アニメ最萌トーナメント2007 支援補助スレpart2
B2-3組:<<沙英@ひだまりスケッチ>>支援話
タイトル:やまぶき祭に行こう!
ヒロたちが通うやまぶき高校には、普通科と美術科の二種類の学科がある。普通科は普通の高校と同じ。美術科は普通の学科も学ぶけれど、美術に特化した授業内容になっている。生徒のほうも未来の芸術家を目指す卵たちが日本中から集まっている。
だから学校祭も他所とは一味違う……というわけでもない。美術科の生徒に個人展示がある程度で、それ以外は意外と地味だ。出店の屋台も定番だし、クラスの出し物で演劇をやるというのもありがちだろう。
それでも、比類のない規模を誇る麻帆良学園には麻帆良学園の良さがあり、創立間もない聖桜学園には聖桜学園の良さがあるように、やまぶき高校にはやまぶき高校の良さがあるとヒロは思っている。
やまぶき祭当日。自分たちのクラスの劇を朝一番に終わらせたヒロと沙英は、後輩であるゆのと宮子のクラスの劇を観賞した。ヒロも沙英も舞台衣装のまま。服装も髪型もいつもと違うので、気持ちまでもがお祭り仕様になる。
「俺に背中見せたら終わりだっつったろ?」
劇が終わって出てきたゆのに、沙英は後ろからモデルガンをつきつける。舞台と同じセリフ。沙英の役は殺し屋だ。
まるっきり殺し屋になりきってる沙英と、状況がわからないままホールドアップしているゆのを見て、ヒロは目を細めた。
美術科に通っていても、沙英の本分は小説だ。
沙英が小説を書く際に、「自分が体験したことでなくては本当にリアルなものは書けない」と言っていた。ヒロは自分も舞台に立つことでその言葉を本当の意味で理解したような気がする。
「ゆの、みや、この後は何かあるの? ないなら出店まわらない?」
「ごちになります」
「あ、いや、おごるとは言ってないけど」
「ご飯食べたら、午後はゆっくり展示でも見てまわりましょう」
「ごめんなさい、私やっぱり先に展示見に行ってきます。今まだお腹すいてな……」
ゆのの言葉の途中に腹の虫がなく声が混じる。なんとなく黙ってしまったゆのに、沙英は「あ、うん、分かった」と答えた。
ゆのは走るようにして教室に向かう。
「ゆの、製作頑張ってたもんね」
沙英が言うと、宮子が後に続いた。
「うん、今日も完成させたまま眠っちゃってて。代わりに私が展示室に運んどいた」
「間に合ったのね」
製作に関してゆのが悩んでいたことはみんな知っているので、安堵の空気が流れる。
「そっか、じゃあ、ゆのはまだ自分の絵が展示されている場面を見てないんだ」
「それじゃあ気になるのもしょうがないわね」
「どうする? 私たちもゆのの展示を見に行く?」
沙英の提案に、腹の虫の自己主張が重なる。音の発生源は宮子だ。
「実は朝もまだ食べてなくて……」
「先に軽く食べておきましょうか。実は私もぺこぺこ」
「わーい、何食べよう」
「だからおごるとは……」
「いいわよ、今日はおごり」
ヒロはそういうとチケットの束を扇のように広げて見せた。すべて食堂や出店の無料券、あるいは引き換え券だ。
「わーい、ヒロさん太っ腹!」
「あら、こんなところにお化け屋敷の入場券が」
「すごいね、ヒロ。どうしたの?」
沙英からの質問に、ヒロは笑顔を交えて答える。
「ある人からもらったの」
「へぇ」
「犯罪の匂いがする」
宮子は沙英を見る。殺し屋役の服装のままの沙英は、やはり犯罪の匂いがするのかもしれない。
「って、私が?」
「そうね、ある意味罪かもしれないわね」
ヒロはタダ券の束を目線でなぞった。カロリーブックを敵に回すような品揃え。やまぶき祭が終わると使えなくなるのが残念だった。
それはヒロと沙英のクラスの演劇発表が終わり、ヒロが一人で教室に立ち寄ったときのこと。
「無様だこと」
ヒロの顔を見るなり、教室にいた女はそう言った。
「舞台の上でセリフを忘れるなんて」
その女は人差し指をヒロに突きつけた。ここが舞台上だったら効果音の一つも入りそうなくらい芝居がかっている。
「はいぃ?」
ヒロは間の抜けた声を上げて相手を見た。
隣のクラスの夏目。ヒロの友人である沙英をライバル視していて、なにかにつけて沙英につっかかってくる人だ。
「私だったらあんな平凡なミスはしないわね」
だったらどんな独創性に富んだミスをしてくれるのよ? なんてつっこみを入れたくなったのは舞台の興奮がまだ体の奥に残っているからだろう。ヒロのクラスは文化祭の出し物で劇を上演した。
美術科の威信をかけた壮麗な大道具と、オリジナルの脚本。脚本は小説家でもある沙英が書くという話もあったのだが、いろいろあって沙英は脚本ではなく役者を担当することとなった。
ちなみにその“いろいろ”の中でヒロは沙英が脚本から外れるよう画策したし、夏目も同様に口を挟んでいたらしい。隣のクラスなのに。
「……隣のクラスなのに、どうしてここにいるのかしら」
ヒロの口調まで芝居がかってしまう。演劇は癖になる。
朝一番に上演した劇の中で、沙英は殺し屋を演じ、ヒロは殺され屋を演じた。殺され屋であるヒロを殺すのが殺し屋である沙英の受けた仕事。この二つの役をヒロと沙英が演じるというのが沙英が脚本から外れる条件だ。
目立つのは苦手なのになぁ、とヒロは心の中でため息をつく。舞台なんて上がりたい人だけが上がればいい。夏目が舞台に立ちたいのなら、言ってくれればいくらでも役を変わってあげたのに、なんて思う。
「…………」
夏目が何かつぶやく。その言葉をヒロの耳は拾う。聞き取れなかった部分の穴を埋めると「せっかく沙英の見せ場だったのに」となる。
何かと沙英につっかかってくる少女。
勝ち目のない勝負だと分かっていても喧嘩を売ってくる相手。
「夏目さん?」
「な、な、何よ? 別にあんな芝居で泣いたりしないわよ」
ああ、やっぱり私まだ中てられてるんだ、ヒロは思う。舞台の熱気。衆人環視の中で百回死んだ人ならば夏目の気持ちなんて手に取るようにわかるから。
だから、口元に笑みを浮かべた。
「出店って、たいていタダ券があるのよね」
言いながら、目線は夏目から外して教室の奥のほうを見る。
記録班が撮影した劇の一部始終、さらには楽屋裏や準備段階の写真までもプリントアウトされて展示されている。印刷を頼みたい人は写真の下に名前を書くシステムだ。
そのシステムには重大な欠陥を持つ。シャイな男子は好きな女子の写真の下に名前を書けないものだし、意地っ張りな女子だってそれは同じことだ。
「……何がいいたいのよ」
「別に? ただ、私はゆのさんたちに画像をあげるから多めに注文しなきゃいけないなぁって思っただけ」
「急にあなたを太らせたい気分でいっぱいになってきたわ」
「ご心配なく。ダイエットには気を配ってますから」
「……覚えてなさいよ!」
夏目はそう言い残してヒロたちの教室を後にした。
ヒロは夏目の背中を見送りながら、やっぱりあの子のほうが演劇に向いてるわよね、なんて思ったものだ。
「どうしたの、ヒロ?」
「え、何が?」
沙英に問いかけられて、ヒロは我に返る。
「今、笑ってたけど」
「ううん、なんでもない。楽しいなぁって思って」
ヒロは周囲を見回した。教室を改造した即席の喫茶店はクレープの出来映えが完璧だ。
「この日のためにみんな準備してきたんだもんね」
沙英は窓の外を見た。道沿いに屋台が並んでいるし、風船を持って歩いている親子連れなんてのもいる。
「やっぱり、やり遂げたーって感じするよね」
「ふふふ、そうね」
今日一日で沙英の“自分が体験したこと”はどれくらい増えただろう。それはどんな形で沙英の小説に反映されるのだろう。想像しただけでヒロの胸は高鳴る。今感じてるこの気持ちを、世界の果てまで延びるこの世界を、ヒロとは違うやり方で表現できる人が目の前にいるのだ。
「……私たちはこれからどうする?」
からになったコーヒーカップを覗きながら沙英が尋ねた。宮子はゆのの展示を見に行ったので、今はヒロと沙英の二人きりだ。
「そうね、沙英はどうしたい?」
「うーん、ゆの達の展示を見たい気持ちはあるけど、それはやっぱゆのや宮子と合流してからかな。今はもうちょっと校内を見てみたい気分。先輩たちの展示も見たいし」
「そうね」
「それに、タダ券はまだまだあるし」
「ふふふ」
無邪気な沙英の笑顔。今の気持ちもいつか小説を通して教えてもらえるのかな、とヒロは思い、やまぶき祭がすごくすごく楽しいものであればいい、と期待した。
余談になるが、三年生の教室で沙英とヒロは意外な人と出会う。
「ね、ヒロ。似顔絵描きますだって……って、夏目!?」
「……奇遇かしら」
「って、何で三年のところにいるの?」
「売られたのよ」
夏目はぼそっとつぶやいてから、沙英の肩越しに見えるヒロをにらみつけた。
店の奥から「夏目ちゃーん」と声をかけられた夏目は「はい、先輩!」と答えてから、とっておきの笑顔に変化した。
「いらっしゃいませ、お客様。似顔絵描きはいかがですか? 魔法の鏡よりも正直にあなたを一枚の絵にしてさしあげますわ」
「うわ」
「うわっ、って何よ」
「何っていうか……」
意外と体育会系だ。
「沙英、描いてもらったら?」
ヒロは沙英の肩に手を当てて、夏目の前に座らせた。
「ちょ、ちょっと、こういうの苦手だし」
「いいからいいから。これも一種の経験だし。えーと、たしかタダ券が……」
「いらないわよ、そんなの」
やっぱり夏目はヒロをにらみつけて、
「今日のところは引き分けにしといてあげるわ」
「あなたは勝ったと思うわよ?」
「ね、ちょっと何の話? 似顔絵に勝ち負けがあるの?」
「モデルは黙って座ってなさい」
「……いいけど、どうせなら美人に描いてよ。まぁ夏目には無理だろうけど」
「言われなくても世界一美人に描いてやるわよ。見てなさい!」
夏目はスケッチブックのページをめくって、沙英の顔を描きはじめた。
「ふうん、やっぱり絵を描くときは真剣な顔になるんだ?」
「うるさいわね!」
顔を真っ赤にして怒る夏目と、なんで怒られているのかわからない沙英。そして、タダ券を夏目からせしめた私。一番罪深いのは――きっと祭りの熱気だろう。三年の校舎から突き抜ける青空を見上げながら、ヒロは帰宅してからこの二人を絵にしようと心に決めた。
おしまい