アニメキャラ・バトルロワイアル2nd 作品投下スレ12
【D-4/路上/1日目-夜】
【衝撃のアルベルト@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日-】
[状態]:全身にダメージ(小)、右足に刺し傷(処置済み)、スーツがズダボロ
[装備]:衝撃のアルベルトのアイパッチ@ジャイアントロボ THE ANIMATION -地球が静止する日
[道具]:ディパック×2、支給品一式×2、シガレットケースと葉巻(葉巻-3本)、ボイスレコーダー、
シュバルツのブーメラン@機動武闘伝Gガンダム、赤絵の具@王ドロボウJING、
ガンメンの設計図まとめ、王の財宝@Fate/stay night、ミロク@舞-HiME
シェスカの全蔵書(数冊程度)@鋼の錬金術師、首輪(クアットロ)、黄金の鎧@Fate/stay night(半壊)
[思考]:
基本-1:不死者(柊かがみ)に螺旋王を『喰わせ』、その力や知識、およびアンチシズマ管をBF団へと持ち帰る。
またその力を使い、戴宗を復活させ、再戦する
基本-2:基本-1が達成できないと判断すれば、優勝を目指す
1:不死者(柊かがみ)の身を守る。
2:強者にはこちらから仕掛け、撃破する。
3:脱出や首輪解除に必要な情報を集める
4:24:00(0:00)に映画館に向かう
5:他の参加者達と必要以上に馴れ合うつもりはない
6:マスターアジアと再会すれば決着をつける
[備考]:
※上海電磁ネットワイヤー作戦失敗後からの参加です
※ボイスレコーダーには、なつきによるドモン(チェス)への伝言が記録されています
※ですが、アルベルトはドモンについて名前しか聞いていません
※会場のワープを認識
※図書館(超螺旋図書城)のカウンターに戴宗へのメッセージを残しました
※奈緒からギルガメッシュの持つ情報を手に入れました
【柊かがみ@らき☆すた】
[状態]:不死者、チャイナ服、ポニーテール
[装備]:つかさのスカーフ、ローラーブーツ@魔法少女リリカルなのはStrikerS、シルバーケープ@魔法少女リリカルなのはStrikerS
[道具]:デイバッグ×5(支給品一式×5、[水入りペットボトル×1消費])、柊つかさの首輪、柊かがみの靴、全てを見通す眼の書@R.O.D(シリーズ) 、
奈緒が適当に集めてきた本数冊 (『 原作版・バトルロワイアル』、『今日の献立一〇〇〇種』、『八つ墓村』、『君は僕を知っている』)
オドラデクエンジン@王ドロボウJING、緑色の鉱石@天元突破グレンラガン、エクスカリバー@Fate/stay night、
アンチ・シズマ管@ジャイアントロボ THE ANIMATION、がらくた×3、予備の服×2
[思考]
基本:螺旋王を『喰い』、自分の願いを叶える
1:衝撃のアルベルトに協力する
2:24:00(0:00)に映画館に向かう
[備考]:
※会場端のワープを認識
※第二回放送を聞き逃しました
※ギルガメッシュは死亡したと思っています
※奈緒からギルガメッシュの持つ情報を手に入れました
* * *
二人の下から走り去ってから数分後、奈緒の姿は高速道路の上にあった。
少女は路上に座り込み、渡されたディパックを探っている
食料は没収されたものの、それ以外の名簿や地図などはディパックの中にちゃんと入っている。
更にはご丁寧に地図には禁止エリアがメモされ、名簿には死亡者の名前欄に横線が引かれている。
――無論、【ギルガメッシュ】という名前欄にも。
何ともいえない気持ちで名簿の上を滑っていた視線は、自然と左手の異物へと向けられる。
左手に括り付けられた黒いリボン。
【不死身の柊かがみ】曰く、そこには“呪い”の力が込められているという
普通に考えれば嘘に決まっている。
そんな都合のいい力があってたまるか。
だからこのリボンをはずしても何も起こらない。そのはずだ。
『もう、治っちゃったけど。どうする? 次はどこに傷をつける?』
「――ッ!!」
だが、リボンに触れた途端に奈緒の脳裏にフラッシュバックする。
千切れかけの腕、青白い神経、半分に割れた目玉……
思い出すだけでも喉から胃液がせりあがってくる凄絶な光景。
更にそれが巻き戻る様は生理的嫌悪感を抱かせた。
そう、万が一呪いが本物だった場合、あれがすべて倍になって自分の身に返ってくるのだ。
そして肉体的には普通の女子中学生である奈緒ではまず間違いなく死んでしまうだろう。
いや、一瞬で死ぬならまだいい。
だがもし自分がやったように徐々に傷が刻まれれば……
そう考えた瞬間、まるで凍りついたようにリボンに触れた手は止まってしまった。
「くそっ……ふざけんなっ! ふざけんなっ! ふざけんなっ!」
地団太を踏み、行き場のない苛立ちをアスファルトにぶつける。
足の先に投影するのはギルガメッシュを殺したアルベルトの顔。
こんな訳の分からない呪いをかけた柊かがみの顔。
そして何より、恐怖に飲まれ、動けなくなってしまった自分自身の顔。
「くそっ……くそっ……くそっ……!」
道路を蹴り続けてどれだけ経っただろうか
悔しくて顔を上げた先にあったのは水平線に殆ど沈んだ夕日の姿。
僅かに残った真紅が海の色を染めている。
その紅にふと、ギルガメッシュの双眸を思い出し、少し涙ぐむ。
だがその時、僅かな陽光を水面より手前で反射する“何か”を奈緒の瞳は捕えた。
「あ……」
その光を見た瞬間、無意識のうちに身体が駆け出していた。
海沿いに散らばっている光を反射するもの。
見覚えのある黄金の輝き。
そこに辿り着いた奈緒はその正体を理解する。
即ち、英雄王の鎧の破片を――
「ホントに……負けちゃったんだ、金ぴか」
あの無敵を絵に描いたような男が負けるなんて未だに信じられない。
だが金色の欠片は何よりも雄弁にそれが事実であると突きつけていた。
手のひらに収まるサイズのそれを拾って、スカートのポケットの中に突っ込む。
「……油断ばっかしてるから、こうなんのよ、バカ」
『慢心せずして何が王か。それを補うのは臣下の役目よ』
いつもならそう返って来るはずの居丈高な言葉も今はもう無い。
ここに来てからずっとそばにいた、憎まれ口を叩く相手はもうこの世にいないのだ。
あたし達はいったいどんな関係だったのだろう。
愛や友情じゃないことは確かだが、忠誠心だとかそういうものもこれっぽちも持っちゃいない。
まあ、あいつはただの臣下としか思ってなかっただろうけれど、あたし自身はあいつをどう思っていたのだろう。
『あぁ、そうか。ならば、貴様の働きは我が友の代わりというわけか。
ふむ。友(エルギドゥ)の代わりというには少々心とも無いが、悪くない働きであったぞ、ナオ』
かつてゴミ処理場で言われた言葉を思い出した。
唯一と言ってもいい、ギルガメッシュが奈緒を認めた言葉。
その“エルギドゥ”が何処の誰で、どんな人物だったのか奈緒は知らない。
だが……その名を口にするとき、高慢な王にしては珍しい、どこか安らかな表情をしていたのだ。
そしてその代わりと言われたことが、少し嬉しかった自分がいた。
ああ、そっか、つまり――
「あたしは――アイツの隣で歩きたかったんだ」
後ろに付いて回るでもなく、先導するでもなく。
平等な関係で、何も考えずに、ただ隣にいて歩いていたかったのだ。
あくまでも対等な、そう――言わば相棒として。
そのことを理解した瞬間、いきなり両目から涙が溢れ出した。
「ぐぅ……っ、ひぐっ……」
せりあがってくる嗚咽を堪え、血が滲むほど破片を握り締める。
いつだって大事なことに気付くのは、すべてを失ってからなのだ。
「金ぴかの……ばっかやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ありったけの想いを込めて、叫ぶ。
遥か遠くに行ってしまったパートナーに届けとばかりに。
【D-3/高速道路上/1日目-夜】
【結城奈緒@舞-HiME】
[状態]:精神的疲労(大)、かがみにトラウマ
[装備]:右手にかがみのリボン
[道具]:ディパック、支給品一式(ただし食料は無い)、黄金の鎧@Fate/stay nightのかけら
[思考]
基本思考:???
1:???
※本の中の「金色の王様」=ギルガメッシュだとまだ気付いていません。
※ドモンの発した"ガンダム"という単語と本で読んだガンダムの関連が頭の中で引っ掛かっています。
※博物館に隠されているものが『使い方次第で強者を倒せるもの』と推測しました。
※第2回放送を聞き逃しました。
※ギルガメッシュは殺されたものと思っています。
※柊かがみの『呪い』について
ま っ た く の 大 嘘 で す。
リボンを外したり、約束を守らなくても奈緒の体にはまったく変化はありません。
奈緒は真偽を疑っているものの、嘘という確信も得られないので外せずにいます。
遠く、遠く。
無慈悲ながら救いでもある声が聞こえてくる。
ある者には絶望を、ある者には希望をもたらす言葉の群れが。
「……半分死んだのか。それでも生きてくれているのはさすがだね。
本当に嬉しいよ、兄さん……っ!」
くっくっと、漏れ出る笑いを押さえようともせずに、一つの影が戦場を悠然と闊歩する。
この殺し合いの場の中でも、最強に近い力を持つ存在が。
相羽シンヤは総合病院に向かっていた。
勿論、先刻の戦闘においての負傷――――左腕と口内の傷、ファウードの回復液を飲み干しても全快には程遠かったそれを治療する為ではある。
だが、それ以上に、自分の背中にいるゆたかの介抱をするためという理由が大きかった。
……未だ、気絶したままの彼女が起きる兆しはない。
眠り姫は、目覚めない。
(――――全く、厄介だな。だけど放っておく訳にもいかないからね)
見捨てる訳にはいかないし、死んだりさせるのは論外だ。
見たところ相当虚弱な体質であるようで、発育も足りていない。
足手まといではあるが、テッカマンエビルたる自分が守ってやる必要があるだろう。
そう考え、シンヤは自分を納得させる。
彼女は大事な人質なのだ。そうでもなければ虫ケラと同行することなどありえない。
何にせよ、目覚めを待つにはそれなりに落ち着いた設備のあるところがいいだろう。
その為にも病院に向かわなければならない。
……その後をどうするか、一応の指針はある。
首輪という制限の解除とテッククリスタルの入手。
機会さえあるならば、いつでもアクションを起こしてもいい状態だ。
道中で、いくつかの人影を見ることはあった。
ツンツン髪の情けない顔をした赤コート男、全身青タイツの変態、どこかの訛りで話す女の三人だ。
だが、どいつもこいつも――――特にコートの男は言動を聞くに、役立ちそうにないどころか足手まといになりそうだった。
その上戦闘の真っ最中だったため、ひとまずは見逃しておく事にしたのだ。
潰しあってくれるならこちらが接触する相手が少なくなってくれるだろう。
それに、ゆたかとの約束もある。
戦闘に介入して皆殺しにしても良かったのだが、首輪とクリスタルに関すること以外で人を襲う事はしないと言った以上、それを破ることには抵抗がある。
テッカマンに変身できる以上、戦闘をしても負傷などのリスクはほとんどないのだが、それでも何故かゆたかの事が意識されてシンヤは実行に移せなかった。
(……そうだ、兄さんとの橋渡しになってもらうのだから)
確かに彼女の言うとおり、交渉で済むならその方が体力の消費も少ない。
ブレードと戦うなら疲労などしていない万全の状態で、だ。
PSYボルテッカも無駄撃ちはしたくはない。
そう理由付けをして、相羽シンヤは足を進める。
……逆に言えば、理由付けをしなければ、彼はゆたかと行動することが出来なかったのだ。
現在、彼は人間の姿でゆたかを背負った状態である。
(ランスの馬鹿が思いっきり危険性をアピールしてくれたからな、仕方ない)
交渉するならテッカマンの姿ではまずいだろう。
臨戦態勢を取ってゆたかを変に刺激するのも望むところではない。
自分もひとまず休息しようと、そう思ったところで都合よく病院が見えてくる。
安堵の溜息がシンヤの口から漏れる。目的地はすぐそこだ。
一応、病院で待機するリスクはある。
自分と同様に負傷したり、休息を求めてくる人間が訪れる可能性もあるし、あるいは既にいる事も十分ありえるからだ。
だが、今の自分に敵うはずがない。
テッカマンエビルが虫ケラに倒されるなど、絶対にありえないのだ。敵うとしたらブレードのみ。
……故に、誰が潜んでいようが関係ない。
シンヤの口元が歪んだ。
そして一歩、彼は病院へと足を踏み入れる。
――――こうして、病院を舞台としたあまりにも一方的な殺戮劇は幕を開けた。
◇ ◇ ◇
「……シアン化ナトリウム、塩化水素、濃硫酸、ジホスゲン、チオジグリコール、その他諸々。
螺旋王はこんなものまで使わせるつもりなのか……!?」
冷え切った薬品保管庫。
高嶺清麿は、そこで誰に聞かせるでもなく嘆息する。
勿論、ただ独り言をつぶやいているだけではない。
正確に言えば、病院各所で使えそうなものを収集していたのだ。
気絶から目覚めた直後、彼は自分が何をしていたのかを忘れてしまっていた。
ジンと別れ、この殺し合いの意味を考えていた所までは覚えている。
しかし、それ以後の記憶がないのだ。
何故そんな事になったのか、そして、自分は何を考えていたのか。
……ある程度の答えは、周囲を調べてみて見つけ出したメモと解体された首輪。
そして、無造作に落ちていた自分のネームシールによって把握できた。
まず、メモから判明すること。
螺旋王による監視の存在と、彼の目的に対する仮説。
このことについては、メモを読む事で鮮明に思い出すことが可能だった。
同時に、解体された首輪から、螺旋王のオーバーテクノロジーによる監視、およびネジによる首輪の解体の可能性にも思い当たることができた。
……そして、自分の首輪についていたはずのネームシールの存在。
このことから、自分が何故気絶したか、そして首輪の存在意義についても考察することができたのだ。
ネームシールがはがれているという事は、即ち自分がネジを回そうと試みたということ。
(――――我ながら無茶するな、俺……)
苦笑するも、記憶がないのだから仕方ない。
(……そして、ネジを回したのに俺は生きている。つまり……)
つまり、首輪を解体しようとしても死には至らない。
ペナルティはその程度だという事は、参加者の死が目的ではないということだ。
螺旋王による任意の遠隔爆破の可能性も低いだろう。
……あらためて自分の首輪のネジを触ってみれば、首輪本体から僅かに浮いているのが確認できる。
これから分かるのは、自分は何らかの手段を持ってして、僅かながらネジを動かすことができたのだ。
しかし、どれだけ強くいじってもそれ以上動く気配はない。
(これは要するに、条件さえ満たせば首輪を解除できるということか)
首輪の目的。それは、参加者の拘束、及び試験という二つの意味があるのだろう。
そして、殺し合いという状況の存在。
そこから導き出せる結論は一つ。
(――――極限状況下で、参加者が得られる“何か”がある、か)
では、“何か”とは何か?
「……螺旋王の言動を考えれば一つしかない。それが……螺旋力なんだろうな」
証拠はある。自分自身だ。
条件を満たさない……螺旋力を持たない状態での首輪解除によるペナルティ。
それが何かは分からないが、それによって自分は一瞬だけ螺旋力を得ることができたのだろう。
そうでなければ、首輪のネジが動いた理由が分からない。
「……試して、みるか」
ドライバーを手に、先端を首輪に持っていく。
もし今の自分にも螺旋力があるなら、首輪を解除できるはずだ。
ごくり、と喉が鳴る。
穴にドライバーを挿し込み、一気に回して――――
「ギャアアアァァアアアアアァァァァァァァァアアアアアアア!」
……電気ショックに見舞われた。
「……ら、螺旋力ってのはいつも目覚めている訳じゃないんだな……」
痙攣しながらも、どうにか意識を繋ぎとめる。
……自分の行動パターンを推測すれば、先刻はひたすらこれを続けたのだろう。
のたうちまわりながら首元でドライバーを回し続けていたというのはある意味馬鹿っぽいが、それは置いておくことにする。
判明したのは、少なくとも今の自分に螺旋力はないということだ。
先刻の自分は何を得たのか、それが思い出せないのが悔やまれる。
ネジを回し続ければ再度螺旋力を得られるかもしれないが、同様の結果になる可能性があるなら同じ事を繰り返しても意味がない。
むしろ、他の螺旋力を得た人間に接触すべきだろう。
放送で既に螺旋力に目覚めた人間がいるのは判明しているのだ。
そうして得た結論からは、ある疑問が必然的に浮かび上がってくる。
「螺旋力とは何か、それが問題になる」
覚醒条件は判明した。あとは、その正体と用途だ。
まさか、ネジを回す為だけの力ではないだろう。
……清麿の、思い出したくとも忘れられない記憶が告げている。
先刻、何か重要なことが理解できたのだ。
そしてそれは、螺旋王がこの殺し合いを始めた動機に繋がることだ。
だが、
「くそ……! 何で俺は思い出せないんだ!」
……現時点の清麿には、それは不可能なことだった。
そして、放送が始まった。
「……良かった。ガッシュ、まだ生きていてくれてるんだな」
ラッドやジンの名前も告げられていない。
安堵と共に、複雑な心中が鎌首をもたげる。
……自分は、すでに全体の半分以上の人間を見捨ててしまったのだ。
苦渋の選択とは言え、その重圧は大きい。
だが、だからこそ清麿は決意する。
――――かならず、この殺し合いを止めて見せると。
そうして彼は、すぐにそのための行動に移った。
これからの激戦を想定し、治療の為に薬を集めておくことにしたのだ。
螺旋力についての疑問はあるが、現時点ではこれ以上考察できることもないだろう。
万一自分がここを発ったと勘違いされないため、診察室にジンに病院内を回る旨を告げるメモと考察の簡易な複写を残して院内を回りはじめる。
自分への輸血などを済ませた後、行動を開始した。
こうした薬は、他者と接触する際においても取引材料として使える可能性が高い。
どういう構造かバッグにはいくらでも物が入るため、片っ端から中に入れていく。
止血剤、モルヒネ、ペニシリン、輸血用血液、血清、ブドウ糖液、エトセトラ。
こうした物は持っているに越したことはない。
点滴用の注射器なども必要だろう。
……そして、この行為にはもう一つ目的があった。
病院内の劇物毒物、各種危険物の回収である。
知識のあるものが使えばあまりにも危険なそれを、ゲームに乗っている人間に渡す訳にはいかないと判断しての事だ。
病院の薬物は学校の理科室などとは比べ物にならないほど危険な物質が存在するのは自明である。
……だが、この病院には、それさえも甘く感じられるほどの危険物が用意されていたのだ。
そう、殺人ゲームに使用されることを前提とした、兵器群が。
毒ガス。貧者の核兵器。
それを作り出すに十分な種類の薬品群は、さしもの清麿の背中をもぞっとさせた。
こんなものをどこか適当な施設にでも流し込めば、それだけで内部の人間を全滅させられるだろう。
自分の選択が正しかったことを確認する。
脅威はそれだけではない。
リンテレンの砂糖爆弾というものをご存知だろうか?
銅版で区切った容器内に硫酸、ある種の塩素酸化合物、そしてその名の通り砂糖を配置し、化学反応によって爆発する、世界最初の時限爆弾である。
混ぜ合わせない限り危険性はそこまで高くないが、破壊力は十分である。
こうした爆弾すらも作り出せるほどに、危険な薬品が存在していたのだ。
明らかに医療と言う行為には必要ない物質。
……螺旋王の用意したものに間違いはないだろう。
他にも、手術道具なども使い方次第で武器になりうる。
メスなども回収するに越した事はなかった。
そうして一通り、病院を回った上で診察室に戻った清麿は、ドアの擦りガラスの向こうに人影があるのを確認した。
「……ジンか?」
少し安堵する。
病院に一人でいるのは、やはり心もとなかった。
ガッシュと一緒に元の世界へ帰るためにも、死ぬ訳にはいかない。
だからこそ、協力者はいるに越したことはないのだ。
そして彼が診察室に入り、その人物と邂逅する事が惨劇の発端となる。
◇ ◇ ◇
蛍光灯の人工的な光の照らす部屋の中、相羽シンヤは待っていた。
病室の一室にゆたかを寝かせ、この施設を調べようといくつかの部屋をのぞいた先に、それはあった。
解体された首輪と、考察メモ。仲間へのメッセージ。
それに記された文章を読んだ時、渡りに船だと踊りだしたいくらい気分が高揚したものだ。
まさか、まさかまさか、こんなに早く首輪の解除への手がかりを得られるとは!
しばらくすればこの文章の主は勝手にこっちへ来てくれるのだ。
虫ケラどもにこれほどの期待を抱いたのは初めてかもしれない。
人間だった頃を考えても、ここまで待ち遠しい気分になるのは何年ぶりなのだろうか。
「ああ、とても楽しみだよ兄さん……!
何にせよ、いつまでも待たせないで欲しいものだね、どこかの誰かさん……」
手の中のテッククリスタルを弄び、幾度となくそんな事を呟く。
そして、放送からはおよそ数十分。扉の外から声が響いてきた。
「……ジンか?」
がちゃり、と音がしてノブが回る。
開いた隙間から入ってきたのは、以前一度見たことのある顔だった。
その表情は一瞬驚愕に包まれたのち、即座に警戒へと切り替わる。
中々修羅場をくぐってきているようだ。
「……お前は……」
「フフ……久々、といった所か。前の時は挨拶もしなかったけどね」
右耳のない若い男。
ブーメランの男の仲間だったと記憶している。
白服との交戦ですぐにあの場所を離れることになった為、どのような人物かは分からないが。
あらためて、相手を観察する。
警戒態勢をとり、即座にバッグの中身を取り出せるようにする為に姿勢を変えたところから見るに、機転は多少は効くようだ。
ただ、その速度や体捌きからみるに、戦闘能力は低いだろう。
体つきもまだ発達途上といったところだ。
マスターアジアと名乗ったあの老人どころか、白服の男よりもはるかに劣る。
紙の女のような特殊能力もまず持っていない。仮に持っているのなら、既に使っていてもおかしくはないのだから。
唯一警戒すべき対象があるとすれば、それはバッグの中身だ。
だが、それには確実にタイムロスが生じる。
その僅かな時間さえあれば、自分には十二分に対処が可能だ。
結論。
このテッカマンエビルにとっては、眼前の男はまったく脅威とはなりえない。
そうとなれば、後は首輪についての情報を無理にでも聞き出し、必要とあれば首輪を解除するまで連れまわすだけだ。
ゆたかという少女には確かに必要以上に他者を襲わないと言ったが、それはあくまでも自分と兄に全く関係しない場合だ。
首輪の解除はそもそもの目的であり、テッククリスタルの入手と同程度に重要だった。
ならば、どんな手段を使おうとも問題はない。
彼女が起きていればそうした行動を止めたのだろうが、都合よく彼女は気絶中だ。
……事を起こすなら、手っ取り早い方が楽になる。
「……早速だけど聞かせてもらう。首輪の解除方法を知っているか?」
「…………く、」
高嶺清麿は、焦りを押さえ込み、沈黙する。
完全に誤算だった。
考えてみれば当然なのだが、病院を目指す人間が自分達だけとは限らない。
当初の通り、ひとところにじっとしていれば誰かが来てもやり過ごせたかもしれないが――――、
しかし、院内を回ったことで完全に外に向ける注意を失っていた。
放送による死者の多さの重み。それによって、冷静さを失っていたのかもしれない。
ジン宛のメモも完全に裏目に出た。
目の前の男は、首輪についてこちらがある程度情報を持っていることを知ってしまっている。
「…………」
沈黙で返す。
念のためメモに詳細を記すことをしなかった分、助かったかもしれない。
相手はまだ、こちらが相手の知らない首輪についての情報を握っている可能性を考慮している。
だからこちらに攻撃してこないのだ。……黙っている限りは。
そして、それは正解だ。
バラバラの首輪と考察メモから分かるのは、せいぜい首輪のネジの存在と、それを回すことで解除できることくらいだ。
なのに、こちらは首輪を解除していない。
相手がそこから分かるのは、解除には何らかの条件が必要だということ。
――――螺旋力。
その存在を、目の前の男は知らない。
……そのことを喋るべきか、否か。
相手の性格を考える。
目の前の男は、ゲームに乗っている。
少なくとも、数時間前まではゲームに乗っていたことは確かだ。
首輪の解除が目的ならば、解除条件を教えさえすれば殺戮をやめるか?
その可能性は低くはない。だが、高い訳でもないのだ。
例えば、目の前の男が殺人鬼だとしたらどうだろう。
そう、ラッドとは似てはいるが異なるタイプの、無差別に殺すのが好きな人間だとしたら。
その場合、首輪の解除はライオンの檻を開けるのと同義だ。
螺旋王による遠隔爆破(自分にはその可能性が低いことは分かっているが)を恐れる必要もなく、手当たり次第殺してまわることだろう。
こんな事を考えたくはないが、この状況下ではある程度白に近くない限り、灰色は黒とみてもいい。
そもそも話したところで自分が助かる保証もない。
むしろ、用済みになれば即座に消される可能性が高いだろう。
……それでも、相手の目的次第でどうにかできる可能性はある。
ならば、それに賭けるべきか。
いずれにせよ動機を知らなければ対処の仕様がない。
「……一つ聞かせてくれ。お前の目的は何だ?」
深呼吸をし、問う。
嘘をつかれる可能性はある。
しかし、返答次第では共闘は無理でも敵対はしない可能性があるのだ。
だが。
「……質問をしたのはこっちだ。お前に選択の余地はないよ」
「く……」
ラダムのテッカマンとしての誇り。
そして何より、兄への自分の感情。
それらに踏み入る質問に、相羽シンヤがたかが虫ケラごときへ返答する事などありえない。
それは即ち――――話し合いという形を、破棄するということだった。
双方にとって不幸だったのは、小早川ゆたかがこの場にいないことだった。
十数部屋離れた場所で眠りにつく彼女さえいれば、話し合いの余地があったかもしれない。
高嶺清麿は相羽シンヤが無差別に殺戮をしている訳ではないことを知り、脱出の為の同盟を組めたかもしれない。
相羽シンヤは高嶺清麿を警戒させることなく、首輪解除に協力さえできたかもしれない。
だが、現実に彼女はここにおらず、両者の間には警戒しか生まれる事はなかった。
そして、事態は動き出す。最悪の方向へ。
清麿はバッグの中に意識を移す。
内部にはイングラムに加え、先刻手に入れた各種薬物劇物が存在する。
だが、この間合いではそれらを使うのは難しいだろう。
せいぜいが強酸を相手にぶちまけるくらいだ。
そもそもが、ジンの車に生身で攻撃を仕掛け、ラッドの銃撃をかわすような相手。
……まともにやりあっても勝てるとは思えない。
頼りになりそうなのは、先ほど手に入れた手術用のメス十数本。
切れ味に関しては抜群だが、使い捨てな上に打ち合うこともできない。
投擲と、懐にもぐりこんでの攻撃が考えられるが、今の状況では前者の用途が望ましいか。
投げたのちに、怯んだ隙に強酸を浴びせ、逃走する。
ここは病院だ、一度逃げ出せさえすれば隠れる場所はいくらでもある。
分が悪い事は承知している。あくまで、これは最後の手段だ。
相手の出方次第では、言いなりになるのも一つの方法である。
……だが。
結果的にでも、殺人への関与を強制されることだけは避けねばならない。
いざとなれば、……それこそ、最悪の結末を覚悟してでも。
清麿は生唾を飲み込む。
その雰囲気を感じ取ったのか、シンヤは自分の右手にあるものを清麿に見せ付けるように肩の高さまで掲げて見せた。
「……いい事を教えてやろう。俺は相羽シンヤ。またの名を……テッカマンエビル。
そして、ここにあるのはテッククリスタルというんだ。
あの会場にいたならどういう意味か、分かるだろう?」
僅かながら、兄を想起させる質問に対して感情が昂った為か。
シンヤは語調に殺意を込めて清麿を睨みつける。
――――清麿は即座にシンヤの言動を理解する。
忘れるはずもない。螺旋王に挑みかかり、無残に散っていった異形のことを。
いまここにある、全ての始まりの事を。
たとえ螺旋王に通じなかったとしても、ガッシュのバオウと比べても遜色ない威力の技を持っていた“異星生命体に改造されし螺旋生命体”。
彼が変身する時に用いたのはまさしく今シンヤの右手にあるものとそっくりな結晶であり、また、変身の際のパスワードであろう言葉は“テックセッター”だった。
あの姿がテッカマンという名称なのであれば、パスワードは十分名称に合致している。
つまり。
目の前の男は、あの異形と同等の存在だということだ。
もしそうならば、抵抗に意味はない。あまりにも力の差がありすぎる。
……ハッタリだ。
そう思い込もうとして、しかし清麿は自分の肩が僅かに震えているのに気付いた。
理解はしている。ただ、それを認めたくないだけなのだ。
血が滲むほどに拳を握り締め、ようやく清麿は現実と向かい合う。
――――どう足掻いても、この男からは逃げられない。
――――どう足掻こうが、自分の負ける要素はない。
シンヤは思う。
目の前の男が、ここまで強情とは思わなかった。
考察のメモを見る限り、相当頭の回転は速いようなので使い道があるかと思ったのだが。
……モロトフという前例のおかげで、自分の言ったことの意味も分かっているようだ。
そして間違いなく、自分に怯えている。
なのに膝を屈さないのは何故か。
未だに沈黙を保ち、自分に牙を剥き続けるのは何故なのか。
……シンヤの感情がざわめきだす。どうしようもない苛立ちが込み上げる。
ある程度の理由は分かる。おそらく、自分が殺し合いを求めていると思っているのだろう。
それはある意味間違いではない。事実、前回会った時は邪魔者は全て殺すつもりでいた。
だが、本当の目的は兄だけだ。
その他の有象無象など知ったことではない。
さっさと首輪についてを吐いていればいいものを。
そうすればお前などには興味はない、好きに生きて好きに死ね。
なのに何故そうまでして邪魔をするんだ。お前はどうでもいいと言ってるだろう。
そんなちっぽけな虫ケラごときが俺と兄さんの邪魔をするんじゃあない……!
負の思考がループし続け、どんどん加速していく。
黒い感情が煮詰まり行く中、シンヤは殺意のこもる視線には不釣合いな、一見楽しそうな声で言葉を紡ぐ。
「……そうか。頭では分かっていても、実際俺がどういう存在なのかは実感できてないのか」
くく、と歪んだ笑みを湛え、シンヤは右手のテッククリスタルを握り締める。
「ああ、じゃあ、身をもって思い知らせてやるとも!!
このテッカマンエビルの力に泣いて怯えて喚いてみせろぉっ!!」
そして、インサニティプレリュード――――狂気の前奏曲は奏でられ始める。
最早誰にも止めることは敵/適/叶わない。
「テェェェェエーック・セッ――――――――!!」
…………。
何も、起こらない。
シンヤは気付く。自分の体が全く変化していないことを。
どういうことだろうか。
普段通りならば、キーワードと共に外骨格が装着されるはずだ。
……なにか、おかしい。
そういえば、何故かキーワードを言い切ることができなかったような気もする。
クリスタルに異常でもあったのかもしれない。
確かめようとして、……そこで、相羽シンヤはようやく気付いた。
右肩の付け根から、肺の一部ごと自分の腕が消失していることに。
「こ、ふ…………」
同時、口と肩口から同時に血が吹き出てくる。
喉の奥から何か小さな塊がせり上がってくる。砕けた肺の小片だ。
右手のあった方を見る。
臓器の一部と骨が露出し、足下から数歩のところにテッククリスタルを握ったままの自分の右肘から先が落っこちている。
「あ……」
拾わなければいけない。
ぼやける頭でそんな悠長なことを思った瞬間、背後から耳に聞き覚えのある声が届いてきた。
「……今お前、こう思ったよなあ?
俺は最強の力を持っている! 俺がコイツに負けるはずがない!!
俺が首輪の情報を手に入れられるのは当然だ!! ……ってなあ、相羽シンヤくんよおー」
声につられるまま、背後……窓の外を向く。
……そこに居たのは、かつて交戦した相手。
生身でガンメンとも渡り合える銃――――超電導ライフルを発射した態勢のままの、ラッド・ルッソだった。
「……ら、ラッド!?」
突然の闖入に、清麿は驚く。
全く予想しない事態。
いきなり目の前の男の腕が吹っ飛んだかと思うと、ラッドが一連の流れに割り込んできたのだ。
清麿でもどうすればいいのか、先の展開が全く読めなかった。
慌てる清麿に、しかしラッドは落ち着いて清麿に行動を示す。
「……さっさと行って隠れてろ、キヨマロ。
こいつの目的は分かってんだろ?
せっかく隙作ってやったんだから、それを上手く使えっつーの」
言いながら、窓枠を乗り越えて中に入ってくる。
ここでようやく清麿は、自分だけに注意が引き付けられている最中、
ラッドがシンヤの腕を窓ごとぶち抜いたことを理解できた。
……言いたい事はある。
ラッドに気付かず、こんな蛮行を止められなかった自分も腹立たしい。
だが、今はラッドのほうが正論だ。
シンヤが呆然としている隙に、180度向きを変えて思い切り走り出す。
一心不乱に、後ろを振り返ることもなく。
「……な、待て……ッ!」
激痛と猛烈な吐き気。そして、扉の音で我に返ったシンヤは、しかし動きを止める。
ここで背後を向けば、確実にラッドに背中を撃たれるだろう。
まずは、この男を排除しなければならない。
常人ではショック死してもおかしくない負傷だが、シンヤはラダムのテッカマンだ。
腕一本を失って体のバランスを崩した上、失血の症状もでているが、それでも既に戦闘すら可能な状態まで落ち着いていた。
「……く、貴様ぁああああああああああッ! 虫ケラごときが、よくもやってくれたなぁああああああああ!!」
「おうおうおうおう、いい感じにブッチ切れてくれてるねぇ相羽シンヤくんよぉ。
屈辱かい、屈辱かぁい? そりゃあそうだよな、人間如きに腕一本ぶっ飛ばされたんだもんなあ!!
いいねェ、もっともっと惨めに喚いて見せてみろよ、ヒャアハハハハハハハハハ!
分かってんのか? 今のは頭を狙った射線上にキヨマロがいたから腕を消し飛ばしてやったんだぜ?
つーまーりーだ! この俺が仲間思いの優しい優しぃ〜い人間じゃあなかったら、
今頃テメエの頭は完ッ全に消滅してたんだぜ、感謝しろよ? しーてーみーせーろーよー」
「……俺は、テッカマンエビルだッ! 相羽シンヤと……、呼ぶんじゃないッ!
虫ケラがぁぁぁああああああああああッ!!」
激情するシンヤ。
その脳裏に浮かぶ言葉はただ一つ。
殺す。
目の前の白服男を、何としても殺す。
圧倒的な力の下に、目の前の男を骨一つ塵芥一つ残さずこの世から抹消する。
何故、白服男が自分の名前を知っているのかといった疑問や、右肩の激痛すら思考に入れず、ただただ消滅させることのみを考えて動く。
シンヤが床に落ちたテッククリスタルに左手を伸ばす。
これを手にし、テッカマンエビルになりさえすれば勝利は揺るがない。
いつものシンヤなら、たとえラッドに銃撃されていたとしても十分こなせる動作だ。
しかし、片手を失ったことによる身体バランスの変化、そして、奇しくもクレア・スタンフィールドによって傷付けられた左腕の動きの悪さが、その動作を僅かに遅らせる。
結果。
テッククリスタルとシンヤの左手の間に、ファイティングナイフが突き立てられた。
ラッドが、クリスタルを掴むのを妨害するために投擲したのだ。
僅か数十センチのついたてはしかし、シンヤがクリスタルを手にするのを防ぐのには十分すぎる。
同時。ラッドは既に、シンヤへの追撃を加えるべく動き出していた。
……不運なのは、ラッドがモロトフの変身を見たことで、テッククリスタルの作用を警戒していたこと。
そして、鴇羽舞衣操るソルテッカマンとの対峙により、テッカマンの危険性を多少なりとも体験していたことだ。
故に、先刻も真っ先にクリスタルを持つ右手を狙い、今も最初からクリスタルを手にさせないことを念頭に行動し続けている。
……この状況となるに至って。不運は他にも多々ある。
ラッドが超電導ライフルを手に入れたこと。
既に一戦をこなしたことで、ラッドがシンヤに殺意を抱いていたこと。
明智とねねねとの接触により、ラッドがシンヤの情報を得ていたこと。
クレアとの戦闘により、シンヤが片手にハンデを負っていたこと。
小早川ゆたかが清麿とシンヤの邂逅に居合わせなかったこと。
こうした要因が全て重なった結果として今がある。
要するに、……本当に、不運だったとしか言いようがなかった。
クリスタルの回収を阻まれ、刹那の時間でシンヤは思考する。
このままクリスタルを回収すべきか、それとも迎撃すべきか。
……シンヤはクリスタルの回収を選択した。
どうせわずかな時間だからと、虫ケラのほんの数発の攻撃など、耐えられない筈がないと。
ここで迎撃をしていたら、あるいは多少展開が変わったかもしれない。
しかし、違う可能性を論ずることに意味はない。
それは、既に失われた半数以上の人々がもし生きていたらと論ずるのと同じ様なものでしかないのである。
テッカマンの素体となったものは、人間形態でも飛躍的に身体能力が増加する。
それは防御能力においても同様であり、ビルから落ちた程度ではなんともないほどに強化されているのだ。
……だが、人体には鍛えようのない部位が存在する。
ライフルを放り出し、クリスタルを回収しようとするシンヤの懐に飛び込んだラッドは、そのまま握った拳をカチ上げた。
強く、強く振りぬきながら。
「お前よぉ、人間サマの力をナメただろ?」
――――アッパーカット。
アゴに引っ掛けるように打ち出されたそれは、単純ながらいかなる防御も無視して脳を直接揺らすことを可能とする。
シンヤの首が、ごきり、と嫌な音を立てて天を向く。
先の戦闘で噛み合わせの悪くなった口が下から打ち付けられ、歯肉からは再度出血し始めた。
「がは……っ!」
……脳震盪。
衝撃が頭蓋を通り抜け、豆腐のような中身をぐるんぐるんと揺らしてゆく。
どんなに肉体が強くとも、脳そのものを鍛える事はできはしない。
ただの一撃でシンヤは肉体の制御を失う。
足下がおぼつかず、猛烈な吐き気に見舞われた。
バランスを崩したシンヤの体は崩れそうになる。
だが、ラッドはそれを許さない。
「お前、ボクシングはやったことあるか、よォッ!」
中指一本拳による右目へのフック。
ぐちゅり。
突き出された指の関節を押し込まれ、シンヤの右半分の視界は永遠に暗闇に染まることになった。
目の周囲の骨ごと砕かれ、網膜剥離どころか、下手をすれば水晶体が眼球の内側から滲み出てきている。
「なんでもよぉ、古ぅーいギリシアのオリンピックの頃からあったらしい、ぜ!!」
顔面の真中、人中を射抜く左ストレート。
形容しようのない音と共に鼻が潰れた。
大量の鼻血が胸部まで噴出し、喉や口の中まで大量の血が流れ込む。
軟骨はひしゃげ、もう二度と元の形には戻らないだろう。
「ま、俺の弟分、の! グラハムって、ヤツの! 受け売りなんだが、なあッ!!」
胴体部への右左右の三連打。
肝臓が悲鳴をあげ、肋骨の何本かは軽く持っていかれる。
それでも、テッカマンとして改造された体は気絶することさえ許してくれない。
大量に血の混じった吐瀉物を撒き散らす。
しかし、それ故にシンヤはまだ活動できる。
連打の分だけ今の攻撃は軽かった。
……好機と見て、シンヤは攻勢に出ることを選択する。
体は動く。満足に動くわけではないが、それでも常人よりも遥かに速く。
「はぁぁああああああああああああッ!!」
震脚を一歩。
右脚を軸として、重心を低くしたミドルキックを放つ。
武術の嗜みのあるシンヤだからこそ可能な、当たれば軽く人間を潰せる一撃だ。
そして、回避は不能。
鎌のように周囲を刈り取る軌道は、いかなる動きでも逃れることはできない。
そのはずだった。
「……へ、残念賞だったなぁ」
「……ッ!」
確かに胴体に当たった。
当たったが、……しかし、その効果の程は期待には到底満たないものだった。
良くても肋骨を1、2本叩き折ったのみ。
ラッドの余裕の残る表情を見るに、それすら大した効果はないだろう。
ラッドは回し蹴りを放った瞬間、シンヤの右側面に飛び込んできたのだ。
……右手を失い、更に右の視界を完全に失っているシンヤには、有効打を与えるには難しすぎた。
否、最初からラッドはそれを狙って右半身だけに集中して攻撃を入れていたのだ。
失血や体のバランスの変化、肝臓への打撃で力がまともに入らない状態で命中させることができたことはむしろ、
シンヤの体術の優秀さを示しているとさえいえるだろう。
狂気はまだまだ終わらない。
「んで、何が言いたいかっつーと、だ!」
回りこんだ先の目の前。
肩の付け根から先を失った、その傷口にラッドは拳を抉り込む。
剥き出しになった骨によって、自分の拳が傷つくのも構わずに。
何発も、何発も。
「ぎ、がァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ……!」
ぶちゅりぐちゅぐちゅぷちじゅぶっぐちゃぐちぶしゃっ。
パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。
パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。
一撃のたびにインパクトした部位から鮮血と肉片が飛び散っていく。
「人間はなあ! ずっと! 昔から! そうやって! 力を! 手に入れて! きたんだよ!
人間やめて! 手に入れた力で! 自分が! 無敵だなんて! 思ってんじゃねえ!
自分が! 死ぬなんて! 思ってねぇだろが! テメエらはよォッ!」
いつの間にか、ラッドの拳は傷口を抉るだけでなく、全身を満遍なく嬲るようになっていた。
顔も、手も、胸も、腰も、鳩尾も、間接も、肩も、喉も。
ひたすらひたすらラッドは、ひとつひとつ丁寧に、殺意という心を込めて拳をプレゼントしていく。
「どうよどうだよ今の気分はよ! テメエがくだらねえと、虫ケラって思っていた人間如きに嬲られるのはよぉッ!
俺は楽しい、楽しいぜ!? こんな楽しい事が他にあるかよ、ひゃぁはははははは!!
何でテメエは笑ってないんだよ、笑えよ無茶苦茶愉快なんだからよお!
おいおいおいおいまずいまずいぜ? 何か目覚めちまいそうだよ妙な力が湧き出てきそうだよおいおいおいおい!
この調子で何人かぶっ殺せばテンションのゲージマックス越えてどうなっちまうんだろうなあ俺!
滅べ! 滅べ! 滅べ滅べ滅べ滅べっ! 何もかも無くなっちまえ! ハァッハハハハハハハハ!!」
高笑いと共に、ラッドはとどめとばかりにシンヤのこめかみに回転を思い切り加えたフックを叩き込む。
これもまた、脳を揺らす一撃だ。
……そこでようやく、ラッドのパンチの雨は降り止んだ。
真横に吹っ飛ばされ、倒れこんだシンヤの上半身は、もはや拳を浴びていない部位は殆どない状態だった。
それでも。
顔は膨れ上がり、歯は所々欠け、あちこちがうっ血しているにもかかわらず、シンヤはゆっくりと、息を乱しながら立ち上がろうとする。
ひゅう、ひゅうと声にならない声をあげ、一つ残った左目でラッドを見据え、二本の脚でしっかり地面を踏みしめる。
「……すげえな。まだ立ち上がれんのか、ありえねえだろ」
ラッドは心底感嘆する。
いくら強化された人間とは言え、あそこまで打撃を叩き込まれてもなお立ち上がれる身体能力にもそうだが……、
それ以上に、それだけの苦痛を受けてもなお立ち上がれるその精神力に。
痛覚というのは身体の異常を感知するシグナルであり、改造されてもそれを消すような処置はおそらくされていないだろう。
にもかかわらず、シンヤはいまだ立ち上がり、少しも覇気は衰えない。
それは彼の信念の強さによるものなのか。
……違う。ラッドは知っている。
明智たちとの情報交換で得た、シンヤの情報を。
(――――妄執か、くだらねえ)
……兄への劣等感。その経緯。
リストに細かく刻まれた出来事を、ラッドは思い出す。
(……使えるな)
くっくっと歪な笑みを湛え、ラッドはやれやれというようにシンヤと自身の血で真っ赤に染まった手を体の両側に突き出し、シンヤの芯を叩き折る言葉を放ち始めた。
紛れもない喜色を浮かべて。
「相羽シンヤくんよぉ、結構すげえのな、お前。
俺結構感動しちまったよ」
「…………」
「あたりまえっつー顔だな。ヒャハハハハハ、こりゃあいい!
お前、まだ自分が俺に負けるはずねえとか思ってるだろ!」
「……ラダム、の、テッカ、マンが、貴様ら虫ケラ、ごときに……ッ」
シンヤから言葉が返ってきたことに、ラッドは軽くだが今一度驚く。
喉も潰したはずが、回復速度が思ったよりも速い。
しかし、その事はラッドにとって
(……都合がイイよなあ、ヒャハハハハ)
「へ……、言うねえ。まあいい、話の続きだ。
んで、だ。心の優しい俺は、お前を殺すのはどうかと思ったのよ。
このまま見逃してやろうかってなあ!!」
「きさ……まァァァァッ!!」
(いいねえいいねえ、もっともっと怒って屈辱を感じてみろよ、相羽シンヤくんよ!)
「しかしだ! このまま見逃したんじゃあ俺の殺意ゲージが治まらねえ!
そこでだ、両方にとってサイコーの選択肢を俺は思いついた!!」
ラッドは口が裂けんばかりの笑みを浮かべ、高々と言い放つ。
「テメエの前でテメエがいつまでたっても敵わない、大好きな大好きな立派でカッコいい兄貴を嬲り殺してやる!
そのときお前はどんな顔を浮かべるんだろうなあ!
オニイチャン、シナナイデーなんていって泣き喚くのかなあ、兄貴が死んだことを喜ぶのかなあ!
それとも目標に永遠に届かないことが分かって空っぽになっちまうのかなあ!
ヒャァハハハハハハハハハハハハハハッハハハッハハハハハッハハハハッハハハハッハハハハ!」
「貴様ァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!
殺してやる……、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるぅッ!」
相羽シンヤは、耐えられなかった。自分の根底にあるものを守る為に。
兄という絶対不可侵の像。それを汚されない為に。
それは、形こそ歪だったにせよ、確かに兄への愛情だった。
だからこそふらつく足で、一心不乱に拳を握る。
目の前の男に拳を届かせられる為に、負傷も武術も忘れてただただ一直線に突き進む。
こうして、幕引きが訪れる。
不意に、目の前の白服の男がシンヤの視界から消えた。
……それは、先刻と同じく、潰れた右目の視界にラッドが回りこんだためだった。
冷静なままでいれば、ラッドの挑発さえなければ、同じ手は食わなかったろう。
しかしそれを考えるのは泡沫の夢だ。
本能的にラッドの位置を察知し、シンヤは振り向く。
そして見る。
あまりにも無慈悲に、所々裂けた血染めの拳が顔面に迫ってきているのを。
それが、相羽シンヤが意識を失う前に見た最後の光景だった。
◇ ◇ ◇
高嶺清麿はエントランスにいた。
ここならば見渡しもよく、また、逃げる際にもいくつか方向が考えられるからだ。
隠れる場所も複数ある。
幾つも並ぶ長椅子の一つに腰を落ち着け、清麿は思考に沈み込む。
「……あれで、正しかったんだろうか」
ラッドを止めるべきではなかったか。
突然のことでどうしようもなかったとはいえ、そればかりが幾度となく脳裏に浮かぶ。
……ラッドの銃撃。奇襲じみたあれをまともに食らった以上、あの男はもうまともに動けないだろう。
それを止められなかった時点で最早こちらから介入する余地はないのだ。
既に相手を傷つけている以上、話し合いにさえ持ち込めない。
殺すか殺されるかの展開になり、そしておそらくあの男は……。
「……くそ。今更俺は何を言ってるんだ」
もう、40人以上の命を見捨てているのだ。殺し合いに極力関わらず、放っておくと決めた時点で。
目の前で起きようが、自分の実力の及ばない時点で今までと何も変わらない。
……そう、自分の実力でどうにかできたとは思えない。
そのことが清麿を苛み――――、そして、無力感を味わわせている。
「……終わったぜ、キヨマロ。どーよ、景気は?」
「……ラッド」
うつむいた顔を上げ、通路のほうを見てみれば、そこには白服を真っ赤に染めたラッドが楽しそうに笑っていた。
……それだけで、何がどうなったかを嫌というほど思い知らされる。
「……ああ、最悪だ。それとありがとう、ラッド」
搾り出すように、清麿はどうにか返答する。
助けてもらったのは事実なのだ。礼だけは言っておいた方がいいだろう。
「へえ。……何も言わねえのか?」
「……助けてもらったのは事実だからな。それに、もう何十人も見殺しにしているんだ」
「今更……って訳か? それにしちゃあ顔色が優れねえな、無理する必要はねえぜ」
「…………」
沈黙する。
殺戮を終えたばかりというのにこちらに心遣いするラッドに薄ら寒いものを覚えながらも、清麿は思考を切り替える。
……今は一人でも戦力が欲しい。
とりあえずは合流を喜び、情報を交換しなければ。
「……何にせよ、無事で何よりだったラッド。よくここが分かったな」
「メッセージが残ってたからな。ま、お前もよく生き延びれたもんだ。
病院のどこにいるか探し回ってたら、お前が誰かに脅されてるんだもんよお。
苦労したぜ? 気付かれないように外に回りこむのはな。
相手があのシンヤくんだたぁ外から見るまで分からなかったが」
そう言って笑うラッドに頷き、互いのこれまでの経緯と情報を話し合いだす。
それは不安材料の多かった清麿にとって喜ばしいものになった。
「……なるほど、映画館にそんな集団がいるのか。確かに合流したい所ではあるけど……」
「そういうこったな。ま、とりあえずどうするかはお前に任せるぜ?」
ラッドの話を吟味する。
螺旋王に対抗する集団。それが本当なら、自分の考察は役に立てるはずだ。
……ラッドが騙されているか、もしくは自分を騙そうとしていない限り。
だが、その可能性は低いと見ていい。
まず、このゲームに乗る限りにおいては、大集団はメリットは少ない。
いずれ内部崩壊することが目に見えているからだ。
集団を構成している時点で、危険性は少ないだろう。
殺戮集団だとしても、戦闘力に欠ける自分をわざわざ消す為にラッドを派遣する必要はない。
ラッドが騙しているケースでも、殺すならとっくに殺しているだろう。
更に、ラッドはジンと自分が別行動していることを指摘した。
どうやら先方は参加者の所在地を把握する道具を保有していて、それを自分に隠す気はないらしい。
それだけの情報力があるのに自分からそれを公開するとは、人員に欠けているのも確かなようだ。
おそらく対螺旋王の集団は実際に存在していて、自分をメンバーに加えたがっているのは信頼してもいいと考える。
ならば、これからどうするか。
映画館にいる明智という人物は、出来る限り早く自分と接触したがっていると聞いている。
ラッドの持つフラップターという飛行機械を見せてもらったが、あれは2人乗り、無理をしても3人乗りが限界だろう。
ジンがこれから何人連れてくるかは分からないが、それなりの数は見積もっておくべきだ。
となると、3つのプランが考えられる。
プラン1.ラッドと共に先に映画館へ向かう。
これのメリットは自身の安全性と、先方との連携だ。病院が安全でない事は先ほどの一件で身に染みた。
集団に加われるなら、安全性は極度に高まるだろう。
こちらの考察を活かしてもらえそうな点も大きい。
そして、デメリットはジンとの連携。
置手紙などをするにせよ、完全に意思を疎通できない以上、彼との協調が困難になる。
プラン2.ラッドと共にジンの帰還を待つ。
これは、上記のプラン1とは連携に関するメリットデメリットが真逆だ。
安全性に関しては一人でいるよりは多少はマシだろうが、心もとなくはある。
だが、ジンの連れてくるメンバー次第では、対螺旋王の集団を先方とこちらの2つに分けて行動できる可能性もあるだろう。
ゲームに乗った相手に対抗するには非常に有利になる。
プラン3.ラッドに先に映画館に向かってもらい、自身はジンの帰還を待つ。
一番リスキーではあるが、見返りも大きいプランだ。
ラッドをメッセンジャーとすれば、こちらの考察などの情報を開示した上で向こうからの情報も得られる。
反面、ジンの帰還まで一人残ることになる為、安全性に一番不安が残るのもこのプランである。
上記3つ、どれを選ぶか。
顎に手を当て考えていたそのとき、ラッドが思い出したかのように呟く。
「……そうそうキヨマロ。さっき、少し気になるモン見つけたんだがよ。
少し付き合ってくれや」
「……?」
言って、ラッドは身を翻す。
どういう意図かは分からないが、どうやらついていった方がいいだろう。
これからどうするかを考えながら、清麿はラッドの向かう方向へと歩いていく。
「……ああ、それと、一つ聞いときたいんだがよ」
不意にラッドが立ち止まり、清麿のほうへ向いて一言、告げた。
「お前……仮に、自分がとんでもない力を手に入れたとして。
何でもいい、バケモノみたいな体でも、魔法みたいな能力でも、全知全能の賢さでもだ。
……それでも自分を人間と思えるか? 自分は人間以上だなんて考えたりするかもしれねえよな」
「俺は。……俺たちは、人間だ。たとえどうなっても、……人間をやめることなんて、出来はしない」
即答する。力を込めて、ラッドを見据えて。
無表情で相対していた殺人狂は、その応えに口元を吊り上げて一言返しただけだった。
「そうかよ」
赤いタキシードを翻し、背中を向けて、再度何処かへ向かってラッドは足を進めはじめる。
振り返らぬままの後ろ姿から、清麿の耳に呟くような声を届かせて。
「安心したぜ。テメエを殺さなくて済んだからよ」
◇ ◇ ◇
暗い闇の中に彼は漂っていた。
ここはどこだろうか、と考えるも、明確な答えは見つけられない。
ただ、ぼうっとしているのは何となく気持ちいいと思う。
きっと、何かをしようとするととても苦しい思いをすることになるのだろう。
……ふと、不意に光が見えたような気がした。
気になったのでそちらの方を向いてみると、見覚えのある姿が見えたように感じられた。
……誰だったろうか。それを、守らなければならなかった気がする。
確か、約束だ。
そうだ、兄さんとの約束だ。それを彼は思い出す。
頭が鮮明になってゆく。
痛くて苦しくて気持ち悪い。
――――だが、守らなければ、彼女を。
意識が浮上していくが、……しかし、一歩とどかない。
体が起きる事を拒否しているのだ。
このまま休息しろと。苦痛に身をさらすなと。
一瞬、その甘い言葉に身を任せてもいいかと考える。
しかし、即座に脳裏に一つの顔が浮かぶ。
兄の顔だ。あの人を乗り越えるために、彼女は絶対必要なのだ。
……そうだ、彼女をあの狂人から逃がさなければ。
必死になって四肢を動かす。
だが、右手の反応がない。そういえば、吹っ飛ばされてしまったのだ。
もがく。もがく。あと少し、あと少しだ。
彼女の所へ辿り着け。
目印となるものが必要だ。
そう、彼女のことを示す記号が。
彼女の名前は、確か――――
「ゆたか……ッ!」
――――相羽シンヤは、目を覚ました。
ラダムのテッカマンとして強化された身体能力は、あれほどの打撃を受けてさえ、なお生命活動を停止する事はなかったのだ。
ずきり、という痛みと共に、右腕にとてつもない喪失感を感じる。
右目も開かず、声もかすれている。
……それでもなお、彼は未だ生き続けていた。
左腕一本でどうにか体を起こす。
辺りを見れば、すでにあの白服の男はいなかった。
「……く、そぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!
必ず……ッ! 殺してやる……! 必ずだ……ッ!」
叫ぶ。内に篭った怨念の深さを、確認するがごとく。
大きく、大きく。
……胸いっぱいに空気を吸い込んで、ゆっくり吐き出すことで心を落ち着かせる。
恨みを吐き出した後、急に膨れ上がってきたのは安堵だった。
自分が生きているというその事を、深く何かに感謝したくなった。
もっとも、それは著しく彼のプライドを傷つけることでもあるのだが。
ひとまずは体勢を立て直す。
さすがにダメージを受けすぎた。ゆたかを連れ、早々にここを離脱して休める場所を探すべきだろう。
白服の男に遅れを取るようで悔しいが、彼女の事を考えればそれがベストだ。
だが、次に会った時には必ず殺す。テッカマンエビルとして。
それを、固く心に誓う。
周囲を見渡すと、自分のバッグと嘔吐した胃の内容物、そして右手がくっついたままのテッククリスタルが落ちていた。
……あの男はなぜ持ち去らなかったのだろうか。
僅かに疑問に思いながらも、今はそれどころではない。
急いでバッグとクリスタルを回収し、よろけながらもどうにか立ち上がる。
いそいで、ゆたかの下に向かわねば。
体が重い。立っただけで眩暈がする。血を失いすぎたためか。
片手しかないのでクリスタルをバッグにしまってから、ようやくドアを開け放ち、引きずるように歩き始める。
高々数十メートルが、砂漠を越えるような過酷さに感じられる。
ぼとぼとぼとぼと、右肩のあった場所から血はこぼれ続け、何度も何度も転倒する。
体がまだ、右手を失った状態での歩き方を習得していないのだ。
それでもなお、シンヤは歩き続ける。
何の為、誰の為にそこまでするのか――――シンヤ自身にも分からないまま。
そして、ようやくゆたかを寝かせた病室に辿り着く。
「……ゆたか、起きているかい」
ぎい、と扉を開き、暗い部屋の中へ倒れこむように進んでゆく。
そういえば、名前を呼んだのは初めてかもしれない。
苦笑し、ベッドに手をつきゆたかの顔を見ようとして、ようやく気付いた。
そこには誰もいない。
「……な、」
絶句したシンヤの後頭部に何かがこつんと当たった。
直感が告げる。
振り返ってはいけない。……いや、もう振り向くことさえ許されないのだ。