アニメキャラ・バトルロワイアル2nd 作品投下スレ11
『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
上記のような命令を下されたとして、君は第一になにを成そうと考えるだろうか?
命令というものは、指示する者の意図を正確に汲み、実行する者が同調する必要がある。
しかしこの命令が、正式な命令としてではなく、催眠術のような暗示的なものだったとすればどうか。
命令の本質は歪み、指示する者の意図は明確に伝わらない。
命令を達成するための方法諸々は、実行する者の判断に委ねられる。
なにを成して命令を遂行するか、遂行したと判断するか、それは受け手の解釈の仕方によって様々なのだ。
たとえば、君は上記のような命令をどう解釈するだろうか?
・エリア中心部に行く
・他の参加者に接触する
・使えそうかそうでないか判断する
・使えそうならば仲間に誘う
・害を為すようなら排除する
命令としては単体でも、それをバラしてみれば、実はやるべきことは上の五つ。
命令を受ける側として最も考えなければいけないことは、この五つの中の、どれが本質――最優先事項――であるかだ。
たとえば、エリア中心部へ行ったとして、他の参加者がいなかったらどうすればいいのか。
たとえば、エリア中心部へ行く過程で、他の参加者に接触した場合はどうすればいいのか。
たとえば、他の参加者を仲間に誘い、断られた場合はどうすればいいのか。
本質がどれであるか、解釈の違いによって、命令の意味は大きく変質する。
行く、接触する、見極める、誘う、排除する。
これら五つ、どれを成せば任務遂行と言えるのか、どれを優先すべきなのか。
それはやはり、指示する側が明確に本質を示していない以上、受け手の捉え方によって千差万別なのである。
ある者は『到達』を第一に考え、その過程で出会う参加者は無視してしまうかもしれない。
ある者は『接触』を第一に考え、中心部へ到達することなくその過程で命令を遂行し終えるかもしれない。
ある者は『判断』を第一に考え、ろくな接触もせず視認しただけでその者の適正を計るかもしれない。
ある者は『勧誘』を第一に考え、どんな者でも好意的に受け入れてしまうかもしれない。
ある者は『排除』を第一に考え、どんな者でも害意だと見なしてしまうかもしれない。
さて、では君ならばどうするか?
たとえば君が、命令というものを軽んじるただの学生だったとして。
たとえば君が、命令というもののシステムを知るようになった社会人だったとして。
たとえば君が、命令というものを依頼と同列に解釈する請負人だったとして。
暗示的なものであろうが、直接的なものであろうが、命令であろうが、お願いであろうが、要点は変わらない。
受け手が、指示内容の本質をどう解釈するか――やはり、千差万別なのである。
『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
このような抽象的かつ曖昧模糊な例では、なおのこと。
◇ ◇ ◇
エリアD-8 古墳近辺
ビクトリームは、歓喜に震えていた。
しばらくぶりとなる我が体との合身。心地よいVの体勢。
彼という魔物を語る上で最も重要なポージングが、また万全の状態で取れることが嬉しかった。
そんな幸福の時間を、質問攻めで邪魔したのがニアだった。
「グラサン・ジャックさんってなんですか? ガンメンモドキってなんですか?」
キラキラと光る珊瑚礁のような髪に、純粋無垢な表情を携えた少女。彼女はニアと名乗った。
ビクトリームの体に数々の虐待を加え、それでいてこのふてぶてしい態度。
ビクトリームは彼女をいま流行のヤンデレ少女ではないかと推察したが、それも「ヤンデレってなんですか?」と一蹴された。
その他、華麗なるVから飛び出る数々のジョークは、「〜ってなんですか?」のフレーズによって蹴散らされる。
なんだこの娘なーんも知らねぇのかこの困ったちゃんがー! と叱り飛ばしたところで、ニアは不思議そうに首を捻るだけだった。
とにもかくにも、ビクトリームはニアについての知識のなさを鑑み、彼女を『バカ』であると認識した。
「おお、かわいそうなニアちゃんよぉ……あんまりにも惨めったらしいから、この華麗なるビクトリーム様がテメェに学をつけてやろうじゃねぇか」
そうしてビクトリームは、己の主観と願望に若干の誇張を加え、ニアが最も知りたがっていた『グラサン・ジャック』について語った。
「……よくわかりました。やはりグラサン・ジャックさんというのは、シモンのアニキであるカミナさんのことだったのですね」
「そういうことだ。だが……それも昔の話よ。今のあの男はグラサン・ジャック。このビクトリーム様の忠実なしもべにして唯一無二のパートナーよぉ」
「パートナー……では、ビクトリームさんはカミナさんのアニキというわけですね?」
「ん……ん、んんん……? ま、まあそう解釈しちゃってもよろしかったりしちゃったりするんじゃないかぁ?」
「アニキさんのアニキさん……シモンがいれば、今頃……」
物憂げな視線を空に投げて、ニアは森林の中を佇む。
その様子は、Vカットとメロンの曲線くらいにしか美を感じないビクトリームの意識を奪わせるほどのものだった。
しかし、この反応はいったいどうしたことだろうか。
グラサン・ジャック――カミナの名を知る少女。
最初は仲間かなにかと思ったが、彼女自身はカミナとは面識がなく、どんな人物かとビクトリームに問うような無知。
とりあえずビクトリームは「気のいい弟分よぉ」とだいぶ曲解した知識を与えておいたが、どうにもリアクションが薄い。
まさか本当に名前しか知らないのか、ならなぜそんなにも興味を抱いているのか、ビクトリームにとってはまったくの謎だった。
「って、な〜んでこの私が奴のことでこんなに悩まなくちゃいけないんだっつーの。おい小娘、おまえいったいどこで我がパ」
「お願いですビクトリームさん! 私を、そのグラサン・ジャックさんに会わせていただけませんか!?」
「な、ぬぅわぁにぃぃぃ!?」
真摯な瞳、Vに急接近。ツッコミもなにもないまま放たれた懇願に、ビクトリームはペースを狂わされた。
そもそも、この少女はグラサン・ジャックとどういう関係にあるのか。
ヤンデレでもストーカーでもないならば、いったいなんだというのか。
その答えをまだ知り得ていないビクトリームは、素直にニアの申し出を受け入れるはずもなく、
「バーロー! さんざん我が体を痛めつけてくれた小娘がな〜に抜かしとんじゃあ!
そもそもだな、この私が今さらどの面さげてグラサン・ジャックと会えばいいっちゅうんじゃい!
それができりゃあこんなドキドキムネムネした微妙な乙女心のような気持ちになんてなら――」
断りの怒号を放ったが、しかしその罵声は、西方から届いた轟音によって掻き消される。
同時に西風が周囲の木の葉を舞い上げ、ビクトリームとニアの二人を襲った。
「きゃあ!?」
「ブルアアアァァァァァ!?」
両名とも吹っ飛ばされまいとどうにかその場に堪え、しばらくして風はやんだ。
舞い上がった木の葉がすべて地面に降りる頃、二人の視線は西の方角を向いた。
「な、なんだぁ……?」
「……なんでしょう?」
そして、時は少し遡る――。
◇ ◇ ◇
エリアE-7 T字路近辺
八神はやては、目を白黒させながらその惨状を眺めていた。
一条の川を隔てた向こう側、エリア中心部へ向かうためのルートに鎮座する、元々の目的地、
「なんか燃えてるぅぅぅぅぅ!?」
デパートが――下着売り場ごと――燃えている。
日中お構いなしに濛々と立ち上る煙は、はやてにミッド臨海空港で起こった大規模火災事故を思い出させた。
同時に、あれほどの火災ならば要救助者がいるのではないかと思いもしたが、
「……あ、エリア中心部へ行かな」
足は、いつの間にか北へ向いていた。
そのまま燃え上がるデパートには一瞥もくれず、無理せずエリア中心部へと到達するためのルート、北路を選択する。
時空管理局に勤める彼女が、人命救助を差し置いて他を優先するなど、普通ならば考えられないことだった。
それはこの殺し合いという環境下においても同じで、一時期心のぶれはあったものの、はやての強固な意志は揺るいでなどいなかった。
それを歪め、変質させてしまったのが、<ギアス>という『絶対遵守の力』なのである。
◇ ◇ ◇
エリアD-7 路上
小早川ゆたかは、息を切らしながらも懸命に歩いていた。
元来、病弱なゆたかの体力は、常人のそれよりも遥かに劣る。
かつての同行者、Dボゥイはそんな彼女を気遣い歩調を合わせて並行してくれたが、弟のほうそんな気心は持ち合わせていなかった。
(歩くの、速いんだ)
小早川ゆたかと相羽シンヤ。
テッククリスタルを求め会場をさ迷い歩く二人は、南へと歩を進めていた。
ただし、仲良く肩を並べてというわけではない。
シンヤにとって、ゆたかの存在はいわば人質。Dボゥイとの再戦を果たすための、切符的役割しか担っていない。
それはゆたか自身も認識していたことで、無碍に扱われることに関して不快感を覚えたりはしない。
ただ、ついていくことすら困難なのかと思うと、自分の脆弱な体に僅かな憤りを感じた。
「……」
「……あ、ありがとうござい……」
歩の遅いゆたかとの距離が10メートルは離れたところで、先行くシンヤは足を止めた。
そのまま無言で後続が追いつくのを待ち、ゆたかが気づかいに感謝しようと口を開いても、意には関さなかった。
隣合わせではなく、前後の位置関係のまま、ゆたかとシンヤは歩き続ける。
(うう……なにを話せばいいのかわからないよぉ)
ゆたかは、どちらかといえば人見知りなほうである。
出会って間もない年上の男性相手、それも自分の命を握っている者ともなれば、なにを話の種にすればいいのか皆目見当もつかなかった。
ただ、このまま無言で行動を共にするのはどうにも気まずい。Dボゥイといたときはこんな些事には悩まなかったのだが。
(わからないよ……わたし、男の人とあんまりお喋りしたことないし……)
Dボゥイによく似た後姿を見つめながら、ゆたかは顔中に疲労からくる汗を作っていた。
それに緊張も加味され、顔色は体調を崩したときのように青ざめていたが、そのことには本人もシンヤも気づいていない。
「止まれ」
「え?」
萎縮したまま歩いていると、ふとシンヤから制止の声がかかった。
ゆたかは顔を前方に促し、その理由に気づくと、すぐに視界をシンヤの身に塞がれる。
「あ、あの、前のほうに人が」
「わかっているさ。だからこうしている。奴がいきなり銃を抜いて、おまえが射殺でもされたらことだからね」
結果的に、ゆたかの小柄な体はシンヤに覆い隠されるような状態になっていた。
それが前方からやって来る――敵かもしれない――人間から庇うための行為なのだと悟って、ゆたかは少し嬉しくなった。
が、同時に不安も込み上げてくる。シンヤがあの人と殺し合いを始めたりしないだろうか、と。
(もしそうなったら、わたしが止めなきゃ)
明確な手段など検討もつかないし、いざそうなったらなにもできないということを予感してもいるが、ゆたかは願望として、シンヤに殺し合いをしてほしくなかった。
歩を止め屹立するシンヤの裏で、ゆたかは視界奥からやって来る者の到来を待つ。
横合いから様子を窺うと、どうやら女性であるらしい姿が近づいてきた。
シンヤは牽制を放つでもなく、ただ黙って女性が声をかけてくるのを待つ。
そして女性はゆたかとシンヤのすぐ側まで歩み寄り、こう言い放った。
「こんにちは。私は八神はやていいます。少しお話しませんか?」
柔和な語り口の女性は、物腰から察してゆたかよりも年上。
朱色に染まった双眸が、なぜか印象深かった。
◇ ◇ ◇
相羽シンヤは、八神はやてなる女の話を聞き一考していた。
「私たちの仲間になってほしい、ね。いきなりなにを言い出すかと思えば、理解に苦しむ提案だ」
「そんなことないですよ! あの……八神さんは、ここから脱出するために仲間を集めてるんですよね?
わたしたちに声をかけたのも、そのための仲間になってほしいって意味ですよね?」
「それは……あれ? えーと……どうやったっけなぁ」
はやての曖昧な返事に、ゆたかは不安を募らせ、シンヤはイライラを増長させていた。
そもそもこのはやてなる女、一見してどこかおかしい。
殺し合いの会場で歩いていた男女二人に声をかけ、いきなり仲間になってくれと要求してくる。
心身ともに脆弱な人間ならば、普通は第一に「敵か味方か」という疑問が生まれ、おいそれと声をかけられるはずなどない。
そして、彼女の話を聞いた上で「なにをするための仲間になるのか?」と尋ねたら、返答はこの曖昧さだ。
疑ってかかるなら、なんらかの罠と解釈すべき勧誘。
しかしラダムのテッカマンであり、人間を虫ケラと見下すシンヤは、あえてその渦中に身を投じることを選んだ。
彼の第一の目的、首輪の解除。第二の目的、テッククリスタルの入手。
どちらを成すためにも、他参加者との接触は積極的に取り組むべきだと考えたからだ。
(もし罠ならば、殺すだけさ)
己の実力を自負し、Dボゥイとの再戦の日まで死ぬつもりもないシンヤは、警戒はすれど恐れはしなかった。
「いいだろう。仲間になってあげるよ。ただし、条件つきでね」
「条件?」
「あるものを探している。テッククリスタルという水晶のような道具なんだが……心当たりはないかい?」
「テッククリスタル……水晶……あー」
はやての言う仲間とやらが複数名いるとするならば、その中にテッククリスタルを支給された者が紛れているかもしれない。
もともとシンヤとDボゥイ以外には無用の長物、仲間になるための交換材料としてなら、はやて側も快く譲り渡すだろう。
仮に渋ったとしても、持っているか持っていないかさえわかれば、あとはどうとでもなる。
いざというときは、殺して、奪えばいいだけだ。
「それなら、私が持っとるよ」
腹の底に殺意を宿すシンヤだったが、はやての返答は思いもよらぬものだった。
「……なんだって?」
「たぶん、そのテッククリスタルっちゅう水晶なら私が持っとる」
「ほ、本当ですか!? あ、あの、でしたらそれ、シンヤさんに譲ってくれませんか……?」
話の出来具合に驚きを隠せぬシンヤより先に、ゆたかが交渉に躍り出る。
「ええよ。仲間になってくれるんなら安い安い。ちょっと待っといてな、たしか……」
話は交渉とまではいかず、返事一つで成立した。
争いにならなかったことにホッとするゆたかと、テッククリスタルを取り出そうとするはやてに目を配るシンヤ。
二人の見つめる中、はやては数時間前までは確かに所持していた交換材料を探し、そして気づいた。
「あ……そっか」
あちゃー、と零しながら、両手を合わせて二人に平謝りの姿勢を取る。
「ごめんなぁ。さっきまで持ってたんやけど、それ、いま仲間が持っとるんよ」
発覚した事実に、ゆたかが落胆する。同時に、横目でチラリとシンヤの顔を覗き込み、機嫌のほどを伺っているようだった。
シンヤはそんなゆたかの所作を疎ましく思いつつも、癇癪を起こしたりはしなかった。
ブレードのものかエビルのものかはわからないが、テッククリスタルははやての仲間が持っていると言う。
ならば、焦る必要はない。物事は着実に進捗している。
「なら、その仲間のところまで案内してもらおうか。正式におまえたちの仲間になるのは、クリスタルが俺の手に渡ってからだ」
「心配せぇへんでも、ちゃんと渡すって。ほな行こか」
はやて先導のもと、シンヤとゆたかは南へと進路を取った。
そしてすぐに、
「はやて!」
進路先から、第二の来訪者が訪れた。
三人は現れた男の姿を見やり、それが何者かを知っているはやては特に変化なく、初見のシンヤとゆたかは、
「なっ……」
「え、ええ!?」
予想外の奇観に、片や驚き、片や顔を真っ赤にして立ちくらみを起こす。
はやての名を呼び、流麗なフォームでこちらに快走してくる男は、なぜか全裸だった。
布で覆われているのは、股間の局部のみという一見して風呂上りのような男。まず殺し合いの場に相応しい格好とは思えない。
察するにはやての知り合いだろうが、男のありえない風貌に、シンヤはますます持って疑心を募らせた。
「あれ、クレアさん。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「ん? ……いや? どうもしないさ。ただおまえの姿が見えたんでな。ところで、そっちの二人は?」
平然と会話するはやてに、やはり動揺した様子はない。おそらくは、この裸身の男も仲間の一人なのだろう。
「ああこの二人は――『エリア中心部へ向かう途中で接触して、使えそうだと判断したから仲間に誘った』人たちです。
仲間になる条件として、私の持っとった荷物が必要なんやけど……私のデイパックは今どこに?」
「そうか。それならたぶん、マタタビが持ってるんじゃないか?
じゃあ『俺は俺でエリア中心部へ向かい、また別の参加者と接触して、使えそうな奴を仲間に誘う』としよう」
ただそれだけを言い交わし、クレアはシンヤとゆたかには一瞥もくれないまま北へと歩き出した。
感じた印象としては、どこか気味の悪い会話だった。なにかに取り憑かれているような、人形同士の掛け合いにも思える。
「あの、はやてさん、今の人は……」
「え? ああ、私の仲間や。変な人やけど、悪い人やないよ」
「そ、そうですか」
ゆたかは去り行くクレアの背中を見て、恥ずかしさのあまりすぐに目を反らした。
シンヤにいたっては、端から眼中にない。興味は、テッククリスタルを持つというマタタビに向いていた。
そしてそのマタタビも、はやてやクレアと同じ場所を目指している最中である。
「あ、マタタビもちょうど来たみたいやな。ほら、あのネコさんがそうや」
言って指差した先、第三の来訪者たる一匹のトラネコが、“二足で歩いていた”。
◇ ◇ ◇
マタタビは、脳の中枢に刻まれた使命を果たすため、はやてやクレアと同様に燃え盛るデパート方面を避け、北に迂回していた。
ミー死亡の謎や、はやてやクレアに向けた疑念はどこかへ消え、今はただサイボーグのようにエリア中心部を目指す。
そして前方にクレアを、さらにはやてと、はやてに付き従う見知らぬ人間二人を視界に捉えたところで、立ち止まる。
きっかけは、はやての呼びかけによるものだった。
「マタタビ、ちょっとええか?」
瞳は朱色に染まったまま、はやてがマタタビの進路上を遮るが、マタタビは止まらない。
「悪いな、エリア中心部へ行かなくちゃならん」
小柄な猫の体ははやての足元を通り過ぎ、既にはやてが勧誘したのだろうと判断した他の参加者二人には、見向きもしない。
「ね、ネコが喋ってる……?」
裸身の男との邂逅、続いて人語と二足歩行のスキルを持ち合わせたトラネコの登場で、ゆたかの神経は既にいっぱいいっぱいだった。
しかし彼は、マタタビが背負うデイパックに目的のものがあると知るシンヤは、このままトラネコが過ぎ去るの座視するはずもなく、
「待ちなよ。俺はこの女の仲間になる条件として、おまえの持っているクリスタルを要求したんだ。このまま黙って行かれるのは――」
言って、シンヤはマタタビに手を伸ばす。
欲望と、それを満たすための殺意が秘められた右手を。
そのあからさまな気配が、マタタビの本能に触れ、嫌悪感を誘発した。
反射的に、シンヤの右手の甲を爪でひっかく。
「拙者に触れるんじゃねぇ」
短く言い捨てて、マタタビはシンヤを睨み返した。
反応を待たぬまま、何事もなかったかのように進路を戻す。
「……フ」
去り行くマタタビの背に浴びせられたのは、苦笑。
「まったく、この世界は本当におもしろいね」
苦笑はやがて、失笑を経て、
「猫でさえ、この俺を怒らせる」
嘲笑、もしくは不気味なまでの艶笑、そして、
「邪魔なんだよ……兄さんとの決着をつけるためにはねえッ!」
哄笑へといたり、シンヤは歪んだ笑みをそのままに、マタタビに襲い掛かった。
「ッ!?」
一瞬で振り向いたマタタビの頭部を一掴み、デイパックを剥ぎ取ると、本体は乱暴に放り捨てる。
咄嗟の出来事に受け身を取ることもままならなかったマタタビは、三度地面を弾み、転がって土の味を覚えた。
(攻撃された? あの男が? 敵意を行動に移した? ならば我々に害を成す存在だと判断し、排除を――)
マタタビの本能が、<ギアス>によって一時的に麻痺している脳が、決断を下そうとする、しかしそれ以前に。
路上の乾いたアスファルトに沈み、マタタビは身を起こそうとする間、見た。
ジャンパー姿の男が、マタタビから奪ったデイパックを漁る様が。
デイパックから出てくる数々の物品を、選別するように投げ捨てていく様が。
食料や水が宙を舞う中に、ホルマリン漬けにされた眼球入りの瓶も飛び、
それが地面に吸い込まれるように落下し、音を立てて割れ、中身が飛び散り、
衝撃で中の眼球が潰れ、原型を失っていく様を。
(――排除――)
マタタビにかけられた<ギアス>は、あくまでもマタタビ個人を対象としたものである。
『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
マタタビがこれをどう解釈したにせよ、彼の行動原理はこの命令内容の中に限定される。
『はやてが既に勧誘したためこちらが誘う必要性はなし』、と判断はすれど、
『はやてが勧誘した人間だから我々に害を成さない、よって排除する必要性はない』という結論には至らず、
また『はやてが命令を遂行したからこちらの命令も完了した』という風には捉えない。
つまり、相羽シンヤがはやての果たした命令の成果だとしても、それはマタタビにとってなんら関係のないことなのだ。
害を成すようなら排除する。この一点を重視したマタタビは、シンヤすらも外敵であると判断した。
しかし、やはりそれ以前に。
(排除――いや、それよりも、だ)
マタタビの胸中には、抗いようのない怒りが生まれていた。
それは、自身の眼球が入った瓶が破壊されたことに対する怒り。
幼少期、ライバルであるキッドに抉られ、復讐に至らせる起因となった眼球が、ゴミのように扱われ、いま潰れた。
(――おい、ちょっと待てコラ)
離別中、サイボーグ化してしまったキッドとは違い、マタタビは生来猫としてあり続けた。
動物らしく食欲などの欲求には溺れやすいが、それは裏を返せば、獣が本来持つ野生の表れでもある。
獣は人間のように執着したりはしない。ここぞという場面では、本能に従って動く。
それは、他の猫よりも遥かに器用な手先を持ち、人語を理解するほどの頭脳を持つマタタビにとっても言えたことだった。
(なにしてんだよ、テメェ)
人間の性質と獣の性質、その二つを持ち合わせたマタタビは、世界でも有数の、特定されれば世界遺産ともなり得るイレギュラーケースだった。
人間の常識が当てはまり、獣の常識が当てはまり、しかし人間の常識が通用せず、獣の常識も通用しない。
ゆえに、<ギアス>をかけられた獣としては初となるマタタビの脳神経にも、そのような齟齬が発生したのかもしれない。
「なにしてんだてめえコラアアアアア!」
この瞬間、マタタビという獣の怒り、野生が、絶対遵守の力を凌駕した。
歪みは膨張し、マタタビを本能のままに動く獣へと変貌させた。
キッドとの関係を示す上での、鍵とも思われた眼球。それを破壊された怒り。怒りから生じる敵意。殺意。
研ぎ澄まされた爪は、未だクリスタルを探すシンヤの身に襲い掛かる。
「なにっ!?」
獰猛な獣の気配を察知し、シンヤは僅かに振り返るが、影のようなマタタビの速度と小ささは、簡単に視認できるものではなかった。
不意を突かれ、左頬に三つの切創を作る。噴き出した鮮血が、シンヤに苦渋の表情を強いた。
「テメェは!」
シンヤへの第二撃を準備する刹那、マタタビは無意識の内に二回目の放送内容を反芻する。
クロ……キッドの名が呼ばれた事実を。
――この目玉、返して欲しいか? ヘヘッ返して欲しけりゃ自分の手でオイラから奪ってみろよ――
放送による事後報告など、信じる信じないはともかくとして、怒りを誘発させるほどのものでもない。
あのキッドが簡単にくたばるはずがない、という強い先入観を持つマタタビにはむしろ、事実に疑念を抱かせるだけだ。
しかし今、そのキッドが死んだという一応の情報を抱えたまま、眼球が破壊されたことによる怒りが生じた。
それは、満タンのガソリンタンクにマッチの火を投じるようなもの。
些細な感情は、火勢を強める。
「絶対に許さ――――ガッ!?」
再び挑みかかったマタタビを、シンヤは片手で掌握した。
「……やってくれるね。猫風情が、この俺に、テッカマンエビルに傷をつけるとはね!」
怒りに身を任せるのは、マタタビという獣だけではなかった。
ラダムのテッカマン――実兄への歪んだ憎悪を動力源として動くシンヤもまた、障害に対して容赦する心は持ち合わせていない。
◇ ◇ ◇
八神はやては、突然の事態に困惑していた。
突如としてマタタビに襲い掛かったシンヤ、それに反撃したマタタビ、そしてまたやり返すシンヤ。
眼前では、マタタビの小さな顔面がシンヤの手によって掌握され、握りつぶさん勢いで力が込められている。
マタタビも負けじとシンヤの腕に爪を突きたてるが、見るにその効果のほどは薄い。
(あれ……なんでシンヤさんが、マタタビと喧嘩しとるん?)
シンヤのことを、「仲間に相応しい人物」として認識していたはやては、現状に混乱する。
そもそもはやては、シンヤがか弱そうな女の子を庇うように立つ様を見た時点で、彼は仲間にしてなんら問題ない人物だと判断していた。
この場合の仲間とはつまり、はやての意志と同調する人間、殺し合いに乗っていない者のことを指す。
だからこそ、件の命令に対して『仲間を得る』ことに重点を置いて解釈したはやては、エリア中心部へ到達するまでもなく、
シンヤに交換条件となるクリスタルを渡し、正式に仲間としての契約を結ぶことで、命令を終えるはずだった。
しかし、いまこの時点で、想定外の事態が起こったのである。
一度は仲間に相応しい人物だと判断したシンヤ。その、まさかの裏切り。
(マタタビは仲間や。そのマタタビを襲ったんは、シンヤさんや。だから)
この会場で初めて顔を合わせたクロ知り合いであり、ともに温泉修繕もしたマタタビ。
ほんの数十分前に出会い、クリスタルを渡していない以上まだ正式に仲間とは言えないシンヤ。
どちらも仲間という枠組みに入るとして、比重を置くべきはどちらか。
決まっている。マタタビだ。
「なら、排除すべきはシンヤさんやな」
言ってはやては、路上に散りばめられた物品の中から、一本ののこぎりを手に取った。
マタタビが大工道具としていた刃物を、『我々に害を成す相羽シンヤを排除するため』の道具として。
ゆったりと、幽鬼のような歩調でシンヤの下に向かう。
「ぐ……ああああああああああああああああああああああああ!!」
歩み寄る間、マタタビの絶叫が響き、そのままシンヤに投げつけられ、電柱に激しくぶつかった。
今度は、起き上がってこれない。死んだのか、マタタビの意識は闇に没していた。
しかし、はやては意に関さない。ただ一点、『排除』という行為に没頭し、シンヤに凶気の矛先を向けている。
その形ある殺気に、シンヤが気づかぬはずもない。
「仲間がやられた腹いせかい? まったく人間ってヤツは……さすが、虫ケラと呼ばれるだけのことはあるよ」
「やめてくださいシンヤさん! 約束したじゃないですか、もう人殺しはしないって!」
「ああ。だがこうも言っただろう? クリスタルを持った奴と、襲ってくる奴は、別だとね!」
状況の把握に追いついたゆたかと数秒会話し、シンヤははやての襲撃に備えた。
敵が構えようと構えまいと、はやての移す行動に変化はない。
瞳を朱色に充血させ、脳神経に刻み込まれた命を遵守する。
のこぎりを大きく振り上げ、走った。
「ごめんな、やっぱさっきのなし。排除させてもらうわ」
木屑の残る刃が太陽に反射して、ギラリと光る。
猟奇殺人者のような構えから、純粋な殺意が窺えた。
それを見ただけで怖気を走らせるゆたかと、悠然と構えるシンヤ。
襲うはやて。
互いの距離はあっという間に詰まり、そして、
「ゲホッ!?」
次の瞬間には、鳩尾に膝蹴りを喰らうはやての姿があった。
「遅いな。これなら、さっきのネコのほうがまだマシだったよ!」
襲撃のタイミング、殺意の放ち方、距離の詰め方、どれをとっても一般人の域を出ないはやてに、シンヤの酷評が飛ぶ。
はやてはそんな評を頭に入れることもできず、痛みに悶絶し、のこぎりを手から取りこぼし、その場に蹲った。
魔導師としてはSSランクに格付けされているはやてだったが、直接的戦闘能力は低い。
彼女の実力は守護騎士システムやデバイスの助力あってのものであり、ガチンコなら六課新人メンバーにも劣る、というのは本人の弁だ。
魔法を用いない格闘戦ともなれば、なおさらはやての勝ち目は薄い。
本領を発揮していないとはいえ、相手がラダムのテッカマンともなれば、その勝算はさらに薄れる。
だからといって、<ギアス>により仕立て上げられた殺意は抑えられるものでもないのだが。
「大人しくクリスタルを渡しておけばよかったものを……俺に牙をむいたことを後悔するんだね」
「がはっ……」
シンヤははやての首根っこを掴み、腕の力だけでその身を持ち上げる。
人間を超越した握力が、はやての呼吸器官を圧迫する。
「やめてくださいシンヤさん!」
「聞けない相談だね。この女は未だに殺意を向けている。いま殺さなければ、また襲ってくるのは確実だ」
右手に込める力を強め、蛙の鳴き声のような音が響いた。
朦朧とする意識の奥で、はやてはシンヤの閻魔顔と、それに泣きながら縋るゆたかを見る。
声を発すことはできない。どころか、呼吸もままならない状況だ。
(痛い。苦しい。なんで? なんで私、こんな目にあっとるん?)
本能が、脳に問いかけた。
脳は、本能に答えた。
邪魔者を排除するためだ、と。
(いやいや……無理やろ、それ。力の差なんて、歴然やん)
そこまで思って、はやての身は乱暴に投げ捨てられた。
体を地面に強く打ち、薄れていた意識が覚醒される。
全身を駆け巡る痛みが、はやての再動を容易としなかった。
「ふん。なら、おまえの手でケリをつけるかい?」
「え?」
咳き込むはやてを尻目に、シンヤはゆたかに対し提案する。
「この女が二度と襲ってこないよう、始末をつける必要がある。だが俺がそれをやれば、この女は死んでしまうだろうね」
「そ、それは駄目です!」
「ならおまえがやるんだ。この女がもう俺たちに襲ってこないよう、死なない程度に対策すればいい」
「そんなの、どうやって……」
「武器ならそこら中にある。四肢をもぎ取るでも、目を潰すでも、好きにすればいいさ」
路上に転がるのこぎりや釘、使い方によっては十分な凶器となる大工道具の数々を見て、ゆたかは狼狽する。
自身に与えられた役割の重さを思い、途端に足が竦んだ。そのままへなへなと崩れ落ちてしまう。
「ふん……兄さんに守られていたような娘には、少し意地悪な提案だったね。まあいい、どのみちこの女は殺すさ」
茫然自失するゆたかの横を通り過ぎ、シンヤは再びはやてに殺意を向けた。
乾いたアスファルトを一歩、靴音が打ち鳴らす。散らばった釘を踏みつけて、金属的な音も鳴った。
音量は一定感覚で上がっていき、はやてへの危険信号となって聴覚を駆け巡る。
シンヤとの距離が近づくにつれ、はやての柔肌に震えが走った。
同時に、今朝方味わったばかりの恐怖体験を思い出す。
悪意と欲望に満ちた、男性の狂気というものを。
「いや……」
訪れたのは、恐怖。
レリック事件を追っていた際、もっぱらの敵となっていたガジェットドローンのような機械ではなく。
魔導師としての鍛錬を積んでいた期間、厳しくも的確な指導を施してくれた身内のものでもない。
あのとき、裸身の自分に襲い掛かった男のような……悪意ある人間の、狂気。
突き刺さる感情は、ダイレクトにはやての脳髄を襲った。
「いやや……こな、こない、で……」
――ここで、<ギアス>対象者における一つのケースを挙げておく。
ある博愛主義者の女性がいた。その女性は、<ギアス>によって『虐殺』を命じられた。
<ギアス>とは絶対遵守の力である。当然その女性は虐殺を実行したが……当初は、それに抗ったのである。
<ギアス>の拒絶。絶対遵守とされる力に、唯一人間の意志が抗った、一種の可能性だった。
このケースから鑑みれるのは、強い意識は時に<ギアス>を凌駕するということである。
さきほどのマタタビの例もそれに当てはまる。
本来<ギアス>の対象にはならない非人間、獣であることを抜きに考えても、怒りという感情は<ギアス>看破の一因となった。
もっとも彼の起こした行動は、理念こそ不明なれど『排除』という元々の命令に背いてはいない。
マタタビに関して、真に<ギアス>の拒絶に成功したかどうかといえば、事実は知れない。
ただ、八神はやての場合。
シンヤの放つ殺気、過去のトラウマ、双方から発生する恐怖。
もしくは、命令遂行に対する成功確率を悟ったか。
それらの感情が、『排除』という思考を塗りつぶし、はやてに『戦意喪失』という結果を齎した。
これが<ギアス>を看破したと言えるのかどうかは、定かでない。
「こないでぇぇぇぇぇ!!」
涙ぐみながら叫ぶが、シンヤは足を止めはしなかった。
無手のまま、しかしその手には鋭敏な殺意を宿し、はやての首元に手が伸ばされる。
振り払う気力はなく、震えのせいで微動することすらままならなかった。
「――――」
顔面を蒼白にして、はやては声にならない絶叫を上げた。
と、
「ッッつ!?」
シンヤの姿が、急に消えた。
いや、“吹き飛ばされた”。
クレア・スタンフィールドの飛び蹴りを受けて。
◇ ◇ ◇
クレア・スタンフィールドは、憤慨していた。
理由はただ一つ、大工仕事を教えてくれた猫が殺され、惚れた女が殺されそうになったからだ。
「おまえは、さっきの」
クレアに蹴り飛ばされ地を滑ったシンヤが、起き上がり様に言う。
「『線路の影をなぞる者(レイルトレーサー)』って知ってるか?」
腰に巻いたタオルを風にはためかせて、クレアがシンヤに向けて言う。
「列車の後を追いかける怪物の話だ。そいつは闇に紛れて様々な形を取りながら、少しずつ列車に近づいてくる。
列車に追いつくとだ。そいつは車内の人間を一人ずつ消していく。そして最後にはみんな消えて、列車自体がなくなってしまう。
で、その『線路の影をなぞる者』が来ちまった場合なんだが、助かる方法が一つだけある。なんだと思う?」
「……なんの話をしている」
シンヤとクレア、双方ともに睨み合い、片方は憮然として、片方は鼻を鳴らした。
「ま、今は日中だがな。それに、辺りには列車どころか線路の一本も見当たらない」
クレアは自嘲気味に笑うと、チラリと視線を横に向ける。
座り込んだはやては、上目遣いでクレアを見上げ、声も出せずに口を開いている。
安心すると同時に、怒りは増した。
「なら『線路の影をなぞる者』を名乗るのはちょっと違うな。じゃあ普通に『葡萄酒(ヴィーノ)』でどうだ?」
「なんの話か、と聞いている」
クレアの言葉に、見るからに苛立つシンヤ。
しかし構わず、クレアは話を進める。
「いや、よく考えたら『葡萄酒』なんて名は裏の人間じゃなきゃ知らないか。なら別にいいや、ただのクレアで。
俺と、俺の世界と、俺の世界の中心に席を予約している女を汚したおまえを殺す、クレア・スタンフィールドで」
「……気にいらないな!」
シンヤが仕掛ける。
無手のまま走り出し、同じく無手、どころか身につけたものはタオル一枚というクレアに対し、拳を放つ。
クレアはそれを余裕で避け、顔面の横にきたところで手首を掴み取った。
「焦るなよ。これは俺なりの慈悲ってやつだ。俺はおまえを殺すが、さすがに名も知らない人間に殺されるのはかわいそうだろう?」
「俺が、おまえに殺されるって? はっ、随分とおもしろいことを言ってくれるじゃないか……人間ごときが!」
右腕を掴まれたまま、シンヤが蹴りを放つ。
が、その蹴りは空を切り――どころか、勢いづいて一転してしまう。
気が付けば、シンヤの体は宙を舞っていた。
それがあの一瞬、シンヤの足の動作を見切り、クレアが腕の力だけでシンヤを投げ飛ばした結果だった。
宙を舞ったシンヤは、驚きの表情で着地し、すぐに歯噛みする。
自身の放った蹴りを、ありえない方法で回避された事実、それに悔しさを覚えるかのように。
しかし、逆に驚嘆したのはクレアだった。
「よく着地できたな。かなり回転を加えたつもりだったんだが」
「そっちこそ、人間にしてはいい動きをするじゃないか」
互いに賛嘆ではあったが、クレアからは余裕、シンヤからは苛立ちの感情が窺える。
「クレアさん……どうして?」
火花を散らす男二人に、脱力したままのはやてが声だけで割り込む。
先ほどの邂逅、クレアは<ギアス>の命ずるままに、エリア中心部へと向かったはずだった。
はやてが<ギアス>の事実を知らないにしても、クレアがここに舞い戻ってくる理由はないと思い込んでいた。
しかしクレアは、はやてのピンチという絶好のタイミングで駆けつけ、エリア中心部へ向かう足を止めている。
「マタタビの悲鳴を聞いた。それで、予感したんだ。あの二人のどちらかが、『我々に害を成す存在』だったんじゃないかってな」
あのときは、はやての側にいる時点で、勧誘対象とも排除対象とも見なしていなかった。
だがその後、響いてきたマタタビの悲鳴。
エリア中心部へ向かう過程、我々に害を成す存在、二つのキーワードが咄嗟に頭を焼き、さらに、
「それに、はやてのことが心配だったしな」
――これが、クレア・スタンフィールドがこの場に舞い戻った最大の要因である。
先の段階でマタタビがシンヤを『害成す存在』だと判断したように、『エリア中心部を目指せ』という命令は、あくまでもクレア個人へのものである。
よって、クレアがはやてやマタタビを置いて、一足進んだのは道理。
しかし実際のところ、クレアははやてやマタタビと完全に距離を取っていたわけではない。悲鳴が聞こえる範囲に留まっていたのだ。
これはひとえに、『エリア中心部へ向かう』という命令の同列に、『はやての安全を確保する』という意志があったためである。
もちろん、はやての身を案じることに関しては、<ギアス>の力は関与していない。これはあくまでも、クレアの意志である。
優先度で言えば、はやてを置き去りにしてでもエリア中心部を目指すだろう――それが、クレア以外の人間だったら。
クレア・スタンフィールドという男は、激しく自信過剰である。世界は俺のために回っている、と思えるほどに。
そんなクレアに、『Aを優先するためにBを蔑ろにする』なんていう選択肢は存在しない。
取らないのではなく、『端から用意されていない』のだ。
『エリア中心部へ向かうためにはやての危険を見過ごす』よりは、『はやても助けてそれからエリア中心部へ向かう』。
客観的に見れば優先事項が逆転し、<ギアス>を凌駕しているようにも思えるが、クレアにとってはそんなことはない。
はやてを助けてそれからエリア中心部へ向かっても、時間に差異は生じない。
なぜなら、彼の世界はそういう風にできているから。
簡単に説明するならば、クレアが馬鹿だから。
世界は自分に都合がいいようにできていると、心の底から思い認識しているからこそ、優先順位なんてものが生まれず、<ギアス>にも矛盾しない行動を取る。
付け加えれば、こうやってシンヤと対峙していることも、我々(=マタタビとはやて)に害を成す存在を排除する(=殺す)という命令に帰結する。
すべてが同価値であり、等しくこなせる(と思い込んでいる)からこそ、クレアはここに立っている。
「ふんっ、要は女のためってことだろう。人間にしてはやるようだが、戦う理由はまったく馬鹿らしいね!」
「それは違うぞ。おまえを殺す理由は、はやてを守る以外にも二つある。
一つ、おまえが俺たちに害を成す存在であり、なんだか排除しなくちゃいけない気がするから。
二つ、おまえは俺に大工のイロハを教えてくれたマタタビを殺した。
それに、女のために戦うのはおまえも同じじゃないか。照れ隠しか知らんが、そんなこと言ったらその娘も傷つくぞ」
そう言って、クレアは道路脇で硬直したままのゆたかを指差した。
いきなりの注目に、ゆたかがおっかなびっくりした声をあげる。
「えと……あの……違います……わたしと、シンヤさんは、その……」
なぜか、顔が赤くなっていた。
「あー、なるほど」
「……なにを言っているのかわからないが、侮辱と受け取っておこう」
「おまえあれだろ? その娘に片思いしてるんだろ? もしくはその逆か。わかるぞ、俺も絶賛片思い中だから」
的外れなことを言うクレアに、ついにシンヤの怒りは臨界点を迎えた。
「死ねッ!」
瞬時に斧を抜き取り、クレアに襲い掛かる。
クレアは足元に転がっていたのこぎりを拾い上げ、シンヤの放つ一閃を防ぐ。
体重を乗せた重い一撃が、のこぎりの薄い刃にぶつかるが、その衝撃は破壊には至らない。
「武器を振るならそんながむしゃらに振るな。力に任せるだけじゃ斬れるものも斬れないぞ」
のこぎりは刃こそ備わってはいるが、その本質は人を斬る武器ではなく、木材の切断に用いられる工具である。
それが斧を、テックランサーの衝撃に堪えうるなど、普通では考えられない。
が、そこは『葡萄酒』としての技量が勝った。クレアは斧の一撃をただ漫然と受けるのではなく、衝撃が反れる方向に流したのである。
「調子に乗るのも!」
斧の重量に負けず、シンヤは軽快な動作で二撃目に入る。
するとクレアはなにを思ったか、のこぎりを投げ捨て、無手の状態でシンヤを待ち構えた。
斧が縦一閃に振り下ろされる。その先にクレアはいなかった。
「なっ!?」
敵を見失い、シンヤは斧を振り下ろし切る前に手を止める。
すぐに後ろを振り向くが、クレアの反応速度はそれをも凌ぎ、
「がっ!?」
顔面にワンパンチ。一瞬だけ垣間見えた拳が視界を塞ぎ、暗転する。
血の痰を吐きすぐに目を開くが、その僅かな時間で、クレアはまたもや姿を消失させていた。
また後ろか――直感で振り向くシンヤに、
「プレゼントだ」
声は、上から浴びせられた。
反射的に、シンヤは斧を上空へ。
しかしその頃にはクレアは明後日の方向に着地しており、刃はまた虚しく空を斬る。
「似合ってるぞ」
クレアは含み笑いを浮かべながら、シンヤの頭部を示した。
そして気づく。いつの間にか――おそらくは二撃目を跳んで避けたときか――シンヤの頭部に、古びた赤いバイザーが乗せられていることに。
店長、と日本語で記されたバイザーを握りつぶして、シンヤは歯軋りする。
もはや怒りを言葉に表現するのももどかしくなって、シンヤは阿修羅の形相で挑みかかった。
「やれやれ」
余裕綽々で溜め息をつくクレア。シンヤが迫っているのもお構いなしに、足元に散らばった工具の中からある木片に目をやる。
腰を曲げ、その木片を掴み取り、姿勢を戻した頃には、シンヤが眼前で斧を振っていた。
クレアは斧が握られた手首を狙い、“足の動作だけで”蹴りを入れた。
「!?」
瞬間、シンヤは諸手に痺れを覚え、両手でしっかりと握っていたはずの斧が、上空に蹴り飛ばされたということを悟った。
認めがたい。が、さっさと認めて次の行動に移らなければ、この男に後れを取る。そこまで、考えて。
結果的に、シンヤはクレアに後れを取った。
「言ったろう。振るだけじゃ駄目だって」
次の瞬間にはもう、クレアは無手となったシンヤの後ろに回りこみ、右腕を右脇から差し込み首ごとロック、左腕はピンと伸ばされた状態で、全身を拘束した。
右腕は天へ、左腕は左方へ、シンヤは正面から見て『ト』のような形に固められる。
シンヤは持ち前の怪力で抗うが、締め方が巧妙なのか、単純にクレアの力が上をいっているのか、ビクともしなかった。
敏捷性、そして腕力。テックセットをしていないとはいえ、純粋な身体能力で人間に劣っているという事実に、シンヤは驚きを隠せないでいた。
宙に舞った斧が落ち地に突き刺さる頃、優勢に躍り出たクレアが声を発す。
「あの世にいるマタタビに怒られてしまうかもしれないが」
それはシンヤにではなく、他意のない独り言のようだった。
力任せに抗うシンヤを嘲笑うかのように、クレアは右手を、シンヤの左手首に伸ばす。
結果、シンヤの右脇と首がさらに締まり、呻きが漏れる。
「よく考えれば俺は本職ではないし、問題はないはずだ」
シンヤの長袖を肘の辺りまで捲くり、手中に収めていたそれを、握りなおす。
シンヤを拘束する前に、足元から拾った、マタタビの忘れ形見の一つを。
「きっ……さま、なに、を……」
ままならぬ声で、シンヤが問う。クレアは意に関さず、“それ”をシンヤの右手首に添える。
あのとき拾い上げた木片――大工道具の一種――小サイズの『鉋』を。
手首から肘にかけて、一気に引く。
「がああああああああああああああああああ!!」
さすがのシンヤも、雄叫びを上げた。悲痛が十割を占める、滑稽な叫びを。
鉋によって削り取られた皮膚が、鮮血を纏いながらひらひらと舞う。
薄い布状のそれは、鰹節とは違う悪臭を漂わせていた。
「さて、もう一度だ」
シンヤの腕に刻まれた赤いライン。その隣をなぞるように、クレアがまた鉋をかける。
職人が木材にかけるのと同じように、右腕の皮膚は綺麗に削れた。
二度目の悲鳴。
飛び散った鮮血で、濡れる頬。
血を浴びたクレアの胸中には、愉悦。
その見るも無残な光景に、端で傍観者を務めていたゆたかは、卒倒した。
「もう一度」
最初に刻まれたラインの、今度は逆側から鉋をかける。
仕事の出来は先ほどと変わらず。マタタビに教え込まれた技術は、シンヤに苦痛を与えるための術として生きた。
と、四回目に移ろうとしたところで、クレアが違和感に気づく。
「削り具合がいまいちだな。さすがに血で錆びちまうか」
残念そうに鉋を放り捨てると、シンヤの拘束を解き、前方に蹴り飛ばした。
左腕を押さえながら倒れるシンヤ。体感したことのないような惨たらしい痛みは、即座の反撃を不可能にした。
その間、クレアは鉋の変わりとして、散らばった大工道具の中から新たな得物を二、三点物色する。
「ぐっ、ぐぐ……」
プライドから、痛覚と一緒に呻きすらも抑え付け、シンヤは再度クレアに向きなおった。
左腕はなおも出血中で、使い物にならない。クレアに対する憎悪だけが、行動を起こす動力源となった。
挑発にあてられ、怒りのままに攻撃をしかける。獣性を帯びた狂気は、冷静に殺しを遂行する『葡萄酒』には通じない。
「きさ――!」
「馬鹿みたいに口を開けすぎだ」
クレアは手に取った数点の大工道具の中から一際小さなそれを選択し、向かってくるシンヤに振る。
シンヤの口内から、小石のようなものがいくつか、勢いよく排出される。
歯だった。
クレアが振るったのは、小さな木材を切り分ける際に用いられる糸鋸。
先に放った一振りで、クレアはシンヤの歯を、歯茎ごと、歯神経ごと刈り取った。
腕削りに勝るとも劣らない激痛が、シンヤの身を蹂躙する。
倒れ込み、今度はすぐには起き上がってこれない。
クレアはそんな敵を、失望混じりの紅い瞳で見つめる。
「もうおしまいか? おまえはマタタビの追悼代わりに、あいつの仕事道具で痛めつけてやろうと思ったんだが。
とりあえず、その削った右腕。神経が覗いてるだろう? 今からそこに釘を打ち付け、骨に通す。
その後は丁寧にやすりをかけてやる。鉄鑢もいいが紙鑢でだ。あっちのほうが綺麗に仕上がるからな。
で、その後はのこぎりで切り分けて、マタタビの墓を作るための材料にしてやる。あいつは嫌がるだろうがな」
淡々とした口調で、クレアは凄惨極まりないプランを述べる。
死刑宣告とも取れるセリフを、シンヤは蹲ったまま聞き、反撃も逃走も選べない。
路上の端のほうで、青ざめたゆたかが倒れていた。
クレアの後方で、はやては一切目を背けることなく、一部始終を見ていた。
そして、
◇ ◇ ◇
八神はやては、思い出す。
自分がここに到達するまでの道のりを。あの日――闇の書事件の頃から、順に。
(なのはちゃんとフェイトちゃんがいなかったら、今の私はなかった)
あの頃のはやては、誰かに支えられながら生きてきた。
いや、それは現在も同じだが、決定的な差は、誰かの支えなしでは生きられなかったということだ。
守護騎士たちによるリンカーコア蒐集……当初は知らぬ事実だったとはいえ、闇の書事件の責任の一端ははやてにある。
はやてが己の能力を自覚し、時空管理局に勤め、自分の部隊を持つという夢を志すようになったのも、あの事件が発端だった。
(でも、私はなんで自分の部隊を持ちたいと思ったん? どうして、あんなに頑張ろうとしたんやろ?)
罪悪感。時空管理局の体制に疑問を感じたから。親友と同じ舞台に立ちたかったから。
いや、違う。これは夢を志す上での一端にすぎない。根底は、もっと単純なことだったはずだ。
(ああ……そっか)
思い出す。
リィンフォースとのお別れを。
歩けるようになったあの日、手を差し伸べてくれた友人と家族を。
部隊宿舎が完成し、正式に機動六課が立ち上がった際、お祝いしてくれた仲間たちを。
(私は、恩返しがしたかったんや。私を支えてくれた、たくさんの命の恩人に)
――記憶を反芻する傍ら、朱色の双眸は、残酷な光景を描写していた。
こんな自分に、結婚してほしい、と言ってくれたクレア。
その男が、はやてを襲った男、相羽シンヤを虐待している。
「やめ……やめて……クレアさん……もう、やめて……」
普通なら聞き漏らしそうなか細い声を、クレアはわざわざ拾って返してくれる。
「駄目だ。こいつはマタタビを殺し、はやてを傷つけた。排除しなくちゃな」
朱色に染まった瞳で返す言葉は、はやての期待とは違った。
(違う。あの人は自分で自分のこと殺し屋言うてたけど、あんな酷いことする人やない)
なにかがおかしい、と、はやては思った。
同時に。このおかしな状況を、なんとかして打開したい、とも。
(だって、だってクレアさんは……私を夢から覚まさせてくれた人なんやから)
神父に汚された、確固たる意志。
少年に乱された、はやてという存在。
無理矢理立ち上がろうとした、偽りの自分。
それら逸れつつあった方向性を、求婚という方法で修正してくれたのが、クレアだった。
(ははっ……こういうの……つり橋効果、っていうんやろな)
自嘲気味に笑い、瞳の朱色が、僅かに薄れた。
(私、昔からそうや。みんなに支えられ続けたせいやろか……誰にでも恩を感じてしまうんやなぁ)
心の中で、なにかが渦を巻いている。
つよいつよい、なにか。
それはときに捻れて、ときに伸びて、結局ねじれる。
ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐる。
目まぐるしい。まるで、今までの自分みたいだ。
感情って、回って、廻って、元に戻るものなんだ。
(なんか、スッとした。理解したら、うん、スーってなった)
神父の言葉は、今でも鮮明に覚えている。
だけどあのとき感じた不安は、まったく思い出せなかった。
(変わらへん。変わらへんよ私。私は一人じゃ駄目な子なんや。だからせめて、私を支えてくれた恩人たちに)
瞳から、完全に朱色が消えた。
クレアの行為、それを否定する本能、上回る感情。
絶対遵守の力を凌ぐほどの、強い意志。
ひょっとしたらこれこそが、螺旋王が求めた、真の螺旋力と言えるのかもしれない。
「クレアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
たぶん、あれは言葉で言っても無駄だ。
だから、言葉よりも行動に移そう。
そうすればきっと捻じ伏せられる。
ショック療法だ。
「なっ、はや――っ!?」
釘とトンカチを手にシンヤへと歩み寄ろうとしたクレア、その後ろから、はやてが猛然と迫る。
振り向き様、はやての鬼気迫る形相に唖然としたクレアの身が、僅かに停止する。
無防備になったクレア。
その唇に、
はやては、
自分の唇を、
強引に押し当てた。
「……っ!」
(せいいっぱい、恩返さへんでどうするねん!)
一秒か、もしくはそれよりも短い時間。
はやてとクレアは、互いの唇を合わせた。
「…………はっ!」
そして、唇を離す。
顔から火が出そうな思いだった。
「ぷ、プロポーズの返事!」
やけくそ気味に言い放ち、クレアは顔を赤くしてそれに答えた。
言葉にして返事が返せるほど、クレアに余裕はなかった。
あのクレアから、“余裕”を奪ったのだ。
「き、キスだけじゃわからへん!? なら、もっとスゴイことしたろか!?」
視線が思わずクレアの股間部に向き、ボッと顔が熱を持つ。
ああもう、完璧にやけくそだ。
はやては数時間に渡る下着消失のさらに上をいく羞恥に、言葉を詰まらせた。
「……や、やっぱ、ぁ、じょ、じょーだん、で、ぇ、す……」
たどたどしい口調で、すぐに申し出を訂正する。
クレアは残念がるでもなく、ただ以前と変わらず唖然とした顔を浮かべていた。
ただ一点、変わった部分が一つ。
これは双方とも気づかなかったことだが……クレアの瞳から、朱色が失われていた。
「せ、せせ、せせせせやけどそれは夢やー!」
恥ずかしさを紛らわすように、はやてが叫んだ。
「や、夢やない、けど、現実で、えと、その、ゆめ? ええい、とにかくクレアが見とるんは夢や!
なんやようわからんけど……私もマタタビもクレアもみんな、なんか間違ったことしてたんが夢なんや!
それで私の夢は自分の部隊を持つことで、そんでみんなに恩返しを……って、あー、ちゃう!
そうやなくて、そうやなくてぇ、私が、私が言いたいことはぁ…………んぐっ!?」
整然としないセリフを制して、瞳の色が戻ったクレアは、自らはやての唇を塞いだ。
なにも喋れなくなって、しかしそのまま口付けを受け入れ、腕は自然にクレアの背中に回された。
目を瞑って、しばしの時間を分かち合う。顔の赤みなんて、もう気にしてられなかった。
「ん……っは…………んむっ…………」
数分、もしくは数時間、唇を重ね合っていただろうか。
抱擁を解き、名残惜しそうに互いの口が離れる。
真っ赤になった顔面同士を照らし合わせ、言葉を先んじたのはクレアだった。
「わかるさ。俺のことが、好きで好きでたまらないってことだろ?」
「……………………バカ」
「ん? 間違ってたか?」
「…………………………………………バカ」
「ん?」
「………………………………………………………………バカ」
もう駄目だ。もう一言も喋れない。
この瞬間、恥ずかしさは度を越えると人が殺せるのだと、はやては初めて知った。
「夢か。確かに夢だったのかもしれないな。なにせ、俺とはやてはあの放送がきっかけで出会ったんだから。
その俺が、あの放送の内容を、はやての言葉を忘れて虐殺に走るなんて、するはずがない。
ま、マタタビの仇というのもあるが、それは別の話だ。俺はどうにかしてた」
クレアは、人が変わったかのように狂気を収め、手に持っていた釘とトンカチを捨てた。
空いた手で、はやての体を抱きしめる。
はやても、それに応えた。
これまでの過ちや、後に控える厄介ごとは全部忘れて、この幸せを、このときだけの幸せを堪能する。
二人は、紛れもなく世界の中心に立っていた。
これ削除依頼だしとけよ
「……ククク」
その世界に踏み入る、小悪魔のような嘲り笑いが一つ。
「愛だなんだの……人間というのは、結局それか!」
痛みに倒れ伏していた、相羽シンヤだった。
口内と左腕の傷はそのまま、余裕のない顔に、再び狂気を孕もうとしていた。
「おい、まだやるのか? もうおまえを殺す理由はなくなったんだが」
「残念だけど、そういうわけにもいかないんだよ……」
「人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死ぬぞ」
「知ったことか!」
吼え、シンヤは天高く右腕を上げた。
その手中には、いつの間にかデイパックから零れ、先ほど倒れたときに回収した、水晶体。
彼が求め、この闘争の引き金となった、魔性の機具。
兄、相羽タカヤとの因縁に決着をつけるのに、必要なもの。
「テックセッタァァァァァ!!」
掲げたテッククリスタルが、赤黒く発光した。
◇ ◇ ◇
なにこの駄文
八神はやてとクレア・スタンフィールドは、見上げた。
遥か頭上、空に浮かんだ悪魔の姿を。
それが、テッククリスタルを用いて相羽シンヤが変貌した姿だと、知った上で。
「ハハハハハッ! 馬に蹴られて死ぬだって? いいさ、存分に蹴ればいい!
馬なんかにこの俺が、このテッカマンエビルが殺せるって言うんならねッ!!」
感想など、出てこなかった。
ただ二人の脳裏には、序幕の際に螺旋王と争い、散っていったテッカマンランスの姿が思い起こされる。
シンヤのあの姿はたぶん、テッカマンランスと同じものなのだろう。直感でそう悟った。
悟り、シンヤが次になにを仕掛けてくるかは容易に想像できたが、特別なにをしようとも思わなかった。
「礼を言うよ。俺たち兄弟の肥やしになってくれたことをね。そして、これが別れの言葉だ。エビル復活の祝砲でもある、ね」
反抗も、逃走も行わず、されど諦観に徹したわけではない。
クレアの瞳からは、一分の隙もない余裕が。
はやての瞳からも、涙混じりではあったが同様のものが。
「――PSY」エビルの胸元の六つの玉が、光る。
――怖いか? はやて
クレアが尋ねた。
――ううん、怖ないよ
はやてが答える。
「ボル――」凝縮された破壊のエネルギーが、解き放たれる。
――――――。
二人がなにかしら会話をしているようだったが、その内容は他の誰にも聞こえなかった。
「――テッカアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
極光。
◇ ◇ ◇
さすがにこの糞長さは苦情出していいだろ
個人の私有物でもなんでもねえぞこの板は
極光が迫る瞬間まで、はやてとクレアの二人は、互いの時間を共有し合った。
「ミーとこんな会話をしたことがあってな。あの部屋で爆発させられた男みたいなのと戦って、果たしては俺は勝てるのか、と。
そんな話になったんだ。で、さすがの俺もボルテッカとかいうのを喰らったらただじゃすまない。けど勝つって答えた。なんでだと思う?」
「んー、そやなぁ……正解は『世界はクレアの都合のいいようにできているから』やろ?」
「さすがはやてだ。よくわかってる」
「でも、具体的にはどういう風に解決してくれるん?」
「そうだな……『俺に秘められた真の力』が覚醒する、とか。螺旋王が持ってたバリアみたいなヤツなんかいいな」
「クスッ。うん。それは頼もしいね」
「だろう? ところではやて、一つ聞いていいか?」
「なぁに?」
「俺のどこに惚れた?」
「め、面と向かって言うのは恥ずかしいんですけど」
「言ってほしい。一生のお願い」
「んと…………その場の勢い。つり橋効果。気の迷」
「自殺する」
「わぁ、うそうそ嘘です! 本当は……夢を、思い出させてくれたから」
「夢? 部隊がどうのこうのってやつか?」
「それもあるけど……もっと根本的なもの。私がこうありたい、って思ったきっかけって言うか、私自身っちゅうか」
「一言じゃ語れそうにないな」
「うん。たぶん丸一日かかると思うから、今度時間のできた日にでもええ?」
「待つさ。いくらだって」
「あー、いいんかなぁ、そんなこと言って。女は男を待たせると長いよ?」
「待つのには慣れてる。これまでに求婚した女から返事をもらうのにも――」
「ちょ、なんやねんこれまでに求婚した女って? 私が初めてじゃないん!?」
「しまった、口が滑ったか。あー、大丈夫。OKもらったのははやてが初めてだから。問題ない」
「問題ないわけあるかー!」
「あ、あとでいっぱいキスしてやるから許してくれ」
「な、ななななんやねんそれぇぇぇ! そんなんで許せ……………………いま」
「え?」
「いま。いますぐ。じゃなきゃ許さない」
「…………やれやれ、わがままなお姫様だ」
「ん」
「なあ、はやて」
「なに?」
「ここは俺の世界だ。そしておまえは、俺の世界に足を踏み入れた」
「うん」
「だから信じろ。俺を、俺という世界を、俺とはやてが中心になる世界――そこで起きる、奇跡を」
「うん。信じる。信じるよ。あ、あと」
「?」
「好き。大好き」
「俺もだ。愛してる」
>◆LXe12sNRSs
極光。なんてにほんごありませんよ
――人は誰でも、自分の世界を持っている。
――それは殻だったり、領域だったり、箱だったり、いろんな言葉で言い表されるけれど。
――きっとそれは、全部おなじもの。
――思うに、人は自分の世界を他人に侵略されると。
――その人に、恋をしてしまうのだ。
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはStrikerS 死亡】【クレア・スタンフィールド@BACCANO バッカーノ! 死亡】
◇ ◇ ◇