夜空に浮かび上がった中央第4区のビルは、そこかしこを戦車型の砲撃で打ち抜かれ、まるで巨大な虫食いのように穴だらけになっている。
あんな砲撃を生身で食らえばひとたまりもない。
「ママっ、起きて、敵が来る──!」
なのはの肩を揺さぶり、ヴィヴィオは呼びかけた。
「ヴィ……ヴィオ……」
空中から飛び込んできた勢いを受け流す余裕も無かったのか、地面に激突したなのははぐったりとして起き上がれない。
顔には泥と血糊が混ざって絡みつき、見慣れた優しい母の表情は見る影もない。
「にげて、……爆撃機が、来る……」
「ママッ!」
高町なのはをしても、これほどまでに消耗させられてしまうほど敵の勢力は多いのか。
もうクラナガンは、町全体がバイオメカノイドに占拠されてしまったのだろうか。
コロナも、アインハルトも、フェイトも、スバルも──みんな、バイオメカノイドにやられてしまったのか。
地面にうずくまるなのはの姿に、ヴィヴィオは自分の中の世界が崩れていくのを感じていた。
今まで、母は誰よりも強い頼りになる人間だった。いつも自分を守ってくれた存在だった。
それが今は、傷つき、地に伏している。彼女が勝てない存在が現れている。
戦車型が地面を踏みしめる音が聞こえる。
もうこっちを見つけている。逃げることはできない。
約束したはずだ。
いつかママを守れるようになると。
どんな人間でも時の流れには勝てず、衰え、弱っていく。
そうなったとき、もっと若い人間である自分が、大切な人を守れるようになるべきである。
ヴィヴィオはその思いから、ストライクアーツを学び始めた。
なのはを守れるように。
それは、こんな日がいつか来ることを、わかっていたはずではなかったのか。
リオを、守れなかった。
そしてまた、なのはも、守れないのか。
目の前で母が死んでいくのを、何もできず見ているしかないのか。
「くっ……!レイジングハート!!」
足を踏ん張って立ち上がり、ヴィヴィオはレイジングハートをつかんだ。
コアはまだ動力を保っている。
レイジングハートは、まだ幼い頃、魔法の練習を一緒にやったことがある。そのときに、色々な魔法を実際に使ってみたことがある。感触は、まだ覚えている。
「レイジングハート、お願い──ママを助けて!!」
術式は既に起動した状態になっている。ヴィヴィオは片側だけになったレイジングハートの砲身を、目の前の戦車型に向ける。
破損したレールから漏れ出すエネルギーを押さえこみ、魔力を結集させていく。
「ディバインッ!バスタアアアッッ!!!」
掲げた腕の先から、極彩色の大口径砲弾が撃ちだされるのを、ヴィヴィオはしっかりと見ていた。
管理局の爆撃機編隊はクラナガン上空に達し、第4区上空まであと2分の距離に到達していた。
空中警戒レーダーでは、問題の人型メカが、第4区ターミナル駅付近で地上へ降下したのを最後にロスト(失探)していた。
爆撃任務を行う航空機であるという性質上、搭載されるレーダーは地上の詳細な地形や移動物体を走査できる、ルックダウン能力に優れたものであるが、それでも人型は地上に降りてから、爆撃隊の追跡を振り切っていた。
あの人型の搭載兵装はいずれも速射性能にすぐれ、機動による回避は難しい。
爆撃機は戦闘用航空機としては防御力が高い方だが、それでも集中して撃たれればどれだけ耐えらえるかというのは未知数である。
爆撃機編隊の編隊長は、進入高度を500メートルにとるよう各機に指示した。
今回の作戦では敵が対空攻撃能力を持っているわけではないので、ぎりぎりまで低空を飛び、爆撃の精度を高める。
地上に展開している首都防衛隊の魔導師から、ワラジムシたちが川沿いに進攻しているとの報告が届いていた。
爆撃隊は川に沿って飛び、なるべく周囲に建物のない、巻き添えを少なくできる攻撃ポイントを狙う。
GBM-37の破壊力では、爆心地から半径20メートルの範囲のいかなる建造物も全壊し、一般的な鉄筋コンクリート造のビルであれば半径300メートル以内で損傷する。
軽車両や歩兵などのいわゆるソフトスキン(柔目標)に対しては、危害半径は600メートルとなる。
レリックを比較に挙げれば、燃料を満載した旅客機などが停泊する民間空港であれば2発、ダメージコントロールを考慮した軍用空港であっても滑走路に3発直撃すればその機能を完全に失わせることができる計算になる。
これまでの戦闘の分析では、バイオメカノイドは金属外皮なりの防御力は持っているが、装甲と呼べるほどには堅固でないとの結論が下されていた。
銃砲やアームドデバイスによる直接攻撃よりも、爆弾による広域攻撃が効果的であるということになる。
「機長、あれを見てください」
爆撃機の操縦士は、第4区のターミナル駅付近に吹き上がった巨大な魔力光を目撃した。
魔力光の色は虹色である。
大出力砲撃魔法が発射され、バイオメカノイドが多数破壊されたことを示す、連鎖的な小爆発が発生している。
「聖王陛下がおられます」
投下ポイントからは、およそ200メートル程度離れている。
このまま投下すれば、魔導爆弾の爆風に巻き込まれてしまう。
「司令部からの命令に変更はないか」
「はい。先ほど、第4区区長から、予定通り攻撃を行えと要請が入っています」
「了解──」
管理局や、ミッドチルダなどの先進国軍で使用される爆撃機は、与圧のための機械用バリアジャケット、放射線防護、さらに搭乗員が着用するバリアジャケットなどで、機内は幾重にも張り巡らされた魔力防壁に包まれている。
位相変換境界を肉眼でも見ることができ、サイバースペースにいるような、一種独特の雰囲気がある。
「バイオメカノイド群の集結を確認、先頭はメープル川河川敷第16突堤付近」
「攻撃ポイントまであと1分、各機ウェポンベイ開口せよ」
爆撃機の腹が開き、ランチャーに魔導爆弾がセットされる。
4発の爆弾は一航過で投下される。
爆弾には軌道を安定させるための尾翼が付いているが、万が一、落下時の姿勢がぶれて誤爆しないとも限らない。
操縦士は機体が急な動きをしないよう慎重に操縦を行い、投下手はランチャーのスタビライザーを油断無く点検する。
投下30秒前、攻撃ポイントの最終確認が行われ、爆弾の安全装置が解除される。
これにより、弾体に装填された魔力エネルギー結晶は、着地時の衝撃によって地中へ1メートルほどめり込み、数秒後に遅発信管を作動させ、そのエネルギーを解放する。
500ポンドの魔力結晶体は、半径数百メートルの範囲の生物を焼き尽くすエネルギーがある。
「投下15秒前、各機高度500メートルを維持せよ」
「2番機、投下用意よし」
「3番機、投下用意よし」
編隊6機全機からの報告を確認し、編隊長は投下指示を出す。
「ロック解除、全機爆弾投下せよ。ナウ・ナウ・ナウ」
合図とともに、各機のランチャーに爆弾を固定していたピンが外され、爆弾は自重によってレールの上を滑り落ち、機体から離れる。
6機の爆撃機から、合計24発のGBM-37魔導爆弾が落下を始める。
落下軌道を安定させるためにわずかにひねりが加えられた尾翼によって弾体は回転を始め、信管を真下に向け、落下していく。
高度500メートルからの投下なので、投下から着弾まではほんの数秒しかない。
投下母機が安全距離を取れるように信管は遅発式で、地面にぶつかってしばらくしてから爆発する。
河川敷にはワラジムシがびっしりと、隙間無く詰めて押し寄せ、地面が脈動しているように見える。
その中に次々と魔導爆弾が突き刺さっていく。
ワラジムシは投下された爆弾を単なる落下物としか認識できず、いったん飛びのくが、すぐにまた集りはじめる。地面にめり込んだ爆弾にのしかかったり、よじ登ったりしている。
爆撃機のパイロットは、ウェポンベイを閉じながら、河川敷にうごめくワラジムシたちを目で追いかけていた。
「総員衝撃に備えろ」
機長のアナウンスが機内に響く。乗組員たちは手近なものにつかまり、衝撃で吹っ飛ばされないように踏ん張る。
夜の闇に、黒い粒々が飛び上がるように見えた。
それはワラジムシたちの影だった。
閃光に吹き上げられるように、ワラジムシたちがちぎれながら空中にはじき出され、直後、空気が割れる大音響とともに衝撃波が爆撃機編隊を揺さぶった。
衝撃波が主翼の飛行魔法を瞬間的に狂わせ、機体は激しく上下する。
地上に迸る爆炎に、巨大なエイのようなフォルムをした爆撃機の影が浮かび上がる。
その下で、ワラジムシはまるで弾ける豆のように跳ね、燃え、破裂していた。
GBM-37の特徴である、地面を覆うように広がっていく爆炎が、起爆から数秒をかけて第4区の地面を走る。炎が広がる速度は秒速数十メートルにもなるが、空から見下ろすと、まるで映画のスローモーションのようにゆっくりに見える。
ある程度を広がった爆炎はやがて対流によって地面から浮かび上がり、煤煙となって空へ昇りはじめる。
「デルタ1より司令部へ、全機投下完了。弾着を観測、全弾起爆を確認。戦果確認を要請する」
空に浮かび上がっていく魔力の炎を横目に見ながら、爆撃隊1番機の機長は本局の司令部へ報告を行った。
本局ではクラナガン中央第4区へ偵察衛星のカメラを向け、軌道上からの捜索を開始した。
同時に、被爆範囲から退避していた首都防衛隊の魔導師たちによる地上捜索も開始される。
地上の魔導師たちの中には、セイクリッドクラスターの弾丸を見ていた者もいた。
彼らにとっては、バイオメカノイドが殲滅できたかどうかということだけでなく、聖王が無事かどうかということも、懸念事項のひとつである。
ビルの鉄骨が基礎から引っこ抜けたくぼ地に身を隠し、ヴィヴィオは空を見上げていた。
爆撃機が近づいているというなのはの言葉に、ヴィヴィオはなのはの身体を担いで、近くのくぼ地へかろうじて逃げ込んでいた。
これは戦車型の砲撃で崩されたところに魔導師の砲撃魔法の流れ弾が当たり、完全に倒壊してしまった建物である。
視界を覆うように、ヴィヴィオの目の前に立つ巨体。
二本の足で立ち、二本の腕を持ち、そして、完全な直立歩行のためのプロポーション。
その背に伸びる巨大なスタビライザーフィンは、有翼の悪魔のように鋭く、そして金属的な光沢に満ちている。
泥と油と土煙に覆われたこの場所で、それはある意味場違いなほどに、不気味に輝いていた。
「ひ……ひと……っ……がた……?」
顔のように見える場所は、半透明のバイザーで覆われて表情は見えない。
かすかに、二対の光が、眼窩に灯っているように見える。
身の丈、4メートルに届こうかという鋼鉄の巨人。
いや、その光沢ある表面形状からすると、軽金属でできているようにも見える。
翼を含めれば、その全高は5メートルを超える。
足音は軽い。その大きさからは驚くほど軽いが、人間としては、重い体重を持っている足音のように聞こえる。
「かばってくれた…………?」
呆けたように言葉が口をついた。
河川敷で炸裂した魔導爆弾の爆風を、ちょうど背に受けるようにして人型はヴィヴィオの前に立っていた。
背をやや屈め、その腕と翼で包み込むようにしている。
両手には、銃身長が16インチを超えるほどの巨大な拳銃が握られている。
この銃口から放たれる大重量のウラニウム・ペネトレーターは、ワラジムシを瞬く間に打ち砕いて見せた。
装甲に覆われていない関節部に注目してみるが、これは樹脂か何かの柔らかい素材なのだろうか、可動部は覆い隠されていて見えない。
中に人間が乗っているのか、それとも無人のロボットなのか、外部からはうかがい知れない。
ヴィヴィオの腕の中で、なのははようやく気を取り戻した。
かすかに息をしつつ、目蓋を上げる。
左腕の感覚は完全に無い。右手で、レイジングハートのありかを探す。ヴィヴィオはあわてて、なのはの右手に掌を重ねた。
レイジングハートは、しっかり持っている。完全に動作限界、設計上の魔力安全マージンを使い切り、蒸気を噴いて強制冷却モードになっている。
これ以上、戦うことはできない。
人型の脛部が、蓋を開けるようにスライドして、人型は拳銃をそこに格納した。
思わず視線をやるが、内部がメカだったのかははっきりとは見て取れなかった。少なくとも、人間のような内骨格構造ではないのは確かだ。
この機体は、物理的なフレーム構造や、モノコック構造では強度を発揮していない。この機械の形を構成しているのは、金属の強度ではない。
魔力が、姿を形作っている。
この鋼鉄の巨人は、魔力でできている。ヴィヴィオはそう直感した。
これはロストロギアなのか。この巨人はロストロギアなのか。
魔力でできた機械、もしくは、金属質の魔導生命体。もっと違う何かか。
ゆりかごに搭載されていたガジェットドローンには、多脚型のマシンがいた。ガジェットドローンの形状は様々で、作ろうと思えばどんな形でも作れる。
それが人型であってはいけない理由はない。
しかし少なくとも、ゆりかごに搭載されていたあらゆる戦闘端末も、このような鋭利なシルエットを持った人型の機種はいなかったはずだ。
この姿は、古代ベルカの系譜には、ない技術体系から生まれている。
人々が伝承に伝える、空から舞い降りた悪魔、ないしは、天使。
それは、人類とは全く異なる起源をもつ異星人だったのではないかと、歴史研究者たちは考えることがある。
ヴィヴィオは、そんな仮説を、単なる与太話としてではあったが、ユーノから聞いたことがあった。
おとぎ話、古代の冒険小説、そんな世界にしかいなかった、戦う機械の巨人。
今は、目の前にいる。
目の前にしてみれば、その正体とは現代次元世界人類の技術水準をはるかに凌駕する、高度なロボットであったのだと理解できる。
昔の人々がこれを目にしたら、それは悪魔にも天使にも見えただろう。
「!!」
空気を裂く飛翔音とともに大口径魔力弾が飛来し、目の前の人型が爆発する。
ヴィヴィオはなのはをかばうように抱きかかえ、身をかがめた。
魔力光を放つプラズマ粒が散らばっていくと、その中から、まったく無傷の人型の姿が現れた。
振り返ると、建物の残骸に隠れた、首都防衛隊の魔導師だろうか、砲撃デバイスをこちらに向けているのが見えた。
向こうからは、ヴィヴィオが人型に襲われそうになっているように見えただろう。
「待ってください、私は──!」
ヴィヴィオが魔導師に呼びかけようとしたとき、無機質な金属音を響かせ、人型が再び拳銃を取り出した。
拳銃とはいうが、人間のサイズでは対戦車ライフルほどの大きさがある。
人型には、魔導師の砲撃魔法ではダメージが通らない。
しかし、魔導師は、人型の拳銃で撃たれれば死ぬ。
乾いた破裂音が響く。高温のプラズマによって空気の分子が瞬時にイオン化し、その衝撃が音波になって広がる。
人型の持つ拳銃は、大電流から発生するローレンツ力によって弾丸を撃ち出すレールガンだ。
魔導師が遮蔽を取っていたコンクリート壁を粉々に砕き、徹甲弾は人体をばらばらに引きちぎった。
弾丸によって砕かれたコンクリートをもが高速でぶつかり、バリアジャケットごと人体が叩き割られる。
炸薬がないので、命中時に起きる爆発とはウランの弾芯がコンクリートに衝突したことによる、運動エネルギーが熱に変換されたメタルジェットだ。
融けて飛び散る高温のウランに、人体は瞬時に焼かれ、切り裂かれる。
コンクリートが血煙を纏って爆発し、そこには、人間がいたという雰囲気がまったく残らなかった。
散らばった血糊の中に、元がなんだったのか分からない肉のかけらが転がっているだけだった。
人型はゆっくりと、再び拳銃をしまう。
ヴィヴィオは、人型を見上げる自分の喉が震えているのを感じていた。
これは、人間が勝てない相手だ。
圧倒的な力を持っている。
この人型の気分ひとつで、人間は簡単に命を奪われてしまう。
この人型に感情という概念があれば──だが。
「っ……──!」
「デカブツ!そこを動くな!」
今度は人型の向こう側の空中から、声が響いた。
空を背に、三対の黒い翼が見える。
見回すと、人型の周囲に数百本もの魔力弾が配置されていた。
赤い短剣型に形成された魔力弾が人型を取り囲み、発射態勢を取っている。
この魔法はヴィヴィオも見たことがある。
「八神艦長──!!」
はやてはブラッディダガーの発射準備をとり、人型を射程におさめていた。
人型は周囲に配置された魔力弾を見て取り、はやてに背を向けたまま、頭部だけをゆっくりと回転させた。
振り向いているしぐさなのか、しかし、人間とは違って胴体の向きが変わらないまま頭部だけがターレット上で方向転換する。
はやての持つ、剣十字の形をした杖──シュベルトクロイツは、夜の闇の中で、中心のコアから白い光を放っている。
「動くなよ──ちょっとでもヴィヴィオに傷つけてみい、この魔力剣があんたをぶち抜き切り刻むで!」
「八神さんっ、だめですこいつと戦っちゃ、八神さんでもむりです──!!」
人型は、ミッドチルダ語を解するのかそもそも分からない。
はやてにしても、人型に言葉での警告が通じるとははなから思っていない。
だが、あくまでも警告を与えた上での攻撃でなければ、後々面倒なことになる。
ヴィヴィオは、人型がはやてに攻撃をしないことを願っていた。
人型の持つ拳銃は、弾速が秒速数千メートルに達する。
この距離では、発砲されれば回避は不可能だ。
はやてが撃たれる光景を、ヴィヴィオは必死で頭の中から振り払おうとする。
人型はゆっくりと頭部を正面に戻すと、背部の翼を動かした。
主翼基部にそれぞれ装備された2基のブースターが炎を吹き、人型の機体が地面を離れ、上昇していく。
炎は、ロケット噴射のような物理的な反動を利用するものではなく、高出力飛行魔法の魔力光と同じものだ。
はやてはブラッディダガーで人型を取り囲んだまま、人型の動きに合わせて魔力剣を慎重に移動させる。
ブラッディダガーは人型の周囲およそ8メートルほどで弾体を待機させ、発射準備態勢を維持している。
はやては首都防衛隊の念話回線で、人型に向けて発砲しないように呼びかけた。
並みの砲撃魔法ではこの人型の防御を破れない。
また、指揮系統が混乱したままバラバラに攻撃し、反撃を受けて各個撃破されるような事態は避けなければならない。
人型はゆっくりと上昇し高度をとる。
はやてはブラッディダガーによる包囲を続ける。
ヴィヴィオは、なのはを抱えたまま地上から人型を見上げていた。
人型ははやてと同じくらいの高度まで上がり、停止した。
滞空したまま、あたりを見回すようにその場での旋回に移る。
人型とはやての間の距離は22メートル。索敵魔法を照射し、距離を精密に測っている。
高度は15メートル。これくらいの高度でも、見渡せる範囲は格段に広がる。
川を挟んで向こう側の高層ビルの間から、クラナガン沖の海が見える。
人型が、はやての方を向いて止まった。
人型には頭部のような部分はあるが、はっきりとした顔面は見て取れない。
だが、人型が投げている視線をはやては感じ取った。
強烈な気配に、とっさに人型の視線の先を振り返る。
「八神さん──!!」
「エリー!エリー!聞こえるか、今そっちはどうなっとる!っと、ぬおっ!!」
ヴォルフラムへ念話を飛ばす。
はやてが回線を開くのとほぼ同時に、人型が飛び立った。
猛烈な加速ではやてのそばをかすめ、海へ向かって飛んでいく。その先には、ヴォルフラムが係留されているクラナガン宇宙港がある。
今、宇宙港にいる護衛艦はほとんどがバイオメカノイド追撃のため出撃し、港に残っている艦はヴォルフラムを含めて数隻だけだ。
『艦長、何がありました!?こっちは──!』
「──エリー!どうした、応答せい!」
言葉が途切れ、念話にノイズが乗る。
『っと、艦長!こちらスピードスター、あの大クモが現れました!今度は宇宙港を避けて、メープル川河口に向かっています』
「それや!バイオメカノイドは川沿いに移動しとった、それを追っとる!
私も今から戻る、大クモを追跡しろ!あと、人型がそっちへ飛んでった、たぶん大クモに向かうつもりや!」
『マジですか艦長、無事でしたか!?』
「なんとかな!ヤツはこっちには攻撃をせんかった、不意打ちかけた首都防衛隊の魔導師に反撃しただけやった」
『あの人型はバイオメカノイドとは別モノなんですかね?』
「少なくともヤツの体内にはスライムがない、構造が違う。それにヤツには知能がある──目標を分析して攻撃すべきかどうかを判断しとる」
『言葉は──通じませんよね』
「それはわからんが──」
翼を広げ、後を追って飛び立とうとするはやてに、ヴィヴィオは呼びかけた。
なのはも、疲労から目を閉じているが、はやてが来ていることには気づいているようだ。
「八神さんっ、本局にっ、お願いします、連絡をっ、ママが、ママがけがをして──!」
はやてはすばやく頭の中で計算した。このまま人型を追跡するか、それとも、なのはの救助を他の魔導師に任せるか。
「──エリー、ちょいと頼まれてくれるか。私はこれからなのはちゃんとヴィヴィオをそっちへ運んでく、艦の医務室に収容してや。
それから大クモの追跡をする」
『高町一尉が──わかりました。5分で準備します』
かすかに驚きを含ませたが、エリーはわずかに言葉を待ち、すぐに決断した。念話回線を切り、艦内の各部署へ指示を出す。
「おし!聞いたなヴィヴィオ、今からヴォルフラムになのはちゃんを収容する、一緒に来い!私にしっかりつかまっとれ」
「はい、八神さん──」
はやてはいったん地上に降りてホールディングネットを展開し、その中にヴィヴィオとなのはを抱えて飛び立った。
爆撃隊からの攻撃成功の報告を受け、地上に展開していた首都防衛隊の魔導師たちが、戦果確認と残敵掃討にかかっている。
こちらも緒戦で作戦展開を誤り、数十名単位の殉職者を出している。
できるだけ障害物のない視界の開けた場所を移動し、少なくとも3人以上のグループで行動する。
生き残っているバイオメカノイドに遭遇した場合も必ず1対複数の状況を確保してから戦闘を開始する。
バイオメカノイドには威嚇射撃は効果が無いので、戦闘になったら即最大出力での攻撃を行う。
バイオメカノイドは、人間のように火砲を恐れるということはない。魔法を撃たれても、直撃しない限りひるまない。至近弾を受けてバランスを崩すことはあっても、驚いて転ぶというようなこともない。
もし、バイオメカノイドに恐怖という感情があったとしても、それは人間が認識できるしぐさではない。
昆虫や魚類の所作から、人間が感情を読み取れないのと同じだ。
「ごめんね、はやてちゃん……」
「なのはちゃん、大丈夫か!?私の艦で手当てをする、ゆっくり休んどけ。ヴィヴィオも無事や」
「うん……。レイジングハートは」
「わたしが持ってるよ」
待機状態に切り替えたレイジングハートを、ヴィヴィオはなのはの右手に握らせた。
左手は骨が折れているので、公園のベンチの破片だろうか、落ちていたプラスチック板を添え木代わりにしてハンカチで縛り、固定している。
はやては応急の治癒魔法をかけ、傷口の腐敗を止める。
治療するには、艦の医療設備で治癒魔法を使い、エネルギーの補給を確保したうえで造血細胞と骨芽細胞を活性化させる必要がある。
レイジングハートも、連続使用による過負荷と、最後のヴィヴィオのディバインバスターの発砲で大破していた。
こちらも、工廠へ送っての修理が必要である。
「派手にイッたな、キャパシタが半分以上吹っ飛んどるぞ。MOSFETも黒コゲや」
「ごめんなさいママ、レイジングハートに無理をさせちゃって、それで──」
「ううん、ヴィヴィオのせいじゃないよ。デバイスはいくらでも直せる、ヴィヴィオが生きていたことがいちばん大事だよ」
管理局員の使用するデバイスにはイベントログの記録と提出が義務付けられている。
はやてはレイジングハートのメモリダンプをいったん夜天の書に退避させ、それからシャットダウンした。
レイジングハートは今夜はこれ以上の戦闘は無理なので、スイッチを切っておく。
クラナガン宇宙港に停泊するヴォルフラムの艦影が見えてきたとき、メープル川の大きな中州の上を歩いている、大クモの姿があった。
その巨体のために遠くから見るとゆっくりした動きに見えるが、実際には大クモの歩行速度はかなり速く、時速80キロメートル近くに達する。
中洲にかけられた橋を渡って逃げようとする市民の車たちは大クモにすぐに追いつかれ、橋げたごと川に叩き落されている。
吊り橋のワイヤーが身体に絡まった大クモは、しばらく足をばたつかせていたが、やがてワイヤーを振り切って、再び川をさかのぼり始めた。
「エリー、他の艦はどうしとる」
『発進して上空で待機していますが、敵は市街地のど真ん中を歩いてますからね。艦砲射撃も誘導弾も誤爆の危険が高く難しいです』
「かといって生身の魔導師じゃあ火力差がありすぎるか……」
『お待ちを。──艦長、先ほど航空14隊の連中が出たと報告が。シダーミル区南端の河川敷に防衛ラインを設定したようです』
聞き覚えのある部隊名に、はやては目を顰め、なのはは面を上げる。
「シグナムさんが?」
『高町一尉、本当に大丈夫ですか?無理しないでくださいね。
あそこは区営の野球場がありますから広さは十分です。大出力砲撃魔法を使っても、巻き添えになる建物は少ないでしょう』
「わかった。なのはちゃんを収容したら私もすぐ行く」
魔導爆弾の攻撃をかろうじて逃れたワラジムシたちは、それでも数十匹程度がいるが、河川敷をぞろぞろと進んでいた。
戦車型のほうは中央第4区にすべての個体が残っており、これは首都防衛隊の魔導師たちで掃討可能だと判断された。
はやてたちの新たな作戦目標は、海中より出現した大型バイオメカノイド、大クモの撃破となる。
軌道上の管理局本局司令部でも、バイオメカノイドたちの行動はワラジムシ群と大クモの合流であると分析された。
レティはヴォルフラムを経由してはやてへ、敵バイオメカノイドの集結を阻止せよとの追加命令を発令した。
はやてはそれに対し、負傷した高町なのは一尉を、緊急事態に鑑みヴォルフラム艦内へ収容すると報告を返した。
レティとしても、なのはを早いうちに自陣営へ引き入れ、身柄を確保するのは重要な事柄である。
はやてがなのはとの合流に成功し、さらにヴィヴィオも救出できたのは不幸中の幸いと言える。
「レティ提督、ですか?」
「ああ、ヴィヴィオにはまだゆうとらんかったか……まあ私のさらに上の上司、ゆう人や。このバイオメカノイドどもへの対策を、中心になって進めとる」
吊り橋を突破し、大クモは水しぶきを上げながら川を歩いて進撃を再開した。
メープル川はクラナガンの中心部を北から南へ流れる大きな川で、河口付近では川幅は800メートル以上、水深は12メートル以上になる。
大型の戦艦でも水上航行による進入が可能なほどであり、この川を渡る橋は橋げたと水面の間を少なくとも70メートル確保するように定められている。
クラナガンの交通の要所であり、それだけに、敵にとっても攻めやすい場所である。
周辺の高層ビル街のように建造物が混み合っていないので、大柄な体格のバイオメカノイドにとってはここはとても通りやすく見えるだろう。
首都航空隊第14隊の武装隊員たちは、シダーミル区のメープル川河川敷に布陣し、向かってくる大クモを待ち構えた。
川を上流側より下ってくるワラジムシたちに対しては、堤防の道路および周辺のバイパス道路に戦車を配置し、進撃を食い止める。
河川敷のような広い場所であれば、大型の戦闘車両を配置しやすい。
戦車は120ミリ魔導徹甲弾を発射できる機種で、この火力であればワラジムシを遠距離から圧倒できると見積もられていた。
さらに武装隊の砲撃魔導師が脇を固め、戦車の死角をカバーする。
魔導師と戦闘用魔力機械のいちばんの差は機動力である。
魔導師は、人間が入れるところならばどこへでも展開できるし、高速で空を飛ぶことが出来る。
機械は、火力や防御力は大きいがどうしてもサイズやメンテナンスの問題がある。また、障害物や複雑な地形にも弱い。
状況に応じて、大火力を持つ戦闘車両と、高い機動力を持つ魔導師を有機的かつ機動的に運用することが、現代魔法戦闘では重要になっている。
機械はもっぱら、人間の魔導師よりも高速かつ正確な詠唱が可能である。
高出力魔法の複雑な詠唱も、機械であれば迅速にこなせる。
魔力機械を運用するオペレータは必ずしも自身が高い魔力資質を持っている必要は無く、火器操作や状況判断などに長けていればよい。
もちろん、はやてのように自身も高出力魔法を自在に操ることができてさらに指揮能力も優れた魔導師というのもいるが、本人の資質に頼る部分が大きい以上、安定した戦力にはなりえない。
次元世界で実用化された魔法技術というものは、あくまでも人間が使うためのツールである。
「隊長、14隊各班、全員配置につきました」
副官が報告する。
首都航空隊第14隊の隊長、シグナム一等空尉は愛機デバイスである大剣レヴァンテインを地面に突き立て、土煙の向こうで動いている影をきつく見据えていた。
大クモの移動速度では、こちらの射程距離に入るのはおよそ4分後と予想される。
第14隊は河川敷の堤防をトーチカとして利用し、川の真ん中を進んでくるであろう大クモを、両側から挟撃するように陣を敷いていた。
「よろしい。──目標が射程内に入り次第、全力砲撃だ。仰角をとり、建造物への誤射を避けよ。
距離1000を切ったらフェーズ2に移行する」
「──わかりました。打ち合わせ通りに」
シグナムは、遠距離攻撃と近距離攻撃の2段構えの作戦を立てていた。
第14隊の砲撃魔導師による砲撃でまず大クモを迎え撃ち、接近したら自分が最前列に出ての近接戦闘に入る。
砲撃魔導師は、これはなのはにもいえることだが接近戦に弱い。魔法の詠唱時間も長く動作が大振りで運動性が低いため、敵に近づかれると狙いが付けにくくなるのだ。
また、大出力魔法は至近距離で撃ったときに自分を巻き込む危険も高い。
第14隊の魔導師たちは、距離3000メートルで砲撃を開始した。
幾本ものビームが大クモに向かって伸び、その巨大な甲羅を叩く。
大量の砲撃に、大クモがシールドを発生させているのが肉眼でも確認できた。
魔法陣の形状ははっきりとは分からないが、ミッドチルダ式ともベルカ式とも異なるものだ。
大クモが地面を踏みしめるときの震動から、シグナムは大クモの体重は少なくとも2200トン以上であると見積もっていた。
これは現在応戦にあたっているIS級フリゲート艦に匹敵する重量である。
それでいて大きさが30メートル程度ということは、その重量の由来が非常に分厚い装甲であるということが容易に想像できる。
かつて地球、第97管理外世界に住んでいた頃、はやてが海鳴市の図書館から借りてきた色々な本の中に、あれと似た大きさと重さの物体の情報が記されてことをシグナムは思い出していた。
それは現代よりも80年も前に建造された、第97管理外世界の巨大戦艦の主砲である。
はやては小説や童話などだけではなく、科学図鑑もよく読んでいた。
その中には、乗り物や、兵器を扱った本もあった。
戦艦の主砲は、砲身の長さが20メートルもあり、それが3本収められた砲塔を防御する装甲の厚さは50センチメートル以上もある。
これらは窒素やモリブデンなどを浸透させて製造した特殊な鋼鉄でつくられ、重量は1基あたり2750トンもある。
この装甲により、マッハ2以上の速度で飛んでくる1.5トンの砲弾を防御できる。
現在、管理局が配備する最も大きな地上砲台である“アインへリアル”が豆鉄砲のように思えるほどの大きさと威力、防御力だ。
「あれを打ち砕くには生半可なエネルギー量ではきかないぞ!」
声を張り上げ、シグナムは隊員たちに気合を入れる。
レヴァンテインをボーゲンフォルムに切り替え、構える。
一般的にアームドデバイスはインテリジェントデバイスに比べて直接打撃力に優れるといわれるが、これほどの巨大な相手に対してはさして変わらなくなる。
重力属性を付与した攻撃でもなければ、デバイスによる打撃攻撃は単純に重量の差が攻撃力に影響する。
アームドデバイスの場合はブースターなどの加速機構を搭載している機種が多く、また単純にインテリジェントデバイスよりも重いため、打撃の威力が強くなるのだ。
ボーゲンフォルムから発射される魔力弾が大クモの顔面に突き刺さり、わずかな間を置いて爆発する。
シールドを貫いた魔力弾が、大クモの単眼の一つを破壊した。シールドが反応し、大クモの体表全体が白く閃光を放つ。
それでも、大クモはまったくひるまない。まるで痛覚が存在しないかのようだ。
シグナムは14隊の各班へ左右への展開を発令した。
大クモは進撃を続け、距離1200を切った。
レヴァンテインをボーゲンフォルムからシュランゲフォルムへ切り替える。
砲撃がいったん中止され、爆炎が引いた後に現れた大クモの身体は、ほとんど傷が付いていなかった。
外から見て分かる損傷は、シュトゥルムファルケンによって潰れた1個の単眼だけだ。大クモの頭部には、少なくとも10個以上の単眼があるように見える。
蛇腹剣のような形態をとるシュランゲフォルムでは、鞭のように打ち付けて攻撃する他、分割された刀身の先端からビームを撃つことができる。有線ビットのような使用方法が可能だ。
「隊長、──あれが本当に眼かどうか」
「いずれにしても傷を負わせたのは確かだ。どんな堅固な装甲でも、基本的に内側からの衝撃には弱い……一箇所でも穴が開けばそこが隙になる」
レヴァンテインから第14隊の魔導師たちへ、損傷した大クモの頭部の射撃諸元が転送された。
この座標をデバイスのFCSでロックオンすることで精密射撃が可能になる。
「各班射撃用意よし」
「撃て!」
号令と共に、広範囲からの一斉射撃が、大クモめがけて殺到する。
大クモの体表が激しく爆発し、空間に電撃が走る。高温に、溶けた金属が燃えていることを示す赤い煙が舞った。
一撃を放った後、第14隊の魔導師たちは後方へ移動する。レヴァンテインを構えたシグナムが先頭に残り、大クモに対峙する。
「──あの砂竜よりも大きいな──そしてはるかに硬い──!」
シュランゲフォルムは100メートル以上伸ばすことができる。
大クモの背中を飛び越し、先端を大クモの尾部に引っ掛ける。糸鋸を引くように、連結刃を食い込ませる。
レヴァンテインの刀身と大クモの装甲が接触している部分が、激しい魔力光のスパークを上げる。
触れるだけでこれほどの余剰魔力を放出するということは、まさに桁違いの出力のシールドが張られていることを意味する。
通常の一般武装隊員が使用するバリアジャケットとは比べ物にならない防御力があることになる。
「融かし尽くせ!」
レヴァンテインの連結刃を通じて、炎熱魔力を流し込む。シールドを貫いて、直接大クモの装甲に熱エネルギーを流し込む。
温度が上がれば、金属はその構成元素の物理的性質に従ってふるまう。温度が上がって融点を超えれば、金属は固体から液体へ変化し、融けてしまう。
体表は硬い金属で覆われているが、眼球部は、センサーを仕込むために装甲を張れないので防御は弱いはずだ。
大クモの体表を覆うシールドの出力を計測しながら、左手に持った小太刀で大クモの頭部を斬りつける。
レヴァンテインも改装によって、サイドアームとなる短剣を生成できるようになっている。これにより、シュランゲフォルムの弱点であった、攻撃動作時に機動が制限される問題を解決している。
近くで見ると、大クモの体表は鉄を鍛えて作られた鋼板ではないことが見て取れた。まるで熔けた液体の鉄をかぶった生き物が、そのまま冷えて固まった鉄を甲羅のように着込んでいるように見えた。
表面は、確かに金属質なのだが、砂粒や岩石の破片などが埋まっていて、かなりざらざらしている。塗料で塗られているわけではなく、色素がそのまま金属内部に溶け込んで体色を表現している。
まさに、素材が金属であるということを除けば、巨大な甲殻類のように見える。
レヴァンテインの連結刃で引っかかれた大クモの背中には深い彫れ溝が刻まれた。
切断面は表面と全く同じ色かたちをしていて、表面加工なども施されていない、金属の塊を甲羅状に引き伸ばして被っていることが見て取れた。
シグナムが大クモに斬りかかっている間に、第14隊の他の魔導師たちは河川敷の左右に大きく展開し、大クモを取り囲む。
大クモは身体が大きい分、相対的に小さい人間の動きを追いきれないと予想された。
魔導師たちは遮蔽物に隠れて動きを気取られないようにしながら、大クモの横や後ろへ回り込む。
『隊長、射程を取れました!援護します』
「よし、奴のケツを叩いてやれ」
念話で各班の魔導師たちへ指示を飛ばす。
レヴァンテインで斬りつけ、さらに後方から砲撃で追い立てる。前後から挟み撃ちする格好になる。
大クモは前にも後ろにも進めない状態で、地面にうずくまるように足を縮めた。
「跳ぶかッ!!」
14隊の魔導師たちを飛び越えようとしたのか、大クモは縮んだ体勢から大きくジャンプした。
大気をうならせて空中へ舞いあがった大クモに、すかさず地上から砲撃が撃ち上げられる。
一般に重装甲の生き物は、腹部が弱いことが多い。大クモが必ずしもそれに当てはまるわけではないが、第14隊の魔導師たちは空中に飛び上がった大クモの腹めがけて、それぞれ砲撃を撃ち込む。
ジャンプの頂点から、落下してくる大クモに向かってシグナムはダッシュした。
向こうが落下してくるスピードと、自分が飛び込んでいくスピードを合わせて、大きな相対速度で激突する。普通にダッシュして斬りつけるよりも運動エネルギーの大きい攻撃が可能だ。
もちろん、こちらの武器がそれだけの衝突に耐えられることが前提である。
高密度の魔力を乗せて、シュベルトフォルムに切り替えたレヴァンテインを振り薙ぐ。
刀剣による攻撃で重要なことは、攻撃を当てる物体と、武器の刃が接触する時の角度である。
刃物には、最も切断力の高い角度というものがある。
この角度を最適に制御できることが、剣術者にとって必須技能である。
レヴァンテインはその刀身から魔力刃を形成し、金属の質量に重ね合わせて打撃力を生み出す。直接接触による衝撃に、さらに魔力が浸透して目標内部を破壊せん断する。
大地が激震する轟音が走る。
河川敷の地盤が割れ、飛び散った土砂が川に落ちて水を泥に変える。
崩れた砂の塊に足を突っ込み、大クモは身体を傾けて甲羅を地面にめり込ませた。
大クモの巨体に、水しぶきが激しく噴きあがる。
『隊長、奴はまだ動いてます!』
反転するシグナムに、副官が念話で知らせてくる。
大クモの身体の大きさは、それだけで武器になる。レヴァンテインの斬撃をまともに受けても耐えられる。
「砲撃を続けろ!目標を足止めするんだ」
避けなければならないことは、大クモが建造物の多い市街地に侵入してしまうことである。
第14隊がこの作戦区域に持ち込んでいる装備はどれも火力が大きく、狭い場所では使えない。
市街地への巻き添えを避けるために、この河川敷で大クモを足止めしなければならない。
川岸の土手に埋まった大クモにシグナムが突撃し、二回目の斬撃を浴びせる。
再び間合いを取るために離れたとき、入れ替わるように、大口径の砲撃魔法が飛んできた。
大クモの全身を包み込むほどのシールドが発生し、それがひび割れるのが見えた。
「フレースヴェルグ──主はやて!」
「待たせたなシグナム!」
はやての砲撃を浴びた大クモはさすがにたたらを踏み、胴体を地面についてしばらくうずくまる。
第14隊の魔導師も、間断なく大クモに砲撃を浴びせ、ダメージを蓄積させていく。
大クモのシールドは、攻撃が命中した瞬間に全身の体表が白く光るように形成され、表面のごく薄い範囲に展開されている。
ラウンドシールドなどの通常の防御魔法と違い隙間なく全身を覆えるので、防御は堅固だ。
「この大クモ相手にはちまちま撃っててもきりがない。いっきにカタつけるぞ。シュランゲバイゼン・アングリフで敵を縛り上げ、そこにラグナロクをブチ込む。いけるな?」
「──はい。拘束時間0.9秒で行けます」
「よし──隊のみんなにも協力してもらう。ひさびさに全力砲撃いくぞ」
はやてはシュベルトクロイツの出力を上げた。
これほどの高出力での駆動は、魔力供給や冷却などの問題から長時間は維持できない。
もちろん、一撃で決めるつもりでいる。
「14隊各班、広く展開しろ。敵のシールドが切れたところに狙いをつけて撃つんだ」
『了解、シグナム隊長、水路の合流点から狙います』
「私は砲撃が海側に抜けるように射程をとる!1分後に発射や!」
「わかりました!」
はやては大クモの上を飛び越えて距離をとり、川の上流から、海側へ向けて発砲する。
シグナムは上空から、レヴァンテインの攻撃で大クモを抑え込む。
さらに第14隊の魔導師たちが、はやての砲撃に連動して、大クモに一斉砲撃を行う。
大クモが足をついた場所は、大クモの体重によって川底が削れ、流れる水が渦を巻いている。
川の形が大きく変わり、水量が中州の砂を次々と押し流していく。
この水の中では、大クモも足を取られるようになる。
そこを狙う。
夜天の書から放たれる白い魔力光が、クラナガンの空に白夜の輝きをもたらしていた。
ノーヴェ・ナカジマが大クモの姿を目撃したのは、その日の勤務を終えてスバルの見舞いに行こうとしていた時だった。
スバルが入院している病院は、ちょうどエントランスに向かうと海が見える。
その、海岸の向かいに見えるメープル川河口へ向かって、巨大な黒い塊のようなものが浮上していくのが見えた。
やがて街の灯りに照らされだすと、それが赤い甲羅を持つ巨大な四本足の物体であることが見て取れた。
大クモ、と呼ばれている大型バイオメカノイドの個体である。
甲羅の上を滑り落ちていく海水のスピードから目測して、大クモの大きさは数十メートルあるように見えた。
呆然と立ち尽くし見つめているノーヴェの視線の先、2キロメートルの河口上で、大クモは川を渡る吊り橋に、飛び越えようとするように大きくジャンプして体当たりした。
脆い砂糖細工のように橋が崩れるのが、スローモーションに見えた。
実際は、橋と大クモが大きすぎて、落下速度を体感でつかめなかったために錯覚したのだ。
病院の前の通りを歩いていた人々が、驚きに、ざわめきながらそれぞれ立ち止まり、河口を見つめている。
メープル川河口には、川の両側の地区を結ぶ大きな幹線道路と、鉄道が合計3本の橋を架けられている。
この時間なら、帰宅する人々の車がたくさん走っている。その中に、大クモが突っ込んでいった。崩れた橋の、ひしゃげて潰れながら水面に落ちていく橋げたの間に、たくさんの自動車が絡まっているのが見えた。
吊り橋のワイヤーに打ち付けられ、空中にはじき出された自動車が、回転しながらドアがちぎれて、大きな水柱を上げて海に落ちた。
中に乗っているであろう人間は、姿が見えなかった。
海面に激突したときの衝撃は計り知れない。自動車は大クモの背丈よりも高く跳ね飛ばされた。
橋げたから海面までの高さは80メートルもある。そんな高さから落ちれば、水面にぶつかるということはコンクリートの壁に激突するのと同じ衝撃だ。
念話の呼び出しコールが鳴り、はっと我に返ったノーヴェは震える手で受話ウインドウのボタンを押す。
フェイトからだ。今日は捜査に出かけていて、クラナガンにはいなかったはずだ。
『ノーヴェ!今、どこにいる!?スバルと一緒!?』
車を走らせながらだろうか、念話回線を通じて、大きなエンジン音が響いている。
「フェイトさん……化け物が、河口に……!」
『外にいるんだね!?私も今戻ってる、あと20分くらいで着けると思う!』
「だ、だめだよフェイトさん……こっちに来ちゃだめだ、あいつは、いかれてる……!!」
ノーヴェは、バイオメカノイドの姿を初めて見た。
ロボットでも、魔導生物でも、ましてや兵器でもない。一体あれはなんなんだ。
『落ち着いてノーヴェ、スバルは動ける?安全を確保して、もし市民の混乱が生じるようなら誘導を!
なのはもはやても戦ってるんだ、気をしっかり持って!』
「わかってるっ、けど」
ふと見ると、大クモが歩んでいく先、クラナガンのどのあたりだろうか、火の手が上がっているのが見える。
ただの火事ではない。恐ろしいほどの広範囲が炎上している。
そして、時折、砲撃魔法の弾丸が空に打ち上げられている。
・∀・
・д・
その場所をようやくノーヴェは思い出した。
クラナガン中央第4区。
今日、ヴィヴィオが行っているはずの親友リオの実家に近い。
『ノーヴェ?──ノーヴェ、どうしたの、ノーヴェ!!』
炎に包まれ、崩れ落ちる街。
その中に、ヴィヴィオがいる。
リオの実家も、聖ヒルデ魔法学院の生徒寮も、おそらくは跡形もなく吹き飛んでいる。
「うそ……嘘だろ……うそだろぉぉ!!」
人目を憚らず、ノーヴェは叫んだ。
空に、激しい魔力光の反射が瞬き、低空に垂れ込めた雲が、地上から立ち上る火災の煤煙を溶かし込んでいく。
空へ撃ちあがった魔力砲弾が、雲の粒子を激しくかき乱し、空を渦巻かせる。
大クモを遠目からうかがうように、管理局所属のフリゲート艦が上空に現れた。
艦の大きさと比べても、大クモははるかに大きい。
このような巨大な存在を前に、人間はなすすべもない。
そして、このような異常事態が進行していたのにもかかわらず、ほんの数キロメートル離れた、隣の区にいた自分は事態に全く気付けなかった。
クラナガンは巨大な街であり、そして、人間同士のつながりが、手を取りきれないほどに広すぎる。
人間は、集まりすぎて、互いを見渡せなくなってしまった。
それは、クラナガンだけではない、ミッドチルダ、そして他のあらゆる次元世界が同じだ。
その事実を、ノーヴェは見せつけられていた。
ヴォルフラムの艦橋では、人型がメープル川河口へ向かって飛んで行ったところまでは追跡できたが、その後のジャミングが激しくロストしていた。
大クモの放出している魔力と、人型の巨大な魔力が干渉しあって強いノイズを発生させ、レーダーの素子がオーバーフローしていた。
通常使っている受信感度にすると、スクリーン全体が真っ白になってしまい見えない。
近くにいることは間違いないが、正確な位置はつかめなくなっていた。
はやてはヴォルフラムから再発進して大クモに向かい、シグナムと合流していた。
首都航空第14隊と連携し、ラグナロクによる全力砲撃を行うと打電されていた。
周囲の地上局員たちは退避し、第14隊の砲撃魔導師だけが大クモの周囲に残る。シグナムは上空から、はやては大クモの正面から、それぞれ攻撃位置につく。
レーダーが使えないため光学観測に切り替え、甲板科員がヴォルフラムの露天艦橋および前甲板に立っての周辺警戒を行う。
ヴォルフラム艦内に収容されたなのはは、すぐに集中治療室へ入れられた。
左腕を魔力素で満たした治療ポッドに浸し、治癒魔法によって破損した細胞を取り除いて、骨と神経を再生させる。
なのはは艦橋と医務室の通話回線を開くようエリーに頼んだ。
『今艦長から連絡が、ラグナロク発射まであと15秒です。衝撃波が来ます、なんかにつかまっといてください』
「わかった」
「副長、高町一尉の治療にはセルフクローニングデバイスを使います。一応後で艦長に報告を」
『OKモモさん、お願いします』
なのははストレッチャーに寝かされたまま、動かせる右手でフレームをつかむ。
担当の軍医は、割れやすい薬の瓶などをしっかりと棚にしまってから、なのはとヴィヴィオに大丈夫だよ、心配しないで、と言った。
ヴォルフラムは重力アンカーを双錨泊に切り替えて艦を固定している。
外では甲板科員が、桟橋との舫い綱をしっかりとつなぎなおしている。
「ヴィヴィオ、大丈夫だよ、心配しないで」
なのはは、ベッドの傍らを離れようとしないヴィヴィオの、表情を見上げた。
「ママ……」
ヴォルフラムの艦内にいても、外で響く魔法の砲声が、竜の遠吠えのように響いている。
メディカルモニターの計器は、かすかに速くなったなのはの脈拍を、無機質な矩形波の音で知らせている。
『ラグナロク発砲を肉眼で確認。大クモに命中しました』
「エリーさん」
『重力波ノイズ観測。衝撃波、あと33秒で本艦に到達』
エリーは艦橋の幹部士官と、各部署の乗組員を指揮し、ヴォルフラムの観測装置ではやてをサポートしている。
はやての強さも、彼女の働きがあってこそだった。
『副長、ノイズがクリアになります──!ふ、副長!方位0-2-2、距離1万5千に新たな魔力反応──いえ、これは人型です!堤防の陰に隠れてました!』
『なに!?』
ヴィヴァーロ曹長の慌てた声が入ってきた。
大クモがダメージを受けたことで干渉が消え、人型の反応がヴォルフラムのレーダーにかかった。
魔力量はさらに上昇し、395億に達している。
「エリーさん!?敵は、倒せたんですか、はやてちゃんは!?」
声を上げるなのはを、ヴィヴィオは宥めようとする。
今は傷を治すことだけに専念して。これ以上、傷つかないで──。
艦橋でも、観測データから状況を分析するには時間がかかる。なのはは、やがて力を抜いてベッドに身体を投げ出し、顔を寄せてきたヴィヴィオに頬を当てた。
お互い、埃と煤まみれで、傷の処置をしたら、消毒して体を洗わなくてはならない。
明るいところで見てヴィヴィオも初めて気が付いたようだったが、標準デバイスで魔法を撃っていた間に、手首が火傷で真っ赤に腫れていた。
標準デバイスの許容入力ではヴィヴィオの魔力を受け止められなかったために、コアから漏れた魔力余波を手にかぶってしまっていたのだ。
セイクリッドハートはうさぎの外装が全く燃え尽きてしまったが、本体は無事で、ヴィヴィオの肩に乗っている。
『高町一尉、人型が現れました。しかし艦長の読み通り、こいつは敵味方を──少なくとも、攻撃対象かそうでないかを判別してます。
今のところ、われわれは攻撃されていません──
人型はコヴィントン大橋のケーソンの上に立ってます、おそらく堤防沿いに低空を進攻してきたと思われます。
──お待ちを、大クモが反転しました。人型と大クモは距離450で向かい合ってます』
「はやてちゃんは」
『無事です。シグナム隊長も──っ、これは、粒子砲の反応?
高町さん、人型が攻撃をかけます、大クモ相手に──電磁波出力上昇を観測、魔力量換算、SSS以上──うち(管理局)の計算表にゃ当てはまらない量ですよこれ』
あの人型の武器は、レーザーと拳銃だけではない。
未知の兵装を持っている。
そして、その武器が、はやての最大出力魔法にさえ耐えた大クモに向けて放たれる。
スバルはとりあえずの処置として一般用の義足はつけていたので、そのまま病院から外出許可を取った。
ノーヴェと一緒にフェイトの車で拾ってもらい、大クモとの戦闘現場が見られる高架まで移動する。
避難しようとする人々の車で道路は至る所で渋滞しており、また、大クモによって橋が破壊されたため、河口付近の埋め立て地区に取り残されてしまった人々もいた。
こちらは、出撃しているIS級フリゲートが接舷しての救出活動を行っている。
フェイトは路肩に車を停め、念のためバルディッシュをいつでも起動できる状態にして、大クモと、対峙している航空第14隊の戦闘を見守っていた。
「フェイトさん、今日はどっちに!?」
「北ミッドの空港に、アレクトロ社のチャーターしてる輸送機が破壊工作を受けていてその捜査で。
一応はやても連絡くれてたんだけどちょっと遠いところだったから」
「あの発電所の近くですね」
「ええ。少なくとも同社を狙っている組織はかなり大がかりに、そして綿密に慎重にやっている──!!」
「!!」
ラグナロクの砲撃が命中し、大クモがついに大爆発を起こした。
分厚い甲羅が割れてはじけ飛び、大きく体勢を崩して転倒する。
だがそれでも、身体は完全には壊れない。
四本の脚は地面をしっかりととらえて踏ん張り、川に甲羅を半分浸かった状態でさらに向かってくる。
「あれは──フェイトさん、あれを見てください!」
「なんだよスバルっ……あれは!?──あの魔力光は……」
スバルが指さした先には、橋げたを丸ごと大クモに叩き落されて土台だけが残っている、コヴィントン大橋のケーソンがある。
人型のメカが、そのケーソンの上に立っていた。
翼を広げ、踏ん張るような体勢をとっている。
手に持った拳銃を、両手撃ちの構えで大クモに向ける。
その拳銃の銃口から、魔力によって形成された長い加速レールが伸びる。
レールガン。弾体は実体弾とは限らず、圧縮したプラズマを撃つこともできる。人型が行おうとしているのはこちらの攻撃だ。
加速レールは、オレンジ色の魔力光で形成され、クロスして構えた二丁拳銃の間に、まばゆい魔力弾が生成される。
人型の足下に、魔法陣が現れる。
それはまぎれもないミッドチルダ式の魔法陣だった。
「フェイトさん──あの人型、あれは──!」
あの構え、という言葉は、掠れてノーヴェの口から出ることはなかった。
フェイトも、スバルも、そしてはやてもシグナムも、人型の放つ凄まじい魔力に、圧倒されていた。
「はやてっ逃げて!」
「はやてさん!シグナムさん!」
人型が、砲撃を放つ。
その瞬間、フェイト、スバル、ノーヴェ、はやて、シグナムは──声を聞いた。
それは人型が行った詠唱だった。
機械に入力された術式のプログラムなのか、それとも搭乗していた人間が唱えたものか。
しかし、とはやては首を振る。
あの人型には、フレームは隙間だらけで装甲と呼べるものはなく、スケルトンのような骨格に薄いパネルを張って人型のように見せているだけだ。
内部に人間が乗れるようなスペースはない。宇宙港で撃破した個体と、構造は同じだ。
人型の構えた二丁拳銃から、オレンジ色の圧縮プラズマビームが迸る。
『──ゼクター!シャイニング・クラッシャー──!!』
声を、聞いた。
人型に言葉が通じるのかなどということを考える間もなく、はやてとシグナムは急いで第14隊の魔導師たちを退避にかからせた。
巨大なエネルギーが人型の二丁拳銃から放たれ、至近距離で大クモに命中する。
大クモの甲羅が今度こそ真っ二つに割れ、内部から爆発が起きる。脚が付け根からちぎれて折れ、体重を支えられなくなって関節がばらばらになる。
堤防上の道路にいた戦車が、人型の放った攻撃のすさまじい余波をくらって横転し、坂を転げ落ちる。
魔導師たちは堤防に隠れるようにして、大クモの大爆発を回避する。
はやてとシグナムは全速力で飛び、爆風が弱まる距離まで離脱する。
大クモが爆発した後には、川岸が削られて、そこだけ川幅が広がっていた。
割れた甲羅が川幅いっぱいに散らばり、よくわからない形状の機械部品のような金属塊が、さらに広範囲に散らばっていた。
バイオメカノイドの死骸が、付近の道路や住宅へ飛び散った。
あちこちで白煙が上がり、大クモの内臓は建物の屋根にぶつかって穴をあけたり、壁を突き破って屋内に飛び込んだりしていた。
大クモの体内から流れ出たスライムが、川の水に溶けて流れていく。
メープル川は青い水で染まり、それはゆっくりと海へ出ていった。
大クモを撃破した人型──“エグゼクター”は、再びクラナガンの南海上へ飛び去っていくのがヴォルフラムのレーダーで観測され、距離220キロメートルで水平線の向こうに消え、ロストした。
偵察衛星による追跡も、電離層を使って振り切られた。管理局の情報分析部は、人型は単独での大気圏離脱・再突入能力を持ち、宇宙へ飛び去ったと結論付けた。
そのような分析も、現場ですぐに役に立つという状況はまれだ。
戦闘開始から2時間と47分、12月22日午前1時24分。
本局司令部は大型バイオメカノイド大クモの撃破、沈黙を確認し、戦闘終結を宣言した。
はやての目の前には、無情に破壊し尽くされた中央第4区とメープル川の瓦礫が広がっていた。
あのバイオメカノイドたちには、もっと強い力の武器が無ければ勝てない。
今のままでは、人類、いや管理局はただの観戦者でしかない。
人型──エグゼクターと、バイオメカノイドとの戦いを、横から茶々を入れながら見ていることしかできない。
いきなり自分たちの住処に乱入され、こっちの都合を無視して戦いを始められておいて、追い出すこともねじ伏せることもできない。
管理局の存在意義をもが揺るがされる。
火災は燃やすべきものが尽きて炎が鎮まりかけており、薄まった煙の向こうに、曇りが晴れた夜空が、星を見せ始めていた。
軌道上に見えるであろう時空管理局本局の暗い影を、はやては星を見るように見上げていた。
第6話終了です
・・・(汗)
主役メカたるもの必殺ワザのひとつやふたtゲフンゲフン
シャイニングクラッシャーはゲーム中ではレーザーオプションを5個取ると撃てるようになります
発射時の音声が妙に詰まった声なのはご愛嬌
他にもいろんな種類のボムを取って撃てます
そのうち本編中でも使うかも?
・IS級フリゲート→レクサスIS
・モモ軍医→MOMOコルセ スポーツステアリングなどのカーアクセサリーメーカーです
なのはさん、本作では27歳すからいろいろとガタが・・・あわわなんでもないです
ではー
乙です
ようやく主役メカが活躍したやったー!
でも必殺技なくてもミサイル無限撃ちだけでいいんだけどね
おつです
そういえばΛって連載開始がForceやVividより先だったんですよね
なんとも感慨深いものがあります
保管庫壊れた?
>>308 壊れたというよりもトップページがイヤガラセかうっかりミスで消された…
ってところだと思う。
なおしたよ
多分戻ってるはず・・・
砂竜より大きくて硬いのか…
あの緊縛プレイをしたやつより大きくて硬いw
容量がそろそろいっぱいだ
まじ
あと何KB?
スレまたいでの投下ってありだっけ?
あり
どうもです
EXECUTOR第7話ができたので21時半から投下します
今回は容量的に現行スレで収まらないので途中から次スレに行きます
■ 7
悪夢のような一夜が明け、クラナガンの街はとりあえずの一日を迎えようとしていた。
直接被害を受けなかった地域では、いつもどおりに人々が職場へ出勤し、子供たちは学校へ登校している。
クラナガン宇宙港では係留されていたヴォルフラムへ、シャーリーとシャマルが新たな武装端末の引渡しのために訪れていた。
シャマルは普段は地上本部での勤務であり、また本部から近い軍人住宅に入居していたため滅多にクラナガン市街へ出ることはなかった。
それだけに、昨夜の戦闘の凄惨さは驚愕に値するものであった。
クラナガンの北西部に位置する中央第4区は、出現した1500体を超えるバイオメカノイドと投下された24発の魔導爆弾によってほとんど破壊しつくされ、道路は穴だらけになり、建造物は軒並み倒壊して瓦礫の山になっていた。
バイオメカノイドたちは第4区周辺から出現し、メープル川へ向かい川に沿って海へ向かった。この通り道となった区域も、まるで巨人に踏み荒らされたようになっていた。
ワラジムシたちは硬い顎を持っており、コンクリートや鉄骨の建物でも噛み砕いて崩し、進撃していた。
そして、海から出現しワラジムシたちを迎えるように川をさかのぼっていった大クモ。
河口に掛かっていた3本の橋は大クモによってなぎ倒され、橋げたが真ん中から折れていた。
大クモが撃破された地点には、夥しい数の破片が散乱し、飛び散った有毒物質によって、付近の住民は当分、自宅へ戻ることが出来なくなっている。
総じて、クラナガンの中央部、主要都市機能をつかさどる区域のおよそ3割が、壊滅的な被害を受けた。
物流を担う運送拠点は大クモに踏み潰され、また住宅やオフィスビルなどはワラジムシに噛み砕かれ、戦車型の砲撃によって破壊された。
これらバイオメカノイドの襲撃によって亡くなった市民は、おそらく10万人を超えるだろうと予想されている。負傷者は25万人を、また身体が無事でも家財を失った市民はもっと多くなるだろう。
敵の出現がちょうど、帰宅時のラッシュに重なった。
さらに一般企業が年末の休暇にさしかかる時期であり、深夜になっても人々が大勢、街へ出ていた。その真っ只中にワラジムシの大群が出現したのだ。
鉄道などの公共交通機関だけでなく、自家用車に乗ったままバイオメカノイドに襲われ、逃げる間もなく死んだ者がかなりの割合に上った。
人々が逃げようと車を走らせていたところに大クモが出現し、車に乗ったままで道路から動けなかった人々は、車ごと海へ叩き込まれた。
メープル川河口の海底には、崩された橋げたと共に多数の自動車や鉄道車両が数百台単位で沈んでおり、遺体の回収は困難を極めると予想された。
また、中央第4区には魔導爆弾が投下されたため、骨さえ残っていないであろう死者も多くいるはずだ。
彼ら市民の遺族には、その旨を通知する文書と、死亡届の様式及び葬儀業者への提出用書類が区役所より送付される。
かろうじて残っていた第4区の区役所庁舎では、事態収拾及び復旧、救助作業と平行して、そういった事務作業についても市民課の職員たちが早朝から早出をして作業にあたっていた。
彼らも、自宅が破壊され当分庁舎で寝泊りせざるを得ない者もいる。
捜索に出動している地上本部の魔導師たちから送られてくる報告を元に、身元が判明した死亡者に対しては所定の手続きをとり、住民登録にデータを入力していく。
それは市民の自治を司る部署として当然の職務ではあるが、職員たちにとっては、これほどの数の人間が一挙に命を失ったという事実は、積み上げられる書類の紙束以上に、重い感情を胸のうちに生じさせるものであった。
ヴォルフラムへの乗艦手続きを済ませたシャーリーとシャマルは、艦長室ではやてと対面していた。
シャマルも、勤務先の部署が離れているため、シグナム同様にはやてと会うのは久々である。
「無事なようで何よりやったな」
「はい……」
シャマルは、大きな耐爆ケースを持ち込んでいた。
その内部には新型のデバイスが格納され、質量は30キログラム以上もある。軽々と持ってはいるが、それはケースに飛行魔法の術式が装備されて重量を軽減しているからで、実際には普通の人間には重くて持てないほどの質量がある。
「これはスバル用の新しいマッハキャリバーか」
「ええ。たぶん今日付けで、レティ提督からスバルへ辞令が届くと思うわ。特別救助隊からヴォルフラム附きの陸戦隊への転属命令──それと、新しいデバイスの受領もね」
「スバルはどうしとる?」
「身体はもう大丈夫だから、許可が出ればすぐにでも退院できる。フェイトちゃんが迎えに行っているわ」
「そか……。まあ、確かにあのバイオメカノイドどもと戦うにはこれまでのデバイスでは無理があるわな」
スバルには、ヴォルフラムへの乗り組みと同時に、新たなデバイスとして改造マッハキャリバーが配備される。
これは宇宙港でのバイオメカノイドとの戦闘で失った左足を代替し、さらに強力な戦闘力を発揮させるものとして設計された。
カレドヴルフ社が開発した新型武装端末SPTの技術を応用し、大掛かりな外科手術が必要となる戦闘機人(ないしそれに類するサイボーグ)よりも簡易で柔軟性のある身体能力向上が可能となる、装着型デバイスだ。
もちろん、五体満足な人間でも、装着することでパワードスーツのように身体能力を強化することができる。
このような設計思想はけして新しいものではなく、もともとブーストデバイスというカテゴリーもあるようにデバイスによる身体能力強化というのは昔からあった発想である。
しかし、人体そのものの強化を行うデバイスというのはこれまでに作られたことは無かった。戦闘機人が似たような設計思想ではあるが、技術的ハードルの高さから実用化されたとは言い難い。
SPTについては、デバイス開発技術者としてシャーリーにとっても興味を引かれる事柄である。
これまでは、デバイスはあくまでも人間が手に持って使う武器であるという制約から、極端な大出力化をするにも限度というものがあった。
SPTならば、独立した動力源を内蔵しさらに筐体サイズも拡大されているので、設計上の許容幅が大きく拡大されている。
従来の、単なる移動砲台的な用途をされていた魔力機械とも一線を画し、装着した姿は魔力駆動のパワードスーツのような構造となる。
魔導師ならではの機動性はそのままに、さらなる高火力の運用を容易にする装備だ。
もちろん、もっと大型化して搭乗型ロボットに仕立てることも可能だ。その場合機動性は多少犠牲になるが、それでも従来の戦車や自走砲に比べれば別次元の機動力を発揮できることは確実だ。
地球にしてもミッドチルダにしても、人型ロボットを設計する上で最も困難な技術的ハードルは人型の形状を駆動させる機構である。
SPTは、それを人間が着用するスーツ状の構造とすることで解決した。
人型の駆動機構を作るのが難しいなら、人間が内部に入ってそのまま駆動機構になればいい。
従来よりあった、大出力の携行型デバイスやバリアジャケットに対する要望もこの方式であれば解決できる。
パワードスーツを着るのなら、腕や足の筋力にもスーツのアシストがあるので、生身の人間では持てないような大重量の砲撃デバイスや、装着したら最後身動きが出来なくなるような重装甲のバリアジャケットも運用可能である。
カレドヴルフ社は他の魔導デバイス開発メーカーにも協力と規格策定を呼びかけ、このSPT専用の大型デバイスの開発に取り組んでいた。
もちろんSPTを装備した魔導師が通常のデバイスを使ってもいいが、SPTならばさらに運用できる範囲が広がっているので、これまで困難だった大型武器を使って戦闘ができる。
当面は、重機関銃などの分隊支援火器を手に持って運用する形になるだろうといわれている。
人間の魔導師であれば三脚やバイポットを使って地面に固定して撃っていた大口径砲撃デバイスを、手に持って撃つことができる。
この類のデバイスは、レイジングハートの数倍もある巨大さで、スターライトブレイカー級の砲撃魔法をマシンガンのように連射できる。
それだけに補助冷却装置や、大口径カートリッジの給弾機構などが大型化し、砲身と駐退機構を含めた大きさは2メートル以上、重量は100キログラム近くに達する大きさで、人間が持って使うことは出来ない武装だった。
SPTならばこういった武器を、高い機動力で移動しながら撃つことができる。
高い火力を持つ装備を、迅速に展開できるということは、作戦立案上で非常に有利な要素となる。
はやては、シャマルの今後の身の振りについて質問した。
「実はな、これはシグナムやヴィータにも話はしとるんやけど、またぞろ例によって特務部隊を編成する案がレティ提督から出とるんや。
ヴォルケンリッターと夜天の書がリンクしとる以上、普段の勤務地があちこちに散らばってるのは不都合があるゆうてな」
シャマルはしばし考え込む。
確かに、ここ数年間はヴォルケンリッター同士でも会うことは少なくなっていた。
シグナムは首都航空隊に所属し、ヴィータは戦技教導隊にいる。ザフィーラも特別警護部で、それぞれの任務に従事している。
管理局の採用している魔導師ランク制度に基づき、戦力の過剰な集中を避けるという名目はあるが、時に、その一般的な保有ランク量を超えて例外的に部隊が編成されることがある。
JS事件に伴う機動六課、EC事件に伴う特務六課がそうだ。
既にヴォルフラムに収容されていたなのはも、レティを通じて戦技教導隊へ、出向の打診をしていた。
同時にヴィータにも同様の話が持ちかけられているはずである。
「今度はどこへ行くの?」
「──第511観測指定世界という、新たに発見された世界がある。そこにある惑星TUBOY……ここには、既にミッドチルダとヴァイゼンの連合艦隊が向かっとる。
こいつらの真の目的の確認と、それから惑星TUBOYの調査──や。
どうせ知られることやから言うけど、ミッドチルダ海軍、及びヴァイゼン海軍はこの第511観測指定世界に大規模な艦隊を派遣しとる。
戦艦72隻、巡洋艦293隻、空母38隻、他補助艦艇多数……ほとんど外征艦隊といっていい規模や。連中の目的が何か、管理局安保理の勧告を振り切ってまで何をしようとしとるのかを見極めなあかん。
クロノくんが帰ってくるのにも、この大艦隊をどうにかして突破せなあかんからな」
「ミッドチルダが……はやてちゃん、それは管理局の……?」
懸念を示すシャマルに、はやては首を横に振る。
「いいや。これはミッドチルダ政府が独自にやっとる計画や。既に管理局内部にもミッド、ヴァイゼンの手の人間が入りこんどる。
せやからレティ提督も私ら含めごく限られた人間しか引き入れとらん。もう管理局内でさえ他の艦や提督は信用できんゆう有様や。
連中は、第511観測指定世界を攻め落とし、惑星TUBOYを──いや、惑星TUBOYに眠る技術を入手しようとしとるんや」
管理局の中でレティが持っている私設の情報班は、ミッドチルダ海軍艦隊の目的とは惑星TUBOYの破壊ではなく、バイオメカノイド技術の入手であると分析していた。
戦艦を多数出撃させているのもアルカンシェルで惑星を破壊するためではなく、あくまでも敵兵器の暴走時などにやむなく破壊するためである。
これまでの時空管理局の方針として、どんなに強大なロストロギアであっても必ずいったんは分析の為に回収していた。破壊処分とする場合も、たとえば闇の書のように制御が不可能であり影響が甚大であると判断されたときに限る。
それが今回になって、まったく手をつけないまま破壊するとあっては、他の次元世界各国から疑いの目を向けられることは必至である。
それならば、最初から調査の為の出撃、と宣言して、そのうえで発掘したロストロギアを我が物にしてしまえばいいわけである。
大艦隊を出撃させた理由は、他の次元世界軍にロストロギアを横取りされないための威嚇である。
惑星TUBOYには、敵の主力戦艦であるインフィニティ・インフェルノが埋まっている。
12月20日の時点で、魔力反応は惑星TUBOY全体から発せられるようになっていた。
総魔力量は、あえて数値にするなら650京以上となる。もっともこれは惑星内のいくつかの場所に分散している魔力源の合計なのであまり意味はない数値だ。
インフィニティ・インフェルノはその船体のかなりの部分が地中に埋まっており、もし再浮上しようとするならば惑星TUBOYに直径100キロメートル以上のクレーターを作るだろうと予想されている。
過去にこの艦が惑星TUBOYから飛び立ったことがあるのかは不明だが、この惑星TUBOYは、おそらく天然のまま残っている地質はほとんどなく、大部分が先住人類によって作り変えられているだろうと分析されていた。
いわば、ひとつの惑星を丸ごとドックに改造したということである。
ロストロギアを製作した先史文明人の技術レベルならば、恒星間航海のためにはひとつの惑星を丸ごと補給基地や寄港ポイントにしてしまうことは造作もないだろうと予想された。
そして、管理局がその掌握をしている無限書庫から捜索された情報は、これら先史文明人の製作した史上最大のロストロギア、“惑星TUBOY”が、これまで見つかったあらゆるロストロギアの祖先であることを示唆していた。
すなわち、ジュエルシードも、レリックも、そして過去数百年にわたって受け継がれてきたレアスキルも、この惑星TUBOYの住人たちが発明し、さまざまな次元世界において実用に供されていたものが現在まで残っていたというのだ。
ロストロギアに分類される魔法エネルギー結晶体は、現代の次元世界人類が実用化したものとは比べ物にならない高密度、コンパクトさを実現している。
レリックはほんの数十グラムの切り出しだけで、数百キログラムの魔導爆弾と同じだけのエネルギーを生み出せる。
また、それは純粋な結晶体としてだけではなく、生体との適合も最初から念頭において設計され、大掛かりな生体膜でくるむ必要もない。
ジュエルシードは、ナノマシンレベルでのイメージコントロールデバイスが内蔵され、複雑な魔法術式プログラムなどを必要としないハンズフリーな動作を実現している。
これも、現代の技術では再現が出来ない。
また、たとえば聖王教会の騎士カリムが持っているような、昔であればエスパー、超能力とされていたようなレアスキルも、先史文明人が人体改造の一環として発明し、処置していたものが、遺伝によって受け継がれていると考えられた。
先史文明人は、超能力を自ら作り出すことができていたのである。
「フェイトちゃんがそのことで調査を依頼してきていたのよ……例の事件で殺された鑑識官は、私も知っている人だったから」
シャマルは重い言葉を発した。
フェイトはアレクトロ社からの依頼によって、ここ数ヶ月間に渡って仕掛けられていた同社への破壊工作を捜査していたが、その犯人グループはかなり組織的に行動しており、地元警察や地方自治体への圧力を掛けていることが判明した。
事件現場に時折残される、緑色の皮膚片がそれを示している。
これは管理局での分析の結果、先史文明人の遺伝子そのものを含んでいることが判明している。
もしこの皮膚片の持ち主が生きているのなら、それは学界の定説では既に滅んでいるはずの先史文明人が、この現代に生きて活動しているということを意味する。
それが純粋な生き残りなのか、あるいは人為的に甦らせられたものかは定かではないが、これほどの大掛かりな活動は、仮に先史文明人が生存していたとして独自に出来る規模ではない。
現代の次元世界人類の協力者がいると予想されている。
しかも、警察による捜査を妨害したりできるなど、相応の権力を持った地位についている人間である。
フェイト自身、そういった人間の存在を察していなかったわけではない。
アレクトロ社へ赴くにあたって、チームを組む執務官が割り当てられた。
彼ははっきりと、自分の任務はフェイトの監視であると言った。フェイトが、管理局に不都合な捜査資料を発見してしまわないようにということである。
そのこともあって、フェイトはしばらくクラナガンを離れざるを得なかった。ようやく戻ってきたときには、既に大クモが街へと進攻していたのである。
フェイトは、自分が受け持っている事件のほか、管理局が進めているとされる選抜執務官についても調べていた。
選抜執務官──執行官(エグゼキューター)という名称以外ははっきりしたことが分からず、その職務や、採用基準なども不透明であった。
また、どこの部署の所属になっているのかということもわからなかった。
選抜執務官の試験を受けていたとされるティアナが、どういったルートでスカウトされたのかということも分からなかった。
最後にティアナと共に捜査をしたのは約半年前のことである。
その時には、このような選抜執務官の話はまったく出なかった。
管理局が、いつからこの計画を進めていたのか──そして、ミッドチルダ政府の差し金が入ったのがいつからなのか。
ミッドチルダ政府は明らかに、管理局の存在を邪魔に思っている。
元々、次元世界間で起きた次元大戦があまりにも甚大な被害をもたらし、次元世界各国が疲弊困窮したため、各次元世界の調停役として管理局は発足している。
それがおよそ85年前のことである。
現代にあっては、質量兵器戦争からの復興を過去のものとし、近代文明を手に入れ経済成長を背景に強大な軍事力をつけたミッドチルダにとっては、次元世界政府の運営に口を出す管理局は邪魔で仕方がないということだ。
ミッドチルダはこれまでにも、管理局の決議を無視して他次元世界に派兵を行ってきた過去がある。
JS事件でも、管理局を出し抜いてゆりかご撃沈に向け動いていた。
結局は、クロノ・ハラオウン率いる艦隊が一足早く到着し、ゆりかごを制圧したが、ミッドチルダ海軍は最初から、管理局次元航行艦隊の出撃をよしとしていない面があった。
ミッドチルダ海軍から出向している艦は管理局次元航行艦隊の中でもかなりの数を占め、実際にゆりかご制圧に出動したのはほとんどがミッドチルダの艦である。
ゆりかごを撃沈し、JS事件を解決に導いたのは管理局ではなくミッドチルダなのだという事実を、ミッドチルダ政府は欲していた。
スカリエッティの研究に当初出資していたのも、ミッドチルダ政府である。管理局最高評議会に働きかけ、生命工学の研究成果をミッドチルダ政府は要求していた。
思えばあの当時から、ミッドチルダの独走の兆しは見えていた。
レジアス・ゲイズが訴えていた地上戦力の増強も、管理局単独ではミッドチルダの治安維持がままならないという事情があった。
クラナガンにおいてさえ、管理局が直接担当している区域は地上本部周辺のごく狭い範囲で、ほとんどはミッドチルダ陸軍が管轄している。
そのミッドチルダ政府軍の担当地域で起きた事件に、管理局は手を出せなかった。あくまでもミッドチルダとの共同作戦という形をとらなければ、捜査を開始することができなかったのである。
地上本部にとって、管理局の独自戦力の増強というのは急務であった。
それは組織的には、ミッドチルダ陸軍が部隊を管理局へ出向させ、指揮権を管理局に移譲することである。
次元航行艦隊の場合はその形で艦隊を編成している。
陸では、組織間のしがらみもありなかなか難しいところがあった。
陸士部隊でも、ゲンヤ・ナカジマが率いていたような管理局直属部隊というのは数がとても少なかった。
ミッドチルダ陸軍所属の部隊は、どうしても行動が遅れがちになった。
これは八神はやてが機動六課設立を決意した理由でもある。
「わたしたちも、腹は決まっています。呼ばれればいつでも参じます」
シャーリーは眼鏡の奥に強い意志を宿らせ、はやてに言った。
はやても、深い瞳でそれを受ける。
現在、レティが直接指揮権を持つ艦船はXV級クラウディア、LS級ヴォルフラムの2隻である。艦長はそれぞれクロノ・ハラオウン、八神はやて。
この2隻だけでは少々心もとないが、リンディとその元部下たちの艦が、いずれ参入してくるとレティは見積もっていた。
レティがその管理を任されている、月面基地に艦を収容できる設備がある。
本局のドックも、レティが直接管理しているものは1つしかないので、もし他の艦に空きドックを埋められてしまうとこちらの補給が絶たれる事態になる。
管理局内部には、既にかなり深い派閥の溝ができていることを、シャマルもシャーリーも認めざるを得なかった。
西暦2023年12月19日の時点で、ボイジャー3号は太陽からの距離がおよそ22天文単位となり、天王星軌道のほぼ真南に位置していた。
予想される太陽系近傍ゲートにはまもなく到達できると予想された。
ジョンソン宇宙センターでは、ボイジャー3号へ向け通信中継ビーコンの放出が指令された。
これはボイジャー3号がゲートを越えた際に、通信電波を中継するためのものである。
ボイジャー3号には量子スピンを利用した通信機が積まれており、これは機体が宇宙のどこに居ても通信が可能であるが、機体がワープしたことを確認するには電波による通信で位置を特定することが必要である。
量子スピンを実用的な宇宙空間での通信に利用することは、このボイジャー3号が初の試みである。
ビーコンは遠日点39.15天文単位、近日点1.78天文単位、軌道傾斜角54.75度の長大な楕円軌道に投入され、常に太陽系近傍ゲートを指向するようになっている。
これにより、ボイジャー3号がゲートの向こうへ消えても通信を継続できる仕組みだ。
ボイジャー3号は、イオンエンジンによる加速を終了した後、12月15日と18日の2回に渡ってスラスター噴射を行い、ゲートに向けて軌道を修正した。
途中、わずかな軌道のぶれを観測し、大質量を持った何かとニアミスしたことが示唆された。
しかし、観測装置には何も写らなかったので、光を反射しない暗い小惑星だろうと判断されていた。
NASAでは、ボイジャー3号が突入する予定のゲートを、「ウラヌスの槍」と名づけた。これは太陽からの距離が天王星とほぼ同じであることに由来する。
軌道傾斜角が大きいため、この近辺には彗星核などもほとんど飛んでいない。
もしたまたまゲートに飛び込む天体があったとしても地球からの発見は困難である。
エッジワース・カイパーベルト天体や散乱円盤天体はより太陽の黄道面に近いところをめぐっており、球殻状に分布するオールトの雲天体はより遠くに分布するため、この付近は太陽系近傍ではもっとも天体の密度が小さい場所である。
地球からの観測では、ボイジャー3号本体がゲートを通過しても、ビーコンにより未だ太陽系近傍に留まっているように見える。また、ビーコンが巡る軌道はボイジャー3号の周回予定の軌道であると発表されている。
ボイジャー3号のウラヌスの槍への突入は、アメリカ東部標準時で12月24日午前3時39分と決定された。
NASAチーフディレクターのシェベル・トルーマンは、知人であるFBI捜査官マシューから聞いた話として、アメリカ宇宙軍が最近になって宇宙空間での軍事訓練を活発化させていることに疑問を抱いていた。
アメリカ宇宙軍は現在、常時配備の戦力としてSDI-6キラーレーザー衛星を24基、ASM-135対宙ミサイルを320基、即応態勢に置いている。
ASM-135は成層圏に待機したF-15戦闘機から発射されるミサイルで、地上に設置したランチャーやミサイルサイロから発射するソ連のR-7や日本のM-6、L-5に比べて破壊力には劣るが機動性が高いのが利点だ。
確かにソ連や中国との緊張があるのは事実だが、NASAに依頼される衛星の運用試験の回数はここ数ヶ月、明らかに増えていた。
NASAが管轄しない、NORAD独自の運用となるとさらに増える。
ただでさえ、予算を食うだけでなく諸外国の非難が厳しいプロジェクトである。
連邦政府が何か、トルーマンの知らない情報をつかんでいるという予想はあったが、これに関してはマシューも情報を教えてはくれなかった。
そのマシュー自身、半信半疑ではあった。これをそのままトルーマンに伝えることができるのかと確信が持てていなかった。
しかしそれは、CIAが進めていた日本での調査により明らかになる。
12月22日、CIAはひとつの結論を出した。
日本の海鳴市において検出された21箇所の放射線異常地点は、そのすべてが地球外に由来する特殊な物質によってもたらされた。
CIAのトレイル・ブレイザーが直轄する分析チームが、海鳴市より採集された土壌のサンプルをおよそ半年掛けて分析した結果である。
放射性同位体の量は、半減期から逆算して、2005年の春に問題の放射性物質が海鳴市に存在したことを示していた。
しかし、その物質が放出していた放射線は、ウランやプルトニウムのような通常の物質では説明が付かない。
海鳴市から採取された土壌はエネルギーの非常に高いガンマ線を主に放出しており、これは中性子過剰な原子核を持ち地球上では安定して存在できない。
海鳴市に痕跡を残した物質は、何らかの技術によりこの物質をきわめて安定した形で維持していたと予想された。
地球外からもたらされた物質が海鳴市に多数存在し、そして、同時期に巨大な重力波が観測されている。
これらの状況からして、恒星間航行が可能な技術を持った存在が、2005年の春から冬にかけて海鳴市近辺に滞在していた可能性が高いとCIAは結論付けた。
重力波は、現代の最新宇宙論によれば、ワープを行う天体ないし宇宙船が大量に発生させると予想されている。
ボイジャー3号に重力波検出器が積まれたのも、探査機の機体がゲートをくぐることによって大量の重力波が観測されるという予想に基づいたものだ。
ブレーンワールド理論によれば、重力波は通常物質(バリオン)と違い次元の壁を超えて伝播するため、同様に次元に穴を開けて(ワームホールを作って)長距離を移動する宇宙船は、重力波を痕跡として残すといわれている。
異星人が地球に飛来していることを否定する論拠としてよくいわれる、異星人がいても光速を超える手段が無いから地球に来ることができないという指摘──実際は超光速を相対性理論は否定していないが──を、超越する事実としてそれは認識される。
当直の交代間際、一人の管制官がトルーマンに言った。
「いよいよですねチーフ」
「そうだな」
「楽しみではありませんか」
その管制官は、小さい頃からスターウォーズのファンだったとよく語っていた。宇宙に関わる仕事がしたくてNASAに入ったのだと、同僚や、トルーマンにも語ったことがある。
「もちろんだが、それ以上に怖さもある。たとえば、オッペンハイマー博士のように」
トルーマンは、このプロジェクトが人類の力では制御できない領域へ踏み込んでしまうことを予想していた。
アメリカ政府も、ゲートを超えたボイジャー3号がどこにワープアウトするのかという点についてはまったく予想が付いていない。
予想することは事実上不可能である。
ボイジャー1号の発信した信号がこのゲートから出てきたことは事実だが、ではその信号はいったいどこを経由してこのゲートにやってきたのかということは全く予想が出来ない。
人類が持つ技術では、ウラヌスの槍とボイジャー1号の間の通信経路を見ることが出来ない。
実際には、ボイジャー1号の信号は準惑星セドナの上空に存在する別のゲートを経由して惑星TUBOYに到達し、そこから返された信号が、ウラヌスの槍から出て地球に戻ってきている。
管理局では、XV級巡洋艦クラウディアの観測によりこれを確定していたが、ボイジャー3号がその領域に到達するにはもうしばらくかかる。
「自分は、人類は科学を正しく役立てることができると信じています」
若い管制官の言葉に、トルーマンは深くうなずいた。
「その意志が大切だ」
ジョンソン宇宙センターの管制室は、たくさんのコンピュータが発する冷却装置のファンの音で満たされている。
アレクトロ社の警護任務を遂行するにあたり、フェイトとチームを組んでいた執務官は、捜査を引き継いで単独で同社の警護にあたることになった。
フェイトは、同社施設より多数発見されている、緑色の小人の痕跡を追っていた。
その捜査の過程で、フェイトはアレクトロ社が発電所を建設した用地に、かつて祀られていた民間信仰の小さな神社があったことを発見していた。
近隣の住民から話を聞くと、そこで祀られていたのは小さな両生類のような、妖精に近い神で、人々に特殊な膏薬を与えたと伝えられていた。
その膏薬とされるものの現物は入手できなかったが、ある老婆から、伝承になっている壁画を見せてもらったフェイトは、そこに描かれていた神というものが、緑色で小さい体格をしていることに気づいた。
デフォルメされて描かれてはいるが、同じ場面に描かれた人間と比べて、半分くらいの身長で描写されている。
石を彫って刻まれた壁画なので色はないが、沼や湖周辺の水草と同化していると記されていた。
過去数百年にわたってこの地に、緑色の小人が姿を見せていたことは可能性が高くなった。
もしこれが先史文明人の生き残りであるというのなら、ミッドチルダの考古学は大きな認識の変更を迫られる。
フェイトはもうひとつの仮説として、この事件の真犯人が、この地に伝わる伝説をカムフラージュに利用したというシナリオを考えていた。
というのも、この発電所が建設された理由として、近くにある田舎町に、ヴァンデイン・コーポレーションが大規模な製薬工場兼研究所を所有しているのである。
そこで使用するエネルギーをまかなうため、アレクトロ社に依頼して供給能力の増強を行っていたのだ。
第16管理世界リベルタに本社を置くこの製薬企業は、特に生化学方面で高い技術力を持っておりまた魔導デバイス開発も手がけているが、それだけにさまざまな黒い噂が絶えない。
2年前のEC事件でも、原因の一端となったのはこのヴァンデイン社である。
かのフッケバイン一家に限らず、ヴァンデイン社はアレクトロ社以上に、過激派団体に狙われている企業である。
まず、ヴァンデイン社はその顧客に次元世界各国の非正規武装組織を抱えている。
彼らに対する武器や薬品のセールス、また、その見返りとしての実験体の提供など。
EC事件においては複数の次元世界政府から当該世界での営業停止処分を受けているが、ここミッドチルダではそれを免れていた。
もし緑色の小人が人為的に復活させられたのなら、そのような技術を持つのはヴァンデイン社をおいて他にない。
フェイトはカレドヴルフ社への内偵のほかに、このヴァンデイン社においても調査の必要があるという報告書を管理局捜査本部へ送信した。
そして、北ミッドにおけるヴァンデイン社の活動について調査を進める。
もし、この3つの企業が協力関係を結んでいるのなら、これは複数の次元世界を巻き込んだ一大陰謀事件となる。
カレドヴルフ社は第3管理世界ヴァイゼンに、アレクトロ社は第1世界ミッドチルダに、そしてヴァンデイン社は第16管理世界リベルタに拠点を持っている。
そして、ヴァイゼンとミッドチルダに関しては共同で艦隊を出撃させ惑星TUBOYに向かっている。
第16管理世界リベルタは、次元世界連合の中でもそれほど目立った発言はしていないが、どちらかといえば周辺国家に比べて独立気風がある世界だ。
この3つの世界、特にヴァイゼンとミッドチルダは次元世界では1、2の超大国であり、ミッドチルダの軍事力は他の全ての次元世界が束になっても敵わないとさえ言われている。
次元世界連合の中では、ヴァイゼンがミッドチルダに次いで第2位の力を持ち、牽制役として争ってきたが、古代より長年ライバル関係にあったこの二大世界が、ここにきて水面下で手を握ったことになる。
ヴァイゼンとミッドチルダの両世界間におけるデタント(緊張緩和)は、次元世界が抗うことの出来ない超大国による世界支配を呼び寄せる。
そうなったとき、もはや管理局でさえ彼らの暴走を止めることは不可能だ。
ヴァンデイン社の研究内容として、特にここ数年、違法な生物兵器製造が行われているという疑いがたびたび持ち上がっている。
2年前のEC事件以後も、同社所有の研究所周辺で不審な生物を目撃したという情報が後を絶たない。
この緑色の小人も、ヴァンデイン社がその生物兵器技術によって製造もしくは復活させ、それが研究所を逃げ出していたのではないか──という推理をフェイトは立てていた。
発覚すればさらなる攻撃の材料になってしまう事件を、秘密裏に葬ろうとすることは十分に予想できる行動である。
バイオメカノイドの出現によって混乱に陥っているクラナガンについては、死傷者の捜索と隠れているバイオメカノイドの掃討は管理局およびミッドチルダ陸軍が担当することになり、フェイトは一旦北部ミッドチルダへ戻っていた。
地元のビジネスホテルに部屋を取って捜査資料をまとめていたフェイトは、アレクトロ社とヴァンデイン社の間で互いに人員の出向が行われていたことに気づいた。
一見、この両社の業務内容はかぶっていないように見えるが、その実、アレクトロ社は極秘プロジェクトとして、生体魔力炉の研究を行っていたのである。
これは従来の誘導コイルを使った炉ではなく、生きたリンカーコアを魔力発生装置として使用するものである。
特にヴァンデイン社が開発している戦闘用モンスターの動力源に用いることが考えられている。
これを利用すれば、改造生物に付きまとうエネルギー源(食物)の補給や老廃物の処理などの問題を解決できる。
現在でも、召喚士は使役する竜や蟲の飼育に苦労させられる例が多い。
機動六課時代も、召喚魔法使用者であったキャロ・ル・ルシエがフリードやヴォルテールの扱いに大変苦労していたことを覚えている。
アレクトロ社が開発している生体魔力炉を召喚獣などに埋め込めば、彼らは何も食べなくても何十日も活動することが可能になるのだ。
また、独自にヴァンデイン社を取材していたフリージャーナリストや新聞記者たちが謎の失踪を遂げる事件が、過去5年間に計7件起きていることも、資料を整理しているうちに見えてきた。
彼らのうち、3件については数週間後に近隣の森の奥で遺体が発見されている。
当時の捜査資料によると、遺体には強い化学物質の作用によって腐敗が妨げられていた形跡が見つかった。
確実を期すには管轄の警察署へ照会を行わなくてはならないが、フェイトは彼らの失踪に緑色の小人が関わっていると直感していた。
翌12月23日、フェイトは地元の警察当局へ赴き、ジャーナリスト失踪事件の捜査資料を請求した。
渡された資料には、失踪後に遺体となって見つかったジャーナリストの身体から、フッ素酸化物を主成分にした奇妙なジェル状の物質が見つかったことが記されていた。
これについては当時の捜査では、犯人が遺体を焼いて死亡推定時刻をごまかすために使用したと考えられていたが、フェイトにとってはこれは重要な鍵になる。
このジェル状物質は、バイオメカノイドの体液に含まれているものと成分が同じである。
また、バイオメカノイドはこのフッ酸を持つスライムのような無機生命体によって操られていると予想されていた。
クラナガン中央第4区での戦闘でも、撃破したワラジムシや戦車型の残骸から、同じ成分を持つ粘液が見つかっている。
フッ素は非常に反応性が高い元素であり、取り扱いは困難で危険である。ほとんどの金属と常温常圧で反応し、またガラスも溶かしてしまうため、専用の容器が必要になる。
金属素材で耐フッ素性能を付与されているものはごくわずかである。
それゆえに、当該機械に使用されている素材が耐フッ素性能を持っているかどうかが、重要な鍵になる。
アレクトロ社が発表している新型魔力炉のうち、M62R型と呼ばれる機種が、実際には生体魔力炉であるとフェイトはみていた。
もちろん、広報資料には通常型の魔力炉としか記載されていない。
しかしこの機種は特定顧客への機材更新による換装という形でしか納入されておらず、一般企業がこの機種を導入することが通常のルートでは出来ない。
その特定顧客とはヴァンデイン社、カレドヴルフ社、そしてミッドチルダ海軍である。
この魔力炉に使用されている物資の出所を調べることで、この炉の製造に緑色の小人が関わっていることを突き止められる。
フェイトはその日の夕方、アレクトロ社の貨物集積場へ張り込んだ。
鉄道を使用して運び込まれたコンテナは、トレーラーに載せられて同社の工場へ輸送されている。
集積場の職員は、物資は魔力炉冷却用のナトリウムであると証言した。
工場へ調査に向かおうとしたフェイトの前に、件の執務官が現れた。
彼は、この工場へは入らない方がいいとフェイトに言った。
「何を調べてきたのかは大体想像がつくが、これは手を出さない方がいい」
「どうして?アレクトロ社が狙われている理由がこの工場にあるかもしれないのに」
「だからだよ。俺たちが下手に手を出して、奴“ら”が表に出てきてしまったら……」
奴ら。執務官は、犯人が複数であることを言った。
しかも、話しぶりからそれは人間ではなく、問題の先史文明人である。
「俺はこの工場の警護を命じられているが、ハラオウンさん、あんたは今のところ社の連中が立ち入りを許可してない。俺としても黙って通すわけにはいかないんだ」
「じゃあ申請を……ううん、あなたの手で工場内を調べられないの?警護対象を確認しておきたいとか、言い訳は何とでも……」
言い合っている間に、工場の守衛らしき男がやってきて、立ち去れ、とフェイトに言った。
「私は彼の同僚です、地元警察の捜査資料を確認したのですがここに運び込まれている物資に……」
「これは企業秘密です。たとえ執務官どのであってもお見せすることはできません」
「しかし」
「わが社が依頼したのは工場の警備です、それ以外の──」
そこまで言いかけたところで、守衛の携帯電話が鳴った。
念話ウインドウを出し、受話スイッチを押す。
「どうしました主任?」
『地下7階フロアで運び屋が一人いなくなった。すぐにゲートの閉鎖を』
「わかりました」
短い通話を終え、守衛は回線を切った。
念話回線を遮断するフィールドを張るなど、この工場はその辺の一般企業とは一線を画すセキュリティが敷かれている。
特殊な周波数と変調方式を使う念話でなければ通信が出来ないようになっている。
守衛が持ち場に戻っていき、執務官はフェイトに小声でささやいた。
肉声による会話は、念話と違って遠距離には届かないが、逆に傍受される危険が少ない。
「とにかくここは引いてください。アレクトロだけじゃなく管理局まで巻き添えを食います」
「それはどういう……──まさか、管理局が裏で」
「聞かれるとまずいです」
執務官はフェイトを重く見据え、それ以上の言葉をさえぎった。
フェイトも、ここまで言われては無理に押し入ることはできないと判断した。
出入りのトラックドライバーから、この工場では大量のアルカリ金属を使用しているとの証言が得られた。
製造しているものが軽合金やそれを用いた金属部品なので、原料として使用していると言うこともできる。
だが、運び込まれている物資の中に、ひとつだけ、詳細な組成が分からない薬品があった。
それは1ヶ月あたり10キログラムしか使用されないが、それを輸送するための容器は非常に頑丈に作られ、1メートル四方ほどもある大型のボンベに詰められていた。
そのボンベの出所は、クラナガン郊外にある化学薬品工場である。
そこで製造されたフッ酸を含むペーストが、このアレクトロ社工場に持ち込まれていた。
フッ酸ペーストは、それ自体はデバイスやコンピュータの製造に使われるものでもあるので、それだけでただちに不審とみることはできない。
だが、今回に限っては事情が異なる。
アレクトロ社は、生体魔力炉の開発をミッドチルダ海軍より受注していた。
ミッドチルダが惑星TUBOYを手に入れようとしているのは、この生体魔力炉をつくるのに必要な技術が惑星TUBOYに存在するからである。
既にカレドヴルフ社が同惑星から入手したSPTの技術同様に、惑星TUBOYに眠る技術はロストロギアであると同時に、現代の次元世界の科学技術で再現可能なものもかなりの量が含まれている。
生体魔力炉を作るためのリンカーコアは、ヴァンデイン社が人体ブローカーを通じて入手していた。
その取引の資料をもが、工場の元従業員の自宅跡から見つかった。
この町はアレクトロ社の発電所と付属施設、工場が主要産業であり、多くの住民はアレクトロ社の関連施設で働いている。
他に大きな企業も無く、ほとんど企業城下町のような小さな田舎町である。
それだけに、町の人間たちも、自分たちが従事している仕事が重大な機密情報に触れるものであるという意識を忘れがちになっていた。
この元従業員は、病気によって工場を退職した後、自宅で人知れず死んでいた。
身寄りが無く友人付き合いも少なかったため、遺体はフェイトが彼の自宅に踏み込むまで、ベッドの上に横たわったまま残されていた。
フェイトは地元警察に通報をした後、彼の仕事机からアレクトロ社工場に関するファイルを入手した。
そのファイルには、あの工場で製造されていたのは生体魔力炉であり、炉内部に埋め込まれた人間の入手先がヴァンデイン社であること、人間をリンカーコアに加工して魔力炉に詰めるための処理にスライムを使用していたという内容が記されていた。
リンカーコア抽出処理のための装置についてはヴァンデイン・コーポレーションが技術協力を行い、技術交換会の出席者の中には、EC事件にも深く関わっていたハーディス・ヴァンデインの名前が記されていた。
EC事件終結後、彼は事件の責任を問われ管理局に拘束され、その4ヶ月後に獄死している。
フェイトは改めてハーディスを収容していた拘置所の記録を調べ、彼の死に不審な点が無かったかを洗った。
ハーディスの遺体からは、この工場で作られていたフッ酸ペーストと同じ成分が検出されていた。
彼の死にスライムが、そして緑色の小人が関わっていたことはほぼ確実である。
通報で駆けつけた警察は、この元従業員の死を深く詮索したがらなかった。
それはある意味当然の反応ではある。この町の財政はその予算の大半をアレクトロ社からの法人税収入に頼っており、同社に撤退されると市の運営が立ち行かなくなるのだ。
警官は一時はフェイトを疑うようなことも言ったが、元従業員の遺体が死後数週間経過していたことを確かめると、病気による孤独死であると結論付けて、さっさと場を片付けようとしていた。
フェイトは元従業員の自宅から持ち出したファイルをホテルの部屋で改めた。
地元警察の了承無く証拠物件を勝手に持ち出した形となり、もしばれれば問題になるだろうが、この際仕方がない。いざとなれば執務官権限を利用することも出来なくはない。
この情報は、レティやはやてにも知らせ、共有するべきである。
ミッドチルダ、ヴァイゼンだけでなく、リベルタまでもがこの陰謀に加担しているかもしれない。
ヴァンデイン・コーポレーションが単独で動いているのかもしれないが、次元世界間での大規模な活動には、どうしても管理局の目を避ける必要があり、そのためには政府内に協力者を作ることが必要である。
フェイトとチームを組まされた執務官も、おそらくその線での圧力が掛けられていたか、もしくはそちら側の人間であろう。
このファイルはじゅうぶんに注意して本局へ持ち帰る必要がある。
次スレへ行きます
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