あの作品のキャラがルイズに召喚されました part268

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717ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:45:00 ID:FIdjg9X1
「おお……」
 コルベールは浮遊していく。
 肉体が、ではない。
 意識が身体を離れ、空に浮かんでいるのだ。
「……これが『死ぬ』ということか?」
 そう呟く間にも、コルベールの意識は浮遊を続けた。
 自分の身体や、それを剣で突き刺しているアニエスを見下ろし。
 食堂の屋根をすり抜け。
 トリステイン魔法学院の上空を通りすぎて。
 雲の高さまで上昇してもなお止まらず。
 あげくの果てにはトリステインどころか、ハルケギニアの形が分かるほどの高度に達する。
「む……止まったか」
 ようやく止まってくれたことにホッとしつつ、コルベールはこれからどうしようかと首をひねった。
 自分は先程、アニエスに刺された。
 そしておそらく死んだ。
 それはいい。
 だが、それからどうすればいいのだろう。
「しかし、ヴァルハラ……いや、地獄とは意外にあっけないところなのだなぁ」
 ヴァルハラ。
 『天上』などと形容されることもある、死後の世界。
 清く正しく生きていれば死んだ後にはそこに召されるらしいが、あれだけの罪を犯した自分がそんな場所に行けるわけがない。
 つまりここは、いわゆる『地獄』という場所のはず。
「うぅむ……」
 しかしその『地獄』らしき場所で、自分はただプカプカと浮かんでいるだけだった。
 ある意味、予想外である。
「…………どうしたものか」
 さすがに死んだ後のことまでは考えていなかったので、途方に暮れるコルベール。
 と、そこに聞き覚えのある声が響いた。
「―――今のところはどうする必要もない」
「何?」
 声のした方に振り向いてみれば、そこには虹色をした半透明の四角い箱のようなものに包まれた、
「ゴッツォ君……?」
「……こうしてじっくりと話をするのは初めてか、ミスタ・コルベール」
 ユーゼス・ゴッツォがそこにいた。
718名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:45:42 ID:B9zcti03
兎に角、支援だ! 支援をしろ!!
719名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:46:28 ID:blj4hrcv
sien
720ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:47:00 ID:FIdjg9X1
>>716
43KBってとこです。



「? なぜ君が……い、いや、ちょっと待ってくれ。どういうことなんだ?」
 コルベールは右手で額を押さえながら状況を整理しようとするが、どうにも理解が追いつかない。
 自分は死んだのではなかったのか。
 それとも何だ、実はこのユーゼス・ゴッツォという男は地獄の水先案内人とでも言うのか。
「混乱しているようだな」
「……当たり前だ」
 まあ無理もないか……などと呟きつつ、ユーゼスは『虹色の箱』に入ったままでコルベールに語りかける。
「お前がミス・ミランに刺された瞬間に、お前の精神を一時的に肉体から切り離し、位相が微妙に異なる空間に移したのだ。……私がこの空間にいるのも同じ理屈だな。ちなみにこの間、通常空間では全く時間が経過していないので安心しろ」
「は?」
「む、理解が出来ないか?」
「…………おそらくハルケギニア中を探しても、今の言葉を理解出来る人間はいないと思うよ」
「そうか。まあ理解したところで、今の状況ではあまり意味がないのだが」
「……………」
 プカプカと浮きながらハルケギニア大陸を見下ろしつつ、コルベールは困惑する。
 理屈はサッパリ分からないが、この現象はユーゼスの仕業によるものらしい。
 ……いくら始祖の使い魔とは言え、これはガンダールヴの能力ではあるまい。確実に自分の―――ハルケギニアの理解を超えた力によるもののはずだ。
 この目の前の白衣の男が、なぜそんな力を持っているのか。
 その力はどれだけのことが可能なのか。
 そして何より解せないのは、
「これだけのことが出来るというのに……君は、どうして……」
 今までほとんど何もしてこなかったのか。
 そんなコルベールの強い疑問に対して、ユーゼスは無表情に答える。
「……確かにハルケギニアという世界において、私のこの力は異質すぎると言えるだろう」
「そうだろう、ならば……」
「だが人々が生きている世界に、超絶的な……神のごとき力など不要だ」
「何?」
「そんなものなどなくても人々は生きているし、世界は存在し続けている。……むしろ突出した力を持つ存在は、世界に無用な混乱を撒き散らしてしまうのだ。その精神や行為の善悪に関わらずな……」
「……ゴッツォ君?」
 コルベールは四十二歳である。
 決して長く生きたとは言えない年齢だったが、それでも軍人として、隊長として、教師として、若者に何かを伝える人間として、『それなりに』人生経験を積んできたという自負はあった。
 そのコルベールが今のユーゼスに抱いた印象は……。
(……まるで老人だ)
 しかもオールド・オスマンのような『老いてなお盛ん』というタイプではなく、『やるべきことを全てやり尽くしてしまった』タイプのそれだった。
 少なくとも自分よりは若く見えるこの男に、そんな印象を抱くとは。
 いや、もしかするとこの男の年齢は……。
「……いかんな。久し振りにシステムを本格起動させたせいで、思考まであの頃のパターンをなぞりつつある」
 ユーゼスは首を振ると、あらためてコルベールに向き直る。
 コルベールもそれを見て、今は余計な詮索はするまいと正面からユーゼスの視線を受け止めた。
「それで、この現象が君の……その、力によるものだとして、一体何が目的なのだ? こんな形で私と会話をすることに何の意味がある?」
 ユーゼスは端的に呟いた。
「お前に選択権を与えに」
「選択権?」
「そうだ。お前の肉体は、このままでは確実に死ぬ」
「……それは……」
 まあそうだろうな、とコルベールは思う。
 何せさんざん殺しに慣れていた自分が『これは死んだ』と思ったほどなのだから。
 しかし『選択権』とは何だろう。
「何を私に選択させるつもりなのかね?」
「簡単なことだ。……このまま通常空間に復帰して死ぬか、それとも新たな命を得て再びの生を歩むか。それを選ばせるために私はこの場を用意した」
721名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:47:03 ID:OtwHVQP1
支援
722名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:47:04 ID:QB6xMC5U
私怨…じゃない!支援だ!
723名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:47:47 ID:B9zcti03
>>720
把握 そして支援
724ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:49:00 ID:FIdjg9X1
「『選ばせる』? なぜそんなことを?」
「火の塔近くでメイジと戦闘した時、お前の助けがなければ私は死んでいたからな。その借りを返しに来たのだ」
「…………なるほど」
 律儀と言うか、変に義理堅いと言うか。
 コルベールはある種の感心を覚えると同時に、
(今の口振りからすると、彼は生命すら自在に操ることが出来るのか……)
 このユーゼスという男に対して、軽い畏怖すら抱き始めた。
 だが、この男は『自分の力を積極的に使いたくはない』と言い、自分の力を忌避しているようにさえ見える。
 まるで『火』を人殺しに使いたくはない、と言っていた自分のように。
 ……いや、自分は『火』の平和的な利用方法を模索していたが、ユーゼスは自分の力そのものを嫌っているのか。
 この男の過去には、一体何があったのだろう。
「……このような選択をさせずに、問答無用で生き返らせてもよかったのだが……ミス・ミランに刺される直前に杖を捨てたことからして、お前は自分から死を選んだように見えたのでな。……死にたがっている人間を、無理矢理に生き返らせるわけにもいくまい」
「……………」
 自殺でもされてはあまりにも意味がない、とユーゼスは言う。
 そう、確かに自殺に意味などはない。
 ないのだが……。
「……ダングルテールの一件以来、私は研究に打ち込んだ」
「む?」
 コルベールはゆっくりと語り始める。
「多くの罪なき人々を焼き払った……その罪の償いをしようと、一人でも多くの人間を幸せにすることこそが私に出来る贖罪だと考えた。そうして私は、誰もが使えるような新しい技術の開発を目指した」
「傲慢だな。……そんなことをしようと死んだ人間は生き返ったりなどしないし、過去が消えるわけでもない」
「その通りだ」
 ユーゼスに指摘されたことに動揺することなく、むしろ肯定すらするコルベール。
「どれほど人の役に立とうと考え、それを実行しても……私の大きすぎる罪は決して赦されることは決してない。罪は消えぬ。いつまでも消えぬ。この身が滅んでも、罪は消えぬ。『罪』とは、そう言ったものなのだ」
「……………」
「だから、これは『義務』なのだと。生きて世の人々に尽くすことが私の『義務』であり、死を選ぶことも赦されぬと、私はそう思った。……いや、今でもそう思っている」
「ならば生きることを望むか?」
「―――いいや」
「?」
 ユーゼスは首を傾げ、怪訝な顔でコルベールを問い質す。
「……明らかに矛盾しているぞ。『死を選ぶことが赦されない』と言うのに、『生きることを望まない』とはどういうことだ?」
「それは……あのアニエス君だ」
「……………」
「私にとっては、死を選ぶことすら傲慢だが……唯一、私の死を決定することが出来る人間がいる。彼女だ。あの村の唯一の生き残りであるアニエス君だけが……私が焼き尽くした彼らの慰めのために、私を殺す権利を持っているのだ」
「ふむ」
725名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:49:33 ID:55HZxBcx
アトリームにも支援はありましたよ。それも、地球より大きなものがね
726名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:50:17 ID:B9zcti03
⇒支援する
727ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:51:00 ID:FIdjg9X1
 ユーゼスは無感情な目でコルベールを見る。
 その内心は呆れているのか、笑っているのか。あるいは全く別の感情を抱いているのか。
 表情の動きからそれを窺うことは出来なかったが、やがて小さく息を吐いて言葉を紡いだ。
「……お前がそれで納得する言うのなら、私としても構わんが」
 するとコルベールは、照れくさそうに頭を掻き始める。
「いや……こうして格好のいいことを喋ってはみたが、本当のところは死に場所を探していただけだったのかも知れん」
「そうなのか?」
「ああ。彼女に殺されて何となく肩の荷が下りたと言うか、ホッとしているのも事実だしな」
「……因果の鎖から解き放たれた、か」
 少し感慨深げに言うユーゼス。
 一方、またいきなり理解の出来ない単語が出て来たのでコルベールはキョトンとした顔になった。
「どういう意味かね?」
「……何、ただの独り言だ。気にする必要はない」
「むう」
 そういう言い方をされると、むしろ余計に気になってくる。
 もっとも、気になるのはユーゼスの言動だけではなく、素性や能力や正体に関してもそうなのだが。
「まあ、今更惜しい命でもないからなぁ。未練はそれなりにあるし、『火』の新しい使い道のヒントくらいは見つけたかったが、『死に場所』に遭遇してしまってはどうしようもない」
「『往生際が良い』というやつか?」
「いいや、ただ単に見切りをつけるのが早いだけだよ」
 と、ここまでユーゼスと会話して、コルベールの中で一つの好奇心が首をもたげてきた。
 この短い会話の中で生まれた、数多くの疑問。その中でも最も強いもので、そしてコルベールが『もしかしたら』と思っていることがある。
 それは……。
「―――ゴッツォ君、最後に一つだけ聞かせてくれ」
「何だ?」
「君はもしかして……その……、いわゆる『神』なのか?」
「………………『神』だと?」
 ユーゼスの目が見開かれる。
 予期していない質問をぶつけられたせいで、驚いたのだろうか。
「―――――」
 ユーゼスは沈黙して何かを考え込む。
 そして十秒ほどそうした後、ためらうような口調でコルベールに回答を告げた。
「……あいにくと人間だ。他人の目にはどう映るか知らんがな……」
「そうか」
 それならそれで、別に構わない。
 コルベールは疑問の一つが解けたことに充足感を感じていた。
 一方そんな様子のコルベールを見て、ユーゼスは少し惜しそうに言う。
「もう少し早くこうして話をしていれば……いや、お前の研究対象が私の主義と真っ向から反するものでなければ、あるいはお前を友と呼べていたかも知れんな」
「そうだな……。色々と心残りはあるが、一番の悔いはそれかも知れない」
 分野こそ違うが、何だかんだ言っても同じ研究者同士だ。
 たとえ主義や信念が異なるものだとしても、前からもっと意見をぶつけ合わせるなりしていれば、今とは違った関係になっていた可能性は十分にあっただろう。
 と、言うか。
「しかし、私の研究内容が君のお気に召していなかったとは初耳だな。そうならそうと言ってくれればよかったものを」
「言う必要性を感じなかったものでね」
「……そういうところは直した方がいいと思うぞ」
「考えておこう」
「考えておくって……君なぁ……」
 ……さて、そろそろ語るべきことも無くなってきた。
 あとは『もういい』とでも言えば、コルベールの意識はすぐに魔法学院の食堂にある身体へと戻り、次の瞬間には死を迎えるのだろう。
「……………」
「……………」
 だがコルベールは何を言わず、ユーゼスもまた沈黙をもって相対する。
 体感時間にしてみれば、わずか数秒ほどのこと。
 そして。
「さらばだ、ジャン・コルベール……」
「……ああ。君も達者でな、ユーゼス・ゴッツォ」
 最後の最後に『ミスタ』も『君』も付けずにフルネームで呼び合って、二人は別れたのだった。
728名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:52:27 ID:B9zcti03
さよなら、ジャン… 支援
729ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:53:00 ID:FIdjg9X1
「ぅ……っ、ぐ……」
「…………!」
 ズ、とコルベールの胸から剣を引き抜くアニエス。
 その身体にはコルベールから流れ出た血がベッタリと付着してしまっているが、それを気にした様子はない。
「―――――」
 倒れこむコルベールの身体はアニエスの身体をすべり、床へと崩れ落ちていく。
「っ」
 アニエスはうずくまっているような体勢のコルベールを蹴飛ばし、強引に仰向けにさせた。
 そしてまた剣を突きつけ、強い口調で問いかける。
「……なぜ、杖を捨てた!? お前は刺される直前、やろうと思えば私を倒せたはずだ!!」
 どうしても納得が行かない、と彼女の全身が告げている。
 そんなアニエスに対し、コルベールは息も絶え絶えに話しかけた。
「き、君には……私を、殺す……権……利が、ある……」
「何だと!!?」
「わ……私を、ここで、殺すのは……別に、構わない。……だが……、これを最後に、もう……人を殺すのは……、やめて……くれ」
「貴様……何をぬけぬけと!!」
 激昂し、もう一度剣を構えてコルベールに突き刺そうとするアニエス。
 コルベールはそんな彼女から視線を離さずに喋り続ける。
「……あの時、初めて……罪に、気付いた。……命令に従うのが、正しい……こ……と、だと、思っていた……」
 アニエスの憎き仇、そして魔法学院の教師でもある男。
 彼は最後の力を振り絞り、何かを訴えかけようとしていた。
「だが……! たとえ、どんな正当な……理由が、……あっても、人を……殺すのは……罪、だ……!」
 対するアニエスは、憎悪の表情のまま。
 とてもコルベールの言葉が届いているとは思えない。
「だ……、だから……」
 しかしコルベールはそれでも喋り続けようとして、
「っ……――――」
 そのまま動きを止めた。
「……………」
 冷ややかな目でそれを見つめるアニエス。
 彼女は目を開けたまま微動だにしなくなったコルベールの肩を突き刺し、更に身体をまた蹴り飛ばしまでしてから一つの結論を下す。
「やった……」
 20年越しの敵討ちは、今ここに果たされた。
 彼女は人生の宿願を果たしたのだ。
 しかし。
「…………終わった、のか」
 呆然と呟くその言葉には、不思議と力がこもっていなかった。
730名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:55:27 ID:QB6xMC5U
支援
731ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:56:01 ID:FIdjg9X1
(『死に場所』か)
 ユーゼスはコルベールが息を引き取る瞬間を見守りながら、特殊空間で聞いた彼の言葉を思い出していた。
(私の本当の死に場所は、一体どこなのだろうな……)
 人の命を奪うことが罪だと言うのならば、ユーゼスも罪を犯している。
 それもコルベールとは比較にならないほどの数をだ。
 直接ではないが……自分の行為が原因で都市の10や20は軽く壊滅させてしまったこともあれば、歴史を捻じ曲げたりもしたし(最小限度に抑えるように尽力はしたつもりだが)、あとは組織を乗っ取るために因果律を操作して邪魔者を排除したりもしたか。
 しかしその罪と引き換えという訳でもないだろうが、自分は二度ほど死んでいる。
 身体の大部分と、本来の顔を失った一度目の死。
 イングラムとガイアセイバーズによって打ち倒された、二度目の死。
 しかし二度の死を迎えてもなお、自分はこうしてここに生きている。
 コルベールの言葉によれば、死んだところで決して罪は消えないし、赦されないらしいが……。
(……まさか私は、永遠に死と生を繰り返すのではないだろうな)
 ある意味、地獄である。
 ……いや、いくら何でもそれはないか。
(『ユーゼス・ゴッツォ』という存在が全ての並行世界から完全に消滅することはないにしても、『この私』の終わりはあるはず……)
 あるいは、自分は本当に死ぬためにこのハルケギニアという世界に存在しているのかも知れない。
 いや、それならそれで別に構わないが、だったら二度目の時に素直に死なせてくれれば良かったものを。
 『宇宙の意思』……確かどこかの世界では『アカシック・レコード』とか呼ばれていたモノは、一体『このユーゼス・ゴッツォ』に何をさせたいのやら。
 まあ、少なくとも『贖罪』という線はあるまい。
 今更そんなことをしたところで、何の意味もないのだから。
(……まったく)
 何にせよ、よく分からないことだらけである。
 だが……。
(少なくとも、それは今考えることではないか)
 自分の存在意義や生存理由など、真面目に考え始めたら一生かかってしまう。
 そんなことはそれこそ死に際にでも考えればいい。
「やれやれ……」
 溜息をつきつつ、食堂のある本塔から出るユーゼス。
 ただでさえ戦闘で疲れているのに、これ以上疲れることを考えたくはない。
 取りあえず部屋に戻って、睡眠でも取ろう。
 そう思って寮へと足を向けると、
「……む?」
 物陰からコソコソとこちらを窺っている人影を発見した。
 そろそろ白み始めてきた空のおかげで、その人影の特徴である見事なブロンドやら眼鏡やらが、キラリと光っている。
 ……と言うか、顔をほぼ丸ごと壁から出してしまっていては『物陰に潜んでいる』意味がなくなってしまうのだが。
 おまけに寒さ対策のためか、寝巻き姿の上にマント(おそらくどこからか持ってきたのだろう)を羽織るという格好をしているため、ヒラヒラしていていて隠密性もへったくれもない。
 まさに素人丸出しの隠れ方だった。
732ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:57:31 ID:FIdjg9X1
「…………何をやっているのだ、お前は」
 呆れつつ、顔見知りのその人影に話しかけるユーゼス。
 するとその人影はビクッと反応し、おそるおそると言った様子で返事をしてきた。
「だ、だって……あの連中が、まだいるかも知れないでしょ」
「……私がこうやって無防備に外に出た時点で、おおよその察しはつくのではないか?」
「伏兵とかがいる可能性だってあるじゃないの」
「…………その伏兵以外の戦力が全滅しているのでは意味があるまい。仮にいたところで、撤退していると私は見るが」
「そうかしら?」
「そうだろう」
 まあ、素人判断ではあるのだが。
 ともあれその物陰に潜んでいた人影は、おっかなびっくり姿を現す。
 ユーゼスはそんな彼女に内心でほんの僅かに苦笑しつつ、取りあえず不安を払拭させるために声をかけた。
「安心しろ。仮に敵がいたとしても、その時は……」
「その時は?」
「……二人で戦えば何とかなるはずだ」
「………………あのねえ、ユーゼス。そこは『私が守ってやる』とか、そういうセリフを言うべきだと思うんだけど?」
「利用が出来るものは可能な限り利用する、というのが私のスタンスでね」
「……前に『私は戦闘に向いてないから戦闘メンバーから除外する』とか言ってなかったかしら?」
「非常事態だ。仕方があるまい」
 サラッと自分を戦力に組み込んだユーゼスに対して、金髪眼鏡の美女はジロリと白い目を向ける。
 だがユーゼスは気にした風もなく、
「しかし……意外と臆病だな、エレオノール」
「……慎重と言ってちょうだい」
 目の前のエレオノールに対して、そんな指摘をする。
 エレオノールは何となくバツが悪そうにそっぽを向くが、ユーゼスは構わずに彼女に話しかけた。
「御主人様は無事か?」
「ええ、ルイズならいつでも学院から逃げられる場所に置いてきたわ。何だかやたらと落ち込んでたって言うか、辛そうだったみたいだけど……」
「あれだけのことがあったのだ、無理もあるまい」
「ただでさえあの年頃は色々と微妙でもあるし……変な影響とかが出なければいいんだけど」
「『あの年頃』か」
 精神年齢68歳くらいのユーゼスとしては、10代後半の頃などはもう遠い彼方である。
 あまりにも遠すぎて、もはや何も思い出せないほどに。
 一方、エレオノールはその言葉を曲解したらしく、ジト〜ッとした目をユーゼスに向けていた。
「……何が言いたいのかしら?」
「特に他意はない」
 本当に他意はないのだが、納得いかない様子のエレオノールはユーゼスに視線を注ぎ続ける。
 すると、不意にその目が『チクチクと刺すようなもの』から『心配そうなもの』へと変わった。
「何だ? 外見的にそれほどおかしい点はないと思うが」
「……いえ、けっこうボロボロよ、あなた」
「む?」
 言われてユーゼスが自分の身体や衣服を確認してみると、確かにボロボロだった。
 無理もない。
 食堂に入る前にはメイジ二人と交戦し、その後にはメンヌヴィルの炎にあぶられ続けていたのだから、特殊加工も魔法もかけられていない普通の白衣がボロボロにならない方がおかしいだろう。
 もちろん、そんな普通の白衣の下にある普通の身体にもダメージはあるわけで。
「……そう言えば火傷も各部に出来ているな。当然と言えば当然だが」
「『そう言えば』って、他人事みたいに言うんじゃないわよ! ああもう、顔についたススくらいは拭いておきなさい!」
 言うなり、指でユーゼスの右頬のススをぬぐうエレオノール。
「……やっぱりちゃんとした布で拭いた方がいいわね。これだと私の手も汚れるし。それじゃあ、取りあえず……」
 そして医務室にでも連れて行くつもりなのだろう、そのままユーゼスの腕を掴むと、
「ところでエレオノール」
 不意にユーゼスから声をかけられる。
「何よ? ……まさか『大した火傷でもないから放っておけ』とでも言うんじゃないでしょうね?」
「いや、倒れてもいいだろうか」
「え?」
 その言葉の意味を問い質すよりも早く、ユーゼスの身体がエレオノールに向かってフラリと倒れこむ。
 エレオノールはその倒れてくる男の腕を掴んでいるので避けるわけにもいかず、わたわたしながらもユーゼスの身体を抱きとめてしまった。
733名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 22:58:45 ID:B9zcti03
おぉ 支援
734ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 22:59:40 ID:FIdjg9X1
「……………」
「は? え? ちょ、ちょっと……えっ、ええぇ!!?」
 たちまち顔を紅潮させて混乱する金髪眼鏡の美女。
 だがしどろもどろになりながらも、何とか状況の説明だけは要求する。
「なっ……ななな、なっ、何するのよ、いきなり!? こっ、こういうことは恥ずかしいから、外にいるときじゃなくって部屋の中で……じゃないっ! とにかく、何事よ!!?」
 唐突に抱きつかれてドキドキ状態、その上いっぱいいっぱいな様子のエレオノールだったが、抱きついているユーゼスは割と落ちついている様子で質問に答える。
「……先程のやり取りで完全に気が抜けたというか、緊張の糸が切れてな。一気に身体の力が抜けてしまった」
「は、はあ?」
 実を言うと、ユーゼスは心身ともにもう限界に近かった。
 いくらガンダールヴのルーンで強化されているとは言え、ユーゼスは宇宙刑事のようにコンバットスーツを身にまとっている訳でもなければ、ガンダムファイターのような戦闘用の身体でもない。
 火の塔近くでのメイジ二人との戦いと、メンヌヴィルとの戦いとの連戦は『本職が研究者』であるユーゼスにはかなり厳しいものがあったのだ。
 特にメンヌヴィルとの戦いは最初から最後までかなりギリギリの展開だったし、その間は精神が張り詰めたまま、体力は消耗しっぱなしだった。
 そんな状態でいきなり気が緩んだりしたら、こうなるのも仕方がない。
 とは言え。
「……一人であんな危険な相手に向かっていくような無茶をするからよ、まったく」
「その危険な相手に一人で食って掛かっていった、お前にだけは言われたくないセリフだな」
「あ、あの時は何て言うか、反射的にそうしちゃったんだから、仕方がないでしょう!」
「だろうな。私もそうだ」
 『倒れこんでいるユーゼスとそれを抱きとめているエレオノール』という構図なので、傍から見ているとこの二人は抱き合っているようにしか見えなかったりする。
 もっとも、二人の内の片方にそんな自覚は全くないのだが。
「ん……」
 と、ここでエレオノールが軽くよろめいた。
 どうやらほぼ脱力しきっているユーゼスの身体が重いようだ。
「……どうでもいいけど……いえ、よくないけど。仮にも男が、いつまでも女の私にしがみついてて情けないとか思わないの?」
「思わん」
「……………」
 呆れるエレオノール。
 こうまで相手が冷静と言うか、何にも感じていないようだと、ドキドキするのも間が抜けているような気がしてきたらしい。
 そして『もうその辺に放り出ちゃおうかしら』などということを本格的に考え始めたあたりで、
「それに意外と悪い気分でもないしな」
「んなっ!!?」
 いきなりそんな爆弾が投下された。
 たちまちエレオノールの心拍数は跳ね上がり、ドキドキが再加速し始める……が、そのドキドキさせている張本人は涼しい顔。
「どうした、いきなり狼狽などして。何か問題でもあったか?」
「っ、問題だらけよっ!」
「?」
 エレオノールは無自覚な彼に腹を立て、ユーゼスはそんな彼女に首を傾げる。
 ちなみにアレコレ言い合いつつも、お互いに抱き合っている身体を振りほどこうとはしていない。
「まったく……! 大体ね、もう何度も言ってる気がするけど、あなたはもう少しデリカシーというものを…………って、あれ?」
「―――――」
 ユーゼスほどではないにせよ『マトモな恋愛経験』が皆無に等しいエレオノールは、それに気付かないままユーゼスに不平不満をぶつけようとして、そのユーゼスに起きている異変に気付いた。
 力の抜けきった身体。
 閉じられた瞳。
 ゆっくりと繰り返される呼吸。
 つまり、ユーゼスは。
「―――――」
「ユーゼス、あなた……」
「―――――」
「…………もしかして、寝てる?」
「―――――」
 エレオノールにもたれ掛かりながら、睡眠に突入しているのであった。
735名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:00:27 ID:QB6xMC5U
祝!エレさん、押し倒されるw  支援
736ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:01:08 ID:FIdjg9X1
 まあ、一晩中どこかに(ユーゼスがカトレアの屋敷にいたことをエレオノールは知らない)出かけていて、学院に戻って来たと思ったらいきなり前述のような緊張状態が続き、しかもその緊張の糸が切れれば睡魔に襲われて当然ではある。
「……………ぅぅう」
 当然ではあるのだが、エレオノールはどうにも納得がいかない。
「ね、寝るって……。いきなり何の脈絡もなく、寝るって……。いえ、そりゃあ休ませてあげたい気持ちも少しはあるけど……それにしたって、いきなり寝ることはないでしょ……」
 細い身体にズッシリとのしかかるユーゼスの重みにまたよろめきながら、ブツブツと文句を呟くエレオノール。
「……………」
「―――――」
 改めてユーゼスの顔を覗き込んでみると、何ともまあ無防備な顔で眠りこけていた。
 いつも難しい顔をしていたり、斜に構えた態度を取ったりするユーゼスのこういう一面を見るのは、ある意味で貴重なような気がする。
 エレオノールはそんなユーゼスを見ていると、何だか胸の奥がチクチクするような、締め付けられるような、どうにも上手く言い表せない気持ちになってきた。
「ぁぅ……」
 今更ながら、『自分とユーゼスは抱き合っている』という自覚が芽生えてくる。
 少し耳をすませば自分と密着しているユーゼスの呼吸音と、それよりも大きな自分の心音が響いている。
 そして頭の中をグルグルと巡るのは、

 ―――「あの男に『近付かれる』以上の事はされなかっただろうな?」―――

 などというユーゼスのセリフである。
 とは言え、本人に『そういう自覚』があるのかどうかは定かではなく、その真意は分からない。
「………………もう、馬鹿」
 拗ねるような口調でポツリと呟く。
 幸か不幸か、そんなエレオノールの呟きはユーゼスの意識に届くことはなく。
 また、彼女の唇が彼の右頬に触れたことにも、気付かれることはなかった。
737名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:02:32 ID:KPrpQe97
コルベールの死を納得できない生徒たちも居るだろうから
アニエスはこれからが大変だ
738ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:03:33 ID:FIdjg9X1
「……何やってるんだか、あの二人は」
 物陰から様子を窺っていたミス・ロングビルことマチルダ・オブ・サウスゴータは、ユーゼスとエレオノールのやり取りを見てそんな感想を漏らした。
 半分素人のユーゼスにも見破られてしまったエレオノールの隠れ身とは違い、こちらは完全に気付かれていない。
「『初々しい』って言えば、聞こえはいいけど……」
 確かあの二人は、自分よりも年上だったはずである。
 だと言うのに、やり取りの内容は十代前半のそれだ。
 今時はこの学院の生徒だって、もっと過激なことをやってるのに、あの年でああいう『友達以上恋人未満』みたいな微妙な関係を見ていると……じれったく感じるような、ヤキモキしてくるような、イライラしてくるような。
 『もう押し倒しちまえ』だとか、『とっとと抱くなり何なりしろ』などとは言わないが、せめて正式に恋人同士になれよと言いたくなってくる。
「……ま、他人の色恋に口を出す趣味はないけどさ」
 自分が口を出すことでこじれてもバツが悪いし、ここは当人同士で何とかしてもらうのがベストだろう。
「―――って、んなことはどうでもいいとして、だ」
 銃士隊によって解放されたマチルダは、そのまま身を隠すと見せかけて食堂の近くに潜み、『前職』で身につけたスキルを活用して気配を殺しながら食堂内の推移を見ていた。
 別に勝敗が気になったり、危なくなったら手助けしてやろうなどと考えていたわけではない。
 いよいよもって危なくなったら、真っ先に魔法学院から逃げ出すためである。
 この場合、必然的に学院の女子生徒たちを囮に使ってしまうのでマチルダとしても少々良心が痛まないでもなかったのだが、あいにくと縁もゆかりもないお嬢ちゃんたちにくれてやる命など、持ち合わせてはいない。
 マチルダが自分の身を犠牲にしてでも助けたいと思う少女は、別にいるのだ。
 こんな所で死んでたまるか、というのが正直な気持ちだった。
 とは言え。
「死んでたまるか……はそうだけど、しかし、あのコルベールが死ぬとはね……」
 妙な研究ばかりやっている変わり者ではあったが、しかし悪人ではなかった男。
 学院の宝物庫について調べた時には、あの男に話を聞いたりもしたか。
 それに授業自体は真面目にやっていたし、どうしてか学院長もかなり信頼していた。
「結局は『よく分からない男』で終わったけど……まあ、墓には花か酒の一つでも供えてやるか」
 もっとも、死んだシチュエーションは少々謎なのだが。
 自分はやや離れた位置から食堂の中を窺っていたので声を拾えず、詳しい事情はよく分からなかった。
 ……どうも色々と因縁のある相手があの場所に集まっていたらしく、何だか複雑な人間関係があったようである。
 そして、最終的にはあの銃士隊隊長の平民がコルベールを刺し殺した。
「あの女の様子からして、相当恨みをかってたようだけど……」
 コルベールの過去に何があったのか、マチルダは知らなかった。
 余計な詮索はされるのもするのも好きではないし、深入りだってしない方がいいだろう。
 人に歴史あり。
 しかし歴史に関わりすぎてもあまり良いことはない。
 何せ自分自身がその歴史の裏側……王の弟がエルフを愛人にしていたという事実に少なからず関わっていたのだから、実感もこもるというものである。
「ま、どうせ無関係だしねぇ」
739名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:03:39 ID:oIFNA1JT
本当に死んでしまったか・・・さらば先生
740ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:05:00 ID:FIdjg9X1
 そうしてマチルダは思考を切り替えると、今回の件を改めて振り返り始めた。
「……………」
 何にせよ、まずは自分が手を下すことがなくてよかったと言える。
 それなりの使い手だということがバレてしまうと、この魔法学院にいづらくなりかねないのだ。
 ……そもそもこういうトラブルに見舞われたこと自体が不幸だと言えなくもないのだが、ここは不幸中の幸いということにしておこう。
「色々と仕事は増えそうだけど……」
 ボロボロになってしまった食堂の修繕、この事件の事後処理、関係各所への説明……などなど、片付けなくてはならない問題はいくつかある。
 しかし、食いっぱぐれるかも知れないことに比べれば些細な問題だ。
 ウェストウッド村への仕送りだって続けられるだろう。
 この戦時下であの村の子供たちの安全そのものが気にかかりはするが、まあ、シュウもいるのだから大丈夫なはず。
 そのはずだが……。
「一応、様子を見に戻るべきかね」
 何と言うか、まあ、心配なものは心配なのだ。
 そろそろお互いに子離れ親離れしなきゃいけないかなー、とは思うものの、そのタイミングも上手くつかめないし。
 ああもう、世の父親母親は皆こんなことで悩んでいるのだろうか。
「ふぁ……」
 とりとめもなく色々なことを考えていると、不意にマチルダの口からあくびが漏れる。
 そう言えば、自分のように人質となった者たちは夜中に叩き起こされたのだったか。
「…………眠い」
 気が付けば、太陽はもうすっかり顔を出していた。
 時間的にはそろそろ朝食のはずなのだが、食堂であんなことが起きた以上は普通に出される可能性は薄いだろうし、自分で用意するのもかったるい。
「寝るか……」
 数瞬の思考の後、食欲よりも睡眠欲を優先することにしたマチルダ。
 ふと向こうを見ると、エレオノールが顔を真っ赤にしながらユーゼスを『レビテーション』で運んでいる。
 この後に向かうのは医務室か、それとも彼の部屋か。
 ……まあ、何にせよ二人の中が急進展ということはないだろう、多分。
「やれやれ」
 マチルダはそれを苦笑まじりに眺めたあと、魔法学院を照らす朝日に目を細めながら、あくび混じりに歩き出すのだった。
741ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:06:30 ID:FIdjg9X1
 マチルダがウェストウッド村の安否について思いを馳せた、半日ほど後。
 そのウェストウッド村では、シュウ・シラカワが神妙な顔で考えごとをしていた。
「……ふむ。やはりネックとなるのは発動させるためのエネルギーですか」
 ハルケギニアとラ・ギアスを往復して持ち込んだ電子端末を操作し、シュウは『目下の研究対象』にして懸念事項に取り掛かる。
「ゲッター線は下手をすると取り込まれる危険性がありますし、アンチA.T.フィールドも一歩間違えればハルケギニアの住人がLCLになってしまう……。ムートロンもポテンシャルを十分に引き出せるのはライディーンのみ……」
 とは言え、『研究対象』の仕組み自体は既に解析が完了していた。
 『研究対象』が存在する場所についても、すでに絞り込みは出来ている。
 最初は自分の愛機であるネオ・グランゾンを疑ってみたが、よくよく考えてみれば『このネオ・グランゾン』にはエアロゲイター……ゼ・バルマリィ帝国のものを元にした技術は使われていても、それ以外の異星人の技術は使われていない。
 むしろゼ・バルマリィ帝国製のブラックホールエンジンを元にして、対消滅エンジンを自分で作って搭載したのである。
 『この世界の』グランゾン、およびネオ・グランゾンについては、開発者である自分が一番よく分かっているのだ。
 自分の機体には、妙な仕掛けは施されていない。
 つまり求める『研究対象』は、ハルケギニアのどこかに存在していることになる。
 あとはどこに存在するのかの調査になるが……まあ、それだけ分かってしまえばそれほどの手間ではなかった。
「……………」
 しかし問題は、そのために必要なエネルギーだった。
 出来ればタキオン粒子に似た性質を持ち。
 エネルギー自体が成長するようなもので。
 なおかつ、扱いやすいものが望ましいのだが……。
「……私の知識にあるものでは、どうにもならないようですね」
 候補として上がったのは、性質に興味をそそられても扱いがきわめて危険だったり、あるいは特定のロボットや人間にしか扱えないようなものばかり。
 いくら何でも、『研究対象』の解決と一緒にハルケギニアも崩壊させるのはよろしくない。
 また、出来れば余計な因子をこれ以上ハルケギニアに持ち込みたくもない。
 要するに、シュウが独力で何とかしなければならないというわけである。
「ここは一度、地上に出る必要がありますか……」
 シュウが地上……いわゆる『地球世界』に出たのは、イージス計画の阻止のために月面に上がったのが最後だった。
 色々な手段を使って入手した情報によると、あれ以降にも地球には様々な事件が起こり、新たな技術やエネルギーが開発・発見・活用されたりしたらしい。
 その中に必ずしもシュウの目的と合致するものがあるとは限らないが……いずれにせよそれらの新技術・新エネルギーについて興味はあるし、知識を得て損はないだろう。
 そうと決まれば、ハッキングの準備でも進めておくか。
 今後の行動指針をそう決定し、準備に取り掛かり始めると……。
「シュウさん、いますかー?」
 コンコン、という控えめなノックと共に、これもまた控えめな少女の声が響く。
 シュウは端末を操作する手を止め、その少女の声に応じた。
「おや、もう夕食の時間ですか?」
「はい。……こっちの部屋に持ってきた方がよかったですか?」
 わずかに開けられたドアから、金髪に長い耳の少女がヒョイと顔を出す。
 少女……ティファニアに対してわずかに微笑みながら、シュウは作業の手を止めて立ち上がった。
「いえ、ちょうど研究も一段落したところですからね。気分転換も兼ねて、皆さんと食事を取るとしましょう」
「はいっ」
742名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:07:46 ID:QdMt53vs
お、久しぶりにシュウサイドか
743ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:08:02 ID:FIdjg9X1
 そうして二人は連れ立って食卓へと向かう。
 ごく短い距離を移動する間、心なしかティファニアの表情は弾んでいるようであり、また彼女の様子を見てシュウも薄くではあるが笑みを浮かべていた。
 しかしそれと同時に、シュウはティファニアの出自について考えを巡らせてもいた。
 ……この少女はこう見えて、なかなか数奇な人生を歩んでいる。
 王族の父と、異教徒の母。
 周囲からは迫害される宿命を持ち。
 幼い頃は母親に守られ。
 そして今は王族を追放され、世の中から隠れるようにして暮らしている。
「……………」
 シュウとしては、何とも既視感を覚える生い立ちだった。
 まるで何者かの意思が働いているような気さえ起きてくる。
 だがラ・ギアスとハルケギニアの間には、自分以外の接点はないはずだ。
 当然、二つの世界を又にかけた思惑なども……少なくとも今の所は存在していない。
 ということは。
(偶然、ですか……)
 辟易しつつ、改めて『研究対象』を片付ける考えを強くするシュウ。
 この案件をこのまま放っておくのは、ハルケギニアやラ・ギアス、地上、バイストン・ウェルなどの様々な世界……そして何より自分に対しても決して良い影響を与えるとは限らない。
 あの快男児のように、世のため人のため―――などというつもりは毛頭無いが、他でもない自分を巻き込んでしまった以上は……。
「どうしたんですか、シュウさん? なんだか難しい顔してますけど……」
「む……」
 決意を新たにしていると、隣を歩いていたティファニアから声をかけられた。
 どうやら顔に出てしまっていたらしい。
「……いえ、少し考えごとをしていただけです」
「?」
 まあ、焦る必要もないと言えばない。
 地底から古代の帝国が侵攻を開始したとか、植民地扱いされた移民が大規模な独立戦争を起こしたとか、異星人が何種類かまとめて侵略に来たとか、知的生命体を滅亡させるために天文学的な数の宇宙怪獣が飛来したとか、超重力衝撃波が迫っているとかでもないのだし。
 強いて言うならアインストが気にかかるが、脅威と言うほど脅威でもあるまい。
 巨大なサイズならともかく、2、3メートル程度の大きさならハルケギニアの人間でも対処出来るはず。
 遠からず片付けることは決定していても、今すぐに行わなければならないほど切迫した状況というわけではないのだ。
(それに、なるべくなら多くの人間に目撃していただく必要がありますからね……)
 そんなことを考えながらシュウはティファニアと共に食事用の小さな家に到着し、村の子供たちが集合している食卓に参加する。
「おや? ここにいましたか、チカ」
「あ、御主人様。お先にいただいてまーす」
 シュウのファミリア(使い魔)であるチカは既にテーブルの上にちょこんと乗っており、小さな水入れにクチバシをつけて水分を補給していた。
 なお余談ではあるが、ラ・ギアス製のファミリアは一ヶ月程度ならば飲まず食わずでも大丈夫な作りになっている。
「それではいただきますか」
「はい、どうぞ」
 そうしてシュウは子供たちのワイワイとした声を聞きながら、ティファニアの用意した食事を口に運び始める。
 最初の内はウェストウッド村の子供たちもシュウの得体の知れなさを何となく感じ取っていたのか、微妙に警戒していたりしたのだが、特に害はないということが分かると、こうして抵抗なく食卓を共にする程度のことは出来るようになっていた。
 とは言っても好奇心の強いジャックやサマンサあたりはともかくとして、気の弱いエマには相変わらず距離を置かれているし、ティファニアに好意を抱いているジムなどには事あるごとに睨まれたりしているが。
(あの年頃は、色々と難しくもありますからね……)
 シュウがあれくらいの年齢の時と言えば…………あまり思い出したくない事件の頃、ちょうどチカを作った前後あたりであろうか。
 無垢と言うほど無垢でもないが、穢れと言うほど汚れてもいない頃。
 ある意味、『最も自由だった』かも知れない期間。
 ……こうして年齢を経てからあらためてその年頃の子供たちを見ると、ある種の羨望を覚えてしまう。
 そして思い出す。
 王宮。従兄弟たち。クリストフだった時の自分。そして自分に『シュウ』という名をくれた、あの―――
744名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:08:14 ID:MnS0xfMt
>出来ればタキオン粒子に似た性質を持ち。
>エネルギー自体が成長するようなもので。

ゴーショーグンのビムラーですね、わかります
745ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:10:00 ID:FIdjg9X1
(フ……。今更そんなことに思いを馳せたところで、どうにもなりはしませんか)
 過ぎ去った過去を苦笑とともに振り払い、シュウは現在のこと、差し当たっては目の前の食事に集中する。
 と、その時、ティファニアがあることを思い出した。
「あ、そうだわ。あの人たちにも食事を持っていかなくちゃ」
「あの人たち? ……ああ、彼らですか」
「はい。もうそろそろ傷も完治するはずですよ」
 ティファニアは自分の長い耳を隠すため部屋の隅に置いてあった帽子を被ると、子供たちに手伝ってもらいながら数人分の食事を運んでいった。
「……………」
 『あの人たち』というのは、作戦行動中に撃墜され、瀕死の重傷を負った状態でこのウェストウッド村の近くに墜落してきた竜騎士たちのことである。
 一週間ほど前に子供たちによって発見された彼らは、村まで運ばれ、ティファニアの母の形見である『先住の魔法』の水の力とやらで治療を施されたのだ。
 その甲斐あって、竜騎士隊は快方に向かっている。
 あとは折を見て彼らの記憶をティファニアの魔法で奪い、一匹だけ生き残った竜(竜騎士隊は全員生存していたが、彼らが乗っていた竜は一匹を除いて全滅していた)に乗せて帰還させればこの一件は落着する。
 なお、そのティファニアの行動についてシュウは特に口を出していない。
 これはシュウがこの件に何の興味もないということもあったが、ティファニアの意思を尊重したいという思いもあった。
 ティファニアは自分やマチルダに依存している節がある。
 特に自分に対してはその傾向が強い。
 これは両親がすでに故人であること、ハーフエルフという人間にもエルフにも忌み嫌われかねない存在であること、またウェストウッド村の子供たちの面倒を見なければならないという重責……などなど、色々なストレスの反動のようなものであるとシュウは分析していた。
 要するに、甘えられる相手が欲しかったのだろう。
 そんな彼女が自分で考え、自分で決めたことなのだから、そこは大事にしてやりたかった。
 何と言うか、妹がいたらこのような感じなのかも知れない。
 ……ちなみに親しかった従姉妹であるセニアとモニカも自分より三歳ほど年下ではあるが、あの二人は『妹』と言うよりも『幼馴染』あたりの方がしっくり来るのである。
 閑話休題。
 何にせよ、あの竜騎士隊は明日にでもこの村を出ることになるだろう。
 まさに『先住の魔法』に込められた精霊の力の恩恵と言うべき結果だ。
(そう言えば……)
 シュウは『精霊の力』というキーワードから、水の精霊からアンドバリの指輪の奪還を依頼されていたことを思い出す。
 ……アルビオンの現皇帝であるクロムウェルがそれを持っているらしいが、戦争中という今の状況からすれば奪還は難しいと言えるだろう。
 ここは様子を見つつ機会を待つべきだろうか。
(……いえ、むしろ今を逃せば奪還が困難になるかも知れませんね)
 戦争中ということは警戒が厳しくなるということであるが、同時に混乱が起こりやすいということでもある。
 自分もかつては戦争のドサクサにまぎれて誘拐行為を行ったり、優秀な人材を引っこ抜いたりしたものだ。
 ならば今の内にクロムウェルの所に行き、手早くアンドバリの指輪を盗むなり強奪するなりしておきたい。
 だが。
(モニカを連れ出した時はラングランの神殿に忍び込んでプラーナを察知するだけだったので簡単でしたが、今回は勝手の分からないハルケギニアのこと……。しかもプラーナの探知に頼ることも出来ませんし……)
 プラーナやオーラ力という『特殊な力』の概念そのものが無い世界ではプラーナの特徴は判別しにくいし、何よりクロムウェルのプラーナなどシュウは知らないのである。
(誰かに案内を頼めればいいのですが)
 しかしクロムウェルがいるであろうアルビオンの王宮、もしくは重要拠点に詳しい人間などシュウの知り合いにいただろうか。
(ティファニアに期待するのはさすがに酷ですしね……)
 いくら王族の血を引いているとは言え幼少時は屋敷に閉じこもりきりで、今は小さな村で暮らしているような少女にそこまで求めるのは無理だ。
 と、なると。
(……ふむ)
「行って来ましたー」
 シュウが案内人となる人物に当たりをつけたところで、竜騎士隊に食事を持っていったティファニアたちが戻って来た。
 子供たちは食卓につき、ティファニアは台所に立って、このあたりで採れる果物である桃りんごの皮をナイフでむき始める。おそらくデザートにするつもりなのだろう。
746名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:11:05 ID:oIFNA1JT
そういやαからのシュウなんだっけ
ゴッツオもプリスケンもだが色々あちこちに居すぎて混乱するぜ
このシュウはビムラーはまだノーチェックか
747ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:11:35 ID:FIdjg9X1
 そしてティファニアが桃りんごの皮をむき終わり、実の方を切り始めたところでシュウが彼女に声をかける。
「ティファニア」
「はい、どうかしましたか?」
「マチルダのことについて、少々お聞きしたいのですが」
「……………」
 ざくっ
 ティファニアによって真っ二つに両断される桃りんご。
 一方、場の空気から『何か』を感じ取ったチカはブルブルと小刻みに震え始めていた。
「……マチルダ姉さんがどうかしたんですか、シュウさん?」
「ええ。今度、彼女をお誘いして二人で出かけようかと思いまして」
「…………あら、そうなんですか?」
「ハルケギニア……と言うよりアルビオンについては彼女の方が詳しいですからね。太守の娘という立場上、城やどこかの砦などに足を運ぶ機会もあったのでしょう?」
「………………ええ。多分、そうだと思いますけど」
「それは重畳。……しかし本来ならば女性をエスコートするのは男性の役目なのですが、今回の道案内はマチルダにまかせきりになってしまいますね」
「……………………うふふ。しょうがないですね、シュウさんは」
 ティファニアはニコニコと笑いながらシュウと受け答えをする。
 ちなみにその受け答えの最中、彼女の手元にある桃りんごはざっくざっくと切断され続けていた。
「……………」
 ティファニアは切った桃りんごを皿に盛り付けてテーブルの上に置くと、この場から飛び立とうとする青い小鳥に笑顔のままで声をかける。
「チぃ〜カちゃぁ〜〜ん?」
「ひいっ!!?」
「あら、どうしたの? ……せっかくデザートに桃りんごを切ったんだから、食べてくれるととーっても嬉しいんだけど……。確か好きだったわよね、桃りんご?」
「え、えええ、えっと、確かに好物ですけど、あの、ティファニア様、そういうセリフは、せめてナイフを手に持たないで、その、言っていただけないで、しょうか……?」
「もう、チカちゃんったら。別にわたしがナイフを持ってるからって、どうということはないでしょう?」
「いや、何て言うか……そのナイフからしたたり落ちる果汁が、何かを暗示しているような……」
「『何か』って、なぁに?」
「うっ……。い、いえ、何でもございません……」
 妙な雰囲気を撒き散らしつつ会話を行うティファニアとチカ。
 シュウはそんな彼女たちの様子を横目で見ながら、今後のことについて考えを馳せる。
(それでは近日中にトリステイン魔法学院に行くとしますか。……マチルダのこともそうですが、ユーゼス・ゴッツォとも話はしておきたいですからね)
 ついでのような扱いになってしまうが、ユーゼスと定期的に接触しておく必要はある。
 ……自分のいた世界のユーゼスとは様々な面が異なっているとは言え、アレは『ユーゼス・ゴッツォ』なのだ。
 動向を把握しておくに越したことはないだろう。
(やることや気になることは色々とありますが……さて、これらの要素がどのような結果をもたらすのか……。そして、私がこの世界に召喚されたことにどのような意味があるのか……)
 いずれは明らかになるにせよ、今の段階では誰にも分かるまい。
 シュウにも、ユーゼスにも、そして『それ以外の存在』にもだ。
(……それらが一体どのような答えを出すのか、興味はありますが……)
 しかし。
 シュウ・シラカワの最終目的はその『結果』でも『意味』でも、ましてや『研究対象』の解明・解決でもない。
 何よりも果たすべきは、
(ティファニアは特に意識して私を召喚したわけではないのですから構わないとしても……。アレを仕掛けた人間には、この私を巻き込んだ報いを受けていただかなくてはなりませんね……)
 内心で復讐心を湧かせながら、シュウは静かに微笑を浮かべるのだった。
748名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:13:22 ID:B9zcti03
さすが変態だな>シュウ(CV子安的な意味で)
749ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:13:30 ID:FIdjg9X1
 以上です。

 ……さすがに体勢とかエレオノールのキャラ的な問題とかで、唇にキスは無理でした。
 寝てるルイズにキスが出来る才人の凄さを、改めて実感している次第です。
 いや、寝ぼけて強引にキス出来るサンドリヨンも凄いか。
 つまりノボル先生は偉大だってことですな。

 で、シュウの『研究対象』ですが、昔のスパロボに詳しい人なら「ああ、そういうことね」と分かってくれたと思います。
 いや、ご都合主義にも理由はいるかな、と思いましたので。
 取りあえずOG3でやられる前に打ち出すことが出来てホッとしております。

 それでは皆様、支援ありがとうございました。

 さて、EXCEEDやるか……。
750名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:15:32 ID:B9zcti03


色々とまた状況が動き出しそうですな
751名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:18:15 ID:oIFNA1JT
乙でーす
昔のスパロボか・・・ゼゼー何とかさんの部下に優しい設定とかOGで蘇る日がくるのかしら

EXCEEDは今日届きましたが、明日は飲み会に拉致される予定で明後日の昼まで下手すりゃお預けですよぅ・・・orz

とりあえず今はチカの無事とコルベール先生の冥福を祈ります・・・
752名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:21:37 ID:B9zcti03
追記
wikiページ容量オーバー 分割する箇所はどこが良いでしょうか?
753名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:24:38 ID:TT3KMu+J
ラスボスさん乙でしたー。
マチルダさんの心境が理解できます。ただ上手くルイズのフォローをしておかないと大変なことを引き起こしそうで怖いですが。カトレアさんとご両親も。
754ラスボスだった使い魔 ◆Vxqagm.6NNBM :2010/02/25(木) 23:24:58 ID:FIdjg9X1
>>752
wikiへの登録、ありがとうございます。

分割はマチルダパートの直前でお願いします。
755名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:26:00 ID:B9zcti03
>>754
把握
756ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:34:17 ID:FV46oAMG
 第89話
 アルビオン決戦 烈風vs閃光 (前編)
 
 古代怪鳥 ラルゲユウス
 円盤生物 サタンモア 登場!
 
 
 才人とルイズたちが時空間に囚われていた間に、事態は大きく動いていた。
レコン・キスタ艦隊はすでにロンディニウムを後にして、王党派陣営を直撃するために
進撃中だという。
「どういうこと? アルビオン艦隊は風石不足で動けないはずじゃあ」
「ヤプールもなりふりかまうのをやめたってことだろ。どのみち正攻法じゃあ
レコン・キスタの逆転がなくなった以上は、適当に使い切ってポイ捨てってとこだろうな」
 ゼロ戦をシルフィードとともに飛ばしながら、才人はこの先始まるであろう
血みどろの戦争を想像して吐き捨てた。彼らが時空間にいる間に敵艦隊は
この場所を通過して、今やずっと先にいるはずだった。むろん、そのときは
タバサたちの前を通り過ぎていったのだが、さすがに艦隊相手には手が出せず、
森に隠れてやり過ごした後に才人たちが戻ってきたのだ。
 二人はレコン・キスタ艦隊がすぐには風石不足で動けないと、甘く見ていた
ことを後悔した。
「もっと速く飛べないの?」
「だめだ、時空間内でいろいろ無茶をやったツケが回ってきやがった。これ以上
加速するとエンジンが止まるかもしれん」
 ゼロ戦は時空間脱出の後から、一定以上にトルクを上げようとすると異常振動を
起こすようになっていた。どうやらエンジンのどこかを損傷したのか接触が
悪くなってしまったようだが、元々放棄されていた上に、エアロヴァイパーと
あれだけ激しく戦ってなお飛び続けられたことこそ奇跡に近い。
 かといってシルフィードも翼を怪我したままで、エースもコッヴとの戦いで
エネルギーを消耗している。一行は、行きに比べて遅くなった足で、焦りながら
来た方向へと飛び続けた。
 
 
 だがそのころ、才人たちのはるか前を航行するアルビオン艦隊は、もはや
レコン・キスタの全戦力となった一万の兵力を全て乗せ、窮鼠猫を噛むの言葉を
自ら実践するために殺気を撒き散らしながら進んでいた。
「進め進め、今敵は油断しているだろう。勝利は我らの前にあるぞ」
 艦隊旗艦レキシントン号の艦橋から全艦に向かって流されたクロムウェルの
士気を鼓舞するための演説を受けて、各艦のレコン・キスタ派の貴族が
大きく歓声を上げるが、この艦の艦長、サー・ヘンリ・ボーウッドらのような
非レコン・キスタ派の人間はもうやる気を失っていた。
「いったい、なんのために戦うのか?」
 もとより革命などに興味のなかった彼のような人間は、もはや趨勢を
変えようもない今になっても、戦い続けなくてはならないことに疑問を
抱かずにはいられなかった。
 確かに、ここでウェールズら王党派の首脳陣を抹殺してしまえれば
王党派は力を失うが、後に残されるのは国内の混乱と国力の疲弊、
それにともなう税率引き上げによる圧政だ。一部の者のみを喜ばせる
ために国の将来を犠牲にする戦いに、彼のような実直な人間は苦悩したが、
その軍人としての実直さゆえに彼は上官たるクロムウェルに逆らえなかった。
757ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:35:01 ID:FV46oAMG
「索敵の竜騎士から連絡、前方距離四十万に王党派軍を確認」
「全艦、砲雷撃戦用意!」
 ボーウッドの命令が全艦隊に伝達され、将兵は配置につき、大砲に砲弾が
装填されていく。彼は本来この艦の艦長にしか過ぎないが、本来の艦隊司令官である
サー・ジョンストンが主力軍全滅の報を聞いて、脳溢血で卒倒してしまったので
ほかに艦隊指揮のできる人間もいないことから、不本意ながら司令官代理を
勤めて、かつて忠誠を誓った相手に挑まなければならない羽目に陥っていた。
「後世の人間は、私のことを恥知らずな裏切り者と記すかもしれんな。だが、
それが私の運命ならば、もはや仕方あるまい」
 唯一の救いは、彼らはもはやクロムウェルが人間では無く、レコン・キスタも
王党派もこの世から消してしまおうとしていることを知らずにすんでいることだろう。
 破滅へ向かって、様々な思いを乗せながら、レコン・キスタ艦隊はついに
王党派陣営を空からその視界に捉えようとしていた。
 
 その一方で王党派陣営も、再編を完了して行軍を再開しようとしていたが、
上空警戒中の竜騎士が大型戦艦を中心とした大小六十隻の大艦隊を
山影のかなたに発見して、即座に行軍準備の完了を待っていたウェールズと
アンリエッタの元へ報告していた。
「この局面で艦隊を投入するだと? 敵は何を考えているのだ」
 報告を聞いたウェールズは呆れかえった。ここでいささかの損害を王党派軍に
与えたところで、現在ほとんどの拠点を王党派が抑えている今となっては
補給もできずに艦隊はすぐに行動力を失う。むしろ戦略的にはロンディニウムで
持久戦に入り、艦隊の強大な攻撃力と防御力を防衛に活かし、戦局の転換を
図るべきなのに、なぜわざわざ長躯して艦隊をすりへらそうというのか?
 彼は常識的な人間なので敵の意図を読みかねた。むしろそこが用兵家
としての彼の限界を示しているのかもしれなかったが、彼より客観的に、かつ、
貴族というものの負の面を彼より見慣れてきたアンリエッタには想像がついた。
「追い詰められて冷静な判断力を失い、無謀な冒険に出てきたのでしょう。
おそらく、わたしたちの首をとれば逆転できると考えて……まあ、あながち
間違いではありませんが、ともかく、艦隊戦力を持たない今の私たちには強敵です。
すぐに迎撃の準備をしましょう」
 ここでハルケギニアのことをまだ詳しく知らない才人なら、空を飛ぶ艦隊に
なすすべを失っただろうが、ハルケギニアでは空中艦隊は当たり前である
以上それに対抗する手段も当然ながら存在し、敵襲の報はすぐさまアルビオン軍
七万に伝達され、「全軍、対空戦闘用意」が下命された。
 また、アンリエッタもアニエスにトリステイン軍一千五百も戦闘参加することを命じた。
そのときアニエスはレコン・キスタ軍が来たことで才人たちが失敗したのかと、
彼らの身を案じていたが、冷静な軍人の部分の彼女は冷徹にアンリエッタの
命令を遂行していった。
 砲兵に配備されている大砲は、アルビオンの冶金技術で作られたものは
射程が短く対空用に使えないために後送されてカモフラージュの布をかけられて
隠され、輸入品であるゲルマニアの少数の長砲身の大砲は榴弾を装填されて
高射砲へと変わっていく。
758ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:35:46 ID:FV46oAMG
 さらに、チブル星人によって与えられた銃は星人の死によってハルケギニアの
標準的な性能に戻っていたが、銃兵は弾を込めて待機し、弓矢や槍しか持たない
平民の部隊は即席の蛸壺を掘って、その中に避難していった。砲弾による被害と
いうものは、大部分が爆風と破片によるもので、地中に隠れれば直撃でも
受けない限りは安心だ。陸兵が無事なうちは、敵も兵士が無防備となる
降下作戦には移れないだろうので、これでも充分に敵への威圧になる。
 そして、頼みの綱はやはりメイジだが、火や風の優れた使い手は火炎や
風弾を数百メイル飛ばせるために攻撃に、やや劣る使い手や土の使い手は
防御壁となるために、水の使い手は消火および救護要員にと、指揮官さえ
復活すれば熟練した軍隊の動きを取り戻して、きびきびと配置についていく。
 それらは、地球でも航空機が戦争に使われるようになってから見られる
ようになった光景と、ハルケギニアならではものを合わせた軍事行動であったが、
敵は空に浮かんだ艦隊、この程度で対抗できるのだろうか。
 そんなとき、参謀の一人がもっとも対艦戦に有効な竜騎士が足りないと言ってきた。
「殿下、敵の射程に入るまでにはあと三〇分ほどと思われますが、現在
戦闘可能な竜騎士はおよそ一〇〇騎、いささか心もとなく存じますが
いかがいたしましょう?」
 ブラックテリナとノーバの影響で、竜騎士は大部分残っていたが、肝心の
竜のほうが暴徒化した人々に襲われたり逃げたりして、半数もの数が
使えなくなっていたのだ。
 だが、アンリエッタの助力を得て、名誉挽回に燃えるウェールズは、
ほんの少し前まで廃人の一歩手前だったとは思えないほど果敢に攻撃を命じた。
「かまわん、全騎を出撃させろ。数だけにものをいわせる烏合の衆などに
先手をとらせるな!」
 そのウェールズの攻撃的な姿勢に、病み上がりに不安を抱いていた参謀は
驚いたが、それでは竜騎士を無駄死にさせるだけだと反論した。
「待ってください。一〇〇騎の竜騎士は我が軍の唯一の空中戦力です。
これを失ってしまえば……」
「わかっている。正面きって激突すれば我がほうは数で負ける。しかしな……」
 そこでウェールズはアンリエッタと、彼女のそばで控えているアニエスから
教えられた、アルビオン軍の弱点と、魔法の使えない銃士隊がメイジと戦って
これた戦法を応用して、その弱点を突く作戦を説明していき、全部を聞き終えた
参謀は今度こそ本気で驚いた。
「そんな、しかしそんな戦法では我が軍の誇りに傷がつきましょう」
「馬鹿者! 負ければ奴らは我々のことを臆病で惰弱な愚か者だったと世界中に
言いふらし、あらゆる歴史書にそう書き残されるであろう。そうすれば我らの
誇りなど闇に葬られる。それに空から地上の人間を虐殺しようとしてくる敵に、
なんの遠慮がいるのか!」
 宮殿の端整な貴公子から、戦場の猛将のものに変わったウェールズの
怒声に、参謀は目が覚める思いがすると同時に、彼への評価を改めていった。
「わかりました。では命令を徹底しましょう」
「そうだ。あとは地上からの対空砲火で敵艦隊を漸減していく」
「それで、あの艦隊と戦えますか?」
「そこはやりようだ。敵とて無理をしてここまで来ている上に、艦隊に乗っている
一万程度の戦力では七万の我々を制圧することはできないから、艦隊さえ
なんとかしてしまえばレコン・キスタの命脈はそこで尽きる」
759ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:36:29 ID:FV46oAMG
 ウェールズは残された時間でいかにして敵艦隊を迎撃するか、脳細胞を
ここで使い切るくらいに考えた。こちらの持っている戦力はすべて把握
しているから、あとはそれをどれだけ効率よく使い、敵の弱点をつけるか
どうかで勝敗は決まる。彼は王党派の命運がかかっているのもあるが、
とにかくじっと見守っているアンリエッタにみっともない姿は見せられないと考えていた。
 
「婦女子に戦争の手ほどきをしてもらうようでは、アルビオンの男は天下に
大恥をさらしてしまうだろう」
 
 それは、敵襲の報告を受けてすぐのこと、ウェールズは復帰してから調子を
早く取り戻そうと、焦りながらもてきぱきと指示を出していっていたが、
艦隊を相手にしては、とりあえず対空戦闘準備を命じたものの、すぐには
続いて出す有効な手立てを思いつけなかった。
 だが、そうして悩むウェールズに、参謀が伝令のために立ち去って、人目が
なくなったことを確認したアンリエッタは優しげに話しかけた。
「ウェールズ様、今はわたしもここにいます。あなたの苦しみはわたしの苦しみ、
わたくしにもあなたの苦しみをわけていただきたく存じますわ」
「いや、アンリエッタ、君の気持ちはうれしいが、軍事上のことを君に相談しても
仕方が無い。ことは君のような可憐な人には似合わない、殺伐とした世界のことなのだ」
「いいえ、確かに敵は強大ですが、敵は隠しようも無い弱点をいくつも持っています。
それを突けば、勝利は遠くありませんわ」
 アンリエッタは驚くウェールズに向けて、レコン・キスタ艦隊の弱点を一つ一つ
説明していった。
 空を飛ぶ艦隊は地上の軍隊にとって天敵と思われがちだが、決してそんなことはない。
確かに、まともにぶつかれば力の差は圧倒的だが、巨艦をそろえたら強いので
あれば駆逐艦や巡洋艦はいらなくなるし、陸戦でも歩兵より戦車が強いのなら
歩兵はいらなくなるが、実際にそんなことはない。なぜなら、巨大であることは
メリットだけでなくデメリットでもあるからだ。
「ある意味、追い詰められたのは彼らでもあるのです。なにせ、危険物を満載した
当てやすい目標に潜んでいてくれるのですから」
 そう、戦艦とはいわば動く火薬庫で、もしそこに攻撃が命中すれば一瞬にして
炎は自らを焼き尽くす。地球でも過去に不沈とうたわれた多くの巨大戦艦が、
弾火薬庫への引火で沈没している事実からも、それは疑いない。また、図体が
でかい分だけ攻撃をこちらから当てやすいというのもあり、舵、姿勢制御翼、
マスト、指揮艦橋など、一発でも攻撃を受ければ艦の機能に著しい障害を
与えるところはいくらでもある。
 それに対して、防御を固めた七万の兵隊を高高度からの砲撃だけで全滅させるのは
困難で、精密射撃を試みたり陸兵を下ろそうと低高度に下りようとすれば、降下中が
絶好の攻撃のチャンスとなる。
「それに敵は指揮する貴族は後がなくなってヒステリーになっていますし、兵士は
勝つ価値の無い戦いに厭戦気分が高まっているでしょう。そこにもつけいる隙はあります」
 それらの考察は、軍事の専門家を自負するウェールズをうならせるのに充分な
もので、勝機があるどころか王党派の優勢をも示すそれには、発想を転換して
みればピンチはチャンスにもなるという、もう一つ言うならば心に余裕を持てという
アンリエッタからのアドバイスであった。
760名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:36:46 ID:QV5eDXjC
荒しっぽいのが来たから次スレ立ててみよう
761ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:37:12 ID:FV46oAMG
「敵は数の半分の力も出せないでしょう。油断さえしなければ、恐れるべきものはありません」
「うむ。君の洞察力は、僕の想像を超えているようだ。けれど、君はそれほどの見識を
いつのまに身につけたのだい?」
「ウェールズさまのお役に立てるのでしたら、わたくしは何でもいたしますわ。
ただ、ちょっとわたくしは軍事顧問の先生に恵まれましてね、ほほ」
 軽く口を押さえて上品に笑うアンリエッタを、ウェールズは唖然として見ていた。
 
 
 両軍が激突したのは、それから二〇分後の、双方の竜騎士隊の接触からである。
「撃ち落してくれる!」
「全騎、迎撃せよ!」
 レコン・キスタ軍二一〇騎、王党派軍一〇〇騎の火竜、風竜の大部隊同士は
正面きって激突した。
 たちまち竜のブレス、魔法の応酬、竜同士の牙と爪の組み合い、さらに
近接しての騎士対騎士の肉弾戦があちこちで繰り広げられる。だが、最初の
戦局は数で圧倒的に勝るレコン・キスタ側が優勢に進めた。
 状況が変わったのは、戦闘開始から十分ほど経ってからである。敵側の
竜騎士はレコン・キスタ派の貴族が多数であるから、文字通り必死になって
攻撃してきたが、ウェールズから作戦を与えられた王党派陣営の竜騎士隊は
敵軍の凶熱をまともに受け止めようとせずに、戦力を温存しながら負けて逃げ帰る
ふりをして、追いかけてきた敵を友軍の銃兵の射程に誘い込んで撃墜していった。
「追撃戦をしているときこそ、一番敵の奇襲を警戒せねばならんものだ」
 これはアニエスがまだ無名であった銃士隊の原型の部隊を率いていた頃
使っていた戦法の一つで、一部が負けたふりをして逃げ帰り、敵を逃げ場の無い
十字砲火の巣に引きずり込んで殲滅するというもので、これに一度誘い込まれれば
メイジだろうがオーク鬼だろうが反応するまもなく蜂の巣になるのだ。
「卑怯な!」
 レコン・キスタ側の竜騎士は怒ったが、王党派の竜騎士は彼らとは反面、
はぐれメイジやレコン・キスタに親兄弟を奪われた貴族の生き残りがその多数を
占めていたから、勝つためには手段を選ばずに、そのほかにも二、三騎で一騎を
袋叩きにしたりと、数で勝る敵軍と互角の空中戦を演じた。
 
 そして、とうとうやってきた艦隊に対しての王党派軍の反撃は、卑怯な戦い方を
してきたレコン・キスタのやり方を跳ね返すような徹底したものが加えられた。
「ごほっ! ごほっ! くそっ、煙幕とは」
 接近して大砲を撃ってこようとしてきた艦隊に、風向きを計算して、二千の兵が
油や木材を焚いて放たれた煙幕がもうもうと襲い掛かる。これは一見地味だが、
軍隊なら必ずあるタバコの葉や竜など動物の糞を乾燥させたものをくべることで、
催涙ガスともなって、煙の上がっていくほうにいる艦隊の将兵の目と喉を痛めつける。
「おっ、おのれ! 風のメイジは煙を吹き飛ばせ」
 それぞれの艦の艦長は当然の命令を出したが、これもまたウェールズの
作戦のうちであった。密集した艦隊のそれぞれから放たれた『ウィンド・ブレイク』
などは確かに煙を吹き飛ばす働きをしたが、同時に煙の先にいた味方に
当たって、敵の攻撃と誤解されて逆に風の槍を返されるという同士討ちが
あちこちで見られた。
「うろたえるな、高度を上げて振り払え!」
 熟練の指揮官であるボーウッドは、味方の醜態に舌打ちしつつ艦隊を守ろうと
命令を飛ばすが、彼より爵位の高い貴族の艦長の操る船はその命令に従おうとせず、
バラバラの方向に転舵して、挙句の果てに味方同士が衝突して沈没するという
最悪の展開を生み出した。
762名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:37:16 ID:QdMt53vs
ラスボスの人乙
先生…
しかしやはりシュウはこうやって陰で暗躍するのが似合うな
763ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:37:54 ID:FV46oAMG
「連中は素人か、なにをやってるんだか」
 王党派のパリーという老いた将軍は、まともに統率すらとれていないレコン・キスタの
艦隊に呆れかえった。敵の大艦隊が接近中の報を聞いたときには、皇太子殿下を
お守りして名誉の戦死をとげようと覚悟していたのに、相手がこれではもったいなくて
到底死ぬ気にはなれなかった。
 だがそれというのも、全体の司令官たるクロムウェルが艦隊戦はわからんよと
早々に命令を出すのを放棄して、あとは戦意だけはあるが協調性がない艦長たちが
司令官の命令をあちこちで無視したり、戦意不足な兵士たちがサボタージュを
したりしたので、アンリエッタの予言どおりにせっかくの大艦隊も、その実力の
半分も出せてはいなかった。
 それでも、まだ艦隊は健在であるので、今度は本格的な攻撃が艦隊に襲いかかった。
「高射砲隊、撃ち方始め!」
 地球の基準からいえば、それは多少長く見えるだけの鉄の筒にすぎないが、
王党派がありったけの財力と交渉を駆使してもたった四門しか手に入らなかった
その砲は、射程八リーグ、砲弾到達高度三〇〇〇メイルと、砲兵器では砲亀兵と
呼ばれる部隊が持つ、射程たった二リーグほどしかないカノン砲が最強クラスの
ハルケギニアでは、とにかくバカ高いことをのぞけば、戦艦殺しとして大いに
期待される新兵器で、それが一斉に高度一〇〇〇のアルビオン艦隊に向けて放たれた。
「着弾! すごい威力だ」
 放たれた四発の砲弾のうち、三発は外れてかなたの森に火柱を上げるだけに
とどまったが、護衛艦『エンカウンター』の右舷艦首付近に命中した一発は、
艦首の兵員室を吹き飛ばした後に、二本あるマストの前部を倒壊させて、
八〇〇トン程度しかないこの船を、即座に戦闘続行不能、総員退艦に追い込んだ。
「全砲、射角調整急げ! いける、この砲なら戦艦でも沈められるぞ」
 だがそれでも、数にものをいわせた敵艦隊は、おそるべき対空砲火に
犠牲をはらいながらも、高高度から王党派軍主力の頭上に砲弾を降らせようと
艦首付近の砲門を開き、砲弾を装填した。
「見ておれ、下賎なるものどもに鉄槌を下してくれるわ!」
 怒りに燃えているレコン・キスタの若い貴族の士官は、ともすれば手を抜こうとする
兵士たちに杖を向けて脅しながら砲撃準備を整えさせると、やっと煙幕を
脱して視界に捉えた王党派の陣地に向かって、「砲撃開始」と怒鳴った。
 火薬が砲内で一瞬にして燃焼して、そのガス圧で音速近くまで加速された
球形の砲弾が数十発撃ち出されて、さらに重力の助けも借りて地上に這いずる
敵兵を粉砕した。
「やったぞ、ようし、あの敵兵が固まっているところにどんどん撃て」
 調子付いた彼は、旗が何本も立って人影の多く見えるところへの砲撃を命じ、
周りの艦の同じような若い士官もそれに続いた。
 だが、彼らにとっての敵は阿鼻叫喚どころかほくそえんでいた。
「馬鹿な連中だ。人形だということに気づいていない」
 そう、それは土のメイジが作った等身大の泥人形に、華美な貴族風衣装を
着せたダミー人形で、本物の人間は別のところに目立ちにくい格好で分散して
いたので、人的被害はほとんど発生していなかった。
 これが、熟練したボーウッドのような指揮官であったら即座に見破って
無差別砲撃を加えていたであろうが、ダミーやカモフラージュといった戦法は
効果、歴史ともに深く古いものであって、たとえば三国志の諸葛孔明が
赤壁の戦いでかかしを積み込んだ船に攻撃させて十万本の矢を集めたり、
近代でも爆撃から守るためにニセモノの工場や飛行場をわざわざ作ったり、
停泊している航空母艦を迷彩ネットで覆うばかりか、甲板上に小屋まで建てて
島に偽装した例が実際にあるので、若くて血気盛んだが経験不足な士官たちは
こんなものでもあっさりとだまされてしまったのだ。
764ウルトラ5番目の使い魔 代理:2010/02/25(木) 23:38:39 ID:FV46oAMG
 ボーウッドは味方が見当外れの方向を攻撃していることに気づき、忠告して
やめさせようとしたが、その隙に王党派軍の攻撃部隊は艦隊の真下にまで
潜り込んでいた。
「目標は直上、全員撃て!」
 空に浮かんだ敵艦への最短距離である真下に陣取ったメイジたちは頭の上に
向かって総攻撃を開始した。火球を投げつける者、空気の槍を発射する者、
ガーゴイルを体当たりさせるものなどいろいろだが、目標は船にとって死命を
決する最重要の木材である竜骨に集中していたのだけは変わりない。
 以前才人たちの乗った『ダンケルク』号が竜骨が折れかけて沈みかけたように、
竜骨が折れればそのまま船は真っ二つになる。むろん軍艦は重要な部分の
部品には念入りに『固定化』がかけられているが、それも同等以上のクラスの
高レベルのメイジの連続攻撃に耐えるには限度があり、外れても船底は
もっとも防御が薄い部分であるために、艦内に飛び込んだ魔法が被害を与えていった。
「真上と、真下、さて、もろいのはどちらでしょうか?」
 戦いは、情け容赦なく敵の弱点を突け、アンリエッタは彼女の軍事顧問から
叩き込まれた鉄則を忠実に実行して、レコン・キスタ軍をすり減らしていっていた。
 
 これが、能力、士気ともに万全であったなら、レコン・キスタ軍は王党派に
大打撃を与えられたかもしれないが、積極性を欠く指揮官と、実戦経験の薄く
士気の低い将兵に操られていたのでは、そもそも勝てる道理がなかった。
 だが、まだ旗艦レキシントンほかの多数の艦が健在で、往生際悪く
砲撃を続けてきて、こちらにも無視できない死傷者が出ている。アンリエッタは、
敵が損害の大きさに驚いて撤退してくれればいいがと期待していたが、それが
かなわないと悟ると、味方と、そして敵の犠牲をこれ以上拡大させないために
切り札を投入することを決断した。
「やはり、使わざるを得ませんか……すみませんが、よろしくお願いいたします」
「御意」
 アンリエッタの命を受けて、それまで彫像のように直立不動の姿勢で彼女の
傍らに立ち続けていた鉄仮面の騎士が、ゆらりと最敬礼の姿勢をとった。
 
 それから五分後、硬直状態にある戦場で、その姿を最初に見つけたのは
レコン・キスタ艦隊の戦艦『レパルス』の見張り員であった。
「なんだ……鳥?」
 太陽の方向にちらりと見えた影が一瞬陽光をさえぎったので、手で光を
さえぎりながらそれが何かを確かめようと見上げたが、次の瞬間にその影が
今度は完全に太陽を覆い隠すと、それが鳥どころかドラゴンより巨大であると
気づき、反射的に絶叫していた。
765名無しさん@お腹いっぱい。:2010/02/25(木) 23:39:21 ID:QV5eDXjC
立てました
あの作品のキャラがルイズに召喚されました part269
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1267108706/l50
766ウルトラ5番目の使い魔 代理
「ちょっ、直上から敵襲ぅっ!」
 しかし、彼の叫びは艦長の命令ではなく、その鳥の方向から放たれてきた
『エア・カッター』によって返答された。彼がまばたきしている間に、空気の
刃はレパルスの四本あるマストと甲板上にある人間と救命ボート以外の全てを
バラバラに切り刻み、さらに舵をも破壊することによってこの船を瞬時に戦闘不能に
追い込んだのだ。
「レパルス大破! 戦線を離脱します」
 ボーウッドの元にその報告が届いたときには、すでに第二第三の犠牲者が
レコン・キスタ軍の沈没艦リストに予約を確定させていた。巡洋艦『ドーセットシャー』が
特大の『エア・ハンマー』で甲板を押しつぶされ、戦艦『リベンジ』が『エア・カッター』で
真っ二つにされて墜落していく様は、何人もが目をこすってほっぺたをつねってみたほどだ。
「いったい何が……」
 破壊された三隻から、乗組員たちが救命ボートで脱出を図っている。彼らにとって
さらに信じられなかったのは、攻撃を受けた三隻ともに轟沈にはいたらずに、
戦闘不能かゆっくりと墜落していくことになったので、乗組員のほとんどが
無事に脱出できていることだった。
 が、それも三隻の艦を撃沈せしめた上空の敵が降下してきたときには、甲板上の
全ての大砲を向けろという命令にすりかわって、彼らは対空用の榴弾を込めた
大砲を謎の敵へとぶっ放した。
「二時の方向、仰角六〇度、距離五〇〇……撃てぇ!」
 いっぱいに上を向かせた大砲が硝煙と炭素の混じった黒煙を撒き散らしながら、
小さな鉄の弾を数百数千と上空へ打ち上げていく。それらは徹甲弾に比べれば
威力は劣るが、鉄の小弾丸が高速で当たるので竜の皮膚をも打ち抜く威力を誇る。
「落ちろ!」
 太陽を背にしているせいで、何がいるのかはよくわからなかったが、数十門の
一斉射撃である。これにかかればどんな竜でもグリフォンでも逃げ場なく撃墜
されるものと思われた。
 だが、数千の鉄の豪雨の中から姿を現したのは、血だるまになった
ドラゴンなどではなく、戦艦にも匹敵する広大な翼を広げながら、死神の
鎌のような巨大なカギ爪を振りかざして急降下してくる怪鳥だったのだ。
「巡洋艦『ベレロフォン』、轟沈!」
 哀れにも最初の犠牲者になった二本マストの巡洋艦は、巨大なカギ爪に
船体をつかまれると、そのまま大鷲に捕まった子牛が肉を引きちぎられる
ように、無数の木片をばらまきながら真っ二つに引き裂かれたのだ。
「巡洋艦を一撃でだと!?」
 軍艦の構造体には固定化がかけられていて、並の鉄骨くらいの強度が
あるはずなのに、それを気にも止めずに力任せに引き裂いた怪鳥に、
隣接していた艦から何人もの愕然とした声が流れたが、惨劇はそれで
終わらなかった。それからわずか一〇秒の後に。
「戦艦『インコンパラブル』『インディファティカブル』、護衛艦『アキレス』
撃沈! 戦艦『テメレーア』大破、戦線離脱します」
 四隻もの艦が撃沈破されたという信じられない報告がレキシントンの
艦橋に届けられたとき、冷静沈着を持ってなるボーウッドも、思わず杖を
落としてしまいそうになった。