アニメ最萌トーナメント2007 B09組:<<沙英@ひだまりスケッチ>>支援小話 ひだまりHolic
世界はひだまりに包まれている。
沙英がそう感じるようになったのは中学を卒業し、高校に進学したあたり。初めての一人暮らしでお隣さんができたから。
それまで木陰にたたずんでた沙英を木漏れ日からひだまりへと連れて行った友人と出会ってから一年後の夏、沙英は直射日光の下を歩いていた。
隣は宮子。同じ高校の一年後輩。沙英はときどき世界一太陽に愛されているのはこの子なんじゃないかと思うことがある。
「あつー」
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11665.jpg 「まあ、夏だし」
だらだら歩く宮子に、沙英はそう答える。
沙英は紫外線対策もカンペキだが、宮子は何もつけていないだろう。肌に気をつけるというより、むしろ焦げたがっているように見える。
ま、美容に関しては私も偉そうなことはいえないけど。隣人の顔が脳裏に浮かんで、沙英の口元がほころぶ。
美容と健康に関しては沙英の隣の部屋に住むヒロが第一人者だ。流行のファッションや新しいダイエット法に関しても沙英はヒロから情報を得ることが多い。
「おなかすいた、何か食べていこー」
宮子が沙英のシャツのすそをつまむ。この子はいつもおなかをすかせている気がする。
「我慢我慢。買い物も済んだんだし、もう帰るよ」
それは沙英の世界が木陰とひだまりでできていた頃の話。
世界が本当は隙間だらけで、うっかりしていると裂け目に落ちてしまうということを知らずに生きていた頃の話。
「アイス食べたい」
道の向こうにあるソフトクリームを模した看板を見つけて宮子が言った。
「何をいきなり」
「ちょっと休んでこー」
宮子は沙英の服のすそをぐいぐい引っ張る。
「ちょっと、宮子、伸びる」
沙英は宮子の手を振りほどいた。
まったく、一人暮らしなのに妹がいるみたいだ。
半年前までヒロと二人で末っ子状態だったのに、と、沙英は真冬を懐かしむ。高校の真正面にあるアパートは高校の寮みたいなもので、沙英とヒロは先輩たちに随分と面倒を見てもらったものだ。
「順送りなのかなぁ」
「え、なに? どうしたの?」
「親の因果が子に報い、ってこと」
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11666.jpg 沙英は宮子の頬をつついた。
下の子の面倒を見るのは嫌いではない。というか、もともと沙英には二つ下の妹がいたので誰かの面倒を見るほうが自然だし、楽だ。
「我慢我慢。ヒロたちが待ってるんだから、もう帰るよ」
沙英は宮子をうながす。同じアパートに住むヒロとゆのが二人の帰りを待っていることだろう。
「おなかすいたー」
「そんなの、調理してるヒロとゆののほうがすいてんだから、我慢我慢」
沙英の言葉に宮子は唇をとがらせる。
ヒロとゆのはアパートの台所でシュークリームを作っている。
さすがに小麦粉だの砂糖だのをつまみ食いはしていないだろう。
今の時間だとどれくらい進んだのかな、沙英は時計に目線を落とした。
今日は調理実習で習ったシュークリームの作り方を、ヒロがゆのに伝授する日だ。
本当は沙英もヒロと一緒に教える側に立つはずだったのだが、料理の苦手な沙英にはあまりにも教えられることがなさすぎて席を外したというわけだ。
ちなみに宮子は「ゆのとヒロさんがいれば私が作る必要はない」と豪語して沙英にくっついてきた。自分が食べるものをおいしく作ろうとする気持ちは宮子にはないらしい。
面倒を見るのも順送りだとしても、宮子が新しくできる後輩の世話をする姿はどうしても思い浮かばない。自分が卒業するまでの一年と半分で、この子に何を教えられるだろう。なぜかそんなことを考えてしまう。知らず知らずのうちに歩く速度が増していく。
背後に感じていた宮子の気配が遠ざかる。
「あ、シュークリーム」
宮子のつぶやき。足を止めて、視線はガラス越し……ガラスに映った自分の顔をみてる?
教えなきゃ、と沙英は思った。シュークリームの作り方。
「い、いや。私だって作り方は知ってるんだよ。
ただシュー生地が膨らまないってだけで」
「ほへ?」
「そりゃ、私だってそのうち膨らむだろうって思ってたけど……」
宮子の胸元あたりに目がいく。すでに膨らんでる宮子にはわからない悩みだろう。
「なんか、自信なくしちゃうよなぁ」
「ねーねー、沙英さんは何が好き?」
「何って……」
問いかけられて、沙英は初めて宮子が喫茶店のショーウィンドウを覗き込んでいるのに気がついた。
先ほどの「シュークリーム」というつぶやきは食品サンプルを見てのものだったらしい。
「私はチョコパフェ! でもクレープも捨てがたいし」
宮子は質問をしてきたくせに一人で勝手に答える。
沙英は一番最初に頭に浮かんだ食べ物をそのまま口に出した。
「私はあれ食べてみたいかな。食パンをまるごとくりぬいて」
ヒロが雑談から仕入れてきた料理。名前は忘れた。食パンを一斤使って、さらにバターと蜂蜜とアイスがどっぶり乗っかった、主食なのかデザートなのかわからない食べ物だ。
「……って、寄らないからね」
沙英は宮子がわくわく顔をしているのに気がついて、急いで付け足す。
「えー、そんなー。ちょっと奢ってもらうだけだから」
「だから奢らないって! ほら、帰るよ」
宮子はその場で膝を抱えた。
「おなかすいたー」
「そんなの、調理してるヒロとゆののほうがすいてんだから、我慢我慢」
沙英の言葉に宮子は唇をとがらせる。
ヒロとゆのはアパートの台所でシュークリームを作っている。
さすがに小麦粉だの砂糖だのをつまみ食いはしていないだろう。
今の時間だとどれくらい進んだのかな、沙英は時計に目線を落とした。
今日は調理実習で習ったシュークリームの作り方を、ヒロがゆのに伝授する日だ。
本当は沙英もヒロと一緒に教える側に立つはずだったのだが、料理の苦手な沙英にはあまりにも教えられることがなさすぎて席を外したというわけだ。
ちなみに宮子は「ゆのとヒロさんがいれば私が作る必要はない」と豪語して沙英にくっついてきた。自分が食べるものをおいしく作ろうとする気持ちは宮子にはないらしい。
面倒を見るのも順送りだとしても、宮子が新しくできる後輩の世話をする姿はどうしても思い浮かばない。自分が卒業するまでの一年と半分で、この子に何を教えられるだろう。なぜかそんなことを考えてしまう。知らず知らずのうちに歩く速度が増していく。
背後に感じていた宮子の気配が遠ざかる。
「あ、シュークリーム」
宮子のつぶやき。足を止めて、視線はガラス越し……ガラスに映った自分の顔をみてる?
教えなきゃ、と沙英は思った。シュークリームの作り方。
「い、いや。私だって作り方は知ってるんだよ。
ただシュー生地が膨らまないってだけで」
「ほへ?」
「そりゃ、私だってそのうち膨らむだろうって思ってたけど……」
宮子の胸元あたりに目がいく。すでに膨らんでる宮子にはわからない悩みだろう。
「なんか、自信なくしちゃうよなぁ」
「ねーねー、沙英さんは何が好き?」
「何って……」
問いかけられて、沙英は初めて宮子が喫茶店のショーウィンドウを覗き込んでいるのに気がついた。
先ほどの「シュークリーム」というつぶやきは食品サンプルを見てのものだったらしい。
「私はチョコパフェ! でもクレープも捨てがたいし」
宮子は質問をしてきたくせに一人で勝手に答える。
沙英は一番最初に頭に浮かんだ食べ物をそのまま口に出した。
「私はあれ食べてみたいかな。食パンをまるごとくりぬいて」
ヒロが雑談から仕入れてきた料理。名前は忘れた。食パンを一斤使って、さらにバターと蜂蜜とアイスがどっぶり乗っかった、主食なのかデザートなのかわからない食べ物だ。
「……って、寄らないからね」
沙英は宮子がわくわく顔をしているのに気がついて、急いで付け足す。
「えー、そんなー。ちょっと奢ってもらうだけだから」
「だから奢らないって! ほら、帰るよ」
宮子はその場で膝を抱えた。
「うー」
「ほら、宮子、立って」
沙英は宮子の手首を引っ張って道路の向こうの木陰まで連れていった。
バス停でも公園でもない道に、木陰で休むためだけに用意されたベンチがある。
沙英はベンチに腰を下ろした。
宮子は地面にしゃがみ、背中をベンチの足につける。
「涼しい?」
「さっきよりは」
「こうして座ってるとけっこう風くるね」
「ほんとだ」
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11669.jpg 宮子はほへーっとためいきをつく。
沙英は足を組んで、背中はベンチの背もたれに預けた。
上を見ると木々の間から空が見える。
二人が近づいたときに一旦は声をひそめたセミがまた鳴き始めた。
「怪談だけどさ、実はそういう話があったんだ」
「なになに? もしかして実話?」
「実話っていうか、まあ、実話なんだけど。やっぱ夏だから、そういう特集ってあるじゃん」
「真夏の怪奇・江ノ島電鉄血まみれ事件、みたいな?」
「江ノ……ホラーのアンソロジーなんだけど、編集さんからも怖い話で読み切り一本書きませんかっていう誘いがあって」
「うんうん」
「挑戦してみたんだけど、うまく書けなかった」
沙英は空を見上げた。飛行機雲が半分以上散らばりかけて輪郭をなくしている。
「えー」
「なんか、怖くないんだよね。自分で書いても。
ほら、私は実体験を元に書くほうだから」
それは沙英の唯一といっていいポリシーだ。
実体験を元にした話を書く。そうじゃないと本当にいい話は(今の自分には)書けないと思う。
「あー、わかる。沙英さん、幽霊とか信じてなさそうだもん」
あんたをモデルに狐の話でも書いてやろうかと思ったんだけどね、心の中で沙英はつぶやく。
「自分なりに努力はしたよ。
学校の七不思議を集めてみたり、真景かさねがふちを読んでみたりさ」
沙英は妹から薦められた話の名前を出す。
舞台で見ると怖くて綺麗でかっこいいとのことだったが、活字ではいまいちぴんとこなかった。
「ふうん」
宮子が神妙な顔でうなずく。
「それでもやっぱうまくいかなくてさ。
なんていうか、自分で納得いかないっていうか。
ただ気持ち悪いだけの話になっちゃって」
「沙英さんも大変だ」
「うん、それで結局その仕事は断らせてもらったんだけど。
やっぱりちょっと落ち込んだな」
「ふうん」
「書ける物の幅が狭いってさ、なんていうの?
自分が薄いみたいな」
沙英は自分の胸に手を当てる。宮子にはわからないだろうけど、と言いそうになって自制する。
宮子は自分よりも一年後輩だけど、絵に関しては五歩も六歩も先を歩いてるような相手。才能だけでも生きていきそうな相手。
でも自分は先輩なのだ、愚痴をこぼしていいはずがない。
「だからまあ、いろいろ足を伸ばして、今はここにいるわけさ。
……そうだ、宮子、あの店に寄ってみようか」
「どの店?」
「ほら、あの店」
沙英は前方を指差した。
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11670.jpg 「怪談の一つも売ってそうじゃない?」
「んー……」
「気が進まない? 中で何か飲み物とか買ってあげるよ?」
不思議な雰囲気の店だ。なにか、今まで見えなかったものが見えてきそうな感じがする。
そこに行けばクリアできる気がする、そこに行かなくてはならない。せきたてられているようで鼓動が早まる。
「沙英さんがそんなこと言うなんて珍しい。
そうとう疲れてるとか?」
「うんまあ、疲れてるってば疲れてるかな。
だからさ、ちょっと休んでいこうよ」
宮子にも参考になると思うよ、ほら、デザイン的に。沙英は言葉をつなげる。
宮子が立ち上がった。宮子も行く気になった、そう思ったとき、宮子の両手が沙英の顔を包んだ。
「沙英さん、ちょっとメガネ借りるね」
「わわ、何、いきなり!?」
宮子の両手が沙英の頬から離れたとき、沙英はメガネを失っていた。
景色が、消える。
「沙英さんはどんな世界をみてるのかなーって。わわ」
「ちょっと、返してよ。それなきゃ何も見えないんだからさ」
沙英はメガネ無しではお風呂で頭も洗えないほどの近眼だ。
「メガネ無しで歩いたらすごいホラーが書けるかも」
「やめてよ。ほんとに見えないし。
ていうかメガネないと恥ずかしいし」
「不思議の世界はどこにでもあるのだ、てゆーか捲土重来?」
「なにそれ? ていうか宮子? 声が違うくない?」
目の前にいるはずの人が見えない。
作り声にいつもと違う口調の宮子(だと思う)が不気味に感じる。
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11680.jpg 「今の私は宮子であって宮子ではない、てゆーか自作自演?」
「分かったから、もうメガネ返してよ。本当に見えないんだから」
メガネを外した沙英は自分の足元も見えない。
声のあるほうに一歩踏み出すのが怖い。
「沙英さんも新しい世界を感じるのだ、てゆーか東回帰線?」
「それ四字熟語じゃないから。……あれ、四字熟語でいいのか?
じゃなくて、宮子、怒るよ!」
「おー、こわ。ほい」
宮子は沙英の顔にメガネをはめた。
沙英のメガネがサイズ、度数ともに合うのは世界に一人、沙英だけだ。
「もう帰ろう。ゆのっちやヒロさんが待ってる」
メガネで補正された世界の中で、一個下の後輩が満面の笑顔を浮かべている。
一時は怪談の主役にと考えた顔。何をしても怖がりそうにないのでボツ箱送りになった顔。
「でも、取材」
「そんなの後あとー」
宮子は沙英の肩に手を当てて押すようにして歩いた。
「早く帰らないとアイス溶けちゃうよ」
「アイスなんて買ってないから」
「じゃあ買って」
「っとにもう、宮子ってば」
宮子に押し出されて沙英はベンチから離れた。木陰の外は直射日光。一年で最も暑い時間。
まあ、取材は後でもいいか、と沙英は思う。
それよりも確かに今は帰宅する季節。ひだまり荘ではヒロとゆのがシュークリームを作って待っている。
真夏の昼間。怪談よりもシュークリームとアイスティのほうが似合う世界に住んでいたい。
「シュークリーム、楽しみー」
「今度あんたを主役にシュークリーム小説でも書くわ」
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11682.jpg 「やったぁ、沙英さん、シュークリーム小説の第一人者だから」
「そんなジャンルはない」
「じゃあ沙英さんが発明するんだね。
沙英さんそういうの得意そう」
「得意そうって……」
「少しでも沙英さんの力になれるように私も一生懸命シュークリームを食べねば」
「あはは、私のぶんも残しておいてよ」
「もちろん、おいしいおやつはみんなで食べるのが一番なのだ!」
「なんかお土産に買ってこうか。
シュークリームは作ってるだろうから」
「プリン!」
「はいはい、プリンね」
「それとシェイク」
「シェイクは別の店になるから」
「じゃあドーナツも!」
「太るよ」
「それと……」
「まだ食べるつもり?」
「あとはあとはー……」
それは沙英の世界が木陰とひだまりでできていた頃の話。
世界は本当は隙間だらけかもしれなくて、しかも隙間に気がつかないままうまく避けられたりする。
そんな夏の午後。
ちなみに、例の店はあっさり潰れたらしく、次に通りかかったときにはビルの谷間に更地があるだけだったとさ。
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11683.jpg めでたしめでたし。
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最後まで読んでいただいてありがとうございました。
あと、モアちゃんごめん。綺麗な画像はこっち↓で。
ttp://www106.sakura.ne.jp/~votecode/a07ups/src/ups11681.jpg