アニメキャラ・バトルロワイアル2nd 作品投下スレ10
「あっぶ! おっぶ! でりゃあああああああああああ!」
けたたましい叫び声と水を掻く音が、混ざり合って喧騒となる。
近くに人がいればなんだなんだと野次馬になったであろうその光景は、傍から見ればあまりにも滑稽だった。
『カミナ! 陸地はもう目の前です』
「おうよ! このカミナ様にかかりゃあ、塩っ辛い水なんぞへでもねぇ!」
そう豪語する海上の男は、下手くそな動作で水を掻き分けながら、丘を目指し懸命に泳ぐ。
男の青い髪はずぶ濡れになったせいか元の奇抜さを失い、目元のサングラスは幾多もの水滴を帯びていた。
――その男、カミナ。
この世に生を受けてから幾数年。暗く深い穴倉で育った彼にとって、海はまったくの未知だった。
水という極めて根本的な概念は知れど、それの持つ動き、味、圧力などは知識としての枠をまったく外れている。
泳ぐ、という慣れてはいないものの不可能ではない行為でさえ、当初は混乱のせいでままならなかった。
しかしそれも、カミナの持ち前のガッツと、彼に海の存在を教えたクロスミラージュの指導で、どうにか緩和しつつあった。
どうにか、というのはつまり、ここに至るまでかなりの時間を要したことを意味する。
海に飛び込み、泳ぎ始めてから数十分は経っただろうか。
常人ならばとうに力尽き溺れていたであろう長い時間を、カミナは海上ですごしていた。
海を知らなかった者が長時間海上に漂い、溺れるどころか泳法の上達に至るなど、離れ業もいいところである。
しかし事実として、カミナはそれをやってのけた。
彼に生まれつき泳ぎの才能があったわけではない。おそらくは根性で捻じ伏せたのだろう。
道理を蹴っ飛ばす。彼の口癖でもある信念が、体現されたかのような姿だった。
「よっしゃあ! ここまで来れば――」
陸地を視界に捉え、あと十数メートルの距離というところで、それは轟いた。
『――さて、二度目の放送を行う』
「な、なにぃ!?」
耳に飛び込んできたのは、あの忌々しい螺旋王の声だった。
遠雷のような轟きに、カミナは二回目の放送の訪れを直感する。
「馬鹿野郎ッ! 後にしやがれ!」
状況からいえばそれどころではなく、空に文句をぶつけてみるが、その怒りは無為に消えた。
カミナが水上でもがく間も、螺旋王の演説は淡々と進められていく。
その言葉の節々を頭の隅で捉えていたカミナは、やがて、
「――ッ!?」
驚愕に顔を歪ませ、ピタリと怒鳴りをやめた。
『そんな、まさかエリオまで……』
すぐ側で、クロスミラージュの落胆の声が聞こえる。
聞こえてくるだけで、頭には入ってこなかった。
脳内は既に、螺旋王が告げたある“結果”に蹂躙され、思考が麻痺している。
いつしか水を掻く意欲も失せ、ガラの悪い目つきは揺り、視点は覚束ない。
あの、カミナが。
『カミナ……?』
放送が終わり、カミナの異変に気づいたクロスミラージュだったが、しかし遅かった。
「がっ!?」
クロスミラージュが声をかけた直後、カミナの顔は苦痛に歪み、その身は海中へと沈んだ。
辛うじて顔が出ている状態にまで陥り、すぐに這い上がろうと力を込めるが、上手くいかない。
焦燥が生まれ、なおも足掻き、事態は余計に悪化していく。
『カミナ!? どうしたというのですかカミナ!』
音声を張り上げるクロスミラージュだったが、既にカミナには声を返す余裕すら残っていないようだった。
ただひたすらに体をじたばたさせ、丘に上がった鯉のような醜態を晒している。
その様がなにを意味するか、目を持たぬクロスミラージュにも十分理解できた。
『カミナ、まさか……足が攣ったのですか!?』
やはり、返答はない。
カミナは多量の水を飲み込み、発声はおろか、呼吸すら困難な状況に陥っていた。
一瞬の油断が招いた、海の洗礼。穴倉育ちのカミナはそれを直に受け、成す術もないまま破滅の道を辿っていた。
行き着く先は、溺死。
『――――――』
クロスミラージュの声は、もはや誰にも届かない。
泳ぐ力を失い、波に捕らわれたカミナは、無呼吸のままどこぞへと流されていく。
消え失せていく意識の中で、カミナは黙視しがたい現実に腹を立てていた。
(なんてこった……この俺が、大グレン団のカミナ様が……こんなところでお陀仏かよ……)
仲間たちとの日々、獣人たちとの激闘の記憶が、泡状になって弾ける。
ジーハ村でのガンメン退治、ヴィラルとの決闘、黒の兄妹やロシウたちとの出会い……
数々の思い出が――走馬灯という名の形になって――カミナの全身を駆け巡る。
(間違ってたってのか? 下が水なら死ぬこたぁねぇ。あいつを助けようって思ったことがそもそも……)
どこで選択肢を間違えたのか。カミナは自問して、なにがなんだかわからなくなった。
(わからねぇ。俺にはさっぱりわからねぇ。シモン……ヨーコ……おまえら本当に、死んじまったのか……………………?)
波濤は紡がれる。一人の男の無念を乗せて。
それはあまりに残酷で、悲しい結末だった。
【カミナ@天元突破グレンラガン 死亡】
――ピッ
男の首輪が、微かな電子音を鳴らした。
◇ ◇ ◇
「くっ! ここも駄目か」
赤いマントを羽織った男が一人、苦虫を踏み潰したような顔で一軒の定食屋から出てきた。
レール式の戸を乱暴に締め、強張った表情で再び町を練り歩く。所作の節々から、苛立ちが窺えた。
――その男、ドモン・カッシュ。
若輩者ながら一流の武闘家として名を馳せた彼は、抗う者としてこの地に君臨している。
熱く滾った拳を螺旋王に見舞うため、明日の勝利を目指し奔走するその姿は、子供から見れば勇ましいの一言に尽きるだろう。
しかしその実、彼の行動目的には改善の仕様がない根本的“ずれ”があり、それは空腹によってさらに深刻になりつつあった。
(それらしい店を物色しても、食い物の一つもありはしない! やはり、ここは誰か他の参加者から食料を入手するしかないか!?)
食欲は三大欲求の一つであり、また生き死にに一番深く関わってくる要素でもある。
彼の故郷であるネオジャパンに古くからあることわざ『腹が減っては戦はできぬ』の言葉どおり、格闘家にとっても食は重要だ。
それを疎かにすることは、格闘家としての怠慢。むしろ未熟。空腹は恥ずべきことと、ドモンは自ら自分を攻め立てる。
そうやって食料探求の熱意に油を注ぐも、収獲は依然として得られない。
殺し合いという名のサバイバルでそう易々と食料が調達できるはずもないのだが、今の彼はそこまで頭が回らなかった。
細かいことよりもまず、『どうすれば手っ取り早くメシにありつけるか』。その一点に思考がいった。
すぐに導き出した答えは、食料を持っている人間から貰う(奪う)という方法だったが、彼が探索する町には人影の一つすらありはしない。
飯が見つからなければ人も見つからない。言峰と別れてからの数時間あまり、ドモンは空腹と孤独感で苛立ちが募るばかりだった。
「むっ」
町をいくら練り歩こうと、彼の頭でいい案が浮かぶはずもなく。気づけば、町外れの水路へと足を伸ばしていた。
陽光に照らされキラキラと光る水面は、陰鬱なドモンの気分を晴らすほどの清涼剤となったが、かといって腹の虫が納得するものではない。
その絶景よりもまずドモンが気にかけたのは、水面の内部である。
「まさか魚が泳いでいるとは思いがたいが……」
口ではそう言いつつも、瞳は期待の色で染まっていた。
この際、食えるのならなんでもいい。頭の端でそう願い、ドモンは欲求を満たすための糧を探した。
しかし、発見できず。目で見る限りは影すら確認できない水中に、ドモンは不当な怒りを覚えた。
「いやしかし、奥深くに潜んでいる可能性もある。…………釣るか? いや、竿がないか……ならいっそ飛び込んで――」
空腹のあまり、馬鹿な軽挙に躍り出ようとするドモンの視線を、一つの巨大な影が過ぎった。
一瞬、肥大する期待に抑えきれず飛びかかろうとしたが、それを注視して一歩踏みとどまる。
それは、ドモンが狙いとする食料にしては、あまりに巨大すぎた。
「まさかあれは……人か!?」
水面にぷかぷかと浮かぶ、小麦色の肌。魚影と呼ぶにはあまりにも大きく、魚にはない存在感があった。
久方ぶりの人間との遭遇に心を躍らせたドモンは、腹の虫を黙らせるほどの声で水面に叫びかけた。
「おーい! そこのおまえ、なにか食い物を分けてくれないか!?」
度を越えた空腹が、第一声に持って来るべき言霊をすべて省略させた。
要点だけをストレートに告げ、海中を漂う者の返事を待つ。
五秒経った。
「おい! 俺の声が聞こえないのか!? 俺の名前はドモン・カッシュ! 安心しろ、殺し合いには乗っていない!」
さらに五秒待つ。返事はない。
「チッ……おいおまえ! 本当は聞こえているんじゃないのか!? 悪いようにはしない、俺の声が聞こえるんならさっさと上がって――」
そこまで声を張り上げて、ドモンはやっと異変に気づく。
発見した時点で気づかなければならなかった重要な点を、遅れて。
――あいつはなんで、あんなところに浮いているんだ?
海中の男は、見る限り裸だ。泳いでいた……とは思いがたい。なにせ今は殺し合いの最中だ。
泳いで移動しようとしたのか、それともドモンと同じように空腹に苛まれ、魚を獲ろうとしていたのか。
そのどちらかだろうと踏んで、しかし違和感は拭いきれない。
――なら、あいつはなんで返事を返さないんだ?
シャイなのか。いやいやそんな馬鹿な。ドモンは首を振って現実と向き合う。
自問自答する必要はもうない。彼の頭が悪いのは自他共に認める事実だが、これは誰が見ても明らかだ。
――あいつは、溺れている!
「くそッ!」
空腹のあまり状況を見失っていた自分を一喝し、ドモンは海に飛び込んだ。
怒涛の勢いで水を掻き分け、漂流する人影に泳ぎ寄る。
「おい! しっかりしろ、おい!」
ぐったりした体を抱きかかえ返答を求めるが、やはり反応はなかった。
それもそのはず、漂流していた人物の体は既に冷え切っており、青ざめた顔からは生気が感じられない。
とにかく丘に上げるべきだと考えたドモンは、漂流者を抱えたまま岸を目指して泳いだ。
人間ひとり背負いながら泳ぐことは、卓越した肉体を持つドモンにとってはそれほど困難ではない。
高さ2メートルはあろうかという堤防を人ひとり抱えたままよじ登り、改めて患者の容態を確認する。
まず第一に、漂流していた人物は男だった。
奇抜な青色の髪に、目元でずれかけていた赤いサングラス。一見しただけでは国籍が判別できない。
上半身は裸で、曝け出した肌には刺青が彫られている。
その体つきは武に精通したドモンから見ても引き締まっており、波に捕らわれるような軟弱な男には思えなかった。
となれば、彼が溺れた原因として考えられるのは、この左肩の大きな切創だろうか。
出血は止まっているようだが、その処置はお世辞にも上手とはいい難く、また簡素なものだった。
なにがこの男をこうまで駆り立てたのか。ドモンは考察を巡らせ、男に興味を抱いた。
そしてすぐ、今がそれどころではないという事実に気づく。
「俺の声が聞こえるか!? 聞こえるなら返事をしろ!」
平手で男の頬をパンパンと叩き、意識を確認する。応答はない。
次に、男の口元に耳を当て、呼気の流れを確認する。呼吸は止まっていた。
次に、男の胸元に耳を当て、心音のペースを確認する。心臓は止まっていた。
極めて危険な――素人が見れば死んでいるようにしか見えない――状態にある。
いったい何時間、海を彷徨っていたというのか。手遅れなのかどうかも判然としない。
ただ、ドモンは目の前の絶望感に打ちのめされるような繊細な神経だけは持ち合わせていなかった。
男の容態を「溺れているだけだ!」と頑なに信じ、因業なまでに男の意識回復を願った。
そしてすぐに――水難救助の際の心肺蘇生法が脳裏を過ぎった。
男に意識はない。呼吸は停止している。心臓も停止している。だが死んではいない。
ならば、果たすべきはただ一つ。そしてその大役は、ドモンにしかできない。
ここは逡巡する場面ではない。男として覚悟を決める場面だ。
そこまで理解して、生唾を飲む。
(――やるのか?)
額に脂汗を浮かべながら、ドモンは前代未聞の巨大すぎる壁に直面した。
それを受けて、脳が「やはり死んでいるのではないか?」という都合のいい解釈を持ち出す。
ドモンの人間性はもちろんそれを否定したが、片隅ではそれに異を唱える声もあり、結局は逡巡に至った。
救うべきか救わざるべきか。結果だけを望むならば当然前者だが、しかしそのための手段が懊悩として蟠る。
何秒間そうやって悩んでいたかはわからないが、こうしている間にも男の蘇生確率は下落している。
(ええい、人命にはかえられん!)
意を決し、ドモンの指先が男の肩に触れた。
が、すぐに引き離す。そのまま顔を俯かせ、わなわなと震え出すと、再び男の肩に手を伸ばす。
指先が触れて、今度は離さなかった。冷え切った体を確かめるように、また壊れ物を扱うかのように、そっと撫でる。
緊急事態だ。危急存亡だ。俺しかいない。俺がやらねば誰がやる――
何度も何度もそう己に言い聞かせ、ドモンは艱難辛苦に立ち向かった。
行動を起こすは、彼の乾いた唇だった。
◇ ◇ ◇
薄紅色の唇が、これから待ち受ける行為に怯え、震えた。
北からやってきた海風が唇を冷たく刺激し、また震える。
震えが止まらないまま、その矛先は、彼の唇へと向いた。
触れ合いを求めるように、彼の青い唇は微動もせずにそれを待つ。
大胆不敵な勇姿に決心が鈍り、唇の震えはいっそう激しさを増した。
それどころか、吐息は興奮したように荒くなり、頬はほんのりと上気している。
こわい――と、心のどこかで怯えを感じていたのかもしれない。
それでも、やらなければならない。
顔と顔が近づいて、心臓が高鳴る。
彼の顔に自分の顔の影が差し込み、赤面する。
すぐ側の波音は、心音のざわめきに掻き消された。
脳裏で、互いの唇の相対距離を知らせる、カウントダウンが鳴り響く。
あと5センチ……あと4センチ……あと3センチ……
カウントするのがもどかしくなって、唇を強引に押し当てた。
勢いをつけすぎたせいか、衝突の際にガキッ、と音がする。
歯と歯がぶつかった音だった。なんだか恥ずかしさが込み上げてきて、咄嗟に唇を離す。
が、すぐにまた押し付ける。今度は歯をぶつけないよう、優しく丁寧に、けれど情熱的に。
んっ……と、誰かの喘ぎがか細く響いた。けれども怯まない。
灼熱色に染まった頬を自覚して、それでも行為をやめる気にはならなかった。
肺に溜めた渾身の想いを、互いの口を通して経由させていく。
彼の生気を取り戻すため、自分の生気を注ぎ込む。
途中、密閉し合った唇同士に僅かな隙間ができ、慌ててより強く唇を押し当てた。
その拍子に舌先が彼の舌にちょろっと、当たったような気がしたが、構っていられない。
一生懸命に、彼をこの世に呼び戻すため、行為に没頭し続けた。
それ以外のことはなにも考えずに、陶酔したような表情のまま。
甘い一時が、幾千年の時のようにも思えた。
【カミナ@天元突破グレンラガン 蘇生確認】
◇ ◇ ◇
「ゲホッ! ゴホッ! ゴォッ!?」
喉の奥から水が盛大に噴き出し、カミナは眠りから覚めた。
口の中が塩っ辛い。それに、鼻や喉がヒリヒリと痛む。そしてなにより、息苦しい。
何秒間むせこんでいただろうか。カミナが整然とした呼吸を取り戻すまで、かなりの時間を要した。
意識をシャキッとさせようと自身に渇を入れる中、視界に見慣れぬ人影が映った。
乱雑な黒髪に鉢巻き。ボロボロの衣服の上には、目を引く赤いマント。
その姿は、カミナ同様水浸しになっていた。
「げほっ……あんたが、助けてくれたのか?」
意識せず、そんな質問が漏れた。同時に、自分が海で足を攣り、溺れていたところを目の前の男に救助されたのだと悟る。
「ああ。俺の名はドモン・カッシュ。ネオジャパンのガンダムファイターだ」
「なぁにぃ!? ガンメンファイターだぁ!?」
男の名乗りを聞き、カミナは反射的に声を荒げた。
ガンメン、という憎き仇敵である獣人にまつわる単語を耳にし、突発的に警戒心が働いたのだった。
しかし声高らかに立ち上がれど、その足腰はふらふらで、すぐ地に膝をついてしまう。
「病み上がりだ。無理をするな。それとガンメンファイターなどではない。ガンダムファイターだ」
「んな? ガン、ダム……? ガンメンとは違うのか?」
「違う。ガンダムとは我が愛機ゴッドガンダム、そしてガンダムファイトに用いられるモビルファイターの通称を指す」
「…………?」
死の淵を彷徨い、生還したと思ったら、いきなり未知の情報による洗礼である。
カミナはただでさえふらつく頭をさらに掻き混ぜられ、混乱の極みに陥った。
「そういうおまえの名はなんだ?」
「ああ? 俺を知らないってか? ――ちょうどいい。寝起きの気つけだ。いっちょかましてやろうじゃねぇか!」
言うや否や、カミナは脳内の混乱を吹き飛ばすような勢いで跳び上がり、天に人差し指を掲げる。
「深い穴ぐら天井ぶち破り、地上を歩いてついでに海も一跨ぎ!
やってやれねぇことはねぇ! 大グレン団のカミナ様たぁ、俺のことだっ!!」
カミナという男にとってはほとんど習性のような名乗り文句が、爽快に炸裂した。
その狂言回しのような自己紹介に、ドモンが抱いた感想はただ一つ。
(…………馬鹿か?)
遠慮容赦ない評を、せめてもの情けとして、心中に吐き捨てる。
「……とりあえず、名前はわかった。神名と言ったな。日本名のようだが、出身はネオジャパンか?」
「ねおじゃぱん村だぁ? このカミナ様、生まれも育ちもジーハ村っ! 地上に出れど、故郷を変えた覚えはねぇぜ!」
「そ、そうか」
さっきまで溺れて気を失っていた人間が、この変貌振りである。
カミナのぶっきらぼうという言葉を体現したかのような姿勢に、さすがのドモンも若干引き気味だった。
「まぁ、出身についてはどうでもいい。そんなことより、なぜ溺れていたのかを聞かせてほしいんだが」
「溺れてただぁ? この俺が? おいおいそいつぁ…………アッー!!」
失神とともに失っていた記憶を、カミナは指摘を受けてようやく思い出す。
海に飛び込んだそもそもの理由、追っていた女がいたことを再認識して、カミナは慌てふためいた。
「おい板公! じゃねぇ、クロスミラージュ! どこだ!?」
『…………ここにいます、カミナ』
「どこだ!?」
『あなたの足元です……』
カミナに“海”というものの存在を教えた銀色のプレートを思い出し、声をかけるとそれは直下の地面に転がっていた。
危うく流されてしまったかとも思われたが、クロスミラージュはカミナの体から離れることなく、一緒に救助されていたらしい。
「音声機能か……この声は、そのカードのようなものから発せられているのか?」
『はじめまして、Mr.カッシュ。クロスミラージュといいます』
初めて聞く声に訝しげな視線を送るドモンだったが、難しい形相は数秒で緩み、ドモンはさして混乱した様子を見せることもなく、クロスミラージュの存在を受け入れた。
住まう世界の文明レベルで言えば、明智健悟やカミナの理解力よりもドモンのそれのほうが数段上をいっていたからだ。
さらに言えば、ドモンは科学者の息子でもある。本人に専門的知識はなくとも、機械工学に関する慣れや親しみは、カミナの比ではない。
見た目には喋るだけの板……クロスミラージュについても、そういうものなのだ、と解釈した。
「そんなことよりもだ! ここぁいったいどこなんだ? 俺はどこまで流された? あのティアナって女はいったいどこに――」
『落ち着いてくださいカミナ。詳細な現在位置は私にもつかめませんが、かなりの距離を流されたのは確かです。マスターの行方も、残念ながら』
「ならウダウダしてる暇はねぇ! とっととおめぇのますたーを探して――」
「ちょっと待て。事情がまったく飲み込めん。俺にもわかるよう詳しく説明してくれ」
こうしている間にも、ティアナはカミナと同じように、海上のどこかを彷徨っているかもしれない。
自らの尊厳と意地を通し、クロスミラージュの不安を汲んだカミナは、名誉挽回しようとすぐさま捜索に戻ろうとするが、それをドモンが制す。
やると決めたら即実行のカミナとしては、もどかしさを感じはするものの、恩を売られた相手を無碍にするのは吝かでない。
しかしながら、焦燥交じりに今のカミナにろくな状況説明がこなせるはずもなく、ドモンへの説明はクロスミラージュに委ねられた。
「なるほど。つまり、海に飛び込んだクロスミラージュの主人を探していた最中というわけか」
「そういうこった! でだ、ものは相談なんだが、あんたも協力しちゃくれねぇか?」
「断る。だ――」
「そりゃねぇだろ薄情野郎!」
「話は最後まで聞け! ……俺は俺でやらねばならんことがある。だが、そのティアナという少女を無視するのも気が引ける。
そこでだ、カミナ。おまえにひとつ頼みごとをしたい。もしそれに応えてくれるなら、俺も喜んで捜索に手を貸そう」
「なんでぇなんでぇ、それなら話がはえぇ! で、その頼みごとってのはいったいなんだ!?」
協定を結ぶ上での取引として、ドモンがカミナに要求したもの。それは。
「……メシを、分けてくれ」
後背に情けなさを背負って進言し、カミナに唖然とされる。
ともあれ、これにてドモンの空腹は解消された。
これしきの羞恥など、先の初体験に比べれば屁でもない。
◇ ◇ ◇
「よぉし! メシも食った! 体力も戻った! もう少し待ってろクロミラ! おめぇのますたーは俺がなんとしても見つけてやらぁ!」
「……数十分前まで溺れ死んでいたとは思えないほどの覇気だな」
「たりめぇよぉ! 俺を誰だと思ってやがる!」
『それよりもカミナ。クロミラ、というのはいったい……?』
「クロスミラージュってのは長ったらしくて好かねぇ! だから、俺はこれからおまえのことをクロミラって呼ばせてもらうぜ!」
一度は心肺停止にまで陥った人間が、メシを食っただけでここまで回復するなど、ありえないことだった。
だが事実として、道理は蹴っ飛ばすのを信条とするカミナは、常識を逸してもとの元気を取り戻していた。
その様子に半ば呆れ顔のドモンは、カミナの先導のもと後ろを歩く。
「捜すとは言うが、なにかあてはあるのか?」
「ねぇ!」
「威張るな!」
『とりあえず沿岸ぞいに歩いてみましょう。運がよければ、マスターもどこかに流れ着いているかもしれません』
漂流中に耳にした放送内容は、クロスミラージュもしっかりと聞いていた。
今回の死亡者は十六人。その中には機動六課の一員であるエリオ・モンディアルの名前があったが、幸いにもティアナはまだ呼ばれていない。
少なくとも、あのまま溺れ死んだ可能性はない。だとすれば、どこかに漂着しているか誰かに救われたものだろうと判断した。
『しかしMr.カッシュ、本当によろしいのですか? あなたにも目的はあったでしょうに』
「構わん。そもそも俺は、共にこの殺し合いに立ち向かうための仲間を集めている最中だった。
カミナ、おまえは拳を合わせる必要もなく、肩を並べるに相応しい相手だと思っている。それに、メシの恩があるしな」
ドモンが人間の善悪を見極める手段として用いていた“ファイト”は、カミナには必要なかった。
一飯の恩義があるのが第一として、つい先ほどまで溺れていた相手にファイトを求めるのは気が引ける。
もちろん、一人の男としての願望を述べるなら、カミナの引き締まった肉体にはある種の恋情を覚えるが……今はそのときではない。
それに、カミナがティアナという少女を救おうという善意を見せているならば、それに加担しない手はなかった。
「わりぃなドモン。にしても、ドモン、か……ドモン、ね」
「なんだ、俺の名前に覚えでもあるのか?」
「いやなに、大したことじゃねぇ。ただよ、俺のダチ公によく似た名前なんでな。ちょっとばかし思い出してただけさ」
言うカミナの表情は、どこか郷愁を帯びており、しかし目線は虚空を睨みつけるように鋭かった。
女の気持ちには鈍感なドモンだったが、こればかりは容易に想像がつく。
この殺し合いという現状において、誰しもがいずれは直面するであろう不幸、カミナはそれを背負っているのだろう。
「……いや、らしくなかったな。俺はこの目で見たものしか信じねぇ。
シモンも、ヨーコも、当然ティアナも、まだどっかで生きてやがる。ああそうさ」
放送内容の否定。螺旋王の通告を虚偽と断定し、頑ななまでに我を通す。
常識の目で見ればただ現実逃避をしているだけのように思える男。
だがドモンは、そんな哀愁漂うカミナに一類の男らしさを感じた。
男とは、より強い男に共感を覚え、惹かれるものである。
特に、カミナのような気持ちのいい性格の男には。
「フッ……まあいい。くれぐれも足を踏み外して、また海に落ちるようなことはしてくれるなよ」
「おっとぉ! このカミナ様、同じ鉄は二度も踏まねぇ! そして借りは返すのが信条だ!
ティアナ捜しを手伝ってもらうのはメシと交換として、命を救ってもらった恩はいつか必ず返させてもらうぜ!」
水も滴る男が二人、肩を並べて共に行く。
沿岸から海に視線をやりつつ、ドモンは心のどこかで、長いつき合いになりそうだ、と感じた。
◇ ◇ ◇
『ところでMr.カッシュ。一つだけ失礼な質問をしてもよろしいでしょうか?』
「なんだ?」
『あなたはその……同性愛者、というわけではありませんよね?』
「なっ……なんだと?」
「ドーセーアイシャ? なんだそりゃ?」
『同性愛者というのは……』
「教えんでいい! そもそも、なんでそんなことを思ったんだ!?」
『いえ、あなたが行った心肺蘇生法の一部始終を見ていた感想なのですが、どうにもやり方が』
「み、見ていたのか」
『ええ。そのやり方が、どうにも拙いというか……別の行為に趣旨がいっているように見えましたので』
「別の行為だと?」
『マウストゥマウス、つまりは……』
「ご、誤解だ!」
『そ、そうですか。いえ、ならばいいのです。大変失礼をしました』
「なんだぁ? なんでそんなに顔を真っ赤にしてんだ?」
「き、ききききき気にするな!」
「??? ……俺にはさっぱりわからねぇ」
【G-4/沿岸/1日目/午後】
【カミナ@天元突破グレンラガン】
[状態]:精神力消耗(大)、体力消耗(大)、左肩に大きな裂傷(激しく動かすと激痛が走る)、全身ずぶ濡れ
[装備]:なんでも切れる剣@サイボーグクロちゃん、
[道具]:支給品一式(食料なし)、ベリーなメロン(3個)@金色のガッシュベル!!(?)、ゲイボルク@Fate/stay night
クロスミラージュ(待機状態)@魔法少女リリカルなのはStrikerS(カートリッジ3/4:1/4)
[思考]基本:殺し合いには意地でも乗らない。
1:沿岸ぞいに歩いてティアナを探す。
2:ドモンに恩を返す。
3:グレンとラガンは誰が持ってんだ?
4:もう一回白目野郎(ヒィッツカラルド)と出会ったら今度こそぶっ倒す!
[備考]
※グレンとラガンも支給品として誰かに支給されているのではないかと思っています。
※ビクトリームをガンメンに似た何かだと認識しています。
※文字が読めないため、名簿や地図の確認は不可能だと思われます。
※ゴーカートの動かし方をだいたい覚えました。
※ゲイボルクの効果にまるで気づいていません。
※シモンとヨーコの死に対しては半信半疑の状態です。
※拡声器の声の主(八神はやて)、および機動六課メンバーに関しては
警戒しつつも自分の目で見てみるまで最終結論は出さない、というスタンスになりました。
※第二放送についてはヨーコの名が呼ばれたことしか記憶していません。ですが内容はすべてクロスミラージュが記録しています。
※溺れた際、一度心肺機能が完全に停止しています。首輪になんらかの変化が起こった可能性があります。
【ドモン・カッシュ@機動武闘伝Gガンダム】
[状態]:健康、全身ずぶ濡れ、赤面
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:己を鍛え上げつつ他の参加者と共にバトルロワイアルを阻止し、螺旋王をヒートエンド
1:カミナと共にティアナを捜す。
2:積極的に、他の参加者にファイトを申し込む(目的を忘れない程度に戦う)
3:ゲームに乗っている人間は(基本的に拳で)説き伏せ、弱者は保護し、場合によっては稽古をつける
4:傷の男(スカー)を止める。
5:一通り会場を回って双剣の男(士郎)と銃使いの女(なつき)と合流する。
6:言峰に武道家として親近感。しかし、人間としては警戒。
7:機会があればカミナとも拳を交わしたい。
[備考]:
※本編終了後からの参戦。
※参加者名簿に目を通していません 。
※地図にも目を通していません。フィーリングで会場を回っています 。
※正々堂々と戦闘することは悪いことだとは考えていません 。
※なつきはかなりの腕前だと思い込んでいます。
あ、いつもの駄文の人だ
あぼーん
暗いトンネルに立ち込める臭いが、天才の鼻を刺激する。
列車がレールの上を走るときに撒き散らすような――鉄がわずかに焦げる時のソレ。
列車の中を掃除するときに湧き出てくるような――土埃が舞う時のソレ。
列車で先日許されざる者へ贄の洗礼として放った――薬莢が飛び出した時のソレ。
職業柄、常人以上の嗅覚を持つ彼にはこの三重奏が少しばかり鬱陶しいようだ。
彼の掻傷からポタリと滴り続ける赤い独奏はすっかり脇に追いやられてしまったらしい。
天才は手探りを交えながら、仲間の知り合い『だった』物の側まで歩いてしゃがみこむ。
そしてネズミを仕留めた猫のように背中を丸めると、それをまじまじと見た。
千切れたコード、破損した電子回路、歪曲して疲労を起こしている金属の断片……
誰がどうみてもゴミの塊だった。『彼』の知り合いが見れば誰もが『彼』だとわかるゴミの塊だった。
天才の観察につられるように、背後から2名が近づいてきた。
片や獣の野良猫はその残骸に天才よりも接近し、片や女の下手人は凶器を抱え、観察し始めた。
生まれて始めて身内の葬式に参列した時のように。感情の向けどころがわからぬ幼児のように。
* * *
* * *
「なんで? 」
声を挙げたのは、ミーに止めを刺した八神はやてだ。
足先から脳天まで……彼女は震えていた。
肢体の微弱なアップダウンが、引き金に掛かった指先と砲身を抱えた腕を遊ばせている。
H&K MP7が彼女の拘束から自由の身になるのも時間の問題だろう。
「……私、な、何をしなひゃぁッ!? 」
はやてが二言目を発しようとしたその時、彼女の体が突き飛ばされる。
彼女が持っていたH&K MP7、支給品一式を入れたディバッグも解き放たれて宙を舞う。
体勢を整えるほどの心的余裕は今の彼女には当然無く、大きく尻餅をつくのは自然なこと。
対して彼女の所持品は彼女の前方に飛び出し、同じく前方にいた一人と一匹の側に中身を吐き出しながら落ちる。
だが八神はやては闇の奥へ進む自分の持ち物にも、尻餅をついた自分の体にも興味を持つことは無かった。
彼女の思考を今もなお奪い続けているのは、ミーの成れの果て。
そして彼女の前に立ち片腕を盾にする自称婚約者、クレア・スタンフィールドと彼の片腕に工具を突き刺す野良猫・マタタビの対峙。
「……本当に刺すつもりは無かった」
「わかるさ。俺が前に出てはやてを庇ったからだろ? 」
「脅し。あくまで問い詰める手段に過ぎなかった」
「それもわかる。俺もそうしようと思ってた」
「納得のいく動機が知りたかっただけだ」
「動機? まるではやてがあいつを……あ〜『ミー』だったか? 始末したような言い草だな」
「死体がある。その死体の死因を引き起こしたと考えられる武器を持っている奴が、間近にいる。疑わねーのか? 」
「疑うさ。『普段』はな。だがそれは有り得ない。なぜなら俺がそう思っているからだ」
クレアの言葉がマタタビの手に、より力を込めさせる。強く握られた工具が、クレアの傷口から更に血を漏らせた。
触発された感情は、友の死に対する怒りなのかズレた持論を語る相手への呆れなのか。
わかっているのは、今のマタタビは知人の死を冷淡にあしらうような現実主義者ではないこと。
仲間との別れが当たり前だった野良猫時代に研がれた牙は、ミーとその仲間たちと出会いで磨耗していた。
傍目から見ればその牙は、ちょっと気難しく義理人情に厚い猫の八重歯に成り下がっていた。
「……成る程その性格だ。どうやらテメーには、他人の気持ちを汲む思いやりってものが」
「あるさ。俺だって人の子だ。同僚が殺されたら同僚を殺した奴を殺す。はやてが殺されたらはやてを殺した奴を殺す」
「この工具、そのまま腕を刺し貫いてやっても拙者は構わんぞ。その前に抜き取れるのならな」
「凶器と考えられる銃も、はやての道具もお前のすぐ側に落ちてるじゃないか。というか、俺がそうさせたんだが」
「だったら余計に引き下がれねえ。お前たちは入り口側。調べている間に逃げられたら冗談じゃない」
「わざわざ証拠品をそっちに渡したんだぜ? 普通ならそれで身の潔白を証明したようなもんだろう」
「『普通』ならな。だが車掌兼殺し屋が素手で猫を殺せないわけがあるまい」
「良くわかってるじゃないか。俺ならこの状況でもお前を口封じする事は可能だろう」
「……拙者には貴様かあの女のどちらかがミーを壊した、と妄信するつもりはない。
まずこのトンネルにいるという事実にすら、何ら説明がつかないんだからな」
「ああ、このトンネルは確か地図に載っていたな。そもそも俺は一度ここにいたんだ。温泉からそう遠くない距離にあった」
「距離の問題じゃない。拙者たちはいつからここにいた? そしてミーは何故死なねばならなかったんだ?」
「死んだのは間違いなくこのトンネル内だな。超絶な俺の鼻が曲がりそうだ」
「第三者の介入は考えられん。拙者たちの隙をつけるのなら最初に狙うのは女のはやてか猫の拙者、そして人間の貴様だ」
「俺たちの事を知っている第三者なら、殺すのに一番手間がかかりそうなミーを始末するのは余計に変だしな。
俺は殺られるわけがないし、この俺がはやてをむざむざ見殺しにするはずがない。だから殺されるとしたらお前だ」
「そうだ、だからこそはやてが犯人、もしくはお前との共犯と考えたほうが筋が通る。
はやての事を一番よく知っているのは、他ならぬ連れてきたお前だ」
「このトンネルにいつのまにか俺たちがいたのも彼女の仕業か? それはどう説明をつける? 」
「種がわかれば……唯一絶対の強者のクレア様なら努力して出来る、じゃないのか」
マタタビの言葉がクレアの腕に力を込めさせる。刺さった工具が、傷口から更に血を吐き出させた。
してやったり顔のマタタビに対する彼の感情は侮蔑なのか。否、彼は笑っていた。
原因は自分が天才だったことを一瞬だとしても忘れていたことへの自嘲なのか。
それ以前に、突然トンネルに飛ばされた自分の境遇か、それともフィアンセ(予定)の凶行の嫌疑による混乱か……。
天才の思考を考察するにはあまりにも不毛な論理だが、重要な事項ではないのでここで割愛する。
わかっていることは今のはやてが、クレアが、マタタビがミーの死に準じた行動をしていること。
そして、掛けられていた呪詛の命令のままに行動していないということ。
「はやて! 」
「……は、へ」
「今すぐこのトンネルから出るんだ」
「え、え、え!? 」
「なに、すぐ終わる。血生臭い真似はしないさ。君は人殺しをするような女じゃないからな」
クレアはにこやかな表情で首を後ろに回し、腑抜けていたはやてに呼びかける。
その笑顔は新婚夫婦が朝に『行ってきます』のキスを交わしそうなほど穏やかなものだった。
その笑顔が彼女の瞳にどのように映ったのかはわからない。
しかし鶴の一声のように、はやては光のさす方へ駆け出した。ただひたすら、真っ直ぐに。
「……出鼻をくじかれたな。クレア、貴様が共犯だとしても、武器を振るう意欲がすっかり萎えてしまった」
「悪く思わないでくれよ。はやてを庇いながら俺がお前と一戦交えて勝利するのはわけないが、
それだとはやてか俺がミーを始末したという嘘の事実を認めたことになる」
「どこまでも自分本位な野郎だ。結局自分の思うがまましか信じてねぇだけだろうが」
「そうさ。強者だからな。この世界が俺の思い通りにならないはずがない」
「これだけ判断材料が揃っていても、はやてが直接的にも間接的にも全くの白だと思っているのか? 」
「……証拠も推理もクソくらえだ。俺が無実だと言っている。彼女は白さ」
「そうかい、じゃあこれからテメーをじっくり尋問させてもらおうか」
マタタビはクレアの腕から工具を抜き取り、はやての持ち物を一つにまとめあげる。
勿論、クレアへの警戒を怠らぬまま。時計の秒針よりもゆっくりと。
「好きにしろよ。だがなマタタビ俺は……いや、俺たちは絶対にやっていない」
「あーへいへいわかったから、とっととはやてを連れ戻してきてくれ。
そのかわりもう一回拙者をハめやがったらただじゃおかないからな」
「好きにしろよ。あ、そうそう。これは返してもらうぜ」
クレアが右と左のそれぞれの手で何かを見せびらかす。
マタタビはそれがついさっきまで自分の手元にあった物だと気づき、ハッとする。
H&K MP7、そしてフライング・プッシーフットの制服がいつのまにかクレアの手元に移動していたからだ。
「……いつの間にくすねやがった! 」
「はやてを迎えに行くのに手ぶらはアレだろう? 服も乾いたしな。
ほら、他の荷物は預けといてやるよ。それにこれは元々彼女が持ってたもんだ」
「あーわかったわかった! 今のが最後のチャンスだからな!
拙者が馬鹿だったって事で勘弁しておいてやるからさっさといっちまえ! 」
「じゃ、俺ははやての所に行ってくる。まだ遠くには行っていないはずだからな――」
* * *
支援
元来たトンネルの入り口に向かって一人の女が走っている。彼女の名は八神はやて。
彼女が走っている理由は、彼女自身にもよくわかっていなかった。
と、いうよりも今の彼女には何から何までが理解不能だった。
自分が温泉にいたまでの事は覚えている。自分以外に誰があそこにいたのかも覚えている。
だが、その後の記憶が無い。
気がつけばトンネルの中にいて、クレアとマタタビがいてミーの残骸があって、自分は弾切れの銃を持っていた。
そして目の前にいる猫と男が押し問答を始めて、自分はトンネルから出るよう指示された。
だが、それでも今の自分は――この走っている自分の体の動きを、はやてはまだ把握していないのだ。
自分はこれからどうすればいいのか、何をすべきなのか。それすらちゃんと思考されていなかった。
それは、クレアの言葉が突き刺さっているからなのかもしれない。
――君は人殺しをするような女じゃないからな――
頭の中で色々な過去の情景が小麦粉入りカレーのようにグチャグチャと混ざり合う。
自分がやってしまった過ち。悲痛に悶える少年。あざ笑う神父。割り切って蓋をしたはずの過去が脳幹を濡らす。
そして浮かび上がる、無邪気なサイボーグを自分が崩してゆく妄想。
幼きころから死線は味わっていたはずなのに、身に覚えが無いような有るような……曖昧な『悪しき行為』。
そう、まるでそれはかつて自分が起こしてしまった……
「あかん! 私は何をしとるんや。大事なのは今や! まだ、全てがそうと決まったわけやない! 」
だがはやては『狸』だ。助けを待つのに疲れる日々を送る、古城のお姫様ではない。
いつまでも腐っていくつもりは毛頭無いらしい。彼女は立ち直り改めて考え始めたようだ。
自分の状況を整理する為に、常闇に煌く明晰な頭を使って。
(私はそもそも全部がわかっとらん。ミーに覚えが無いことをヤッたとは考えたくない。
戻るべきや! 2人とこ戻て、なんとかして身の潔白を訴えるべきやろ!
もし犯人が私ら以外の人やったら、トンネルにいたのも何かの魔法やもしれへん。とりあえず2人の所へ――)
ふと、はやては立ち止まった。
定理の証明法を閃いた数学者のように、妙案を閃いた策士のように、体の背筋をピンと伸ばして両目を大きく開いた。
そして両目は、まるで充血したかように緋色に染まってゆく。彼女の眼球の黒も白も、まるでフィルターを被せたようだ。
「せや」
はやては突然ぐるりと体を捻らせ、トンネル内を走りだし、そのまま入り口から飛び出した。
そしてすかさず右手を額にかざして、この世界の中心部を見つめながら、A-7からH-7まで伸びる道路の上を走り出した。
その瞳から読み取れる感情は無垢。覚悟を決めて思考停止させた尖兵のソレではなく、単純思考で出来た電脳人形の眼だった。
「エリア中心部に行かな」
【G-7路上/一日目/日中】
【八神はやて@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
[状態]:健康、強い決意、上下の下着無し(下はタイツのみ着用)ギアス
[装備]:無し
[道具]:
[思考] 基本思考:力の無いものを救い、最終的にロージェノムを逮捕する。
1:『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
2:突然の事態の困惑。ミー殺しの無実をマタタビとクレアに伝えたい。
3:クレアの求婚に困惑。変な気持ち。でも人殺しをしてしまったので、クレアへの良心の呵責。
4:慎二の知り合いを探し出して、彼を殺した事を謝罪する。
5:読子達にデイパックを返したい
[備考]
※ムスカを危険人物と認識しました
※シータ、ドーラの容姿を覚えました。
※モノレールに乗るのは危険だと考えています。
※言峰については、量りかねています。
* * *
はやてに遅れること少し。
トンネルを抜けようとしている人物がいた。
多くを語る必要は無い。その人物は言うまでもなく、先ほどマタタビと一緒にいたクレアだ。
「おっ光が見えてきたな……本日2度目の脱出だ。はやてはどこに行ったんだ……? 」
……物事には『始まり』と『終わり』が存在する。
形あるものには崩壊があるように、生きるものには死があるように。
そして、物事には『始まり』と『終わり』について何かしらの『ルール』がある。
これからあることについて唐突に語る事をを許していただきたい。
『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
絶対的能力による制約にも『始まり』と『終わり』はあるという事を。
では、このルールの『終わり』とは何なのか。
八神はやて、クレア・スタンフィールド、マタタビが起こしたこれまでの行動は、
『エリア中心部に向かう途中でミーと半ば強引に呼び止められ接触。彼の忠告を“害”とみなし排除した』ことだ。
つまり、上記のルールを『一通りこなした』、と考えられる。
だから彼らは制約から解放されたのではないか。制約中での行動を全て忘れさり、正気に戻ったのではなかろうか。
全てはルルーシュ・ランルページが宣告した命令が一息だったから。
『エリア中心部に行く』『他の参加者に接触する』『使えそうかどうかを判断する』が別個の命令としては成立していなかったのだ。
ルルーシュ本人の真意はわからない。
だが、命令を下していた当時の彼が酷く憎しみに染まり一時の感情で激昂していたのは事実。
彼にとっては、命令の細分化的判断はさほど重要ではない、という意識がどこかにあったのかもしれない。
そもそも、この点において螺旋王による何らかの介入があったのかもしれない。
また、ギアスという能力には、その利便性と応用性に富む能力ゆえにしばしば効果への『ひずみ』が生じる。
それはギアスをかけられた本人に命令を効かないという意味ではない。
ギアスを掛けられた者がギアスによる命令をこなした後の反応がまちまちであるということだ。
『死ね』『殺せ』という、生死を持ってでしか完結しえない命令ならばまだしも、
『喋るな』『アイツを自分のところを差し出せ』『真実を話せ』『生きろ』といった抽象的な命令をかけられた者は、
命令をこなした後に、正気に戻り我に返るのだ。
ようするに今回ギアスにかけられた2人と一匹は、後者だった。
つまり先に述べた条件をこなせばいつでも本来の彼らに戻れるということだ。
だが、これは『終わり』ではない。
「……ん〜こりゃはやての奴、トンネルの外まで行っちまったのか。行くとしたら温泉か? 」
この場合、ギアスの命令をこなした彼らが一度本来の彼らに戻ったとしても、何らかの条件を満たせばギアスはまた発動するのだ。
一度、一連の行動をこなしまた正気に戻ったとしても、また何らかの条件を満たせば再度ギアスの命令をこなす為に動く。
あくまでギアス自体が解除されたわけではないのである。
「応援で温泉にいた奴らを連れてこようとしているのかもしれない。 まぁいい。急いで温泉に向かい彼女をつれ戻さ――」
そしてその再発動、つまり『始まり』の条件とは、
“誰かに会う為に自分が目星をつけた目的地に行こう”という一連の思考をした時ではないだろうか。
「そうだった、俺はやらなければならない事があったんだ」
……これはむしろ『終わりが無いのが終わり』と言うべきである。
勿論ギアスにかけられている間の彼らの記憶は残ることがないので、本人達が気づくことはない。
まるで夢遊病患者のように、彼らは自らが引き起こし続ける現実を受け入れるしかないのだ。
その呪縛には治療の余地はあるかもしれないが、ギアス自体の解除、という完治に到達する可能性は極めて低い。
だが、最も注意すべきはギアスによる全ての命令がこの可能性に当てはまることは、断じて無いということだ。
あくまで今回、ルルーシュ・ランルページが温泉で2人と一匹にかけたギアスへの、可能性のみに特化して述べたと考えてほしい。
「エリア中心部に行かないとな」
【H-7トンネル入り口/一日目/日中】
【クレア・スタンフィールド@BACCANO バッカーノ!】
[状態]:疲労(少)、右腕負傷、自分への絶対的な自信 、ギアス
[装備]:フライング・プッシーフットの制服(下着無し)
[道具]:セラミックス製包丁@現実 、H&K MP7(0/40)+予備弾40発@現実、バスタオル
[思考] 基本:脱出のために行動する 、という俺の行動が脱出に繋がる。はやてと結婚する。
1:『エリア中心部に行き、他の参加者に接触し、使えそうならば我々の仲間に誘う。我々に害を為すようなら排除する』
2:はやてをマタタビのいるトンネルに連れ戻し、彼女のミー殺しへの無実を証明する。
3:自分たちがトンネル内にいたことに疑問。
4:モノレールとやらに乗ってみたい。名簿に載っているのが乗客なら保護したい。
5:はやての返事を待つ。
* * *
「……お前の支給品は拙者が預かっておく」
トンネル内で一人壁を背にして座り込むマタタビは知人『だったもの』に話しかけた。
その知人は、これまで日常と非日常の境目を共に生きてきた一人。
『仲間』というには程遠く、どっちかと言えば厄介事を持ち込んで自分を巻き込んでくる、はた迷惑な『隣人』だった。
だがそれは知り合ってから充分に年月が流れ、その上でマタタビがなんとなく感じたこと。
共通する敵の為に一緒に戦ったこともあるし、トラブルを一緒に解決したこともあった。
そしてその場には……いつもクロがいた。
そもそもマタタビとクロを引き合わせたのは他ならぬミーとその仲間であるコタロー&剛万太郎博士である。
どんなにマイペースで自分勝手に生きていたマタタビでも、
野垂れ死ぬところを一食一般の恩義で救ってもらった時の義理をマタタビが忘れることは無かった。
気が向けばいつでもクロと戦える。
クロが居候をしている家で大工稼業に勤しむことが出来る。
気がつけばクロの家で居候させてもらっている。
五月蝿くても、彼を仲間だと言って信じてくれる同胞が集まってくる。
彼がその全てを得たのは、ミーたちと出会ったから。
全ては――『平穏』だった。
螺旋王によって集められたこの状況も、言うなれば日常だとマタタビは割り切っていた。
大したことでは無い言わんばかりに、クロとミーが好き勝手して、滅茶苦茶にして、自分を時折巻き込んで、全てを終わらせる。
それが、マタタビがこれまで考えていた率直なイメージだった。
だが、そうではなかった。
「何故だ……第二回放送で決まった禁止エリア!? キッドが死亡!? もうとっくに昼は過ぎているだと!? それに……! 」
彼を巻き込む2つの台風は、すでにこの世から消えていた。
平穏を提供した知人は目の前で果てていて、唯一無二のライバルはどことも知れぬ場所で死んでいた。
「なぜキッドの奴が持っていたはずの“コレ”がここにあるんだ……」
マタタビはクレアの鞄から取り出したビンを睨む。
中に入っている目の玉が、標本のように中で揺れている。
この目玉の持ち主はマタタビであったが、現在の所有者はクロだった。
遡ること数年、ささいな事で縺れたクロがマタタビの目玉をえぐり取ってしまった。
マタタビは目を諦めたが、クロはその目玉をこっそり回収し、大切に保管していた。そして彼はある日マタタビにこう言ったのだ。
――この目玉、返して欲しいか? ヘヘッ返して欲しけりゃ自分の手でオイラから奪ってみろよ――