【柊】ナイトウィザードクロスSSスレ【NW!】Vol.28
また学園世界かとかグチるくらいならyou書いちゃいなよ!
……っていうか、どこまでを2nd環境にしてるかって話になってくるなーそれは
とりあえず魔装出してるSSはあるよ
アニメ系の板だし、アニメ前後の時間の方がやりやすいというのもあるな
ちょっとを通り越して、一月以上も早いネタなんだが、投下いきます。
すべてはJGCで偶然遭遇した夜ねこ氏に捧ぐ……
トラックオアトルネード!」
「…………は?」
柊の目の前の物体は突然そんな意味不明の言葉を投げかけてくる。
物体と言ったのは、そう形容するしかなかったからだ。
それは白いシーツのような布に身を包んだような物体で、おそらく口と目に当たる部分には、ぽっかりと穴が開けられている。
そこから覗く顔は多分、女の子なのだろう。声も女の子のそれだし。
ただ、胸部から腹部にかけてでかでかと、妙に達筆で書かれた「諸行無常」の文字がなんとも異彩であった。
柊よりも随分と小柄なそれは、両手と思しきものを柊の前に差し出した。
「…………なんだお前は?」
「お菓子くれ」
「はあ?」
「んだよ、わかんねーのかよ。ハロウィンだよハロウィン」
「ハロウィンだあ?」
言われて柊は思い出す。確かに世間ではもうそんな季節になったんだっけ、と。
忙しかったから忘れていたが。
「ああ、ようやく分かったぜ。それはなんかの仮装か」
「おうよ! 地方妖怪マグロ。人間社会に溶け込んで生活する知性派の妖怪さね」
「聞いたことねえよ」
中の人はそう自慢げに説明するが、生憎と柊には通じなかった。
「今日はお化けの仮装してたら合法的にお菓子をもらえる日なんだぜ。いい日だと思わねーか?」
「おい、微妙にハロウィンを誤解してるぞお前」
「だからお菓子くれ」
「ああ分かった分かった。ちょっと待ってろ」
柊は月衣に手を突っ込んで、適当なものを探り当てる。
「おお、あったあった」
柊の手に治まったのは、せんべいの袋。
「おお! せんべいか!?」
「ああ、くれはに頼まれたものなんだけどな。しょうがねえからお前にやるよ」
「んあ? くれは? それって赤羽くれは?」
「ああ、そうだけど?」
「……おめー、もしかしてウィザードってやつか?」
「……ああ、そうだが?」
「もしかしておめー、柊蓮司か?」
「だったらなんだよ?」
「うおおおお! マジか!? 有名人じゃねーか! 写メだ写メ!」
シーツの中の人は携帯を取り出して、遠慮なく柊をカメラに納める。
「やべー、レオのやつに自慢できるぜ!」
「おい……」
「なあなあ、ツーショット撮ってくれやツーショット!」
「聞けよ人の話!」
柊のツッコミを無視して、シーツは柊をかがませて、携帯のカメラで勝手に柊とのツーショットを撮影する。
「つ、次はこれにサインしてくれよ!?」
今度はシーツの端を掴んでそんなことを要求する中の人。
「そういうのはやってねーよ!」
「んだよけちけちすんなよ。サインくらいいいじゃねーか」
「……ああ、分かった分かった!」
柊はうるさそうに、ペンをとって、適当にサインする。
「これで気は済んだか?」
「おう! あんがとよ!」
「やれやれ……」
どっと疲れが押し寄せたようにため息を吐いた柊。
そのポケットから携帯の呼び出しが鳴る。
悪い、と目の前の物体に断りを入れて、柊は電話に出る。
「おう、何だ? ……何い? カボチャの被り物したパンツ一丁の変質者が『トリックオアトリート』と言いながら女の子に迫ってる?」
「………………」
「ああ、分かった。俺もそいつを取り押さえに行く。 ……悪いな、ちょっと用事が出来た。俺はもう行く」
「柊蓮司」
「なんでフルネームなんだよ!」
柊のツッコミを完全に無視し、シーツはその下で親指を下に向けて、
「ボクが許可するぜ。そいつ、ヤッチマイナー」
「何でお前に許可をもらわないといけないのか分からんが…… まあ、了解だ」
それだけ言うと、柊は仲間の元一刻も早く駆けつけようと走り出した。
残されたシーツは、
「ああいう幼馴染を持ったのがボクの人生の恥だね」
誰に言うでもなく、そう呟いたのだった。
竜鳴館生徒会室。
「おーっす、戻ったぜー!」
上機嫌でドアを開いたカニこと蟹沢きぬ。その手には大量のお菓子の袋が抱えられている。
「お帰りー、カニっち」
書類を書きながら、会長である霧夜エリカが労う。
「大量みたいだねー」
「おうよよっぴー! みんなで分け合おうぜー!」
「あんな馬鹿な仮装でよくここまでやるもんだな」
「あーん……?」
冷ややかな声が投げかけられ、とたんにきぬの顔色が怒りに染まる。
無論、そんなことを言ったのは、やはり書き物をしていた彼女の後輩、椰子なごみだ。
「んだよココナッツ、ボクの魅力に嫉妬してるんか?」
「馬鹿馬鹿しい」
きぬの顔を見もせずに、なごみは言う。
それが余計にきぬの神経を逆撫でした。
「また始まった……」
「ほっとけレオ、いつものことだろ」
それを離れたところで見ていたレオとスバルは心底疲れたように遠巻きに見てるだけだ。
「こういうとき、乙女さんがいれば止め役に回るんだがなあ」
「まあ、乙女先輩は今見回り中だから仕方ないだろ」
「ココナッツ、今日こそてめーに上下関係をその体に刻ませてやろうじゃねーか」
「はん、やれるもんならやってみろ」
にらみ合いに発展し、きぬは中指を立て、なごみが挑発的な笑みを浮かべる。
「……どうする、スバル?」
「仕方ねーな……」
スバルは前に出て、きぬの肩を掴んで制止する。
「おいカニ坊主、落ち着け」
「止めんなよスバル! ボクはこれからこのココナッツに縦社会の厳しさを体に教え込まないといけないんだよ!」
「ふん…… やれるものならやってみろと言っている」
「おい椰子、お前もそう煽るな。カニ、こいつをやるからここは引け」
スバルは懐からきぬ用のビスケットを取り出し、数枚きぬの手に握らせる。
「……ちっ、仕方ねー。スバルに免じて今日はここで引いてやるぜ。感謝しろよココナッツ」
「ふっ……」
あくまで冷ややかに笑うなごみに、またしても両手を上げて怒りをぶつけようとするきぬだったが、今度こそスバルがそれを止める。
スバルの腕でもがきながら、きぬはなごみに罵倒を投げかけるが、なごみは無視して仕事に取り掛かった。
「……あれ? カニっち、この銀色の包み箱、何かな?」
「んあ? それ?」
佐藤良美は、きぬがもらったお菓子の山から、リボンに包まれた小さな銀色の箱を発見し、疑問に思う。
触れてみると、紙ではなく、金属のように冷たい感触が伝わって、何か異様に不安を誘う。
「あー、誰にもらったやつか忘れちまったけど、確か手作りクッキーとか言ってたぜ?」
「ふーん、じゃあ今日のお茶請けはこれにしよっか」
「おー、じゃあ、ボクがそれを開けるぜ!」
きぬは満面の笑顔で銀の箱のリボンを解き、無雑作に箱のふたを開け、
「キシャアアアアアアアアア」
ぴしゃりとふたを閉めた。
「………………」
「………………」
「………………」
嫌な沈黙が生徒会室を支配する。
「さ、よっぴー、お茶にしましょ」
「ええええええ!? エリー、なかったことにするの!?」
「何のこと? 私たちは何も見ていない。そうでしょ」
「…………そだね」
「佐藤さんもなかったことにした!?」
「……まあ、なかったことにするのはいいとしてだ、どうするんだよこれ?」
あくまで冷静にスバルは、銀の箱に視線を落とす。
あの中には、先ほども見た得体の知れない物体が蠢いているのか、たまにかたかたと動いているのが、なおさら不気味だ。
「……うーん、とりあえず埋めちゃおっか?」
「えー、なんかしばらくしたらもっと怖い化け物になって襲い掛かってきそうで嫌だなあ……」
エリカの提案は良美が嫌な顔を浮かべて拒否する。
「それに一応食べ物らしいですし、粗末にするわけにはいかないでしょう?」
「……誰が?」
レオがぽつりと漏らした一言に、一斉に、とある人物に視線が注がれる。
「……ボク?」
「まあ、もらってきた本人が責任取るのは基本でしょ?」
「むむむむむむ無理無理無理! こんなもの食ったら絶対どうにかなっちまうぜ!」
恐怖に顔をゆがめながら首を振って拒絶するきぬ。
「それにこういうのはレオやスバルに食わせりゃいいじゃねえか!?」
「何で俺たちに振るんだよ!?」
「んだよ、幼馴染のピンチに手ぇ貸そうとは思わねーのかよ!?」
「自分のまいた種くらい自分でどうにかしろ甲殻類!」
口論に発展したレオときぬをあーあ、と言わんばかりにスバルは首を振る。
二人の口論はより苛烈さを増していき、次第に取っ組み合いまで始めだした。
「おいよせ、二人とも!」
「止めるなスバル!」
「そうだぜ! こいつには一度どっちが上か体に教えこまねーと前から思ってたところだったぜ!」
「あー、もうこりゃ駄目だな……」
いよいよスバルもさじを投げかけたそのとき、
「おい、何の騒ぎだこれは?」
凛とした声が生徒会室に木霊する。
全員がその声の主に、一斉に注目する。
「お、乙女さん……」
レオがポツリと呟いた。
乙女と呼ばれた少女、鉄乙女はきぬに掴みかかっているレオを冷ややかに見つめて、
「レオ、どういう理由があるとはいえ、女の子に掴みかかるとは、お姉ちゃんはそんな風にお前を育てた覚えはないぞ?」
「……育てられた覚えもないけどな」
とはいえ、乙女の本気にレオが敵わないことは熟知しているのか、渋々ながらもレオはきぬから手を放す。
「で、これは一体どういうことだ?」
「ああ、それは……」
レオはこれまでの経緯を説明する。
「……ふむ、つまりそのクッキーとやらをどうにかすればいいんだろう?」
乙女は何のためらいもなく、さっききぬが封印した箱を開ける。
またあの奇声が生徒会室に響き渡った。
「ふむ、なかなか変わったクッキーだな」
「ええええええ!? 言うことそれだけ!?」
「はっはっは、山篭りしているときにはどんなものでもご馳走だったからな。このくらいどうということはない」
「おお、乙女先輩やっぱり頼もしい!」
「どんなに奇妙な物体だろうが食べ物には違いないんだ。気合を込めればこんなもの……」
無雑作にクッキーもどきを掴んで、躊躇なくそれを口に放り込んで見せる乙女。
それをじっくりと咀嚼して……
「…………」
「お、乙女さん?」
「…………うん、なかなか変わった味……」
それだけ呟いた乙女の体が、突如真横に傾いた。
そして、ごとん、と嫌な音を立てて、それきりピクリとも動かない。
「お、乙女先輩!?」
「……やべえ、瞳孔が開いてやがる!」
「た、担架! 担架ー!」
3日後、奇跡的に意識を回復した乙女は遠い目をしてこう言った。
「世の中に困難は気合で乗り切れる。そんな風に思ってた時期が私にもありました」と。
残された奇声を放つクッキーらしきなにかはその後、全身に傷を作り、顔面を変形させて戻ってきたフカヒレの口に全て治まり、竜鳴館
は、最大のピンチを乗り切ったのだった。
ちなみに昏倒したフカヒレが意識を回復したのは、それから一月後のことだった。
偶然にしては羨ましすぎる!支援。
さるさん代理
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/12795/1244722087/276-277 ----------
修正。
> 3日後、奇跡的に意識を回復した乙女は遠い目をしてこう言った。
> 「世の中に困難は気合で乗り切れる。そんな風に思ってた時期が私にもありました」と。
> 残された奇声を放つクッキーらしきなにかはその後、全身に傷を作り、顔面を変形させて戻ってきたフカヒレの口に全て治まり、竜鳴館 は、最大のピンチを乗り切ったのだった。
> ちなみに昏倒したフカヒレが意識を回復したのは、それから一月後のことだった。
まとめサイトに乗せるときにはこっちでよろしく。
以上で投下終了。
FEARセッションの予約時に、なぜかどっかで見た事のあるハンドルネームをぶら下げた人が……
思い切って声をかけてみるとビンゴ。
そのときに「あっちにまた投下する」と約束しちゃったので、今回決意の投下。
夜ねこさん、約束は守りましたよ。
GJ! これは大変良いカニでござる。
「ねぇ、アレ嫁に貰ってくんない?」
「シーツかぶって街を徘徊したうえ柊蓮司からせんべいをせしめる娘はちょっと」
「そうよね、私が男だったら絶対イヤだもの」
そんなサムシングを幻視した
そしてあの乙女さんですら撃沈するあかりんクッキー、まじパネェ。
中盤までこいつら誰だっけ? と思ってた(具体的には乙女姐さんが出るまで)・・・・スマン。一応アニメはチラ見してたハズなんだがw
閑話休題。
あそこ、普通の学校だったと思ったけど・・・・よくあかりん弁当食って生きてたなw(そっちか
そして姐さんでもダメだったか・・・・w
このスレもなんとか終わりが見えてきたなー(容量的な意味で)ってところでネタでもふってみる
「極上生徒会催事担当部長の役職も持つ輝明学園理事長代理赤羽くれは。
そんな彼女が音頭を取り、日本式夏祭りを開くことになる」
とゆーのを思いついた。
・その日は祭に参加する場合のみ完全下校時間が遅くなる
・祭に参加するためには『女子は全員浴衣、男子は祭らしい服を着用する』のが義務
・しっと団は消滅済み
・祭を事件的に騒がした主犯は最低10年間コールドスリープの刑
・祭の警備の人間も参加者だから服装規定を適用。ちなみに相当品ルールは認めません
あたりでどうか。
つきものの花火については実はこれまで出てきた奴の花火師の家に生まれた上技能仕込まれてる奴がいるから問題なかった。
それでも騒ぎが起きるのが学園世界、てなもんでやんすな?
花火師技能持ちって誰だろう……花菱烈火?
>>602 YES<花火技能持ち
火薬ってことなら他にも専門家はいるかもしれんけど、芸術品としての花火のノウハウ持ってんのってあいつくらいしかいないよね
まぁアレだ。どっからを「事件」とみなすかは祭のトップのくれは次第だから、ナンパとか喧嘩とかくらいなら大目にスルーされるだろう。
軽犯罪に関してはそも警備の選抜の範囲だし、実は事件らしい事件を起こしてくれはの目に余るようなことしたらどうなるかわかってるだろーなって牽制くらいの意味だったりする<コールドスリープ
花火師と言えば、ほら、『僕らの七日間戦争』にもいたな。
需要と供給、これら2つは商売における絶対の要素である。
これら2つの要素が寄り添う販売バランスのクロスポイント……その前後に於いて必ず発生するかすかなずれ。
その僅かな領域に生きる者たちがいる。
己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩り場とする者たち。
―――人は彼らを《狼》と呼んだ。
という話を8時くらいから投下します。
女神「それじゃあみんな…よい夕食を」
―――9:01 第7学区 セブンスマート
上条当麻には特殊な右手(ちから)がある。
魔法、超能力など、常識より外れたあらゆるものを否定し、破壊する右手。
幻想殺し(イマジンブレイカー)と呼ばれるそれは彼を幾度と無く戦いに巻き込み、
幾度となく勝利への決定打(とどめ)となった。だが。
「…っく!」
ぶつかり合った当麻の右手がその特性ゆえに彼女の左手によって弾き返される。
そう、それは酸素の無いところで人が生きていけぬように、沸騰したコーヒーを浴びた銃身が熱膨張で歪むように、
そして何より半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)に半額弁当を求めて狼が争うように、当然のこと。
「お前が《毛玉》が言っていた狼か」
目の前の前に立つ女の力の根源は人…否、生物ならば必ず持っている常識的(あたりまえ)なものであり。
「確かに強いな」
拳(グー)は掌底(パー)に勝てないのだ。
掌底でもって当麻の拳を弾き返し、今宵の2つの半額弁当(めぐみ)を視界の端に収めながら、
女は油断なく当麻の前に立ちふさがる。
見覚えの無いデザインの制服と、ワイルドに整えられた髪、ファッションというには少しごついブーツ。
そしてなによりすさまじい強さ。
これだけの力を持った狼が無名なはずが無い。コイツは…二つ名持ちだ。
そこまで考え、当麻の脳裏に30分前に別れた強敵(あいぼう)の言葉がよぎる。
『いや、今日はセブンスマートはやめとくぜよ。流石に《氷結の魔女》と《ヴァナルガンド》相手に取れると思えねー』
第7学区屈指の実力を持つ狼、《ヴァナルガンド》
本人も何故そう呼ばれるようになったか忘れたそれが当麻のこの戦場(スーパー)での名らしい。
となれば、目の前の女の正体は、1つしかありえない。
「やれやれ。昨日に続いて今度は氷結の魔女と戦うことになるなんて。
上条さんのこのところのエンカウント率の高さは陰謀か何かですか?」
目の前に立ちふさがる魔女をじっくりと見ながら、魔女が弁当を取ろうとした瞬間に阻止できるギリギリ、半歩分だけ下がる。
魔女は弁当と当麻からまったく目を離さずに、じっくりと構える。
昨日当たった双子の狼は、カゴを捨てたことで不意をつけたから何とか奪えた。
だが、目の前の魔女は既に自分を知っているらしい。油断を見せない。
既に立っているのは当麻と魔女のみ。
周りには当麻と魔女の激戦に巻き込まれて斃れた狼たちがうめき声をあげて屍をさらしている。
つまりはもはや半額印証時刻の乱戦は終わった。
残るは、一騎打ち。目の前の魔女さえどうにかすれば、当麻は弁当(めぐみ)を手にできる。
「いいぜ。氷結の魔女。俺が勝てないと思うなら」
当麻がゆっくりと拳を固める。顔に浮かぶのは不敵な自信。
彼の無意識は既に見つけていた。魔女がわずかに見せる隙…執着とでも言うものを。
間違いない。魔女は、今宵の夕食を既に決めている。ならば。
「まずはその弁当(げんそう)を奪い去る!」
《ヴァナルガンド》が駆け、弁当を手にする。
「なに!?」
《氷結の魔女》槍水仙(やりずいせん)は予想外のヴァナルガンドの行動に思わず驚愕の声を上げた。
だが、意識を無視して仙の狼としての身体(ほんのう)は為すべきことをする。
弁当を手にしたことで敵ではなくなったヴァナルガンドから目を離し、弁当コーナーから奪取する。
今宵“2つ”しか残らなかった弁当の片割れ。
…『月桂冠』が燦然と輝く弁当を。
―――8:45 第6学区 スーパー「ろんぎぬす」
僕、佐藤洋(さとうよう)が通う片田舎にあった烏丸高校が突然、
人交社長がゲーム業界の制圧を宣言してそうな未来都市にやってきたのは、2週間前の平日の授業中のことだった。
突然窓の外に広がった異様な光景に慌てる僕らの元に今、僕らは異世界にいると言うとんでも情報を持って訪れたのは
極上生徒会の執行委員だという二次性徴が憎いでおなじみの霧島君がフィーバーしそうなってか実際したくらいの年の女の子。
彼女がどこぞの軍曹っぽい口調で言うにはここは学園世界。
10,000を超える学園と数千万人の数の学生が暮らすと言う、とんでもない世界だという。
その学園世界に街そのものが学園であるとして転移してきたのが今、僕がいる学園都市。
何でも街をあげて『超能力』を研究していてテラドライブがガチで作れるくらいの技術力を持つ科学万歳の街…らしい。
ちなみに興味本位で近くの学区の連中に超能力って何ができるの聞いたらマジで手からビーム的なものが出たり
某有名RPGの黄色い鼠もびっくりな電気の使い手だったり気合で原理不明の波動拳的なものを出せたり、
仮にそれら全部を一斉に食らっても「やったか…!?」と言われつつ煙の向こうから無傷で姿を現す位に無敵な方々とかがいるらしいのだが、
幸か不幸かそんな方々には出くわさず僕の周り2〜300mに限って言えば割と平穏な日々を送っている。
変わったことと言えば精々が僕の住んでいる烏丸高校から200mほど離れた場所に丸富大学が付属高校付きでほぼ同時に転移してきたため、
従姉の著我(しゃが)が前より頻繁にHP(ハーフプライサー)同好会の部室を訪れるようになったとか、
『学園都市で“愛ゆえに性別の壁を乗り越える乙女の会”と言う同好会を立ち上げた“白”なんとかさん』の噂を聞き、
生徒会長として我が高の学園代表にご就任あそばされた“白”梅様を戦慄のまなざしで見たかどで平手を食らったりとか、
『ほほう…執行部の細マッチョ×細マッチョ。これはなかなか…あ、ちなみに佐藤さんは柊さんと相良さんならどっちの筋肉の方が好みであぅ!?』
とパソコンを眺めながらよく意味の分からない質問をしてきた白粉(クリーチャー)の後ろ髪を引っ張ったりとかする以外はごく普通の日々を送っている。
そう、日々学校に通い、休日には遊びに繰り出し…そして、半値印証時刻には狼として狩りをする。
そんなごく普通の日々を、狼である僕は送っている。
8時45分。
二階堂から事前に聞いた情報によれば、この店の半値印証時刻、15分前。
その時間に僕は1人スーパーの自動ドアを抜け、店へと入る。
店は出来てからまだ1ヶ月ほどと言うこともあり、どこもかしこもピカピカで、少しだけ気後れを感じる。
きのこの このこ げんきのこ
妙に耳に残るきのこの唄を聞き流し、純粋工場培養しめじ1パック78円也を横目に僕は目的の場所をごく自然に通り過ぎ、
今宵の弁当を確認する。3割引のシールが貼られた残りの弁当は、3つ。
大きめのカツと、通常の小袋の3倍はあるサイズのソース袋が目立つ「すず川洋風カツレツ弁当」
大きく浅い容器に盛られた黄金色とそこに走る夕焼けのようなオレンジがかった赤が美しい「お兄ちゃんのオムライス(しょうゆ味)」
いかにも食べ応えのありそうな、濃いタレに染まった「宇宙人絶賛!沖縄風豚焼肉弁当」
学園都市の外の学生たちからレシピを募って作られたという3つの弁当をしっかりと記憶し、
僕は1リットル入りシャリオミルクの紙パックを見ながら、今日の獲物を考える。
どれもうまそうだ。だが…
「しょうゆ味のオムライスってのは気になるなあ」
ごく自然に僕の隣に立つ、丸富付属の制服を着た、ぼさぼさの金髪と眼鏡の女子高生。
僕の従姉である著我(しゃが)あやめがムサシノ牛乳の紙パックを見ながら僕の気持ちの一方を代弁する。
「あたしはそう思うんだけどだけど佐藤はどうする?」
何気ない調子で、眼鏡をケースにしまいながら著我が僕の方を見て尋ねる。
だがその碧眼は語っている。狙いが被るんなら、容赦しない、と。
そんな著我の問いかけに、僕は素直に応える。
「…僕としてはあのソースの袋の大きさが気になるかな」
そうなのだ。確かにオムライスも気にはなったが、それ以上にあの、カツにかけるには量が多すぎるソースの袋が気になっていた。
「…ん。了解。後で少しくれ」
僕のいわんとしたことを理解したのだろう。著我は再びムサシノ牛乳に目を向ける。
「お前もな」
僕もとなりのシャリオチーズ(6P入り)に目をやりゆっくりと時間を待つ。
そんなときだった。
「よぉ。佐藤、それに麗人じゃねえか。元気にしてたか?」
僕らを見つけ気さくに隣の特盛乳酸菌ヨーグルトに目をやりながら、アフロが話しかけてくる。
耳掻きの梵天のように膨らんだアフロの男。この男を、僕は知っている。
「《毛玉》じゃないか。何か久しぶりだな」
僕は目線を向けず、ちょっとだけ驚いた表情を作りながら毛玉に返す。ここ1週間ばかり顔を見ないと思っていたが。
「なんか噂じゃあ大学の講義サボって“外”見に行ってるって聞いたけど」
著我が僕の言葉を継ぐように毛玉に言う。
その言葉に毛玉が頷き言葉を返す。
「おうともよ。ここも良いが、外もすごかったぜ。
麻帆良の《オッドアイ》の嬢ちゃんとかC地区の《暴れ牛》とか、管理棟の《柊蓮司》とか二つ名持ちがごろごろいやがった。
んで、しばらくは外を中心に回るつもりだったが、この辺りににかなりの大物がいるって聞いてな。戻ってきたんだ」
そこで一旦言葉をきり、毛玉は何かを思い出したかのように著我に尋ねる。
「そういや麗人は確か丸富の高校の方に行ってたよな?」
「ん?そうだけど…それがどうかした?」
何が言いたいのか分からない。著我も同じだったらしく、毛玉に聞き返す。
そんな著我の問いかけに、毛玉は真剣な表情でその言葉を口にする。
「いやなに…《ヴァナルガンド》について、何か知らないかと思ってな」
ヴァナルガンド?聞きなれない響きに僕は首をかしげた。
今までの流れからして恐らくは狼の二つ名だと思うけど…
「ヴァナルガンド?いや、聞いたことないけど。どんな狼?」
「ああ、ここの隣の第7学区の狼らしい。俺も詳しくは知らないが、《オルトロス》を倒したって聞いた」
「あの2人を!?」
僕は驚いて思わず毛玉の方を向いて聞き返す。
《オルトロス》こと沢桔(さわぎ)姉妹は僕と著我の友人でもある。
丸富付属の生徒会長と副会長であり、学園代表とその補佐でもある2人は、僕の知る限りでも10本の指に入る強さを持つ狼だ。
本気になった彼女らは、槍水先輩や《魔導士(ウィザード)》ならともかく、今の僕では正直勝てる気がしない。
それを打ち負かしたとなると…
「ああ、昨日偶然遭遇してやりあったと二階堂が…その様子だと知らないみたいだな」
僕らの様子を見て、事情を察したのだろう。毛玉がすいっと背を向け、言う。
「しょうがねえ…第7学区にいるって言う《フヴェスルング》って狼を…」
そこまで行った、毛玉の顔に緊張が走る。それは、僕らも同様。空気が、変わった。
「どうやらお喋りは終わりのようだな。時間だ」
毛玉のそんな言葉と共に。
バフンッ
音を立てて聖域(スタッフルーム)への天岩戸が開き…神がその姿を現した。
―――8:57 ろんぎぬす 調理場
真壁翠は、神である。
壊滅直後に発生した、学園の大量転移と言う異常事態を経て、異常な速度で再生を果たした第6学区。
そこに1つの店があった。
スーパー『ろんぎぬす』学園都市支店。
オクタヘドロンが世界魔術協会と共同で資金を出し、空白地帯となった学園都市第6学区にこの店を構えたのが1ヶ月前。
今ではこの学区に住まうこととなった新たな住人はもちろん、学園都市では売っていない学園都市の外の商品が売ってたり、
割と良心的なお値段だったりすることから近隣の学区からも客が訪れる、隠れた名店となっている。
「ふう、よし。掃除はこんなもんであとは…そろそろかな」
その高校生とは思えぬほど発育した肢体を支給品のバンダナとエプロンで包み、
粛々と聖域(スーパー)の奥に築かれた調理場の清掃をしていた真壁翠はゴム手袋をはずし、時計を見上げ呟いた。
時計が指し示す時刻は完全下校時刻の9時まであと3分…ろんぎぬすの半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)だ。
それを確認した翠はポケットにシールを詰めこんで売り場へと向かう扉を開く。
バフンッ
大きな音を立てて扉が開いた瞬間、緊張感と無数の目線が翠の産毛を逆立たせる。
かつて感じ続けた、戦場の気配。慣れ親しんだその気配に一瞬目を閉じた後、翠は目的の場所…惣菜売り場へと向かう。
その動きは流れるようにその手は的確かつ素早く乱れた惣菜の並びを整える。
(…今日は荒れそうだなあ)
店の好調を示すように、その数がやや少ないことに波乱の予感を感じながら、翠はシールを取り出す。
シールは正確にすでに張られていたシールの上に重ねられ、3割引きであった商品が祝福を受けて半額へと変わっていく。
「…さてと」
惣菜すべてにシールを張り終え、翠はいよいよメイン…弁当売り場へと赴く。
綺麗に並べなおし、残った弁当を確認する。
濃厚そうなソースの入った、小袋と言うにはいささか大きすぎる袋が目立つカツ弁当。
浅くて大きな容器に入れられ、鶏のから揚げが添えられた黄金色に輝く卵に包まれたオムライス。
メインの、濃厚そうなタレに包まれた肉厚の焼肉がてらてらと光を返す焼肉弁当。
今宵の半額弁当(めぐみ)に翠は手際よく半額シールを貼っていく。
翠が動くたびに強烈に強くなる気配と、張り詰めた空気が生み出す、不気味なほどの静寂。
野菜売り場からのきのこの唄がまるで遥か遠い異世界から聞こえてくるようだ。
翠はそれを知っている。この領域(フィールド)はかつて翠が慣れ親しんだ秋葉原のそれとほぼ同じだ。
(それじゃあみんな…)
故に半額神としての誇りを持って言葉は発せず、ゆっくりと戦場(うりば)から離れ…
(よい夕食(たたかい)を)
バタンッと扉を閉じる。直後の、狩りの合図を告げるために。
真壁翠。輝明学園3年、ウィザード生徒。
放課後から閉店までをスーパーろんぎぬすで働き、狼への祝福を司る『半額神』である彼女を狼たちは《女神》と呼んだ。
着眼点面白いラノベだよねー支援
―――9:00 ろんぎぬす 戦場
マッちゃんを思いださせせるバンダナとエプロンという正装に身を包んだ《女神》の動きの1つ1つを固唾を呑んで見守る。
茶髪ともためを張るほどに発達した見事な肢体。だが、今はそんなことはどうでもいい。
今、この場に必要な3大欲求は1つだけなのだから。
闘いが始まる。その直前、僕は一瞬だけ目を閉じて思い浮かべる。
大きなソース袋がついた大き目のカツと、油を吸わせるために下に敷かれたパスタ。
付け合せに添えられた大き目の人参とジャガイモのゴールデンコンビ。
洋風の名に相応しくパセリで緑の化粧を施されたたっぷり目のご飯。
鮮やかな緑で存在感を主張するブロッコリー。
それらが鮮やかに脳裏をよぎり、口中の湿り気が増す。
腹の虫が痛いほどに僕に要求する。闘いと…その後の歓喜を。
ああ、そうだ。これでいい。これで僕は…戦える。
カッと目を見開いたのと、《女神》が聖域へと戻る扉をくぐったのは、ほぼ同時。
その直後に鳴り響いた合図(ゴング)を受けて僕は駆ける。
弁当に手を伸ばし…当然のように弾かれる。
そちらを向けば見知らぬ、耳の尖った小柄な男。
近くにあるファンタジー系の学校の狼なのであろう男が、返す刀でカツ弁当に手を伸ばすが、やらせない。
僕は男の手を弾く。だが、それだけでは終わらせない。
僕はそのまま腰を落とし…肩を思い切り男に叩きつける!
全身を使った、重い一撃。その一撃は男を大きく…鮮魚コーナーまで吹っ飛ばす。
「佐藤!油断するな!」
その直後、身体を低くした僕を押しつぶそうとしていた男に横合いから蹴りを入れて僕の背中の後ろに立つのは、
転移前、東区で名をはせた狼、《湖の麗人》…著我あやめ。
「悪い!助かったが…その言葉は返す!」
地面に降り立った直後、体勢を整えきっていない著我に足払いをかけようとしていた女の狼の顔を殴りながら、僕は言葉を返す。
「言うじゃん。けど本番は…!」
「ああ、これからだ!」
そして僕らの足の下を素早くくぐろうとしていた子供くらいのサイズの男をダブルで蹴り飛ばし、僕らは弁当へと向かう。
それを阻止しようとする狼たちが入り乱れ、いつもの乱戦になった。
…10分後
『彼』は弁当を手にして去っていく2頭の狼を、グラサン越しに見送っていた。
「…あれが《湖の麗人》、それに《変態》か…」
第7学区…上条当麻が行ったスーパーに姿を現したという《氷結の魔女》を避けてやってきたこの店で出会った、2頭の狼。
その2人、特に黒髪の少年に『彼』の視線は向けられる。
「あの力…あいつならば或いは取り戻せるかも知れないな」
普段は温厚。だが、いざ牙をむけば凄まじい力を発揮する狼…ある種の似たもの同士。
そんな男に、『彼』は一筋の光明を見出した。
「カミやんの…《ヴァナルガンド》の誇りを」
1匹の狼に、忘れたことを思い出させることが出来るかも知れないと。
そして、そんな独り言を最後に、男は歩き出す。自らの部屋へと戻るために。
今宵手にした「宇宙人絶賛!沖縄風豚焼肉弁当」を味わうために。
『彼』の名は、土御門元春。
第7学区の某高校に通う無能力者(レベル0)の学生。イギリス正教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の陰陽博士。
学園都市の暗部『グループ』の一員。学園世界における裏の治安維持部隊『カゲモリ』の1人。そして…1匹の狼。
数多くの顔を持つ彼のことをスーパーの狼たちは《フヴェズルング》と呼んだ。
―――9:25 烏丸高校部活棟 502号室
今日は白梅に誘われたので管理棟で食べてきてしまったと、白粉から連絡があった。
そのまま寮に戻ったようなので白粉は来ない。
その代わりと言ってはなんだが当然のように著我が居座ってる。
そして、弁当が入ったビニール袋を前にし、暇そうに先輩を待つ著我に背を向けて
僕は真新しい地図に丸と文字を書き足していた。
「なにやってんの?」
「一応HP同好会の活動ってとこかな…よし」
第6学区と隣の第7学区にまたがる大きめ白い地図に新たな文字が書き込まれる。
スーパーろんぎぬす 9:00
「ああ。この辺りの半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)の地図ってわけか」
それを見て著我にもこれが何か分かったのだろう。僕は著我の言葉に頷いた。
「そういうこと。今までのは使えないからね」
そうなのだ。
学園世界に転移という異常事態の結果、当然ながら近隣のスーパーの配置は完全に変わってしまった。
それでは不便なので、HP同好会では近隣のスーパーの半値印証時刻を調べ、書き込むことにしていた。
「そういやあうちの大学でも元ガブリエルラチェットが中心になって情報集めてるって言ってたなあ。
組織だっての動く気はないけど、情報の共有は必要だって」
著我がそんなことを呟いていると、HP同好会の扉が開く。
「佐藤。戻ったぞ。それと…うん?今日は著我も一緒か」
当然のように弁当の入ったビニール袋を手にした先輩が戻ってきた。
「お帰りなさい、先輩。どうでした?」
「ああ、第7学区のセブンスマートはなかなかの品揃えだ。学生の客が多いらしく、ボリュームも多い」
そんなことをいいながら僕が手渡したサインペンのキャップを外し、さっさと文字を書いていく。
セブンスマート 9:00
「あ、やっぱり半値印証時刻は最終下校時刻ですか」
「ああ、そこが難点といえば難点だな。リカバリィがきかん」
僕の言葉に、先輩が頷く。
そう、この街には最終下校時刻なる時間があり、この時間を過ぎると公共交通機関が全部止まる。
そのためか地域密着がモットーのスーパーなどでもこの時間を意識した運営をなされていることが多く、
自然と半値印証時刻が重なりやすいのだ。
「そう言えば、白粉はどうした?」
地図に新たな情報を書き込んだ先輩が後ろを向き、僕に尋ねる。
そんな先輩に僕は白粉は今日は白梅と一緒に管理棟で夕食を取ったらしいと告げる。
「そうか…少し残念だな」
そういうと先輩はいつもの席に座り、ビニール袋から弁当を取り出す。
その弁当に僕らは驚いた。そこに張られている、ひときわ豪華なシール。圧倒的な存在感。
間違いない。
「マジかよ…」
思わず呟いた著我に、先輩は頷き、堂々と応える。
「ああ、あの店の半額神、《錬金術師》の月桂冠だ」
初めてのスーパーで月桂冠を取ってきたというのか…何という実力と強運。流石は先輩だ。
「どうやら今日はお湯はいらないようだな…いただくとしよう」
先輩がちらりと僕らの前に置かれた弁当を見ていい、気を取り直して僕らは頷いた。
…そして5分後
僕は温め終わった弁当のプラスチックのパックを開ける。すると、いきなり僕の鼻に濃厚な香りが飛び込んできた。
どこか懐かしく、幼い頃を思い出させる香り。こってりとした、甘みを感じさせる香り。
「これは…バターか?」
そのバターの香りは温められたご飯から漂ってくる。そうこれは…洋風の名に相応しいバターライスだ。
これはずるい。いきなりの不意打ちだ。思わずメインのカツより先に手を伸ばしたくなる。
だが、やはり最初はメインのカツから。そう考え、僕はずっしりと重いソースの袋を手に取る。
『電子レンジで一緒にあたためてください』
ソースの袋に書かれていた指示に従い、電子レンジで温められたソースは、熱くなっている。
火傷せぬよう、慎重にフチを持ち…マジックカットの施されたソース袋を破る。
「ふおう!?」
その瞬間、ぶわぁと漏れ出した香りに僕は思わず声を上げる。
様々な材料が複雑に絡み合った、だがソース特有の酸味を感じさせない濃厚な香り。
どこかで嗅いだことがあるその香りがなんだったのかと考えながら、僕はソースをカツにかける。
キツネ色に揚げられたカツに茶褐色のソースをかけ、そのうちの1つを弁当についてきた先割れスプーンで突き刺し…口に運ぶ。
歯を伝わるのは、パスタが余計な油を吸うことで生まれる、予想通りのさっくりとした食感。だが。
「これは!?」
一体何度僕を驚かせれば気が済むというのだ。この弁当は。
口の中に広がるのは、濃厚な…ドミグラスソースとしっかりと塩胡椒で味付けされた肉の肉汁。
そう、肉。それが、僕を3たび驚かせた。
「…牛肉だと!?」
洋風カツレツ。その言葉を関東育ちの僕は無意識のうちにとんかつと読み替えていた。
だが、そんな僕の予想を裏切り、洋風カツレツは脂身の少ない、たっぷりと肉汁を含んだ牛肉でできていたのだ!
念入りに下ごしらえをしたのであろうカツはあくまでもやわらかく、
しっかりと塩コショウされたカツそのものが持つ肉汁が牛骨をはじめとした
多数の材料を丹念に煮込んだとおもしき複雑な味わいのドミグラスソースと一体化してえもいわれぬ極上の味となる。
それはいつもの、うちで食べるカツとは違う余所行きの味。
例えるならば、ちょっぴり高め、だが庶民的でもある昔ながらの洋食屋で出されるような逸品だった。
そのカツの味わいに満足しながら僕はバターライスを口に運ぶ。
うまい。バターの濃厚な味がどっしりとしたカツの味わいを正面から受け止めて1つの料理となる。
そう、バターライスとカツに使われた牛肉。そして濃厚なソースが合わさったこれはまた別の西洋の味。ハヤシライスの味だ。
その事実に僕は悟った。この弁当につけられたたっぷりのソースは調味料ではなく、立派に1つの料理であったことを。
「なるほど…しょうゆ味ってのは、こういうことか」
隣では同じくオムライスを先割れスプーンで口に運んだ著我がぼそりと呟く。
「まさかケチャップじゃないとは…でも確かにうまいや」
納得したように頷き、著我は僕の方を見て、言う。
「ところでさっきからアホみたいに驚いていたけど、そっちはどうよ?」
著我の問いかけに僕は黙って弁当を差し出す。その意味は…
「なるほど、食えば分かるってか」
そういいつつ著我もまた、手にしたオムライスを差し出し、代わりとばかりに僕の差し出した弁当のカツに手を伸ばす。
そして僕もまたオムライスを一口すくい上げ、口に運ぶ。
最初に広がるのは、卵のやさしい味わい。淡白なそれは最近の流行のとろりとした半熟ではなく、柔らかく、だがしっかりと火を通されたもの。
そしてその卵から現れるのは、口の中に香るしょうゆ味。
鶏肉に刻んだ長ネギという鉄板の具としょうゆという日本人の英知が組み合わされたそれは、
オムライスでありながら焼き飯の風味を感じさせる。
濃い目の味付けをされた、それだけで食べたら少し濃く感じるであろう焼き飯。
だが、それは飯を覆う淡白な卵とあわさることで、バランスが整えられ見事な味へと変わる。
それだけではない。焼き飯の油をしっかりと焼いた卵に吸わせることでパラッとした食感を出している。見事だ。
そして僕はもう1度オムライスを掬い上げる…先ほどケチャップじゃないと著我が断言したソースと共に。
それを口に運ぶ。そして知る。これを炒飯ではなくオムライスにした意味を。
かかっていたのは赤いが、確かにケチャップではない。辛味と酸味。そう、これは中華風のチリソースだ。
酸味と辛味。この2つがチリソースによって付与された飯が、先ほどとは違う顔を見せる。
それはあたかも昼と夜で顔が変わる街のように。ソースを使わない温かく、やさしい味が昼だとしたら、
チリソースの刺激的な、だが同時にかすかに昼のぬくもりを残したこの味は、夜。そして、昼と夜の比率は自在に変わる。
共に口に運ぶ、ソースの量によって。そのためには、オムライスという形が最適だったのだ。
「おお、こっちもうまいじゃん。付け合せにソースがよくあってる」
カツとご飯、そして付け合せの半分に割ったジャガイモを食いながら、著我が…っておい!?
「馬鹿!食いすぎだ!」
慌てて著我から洋風カツレツ弁当を回収する。まったくコイツは油断も隙も無い。
僕ですら一応遠慮してチリソースと絡めるとさらにおいしい鶏のからあげには。
「っておい!?あたしのから揚げまるごと1個いったのかよ!?3個しかないのに!?」
…1個しか手を出さなかったというのに。
「…どうやら2人とも当たりだったようだな」
お互いに慌てて弁当を引っ込めにらみ合う。
そんな僕と著我の醜い争いに苦笑しながら、今日のメインイベント…先輩が弁当を開ける。
途端に漏れ出すのは、芳しい豚肉と味噌の香り。それは甘く、力強い香りでもって、圧倒的な存在感を示す。
「先輩…それが…」
息を…否、唾を飲み込み、その存在感に震えながら僕は先輩に問う。
それに先輩は頷き、その名を言う。
「『豚肉と味噌、そしてご飯。三味一体で奏でる聖歌。豚の味噌漬け弁当』…あの店の、月桂冠だ」
ついに開かれたそれ、まず最初に目と鼻に入ってくるのは、脂と混じって良い香りを発する豚の味噌漬け。
麹味噌と交じり合った黄土と、肉本来の白。そしてなにより脂身の透明がかった白が一枚の絵のように見るものを魅惑する。
「まずはメインからいかせてもらおう」
その言葉と共に先輩の箸がとんかつ用の大きな一枚肉を贅沢に焼き、食べやすいよう短冊状に切りそろえられたうちの一片をつまみ上げ、
その形のよい唇へと運び…噛み千切る。
「んっ…」
その味に思わず声を漏らし、満面の笑顔でそれを咀嚼しつつ、先輩の箸は素早く純白に輝くご飯をつまみ上げ、口に運ぶ。
そしてご飯と共に、転がすようにそれを味わい…先輩は豚肉と共にご飯を飲み込む。
「ど、どうですか…」
先輩の白い喉が動くのにあわせ、自然にたまった唾液を飲み下しつつ、僕は先輩に味を問う。
「ああ…すごいぞ?」
帰ってきた先輩の半疑問系の答え。僕はこれを知っている。そう…かつてアブラ神の月桂冠を食べたときと同じ反応。
つまりは…言葉にもならないくらいすごいのだ。となれば、することは1つ。
「あの…先輩」
「分かっている…口をあけろ」
いたずらっ子の先輩が豚肉をつまみ上げ、僕の前に突き出す。
それを僕は親鳥から餌をもらうように口をあけ…いれる。
それは絶品だった。
しょっぱい味噌と豚肉の脂身が持つ甘みが渾然となって力強く…とろける。
長時間味噌に漬け込み、限界まで柔らかくなった豚肉は、たやすくほぐれ、口の中に広がる。
これは旨い。旨いが…大事なものが足りません。
目でそう訴える僕に、先輩は分かっていたとばかりに再び箸を…純白のご飯をのせて突き出す。
僕はそれを口の中に放り込み、豚肉と味噌の味わいにご飯の優しい甘みが加わることで、真の三味一体が完成する。
なんという旨み。これがセブンスマートの…第7学区の底力だというのか。
「な、なあ仙。あたしにも…」
先輩と僕の様子に著我も黙ってはいられなくなったのだろう。若干慌てた様子で先輩に言う。
そんな著我に、先輩は笑みを深めて、言う。
「…相応の対価はもらうぞ?佐藤もな」
その笑みの意味。僕らは黙って今宵の獲物を差し出す。
そして、素晴らしき晩餐が再開された。
―――10:35
至福の時間を終え、1時間ほどゲームをして去っていった著我を見送った後、僕は毛玉の話を思い出し、
先輩にヴァナルガンドについてたずねていた。
「ヴァナルガンド?…ああ、あいつか」
僕が先ほどスーパーで聞いた噂を聞いた先輩は合点が言ったというように、頷く。
「先輩、知っているんですか?」
「ああ、実は第7学区に行く途中で毛玉と会ってな。似たような話は聞いた後、
セブンスマートでちょうどお前くらいの背格好の狼と闘りあった。
実力からすると、アイツがヴァナルガンドで間違いないだろう」
そのときのことを思い出したのか、先輩の目がかすかに泳ぐ。
「強かったんですか?」
「強いな。だがそれ以上に奇妙なやつだった」
「奇妙?」
狼の評価としてはあまり聞かない類のものだ。それに興味を引かれ、僕は続きをさらに尋ねる。
「ああ、実力は本気を出されれば私でも苦戦は免れなかっただろう。だが、どこか本気を出し切っていなかったように思う。
それに…最後がな」
「最後?」
「ああ、そいつは、私より先に弁当を争奪して去っていった。それが引っかかる」
「先輩より早かったって…」
最後。先輩より早い。そして、先輩が取ってきたのは月桂冠。ということは…
「…まさか月桂冠が2つも出たんですか!?」
馬鹿な。イベントでもない平日にあれか、あれに匹敵するものが2つだなんて。
第7学区の食料事情は一体どうなっているんだ!?
「いいや、月桂冠がそんな簡単に出るわけが無いだろう。だから奇妙だと言っている」
だが、そんな僕の驚愕に、先輩は首を振る。そして呟くように、続きを言った。
「そう…奴は私より先に弁当を取って去っていった。戦える力を残しながら、月桂冠ではないほうを、だ」
そう呟く先輩の横顔には二つ名持ちとして、否、そもそも狼としてまずありえない。そんな気持ちがたっぷりとこもっていた。
*
今日はここまで。
次回は未定。一応最後まで考えてはいるんだけど、時間が…
ちなみに、ろんぎぬすの弁当はレシピ考案者が全部元ネタありと言う設定だったり。
…お陰で次回以降困る気がするんだけどね。
乙〜。
ところで烏田高校じゃなかったっけ?
>管理棟の《柊蓮司》
それ二つ名じゃねぇwww
てか、柊も半額弁当のお世話になってんのか・・・
乙であります!
グルメ描写が実にイイ……!
ところで。
ハーフプライスラベリング時、直前に確保しておいた3割引き弁当を手に、
「翠、この弁当にもシール貼ってほしいであります」
などと戯けた事をのたもうた銀髪ゴスロリ吸血鬼が見えた気がするんだが……気のせいだろうか。
<<幻想殺し>>、あんだけ身の回りに女っ気溢れてるのに半額弁当かよ・・・・(ほろり
閑話休題。
翠はどこでもたくましいねぃ・・・・w 割とどこでもろくな目に遭ってない気がするけど。
ベルにぶっ飛ばされたり、ベルにぶっ飛ばされたり、ベルにぶっ飛ばされたり。
そして、野球娘まできてたのか・・・・w
>>619 おかしいな。
俺はその隣で、満面の笑みのツインテ吸血鬼と十字架ぶら下げた黒髪長髪の美少女が揃って弁当突き出してるのまで見えたんだが・・・。
で、それを見て眉間を押さえるディア店長か。
C地区の『暴れ牛』っていうのがよくうわからない
誰かのネタだろ、これを期に一度全部読み返してみてはいかがか
ベホイミでは。
寝る前に、投下しようと思います。スレ立てられなかったんで、誰か次スレたのみます。
―――8:00 スーパーろんぎぬす
『彼女ら』は、キュラキュラと音を立てる、戦車(タンク)を伴い現れた。
「ここなのね!安くておいしいものがたくさん買える穴場って言ってたのね!きゅい!」
くるくると変わる表情に笑みを浮かべながら、蒼い髪を揺らし、少女…というには少しトウの立った女性が言う。
『彼女』は案内人…同好の士と共にここを訪れていた。
「…そうね。それは事実。ある意味ではだけど」
果物やトマト、きゅうりなどの一部の野菜…いわゆる生で食べられるものにばかり目をやって彼女は言う。
ストレートの長い黒髪と乏しい表情は古式ゆかしい日本人形を思わせる。
だが、着ているのは和服ではなく特徴的な紫の制服。それが『彼女』の正体の一端を現していた。
瑞々しい林檎を手に取りながら、思わず口に運びそうになり、慌てて元に戻しつつ、疑問を問う。
「…だが、私には腕がない。それは貴方も同じでは?」
『彼女』の料理の腕前は、凡庸だった。レシピさえあれば簡単なものなら普通に作れる。
そう普通、だ。下手では無い。だが上手くも無い。
少なくとも自らの舌を満足させるには程遠い。
製造(たんじょう)から1週間でその結論に達してから、『彼女』は滅多に台所には入らなくなった。
「料理なんて出来なくても大丈夫なのね!」
だが、そんな彼女の無表情の憂鬱を吹き飛ばす笑顔で言う。
「だって、あそこのは、全部出来上がっているのね!きゅい!」
そう言って蒼い髪の女性はその一角を指差す。
その光景に黒髪の少女は目を奪われる。
そこに立ち並ぶのは、地味な色合いのパッケージに包まれた、商品の群れ。
それがここで売られていることは知識としては知っていた。だが…
「…3割引?」
彼女の常識には無い存在…パッケージに張られたシールの存在に目を見開く。
そう、ごく僅かな時間、この領域(フィールド)でのみ見られる現象(そんざい)を、彼女は知らなかった。
世界はなんと…奥が深い。
「ここのべんとーとそーざいはすっごくレベルが高いって言ってたのね!きゅい!」
驚いた様子の『彼女』に女は嬉しそうに付け加える。
「…それは、分かる」
そう、見ただけでも『彼女』には分かった。それのレベルの高さが。
ゆえに『彼女』は思わずごくりと喉を鳴らし…動き出す。『彼女ら』の異名にあるとおりに。
『彼女』の名は鈴鹿葉月。輝明学園に通う、オクタヘドロン謹製の人造人間。
そしてもう1人の彼女の名はイルククゥ。誇り高き風韻竜の末裔にして、とある魔術師と契約し、シルフィードの名を得た使い魔。
『彼女ら』は知らない。自らの忌み名を。
ほとんど接点の無い、ただ1つの共通項で結ばれた『彼女ら』のことを、狼たちは恐れを込めて『大蝗(アバドン)』と呼んだ。
―――8:45 スーパーろんぎぬす
疑問は感じていた。この時間にも関わらず、妙に狼の気配が薄いことに。
だが、その光景を目にし、絶句と共にその理由を知った。
「馬鹿な…」
半値印証時刻15分前にスーパーを訪れた僕の眼前に広がった予想外の光景に、僕は思わず息を呑む。
目を凝らしてもう一度見るが…間違いない。弁当どころかお握りと惣菜まで全滅(うりきれ)だ。
一体なにが、どうなって…!?
「こりゃあ大蝗(アバドン)の仕業だにゃ〜」
僕とほぼ同時に来店した男が肩をすくめ、怪しげな口調で言う。いかにもアテが外れたという様子で。
そいつは、一言で言って怪しい男だった。
ごく普通の学生服に著我とは違う明らかに染めたと思しき金髪。そして夜だと言うのにグラサンという非常に怪しい格好。
だがそれ以上に身のこなしが僕にとってごく近い身内…親父や祖父さんに近い何かを感じさせる。
その独特の気配は狼には違いないのだが、どこか狐を思わせる。
「…だれだ?」
待っていたかのように声をかけてきたその男を警戒しながら、僕はたずねる。
半ばその正体に感づきながら。そして男は思ったとおりの答え(なまえ)を口にする。
「―――《フヴェスルング》。兄ちゃんに名乗るんならそれが一番相応しい」
スーパーでの名、狼としての二つ名を。
―――8:50 第7学区路地裏
『今夜、まだ戦う気があるんなら、ついてくるにゃ〜』
あのあと、怪しげな口調に戻ったフヴェスルングに誘われ、僕は第7学区へ抜ける近道を疾走していた。
「アバドンってのは何なんだ?」
見覚えの無い裏路地を走りながら、僕は前をゆくフヴェスルングに問いかけた。
アバドン。少なくとも“向こう”にいた頃は聞いたことが無い名だ。
どこかの狼だろうか?だが、それでは半値印証時刻より前に弁当が失せていた理由が説明できない。
「ああ、第6学区には基本いないからにゃ〜。知らんでもおかしくないぜよ」
そんなことを言いながら、結構な速度で走っているにも関わらず息ひとつ切らさずに、
長距離走時の雑談のノリで気楽に答える。
「大蝗(アバドン)ってのは…一言で言えば大メシ喰らいのことぜよ」
そして、相変わらず変わらぬ速度で走りながら、アバドン…大蝗と呼ばれる存在について語りかける。
この学園世界には、稀に凄まじい大食漢が現れるという。
例えば、学食のカレーを10皿ぺロリと平らげる、女子高生。
例えば、特選隊に所属する、回転すしを回らなくしたという伝説を持つ女子高生探偵。
例えば、驚異的な魔法の使い手であり、同時に驚異的な胃袋を持つ、2人の魔道教師…
そんな、TVチャンピオンで優勝が狙えそうな胃袋の持ち主がその日の夕食をスーパーの弁当に定めたとき、
彼女らはすべてを奪う災厄と化し、スーパーの弁当は食い尽くされる。
その根こそぎ奪いつくして去っていく様子から狼に飢えをもたらす災厄、大蝗(アバドン)の名が与えられたという。
なるほど、それは大体分かった。だが…
「でも、なんでその大蝗が第6学区に?」
今までの約2週間、僕は大蝗に出会ったことは無い。
それどころか最長で1ヶ月ここで暮らしているという第6学区の狼たちからもそんな話は聞いたことがなかった。
それが何故…
「それが、1匹だけならまだ残る希望もあったんだがにゃ〜…」
どこからか、あの店、ろんぎぬすの弁当のクオリティの高さを聞きつけた大蝗がいたという。
そしてその大蝗は仲間の大蝗と2人して連れ立って現れ…
「あの惨状ってわけぜよ。まああいつらには基本的な狼の掟『1度に獲る弁当は1つまで』が守れないから、
半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)には現れない。その意味では大猪よりはマシかもにゃ〜…っと」
そこまで話し、フヴェスルングは立ち止まる。
「ついたぜよ」
その言葉と共にどこを走っていたのかも分からぬ裏路地から出て、大きな道にでる。
その道の向こうに、それはあった。
暗い夜道を明るく照らす、希望の光。その光に照らされて、かすかに見える文字は…『セブンスマート』
「ここが今夜の…狩場(せんじょう)だ」
どこか楽しげに、フヴェスルングは、言った。
―――8:55 第7学区 セブンスマート
さかな さかな さかな〜 魚を食べると〜
妙に耳に残るその唄と共に、店内からは緊迫感が漂ってきた。
強烈な気配に僕は悟る。今、ここには二つ名持ち級の狼がいる、と。
「じゃ、ここからは頑張ってにゃ〜」
そう言うとフヴェスルングは僕を置いて一直線に弁当コーナーに向かう。
どうやらここから先は1人で戦わねばならないようだ。
そう、判断してフヴェスルングを追うように、僕は弁当を確認する。
今宵、祝福を待つ弁当は3つ。
僕はそのうちの1つ「ボリューム満点レベル5、スペシャルハンバーグ弁当」に狙いを定め、お菓子コーナーに立つ。
目の前の「ゲコ太のロンド」という、コアラのあれを思い出させる菓子を見ながら店内を伺う。
…ざっと10といったところか。
その中に、256茶特価2リットル138円のポップを眺めている金髪のフヴェスルングを確認しつつ狼の様子を観察する。
ちらほらとあちこちに見える狼の他は精肉コーナーで豚コマを物色する学生カップル位。閑散としたものだ。
半額印証時刻から1時間もすれば閉店であることを考えればこんなものか。
そう思い、僕は静かに時を待つ。やがて訪れる、その時間を。
そして、その時間は訪れた。
バタンと言う音と共に、半額神が降臨する。
緑色の髪と柔和な笑顔を浮かべた、若い男。
確か先輩が《錬金術師》と呼んでいた半額神が残った3つの配置を整え、次々と半額シールを貼っていく。
それに伴い増していく緊張感。辺りに剣呑な空気が漂い、僕も含めた狼たちが臨戦態勢に入っていく。
そして、仕事を終えた半額神が聖域へといたる扉を開き…閉じる。
辺りに響く狩り(たたかい)の合図。僕は弾かれるように飛び出した。
精肉コーナーのそばを走りぬけ、弁当へと向かう。
当然そこには既に殺到した狼たちが揃って…僕の方を見ている!?
その瞳に宿った、半ば恐怖とすら取れるほどの殺気に、僕はとっさに身体を堅くしつつ反転。
そして、その正体を知る。
「なん…だと!?」
精一杯の防御をしながらその光景に息を呑む。そう…
先ほどまでただの学生カップルだと思っていた男が振り上げた、中身入りのカゴの一撃をその身に受けながら。
―――9:00 セブンスマート
開始直後、とりあえず目に付いた狼を2匹ほど吹き飛ばしながら、上条当麻は弁当コーナーへ向かう。
中身入りのカゴ。10kg入りの米袋を筆頭に今宵13kgにも達したその武器は、立派な凶器。
当麻とて加護のあるこの時間でなければ振りまわすことなど敵わぬ品だ。
それは戦神が振るう戦槌の如く、狼をなぎ払う。
「カミやん!相変わらず凶悪な武器だな!」
巧みにその戦槌の効果範囲から外れながら、見知った顔が笑う。
その顔に、当麻は苦笑を返した。またか、と。
土御門…否、《フヴェスルング》。
今日はギリギリまで姿を現さなかったので現れないかと思ったが、アテが外れたらしい。
彼の義妹が手料理を振舞わなかったときにのみ現れるこの狼は、第7学区では特に腕の立つ狼だ。
少なくとも、これではしとめられないだろう。
中身入りのカゴ。それは当麻に絶大な攻撃力を約束する…他の全てを代償に。
大振りにならざる得ないが故に命中精度が悪く、振り回すたびに慣性に引っ張られて大きな隙を生む。
重い武器は動きを鈍らせ、おまけに手までふさがるので防御力も半減だ。
そこいらの名無しの狼を駆逐するには役に立つが…名うての狼と闘うのにはむしろ邪魔。
それが、当麻にとってのカゴという存在だった。
(あいつらとはえらい違いだ)
数日前、一心同体にして、攻防一体。そんなカゴ捌きを見せた第6学区の双子の狼がいた。
二つ名持ちだと、後で聞いた。名前は確か…《オルトロス》
(どうする?捨てるか?)
捨てれば攻撃力以外の全てがあがる。
(…いや、今日は3つある。それなら十分…ぐぅ!?」
そんな考えが吹き飛ばされる。わき腹に走った鋭い衝撃に。
慌ててそちらを見れば、そこには、見知らぬ狼(つわもの)がいた。
油断した。『中身いっぱいのカゴ』という凶器を予測できなかった僕は為す術も無く吹っ飛ばされた。
身体が痛い。防御してなかったら、終わりまで目を覚ませなかっただろう。
恐ろしい武器だ。重さが段違い。
そしてそれを使うものと言う意味で、僕はあの男の正体に気づく。
「…《ヴァナルガンド》」
ヴァナルガンド、それは涎で河を作るほどの大きさを持つ、巨大な狼の怪物だと言う。
その力は…確かに並みの狼を遥かに凌駕する。
今分かった。奴の力の根源は、空腹の加護だけでなく、カゴを満たすほどの『生活力』
だが、男子学生である奴のそれは専業主婦の…大猪の力には及ばない!
「う、おおおおおおおおおお!」
思い起こす。数日前、奴と戦った、先輩のことを。
そう、先輩は奴と戦い…勝った。
ならば僕とて…無様に寝ているわけには行かない!
僕は立ち上がり、ヴァナルガンドに向かう。狙うのは、ヴァナルガンドがその大きなアギトを振るった瞬間…今!
カゴを振り下ろし、体勢が崩れた瞬間を狙い、僕は渾身の拳をヴァナルガンドに叩き込む。
不意をついたその一撃にヴァナルガンドがその場に膝をつく。
その横を駆け抜けながら、僕は最前線…弁当コーナーへ向かう。
そこに待つのは…
「流石は《変態》!そう簡単には倒れないか!」
「やっぱり知ってたのか!ってかその名前で呼ぶな!」
激しく手を弾きあい、周りの狼と乱戦を演じながら、不敵な笑みを浮かべる《フヴェスルング》と、弁当を奪い合う。
ろんぎぬすに現れたこの二つ名持ちは、僕をこの場に誘おうとしていたのだろう。偶然を装いながら。
何を考えているかは分からないが、厄介な相手だ。
それは今、このときも感じていた。
「当たらなければ、どうということは無い!なんてな」
まるですり抜けるかのように、フヴェスルングは茶化すように言う。
そう、厄介だ。弁当に向かう攻撃は確実に迎撃しながらも、巧みに自らへ向かう攻撃は避けている。
その動きは、どこか白粉を思わせる。最も白粉の場合は戦闘を避けるが…
「ぐわぁ!?」
フヴェスルングは、乱戦を利用し、積極的に戦う。
時に自分に向かっていた攻撃を別の狼に当てさせ、外したように見えた攻撃はその実、的確に別の狼に綺麗に当たったりする。
それによって崩れた狼をとっさの盾にし、有利な位置にもぐりこむ。
乱戦の達人。それがフヴェスルングと言う狼だった。
強い。その二つ名は、伊達ではない。そして…
「そうそう、ひとつだけ、言っとくことがあるにゃ〜」
弁当に向かった僕の右手を左手でがっちりと押さえ、残った右手で…弁当を掻っ攫う。
「もし、あれでカミやんを…ヴァナルガンドを倒せたと思っているなら」
抑えていた右手を放し、弁当を手に弁当コーナーを去ろうとしつつ、ちらりと後ろを見て、その言葉を発する。
その言葉と共に僕は凄まじい気配を感じ…
「そんな幻想、ぶち壊されろ」
ヴァナルガンドの一撃…カゴを持たない、右手の一撃をまともに受けて、僕は意識ごと、吹っ飛んだ。
―――9:05 セブンスマート
「お〜い。生きてるか〜?生きてたら返事してくれると上条さん的に感謝感激!」
とりあえず頬を軽く叩いてみるが、駄目だ。目を覚まさない。完全に気絶している。
「…とりあえず、十字教式と陰陽式、どっちで埋葬するぜよ?」
「縁起でもないこというなよ畜生!」
やりすぎた。って言うかあんなに綺麗に決まると思ってなかった。
「カミやんのパンチは魔術師平気で気絶させるからにゃ〜」
弁当の入ったビニール袋を抱えつつ、面白そうに土御門が笑っている。
「上条くん。どうするの?」
傍らに立つアゼルが、心配そうに見ている。
「…仕方ねえ」
多分、今までのパターンからして第6学区の狼だ。
目さえ覚めれば歩いて帰れるだろう。多分。
「アゼル。悪いけど会計済ませて先戻っててくれ」
弁当を乗せたカゴと財布を渡し、アゼルに言う。
「あ、うん。上条くんは…?」
「コイツを背負って帰る。こんなところに捨ててく訳にはいかないだろ」
よっこらしょっと背負い、持ち上げる…ゴツゴツしてて、結構重い。
「ああもう、何が悲しくて上条さんは野郎なんぞ背負っているのでせう…」
なんか泣けてきた。
「ああ…不幸だ〜」
ぼやきながら、えっちらおっちら歩き出す。
「まあまあ、カミやんらしくていいんじゃないかにゃ〜」
「うっせえ。ってかお前も手伝えよ土御門!」
からかってきた隣人に悪態をつきながら、当麻は家路を急ぐのだった。
*
今日はここまで。そしてレス返し。
>>617 ですね。まとめのときになおしときます。
>>618 ・料理の腕は普通
・やたら忙しい
・庶民的な金銭感覚の持ち主
…可能性は高いと見たw
>>619 それをやると次回以降狼に凄い勢いでマークされる諸刃の剣。素人にはお勧めできない。
>>620 ええ。半額弁当です。
それと翠のたくましさは異常。貧乏属性ぱねえってことで。
…それだとまほうせんせいも日夜戦ってたりするのか?狼的に考えて。
>俺はその隣で、満面の笑みのツインテ吸血鬼と十字架ぶら下げた黒髪長髪の美少女が揃って弁当突き出してるのまで見えたんだが・・・。
実は原作には影の薄さがある種強さの源な二つ名持ちの狼がいてだな…
>>622-624 ベホイミです。実際狼やってそうだな、と。
感想、の前にとりあえず立てに行ってみるな。
>>631 乙ー。ていうか、これでCV杉田キャラは三人目か……w
かみやん意外と外道かと思いきややっぱり上条さんでした。二期もだがこの連載も心から楽しみな上条成分補給になりつつあります。次も待ってますー。
ノーチェはアレだ。半額でも自分で出すくらいなら廃棄流してもらうかたかるか物々交換の三択な気がする……
もしくは『狼』たちに『大蝗』情報を流して、その分どっかから見返りもらってそうw
スレ立て乙ー
キラーン
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ヽ.i! r==-、 i!/ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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