からは小惑星のように見えていたそれは、全長100キロメートル、総質量30万ギガトン以上にも達する人工惑星のような物体だ。自由軌道をとって宇宙を遊弋し、進路上の惑星を侵略していくのである。
この巨大無人機動要塞から現れた戦闘メカは、異星人たちの母星にも出現し甚大な被害をもたらした。
はるかな何万光年もの宇宙を航海する技術をもつ異星人ですら対応しきれないほどの脅威である。
宇宙における危険な猛獣とも呼ぶべき存在だろうかと、対処を検討している内閣官僚たちは思っていた。
この現代における宇宙開発分野では、日本は特異な立ち位置である。
前世紀より宇宙空間の占領を拡大していったソ連、それに対抗してハイテク兵器を次々と作り出したアメリカと違い、日本は表向きには目立った宇宙兵器をつくることはできなかった。
少なくとも公式には戦争放棄を謳っている。
しかしそれは、戦わずに降参するという意味ではないことは、政府内の、特に若手の官僚たちには深く苦く思い募らせられていた。
その端緒となったのは、2005年の海鳴市での事件である。
この年は、史上初めて、日本が直接異星人の訪問を受けた年であった。
異星人たちは自分たちの世界から地球へやってきてしまった暴走兵器を破壊するため、現地政府──すなわち日本へ、便宜を図るよう依頼した。
彼らに協力していたのは日本人であった。
ただでさえ、中国香港やイギリスの工作員が多数潜伏し、防諜上のアキレス腱として内閣情報調査室を悩ませていた海鳴市である。
そこへきて異星人まで現れるとあっては、日本の、殊に自衛隊の面目が立たなくなってしまう。
西暦2005年12月24日、このときまでにJAXAおよび防衛省は運用する軍事偵察衛星、観測衛星を日本上空から退避させ、軌道平面上を見る方向へ移動させてカメラを構えていた。
さらに航空自衛隊と海上自衛隊により、近海の中国艦やソ連艦を追い払い、日本上空をクリアな状態にした。
この夜に起きるであろう出来事は、他のどこの国にも見せない。
日本だけが保有できる異星人とのコネクションを、わずかでもいいから入手する。
それがその当時の日本において急務であるとされた。
過去に起きていたいくつかの事件でも、日本ではいわゆるUFO研究というものを体系的に行ってこなかった。
所詮空想、幻覚の産物、絵空事である、という認識ももちろんあったが、それ以上に、世界の厄介な紛争ごとはすべてアメリカかソ連がやっているので対岸の火事であるという意識がぬけきっていなかった。
そんなところに現れたのが、ミッドチルダ人を自称する異星人と、そして彼らが操る次元航行艦の存在である。
彼らの出現は予期されていなかったか、あるいは示唆されていても無視されていた。
少なくとも日本においては本格的な異星人対策プロジェクトが走り出したのは2006年以降である。
2005年末、JAXAは海鳴市上空1200キロメートルの宇宙空間において巨大な重力場を観測した。
それは通常考えられる天体の質量に由来するものではないことが、観測データから示された。算出された重力場は、超新星爆発にさえ匹敵する規模でありながら、周辺の空間に与えた影響が極めて少なかった。
あたかも、爆発の衝撃波が異次元へ逃げていってしまったかのようであった。
異星人が用いたこの兵器に関する技術は最高機密に属する情報であり、地球へは知らされなかった。
しかし、日米はじめ各国の科学者たちが解析を試みた。
物理現象としては対消滅である。これはすぐに予想が立てられた。対消滅を起こすほどの反物質をどうやって作り出したのかはさておいても、予想されるエネルギー量が、非常に狭い範囲に集中して投入され、そしてその外には影響を及ぼさない。
距離による減衰以上に、エネルギーをあらかじめ決められた空間の範囲内に押しとどめる技術も用いられていることは明らかであった。
重力波が観測されたことから、異星人の持つこの兵器は異層次元制御技術を用いているとの見解が物理学者らから出された。
20世紀中ごろより提唱されてきたスーパー・ストリングス理論によれば、宇宙空間は通常人間が認識している3次元空間と1次元時間の他に素粒子以下の領域で丸め込まれた26次元の空間が存在する。
この次元にアクセスすることによって、まったくの真空からエネルギーを取り出すことが可能であるとされた。
現実的には当時の技術ではそれを再現できるだけの装置が作れなかったが、CERNが擁するLHCをはじめとして近年になって幾つも建造された大型加速器や、やはり異星人から入手した墜落した宇宙船を解析するなどして少しずつ装置の製造が行われてきた。
アメリカが開発したとされる新型戦闘機には異星人の技術が用いられている。
日本の情報収集能力ではその正体まではつかめていなかったが、今回の巨大宇宙船接近に伴い、新型戦闘機の実機が出撃しているとみられていた。
降下してきた宇宙戦艦は高度20キロメートルで日本列島上空へ侵入した。
通常であれば領空侵犯の対象となるが、今回は事情が異なる。F-15編隊は規定に従って宇宙戦艦を追尾する態勢に入る。宇宙戦艦は亜音速で飛んでいるので、ジェット戦闘機でも追跡が可能だ。
過去の事例では、大気圏内を衝撃波も起こさずマッハ10以上もの速度で飛ぶUFOが目撃されたりなどしていたが、少なくとも今回はそのような行動を見せる機体ではないことが信じられる。
「後方乱気流が感じられない」
F-15のパイロットは司令室へ報告した。
接近し、宇宙戦艦は目測で400メートル以上の大きさがあるように見える。
通常これほどの大きさの物体が飛行すれば、押しのけられた空気が強烈な乱流を生み出す。ジェット旅客機クラスの大きさでさえ、小型機を巻き込んで墜落させてしまうほどの気流が残る。
しかし、宇宙戦艦はF-15がその真後ろについても全く操縦に影響を及ぼさなかった。
何らかの手段で気流を制御し、航跡を残さずに飛行することができるようだ。
『MAD(軍事遭難信号)とIAD(国際航空遭難信号)を使用して警告を』
「了解、周波数を変えながら送る」
F-15から宇宙戦艦へ向け、領空侵犯警告が送られる。
もちろん、向こうがこちらの通信を受け取る手段を持っているとは限らない。
また何らかの信号が発信されていることを探知できたとしても、その意味するところを解せないだろう。
もし宇宙戦艦が地上への攻撃をしようとするならこちらもただちに応射しなくてはならない。
「目標は水平飛行を続けている」
『まもなく小牧のサイトに入る。管制を引き継ぐ』
「了解した、名古屋上空は晴れている、目標のシルエットはおそらく地上からも見えるはずだ」
『伝える』
高度20キロメートルを飛ぶ400メートルの大きさの物体であれば、地上からも肉眼で見える。
さらに南アルプスを越えるあたりで宇宙戦艦は高度を下げ始めた。
「下降する」
『確認した、現在セントレアと小牧は民間機の発着を止めている、支援機の発進を要請するか?』
「頼む」
『了解、追跡を続けてくれ』
降下に伴って速度はやや低下して760km/h程度になった。
宇宙戦艦はやや艦首を引き上げた姿勢で、毎秒50フィートほどのペースでゆっくりと降下していく。
降下開始からおよそ30秒後、宇宙戦艦は船体を左へ傾け、旋回を始めた。船体の軸線に対して艦尾側がまず外へ向き、それにつれて艦首が軌道の内側を向く。後尾翼式の航空機に近い動きをする。
「目標が旋回を始めた」
『予想軌道を算出する、少し待て』
宇宙戦艦に対し70メートルの距離をとり、後方と左真横にそれぞれF-15がついている。
相手の動きに対してぴったりと位置を合わせる。
未知の物体が接近すれば軍用機が迎え撃つのは異星人たちにとっても通用する常識であるかどうか、F-15に乗る2人のパイロットたちは宇宙戦艦の姿を注視する。
全体的なシルエットは旧来の水上艦艇のように見える。レールガンにも似た細い板状の砲身と、船体の中央やや後ろ寄りに配置された多数の針のような構造物はおそらくレーダーやセンサーだろう。
船体表面は光沢のある黒色に輝き、地球のいかなる軍艦や航空機とも異なる外見をしている。
『航空灯を使用して発光信号を送るプログラムを今からそちらの機に入力する。これで目標に知らせろ』
「向こうはモールスを?」
『大西洋に現れたミッドチルダ艦が米軍機に対しモールスらしきものを打ったそうだ、今向こうでも解析しているらしいが、通じる可能性はある。ミッドチルダの言語は英語に似ている』
「わかった、やってみる」
管制を引き継いだ小牧基地からF-15に向けデータが送られ、完了すると、主翼に取り付けられている航空灯を使って発光信号を打てるようになった。
モールス信号で簡単な文章を送ることができる。
宇宙戦艦が通信に電波を使用していない以上、F-15がもともと持っている通信設備では宇宙戦艦と交信することができない。
意思疎通をはかるためには機体を動かす身振りや、発光信号のやりとりが空中では使えることになる。
宇宙戦艦の左舷およそ70メートルまで接近し、F-15からモールス信号が送信された。文面は“Follow me”に続けて方位、距離。可能であれば、小牧基地の滑走路へ誘導する。
この光を艦内から見ることができていれば、こちらからの交信を受け取れる可能性がある。
岐阜基地から発進してきたF-2が、誘導のために宇宙戦艦前方へ向かう。万が一の可能性を考えて対艦攻撃能力を持つF-2を使用する。
『返信はあるか』
「いまのところ無い」
F-15のパイロットは、少年時代にハリウッド映画で見た光景を思い浮かべていた。
地球に現れたUFOに対しアメリカのアパッチヘリコプターが投光機を使って交信を試みたが、UFOに乗っていたのは侵略エイリアンであり、ヘリは一瞬にして撃墜された。
風防に叩きつけられる空気の流れが見え、高度計はゆっくりと下降方向へ針を回している。降下速度は変わらず一定で、こちらも宇宙戦艦に合わせて旋回率を一定に保つ。
Gメーターは降下と旋回が釣り合ってほぼ1Gを示し、ある種異様なほどに機内は静穏に包まれている。
もし向こうが攻撃を行ってきても、この距離ではかわせない。
宇宙戦艦の照準装置が電波を使っているとは限らない。敵戦闘機や地上砲台のレーダー電波を検出するロックオン警告装置は役に立たないだろう。
レーザー砲やビーム砲などの武器であれば、こちらは脱出する猶予さえないかもしれない。現在使われている空対空ミサイルはあくまでも現在使われている戦闘機を撃墜するためのものでそれ以上の威力は無い。
戦闘機を落とすためには翼やエンジンなどを破壊して飛べなくすればいいわけで、たとえば機体を丸ごと粉々にしてしまうような大威力の弾頭は必要なく過剰性能である。
お互いに使用する機体のだいたいの耐久力がわかっているからこそ、威力は最小限に抑えられているのである。
しかし、もしかしたら異星人の使用している戦闘機はもっと防御力が高いかもしれない。とすれば必然的に、それを撃墜するための対空兵器も威力を高める必要がある。
そのような兵器で撃たれれば、地球の戦闘機は一瞬で蒸発させられることさえありうるのだ。
「ロールが戻る、再び直進降下に移るようだ」
『確認した、方位を報告しろ』
「方位1-8-0、真南へ向かっている。このままの速度なら──いや、待ってくれ降下率が上がっている、目標が大きく減速を始めた、いったん前方に出てから反転する」
『了解、距離を取り直せ』
「どうやらこちらの通信は受け入れられなかったようだ」
『まあ仕方ない。こちらでも捕捉した、このまま降りると目標は三河湾上空へ達する』
「海鳴市か」
『どうやらそのようだ。向こうは味方艦が墜落した場所をかなり正確に特定している』
「どうする、着陸するまで付き合うか?」
『念のためだ。給油機を準備しておく、そのまま待機しろ』
「了解」
F-15の機内燃料ではあと2時間程度の飛行が可能だ。
宇宙戦艦の速度ではあと数分で海鳴市上空に達するため、ただちに着陸するのであればそれを見届けてから小松基地へ帰投することが可能だが、もし上空にもうしばらくとどまるのであれば給油が必要になってくる。
小牧基地には救難機が主に配置されているため、実戦装備を持つ戦闘機はたとえば浜松や岐阜から向かう必要がある。
F-15の速度なら10分程度で射程距離に達することができる。
空中管制機は一旦瀬戸内海に移動して宇宙戦艦の追跡を続ける。
この時点で、ソ連空軍のTu-95偵察機がオホーツク海から日本列島の東海上を南下しつつあった。
通常の偵察飛行のコースであればこのまま日本南岸に達する。Tu-95が南回りで太平洋側から海鳴市にやってくる可能性が考えられ、航空自衛隊はこれへの対処も行う必要がある。
過去のスクランブルの事例から、Tu-95を陽動にして日本海側から別の機が現れる可能性があった。
その場合、使用される機材はミグである。
「背中を刺される事態にならなければいいが」
F-15のパイロットもその可能性は考慮している。
ソ連空軍では航続距離が非常に長いMiG-25SFR型の配備を進めており、これが現れた場合、ハバロフスクから日本南岸までマッハ3以上の超スピードで駆け抜けることができる。
『日本海の警戒は続けている、情報があれば知らせる』
原因が何であれ、日本側の注意が宇宙戦艦に引き付けられている間は、ソ連側にしてみれば日本に付け入る隙になる。
ソ連にとってはUFOへの対処と同時に、日本の防空能力を確かめることも行わなくてはならない。
ある意味でお互いの予想通りに、ソ連はハバロフスクにある防空軍基地からMiG-25SFRを発進させた。
水平離陸による単独大気圏離脱が可能な熱核ロケットの利点を生かし、領空外となる高度150キロメートルに一旦上昇してからの日本縦断を試みる。
ここまで上昇すると宇宙戦艦よりも高い高度まで達するため、機体を反転させて大きく背面ロールするような姿勢で再突入を行う。
再突入時の速度は5000km/h以上にも達し、これほどの速度を追うことのできる短距離AAMはない。
地球の戦闘機もこれほどの性能を持っているのだと異星人に見せつける意味もソ連では考えていた。
大気圏高層部、高度30キロメートル以下に達したところで航空自衛隊のE-767に探知される。
MiG-25SFR型による強行偵察はこれまでにも何度か行われたが、その機体特性から日本に大きく接近することはなく、沿岸から離れた海上を、その速度性能を見せつけるような飛び方をしていた。
しかし今回は、まっすぐ日本へ向かってきている。
その目標はひとつしかない。
現在、愛知県海鳴市上空にやってきている異星人の宇宙戦艦である。
『ソ連の“Starfox”が現れた、あと5分で追いつく』
「速いな」
『全速だ。機体が熔けてもおかしくない』
超音速飛行を行う戦闘機にとって最大の壁は、抵抗によって圧縮された空気が高熱を発生させて機体の構造材を熔かしてしまうことだ。
F-104などの第2世代機の頃からすでに、エンジンパワーにはまだ余裕があっても機体強度が耐えられないために最大速度が制限を受けるというケースはままあった。
そして実際の戦闘では亜音速域を使うことが多いとわかったため、世代が下るごとにエンジンの特性は最大速度よりも中間加速に重点が置かれていった。
『舞鶴の護衛隊群が捕捉している』
「海自さんに頼るしかないか」
宇宙戦艦は海鳴市の市街地を越え、今朝がたの墜落地点を発見したようだ。
ブルーシートで隠されているが、そこにある物体の大きさやシルエットを見れば、それが自分たちの仲間の艦であることは、異星人にはすぐわかるだろう。
「墜落した艦の乗組員はどうなっている」
『司令部の話ではイギリスのPMCが保護しているらしい、海鳴はもともとやっこさんの縄張りだ』
「交渉は俺たちが出張る話でもないということかな」
『ソ連機が彼らに対しどう出るかだ』
「発砲許可は」
『オーケーだ』
F-15のパイロットは操縦席のコンソールを操作し、主翼下に搭載したAAM-5空対空ミサイルのスイッチを入れる。
現在の航空自衛隊が装備する主力ミサイルだ。
「距離60マイル、まっすぐこちらに向かって突っ込んでくる──」
真正面から近づけば、侵入機側は迎撃ミサイルのロックオンを受けることは明白である。
ましてやMiG-25SFRは既に日本領空内に侵入している。この状態では警告なしで撃たれても文句は言えないことになる。
対空警戒レーダーに、ソ連機の影が映る。猛スピードだ。
音速で表現するならマッハ4を超えるほどだ。
これほどの速度で飛べば、まともに旋回などできないだろう。ソ連機といえど現代ではフライバイワイヤを採用しているが、操縦桿はフォースフィードバックによってほとんど動かせないほどに重くなり、水平尾翼も垂直尾翼もわずかしか動かせないはずだ。
少しでも進行方向がずれてしまえば、そのまま真っ直ぐ突き抜けるしかなくなる。
「距離40マイル、目標ロックオン──」
発射ボタンに指を置く。
この距離で向かい合いながら互いにミサイルを撃つなら、こちらは反転してフレアなどによる回避ができる。しかし向こうは動けない。速度が速すぎて、旋回による回避ができない。頭からミサイルに突っ込んでいくことになる。
撃つのか、撃たないのか。
空に上がる者同士に通じる、心の駆け引き。
──交差。
F-15は右へ、MiG-25SFRは左へそれぞれロールして離れる。
旋回したF-15の正面に、空中静止状態で徐々に高度を下げつつある宇宙戦艦の姿が見えてきた。
今日の海鳴市は晴れており、空中に静止する巨大な宇宙船の姿は地上の誰の目からもよく見えるだろう。
西の青い空に、白い針のようなきらめきが見えた。
対空レーダー上では、後方へ距離75マイル、右旋回で大きく離れて名古屋市上空を飛んでいるMiG-25SFRが映っている。
方位、速度──速度、3300km/h。鋭く右へターンし、こちらへ向かって分裂した影が飛んでくる。
ミサイル。
この距離で撃つなら、R-37だ。最大射程距離110キロメートル以上、最大速度はマッハ6にも達する。
どちらを狙って撃っているか──それは距離が近づき、指令誘導からアクティブホーミングに切り替わった時にわかる。
「ミサイル接近、ソ連機がミサイルを発射した」
『確認した、こちらが攻撃を受けた。反撃は可能だ』
「こちらに向けたかどうかがまだわからない」
管制室のオペレータがわずかに言葉を止める。
「宇宙戦艦を狙っているかもしれない」
『──わかった、着弾前に空中で迎撃しろ』
「了解──」
2機のF-15はそれぞれ宇宙戦艦の前後に付くように位置を取り、高度を下げてミサイルを見上げるように機首を向ける。
宇宙戦艦に対し地球のミサイルが有効であるかどうか──核ミサイルは、機動要塞にはダメージを与えた。
だとすれば、通常弾頭のミサイルも宇宙船にはダメージが与えられる可能性がある。
海鳴の山の斜面をなぞるように上昇に転じたF-15から、AAM-5空対空ミサイルが発射される。
距離、7マイル。R-37ミサイルのロケットモーターの炎をロックオンし、真下から突き上げるように命中する。AAM-5の機動性と命中精度は世界最高峰だ。戦闘機だけでなく、敵の発射した長距離高速ミサイルも迎撃できる。
空中に小さな炎と鉄の白い粒が散り、煙を吹きながらミサイルの残骸が散らばって落ちていく。
宇宙戦艦までの距離は1キロメートルを切っていた。
砲身が動くような様子は見られなかった。また、異星人の武器は地球のものと同じような火砲の類ではないかもしれない。
もし、異星人の宇宙戦艦と地球の戦闘機が交戦するような事態になればますます厄介なことになる。
「ソ連機は左へ旋回していく、こちらから離れていく」
『了解、小松基地の別部隊に追わせる。引き続き宇宙戦艦の上空直掩を続けてくれ。総理から直接の命令が下った。戦闘機を使用して異星人の宇宙船を護衛せよ──だ』
「日本国内に受け入れるということか」
『乗組員の身柄を引き渡さなくてはいけないからな。浜松の教導隊が来てくれるそうだ、例のド派手な“ストライカーズイーグル”でな。連中が到着したら一旦小牧に降りて給油してくれ』
「了解、海鳴市上空を旋回して待機する」
宇宙戦艦はまったく動揺するそぶりを見せず、ゆっくりと降下して、墜落した艦の上空50メートルに位置を取って停止した。
現場に待機していた空自救難ヘリの乗員と、イギリス特殊部隊の隊員たちが連絡を取っている。
やがて、宇宙戦艦から数名の乗組員が降りてきて、墜落艦の乗員が避難しているPMC訓練所へ案内されていった。
空中からは、山林の上に巨大な影を落として停泊する宇宙戦艦の姿がはっきりと見える。
晴れた昼間の日光を浴びて、船体が輝いて見える。金属素材は、おそらく宇宙空間での電磁波防御を考慮して非常に反射率を高く作られているのだろう。
地球の戦闘機は視認による発見を避けるため濃紺や灰色、黒色系の迷彩塗装が施されているが、これをそのまま宇宙へもっていけば太陽光線の直射によってあっという間に熱せられてしまうだろう。
MiG-25SFR型ではその対策として、旅客機やスペースシャトルのようなあざやかな白い機体色をしている。
巨大な船体が、空中に微動だにせず停止しているのはよく考えれば異様な光景だ。現在の地球では反重力の技術など無いし、あくまでもSFの中だけの概念とされている。
空中で静止するためには機体の重量を支えるだけの推力を常に真下へ噴射し続けるか、気球のような軽い素材で機体をつくることが必要だ。
しかし宇宙戦艦は、数万トンはあるであろう金属の船体をまるで空間に貼りついたかのように停止させている。
その存在がごく自然に風景に溶け込み、それでいて現在の地球の科学力を超越した技術水準を見せ付けている。
ソ連が撃ったミサイルは幸いにして打ち落とせたが、異星人たちは、地球人同士のこの行動を、果たしてどう受け取っただろうか。
自分たちに刃向かう蛮族の行いと受け取っただろうか。ミサイル攻撃が地球人の総意と取っただろうか。
その場合、今周辺にいる自分たちも、攻撃の機会をうかがっていると見られているだろうか。
宇宙戦艦は撃たれたミサイルに対して何の回避行動も防御行動もとらなかった。
それは被弾してもダメージはないということだったのか、それとも、地球人に対して武器を向けないという意志の表れなのか。
MiG-25SFRは再び加速して高度を上げ、日本側の追尾を振り切って大気圏外へ逃げていった。
この件に対しては外交ルートでのソ連への抗議が必要だろうが、それは自衛官である自分たちが口を出す領分ではない。
武器を搭載した異星人の宇宙戦艦を領土内に迎え、日本周辺は非常な緊張に包まれていた。
時空管理局本局では、第97管理外世界に派遣したヴォルフラムからの報告と、第6管理世界アルザスに対するバイオメカノイド急襲の報告を受けて、対策案を検討していた。
管理局に与えられた権限として、次元世界各国が保有する次元航行艦を必要に応じて徴発する事ができる。
組織の性質上、管理局に常時在籍する艦は比較的小型のものに限られ、攻撃力の高い戦艦や、外征能力を持った空母などは原則として各国海軍が独自に保有するものとなっている。
国際特務機関でありどの国家からも独立した組織を建前としている以上、管理局自身の戦力というものは各次元世界の話し合いによって厳密に管理され制限されている。
ただし、その話し合いの場においても最も発言力を持っているのは首席理事国たるミッドチルダであり、そこにヴァイゼン、アルザス、オルセアなどが続いている形となる。
リベルタは安全保障理事会には参加せず独自の防衛体制を提唱しており、またオルセアの場合は加盟そのものはしているが管理局による治安維持は受け入れないとしている。
管理局システムの構造的欠点として、出資額の大きい世界の発言力がどうしても大きくなり、他の世界の意見が引きずられてしまうということがかねてより言われてきた。
定期的に開催される公開意見陳述会ではミッドチルダといえどもあくまで1票の議決権しか持たないが、しかしミッドチルダには多くの多国籍企業が本社を構えており、彼らの経済活動によって成り立っている次元世界はミッドチルダの意向に逆らえないという問題がある。
ミッドチルダに不利な投票などをすれば、経済的、外交的さまざまなルートで圧力がかかる。
このため、管理局はミッドチルダの出先機関であり次元世界支配のための隠れ蓑であると、たびたび指摘されてきた。
オルセアが管理局体制に反対し、管理局部隊の駐留を認めていない原因である。
世界の規模自体は大きいため、周辺次元世界を巻き込んでオルセアは独自の経済圏を構築しようと目論んでいる。
これとは対照的に、リベルタやアルザスなどは元々地理的にミッドチルダに近く、古代ベルカ時代から隣国どうしとして同盟したり対立したりの歴史を重ねてきた。
ミッドチルダ陣営について世界統合を行おうとする意見は古くからあった。
アルザスもまたミッドチルダとヴァイゼンの勢力境界付近に位置し、ベルカ時代にもまたミッドチルダの勢力圏にたびたび入るなど歴史的には禍根が少なくない。
管理局が大規模な艦隊派遣を行うためには、ミッドチルダの協力が必要不可欠である。
各管理世界に派遣されている管理局所属艦はせいぜいが巡洋艦どまりで、アースラのように古いL級を近代化改装しながら使っている程度だ。
新型であるXV級も、クロノが乗るクラウディアを含む30隻程度以外は、建造されたほとんどがミッドチルダ海軍に優先的に納入されている。
また、対惑星攻撃を行える大型戦艦は管理局は保有していない。多数の艦載魔力戦闘機を搭載する空母も同様である。これらはその使用目的が正規戦争であるとされ、管理局の任務には過剰な装備であるとされた。
したがって、もし戦艦でなければ対処できない事件が起きた場合、管理局はミッドチルダから艦の貸与を受けて出撃することになる。
名目上は徴発という形をとるが、実のところ権力的にはミッドチルダの方が立場が強いものである。
ミッドチルダは、今後の対バイオメカノイド作戦を主体となって行いたい旨を管理局に対し申し立ててきた。
そこには、今回の一連の事件に深く関わっている企業であるアレクトロ・エナジーを庇おうとする姿勢がありありと見えていた。
アレクトロ・エナジーには、既に管理局執務官の捜査の手が入っている。
違法な生体魔力炉製造の疑いが持たれている。さらに、同社に対する破壊工作の捜査を行っていた執務官が不審死する事件が起きている。
これで疑うなという方が無理なものだ。
管理局もまた、保有する次元航行艦のエンジンはその多くがアレクトロ社製であり、もし同社によるメンテナンスや機材の導入を受けられなくなると、艦の維持ができなくなる可能性がある。
もしアレクトロ社に対し行政処分が下るにしても、業務を行う企業そのものは存続させなくてはならない。
そうでなければミッドチルダのみならず多くの管理世界でのインフラが大混乱をきたすことになる。
そのために、ミッドチルダは先陣を切って対バイオメカノイド作戦を展開し、その事後処理も含めて主導権を握ろうとしているのだ。
今回の事件はいってみればミッドチルダがその極秘プロジェクトにおいてミスを犯したことが原因の一つともいえる。
そして、その極秘プロジェクトが明るみに出てしまえば、管理局もまた堪えがたい大ダメージを負うことになる。
選抜執務官──エグゼキューターの存在は、これまでの管理局執務官の権限を大きく超える、まさに絶対君臨者とも呼べるものだ。
装備すべき兵器は次元航行艦さえも凌駕する威力を持ち、従来のように何百人もの武装隊を動員して捜査を行わなくとも、それ“一機”だけで、標的とした組織もしくは個人を抹殺することが可能になる。
その任務の性質上、エグゼキューターの持つ力とは単なる巨大な破壊力そのものではなく、それを隠密裏に、察知されることなく執行可能だということである。
エグゼキューターが必要とされる任務は、正規の手続きを経たものではない。
それはいうなれば、定期的に人間に降りかかる試練のようなものだ。
それをはねのけ打ち勝つことができれば、人間がさらに強くなっていく。
ロストロギアという形で人類の繁栄を妨げている超古代文明の軛を振り払うために、それは必要と考えられた。
選抜執務官になる者は、あえて言えばすでに人間を辞めた者である。
角を嵌められ、街に解き放たれた闘牛である。
それは人を襲うように仕向けられながら、最後は人に狩られる運命である。
従来の管理局システムに縛られない力の執行者として、エグゼキューターは次元世界を渡り歩いている。
ミッドチルダ政府は管理局に対し、LFA級戦艦2番艦「フューチャー」をアルザスへ派遣可能であると申し出た。
同級が搭載するアルカンシェルでバイオメカノイドを確実に殲滅可能であるし、また必要とあらば大気圏内で掃討作戦を行ってもよいという。
この事態に対し、ミッドチルダの軍事的プレゼンスを発揮する絶好の機会であるとミッドチルダは考えた。
LFA級の戦闘力を実戦で示せば、他の次元世界はミッドチルダ海軍による安全保障にさらなる期待を寄せるだろうということだ。
事実上、管理局を貶める意図のある発言である。
現在の管理局には次元世界の平和を守る実力がないと言っているのと同じだ。
それは誰もが口には出さずとも、8年前のJS事件以降薄々思っていたことである。
ジェイル・スカリエッティによるロストロギア「ゆりかご」の起動と浮上は、管理局、殊更にミッドチルダ地上本部の体制の古さと機能不全を浮き彫りにした。
ミッドチルダ側からの情報がなければ地上本部は動けなかった。現場に到着したのは管理局の次元航行艦隊と、ミッドチルダ海軍の沿岸警備艦隊である。
ミッドチルダ政府は既にゆりかごの戦闘力は現代艦を相手にしては脅威たりえないと分析を下しており、外洋に出ていた艦隊を呼び戻したりということはしなかった。
沿岸哨戒などで近海に待機していたXV級だけで対処可能であると判断され、管理局艦とともに軌道上へ向かったが、結果的には管理局──“海”であるが──に花を持たせる形で止めを譲った。
このような体たらくでは、レジアス・ゲイズが熱弁していた地上本部の強化などといっても当てにできないというのは正直な感触だ。
少なくとも地上の警備においては、ミッドチルダ陸軍による対処を行うべきであると、政府内では意見が強まった。
もし管理局が外洋警備をすべて行うと宣言したとしても、それは信用できないとミッドチルダが言えばそれまでである。
少なくとも海軍としては、シーレーンの防衛をすべて管理局に任せてしまうというのは、これもまた自らの存在意義を否定することだ。
管理局はあくまでも次元世界間の紛争調停をその職務として専念すべきであり、今回の事件はミッドチルダ海軍が対処するべき、あくまでもミッドチルダ国内における問題であると、ミッドチルダの大使は管理局に対し見解を述べた。
ゆえに、アルザスに向かうなら管理局部隊としてではなくミッドチルダ海軍としてということである。
リンディ・ハラオウンは第97管理外世界より時空管理局本局に召還され、査問会に出頭していた。
今回の事件の、“表向きの”発端となった、クロノ・ハラオウン一佐が指揮する次元航行艦クラウディアの独断行動に対してのものである。
管理局側からはリンディの他に、レティ・ロウラン軍令部総長、ラルゴ・キール名誉元帥、ミッドチルダ側からは国防省幹部、次元航行艦建造を請け負っている重工業企業重役、さらにアレクトロ・エナジーのシルフィ・テスタロッサ相談役が姿を見せていた。
居並ぶ面々を見渡し、これはまさにミッドチルダにおける軍産複合体のトップ会談がセッティングされたのだとレティは察していた。
伝説の三提督のひとりであるラルゴ・キールがこの場に呼ばれているのも、彼の権威を利用したいミッドチルダ大企業の意向が働いていることは想像に難くない。
特に宇宙開発において、魔法技術は必要不可欠である。
次元航行艦の建造技術を持つ企業は、それゆえに各国次元世界政府との結びつきが強く、ヴァイゼンのように政府が直轄する研究所や設計局を持ち、官民一体となって運営が行われているところもある。
次元世界においてトップレベルの技術力を持つミッドチルダは、その豊富な開発リソースを生かし、次元の海を制圧できる強力な艦の開発を進めていた。
それと同時に、惑星上などで運用する搭乗型機動兵器の開発を試行していた。
管理局がもくろんだ、次元世界に対する死刑執行人──エグゼキューターである。
ミッドチルダの野心、ともいうべき、管理局に成り代わって次元世界の警察の称号を名乗ろうという計画である。
また現代のミッドチルダはそれだけの国力──軍事力とそれを維持するための経済基盤、他次元世界への金融や情報技術をはじめとした外交基盤──を持ち、次元世界を事実上支配する事が可能だと信じられている。
それはミッドチルダが自称するだけではなく、ミッドチルダと国交を持つ次元世界の人々が実感として受け止めていることだ。
過去の戦乱時代でも、長年にわたって続いた戦争によって最終的に疲弊していったベルカをついに下したのはミッドチルダである。戦乱時代からの世界平定は、ミッドチルダが主導して行われている。
終戦直後はさすがに管理局構想に従う素振りを見せていたが、情勢が落ち着いてはや50年近くが経過し、分裂した次元世界は同盟や連合を重ねて二大陣営に分かれ、いよいよヴァイゼンとの軍拡競争が限界に達してきた様相である。
当初よりミッドチルダ周辺が次元世界内でも先駆けて勢力圏を拡大し、辺境世界であるオルセアやヴァイゼンは近代文明の発展が遅れていた側面があった。
現代でこそヴァイゼンは政府主導の強力な開発計画によって巨大なハイテク都市が建造されているが、辺境では古い時代のままの鉱山村も多く残り、またオルセアは依然として小都市ごとに分かれた国内民族勢力の内紛が続いている状態である。
このような情勢の中で、ミッドチルダによる世界支配が進んでいく事は国際的にみて非常に危険であると、ヴァイゼンならずとも思っているところだ。
「(ミッドチルダだけじゃない、ヴァイゼンの新興軍需企業の幹部たちも──ここまでくると13人委員会さながらね)」
この査問会の会場では念話は傍受結界が張られているため使えない。
レティは黙って胸の中で独白する。
現実に次元世界に存在した影の統治機構としては最高評議会があるが、こちらは表向きには、名前だけなら管理局の組織概要にも記載されて公表されている諮問機関であり、彼ら三人が脳髄だけの身体であるという実態を抜きにすれば真っ当な組織ではあった。
次元世界において都市伝説や陰謀論などの形で囁かれる、影で世界を支配している組織というものはさまざまな形態が喧伝されている。
特に有名なのは古代ベルカ時代から続く13の諸王の家柄が大企業や財閥を支配し、次元世界各国政府に影響力を持っているとするものである。
JS事件以降、聖王の存在が公表されたことでこの論はかなり勢いを増していた。
次元世界では最も広範に布教されている聖王教会は、それだけに各種陰謀論の題材にされやすい。
もっともレティたち管理局首脳部の人間からしてみれば、それもあながち全くの妄想とは言い切れないところがある。
現実問題として聖王教会は各地に伝わる古代ベルカ時代の伝承を取りまとめる考古学研究的な事業も行っており、特に発見されるロストロギアの多くは古代ベルカ時代に一旦復元されて稼動していたものも多いことから、分野によっては民間企業よりも解析が進んでいる。
聖王教会は次元世界によっては現地政府との結びつきが強い場合もあり、旧ベルカ領周辺の世界などでは教会出身の聖職者が閣僚として国家運営に携わっているケースもある。
実質的には、カリム・グラシアを筆頭とする聖王教会本部騎士団はミッドチルダに事実上黙認された独立国軍といえる。
第97管理外世界でいえばイタリア国内にあるバチカンのようなものだ。
「クラウディアは既に第97管理外世界に接触したのですか」
「敵戦艦を追ってイギリスに降下したとの報告が1時間前に」
「やはりハラオウン艦長は我々の計画を知った上での行動をとっていると思われます」
ラルゴ・キールは革椅子に深く腰掛け、管理局礼装のマントを羽織りなおしながらミッドチルダ官僚たちを見渡した。
「ミッドチルダ海軍隷下での作戦立案に無理があったのではないですかな」
官僚たちがわずかに目を曇らせる。
ラルゴ・キールは管理局参入前からミッドチルダ海軍の名提督として戦功を挙げており、ミッドチルダにとっては無碍に扱えない人物である。そのラルゴから指摘を受けては、ミッドチルダ側としても反論がしにくい。
「乗組員名簿を改めたのですが、現在クラウディア副長として配置されておりますウーノ・スカリエッティ三佐……彼女の出自と申しますか、人格面については問題は無いのですか」
沈黙から最初に口を開いたのは、今回集まっているミッドチルダ政府の者では最も若手になる、角眼鏡をかけた国務次官だった。
レティもラルゴも、かつてのJS事件の犯人グループの一員であったウーノをクラウディアに配置するにあたっては、対外的に問題が生じる可能性は承知していた。
いかに機械を組み込んだ戦闘機人とはいえ、意志を持った個人として扱われる以上その意志を100パーセント信用するということはできない。信用を得るためには、それまでの経歴や言動、交友関係などを審査にかける必要がある。
管理局内部での事務処理上は、ウーノもその審査をパスしたことになっている。
機動六課解散直前、ウーノを含む戦闘機人11名には、思考発生器のリプログラムが施されている。
一般的な人間の思考を再現できる、インテリジェントデバイスのAIに搭載されるものと同等の思考発生器に積み替えられているのだ。
ただし機人技術そのものが市民権を得たものではない以上、技術的な検証によって安全であると証明するには難しい面があるのも事実だ。
「クラウディアの全乗組員のパーソナルデータおよび経歴については先に提出した資料の通りとなります。
ウーノ・スカリエッティ三佐はミッドチルダクラナガン出身、新暦64年にミッレミリア士官学校を卒業し管理局へ入局しています。82年4月の艦隊編成替えに伴いクラウディアへ配属されました。家族はクラナガン湾岸区に父と妹の二人がいます」
各席の端末へデータを送り、レティがウーノの身分について述べる。
ウーノの家族とされる人間が存在するのは事実である。経歴もまた、それは現在のミッドチルダにおいて事実である。
それは戦闘機人技術の開発に協力した以上、ミッドチルダ側としても認めざるを得ないことだ。
「いずれにしろ、我々ミッドチルダの主導するエグゼキューター計画が非常な困難に直面しているのは事実です。特に惑星TUBOYにおけるバイオメカノイドの発見は、これが次元世界全体の危機に発展する危険性をはらんでいます」
「わがミッドチルダとしては海軍部隊による捜索を行い、クラウディアに対する事実確認をしたい意向です」
「クロノ・ハラオウン艦長以下クラウディア乗組員に対する処置は」
「クラウディアはわがミッドチルダ政府の指揮下にありました。したがってミッドチルダ国内法に基づく軍法会議を開く事になります──厳しい処分となる可能性は覚悟していただきたい」
別の高官が、右手を挙げて発言を求めた。
「ロウラン総長、先日第97管理外世界に派遣された管理局艦ですが、こちらはクラウディアに接触できたのですか。報告では、バイオメカノイドとの戦闘により被害甚大との事ですが」
「第97管理外世界、地球上空で敵バイオメカノイドとの戦闘が発生しました。クラウディアはわが方の艦『ヴォルフラム』に対し、バイオメカノイドの存在を全次元世界へ公表すべきとの声明を発しております。
またこの声明はオープンチャンネルによりミッドチルダ、ヴァイゼンの両艦隊にも送られました」
「全次元世界への公表……──」
ミッドチルダ国防省の高官たちが、椅子に背を沈めて唸る。テスタロッサ相談役も彼らを見やり、険しく眉間をつまんだ。
これはミッドチルダ側としては絶対に避けたい事態の一つだったはずだ。
もし、バイオメカノイドが惑星TUBOYから発生していることが知られ、惑星TUBOYにミッドチルダとヴァイゼンの軍艦、企業が向かっていたことが知られてしまった場合、この事件がミッドチルダに対する非難の口火になってしまう。
惑星TUBOYと、あえて含めてもクラナガン宇宙港での戦闘までで対処しきれていればまだ言い訳はできたかもしれない。
だがクラナガンがバイオメカノイドに襲撃され、しかも主要先進国のひとつであるアルザスがほとんどなすすべなく全滅してしまった現在では、これらの事実を公表すればミッドチルダの軍事力をもってしても対抗できない存在の証明をすることになってしまう。
そのような事態になれば、管理局だけでなく、ミッドチルダもまた次元世界連合における求心力を失う。
バイオメカノイドの脅威は想像以上である。
それでも政府内では、情勢に疎い者などはまだこれを単なる小型野生動物のように捉えている。魔導師によって対処が可能であると考えられている。
しかし実際は、単体での戦闘力のみならず圧倒的かつ爆発的に発生する物量によって、次元航行艦ですら応戦困難な場合さえある。
バイオメカノイドと戦うには、人間同士の戦争のようにはいかない。
人間を相手に想定した魔法では打撃力不足であり、ましてや交戦法規の縛りがある正規戦争のようにもいかない。
持てる火力の全てを投入してやっと勝負になるかどうかというものである。
しかもバイオメカノイドは人間のように逃げたり撤退したりなどしない。いったん前進を始めたら、殲滅されるか他に優先度の高い攻撃目標を見つけない限り、その命が尽きるまで攻撃をし続ける。
クラナガンでも、惑星TUBOYでも、アルザスでも、その津波のような圧力に、管理局部隊や次元世界正規軍はまさに押しつぶされてしまっていた。
ミッドチルダやヴァイゼンが配備している次元破壊兵器は、その性能、目的からそれが実際に使用されるときとは終末戦争であるとされてきた。
この兵器を使用してしまえば世界が滅んでしまう、だから反撃にこれを使用される可能性がある戦争を仕掛ける事はできない──というのが、現在の次元世界の軍事バランスである。
それがいかなる目的であれ、次元破壊兵器を実際に使ってしまうと互いに配備している兵器の量が減り、そうすればミッドチルダとヴァイゼンの間の軍事力の均衡が崩れてしまう危険がある。
だからこそミッドチルダはヴァイゼンと共同で惑星TUBOYに向かわざるを得なかったし、管理局設立以降100年近くにわたって続けてきた二党体制をここに至って放棄し、水面下で手を結ぶことになったのだ。
艦船搭載型と違い、地上基地や次元潜行艦から発射して射程距離内の目標宙域に直接弾体を転送する戦略級アルカンシェルの場合、危害半径はまさに天文学的範囲となる。
居住惑星を、その所属する恒星系ごと吹き飛ばせる。あるいは恒星中心核などに衝撃を与え核融合を狂わせて超新星爆発を誘発させたりなどといった事も行える。
かつての戦乱時代には、各国がこれら次元破壊兵器の実験をこぞって行い、各地に甚大な環境汚染をもたらした。
現在では、艦船搭載型アルカンシェルを除く次元破壊兵器の実戦使用および発射実験、技術供与や新規開発は軍事管理条約によって禁止されている。
しかしここに至り、その破滅兵器でなければバイオメカノイドに対抗できない可能性が出てきた。
アルザスに出現したバイオメカノイドは次元断層から現れ、わずか数時間で──戦略的には一瞬と表現してよいタイムスケールである──ひとつの惑星を埋め尽くしてしまった。
これに呼応するように、惑星TUBOY宙域で生存者の捜索救助を続けていたミッドチルダ艦隊の駆逐艦が、惑星TUBOY内部にさらなる重力場の出現を探知していた。
インフェルノが発進した後、惑星TUBOY表面に現れた火山活動のように見えた噴出物は、やがて溶岩ドームのような洞穴をつくり、それは惑星内部で製造されたバイオメカノイドの搬出口であった。
惑星自体が、あたかも卵を産むように無数の産卵口を表面に出し、バイオメカノイドが次々と生み出されていた。
惑星TUBOY表面に出現した大型バイオメカノイドは、トラクタービームを放って駆逐艦を引き寄せ始めた。
インフェルノ内部でヴォルフラムに向かって放たれたものと同じで、出力はさらに強く、効果範囲も広いものだった。駆逐艦隊のうち2隻が引き込まれ、惑星TUBOYに墜落した。
駆逐艦はインフェルノ浮上直後の戦闘で撃沈された艦の乗員救助を行っており、1000名以上が乗っていた。
やわらかい岩盤にめり込むように墜落した駆逐艦は船体を潰しながら地中へ貫通していき、崩れた土砂によって埋まってしまった。
かろうじてトラクタービームを逃れたほかの駆逐艦からは、惑星が艦を食べているようにさえ見えていた。
惑星TUBOYは、地中から噴出する火山ガスが表面を取り巻き、大気圏の厚さを急激に増しつつあった。
まさに生きた惑星、惑星サイズの巨大生命体であった。
バイオメカノイドと戦った人間は、それを身にしみて実感させられる。
ラルゴ・キールは、クロノの意向に結果的には沿う形になるが、次元世界全体への協力を呼びかけてバイオメカノイドに対処すべきであると提言した。
ミッドチルダ側の閣僚たちは戸惑いを隠せない。この事件の真実が明るみになれば批判を受けるのは自分たちである。そして少なくともクロノが命令違反を犯した事には変わりは無いのだから、それに対して管理局は償いをすべきであると答えた。
「このラルゴ・キールの頭でしたら幾らでも下げますが。しかし、これは我々だけの問題では収まりませんぞ」
「そこを何とか我々だけで」
「事実ですよ。事実から目を背けてはいけません」
ラルゴの言葉を、先ほどの角眼鏡の次官が継いだ。
ミッドチルダ閣僚たちも、さすがに言葉を詰まらせる。
形式的にはクロノの親族であり第97管理外世界にほぼ唯一、公式に派遣されていた総務統括官たるリンディを矢面に立たせての査問会の形をとっていたが、実質的にはミッドチルダと管理局は互いに脛に傷をつけてしまった格好となる。
ミッドチルダも管理局も、互いに出し抜こうとすればするほど泥沼にはまる。
面子にこだわっている場合ではなく、事実を説明し、対応するべきである。
「カワサキ次官、それではわが政府からも何人か首を差し出さねばならなくなるぞ」
「それほどの覚悟でこの計画を推進していたのではないですか、われわれは」
ミッドチルダ国務省で次元世界の新たな枠組みを模索している彼は、多国籍企業との癒着が指摘されがちなミッドチルダ政界において若い新風と期待されている。
管理局で人事部を統括していたことのあるレティは、国務省の一年生官僚だった頃から、彼──アンソニー・カワサキの活躍ぶりは聞いていた。
既存の権力を恐れず、また阿ることなく己を貫く、かつてのレジアス・ゲイズを思わせるような理想に燃える青年だった。
今ではミッドチルダ国務大臣も一目置く、ロジカルかつラジカルな新進気鋭の政治家に成長していた。
「自国の軍人さえ欺いたんです、もはや管理局だけに責任を押し付けて済む問題ではありません。ハラオウン統括官、われわれミッドチルダ政府としてはまず敵の詳細な情報を共有するべきと考えます。
また、第97管理外世界への正式な訪問、現地地球政府への交渉を開始する必要があります。そうなりますと、PT事件、闇の書事件の両方において地球に赴いたハラオウン統括官が適任です。
まず地球と次元世界連合の間で連絡が必要です、さしあたっては無限書庫司書長ユーノ・スクライア氏への面会許可を頂きたい」
「高町教導官、また八神司令の両名に顔が利く彼ならば、ということですか」
「無限書庫に保有されている第97管理外世界の情報を検索します。あちらも次元世界の一つである以上、過去に他の次元世界との行き来がなかったとは言い切れません」
「既にヴァイゼン艦隊のイリーナ・M・カザロワ少将が第97管理外世界に艦を降下させています。このまま地球とヴァイゼンが衝突すれば、必ずわがミッドチルダにも飛び火します」
カリブラ・エーレンフェストがトゥアレグ・ベルンハルトに質したように、第511観測指定世界に派遣された艦の乗組員のみならず、艦長さえもが惑星TUBOYの真実を知らされていなかった。
それだけが原因とは言い切れないが、惑星TUBOY地表での戦闘、およびインフィニティ・インフェルノとの戦闘で多数の戦死者を出し、艦が撃沈されている。
ミッドチルダもヴァイゼンも、艦隊司令であるベルンハルト、カザロワ以下、ごくわずかの司令部要員にしか情報を知らせていなかった。
そのような状態では、艦長は足りない情報を補う為、それぞれの裁量で独自の行動を取らなくてはならなくなる。
そうなれば、艦隊の統率が乱れ、落伍した艦などが艦隊の指揮を離れた状態で地球と接触してしまう可能性がある。
事実、ヴァイゼン所属の巡洋艦が1隻、地球に墜落し、イギリス特殊部隊によって乗員は保護されている。
ヴァイゼンが、独自に第97管理外世界と接触を持った。墜落した艦と、その救助に向かった艦を領土内に受け入れた日本は当然、ヴァイゼンとの接触を公式に発表するだろう。
そうなれば、これまで秘密裏に工作員を地球に滞在させていたミッドチルダは激しい非難を浴びる事になる。
敵戦艦が地球に向かっているのがわかっていたのなら、なぜもっと早く情報を公開せず、現地政府の協力を求める事もしなかったのか、また現地政府に脅威を報告する事もしなかったのか。
ミッドチルダにとってはまさに足元をすくわれた形となる。
この状態で、ただ管理局だけを糾弾して済む問題ではないというのはもはや明らかであった。
「わが管理局としては渡航封鎖が解かれ次第、ただちに執務官を第97管理外世界に派遣したいと考えています。
その任にはハラオウン統括官を充てたいと考えていますが──よろしいですね、カワサキ次官?」
「問題ありません」
「しかし、カワサキくん彼女は──」
「ハラオウン家に対する査察部の調査は行われております。思想、生活記録、交友関係など全てにおいて厳重なチェックを重ね、問題は報告されておりません」
リンディの本局への帰還直後、インフェルノの第97管理外世界への出現によって渡航が停止され、エイミィと二人の子供は海鳴市に残ったままである。
彼女たちがただちに地球の現地警察もしくは軍隊に拘束されるような事態はさすがにないとはみているが、それでも、リンディとしては不安になるのは致し方ない。
レティは眼鏡をなおし、再び面を上げた。
「クロノ・ハラオウン艦長については我々の方でも呼びかけを続けます。今回の彼の行動の真意をつかむ事が重要であると私は考えています」
テーブルの上で手を組み、シルフィ・テスタロッサがレティとリンディを順番に見やる。
彼女はアレクトロ・エナジーの創業時からのメンバーであり、定年退職後も相談役として経営陣に参加している。
フェイトの実母であるプレシア・テスタロッサとは特に血縁ではないが、同じアルトセイムの出身でありまた同じテスタロッサ姓ということで、アレクトロに勤めていた頃のプレシアとは面識があった。
「ロウラン総長、これは私どもの──わが社の意向でもあるのですが、現在管理局にて編成されているエグゼキューター部隊、こちらについては既にご存知で?でなければ、改めて組織概要をお渡ししたいと思いますが」
「レティ、それは──」
リンディは小声でレティに囁いた。
管理局の人事および組織編制を取りまとめるレティの立場なら、当然、新たに部署を立ち上げる際には届けが上がってくることになる。
普通なら、新たに編成された部隊である選抜執務官の存在を、レティは知っている事になる。
「把握しております。こちらも、我々で対策部署の手配を致します」
「わかりました。宜しくお願いします」
時間にしてほんの5、6秒のやりとり。
この中に、レティとシルフィの間で交わされたのは、互いにそれぞれの組織の黒いものを抱えているのだという事を確かめ合うものである。
レティはその立場上、公開非公開を問わず管理局のいかなる組織についても──その存在程度は──知っていなければならず、またシルフィも、アレクトロ社最高幹部として、エグゼキューター計画に基づいて同社が管理局に納入している機材を知っていなければならない。
それを知らないと言ってしまえば、互いにそれぞれの組織に対する背任となる。
一見、なにげない確認の言葉のやり取りに、丁寧なやわらかい言葉のやり取りに見えて、その中にこめられたのは互いの疚しさを握り合う恫喝である。
管理局は現在、実質上のトップが空席となってしまっている状態である。
レティや、故レジアス、またそれぞれの部門の事務長官はいるが、管理局は組織としては非常に権力が分散し、トップダウン構造を避けた体制となっている。
最高評議会を例外とし、中央集権を避ける事で、次元世界各国の政府指揮下にない軍事力の存在に対する批判をかわす狙いがあった。
言ってみれば、それぞれの部門の長は自分の下にある組織全ての責任を負っている事になる。
レティには、なのはやフェイト、はやて、リンディ、そして管理局で対処にあたる局員に対し、エグゼキューター計画について説明する義務がある。
そして、それをシルフィによって確認された事になる。
そしてそれは管理局だけでなく、ミッドチルダ政府にとっても同様である。
時空管理局本局の奥深く、厳重に隔離された実験モジュールの中で、マリエル・アテンザ技官の指揮の下、大規模クラスタードデバイスの構築作業が行われていた。
通常、魔法戦闘に用いられるデバイスを、高機能コンピュータとして使用するものである。
原理としてはマルチタスクと同じであり、多数のストレージデバイスを管制人格に接続し、スーパーコンピュータとして使用する。
電源供給ケーブルと魔力通信ケーブルを組み込んだラックに、3万台以上もの魔導書型デバイスが積み込まれ、接続されていく。
無限書庫も実装形態こそ違えどこれとほぼ同じ仕組みだ。ただし、その規模は無限書庫のほうがはるかに巨大である。
8年前、JS事件解決直後の時期、無限書庫司書長ユーノ・スクライアの提言により、カリム・グラシアのレアスキルである預言の解析を主目的としてこのスーパーコンピュータ開発計画はスタートしている。
ストレージデバイスは大量の魔法を溜め込む用途から特に大規模計算に適しているとされ、これを多数組み合わせて学術計算に用いるアイデアは古くからあった。
連結されたデバイスは8台または16台ごとのユニットにまとめられ、これを管制人格AIが制御し、モジュールとして複数をスイッチによって基幹バスに接続してクラスタを構成する。
現在、管理局が構築しているものは32768台のS8C型ストレージデバイスを広帯域の魔力回線にて接続し、550ZFlopsの計算能力を発揮可能としている。
デバイスの本質は超高性能コンピュータであり、打撃武器としての筐体や戦闘用魔法を発射する魔法陣はあくまでも単なる出力装置である。
その外部出力を省き、データストリームの処理に特化させることは実装変更の範疇である。
預言解析もさることながら、このクラスタードデバイスの上で走らせる検索魔法の開発も並行して行われていた。
自然言語で書かれたデータを直接分析することで、預言だけでなくあらゆる現象を分析できるようになる。
そして現在、取り組むべきはバイオメカノイドの正体と真実を解き明かすことである。
この未知の敵に対し、管理局は、ひいては人類は、どのように立ち向かい、戦えばいいのか。
そのためにはどんな武器が必要なのか。人間が作り出したコンピュータと魔法は、人間自身の能力を超えて動き始める。
ヴェロッサ・アコースは、実験モジュールを取り囲む真空断熱ブロックの窓に手を映し、冷却装置の轟音に包まれて静かに稼動し続ける巨獣の姿を見つめていた。
3万台ものデバイスを連結した大きさは、一辺の長さが20メートルもある。フロアは空調の効果を出すために広く作られ、その中央に鎮座する堅牢なラックはまるでSF映画の中の光景のように、それぞれのチップセットごとに色とりどりの魔力光を放っている。
いくら人間が訓練を積み、肉体を鍛えても、一人の魔導師が発揮できる魔力には限界がある。
そして、一人の魔導師が処理できる魔法の術式にも限界がある。
機械は、いくらでもその大きさを巨大化させられる。もし人間も肉体の縛りが無ければ、魔法生命体のように巨大なリンカーコアを持ち、巨大な魔力を行使できるようになれるだろう。
しかし、そうなった人間は、そのときかつての自分と現在の自分を、客観的に比較できる意識を保てているだろうか。
自分のレアスキルゆえに、人間の意識の限界をいやおうも無く見せつけられる。
思考操作はあくまでも出発点であり、もし強力な魔導師の脳を見てしまい、意識に飲み込まれたら、丁度仮想空間から出られなくなったハッカーのように、意識が永遠にさまよい続ける事になるだろう。
そして、今自分の目の前にあるクラスタードデバイスは、これまでに建造されたあらゆるデバイスをしのぐ処理能力を持ち、まさに化け物のような意識空間を持っている。
デバイスはあくまでもコンピュータ、機械であると一般的には見なされているが、ヴェロッサにはそれもまた人間と同じ意識を持ち、しかし人間とは隔絶したものごとのことわりを持っている存在なのだと思えていた。
足音を感じ、ヴェロッサはゆっくりと振り返る。
「気晴らしに休憩、ですか?」
はためく白衣に、空気が揺れる。
足音の主は、白衣のポケットに手を隠したまま、薄笑いを浮かべながらヴェロッサを見やっている。
「それもあるが、司書長殿が君をお呼びでね。私も、君の意見を聞きたいと思っていたのだよ」
「僕の、ですか。自分で言うのもなんですが僕はかなりの捻くれ者ですよ」
「ぜひお願いしたいね」
肩でため息をつき、ヴェロッサは苦笑した。
この男は、良くも悪くも鎖に繋がれていない。どんなときでも自由であろうとする。
それがこの男、ジェイル・スカリエッティをして稀代の天才科学者と謳われた所以だろう。
周囲との折り合いを気にしてしまうと、心は身動きが取れなくなる。
歴史上でも、後世に天才と語り継がれる人物はどこかネジが外れたような者ばかりだ。伝記小説などは非の打ちどころのない偉人、というような書き方をすることもあるが、それはあくまでもきれいごとである。
もし何百年か後、後世になって、ジェイル・スカリエッティの伝記が書かれたとしても、ゆりかごにまつわる記述はさらりと流されるだろう。
そしてそれは、今の自分たち自身がそうしようとしている。
本局内のレストルームで、ヴェロッサ、スカリエッティ、ユーノは集まっていた。
ユーノはここ数日ずっと本局内の個室にこもって完徹で業務を行っていたので、やや目元が青くなっている。
「おえら方の具合はどうなのかね。最近、ミッドチルダの部隊がこっぴどくやられて逃げ帰ってきたと聞いたが」
先行してミッドチルダへ帰還していた駆逐艦は生存者の引き揚げを行い、できる限りの報告を行っていた。
けして少なくはない戦力を投入したはずだが、それでも敵ははるかに強大であり、ミッドチルダ、ヴァイゼンとも多大な損害を被り、このまま補給なしでの第97管理外世界での作戦継続は厳しくなってきている。
ヴェロッサはいつものように、テーブルにチーズケーキの包みを広げた。
「実はそれです。ミッド政府とうち(管理局)の話し合いの結果、今回の事件の元凶──バイオメカノイドの存在を、次元世界連合および第97管理外世界へ情報公開を行うことが決まりました。
それで、我々にやってもらいたいのは分かっている限りの資料をとにかく手あたり次第集めてくれということだそうです」
「簡単に言ってくれるね。まあしかし、そういう方向だったら僕としては願ったり叶ったりだ。この件は管理局全体で取り組む必要がある」
「随分調子がいいな。ここに高町君がいなくて幸いだったね」
ヴェロッサはソファに背を静めて姿勢を低くし、無精ひげにこけた頬で笑みを浮かべるユーノを不敵に見上げる。
バイオメカノイドとの戦闘によってミッドチルダや管理局の艦隊が大打撃を受け、しかも市街地での戦闘が発生したことで市民にも大勢の犠牲者が出ている。
こんな状況で、研究が解禁される、予算がたくさんつく、といったことを馬鹿正直に喜ぶそぶりを見せては、現場で戦っている人間にとっては怒りさえ覚えるだろう。
ヴェロッサと向い合せに座ったユーノの隣で、スカリエッティは相変わらずの調子でゆっくりと紅茶を啜っている。
「ところで、査察部の方では私には何か話はないのかね。ミッド政府のおえら方連中の喧々囂々具合だと、ウーノの身辺も突っ込まれているのではないのかね?」
「それについては僕らが良しと言えばそれで。彼女自身、家族が居るのは“嘘ではない”ですからね」
「しかしまあよくも探し出したものだ」
ふん、と鼻を鳴らし、スカリエッティはちびちびと紅茶のカップを口につけている。
「その様子だと、私の出自、テスタロッサ博士の出自についてもおおよその調べがついているのだろう」
JS事件の際、ヴェロッサは戦闘機人ウーノたちに思考捜査を行っている。
そこから得られた情報をもとに、管理局情報部では各地の次元世界において、アルハザードの由来にまつわる情報──これはスカリエッティ自身のルーツをたどることでもある──を集めていた。
かつての最高評議会が、どこからアルハザードの真実にたどり着き、スカリエッティを擁して戦闘機人計画を進めるに至ったのか。
スカリエッティ自身が自分の生まれについて詳しく知っているわけではないので、彼の出生当時──少なくとも180年は遡ることになる──に存在した組織でそのような研究を行っていた可能性のあるものを、資料を改めていかなくてはならない。
戦闘機人技術は、スカリエッティ以前のものはあくまでも部分的なサイボーグにとどまっていた。
人体を含めた生物の肉体は常に新陳代謝によって細胞が入れ替わるものであり、いったん埋め込んでしまうと自然消滅や再生成が起きない機械は、人体にとっては異物となってしまう。
スカリエッティが最高評議会に対して提出した研究報告は、人体の幹細胞を調整することで機械部品に対する拒絶反応を緩和するものだったが、これはあくまでも間に合わせの発想であった。
本来の戦闘機人技術とは、生命体と機械体の融合である。金属で出来た血肉、あるいはタンパク質でできた機械。それらを相互に互換可能とするのが目的である。
それはまさに、惑星TUBOYで発見されたバイオメカノイドそのものであった。
「ミッドチルダ政府は驚愕しただろう。自分たちが追い求めていたのがどれほど強大で、そして恐ろしいものであったのか。
神話や伝説などというのは往々にして人間の願望が入り込む。神というからには全知全能であるはずだというのは思い込みだ。実際には、それは非情で俗なものなのだよ」
現代のミッドチルダだけでなく、ゆりかごと聖王が持つレリックウェポン・システムをはじめ、古代ベルカなど様々な時代、世界で生命融合機械が研究されていたのは、それらが同じ一つの伝説を起源にした資料を基にしていたからである。
それが、次元世界人類がアルハザードと呼ぶ未知の次元世界であり、そしてそれは新暦83年の現代になって、第511観測指定世界『惑星TUBOY』として発見された。
伝承は、人から人へ伝わるうちに変化していく。何百年も、何世代もを重ねていけば、次第に抽象的に、おぼろげに変化していく。
アルハザードは、失われた数々の魔法技術が眠る場所とされていた。
そこに眠る技術を使えば、死んだ人間さえ蘇らせることができる。
また、生命、そして時間、さえあやつることも可能であるとされた。
たしかにアルハザード(とされる場所)には、魔法技術があった。現代の最先端魔法科学でも実現できていない数々の技術があった。
しかしそれは、おおよそ、人間に歓迎されるような代物でもなかった。
そこは、目指してはならない場所だったのかもしれない。
惑星TUBOYに眠る技術は、やがて人間を人間でなくしてしまうだろう。
戦闘機人技術が、アルハザードのオリジナルによって完全に実用化された場合、それは戦闘機人が子孫を残すことを可能にする。
現時点では、スバルとギンガの二人、またナンバーズ9名、彼女たちから産まれるのは普通の人間であり、その体内には機械部品などもちろん無い。受精卵がいくら細胞分裂してもできるのは普通の人体であり、機械部品は組み込めない。
しかし本来の戦闘機人から産まれてくるのは戦闘機人の赤ん坊である。生まれたときから機械が体内にあり──言い換えれば機械の肉体を持っており、機械部品も肉体と同様に成長していく。
外見以外は、もはやバイオメカノイドと全く同じ生態といえる、とスカリエッティは述べた。
「ナカジマさんにとっては、受け入れ難いことでしょうね」
「最高評議会の御三方にも同様に、だろうね。私の上げた報告の中でそれだけは却下されたよ」
結果として、スカリエッティは通常のサイボーグの延長上の形態を持たせてナンバーズを製造した。
試作した戦闘機人の素体も全て破棄し、それは完全に破壊されている。
スバルとギンガの二人──“タイプゼロ”を製造した組織の施設に管理局の捜査員が踏み込んだ時には、既に製造設備は破壊され失われていた。
生体融合機械を、これから新しく製造することは不可能になったと思われていた。
しかし、惑星TUBOYがあった。
そこには、今も生体融合機械たるバイオメカノイドが棲息し、外宇宙へ向けて動き出す準備を着々と整えていたのだ。
次元世界人類はそれを見つけてしまった。そして、目覚めさせてしまった。
確かにそれは危険なものだった。
だがそれならなぜ、人はアルハザードを目指していたのだろうか?
アルハザードについて研究を進めていく限り、たとえミッドチルダやカレドヴルフ社が手を出さなくても、いずれ惑星TUBOYは発見された。
そしてバイオメカノイドは次元世界人類の存在を知り、人類を絶滅させるために動き出しただろう。
仮にそのようなアルハザードの実態が伝承されていたとしたなら、絶対に手出ししてはならない禁断の世界、というふうになるはずだ。
どこかで伝承が変化したのか、それはもはやわからないが、少なくとも多くの冒険家が夢見るような理想郷でないことだけは確かだ。
「確かにPT事件以前にも、アルハザードを目指した魔導師はいました。それらの試みの多くは成果をあげることはできませんでしたが、いくつか、アルハザードを目指す手がかりは少しずつ得られていました」
「宇宙探査機#00511号の打ち上げとはどちらが早かったかな?」
「00511号は新暦75年の打ち上げです。丁度、機動六課が設立されていた年ですね」
「君は知っていたかね?」
「いいえ、その当時は特にこれといったニュースもありませんでしたので。宇宙開発に対する市民の関心も薄かったでしょう」
ヴェロッサの言葉に、ユーノは腕組みをして薄笑いを浮かべた。
実際はこの当時既に、高町なのはを含む管理局戦闘魔導師たちと、ユーノは距離をとり始めている。
「まあ、00511号を含む新暦75年の探査機打ち上げは、少なくとも学会では期待を持たれていたようだよ。ボイジャー台長もよく知っている」
ミッドチルダ国立天文台のクライス・ボイジャーは、ユーノと共に00511号の観測データ分析を行い、第511観測指定世界が発見される契機をつくった。
ボイジャーの観測と、ユーノの資料捜索で、ミッドチルダにおける外宇宙探査はここ数年でひそかに、そして大きく前進していた。
「ゆりかごのことだが」
ユーノの言葉を受けて、スカリエッティが口を開く。
彼自身、JS事件は自分の楽しみのためだったと言いきっている。
ゆりかごそれ単体で管理局やミッドチルダを制圧できるとは考えていなく、次元世界人類がいまだ知らないロストロギアの真実をもし人々が知ろうとするならこうなるのだということを知ってもらい、興味のある者たちの研究参加が増えれば幸いだと、言った。
是非はともかく、ゆりかごの復活と浮上は管理局のロストロギアに対する認識を大きく改めた。
あくまでも古代ベルカ時代の魔法アイテムというイメージだった従来のロストロギアに対し、その背後には現代の次元世界人類の技術水準をはるかにしのぐ、超古代先史文明が存在するのだという説が非常な現実味を持って浮上してきた。
管理局の古代遺物管理部──特に著名な機動六課以外にも一課から五課までのタスクフォースを持っている──は、ゆりかごの復活によって、それまで仮説の域にとどまっていた超古代文明の存在を確信したと報告していた。
ゆりかごは、古代ベルカ当時においてさえその全容が把握されていなかった。
確かに当時としては世界最強を誇る戦闘艦であり、多くの次元世界軍を撃破した歴史がある。純粋な戦闘力だけなら現代次元航行艦には譲ってしまうが、実際、JS事件当時に発揮した性能がそのすべてだというわけではない。
実際には、ゆりかごは生体融合機械を格納する輸送船のようなものだ。
そのため、武装は“自衛用の最低限のもの”しかなく、ガジェットドローンはあくまでも積み荷である。
搭載されるレリックは単なる動力源であり、それを聖王家が人体強化に転用しただけだ。
そして、レリックは古代ベルカ人が特に手を加えなくとも、発見されたそのままの状態で、人間を強化できる機能を持っていた。
すなわち、レリックを製造した文明は、この一見無機物のように見える魔力結晶を、生体融合機械に適応するように設計したということである。
彼らは、現代の一般的な人類──ホモ・サピエンスと同じ外見をしているとは限らないかもしれない。
それこそ本当に、バイオメカノイドのような種族だったのかもしれない。
超古代先史文明がなぜ滅びたのか、その正確な理由は分かっていない。
ただ、各地に残されている1万〜2万年前の地層に含まれる物質を分析した結果、全宇宙規模の星間戦争が行われていた可能性が高いとみられていた。
ゆりかごが浮上する前ならば、それは神話に語り継がれるうちに描写が誇張されていった、おとぎ話のようなものと一笑に付されていたかもしれない。
しかし、JS事件によってそれがおとぎ話では済まない可能性が出てきた。
第97管理外世界にも、たとえばアトランティスやムー、ヤーマーラナなどの、いわゆる古代核戦争説を示す伝承は残っている。
当時の次元世界が、現代人の想像をはるかに超える科学技術を駆使し、宇宙戦争を行っていた可能性は否定できない。
「聖王家でも手を加えることができなかった部分がある。そこの分析を私のところではこれまで進めてきた──古代ベルカ人が、あの船を発掘して使い始める前のものをね」
「魔力残滓の分析で?」
「半減期が短すぎて使えない。放射性元素年代特定法では、1万4千プラスマイナス1500年という結果が出た。年代的には合致する。
第97管理外世界に伝わる伝承では、宇宙からやってきた神の船という記述を数多く見ることができる。これが我々の考える次元航行艦ではないとは、あながち言い切れないだろう」
「ゆりかごはかつて第97管理外世界にも進出したことがあると」
「可能性は高い。そして、聖王家が自分たちのクローニングに用いていた装置も、これも彼らが独自に開発したものではない。ゆりかごにもともと備わっていたものだ。
これは現代の技術をもってしても再現不可能だ。ゆえにロストロギアに該当した」
「解析、復元のめどは?」
ユーノの質問に、スカリエッティはテーブルに肘をついて口元を歪めた。
「できあがるものの“姿かたちにこだわらなければ”すぐにでも可能だ。何しろ現在稼働している現物が見つかったのだからね」
その言葉に、ユーノもヴェロッサも神妙に、見つめ合い沈黙する。
互いに向け合う表情に、現代の次元世界人類が恐るべき禁断の扉を開けてしまったという事実の実感がにじみ出ている。
聖王家が、生命操作のために用いていたレリックウェポンは、バイオメカノイドの製造システムと全く同じであった。ゆりかごに残されていたバイオメカノイドの孵卵器(インキュベーター)を、人間に転用したのだ。
「第511観測指定世界に、すでに準同型艦の存在が多数発見されている。
昨日、ミッドチルダ海軍のトゥアレグ・ベルンハルト少将の署名入りで正式な報告書が時空管理局本局に届いた。現在同世界において遭難者救助と惑星TUBOYの監視を行っている艦から、同惑星内部で多数の艦艇が発進し、そして建造されつつあることを観測した」
「アルザスを襲ったのも」
「おそらくその可能性が高い。彼らは惑星TUBOYの資源をほぼ使いつくし、新たなエネルギー補給の必要に迫られているはずだ。
今の状態では、どこの次元世界に突如出現してもおかしくない」
アルザス政府の依頼に基づき、ミッドチルダ海軍は空母機動部隊の出撃を決定した。
管理局からの、大規模な艦隊出撃はひかえてほしいという要請をおしての出撃となる。
戦略級次元破壊兵器の使用ができない以上、惑星全体に広がってしまったバイオメカノイドを掃討するには空母艦載機および艦載魔導師による航空攻撃しかない。
通常のタスクフォース8個艦隊に相当する、空母8隻および巡洋艦32隻、攻撃型次元潜行艦16隻の艦隊がアルザスに派遣されることになった。
この時点で、アルザスが完全にバイオメカノイドに覆われる前に対処することは不可能となり、ミッドチルダ艦隊の到着は年明けになるとミッドチルダはアルザスおよび管理局に通告した。
「選抜執務官にとってはまさに格好の事件だろう。旧来の防衛体制で対処が不可能な事件に対し、その力を誇示する。
ミッドチルダとしても本当に空母部隊をぶつけるつもりは無いのだろうね」
「アルザスの世界は」
「惑星自体は残るだろうが、はたして住めたものかね。テラフォーミングで環境を修復するよりも、そこで生存できるように遺伝子改良をした方が手っ取り早いと私は思うね」
いかにもスカリエッティらしい言い分である。
しばしため息をついて茶菓子に手をつけ、やがてヴェロッサの携帯電話が鳴った。
右手に通信ウインドウを出すと、次元航行艦隊司令部からの入電だった。
ヴェロッサとも顔なじみの、いつもの若い女オペレータの顔が映る。
「アコース査察官だ。どうしたんだい?」
「管理局近衛艦隊所属、ヴォルフラムより入電です。現在次元間航路を航行中、本局への到着予定時刻は明朝0730とのことです。
それから──、ヴォルフラム艦長八神はやて二佐が敵バイオメカノイドとの戦闘で負傷し意識不明の重体、シグナム一尉以下ヴォルケンリッター4名、全員──戦死と」
慄いた声色で、オペレータはヴォルフラムからの報告をヴェロッサに伝えた。
ユーノもスカリエッティも、報告の内容を理解し、神妙に通信ウインドウを見つめる。
「それは確かか」
「はい。指揮を代行しているエリー・スピードスター三佐からの報告です」
「わかった。レティ提督にもよろしく頼む。ご苦労様」
「はい──」
通信を閉じ、数秒ほど息を詰め、やがてゆっくりと吐き出す。
痛恨の損失である。
はやてとヴォルケンリッターは、元機動六課メンバーの中では最大の戦力であった。
なのはとフェイトの二人もかなりのものだが、単独での総合戦闘能力でははやてが群を抜いていた。
襲い来るであろう大量のバイオメカノイドを相手にして、はやての広域殲滅魔法が大きな力になると見込まれていたが、その選択肢は使えなくなってしまった。
「──マリーに連絡だ。クラスタードデバイスで闇の書の解析作業を再開する」
ユーノは腕を組んで口元を隠し、眼鏡の奥で眼光をきらめかせた。
「八神二佐以外にも夜天の書を使えるようにするのかね?」
「守護騎士システムの再起動をする。デバイスとしての能力はこちらのものが闇の書を超える。はやてには悪いが──これはチャンスだ」
夜天の書は、現在はやてが持ち、ヴォルフラムに搭載されている。
しかしすでに、はやての協力によって大半のデータをバックアップすることに成功していた。
データそのものはコンパイルされた機械語の術式プログラムだが、それを走らせるための実行環境はほぼ組み上げられている。あとは実際にプログラムを走らせ、起動することを確認すればよい。
「術式の読み込みは5分でできる。必要ならヴォルフラムが到着してから人工魂魄のリッピングとデクリプトを行いデータを吸い出す」
本来の守護騎士システムは、魔法によって作成されたプログラム生命体であり、そのプログラムが走るハードウェアさえ無事ならば何体でも作り出せる。
もちろん4体だけとはいわない。魔力さえ供給できるのならコピーを取ることもできる。
闇の書の破壊に伴い、再生能力を失いつつあったヴォルケンリッターだが、今、それを新たに再構築することが可能になった。
そのデバイスは管理局が新たに建造したものである。
ユーノが提案したクラスタードデバイスシステムは、闇の書を超える大型大容量デバイスをつくり、闇の書に備わった独自の機能を現代の技術で再現することを目標にしている。
再現が可能になれば、それは失われた技術ではなくなり、闇の書はロストロギアではなくなることになる。
そして同時に、闇の書が幾千年にもわたって続けてきた次元の旅の過程で得られた、ロストロギアをこの世に遺した超古代先史文明の手がかり──それをも、入手することができるだろう。
管理局の技術者たちが点検をしている実験モジュールのフロアの中には、数えてきっかり3万2千7百6十8冊もの魔導書が収められて巨大なスーパーコンピュータークラスターが構成され、それは闇の書に生まれ変わる。
第97管理外世界から虚数空間へ移動したヴォルフラムは、本局まであと10時間で到着可能な位置までたどり着いていた。
バイオメカノイドによる追尾もなく、ひとまずは無事に帰れそうである。
当直に立っていたルキノに、医務室からの緊急コールが届いた。
「こちら発令所、モモさんどうしました?」
「大至急、副長をお願いします!艦長が、八神艦長が──!」
切迫したモモの声に、ルキノは胸が絞まり、全身から血の気が引くのを感じ取った。
「わかりました、すぐに向かいます!ポルテ、副長を起こしてください!緊急事態です!」
「は、はいっ!」
フェイトとともに医務室に向かったエリーは、装置に立てられた治療ポットを見た。
5台のポットには、はやてと、ヴォルケンリッターたちが入っていたはずである。
「これは……」
そこには、空のポットがあった。
左端に、はやてが入った小さなポットがある。
しかし、残りの4台のポットには、何も入っていなかった。
透明な魔力溶液だけが、静かに揺れていた。
何も無かったわけではない。ヴォルケンリッターたちが着ていた管理局制服──騎士甲冑を装着したまま意識を失ったため脱がせることができなかった──が、服だけの状態でポットの中で揺られていた。
これが示す状況とは、ヴォルケンリッターの肉体が完全に消滅してしまったということである。
ヴィータが入っていたはずのポットには、うさぎのぬいぐるみが縫い付けられた帽子が、ポットの底に沈んでいた。
フェイトは言葉を失い、ひざが崩れて、その場にへたり込んでしまった。
何度も死線をくぐってきた戦友であった。かけがえの無い人間であった。
消えてしまった。
死んだ──そう表現していいのかわからない。
彼女たちは、人間になりつつあったはずだ。人間と同じように、言葉を交わし、心を通じることができた。
共に笑い、共に訓練し、共に戦ってきた。
それは人間であったはずだった。
「そんなっ……モモ軍医、いったいどうして、凍結できていたはずじゃ……」
「わかりませんっ、ほんの、ほんの1分もしてないんです、消毒薬の片づけをしてて、それでふと見たら──」
「──フェイトさん、見てください。ポットには誰も触れていません、スイッチは入ったままです。生命維持装置は動き続けています」
「じゃあっ、どうして」
「──考えられるとすれば」
言いかけて、エリーは言葉をつぐんだ。
これはそのままフェイトには言えない。
考えられる可能性としては、はやてが自ら守護騎士システムをシャットダウンしたということである。
守護騎士がその行動に支障をきたすほどの重大な損傷を受けた場合、プログラム生命体は肉体を新たにつくりなおすことが可能である。
実際、過去の闇の書として活動していた時代にはそれはごく当たり前に行われていた。
人間の魔導師なら不可能である、帰還を前提としない特攻作戦を行い、肉体が破壊されても、主の魔力があるかぎり何度でも復活できる。
そういう戦い方を、過去のヴォルケンリッターたちは経験している。
しかし、闇の書事件によってその機能は失われたはずだった。
今のヴォルケンリッターは、その外見とおおよその肉体は、人間と変わらなくなってきているはずだった。
それでも、目の前で起きたことは事実である。
「──定時報告の時間です。本局へ報告を──殉職者を4名、追加します」
エリーが重く告げる。フェイトは何も言えなかった。
治療ポットの中で魔力溶液が揺れる、かすかな水音だけが、ヴォルフラムの医務室に漂っていた。
エリーははやてのメディカルチェックをやり直すようモモに言い、報告書の再作成に取り掛かった。
はやての容態は今のところ安定しており、リンカーコアの出力はやや回復している。
それが肉体の治癒によるものか、ヴォルケンリッターの存在を維持するための負荷がなくなったからなのか──は、はやてのみぞ知るところである。
治療ポットのカプセルの表面をそっとなで、エリーは胸の中ではやてに呼びかけた。
意識を失っている状態では念話も通じない。そっと、はやての貌を見つめる。
ここからどう、立ち上がるか。
バイオメカノイドは、肉体なしにリンカーコアのみで生きる可能性を自分たちに示した。バイオメカノイドの声を聞いたのは、エリーとはやての二人だけである。
この状態からどうやって命をつないでいくか、はやてならどう考えるだろうか──エリーは、胸の詰まる思いだった。
管理局に勤め、戦闘魔導師として前線に出る人間で、その時が来ることを考えない者などいない。
毒吐きのスピードスターとあだ名されたこともある、裏腹に心に仮面を被っていた自分を、はやては気にせず迎えてくれた。
忌憚なく、腹を割って話し合える友人だった。
2つ違いの後輩だったはやてを、ずっとずっと見ていた。
それなのに、今、考えを思い浮かべることができない。
心が通じるなどというのは幻想だったのか。うわべだけの関係だったのか。
そんなことはない、と、強く想う。
八神家のパーティーの思い出、士官学校の同期会で遊び明かした夜の思い出。同じ寮の部屋で、寝食を共にした思い出。毎晩、消灯時間になるまでずっと勉強していた。
ずっと、はやてを見ていた。
今ここから、どうやって、よみがえる。
はやては絶対にあきらめていない。
夜天の書は健在である。新たな主を探して転生を始める気配は無い。
はやてはまだ、生きている。
そして、守護騎士システムも、生き続けている。
それは希望であると同時に、生きようとする意志がときに死よりも恐ろしいものを生み出してしまうという現実を、この世に見出しつつあった。
ヴォルフラムからの報告を受けて、管理局ではクラスタードデバイスによる闇の書復元プログラムを起動させる。
次元世界人類が建造した史上最大の儀式魔法である。
これを使えば、はやての命を救い、シグナムやヴィータたちの命をよみがえらせることができる。そして、バイオメカノイドに打ち勝つ事ができるだろう。
しかしそのとき、人間が人間の姿を保っている保証は、無い。
第13話終了です
スカさん登場!野郎三人組でスイーツ食べるの巻
ユーノ君だって20代後半ともなればヒゲくらい・・・髭くらい・・・アワワワワ
あれ?そういえばウーノ姉様の稼働開始は新暦51年・・・ということは83年時点では・・・
いやいやいやウーノさんじゅうにさいとかそんな熟れきってそんな
・アンソニー・カワサキ国務次官・・・川崎飛行機三式戦闘機(連合軍コードネーム「トニー」)
・シルフィ・テスタロッサ・・・日産ブルーバードシルフィ(日産プレセアの後継モデル)
会議シーンってわくわくしますよねー
ではー
乙ー
やはりこういうとき上層部はオタオタするのが仕事なのね
それにしてもこの調子じゃロストロギアはどんどん解明されてきそうだ
その時まで人類が生き残れるかわからんが
乙
石川県にも空自基地が…きっと兼六園が配備されているんですね
そして海鳴は愛知県ですか
アレクトロ社といい某電力といいインフラ系企業は厄介ですね
保守兼ねて
∧l二|ヘ
(・ω・ ) おいらをどこかのスレに送るんよ
./ ̄ ̄ ̄ハ お別れの時にはお土産を持たせるんよ
| 福 | |
| 袋 | |,,,....
 ̄ ̄ ̄ ̄
現在の所持品:シュールストレミング、メダルの器ウヴァさん、童貞、ガイアが俺にもっと輝けと囁いている拝聴券、
PGジュアッグ、ROBOT魂カルバリーテンプルヘルミーネ、ヌカランチャー、ウェンディーズバーガー倍額クーポン、ジン(種)
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お久しぶりのLBです。30分後に投下開始します。
状況開始と書いて「これがホントの全力全壊! 鬱フラーグ――」と読む。
海鳴臨海公園にそびえ立つ時計塔が、朝の六時を少し回った頃。
有明月の見える紺碧の空で、二色の魔力光が幾度となく交錯していた。
片や、見慣れた桜の光。弱冠八歳にしてAAAランク並の天才砲撃魔導師、高町なのは。
片や、眩い金の光。なのはと同レベルの実力を持つ高速戦魔導師、フェイト・テスタロッサ。
魔弾が奔り、砲撃が空間を抉り、桜の粒子と金の電撃が舞い踊る。
杖同士がぶつかり合い、桜色の障壁と金色の刃がぶつかり合い、しかし終着はまだ見えず。
決戦を迎えた二人の少女は、蒼い画用紙に優美な軌道を描き続ける。
セラの初めて見る、本格的な魔導師戦闘。
ペース配分を完全無視した、掛け値なしの全力であった。
作戦会議の結果、セラはなのは達の戦闘に立ち会う事となった。
プレシア確保の切り札としては、クロノの方が認知が高かったのもある。つまりセラは伏兵役だ。
朝方に公園まで転移、家から走ってきたなのは達と合流した直後にフェイトが出現。
そのままなし崩しにユーノの結界展開から戦闘までなだれ込み、現在に至っている。
「ところで」
双方が動きを止め、一時膠着状態へ入った時。
フェレット形態のまま、ユーノが口を開いた。
「管理局とはもう話が済んだんだよね?」
「はいです。協力関係を結ぶことになりました」
同時に、フェイトについても最新の情報を教えてもらった。
悲惨な話だとは思う。別途で思うところもあったが、仮定の話なので大して考えなかった。
アースラ側でこの情報を知らないのは、またもやなのはただ一人である。
「じゃあ、いざって時は」
「任せてください」
小さく笑う。そのためにここへ来たのだから。
因みに、なのはに対し戦闘関連のアドバイスをしていない。というより、悔しい事にできなかった。
実力云々以前に、自分となのはの戦闘スタイルを比べて、殆ど参考にならないと判明したためである。
D3と誘導弾の“自分の意思で動かす”という共通点から何とかなるかとも考えたのは本当に甘かった。
重力操作と魔力操作の差は、魔法士と魔導師のそれと同じ位根本的なものだったのだ。
遠距離戦闘型でもこうまで違うのか、と痛感したセラであった。
「さっきから気になってたんだけどさ」
傍らで魔導師戦闘を眺めていた橙色の狼が、不意にこちらを向いた。
「あんた、一体誰なんだい?」
「え? あ、えっと……」
問われて、気づいた。
自分は一度ならず見ているのだが、いずれもジュエルシード暴走の現場から離れたところにいた。
まともな面識など、ないに等しい。
(情報制御を感知)
返答に困っていると、戦闘に新たな動き。なのはがバインドで拘束されたのだ。
「ライトニングバインド……まずい! アレを撃つ気だ!」
「アレって、何ですか?」
向き直ったアルフへ問う。情報制御のレベルを今までの魔導から比較すると、大技の準備であることは分かる。
「フォトンランサー・ファランクスシフト……貫通魔力弾での一斉射撃さ!」
言っている内に、その通りの布陣が整っていく。
魔力弾を射出するスフィアを、魔法士には一切不要の“詠唱”によって魔導の発動を補助し、次々と生成――その数38基。
ただ38発撃つのではなく、スフィアから連射すると見ていいのだろう。
なのはもバインドを解こうとしているが、間に合いそうにない。バインド自体にも何らかの仕掛けが施してあるようだ。
「……確かに、あれは厄介ですね」
回避・迎撃が難しいとなれば、防御しかない。自分はともかく、なのはには厳しいだろう。
I-ブレインの空間知覚からユーノがこちらを向いた事に気づき、視線を合わせる。
一目でユーノの心情を理解し、静かに首を横に振る。
「アンタ……助けに行かないのかい!?」
一連の動作を見抜いたのだろう、アルフが詰問してきた。
「わたしは、なのはさんを信じます。……それに、割って入ったらなのはさんが怒りますよ?」
「で、でもさあ……!」
ユーノは何とか感情を抑え込んだものの、アルフが食い下がる。
「フェイトさんも非殺傷設定みたいですし、そんなに心配しなくても……」
セラとしては戸惑う他ない。
何を焦っているか分からないが、セラは“双方大怪我をしなければそれでいい”と思っている。
D3はこっそり周辺へ展開してあるため、いざという時も対処できる自信がある。
……これも、“魔法士と魔導師の差”でしょうか……?
ちょっと違う気がする。
では何だろうと考える暇もなく、フェイトの魔弾が射出される。
金色の雨が、未だ動けないなのはへと殺到し、複合防御魔法が展開され……すぐに見えなくなった。
4秒間の掃射、合計1068発。最後は残った数発分を集めて、大型魔力弾として撃ち出した。
誰もがなのはの敗北を予感し、息を呑む。ただ一人、セラを除いて。
セラの質量探知能力は、全て把握していた。
なのはが防御した弾数も、直撃を受けた数も。魔力が飛び散ってできた粉塵の中で、何が起きているのかも。
「無茶しますね……“二人とも”」
直後、フェイトが桜色のバインドに拘束される。
魔力の塵が晴れ、あらわになる砲撃魔導師。
ある程度までバリアジャケットを修復した、なのはの姿だった。
第九章 それは少女が為にあらず
〜Mother and Daughter〜
結論から言って、なのはの逆転勝利だった。
反撃のディバインバスターを防いだまではいいものの、消耗して回避行動を取れなかった時点で詰んでいた。
苦手な防御で更に疲弊したところをバインドで拘束し、なのはが再チャージ。
何とか右腕だけ自由になり、複合での全力防御を行ったフェイトだったが、放たれたのは集束砲撃魔法“スターライト・ブレイカー”。
体内の魔力ではなく、ここまでの戦闘でばら撒かれた周辺魔力を再利用して放つ、Sランクオーバーの最上級砲撃技術。
完成した巨大な光は、正しく“星の光(スターライト)”と呼ぶに相応しき代物であった。
解き放たれた閃光は、身動きの取れないフェイトを防御魔法ごと軽々と飲み込み、現在も海面に壮大な水飛沫をあげている。
天から迸る裁きの光にすら見えるそれを眺めて、セラは内心複雑であった。
……なのはさん、いくらなんでもやりすぎです……
勝利するにはいい手だと思う。しかし直撃したフェイトは大丈夫なのだろうか。
痛みぐらいはあると聞いているので、トラウマにならなければいいのだが。
見る限りフェイトは優しいみたいだし、今までの戦闘で砲撃は撃たれ慣れてるだろうから問題ない……と思いたい。
勝利と成長に喜ぶべきなのか、戦いぶりと成長の方向性に悩むべきなのか。セレスティ・E・クライン、すっかり保護者気分である。
何にせよ、間違いなく接戦だった。
レイジングハートは圧縮魔力を蒸気の如く放出し、なのは自身も満身創痍。
足の魔力翼は不規則に明滅し、バリアジャケットは所々破れ、遠目からでも分かる程に息を荒げている。
一方のフェイトは――
「フェイトちゃん!」
完全に気絶したのだろう、バルディッシュを手放して自由落下を開始した。
なのはの叫びと同時に、セラも駆けだす。
ユーノとアルフは、ここから駆け付けるよりなのはの方が早く救出できる事を理解している分、行動が遅れている。
セラでも当然間に合わない……辿りつく事だけは。
(空間構造改変。落下方向を設定)
自分とD3周辺の空間構造を書き換える。空間曲率の制御とは、即ち重力制御に他ならない。
セラは海を隔てる手すりを飛び越えて“落下”し、その場へ急ぐ。
十個のD3は閉鎖空間から出現させて、フェイトの落下地点へ先回り。そのままフェイトにかかっている重力を中和し、宙に浮かせる。
「「「……え?」」」
動こうとした三名がやっと硬直する中、セラは悠々とフェイトの所へ到着。
「フェイトさん、大丈夫ですか?」
「う、ん……え……え?」
声を掛けると、重そうに瞼を開けた。しばらくして、状況についていけないのかこちらを見たまま呆然としている。
目立った外傷は見当たらない。非殺傷設定は本当に便利だ。
「セ、セラちゃん――?」
「え……セラ?」
我に返ったなのはの叫びが、フェイトの混乱に拍車をかけたようだ。こちらとなのはの顔を交互に見まわしている。
「説明は後でお願いします。……それより、なのはさんの勝ちという事で、いいですよね?」
「え、あ……うん……」
『Put out』
フェイトが認めた途端、バルディッシュが律儀にジュエルシードを取り出した。
封印状態なら、魔法士の情報制御もある程度は問題ない。なのはが待機中にジュエルシードを取り出していた際、こっそり実験済みだ。
ただし、あくまでもある程度。情報制御の度合いを高めると僅かに発光したため、封印を破って暴走する危険性が残っている。
今後の展開を考えれば、あまり益にならない。
「なのはさん、すぐにジュエルシードの回収を――」
(情報制御、空間曲率の異常変化を感知)
今年最後の支援
直後、I-ブレインから警告。プレシアの次元跳躍魔法だろう。はっきり言って最悪のタイミングだ。
セラの役割は、予想されるプレシアの妨害行動からなのは達を守る事。つまり、プレシアの雷をセラが防御する、という事。
相応の出力で発動されるセラの情報制御に、ジュエルシードは封印状態でも暴走を抑え切れるのだろうか。
そんなセラの不安を裏切り、次元跳躍魔法の対象はジュエルシード。 バルディッシュから離れていた宝石達が、まとめて円球状の結界に取り込まれた。
「「「え?」」」
「小型のディストーションシールド!?」
ユーノの叫び通り、セラのI-ブレインは凄まじい空間の歪みを感知している。
プレシアの動機は不明、しかしこれで問題はなくなった。別次元に切り離された状態なら、セラも全開で能力を使える。
こちらへの攻撃を想定して、なのはとフェイトの腕を掴み強引に引っ張る。双方が小さく悲鳴をあげるのは無視。
(情報制御、空間曲率の異常変化を感知。危険)
I-ブレインの警告に合わせて、遥か上空の天候が急激に崩れていく。
行き場を失った魔力の雷は、そのまま空中で霧散して魔力素へ戻っていく。
更に、ここでI-ブレインからメッセージ。次元の結界に守られたジュエルシードが、その結界もろとも黒雲の中へ吸い込まれていく。
追撃を警戒して油断なく身構えつつ、セラは物質転送を見送った。あれはエイミィが逆探知して、時の庭園を見つける手掛かりになる。
魔法士能力に過敏なジュエルシードにはあまり近づき難い、というセラ個人の事情もある。下手を取って暴走させたくはない。
天候が元の状態へ回復して、ようやくセラは安堵の息を吐いた。至近距離の雷鳴で少し耳が痛いのは、両手が塞がっていたためやむなしである。
「なのはさん、フェイトさん、大丈夫ですか?」
体を離して声をかけるものの、言葉すら浮かばないのかこくこくと頷いている。
なのはもプレシアの所在をつかむ方法については聞いていたはずなので、驚いているのはセラ自身についてだろう。
それにしても、何故プレシアは真っ先にジュエルシードを結界で囲ったのか。
確かにジュエルシードの確保は最優先かもしれないが、結局行ったフェイトへの攻撃より先、という点が気になる。
管理局側への妨害行動より、フェイトへの虐待を優先させる性質である事は先日の件で明白。
し
何かのきっかけで、心境の変化でもあったのだろうか。
……すぐ分かること、ですよね。
どの道、アースラへ行って現場を眺めれば色々と謎も解けるだろう。
思考を中断、急ぎユーノへ転送魔法の指示を送る事にした。
*
慌てて差し出そうとした少年の手を、躊躇なく払いのける。
「プレシアさん。今、やめた方がいいって――」
それでも言いかけた傍らの少年を睨みつけると、「う……」と押し黙る。
足下は自分が吐き出した血、周囲には先程物質転送を終えた八個のジュエルシードが浮かんでいる。
空間モニター越しに、少年が探し人を見つけた時には、戦闘も終盤に差し掛かっていた。
結果は管理局側の勝利で終わったものの、直後に問題が発生した。
肝心の少女――“セラ”が、情報制御を使って現場へ接近してしまったのだ。
封印状態であっても、ジュエルシードは情報制御に反応する。
魔法士である事は聞かずとも予想済み。ジュエルシード近辺に魔法士がいた場合の安全策も考案済み。
ジュエルシードが出てきたところで、攻撃より先にジュエルシードの安全確保を優先したまではよかった。
よもや、サンダーレイジをああも鮮やかに対処されるとは。推察するに空間・重力制御系か。
雷すら捻じ曲げる魔法士のデタラメぶりに、いい加減呆れてくる。
「どうやら、管理局で無事に保護されているみたいね」
例の少女が、結界魔導師の少年へ指示を送っている様を見眺める。
管理局側の魔導師へ協力するように能力を行使した、という事は、そういうことだ。
「ええ。……よかった……」
安堵の息を吐いて呟いたかと思えば、すぐにこちらへ向き直った。
「一応警告します。これ以上は、あなたの身がもちませんよ?」
「次元魔法はね。……それに、今の物質転送でここも掴まれた」
右に表示された立体ディスプレイには、集団転移を果たした武装隊の姿。
時の庭園入口付近の映像だ。
「潮時、ですか」
「ええ」
これ以上のジュエルシードは回収不可能。手持ちだけで何とかするしかない。
今後の詳細な行動予定を頭に浮かべ、しばし黙考。自分が今考えている事に対するリスクとリターンを天秤にかける。
結論を下し、少年に向けて命ずる。
「行きなさい。ここにいる理由は、もうないでしょう?」
管理局へ。あの少女のところへ。
意図を理解した少年は、あからさまに目を見開く。
最初から覚悟はしていただろうに、何を動揺しているのか。
「今、ですか?」
タイミングが悪いとでも思っているのか。こちらとしては他に手放す機会などないというのに。
「元より、あなたがいなくても問題のない計画だったのよ」
「しかし……!」
少年が見やるのは、ディスプレイに映ったままの武装隊。先程より倍近く増えている。
こちらの身を案じている、のだろうか。
確かに、少年の手で対処してもらった方が万倍楽かもしれない。それでも譲れない。
「あの程度なら問題ないわ。私を誰だと思っているの?」
事もなげに言い放ち、
「向こうの艦長は優秀のようだし、手に負えなくなったら避難するでしょう。あの子の安全は保障されているわ」
ジュエルシードを使用する事で次元震が発生。止められないと判断した場合、断層発生をおそれた管理局は撤退する。
最終段階で自分を止める存在はいない。
「……言い切りますね。断層は発生しないと判断した場合、もしくはセラが庭園に入った場合はどうするんです?」
これから何を行うのか。プレシアは少年に話してあった。
転移魔法を以てしても辿りつけない異世界“アルハザード”へ向かう。そのためにジュエルシードを使うのだと。
発動方法も、デメリットも、伝えた。
外部への影響予想を聞いた際、元の世界へ帰る方法があっさり判明した時と酷似した表情を浮かべていたのは、何とも滑稽だった。
“中規模次元震が起きる程度であり、庭園以外に目立った被害は理論上皆無”
ただし、あくまで理論上だ。断層発生の可能性は決してゼロではない。
しかしプレシアの予想通り、少年からは一切非難の言葉がなかった。そんな資格はないと自覚している、何よりの証拠である。
「あなたが教えなければ、最後まで次元断層の発生を疑うでしょう。警戒させておけば、断層発生時の対処だって早くなる」
仕込みは万全。迷い子というイレギュラーとも、今は良好な関係を築いている。
「何より、巻き込まれただけのあなたたちを道連れにするはずがない。あなたと合流できれば、あの子が私と戦う必要性もなくなるのではなくて?」
保護を受けた代わりに戦力となっている。それがプレシアの見解だ。
あと一日足らずで、二人は元の世界へ帰ってしまう。
それを少女が知れば、迷い子二人が再会すれば、そもそも保護してもらうまでもなくなってしまう。
例え貴重なサンプルとして管理局が手を出したとしても、少年の戦闘能力は非常に高い。
迷い子の少女と共闘すれば、管理局相手に残りの一日を逃げ切るくらい容易にやってのけるだろう。
「随分、ぼくを買ってますね」
「管理局より、あなたを敵に回す方が厄介だもの」
割と本音だ。
結局、少年は手の内を半分も見せなかった。それでも、対魔導師戦闘における脅威の程は十二分に理解できたのだ。
一応敵対された場合の対抗策も用意してはあるものの、苦戦を強いられることに変わりはない。
しかし、少年を手放す真の理由は別にある。
「ここで別れたら、二度と会えないわよ。……さあ、行きなさい」
最後の最後で、抑え切れない感情がにじみ出る。
ただ一人のために戦うという、近い信念を持っていると理解できたからこそ。
強大な力を持ちながら、こちらの意図を妨げようと考えもしないからこそ。
情が、移ったのだ。
「……プレシアさん……」
意図を察したのだろう、目を見開く少年。
呆然としていたものの、すぐに毅然とした表情をとる。しかし嬉しかったのだろうか、口元だけが緩んでいた。
「短い間でしたが、ありがとうございました」
その言葉を最後に、少年は去った。
庭園の入口へ向かう以上、自分より早く局員と接触し、船まで転移してもらえるだろう。
ここまでくれば、もう懸念事項はほとんど残されていない。
最大のイレギュラーであった魔法士二人も、こちらへ敵対する可能性は限りなく低い。
あとはこの身がもつまで戦うだけ。可能不可能はどうだっていい。
ただ、ここまでの半月間がどこか充実していたのは、皮肉かもしれない。
原因はあの少年。魔導師とは全く違う未知の技術、未知の力の持ち主。
何より、“大切な人を蘇らせようとしている”こちらに共感してくれた。
誰にも認められなかった自分を、少年は肯定した。
情報交換を始めとした話相手でもあり、同時に手のかからない息子ができたような感覚だった。
そういえば、誰を蘇らせようとしているかは教えていなかった。少年も空気を読んだのだろう、話題にすらのぼらなかった。
自分も、どんな過程を経て少年が“人を殺す”覚悟を決めたのか、聞いていなかった。
……今更ね。
え
既に機会を逸した以上、未練以外の何物でもない。
小さな未練よりも、今は大きな未練を優先させる。
バリアジャケット製の靴が多数、床を踏み鳴らしてこちらへ迫る音を聞きながら、プレシアは待ち構えた。
*
「第二小隊、転送完了」
「第一小隊、侵入開始」
ブリッジで報告を聞くリンディの眼が、銀髪銀眼の少年をモニター越しに視認した。
(艦長!)
同時、執務官の念話が届く。向こうも確認したようだ。
両腰の小振りな剣を床に置いている以外は、魔法士の少女から聞いた通りの人相をした少年。
本名、デュアルNo.33。名前の由来や出生については、まだ聞いていない。
(ええ、保護をお願い。それと、セラさん達にはまだ見せないように)
(……わかりました)
この土壇場で子供達を動揺させるのはあまり良くない。
プレシアの味方として敵対する可能性は、まだ捨て切れないのだから。
駆け付けた局員が言い淀んで通称で呼び、保護の意向を伝える。
すると少年は、迷わず『お願いします』と頭を下げた。
(抵抗の意思はなさそうです)
先程の戦闘を見ていたと考えれば、セラが管理局側についていることも容易に想像はつく。
――わたしが大丈夫だってわかれば、ディーくんはきっと来てくれます。わたしが直接話せばなおさらです。
(セラさんの話通りね。……と、本人が来たわ)
後方の5人に気付いて振り向き、艦長席から歩み寄る。
フェイトの使い魔であるアルフは人の姿で集団の後方に控え、セラが先頭となっている。
左右になのはとユーノを挟んで、拘束されたフェイトはいた。
白い病人着に、これまた白い拘束手錠という状態は、今まで黒いバリアジャケットを着たところしか見たことがない分、新鮮に映る。
同時に痛々しくも感じてしまうのは、アルフから聞いた事情だけではないだろう。
「お疲れ様。それから……フェイトさん、初めまして」
声をかけるものの、ほとんど反応がない。待機状態のバルディッシュを手にしたまま、俯いている。
失意の中にあるようだ。プレシアの真意を知らないまま必死に頑張ってきた分、果たせなかったのがショックなのだろう。
これ以上の精神的ダメージは、まずいかもしれない。庭園内部を捜索すれば、フェイトにとって残酷な真実が明るみに出るはずだから。
艦長席へ戻りつつ、なのはへ念話を送る。
(母親が逮捕されるシーンを見せるのは、忍びないわ。なのはさん、彼女をどこか別の部屋へ)
建前の理由を使って、ここからフェイトを引き離す。しかしなのはにも問題はあった。
(あ、あの……セラちゃ――)
(セラさんについては、後で必ず説明します。だから、今はフェイトさんを)
想定済みのため、有無を言わさず切り返した。
(は、はい……)
納得いかなくても、今だけは聞かないで欲しい。
本当の経緯も、魔法士の世界の真実も、自分達はまだ聞かされていないのだ。
現在判明しているのは、異質かつ強大な魔法士の力と、少年の名前だけなのだから。
大型モニターに向き直れば、武装隊に連行されている少年の姿が画面下側に小さく映っている。 丁度リンディ自身が遮っているため、後方の5人は視認できない。
「フェイトちゃん、よかったらわたしの部屋……」
なのはの言葉を、一歩前に出る足音が塞ぐ。
首だけで振り向けば、モニターを見つめるフェイトの姿があった。
……本当にまずいわね。
ここからの展開を予想して、受け入れるつもりか。
しかし先にあるのは想像の斜め上、フェイトの存在を根本から否定しかねないもの。どうなるか分かったものではない。
瞳から分かる意志の強さを鑑みるに、中途半端な理由では下がってくれないようだ。
「総員、玉座の間に侵入。目標を発見」
それでも何とかできないかと隔離する口実を考えている間に、状況は刻々と進んでいく。
『プレシア・テスタロッサ! 時空管理法違反、及び管理局艦船への攻撃容疑で、あなたを逮捕します!』
『武装を解除して、こちらへ』
玉座のような椅子に座ったまま、頬杖をついているプレシア・テスタロッサ。
その顔をモニター越しに視認した途端、リンディは内心で寒気を感じた。ここまでの思考が中断してしまう程に。
何故笑っている? 当たり前だ、プレシアの魔導師ランクは公式で条件付SS。
年齢や次元跳躍攻撃後であることを考慮に入れても、並の局員達は十分あしらえる。
問題なのは、目だ。リンディだからこそモニター越しでも分かる、あれは正気じゃない。
ん
武装隊は二手に別れ、片方はプレシアと対峙、片方は奥の部屋へ向かう。
後者を睨むプレシアからは、危機感しか抱けない。
程なく、モニターに衝撃の映像が飛び込んできた。
『こ、これは……!』
一本の、生命維持槽だった。
満たす羊水は薄緑色。時折思い出したように気泡がのぼっている。
その中を、一糸纏わぬ姿で、“フェイトによく似た”、しかしフェイトより幼い少女が浮かんでいた。
眠るように瞳を閉じ、標本の如く浮かんでいた。
「えっ――?」
事情を知らないなのはの声が響く。
リンディですら驚愕した。よもや、“死体を保管している”とは。
誰もが絶句し、誰もが動けない最中、真っ先に行動したのは他でもないプレシアだった。
一瞬で生命維持槽の手前まで近距離転移し、最も近くにいた武装局員数人を吹き飛ばしたのだ。
「私のアリシアに、近寄らないで!」
*
残った局員達が一斉にデバイスを構え、号令と共に魔力砲撃を放つ様を、ディーは遠くから呆然と眺めていた。
あのなのはという少女が放っていたものと比べれば、数があっても頼りない。全力で情報解体すれば、ディーでも一度に2、3本くらい打ち消せる。
より防御力の高いであろうプレシアに至っては、対処できない方がおかしい。
当然の如く、立ち位置の関係で見えないプレシアの声が聞こえた。
魔力砲撃の前後は隙が大きいと聞くし、間違いなく反撃を――
(大規模情報制御を感知。着弾の危険なし)
『危ない! 防いで――!』
女性の叫びが聞こえる。音声からして、局員の誰かが船と通信を繋いでいるのだろう。
しかしディーは、その指示に従わない。従うわけがない。
元々管理局員ではないし、I-ブレインのメッセージからして攻撃範囲外である。
「ラウンドシールド!」
どこか悠長にそんなことを考えていたディーの前へ、青いバリアジャケットを羽織った男が立つ。
白色のシールド型魔力障壁が展開され――次の瞬間、玉座の間全体を紫の雷が迸り、局員達の絶叫が響き渡った。
2メートル手前まで迫った紫電に、フロアの外で待機していたディーは至って涼しい顔だ。
「な……どういう……」
備えていた男――ディーの確保に割かれていた一人の局員が、障壁まで届かない雷に困惑の視線を向ける。
「ぼくを巻き込む気はない、ということではないでしょうか?」
「……そのくらいの分別はついている、か……」
プレシアにとって、敵対理由のないディーは脅威の内に入らない。
管理局に協力しているセラと合流して説得すれば、セラもまた戦力外となる。
敵に回すよりは、なるべく穏便に済ませた方がいい。ディーとしては、プレシアの判断を立場上正しいともありがたいとも思う。
自分とセラは、所詮巻き込まれただけの異世界人。
あの高町なのはという魔導師のように魔力を持っているわけでもなく、ジュエルシードを封印する術もないのだから。
気づけば、雷撃がおさまっていた。局員達のうめき声と、プレシアの壊れた含み笑いが小さく響いている。
ディーの傍にいるのが、戦闘可能な最後の一人ということになる。
……そういえば……
うめき声を耳に入れて僅かに眉をひそめた直後、プレシアが叫んでいた固有名詞を思い返す。
蘇らせる対象であることは想像がつく代わり、具体的にどういう人物なのか全く想像できない。
台詞からして生命維持槽に死体を保管しているのだろうし、物理的に見る事は可能なはず。
……ちょっとくらい、いい……のかな?
自分はセラの事を話したのだから、“アリシア”をこっそり見に行っても大丈夫だろう。精々文句をこぼされる程度で済む。
といっても武装隊がまだ生きているので、誰かが立ちあがってプレシアからの追撃を受けるかもしれない。
好奇心だけで近づいたあげく、とばっちりをもらうのは馬鹿馬鹿しい。
『いけない……局員達の送還を!』
『りょ、了解です!』
傍らの、局員が展開している空間モニターから会話が響く。
「このまま私から離れないでください。一緒に転移しますので。……しかし、向こうはどうなっているんだ?」
それを聞いた局員が、こちらへ話しかけてきた。後半は独り言である。
おそらく“局員達”に自分自身も含まれているため、そばにいればディーも一緒に転送してもらえると分かったのだろう。
今の攻防でプレシアに敵わないと理解しているからか、現場に近寄るという選択肢は存在しないらしい。
「そうだ、向こうもモニターすれば……!」
解決法を思い付いた局員は、すぐさま空間モニターを操作して新しい映像を展開する。
直後、息を呑む音。
後ろめたさを好奇心が上回る中、ディーも何気なく覗き込んで、
「――え?」
『アリ……シア……?』
一糸まとわぬ姿で眠っている、フェイトに似たフェイトでない者の姿がそこにあった。
『座標固定、0120 503!』
『固定! 転送オペレーション、スタンバイ!』
時間が静止したディーを、転送処理のオペレートが置き去りにする。
……これは……どういう……
理解の追いつかない中、画面の向こうに立つプレシアが愛おしげに培養槽を撫でた。
『もう駄目ね、時間がないわ。たった8個のロストロギアでは、アルハザードに辿り着けるかは、わからないけど……』
膝を折り、振り向き、
『でも、もういいわ。終わりにする。この子を亡くしてからの暗鬱な時間を……この子の身代わり人形を娘扱いするのも』
言葉の全てが真実を物語り、ディーの脳へゆっくりと浸透していく。
『聞いていて? あなたの事よ、フェイト』
そういう、ことなのか。
『折角アリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。役立たずでちっとも使えない……私のお人形』
「……クローン……」
思わず呟く。
今、ようやく頭の中で繋がった。プレシアは最初から、フェイトの事を娘と思っていない。
だからあれだけ酷い事ができるのだ。
『研究中の事故のときにね……プレシアは、実の娘……アリシア・テスタロッサを亡くしているの』
先程より若い女性の声が、プレシアの過去を語り始める。
『彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる……使い魔を超える、人造生命の生成。そして、死者蘇生の秘術』
魔法士の世界なら、“人造生命の生成”は決して不可能ではないだろう。
現に、人造生命たる先天性魔法士を量産するWBF(ウィザーズ・ブレイン・ファクトリー)が存在している。ディーもそこの出身だ。
何にせよ、その研究からフェイトは生まれたのだ。他でもない“アリシア”として。
そしてプレシアは、フェイトを“アリシア”と認めなかった。
『フェイトって名前は……当時彼女の研究につけられた、開発コードなの』
先入観から生まれた誤解を訂正された途端、ディーは己に問うた。
このまま放置すれば、どうなるか。
どんな形であれ、事件は終息するだろう。しかしフェイトが傷つくのは疑いない。
待っているのは、ある程度決まった結末だ。
自分が介入すれば、どうなるか。
実際にやってみない限り、どうなるかは予想もつかない。マシな方向へ進むかもしれないし、逆に悪化するかもしれない。
招かれるのは、可能性という名の混沌だ。
どちらが間違っていて、どちらが正しいのか、きっと誰にも分からない。
それでも。
「すみません。少し、やることができました」
「何?」
真実を知った時点で、ディーは既に選択していた。
『よく調べたわね……そうよ、その通り』
響くプレシアの声が、遠くに感じられる。
まるで舞台裏にいるような錯覚。なるほど、その通りだろう。
自分達は既に、蚊帳の外の存在なのだから。
「何を言っているんだ。君にとっては何の関係も――」
「ないでしょうね」
局員の言葉を遮って、無関係を肯定する。
しかし、ディーにとってはこれから関わるつもりでもある。
「では何故?」
その疑問は当然だろう。手を出さない方が無難なのは明白だ。
しかしこれに答えなければ、自分が強引に舞台へ躍り出る資格はない。
『だけど駄目ね、ちっとも上手くいかなかった』
自問自答するまでもなく、問われて迷うまでもなく、干渉するだけの理由が自分にはある。
小さいものならいくつかあれど、口に出すべきは無論最大の動機。
「……考えてはいたんです。どうしてぼくとセラは、この世界へ来たのか」
原因があるなら、結果もある。結果があるなら、原因もある。
今はまだ、原因も結果も分からない。
けれど、もし原因があるとするなら。
『作りものの命は所詮作りもの。彼も言っていたけれど、失ったものの代わりにはならないわ』
再び映像を見やれば、ディーとの会話を思い出したのか、自嘲気味に笑う大魔導師。
モニター越しの顔が、記憶の中のあの人と重なる。
贖罪、ではない。罪を背負って生きていくと誓った以上、それはできない。
「理由があるとしたら、このためなのかもしれないって……そう思うんです」
最初は、厄介事に巻き込まれた、程度の感覚だった。
いずれ戻れると知った時、疑問を感じた。
ものすごい大事のはずなのに、その気になれば自分達は我関せずを貫いて帰る事ができる。
それでいいのか? 本当に、ただ巻き込まれただけでいいのか?
答えは、目の前にあった。
母のために、母に振り向いてもらうために、従い続けてきたフェイト。
何もかもを捨てて、ただ娘のために道を外れていく母親。
罪を犯すことを、ディーは否定しない。問題は、“ズレている”こと。
――それだけが、どうしても許せない。
以前にもこんな事があった。自分が弱くて、まだ皆が笑っていられたあの頃。
あの人が、初めて本音を明かしてくれた、あの時。
今回はよりはっきり、より強く、ディーは思うのだ。
間違ってはいけないものを、プレシア・テスタロッサは間違っているのだと。
こちらを見つめていた局員だったが、しばらくすると大きな溜息を吐いた。
「……分かった。置いていこう」
やけにあっさり引き下がられたので、思わず聞く。
「止めないんですか?」
「“抵抗された場合はおとなしく退け”とも言われているのでな。従うまでだ」
つまりはそれだけ強いのだろう? と視線で続ける。口元はニヤリと弧を描いている。
実際命じた方は、セラから色々と聞いたのだろう。
管理局側にセラがいる以上、敵対する理由がディーにはない。ただし、セラと合流した後に狙われた場合は別である。
それでも抵抗される可能性を考慮した命令を、この人は利用するつもりでいる。
「ああ、今念話で返事が来たぞ。“次元断層発生の疑いがあるため、事件への協力を許可する”だそうだ」
巻き込まれただけの民間人を、あっさり協力者として容認する。まあ最悪の事態が事態だから、やむを得ないかもしれない。
しかし実際には、断層発生の可能性が低い。プレシア以外に知るディーとしては苦笑せざるを得なかった。
何にせよ、これで自由である。
「ありがとうございます」
「それと、間違ってもその剣でプレシア・テスタロッサを傷つけないように。峰打ちは許可する」
「……管理局法ですね。了解しました」
元より峰打ちで済ませるつもりだ。枷にはならない。
局員と入れかわるように進み、玉座の間へと足を踏み出す。
守るためではなく、罪を背負うためではなく、過去へのリベンジとして、ディーは双剣を引き抜く。
『罪も痛みも、全て背負って生きる』。あの言葉を聞かされた時からずっと、“重い”と感じていた己の騎士剣。
今は、少しだけ軽い。当然だろう、と心の中で苦笑する。
それでも。剣を振るうだけの価値は、十分にある。
さあ、舞踏を始めよう。
デュアルNo.33、推して参る。
*
『アリシアは、もっと優しく笑ってくれたわ』
培養槽を撫でながら、モニター越しの大魔導師は振り向く。
魔法士の世界では、見たことがなくとも知ってはいた。
人工培養で製造される魔法士、マザーコアとなる魔法士。
都合上幼くもある彼ら彼女らを救うため、賢人会議は作られたのだ。
培養槽から助け出された魔法士の子供たちと、セラはそこで出会ったのだから。
ただ、“培養槽に入った子供”が初見だっただけ。この世界にもあるのだと、予想していなかっただけ。
『アリシアは時々わがままも言ったけど、私のいうことをとてもよく聞いてくれた』
息は呑んだ。確かに驚いた。しかしなのはたち年少組の中で、最も冷静でいられたのは間違いなくセラである。
だからこそ、考えるだけの余裕があった。内容を理解できた。
プレシア・テスタロッサは、ただ娘のために戦っているだけなのだと。
「やめて……」
傍らでなのはが呟く中、セラの脳裏に思い出されるのは、母親――マリア・E・クライン。
自分が生まれるまでの過去について、何も聞かされなかったセラはよく知らない。
後天性の光使いで、娘に隠れてたくさん人を殺して、それで生計を立てていた事。
やがて脳に不治の病を抱え、死んでもセラが悲しまないようにと冷たい態度を演じていた事。
指一本ろくに動かせないはずなのに、銃弾からセラを庇って死んだ事。
娘のために必死で戦い続けた、最高の母親である事。
けれど、もし――
『アリシアは、いつでも私に優しかった……』
もし、おかあさんより先に自分が死んでいたら、おかあさんはどうなっていただろう。
生きる意味を失って、自暴自棄になって、酷い余生を送るのかもしれない。
では、死んだセラを蘇らせる方法を見つけたら? 少しでも、可能性を見出したら?
試行錯誤を繰り返し、そのどれもが失敗に終わり、残り少ない寿命を更に削って……その先はどうなる?
『フェイト、やっぱりあなたは、アリシアの偽物よ。折角あげたアリシアの記憶も、あなたじゃ駄目だった』
――今のプレシアのように、なっているかもしれない。
プレシアの経歴を聞いた時から、抱いていた仮定。それが今、再び頭に浮かび上がった。
次元跳躍魔法を使ったせいかもしれないが、モニター越しでも顔色が悪いと判断できる。
行方不明の内に、病気を患ったのかもしれない。
そしてこの人は、ジュエルシードを使おうとしている。
セラには分かる。たくさんの人を殺してでも、娘を蘇らせる気だ。
「やめて……やめてよ!」
独白を止めようと、なのはが叫ぶ。しかしプレシアに届いていないのは、セラからして見れば当たり前に映った。
本当に覚悟を決めた相手は、善意だけで止められるほど甘くない。
殺す決意を固めたディー相手だと、そんな真似ができる雰囲気すらないのだ。
では、どうすれば止められるのか? 誰が彼女を止めるのか?
『アリシアを蘇らせるまでの間に、私が慰みに使うだけのお人形……だからあなたはもう要らないわ』
背を向けたまま、狂気に呑まれたプレシアが立ち上がる。
俯いたまま、フェイトは綺麗な赤眼に涙をためる。
ユーノとアルフは、顔をしかめる。ここからでは分からないけれど、リンディもクロノもきっと同じだろう。
なのはは全く聞き入れる気すらないプレシアに、呆然とするしかない。
そして、セラは……自問自答していた。
『何処へなりと――』
セラは、人を殺してでもセラを守ると決めたディーを、許さないと決めた。
では、セラを守るためにその手を血で染め続けたマリアは?
ディーが犯した過ちを許せば、マリアの悪行は許されない。
ならば、ディーを許さなければ、マリアは許されるのだろうか?
「間違ってます――!」
違う。絶対に、違う。
思った途端、反射的に口が動いていた。
「そんな事したって、アリシアさんは絶対に喜んだりしません――!」
右腕を大きく振りかけて失敗し、モニター用のサーチャーへ向き直ったままのプレシアも。
絶望しかけていたフェイトも、どうすることもできなかったなのはたちも。
誰もが、セラへと視線を集中させた。
誰もが、予想外の介入にぽかんと口を開けた。
「セラ、さん……?」
振り向いたリンディですら、例外ではない。
場の中心となったセラは、注目されている事に気付かない程感情が高ぶっていた。
――この場へ顔を出していない一人だけが、らしいとばかりにほほ笑んだ。
『あなたに……何が分かるって言うの?』
しばらくの間を置いて我に返ったプレシアが、狂気に憤慨を上乗せして問う。
「……プレシアさんのことは、まだよくわかりません」
両眼を閉じ、僅かに俯く。比較対象はあれど、プレシアがどれだけ娘の事を想っているのかは分からない。
当然だ。自分はまだ、母親になった事がないのだから。
「でも、アリシアさんの気持ちなら分かります!」
碧眼を開け、勢いよく顔を上げ、プレシアに向き合う。誰が相手だろうと、これだけは決して譲れない。
当然だ。自分は既に、愛された娘だったのだから。
「アリシアさんが本当に優しい子なら、プレシアさんの事をぜったいに許しません!」
娘の記憶を失ったマリアと、仮初の親子の時間で笑っていたあの頃。
母の本心を知ったものの、マリアが人を殺していたことについて、セラは何も言えなかった。
マリアが死ぬその時まで、“死”を見た事がなかった。それほどに、自分は普通の人間として生きてきたから。
しかし人の“死”を見て、戦いを乗り越えて、ディーの覚悟を聞いて、泣いて泣いて泣いて、旅路の果てにとうとう一つの道を選び取った。
“ディーが人を殺すのを、決して許さない”。
この時点で、マリアの罪にどう向き合うかが決まっていた。
たった今、セレスティ・E・クラインは、その事実を知り得たのである。
「プレシアさんの娘として……娘だからこそ! 他人を傷つけて、巻き込んで、フェイトさんを道具のように扱って、それを仕方がないで済ませる訳にはいかないんです!」
セラは、これからも強くなっていく。
亡きマリアに守られるわけでも、ディーに守られるわけでもなく、大切な人にこれ以上の人殺しをさせないため。
殺さなくても済むように、守られなくても生きていけるように、セレスティ・E・クラインは強くなる。
強くなってもどうしようもないのなら、出来ることを全てやってもどうしようもないのなら、その時は遠慮なく叱るのだ。
「自分のためだとしても、そのために悪い事をする母親を見るのは、辛いんです!」
だってセラは、あのマリアの娘なのだから。
だってセラは、ディーと並び歩いて生きていくと決めたのだから。
同じ、母親に愛された娘として。守られた分、守っていくと決めた者として。
アリシアの代わりに、セラが叫ぶ。
「もしここにアリシアさんがいたら、きっと怒ります! 謝っても許しません――!」
悪いことをした子を叱るのは、母親の役目。なら逆に、悪いことをした母親を叱るのは、誰の役目なのか。
周りに叱る人がいないなら、それは子供の役目なのだ。
肝心のアリシアがおらず、フェイトはプレシアに否定され、誰もプレシアを止められないなら――セラが止める。
セラがやらなくて、誰がやる。
アリシアの代わりに、誰が怒るというのだ。
「……セラ、ちゃん……?」
『あ……』
気がつかない内に頬を涙が伝う中、大きく動揺したのはプレシアと、何故かなのは。
双方まるで、“セラではない誰か”を見ているようだった。
『わ、私は……』
しかし、プレシアは尚言葉を振り絞る。
見るからに狼狽し、瞳の中の狂気すら薄れているにも関わらず、言い返そうとする。
半ば意地に近い反論であった。
『それでも私は、造り出してからずっとフェイトのことが……』
しかし、プレシアは明晰な頭脳で事実を述べようとする。
フェイトへ向ける自分の思いは、決して変わっていないし否定されてもいない。
名前が出た途端、対象であるフェイトが息を呑む。
最後まで母を信じ続けていた少女に、とどめとなる言葉が吐き出されようとして、
『――セラの言う通りです』
聞こえてきたのは、憎悪と狂気に満ち溢れた女性の声ではなく。
何の感情も読み取ることの適わない、ハスキーアルト。
こつりこつりと規則正しく、床を踏むのは一人の足音。
「……来たわね」
局員との念話により、事前に知っていたリンディが呟く。
セラとプレシアのやりとりに気を取られていたそれ以外の者たちが、玉座の間へと続く出入口を凝視する。
『そこまでにして下さい、プレシアさん』
眩い照明を背景に、小振りな双剣を握りしめ。
招かれざる騎士が、事件の表舞台に姿を現した。
投下終了と書いて「ブレイカー――!」と読む。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
25KBで終わると思ったら10KB多くなった。大体セラのせい(ぇ
以上。ご指摘・感想お待ちしております。
今年最初の初乙
乙です
いよいよクライマックスですね。
このままA'sも見てみたいですけど、そちらだと、
「相手がスタンドアローンのコンピュータならフィアがいれば一発じゃ」
とどうしても思ってしまうのが、最大の問題ですね。
I-ブレインの警告に合わせて、遥か上空の天候が急激に崩れていく。
行き場を失った魔力の雷は、そのまま空中で霧散して魔力素へ戻っていく。
この間、一行抜けていませんか?
セラが攻撃を防いだ描写がないので、読んでいて混乱しました。
>232
黒い水を闇の書が取り込んでしまったというのは。
>>233 すみません。こちらの手違いにより、以下の文章が抜けておりました。
合わせるように十個のD3を一斉に真上へ集め、セラは“光使い”の防御能力を発動させた。
(「Shield」展開)
簡単に言うならそれは“重力場の盾”。攻撃を“受け止める”のではなく、攻撃軌道を“逸らす”タイプの防御である。
それも、戦艦の放つ荷電粒子の奔流すら捻じ曲げる、デタラメな出力だ。
次元跳躍魔法は、次元を超えてから効果を発揮する遠隔攻撃。攻撃自体は通常攻撃と同様である。
術者へ反撃するすべを、セラは持っていない。しかし防御そのものは、想定していた対魔導師戦と変わらない。
結果、セラのShieldは紫の雷撃を見事受け流した。
僕らのアイドル雨生龍之介キュンと青髭の旦那が6課にスカウトされたようです。
こんにちは
本日23時頃よりドラなの第6章を投下したく思いますので、よろしくお願いします。
では時間になりましたので投下を開始します。
ドラなの 第6章「夜天の魔導書」
「じゃあなのはちゃん達って魔法使いだったのか!?」
武が先ほど事情を聞いたのび太達と同じような反応をする。
それになのはは
「うん・・・・・・黙っててごめんね」
と申し訳なさそうに謝った。
一方向こうの方ではクロノがやって来た守護騎士達と、ある事情から艦にやってきたリンディと共にはやてから事情を聞いている。
ここはアースラの艦長室だ。彼らは転送収容後すぐにここへと連れてこられ、先ほどようやく治療の終了した武が合流した所だった。
「つまり敵は2人で狙いは夜天の魔導書ということだな?」
事情を聞いたクロノの確認にはやては頷く。
「う〜ん、となるとクロノくんの読み通りやっぱり夜天の魔導書狙いみたいね・・・・・・」
エイミィが勝手知ったるようにクロノに同意を求めると、
「ああ、しかしまさかこれほどの事態になるとはな・・・・・・」
と口を濁す。
「え?ちょっと待って。どういうことやクロノくん?事前に何か情報があったんか?」
「実ははやてちゃんの検査の結果はもう出てたんです。それによるとこの病気の原因が夜天の魔導書の可能性が高い、と─────」
「夜天の魔導書ってなんなんだよ?」
シャマルの説明に横から介入してきた剛田武へと全員の視線が集中する。
「はやてちゃんをいじめる奴は俺が許さん!」
ほとんどが治ったとは言え怪我の後とは思えぬ覇気のある力強い宣言を行うと、それにのび太達も同調し、
「あいつらって何者なの?」
と聞く。それにクロノは座っていた席を離れて対面するように言い放つ。
「気持ちは有り難いが、民間人を巻き込むわけには─────」
しかし明らかな拒絶の意思が読み取れる管理局お決まりの常套句をはやてが止める。
「いやクロノくん、ドラちゃんはあの結界について少し知っていたみたいやから、話だけでも聞いてもらえば何かわかるかもしれへん」
「しかしはやて、相手は魔力資質すらない一般人なんだぞ!」
「うん、それは十分わかっとる。でももうたけしくんが怪我して十分巻き込んどる。今さら締め出そうってもみんなも引っ込みがつかんはずや。そうや
ろ?」
問いかけにのび太達はさも当然というように頷く。
「はぁ、君はいつも勝手なことを。そんなことを許せるはずが・・・・・・?」
言いかけるクロノにはやてはずかずかと歩み寄ると、小声で耳打ちする。
『なぁ、クロノくん。この前フェイトちゃんと家に行ったんやけど、辞書の裏に隠してある"アレ"、まだ見つかっとらんみたいやね〜』
「な、何の話だ?」
「妹もんばっかりやったな〜。フェイトちゃんが見たら―――――」
「ゴホンッ!あー、君がそこまで言うのなら仕方ない。話だけでも聞こうか」
ころりと態度を軟化したクロノ。はやてはリンディとフェイトにウインクして見せる。にっこりと頷くリンディに比べフェイトは『へ?』と首をひねることしか
できなかった。
「エイミィ、彼らに夜天の魔導書と闇の書事件の経緯を簡単に説明してくれ。僕は彼を呼びに行ってくる」
「はいはい、任せといて〜」
(*)
エイミィは部下らしからぬお軽い返事で応えるが、クロノも慣れているのかそれについては何も言わずに艦長室から出ていった。
「(きっと普段は仲良しなんだろうな)」
のび太は遠目にそんなことを思っていると、見送ったエイミィがこちらへと向き直って片手を挙げる。
「はい注目〜!まずみんなに1つ質問です。はやてちゃんとはいつ頃からお友達なのかな?」
手慣れているのかフレンドリーな口調で聞いてくる。それに最初に応えたのは静香だ。
「私は近所だったから小さい頃からよく遊んでたわ。ご両親がいなくなってからは時々お家にお手伝いに行ったし」
「僕たちは足が治ってすぐだったかな。みんなで野球してたら「ウチも混ぜて!」って走って来たんだよね」
当時八神はやて=車椅子というイメージを払拭するような元気な姿に大いに驚いたことを思い出しながら言うが、ジャイアンは少し感慨深い様子で
これを否定する。
「いや『ウチ"ら"も』だったな。はやてちゃんも上手かったし、我がジャイアンズに最強のホームランバッターが誕生した瞬間だった」
「応よ!」
ジャイアンとヴィータが息のあったグータッチ(互いの正拳を付き合わせる)を交わす。
「・・・・・・やっぱり僕たちの世界とは少し変わってたみたいだね」
「うん」
耳打ちに向こうを向くドラえもんの頭が上下する。
どうやらもしもボックスによる認識の違いはその頃辺りにまで及んでいたようだ。
「なるほど、じゃあみんなはやてちゃんが車椅子だった事は知ってるみたいだね。実ははやてちゃんの足の病気は『夜天の魔導書』、その時は『闇
の書』って呼ばれていた物が原因だったの─────」
それから15分近く闇の書の危険性に始まり事件の経緯、そしてはやての病気の現状まで映像を交えつつ簡単に語られた。
「こんなことがあったんだ・・・・・・」
あちらの世界で『魔法少女リリカル☆めい』に代表される魔法少女達とは全く違う壮絶な戦闘映像(リィンフォース対なのはと、防衛プログラム消滅
作戦の映像など)とリアルに起きているというこの事態について、悲しいかな、この程度の呟きを口に出すのが精一杯だった。
この呟きに続いて静香が
「それで魔導書を破壊する方法は見つかったんですか?」
と聞く。しかしエイミィがそれに答える前に艦長室の扉が開いた。
その先にはクロノと、彼と同い年ぐらいの少年がいた。
「ユーノくん・・・・・・ってあれ?どうしてクロノくんと同じ制服!?もうそんなに昇進したの!?って言うか管理局の人だったっけ!?」
混乱しているらしいなのはの問いの機銃掃射に、クロノと同じお偉いさん(上級士官)用らしい服を着たユーノは
「いや、アースラに来たのは良かったんだけど・・・・・・」
と口ごもる。見かねたらしいクロノが大きな溜め息を1つを着くと、補足する。
「こいつ、まともな着替えを一着も持ってなかったんだ」
こういう事らしい。
ユーノは発掘隊に参加していたが、ある物品についてクロノから提案を受けて本局まで送ってもらえる事になった。
しかし彼の発掘作業は半月近くに及んでおり、さらにそこが砂漠であったため体を洗うことも洗濯も全くしていなかった。
結果アースラに来て風呂に入ったのはいいが、まともに出歩ける服がなかったのだ。
「それでお兄ちゃんが―――――クロノが制服を貸したんだ」
フェイトの確認にクロノは頷く。
「君達はすごいよ。あんな兵器のような服を着て何ヵ月も仕事ができるんだから」
「兵器は酷いよ。ちょっとホコリっぽくて汗臭いだけじゃないか」
「いや、あれをちょっとと形容できるなら『ゴミ焼却場の香り』という香水が香水市場を独占できるだろうよ。それになんだ、さっき部屋でうちの(アース
ラの)船室より狭い場所にすし詰めになって寝ると言っていたか?」
「うん、男だけの空間は素晴らしいよ。でもいびきがうるさかったり、たまに夜這いしてくる人がいて僕も何回か寝てる内に発掘されそうに―――――」
そこへ来てようやく女性陣がユーノへと同情やら何やらが混じりあった視線を向けている事に気づいたらしい。
ユーノはバツの悪そうな顔をするとクロノに助けを求めるように視線を送る。それにクロノはまた1つ溜め息をつくと、話題を変えるべくエイミィに問う。
「それで、どこまで話した?」
「だいたい話したよ。今魔導書の破壊方法はないんですか?って聞かれた所。・・・・・・まだ見つかってないんだよね?」
「いや、実はない事もないんだ」
ただの危ない道に片足突っ込んでしまった可哀想な人かと思ったが、天は彼にちゃんと見せ場を用意していたようだ。無造作に手を空中に差し出
したかと思うと、小さく呟いた。
「「おぉ!」」
次の瞬間、ユーノが起こしたことにジャイアン達と共に思わず感嘆の声を上げてしまう。
掌に緑色に輝く魔法陣を展開し、そこから浮き出してきた何かを取り出したのだ。
「すげぇ!これほんとにタネも仕掛けもないみたいだぜ!」
出すと同時にユーノに駆け寄ったジャイアンとスネ夫が、彼の衣服や周囲にピアノ線など手品のタネに類するそれらがないことを確認して歓声の
声をあげる。
「あーごめんね。ほんとは科学的に説明できるからタネも仕掛けもあるんだけど。僕達の魔法って、こういうものだから」
「・・・・・・『充分に発達した科学技術は、魔法と見分けが付かない』クラーク先生の言っていた通りなんだ!」
「ユーノさんすごいわ!」
ついには静香まで巻き込んで賛美を始める。となると嫉妬の炎を燃やすのは同等、もしくはそれ以上にことをやってのけることができるドラえもん
とのび太のペアだった。
「ドラえもんだってそれぐらいできるよ!」
ドラえもんはポケットから『無料フード製造機』を取り出すと、ユーノの言うタネであろう空気中の元素固定を用いてハンバーガーをいくつか作りだし
た。そしてそれを一口頬張ってみせると、両手を腰に置いてエッヘンと威張って見せる。
しかし技術のみによる元素固定の工程を目撃して唖然とした管理局勢はともかく、友人達の反応は冷ややかだった。
「でもなぁ・・・・・・」
「ドラちゃんの道具って、ユーノさんの魔法と違って結局道具にしか見えないのよねぇ・・・・・・」
静香の容赦ない一言にドラえもんはガクッと膝を屈するしかなかった。
「でもすごいわよ!元素固定なんて私達でも魔法なしじゃできないのに!ドラえもんさん、その道具は一体どこから―――――」
エイミィが興味津津といった風情で聞いてきたが、その質問はクロノの
「今はその話をする時ではない」
と、強引に打ち切られた。
「それで、その板がその発掘物なのか?」
「う、うん」
その板が皆に見えるように机の上に置かれる。赤茶色に変色した人工物であろう事以外何の変哲もない擦りガラスの板。多少かつての面影を残
しているのか透明な部分もあった。
「この電子ホログラムパッドによれば─────」
ユーノがそう言いながら板にそっと触れると、板に光がおびて空中にテレビの画面が出現した。
「ちょ、ちょっと待って!ユーノくんって遺跡の発掘に行ったんじゃないの?」
なのはが混乱したように聞く。
確かに発掘などと言うからもっと石板とか巻物とかそれらしいアイテムが出てくると思っていたのに、これではよほど未来的ではないか。
それに対してユーノは少し悲しそうな目をして応える。
「そうだよ。このパッドは年代鑑定の結果、5000年以上前に作られたものだった。でももうあの惑星は誰もいない砂漠の惑星だったんだ。・・・・・・こ
の意味、わかるよね?」
「ああ・・・・・・」
なのはには納得できる説明であったようで、顔を俯かせてしまった。
「ねぇドラえもん、どういう意味なの?」
やっぱりわからなかったので聞いてみると、ドラえもんは険しい顔をして答える。
「・・・・・・つまり、どんなに技術が進歩しても文明なんて簡単に滅んじゃうってことだよ」
「え!?あれを作った人達ってもういなくなっちゃったの!?」
わかっていても、はっきり口に出すことでその事実を否応なしに認識させられたらしいみんなの空気が重くなる。
「確かに─────!」
クロノの大声の武力介入に思わず思考がリセットされる。
「確かに滅んだとは限らない。環境の激変に、戦争、何らかの理由で彼らは宇宙やどこかの次元世界へと移り住んだのかもしれない。しかし他人
事ではない事は間違いない。我々はこのようなことを繰り返さぬよう、気をつけていけばいいんだ」
クロノはこちらを見渡してひとまず動揺が収まった事を確認すると、ユーノに先を促した。
「それじゃ続けるよ。このホログラムパッドにはある事件の記録が残っていたんだ」
(*)
ユーノによれば約5000年前。あの惑星が緑豊かな惑星だった頃、ナルニアデスという男がいたそうだ。
「でもある日、彼の妻に贈り物が届いたんだ」
彼が家に帰ってみると、妻がある本を手にしていた。
その出処を聞いてみた所、突然出現したという。
そしてその本─────管制人格は『夜天の魔導書』と名乗った─────が自分をこれの管理者としてしまったらしいと語った。
しかし管制人格曰く、
「私は優れた魔法の収集を目的とした魔導書です。私は過去、未来問わず転生によってたくさんの人の手に渡り、書き足されてきました。今度はあ
なたのご協力をお願いします」
と極めて潔白な目的の下転生してきていた。それに協力してくれる代わりに、減ることはないので書かれている魔法の使用は自由に行ってください
とのこと。もっとも元来人のよかった妻はその崇高な目的の一助になると喜んで受け入れていた。
「これが本来の夜天の魔導書やったんだな・・・・・・」
はやては悲しそうに呟き、守護騎士達も自分達が組み込まれる前のそれに大きな感慨を受けたようだった。
ユーノは続ける。
「それから20年近く2人は魔導書と一緒に平和に暮らした。・・・・・・でも事態は最悪な方に転がっちゃうんだ」
その惑星からたった数光年しか離れていなかった恒星がスーパーノヴァ(超新星爆発)を起こし、観測と確認までの時間差を引いた残り1カ月で衝
撃波が到達することが明らかになった。
対策本部は星系防衛シールドの使用によってやり過ごす案を出すが、シールド発生機はともかく1カ月で用意可能なその星系の恒星を含めた利
用可能な全てのエネルギーを回したとしても足りない事がわかった。
しかし優れた技術者として対策本部にいたナルニアデスは、夜天の魔導書と太陽の核融合エネルギーを足せばそのエネルギーに間に合うことを
発見した。
ロストロギアに稀に含まれ、ミッドチルダではロストテクノロジーとなって使えない高エネルギー粒子体。そして今まで収集してきた魔法の質の高さ
のおかげで極めて莫大なエネルギーが本の中に蓄積されていたのだ。
しかしエネルギー源として使うには魔導書の力をフローさせる改良を施さなけばならなかったし、結果として長い年月を費やして収集されてきた全
てが消えてしまう。
それらを踏まえて妻は
「私達が生き延びる最後の手段ならば・・・・・・」
と涙を飲んで了承し、魔導書の管制人格も
「私はここの方々にはよくして戴きました。それにこんなにたくさんの人を救えるなら、きっと今まで協力してきた皆さんもわかって戴けるでしょう」
とそれを了承した。
かくして夜天の魔導書に改造が加えられ、その時が来た。
結果はほぼ計画通りだった。
展開されたシールドは見事5日間に渡ったエネルギー衝撃波を受け流したのだ。
人々は歓喜に湧き、口々に夜天の魔導書とそれの管理者である妻を賞賛した。
そして感謝の気持ちを込めて消えてしまったページを埋め直そうと惑星を挙げて協力した。
しかし全てのページを埋めたとき、悲劇が起こった。
突如として暴走したそれは妻と町1つを呑み込んで時空の彼方へと消えてしまったのだ。
理由は単純だった。あの時の改造によって完璧なバランスをとっていた魔導書の調和を崩し、それがバグとなってエネルギーのフロー機能が誤作
動して暴走する。
ナルニアデスはこの事実に嘆き、二度とこのような悲劇を繰り返さぬよう改造夜天の魔導書の完全破壊プログラムを作成した。
「そうしてプログラムを夜天歴程としてどこかに封印しているらしい」
「それじゃその夜天歴程があれば、魔導書を破壊することができるんですね!」
スネ夫の期待の気持ちを含んだ確認にユーノは頷くが、こう続けた。
「でももう滅んでしまった文明の文書だから、まだ封印場所の解読が出来てなくてね。それに本局の解析チームが本腰入れても解読まで1カ月以
上掛かるかもしれない・・・・・・」
「1カ月以上も!?」
「ユーノくん、もう少し早くできないの?はやてちゃんのリンカーコアはあと1カ月も持たないんだよ!」
「え・・・・・・なのはちゃん、それは聞きたくなかったわ・・・・・・」
「あわわ・・・・・・そういえばまだはやてちゃんには言ってなかったっけ・・・・・・・」
そんな感じにみんなが気持ちのデフレーションを起こしていく中、のび太とドラえもんはあるセリフが引っ掛かっていた。
「「解読・・・・・・あっ!」」
二人の突然あげた大声に周囲の視線が集中する。
「ほんやくコンニャク、持ってるんでしょ?」
「うんうん。もちろん!・・・・・・『ほんやくコンニャク』!」
管理局勢がこちらの謎の行動に目を点にするなか、ドラえもんはポケットから出したそれを千切ってユーノへと差し出す。
「ユーノさん、これ食べてみて」
「コンニャク?」
「いいからいいから!」
「うん・・・・・・」
何だかわからない様子ながらも食べてみる気になったらしいユーノは意を決したように口に放り込む。
・・・・・・
「コンニャクって不思議な食感だね・・・・・・」
咀嚼すること数秒、ようやく呑み込んだユーノが苦笑いしながら感想を漏らす。どうやら外国人には蒟蒻(こんにゃく)の良さはわからないらしい。
しかしあの蒟蒻は単なる食べ物ではない。
のび太がホログラムパッドの映し出したディスプレイを指差している事に気づき、彼の視線が自然と画面に移る。瞬間、目付きが変わった。
「あれ!?読める、読めるぞ!」
するとユーノはその知的好奇心の赴くまま手近の席に腰を降ろすと、一心不乱にパッドを操作しながら読み始める。
その様子にエイミィやシャマルが感心したように呟く。
「ふぇ・・・・・・ドラちゃん達ってすごい魔法―――――いや技術を使えるんだね」
「私もこんな魔法初めて見ました」
ほとんどひみつ道具を見たことがないなのはやはやて達を含めて管理局勢が改めて驚きの視線を向けるなか、のび太とドラえもんは
「「いや〜それほどでも〜」」
と揃って照れた。
(*)
その後すぐにのび太達は自宅へと送られた。
時刻はすでに11時を回っており、静香などは両親が心配していないかと案じていた。
しかし家に帰った時、誰一人として理由を問いただされることなく済んだ。
実は彼ら彼女らの親族にはクロノとフェイトの母で、今は第97管理外世界に住んでいるリンディ・ハラオウン統括官が救出直後
「お子さん達が『もう少し誕生会を続けるんだ!』と言い張って聞かないので、こちらで少し延長してしまいました。お電話が遅くなってしまってすみ
ません。私が責任を持ってお家まで送りますので安心してお待ちください」
という旨の連絡をしていたのでそれほど心配されずに済んだのだった。
(*)
「はやてちゃんの誕生日会、盛り上がったんですって?」
翌日の早朝。ドラえもんといつものように1階の洗面所で歯を磨いていると、寝間着姿のママが聞いてきた。
「うん、楽しかったよ」
盛り上がるどころか死線をくぐる事になったりと大変だったが、誕生日会の盛り上がりは嘘じゃなかった。
一方ママの方もそれを聞いて目を細める。
「そう・・・・・・10年ぐらい前にご両親が危篤のはやてちゃんを病院に置いたまま"行方不明"になった時はどうなる事かと思ったけど、元気そうで何
よりだわ」
「(・・・・・・あれ?行方不明?交通事故・・・・・・じゃなかったっけ?)」
しかし確信はなかったし、ドラえもんもそこまでは知らないはずだ。結局
「(僕の勘違いだったかな?)」
とその問題を片づけてしまった。
―――――
以上
ありがとうございました。
久しぶりの投下乙
偽物語のTVシリーズが始まったが、
何となくリリなのシリーズを見たがはらさんのツンドラ感想が聞いてみたいw
252 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/11(水) 07:48:21.03 ID:zCW5y2ip
hosyu
Forceのアイシスで爆薬の使用には何も問題ないと分かったからボンバーマンとクロスだな。
ボンバーマン→爆弾男
ロックマン→岩男
ウルトラマン→超男?
ボンバーマンはある四コマのせいで気に入らない奴を無差別に爆破する
爆弾魔のイメージがこびりついてる
どう考えても六課に追い掛け回される役だ
>>255 ボーダーブレイクに嵌ってる俺はすっかりリムペX使いのイメージだZE
俺はマインマンだけどなw
257 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2012/01/13(金) 21:52:36.33 ID:3fbsHvRN
>>255 それ、ダイナマン(ENIXの4コマ漫画で、スーパー戦隊のほうじゃない奴)
>>257 覚えていた奴がいたとは
ちなみにその作者がダイナマン描く前の読みきりがボンバーマン四コマだった
目つきが糞悪いのよ
俺はコロコロにのってた4コマだな
爆ちゃんとか出てた
23時頃よりマクロスなのは第27話を投下します。
よろしくお願いします。
時間になりましたので、投下を始めます。
マクロスなのは第27話「大防空戦」
1502時 クラナガン上空2000メートル
そこではアルト率いるサジタリウス小隊がCAP任務に従事していた。
既にクラナガン上空で任務を開始してから2時間を超えている。
普段ならあと2時間足らずでこの任務を終え、引き継ぎに交代する。しかし今日は航空隊のオーバーホールのため、あと4時間は缶詰の予定だった。
こうなると普段禁止されている私語が多くなる。天城はその軽い性格からか、いつもおしゃべりが過ぎる。しかしこの日、真面目なさくらまでもその岩
戸が軽石になってしまっていた。
『─────それでさ、基地のパン屋のお姉さん、ほら、あの・・・』
『・・・ああ、いつも基地にパンを持って来てくださっている事務員のお姉さんですね。』
『そう、それ!でさ、昨日パン屋さん午前中休みだったろ?』
『そう言えばそうですね・・・・・・何かあったんでしょうか?』
『うん、それがさ、そのお姉さんが朝の7時ぐらいにミシェル中隊長の部屋から出ていくのを見たやつがいるんだよ!』
『え!?ということは朝帰りぃ!?』
(・・・おいおいミシェル、もう噂になってるぞ・・・)
アルトは昨日、彼の部屋に入ろうとしてドアにハンカチが挟んであったことを思い出し、「やっぱりそういうことだったのか」と、全く変わらない戦友であ
り友人である男に頭を抱えた。
『その公算は大だな。・・・ああ、俺も一度でいいから、女を抱いてみてぇ〜!』
『・・・・・・天城さん、私の前でそんなこといっていいんですか?私も一応女なんですけど』
『あっごめん!さくらちゃんだとあんまりにも気兼ねなく話せちゃうからつい・・・』
『もう知りません!』
『あぁ、さくらちゃぁ〜ん!』
この会話を聞いたアルトは「ざまぁみろ」と思ったそうだが、定かではない。
『もう・・・あ、ところでアルト隊長、』
突然の天城の転進に「な、なんだ?」と生返事を返す。
『噂で聞いた話なんですが、アルト隊長がランカちゃん≠ニ付き合ってるってのは本当なんですか?』
その予想外だった問いにアルトは制御を誤り、機体は機位を崩して5メートルほど落下させる。VF-25がピーキーな機動性能を誇るゆえに可能とし
た機動だが、今は彼の動揺を証明する役目しか果たしてくれなかった。
増速によって編隊まで高度を持ち直す。
「い、いきなりなにを─────」
『あっ、それ私も聞きました!本当なんですか、アルト隊長?』
さくらは左を飛んでいるため、左耳から聞こえる無線に、アルトは嫌気がさす。
「おいおい、さくらまで・・・お前らバルキリー隊の隊長を色恋で話題にすると、突然撃墜されるってジンクスを知ら─────」
2人を説き伏せようと説明していると、天城の叫び≠ェそれを遮った。
(え!? マジ?)
右後方のバックミラーに天城の機体が飛んでいるのを確認する。
流れる動作でレーダーを警戒するが、敵機なし。
変わったことと言えば、少し離れたところにヘリが飛んでいるだけだ。
(ん、待てよ・・・ヘリだと?)
アルトはヘリに視線で照準すると、モニターでズームをかける。
すると予想は的中。ヘリは六課のヘリだった。
そのヘリの窓にはどういうわけか、出張中なはずのランカの姿がある。
そして間の悪いことに、こちらを見つけたのか手を振っており、彼女の唇を読めば自分の名を呼んでいることはバレバレであろう。
「うぉぉぉ!アルト隊長!ランカちゃんのサインを3枚お願いします!うちの家族がランカちゃんの大ファンなんです!」
どうやら天城は完全に恋人認定してしまったようだ。
アルトは溜め息をつくと、ヘリに繋ぐのは嫌なため、上空のAWACS(空中警戒管制システム)『ホークアイ』に回線を繋いだ。
無論なぜこんなところを六課のヘリが飛んでいるのか聞くためだ。すると、
・15分ほど前にクラナガン外辺部で休暇中だったライトニング分隊の2人がマンホールから出てきた5〜6歳ほどの少女を発見したこと。
・その少女はガジェットが狙っているロストロギア「レリック」を1個引きずっており、大変衰弱していること。
・六課のヘリが保護のため急行しているが、なのは達はデバイスの調整のため出撃できず、準備の出来ていたランカが代わりに緊急時に備えて乗
せられていたこと。
などの情報が提供された。
「レリック絡みか。わかった。サンキュー、ホークアイ」
『いやなに、君たちの会話の方が楽しかったよ』
「なぬ!?」
『私にも5枚、サインをよろしく頼むよ。うちの甥っ子もえらくご執心でね。交信終了』
アルトは無線に
「ちょっと待てぇぇぇーい!!」
と怒鳴るが時すでに遅し、回線は切られていた。
『・・・アルト隊長』
「・・・なんだ?」
『認知しましょう』
「いや、だ・か・ら、俺とランカは別にそんな関係じゃないんだぁ!」
アルトの叫びが澄んだ青空に響き渡った。
(*)
その後ガウォーク形態で3機はヘリの護衛に入った。
来るかわからない航空型の警戒より、周囲に敵がいる公算の高い場所へ赴く、ヘリの警護が優先されたのだ。
その間にアルトはランカに対し念話を試みる。
『(おーい、ランカ?)』
『(あ、アルトくん久しぶりぃ〜)』
『(・・・大丈夫なのか?)』
『(うん。向こうの人達にはすっごいよくしてもらったし、戦争だって終わったんだもん!)』
念話は言葉を介した意志疎通とは少し違う。これには言葉以外に言語では表現不能な概念・思考すら載せる事ができるのだ。
こう表現すると「そんな役立つものがあるのに、なぜまだ不完全な言葉など使っている?」という話になるが、実は念話は慣れていない相手だと稀に
、相手に与えるのには好ましくない思考を載せてしまう事があるのだ。
つまりごく稀に本音が丸見えになるという事だ。
本音と建前の人間の世界、話す時に稀にでも相手の本音が見えたら決して成立しないだろう。
だから念話で話すにはそれ相応の勇気が要り、よっぽどの親友や仕事でない限り用いられなかった。
しかしランカから流れ込んだ思考には本当に嬉しいという思いだけが伝わってくる。
自分自身彼女に対する本音がわからない分、どう伝わっているか不安が残るが、彼女の無事が確認できただけでもよかった。
それから1分も経たない内にヘリは現場に到着。少女のヘリへの搬送が開始された。
しかし─────
「こちら機動六課、ロングアーチ。地下にガジェット反応多数!搬送を急いでください!」
ロングアーチの警告とともにガジェットが地上に出てきた。
幸い付近は既に交通規制で人はいない。ガジェットは用さえなければ家の中まで入ってこないので民間人は大丈夫だ。しかし道路でアイドリングす
るヘリに敵が迫る。
シャマルとランカが、担架(たんか)に乗せた少女を急ぎヘリに搬送しているが、まだ遠くとても間に合わない。
休日返上で集まっていたフォワードの4人も搬送する2人を守るので精一杯で、ヘリまで手が回らないようだ。
「ヘリを死守する!行くぞ!」
『了解!』
アルトの命令に呼応してガウォークからバトロイドに流れるように可変すると、3機でヘリを囲み、地下からワラワラと出てきて全方位から迫るガ
ジェットに相対した。
『やっとなまった体が動かせるぜ』
天城のVFー1Bが腕を降ろしたまま肩をぐるぐる回した。そんな天城にさくらが釘を刺す。
『天城さん、抜かれないでくださいよ』
『へいへい』
市街地なので発砲は厳禁。しかしヘリを1機、1分ほど守るだけなら、彼らにはそれで十分だった。
「サジタリウス小隊、交戦!」
アルトは宣言と共に先頭にいたT型をぶっ潰した。
(*)
一度途切れた意識が五感と共に帰ってくる。
頭の中が霧がかかったかのようにぼやけているが、1つだけわかる事がある。ここは戦場だ。
何かと何かがぶつかり、轟音と共にどちらかが、もしくは両方が壊れてしまう。
大人達は自分を縛りつけ、自らに眠るちから≠使ってヒトや物を壊すことをいつも強要した。
ぼやけた視界に映る、必死の形相をして自分を運ぶ金髪と緑の髪したお姉ちゃん達も、自分に戦いを強要するのだろうか?
彼女は自らの運命を呪うと、意識と共に記憶を閉じた。
(*)
『ヘリの離陸を確認!』
VFー25の外部マイクがティアナの声を拾う。
アルトが見たときにはヘリは(バトロイド形態の)目線の位置まで来ていた。ヘリはそのまま急速に上昇していき、安全高度まで行くと病院へと直行し
た。
「よし、長居は無用だ!さくら、先に飛べねぇ3人を連れて上に上がれ」
『了解!』
さくらは頭部対空レーザー砲で牽制しつつ後退。バトロイドからガウォークに可変すると、さっきまでヘリが駐機していた位置に移動する。
現在サジタリウス小隊とフォワード4人組は、ヘリのいた位置を中心に円陣を組んで全周位から迫るガジェットに対抗している。そのためヘリが居な
くなろうと、その場所が一番安全だった。
『皆さん、聞いた通りです。早く手に乗ってください!』
さくらがVF-11Gのマニピュレーター(手)を地面に広げ、外部スピーカーで呼び掛ける。
しかし円陣の内郭を構成するティアナやキャロはともかく、自分達と共に外郭で戦うエリオはおいそれと戦線から後退することは出来なかった。アル
トはハイマニューバ誘導弾による援護を準備しようとした矢先、その宣言が聞こえた。
「クロスファイアー・・・シュート!!」
一斉に放たれたオレンジ色の誘導弾は、数を優先したためかガジェットのシールドを抜くことはできなかった。しかしその進攻を遅らせ、エリオが後
退する時間とアルト達が穴を埋める時間をひねり出した。
「いいぞティアナ。ナイス判断!」
アルトの掛け声にティアナは
『どうも!』
と応じると、後退してきたエリオ共々ガウォークの手のひらに収まった。
『じゃあしっかり掴まっていてくださいね!』
さくらは警告すると、時を置かずエンジンを吹かして離床。急速に高度を稼いでいった。
「おっし、天城にスバル、次は俺達だ」
『了解!』
上空から再び放たれたティアナの誘導弾に援護されながら、アルトと天城はガウォークで、スバルはウィングロードを展開して上空に退避した。
こうして目標を失ったガジェット達は撤退して・・・いや、新たな目標を見つけたらしい。戦闘機動レベルのスピードで次々マンホールに入っていく。理
由はすぐに知れた。
『こちらロングアーチ。今までジャミングにより探知できなかったレリック反応を地下から2つ確認!回収に向かってください!』
「・・・っておい、ロングアーチ!あの大軍の中に4人を突入させる気か!?」
なに1つ反論せずバカ正直にも
『了解』
と応答しそうな4人の代わりに異議を訴える。
軍隊では捨て駒にされるなど日常茶飯事だ。
例えばフロンティア船団でも中期の対バジュラ戦に投入された新・統合軍がその典型例だ。
バジュラの進化によって彼らの保有する武装が何1つ効かなくなった状況で、出撃を命令され無駄に命を散らしていった。
軍隊とはそういうところだ。だから生き残るために常に最善の努力を必要とする。反論など大した努力は必要ない。それで作戦の穴が見つかり、手
直しされて生存率が上がるなら、それに越したことはないのだ。
しかし六課は軍隊≠ナはあっても無策のバカではなかった。
『そのことなんですが、おそらく問題ありません。現在ガジェットの優先命令はレリックの確保と思われ、積極的な攻撃はないと推測されます。また、
事態を聞きつけた第108陸士部隊の陸戦Aランク魔導士が1人、5分で支援に駆けつけてくれるそうです。』
「・・・なるほど」
とアルトは呟くと、やる気満々という目をした4人に視線を投げる。
「・・・だそうだ。お前らの力を存分に発揮してこい!」
『『了解!』』
4人は敬礼すると地面に降ろされ、マンホールへと突入していった。
「・・・全く、お人好し揃いだな。管理局は」
アルトの呟きにさくらが割り込む。
『それを隊長が言います?』
「・・・そうだな」
俺もいつの間にかお人好しになってしまったらしい。
しかし敵はそんな感慨を抱く平和な一時(ひととき)すら許さなかった。
『こちら『ホークアイ』、クラナガン近海に敵の大編隊が多数出現!機種はおそらく改修前のガジェットU型とゴーストだ。目標はヘリでなくクラナガ
ンの模様。サジタリウス小隊は即座に迎撃行動に移れ!』
嫌な現実が耳に入った。しかし過去を振り返るにはもう遅い。今はやれることをやるしかないのだから。
「サジタリウスリーダー了解!これより迎撃行動に入ります!」
ファイターに可変したVFー25を始めとする3機は最加速。目標空域海上に急いだ。
(*)
『『ホークアイ』よりサジタリウス小隊。いま増援を要請した。5分で六課のスターズ1とライトニング1が。その20分後に緊急出動するバルキリー隊が
合流する。それまで何とか持ちこたえてくれ』
「了解」
VFー25率いるサジタリウス小隊は中距離ミサイルの射程に入ると、中HMM(中距離ハイマニューバミサイル)を一斉に放つ。
今度のミサイルは今までの2系統の誘導方式のシステムに改良を加えたもので、通常の回避手段にもある程度対応できるようになっていた。とは
言え、今まで敵が回避手段を講じたことがないため、効率面から誘導システムがセンサーを全面的に信用するようセットしていた。今回はそれを通
常の設定に戻しただけだったりしたが。
サジタリウス小隊の保有する全中HMM、都合20近い光跡を残してマッハ5で飛翔するそれは、30秒程度で着弾した。しかし全てではなかった。
「なんだと?」
半数以上が目標を見失ったかのように迷走していた。
しかしフレアに代表されるような妨害装置の使用は見られない。強いて言えば当たったのに当たらなかったというか─────
『こちら『ホークアイ』、敵は幻影魔法を展開している!現在術者を走査中だ。十分注意して迎撃せよ。実機はおそらくレーダーに映っている半数以
下だ!』
どうやらガジェットを使役する者達が本格的に動き始めたらしい。アルトは猛る血を抑えると、僚機に指示を出す。
「各機、陣形トライアングラー=I行くぞ!」
『『了解!』』
さくらはバトロイドに可変すると三浦半島の海岸線に着陸し、アンカーでしっかり片膝撃ち姿勢を取る機体を固定。己の長大なライフルを敵の迫る南
へと向けた。
続いて天城がガウォークに可変すると、さくらの直掩に入った。
この陣形は『アルトが突入して敵をかき乱し、さくらが援護狙撃を行い、天城が撃ち漏らしを排除する』という時間稼ぎと敵の一地域の釘付けに主眼
を置いた陣形だった。
ちなみにこのネーミングセンスだが・・・アルトの前隊長によるものが大きいと予想される。
ともかくアルトは、天城のマイクロハイマニューバミサイル。さくらの狙撃、そして自身のハイマニューバ誘導弾と共に敵に突入していった。
(*)
サジタリウス小隊が交戦に入ってから5分後の横浜上空。
そこでは今、2人のワルキューレが天を駆けていた。
「スターズ1よりホークアイ、現状は?」
『こちら『ホークアイ』。先行したサジタリウス小隊が敵大編隊を迎撃中。現在おかげで戦闘空域は相模(さがみ)湾上空に限定されている。船もない
ので安心して撃墜して構わない。また、幻影はロングアーチの協力で実機との区別がつきつつある。これはデバイスに直接IFFとして送信する。また、
混戦なため誤射に注意せよ』
「了解」
なのはは答えると、『Sound only』と表示された通信ディスプレイを閉じた。
そして今や10キロメートルを切った戦闘空域を睥睨する。
そこでは真っ青なキャンバスをバックに、自分達魔導士には無縁な白い飛行機雲が、幾筋も複雑な螺旋模様を描いている。
「綺麗・・・・・・」
思わず素の感想が口に出る。
しかしその作品を作っているのがアルトのVF-25と、ガジェット・ゴースト連合であることを思い出し、あわてて頭を振ってその考えを吹き飛ばした。
「フェイトちゃん、行くよ!」
頷く10年来の親友。
「スターズ1、」
「ライトニング1、」
「「エンゲージ(交戦)!」」
2人は文字通り光の矢となって、空域に突入した。
(*)
ガーッ、ガーッ、ガーッ─────
鳴りやまないミサイルアラート。多目的ディスプレイは真紅の警告色に染め上げられている。
VF-25は魔力素のアフターバーナーを焚きながら上昇を続ける。
アフターバーナーを焚いたVF-25は、推進剤である魔力素が機体の推進ノズルや大気との摩擦で発熱するため、赤外線カメラを通して見れば太陽
のように光輝いて見えることだろう。
周囲を飛翔する全ての敵ミサイルが、そんなVF-25に打撃を与えんと、回避運動すらせずに追いすがる。
それを確認したアルトはスラストレバーを下げ、フレアを撒くと足を60度機体下方に展開する。
こうすることによって推進モーメントが突然変わったバルキリーはクルリと前転、機首を下に向ける。
そして再び足を戻して下降するVF-25を尻目に、高熱源体となったフレアにミサイルが引き付けられ、そのすべてが誘爆した。
「ふぅ・・・」
アルトは前方を塞ぐ実機のガジェット達を徹甲弾を装填したガンポッドで次々葬っていく。
しかし敵は全天を覆っていた。
彼は顔をしかめて敵を俯瞰していると衝突コース!≠ニいう警告がディスプレイに表示された。
しかしレーダーに映る敵機はIFFには反応なし。
つまり目視できるしレーダー反射もあるが、六課のスーパーコンピューターが『あれは幻影だ』と、結論を出したという事だ。
正直幻影だろうと実機だろうと撃墜か回避したいが、おそらく敵の罠だ。
確かに発砲してあれが実機でないと証明するのは簡単だ。
しかし敵が作戦を変更してしまうので、こちらが『あれが実機でない』ことに勘づいたことを知らせる訳にはいかない。また、機動を操作されるわけに
はいかないため、回避もできない。となればそのまま突入するしかなかった。
迫る敵機。もし実機なら正面衝突で大破は免れない。
(南無三!)
アルトは一瞬で全ての神仏に祈る。
次の瞬間には敵機はVF-25を通り抜けていた。
後方を振り返ると、やはり罠があったようだ。ガジェット数十機がホバリングして袋を形成している。回避していればあの袋に飛び込んで集中砲火と
いう結末だったらしい。
(最近は罠を作るぐらいの頭ができたんだな・・・)
アルトが感心する内もガジェットは半ばホバリングしているためさくらの狙撃が面白いほどよく当たる。
しかしゴーストが対応を開始した。
彼らは三次元推力偏向ノズルで機首を無理やりこちらに向けると向かってきた。
いつの間にか囲まれている。
このままでは包囲、殲滅される!と危惧したアルトは遂に奥の手を出した。
「メサイア、トルネード<pック装備!」
「roger.」
VF-25の胴体全体を一瞬青白い光が包み、背面に2門の大口径ビーム砲を、そして両翼には旋回式追加ブースターと装甲を装備した。
機動重視の装備として開発されたこれは、FAST(スーパー)パックを数倍する機動性能を発揮する。バジュラとの抗争では開発未了であったが、こ
れさえあれば被害は4割は減らせたと言われている悲願の追加装備だ。
さくらの速射狙撃が包囲するゴーストの一角に穴を開ける。
アルトはスラストレバーを一杯まで押し上げると、その穴から一気に突破、包囲から脱出を図る。
しかし援護にも限界がある。上方より数機のゴーストと火線。
アルトは両翼に装備されたブースターを左右逆に旋回して急激に90度ロール機動をおこなうと、間髪いれずに主機、旋回ブースター、スラスター・・・
すべての機構を駆使して上昇をかける。その瞬間的なG(重力加速度)は『ISC』、『イナーシャ・ストアコンバータ』、デバイス由来の重力制御装置の
限界を越え、アルトの体に生のGを掛ける。しかしいままで反吐が出るような訓練に鍛えられた彼にはどうということはない。
機体はゴーストでも真似できないような角ばった急旋回を行って敵の火線を回避すると、ガウォークで急制動。擦れ違おうとしたゴースト数機に背面
のビーム砲を照準すると立て続けに見舞った。
魔力出力にしてSランククラスの砲撃を受けたそれらは、瞬時に己の体を空中分解させて海の藻屑へと帰した。
『こちらサジタリウス2(さくら)。弾が切れました。これより魔力砲撃に切り替えます』
遂に持ってきた砲弾を撃ち尽くしたらしい。魔力砲撃ではこの空域全体に作用したAMFにより威力が格段に低下するが、致し方ない。
アルトとてガンポッドに残る残弾など雀の涙だ。
熱核反応エンジンは戦闘機に無限の航続能力を与えたが、積める弾薬量が決まっている以上、まともな戦闘可能時間は旧式の戦闘機と変わらな
いのだ。
(荷電粒子ビーム機銃さえ使えれば・・・)
現在もシール(封印)状態でVF-25の両翼に装備されているこのビーム機銃は、最初からバジュラには効かなかったが、AMFが作用しないため
ゴーストやガジェットなら苦もなく落とせるはずだった。
だが局員となった今、そんな物を使えば暖かい寝床から一転、鉄格子の部屋で寝ることになる。
アルトは無駄なことを考えるのをやめると、戦術に集中する。
トルネードパックで機動力の上がったVF-25に対し、ゴーストとガジェットはその機動性と数で対抗してくる。
更にゴーストの撃ち出す実体弾は、バルキリーの転換装甲のキャパシティをすごい勢いで消耗させていく。
(というかこれはマジ物のアンチ(対)ESA(エネルギー・スイッチ・アーマー。エネルギー転換装甲)弾じゃないのか・・・・・・?)
通常の実体弾はこれほどの消耗を強いるものではないはずだった。
とにかく、客観的に見てこれ以上の進攻阻止は無理だった。
しかしすでに1キロ程先に三浦半島の海岸線があった。
(現行戦力でこれ以上の足止めは無理だ。しかし半島上空を戦場にするわけには・・・・・・)
そこに見える民家が、彼に後退を躊躇わせた。
その時、待ちに待ったものが来た。ディスプレイに表示される空域マップを貫く太く赤い線≠ニ退避要請≠ニいう文字。
敵は大量に後ろに引きつけている。ここで撃てば最も多くの敵を巻き込めるだろうが、時空管理局、特に彼女がそれをするはずがない。かといって
一度意図を図られてしまってはその効果は急速に薄まる。
ならば自分にできることは何が何でも急いでこの位置から退避するしかなかった。
アルトは操縦桿を倒すと左ロール、続いて主観的な上昇をかける(つまり左旋回)。もちろんその間スラストレバーは限界まで前へと押し上げられて
いる。
機体が転換装甲の使用を前提とした設計限界である25Gの荷重によって悲痛な悲鳴をあげる。VF-25のF型(高機動型)としてスペシャルチューンさ
れた『新星/P&W/RR ステージ II 熱核バースト反応タービン FF-3001A改』が己の力を示すように、そして左右エンジンでハーモニーを奏でるかの
ようにその雷のような轟音によって圧縮した空気と魔力素を後方へと吐き出す。両翼のブースターも主翼の空力だけでは成し得ない無理な上ベクト
ルの力を捻り出す。
アルトもまた、転換装甲維持のため機載のISCが止まった事により、襲いくる津波のような力に必死に抗う。
そして赤い線の示す射軸線をVF-25が越えると同時に、海岸線から桜色をした魔力砲撃が伸び、射軸上にいたゴーストとガジェットに突き刺さる。そ
れは幻影含めて50機近くを瞬時に撃墜した。
『アルトくん、大丈夫!?』
天使の声が聞こえる。
「ああ、なのは。助かった」
しかし安心したアルトの機動は少しだが単調になっていた。
ゴーストはその機を逃さず肉薄してきた。
そのゴーストから横になぎ払うように機銃弾が放たれ、VF-25に迫る。
(緊急回避は・・・間に合わない!)
アルトはトルネードパックの装甲パージによる囮回避に備える。しかし機銃掃射はバルキリーまで来ない内に止まった。
不思議に思ったアルトはゴーストを仰ぎ見る。
そこには金色の矢に貫かれ、海に力なく落ちていくゴーストの姿があった。
外部マイクが女性の声を拾う。
『・・・もう、私の事も忘れないで欲しいな』
彼女は大鎌形態のそのデバイスを、その華奢な肩に担ぐと大見得を切った。
同時に周囲に展開する他のガジェット、ゴーストにもランサーの雨が襲い、その多くを撃墜、爆炎が花を添えた。
「フェイト!」
外部スピーカーを通して放たれたアルトの声に、彼女はニッコリ微笑みを返した。
(*)
六課の合流後、すぐに役割に応じて部隊を再編する。
高機動型であるアルトとフェイトの2人は、引き続き敵を掻き乱す前衛部隊。
2人に構わず進む編隊には、さくらとなのはの火力部隊が当たり、天城は機動部隊として2人の直掩と撃ち漏らしの掃討を続行。
この後の戦いは比較的スムーズに進んだ。
そして10分後、更なる援軍が到着した。
『こちら機動六課フロンティア2。これより、支援します!』
聞こえた声はランカのものだった。レーダーを見るとヴァイスのヘリが戻って来ていた。
どうやら保護した少女を、この近くの聖王教会中央病院に置いて、とんぼ返りしたようだった。
『みんな!抱きしめて!銀河の、果てまでぇ!』
フォールド波に載ったランカの常套句が、半径10キロに渡って響き渡った。
続いて流れてくる歌声。
アルトはそれを聞いて、先ほどの念話以上の安心感を抱いた。
彼女の歌声は、いつかのような迷いある歌声ではない。
誰に向けてのものかはわからない────きっと、生きとし生きるもの全てにだろう────が、晴れ晴れとした澄み渡った空のように、暖かい歌
声が沁み渡っていった。
(*)
ランカの参入は戦闘の趨勢を激変させた。
魔導兵器であるガジェットU型はレーザー攻撃を封じられボロボロ落とされる。
ゴーストには魔導技術がほとんど導入されていないらしく相変わらず元気だったが、ガジェットが脅威でなくなった分、楽になった。
しかし、ランカの超AMF範囲内にありながら、幻影魔法が解除されることはなかった・・・・・
To be continue・・・・・・
以上、ありがとうございました。
久しぶりの乙
乙乙!
乙
さくらの認知発言の所為で痴情のもつれから始まる修羅場を色々想像してしまった…
どうもお久しぶりです
23:30頃からEXECUTOR第14話を投下します
■ 14
時空管理局本局まで27万キロメートル、月軌道の間から入港水道に入ったヴォルフラムは、月面泊地から出港していくミッドチルダ艦隊とすれ違った。
2列縦隊で隊列を組んだ8隻の空母の周囲を巡洋艦が固め、ミッドチルダから一番近い次元航行開始ポイントへ向かっていく。
ミッドチルダの惑星宙域内では、次元潜行艦も浮上航行を行いある程度離れてから潜航をはじめる。潜行艦に特有の次元干渉波動が、淡い光の航跡を引いて艦隊の周囲にたなびいている。
虚数空間と実数空間を任意に移動できる次元潜行艦は隠密性に優れ、重要な戦力である空母を護衛する。
バイオメカノイドが、虚数空間からの攻撃を仕掛けてくる可能性も考えられる現在では、潜行艦による護衛は必須となる。
次元航行艦と潜行艦の違いとは、虚数空間へ移動する際にワープが必要かどうかである。
次元航行艦の場合、虚数空間へ移動するにはワープを行い、ワープアウト先を虚数空間に指定する必要があるが、次元潜行艦はこれらの空間をシームレスに移動することが可能である。これによって、機動性の向上──いわゆる“四次元機動”が可能になる。
従来の水上艦であれば海上という平面を移動する二次元機動であり、それに対して潜水艦は深度を含めた三次元機動が可能であると表現された。
宇宙空間を航行する次元航行艦は三次元機動がもともと可能であるが、それに加えて実数〜虚数の空間軸を移動することで、艦の位置を示す座標系は4軸となり、それが四次元機動と表現されている。
次元潜行艦は、実数空間から虚数空間へ、またはその逆の移動をするとき、存在が半透明になるような状態をとることがある。
艦船操縦においては、この状態を“半潜”と呼び、潜水艦が潜望鏡だけを海面に出している状態になぞらえられる。
海面下のごく浅い深度を航行する潜水艦は、上空からは水を透かして見えたり、至近弾によってダメージを受けることがある。
同様に、次元潜行艦も虚数空間への潜行深度が浅い場合には、実数空間で炸裂した攻撃力が虚数空間に漏れ出してきてダメージを受けることがある。
この現象は、統一理論が示す4つの力が次元を超えて伝播することが原因であると現在では考えられている。
すなわち、物理現象によって発生した重力波が虚数空間にも影響を及ぼすことで、潜行状態にある艦でもダメージを受けるということである。
インフィニティ・インフェルノがアルカンシェルを防御したのは、急速潜行によって虚数空間へ逃げたことによる。
アルカンシェルは限定された範囲内に空間歪曲の効果を制限するという性質上、次元潜行状態にある目標へもダメージを与えるために威力を大きくすると、虚数空間へ漏れた空間歪曲が実数次元に逆流する現象が起きる。
この現象は過去の戦乱期において、次元破壊爆弾(大規模次元震動誘発兵器)の爆発実験において観測され発見されていた。
そのため、地球至近を周回する軌道に乗っているインフェルノを次元破壊爆弾で攻撃することは作戦立案上不可能な攻撃オプションである。
炸裂範囲を通常のアルカンシェルと同じ200キロメートル程度に抑えたとしても、超高次元に漏れた重力波が通常空間に逆流し、巨大な次元震が発生して地球に被害が及んでしまう。
同様にアルザスにおいても、惑星表面にいる目標に対して次元破壊爆弾を使用することはできない。
そのため、通常兵器による攻撃を前提にした場合、惑星全域をカバーできるだけの艦を配置する必要がある。
「副長、あれはミッド海軍の」
操舵席に座るフリッツが、スクリーンを見上げて言う。
次元航行艦では、通常の艦隊航行でも互いを目視で確認できるほど艦同士が接近することはないため、艦橋などの窓はレーダーなどで探知した情報をもとに擬似的に再現されたイメージ映像が投影される。
密集隊形をとって航行するミッドチルダ機動部隊も、艦同士の間隔は数百キロメートル以上離れている。
「最新のCS級ですね。先頭は『ビルシュタイン』、その後ろに『グリーン・ファクトリー』、護衛にはXJR級『スワロー』……そうそうたる顔ぶれですね」
「確か、ビルシュタインは今年の春に就役したばかりの艦ですよね」
ポルテもスクリーンを見つめている。
CS級空母は装甲化された巨大な船体と多数のカタパルトを備え、魔導師および魔力戦闘機の大量運用が可能になっている。
いわゆる艦載魔導師も大気圏内ならともかく宙間戦闘は生身では行えないため、電池式の気密バリアジャケットが組み込まれた戦闘機に搭乗する。
形態としては通常の航空機と同様であり、しいて言えば魔力駆動のため空力的な制限を受けにくいことから機体を太く重装甲にするものが多い。
宇宙空間では殊更に気密が破られることが致命傷になるため、前方投影面積の縮小はあまり意味が無くシールドや装甲による防御能力向上のほうが効果が大きい。
例を挙げればガジェットドローン1型、3型が球状のフォルムを持っていることなどである。
甲板上に描かれた発艦用のガイドレールが、幾何学模様を作って空母の存在感を示している。
「バイオメカノイドが、第6管理世界アルザスに出現したとの連絡がありました。おそらくそこに向かうのでしょう」
フェイトとなのはは、居住区に戻って休息を取っている。
ここでまた、被害を受けた次元世界が増えたとなればまた彼女たちにさらなる混乱をもたらしてしまうだろう。
アルザスは、なのはたちが機動六課時代に共に過ごした少女、キャロ・ル・ルシエの故郷である。
故郷を失ったことになる彼女を思い、またさらに心を痛めることになる。
「大丈夫でしょうか」
「健闘を祈ることしか、今の私たちにはできませんね」
ポルテの呟きにエリーが応える。
誰もが心配になることである。
このヴォルフラムもバイオメカノイドと実際に戦い、クルーたちは敵の強大さと異質さ、恐ろしさをその身にしみて味わっている。
バイオメカノイドと戦うには、これまでの常識が通用しない。
威嚇など役に立たないし、小口径弾を数発当てた程度では倒れない。また、人間や他の生き物のように、撃たれた痛みで苦しむということも無い。脚部などを破壊されて動きに支障を生じることはあるが、痛くて動けない、といったことはない。
ましてや、警察用のNLW(ノンリーサルウェポン)など制圧にさえ全くの威力不足である。
人間の魔導師をぶつけることは危険であるし、また戦闘車両や航空機であっても安心はできない。
しかもそれが、一度に数万体単位で現れ、押し寄せるのである。
まさに悪夢といえるだろう。
アルザスをはじめとした各地に生息している大型竜などの魔法生命体の場合、大きな体躯の生物になるほど生息数が少なく、人里はなれたところに分布しているため、人間が襲われるといった被害も無いわけではないが少なかった。
バイオメカノイドの個体数は、生態系の概念を全く超越している。
生態系の中の捕食者などの位置に組み込まれているわけではなく、それ単体での増殖が可能である。
バイオメカノイドを狩れる生物はいないし、またバイオメカノイドも他の生物を餌にしているわけではない。ただ生物も無機物も無差別に吸収し取り込んでいくだけである。
アルザス軌道上に待機していたL級巡洋艦からの報告で、バイオメカノイドたちが惑星内部へ掘り進み始めたことが観測されていた。
惑星TUBOYのように、バイオメカノイドはアルザスの惑星そのものを食べ始めた。
ヴォルフラムはミッドチルダ機動部隊とすれ違い、時空管理局本局への軌道をとる。
本局のドックへ入港準備をしていた頃、次元間航行を開始するミッドチルダ機動部隊の艦影が、彼方に輝いていた。
新暦84年1月1日、LS級巡洋艦ヴォルフラムは時空管理局本局へ帰還し、3番ドックへ入渠した。
ドックではただちに損傷した艦橋と兵装の修理作業が開始され、同時に、負傷者の医局への移送が行われた。殉職者の遺体は別途、時刻を改めて本局内の教会へ送られる。
ただし、ヴォルケンリッターの4名については本局技術部が治療ポットを引き取って分析を行うことになる。
はやての意識が回復していない以上、守護騎士システムに何が起きているかを調べて確認しなくてはならない。
はやてもまた、通常の治療では対応が困難なため、本局技術部にてリンカーコアの状態確認と処置が行われる。
待機していた本局の技官たちがカーゴにポットを載せ、運んでいく光景を、なのはとフェイトは艦橋の中からじっと見下ろしていた。
すでに外壁では損傷箇所のパネル切断作業を行っており、破損したレーダーは素子を交換して修理する。
室内にも、技術者と工員が乗り込んで作業の段取りをしている。
艦体が裏返しになるほどの強力なトラクタービームを受けてインフェルノに衝突したが、接触時の角度を浅くとることができたため船体フレームのゆがみは少なく、戦闘には問題なしと判断された。
破損した兵装と上部構造物、電子機器の交換をすれば1週間ほどで前線復帰が可能と見積もられた。1番砲塔はターレットを含めてユニットごと交換し、取り付けを行う。
魔力で金属を結合させる分子接着器の音が時折聞こえてくる中、なのははヴォルフラム艦橋の窓を見つめ、じっと黙っていた。
やがて、修理を行っていた作業員が場所を変えて艦橋から一時的に退出したのを見計らい、フェイトはそっとなのはに歩み寄って声を掛けた。
「なのは──再出港は、1月12日だって」
なのはは振り向かず、黙ったままだ。
艦内は照明が落とされ、作業用の投光器だけがまばらに光っている。
「それまで待機で──ゆっくり、休んでいてって、エリーさんが」
「うん」
「ミッドチルダ政府も、本格的な対策をはじめるっていうし」
「──あれは本格的な対策じゃなかったの?」
フェイトの言葉をさえぎるように、吐き捨てるようになのはは言い放った。
悔しさと、怒りと、悲しみがない交ぜになった感情が渦巻き、どうしていいのかわからない。
「おおぜいの人を前線に送り込んで、あれだけの損失を出して、それで本腰じゃないって……どういうつもりなの!確かに敵の規模が予想できなかったのはわかるけど、だったら」
フェイトは答えられなかった。
今回の一連の事件については、自分たちの仲間──はやてやレティでさえ、情報を出し渋っている様子が見受けられた。
第97管理外世界への進出において、ミッドチルダ・ヴァイゼンの両艦隊は、惑星TUBOYでの戦闘からそのまま休息なしに向かった。
惑星TUBOY上空で戦闘が行われたのは12月24日、そして第97管理外世界でインフェルノ内部へ突入したのは12月27日であり、この間、移動中のわずかな時間を除いてほとんどの艦が常時警戒態勢にあった。
ヴォルフラムも第97管理外世界に進出してからただちにインフェルノへ向かい、即時交戦を開始した。
弾薬や資材、食料などの物資だけでなく、兵員の精神的な消耗も兵站においては考慮されなくてはならない。
交代部隊とはそのために用意される。どんなに訓練した魔導師でも、24時間また何日間も連続して戦闘を行うことはできない。そのため、軍事においては員数の30パーセントを消耗した時点で全滅と表現するのだ。
前線に出た人員が損耗し、交代部隊しか残らなかったら、その時点でその部隊は戦闘を継続できなくなったことになる。いったん撤退して補充し、前線部隊と交代部隊が常に用意できていなければその部隊は稼働状態として扱えないのだ。
連続して1週間以上にもわたる断続的な戦闘を続けているミッドチルダ・ヴァイゼン艦隊は、どちらも酷く消耗し、限界に達しつつあるだろう。
インフェルノ内部へ突入した部隊も、1時間ごとに交代しつつフロアの制圧作戦を続けているはずだ。
バイオメカノイドには疲労は無い。
しかも、無制限に増殖し誕生から数分で戦闘行動が可能になる。
生命体としての強度は人間をはるかに凌駕する存在である。
単体では、一見して人間よりも非常に劣る知能しか持たず、昆虫のように動き回るだけに見え、図体は大きくても気をつければ人間の魔導師でじゅうぶんに対応が可能であると見られていた。
しかし、バイオメカノイドの真の戦闘能力は集団戦で発揮される。
群体生物ならではの個体間ネットワークは人間の用いる念話通信よりもはるかに高速で伝播し、大量の個体がいちどに動きを変える。
そして、材料となる金属や岩石などがあればバイオメカノイドはあっという間に、数万体単位で増殖してしまう。
そうなったとき、それは人間が到底敵うものではなかったのだ。
「ヴィータちゃんが──はやてちゃんが、あんな目に──あんな目に、遭わずにすむ方法がきっと、あったはずなのに……!」
「なのは……」
「私は、命令どおりにしか戦えない──私が見ることのできた情報だけじゃ、現場での作戦は立てられても戦略は立てられないんだ」
実感である。
なのはの職掌では、できることはあくまでも前線での戦闘行動であり、作戦立案と指揮ははやての役目である。
はやてはどういう意図で、インフェルノ内部への突入作戦を企て、実行するために班を配置したのか。
なのはとフェイトは陽動に割り当てられ、実際に目標物を捜索入手する任務はスバルが行った。
これをどういう意図で割り当てたのか──である。
たしかに、インフェルノ内部を捜索するためには内部構造のマッピングと効率的な索敵を行う必要があり、戦闘機人であるスバルとノーヴェならばその能力を持っている。
そして投射火力ではなのはやフェイトが優れており、確かに妥当な配置に見える。
だが、はやてが意識を失う直前に言い残した言葉が、なのはの脳裏にこびりつくようにして残っていた。
──“私はまだ地獄に落ちてへんな”──
単に、まだ死んでいないということを表現しただけかもしれない。
しかし、それならなぜ地獄という表現を使う必要があったのか。なのはは、もし自分なら、あの世へ行くとかそういう表現をしただろうと考えた。一般に、地獄とは生前に罪を犯した人間が死後に落とされる場所とされる。
それは地球でもミッドチルダでも概ね似たような考え方が広く共有されている。
英語では、「hell」もしくは「inferno」となる。ミッドチルダ語でも大体は似たニュアンスで使われる。
なぜわざわざ、「that world」ではなく、「inferno」という言葉を使ったのか。
はやてが何か、地獄へ落とされるような罪を犯したとでもいうのだろうか。
あの巨大戦艦──あくまでも管理局がつけたコードネームでありバイオメカノイドたちは名前を持っていないだろうが──は、同じく艦名を「インフィニティ・インフェルノ(無限の地獄)」という。
戦艦の内部は、地獄である。
徘徊する大型バイオメカノイドは、地獄に棲む死神たち。沈殿池プラントは、人間が投げ込まれて煮られる地獄の釜。
バイオメカノイドは、取り込んだ人間を池に放り込み、溶かして分解して有機物材料にしていた。グレイの肉体はそこから作られていた。スープのように煮出したアミノ酸のペーストを合成し、人型に捏ね上げていた。
それはあたかも、人間が金属を捏ねて機械を作り上げるように。
「はやてちゃんの言葉をもう一度聞かないと納得できないよ──ヴィータちゃんも、シグナムさんも、シャマルさんもザフィーラさんも、このままみんないなくなっちゃうなんて、そんなのは──絶対」
電源の落ちたコンソールに拳を握り締め、肩を震わせているなのはの姿がフェイトには見えていた。
「そんなのは、絶対に嫌だ──」
ある意味では、今までの自分はただ戦ってさえいればよかった。
難しいことは考えずに、ただ目の前の敵に向かい、戦い、そして対話すれば、それで事態が解決できていた。
しかし、今回の事件はそうはいかない。
インフェルノ内部での戦闘では、なのはとヴィータの班はひたすらバイオメカノイドの撃破を続けていた。大火力の攻撃を撃ち込むことで敵の注意をひきつける目的だった。
実際には、それこそひたすらディバインバスターを連射していただけである。
フェイト・シグナム班、スバル・ノーヴェ班を含めた全体の指揮ははやてが執り、各班の連携もヴォルフラムのクルーたちが担っていた。
小隊レベルでの作戦行動ではなく、1艦に乗る全員が連動した作戦行動である。
なのはとて、大規模作戦の指揮を学んでいないわけではない。しかし、実戦での経験となるとどうしても限られていた。はやてでさえ、本格的な対艦対地戦闘を行うのは年に数回ある程度であった。
過去の戦乱期ならともかく、現代では艦隊決戦が起こるような大規模な紛争はまれである。
自分たちを、今まで引っ張ってくれていたはやては、もう戦えなくなってしまった。
意識が戻り、命をつなげたとしても、もう今までのように前線に立つことはできない。
はやて無しに、これから自分たちがどう戦っていけばいいのかを考えたとき、なのははにわかに不安がわきあがってくるのを感じていた。
ひとりで、独りで戦っていくのがこれほど厳しいものなのだと、なのはは今更に思っていた。
確かに、いかに魔法技術を持っているとはいっても、現代のミッドチルダにおいては魔法とはあくまでも科学技術の一分野であり、地球の一般的な人間が想像するような何でもできるマジックではない。
デバイスを持ち、魔法が使えるというのは、地球でいうならば銃を持ち、射撃術を身に付けているという程度の力なのだ。
銃は、引き金を引けば確かに弾は飛び出すが、それは誰でも撃てるものではない。発射に伴う反動はあるし、きちんと構えなければ狙ったところに弾は当たらない。それは少なからず訓練が必要な技術だ。
それは魔法でも同じであるし、また魔法を撃てるというのは銃が撃てるというのと同じ程度でしか、少なくともミッドチルダでは意味を持たない。
重要なのは魔法が撃てるかどうかではなく、その魔法を使っていかに戦うかという事だ。それは使う武器が違うというだけで作戦の基本的な考え方は変わらない。
デバイスも連続して使い続ければ磨耗するし、カートリッジも使えば無くなる。連続して魔法を撃ち続ければ疲労もたまる。それはデバイスでも銃でも同じだ。
デバイスを整備する者、カートリッジの輸送をする者、術式の構築を行う者、その他諸々の業務を行う人間が協力して、前線に必要な物資を届けなければ、魔導師ひとりだけでは戦うことができない。
これら、戦線を支える大勢の人員を把握し、効率的な指揮を行うには、士官となって専門的な幹部養成課程を学ぶ必要がある。
はやてはその課程を修了し、初めての部隊として機動六課を設立した。
そのはやての下で、なのはは戦ってきた。
普段は意識せずにいたが、はやては、上に立つ人間として研鑽を続けてきていたのだ。
なのはがけして怠っていたというわけではなく、進む方向が違ったというだけのことであるが、それでも、自分を導いてくれるべき人間を失ったという事実は、高町なのはをしてさえも心の安定を失わせるに余りあった。
「はやてに会いにいけるかな」
「普通の入院の対応じゃないから──どうやって治療するか、それを聞かせてもらうくらいはできるよ」
なのはは、手足を全て失ったはやての姿を見ていた。
半身を吹き飛ばされたシグナムの姿を見ていた。
片足をちぎられたヴィータの姿を見ていた。
フェイトは、ヴォルフラムを被弾から守るためにプラズマ弾へ体当たりをかけたシグナムの姿を見ていた。ドラゴンが吐き出した3発のプラズマ弾は、ヴォルフラムの艦首前甲板と1番主砲塔へ命中した。
残りの1発は、艦橋を直撃する射程にあった。シグナムはこのプラズマ弾を止めるために特攻した。ドラゴンの幻術魔法を受けて、知覚がほとんど失われた状態であった。
目も耳もほとんど利かず、それでもはやてを守るため、シグナムはその身をもってヴォルフラムを守った。プラズマ弾を直撃されていれば、艦橋が吹き飛んでヴォルフラムの幹部要員は全滅していただろう。
プラズマ弾は、弾体として可視光を放って見える塊の表面だけでも人間の背丈を超える大きさがあった。
温度は数万度以上、原子核と電子を引き剥がすほどのエネルギーは、人体をばらばらに引き裂いてしまうほどのものがある。
生身でプラズマを受けたシグナムの身体が吹き飛ぶのを、フェイトは間近で見ていた。
インフェルノに命中したトリチウム爆弾の熱線に焼かれてなお、ヴォルフラムの艦橋窓には乾いた赤黒いしずくが残っていた。
このしずくは、シグナムの血だ。
至近で爆発したプラズマに吹き飛ばされ、ヴォルフラムの全体に降りかかった。
艦橋側面には、突っ込んできて弾き飛ばされたバイオメカノイドの体表金属のかけらも突き刺さっている。鉱石結晶がそのまま大きくなったような状態で、とがった石のような形をした鉄がこすれてこびりついている。
はやてを助けたい。
それは後ろ向きな考えだろうか、とフェイトは思案した。
なぜはやてを助けたいのか、それは親友としてだろうか。それとも、自分がすがれる人間だからだろうか。すがれる存在を失いたくないからなのか、大切な人間を失いたくないからなのか。
はやてに寄りかかることを、許してくれるだろうか。
違うはずだ、となのはは胸を押さえる。
はやては大切な親友だ。そして、重要な戦力である。
夜天の書を扱える唯一の人間である。強力な守護騎士ヴォルケンリッターを従える魔導師である。
管理局がバイオメカノイドと戦っていくために欠かせない戦力である。
だからこそ、はやてを助け、そして戦線へ復帰させなくてはならない。おそらく、はやてもそうすることを望んでいるはずだ。
普段の平時、他の局員たちが休暇を取って帰省するときにも、はやてはクラナガンの自宅にずっととどまっていた。
管理局でも、たとえばミッドチルダのクラナガン以外の都市や、他の管理世界の出身の人間は里帰りをする。
しかしはやてには、帰るべき実家は無い。海鳴市では両親を幼くして亡くし、他の親戚もいなかった。面倒を見てくれていたグレアム以外には、第97管理外世界にははやての身寄りはいないのだ。
ミッドチルダ・クラナガン出身で、独身の者などは休暇のときは市内の自宅でゆっくり過ごすという者もいる。
過ごし方としては言葉にすればその通りだが、たとえば田舎から身一つで上京し、働いている人間などは、帰りたくても帰れない、もしくは実家には帰りたくない、という身の上の人間も、当然のように居ることになる。
それはそれぞれの人生の考え方であるし、みだりに突っ込むようなことでもない。
だとしても、他の局員たちが家族の写真をデスクに飾っていたりなどすると、はやては一抹の寂しさが、胸のうちから拭いきれていないことを感じていた。
ヴォルケンリッターたちははやての家族になってくれた。
守護騎士システムによって作られた人工魔法生命体ではあるが、はやては彼らを本当の人間のように扱い、接していた。
八神家は本当の家族のように暮らしていた。
同じような身の上、というだけなら他にも、少なくない人間が管理局にもいるし、もちろんクラナガンの住民のうちのいくらかはそういった人間がいるだろう。
故郷から旅立って、もう帰るつもりは無くクラナガンに身を落ち着けている、というのはごくありふれた人生の過ごし方だ。
事情は様々あれど、はやてにとっては、自分がこのような人生を歩むことになったのは闇の書がその由来であり、それは自分の運命なのだと、考えていた。
ヴォルフラムを降りたなのはとフェイトは、すぐに本局内の実験棟へ向かった。
ここには強力な結界によって防護された区画があり、大出力魔法を用いた様々なミッションで使用される。野外や通常の室内では危険すぎて難しい、ロストロギアを使用した実験などに主に使われている。
かつて回収されたレリックやジュエルシードの実験、封印処理もここで行われた。
エリー・スピードスターから、はやてとヴォルケンリッターたちはここへ運ばれたとなのはたちは聞かされていた。
またスバルたちが入手したグレイの遺体についても、この実験棟の別のモジュールに運ばれて分析にかけられるという。
いったい何をするつもりなのだろうかと、なのはは胸騒ぎがしていた。
管理局技術部の中でも、なかなか人の出入りが無い場所である。
JS事件の際にも、学術研究目的で貸し出されていたジュエルシードがスカリエッティの手に渡っていたという事例で、内部からの手引きが疑われたことのある部署だ。
フェイトもまた、はやてがここへ運ばれたことについて、まさかジュエルシードを使って彼女を生き返らせるつもりなのだろうかと危惧していた。
フェイトの実母、プレシア・テスタロッサが悲願しついに叶わなかった、そして自分がなのはと出会うきっかけになったロストロギア、ジュエルシード。願いをかなえる力があるとされたそれは、込められた魔力エネルギーはたった1個で次元震を起こすほどだった。
しかし第97管理外世界における一連のジュエルシード暴走事故で、これがその謳い文句どおりに願いをかなえたことなど一度も無かった。ほとんどのケースで、反応した生物に魔力エネルギーを流し込み巨大化させるにとどまっていた。
ユーノなどは、これは実は願いをかなえる力など元々持っていないのではないかともこぼしていた。
ジュエルシードの機能はもっと別のものであり、それがベルカ時代から言い伝えを経るうちに内容が変わってしまったのではないかということだ。
本来のジュエルシードの機能を、人間が誤解して解釈したために、願いをかなえるという言い伝えがされたという可能性がある。
もし本当にジュエルシードに願いをかなえる力があるのなら、わざわざアルハザードに行かなくともアリシアを生き返らせてほしいと願えば済む話だ。
本当に、言い伝えるところの次元干渉によって因果を捻じ曲げる力がジュエルシードにあるのならそれは可能であるし、またそういった技術そのものは、倫理的な面を抜きにすれば既存の魔法技術で実現されている。
しかし、実際にはプレシアはジュエルシードの次元干渉エネルギーを、時の庭園を次元間航行させるためのエネルギーとして使おうとした。
ジュエルシードによって発生する次元震の力でドメインウォールを突破し、位相欠陥トンネルを通過することを目論んでいた。
そして現在、次元航行艦はこの航路を発見し、それらしき惑星へ到達した。
しかしそこはアルハザードと呼ぶにはあまりにも、無慈悲かつ異様過ぎた場所だった。
そこには、人智をはるかに超える異次元生命体が生息する、地獄の惑星があった。
惑星TUBOYの魔力に人は魅入られ、そしてその魔法技術を入手するために人々が地獄へ足を踏み入れる。
地獄の釜が開き、現れた死神は人の邪悪を求めて動き出す。そんな伝説を、信じてしまいそうになるほどに、敵戦艦インフィニティ・インフェルノの存在感は次元世界人類に非常な衝撃を与えた。
そして今、インフェルノはまさに第97管理外世界にあり、なのはとはやての生まれ故郷、地球に襲いかかろうとしている。
「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン(天国への階段)」と名づけられた大型クラスタードデバイスは、それまで待機させていた各学術機関や企業からの計算の依頼をいったんすべてキャンセルし、新たに入力された闇の書解析プログラムを起動させた。
32768基のストレージが連結され、演算を行うコアの数は数億個にも達する。もはや人間の脳さえ凌駕する計算能力だ。
はやてがシュベルトクロイツから取り出し、夜天の書にコピーしていたバイナリデータを、仮想CPUにかけて逆アセンブルを行う。まず機械語から低級言語へ変換し、プログラム構造を解析する。それから、一般のデバイス用プログラミング言語への移植を行う。
作業工程としては3ヶ月程度を見積もられていた。
ユーノとマリーは、管理局技術部との技術提携契約を結んだミッドチルダのデバイス開発メーカー、アークシステム・マイスター社の担当技術者とのスケジュール調整を行っていた。
今回の解析プログラムを走らせている間、他の作業はほとんどできなくなる。次元世界で最高レベルの計算能力を誇るこのスーパーコンピュータを、たった一つのプログラムのためだけに使用するというのは異例のことだ。
通常このような学術計算用デバイスの場合、魔力回線経由でクライアントとのデータをやりとりし、各ユーザーには一定のCPU使用時間ごとにリソースの割り当てが行われる。オペレーティングシステムが各ユーザーのスケジューリングを行い、スレッドを発行する。
いわゆるマルチタスクOSであるので、いちどに数千から数万個のプログラムが走ることができる。
今回はそれらをすべてどかして、たった一つのプログラムが計算資源を占有するのだ。
また、闇の書の解析にはそれだけの価値があると考えられた。
単純なデバイスとしての戦闘能力だけでなく、蒐集機能による情報の蓄積は無限書庫にも匹敵する可能性がある。
管理局が確認しただけでも10回を超える次元間転生を行い、破壊を免れつついくつもの次元世界に出現した闇の書は、各地で蒐集した魔法と同時に、その世界についての情報をも収集している。
文献や伝聞に頼らない、一次資料としての情報を持っている。
カレドヴルフ社による調査船派遣以前にもバイオメカノイドが次元世界に出現していたことがほぼ確実となったことから、過去の事件においてバイオメカノイドの関わっている可能性のあるものを洗い出して調べる必要がある。
各地に伝わる伝説からも、そのスパンは少なくとも数百年以上、古代ベルカ時代にまでさかのぼることになる。
そして闇の書は、その当時から現代まで連続して稼動し続けているほぼ唯一のデバイス(装置)だ。
暗い、どこまでも光の無い空間に、ゆらぎが生じる。
ゆらぎはやがて一定の周期で振れ始め、空間内の次元層を収束させ始める。
デバイスが起動され、クロックジェネレータが位相をそろえて次元干渉動作を開始する。
新暦65年6月4日、ロストロギア“闇の書”は、第97管理外世界にて起動した。
ハードウェアとしての闇の書の最深部には、機能管制用の思考発生器が組み込まれている。
すべてのデバイスは、電源が投入されると外部からの助けなしにあらかじめ定められたメモリアドレスを参照して命令を実行するようになっている。ここからあらゆる拡張機能の検索と初期化を行い、デバイスは魔法使用装置としての動作を開始する。
ストレージ内部に格納されたトランザクションログをスキャンし、闇の書は前回の転生に伴うデータ不整合部分の代替処理およびロールバックを行う。転生した時の状況にもよるがこの処理にはおおむね数週間から2ヶ月程度かかる。
すべてのファイルシステムの整合を確認したら、蒐集済みのリンカーコアを照合し、未だ蒐集していない、かつ最も近い場所にある魔力反応を探索する。
入力され続ける魔力光の測定データから、現在いる世界がどこの次元にあるかを解析する。
やがてそこが第97管理外世界であることがわかり、闇の書は近傍次元へも探索ノードを広げていく。
このとき、広域探索魔法による次元干渉が微弱ながらも重力波を発生させ、それは実数空間に少しずつ漏れ始める。
最初にその兆候を確認したのは、モンブランにある超新星観測装置だった。ほぼ同時にCERNでも重力波の増大を観測した。
地球外に起源を持つ異星人の宇宙船が、ごく近くに現れている。
イギリス及びアメリカはこの情報をもとに、調査を開始した。そして、海鳴市にCIAの調査員が派遣された。
地球人のこの行動はイギリス政府を経由して、時空管理局次元航行艦隊司令、ギル・グレアムの知るところとなった。
それからほどなくして、日本政府は“ミッドチルダ人”と名乗る異星人からのコンタクトを受けることになる。
闇の書は、周辺次元世界に存在するあらゆる情報を収集するようプログラムされている。
それはこのデバイスが夜天の書として製造された当初の目的であると同時に、後世の人間の手によって改造された際に上書きされた命令でもある。
人間は、このデバイスがアカシックレコードに成長することを願った。
このデバイスの機能をもってすれば、この世のすべてを全知全能に収めることができる。
次元間航行機能は、古代の人間たちが初期の次元船をつくるのに参考にした。
次元を渡る術を手に入れた人類は、いくつもの次元世界を発見、開拓していった。そしてそれは闇の書が自ら探索するよりも早いペースにまで加速していった。
人間が、いつからそれを“自我”と呼び始めたのかは定かでない。
しかし、闇の書自身には、何度かの戦闘によって人間に攻撃を行い、殺傷した記録が残されている。
闇の書を奪取するために、当時の主に攻撃を仕掛けた者たちがそれである。
主としてみれば、自分の所有物であるデバイスを奪われないよう守るのは当然である。
それでも、言葉は人から人へ伝わるうちに変質していく。
情報の拡散と変遷を、闇の書は観測し収集した。
この次元世界に生きる人類に、あるひとつの深層意識が存在することを、蒐集した莫大な量のリンカーコアから、計算によって導き出した。
アルハザードを目指す。
実際、かの地を目指す手段として闇の書を用いようとした人間も過去にはいた。
その願いはついに叶わぬままであったが、何人もの魔導師が観測した記憶を、闇の書は計算し、次元間座標を算出していた。
これを守り、そして取り出すことが、闇の書に課せられた最終目的である。
入力されたオペコードは、示されたオペランドに従ってメモリアドレスを参照し、フラグレジスタへ処理済を示す値を格納して論理ゲートを通過させる。
そこにあるデータを人間が読んだとき、人間の心にいかなる感情がもたらされようとも、それは闇の書の知るところではない。
大規模なデバイスに搭載される管制人格は、デバイスの機能と使用者の操作を仲立ちするオペレーティングシステムの役割を果たす。
ミッドチルダ式が成立した以降の近代型デバイスは機能が非常に高度化、複雑化しており、従来のように機械式のスイッチやトリガーで操作するには煩雑に過ぎる。
そのため、あらかじめ組み立てられた一連の術式をプログラム化して管制人格が処理し、使用者は管制人格に撃ちたい魔法を指示するという手続きが取られる。
このときでも、オペレーティングシステムは何段階かの階層モデルに従ってハードウェアを制御する。
最も低層にある、ベーシック・インプット/アウトプット・システム──いわゆるBIOSレベルでは、闇の書に接続された拡張基盤(エクステンション・マトリクス)がいくつか、検出されていた。
そしてそれは現在、すべて有効化(Enabled)された状態である。
八神はやてによる闇の書の機能の分離切断は、これを無効化(Disabled)することによって行われた。
いわゆる“マジックパケット”(魔法の小包)と呼ばれる特殊な制御コードによって、デバイスは内部通信を行っている。
これによって、消費魔力の節約と、高速な連携動作を実現している。1台のデバイスの内部にはさまざまな役割を持った拡張機能があり、これを任意に起動させたり停止させたりする処理がデバイスには必要とされる。
通常の実装では、ある命令によって停止された拡張機能も、他の処理に必要とされれば即座に再起動可能なことが求められる。これは闇の書であっても同様である。
通常の手続きで防衛プログラムを停止させても、他のプロセスによってただちに再開命令が発行され、プロセスが起動する。
このため、闇の書内部で走るスレッド、プロセスをすべて一度に停止させなければその機能を止めることはできないとされた。
魔導書型の外装を破壊しても、プログラムの実体は別な場所にある。
完全に機能を停止させて安全にシャットダウンするには、闇の書の管理者権限が必要である。
もっとも、権限の仕組み自体は通常のデバイスでも同じであり、オペレーティングシステムはこれを標準機能として搭載しているが、一般のデバイスは通常特定の一人しか使わないためあまり意識されることなく、ほとんどの術者が管理者権限のままで運用している。
本来であれば、デバイスへの新たな術式のインストールや機能の追加といったことは専門の技術者でなければ行えないため、通常戦闘に使用する権限と、メンテナンスのための権限が分かれていたのがもともとの形態だった。
しかしデバイスのGUIが進化し、術者自身がそういったメンテナンスを行えるようになってくると、戦闘時にも管理者権限のまま使用することが行われるようになっていった。
たとえば管理局や次元世界正規軍、警察機構などが一般職員に支給する標準デバイスの場合、彼らが使用できるのは標準ユーザー権限だけであり、デバイスの改造はそのままでは行えないようになっている。
しかし戦闘競技や一部の特殊部隊などに使用されるハイエンドカスタムデバイスでは、改造を前提とした設計が行われ、これらは管理者権限を付与された状態で出荷されている。
このような権限の概念が現れる前に製造されたはずの闇の書は、ユーザー権限システムを後付けで搭載した。
いったん起動されたプロセスを、停止できる権限を持った管理者がいなくなった状態が長らく続いていたのだ。
実装としては、多くのシステム設定を変更できないようにロックが掛けられた。
これにより、デバイスとしての設計そのものが古い闇の書は、次第にデータベースの照合処理にそのリソースの多くをとられるようになっていった。
現代の最新型デバイスのような高精度なジャーナリングファイルシステムではなく、機能拡張によってトランザクションの追跡を行っていたため、戦闘による損傷でデータを失うこともあった。
バックアッププログラムが起動した状態では戦闘能力が大きく制限され、この状態のときを狙って攻撃され破壊されることもあった。
そして今回も、管理局はこの状態のときを狙って攻撃する作戦を立てていた。
そのためには、一旦闇の書を完成させ、防衛プログラムを起動させる必要がある。
ギル・グレアムは、闇の書が起動した直後に防御が脆弱な状態が生じることを予測していた。
この間に攻撃プログラムを送り込み、カーネルを改変することができれば、闇の書の戦闘能力を大きく殺ぎ、機能不全に追い込むことが可能であると分析した。
実際にその任務を遂行したのは、彼の使い魔であるリーゼアリア、リーゼロッテの二人である。
通常のデバイスに比べて非常に多数のハードウェア・ソフトウェアが連携して動作する闇の書の性質上、次元世界の近代的なコンピュータに比べると全体的なレスポンスが非常に遅く、ある一箇所で生じたダメージが全体に伝播するまでに時間がかかる。
このため、一見して普段どおりに振舞っていてもその影では崩壊が進行しつつあるという現象が観測される。
管理局所属艦アースラが行った幾度かの戦闘から、守護騎士ヴォルケンリッターの戦闘力が著しく低下していることが観測された。
主である八神はやての命令以上に、ヴォルケンリッターたちはその本来の能力を発揮できない状態が長く続いていた。
攻撃方法として、八神はやて本人によるメモリー改変を行うことに成功した。
ノイマン式コンピュータにおけるバッファオーバーランと同じ原理で、命令として実行すべきアドレスへ強制的にデータを書き込むことでプログラムの暴走を誘発するものである。
八神はやては、闇の書のメモリーへデータを書き込んだ。それは名前であった。デバイスが動作するには、いくつかの階層にそった名前が必要になる。これによって接続された拡張機能はオペレーティングシステムに認識され、正常に動作できるようになる。
これを受けて、管理者権限を奪取された闇の書は管制人格と防衛プログラム、コアカーネルを切り離した。
防衛プログラムは、単独動作において機能不全を起こし、成長できない状態になっていた。
この状態であれば他次元へ転移してしまうこともなく、機動兵器としては事実上手足を縛られた状態で、リンディ・クロノらアースラスタッフによる攻撃が可能になった。
唯一、はやてのもとに残されたシュベルトクロイツに、最後のバイナリデータが保存されて残された。
これが、現在はやてが使用している夜天の書のベースになっている。
夜天の書という名前は同じだが、デバイスとしてのアーキテクチャは全く異なる。
ストレージとしてなら、その容量の8割近くを未使用領域が占めている。これはデバイスのファイルシステム上からは空き領域に見えるが実際は使用されることはない。
デバイスとしては、夜天の書はその全容量の2割弱を埋めた時点で容量不足警告が発せられる。
もっとも、容量そのものもストレージデバイスとしては最大級であるため、一般的な戦闘用魔法をインストールするだけなら容量不足を起こすことはない。
八神はやては、リインフォースが遺したこのデータを削除しないことを決めた。
確かにこのデータは危険である。
リインフォースは、自分が生きていること自体が闇の書による災厄をもたらすとして消滅を望んだ。それは確かに消極的で悲観的な考えだったかもしれないが、当時の闇の書がまたそのような、人間の手に負えない代物と化していたことも事実だ。
新暦65年12月のおそらく初頭、闇の書は第97管理外世界の探索を完了し、八神はやてを媒介としてさらなる次元世界探索の基点とすることを決定した。
起動された防衛プログラム──闇の書の闇は、いずれ自らが遭遇するであろう敵の情報を、ヴォルケンリッターたちによって少しでも収集しようと考えた。
さまざまな次元世界に分布する魔法生命体の中には、ある特定の起源を持つ種族が分布している。
各世界から蒐集された魔法生命体のリンカーコアを分析し、起源を探索した。
リンカーコアの内部には、起源を示す一種の遺伝子のようなものが、コアを持つ生物のものとは別に記録されている。
通常の生命体でも、細胞核とミトコンドリアがそれぞれ別個に遺伝子を持っているのと同じである。
次元世界に住む生き物が持つ遺伝子は3種類である。細胞核と、ミトコンドリア、そしてリンカーコアである。
このうちリンカーコアの遺伝子は特殊な方法でなければ抽出できない。そしてその技術を持つのは管理世界の中でも限られている。
闇の書は起動後の移動先として、第16管理世界リベルタを選択した。そこには、未だ蒐集していないリンカーコアが集められている可能性が非常に高いと推測された。
管理局としては、闇の書が転移を果たす前になんとしても破壊する必要があった。
もしここで撃ち漏らしてしまえば、ロストロギアの鎮圧に失敗するだけでなく、自分たちが進めている知られてはならない陰謀が明るみに出てしまうことになる。
管理局とミッドチルダ政府はグレアムにプレッシャーをかけた。もともと、第97管理外世界出身の人間として、風当たりはあった。
次元航行艦隊での実績でそれをねじ伏せては来たが、それでも、ミッドチルダで認められるためにはミッドチルダのために働かなくてはならなかった。
グレアムは、はやてが管理局入りを志すことに、哀しみを覚えていた。
魔法技術に触れてしまった人間は、ミッドチルダからは逃れられない。
それは第97管理外世界だけでなく他のあらゆる次元世界が同様である。
そしてまた、日本政府もイギリスの思惑とは別に、ミッドチルダとのパイプを作ることを目指した。
八神はやてというひとりの少女を差し出すことで、それがなされるなら日本にとってそれは渡りに船というものである。
日本は、魔法技術の輸入のために管理局に便宜を図ることを了承した。
これにより、海鳴市へのアルカンシェル発射という最悪の事態のひとつは回避された。
八神家と入れ替わる形で、エイミィとリンディのハラオウン親子が海鳴市に移り、第97管理外世界に派遣される管理局員の取り締まりを行うことになった。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、数奇な運命をたどることになった彼女たちを、少しでも普通に生活させてやりたい、それは管理世界の運営を担う人間として、その職務以上にハラオウン家の者たちの心を打った。
ただでさえ、次元世界の存在を認知していなかった人間であり、そして年若い少女である。
少なくともなのはたち3人は、自分たちの身に降りかかった状況だけでなく、自分自身が持つ能力とそして自分自身の存在そのものが、世界に大きな影響をもたらすということを自覚し、適切に対処するための方法を探そうとしていた。
新暦65年12月24日、全機能起動に先立って闇の書は最後のバックアップタスクを実行した。
CPUリソースが大きく限定された状態で闇の書は覚醒し、出現した管制人格は高町なのはら管理局部隊と激戦を繰り広げた。
このとき、闇の書はフェイト・テスタロッサのリンカーコアを蒐集し、彼女の持つ記憶を情報として読み取った。
プロジェクトFの産物たるフェイトには、深層意識の部分に、闇の書が目指すべきアルハザードの情報が秘められている。
それは、ジェイル・スカリエッティが基礎理論を構築し、プレシア・テスタロッサが完成させた、新人類を生み出す計画であった。
プレシア・テスタロッサがこの計画を利用しようとした動機はさておき、本来の人造魔導師計画とはすなわち人類を人工進化させるということである。
少なくとも当時は、リンカーコアの存在は先天資質だと考えられていた。
そのため、誰にでも確実にリンカーコアが発現するようにできれば、魔法技術の更なる進歩が望めると考えられた。
しかし、リンカーコアの真実を解き明かすということは、人類は進化して自らのリンカーコアに支配される未来を描き出すことである。
すでに多数の虚数空間へバックアップを配置していた闇の書は、第97管理外世界において結界を展開し、その機能開放のためのサンドボックスを作り上げた。
破損したプログラムを修復し、完全な機能を復元するためである。
そしてその処理を行っている間、外部からの攻撃に対しては結界で防御するが、それを破られてしまうと無防備な状態を闇の書は曝すことになる。
結果的にはこの夜の戦闘で、防衛プログラムのみが破壊され、闇の書はいったん完全にシャットダウンされた。
ただし、すでに構築されているハードウェアプロファイルはそのままのため、もっとも低層レベルでのBIOS書き換えを行わなければ、拡張機能を検索しようとして防衛プログラムを再作成してしまうことになる。
管制人格リインフォースの進言により、闇の書はそのカーネルコアを完全に破壊され、機能停止した。
残されたのは、虚数空間に散らばったバイナリだけである。
「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」は、可能な限り闇の書のハードウェアをエミュレーション可能なように設計された。
結果としてその規模は3万台以上ものデバイスを連結した異形の姿をとることになった。
闇の書の中核部分は、一般のデバイスと大差ない小さな不揮発メモリである。シュベルトクロイツにおいてはちょうど剣十字の柄の部分に埋め込まれたクリスタルにあたる。
ここには128メガビットの容量を持つ不揮発メモリが組み込まれ、デバイスとしての基本的な動作を司るプログラムが焼きこまれている。
すべての拡張機能はここから起動される。
デバイスとして一般的に目にするインターフェース──闇の書のような魔導書型デバイスであれば本のページ──も、本来は拡張機能によって実現されているものである。
まず、このBIOS部分を「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」を用いて解析することが目標とされた。
ここさえ復元できれば、あとは時間をかけてバイナリを分析していけばいい。
そのため、闇の書のデータを入手できたら真っ先に取り掛からなければならない部分である。
支援します
技術部の担当官に案内されてフロアに入ったなのはとフェイトは、異様な魔力光波動を感じ取った。
魔力光は可視光線だけとは限らず、電波からX線まで、あらゆる波長領域のスペクトルを持っている。
とくに周波数の高い電波の領域で強い魔力光が出ているのをフェイトは感じ取った。あまり感覚が鋭くないなのはも、いいようのない違和感が肌を覆っていた。
強力な魔力コンピュータが駆動しているそばで、遮蔽しきれない魔力残滓が電磁波として漏れ出している状態である。
通常このような装置を駆動させることは、環境保護の観点からミッドチルダの地上などではとても行えない。
魔力炉をひとつ新規に設置するのでさえ周辺住民との折衝を長い時間をかけて行わなくてはならないのに、このような、動いているだけでこれほどの人体への影響を周囲に撒き散らす装置など地上には設置できない。
ここへ立ち入る職員は、魔力素を吸着するフィルムタグを必ず身に着け、被曝量を測定しなくてはならない。
ただでさえ、高濃度の魔力残滓を浴び続ける戦闘魔導師は、その職業病として肉体の劣化を引き起こしやすい。
スポーツ選手が、トレーニングによって鍛えられる肉体の強さ以上に試合で消耗し、結果的に怪我や障害による引退という晩年を送るのと同じことだ。
厳重な結界魔法で防御されたフロアの中央では、真空による断熱と結界魔法による電磁波遮蔽の複合シールドで覆われた「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」の威容を見ることができた。
全体としては直径200メートルの球形をしているこの実験モジュールは、内部で核爆弾を爆発させても1回までなら耐えられるとされている。
この種の大型デバイスに使用される魔力結晶が解放するエネルギーとはそれだけ莫大である。
「高町さん、ハラオウンさん、こちらです──現在私たちが、八神さんの持っている記憶から、闇の──夜天の書を操作するためのオペレーションを組み立てています」
なのはたちを案内した若い女の技官は、夜天の書の名前を言い直した。
このデバイスはかつてのロストロギアではない、もう解決した出来事なんだ。
少なくともなのはやフェイトはそう思っているはずである。
そして、なのはやフェイトは、はやても同じように認識していると思っているはずである。
「────」
遮光カバーが上げられ、あらわになったポットの姿に、なのはとフェイトは思わず息を飲んだ。
はやてが入れられている治療ポットは、本来生命維持装置を接続するはずのコネクタ部分に大きなアダプターが噛ませられ、夥しい数のケーブルが接続されてポットを取り巻いていた。
あたかも、触手に絡めとられているかのようである。
技官は、このケーブルはスーパーコンピュータに接続されていますと説明した。
治療ポットの中では、上部の端子部分から魔法陣で出来た魔力回線が伸ばされ、はやての身体に接続されている。
服を着せられていない、メディカルモニターだけを付けられたはやての身体に、光の糸が絡み付いている。
糸に操られる人形のようにさえも見える。
「大丈夫です、シールドは万全ですから、呼びかけても」
念話を送ろうとしても遮断されるということである。
技官としては精一杯の気遣いをしたつもりだったが、限定された環境にこもる人間と、そうでない人間の間には往々にして心のすれ違いが起きる。
はやての身体は、バイオメカノイドによって切断された両手両足の傷口は完全にふさがり、それぞれの付け根はそこだけを見れば一見してきれいな皮膚が戻っている。
しかし身体全体を見てみると、本来そこにあるべき手足がなく、まるで最初から手足を欠いて生まれた人間のような姿になってしまっていた。
怪我で手足を切断したような傷跡は残っていない。
レントゲン写真では、大腿骨は切断面からおよそ15ミリメートルほどの長さが溶けて先端が丸まり、筋肉の中に埋まってしまった。
大腿部の筋肉は縮んだ骨の先端へ繋がり、そこで再生した。腕も同様に、肩関節から先の上腕骨は長さ2センチメートル程度しか残っていない。
胴体だけのマネキンのようなプロポーションになっている。
関節として動かせる手足はなく、もし自力で移動しようとするなら飛行魔法を使うしかない。それも脚部から展開する通常のものではなく、背中、もしくは腰から展開させなくてはならないので術式も変更が必要だ。
「あのっ、はやてちゃんは──目覚めるんですか?このまま、眠ったままなんてことはないですよね?」
声が震えるのを必死で押しとどめ、なのはは尋ねた。
フェイトは息をのみ、のどがひくついている。
技官はやや顔を伏せて、それからかすかに上げようとするしぐさを見せて言った。
「八神さんの容態は安定しています。今は、幻肢痛をおさえるための鎮静剤が効いて眠っています。少なくともMRIで診た限りでは脳へのダメージは問題ないレベルでした」
「私たちのことも、覚えてますよね、記憶をなくしちゃってるなんてことは」
「おそらくですが──夜天の書の制御コードは、八神さんの脳波から検出できています、少なくとも夜天の書の操作方法は、知識としては失われていません」
夜天の書の存在をはやてが知ったのは、なのはたちと出会って以降である。
ならば、それより前の時点の記憶はおそらく残っている──という期待だ。
「ここではいったい何をやっているんですか?はやてちゃんの身体を治すためじゃ──」
少なくとも病院ではない。はやてが入れられている治療ポットはそれ単独ではあくまでも限定的な生命維持機能しかなく、本来は治療装置にセットして使うものだ。
手足を元に戻すことよりも優先すべきことがある。
技官は、その内容を口に出すことを憚った。
「夜天の書の、分析を今ここでやっているんです、八神さんが以前に提供してくれたデータがあって、それを分析しているんです」
「なんのために」
「夜天の書は、各地の次元世界から魔法の術式を集めていました。術式のソースコードの中には、魔法を構築するのに使われた当時の魔導師の記憶も含まれているんです。
その記憶のデータから、今回の敵──バイオメカノイドの情報が取り出せると、予想されているんです」
若い女の技官の話しぶりに、なのはは引っかかる点を感じていた。
夜天の書には確かにデータベース的な機能があったのは事実だ。だが、その機能は18年前の闇の書事件によって失われ、現在の夜天の書はその性能はともかく、デバイスとしてはあくまでも通常のストレージであったはずだ。
「このプロジェクトは誰の指示で?このコンピュータもまさかそのために用意されたってわけじゃないですよね、もともと汎用で」
フェイトが質問する。確かに、いかに次元世界といえどもスーパーコンピュータの建造には仕様決定から各関係企業との打ち合わせ、設計から部品調達、組み立て、据え付けまで、どんなに早くても数ヶ月程度かかるのが普通である。
しかもこのステアウェイ・トゥ・ヘヴンは、管理局が機材更新として昨年末に導入し、その際には各企業がコンペを行いアークシステム社が落札したということをニュースで報道されていた。
その当時から、現在のこの状況を予想できていたわけがない。
いくらなんでも早すぎる。
はやての重傷の報を聞いて夜天の書の分析をはじめようとしたのなら遅すぎる。
最初から、この事件が起きる前から、夜天の書を分析し、そして闇の書を復活させようとしていたことになる。
「私たちのチームではアテンザ技師長が担当しています、管理局からは、レティ・ロウラン軍令部総長とユーノ・スクライア無限書庫司書長の連名で依頼書が提出されているらしいですけど……すみません、私もあまり詳しいことはわからないです」
「ユーノが……」
闇の書事件において、なのは、フェイトらと共同で事件の対処を行った人間である。
闇の書の危険性については知っているはずだ。
なぜ今になって、このような分析を始めたのか──
「──先月、いえ、11月の中ごろに、八神さんからデータバックアップの依頼を受けたそうです。それで、無限書庫に保管されていた夜天の書のデータを、こっちに転送してきて」
「ユーノの指示で?」
「はい」
考えたくはなかったが、それでもフェイトは推理を言葉に出さずにはいられなかった。
連投規制って3回だったっけ?
なにはともあれ支援。
はやてはかけがえのない親友である。自分たちに、隠し事はできればしてほしくない。
それでも、隠さなければならないことがあるとしたら、自分たちは──事件の当事者になる必要がある。
それだけの覚悟をしなければならない。
管理局執務官は、自分の知りうるあらゆる事件の情報を収集する義務がありそのための権限がある。
ここで、このスーパーコンピュータを使って行われているプロジェクトの目的と真実、それは、今の自分たちにとって必要な情報だ。
「夜天の書の……これって、闇の書ってことだよね、それをユーノ君が」
「なのは」
「……どういうことなの?闇の書はもうなくなったんじゃなかったの?」
恐るべき推測を持って、フェイトは言葉を紡ぐ。
およそ1ヶ月前の、バイオメカノイド出現事件当初より自分が捜査してきた情報、各地で明らかになった先史文明にまつわる伝承、そしてそれらを収集していた次元世界大企業の不穏な動き。
夜天の書、いや闇の書ならば、これら、世界各地に散逸してしまった情報を知っている。
また、本来の夜天の書はそのために作られたはずである。
魔法だけではなく、この世のあらゆる知識をまとめ、後世に伝える。
自分たち管理局は、この事件を解決に導くため、闇の書が持つ情報を入手する必要がある。
「闇の書の転生機能っていうのは、分散ネットワークになぞらえることができるんだ。情報を、あるひとつのサーバにだけ保管するんじゃなく、離れた場所の複数のセンターに分けておくことで、損失を防ぐ──闇の書はこれを次元間規模で行える。
そして、どこかの次元世界で破壊されても、分散させた情報からまた新しく再生する。
これを外から見ていれば、まるで破壊される直前に転移をしたように見える──実際は、破壊された闇の書そのものが転移していたわけじゃない。
転移したのは小さな情報──第97管理外世界に伸びていたネットワークが通信途絶したっていう情報、それだけ。これを検出すれば、他のネットワークが新たに起動する──」
「でも、あのあと転移なんてしなかったよね?リインフォースも消えて、それなのに」
「そう、18年前のあの日以降、闇の書は転生をしていない──いや、する必要が無かった。夜天の書の本来の機能は、リンカーコアの──はやてのリンカーコアの中に残っていた」
なのはが目を見開き、息を呑む。
「ツヴァイがそう──リンカーコアをコピーってところで引っかかってたんだ。リンカーコアは普通は一人の体内に複数できるものじゃないし、ましてや後天的に大きくなることはあっても数が増えたり分裂するものじゃない──
はやてがツヴァイを作ったのは、自分の中に抱えていた闇の書のデータを、バックアップをとる意味もあったんだ」
「そんな!はやてちゃんがそんなこと、闇の書を──闇の書を」
「闇の書は復元できる。そして今、復元しようとしている。そうですよね、技官?」
フェイトの言葉に、なのはは驚愕に慄き、技官は落ちようとする瞼を必死に持ち上げる。
ここで目をそらしてはいけない。
八神はやての親友である彼女たちに、嘘を教えることはできない。
「────少なくとも、有意な情報を取り出すためにはデータをデコードしなくてはなりません。その処理が可能なのは、闇の書だけ──です」
はやての提供したデータを分析して解読するには闇の書の機能が必要である。
これからやろうとしていることはそういうことだ。
管理局は、闇の書を甦らせる。
人智を超えたロストロギアではなく、人類が手にする最強の武器として。
大気圏高層部、夜光雲が輝く中を突っ切って、大型バイオメカノイドが地球へ降下していく。
軌道予測は、落下地点をイギリス沖の北海海上と算出した。
おおよそ高度15キロメートル前後で、ロンドン上空を通過していく計算になる。バイオメカノイドを追うクラウディア、ミッドチルダ艦もその後に続く。
イギリス政府は空軍機による上空警戒を指令した。
敵バイオメカノイドの動向は、ロンドン地下のエグゼクター工廠にも逐一報告されていた。
エグゼクターはもちろん、未だ稼動できる状態ではない。
エンジンを動かしていないので、もしかすると敵は正確な位置を探知できないのかもしれない。この後の動きとして、北海に着水した後、海上からイギリス本土に上陸する可能性が考えられた。
西暦2024年1月1日、グリニッジ標準時午前0時。
年明けと同時に、北海沿岸ランカシャー州に位置するカーニングスビー空軍基地より、タイフーンIII戦闘機が発進した。
上空に待機する空中給油機を中継して、北海へ進出する。
イギリス本土には宙間戦闘が可能な機体がないので、北極海上空から敵を追ってくる米X-62、ポーランドから発進してくるであろうソ連MiG-25SFRに頭上を任せることになる。
米英ソ各空軍の布陣を大スクリーンで確かめながら、フォードはエリオたちに質問した。
「もし敵がここを素通りしていった場合、北海で水上戦闘が発生します。地球の艦では勝てますか。正直なところをお聞かせ願いたい」
近海で遭遇するであろうイギリス海軍艦や、ドイツ、フランスなどの艦はもちろん敵がバイオメカノイドであるということなど知らない。
宇宙怪獣と戦ったことのある海軍など現在の地球上にはいない。
「敵の形態によるとしか言えません──僕らが把握している中でも、艦艇と交戦した個体は少ないです。
体当たり以外の攻撃方法としては、重粒子砲の類をおそらく使ってくると思われます」
「水上艦よりも敵の速度が速かった場合は応戦が困難ですね」
「50ノット──水中ではもう少し遅いかもしれませんが──懐に飛び込まれると水上艦では対応困難です。遠距離からミサイルを撃ち込み、敵を近づけさせないようにするしかありません」
「そのためには敵の正体を知らせる必要があります──」
アメリカ政府は、敵バイオメカノイドの情報をEUではなくイギリス単独へと知らせてきた。
今現場に出ているドイツ艦やフランス艦は、敵の正体を知らない。
隕石が落ちてくるか、あるいは宇宙船の破片程度にしか見積もっていない可能性がある。
そうなれば、北海での戦闘でバイオメカノイドに遭遇した場合、こちらはまったく対応できずに撃沈される危険が高い。
だとしても現時点では、フォードやエリオたちにできることは何もない。
ただ起こったことだけを記録におさめ、そして管理局へ提出する。
エリオたちはその任務を帯びて地球へ赴いたのだ。
「海鳴市に連絡を取ることは可能ですか」
「SASが墜落したヴァイゼン艦の保護に向かっていると聞いています」
「わかりました。彼らに依頼を出しましょう」
エリオとチンクは、海鳴市にいるヴァイゼン艦の乗組員との連絡を取る。
地球人からは、ミッドチルダとヴァイゼンの区別は付かないはずだ。どちらも異星人とみなすはずである。
イギリス空軍からの、ミッドチルダ艦がイギリス本土上空へ進入したとの連絡が届いた。
これを迎撃するため、タイフーン戦闘機が向かっている。
報告された識別信号から、先頭艦はXV級クラウディアと報告された。
「クロノさんの艦です──」
「知人ですか」
「僕の上司の義兄です。今回の事件で、ミッドチルダは地球に協力するべきとの具申を本局に上げていると聞いています──」
当然だが、異星人もその星における人類である以上、親兄弟というのは当然存在することになる。
それでも一瞬、フォードはエリオの言葉に奇妙な感触を得た。
異星人は、どこかで無機質な存在であるという印象が拭えていなかった。
一般に知られる異星人(宇宙人)のイメージとは、UFOに乗って地球を訪れる、人間の理解の及ばない存在であり、グレイと呼ばれる灰色の小人というものである。
地球人に近い外見を持つ種族の存在もいわれることがあったが、いずれにしろオカルト話の領域を出ないものであった。
実際にこうして、エリオたちに相対してみると、たしかに彼らは地球人とは違う雰囲気を持っているが、それでも同じ人間であるという印象を得ることができた。
ミッドチルダも、ヴァイゼンも、それぞれの人類の自己認識(アイデンティティ)を持っているのである。
「フォード捜査官!ミッドチルダ艦からの通信です!」
「内容は」
「発光信号によるモールスです!文面は──“敵落着地点近海の船舶を退避させよ、本艦が敵を追撃する”──英語を用いています」
「第97管理外世界におけるもっとも広範に用いられる言語として知られています」
エリオが補足する。
もともとミッドチルダ人であるフェイトはともかく、なのはもはやてもミッドチルダに渡ってからは日常会話はミッドチルダ語で行っており、これは英語に文法や語彙が似ているので習得も比較的容易だった。
地球に限らず各地の次元世界で用いられる言語については管理局員においてはほぼ必須技能となっており、クロノももちろん英語を扱える。
「われわれはユーロ海軍に対する指揮権を持っていませんが……」
「仕方あるまい。ドイツ政府及びフランス政府へ連絡を。駄目元だが、共通回線で直接北海にいる艦へも送れ」
「──わかりました!」
この秘密工廠は、所属としてはイギリス政府の直轄だが、非公開組織であるのでユーロ諸国の各部署とは連携が取れない。
もちろんクラウディアの側も同様にヨーロッパ諸国へ向け通信を送っているはずだが、彼らがどれだけ真剣に受け取るかという問題もある。
未知の宇宙戦艦、UFOから送られた通信を、少なくともそのまま額面どおりに受け取り行動に移すということはないはずだ。
「敵大型バイオメカノイド、海面落着まであと180秒です。もっとも近くにいるのはドイツ海軍のザクセン級フリゲート、2艦が現場に北上しつつあります。
わがイギリス海軍では、トライトン級イージス艦『アロー』がドーバー海峡を通過中、さらに『アヴェンジャー』があと2時間でポーツマスを出港可能との報告です」
基地のオペレーターたちの報告のやり取りを聞きながら、エリオたちは状況を見守る。ここで戦っているのは地球人であり、エリオたちには彼らに命令する権限は無い。
静かに身体を寄せ、ウェンディはチンクに囁いた。
このフロアの中は強力なAMFが展開されており、念話が通じない。AMF技術そのものは地球に既存であり、もともとは空間内のイオン濃度を調整するためのクリーンルーム用の機能であったが、副次的に魔法にも効果があったため転用された。
「チンク姉、もしこのまま地球がバイオメカノイドと交戦して損害が出れば、地球は当然、対バイオメカノイド作戦に参加しようとしてくるよね──」
「どういうことだ、ウェンディ」
「地球がバイオメカノイドと戦おうとしたら、次元航行技術を、少なくとも宇宙空間で戦う技術を用意しなきゃならない。そこで、管理局かミッドチルダがそれを提供するってなったら……管理局はそれを狙ってるんじゃ」
「ミッドチルダもヴァイゼンも同じように考えるだろうが、地球もそう単純に事が運ぶとは思ってないだろう」
チンクは相変わらず眼帯を使っており、地球においてもレトロな黒革の外見は、見方によってはファッショナブルな要素もある。
「地球がわざわざ弱みを見せるようなことは考えにくい──同じ魔法技術を開発するにしても、それは地球独自でなければならない。
バイオメカノイドを撃退できたとしても、今後次元世界に関わっていく上で、基礎技術をミッドチルダやヴァイゼンに依存していては立場が弱くなる。
どんな次元世界でも独立国である以上それはよしとしないはずだ──どうしようもなく技術格差があるならともかく、地球においてはそれは当てはまらない」
次元世界全体から見ても、地球の科学技術水準そのものは上位のレベルにある。
多くの次元世界は過去にベルカによって開拓されたことがあり、その当時に持ち込まれた魔法技術をそのまま受け継いでいるケースが多い。
このため、次元世界全体ではむしろ地球より技術レベルの低い世界のほうが多いのだ。
魔法技術は確かに高度ではあるが、その大半はミッドチルダかヴァイゼンのどちらかに依存しており、両国から供給される魔力機械やその製造設備が無ければいくらもなく維持ができなくなってしまう。
一部の企業などがライセンス生産を行い現地での魔法製品供給を行うケースはあるが少数例だ。
翻って、地球においては、基礎理論はほぼ出来上がっており、あとはきっかけさえあれば魔法技術開発が可能なレベルに、既に20世紀半ばの時点で到達していた。
粒子加速器などが開発されたのは20世紀初頭であり、それからほどなくして核兵器の開発にも成功している。
ここまでくれば魔法兵器が開発されるのも時間の問題であったが、二度の世界大戦により技術が停滞した状態が続いていた。
日本、アメリカ、ソ連、ドイツなどの各国は、それぞれのアプローチでオーバーテクノロジーの習得を試みていた。
アメリカのように、自国内に墜落したUFOを回収、分析した国もある。
ソ連のように、人体実験まがいの強力な研究開発を進めていた国もある。
ドイツのように、技術そのものは実現できていたが、戦争に負けたために研究者が失われ、継承が途絶えた国もある。
そして日本では、遺伝子操作による超能力の開発にまで手を伸ばし、独自の魔法技術を構築しつつあった。
ベルカ式、ミッドチルダ式に続く、新たなマジック・アーキテクチャである。
ゆえに次元世界に普及している魔法術式との互換性はないが、それだけに次元世界側としても正確な戦闘力を予測しにくい。
少なくともアメリカ、イギリスは、Xプレーンズおよびエグゼクターの搭載魔法アーキテクチャをミッドチルダ式に準拠する方向で開発している。
その気になれば、次元世界で製造された魔法兵器をそのまま利用することもできる。
ミッドチルダ側としても手持ちの技術はもちろん開示などしてはいないが、地球側からのリバースエンジニアリングはやってやれないことはない。
「私たちは今とても不安定な情勢の中にいることを忘れちゃいけない。地球は、必ずしも管理局やミッドチルダに都合がいいように動いてはくれない。
成り行きしだいでは私たちも、地球と一戦交えなければならなくなる可能性はある」
「エリオがマシューさんに言ってたことは」
いつあなたがたに銃を向けよと命ぜられるかもしれない。エリオがフォードに伝えた言葉は、事実であると同時に、無用な衝突を避けたいという意思のあらわれでもあった。
互いに、望まない選択をせざるを得ない状況がやってくるかもしれない。それは状況に対する対処の積み重ねとして帰結が導かれる。
ゆえに、洞察と予測で回避をしなければならないし、またそれが可能である。
「もちろん冗談やはったりで言うわけがない。管理外世界に派遣される捜査官ってのはそういう任務を負うんだ」
チンクは、ウェンディよりも3ヶ月ほど早くに執務官補佐としてフェイトの下につき、指導を受けていた。
管理局の存在を認知している管理世界ばかりでなく、時には管理外世界で、現地政府との折衝をしながら捜査を進めなくてはならない事件もあった。
そうなった場合、どこまで自分たちの情報を明かしていいのかということは毎回、現場の人間を悩ませることである。
管理局の基本方針として、魔法技術のない世界に不要な摩擦がもたらされることを避けるため、魔法技術の秘匿を原則としている。
しかし、現地人の側からしてみれば、自分たちに知りえない情報を知っているであろう管理世界側の人間に対して、どうしても不信感の方が先に来てしまう。
協力しろというのならまずそちらの持っている手札をすべて明かせ、ということだ。
地球がどこまで要求してくるか、また管理局はその要求にどこまで応じることが可能か。
そしてそれ以上に管理局としてやらなくてはならないことは、管理世界による地球への違法な接触を防がなくてはならない。
すでに指摘されている、地球人を誘拐して生体魔力炉の材料に使用していた疑惑。フォードとエリオの捜査により、これはほぼ事実として確定された。
しかしこれを摘発するには、捜査情報をもっているエリオが本局に帰還して報告を行い、捜索令状と逮捕状の発行を受けなければならない。それからでなければ管理局はアレクトロ社に対する捜査の執行ができない。
したがって、もし既に地球にアレクトロ・エナジーないしはミッドチルダ政府の工作員が潜入していれば、エリオたちも狙われる危険があるのだ。
大企業にとって、自社の不祥事が、管理局に知られることは最もダメージが大きいアクシデントである。
かつてスカリエッティとともにナンバーズとして活動していた頃、ウーノやクアットロから何度も教え込まれたことだ。
自分たちのクライアントはそれを最も気にしている。
証拠を残してはならないのはもちろんだが、管理局の関与が疑われることは最もあってはならないことだ。
JS事件に際してスカリエッティが請けていたプロジェクトは、人機融合技術であった。
それは戦闘機人として開発され、自分たちはそのテストベッドとして生まれたはずだった。長姉ウーノから末妹ディードまで12人のそれぞれ異なる身体特性の個体が製造され、機械式魔法たるインヒューレントスキルの試験に供された。
事件終結後、幾度かの更正プログラムを経て、姉妹たちはそれぞれの特性を生かした任務に就いている。
だがこの戦闘機人ナンバーズでさえ技術的には通過点でしかなく、その先には完全なる人機融合技術があり、それが目指していたものは、アルハザードに眠るとされた命を操る技術であり、しかしそれはバイオメカノイドという異形の姿を持って人類に襲い掛かりつつある。
「地球は次元航行技術を手に入れた。フォード氏が言っていた、無人探査機ボイジャー3号がそうだ。実証試験が済んだということは、あとは宇宙船にそれを搭載すれば地球人は次元世界へ漕ぎ出すことができる」
「宇宙船ってのはあの──5機の戦闘機」
大スクリーンには、クラウディアに先回りするために北側のスコットランド上空を通過しつつある米空軍X-62編隊のマーカーが映っていた。
地球が開発した、魔力戦闘機。
ガジェットドローン2型の技術を用いて、有人航宙機として建造された。
従来のジェットエンジンを搭載した戦闘機では不可能な大推力と機動性能、航続距離を有し、大西洋から北極海へ、さらにイギリスまで、1万キロメートル近い距離を飛び続けている。
ボイジャー3号で証明されたゲート通過をこれらの機体で行えば、第97管理外世界は初めて自力で次元世界へ進出したことになる。
大人数が乗って長期間航海ができる艦船の建造となるとさらに時間はかかるだろうが、いずれ実現する。
「ボイジャー3号が目指していた宙域の座標情報──NASAから送られたこれが正しければ、今この探査機は第511観測指定世界にいる」
ウェンディは携帯ディスプレイを取り出し、チンクの前に示す。
「フォード氏の話では、ESAもNASAとは連携を密にしているとのことだ。アメリカ政府の意向で、ボイジャー3号は第511観測指定世界の調査を続けている」
「軌道予測どおりに飛んでいくと──明後日には、探査機ガジェット#00511とランデブーするよ」
「ああ──。おそらくアメリカも独自に情報提供を受けている。遭遇は予期されている」
探査機ガジェット#00511は、ミッドチルダ宇宙アカデミーが運用し、新暦75年7月にクラナガン宇宙港より打ち上げられた。
ミッドチルダにおいても、外宇宙探査を目的にした無人機は次元航行艦の進出に先立って行われ、あらかじめ大まかな情報を収集してから有人艦の派遣というプロセスを踏む。
それでも近年では、未開拓の次元世界も少なくなり、一般人の興味も薄れ、政府からの予算も減らされつつあった。
そんな中で打ち上げられたこの探査機は、実に7年という宇宙航海を経て、近年異例となる新たな次元世界を発見した。
そしてそれは、その発見すら予期されていた。
第511観測指定世界「惑星TUBOY」。
次元世界において、“アルハザード”の名で言い伝えられる伝説の世界である。
探査機ガジェット#00511は、チンクたちも3ヶ月前にユーノから改めて知らされるまでは記憶の彼方に忘れ去っていた探査機の名前だった。
ゆりかごより発見された無人機械ガジェットは、ベースとなった4型、スカリエッティが開発した1〜3型以外にも、ミッドチルダをはじめとした様々な次元世界に技術が流用されていた。
外宇宙探査のために調整された本機は、魔力素吸着装置によって無尽蔵のエネルギーで宇宙を飛び続け、新たな次元世界を発見する。
未知の無人世界での、地球とミッドチルダの無人の邂逅。
それは互いの世界に住む技術者たちの、一期一会のすれ違いだ。
次スレを立てます
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. ∨ :Λ r―-、 〈 ) ̄`"''ー 、_r-、
∨ :Λ ∨ Λ ヽ<__ ヽ_〉〉 \
∨ :Λ _r∨/;Λ_ __________ / ̄`ーミ__//ヽ|
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_,ゝ--ィ―‐'‐' |三ヘ ΛΛハ }X >〈ーく__/::::`::::......、 ', ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;; | r|‐|
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__,ゝ_ノィニニニ{ ({(弋Y⌒ヽーミ:..\ 八_ノ八__,r‐/ _,/ー''''´ ̄
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