1 :
関口巽:
前オチスレを密かに嘆くあなたに、前スレ主にかわり、いままたりと復活を・・・
2 :
妖精の館〜その1〜:2009/03/30(月) 00:30:00 ID:r/N+5d8O
「……すると、館というのは三方を水に、丑寅を背にしているのか……」
それまでこちらに背をむけたまま、われわれ三人の雑談には加わらず原稿に向かっていた京極堂がおもむろに口を開いた。
他の者であれば独り言としてやり過ごしてしまいかねない、ぽつりと、静かな言いようで。だが京極堂の言はたちまち場を支配してしまう。
何人たりとも蔑ろにできない厳かな空気を纏っていた。
「関口君……件の青年の寄宿先というのは、館のどこかに渦巻きか巴に似た紋様が描かれた碑のようなものはなかったかい?」
「渦の紋様?……ああ、あそこのシンボルマークなら、そうしたものに見えなくもないけど……それがどうかしたのかい?」
私がそういうと京極堂は沈黙する。だが私は肩越しに覗く畏友の横顔の視線の遠さに目を奪われていた。こんな容子を目にするのは久しくなかったからだ。
比類なき炯眼の士、だがその眼光は人を射すくめるものではない。自らの内に宿る闇を照らす透徹した意志の光、混沌を見据え思考の絢をつむぎ出す知性の光だ。
しかしこのときだけはその中に感情的な丸み、何かを懐かしむような色あいが含まれているように私には感じられた。
「館の女主人というのは年のころにすると二十歳前後、背丈は……そう、五尺五寸くらいだろうか……髪は長く、巻くようにしているか、あるいは編みこんでいるか……
いずれにしろ色白のひどく容子のいい女人じゃなかったかい?」
当然、私は目を瞠った。
「髪の色は、たぶんこの頃なら黄金色……瞳は……おそらく海のような紺碧だろう」
それはまさしくネオヴェネチアの白き妖精、アリシア・フローレンスの容貌を言いあてるものだった。
おい、たとえ俺だけでもこっそり読むからつづけろよ
4 :
妖精の館〜その2〜:2009/03/31(火) 00:15:39 ID:329bxqzS
「京極堂……まさかきみは彼女のことを知っているのかい?」
訊き返してから私は自らの不明を羞じた。
京極堂はここ十年、亭の敷地内を十里はおろか十間と離れたことは無かったに違いない。もとよりネオヴェネチアに行くことなどある筈がなかった。
むろん、それ以上に深夜番組に通じているとも思えない。第一ここにはテレビなどという世俗を伝える物は一切無いのだ。
あるいは、どこかで彼女と面識があるとでもいうのだろうか?
「老婆心ながら言うが、その館には近づかないほうがいい……それと関口君、きみの後輩というその青年にも言っておいた方がいいだろう、いますぐそこを離れるように……」
私を含めた三人は、魅惑的なウンディーネたちの話題でひとしきり盛り上がり、また●●の艶福を秘かに妬ましく感じていた後ということもあって、京極堂のものいいには、にわかに合点のいかぬ具合になった。
だが京極堂は委細かまわず着流しの骨張った背中を向けたまま、私に問いを投げかけてくる。
「もうひとつ、館にはよもや、お付きの者、女主人の従者のようなものはいなかったかい? そう……年の頃にして十四、五くらいの美しい少女、もしくは少年の姿をしたものが……」
「見習いの子なら一人居たけど……日本人の女の子が……」
妙な言い回しをする、と思いながら私は応えた。すると京極堂は「いるのか!?」と、にわかに驚いた風でこちらを振り向いたのだ。
「それでその子は、じつに変わった色の髪の毛をしていやしなかったかい? 緑とか紫とか、普通ではあり得ないような色の髪を」
物に動ずるなどということにはひとり無縁であるかのような京極堂が、いくぶん早口になっていて、私は訝しみながらもアリアカンパニーにたった一人だけいる社員、水無灯里のことについて話した。
マンホームからやってきたこと、穏和な気だてのいい性格で、街のステキ探しに夢中でいること、等。
「……明るい綺麗な桃色に染めていただけど、それがどうかしたのかい? いったいなぜ近頃の若い子たちはせっかくの黒髪をそんな風にしてしまうんだろうと、ずいぶんもったいなく思ったものだよ。アリシア嬢に倣ってとても器量よしの女の子だったのでね」
「これはいよいよ拙いな……」
「まずい……?」
京極堂は眉間の縦皺を深くしていた。
「別にその娘は髪を染めているわけではないんだよ……」
5 :
妖精の館〜その3〜:2009/04/01(水) 00:07:54 ID:mRW5qOK9
「別にその娘は髪を染めているわけではないのだよ……」
「しかし、桃色の髪というのはいくらなんでも……百貨店のマネキンじゃあるまいし……」
京極堂は文机をはなれると、漸く我々三人がくつろぐ卓へと移ってきた。背筋も端然と私の正面に座した。
「その女人の姿をしたものたちは……おそらく、人ではない……人にあらざるものだ……」
「化けもンだっていうのかっ? あの人をっ」
木場が心外だと言わんばかりに口を尖らせた。いつから宗旨がえをしたのかは知らないが、顔もがたいも厳つい警視庁の刑事がうら若きウンディーネのことでムキになるのを見ると
いささか滑稽だった。だが私自身も京極堂の目には同様に映っているに違いないことを思うと、そう安気にしてもいられない。
「どういうことだ? 説明してくれ、この俺にもわかるようにな」
木場と鳥口から詰め寄られ、京極堂は顔に懸念を宿したまま語り始めた。
「女主人は、綏蝴だろう……だが問題なのは綏蝴がすでに?蠡を呼びよせていることの方だ。そうなると事は急を要する……」
京極堂の操る言葉は、なべて私たちにとっては異語と言ってもいいものだった。
「すいこ……? すいこ、とは、あの水虎のことか?」
私の脳裏に浮かんだのは河童によく似た姿の、大陸由来の怪異である。
「関口君、きみのいうところの綏蝴、とは、たぶん此れのことだろう」
京極堂は半紙に毛筆をはしらせ“水虎”と書くと、当惑する我々の前に示した。
「そうだ、たしか河童のようなものだったと記憶している……」
「おい京極、そんなものがいったいなんの関係がある?」
「中禅寺さん、あのアリシアさんや灯里ちゃんたちが河童の化け物だとでもいうんですか?」
「鳥口君、僕はそうは言ってないよ……」
京極堂は三人の客のさしあたりの気がかりを否定しつつも、「だが、あいにくと今はすこぶる時期が悪いのだ……」と、意味深長なことを続けた。
「時期? 時期とはどういうことだ、もったいつけずに話してくれないか、京極堂」
「まさかまたヤバい話だってことはないだろうな……」
「そのまさか、だよ……」
「冗談はよしてくださいよ……」
鳥口は心配そうに眉尻を下げて、京極堂の顔色をうかがっていた。だが京極堂がこの種のことで戯れ言をいうような人物ではないことは座にいる誰もが良く心得ていた。
6 :
妖精の館〜その4〜:2009/04/03(金) 00:09:24 ID:6VN9W5M+
「……尋常ならば人に仇なすようなものではない。できれば避けた方が無難だぐらいのものだ。だが?蠡が……いや、その日本人風の娘が現れたのはいつの頃からか知っているかい?」
「灯里ちゃん、ですか?」
「さぁ、まだこっちに来て日が浅いと言っていたようだから、せいぜい半年とか一年ぐらいじゃないだろうか?」
京極堂は半眼で髪をかき上げまたひとり黙考の体となった。私を含め取り巻き連は、亭主がいったい何を案じているのか判じかね、互いに顔を見合わせるしかなかった。
榎木津礼二郎が庭に現れたのはちょうどそんな折りのことである。
今日の榎木津は初夏という以上の軽装で、ワイシャツの襟のところを無造作に、ズボンにサンダル履きというラフな出立ちだった。白皙の美貌にそぐわぬ怪しげななりはいかにも遊び人風、
どう贔屓目にみてもお堅い商売をしているようには見えない。
ただ羨ましいことにたいそう人好きがするものらしく、探偵稼業には向いているようである。
榎木津は索漠とした沈黙が座を占めているのにもおかまいなく、賑やかな気配を纏ったままいつものように縁側に腰を下ろした。
榎木津がもっぱら庭を勝手口としていることについて、私はかねてからもしや千鶴子さんを避けているのではないだろうかと想像していた。誰にでも得手不得手があるものだがこの一見、
専横な男があの麗しい令夫人を苦手にしているとしたら、これはこれで小気味よいといえなくもない。
「いいねぇ勤め人はヒマで、こんなところで真っ昼間から京さんとのんきに茶飲み話かい?」
榎木津はさっそくお気に入りの玩具を見つけたように木場にちょっかいをかけてくる。かかわるとやっかいだとばかりに傍らの木場は不味そうに温くなった湯のみをあおいだ。
が、私がこれに至る事情を説明しようと思う間もなく、卓の上にあった書に目ざとく気づいた榎木津は、
「水虎だって? そいつはちょうどいい按配だ」
と、いきなり話題に核心に触れてきたのだ。そればかりか、
「もしや例のアシリー・フローなんとかいうネオヴェネチアの美人のゴンドリエーレに関わることじゃあるまいね」
とやって、私たち三人はたいそう驚くことになるのだった。
7 :
妖精の館〜その5〜:2009/04/03(金) 00:12:58 ID:6VN9W5M+
「アリシア・フローレンスさんですよ、それにゴンドリエーレっていうのはマンホームのヴェネチアに居た雲助のようなちょっとおっかない兄さん連中のことで、ネオヴェネチアでは可愛い女の子のゴンドラ漕ぎのことを
ウンディーネって言うんです」
鳥口はいささか的を外した指摘をしていた。もとよりそれを知らぬ榎木津でもあるまい。不可解なのは榎木津が“水虎”という書を目にしただだけで、いきなり件のアリシア嬢と結びつけたその理由こそにある。
が、京極堂にはすっかり通じているらしい。
「その妖精さんについてちょっと気になることがあってね、 今日はそのことで来たんだよ。 どうやらきみの専門になりそうな雲行きなんだ」
「榎さん、そうかいかぶらないでくれよ、そもそも僕は概して洋モノは苦手なのだよ……」
京極堂が困った顔をするのを見るのは、これで二度目だ――。
私は彼の顔を見ながら、ふとそんな感傷めいた気分を味わっていた。
「天下の京極堂がのっけからそんなおよび腰じゃ、ボクも話しづらいじゃないか」
「相談事というのは例の然るやんごとなき筋からの依頼のことかい?」
やんごとなき筋ーー?
話がさっぱり見えなかった。
「其れ其れ、 まぁそうつれなくせずにつきあってくれたまえ、奇遇にもそっちのお三人衆とも話題が重なっているようだからね」
言いながら榎木津は男のものにしては白く整った指で、持参の事務封筒の中から四つ切りにした写真を数枚をひっぱりだして、鳥口に「わっ」と歓声をあげさせた。
というのも写真はいずれもアリシア嬢の麗姿をとらえらたものだったからだ。
正面顔、横顔、全身……アリアカンパニーの制服を纏った彼女の容子をよく切りとっていた。
写真の他には彼女のものと思しき身上書も添えられているようで、どうやら榎木津はこのところアリシア嬢の身辺を嗅ぎまわっていたものらしい。どういう事情があるにせよ
私的にもまた公的な意味からいってもあまり快いことではなかった。
胡乱な探偵が彼女の周辺をうろつくなど不似合いであることこの上ない。ただしこちらの方はまだ殆ど白紙に近い状態のままで、調査はあまり進んでいないようである。
それでも書面の中に彼女の身体的特徴の項目があるのがわかると私はにわかに心穏やかでは居られなくなった。
そこに彼女の背丈や体重の他に三つの数字が並んでいるように思えたからだ。写真の下に隠れて見えにくかったが、私はその数字を諳んじようとさりげなく目を凝らした。
8 :
妖精の館〜その6〜:2009/04/04(土) 01:02:52 ID:Qik+Aj+N
「きみはアリシア嬢の身元調査でもしてるのかい? まったく探偵という仕事は因果なものだね」
イヤミをひとくさり、気になるところに探りをいれる。
「孫請けでね、実のところ依頼主が誰かはボクにも知らされていないんだけど、どうやら彼女を嫁にって思ってるヤツが上の方に居るらしくてさ、要するにありきたりな男出入りについての調査依頼だよ。
つまらない仕事だから受けたくなかったんだけどね……」
そう言いながらも榎木津はワケ知りな笑顔を浮かべて私を見やる。
嫁とり、と聞いて私はにわかに頬がそそけだつのを意識した。男出入り、とともにアリシア嬢については耳にしたくない言葉だった。
「それでどうなんだい? 何か気になることでもあったのかい?」
「それがねぇ、あの子手ごわくてねぇ、なかなか尻尾をつかませてくれないんだよ。今もってどこでどんなふうに暮らしているか、家族構成もさっぱりなんだ……」
さして困っている風でもなく榎木津は調査の不首尾をこぼした。
「ついせんだっても仕事がハネた後、家路につく後ろを尾行けてみたんだけど、これが体よく撒かれてしまう始末でね、そりゃネオヴェネチアってのが町全体が迷宮みたいなものだからそもそも尾行ける方には分が悪いんだけど、
しかしボクもプロだよ、それなりに覚えがある。それを年端もいかない若い町娘に難なくあしらわれてしまうとね、こりゃ何かありそうだと疑いたくもなるのさ。それであちこち調べてまわっているうちに、
ちょっと面白い展開になってきたのでね……ところで最近、彼女の経営するゴンドラ会社に寝泊まりする青年が現れただろう、あれ、マンホームにいた頃のきみの後輩だそうだね」
私は頷いた。
「悪いことは言わないから、親御さんに連絡を入れてすぐに連れ戻してもらった方がいいよ」
榎木津も京極堂と同じようなことを言った。
「きみまでどうしてそんなことを言うんだい?」
「おかしな事を訊くんだねぇ、きみだってホントはそうしたいと思ってるんだろう?」
「何を言い出すんだ?」
「関くんって分かりやすいよねぇ。同様に彼女たちのねぐらにまんまと招き入れられたあの青年のことを苦々しく思っている奴はどこにでも居るっていうことさ、もっとも京さんの懸念しているのはそんな莫迦莫迦しいことではないけどね……
どうだい京極、それをみて何かわかるかい?」
京極堂は榎木津の撮ったアリシアの写真の一枚を手に、片方の眉をつりあげて感心した風だった。
「……綏蝴という奴は、古来、美しい女人の姿を象るというが、これはまたみごとなものだ……」
「やっぱりねぇ……ボクより綺麗な金髪をしているなんて、ハナからどうにも胡散臭いと思っていたんだ。しかしそれなら納得だよ。そっちのお二人さんはその容子だと、亀さん同様すっかり中毒てられてるみたいだけどね」
榎木津は満足そうに後ろに手をついて、くつろいだ身を長らえた。
「となると僕にできることはもうあまりなさそうだから、さっさと障りのない報告書を書いてお役ご免にしてもらおうかな」
9 :
妖精の館〜その7〜:2009/04/07(火) 00:28:26 ID:J9qo5q3R
木場、鳥口の二人は、間近のやりとりをどことなく蒙昧にも見えるしかめっ面をして見まもっていたが、私同様まったく事態がのみこめず、時に救いを求めるような顔をして私の方に視線を送ってきた。
だがあいにくこちらにも二人の懸念に答える術は持ちあわせておらず首を横に振ることしかできなかった。
「京極堂、きみは本当に彼女の顔を見るのは初めてなのか?」
女の写真を愛でるかのように見つめる様が目新しく、存外面白く思えて、私はいきなりではなくまずは外堀から埋めることにする。
「納得がいかないかい?」
「どうして会ったこともない人物の容貌をあんなにも詳細に言い当てることができるんだい? タネ明かしをしてくれないか」
「その娘が人間じゃないからだよ。スイコなら男どもの目を惹く美形というのが通り相場だからね」
京極堂のかわりに榎木津が答えた。
「しかし美形というのにもいろいろあるだろう。目鼻だちや髪の色だけならまだしも、背丈や髪型まで言い当てるというのはいったいどういうことなんだ?」
「そうなのかい?」
榎木津は京極堂に確認をとると、賢しげにフフンと鼻で嗤う。
「あいかわらず鈍いねぇ、きみは。もしも娘が妖怪変化の類で男を惑わすことを目的としているのなら、それがもっとも効果的な姿を選ぶにきまっているじゃないか。となると背は高すぎても低すぎてもダメだよ……この……」
榎木津は、さいぜんから私が気にしていた例の調査書を卓の上から、つい、と取り上げると、どこか退屈そうに目をやった。
「……五フィート五インチっていうのはちょうどいい線をいってるんだよ。アクアの女性の平均身長は百六十センチ余り、平均よりも少し高いくらいにいちばん需要があるからね。目と髪の色は、
きっと一昔前なら闇のように艶やかな黒髪、神秘的な黒い瞳というのが相場だったろうけど、最近は紅毛人を愛でる輩も多い。むこうも流行に敏感というわけさ。とりわけボクのような金髪碧眼は男女に限らず人気がある、
それでだよ……ちがうかい? 京さん」
榎木津は自惚れる風でもなくあっさりと言ってのける。聞きようによっては鼻持ちならないがなるほどと頷けるものでもあった。
「じゃあ髪型はどうなんだ? 京極堂はさっき彼女はきっと長い髪を編みこんでいるだろうと、そう言ったんだ」
「フーン、髪型ねぇ……ボクは女性の髪型はすなおなストレートの方が好みだけど……」
榎木津はひとつ肩をすくめると、後を託したとばかりにまた首を反らして天井を仰いだ。
10 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/07(火) 08:58:26 ID:mxChZLSG
おぉ、しらんまにこんなスレが!
前のだらしないすれぬしに変わってがんばってくれ!
11 :
妖精の館〜その8〜:2009/04/08(水) 00:14:08 ID:flrRkXMj
京極堂はまた半紙に毛筆を走らせる。
「関口君、水虎というのはね、実はこのように書くこともあるんだよ……」
私は京極堂らしく堅牢にかつ流麗に描かれていく手並みを目の前に、文字の見馴れない形にひっかかりを憶えていた。あたかも仮面の下から現れてくる素顔を見ているような奇妙な感覚だった。
「これを……すいこ、と読むのか?」
綏蝴――。
それは異形の物どもを表す文字に共通するおどろおどろした字体とは異なり、 妖しく美しく、またどこか儚げで哀しくもあるように私の目には映った。
「……こいつはね、西洋でいうところの水の精霊を言う。ウンディーネとかローレライとか呼ばれるものの類だ。主に淡水のものとされるが、海のものであるマーメイドや船を暗礁に誘うと船乗りたちから
恐れられたセイレーンなどもこの筋にあたるとされる……面白いことにね、西洋では概ね美しい女の化身として描かれることの多い水の精霊が、どういうわけか大陸を東進するにしたがって次第に醜いもの、
おぞましいものとして描かれるようになる。ついに東の果ての島国では頭髪までが省かれて、代わりに皿やら甲羅やら、嘴やらが描かれて屍肉まで喰らうようになる有様だ……」
「きみは、人魚と河童は元を辿ると同じものだというのか?」
「あくまでも一つの仮説だ。それに連中はそもそもが水のものだ、水であるが故に形をもたない、もとより定まった形などないのだ。美女だろうと河童だろうと姿形には本来あまり意味はないんだよ」
意味がない――?
その意味がないものにもっともこだわりを持つのが人というものの哀しい運命なのだ。歓びも痛みも美への尽きざる執着がもたらしてきた。美という偏見は人を人たらしめる人間固有の価値そのものだ。
調和の娘にして擾乱の母――。
もしもアリシア・フローレンスがどこにでもいる普通の十九歳の少女であるなら、今の私が抱いているこの狂おしい獣じみた衝動などけしてありえない。
「髪型のことだがね、水にまつわる精霊というやつは大概がもとは老いた龍だの海蛇だのの化身だからだよ。淡水ならその眷属である水蛇、海なら蝦やらタツノオトシゴといったものも含まれる。
人外はね、たとえ人になっても姿形のどこかにその時分のなごりを留めているものなんだ。いちばん形が自由になるのは、女性の場合髪型をおいて他にはあるまい」
私はアリシア嬢の豪華な、黄金の剥き海老のような髪型を想った。
それはアリシア・フローレンスと出逢って以来ずっと私の意識の底に澱んでいた、彼女に対して抱く唯一ともいえる、そしてかすかな違和感だった。
美しい金髪はただロングストレートにしているだけでも十分に華があるのに、どうしてわざわざ手のかかる編み髪にしているのだろうか……?
素朴ともいえる彼女の人柄を知ってからはなおのこと、よけいに不思議だったのだ。ファウンデーションもルージュも、パフュームの類さえも一切無縁の彼女がなぜ髪型にだけはこだわりをみせるのだろうか――と。
12 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/08(水) 06:45:29 ID:GRPsOhkP
めちゃくちゃわかりにくい つまらん
前すれぬしどこいったんだ・・・・
13 :
妖精の館〜その9〜:2009/04/08(水) 23:13:50 ID:keLe1f69
「……それで、あのようにしているのか……」
かねてより気になっていたことが漸く胸に落ちたように思った。同時にそれは彼女が異形であることを、私がすんなり受け入れていたことを意味していた。実際、人外と知っても私は少しもショックを受けてはいなかったのだ。
アリシア・フローレンスが人間ではない――。
それだからどうだという?
私は胸中密かに独りごちた。
それこそが彼女の人間ばなれした完全さ――実際そうであったわけだが――の所以であるとしたらむしろ好ましくさえあった。髪型について言えば、自らの運命、出自を彼女なりのやり方で筋を通していたのかと思うといじらしかった。
人の棲む世界にやってきた、異国の、異文化の、とびきり美しい少女――私は人にあらざる彼女をそんな風に受け止めていたのだ。
「ちょっと待ってください。先生までアリシアさんのことを何かの化けもンだって認めるんですか」
それまで成り行きを見まもっていた鳥口が、ついに辛抱しきれなくなったように口をはさんだ。木場にしても明らかに当惑以上の興ざめぶりが窺える。不味そうに鼻から紫煙を吐きながら亭主の話を聞いていた。信奉する美女の正体を、
海老だの河童だのと言われてすっかり気をそがれたものらしい。容子からこの二人は私などよりもはるかに純粋にアリシア・フローレンスに帰依していたのだと私には判った。
「なにもそうは言っていないよ。大昔はそんなものだったかもしれない、というかりそめの話さ」
情けない顔で私をなじる鳥口を京極堂はとりなす。
「でも中禅寺さんは、あの人が昔は海老や何かだったって言うんですよね? そんな話、アリシアさんですよっ、あの天使みたいにきれいでやさしい、水の三大妖精筆頭のアリシアさんですよっ、そんなこと信じられるはずがないじゃないですか」
「鳥口君、きみだって母親のお肚の中にいた時分には、魚だの爬虫類だのと、進化の通り一遍を辿ってきているんだ。するときみも以前はそうしたものだと言ってもいいんじゃないのかい? だがきみが人間であることを疑うものは誰もいないだろう。
今しがたの話はその程度のものだと思ってくれてかまわない。それにならえば彼女もまた人間だといっていいだろう。ただ、われわれとは違う経緯で人になったものだと言っているのだよ」
京極堂は明らかに詭弁を弄していたが、さしあたり鳥口を納得させるにはそれで十分のようだった。
「それにね鳥口君、 綏蝴については僕はもう少し好意的にみてもいいと思っているんだよ……きみもどこかで怪談話を読むか聞くかしたことがあるだろう」
「怪談? ハーンのですか?」
「それに限らず、広く全般にさ」
「ありますけど……子供の時分に祖父さんから寝物語として聞かされて、随分と怖い思いをさせられたものですよ」
「山姥の話を聞いたことがないかい」
「小僧が夜中に寺を抜け出して、っていうあれですか? 美しい女の姿をして旅人を誘いこんでは食らうともいう……」
鳥口は言葉を途切れさせ、また本意を確かめるような顔をして京極堂の顔を仰いだ。
14 :
妖精の館〜その10〜:2009/04/10(金) 00:11:21 ID:do3dxv3W
「そう、あれはね、もとは大陸由来の古い山岳信仰の中にある山の精霊、豊饒の神だったものの落魄した姿なんだよ。西洋ならばさしずめガイアだのデメテルだのと地母神に祭りあげられるところが、
逆にこれが大和では低級な怪異譚などの一つとして括られてしまう。実はこうしたことはなにもことさら特別なことではなく、どの民族にも普通にみられることなんだ……つまり自らが奉ずる神々を崇める一方で
異教徒の神を貶めるという狭量な宗教観、選民思想によるものだ……肯定的なものになるか否定的なものになるか、イメージを決定づけるのは単にそれがもたらされた時代と、それが広く一般にまで知れわたるようになった順番による、
そう言っても過言ではない……」
京極堂は座卓の抽斗の中から一篇の綴じ物を取り出すとパラパラとめくり、卓の上に広げて一同に示した。
「これがその山姥のもともとの姿だ……」
そこには白い寛衣を纏った若い天女の姿が描かれた古い毛筆画がひとつ、表題らしきに“?”、とある。 私はすぐに京極堂が先に筆書きした文字との類似に気づいた。
「そいつは隋朝末期に描かれたものの写しなんだが……」
「うねめ……か?」と問うと、
「うねめ、とは……普通、こう書く……」
京極堂は、采女、と筆書きし、たしかにそうだったと私は思った。
「だが、?、と書くと宮中に仕える女官という意味ではなく山の神事を預かる巫女、という意味に変わる。それがいつしか山の精霊そのものを示すようになった……」
「京極堂……」
「察しの通り、綏蝴の綏と?、その二つには大いに関係があるのだよ……」
「しかし、?、は山のものなんだろう? ウンディーネやセイレーンなどの水のものとは違うように思えるが……」
また京極堂に呪をかけられたことを意識しながら私は尋いた。
「それがそうでもないんだ。そもそも大和では綏と蝴とは別のものを表していたんだが……蝴は水の精霊、 それが地に転じて綏となった。綏が地の精霊となれば、大陸の?とも結びつけたくなる。
綏と?はともに位の高い女性を意味する“妥”という文字を起源としているのもただの偶然ではなかろう。乾燥した大地が続く大陸西域とは違って、山間部にも森林湖沼の多い彼の地では、いつしか地の精霊が水の精霊に意味を変えた、
そう考えるのもあながち的はずれとはいえないのではないかい。あるいは順番がそもそも逆だったのかもしれないが……水豊かなる秋津州の精霊が、大陸をわたるうちに地の精霊となり、やがて西の果てでは本来の水の精霊となり、
ついには大神の地位にまで上りつめた……」
「なるほど、それで河童とウンディーネが同根ということになるわけか……」
「あくまでも可能性のひとつとしてだよ……それとね鳥口君、きみが喜ぶだろう話がまだあるんだ、もともとは山の神であった綏が水神としての顔をもっていることの一例といえるものが……綏蝴にはね、別の顔があって、
実はそっちの方がわれわれのような日本人を祖先に持つものにとっては馴染みがあるかもしれない」
15 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/04/16(木) 18:34:14 ID:IKELDhLS
おもんねぇ・・・
超つまらんwww
17 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/05/06(水) 07:21:07 ID:QzqOYIoj
おわったん?www
不評の嵐に心が折れたのやも
つまらなさすぎてワロタ
なんという低評価ww
確かにざっと見た限り・・残念臭が
21 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/06/17(水) 23:28:32 ID:71PCYa1x
どこいったんだ?マジで
22 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/14(火) 06:22:41 ID:9Ye8uFIi
あげ
23 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/07/28(火) 01:15:42 ID:5y4my5us
晒しあげ
あげ
25 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2009/08/07(金) 23:23:33 ID:4Q0anmvT
まだ晒しあげ
26 :
名無しさん@お腹いっぱい。:
世界観もねぇ……。最初の説明ないし。
京極世界は昭和なのに、ARIAは近未来……。