リリカルなのはクロスSSその77

このエントリーをはてなブックマークに追加
1名無しさん@お腹いっぱい。
ここはリリカルなのはのクロスオーバーSSスレです。
型月作品関連のクロスは同じ板の、ガンダムSEEDシリーズ関係のクロスは新シャア板の専用スレにお願いします。
ガンダム関係のクロスオーバーは新シャア板に専用スレあるので投下はそちらにお願いします。
オリネタ、エロパロはエロパロ板の専用スレの方でお願いします。
このスレはsage進行です。
【メル欄にsageと入れてください】
荒らし、煽り等はスルーしてください。
ゲット・雑談は自重の方向で。
次スレは>>975を踏んだ方、もしくは475kbyteを超えたのを確認した方が立ててください。

前スレ
リリカルなのはクロスSSその76
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1221391030/

*雑談はこちらでお願いします
リリカルなのはウロスSS感想・雑談スレ45(こちらは避難所になります)
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/anime/6053/1221887396/

まとめサイト
ttp://www38.atwiki.jp/nanohass/

避難所
ttp://jbbs.livedoor.jp/anime/6053/

NanohaWiki
ttp://nanoha.julynet.jp/

R&Rの【リリカルなのはStrikerS各種データ部屋】
ttp://asagi-s.sakura.ne.jp/index.html

2名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:34:08 ID:yU1nRSFV
【書き手の方々ヘ】
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
  http://gikonavi.sourceforge.jp/top.html
・Jane Style(フリーソフト)
  http://janestyle.s11.xrea.com/
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認してダブルブッキングなどの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
 前の作品投下終了から30分以上が目安です。

【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は応援スレ、もしくはまとめwikiのweb拍手へどうぞ。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。

【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
 議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
 皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
 著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
 いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
 追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:34:13 ID:r7hjAQ2Q
【書き手の方々ヘ】
・作品投下時はコテトリ推奨。トリップは「名前#任意の文字列」で付きます。
・レスは60行、1行につき全角128文字まで。
・一度に書き込めるのは4096Byts、全角だと2048文字分。
・先頭行が改行だけで22行を超えると、投下した文章がエラー無しに削除されます。空白だけでも入れて下さい。
・専用ブラウザなら文字数、行数表示機能付きです。推奨。
・専用ブラウザはこちらのリンクからどうぞ
・ギコナビ(フリーソフト)
  http://gikonavi.sourceforge.jp/top.html
・Jane Style(フリーソフト)
  http://janestyle.s11.xrea.com/
・投下時以外のコテトリでの発言は自己責任で、当局は一切の関与を致しません 。
・投下の際には予約を確認してダブルブッキングなどの問題が無いかどうかを前もって確認する事。
・作品の投下は前の投下作品の感想レスが一通り終わった後にしてください。
 前の作品投下終了から30分以上が目安です。

【読み手の方々ヘ】
・リアルタイム投下に遭遇したら、支援レスで援護しよう。
・投下直後以外の感想は応援スレ、もしくはまとめwikiのweb拍手へどうぞ。
・気に入らない作品・職人はスルーしよう。そのためのNG機能です。
・度を過ぎた展開予測・要望レスは控えましょう。
・過度の本編叩きはご法度なの。口で言って分からない人は悪魔らしいやり方で分かってもらうの。

【注意】
・運営に関する案が出た場合皆積極的に議論に参加しましょう。雑談で流すのはもってのほか。
 議論が起こった際には必ず誘導があり、意見がまとまったらその旨の告知があるので、
 皆さま是非ご参加ください。
・書き込みの際、とくにコテハンを付けての発言の際には、この場が衆目の前に在ることを自覚しましょう。
・youtubeやニコ動に代表される動画投稿サイトに嫌悪感を持つ方は多数いらっしゃいます。
 著作権を侵害する動画もあり、スレが荒れる元になるのでリンクは止めましょう。
・盗作は卑劣な犯罪行為であり。物書きとして当然超えてはならぬ一線です。一切を固く禁じます。
 いかなるソースからであっても、文章を無断でそのままコピーすることは盗作に当たります。
・盗作者は言わずもがな、盗作を助長・許容する類の発言もまた、断固としてこれを禁じます。
・盗作ではないかと証拠もなく無責任に疑う発言は、盗作と同じく罪深い行為です。
 追及する際は必ず該当部分を併記して、誰もが納得する発言を心掛けてください。
4名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:35:03 ID:eVtN1vpD
>>1乙
こっちが先で番号も合っているのであげ
5名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:35:04 ID:r7hjAQ2Q
【警告】
・以下のコテは下記の問題行動のためスレの総意により追放が確定しました。

【作者】スーパーロボット大戦X ◆ByQOpSwBoI
【問題の作品】「スーパーロボット大戦X」「スーパーロボット大戦E」「魔法少女(チェンジ!!)リリカルなのはA'S 次元世界最後の日」
【問題行為】盗作及び誠意の見られない謝罪

【作者】StS+ライダー ◆W2/fRICvcs
【問題の作品】なのはStS+仮面ライダー(第2部) 
【問題行為】Wikipediaからの無断盗用

【作者】リリカルスクライド ◆etxgK549B2
【問題行動】盗作擁護発言
【問題行為】盗作の擁護(と見られる発言)及び、その後の自作削除の願いの乱用

【作者】はぴねす!
【問題の作品】はぴねす!
【問題行為】外部サイトからの盗作

【作者】リリカラー劇場
【問題の作品】魔法少女リリカルなのはFullcolor'S
【問題行為】盗作、該当作品の外部サイト投稿及び誠意のない謝罪
6魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:36:17 ID:yU1nRSFV
容量に気付かず、申し訳ありません。
新スレ立てさせていただきました。
7名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:37:14 ID:r7hjAQ2Q
>>6
OK、では早速続きを投下だ。
8魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:38:21 ID:yU1nRSFV
それでは前スレからの続きを投下させていただきます。
お騒がせしました。
9魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:39:08 ID:yU1nRSFV
 張り上げられたブチャラティの声に、誰もが動きを止めた。
 この数年で培った彼への信頼とリーダーとしての威厳はナンバーズの間で揺ぎ無いものとなっている。
 一度切れたら止められない血気盛んなノーヴェも、傲慢不遜なクアットロも、この一喝には従わざる得ない。

「チンクから聞いてると思うが、新しい仲間を連れてきた! エリオ・モンディアルだ!!」

 諍いの最中にあった緊張感を敏感に感じ取り、オドオドとした気弱な様子でエリオが一歩前に歩み出す。
 酷く気まずい空気を味わっていた。
 ブチャラティの紹介に対して、先ほどまであれだけ騒いでいたナンバーズ達の反応は薄い。誰もが無言で、自分を計るように見つめている。

「おお、というとエリオはドクターに認められたわけだな?」
「ああ、まだ若いが一緒に訓練にも参加してもらうことになっている」

 唯一、チンクだけが我が事のようにエリオの参加を祝福していた。
 その笑みに後押しされ、エリオは背筋を正して頭を下げ、自己紹介した。もう随分錆び付いた動作だ。

「エリオ・モンディアルです。よろしくお願いします」

 トーレ、クアットロ、ノーヴェ、ウェンディ、セインの五人の視線が一同にエリオの緊張に強張った顔を捉え――そして、また思い思いの方向へ逸れていった。

「ごめんよ、クア姉。あたし、一生懸命勉強するよ。だから、また教えてくれよ」
「私の方こそ、許してちょうだいねノーヴェ」
「ねえ、トーレ姉。その食べかけのケーキ残すっすか? 食べるっすか?」
「勝手に食え」
「♪」

 各々好きに話したり、紅茶を飲んだり、音楽を聴いたりと、エリオの挨拶に全く反応を示さない。
 分かりやすい無視に、エリオは更に小さく縮こまって、その様子を見ていたチンクとブチャラティはこめかみを押さえた。

「おい、おまえらッ! このブチャラティが連れて来たんだ、愛想良くしろよッ! ドクターの許可も貰ってるんだッ!」
「すまない、エリオ。姉妹の間では仲の良い奴らなんだが、その分他人には排他的なんだ。姉からも後で言っておく」
「い、いえ……気にしてませんから」

 二人のフォローの甲斐なく、落ち込んだ様子で笑うエリオ。
 しかし、そんなエリオの下へおもむろにクアットロが微笑みながら歩み寄った。
 意外といえば一番意外な人物である。ブチャラティとチンクは思わず顔を見合わせた。

「いいですとも、仲良くしましよう。エリオ君でしたっけ?」
「は、はい」
「クアットロよ。よろしくね♪」

 優しげな笑みと共に差し出された手を、希望の光のように捉えて、エリオはぎこちなく笑みを返しながら自らも手を伸ばした。
 ――途端、その手をするりと避けて、クアットロの右手がエリオの股間を掴み上げた。

「ひぎぃっ!!?」
「よ・ろ・し・く・ね」

 握り潰す寸前の握力で掴まれ、エリオはそのまま泡を吹いて気絶した。
 テーブルの方から全員の大爆笑が巻き起こる。
10名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:39:17 ID:fFzR0lBs

11魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:40:18 ID:yU1nRSFV
「やったッ!」
「さすがクア姉! わたしたちの出来ないことを平然とやってのけるっすッ!!」
「そこに痺れる憧れるゥ!」
「……ふん、男は不便だな」
「てめーらなァーッ!!」
「あらん、リーダー。怒らないで、ほんの親愛の情よ?」
「ああ、駄目だ。完全に気絶してる……」

 ――出会いには必ず騒動があった。
 だが、この人間臭いやりとりもまたブチャラティという男に触れることで得たものだと、彼女達はまだ気付かない。
 一人の少年を加え、ナンバーズとブチャラティの『任務』をこなす日々はまた過ぎていく。





 ある日の夜、ノーヴェは休憩室で酒を飲むブチャラティを見かけた。
 初めて見る光景だった。彼は姉妹達の前で酒や煙草を嗜んだことは一度も無い。
 それに、グラスの中身を定期的に口に含んで飲み込む姿は、まるで薬でも飲んでいるような作業的なものだった。とても酔いを楽しんでいるようには思えない。
 なんとなく声の掛けづらい状況の中、佇むノーヴェにブチャラティの方がいち早く気付く。

「ノーヴェか」
「ああ、その……ブチャラティ、どうかしたのか?」
「どうかって?」
「なんか、様子がおかしいし……」
「……そうか」

 そう言って、ブチャラティは笑った。ノーヴェには好きになれない、寂しい微笑だった。
 ブチャラティは、時折こうして考え込むことがある。何かに疑問を持っているような顔をすることがある。
 それが何なのかは分からない。
 自分は、あまり頭が良くない。脳にインプットされた高度な魔法の術式や数式などに関係なく、物事の機敏というものに疎い。
 ナンバーズの誰も真似できないような発想と判断で、常に正しい結果を導き出してきたブチャラティこそ真に賢い者だとノーヴェは確信している。
 だから、きっと彼の考える深遠な悩みは、自分では到底解決し得ないものだ。
 そう理解し、ただ納得だけは出来ない歯痒さを感じながら、ノーヴェは立ち竦んでいた。

「……ノーヴェ、『運命』ってヤツを信じるか?」
「『運命』?」

 ブチャラティの唐突な問い掛けに、ノーヴェは答えることも出来ず混乱した。

「よくわかんねーケド、それが『自分の生きる道が決まってる』っていう意味なら……信じない。
 あたしはアンタに教わったんだ。戦闘機人として決まっていた道筋を、自分なりに選んで進めるようになったんだ」

 悩みながらも精一杯のノーヴェの答えに、ブチャラティはもう一度笑みを浮かべた。
 それはもう寂しくは無く、手の掛かる教え子が満足のいく答えを出してくれた喜びに浮かべる教師のような笑みだった。
 途端に気恥ずかしくなって、ノーヴェは赤くなった。

「そうだな。その通りだ。
 オレにとっての『運命』は諦めて受け入れることじゃない。何か意味のあることを切り開いて行くことで見つかる道のことだ。
 そうして得た結末なら、例え死であろうとオレは受け入れる……」

 ブチャラティはもう一度酒を含んだ。
12名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:40:52 ID:fFzR0lBs

13魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:41:25 ID:yU1nRSFV
「オレにとって、『此処』に来る前がそうだった――。
 ある仲間が死に、ある仲間が生き残った。その果てで得た『運命』にオレの死もあった。なのに……ッ」

 後悔の滲んだ表情で、ブチャラティは拳を握り締める。
 ノーヴェの初めて見る表情だった。

「オレはまだおめおめと生きている……。死んでいった仲間達が、『運命』から逃げ出したオレを責めているような気がしてならないんだ」

 ある日突然現れ、今やナンバーズにとって無くはならない存在であるブチャラティの心の内を、ノーヴェは垣間見たような気がした。
 彼の過去を知る者は、おそらくドクターだけだ。詳しいことは何も分からない。
 ただ、彼の苦しみの一端だけは理解することが出来た。
 その苦しみを消してやることは、やはり自分には出来ないのだろう。
 無力感を感じながら、それでもノーヴェは必死に口を開く。言葉を紡ぐ。

「……あたし達とのことを『運命』だと思ってくれないのか?」
「ノーヴェ?」
「ブチャラティと昔の仲間にある絆に比べたら、今のあたし達の間にあるものは全然薄っぺらいのかもしれないけど……あたしは、アンタとの出会いを『運命』だと思いたい。
 アンタが生き残ったのは、あたし達と出会う為だった……そう考えても、いいんじゃねえか? あたしじゃあ、役不足かもしれないけど……」
「……」

 ブチャラティはしばし沈黙し、俯いたノーヴェを見つめていたが、おもむろに酒瓶の蓋をして立ち上がった。

「……ああ、かけがえのない仲間だったよ」

 ノーヴェが顔を上げる。
 いつも通りの、頼りがいのある男としての笑みがブチャラティの顔に戻っていた。

「そして、お前らはお前らだ。このブローノ・ブチャラティの新しい仲間だ」
「――おうッ!」

 ノーヴェは満面の笑みを浮かべて頷いた。



 そして、日々は過ぎていく。
 その過ぎ去った時間を『運命』と呼ぶ者もいるかもしれない。人は皆、『運命の奴隷』である。
 新たな道を開いたブチャラティの『運命』
 それによって更に道の開かれたナンバーズの『運命』
 新たな道を踏み出すことは『苦難の道』の始まりでもある。定まった道を諦めと共に受け入れることこそ『安楽』なのかもしれない。
 だが、ノーヴェは選んだ。
 彼女達は選んだ。



 そんな彼女達の道の先に待つ『苦難』を表すかのように――『別れの時』もまた唐突に訪れたのだった。





To Be Continued……→

14名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:42:00 ID:s1ELpdyg
クサレ脳みそ支援
15名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:45:10 ID:fFzR0lBs

16魔法少女リリカルなのはStylish ◆GJQu3lVpNg :2008/09/22(月) 22:46:20 ID:yU1nRSFV
投下は以上で終了です。
いや、本当申し訳ありません。
趣味作品だったんで、他の投下の邪魔にならないようにサクサク投下しようとロクにチェックもせずに書き込んでしまいました(汗
小ネタなのに長いのも原因ですね。自重します。
暇つぶしにでも楽しんでいただければ幸いです。それにしても、ブチャラティの本格クロスの人早く続きこないかしら?(ぉ
17名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 22:50:30 ID:fz/ooGbM
乙です。

そうですね……。自分は赤字氏にも来て欲しいっす。
18名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/22(月) 23:01:22 ID:zuA3orAZ
ブチャラティが格好いいな、惚れそうだ
しかし、スカ陣営の皆が前向きだな、これじゃ6課は勝てないぞw
ティアとスバルでプロシュート兄貴とペッシのかけあいになるのか?
19りりる ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:24:43 ID:J5pjUbe4
Stylish氏、GJです。
ここの皆さんは本当にしっかりと書かれるんですよね。
と日頃から感心しきり。

またしても一ヶ月ぶりですが、23:30頃から四話を。
20りりる 1/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:34:51 ID:J5pjUbe4
永遠に等しい時間と空間を、目的地も決めず彷徨う多世代型恒星間移民船サン=テグジュペリ号。
全長二十Kmにもわたる巨大な、巨大すぎる船は、移民という目的の大半を達成していた。
船内時間で一年ほど前に、ようやく発見した地球型惑星。サン=テグジュペリ号の司法HALは第三市民を解凍し、その惑星に
彼等を降ろすことになった。
そして残った一人。
惑星に降りることを是とせず、今までと同じように旅を望むたった一人の市民の為に、ようやく見つけた大地を離れ、その船は
再び永遠の宇宙に羽ばたく。

市民イチヒコ
――たった一人、チャペック達を愛した”人間”

チャペック。作られた知性体。高等被造知性。
人間のDNAを用いて造られているとはいえ、その出自により本来は知性を封印され、人間に仕えるロボットとしての役割を
持たされるものだった。しかしサン=テグジュペリ号は一千年ほど前の不慮の事故により”人間”をすべて失ってしまう。
仕えるべき主を失ったチャペック達は心を持つことを許された。いや、持たざるを得なかった。
心を持つことで人間が背負っていた原罪を等しくその身に受けた彼女達。
それは彼女らに取って重い枷だったのか、それとも輝ける希望だったのか。
何も迷いもせずに、ただ、主である”人間”の指示に従い、責任も罪も何もかも”人間”が引き受けてくれていた時代。
ただ在るだけ良かった”神話”の世界から、心を持ち自らで未来を切り開かなくてはならなくなった今”。
自らの判断で罪を犯し、責任を持ち、葛藤に苦しむ彼女達。だがそれを補ってあまりあるほどに心豊かな”世界”。
いずれにせよ、その世界にとり残された一人の無垢なる人間であるイチヒコは、同じく無垢な彼女らと心を通じ合わせ、彼女たちと
s共に生きてきた。

市民イチヒコ
――たった一人、サン=テグジュペリ号に残った”人間”

チャペック達の生きる意味と、生きる目的のため。
彼女等の敬愛する”人間”として、友人として、家族として。
そして”大好きなやつ”として、……恋人として。
その”世界”で最も大切な者として、最も愛され、最も愛する人として。

その家も、町も、学校も、友達も、家族も、幼馴染みも、すべての者は市民イチヒコの為に、彼の為だけにある。
無限の宇宙にぽつんと残された小さな小さな世界。欺瞞に満ちた、しかし彼等の大切な楽園。

朝が来て、昼が来て、晩が来て、そして再び朝が来る。
永遠の日常。
イチヒコが望んだ生活。彼女達が切望した平穏。


しかし、今、その世界から見た侵入者達によって、大事に大事に育まれている平穏が破られようとしていた。

サン=テグジュペリ号の船内、L04記念公園区画の空中に浮かぶ目も眩むような桜色の魔力光があたりを煌々と照らし、
同じくらい輝く白銀の光矢が絶え間なく小さな恒星に突き刺さっていく。
その光景はEESを通じ船内のすべてのチャペック達が認識していた。
豊かな波打つ金髪を振り乱して必死に祈る者。学校の窓からその光景をじっと見つめる者。
銀色の髪を揺らし、駆けつけようとする者達。
そしてその場に立っている彼女達。
それぞれがそれぞれの思いを込め、自分達の信じるもののため、心の命じるままに全力でぶつかっていた。


21りりる 2/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:36:03 ID:J5pjUbe4
「くうううぅっ」

絶え間なく打ち込まれる小さな赤いベルカの騎士の特大ハンマーの攻撃にも似た重い衝撃が、ブラスターモードで強化されている
はずのラウンドシールドを殴打し、そして削っていく。
真下に見える桃色の髪の少女からの恐ろしいほどの攻撃を、なのはは必死に耐えていた。

(……でも、きれい)

こんな状況下ではあるが、なのはの目に映る桃色の髪の少女の爛々と輝くエメラルドの様な瞳は、髪の毛一筋ほどの濁りもなく、
とてつもなく純粋だった。
ただ、彼女は守ろうとしている。あのイチヒコと名乗る少年を守ろうとしているだけ。
教導官としていろんな人間を見てきたなのはにとって、その純粋さはそれこそきらきらと輝く宝石の様に映った。

(この子は悪い子じゃない、とても、とても純粋な子……)

それが判るだけに、この少女を憎む気にはなれなかった。だから、叫んだ。力の限り叫んだ。
これは誤解から来るすれ違いなんだと。間違いなんだと。本当は私達は戦う必要なんて何も無いんだと。
確かに自分達の認識でデバイスを向けたのは事実だったが、私達は誰も傷つけるつもりはないと。
ただ、間違えてしまっただけ。
ただ、話したかっただけ。
ただ、理解したかっただけ。

だから――

だから、なのはは必死に叫んだ。理解してもらえるように。少しでも想いが届くように。

「まって! お話を聞いてっ!」
「うるさいうるさいうるさいっ! お前が言うなぁっっっ!」

なのはの叫びに、しびれを切らしたのか桃色の少女が叫んだ後、消えた。――様に見えた。


R−ヒナギクは桃色のデフレクターを展開する敵チャペックにデラメーターを打ち込みながら微妙な違和感を感じていた。

(なんか変。……まるで”人間”みたいに……遅い)

そう、反応が極めて遅いのだ。
EESすらついていない。もしくは内蔵されているのか判らないが、攻撃をいちいち眼で追いかけている印象がある。
その分、動作も圧倒的に遅く感じる。
デラメーターを意図して散らしてみると、途端に反応が散らばっていくのが判る。
もう一人の金髪のチャペックは―こちらは高速近接戦闘用なのか―、レーザーブレードを振りかざして背後から突撃してくる。

(EESに死角なんて無いのに……)

キク科の軍用機である彼女の高精度EESのセンサーはしっかりと金髪のチャペックの動きを捕らえ、補助知能が自動的に迎撃を
始める。
多少、反応が良いとはいえ、やはりこっちのチャペックもさして人間と変わりない。

(ひょっとしてすごい旧式なの?)

殲滅戦の最中の軍用機にあるまじきことを考えていたのは、ある意味、心《レム》を持っていたからなのだろうか。
一千年前の心を持つ切っ掛けとなった事故以前のR−ヒナギクであれば、余計なことは何も考えず、作戦を遂行するために最適な
行動を取って居たはずだ。
そして、心を持っていたが故に、大事な、とても大事なものを守ろうと言う強い想いがあったが故に、目の前のチャペックの
自分勝手な呼びかけは許せなかった。

22りりる 3/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:38:04 ID:J5pjUbe4
(わたしの大事なイチヒコを傷つけようと、武器を突き付けていたおまえが、負けそうになっていまさら何を言うっ!)

R−ヒナギクの脳裏にイチヒコに武器を突き付けていたイメージがまざまざと蘇り、一瞬で心《レム》が恒星の巨大なフレアの様な
怒りに燃え上がる。
冷静なところでR−シロツメグサが来ているのを感じたR−ヒナギクは、心の叫びをそのままに、スライダーを全開にして光の矢の
様に弾け飛び、桃色のデフレクターを展開する敵チャペックに突撃する。
あの反応速度だったら、接近戦に持ち込んで分子震動式分解器《ディック》を叩き込めばいい。当たれば……いや、掠っても一瞬で
塵に還る。


「っ!」

なのはのこめかみに静電気にも似た刺激が走る。第六感と言って良いのか、豊富な実戦経験が磨き上げた本能と言って良いのか。
無意識のうちにその危険信号に身を任せ、フライアーフィンを羽ばたかせ限界を越えたフラッシュムーブで全力後退する。
瞬時の超加速になのはの全身が軋む。目の前が一瞬で真っ赤に染まり、レッドアウトしそうになるところを必死に耐える。
咄嗟の状況で碌に狙いもつけられないが、牽制の意味も込めて無数の魔力弾を撃ち出す。

一瞬の差、本当に紙一重だった。

背筋が凍るような悪寒が走るなのはの鼻先を、桃色の髪の少女のバチバチと弾ける拳がイオン臭をまき散らしながら掠める。
魔力弾を撃ち出して、多少なりとも牽制していなければ、まともにその一撃を受けていただろう。
だがR−ヒナギクの一撃を躱すと言うことは、なのはもまた歴戦の戦士であったと言うこと。
一瞬、ほんの一瞬だけ交錯した視線の中で、煌めくエメラルドの瞳が力強い意志を込めてなのはを見据え、黒い瞳が炎の様な想いを
真っ向から受け止める。

「ちっ」

砲撃が効かないと判断するや否や―いや、自分が接近戦に弱いことも判ったのだろう―、地表から一瞬の間に接敵して肉弾戦を挑む。
なのはは、そのセンスに舌を巻くと同時に、続けざまに放たれた至近距離の砲撃を辛うじて仰け反ってやり過ごす。
砲撃に巻き込まれたツインテールの髪が一房、臭いも出さずに虚無に消える。
必殺と思っていたのか、なかなか倒せないことに焦れたのか、一瞬だけ桃色の少女の動きが乱れる。その隙をなのはは見逃さない。
そして幸運も味方していた。

――その時は。

「はぁぁっ!」
《Short Buster》

たまたまレイジングハートの切っ先が桃色の髪の少女に向いていた。お返しとばかりに、その少女に自らの持つ最速の砲撃を
超至近距離から立て続けに打ち込む。
これでこの子が後退すれば距離を、時間を稼ぐことが出来る。この程度で倒せる様な相手とは思わないが、少しの間を稼ぐことは
出来るだろう。
なのははそう考えていた。

だがその手応えが消える。

「えっ?」
《Look out!! Master》

「たあああああぁぁっっ!!」

人間である以上、眼から、あるいは耳からの情報を処理するタイムラグがどうしても発生する。こればかりはどうしようもない。
ある程度距離が離れていれば、その誤差も距離がごまかしてくれる。しかし、手を伸ばせば届く距離の相手が、ふっと視界から
消えると上か下か、それとも横に移動したのか、判断に時間がかかる。人間の感覚では、ほんの一瞬だけ。
23りりる 4/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:41:09 ID:J5pjUbe4
訓練に訓練を重ねたなのはで100ms程の一瞬の時間。だが、チャペックであるR−ヒナギクには、数ピコ秒を遅いと感じる彼女に
とっては十二分な時間だった。
腹部に打ち込まれた攻撃をデフレクター《防護シールド》で受け止め、その反動も利用してスライダーを噴かす。
宙返りをするように、くるりと滑らかになのはの頭上に舞い上がったR−ヒナギクは、一転してスライダー駆動を下向き全開に変え
磁圧こぶしを振り下ろしていく。そこで分子震動式分解器《ディック》の方を使わなかったのは、偶然なのか、存在しないはずの
宗教的存在の配慮なのか。
いずれにせよ一連の流れる動きは瞬きをする程の短い間だった。

一瞬戸惑ったなのはをカバーするように、レイジングハートが激しく明滅し頭上に跳ね上がり、そのままラウンドシールドを張る。
桃色の光がなのはの頭上に広がり、ほぼ同じタイミングで強烈な打撃がなのはの全身を揺さぶる。
それはまるで戦車がぶつかってくるような痛撃。

ぱきん。と乾いた音と共に桃色のシールドが破砕され、有無を言わせない圧倒的な衝撃がダイレクトになのはに伝わる。
その尋常ではない力は、彼女の全身をがくがくとシェーカーに放り込んだように揺さぶっていく。
青い空を見ながら、あ、落ちてる。と思い至ったなのはは次の瞬間、隕石がクレーターを作るかのごとく大地に叩きつけられた。

「かふっ」

内蔵を痛めたのか、叩きつけられた衝撃で、赤い飛沫が飛ぶ。
一瞬だけ霞む視界に、緑色の光を見た。と思った瞬間、なのはの意識は闇に紛れた。


§ § § § § § § § § § §


「っっ!」

まるで、自分の心臓がそこにあるかの様に鼓動を感じ、どくんどくんと心拍が走ると同時に激痛が全身を駆け巡る。
ライオットブレードを握る右手の感覚が殆ど無い。
亀裂骨折か下手をすると本格的に砕けているかも知れない。眼の端に映る腕が無残にも腫れ上がっているのが見えた。
全速での飛行時に無理矢理行った方向転換で、腕が確実に使い物にならなくなっている。
しかし、フェイトはその状態であっても、目の前の相手に弱みを見せる訳にもいかず、自分のデバイスを放すことは出来なかった。

《Sir……,Are You Okey?》
「うん、大丈夫」

バルディッシュの気遣う問いかけを耳にしながら、目の前に立ちふさがる女性を見つめる。

「……イチヒコを傷つける、許さない」

青い髪、紅茶色の瞳、そして何よりも印象的な額のクリスタルを煌めかせた目の前の女性は、ゆっくりとイチヒコと呼ばれた少年を
庇うように歩を進める。
感情の抜け落ちたような表情の中、その瞳だけは違っていた。氷の炎の様な怒りの気配が、抉るようにフェイトに突き刺さってくる。
その狂気にも似た雰囲気に思わず気圧される。
奥歯にドリルを差し込まれるような疼痛があることで、相手の気配に飲まれることもなく、自分を保てているのは不幸中の幸いか。
先の桃色の髪の少女と違い、目の前の青い髪の女性は武器らしき物は何も持っていないように見える。
しかし、桃色の髪の少女が後を託してなのはに集中していることを考えると、彼女と同じような力を持っているとしか思えない。
それ故に、何か不気味な気配が忍び寄ってくる。
一瞬たりとも、目が離せなかった。

24りりる 5/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:43:40 ID:J5pjUbe4
風にマントがなびき、青い髪が揺れる。

「ヒナッ、しろ姉っ、やめてよっ、なんでいきなり喧嘩するんだよっ」

その頃になって、ようやく我に返った少年が、青い髪の女性に向かって叫んだ。
頭の上に青と白の変な生き物を乗せたまま、頬を膨らませた表情には少年らしい正義感が溢れている。
少年の方を向いた青い髪の女性は、フェイトに向けていた表情と全く異なる包み込むような、安堵したような柔らかな表情を
浮かべた。
そして、少年の言葉にフェイトは、はっとした。

(何かが狂っている。何? 何が……)

ひょっとして自分達は何か大きな間違いをしていたのではないだろうか?という想いが駆け巡る。

「……イチヒコ。あれは侵入者。とても危険」
「しんにゅうしゃってなんだよっ、しろ姉っ!」
「……とっても危ない。だから、イチヒコ。私の後ろに隠れる。私が守る」

その言葉にフェイトは、今更ながらに失敗を感じた。
自分達管理局の人間にとって、この船が危険極まりないと判断したように、この船にとって自分達が危険極まりないと判断された。
特に、桃色の少女も、目の前の女性も、この少年を守るために戦っていることを考えると、初動でこの少年にデバイスを向けたことが、
すべてのボタンの掛け違えなのだろう。誰にも見られている気配は感じなかったが、即座に彼女達がやってきたことを考えると、
最初から見られていたのかも知れない。

(まさか、それで宣戦布告に受け取られた……の?)

であれば、まだ間に合う。誤解さえ解くことが出来れば。
間違いだと判れば、こんな不毛な争いをする必要もない。なのはも戦わなくて良い。だったら、一刻も早く。

「まって、私たちは敵じゃない。さっきデバイスを突き付けたのは、誤解、間違いだったの」

フェイトの必死の呼びかけに、しろ姉と呼ばれている青い髪の女性はゆっくりと顔を上げた。
先の少年に向けた慈愛に満ちた表情とは一転して、氷で出来た仮面のような、能面のような顔がそこにあった。

「……侵入者であることは事実」

暖かみの欠片もない冷厳な言葉がフェイトの耳に届く。目の前の女性は間違いであったとしても許さない。という態度を変えなかった。
そしてフェイトはその言葉に反論出来なかった。
フェイトはぎりっと唇を噛みしめて、この状況の打開策を、なんとかこの状況を打開出来ないか、必死に考えを巡らせる。
しかし、咄嗟に妙案は出なかった。
撤退と言う言葉が存在を大きくしていく。
問題はこじれたままだが、一端お互いが冷静になる時間を空けるべきだろう。簡単に撤退できるとも思えないが、このままでは
平行線どころか、致命的な方向へ流れていく。
その時、何かが落下し、盛大な土煙をあげるのを視界の隅で捕らえた。

「――! なのはっ!!」

青い髪の女性から眼を離さないまま、思索を巡らせていたフェイトを我に返らせたのは、その落下に伴い大きく響いた衝撃音だった。
そっと横目で見て状況を認識した瞬間、崖から突き落とされたような感覚が彼女を襲う。
顔面が蒼白になった。世界がぐるぐる回って、自分が立っているのか寝ているのか平衡感覚がおかしくなる。絶望感と焦燥感に
苛まされながらソニックムーブを全開に、打ち落とされたなのはの元に向かう。

「なのはっ、なのはっ!」

地面にあいた大きなクレーターの底に、意識のないなのはが横たわっていた。
25りりる 6/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:45:48 ID:J5pjUbe4
落下の衝撃で手から離れたのか、少し離れたところに落ちているレイジングハートはぼろぼろにひび割れている。
その姿を見たフェイトの脳裏に昔の悪夢が蘇る。必死のリハビリをしなければならないほどの大怪我を負った少女時代のなのは。
あの時の様な想いはしたくない。そう思いながらも、前線に出るなのはを止めることは出来なかった。教導官であれば別だが一線で
働く以上、怪我のリスクはつきまとっている。
だが、それでもどこかでなのはの強さを信じていた。幼い頃の事件の時も、JS事件の時も。いつも最後になのはは笑っていた。
それなのに。
目の前に横たわる、ぼろぼろのなのはを見た時フェイトは不安と恐怖に押しつぶされそうだった。
足下ががくがくと震え、手もぶるぶると落ち着かない。

「な、なのは……? じょ、じょうだんは良くない……よ?」

フェイトはなのはの横に膝を降ろして、恐る恐る手を延ばし、そっと幼馴染みの頬を触る。
顔のそこかしこに浅い裂傷があって、そこからつつーっと何筋もの赤い命の雫がこぼれ落ちる。

「ね、なのは、もう、起きないと……」

フェイトは泣き顔と笑顔をかき混ぜて、不安に漬け込んだ様な、いびつな表情を浮かべ、うつろに掠れた声でなのはの肩を
そっと揺さぶる。
なのはの返答は無かった。
ただ、浅く荒い呼吸だけがフェイトに届き、そしてフェイトの頬を熱い雫が滴り落ちる。

「なのはっ! なのはっ! なのはーーーーーーっ!」
《Sir! You should Escape. Hurry!》

頭上を見上げれば、桃色の髪の少女がこちらを見下ろし、横を見れば青い髪の女性がマントの裾から手を横に差し出している。
フェイトは操り人形の様にバルディッシュを構え、苦手なはずの防御魔法を張る。
同時に無意識に次元転送の魔法を唱える。
しかし、次元航行艦の転送ゲートでなく、フェイト単独での次元転送は微細な座標固定など、極度の精神集中が必要な魔法でもあった。
いかに管理局のトップクラスの魔導師とはいえ、今の精神状態で、幼馴染みを守るためにDefenser Plusを展開しながら次元転送を
行うことは容易ではない。

R−ヒナギクは磁圧こぶしでたたき落とした栗色の髪のチャペックがほぼ機能停止状態になりつつあるのを、上空から見つめていた。
ただ、その直後の金色の髪のチャペックの行動を見ていると、心の中がとても苦い物で満たされていく。
イチヒコを守った。という達成感はあるものの、とても喜ぶ気にはなれなかった。心がヤスリで削られたようにじくじくと痛む。
だから、デラメーターの斉射で、片がつくと判っていても、縋り付く二人のチャペックに銃口を向けることは出来なかった。

そして、R−シロツメグサは、上空で泣きそうな表情を浮かべているR−ヒナギクを見たあと、ゆっくりと眼を閉じた。
R−ヒナギクは”優しい”。いつもいつも怒っているように見せかけているが、その実、必要以上に配慮しているのを知っている。
自分と同じくらい、いや、ひょっとして自分以上に心を発達させているのかも知れない。
だから、キク科の軍用機でありつつ、R−ダリアやR−キンポウゲではなくR−ヒナギクがイチヒコの”幼馴染み”として
選ばれている。いや幼馴染みとして選ばれたから、優しくなったのか。
なら……。

『確認、E〜L区画担当ドレクスラー管理者《Chief Salamander》、D-ISSG-0100118D R−シロツメグサの権限にて接続……』

R−シロツメグサの瞼がゆっくりと開き、そっと右手を横に掲げる。

『……現出せよ。……アンドリアス・ショイフツェリ《重サラマンドラ槍》』

何かをつかむように開かれた手に白い光の粒子が集まり始める。
その場を制圧するかの様に集まり輝いた光は、一本の白銀の槍と化していく。
26りりる 7/7 ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:48:59 ID:J5pjUbe4
R−シロツメグサの身長を遙かに超える優美な、そして凶悪この上ない白銀の武器。
すべての物質を素粒子より更に小さな物にまで分解するR−シロツメグサ唯一で最凶の武器《ウォートースター》

「……せめて苦しまないように、一瞬で」

R−シロツメグサの心にも目の前の金髪のチャペックの流す涙が破鐘の様に鳴り響いていた。
R−ヒナギクとR−シロツメグサ。チャペックの中でも心を高度に発達させた二人《二機》には、その金色のチャペックの慟哭する
想いが届いていた。
まるで人間《マンカインド》の様な振る舞いを見せる敵チャペックの姿を、翠色と紅茶色の二つの眼差しが複雑な色を浮かべ、
ただ見つめる。

青い髪の女性が空中から取り出した槍を見た瞬間、フェイトは覚悟を決めた。
それは直感だったのだが、あの槍は駄目だ。という想いが満ちていく。
アレを前にすると。徒手空拳でなのはの全力全開の砲撃を受けているような気持ちにさせられる。
こうなってしまえば、次元転送の魔法も間に合わないだろう。冷静な部分が現状を分析するが、どこか心が麻痺したように考えが
うまく纏まらない。
ヴィヴィオともう会えないのが心残りだが、なのはと一緒に逝けるのであれば、それはそれで良いのかも知れない。
フェイトは、ゆっくりと立ち上がり、Defenserの防御も解く。
動かなくなった腕でライオットブレードを構える。
こうなれば、せめて一太刀でも。とうつろな瞳で目の前の女性を見つめた。

白銀の槍の輝きが増していく。

「バルディッシュ、ごめんね。ヴィヴィオ、ごめんね。フェイトママもなのはママも帰れないよ、……なのは……ごめん」

脳裏を駆け巡るのは、あの楽しかった日々。なのはと初めてあった幼い頃の記憶。争って友人になって、そして肩を並べて
戦うようになったこと。様々な光景が立て続けに現れては消えていく。
フェイトはライオットブレードを胸に抱え、ゆっくりと眼を閉じ、魔力を最大限に高めていく。
カートリッジが際限なくつぎ込まれ、巨大な金色の恒星がそこに現れる。

「……Over Drive Full Boost」

自分の体の限界を遙かに超える自己ブーストを重ねていく。全身がびきびきと音を立てる。
ピシッと微かな音が響き、こめかみから、赤い物が滴り落ちていく。
重ね合わされたライオットブレードが巨大なブレードを形作る。
立ち上る魔力がライオットザンバーのブレードを炎の刃紋に変えていく。

強烈な白銀の光が収束する。

金色の光が眩いばかりに輝いていく。

ゆっくりと、フェイトが眼を開き、すっと腰を落とした。全身をバネのようにたわめ、ライオットザンバーをゆっくりと八相に構える。
純白のマントを風に靡かせたR−シロツメグサが、輝ける虚無の兵器の切っ先を目の前の敵に向けた。

そして――
27りりる ◆VRV4gYzSQE :2008/09/22(月) 23:50:23 ID:J5pjUbe4
第四話でした。

鬼切りでごめんなさい。話の都合上、ここで切っちゃいます。
ではまたの機会に。
28名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 00:23:42 ID:yu+NCi9N
GJでした!
クロス先は知らないけどR−ヒナギクとか強いんですね。

接触の仕方はちゃんと考えないといけないという
話ですよね。
29名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 00:38:50 ID:ZPYJTrpV
GJです
やっぱりあれか〜、異文化にふれるさいは対話が1番だよな
武器突き付けられたら誰だってな
30名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 00:42:36 ID:ud/RLZQl
成人向けPCゲームのR.U.R.U.R
31名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 01:00:23 ID:yoL4NCV5
ヒナギグは装備さえちゃんとしとけば単騎で星ひとつ滅ぼせるチートであり、
それがなおかつ数機いるから管理局オワタなぐらいすごいんだけどね。
シロツメグサもやべえんだけど、原作では話のテーマがバトルじゃないんで
忘れがちになんだけどね。
32名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 02:44:18 ID:jSmit78M
りりるGJ
いやはや、確かに偵察機の派遣→艦内への侵入者→最重要人物への接触と武器を向けるという敵対行動。
この二機じゃなくてもほとんどの者は即戦闘突入敵機殲滅、可能なら生きていたモノを尋問は確実にやるだろうな。
しかも戦闘で不利になったあたりからの会談請求。うん素直に応じる方が難しい。
やはり話し合いは最初からこちらに敵対の意思がないことをしめさんと無理だよな。和平の使者は槍を持たないは良い言葉だ。
33名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 10:50:56 ID:IL8CfvD3
管理局の傲慢と慢心を身に着けたキャラだからこそのすれ違いだなー。

敵と思われるかもしれないから誤解を解くために突入して武器突きつけるとは、どこのお米の国?
34名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 12:48:04 ID:J3gLbP7s
なのはキャラは
すべて死ぬべき
35一尉:2008/09/23(火) 13:49:42 ID:dRReQFx9
たふん死無い思うたよ。
36名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 14:04:12 ID:/EvuJXgc
アンチは巣に帰れやカス
37名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 15:11:41 ID:de0Hklv4
GJ
はたしてお話が通じるのか?
なのは勢もこのままでは終わらないと思うし、原作の作風も考えたら
和解もあるのか?
続きが楽しみです。
38仮面の男 ◆DvBI45asCU :2008/09/23(火) 17:55:13 ID:0lfEpfy4
18:20分頃になりますが、投下してもいいでしょうか?
39名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 18:11:58 ID:de0Hklv4
OKです。
40女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:22:05 ID:0lfEpfy4


切り替わる仮面。

自らを映し出す心の鏡。

映るのは自分だけとは限らない。


<02: Montage>


AM12:53

機動六課、隊長室。そこでは、現在重苦しい空気が流れていた。

「――で、この人に助けてもらったと」
「うん……」

世界が時間を取り戻し、六課のシステムが復旧した頃、なのはと青年は六課に保護され、現在部隊長であるはやてに事情を説明していた。
しかし、その内容はとても信じられるようなものではなく、はやては頭を抱えたくなった。
当事者の一人である青年は連れてこられてすぐは物珍しげに辺りをキョロキョロと見回していたが、今は大人しくなのはの隣で、フェイトとデスクに腰掛けたはやてに向き合っていた。
はやては青年の顔を見つめる。この青年も訳が分からない。
六課に保護したはいいが、何故か腰に銃を下げていた。質量兵器が禁止されているというのにどうやってそれを入手したのかは知らないが、押収してみるとその正体はアンティークのようなもので、弾丸は出ない仕様になっていた。
着ている制服らしき服はタイまで締められ、首から提げていたのは携帯型の音楽プレーヤー。
戦地にいたとしてはおかし過ぎる格好だ。浮世離れした奇妙な存在感を、彼は放っていた。加えて、
「シャドウに影時間、か……」
隠された時間。止まっていた時間。映像記録の繋がりの不自然さも物語っている。
確認した映像記録では、ほんの一秒前まで存在していなかった青年がなのはの隣に立っていたのだ。
自身も体験している以上、影時間というものの存在については認めざるを得ないだろう。
しかし、なのはの言う「化け物」はどうにも要領を得なかった。それを語るなのは自信も困惑した様子で、「手が沢山生えた影のような化け物」とこれだけだ。
しかしなのはの言葉からは嘘は感じられなかったし、隣の青年の証言も合わせて考えるに、それはどうやら事実であるらしかった。
証拠がないからと言って十年来の友の言葉を軽く扱うはやてではない。
シャドウと呼ばれる怪物にどう対応すればいいのか……。
鍵は、目の前の青年が握っているらしい。
41女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:22:47 ID:0lfEpfy4
AM12:00

時間は影時間に遡る。
「あの、さっきはありがとうございました」
「……気にしなくていい」
あの後、なんとか立ち上がったなのはは、彼に話を聞いていた。
彼が道に迷っていたこと、偶然なのはを見つけたこと。そして、影時間のこと。
「影時間?」
「そう。一日と一日の狭間に存在する、隠された時間。
この時間の中では特殊なものを除いて一切の機械が動かなくなり、人間も、一部の人たちを除いて、「象徴化」し、棺型のオブジェになる」
青年の話は胡散臭いことこの上ない。
しかし、異常なこの現状や、先ほどの恐怖が拭い去れずにいるなのはは、それ併せて考え、青年を信じることにする。
頷いて、続きを促した。
「その一部の人たちは、「ペルソナ使い」と呼ばれる。
僕がさっきして見せたように、精神の力を具現化させることができる、素質を持った人たち。
さっきの怪物…僕が「シャドウ」と呼んでいるアレは、その素質を持った人を襲う」
「それって……」
なのはの呟きに、今度は彼が頷いた。そう、と呟いて、言葉を続ける。
「あなたにも、ペルソナを使う素質がある」
青年の言葉から数分後、影時間が終わり、周囲があるべき時を取り戻し始めた。
ガジェットもこれまでと同じように活動を再開する。
ちょうど一時間前と変わらない光景に、なのはは気を引き締めると、レイジングハートをセットアップした。
「それは……?」
驚きに目を見開く彼に微笑みかけると、残るガジェットを殲滅すべく、なのはは空に戻って行った。
青年は、魔導師を見たことは無論なく、ましてやこの世界の常識が一切分からない。
とりあえず目の前の女性が壊している機械を見て、自分も参戦して手伝おうかと思ったが、どうやら必要なさそうだ。
一気に手持ち無沙汰になってしまった青年は傍若無人にもズボンのポケットに両手を収めると、戦闘を傍観し始めた。
彼女に話を聞かない限りは自分はここで行き倒れるかもしれない。
転生してすぐそれはごめんだった。ならばここはこの戦いが終わるのを待つしかない。
なのはとしても、青年が下手に動かない方がやりやすかったこともある。
しかしそんな判断がその事態を招いたのかも知れない。
なのはから遠く離れ、射程から離脱していたガジェットは、近くにいた青年の後ろに回り込むように旋回していたのだ。
なのはが気づいた時には既に遅く、ガジェットは青年に攻撃を仕掛ける寸前だった。
「危ない、後ろ!」
なのはの声に咄嗟に振り返った青年は、ガジェットの攻撃をかろうじて回避した。
なのはは安堵の溜息をつき、しかし彼の矛盾に内心首を傾げた。
何故あれ程の怪物を倒せておきながら、攻撃に参加しないのだろうか?
42女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:23:14 ID:0lfEpfy4
彼はただ単にこの世界がどういうものか分からなかったし、戦う必要も思い当たらなかったので手を出さなかっただけなのだが、それでも今の不意打ちには思うところがあったらしい。
ホルスターの銃を抜くと、その銃口を躊躇うことなく、自らの頭に向けた。
「何を……!?」
するの、となのはが言い終わる前に、そのトリガーは引かれた。体を銃身に、精神を火薬にして。
果たして放たれた弾丸は、彼の心の仮面。自らを守護する精神の鎧であり、剣。
「オルフェウス……!」
最も目を引くのは背に背負われた巨大な竪琴だ。
そして、異様に細長い付け根と、その先に円筒を取り付けただけのような異形の手足。
腹部にはスピーカーのようなへこみがあった。アンバランスなシルエット。
青年に似ているようで、細部で大きく異なる異人。
「あれが……ペルソナ」
現れ出でし幽玄の奏者は、その背に背負う竪琴を後ろに振りかぶると、か細い腕のどこにそんな力があろうかという勢いで、思い切りガジェットに叩きつけた。
凄まじい衝撃にガジェットは地面にたたきつけられ、外郭である装甲がひしゃげる。
その一撃はガジェットの内部に損傷をきたしたらしい、ガジェットの機能は完全に沈黙した。
実験とも言えるオルフェウスでの物理的な攻撃の結果は予想通り。
シャドウ以外にも、この世界の機械にペルソナの攻撃が通用することがわかった。
それだけを確認すると、彼は自らの内で心の仮面を付け替える。
更なる標的のガジェットを見定めると、再びトリガーを引く。知らず、彼の口元には微笑すら浮かんでいた。
放たれたのは、兜を頂く隻眼の男。北欧神話の主神、
「オーディン!」
マントと雷をその身に纏う雷神、オーディン。その姿はまごうことなき王者たる威光を放っていた。
オーディンはその手に持つ槍「グングニル」を天に掲げた。
万雷を孕む黒雲が辺りに立ち込め、周囲に雷鳴を轟かせながら雷を降らし始める。
「マハジオダイン」。強大な雷は周囲に散らばっていたガジェット全てを貫き、撃ち洩らすこともなく破壊していった。
大規模な雷の嵐が静まり、黒雲が消えうせると、オーディンの姿もそれに伴うように露と消えた。
彼は周囲を見渡すと、呆然としているなのはを見上げた。
「終わり?」
「う、うん」
あっけなくガジェットを殲滅してみせた青年の能力は、なのはの想像以上だった。
青年は銃をクルクルと手で回転させてみせ、ホルスターに収める。
気障なパフォーマンスだが、青年はそれを自然体でやっているらしい。見惚れるほどさまになっていた。
正直彼には驚かされっぱなしで呆然自失のなのはだったが、その後、とりあえず彼を保護するとともに六課へ帰還、事の経緯をはやてに説明し、今に至る。
43女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:24:02 ID:0lfEpfy4
「で、あの「力」はなんや?魔法か?」
はやての言葉は、青年に向けられたものだった。
映像記録に残されていた彼の戦闘の映像は、すでに眼を通していた。
常ならざる能力であることは確かだが、その正体は不明のままだ。
見た感じでは、キャロの召喚術に似ていないこともない。
彼は少し思案し、やがて首を横に振った。そして、一言だけ単語を口にする。
「ペルソナ」
「え?」
「『ペルソナ』という能力。シャドウに対抗し得る、唯一の力」
「……詳しく聞かせてもらえる?」
フェイトが続きを促した。はやても頷く。彼は逡巡する様子を見せた。
自分の中で考えを纏めているような感じだ。
「これは、僕の主観ですが」
やがて彼は自分の心臓の位置に手を置き、そう前置きしてから話し始めた。
「……皆さんの使う魔法とは、全く別のものです。
潜在意識にある心の力を具現化したもの。言葉に表すならそんな感じです」
……ペルソナについて一通りの説明を終えた彼は、もう話すことはない、とでも言うようにポケットに手を収めた。
「つまり…別の次元から何かを呼び出す召喚術とは、違う召喚術ってことかな?」
フェイトの問いかけに、彼は頷いた。
「ペルソナは内なる心の力。引き出すのに必要なのは技術じゃない。
魔法は技術、ペルソナは能力。そう解釈してもらえれば分かりやすい。
召喚器で頭を打ちぬき、仮想の中で内なる力を引き出す。
安定した召喚を行うにはこのプロセスを行う必要がある。でも、必ずしも必要な訳じゃない」
青年は頭のこめかみに手で作った銃を押し当て、引き金を引く真似をした。
「……それで、君はなんでそんなに事情に精通してるんや?」
はやての質問は、核心を突くものだった。彼は物思いに耽るように眼を瞑ると、やがて口を開いた。
「……僕は、この世界の人間じゃない」
三人は一様に驚く。薄々、この世界の人間ではないのでは、と思ってはいたが。
職業柄、次元漂流者というものにはまま、遭遇することがある。
しかしその殆どは自分の身に何が起こったのか理解していない。
しかし彼は自分が別世界にいることを明確に理解していた。
彼は、自分と自分の居た世界、そしてここに来ることになった経緯を説明する。
「――その後、僕は気づいたらこの世界にいた」
ユニバースの力の事や、デスを封印してからの経緯の事など、自分が向こうの世界では死んだ身であることは黙っていた。
自分でもうまく説明できる自信がなかったし、何故か彼は、目の前にいる人たちに自分は死んでいたのだということを知られたくなかったのだ。
「んー、なんやとてつもない話やなぁ……」
「それじゃあ、なんでこの世界に影時間があるのかは、分らないの?」
「……はい、僕もこちらに来たばかりで事情がよく……。次は、僕の質問に答えてもらえますか?」
この世界について、彼はまだ殆ど何も知らなかった。
目にした魔法にも興味があったし、この世界を知ることは不可欠だ。
その後も情報交換のようなやり取りは続くが、当然のように話はペルソナに帰結した。
この世界に影時間とシャドウがある限り、その脅威を退けられるのはこの力だけなのだ。
44女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:24:34 ID:0lfEpfy4
「基本的にペルソナは一人一体。僕のように、同時に複数のペルソナを所持することができる人も稀に存在します」
「私たちがペルソナを出すには、どうしたらええの?」
「……多分、召喚器で頭部を撃ちぬくことで、僕と同じようにペルソナを引き出すことができます。
でも、不安定なままの力を無理やり形にして引き出すようなものなので、下手をすれば暴走する」
自分にも経験があるのでわかる。
暴走を避けて安定して引き出したいならば、自然に覚醒するのを待つしかない、ということになる。
そんな悠長な、とはやては言うが、こればかりはどうしようもない。
「それで、これからのことだけど……」
そんな中、フェイトが言い難そうに話を切り出した。
「しばらくはここで身元預かりってことになると思う。
自由な行動ができなくなるから、申し訳ないんだけど……」
「いえ、是非お願いします」
身一つでこの世界に放り出された彼にとっては、衣食住もままならない状況が好転したといえる。
フェイトはすまなそうにしているが、制限がつくとはいえ、身元預かりとは願ってもない待遇だ。
「そういえば、自己紹介もまだだったね。私は高町なのは。」
確かに。なのはの言葉に漸く気づいた。苦笑を洩らしながら、彼は名乗った。
「僕は……藤堂、綾也です。」

なのはに送ってもらい、宛がわれた自室に入ると、綾也はベッドに倒れこんだ。
久しぶりに力を行使したからだろうか、眠気が酷い。
この世界で目覚めた時、気づいたら影時間の只中だった。
混乱するも、ここが別の世界だということを思い出し、とりあえずあてもなく歩きだす。
途中で見つけた人影と、今まさに襲いかからんとするシャドウ。咄嗟だった。
定位置である腰のホルスターに手を伸ばすと、召喚器を手に取りペルソナを召喚した。
今になって考えると不思議である。
なぜ自分はこの月光館学園の制服を着て、携帯音楽プレーヤーを身に着け、あまつさえ召喚器を持っていたのか。
思考は眠気にかき乱される。
気を抜けば失いそうな意識をなんとか繋ぎ留め、残ったなけなしの気力で起き上がった。
もぞもぞとブレザーを脱ぎ、タイを解いてそれらを床に放り出すと、綾也は再びベッドに倒れこみ、今度こそ意識を手放した。
45女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:25:23 ID:0lfEpfy4
違和感に目を覚ますと、そこは一面藍色だった。
ベルベットルーム。夢の中にいながら、これは夢だと自覚しているように、矛盾を感じる時がある。ベルベットルームにいるときは、そんな感覚に襲われる。
「また、お目にかかりましたな」
呼び出しておいてよく言う、と思うがそれは黙っていた。
「さて、今宵あなたを呼び出すのは二回目ですな。先ほど、と言ってよろしいものか、話の続きがございます」
「僕も聞きたいことがあった」
それはそうでございましょう、とイゴールは笑いながら頷いた。
「さて、何からお話致しましょうか……。そういえば、紹介がまだでしたな。」
 イゴールが示したのは隣の麗人だった。
「初めまして。マーガレットでございます」
「……エリザベスさんじゃないんですか?」
イゴールに視線を送るが、老人はただ黙して笑みを深めるだけだった。
「妹は行方不明でございます」
「妹!?」
以外だった。エリザベス……彼女に姉妹がいたなんて。マーガレットと名乗った彼女に初めて会った気がしないのも、納得できる気がした。
しかし、行方不明とは。この世界の住人にも、そんなことが起こりえるのだろうか。……ありえそうだ、彼女なら。
「ずっと興味を惹かれておりました。妹を打ち倒す程の力を持った殿方……。一度、手合わせ願いたいものです」
「……ッ」
マーガレットは微笑んだ。綾也は肌が粟立った。一瞬だったが、自分に向けられたプレッシャーは凄まじかった。
無意識に、反射と無効を持たないペルソナにチェンジしてしまう程に。
間違いない、この人は強い。これまでに培ってきた経験が、警鐘を鳴らしていた。
「それほどにしておきなさい、マーガレット」
「これは私としたことが、つい」
 冷汗が頬を伝う。内心、イゴールにこれほど感謝したのは初めてだった。
「それでは、本題に入りましょう。あなたはこの世界に誕生した際、ユニバースの力を失いました」
「!」
「いかにユニバースの力といえど、ここまでの奇跡は無理があったようですな。
大いなる奇跡の反動にか。それは定かではありませんが、今のあなたはユニバースを使えません」
なんとなく、気がついてはいた。自分の中にあった、あの「不可能な気がしない」感覚が抜け落ちていたのには。
だからと言って何か問題があるかと言われれば、答えはノー。今までが異常だったのだ、ただ元に戻っただけ。
「……僕はこれからどうすれば?」
「あるいは、意味や目的などないかもしれませんな。人生そのもののように曖昧で、あなたの行く末は私にもわかりえません。
深い漆黒の闇に覆われ、見通すことのできない前途。多難でございますな」
イゴールはフフ、と笑った。笑いごとではない。
「とりあえずは日々を気ままに過ごしてはいかがでしょうか。いずれ来るであろう試練に」
自分がここ来た事。そこに意味あるのだろうか。イゴールの言うとおり、意味などないのかもしれないが。
それでも、やるべきことはある。
「今は休まれるのがよろしいでしょう。そろそろ目覚めの時間ですな」
またもあの感覚だ。意識が浮上し、ベルベットルームを離れるのがわかる。
「それでは、ごきげんよう……」
46女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:26:07 ID:0lfEpfy4
綾也は夢とベルベットルームに別れを告げると、ひどい空腹とともに目を覚ました。
とにかく朝食を口にしようと部屋を出ようとして、どこで食べればいいのか分からない事に気づき、途方に暮れる。
ちらと視界の端に映った部屋の隅には、見覚えのある青い扉があった。
「こんなところに作らなくても……」
軽い眩暈を感じたのは、憔悴のせいか、空腹のためか。
とりあえず廊下を歩いて出会った人に聞こうと、部屋を後にぶらぶらと廊下を進む。何度目かの角を曲がろうとして、意外な人物に出くわした。
「君は……綾也君」
「確か、フェイトさん……?」
眠気も一瞬で醒めるほどの美女が、驚いた様子で綾也の名を呼んだ。
昨夜の自己紹介で教えられた名を確認するように言う。
「よかった、探していたんだけど……」
「あの。朝食って……どこで食べられますか……?」
フェイトの言葉を遮る綾也の言葉が以外だったのか、フェイトは瞬きを繰り返した。

「ごめんなさい、きちんと伝えておくべきだったよね……」
「いえ……」
綾也は外見通り、基本的には小食だが、食べる時は食べる。そして今は、食べる時だった。
彼は食堂のメニューを開き、彼のスタイルを考えると信じられない程の量を注文し、黙々と平らげ続けた。
フェイトはそれを余程お腹が空いていたのだろうと解釈したらしく、すまなそうにしている。
その光景は食堂の一角において、かなり異質な取り合わせだった。見慣れない青年と六課が誇る敏腕執務官が食事を共にする。
それだけでも周囲の視線は付きまといそうなものだが、六課の職員はほとんどが女性である。
その視線の中には、明らかに綾也へ向けられる好奇の視線が含まれていた。本人には自覚がなくとも、コーヒーを口に運ぶ彼の姿はカリスマ級だ。
しかし、当の二人はその視線には全く気付かず、妙な空間を形成し続けていた。
「よく食べるんだね」
「食べないと力が出ない」
漫画の食いしん坊キャラのようなセリフを吐きながらも、走り出した食は止まらない。あっという間に三人分はあろうかという量の朝食を取り終えると、食後のデザートへ入っていった。
47女神異聞録リリカルなのは:2008/09/23(火) 18:26:32 ID:0lfEpfy4
「食事の最中悪いんだけど……」
フェイトの声のトーンが下がり、デザートを口元に運ぶ手は休めずに、綾也は目線をパフェから外した。
「この後、呼び出しがあるの。ここの部隊長から」
「部隊長?」
「昨日、私の横にいた人」
あの人か。独特のイントネーションで話す、女性。
「昨日の部屋……部隊長室に来てほしいって。私も同行する予定だから、探してたの」
「何の要件なんですか?」
「わからないけど、大事な話って言ってたよ」
やはり影時間やシャドウ、ペルソナに関することなのだろう。綾也はパフェを食べ終えると席を立った。
呼び出されている上、待たせているとなれば長居は無用だ。フェイトの案内され、部隊長室へ向かう。
そこで、ある意味綾也の予想は肯定された。
「僕が、六課に?」
「そや。うちらはまだシャドウに対抗する力を持ってない。君の力が必要なんや。
その力を貸してほしい」
予想の中でも、かなり望ましい位置にあった申し出だ。
自分はこの世界においてエキストラではなく、役職を得ることになるし、生活にも困らない。
「僕の力でよければ、いくらでも」
「ありがとう、そう言ってくれると思っとったよ」
綾也の言葉を聞くと、はやては笑って言った。
「よろしくな、綾也くん」
差し出された右手を、綾也は握り返した。
「こちらこそ、お世話になります」

六課への入隊。それは暗闇に包まれたこの世界での一筋の光明のように感じた。
これからの旅路、行く手に何が待ち受けるのか。分からなくても、それでも何とかなる気がしていた。
ユニバースの力がなくても、自分には残っている。ペルソナと、絆が。色褪せることのない確かな輝きを放つそれが、行く手を照らしてくれように感じて。
元の世界に未練がないわけじゃない。還ることができたらどんなにいいだろう。
しかしここにも僕の居場所ができた。無責任に捨てることはできない。
今は尽力しよう。この世界の闇を晴らすことに。それが、僕のすべきことだと感じていた。
そして、夜が来る――。
48名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 18:29:00 ID:Piq/E7Do
我は汝、汝は支援。
49仮面の男 ◆DvBI45asCU :2008/09/23(火) 18:31:15 ID:0lfEpfy4
以上です。
主人公名はコミックと同じにしようか悩みましたが、
やはり違和感があったので勝手に命名。ネタみたいな名前ですが、よろしくおねがいします。
やたら饒舌なのも見逃してください……。「こんなの主人公じゃない!」という苦情もしないでくれるとありがたいです。
それではここまで目を通していただき、ありがとうございました。
50名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 18:36:08 ID:de0Hklv4
GJ!!です。
ペルソナ節(メガテン節?)が効いていて、読んでて鳥肌が立ちました。
皆もペルソナが使えるというのが、個人的に非常にうれしく、次が楽しみです。
51名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 19:09:08 ID:pbqwKHS2
投下乙!
なぜだろか、キャロだけはサマナーな気がしてならないw
52名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 19:12:18 ID:Sk0j/0oJ
乙。マギーの反応を見るにキタローはやはり妹たぶらかした敵なのか。
53名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 19:12:20 ID:U4NJkux/
ベーシックで作ったプログラムをキャロが入手するのか
54名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 20:07:01 ID:JQKPK74+
這い寄る混沌とか大丈夫かね。トラウマ持ちとか間違いなく突かれるぞ。
55名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 21:31:24 ID:8engpws6
GJ!
ライドウも新作出るらしいし(もう出たのか?)、
楽しみなクロスです。
56名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:27:46 ID:Piq/E7Do
そういや飯ばかり食ってる印象があるな、3の主人公。あと一人カラオケ。

>>51
キャロがサマナー
     ↓
「ううおおおおおれはヴォルテールだあああああ!ずっどおおおおおおおん!!!」
     ↓
里を追い出されるキャロ

という図が頭に浮かんだ。
57名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:29:12 ID:GjECFXAH
乙〜
ここのマーガレットはP4の番長と戦う前なのかな?
58名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:39:07 ID:4QVgYQm+
どうでもいいの印象しかねぇw
59名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/23(火) 22:48:10 ID:w+jLSkI/
>>56
俺は狂気系が大好きだ。
ヴォルテール結婚しよう。
60ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:30:11 ID:3SG+qWz+
人っ子一人居ないと思うけど、24時50分に投下予約。
今回も長いのでそそくさはじめます。
誰か居りましたら支援の方を……
61名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 00:36:18 ID:CDjao2Gv
支援
62名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 00:41:28 ID:XLpQRFii
支援
63名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 00:50:16 ID:lZQneNiW
シエン
64ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:51:38 ID:3SG+qWz+
 本局に対するスカリエッティの『部下』による襲撃事件。
 クロノ提督と、駆けつけた機動六課武装隊員によって撃退され一応の収束は
したものの、事は既に本局すらも巻き込む事態へと発展していた。
『三提督を本局に召還しようという声が出始めている。次元航行部隊を事件解
決に当たらせようとする意見も』
 次元間長距離通信において、クロノは事件後の本局がどうなっているかを義
妹であるフェイトに伝えていた。事件発生から一週間も過ぎてはいないが、時
間は刻々と流れている。
「そんなことしたら、地上本部との対立が激化して内部抗争に発展する」
 地上本部のレジアス中将は、時空管理局本局及び次元航行艦隊を嫌っている。
ここで本局がスカリエッティ事件への介入姿勢を見せれば、それを本局の専横
と判断して抗議と妨害を行うだろう。
『あるいは、スカリエッティの狙いはそれだったのかも知れない。情けないこ
とに、我が組織には頭でっかちでプライドの高い人間が多い。本局内への襲撃
は、顔に泥をはねつけられたようなものだ』
 クロノの推測は全く外れているのだが、彼にしてみればギンガが言った理由
など信じるに値しないし、信じられるわけがないのだ。
 敢えてそこには言及せず、フェイトは今後の対応を協議した。
『六課は今まで通り、スカリエッティの捜索を。奴の方からまた接触があるよ
うなら、すぐに連絡をくれ』
「わかった」
『それと、ギンガ・ナカジマの件だが』
 急に、クロノの顔が険しくなった。
『あれに対しては殺す気でかかれ』
「クロノ……」
『あの女はもう父親殺しで、それも自分の意思で行っている。捕縛して軍法会
議に掛かれば、処刑は免れない。だったらせめて、悔いのないようにしてやれ』
 プライドが高いのは、どうやら義兄も同じのようだ。クロノの口調と表情か
ら、彼がギンガに手も足も出ずに完敗したことを気にしているのは明白だった
。だが、それを抜きにしてもクロノの言っていることは正論だろう。

 ギンガは自分の意思で、父親を殺した。

 彼女に何があったのか、それは親子の会話を聴いていたクロノから、大体の
ことは判った。けど、ギンガがどんな想いで、如何なる心情を持って父親を手
に掛けたのか……それは妹のスバルですら判らない、ギンガの持つ心の闇だっ
た。
 スバルはあれ以来、部屋から一歩も出てこない。友人であるティアナすらも
近づけず、閉じこもっている。事情を考えれば無理からぬ話だが、状況を考え
るとこのままでいいはずがない。
「今のままじゃスカリエッティに、勝てない」
 次々に仲間を失いつつある機動六課において、フェイトは辛い立場にあった。



        第17話「ノーヴェの悲劇」

65名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 00:53:08 ID:ZVxXxU0m
支援
66ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:53:17 ID:3SG+qWz+
 本局と地上本部を手玉に取ったスカリエッティとその一味ではあるが、フェ
イトの危惧とは裏腹に、その内部はガタつきつつあった。
 理由は簡単、ギンガ・ナカジマの存在である。最近になって一味に加わった
とされる彼女は何かと横柄な態度が目立ち、ナンバーズと対立していた。元々、
スカリエッティを除けばナンバーズの姉妹しかいない女所帯だ。そこに姉妹で
もない新たな女が現れ、しかも性格が悪いと来れば快く思うはずがない。ノー
ヴェは勿論、トーレでさえギンガには不快感を示している。興味を示さないの
は、セッテぐらいである。
「何なんだあいつは! 確かに連れてきたのはこっちかも知れないけど、好き
勝手にやりやがって」
 批判の口火を切ったのはノーヴェであるが、大体は同意見だ。
「ドクターは、何故あいつの専横を許すのだ……本局に襲撃を掛けるなど、常
軌を逸している」
 あくまで戦略的な部分でトーレは苦言を呈すが、事実、ギンガが勝手な襲撃
を掛けたことで本局の警備は今までとは比較にならないほど厳重となり、捕ら
われたナンバーズの奪還という目的が遠のいてしまった。
 ウーノとクアットロを除いて、捕らわれたナンバーズは本局に収監されてい
ると思い込んでいる姉妹らは深刻そうな表情をする。
「ところで、何でウーノ姉様がここにいらっしゃるの?」
 姉妹らが話し込んでいるのは基地内でもそれなりに広い空間だが、普段ここ
をウーノが訪れることはない。故にクアットロは訊いたのだが、ウーノの歯切
れは悪かった。
「それは、ドクターがしばらく用事はないと言っていたから……」
「フッ、ドクターに部屋から閉め出されたわけか」
「なっ!」
 トーレに鼻で笑われ、ウーノは顔を上気されるものの、それは図星であった。
スカリエッティは帰還してきたギンガを部屋に呼び、ウーノに退出を命じた上
で何事かをしている。かれこれ、半日近くになるだろうか? ルーテシアがは
じめてここを訪れた時期を除けば、スカリエッティが他者に多大な時間を割く
ことなどあり得なかった。
「よっぽどタイプゼロが気に入ったのかしらねぇ」
 クアットロの何気ない言葉に、セッテ以外の姉妹から非難の視線が向けられ
る。自分で作ったナンバーズには作品以上の感情を見せないドクターが、他者
の作った戦闘機人に入れ込んでいる。

 これは、嫉妬だろうか?

 親を取られた子供の独占欲か、それとも……

「あら、皆さんお揃いで」
 声は、姉妹らの背後からした。ウンザリした顔でトーレが振り向くと、案の
定そこにギンガがいた。バリアジャケットは着て折らず、管理局員の制服を綺
麗に着こなしている。
「何か用かよ?」
 どうしても喧嘩腰になってしまうノーヴェだが、この時ばかりは誰も窘めな
かった。

67ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:54:17 ID:3SG+qWz+
 そんなナンバーズとギンガの様子を、遠目でゼストとアギトが見物している。
機動六課壊滅作戦以来、ゼストはルーテシアとアギトの勧め、というより半ば
強引な論調で、スカリエッティの秘密基地に滞在している。
「ギンガ・ナカジマ、か」
 知らない少女ではない。それどころか、ゼストは彼女の妹や父親の存在も熟
知している。
 クイント・ナカジマ、ギンガとスバルの義母にしてゲンヤの妻だった女性は、
ゼストが管理局の魔導師だったときの部下だ。その縁で、彼はギンガの幼少期
に幾度か顔を見たことがあるし、妹のスバルとも面識があった。
「あいつも、ルールーと同じってこと?」
「俺からすれば、そうなるな」
 アギトの問いに、ゼストは重々しい声で答える。ギンガとルーテシアには生
い立ちも境遇も共通点など皆無に近いが、ただ一点、双方の母親が同僚だった。
 つまり、ルーテシアの母親もゼストの部下だったのだ。ゼストがルーテシア
を庇護し、共に行動をしているのにはそうした事情があるのである。ただ、ギ
ンガの母であるクイントが死んでいるのと違い、ルーテシアの母であるメガー
ヌは生きている。あれが、生きていると言える状態ならば。

 かつて自分の部下だった女性たちの、娘たち。

 それが今、こんな場所に揃っているのかと思うとゼストは複雑な気分になる。

「これも運命――か」
 呟くと、ゼストはいきなり壁を強く叩いた。アギトは驚くが、ゼストは叩い
たのではなく手をついたのだ。見れば、顔に脂汗が浮かび上がってきているで
はないか。
「だ、旦那……やっぱり、むかつくけどアイツに診て貰った方が良いって!」
 ゼストの体調は、このところ著しく悪くなってきている。身体機能の低下が
見られ、芳しいとは言えない。ルーテシアと、そしてスカリエッティ一味が嫌
いなはずのアギトがゼストにここに滞在するように強制しているのは、彼にゼ
ストを診て貰う必要があると感じたからである。
 だが、ゼストはそれを頑なに拒んでいる。
「大丈夫だ、俺はまだくたばりはしない」
 ゼロとの戦いで使ったフルドライブのツケが回ってきたようだ。大事な一撃
を、自身の惑乱で使ってしまうとは……情けない限りだ。
 しかし、過去の経験から、研究者という類そのものに嫌悪感を抱いているア
ギトですら、こうしてスカリエッティに診て貰うようにと勧めている。それほ
どまで、傍目に見て自分の状態は酷いのだろう。
「なら、いいけどさ……そ、そういえばアイツはどうなったのかな」
 話題を変えるように、アギトが言った。
「あいつ?」
「ほら、この前旦那が倒した赤い奴だよ」
68ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:55:16 ID:3SG+qWz+
「ゼロのことか。奴は、無事救助されたらしい。叩き潰すつもりの一撃だった
が、あれでも倒せなかったとはな、大した奴だ」
 昔の自分なら、限界や時間の制約など気にせず、思うままに互いの武芸を披
露する戦いを興じたであろう。それほどまでの魅力が、ゼロの実力にはある。
 けど、それをするだけの時間と力は、今のゼストに残されていない……
「奴に、興味があるのか?」
「ま、まさか! ただ、ちょっと強かったからどうなったのかと思っただけだ
よ!」
 少しだけムキになって否定するアギトに笑みを見せながら、ゼストはギンガ
とナンバーズらに視線を戻した。


「私は特に用はないけど、ドクターがね」
 あっけらかんと、ナンバーズらが見せる不快感に気づきもしないような素振
りでギンガは口を開いた。
「少しぐらい、あなたたちとも話せって。面倒くさいって言ってるんだけど」
 こいつは他人の気に触る発言しか出来ないのだろうか?
 ウーノが強い視線を向けるが、ギンガは一度視線を交わすと薄笑いを返して
きた。
「私のことを嫌ってる連中と仲良くしようなんて、思うわけないのにね」
「そこまで判っているなら、その態度を変えてみたらどうだ」
 トーレが前に進み出て、苦言を呈した。
「勝手な行動、横柄な態度と発言。嫌われるのには相応の理由があると、貴様
も判っているだろう」
 正論だが、ギンガが感銘を受けた様子はない。
「私をボコボコにして、こんなところに連れてきた人間の言葉とは思えないわ
ね。いいわよ? あなたが土下座でもしてくれるなら、仲良くしてあげても」
「なんだと……?」
 怒気が渙発し、トーレの口調が強くなる。思わず、ノーヴェやクアットロと
いった妹たちが後ろに下がったほどだ。
「そういえば、あなたにはあの時の借りをまだ返してなかったわね」
 対するギンガも、鋭い殺気をトーレに向けた。魔力の波動が空気を揺らし、
威圧感を与えはじめる。
 姉妹らが固唾を呑んで見守る中、二人は一歩前に出て――

「その辺にしておきたまえ。君らが全力を出して戦えば、基地が壊れてしまう」

 スカリエッティが、ルーテシアを伴いその場に現れた。

「しかし!」
 声を上げるトーレの腕を、背後から誰かが掴んだ。見れば、無言無表情のセ
ッテがそこにいた。
「ドクターの命令は、絶対です」
 言葉に、トーレは怒気が冷めていくのを感じた。ギンガの方も、面白くなさ
そうに殺気を引っ込めてしまった。
「それでよろしい。ゲームの再開前に、喧嘩は困るからね」
 騒動を止めたセッテに軽い笑みを見せながら、スカリエッティは言葉を続け
た。しかし、サラッと言った割りには聞き捨てならない内容だ。
69ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:55:59 ID:3SG+qWz+
「再開って、ゲームって終わったんじゃないのかよ?」
 ノーヴェが彼女にしては珍しく呆れたような声を出すが、スカリエッティは
何を言っているんだと言わんばかりの顔をする。
「当たり前じゃないか。ゼロはまだ生きていて、健在だ」
 それはそうかも知れないが、折角六課を壊滅させこちらの力を見せつけてや
ったというのに、まだゲームなど続けねばならないのか。
 ゼロを倒すよりも、ナンバーズを救い出し、本来の目的と目標を達成すべき
ではないのだろうか?
「君は、自信がないのかなノーヴェ?」
「なに!?」
「戦って、ゼロを倒す自信だよ。まあ、無理もないか。あのチンクでさえ敗れ
たんだ、君が勝てないと思うのも仕方が――」
 瞬間、凄まじい速さでノーヴェがスカリエッティに詰め寄った。思わずトー
レとセッテが反応するが、当のスカリエッティは危険を感じなかったらしい。
身長差から、上目遣いで自分を見ることしかできないノーヴェを見つめている。
「あたしは、負けない。負けることなんて、考えたことはない」
 凄まじい気迫が、伝わってくる。あまり感情を見せないルーテシアも、興味
深そうにノーヴェを見ている。
「なら、次は君に任せるとしようか」
 ノーヴェの頭に手を乗せようとするが、ノーヴェはそれを払いのけた。一瞬、
驚いたようにスカリエッティが動きを止めた。
「……ディード、君にも追々任務を与える」
 隅に立っている少女は、無言でそれに頷いた。スカリエッティは周囲を見回
し、ナンバーズが一人足りないことに今更気付いた。
「ところで、ディエチはどこかな?」
「あぁ、ディエチちゃんなら例の王様のところです。ご飯でも上げてるんじゃ
ないかしら」
 元は自分に任されていたヴィヴィオの世話であるが、クアットロはまるで気
にせず答えた。スカリエッティも気にはしなかったが、ディエチも律儀な娘で
ある。従順な性格だけに、きっとしっかり世話をしているに違いない。
「さて、次にギンガだが」
 名前を呼ばれた当人以外が強い反応を示した。中でもウーノが、寂しげとも
とれる視線をスカリエッティに向けていたことに、クアットロ以外は誰も気付
かなかった。
「君は、どうする?」
 命令するわけでもなく、強制するわけでもなく、スカリエッティにとってギ
ンガは部下という認識ではないらしい。
「私は、私の復讐を一つ終えた……ドクターに何かお願い事があるなら、何で
も訊いてあげるけど?」
 微笑むギンガに、スカリエッティは薄笑いを浮かべた。そして、ルーテシア
の方に視線を向ける。
「では、君はこれからルーテシアと、そしてゼストと共に行動して貰いたい」
 名前を出されたルーテシアが、スカリエッティを見上げる。抗議の意味では
なく、少し意外だったからだ。
70ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:57:06 ID:3SG+qWz+
「ゼスト……? あぁ、ゼスト・グランガイツか」
 遠くにいるゼストを見ながら、ギンガは呟いた。
 ゼストのことも、ルーテシアのこともギンガは知っている。前者は亡き母の
上官で、後者は亡き母の同僚の娘だ。ルーテシアに会うのは確か初めてだった
と思うが、ゼストは母の職場を見学に行った際に何度か会ったことがある。当
時の管理局にあって、剛勇、豪傑の異名を持っていた実力派の騎士だ。
「わかった、それじゃあ……よろしくね?」
 ルーテシアに声を掛けるギンガだが、彼女は顔を背けてしまった。しかし、
少女の仕草に不快感を感じはしない。
 ギンガは笑みを浮かべながら、その場を後にした。

 ナンバーズの姉妹らも解散した後、自室に戻ろうとするスカリエッティをウ
ーノが引き留めた。
「ドクター、何故タイプゼロにあそこまで肩入れをなさるのですか?」
 我ながら直球な質問だと思ったが、回りくどい質問をしても無駄だろう。
 そう考えたウーノであるが、スカリエッティは彼に似つかわしくない困った
ような表情をした。
「そう、見えるのかい?」
「私だけでは、ないと思いますが」
「なるほど、そうか……」
 宙を見上げ、スカリエッティは思案顔を作る。
「実はね、私にもよく判らないんだよ」
「……は?」
「ギンガは、見ての通り私に従順で、好意的だ。少なくとも見かけはね。それ
が何故なのか、私にはよく判らない」
 よほど、突き付けた事実が衝撃的だったのか。嘘は言っていないし、誇張も
していない。それでもギンガは、実の父親を殺した。
 元々、他者の真意や心理を気にしない質であるスカリエッティも、ギンガの
そうした内面には興味を持っていた。人は、あそこまで変われるものなのかと。
「しかし、修理する際に多少の強化をと思って改造をほどこしたが……強くし
すぎたかも知れないな」
「意識改革も、その時になさったのですか?」
 所謂、洗脳の意味である。
「いや、レリックの力に飲まれないように攻撃意識に手を加えはしたが、それ
だって自己自制の出来る範囲内でだ」
「そうですか……けど、あの女に大事なレリックを使ってしまうなんて」
 勿体ないと言うよりも、特別扱いをしているようで気に食わない。
 今や、レリックの力を得たギンガはトーレに匹敵する実力者へとなっている。
彼女の態度も、実力ではナンバーズに引けを取らないと確信しているが故だろ
う。
「レリックについては、実験のつもりだった。王に対して行う実験の練習みた
いなものだ。第一、あれを使わなければギンガの再稼働は難しかった」
 左腕に埋め込まれてはいるが、駆動機関に直結している。トーレとセッテが、
予想以上に痛めつけてしまったため、それしか方法がなかったのだ。
「けど、予想以上に良い出来になった。他者の作品に手を加えるのは嫌いでは
ないが、あれは最高だ……」
 そういえば、とスカリエッティは言った。彼は、ギンガがナンバーズに対し
てこんな感想を言っていたのを、何故だかふと思い出した。
「ギンガは、君らを見て言っていたよ。とても、幸せそうだと」

71名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 00:57:54 ID:4rEPew+p
支援
72ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:58:02 ID:3SG+qWz+
『ゼロ、元気にしているかな? 本来なら、私が直接顔を見せるべき何だろう
が、それは良くないとギンガに言われてね。こうしてメッセージを送るだけに
しておくよ。用件は何かって? 何、ゲームを再開しようと思ってね。君のル
ール違反も、六課壊滅の一件でチャラということにしてあげよう。ハハ、笑っ
て水に流そうじゃない――』
 映像を、途中でゼロは切った。険しい表情をする彼に、セインが不安そうな
表情を向ける。
「よくも、ぬけぬけと」
 セインが持っていた端末を通じて送られてきた映像は、極めて挑戦的だった。
六課を壊滅させたことで、スカリエッティは敗北続きだった勝敗を均衡させた。
そのことはゼロも判っているが、ここでまたゲームを再開させるとは予想外で
あった。
「そっちがその気なら、容赦はしない」
 既に、ナンバーズの一機がガジェット部隊を率いて、このベルカ自治領内部
で何事かを行っているという。目的は不明だが、倒してスカリエッティへ続く
道を見つけ出してみせる。
 方やセインは、スカリエッティが自分の端末に映像を送りつけてきてきたこ
とで、彼が自分の生存を正確に認識していることを知った。知っているのは、
スカリエッティだけのか? それとも、他の姉妹も知っているのか。
 いずれにせよ、ドクターが自分の存在を完全に捨てたことは理解した。
「どうするの……?」
 不安が隠せいないのは、行き場を失ったと感じたからかも知れない。スカリ
エッティに捨てられ、姉妹らにも突き放された。もう、開き直って裏切るしか
ないのか? 裏切って、管理局に知っていることを全部話すしかないのか。
「出撃する。戦うしかない」
 ギンガが出てくるのかと思ったが、彼女は本局での一件以来姿を現そうとし
ない。早々に決着を付けたいが、そう上手く事は運ばないようだ。
「現場にいる、ナンバーズの情報は?」
「それは、わからない。ただ、一人だけ居るってことしか」
 また、一人だけか。セインの話では、単体の戦闘技術からなる実力では、チ
ンクより優れているのは三番のトーレぐらいなものだという。つまり、そのチ
ンクを既に敗北させているゼロにとって、他のナンバーズはそれほど驚異には
ならないと思われる。自己過信や油断は禁物だが、だとすれば敵は何故負ける
ことが判っていながらゲームを続けるのか。意地がある、というわけでもある
まい。
「あ、あの――私も」
 出撃の意志を固めたゼロに、セインが声を掛ける。
 
 私も、連れて行ってほしい。

 喉まで出かかった言葉を、セインはかろうじて飲み込んだ。

 捕虜である身の自分に、そんなことが許されるわけがなかった。

73ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:58:50 ID:3SG+qWz+
 さて、スカリエッティの命を受けて出撃したのは、当人曰く待ちに待ったノ
ーヴェであるが、折角出撃したにもかかわらず、彼女は不満げだった。という
のも、ベルカ自治領内に派遣された彼女は、何か施設を壊すわけでも、制圧す
るわけでもなく、
「そこ! あんまり強くやりすぎると一気に崩れるぞ!」
 何故か、岩盤破砕用の装備を付けたガジェットを引き連れ、岩山の穴掘りを
行っていた。
「どうしてあたしがこんなことを……」
 スカリエッティ曰く、この下にあるものが『埋まっているかも知れない』と
いうことなのだが、それが何で、どういうものなのかは教えてくれなかった。
不明確な情報で良く分からない作業をする、苦痛すら感じることだ。
「ドクター、怒ってるのかな」
 彼の手を振り払ったとき、ノーヴェは自分が悪いことをしてしまったと後悔
した。彼女は口は悪いが、決してドクタースカリエッティが嫌いなわけではな
い。親のようなものだと思っているし、姉であるチンクからは自分たちがスカ
リエッティの望みを叶えるために存在するのだと教えられてきた。

 嫌われたくない。好かれなくても良いが、嫌われたくはない。

 自分が可愛げのない奴だとは判ってはいるが、今更可愛らしくなど振る舞え
ない。無理にしたところで結果は見えている。
「あたしは、あたしのやり方でやるしかない」
 ウーノやクアットロのように側近としてドクターの役に立てるわけでも、ト
ーレのように圧倒的な実力を持っているわけでもない。ディエチのように従順
でもなければ、セッテのように無感情に忠誠を誓うことも出来ない。だから、
ノーヴェはスカリエッティとの接し方に悩んでいた。チンク、セイン、ウェン
ディと仲の良い姉妹を相次いで失った彼女は、誰に悩みを打ち明けるわけでも
なく、一人悩み続けていた。
「あっ、そんなに乱暴に岩を砕くな!」
 命令したところで、単純作業は出来ても繊細なことなど何一つ出来ないガジ
ェットだ。強弱の付け方にしたところで大雑把であり、ノーヴェは頭を抱えた
くなった。発掘なのか採掘なのかは良く分からないが、さっさと終わらせて、
さっさと帰りたい。
「帰ったら、ドクターに謝る……そ、そんなことできるもんかっ」
 激しく首を横に振るノーヴェだったが、このわだかまりを何とかするにはそ
れしかないように思える。
 故にノーヴェは悩むが、悩むだけに終わった。

 彼女がスカリエッティの元に帰ることは、なかったのだから。


74ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 00:59:35 ID:3SG+qWz+
 突如、爆発が起こった。
「なっ、なんだ」
 遠くで作業をさせているガジェットたちが、次々に吹っ飛ばされている。

 何かが、いる。

「あれは……まさか!」
 いそいそと作業に勤しんでいたガジェットたちが、応戦する間もなく倒され
ていく。
 間違いない、あれは――あれは!
「全部隊、攻撃モードに変更。戦闘態勢」
 ノーヴェは脚部のジェットエンジンを起動させる。ギンガやスバルのデバイ
スによく似たこれは、その通りギンガのブリッツキャリバーを参考にスカリエ
ッティが強化改造したものだ。
「エアライナー!」
 ウイングロードによく似た、エネルギーの帯が発生する。ジェットエンジン
を加速させ、ノーヴェは目標に向かって駆ける。
 ガジェットによる反撃がはじまる中、敵は剣を振るい、銃を撃ってはこれを
迎撃している。ガジェットなど最早敵にもならないとでも言いたげに、凄まじ
い力を見せつけている。
 そんな恐るべき相手に対してノーヴェは、

「砕けろっ――ブレイクライナー!」

 ゼロに向かって、ブレイクギアによる足蹴りを直撃させた。

 打撃による強烈な一撃に、ゼロは近くにあった巨岩へと叩き付けられた。
「接近主体のナンバーズか!」
 今までにない戦闘スタイルの相手に、攻撃以上の衝撃を受けているゼロだが、
いつまでもそうしているわけにはいかなかった。
「死ねぇっ!」
 続けざまに繰り出される足蹴りを、ほとんど転がるように避けるゼロ。足蹴
りが直撃した巨岩が、音を立てて崩れた。見れば、脚部装備にギンガのリボル
バーナックルによく似た武装が施されており、あれが岩をも砕く破壊力を発揮
しているらしい。
「スカリエッティの居場所を教えて貰う」
 バスターショットを放つゼロだが、岩ぐらいしか遮蔽物のない空間において、
ノーヴェの能力は遺憾なく発揮されている。エアライナーで縦横無尽に駆け回
り、素早い動きでゼロを翻弄している。
「ガンナックル!」
 連射速度も、発射弾数もゼロのバスターとは桁が違うエネルギー弾が発射さ
れた。右手の甲から放たれる高速直射弾に対し、ゼロもバスターで応戦するも
のの、数の差ですぐに圧倒された。
「名前を訊いておく!」
 ゼットセイバーを抜き放ちながら、ゼロが叫んだ。
 対するノーヴェも高速移動を続けながら、ゼロに向かって叫び返した。
「あたしはナンバーズ9番ノーヴェ、破壊する突撃者ブレイクライナー!」

75ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:00:17 ID:3SG+qWz+
 ゼロとセインの戦いは、スカリエッティの秘密基地においてはスカリエッテ
ィとクアットロが、機動六課の仮隊舎状態となっている聖王教会の施設ではフ
ェイトとシャーリー、それにリインとセインがそれぞれ見つめていた。
「ゼロ、まさか一人で出撃するなんて……」
 セインの監視を頼んでいたはずのゼロがいなくなったことを不審に思ったフ
ェイトは、セインを詰問してゼロの所在をただした。すると、彼女は言いにく
そうにゼロがたった一人で出撃した事実を漏らしたのだ。同時に、ゼロが機動
六課壊滅の責任が自分にあると思い悩んでいたことも、告げてしまった。
「でも、今までだってナンバーズ相手に連戦、連勝だったから大丈夫じゃない
ですか?」
 画面上で激しく戦う両者の映像を見ながら、シャーリーが口を開いた。
「そう思いたいけど……この敵、凄く強い」
 実力や戦闘技術で言えば、間違いなくゼロの方が上だろう。しかし、何と言
えばいいのか、荒々しい攻撃に含まれる気迫のようなものが、凄まじく強い。
洗練された攻撃が、無我夢中の反撃に撃ち破られることは決して珍しいことで
はないはずだ。
「ノーヴェ……」
 仲の良かった妹が奮戦する姿を見て、セインはいたたまれない気持ちになっ
た。六課が壊滅してしまったことで、ゼロはもう容赦なくナンバーズを倒しに
掛かっている。馬鹿げたゲームをさっさと終了させ、スカリエッティへと剣を
突き付けたいのだ。
 フェイトの危惧はもっともだが、それでもセインはゼロがノーヴェに負ける
とは思わなかった。必ず勝つ、勝って、その上でノーヴェが抵抗を止めなけれ
ば、ゼロはノーヴェをどうするか……

 セインは、決断せざるを得なかった。

「お願いが、あるんですけど」

 眼前に進み出てきたセインに対し、フェイトは困惑気味の表情を作った。
「あたしを、戦場に行かせてください!」
 思いがけない頼みに、リインが驚きの視線をフェイトに向けた。
「……どうして?」
「戦いを、止めたいんです!」
 意地と意地のぶつかり合いといっていい戦闘は、見るに耐えないものだった。
ギンガの一件が、常に冷静なゼロの心理に負担を与えているのは明白であり、
ノーヴェまたも、自ら後ない状況にまで自分で自分を追い込んだが故に、我が
身も省みない攻撃を続けている。
「止められるの? あなたに」
「あの子は、ノーヴェはあたしの妹です。あたしの言葉なら、耳を貸してくれ
ます!」
 フェイトは眼を細め、シャーリーが見たこともないほどの冷たい視線をセイ
ンに向けた。怯みそうになるセインだが、何とか踏みとどまった。
 三十秒ほど、それが続いただろうか? フェイトは一度目を閉じると、大き
なため息を付いた。
「お願い……ゼロを止めてきて」
 こんな悲しい戦い、フェイトだって見ていたくないのだった。

76ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:01:05 ID:3SG+qWz+
 ゼットセイバーとブレイクギアが激しくぶつかり合い、火花を散らしていく。
攻撃の鋭さ、キレ、正確さ、どれを取ってもゼロの方がノーヴェの数段上をい
っている。
 だが、フェイトが感じたように、ノーヴェの気迫から繰り出される強烈な一
撃は、俄にゼロを圧倒していた。
「お前を倒して、チンク姉たちを取り返す!」
 確かな目的があるノーヴェは、それを掴むために必死だった。絶対に負ける
わけにはいかないという想いが、力強い原動力となっている。対するゼロも、
ナンバーズを打ち倒してスカリエッティと、そしてギンガを倒さなければいけ
ないという自己への制約があった。

 苛烈な攻撃の応酬を続ける二人だが、どちらも決定打を見出せずにいた。一
撃、一撃に双方を打ちのめすだけの力が込められているはずだが、どちらも痛
みを感じていないのかと錯覚するほどの戦いになっている。
「――ッ! まだまだぁっ!」
 しかし、やはり基本性能と経験から来る実力差は埋めようもない。ぶつかり
合う度、ノーヴェの身体にダメージが蓄積されていく。それでも気力を振り絞
って何とか互角の戦闘に持ち込んでいるのだが、限界は確実に近づきつつあっ
た。
「砕けろ、砕けろ、砕けろっ!」
 連続して繰り出される足蹴りを、ゼロは尽くセイバーで弾き飛ばした。一つ
間違えば、足が斬り落とされるかも知れないのだ。ノーヴェの心に恐怖はあっ
たが、それでもそれを打ち消して戦っている。
「勝つんだ、絶対に勝って、チンク姉を! そしてドクターに!」

 今度こそ、認めて貰うんだ。

 エアライナーを駆け上り、ノーヴェは最大限に力を込める。

「くらぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 高く上って、急降下。弾丸、いや、ミサイルのような勢いでノーヴェがゼロ
に迫った。

「――――そこだ!」

 一瞬の攻防が、勝敗を決した。
 ゼロの持つセイバーが、ノーヴェのブレイクギアの片方を、斬り砕いた。

「うわぁっ!?」
 正確にブレイクギアだけを破損し、バランスを失ったノーヴェは地面へと叩
き付けられた。
 何とか起ち上がろうとするが、ゼットセイバーの切っ先が眼前に突き付けら
れ、ノーヴェは硬直した。
77名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:01:32 ID:4rEPew+p
支援
78名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:02:05 ID:lZQneNiW
しえん
79ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:02:20 ID:3SG+qWz+
「終わりだ。スカリエッティの居場所を教えて貰う」
「誰が教えるかよ!」
 双方が引けぬ理由を持っているが、この状況でノーヴェのそれは虚勢だろう。
現に倒れたことでいくらか戦意を喪失した彼女の表情には、僅かな怯えの色が
見えた。
「殺すなら殺せ! あたしは死んでも、何も言わない!」
 度胸だけは立派であるが、それを汲んでやるようなゼロではない。彼は無言
でセイバーを振り上げ、ノーヴェは覚悟を決めた。

「待って!」

 そこに、セインが駆けつけた。

「セイン――!?」
 驚愕に、ノーヴェの表情が劇的に変化する。その声を聴いたゼロも、セイバ
ーを振り上げた腕を止めた。
「何故、お前がここに?」
「フェイトって人に許可は貰った……ゼロとノーヴェを、止めに来た」
 言って、セインはノーヴェへと歩み寄った。未だに驚きを隠せないでいる彼
女の前に屈んで、手を差し伸べた。
「立てる? ノーヴェ」
「セイン、どうして……管理局の本局にいるんじゃ」
 ノーヴェの反応から、自分がどういう境遇にあったのかを知らないことに、
セインは気付いた。つまり、スカリエッティはノーヴェにも嘘をついている。
「どうしても何も、私はこうしてピンピンしてるよ。囚われの身ってのは事実
だけど、本局には行ってない。勿論、チンク姉もね」
「でも、ドクターはセインが自爆して、それでこいつを倒そうとしたって!」
「やっぱり、そんなデタラメな嘘を言ってるんだ……」
 寂しさの滲み出る声と表情で、セインは呟いた。ノーヴェを立たせ、スーツ
に付いた誇りを払ってやる。
「いいよ、全部教えてあげる。ドクターがあたしに、あたしたちに何をしたの
かってことを」


 セインの登場に一番驚いたのは、スカリエッティであったのだろうか? 彼
は複雑そうな表情をモニターに向けていたが、口に出しては何も言わなかった。
「あらぁ、セインが出てくるなんて予想外ー。このままじゃ、ノーヴェちゃん
が籠絡されちゃう?」
 意地悪そうな目で、スカリエッティを見るクアットロ。
「やはり……ダメかな?」
「ノーヴェちゃんは、セインに頭が上がらないから」
 セインは、番号の近いチンクと懇意の中だった。チンク自身もセインを大切
な存在に想っていたようで、一つ上の姉でありながらも、セインとは対等の立
場を気付き上げていた。兄妹以上の仲にも見えたとは、ウェンディの言葉であ
る。故にノーヴェは、そんなセインに対し呼び捨てで呼びはするものの、チン
クの次に信頼し、敬意を払っていた。
80名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:02:53 ID:lZQneNiW
あぶないあぶない。読んでて忘れるところだったぜ。
支援
81ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:02:58 ID:3SG+qWz+
「なるほど、そうか」
「どうします?」
 クアットロが何を言いたいのかは、判っていた。モニターに映るノーヴェと、
先ほど振り払われた片手を、スカリエッティは交互に見て……やや、投げやり
に言った。
「君に任せる、好きなようにしてくれ」


 セインの口から次々に証される真実を、ノーヴェは唖然として聞いていた。
開いた口がふさがらないとは、このことか。俄に信じられる話ではなく、
「嘘だ、そんなの。ドクターが……そんな」
 狼狽するノーヴェに、セインは悲痛そうな瞳を向けた。嘘をついている目で
ないのは明らかだった。
 セインごとゼロを葬り去ろうとしたディエチに、彼女に命令を下したスカリ
エッティ。
「あたしは、ドクターに殺されかけた。あの人にとって、あたしたちは作品に
過ぎないんだ。壊すも捨てるも、あの人は平気でやる」
「だけど、それは」
「どうしてドクターが、私を含めたナンバーズの奪還に本気を出さないのか、
興味がないんだよ、必要性を感じないんだよ!」
 セインは、スカリエッティの本質を捉えていた。彼にとって、ナンバーズと
は作品であって物なのだ。ルーテシアのような元が人間の少女とは違い、スカ
リエッティは姉妹の存在は認めていても、人権は認めていない。
 だから、心に痛みを覚えず処分が出来るのだ。
「ノーヴェ、あたしと一緒に来て。このままドクターの所にいれば、ノーヴェ
だっていずれは」
「そんなの、急に言われたってわかんないよ!」
 訴えるセインに、ノーヴェは頭を抱えて叫び返した。セインがじっくりと認
識していった現実を、一瞬で理解することなどノーヴェには不可能だった。

 ドクターは、あたしを、あたしたちを何とも思っていない?

 そんな馬鹿なこと、馬鹿なことが――

『ハァ〜ィ、ノーヴェちゃん聞こえる〜?』
 いきなり、クアットロの声がノーヴェの頭に響き渡った。
「クア姉!?」
『悩んでるみたいねぇ……』
「セインの言ってることは、本当なのか?」
 ノーヴェの様子がおかし事に、セインとゼロは気付いた。クアットロの声は、
二人には聞こえていないのだ。
『本当だったら、どうするの?』
「そんなこと……」
82名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:04:06 ID:lZQneNiW
支援
83名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:04:14 ID:ZVxXxU0m
支援
84ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:04:25 ID:3SG+qWz+
『迷いがあるなら、消してあげても良いわよ?』
 頭に響くクアットロの声が、急に冷たくなった。
「えっ?」
『こんな風に、ね!』
 瞬間、激痛とも取れる痛みがノーヴェの頭に伝わってきた。

「クア姉……!?」

 感情が増幅し、破壊され、意識が飲み込まれていくのをノーヴェは感じた。

「ノーヴェ!」
 セインが駆け寄ろうとするが、ゼロがそれを止めた。感じたことのないほど、
強大な怒気がノーヴェから発せられていたのだ。
 涙まで溢れている瞳に色はなく、表情が怒りに歪んでいく。

 コンシデレーション・コンソール。

 戦闘機人の自我を喪失させ、特定の感情だけを増大させる一種の洗脳技術。

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 ノーヴェが吠え、片足のブレイクギアで蹴りこんできた。ゼロは咄嗟にセイ
ンを抱えてそれを避けると、セイバーを構え直す。
「そんな、どうして!?」
 変貌振りにセインが愕然とするが、外部から何らかの操作をされたのは明ら
かだった。
 セインのことすら躊躇せず、攻撃を仕掛けてくる。
「死ね、死ね、死んじまえぇぇぇぇぇぇ!」
 ガンナックルを連射し、セインを庇えないと判断したゼロは全弾を背中に受
けた。でなければ、セインに当たったから。
「ゼロ!」
「動くな、怪我をしたいのか」
 いくらゼロが強いと言っても、攻撃に痛みを感じないわけがない。顔には、
苦悶の表情が浮かんでいる。
「あの状態を、解く方法は?」
「わ、わかんない。あんなの初めてで」
「なら、倒すしかない」
 非情な決断が、ゼロの口から出された。
「待って、話せば、話せばきっと!」
 もう遅い、もう無理だと、セインも理解している。しているのだが、納得す
ることが出来ない。
 こんな、こんな結末、あんまりだ。

 だけど――――

「お願い、ゼロ」
 セインの声が、震えている。涙で、悲しみで、怒りで、震えている。
「ノーヴェを、あの子を助けて!」

85名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:05:51 ID:lZQneNiW
支援
86ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:06:30 ID:3SG+qWz+
 戦いは、ノーヴェが動けなくなるまで続いた。斬っても撃っても、ノーヴェ
は戦い続けた。泣きながら、叫びながら、腕を振るい、足を蹴り上げ、モニタ
ー越しに見ていたシャーリーとリインが思わず顔を背けてしまったほどで、フ
ェイトも顔を背けたくて堪らなかった。

 ゼロのチャージ斬りが直撃し、ノーヴェはその動きをやっと止めた。
 崩れ落ちる彼女の身体を、セインが抱え込んだ。
「ノーヴェ、ノーヴェ!」
 妹の名を叫ぶセインに対し、激しい、激しすぎる戦いを続けたノーヴェは、
苦しそうに瞳を開けた。
「セイン……」
 弱々しい声だった。既に、コンシデレーション・コンソールを受ける前に、
ノーヴェは限界だった。それを一切無視して、彼女は限界を超えた戦いを無理
矢理行わされたのだ。
 もう、ノーヴェには喋るどころか、瞳を開ける気力すら残っていなかった。
「セイン、あたし」
 だけど、それでも、ノーヴェは口を開き言葉を発した。
「嫌われたく、なかったんだ。ドクターにも、みんなにも」
 チンクやセインがいなくなり、精神的な孤独を感じていたノーヴェにとって、
スカリエッティにまで見放されるのは、居場所を失うも同然だった。
「なのに、どこを間違えたのかな」
 嫌われたくない、そう思っていたのに、セインが現れ、その口から真実が語
られたとき……ノーヴェは何もかもが判らなくなった。
「あたしって、本当に」

 馬鹿だよな。

 ノーヴェがその言葉を発することは、なかった。
 全ての力を使い果たし彼女は、そのままゆっくりと、瞳を閉じた。

                                つづく
87ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/24(水) 01:07:56 ID:3SG+qWz+
第17話です。
次の次ぐらいから、最終章に入っていくと思われます。
こんな遅くに支援をしてくださった皆様、本当にありがとうございました。
頑張って週末までに投下できるよう次の執筆をさせていただきます。

それでは、感想等ありましたら、よろしくお願いします。
88名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:08:42 ID:lZQneNiW
GJ!
だ!
89名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:09:06 ID:XFvaqoAd
GJ!
まさか死んじまうとは。
90名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:09:56 ID:4rEPew+p
GJ。絶望感の漂う重い展開がたまらない。
91名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:18:05 ID:ZVxXxU0m
乙でした!しかしギンガとルールーとゼスト達の出会いは
果たしてどんな影響があるんでしょうか
残りも楽しみに待ってます
92名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 01:38:01 ID:0VLJuPXB
待て、まだ死んだとは限らんぞww
若干、文章が雑に感じたが乙
93名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 02:03:02 ID:SOgZtlnn
ブチャラティとナンバーズの話し、ディ・モールト続きが読みたいんだが。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 06:28:18 ID:2gDOXMrd
乙だッ!
95名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 10:37:37 ID:nBPyxOmE
>>86

ただ、眠っているだけだと言ってくれノーヴェ!!
96名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 11:38:10 ID:tolrslCB
乙!

さすがゼロ、容赦ねーぜ。セインは可愛いよセイン。
この調子でギン姉もザックリ殺られるんですね解かりますw
97一尉:2008/09/24(水) 12:26:30 ID:Jyvmk5Gq
まさか死ないだろう。
98名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 16:07:04 ID:gmWveqKZ
GJ!
ノーヴェはただ疲れて眠ってるだけなんだよ。きっとそうなんだ!
それより何気にクラフト臭のするゼストがゼロにバッサリ殺られないか、だ。
イレギュラー認定してない以上心配ないと思いたいのだが。
99名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 17:02:07 ID:o+D3yLkk
GJ!
予想外の展開にワクワクしてきた!

>ゼロとセインの戦いは〜
ゼロとノーヴェだな。
100名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 17:07:43 ID:ZlNXQV8Z
ベビーエルフとガチバトルしてアルエットの願いを叶えられなかった前科があるからなー
それだけに今回は救って欲しいが
101名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 17:17:14 ID:ezj2zpJd
今回のゼロは結構乱暴で乱雑に見えたが、自分は戦うことしかできない存在だって
ゲームでも少し嘆いたことあったしなぁ。
ノーヴェ死んでたら、セインの仲間フラグがポッキリいくな。
102Strikers May Cry:2008/09/24(水) 19:18:54 ID:XhmcCD5G
誰も投下ないみたいなんで、投下しますね。

今まで投下してきたメタルギアソリッド3とのクロス短編「蛇さんの美食講座」の完結話です。
103蛇さんの美食講座:2008/09/24(水) 19:23:03 ID:XhmcCD5G
メタルギアソリッド3クロス 蛇さんの美食講座 終章 美食の代償

後にビッグボスと呼ばれる男ネイキッド・スネーク、彼はある任務で異世界に訪れいつものように食料を確保しては手当たり次第に貪っていた。
だがそんなある日彼に凄まじい敵が襲い掛かって来た……


「うお〜!!!」


彼は叫びながら走り、ひたすら全力でその鍛えられた脚力を用い森の中を駆け抜ける。
止まることは出来ない、何故ならそれが意味するものは“死”であるからだ。
後方からは凄まじい勢いで火球が飛び交っては、彼を殺そうと迫り来る。大爆発を起こした火の玉はさしずめ神の裁きの如く。
食らえば即死、スネークは命の限り必死で逃げた。

彼を滅さんと断罪の火炎を降らすのは巨大なる漆黒の火竜、その名もヴォルテール。
そしてヴォルテールの肩には桃色の髪を持つ小さな少女が立っていた。


「ふふ……恐いですか? 恐いですよね……でも食べられちゃったフリードはこんなもんじゃなかったんですよ?」


生気に欠けた虚ろな瞳をして不気味に呪詛を吐く少女、幼い竜召喚師キャロ・ル・ルシエ。
彼女は一切の容赦なく自分が召還した火竜に業火の雨を降らせる。
小さな胸には召還竜フリードリッヒを喰われた恨みと復讐のどす黒い炎が燃え盛っていた。


「うおおお!! こ、このままじゃ殺される〜!!」


迫り来る巨大な竜の攻撃にスネークは叫びながら逃げ惑う。
手持ちの装備でアレを倒すのはあまりにも絶望的だ、行使できるのは逃げの一手のみ。
だが、瞬殺されるのを免れて遁走するだけで精一杯の彼を運命はさらに追い詰めた。


「……見つけた」


そう呟いたのは艶やかな紫色の長髪を揺らした少女、幼い召喚師ルーテシア・アルピーノだった。
ルーテシアは怒りを露にした顔で自分の後ろにそびえ立った巨大な召還蟲にむかって叫ぶ。


「白天王……殺して〜!!」


召還蟲ガリューを喰われた恨みを晴らす為、呼び出された究極召還蟲その名も白天王。
翼を広げた巨大な蟲は収束した魔力エネルギーを怨敵に向けて撃ち放つ。
凄まじい光の渦がスネークに照準をつけて復讐の一撃を与える。正直シャゴホッドなんてレベルじゃない。
104名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 19:23:25 ID:tiHC7L2G
支援する
105蛇さんの美食講座:2008/09/24(水) 19:27:12 ID:XhmcCD5G
 

「うおおお!!!」


しかしなんという幸運か、ギリギリで回避に成功したスネークは大爆発に吹き飛ばされるだけで済む。
流石は一流の兵士、運も並ではない。


「よ、よし……このまま逃げるぞ」


装備の一つであるフラッシュグレネードとスモークグレネードを投げて目晦ましを行い、なんとか逃走するスネーク。


「くっ! フリードの仇、逃がさない!!」
「ガリューの仇! 逃げるな!!」


少女達の叫びも虚しく逃げ去るスネーク。
彼は森の中へと駆け込み木々の合間に身を隠すと、上司であるゼロ少佐に無線を入れた。


「はぁはぁ……少佐、なんであの少女達は俺を襲うんだ? こっちの組織は敵なのか?」
『いや、そんな事は無い筈だが……君がなにか悪い事でもしたんじゃないのか?』
「まさか! 俺があんな幼い子供に悪さをするわけないだろう?」
『ではまず対話を試みろスネーク。話を聞いてくれれば誤解が解けるかもしれん』


その瞬間、スネークを巨大なピンク色の光線が襲う。


「ディバインバスター!!!」
「ぎゃ〜!!」


叫びと共に飛んできた光線はスネークに直撃し彼を凄まじく吹っ飛ばした。
うぐぐ、と呻きながら苦痛に苛まれる身体を起こせばそこには白い装束に身を包んだ年頃の少女が立っていた。
彼女こそ愛用のデバイス、レイジングハートを携えた機動六課スターズ分隊隊長、高町なのはである。
美少女と形容してしかるべきその要望は陰というかなんというかどす黒い感情に覆われており、まるで地上波放送のSTS八話のようだった。
まず誤解を解くべく、スネークは必死に彼女に声をかける。


「ま、待ってくれ! まずは話を聞いてくれ、これは何かの誤解だ!!」


スネークの言葉になのはは僅かに首をかしげて不思議そうに返す。


「お話?」
「そ、そうだ……まずは話を」
「……ダメ」
106蛇さんの美食講座:2008/09/24(水) 19:29:38 ID:XhmcCD5G
「へ?」
「……お話なんて聞いてあげないの」


まるで地獄の悪魔が囁くような残響をその唇から零すと、なのはは手レイジングハートをスネークに向けた。
そしてマガジンに込められたカートリッジを一気に消費する。


「少し……ううん、物凄く頭冷やそうか?」

全力☆全壊スターライトブレイカー!

「ぎゃ〜!!!」


極大のピンクの閃光にスネークの身体は吹っ飛ばされた。
あたりの木々をなぎ倒した後にはプスプスと煙を上げる黒こげボディだけがポツンと転がっていた。


「まだなの! 食べられちゃったユーノ君はこんなもんじゃないの!!」


少し口調がおかしくなりながらもなのははそう叫び、予備マガジンを取り出してレイジングハートに装填してスネークに狙いを定める。
107蛇さんの美食講座:2008/09/24(水) 19:30:56 ID:XhmcCD5G
そんな時だった、彼女に声がかけられたのは。


「えっと……僕がどうしたのかな?」
「だから! フリードやガリューと一緒にユーノ君がこのオッサンに食べられちゃったの! 人食いなの! カニバリズムなの! これは正当な復讐なの!」
「ああ……僕はいつ食べられたの?」
「だからこの前! ……って、あれ? ユーノ君?」


そこには先日捕食されたはずのユーノ・スクライアが立っていた。足はあるので幽霊では無い。
さらに彼の後ろにはガリューとフリードがいた。


「あれ? ユーノ君……生きてたの?」
「当たり前だよ」
「でも……行方不明になって」
「ああ、ちょっと旅行がてら遺跡発掘に行ってたんだけど。それとこの二人(二匹)は偶然向こうで会ったんだ、二人も旅行してただってさ」
「キュクル〜」
「……(コクコク)」


ユーノに言われてフリードとガリューが頷く。二匹は手にお土産の温泉饅頭を持っている、どうやらちょっとした小旅行に出かけていたらしい。


「あれ? じゃあもしかして……勘違い?」


様々な調査でガリュー・フリード・ユーノが喰われたと推理に至ったのはどうやらただの勘違いらしかった。
そしてその勘違いの対象になった伝説の兵士は黒こげでピクピクと横たわっていた。


『どうしたスネーク! 返事をしろ、スネ〜ク!!』


後にはただ、ゼロ少佐の叫びが通信で木霊していた。


終幕。
108名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 19:32:20 ID:2gDOXMrd
支え、援護すると書いて「支援」!フフ、よくぞいったものだ
109名無しさん@お腹いっぱい:2008/09/24(水) 19:32:39 ID:wtQcAAGP
GJ!!
最後のオチは笑えたww
110Strikers May Cry:2008/09/24(水) 19:33:11 ID:XhmcCD5G
投下終了です。
こんなオチにしちゃいました、ってかやっぱ食人はダメだろjk。

ちなみにこの後、魔法少女にも負けない軍団を目指してビッグボスが結成したのがフォックスハウンドだというのはあまりにも有名な話である。
111名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 19:35:14 ID:tiHC7L2G
スネーーーーーーーーーーーーーーーーーク!!

くそう今までの話はなんだったんだ!ここまでのどんでん返しがあるとだれが思うというんだ!
112名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 19:40:20 ID:Yj9e5LMT
フォックスハウンド結成秘話乙。
113名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/24(水) 20:38:18 ID:MnBj7h2j
なんてこった!
ある意味シリアスだと思っていたら、まさかのどんでん返し!
GJ!
114名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 00:36:42 ID:ogqgvXcC
カニバリズム臭い話に吐き気と嫌悪感を憶えていたけど……
こういう作品で笑えるようになるには、まだまだ修行が足りないな。
115名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 00:48:05 ID:USDbOzri
食べてない、食べてないと言ってたのは本当だったのか。
116名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 01:25:12 ID:lXDsgjec
一言「うまい! 」
(どの意味かは想像におまかせします)
117名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 09:00:54 ID:aDFWWE7w
なんとなく、オーラバトラーダンバインあたりとのクロスで「リィンの翼」というのはどうかと思った。
いや、そんなタイトルをなんとなく思いついただけ…。
118一尉:2008/09/25(木) 13:31:26 ID:ALLu9nyP
オチおもしろい大怪我たね。
119名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 21:29:32 ID:BAUBXtmg
彼岸島クロス考えたんだけど兄貴=ユーノ スマヌ師匠=シグナムみたいな
このスレ失禁OK?
120名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/25(木) 21:31:23 ID:P6n3fZXs
そんなん表現によるだろ、まあ過剰でない限り大丈夫だとは思うが。

っていうか、クロスSSスレには避難所あっからそっちで聞け。ここではあんま雑談しないほうが良い。
121名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 00:13:41 ID:o0d8ZiiP
今日は静かだな……
122名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 09:02:33 ID:tZ4cnY0q
みんなウワサのスパロボZやってんのかな?
123一尉:2008/09/26(金) 11:38:27 ID:TytpNcuf
まだやってない思う。・・・
124名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 13:38:48 ID:mxMN5yDs
ワタシ
フェイト
歳?
たぶん9
友達?
まぁ
なのはが
いる
てか
友達以上?
みたいな
なのはが ちかく いると
胸 超 どキドき
いったいわたし どうな て
うちに うちに なのはーきた
かわいすぎたんで おそい
うまかっ です。

なのは
うま
125名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 14:30:26 ID:F7n6TccW
>>124
これは200万円の文章だな!
126名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 16:37:03 ID:Wrq7rNZJ
>>124
後半!後半が生物災害!!
127sage:2008/09/26(金) 17:45:09 ID:OUm5Qiny
>>124
うまかったってことはもちろん性てk(ry
128名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 18:04:32 ID:T9xih9lI
>>124
チューナーになったわけですね?わかります
何に変ずるのだろう?
129名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 19:09:40 ID:VR3UDWMk
シンクロ召喚?
130名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 19:40:49 ID:r9+eVien
フェイトちゃんはエロカワイイ

―管理局・機動六課入隊マニュアルより抜粋―
131リリカル×リリカル ◆.k7TdiLwT2 :2008/09/26(金) 19:45:13 ID:k739LEWR
クロノきゅんはエロカコイイ

――翠屋・二代目店長、製作ビデオテロップより――

20時より、少々短いのですが予約します。
容量は8kbぐらい?
132リリカル×リリカル ◆.k7TdiLwT2 :2008/09/26(金) 19:59:41 ID:k739LEWR
 高級ホテルに泊まったことがないなのはにとって、そこはまるで異世界だった。柔らかく足を包み込んで音を
吸い込む絨毯。純白の壁。いきなり押しかけたに過ぎないなのはすらエスコートするドアマン。

「あ、ありがとうございます」

 恐縮交じりで告げた礼にも、ベルマンは男性だというのにたおやかに微笑み、さらに優しくなのはを先導する。
年の頃だけで客を判断しない、一流の仕事がそこにはあった。あるいは子供に優しい性格だったのかもしれない。
 どちらにせよ、なのはには関係ない。なのはの目的はフィアッセと仲直り――とは少し違うが――することだ。
豪奢な内装や、気後れするほど礼儀正しい大人の人などどうでもいい。
 ほどなくして、先導するベルマンが足を止めた。一度振り返り、なのはが立ち止まったのを確認すると微かに
顔を緩ませドアに向き直ると、白い手袋で包まれた手で品のある木の扉をノックした。

「はい」

 聞き覚えのある声に、なのはの体が強張る。成長したせいもあるのか、記憶のそれよりも幾分と固くはあるが、
それでもやはりその主が誰かはようと知れた。

「クリステラ様、お客様をお連れしました」

「ご苦労様です。鍵は開けてあるので、部屋に入れてください」

 そうして、いよいよ対面の時がやってきた。ゆっくりと開かれるドアは、不快な音を立てないようにするため
なのだろうが、なのはにとっては逆効果で、逆に地獄の門のようにも見えていた。しかし、今更臆せるわけにも
いかない。今彼女がここにいるのは、黒の少年と、父と、ユーノと、そして何より自分自身の想いがあってこそ。
 恐れを殺して踏み出す勇気に代えると、なのはは頭を下げるベルマンの横を通り過ぎてフィアッセの部屋に
足を踏み入れた。

「ふ、わぁ……」

 そして、差し込む夕日に照らされた赤い室内を見て決意も忘れ、感嘆の息を漏らした。調度品はどれもこれも
薄く、しかし確かな色彩で整えられ、スクリーンガラスから存分に差し込む夕日の色一色に染められていた。
 そして真に目を引いたのは、色鮮やかな橙ではない。朱の中でただ一人、色に染められぬ金の髪を結い上げ、
微笑みながらなのはを迎え入れるフィアッセの美しさこそに、なのはは心奪われたのだった。
 涙交じりになのはに謝罪を注げた記憶の中の少女と、目の前の赫々たる美を誇る人物が同一だと、なのはには
夢にも思えなかった。まるで絵画の中から抜け出したかのように幻想味に溢れている。
「フィアッセ、さ……ん?」

 自然と、夢うつつのような問いかけになった。しかしそれはフィアッセも同じようだった。斜陽に染められた
この部屋の中、呆然としながらも輝きを失わないなのはの力強い瞳に、フィアッセの視線が注がれる。
 それだけで、流れた月日を思い知ったのだろう。彼女の瞳もまた、憂いの色を帯びていた。

「なのは…」

「フィアッセさん……」

 互いに名を呼び合えば友達だと、誰が言ったのだろう。もしそれが正しいとすれば、今この瞬間、二人は友達
になれたはずだ。だが、遠い。視線を絡ませ、手を伸ばし、足を踏み出しても、到底届かない隔たりがが二人の
間に確固としてある。きっとそれは魔法でも消せやしない。過去をやり直すことなどできやしない。
 だから――始めるのだ、今を。
133リリカル×リリカル ◆.k7TdiLwT2 :2008/09/26(金) 20:00:23 ID:k739LEWR
「久しぶり、かな? 本当に……久しぶりです」

 それでも、声音に固さが残っていたことは否めない。緊張のせいで、なのはの顔には似つかわしくもない薄い
笑みが張り付いている。

「そう、だね。本当に久しぶりだ。いきなりなのはが来るなんて、私びっくりしちゃった」

 笑み交じりに返すフィアッセもまた、緊張を隠せていない。愛想笑いというには、あまりにも彼女が浮かべた
表情はどこか張り詰めていた。
 あまりにも普段とは違う二人の様子を見るものがいれば、己が正気を疑ったに違いない。だが、これは紛れも
ない現実だった。なのはや傷付け、傷つき、フィアッセが傷付け、傷ついた過去の焼き回し。やり直しなどでは
断じてない。過去に起きた災禍を元に、二人は今向き直っていた。

「どうして、ここに?」

 口火を切ったのはフィアッセだった。美しく嫋やかに振る舞いながらもどこか物悲しい笑みを浮かべ、静かに
なのはに問いかける。
 そこには明らかな拒絶があった。親しい間柄であれば、まずは歓迎から始まる。だというのに、来訪の目的を
いの一番に聞くことの意味はもはや問うまでもない。
 それを、聡いなのはが理解できぬはずがなかった。他ならぬ彼女自身が、昼間、心配してくれた友人を笑顔で
拒絶したばかりなのだから。
 胸の痛みに、かすかな後悔がよぎる。こんな思いをさせるぐらいなら、アリサとすずかには事情を教えた方が
よかったんじゃないか。そんな弱い迷いが訪れる。
 しかし、同時にあの黒の少年の憎たらしい鉄面皮も思い出され、なのはは心の中で拳を握った。あのいけすか
ない少年の思い通りになるなど、なのはが耐えられるはずもない。諦めろ、と言われて簡単に引き下がるような
か弱い少女なら、そもそも危険なジュエルシードの探索を手伝うわけがないのだから。

「私……」

 言いさして、なのはは真正面からフィアッセを見つめた。恐らくは今の今まで、彼女がフィアッセの瞳を真に
見据えたことはなかったろう。
 感情の高ぶるままに罵った時だけは例外だろうが、そんなものは数のうちに入らない。
 自分の意思で向き合ってこそ、初めて意味が生まれるのだ。

「私ね……」

 フィアッセもなのはの本気を悟ったのだろう。いつの間にか笑みを消していた。無表情で、続く言葉を待って
いた。硬くなる空気に比例するように、二人の握る拳に力が込められていく。一秒ごとに拳は白くなっていく。
 だが、限界は数秒もたたないうちに訪れた。
 あっさりと、掌を開くと、なのははがばっと頭を下げた。肩に控えるユーノはその勢いに押されて地面に落ち
そうに、いや、実際に落ちてしまったが、それにも気づかぬほどの勢いだった。

「その、ごめんなさいっ!」

 なぜそれに気づかなかったのか。答えは自明の理だ。なのはは、瞳を閉じていた。それまでの緊張で疲弊して、
床すらも見る余裕を失っていた。だから、ずっと頭を伏せたままだ。フィアッセからの言葉がかかるまで、頭を
上げることはない。
 あっけに取られたフィアッセは、しばし言葉を失っていた。互いに傷に触れようとしない。それが二人の間に
定められた暗黙の了承だったはずだ。それをいきなり破られるとは、誰も思いはしない。
 曖昧模糊とした言葉であろうと、そこに込められた想いを酌めないほど、フィアッセは愚鈍ではなかった。
134リリカル×リリカル ◆.k7TdiLwT2 :2008/09/26(金) 20:01:10 ID:k739LEWR
「な、なのは。頭を上げて……」

 結局、その場しのぎのような言葉しか出なかった。
 それでも、なのははフィアッセの言葉に従った。このままでは埒が明かないことは、彼女にもわかっていた。
これはただ、気が急くあまり暴走しただけで、本来はもっとスマートに話し合うつもりだったのだ。
 気恥ずかしさと罪悪感から頬を朱に染めて、なのはは一つ咳をした。雑音のない室内ではやけに大きく響き、
彼女自身それに驚いて一瞬肩が飛び跳ねる。
 が、それが幸いしたらしい。先ほどまで慌てていたフィアッセの瞳に、確かな理性が戻っていた。
 よし――見上げるユーノに対する罪悪感を今は押し殺して、なのははすっと胸を膨らませた。肺の中で暴れる
空気をそっと撫で、細く息を吐く。

「にゃはは、ちょっと失敗しちゃった。ごめんね、フィアッセさんもいきなりあんな風に言われたら、困っちゃ
うよね」

 なのはが笑う。少し困ったように浮かべたその笑みは、家族や友人に向けるそれと同じだった。フィアッセに
これまで一度として向けたことがないそれを、今になってどうして。
 なのはとて、全てわかっての行動ではない。考えるだけの余裕なんて、最初からない。
 ただ、思うままに振舞って、フィアッセにぶつかるだけが、なのはに許された道だった。
 避けられるか、受け止められるか。どちらでもいい。砕けてもいい。諦めなければ、何度だって立ち上がれる
はずなのだから。

「……なのは」

 フィアッセの、瞳がゆっくりと、しかし確かに和らいだ。わずかに揺れているように見えるのは、夕日がそう
させるのか、あるいはなのはの錯覚か。もしかしたら、彼女自身泣きそうになっているのかもしれない。

「どう、したんだろうね。今日になっていきなり、なんて。ふふ、おかしいよね、今までずっとお互いを避けて
いたはずなのに」

 それでも、フィアッセにはなのはほど我侭にはなれなかった。
 心の強さの問題ではない。これはただ、フィアッセの方が年を取っていた、ただそれだけのこと。素直になる
には、二人を隔てた年月は長すぎたのだ。
 だから、踏み出すのは、距離を埋めるのはなのはからじゃないといけない。

「うん。いきなりだよね。本当に困らせちゃうよね。
 ……でも、今日じゃないといけないと思ったんだ。次に出会う時、私が今よりフィアッセさんと仲直りしたい
って思えてるかどうか、わからなかったから」

「……勝手、だね」

 糾弾するにはあまりに弱く、笑い飛ばすには更に弱い。何をするにも、弱すぎる。硬く握り締められた拳と同
じように、フィアッセの声は震えていた。
 それが、幼い日のなのはがつけたフィアッセの傷の深さを物語る。たった一言、二言でどうにかなるようなら、
とっくの昔に二人はやり直せていた。そのための機会は、これまで何度もあったのだから。
 だが、その隔絶を前にして、なのはの決意は更に強くなっていた。

 アリサの怒りに歪んだ顔が、なのはの背を押す。
 黒の少年の、すました顔が、なのはの背を押す。
 父、士郎の。優しい笑顔が、なのはの背を押す。

 もっともっとたくさん。なのはは多くの人に支えられている。すずかや、家族。ユーノ。他にも数え切れない
ぐらいで。フィアッセだって、同じぐらいの人に囲まれて、支えられているはずだ。
 だから、それを裏切ることなんて絶対にできない。
 これまで、ずっと裏切ってきたのだから、今どうにかしなければ、高町なのははなのはじゃない。

「うん、勝手だね。でも、勝手でもいいよ。フィアッセさんと仲直りできるなら、私なんだっていい。私らしい
やり方で、お話聞かせてもらうから」
135リリカル×リリカル ◆.k7TdiLwT2 :2008/09/26(金) 20:02:32 ID:k739LEWR
とりあえず、以上です
本当に短いですが、一話でせっかくのところを終わらせるのはなんだろうな、と思って話の都合でカット
いわゆるレイニー止め
136名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 20:30:49 ID:FVlKMbbB
乙。

関係ないけどサイレンssの続き待ってる俺。
137名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 20:41:00 ID:9ic+JbuK
GJ!確かに短いので、少し物足りない感がありましたが、これはここで終わらした
方が良いとも確かに思いました。次話の投下をお待ちしています。

俺はリリカルブレードの続きをずっと待ちこがれている。
138名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 20:45:27 ID:ZZEUfXAE
投下乙です。

しかし >>136 >>137 お前らそういう事はここじゃなくて避難所で言え。
言うにしても投下直後は控えろ。
139名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/26(金) 21:16:10 ID:9ic+JbuK
すまなかった。次から気をつける。
140一尉:2008/09/27(土) 13:38:50 ID:V+pkwzvi
恐ろしいエロいたな。
141ロックマンゼロ ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 17:02:08 ID:tsagnK6F
本日、22時50分頃に投下予約を。
段々と長くなってきているのか、今回もかなり長いので、
時間になりましたらそそくさとはじめます。
142名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 19:19:25 ID:cKNadR7q
よし、正座して待ってる。
143名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 19:55:09 ID:CZ1Xl4k7
Esperanto聞きながら待ってる
144マロン名無しさん:2008/09/27(土) 20:44:44 ID:Ompzom3f
楽しみにしてます
145ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:50:41 ID:tsagnK6F
 ミッドチルダ北部ベルカ自治領。
 ノーヴェとゼロが激戦を行った岩場から、そう距離はない森の中。ギンガ・
ナカジマにルーテシア、そしてゼスト・グランガイツとアギトを加えた一行で
ある。使い魔も数に数えるなら、ルーテシアの忠実なる僕、ガリューもいる。
「ここは……何かの史跡か?」
 アギトが周囲を見回しながら、物珍しそうに呟いた。
「史跡と言うより、遺跡だろうな。古代ベルカの匂いの残る場所、とでも言う
べきだろう」
 聖王教会は次元世界最大の信徒数を誇る宗教、『聖王教』の総本山である。
宗教権力は、いつの時代、どんな場所においても絶大な力を発揮するに違わず、
旧ベルカ自治領を中心に存在する組織は、管理局最高評議会に匹敵する権力と
発言権を持っているとされる。でなければ、ミッドチルダにあって古代国家の
自治領など認められるわけがない。
 こうした宗教権力との結びつきに対し、地上本部のレジアス中将などは批判
的であり、否定的だ。彼が本局から疎まれるのには、そうした利権屋に近い屑
どものせいでもある。
「教会と管理局の癒着は、百年やそこらで語れる物じゃない。大司教や枢機卿、
教皇たちは三提督に並ぶ位置にいるとされ、そもそも局内及び管理世界におけ
る信者の数は多い……真に恐ろしいのは、信仰深い狂信者。怖い話ね」
 蔑むような口調で喋りながら、ギンガは遺跡内を探索している。ベルカ自治
領には、このような場所が多い。本来なら、考古学者の類などが旧文明の遺産
を解き明かそうと発掘や採掘でもするのだろうが、教会はそれを拒み続けてい
る。彼らにとって、この森は信仰対象である聖王の庭であり、ベルカ自治領そ
れ自体が聖王の持ち物なのだという。国は王に帰するもの、という考えは理解
できなくもないが、滅び去った国と王に何の価値があるというのか。
「……ここかな、ドクターの言っていた入り口は。ノーヴェの方じゃなくて、
こっちが当たりだったみたい」
 岩と岩の隙間に、入り口のような物が見える。ギンガは左手で、ゼストの背
丈ほどもある岩片を掴むと、片手でそれを放り投げた。思わずアギトが驚きの
あまり目を点にしてしまったほどで、ガリューも無言ながら一歩、後ろに下が
ったほどだ。
「凄い力」
 ポツリと、ギンガの怪力を見せつけられたルーテシアが呟いた。無表情なが
らも驚いてはいるようだ。ゼストもまた、既にギンガが自分では止められない
ほどの実力者へと変貌していることを実感せざるを得なかった。
「さぁ、入りましょうか」
 言って、遺跡内に足を踏み入れるギンガだが、

「……へぇ」

 その前に、四つ足の脚部を持つガジェットが、這い上がるように現れた。

「自動防衛システムって分け、面白いじゃない」
 ギンガは、左腕の拳を強く握りしめた。



        第18話「ナンバーズ分裂」

146ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:51:31 ID:tsagnK6F
 ミッドチルダ中央区、先端技術医療センター。
 ゼロは、久方ぶりにここを訪れていた。以前来たときは、ギンガが一緒だっ
た。彼の身体の具合を心配した彼女が、戦闘機人として世話になっていたこの
施設をゼロに紹介したのだ。
 しかし、そのギンガは今、ゼロの隣にはいない。

「良かったね、ノーヴェ。チンクの側にいられて」
 ガラス越しに見える、集中治療室の光景。セインは、機能停止したまま治療
を受けている姉妹の姿を見ている。
 重傷患者であったチンクは勿論、新たにノーヴェまでもがここに担ぎ込まれ
た。センターにあって、戦闘機人向けの設備はそれほど多いわけではない。必
然的に、ノーヴェはチンクと同じ場所に収容されることとなった。
「一時はどうなるかと思ったけど……本当に良かった」
 呟くセインに、傍らのゼロは何も言えないでいた。ノーヴェが傷つき倒れ、
ここへ収容される原因を作ったのは他でもない、彼自身だ。命だけは助かった
と言っても、それだってゼロが何かした分けじゃない。彼が戦った結果として、
偶然ノーヴェが生きていたという事実がくっついてきただけだ。
 セインはゼロを責めなかったし、今後もその気はなかった。だが、ゼロとし
ては責任の一つも感じざるを得ない状況である。聞けば、ノーヴェはセインを
含めて先にゼロに倒された姉妹らと特に仲が良く、恐らくそうした事情が彼女
を追いつめ、後のない戦いを挑ませたのではないだろうか?
 形振り構わぬ捨て身の攻撃、そこに付け込んだスカリエッティ。けど、ノー
ヴェを実際に倒したのはゼロなのだ。
 ゼロはセインには声を掛けず、黙って部屋を出た。逃げたといわれても、否
定はしないし、出来るわけがない。
「ゼロ……大丈夫?」
 部屋から出てきたゼロに、フェイトが心配そうな声を掛けた。彼女はとある
任務があって、ゼロとセインとは別ルートでここを訪れていたのだ。
「心配ない」
 簡潔に答えるが、明らかに無理をしているとフェイトは感じた。だが、フェ
イトにしたことろで容易に口を挟める問題ではないのだ。気にする必要はない、
などと彼女が言えるわけもないし、例えセインがそのように言ったところでゼ
ロは気にするだろう。
「マリエル技士官が、あなたに用があるって」
 それは、以前ゼロの身体のメンテナンスを担当した女性の名前である。ゼロ
は無言で、彼女の待つ部屋に向かって歩き出す。フェイトもそれに続くが、ふ
とゼロは足を止めて立ち止まった。
「ゼロ?」
 怪訝そうな声を出すフェイトに、ゼロは背を向けたままこう言った。
「心配を掛けて、済まない」

147ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:52:18 ID:tsagnK6F
 時空管理局本局は、先日に襲撃事件によって敵がナンバーズと呼ばれる戦闘
機人を奪還する意思があることを、勘違いではあるが、知ることになった。単
機での潜入は馬鹿げているの一言で済ませられるが、これが大軍ならばどうな
るか?
 しかも上層部は、未だに機能回復せず満足な尋問も行えないナンバーズを持
て余しており、厄介なお荷物、腹に爆弾を抱え込んでいるなどと揶揄される始
末だ。それに対し高官たちは会議を重ね、一旦捕獲したナンバーズを別の場所
に極秘裏に移すことにした。機能を回復させた後、尋問、または拷問を行い情
報を得る。
 そして任務を与えられたクロノ提督は義妹のフェイトに連絡を取って、彼女
に二体のナンバーズを先端技術医療センターまで護送させたのだ。
「一応、八番の子がそろそろ目を覚ましそうだよ。見た目からして男の子かと
思ったんだけど、引っぺがしてみると女の子だったりしたよ」
 コーヒーを飲みながら、マリエルは何とも微妙な話を笑い話にしている。お
義理でフェイトは笑ってやるものの、ゼロは無表情を貫いている。笑わないゼ
ロに、やれやれとマリエルは呆れて、話題を変える。
「ところで、リインは最近元気? 仲良くしてる?」
 何故かフェイトではなく、ゼロに尋ねる。
「主を失って、気落ちはしているようだが」
 底抜けに明るいリインでさえ、はやてが倒れた、倒されたという事実は堪え
たようだ。しかもそれが、懇意の仲とも言えたギンガによってとなれば、尚更
だろう。
「そっか……良かったら慰めてあげてよ。あれで、寂しがり屋だからさ」
「善処する」
 嫌だとか、無理だとか、そういうことは言わない。不向きなことだとは、思
っているが。
「宜しい。リインとはね、仲良くしておいた方が良いよ。あなたとリインが協
力し合えば、ちょっと面白いことが出来ると思うから」
 意味ありげな笑みを浮かべるマリエルに、ゼロが怪訝そうな、フェイトがキ
ョトンとした視線を向けるも、彼女はそれを交わして、起ち上がると隅にある
比較的大きいサイズの棚へと向かう。
「えっとねぇ、ここにしまってるんだけど」
 鍵束から鍵を選び、いくつもの錠を解錠していく。研究資材か、発明品でも
入れているのだろうか? 厳重な管理を見るに、ただの棚というわけではなさ
そうだ。
「魔法の使ったセキュリティは、それを突破する物がすぐに編み出されてイタ
チごっこ状態。こんな昔ながら鍵の方が、却って良かったりするんだよね」
 解錠の魔法を使えても、ピッキング技術を持ち合わせていない盗人や泥棒の
類は五万といる。これも魔法社会の、あるいは良い意味での弊害なのではない
かとマリエルは考えていた。
「さて、と。これだこれ」
 大きな合金製の、長大なケースを取り出すマリエル。テーブルまで戻ってく
ると、それをゼロとフェイトの前に置いた。
「フェイトさんに見せて良いのかは判らないけど……」
 特殊な形状をした鍵を差し込み、ケースを開ける。現れる中身に、フェイト
はそれが何であるか判らなかったが、ゼロはすぐに判った。
148ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:53:21 ID:tsagnK6F
「完成していたのか」
 ケースの中に入っていたのは、金属製で出来ている二種類の……何であろう
か? フェイトはすぐに答えを出せないでいた。
 一つは、小型の円盤状をしており円形の盾であろうか? それにしては少々
小さい気がする。もう一つは、これは二つの棒状の物が一組となっており、形
としては警邏が持っているようなトンファーによく似ている。
「ゼロ、これは?」
 尋ねるフェイトだが、口を開いたのはゼロではなくマリエルだった。
「円盤状の盾がシールドブーメラン、こっちのトンファーみたいのがリコイル
ロッド。どちらもゼロに頼まれて作った武器」
 武器という単語に、フェイトが驚いてゼロを見た。武器はロッドの一つを手
に取ると、物は試しと握り込む。材質は金属だが、ゼロの知らないこの世界の
物。後で知るのだが、デバイスなどに使われる軽くて硬い特殊素材なのだとい
う。
「エネルギーは、あなたが直接供給を行えるようになってるから、あなたが倒
れない限りはエネルギー切れを起こす心配はない。威力の方は実戦テストをし
てないから何とも言えないけどね」
 それでもこの短期間で、異世界の武器を完成させたのはマリエルの優秀さを
示す証拠だろう。
「感謝する」
 短く礼を述べるゼロに対し、マリエルは満足そうに頷いてそれ以上は何も求
めなかった。良い研究と開発が出来た、彼女にとってはそれで十分なのだ。ス
カリエッティといい、研究者の類が如何に救われがたい生き物かが良く分かる
が、それを見ていたフェイトはそんなことを言うつもりはない。
「ゼロ、あなたはまだ戦うつもりなの?」
 起ち上がって、フェイトはゼロに問いただした。彼女は、もうゼロが戦うべ
きでは、戦い続けるべきではないと考えていた。彼が不幸を呼び込むとか、そ
んな下らない妄言を気にしているのではない。理由は、他にある。
「あなたは、傷ついている。戦う度に、ずっと傷ついてきている」
 それは、負傷や損傷という意味だけではない。ノーヴェの件も含めた、内面
的なもの。単純に、敵を倒してそれで終わりという状況ではなくなっているの
だ。ガジェットのような稚拙な知能しか持たない兵器ならまだしも、外見は人
間のそれと変わらぬ、少女の姿をした戦士たち。ゼロは無表情に、無感情にこ
れを倒してきたように思えるが、そんなわけはない。
 セインをはじめ、姉妹の繋がりを知った今となってはその剣先は鈍っている。
鈍っているはずだ。
「スカリエッティのことは、私たちに任せて。異世界から来たあなたが、これ
以上私たちの世界の問題を背負い込む事なんてない!」
 フェイトとしてはゼロのためを思って、戦いながら精神をすり減らしている
ように見えた彼を気遣っていったのだが、
「オレは自分の意思で、スカリエッティと戦う道を選んだ。一度決めたことを、
覆す気はない」
 フェイトの気遣いには謝辞をするが、ゼロは意志を曲げようとはしなかった。
「……オレは、オレはどんな綺麗事も言うつもりはない。結局、オレは戦って
敵を倒すことしかできない。アイツの大切な妹だと知っていたのに、オレは戦
って倒すことしかできなかったんだ」
149ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:54:10 ID:tsagnK6F
 ここまでゼロが自己に否定的な発言をするとは、フェイトは思っても見なか
った。故に、フェイトはそれ以上、何も言えなくなってしまう。
 そんな二人のやり取りを、コーヒーを啜りながら眺めていたマリエルだが、
通信端末の緊急ランプが点滅をしたので起動させた。
「なに? 敵がここに襲撃でもしてきた?」
 緊迫感のない声で言う物だから、ゼロとフェイトが思わずマリエルの方を見
た。マリエルは下士官から何やら報告を受けているようだが、あまり自分には
関係のない内容なのか、それほど驚いてはいなかった。通信を終えると、見守
る二人の方に顔を向けた。
「痴話喧嘩はそれぐらいにした方が良いよ」
「なっ、私たちは別にそんなんじゃ」
 赤面して抗議の声を上げるフェイトに、マリエルは無視して言葉を続けた。

「臨海第8空港、そこにガジェットの大部隊が侵攻したって」

 言って、マリエルはコーヒーを啜ろうとするが、カップは既に空っぽだった。


 ミッドチルダ北部にある臨海第8空港は、現在から遡って四年ほど前に起き
た空港大火災によって閉鎖された場所である。
 空の要路として重要視されていた空港であるにもかかわらず、火災発生時の
管理局地上本部の対応は鈍足だった。言い訳が許されるなら、ベルカ自治領近
くにあって教会の出資金によって作られた空港であるから、対処するにも管理
局と教会、どちらがするべきなのかという指示系統の乱れが生じた。
 しかし、聖王教会はすぐに動こうとはせず、また明確に管理局対して対処の
依頼もしなかったため後日地上本部から非難されるのだが、「対応を謝った地
上本部の方こそ悪い」という一方的な主張を続ける教会と、被災者の救助にの
み心がけた教会騎士団の存在ばかりが持てはやされ、地上本部の主張は逆に批
判される結果となった
 ちなみに、この事件を切欠に八神はやては機動六課の構想を練りはじめるの
だが、彼女は聖王教会にすり寄る存在だったため、地上本部を非難する側に回
っていたという。
「レリックが絡んだ大災害……あのまま放棄されると思ってたのに」
 六課の仮隊舎にて、なのはが複雑そうな表情をしながら口を開いた。
 臨海第8空港の跡地とも言う場所は、長く整備区画として放置されてきた。
それが最近になって、やはり聖王教会の出資によって空港として再建する計画
が進められていたらしい。三ヶ月ほど前に瓦礫を撤去し、新たな空港施設を作
る。恐らく、何らかの利権があって、利権屋が働きかけているのだとは思うが、
なのははそういった部類のことをなるべく気にしないようにしている。
 面倒くさいからだ。
「でも、さすがに今回は地上本部に任せても良いのではないですか?」
 教会騎士カリムによる出動要請に、なのはは常識論で対応した。完成して、
利用客も多い空港に敵が攻めてきた、というのなら一人でも多くの魔導師が行
くべきだと思うが、今回は建設中の段階だ。工事の人間を非難させる程度のこ
とは陸士隊一個中隊で済むし、何なら施設を放棄した上で戦力を結集、反撃に
出るという手だってあるはずだ。
150ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:54:55 ID:tsagnK6F
『あそこは教会が多大な出資金を投じています。その出資金は、全て信者の寄
付によって成り立つ物、無駄には出来ません。それに……』
「それに?」
 宗教権力者の浅ましい論調にウンザリするなのはだが、続けて出た言葉に顔
色を変えることになる。
『今日、あそこの建設現場には聖王教会系列の小学校から、多数の児童が社会
科見学に行っているそうなんです。児童の安全も気がかりですし』
「ど、どうしてそれを早く言わないんですか!」
 なのはは思わず大声を上げた。全く、金の話などよりも、そっちを先にする
べきではないのか。
 カリムに対して呆れかえる時間も、こうなって惜しい。なのはは要請を受諾
することだけを告げると、フェイトに緊急連絡を行って帰還を諭し、現状出撃
できる全ての隊員を集めた。
 ティアナ、キャロ、シグナム、ヴィータ。たった4人だ。しかも、守護騎士に
至ってはデバイスが修理中ということもあって、戦力としてはろくな期待をし
ない方が良い。
「……スバルは?」
 なのははティアナの方を見るが、彼女は黙って首を横に振った。スバル・ナ
カジマは、未だに姉の裏切りと、その姉による父親殺しから立ち直れないでい
た。
「わかった、スバル抜きで行こう。みんな、すぐに出撃準備を。教会が移動の
ヘリは用意してくれるって言うから」
 使えない人間に、いつまでも構っている時間はない。なのはは魔導師として、
戦士として判断した。この状況下でそれは正しい判断であったが、キャロには
それが少し非情にも見えた。
 だが、ティアナは……
「五分、時間をいただけませんか?」
「えっ?」
「スバルを、部屋から出します」
 戦闘を行いながらの人員救助となれば、戦力は一人でも多い方が良い。なの
はは数秒ティアナの瞳を見つめていたが、
「三分、それ以上は待てないよ」
 部下、あるいは教え子に対する情念からか、それを許したのだった。


 スバル・ナカジマは、ここ数日間部屋の外を一歩も出ようとしなかった。テ
ィアナが食事を運びに行くも、目にするのは手の付けられていない前に運んだ
食事のプレート。水の一滴も飲んでいる気配はなく、一度ならず怒鳴って食事
と給水のために無理矢理飲食をさせようとしたのだが、

 スバルは食べ物を口に含んだ瞬間、吐き出してしまった。

 苦しそうに吐瀉物を吐き出し、恐怖に震えていたのだ。

 父親の死、目の前で、自ら抱きかかえていた父親が、姉の放った魔力光に貫
かれて死んだ。スバルには、精神的ショックの一言で片付けられることではな
かった。その瞬間こそ、沸き上がる怒りをギンガにぶつけることで父親の死を
受け入れようとしたスバルであるが、怒りというのは冷めるものである。
 冷静さを取り戻したとき、そこに残ったは姉への怒りに打ち震える少女では
なく、父親を永遠に失った15歳の少女が、いるだけだった。
151ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:55:55 ID:tsagnK6F
「スバル、入るわよ」
 友人が精神上の絶望にあることは、ティアナにだって痛いほど判る。けど、
だからといってそのままにして良いはずもない。多少強引にでも、立ち直って
貰わねば困るのだ。

 スバルは、部屋の隅に蹲っていた。他にあるのは、いつもと変わらぬ手の付
けられていない食事のプレート。水のコップも、口を付けた様子はない。
「また、食べてないんだ」
 まだではなく、また。戦闘機人だからといって、食物を取らずに生きられる
ものではない。スカリエッティの理論では細胞維持が出来れば最低限の食事で
事足りるというのだが、それでも食べなくてはいけないことに代わりはないの
だ。
「いつまで、そうしてるつもり?」
 尋ねるティアナに、スバルは何も答えない。声が聞こえているのか、聞こえ
ていないはずはないと思うが、顔を上げようともしない。側まで歩み寄るティ
アナだが、その視線は悲痛と言うよりは、むしろ苛立たしげだった。
「臨海第8空港が、ガジェットに襲われてるそうよ」
 その事実に対しても、スバルは反応しようとしない。
「四年前の大火災以来、放棄されていたのが、数ヶ月前から再建をはじめてる
んだって……確か、スバルとなのはさんが初めて会った場所だって、言ってた
よね?」
 ギンガとフェイトが、出会った場所でもある。姉とはぐれ、燃え上がる空港
内を彷徨っていたスバルを、なのはが助けた。スバルは、その時のなのはの勇
姿、それに憧れて魔導師を目指しはじめたのだ。
「空港には今、聖王教会系列の学校の生徒たちがいて、助けを待ってる」
 六課はそれを、全力で助けに行くことになった。動ける者は皆、出動するの
だ。にもかかわらず、スバルは動かない。
「何とか、言いなさいよ」
 ティアナの声が、段々と低く、小さくなる。動かぬ友人に、動こうとしない
友人に、歯がゆさを憶えはじめている。

 スバルの胸ぐらを、ティアナが掴んだ。掴み上げ、無理矢理立たせたのだ。

「何か、言うことはないのかスバル!!」

 怒声とも言うべき声に、さすがのスバルの表情が変化した。そして、幾日も
水分すら取ることのなかった乾いた唇で、掠れきったはずの声で叫び返した。
「あたしのことは……あたしのことはほっといてよ!!」
 思うように力の入らぬ腕で、それでも力を込めてスバルはティアナを突き飛
ばした。乾いた身体からは、涙の一筋も流れることはない。
「父さんが死んで、殺したのはギン姉で……なんで、どうしてこんなことにな
ったんだよ!」
 愛する家族、それがどうして殺し合わねばならなかったのか。何故、ギンガ
はあんなに慕っていたはずの父を殺したのか、スバルには理解できない。何も、
判らないのだ。
「もう嫌だよ、あたしは何も出来ない。何もしたくない!」
 崩れるのは、身体だけではない。スバルの心その物が、崩れ去ろうとしてい
た。今までスバルの見てきたものが、信じてきたものが、全て虚像だったかの
ような虚無感。両親も、姉妹も、何もかもが嘘だったとでも言うのか?
152ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:57:19 ID:tsagnK6F
 絶望が、スバルの身体を支配していた。出口のない、あったとしても手の届
く位置にはない、沈み行くだけの世界。
「…………スバル」
 沈み行くだけ、もはやそれ以外に何も求めてはいない友人の姿に、ティアナ
は――

「歯を、食いしばれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 右の拳を持って、殴り飛ばした。

 衝撃に、ほとんど無防備であったスバルが壁に叩き付けられた。唖然と、愕
然とした表情で、彼女はティアナを見つめている。
「ティア……」
 いつ振りになるのか、スバルは友人の名を口にした。平手打ちなど柔な一撃
とは違う、拳による明快なまでの一発。
「見損なったわよ、スバル」
 再び、ティアナがスバルの胸ぐらを掴んだ。
「どうしてこんなことになったのか判らない? そんなの、誰だって判らない
わよ!」
 二発目の拳が、スバルを殴り飛ばした。無抵抗のスバルは、まともに食らう
ことしかできない。
「もう少しばかし、根性のある奴だと思ってた。スバル、アンタは判らないま
まで済ますの? このまま現実から目を背けて、いつまでも自分の殻に閉じこ
もって、ずっと逃げ続けるの!?」
 泣いているのは、ティアナの方であったかも知れない。人を殴るということ
は、あるいは殴られた相手以上に、殴った相手の拳が痛むのだ。
「立ちなさいよ、立って、殴り返して見せなさいよ! 悔しくないの? 殴ら
れて、悔しいと思える気概はないの?」
 そんなもの、ありはなしない。自分が友人に殴り飛ばされても仕方のない腑
抜けになってしまったことぐらい、スバルだって判っているのだ。しかし、判
っていてもどうにもならない。気力が、沸かないのだ。
「アンタがすることは、ここでずっと閉じこもってることなのか、それともギ
ンガさんに会ってその真意を正すことなのか、アンタはそれを決めるべきなの
よ!」
「そんなの、わかんないよ。嫌だよ!」
「現実ってのはね、いつだって嫌なもんなのよ! 目を背けて生きて行ければ、
これほど嬉しいことはない。だけど、それが出来ないから現実なのよ!」
 ギンガと再会すれば、スバルは最後の家族を、実の姉を失うことになるかも
知れない。
「ギンガさんが人殺しを続けるのを黙ってみているのか、それを殴り飛ばして
でも止めるのか、判断するのはスバル、アンタだけよ! 選択肢を選ぶのは、
お前一人だスバル・ナカジマ!」
 叫ぶと共に、ティアナは掴んでいた胸ぐらを乱暴に離した。そして、倒れ込
むスバルに向かって背を向けた。
「私は、出撃する」
「ティ、ティア……!」
「とっくに、三分過ぎちゃったから」
 ティアナは、駆けだした。友人に背を向けて、その目に浮かべた涙を悟られ
ぬように、駆けだしたのだった。

153ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:58:09 ID:tsagnK6F
 なのはたちが現場に急行するよりも早く、ゼロとフェイトが臨海第8空港に到
着していた。
「プラズマランサー!」
 射撃魔法で迫り来るガジェットを撃ち落としながら、フェイトは制空権の確
保にと努めている。地上ではゼロが、セイバー片手にガジェットを斬り倒して
いる。他にも陸士隊などの武装局員が集結しつつあるが、スカリエッティは途
方もない数のガジェットを投入してきているらしい。
「サンダースマッシャー!」
 雷撃の魔力砲撃で周囲のガジェットを一掃すると、フェイトは情報確認のた
めに指揮官級の士官に通信回線を繋いだ。
「状況は? 子供たちの避難は?」
 真っ先に行われるべきである子供たちの安全確保と、避難誘導。二個中隊か
らなる部隊がその活動にあたっているはずだが、未だに完了報告が来ないのだ。
『救出、救助はほぼ完了していますが……』
「ほぼ? 正確に報告を!」
 半ば怒鳴るように言うフェイトに萎縮しながら、士官は何とか口を開く。
『そ、それが僅か一名ほど行方の判らなくなった子供が――』
 言葉を、フェイトは最後まで聞いていなかった。アークセイバーでガジェッ
ト部隊を斬り飛ばすと、一気に地上まで降下しゼロと合流する。
「ゼロ、空港内にまだ子供が!」
 報告したところで、どうなるわけでもない。情報共有は大事だが、あいにく
ゼロとフェイトは最前線での防衛に乗り出してしまった。
「陸士隊は、発見できそうなのか?」
「捜索はしてるみたいだけど、内部にもガジェットが潜入して戦闘状態になっ
てるって」
 面倒な事態になった。武装局員も、戦いながら一人の子供を捜し出すのは難
しいだろう。子供だって馬鹿ではないから、火の気のない場所に隠れるぐらい
はしているはずだ。それが却って見つけにくくする要因になっているのだが、
必要なことでもある。
「オレたちが行けば、ここにいる敵を引き込む事態になる。それは不味い」
 バスターを連射しながら、ゼロは苦い表情を浮かべる。
「六課の連中が到着次第、奴らに任せるしかない」
「わかった。なら、当面はガジェットの殲滅を!」
 フェイトは確認すると、また空へと浮上していった。思えば、ゼロとこうし
て共同戦線を張るのは、意外にも初めてであった。
 地上にあって、ゼロは全ての敵を倒している。下から攻撃を受ける心配がな
い、それ故にフェイトは空で大暴れが出来るのだ。

154ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 22:59:00 ID:tsagnK6F
 戦闘要員が誰も居なくなった仮隊舎で、スバルは壁により掛かりながら茫然
自失としていた。殴り飛ばされた頬に触れながら、放心状態となっている。
「ギン姉……」
 自分は、どうすればいいのか? 困ったとき、迷ったときは、いつでも友人
に、家族に、姉に相談をしてきた。

 いつもそうだった。姉は、ギンガは、いつだってスバルを守ってきた。そし
て、スバルはそんな姉に甘え、ずっと守られてきた。
 幼き日、スバルは姉に言ったことがある。どうしてお姉ちゃんは自分を守っ
てくれるのかと。
「そんなの、決まってるじゃない」
 姉は笑顔で、スバルの頭を撫でる。
「私が、スバルのお姉ちゃんだからだよ」
 姉は、妹を守るものなのだ。そんなことを、スバルは気にしなくて良いし、
気にする必要もない。ギンガはそういって、自分がスバルを助け、守る当然の
理由を語り聞かせた。

「でもね、スバル――これだけは忘れないで」

 古い記憶の中で、姉が微笑み、語りかけてくる。

 優しかった姉の姿は、もはや記憶の中にしか存在しないのだろうか。
「もし、あなたが誰か困っている人や、助けを求めている人を見つけたら、助
けてあげて」
 いや、違う。
「あなたには、私がいて父さんがいて、助けてくれる人がいる。だから、あな
たにも、誰かを助けられる人になって欲しいの」
 あの時、自分を守ってくれたギン姉は――
「強くなくてもいい、弱くても構わない。だけど、心だけは、心の強さだけは、
持っていなくちゃダメだから」

 スバルは、床に置いてあった水のコップを手に取ると、一気に飲み干した。
冷たくもない、温い水だが、乾ききった身体には冷水よりも、こちらの方が染
み渡った。
「ギン姉……あたしはギン姉よりも弱いけど、弱いけどさ」
 あるはずもない力を振り絞りながら、スバルは呟いた。

「心だけは、弱くするつもりはないから!」

155ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:00:18 ID:tsagnK6F
 ガジェット部隊との戦闘が続く空港では、既になのはたちも合流しての防衛
戦が行われている。港内にはキャロとティアナが突入し、不明者の捜索を手伝
っている。
「吹き飛ばしても、吹き飛ばしても、一向に減らないね!」
 何度目かも判らぬ魔力砲撃でガジェットを掃滅しながら、なのはは圧倒的な
物量戦を仕掛けてきた敵に危機感を憶えていた。
「でも、完成後ならまだしも、何で建設途中の空港なんて襲ってるんだろう?」
 ガジェットを斬り飛ばしながら、フェイトはふとした疑問を投げかける。確
かに、今までの襲撃地点に比べると、ここは何ら重要性のない場所だ。要人が
いるわけでもなければ、施設的に必要ともされていない。
「さあ、案外教会の邪魔をしたかったとか、そんな理由じゃない?」
 誘導弾を操作しながら、なのはは先ほどの教会騎士とのやり取りを思い出す。
噛み合わない言葉、発想、なのはの生まれた世界にだって宗教は存在するが、
住んでいた国は無宗教に近いと言って差し支えのない場所だ。それ故かは判ら
ないが、どうも彼女は宗教家や宗教権力者の類が好きになれない。
「だって、胡散臭いんだもん」
「なのは?」
「あ、何でもないよ!」
 空戦魔導師が一人増えただけで、戦局は一気に覆された。なのはが一個大隊
近い能力を有しているせいもあるのだろうが、敵の方も無限の回復力を持って
いるというわけではないらしい。空中部隊は未だに途切れないが、地上部隊は
戦力の薄さを見せ始め、ゼロが突破を試みている。
「こいつらを操る指揮官、ナンバーズが必ずどこかにいる。それを叩けば」

 フェイトの心配とは裏腹に、ゼロにはナンバーズと戦うことに対しての抵抗
感はなかった。そんなことを考えている余裕も感情も、あるいはゼロにはなか
ったのかも知れない。
 ガジェットを斬壊させながら突き進むゼロであるが、その手には一つの端末
が握られいてる。セインの持っていた、ナンバーズ間の通信装置である。反応
によれば、付近にナンバーズは必ずいるのだ。

 だが、一体どこに――   

「誰か、探しているのか?」

 ゼロの反応は早かった。瞬間的に声のした方向、背後に向かって斬り掛かっ
た。緑色の光りと、赤い光が激しくぶつかり合う。
 敵は、いた。
 姉妹共通の戦闘スーツに、赤い輝きを放つ二刀の刃。間違いなく、ナンバー
ズの戦闘機人。
「後ろを、取られただと?」
 それとは別に、ゼロは敵の少女に後ろを取られたという事実に驚きを憶えて
いた。実際、話しかけられるまで気配を感じなかった。ステルスシステムか、
気配が瞬時に現れた感じだった。
「最後のナンバーズが一人、12番ディード。貴様に負けた姉たちの恨み……そ
の首、貰い受ける!」

156ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:02:16 ID:tsagnK6F
 建設中の空港内では、既に火災が発生している。戦闘が各所で巻き起こり、
移動することすらままならない。
「なんて、酷い」
 死体となって倒れる武装局員の姿に目をやりながら、ティアナは救助対象の
少女を捜し求めていた。ただ一人、未だに見つかっていない生徒である。
 他の隊員や局員からの救助報告はなく、生きているのか死んでいるのかさえ
判らない。
「違う、きっと生きてる。私が助けてみせる!」
 ティアナもまた、昔は助けられて生きてきた。ある時は両親、両親が死んだ
後は兄、特に兄に関してはたった一人の妹として、過保護過ぎるとほどにティ
アナを愛し、守り続けた。
 しかし、その兄も死んでしまった。エルセアにある墓の下で眠る兄に、妹を
守ることは出来ない。きっと兄は、そんな自分を責めているだろう。守ること
の出来ない妹を、心配しているだろう。
「だから、私は強くなる。兄さんが心配しない強い子になって、それで」

 兄のように、誰かを守れる人になってみせる――!

「あれは!?」
 ティアナの思いが通じたのか、港内の小さなスペースに蹲るように、少女の
姿を発見することが出来た。
 ガジェットが周囲にいないことを確認しながら、ティアナは少女、まだ幼女
と言っても良い年頃の彼女に近づいた。
「大丈夫、怪我はない?」
「お、お姉ちゃん……誰?」
 よほど怖い思いをした、いや、今現在しているのだ。声と身体はガタガタと
震え、ティアナに向かって飛びついてきたほどだ。少女の身体を抱きかかえ、
その背をさすりながらティアナは落ち着かせようとした。
 後は味方を呼んで、この子を安全な場所まで避難させれば、それでいい。テ
ィアナは少女を抱えて起ち上がるが、その行く手に、
「不味いっ」
 ガジェットU型の一機が、運悪く現れてしまった。しかも、卑しくもティア
ナと少女をそのモニターに捕らえ、敵として補足したのだ。
 エネルギー光を放ちながら突撃する敵機に対し、ティアナは少女を庇うよう
に地面に伏せた。デバイスの一つを構え、飛び交う敵機に向かって銃撃する。
「撃ち落とされろ!」
 魔力弾を避けながら上昇する敵機であるが、ティアナは度重なる修練と訓練
のせいかは、ここで発揮された。デタラメに撃っているようで、ちゃんと狙い
を付けて放たれた弾丸が、ガジェットU型の推進部に直撃したのだ。
「やった!」
 後は、落下してきた敵にもう二、三発の銃撃を加えて破壊するだけだ。ティ
アナは再び敵機に向けて狙いを付けるが、敵は落ちてこなかった。なんと、魔
力弾によって推進部を破壊されたガジェットは、それこそメチャクチャな飛行
と浮遊を続け、ついには天井に激突して自滅してしまった。
 その光景を見つめるティアナだが、敵との遭遇以上に緊迫した表情へ、顔を
変化させた。
157ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:04:40 ID:tsagnK6F
「瓦礫が――!?」
 ガジェットの激突によって、天井の一部が崩れ落ちてきた。硬い岩盤とも言
うべきそれは、真っ直ぐティアナと少女目がけて落ちてくる。ティアナは思わ
ずデバイスでの破壊を試みたが、それが不味かった。直撃して砕けるわけでも
ない岩盤など相手にせず、少女を抱えてその場を離れれば良かったのだ。無益
な抵抗が、結果として二人に逃げる時間を失わせてしまった。
「しまった、当たる!」
 せめて少女だけは救おうと、抱え込むように抱きしめるティアナ。自分は死
んでも、この子だけは。

 巨大な破片が、直撃した。轟音と共に衝突し、砕け散った。

 だが、それはティアナと少女に当たったのではない。

「えっ――?」
 ポカンとして、ティアナは少女を抱えたまま顔を上げた。
 そして、見た。

「このぉっ!」

 両手で、落下してきた破片を受け止める親友の姿を。

「ス、スバル!?」
 居るはずのない、来られるはずのない彼女の姿、存在に、ティアナは我を忘
れそうになった。
「ティア、悪いんだけどさ」
 無理矢理笑みを浮かべながら、スバルが口を開いた。
「これ、結構辛いんだよね。早く逃げてくれると……助かる」
 慌てて、ティアナは少女を抱えてその場を離れた。それを確認すると、スバ
ルは右腕のリボルバーナックルを回転させる。
「どぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 拳の一撃で、スバルは破片を砕き飛ばした。数日間飲まず食わずだったとは
思えない、途方もないパワー。
 戦闘機人の底力? 違う、これはスバルの、魔導師として立派に成長した、
誰かを守ることの出来る力を手に入れた、スバル・ナカジマの力だ。
 破片を粉砕し、その場にへたり込むスバルに、ティアナは歩み寄った。スバ
ルは、近づく親友の顔を見上げた。
「ごめん、待たせちゃった?」
 学生時代から続く、待たせたときのスバルの一言。
 なら、自分は――
「待たされたけど、アンタの顔を見たら怒る気も失せたわよ」
 笑顔で、ティアナは言葉を返してやった。

158ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:05:43 ID:tsagnK6F
「さすが、幾人ものナンバーズを打ち破ってきただけのことはあるな!」
 双剣ツインブレイズで斬り掛かりながら、ディードはゼロに向かって叫ぶ。
ゼットセイバーでこれを受けるゼロであるが、敵の剣技は凄まじい鋭さを持っ
ていた。
 一刀のゼットセイバーと、二刀のツインブレイズ。武器の数で勝敗が決まる
とは限らないが、ディードは確実に強いと言えるだけの実力者だ。
「お前は、何のために戦っている」
 斬撃を、二刀の双剣で完全に防がれながら、ゼロは言葉を紡ぎ出す。
「何のため?」
「そうだ、理由もなく、意味もなく戦っているのか?」
 速度も、技量も、ディードはゼロに劣ってはいない。完全な斬り合いという
のは、思えばナンバーズ相手には初めてであるが、ディードは剣聖といってい
い剣技の冴えを見せつけてくる。
「理由など……必要ない!」
 交差剣による強烈な一撃に弾き飛ばされながら、ゼロは何とか踏みとどまる。
「必要ない、だと」
「私たちナンバーズは、戦闘機人だ」
 戦うために作られ、生み出された。
「存在自体が、戦う理由だ!」
 既に、ナンバーズは6人が敵の手に捕らわれた。ノーヴェの敗北に、スカリ
エッティが関わっていること、セインが生きて、離反しているかも知れないこ
とを、ディードも薄々感づいてはいる。
「けど、それがどうした!」
 スカリエッティは、ゼロを倒せと言った。生みの親にして、絶対の存在であ
る男が、そう命令をしたのだ。
 ならば、戦う以外に道などない。何人負けようと、死のうと、それを果たさ
ないことに自分の存在は成り立たない!
「お前が戯言を口にしようが、知ったことじゃない。あぁ、知ったことじゃな
いんだ!」
 激しい斬撃に、ゼットセイバーの刀身が揺れる。こちらの攻撃は、相手に対
して確実な効果がある。
「瞬殺の双剣士、その力を見せつけてくれる!」
 IS、ツインブレイズ発動。

 ディードの身体が、ゼロの目の前から消えた。

「なに!?」
 恐らく、最初のゼロの後ろを取ったときと同じ方法。ナンバーズが持つ先天
固有技能の一種。
 確か、セインの話では12番目のこいつは……
「瞬間移動能力、それがツインブレイズだ!」
 二刀の刃による斬撃が、ゼロの背中に直撃した。

159ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:07:27 ID:tsagnK6F
 その頃、スカリエッティと残りのナンバーズは、空港における戦闘を基地か
ら見物するわけでもなく、とある場所を訪れていた。
「これはまた、随分と派手にやったものだ」
 スカリエッティにしては珍しく、呆れたような声だった。
 ミッドチルダ北部ベルカ自治領、名もない遺跡に彼は足を踏み入れている。
「だって、攻撃してくるんだもの」
 地面に転がるおびただしいガジェットの残骸の山、その山の上に腰掛けなが
ら、ギンガが笑顔でスカリエッティらを迎え入れた。
「何、これ。見たことのない形だ」
 眠りにつくヴィヴィオをその腕に抱えたディエチが、転がるガジェットの残
骸に疑問を投げかける。秘密基地で製造し、今も出撃しているタイプとは明ら
かに違う。
「オリジナルだよ」
「オリジナル?」
「そう、私が作った粗悪な模造品とは違う、本物のガジェットだ」
 スカリエッティが自分の発明品を、粗悪品と言い切ることなど滅多にない。
若干の驚きを、ディエチは憶えた。
「見た感じ、かなりの数が防衛システムに回されていたようだが……これでも
まだ、一割といったところだろうな」
 薄笑いを浮かべながら、スカリエッティは遺跡に奥へと進み、ギンガやナン
バーズもそれに同行する。
 遺跡の中は広く、しかも設備が整っている。外から見た感じでは古代遺跡な
のに、中にはいると秘密基地とそう変わらない作りに思える。
「ドクター、ここって一体?」
 見慣れぬ場所が不安なのか、やはりディエチが声を掛ける。しかし、スカリ
エッティはそれには答えず、無言で歩き続ける。

 やがて、彼らは一つの空間に辿り着いた。

 玉座の傍らには、ゼストとアギトがいる。
「ルーテシアは、どうしたのかな?」
 少女の姿が見えないことに、スカリエッティは疑問を呈した。
「あの子は、遺跡の外だ。地雷王を使って、岩山と岩盤を砕く準備をしている」
「そうか、さすがはルーテシアだ」
 広い空間は、意外なほど綺麗な作りだった。神殿を思わせる佇まいに、ある
のは一つの長椅子だけ。
「ディエチ、君がさっきした質問に答えよう」
 ここは、一体なんなのか。

「そこにあるのは玉座、君の抱える小さな王が座るべき場所」

 何故か、言われてヴィヴィオを抱えるディエチの腕に力がこもる。

「聖王のゆりかご、史上最強の古代魔導兵器だよ」
 さすがに、そのことまでは知らなかったのか、ディエチの他にトーレまでも
が驚きの表情を作る。セッテは無表情だからともかく、ウーノとクアットロは
知っていたのか、驚きは見せない。
「本当に、起動させるつもりなのか?」
 ゼストが、確認するように問いかける。
160ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:09:36 ID:tsagnK6F
「当たり前だ。その為に、今日まで頑張ってきたのだから」
 肩をすくめるような仕草をゼストに向けた後、スカリエッティはディエチに
向き直った。
「さて、ディエチ。王様を玉座に」
 思わず一歩、ディエチはヴィヴィオを抱えて後ろに下がった。スカリエッテ
ィの、見慣れているはずの笑みが、いつにも増して凶悪そうに見えたから。
「どうしたね?」
「……わかりました」
 それでも、ディエチは命令に従うことしかできなかった。眠りにつくヴィヴ
ィオの、あどけない表情をのぞき込みながら、ゆっくりと、その身体を玉座へ
と運んだ。
「ごめんね」
 誰にも聞こえぬ小さな声で呟くと、ディエチはヴィヴィオの身体を玉座へと
座らせた。


 双剣ツインブレイズ、ISと武装で同じ名を持つこの技能は、ディードが自ら
口にしたとおり、瞬間移動能力を付加するのだ。目に求まらぬ速さで敵の死角
に回り込み、そこから行われる攻撃で叩き斬る。
「ハァッ!」

 ディードの斬撃が、ゼロのゼットセイバーを弾き飛ばした。咄嗟にバスター
を構えるゼロであるが、それすらも斬撃によって奪われる。硬かったはずの刀
身が鞭のようにしなり、武器を弾き飛ばすのだ。
「これで、終わりだ!」
 ツインブレイズの一撃が、丸腰となったゼロに迫る。
 当たれば、倒せる!
「いや、まだまだだ」

 ツインブレイズの一撃を、ゼロは腕で受け止めた。

「違う、腕じゃない!?」

 ゼロの両手に、光り輝く何かがある。
「リコイルロッド、どうやら問題なく使えるようだ」
 二本のトンファーを構えるゼロ。通常よりも小さいのは、エネルギーを供給
されることで起動する、光り輝く本体があるから。
「そんな武器、データにない」
 焦ったように、ディードがゼロと距離を取った。相手も、自分と同じ二刀に
なった。しかも、見るからに防御に適した武装だ。
「だからといって」
 まだ、こちらの優位が覆ったわけではない。既に二つの武器を弾き飛ばし、
実力は互角以上のはずだ。
 瞬間的な攻撃力なら、自分はトーレにも匹敵するはずだとディードは考える
が、それは事実。このまま能力を駆使して、押して押して押しまくれば……

 ただ、その程度の事実は、最早ゼロに通用しなかった。
161ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:11:39 ID:tsagnK6F
「ツインブレイズ!」
 ディードの姿が、またゼロの視界から消える。
 瞬間移動能力、それは確かに凄まじいものがある。だが、移動から攻撃に転
ずる動作を見切れば、崩すことは出来る。
 さらに、ディードは能力に頼り切っていた。死角からの攻撃に拘り、動きは
いつしか単調で、判りやすいものへとなっていたのだ。
「ガンナックル!」
 直線的な動きは、例えどんなに早くても見切ることが出来る。
 ゼロは、真っ直ぐこちら向かって斬り込んでくるディードに、ガンナックル
の銃火を浴びせかけた。
 避けられるわけは、なかった。
「くはっ――」
 穴が空けば、間違いなく蜂の巣になったはずだ。それぐらいの銃火を、ディ
ードはその身に受けて落下した。
 だが、ディードは敗れたわけではない。速射性を追求したガンナックルは、
一発、一発の威力はそれほどではない。何発当たったかは流石に判らないが、
立てないほどのダメージは受けていない。
「この、程度の攻撃で」
 双剣を支えに、何とか起ち上がるディード。ツインブレイズは、もう使えな
い。次にガンナックルの連射を食らえば、今度こそ立てなくなる。
「真正面から、斬り裂いてやる!」
 構えるディードに対し、ゼロもまたリコイルロッドを構えた。勝負は一瞬、
一撃で決まる。
「私は戦闘機人……戦うために存在する者!」
 あるいは、それは戦闘用レプリロイドであるゼロも同じなのかも知れない。
所詮は戦うことしかできないと悟っているはずの自分が、考えてみればナンバ
ーズに戦う理由を当など、馬鹿げていたのだろうか。
「なら、オレは」
 全力で、敵を倒す。意味も理由も、そんなものは後から着いてくるものだ。

 ゼロのリコイルロッドと、ディードのツインブレイズが激突し――

「どうやら、間に合ったみたいだね」

 緑色に輝く防壁が、二人の間を遮った。

「……オットー?」
 ディードの双子の姉、オットーがその場に現れたのだった。

162ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:13:43 ID:tsagnK6F
 スカリエッティらの入った遺跡の上空に、ルーテシアはいた。ガリューを傍
らに従え、新たに召還した巨大虫地雷王を、遺跡の外壁部分に取り付かせてい
る。巨大な岩山といえど、彼らの魔力とパワーには敵わない。
「はじまるみたいだね」
 地響きが、聞こえてくる。地雷王の起こしているものだけではない、文字通
り地面が揺れ動き、何かが迫り上がってくるような感覚。
 空中にいるにも関わらず、空間全体に派生する衝撃にルーテシアは身を置い
ている。
「これがドクターの夢? ううん、これは違う」
 ルーテシアは、スカリエッティの夢を知らない。それどころか、ルーテシア
に関しては、スカリエッティはその種の質問をしたことがないのだ。ナンバー
ズの誰かが、確かウェンディだったと思うが、彼女がそんな質問をされたとぼ
やいていたのを、ふと思い出したのだ。聞けば、スカリエッティはほぼ全ての
ナンバーズに対して、『自分の夢を知っているか?』という質問を行っている
のだという。
 深い意味は、ないらしいが。
「私の夢は……」
 一人ぼっちに、ならないこと。母さんを目覚めさせて、共に暮らすこと。似
ているようで、この二つは大きく違う。
 ルーテシアは、傍らにいるガリューを見た。
「ガリュー、あなたは、私とずっと一緒にいてくれる?」
「……」
 無口、というか、そもそも喋ることが出来るのか判らぬガリューは、黙って
首を縦に振った。
「ありがとう」
 そういえば、とルーテシアは思った。

 スカリエッティは、いつまで自分と一緒にいてくれるのだろうか? ずっと
一緒と言うことは、絶対にないだろう。だけど……

「ドクターも、一緒にいてくれたらいいのにな」

 どうせ、誰も居なくなってしまうのだから。


「聖王のゆりかご、起動開始。浮上しま〜す!」
 ゆりかごの制御室において、その全ての操縦と動作を任されたクアットロが
声を上げた。大任であり、本来ならウーノも一緒に行うべきであるが、スカリ
エッティは一人で十分と判断したようだ。
『クアットロ、どんな具合かね?』
 別の場所にいるスカリエッティが、制御室へと回線を繋いできた。
「そうですねぇ、ちょっと古すぎるせいか、出力が上がりませ〜ん」
『ふむ、しかしあまり器に負担を掛けすぎると、ダメになってしまう可能性も
あるからな。徐々に、少しずつ上げていけばいいさ』
「了解です〜」
 ところで、とスカリエッティが付け加えた。凶悪に歪む横顔に、彼の傍らに
立つウーノが危険なものを感じた。
「砲門はもう、使えそうかね?」

163名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 23:14:42 ID:LJ87N/ks
間に合ったか?  支援
164ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:15:28 ID:tsagnK6F
「オットー……なのか」
 自分の刃を受け止め、ゼロの刃すらも受け止めたのは、紛れもなくレイスト
ーム。オットーが持つ、先天固有技能。
「そうだよ、ディード」
 軽く力を込め、双方の刃を弾くオットー。二人の戦意が、急速に減少してい
く。
 ゼロは、他にも気配を感じて振り返った。
「お前が連れてきたのか」
 セインが、すぐ側で様子を伺っていた。ゼロに見つかると、悪戯が見つかっ
た子供のように身を潜める。
「セインに無理を言ったのは、僕なんだ。彼女を責めないで欲しい」
 オットーは苦笑すると、改めてディードに向き直った。
 思わず、ディードは一歩後ろに後ずさった。
「久しぶりだね、ディード」
「オットー、どうして」
「セインから、全てを聞いた。ディード……僕らは」
 言葉を切って、オットーは天を見上げた。

「僕らはドクターを、裏切るべきだと思う」

 オットーは、静かな口調で言い切った。

「何を、馬鹿な!」
「本当に、馬鹿だと思う?」
 諭すような口調で、オットーは言う。
「ディード、僕らは確かに戦闘機人だ。戦うために作られて、それが存在理由
だという君の言葉はわかる……だけどさ」
 スカリエッティの命令のままに戦い、倒れていった姉妹たち。
「そうであると同時に、僕らは意思を持った人なんだ。嫌なことは嫌だ、良い
ことは良いと判断できる、心を持った人であるはずなんだ」
「オットー、あなたは何を」
「僕は、ゼロと戦うまでは自分が傷つくのは構わないと思ってた。だけど、今
は違うんだ」
 セインの方に一回目を向け、ディードへと戻す。
「姉妹が傷つき、倒れていくのにも意味がなく、理由がないって言うんなら、
それが戦闘機人の、ナンバーズの定めだって言うなら……僕はそれに抗う」
 だって、僕は――
「ディードにも誰にも、傷ついて欲しくないから」

 その言葉に、ディードの双剣が、ゆっくりと降りた。

「ずるいよ、ディード」
「ごめん、でもこれはみんなのためなんだ。ドクターの居場所と、やろうとし
ていることを教えてくれる?」
 ディードは、一度だけゼロの方を見たが、やがて諦めたのか、ため息混じり
に声を出した。
165名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 23:17:05 ID:n6QaBKdI
つ支援
166ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/27(土) 23:17:41 ID:tsagnK6F
「今回の襲撃は、陽動に過ぎない」
「陽動?」
「今回だけじゃない、これまでも、それこそこのゲーム全体が、陽動だったと
いっていい」
 衝撃的な、告白だった。ただゲームを開催して、楽しんでいるだけのように
見えたスカリエッティ、しかし、その目的は他にあったというのか?
「奴は、何を企んでいる」
「それは……」
 ゼロの言葉に、ディードが気まずそうに口を開きかけたとき、

「ねぇ、あの光り――なに?」

 セインの声が、三人の耳に響いた。

 光り……? 怪訝そうな顔で、セインが目を向ける方角にゼロも目を向ける。
 そして、見た。

 巨大な光が、こちらに迫っている。


「ドクター、あそこにはまだディードが!」
 ウーノの焦りの混じった声に対し、スカリエッティは何の干渉も示さなかっ
た。
「だから、何かね?」
 スカリエッティは、クアットロに命じて聖王のゆりかごの長距離砲を発射さ
せた。
 狙いは、臨海第8空港。ゼロたちが居る、戦場。
 スカリエッティは、高笑いを上げはじめた。ウーノは、砲火の迫る方角を、
彼女にしては悲痛な面持ちで見つめていた。
 けど、それだけだった。彼女には何も、出来なかった。

「聖王のゆりかごの出航だ……この祝砲で、精々華々しく散ってくれたまえよ、
ゼロ?」

                                つづく
167代理:2008/09/27(土) 23:24:48 ID:/m9xtp0t
第18話です。
今回は今までで一番長かったので、規制対策を行いつつの投下でした。
なので時間が掛かってしまいましたが、無事投下できて良かったです。
支援して下さった方、ありがとうございました。

ゆりかごの出航、そしてゲームは最終段階へ。

それでは、感想等ありましたらよろしくお願いします。


代理任務完了
168名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 23:28:30 ID:+ZTMPb+s
GJ!
なんて悪役なスカさんなんだ!
169名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 23:37:28 ID:mmBYA5tP
GJ!!です。
これぞ悪w
娘ではなく、傑作とはいえ、兵器や作品として扱うからこそ出来る切捨てwww
また作ればいいって感じかな?
170魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/27(土) 23:49:31 ID:TlCoEwUN
GJでした。
敵側の描写をきちんとやると、話の深みが増すので歓迎したいです。
こちらで確認した限り、投下予約が見当たらないので23:55より自作SSを
UPしたいと思いますが、如何でしょうか?
171名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/27(土) 23:50:41 ID:mmBYA5tP
支援です。
172魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/27(土) 23:58:33 ID:TlCoEwUN
では、投下を開始いたします。

砂漠上空をセギノール基地へと急行している、ドロップシップ“LST226”コクピット内では、
二名のパイロットが計器のチェックや機体の姿勢制御を行っていた。
前席に座っているショートカットの二十代前半と思しき女性パイロットが、新しく表示された
空間モニターの情報を読むと、後席の大柄な同年代の男性パイロットへ振り向く。
「ヴァイス曹長。クラウディアより、ここから西南西160キロの村で、セギノール中央基地
の生存者が正体不明の敵と交戦中。
当機に搭乗しているA及びAAランクの魔導師二名と共に、至急援護に向かうようにとの事です」
ヴァイス・グランセリック曹長は、眼前に表示されたクラウディアからの指示に眼を通す。
「あいよ。クロノ提督は人使いが荒いねぇ」
そう独り言を呟くと、ヴァイス曹長はモニターの表示を切り替えながら前席のパイロットに言う。
「アルト、俺は機内のお客様にこの事を伝えるから、機の針路変更を頼む」
アルト・クラエッタ三等陸曹はヴァイスに頷き、デバイスを起動させて自動操縦から手動に切り
換えた。

メガザラックは、じわじわと生き残りの局員たちを追い詰めつつあった。
ブラックアウトの子機で、必要最低限の知能しかないこのデストロンに与えられた目的は、
目撃者の完全なる消去。
その過程で、管理局員だけでなくこの砂漠の惑星に住む現住生物を多数巻き添えにする事と
なったが、メガザラックは特に気にかけなかった。
獲物を追う狩人が蟻を踏み潰したとしても、その事気付く者は果たして何人居る?

一方、踏みつぶされる蟻と狩られる獲物――デュラハと魔導師たち――は、後退に次ぐ後退
を強いれながらも、空戦魔導師が来るまでの時間稼ぎにと、時には射撃で、時には身振り
手振りで挑発しながら、必死に奮闘していた。

「北側から進入して下さい、そちらなら視界が綺麗に開けてる!!」
エグゼンダが前線に駆り出された後、その代わりに通信を受け持つのは、応急処置を受けた
とは言え重傷のローレンス。
彼は石を積み上げて作られた壁に背を預け、デバイスを通じてクラウディア及びLST226との
連絡を続けていた。
「了解、相手との距離はどうですか!?」
アルトからの質問に、ローレンスは壁から顔を少し出して様子を窺う。
それに気付いたメガザラックが、左腕をこちらへ向けるのが見えた瞬間、ローレンスは怪我を
した肩をかばいながら、這って移動した。
ついさっきまで居た場所が、立て続けに撃ち込まれたプラズマ弾で滅茶苦茶に破壊される。
暫くしてこれ以上攻撃が来ない事を確認すると、ローレンスは再びアルトに連絡を入れた。
「ほとんどゼロ距離だが四の五の言ってられない、こっちは全滅寸前なんス!」
ローレンスはそう言うと、エップスに念話で増援が来る事を伝える。
“陸曹、もうすぐ空戦魔導師が来ます!!”
エップスは、それを受けて全員に指示を出す。
“空戦魔導師が攻撃に入る前に、全員で一斉にあの敵へバインドを掛けろ。タイミングは
私が指示する”
“了解しました!!”
未だ闘っている魔導師三人の念波が、唱和となって彼らの頭の中に響き渡った。
173魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:02:34 ID:TlCoEwUN
“後二分です”
ローレンスからの報告を受けたエップスは、素早く指示を下す。
“攻撃中止、敵を戸惑わせて隙を作れ”
全員攻撃魔法の発射を止め、壊れた壁や崩落した家の陰に隠れてひっそりと移動する。

攻撃が突然止んだ事にメガザラックが気付くまで、10秒程時間を要した。
殲滅した訳でもないのに、周囲が静かになった事に、メガザラックは不審を感じて首を
傾げる。
“今だ”
合図を受けた全員が、瓦礫の中から一斉に飛び出して、バインド魔法を発射する。
メガザラックの周囲に10本近い光の輪が現れて、胴体や腕に巻き付く。
自分の体に貼り付いた光輪を、訝しげに見つめていると、またしても魔導師たちが攻撃を
再開した。
メガザラックは反撃の為に両腕を上げようとする。ところが、まるで石膏でも流し込まれた
かのように、両腕が、体が動かない。
魔術を使った一種の拘束具。
そう結論付けると、メガザラックは全身に力を少し加える。
すると、バインドは二・三度点滅した後、光の粒子となって雨散霧消した。
自由の身になったメガザラックは、再び砲撃を再開する。

「畜生! バインドでも数秒止めるのが精一杯か!」
煙と砂埃が舞い上がる中、ロアラルダルがむせながら悪態を付く。
と、突然。フェイトの念話がロアラルダルの頭の中に入って来た。
“皆さん…、目と耳を閉じて…伏せて下さい”
“し、執務官!?”
ロアラルダルは戸惑いながらも、指示通りに目をつぶり、耳を塞いで身を伏せる。

メガザラックと対峙している全員が伏せたのを確認すると、フェイトはイナーマシュが止める
のも聞かず、魔方陣を展開してメガザラックに手を向ける。
――私の考えが正しければ…――
ブラックアウトと戦った時の事を思い返し、全身を引き裂かんばかりの苦痛と戦いながら、
フェイトは攻撃魔法を放つ。
それが命中した瞬間、意外な事にメガザラックは奇怪な悲鳴を上げて引っくり返った。
モノ自体は、陸士学校で教えるレベルの単純な雷魔法、だが狙った先は頭部の、センサー類
が集中していると覚しき眼の位置だった。

トライデントスマッシャーの直撃を受けたブラックアウトは、無傷だったとは言え少しの間
ふらつき、頭を振っていた。
もしかしたら、センサー類にダメージを受けたからではないか?
その推論から、フェイトは映画でよくある、夜間暗視装置を付けた敵に対して、発煙筒の
強烈な光でめくらましをかけるシーンと同じ事を試したのである。
174魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:10:24 ID:xypJogY2
一時的とは言え、視覚を潰されたメガザラックはパニックに陥り、自分の武器を
滅茶苦茶に乱射する。
始めは空や遠くの砂地で炸裂だけだったが、次第に弾着がフェイトの居る場所へと
近付いて来るのが判った。

「まずい…!」
危機を感じたエップスとエグゼンダが、中央広場へと駆け出す。
井戸の袂では、フェイトに点滴を行っているイナーマシュとそれを心配する
デュラハがいた。
エップスは、有無を言わさぬ勢いでデュラハに言う。
「デュラハ、ここは危ない。今すぐ離れるんだ!」デュラハが素直に頷いて
走り出すと、エップスはイナーマシュの方を振り向く。
「執務官を至急――」
エップスが言いかけた時、のたうち回るメガザラックを注視していたエグゼンダが、
バリアとフィールドを展開しながら叫ぶ。
「駄目です、間に合いません!」
次の瞬間、プラズマ弾が彼ら四人を襲う。
走っていたデュラハが、皆がどうなったか確認しようと振り向きかけた時、突然起きた
爆発で砂地に叩き付けられ、意識を失った。

エップスたちが攻撃を受けたのと同時に、片翼三メートルの大きい翼を広げて滑空する、
二本の角が生えた頭と鳥のような嘴が特徴の、灰色の羽毛が皮膚を覆う空戦魔導師
マトル・ベラファーバーが、地上とクラウディア、LST226に報告した。
「目標を捕促、これより攻撃に移る」
手持ちの剣型デバイスにカートリッジが裝填されると、両翼にベルカ式魔方陣を展開
される。
「ガトリングフリーゲン発射(シュート)」
その声と共に、一秒間に五十発。一分間では三千発ものシュヴァルベフリーゲンが、
メガザラックのボディに撃ち込まれる。
ブラックアウトなら痛くも痒くもなかったろうが、それより小柄なメガザラックには
効果があった。
間断なく撃ち込まれる強力な魔法弾に、たまらず崩折れたメガザラックに向けて、
次にバルカのヴァースミュラックがドラゴンブレスを放つ。
立て続けに撃ち出された四発のブレスは、全弾メガザラックに命中。
爆発が巻き起こり、その姿が煙と砂埃の中に消えた。

爆風を避けて物陰に隠れていたロアラルダルとローレンスが、戦果を確認する為に
這い出て来る。
煙が晴れ、視界が開けて来ると、メガザラックが居た辺りには竜のブレスによる、
コンテナを積んだ大型トレーラーがスッポリ納まりそうな、大きなクレーターが
出来上がっていた。
完全に破壊された。
二人がそう確信した途端、クレーターの底からメガザラックが姿を現す。
ノックアウト直後のボクサーのようにフラフラとよろめき、穴から這い上がろうとして
ひっくり返ったりしているが、それでもまだ動いていた。
「あれだけ喰らってまだ動けるのか!?」
メガザラックのタフさに、ロアラルダルは呆れた口調で言う。
「LST226へ、標的は未だ健在。支援を要請する」
ローレンスからの連絡を、アルトはヴァイスへ伝える。
「曹長、地上部隊から攻撃要請です」
体勢を立て直そうとしているメガザラックを見ながら、ヴァイスも呆れた様子で呟く。
「えらくしぶとい奴だな…」
表情を切り換えると、ローレンスへ通信回路を開いて言った。
「“サンダーフォール”を使用する。近くにいる魔導師は至急離れてくれ」
175魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:15:01 ID:xypJogY2
通信を受けたロアラルダルとローレンスは、急いでメガザラックの居るクレーターから離れる。
彼等が安全圏に退避したのを確認すると、ヴァイスは自身のデバイス“ストームレイダー”に、
攻撃指示を出した。
すると、ドロップシップの下部にミッド式魔方陣が展開され、同時にメガザラックの頭上に
黒雲が拡がる。
黒雲から稲光が2.3度瞬いた後、メガザラック目掛けて雷光が降り掛る。
雷は幾度となくメガザラックを襲い、強烈な電流が強固なボディを徹底的に打ちのめした。
攻撃が終了し、辺りが静かになると、ロアラルダルとローレンスは再び状況を確認する為に、
クレーターへと戻る。
二人は、オゾンの匂いがする煙が立ち込める中を、慎重に歩を進める。
煙が風に吹き散らされ、視界が晴れてくると、先程よりも更に大きいクレーターが出来上がって
いるのが分かった。
その底には、もはや見慣れた機械のミノタウロスが依然として存在している。
メガザラックの姿を見た途端、ロアラルダルとローレンスは砂地に伏せるが、応射してくる気配
はない。
いつでも逃げ出せるような姿勢のまま、二人はゆっくりと顔を出してクレーターの底を覗き込む。
二人は、メガザラックは確かにそこに居るが、様子がおかしい事にすぐに気が付いた。
ボディのそこかしこに焼け焦げがあり、電流がパチッと走る度に、痙攣するかのように背を手を
バタつかせたり、のけ反ったりしている。
暫くして痙攣が治まったのか、ミノタウロスから蠍に変形して姿勢を立て直すと、両腕の
マニピュレーターをドリルのように高速回転させ、穴を掘って姿を消す。
地下から攻撃か!? ローレンスとロアラルダルは一瞬そう考えたが、彼の居る場所とは反対側の
砂地で砂煙が吹き上がると、それがどんどん遠ざかって行くのが見えた。
176魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:19:48 ID:xypJogY2
二人ははクレーターの淵に座り込み、呆けた表情で雲一つない空を見上げた。
ロアラルダルは煙草の箱を取り出すと、ローレンスに箱を差し出す。
ローレンスが一本取るとそれに火を付けてやり、次いで自分の分を取り出す。
煙草と、自分が生きているという実感をじっくり味わいながら、二人は呆けた
表情で空を眺める。

「…ったく、とんでもねぇ化け物だったな」
その声に二人が地上に視線を戻すと、全身ボロボロのグーダと、彼に肩を貸す
砂と煤まみれのデ・カタが居た。
二人が無言で手を挙げると、グーダとデ・カタはその前に座り込む。
ローレンスとロアラルダルが再び天を仰ぎ、グーダとデ・カタが力なく地面に
目を向けるのと同時に、今度は空から声が聞こえてきた。
「おーい! お前達大丈夫か?」
ローレンスが声のした方に顔を向けると、ベラファーバーとバルカが滞空して、
こちらを見下ろしている。
それに応えて返事をしようとした時、グーダが周囲を見回して言った。
「陸曹と執務官は!?」

意識を取り戻したデュラハが、顔に付いた砂を払いながら立ち上がる。
しばらくは後ろを流れる煙を呆然と見つめていたが、何が起きたか思い出すと、
煙の中へと慌てて走って行った。

「陸曹! 執務官!」
デュラハは煙にむせながら、フェイトとエップスを階級で呼ぶ。
やがて、風が出て煙が晴れると、少し先に人間が四人程、土まんじゅうの様に
折り重なっているのが見えた。
「陸曹?」
デュラハが声を掛けるとまんじゅうの一角が崩れ、人が砂地の上にバタバタと
倒れ伏す。

「執務官…ご無事で…?」
イナーマシュが弱々しく話しかけると、フェイトは微かな声で返事をした。
「…私は…大丈夫…それより…皆さんを…」
フェイトがそう言うのと同時に、デュラハが叫びながらエップスへ駆け寄る。
「陸曹!」
仰向けに倒れているエップスの腹部や胸部には、背中から突き抜けた破片による
と覚しき創傷が何箇所もあり、そこから流れ出る血が忽ちのうちに服を紅く染め、
砂地にまで及ぶ。
フェイトよりも重傷なのは明らかにだった。

イナーマシュが駆け寄って応急の止血処置を始め、その横でデュラハが
「デュラハ…私はいい…それより…早く…お父さんとお母さんを…探すんだ…!」
苦しい息の中で、エップスは辛うじてそれだけを口にする。
その言葉に、デュラハは一度気遣わしげな表情でエップスを見つめた後、自分の
家の方へと走っていった。
エグゼンダは、あらぬ方向へ曲がった自分の足から目を背け、湧き上がる激痛と
戦いながら、ドロップシップに連絡を取る。
「LST…226へ、敵は…撤退するも…、ハラオウン執務官の他…フューダー・エップス
陸曹も…瀕死の重傷…。
大至急…医療施設へ…の搬送を…!」
「了解、ただちに着陸して収容します」
モニター上のアルトが返答するのと同時に、ドロップシップが彼等の横に降りてきた。
177名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 00:33:18 ID:KicbhO0V
支援
178魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:40:38 ID:xypJogY2
最初にエップスが浮揚式のストレッチャーで機内に運ばれ、次いで足に応急の当て木
を施されたエグゼンダが続く。
全員が収容されるまで残ると言って譲らなかったフェイトは、エップスのと同じ型の
ストレッチャーに移され、比較的無傷だったイナーマシュとデ・カタに付き添われながら、
陸士たちが機内へ乗り込んでいくのを見守っている。
そこへ、アルトが駆けて来て、フェイトに敬礼した。
「お久しぶりです、ハラオウン執務官」
フェイトも、アルトに敬礼を返して答える。
「お久しぶり…機動六課以来…かな?」
「そうですね」
微かな微笑を浮かべながら話をした後、フェイトは真面目な表情に変わる。
「アルト…お願いがあるんだけど…」
「何でしょうか?」
フェイトは、空間モニターを出現させてデュラハの顔写真を表示する。
「私たちと一緒に付いてきた…原住民の子が一人いるんだけど…その子が…両親は
無事かどうか探しに行ってるの」
「はい」
「家族と一緒なら…問題はないけど…もし、何かがあった時は…」
そこで一旦言葉を切り、考え込むように空へ視線を向ける。
「…私のところへ連れて来てもらえる?」
“何か”について、アルトは特に何も質問しなかった。
「分かりました、確認してまいります。その子の名前は?」
「デュラハ」
「デュラハ…ですね。では、行って参ります」
再度敬礼すると、アルトは集落の中へと入っていった。
それほど広い集落でもなかったので、デュラハを見つけるのにさほど時間が
かからなかった。
アルトが見つけたとき、デュラハは半壊した丸いドーム型の家の門前で
「アイアンマン」や「スーパーヒーロー エッガーム」などといった
別次元世界の漫画本を胸に抱え込み、呆然とした表情で地面を見詰めていた。
その様子に、何か只ならぬものを感じたアルトが声を掛けるのを躊躇していると、
デュラハがアルトを見上げる。
何の表情も見受けられない顔と、遥か遠くを見つめている様な目が、アルトには
いつか観たホラー映画に出てきたゾンビを思い起こさせた。
「父さんと…母さんが…」
そう言って、デュラハは自分の後ろに顔を向ける。
その先には、あたり一面に飛び散った血痕と、原型の分からなくなったデュラハの
両親の遺体があった。
アルトは反射的にデュラハを抱き寄せ、その目を手で塞ぐ。
そのまま、デュラハを引き剥がすように立ち上がらせて、ドロップシップの方へ
歩き出す。
「アルト・クラエッタです。ハラオウン執務官より要請のあった原住民の少年を保護。
家族は全員死亡しています、至急魔道師をこちらに派遣してください」
デュラハも抵抗せず、空間モニターを開いてドロップシップへ連絡を取るアルトの
歩調に合わせて歩くだけであった。
179魔法少女リリカルなのは TRANSFORMERS:2008/09/28(日) 00:43:08 ID:xypJogY2
本日はここで終了です。
次は聖王教会で意識を失ったカリムと、それを気遣うシャッハ及びオットー&
ディードから始まる予定です。
お読みいただいた皆様、どうもありがとうございました。
180名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 01:03:15 ID:KicbhO0V
GJ!!です。
よく考えたら、今だ、戦いの始まりであるんですよねw
メガザラックでこんだけ壮絶なのだから、それ以上のTFとの戦闘が楽しみですw
181一尉:2008/09/28(日) 14:31:26 ID:7U+WBcQL
これからおもしろいたね。支援
182反目のスバル ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 16:03:48 ID:/SDP1PPs
職人の皆様GJ!

さて、あと1時間くらいでコードギアスも最終回。
それが終わったら、久々に連載SSを投下しようと思います。
こっちも更新は久しぶりとなる、SHINING WIND CROSS LYRICALです。
予約が特にないようでしたら、6時くらいに投下させていただきますねー
183名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 17:31:45 ID:D310G1VE
>>179
GJ!
さすが機械生命体!
184反目のスバル ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 17:59:55 ID:/SDP1PPs
ルル……あんたええ子やったよ……(ぉ

では、そろそろシャニウィンを投下します。
185SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:00:58 ID:/SDP1PPs
第7話「烈火の将と剣の意志」

証言その1:フェイト・T・ハラオウン。
「キリヤですか? そうですね……確かに、いい腕は持っていると思いますけど……
 ただ、実際に戦ったことはないので、詳しくは分かりません。
 多分……シーナやクレハに聞いた方が、よく知ってるんじゃないんでしょうか?」

証言その2:クレハ・トウカ。
「キリヤ君の腕前? ええ、確かに剣はとても上手ですよ。
 中学に入った頃にトライハルト君と試合をするまでは、剣道では負け無しだったと聞いています。
 リーベリアでも、心剣士として色んな敵と戦ってきましたし……
 ……え? いえ、私は直接剣で戦ったことはないので……すいません、そこまではよく分からないです。
 ただ、シーナさんとは勝負したこともあると聞きましたから……シーナさんに聞いてみてはどうでしょうか?
 すいません、お力になれなくて……」

証言その3:シーナ・カノン。
「キリヤとの勝負? もちろんあたしの全勝ですよ!
 まぁでも、子供のチャンバラの域を出てないですから、実戦ではどうなるかは分かんないんですけどねー。
 むしろ、ホントはキリヤの方がずっと強いと思います。
 ……え? じゃあ何でキリヤは負けたかって?
 そこなんですよそこ! アイツ普段から抜けてるというか何というか、全然本気にならなくって!
 剣道部にも全然顔出さないし、試合したとしても『手を抜いてる』って言われる始末ですし!
 ……ともかく、横から見ての感想ですけど、アイツの本当の強さは実戦でしか分からないと思います。
 でも、あたしはそういうことしてないしなぁ……
 ……あ、そうだ! 模擬戦やったヴィータだったら分かるかも!」

証言その4:ヴィータ。
「キリヤの実力ぅ? ……あー……やっぱ食いついてきたか。
 アイツの剣術のセンスはなかなかのもんだぞ。正直、小手先だけならテスタロッサにも負けてねぇ。
 剣道歴は長いって言うし、その前から古流剣術ってぇのを叩き込まれたみてぇだからな。
 確かなことは、アイツの身に染み付いてるのは、かなり実戦的な流派ってことだな。
 前にお前言ってたろ? 剣道は防具を叩く技がメインだって。
 その割にゃあ、アイツの剣は相当攻撃的だ。ちょうどお前みてぇに、相手を斬りにかかってくる。
 普通に剣道やってきただけじゃ、ほんの数ヶ月の修羅場ではああはならねぇ。
 その前までに習ってきた、殺すための実戦剣術が基盤になってるからこそだな。
 ……なぁ、お前やっぱりやるんだろ?」



「……何でこんなことになっているんだろう……」
 翌日、六課の室内訓練場には、竹刀を構えてシグナムと相対するキリヤの姿があった。
186SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:02:30 ID:/SDP1PPs
 この状況に至るまでには、それなりに色々な過程をたどる必要がある。
 もちろん、直接的な原因はヴィータとの模擬戦だ。
 そこからどのようにして今に至ったのかは、この日の早朝訓練にまで遡る。

「たああぁぁぁーっ!」
 気合一発。
 よく響く快活な声と共に、1人の少女がアスファルトを駆け抜ける。
 振りかぶられるは漆黒の小手。咆哮と共に回転するナックルスピナー。
 真正面から勢いよく突っ込んできたスバルの鉄拳が、キリヤ目掛けて襲い掛かった。
 目標まで30センチ。
 20。
 10。紙一重で回避。
 まさしく刹那の見切りといったところ。
 もう何度も相対してきた相手だが、やはり速い。とてもルーキーとは思えないような身のこなしだ。
 おまけに一部の人間は空まで飛ぶのだから物凄い。全くもって、魔導師という人種にはいつも感心させられる。
 とはいえ、呆けているわけにはいかない。訓練とはいえ戦闘は戦闘だ。
 その手に携えた剣を構える。神話の武具のごとき光輝を放つのは、人と人との絆の下に生まれし至高の刃――心剣。
 しかし、キリヤの構えは、いつも通りの斬撃の態勢ではない。
 腰を落とし、刀身を地に水平に構える。敵に向けるのは刃ではなく、その切っ先だ。
 そう、この剣は――光剣スティンガーレイは、刺突剣。
 これまでキリヤが手にしてきた心剣は、細かな形状の差異こそあれど、例外なく敵を切り裂くためのもの。
 しかし唯一、ティアナから引き抜かれたこの剣だけは、敵を刺し貫くための形を有していた。
 剣を握る手に力を込める。迷いなく踏み込む両脚。
 使い慣れぬレイピアといえど、怖れることはない。
 この剣は自身とティアナの絆の証。彼女がキリヤを拒まぬ限り、迷う理由は何一つない。
「でやっ!」
 一陣の風。
 細くも鋭き剣風が、スバルに向かって突き込まれた。
 反射的に、スバルが光の壁を形成する。防御魔法プロテクション。従来のキリヤならば、容易には破れなかっただろう。
 だが、このときばかりは違っていた。
 あらゆる壁を突破し、己が理想を叶える意志――それがスティンガーレイの力なのだから。
「うわぁぁーっとぉ!」
 ばりん、と。ガラス窓が砕け散るような音。
 それと同時に、思いっきり慌てた声を上げて、スバルが頭を引っ込めた。
 眩い山吹色の煌きを放った心剣の切っ先が、プロテクションを一撃で粉々に破壊したのだ。
 ガードを突き抜けて迫る刃を、間一髪のところでかわす。
 まさしく文字通り。青色の髪が僅かに宙に舞った。
 そして一拍の間を空け、今度はスバルの顔面が蒼白となる。
 危なかった。一瞬反応が遅れていたら、顔面に直撃をもらっていた。
 そしてキリヤの剣は、スバルに隙を与えることを許さない。目にも止まらぬ剣速を伴い、次から次へと刺突を繰り出す。
「あーん、ティアの心がざくざくと襲って来るよぉ〜っ!」
「気持ち悪いこと言ってんじゃないわよっ!」
 半分涙目になって攻撃をかわし続けるスバルと、脇から憤慨した声を上げるティアナの姿があった。
187SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:03:19 ID:/SDP1PPs
「ティアナの剣もすごいのねー」
 感心しきった声を上げるのは、訓練着姿のシーナ。横にはクレハの姿もある。
 ちょうど手ごろな段差に腰掛け、この一連の戦闘を見物していたのだ。
「防御を壊すっていうのは、私達の心剣にはなかった能力よね」
 もっぱら注目を集めているのは、先ほどプロテクションを抜いたスキル・バリアブレイカーだ。
 キリヤがティアナから心剣を抜いた、と聞いた時には、2人とも大層慌てたものだった。
 クレハはまだびっくりしていただけだったが、シーナは鬼のような形相を浮かべてキリヤに襲い掛かる始末。
 「アンタこの期に及んで何また異世界の娘をたらしこんでるのよーっ!」とは、サーベルを振り回す彼女の弁。
 だが、人間とは現金なもので、こうしてその能力を見るうちに、そんなことも気にならなくなってきた。
「うん。見たところ、完璧なバリアブレイクだね」
 シーナ達のすぐ傍へと歩み寄ってきたなのはが言う。
「やっぱり魔導師って、ああやって防御を抜くのも簡単にやっちゃうんですか?」
「人によりけりかな。それこそかなりの実力者か、あとは使い魔みたいな魔導生命体くらい」
 魔導師が相手のバリアを破壊するというのは、それこそ上級者や使い魔のような存在だからこそ為せる技らしい。
 そしてそもそも、他の心剣には、こうしたバリアブレイク能力は備わっていなかった。
 この剣のような、直接の破壊力だけでない特異な性質は、強いて言うならばホウメイの剣が一番近いのか。
 あるいはリンカーコアの魔力を体系立てて用いる魔導師だからこそ、こうした剣を生み出せたのかもしれない。
「でも、ティアナの剣のあの技って、モンスターの盾も壊しちゃったんだよね?」
「はい。キリヤ君はそう言ってました」
 なのはの問いかけに、クレハが答えた。
 キリヤがティアナから剣を抜いたあの時、スティンガーレイはリザードマンの盾さえも破壊していたのだ。
 実体の盾を壊すというのは、魔法のバリアを壊すのとはまたわけが違う。
 それもあの剣、他の心剣と比べて圧倒的に破壊力があるというわけではなく、切れ味はブレイドカノンと同程度らしい。
 つまり、単純な力任せで壊したのではなく、何らかの剣の性質が働いているということ。
(これは考えを改めないといけないかな)
 かすかに、なのはの口元に笑みが浮かんだ。
 優れた切れ味を持つものの、ディバインバスターなどのような大出力のスキルを持たない、どちらかといえば魔法よりは地味な武器。
 それがこれまでの、彼女の心剣に対する印象だった。
 だが、目の前のティアナの剣は、魔導師のバリアブレイクすらも凌駕する性能を有している。
 あらゆる防御を破壊する、光剣スティンガーレイ。
 その一例を見せられたからには、エンディアスに伝わる伝説の剣の力を、認めざるをえなかった。
「――キリヤは訓練中か」
 と、そこへ新たな声がかけられる。
 若い女性の多い六課の中では、一際目立つ落ち着いた声。そして、普段ならばここでは絶対に聞こえないような声だ。
「シグナム副隊長?」
 茶色い制服姿のシグナムが、シーナ達の元へと姿を現していた。
「高町、少しキリヤを借りたいのだが……構わないな?」
「え? まぁ、別に問題はないと思いますけど……」
「そうか」
 短く答えると、シグナムは即座に段差を降りる。
 アスファルトの道路を踏みしめ、今まさにぶつかり合うキリヤとスバルの元へと歩み寄っていった。
 突然姿を現した意外な来訪者の姿に、キリヤの剣が止まる。勢い余ったスバルが、そのままアスファルトへと突っ伏した。
 「う〜」と唸りながら額をさするスバルを尻目に、シグナムが口を開く。
「少し試したいことがある。キリヤ、ついて来てくれ」
 真剣な面持ちでかけられた言葉を、キリヤは拒絶することなどできはしなかった。
 そして、現在に至る。
188SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:05:08 ID:/SDP1PPs
 室内訓練場で向かい合う、竹刀を携えた少年と女性。
 1人はキリヤ・カイト。もう1人はシグナム。
「ティアナから心剣を抜いたと聞いてな」
 油断なく竹刀を握り締めながら、シグナムが確認する。
 滲み出る張り詰めた気配は、まさしく一流の剣士が持つプレッシャー。爛々と輝く眼差しが、キリヤを真っ向から見据えてくる。
 思わず気圧されそうになるような、強烈な重圧だ。冷や汗が頬を伝うのが分かる。
 六課の魔導師は強いは強いのだが、こうした覇気を放つ人間はそう多くない。
 かの前セイラン王ロウエンと、心象世界で切り結んだ時の記憶が蘇る。
 あの巨大な狼獣人の放つ、圧倒的なプレッシャー。シグナムが身に纏うのは、それとまるきり同種のものだ。
 すなわち、真剣勝負の意志。
「私も剣持つ身だからな……お前の剣に興味が沸いた」
 正眼に竹刀を構え、シグナムが言う。
「ひとつ、手合わせを願いたい」
「……あのー……何で、こんなことになっちゃってるんでしょうか?」
 首のみを壁の方へと向け、若干うんざりとしたような表情でキリヤが尋ねた。
 ちょうどそちらの方には、今の今まで早朝訓練に参加していた面々が勢ぞろいしている。
 並んで座る新人フォワード4人。そのすぐ傍に立つシーナとクレハ。更にはなのはとヴィータさえも。
 全員が完全に訓練を中断し、この一騎討ちを見届けるべく勢ぞろいしていた。そんなんでいいのか、アンタ達。
「諦めな。残念だが、スイッチの入ったシグナムからは逃げらんねーよ」
「にゃはは……頑張ってねー」
 半分同情したような表情を浮かべるヴィータと、ただただ苦笑いするばかりのなのは。
 決闘狂のシグナムの誘いからは、誰であろうと逃げることは許されない。彼女の果たし状は絶対だ。
 さもなくば、その凄まじい執念を発揮し、蛇のごとくまとわりついてくることになる。
 それがこの機動六課におけるヒエラルキーだ。そしてキリヤは、不運にもそれに巻き込まれたことになる。
「そんなぁ! みんな他人事だと思って……!」
 もちろんそんなこと、キリヤにとっては知ったことではない。
 たまらず声を張り上げ、非難の言葉を口にする。しかし、
「頑張ってねキリヤくーん」
「負けんじゃないわよー!」
 それも外野からの歓声にかき消されてしまった。
「……もういいです。分かりましたよやりゃあいいんでしょやりゃあ……」
 さすがにツッコむ気力も尽き果てたのか、どこか捨てばちな表情となったキリヤが、竹刀を手に視線を戻す。
 哀れ、彼の背中には、おおよそ高校3年生とは思えぬ悲哀が漂っていたとか。
 ともあれ、それで決まってしまったのならば仕方がない。
 やるならやるで真剣に挑まなければ、それこそシグナムの機嫌を損ねてしまう。
 互いに身に纏うのは訓練着。防具がない以上、剣道の試合をやりたいというわけではないのだろう。
 要するに、自分の実戦どおりの太刀筋を見せればいい。実戦どおりの気合で叩き込めばいい。
 相手は自分と同じ剣術家だ。それも相当な実力者であることは、容易に推測できる。あるいは自分を凌ぐほどの。
 生半可な戦い方で勝てる相手じゃない。ある意味では、心剣とデバイスを交えてヴィータと戦った時と同等の緊張感。
 やるからには勝つ。そういう姿勢でなければ、シグナムは納得しない。では、どうやって勝つか。
 初手は決まっている。先手必勝だ。
 訓練場の平らな床を蹴り、キリヤはその一歩を踏み出した。
189SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:06:18 ID:/SDP1PPs
 踏み込み。そして加速。
 相手の攻撃が決定打となる前に片をつけるために、全速力で間合いを詰める。
 正面から一直線に。それでも、反撃に対処すべく、油断なく剣を構えながら。
 灰色のように薄い栗毛が躍る。桜色のポニーテールへと振り上げられるは竹刀の剣先。
「はぁ!」
 裂帛の気合と共に、シグナム目掛けて竹刀が叩き込まれた。
 真っ向からの面打ち。雷鳴のごとき咆哮。
 達人と言っていい腕前のキリヤの一撃が、稲妻のごとき速度で振り下ろされる。
 ――乾いた音が鳴った。
 ばしっと響くその音は、竹刀が頭を叩いた音ではない。竹刀同士がぶつかり合った音だ。
 シグナムの剣が、キリヤの剣を受け止めていた。
 キリヤが地に落とされる稲妻ならば、こちらは吹き抜ける疾風か。目にも止まらぬ早業での防御。
 彼の腕前も相当なものだったが、シグナムのそれもまた、その道を究めた熟練者の速さと力を伴う。
「!」
 不意にキリヤの両手を、突き上げるような浮遊感が襲った。
 竹刀が引かれる。反対に相手の竹刀が構えを正すのが見える。
 キリヤの攻撃を、シグナムの防御が強引に弾き飛ばしたのだ。
 女性の身体からは想像もつかない豪腕。ヴィータのグラーフアイゼンには及ばないものの、それでも想像を絶する破壊力。
 守護騎士ヴォルケンリッターは何百年もの研鑽を積んだ猛者とは聞いていたが、成る程こういうことだったのか。
 ゆっくりと、シグナムの竹刀が迫る。しかしそれはあくまで絶対的な感覚だ。
 相対的に見れば、銃弾のごとき突きが放たれているのは言うまでもない。
 冷や汗が弾け飛んだ。
「やっ!」
 遅れてくる雄たけび。
 吹き抜けるは一陣の風。
 目にも止まらぬ突きがキリヤの胴へと襲い掛かり、それを直撃ギリギリでかわす。
 びゅん、と。
 空気を切り裂く鋭い音が、張り詰めた緊張感と共に耳朶を打った。
 そこから先は、まさに斬り合いという言葉が相応しい。
 互いが次から次へと繰り出す竹刀が、ぶつかり合い、掠めあい、弾き合う。
 キリヤが籠手打ちを狙って剣を繰り出せば、シグナムがそれを素早くいなした。
 シグナムが胴を切り裂かんと迫れば、キリヤの刀身がそれを的確に受け止めた。
 一進一退の攻防。竹刀と竹刀のぶつかる音が、絶えることなく響き渡る。
 凄まじい速度と技量だ。キリヤのフェイントにもまるで引っかからない。
 純粋なパワーではヴィータの方が勝るが、スキルの面では圧倒的にシグナムが上回っている。
 これが幾世紀も戦場に立ち、何万回も剣を振るった者の実力か。
 であればこれは、もはやソウマやトライハルトすらも凌駕する腕前ではないのだろうか。じわ、と、嫌な汗が訓練着の背中に滲んだ。
「おぉりゃっ!」
 これ以上の消耗戦はまずい。長引けば自分が不利になる。
 そう悟ったキリヤは、持てる全ての力を捻り出し、乾坤一擲の覚悟と共に剣を振り上げる。
 初撃と同じ、全力の面打ち。これさえ決まれば、生身の相手ならば倒すことは造作もない。
 遂にキリヤの一撃が、空を切り裂き桃色の頭を襲う。
 ――ぱし、と。
 鳴り響く音は、しかし予想に反して軽い。
「だッ!」
 ばしん。
 代わりに猛烈な打撃音が、キリヤの頭から響き渡っていた。
 少年の顔が苦痛に歪み、たまらず尻餅をつく。悠然としてそれを見下ろすのは、涼しい顔をしたシグナムの姿。
 決着は一瞬の攻防のうちに。
 渾身の一撃を軽くいなしたシグナムの竹刀が、逆にキリヤの脳天を盛大に叩いていたのだ。
190SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:07:32 ID:/SDP1PPs
「おおー……」
 それまで水を打ったように静まり返っていた訓練場に、抑えたスバルの感嘆が響く。
 ぱちぱち、ぱちぱちと。
 それにつられるようにして、エリオとキャロが拍手を打った。
 当然の反応だ。
 フェイトもシグナムもあまり教導には顔を出さない方である以上、こうしたハイレベルな剣術戦を見る機会はあまりない。
 加えて、シグナムと戦ったキリヤもまた、十分な技量を有している。フォワード陣にとっては、まさに貴重な体験だった。
 その一方で、張り詰めた緊張感から解放されたが故か、ほっとシーナが息をついた。
 よく見ると、意外とティアナもそんな反応を示している。新人達の中では一番大人だと思っていたが、やはりそこは歳相応の女の子だ。
「お疲れ様、キリヤ君」
 そんなクレハの労いを背に受けながら、キリヤはすっと立ち上がった。
 見ると、目の前のシグナムは、未だにそのまま押し黙っている。
 その表情からは、何を考えているのかまるで読み取れない。
 それが賑やかな他のフォワードメンバーとは違う、彼女の部分の1つだ。
 比較的物静かなシグナムは、下手に感情を表には出さない。それ故のポーカーフェイス。
 そのまま10秒ほど沈黙していただろうか。否、1分と言われればそんな気がしないでもない。
 一言も喋らずに無表情で立ち尽くすシグナムの、無言の圧力を前にすれば、時間の感覚も狂ってしまいそうだ。
「……成る程な」
 ぽつり、と。
 そんな静寂を切り裂いて、小さな呟きが口から漏れた。
 シグナムに比べればなんと分かりやすいことか。ヴィータの眉がぴくりと動く。
 何とも言えないその視線は、ともすれば呆れているようにも見えた。要するにこういうことを言いたいのだろう。
 また始まった、と。
 この状況でヴィータがそんな感想を抱く展開といえば、キリヤは1つしか可能性を知らない。
「確かに腕は一流だ。なかなかに楽しめた。……それに、色々と見えてきたものもある」
 今まではどこかぼんやりとした焦点が、明確にキリヤへと合わせられる。
 心臓が素早く脈打った。拭った先からまた汗が浮かんだ。
 中学時代、当時学校が違っていたソウマとつるんでふざけ合っていた時に、彼の学校の教師に大目玉を食らった時を思い出す。
 そんな緊張した面持ちのキリヤから竹刀を受け取ると、二振りの剣を抱えたシグナムが、再び口を開いた。
「明日もまた、これくらいの時間に顔を出してくれ。もう一度剣を交えてみたい」
 ふわり、と。
 桜色の眩いポニーテールが、キリヤの目の前で大きく揺れる。
 絹糸のごとき見事な長髪を翻しながら、シグナムは出入り口の方へと向き直ると、そのまま訓練場を後にした。
 かつ、かつ、かつ、という靴音が遠ざかった後、そこに残されたのは、素手になった少年のみ。
「あーあ……やっぱ目ぇつけられたな、キリヤの奴」
 溜息混じりに、ヴィータが呟いた。
 どうやらシグナムの眼鏡にかかったことで、彼はある役目を背負わされてしまったらしい。
 すなわち、彼女の日々の闘争本能のはけ口。
 分かりやすく言えば、訓練相手。
 もう一度などという程度で済むことはあるまい。
 これからキリヤは、ほとんど毎日シグナムとの模擬戦に付き合わされることになるだろう。
 それも竹刀での勝負には収まりきるはずもない。いずれはデバイスを引っ張り出し、魔法と心剣の本気の勝負に移り変わる。
 向上心は結構だが、キリヤはあくまで民間協力者のはずだ。ここまでくると迷惑行為とも思えてくる。
 そんなシグナムのバトルマニアぶりに、ヴィータは心底呆れかえったような表情を浮かべていた。
(……でも、本当にそれだけなんだろうか……?)
 それでもキリヤは、怪訝そうな様子で眉をひそめる。
 本当にシグナムは、ただただ闘争欲求を満たしたいがために今の約束をしたのだろうか。
 あの真剣な表情に宿る真意は、もっとその先にあるような気がした。
 少なくとも、彼女の顔には、戦闘への愉悦が映されていたわけではなかったのだから。
191名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:09:38 ID:YOBi7J96
剣戟! 支援w
192SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:10:03 ID:/SDP1PPs
 夜。
 頭上から湯気を立ち上らせながら、2人の少女が風呂から姿を現した。
「はー、いいお湯だったわねー」
 首からタオルをかけながら、随分とご満悦な表情でシーナが口を開く。
 部隊長のはやてが地球の日本出身ということもあり、六課にはシャワールームの他に大浴場が設けられていた。
 訓練後にさっと汗を流すのにはシャワーを使い、一日の疲れを洗い流すために浴槽に入る。大体使い分け方はこんな感じ。
 この大浴場は概ね六課の隊員達の間でも評判で、特にスバルなどはかなり気に入っているようだ。
 そしてはやて達と同じく日本人のキリヤ達にもまた、これは嬉しい設備だった。
「相変わらず長いね、2人とも」
「女の子には色々あんのよ」
 階段に腰かけていたキリヤの言葉にも気を悪くせず、弾んだ声でシーナが答えた。
 ちょうど今の彼女とクレハの2人は、支給された六課制服に比べれば随分と薄着だ。
 シーナの方は薄手のTシャツにハーフパンツと、若い身体を見せびらかすような服装。
 そこから伸びる健康的な四肢。フェンシング部の活動で鍛えられたスレンダーな身体には、余分な脂肪などは一切ついていない。
 一方のクレハは長袖長ズボンの、可愛らしいチェックの入ったオレンジ色のパジャマ姿。
 綺麗なウェーブのかかったロングヘアーと、胸元の布地を押し上げるふくよかな双丘に宿るのは、見る者を魅了する美しさ。
 こうして寝間着を見比べてみると、それぞれの性格の違いが、色濃くかつ分かりやすく出ているのが分かる。
 そしてそれぞれにはそれぞれの魅力があり、男心をくすぐるには申し分ない刺激だ。
 そのはずなのだが、この朴念仁のキリヤは、そのどちらにも余り興味を示していなかったらしい。
 ほんの僅かに、シーナがぶすっとした表情を浮かべる。
「今日は惜しかったね」
 そしてその半歩ほど後ろから、クレハがキリヤへと声をかける。
 何が惜しかったのかは言うまでもない。シグナムとの勝負のことだ。
「ああ。やっぱり強かったよ、シグナムさんは」
「これでキリヤと隊長陣との戦績は、2戦0勝2敗ってわけね」
「……お願い、それは言わないで……」
 シーナの声にぐさりと来るものがあったのか、キリヤの表情が急速に暗くなっていった。
 機動六課に協力することを決めた初日にヴィータと模擬戦をし、いきなり敗北したのは未だ記憶に新しい。
 キリヤは仲間達と共に、リーベリアを救った英雄だ。もちろんそのことに対する自負は、ゼロであったというわけではない。
 それがいきなり倒されてしまったのだから、落ち込むことも無理はないだろう。正直、心剣士の面目丸潰れなのだから。
「でもシグナムさんも、あれで結構強引なのねぇ」
 そして今更そんなキリヤの反応など気にも留めず、勝気な幼馴染みが言った。
 とはいえ、そこに宿るのは愉快な表情ではない。若干ひきつったような苦笑いがそこにあった。
 その原因が何なのか、というのも、わざわざ説明するほどのことでもないだろう。
「多分シグナムさんにも、色々考えがあるんだよ」
「そうなの?」
 ようやく立ち直ったキリヤへと、クレハが問いかけた。
「それこそ多分だけど」
 キリヤが返す。
 彼がシグナムへと感じた違和感は、ちょうどあの場で目を合わせていた彼本人にしか分からない。
 傍から見ていただけのシーナやクレハには、そんなことは気付けるはずもないだろう。
 そもそも同じ位置にいた同胞・ヴィータですら気付いてはいなかったのだ。付き合いの薄い2人には、到底無理な話である。
「まぁとにかく、シグナムさんの模擬戦もそうだけど、カオスゲートの封印も頑張らないとねっ!」
 気合い十分といった様子の威勢のいい表情で、シーナが拳を握りしめた。
 今日も午後からはカオスゲートの封印へと向かい、成功させてきたのだが、まだまだ万事解決には程遠い。
 ミッド全域に広がったゲートによる大地の汚染は未だに続いているし、根幹となる親玉のカオスゲートは顔を見せる気配もないのだ。
 迅速に事態を解決できるのは、伝説の心剣士のみ。そして今それを抱えた機動六課のみ。
 この世界の平和は彼らの双肩にかかっているのだ。ふんばりを見せなければならなかった。
「そうね。ミッドの人達のためにも、一刻も早く平和な世界を取り戻してあげたいし……自分達のこともあるしね」
「自分達のこと?」
 クレハの言葉に対し、キリヤが首を捻る。シーナも大体似たような反応だ。
 自分よりも他人の平穏が大事、といった、典型的な自己犠牲タイプの彼女にしては、随分と珍しい言い回し。
 そこまで重要な都合というのは、一体何なのだろうか。
193SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:11:30 ID:/SDP1PPs
「……ほら、もう2人ともすっかり忘れてると思うけど……私達……一応、受験生よ」
 そしてクレハは口にする。その事実を。
「「あ゛」」
 ぎくり。
 瞬間凍結。
 彼女の言葉を皮切りに、キリヤとシーナの表情は、一瞬にして凍りついた。
 彼ら3人は、次の誕生日で18歳。すなわち高校3年生だ。世間的に見れば、大学受験を控えている年齢である。
 そしてキリヤ達もまた、その例外に漏れてはいない。既に管理局員という職を持っているスバル達とは違うのだから。
 思えばリーベリアに飛んでから、そうした認識からすっかり離れてしまっていたような気がする。
 当然参考書なんてものもあるわけがないし、あったとしても勉強している暇はなかった。
 それどころかその間、学校の授業さえもすっ飛ばしていたのだ。
 ああ、あれからもう何か月くらい経っていたっけ。
「……ま、まぁ……ホント、頑張らないと、な……」
「そう、ね……」
 色々な意味で、今後の戦いへの決意をより一層固めた3人だった。
 そういえばなのは達は19歳と、大学生くらいの年齢だが、彼女らは大学受験のシーズンをいかにして過ごしていたのだろう。
 今度辺り聞いてみても面白いかもしれない。しばらくの後に、キリヤはそんな思いを抱いていた。

 ばしん。
 乾いた音と共に、一振りの竹刀が宙を舞う。
 弾き飛ばされた剣は、程なくしてよく磨かれた床へと落下した。細かな音と共に、そのまま床の上を滑っていく。
「いてて……」
 苦悶の声を上げたのはやはりキリヤだ。
 じんじんと痺れる右の手の甲を、左手で押さえる。
 刃のごとく突き刺さることはないとはいえ、やはり竹刀で直接殴られるのはいつになっても堪えるものだ。
 特に相手が、彼女ほどの使い手ともなればなおさらである。
 あれから一晩。
 キリヤは律儀に室内訓練場へと顔を出し、そこでシグナムと再び模擬戦をしていた。
 結果はやはり、この日も黒星。
 片や元は剣道が強いだけの高校生。片や魔法技術によって生まれた生粋の戦士。どちらの技術が勝るかは言うまでもない。
 おおよそ闘争の世界においては、この技術というものが曲者だ。
 力や速さで劣っているのならば、それをテクニックで下すことはまだ容易いこと。
 しかし、それが逆だった場合、途端に攻め込むことが難しくなる。自分の力も速さも、全て軽くいなされてしまうのだから。
 そして、別段それらで勝っているわけではないキリヤについては、もはや言うまでもないだろう。
 相変わらずシグナムは、手を押さえたキリヤを無言で見つめている。
「……お前には、ある癖がある」
 そして、ちょうどそのほとぼりが冷めた頃に、唐突に口を開いた。
「癖?」
「直撃コースの攻撃を繰り出す際、必ず当たる寸前で力を緩めているな」
「いや、別にそんなことは……」
「お前の剣が、一太刀でも私に通っていたか?」
 釘を刺されたキリヤは、う、と返事に詰まる。
 剣を振る力が緩むということは、当然剣速も緩むということだ。
 そしてその隙を見極めることなど、シグナム程の達人ともなれば造作もない。
 まさか自分が、無意識にそんな癖をつけていたとは思いもよらなかった。
 否。兆候はある。中学時代にトライハルトと試合をした時だ。
 そんなつもりはなかったのに、あいつは「何故手を抜いた」と激昂した。
 恐らく彼にも、その辺りを見抜かれていたのだろう。ずっと疑問だったが、「手を抜いている」とはそういうことだったのか。
194名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:12:22 ID:H3nhtMof
支援
195SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:12:53 ID:/SDP1PPs
「――怖いか。自分の力で、誰かを傷付けるのが」
 シグナムの言葉。
 瞠目。はっとしたように、キリヤの瞳が見開かれた。
「下手に自分の力を振るって、相手を傷付けてしまう……お前はそれを恐れているのだろう」
 それを言われるのは、今に始まったことではなかったから。
 脳裏に蘇る、ちょうど昨年度の冬頃の記憶。鮮やかな桜色のポニーテールの上に、眩い金髪と眼鏡が重なった。
 ただし、そこに宿る表情はシグナムのようなそれではなく、自信と尊厳に満ちた薄い笑みだったが。
 ――お前は何を怖れているんだ? キリヤ。
 トライハルト。
 聖ルミナス学園生徒会長にして、かつての若きベイルガルド皇帝。3人目の心剣士。
 ――剣道なんて余技で、別の剣技がお前の本命だ。お前はそれが怖いんだ。
 ちょうどあの時は、リーベリアでの一件のきっかけとも言える事件の対処に当たっていた頃だ。
 カオスゲートと闇の妖魔による神隠し事件。生徒会メンバーが、初めて本格的に妖魔と戦った事件だった。
 当時は心剣なんてものも知らず、ただただがむしゃらに剣を振るっていたことを覚えている。
 そしてその時、トライハルトが、シグナムが言ったのと同じ指摘をしていたことも。
 ――お前、人から恐れられるのが怖いんだ。
 あらゆることに本気を出せず、退屈の中で過ごしていた当時の自分。
 今にして思えば、あの頃の自分はどこかぐれていたのだろう。
 本来ならば人間など余裕で殺せるだけのスペックを持っているにもかかわらず、腕の立つ常人レベルに力をセーブする。
 化け物だろうと斬ることのできる技術を叩き込まれたにもかかわらず、それを人には見せようともしない。
 必要以上に人を傷付けることは怖かったし、それがきっかけで人から恐れられるのが嫌だった。
「……多分」
 当時の自分は、正直にそれを認めることはできなかった。
 自分は何も怖れてはいない。その反応が、かえって自分の無意識下の恐怖をさらけ出していた。
 こうして答えられるようになったということは、リーベリアの戦いの中で、少しは成長したということなのだろう。
 あの世界では、多くの仲間達の心に触れた。たくさんの人と、正面から向き合い続けてきた。
 だから、人の視線はもう以前ほど怖くはない。人の心と向き合う覚悟を決めたから。
「俺の力は、普通に暮らすには過ぎた力です。傷付けたくない相手まで、苦しめたくはない……」
 それでも、自分の中の怖れが全て払拭されたわけではない。
 無防備な相手に力を振るうことには抵抗がある。たとえシグナムが、自分以上の強者であると分かっていても、だ。
 元来キリヤはお人よしなのだから。
 人の目を逃れたいから生徒会入りを渋ったのに、それでも仲間達の頼みがあれば、何だかんだでついて行ってしまう人間なのだから。
「……でも、もしここが戦場で……貴方が俺達の敵で、俺の仲間達を傷付けようとする人間だったなら……」
 キリヤの瞳に光が戻る。
 弱々しげにうつむいた視線に、強い力が蘇っていく。
「俺は戦います」
 はっきりと、そう宣言した。
「俺の剣が、誰かを傷付けるためのものだったとしても……それで誰かを救えるのなら、俺は剣を振っていたい。
 もう誰も失いたくはないから……だから、戦える」
 自分のためだけに戦いたいとは思わない。そのせいで、大勢の人達を苦しめてしまったことは決して忘れない。
 状況に追い込まれ、自分1人が全て背負い込まされているとばかり思っていた、ベイルガルドとの戦いの時。
 ただトライハルトを倒すためだけに剣を振るった結果、自分はかけがえのない人を――ゼクティを一度失ってしまった。
 それでも、この剣を捨てようとは思わない。無責任に戦いそのものを放棄することは、かつての自分へ戻ることと同義だ。
 もう二度とあんな苦しみを、誰かに味わわせないために。
 せっかく取り戻したゼクティを、再び手放すことがないように。
 シグナムは何も答えない。ただ静かに目を伏せて、キリヤの言葉を聞き続ける。
 肯定も否定もしないまま、そのまま静かな時間が流れた。
「……そうか」
 悠久にも等しき静寂の後、彼女が最後に発した言葉は、それだけだった。
196名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:13:38 ID:YOBi7J96
バトルマニア 支援!
197SHINING WIND CROSS LYRICAL ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:14:04 ID:/SDP1PPs
 訓練場を去るキリヤの背中を、シグナムは静かに見送る。
 そしてそれからしばらく経った後、入れ替わるようにして現れた人影があった。
 燃えるような赤髪を三つ編みにし、その大きな瞳は鋭くつりあがっている。
 ちょうどシグナムのような雰囲気を持ちながら、しかしその背丈は表情と比較して、アンバランスに小さい。
 スターズ副隊長ヴィータだ。訓練着のままということは、教導を終えてすぐに様子を見に来たのだろう。
「で、どーだったんだ?」
 アイツと剣を交えて、何が見えたのか、と。
 不躾に投げかけられた問いかけ。
 ともすれば無愛想にも見えるが、シグナムは特に気にしない。もう何百年も繰り返してきたやりとりだ。
「ああ。キリヤが我々とよく似ているということがな」
「あたしらと?」
「奴の剣は、間違いなく敵を殺すために鍛え上げられた剣だ。
 だが、そこに殺意はない……奴は殺すためでなく、守るために、その殺人剣を振るい続けている」
 成る程、といった様子で、ヴィータが静かに頷いた。
 同じなのだ。キリヤとシグナム――ひいては守護騎士ヴォルケンリッターは。
 そこに至る理由に差異はあれど、彼らは共に敵を殺すためにその技を仕込まれ、鍛えさせられてきた。
 かつてはそれに疑問を持つことはなく、ただただ己が技を磨き続けていた。
 しかし、今は違う。
 異界で共に戦う仲間達がいたことで、キリヤは前に進むことができた。
 最後の夜天の主と出会ったことで、騎士達は己が生き方を見つめ直すことができた。
 だから今は、こうして戦っている。
 命を奪うための力を、命を守るために振るう。矛盾を抱えながらも、ただがむしゃらに、守りたいもののために。
「……ならば、私が取るべき行動も、これで決まりだな」
 言いながら、シグナムは桜の長髪をたなびかせた。
 ポニーテールを空に躍らせながら、自らも訓練場を後にする。それに続くヴィータ。
 2人の女騎士がその場を離れたことで、ようやく四角い一室は無人となった。

 その更に翌日。
「ふぁ〜……」
 生あくびをしながら、キリヤが思いっきり身体を伸ばす。
 ここのところは訓練やゲートの封印だけでなく、シグナムの模擬戦にも付き合っていたのだ。それなりに疲れもたまるというもの。
「大丈夫ですか、キリヤさん?」
「ああ、うん。平気だよ」
 心配そうに視線を持ち上げ、表情を伺うキャロに対し、キリヤはつとめて笑顔で答えた。
 とはいえ、それなりに堪えているのは事実だ。元々朝は少し苦手だったのだが、今日はいつにもまして眠い。
 だが、それも今日で終わりだろう。昨日シグナムは、今日の分まで何か言ってきたわけではなかった。
 つまり、訓練が終われば、後はそのままいつも通り。少しは疲れも軽減されるだろう。
「あ、そだ。後でキリヤさんにも貸してあげますよ。あたしイチオシの疲労回復グッズ!」
「お、それは楽しみだ」
「これが結構キくんですよね〜。こう、ビビッと!」
 そんな風に、にこやかに提案してきたスバルに笑顔を返す。
 と、そこへ姿を現すものがあった。
 フォワード陣の中でも高めの身長。いついかなる時も油断のない凛々しい顔立ち。
「ここにいたか、キリヤ」
「え? シグナムさん?」
 あの桜色の髪の剣士が、曲がり角の反対側から現れたのだ。
「ヘリポートまでついてきてくれ。頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
 もう慣れたこととばかり思っていたのだが、唐突な要求に、やはりキリヤは首を傾げる。
 ふっ、と。その様子に、あのトライハルトのような薄い笑みを浮かべると、シグナムはその先を告げた。
198名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:17:49 ID:YOBi7J96
シグナムつよし、支援!
199名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:26:00 ID:8CD2ZzYn
バレンタインやひな祭の話もあったなぁ、支援。
200SHINING WIND CROSS LYRICAL ◇9L.gxDzakI:2008/09/28(日) 18:29:01 ID:TVTF86wX
 









「――私から心剣を抜いてもらいたい」










「………………………はい?」


201SHINING WIND CROSS LYRICAL ◇9L.gxDzakI:2008/09/28(日) 18:30:49 ID:TVTF86wX
投下終了。
実に10ヶ月ぶりの更新です。続きを待っていた方々、お待たせして申し訳ありませんでした。

この10ヶ月の間もねぇ、色々ありましたよ……
……今日ギアス終わったし(ぉ
改めて今までのシャニウィンを読み返してみると、今とは全然文が違うんだなぁと驚いてたりします。
このシグナム編も本当は1話で収まるはずだったのですが、その辺りの都合で2話に分割。
あの頃はなんであんなにスカスカな文章だったのだろうorz

あと、心にふれるRPGといっておきながら、意外とその辺が今身内がプレイ中の「ペルソナ4」の方が丁寧に描けてることにびっくりしたりね(ぇ


202名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:36:56 ID:TVTF86wX
19時ごろにTHE OPERATION LYRICALの代理投下しますのでー
203反目のスバル@携帯 ◆9L.gxDzakI :2008/09/28(日) 18:37:35 ID:1ibmIxro
おお、代理投下されてるw
どうもありがとうございましたー
204名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 18:50:48 ID:TcMEe9sC
>>201
シグナムさんが達人だ……。
自分はこのような剣戟が好きなのですが、なかなか無くて貴重です。
それにしても最後も気になります。
205THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:02:14 ID:TVTF86wX
<<俺、今日この話書き上げたんだ。戻ったらまた仕事、今度こそ更新滞ると思う>>
<<警告、さるさん規制急速接近! 全機ブレイク、ブレイク!>>
<<うおぉおおわぁ!?>>

はい、いきなりさるさん規制を食らってしまいました。どなたか、以下のものを代理投下
をよろしくお願いします。


206THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:03:46 ID:TVTF86wX
(投下時刻は代理投下される方の都合のよい時間でかまいません)

ACE COMBAT04 THE OPERATION LYRICAL


第24話 御稜威の王


憎しみの炎よ、空を焦がせ。
大地を葬る薪に火をつけて――それが、人の受けるべき救いである。


いきなり病室全体が揺れて、なのはは目を覚ます。
"ゆりかご"戦にて負傷した彼女は、周囲の者たちの手で半ば強引にここ、聖王医療院に入院させられていた。六課の医務室は先の爆撃で崩れたま
まなのもあるが、それ以上に「放っておくとまた無茶をする」と言うのが、主な理由であった。
「なのはママ……」
自分のすぐそばで静かに寝息を立てていたヴィヴィオも、何事かと目を覚まし、不安げな表情を露にさせていた。
「――ごめんね、ママにも分からない」
ひょいっとヴィヴィオの小さな身体を持ち上げて、彼女は何があったのか確かめるべく、病室を出ようとする。
ところがそうするまでもなく、医療院のスタッフが慌しい様子で病室に駆け込んできた。開かれたドアの奥からは、何人もの入院者の悲鳴や、そ
れを誘導しようとするスタッフたちの怒号が飛び交っていた。
「すぐに避難してください、ここは危険です」
「何があったんですか?」
なのははスタッフに尋ねてみたが、彼は返答よりも避難誘導を優先し、「いいから早く!」となのはを急かした。
やむを得ず、なのはは不安な表情をしたままのヴィヴィオを腕に、スタッフの避難誘導にしたがって病室を出た。
「あ……」
途中、ヴィヴィオが窓の外に何かあることに気づき、声を上げた。釣られてなのはも廊下の窓に目をやり――思わず、立ち止まってしまった。
窓の外、夜空を埋め尽くすのは美しい流れ星の群れ。だが、そのうちのいくつかは高度を下げると凶暴な赤い隕石に変貌し、地表に向かって落ち
ていく。落着地点と思しき場所では、赤い業火が上がり空を焦がしていた。
「ママ、怖い」
ぎゅっと、ヴィヴィオが震える手でなのはの肩にしがみ付く。彼女はそれで我に返り、廊下を走り出す、
「大丈夫だよ、ヴィヴィオ」
「ホント……?」
道中、怖がるヴィヴィオを安心させようと、なのはは優しげな笑みを浮かべ、空を見上げた。
「ママの友達たちが、きっと何とかしてくれるから」
「メビウスおじさんも?」
ぷっと、なのははヴィヴィオの口から出た思わぬ言葉に噴き出してしまった。こんな幼い少女でさえ、彼を頼りにしている。
それにしても"おじさん"とは、酷い言われ様だ。それが、なのはには可笑しくてしょうがなかった。
「――うん。メビウスさんも、助けに来てくれるよ」
アテにしてますからね、となのはは胸のうちで呟いた。

死の流星が降り注ぐ中、地上本部戦闘機隊も緊急発進し、空中にて編隊を整えていた。
「信じらんねぇ……隕石が落ちてくる」
F/A-18Fを駆るアヴァランチが、呻くように呟いた。陸士からパイロットに転向したことで色々陸からでは見れないものも見れる、と彼は考えて
いたが、これはあまりに予想外な光景だった。
「こちらゴーストアイ、ぼさっとしている暇はないぞ。隕石群はクラナガンを中心に降り注いでいる、迎撃しろ!」
空中管制機、ゴーストアイからの指示が飛ぶ。しかし、いくら高度な火器管制機能を持った戦闘機と言えども、隕石の迎撃は困難を極めた。
F-16Cを駆るパイロット、ウィンドホバーはレーダーに隕石を捉え、ロックオンをしようと試みる。だが、キャノピーの外、正面から突如赤い光
が急接近していることに気付き、操縦桿を右に倒す。
F-16Cは右にロールを打つ。直後、機体のすぐそばを掠め飛ぶように行き過ぎるのは、自身がロックオンしようとした隕石だった。
「……速い!? ダメだ、正面から近づいたらあっという間に交差しちまう!」
「俺に任せろ」
ウィンドホバーが取り逃がした隕石を追うのは、Mir-2000を駆るスカイキッド。快速を誇る彼の機体は隕石をその射程に収めた。
レーダー誘導の中距離空対空ミサイルでは近すぎる。スカイキッドはウエポン・システムに手を伸ばし、赤外線誘導の短距離空対空ミサイル、
AIM-9サイドワインダーを選択。大気圏を突破し、赤い炎を纏った隕石から発せられる赤外線の量は膨大だ。AIM-9は簡単に隕石をロックオンする。
「ロックオン、フォックス2!」
スカイキッドはミサイルの発射スイッチを押す。Mir-2000の特徴的なデルタ翼の下から、AIM-9が飛び出した。
放たれたAIM-9は膨大な赤外線を放つ隕石に突っ込み、爆発。爆風と衝撃をもろに食らった隕石は砕かれ、無力化されるはずだった。
207THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:04:23 ID:TVTF86wX
「……ん!? 何!?」
ところが、ミサイルの直撃を受けた隕石は砕かれはしたものの、細かい破片がそのまま宙に投げ出され、地面に降り注いでいってしまう。これで
は破片一つ一つの威力は小さくても、広範囲にばら撒かれてしまうため、迎撃に成功したとは言えない。
「くそったれ、ミサイルじゃ威力不足だ! 中途半端に砕いても、破片が散らばる!」
「余計に被害が増えちまう可能性があるのか、畜生」
クラナガン市街では、まだ避難は完了していない。自分たちが、どうにかして食い止めなければ。
一発でダメなら――スカイキッドの失敗を目の当たりにしたアヴァランチは、再び落ちてきた隕石を後方から追跡。ロックオンすると、ミサイル
の発射スイッチを連打した。
F/A-18Fの主翼下から、二発の中距離空対空ミサイル、AIM-120AMRAAMが放たれる。AIM-9より大型で射程も長く、威力も大きいこれなら、と踏んだ
が、結果は予想通りだった。
アヴァランチの放った二発のAIM-120は隕石に直撃、衝撃が隕石を木っ端微塵に砕き、散らばる破片は爆風に飲み込まれ、跡形もなく消えていく。
そうでなくても、わずかに残った破片は小さく砕かれ、地面に落ちても被害ははるかに小さくなる。
隕石一つにつき、AMRAAMを二発か――。
予想通りの結果だったが、アヴァランチは決していい顔はしなかった。むしろ、深刻な表情を浮かべ、見張りと電子機器の操作を担当する後席の
パイロットに、残りの隕石の数を尋ねる。
「残りは?」
「――ダメだ、分からん。人口密集地域に落ちるものだけに絞っても、正確な数は把握できない」
だろうな、とアヴァランチは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。ミサイルの残弾が尽きた時、もはや打つ手はなくなるのだ。
それでも、戦闘機隊は諦めることなく、降り注ぐ隕石の群れに立ち向かう。下のクラナガン市街ではまだ、避難が完了していないのだから。

そのクラナガン市街では、陸士たちが懸命な避難誘導と救助活動を行っていた。
しかし、避難と言ってもどこに避難すればいいのか。頑丈な地下シェルターには限りがあるし、隕石の落着予想地点も、情報が錯誤してどこに逃
げればいいか分からない状態だ。
「こちら陸士三〇九部隊、市民を避難誘導中……人手が足りない、応援を寄越せ!」
「三〇二部隊、ビルが崩れて進路を塞がれた、新しいルートを探す」
「空から隕石が落ちてきてるんだぞ、どこに避難しろってんだ!?」
悲鳴と怒号の中、ベルツ率いるB部隊も、いつものアサルトライフルやサブマシンガンの代わりに救助用装備を担ぎ、クラナガン市街を駆け回って
いた。今は、市民からの通報により、崩れたビルの向こうに取り残された人がいると言う情報を受け、瓦礫の破砕作業を急いでいた。
「こんなところでレスキュー隊の真似事とはな――急げよ、上にも注意しろ!」
周囲では火災が起きて、吹き付ける風は熱風そのものだ。暑くてたまない上、隕石が自分たちのいる場所に落ちてくる可能性も捨てきれない。
だからこそ救助を急がねばならないのだが――ベルツは自ら手にした携行式のドリルの性能に、思わず悪態を漏らした。こんなちゃちなものでは
いつまで経っても瓦礫は崩せない。出来たとしても、その頃には要救助者は炎に巻かれている。重機は避難誘導の邪魔になるので、持ち込めない
でいた。
「くそったれ!」
ぱきん、と金属音を立てて、ドリルの先端が欠けてしまった。ベルツはそれを地面に叩きつけて、素手で目の前の瓦礫を掴んで引きずろうとする。
だが、そんな彼の行為を止める人物がいた。ベルツが振り返ると、いつか見た青い髪に緑色の目をした少女が、バリアジャケット姿で迫っていた。
「……ナカジマ陸士!?」
「すいません、遅くなりました! はぁあああ!」
クラナガン奪回戦の際、窮地を救ってくれたスバルが、その手のリボルバーナックルを瓦礫に叩き込む。あれほど苦労したコンクリートの瓦礫は
いとも簡単に崩れ落ち、どうにか通り抜けられそうな穴が出来た。その向こうで、地面にへたり込んで泣いている子供が二人。
「もう大丈夫だよ――ベルツ二尉、この子達を!」
「おう、任せろ」
穴を潜ったスバルは両腕で子供たちを抱え、ベルツに引き渡す。子供は相変わらず泣いていたが、助けられたことで安心したのか、ひとまず話を
聞いてくれるほどに落ち着いた。
「ようし、よく頑張ったな坊主たち。お父さんとお母さんは?」
「お父さんは……お母さんは……」
「あっち……」
208THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:05:03 ID:TVTF86wX
子供の指差す方向に、ベルツとスバルは目をやる。崩れ落ちたビルの向こう、地獄の業火のごとくの勢いで燃え盛る乗用車が一台、そこにあった。
おそらく、この子たちの両親は我が子だけでも逃がそうとしたのだろう。そして、自分たちは脱出に遅れてしまった。もはやあの様子では骨の一
片も残っていないはずだ。
「……分かった、お父さんとお母さんは、必ず助ける。ナカジマ陸士、この子達を安全なところへ」
「――了解」
薄々、子供たちも感づいているかもしれない。だが、ベルツはあえて彼らの頭を撫でて、スバルに子供たちを託した。
子供たちを預かったスバルはベルツたちと離れ、マッハキャリバーから繰り出されるウイングロードを駆使して、瓦礫や炎を避けながら進む。
「スバルさん!」
当初から定められていた会合地点。そこでは、フリードに跨ったキャロが待機していた。要救助者を安全地帯に運ぶのが目的だ。
「キャロ、この子達をお願い!」
「ハイッ。フリード、行ける?」
キャロの問いかけに、フリードは雄々しい雄叫びを上げて返事をした。スバルは救助した子供たちを、フリードの背中に乗せる。
フリードが翼を羽ばたかせて空に上がろうとする――だが、何かに気付いて彼は動きを止めた。
「待って、この子も――!」
「お願いします!」
声がした方向に、スバルとキャロは振り返る。女の子を背負ったティアナとエリオが、やって来ていた。
一人くらい増えるのは、フリードにとって大した問題ではない。だが、ティアナが背負ってきた子供は、長時間炎に取り囲まれて、衰弱していた。
早急に救護所に送る必要がある。
「急ごう、フリード!」
子供たちを乗せたフリードは空に舞い上がり、ひとまず救護所に向かうことにした。
依然として流星飛び交う夜空に飛び立っていくキャロとフリードを見送り、残ったティアナたちは駆け出す。まだ、助けるべき命はある。

クラナガン郊外に設けられた、臨時救護所。
六課医務官のシャマルは、次々と運び込まれる負傷者たちの治療に回っていた。運び込まれる者は重傷、軽傷と容態は様々だが、明らかに助かる
見込みのないものは、後回しにせざるを得ない。
――ごめんなさい、恨んでくれていいわ。
後回しにされていく負傷者の眼が、シャマルにはたまらなかった。多くの眼は虚ろで意識があるのかはっきりしないが、中には明らかに、後回し
にされたことで落胆、失望、恨みと様々な負の感情が篭った眼でこちらを見る者がいた。
胸のうちで彼らに謝りながら、シャマルは治療魔法をフル活用して、負傷者たちの傷を癒していく。
「シャマルさん、負傷者さらに追加です! 子供が三人!」
その時、臨時救護所にフリードが舞い降りてきて、キャロがシャマルに駆け寄ってきた。彼女の後ろに目をやると、管理局の局員たちが、フリー
ドの背中から子供たちを三人下ろし、容態を確認している。いずれも早期に治療すれば、何も問題はない。
「あぁ、ありがとう……っ」
キャロに礼を言って、シャマルははっとなる。彼女たちの臨時救護所に、空から赤い火の玉が迫りつつあった。紛れもなく、落ちてきた隕石だ。
「――退避を、急いで!」
叫び、シャマルは周囲に負傷者を急いで逃がすよう伝える。だが、それよりもよっぽど速く、隕石は降下してくる。
これは、どうやっても間に合うまい。バインドで止められるようなものでもない――しかし、臨時救護所の前に、突如飛び出してくる影があった。
「やらせんっ!」
降りかかってくる隕石、だがその進路を、青い防御魔法が遮る。並みの防御では防げない代物だったにも関わらず、砕け散ったのは隕石の方だった。
立ち塞がったのは、蒼い守護獣、ザフィーラ。負傷が癒えた彼は、ついに前線に舞い戻ってきたのだ。
「遅れてすまんな」
ぶっきらぼうにザフィーラは言い放ち、救護所の前に陣取る。
――あの時は、守れなかった。だが、今回はそうはいかん。
脳裏をよぎるのは、機動六課を壊滅させた燃料気化爆弾が起爆した瞬間。苦い記憶だが、今はそれすら、糧にしなければならない。
力強く大地に踏みとどまったザフィーラは、未だ隕石が降り止まない空を睨んだ。
209THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:05:35 ID:TVTF86wX
「――見えた!」
愛機F-22で緊急出撃したメビウス1は、ようやくクラナガン市街を目視する。夜間ではあったが、皮肉にも各地で発生した火災が、夜空を照らし
てくれる。
くそ、と彼は胸のうちで吐き捨て、未だ降り止む様子を見せない流星群を睨みつける。
この光景は、かつて自分がユージア大陸で目にしたものとほぼ同じだ。この地でまた、あの悲劇が繰り返されようとしている。それだけは阻止し
なければ。その思いが、彼の闘志を奮い立たせる。
「メビウス1、あまり熱くなるな。冷静を保て」
「――ああ、分かってる」
彼の様子を察したのか、同じく出撃したシグナムが声をかけてきた。メビウス1は酸素マスクから送られてくる酸素をたっぷり吸って、適当に頷
いて返答する。
「とは言え、これは酷いね……」
眼下でつい昨日まで、取り戻された平和を謳歌していたはずのクラナガン市街の惨状を目の当たりにして、フェイトが呻くように言った。高度は
それなりに高いはずなのだが、吹き付けてくる風には熱さがある。紛れもなく、下の火災が原因だ。
「なんとかして、止めへんとな。よし、作戦通りにいくで」
「了解!」
今回、自ら出撃した騎士甲冑姿のはやての言葉を受けて、ヴィータ、シグナム、フェイト、メビウス1はこれまで維持していた編隊を崩す。
作戦と言っても、さほど複雑なものではない。落ちてくる隕石はミサイル一発程度では中途半端に砕けて、かえって被害を広範囲に撒き散らして
しまうとの報告から、広域攻撃が可能なはやてを中心に隕石を迎撃するのである。メビウス1たちは、詠唱中無防備になるはやてを撃ち漏らした
隕石から何重もの防衛線を張って守るのが任務だ。
「ゴーストアイ、聞こえますか? こちら機動六課、ロングアーチです。これより、隕石迎撃のため、広域攻撃を行います。展開中の友軍に退避
勧告を」
「こちらゴーストアイ、了解した。我々だけでは手に負えん、頼む」
管制のゴーストアイを通じて、はやてはまず友軍機を退避させる。味方を巻き込んでは元も子もない。
「行くで、リイン」
「はいです、はやてちゃん!」
ユニゾンして、自分の中にいるリインフォースにはやては声をかけ、自身のデバイスであるシュベルトクロイツを構える。
六課の司令室の方は、まだ機能を完全に取り戻していない。今回は高度な探知能力を持つゴーストアイとデータリンクを行い、降り注ぐ隕石群を
探知、迎撃することにする。
「――来た、方位二二〇! 複数、クラナガン市街地に接近!」
「了解」
さっそく、ゴーストアイが目標を発見し、通信回線を介してデータを送ってくる。はやてはリインフォースと呼吸を合わせ、詠唱を開始。
「来よ、白銀の風、天よりそそぐ矢羽となれ――」
足元に古代ベルカ式の魔力陣を展開。シュベルトクロイツを天に掲げ、彼女は魔力を高めていく。隕石を粉々に砕くためには、中途半端な威力で
は意味を成さないのだ。
「――敵!? 敵戦闘機、及びガジェットU型、多数出現!」
「おいでなすったか。メビウス1から各員、迎撃するぞ。八神、詠唱を続けろ」
「おおきにっ」
案の定、と言うべきか。ゴーストアイのレーダーが、クラナガン市街上空に接近中の敵影を発見した。おそらく、管理局の迎撃活動を妨害するた
めだ。メビウス1のF-22が先頭になり、これを迎え撃つ。はやては礼を言って、詠唱を続ける。
――あれやな!
方位二二〇、はやての眼はクラナガンに迫る赤い隕石群を目視する。同時に、リインフォースが詠唱が完了したことを彼女に告げる。
「詠唱完了、行けます!」
「了解――フレースヴェルグ、行っけぇ!」
シュベルトクロイツを振り下ろす。放たれた大量の魔力は、地面に落ちるはずだった隕石を飲み込み、それらを跡形もなく消滅させていく。
閃光が夜空に走り、次の瞬間には何事もなかったように、隕石群は消え去っていた。迎撃成功だ。
「よっしゃ、次行くでリイン!」
「はいです! ゴーストアイ、データを下さい!」
まだまだ流星群は降り止まない。はやてとリインフォースはひとまずの迎撃成功に決して気を緩めることなく、ゴーストアイに更なる目標のデー
タを要請する。
210THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:06:13 ID:TVTF86wX
ところが、ゴーストアイから送られてきたのはデータでなく、警告だった。
「待て――敵機接近、ステルスか!? ロングアーチ、狙われているぞ!」
「なっ……」
はっとなって、はやては周囲に視線を巡らせる。はるか眼下、もう目視で識別が可能な距離に、ゴーストアイの言う敵機、Su-47が迫りつつあった。
ステルス機ゆえ、ゴーストアイのレーダーを持ってしても探知が遅れてしまったのだ。
二機編隊を組んだSu-47は獲物を見つけた鷹のように、その特徴的な前進翼を翻し、はやてに接近する。双発の大型機であるにも関わらず、Su-47
の動きは俊敏で、逃げることは難しそうだ。
ええい、とはやては顔に焦りを浮かべ、その場から逃走する。なんとかして振り切らねばならない。だと言うのに、ゴーストアイのレーダーは更な
る隕石群を発見してしまった。
「こちらゴーストアイ、隕石群を発見。方位二八〇から――誰でもいい、八神二佐を狙う敵機を落とせ!」
だが、彼女を守るべき友軍は目の前の敵機の相手で精一杯だった。援護に回る頃には、隕石群がクラナガンに落ちるか、はやてがSu-47に撃墜され
てしまうか、どちらかだろう。
「ええわ、何とか隕石だけでも落としてみせる。リイン、悪いけど付き合ってもらうで」
「承知の上です」
逃げ回ることをやめて、はやてはその場に踏み止まり、シュベルトクロイツを構える。Su-47はいきなり彼女が急停止したことで行き過ぎてしまっ
た。こいつらがUターンして戻ってくるまでが、タイムリミットだ。
――間に合って、何とか。
詠唱の時間が、非常にもどかしく感じる。だが、半端なところで放っても意味がない。
隕石群が彼女の眼に映るのと、Su-47が反転し、はやてを射程に収めたのはほぼ同時だった。
詠唱完了。彼女はシュベルトクロイツを振り下ろし、再びフレースヴェルグ、流星から隕石に成れ果てた、死者をも飲み込む閃光を解き放つ。
落着するはずだった隕石は光の渦に飲み込まれ、空中で消滅する。はやてはほっと一息ついて、直後に接近中の敵機の存在を思い出す。
迫るSu-47の黒い影。胴体内のウエポン・ベイが開かれ、彼女を叩き落すべく短距離空対空ミサイル、R-73が姿を現していた。射程内なのにまだ撃
とうとしないのは、距離を詰めて必中に持ち込みたいからだろう。
せめてもの抵抗として、はやてはSu-47を正面から睨み付けた。黒い質量兵器の凶暴な面構えが、そこにある。
「……!」
だが、突然はるか上空から赤い曳光弾が降って来て、Su-47の胴体を貫く。いきなり穴だらけにされたSu-47はミサイルをはやてに放つことなく、
ぐらりと力なく機首を落とし、空中で爆発した。
残り一機のSu-47は機首を跳ね上げて上昇、突然逃げを打つ。その後ろ姿にミサイルが急接近、爆発。後部胴体を爆風と破片に食いちぎられたSu-47は
残りの部分も燃料に引火したのか炎上、四散する。
訳も分からずはやてが視線を動かすと、そこには尾翼にリボンのマークをつけたF-22の姿があった。
「無事か、八神?」
「――ええ、何とか。さすが、メビウスさんやね。二機ともあっという間に……」
「いや、最初の一機は俺じゃない」
彼女の言葉を遮る形で、メビウス1ははやてに上を向くよう指示してきた。
言われた通り顔を上げてみると――そこには、見慣れない戦闘機が一機。機体全体を灰色主体の迷彩で彩り、主翼や尾翼の先端を黄色で塗り潰し
たSu-37。機首には同じく黄色で「13」とあった。
「――嘘、やろ」
彼女も話は聞いていた。F-22を駆る無敵のエース、メビウス1と唯一互角に戦えるパイロットが、スカリエッティ側に付き、そして捕虜になった
ことを。それが今まさに、自分の目の前にいた。
「――こちら黄色の13、援護に回る」
――黄色の13。それが、彼の名だった。
211THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:10:36 ID:TVTF86wX
時間は少し遡って、管理局管轄の留置場。
黄色の13と更正組のナンバーズたちは、いよいよ明日に更正プログラムが始まると言うことで、早めに就寝していた。監房入りする組はすでに
出発し、各々無人世界にて監視されている。
だが、彼らの安眠を、突然巻き起こった大地をも揺らす衝撃が遮った。
目覚まし時計にしては過激すぎる。そもそも今何時だと思っているのだ、と皆は文句を垂らしながら起きて、小さな小窓から外の様子を伺う。
「……うわ!? 13、外が」
「外がどうしたって?」
ベッドの上に乗って窓から外を見ていたノーヴェに呼ばれ、黄色の13は同じように窓を覗き込む。
そこで、彼は息を呑んだ。夜空から降り注ぐ流星群、その中からいくつかの流れ星が高度を落とし、凶暴な隕石に姿を変えて地表に落ちてきてい
る。落着地点と思しき場所では赤い炎が舞い上がり、夜空を焦がさんばかりに燃え上がっていた。
――これは、まさか。
黄色の13も、見覚えのある光景が目の前で繰り返されていることに気付いた。あの日――ユージア大陸での戦争の原因を生んだ、"ユリシーズ"
の墜落。あの時と、今の光景は酷似していた。
「13……」
「なんだ、チンク」
「看守がいない」
「何!?」
チンクの言葉で黄色の13はベッドから飛び降り、鉄格子のついた扉に近づく。鉄格子の隙間から、かろうじて外の様子が見えるのだ。
そこに、いつもなら同僚と気楽に談笑している看守の姿はなかった。残されているのは、明らかに慌てて飛び出して行った様子が伺える、散らか
った看守たちの荷物だけ。
――あいつら、自分たちだけ逃げたな!
扉を思い切り殴りつけ、黄色の13は怒りをあらわにする。看守が扉のロックを解除しなければ、自分たちはここから出られない。
もし、あの隕石がこの留置場に落ちてきたら――同じことを考えていたらしく、黄色の13が振り返ると、みんな不安げな表情を浮かべていた。
「13、どうするんスか。看守が逃げちゃったら、あたしたちは……」
「分かってる。扉をぶち破るぞ、ベッドを持て」
『えぇ!?』
いきなり突拍子もないことを言い出した黄色の13に驚く彼女たちだったが、固有技能はみんな封印されている。ならば、力ずくで扉を破壊する
しかあるまい。
「行くよ、せーのっ……」
「よっと」
まずはオットー、ディード、チンクがベッドの上にあった毛布をひっぺ返し、他のベッドを動かして扉までの進路を開拓する。
次にノーヴェ、ウェンディ、セイン、黄色の13がベッドの四隅を持ち上げ、扉に向ける。あとはこれで突撃して、扉を打ち破る。原始的だが、
ベッドはそれなりに重い。何度も叩きつければ、行けるかもしれない。
「いいか、3、2、1……」
「行け!」
四人は走り、ベッドの先端を扉に叩きつける。高い金属音が鳴り響くが、扉はびくともしない。
「……もう一度だ、行くぞ」
現実は意外と厳しいものだな、と黄色の13は胸のうちで吐き捨て、途中、メンバーを交代しながら何度も何度も彼女たちと協力して、扉を打ち
破ろうとする。最初のうちはびくともしない扉だったが、さすがに何度も重いベッドを叩きつけられては耐えられないようだ。徐々にひしゃげ、
あと一撃仕掛ければ、完全に打ち破れそうだ。
212THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:11:25 ID:TVTF86wX
「頑張れ、あと一息だ。行くぞ、3、2、1……」
「抜けろぉぉぉおお!」
ノーヴェが咆哮を上げる。再び直撃を受けた扉は今度こそノックダウンし、力尽きたように地面に倒れた。
「やった、やったッスよ」
「助かった……」
歓声を上げて、彼らは外に出る。
だが、部屋を出ただけで安心するのはまだ早い。通信機で助けを呼ぶなり、車でも調達してこの場から逃げるなりする必要があるだろう。
「そうだ、通信所……」
セインが思い出したように駆け出す。この留置場に入れられる寸前、彼女は外に通信所があるのを思い出した。
外に飛び出て、しかし彼女は唖然とした。通信所は、すでに隕石の直撃を受けて、跡形もなく吹き飛んでいた。
「――こりゃ、助けを呼ぶのは無理そうだな」
「そんな……」
がっくりと肩を落とすセインの背中を「諦めるな」と叩き、黄色の13は今度は移動手段がないか、彼女たちと協力して留置場を探し回る。
ジープの一台でもあれば、と思ったが、もともとクラナガンより遠く離れた土地である。人員や物資の移送手段は、完全に航空機に頼っていた。
車はどこにも無かった。
――待てよ、航空機?
はっと黄色の13は思い出し、留置場の中で一際大きな区画、格納庫へと走る。
眠る前に、セインから自分の愛機であるSu-37がここに運び込まれているとの話を聞いた。もしかしたらと思い、彼は格納庫の扉を蹴り開けて、中
に入る。
213THE OPERATION LYRICAL:2008/09/28(日) 19:11:51 ID:TVTF86wX
「やはりあったか!」
一瞬だけ、黄色の13は喜びの表情を浮かべた。"ゆりかご"戦にてメビウス1に戦闘能力だけを奪われ、結果的に見逃された愛機、Su-37がそこに
あった。
急いで機体を目視点検してみると、修理は完了していることに気付く。飛ぶことには問題なさそうだ。
「13!? こいつで何を……」
「飛ばして助けを呼ぶ。手伝ってくれ」
後を追ってきたチンクが何をする気なのか黄色の13に尋ねたが、彼の一言で全てを察して、梯子をSu-37のコクピットに引っ掛けた。
「忘れもんッスよ」
コクピットに乗り込もうとした黄色の13に、ウェンディが偶然見つけたヘルメットを手渡す。幸いにもサイズは合っていた。黄色の13は礼を
言ってから、彼女たちに離れるよう指示。そしてオットーとディードに格納庫の扉を開けさせると、愛機のエンジンを始動させる。
――起きろ、相棒。
黄色の13の言葉に答えるように、Su-37は眼を覚ます。二基のAL-37FUエンジンが咆哮を上げ、コクピット内の計器に光が灯る。通信機のスイッ
チを入れてみたが、雑音ばかりで人間の声は入ってこない。離陸して、高度を高めに取った方がいいかもしれない。
最低限の機体の点検を行い、黄色の13はエンジン・スロットルレバーをわずかに押し込む。Su-37は動き出し、格納庫を出ようとする。
「13、頼むぞ!」
振り返ると、ナンバーズの皆が手を振っていた。黄色の13は親指を立てて答え、本来輸送機が使う滑走路まで機体を進ませると、ただちに離陸
する。

離陸に成功した黄色の13は高度を取って、通信機で留置場に人が取り残されていることを、こちらの電波を拾ってくれた空中管制機ゴーストアイ
に告げる。ゴーストアイはただちにヘリを送ると言ってきた。これでひとまず、彼女たちは助かるだろう。
それにしても――。
黄色の13は周囲を見渡す。夜空を焦がす紅蓮の炎を身に纏った隕石は、次々とクラナガンを中心にして、地表に落ちていく。無人地帯ならとも
かく、人口密集地域に落ちたら何百もの人命が一度に失われてしまうだろう。
「……あれは?」
その時、黄色の13はクラナガンの方角で、空に巨大な閃光が走るのを目撃した。閃光は落ちてきた隕石を飲み込み、消滅させる。もしかしたら、
管理局の連中が隕石を迎撃しているのかもしれない。
――助太刀すべき、か。
どの道、隕石を止めなければ、留置場で助けを待つナンバーズたちも危険なことに変わりはないのだ。ウエポン・システムで機体の武装を確認し
てみると、ミサイルはないが機関砲弾だけは満載されていることが分かった。この機体を運び込んだ地上本部の連中は、射撃のデモンストレーシ
ョンでも、彼にやらせたかったのだろう。今となっては好都合だ。
黄色の13はエンジン・スロットルレバーを叩き込み、アフターバーナー点火。Su-37は一気に加速し、クラナガンへと向かっていく。

「と言うことだ、納得したか?」
「ああ――了解」
黄色の13からの説明を受けたメビウス1は頷き、念のためSu-37に照準を合わせていた機関砲のセーフティを元に戻した。
レーダー画面に視線を落とすと、まだまだ敵機の数は多い。ガジェットは主にフェイト、シグナム、ヴィータたちが、戦闘機はアヴァランチ、ウ
ィンドホバー、スカイキッドたちが迎撃している。その最中、彼ら彼女らに守られながら、はやては隕石迎撃に集中している。
「……敵機を蹴散らす。13、付き合ってくれるか?」
操縦桿を捻り、メビウス1はF-22をSu-37と並ぶように飛ばす。Su-37のコクピットに眼をやると、黄色の13がこちらを向いているのが見えた。
「人に物を頼むときは、お願いしますだろ? まぁいい――手伝ってやる」
「かわいくないな。よし――行くぞ」
互いに頷き、F-22とSu-37は主翼を翻し、敵機の群れに飛び掛っていく。
片や、リボン付き。片や、黄色中隊。ユージア大陸最強の二つの翼が今、ここに揃い共に戦いを始めた。
彼らの前に立ち塞がったのは、例によって無人機、タイフーンとラファールの合同編隊だった。それぞれ二機ずつ、まっすぐ突っ込んでくる。
「蹴散らすぞ、撃ち漏らしを頼む」
「心得た」
黄色の13の返答と同時に、メビウス1はウエポン・システムに手を伸ばしてAIM-120を選択。手始めに手前の二機をロックオンし、ミサイル発射
スイッチを二回押す。
214名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 19:12:06 ID:TcMEe9sC
支援
215THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:21:21 ID:/SDP1PPs
TOL氏の代理の方が規制を食らってしまったようなので、自分が続きを投下します
216THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:22:43 ID:/SDP1PPs
目の前を不用意に飛ぶガジェットU型。その胴体をレヴァンティンで真っ二つにして、シグナムは周囲に視線を巡らせる。
「だいたいは、片付けたか……」
「そのよう……だね」
同じく、目の前のガジェットを蹴散らしていたフェイトも、彼女の言葉に同意する。
戦闘機はメビウス1と黄色の13、地上本部の戦闘機隊によってほぼ全機が撃墜された。ガジェットも、数えるほどしか残ってない。
上空では、依然としてはやてが降り注ぐ隕石を迎撃している。彼女が迎撃を開始してから、今のところ新たな被害報告は入っていなかった。
眼下の火災もいくらか落ち着きを見せ、救助活動が進められていた。戦闘終了後は、自分たちもあの中に加わることになる。
「やっと一息か――何だったんだ、いったい」
安堵のため息を吐いて、グラーフアイゼンを構える腕を下ろして、ヴィータが言った。いきなり降ってきた隕石群、その正体は現在調査中だ。
とは言え、ひとまず情勢は落ち着こうとしていた。誰もが肩の力を抜き、やれやれと安心している――まさにその瞬間、通信回線に、何者かの音
声が割り込んできた。
「何だ? ゴーストアイ、これは――」
「待て――音声照合、完了……ジェイル・スカリエッティ!?」
ゴーストアイの言葉で、その場にいた全員が、はっと視線を上げる。通信回線に割り込んできた音声は、紛れも無く、"ゆりかご"戦以来、行方不
明になっているスカリエッティ、その人のものだった。
「ミッドチルダの諸君、こんばんわ――」

どこかの薄暗い、コンピューターのディスプレイだけが灯りを灯している部屋。そこに、スカリエッティはいた。
目の前の回線ジャックに使ったコンピューターに向かって、彼は狂気の笑顔のまま、言葉を放ち始める。
「どうかな? 綺麗な流れ星は、お楽しみ頂けただろうか。これは、私からのささやかなプレゼントだよ。喜んでもらえると嬉しい……」
もちろん、喜ぶはずがない。その"綺麗な流れ星"とやらのおかげで、すでに多数の死傷者が出ている。彼はそれを承知の上で、言葉を言い放って
いた。
「さて、みんな疑問に思っているだろうから、答えてあげよう。私が何故、君たちの頭の上に流れ星を降らせたのか……時間をかけて、ゆっくり
丁寧にね……あぁ、せっかくだからBGMもつけて上げよう。曲名は、"恐ろしい御稜威の王"だ」
スカリエッティはコンピューターのキーボードを操作し、自分の言い放つ言葉に、まるで世界の終わりでも訪れたかのような"歌"を流す。

恐ろしい御稜威の王。奴は、そう言った。カリムの予言と、一致する。
不思議と、スカリエッティの言葉が通信回線に割り込んでから、隕石の墜落は収まっている。単にもう落とせないのか、それとも今は止めている
だけなのか。だが、はやてにはどちらでもよかった。
「何のつもりや、いったい……」
苛立ちをあらわにして、はやてはスカリエッティの言葉に耳を傾ける。バックでは、趣味の悪いBGMが響いていた。
「古今東西、人間は争いを続けてきた。人類の歴史は戦争の歴史だ、と言われるほどにね。何故だと思う? 戦争はみんな嫌なはずだろう、誰も傷
つけたくないし、何より傷つけられたくない。だが戦争は、争いは繰り返される――そう、人間は心のどこかで常に戦争を追い求めているんだ。
違うと言うなら、これを見たまえ」
何かの操作をしているのだろうか。わずかに間があって、スカリエッティから送られてくる通信に、静止画像が加わった。
どこかの島だろうか。全体を頑丈そうな施設で覆われ、まるで王城のような雰囲気が漂っている。しかし、そこに暖かみは一切無い。冷徹なまで
に機能を追求した結果、偶然王城のような雰囲気が生まれただけ――そんな具合の、島が映っている。
何やこれ、とはやてが口に出す寸前、静止画像を見て驚愕する人物が一人、いた。メビウス1だった。
「……メガリス!? 馬鹿な、破壊したはずだ!」
217THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:23:33 ID:/SDP1PPs
彼の脳裏に、過去の記憶が急速に蘇ってくる。
この世界に飛ばされる寸前、エルジア残党が起動させた、悪魔の兵器。それが、"メガリス"である。無尽蔵の弾道ミサイルを地下に蓄え、それら
を宇宙、衛星軌道上に打ち上げる。打ち上げられた弾道ミサイルは軌道上に未だ多数残る小惑星"ユリシーズ"の残骸に命中し、地表に落下させる。
"ユリシーズ"が起こした悲劇を、人為的に再び繰り返させると言うこの悪魔の兵器。だが、メビウス1の手によってこれは破壊されたはずだった。
「お気づきの方もいるかもしれないねぇ。そう、メガリス。悪魔の兵器さ――人為的に隕石を地表に落とす代物だ。君たちに今回プレゼントを贈
ったのもこれの力さ。さぁ、これが何故、人が争いを追い求める証拠になるのかと言うとだ。このメガリス、元は異世界にあったものだ。異世界
と言っても、何ら変わらない、同じ人間が住み、生活を営んでいる……その世界では、"ユリシーズ"と言う隕石が落ちて、何百万もの人が死んだ。
何千万もの難民を生んだ。そして戦争が起きた。彼らは知っているはずなんだ、隕石が落ちたらどうなるか……だと言うのに、見たまえこのメガ
リスを! あれほど自分たちを追い詰めた隕石落としを、今度は人為的にやろうと言うんだ! 馬鹿げている、あぁ、まったくもって馬鹿げている
ねぇ!」
狂人の笑い声が、通信回線を通じて響き渡る。ひとしきり笑った彼は、さらに言葉を重ねていく。
「愚かだね、まったく人と言うのは……他にも"ゆりかご"、戦闘機、ミサイル、戦闘機人……つくづく人間は争いが大好きなんだ。そこでだ、私
はこのメガリスを使って、人間を救おうと思う。争いが大好きな人間に対して、いかに自分たちが愚かなのか、メガリスで教えてあげよう。それ
こそが、人間が受けるべき"救い"なのだよ!!」
「……飛行物体、急速接近! また隕石か――デカい、今までとは違う! 八神二佐!」
通信は、途切れた。それとほぼ同時に、ゴーストアイがレーダーに極端に大きな反応があることに気付く。
距離はまだかなりあるはずなのに、ゴーストアイが見つけたそれは、もう皆の視界に入っていた。全長およそ数キロの、巨大隕石だ。落ちれば、
クラナガン市街そのものが一撃で消し飛ぶだろう。
はやてはシュベルトクロイツをぎゅっと握り締めながら、眼下のクラナガン市街を眺めていた。
火災は落ち着こうとしているが、未だ全ての市民が避難を終えたわけではない。救助活動のための陸士も、まだ多数展開している。六課の新人フ
ォワード部隊も、彼らに混じって、必死に救助活動を行っているはずだ。
みんな、生きたい。生きようとしていた。生き永らえさせようとしていた。
だと言うのに、スカリエッティは、"救い"と言って、それらをあの隕石で吹き飛ばそうとしている。
「それが……それが、救いやっちゅうんか」
「――はやてちゃん、ダメです!」
シュベルトクロイツを掲げ、はやては怒りの形相を隠しもせず、迫る隕石と真っ向から対峙する。リインフォースの制止など、聞くはずがなかった。
「認めへんで、そんな救い――遠き地にて、闇に沈め!!」
デアボリック・エミッション――夜空に巨大なスフィアが浮かび上がり、怒りの閃光が走る。
まともにぶつかれば、勝ち目は無いほどの巨大隕石。だが、彼女の怒りはそれを上回った。肉体への負担を無視した一撃は、隕石を完膚なきにまで
粉砕し、文字通り消滅に追い込んだ。
218THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:24:36 ID:/SDP1PPs
――翌日。
地上本部所属の二機のF-14Bトムキャット戦闘機が、洋上を飛行していた。その胴体の下には、カメラを仕込んだ偵察用ポッドが搭載されている。
「見えた……デカいな」
一番機を務めるF-14Bのパイロットは、目標の余りの大きさにただ、言葉を漏らすほか無かった。
ゴーストアイが通信を逆探知し、スカリエッティの居場所を掴んだ。その情報を元に彼らは偵察に上がったのだが、肝心の目標――メガリスは、彼
らの予想をはるかに上回る巨大さ、そして思いのほか静かな状態で、そこに鎮座していた。
「盛大な対空砲火で歓迎があると思ってたんだが、静かだな」
「きっと恥ずかしがりやなんだよ」
後席の呟きにパイロットは答えたが、どうにも嫌な予感は振り切れない。軽口を叩いてみたが、あまり効果は無かった。
さっさと任務を終わらせて帰ろう。彼はそう考えて、操縦桿を軽く捻り、メガリス上空に機体を到達させる。後席は電子機器を操作して、偵察ポ
ッドを起動させ、カメラで写真を撮っていた。
「……よし、こんなもんだろう。任務完了、帰ろうぜ」
「了解。ブラッキー2、聞こえるか? 帰還する」
「ブラッキー2、了か――」
後方の二番機に任務完了を告げて、彼らは帰路に付こうとする――その瞬間を待っていたかのように、御稜威の王が目を覚ます。
なんだと思ってパイロットは振り返る。メガリス全体から、凄まじい量の対空砲火が撃ち上げられてきたのだ。二番機は返答を言い終える前に被
弾し、爆発炎上、空中分解しながら落ちていく。
「くそ、二番機がやられたぞ!」
「ゴーストアイ、聞こえるか!? こちらブラッキー1、敵の強力な対空砲火に晒されている、援護を……」
「馬鹿野郎、間に合わねぇよ!」
後席が通信機に向かって怒鳴っているが、パイロットはたぶん、この対空砲火から逃れるのは無理だと考えた。現に、機体にときどき、金属ハン
マーで叩かれたような衝撃が走っている。エンジンなど、一撃でも当たれば致命傷の部分にだけは、幸運にも当たっていないだけだ。
「画像だ、画像データだけでも送れ!」
パイロットが叫び、後席は慌しく電子機器と通信機に手を伸ばし、撮影したばかりのメガリスの画像データを送る。
ディスプレイに数値が表示され、現在何パーセント、ゴーストアイに画像が送れているのかが示される。
その数値が百になった瞬間、パイロットはやった、と声を上げようとして、いきなり目の前が真っ白になった。
撃墜された――それが彼の最後の思考だった。あとは意識を闇が包み込み、永久に彼の思考が動くことは無かった。

メガリス、起動。最終決戦まで、あと僅か。
219THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:25:15 ID:/SDP1PPs
投下終了です。
コメントの方で実はSOLGか!?と思ってた方、すいませんメガリスです(ぇ
メビウス1と黄色の13の合同編隊は昔からやってみたかったものです。
次回より、最終決戦が始まります。気長にお待ちください。
220THE OPERATION LYRICAL代理(2人目):2008/09/28(日) 19:25:55 ID:/SDP1PPs
代理は以上です
221名無しさん@お腹いっぱい:2008/09/28(日) 20:50:29 ID:JIr762H0
GJ!!
スカリエッティがすごく極悪でまさしく悪の天才科学者って感じで良かった。
そして、メビウスと黄色の夢の合同編隊は読んでてグッときた。
次回はいよいよメガリス攻撃物語りもクライマックス最後まで期待してます。
222名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 21:42:24 ID:tDfCEmJ+
乙でした!!

やはり御稜威の王の正体はメガリスでしたか!
メガリス内部に潜っていって何回あそこの壁にぶつかった事か…

最終決戦、楽しみにお待ちしてます!
223THE OPERATION LYRICAL@携帯:2008/09/28(日) 21:53:51 ID:BDfMO3l3
きゃああああ、メビウス1と黄色の13の空戦が中途半端なとこで途切れている!orz
私のミスで肝心なところを代理投下スレに投下し忘れていたようです。ごめんなさい。まとめの方で今度修正しておきます。
224名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/28(日) 22:04:33 ID:hZzLB6gv
恐ろしい、恐ろしい御威稜の王よ
あなたは救われる者を無償でお救いになる

私者をお救いください
慈しみの泉よ

おーしーえなーーあいー♪
225名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 00:07:29 ID:julZQX+6
>>224
ま た 空 耳 か

乙です!
226一尉:2008/09/29(月) 11:40:20 ID:JkeHqeuE
これはおもしろいまさしく支援たよ。
227名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 15:16:39 ID:q7gQu3cC
SOLGじゃなくてメガリスのほうでしたか!
最後の大型ミサイルを無視してハッチを出たらミッション失敗になって唖然としたのはいい思い出です
228名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 16:33:15 ID:66DAtyF5
未完成だった04のラストマップとは違い、今回はちゃんと対空火器が
装備されているようですね。果たしてトンネルくぐりはできるのだろうか・・・
次話を期待して待っています。

そしてメガリスといったらやっぱこれ。


<<ああ!ジャン・ルイがやられた!>>

229名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/29(月) 17:53:42 ID:CUxro5Ov
対空迎撃ありのトンネルと言えば、これですよね。

≪もう 推力がない≫

≪だけど―――≫
≪もう そんなもの要らないのかもしれない≫

≪ほら キャノピーの向こうに天使の羽が・・・・・・≫
230ゲッターロボ昴 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:21:31 ID:ODWzZ7Ho
18:40から闇の王女幕間12を投下しますー。
今回は短めです、前回に続きルーテシア活躍。
231闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:43:35 ID:ODWzZ7Ho
魔法少女リリカルなのは 闇の王女 幕間其の十二

「皆……逝ったのね……」

ふらり、と立ち上がる。
虚空を睨み、腰に佩いた黄金色の剣を鞘から抜き放ち。
墓標のように大地に突き刺して。

「――――ッッッ! あああああああああああああッッッ―――」

底無しの闇が続く穴を覗き込むと、孤独な王は吼えた。
悲しみの固まった狂気の如き感情の発露。
それは、守護騎士達も見たことが無い主の姿。
誰もが、どうしようもない悲しみを抱えていた。
人形と揶揄される魔法プログラムの騎士達でさえ、王の悲痛はわかった。
<夜天の書>の管制人格たる銀髪の美女が、王に戦舟の到着を告げた。

「陛下、<揺り篭>が貴方様をお待ちしております」

まだ十代の少女――当代の聖王は、翠と緋の瞳に怒りを浮かべて喚いた。

「あんな船よりも、民草の命を何故護らなかった?! 何のための騎士だ、何の為のベルカだっ!」

「……陛下、我らは生き延びねばなりません。一分一秒でも永く、ここで散った命に報いる為に」

聖王は、もう何も云わなかった。
ただ、瞳に涙と決意を浮かべて――。

「――これで最後にする。犠牲も、許容も」

古代ベルカ文明末期――砂塵が世界を覆わんばかりに吹き荒れた。

夜空を見よ。
天の光は全てベルカ文明の次元攻略兵器であり、敵性文明本拠地次元攻略の為に放たれた無人兵器のプラント。
その数は、百億に達しようとしていた。絶大な生産力を誇るそれらから吐き出される兵器は、敵から“蜥蜴”と呼ばれる無人ロボット群だ。
アルハザードの高次元生命の残したプラントは残らずサルベージ、急造の兵器工場として利用され、敵へ向けての次元跳躍兵器を製造。
当時内紛が激しかったベルカ諸国は共通の王、『聖王』の下に一致団結して他の次元世界連合とぶつかりあった。
戦争の理由など、開戦から十数年が経った今となっては誰にとってもどうでもよいことであった。
ベルカ文明の中心地、ベルカ王城と数千万の民草は、本土進攻に成功した敵によってクレーターに没したものの、
幸いにも行政の中枢であった超弩級機動兵器<聖王の揺り篭>――ロストロギア級技術を注ぎ込んで製造されたワンオフのベルカ艦隊旗艦は無事であり、
その時空湾曲場によって聖王も無事だった。この事件を機に、ベルカ人民の心は唯一つの目的によって統合された。
すなわち、生存の為の闘争――ベルカ系世界以外にも移民を行い、着々と種子を残していく準備を進め、
魔力資質でミッドチルダ系世界人に大きく劣るベルカ人は、ありとあらゆる技術を開発。
倫理や道徳を無視し、人格存在を兵器として利用する守護騎士プログラム、融合騎システムなど多くの遺産を後世に残した。
だが、それは当時のベルカ人民にとっては不可欠の技術群であり、機動兵器開発もその一環であった。
乱世の時代から続く王族の兵器化は頂点を極め、一騎当千の電子戦能力と直接戦闘能力を持った存在が、ベルカにおける権力の象徴だった。
かつての首都があった、直径数百キロにわたる大地に穿たれたクレーターを眺めながら、彼女は――当代の聖王は溜息をついた。
金色の髪とオッドアイは、彼女が遺伝子の段階で調整を受けてなお両親から受け継いだ身体的特徴であり、
群青と黄金色の装甲によって鎧った<聖王の揺り篭>の中枢、円卓状のインターフェイスと体内のナノマシンの作用――
ワンマンオペレーションシステムによって超弩級機動兵器を単独で操作する彼女にとって、
下界とは既に滅び去った人々の墓標でしかなかった。護るべき国も民草も失い、今さら何を躊躇おうか。
決意と共に前を見据え、十数ヶ国の王族を前に言った。
その多くは聖王同様に遺伝子段階で調整された少女であり、お飾りの権力階級だった。
醜悪な老人どもの駒。自分とさして代わり映えしないあどけない顔立ち。
それらを巻き込んででも、終わらせねばならぬ戦だった。
これ以上、多くの血を民草に流させてなるものか――。
232闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:46:05 ID:ODWzZ7Ho
「――これより、敵性文明中枢次元ミッドチルダに向けて侵攻を開始するっ!
旗艦<聖王の揺り篭>を中心に艦隊を結成、敵性次元世界を次元振動波によって崩壊させることを最終目標に、
要塞化された衛星次元世界の中央突破を行います。この戦いを最後に、大戦を終結させましょう――」

王国群の形式上の最高権力者たちは――。
皆一様に跪き、笑みを浮かべて頷いた。
思いは同じ。
戦いなど、自分達の世代だけで十分だと云う思念が、部屋中に満ちた。
聖王は涙を浮かべて、ぐしゃぐしゃの笑顔になった。

「皆……私と死ぬつもりで?」

頷き――無言の肯定だった。
今度こそ、ちっぽけな少女は声を大にして泣いた。

そして、ベルカと云う国体は失われた。

千年後、その怨讐はミッドチルダに失われた<聖王の揺り篭>浮上と云う形で成就する――。


高町なのは――黒い騎士甲冑を纏った少女。
実年齢に反して幼いその容姿は、やせっぽちで、そのくせ奇妙な色気を持ったものだった。
一時期の病的な後遺症の数々、人間不信、幻聴、幻覚は、大きく彼女の栄養摂取を阻害していたし、
埋め込まれた合成金属と人工筋肉と云う異物の拒否反応もまた、成長の妨げになっていたのは間違いが無い。
だから、あどけない容姿と相まって、彼女の形容は女性、と云うよりも少女と云うのが正しいようにユーノには思われた。
その美しい容姿を覆い隠すのは黒い装甲で、脈動するように明滅するブラスターモードのそれは、彼女のリンカーコアがあげる悲鳴のように見える。
ユーノ・スクライアは、“復讐”と云う行動理念をただ独りで果たそうとする彼女を追いかけて、高速で飛んでいた。
それでも、先を行く筈のなのはの後姿は見えない。どれほどの後悔を切り捨て、多くの魔力を注ぎ込めば可能となる機動か。
その心中を想うと、それだけでユーノの心臓は軋みを上げる。
苦しい、苦しいとも――だが、戦えないほどじゃない。
彼女の味わってきた苦しみに比べれば。
粘膜を噛み締めると、血の味を噛み締めながらユーノ・スクライアはチェーンバインドの束を数十条生成、魔力によって構成された質量体の塊を後方に向けて打ち出した。
ぎゃりりりりりりりりりり――<揺り篭>の床を、壁を、天井を擦り、削りながら爆音を轟かせる。
魔法とは、人間が用いれる異能の完成形であり、科学技術の融合によって安定性を手に入れた存在だ。
だが、例外(イレギュラー)が在った。
自己の脳を演算回路として進化させた人類種の中の異形、それこそがスクライアの血族。
その異能の行使は、魔力を擬似質量体として運用可能なほど冴え渡っていた。
もはや回避不可能な超音速の鞭となった鎖群は、恐るべき鋭さの刃となりて斬撃を放つ。
空気を切り裂く飛翔音――槍の回転音――次元断裂の刃の乱舞/精密な使い手の妙技。
手首のスナップ、身体の柔軟な動きが、槍と云う線を盾として用いると云う狂気を可能とする。
爆音がぱたりと止み、引き千切られたチェーンバインドが胡散して消えていく。
男――黒豹のような引き絞られた筋肉がボロボロのコートの上からでも窺えて、茶色のそれは微細な魔力を放っていた。
バリアジャケット――魔導師の鎧。あらゆる兵器に対して一定以上の防御力を持つ装甲である。
壮年の男は、皺の浮かんだ顔を無表情にユーノに向けた。
彼我の距離、およそ三十メートル。
空間――空虚な何も無い通路によく響く声。

「邪魔立てするな、若人。俺は奴を殺さねばならん……高町を」

「そう云われて、退くと思いますか? 僕は、彼女の盾となると誓ったんです、ゼスト・グランガイツ」

「――アギト」
233闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:50:43 ID:ODWzZ7Ho
ほう、と眉を動かしてゼストは傍らの妖精に呼びかけた。
否、それは融合騎――ユニゾンデバイスだ。
古代ベルカ時代の遺産たる人格存在は、赤い髪の毛を揺らして己が最後の主と定めた男に向き直る。
刃が人の形を成したが如き男は、黒鉄の槍を構えて青年と向き合っていた。
随分と血色が悪くなっているが、戦闘を続けるつもりらしい。

「旦那ァ、大丈夫――」

「心配は無用だ。
アギト、お前はジュエルシードをスカリエッティに届けてくれ。
メガーヌを、あの子の母親を頼む」

「……わかった、死なないでくれよ!」

転移魔法の発動――アギトの姿が、ジュエルシードの結晶と共に消え失せる。
それを見届け、一歩踏み込む。
距離、二十五メートル。
ユーノは一歩下がろうとして、足を止めた。
今下がれば、死ぬと本能が警告していた。
僅かな隙、それ自体が命取り。

「……お前を斃してでも、あの娘は止めねばならん」

槍の構えを引き絞るようにして鋭く、穿つように湾曲した刃を震え上がらせる。
魔力の伝達によるデバイスの活性化――次元境界壁を破壊する一撃必殺の刺突の溜め。

「退けとは云わん」

二歩踏み込まれる。
彼我の距離は約十五メートル。
何時の間にか、相手の間合いに呑まれていた。
冷たい汗が青年の頬を伝い落ち、<揺り篭>の床に小さな染みを作り出す。
動けば殺される/動かねば必殺の間合い。判断がつきかねる状況、考える時間は残されていない。
男は、笑みすら浮かべずに云う。無駄な動作の切り捨てられた動き、それ自体が凶器の肉体。

「死ね」

「――っっ! チェーンバインド!」

メキ、と本来砕けるはずが無い床が一瞬で砕け散り、衝撃波の反響よりも速くゼストの身体は駆ける/翔ける。
加速。それ自体があり得ぬ機動であり、飛行と云う魔導師のアドバンテージを捨て去った上での騎士の必勝形。
足場を破壊し、脚部骨格にも大きな負荷を強いるそれは、瞬間的加速を騎士に約束する。
慣性制御――運動エネルギーを前面へ集中――結果、見えない/知覚できない攻撃が実現。
槍の刺突は既に開始され、次元断裂を直撃の瞬間に設定して撃ち出す。
弾丸よりも速い、馬鹿げた一撃。
触手のように波打つ魔力鎖の群れは空間を埋め尽くす勢いで膨張し、騎士を飲み込もうとするも――。

「無駄だ」

一瞬で砕け散る――刃金の乱舞は、ゼストの左腕を覆い尽くす赤黒い篭手によって粉砕された。
広域干渉型フィールド発生、運動エネルギーと質量を破壊へ変換する。
舞い散る鎖の山は、きらきらと輝いていた。
234闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:54:34 ID:ODWzZ7Ho
「時空湾曲場?!」

そして、槍は青年目掛けて撃ち込まれ。
硝子板の割れるような轟音が響き渡った。
薄れ行く意識の中で、ユーノは呟いた。

「な……の……は」

「仕留め損ねた、か」

――マスターの意志認証を確認。

その腰に差された紅の結晶体――短剣が淡く輝く。
内部に刻み込まれた演算回路が、無意識の主のリンカーコアから魔力を確保。
剣型にそれを維持している結界が解け、本来の姿を取り戻す。
待機状態からシーリングモードへ移行、世界への干渉を開始。

――概念祈祷型『ネームレス』、起動します。

「?!」

魔力素の集束。
危険を感じ取った騎士が飛び退った刹那、球状に虚空が抉り取られた。
ちょうど、黒い光の塊とでも云えるそれは、瞬時に発生し、ゼストのいた場所を飲み込んだ。
転移魔法――否、おそらく対象を抉るように解体する攻撃。
ゼストの知る限りそんな魔法は存在しない。

「……なんだ?」

青年は気を失っており、彼を護っているのは浮動している短剣、いや、魔法の杖。
それは、高町なのはの持つ魔杖『レイジングハート』に酷似したもので、全体的に彼女の杖の生まれたままの姿に似ていた。
硝子細工のような紅い結晶であることを除けば、だが。
何であれ、砕くまでだ。そう思い直し、騎士は槍を構えて跳んだ。
予測どおり、空間そのものを穿つ攻撃――ゼストの槍と同種――次元消去が、雨霰と降り注いで<揺り篭>の通路を抉っていく。
無音で消失していく質量は、本能的恐怖を煽る光景だ。
しかし、騎士はその弾幕を未来予知/脳内で次の空間座標を予期して、跳び回りながら接近する。
壁を、床を、天井を縦横無尽に駆け巡り――杖にひびを入れた。
機能を停止するそれを蹴ると、ユーノ目掛け一突き。

「堕ちろ!」

「ガリュー!!」

幼い少女の声が騎士の動きを遮った。

「――っっ」

側面、隠れ潜むように飛んでいた昆虫人間の飛び蹴り。
漆黒の甲殻によって鎧った強靭な召喚蟲の打撃系は、バリアジャケットの上からでも脅威だ。
ゼストは知っていた。その召喚蟲を。かつて愛した女の従者であり、騎士だった誇り高きモノを。
鋼鉄すら貫通する恐るべき爪先を捌き、辛うじて防ぐと、ゼストは声がした方向に槍を向けた。
しゃん、と鋼の鳴る音がして、少女の細い顎先に鋭い切っ先が突きつけられている。
だが、男の腕は震えていた。なんとか無表情を保っているものの、目頭が潤んでいる。
奇妙な確信があった。
235闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 18:58:57 ID:ODWzZ7Ho
やはり。
この子は。
騎士ゼストと云う存在の。

槍の構えを解かずに告げた。
背後では、召喚蟲――ガリューがじりじりと間合いを詰めて来ているが、無視した。
かつては背中を預けたこともある戦士、その動きはわかっている。

「ここまで来たか、メガーヌの子……いや――」

ゼストは槍を引き、その石突で、飛び掛らんとしたガリューを吹き飛ばしながら、
少女と視線を交差させた。緋色の眼、確かに受け継がれたもの――強き意志。

「――我が子よ」

驚愕――何から何まで母親譲りの美貌にそんな思念を浮かべながら、
ルーテシア・アルピーノはグローブ型ブーストデバイス『アスクレピオス』を構えた。
吹き飛ばされたガリューに指令を飛ばす。

「……貴方が、私のお父さん――? そんなこと」

「信じられぬか? だが、メガーヌと愛を交わしたのは俺一人……。
それだけでは不服か――いや、高町と共に在ったお前にはわからん、か」

ルーテシアは、黒いドレスのようなバリアジャケットに包んだ瑞々しい肢体を腕で抱くと、
赤い瞳で“父”を名乗る男の顔をじっと眺めた。嘘はついていないようだった。
奇妙なことだが、人と云うものを観察する目の確かさは、ルーテシアが生来持ち合わせているものだ。
普通ではない生まれがそうさせたのか、彼女はどんなに親愛の情を表す人間だろうと信用しない。
その人間の本質を見定めて、初めて相手との対話を開始する。
そんな彼女が知る大人の中で、信用できるのは少ない人物だけだ。
高町なのは――優しくて、嘘をつくことを嫌う、母親代わりで姉代わりだった人。
クロノ・ハラオウン――どうやっても生真面目で、何時も他人の心配ばかりしている。
本当に、信じていられる人は少ない。けれど、だから今の今まで生きてこられたのだと彼女は思う。
ゼストと云う男の人は、変わっていた。
嘘がつけないのだ。つかないのではなく、“つけない”。
それが彼と云う存在の本質であり、純粋すぎて怖いくらい澱みがなかった。
ふと、視線を外してゼストのバリアジャケットを見た。
ボロボロのそれは、この男の磨り減り方を如実に表しているようだ。
ゼストは無表情を崩して優しく微笑むと、強く、美しく育った娘に言った。

「よく、ここまで頑張ったな――もう、良いんだ。お前の居場所に戻れ。
母は、メガーヌは俺が取り返そう。お前には――」

「お前じゃない……私にはお母さんがつけた“ルーテシア”って名前があるから。
それに――私の居場所は、なのはが作ってくれた! 
絶対に、皆で笑いあえるようにって――約束した、だから、ガリューッッ!!!」

羽音。
戦闘ヘリのホバリングに似た風を切る音――召喚蟲が、背中の翼を解放したことによる飛翔。
透明な昆虫の羽は、蜻蛉のように恐るべき運動性を生み、ガリューの腕からは螺旋くれた刃が生える。
主を護る為だけに。痛みすら無視し、音速の壁を乗り越えて加速、背中の空気噴出孔からの推進噴射で加速し、
魔力によって生成した擬似衝撃波の弾丸を撃ち込む。その数、約六発――直射弾頭として撃ち出す。
無論これはゼストの槍捌きの前に打ち落されるが、その瞬間こそガリューの待ち望んだもの。
236闇の王女 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 19:02:10 ID:ODWzZ7Ho
「それがお前の答えか――いいだろう、父の務めだ。
お前の願いがもたらす災厄、この身で砕く!!」

矛先が次元断裂と云う悪夢を秘めてぐるりと廻り、ガリューの身体を粉砕せんと迫る。
彼我の距離、既に五メートルもあるまい。避けるのは不可能、受け切るのも不可能。
であれば、ゼストの勝ちか。

否、狂気の如き執念は、実力差を超克する。

瞬間、ブースト魔法発動――未来位置予測と云うゼストの化け物じみた能力でも予測不能。
恐ろしいほど身軽に肉体強度を増した召喚蟲は、慣性の制御によって運動エネルギーを前方から上方に修正。
がくん、とその身体が天井に向けて移動し、同時にガリューの左腕の甲殻が裂けて、砲身――電磁飛翔体加速装置が露となった。
生体電流の増幅による電磁加速器の形成と、弾殻強度の修正。それらが終了した時点で、ガリューの攻撃は完成していた。
咆哮と共に銃弾が撃ち出される――擬似衝撃波を遥かに越える超音速の雨が降り注ぐ――同時に、湾曲した刃を振り下ろす。

「騎士ゼスト――私は、貴方を越えて見せる――なのはの為に!」

すなわち、必殺の形であった。

「ぬおおおぉぉぉ!」

剣閃――ガリューの銃撃の嵐を避けるべく横へ跳んだゼストの脇腹を、生体金属の刃が深々と切り裂いた。
血糊がどぷり、と溢れてバリアジャケットのコートを濡らした。
ルーテシアは、父親が槍を支えに、決して膝を折ることなく痛みに耐える姿を見た。
傷口は人造魔導師ならではの豊富な魔力による治癒魔法で修復されていくが、その隙は度し難い。
いずれにせよ、ルーテシアの騎士は確かに役割を果たした。
失血し息も絶え絶えなゼストが、ふらつきつつ娘を見た。

「止めを刺さぬ、か。
本当に、強くなったのだな……我が子ルーテシア……」

歯を食い縛りながら痛みに耐えたゼストは、そのまま通路の分岐点――暗闇が続く場所へと消えた。
靴音だけ鈍く反響し、血痕が点々と続いた。
その後姿を見ながら――ルーテシアは最後に、

「……お父さん」

と呟くと、気を失っているらしいユーノ・スクライアと、自己修復している彼のデバイスを交互に眺めた。
どうしたものだろうか? ガリューの顔を見て、問うた。

「……どうしよう?」

そのとき、ぐらぐらと云う揺れと轟音。
震動する<揺り篭>の通路に尻餅をついた。
そして――突如デバイスへの割り込み。
高度な電子的干渉――<揺り篭>内部の何者かによる操作。
空間モニターが勝手に展開され、ある映像が浮かび上がる。
それは、金の髪とオッドアイを持つ王。白い戦装束と、黄金色の杖、腰に佩いた長剣が印象的――まるで魔を祓う聖職者。
<聖王の揺り篭>の制御中枢たる少女――聖王ヴィヴィオは、この宙域で戦う全ての魔導師に微笑みかけた。
翠と緋の瞳に、人あらざるものの嘲笑と狂気を込めて。
慈母のように優しい笑みで。

《皆さん、こんにちは。私は聖王ヴィヴィオ。
古代ベルカ“聖王”の血を引く唯一存在にして、貴方達の崇めるべき超越者――。
ようこそ――この世界の“終わりの始まり”へ》
237ゲッターロボ昴 ◆yZGDumU3WM :2008/09/29(月) 19:05:14 ID:ODWzZ7Ho
投下完了です。
・・・ルーテシアが喋りすぎ?
HAHAHA、主役効果――いえ、すいませんorz

何はともあれ、ラスボスっぽい人が本格的に出せそうです。
目指せ、リインTより強そうなラスボス!

次はなるべく速く更新したいです。
では、またの機会に。
238フルメタなのは ◆JCTewlikow :2008/09/30(火) 00:19:49 ID:yfdA21oV
投下する前に規制くらってしまったので、避難所の方に投下して来ました。

あのままだと分からない、というか見つからないので、どなたかに代理をお願いします。
239名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 01:38:38 ID:Swwzdl5d
んでは代理投下しとくよ
240名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 01:39:05 ID:Swwzdl5d
第六話「進むべき道、背負うべき覚悟」

12月某日
海鳴市住宅街
PM4:20


「すっかり寒くなりましたねぇ」

買い物袋片手に、空を見上げながらシャマルが呟く。
今にも白い結晶が下りてきそうな雲が空一面を覆っていて、どことなくうすら寒い景色に拍車を掛けている。
言葉と共に口から洩れる息も寒さに白くなる。

「そうだな。そろそろ雪が降り始める頃か」

その隣を歩きながら答えるゴウ。こちらは男だけあってか両手に荷物を抱えている。
二人は夕飯の材料をスーパーで買った帰りである。

「ゴウさんは寒くないんですか?」
「普段から鍛えているからな。この程度の寒さは何て事はない」
「流石ですねぇ〜」
「しかし…そんな季節だと言うのに、平気で氷菓子を何個も平らげるあいつの気が知れんな」

額に皺を寄せながら、片方の買い物袋に入っている大量のアイスに目を向ける。
言うまでもなく、ヴィータからついでに買ってきてくれと頼まれた物だ。

「あははは…ヴィータちゃんは食いしん坊ですから」
「限度があるだろう。毎日一つは食い過ぎもいいところだ。腹を壊すぞ」
「まあまあ、ゴウさん抑えて抑えて」

やんわりと宥めすかすシャマル。こういう風にされるとゴウも余り強くは出られない。
無愛想だが、根は良い男なのだ。

「まぁいいがな…。…それで、何故おまえはさっきから俺の腕にしがみ付いているんだ?」
「だぁって〜、寒いんですも〜ん。いいじゃないですか」

そう。実はシャマル、冒頭の部分からずっと空いてる方の腕をゴウの腕に絡ませながら歩いていた。
それも体ごと、これでもかという程に密接させながらである。
ゴウからすれば動きづらくて仕方がない。

「こうして一緒になってた方が暖かいですよ」
「歩きにくいんだが…」
「そんなこと言って、実は嬉しいんじゃないですか?もう、ゴウさんたらツンデレなんだから〜(はぁと」

聞いちゃいない。というより何がしたいんだこいつは…。

「周りからは私達どう見えてるんでしょうね。もし恋人同士に見えてたら…きゃあ〜(はぁと」

頬を染めて妄想雲を浮かばせてそんな事をのたまっているシャマル。
完全に自分の世界に入り込んでいるらしい。
一方、ゴウの方はゲンナリとして疲れきっている様子だ。
自分の真隣でこんなことを続けられれば、そりゃ疲れもするだろう。
…彼女ナシの独り身男性が見れば殺意の湧く光景だろうが。
241代理投下:2008/09/30(火) 01:39:54 ID:Swwzdl5d
閑話休題。

そのまま二人はしばらく歩き続けていたが、いい加減ゴウが離れろと言いそうになった時だ。

「ゴウ」

どこからか自分の名を呼ぶ声がした。しかしあちこち見渡しても人の姿は見えない。
聞き間違いかと思い、改めて前方を見てみると─
いた。ただし人ではなく、白地に黒ぶち模様の猫が。
そしてその猫の姿は、ゴウにとって非常に懐かしいものだった。

「・・・オンジ?」
「久しいのう、ゴウ」

その猫こそ、かつて記憶をなくしたゴウを影から手助けし、最終決戦では仲間の命を救ってくれた、人であって人ではない恩人だった。

「まさか、本当にオンジなのか!?なぜあんたまで…」
「あの、ゴウさん。この喋るねこさんとはお知り合いなの?」

想像だにしない事態に目を回すも事情を聞いてくるシャマル。
魔法や使い魔の存在を知っているせいか、飛び上がって仰天ということにはなっていないようだ。

「ああ、昔少々な。それでオンジ、一体何故あんたまでここに」
「スマンが今は説明をしている暇はない。黙ってわしに付いてきてくれい」
「何?」
「火急の事態なのじゃ。お主なら、いやお主でないとどうにも出来ん」

突然の事に面食らう二人だったが、有無を言わさぬその口ぶりには焦りも見て取れる。
本当に何かまずいことが起こっている証拠だ。確かにここで議論をしている時間はなさそうだ。

「わかった。構わないな、シャマル?」
「ええ。異論はないわ」
「よし、オンジ、案内を」
「うむ。こっちじゃ」

そう言ってオンジは走り出し、二人はその後を追いかけていった。


曲がり角を何度も曲がりくねり、しばらくの間走り続けて辿り着いた先は人気のない公園。
だがその公園の、入口からは少し見えづらい位置にガラの悪い男が三人、小学生くらいの少女たちを追い詰めていた。
その姿を確認したシャマルは驚きの声を上げる。

「あの子…すずかちゃん!?」

後ろにいたシャマルが驚いたような声を発する。

「知っている娘か?」
「はやてちゃんのお友達よ。以前図書館ではやてちゃんに親切にしてくれた子なの。隣の子は知らないけど、多分お友達だわ」
「わしが、あの餓鬼どもに暴行を受けていた所を、あのお嬢たちが助けて身代りになったのじゃ。頼むゴウ、助けてやってくれ」
「はやての友人か。ならば尚更助ける理由が出来たな。…シャマル、荷物を頼む」

持っていた買い物袋をシャマルに預け、ゴウはその場所に向かっていった。
242代理投下:2008/09/30(火) 01:40:35 ID:Swwzdl5d
「あーあ、どーしてくれんだよ。せっかくパチンコ負けた憂さをあの猫で晴らしてたのによお」
「うるさいわね!何が憂さ晴らしよ、そんな理由で猫苛めるなんてサイテーよ!」
「そ、そうです。猫だって生きてるんですよ」

いかにもな顔をした不良Aのどなり声にもめげず、金髪の少女─アリサ・バニングスは持ち前の強気で言い返し、その後ろの少女─月村すずかもそれに同調する

「ああん?猫みてえな下等な生き物はなぁ、人間様に遊ばれんのが役目なんだよ。今やってたみてえになぁ」
「そーそー。それともナニ、お譲ちゃんたちが代わりになってくれんの?遊び相手にさ」

中途半端なロン毛の不良Bが言い、耳どころか鼻にもピアスを開けた不良Cが続ける。
アリサとすずかは何とか逃げ出す手段を考えるが、相手は三人もいる上に、自分達はいるのは壁際。どうしても動きが制限されてしまう。
携帯電話で家に連絡をしている暇もない。

「お、イイねそれ。どうする、ヤッちゃう?」
「おめーロリコンかよ。キモッ」
「ちげーよ、ガキん中がどーなってるかのジッケンだよジッケン」
「んじゃ早速イキますか」

下卑た笑みで下卑た言葉を並べたてながら、不良たちはゆっくりとすずか達にに手を伸ばしてきた。

「っ!すずか!」
(いやっ…怖い…。誰か助けて…!)

これから起こるだろう惨劇に身を震わせ、アリサ達が強く目を瞑ったその時。

「貴様ら、今すぐその子らから離れろ」
「ああ!?」

突如聞こえてきた声に、一斉に振り返る不良たち。
振り返った先に立っていたのは、黒いコートを身に纏った精悍な顔つきの男。言うまでもなくゴウだ。

「んだよテメーは!」
「滓に名乗る趣味は無い。いいから今すぐこの場から消え失せろ。貴様らは見ているだけで不愉快だ」
「ああ!?スカしてんじゃねーぞコラァ!」

淡々としたゴウの口調に激昂した不良Aが殴りかかった。

「シッ」

しかしゴウは振るわれた腕をつかみ取り、逆にその勢いを利用して相手を引きよせて、胴体部に肘打ちを叩き込む。

「おごっ!」

鳩尾に正確な打撃を叩き込まれ、うめき声を上げてAは地面に崩れ落ちる。
Aがやられたのを見て、BとCが同時に向かってきた。

Bは連続して拳を振るうが、右に左に流れるようにかわすゴウには一発たりとも当たらない。

「くそっ早えぇ!」
「お前が遅いだけだ」

大ぶりの一撃を避けた次の瞬間、Bの腕を捻り上げた後に関節を明後日の方向へ無理やり折り曲げ、同時にゴキリと鈍い音が響く。

「ひぎゃああ!?腕っ、腕がァァ!」
「やかましい、黙れ」

ゴッ!
直後、突き出された掌底がBの顎に命中し、Bを一瞬で沈める。
そして背後にいた筈のCを振り返ると、その手には20センチ弱のナイフが握られている。
243代理投下:2008/09/30(火) 01:41:18 ID:Swwzdl5d
「テメェ…殺してやんよぉ!」

仲間をやられた怒りか、二人を簡単に沈められた恐れからか、Cの目は完全にイっている。
だが光る白刃を見ても、ゴウは恐れるどころか反応すらしない。当然だ。
かつて相対した、巧みに人斬り包丁を振るう剣術の達者な用心棒や侍大将と比べれば、目の前の男など小物ですらないからだ。
今更この程度でビビる精神など持ち合わせてはいない。

「ふむ…」

一言呟き、ゴウは足もとにあったビー玉くらいの大きさの石を拾い上げ、それを玩ぶ。

「この野郎、ふざけんなぁ!」

馬鹿にされてると感じたのか、叫びながらCがナイフを前面に構えて向かってきた。

「危ない!」

それを見ていたすずかが叫ぶ。その光景を見れば確かに刺されると思うだろう。
しかし。

ビシッ!
Cがゴウに辿り着く直前、Cは頭を後ろにのけ反らせ、そのまま仰向けに倒れた。
Cが倒れた直後、その横に先ほどまでゴウが玩んでいた石ころがポトリと落ちてきた。
そしてCの額には何かが当たったような怪我が出来ている。

からくりは至極単純。
ゴウが持っていた石を親指で弾き飛ばし、それを眉間に叩き込んだのだ。
されどただの石飛ばしと侮ってはいけない。
忍びは時として、屋根や崖のふちにつかまり、その状態で長時間身を潜めていなければならない場合が多々ある。それも指先だけでだ。
それを可能とする力を持った指から放たれたのだ。その威力、推して知るべしというところだ。

「う、ぐうぅ…」
「おい」
「え?ヒッ!!」
「次にこのような真似をしてみろ。…もし見つけた時は、今度こそ命の保証はせん」

失神には至らなかったのかCはフラフラと起き上がり、そのCに向けて、ゴウは視線に殺気を込めながら言い放つ。
生物の本能に直に訴えるような本物の殺気。逆らえば殺されると感じ取ったCは戦意を失って完全に腰砕けだった。

「わ、わかったよ…」
「10秒以内に消え失せろ。さもなくば…」
「はひいぃ!」

Cは慌ててAとBを引っ張って公園内から出て行った。
244代理投下:2008/09/30(火) 01:41:59 ID:Swwzdl5d
「滓どもが…」

吐き捨てるように言ったあと、ゴウは二人のの元に歩み寄っていく。

「無事だったか?」
「え…あ、はい」
「だ、大丈夫です」

多少ぼうっとしていたすずか達だったが、呼ばれて正気を取り戻す。

「二人とも、大丈夫!?」

公園の入口からシャマルが駆け寄ってきて、すずか達に話しかけた。
知っている顔を見つけて安心したのか、すずかの顔がぱぁっと明るくなる。

「シャマルさん!」
「怪我はない?」
「はい。大丈夫です。」
「すずか、このお姉さん知ってるの?」
「うん。この前話したはやてちゃんの家族の人」
「よかった。ごめんなさいね、もしもの事があったらどうなってたかしら…」
「いえ。…それより、このお兄さんはシャマルさんのお知り合いなんでしょうか?」

振り返り、すずかは視線をゴウに向ける。

「お前達とは初対面だったな。俺ははやての従兄で飛鳥 豪という。よろしく頼む」
「そうですか、はやてちゃんの…。月村すずかって言います。危ない所を助けてもらって、本当にありがとうございました!」
「アリサ・バニングスです。ありがとうございました」

自己紹介も終わり(ゴウは偽名だが)、何故あんな事になっていたのか、事情を聞くこととなった。

「それですずかちゃん、何が原因で絡まれる事になったの?」
「はい。実はさっきの人たちに苛められている猫を、ここを歩いている時に見つけたんです」
「それであたしとすずかがあいつらの気を引いて、その隙に逃がそうとしたんだけど、今度はあたし達が追い詰められちゃって…」
「その猫とはあいつのことか?」

ゴウが肩越しに指さした先には、当の猫(オンジ)が鎮座して鳴き声を一つ上げてそのまま走り去った。おそらく後でまた合流するつもりなのだろう。

「あっよかった!無事だったんだ」
「俺達がここに来たのはあいつに引っ張って来られたからだ。礼ならあのオンジに言うと良い」
「オンジ?あの子の名前ですか?」
「あ…ああ。最近うちに近くに寄ってくるようになってな、今じゃ飼い猫みたいなものだ」
「そうなんですか」

口を滑らせるもなんとか言い繕う。まさか本当の事を話す訳にもいかない。
適当にお茶を濁して、別の話題に無理やり切り替えようとした矢先、シャマルが口を開く。

「それにしても二人とも、あんまり危ないことをしちゃ駄目よ。今回はある意味運がよかったけど」
「ご、ごめんなさい」
「だけど、あの子の事を見て見ぬふりも出来なくって…」
「だがそれは、賢い行いとは言えん。大した力もないのに、無考慮のまま相手に向かっていくのは愚か者のすることだ」
「そ、そんな…」
「ちょっと、そんな言い方ないでしょ!」

親友を悲しませるような言い方に怒ったアリサが抗議するが、意に介さぬままゴウは続ける。
245代理投下:2008/09/30(火) 01:42:31 ID:Swwzdl5d
「携帯電話で誰かを呼んだりは?時間が掛かるのなら、大声を上げて周囲の人間を集めることも出来た筈だ。
そういった対策を少しでも考えようとはしなかったのか?」
「…咄嗟の事だったから、全く思いつきませんでした。ただ、この子が乱暴されるのを見ていられなくて…」
「仕方がなかったのよ!すずかをあまり責めないで!」

落ち込んだ声で静かに漏らすすずかと、それをを庇うアリサ。
そんな二人に対し、ゴウは片膝立ちになってすずか達と目線を合わせて言った。

「いいか?人どころか猫一匹のために恐怖に立ち向かえるお前達の心は、確かにに勇気がなければ出来ない行為だ。
だが蛮勇と勇敢は似ていても同じものではない。力無い者の言葉と行動に結果はついて来ないんだ」
「・・・・・・」

返す言葉もなく、ただゴウの口から発される言葉を二人は黙って聞いていた。
言葉自体に非の打ちどころがなかったし、自分たちのしたことが無茶だったと理解はしていたからだ。
確かにもう少し落ち着いて動いていれば、さっきのような事態に陥る事はなかったかもしれないと。
更に話は続く。


「話は変わるが、俺は半年ほど前までとある事情で人気のない田舎の山の中で暮していたんだ。
この街にやってきたのはその時なんだが、久々に見た街の人間は、どいつもこいつも心が腐っているように映ったよ」。

己の事のみを考え、他者がどうなっていようが関係ない。
目の前で苦しんでいる者にさえ手を差し伸べようとする者など滅多にいやしない。
それどころか他者を犠牲にしても自分を優先させる者もいるくらいだ。

昔がいい時代だったなどとは言わない。
戦が度々起こり、飢饉で飢えて苦しむこともあり、ある意味では今よりも人の命が軽く見られていた時代だった。そういう時代に自分は生きていた。
しかし、生きるのに必死な時代だったからこそ、他人との繋がりは深かった。苦しい環境に耐え抜く為に、人同士の心の繋がりは強靭だった。
それが現代では、平和で物が豊かとなった代わりに、人の心が貧しくなり荒れ果てているようにしかゴウには見えなかった。

「だが、お前達はそんな人心が荒みきったこの世の中で、恐怖しながらも進んで誰かのために力を振るおうとした。それは誇って良いことだ」

二人の肩に手をおいて、言い聞かせるようにゆっくりと話しかける。

「いいか、お前たち。力が無いことは決して悪いことじゃない。
望んでも力が得られない人間は沢山いるし、必死になって得た力を振るう機会がいつもあるなんて保障もない。」

「だが、人はいつ何時でも考えることは出来る。大事なのは、どんな場合であっても冷静に思考を巡らせ、落ち着いて対処することだ。
今自分がどんな状態か、どんな手段を持ちうるか、どんなことをするのが最もいい選択なのか、常に考えて行動しろ。
力が無いのなら、無いなりに方法を模索するんだ。
そして失敗をただ反省するんじゃあなく、戒めとして次に生かせ。人だけが、それを可能にするんだ。
立ち止まらずに、進むべき道は自分で探して進め」

ゴウは抑揚のない声で、しかし真っ直ぐな視線でそう語った。

「ええと…よく分からない所もあったんですけど、何となくはわかりました」
「あたしも、大体は分かったわ」

しばしの沈黙の後、言われたことをうまく噛み砕けたのか二人は答えた。

「そうか、分かったのなら、もう言うことはない」

それだけ言い、ゴウは立ち上がる。
そんな時、不意にすずかが話しかけてきた。
246代理投下:2008/09/30(火) 01:43:14 ID:Swwzdl5d
「あっ、あの」
「ん?」
「あの子─オンジは、はやてちゃんの所によくいるんですよね?」
「・・・そう、だな」
「あの…今度遊びに行ってもいいですか?またあの子と会いたいんです。勿論はやてちゃんにもですけど・・・いいですか?」

少し上目使いになりながら尋ねるすずか。
そんなすずかを安心させる意味でも、ゴウはほんの少しだけ口の端を上げて言った。

「ああ、是非とも。お前が来てくれれば、あいつもはやても喜ぶだろう」
「!…はい!」

余程嬉しかったのか、満面の笑顔で答えるすずかだった。
アリサもシャマルも、微笑ましいものを見る目でその光景を見ていた。

丁度その時。

「すずかお嬢様〜〜!」

という声が公園に響き渡った。
ゴウ達が入って来たのとは反対の入口から見えるのは、すずか家で働くメイド姉妹の一人、ファリン・K・エーアリヒカイト。

「あっ、ファリン!」
「迎えのようだな。じゃあ俺はここで失礼する」
「そうね。そろそろ帰りましょうか。それじゃすずかちゃん、アリサちゃん。またね」
「はい、さようならシャマルさん」
「さよならー」

ゴウは振り向かず片手を上げ、シャマルは笑いながら小さく手を振ってその場を後にした。


「良かった。連絡がないいまま随分と時間が経っていたので、心配致しましたぁ〜。アリサさまもご一緒だったんですね」
「どうも、ファリンさん」
「心配させてごめんなさい、ファリン」
「いえいえ、御無事で何よりです。ところでお嬢様、さっきの方々は?」
「その…後で話すね」

もう人影もない二人の出て行った方を向き直り、先ほどの話の内容をすずかは思い出す。

(力が無いのなら、無いなりに方法を模索するんだ。立ち止まらずに、進むべき道は自分で探して進め)

「進むべき、道・・・」
「お嬢様?」
「すずか?」
「あ、ううん。何でもないじゃあ帰ろう、ファリン」
「怪しいわね・・・・・・あっ、ひょっとしてすずか?」
「え?」
「さっきのお兄さんに惚れちゃったとか?」

・・・・・・ボンっ!
アリサが言った言葉を脳が理解した瞬間、すずかは首まで真っ赤になった。

「ななな何いってるのアリサちゃん!私は別にそんな…!」
「むきになって否定してもね〜。そーかそーか、すずかは年上好みだったか〜。これは皆に知らせなきゃならないわね」
「だから違うのー!!」
「えええええ!?すずかお嬢様に恋人が!?一大事だわ、お姉さまと忍さまにもお伝えして指示を仰がなきゃ・・・!」
「ファリンも悪ノリしないでったらー!!」

その後すずかは誤解だと主張し続けるも、ばっちり姉たちと学校の友達にも伝わってしまい、しばらくいいからかいの種にされるのだった。合掌。
247代理投下:2008/09/30(火) 01:43:47 ID:Swwzdl5d


数十分後、八神家にて。

「あ、ゴウにシャマル、お帰り〜」

リビングに入ってきた二人の方を向いてはやては言った。そしてゴウの頭に乗った猫を見つけて凝視する。

「ゴウ、その猫いったいどうしたん?野良猫?」
「それなんだが…面倒だ、オンジ話してもいいぞ」
「ん?」
「お初にお目にかかる。わしはオンジというものじゃ。こんな姿での挨拶になるが、よろしく頼む」
「!!!!猫が喋ったーーーー!?!?!?」

いきなり超常現象的な事が目の前で展開され、諸手を上げて仰天するはやて。
お前普段からザフィーラと散々会話しているだろう、と言いそうになったが、初めて邂逅した時は人型だったし、“そういう存在”だと知っているから
驚かないのであって、いきなり唯の猫が人語を流暢に語ればそりゃ度肝を抜かれるのも無理もないというものだ。

ひとまずパニックになったはやてを抑えて、八神家全員をリビングに集めて互いの紹介を簡単に済ませてから説明会と相成った。


「…つまりオンジは、あの時の奴の時間転移の術に巻き込まれて、一緒にこの時代に来たというわけか」
「うむ。わしはここより少しばかり離れた所に投げ出されてのう、半年間も身一つで生きてくるのは大変じゃったわい。途中幾度かホケンジョとかいう連中に追いかけまわされた時は生きた心地がせんかった…」
「なかなかハードな生活をされていたようだなオンジ殿…。しかし、魂を物質として記憶ごと抜き取る術、か…」

現代におけるリアル猫ライフの実情を聞き憐れみを感じたシグナムだったが、興味を引かれたのはむしろオンジが猫のとして生きることになった原因についてだった。
古今東西様々な世界を渡り歩いてきた自分たちですら聞いたことがない、その忌むべき術について。


─古代日本の修験者たちが禁術と定め、門外不出とした禁断の秘術・抜魂術。
呪文を唱えながら相手の頭部に手をおき、その魂を物質として体から抜き出してしまう最悪の奥儀。
さらに、これには同時に相手の記憶を魂の中に封じ、一緒に取り出すという恐ろしい性質も備えており、かつてゴウが記憶喪失となった原因でもあるのだ。
また必ずしも物質化させる訳でもなく、抜き出した魂を別の生き物に移すことも出来る。
だが、移された先の生き物も当然魂を持っているわけで、元々一つの体に二つの魂が入る余裕はない。
移された自意識はやがて薄れていき、最終的にその魂は消え去ることになる。

「確かに、他に類を見ないほど恐ろしい術だな」
「でもその話からすると、オンジさんはその最後の戦いの時には自分の意識はほとんどなかったんでしょう?なのにどうして今は普通でいられるんですか?」

尤もなことを口にするシャマル。確かにあの時、いやそれ以前にゴウと出会った時からオンジは自意識が無くなり始めて、どんどん猫になりつつあった筈だが、今こうして見てみる限りではそんな様子は見受けられない。
しかも、決戦の時に負った怪我も見当たらない。正直なところ不可思議な事だらけだった。

「そこら辺はわしにもよう分からんのじゃ。気がついた時には完全にわしの意識が表にでておって、こうして話すのも苦痛ではない。まぁ悪いことではないがの」
「なんでもいいじゃねーか。ようは猫である事は変わらねーけど、中身は完全に人間なんだろ?前がどうだったとしても別にいいんじゃね」

お気楽な口ぶりで域にまとめ上げたヴィータ。子供が元来持つその天真爛漫さに、オンジはほんの少し笑って言った。

「そう言ってもらえるとありがたい。ゴウはまっこと、良い家族と出会ったんじゃな」
「まぁ、な。…それでだ、はやて」
「うん?」
248代理投下:2008/09/30(火) 01:44:55 ID:Swwzdl5d
多少の照れ隠しか、オンジの返事をおざなりに返した後にはやてに話を振る。

「オンジをここに置いてやることは出来んか?せっかく会えたんだ、色々と話もしたい」
「もちろんええよ。今日からはオンジも、家族の一員や」
「そのご厚意、深く痛みいるますぞ、はやて嬢」

深々と頭を下げて感謝の意を表すオンジ。はやてはそんなオンジに手をふって答えた。

「そんな畏まらなくてもええって。ゴウの恩人さんをほっとける訳ないやん。よしそれじゃあ新しい家族の参加を祝って、今日は歓迎会や!」
「おー!はやての御馳走が食えるぞー!」
「騒ぎすぎだぞヴィータ。でもまぁ、いいか」
「それじゃ僭越ながら、オンジさんには私の特製料理をプレゼn」
「「「「「それだけはやめてくれ頼むから」」」」」


楽しい時間は過ぎるのが早く感じる、というのは本当だと思う。
七時頃に始めたと思ったら、終わってみるともう十一時過ぎ。何かに集中すると人は時間の間隔を忘れるようだ。
自室に戻ったゴウは時計で時間を確認した瞬間そう思った。
はやては既に寝かしつけ、他のメンバーは蒐集に出ている。今日のゴウはシフトから外れることになった。
昔の仲間と再会したことを考慮した騎士たちが、今日だけ時間をくれたのだった。

「賑やかじゃったのう。これほど楽しげな宴は久しびさだったわい」
「そいつは良かったな」

床に仰向けに寝転がって、たらふく飯を食った腹をさするオンジ。
ゴウは窓から夜空を見上げながら相槌を打つ。

「はやて嬢はいい娘じゃし、他の四人、守護騎士とか言ったのう。見たところ人ならざる者の様じゃが、あ奴らも良い者たちじゃ」
「分かるのか?」
「腐ってもわしは修験の道を歩んだ者じゃ。人とそうでないものの違いはおおよそ見当がつくわい」
「そうか」

そう言えば、とオンジが起き上がりゴウと正対する。
といっても人と猫の身長差故に、どう頑張ってもオンジが見上げる形になってしまうのだが。
オンジは静かに口を開く。

「お主も、ずいぶん変わったのう、ゴウ」
「変わった?」

何を言われたのかよく分からないといった口ぶりで返す。

「以前よりもどこか柔らかくなった、といえば良いかのう。以前のお主なら、夕方のような事を見ても眉ひとつ動かさず無視したのではないか?」
「どれだけ俺を冷血人間として見てたんだあんたは…まぁ全否定は出来ないがな」

ぶっきらぼうに言うゴウ。そういう自覚が自分にも無きにしも非ずだったためか、強くは言えないらしい。

「それと、不可思議な力を得たようじゃのう」
「・・・なんの事だ?」
「惚けんでも分かる。少し力を使えば、お主の体に今まで見られなかった“流れ”があるのを見られるわい。
…いやこれは、眠っていたものが目覚めた感じかのう」

次々に自分の体の事をあれこれと言い当てられ、閉口する他ないゴウ。
そして最も衝撃的な事をオンジから聞くことになる。
249代理投下:2008/09/30(火) 02:07:57 ID:Swwzdl5d
「お主・・・その力、表だって人には言えんようなことに使っているな?」
「!…どうしてそう思う?」
「わざわざ家主が寝静まってから外に出て行った四人と、はやて嬢の体に見られる良くない流れを見て怪しいと感じた。
そしてお主の今の反応からして確信できた。何もしておらんのなら、もう少し違う反応になるはずじゃからのう」

要するにまだ分かり切っていなかったのを、カマを掛けられたということだ。
ゴウは見事に引っかかった自分に呆れると共に、その老獪さに舌を巻いた。

「やってくれるな、この狸、いや猫爺が」
「ほっとけ」
「・・・確かに、あんたの言うとおりだ。簡単に話すが、はやては今、不治の病のようなものにかかっている。
そいつを直すために、治療の術を発動させるためのとあるものを集めている最中だ。・・・殺しはしないが、他の生き物を傷つけてな」

苦々しげな顔をして吐き捨てるようにゴウは言った。必要な事とはいえ、改めて言葉にして話すのはいい気分がしない事柄だからだ。
対照的に驚いたような表情のオンジ。流石にそこまで事が大きくなっているとは思わなかったのだろう。
だがその驚きは段々と儚むような憂いを帯びたものになった。

「なんと・・・。世の中とは理不尽なものじゃ、あんな無垢な子供が、そんな運命を背負わなければならんとは。そのことをはやて嬢は?」
「知っているわけがないだろう。どんな時でも自分より他人を優先させるような人間が、こんな事を許す訳がない」
「そうか・・・だが、せっかく罪業を背負わずに生きられる世界に来たというのに、またお主はその背にに重石を背負うというのか?」
「だからこそだ。もうすでに背負っている人間のがこういうことには向いている。
それに現状を知った以上は、微温湯に浸かった生活を送り続けるなぞ出来ない」
「だが、理不尽に何かを奪われる事のなんたるかを、お主は知っているではないか。それを他者に押し付けるつもりか?」

ゴッ!!
低く鈍い音が部屋中に響く。
ゴウが壁に拳を思い切り叩きつけた音だった。

「俺は・・・自分の事を認めてくれた人間が、いなくなるのを見たくないだけだ!
理不尽なのは百も承知だ。こんな事を偉そうに言えるような過去を過ごしていないのも理解している。
だからと言って、何もしなければあいつは、最も理不尽な運命で死ぬんだ!そんな事が許せるか!」

その叫びを最後に流れる沈黙。双方とも貝のように口を閉ざし、時間だけが流れる。
そしてどの位時間が経ったのか、やがて静かに口を開いたのはオンジだった。

「全ての罪を両肩に乗せる覚悟、それを決めた上で言っているのじゃな?」
「そうだ」
「ならもう、わしは口を出さんよ。かつて家族を捨てて己の道を選んだわしに、家族云々の事で何か言う権利なぞないからな」

オンジは踵を返して、微かに空いた部屋のドアから出ていこうとする。
が、その直前に振り向き、こう言った。

「だが、ゴウよ。世の理は因果応報、他者に理不尽を行った者には、いつか必ずしっぺ返しがやってくる。これだけは忘れるでないぞ」

そして今度こそオンジは視界から消えた。

「・・・ああ、分かっている、分かっているさ。一度、身を以て知った事なんだからな……」

誰もいなくなった部屋で囁かれたゴウの呟きは、誰の耳にも入る事無く、冷たくなった冬の空気の中に静かに消えた。
250代理投下:2008/09/30(火) 02:09:17 ID:Swwzdl5d


そのころ、海鳴市内某マンションの一室にて。

「それじゃあレティ、捕縛結界の張れる武装局員の応援、お願いするわね」
『ええ。現場は任せたわよ、リンディ、クロノ』
「了解しました、レティ提督」
「もちろんよ。それじゃあね」

空間に直接投影されていた映像モニターが消失する。
モニターの向こうの相手と会話をしていた、時空管理局次元航行艦アースラの艦長、リンディ・ハラオウンとその実子、クロノハラオウン執務官は互いに向き直り、頷きあう。

「もうすぐ作戦の日ね。準備は出来てる?クロノ」
「当然だよ。これ以上あいつらを、闇の書の騎士たちを野放しになんか、させない!」

瞳の奥に強く確固たる意志を持った年若い執務官は、拳を強く握るとともに言い放った。

─決戦の時は、刻一刻と近づきつつあった。


746 :フルメタなのは ◆JCTewlikow:2008/09/30(火) 00:08:35 ID:PeFXEnSk
投下終了です。
元々遅筆でおくれたのもあったんですが、実は先日まで風邪をじいてて、高熱で
死にかけていました。
まぁそのお陰で思いついたネタもあるんでよしとしますが。

前回の投下後に、次回は管理局と戦りあうとか書きましたが、間の話が書いてるうちに長くなったためにさらに
一回分先になりました、
適当な事を書いてしまったことをここにお詫びします。

次回こそは話をちゃんと進めるつもりです。それでは、また。
251代理投下:2008/09/30(火) 02:10:24 ID:Swwzdl5d
と、代理しといてひっかかったりとかお粗末でした。
そしてフルメタなのは ◆JCTewlikowの人、乙でした。
252名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 08:54:32 ID:wXn1E1+n
GJ!
昨日何気なくゴウの事を思い出してみたら、今日に投下がw
ゴウにも何かあるようですね。続きを楽しみにしています。
253一尉:2008/09/30(火) 12:49:10 ID:eawLVoaY
ゴウまさしく支援たよ。
254名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 19:06:18 ID:Aw60/ZCR
>>237
GJ!

フェイトVSエリオかと思っていたら、ユーノが頑張ってたー!?
255名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 19:36:49 ID:U8bdrubx
>>237

HA-HAHAHA! 感想が遅れましたぁ!
前回の引きからフェイトVSエリオかと思いきや、ユーノかよ!?
しかし、ゼストが鬼のように強いなぁ。
確実に本編よりも強いだろ。いや、ユニゾンヴィータをぼこぼこにしたし、当たり前なんだが(汗)
しかし、このアギトとゼストの関係はいい。本編だとゼストの遺言とはいえ、マスターを乗り換えたのが嘘のようですね。
そして、空間断裂攻撃がテラやばい。あれだよ? 匂いもないし、不可視だし、物理法則では防御不可能な攻撃だよ!
どこぞの忍者サラリーマンでもないと太刀打ち出来ないって!
とまあ、予測どおりユーノはぼこぼこにされましたが、レイジングハートの対となす短剣が登場。
概念祈祷型……とらはのレイジングハートみたいなもんかといいつつ、ネームレス。デモベですか?(ぉ
そして、さらに登場、我らが味方陣営唯一の幼女、ルーテシア!
パパだと判明しつつも、ゼストを撃退するガリューのかっこよさに痺れる、憧れるぅ!
やべー! 最強だよ!! かっこいいよ、ガリュー、かっこいいよ!
主役張れそうな素敵さでした。
電磁飛翔って、おい、レールガンかよ!
独特な文章と重厚な内容にwktkしつつ、次回も待ってます!
は、早く続きが読みたいです!
今後も頑張ってください!!
256リリカル! 夢境学園 ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 19:52:08 ID:U8bdrubx
18時40分からアンリミテッド・エンドラインの続きを投下してもよろしいでしょうか?
それなりに長いのでどうか支援をお願いします。
257名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 19:56:27 ID:qCCTQU6z
>>256
ちょw明日?www未来すぎね?
258リリカル! 夢境学園 ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:05:28 ID:U8bdrubx
>>257
どうやらタイムジャンパーになりかけていたようです。
20時40分からですね。

いかんいかん、まだカブトにもなってないのにw
失礼しました〜
259アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:41:05 ID:U8bdrubx
 

 怖い怖い怖い。
 寂しいよ、寂しいよ。
 ここはどこ?
 私は何故?
 誰にもいない空の下を歩かなければいけないの?
 言われた通りにしただけなのに。
 命じられるままに力を使ったのに。


 私はそれが罪だと言われてしまった。


                       ――狂気に歪む少女が泣きながら叫んだ言葉より




 笑う、哂う、嗤う。
 少女がわらう。

「あははははは、あははははは」

 歌う。
 歌う、歌う、うたう。
 歌、唄、詩が折り重なった叫び声が響き渡る。

「あははははははははは」

 笑い声。
 壊れた叫び、泣き叫ぶ声、少女の声。
 上空には狂った竜。狂った化け物。狂った異形。
 それをはべらせ、それを操り、それに飲まれた少女が立っていた。
 キャロ・ル・ルシエ。
 竜使いの少女。
 追放されし破壊の祝福者。

「こわれちゃえ、こわれちゃえ、くだけちゃえ、もえちゃえ」

 その両手に光。輝ける破滅の光。
 燃え盛る地獄の中で、それは壊れていた。
 泣きそうな顔をしていて、彼女は笑う。
 悲痛な声で、彼女は笑い声を上げる。
 業炎を撒き散らし、彼女は竜を使役する。
 それこそが狂乱の竜使い、キャロ・ル・ルシエのもう一つの姿。
 彼女が降り立つのは地獄。
 紅く、朱く、赤く燃え盛る業火の中で、砕かれた車が、燃え焦げた肉塊が散らばる虐殺の舞台。
 そう、それは舞台。
 ならば、それを演じる役者がいるだろう。
 一人はキャロ・ル・ルシエであり、それに使役されたフリードという白き翼。
 破壊するもの。すなわち悪役。
 そして、それらに対抗する役割を持った役者は――
260アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:42:19 ID:U8bdrubx
 
「止まれ」

 黒き穂先、黒き柄、機械仕掛けの槍を構えた白衣の少年。
 血を吐きこぼし、血に濡れた左腕をぶらさげて、少年は笑みを浮かべて立ち上がった。
 無数の銃弾に撃たれた。
 キャロ・ル・ルシエという少女を護る代償に重傷を負っていた。
 本来ならばもはや起き上がることも出来ない傷を負い、倒れ伏していたはずだった。
 だが、彼は目を見開き、起き上がる。
 ギチリ、ギチリと肉が悲鳴を上げ、撃たれた背中が激痛を発しながらも少年は立つ。
 エリオ・モンディアルというガードウイングは立ち上がる。

「止まるんだ」

 笑み。
 普段は浮かべている笑み。
 それが一瞬だけ歪めて、エリオは呟く。

「君は、それをするべき人間じゃない」

「えりお、くん?」

 立ち上がる少年を見て、キャロが目を丸くして――その口元を半月状に歪める。

「いきていたんだ」

 それは狂笑。それは嘲り。それは邪悪な笑み。

「でもね」

 それは涙を流しながら、浮かび上がった壊れた少女の笑み。

「あなたはなにをしっているんですか? わたしのなにをしっているんですか? おしえなさい。おしえてください。あなたはきみはあなたはあなたは、わたしを、わたしをしっているんですか!」

 壊れた少女は叫ぶ。
 壊れた少女は泣き叫びながら、手を振るう。
 演奏を奏でるために。
 暴力という演奏を紡ぎ上げ、破滅という背景を描き出し、殺戮という宴を築き上げるために。

「とめてとめてとめてとめてみてよ」

 少女は光を発す、狂った竜は炎を吐き上げる。
 それは絶対的な暴力の化身。
 すなわち殺戮そのもの。
261アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:45:27 ID:U8bdrubx
 
「わかった」

 それに対するは意思の無き者。
 誰かに望まれるままに動く、意志のない血肉で出来た人形。
 黒き槍を構え、純粋過ぎる少年は望む声のままに戦いに挑む。

「君が望むなら、僕は君を助けるだろう。エリオ・モンディアルは君を止める――それが僕の役目だ」

 黒き穂先を大地に付きたて、血を流しながら上を向く少年。
 白衣を紅に染めて、


「とめられるなら」

 少年の決意に少女は微笑む。
 壮絶な笑み。
 聖女のような慈愛に満ちた微笑。


 そして、少年と少女の殺し合いは始まった。



【Unlimited・EndLine/SIDE 3−14】



 遠くに見えるクラナガンの一角。
 そこから爆音と赤い焔が轟いた数分後、ホテル・アグスタの一角に設置された臨時司令部。

「グリフィス補佐官! ゲンヤ部隊長!」

「どうした?!」

「ライトニング04とフリードの魔力放出量の上昇を確認! これは!? ――暴走です!」

「なんだと!?」

 報告を受けたグリフィスの顔は蒼白に染まる。
 恐れていた事態の一つの発現。
 それにどう対応するか、一瞬空白になったグリフィスが必死に混乱する思考を押さえつけ、指示を下す前にさらに飛び込んできた報告が彼の頭脳を停止させた。

「っ、ライトニング03が移動を開始――ライトニング03! ライトニング04! 互いに“交戦状態に入りました”!!!」
262アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:48:10 ID:U8bdrubx
 
 それはあまりにも圧倒的な光景だった。
 紅く、燃え滾り、地獄のような世界。
 そこに佇む少女、彼女が纏うのは白いドレスの如き白衣、そして輝ける両手。
 そして、圧倒的なまでの鋼の光沢。
 擦れあう金属音の洪水。
 ――アルケミックチェーン。
 彼女が呼び出したのは、彼女が好んで使う錬鉄の鎖。幾度と無くエリオを助け、庇い、護ってきた彼女の手足となる鎖。
 しかし、過去にないほどの膨大な数の鎖で埋め尽くされた光景に、過去の印象など叩き壊された。

「あはははははは!」

 彼女が手を振るう。
 指を折り曲げて、まるでオーケストラの指揮者のように手を振るう。
 その指に、その手の動きに従って、数十本にも及ぶ錬鉄の鎖がけたたましい金属音を奏でながら飛ぶ。
 それは蛇のような、否、それは鋼色の洪水というべきか。
 己の魔力出力を増幅し過剰なまでの出力で操られた鎖、その先端の速度は音速を超えた。
 薙ぎ払う。
 その言葉がまさしく似合うような速度と威力で錬鉄の鎖はアスファルトの大地を削り飛ばし、大気を粉砕し、視界の全てを爆砕していた。
 視界の全てが一瞬で荒野に成り果てて、爆音が遅れて轟く。圧倒的過ぎる光景、惨状。
 それに呑み込まれた者がいた。
 鋼の津波に呑み込まれかけ、しかしそれとほぼ同速の速度で凌いだ少年がいた。
 触れただけで血肉を削り飛ばす銀色の洪水を黒き機械仕掛けの槍で耐え凌ぎ、大地を吹き払う暴風を展開したバリアジャケットとフィールドで軽減、されどその身は血を垂れ流す。
 防ぐことも、躱し切ることも出来ない圧倒的過ぎる蹂躙の鎖に、その身は無傷ではいられない。

「おぉ、おおおおおお!!!」

 ジャラジャラと歪な歌声を奏で上げる鎖の群に、無残に砕けた瓦礫の海を踏み締めながらエリオは走る。
 神経伝達速度上昇。
 ストラーダのノズル展開、フィールド展開、焦土混じる大気抵抗を軽減――加速。

『Sonic Move』

 エリオの姿が常人の視界から掻き消える。
 奇跡を使いこなす魔導師、その例たる証明――人外の速度。
 彼が立っていた足場が陥没し、同時に砲撃の如き破壊音が断続的に鳴り響く。

「あははっ!」

 陥没、陥没、破壊。
 目にも止まることなく、その陥没と砲撃音の如き破壊音の連打。
 それが自らへと迫っていることを感知し、少女は手を振るう。引きずられるように、数本の鎖が閃光と化して彼女の目の前の地面を薙ぎ払う。
 砕け散るアスファルト、燃え盛る炎が蹴散らされ、土色の爆煙が吹き上がる。
 されど、その中に血肉たる紅の形は無く。
 ただ飛び上がり、僅かに速度を落としたことによる残像が虚空に出現する。
263名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 20:49:10 ID:tWzUd5Gt
支援
264アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:50:30 ID:U8bdrubx
 
『GISYAAAA!!!』

 それを視認した狂える白竜の咆哮。
 世界すらも震撼させる狂気の念が空間に伝播し、焦がれるほどの怒りを湛えた瞳が飛び込んでくる残像を捉えた。
 その残像が主の下へと迫るよりも早く、吹き出された焦熱の焔が圧倒的な波となって虚空を呑み込んだ。
 魔導を使いこなす、最強の生命体の一角――竜。
 それが吐き散らす炎は単なる炎に在らず。
 人間とは比較にならない出力を秘めたリンカーコア。その肉体に、本能に刻み込まれた魔力素の操作能力は高度なプログラミングで補助されている魔導師よりも原始的ではあるが、その規模は上。
 大気中の魔力素を吸い込み形成された竜の息吹。その数百から数千度を超える劫火は人間を原型すら残さずに消滅させる。
 その息吹に残像は呑み込まれ――吹き散らされた。
 飛び込むは音速に迫る魔導師、展開されしは大気抵抗を遮断する壁たる障壁、そして振り抜かれたのは魔力結合によって保護され、大気に干渉する機械仕掛けの槍の連撃。
 ルフトメッサー。
 鋼鉄すらも両断する大気の刃。
 作り上げた僅かな切り込みに、己の体が焦げるのも構わずに、エリオはさらなる加速――劫火を突き抜ける。
 熱い、激痛、焦げた異臭、焼ける感覚、苦痛、喉の痺れるような渇き。
 バリアジャケットの殆どが焼けて消失し、皮膚は炭化し、肉は焼かれるように激痛を発し続ける。
 その全て無視して、エリオは駆けた。
 迫る、迫る、迫る少女。
 笑みを浮かべる少女の眼前。鋭利化すべきストラーダの穂先を魔力結合によるフィールドで鈍化、肋骨を数本叩き折る覚悟で握り締め、ノズルを噴射。

 ――意識を刈り取る――

「あは」

 その覚悟を決めて、エリオが手を振り上げようとした瞬間だった。
 キャロが微笑んだのは。
 そして、その次の瞬間、その笑顔が“鋼の壁”に覆われる。
 ジャララララララ、蛇の鱗が奏でる音色の如く耳を劈く金属音と共に壁を、アスファルトを、大地を、視界のいたるところを埋め尽くしていた錬鉄の鎖が唸りを上げて蠢いた。
 鋼鉄の竜巻。
 そう呼ぶに相応しい速度と勢いを持って、キャロの全身を数十本以上の鎖が覆い隠した。
 まるで繭のような形。
 そして、それは絶対的な防壁。
 振り下ろされた鋼鉄をも叩き潰すはずのストラーダの一撃が、激しい火花と共に弾かれる。

「っ?!」

 止めるべき少女を眼前に捉えたと判断した瞬間に、目の前を阻んだ錬鉄の壁。
 それに穂先を叩きつけたエリオはただ弾かれただけではない手ごたえと視界に移る異様な光景に、一瞬息を飲んだ。
 錬鉄の防護壁。
 それはただの厚みだけではなく――“回転していた”。
 大気を鋼に、風を鎖に変えて、キャロを護る錬鉄の鎖は重力を忘れた速度で旋回している。
 まるで無数の鋼色の蛇が円形の物体の上を同じ進路に這いずりまわっているかのような光景。
 異常とも言える生々しい光景と耳をつんざくけたたましい金属音の大合唱。
 おぞましい、恐ろしい光景。
 弾き飛ばされるかのようにアスファルトに着地し、敵意を向けるフリードに警戒を忘れないままにエリオがその光景を見つめた刹那。

 にこり。
265アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:53:12 ID:U8bdrubx
 
「っ!!?」

 鎖の奥で一瞬だけ見えた少女の笑みに、エリオは全力で後退する。
 背筋を走る感覚。
 それはその場にいる危険性を、全力で本能が知らせる警戒音。
 そして、エリオは理解する。
 本能が発した警報の意味を、“解放されし蛇たちの顎によって”。
 キャロ・ル・ルシエを護る錬鉄の竜巻はただの防御ではなかった。
 全ては破壊のために、砕くためのステップ。
 回転。
 旋回。
 加速、加速、さらなる加速。
 旋回する、加速する回転速度、大気を切り裂き、暴風すら生み出す鋼の竜巻はジャララララという咆哮と共に解放された。
 それは戒めの解き放たれた獣如き勢い。
 陸地より発生した鋼色の津波。
 無数の錬鉄の蛇が、獲物を食い破ろうと周囲に唸りを上げて射出される。
 高速で打ち出された金属の鎖、その先端は形状に関わらず鋼の槍も同然の貫通力を持つ。
 大地を抉る、壁を貫通する、世界を穿孔する鋼の顎。
 衝撃破を撒き散らしながら、超低空飛行を繰り出し、迸る銀閃の嵐。
 触れるもの全てを喰い散らかし、粉砕し、薙ぎ払う拒絶なる少女の意思の具現化。
 轟々と大気の唸りと共に導き出す少女の狂笑。
 狂気の塊。
 発狂せし歪んだ怪物の猛襲。
 それにエリオは襲われ――弾いた。
 砲弾にも等しい衝撃を黒い穂先で捌き、受け流し、その小さな体躯で受け止める。
 全身に開いた傷口から血を吹き出しながら、筋肉を次々と断裂させながらも死なないためにストラーダを振るう。
 火花、衝撃、斬撃、鮮血。
 弾く、逸らす、凌ぐ、躱す、防ぐ。
 数秒間に十数にも至る斬撃をもって、鋼の蛇を叩き落す。
 終わらないために掻い潜り続ける。
 けれど、圧倒的なそれに逆らえるわけがない。
 自然の脅威に人が無力なように、狂える狂気の鎖嵐は遂に少年の防護を凌駕して見せた。

「ぶっ!」

 ストラーダの防護、それを潜り抜けて一本の鎖がエリオの胴体を迫る。
 一瞬反応し、障壁を張る。
 けれど、それすらも破砕し、ぼぎりと何かが砕けるような音がして、肉が抉れていた。
 激痛を発するはずの神経すらも吹き飛ばし、それは“エリオの肉体を削り取っていた”。
 溢れ出す赤い血、零れ落ちる命の血肉、骨すらも露出し、溢れ出す――明らかな致命傷。

「あ」

 一瞬慌てて腹を片手で押さえる。
 その内部からあふれ出そうとするものを押さえつけるために、しかしそれが命取り。
 目の前の脅威から警戒を外した刹那、鋼鉄の風が少年を吹き飛ばした。
 巨人の拳が、矮小なる小人を蹴り飛ばすかのような一撃。
 低空飛行でもしているかのように加速し、自己意思も無く、放物線すらも描かず直線にエリオの体が道路から外れた森の中へと吹っ飛んだ。
266アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 20:55:49 ID:U8bdrubx
 
 破壊音が響く。
 幾つもの木々を折り、枝を砕いて、ゴロゴロと地面に落ちる。
 少年の体はゴミクズのように木々に埋もれて、沈黙した。
 死に絶えたかのように、常識であれば即死すらおかしくない損傷を帯びて、エリオ・モンディアルの代理品は沈黙する。

「あれ?」

 錬鉄の鎖を狂る繰ると従え、旋律を奏でていた少女が首を傾げる。

「えりおくん、どこー?」

 自分が薙ぎ払ったことすらも知覚せずに、狂気の瞳を爛々と輝かせ、恍惚に蕩けた口調でキャロは周りを見渡す。
 鼻歌を歌いながら、あどけない動作で手の平を目の上に翳し、遠くを見るように腰を突き出す少女の動作。
 それはこのような場でなければ微笑ましいものだったろう。
 燃え盛る炎の中、咆哮を響かせる白竜を従え、血臭と焼け焦げる肉の香りの中で笑える狂人でなければ、とても愛らしい光景だったに違いない。

「う〜ん」

 くるーりと柔らかいステップターンでも踏むかのようにキャロ・ル・ルシエは周囲を見渡し、不意に諦めたかのように手の平を返した。
 術式陣を構築する。
 まるで空間に絵の具でも塗りたくるかのように、少女は両手を踊らせて、無邪気に桃色の魔力を放出しながら、詠唱を唱え上げた。

「さがせ、さがせ、さがせ、みつけだして」

 少女はサーチャーを作り出し、愛しい我が子を旅立たせるかのような優しい微笑と共に飛ばした。

 この周囲に生きる全てのものを見つけ出すために。
267名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 20:57:33 ID:JLfUoTt2
支援
268アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:02:19 ID:U8bdrubx
 
 致命傷。
 明らかに人体の限界を超えた損傷を追っている。
 内臓ははみ出し、皮膚は弾け飛び、肉は削れ、骨は砕かれ、血は止まらずに溢れ出す。
 折れた木々の葉の中に埋もれながら、埋葬されたかのような状態の少年は自覚的に考える。

(このまま死亡するのだろうか?)

 エリオは――エリオ・モンディアルと名乗る代用品である少年は他人事のように思考した。
 失血死はまもなく。
 痛みによるショック死は頑強なる――否、既に瓦解した精神によって免れていた。
 少年は恐怖を帯びない。
 彼は死ぬ最後まで自覚し、諦めきっている。
 自分の未来など信じていない。
 誰かのために使い棄てられる存在だと魂の奥底から信じ切っていた。
 彼が“子供”であったが故に。
 子供とは無垢である。
 未来を知らない、経験を積まない、故に判断が容易い。
 何色にも染まることが出来る。
 狂気にも、正義にも、理性にも、諦めにも。
 彼は諦観している。
 己の価値を、己の命を、例え彼を命がけで愛する存在がいようとも決して届かない。
 壊れ果てた代理品の末路を心に抱き続ける。
 末路。
 それは死。
 それは朽ち果てること。
 彼は終わりを知っていた。
 残酷なまでにその恐怖を知らず、ただ結果だけを知っていた。
 狂信者とも言えるおぞましい精神を、無垢なる笑顔の下に隠し持ち、どこまでも従順なるヒトガタは足掻きだす。

(そうだ)

 その命を磨り潰すまで、自分に願われた目的を果たすまで、少年は諦めない。
 バチバチと全身から魔力を放つ、雷光――生体電流が焼け焦げた神経パルスを通り、全身を刺激する。

(まだやれることはある)

 少年は笑う。
 楽しそうでもなく、ただ儀礼的に微笑む。
 それが他人を安心させると根っこから信じきって――他者が見ればあまりの悲劇性に泣き叫ぶだろう悲しい笑みを浮かべて。
 グチャグチャと全身が奇妙な音を立てていた。
 全身が電流を走らされたかのように――否、事実として電流が全身を駆け巡り、肉体を刺激し続けた。
 肉体に刻まれ、設定された細胞。
 それが通常の数倍以上の速度で細胞分裂を繰り返す。
 誰が信じるだろうか。
 誰が想像するだろうか。
 致命傷であるはずの削られた肉体が、まるで時を巻き戻したかのように再生していく様を予想できるものはいない。
 血が急激な勢いで製造させられていく、肉が盛り上がり、骨が復元し、皮膚が張り巡らされていく。
 その代償にエリオの髪が伸びる、爪が伸びる、にょきにょきとまるで数ヶ月の時を早送りで過ごしたかのように、エリオの肉体が変化を遂げる。
 焼け串で全身を引っ掻き回されたかのような激痛があった。
 おぞましく吐き気を催す肉体の再生を耐え切り、エリオは動き出す。
 彼は時間を費やした。
 今を生きるために未来を少しずつ切り捌く。
 “数ヶ月以上にも渡る寿命を食い潰した。”
 致命傷から重傷程度にまで肉体を再生させて、エリオ・モンディアルは感覚のなかったストラーダを再び握り締めた。

 その瞬間だった。
269アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:04:45 ID:U8bdrubx
 
「みーつけたー」

 笑い声がした。
 楽しそうな呼びかける声、同時に気温が急激に上昇する。
 温度を感知、声を認知、同時に神経伝達速度を加速。
 エリオは常人の数倍以上の速度で木々から飛び出した瞬間、その位置を紅蓮の閃光が貫いた。
 ――ブラストレイ。
 彼女の白竜が放つ灼熱の閃光。
 光線状にまで圧縮され、触れるだけで全てを業火に化す灼熱の吐息は木々を燃やし、同時に爆炎を広げていた。

「っ!」

 加速した状態でエリオは肩下まで伸びた髪を靡かせて地面に着地し、吐息が放たれてきた方角を睨む。
 そこには一人の少女がくすくすと笑っていた。
 サーチャーの光球を周囲に浮かべて、まるで散歩にでも来たかのような気軽さ。
 半月上の笑みを浮かべ、微動だにしないガラスのような瞳でエリオを見つめる。

「えりおくーん、こんなところにいたの?」

 見つかった。
 けれど、別に構わない。
 逃げるのに意味は無い。
 この身は彼女の暴走を止めるためにある。
 逃げるのは許されない。

「先に言わせてもらうよ」

 ざわざわと靡く紅の髪。
 目元を隠すかのように伸びた前髪の間から透明なガラス玉のように感情のない瞳が浮かび上がる。
 悲しくて、苦しくて、狂ってしまった少女の瞳を真正面から見つめて、エリオは唇を動かした。

「ごめんなさい、フェイトさん」

「?」

 何故に彼女の名を出すのか。
 何故謝るのか。
 キャロには分からない、言葉だけで、まったく後悔のしてない顔つきで謝罪するエリオを見て――

「僕はここで死ぬかもしれません」

 笑みを浮かべて、そう告げた無垢なる少年の笑みにキャロは戸惑った。
 彼の瞳には恐れは無い。
 彼の目には欺瞞は無い。
 彼の瞳孔には動揺の影など一欠けらも無かった。
 ただ当たり前のように投げ捨てる。
 その言葉全てが本気なのに、自分が死ぬかもしれないのに爪の先にも恐れていない。
 何故ここまで命を投げ捨てられるのか。
 どうしてこれほどまでに恐れることがないのか。
 恐ろしい、おぞましい、理解することの出来ない異形のように見える。
 だから。

「えりおくん……きもちわるい」

 拒絶する。
 圧倒的な支配者の如く、或いはこんなオモチャはいらないと投げ捨てる我侭な子供のように手を振り抜いて、目の前の少年を否定した。
270名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 21:04:46 ID:JLfUoTt2
支援
271アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:07:13 ID:U8bdrubx
 
「しんでよ」

 指を折り曲げ、少女は手を振り下ろす。

 そして、空より鋼の雨が降り注いだ。

 上空に浮かび上がるのは十にも至る召喚陣。
 ミッドではない、ベルカでもない、彼女の民族が継承する術式。
 桃色の立体術式構成陣は空間を捻じ曲げ、契約を結びし存在を呼び出し、使役する。
 虚空は歪み、大気が流動する世界の流れによって風を生み、発生するはここに在らざるもの。
 魔法陣より吐き出されるのは激流の如き鋭さと荒々しさを兼ね備えた錬鉄の鎖、その数十本にも至る先端だった。
 操作魔法によって操られた鋼のチェーンは亜音速の速度でのたうち、上空数十メートルから一直線にエリオのいる周囲を貫き穿とうと迫る。

「っ!」

 エリオが走る。
 足を踏み出し、電光を纏いながら高加速魔法――ソニックムーブを起動。
 樹木の根が張り、通常よりも硬いはずの地面を容易く貫通、破砕し穿ち、衝撃破を撒き散らす鋼の鎖はエリオには命中しない。
 超音速の疾駆、音響の壁をほぼ機能の破損したバリアジャケットが断末魔の絶叫を上げながら防ぎ、エリオは軋みを上げる全身を酷使させながら、降り注ぐ鋼の中を踊るように躱す。
 鎖が一瞬前までいた場所に突き立ち、数瞬後に突き立てられる場所へと逃げ込んで、一瞬早くその場所が塞がれると知ってエリオは身を捩らせる。
 先端が大気摩擦で燃え上がり、錬鉄の鎖が苛立つようにジャラララと鋼の咆哮を掻き鳴らす。
 しかし、如何に声を荒げようとも届かない、当たらないのでは意味がない。
 全身から流れる血潮を風に飛ばし、血痕を残しながらも、エリオは前に進む。
 邪魔をする鋼の鎖、翻したストラーダの一閃で両断し、僅かに開いた隙間に体を押し込めて、爆雷でも降り注ぐかのような衝撃破の吹き荒れた森の中を逃げ回りながら、前進する。
 攻撃を回避しながらの前進。
 それしかエリオの取れる手段はなかった。
 唯一ある遠距離攻撃手段はルフトメッサーの刃のみ、されどそれがあの鉄壁の防御を誇る錬鉄の壁よりも早くキャロを切り裂けるか。
 或いは彼女を守護するフリードに気付かれずにやれるのかどうかといわれたら可能性は低いと答えるしかないだろう。
 手元にある機械仕掛けの槍――ストラーダ。
 その機能は未だに封印され、唯一解放出来るのが両側面についている噴射ノズルのみ。
 ストラーダの真価である突撃槍、あらゆる防護を貫くための穿孔せし刃はまだ明かされることを許さない。
 故にエリオはその身一つで、限られた選択肢の中から最善を選び続けることしか許されない。
 例え待っているのがほぼ確実の死であっても、エリオは躊躇わずに突き進み続ける。
 自殺への道のり。
 少年が選んだ選択肢は先のない崖の向こうだった。

「はやいね、えりおくん」

 残像でもしているかのように、少年が鎖の中を突き進む様子を見てキャロは操り、降り注がせていた指を動かしながら、目を丸くする。
 最初は驚きで、次は愉悦に、小動物でも苛める無邪気な子供の悪意がギラギラと瞳の中で輝く。

「じゃあ、こうすればどうかな?」

 次々と突破されていく鎖の中で走るエリオを見ながら、キャロはくるりと手首を返した。
 すると、鎖の動きが瞬く間に切り替わる。
 降り注ぐ槍から、翻る鞭に。
 絡め取り、弾き払う暴力の乱打へと切り替わる。

「まわれまわれまわれ」

 上空の召喚陣から鎖は完全に抜け落ちて、錬鉄の鎖はさながら蛇のように自律する。
 地面に食い込んだ先端を支えに、もう片方の先端が周囲を薙ぎ払うかのように翻り、一閃される。
 無数の鎖が絡まりあい、発生する銀色の斬光の乱舞はまるで無数の竜巻のよう。
272アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:09:33 ID:U8bdrubx
 
「っ!」

 上からの点から、横からの線へと切り替わり、エリオは十数にも及ぶ銀閃を回避するが、幾つか捌ききれずにストラーダで受け止める。
 がぁんっと亜音速の鋼鉄の鎖が直撃した瞬間の衝撃は数百キロにも及ぶ質量を兼ね備え、身体強化を施しているとはいえ小柄なエリオの体では吹き飛ばされないのが限界だった。
 手首を返し、体を返し、体捌きをもって出来うる限りの衝撃を相殺し、地面に逃がしている――けれど、その衝撃はエリオの体に悲鳴を上げさせるのには十二分だった。
 骨がひび割れる、肉が千切れる、皮膚から血が吹き出し、激痛が走るも――同時に働く再生能力……異常なまでに加速した細胞分裂によって治癒という名の修復を終えていく。
 キャロは気付きもしない。
 走りながらも、戦いながらも、エリオの爪がギチギチと伸び始め、髪が少しずつ長さを増やしているということに。
 同時にパラパラとエリオの露出した手足から乾燥した皮膚の欠片が粉雪のように剥がれ落ち、新しい皮膚に置き換わる。
 彼女は知らないだろう。
 細胞分裂、その速度を加速した代償にエリオは支払うものがなんなのかも、知りうるはずがない。
 ただ今の彼女は抗い、動きが鈍った少年に愉悦の笑みを浮かべるのみ。

「フリード」

 彼女が声をかければ、応えるのが使役獣の務め。
 羽ばたきながら、彼女の上空を警固していた白竜が牙をむき出しに、咆哮を上げた。

『RUOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 恐怖せよ。
 未だ幼き幼竜、されど其はあらゆる生物が畏怖すべき竜である。
 崇めよ、崇めよ。
 汝らは神の如き偉大さ、全てにおいて別格、最強たる象徴。
 万物を焼き滅ぼす灼熱が、咆哮と共に白竜の顎から前に生成され、その体内で稼働するリンカーコアが蠢きながら膨大な魔力素を魔力に変換し、権威を顕現させる。
 竜の怒りは天の怒り。

「ぶらすとふれあ」

『GAAAAッッ!!!』

 喉から放射された大量の魔力が、生成された魔力球と反応し、万物を焼き滅ぼす火線となった。
 視界全てを埋め尽くすかのような火炎の吐息。
 鉄すらも溶かす焔が大量の錬鉄の鎖に対抗するエリオに迫り、彼は目を歪めて飛んだ。
 四肢は既に断末魔を上げている、ぶちぶちと壊れては治り続ける細胞に、全身の血肉が食い潰されているかのような錯覚。
 それでも炎――触れるだけ炭となるだろう、焦熱の火炎からエリオは脱する。
 大地を蹴り、はるか横へと飛び移る。
 だが、追撃は終わらない。
 エリオの走る先へと次々と焔が撃ち出され、焼死必至の火炎球が次々と巨大な炎の火柱を噴き上げた。
 燃える、燃える、焼き焦がれる。
 森が炎に包まれる。
 錬鉄の鎖が熱を帯びて、まるで悲鳴でも上げるかのように奮い立ち、真っ赤に熱せられた鎖がエリオを絡めとろうと襲い来るのだ。
 木々を蹴り飛ばし、燃え盛る業火の舌から逃れようとするも、巧みに迫る鎖の全てから逃れることは叶わない。進路を塞ぐように張り巡らされた鎖が、網となり、トラップとなって彼の進路を塞ぐ。
 枝の上、まるで体重を忘れたかのように着地し、揺らぐ枝の上でエリオは爪先だけで体重を前に踏み込ませて、ストラーダを振るい、鎖を両断する。
 僅かな一瞬。
 だが、それだけで十分だった。
 吹き零す竜の吐息が少年を焼き滅ぼすには。

『――GAッッッ!!!』

 白竜は喉を鳴らし、魔力を本能のまま業火に変換し、鉄すらも溶かす竜炎と化して吐息を放とうと顎を開いた。
 極度に絞られ、竜が放つ炎の業火の速度は亜音速。
 酸素による燃焼現象ではなく、魔力による燃焼を齎されたそれは火が付けば含まれた魔力が全て消費されるまで消えることは無い。
 それに飲み込まれれば、今のバリアジャケットもないエリオの焼死は必然だった。
 そう、“飲み込まれれば”。

 ――膨大な熱量で揺らぐ白竜と少女の陽炎、その上で揺らぐ影が一つ。
273アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:10:58 ID:U8bdrubx
 
「ふりーど!?」

 瞬間、未だに継続していたサーチャーの反応に少女が気付く。
 しかし、遅い。
 上空から落下する疾風の如き影、それがフリードの顔面を上から蹴り飛ばした。
 漆黒の巨槌、そうと名づけるに相応しい速度と質量を纏った蹴りが狂える白竜の顔面を蹴り飛ばし、首をびきりと歪ませ、悲鳴を上げさせたのだ。

「よくも!」

 少女が怒りに震える、奇声じみた叫び声と共に亜音速の触れる全てを破砕する鎖を振るう。
 されど、遅い。
 漆黒の人影、それは翅を広げ、大気を翅で噛みながら跳躍するように飛翔、踊るよに大気を蹴り飛ばし、獣の如き俊敏さで間合いを広げる。
 燃える、燃え盛る大地の上。
 未だに燃焼を続ける木々の一本に降り立つ――そこでようやく人影の姿が見えた。
 全身に刻まれた傷跡、醜く傷ついた顔面と複眼、首に巻かれた真紅のマフラーを靡かせたそれは人間ではない。
 人型の異形、全身に漆黒の甲殻を纏った蟲にも似た戦闘生物。
 エリオがつい数十分前に戦い、痛み分け同然で打ち倒したはずの相手だった。

「……何故貴方がここに?」

 エリオは問う。
 エリオは疑問に考える。
 まるでこちらを助けるかのように現れた漆黒の使役獣に言葉を放つも、使役獣には答える口は無い。
 ただ翅を広げ、全身から吸い上げた空気を蒸気のように放出するだけだ。
 漆黒の使役獣、その右手が不意に持ち上げられる。
 人間と同じように五指ある指が折り曲げられ、親指に当たる部分が怒り狂う少女と白竜に向けられた。
 やるぞ、と。
 告げるような声。
 あるいは、付いてこれるか? と挑発するようなポーズ。

「そうですね」

 エリオは考える。
 しかし、迷いは一瞬だった。いや、迷いすらもしなかったかもしれない。
 一人では目的を達成するのは限りなく困難。
 彼に下されていた命令は装甲車の確保であり、あの時戦ったのは確保の障害となると判断したからだ。
 そうでない今、断る理由はなかった。

274アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:12:25 ID:U8bdrubx

「往くよ、ストラーダ」

『Yes』

 短い返事が、機械仕掛けの槍から返ってくる。
 全力戦闘の証に各部のスラスターノズルが展開され、エリオの手元から変換された電気が放出されてくる。
 神経伝達速度上昇、ストラーダへの高速短縮パルス構築開始、肉体再生速度増幅開始。

 今ここに奇妙な共同戦線が開かれる。

 敵は二つ、狂える白竜と裏返りし狂喜の少女。
 味方は二つ、漆黒の戦闘生物と真紅の少年。


 宴は始まりを過ぎ、舞踏曲は最高潮へと達す。

 終わりが近い。

 愉悦にも限りがある。

 さあ終わりへと踊りだそう。




 ―― To Be Next Scene SIDE 3−15



275アンリミテッド・エンドライン ◆CPytksUTvk :2008/09/30(火) 21:13:11 ID:U8bdrubx
投下終了です。
投下に時間がかかってしまい、誠に申し訳ございません。
276名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 21:50:28 ID:qCCTQU6z
GJ!
なんという暴走。
277ロックマンゼロ ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 22:14:13 ID:HwvXStWf
23時45分〜23時50分頃からの投下予約を。
278名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 22:27:08 ID:3EmbgUCF
GJ!!です。
キャロが強いw圧倒的な力だwww
279名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 22:28:26 ID:oXHv/iZk
>>277
寝wかwせwてwくwれw
明日速いのに寝れないww
280名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 22:31:04 ID:JLfUoTt2
>>274
GJ!
キャロがとんでもないことに!?
このエリオは前からぶっ飛んだ子だなとは思っていましたが、それ以上の子がいましたよ。
何だかいろんな事が全部吹っ飛んでしまうくらいのインパクトでした。
って言うかひょっとしなくてもこの子止める事六課だと無理なんじゃ……
頑張れヴァビスケットシューター!先行きは不安という言葉では足りないくらいだぞ!
281名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 22:38:30 ID:mDux0kGg
GJ
一時的な感情の暴発ならまだしも、統制された狂気(むしろ本性?)とは…
そりゃ長老も匙なげるわ、というか、こんな危険物を無責任に外に放り出すな
きっちり責任とって、封印するか始末するかしておけ
282ロックマンゼロ ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:48:15 ID:HwvXStWf
>>279
ごめん。一時間前には間に合わなかったんです。

ボチボチ投下していきます。長いのです。
283名無しさん@お腹いっぱい。:2008/09/30(火) 23:50:21 ID:3EmbgUCF
支援
ゆりかごの猛威が見れるのかなw
284ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:50:27 ID:HwvXStWf
 聖王のゆりかごとは、遥かな昔、古代ベルカ王朝に存在したといわれる伝説
の戦船である。歴代のベルカの王、つまり聖王が所有されたとする史上最強の
質量兵器、一説では聖王とその一族はこの船の中で生まれ育ち、そして死んで
いったとされる。故に、ゆりかごの名がついたのだと。

 神学者からは伝説の遺物として、考古学者は旧暦の遺産として、歴史学者に
至っては空想の産物として探し続けられてきた夢幻の存在……それが今、ミッ
ドチルダはベルカ自治領の空高く、飛翔している。
 移動する玉座、世界を幾度も破滅に導いた兵器、異名など探せばいくらもあ
るが、そんなものは今となってはどうでもいい。
「どうでもいいことなんだよ、伝説が現実として姿を見せた今となっては」
 ジェイル・スカリエッティ、数多くの学者や権力者たち、国家が追い求めな
がらも成し遂げられなかった夢を、自らの実力と才覚を持って、その手で成し
遂げた唯一の存在。
「クアットロ、管理局が管理している全ての次元世界に向かって放送を、いや、
演説を行う。ゆりかごなら、それが出来るはずだ」
 鍵となる聖王を遺伝子を、時の彼方から復活させて作り上げ、扉を開くこと
に成功した最初で最後の天才。

 その名は……

「全次元世界の諸君、まずは記憶して貰おうか。ジェイル・スカリエッティ、
夢想を現実にし、伝説を真実に変え、歴史を証明した、唯一の男の名前を、刻
み込んで貰おうか!」

 絶対なる言葉は、確かな事実。

「無知蒙昧にして、管理されることに慣れ切った諸君……今日は君たちに朗報
だ。今日、この日、この時間、この時を持って世界の歴史は変わる。新たなる
未来が、私の手によって作られるのだ」

 抗いようのない、歪んだ事象。

「愚かな無学者たちは、いつだって良識と識見を持つ、才能ある天才を迫害し
てきた。一方的に嫌い、不快がっては、その言葉に耳を貸そうともしない。否
定されることに怒り、批判されることに反発し、不愉快だという気持ちだけで
切り捨て、相手を認めようとしない!」

 訴えたいのは、心の底からの叫びか。

「何という視野の狭さ、何という精神的未熟。脳ある者の言葉から逃げ、脳な
し同士徒党を組んで、暴言、暴論、そして暴力で迫害し続ける! 嫌うなら嫌
うがいい、憎悪をするならすればいい。だがな……」

 最後の言葉、誰に伝えるべきなのか。

「私は、逃げない。何故なら、私は壊すことを恐れない。自らを否定され、批
判の声を浴びることに怯えない! 何かを創造するということは、同時に何か
を壊すことだ。創造者は破壊者でもある。にもかかわらず、満足に壊し切るこ
ともせず、常に自分を守る逃げ道を作っていく情けない輩、それこそ軽蔑に値
する俗物だ」

 つまり、それがこの男の信念。

「さぁ、刻め。創造にして破壊の天才、ジェイル・スカリエッティの名を!」


         第19話「聖王のゆりかご」

285ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:51:49 ID:HwvXStWf
 全次元世界に向けられたジェイル・スカリエッティの演説は、恐怖を覚える
間もない衝撃によって迎えられた。
 特に聖王教会が受けた打撃は計り知れないものがあり、教会本部は騒然とし
た混乱と動揺に叩き落ちたのである。
「伝説は歴史に埋もれ、空想の産物として存在するから意味と価値があるもの
を……」
 教会騎士カリムは、空に飛び立つ聖王のゆりかごの映像を見ながら、ため息
交じりに呟いた。いち早く動揺から立ち直り、混乱する思考を正常に戻した彼
女であるが、表情は険しさを増している。
「騎士カリム、聖王のゆりかごを称する兵器は、ミッドチルダ首都クラナガン
へ向かう進路を取っています」
 認めることが出来ないのか、それともゆりかごたる確たる証拠がないからな
のか、シャッハは敢えて曖昧な表現を使った。
「スカリエッティに首都攻撃の意思があるなら、教会としては教会騎士団を動
員してこれに対処するべきだと思われますが?」
 教会騎士団とは、カリムやシャッハが所属する聖王教会固有の戦力のことで
ある。宗教組織が固有の武力を持っているのは、この世界で如何に宗教権力の
力が強いかを象徴するようなものだが、別に悪なる集団いうわけではない。教
会に関わる事件以外に動くことは稀だが、管理局とは時に協力することもあり、
関係は良好といっていい。
「本気で言っているのですか、シャッハ?」
「……と、いいますと?」
「あれは、聖王のゆりかごなのですよ。我ら聖王教会が崇拝し、信仰する聖王
の玉座。それを神聖なる信徒である騎士団が攻撃をすると? 出来るわけがな
いではありませんか」
 その言葉に、シャッハは絶句した。
 確かに、理屈としてはカリムの言っていることは正しい。自分たちは聖王を
信仰対象とする聖王教の、その集まりである聖王教会の人間なのだ。教会に属
する騎士団が持つ剣は、聖王を敬うために掲げられ、聖王の敵を排除するため
に振るわれる。少なくとも、教義と理念にはそのように書かれている。
「伝説が本当ならば、聖王のゆりかごには聖王が乗っているはずです。我々に
は、聖王にひざまずくことは出来ても、剣を向けることなど……不可能なので
すよ」
 騎士団がその剣の切っ先を聖王に向けることなどあってはいけない、あり得
ないことなのだ。
「しかし、それではスカリエッティが聖王のゆりかごを操りクラナガンを攻撃、
壊滅させるのを黙って見ていろと仰るのですか!」
 強い憤りを覚えてシャッハは叫ぶが、対するカリムの声は冷たかった。
「どうせ、私たちが行動を起こそうとしても、すぐに教皇たちが止めますよ。
そうすれば我々は内部抗争に突入し、悪くすれば教会は空中分解です」
 自虐的なカリムの言葉は、時を置かずして現実のものとなった。教皇の署名
が入った文書を枢機卿が読み上げ、大司教が発布する。聖王のゆりかごへの手
出しを禁じ、教会内にてこの問題への干渉と言及を不可とする。対応、対処は
全て時空管理局に任せるのだ、と。
286ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:52:51 ID:HwvXStWf
「そんな……」
 失望に打ちのめされる、シャッハの若い横顔を、カリムは見つめた。
「これが、聖王教会というものですよ」
 悔しさを忘れた人間にできるのは、諦めることだけ。自嘲するカリムである
が、そんな彼女の元に、一通の通信が届いた。
「はい?」
 音声のみの通信、しかし、カリムはその声に顔色を変えた。
「あなた、どうして……なんで!?」
 シャッハが、その光景を不思議そうに見つめている。通信は、僅か数分だっ
た。困惑した表情を始終浮かべるカリムであったが、何事かに納得したように
頷くと、
「わかりました。管理局へは私が話を通します。その後は、全てあなたに任せ
ます」
 そう言って、通信を切った。
「騎士カリム……今のは、誰から?」
 尋ねるシャッハに、カリムは無言で窓辺へと視線を向けた。
 それは、とても遠い場所を眺めているような目だった。
「ねぇ、シャッハ。宗教とは、なんなのでしょうね」
「はい?」
「本来なら、聖王教会が責任を取らねばならないことを他者に委ね、他者が傷
つくことを傍観している私たちに、正しさは存在するのかしら」
 しかし、それが宗教に身を置く、依存する人間たちの定めなのだろう。

「後は、信じるしかありません。あの子を、あの人たちを――」


 聖王のゆりかご、その最初の砲火が降り注いだのは、ベルカ自治領でもなけ
ればミッドチルダ首都クラナガンでもない。
 臨海第8空港、スカリエッティの送り込んだガジェット部隊と、管理局の武
装隊が戦う戦場である。
 突然の砲火に、一体何人が反応できたのだろか? 空戦を繰り広げていたな
のはやフェイト、キャロの力を借り得て現場を離脱しようとしていたティアナ
とスバルはまだしも、地上にて激戦を繰り広げていた多くの隊員が、たった一
発の砲火で吹き飛んだ。

 ガジェットともに、跡形もなく。

「酷すぎる……なんてことを!」
 空港を消滅させた砲火に、フェイトは震える声で言葉を発した。スカリエッ
ティの演説は、彼女も映像付きで見ることが出来た。
「創造者であり破壊者か、大きく出たね」
 圧倒的な破壊力に僅かな冷や汗を感じながらも、なのはは何とか精神の均衡
を保っていた。
287ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:54:28 ID:HwvXStWf
 古代から、革命家は今ある歴史を壊し、そこに新たな歴史を創造するもので
ある。スカリエッティは、革命を行いたいのだろうか? 現在のミッドチルダ
を壊し、自分の楽園でも作り上げるというのか。
「夢が現実に……か。昔さ、どっかの作家がこんなことを言ってよ。『現実を
夢で済ませるという終わり方は、現実に目を向けられない、現実から逃げ続け
る者の取る選択肢である。どんな凄惨な話も、夢であるとした途端に笑い話と
なってしまう。その馬鹿げた結末に笑えるならまだいいが、真面目に読んでき
た人間は馬鹿にされたと思うだろう』って。要約すると、夢とか嘘で話を終わ
らせるのは才能のない奴だって言いたいんだろうけど」
 嘘をつくのは簡単だ。どんなに長ったらしい文章も、口上も、その全容がい
かに優れており、説得力があろうと、最後に「これは嘘である」と付け加えれ
ば嘘になってしまう。嘘をつくことに必要なのは、勇気ではない。平然とそれ
を行える羞恥心の欠如だ。勇気はむしろ、最後まで成し遂げるのに必要なのだ。
「自分は恥知らずにはならない、とでも言いたいのかな」
 あるいは、創造者たる資格を持つ者は、破壊者としての汚名を甘受出来る存
在なのだと、スカリエッティは自らの行いを持って証明しようとしているので
はないだろうか?
「でも、夢や嘘で終わって欲しいこともあるよ」
「それがないから、現実なんだよ」
 フェイトの言葉を軽く流し、なのはは遥か遠くの空を見つめている。
「ま、黙ってスカリエッティが征服者になるのを見過ごすわけにもいかないけ
どね」
 創造も破壊も、それが嫌だから人々は否定し、批判するのだ。どんな巧言を
吐こうと、スカリエッティはこの世界にとっては征服者で、他の世界にとって
は侵略者にしかならないのだ。

 戦いに勝利し、全てを従わせでもしない限り。

「さて、偉大な天才が創造物を完成させるのが先か、私たちが潰えさせるのが
先か……下も無事みたいだし、反逆の準備と行こうか」
「あ、そうだ、ゼロは!?」


 地上にいたゼロとナンバーズの姉妹らは、ゆりかごから放たれた砲火に直撃
した。元々、彼らを狙って撃たれたものであるから当然なのだが、それを防ぎ
切ることが出来たのは、奇跡なのだろうか?

 いや、奇跡などではない。

「生きてる、の……?」
 セインの呟きとともに、全員が目を開けた。
 緑色の結界が、ゼロたちを包んでいる。閃光の術師、オットーが張ったもの
である。レイストームによる小規模だが最硬度を誇る結界は、ゆりかごの砲火
からゼロを含め、ナンバーズ全員を守った。

 しかし、その代償は決して小さいものではなかった。

「オットー!」
 ふいに結界が消え、崩れ落ちるオットーの身体をディードが支えた。
「さすがに、これは……きついものがあるね」
 青ざめきった顔で、オットーが呟いた。艦砲射撃を防御するなど、並大抵の
業ではない。機能回復をしたばかりの、病み上がりの体を無理やり動かしたも
のの、ろくな体力や気力を持ち合わせていなかったオットーは、自身の生命力
を使う以外に防ぐ手立てを持ち合わせていなかった。
 そして、それを使い果たした時、オットーに出来ることはもう、何もなかっ
た。
288ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:55:36 ID:HwvXStWf
「ドクターはさっき、創造者がどうとか言ってたね。破壊の先にこそ、新たな
創造が出来ると。ディード、これでわかったろう。僕たちは所詮、あの人にと
って物なんだよ。壊しても、新しいのを作ることができる、その程度に過ぎな
いんだ」
 撃たれて、はじめて理解できるものもある。自分はいらないものだと判断さ
れた苦痛、かつてセインが味わい、今なお心にわだかまりとして残るそれを、
ディードも実感することになった。
「私は、私はどうすれば……どうすればいいんだ!」
 震える妹の頬を、オットーはそっと撫でた。
「戻るのも、逃げるのも、君の自由だよディード。君自身のことなのだから」
 今日まで戦闘機人として、スカリエッティの命令だけを訊いてきた彼女にと
ってそれがどれほど難しいことなのか、同じく後期完成型のオットーには良く
分かることだ。セッテなどもそうだが、後期型のナンバーズは余計な感情を排
除し、従順な、従順すぎる娘にするというコンセプトの元に作られているのだ。
発案はクアットロという話だが、これは一種の枷だろう。
「僕は、抗おうと思った……戦おうと思った。それでこの様じゃ、正しい選択
だったのかは判らない。だけど」
 あぁ、視界が薄暗くなってきた。もう、ディードの顔すら満足に見ることが
出来ないではないか。
「後悔は、していないよ。最後の最後で、僕はただの戦闘機人として終わらず
に済んだから」
「最後……?」
 身体が、重い。この選択が、例え間違ったものであったのだとしても、

「僕は、満足だ」

 オットーの身体から、全ての力が抜けた。

「……オットー? オットーッ!」
 ディードは叫ぶが、それに答える声は、どこからも発せられなかった。静か
に、しかし固く閉ざされた瞼は、開くこと辞めていた。
「ずるいよ、自分だけ……自分だけ満足して、それで!」
 オットーの身体を抱きしめながら、ディードは泣き叫んだ。セインが、どう
声を掛けるべきなのか迷いながらも近づくが、ゼロがそれを止めた。

 やがて、一頻り泣いた後、ディードはオットーを静かに地面へと横たえ、起
ち上がった。
 泣きはらした眼には、強い光が宿っている。強烈な怒りが力となり、ディー
ドを突き動かしているかのようだった。
「私は、今日までナンバーズとして、戦闘機人としてドクターに仕え、命令を
利くことに疑問を持っていなかった……持とうとしてこなかった」
 セインやウェンディなど感受性豊かな姉妹と違い、ディードにとって行動と
は受け入れることが、もっとも単純で簡単だったから。
「それも、もう終わりにしよう」
 双剣ツインブレイズに、光り輝く刀身が現れる。二刀の剣は、真っ直ぐと天
に向かって突き上げられた。
「行こう、ゆりかごに。私は、どこまでも抗ってみせる!」

 スカリエッティが作り上げ、育て上げたナンバーズが、分裂した瞬間だった。

289ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:56:39 ID:HwvXStWf
 一方、ミッドチルダ首都クラナガンでは、突然ベルカ自治領に出現した『聖
王のゆりかご』を名乗る兵器への対応に追われていた。聖王教会からの連絡で、
それが伝説上のみに存在する、古代ベルカ王朝の最強最悪の質量兵器であるこ
と、スカリエッティの演説で彼が時空管理局及び多次元世界に宣戦布告をした
こと、両方を時空管理局地上本部は知ることになった。
「敵船は、進路をクラナガンに向けています。速度から考えて、三十分かから
ず到達するとのことです」
 副官オーリスの報告に、剛胆で知られるレジアス中将もさすがに動揺が隠せ
なかった。だが、彼は取り乱すような愚を見せず、地上本部にあって事実上の
最高司令官にして指揮官である我が身を思い出したかのように、精力的な指示
を飛ばした。
「アインへリアルを起動し、迎撃に当たらせろ。全陸士隊及び空戦部隊を市街
に結集させ、防衛線を作る。出撃可能な戦車部隊及び、ヘリ部隊も前線に投入
だ」
「市街戦を、行うつもりなのですか!?」
「市民への避難命令は、もう出しているのだろう?」
 その通りであるが、三十分足らずで終わるものではないし、第一全ての市民
を収容できるシェルターなど、クラナガンには存在しない。
「次元航行艦を一隻作る予算で、シェルターが幾つ作れるか……まあ、今更言
ってもしかたないことだな」
 今から市街の外に陣を構築したところで、間に合うわけがない。間に合った
としても、敵はあの巨大質量だ。市街への侵入を阻むことなど、地上本部の力
では不可能だ。
「海の連中に増援要請を行え」
 その言葉に、オーリスではなくレジアスの若い秘書官が驚きの反応を示した。
淡い桃色の髪をした彼女は、常日頃から彼が海を嫌い、愚痴を言っていること
を知っていたからだ。
「閣下、よろしいのですか?」
 思わず聞いてしまったが、レジアスは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「仕方あるまい、地上の危機だ。対面や面子など、気にしていられるか!」
 レジアス・ゲイズという男に美徳があるのだとすれば、彼の行動理念が地上
の正義と平和、安定にのみ注がれていたことだろう。多少汚い言動や、乱暴な
やり方、裏取引などが非難の対象となる彼だが、それでも地上を守ることに余
念はないという彼の姿勢を、市民は買ったのだ。だから英雄として認め、誇り、
称えた。

 しかし、そんなレジアスの英雄としての道は……今日、終結する。

290ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:57:45 ID:HwvXStWf
 その頃、聖王のゆりかごは、地上本部の予想を遙かに超えるスピードでミッ
ドチルダ首都クラナガンへと迫っていた。次元航行艦よりも遥に大きな質量を
有していながら、途方もない速度である。
 だが、スカリエッティは少々不満げだった。
「飛行速度は良い、砲門の威力も完璧だ。なのに、どうして上昇速度が上がら
ない!」
 聖王のゆりかごは、その恐るべき機能の一つとして、衛星軌道上まで上昇す
ることで二つの月の魔力を得られるというものがある。これによって尽きるこ
とのない膨大な魔力をゆりかごは有し、鉄壁、いや、絶壁の守りと、最強の攻
撃力を手に入れるのだ。
「この質量で次元航行、さらに次元間攻撃を行える事実が、かつて聖王が幾度
となくあらゆる世界を破滅に導いてきた証拠だというのに……それが出来ない
とは」
 さすがに、ついさっきまで遥か地中の奥深くに埋まっていた古代兵器、用意
した聖王の鍵との相性は良かったのだが、思うように出力が上がらないのだ。
こうしている間に、敵に反撃の一手を取られたら元も子もない。
「次元航行艦隊に関しては手を打ってあるが、地上部隊の展開は早い。レジア
ス中将は、噂に違わぬ勇将らしい」
 彼も、まさか自身と取引のあったスカリエッティが宣戦布告を行うなど、思
っても見なかっただろう。彼だけではない、彼の後ろに存在し、あらゆるもの
を管理し、操れると思い込んでいる連中もまた……
『ドクター、出力調整までまだしばらく時間が掛かりますけど、どうします?』
 制御室にいるクアットロが、集結しつつある地上部隊の大軍を目にしながら
問いかけてきた。
「そうだな、ゆりかごの力がどれほどのものか、彼らにはその身で味わって貰
おうか。抵抗はするだけ無駄だという絶望を、すぐに憶えるさ」
 言うと、スカリエッティはゆりかごの外で待機をしているルーテシアにも回
線を繋いだ。
「ルーテシア? 君にも頼めるかな。怖いお兄さん、おじさんたちを君の力で
懲らしめてやってくれ」
『……ドクターより怖い人なんて、いるの?』
「おやおや、私は怖いかな? これでも、君には優しくしてるつもりなんだが」
 スカリエッティの言葉に、ルーテシアは少しだけ考えるような仕草をしたが、
『そうだね、ドクターは私には優しいね。わかった、手伝ってあげる』
 ルーテシアなりの、皮肉だった。彼女は、スカリエッティが次々にナンバー
ズを切り捨てていることに苦言を呈しているのだ。思わず苦笑するスカリエッ
ティが、それを改めるかどうかは、本人にすら判らなかった。彼は、近くに立
って事態を静観をしているギンガとゼストに振り返った。
「君たちも、手が空いていて動けるようなら、ルーテシアに協力してやってく
れ」
「地上への破壊行為に、手を貸せというのか?」
「計画の一旦は、君にも話していたはずだ。それを承知の上で、今日まで付き
合ってくれたのと思っていたのだが? 協力者の騎士ゼスト」
 不快感を示すゼストに、スカリエッティは平然と言い放った。事実であるか
ら言い返せないし、自分の目的の為に彼を利用してきた一面もあるため、ゼス
トはかなり複雑そうであった。
「ねぇ、ドクター、質問があるんだけど」
「何かな、ギンガ?」
 片手を上げて質問するギンガに、スカリエッティは薄い笑みを向ける。今度
は、一体どんな面白いことをしでかしてくれるのか。スカリエッティにとって、
ギンガは予測不能な刺激物のようなものだった。
「大将首を取ってきたら、何かご褒美でもくれる?」

291ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:58:32 ID:HwvXStWf
 レジアス中将によって指揮された地上部隊は、統制の行き届いた指示の元、
着実に防衛体制を整えつつあった。聖王のゆりかごからは既に何百機ものガジ
ェット部隊が出撃をはじめているが、結集した陸士隊がこれの着実なる撃破を
はじめている。
「アインへリアルを起動、標準は『聖王のゆりかご』に!」
 レジアスの怒号に近い指示が、地上本部中央司令室内に飛んでいる。最高司
令官の席にどっかりと腰を下ろし、屈強な意思を元に強力な指揮を執るレジア
スの存在は、地上部隊全てを統括するに十分すぎるほどだった。

「発射せよ!」

 アインへリアル、レジアス・ゲイズが発案し、最高評議会によって承認され
建造された巨大魔力砲塔、謂わば現代魔法技術の粋を集めて作り上げられた兵
器が今、発射された。

 三連装砲門から怒濤の勢いで放たれた魔力砲は、的としては大きすぎる聖王
のゆりかごに狙いを定め……直撃した。
「全弾命中、アインへリアル、敵船に命中しました!」
 新兵器の発射に成功した司令室は歓喜の声に沸き立つが、オーリスはレジア
スが険しい表情のままであることに気付いた。
「……ダメか」
 そして、上官にして実の父親でもある男の口からはじめて、絶望感溢れる言
葉を聞いたのだった。
 オーリスは、無言でモニターに視線を戻した。
「そんな、馬鹿な」
 索敵担当の士官の声が、震えている。信じられないものを見るかのように、
もたらされる情報に動揺しきっていた。
「索敵士官、報告をしろ」
 故に、レジアスが低い声でそう命令したときも、動揺し、混乱しきっていた
彼の耳には届かなかった。
「――ちゃんと報告をせんか、索敵士官!!!」
 鼓膜を突き破らんばかりの怒声が、索敵士官と、他の士官たちに平静さを取
り戻させた。
 けれど、それは一時的な効果でしかなかった。
「む、無傷です! 敵、聖王のゆりかごはアインヘリアルの直撃にビクともし
ていません!」
 報告とほぼ同時に、聖王のゆりかごの砲門が光った。放たれた魔力砲が、ア
インヘリアルの砲塔に直撃、これを完全に破壊した。魔力防壁など、何ら意味
を持たなかった。現代魔法技術の結晶が、古代魔法兵器の一撃に打ち砕かれた
のだ。

292ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/09/30(火) 23:59:12 ID:HwvXStWf
 地上部隊もまた、善戦こそしているが、いつ苦戦に陥ってもおかしくない状
況下にあった。かき集めた部隊を統率、統制し、何とか戦闘を行える集団にし
たレジアスの手腕は大したものだが、完璧だったわけでもない。
 ガジェット部隊相手に激しい砲撃戦を繰り広げ圧倒こそしているが、敵は無
限の回復力を持っているに等しい相手だ。それに対し魔導師とはいっても生身
の人間である隊員たちは、神経をすり減らしながら必死に戦い続けている。
「戦車大隊、砲撃用意!」
 魔法戦車が集結をはじめ、魔力砲によるガジェットへの砲撃を開始する。大
型のガジェットであっても、戦車砲の前には一溜まりもない。一時は思わず隊
員たちが歓声を上げてしまうほど、戦闘は一方的なものになった。

 しかし、それはすぐに絶望へと変化を遂げる。

「な、なんだ、地震か!?」
 戦車に乗り込む隊員も、外で戦闘を行う者も、誰もが大きな地鳴りを肌で感
じ始めた。
「じ、地面が!」
 恐らく、戦車隊は自分たちに何が起こったのか判らなかっただろう。突然地
面に何らかの反応があったかと思えば、車体が揺れ、いや、揺れたと言うより
は吹っ飛ばされたのだから。
 地中から現れた、巨体な召喚虫に出現によって。
「ば、化け物だ」
 ひっくり返されることを避けることが出来た戦車をはじめ、隊員たちも新た
に現れた奇怪な召喚虫に対し、一斉攻撃を行った。
「酷い、地雷王たちは化け物なんかじゃない」
 空にあって、お気に入りのガジェットU型の上に乗っているルーテシアは、
管理局の武装局員たちの反応と対応に、不快感を滲ませていた。
「みんな、死んじゃえ」
 魔力砲の直撃を受けたところで、硬い地雷王の身体は傷一つ付かない。そこ
にガジェットの反撃も始まり、地上部隊の一部が瓦解し始める。一つ崩せば二
つ、二つ崩せば三つと、一気に壊乱に陥れるべく、ルーテシアは更に構成を強
めはじめた。
 この時、戦場にあって前線部隊を率いていたのはルーテシアのみである。ス
カリエッティはこの戦いにナンバーズを出そうとはせず、あるいは先の行いを
反省して、温存しているのかも知れなかった。
 しかし、ギンガやゼスト、アギトの来援は期待しても良いはずなのだが……
「別に、一人でも大丈夫だけど」
 呟くルーテシアの頭に、ガリューの手が優しく触れた。少し驚きながら彼を
見上げるも、ルーテシアは微笑みを見せた。
「忘れてないよ、ガリューも一緒。うん、一人じゃない」

293ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:00:21 ID:9fGLR5dh
 地上部隊がここまで善戦を続けられた理由には、やはりレジアス中将の存在
が大きいだろう、大きいはずだと考える人々は多い。それは敵も味方も同じ事
で、特にギンガ・ナカジマは真っ先にそこへ到達した。
 ルーテシアの援護に向かうわけでもなく彼女が取った行動は、大将首である
レジアスの命を奪うことだった。
「地上本部の防壁、それで私を止められるかしら!?」
 レリックの放つ赤い魔力に包まれたギンガは、弾丸のような速度で地上本部
の防壁に突撃すると、これを力任せに突き抜けた。元々、対人魔導師用に作ら
れていないとはいえ、ギンガは史上初魔導師の身で地上本部の絶対防壁を破っ
た存在となった。
 突入すると共に、けたたましい警報の嵐がギンガを歓迎する。
「大将首は、どっこかしら〜」
 歌など歌いつつ、ギンガは地上本部内を駆けだした。本坊防衛部隊が立ちは
だかるも、敵が攻撃するよりも早く、ギンガはそれらを打ち砕いていた。

 目指すは中央司令室、狙うは大将首ただ一つ!


 ギンガが侵入し、防衛部隊を蹴散らしながら司令室に突き進んでいることは、
レジアスにも判っていた。
「閣下、お逃げ下さい。敵の狙いはあなたです」
 オーリスはそのように訴えるが、レジアスは思いのほか強情だった。
「ダメだ、今私が指揮を放棄して逃げ出せば、地上部隊は統制を失って壊滅す
る。それでは地上波お終いだ」
「しかし、このまま敵によって命を奪われれば、同じではありませんか! こ
こは一旦退き、その上で戦線の立て直しを……」
 既に市街戦である。ある程度、犠牲が増え続けることには妥協せねばならな
いはずだ。
「う…ぬ…」
 悔しそうに歯ぎしりするレジアスだが、決断したのか指揮官席を立った、ま
さにその時である。
 中央司令室の扉が一瞬光り、爆発と共に吹き飛んだ。
「はい、到着〜」
 両手を軽く叩きながら、ギンガがゆっくりとした足取りで司令室内に踏み込
んできた。
「おのれ、裏切り者が!」
 それと同時に衛兵ともいうべき武装局員が躍りかかったが、
「女性に対する礼節ぐらい、弁えてよ」
 ギンガはその局員の顔面を掴むと、局員が想像も出来ないほど強い握力で顔
面を握りつぶし、その身体を壁へと叩き付けた。硬いはずの壁がひび割れ、局
員の身体がめり込んでいく。
 その圧倒的な光景に、誰もが声を失った。

 レジアス・ゲイズという、時空管理局地上本部の長を除いては。
294ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:02:15 ID:9fGLR5dh
「痴れ者が、ここをどこだと思っている」
 拳銃を片手に、レジアスは重々しく口を開いた。雷鳴のような響きがある声
は、確かな圧迫感がある。ギンガが苦々しそうな視線を向けたぐらいだ。
「あなたが、レジアス・ゲイズ中将?」
「如何にも、私が地上の英雄だ」
 自らを英雄と称するレジアスの言葉に、ギンガは失笑で返した。
「英雄ねぇ、残念だけどあなたの英雄譚は今日で終わり。だって、あなたはこ
こで死ぬんだから」
「ほぅ、大した高言だ。その汚らしい言葉遣いに物言い、親の教育がなってい
なかったと見られる」
 その言葉は、ギンガの逆鱗に触れたようである。瞳が氷のように冷たくなり、
冷たいのに熱い、奇妙な光りを宿す。
「随分と口が達者ね。その口引きちぎって、黙らせてやる!」
 リボルバーナックルを構えるギンガに対し、レジアスはすかさず指揮官席に
あるコンソールパネルを操作した。操作したといっても、スイッチを一つ押す
だけであるが。
「なに、を――!?」
 一瞬の動作に気を取られたギンガであるが、途端に身体が重たくなった。超
重量の何かがのし掛かったように、身体に負荷が掛かっている。
 これは、まさか。
「AMF……!」
 ガクリと、ギンガはその場に膝をついた。立っていられないほど強力なAMF、
まさかこのような防衛機構が司令室に備わっているとは、迂闊だった。
「貴様のような、膨大な魔力を持っている輩には相当堪えるらしいな。まあ、
魔力を持たない私には何も感じられないが……この私が、司令室の防備を怠る
とでも思ったか!」
 叫ぶと、レジアスは拳銃の銃口をギンガに向けた。
「中将!」
 自ら手を下そうとするレジアスの姿にオーリスが声を上げるが、
「何、殺しはしない。スカリエッティとの交渉材料か、その価値はなくとも情
報ぐらいは持っているだろう」
 力任せに射殺せず、レジアスはギンガの有効性を考えた。それは指揮官とし
ては当然の判断であり、正しくもあった。
 けど、この時はそれが災いとなった。

「戦闘機人モードに移行」
295名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 00:03:30 ID:aMegFWhT
しえん
296ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:04:27 ID:9fGLR5dh
 ギンガの呟きを聴き取れた者が、何人いただろうか? あれだけ苦しそうに、
圧迫感に押しつぶされそうになっていたギンガが、一瞬の間を持って復活、恐
るべき速さで起ち上がると、一跳びでレジアスへ迫った。
「なっ!?」
 慌てて発砲する弾丸をリボルバーナックルで弾くと、ギンガはそのままレジ
アスの側にいたオーリスの側まで跳んで、その身体を拘束した。右腕で首を締
め上げ、身動きを封じたのだ。
「オーリス!」
 娘の危機に声を上げるレジアスだが、彼が娘を副官にしているという事実は、
それほど有名ではないが、隠されているわけではない。
 そして、ギンガはそのことを知っていた。
「武器を捨てなさい、出なきゃ、この首へし折るわよ!」
 窒息死すら許さない、レジアスが従わなければギンガは必ずそうするだろう。
レジアスには、従う以外の選択肢がなかった。
「中、将……」
 ダメですと言おうにも、苦しくて声が出せない。レジアスは悔しそうな表情
を隠せずに、それでも要求通り拳銃を床に捨てた。
「何故だ、先ほどまではあれほど苦しがっていたではないか!?」
 AMFが聞かなくなったそのわけを、問いただすレジアスに、ギンガは冷笑を
持って答えた。
「私もね、戦闘機人なのよ。あなたと最高評議会が、ドクタースカリエッティ
と一緒に行っていた、禍々しき計画……その完成系の一つよ」
「馬鹿な、そんな」
「戦闘機人の動力は、魔力じゃない。どんなに強いAMFだろうと、関係ないの
よ。さあ、無用となったものも、解除して貰いましょうか?」
「い、いけません、中将!」
「ッ! 黙ってなさいよ」
 オーリスの叫びに顔を顰めたギンガが、彼女の首を締め付けた。苦悶の表情
を浮かべる娘の姿に、レジアスは遂に折れた。
「わかった、わかったから、もう止めてくれ!」
 コンソールを操作し、AMFを解除した。ギンガは、勝利を確信し、凶悪な笑み
を浮かべた。
「ありがとう、良かったわね? 心優しいお父様で」
 その笑みでオーリスに微笑んだギンガは、彼女の身体を床に突き飛ばした。
「オーリス!」
 駆け寄ろうとするレジアスに、
「ダメよ、感じの良い親子愛とか、私、反吐が出るのよ」
 ギンガの冷たい声と、その手から放たれた魔力光がレジアスを貫いた。英雄
と呼ばれた男の恰幅の良い身体が、血を吹き出しながら膝をついた。
「父さん! いやぁっ!」
 父親が傷つき倒れる姿に、オーリスが悲鳴と共に泣き叫んだ。ギンガは物も
言わず、蹲るレジアスに歩み寄ると、
「感謝しなさいよ? 娘の前で死ねるんだから」
 そういいながら、トドメの魔力光を放とうと右手を光らせ……

「待て、それ以上は止めろ」

 ゼストの声に、それを中断させられた。
297名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 00:06:31 ID:aMegFWhT
しえん
298ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:06:49 ID:9fGLR5dh
「ゼスト? なんで、あなたがここに」
 思いも掛けぬ男の登場に、ギンガは攻撃を止めて振り返った。泣き叫ぶオー
リスも、登場した男の姿に泣くのを止め、愕然とした表情を見せている。
「ゼストさん……? 嘘、だってゼストさんは」
 死んだはずだ。そう思い父親に目をやるオーリスだが、レジアスは撃ち抜か
れた傷口を押さえながら、その身を起こしていた。
「来たか、ゼスト」
 荒い息で、血の混じった息を吐きながら、レジアスは喋った。ゼストは無言
で、レジアスの元へと歩み寄り、立てない彼の前に膝をついてやった。
「久しぶりだな、レジアス。もっと早く来るつもりが、遅れてしまった。俺は、
いつだって遅いんだ」
「なに、私とお前の仲だ……気にするな」
 傷は痛いはずだ。身体を貫かれ、致命傷のはずだった。なのにレジアスは、
ゼストに対して笑みを作って見せた。
 その笑みを見たとき、ゼストは理解した。レジアスの笑みが、かつて自分と
夢を語り合い、誓い合ったその時と、何ら変わりがないことに。
「レジアス、教えてくれ。あの時、何があったんだ。俺は、俺はお前の正義の
ためなら殉じる覚悟があった! これは嘘ではない!」
「あぁ……知ってるさ。知らない、わけがない」
 古い話だ。レジアスが昇進を重ね、改革派として台頭しはじめた頃、彼の周
囲には黒い噂が付きまとうようになった。黒くない政治など存在せず、白だけ
で描ける絵など無いと突っぱねるレジアスであったが、友人が泥沼に足を踏み
入れているのではないかと、当時地上本部の部隊長であったゼストは危惧して
いた。レジアスとゼストは士官校からの同期で、自他共に認める親友だった。
ゼストが現場で戦い、レジアスが上に上り詰める。互いに協力し合い、やがて
は管理局を変え、地上を共に守っていこうと誓い合った、友情がそこにある。
「だが、お前との友誼を信じ、敢えてお前の命令を無視して任務を続けていた
俺は、俺の部隊は……!」
 戦闘機人事件、その当時既に犯罪者として名の通っていたスカリエッティを
追う最中、ゼストはレジアスから調査中止命令を受けた。そして、比較的安全
な任務に移すというのだ。閑職ではなかったし、レジアスが危険な任務を行う
友人を思って働きかけたのだという考えも、出来なくはない。しかし、ゼスト
はレジアスの反応に疑念を抱き、副官二人を説得して任務を続行したのだ。
 その結果、彼はスカリエッティが誇る戦闘機人と、ガジェット部隊と交戦す
ることになった。
「俺はチンクに、ナンバーズの5番に殺され、クイントやメガーヌを初めとし
た隊員たちも全滅した」
 義母の名前が出たことに、ギンガの表情が変わった。作戦中の戦死、義父は
それ以上語ろうとしなかったが、なるほどそういう事実があったのか。
「答えてくれレジアス。お前が、お前が命令したのか!?」
 それは、あるいは聞きたくなかった真実。聞けば、友情も友誼も、何もかも
が崩壊してしまう危険性を孕んだ、危険な行為。
 レジアスは、残された力を振り絞るように、ゼストの目を見ながら口を開く。
「知らなかった、嘘ではない、私がお前を止めきれず、お前がスカリエッティ
の手によって殺されたと知ったとき……私は、もう後戻りが出来なくなった」
 戦闘機人の性能を証明する画像をお送りしよう、そんな言葉と共に、レジア
スはゼストの死体を見せつけられた。唖然としたレジアスは、他の部隊員がど
うなったかを尋ねた。
299ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:08:47 ID:9fGLR5dh
「みんな、殺してしまったよ。あぁ、ただ一人だけ面白い素体になりそうなの
がいたから回収したがね」
 親友の死、自分が殺してしまったようなものだ。とも日常世界を守ろうと誓
い合った男を、自分が殺したのだ!
「それ以来、私は地上を守ることだけを考えるようになった。最高評議会に言
われるがまま、スカリエッティに協力し、奴の研究を見逃し、破壊活動をも放
置するようになった」
「スカリエッティと、最高評議会は繋がっているのか?」
 ゼストも、そしてギンガも予想だにしなかった答えだった。時空管理局最高
評議会と、犯罪者であるスカリエッティが繋がっている。これが衝撃の事実で
なければ、何だというのだ。
「詳しくは、私も知らん。だが、かなり強固な結びつきではある」
 そこで、レジアスは大きく咳き込んだ。血塊が、その口から吹き出された。
オーリスが悲鳴を上げるが、レジアスは血の付いた手で制した。
「私は最高評議会に、地上を守る新たな手段として、スカリエッティの戦闘機
人計画を知らされた。常に人員不足に悩み、それ故機敏な活動が出来ない地上
部隊にとって、それは素晴らしい物であると……当時の私は、愚かにも思って
しまったのだ」
 自虐的に、自嘲をするレジアスに、ゼストは複雑そうな視線を投げかけた。
「私はな、ゼスト。ずっと悔しかった」
 血の付いた手で、ゼストに手を伸ばすレジアス。ゼストは、その手を強く、
強く握りしめた。
「レジアス・ゲイズは、目先の事件ばかりを気にし、他局を見ることの出来な
い無能な男……本局の奴らは、改革を唱える私にこう言ったことがある」
 目の前の驚異に立ち向かうレジアスと、対極的に物事を洞察し判断を下す本
局とでは、決定的な違いがあった。
「だが、大局とはなんだ? 私の目の前で傷つき、消えようとする命。それを
守ることも出来ないのが本局の正義だというなら、私はそんな物は認めない!
 目先だろうと、私はせめて、私の視界に映る人たちだけでも……守ってやり
たかったんだ」
 しかし、レジアスはゼストを守ることが出来なかった。彼の判断ミスが、彼
と彼の仲間を皆殺しにしてしまった。
「私が、お前の存在を、お前が生きているという事実を知ったのは、最近だ。
最高評議会は私が従順だとは思っていたが、もしもの時の楔が欲しかったらし
い」
「それが、俺というわけか」
「あぁ、スカリエッティに命じてお前を復活させたのは……私が叛意の意思を
示したとき、使用するためだったのだろう」
 つまり、全てを知るスカリエッティは、それを隠した上でゼストを使い、今
日まで操ってきたというわけだ。
300名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 00:08:48 ID:aMegFWhT
しえーん
301ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:11:32 ID:9fGLR5dh
「とんだ道化だな、俺は……ずっと、他人の作った舞台の上で踊らされていた
のか」
 怒りに、ゼストは打ち震えた。それは、スカリエッティや最高評議会への怒
りか、それとも親友を疑い、その真意を正すためと言いながらも、彼らの企み
に加担してしまった自分自身への怒りか。
「ゼスト、どんな綺麗事を言ったところで私も犯罪者だ。お前の仲間や、もっ
と多くの人を傷つけてしまったことに違いはない」
 けれども、ただ一つ、一つだけ譲れないものがある。
「最後の頼みだ。まだ私を、あの時と同じ親友だと思ってくれるのなら……頼
む、地上を守ってくれ」
 司令室のモニターには、ガジェットとゆりかごの攻撃で壊滅していく地上の
姿が映し出されている。
「自分で蒔いた種を、私はもう回収できそうにない。だから、頼む!」
 ゼストの手を、レジアスが強く握り替えした。思わず、ゼストもまた彼の手
を強く握りしめた。
「それと、オーリス。あの子は私と最高評議会、スカリエッティの繋がりは何
も知らなかった。今回の件には何も、関係ないんだ」
「父さん……!」
 嘘をついている。父親が今、嘘をついているのをオーリスは悟った。
「私が言いたいのは、それだけだ」
 言い終えると同時に、レジアスの身体から力が抜けていく。目を開けている
ことが出来なくなり、心臓の鼓動が徐々に弱まっていくのを感じる。
 これが、死というものか。
「私が望むのはただ一つ、地上の平和だけ。今も昔も……それなのに、にもか
かわらず、どこで間違えてしまったんだ!」
 レジアスが叫んだ。血と涙の混ざり合った声で、最後の叫びを行った。

「地上世界に、安定と平和を……それが私の唯一の願い」

 頼んだぞ、とレジアスは言わなかった。レジアスは既に、事切れていた。


「……死んだの?」
 ギンガが、相変わらず冷めた口調でゼストに尋ねた。
「あぁ、死んだ」
 ゆっくりと、レジアスの遺体を床に横たえた。オーリスが駆け寄るが、ゼス
トもギンガも制止しようとはしなかった。
 ゼストは起ち上がると、扉に向かって歩き出した。
「どうするの?」
 妙な気分を感じながら、ギンガは尋ねた。
「一度、ゆりかごに戻る」
「そう、私は外で、ガジェット隊の指揮を執るから」
 ギンガの言葉を最後まで聞かず、ゼストは歩き出していた。廊下に待たせて
いたアギトと共に、ギンガの開けた穴を通って外に飛び出していった。

「馬鹿な奴――泣きたいなら、泣けば良かったのに」

 ゼストがある決断をしていたことに、この時のギンガは気付いていなかった。

                                つづく
302ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:15:52 ID:9fGLR5dh
第19話です。
最近見た、とあるアニメの最終回に強く感化されました。
演説のシーンなど、上手いのが何も浮かばなかっただけに
影響を強く受けていますね。

革命家だろうと、戦争屋だろうと、もっと低次元なら物書きだろうと、
何かを作ろうと、成し遂げようとする人間は、同時に何かを壊すんです。
壊すことに対して非難や批判は当然あるし、作られた物を受け入れてく
れるかはどうかは、作った本人だって判らない。
その一点からなる結果だけは、革命家も物書きも大差ないのかな〜と。
違うかな、さすがに。皇帝の生き様と、素人物書きでは差がありすぎるか。

それでは、感想等ありましたら、よろしくお願いします。
303ロックマンゼロ-赤き閃光の英雄- ◆1gwURfmbQU :2008/10/01(水) 00:17:13 ID:9fGLR5dh
あ、書くのを忘れてしまいましたが、支援ありがとうございました。
近頃は投稿規制も厳しい中、こんな夜遅くに申し訳ありません。
それではまた次回、週末頃に。
304名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 00:20:59 ID:6qzQWsFX
>>302
乙です。
流石だよレジアス中将、あんたのことはいけ好かないが、
その一本筋が通った信念には敬意を払わざるお得ない。
305名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 00:24:05 ID:sBRyNzRv
>>302
GJでした!
ついに原作での死者が・・・中将だけでなくオットーまで・・・・・・
いや、モブキャラはこれでもかと犠牲になっておりますが。
ここの中将は序盤のアレで小悪党かと思ってましたが
確固たる信念を持った一人の漢だったのですね。
てかギンガ性格変わりすぎて最初オリキャラだと思ったのは自分だけか?
ともかく彼女、今回でゼロによる死亡フラグ確定したんではあるまいか・・・・・・
次回、ガタブル震えながらお待ちしてますw
306名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 08:51:48 ID:qW04tV4R
>アンリミテッド・エンドライン
おそらくあらゆるクロス作品の中で最悪の覚醒をしたキャロ。
ここで相手がまともなエリオならお涙頂戴青春ストーリーに移行も可能なんでしょうけど、なんかエリオ君もおかしいw
少年少女の戦い方じゃないっすよw敵もドン引きしますww
しかし、マジな話これは終った後も不安ですね。
もとよりこういう暴走が懸念されていたこそ持て余されていたキャロですから、実際に起こしちゃったとなるとどういう処罰が下るか分からない。
オイオイ、時間軸的にまだ話の序盤なのに何この鬼展開w
相変わらずの迫力でしたが、まあ苦言するならストーリーの進行速度が少し遅く感じることですかね。
それでも原作の一話でここまで掘り下げて、新しい展開を盛り込む斬新さは素晴らしいですがw
そろそろ終結もみえてきて、どういう結末になるのか気になります。

>ロックマンゼロ
何ここ数話の神展開ぃぃー!?
ギン姉の離反から、もはや言葉も無く読み続けてきましたが、この内容の濃さと投下速度は何なんだ? スピードはともかくコツを言えェーーーッ!!!
相変わらずのギン姉フィーバーだった回ですが、ドゥーエの見せ場まで奪ってレジアス退場のインパクトは凄まじかったです。
死に際のレジアスの台詞が、原作でもそう語りたかった彼の本音のような気がして、震えました。
なんつーか、原作と同じ末路なのにおっさん達の熱いこと熱いことw
いいですねぇ、こういう一人一人のドラマ。ゼロ氏の作品はその辺が上手いと思います。
退場と言えば、影の立役者オットー。お前、真の意味で男前だよ……。
しかし、これを切欠にナンバーズに本格的な死亡フラグが成立しそうで怖くもある。
情け無用の展開に、ロックマン世界のハードボイルドさを感じますね。
ある種の覚悟をしたゼストとディード。二人が如何なる形でスカ山と敵対し、どんな展開を生んでいくのか?
期待せずにはいられないッ!
307名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 09:08:53 ID:bIoc68Db
アンリミテッド・エンドラインの機動六課は
最高評議会が何らかの計画のため後押ししているので
キャロの処分は軽くなるでしょう
それよりガンガン寿命削ってるエリオが心配
エンディングあたりで老衰で死ぬんじゃなかろうか
308名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 13:01:49 ID:MQN3hWMZ
激しかった規制解除記念〜
スカリエッティ側がクローズアップされるごとに影が薄くなる六課の面々……
既に原型とどめていないギンガ、キャラ改変もここまでくると逆に清清しい!
次も頑張ってください。
309一尉:2008/10/01(水) 13:36:00 ID:1URSlyhu
すさましいお話たな。支援
310名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 13:46:12 ID:Q0MmSn60
>>302
誤字発見
それでは地上波お終いだ⇒それでは地上はお終いだ

>>ID:aMegFWhT
消えろカス
311名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 13:51:32 ID:1XtymVTM
>>310
何故に?支援は避難所じゃないから、あった方がいいんじゃないか?
312名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 13:55:33 ID:BC4vLg35
>>311
多分そいつ荒らし。
さわるとバッチイから放置推奨。
313名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 13:57:14 ID:1XtymVTM
分かった。助言に感謝。
314名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 16:57:25 ID:1dqkekLc
ID:aMegFWhTが荒らしとなぜ判断されるかが分からんので
単なるレッテル張り行為にしか見えん。
んな事で荒れるのも馬鹿らしいから、ちゃんと理由を記載してくれ。
315名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:16:54 ID:2tqIjPEd
ID:Q0MmSn60の方が荒らしだってこと。

もし「言葉が足りぬ」とおっしゃるなら、
申し訳なかったと謝罪します。
316名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:18:21 ID:2tqIjPEd
>>315=>>312であります。

重ね重ね、スマソm(_ _)m
317名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:45:05 ID:1dqkekLc
こちらこそ火を起こすような真似をして申し訳無い
318名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:45:57 ID:35if3Abs
連投規制とかさるさんの事を知らないのか……
319名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 17:46:31 ID:aMegFWhT
支援しといて感想つけるの遅くなったorz
直後に寝ちゃったんだけどね。あと今の今まで仕事。
しかしなんつーか、ロックマンの人、遅くなったけどGJした!
ゼストにギンガ…どうなるか非常に気になります。
物凄いペースでの投稿されている人に対してなお「もっと早く投下してくれ!」って思ってしまうくらいに(えー
続きお待ちしていまーす。
>>303
あー、実は途中まで読み優先で支援しないでもいいかと思ってたんですが。
その前の日に代理投下したけど、途中でさるさんにひっかかったりしたのを思い出したりで。
しかし、支援ってさるさん防止に役立っているんすかね?
よくわかんないんですが。だけどまあ、次にみかけたらまた支援すると思うです。
320名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/01(水) 22:08:48 ID:d8aFpCrl
>>302
GJ!!
今回も一気に読んでしまいました!
ここ数話すっかり主役が入れ替わってる気がしますが、ここからのクライマックスにも期待しています。
321名無しさん@お腹いっぱい:2008/10/02(木) 04:14:18 ID:gssf9uMk
ロックマンの人乙。
死んで死んで死にまくってますね敵も味方も。
ルーテシアもギンガも手が血で真っ赤……もう、原作のような甘い着地は望めませんね。
犯した罪は消えない物。敵も味方も呑み込んでいく戦場は罪人たる彼女達にどんな末路を用意するのでしょうか?
ゼロと共に方舟に突撃するだろう離反ナンバーズも何人生き残れるか。
次回も楽しみにしてますね。
322名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 10:09:22 ID:YieSfnec
>>319
消えろクズ
323名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 11:00:54 ID:slWPy7My
むしろ>>322が切腹
324一尉:2008/10/02(木) 12:29:39 ID:WnnrVHAb
むしろ保守たよ。
325名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 14:18:07 ID:lYjD9mNw
某プラモシリーズ・武者頑駄無の天星七人衆編の流星王が皇球の鎧に宿る暗黒の力に操られたって設定は何気に使えそうな気がして

リリカルなのはシリーズで敵に捕獲される代表キャラのフェイトさんがバルディッシュが手元に無い時に敵に拉致され
脱出する際にやむを得ず敵側の認証無しで使える特殊なデバイスを強奪し脱出するが
実はそれには呪いがかかっていて

的やものを妄想してみた
326名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 15:43:19 ID:X84VoFhb
ならアレだ
つ「暗黒のカケラ」
冥王VS闇皇帝とかイケるかもしれん
327名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 16:30:25 ID:lYjD9mNw
確かに七天星と七逆星をどう絡めるかって問題がある天星七人衆ネタよりも
闇の欠片の方がネタとしては適してるね
何の用途があるかは不明だけど回収された謎の物体は闇の書と同等なクラスの災いをもたらすと判断され封印処理をしようとしたが
局員のミスで欠片に宿る闇皇帝の魔力が復活し近くに居た局員やナンバーズ達に欠片や魔力が次々と取り憑きって感じに
正義サイドの武者アレックス達には武者Gアーマーって次元転移も可能な超アイテムもあるし
328名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 17:11:51 ID:Thm+Tcwn
たまには一言言っとこう
>>324
粘着age荒らしの分際で何をほざくかこの基地害が
お前が消える事がスレの平和への第一歩だ


>>一尉以外のALL
たまには一言と思い立っての事ゆえこれ以上発展させるつもりはないので
以降この件にはスルーのことヨロ
329Strikers May Cry:2008/10/02(木) 17:24:36 ID:YM4smcyC
流れをぶった切って18:00から投下いきます。

長らくお待たせいたしましたリリカル・グレイヴの最新話です。
今回はクロスSS史上初めてかもしれない、セッテがヒロイン的な話になりまする。

あと流血や暴力が駄目な子は頑張ってスルーしてね?
330リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:00:34 ID:YM4smcyC
魔道戦屍 リリカル・グレイヴ Brother Of Numbers 第十四話 「脱出(後編)」


お腹を触った手にぬるりとした感触が伝わる、手の平に付いた赤いソレはすごく生温かくて嫌な感触だった。
最初の衝撃は打撃、強烈な力が叩き付けられたと思ったら次の瞬間ゴツイ壁が顔面にぶち当たる。
それが床だと理解するのに数秒かかった。
お腹に開いた穴から生命の赤がどんどん流れ出ていく。身体は自由に動かず手は力なく床を這う。
やがて湧き上がる熱のような痛みの奔流、その時ようやく自分が銃で撃たれたこと気が付く。


「くぅ……いたぁい……」


戦いでこんな傷を受けるなんて初めての事だった。
戦闘機人として生まれても能力の特性上前線で戦うことなんてなかった、やっても他のナンバーズのアシストくらい。
だから、あたしはそのあまりの痛みにただ呻き喘いだ。
激痛と死の恐怖で思考は正常に動かない、ディープダイバーを使って離脱する事すら思い浮かばない。
そんなあたしに敵が容赦なんてする筈なかった。


「がぁっ!」


頭に走った銃創とは違う衝撃と痛みに吐血と一緒に声が漏れる。血で滲んだ視界の先にはあたしの頭を掴んだ化け物がいた。
透き通るような青白い身体が凄く不気味で背筋が凍るような寒気が湧き上がる、でもあたしは悲鳴も上げることができなかった。
化け物の虚ろな赤い目があたしの視線を捕らえて例え様の無い恐怖を刻み込んだ。息がかかりそうなくらい近くまで迫った“死”に声も発せずただ身体が震える。
その場で死を覚悟したけど、決定的な瞬間は一つの言葉で止まった。


「殺すなよ。そいつはまだ使える」


殺し合いの場に相応しくない理知的な男の声が化け物を制止した。
声の聞こえた方向に視線を向ければそこには巨大な十字架を持った男が立っていた。
禿げ上がった頭には帽子を被りゴーグル状のサングラスでかけた男。
纏った服は神父のそれにも見えたけど、視線を向けているだけで息が詰まりそうな強烈な威圧感は絶対に聖職者のものじゃなかった。
出血と痛みで薄れ行く意識の中、あたしは最期の力を振り絞ってみんなに通信を飛ばした。


『みんな……地下で敵の待ち伏せが……来ちゃダメ……』


最後にそう通信を送ると、あたしは意識を手放した。





「セイン!?」


通信で脳内に送られてきた妹の力ない声に、隻眼の少女は思わず手元を狂わせた。
投擲直前だったナイフが僅かに照準を外れて標的であるオーグマンに直撃せず、刃の先をかすめるだけに終わる。
狙いのそれたそのナイフを無駄にすまいとチンクは即座にISを発動し炸裂を誘発。宙を駆けたナイフはIS発動のテンプレートを描きながら爆発を巻き起こし、標的諸共消し飛んだ。
オーグマンの身体は四散し、砕けた結晶がキラキラと輝きながら舞い散る。
だがチンクに勝利の余韻を味わう暇など無かった。


「セイン! 応答しろセイン!! 何があった!?」
331リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:01:44 ID:YM4smcyC
 

チンクは普段の冷静さが嘘のように声を荒げて通信を送るが返事は返ってはこない。
隻眼の小さな少女の背を冷たい汗が流れる。
これは最も危惧した状況。
セインの能力で偵察を行い、もし敵がいれば配置や数を確認してからセッテとグレイヴが制圧をかける筈だった。
それが、偵察を済ませる暇もなくセインが倒れた、これでは現在目標地点にどれだけ敵がいるか分からない。
下にグレイヴを向かわせたとはいえ不安は拭えない、彼が簡単に倒れるとは考えられないが一緒に向かったセッテや連絡を絶ったセインはその限りではないのだ。
チンクの脳裏に迷いが生まれる。


(くっ……どうする? このまま二人だけに向かわせるのは危なすぎる。私が向かうわけにはいかない……ではノーヴェを向かわせるか? ……いや、しかしここの戦力をこれ以上割くわけには……)


逡巡する間にも時は刻々と過ぎ、迷うその一瞬・一刹那の時間だけ窮地が迫る。
厳しい時間制限の中で限られた酷薄の選択肢を選ばなければならない、僅かな判断のブレが自分のそして何より姉妹の生死を分けるのだ。
圧し掛かった重圧に押しつぶされそうになる、思考を乱すうっとうしい歯軋りが鳴り彼女の小さな肩が震えた。
その時別の通信が入り、脳裏に妹の声が響く。


『チンク、こちらセッテ』


それはグレイヴと共に目標ポイントに向かう妹、ナンバーズ七番セッテの声。チンクはこれに戦闘へ意識を傾けつつ即座に応答する。


「どうした? 何かあったか?」
『いえ、何も問題はありません。ただ作戦への進言を』
「進言?」
『地下へは私とグレイヴだけで向かいます。こちらへの増援は無しで、作戦はこのまま遂行する事を進言します』


セッテはいつもと変わらぬ抑揚の少ない、感情を感じさせぬ口調でそう言う。
それはまるで、二人へ増援を送る為にここの人員を割く事を迷っていたチンクの思考を読んだかのような言葉だった。


「しかし、敵の戦力も分からない……二人だけでは……」
『大丈夫です』
「……え?」


未だ逡巡の内にあったチンクにセッテは理性的で静かな声を響かせた。彼女の言葉に隻眼の少女は思わず素っ頓狂な顔となった。
そして、セッテはそのまま良く澄んだ静かな声で通信越しに小さな姉に語りかけた。


『私とグレイヴなら絶対に負けません。チンク達は予定通りそこで敵の足止めをお願いします』


静かな、だが決して曲がらぬ強い意思の篭った声だった。
“絶対に負けない”チンクはセッテのこの言葉にようやく選択する決意を固める。
迷うだけ時間の無駄だ、今は一刻を争う状況である。一拍の間を置いて、彼女は通信越しに妹へと声をかけた。


「分かった、では予定通り二人で行ってくれ」
『はい』
「セッテ……」
『なんでしょう?』
332リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:03:30 ID:YM4smcyC
「死ぬなよ……」


聞こえるか否か、それほどの囁くような声でぽつりと漏らすとチンクは通信を切った。
伝えたかった言葉はその小さな胸の内に仕舞い込んで蓋をする。これ以上目の前の妹達の姉として弱音を見せられぬ、彼女なりの矜持であった。


(頼むグレイヴ……セインとセッテをどうか守ってやってくれ……)


心の中で今一番頼りにしている家族へと切なる願いを想い、チンクは眼前の敵に刃を向けた。
彼女の前には無数のオーグマンが立ちはだかりこちらに刃や砲門を向けて狙いを定めている。
感傷に浸っている余裕など今の彼女には欠片もありはしなかった。


「さて……姉は姉の仕事をするか!」


凛然とした澄んだ声を上げ、小さな銀髪の戦士は刃の爆撃を開始した。
施設内のガジェットが救援に来るまで時間にしてあと約30分、今この時が彼女達が脱出する為の天王山だった。





スカリエッティの研究所地下最深部、その区画には緊急時用に外部へ大型の地下ケーブルを利用して脱出する為の脱出ポットがある。
かなり広大な空間を有するそこは小さなビルの一つや二つなら優に建てられるくらいの広さだ。
人員のみならず物資も同時に外部へと持ち出せるように、脱出ポット区画には大小様々な幾つもの入り口がある。
地下最深部へと辿り着いたグレイヴとセッテはその中でも物資搬入用の巨大な扉に向かった。
奇襲をかけるなら遮蔽物の関係上ここが一番のポイントと考えての事だが、セインが敵の手に落ちた以上はこちらの奇襲は半ば悟られている可能性が高い。
扉を前に突入直前の無口な二人にはなんとも言えない重い空気が漂っていた。
だが静寂は唐突に破られた、破ったのは桃色の髪の少女、機人7番セッテ。


「では行きましょうグレイヴ」


手にした巨大な得物、固有武装ブーメランブレイドを両手に携えて少女はそう促す。
ここを潜れば確実に激戦が待ち受けている、その確信にグレイヴはセッテに視線を投げかける。
そこには彼女の身を案ずる思いが痛いほど込められていた。
自分を心配するグレイヴの心を察したセッテは、寂しげな彼の隻眼に自分の視線を絡ませる。
僅かな沈黙、しばしの間二人の視線が薄暗い廊下で結ばれる、そしておもむろに少女の唇が再び言葉を紡ぎ出して沈黙を破った。


「大丈夫です、私とて伊達に遅くは生まれていません。それに……早くしなければセインの身が心配です」


囁くような澄んだ声、だがその中には確かな決意が内包されている。
機械的で感情の希薄だと言われるセッテだが、その言葉の中にはありありと姉妹を案ずる優しさが垣間見れた。
彼女のこの様子にグレイヴは酷く懐かしいものを感じた、それは遥か昔自分がまだ人間だった頃の記憶。

“無口なヤツは気持ちを溜め込んでるから想いが強い”

それは無口だった自分にその時の上司から言われた言葉だったが、どうやらそれはこの世界でも当てはまる事らしい。
無表情な顔の下に隠されたセッテの人間らしい一面にグレイヴは戦いの場に似つかわしくない暖かい感情を覚えた。
だが、そんな気持ちに浸る時間は無い。
333リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:05:43 ID:YM4smcyC
囚われの姉妹を救う為、二人はそれぞれの得物を手に激闘のダンスホールへと足を踏み出した。





「さて、そろそろ来る頃合か」


地下最深部一角で十字架型の愛銃を脇に腰を下ろした男、チャペル・ザ・エバーグリーンはふと呟く。
先ほど敵のサイボーグを捕獲してから約10分程度、そろそろ上の階層で二手に分かれた敵がここに到着すると予測した時間だった。
突入に適した場所には既にオーグマンを配置済み、後は突入のタイミングだろうが、長年の殺しの経験により磨き抜かれたエバーグリーンの鋭敏な感覚はそれをヒリヒリと感じている。
あと僅かな時、数十秒以内で敵はここに突入するという確証が彼にはあった。
エバーグリーンは巨大な十字架を手にゆっくりと立ち上がると、異形の僕(しもべ)に令を下す。


「そろそろだ、歓迎の準備をしておけ」


青白い色彩の肌、武器化した異形の体躯、魔の薬物シードにより人の身を捨てた怪物オーグマン。
無数の化け物の群れは主人の言葉に従い手の砲門を構える。狙うのは突入経路とし予測される幾つかの扉。

そして、エバーグリーンの言葉が放たれてより数分もしない内に機は訪れた。

まず最初に起こったのは火花、金属製の巨大なドアが火花を散らして吹き飛び床を転がる。
次いで現れたのは黒い影、上腕に巻きつけた鎖で棺を背負い両手に巨銃を携えた最強の死人兵士の姿。
だがその手の番犬が吼えようとするより早く、異形の放った砲弾が彼を襲う。
グレイヴ目掛けて40mmフィンガーの発射した無数のミサイルが推進剤の白い軌跡を宙に描きながら高速で飛来。
そして吸い込まれるように死人へと着弾し、凄まじい爆発を巻き起こした。
大爆発と共にその凄まじい衝撃で煙が濛々と立ち込め周囲の視界を白く染める。過剰殺傷に近い程の破壊の歌が地下深くに響き渡った。


「やれやれ、私の出番は無しか……」


目の前の惨状にエバーグリーンがそう呟いた刹那、巨大な“何か”が空気を切り裂き、空中を超高速で飛び交った。
幾重にも幾筋にも宙に煌めく軌跡を残したそれは迎撃に出たオーグマンの身体を次々に切り裂いて刻んでいく。
無慈悲なる猛攻に砕けたオーグマンの身体は透明な結晶となって風と消え、僅か数秒にも満たぬ間に前線に出た者達は掃討された。
一方的な蹂躙を行ったそれは正に殲滅の刃、名をブーメランブレード、ナンバーズ7番セッテの固有武装である。
そして任意操作で操られたブーメランブレードの二つの刃は近場の敵を刻むと、初撃で生まれた煙の中に吸い込まれていった。

煙が晴れていき現れたのは鈍色の棺、死を連想させる不気味な髑髏の顔を刻まれた火力の塊、最強の死人が誇る兵装デス・ホーラー。
垂直に立てられたそれは初撃で見舞われたミサイル攻撃の全てを防ぎきり、強固な防御で遮蔽物として屹立した。


「今ので18体は倒しました」


澄んだ少女の声が棺の裏側から響く。
巨大なる鋼の裏側では特徴的なヘッドギアを装着した桃色の髪を揺らす美しい少女、ナンバーズ7番セッテが死人と背中合わせになりながら回収したブーメランブレードを手にしていた。
最初にグレイヴが突入して攻撃をデス・ホーラーであえて受けて自分ごと遮蔽物となり、彼の背に隠れたセッテが任意操作のブーメランブレードで敵を倒す。
334リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:07:38 ID:YM4smcyC
これが二人の編み出した強力な連携であったが、完全なる掃討には遠い。


「距離を取って遮蔽物越しにまだ隠れています……それにセインも見当たりません」


ブーメランブレードに内蔵した索敵能力でも目当ての姉妹の姿は見つからなかった。無機質な筈の少女の声には幾らか焦りが透けている気がする。
だが死人にそれを気にかける余裕はなかった。
次の瞬間、鈍い金属質な音と共に何かが足元に転がる。グレイヴの隻眼が視線を向ければそこには歩兵用の炸裂兵器、いわゆる“手榴弾”が転がっていた。
手榴弾を視界に捉えた刹那、彼はそれを側方に全力で蹴り飛ばすと同時にセッテを脇に抱えて反対方向へと跳躍。
飛ばされた手榴弾は通常のものではありえない程の凄まじい爆発で榴弾を周囲にばら撒く。
死人の力で飛ばさなければ自分はともかくセッテは危なかった、グレイヴの心に僅かに冷たいモノが芽生えた。
横っ飛びに床を転がったグレイヴにさらなる追撃、銃撃とオーグマンの放つミサイルが襲い掛かる。
彼は死人の持つ力を全力で行使して疾走し無数の銃火を掻い潜って、目の前にあった手頃な柱に影に身を隠した。
これでしばらく、ほんの一時だが敵の砲火から逃れられる、だが先ほどの手榴弾による攻撃は明らかにオーグマンのそれとは違う。
死人は経験から相手が手練れと推測し……


「あの、グレイヴ」


グレイヴがそう考えていると脇から声が聞こえる、彼が目を向ければ先ほど小脇に抱えたセッテがこちらをジッと見つめていた。


「助けてくれたのはありがたいのですが、そろそろ下ろしていただけると嬉しいです」
「……」


セッテはちょっとだけ恥ずかしそうにいつもの無表情でそう言った。グレイヴは言われるままに彼女をそっと床に下ろしてやる。
少女の顔に少しだけ名残惜しそうなモノが見えたのは気のせいだろうか。


「今の攻撃、敵はオーグマンというものだけではないようですね」


その僅かな感情の残留を打ち消すようにセッテは静かな言葉を漏らした。
グレイヴも同じ事を思っていたが、だからと言って言葉にはださなかった、今ここでそれを話しても意味はなかったから。


「しかし考えても意味はありませんね、今私達が成すべき事は唯一つ……」


振り下ろされた巨大なる殲滅の刃、固有武装ブーメランブレード。少女は鮮やかな桃色の髪をたなびかせて静かに唇から決意を零した。


「Search&Destroy(索敵と殲滅)……そしてセインの救助なのですから」


呟きの残響が硝煙の臭いの漂う空気に混じるや否や、セッテは顔を上げてグレイヴの顔を見つめる。
一度視線を交わした二人は、言葉よりも雄弁に瞳で互いの意思を確認するとそのまま柱の影から躍り出た。
瞬く間に飛来する砲火を掻い潜り、反撃の銃声と刃の音色が合唱を始める。


そして、その暴力の宴を距離を取って観察していた男がふと声を漏らす。


「まったく……思いのほかヤってくれる」


爆音と銃声が耳をつんざく残響を奏でる中、誰にでもなくそう呟くのはチャペルの名を持つGUNG−HO−GUNSの一人チャペル・ザ・エバーグリーン。
335リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:08:43 ID:YM4smcyC
戦いが始まって既に10分以上、60体以上いたオーグマンはたった二人の敵に六割方潰されていた。
最強の死人グレイヴと完成された純粋なる戦機セッテの二人に、数にまかせただけのオーグマンの群れなどまるで相手にならない。
地獄の番犬と鋼鉄の棺がもたらす圧倒的火力、宙を変幻自在に飛び交い死と破壊を与える殲滅の刃の競演は二人の表情とは正反対に激烈を極める。
コレを打ち破るのは容易ならざる難業だと歴戦の殺しの名手は理解していた。連れて来た手勢が通常のオーグマン程度ではなおさらだ。


「さて、では先ほどの餌を使う頃合か。あの様子だと効果は期待できそうだしな」


だがその強敵も決して絶対ではないと、エバーグリーンの冷静な戦略眼は見抜いていた。
先ほどからあの死人兵士は一緒にいる少女を守るように戦っている、常に敵の射線に自分の身体を置き、優先的に彼女に迫るオーグマンから倒しているのだ。
どうやらあの死人はレジアスの所にいるものとはかなり違うらしい、ティーダやファンゴラムならば仲間など気にもせず殲滅・掃討を最速で推敲するだろう。
どうも動きや空気から何かしら人のような情を匂わせる、人間臭い死人などまるで笑える冗談だった。
エバーグリーンはソレを掴みあげると自分の傍にいた異形の僕に手渡す。


「さあ、そろそろ教育の時間だ」


まるで授業を始める前の教師のように彼はそう呟いた。





「右です」


少女の唇から抑揚に欠けた静かな声が銃声に混じって響く。
普通なら聞き取れないほどのささやかな少女の言葉を死人はしっかりと受け取り、彼女の告げた方向へと手を向ける。
握られた地獄の番犬は銃声の遠吠えと共に金属で形成された牙を吐き出す、硝煙という名の息吹を絡めたそれは空気を切り裂きながら目標目掛けて飛ぶ。
ケルベロスから吐き出された銃弾は、正確な軌道で吸い込まれるようにオーグマンの頭部を破壊、その機能を永久に停止させた。
その時、敵の一体を葬った死人の背後に迫る影が一つ。
鮮血を求める鎌と化した巨腕を振り上げたオーグマン、デス・サイズが迫り来る。
だがグレイヴは動かない、反応できないのではない、ただ単に動く必要がないだけだ。
オーグマンが異形の刃を振り下ろす刹那、その背後から殲滅の刃が空気を切り裂き超高速で飛来する。
任意操作により自在に宙を駆け抜けた刃はまるで柔い草木を薙ぐようにオーグマンの身体を胴から真っ二つに両断すると使い手の元へと帰還を果たす。
セッテは直前に急制動をかけて速度を落としたブーメランブレードを流れるような動作でキャッチ、長く艶やかな髪を揺らすその姿は美しくすらある。


「キリがありませんね」


グレイヴと背中合わせになりながら、少しだけ憂鬱さを感じさせる声が少女の唇から零れ落ちた。
先ほどの敵で既に30体以上は倒しているが、未だに敵の攻勢は衰えずセインを探す暇は無い。
戦力的には余裕を保っているが僅かにセッテの胸の内に焦りが生まれてくる。
無表情な美貌の下に隠されたその感情を察したのかグレイヴは少しだけ心配そうな視線を投げかけた。

だが彼のその瞳にセッテが気付く前に聞き覚えの無い声が二人へとかけられた。


「随分と派手にやってくれたものだな」


瞬間、電光石火の速さでグレイヴとセッテの握った武器がその照準を声の聞こえた方向へと向ける。
336リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:10:09 ID:YM4smcyC
二匹のケルベロスが顎(あぎと)と殲滅の刃ブーメランブレードが狙いを向けた先には、ゴーグルのようなサングラスと帽子を身に付けて神父のような服をした奇妙な風体の男が立っていた。
男の名はチャペル・ザ・エバーグリーン、超異常殺人能力集団GUNG−HO−GUNSの一人である。
帽子をつけた容貌と手にした巨大な十字架にグレイヴは宿敵ファンゴラムを思わず連想してしまう。
いや、単なる視覚的な問題ではなく空気越しに伝わる気迫から死人の長年の直感は相手がファンゴラムに匹敵する強敵であると察した。
二人は瞬時に相手を殺傷せしめんと、それぞれの武器の狙いをエバーグリーンに定めて発射しようとする。
だがそれは次の瞬間に遮られた。


「止めておけ、下手をしたらこいつに当たるぞ?」


言葉と共に二人の得物が狙いをつけた照準の前に捜し求めていた少女が割って入った。
それは、身体中に受けた銃創から心臓の脈動に応じて血を垂れ流し、オーグマンに両腕を拘束されて吊るされたセインの姿。
突然目の前に現れた痛ましい彼女の姿に、セッテとグレイヴの思考に一瞬ほんの一刹那の時の空白が生まれた。
生じるべく生じたその隙を逃さず、敵は魔手を絡める。
二人の背後からタイミングを計ったようにオーグマンが現れ奇襲を開始。
近接型のデス・サイズが刃を振り上げて迫り、70mmフィンガーズが砲門と化した指からミサイルの掃射を行う。
宙を舞う無数のミサイルの雨に血を求める異形の刃、数瞬の思考の遅れから回避を断念した二人は即座に各々の得物の矛先を変える。
グレイヴのケルベロスがこちらに向かって飛来するミサイルに銃声の雄叫びを上げて弾丸を叩き込み、セッテのブーメランブレードが接近するデス・サイズを切り刻む。
素早い反撃でオーグマンを倒すグレイヴとセッテだが、その時二人の視界から逃れたエバーグリーンはその好期を逃さない。
グレイヴ達に幾つかの手榴弾を投擲すると同時に、持っていた巨大な十字架を二つに分割して二丁のマシンガンへと変形。
照準を合わせその銃口を二人へと向けて銃火の猛攻を開始した。
降り注ぐ銃弾の雨、初弾の被弾を受けた直後、グレイヴはまず背の棺を正面に立て鋼の壁として銃弾から自分とセッテの身を守る。
左手で棺桶を支えながら右手のケルベロスを上方へと向ける、狙いはこちらに向かって放物線を描きながら宙を駆ける手榴弾。
爆発と榴弾の射程に入る前に撃ち落そうと、鋼の番犬は弾丸を吐き出してそれを迎撃した。
音速を突破した高速の弾頭は小規模の衝撃波を発生させつつ、使い手の照準に従い空中の目標へと吸い込まれるように着弾。

この迎撃が失敗だったと、死人は弾丸を撃ち出した後に気付いた。

ケルベロスの15mm口径弾頭が中空の手榴弾を打ち抜いた刹那、予想通り爆発し四散。
だがそれは通常の手榴弾の爆発とはまるで違うものだった。
一つは本来手榴弾が殺傷能力を発揮し得る内蔵された榴弾が一切無かった事、そしてもう一つは通常の手榴弾を遥かに超える凄まじい閃光と爆音。
そのあまりの光と音にグレイヴとセッテの目と耳は一時的に機能を殺された。
エバーグリーンが投げたのは普通の手榴弾ではなかった、それは俗にスタングレネードと呼ばれる種類の兵装、殺傷・破壊ではなく対象の無力化を目的とした武器である。
使うタイミングを、セインを用いた肉の盾で自分への攻撃を潰し、背後からの奇襲で逃げ場を奪って使われたそれは実に効果的にグレイヴとセッテから抵抗の手段を奪った。

そして二人が一瞬無防備となった次の瞬間、周囲から取り囲むようにオーグマンが現れ手に持った武装を投げつける。
それは巨大な鎖、先端にはまるで銛のような穂先が設けられている物だ。
異形の怪物の金剛力で投擲された鎖とその穂先が狙うのは最強の死人兵士の四肢。
回避も防御もできないグレイヴの身体に凄まじい力で放たれた銛が突き刺さる。
通常の銃弾なら貫通することも出来ない彼の五体も化け物の怪力で打ち出された武器の全てを防ぐには至らなかった。


「ぐうっ!」


いつもはそうそうに声を漏らさぬグレイヴもこれには流石に口から鮮血と共に喘ぎを零す。
だがそんな事など気にも留めずオーグマンの群れは彼の身体を射抜いた鎖を思い切り引っ張る。
337リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:11:26 ID:YM4smcyC
四肢を貫いた鎖に込められた力にグレイヴの身体は四方へと引き千切れそうなくらいの勢いで固定された。
それはさながら手足の動きをからくり糸で操られるマリオネットだった。


「グレイヴ!」


網膜が焼けてしまいそうな閃光で澄んだ美しい瞳を涙で濡らしながらセッテが叫ぶ。
スタングレネードで朦朧とした視覚と聴覚でも目の前でグレイヴに何かが起こった事くらいは理解できた。
だが自慢のブーメランブレードも今の状態では使う事は出来なかった。
彼女の武器は投擲と投擲後のコントロールを目の視覚システムと連動している為に眼の見えぬ今はその真価を発揮することが叶わないのである。
だからといって今反撃に移らねばここで二人とも死ぬことは確実。
セッテは即座に、出来うる限りの反撃を行動に起こす。
遠距離攻撃がダメならば接近して直接刃を振り下ろせば良いだけの話だ。
桃色の髪を振り乱した少女は両手に巨大なブーメランブレードを携えて駆け出した。


「はぁぁああぁっ!!!」


雄雄しき叫びを上げながらセッテは機人の筋力を解放し飛行能力を併用して跳躍、凄まじい速度でエバーグリーンへと迫る。
回りのオーグマンはただの傀儡、一番の脅威はこの男だとセッテの戦闘知能は理解した。
最大の脅威を最速で倒す為に、少女は一陣の風の如く飛翔する。

だがしかし、非情なる敵はそれを許しはしない。
エバーグリーンは両手に携えた二丁のマシンガンの銃口を猪突猛進と迫る美しい少女に向ける。
瑞々しい少女の肢体へと巨銃の照準が這ったのは一瞬、無慈悲な銃弾は即座に彼女の身体へとその毒牙をかけた。
硝煙と銃声と共に銃弾がまず破壊したのは振り上げられたセッテの右手、彼女の細い手首に数発の弾頭が食い込むと同時に吹き飛ばす。
巨大なブーメランブレードを持った少女の右手首が溢れ出る鮮血と共に音を立てて床に落ちる。
だがそれでもセッテの侵攻は止まらない、その程度では彼女を止めるに至らない。セッテは激痛を意志の力で捻じ伏せて残る左腕を振り上げて飛び掛かった。


「死ねぇっ!!」


高速速度での空中戦闘能力を有するセッテの突進、烈風の如きその攻撃がエバーグリーンの命を刈り取らんと襲い来る。
だがこれに男はいたって冷静に対処した。
どんなに高速接近を行おうともその軌道は実に単純、軽く身体を反らし最低限の身のこなしで斬撃を回避する。
目標を失い体勢を崩すセッテ、無様に床の上に転がりながらも彼女は即座に立ち上がり、左手のブーメランブレードを構えて向き直った。

だがその左手も銃声と友に彼女の身体から別れを告げる。

鉛弾が食い込んだのは今度は肘だった。
肘間接部に正確に着弾した数発の大口径ライフル弾は、その破壊力を余すとこなく発揮して少女の瑞々しい肢体を無残に引き千切った。
肘は銃弾に粉砕されて吹き飛び、肉と骨を千切られた前腕が刃を握り締めたまま床に落ちる。
両腕を喪失した事でバランスを崩したセッテの身体はまた無様に転がった。倒れた彼女の身体は両出から流れ出る血潮で真っ赤に染まる。
しかしそれでもまだ少女は立ち上がろうとした。


「ぐっ! くあぁぁ……まだだ……私はまだ!」


もし得物が無ければ噛み殺すとでも言いたげな殺意と敵意に満ちた目でセッテは吼えた。
338リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:12:08 ID:YM4smcyC
常人ならばその覇気だけで威圧されるだろうが、だがしかしエバーグリーンはこれに呆れたような顔をした。


「やれやれ、まだ戦意が残っているか……できれば生きたまま捕獲しろという話だが、お前は難しそうだな」


エバーグリーンはそう呟くと、そのまま銃口の照準をセッテの頭に向けた。


「では死ね」


引き金はあまりにも軽かった。
絞られた引き金に応じて撃芯が雷管を叩き、銃弾を銃口から発射するまでのプロセスは1秒もかからず終了する。
そうして吐き出された銃弾は、少女の頭に命中した。
頭部へと着弾した銃弾の衝撃に頭をのけ反らせ鮮血を舞い散らせながら、セッテの身体は今度こそ床の上に倒れ伏した。


「セッテ!!」


凶弾に倒れるセッテにグレイヴが普段の無口な姿からは想像もできないほど大きな声で叫んだ。
だが少女はそれに答えることも無くただ床の上に無残に転がる。床には傷から流れ出た血潮が鮮やかな朱色を広げていた。
グレイヴは拘束を解こうと必死に手足に力を込めるが、それはただ穿たれた傷を開かせるだけに終わり、虚しく鎖を軋ませた。
そんな彼にエバーグリーンは無感情な表情で向き直ると手にした銃口を向けながらふと言葉を漏らす。


「人生とは絶え間なく連続した問題集と同じだ。揃って複雑、選択肢は極少、加えて時間制限まである」


まるで教師が生徒に諭すような口調でそう呟きながら、エバーグリーンの構えた銃口が身動きを封じられたグレイヴへとその照準を向ける。


「お前達の選ぶべき最良の選択は、人質に構わず私と交戦する事だったな哀れな死人。このミスの代償は大きいぞ?」


そして一瞬の逡巡もなく、フルオートによる射撃が始まった。
耳をつんざく銃声、金色の薬莢が床に転がる金属音、死人の身体に弾が着弾する鈍い音、それら全てがまるで狂想曲のように交じり合い強烈な演奏が地下で響き渡る。
強固なる死人の身体に大口径のライフル弾が無慈悲に注ぎ、徐々にだが確実に抉っていった。


339リリカル・グレイヴ:2008/10/02(木) 18:15:04 ID:YM4smcyC



響き渡る銃声に、血の海に浸ったセッテの五体がピクリと動いた。
先を失った腕がズルズルと床の上を這い鮮血の朱を塗りたくる。
それはけっして骸が起こす死後の痙攣などではない、セッテは確かに生きていた。


「うあ……私……は……ぐぅっ!」


腕から走る激痛に思わず表情を強張らせて呻く。
衝撃で寸断される直前の記憶では、確かに自分は頭に銃弾を受けたはずだったと少女の聡明な知性は疑問を感じた。
だがその疑問は目の前の床の上に転がった物を見た瞬間に即座に解消する。
セッテの傍には彼女がいつも身に付けていたヘッドギアが砕け散って転がっていた。
恐らくは彼女の命を奪うはずだった銃弾に当たって代わりに破壊されたのだろう。
銃弾はそこで受け止めたれて、額に致命傷には遠い裂傷を負うだけで済んだ。
だが幸運に感謝する暇は無かった。


「グレイ……ヴ」


目の前では異形の化け物に拘束された彼が一方的に敵の放つ鉛弾の餌食になっていた。
フルオート射撃で撃ち出される無数の銃弾が無防備な五体に刻まれていく。いくら死人とてあれだけ大口径のライフル弾で長時間撃たれ続けたら体組織の維持や再生はままならない。
セッテは彼を救うべく倒れ伏した自分の身体に必死に力を入れる。
だが両腕を失い、大量に血を流した四肢は思うように動かず、無様に床の上を這い回るだけだ。
生命の根源たる血潮の喪失に少女の身体は深き眠りを欲していた。


(まだだ、止まるな! それでも私を入れる身体(うつわ)か!! あと一撃……あと一撃打てば眠らせてやる!!)


セッテは歯を食いしばり身体に残る全ての力をかき集めて立ち上がろうとする。
後期型戦闘機人として完成された少女の美しい肢体はその内部で再び戦う為の準備を高速で行った。
体内で動脈人工血管部を部分的に拘束し止血、沈痛の為にエンドルフィン分泌量の促進。
艶めかしく妖しいほどに血塗られた少女の四肢が自由に動き始め、豊満な乳房が血の海に中で身をよじったために床に潰されて形を変える。
ずるずると床を這う動きに少しずつ力が込められていく。
そしてセッテは次にIS機能を用いブーメランブレードを手元に短距離転送、握る為の手が無いためにそれを口で咥えた。
ブーメランブレードは口だけで振るうにはあまりにも重い為、顎部と頚部の筋力リミッターを限界まで解放し発揮筋力を最大まで押し上げる。
汚れなど一つも無い白い歯がグリップに食い込み、軋みを上げながら持ち上げていく。
そして、吹き飛んだ腕の傷口を支えに少女の身体は再び立ち上がる。
エンドルフィンの鎮痛作用で消しきれぬ激痛が杖代わりに床についた両腕の傷から湧き上がる、失血による倦怠感も酷い、だがそれでは今のセッテを止めるにはあまりにも非力。
目の前で危機に瀕しているグレイヴの身を思えばその程度、少女の強靭なる意思の前には霧散するより他はない。
あとはただ、身体の内から生まれる戦闘衝動に従うだけだった。


「があぁぁあああぁっ!!!」


血塗られた豊満な肢体を躍らせ凶刃を咥えて走る様はさながら阿修羅。得物を咥えた口から漏れる雄叫びはさながら羅刹。
もはやそこに物静かな少女の姿は欠片も無い。
血濡れの戦鬼と成り果てたセッテは眼前の敵に向かってただ本能のままに駆けた。
その雄叫びその気迫、無論だが相手はこれに気付き即座に応戦する。
両腕に持った二丁のマシンガンがその銃口から火を吹き銃弾を雨と注いだ。
しかし桃色の髪を揺らした戦鬼はこれを高速で左右へ移動し、ジグザグに飛びながら回避。
340名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 18:27:33 ID:+qbx5vH6
支援
341リリカル・グレイヴ代理:2008/10/02(木) 18:44:56 ID:Sb3pwAzS
もちろんエバーグリーンの撃つ銃弾の全てを避ける事などできない。何発も被弾し、傷ついた身体にさらなる重症を刻み込み。

だがそれでも倒れない、それでも止まらない。少女はひたすらに距離を詰め敵に迫る。


「くっ!」


さしものエバーグリーンもこれには驚愕するより他は無い。
相手はもはや単なる手負いの獣の範疇を超えて、鬼神の領域へと入った事を歴戦の知性と本能が知る。
この種の手合いとは、まず距離を取って冷静に対処するのが有効。そう判断した彼の怜悧な戦闘思考は即座に一時的撤退を選択する。

距離を取ろうと側方へ駆け出すエバーグリーン。
その時だった、グレイヴが行動を起こしたのは。


「ぐおおぉおっ!!」


最強の死人は四肢を拘束する鎖に五体全ての力を込めて抵抗する。
死人を戒める為に作られたそれは強固で、簡単に千切れたりはしなかったがそれでも少しは腕を動かすことに成功した。
グレイヴは僅かに自由を得た腕を動かすとそのまま手首を返し、無理矢理射角を作り上げて手首の感覚だけで銃口の照準を敵に向ける。
番犬の引き金が絞られ巨大な専用弾が吐き出された。
空気を切り裂きケルベロスの15mm弾頭が着弾したのはエバーグリーンの足首部分。
有り余る破壊力を発揮した魔犬の銃弾は彼の足首を盛大に吹き飛ばした。


「がぁあっ!」


エバーグリーンは駆け出した途端に四肢を欠損してその場で転ぶ。
そして悶の表情をしながらも激痛を意思で押さえ込み、銃を取って反撃しようと振り返った。
そこで彼の目に映ったのは桃色の髪を振り乱す美しき阿修羅の姿。

それが彼の見たこの世で最期の映像だった。

何か水分に満ちた物を刃物が切り裂く音がしたかと思えば、宙を人の首が舞う。
先ほどまで戦闘行為に準じていたGUNG−HOの精鋭がついに絶命したのだ。


「ぐぅおおぉっ!!」


エバーグリーンを誅したセッテは、そのまま獣の如き咆哮と共に咥えていたブーメランブレードを口から離して投げ放つ。
打ち出されたそれは大気を切り裂きながら突き進み、グレイヴの動きを封じていたオーグマンを1体破壊した。
そうして右腕が自由になれば、あとは右のケルベロスが遠吠えを上げて残りの敵を打ち倒すのみである。

ほどなくして、地下区画の制圧は凄惨な勝利と共に完了した。
342リリカル・グレイヴ代理:2008/10/02(木) 18:48:12 ID:Sb3pwAzS
「セッテ!!」


四肢に突き刺さった鎖も構わずに、グレイヴはセッテに駆け寄る。
最後のブーメランブレードを投げた直後、彼女は当然ながらその場で倒れ伏した。
グレイヴは手に愛銃もその場で地に捨てて少女の肢体を抱き上げる。
その姿はあまりに痛ましいものだった。

右腕は手首から先が、左腕は肘から先が吹き飛んでいる。額も割れて美しい顔を血で汚い化粧を施していた。
全身にもあちこちに銃弾が被弾して穴を開け、心臓の脈動と共にドクドクと血を吹き出している。

瀕死と言って差し支えない重症、セッテがまだ生きているのは彼女が戦闘機人だからに他ならないだろう。

そして、グレイヴの手で抱かれた少女は血の泡を吐きながら口を開いた。


「ゴプッ! グレイヴ……敵は……敵は倒せましたか? ゲホッ! ……セインは……無事ですか?」


自分の命が消えかかっているというのに、少女は自身ではなく姉妹の身を案じた。
グレイヴはセッテの首を膝裏に手を差し入れて彼女を抱き上げると、倒れていたセインの元に駆け寄る。
どうやら意識は失っているようだが息はあるようだった。
死人は微笑を浮かべて自分の胸に抱いた少女へと静かに口を開く。


「敵も倒した、セインも無事だ」


この言葉にセッテの身体からフッと力が抜けた気がした。
そして少女は、普段は決して見せないような最高の笑みをその美貌に浮かべた。


「そうですか……良かった。 ……ちょっと疲れました……少しだけ……少しだけ眠ります……」


そう言うと、少女は目蓋を閉じて意識を手放した。
343リリカル・グレイヴ代理:2008/10/02(木) 18:49:05 ID:Sb3pwAzS
その時、凄まじい振動が施設全体に響き渡る。
恐らく上の階層で何か爆発したのだろう。天井からはパラパラと埃が落ちてきた。
同時にフロアの入り口から別の少女の声が響いた。


「グレイヴ! 無事か!?」


赤毛を揺らした少女、ノーヴェを先頭に上の階層に残っていたチンク達がやって来る。
恐らく上での敵の足止めが終わったのだろう。
グレイヴの下に駆け寄ったノーヴェはセインとセッテの惨状に顔を青くした。


「セイン! セッテ!」


姉妹のあまりに変わり果てた姿に普段は勝気な少女はうろたえる。だがそんな彼女を小さな隻眼の姉は諌め、冷静に指示を飛ばした。


「待てノーヴェ、むやみに触るな。グレイヴ、セッテを脱出ポットまで運んでくれ、ノーヴェはセインを背負え。ディエチはポットの準備を」


この状況にチンクとて狼狽しかけたが、それこそが事態を悪化させる要因だと小さな姉は知っていた。
チンクは理性で恐怖と感情を抑えながら脱出ポットへと姉妹を誘導する。
もはやここまで来れば後はこれに乗って逃げ出すだけだった。


「皆早く乗れ! 後はこれで外まで逃げるだけだ!!」


時間にすればほんの数時間、まるで永遠に続くかに思われた脱出劇はようやく終わりを告げた。

続く。
344リリカル・グレイヴ代理:2008/10/02(木) 18:50:17 ID:Sb3pwAzS
はい投下終了です。
ここまで来るのに随分時間かかった〜、これでやっとこさ先に進めます。

今回はガングレイヴのアニメ版での印象深いセリフ(無口なヤツは〜)を使ったり。
ガングレイヴODでの傭兵部隊の対死人戦術(鎖で拘束して殺傷)を出したり。
セッテがトライガン作中でのレガートのセリフを喋ったり、REDの主人公みたく壮絶な戦いしたりと大冒険の話でした。
あとエバーグリーン先生さようなら、セッテお休み。

以上、どなたか代理をおねがいします。
345名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 18:53:24 ID:Sb3pwAzS
以上初めての代理終了〜

リリカル・グレイヴ氏GJ!


尚、投稿の際に改行が多すぎると出た為に勝手ながら此方の方で区切って投下させて頂きました。
平にご容赦願います。
346名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 18:54:30 ID:YJheLKfd
お久しぶりです、今回も面白かったです
確かにエバーグリーンとブルーは雰囲気が似ていますね
347名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/02(木) 20:37:57 ID:ce6GFmq5
>リリカルグレイヴ
こんな窮地を、待っていたッッッ!!
内藤節を描く上では避けて通れない流血と硝煙塗れの戦闘でした。
あれですよね、美少女が血まみれで戦うのって素敵ですよね。ステッキーです。
エバーグリーンの声はもちろん鈴置さんで脳内再生余裕でしたが、『問題集〜』の名台詞を言ってくれたことが一番嬉しかったですw
セッテも原作では無口っつーかむしろ空気な立ち位置を逆手に取ったキャラ立てに一気に愛着がわきました(ぉ
まさかここでレガートの台詞が来るとは思いませんでしたね。ある種の狂気を滲ませる台詞ですが、それも言う人間と状況が変わるだけで全く違うベクトルの燃えを感じます。
っつーか、頭撃たれた時はこれまでの流れもあって『あああっ、ついに死んだ!』という衝撃で、生きてる可能性は全く考えられませんでした。
だから、グレイヴのピンチにセッテサイドの描写が入った時は思いっきり安堵。そこへレガート台詞へのコンボっすから、そりゃ燃えますよw
辛くも勝利し、脱出も成功したわけですが代償は大きい。
グレイヴまで重傷だし、メンテできるドクターは死んじゃったし、で。今のところ空気だけど、内藤節に乗る限り扱いに不安しか残らない捕まってるクアットロとドゥーエも気になります。
やっと厄介なGUN−HOが消えたのにまだまだ続く緊迫状態。六課サイドも含めて、今後の展開が全く読めませんねw
348一尉:2008/10/03(金) 12:03:13 ID:XyAz/SgL
よろしい支援たよ。
349名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 12:50:31 ID:84EP5v5U
GJ!!です。
セッテがいいw
ヘッドギアも意味を成して嬉しいところですwww
脱出後に向かうのはどこだろうか?
350仮面の男 ◆DvBI45asCU :2008/10/03(金) 19:03:31 ID:1HcK/F4b
19:30頃から投下開始します。
351女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:31:21 ID:1HcK/F4b


銃の形をした召喚器。それはトリガーに過ぎない。

本来ならば、その身体を銃身とし、精神を火薬とする。

ならばその撃鉄は、この言葉であろう。

――ペルソナ。


<03: Burn My Dread>


藤堂綾也は星が好きだ。月が好きだ。それらを抱く夜空が好きだ。
何故、と聞かれると返答に窮する。ただなんとなく、ぼんやりと好きと感じるだけだからだ。
幼少の頃、引き取ってくれていた義父とともに夜空を見上げることが多かった。もしかするとそのせいかもしれない。
十年前……両親を亡くし、綾也自身にも重大な惨禍をもたらしたあの事故の後。
ただでさえ親戚が少なく、なかなか引き取り手が現れなかった綾也の前に現れた人物。
それが彼の義父となる男、藤堂 尚也だった。
義父は不思議な人だった。子供心に、何かを感じ取った覚えがある。
その何かは綾也を惹きつけてやまなかった。
綾也が中学生になった時、同時に正式な養子となって性を貰った。
妙に嬉しく感じたのを、覚えている。
352女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:32:00 ID:1HcK/F4b
ミッドチルダの夜。綾也はあの頃と変わらないように見える月を見上げ、そして腕時計に視線を落とした。
あと数分で、影時間が訪れる。感慨に浸る時間もそろそろ終わりだ。
これからの事に、視線を向けるべきだろう。
目下の所、問題はシャドウの出所だ。自分の知る限りでは、あのように市街地に出現するのは少数のイレギュラー。
大半のシャドウは、「巣窟」のような場所にいる。と思われる。
それが以前のように巨大な塔だったら分かりやすいんだけど、と内心独りごちた。
「タルタロス」。ギリシア神話の冥界の最奥地、「奈落」の名を持つそれは、神話とは逆に天へと昇る広大な塔の形をしていた。
その正体は、以前の世界での有数の複合企業、桐条グループが起こした“実験事故”の影響で、影時間にだけ姿を現す迷宮だ。
桐条グループは、いや正確には、桐条鴻悦……つまり当時の桐条グループの総帥は、「時を操る神器」を作ろうとしていたらしい。
そのため、鴻悦はシャドウを研究し、その特性を調べていたそうだ。
しかしシャドウを調べるうち、鴻悦は次第に虚無感に苛まれ、世界の滅びを願うようになったという。丁度その頃から、鴻悦の研究は当初の目的とずれていった。
353女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:33:44 ID:1HcK/F4b
破滅願望をもった鴻悦は、世界を滅ぼす研究へと身を投じたのだ。晩年の鴻悦の狂気を、その孫娘はこう語る。
「祖父は、何かに取り憑かれているようだった」……と。
鴻悦の研究は進み、もう少しで実験が完成する、最終段階まで来ていた。最後の実験……その最中、一人の研究者による実験の強制中断によって、その研究は「実験事故」という形をもって終結した。
実験事故は同時に、大惨事を引き起こした。周辺一帯を吹き飛ばす程の大爆発、住民の被害も甚大。
この時、綾也は両親を亡くしていた。
そしてその実験事故の禍根はそれだけに留まらない。後腐れ、副産物とも言うべきものが発生していた。それが、影時間とタルタロスだ。
これは後に知った事なのだが、実際には、影時間の発生は大量のシャドウを集めたことにより、起こるべくして起きたことだという。
シャドウには微力ながら、時空間に干渉する力があると考えられている。そしてシャドウが寄り集まり、時空間に干渉する力が集積した結果、影時間が発生する。
シャドウを大量に集めた結果。時空間に干渉する力の集大成。それが影時間というのは、ごく自然に思われる。
354女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:34:18 ID:1HcK/F4b
つまり、影時間とは「シャドウの力の正しい表れ」なのだ。
そうなれば、この世界でもシャドウの力を集積、増幅させた何らかの要因、そしてその原因があるはずである。
シャドウの力を増幅させた何か、それがそのまま巣窟である可能性もある。が、それは考えにくい。
何故ならそんなことができるのは、シャドウの事をよく知る「人間」である可能性が高いからだ。
どちらにせよ、敵の居場所が分からない以上こちらからのシャドウへのアタックは不可能なのが現状。
とはいえ、今のところ戦力は綾也ただ一人。いくら綾也が強いといっても、一人で敵地に乗り込むのも危険過ぎるために、身動きが取れない。シャドウの巣窟を見つけたとしても、結局は動けないのだ。
何か、嫌な感じがする。
シャドウがこの世界に蔓延っているのは事実なのに、こんな膠着状態のままで落ち着いていていいのだろうか?
現状に対する不安や焦りが、綾也の心中にあった。
しかしひとまず綾也はそれを打ち消し、今できることに集中することにした。すなわち、六課の周辺にシャドウが現れた場合の掃討である。
攻めることはできなくても、守ることはできる。守ることしかできない、とネガティヴに考えることもない。
守ることができるというのは、それだけでも重要なことだからだ。
イレギュラーが発生した場合、機動六課の周辺だけならば、綾也一人でもカバーできるはず。
しかし……と、どうしても考えてしまうことがある。
355女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:34:57 ID:1HcK/F4b
(僕が、探査型のペルソナを持ってさえいれば……)
ペルソナには、戦闘に向かない「探査能力」に特化したものがある。「生体エネルギー」のようなものを敏感に感じ取り、それを解析できる能力。
広域をサーチすることにも長けたこの能力は、今の綾也にとって必要不可欠なものだ。この能力さえあれば、シャドウの居場所や出所も突き止められるはずである。
しかし生憎、綾也は補助能力に特化したペルソナを持ちこそすれ、それはカテゴライズするなら「戦闘用」にすぎない。
数多のペルソナを使いこなし、どんな敵とでも戦ってきた綾也に欠けている能力。それは「戦わない」力。
探査能力のスキルや素質を、綾也は欠片も持ち合わせていなかった。
いわゆる、適材適所。ペルソナにもそれがあるということだ。綾也は今まで常に先頭に立ってシャドウを倒してきた。
リーダーという役割があったからだ。
その裏で、バックアップの役はいつでも存在していた。その大切さが、今になって身に染みる。これでも十分、その重要性は理解していた筈だったのだが。
溜息をつきたくなった。確かにイゴールの言うとおり、前途多難だ。
356女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 19:35:31 ID:1HcK/F4b
直後、体が異様な感覚を受けた。時間と時間の境界に足を踏み込む時の、あの一瞬の感覚。
深い暗闇に身を置いた時のように、胸の奥がざわざわとして、胃が空くような感触を受ける。
闇が頭上に迫り、覆い包まんと被さってくる。そして、月が不気味に光り輝く。
影時間の訪れだった。
綾也は素早く辺りを見回す。
この瞬間だ。シャドウの住処が影時間にだけ現れるのなら、影時間に入った瞬間、何処かになんらかの動きがあるはずだった。
少なくとも、シャドウの住処になるような巨大な場所が出現するのならの話だが。
しかし、そのような動きは見られなかった。つまり、シャドウの住処は堂々とそびえ立つような建造物ではない、ということになる。
もともとこれでシャドウの住処が見つかるとは思ってなかったし、「見つかればいい」程度に考えていたので、そこまでショックなことでもないのだが。
そして、本題はここからだ。イレギュラーによる被害を減らすための、パトロール。
古典的だが、先人の知恵は借りるもの。タルタロスや影時間を消そうとしていた先輩たちも、戦力が増えるまではこのようにゲリラのような活動をしていたと聞く。
召喚器を腰に、綾也は市街地へと繰り出した。
357名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 19:59:12 ID:MaCzHCq9
さるった?
支援
358名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 20:17:26 ID:84EP5v5U
支援
359名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 20:26:29 ID:GaB90HcM
何で代理スレ使わないの?
360女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:38:29 ID:1HcK/F4b
月明かりだけを光源に、とは言っても十分に明るいのだが、不気味に静まり返った市街地はさながらスプラッター映画の舞台のようでもある。しかし飛び出してくるのは殺人鬼ではなくシャドウだ。人を襲うという点で、似たようなものだが。
血溜まりのように足元に広がる赤い染みや、異様に明るい月に青緑に染まる空と地面。
所々に西洋風の棺が樹立している。適正無き人間の、象徴化した姿だ。
シャドウと影時間の影響を遮断する作用が、影時間の中において視覚化されたものである。
象徴化している人間はそもそも影時間に立ち入ってはおらず、適性のある人間からすれば、象徴化している人間は相対的に言えば「止まって」いる。
故に象徴化している間の人間は、影時間に起こるさまざまな事象に影響を受けない。しかしシャドウによって影時間に引きずり込まれた者は、シャドウの格好の餌食となるのだ。
餌食。自分で考えていて胸が悪くなる。見慣れた影時間の風景が、今は少し不快だ。やっとの思いで消した影時間が、この世界でも。
361女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:39:02 ID:1HcK/F4b
ぐちゅり、と背後で奇妙な音がした。
綾也は振り向き、道路に蠢く黒いわだかまりを認めた。青白い仮面が、同じく綾也を捉えている。
ホルスターから召喚器を引き抜いた。そのまま流れるような動作で銃を回転させ、その銃口をこめかみに向ける。
躊躇なく引き金を引きながら。
「タナトス!」
そして、死を司るその名を叫ぶ。と同時に現れる棺を纏う黒衣の死神。タナトスが、跳躍したその勢いのまま、その腰に佩かれている剣を引き抜くと、その身体を真っ二つにすべくシャドウに切り掛かる。
シャドウがその兜割りのような上空からの強烈な一撃を受けきれるはずもなく、敢え無く一刀のもとに両断された。
両断され、二つに分裂したシャドウはすぐに原形を失い、霧消した。役目を終えたタナトスはかすかに揺らぎ、消えていく。
綾也は召喚器をホルスターに戻す。
内心、拍子抜けしていた。手ごたえがまるでない。これまで幾度となく強敵を相手に戦ってきた綾也には、雑魚同然だった。
しかし、と気を引き締める。そんな雑魚でも、野放しにはしておけない。無力な一般人は、いかに惰弱なシャドウであろうとも、それから逃れることはできないのだ。綾也は散策を再開した。
362女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:40:54 ID:1HcK/F4b
シャドウは、人間の精神のエネルギーを餌として食らう。餌食となり、精神を食われた人間は心神を喪失し、完全な無気力状態に陥る。
こうなった人間は「影人間」と呼ばれ、誰かの保護なくしては生きてゆくことさえできないような状態に追い込まれるのだ。
つまりそれは、緩やかな殺害に他ならない。
ミッドチルダ……この大都市だ、イレギュラーの数も少なくないはず。
綾也一人ではどうしたってカバー出来ないところもある。多少の被害は、諦めるしかない。
しかし、影人間となった人を見殺しにすることもできない。
影人間を元に戻す方法が、ひとつだけある。大型の、他とは一線を画す強力なシャドウを倒すことだ。
これは強い力を持った、いわばリーダーを失ったシャドウの勢力の低下が原因と思われる。
しかしそれも一時的なものだ。いずれまた大型のシャドウが現れ、影人間が増殖する。
イタチごっこのようだが、それを続けなければいずれは全ての人たちが影人間と化してしまう。
それを防ぐためにも、不毛に思える戦いを続けなければならないのだ。
しかし無限に思われるそのサイクルに、どうすれば終止符を打つことができるのか。その方法は、おそらくこの世界の影時間を消す方法と同じはずだ。
363女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:41:39 ID:1HcK/F4b
シャドウの存在は、影時間と直接の関係はない。
しかしシャドウがその姿を現し、人を襲うことができるのは影時間の中でだけだ。
影時間を消せば、シャドウがこの世界に直接関与することはできなくなる。
シャドウの存在そのものを完全に消し去ることはできないが、シャドウがこちらに干渉してこれる時間を消すことで、シャドウによる被害は無くすことができるのだ。
そのためには、影時間を消す手がかりと、影時間ができた原因を突き止める必要が……。
結局、思考は堂々巡りだ。今は考えても無駄なこと。綾也は考えるのをやめた。とりあえず今は、この時間の中、出てくるシャドウを消していくだけだ。
そうすれば、少なくともこの周辺での被害は減るはず。
その綾也の考えは間違ってはいない。しかし、同時に一つ簡単な、それでいて重大な見落としをしていた。
シャドウが出現するのは、なにも屋外だけとは限らないのだということを。
364女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:42:50 ID:1HcK/F4b
機動六課、局内。
灯りは全て落ち、窓から差し込む月明かりだけが廊下を照らしだしている。
時の刻みが停止し、静寂に包まれた暗闇で、なのははひたすら走っていた。
背後に迫る気配。振り返らずともその姿はなのはの目に焼き付いている。影のように黒い体に、のっぺりと青ざめた仮面を張り付けたような異形。なのはは知る由もないが、「マーヤ」と呼ばれるタイプのシャドウだった。
最もポピュラーで、戦力もさほど高くない小型のシャドウ。マーヤは、仮面ごとに1〜12までのタロットのアルカナになぞらえて分類される。
このマーヤのアルカナは、魔術師。逆位置の啓示を名に持つ、「臆病」のマーヤだ。
数あるマーヤの種類の中でも最弱の「臆病のマーヤ」だが、今のなのはにとっては十分な脅威となりうる。
マーヤは真っ直ぐに、獲物であるなのはを追っていた。
どうする?どうすれば。頼みの綱の綾也は、周辺のイレギュラー掃討に向かっている。
影時間が明けるまで帰ってこないだろう。救援は望めない。
この時間内、なのはは、それどころか六課全体は完全に無防備になる。魔術師の要のデバイスが使えず、機械も使えない。
365女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:44:12 ID:1HcK/F4b
こんな悪夢のような状況でできることと言えば、あのシャドウから逃げ続けることくらいだった。
しかしそれもいつまで持つか。戦闘時の機動を飛行魔法に頼っているなのはは、普段は極度の運動音痴。
持久力だって高くない。走り続けることもできなくなったら、待つのは死。それだけだ。
(そんな……っ)
いくらなんでも、あんまりではないか。局内は安全だと思い込んだが故の危機。しかしその判断ミスを誰が責められよう。
シャドウは外からやってくるものだという認識が、四人の内に共通していた。
ほんの数分前、影時間が訪れてすぐのこと。なのはは六課の局内を捜索していた。
影時間の事を、局員にどう伝えるべきか。日中は、綾也が六課に入隊することを決めた後、なのはも含めた四人で、対策を話し合った。
結果、影時間に適応していない者にはそれを伝えず、適応者のみに影時間を打ち明けることになった。
適応していない、その事実をしらない者たちに真実を話したところで何ができるわけでもなく、いたずらに混乱させるだけだと考えてのこと。
不安を煽るメリットは、皆無だ。下手をすればこちらの正気を疑われかねない内容なのだから、尚更である。
よって、影時間に入ってから適応者を捜索するという手順に至り、影時間内での行動も、ここで決められた。
綾也は周辺のパトロール、残った三人は六課内部で適応者の捜索。
三人で手分けして、象徴化していない適応者を探す事になっていた。
しかし、まさかこんな事になるなんて。
366女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:45:08 ID:1HcK/F4b
とりあえず行くあてもなく、なのはが廊下を歩いていた時、不気味な音と共にそれは訪れた。
聞き覚えのある、気味の悪い音。なにかが潰れたような、得体の知れない奇妙な音。
恐る恐る振り向けば、そこにあったのは小さな黒い塊だった。丁度月の光が届かない、影になっている部分に生じている「何か」。
いや、正体は分かっている。この闇の中、生じる影よりもなお黒く昏いその異物。
塊は徐々に大きさを増し、奇妙な箇所から腕を二本生やすと、なのはの方を振り向いた。
大きさ、高さはせいぜいなのはの膝程度。昨夜のシャドウと同じように、光を全く映さないゴムのような表面。
仄かに発光している、青白くどこか物悲しげな表情をした仮面。その仮面が、なのはの姿を「見た」。
瞬間、なのはの背筋に氷柱が通ったがごとく全身が強張る。
マーヤがなのはの方へ滑るように向いだしたのと、なのはが逆方向へ逃げ出したのはほぼ同時だった。
一度覚えた恐怖は、そう簡単に拭い去れるものではない。この異形の正体を知っていても、それを前にして立ち向かうことなどできない。
昨夜出くわしたあの大型のシャドウとは違って体も小さく、腕だって二本きり。
その手に刃が握られているわけでもない。
少なくとも、あれよりは遥か格下の存在だということは分かった。
しかし風貌的に昨夜のシャドウを思わせるマーヤは、なのはの心の根元的な部分にある恐怖を呼び起こす。
367女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 20:45:54 ID:1HcK/F4b
この先一度でも立ち止まったら、きっとその場で動けなくなる。なのはは直感的にそう感じていた。
シャドウの動きは、ともすれば子供の駆け足並みに緩慢だった。しかし、それでいてなぜか振り切れないスピードでなのはを追ってくる。
足を必死に動かし続ける限りは、捕まることはない。しかし、影時間が明けるまで走り続けることができるのか。
綾也によれば、影時間はおよそ一時間。
(できっこない……!)
だからと言って、諦めるのか。ここで己の生が終わる事を、よしとしていいのか。

<目を、逸らしてはなりません……>

「!?」
心の奥底で、自分のものではない声がした。いや、本当に声だったのだろうか?
なのはは呆然と立ち止った。漠然と心の中に溢れる、この不思議な感覚。心臓が、早鐘を打っている。
人が誰しも心に抱える恐れや怖さというものは、自分にとって何が危険なのかを教えてくれる重要なもの。
そして逆に言えば、何も恐ろしいと思わなくなったとき、人は立ち止まらなくなる。
自らの行いを、そしてその行動の結果を、恐れなくなるからだ。
人は、恐れに縛られれば、何もできなくなる。
かといって、恐れを全く抱かなければ、行動に犠牲を出す事すらを厭わなくなる。
真の恐怖を覚えた時、何が人を支えるのか。それは自分を信じる心。そして、自分の信じる何かへの信頼。それだけだ。
自分から眼を逸らさず、向き合ってこそ、恐怖へ立ち向かうことができるのだ。
368名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 20:49:17 ID:hfba6NzP
尚也が義父か支援
369名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 20:56:53 ID:GaB90HcM
投下間隔は2分ぐらいあけないとすぐ規制になる
00時00分過ぎれば、さるさんの場合、解除されるから一時間待つ必要はない

っていうか何で避難所の代理スレを使われないんですか?
370女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 21:35:52 ID:1HcK/F4b
背後のシャドウを振り返り、緩慢な動作で迫るそれを見据える。
なのははシャドウを通して、見詰めていた。真の恐怖の、その先にあるもの。
そして信じた。自分の力を。自分の中に眠る、可能性を。
(綾也君……)
心の中で彼の姿を思い描く。その後ろ姿が、拳銃を自らの頭に突き付ける。
なのはは、自分の手を銃を持つ形にしてこめかみに宛がった。
仮想のトリガーを握る指の動きが、彼の動きとリンクする。
今、この行為の意味が理解できた。必要なのは、勇気と覚悟。そして……この、言霊。
震える吐息を吐きだして、深呼吸を一つ。気持ちを落ち着かせて、一音ずつ、呟くように。
恐怖を燃やせ。
……トリガーを、引いて。


「ペ・ル・ソ・ナ」

そして。
弾丸が放たれた。
なにかが弾けるような音とともに、なのはから精神の欠片である青白い結晶のような板が散乱し、そしてそれは徐々に人の姿を象って行った。
なのはを立ち止らせたその<声なき声>が、なのはの脳裏に囁きかける。

<我は汝……汝は我……。

我が名は内なる仮面。

汝の心理に宿りし魂が刃。

我は汝の心の海より出でしもの。

白銀の車輪、アリアンフロッド。

極彩の虹もちて、あらゆる悪を調伏せしもの。

我、汝の運命の刻みと共にあらん……!>
371女神異聞録リリカルなのは代理:2008/10/03(金) 21:35:55 ID:+qEl/O7p
背後のシャドウを振り返り、緩慢な動作で迫るそれを見据える。
なのははシャドウを通して、見詰めていた。真の恐怖の、その先にあるもの。
そして信じた。自分の力を。自分の中に眠る、可能性を。
(綾也君……)
心の中で彼の姿を思い描く。その後ろ姿が、拳銃を自らの頭に突き付ける。
なのはは、自分の手を銃を持つ形にしてこめかみに宛がった。
仮想のトリガーを握る指の動きが、彼の動きとリンクする。
今、この行為の意味が理解できた。必要なのは、勇気と覚悟。そして……この、言霊。
震える吐息を吐きだして、深呼吸を一つ。気持ちを落ち着かせて、一音ずつ、呟くように。
恐怖を燃やせ。
……トリガーを、引いて。


「ペ・ル・ソ・ナ」

そして。
弾丸が放たれた。
なにかが弾けるような音とともに、なのはから精神の欠片である青白い結晶のような板が散乱し、そしてそれは徐々に人の姿を象って行った。
なのはを立ち止らせたその<声なき声>が、なのはの脳裏に囁きかける。

<我は汝……汝は我……。

我が名は内なる仮面。

汝の心理に宿りし魂が刃。

我は汝の心の海より出でしもの。

白銀の車輪、アリアンフロッド。

極彩の虹もちて、あらゆる悪を調伏せしもの。

我、汝の運命の刻みと共にあらん……!>
372名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 21:37:18 ID:+qEl/O7p
うわ3秒差とか……
373女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 21:38:54 ID:1HcK/F4b
現れたのは、後光が差しこむように感じる光の女神、アリアンフロッド。
後光のように見えていたのは、一定の速度を保ちながら絶えず回転している、巨大な白銀の煌めく車輪だった。
その車輪はそれ自体が光を放っており、赤から紫へと七色のグラデーションを燈しながら周囲を染めている。
その光を受け、流麗に流れる絹糸のような頭髪。まさに虹のように光り輝き、その軌跡に淡い燐光すらを残してゆく。
その身にはゆったりとしたローブのようなものを羽織っており、額にはティアラを頂いている。
頭上には、天使の輪の如くに虹が浮かんでいた。
ゆっくり、誘うようにアリアンフロッドがその手を差しのべた。
するとその手は聖なる光を発し、虹のような七色のスペクトラムの流れがシャドウを射抜く。
たちまち蒸発を始め、もとから存在しなかったかのように、跡も残さずに消え去った。
それと同じように、白銀の車輪が揺らぎ、アリアンフロッドの姿も消えてゆく。
なのはは、召喚のショックからか、呆然とその光景を眺めていた。
「わたしが……ペルソナを、出せた……」
やがて呟いた一言には、紛れもない驚きが含まれていた。
あのとき自分は何をした?無我夢中で、心が導くままにトリガーを引いたのは覚えている。
あのときの不思議な感覚。シャドウに対する恐怖のくびきが抜き取られ、すべてがクリアに、鮮明に感じられた。
言葉にするなら……そう、覚醒。あれが、もう一人の自分。
アリアンフロッド、それがわたしのペルソナ。
わたしは、ペルソナを得たのだ。
余韻に浸る暇もなく、なのはは眩暈を感じると、そのまま意識を失い、倒れこんだ。
374女神異聞録リリカルなのは:2008/10/03(金) 21:39:33 ID:1HcK/F4b
それからほどなくして、影時間が明けた。
最後のシャドウを消し終えた綾也の息は、少し上がっていた。
小一時間ぶっ通しで、唯一人現れるシャドウを倒し続けるのは、相手がいくら雑魚とはいえ消耗を強いられるものだった。
ともあれ、綾也は通常の時の流れに身を戻し、六課への帰路を急いだ。
何故か、自然と早足になる歩みを抑えられない。
問題はないはずだ。なのに、何か嫌な予感がしていた。ぼんやりと、実体をもたない漠然とした不安。
僕は、何か見落としをしている――?
何を見落としているのか。それがわかれば、スッキリするものを。
しかし、この不安は杞憂ではないと、直感的に感じていた。
……急ごう。綾也は、ついに走り出した。
375名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 21:39:36 ID:L+2zy1pN
駄目だこりゃ
376仮面の男 ◆DvBI45asCU :2008/10/03(金) 21:42:26 ID:1HcK/F4b
以上です。
今回もお付き合いいただき、ありがとうございました。
代理の人、頼んでおきながら本当にすいません。
>>369氏、ご指摘ありがとうございます。
なにぶん投下は初心者でして……
スレ汚し失礼しました……。
377名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 22:25:12 ID:CxYoZXsS
>>376
地の文がたっぷりとあって良いですね。引き込まれる……。
GJ!!

ドンマイですよ。
わからないところがあったら、避難所の議論スレ等で聞いてみたらいかかでしょうか?
あと聞くときはハンドルネーム等を外し、名無しの状態で聞くのが良いと思います。
続きを楽しみにしています。

378名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/03(金) 22:46:14 ID:06K3scNN
おや、なのははペルソナ4形式でペルソナ召喚か。
影と対峙してないのを見るとどっかのガソスタであの人に出会ってたのかw
379なの魂の人 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:22:08 ID:bneUg3kO
お久しぶりですこんばんわ
0時45分から投下を開始しようかと思いますが、よろしいでしょうか?
380名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 00:28:37 ID:rCWvQle2
A’s編突入ktkr
381名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 00:35:15 ID:Wd0wK9vO
なの魂きたあああああああああ!!!
382なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:46:32 ID:bneUg3kO
夏の猛火も過ぎ去り、秋分を迎えてしばらく経ち、ようやく町に秋らしい風景が広がる。
それはここ、真選組屯所も例外ではない。
色づいた楓とイチョウの葉が舞い落ち、風流な和の雰囲気を屯所内に醸し出す。
しかしその落ち着いた雰囲気とは全く逆に、道場からは激しく剣のぶつかる音が響き渡る。
道場の中は、剣道着を身に着け、両手で握り締めた竹刀で打ち合いを行う隊士達で溢れかえっていた。
広い道場を包む熱気と飛び散る汗が、無言で"女人禁制"の看板をその場に掲げているような雰囲気すら醸し出す。

「頑張れ〜! シグナム〜!」

だが熱気渦巻く道場内に浮かんだその少女の声援が、掲げられた"女人禁制"の看板文句を完膚無きまでにぶち壊した。
思い思いに鍛錬に励んでいた隊士達は一様に動きを止め、そして一斉に声のした方を見やる。
道場の一角。そこでは若手の青年隊士と、うら若き女性剣士――シグナムが得物を握り締め、対峙している真っ最中であった。
青年はこめかみから一筋の汗を流し、じりじりと摺り足でシグナムとの間合いを計る。
だがその動きに滑らかさは無く、頭上に掲げられた竹刀には、必要以上に力が込められていた。
一方、相対するシグナムは正眼に構えた竹刀をこちらへ向け、微動だにしようとしない。
青年は奥歯を噛み締め、握る竹刀に力を込めなおす。
動揺を隠せないでいる自分に気付き、そしてその事実が彼にさらなる焦燥感を駆り立たせる。
目の前で相対する女性が、よりにもよって、あの"鬼の副長"――土方十四郎と互角の戦いを演じて見せたという事実は、
真選組に入隊して間もない彼に極度の緊張感を与えるには、充分な理由であった。
互いに相手の出方を伺い、刻々と時間だけが過ぎてゆく。
額を、頬を汗が伝い、しかしその感覚を感じる精神的な余裕は殆ど残っておらず……。
ついに、重圧に圧し負けた青年が動いた。
呼吸を止め、一足投に間合いの内に入り込み、上段からの袈裟斬りを繰り出す。
振り下ろされた竹刀は、何物にも阻まれること無く相手の肩口まで迫り……。
――捉えた!
そう確信したその瞬間、一陣の風が彼の頬を撫でた。
目に眩しい桃色の髪が、まるで敗北を宣告するかのごとく目の前でなびく。
同時に痛ましい打撃音が道場内に響き渡り、青年が音を立ててその場に倒れこんだ。
竹刀の転がる音と、青年が苦しげに咳き込む声だけが辺り響き、道場に妙な緊迫感を生み出す。

「……オイ、今モロに逆胴入らなかったか!?」

「オイ! 大丈夫か市村!?」

遠巻きに見ていた隊士達が、弾けるように倒れた青年に駆け寄る。
顔を青くして倒れた青年を見る者、盛大な拍手を送りながら青年とシグナムをはやし立てる者、ただ敬服の意を込めてシグナムを見る者。
その反応は実に様々であった。
しかしそんな彼らには目もくれず、仲間の肩を借り立ち上がった青年に対し、シグナムは深々と礼をするのであった。



なの魂 〜第二十八幕 全国の若者は色恋を知る前に一般常識を知れ〜



「やっぱシグナムが一番やな〜! カッコよかったよ〜!」

道場の隅っこで諸手を挙げ、はやては快勝を手にした家族を笑顔で迎える。
その隣では、同じように手合いの成り行きを正座で見守っていたシャマルが、控えめな拍手をシグナムに送っていた。

「ん〜……でも、もーちょっと手加減してあげてもよかったんとちゃうかなぁ?」

先程までのお日様のような笑顔から一転、はやては心配そうにシグナムと打ち合った青年に目を向けた。
これも鍛錬の一環である、と理解していても、仲間に担がれて道場から出て行く青年の背中は、とても痛ましかった。
しかしシグナムは首を横に振りそれを否定する。
曰く、「出せる力の全てを持って戦わなければ、鍛錬の意味などありません」との事だ。
それは確かにそうかもしれないな、とはやては一人納得する。
383なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:47:43 ID:bneUg3kO
「では、次に手合いの相手をしてくださる方は……」

シャマルから受け取った手拭いで汗を拭きながら、シグナムは後ろを振り向く。
が、彼女の前に名乗りをあげようとする者は一人としていなかった。
その代わりにヒソヒソと仲間内で耳打ちをしあう声だけが漏れてくる。

「……いや、ちょっと無理でしょ……」

とか、

「あんなん隊長クラスじゃないと勝てないって……」

とか。
まあいくら新人相手だったとはいえ、あそこまで圧倒的な試合を見せられてはその反応も致し方ない。
しかし、シグナムとしてはまだまだ今日は鍛錬をし足りない。
少なくともあとニ、三戦は手合わせをしたいところだ。
だが、こう乗り気でない相手と戦ってもろくな成果は得られないだろう。
どうしたものかと考えていると、不意に何かを思いついたらしいはやてが、胸の前でポンと手を打った。

「……よっしゃ! じゃあ誰でもええから次の試合でシグナムに勝てたら、今度の差し入れは二倍や〜!」

瞬間、隊士達の目の色が変わった。
どうやら彼ら、いつの間にやらすっかりはやてに餌付けされてしまっていたらしい。
……いや、それは彼らだけではなかった。
前の爆弾テロ事件の一件以来、毎日のように稽古にやってくるシグナムと、三日に一回くらいの頻度で
差し入れの手料理を持ってくるはやては、すっかり真選組内でも噂になってしまっていた。
特にはやてはその愛くるしさと気立ての良さ、料理の上手さも相まってむさ苦しい隊士達はおろか、
隊内食堂に勤める女中達にも人気の、ちょっとしたマスコットになっていたのだ。
そんな彼女からの差し入れが二倍。
これは本気にならざるを得ない。
隊士達は互いに肩を寄せ合い、真剣に作戦会議を始める。
あいつなら勝てるんじゃないか? いや、それならあいつが。いやいや、あいつの方が勝算が。
そうして頭を悩ませる彼らの背に、しかし全くやる気の無い声が投げかけられる。

「……ったく、ギャーギャーやかましいんだよ。今日は日曜だぜ? もっと静かに出来ねェのかィ」

床に寝そべっていた声の主は、気だるそうに安眠マスクを外し、そして気だるそうにずれた剣道着を直す。
見た目シグナムとそう歳も変わらない、薄茶の髪のその青年は、のそのそと立ち上がって傍に立てかけてあった竹刀を手に取った。

「お、沖田隊長ォォォ! っていうか今日は月曜です! 確かに祝日ですけども!」

と、ノリツッコミをする隊士を素通りし、竹刀でトントンと肩を叩きながらはやての目の前まで歩み寄る。

「なかなか面白そーなことやってるじゃねェかィ、お嬢。俺も混ぜちゃくれねーか?」

どこか挑戦的にそう言い放つ沖田に、その場に居た全員は思わず目を丸くした。
普段から無責任で不真面目で、何かにつけて仕事をサボろうとする彼が、
まさか自ら手合いの相手を申し出るとは誰も思わなかったのだろう。
思わぬ心強い援軍の登場に、隊士達の歓声がどっと沸きあがる。

「おおお! 沖田隊長が出るぞ!」

「隊長ォ! 一丁揉んでやってください!」

「きた! 沖田さんきた! これで勝つる!」

その言葉はどれもこれもが、沖田の勝利を信じて疑わないものだった。
さすがにそこまでシグナムのことを蔑ろにされては、はやても面白くない。
ぷぅっと頬を膨らませて沖田を指差し、手をパタパタと振り回しながら抗議をする。
384なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:48:54 ID:bneUg3kO
「真面目に練習もせぇへん人に、シグナムは負けへんもん〜!」

「あらら。こりゃ手厳しい」

本人は精一杯凄んでいるつもりなのだろうが、しかし小さな彼女のその行動は愛嬌たっぷりで、
むしろその場を和ませつつあった。
沖田は肩を竦め、シグナムの方へ目を向ける。

「……フフ。まさかあなたの方から名乗り出てくださるとは、思ってもみませんでしたよ」

気を悪くするどころか、口の端を上げ、むしろ嬉しそうな表情をしているシグナムがそこにいた。
まだ双方の準備も完了していないというのに竹刀を構え、烈火の騎士は好戦的な笑みを浮かべる。
そんな彼女を見て、沖田は呆れながらため息をつき、そして竹刀を構えた。

「他の方々に聞き及びましたよ。なんでも、剣の腕だけなら土方殿をも上回るとか……」

「やれやれ、相変わらずの剣術バカでさァ。土方さんが気に入るのも分かる気がしやすぜ」

互いに竹刀を正眼に構えたままはやて達から程離れ、そしてジリジリと互いの間合いを計り始める。
所謂剣気というものだろうか。
先程の試合と比べるまでもなく圧倒的な威圧感が二人の剣士から放たれ、最早剣呑とすら言えるほどの空気が
ピリピリと道場内を焦がす。
そのあまりの迫力に、隊士達は固唾を呑んで勝負の行方を見守るしかなかった。

「頑張れー! 総悟くんもシグナムも、ファイト! おー!」

「シグナムー! 負けたら承知せぇへんよー!」

しかし、八神家のパープーガールズはそんな空気すらもぶち破る。
二人に黄色い声援を送るシャマルと、烈火に檄を飛ばすはやての姿は、まるで運動会の応援にやってきた保護者のようだ。
その鷹揚な空気が伝染したのか、隊士の一人が沖田に向かって声援を送る。
そしてそれに釣られるように一人、また一人。
あっという間に声援の波は道場内に広がり渡った。
投げかけられる言葉は実に様々。
純粋に沖田を応援する者もいれば、「綺麗な女の子を応援したい!」という男の性に負けてシグナムを応援する者もいる。
どさくさに紛れて「はやてちゃんをウチの息子の嫁に……!」と叫んだ者もいたが、即座に他の隊士達にけたぐりまわされてあえなく沈黙。
最初とは別の意味で騒がしくなった道場内の熱気が最高潮に達しようとした、まさにその瞬間だった。

「お前が真面目に稽古に出るたァ、珍しいこともあるもんだな。どういう風の吹き回しだ?」

道場の入り口から、突如として声が聞こえた。
隊士達は、突然背後からクラクションでも鳴らされたかのように肩を竦ませ黙り込み、一斉に入り口の方へ目を向けた。
遅れてはやてとシャマル、沖田とシグナムも声のした方を見やる。

「……なんですかィ、土方さん。これからって時に」

不快そうな表情を隠そうともせず、沖田は声の主を睨みつけた。
入り口に立つ土方は咥えタバコから紫煙をくゆらせ、どこか居心地悪そうに彼らに背を向け、
静まり返った道場に言葉を残しその場を去っていった。

「お楽しみのトコ悪いんだが……お前に客だ、総悟。さっさと着替えてきやがれ」



「……ったく。こんな昼間っから訪ねてくるたァ、一体どこの暇人でィ」

などと呟きながら、隊服に着替えた沖田は不機嫌そうに長い廊下を歩く。
珍しくやる気になっていたところに水を差されたのだ。気を悪くするのも無理はない。
そんな荒れる隊長さんを、コソコソとつけ回す影があった。
385なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:50:07 ID:bneUg3kO
「ブラボ−1より本部へ、ブラボー1より本部へ。前方に目標発見や! どうぞー」

「本部よりブラボー1へ。こっちでも視認したわ。これより追跡を再開しますっ!」

無線機片手にノリノリで交信をするはやてと、彼女を抱きかかえたシャマルであった。
一体どこで用意したのか、真っ黒のスーツに真っ黒のソフト帽、黒レンズのサングラスで身を固めた二人は、
まるで出来損ないのメン・イン・ブラックのようであった。
というか、抱きかかえているということは、二人の距離は肉声でも会話が充分できる距離なわけであって。
ついでに言えば、彼女らは念話が使えるわけであって。
無線機を使う必要性が一体どこにあるのか、甚だ疑問である。

「あ、あー……うぉっほん!」

そんな彼女らの背後から、仰々しい咳払いが聞こえてきた。
びくりと肩を震わせて、二人は眉をひそめながら後ろを振り向く。

「もうっ! 静かにしないと、総悟くんに気付かれちゃうでしょ?」

「そやそや。物音厳禁、私語も厳禁。マッチ一本火事の元や」

可愛らしく顔の前で人差し指を立てるシャマル達の目の前では、シグナムがこめかみの辺りを掻きながら、
不審そうな目つきで二人を見ていた。

「あの……一体何をしておられるので?」

妙な汗を掻きながらシグナムがそう尋ねるが、それも無理のないことだ。
沖田が道場から出て行った後、自分の仲間が、そして主が、突然どこぞの秘密結社の構成員のような格好をして、
二人揃って沖田の後をコソコソとつけ回し始めたのだ。
疑問の一つも投げかけたくなる。
まるで難解な数学の問題に挑んでいる受験生のような顔で頭を捻るシグナムだが、しかしそんな彼女に、
はやては事も無げに悪戯っぽい笑みを浮かべながら返す。

「スパイごっこや!」

サングラスに隠れた瞳には、さぞや無邪気な光が宿っていることだろう。
思わずため息をつきながらシャマルを見ると、彼女のまた心底楽しそうな笑みを浮かべていた。

「だって気になるじゃない? 敵か味方か!? 謎多き青年隊長に突然の来客!
 果たして、総悟くんの運命やいかに!?」

「ドラマやアニメの見すぎだ、お前は」

「もしかしたら総悟くんの意外な一面が見れちゃうかも? きゃっ♪」

「相変わらず面食いやなぁ、シャマルは。こないだも土方さんに欲情してへんかった?」

「よ、よく……!? お、女の子がそんな言葉を使っちゃいけませんっ!」

たまたま近くを通りかかった数人の隊士が、何事かと不思議そうに三人を眺める中、
黒服達はもはやスパイの意味も成さないくらいにやかましく騒ぎ立てた。
ここがどこぞの核兵器廃棄所なら、頭上にビックリマークが出た上でけたたましいアラートが鳴り響いているところであろう。
女三人寄ればかしましいと言うが、彼女らの場合二人でも充分かしましい。

「……あれ? そーいえば、沖田さんは?」

一頻り口論を終えたところで、ようやくはやてが当初の目的を思い出す。
キョロキョロ辺りを見回してみるも、目に入るのはあまり思い出に残っていない有象無象の隊士達の顔。
沖田の姿はどこにもなかった。
386なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:51:12 ID:bneUg3kO
「もー! シグナムのせいで見失ってしもたやんかー!」

ぷぅっと頬を膨らませ、はやてはシグナムを不服そうな目で睨む。
少しだけ逡巡してから何かを言い返そうとしたシグナムだったが、しかしはやては彼女を無視し、
シャマルの腕をぺしぺしと叩いて焚き付ける。

「シャマル、すぐに追っかけるよ! 全速前進やー!」

「あいあいさー!」

「あ、おい待て!」

シグナムの制止も聞かず、シャマルははやてを抱えたまま、嬉々として廊下を駆け出した。
すぐさま止めようと後を追うシグナムなのだが、シャマルの足がまた意外と速い。
二人の距離はぐんぐん広がってゆき……不意に、廊下の曲がり角でシャマルが足を止めた。
ほっと胸を撫で下ろし、ようやく追いついたシグナムはシャマルの肩を掴み……そしてそこで気付く。

シャマルの眼前に、黒光りする円筒が突きつけられている事に。

「……こーいう時、なんて言うべきか知ってやすかィ? シャマルさん」

円筒を肩に担いだその人物は、淡々とした表情で問いかける。
シャマルとはやては額からだくだくと脂汗を流しながら首を横に振り、震える声でこう答えた。

『……ご……ごめんなさい……?』

しかし、目の前の人物は首を横に振る。
解答代わりに返ってきたのは、薄ら寒さすら覚えるほどの不敵な笑み。
円筒、もといバズーカを肩に担いだその青年――沖田総悟は、サディスティックな表情を隠そうともせずシャマルを見下ろす。

「……"Jackpot."……って言うのがお決まりらしいですぜ?」

スタイリッシュな台詞と共に砲口から榴弾が吐き出され、乙女三人は圧倒的な衝撃波と黒煙の中に飲み込まれていった。



「……ったく。コソコソしてねーで素直についてこればよかったんでィ」

『ごめんなさい……』

「……何故私まで……」

プスプスと頭から煙を出しながらシャマルとはやてはペコリと頭を下げ、そして巻き添えを食らって
こんがり理不尽に焦げあがったシグナムは、ブツブツと不平を漏らしつつシャマルを睨む。
そんな剣呑な三人娘を引き連れ、沖田は相変わらず廊下を歩いていた。
隊舎としての機能も持ち合わせているせいで妙に広い敷地面積を持つ屯所内を練り歩き、すれ違う隊士達と一言二言挨拶を交わし、
そしてようやく目的の部屋の前に到着する。

「……なんでィ? ありゃァ」
387なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:54:00 ID:bneUg3kO
沖田は首を傾げた。
風情ある庭園を眺めることの出来る、上等な客間。
その部屋を外界から分け隔てるために閉められたふすまの前に、すでに先客がいたのだ。
それも一人ではない。
二人、三人。
ざっと見ただけで、十人近くは居る。
ふすまを薄く開けて小さな隙間を作り、何人もの隊士達がひそひそと囁き合いながら、押し合いへし合いその中を窺い見ようとしていた。
沖田は頭を掻いてため息をつき、思う。
確かに自分に対して客が来るというのは、非常に珍しいことだ。
しょぼくれた様子で自分の後ろに付き従う三人の女子のように、並々ならぬ興味を持つのも致し方ないかもしれない。
だが、こうやって大所帯でコソコソと客の様子を窺うのは、いくらなんでも先方に失礼すぎるのではないだろうか?
いや、疑問符をつけるまでもない。
どう考えても失礼だ。
一応人の上に立つ者として最低限の礼節をわきまえていた沖田は、しかし子供程度の理性しか持ち合わせていなかった彼は……。

とりあえず、目の前に積み重なる礼儀知らずの野次馬どもを、仕置きと称してぶっ飛ばすことにした。



背後から迫る脅威に気付かぬまま、隊士達は食い入るように客間を覗き込んでいた。
僅かな隙間から伺い見れるのは、何やら嬉しそうな表情を浮かべ、部屋の真ん中に置かれた机の前に座る近藤の姿。

「そうかそうか! いやそれはめでたい! 式にはぜひ真選組総出で出席させてもらうよ」

机を挟んだ向かいに居るであろう客人に、近藤は笑いながらそう告げる。
客人もまた、釣られるようにクスクスと笑いながら言葉を返す。

「でも、正直結婚なんてもう諦めていたのよ。こんな身体だし……」

女性の声だった。
とても優しく、全てを包み込むかのような美しく柔らかな声。
ただでさえ女っ気に餓えている隊士達にとって、その女神の囁き声はひどく魅力的であった。
我先にとふすまの前へへばりつき、先ほどにも増して食い入るように隊士達は部屋の中を覗く。

「こんなオバさん、誰ももらってくれないって……感謝しなきゃね」

「いやいや、ミツバ殿は昔と何も変わらんよ。キレイでおしとやかで賢くて……。
 総悟もよく話していたよ。自慢の姉だって」

「もう! おだてても何も出ないわよ」

近藤と親しげに会話を交わすその女性は、先程の声のイメージ通り……いや、それ以上の淑女であった。
短く整えられた亜麻色の髪。
優しく暖かな蘇芳色の瞳。
決して派手ではなく、しかし地味というわけでもない、儚げな百合の花の模様が施された上質な着物。
柔らかな笑みを浮かべ、気品を感じさせるその仕草は、一種の色香をも漂わせる。
ありていに言って、その女性は"大和撫子"そのものであった。

「……オイ、アレ誰だ? あの別嬪さん何喋ってるんだ? 何笑ってるんだ?」

「結婚がどうとか言ってなかったか?」

「んだとォ! お妙さんという者がありながら、局長の野郎ォ……!」
388なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:55:15 ID:bneUg3kO
まったく予想もしていなかった『結婚』という単語に、隊士達はざわめき出す。
近藤はあれで結構いい歳だし、真選組局長という幕府の要職に就いている。
縁談の話があったとしても、おかしくは無い。
しかし、彼には現在大絶賛片思い中の女性――志村新八の姉――がいる。
だというのに、あの名も知らぬ女?
389なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 00:56:23 ID:bneUg3kO
まったく予想もしていなかった『結婚』という単語に、隊士達はざわめき出す。
近藤はあれで結構いい歳だし、真選組局長という幕府の要職に就いている。
縁談の話があったとしても、おかしくは無い。
しかし、彼には現在大絶賛片思い中の女性――志村新八の姉――がいる。
だというのに、あの名も知らぬ女性と結婚?
ストーカーという名の泥沼に両足突っ込んでる近藤が、自分達の見ず知らずな女と結婚?

「しーっ! 静かにしろバカ!」

衝撃の事実に心揺さぶられる隊士達を咎めたのは、真選組の最後の良識、山崎であった。
彼は人垣の中心、一番前に居座り、ふすまの隙間から中を覗き見やりながら、

「お前らしらねーの? アレ、沖田さんの姉上様のミツバさんだよ」

「……え?」

言われて、隊士達は再び中を覗き込みその女性を注視する。
髪の色、瞳の色、その容姿。
……確かに言われてみれば、その姿はどことなく沖田を髣髴とさせる。
納得したように頷き、手を打ち、しかし半ば信じられないように隊士達は息を漏らす。

「あ、あの毎月激辛せんべえ送ってくる……」

「辛くて食えねーんだよな、アレ」

「しかし似ても似つかんねェ。あんなおしとやかで物静かな人が、沖田隊長の……」

「だからよく言うだろ。兄弟のどっちかがちゃらんぽらんだと、もう片方はしっかりした子になるんだよ。
 バランスがとれるようになってんの世の中」

山崎がその台詞を言い終える前に、突如として彼らの身体が黒煙に包まれた。
絶大な爆風と衝撃波は、いとも容易く隊士達を吹き飛ばし、そして彼ら自身が先ほどまで覗き込んでいた部屋に突っ込ませる。
火の尾を曳きながら宙を舞った隊士達は、ある者は部屋を突っ切り向かいの障子に頭から突っ込み、
またある者は机の上に着艦する。
普通なら大騒ぎになってもおかしくない状況であるが、真選組では日常的な光景だ。
その事を心得ているのか、驚きも慌てもせずにミツバは口元に手を当て、

「まァ、相変わらずにぎやかですね」

「おーう、総悟やっと来たか!」

近藤がにこやかにふすまがあった所へ向けて手を振る。
彼の視界には、山崎の首を掴み持ち上げ、その喉元に刀を突きつける沖田と、口をあんぐりあけてその様子を静観する
シグナム、はやて、シャマルの姿が映っていた。

「すんません。コイツ片付けたら行きやすんで」

割と本気な目で山崎を睨み付け、近藤達の方を見ようともせずに沖田は言う。

「そーちゃん、ダメよ。お友達に乱暴しちゃ」

そんな彼を、ミツバは諭すように咎める。
怒るでもなく呆れるでもなく、本当に優しく柔らかい口調。
沖田は一瞬だけ、刺すような視線で姉を見やり……。

「ごめんなさいおねーちゃん!!」

手にした刀も山崎もその場に落とし、ミツバのすぐ傍まで行き勢いよく土下座をした。
390なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:00:41 ID:bneUg3kO
『え、えええ!!?』

その様子を見て真っ先に驚いたのはシグナム達だ。
あの沖田が、あっさり頭を下げた?
自分勝手で頑固でドS王子の異名を取る沖田が、従順にあっさりと頭を下げた?
まったくもって想像すら出来なかった眼前の光景に、シグナム達は再びぽかんと口を開ける。

「ワハハハハ! 相変わらずミツバ殿には頭があがらんようだな、総悟!」

しかし彼女らとは正反対に、近藤は心底楽しげに笑い声を上げる。
彼にとっては、きっとこれは見慣れた光景なのだろう。
ミツバはというと、久しぶりに再会した、土下座の姿勢のままの弟の頭を、よしよしと撫でて柔和な笑みを浮かべていた。

「お久しぶりでござんす、姉上。遠路はるばる江戸までご足労、ご苦労様でした」

「……だ、誰?」

「ホントに意外な一面が見れちゃったわね……」

はやてもシャマルもシグナムも、沖田のあまりの豹変振りに冷や汗をかきながらポツリと呟く。
いや、だっておかしい。
あの自由奔放無礼千万な沖田が、礼儀正しく頭を下げて労いの言葉までかけて。
しかも何だあれは? なんで頬まで染めてるんだ?

「まァまァ御三方、姉弟水入らず。邪魔立ては野暮ってもんだぜ」

困惑の渦中にある三人に気付いた近藤は彼女らの傍まで歩み寄り、そっとそう告げる。
戸惑いつつも近藤の言わんとするところを理解したはやては、自分を抱きかかえるシャマルの服の袖をクイクイと引っ張り、
部屋の外へ出るように促した。

「総悟、お前今日は休んでいいぞ。せっかく来たんだ、ミツバ殿に江戸の街でも案内してやれ」

去り際に近藤が残したその言葉に、沖田は本当に嬉しそうな顔をして近藤に頭を下げる。
「ささ、姉上!」とミツバの手を取り、半ば引っ張るように沖田は縁側から隊舎の廊下へ向かって駆け出す。
まるで子供のように無邪気な笑みを浮かべる沖田からは、普段の毒っ気は微塵も感じられなかった。

「……はぁ〜。キレーな人やったなぁ」

「総悟くんにお姉さんが居たなんて、意外ねぇ……」

まるでつむじ風のような騒ぎが収まった後、はやてとシャマルは揃ってため息を漏らす。
綺麗、というのは、何も外見だけの話ではない。
物腰も、口調も、そして醸し出す雰囲気も。
一目見ただけだが、その何もかもが本当に綺麗で、同じ女性として嫉妬すら覚えてしまうくらいだった。

「しかし、あの豹変ぶりは……一体何者なのですか? 沖田殿の姉君様は……」

呆けたように騒ぎの残照を眺める二人の隣で、しかしシグナムは解せないと言わんばかりの表情で近藤に問いかける。
近藤は懐かしそうに目を細めながら、沖田たちの去っていった方を見やり語りだす。

「アイツは……総悟はなァ。幼い頃に両親を亡くして、それからずっと、あのミツバ殿が親代わりだったんだ。
 アイツにとっては、お袋みてーなもんなんだよ」

唐突に突きつけられた事実に、思わず三人は息を呑んで近藤の話に聞き入る。
傍若無人で、意地っ張りで、人の言うことなんか全然聞かなくて。
理不尽の塊のような人間だが、思い返してみれば、そんな彼でもはやてに対してだけは、そこまで無茶な態度は取っていなかった。
先ほどの榴弾投射はまた別の話だが。
幼い頃に両親を亡くし、一人での生活を余儀なくされていたはやてを、昔の自分と重ねていたのだろうか。
391なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:01:57 ID:bneUg3kO
「男には、ああいう鎧の紐解く場所が必要なんだ。特にアイツのように、弱みを見せずに片意地張って生きてる奴ほどな」

その言葉が、はやての胸の奥をチクリと刺す。
沖田にとって何よりも大切で、傍に居て何よりも安心できる人。
そんな人を、自分達は面白半分で覗き見ようとしていた。
それは土足で他人の心の中に踏み込むのと同じくらい、失礼なことなのではないか。
もし自分の大切な人達が同じように、影でコソコソ言われていたり、興味本位で心無い人間につけ回されたりしていたら……。
そんなことは、想像したくもなかった。
想像したくもないことを、自分は沖田に対して、してしまった。

「……今度沖田さんに会ったら、ちゃんと謝らへんとな……」

誰に言うでもなく、はやては小さく呟く。
ひゅう、と一陣の風が吹く。
蚊の鳴くようなその声は、誰にも聞こえることなく舞い落ちる紅葉の中に消えていった。



休日の昼間ということもあり、喫茶店"翠屋"はいつにも増して繁盛していた。
厨房の奥では士郎と桃子が忙しなく動き回り、カップルや家族連れ、学生達でごった返した店内では、
美由希がひっきりなしに飛び交う注文を受け賜り、恭也は営業スマイルでレジにて客の応対をする。
全員が全員、自分の持ち場を離れることが出来ない、まさに猫の手も借りたい状態だ。
そんなわけで。

「よ〜し! 私もがんばるぞっ!」

家族の危機を救うため、高町なのはここに参上。
随分昔に作ってもらった"翠屋"のマークが入ったエプロンを身に付け、注文用紙を挟んだ小さなボードを片手に、
トコトコとなのはは店内を駆け回る。

「……あれ?」

銀時達も連れてくればもっと楽になったかもしれないな、などということを考えながら、
何気なく窓際の席へ目を向け、そしてなのははどことなく見覚えのある人物を発見した。
短く切られた、亜麻色の髪。
静かに燃える蘇芳色の瞳。
黒いスーツのような服と、席の奥に立てかけられた、立派な日本刀。
同じく亜麻色の髪と蘇芳色の瞳をした綺麗な女性と向き合うように座ったその男性の姿は、
確かになのはの記憶の片隅に描き残されていた。

「どしたの? なのは」

一体どこで見たのだろう? と首を捻りながらウンウン唸っていると、突然背後から声がかけられた。
驚き後ろを振り返ると、トレーを胸に抱えた美由希が、訝しげな表情でなのはの顔を覗き込もうとしていた。
「なんでもないよ」とどもりながら答えると、美由希は「ふ〜ん」と気の無い相槌を打ってなのはが視線を向けていた方を見やり……。
何故かひどく納得した様子で何度も頷き、悪戯っぽい笑みをなのはに向けてきた。

「な・る・ほ・ど〜♪ そっかそっか、なのはも色を知る歳になったのね〜。このおませさん!」

「へ? ……え?」

いきなりわけの分からないことを言われて混乱するなのはだが、しかし美由希は構う事無く捲くし立てる。

「でも、あのお兄さんはやめといた方がいいわよ〜? おねーちゃんの見立てだけど……あの二人、確実にデキてるからね」

「えっと、あの……そういうのじゃなくて……」
392なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:03:14 ID:bneUg3kO
「照れない照れない! ……あ、もしかしてなのは、略奪愛とかそういうのが好きなタイプ?
 お姉ちゃん純愛派だから、そういうのはちょっと応援できないかな〜……」

「だ、だから違うってばー!」

パタパタと手を振り回し、顔を赤くして抗議するなのはなのだが、しかし美由希は笑いながらその場を去っていく。
どうやら妙な勘違いをされてしまったらしい。
そもそも自分の好みの男性はああいう人ではなく、もっとこう……。

「……あ」

ふと思い浮かぶのは、兄と父と居候と……自分に"魔法"を教えてくれた、共に背を預けて戦った友人の顔。
そこでようやく、なのはは窓際の男性のことを思い出す。
そういえばあの男性は、ユーノと初めて出会ったあの日、問答無用で自分達にバズーカをぶっ放してきた男だ。
もう半年近く前の話だが、己の生命の危機に関わる出来事だったので今でも鮮明に覚えている。
思わず身震いし、そしてなのはは再び彼――沖田を見やる。

「そーですか、ついに姉上も結婚……じゃあ今回は、嫁入り先に挨拶も兼ねて?」

「ええ。しばらく江戸に逗留するから、いつでも会えるわよ」

「本当ですか! 嬉しいッス!!」

「フフ……私も嬉しい」

視界の中の彼は、向かいに座った女性ととても楽しそうに談笑をしていて。
初めて会った時の印象とは、全く逆だ。
まるで子供のように素直な笑みを浮かべる沖田に、なのはは少なからず興味を抱く。

「じゃあ嫁入りして江戸に住めば、これからいつでも会えるんですね」

「そうよ」

「僕……嬉しいっス」

とりあえず姉の見立ては掠りもしなかったな。などと思いつつ、いけないことだと理解しながらも、
聞き耳を立ててなのはは二人を見守る。
そんな彼女の背後から、男達の忍び笑い。
不審に思い声のした方を振り向くと、上から下まで真っ黒なスーツのような服――沖田と同じ意匠の服を纏った男二人が、
双眼鏡片手に口元を押さえて必死に笑いを堪え、そして彼らの着く席のすぐ傍では、注文用紙を手にした美由希が
困ったように愛想笑いを浮かべていた。

「あ、あのー……お客様、ご注文は……」

「プクク……マジかよ、あの沖田隊長が……」

「"僕"だってよォォォ!」

沖田の知り合いだろうか。
肩の辺りまで髪を伸ばした地味な男と、頭を丸く剃りあげた大柄の男は、困る美由希など意にも介さず
テーブルを叩いて込み上げる笑いに耐えているようだった。
あんなに微笑ましい二人を見て嘲うなんて、失礼な人達だな。と不快感もあらわに、なのはは再び沖田の方を見やる。

「でも、僕心配です。江戸の空気は武州の空気と違って汚いですから。お身体に障るんじゃ……」

と、沖田は神妙そうな顔つきで窓の外を指差し、
393なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:04:18 ID:bneUg3kO
「見てください、あの排気ガス」

「え? ……何? どれ、そーちゃん?」

ミツバが外へ視線を向けた、まさにその瞬間。
どこからとも無く取り出したバズーカを担ぎ、鬼のような形相で砲口を先程の男達の方へ向け……。
爆音。
凄まじい大音響と共に、二人の男は紅蓮と黒煙の渦に包み込まれていった。
無論、すぐ傍に居た美由希も一緒に、だ。

「お姉ちゃんんんんんん!!?」

あまりにも突拍子も無く店内で巻き起こった悲劇に、なのはは冷静さを失い絶叫する。
手にしたボードも放り投げ、燃え上がる客席へと一歩を踏み出し……

「いやー死ぬかと思ったね、実際」

「って、あれェェェェェ!?」

なのはは思わず動きを止めて後ろを振り向いた。
目の前には、何事もなかったかのように額の汗を拭う美由希の姿。
何故? ホワイ? これなんて魔法?
混乱しきった頭で自問を繰り返すが、しかし答えが返ってくることはなく。
そんな情景をレジ越しに眺めていた恭也は、頭を押さえてため息をつきながら、掃除道具を取りに店の奥へと姿を消すのであった。



土方は紫煙をくゆらせ、居心地悪そうに休日の商店街を闊歩していた。
横幅に余裕を持って設計されたその道は、しかし蠢く人々によって埋め尽くされており、
その様は人の波というよりむしろ壁のようであった。
"目的地"への最短距離を取るためにこの道を選んだのだが、自分の判断は失敗だったな、と今更ながら土方は思う。
行き交う人々のうねりに身体を揉まれ、バランスを崩して近くを通った乳母車を蹴飛ばしそうになり、
なんとか踏ん張ってその場に留まると、頭の弱そうな女子高生に逆に脛を蹴り飛ばされる。
身体中に電気が通ったような激痛が走り、顔を歪ませながらその女を睨みつけるも、しかし女子高生は無視を決め込む。
一つガツンと言ってやろうかと一歩を踏み出したところで、今度は何者かに肩を捕まれる。
「あァ?」と不機嫌極まりない声を上げながら後ろを振り向くと、冴えない中年男性に咥えタバコに対する注意をされてしまった。
そんなことがあったのが、つい十分前。
いつもなら五分ほどで通り抜けることが出来た商店街だが、休日客と予期せぬトラブルの連続のおかげで、
十分経っても抜け出すどころか中間地点に辿り着くのがやっとであった。
ようやく人の影もまばらになってきた辺りで、土方はため息をつきながら新しいタバコに火をつける。
何やら姦しい話し声が聞こえてきたのは、その時だった。
何気なく声のした方を見やり、そして土方はタバコを咥えようと動かした手を思わず止めた。
彼の視線の先……花屋と服屋の間の路地の影に、三人の少女が居たのだ。
背丈も服装もまちまちなその女性達は、何故か一様に双眼鏡を手にし、
道を挟んだ向かいの店……商店街で評判の喫茶店の中を覗き込んでいるようだった。

「……美味しそう……」

と、よだれでも垂らしそうな声を上げたのは、三人の中では中間くらいの背丈の女の子。
その服装は、白い小袖に深紅の緋袴……ありていに言って、典型的な巫女装束であった。
一本結びにした栗色の長い髪と、とろんとした金色の瞳がなんとも愛らしいが、それと同時に言い知れない違和感を醸し出す。
すなわち、"なんでこんなところに巫女さんがいるんだ?"と。
394なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:05:31 ID:bneUg3kO
「おお〜……すっごい美人さん……!」

だが土方の心中の疑問に答える者はおらず。
その代わりに聞こえてきたのは、活発そうな女の子の声。
短く切られた明るい空色の髪に、先ほどの子と同じ金色の瞳。
そして身に纏うのは、ずいぶんと丈の短い萌黄色の着物と、あか抜けた象牙色の帯。
最近若い女性の間で流行の、ミニスカ着物と言うらしい。
双眼鏡から目を離し、その少女は何故だか感嘆の息を漏らす。

「二人とも静かにしていろ! 気付かれたらどうする!」

そしてそんな二人を、おそらくこの三人の中で最年少であると思われる長い銀髪の少女が叱る。
どこからどう見ても小学生なその少女は、しかし身に纏った優美な藍の着物と桜色の帯が、
そして猫のように切れ長な金色の瞳が、異様なまでに大人っぽい雰囲気を醸し出していた。
銀髪の少女は目に当てていた双眼鏡を下ろし、両脇で中腰に立つ二人に目をやり、

「いいか。スナイパーもアサッシンも、姿を見せることなく敵を討つのが仕事だ。
 一般人に気配を悟られるようでは責務をまっとうできんぞ、二人とも」

「まあまあ、二人とも町に出るのは初めてなんだから。浮かれちゃっても仕方ないってば!」

「自分で言うな! 自分で!」

ヘラヘラと笑っていた空色の髪の少女だが、銀髪の少女にピシャリと一喝されてしまう。
空色の髪の少女は不服そうに口を尖らせ、銀髪の少女を見下ろす。

「むー……チンク姉、なーんか機嫌悪くない? ゴローちゃんとケンカでもした?」

「姉の知り合いにゴローなどという人物は居らん」

「伍丸弐號さんのことだよ、チンク姉」

すまし顔で腕を組む銀髪の少女――名をチンクというらしい――に対し、
双眼鏡を覗いていた巫女装束の少女が、口元を手の甲で拭いながらそう言った。

「チンク姉、いつまで経っても"おい"とか"お前"とか倦怠期の夫婦みたいな呼び方しかしないからさー。
 あたしとディエチで勝手に決めちゃった」

「発案者はセインだけどね」

「だれが夫婦だ! 誰が! というか、なんだその素っ頓狂なあだ名は!
 "ご"しか掛かっていないではないか!」

得意げにVサインを作る二人の少女――空色の方がセイン、栗色の方がディエチというらしい――に、
チンクは顔を赤くして怒鳴り返し、しかしすぐに平静を取り繕って、腕を組んで喫茶店を見やる。

「と、とにかくだ! 今回我々に与えられた任務、よもや忘れてはいまいな?」

「そりゃもちろん!」

「あのお姉さんの監視兼護衛。それも、当人及び周囲には内密で……だよね?」

「うむ。取り引きの前に、どこぞの無粋な輩に、重要な駒を傷物にされては困るからな」

そう言って腕を組み、うんうんと頷くチンクなのだが、しかしその表情はどこか物憂げであった。
395なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:06:46 ID:bneUg3kO
「……まあ、私はあまり乗り気ではないのだがな……」

「……なんか言った? チンク姉」

「いや。それよりも……」

「オイお前ら」

ふっ、とチンクが小さく息を漏らすのと、彼女らに粗暴な男の声がかけられたのはほぼ同時であった。
ぎょっとした様子で三人は一斉に声のした方を見る。

「こんなところでコソコソ何やってやがる……ちょいと屯所まで来てもらおうか」

黒いスーツのような衣服。
腰に差した刀。
瞳孔開き気味の鋭い目。
見覚えのあるその顔に、セインとディエチは思わず狼狽する。

(チ、チンク姉! コイツあれだよ! 真選組の鬼副長!)

(厄介な人に見つかったね……どうする? さすがに三人がかりなら勝てると思うけど……)

目の前の鬼副長に気取られぬよう、口頭ではなく戦闘機人として備えられた無線通信機能を使ってチンクへ問いかける。
チンクは暫しの間黙考をする。
確かに、自分達戦闘機人は普通の人間とは一線を画する身体能力・特殊能力を持っている。
三人も揃えば、並の人間を打ち倒すことなど造作も無いはずだ。
しかし、目の前の男は並の人間ではない。
幾多の修羅場を潜り抜けてきた、歴戦の戦士だ。
おまけに未確認だが、あの"烈火の騎士"と互角の戦いすら繰り広げたという報告も入っている。
それに引き換え、こちらは実戦経験皆無の機人が三機。
スペック差では勝っているが、経験差があまりにも違いすぎる。
下手に手を出せば、こちらにも被害が出る可能性すらある。
というか、そもそも天下の往来で騒ぎを起こすつもりなど元より無い。
やはりここは、機を見て逃走に移るのが得策だろう。
そう思い、チンクが行動を起こそうとしたまさにその時。
突如として、盛大な爆発音が喫茶店の方から響いてきた。
その場に居合わせた人々は何事かと、皆一様に喫茶店の方へと目を向ける。
それは土方も例外ではない。
そしてチンクは、その隙を逃さなかった。

「……走れ! とにかくこの場から離れるぞ!」

その声を合図に、あっけに取られていたセインとディエチはチンクを追って路地裏へと一目散に駆け出した。
それを引きとめようと土方は手を伸ばすが、しかし喫茶店の方も気に掛かる。
逃げ出した不審者を追うか、原因不明の爆発を調べるか。
ほんの僅かな逡巡の後、土方は舌打ちをして路地裏へと駆けていった。
彼の見知った人物が、その背中に視線を向けていることに気付くことはなかった。



「……! まァ、何かしら……くさい……」

どこかで見たような後姿を見つけ、窓の外に釘付けになっていたミツバは、
店内から漂ってくる異臭に思わず手で鼻を覆った。
臭いの元と思わしき席からは、なぜか黒い煙がもくもくと立ち昇っており、店員の青年が箒とちりとりを腋に挟みながら
煙に消火器を向けている。

「ひどい空気でしょ。姉上の肺に障らなければいいんですが……」
396なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:07:57 ID:bneUg3kO
行儀良く席に座り、すまし顔で沖田は言う。
そんな弟からの心遣いが嬉しかったのか、ミツバは小さく微笑み、そして彼女もまた沖田の身を案じて言葉をかける。

「病気なら大丈夫。そーちゃんの毎月の仕送りのおかげで、治療も万全だもの。
 それよりも、そーちゃんこそ大丈夫なの? ちゃんと三食ご飯食べてる?」

「食べてます!」

「忙しくても睡眠ちゃんととってるの?」

「とってます! 羊を数える暇も無いですよ」

「みなさんとは仲良くやっているの? いじめられたりしてない?」

「うーん、たまに嫌な奴もいるけど……僕くじけませんよ」

煙の向こうから「どの口が……!」と言いたげな男二人が頭から煙を出しながらこちらを見ているような気がするが、
きっと気のせいだろうと自分に言い聞かせて無視をすることにする。
こんな感じで姉に心配をかけまいと振舞う沖田なのだったが、しかし次に飛び出した姉からの問いかけには、
さすがの沖田も困り果ててしまった。

「じゃあ、お友達は? あなた、昔から年上ばかりに囲まれて友達らしい友達もいないじゃない。
 悩みの相談が出来る親友はいるの?」

先に言ったとおり、沖田の交友関係というのは決して広くはない。
傍若無人で、意地っ張りで、人の言うことなんか全然聞かなくて。
そんな性格の人間に、友達などそうそうできるものではない。
ましてや親友など。
しかし、そのことを正直に話せば姉に要らぬ心配をかけてしまう。
どうしたもんかと俯き、考え……。
何か妙案を思い立ったのか、ミツバに断って席を立ち、携帯電話片手に店のトイレへと駆け込んでいった。



突如として巻き起こった爆発事件から数十分。
ようやく落ち着きを取り戻してきた店内で、なのはは先程にも増して接客に勤しんでいた。
目一杯の笑顔で愛嬌を振りまき、店内を駆け回って客に商品と癒しを提供する。
注文を聞き、空いた食器を片付け、そして窓際の席へ注文のコーヒーを持っていく。
店の入り口が開き、カランとベルの音が鳴ったのは、コーヒーをテーブルの上に置いたまさにその時であった。
新たな客を迎えるべく、なのはは笑顔で入り口の前までトコトコと駆けてゆき、

「いらっしゃいま……せ……?」

そして絶句した。
目の前に立っていたのは、坂田銀時であった。
いや、彼がこの店に立ち寄るのは、そう珍しいことではない。
金欠でどうしようもないときは、開店準備中にパンの耳をたかりにくるし、逆に仕事の実入りが良かった日には、
鼻歌を歌いながらいちごパフェを食べに来ることもある。
問題は、彼の隣に立つ人物であった。
端正に整った凛々しい顔。
ポニーテールに結わえられた、目に鮮やかな牡丹色の長い髪。
女の自分が見ても顔が赤くなってしまうくらいに豊満な胸と引き締まった腰。
そう、彼の隣に立つ人物は、あろうことか妙齢の女性であった。
それも、町を歩けば男女問わず、誰もが振り向くであろうくらいの美女。
万年金欠の銀時が。
そんな美女と一緒に並んで。
雰囲気の良い喫茶店に。
397なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:09:09 ID:bneUg3kO
「あ……えっと……その……」

理解不能な事実を眼前に突きつけられ、なのはは思わず狼狽する。
何故? ホワット? 女にはとことん縁の無いはずの銀時が?
合コンで全戦全敗という輝かしい戦歴を持つ銀時が?
こんな美人と、自分の知らない間にお近付きに!?

「ご……ごゆっくりぃ〜!!」

次の瞬間には、なのはは顔を手で覆いながら店の奥まで駆けていってしまった。
彼女を引きとめようと挙げた右手をそのままに、銀時は呆然とその場に立ち尽くす。

「……なんなんだ、ありゃ?」

「お知り合いですか? 銀時殿」

そんな彼に声をかけるのは、なのは曰く絶世の美女――シグナムだった。
ただならぬ雰囲気を醸し出しながら店舗の奥へと消えていったなのはに、不信感を抱いたのだろう。

「知り合いっつーか、なんつーか……」

「おーい、お二人さん。こっちですぜィ」

しかし銀時が答えを返す前に、二人に声がかけられる。
窓際の最奥、街路樹の並木が美しく見える席。
そこでは自分達を呼び出した張本人が、こちらへ向けて手を振っていた。
一体何の用だと問いかけながら沖田の傍まで行くと、彼は二人の席へ着くよう促す。
釈然としない様子で、言われるままに二人は沖田の両隣へと腰を落ち着けた。
そして席の向かいに座る人物の顔を見て、銀時は眉をひそませ、シグナムは「あ」と素っ頓狂な声を上げる。
そんな二人には気も配らず、沖田は恥ずかしそうに二、三度咳払いをし、

「紹介します、姉上。大親友の坂田銀時くんとシグナムちゃんで……」

「なんでだよ」

銀時に後頭部をつかまれ、凄まじい勢いでテーブルに額を打ち付けられてしまった。
向かいではミツバが「まぁ、そーちゃん大丈夫?」などと言っているが、銀時は完全に無視を決め込む。
一方、シグナムはあまりにも突発的過ぎるイベントについていけず、頭上に沢山のクエスチョンマークを浮かべていた。

「……あの、沖田殿。今一つ状況が読めないのですが……」

「オイ、俺達いつから友達になった?」

「旦那、友達って奴ァ今日からなるとか決めるもんじゃなく、いつの間にかなってるもんでさァ」

ひそひそと告げられる沖田の言葉に、銀時はなんとなく状況を理解した。
つまるところ、向かいに座る女性――会話の内容から察するに、沖田の姉だろう――の前で、
友達のふりをしていてほしい、といったところだろう。
だが、状況が分かったところで快く首を縦に振るほど銀時はお人好しではない。
土曜に買うのを忘れていたジャンプを購入し、ようやく落ち着いて読めると思っていたところに突然の電話。
しかも報酬も何も無しに仕事の依頼ときたもんだ。
銀時は疲れた様子で頭を掻きながら席を立ち、のらりくらりと店の出口へと歩き出す。

「そしていつの間にか去っていくのも友達だ」
398なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:10:21 ID:bneUg3kO
なのはが聞けば割と本気で反論してきそうな言葉を残し、銀時はその場を去ろうとする。
しかし沖田は全く動じることも無く、店員に声をかけるのであった。

「すいやせーん。チョコパフェとあんみつ三つずつ追加で」



「友達って言うか、俺としてはもう弟みたいな? まァそういうカンジかな。なァ総一郎君」

「総悟です」

「我々のある……じゃなかった、従妹も良くしていただけて……本当に、良く出来た御方です」

目の前に三つも並べられたパフェを、あんみつを口に運び、銀時とシグナムはご満悦な様子で語る。
白夜叉だの烈火の騎士だの言われても、甘味を用いた懐柔工作には勝てなかったようだ。
二人の言葉に耳を傾けていたミツバは、何故か驚いた様子で口元に手を当て、二人に挟まれて席に着く沖田を見る。

「まぁ。またこの子はこんな年上の方達と……」

「大丈夫です。頭はずっと中二の夏の人なんで」

「中二? よりによってお前、世界で一番バカな生き物中二!? そりゃねーだろ夜神総一郎君」

「総悟です。……心配要りませんよ、姉上。銀時くんはともかく、シグナムちゃんはこう見えてもまだ十九なんで」

銀時の言葉も爽やかにスルーする沖田の言葉に、ミツバは再び驚いたような顔。

「まぁ、そうだったの。ずいぶん大人びた方だから、てっきりもっと年上かと……」

実際のところ、沖田どころか銀時と比べてもとんでもなく年上なのだが、
厄介なことになりそうなのであえてそのことは伏せておく。
シグナムが返す言葉に詰まっていると、ミツバはまじまじとシグナムと沖田の顔を交互に見比べ、

「それにしても、こんなに綺麗な方とお知り合いだなんて……そーちゃんも隅に置けないわね」

頬に手を当て小首を傾げながら、含みのある物言いで二人に向かって微笑みかけてきた。
しかし彼女の言わんとすることを理解できなかったのか、シグナムは小首を傾げ、
そして隣で恥ずかしそうに頬を掻く沖田を見て難しそうな表情をする。

「シグナムさん」

一体何がどうなっているのか、シグナムが必死になって状況を把握しようと努めていると、
ミツバが柔和な笑みを浮かべて彼女の名を呼びかけた。
突然のことに驚くも、しかしシグナムは真摯な目でミツバを見る。

「不束な弟ですけど、どうかそーちゃんのこと、よろしくお願いしますね」

「……は?」

間の抜けた顔をしてシグナムが問い返す。
この地に守護騎士として降り立って約半年。
シグナムは実に様々な地球の文化に触れてきた。
それは娯楽分野においても言える事である。
例えばテレビのドラマとか。
例えば著名な作家が執筆した小説とか。
例えば"全年齢対象"なのに、お子様には見せたくない表現が混ざってる少女漫画とか。
そういったものにもたくさん目を通してきた。
そんな彼女の経験則から言えば、今ミツバが放った台詞は……そう、娘を嫁に出す親が言うべき台詞だ。
つまり、彼女は自分と沖田のことを……。
399なの魂 ◆.ocPz86dpI :2008/10/04(土) 01:11:44 ID:bneUg3kO
「は……いえ、その……」

予想だにしなかったミツバの勘違いに、シグナムは思わず動揺して胸の前でわたわたと手を振る。

「やだなァ、そんなんじゃないですよ姉上」

一方の沖田はというと、そう言って一頻り笑った後、声のトーンを落としてシグナムと銀時だけに聞こえるように、

「頼んまさァ、御両人。姉上は肺を患ってるんでさァ、ストレスに弱いんです。
 余計な心配かけさせたくないんでェ。もっとしっかり友達演じてくだせェ」

その言葉に少し意外そうな表情をし、シグナムはミツバの顔に目を向ける。
変わらず柔らかな笑みを浮かべる彼女の顔は白く美しく、そしてどこか儚げだった。
なるほど、色白いのは生来のものもあるだろうが、病気のせいでもあったのか、とシグナムは一人納得する。

「……なんでしたら、シャマルに診るように言いましょうか?
 ああ見えても、治癒魔法の技術はかなりのものですが……」

親切心からそう言ってみるのだが、しかし沖田は小さく顔を横に振り、

「お気持ちはありがてェんですがね。アレルギーなんですよ、姉上。
 治癒魔法も、姉上にとっちゃ毒にしかならないんでさァ」

「そう……なのですか」

申し訳なさそうにシグナムは僅かに俯く。
シャマルの医療技術は、贔屓目抜きにしてもかなりのものだ。
それは永きに渡って共に戦ってきたシグナムが身をもって経験したことであるし、
何より彼女も守護騎士の一員。
生半可な能力では、周りに示しがつかない。
しかし彼女の類稀なる技術力は、あくまでも魔法の利用を前提としたもの。
それが一切合財使えないとなると、せいぜい『腕の良い町のお医者さん』レベルである。
いくらシャマルでもメスを持って肺の手術を、なんてことは出来ないだろう。

「……ん?」

少しばかり不憫に思い、再び顔を上げてミツバを見る。
異変に気付いたのは、その時だ。

「……アレ? ちょっとお姉さん何やってんの? ねェ」

いち早くその異変に気付いた銀時が、恐る恐るミツバに声をかける。
今、ミツバの目の前にはパフェとあんみつが一つずつ並べられている。
自分達の手元にあった、まだ手を付けられていないそれをいつの間にか持っていったのだろう。
ミツバは笑みを浮かべたまま袖の下に手を入れ、なにやら赤い液体の入った小瓶を取り出し、
そして何の前触れも無く、中に入った液体を勢いよく目の前の甘味にふりかけ始めた。
一体何なのだ、あの液体は。
銀時とシグナムは目を凝らし、瓶の内容物を見極めようとする。
ミツバが手にした瓶からチラチラ覗くラベルに書かれた文字。
それは……。

「あ、姉君様ァァァァァ!!?」

「それタバスコォォォォォ!!!」

二人は思わず絶叫する。
そりゃそうだ。
一体どこの世界に、甘味にタバスコをブチ撒けて食す人間がいるというのだ?
しかしミツバはさも当然のように、
400名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 01:16:41 ID:rCWvQle2
支援。容量大丈夫かな?
401名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 01:22:16 ID:Wd0wK9vO
支援じゃああああ
402代理:2008/10/04(土) 01:30:08 ID:FxHRLFXv
「そーちゃんがお世話になったお礼に、私が特別おいしい食べ方をお教えしようと思って。
 辛いものはお好きですか?」

「いや、その……どちらかといえば、あっさりとした和食のほうが……」

「というか、辛いも何も……本来辛いものじゃないからね、コレ」

震える声で二人は応対をする。
ここでイエスと言ってしまえば、間違いなくこの珍妙な甘味を食わされることになる。
なんとしてもそれだけは避けたいのだが……遠回しにやんわりと断る銀時に対し、
シグナムが直球でノーと言ってしまうのはやはり文明の違いなのだろう。
真っ向から嗜好を否定されてしまったミツバは、そのことがショックだったのか突然咳き込みだし、

「やっぱり……ケホッ、嫌いなんですね……そーちゃんの友達なのに……」

「好きですよね? 御両人」

(友達関係なくね!?)

完全に目の据わった沖田が銀時の首に刀を押し当て、そしてシグナムの頭にバズーカの砲口を押し付ける。
今までに無いタイプの人間との接触に、二人はタジタジである。
下手を踏むと取り返しのつかないことになってしまいそうだ。
しかしこのまま黙っていても事態は好転しない。
ひとまず場を取り繕おうと、二人は必死になって弁解を始める。

「ああ、いやその! き、嫌いではないですよ! 嫌いでは!」

「アハハ……そうだな、アレだな。好きかも、そういや……。
 で、でもアレだよ、俺達もうデザート二杯も食っちゃったから……」

「そ、そうですね、さすがにもう胃に収まりきらないというか……」

と、シグナムがそこまで言ったその時だ。
ミツバが苦しそうに胸を押さえたかと思うと、突如として激しく咳き込み始めたのだ。
それはもう、周りの客が皆一斉にこちらを振り向くぐらいの激しさである。

「旦那ァァァァァ!!」

『みっ……水を用意しろォォォ!!』

さすがにコレはただ事ではない。
鬼のような形相をして、銀時とシグナムはスプーンを構える。
しかし。

「ゲホぉ!!」

「飲むなってかァァァァァ!!」

まるで完全に見計らったかのようなタイミングで、ミツバが勢いよく赤く粘り気のある液体を吐き出し、
席から崩れるように床に倒れ伏したのだ。
遠巻きに事を見守っていた客達も、さすがにこの事態は想定外だったのか皆ギャーギャーと声を荒げて大騒ぎを始める。

「姉上ェェェェェ!!!」

「店長ォォォ!! 救急車! 救急車を呼んでください!!」

沖田は必死な表情でミツバを抱き起こし、シグナムは大声で店舗の奥へがなりたてる。
そして一方の銀時は何をしていたのかというと、
403代理:2008/10/04(土) 01:31:39 ID:FxHRLFXv
「んがァァァァァ!!!」

何を血迷ったのか、タバスコまみれになったパフェに喰らいついていた。
たったの一口でパフェを喰らい尽くした銀時は、しかしそのまま動こうとしない。
否。
よく見れば、小刻みに身体を震わせていた。
そして一瞬、銀時の目が大きく見開かれたかと思うと、彼は大きな奇声を上げてその場で悶絶をし始めた。
ほぼ一瓶のタバスコを一気食い。
一般的に辛い物好きと呼ばれる人間でも耐え切れないであろうこの荒業に、超甘党の銀時が堪えられるはずも無かったのだ。
しかし彼のこの捨て身の行為が現状を打破できるのかと問われれば、そういうわけでもなく。
立ち上がり、まるで火山の噴火のような雄叫びを上げる銀時をほっぽりだし、沖田はミツバの身体を支え、手を握る。

「姉上! しっかりしてくだせェ姉上!!」

「あ、大丈夫。さっき食べたタバスコ吹いちゃっただけだから」

沖田姉弟を除くその場に居た全員は、当然のごとくズッこけた。
盛大な音と共に食器が舞い飛び、人々が床に頭を打ち付ける音が店舗内に響き渡る。
特に銀時のコケかたは見事の一言で、コケた拍子に目の前のテーブルを真っ二つに叩き割ってしまっていた。

「……こりゃ今日は赤字だな……」

レジから事の成り行きを見守っていた恭也は、額に手を当ててそんなことを一人ごちるのであった。
404代理:2008/10/04(土) 01:32:41 ID:FxHRLFXv
以上で投下終了です
ようやく数の子達も出てきて、ストーリーも進展……するのか?コレ
ともかく、そんなこんなで後半戦スタートです


代理終了。
405名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 02:01:37 ID:3bkufNCQ
GJGJだっぜ。シグナムのあれフラグなんですか?あれなんですね。
最初にしがくるあれ、何を言ってるのか自分でもわかりませんが、なの魂GJ
にしても、八神家はともかくナンバーズまで関わってくるとは次回も楽しみ
に待ってます
406名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 02:07:50 ID:Qmql/62+
>>404

gj

ついに来たぜナンバーズ!そして姉ちゃんすげぇ。
さて、原作にリリなの勢がまじりどうなっていくのでしょうか?楽しみです。
407名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 02:57:15 ID:+C/CzgMk
GJ!
今回は銀魂シリアスパートの中でも屈指のエピソード
ミツバ編ですかい!しかもナンバーズが関わってくるとは
もうすでに次回を見逃すわけにはいかんですな。

ミツバ編か…。今のうちにハンカチ用意しといたほうがいいかな…。
408名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 03:19:16 ID:IPgvc2lN
さて、もう容量が493KBまで来ちゃってるんだけど、次スレは
↓の重複スレを再利用で良いんかいな?

リリカルなのはクロスSSその76
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1222090404/
409一尉:2008/10/04(土) 11:36:51 ID:tXbFkCxp
なの魂支援
410名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 12:26:34 ID:kFzcl/zZ
ついに来たあああ!!なの魂支援です。
411名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 13:09:13 ID:Z5DM3j6p
微妙にタイミングがずれてるのは新手のギャグなのか
412名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 13:26:51 ID:l7IgJFHr
かわいそうな子達だから放っておいてあげて下さい。
413名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 13:43:06 ID:qFv6QiXo
きた! なの魂氏きた! これで勝つる!
数の子登場だったりミツバさんが登場したり色々関係が交差して興味深いです
414ロックマンゼロ ◆9nFmr8.w9I :2008/10/04(土) 17:17:15 ID:NNOEi/0H
22時45分頃に投下を行いたいのですが、スレの容量もないということで、
上のアドレスの重複スレを使えばいいのでしょうか?
確認せずに使って、別に新スレが立ちました〜ってのは怖いので。
415ロックマンゼロ ◆1gwURfmbQU :2008/10/04(土) 17:18:46 ID:NNOEi/0H
失礼、トリップを打ち間違えました。
今回も、というか終盤になるにつれて長いのが普通となり、
確認が取れて時間が来たら、そそくさとはじめさせていただきます。
416超魔法重神 ◆ghfhuMYiO. :2008/10/04(土) 17:28:51 ID:dD6qFk0F
お久しぶりです。
自分もですが6時半頃に新作グラヴィオンStrikerSの投下をしようと思います。
ゼロ氏のように上のアドレスで投下しようと思っています。少し長めなので支援の方もお願いします。
417名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 17:29:51 ID:/lwjUjlm
            ‥  __. -‐----、_ , '⌒ヽ
             /´         `ー、  :.
            /      _z ≠ ≠ 、 \
          /  ,  zi≠ i   .i .ハ ヽ  ヽ:ヽ
        j ./z≠ .| .i..:j:.:メ ├廾弋ヽヽ ヽ| :.
     .: | |ナ  _|斗壬弍. :リ7尓Y:}:}.:.ト..:!
         .| |. .::' ̄|i/.ィ;;バ V  込!。レメ.:.} リ
        .| | i.i.:.::::代込ジ   ,~'゙  |ハリ  .:
      .:   | .ハ:.:ヾ.:.:ゝo`"゙   __,   ハ
          } :弋^ゞュ:ゝ    (;:ソ ,.兮{、
         ./ .:.:/T´:个 -  .._ /\イ))
        / .:.:ノ  \:.:.`\  リ\:.:. },ノ
     .: ./  .:/    入.:.:.ト}` ̄`ヽリ川'| :.      ‥
      / / :/\_ .::| ,)リ.}   工ニイ |       , -‐- 、
      /,イ:.:/:i:.:.|  `T’: 彡’   ,!/ ⌒ ヽ   , '´      ヽ. :
  .: .{:| | :|:.:l.:.:|   }:.:.    .:.:, '      }./           :. }
     !:!:| :ト,:.:V  .ハ:.:.    /  /     ,!        !      |
      ヾ!ヾ:.:V  .∧:}:.:.:. ..-/  ./      j}       λ     | :.
     : .: .:.:`/  ∧:.{`.:.:-イ   /     /:|     , ' ヽ     !        _
     : .: .::./  /: . ノ:.:.:.:. {   i    .∧ノ    /     \   ',      (__ _>-。-、
 _,..=ニヽ、_/   /: . ∧:.:.:..:.:.:|:  j    ./トノ  /      ハ.  ヽ    _: . /  o  x ヽァ
 三ニ,      /: . く:.::!.: : : :.:}:  |   /┤ /: .: .: .: .: .    |、   \ (_ .二ィ      K`ヽ、__
 .=ニ--┐ ノ: .: .: .:\. :.  ノ:   j   /.ノ ̄ : .: .: .: .: .: .: .: .: .:ト、:    \  : .: .ヽ. . . , イ    、__)
   : .: .し': .: .: .: .: .: .`ー´`ー-.ノ  ,': .: .        : .: .: .: .\\__,ノ\     ̄: . し'ヒ>、_)
           : .: .: .: . : . ,イ   | :.               \:::: .   )
             : .: . : . {:|.   !                   `゙ ー '´
               : .: .|:|    i
                 | ト、__ノ|
                 ヽ::   ノ
                  `ー'
418名無しさん@お腹いっぱい。:2008/10/04(土) 17:30:32 ID:/lwjUjlm
                             ヽ、
                  , :<´ ̄ ̄> 、}}ノ
              ー=≠": : : : : : : : : : : : :\
                 /: : : :/: {: : ヽ: ヽ : : ヽ:ハ
               i.: ::{ 斗-ハ: : :}十ト:i :}: :}: :}
               | { :|:W示h: :j示Y j: :|: :l
                    v|八:代り ソ辷リ }/: :i /
                Y:ヘ  _     } : /′
                 Yヽ. ヽノ   /: /ヘ
                   ヽi{`>- イ´/W}<
             /⌒ヽ   /i>く´   }ヘ\}
              {=x ノー ': ,/{/こ)'ヽ/ : l: : :`>: 、.._
           /^こヽ{ : : : / :| ,ハ   ∧: : }: : : : : : : : :`ヽ
             ノ  ヽノノ: : : : >:|/ || /: :`<: : : : : : :/: : : :}
         ∧/^Y,イ}: : : : く : {' l」/: : : :/ : : : : : /: : : : :|
         /: :{^ノ|: /|: : : : : ヽヘ、/: : :/「^}___ {/: : : : : ヘ
        ,/ : 〃: ||/: |: : : : : : :\' : /{⌒ 'こ} :〈 : : : : : : :〉
こ二二二二二二二二二二二二二二二二二二}> 、} : : : : : {
                              | : : : > 、 : : |
                              | : : : : : : : > 、
419名無しさん@お腹いっぱい。
                     、、
                     \ヽ、
               _,. -―- . ヽヘ ノ}
             _, - '´       \} レ'ノ
    ヽー- -‐‐ '´           -‐¬ 、
     `ー-/     ,       、  ヽ   ヽ
       . '      , i    ヽ 、 ヽ  、 、  ',
      /  / /,  l i ! l    l  i l . l.  i i    i     
       /  i i  l| l. |   ィ 丁!T|.  l |.   |
     | ,i :/ | !,.イ丁 ト. 、 j l|,z== 、!: ! j !   |
      ! l| i :l l. ト,;:==、いノ!ノ  {t心Y /イ   l
       !|| :i| ::!.l:.. {i {tい` ′ _いノリ/l l |:l. ,   
       ! l', ::い:、l ヽソ  ,    ̄/l:l:|.!|:i:! ′
         ヽ!ヽ :ヽトヘ ´    __    l:l:|:!|::;' /
         ` \ヽ::ヘ、   ヽ′  ,川::リ//
            l.`::l::l::`iー-,. ..__//イ!//'′
              | l::l::!:;v'^´ 〉-―'/イく,、
               ! トv′_,/:::::::::::::::/::冫、_
             V.イ「 l::::::::::;.-'´ / /: : >、
            ,.イ: :/| l,.-'´ , '´ / :/: : : :\
           /:/ :/  、   . '´  ⌒j:/: : : : : : : ハ
              i: l (_)   `'´     ゝ:' i : ; : : : : : : :i
          l: :|:/ ト,     r1 、 |: :l::/: : : : : : : :|
           |/:l′i'/     ノ'′ヽ !: /: :i : : : : : : l

                  , r
              _,..ゝ' _ `ヽ-、
               ;' ミ (゚:ノ .o.ヾj_
              ゝ-=彡' - `ナミ、
             /l/    .:/
              ´ノ"゙  :.:::::i
       __.      /      j  
   ,. '´    `j     /,  ';   ..:!
  /    ,.-‐ ´  / !  i   ! !
  !   、,'    , '   `、 ',  ,' /、
  ',.   ` ..__  !    、 ヽ.j Lノ ',
    ` 、    ̄l     ', ゙´   ! l
      ` ー---',.    }   ノ ノ
           ゝ.、._.ノー-‐'丶゙__)
           Liノ