ここは
「アニメ作品のキャラクターがバトルロワイアルをしたら?」
というテーマで作られたリレー形式の二次創作スレです。
参加資格は全員。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
「作品に対する物言い」
「感想」
「予約」
「投下宣言」
以上の書き込みは雑談スレで行ってください。
sage進行でお願いします。
現行雑談スレ:アニメキャラ・バトルロワイアル感想雑談スレ19
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1179940106/ 【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランタン」「ランダムアイテム」
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。詳しくは別項参照。
「地図」 → MAP-Cのあの図と、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。
「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。
【バトルロワイアルの舞台】
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/34/617dc63bfb1f26533522b2f318b0219f.jpg まとめサイト(wiki)
http://www23.atwiki.jp/animerowa/
支援開始です
【19:27】 「静謐な病院V」
様々な経過を経て、また再び静寂を取り戻した病院。
非常灯だけで照らされた暗い廊下にカラカラという音を立て、此処に残った唯一の生者が歩いていた。
音を立てているのは、彼――トグサが押しているストレッチャーの車輪が回る音だ。
そのストレッチャーには死者――長門有希の遺体が横たわっている。
喜緑江美里が出した条件の一つ ――TFEI端末の確保。
そのために、彼女は深い場所にあった寝所から連れ出され、今此処にいる。
彼女を今まで人目につかない場所に隠しておいたのは、ロックとゲインの気遣いだ。
全身を真っ赤に染め、土に塗れた彼女の遺体はお世辞にも綺麗とは言えない。女性や子供に見せるは酷だった。
そして、ハルヒに対しては喜緑江美里とのコンタクトについてもボカして伝えてられている。
これは遠坂凛の提案だ。聞けば、ハルヒはその周りの人間がひた隠しにしていた、自身の能力に気付いたという。
そして、遠坂凛が言うには、それは生まれたての未熟児の様にとても危うい状態らしい。
扉を押し開け、先程の大部屋へと戻ってくる。
トグサが喝采を受けた三十分前とは打って変わって、人の居ないその広いスペースをとても静かだった。
「長門。……彼女は自分の力に気がついたそうだ」
トグサは横たわる彼女に話しかけるが……、やはり言葉は返ってこない。
もし生きていればどんな答えが返ってくるのか、そう考えてみても……、やはりそれも想像できなかった。
肯定するのか、否定するのか――そのどちらもトグサにはありえるように思える。
”トグサさ〜ん♪”
無音の室内で佇んでいたトグサの脳内に、タチコマのコールが響いた。
台の上の長門から視線を引き上げると、トグサはカウンターの上に置いたノートPCへと近づく。
”大発見〜♪”
覗き込んだディスプレイの中には一枚の写真が表示されていた。
それは城内の監視カメラからの物で、そこに写っていたのは広いスペースに鎮座する、複数の起動兵器だった。
「こ、これは……。 人型起動兵器……? それに思考戦車も……」
写真の中に写るのは見たこともないような人型兵器と、逆によく見知った思考戦車の数々。
ギガゾンビは参加者達に支給された物以外にも、それぞれの世界から兵器などを奪っていたということだった。
それらが、支給品として相応しくないから放っておかれたのか、それとも彼らが戦力とするために温存していたのかは分からない。
ただ、これを見ればこちら側がすることは一つだけだ。
「こいつがある部屋までのルートをMAPに出せるか? 出せたら画像と一緒にゲイナーへと転送してくれ」
”もう用意してありま〜す。では、送信しますよ――ポチっとな♪ と完了”
「よし。じゃあ、次はオンラインになっている思考戦車がないかを探して、それに進入しろ」
”それも、もう終わっちゃってるんですよね〜。ホラ、見て見てトグサさん」
ディスプレイに新しく表示された映像には、カメラに向かって手を振る思考戦車の姿があった。
「ずいぶんと仕事が速くなったな。それに気が利く」
23世紀レベルの技術に触れたからか、長門有希の用意したシステムのおかげか、タチコマは急速な自立進化を進めていた。
トグサの見ている前で、二機、三機と思考戦車が画面の内に現れる。
「よし、じゃあおまえらはそこを死守だ。ゲイナー達が来るまでそこを死守してくれ」
そのトグサのコマンドに対し、三機のタチコマが返した返事は――、
”””もう、やってまーす♪”””
次に写ったのは、思考戦車から放たれる弾丸に身体を散らすツチダマのものだった。
【D-3/病院・病室/2日目・夜】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気、足に結構な疲労、SOS団団員辞退は不許可
[装備]:コルトM1917 (弾数:6/6発-予備弾薬×114発)
S&W M19 (残弾6/6発-予備弾薬×51発)
コルトガバメント (残弾:7/7-予備残弾×78発)
[道具]:デイバッグと支給品一式、警察手帳、i-pod、エクソダス計画書
ノートパソコン、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"のゲームCD
[思考]:
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護
1:タチコマ達にハッキングの維持、情報収集をさせる
2:集まった情報を選別してゲイナー達に送る
3:喜緑江美里からの通信を待つ
4:敵が現れれば、長門とノートPC、屋上のハルヒを守る
※以下の物が室内に放置されています。
【デイバッグ/支給品一式と食料】
デイパック×16 、支給品一式×24(食料25食分消費)
鶴屋の巾着袋(支給品一式と予備の食料・水が入っている)
【近接武器】
刺身包丁、ナイフとフォーク×各10本、レイピア、ルルゥの斧、獅堂光の剣
ハリセン、極細の鋼線 、スペツナズナイフ
【銃器】
コルトSAA (弾数:6/6発-予備弾薬×34発)
ニューナンブ (弾数:5/5/-予備弾薬×39発)
銃火器の予備弾セット(各40発ずつ)
※以下の種類の弾丸がまだ残っています
●5.56mm NATO弾 (ミニミ機関銃) ×40発
●.32ACP弾 (FNブローニングM1910) ×40発
●.357マグナム弾 (マテバ2008M) ×40発
●66mmHEAT (M72ロケットランチャー) ×40発
【その他遠距離武器】
鳳凰寺風の弓(矢18本)、クロスボウ
【その他の武器】
ルイズの杖、五寸釘(×30本)&金槌、黒い篭手(?)
【特殊な道具】
たずね人ステッキ、びっくり箱ステッキ(使用回数:10回)
【一般的な道具】
双眼鏡×2、望遠鏡、マウンテンバイク、ロープ、画鋲数個、マッチ一箱、ロウソク2本
暗視ゴーグル(望遠機能付き・現在故障中)、携帯電話(各施設の番号が登録済み)
【薬】
医療キット
市販の医薬品多数(※胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)
【薬局で入手した薬や用具】
鎮痛剤/解熱剤/胃腸薬/下剤/利尿剤/ビタミン剤/滋養強壮薬
抗生物質/治療キット(消毒薬/包帯各種/鋏/テープ/注射器)/虫除けスプレー
※種類別に小分けにしてあります。
【その他】
ヤクルト×1本、紅茶セット(×2パック)、ホ○ダのスーパーカブ(使用不能)
ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)
クラッシュシンバルスタンドを解体したもの、ボロボロの拡声器(故障中) 、簡易松葉杖
蒼星石の亡骸(首輪つき)、リボン、ナイフを背負う紐、真紅のベヘリット
ダイヤの指輪、のろいウザギ、ハーモニカ、デジヴァイス、E-6駅・F-1駅の電話番号のメモ
※「惚れ薬」はユービックが起こした爆発により失われました。
【α-5/ギガゾンビ城・格納庫/2日目・夜】
【タチコマ-α】
[状態]:剣菱HAW206
[装備]:主砲-120mm砲(胴体)、副砲-12.7mmバルカン(腕)、スモークディスチャージャー、フレアディスペンダー
[思考]:
1:トグサの命に従い、格納庫を防衛する
2:フェイトちゃんに会いたいな
[備考]
※S.A.C_「暴走の証明」に登場した剣菱重工開発の最新型重思考戦車
※基本カラーはベージュで、四足で腕が二本。主砲を持っている。非常に頑丈
【タチコマ-β】
[状態]:多脚型思考6課戦車
[装備]:3連装7.92mmガトリング銃×2(胴体)、5.56mm対人機関銃(腕)×2、対甲グレネード弾、光学迷彩
[思考]:
1:トグサの命に従い、格納庫を防衛する
2:フェイトちゃんに会いたいな
[備考]
※G.I.S_に登場した公安六課が所持する多脚型重思考戦車
※基本カラーは暗いオレンジ。六足で腕が二本。タチコマと比べると二回りほど大きい
【タチコマ-γ】
[状態]:ドイツ製思考戦車
[装備]:3連装7.92mmガトリング銃×4(腕)
[思考]:
1:トグサの命に従い、格納庫を防衛する
2:フェイトちゃんに会いたいな
[備考]
※G.I.S(原作)に登場した公安一課が所持するドイツ製多脚型重思考戦車
※基本カラーは都市迷彩(グレー)。四足で前面に腕が四本。タチコマとあまりサイズは変わらないが戦闘用なので頑丈
※トグサ(タチコマ)よりゲイナー(ユービック)に格納庫の場所と写真のデータが送信されました
※格納庫にある人型起動兵器が、何体あってそれがなんなのかは未だ不明です
【19:28】 「バトル・ロワイアル」
一時期は恐慌状態に陥りかけ、最早これまでと思われたギガゾンビ城内だったが、
その後のフェムトの冷静な行動によって、なんとか指揮を行える程度までは持ち直していた。
セキュリティシステムの一部に加え、通信システムのほとんどを奪われたツチダマ達に、取れる手段は少ない。
だがそれでも、フェムトはツチダマ達の意志をまとめ上げ、その数を生かした作業を進めさせていた。
――あの時、システムが乗っ取られるというその間際。
フェムトが放った電光は、壁の中を走るケーブルを破壊し、間一髪で最悪の事態を免れた。
その後、各所を繋ぐラインを物理的に排除して再起動した時には、ほとんどの機能が失われていた。
残っていたのは、司令室を含む最重要施設のコントロールと、予備を含む動力関係と他少しの機能のみ。
手足どころか目も耳を奪われた状態に近く、平静を取り戻した後もツチダマ達には深い絶望感が漂っていた。
そんな中でも、フェムトだけは諦めなかった。
冷静に思考を重ね、自分達の勝利条件を提示し、それに至る道筋を立てた。
自らが一つの頭脳となり、他のツチダマ達を手足として、勝利を求め道を邁進した。
フェムトが定めた勝利条件――それは、ギガゾンビの脱出だった。
我が主を助けたい。そして、彼さえ生き残れば何度だってやり直せる。そう考えての選択だ。
他の要素は全て外敵と設定し、状況を単純化させることで他のツチダマ達を誘導した。
自分にできること。自分がしなければいけないこと。――それを見失ったツチダマ達に役割を割り振った。
「管理ナンバー下一桁が0の者達は、情報伝達係りとする。
各所から発せられる情報を周囲に伝播するよう勤めろ。まずはこの情報をだ。急げっ!
管理ナンバー下一桁が1の者達は、ギガゾンビ様救出の任を与える。
閉じた隔壁は無視しろ、エアダクト、点検用通路等を地図から検出し、主の下へ辿り着く路を探し出せ!
管理ナンバー下一桁が2の者達は、タイムマシンの発進準備だ。
搬入路の隔壁の破壊に全力を尽くせ。何を使ってもかまわん。
管理ナンバー下一桁が3の者達は、城内外の警備だ。
オンラインで落とされた迎撃兵器をスタンドアローンで再起動し、侵入者に備えろ。
管理ナンバー下一桁が4の者達は、再起不能になったシステムの破壊だ。
あいつらに乗っ取られたシステムは放棄する。物理的な直接手段で以ってそれを破壊しろ。
管理ナンバー下一桁が5の者達は、起動兵器の発進準備を進めろ。
それを闇の書及びTPへの対抗手段とする。やつらが活動を始める前に一機でも多く起動させるのだ。
管理ナンバー下一桁が6の者達は、城外周の警備へと当たれ。
生き残ったやつらは必ずここに向って来る。それを逸早く察知し――叩け!
管理ナンバー下一桁が7の者達は、動力管理システムの下へと向え。
使用不能となった施設から電源の供給を止めて、それらを全てタイムマシンの発進準備に当てるよう調整しろ。
管理ナンバー下一桁が8の者達は、城内の新しい地図の作成だ。
隔壁が閉じて通れない場所、また逆に新しく通れる場所。それらを記し、城内で活動するもの達に伝播せよ。
管理ナンバー下一桁が9の者達は、城内外で戦う者達の補佐をしろ。
欠員が出た場所に素早く入り込み、陣形に乱れがでないよう努めろ。
また、城外のツチダマは、全て外敵への攻撃に移れ。まずは忌々しい、あの生き残り共をだ!
さらに、管理ナンバー下二桁が0の者をその中のリーダーとし、情報を集束させ管理せよ。
――以上だ。さぁ、動けツチダマ達よ! 我らが主、ギガゾンビ様のために!」
「「「「「「「「「「 我が主、ギガゾンビ様のために!!!!! 」」」」」」」」」」
そして、システム復帰より三十分余り、フェムトを頭脳として一体と化したツチダマ達は、順調に体制を整えつつあった。
フェムトが、司令室の未だMAPを映したモニターを見れば、あの十人の参加者達を現した印は「LOST」となっている。
バトルロワイアルというシステムで管理された参加者達。今や嵌められた枷を自ら外し、ルールの外へ出た。
これはバトルロワイアルが終了したことを意味するのか?
――その自問に、フェムトは重ねて答えを出す。断じて違うと。
ただ、ルールが変わっただけなのだ。より、大きな規模で――より自由なルール――根本的な生存競争へと。
――ギガゾンビとツチダマ。
――生き残りの参加者達。
――闇の書。
――タイムパトロールを代表する外部からの勢力。
これら四つの勢力。そう、バトルロワイアルのステージは此処に来てその位置にまで達したのだ。
ここから先は真の意味でルールがない。最後に立っていた者が勝者。
――つまり、こらから行われる事こそが、本当のバトル・ロワイアルなのだ!
一人、モニターを眺めるフェムトの傍に一体のツチダマが寄ってくる。下一桁が0――伝達係りのツチダマだ。
(……遂に向かってきたか)
ギガゾンビ城から南、バトルロワイアルの会場内へと続く幹線道路。
そこに配置したツチダマ達からの伝令によって、フェムトは生き残りの人間達が此処に向かってきていることを知らされた。
まずは、ギガゾンビ勢と生き残りの参加者達の直接対決が始まるのだ。
「闇の書は、まだなのだな。……うむ。では城外に出したツチダマ達をそちらへ集中させるよう伝えろ。
それと、押収物保管庫からの物品の持ち出しも許可する。
全責任はこのフェムトが取る。……お前達は全力でやつらを叩け、決してこの城内への進入を許すな」
フェムトの命令を受け取ると、そのツチダマは再び司令室の外へと駆けて行った。
そして、フェムトは再び一人になる……。
「城内外とその周辺に約千体、会場全体のツチダマが集まれば千五百を超える数のツチダマがいる。
例え、あいつらが魔法を使えようとこの数には敵うまい。絶対に我々が勝つ。……そうに決まっている。
……だが、それでもやつらが此処にまで達しようというなら。
フ、フフフ……、フヒヒヒ……、フヒーー……、ヒ……、ヒ……、ヒ…………」
今やモニターと、非常灯の明かりだけが頼りの薄暗い司令室。その中央、フェムトの目の前に「ソレ」はあった。
フェムトと同じぐらいで、1メートルと少しぐらいの大きさの円筒形の黒い物体。
ギガゾンビが23世紀の世界から逃げる時に持ち出した、――最終兵器。
それは――、
『 地 球 破 壊 爆 弾 』
空虚な空間にフェムトの薄ら寒い笑い声が木霊している。
「フヒ、ヒヒヒ……、フヒー、ヒ、ヒ、ヒ…………。最後に、最後に……、笑うのは……我々だ!」
【α-5/ギガゾンビ城・司令室/2日目・夜】
【ホテルダマ(フェムト)】
[思考]:
基本:ギガゾンビ様の望みをかなえる
1:ギガゾンビ様の脱出を最優先
2:生き残り、闇の書、TPに対処
3:ギガゾンビ様が脱出したら、地球破壊爆弾を爆発させ全ての敵を道連れにする
【α-5/ギガゾンビ城・寝室/2日目・夜】
【ギガゾンビ@ドラえもん のび太の日本誕生】
[状態]:睡眠中
[思考]:
基本:バトルロワイアルを成功させる
1:………………
※
ギガゾンビ城内の隔壁はそのほとんどがトグサ(タチコマ)によって閉じられています
これは、トグサ側の操作によって自由に開閉することができます
現在、ギガゾンビの寝室および、タイムマシン発進所は、隔壁によって隔絶されています
※
ギガゾンビ城の押収物保管庫には、ギガゾンビが各世界から持ち出したものの内
支給品として配布されなかった物が置かれています
それが何で、どれだけあるかは不明
ツチダマ達がそれを持ち出して使おうとしています
※
亜空間より近づく船影の正体は不明です
安眠誘導装置から目覚めたギガゾンビは上体をゆっくりと起こし上げ、伸ばす。
ふうと溜息を吐きながら、自身の置かれている状況をゆっくりと思い起こす。
そのせいで二度と思い出したくなかった、あの苦痛と恐怖に再度震える。
鼻が、耳が、指が、体の部位が次々と切り取られ、永劫とも感じられた激痛の時間。
あの男、グリフィスの拷問を思い返してしまい、その苦痛に顔をしかめる。
そこでギガゾンビは思考を切り替え、忘れよう、忘れようとする。
頭がまだぼやけていたせいか、そこから先をなんとか思い出すのを止めることが出来た。
現状把握をある程度終えたギガゾンビは安眠誘導装置から移動し、愛用のマスクを顔に再び装着する。
ギガゾンビは部屋を見渡すが、密告以来ずっとくっついて回ったフェムトの姿が見えない。
どうでも良い時ほどべたべたする癖、主人の目覚めに付き添いもしないとは怠慢な奴だと思った。
そこでギガゾンビはフェムトを怒鳴りつけるべく、部屋に取り付けられているはずの端末にアクセスする。
……アクセスできないだと?
本調子にならずやや寝惚け気味だったギガゾンビも、何度アクセスしても端末が出現しないことには異変を感じる。
あの後何があったのか、ひょっとしたら最悪の結果となってしまったのではないかと思い、恐怖で心が塗りつぶされる。
恐怖を振り払いギガゾンビは状況を打開すべく部屋から外へ出ようとするも、やはり扉は開かない。
扉にを押しても引いても引っ張っても全く動く気配すらない。
これでは埒が開かないと見たギガゾンビは部屋の中を物色し、何でもいいから使えるものを探す。
軽く物色した所で、ギガゾンビは安眠誘導装置の近くに置かれていた愛用の杖を発見する。
愛用の杖を取り戻し、扉に向かって光線を放つ。
元々城内の設備投資は割合ケチられているため、ギガゾンビ考える水準では安物の扉はあっさり光線の前に打ち砕かれた。
ギガゾンビ城の廊下に出るものの、廊下にはツチダマ達の姿は微塵も無く、それどころか通路には隔壁が展開されている。
「……クソッ、いったい何がどうなっているんだ。フェムトの奴は何をしているッ……!! 」
ギガゾンビが現状にふつふつと怒りを滾らせながら廊下へ出たところで、今頃寝室の端末にフェムトの姿が映る。
「ご無事ですか! ギガゾンビ様!」
フェムトの最優先事項はあくまで主ギガゾンビの生還である。
故にギガゾンビ救出班には彼の独断で特に多くの人員が割り振られ、加えてフェムト自らが指示を出し続けていた。
ギガゾンビの寝室はフェムトには最重要システムの一つであったため、主へのネットワーク回復及び救出にはほぼ全力が注がれていたのだ。
短時間での復旧が可能だったのは、この一点に他ならない。
「フェムト! 一体何がどうなっているッ!! 主人の世話をほったらかしにするとは親として恥ずかしいぞ! 」
「申し訳ありませんギガゾンビ様! 今ギガゾンビ様救出隊を向かわせているところです」
「……フン、まあいい。今回はお前の功績に免じて許してやろう。さっさと現状況を話せ」
「…………緊急事態が発生しました。バトルロワイヤルの参加者達が大挙してこの城に攻め込み始めました」
「何だとぉ!? 」
「……それだけではありません。城のシステムにハッキングが仕掛けられ、撃退に失敗。
全システムの殆どが停止、または敵の管制下に置かれました。」
「…………何だとぉぉぉぉぉぉぉぉ!? 」
「申し訳ございません! 本当に申し訳ございません……」
――気に入らん、気に入らん、気に入らん、気に入らん、気に入らんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
参加者の手綱である首輪の解除、加えて城内システムのハッキング。
どう考えても、バトルロワイヤル運営は不可能。この試行のゲームは停止に追い込まれるのは間違いないと判断。
ふつふつと怒りが沸き起こり、我慢の限界に達するのも近かった。
さらにフェムトから追い討ちの一撃がかかる。
「……更に悪い報告です。付近の亜空間に船影が発見され、この世界へ向かって航行中です。
…彼らの正体はタイムパトロール及び時空管理局の所属艦船かと。
我々の分析では、数時間以内に到着する可能性が非常に高いと予測されています」
ここに至ってギガゾンビは怒声も罵倒も出すわけでなく、ただ押し黙っていた。
フェムトも主の機嫌が悪い様子を察知し、なんと声をかけていいか押し黙らざるを得なくなっていた。
――ゲームオーバーだと? ふざけるな。
――――ふざけるなふざけるなふざけるな。
――――――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
――――――ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな……………………。
――――――これは一体なんだああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!
ぷちっ――
――ブチブチブチ、ブチ、ブッチーン!!!
…………そしてついに、ギガゾンビの中で何かがキレた。
「…………ふざけるなあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!! 」
「す、済みません済みません済みませんギガゾンビ様……。哀れなわが子フェムトをどうか許してくださいませ……」
強烈な怒声を浴びつけた後、罵倒や怒声を浴びつけるではなくギガゾンビは押し黙る。
その魔の悪い沈黙が数秒か、あるいは数分経過した所でギガゾンビが口を開く。
「…フェムトよ、押収物保管庫か格納庫のどちらかはまだこちらの手にあるか……? 」
「はい! なんとか押収物保管庫だけは奴らの手から守りきりました。
まことに申し訳ありませんが私の一存でギガゾンビ様救出のために私物を使わせて貰っています」
「……よくやったフェムトよ、押収物保管庫の4番目のコンテナの中に取り寄せバッグがある。
それを使って私を救出するがよい」
「はっ! 了解いたしました」
それを契機に端末はプツンと音を立てて機能停止をする。
再び静かになった廊下に、入れ替わるようにして新たな音が発生する。
「フヒッ…、フヒッ……、フヒヒヒヒヒヒヒ……………………」
――許さん、許さん、絶対に許さん、私の、私の至高のエンターテイメントを邪魔するだと。
――――そんなことは、決して許さない!! バトルロワイヤルが未完で終了するなど、決してあってはならないのだ!!!!
ギガゾンビがバトルロワイヤルにかける情熱は並ならぬものではない。
彼は脱獄してさえ自由は無かった。
古巣のある23世紀には戻ることはできず、捜査の手が及ばないなんともみすぼらしい辺境世界で過ごす羽目になった。それだけでない。
珍妙不可思議にてうさんくさい30世紀の時空犯罪者、ヒエール・ジョコマンと上辺だけの同盟を結んだせいで男二人のむさくるしい共同生活を強いられたこと。
それだけの苦痛は、傲慢な男であるギガゾンビに決して耐えられたものではない。
ギガゾンビがそれだけの苦痛、苦渋を舐めても耐えた理由、それはバトルロワイヤルに他ならない。
バトルロワイヤルの完遂こそはもはやギガゾンビの夢であり、希望であり、生きがいであった。
それを完膚なきまでにブチ壊しにされた。ギガゾンビの夢が! 希望が! 至福が! フェムトの報告でガラガラと音を立て全て崩れ落ちた。
頭が真っ白になった。心の中で号泣を飲んだ。だがそれだけでは決して終われない、終わらせなかった。
ギガゾンビのバトルロワイヤルへの執念が、全てを否定されてさえ再起を促した。
――バトルロワイヤルは完遂されなければいけない、人類史に残る芸術作品として永遠に語り継がれるべき至高の作品。
ギガゾンビの思いは、あれだけ自身を悩ませたグリフィスへの恐れさえどうでもよくなるものであった。
というよりも半ばヤケクソに近い。ギガゾンビ自身がどうやっても状況を打開できないのを一番良く理解している。
どうせ死ぬなら派手に暴れた方がいい、ただそれだけであった。
ギガゾンビはその場で佇むと、バトルロワイヤル完遂のために怨念と執念をフル回転させ、らしくもない深い思慮状態に入る。
そんなこんなで、彼はフェムトやツチダマ達の手で乱暴に取り寄せられたことさえ気にしては居なかった。
「フヒ、フヒ、フヒヒヒ………」
「ギガゾンビ様、どうか気をおたしかにっ……!! 」
フェムトの必死の呼びかけから少し遅れて、ギガゾンビがレスポンスを返す。
「…よい、よい、フェムト。私は何も問題ない」
「よかった。さあギガゾンビ様早く…」
そう言うが早く、ギガゾンビはフェムトから取り寄せバッグをひったくり、手を突っ込んで何かを取り出す。
「ギガゾンビ様! 何をなさっているのです」
「この状況を打開するための秘密兵器を取り寄せるのだよ。フェ、ム、トくぅ〜ん」
そういってギガゾンビは何やら不思議な機械装置を取り出す。
フェムト、そして管理室のオペレーターツチダマ達は何が何やら分からない様子で疑問符を浮かべている。
「どういうことですか? フェムトに説明してくださいませ」
「この装置の中にあるロストロギアを使い、忌々しいクソ虫どもをこの手で殲滅するのだ……
バトルロワイヤルは、この精霊王ギガゾンビ自らの手で決着を付けるのだぁ!! 」
「ギガゾンビ様! 気をお確かに! 」
「さっきからずっと言っているが私は正常だよ、フェムト君」
「いえ、絶対に間違っています。ここは私達ツチダマに任せて即刻脱出の準備をするのです
ギガゾンビ様のような偉大なお方が、ここで亡くなってはならないのです! 」
その言葉に同調するようにして、オペレーターダマ達もそうギガ!そうギガ!とコールをする。
最もフェムト以外の彼らは忠誠心からではなく、ギガゾンビの死による道連れに巻き込まれたくないというのが最も大きい。
そのギガギガコールを、一声によってギガゾンビは終結させる。
「くどいぞフェムト! 私は何としてでもバトルロワイヤル完遂を成し遂げなければならないのだ!!
それは神から与えられた粋高にして私の偉大なる使命、それを諦めることなど出来はしない!! 」
「ですが……」
「君は何か勘違いをしているようだが、別に私は死ぬつもりなど更々無いぞ? 」
「えっ……一体どういうことでしょうか? 」
「しょうがない。哀れなフェムト君たちに、このギガゾンビ様が直々に秘密の全てを教えてやろうじゃないか!!! 」
――ギガゾンビが取り寄せバッグで取り寄せた不思議な機械。
それは単なる機構を会わせただけの装置であり、未来で言うパッケージ化された道具という概念からは程遠い。
装置の機能としては、亜空間破壊装置の機能を拡張させたものである。
亜空間破壊理論というのはあくまで時空間や世界を破壊し、隔離するという技術である。
これだけではせいぜい舞台となる世界を用意するのが精一杯である。
そこで亜空間破壊理論を補佐するための機構を製作することにしたのだ。
それは千差万別の世界体系を持つ参加者たちを集め、バトルロワイヤルを円滑に運営するためにだけに作られた装置である。
便座上、ギガゾンビはこの装置に名前をつけている。
"世界統合構成装置"と。
製作者であるギガゾンビさえも、この装置の機構については完全に理解をしていない。
その原因は30世紀の技術であり、組み込んだロストロギアである。
ギガゾンビの知識範疇から考えれば、機構の半分以上ブラックボックスと化している始末である。
だがこの装置も、ロジック単位で見れば役割は比較的単純だ。
ベースとなる機構はひみつ道具のもしもボックスである。
もしもボックス自体はギガゾンビの技術分野であるため、完全に構造や理論は把握している。
ごく単純に言うならば、もしもボックスの理論というのは現存する一つの世界上に使用者の意思に従った擬似世界を構築するというものである。
重要なのは一点、"使用者の意思に従った"、つまり望みどおりの世界を設計することが出来るというものである。
ギガゾンビはこの一点に着目し、あらゆる並行世界の法則体系を包括し、魔法も科学も超常も異能も存在する世界を構築することが出来ないかと考えたのである。
だが、もしもボックスで作り出した世界は所詮擬似世界、擬似世界は元の世界のルールに従い、平行世界の法則体系を整合性が合うように調整しただけに過ぎない。
例えば科学技術の変わりに魔法技術が発展した擬似世界を作り出したとしよう。その魔法というものは、根底は元の世界の法則体系に根差している。
他の平行世界で運用される魔法や魔術などとは、根元の法則そのものが違う。
もしもボックスで構築された擬似世界は、包括する体系の違いから整合性に問題が出るのも必然といえる。
その整合性の問題を解決する上でギガゾンビはヒエールから得た技術である、平行世界に干渉するための機構を利用した。
亜空間や時空間技術に精通するギガゾンビは必死の勉学の末、平行世界機構の複製を行うだけの技術は手に入れることは出来た。
それでも複製レベルに留まり、応用技術といった話には手も足も出ない。
だがこの機構により、23世紀では元の世界体系というハードウェアに手も足も出なかった擬似世界構築に対して新たな一手を打つことが出来る。
すなわち世界体系というハードウェアレベルで任意の世界設計を行えるのである。
これならばバトルロワイヤルにふさわしい世界構築を行えるはずであった。
だが問題は発生した。ロストロギアレベルの超大な力に関しては世界の整合性こそ取れるものの、制御不能なのである。
ギガゾンビがブチ当たったその問題の発生源は、涼宮ハルヒの世界構築能力、闇の書の守護騎士プログラムやサーヴァントシステムを筆頭に枚挙がない。
ロストロギアは闇の書を初めとして、元の世界を離れ各平行世界に散らばっている物である。
完全に法則が違う世界にも関わらずその世界体系の下で事故の整合性を保っているのは、システムの独立性に他ならない。
ロストロギア単体で一つの法則体系が構築されており、他世界の法則に依存しないからこそ普遍的な力を行使可能なのだ。
このように独立した機構かつ、魔法体系で構築されたとなれば魔法体系を用いて制御干渉を行わなければならない。
そんな技術はお手上げに等しかった。
そこでギガゾンビは単純な方法を思いつく、餅は餅屋に、すなわち、魔法は魔法に、ロストロギアはロストロギアに。
ギガゾンビが組み込んだロストロギアとは、世界を超えるほどの絶大な力を持ち使用者の願いを叶える魔法のトランプ。
その名もスゲーナスゴイデス。
オカマ魔女のマカオとジョマが平行世界を超え、ヘンダーランドを作り上げることができたのはこのトランプの力に他ならない。
ロストロギアとは、過去に滅んだ超高度文明から流出する、特に発達した技術や魔法の総称のことである。
正確に言うならば、スゲーナスゴイデスは時空管理局の定めるロストロギアの定義からは外れている。
だがギガゾンビにとっては高度に発達した技術や魔法、タイムパトロールや時空管理局の手に負えないものならば何でもよかったのだ。
スゲーナスゴイデスはギガゾンビの主観から言えば、ロストロギア扱いである。
ロストロギアは危険なものが多く、制御に失敗すれば一つの世界をも滅ぼしかねない。
ロストロギアの管理を専門とする時空管理局でさえ、問題を起こさないように保管するのが精一杯といったレベル。
専門家にさえ手のつけようが無いという一点においてはこのバトルロワイヤルの円滑な運営には必須のものであった。
だがそんなものが用意に扱えるはずがなく、その殆どはギガゾンビの手に負えるものではない。
ギガゾンビが数あるロストロギアの中からスゲーナスゴイデスを選んだ理由は、制御の容易性にこそある。
ジュエルシードはロストロギアの典型例である。願いを叶えるロストロギアである。
だがギガゾンビが活用するという観点から見れば、スゲーナスゴイデスとは天地ほどの違いがある。
スゲーナスゴイデスは願うだけで魔力の欠片もない子供でさえも力を行使し、簡単に願いを叶えることが出来る。
対してジュエルシードは実質的にはエネルギーの結晶体であり、同じ願いを叶えるために魔法技術を用いなければならない。
魔法技術に関しては前述の通りほぼ何の知識も無し、となればギガゾンビには制御不能である。
それでも何かの役には立つと思い、回収しておいたのがグリフィスに与えたものだ。
もう一つ、スゲーナスゴイデスのトランプはその性質にも重要性が高い。
願いを叶える能力を持った52枚のトランプと、一見して何の役にも立たないジョーカー。
だが願いを叶えるための力の根源はジョーカーにこそある。
言うなればジョーカーはシステムの核で、通常の札は端末といった関係にあった。
ロストロギア研究に長い時間をかけた末、その特性だけは知ることが出来た。
この特性こそが亜空間破壊装置を補完し、30世紀の技術体系でも手も足も出ない完全な空間隔離に有用な性質を持つのである。
亜空間破壊理論そのものはギガゾンビが発見し、体系化した技術である。
そのギガゾンビの熱意の結晶ともいえる亜空間破壊理論も、7世紀も経てば簡単に陳腐化する。
陳腐化したとはいえ、亜空間破壊技術はバトルロワイヤルの運営の核とも言える技術であった。
代換として用いることの出来る技術も他になく、陳腐化したその技術に頼らざるを得なかったのである。
そこで陳腐化した技術の価値を復活させる意味で、ロストロギアを用いることになった。
亜空間破壊装置の機構体系をスゲーナスゴイデスの力でロックすることで、亜空間破壊機構を保護し、干渉不可にすることが出来る。
亜空間破壊機構にはもう一つの問題があった。
安全性の問題と空間隔離の関係上どうしても装置を最低6つに分配する必要があること、空間への装置固定が必須であること。
制御が容易で6つの亜空間破壊装置に組み込める同等の性質を持つロストロギアとなれば、該当する品目は少なくなる。
52枚もあるスゲーナスゴイデスならば6つの亜空間破壊装置に組み込むのはたやすく、制御の容易性を持つという観点からも筆頭候補となったというわけだ。
ギガゾンビはスゲーナスゴイデスを亜空間破壊装置、及び世界統合構築装置に組み込むことでバトルロワイヤル参加者の整合性問題、亜空間破壊機構の保護を成し遂げたというわけである。
制御方法は至ってシンプル。ギガゾンビが円滑にバトルロワイヤル運営に都合のいいように、ゲームバランスを取れるようにと願うだけでよい。
そのためにトランプという端末を通じて核となるジョーカーに働きかけただけである。
更に言えばトランプに正確に願いを叶えさせるために、もしもボックスの世界構築を通して決定している。
ギガゾンビでは手も足も出ないロストロギアレベルの問題の典型例、闇の書の守護騎士プログラムの分離独立を成し遂げることが出来たのもこのためである。
だがそれは力技で同レベルのロストロギアを強引にねじ伏せたに過ぎない。
均衡が崩れればどうなるか分からないというのは皮肉にもジュエルシードと闇の書の暴走で証明された。
しかし本来はそのような自体は絶対ありえないのである。ギガゾンビがそういうようにバトルロワイヤルの舞台を設計したからだ。
亜空間破壊装置を通じて世界全体のバランスを効率的に調整し、世界統合構成装置からの力の供給によって亜空間破壊装置の出力増強という安定性を高める相互システムによるものである。
システムの安定性は高く、亜空間破壊装置が3つ以上健在ならば問題が発生しようと簡単に安定形に戻すことが出来たはずであった。
だが亜空間破壊装置が6つ全て破壊されてしまった今、安定性を高めるためのシステムが皮肉にも本来の役割を果たせないほどに不安定になっている。
不安定性が顕在化したのが劉鳳のアルター進化であり、涼宮ハルヒの覚醒であった。
どれもシステムさえ顕在ならば、簡単に押さえ込めたはずだった。だが現在、システムは文字通り完璧にダウンしている。
それでも参加者に対する制限があるのか無いのか分からないレベルでも今だ保持されているのは、ギガゾンビがその手に持つ秘密の装置のお陰に他ならない。
全てを教えるといい、言葉通り本当に全てを話すギガゾンビ。
長っが〜〜いギガゾンビの技術話についていけるツチダマなど、フェムトを含めてゼロである。
この一刻一秒を争う正念場において、ギガゾンビはバトルロワイヤルを継続する理由を説明するために、前置きが長すぎて本文にすら至っていなかった。
それに耐えかねたオペレーターオペレーターの一体が、耐え切れなくなってついに口を漏らす。
「…で、その装置がギガゾンビ様の生存にどう絡んでくるギガ? 」
言ってはならない一言を言ってしまい、ギガゾンビの話はグッキリと腰が折れる。
発言したオペレーターは一秒後にギガゾンビの機嫌を損ねたことを把握し、その場でどうかお許しくださいませ!などと命乞いを始めた。
普段なら死刑執行確定のツチダマのことなどどうでもよいギガゾンビは、冷静に考えると貴重な時間を無駄にしていたことを理解する。
「そう、一言で言うならばこれはルールだ!! バトルロワイヤルを正々堂々と行うためのルールだ!」
と言い切るギガゾンビ、そしてフェムトが口を挟もうとした矢先に更にギガゾンビは言葉を進める。
「いいかフェムト! 奴らはフェアプレーどころか重大なルール違反を犯した。心の広いギガゾンビ様でももう許しては置けないのだよ!
そこで不本意であるが奴らと同じく、こちらもルールを守ることをやめることにした」
そういってギガゾンビは装置の蓋を開け、装置にセットされていたトランプ、スゲーナスゴイデスを引っこ抜く。
「スゲーナスゴイデスの力があれば、全部は無理だがシステムと管制の一部を取り戻すのも容易い
何せ、願いを叶える魔法のトランプなのだからなぁ!! 」
「ではギガゾンビ様、尚更脱出をするべきではないのでしょうか! 」
「……いいかフェムト君、この私を舐め腐った生贄どもを生かしておくことは決して出来ないのだよ!
そこで私直々に、己の身分を弁えないクソ虫どもに制裁を加える必要があるッ!! 」
「……ですが、それでも私はギガゾンビ様の安全第一を考えておりまして」
「フェムト君、さっきから何度も言っているが君は大きな勘違いをしている。逃げた所で無駄となのだよ。
このまま逃げ出したとしてもタイムパトロールが私の存在抹消の極刑を執行すれば、全ての事象が無かった事になるのだからなぁ!!
そしれその執行はまず間違いなく執り行われるッ!! 」
『『『な、なんだってー!! 』』』
フェムトを除いたツチダマ軍団は大パニックである。
進むも地獄戻るも地獄、どうやっても自分達の生存は絶望決定。
光景はこの世の終わりである、その場に居るオペレーターのツチダマ達はてんやわんやで自分達がもう何をすればいいか分からないといった始末である。
フェムトだけがギガゾンビの趣旨が分からないといった様子で、困惑した目で続きを待つ。
「話をよく聞かんかツチダマどもめ! 天才の私はちゃ〜んとその対策は考えてあるのだからなぁ! 」
その一言で混乱がすぐに静まるでなく、まだ現状を把握できずに逃避行動に走るツチダマも居た。
このままでは話が続かないと判断し、見せしめもかねて適当にツチダマの一つを杖で爆殺する。
その爆殺音で、ようやく混乱は静まった。
「ですがギガゾンビ様、反逆者どもと戦うことにどういう意味が? 」
「…話の続きを聞けば分かる、今度は黙って聞くことだな」
23世紀の極刑、存在抹消に対するタイムパトロールの判断基準は明白に決まっている。
すなわち、存在抹消を行えば手っ取り早く歴史の整合性を取れる場合である。
ギガゾンビは多数の時系列と平行世界に対する干渉を行っている。その影響を取り除くのは一筋縄ではいかないだろう。
多大な労働力をかけて歴史を修正するよりも、存在そのものを抹消して無かった事にするのが最適な判断だ。
ギガゾンビが最初に犯した大規模な歴史改変は、司法判断によっては存在抹消さえもありえた。
しかしギガゾンビの功罪、ヒカリ族を日本へと移住させるきっかけを作ったという事実がある。
日本の歴史に深く関わる功罪がある以上存在抹消とはいかず、そのお陰で懲役刑による刑務所暮らしで済んだというのだ。
しかし今回はそうとは行かない。
前回とは規模が桁違いのため、日本誕生の功罪を差し引いても存在抹消される事はギガゾンビ自身が確実視している。
存在抹消だけは避けたいのは、ギガゾンビもツチダマ達も共通であった。
ギガゾンビが描いた青写真というのは、こうだ。
それこそもっと問題の規模を大きくし、手がつけられないほどにしてしまえばいい。
ギガゾンビがバトルロワイヤルを運営するべきもう一つの理由、それは資金の問題である。
ゲーム終了後にギガゾンビはバトルロワイヤルという至高の娯楽を提供し、顧客である富裕層から利益を上げる。
この富裕層というのは、ギガゾンビがスポンサーとして提携するにあたって条件が加えられている。
バトルロワイヤル完遂に協力し、ギガゾンビの計画を影からサポートすることである。
この条件に該当するとギガゾンビが判断したスポンサーとのみコネクションを保持している。
しかしギガゾンビが不適当とした顧客層も数多く、存在抹消回避において利用する価値が生まれるのである。
バトルロワイヤルを求める富裕層、権力層に訴えかけるのだ。
"どうか私と私の作品を抹消させず、後世まで永遠に残してください"と。
ギガゾンビの提携するスポンサーは30世紀の未来から平行世界まで多岐に渡る。
当然彼らの中にはタイムパトロールや時空管理局のような組織にまで権力が及ぶものも居る。
彼らの力を借りて、存在抹消だけは避けるように圧力をかけさせれば良い。
存在抹消が最大の極刑であるのは、未来永劫にわたって歴史に影響が出るという一点である。
そのため歴史改変クラスの大犯罪でさえ、存在抹消が施行された事例というのは長いタイムパトロールの歴史の中でも極めて少ない。
未来にも影響が及ぶ以上、存在抹消に当たって発生する未来への影響を厳密に調査する必要がある。
その結果として干渉が及ぶと考えられる時代の司法も存在抹消施行に関わる必要があるというのだ。
当然各時代の視点から厳密な話し合いが必要となるため、妥協案で存在抹消が回避されるというケースが大半を占める。
そのために実際に施行に至ったケースなど殆ど無いというものだった。
だがギガゾンビのケースは各時代レベルなく、各世界レベルの大規模干渉である。
明らかに悪影響が明白な以上、功罪の面から見れば存在抹消が最も妥当な判断となってしまうだろう。
幾ら権力者でも、司法判断を覆すほどの力は無いだろう。多数の時代が判断を降す以上、状況を完全に好転させるのはまず不可能だろう。
顧客層を広げた副時効果として、各時代や各次元の干渉を更に大規模、超規模化することがある。
ギガゾンビの想定では、顧客層の一部がバトルロワイヤル存続のために派手に動き、結果として共犯者として捕まるだろう。
誰か一人捕まったならば芋蔓式でどんどん調査が複雑化し、より多くの共犯者が生まれるだろう。
その共犯者が犯罪者ならば問題ないと言った所であるが、彼らは富裕層や権力層である。
そうなればギガゾンビ本人の問題では済まない。最悪の場合は大規模スキャンダルで政府が傾く可能性さえある。
それだけ問題が多角化、巨大化すれば人間の手で処理できるはずが無くなる。
言うなれば司法という天秤が白黒付けるのを止めるために、100tの重りを載せて天秤そのものを壊してしまったといった所か。
判断を降すべき天秤が壊れてしまえば、どうやっても刑罰の判断が出来ないという理屈である。
「というわけだ、分かったかねフェムト君。
私がここに残ろうが残るまいが、まずはバトルロワイヤルをしなければ意味が無いのだよ」
「ギガゾンビ様、そんなに深くまで考えていたのですね……」
それに呼応するようにして、スゲー、頭いいギガなどと、ギガゾンビを褒め称える発言が各地で沸き起こる。
ギガゾンビの理屈に納得をしてしまったのと、とりあえず自分達も生き残れるかもしれないという安堵感からであった。
「フェムト君、ここにはジョーカーと52枚中残り28枚のトランプが収められている。
12枚は亜空間破壊装置に組み込まれ失われた。もう12枚とジョーカーはこの世界統合構成装置の機能を維持するのに必要なのだよ
君には10枚のトランプを与えよう。どうしてもやってもらいたいことがあるのだよ」
「ギガゾンビ様、私は何をすれば良いでしょう! 」
「格納庫の最奥部にある特別コレクションルームへと向かうのだ。
スゲーナスゴイデスのトランプは何枚使っても構わん。このギガゾンビ様専用にして最強最大の機動兵器、ザンダクロスを奪還するのだ!! 」
そういってギガゾンビはトランプを一枚構え、呪文を唱える。
「スゲーナスゴイデス! 」
トランプから発生した煙とともに、目の前には小さなロボットが現れた。
「これがザンダクロスだ。間違えるんじゃないぞフェムト君」
「はっ、了解しました! 」
「少々不安が残るな、いやしんぼの君には特別にもう三枚だけ使うことを許そう」
そういってトランプを手渡すとともに、フェムトは凄い勢いで駆け出していった。
ギガゾンビはその様子を眺めると、殆ど仕事をしていなかったオペレーターツチダマ達に指示を出す。
「いいかツチダマども、復活した天才ギガゾンビ様の指示に従うがよい!
ツチダマにしてはフェムトの仕事はなかなかに見事だ、指示系統はこのまま継続して運用する。
管理ナンバーの下一桁が1のものは、このギガゾンビ様救出の任務が終了したので新たな使命を与える。
ギガゾンビ様の押収物保管庫にあるありったけのスパイセットと石ころ帽子を使い、このバトルロワイヤルの行く末を記録しろ。
私はしばらく私室でやらなければならないことがある。しばらくはフェムトの指示に従い何としても耐え抜け」
「「「「「「「「了解しました、ギガゾンビ様!」」」」」」」」
ツチダマ達の気合の入りようが違う。自身の生存と存在がかかっているのが最も大きい。
だが馬鹿にしていたはずのギガゾンビがここに来て主人らしさを取り戻した点も重要である。
普段なら話すら聞かず死刑確定のツチダマがギガゾンビとあれだけコミュニケーションを取れたというのが異質なものである。
だからこそその点をグリフィスに付け込まれ、孤立という事態になってしまった事もあった。
その離反も収め、この土壇場になってまるで豹変したかのような思考判断から、ツチダマ達は気合を入れて命令に従う気になったというわけである。
ツチダマ達を鼓舞し終えたギガゾンビは、取り寄せバッグを手に持ち司令室を離れる。そしてすぐ近くにある私室へと向かった。
途中の廊下や私室のシステムも一部ハッキングがかけられていたが、スゲーナスゴイデスの力で無理やり引き戻す。
ギガゾンビは取り寄せバッグを用いて、独自調査の顧客リストを取り出す。
それは勿論至高の芸術であるバトルロワイヤルをあらゆる世界に発信するためである。
ギガゾンビは端末に触れると、バトルロワイヤルの映像を保存したサーバーへとアクセスをする。
幸いにもバトルロワイヤルの映像記録は全てが無事に揃っていた。
ギガゾンビは私室備え付けの通信端末から、重要スポンサーから順番にバトルロワイヤルの映像とメッセージの送信を始めた。
ツチダマ達がてんやわんやと忙しく格闘する中、バトルロワイヤル配信事項と平行してギガゾンビは世界統合構成装置を弄る。
それにたった一つ命令を下す。
"12時、地球破壊爆弾を可能な限り最大の規模で爆発させる"
加えてギガゾンビは、入力した命令に削除不能、状態変更の場合最優先で実行と設定を行った。
ギガゾンビ城ハッキングの反省を踏まえ、装置は少しでも干渉したらドカンという危険極まりない設定を行った。
かつての臆病者のギガゾンビならともかく、キレてしまったギガゾンビに躊躇は微塵も無く、自身の崩壊を恐れずに背水の陣を引いた。
そもそも、この装置自体もう長持ちさせる必要は無いのだ。
恐らく12時にはタイムパトロールや時空管理局が到着してゲームオーバーである。終了したゲームにルールは必要ない。
現在、世界統合構成装置は最低限の動作しかしていないのに加えて、安定化を図るべきスゲーナスゴイデスが引き抜かれ過負荷がかかっている。
その故障は時間の問題である。だが装置を止めることはギガゾンビにも出来ない。
装置を止めることが出来ないのは、闇の書という存在によるものが大きい。
闇の書の防衛プログラムの暴走がギリギリのところで食い止めるために出力低減され、そのために装置容量のほぼ全てが費やされている。
もし完全に装置を停止したならば、出力抑制の反動により防衛プログラムは手がつけられないレベルまで暴走するであろう。
ギガゾンビの目的はもはや生き残ることにはなく、バトルロワイヤルを完遂し、後世に残すことにこそある。
自身をコケにした生贄ども、特に宿敵である青ダヌキの子守ロボットことドラえもんだけは決して生かしてはおけない。
自身の手で復讐を達成するという意味でも、今更ギガゾンビはバトルロワイヤルを止めることは出来ない。
ギガゾンビが思い描く結末の形とは復讐を達成し、バトルロワイヤルを完遂することである。
事が最高にうまく進めば生き残ることも出来るかもしれないが、そううまく行くわけが無い事をギガゾンビは学習している。
ありえないはずのイレギュラーが次々に起こり覆され続けているのが現在の状況だ、妥協点に達しさえすれば十分であった。
フェムトを納得させるためにギガゾンビは嘘を付いたのである。ギガゾンビが今後について結論を想定した時点で、元々生還を捨てていた。
どう立ち回ろうとも、死刑だけは逃れることはできないという結論である。
司法が成り立たなくなるほどの大規模問題に発展したとしても、それでも犯罪者には最終的に刑罰を執行せざるを得ない。
罪が裁かれなければ、法治は成り立たないのである。その妥協点はほぼ間違いなく存在抹消に次ぐ死刑。
生還は絶望的だ、だからこそ今まで決定できなかった大胆な判断を下すことが出来るのである。
フェムトらツチダマに教えてはならない秘匿は二点、自身の死亡がほぼ決定していること。そして世界統合構成装置にセットされた地球破壊爆弾への命令だろう。
どちらかが発覚すれば、無駄だと分かっていてもツチダマ達は血眼でギガゾンビを生還させるべくタイムマシンへと強引に引っ張りこむであろう。
世界統合構成装置がツチダマ達に秘匿されていたのは単純にいい加減なツチダマ達ではたった一つしかない最重要な機構を任せられないと判断したことからだった。
何より一度決定したルールを覆すといったフェアプレーに反する行為をギガゾンビ自身が嫌っていた。
ルールの範疇で動くからゲームは面白いのであり、ルール無用のゲームに面白さは無い。
そして今は、ギガゾンビのヤケクソとハッタリを守るという理由で秘匿をすることになった。
ツチダマ達は余りにも過酷な状況のため主人のギガゾンビにさえ頭が回らないという好都合な状態へと移行している。
秘匿に関しては、何の問題も無いだろう。
ギガゾンビが平行した作業を終えた時点で、まず一つ目のスポンサーへと映像とメッセージが送られた。
そのメッセージの結末にはギガゾンビの夢が、執念が込められていた。
"…この映像を拝見した皆様、どうかあなたの手で私のバトルロワイヤルを完成させてください。
それだけが私の望みです。
バトルロワイヤル運営・主催・最高取締役 ギガゾンビ"
【α-5/ギガゾンビ城・廊下/2日目・夜中】
【ホテルダマ(フェムト)】
[道具]:スゲーナスゴイデスのトランプ13枚@クレヨンしんちゃん
[思考]:
基本:ギガゾンビ様の望みに従い、バトルロワイヤルを完遂させる
1:格納庫へ進入、ザンダクロスの奪還を行う。
2:ギガゾンビ様の存在を守るために、バトルロワイヤルを完遂させる。
3:タイムマシンを駆動し、ギガゾンビ様を無事生還させる
4:生き残り、闇の書、TPに対処
5:ギガゾンビ様が脱出したら、地球破壊爆弾を爆発させ全ての敵を道連れにする
【α-5/ギガゾンビ城・ギガゾンビの私室/2日目・夜中】
【ギガゾンビ@ドラえもん のび太の日本誕生】
[状態]:ブチ切れ、決死の覚悟
[道具]:スゲーナスゴイデスのトランプ10枚@クレヨンしんちゃん、ギガゾンビの杖、取り寄せバッグ@ドラえもん
[思考]:
基本:バトルロワイアルの完遂。
1:バトルロワイヤルの映像を顧客に配信する。
2:ザンダクロスを用いて、参加者を直々に粛清する。
3:可能ならばタイムマシンで生還・脱出
最終行動方針:バトルロワイヤル存在抹消の阻害
※
ギガゾンビはバトルロワイヤルの映像記録を配信中。全ての顧客に配信が終わるまで約一時間程
世界統合構成装置はギガゾンビの私室に置かれています。
※スゲーナスゴイデスで具現化した物体等は、一定時間経過後に元に戻ります。
トッペマのように魔法の力を行使する分には元には戻りません。
一度使ったスゲーナスゴイデスのトランプは本編同様消滅します。
※
ギガゾンビ城内の隔壁はそのほとんどがトグサ(タチコマ)によって閉じられています
これは、トグサ側の操作によって自由に開閉することができます
現在、ギガゾンビの寝室および、タイムマシン発進所は、隔壁によって隔絶されています
※
ギガゾンビ城の押収物保管庫には、ギガゾンビが各世界から持ち出したものの内
支給品として配布されなかった物が置かれています
それが何で、どれだけあるかは不明
ツチダマ達がそれを持ち出して使おうとしています
※
亜空間より近づく船影はタイムパトロールか時空管理局の艦艇。12時までには到着予定
※
地球破壊爆弾は12時丁度、もしくは少しでも干渉を加えた時点で爆発。
解除するには地球破壊爆弾と世界統合構成装置両方の無効化が必要。
私は――その時にはもう、覚悟は決めていたのです。
■
「フェイト、あのでかいのは?」
「多分、もうそろそろ私達に追いつくころだと思います」
「相手の暴走開始が予想より遅かったのは幸運……なのかしらね。
レイジングハート、魔力を流して強引に直したばっかりだけど……やれる?」
『No problem』
夜空には、月と星の瞬き。
川には、その写し身を遮る暗黒のドーム。
そしてそれに相対するのは、二人の魔術師と、一人の女神。
「――始まる」
背中を金色の星光に、顔を破壊の光に照らしながら、凛は相手は空から見下ろした。
光を生み出すのは、漆黒の火柱。破滅の予兆が、ドームに包まれた暗黒を開放していく。
「夜天の魔道書を、闇の書と呼ばせた呪われた魔術機構――闇の書の闇」
「ええ。
私が今まで戦った中では……きっと、一番危険な相手」
「それで、どうなの?」
そうして、凛は傍らにいるフェイトに言葉を投げかけた。
論点はただ一つ。
フェイトの経験が、そのまま通じるかどうか。
「その時と同じ? それとも、弱くなってるのか、まさか……」
「……分かりません。
弱くなっている可能性もありますし、強くなっている可能性もあります」
凛の言葉に、フェイトは首を振る。
正直、考え込めば込むほど分からない。不確定要素が多すぎる。
弱体化要素は、ギガゾンビの能力制限や空間操作。
強化要素は、これがリインの管制人格が切り離されていない、正真正銘の暴走であること。
そして、寄り代となる存在を体内に取り込んでいること。
前回の戦いは、管制人格とその主を脱出させた状態、言わば暴走プログラムだけを相手した戦いだった。
だが今回は――本当に暴走した闇の書そのものを相手にしなくてはならない。
「……それでもプラスはあります。
今回の私達の戦いは、周りの被害を気にしなくて済む。
私が倒せなくても、最悪――暴走する前に救援を呼ぶことさえできれば、
アルカンシェルで周辺ごと吹き飛ばせます」
「アルカンシェル?」
「あ、えっとですね……義母さんが乗ってる艦船に搭載された強力な火器です」
「…………」
フェイトの言葉に、凛は呆然として目を瞬かせて。
「……それって、魔法じゃない気がするんだけど」
「使われてる理論は魔法です」
なんとか出した言葉は、一瞬で返された。
凛からすればとんでもない理論だが、フェイトからすれば当然の理論だ。
愚痴の一つでも吐きたい凛だが、そんなことをしている場合ではない。
「ま、要するに。出たとこ勝負でいくしかないってコトね」
凛は、そう溜め息を吐いて、後ろに手を回して。
「……今撃つとこだったのに」
「凛さん、ぼやいている場合じゃないみたいです」
更に素人に叫ばれて頬を含まらせる凛の言葉は、あっさりとフェイトは流れる始末。
実際、眼下では闇が咆哮を上げ始めている以上、そんなことをぼやいている場合ではないのだが。
再び溜め息を吐きながら、凛はもう片方の手をレイジングハートに添え。
『Buster mode』
「全く……鬱憤晴らしくらいさせてもらおうかしら」
魔術師としての表情を、表に出した。
紡がれるのは独語の詠唱。それから生み出されるのは桜色の光。
流星は夜空に輝いて、敵を討つ光と化す。
それに倣うように、フェイトが夜闇の中で雷の戦斧を敵へと向けた。
「行きましょう。きっと皆、無事に帰れるように!」
凛からの答えはない。
ただ、神人が反応したかのように、ゆらりと体を揺らした。
■
――予想はしていた。
もし私が『彼女』ならば、同じ選択をしただろう。
■
巨腕がなぎ払われる。
巨人はその名の通り、神の意志の元に敵を易々と粉砕する。
だが世界を創るものが神と呼称されるなら、世界を破壊するものもまた神だろう。
故に――
「ハルヒさん危ない――プラズマランサー!」
「ディバインシューター!」
拮抗……いや、圧倒する。
なぎ払われるのと同時に生み出された禍々しい触手は、神人を絡み取る寸前に魔弾によって千切れ、吹き飛んだ。
そうして水面へと崩れ落ちる触手は――数秒後には、また失って先端を変異させて再生する。
「……ったく、これじゃいたちごっこじゃない!」
「それならそれでいいんですけど、攻撃がどんどん活発になってきてます!」
曲芸飛行並みの無茶な軌道で二人が飛んでいく合間にも、相手の手数は増えていく。
当たり前といえば当たり前だ。暴走する前までは、言わば休眠状態を取っていたようなもの。
眠りから覚めて行動し始めた以上……時間が経てば経つほど活発に活動するようになるのは当たり前。
そして偽物とは言え、ジュエルシードという機構を取り込んだ今の闇の書の闇に、魔力の限界など存在しない。
「この手の相手は本体を叩いてさっさと終わらせるのが定石なんでしょうけど……
ねえ、以前戦った時より防御力が上がってる可能性はあると思う?」
「いえ、増えている事はないと思います。最悪でも、同じくらいの強度だと……」
「で、その強度は?」
「私の全力攻撃と同じ攻撃を四つ使って、やっと全部のバリアが突破できる位です」
「……もしそうだったら、突破するのは諦めるしかないか」
そう呟いて凛とフェイトが左右に離れるのと、五本もの触手が突進してきたのはほぼ同時。
目標を見失い、勢いがついたまま直進する触手は二人によって容易く殲滅されるだけに終わるだけ。まるで相手にもなりはしない。
だが、所詮これは一部でしかない。生産量を増していく魔力は暴れて走り出し、更に闇を増していく。
そのまま――闇は、一つのラインを踏み越えて、内部からあるものを読み取った。
「……あれは?」
「砲撃用の触手です。以前はアルフ達が一気に全滅させてくれたんですけど……」
「人手不足の私達には無理ってわけね」
水中から現れた新たな異形に、フェイトはバルディッシュを強く握り締めるしかない。
以前の戦いにおいては、ひたすら攻撃を続けることにより相手の反撃を許さずに完封することで、こちら側への勝利へと繋げた。
前回の戦いにおいてはフェイト達の方に時間制限があったからだが……
つまり、それは闇の書の闇がどんな攻撃をしてくるかはあまり体験してはいないということだ。
要するに砲撃してくること自体は分かっても、それがどれくらいの強さかは分かってはいない。
今回の戦いがどちらかと言えば防衛を重視するものである以上、攻撃を重視した前回の戦いの経験はそれほど活かせないのだ。
そもそも、前回と今回では敵の強ささえ変わっている可能性があるのだから。
「……どの道、試さない限りは分からない、か」
「凛さん?」
「少し無茶な作戦があるけど、いいかしら?」
「?」
首を傾げたフェイトに、凛は周囲にディバインシューターを飛ばして牽制しながら説明した。
もっとも説明といっても簡潔明瞭、数秒で済む物だったが。
同時に、ハルヒへも念話を飛ばして同じ内容を同時に伝達する。
魔力さえ持っていれば、送信ならともかく受信だけなら念話は容易だ。
接近してきた触手を断ち切りながらも、フェイトはこくりと頷いた。
「私は賛成です。
確かに危険ですけど……このままあやふやなまま戦い続けるよりはましだと思います」
『じゃ、そっちもいい?
念話で話した通りに動いてちょうだい』
そう念話を送った後に神人がわざとらしく体を揺すったのは、肯定の意を示したからで間違いない。
それを確認とすると同時に、フェイトは魔杖に呼びかけながら一気に前方へと飛翔した。
もちろん何の障害もないはずはなく、獲物に食いつこうと次々に触手がその足を伸ばしていく。
何の回避運動も取ろうとしないフェイトに攻撃を当てることなど容易。まるで押しつぶすのように、全方位から異形が包み込んで。
「バルディッシュ!」
『Jacket Purge, Sonic form』
寸前で、全てが吹き飛ばされた。
爆発の中、煙を吹き飛ばしながら現れたのは、マントをなくしたスパッツだけのような形態――ソニックフォームのフェイト。
先端を失い無力化された触手に一瞥さえくれず、フェイトは前だけを見つめて進む。
向かう先には、本体の周辺に展開された十を越える数の触手。その数は更に増え続けていく。
いくら速くても、自分から相手に向けて突進する以上攻撃を無視することはできはしない。
「……邪魔ッ!」
迎撃のため伸びてきた触手の攻撃を敢えて寸前で回避し、蹴り飛ばして方向転換。
そのまま同時に放たれていた金色の砲撃を回避する。
後ろから触手が追撃してくることはない。その先端を両断されては、止まらざるを得ない。
ほんの百分の一秒にも満たない接触。蹴り飛ばした瞬間に、逆手に持ち替えた雷の鎌が触手を斬り飛ばしていた。
その後も同様に、次々に襲い掛かる相手を一瞬の接敵で避けながら切断していく。
五本目を切断した周辺で、桜色の砲撃を回避しながらフェイトは一旦離脱した。
『どうだった?』
『前戦った時と違うのは、私達の知らない砲撃じゃなくてリインフォースと同じように私達の魔法を使って攻撃してきたこと。
けれど、制御も甘いし狙いも甘いし、ただ考えなしに乱射しているだけです。
威力も、リインフォース自身が使った魔法の方が強かった!』
『要するに攻撃においては強くなってもいるし弱くもなっているってワケね。
それなら……』
『Load cartridge』
爪を伸ばしてきた触手を旋回飛行して回避しながら、凛は不屈の名を冠する杖をかざす。
小気味よい音と共に薬莢が排出され、同時に環状魔法陣が杖を覆うように展開。
ターゲットは言うまでもなく、凛や神人から意識を逸らし出した砲撃形の触手だ。
「同じ分家ならちゃんと使いこなした方が上だって、教えてあげるわよ!」
『Divine Buster Full Power』
撃ち出したのは、カートリッジを使用することにより強化された広範囲への砲撃。
ディバインバスター・エクステンションの長射程を犠牲に、広い攻撃範囲を得た魔砲だと思えばいい。
2,3本は凛へと向きを変え、砲撃で迎え撃ったのものの何の意味もない。
桜色の閃光は相殺どころか易々と押し勝ち、放たれた光を押し返して射手となった蛇のような生体砲台を貫通し……
本体に直撃する寸前で、霧散した。
『……やっぱり』
『前と同じです。あの障壁を抜かない限り、攻撃は届かない……』
そう念話で会話する二人の表情には、内容ほど落ち込んだ様子は無い。
障壁があること自体は予測できたことだ。問題は、それがどれほどの硬さなのか。
それを調べるには、威力を変えながら攻撃していくしかない。だから。
『今です、ハルヒさん!』
二人が囮となって注意を引きつけた隙に接近した神人が、得物を障壁へと叩きつけた。
月光を移した水面がかき乱され、鈍い色の障壁が砕け散ったのがハルヒでも分かる。
だが……神人の鉄槌は本体にまで届いてはいない。
二枚目の障壁。それが、まるで電流を流したかのような色合いを見せながら攻撃を受け止めていた。
「一枚だけなんてことはないか……!」
『Zamber form』
離脱していたフェイトが、得物を大剣を変えて再び接近する。
相手の反応はあくまで本能的だ。近づいてくればそちらに気を逸らすし、派手なものには気を移しやすい。
巨大な神人はまさにこれ以上なく派手なものだろう。フェイトにとっては最高のチャンス。
もちろん、先ほど攻撃を仕掛けた神人は隙だらけだ。カバーをする必要がある。
しかし、神人のカバーを担うのはフェイトではない。
「させない! Verteidigen Sie(守れ)!』
『Sphere Protection』
赤い球状のバリアが、神人を覆う。
元々凛が持っている魔術の知識は、結界や強化などの魔術が多い。
つまり宝石抜きで考えると、ミッドチルダ式で言えばユーノとクロノの中間、アルフに近いタイプだ。
故に、アクセルシューターよりスフィアプロテクションを早く習得するのは至極当然なこと。
神人に巻きつこうとした触手は、尽くがバリアに弾かれ水面に落ちていく。
再び水面は乱されて――天からの光を、その表面に映し出した。
「撃ち抜け――雷神!」
『Jet Zamber』
金色の円形魔法陣の中心。そこに雷が落ち、今までさえ十分大きかった剣が更に伸張した。
神人ほど巨大な物体を覆うほどのバリアだ、術者にはそれ相応の負担と隙が生まれる。
だからこそ凛はハルヒのサポートに徹し――砲撃はフェイトが担当する!
以前戦った時に同じように行使した魔法。しかし、今回は同じ結果にはならなかった。
フェイトが百メートル近くまでに伸びた大剣を振り下ろす寸前、
神人に狙いを付けていた砲撃用の触手が突如向きを変えたのだ。その数、十本!
「しまっ……!」
既に開始された攻撃を止めるのは不可能。このまま振り下ろすしか手はない。
それでも、フェイト自身が砲撃を受けることはなかった。受けたのは、魔力によって具現化された雷剣。
ジェットザンバーを相殺するには乏しすぎる威力だが、障壁を抜けない程度にまで威力を軽減させるには十分すぎた。
「く……!」
『Haken form』
「早く下がりなさい!」
『Divine Shooter』
元の長さに雷剣を戻して離れようとするフェイトへと、容赦なく追撃が叩き込まれていく。
触手から放たれる砲撃の魔力光はそれこそ色々だ。桜色に金色、銀色の光が奔る様子は幻想的でさえある。
それでも、ディバインシューターの援護を受けながらフェイトは触手本体の突撃も砲撃も一つの例外さえなく回避する。
……闇が、砕かれた障壁を再構築していく様子を見ながら。
歯を噛み締めつつ、フェイトは水面を滑るように飛んで念話を送った。しかし。
『障壁を突破するのは、相当難しいと思います。
障壁の数は少なくとも二枚。
相手の攻撃を無視して三人がかりで勝負を掛けたとしても、突破できるのは二枚が限界。
やっぱりここは攻撃を加えるのは諦めて、逃げ回るしか……』
『…………』
『……凛さん?』
凛に、反応はない。
フェイトは思わず、もう一度言葉を送って。
『フェイト……急いで、離脱して』
やっと凛から答えが返ってきたのと、第三者からの新たな砲撃が開始されたのは、同時だった。
思わずフェイトも驚いたが、凛からの言葉を聞いてすぐに納得した。
十分に、ありえたことだからだ。
『凛さんは自分の離脱を優先してください! 神人の離脱は済んでるんですよね?』
『う、うん、そうだけど……』
『私が闇の書の闇を機動力で撹乱して、上手く乱戦に持ち込ませます。
そうすれば、相手同士で同士討ちしてくれるかもしれませんから』
そう告げて、フェイトは再び闇へと向き直った。
■
「敵が接近してきてるって? どういうこと?」
『城に向かったメンバーととっくに戦闘に入ってるけど、いくらかがこっちにも向かってるわ。
最悪、病院にまで行きかねないから、神人を一旦撤退させてそっちの防衛に回して。
無駄な消費を抑えるためにグラーフアイゼンも待機。あんな大きさじゃいい的よ』
「ちょっと、もう少し詳しく! ……ダメか」
凛から送られた念話に、ハルヒは思わずそう聞き返したが……反応はない。
ハルヒにこれほどの距離で念話を送るほどの技術はまだない。
要するに彼女の念話は受信のみであり、疑問を伝えようにも伝えようがないのだ。
「……ん〜」
それを分かっているから、ハルヒは行動を変えた。目を閉じて、意識を集中する。
どんな生物でも、同じコトを繰り返せば慣れる。
ハルヒも同じだ。無我夢中で何も分からないままだった最初とは違い、それなりに神人を自由に操れるようになっていた。
神人越しの視界を得る程度なら、できるほどに。
「あれが……ツチダマだっけ。こうして見ると強そうに見えないけど……
かなり、まずいかも」
そうして再び目を開けたハルヒの言葉は、重い。
凛が危機を抱いた物とはまさしく、ツチダマの軍団だ。
フェムトが派遣したツチダマ。大部分はレヴィ達の迎撃へと向かったものの、闇の書へも同様に軍を向けられている。
圧倒的な数で武器を運びながら移動してくれば、警戒するのが当然。
ましてや、相手が未知のものを操るなら尚更だ。
彼女には魔法の知識も銃器の知識もろくにないけれど。
視界いっぱいに広がるほどの数の暴力ぐらいは、理解できるつもりだ。
「とりあえず、神人は言うとおり下がらせるわよ。
……ちょっとだけ、物探しにね」
■
凛の眼下で川岸を埋め尽くすツチダマの群れ。
水面に移っていた揺れる月は、無粋な闖入者によってその姿をかき消されている。
それらが放つ弾幕を、凛はなんとか防ぎきっていた。
「こいつら……!」
『Flash move』
地上から火線が奔る。夜を昼に変えるほどに。
幸いにして、闇の書の闇の注意は凛から逸れている。
重力に身を任せて急降下し、少し行った所で90°横へと移動方向を変更。
ほとんどの弾は狙いを絞りきれずに無駄弾となり、
いくらかは後ろで蠢いている触手と上がって花火を上げた。
ツチダマの主武装は重火器や未来の秘密道具。
銃弾にペンシルミサイルに空気砲に……闇の書の闇の作る弾幕とは違う方面でバラエティがある。
だが、それが人を害することができるのは変わりない。
こうして撃っているツチダマの数は少なくとも、軽く三桁には届いているだろう。
その各々が何かしらの武器を用意している。そして、何より最悪なのは……
「全然闇の書の闇に近づこうとしない……!」
『恐らく、まず私達を最初に片付けようという事でしょう』
「短期決戦よりじわじわ追い込もう、ってワケね……」
闇の攻撃は無差別だ。だが、当然遠い敵よりは近い敵を狙うに決まっている。そして、その移動速度は極めて遅い。
ただでさえ凛達は戦闘中で接近していたのだ、距離を調節すれば挟撃することは簡単。
ある程度離れていた上防御手段にもそれなりに優れている凛や、護衛されて下がったばかりの神人はまだいい。
問題は、接近攻撃を行ったばかりのフェイト。
フェイトには、防御しながら強引に突破するという選択がない。というよりできない。
理由は単純、フェイトは防御が苦手だからだ。
現にツチダマからの追撃が加えられて闇の書の闇の射程範囲から離脱することもできず、
二方面からの攻撃を回避することしかできていない。
もっとも、これはツチダマ達の臆病さや士気の低さなどからくる、
できれば離れて戦おうと言う不真面目極まりない考えも原因なのだが。
「私がなんとかするしかない……レイジングハート、突っ込むわよ!」
『All right』
その言葉と同時に、凛は加速した。
スフィアプロテクションを展開しながら、敵陣のど真ん中へととんでもないスピードで突っ込んでいく。
無論、それをお迎えするのはツチダマからの盛大な花火だ。
星の光が地を照らすよりも明るい火線が、文字通り火花を上げていく。
いくら強固な魔術障壁でも、耐え切れるものではない。
衝撃のためか、凛の飛翔は止まり。球体状のバリアは、あっさりとひび割れ……そうして防御は破られた。
■
70 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/27(水) 23:22:59 ID:/X+eFOsw
【A-4 幹線道路】
陽もすっかり沈み、月明かりが夜闇をぼんやりと照らす中。
北の果てにある主催者の居城目指して、一台の救急車が疾走を続けていた。
そして、その疾走を遮るかのように正面には無数のツチダマが現れており…………
「クソッ、一体どれだけ沸けば気が済むってんだ!!」
車を運転するロックが、破壊しても破壊してもどこからともなく出現するツチダマを見て思わず悪態をつく。
彼が呆れるのも無理はなく、ヘッドライトに照らされる進行方向正面だけを見ても、その総数は数え切れないほど。
だが、そんなロックとは裏腹に、相棒のレヴィはというと車上で相変わらず嬉々としている。
「オラオラッ! どうしたどうした!? 何もしてこないのかぁ?」
両手に持つカトラスを自在に操り、目に映るツチダマを悉く破壊してゆくその表情はまさに“水を得た魚”。
見方によっては、この地に来て最も嬉しそうな表情にも見えるかもしれない。
「それにしてもレヴィ嬢……ノリノリだな」
「今まで暴れ足りなくて、相当鬱憤溜まってたみたいだからなぁ……その反動もあるんだろうよ」
頭上から聞こえる歓喜にも聞こえる声にゲインが苦笑し、車の運転を続けるロックがそれに応える。
「初めて出会った時からそうだったよ。あのレヴィっちゅう女はね、拳銃ぶっ放してる時が一番幸せなんだ。のんびりすることよりも美味い酒を飲むことよりもね」
「おー、そりゃ怖いな。今のを聞いて、彼女が敵にならなかったことを改めて幸運に思うよ」
「正直、それは俺も同じ気持ちだ」
ロックもまた、呆れ半分な表情で笑う。
「何もしてこないってんなら、こっちはただ撃つだけだぜぇ! とっとと失せなぁっ!!」
車上のレヴィは、車内の成人男性二人がそんな風に苦笑していることなど、露知らずといった様子であったが。
と、大人勢がツチダマの対応に追われている頃。
後部スペースにいたゲイナーは、トグサから送られてきた画像データに釘付けになっていた。
「これって、もしかして…………」
送られてきたのは複数の大型の機械が並ぶ部屋の画像。
そして、その画像の中央部には、白と青を主体に彩られた丸みを帯びた人型機動兵器が映っており……
「キングゲイナーまでこっちに来ていたのか……」
キングゲイナー。
それは、ゲイナーがエクソダスする際に成り行き上手に入れ、それ以降ずっと乗り続けてきたオーバーマン。
まさかその姿を、このような場所で拝めるなどとは彼は夢にも思ってなかった。
「おぉ〜、このロボット、カッコいい〜!」
ゲイナーの横から画像を見たしんのすけが、嬉しそうな声を出す。
「もしかして、このロボットとお兄さん、お知り合いなの?」
「あぁ。……大事な相棒さ」
画像と一緒に送られてきた文書ファイルを見るに、どうやらここはタチコマが発見してくれたらしく、現在は思考戦車に乗り移った彼らが部屋を防衛してくれているようだ。
さらに、そこにはご丁寧にもその部屋までのルートを示したMAPも添付されている。
トグサが、そしてタチコマがここまでしてくれたのなら、ゲイナーがやるべき事は唯一つ。
「ユービック。トグサさんに通信繋いでもらえるかな?」
「あぁ、構わないが……やはり奪還する気なのか?」
ゲイナーは頷く。
「勿論。あれは貴重な戦力になる。あのまま置いておく手はないよ。それに……」
「? それに……何だ?」
「キングゲイナーは僕が一番上手に動かせるんだ。あいつ等なんかに乗せるわけにはいかない。そうだろう?」
そう言ってゲイナーは、子供っぽい笑みを浮かべた。
『……そうか、分かった。なら、引き続きタチコマ達にはそのキングゲイナーを含めた機動兵器の防衛を任せておくことにする』
“お願いします”
『大変だと思うが、引き続き頑張ってくれ。健闘を祈る』
その言葉を最後にトグサとの通信は切れる。
――そして、その次の瞬間。
「う、うわっ!!」
悲鳴のようなブレーキ音とともに車が急停止をした。
ゲイナーはその突然の停止に体を前へと持っていかれるが、何とか持ち堪える。
だが――
「うわわっ!!」
「ぐえっ!」
持ちこたえたのも束の間。
バランスを崩したドラえもんが彼の背中に倒れてきた。
そして、その129.3kgのボディは容赦なく少年を押しつぶしたのだ。
「わ、わわ! ゲイナー君ゴメン! 大丈夫かい?」
「無事かと聞かれたら、そりゃ全然痛くないわけはないですが……そ、それよりも早くどいてくれませんか……」
「わ、ご、ゴメン!」
そこでようやく自分がゲイナーに圧し掛かったままであることに気付いたドラえもんは即座に立ち上がる。
こうして突発的な荷重から解放されたゲイナーは、そのまま前方、運転席の方へと向かう。
「……で、一体どうしたんですか? 急に止まられたら危ないじゃないですか」
「わ、悪かった。だが…………」
「文句は正面を見てから言うんだな、ゲイナー」
ゲインは狙撃銃をサイドボードの上に立てかけたのをそのままに、今度はカスールを手に持つ。
「正面? 一体何が――」
ゲインに言われるがままに顔を上げて正面を見る。
そして、そこでようやく状況を彼は把握することになる。
無数のツチダマたちが、道路の進行方向で埋め尽くすようにびっしりと敷き詰められて存在しているという現状を……
「な、何なんですかあれは……!」
「何ですかって言われてもなぁ、ツチダマと答えるしかないだろうよ」
そう言うと同時にゲインはカスールの引き金を引き、正面のツチダマを破壊する。
「急に敵の数が増えた……ってことは、城にそれだけ近づいてるって事なんだろうな」
「あぁ、その通りだろうよ。……ったく、連中弱いくせに数だけは無駄にそろえてやがる!」
車上にいたレヴィも、ゲインに負けじと両手のカトラスを絶え間なく撃ち、ツチダマ達を的確に仕留めてゆく。
だが、それでもツチダマ達はその破壊された穴を防がんと無数に沸いて出てくる。
「……奴ら、意地でも進ませないつもりのようだな」
「ケッ! 舐めた真似しやがる! だったら、こっちも意地でも通るしかないだろ」
二人の銃使いが、忌々しげにぼやきながらも、ツチダマを潰し続ける。
彼らの腕は確かで、着実にツチダマの残骸は増えてゆく。
だが、それでも相手側の増援は絶えることなく続き、向こうの陣形はそのままの形を保ったまま。
いや。むしろ、彼らは停車したままの救急車に近づいてきていた。
「奴ら、あたしらを囲うつもりだな? コンチクショウ、舐めた真似しやがって!!」
「この状況だと強引に車を進めても、途中で身動き取れなくなりそうだ。……どうするゲイン?」
「このままだと、弾薬ばかり無駄に消費してゆくばかりで、身動きとれずに囲まれるのも時間の問題……か」
すると、ゲインは銃を撃つ手を止める。
「なら、こいつを使うしかなさそうだな」
そして、彼はドアに立てかけてあったソレを手に取ると、開いていた窓から身を乗り出し、引き金を引いた。
引き金が引かれると、ソレからは火を噴きながら何かが発射される。
その何かは正面向こうへと軌道を描いてゆき、そして…………道を塞いでいた無数のツチダマ達を巻き込んで爆発した。
「……ふぅ。初めて扱ったが、反動はそこそこあるものの意外と使いやすいものだな。このRPG-7ってのは」
着弾した先を見据えながら、ゲインは座席に戻り、安堵の表情を浮かべる。
一方の他の面子はというと、突然の榴弾発射とその爆発に唖然としていたが。
「よし、この調子であと数回正面を叩けば――」
「…………って、待て待て待て!! テメェ、そんなもん持ってて今まで使ってなかったのか!?」
すると、不意に天井から怒鳴り声が聞こえてきた。
それも不満げな怒鳴り声が。
「そーいうモンがあるならなぁ、とっとと使いやがれってんだ!」
「こいつは切り札に、と思っておいたんだ。さっきも言ったが弾薬は無限じゃない。だから、こういう強い武器はいざって時のために――」
「今がそのいざって時だろが、えぇ!?」
爆煙が晴れてくると、そこには大量のツチダマの残骸が見えてきた。
着弾地点を中心に大量のツチダマが爆発に巻き込まれたようだ。
……だが、それでもなおツチダマ達の増援は止まらない。
「その通りだ、レヴィ嬢。今がいざという時。……だからこいつを使ってみた。切り札の出し惜しみをして負けるほど馬鹿げたことは無いからな」
ゲインは喋りながらRPG-7本体を弾薬とともにそれを車上のレヴィへと渡す。
「ひとまず今は目の前のツチダマを駆除しながら強行突破する。その為にもレヴィ嬢。あなたにもここは一つ、派手にやってもらいたい」
「へっ! そこで断るようなヤワな性格はしてねーよ。むしろ大歓迎だ!」
「喜んでいただけて光栄の極み」
先ほどの不満げな声はどこへやら。
レヴィはそれを受け取ると、すぐさま発射させ、ツチダマを蹴散らす。
一方のゲインももう一挺あったそれに榴弾を取り付けて発射する。
「そーいうわけでロック! ここはあたしらにまかせて、とっとと車を進めな、全速力だ!」
「レヴィ嬢の言う通り、奴らが道を塞ぎなおす前に一気に抜けてくれ。もたついてると、またモトのモクアミだ」
「オーケー。そういうことなら……レヴィ、振り落とされるなよ!」
「んなこたぁ、分かってるy――うぉっとっと!!」
言うが先かアクセルを踏み込むが先か、救急車はゲインらの指示通り、最高速度目指して加速してゆく。
そして、加速してゆく中、ゲインとレヴィは再生を続けるツチダマの壁を突き崩してゆき……
「よし! 突っ込むぞ!!」
車は遂にツチダマ達が道を塞いでいた地点へと差し掛かった。
しかし、そこは当然ながら今までの榴弾発射によって大量の爆煙が生じているわけで、フロントガラスを全て割った車がその煙の中に入ればどうなるかは……想像がつくだろう。
「しんのすけ君、ドラえもん、伏せよう!」
「え? どうして……って、うわっ!」
「おぉー! 煙が一杯だゾ〜!」
「……俺は無視か」
後部にいたゲイナー達も即座に姿勢を低くするが、煙はすぐに車内に充満する。
「げほっ! ごほっ! ……前がはっきり見えないぞ」
「ぐほっ! 気にするな、今は全力前進して奴らから逃げることだけ考えればいい!」
「げはっ! あぶっ! そうだ、そのまばっ! げほっ! 黙ってまっすぐ行けばはっ! いいんだよ、ごはっ!」
「……レヴィ、大丈夫か?」
無理もないだろう。
彼女は、車上で煙をモロに、しかも全身で浴びているのだから。
「こ、これくらい大丈夫だっつーの、ごほッ! ……ん? おい、煙が晴れて前が見えてきたぞ」
レヴィの言葉を聞くまでもなく、ロックとゲインにもそれは分かっていた。
「……これでさっき以上にあいつらがいたら、もう笑うしかないな」
「ま、そうならないことをホトケさんに祈っておくとするか」
車は煙のカーテンを越える。
そして、その先に見えたのは…………遮るものの無い道路、そして月明かりに不気味に照らされるギガゾンビの城。
「いつの間にかここまで来てたのか……」
「今までは樹木に遮られたせいで、よく見えなかったんだろう。それにしても……無駄に大きいな」
ゲインの目に映るその城は、自分の地位を誇示するかの如く高くそびえていた。
……トグサとタチコマが城内の管制を大方奪った今となっては、それは愚者を嘲る為の墓標になろうとしているが。
「遂に主催者と一騎打ちか……緊張するな」
「なーに、言ってんだロックぅ。んなこと言ってると本当に死んじまうぞ?」
レヴィは今まで以上に陽気な声を出しながら、道路脇より現れるツチダマを一体一体駆除してゆく。
「むしろ、ここまで来たんだ。もうやることはあの仮面ヤローをぶちのめすだけ……寂しいじゃねぇか。そうだろ?」
確かに逆に考えれば、首輪を解除してしまった今、残っている仕事はギガゾンビを捕獲し、脱出手段を見つけるだけだ。
ゲイン達の目指すエクソダスの達成まで、あと少し。そう、あと少しのところまで来ている。
「よーし! てめぇら、気合入れてくぞ! あたしの足引っ張らないようにしてくれよ!」
レヴィの威勢のいい声が、月の輝く夜に木霊する。
◆
【病院・病室】
時は少し戻り、ゲインらが道を塞ぐタチコマ達に悪戦苦闘している頃。
トグサは引き続き、タチコマ達から送られてくる情報を整理しながら、喜緑江美里との通信の再接続を待っていた。
「……格納庫の方はどうだ? まだ敵は来るのか?」
彼は、ふと格納庫にて思考戦車を乗っ取り、室内を守っているタチコマへと通信を入れる。
すると、そこからは元気そうな3体の声が聞こえてきた。
“大丈夫だよ〜!”
“あちら様、大した武器持ってないみたいだから、簡単に倒せるよ〜”
“この調子なら、誰かに外に出てもらって外の敵を迎え撃ってもらっても大丈夫かも〜”
監視カメラの様子を見ると、確かに3体の思考戦車はやってくるツチダマ達をことごとく破壊していた。
ツチダマ達の装備が人間が使うサイズの火器や刀剣なのに対して、タチコマ達の装備は基本的に対人、対物を兼ねた機関砲。
その装備の差を見れば、その結果の頷けるだろう。
だが、それでもトグサは油断しない。
「先ほど、別のタチコマからそちらに増援に向かう複数のツチダマがいるとの情報を聞いた。……くれぐれも油断の無いように迎撃を頼む」
“““りょ〜か〜い♪”””
「それと、そこに白と青が主体の機動兵器があるだろう? そいつはゲイナーのものらしくてな。直にそちらに向かうことになってる。だから、何としてもそこは守り通してくれ」
“え? ゲイナー君が来るの!?”
“しかも、この髪の毛みたいなのがついたのがゲイナー君の愛機なんだ!”
“僕、ゲイナー君のロボットの名前知ってるよ! キングゲイナーって言うんでしょ?”
腕を上下に上げ下げしながら思考戦車達は会話をする。
その姿は、まるで昨日見たアニメの話をする少年達の如く。
トグサはそれを見て、タチコマらしいと思わず苦笑してしまう。
「……おしゃべりも結構だが、そろそろ敵の第二陣がやってくる。……任せたぞ」
“““アイアイサ〜♪”””
相変わらずの楽しそうな口調のままのタチコマ達。
だが、そんな彼らもツチダマ達がやってくると途端に本来の仕事を思い出したように迎撃体制に入り、蹴散らしていった。
トグサは、格納庫との通信を切ると、映像を城内全体の見取り図のものに切り替える。
そして、各所の監視カメラの映像を映し出すと、そこには列を成して城内各地へ素早く移動し、行動するツチダマ達の姿が見られた。
それは、先程までのバラバラに慌てるように散り散りになって行動していた様とは大きく変わっていた。
まるで、烏合の衆が優秀な指揮官を得て、生まれ変わったかのように。
「優秀な指揮官…………か」
このツチダマ達の異変をタチコマに伝えられて以来、トグサは何か不安を感じていた。
城内の管制を奪い、敵を混乱させた今ならば、落城もそう難しくない……はずだった。
だが、今のツチダマ達のように敵の軍勢がまだある程度の統制の取れている状態だとすると話は別だ。
統制が取れている多勢に少数で立ち向かえば、どうなるかは目に見えている。
「この期に及んで、向こうも覚悟を決めたってところか?」
ならば、どうするべきか?
一度、城へと向かうゲイン達を退かせる?
否。
そのようなこと、闇の書とやらの暴走のカウントダウンが始まっている今、出来るはずも無いだろう。
そう。
今は、彼らの実力と運を信じて、行かせるしかないのだ。
そして、自分もここでただ待っているだけではなく、随時情報を送らなければならない。
敵がどのように動き、何をしようとしているのかを伝えるために。
「信じてるぞ……」
そう呟くと、彼は改めて城内各地の情報の収集作業に戻った。
◆
【ギガゾンビ城1階・格納庫】
トグサとの通信を終えた3体のタチコマ。
彼らは、トグサに言われたとおり格納庫に迫るツチダマ達を迎撃していた。
“オラオラオラオラオラオラオラオラ〜♪ どんどん行くよ〜!”
“無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄〜♪”
弾丸が連射され、たちまち近づいてきたツチダマ達は蜂の巣になる。
だが、それでもその後から後から、小虫の如く彼らはやってくる。
「進めギガ〜!」
「格納庫を奪還して、ギガゾンビ様をお守りするギガ〜!!!」
そんな突撃を繰り返す彼らの様子が、今までと違うことはトグサ同様にタチコマ達も感じていた。
今までは単体で突撃してきたり、複数でやってきても一体やられるとすぐに逃げようとしてばかりだった。
だが、今の彼らは士気が上がってる上に、前を進むツチダマ達が倒れようとも前進を続けていた。
“うわわっ! やっぱり今までと何か違うよ〜!”
“落ち着け、タチコマ-β!”
“そうそう。逆に考えるんだ。今の彼らは直線行動しかとってない。だからみんなで一斉射撃をしてれば……って、あれれ!?”
タチコマ-γが隊列をなすツチダマ達めがけて弾丸を発射しようとしたその瞬間。
彼らは一気に散開、そしてその隊列の奥から何やらバズーカのようなものが見えてきた。
“な、何だぁ、あれは?”
「撃てぇ〜〜い!!!」
その小隊の隊長を思しきツチダマが叫ぶと同時にバズーカは火を噴く。
そして、その筒から発射されたものは、タチコマ-γに直撃して……
“うわわっ!!”
“だ、大丈夫かい――って、γ! 足元が!”
“え? ……あ、あれれ? あ、脚が動か……ない!?”
よく見てみると、γの脚部は粘つく物体によって地面と接着されていた。
“こ、これって……もしかして、僕が乗ってる剣菱の新型戦車の暴走の時に使われたあのトリモチ!?”
“だとしたらマズいんじゃない? このままあれを何回も撃たれたら、僕達全員……!”
“あ、危ない!! ふたりともここを離れ――――”
γがそう言おうとした瞬間だった。
彼のボディに巨大な穴が空いたかと思うと、そのまま爆発したのだ。
“γ!? な、何が一体……”
“α! あのツチダマが何か変な銃持ってる!”
同士の爆発を悼む暇も与えずに襲い掛かるツチダマを撃ちながら、βがその腕で指し示した先。
そこでは先ほどの隊長らしきツチダマが、どこかずんぐりむっくりした銃を所持しており……
「さぁ、大人しくこの格納庫を返させもらうギガよ〜。お前らなんかトリモチとこのジャンボガンで一撃粉砕ギガ〜!!」
「「「「ギガ〜〜〜〜〜!!!!」」」」
そんな掛け声とともにツチダマ達は、改めてタチコマ達へと牙を剥いていった。
◆
【α-4 ギガゾンビ城に続く道】
あのツチダマの壁を突破して以降、ゲイン達の進軍は順調に進んでいた。
……のだが。
「……ど、どういことですか!?」
トグサから入った通信を聞いた瞬間、ゲイナーは思わずそう叫んだ。
だが、ゲイナー側からでは音声を伝えることはできない。
彼は、キーボードでもう一度自分が言いたいことを伝える。
“どういうことですか? タチコマ達が襲撃されたというのは”
『言葉通りだ。……君のキングゲイナーら機動兵器が保管されていた格納庫が現在、ツチダマから攻撃を受けているようだ』
“タチコマ達は思考戦車で迎撃しているんじゃないんですか?”
『勿論している。……だが、どうにも向こうも知恵をつけたようでな。少し苦戦してるみたいだ』
その言葉にゲイナーだけでなく、近くにいたドラえもん、それに前方にいたロックやゲインも息を呑む。
“それで……今のところ、タチコマ達やキングゲイナーは無事なんですか? 他の機動兵器を取られたりは?”
『どうやら今の戦闘中に部屋の監視カメラを破壊されたようでこちらからは目視で確認できない。だが、現在進行形で応戦してるタチコマの報告によると……既に一体のタチコマが乗った思考戦車が破壊されたようだ』
「……!」
『それと、キングゲイナーではないが、部屋の入口付近にあった機動兵器も数体奪われたようだ』
“状況は……悪いってことですね?”
『言いたくはないが、その通りだ。……そういうわけだから、出来るだけ早くそちらに向かってくれ。タチコマ達が持ちこたえている間に』
“分かってます。僕達もあと少しで城内に入れそうですから、頑張ってみます”
『それと、城内の最新情報を送ったから、そちらにも目を通しておいてくれ。それじゃ、頼んだぞ』
トグサとの通信が切れると、ゲインが後ろを振り返る。
「どうするゲイナー、思考戦車とやらが苦戦するような激戦区の中にわざわざ向かってまでキングゲイナーを奪還するか? 何ならそっちは無視して、さっさとギガゾンビのところに行っても――」
「取り返すに決まってるでしょう。どちらにせよ城内に入ったら激戦になるのは明白なんです。だったら、先に戦力を強くするためにキングゲイナーを奪還すべきです。
それに、タチコマ達だって、その為に頑張ってくれてるんです。彼らの努力を無駄にしたくはありません」
「ま、そう言うとは思ったがな。それだけ覚悟決めてるなら、奪還も可能だろうよ」
そう笑みを浮かべると、ゲインは正面を向き直り、点々と現れるツチダマを迎撃する。
「城に到着するまで、本当にもうあと少しだ! 皆、準備はいいな!?」
目の前で徐々に大きくなってゆく城の影を見ながら、ゲインは救急車に乗った仲間たち全員に向けて声を掛ける。
「勿論ですよ。ゲインさんこそ、準備を怠らないで下さいよ?」
「あたしなんかさっきから、あのいけ好かない仮面ヤローをぶっ飛ばしたくて体が疼いてるよ。……さぁ、どうしてくれようか」
「今回ばかりはレヴィに同感だな。あのギガゾンビとかいう奴には、俺も一発入れてやんないと腹の虫が治まらなそうだよ」
「僕もギガゾンビを捕まえる為……のび太君たちの仇をとる為なら、まだがんばれる!」
「オラもみんなのお手伝い、がんばるゾ!」
「グリフィス様の仇が討つために裏切り者になる覚悟なら、遠の昔に済ませてある」
ゲインは、それを聞いて満足げに頷く。
胸中の思いはそれぞれ異なるが、エクソダスを達成したいという目標は同じ。
目標を同じとし、これだけ心の強い仲間達が揃った今ならば、彼の……そしてみさえをはじめとした志半ばで散っていった者達の悲願も達成できるだろう。
そう、この地に飛ばされて以来目指してきた彼のエクソダスの完遂まであと少し……。
「よし、ならば行こう! あの城で高見の見物を気取っている主催者を俺達の手で観客席から引き摺り下ろす為に!!」
◇
【ギガゾンビ城・城門前】
そこでは、門番に命じられたツチダマ達がフェムトに命じられるまま、来るべき敵を今か今かと待っていた。
すると、そこへ偵察に行っていたツチダマが戻ってくる。
「た、大変ギガ! あいつら、車に乗って猛スピードでこっちに来てるギガ! ここにたどり着くのも時間の問題ギガ!」
門番ツチダマ達は、その言葉にざわめき立つ。
「……来たギガね」
「あぁ。ついにここまで来たギガ……」
「ここに来たという事は、途中の“ツチダマの壁”防衛ラインを突破されたという事。……向こうも本気のようギガ」
「だったら、こっちも本気を出す必要があるギガ」
ツチダマ達が、押収品保管庫から持ち出した武器を構えながら正面を見据える。
すると、直にその視界にはライトを照らした救急車が向かってくるのが見えてきた。
それを確認すると、門番長に任じられたツチダマが号令をかける。
「諸君! ギガゾンビ様の為、そしてダマ達自身のためにここを断固死守するギガ!!」
「「「「ギガ〜!」」」」
「よろしい。ならば総員迎撃ギガ!!!」
号令とともに、ツチダマ達は一斉に攻撃を繰り出す。
あるツチダマ達は前進しながら刀や槍を突き出して。
あるツチダマ達はその場で構えた銃から弾丸や電気を放って。
あるツチダマ達は手持ちの火器を投擲して。
……だが。
「ひでぶギガァ!」
「あべしギガ!」
「うわらばギガァァァァァッ!!」
果敢に攻撃をするツチダマ達はことごとく車上の女や車内の男の放つ弾丸の餌食になってゆく。
そして、気付けば――
「ダメギガ! 門番隊の八割のツチダマ達が行動不能に陥ってるギガ!!」
「ば、馬鹿な……! 八割のツチダマを損失……? たった2分でギガ? あぁぁ…………」
動揺する門番長ダマ。
だが、彼は諦めない。その手には切り札とも言うべき、とっておきの武器があったのだから。
「フ、フヒヒ…………。そ、そうギガ……ダマにはここの指揮を任された時に所持を認められたコレがあったギガ……!」
「そ、それは?」
小隊長ダマの手に握られたのは、黄金に輝く大口径の拳銃だった。
それを彼は、誇らしげに語り始める。
「これの名前は鉄血帝国(アイゼルン・ライヒ)ルガー・スペシャル!
ルガー砲兵仕様をベースに、フレームは硬質カーボン、グリップを太くし複列弾倉を収容!」
口上を述べている間にも救急車は接近を続ける。
「しかも、マン・ストッピングに優れるというには余りに絶大な破壊力の454カスール仕様!」
接近してくる車に乗る男女は次々とツチダマ達を破壊してゆき…………
残ったのは、未だ引き金を引かずに銃の自慢をするその門番長ダマのみ。
「この恐るべき銃を持っているのはツチダマ多しといえども、このダマだけギガよぉ!
そして、いますぐにあいつらはこいつの弾丸の餌食にな――――って、え?」
我に返ったと同時に城門防衛小隊の最後の生き残りであったそのツチダマはその頭に大きな風穴を開けることになった。
彼が自慢していた銃にも装填されていた454カスール弾が、その風穴をあける原因となったのは皮肉だろうか。
◇
城門を防衛するツチダマ達を全滅させたゲイン達は車を降りて、城を見上げていた。
突入に備えて、装備の再確認をしながら。
「……本当に真正面からしか入れないのか?」
「えぇ。どうやら、あのギガゾンビっていう主催者、よほど用心深いのか出入り口を一ヶ所にして、人の出入りを監視しやすくしていたみたいです」
ゲイナーがパソコンに映る見取り図を見ながら、正面からの突入に懸念を示すロックに説明する。
「へっ、臆病者の考えそうなことだぜ」
「しかし、だからといって、わざわざドアをノックして玄関から入るってのもなぁ……」
「ま、ここが唯一の入口だってんなら、向こうも兵力集めて厳重に警戒してるだろうな」
「確かに送られてきた映像を見る限りだと、ドアの向こうには大分ツチダマが集まってるみたいです。
……こうなったら、どこか窓か壁の薄い部分を壊して、そこから侵入するという手も――――」
ゲイナーが見取り図と監視カメラの画像を照らし合わせながら、警備の薄い区画を探す。
……だが、そんな彼の努力を横目に突如、正面の門が爆発した。
いや、爆発させられた、と言ったほうが的確だろうか。
そして、それを行ったのは……。
「レ、レヴィ! お前、いきなり何を……!」
「あのなぁ、お前らさっきからゴチャゴチャうるさいんだよ。時間がないんだろ? だったら、覚悟決めて正面から突っ込みゃいいじゃねーか」
レヴィは、RPG-7を片手に鬱陶しげに、文句を垂れるロックを一喝する。
「それに、ついさっきゲインが覚悟が出来てるか聞いた時、お前ら全員覚悟は出来てるって言ったじゃねぇか。その言葉は嘘なのか?」
「嘘じゃないゾ! オラ、悪い奴らと戦うカクゴはとっくに済ませてるぞ!」
「オーライだボウズ。……どうだ、こんな小さなガキでも覚悟は決めてるんだ。お前もいい加減煮えきろーぜ?」
レヴィの言葉に、男達は顔を見合わせる。
そして、すぐに一斉に呆れたような表情になると、レヴィへと向き直る。
「まったく、あなたって人は……。いいでしょう、ここまで来たんです。あなたの無茶にもう少し付き合いますよ」
「オーケイオーケイ、いい返事だ。……んなら、とっとと突っ込むことにしようぜ、っと!!」
掛け声とともに、レヴィは前へと駆けてゆき、その足で半壊した門を蹴り倒す。
そして、倒れた門の先――城内へと彼らはその一歩を踏み出してゆくのであった……。
【1階・正面ホール】
門をくぐった一同が最初に足を踏み入れたのは、その城の規模に見合うような広いスペース。
――正面ホールだった。
このホールは、城1階の各フロアへ移動する際の基点となっており、複数の廊下がここより伸びている。
だが、現在ゲイン達が1階で用があるのは、その無数にあるフロアのうち、二つのみ。
その二フロアとは、2階へ上がる為の階段があるフロアと格納庫のあるフロア。
即ち、最上階のギガゾンビのいるフロアへ行くための道と、キングゲイナーを取り返すための道の二つが彼らの進むべき道であった。
「……というわけなんですが、分かりましたか?」
ゲイナーがパソコンを開いて、見取り図を見せながら皆に説明を続ける。
「階段は、ここから右手の方向の廊下を進むとあります。そして、一方の格納庫はその反対側、左手側の廊下の突き当たりに」
「見事に正反対の方向になっちゃってるんだ……」
ドラえもんの言う通り、階段と格納庫は真逆の方向に位置していた。
ちなみに城には他にも階段がいくつかあったが、隔壁の作動の関係で使用不能なものが多く、1階については今挙げたものしか使えないのが現状である。
「ということは、まずは左に行って、そのキングゲイナーを先に回収して、それからとんぼ返りして階段へ向かうってことになるのか」
「少しばかり遠回りになるが仕方ないだろうな」
ここまで行動を起こしてしまった以上、ギガゾンビはいち早く捕獲しなくてはならない。
故に、ここでは最短距離を進みたいところだ。
しかし、かといってキングゲイナーという戦力を放置しておくことはできない。
「よし、なら早速俺達はこれから格納庫に――――」
「いや、そうもいかないみたいだぜ? ……出迎えご一行様の登場だ」
レヴィが銃を構えると、複数の廊下からツチダマがわらわらと現れてきた。
『お前ら、幾重の難関を超えて、よくここまで来たギガ〜』
『しかし、お前らの命運もここまでギガ〜』
『ここから先は、我ら城内壱番警備隊がこの命に代えても通さないギガ!!』
ツチダマ達は威圧しながら、少しずつにじり寄ってくる。
すると、しんのすけやゲイナーを守るように大人達とドラえもんがツチダマの前に立つ。
「さてどうする? このままこいつら引き連れて格納庫に向かうか?」
「向こうは多勢。こういった広い空間ならともかく、狭い廊下で追い回されたら狙い打ちされるだろうな」
「しかも、格納庫でもツチダマがタチコマと交戦してるんですよね? 下手したら挟まれちゃいますよ」
格納庫行きを決めようとした矢先にこの事態。
悉く自分はツイていないと自分の運のなさをゲイナーは悔やむ。
そしてゲイナーが悩んでいる一方で、ゲインは一つの提案を持ち出す。
「……レヴィ嬢、一つ仕事を頼みたいのだがいいかな?」
「んぁ? こんな時になんだよ……」
「ここの敵は俺がなんとか食い止めておく。だから、その間にゲイナーを格納庫まで連れていってほしい」
それを聞いて、ゲイナーは驚く。
「あ、あなた、一体何を言ってるんですか? ここまで来て戦力を二分してしまうなんて……」
「確かに危険だろうな。……だが、ここで全員揃ってこいつらの相手をしていたら、いずれジリ貧になる。
だから俺はお前とキングゲイナーに賭ける事にした」
「だ、だったら、僕一人でも……!」
「トグサが言ってたんだろう? 格納庫にもそのタチコマとかいう戦車相手に戦ってるツチダマ達がいるってよ。だから――」
「そこであたしの出番ってわけか」
レヴィが顔を目の前のツチダマ達に向けたまま口を開く。
「……ま、アンタにはカトラスを貰った貸しがあるからな。いいぜ、その仕事引き受けた」
「ちょ、そんな勝手に!」
「では、お任せしましたよレヴィ嬢」
「あぁ。運び屋ラグーン商会の名に賭けて、しかとこの坊やを届けるとするよ」
そう言うと彼女はゲイナーの首根っこをつかみ、ツチダマへ背を向けると一気に格納庫のある方向へと走り去ってゆく。
「く、首が苦じいでずっで、レ゛ヴィさん……」
「んだと? 文句言うなら、自分の足で歩くんだな!」
レヴィ達が格納庫へ向けて駆けてゆき、その足音が少しずつ遠ざかってゆく。
そして、残されたのは成人男性が二人と少年が一人、ロボットが二体。
「さて、あとはゲイナーとレヴィ嬢の帰りを待ちながら、のんびりとしていたいのだが……」
「そうは問屋が卸してくれそうにないぞ」
「あぁ、分かってるさ。……ひとまず、こいつらの相手をしてやんないとな」
目の前には依然増え続けるツチダマの軍勢。
『何のつもりか分からないギガが、何をしてもお前達はもう生きて帰れないギガ〜』
「……だとよ。どうするゲイン?」
「上等。ここで朽ちるようなら、俺達のエクソダスへの想いもその程度だったって事だ。だったら教えてやろうじゃないか、俺達の意志の強さを!」
そう叫ぶと同時に、ゲインはウィンチェスターの散弾を目の前のツチダマ達目掛けて放った。
ゲインの放つ弾丸は次々とツチダマ達を破壊してゆく。
ショットガンは元々近距離でその威力を発揮するものであるのに、加えそれを扱っているのが射撃の名手であるゲインなのだ。
その結果も頷けるだろう。
だが。
『突撃、突撃ギガ〜!』
それでもツチダマは退くことなく、彼らへと迫ってゆく。
まるで、それは死を恐れぬ決死隊。
その勢いに流石のゲインも押されだす。
「……多勢に無勢ってのは、まさにこのことなのかねぇ」
「そうかもしれないが……今は弱音吐いてる暇は無いと思うぜ?」
ロックもゲイナー特製のスタンロッドでゲインの射撃の隙を突いて迫ってくるツチダマ達を迎え撃つ。
「こういう仕事は俺向きじゃないってのに……勘弁してほしいよ!」
電源が入り、高圧電流の流れるそれは、その振り下ろされた勢いと重量も相まってツチダマ達の回路を一瞬で焼き切り、そのまま頭部を砕いてゆく。
そして、もう一本のソレを持つドラえもんも果敢に戦っていた。
「せい! やぁっ! えぇーい!!!」
「頑張ってるな、ドラえもん!」
「22世紀の猫型ロボットが足手まといじゃ、のび太君達に示しがつかないからね! えぇーい!!」
その言葉からは、病院にいた頃のやや弱気な様子は感じられない。
城に突入前に決めていた覚悟は本物だったようだ。
「んじゃ、互いに慣れない戦いだが、もう少し頑張ろうや!」
「おー!!」
彼らは改めて気合を入れなおし、ツチダマ達を迎撃する。
――と、皆が戦っている一方で。
戦う術を持たないしんのすけは、自分を守ってくれている彼らに声援を送っていた。
「オジさん、お兄さん、それにタヌキさん、頑張れ〜!!」
「だから俺はオジさんじゃないっての……」
「僕はタヌキじゃない! 猫型ロボットだぁ〜!!」
お約束の返事もそこそこに、皆はしんのすけの声援を受けて、戦い続ける。
「う〜ん、オラもオーエンだけじゃなくて、皆の力になりたいんだゾ……」
声援を送りながらも、しんのすけは少し複雑そうな顔をする。
これは、自分にとってもこの悲惨なことばかりだった一連の事件の決着をつけるための戦いだ。
その戦いで自分は何もせずにいていいのだろうか。
彼は幼いなりに、そのように考えていた。
だが、そんな彼を隣に立っていたツチダマ――ユービックが諭す。
「気にすることはない。お前が元気に応援をしているだけで皆の士気は上がる。……十分に力になってるじゃないか」
「う〜ん、そうなのかなぁ? だけど、このままオーエンしてるだけっていうのは、オラのフライドポテトが許さないゾ」
「それを言うなら、プライドだろう……恐らく」
滅茶苦茶な間違いに呆れながら、ユービックは自身の心境の変化に自分で驚いていた。
何せ、元々は主催者であるギガゾンビに生み出され、その創造主の命に従い、彼らを監視していた身であったのだから。
しかも、その後、主をグリフィスに変えた後も、彼らを監視する立場に変化はなかった。
それなのに、今の自分はこうして、監視していた側に立って加勢、その上参加者の一人を諭そうとまでしている。
「今更ながら、俺もとんだ裏切り者だな…………。後悔はしていないが」
「え? 何か言った?」
「いや、なんでもない。気にするな。……それよりも応援を続けてやったらどうだ?」
「今はそれしかやることなさそうだし……うん、分かった!!」
しんのすけはひとまず納得した表情で応援に戻る。
「皆、頑張れ〜!! …………でも、それにしても敵もたくさん出てきて卑怯だゾ……」
「ギガゾンビはツチダマを大量に生産したらしいからな」
「もしオラが大きな蝿叩きを持ってたら、まとめて叩いていたのにぃ……」
「いや、そんな大きな蝿叩きがあっても、お前に持てるわけがないだろう……常識的にかんg――――!」
そこで、ユービックはとある事を思いついた。
この状況を打破できるとある方法を。
そして、彼はそのことについて伝えるべく、背を向けたままのゲインへと声をかける。
「ゲイン。……苦戦しているか?」
「見たら分かるだろう。奴等、叩いても叩いてもキリがなく感じるぜ。……そんなこと聞く暇があったら、しんのすけの傍であいつを守ってや――」
「俺に一つ案がある。……聞いてもらえるか?」
◆
【1階・格納庫付近】
「……静かですね」
「あぁ。気味悪いくらいだ」
格納庫へ続く廊下。
破壊されたツチダマの残骸が転がるそこを歩くゲイナーとレヴィは、周囲が静寂に包まれていることを不審がっていた。
今二人の耳に聞こえるのは、遠くで聞こえるゲイン達の交戦の音のみ。
「ま、深く考えてても始まらねぇ。……とりあえず問題のブツを回収してあそこに戻ることが最優先だ」
両手のカトラスの引き金にかけた指をそのままにレヴィは進む。
そして、直に彼らは扉が開いたままの格納庫の前まで到着することになる。
するとそこに広がっていたのは……
「これは……」
「これまた随分と派手にやりやがったな……。まるで狭い部屋にありったけの手榴弾ブチ込んだあとみたいだ」
レヴィはそう評してしまうほど、格納庫の内部はひどい有様だった。
そこに広がるのは、破壊された物体の山、山、山。
廊下にも転がっていたよりもさらに破砕されたツチダマの欠片。
抉れた壁や天井、床の残骸。
戦闘の余波を受けたのであろう破損した多数の機動兵器。
そして――
「タチコマ…………」
トグサから送られてきた画像に映っていたタチコマが乗り移ったという思考戦車が2体、無残な姿で放置されていた。
「相討ち、ってとこか。……この調子だと残りの一体も怪しいところだな」
「…………」
爆発したのだろう、上部が完全に吹き飛び手脚とそれを支える基部だけになったタチコマ達を横目に彼らはさらに奥へ進む。
そう、進もうとしたその時だった。
『隙ありギガ〜!!!!』
いきなりそんな声が聞こえてきたかと思うと、残骸の中から完全に原型を留めたままのツチダマが現れた。
そして、そのツチダマは手に何やら拳銃のようなものを持っていて……
「ゲイナー、伏せろ!」
レヴィが叫び、ゲイナーごと無理矢理伏せると同時に彼女たちの頭上を何かが通過し、背後にあった壁が爆発した。
「か、壁が爆発した……?」
「……い、一体何だありゃ? 何で拳銃で榴弾みたいな爆発が起こるんだよ!」
起き上がったレヴィは、銃を構えるとツチダマのいた方向へ撃つ。
だが、ツチダマはそれを紙一重で避け、そのまま滑るように移動し、こちらへと再び狙いを定める。
『フッフッフ……ツチダマ族の秘術“活殺自在術(やられたふり)”を用いてこの場で待機していた甲斐があったギガ……。
貴様らは、ダマの作戦に気付かず、まんまとここの機動兵器という餌に釣られてやってきた“飛んで火にいる夏の虫”!!
このジャンボガンの餌食になって、ダマの名を挙げる糧になるがいいギガ〜!!!』
「チッ! 一々説明が長いんだよ! テレビ伝道師かっつーの!」
滑るように移動するツチダマをレヴィは追ってゆく。
「……ゲイナー! こいつの事はあたしに任せて、お前はとっとと目的のブツを回収して来い!」
「は、はいっ!!」
ゲイナーが格納庫の奥、キングゲイナーの安置されている場所へと向かう。
だが、それを見逃すほどツチダマの甘くはなく……
『そうはいかないギガ〜!!』
「おっと、よそ見してる暇は無いぜぇ!」
レヴィはゲイナーに注意を向け隙の出来たツチダマの片腕を撃った。
『よ、よくもダマの大事な腕を〜〜!!』
「チッ、少しズレちまったか……」
『許さん、許さんギガ!! ジャンボガンで灰燼に化すがいいギガ!!』
「へっ、……それでいいんだよ」
レヴィは目に楽しげな炎を灯らせ、改めてツチダマと向き合った。
レヴィにツチダマを任せたゲイナーは格納庫内を走っていた。
そして、それから直に彼は目的のブツ――白と青に彩られたオーバーマン、キングゲイナーを見つけることになる。
……その目の前にいる、地に脚をつけて動かなくなっている一体のベージュ色の思考戦車とともに。
その分厚いであろう装甲には、いくつもの穴が空き、小爆発を繰り返した跡が残っていた。
「タチコマ……もしかしてキングゲイナーを庇って……?」
背後にあるキングゲイナーがほぼ無傷で残っていることを鑑みるに、ここにいる思考戦車は自ら盾になってくれたようにも思える。
「フェイトちゃんを守ってくれた次は、キングゲイナーを守ってくれたのか。……ありがとう」
ゲイナーはひしゃげ黒く焦げたそのボディを優しく撫でる。
すると――
“ヤ、やァ……。やっパり来テくれたンだね……。いヤぁ、良かっタ良かッた”
突如、その思考戦車は鈍く腕だけを動かすと、壊れかけのスピーカーのように喋りだした。
「た、タチコマ!? まだ生きてるのかい!?」
“う〜ン……正直もウダメかもしれナい……。唯一動かせた腕モ動かなクなってキたし、声モ上手く出ナいヤ……”
「それなら、技術手袋を使って、何とか動かせるくらいまでに……」
“ダ、ダメだヨ……。君は、そンなこトに時間取ってル場合じゃないんダロう? レヴィちゃンが……皆が待っテルんだから……”
ゲイナーがその言葉を聞いて我に返る。
そうだ、今まさにすぐ傍でツチダマと戦っているレヴィもホールに残ったゲイン達も自分がキングゲイナーを回収して戻るのを待っている。
ここでタチコマを修理する為に時間を浪費することは……出来ない。
“ソ……んな悲しそウな顔シ……ないでよ……。ホ、ホラ……早くキングゲイナーに乗ッテ、みんなを助けに行かナイト…………
「う、うん。……ありがとうタチコマ!」
“ソれジャ……グッドラ……ック…………”
腕を弱弱しく振って激励してくれるタチコマに後ろ髪を引かれながらも、ゲイナーはキングゲイナーの腹部のチャックを、コックピットに乗り込む。
「動作は正常そうだ……。チェーンガンもポシェットも異常なし……よし、イケる!!」
動作と装備の確認を素早く済ませると、ゲイナーはキングゲイナーを本格機動する。
「行くぞ、キングゲイナー!!!」
ゲイナーの呼びかけにこたえるようにキングゲイナーは浮上、格納庫内を滑空していった。
ひとまず、レヴィを回収する為に。
“……ゲイナー君…………君ナら…………出来……る……は……z”
そして、そんなキングゲイナーの後姿を見ながら腕を振り続けていたタチコマは、その言葉を最後に完全に機能を停止した。
一方、レヴィはというとジャンボガンを装備したタチコマ相手に中々止めの一発を決められずにいた。
いや、ただ威力が強い銃を装備しただけの相手ならば、彼女もそう苦戦はしなかっただろう。
問題は、そのツチダマの脚に装備されていたローラースケートにあった。
「クソッ! チョコマカ動きやがって……どこのニンジャだテメェは!」
『ヒャハハ! 当てられるものなら当ててみるがいいギガ!!』
ツチダマは、未来の秘密道具“どこでもだれでもローラースケート”を装備し、壁や天井を自在に移動して、レヴィにも予想できない動きで弾丸を回避していたのだ。
「あの野郎……ゼッテェ、潰す!!」
『ヒャハハ! 今のうちに粋がってるがいいギガ。
どうせ、お前とダマでは、速さも銃も格が段違いなんだからギガねぇ!』
「そっちこそ大口叩いておいて後悔するなよ……」
『後悔なんて、この太くて硬いジャンボガンを持つダマがするわけないギガ〜!』
「さぁ、それはどうだろうねぇ?」
レヴィは微塵も焦りなど見せずに、その場に立ち尽くす。
天井を走っていたツチダマはその好機を見逃さない。
『太いギガ!』 一発。
『硬いギガ!』 二発。
『暴れっぱなしギガ!!』 三発。
合計三発の恐るべき弾丸がレヴィの立っていた場所に撃ち込まれる。
……だが。
『……これであの女も木っ端微j――――な、そ、そんなギガ!』
天井にいた彼の目の前に突如現れたのは自分がついさっき撃ったはずのレヴィその人。
彼女は何と、床方向に撃ち込まれた弾丸の衝突によって生じた爆煙の勢いに乗って、ツチダマのいる天井まで飛んできていたのだ。
『そんな……そんなまさかこれを狙って……!』
「今更気付いても遅いんだよ」
20世紀のヘボい銃と体を持つ人間のお前にダマが……ダマがぁ……』
「そーやっていつまでも見下してんじゃねぇよ!!」
この機を狙っていたレヴィのソードカトラスは、彼女の怒りに応える様にツチダマの全身を撃ち抜いた。
こうして、彼女はツチダマとの戦いに勝利したわけなのだが、このまま宙に浮いているわけにもいかない。
この世界にも重力・引力というものは存在するわけであり、レヴィの体はそのまま床に向けて落下する。
……だが、そんな自由落下する彼女は、床に到達する前に飛翔してきたキングゲイナーのその手に回収されることとなる。
「……よぉ。ナイスタイミングだ」
「って、何であんなところから落ちてたんですか!?」
「んなこと、どーでもいいだろ? あたしがいつ飛んで落ちたりしようが、あたしの勝手だ」
「そんな無茶苦茶な……」
相変わらずのレヴィの様子にゲイナーは呆れながらも、モニター越しにその床に落下していたツチダマを目にする。
恐らく、彼女はそれを倒す為にこのような無茶をしたのだろう。
……短い付き合いだが、彼には何となくそう思えた。
「ほら、こんなところでだべってないで、とっとと合流するぞ! これで戻ったら全滅とかだったら胸糞悪いからな!」
「そうですね。……それじゃ、全速力でいきます。しっかりつかまっててくださいね!!」
「ほぉ、こいつはカズマの野郎よりも乗り心地のいいタクs――うわぉっと!」
フォトンマットリングを出しながら、キングゲイナーは一人の乗客を掌に乗せて、一直線に飛んでいった。
仲間の待つ玄関ホールを目指して。
◆
【1階・正面ホール】
ユービックの思いついたという作戦の内容を聞いたゲインは思わず耳を疑った。
「……それは本当か?」
「この期に及んで嘘などつかない」
「しかし、それが本当だとしても一歩間違えたらヤバいことになるだろう」
「お前なら、それが出来ると見込んで話したのだ。……『黒いサザンクロス』の異名を持つお前なら出来ると信じてな」
ユービックの口調は真剣そのもの。
そして、確かにこのまま何も策を打たずにゲイナーの帰りを待っていてもジリ貧になる可能性が高い。
ならば、彼の言葉を信じてみる価値はあるだろう。
「……分かった。ここはお前の作戦に乗ってみるとしよう」
「……感謝する」
「というわけだ。ロックにドラえもん、俺が抜けた分の穴のサポートを頼む」
「了解……っと!」
「任せてよ!」
そう言うとゲインは一時銃撃を中断、ロックとドラえもんにツチダマの処理を任せている間に、ゲインは肩に掛けていたRPG-7に榴弾を装着する。
近距離での使用は爆風の影響をもろに受けるから、と使用を避けていたにも関わらず。
そして、彼はその引き金を躊躇うことなく引いた。
――しかし、ゲインの放った榴弾は、ツチダマ達に向かって放たれたものではなかった。
発射された方向……それは、天井。
そして、加速するそれは直に天井へと直撃した。
彼は、それを確認すると一発、また一発と榴弾を天井へと撃ち込む。
『ギガギガ? 一体何のつもりギガねぇ? 気でもふれたギガ?』
「……さぁ、それはどうかな?」
ゲインが不敵な笑みを浮かべる。
すると、その時、榴弾が何発も直撃した天井から突如、何かが軋む音がした。
そして、その軋む音が大きくなるにつれ天井には無数の亀裂が走り……
『な、こ、これは……何ギガ!』
「廊下に避難するんだ!!!」
ゲインが走り出すと同時に天井からは無数の瓦礫が落下してきた。
『ギ、ギガァ〜〜〜!?』
気付いたときにはもう遅く。
落下してきた瓦礫は、ホールにいた無数のツチダマ達を踏み潰していった。
それをゲイン達は避難した先の廊下から眺める。
「……こ、こいつは予想以上だな」
「天井を破壊してその瓦礫で纏めて押しつぶす、か。確かにこれなら一体一体叩くよりも手っ取り早いよ」
ユービックが考えた作戦。
それは、まさにロックが言った通り、故意に生み出した瓦礫を利用したものであった。
ユービック曰く、この城を建設する際、ギガゾンビは外観や内装の豪華さを優先する代わりに、手抜き工事によって予算を軽減していたらしい。
そして、今まさに破壊した正面ホールの天井は外からの衝撃によって簡単に崩壊するほど脆いものだったのだ。
故に彼は、ゲインのその狙撃の腕を買って、ホールの天井のみを崩壊させるように事前に計算して榴弾を撃たせていたのだ。
「しんのすけの言っていた“巨大な蝿叩き”という言葉がヒントになった」
「なるほどな。確かに壊れた天井は蝿叩きみたいな役割を果たした訳だ」
「お〜! オラ、実は凄いかもだゾ〜!」
「これはアイディア賞モノだよ、しんのすけ君」
「えへへ〜、オラ照れちゃうゾ〜」
ドラえもんに褒められ口元を緩めるしんのすけに、ゲインも自然に笑みがこぼれる。
……だが、これでツチダマ達を完全に駆逐しきったとは限らない。
彼は、新たなツチダマの軍勢の出現を警戒するべくロックとともに瓦礫に覆われ、粉塵が舞うホールへと足を踏み入れる。
「……しっかし、自分でやっといてなんだが、派手にやらかしたもんだ」
「見ろよゲイン。天井に穴が空いて上の階の天井が見えるぜ?」
ロックが指差した先。
そこには確かに天井が崩落した影響でぽっかりと巨大な穴が開いており、そこから上の階の様子が伺えた。
「こりゃ酷いな……。逆に言えば、下手にこいつをぶっ放してたら、いつ床が崩れるかわからないってことだ」
「典型的な欠陥住宅って奴だな。……怖い怖い」
苦笑しながら、二人は天井の穴を見やっていた。
すると、不意にその天井から何かが落ちてきた。
……そして、ソレはその両脚を使って見事に着地して……。
『この穴は、お前達がやったギガね〜? いいや、そうに決まってるギガ!』
二本の腕と脚を生やし、二本の機関砲を肩から生やしたツチダマと同色のボディの人型ロボットは、ツチダマ口調で喋りながら、ゲイン達へと顔を向けた。
【1階・正面ホール】
突如ホールに舞い降りたロボットに、ロックとゲインは思わずたじろぐ。
「ツチダマの次は何だ? 巨大ロボットってか!?」
「まさかドゴッゾまでこっちに来てたとはねぇ……ギガゾンビも趣味が悪いぜ」
ゲインは、ドゴッゾと呼んだそのロボットを忌々しげに睨む。
ドゴッゾ――それは、シベリアのピープルのエクソダスを妨害してきたシベリア鉄道警備隊が広く用いていたシルエットマシン。
ゲインも幾度と無く、それとは交戦していた。
『こいつとの融合調整に手間取っている間にこんなことになっていたなんて……このままだとダマはギガゾンビ様にスプラップにされてしまうギガよ。
……こうなったら、お前らの首を手土産にして許してもらうしかないギガ〜!』
ドゴッゾは、のっそりと歩きながらゲイン達に近づいてゆく。
「……おい、どうやら味方じゃないようだがどうする?」
「どうするもこうするも、今更退くわけにもいかんだろう。……戦うまでさ」
ゲインはPRGをドゴッゾ目掛けて躊躇いなく発射する。
だが、ドゴッゾは横に滑るように移動して、飛来する榴弾を軽々回避した。
「……な、何だあの動きは!? いくら機動性が高いドゴッゾでも、あんな動きできるはずが……!」
『未来人の技術を舐めてもらっては困るギガ〜! 23世紀の科学力で出来んことはないギガァァァァ!!!』
叫ぶと同時にドゴッゾは両肩の機関砲を掃射する。
「――クッ! ひとまず避難するぞ!!」
「それが懸命だな!」
なぎ払うような砲弾の雨をゲインとロックは紙一重で避けてゆく。
そして、走りながらゲインはRPGにスモーク弾を装着し、数発ドゴッゾ目掛けて放つ。
『くうっ! 煙幕なんて卑怯ギガ!!』
機関砲で撃ってくる奴には言われたくない、と思いつつもゲイン達は煙幕に戸惑っている隙にドラえもん達の元へと戻る。
「だ、大丈夫かい、二人とも」
ドラえもんが戻ってきて息切れする二人へと心配そうに声を掛ける。
「あぁ。今は何とか無事さ。……だが、あの機関砲を撃たれ続けては状況は好転しなさそうだ」
「しかも、元々機動性に優れてたドゴッゾに更に改造が加えられてるとなると……下手に逃げ出すことも出来ないだろうな」
「そ、それじゃどうするの? 僕達このままじゃ……」
焦りの表情を浮かべていたドラえもんは言葉を詰まらせる。
だが、そんなドラえもんの不安を払拭するように、しんのすけが口を開く。
「そんな不安そうな顔していちゃダメだゾ、ドラタヌキさん」
「いや、僕はタヌキじゃなくって――」
「ゲイナーお兄さんとレヴィお姉さんは必ず白いロボット連れて戻ってくるって約束していたゾ。あのロボットがあればあんなヘンテコな奴、きっと一発なんだゾ!」
ロボットにはロボットで。
恐らくキングゲイナーがいれば、あのようなドゴッゾなど改造されていたとしても、倒してくれるだろう。
キングゲイナーをその搭乗者のことを良く知るゲインは、それを尚更確証している。
「きっとお兄さん達は帰ってくる。オラ、信じてるゾ! だから皆も弱音吐かないで戻ってくるまで頑張ろうよ!」
「しんのすけ君…………。そうだね、僕、決心したはずなのにまた少し不安に――――」
『見ぃ〜つ〜けたぁ〜ギガァ〜〜』
ドラえもんが元気を取り戻したとほぼ同時。
煙幕を越えてドゴッゾがドラえもん達の視界の向こうに再び姿を現した。
嬉しそうな声とともに。
「……糞、もう見つけやがったか!」
『ダマを煙幕でまこうだなんて、百年早いギガ!』
「こうなったら仕方ない……。ここは俺がなんとか食い止める! だからお前達は一旦廊下の奥の方に……」
「いいや、ここは僕が行く!!」
ドラえもんもその言葉に、一同は驚く。
「ドラえもん……本気か?」
「僕は至って正常だよ」
「だったら分かるだろう。ここはそんなスタンロッド一つで何とかなる場面じゃない。ひとまず俺が何とかしてこいつを播くから、お前らは……」
「それくらい僕だって出来るよ。それに僕だって皆の役に少しは立たないと――」
……ドラえもんはのび太と太一の墓前で約束した。
のび太達を、太一やヤマト、ヴィータ達を、失ってしまった今、これ以上の犠牲を出さない、と。
そして、その約束に背かないように行動しようと決意した。
また、先ほどのしんのすけの『弱音を吐かずに頑張ろう』という言葉で、改めてその決意を胸に刻んだ。
(僕はもう見ているだけでなんかいない! 皆の為に今度こそ戦うんだ!)
自分はロボットだ。
他の皆よりも力はあるし、頑丈なはず。
だからこそ、そんな自分を活かさない手は無かった。
スタンロッドという強力な武器をゲイナーから貰ったとなったら尚更。
『ほぉ〜、お前よく見たら、ギガゾンビ様の仇の青タヌキじゃないかギガ』
「タヌキじゃない! 僕は猫型ロボットだ!」
このような時でも訂正は忘れない。
『そんなのどっちでもいいギガ。……お前を壊してギガゾンビ様に献上すれば、ダマの地位もフェムトくらい上がるギガ。
……そんなわけで、覚悟ギガ〜!!』
「それはこっちの台詞だぁ〜! えぇ〜い!!」
「ドラえもん! ……止めろ!!」
ゲインが、ロックが制止する。
だが、それでもドラえもんは止まらない。
彼はドゴッゾへ向かってスタンロッド片手に一直線に駆け抜ける。
「うおおおお〜〜〜!!!!」
『フン、やっぱり一世紀前のロボットは馬鹿ギガ……』
ドゴッゾはその場に立ったまま機関砲でドラえもんに狙いを定める。
「やらせてたまるか! これ以上の犠牲は……!」
ゲインはRPG-7を使うべく、流弾を装着しようとする。
だが、それよりも早く。
『吹き飛べ青タヌキィ、ギガァッ!!!』
無情にも機関砲は火を噴いた。
――――が、砲弾は発射されなかった。
『……な!? 何が起こったギガ!?』
機関砲が火を噴いたのは、砲弾を放った為ではない。
砲身が廊下の奥から飛んできた弾丸の直撃を受けて爆発し、火を噴いたのだ。
ドゴッゾは突然の事態に一瞬慌てるが、すぐに落ち着きを取り戻し、弾丸の放たれた方向を見る。
弾丸が飛んできたのを確認したゲインやロックも後ろを振り向いて、そちらを見る。
すると、そこに見えたのは……
「無事ですか、皆!!!」
「レヴィ姉さんご一行のご帰還だぞ〜! 」
その奥からはチェーンガンを持ったキングゲイナーがやってきていた。
……そう、偶然にも彼らが逃げ込んだ廊下というのはゲイナー達が向かっていった格納庫に続く廊下だったのだ。
キングゲイナーはゲイン達の傍で足をつくと、肩に乗せていたレヴィを下ろす。
「……良かった。今のところ皆無事のようですね」
「あ、あぁ。……だが、今は互いの無事を祝ってる場合じゃないんだ」
「えぇ、それは分かってます……」
ゲイン、そしてゲイナーが向いた先には片方の機関砲を完膚なきまでに破壊されたドゴッゾの姿。
当然ながら、彼は怒っていた。
『き、貴様、よくもやってくれたギガね!』
「そっちこそ、よくもドラえもんを撃とうとしましたね。……僕達の大事な友達を!」
キングゲイナーは再度浮上すると滑空したままゲイン達を、その先で転んでいたドラえもんを飛び越え、そしてドゴッゾへショルダータックルを決める。
『ギ、ギガ〜!!?』
突然の突進にドゴッゾは瓦礫に埋もれるホールへと転がり戻ってゆく。
「これ以上、僕達の邪魔をしようっていうのなら、僕はお前を容赦しない!」
『ギガ……な、舐めるなギガ〜!!!』
長い両腕で器用に起き上がると、ドゴッゾはゲイン達に見せた以上に俊敏にホールを縦横無尽に動き回る。
キングゲイナーは、それを飛翔したまま追う。
『ダマは壱番警備隊長を任され、機動兵器に乗ることを許された栄誉あるツチダマなんだギガ。どけと言われて、はいそうですかと道を譲る訳にはいかないんだギガァー!!!』
ドゴッゾは残っていたもう一門の機関砲を撃ち続ける。
だが、それはキングゲイナーに当たることなく、悉く壁に吸い込まれてしまう。
『ギ、ギガッ! 素早い! ダマよりも速いギガ!?』
「キングゲイナーがドゴッゾなんかに負けるはずがないっ!!」
そして、気付けばキングゲイナーはドゴッゾに肉薄していた。
この超近距離では自慢の機関砲も撃つ事ができない。
成す術がなくなったドゴッゾは、慌てて距離を取ろうとする。
だが、キングゲイナーがそんなことを許すはずもなく、彼は持っていたチェーンガンを大きく振り上げ――
「これで……終わりだぁー!!!!」
振り下ろされたそれは、刀身に付けられたチェーンを回転させながらドゴッゾを縦に切り裂いてゆく。
そして、あっという間に頭部から股関節までを完全に二分してしまい……
『ギ、ギガゾンビ様に栄光あれギガァァァァァァァ!!!!!!』
火花を上げながら、ドゴッゾは爆散した。
こうして、改めてホールには静寂が戻ったのであった……。
【1階・正面ホール】
ドゴッゾを撃破し、一段落の着いたところでゲイナーはキングゲイナーから下り、皆と改めて合流した。
すると、彼の元へ真っ先に駆けつけたゲインは顔を見るなり、早々に――
「あだっ!!」
拳骨を彼の脳天に浴びせた。
「な、何するんですか!?」
「……いや、ちと遅すぎやしなかったか、と思ってな。つい」
「そりゃ、多少は色々あったから遅くはなりましたけど、何とか間に合ったから良かったじゃないですか。ねぇ、レヴィさん?」
救いを求めるように、レヴィの方を見る。
だが、壁に寄りかかっていたレヴィは、何やらひねた笑みを浮かべる。
「さぁ、どうかね? お前がもっとしっかりしてたら、もう少しは早く来れたかもなぁ」
「ちょ、そ、そんなぁっ!!」
「冗談だよ、冗談。冗談が通じない男は、女に嫌われるもんだぜ、坊や」
「そうそう〜。イチリューの男は、ジョークが分かる男だって、父ちゃんも言ってたゾ〜」
しんのすけの言葉に、レヴィが意地悪そうに笑う。
そして、そんな彼女を見て、ロックやドラえもんも悪いと思いながらも笑みをこぼす。
ゲイナーはそんな仲間達に何かを言おうとするが、それはゲインの言葉に遮られる。
「……ま、そういうわけで冗談はさておき、だ。ひとまずこれでキングゲイナーも回収できたわけだし、この周辺のツチダマ達も大方片付いた。
そろそろ出発しよう。道のりは長そうだからな」
「何だか釈然としませんが……確かにゲインさんの言う通りです。ここは敵が集まってくる前にさっさと上に――」
「ちょっと待った」
と、そこでレヴィがゲイン達を呼び止める。
彼女はぼーっと上を見たまま、その場に立ち止まっていた。
「どうしましたレヴィ嬢?」
「なぁ、どうせ上に行くんだろ? だったら、わざわざ階段行く必要はないんじゃないのか?」
「え? でもなレヴィ、階段使わないでどうやって…………って、まさか!?」
レヴィの視線を追っていたロックが、彼女の言わんとしていることに気付く。
レヴィとロック、二人が見ていた先にはゲインが開けた天井の大穴があった。
そして、その穴の向こうには目指すべき上の階の天井が見えており……
「そういうこった。どこの誰が作ったか分からないが、こんな近道があるなら使わない手はないだろうよ」
「なるほど……。何度も見上げたのに気付かなかったが……こいつは中々妙案だな」
「ユービック、どうなんだい? ルート的には大丈夫っぽい?」
「……ここの真上を経由しても、司令室へ向かうにはなんら問題はない。……むしろ移動時間の短縮は確実だろう」
それを聞いて、レヴィは頷く。
「よし! んだったら、決定だ。早速頼むぜゲイナー!」
「た、頼むって一体何を……」
「決まってんだろ? お前のそのキングゲイナーってやつであたしらを一気に上に持ってってくれって言ってんだよ」
悪びれもなくレヴィはゲイナーの肩を叩く。
「キングゲイナーをリフト代わりにしますか……」
「道具は使いよう、って言うだろう? 有効活用なんだから文句言うなって!」
……確かに、キングゲイナーで飛ぶ以外にあの穴を飛び越えることはできないだろう。
それに移動時間を短縮できるのなら万々歳だ。
それ故に……レヴィが正論であるが故に何度も肩を叩かれながら、ゲイナーは溜息をつく。
そして、そんな中で彼はふと思い出した。
――かつて、キングゲイナーに畑仕事をさせたいと言っていた同級生がいたことを。
(女の人の考えることって……やっぱり少し変わってるよ)
【α-5/ギガゾンビ城1階・正面ホール/2日目・夜中】
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:疲労蓄積、風邪の初期症状、腹部と後頭部と顔面に打撲(処置済み)
[搭乗]:キングゲイナー(チェーンガン装備)
[装備]:AK-47カラシニコフ (弾数:30/30-予備弾薬×10発)、トウカの日本刀、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費)、技術手袋(使用回数:残り9回)
スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳、クーガーのサングラス、エクソダス計画書
病院内で見つけた工具箱、解体された首輪、機械の部品多数
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出
1:皆を天井の穴の上まで運ぶ。
2:機動兵器が出現したら応戦する。
3:トグサから送ってもらったデータを暗記
4:自分の身は自分で守る
[備考]
※名簿と地図を暗記しています
※リリカルなのはの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています
※基礎的な工学知識を得ました
【レヴィ@BLACK LAGOON】
[状態]:脇腹と右腕に銃創、左腕に傷跡、そこそこ疲労、ハイテンション
[装備]:ソードカトラス×2 (残弾4/15、4/15-予備弾薬×150発)
RPG-7(榴弾×12発、スモーク弾×40発、照明弾×40発)
[道具]:デイバッグと支給品一式
イングラムM10サブマシンガン (残弾30/30-予備弾薬×30発)
グルメテーブルかけ(使用回数:残り16品)、ぬけ穴ライト、テキオー灯
バカルディ(ラム酒)×1本、割れた酒瓶(凶器として使える)、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。物事なんでも速攻解決!! 銃で!!
1:とにかく撃ちたい。撃ちまくりたい!
2:向かってくるヤツは容赦せず撃つ!
3:逃げるヤツも容赦せず撃つ!
4:もちろん、バリアジャケットのことを言触らかすヤツも撃つ! これは念入りに撃つ!
5:機会があればゲインとやり合いたい
[備考]
※双子の名前は知りません
※魔法などに対し、ある意味で悟りの境地に達しました
※テキオー灯の効果は知りません
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)
[装備]:NTW20対物ライフル(弾数3/3-予備弾薬×30)
ウィンチェスターM1897 (弾数3/5-予備弾薬×72発)
454カスール カスタムオート (残弾:4/7発-予備弾薬×40発)
RPG-7(榴弾×14発、スモーク弾×36発、照明弾×41発)
悟史のバット
[道具]:デイバッグと支給品一式、スパイセットの目玉と耳(×2セット) 、どこでもドア
トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ、エクソダス計画書
[思考]
基本:ギガゾンビを打倒し、ここからエクソダス(脱出)する
1:攻撃の意志がある敵は容赦なく迎撃する。
2:ギガゾンビを探し出し、捕まえる
4:事が終われば、トウカと不二子の遺体を埋葬しに戻る
[備考]
※首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています
※モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました
※ユービックのことを一応は信用はしましたが、別の嫌悪感を抱き始めています
※どこでもドアを使用してのギガゾンビ城周辺(α-5のエリア一帯)への侵入は不可能です
197 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/28(木) 02:13:14 ID:pSi38H4b
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、鼻を骨折(手当て済み)
[装備]:ゲイナー製スタンロッド (電気65%、軽油2回分)、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグと支給品一式、現金数千円、たずね人ステッキ、エクソダス計画書
[思考]:
基本:力を合わせ皆でゲームから脱出する。出来ることならギガゾンビに一泡吹かせたい
1:出来る範囲でゲインらの迎撃に参加する。
2:しんのすけ、ゲイナー、ドラえもん、ユービックを守る
3:ギガゾンビを見つける
[備考]
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました
※レヴィの趣味に関して致命的な勘違いをしつつあります
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:大程度のダメージ、頭部に強い衝撃、強い決意、中程度の疲労
[装備]:ゲイナー製スタンロッド (電気72%、軽油2回分)
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費) 、虎竹刀
[思考]
基本:ひみつ道具と仲間を集めて仇を取る。ギガゾンビを何とかする
1:しんのすけとゲイナーを守る
2:ギガゾンビを見つけて捕まえる
[備考]
※Fateの世界の魔術、リリカルなのはの世界の魔法――の知識があります
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている、強い決心
[装備]:ひらりマント
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料5食分消費)
わすれろ草、キートンの名刺(大学)、ロープ
[思考]
基本:皆でここから脱出して、春日部に帰る
1:みんなのお手伝いをする
2:ギガゾンビを見つける
3:全部終わったら、かーちゃんに報告する
[備考]
※両親の死を知りました
【住職ダマB(ユービック)】
[状態]:一応修復済み(下半身はつぎはぎ)、電脳通信可能、孔を増設、タチコマのメモリを挿しています
[装備]:なし ※手の先から電撃を放てる
[道具]:ノートPC(ユービック)
[思考]:
基本:グリフィスの仇を討つ。そのために参加者達に協力する
1:トグサと通信して、トグサの意をみんなに伝える
2:トグサから得た情報をPCに転送する
3:ギガゾンビを探す
[備考]
※ギガゾンビの言葉(ツチダマはいつでも爆破できる)はハッタリかもと思っています
※ゲイナーがレヴィに強制連行される際に放置されていたパソコンを回収しました。
◆
【病院・病室】
「……よしっ!」
監視カメラを通じてゲイン達の様子を見ていたトグサは、キングゲイナーがドゴッゾを撃破した瞬間、思わずそんな歓喜の声を上げていた。
“やったぁ〜!!”
“勝った勝った〜!”
“キングゲイナーかっこいー!”
そして、歓喜の声はパソコンの向こうのタチコマ達からも聞こえてくる。
だが、いつまでも喜んでいられない。
トグサは、タチコマ達に今後ゲイン達が進むであろう進路に敵がいるかどうかを調べるように命じる。
そう、まだこれで敵の攻撃が全て終わったわけではないのだ。
「ツチダマの動きもそうだが、他にも奪われた機動兵器がいくつかあるはずだ。それらがいつ動き出すかについては特に念入りに調べておいてくれ」
“““ラジャー!!”””
そう命じて、トグサは一度タチコマ達との通信を切る。
そして、次に彼はパソコンを操作し、格納庫の映像を映し出す。
……すると、そこにはゲイナー達が見たのと同じ惨状が映る。
その中には、タチコマ達が乗り移った思考戦車の残骸もあり……
「……やっぱり反応なし、か」
そのタチコマ達に通信をつなげようとするも返事はどこからも返ってこなかった。
彼らは実に勇敢に戦ってくれた。
敵の道の武器相手に怖気づかずに立ち向かい、最後までキングゲイナーの死守に徹してくれた。
そして、その結果がついさっきのドゴッゾ撃破に繋がったのだ。
いわば、あのタチコマ達はドラえもんの、そしてゲイン達全ての命の恩人だ。
「……立派だったぞ。フェイトを救った本体同様に、公安九課として恥じることない生き様だった」
トグサは、改めて彼らへ感謝の意を示す。
そして、しばし彼はその映像を眺めるとそのカメラの向きを変える。
すると、そこには壁が映る。
……いや、ただの壁ではない。
その壁には僅かだか直線的な――人工的に入れられたとしか思えない裂け目が入っていた。
「さて、こいつはどうしたものか……」
格納庫内を調べている間に見つけたそれは、タチコマ達に幾度となく調べてもらったものの正体は分からなかった。
その壁の裂け目が一体何を意味しているのか、どのような意図があるのか。
城内の殆どのシステムを掌握した今ですらも、それは不明のまま。
元々意味のない、ただの模様といわれたらそこまでだが、彼にはそれがどうしても気がかりでならなかった。
(嫌な予感が的中していなければいいんだがな……)
そう思いつつ、彼は映像を見取り図に戻し、全体の監視を続けようとした。
だが、次の瞬間。
「……ん? 何だ、蛍……じゃない? こ、これは……」
突如、トグサの傍で横たわっていた長門の遺体が淡く光りだした。
そして、更に次の瞬間。
――EMIRI.K>あ、繋がった。
初めて“彼女”と出会ったときと同じ文字列が表示されたウィンドウがパソコンの画面に現れた。
【D-3/病院・病室/2日目・夜中】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気、足に結構な疲労、SOS団団員辞退は不許可
[装備]:コルトM1917 (弾数:6/6発-予備弾薬×114発)
S&W M19 (残弾6/6発-予備弾薬×51発)
コルトガバメント (残弾:7/7-予備残弾×78発)
[道具]:デイバッグと支給品一式、警察手帳、i-pod、エクソダス計画書
ノートパソコン、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"のゲームCD
[思考]:
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護
1:喜緑との通信を行う。
2:タチコマ達にハッキングの維持、情報収集をさせる
3:集まった情報を選別してゲイナー達に送る
4:敵が現れれば、長門とノートPC、屋上のハルヒを守る
[備考]
※トグサが見つけた謎の亀裂は、格納庫最奥部の特別コレクションルームの入口です。
※長門の発光は、喜緑との再接続による影響です。
※病院に残された支給品に関しては「陽が落ちる」と同様のまま、変化なしです。
【タチコマ-α 機能停止】
【タチコマ-β 機能停止】
【タチコマ-γ 機能停止】
※格納庫最奥部の特別コレクションルームについて
スゲーナスゴイデスによる厳重な封印の影響で、彼(とタチコマ達)がその存在に気付くことはありません。
また、見取り図にもその存在は示されておらず、フェムト以外のツチダマ達もその存在は認識していません。
>>64からの続きとなります。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
水を切りながら飛ぶ。
ただ、低く飛ぶことしか出来ない――上空は弾幕の制圧化にある。無謀に飛び上がれば、一瞬にして撃ち落とされるだけだ。
「――く!」
『Load cartridge, Defenser plus』
フェイトの左半身を半球状の膜が覆う。同時に、空気砲が四つほど連続して着弾していく。
だがそれに安堵している暇は無い。素早くフェイトは向きを変え、銀色の砲撃を回避した。
同じ砲撃でも、ディバインバスターとサンダースマッシャーでは微妙に差異がある。
それでも、一つずつ撃たれるなら余裕だ。理性のない攻撃に苦戦するほどフェイトは甘くない。
しかし砲撃を行う触手が十本以上あり――更に、川岸からも銃撃が加えられるとしたら?
『Haken Saber』
すぐ脇の水面に突き刺さった触手を切断し、その勢いで錐揉み回転して砲撃を回避。
更にそのままの勢いでバルディッシュ先端の刃を投擲し、砲台となっている触手の一部を両断する。
そのまま直進しようとして……フェイトはすぐに反転した。
目の前で違う爆発が起き、水を巻き上げる。砲撃によるものではない。ツチダマの運んできた無敵砲台によるものだ。
川岸に陣取ったツチダマ達が、その武器を片っ端からフェイトへと向けている。
「上陸させるなギガ! あいつを化け物に近づいて標的にさせるんだギガ!
口でクソたれる前にギガと言え!」
「ギガ、了解であります、ギガ!」
様々な秘密道具や銃火器が片っ端から放たれる。
熱線銃の熱線が次々に水面に直撃して水蒸気を吹き上げ、
それで途絶えた視界を縫って空気砲が湧き上がったばかりの蒸気を吹き飛ばしながら飛来し、
止めとばかりにバズーカ砲が連射される。
とっさに退いたフェイトだが……忘れてはならない。隻眼となった彼女の視界には、死角が存在することを。
気付いた時にはもう遅い。脇から触手が叩きつけられ……その体は、軽々と吹き飛ばされていた。
■
凛の防御は確かに破られていた。
『Divine Buster Full Burst』
但しそれは、内側から。
内側から凛が放った砲撃が、ツチダマの火線ごと飲み込んで地上で炸裂する。
凛が足を止めたのは、衝撃に耐え切れなかったからではない。砲撃を撃ちこむ為だ。
運の悪いツチダマが十数体吹き飛ばされ、その数倍のツチダマが土煙や破片などで怯む。
もっとも、直撃を受けたものより生き残ったツチダマが運がいいかと言えば……それは、否。
着弾した地点の近く、なんとか回避できたツチダマがやっと晴れた土煙の中に最初に視認したのは、
いつの間にか着地していた赤い魔導師の、影。
「Fixierung(狙え), EileSalve(一斉射撃)!」
『Divine Buster』
反応する間もなく、詠唱が紡がれる。
左腕からガンド、右手からディバインバスターを発射したまま一回転。
機関銃と砲撃が周囲にいたツチダマを一瞬にしてなぎ払い、更に惨状は拡大した。
下手に強い自我を持ってしまったことが災いし――ツチダマは覆われた視界に悩み、混乱し、ばらばらになっていく。
ある者は立ち竦み、ある者は距離を取ろうとし、ある者は応戦しようとする。
これを正しく表現するとすれば――烏合の衆、という言葉以外にはない。
「ど、どこに――ギガァ!?」
哀れなツチダマが、突然背後から現れた凛に粉砕された。死因は斧刃脚だ。
周囲の数体が接近に気付いたものの、この位置では味方を誤射することに気付いて立ち竦み……
一体が発勁によって吹き飛ばされ、そのまま後ろにいた仲間をなぎ倒していく。
しかし、前方を片付けたところで囲まれていることには変わりない。
後ろから隙を突こうとツチダマが飛び掛り……向き直った凛に掌をぶつけられて粉砕される。
この状態に粟を食ったのか、指揮を任されたツチダマが慌てて号令を出した。
「う、撃てーッ!!!」
「馬鹿、ギガごと撃つ気――!?」
悲鳴は最前列にいたツチダマ達からのものだ。しかし、それが聞こえることはなかった。
火線が一気に集中され、爆発を生む。激しい閃光と鈍い破砕音が、その場にいたツチダマの感覚を一時的に麻痺させていく。
しばらくした頃には、土煙などで凛の周囲は完全に見えなくなっていた。
「撃ち方ーやめーいギガー!」
「や、やったギガか?」
「ギガ……いくら魔術師と言えども、この至近距離からの弾幕では……何ィ!?」
号令と共に火線が途絶え……煙が晴れていくごとに、大きな球状の影が現れていく。
そうして現れたのは、赤い球状のバリアで自分を覆った凛の姿。そして、周囲に散らばるツチダマの残骸。
ただ仲間殺しをしただけという事実に、ツチダマ達が青くなる。
対する凛はといえば、攻撃も仕掛けずに悠々と手の砂を払ってレイジングハートとの会話を開始した。
『いつの間にブレイクインパルスを習得したんですか?』
「あれは纏絲勁で起こした振動を増幅しただけ。最近の魔術師には格闘技も必須科目なのよ。
……さて」
そのまま、のんびりと凛は周囲を一瞥する。星光の中、髪をさらりと流しながら見るその視線はただ優雅だ。
彼女はまるで自宅にいるかのようなくつろいだ笑みを浮かべて、手を招く。
それが意味することはただ一つ。
「さて……次は誰かしら?」
「な、なめられてるギガ……!」
「アパーム! アパーム! 弾! 弾持ってくるギガ! アパーーーム!」
頭に血を上らせて……もっとも血はないが……ツチダマ達は攻撃を再開した。
しかし、凛は臆することなく、ただ上手くいっていることにほくそ笑むのみ。
そう。
こうやって、凛に目が向くことがフェイトの助けとなるはず――!
■
「な、何が起こっているギガか!?」
「うらたえるんじゃないギガ! ツチダマ達はうろたえないギガ!!!」
指揮系統の混乱は、往々にして重大な損害を与えるものだ。
凛が巻き起こした混乱は、一時とはいえ川岸に最前列で陣取っていたツチダマの動きさえ止め……
その隙に、フェイトは体勢を立て直すことに成功した。
「う……げほ、ごほ」
『Sir?』
「大丈夫……まだ、やれる……ッ!?」
しかし、呼吸を整える暇さえ彼女には与えられない。
次々に放たれてきた砲撃を、フェイトは寸前でなんとか回避した。
ツチダマが止まっても、闇の書の闇には関係ない。ただ暴れるだけだ。
そのまま、次々にフェイトへと触手がなだれ込むように襲い掛かっていく。
素早くかいくぐって数本を斬り飛ばすと同時に……ツチダマ達の射撃が再開された。
上も左右も逃げ道はない。そして前には厚い弾幕、後ろには異形の密林。完全な包囲体勢だ。
「……まだ、これくらい!」
『Round Shield』
第一波とばかりに浴びせられた砲撃を、フェイトはなんとか防御した。
しかし、それが間違い。フェイトが足が止めるということ自体が負けに繋がるのは、なのはとの戦いで実証されている。
第二波、触手本体の体当たりが、フェイトを水中へと叩き落した。
■
(……そろそろまずいかも、ね)
一分近くの間に数え切れないほどのツチダマを粉砕して、凛が思考したことはこれだった。
奇襲による混乱。挑発による統率の乱れ。そのどちらともが、時間と共に薄れるものだ。
そして、これは自分だけの問題ではない。
冷静に対応されることは、フェイトが今の最悪の状況から離脱する隙がなくなってくることも意味する。
「Klemme(縛れ)」
『Chain bind』
屈んで空気砲の砲撃を避けた凛の左腕から、赤い魔力の鎖が伸びた。
それはいとも簡単に一体のツチダマを捕獲したが、捕獲した対象を砕くことはない。
そもそも、凛の目的は「鎖を伸ばす」ことなのだから。
『Load cartridge』
「Gros zwei(強化)――いっけぇえええええ!」
「ギ、ギガァァァァ!?」
自分の腕と伸ばした鎖に凛は強化を施し――そのまま、ツチダマごと鎖を大回転させる!
カートリッジを消費してまで行われた強化の成果は絶大だ。
捕まったツチダマは質量弾としてぶつかった相手にヒビを入れ、粉砕し、
鎖は押し返す余裕さえ与えずにツチダマをなぎ倒していく。
ちょうど360°回ったところで、凛はそのまま鎖を砕いた。勢いのままに、捕まっていたツチダマは飛んでいく。
しかし……
「!?」
突如、凛のバランスが崩れた。受け身を取る暇もなく、凛は無様に転倒する。
衝撃よりもむしろ混乱で、その行動は一瞬とはいえ止まり……同時に、ツチダマが喝采を上げた。
「やったギガ! 転ばし屋様様ギガ!」
「喜んでいる暇があったらさっさと撃つギガ!」
数えるのも馬鹿らしいほどの武器がたった一人の少女に向けられる。
それでも何とか凛は顔を上げ――素早く防御魔法を展開した。
しかし、覆われた視界、混乱した思考の中ツチダマという障害物付きで行われた先ほどの一斉射撃とは訳が違う。
これだけの数、明らかに凛の魔力放出量の限界を超えている。まともに受けきるのは不可能だ。
『Load cartridge Circle Protection』
「無駄無駄無駄ァ! 逃がれることはできないギガッ!」
「きさまはチェスや将棋でいう『詰み(チェック・メイト)』にはまったのギ……ガァ!?」
それで勝敗が確定したかどうかは、また別の話だが。
凛に対して銃弾の雨が振ってくることはなかった。
変わりに降って来たのは、瓦礫の山。その対象はツチダマ達。
所構わず次々に降ってくるその全てが、人一人よりも大きく、重い。
破片のいくらかは凛にもぶつかってきたが、全てが魔力によって生み出された障壁によって弾かれていく。
理由は単純、この瓦礫は凛を狙ったものではない。直撃でないなら、十分に防げる。
「な、何が起こったギガ!?」
「しゅ、修理兵、修理兵!」
「あ、あそこギガ! あれを見るギガ!」
再び混乱の渦に飲み込まれたツチダマ達だったが、それでもすぐに気付いた。
距離にして数百m離れ、エリアを跨いだ場所、映画館跡地。
そこにいたのは、瓦礫を拾い上げ、投擲の姿勢に入った神人の姿だ。
そう――神人ほどの大きさなら、巨大な瓦礫を持ち上げることなど容易。
そして神人の力と瓦礫の重さなら、瓦礫を投擲するだけで質量兵器としては十分すぎる威力となる。
グラーフアイゼン・ギガントフォルムで接近戦を挑めばその巨体がわざわざしていらぬダメージを受けかねないし、
そもそもツチダマを倒すならグラーフアイゼンを使う必要はない。ただ腕をなぎ払えばそれで済む。
隙が大きい攻撃を繰り返してもぐら叩きでオーバーキルするより、それなりの攻撃を連発する方がいい。
もちろん、神人が大きく、目立つということには変わりない。
「あ、あのデカブツギガ!」
「ええい、あんなもの、火線を集中してさっさと……」
『Divine Buster』
だが……注意を逸らしたツチダマ達を襲うのは、容赦ない凛からの砲撃だ。
フェイトへの射撃に人員をそれなりに裂いたこと、そして凛や神人から受けた損害がここに来て顕著になる。
ディバインバスターは射線上のツチダマを全て飲み込み……ついに、包囲陣の一角に穴を開けた。
「ご、合流させ……」
「邪魔だっての!」
なんとかカバーに入ろうとしたツチダマに、凛の人差し指が突きつけられる。
その指から放たれるのは北欧の呪い。レイジングハートの補助を受けて放つガンドはそれこそ機関銃を上回る威力だ。
数体のツチダマを倒すだけならば、余計な溜めがない点で砲撃より有用と言える。
「回り込め! なんとしても阻むギガ!」
「神人を操ってる女が姿を晒しているギガ! こいつさえ倒せばギガ達は勝てる!」
「……!? あの馬鹿!」
混乱のさなかに聞こえた言葉に、思わず凛は毒づいた。
すぐに眼球に魔力を流して見渡してみれば、神人の後方に立っているハルヒの姿が目測できる。
しかしそれに対して考えるより先に、凛の視界の脇に闇が移った。
「まず……!」
『Round Shield』
ついに川岸にまで上ってきた無数の触手が次々に地面に叩きつけられ、地響きを上げていく。
とっさに防御した凛でさえ、魔力盾を掲げる腕が軋む。周囲のツチダマ達がどうなるか、など言うまでもない。
しかし、結果的に、この攻撃は凛にプラスとなった。
いよいよ混乱が加速したツチダマ達の動きは支離滅裂になり、敵前逃亡を開始するものまで出る始末。
その隙に凛は置き土産を撃ち込みながら素早く離脱して……ふわりと神人の後ろ、ハルヒの脇に着地した。
「助けてくれたのは感謝するけど……なんであんた本人までこっちに来たのよ?
神人は遠隔操作できるじゃない」
「弱点を晒したほうが、注意をこっちに向けてくれると思ったの」
「……まあ、来ちゃったものはしょうがないけど」
瓦礫を投げ続ける巨人の後ろで話しこむ二人の美少女というのは、ある意味かなりシュールな光景だろう。
もっとも、周辺が阿鼻叫喚のような有様となっているこの状況下では気にする者などいないが。
「それより、フェイトはどうなったか見てない?
途中ではぐれたまま、念話にも応答しないし……」
「私も見てないわよ。あんな小さな子なんだから、ちゃんと……」
「だから焦ってるの!」
ガンドをツチダマ達に向けて連射しながら、凛は顔を顰めた。
見る限りでは、ツチダマ達も捕捉出来ているわけではないらしい。
それが余計に混乱を来たしているようだ。
考察の材料があるとすれば、闇の書の闇が凛のいるところまで攻撃を開始したということだ。
だが砲撃や触手の生成が激しくなってきており、本体の周辺の目視は相当難しい。
魔力探知も、生み出される魔力が多すぎて如何せん精密さを欠く。
「……やっぱり、近くに行って調べるしかないか。
グラーフアイゼンは?」
「瓦礫を投げるのに邪魔だから、待機状態にして私が持ってるわ」
「ちょうどいいわね。
あれには瓦礫投げ続けさせて、グラーフアイゼンはあんたが使いなさい。
オートガードで防御魔術を行使するくらいはしてくれるしできるでしょ。それと」
そのまま、凛は左腕をハルヒに向けた。
同時に響くのは、レイジングハートが薬莢を排出する音。
「カートリッジ三発分の魔力を籠めた強化魔術よ。貴女の服にかけておいたわ。
これだけでも拳銃の銃弾くらいなら跳ね返せると思う。
幸い私と貴女が暴れまわったおかげで相手の数はかなり減ってるし、逃げ出した奴もいるくらい士気は落ちてる。
貴女一人であの土偶の攻撃を防ぎきって、かつ病院に攻め込まれないように引き付ける……できる?」
その言葉に、ハルヒは唾を飲み込んだ。
ハルヒが前線に立つことを嫌っていた凛が、ハルヒに単独行動をさせるということは。
凛自身もまた、単独行動をするからに他ならない。
「……助けに行くってわけね」
「ええ、これ以上議論してる暇は無い。
レイジングハート、全開で行くわよ!」
『Excellion mode. Ignition』
不屈の杖が黄金の槍と化すと同時に、凛は一気に飛び上がった。
リミッターを解除したデバイスによる飛行魔法だ、その速さは半端ではない。
もちろん、全てのツチダマが黙ってみていたわけではない。素早く反応し、迎撃を試みようとした。
だがそんな働き者に空から送られたのは、今まで以上にひときわ大きい瓦礫の山だ。
「悪いけど、あんた達の相手はこっち!
相手が人間じゃないって言うなら……手加減なんかしてあげないんだから!」
それは、文字通りの天罰だろう。神が下す裁決は、大抵は天罰という表現がなされるのだから。
再び混乱の渦中に放り込まれたツチダマ達を尻目に、凛は触手を掻い潜って再び闇へと接近を図る。
だが……ツチダマ達と交戦していた間に、闇はその勢力をいよいよ増していた。
凛の目前に広がる触手の数は、今や三桁にまで達していた。
「レイジングハート、フェイトの魔力探知はまだできないの!?」
『回避や防御にもリソースを回さなくてはいけない上、こうも魔力を持った物体が多くては……!』
「くっ……!」
せめて周りを見渡そうとした凛の動きが止まる。その背中に伝わってくるのは、紛れもない魔力の反応。
いや、背中だけではない。凛の死角、その全てから威圧感が発せられている――!
「――Es ist gros(軽量), ストライクフレーム!」
『Frame open, Flash move』
十本以上の触手の突撃の寸前、とっさに行使した移動魔法が凛の体をずらした。
目標を見失った触手は勢いをそれぞれ触手同士でぶつかり合うことで相殺、数本かはそのまま追撃しようとし……
凛によってレイジングハートの先端に具現化された魔力刃に、全てが切断された。
だが、これを総攻撃というには早計すぎる。下ではツチダマがそれ以上の数の触手と交戦している上、
五十本以上の触手が凛に狙いを定めているのだから。
後退しようにも、できない。ツチダマの射撃がそれを妨害する。
(こんな状況下に追い込まれたら、いくらあの子だって……!)
それでも、凛は諦めない。これ以上ない窮地だが、万策尽きたわけではない。
何より自分から突っ込んだ挙句先にやられる、なんて情けなさすぎる。
ツチダマが飛ばしてきた光線銃を寸前で回避しながらエリアサーチを行使、状況を確認。
白銀に彩られた砲撃を斜めの角度で防御し、受け流して川岸に陣取るツチダマに直撃させる。
次々に伸びてくる触手の一本目を下から潜り抜け、二本目はリングバインドで押さえ込み、
三本目は魔力刃によって両断。四本目は巻きつかれる寸前に腕を強化して引きちぎった所で、
更にもう三本、同時に上下から襲い掛かってくるのを視認した。
「くっ……!」
『Circle Protection』
とっさに防御したものの、所詮は急場しのぎでしかない。
軽量魔術が災いし、障壁ごと水中へ向けて叩きつけられる。
視界が霞むような感覚を抱きながらも、本体周辺の触手が魔力を充填し始めたのを見て無理矢理姿勢を立て直した。
そのまま来るだろう追撃に備えて身構えたが、触手からの砲撃は下――水中へと行われただけ。
凛は安堵する先に疑問を抱き……そして、ふと気付いた。
「……まさか!」
『Master!』
しかし、その考えが行動に結びつく寸前、ツチダマの空気砲が凛に直撃した。
衝撃で息が詰まったものの、足を止める余裕はとうの昔にない。
「Es ist klein(重圧)……!!」
『何を!?』
「いいから、私の思うとおりに動いて!」
空気砲でも簡単に吹き飛ぶようにしていた凛が一転、重力を増加させて落ち始める。
そしてそのままアクセルフィンを羽ばたかせ、加速。重力も加えたまま減速の素振りも見せず、
触手を振り切って水面へと突っ込んでいく……寸前、水中から、数本の触手が飛び上がってきた。
「無理やり突破するわよ!」
『Protection Powered――Barrier Burst』
それでもなお、凛は止まらない。
障壁を張りながら水中に突撃し、衝撃を軽減。未だ纏わりつく触手を爆発で吹き飛ばし、そのまま周囲を見渡した。
「…………!」
『あれは……フェイト!』
そうしてやっと、レイジングハートも凛の考えに気付いた。
空で見つからないなら、水の中を探せばいい。単純なものだ。
だが、事態は想像以上に悪化していた。
触手に絡め取られたまま、フェイトは動かない。ただ、撃ち込まれる砲撃に嬲られるだけ。
バリアジャケットは既にボロきれ同然、周囲の水の色は所々血の赤に染まっている。
電気系統の魔法を多く使い、機動力を重視した戦いをするフェイトにとって、水中という戦場はこれ以上なく最悪だった。
そして、魔術師全般にとっても水中というのは厄介な地形である。詠唱が、できないのだ。
詠唱による魔術の発動を基本とする凛にとって、これは致命的なことだと言っていい。
「…………!」
『Active Guard』
それでも手をかざし、無詠唱で魔法を発動した。
アクティブガード、防衛対象の周囲で爆発を起こし、衝撃を伝える魔法。
本来はあくまで衝撃緩和用でありスフィアプロテクションより防御力はないが、
触手の勢いを止めること程度ならば可能なはずだと凛は踏んだ。
(防御できなくてもいい、目くらましになれば……!)
薄暗い水中に突如光が広がる様子は、広げた当人の凛でさえ思わず一瞬眩ませるほどだ。
それでも凛は止まらない。その隙に、可能な限り接近を図る。
しかし、触手が衝撃から回復するのもまた早かった。当然だ。
何度斬られようともすぐに再生する触手にとって、この程度の衝撃は子供だましにもならない。
凛が動き出した数秒後には全ての触手が凛へ向けて蠢き出し――
フェイトを捕らえている触手は、得物を奪還されぬべく魔法を行使した。
『あれは……』
「?」
機械であり、水中での発声が可能なレイジングハートが気付けたのは僥倖だろう。
光に包まれ出したフェイトに対する疑問を凛は視線で伝え、
レイジングハートが素早くその意を汲み取って言葉を続けていく。
もっとも、水中なので凛は喋りようがないのだが。
『Absorption……「吸収」です!
単純に言えば、闇の書内部に対象を取り込む魔法。
以前ははやてに意識があったからこそなんとかなりましたが、
暴走状態で取り込まれればどうなるか……!』
レイジングハートが急いでまくし立てるのは、こうしている間にもフェイトが消えていくからだけではない。
前回も、レイジングハートは消えていくフェイトを見ていただけ。
故に、どんな対応をすればいいか……知識のうちにはない。
焦りがレイジングハートの中に募っていく中で……凛は、迷わずに構えを取った。
『マスター、何を……!?』
レイジングハートの言葉は、途中で止まった。止められた。
凛の瞳は、口よりも雄弁に物を言っている。語っているのは、紛れもない決意。
それは十分すぎるほどに、伝わった。
『All right!
Excellion Buster A.C.S. drive!』
そして、凛は一気に加速した。
だが水中では、A.C.S.でさえ焦りを募らせるほどに遅い。
目の前で刻一刻とフェイトの姿が消えていく以上、尚更だ。
次々に進路を塞がそうと身をぶつけていく触手は、次々に凛の突撃に突き破られていく。
しかし、それでも……一つ突き破るごとにA.C.S.の速度は低下していき。
ついにその勢いは、触手に捉えられるほどにまで遅くなり、凛の頭に触手の一撃が直撃する。
意識を飛ばされかけながらも、かろうじて凛は腕を伸ばし。
フェイトの姿が光となって弾ける寸前――その手は、かろうじて届いていた。
■
……私から状況説明を受けるやいなや、『彼女』は自分が犠牲になると言った。
■
「ギ、ギガァァァァァァ!?」
「触手はもう嫌ギガァァァァァァ!」
「死傷者には構うなギガ! 自分自身の離脱を優先するギガ!」
闇によるツチダマ達への攻撃は、いよいよ本格化していく。
次々に砲撃が川岸へと叩き込まれ、触手がツチダマ達をなぎ払っていく。
……一番近くにいる物体とは、ツチダマ達だと言う事を示すかのように。
「二人とも、戻ってこない……」
凛が飛んでいってから、既に数分が経過している。
そして、凛がほとんど落ちるような勢いで水中へと突入したのはハルヒも視認していた。
魔術師というのは水中でも呼吸ができるのではないかというハルヒの希望は、グラーフアイゼンの否定で露と消えた。
『ツチダマと呼ばれる敵兵器が離脱を開始。一部はこちらへ向かっているようです。
開けた場所では神人は的になる上に、投げる瓦礫がなくなってきている以上は、
森林の中へ戦場を移すのが上策かと』
グラーフアイゼンの声は冷静だ。
元々『彼』は冷静なタイプである。本来の持ち主とは正反対だ。
数秒経過した後にハルヒからの返答がないと判断し、丁重に二の句を告げた。
『……もう一度申し上げる必要が?』
「聞こえてるし、見えてるし、分かってるわ。
だから、私は、あいつらと戦わないと。
凛が言ってたでしょ?」
『しかし……』
「トグサさんを守るだけじゃない。
二人とも、きっと、絶対に無事に帰ってくる――無事に帰ってこなきゃ、許さない!
だから二人がちゃんと帰ってこれるように、私がここで戦って敵の数を減らさなきゃいけないのよ!」
ハルヒの声は、それこそてこでも動かないと言わんばかりだ。
しばらくして返ってきたアイゼンの声は、どこか呆れた様子だった。
もし『彼』が人間なら、肩を竦めてやれやれとでも言っていただろう。
『私を放さないように。
私が一種類の魔法を行使することだけに専念すれば、タイミングを合わせてオートガードを発動し、
攻撃を防ぎ続けることは可能です。あなたには魔力と近似するものがありますから。
ただし、貴女がデバイスを介さずに攻撃をする、というのが条件です』
「構わないわ、それくらい」
そう返すと同時に、しっかりとハルヒは前方を睨みつけた。
その視線の先にあるのは、暴走する闇の射程範囲からの離脱を完了し、整然と並んでいるツチダマ達の姿。
その様子に神人を警戒する様子こそあれど……ハルヒ本人を警戒する様子は無い。むしろ安心している様子さえある。
ハルヒを殺せばこれで終わりだ、とでも思っているのだろう。
「せいぜい甘く見てなさい。
そうやって他の所に気を回さないほうが――こっちとしても好都合よ!」
■
幻覚なんかじゃ、なかった。
なのはの脇に立っていた、女の人は……
■
「……ん」
凛の視界に最初に入ったもの。
それは、やたらと趣味の悪い装飾だった(少なくとも凛にはそう見えた)。
情報を集めるために、目を擦りながら周りを見渡してみる。
とりあえず、自分が寝ていたのは、それなりに豪奢なベッドのようだが……
「ここは……?」
「ここは、私の内部だ」
「う、うわ、リイン!?」
いつのまにやら後ろに立っていた女性に、凛は素っ頓狂な声を上げていた。
正直、あまり格好良くはない。
「よかった、無事だったのね?」
「……他に、心配することがあると思うが。
フェイトが吸収される寸前に、お前は自分も咄嗟に転送対象にしたことは覚えているか?」
「そうだ、私あの時何とか手を掴んで、そのまま気を失って――」
『私達も一緒に「吸収」されたようですね』
レイジングハートの言葉に、凛はしばらく目を瞬いて。
はあ、と溜め息を吐いた。
「……状況を悪化させただけ、か」
「いや、ベストではないがベターな判断だ。
例えフェイトだけが無事に来たとしても、私はどうしようもなかった」
「? どういうこと?」
「説明は後だ。今は別にやってほしいことがある。緊急でな」
そう告げて、リインフォースは歩き出した。
部屋の反対側、もう一つのベッド。
首を傾げながら歩いていった凛は、ふとある匂いを嗅ぎ取った。
それは、血と、肉が焼きただれている、匂い。
「フェ、フェイト!」
『…………!』
そうしてベッドに寝ているものを見て、凛は再び声を上げていた。上げるしかなかった。
素人目にも分かる重傷だ。触手に巻きつかれ続けたことによる打撲や裂傷に骨折、度重なる砲撃による火傷。
その一部は内臓にまで達し……心臓にまで届いていた。
だが凛とは正反対に、レイジングハートは押し黙っていた。まるで、分かっていたのかのように。
あるいは、覚悟を決めているかのように。
「基本的に、ここでの負傷は現実世界の物が継承される。
体そのものを私の内部に転送するようなものだからな。
私がやってほしいこととは、彼女の治療……」
「助けるって言ったって、これだけの怪我、どうやって治せって言うのよ!」
「手段はある。お前が寝ている間に、レイジングハートと話し合った。
もっとも、お前はそれを受け入れないかもしれないが……」
「受け入れない……?」
リインフォースの表情は、どこか暗い。そして、この言葉。
それらは凛に嫌な予感を与えるには、十分すぎて……それは、的中した。
『カートリッジを六発ロードした後、私自身を宝石魔術に使う宝石として使ってください。
それだけの魔力があれば、これほどの重傷でも救えます』
自分を殺せと。
レイジングハートは、そう言った。
「……すまない。私にも、これしか思い浮かばなかった」
「これしかって……ふざけんじゃないわよ! 何か他に手段は……」
『ありません。これが最善の手です』
思わずリインフォースの胸倉を掴んだ凛の言葉を遮ったのは、他でもないレイジングハート自身。
その声は普段と違い……どこまでも機械的で、感情がない。
『デバイスと人命。どちらを重視すべきかと考えれば、答えは決まっています』
「そう……そうだけど、そうだけど!!!」
「……私達は、こういうモノなのだ、凛」
『時間がありません、マスター。早く準備を』
「でも……!」
凛の腕が、かろうじて動く。
彼女にも分かっている。このままでは一分も持たずにフェイトが死ぬことくらい。
それでも、頭の一部が、どこまでもお人よしな部分が、理性を否定しようと抗う。
レイジングハートも、それくらい分かっている。だから……『彼女』は凛を支えようと思ったのだから。
だから、優しく。落ち着いた言葉を、掛けた。
『私は悲しくはありません、凛。
私は私の役割を果たし、なのはの所に還る。
だから、貴女も……泣かないで』
「…………ッ!」
凛が伏せた顔から落ちるのは、紛れもない、涙だ。
――まるであの夜の再現だと、凛は思った。
目の前には、瀕死の人間が一人。周りには誰もいない。
手にあるのは、貴重な宝石。死んだ人間から、受け継いだ。
それでも――あの夜なんかよりずっと、比較にならない程、気持ちは重い。
歯を噛み締めて、それで、やっと凛は、言葉を出せた。
「……還るなんて、間違いよ。
私、治すから。絶対治して、もう一度扱き使ってやるから」
『はい。ずっと、待っています。マスターのところで』
レイジングハートが、カートリッジを全弾ロードする。
それでも足りない。人一人蘇生させるための代償だ、そんな程度で足りるはずがない。
わかっている。凛も、レイジングハートも。
わかっているから、ずっと迷って、それでも、決断した。
「――Auf Wiedersehen」
宝石魔術が、行使される。
デバイスをデバイス足らしめるプログラムが次々に停止していき、代わりに圧倒的なまでの魔力が膨らんでいく。
エクセリオンモードだったレイジングハートの柄が消え、刃が消え、スタンバイモードへ――ただの宝石へ戻っていく。
代わりに、明らかに致命傷だったフェイトの体は着々と回復していき――以前に斬られた目さえ治り始めた。
けれど。それは奇跡でもなんでもない。ただの等価交換だ。
一つの意志と引き換えに、一つの命を救う。こんなことが奇跡だなどと、主張するのもおこがましい。
そうして、ぱきん、と――音がした。
それは一瞬の出来事だった。
反応する暇も無い。フェイトのあらゆる負傷が完治すると同時に、赤い宝石に亀裂が走って。
砂より細かく割れて、風に吹かれて消えた。
まるで、最初から何も無かったかのように。とっさに掴もうとした凛の努力を、嘲笑うかのように。
「……ああ、あ」
がくりと、凛が膝を付く。
今、この場にいる中で話しができたのはリインフォースだけだ。だから、彼女は困惑した。
それでも、しっかりと決意して、リインフォースはその肩に手を置いた。
「……レイジングハートは、フェイトが危険かもしれないと考えた時からこのことを覚悟したようだ。
だから、『彼女』はお前に、最後の贈り物をしたがっていた」
「……贈り……物?」
「魔術刻印だ」
そう言って、リインフォースは凛の左肩をはだけさせた。
そこには、以前よりも明らかに大きくなっている魔術刻印が確かにある。
「本来なら私がここに現れることはできない。暴走が始まってしまったとなれば尚更だ。
だがお前を吸収した瞬間、とっさに『蒐集』を利用してお前の魔術刻印に私の基本的な構造などを複製して移植し、
私の管制人格とお前の魔術回路を繋げられるようにした。
それを通すことで、なんとかこうして現れることが出来ている」
「よくわかんないけど……端末を私に移植して、本体と会話できるようにしたってこと……?」
「言いえて妙だな。そういうことだ。もっとも、レイジングハートにもかなり手伝ってもらったが」
デバイスの機能の一つとして、数々の魔法を辞書として記す記録機能がある。
当然フェイトはそれをバルディッシュに任せているため、フェイト自身は頭で基本的な成り立ちを記憶しているだけだ。
だが凛のような魔術師が受け継ぐ魔術刻印は、魔力を流すだけで一定の術式を行使できる、
いわば、簡易型のストレージデバイスのような機能を持っているのである。
つまり、凛はその身自身に簡易ストレージデバイスを持っているようなものと等しい。
リインフォースは、そこに着目したというわけだ。
凛自身の魔術刻印を拡張するという形で複製を行えば、複製した魔法が劣化していくこともない。
「そして、追加された魔術刻印には……レイジングハートから高町なのはが研鑽し、積み上げた魔法も含まれている。
元々、私自身も高町なのはの魔法を記録している以上、デバイスからの蒐集と言う無茶も容易かった。
先に言った部分と合わせても、私の記録した魔法の二十分の一以下だからな。容量と言う点も問題は無い」
「な……!」
「当然、そんなことをすればデバイスとしては終わる。記録していた魔法を全て奪われるのだから。
もっとも、彼女は平気だと言っていた。カートリッジのロード機能と魔力、そして宝石としての形が残っていればいいと。
どうせ死ぬ自分に、魔法の記録を残す必要はないと」
「なんでよ。なんでそんなコト……!」
「私には『彼女』の気持ちが分かる。
きっと、自分達の魔法を使いこなしてくれると……信じていたからだろう」
リインフォースには、分かる。彼女だって、そう思ったから。
凛から返ってくる言葉はない。その瞳は、震えていて……今にも、涙が零れ落ちそうだった。
「私は……その、感情を自覚したことがないから、よく分からないのだが……」
見かねたリインフォースが、ぽつりぽつりと、手探りで歩くかのように言葉を紡いでいく。
元々、リインフォースはあまり機微がある方ではない。
はやてに会うまではいつも、心の内で感情を溢れさせるだけで外には出さなかった。
はやてに出会った後も……物静かだったことは変わらない。
そもそも彼女自身……はやてを置いて旅立ったのだ。今の凛のような気持ちをさせたこそあれ、凛の気持ちは分からない。
それでも、リインフォースは、優しく凛を抱きしめた。
「こういう時は、我慢しないで泣いた方がいいと思う。
同じデバイスとして、『彼女』の気持ちも分かるから、私もしたから……
だから、後でいつか、笑えるようになれるように……」
「う……うううううう……っ!」
■
「各員散らばるギガ! もう相手の投げてくる瓦礫はないギガ!」
天から降ってくる瓦礫。しかしツチダマ達は臆することなく回避運動を取った。
彼らは慣れたのだ。慣れとは学習だ。そして、ツチダマ達も学習することができる。
もちろん、授業料は大きかった。今やツチダマの数は五十を割っている。
しかし、今生き残っているツチダマは、凛やフェイトの魔法を、闇の書の闇の暴走を、
神人からの天罰を受けて生き残った、いわば精鋭たちだ。
瓦礫を降らされても、犠牲になるのは2,3体だけ。残りは投擲の隙に射撃を撃ち込む余裕さえ見せている。
神人には、回避する手段も防御する手段も無い。
『疲労が色濃くなっているようですが……』
「大丈夫! まだやれるわよ!」
それでも、額に汗を浮かばせるほど疲労しても、ハルヒはそう断言した。
神人のダメージは、ハルヒへフィードバックされることはない。
だが受けた損傷を修復しようとすれば、自然力を使うことになりハルヒ自身が消耗する。
グラーフアイゼンによる防御魔法はローザミスティカの魔力を使っているが、それもいつまで持つか。
だが、彼女は諦めない。
(今は残り四十体くらい……二十体位に減らせればなんとかなる!)
そう判断して、ハルヒは神人を前進させた。
向かう先はツチダマの群れ。ある程度分散したとは言え、集まっていることには変わりない。
もちろん、それを黙ってみているはずもなく。
「飛び道具はなくなったギガ! 撃てーっ!」
『Panzerhindernis』
「う……」
火線が奔る。それは文字通り、一斉射撃だ。
今までの雑なものとは違い、対象が二つに絞られている。
一つは神人、もう一つはハルヒ本人。
実戦慣れしていないハルヒなら、その光だけでも顔を背けて当然だ。
ましてや衝撃さえ殺しきれていないとなれば、転倒しても文句は来ないだろう。
それでも……ハルヒは腕で顔を隠しながらも、障壁を見つめたまま退かない。神人も同じだ。
「マシンガンなど、小口径のものはあの小娘本人を!
ジャンボガンや無敵砲台などは神人を中心に狙っていくギガ!
決して接近を許すんじゃあないギガ!」
様々な弾丸がそれこそ戦争並みの勢いで撃ちこまれて行く。
さすがにたまらずにハルヒは後ずさり、神人もまたよろめいたように、膝をついた。
「やったギガ! 畳みかけ――」
そうして神人は、地面から引き抜いた電灯を投擲した。
流石に瓦礫で慣れたのか、ツチダマの回避運動が早い。
それでも攻勢に出ようとした所を叩かれた以上、手痛い一撃となるのは当然。
電灯は三体のツチダマに直撃し、更にスパークを起こして周囲のツチダマを巻き込んでいく。
その間に、神人は体勢を立て直していた。
「あと……三十四!」
■
「そう……ですか。レイジングハートが、私のために……」
フェイトが目覚めるまでに、そう時間は掛からなかった。
以前士郎を蘇生させた時も、それほど時間は掛かっていない。
始めこそフェイトはふらついていたものの、すぐにまともに動けるようになるまで回復した。
……そうして、彼女は現在の状況について聞いたのだ。
「その……ごめん。
レイジングハートは、フェイトにとっても大切なものなのに……」
「凛さんが、泣いてくれたんですよね? だったら、それだけでいいです」
「え? 私そんなこと言って……」
「目の下、真っ赤ですよ」
「あ、えっと、これは、その」
「恥ずかしがることじゃないと思いますよ。
それに……なんて言えばいいか、分からないんですけど……」
「?」
少し迷いながらも、フェイトはそのまま話し続けた。
信じてもらえないかもしれませんけど、と前置きして。
「夢を、みたんです。夢じゃなかったのかもしれないんですけど。
なんだか、よく分からないところを歩いていたら、なのはの声が聞こえて」
何も無い、真っ白な空間。母が落ちていったものような、そうでないような……あやふやな空間。
その中でなのはの声を聞いたようなフェイトは、思わず声のした方向に走ろうとして……
金髪赤目の女性に腕を捕まれて、止められたという。
そして……そこでやっと、フェイトはなのはが何を言っているか分かったのだ。
――こっちに来ちゃ、ダメだよ。
「一度も見たことない人だったけど、分かったんです。
この人は、レイジングハートだなって……。
私の言ってること、もしかして変ですか?」
「さあ。少なくとも、私は死後の世界を覚えていない」
「私は、信じるわよ。根源はまだ見たことないもの」
そう返しながら、凛は大きな扉を開けた。
その先に広がっていたのは、がらんとして人気のない、寂しげなフロア。
「やっぱりここは、時の庭園……」
「知ってるの?」
「……はい。私達の、家でした」
「……そう」
凛は、それ以上追求しなかった。わざわざ過去形で言うようなことだ。それだけで、複雑な事情があると理解できる。
事実……今のフェイトの心境は複雑だ。
以前吸収された時は、緑に満ち溢れ平和な様子だった。
だが今回は、違う。まるで、以前なのは達が攻め入った時のような、暗い雰囲気に満ちた姿となっている。
「前とは、同じようで違うんですね」
「先に来たのがお前である以上、彼女を基準にして構築されるのは当然だろう。
もっとも私の本体が暴走している以上、前回とはだいぶ趣が変わっているが」
「それより、こっちで間違いないの? ジュエルシードがあるって言うのは?」
「正確に言えば……ジュエルシードがある空間に繋げられる場所、だな。
今、私が私自身を自由にできる場所は少ない。もし凛がいなかったら、こうして会話することもできなかったという状態だ。
それでも、まだ侵食されていない場所はいくつかある。
そこからジュエルシードが存在する部分へと転送呪文を繋げ、ジュエルシードを封印する。
そうして力が弱まった隙に脱出し、ほんの少しでも本体に傷を付ければ、勝手に自壊するのはさっき言った通りだ。だが……」
「侵食されていない場所はプログラム的に言えば、まだシステムが脆弱なところ。当然、警戒もされてる。
私達を実力で排除するべく、なんらかの妨害が来て当然……そういうことですね?」
「ああ。更に、あのジュエルシードと暴走プログラムの出力を考えれば……
同時に二つ、強力な砲撃を撃ち込まなければ不可能だろう」
そう答えながらドアを開けて、リインフォースは立ち止まった。
その視線の先にあるのは、装飾性の欠片もないエレベーター。フェイトもしっかりと覚えている。
「ここで分かれよう。
私と凛は現実世界において駆動炉の役割を果たしていたロストロギアがあった場所へ。
そしてお前はプレシア・テスタロッサがいた場所へ。
その二つがまだ侵食が及んでいない場所だ。二方面から攻め入り、敵の防衛網を分散する。
それに同じ場所から二つ繋げたところで、一緒に潰されて失敗するだけだ。二方面から行ったほうがいい。
フェイト、これを」
リインフォースがフェイトに差し出したのは、クラールヴィント。
少し改造を施すために、リインフォースがあらかじめ受け取っていたものだ。
「魔力を流せばそれだけジュエルシードがある空間へ『旅の鏡』を行使できるように設定しておいた。
言った通りの地点で起動させればすぐに行使できるし、私達に念話を送ることもできる」
「受け取るのは私なんですか? 凛さんのデバイスがなくなってしまうんですけど……」
「悪いが私は、あまり凛から離れることはできない。
作戦が二方面から攻めるものである以上、クラールヴィントは渡すしかない」
「安心なさいって。しっかりレイジングハートの魔法が残ってるんだから」
そう返事をして、凛はエレベータのスイッチを押した。
静寂に満ちていた空間の中に、重苦しい音が響く。
ただでさえ暗い庭園の内部。圧迫されるような闇の中に、響くのはその音だけ。
そうして、エレベーターは到着した。やはり、重苦しい金属音と共に扉が開く。
それを遮るかのように、フェイトは言葉を出していた。
「絶対に、無事に帰ってきてください。それをレイジングハートは願ったはずです」
足を踏み出そうとした、凛の動きが止まる。
そうして彼女が振り返って……返ってきたのは、まぎれもない、笑顔。
「フェイトもね。バルディッシュは、そう願っているでしょう?」
■
272 :
:2007/06/29(金) 00:49:35 ID:ApIpfblp
神人が拳を地に叩きつける。それだけで、数体のツチダマがまた吹き飛んだ。
しかし、それで神人が有利だと判断する者はいないだろう。神人は、地面に膝をついているのだから。
生き残ったツチダマ達は相手の足が止まったのを好機とばかりに火線を集中する。
神人が腕で体を抱え込むと同時に、ハルヒは素早く後ろへ向いて走り出した。
同時に、神人はまるでゼリーのように崩れ落ちていく。
湧き上がったのはツチダマだ。全員がもう勝ったかのように喝采を上げ、一部は文字通り舞い上がる始末だ。
警戒心の欠片もない。
「どうするギガ? 追うギガか?」
「決まってるギガ! さんざん手こずらせてくれたあの小娘に思い知らせてやるギガ!」
「病院や闇の書は放置するギガか?」
「あと十五体しかいないギガ、部隊の分散は得策ではないギガ」
その言葉に反論はない。
確かに彼らは精鋭である。ここで生き残った実績がある。
しかし、それが慢心や油断を生んだ。
神人を失ったハルヒごとき、すぐに殺せると思い込んだ。
(よし、全員ついてきてくれた……!)
――ハルヒが自分から神人を消したとは、気付かずに。
ハルヒの考えていたことは、根底においてはグラーフアイゼンと同じだ。
彼女自身、どうせ戦うなら森林で戦った方がいいと理解していた。
だが、ハルヒにとって第一目標は「病院まで一体も行かせないこと」。
故に、上手くコントロールして誘き出せる数まで相手を減らす必要があったのだ。
事実、こうして相手は調子に乗り、部隊を分けることもせず全員で森林へと追撃してきている。
……だが。
(なんか……具合、悪くなってきたかな……)
木の影で、ハルヒは思わず足を止めていた。そうして、息を一旦吐いて休んでまた走りだろうとして……
興奮状態から冷めた脳は、余計に自分の状態を主張し始めた。
襲ってきたのは頭痛に吐き気に目まい。基本的な体調不良のフルコースだ。
(これじゃ、一瞬で神人を呼び出して攻撃を仕掛けることは無理かも。
誘い込んだ後、なんとかして呼び出す時間を稼がないと……)
『後方より敵の追撃を確認』
「……もう少しくらい、休ませてほしいわよ。全く……」
そうやって愚痴るハルヒの表情は、いつもよりどこかやつれている。
一応普通の女子高生として暮らしてきた彼女にとって、今の状況は流石に過酷に過ぎた。精神的にも、肉体的にも。
それでも首を振って、彼女は再び足を踏み出した。
■
ふわりと、黒いマントをなびかせて。
フェイトはずっと忘れない、忘れられない場所に着地した。
「私の記憶のまま、か……」
目の前に広がるのは、研究場所とも人が住む場所とも思えない場所。
ただ岩石と虚数空間に彩られた、アルハザードという幻想を遺す廃墟。
……フェイトが、母親と永遠に別れた場所。
違うところは、今のここにはプレシアもアリシアもいないこと。
代わりにいたのは……
「……予想は付いていました。もし敵が現れるとすれば、それは母さんかあなたのどちらかの形を取るって。
もし暴走プログラムがここは記憶の世界だってことを重視するなら母さん。
そして、あくまで闇の書本来の機構を重視するならあなた。正解は、後者だった」
中心部から射抜くような視線を返してきた相手に、フェイトは穏やかに話しかけた。まるで知り合いに話しかけるように。
いや、それは比喩ではない。話している相手は、本当の知り合いだ。
「――そういうことですね、シグナム?」
佇んでいた烈火の将からの返答はない。
今の彼女は、暴走した闇の書と同じ。意志を介在させず、ただ敵を討つだけの存在だ。
それでも、フェイトは言葉を続けていく。
「私にとっては、幸運でした。
母さんを相手にするより、ずっといい。それに……いつか貴女とは決着を付けたいと思っていた」
『Haken form』
フェイトの言葉にバルディッシュが反応し、鎌の形を取る。
そのまま、フェイトはバルディッシュを正眼に構えた。そこに、迷いはない。
「これが私達の最後の勝負です――シグナム!」
■
駆動炉がある部屋の前は、恐らく静かだった。
当然と言えば当然だ。駆動炉は所詮、記憶を再現するための舞台装置であり、実際にエネルギーを生み出してはいない。
薄暗い通路の中、リインフォースは静かに扉を手で触れた。
扉を開けようとするためではなく、扉の向こうを探るために。
「やはり――この先で待ち構えているのは、紅の鉄騎」
「ヴォルケンリッターの一人、ヴィータちゃんだっけ……
一人だけなのね。もっとケチケチせずに色々と戦力出してくるかと思ったけど」
「回収されたのは紅の鉄騎と烈火の将のリンカーコアだけである以上、
他の守護騎士を生み出すことは不可能だ。
それに、守護騎士が二人いたら今の私達では勝ち目はない」
「まあそうだけど……って、リインも戦うの?」
「支援くらいならできるだろう。
私が自由にできる機能は少なく、使える魔法も魔力も、それほど多くはないが。
管理局式の表現で言えば、総合でA+程度か」
「私にそんな表現で言われても……ヴィータちゃんはどれくらい?」
「AAA+だ」
「…………」
微妙に凛の顔が引きつったのは、気のせいではないだろう。
「じゃあ……デバイスとして、貴女を使うっていうのは?」
「無理だ。融合に関する機能は完全に侵食を受けてしまっている」
「……さすがに参るわね」
むき出しにした左腕、青く輝く魔術刻印を見つめながら凛は溜め息を吐いた。
魔術刻印は魔術の記録と言う点ではデバイスをも上回るが、魔力の増幅や誘導などの点でデバイスよりも遥かに劣る。
例えディバインバスターを使ったとしても、レイジングハートを使って撃つそれより威力は大幅に減衰されるだろう。
なのはの魔法はあくまで、レイジングハートを前提としたものなのだ。
レイジングハートだって、素手で魔法を撃たせるために蒐集させたのではない。
そんな状況下でスターライトブレイカーを撃ったとしても、相手に通用するかどうか。
カートリッジを宝石魔術の要領で消費すれば別だろうが……
ジュエルシードの封印のことを考えれば、できるだけ多くのカートリッジを残しておきたいところだ。
「まあ、ぐだぐだ言っている場合じゃないか。それよりリイン、大丈夫なの?」
「何がだ?」
「リインにとって、あの子達は娘というか……ともかく、家族みたいなものなんでしょう?
そんな相手を攻撃するのは……」
「大丈夫だ。最低限の分別程度ちゃんとつけている。
お前こそ、下らないミスをして死ぬな。レイジングハートが浮かばれない」
「言われなくても分かってるわよ。
だって、私が死んだらリインフォースを助ける手段は無くなるんだから」
「……は?」
思わず口を開けたまま動きを止めてしまったリインフォースに、
凛は何を驚いているんだと言わんばかりの調子で続けていく。
支援
支援
そう返して、ぽかんと突っ立っているリインフォースを尻目に凛は扉を開けた。
ゆっくりと、地響きを上げて巨大な扉が開いていく。
そうして、数秒掛けて開ききった扉の向こう。
動かない駆動炉の上に立っているのは、一人の少女――。
赤い騎士甲冑を身に纏い、蒼い瞳で凛たちを睨みつけている。そこに、感情は無い。
その手にあるのは、新たに生み出された鉄の伯爵。それはまるでただの機械かのように、何の助言も行いはしない。
「さ、やるわよ、リインフォース」
「……無茶苦茶だな、お前は」
思わず、そんなことを呟いていたリインフォースの顔は。
どこか嬉しそうに、笑っていた。
■
戦斧と魔剣が交差する。
金色の刃と紫色の焔がぶつかり合い……焔は雷を弾き飛ばした。
足から砂煙を巻き上げ体ごとずらされながらも、フェイトは倒れずになんとか踏みとどまり、素早く反撃に移る。
(パワーじゃ勝てない……前から分かってたこと!)
『Device Form, Plasma Lancer』
吹き飛ばされながらも放った弾は、烈火の将に直撃した。
轟音と共に、派手な黒煙が上がる。だが、フェイトに安心する暇は無い。
轟音に紛れるような小さな金属音……炎の魔剣がカートリッジを排出する音を、フェイトの耳は微かに捉えていた。
『Schlangebeisenangriff』
『Round Shield』
煙の中から飛び出たのは、鞭と化した炎の魔剣により行われる蛇の噛み付きだ。
一撃目を防御魔法で弾き返したものの、それを予期していたかのように炎の蛇は直接攻撃から標的の包囲へと移行する。
周囲を取り囲む蛇の動きに目をやりながらも、フェイトの頭にはふと疑問がよぎっていた。
(これでシグナムがカートリッジをロードしたのは五発目。
予備のカートリッジを持ってきたようには見えないし、リロードした様子も無い……)
一瞬そう考えて……意識を戻した瞬間。
目の前に……いや、360°から炎の魔剣が踊りかかった。その様子は、まさしく獲物を巻き取ろうとする大蛇。
しかし、フェイトに焦った様子は無い。それどころか、不敵な笑みを浮かべている。
「――それが通用しないってことは、以前証明したはずです」
シュランゲバイセン・アングリフが地面に直撃した瞬間には、フェイトの姿は消え。
得意の高速機動魔法で、烈火の将のちょうど真上を取っていた。
「バルディッシュ! 練習中のあの魔法、いける!?」
『Yes, sir』
答えると共に、バルディッシュはカートリッジを四発ロード。
素早くフェイトは左手をかざし、叫んだ。
「トライデント――スマッシャーッ!!!」
放たれた砲撃は二つ。左手から枝分かれした金色の砲撃は、烈火の将へ向かって突き進む。
それは烈火の将の展開した防御魔法を軽々と突破し、確かに直撃した。
それでも勢いは止まらず、地面を割り以前プレシアが落ちていった空間へと烈火の将自身を叩き込む。
しかし――本来なら魔法を行使できないはずのその空間の中で、烈火の将は紛れもない飛行魔法で体勢を立て直していた。
「流石に、虚数空間までは再現されてないか……!」
それでも、フェイトに気落ちした様子は無い。
少なくとも、彼女ができる砲撃魔法の中ではトップレベルの砲撃が直撃したのは事実。
相当なダメージを与えられて当然だし、事実、地面の上に戻ってきた烈火の将は左腕をなくしている。
これでこちらが有利――そう思ったフェイトの思考は、一瞬にして否定された。
「な――!?」
烈火の将が、左肩を不自然に天へと掲げ、目を閉じる。
行動に対する疑問への回答の早さは、フェイトが首を傾げるより先に表情を凍らせたほど。
微細な魔力がそこに集い出し――それは一瞬にして、腕の形を成した。
そのまま、烈火の将は感覚を確かめるかのように左腕を見つめ、握り締めては開く。
その機械的な表情は、彼女も知らない人間でさえも周囲に寒気を覚えさせるだろう。知っている人間なら尚更だ。
だが、一番驚くべきフェイトはといえば――理解したかのように表情を戻していた。
「――考えれば、単純。
今の『烈火の将』は、暴走プログラムやジュエルシードと繋がってる。
だから使える魔力に限りなんてないし、傷ついてもすぐに修復する。
つまり、回復する前に一気に倒さなきゃ、駄目ってこと……」
それが意味する所はただ一つ。今の彼女は、今までとは比較にならないほど、強い。
それでもフェイトは、怯えもしないし弱気にもならない。
その表情は静かに。そして、呟く言葉は、どこまでも強気に。
「今までの戦いで十分分かった。
貴女は私の魔法を姿勢や詠唱から予期できていないし、通じない魔法を連発してる。
私と模擬戦を繰り返したシグナムなら、そんなミスはしない。貴女はシグナムの姿をしているだけなんだ。
そんな偽者なんかに――私は負けないッ!!!」
フェイトは烈火の将へと愛用の魔杖を突きつけて、そう宣言した。
■
支援
「ディバインバスターッ!」
「刃以て、血に染めよ――穿て、ブラッディダガー!」
赤色に染まった砲撃と、血に染まった刃が奔る。
それは綺麗に紅の鉄騎に直撃する――だが、周辺を覆うはずの爆煙は、亀裂一つない赤い防御壁に吹き飛ばされた。
デバイスも十年宝石もない凛と、軽く3ランクは弱体化したリインフォース。
その二人が放てる魔力量など知れたものだ。
「まともに当てても腕を吹き飛ばすのが限界……これでは……」
「そこ、弱音吐かない!」
リインフォースの言葉を凛はわざわざ向き直って叱咤したが、すぐに顔を戻した。
前からは、鉄の伯爵をラケーテンフォームに変えた紅の鉄騎が突進してきている。
デバイスから魔力を噴射するその攻撃はラケーテンハンマー。かつてなのはを破った強力な打撃攻撃。
素早く凛はカートリッジを取り出し、宝石魔術の要領で魔力を放出した。
「プロテクション・パワード!」
凛の左手から、赤色の魔力防壁が展開される。
しかし、以前ラケーテンハンマーを防いだそれと比べ、この防御はあまりにも脆弱にすぎた。
それを示すかのように、数秒後には障壁に亀裂が走り――更に押し込まれた鉄の伯爵が障壁を粉砕する。
直撃はなんとか避けたもののそのまま凛は吹っ飛ばされ、
地面を五回転したところでリインフォースにようやく止められた。
「い、いったぁ……!」
「このままではやはり不利か……」
先ほど叱咤されたばかりだが、リインフォースはそう言わずにはいられない。
カートリッジの魔力を宝石魔術の要領で吸い取って活用しているが、
後にジュエルシードに砲撃を撃ち込むことを考えればできるだけカートリッジは残しておかなければならないのも事実だ。
そんな状況で無限に修復される紅の鉄騎を倒すなど、不可能に近い。
もっとも、凛自身分かっている。自分達の致命的な弱さくらいは。
支援
「要するに、なんか火力を増やせる方法があればいいのよね」
「何か手があるのか?」
「これ」
そう言って、凛は赤い聖骸布を脱いでリインフォースに手渡した。
同時に衣服が剥ぎ取れられたことを補うべく、
バリアジャケットが水銀燈のそれに近い、ただし赤く染まったドレスへと形を変える。
「私はアーチャーの実力はよく見てないんだけど……
蒐集すれば、あいつの宝具を出せるようになるかもしれない。
サーヴァントは魔力で構成される存在よ。それなら同じく魔力で構成されているその服に、記録が残っているかもしれない。
何より、ここはあんたの中。制限も何も関係ない。かもしれないばっかりだけど、それに賭ける」
「……この服から蒐集をしろ、ということか。
だが、レイジングハートから蒐集できたのは、私が高町なのはの魔法を記録していたからだ。
確かにこれは魔力で構成された衣服らしいが、例え蒐集できたところで不完全なものになる。
一定回数使っただけで記録が消えるなど、何らかの影響が出かねん」
「不完全でいいのよ。
それなら、暴走プログラムに活用されないでしょ?」
「……なるほど。
だが、不完全な情報を繋ぎ合わせながら蒐集するのは相当な時間が掛かる。
その間、一人で持ちこたえられるのか?」
その言葉を聞いて、静かに凛は立ち上がった。
そのまま攻撃準備を整えた紅の鉄騎へと体をむけ――顔は、リインフォースへと向き直る。
あの、赤い弓兵のような不敵な笑みを浮かべて。
「時間を稼ぐのはいいけど……倒しちゃっても構わないんでしょ?」
あの弓兵に倣って、そう言った。
もう何度目か分からない。リインフォースは、呆れて。
「……期待している」
「上等!」
笑いながら、そう返す。
それ聞くと同時に、凛は地を蹴って相手へと向かい直進した。
それは、相対する紅の鉄騎も同じ。寧ろ、紅の鉄騎の方が反応は早い。
ハンマーフォルムに戻した鉄の伯爵から、四つの弾丸を撃ち出してから接近を開始する程度には余裕があった。
「……こっちよ!」
強化と軽量、フライヤーフィンを組み合わせながら凛は素早く左へと方向を変え、紅の鉄騎を誘き出した。
同時にガンドを連射してシュワルベフリーゲンを撃ち落としにかかる。
一秒を待たずに数十発が着弾し、二羽の燕は落ち、二羽の燕が回避された。
だがその間に、既に鉄の伯爵を振り上げた紅の鉄騎が凛へと迫っている――!
『Todlichschlag』
「ラウンドシールドッ!」
凛は防御したものの、やはりこの程度の出力では紅の鉄騎の打撃は防ぎきれない。
数十m近くは易々と吹き飛ばされたが、それでもなんとか凛は体勢を崩さずに受けきった。
しかし、吹き飛ばされた凛を紅の鉄騎は追撃するべく飛行していて。
「――近づいたわね」
にやりと、凛は笑った。
同時にその腕がぐるりと回され、持っていた二発分のカートリッジが魔力を放出。それに呼応し、赤色のスフィアが生み出される。
そして足元に展開されるのは、円形のミッドチルダ式魔法陣ではなく三角形のベルカ式魔法陣!
「一撃必倒ぉ! ディバイン――!」
そう――この魔法は、高町のなのはとディバインバスターとは違う。
凛が自分の宝石魔術を応用し、なのはのディバインバスターをただ威力だけを重視して組み直した結果、
それに近似した系統、近代ベルカ式として生まれ変わったものであり。
これはありえるかもしれない未来、スバル・ナカジマが生み出す魔法と同じもの――!
「――バスタァーッ!!!」
凛が左腕を突き出すと同時に、スフィアから砲撃が放たれる。
これは射程を大幅に犠牲にした代わりに、威力だけならば相当なものを誇っている。
流石に防御しきれずに、紅の鉄騎も吹き飛ばされた。
しかし――凛の隙を突いて、避けられていた残り二発のシュワルベフリーゲンが背後から迫る!
「しまっ――」
「――投影(トレース)、開始(オン)。
He was the bone of his sword(体は剣で出来ていた)――熾天覆う七つの円環」
だが、それが届くことはない。
現れた四枚の花弁の盾――ロー・アイアスが、燕を食い止めて地に叩きつけた。
その間に、紅の鉄騎は体勢を立て直して攻撃を加えようとするが。
「――投影(トレース)、重装(フラクタル)。
「He was the bone of his sword(その骨子は捻れ狂う)――偽・螺旋剣!」
追撃は許されず。
続いて放たれた「矢」――カラドボルグが、紅の鉄騎を容易く吹き飛ばす。
宝具の直撃を受けた紅の鉄騎のダメージは、通常時ならば紛れもなく致命傷。
今の状態でさえ、一時的とは言え行動不能にまで追い込むほどのもの。
故に彼女は回復のため一旦身を隠し……その間に、リインフォースも凛の側に駆け寄った。
「全く――何が倒してもいい、だ。まあ、あんな切り札を隠して土壇場で決めたのは見事だが」
「う、うっさい。それより『蒐集』は成功したみたいね」
「極めて不安定だがな。この持ち主の本来の能力である固有結界は使用できない。
そこから派生した能力である投影――正確には『投影』もどきというべきものを使用できるだけだ」
リインフォースの表現は的確だろう。
アーチャーの投影はただの投影ではなく、等価交換の原則を無視した、反則的な『投影』。
紛れもなく、アーチャーが使用していたそれである。
凛は知らなかったが、アーチャーの能力はあくまで魔術に過ぎないのだ。それなら、リインフォースはしっかりと蒐集できる。
アーチャーの本来の能力、固有結界は継承が可能であるものであることもまた蒐集を成功させる一因となった。
そして……魔力放出量が乏しい今のリインフォースにとって、これほどありがたい魔術はない。
魔力放出量が少なかろうと、宝具が持つ莫大な魔力量で攻撃できるのだから。
「もっとも、不完全な蒐集のツケはある。
投影もやはり予想通り回数制限があるし、できるものも限られているし――」
「――投影。それがアイツの、能力だった。そして、あの呪文は……」
「どうした?」
「別に……」
ふと頭に浮かんだことを、凛は頭から振り払った。
今は、それを考える時ではない。
「それよりさっきの……投影なんでしょ。あんた自身に投影の負担はない?」
「ああ。記録は使えば使うほどに消えていくが、私自身に影響はない」
「なら、投影してほしい宝具が二つあるけど――できる?」
「物による」
「干将・莫耶とルールブレイカー。どっちも宝具としては平均レベルだけど」
「――問題ない。
少なくとも、お前が見たものは確実に投影できるようだ」
「オーケー。じゃ、渡してくれる?」
「ああ。だが、なぜこの二つを?」
双剣を一組、そして短刀を一つ渡しながらそう聞いたリインフォースに、凛はすぐに答えを教えた。
支援。
「干将莫耶は揃えて持つことで、使用者の防御力を上げる効果がある。
この特性を利用して防御魔法を使えば、なんとか相手の攻撃も凌ぎきれるはずよ。
そのまま相手の隙を突いてルールブレイカーを刺せば、少なくとも相手の魔力供給は断てる。
無限の魔力さえなくなれば、二人でなんとか削りきれるでしょう。
それに――」
「……それに?」
「うん、やっぱ秘密」
「……さっきから言わないことが多いな」
「さっきのはプライバシーの部分で秘密だけど、今度は貴女を驚かせるために言わない」
「……む」
微妙にむくれたリインフォースを見て、凛は笑った。
無愛想なだけで、結構感情は人並み以上に豊かなんじゃないと、そう思って。
「さあ、こっから反撃に移るわよ――ついてこれるかしら?」
「当たり前だ。お前の方こそ、ついてこい」
【B-4/森林 /2日目・夜】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:頭痛、吐き気、眩暈、疲労、発熱、頭部に打撲痕
[装備]:グラーフアイゼン・ハンマーフォルム(カートリッジ-0/0)ローザミスティカ(翠)
[道具]:デイバッグと支給品一式
クローンリキッドごくう(使用回数:残り2回)、タヌ機(1回使用可能)
インスタントカメラ×2(内一台は使いかけ)、高性能デジタルカメラ(記憶媒体はSDカード)
着せ替えカメラ(使用回数:残り16回)、どんな病気にも効く薬
トグサが書いた首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]
基本:元の世界へと帰る
1:なんとかツチダマを倒すチャンスを探す
2:できるだけ早く片付けて、闇の書の様子を見に戻る
※神人の操作以外については出来る限り控える
[備考]
※神の如し力について認識しています
※神人の力は、ハルヒ自身の体調とシンクロしてその力が強弱します
※閉鎖空間を作るつもりはもうありません
【???/闇の書内部空間・時の庭園最深部/2日目・夜】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:魔力中消費、所々に浅い切り傷、バリアジャケット
※髪型が変わりました。全体的にはショート、右サイドにおさげを垂らしています
[装備]:バルディッシュ・アサルト(カートリッジ-5/6)、なのはのリボン
[道具]:デイバッグと支給品一式、予備カートリッジ×10発、クラールヴィント、西瓜、エクソダス計画書
[思考]:
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す
1:シグナムと決着を付ける。
2:一刻も早く内部空間から脱出する。
3:事が終わったら、タチコマ(AI)ともう一度話をしてみたい
※クラールヴィントはリインフォースにより改造が施されています。
※トライデントスマッシャーは未完成のため、StrikerS時点よりカートリッジを多く消費し、威力もStrikerS時点より劣ります。
【烈火の将@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:魔力無限・高速自動修復
[装備]:炎の魔剣@魔法少女リリカルなのはA's 騎士甲冑
[思考]:侵入者の排除
支援
支援
【???/闇の書内部空間・時の庭園駆動炉/2日目・夜】
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:疲労、全身に打撲痕、魔力中消費、バリアジャケット装備(水銀燈赤色ver)
[装備]:干将莫耶、ルールブレイカー、予備カートリッジ×12発、
[道具]:デイバッグと支給品(食料残り1食分、水残り1本と6割)、石化した劉鳳の右腕、エクソダス計画書
[思考]:
基本:レイジングハートのマスターとして、脱出を目指す
1:闇の書の内部空間から脱出する。
2:ハルヒが暴走していないか心配
3:脱出寸前、ルールブレイカーをリインフォースを刺して救出を試みる
[備考]:
※リリカルなのはの世界の魔法、薔薇乙女とアリスゲーム、ドラえもんの世界の科学――の知識があります
※闇の書の防衛プログラムとその暴走――の知識があります
※ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い――と推測しています
※膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能――と推測しています
※レイジングハートからなのはの魔法を継承しました。
※リインフォースの姿は、A's12話と同じ姿となっています。
※リインフォースは彼女を通して具現化しているため、凛が死亡した場合リインフォースも消えます。
※リインフォースはStrikerSのリインフォースU程度の性能にまで弱体化しています。
※リインフォースの『投影』には回数制限があります。
【紅の鉄騎@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:魔力無限・高速自動修復(回復中、あと数秒で完了)
[装備]:鉄の伯爵@魔法少女リリカルなのはA's 騎士甲冑
[思考]:侵入者の排除
※ルールブレイカーを突き刺すことで、魔力無限と高速自動修復は無効化されます。
【レイジングハート@魔法少女リリカルなのはA's 破壊】
支援
>>283と
>>291の間にはこれが入ります。
思わず口を開けたまま動きを止めてしまったリインフォースに、
凛は何を驚いているんだと言わんばかりの調子で続けていく。
「あんたが無事なら、守護騎士の二人を生き返せられるかもしれないんでしょ?」
「……そんなことは、無理だ。許されない。
何より、私が原因でたくさんの人を死なせてしまった。主でさえ死んでしまったのに、私だけがおめおめと……」
「あんたの意見は聞いてないわよ。私が助けるって決めたから助けるの」
「は……!?」
「レイジングハートといい、デバイスは自己犠牲が大好きみたいだけどね――
できるだけ多くの人が助かった方が、気分がいいに決まってるでしょ」
修正。まだカートリッジはリロードさせてなかった
>>321 【???/闇の書内部空間・時の庭園最深部/2日目・夜】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:魔力中消費、所々に浅い切り傷、バリアジャケット
※髪型が変わりました。全体的にはショート、右サイドにおさげを垂らしています
[装備]:バルディッシュ・アサルト(カートリッジ-1/6)、なのはのリボン
[道具]:デイバッグと支給品一式、予備カートリッジ×14発、クラールヴィント、西瓜、エクソダス計画書
そして、予期せぬ爆音が響き渡った。
地響きのような轟音が、城全体を、そしてフェムトの電子頭脳を大きく揺らす。
「な、何事ギガ!? 格納庫での戦闘……にしては位置が遠い! おい、司令室、司令室! 何があったか報告せよ!」
ギガゾンビの命を受け格納庫へと急ぐフェムトは、しかしその足を止めることなく城内の指令本部へと通信回線を開く。
トグサによるハッキング被害は甚大ではあったが、今や最低限の通信能力は復旧しつつあった。
「こ、こちら本部ギガ! 格納庫の制圧はほぼ完了しつつあったものの、機動兵器を一機強奪されたギガ!
また、侵入者により城内の一部が破壊され、玄関ホールから直上方向への進行を許しているギガ!」
「上!? クソ、大幅に前進されているじゃあないか!
……城内のことは把握した! ロストロギアの暴走の方はどうなっている!?」
「かなりの劣勢と報告を受けています! 事実上、自軍の戦闘能力で対象を排除するのは困難かと!」
「ちぃっ!」
城内に進行する一団への対応――フェムトの指揮は、全体で見れば秀逸だったと言っても過言ではあるまい。
だが、個々の判断では、裏目に出ているものも数多くある。
その最たる一つが、制圧部隊に対する火器の使用制限だった。
――ギガゾンビ様にもしものことが有ってはと思い、城周囲、内部での大規模戦闘を自重させたのが裏目に出たか……
何とか踏み止まれていられるのは、ジャンボガンやドゴッゾで応戦したツチダマが居たからに他ならない。
命令を無視したツチダマのおかげで永らえているとは……何ということだ!
クソッ、何の力も持たない唯の人間共だと油断したとでも言うのか!?
さらに悪いことに、闇の書の対処に仕向けた人員もその殆どが非効率的に消費されてしまっている。
自分がもしあのグリフィスであったなら、このようなミスを犯す筈は無い。
奴ならば、こうしていたずらに被害を拡大させ、自分の主君を危険に晒すようなことなどあり得ないだろう。
……いや、そうではない。あの男は結局は主君を貶め、その全てを奪おうとするはずだ。
そう、そんな輩から我が主を守れるのは、誰でも無い、この自分しか居ないのだ!
「報告は全て了解した。では、改めて新たな命令を下す!
これ以降、城内での火器類及び機動兵器の使用を全面的に許可する! 可及的速やかに侵入者を排除せよ!
また、不測の事態に対応できるよう、いつでも本部機能を移転できるように準備しておけ! ザンタクロスか、タイムマシーンにだ!!」
「了解ギガ!」
「……ところで、ギガゾンビ様は今どうしておられる?」
「今現在、ギガゾンビ様はお一人で自室でお休みになっておられますが……」
「ば、馬鹿者! 敵は城内に進入しているんだぞ!? 早急に護衛のツチダマにお迎えに行かせろ!
ギガゾンビ様にもしものことがあれば、我々の負けだ! 急げッ!!」
「りょ、了解ギガ〜〜!!」
そして、その他の仔細な指示を送る間もフェムトは走る足を止めなかった。
格納庫に急行し、ザンダクロスを手中に収めること。
その上でギガゾンビ様を守り、TP共の手から逃れること。
ギガゾンビの忠実な部下として、その誉れなる子として、自分に与えられた使命を完遂する。
それが、フェムトの全てだった。
たとえその全てが、茶番となり無に帰すとしても。
【α-5/ギガゾンビ城内・格納庫周辺・夜中】
【ホテルダマ(フェムト)】
[道具]:スゲーナスゴイデスのトランプ(13枚〜残数不明)@クレヨンしんちゃん
[思考]:
基本:ギガゾンビ様の望みに従い、バトルロワイヤルを完遂させる
1:格納庫へ進入、ザンダクロスの奪還、回収。
2:ギガゾンビ様の存在を守るために、バトルロワイヤルを完遂させる。
3:タイムマシンを駆動し、ギガゾンビ様を無事生還させる
4:生き残り、闇の書、TPに対処
5:ギガゾンビ様が脱出したら、地球破壊爆弾を爆発させ全ての敵を道連れにする
「よい……しょっと。いいですか〜? 下ろしますよ〜!」
「こっちはOKだゲイナー!」
「うむ、ご苦労ゲイナー坊や。ご褒美にキャンデーでも欲しいか?」
「レヴィ……いや、何も言うまい……」
「キャンデー? ずるーい、オラも欲しいぞー!」
わいわいと賑やかな一団だなあと、改めて思う。
彼らはこれが自分達の命を賭けた、失敗の許されない大一番だっていうのが分かっているのだろうか?
みんな、まるで子供なんだから……
僕は仲間たちを下ろしながら、周囲の状況を見渡す。
ゲインたちが開けた縦穴を抜けた先は、広い廊下のようなフロアだった。
オーバーマンですらすんなりと通れる広さのその廊下は、一種荘厳ですらある。
……こんなに大げさな造りにするなら、手抜き工事は致命的なんじゃあないのか……?
「どうだユービック、此処から指令中枢までの距離は?」
「ああ、思ったよりも良い場所に出られたようだ。かなりの距離をショートカット出来たと考えて良い」
「なら、このまま直進すべきだろうな。折角懐に飛び込めたんだ。このチャンスを逃す手は無い」
「それなら、この先の進路は……」
これからの指針を手早く相談する大人たちの会話が、集音マイク越しに聞こえてくる。
彼らが僕のことを子供扱いするのには毎度のことイライラするが、
こういう時に頼りになるな、とつい思ってしまう自分に嫌気が差す。
だが、今は非常時。不本意ながら、彼らに頼るのも仕方が無いことだ。うん。
「おいゲイナー、警戒を怠るなよ! 周囲に敵は居ないな!?」
「言われなくてもやってますよ! 視野内には敵影はありません!」
「いや……ちょっと待て。何か聞こえないか? この音……」
「え? 音……?」
そう言われてみて、初めて気付く。いつの間にか、低い重低音が何処からともなく響いている。
視覚面には気をつけていたが、聴覚はお留守になっていたようだ。僕としたことが、迂闊な……
そして、キングゲイナーの機動音とは異なるその音は、なんだかこちらに向かってくるように、少しづつ大きくなってくるような……
「見ろ、あそこだゲイナー!」
ゲインの叫び声に廊下の先の暗闇に目を凝らすと、そこには確かに黒い影が……
「あれは……タチコマ!?」
その八本の脚と、その蜘蛛のようなフォルム。
色がメタリックシルバーだったり、ボディに砲身が付いていたりはするが、それは、確かにタチコマだった。
そう、格納庫のキングゲイナーを、文字通り死守した彼らと同じ。
「知っているのかゲイナー?」
「ええ、タチコマはトグサさんの同僚で、AI……人工知能の、言わばロボットみたいな奴なんです。
格納庫にあるキングゲイナーが手に入ったのも彼らのおかげで……」
「その割には、友好的では無さそうだが……」
「え?」
見れば、タチコマの砲塔が、ゆっくりと上下にスライドしている。
そして、左右の微調整を行い、どうやら照準が合った所で……
「全員、伏せろぉッ!!」
咄嗟にキングゲイナーの体を伏せて、皆をガードする。
――ズドオォン!!
その次の瞬間、轟音を上げて砲弾が着弾した。
爆風が周りを吹き抜けてゆく。
「外れたか!?」
「そ、そんな、タチコマがまさか……!」
「落ち着けゲイナー君!」
混乱する僕をロックさんがたしなめる。
「あの機体、外見がタチコマだからと言って、その中身までが同じとは限らないぞ.
別のAIに置き換わっているか、若しくは別のパイロットが搭乗している可能性だって十分にある!」
「そ、それは確かに……って、アレは?」
未だ明確な対応に至らない僕達をあざ笑うかのように、敵タチコマのハッチが開く。
そこからニュッと顔を出すのは、もう御馴染みのツチダマの顔だ。
そしてそのパイロットツチダマがなにやら叫びだす。
「見たか! 敵ロボット恐るに足らず! いざ行かん、我に続くギガァッ!!」
「「「ギガァ〜〜〜〜〜ッ!!」」」
するとその掛け声に呼応して、無数のツチダマ軍団が敵タチコマの背後から溢れて来た。
ツチダマ達は雄叫びを挙げてこちらに迫って来る!
「チッ、第二波か! 思ったより対応が早い!」
「でも、最初と比べて数が少ないですよ! イケます!
あのタチコマもどきごと、キングゲイナーで蹴散らしてやります! 皆は下がっていて下さい!」
「待て、敵の出方がおかしい! 余りに直線的過ぎる! もっと敵を引き付けろ!」
「そんなの構うもんですか! あのツチダマ、タチコマもどきから引き摺り下ろしてやる!」
そう言うが早いか、僕とキングゲイナーは敵軍に向かって飛び出した。
大丈夫、僕とキングゲイナーなら、怖いものなんて無い!!
「ゲイナー、前に出すぎだ! 下がれッ!!」
「うおおおおおおォッ!!」
ゲインの制止を尻目に、キングゲイナーは敵一団の前面に躍り出る。
敵方の反応も鈍い。タチコマもどきは砲身等の重装備のせいで、本家タチコマのような機敏さが欠けている。
貰った―――――ッ!?
――ドゴォッ!!
何ッ!?
「う、うわああああああッ!?」
標的に達する直前に、不意の衝撃が体を揺らす。
全く予期していなかった事態に思考が揺れる。
もう全部が大揺れだ! なんなんだよ一体!?
「ゲイナー! 後退しろッ!」
ゲインの怒声が現実と僕を繋ぎ止める。
「い、言われなくてもッ!」
咄嗟に敵陣から距離をとろうとしたキングゲイナーだったが、しかしそれは叶わない。
キングゲイナーの左腕が、何者かによってがっしりと掴み取られていたからだ。
何者――先ほどの衝撃の正体――コイツは――――!!
「オーバーマン……ゴレーム!!」
セント・レーガンの量産型オーバーマン・ゴレームが、もうもうと立ち込める瓦礫の中から姿を現した。
他のオーバーマンの存在には驚きだが、キングゲイナーやドゴッゾが居た以上、ゴレームが居ても不思議ではない。
だが、コイツは一体何処から沸いて出たって言うんだ? それに、この瓦礫と粉塵といい……
瓦礫?
見れば、ゴレームの立つ壁には大きな穴が開いている。
そう、この怪力自慢のオーバーマンは、この廊下の壁を突き破って奇襲をかけてきたんだ。
この城の壁材が脆いのはもう確認済み。
そう、ゴレームはきっと、最初からこの壁の向うで、攻撃のタイミングを今か今かと見計らっていたんだ。
そして、タチコマもどき達ツチダマ軍団は、キングゲイナーを誘い出すための囮……
最悪だ! 僕ともあろうものが、こんな初歩的な罠にハマるなんて!!
「作戦成功ギガ! やっておしまいゴレーム!!」
「了解ギガ!!」
「くそッ、防御は――――間に合わないッ!!」
ゴレームのパンチがキングゲイナーの顔面を捉える。
そして、先ほどよりも一際強い衝撃が僕の体を突き抜けた。
「うわああああっ!!」
そして、間髪入れずに後ろからの衝撃が加わる。
キングゲイナーが廊下の対面の壁に激突したのだ。
「今だ! 撃て撃て撃て〜〜〜ッ!!」
その号令と共に、ツチダマ軍団がキングゲイナーに一斉射撃を加える。
ツチダマの持つ、銃やバズーカ、ロケットランチャーの火線がキングゲイナーに集中する。
いくらオーバーマンとは言え、これにいつまでも耐えられるものではない。
そう、奴等のゲリラ戦法は決して無視できはしない。
しかも、奴等の後ろにはまだタチコマもどきとゴレームが控えている。
ヤバイ、完全に向うのペースだ!
このままじゃ、冗談じゃなく本当に……!
その時、ある物体の存在に気付いた僕の目は、それに釘付けになった。
それは、噴煙を上げながらこちらに向かってくる、一発のミサイルだった。
ツチダマの内の一体が撃ったと思われるそれは、まっすぐにこちらに、僕のいるコクピット目掛けて飛んでくる。
このコース……直撃する!?
そのときになって、やっと現実的な恐怖心が僕の心を真っ青に染め上げる。
え? これって、もしかして……
死……ぬ……? 僕が……?
「うわああああああああああぁぁぁあァッッ!!!!!」
――ズドォォオオオンン!!!!!
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー 死亡……ってアレ?】
「おいおい、不甲斐無いなゲイナー。そんなんじゃあキングの名が泣くぞ?」
ゲインの低い声に我に返る僕は……生きている!
それどころか、キングゲイナーも健在だ!
「こ、これって一体……!?」
「俺が打ち落としたんだよ、キングゲイナーに直撃する前にな!
どうだゲイナー、少しは俺の言うことを聞く気になったか?」
「な……ッ!」
瞬間、ゲインに何と返していいのかがわからなくなった。
ゲインの並外れた狙撃の腕を褒めるべきなのか。
助けてくれた礼を言うべきなのか。
それとも先行した蛮勇を詫びるべきなのか。
でもその全てが、己の失敗の恥ずかしさと気まずさから、僕の胸の中に引きこもったまま出てこない。
「ゲイン……! あの、えっと……」
「ゲイナー、失敗するのは誰にでもあることだが、反省することはなかなか難しいことなんだぞ!
若い内にしっかりと失敗して反省しておくことだな!」
そして、ゲイナーは大人だった。ムカつくぐらいに。
だから嫌なんだ、大人って奴は。
自分がガキだって事が嫌でも身に染みるから……
「まったくだこのチェリーボーイめ! このレヴィ様を差し置いてパーティを楽しもうなんざぁ10年早ええ!
テメェはそこでのんびりミルクでも啜ってな!!」
……前言撤回。
こういう不条理な暴力を振るって偉そうにしているから、大人ってのは嫌いなんだ。
「おいおい、いいのかゲイナー? このままじゃ良いところを全部レヴィに持ってかれちまうぞ?」
僕に悪口を叩いたレヴィは、勢いそのままにツチダマ軍団の中に突撃してゆく。
――ドガガガッ!
ソードカトラス乱れ撃ちの前に、敵ツチダマ達がどんどんと破片になってゆく。
だけどこれは……正直、さっきの僕以上に無謀なような……
これと同じ事を僕もしていたのかと思うと、正直恥ずかしい……
「いいんですか? 彼女を止めなくて」
「止めたって聞くようなお嬢さんじゃあないだろう? 心配ならお前がきちんとエスコートして差し上げな」
「だ、誰が心配なんか! 僕はただ……!」
「ああ、後ろの心配はしなくてもいいぞ。俺とロックで何とかしてやる!
ホラ、俺が援護するって言ってるんだ! あのハニワ共は俺とレヴィに任せて、お前はあのデカブツどもを片付けろ!」
「い、言われなくたって!」
そして再びキングゲイナーは立ち上がる。
ゲインに上手く乗せられているのが自分でもわかる。本当にシャクに触る。
でも、今は敵を倒すことが先決だ! 文句は後でたっぷり言ってやる!!
「なんだぁ? まだやろうってのかギガァ〜?」
「往生際が悪いギガ! とっととトドメを刺してやるギガ!」
立ち塞がるタチコマもどきとオーバーマン・ゴレーム。
たしかに、この狭い室内ではスピードタイプのキングゲイナーよりも、
パワー・タフネスタイプの奴等に分があるのかもしれない。
だが、僕はチャンプだ! ゲーム・キングだ!
これぐらいの劣勢でくじけるほどヤワじゃ無い!
「さっきの借りを、返してやるッ!!」
地面を蹴るキングゲイナー。再び相手の正面に突っ込んでゆく。
だが、今度はさっきとは違う。
油断なんか微塵もしない。
それに、仲間が共に戦ってくれているんだ。
僕が負ける要素なんてもう無くなった!
「流石に早いギガ! でも早いだけなら怖くないギガ〜
戦車で足止めして、ゴレームのキツ〜イ一撃をお見舞いしてやるギガ〜!」
「自分で手の内明かしてるんじゃないッ!」
タチコマもどきをはるかに凌駕するスピードで突っ込む!
敵は当然対応なんかできっこないが、そこは二対一。タチコマもどきが捨て身でキングゲイナーを止めに来た。
でも、そんなもので止まるものか!
キングゲイナーが、タチコマもどきを蹴る、否、踏みつける!
そしてそのまま、後ろに控えるゴレームの頭上まで大ジャンプだ!!
「お、俺を踏み台にした〜〜!?」
「くらえッ! オーバー・ムーンサルト斬りッ!!」
剣風一閃!
「ぶ、ぶわぁかなああああああ!!」
渾身の一撃が決まり、ゴレームの右肩と頭は胴体とはサヨナラだ!
だが、僕の勢いはまだまだ止まらない。
「もう一体ッ!」
着地と同時に方向転換。
狙いは残ったタチコマもどき!
「く、くそ、かくなる上はッ!!」
「遅いッ! させるかッ!!」
タチコマもどきが旋回する間も与えない。
そのまま返す刀で突き刺す!
「ギ、ギガアアッ!!」
あわれタチコマもどきは、チェーンガンに胴体を貫かれてジ・エンドだ!!
「ギ……ギガゾンビ様に栄光あれぇぇっ!!」
――ドン、ドン、ドン!
断末魔と共に、その砲身に残った弾が、あさっての方向に打ち出されてゆく。
どんな威力の攻撃だって、当たらなければどうということは無いッ!
チェーンガンを、更に深く押し込むと、まばゆい火花を上げて、タチコマもどきのボディが切り開かれてゆく。
そして、そのままタチコマもどきの足は脱力し、その機能を完全に停止した。
これで敵巨大兵器は全滅だ。残りは雑魚のツチダマのみ!
「よしッ! 勝ったッ!!!」
……だが、その瞬間にも、僕は油断してしまっていたんだ。
「勝ってカブトのオをシめろ」ってヤーパンの諺、それは正に僕の為にある言葉だと、僕は学ぶことになる。
「「うわ〜〜〜〜っ!!!」」
突如、後方から響く仲間の悲鳴。
振り向くと、そこには降り注ぐ瓦礫に、それから逃げ惑う仲間達……
しまった!
さっきの断末魔の発砲、あいつはコレを狙ってたんだ!
キングゲイナーへの反撃も諦めて、無防備な仲間への攻撃……
直撃させられなくても、この手抜き工事の天井を崩せばどうなるのかは既に実証済みだ!
「みんな! 早くこっちに! 急げ!!」
必死にロックさんが、別方向の通路へと皆を誘導している。
そして、みんなの姿が通路の奥へと消えた次の瞬間――
――どぉぉぉぉん!!
巨大な音を立てて、通路口の天井が完全に崩落した。
ロックさん達が避難した通路の入り口は、瓦礫で完全に埋まってしまって、隙間すら見えない。
「み、みんながっ!!」
「落ち着け、よく見ろゲイナー! 崩れたのは通路口の入り口真上だけだ! 奥に避難した奴等は恐らく無事だ!」
「で、ですが、このままじゃ彼らと分断されてしまうことに……!」
「合流の方法は後で考えればいい! 奴等だって奴等なりになんとかすると信じろ!
それに、俺たちが暴れれば奴等から注目を逸らす陽動にだってなる!」
この予想外の非常時にも、ゲインは憎らしいほどに冷静だ。
確かにゲインの言うことも一理ある。正論だ。
「だ、だけど、それじゃ彼らを放って行くつもりなんですか!?」
でも、それをそのまま鵜呑みに出来るほどの余裕が、僕には無かった。
つい頭に血が上った僕は、ゲインに喰らい付く。
「そういうお節介はテメェのオムツが取れてからにするんだな!」
そして、狼狽える僕を叱咤するのは、あろう事かあのレヴィさんだった。
ツチダマの返り血宜しくオイルと埃にまみれた肢体が、モニターの中に飛び込んでくる。
「余所見してる暇があんのかこのボケ! フシアナがあッ!!」
――パン、パァン!
レヴィの発砲音に続き、数体のツチダマが砕け散る。
僕が取り乱している間に、敵の接近を許してしまっていたようだ。
「戦場で気ィ抜くなっツってんだろ! 学ばねえ餓鬼だな!!」
「……す、すみません……」
いつもは身勝手な人に正論で説教されるとは……つくづく自己嫌悪で嫌になる。
確かに……今はロックさん達の身を案じていても仕方が無い。
僕が今出来ることをするしかないのだ。
でも、キングゲイナーを手に入れたというのに、どうも本調子に乗り切れていないというか……
どうにも活躍にケチがついてしまう。
やはり言われるとおり、修行がたらない?
まだ僕がガキだって言うのか!?
冗談じゃ無い!
僕は、僕だって……!
「ったく、このレヴィ様がこんなクソガキの世話まで焼いちまうとはな。ヤキが回ったか?
大体ゲイナー、てめえ――ガぁッ!!」
「……? 僕が何ですって? レヴィさん?」
急に途切れた言葉。
そして僕がもう一度レヴィさんを見たとき、
そこにはある種非現実的で、とびきりシュールな光景が広がっていた。
つい今しがたまで、僕に悪態をついていたレヴィさん。
そのレヴィさんが。
胸から血を流して倒れていた。
「レヴィ…さん? レヴィさん!?」
「ギガギガギガ〜〜!! 一匹撃ち取ったギガ! これできっと盛大な褒美がもらえ――ブゴッ!!」
不快な笑い声は、ゲインの放った一発の銃声で掻き消される。
「ちいッ、狙撃兵が居たか! おいレヴィしっかりしろ!
ゲイナー、何か応急手当に使えるものを持っていないか!?」
ゲインがレヴィさんの元に駆け寄る。
力なく横たわるレヴィさんを抱き上げるゲイン。
レヴィさん? そこは『触るんじゃねえ!』ってゲインに拳骨食らわせるところじゃないんですか?
そんな大人しくしているなんて、らしくないですよ!?
レヴィさん? ……そんな、レヴィさん!?
「チッ……気ィ抜けてたのはアタシの方か……ドジっちまったなあ……」
「喋らないで! 今すぐ止血を! ……クソッ、何か、何か傷の手当に使えるものはッ!?」
「ゲイナー、レヴィの手当ては俺がやる! お前は周りを警戒しろ! これでまた隙を付かれたらひとたまりも無いぞ!」
「わかってます、やってますよッ!!」
口ではそう言ってはいても、思考が全く纏まらない。
色んなことがグルグルと頭の中を駆け巡る。
僕がちゃんとしていれば、僕が油断しなければ、こんなことにはならなかった?
自分の力に自惚れて、自分の活躍に慢心して……
これは、僕のせいじゃないのか?
僕は、僕は……
ああ、僕は……ただのガキだ!
【α-5/ギガゾンビ城2階・通路/2日目・夜中】
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:疲労蓄積、風邪の初期症状、腹部と後頭部と顔面に打撲(処置済み)、精神的動揺大
[搭乗]:キングゲイナー(チェーンガン装備) 中度損傷
[装備]:AK-47カラシニコフ (弾数:30/30-予備弾薬×10発)、トウカの日本刀、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費)、技術手袋(使用回数:残り9回)
スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳、クーガーのサングラス、エクソダス計画書
病院内で見つけた工具箱、解体された首輪、機械の部品多数
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出
1:レヴィの治療
2:はぐれた仲間との合流
3:機動兵器が出現したら応戦する。
4:トグサから送ってもらったデータを暗記
5:自分の身は自分で守る
[備考]
※名簿と地図を暗記しています
※リリカルなのはの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています
※基礎的な工学知識を得ました
【レヴィ@BLACK LAGOON】
[状態]:脇腹と右腕に銃創、左腕に傷跡、右胸に貫通創(重症)
[装備]:ソードカトラス×2 (残弾1/15、9/15-予備弾薬×105発)
RPG-7(榴弾×12発、スモーク弾×40発、照明弾×40発)
[道具]:デイバッグと支給品一式
イングラムM10サブマシンガン (残弾30/30-予備弾薬×30発)
グルメテーブルかけ(使用回数:残り16品)、ぬけ穴ライト、テキオー灯
バカルディ(ラム酒)×1本、割れた酒瓶(凶器として使える)、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。物事なんでも速攻解決!! 銃で!!
1:まだまだ……暴れたりねぇなぁ……!
[備考]
※双子の名前は知りません
※魔法などに対し、ある意味で悟りの境地に達しました
※テキオー灯の効果は知りません
※胸の傷は、適切な治療を施さないと命に関わります。
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)
[装備]:NTW20対物ライフル(弾数3/3-予備弾薬×24)
ウィンチェスターM1897 (弾数4/5-予備弾薬×65発)
454カスール カスタムオート (残弾:4/7発-予備弾薬×40発)
RPG-7(榴弾×14発、スモーク弾×36発、照明弾×41発)
悟史のバット
[道具]:デイバッグと支給品一式、スパイセットの目玉と耳(×2セット) 、どこでもドア
トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ、エクソダス計画書
[思考]
基本:ギガゾンビを打倒し、ここからエクソダス(脱出)する
1:レヴィの治療
2:はぐれた仲間との合流
3:ギガゾンビを探し出し、捕まえる
4:事が終われば、トウカと不二子の遺体を埋葬しに戻る
[備考]
※モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました
※ユービックのことを一応は信用はしましたが、別の嫌悪感を抱き始めています
※どこでもドアを使用してのギガゾンビ城周辺(α-5のエリア一帯)への侵入は不可能です
「……どうだ? 戻れそうか?」
「う〜ん、この瓦礫をどかすのは流石に無理みたいだね。びくともしないや」
「城内図を確認しても、彼らと合流するには結構な回り道が必要になるな……」
「もう! みんな迷子になるなんて、しょうがないなあ〜 オラが付いて無いとダメなんだから〜」
「まあ、大した怪我も無かったことだし、不幸中の幸いと言ったところか……」
今来たばかりの道を瓦礫にふさがれ、途方にくれる4つの影。
ロック、ドラえもん、しんのすけ、そしてユービックは、
仲間とはぐれ、退路を絶たれ、それまでのプランからの大幅な修正を迫られていた。
「ゲインやレヴィ、ゲイナーのロボットとはぐれたのは痛いな。
こっちの戦闘能力の殆どはあいつらに依存していたようなものだったからな……」
「じゃ、じゃあゲイナー君たちと合流するのが先決なんじゃないのかな?
こっちのPCを使えば、安全に最短ルートで皆と合流できるよ、きっと!」
そう、常識的に考えれば、ゲイン達との合流が最も妥当な選択と言える。
だが、ロックはその選択に首を縦には振らない。
「ああ、確かにそうだ。だが……逆に、こう考えることもできないか?
『戦力が圧倒的に向うに偏っている分、こちらは注目されにくい』――と。
つまり、これはピンチでもあるが、チャンスでもあるんだ。俺たちがこの城の中枢に忍び込む上でのな」
「ろ、ロックさん、まさかそれじゃあ……!」
「ああ、そうだ。俺たちは今から、この城の中枢に向けて進行することを提案する。
ルート及び監視のジャミングはユービックとトグサに任せる。出来るな?」
「ああ。それは任せてもらおう。元より主のために捧げたこの身だ。最後までお前達につきあうさ」
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕達だけでなんて……危険すぎる!」
慌てて反対するドラえもん。
だが、ロックはその意見を曲げない。
「ああ、ドラえもんの言う通り、こいつは危ない橋だ。
だが、この作戦が上手く行けば、俺たちの手でこのイカレたゲームに終止符を打つことができる。
たしかにリスキーではあるが……試してみる価値はある筈だ」
「で、でもでも、そんな危ない橋にしんのすけ君を巻き込むのは……!」
「ああ、それには俺も気が進まないが……」
ロックが言葉を途切り見下ろす先には、
いつになく引き締まった表情のしんのすけがロックを見つめている。
「オラ、仮面のおじさんにお仕置きするんだぞ! オラだけ仲間はずれはズルいんだぞ!」
「……な? この子が大人しく待っていてくれるとも思えない。
今は一刻も早く敵を鎮圧して、事態を収拾させるべきなんだ。それが凛やフェイト、ゲイン達を助けることにもなる。
だから……ドラえもん、せめてしんのすけを守ってやってくれ。頼む」
「ロックさん……しんのすけ君……」
三人の熱い眼差しがドラえもんに集中する。
そして、とうとうドラえもんが折れた。
「……わ、わかったよ。でも、出来るだけ危なくないようにするんだからね? 無理はしないんだからね!?」
「ああ。ありがとう、ドラえもん」
「う……うん。そ、そりゃあ僕だって、自分の手でギガゾンビに引導を渡してやりたいんだよ!?
でも、そうと決まったんなら指令室に急ごう……!」
「「おー!」」
そして、このロックの提案のままに、勢い新たに走り出そうとする一団だったが――
「ちょっと待った!」
それを引き止めたのもまた、ロック本人だった。
「ど、どうしたのさロックさん、君が行こうって言い出したんじゃ……」
「違う。見ろ、向うから誰か来る!」
「ええっ!?」
「まさか、敵か!?」
ロックの指差す廊下の先に、全員が目を凝らす。
すると、確かに一個の影が、こちらに向かって進んでくる。
徐々に鮮明になるその輪郭。
それは、その姿は。
「あれは……! まさか……!」
「ああ、見間違えたりなんかしない! あれは……!」
「あれは……お前は……」
「おじさんは……!」
「……ふう、なんだ今の爆発は? まったくフェムトの奴め、アレだけの物量がありながら防衛もろくにできんとは……
無能どもめ……まったくどいつもこいつも役に立たん……クソッ、クソッ、クソッ!!
……ん? ……な、なんだ貴様らは……!?」
「「「「ギガゾンビ―――!!?」」」」
【α-5/ギガゾンビ城2階・ギガゾンビの私室周辺/2日目・夜中】
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、鼻を骨折(手当て済み)
[装備]:ゲイナー製スタンロッド (電気65%、軽油2回分)、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグと支給品一式、現金数千円、たずね人ステッキ、エクソダス計画書
[思考]:
基本:力を合わせ皆でゲームから脱出する。出来ることならギガゾンビに一泡吹かせたい
1:ギガゾンビ本人!?
2:ギガゾンビ城の中枢を制圧
3:ゲイン達と合流
4:しんのすけ、ドラえもん、ユービックを守る
[備考]
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました
※レヴィの趣味に関して致命的な勘違いをしつつあります
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:大程度のダメージ、頭部に強い衝撃、強い決意、中程度の疲労
[装備]:ゲイナー製スタンロッド (電気72%、軽油2回分)
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費) 、虎竹刀
[思考]
基本:ひみつ道具と仲間を集めて仇を取る。ギガゾンビを何とかする
1: ギガゾンビ……ついに見つけた……!
2:しんのすけを守る
3:ロックと城の制圧
4:ゲイナー達と早く合流したい。
[備考]
※Fateの世界の魔術、リリカルなのはの世界の魔法――の知識があります
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている、強い決心
[装備]:ひらりマント
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料5食分消費)
わすれろ草、キートンの名刺(大学)、ロープ
[思考]
基本:皆でここから脱出して、春日部に帰る
1:仮面のおじさんだゾ!
2:みんなのお手伝いをする
3:全部終わったら、かーちゃんに報告する
[備考]
※両親の死を知りました
【住職ダマB(ユービック)】
[状態]:一応修復済み(下半身はつぎはぎ)、電脳通信可能、孔を増設、タチコマのメモリを挿しています
[装備]:なし ※手の先から電撃を放てる
[道具]:ノートPC(ユービック)
[思考]:
基本:グリフィスの仇を討つ。そのために参加者達に協力する
1:ギガゾンビ……!
2: トグサと通信して、トグサの意をみんなに伝える
3: トグサから得た情報をPCに転送する
[備考]
※ギガゾンビの言葉(ツチダマはいつでも爆破できる)はハッタリかもと思っています
※ゲイナーがレヴィに強制連行される際に放置されていたパソコンを回収しました。
【ギガゾンビ@ドラえもん のび太の日本誕生】
[状態]:ブチ切れ、決死の覚悟
[道具]:スゲーナスゴイデスのトランプ10枚@クレヨンしんちゃん、ギガゾンビの杖、取り寄せバッグ@ドラえもん
[思考]:
基本:バトルロワイアルの完遂。
1:司令室に行き、ツチダマ達に文句を言う。
2:引き続きバトルロワイアルの映像配信
3:ザンダクロスを用いて、参加者を直々に粛清する。
4:可能ならばタイムマシンで生還・脱出
最終行動方針:バトルロワイヤル存在抹消の阻止
361 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/09(月) 12:30:17 ID:eHFYpqYu
しんのすけかわいいよしんのすけ
362 :
な:2007/07/18(水) 16:45:35 ID:3vwiLJrE
最高
[ Reboot ]
真円を描く蒼い月の下、通り抜ける風の音以外は何も聞こえてこない、静謐な病院。
戦いの顎に身を削られ、憐れな姿態を晒すその薄灰色の箱の中。その一室。
独りこの場所に残った男――トグサの目の前でそれは起こっていた。
息を呑むトグサの顔を照らす淡い光。
それは彼の目の前にある担架――その上に寝かされた長門有希の遺体から発せられているものだ。
彼女の身体、そしてその身を包む衣装。その表面から、光を放つ砂のように細かい粒子が立ち昇っていた。
粒子が離れた場所は、まるで蛇が脱皮をしたかのように生前の綺麗さを取り戻している。
赤黒く爛れていた肌は、磨き上げられた陶磁器のような白さを取り戻し、
染み込んだ血と油、泥と灰に塗れた衣装は、洗い上げたばかりのように鮮やかな色を取り戻している。
そして、立ち昇った粒子が最後に強い光を発して空気の中に消えると、トグサの前には以前のままの長門有希が戻っていた。
閉じていた瞼がパチリと開き、二度、三度と瞬きを繰り返すと、彼女は何もなかったかのように床の上に下りる。
そして、琥珀のように閉じ込めた物を外に洩らさない静かな両の瞳が、目の前のトグサを見上げた。
壊れた部品を交換し、人格プログラムを注入して再起動する。
公安九課に勤めるトグサにとって、それは見慣れた風景だ。
自立機動兵器であるタチコマをはじめ、何体もの人と見分けのつかないオペレーターロボットが彼の職場には存在した。
無機物だけで作られた擬体ではなく、有機体で作られたバイオロイド。そんな物が開発されているとも話には聞いている。
しかしそれでもなお、彼にとって目の前の存在はファンタジーなものに見えた。
淡い光の中、戻って来れないとされる深い眠りから目を覚ます様は、まるで御伽噺の中のお姫様だ。
話に聞いている分には、間違いなく目の前の彼女はロボットだと言えるだろう。
そして、その無感情で無機質、正確で揺るぎの見えない振る舞いはその印象をより強いものとしている。
それでもトグサは、その感情を表さない琥珀色の瞳――その奥を見ていると感じるのだ。
生の証明――ゴーストの揺らめきを。
「――電脳を」
そう長門有希が呟いた瞬間。
あっけに取られていたトグサの脳内を、電気信号に姿を変えた長門有希の意識が駆け抜けた。
「……っ! 脳潜行か?」
その問いに無言で頷くと、一秒足らずでトグサの持つ情報を読み取って現状を把握した長門有希は、
カウンターの上に開かれていたノートPCを指差した。
その次の瞬間、黒い背景に白い文字だけだった一つのウィンドゥに、彼女の同胞の姿が映し出される。
369 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:02:20 ID:wu0bXBA3
374 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:02:32 ID:5OfdkxBy
「あらためてはじめまして。喜緑江美里です」
ディスプレイに映るのは、緩やかにウェーブを帯びた薄い色の髪を後ろに流した、物静かな雰囲気の少女だ。
彼女は長門有希や涼宮ハルヒが着ていたものと同じ制服を身に纏っている。
長門有希を介して、彼女もすでに電脳のシステムを取り込んでいる。
そんなことに感心しながら、トグサは彼女に向けて話しかけた。
「俺がトグサだ。こちらも再会を喜ばしく思う。……それで、脱出の件なんだが」
トグサの言葉に喜緑江美里は静かに首肯して、はいと答えた。
「それは早速そちらにいる長門有希に始めさせたいと思います。お願いしますね長門さん」
了解した――と言うと長門有希はゆっくりと部屋の角に向って歩き出す。
その姿をディスプレイの中から見て満足すると、喜緑江美里は一息ついてトグサへと話しかけた。
「あなたと長門有希の脳内情報からある程度の事態は把握しました。
事件としては単純。しかし、状態としてはいささか複雑。そんな状況ですね。
長門有希には脱出路の確保を、私は彼女がこの空間に放出した情報因子の回収を始めたいと思います。
あなたは引き続き、脱出までの生命の維持に尽くしてください」
そこに、部屋の角に集められていた支給品の山から、一本の棒を取り出した長門有希が戻って来た。
それは? ――と問うトグサに彼女は、
「びっくり箱ステッキ。内臓された情報を、四次元を通して特定の平面内に込めることができる道具」
それを? ――と重ねて問われると、彼女はさらに説明を付け加えた。
「内臓された情報を改変し、時空間を越えた場所にある平面へとアクセスする機能を加える」
つまりは――、
「断絶した平面と平面を接続する。時空間をワープさせる機能を持たせる」
なるほどと、トグサは頷いた。どうすればそういうことが可能なのか、そこまでは尋ねない。
トグサが納得したことを確認すると、長門有希はその場から少し離れ、部屋の中央に立つと、
手にしたステッキの先端をマイクを持つように口に寄せ、小さな声で呟き始めた。
支援
391 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:04:28 ID:kyTYmAOJ
「こちらから送っている情報を、ああしてあの道具へとダウンロードしています」
喜緑江美里の説明に、またトグサは彼女達の技術の底知れなさを感じた。
音声による直接的な電子情報伝達技術はトグサの生きる世界でも存在はするが、それとは比べるべくもない。
「……で、それが終了するのはどれくらいになりそうなんだ?」
その質問に、ディスプレイの中の喜緑江美里の顔が僅かに曇った――ようにトグサは微かに感じた。
「そうですね――と、少し待ってください。
長門さん、目的位置を北高文芸部部室から変更します」
声をかけられた長門有希は、ステッキから口を離すと、顔だけをディスプレイの方へと向ける。
「周辺亜空間内に、時空管理局の時空航行艦の存在を確認しました。
目的地をその艦橋へと変更しましょう。こちらの方が何かと都合がよいです。
位置情報を送るので、その部分を変更してください」
聞き終わると、長門有希は再び顔を手に持ったステッキの方へと向き直し、作業へと戻る。
「時空管理局に、時空航行艦……?」
「ええ。複数の平行世界に跨って活動する治安維持組織ですね。
直接的な接触はまだありませんが、おそらく私達とは友好的に交渉できるはずです」
言われて、トグサは仲間の一人である魔法使いの少女――フェイトがその組織の名前を出していたことを思い出す。
「……そうか、彼女の言っていた仲間もすぐそばにまで来ていたんだな」
連絡が付きさえすれば――と彼女は言っていたが、今その線も繋がったことになる。
「それで、私達の作業が完了する時間ですが……」
感慨に耽るトグサをそこから呼び戻したのは、喜緑江美里の声だ。
「――00:04。
そちらの時計で、明日の午前0時4分――その時間に終了します」
トグサの視線の先にある、壁に掛けられたアナログ時計の針は、まだその時間までには数時間の間があると告げている。
短い時間ではあるが、状況を考えればその数時間先はとても遠い。
しかし、時は過ぎる。
何もしなくても、何かをしていても――残るは結果。その瞬間の結果だけが詰み重なっていく。
その結果に後悔しないためには――仕事をするしかない。最善の結果を信じて。
ディスプレイの中の喜緑江美里に了解の意を伝えると、トグサは電脳を開きタチコマ達を呼び出した。
――己が仕事を成すために。
ここでびっくり箱ステッキが来るとは!!
支援!!
シエン
[ Situation A ]
突然の邂逅に、その場に居合わせた全員の時間が止まっていた。
何台もの車が横に並んで走ることができるほど広く、人型の機動兵器が立ち上がってもまだ高さに余裕のある、
まるで巨人の住処にへと迷い込んだのかと錯覚するような、広大なギガゾンビの城――その通路の床の上。
一端には、ドラえもん、野原しんのすけ、ロック、ユービックの四人。
もう一端には、彼らが探して止まなかった仇敵、ギガゾンビ――その姿があった。
どこかの部族を思わせる、骸骨を模した木彫りの仮面。その脇から四方八方に伸びる白髪。
この悪趣味な生存競争に参加させられた者達が、繰り返し空の上に見たそのままの姿だった。
「ギガゾンビめーっ! みんなの仇ーっ!」
最初に動いたのはドラえもんだった。
両手に持ったスタンロッドを振り上げ、通路の先に立つギガゾンビの方へと駆け出す。
その形相に、立ち向かうギガゾンビも一瞬慌てたが、
相手があの青ダヌキだと判ると冷静さを取り戻し、手に持った杖を振るい電撃を放った。
杖の先端から放たれた電撃は、一直線に向ってくるドラえもんへと空中を奔るが……、
「ひ、ら〜りっ!」
当たる直前に、ドラえもんの目の前へと飛び出したしんのすけのひらりマントによって跳ね返された。
空中を逆向きに辿った電撃は、それを放ったギガゾンビ自身の足元に落ち、床を黒く焦がす。
間一髪で電撃を避けたギガゾンビは、慌てて踵を返し元来た通路へと逃げ始めた。
「スゲーナスゴイデスッ!」
一言発すると、彼を追おうとしたドラえもん達の目の前に巨大な壁が現れ、行く手を阻む。
それを確認すると、ギガゾンビは老体に鞭を打ってその場より走り去る。
◆ ◆ ◆
「くそっ! 閉じ込められたぞ」
目の前に突如として現れた真っ白な壁に、ロックが拳を叩きつける。
辺りには迂回できるような通路はなく、また後ろは崩れ落ちた瓦礫で塞がれていた。
そして、閉じ込められた彼らにはそれを突き崩せるような道具や手段がない。
「だいじょぶダゾ」
しんのすけのその言葉に、残りの三人が振り返る。
ドラえもんが、しんのすけに楽観する理由を尋ねると、彼はギガゾンビが手に持っていたトランプと
スゲーナスゴイデスと言う呪文について知っていることを話した。
「……つまり、悪いヤツが使う分にはそんなに強い力は発揮できないというわけだね」
ドラえもんの確認に、しんのすけはうんうんと頷く。
そして、壁の前に立つと両手をそこに置いて足を踏ん張った。それを見た残りの三人もそれに倣う。
「エクソダス大作戦ーーっ!」 「「「「 ファイヤーッ!! 」」」」
四人が力を合わせて押すと、進路を塞いでいた壁はゆっくりと傾き始める。
そして、そのまま床の上に倒れると、粉々に砕け散って煙と消えた。
「よーし、このままギガゾンビを追うぞ!」
壁を押していた腕を天へと突き上げ、声を揃えて「おー!」と号音を上げると、
四人はギガゾンビが走り去ったその後を追って駆け出した。
◆ ◆ ◆
「く、くそ! なんであいつらがこんな所にっ……!?」
偶然にも出くわしてしまった生存者達。
それらから辛くも逃げ出せたギガゾンビだったが、まだ心の平穏を取り戻すには至っていなかった。
ギガゾンビの耳に聞こえるのは、自分が吐く荒い息の音と、足の裏が床を叩く音だけで、
他には何も聞こえてこない。
彼を追う、、者達の足音がまだ届かないのはよかったが、逆に彼を守るべき者であるツチダマ達の
声が届かないのは彼を不安にさせた。
もっとも、閉じていた隔壁を魔法の力で強引に開きながら、独りでここまで来たのはギガゾンビ自身で、
その周辺にツチダマ達がいないのは仕方がない――つまり、これは自業自得だったのだが。
「フェムト! 応答しろっ!」
ギガゾンビは懐から通信機を取り出すと、腹心の部下であるフェムトを呼び出す。
「これはギガゾンビ様。今どちらにお出でなのですか? 警護のツチダマをそちらに向わせているのですが……」
「遅いわッ! 今、あの青ダヌキ共に追われておる!
それよりも、貴様の方はどうだ? ザンダクロスは起動できたのかっ?」
ギガゾンビの質問に、フェムトから返ってきた言葉は意気揚々としたものだった。
「ご安心を、ギガゾンビ様。すでにザンダクロスは機動完了しております」
その言葉に、青かったギガゾンビの顔に赤みが射す。
「でかしたぞっ、フェムト! わしはこのまま屋上へと登る。そこで合流だ。警備のツチダマもそちらへと寄越せ」
「畏まりました。では、これを持って屋上へと御迎えに参らせていただきます」
城内中央のメインエレベータホールに辿り着くと、ギガゾンビは通信機をまた懐に仕舞った。
後ろを振り返れば、追ってくる四人の姿が見える。
「クソッ、しつこいやつらだ」
エレベータのドアの前まで走ると、ギガゾンビは再び魔法の力を行使して、一瞬でボックスを呼び寄せた。
開いたドアの中に駆け込み、ボックスが屋上へと上昇を始めると、壁に背をついてほっと息を吐く。
「……ククク、ザンダクロスさえ手に入れば、あんな奴ら恐るに足らずじゃ」
◆ ◆ ◆
「逃げられたかっ!?」
ロックが一足先にホール内へと駆け込んだ時には、すでにギガゾンビを乗せたボックスは階を離れていた。
閉じたドアの上にある表示は、ボックスが上階へと向っていることを示している。
「こっちダゾッ!」
振り向くと、しんのすけがホールの端――ギガゾンビ城を縦に貫く巨大な螺旋階段に足をかけている。
遅れてホールに入ってきたドラえもんとユービックも、そちらへと向っていた。
「………………」
見上げれば……、見上げなければよかった――と思うような壮大さがある螺旋階段である。
平均的サラリーマン並な体力しか持ち合わせていないロックとしては、ボックスが戻ってくるのを待とうぜ、と言いたかったが、
すでに言い出しっぺのしんのすけは、彼が見上げる高さにまで駆け上がっていた。
「ラグーン商会〜、ファイヤ〜……!」
やれやれと溜息を付くと、同じく息も絶え絶えなドラえもんと揃ってロックは長い階段を登り始めた。
414 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:07:41 ID:wu0bXBA3
416 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:07:53 ID:kyTYmAOJ
[ Situation B ]
ギガゾンビ城の通路を、いくつもの赤い光弾が空中に軌跡を残し駆け抜ける。
キングゲイナーのチェーンガンから発射された弾丸は、吸い込まれるようにツチダマの群れに飛び込むと、
爆裂してツチダマ達をただの撒き散るセラミック片に変え、壁や床を削った。
ゲームチャンプであり、上級のシューターでもあるゲイナーが湧き出るツチダマ達の頭を抑え、
それらが自分達の足元まで殺到するのを阻止していた。
一歩も動かず守護砲台と化して働くキングゲイナーの後ろには、胸を撃たれたレヴィとそれを支えるゲインが隠れている。
レヴィを抱きかかえるゲインの腕は、彼女の胸から溢れ出す血で真っ赤に染まっていた。
左胸を打ち抜かれ、咳き込むレヴィの口の端から血で作られた泡が零れている。
辛うじて致命傷は避けられたにせよ、肺をやられているのは明白で戦闘を続けられるようには見えない。
「……レヴィ。君はもう病院へと戻るんだ。どこでもドアを使えば一瞬で戻ることが出来る」
病院へ戻って、トグサに手当てをして貰えとゲインはレヴィに提案する。
ゲインがどこでもドアを鞄に入れてここまで持ってきたのは、こういう事態を想定していたためだ。
外からギガゾンビ城への侵入はロックされていて不可能だが、この中から外に出る分には制限はない。
だが……、
「……fack. ここでイモ引くレヴィ姉さん、かよ……。あたしには、トリガーを引く力があれば……、それで十分、だ」
やはり、レヴィはその提案を蹴った。
一度病院に戻れば、前線に戻ってくることはできない。それを、レヴィは理解している。
「……あたしは、お姫様じゃあ、……ないんだ。男に、おんぶにだっこ……真っ平御免だね」
言いながら、レヴィはゲインの腕を振り解き、自身の血で濡れた床の上に立った。
「あたしは、歩く死人……。此処にいるだけ……、此処にいるうちは……ただ奪い合うだけ……」
だが、膝から力が抜けて床の上にへと崩れ落ちかけ、再びゲインに抱きかかえられる。
ゲインの腕の中に落ちたレヴィの、今度の抵抗は弱いものだったが、その眼だけは違った。
何かに飢えている様に、何かを取り逃がさまいとする必死さを浮かべている。
それには、さすがのゲインも説得は不可能だと諦めざるを得なかった。
無理やり病院へと送り戻すことはできるが、むしろ自分が目を放すと何を仕出かすかわからない。
彼女の相棒であるロックや、これまで彼女と同行していたゲイナーがどれほどの苦労をしていたのか、
それを想像して溜息を一つ漏らす。
「……戻らないにしても、手当ては必要だ」
しかし……と、ゲインは考える。
応急手当をするにしても、この場所で――と言うのは悠長が過ぎる。
キングゲイナーで運ぶにしても、レヴィやゲインを片手に、際限なく湧いて出てくるツチダマ達を突破するのは至難の事だ。
次の一手――この場所からのエクソダス。どうするべきか?
そんな風にレヴィを抱き思案するゲインの頭上に、ゲイナーの声がかかった。
「ゲインさん。レヴィさんのバックを開いてください」
振り向かないまま頭上からかけてくる声に、ゲインはレヴィの背中にかかった鞄を開く。
「何か、この場面を切り抜けるいいアイデアがあるのか、チャンプ?」
流れ弾からレヴィの身を庇いながら尋ねるゲインに、弾丸を撃ち返しながらゲイナーがある物を取り出すように指示する。
それは……、
「……ぬけ穴ライト。なるほど、お前の考えは読めたぜ。だが、いいのか?」
壁に向って照射すれば、人が通れるほどの穴を開くことの出来るドラえもんの世界の道具。
これを使えばこの窮地を脱し、ゲインがレヴィの手当てをするに必要な時間を稼ぐことができるだろう。
だが、そうすると沸き止まぬツチダマの前にゲイナーを一人残していくことになる。
「ええ。むしろそうしてくれた方がありがたいぐらいです。
飛ぶことさえできればあんな奴ら――僕とキングゲイナーの敵じゃありません!」
少年の不敵な発言に、ゲインは口をニヤリと歪ませた。
「小僧がまるで一人前かのような口を利く――いいだろう。ここはお前に任せた」
ここで別れることに同意したゲインとゲイナーは、さらに互いが陽動としてどう動くかを手短に打ち合わせた。
そして、キングゲイナーが叩き落したロケット弾の爆煙を目隠しに、ゲインとレヴィはその場を離れる。
視界を覆う煙が引くと、そこには一機のキングゲイナーだけが立っていた。
その周囲に七色に輝く粒子が集まり、環の形を成して機体を潜らせると――瞬間、加速した。
広い通路をツチダマの塊に向けて一直線に――そして更に、二つ三つと環を潜るとその速さが増す。
「――さぁ! ここからは僕のターンだっ!」
迫り来る弾丸よりも速さを増し、越える者――キングゲイナーが飛ぶ。
439 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:10:29 ID:wu0bXBA3
[ Situation C ]
びっしりと頭上を覆う黒い枝と葉。
その僅かな隙間から差し込む、月明かりだけが頼りの暗い森の中を、涼宮ハルヒは走っていた。
全身に玉の汗を浮かべ、苔に覆われた岩や柔らかく積もった腐葉土に足を取られながらも、懸命に走る。
ざくっ、ざくっと土を踏みしめる音。
ひゅう、ひゅうと空気が喉を通り過ぎる音。
どくん、どくんと心臓が脈を打つ音。
膝が笑い、肺が軋み、心臓が悲鳴を上げ、垂れる汗が唯でさえ悪い視界をより奪う。
眼前に、他よりも一回りも二回りも太い大木を見つけると、ハルヒはその影へと倒れこむように潜り込んだ。
ツチダマ達はついて来ている? ――手の中に握りこんだ槌に、そう尋ねようとするが口からは言葉がでない。
最悪の風邪に罹っている時に、冷水を浴びて400メートルハードルを全力疾走――そんな状態だった。
木の幹に背中を預け、痛むほどに脈を打つ胸を両手で押さえ、目を瞑って回復に努める。
「――――どう?」
一分ほど回復に専念して、やっと出せた言葉がこれだけだった。
しかし、それだけでも手中にある魔法の鎚は主の意を汲み、回答を返した。
『全てついて来ています。
……こちらを見失ったためか、やや広く陣を展開しながら近づいて来ています』
その返答に、ハルヒは地につけていた身体を、もたれ掛かっていた幹を頼りに起こす。
「……好都合ね。各個撃破してやるわ」
『それにはまだ回復が十分ではありません』
それはハルヒにとっても言われるまでもないことだ。しかし、悪戯にこれを長引かす余裕もまた、ない。
だが、巨大な神人では、小さなツチダマを各個撃破するには不向き。
かといって、ハルヒ自身が直接グラーフアイゼンを振るって飛び出したとしても、精々数体倒すのがやっとだろう。
(――考えろ! 考えろ!)
ハルヒは必死に頭を回そうとするが、激しい頭痛と眩暈が中々それを許さない。
そして、気持ち悪さと自身に対する不甲斐なさで、彼女の目の端に光るものが浮かんだ時――、
「な、何……?」
ハルヒの身体の周りを、薄い白煙が立ち込め始めたかと思うと、それは一気に彼女を包む。
そしてその煙が晴れた時、そこには北高のセーラー服姿に戻ったハルヒがいた。
「……なんだ、びっくりするじゃない」
呆れ半分の溜息がハルヒの口から漏れる。ただ、きせかえカメラの効果が切れただけだったのだ。
『……何を?』
本当に呆れたのはグラーフアイゼンの方だった。
ハルヒはきせかえカメラの効果が切れたと知ると、また再びそれを使おうと鞄を開き始めたのである。
『戦略的に意味のない不適切な行動です』
「うるさい。あんたには意味がなくても私にはあるのよ――と?」
鞄の中から抜き戻した手。その片方には目的のきせかえカメラ。そしてもう片手には――、
「そうよ。これが、あったじゃない!」
◆ ◆ ◆
「どこに行ったギガ〜……」
手に持ったライフルを左右に振り、暗い森を睥睨しながら一体のツチダマがふらふらと進んでいる。
見失ってしまった、目標である涼宮ハルヒ。
音はしないが、それは遠くに離れたのではなくて、近くに隠れているだけ。そう推測して探索している。
その時、近くの茂みがガサリと物音を立てた。素早くツチダマはライフルの銃口をそちらへと向ける。
―― 一秒。―― 二秒。―― 三秒。
緊張に耐えられなくなったツチダマが、茂みにむかって一発撃ちこもうかと考えたその時――、
その脇から走りこんで来た何者かが、ツチダマが持ったライフルを蹴り上げ、弾き飛ばした。
その何者かとは、もちろん――、
「涼宮ハルヒ! 貴様――っ!」
突如反撃に転じた目標。しかし、それに動揺することなくツチダマは冷静に動いた。
距離が近ければ、手から放たれる電撃でも威力は十分。咄嗟に電撃を放つ。
それをハルヒは横っ飛びで避けたが、それもツチダマの計算の内だった。
ハルヒが物陰へと転がっていく隙に、手放したライフルを取り戻そうと踵を返し――動きが止まった。
「ば、馬鹿な……!」
ありえない事に身体を凍らせたツチダマは、次の瞬間、自分の持ってきたライフルで撃たれてその場に崩れ落ちた。
暗闇に紫煙を上げるライフルを持つのは――再び魔法少女の衣装を纏った涼宮ハルヒ!
そして、木陰へと避難したもう一人の涼宮ハルヒもそこから姿を現す。
涼宮ハルヒが二人? ――いや!
さらに木の上から一人が飛び降りてくる。そして、暗闇の中からもまた一人。
最初に音を立てた茂みの中からも、もう一人。次々とハルヒが現れ、その数――十五人。
そこへ、銃声を聞きつけた他のツチダマ達が近づいてくる。
その気配に、クローンリキッドごくうによって生み出された十五人のハルヒは、一様に不敵に微笑む。
そして、一人、また一人と、再び暗い森の中へと姿を隠した。
452 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:11:48 ID:sWLb8f5V
[ In process ]
病院の一室、その中央に立つ長門有希。カウンターの上に置かれたディスプレイの中の喜緑江美里。
二人の宇宙人――情報統合思念体により送り込まれたTFEI端末は、ただ無表情に黙々と作業を進めている。
だが、同じ部屋にいる最後の一人――トグサの顔には焦りと緊張が浮かんでいた。
”……そうか。だが、無理はするな”
そう返答すると、トグサはユービックとの通信を一旦切った。
城へと進んだ仲間達が、遂に今回の事件の首謀者であるギガゾンビを発見し、それを追っている。
トグサの支配下にある監視カメラからもそれは確認されており、一応は朗報であるが……、
”タチコマ。ゲイン達の方はどうだ。発見できたか?”
仲間達はすでにその戦力を分断されていた。しかも、戦闘力を持つ三人がギガゾンビを追う方から離れる形で。
さらに、キングゲイナーとツチダマ達の激しい戦闘によって、その付近の監視カメラが破壊されており、
”いえ。まだ見つかりません。ツチダマの動きから、ある程度の予測はできますが……”
トグサ達の目からは見失う形となっていた。
仲間達と連絡を取る手段は、ユービックと彼に持たせたノートPCのみで、ゲイン達とはそれもかなわない。
さらに、一旦はトグサの支配下に置かれていた城内外のシステムも、少しずつそれを取り返されていた。
支配といっても所詮は遠隔操作。
物理的なシステムは向こう側にあるわけで、それを直接破壊されたりスタンドアローンで再起動されれば、
トグサやタチコマ達にはどうしようもなかった。
こんなことなら最初の内にシステムを自壊させておけば……、とトグサは後悔した。
あの時は ハッキングがうまくいきすぎたために、支配下に置くことを優先させてしまった。
それは城内に侵攻する際に、仲間の助けとなれば――という考えの下で、当初は正しかったが、
現在、仲間達が分断され、それを把握することすらままならない状況では失敗だったと言わざるをえない。
そして……、
”遠坂達の居場所はまだ把握できないのか?”
闇の書を牽制するために飛び出した、遠坂凛とフェイト。さらにそれを追った涼宮ハルヒ。
その三人の行方も、闇の書が活動を開始してから程なく掴めなくなっている。
会場内を飛び回るスパイセット。その内のいくらかを使ってタチコマが捜索に精を出しているが……、
”まだ発見できませ〜ん……。”
その成果は芳しくなかった。思わず、トグサの口から舌打ちが零れてしまう。
467 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:13:00 ID:cQY5azNo
476 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:14:07 ID:kyTYmAOJ
”その三人はどちらも健在ですよ”
突然、トグサとタチコマの通信に割り込んできた者。それはTFEI端末の一人、喜緑江美里だった。
”彼女達がそれぞれに放出する特殊な情報因子。どれも未だ検出できています”
この情報統合思念体からの使者である少女――この短い時間で、どれほどの情報を得ているのか。
それに少しばかりの空恐ろしさを覚えながら、トグサは彼女に質問をぶつけた。
”彼女達がどこにいるか、分かるのか?”
焦りが見えるトグサとは真逆に、喜緑江美里は至極冷静に答える。
”いえ、正確な位置というのはこちらでも捕らえられてはいません。
大まかにですが、涼宮ハルヒさんは映画館があった場所から、山の中へと入り東へと進んでいますね。
そして残りの二人ですが……、一時反応が極めて薄くなりましたが、現在は彼女達が闇の書と呼んでいる
特殊な情報生命体。その中心より反応を得ています”
返ってきた意外な回答に、トグサの心中の戸惑いがより増大する。
”彼女達がその中に自ら飛び込んだのか、または逆に取り込まれてしまったのか。
それは定かではありませんが、零れ出る情報因子から彼女達はその中で活動していると推測されます”
喜緑江美里からもたらされた情報は、あまり良いものとは言えなかった。
病院より出立し反撃に出た仲間達は、結局のところ散り散りとなってそれぞれが窮地に立たされている。
脱出路の確保は着々と進行している。
だが――、
――彼らの内、どれだけがこの病院にへと戻ってこれるのか?
481 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:14:44 ID:sWLb8f5V
[ Overman ]
全面より殺到する――弾丸。ロケット弾。榴弾。光弾。光線。ありとあらゆる破壊の矢。
そのどれよりも、キングゲイナーは――速く、――速く、――速く、――疾走する。
彼に噛み付こうとする顎を全てその場に置き去りにして、城の通路を駆け抜ける。
十字路に差し掛かった所で、七色のフォトンマットを散らし空中で華麗にターン。
速さを減することなく、交差する通路にへと飛び込んだ。
そこに待ち構えていたのはツチダマ達の群れだ。
それらが浴びせてくる硝煙弾雨を掻い潜り、または弾き、キングゲイナーはその中を疾走する。
闇雲に飛び回っている――のではない。搭乗するゲイナーには考えがあってのことだ。
城へと向う車の中で、トグサからもたらされた地図と格闘していた彼の頭の中には、城内の構造は全て叩き込まれている。
先程別れたゲインとレヴィ。
彼らの方へと向うツチダマ達が少しでも減るよう、外から戻ってくるツチダマ達が通るであろう通路を飛び回り、
それらがゲイン達に向かわせた方向とは逆の方向に集まるよう、注意を引いているのだ。
白煙を引いて迫るロケット弾をチェーンガンで撃ち落し、
霰のように浴びせられる弾丸を、キングゲイナーは集束させたフライング・リングで弾く。
そして、僅かばかりに反撃を行うと、次の角を曲がって通路を更に進む。
ゲイナーの作戦はほぼ完璧に近いレベルで成功していた。
角を曲がるたびに待ち構えているツチダマ達。
彼等は自分達がゲイナーを追い詰めていると考えているに違いなかったが、それもゲイナーの作戦の内だった。
攻撃を最低限に抑え、逃げ回る鼠を演出し、わざと敵が網を張るであろう場所を通り過ぎる。
結果、調子に乗ったツチダマ達は、ハーメルンの笛吹き男に釣られる子供達の様にゲイナーの後を追っている。
そして、その作戦は最後の仕掛けを迎えるに至った。
「僕が一番、キングゲイナーをうまく使えるんだ――ってことを証明してみせるっ!」
489 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:15:22 ID:cQY5azNo
497 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:16:05 ID:sWLb8f5V
遂にはギガゾンビ城の端にまで到達したキングゲイナー。
その先に見えるのは、壁の全面をガラスで覆った広大なメインダイニングだ。
赤絨毯が引かれ、いくつものテーブルが並べられているそこに進入すると、
キングゲイナーはガラス窓をチェーンガンで破壊してそこから外へと飛び出した。
夜空へと飛び上がり眼下を見渡せば、城外に面したメインダイニングには殺到したツチダマの群れ。
そして、それよりさらに下。城門へと続く道がある地上には、城外より城内へと戻ろうとするツチダマの列があった。
さらには城壁に取り付けられた無数の機銃や砲台。
戦力で評価するならば、現存するツチダマ達の戦力の八割方が今ここに集結してる。
そして――、
「何だアレはっ? ――速いぞ!」
キングゲイナーよりも更に高空を、何者かが翔け抜けた。そして、それを追って音が通り過ぎる。
音の速さすらも遥かに越えて空を駆るそれは――Su-37戦闘攻撃機!
20世紀末に旧ロシアで開発が進められていた、全方向多目的型汎用戦闘機だ。
「お前に足りないものは〜、それは!情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さ――――ッ!」
それは、空の果てで大きく旋回すると月を背負ってキンゲイナーの正面へと肉薄した。
互いに超高速機動兵器同士――接触までには一秒もかからない。
刹那の交錯の後、爆煙を伴ってその内の一機が墜落する。
敗北したのは、赤熱化したチェーンガンの刃に胴体を真っ二つにされた、Su-37戦闘攻撃機とそこに搭乗したツチダマの方だ。
そして、彼が発射したミサイルはキングゲイナーの残像を通り抜けると、そのまま地上へと落ちた。
「加速」をオーバースキルとするキングゲイナー。その速さは伊達ではない。
そしてなによりも、キング――王者であるゲイナー。彼の持つその称号もまた伊達ではなかった。
505 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:16:52 ID:kCK96BNs
512 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:17:27 ID:sWLb8f5V
[ In any case ]
「ああ!? ジャン=ダマがやられたギガッ!」
ギガゾンビ城の周囲に展開するツチダマ部隊。その中でいくつもの悲鳴があがった。
機動兵器の中でも虎の子のSu-37戦闘攻撃機と、そこに搭乗した最速のツチダマ――ジャン=ダマ。
それが無情にも、彼らの目の前で炎の塊となって地上へと堕ちた。
しかも、落下地点に多数のツチダマを巻き込んで、だ。
暗い藍色の夜空、そこを月光を浴びる真っ白な一人の巨人が、輝く光の粒を撒き散らし蝶の様に華麗に舞っている。
それを追うのは彩とりどりの光の線。
地上と城の側面から、逆流する滝のように巨人へと浴びせられているが、未だそれを捕らえられてはいない。
逆に、巨人が振るう剣の端から放たれる光弾は、ツチダマや各種兵装、機動兵器を的確に捉えていた。
今も、巨人に群がる黒金の戦闘蜂――陸上自衛隊多目的攻撃ヘリ・ジカバチAV――が地上へと叩き落されている所だ。
高空から釣瓶打ちにされる弾丸に、城壁に備え付けられた対空砲台がことごとく沈黙していく。
たった一機の巨人、キングゲイナー。それに全く太刀打ちできないツチダマ達。
彼らを取り囲む黒煙と炎、聞こえてくる怒号と悲鳴。雨の様に降り注ぐ仲間の破片。
そんな悲壮な戦場には諦めと絶望感が漂い始めている――だが、そんな中でもまだ懸命に戦うツチダマも少なからず存在した。
「諦めたら、そこで試合終了ギガァァァァァァ――――ッ!」
周囲の仲間、そして自身を鼓舞しながら、そのツチダマはこれで何発目になるかわからないミサイル弾を撃った。
地対空ミサイルFIM−92スティンガー ――その先端から飛び出したミサイルは、巨人を追い火を噴いて空を駆る。
「風の強い所では、銃よりも原始的な武器の方が有利な時がある――と誰かが言ってたギガ!」
城壁の端、そこに一つの投石器が運ばれてきていた。
中世の時代、城を攻めるために使われた木製のカタパルト。それが号令と共に振るわれ、石の弾を夜空に放り上げる。
「倒せるか倒せないかじゃない、倒すんだギガッ!」
燃える燃料の匂いと熱が充満する、退路を断たれたその真ん中に何体かのツチダマが取り残されている。
爆風に煽られた身体は傷つき、高熱により電子頭脳は機能を停止しようとしていた。
それでも彼らは、残された乏しい武器で最後の瞬間まで、主の敵を倒すために己が死に抵抗する。
「銃身が焼き付くまで撃ち続けてやるギガ!」
一台の兵員輸送用トラックの後部、運ばれる兵士が乗り込むその場所は熱を持った薬莢で溢れていた。
秒針が一回転する内に千発を超える弾丸を吐き出す対空重機関銃が、けたたましい音と薬莢を振りまいている。
休むことなく働かされている銃身は高熱に悲鳴を上げていたが、その悲鳴すらも檄に変えて闘う。
一体の傷ついたツチダマが地に膝をついた。だが、それでも挫けることなく膝を引きずり前へ、前へと進む。
彼の周りには、この逆境から逃げ出そうとしているツチダマもいる。なのに何故彼は諦めないのか?
「……どうして目が前についているのか知っているか? 前に前に、進んでいくためギガ」
そして、その彼の目の前。絶望に暮れるツチダマ達の前に、彼等の希望――もう一体の巨人。
――ザンダクロスがその姿を現した。
525 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:18:42 ID:sWLb8f5V
[ Marksman ship ]
ぬけ穴ライトを使っていくつかの壁を通り抜け、戦闘の喧騒も遠くなったとある一室。
その明かりが点いていない暗がりの中で、ゲインが肌を露にしたレヴィに傷の手当てをしていた。
彼女は、元より彫り込まれていたトライバルタトゥーによって、その身の一部を黒いパターンで覆っていたが、
今は流血したその赤茶色の跡が、更に胸と背中にそのパターンを広げていた。
手当て――とは言っても、大したことが出来るわけではない。
貫通した胸の傷穴にガーゼを当てテープを貼り付ける。そして、胸囲に包帯を巻くことぐらいだ。
本来ならば手術が必要な負傷だったが、それは望んでも得られるものではなかった。
「痛み止めを飲んでおくか? 気休めぐらいにはなる」
言いながら、ゲインはポケットから錠剤を取り出す。乗ってきた救急車の中で偶々見つけて持ってきた物だ。
「いらねぇ……、勘が鈍る……」
脱いだタンクトップを着なおしながらレヴィは答える。
血に濡れた衣装が肌に張り付くのは不快だったが、あいにく彼女はこれ一着しか衣装を持っていなかった。
そして、再び二人は移動を始めた。何時までもサボっている場合ではないし、またそういう性分でもない。
部屋の角、床の上にあるハッチを開くと二人はそのままメンテナンス用の通路へと潜り込んだ。
左右を、電気やガス、通信などの多様で数多いパイプに挟まれた通路を、非常灯を頼りに前へと進んでいく。
別れ際にゲイナーから聞かされた通りに道を進み、小さなドアを潜ると次はエレベータシャフトの中に出た。
二人はそこを壁に設置された梯子を利用して登る。そして、最初の扉を抉じ開けると、静かにその外へと這い出た。
そこは広いエレベータホールの一角だった。
対の一角にある巨大な螺旋階段には、そこを登るツチダマ達の姿が見える。
それが、ギガゾンビの元に向かい、彼を追うドラえもん達を脅かす存在だとは、この時の二人には知る由もない。
だが、ただツチダマ達が上に向かっているというのなら、二人にとってそこで答えを出すことは簡単なものだった。
ギガゾンビ城の中央、地上から屋上までを貫く巨大な螺旋階段。その中腹辺りで、突然大爆発が起きた。
そして、爆発が起きた位置から、そこを登っていたツチダマ達を巻き込み螺旋階段が崩落してゆく。
勿論、大爆発を起こしたのはレヴィとゲインの二人だ。その二人の肩にはそれぞれ一本ずつRPGが構えられている。
「――ハッ! ゴミはゴミ箱に……てな」
盛大な轟音と地響き、そして灰色の煙を立てて崩れゆく様を見て、最低だったレヴィの機嫌も少しは戻ったようだ。
「だが、まだこれで終わりという訳でもなさそう――だ!」
螺旋階段とは別の場所。ホールに入る通路から姿を現したツチダマの集団を発見すると、
ゲインは暴れるレヴィに構わず、彼女を抱き上げて反対側の通路へと駆け出した。
その背中に、二人の存在に気付いたツチダマ達の猛攻が注がれる。
「――――ぐぁっ!」
下半身に走った激痛にゲインの口から息が漏れる。
そして、その場でたたらを踏むゲインの足にさらに銃弾がめり込み、鮮血を迸らせた。
「馬鹿野郎ッ! さっさとあたしを降ろせっ!!」
「君が男だったら、とっくにそうしている――っ!」
意地を張るゲイン。そんな彼を仕留めんと一体のツチダマが狙いをつけるが、それは間一髪の所で阻止された。
ゲインの脇から伸びる腕とその先の銃。抱かれたままの姿勢でレヴィがソードカトラスを振るったおかげだ。
ともかく、その隙に二人は通路の影へと転がり込む。
レヴィの傷もそうであったが、ゲインが今負った傷も決して軽いものではなかった。
両太腿から流れ出す血は、固い床の上に血の河を作っており、ゲインは急激な失血に身体から熱と力を奪われていた。
レヴィとゲイン――互いに満身創痍。引くも進むも、もう叶わない……。
「テメェ一人で逃げてればこんな目には合わなかったんだ。間抜けなフェミニストめ!」
回復の兆しを見せていたレヴィの機嫌は、自分のために傷ついたゲインを見て、再び最低の位置まで下がった。
「……フフ、レヴィ嬢は、中々に手厳しい」
だが、二人とも生きているだろう? とゲインは続ける。しかしレヴィは――、
「その生きるって事に執着するから、今こんな事になってんだよ。
敵が目の前に出てくりゃ、飛び込んで撃ち殺せばいい。手前の命の心配なんざ、無駄な贅肉にしかすぎないのさ」
――と、ゲインに辛辣な言葉をぶつける。しかしそれでもゲインは紳士の顔を崩すことなくそれに反論した。
「……それは逆だな、レヴィ。
命でも感情でもなんでもいい。何かに執着する心――それこそが、人間の最後の力になるんだ。
エクソダスも、同じ。……その先に夢や希望。新しい人生。それを目指す想いこそが成功の動力源となる」
フ……と、ゲインは微笑みを見せる。傷を負い窮地に立たされても、まだ気持ちまでは殺がれていないと。
逆に、それに対するレヴィの表情は暗黒そのもの。溝泥の中で生まれ溝泥の中で死ぬ者の顔だ。
互いに主張する信条は真逆。そして、それを譲る気など毛頭ない――となれば、
「――丁度いい。一勝負といこうじゃないか」
「勝負だって……?」
怪訝な顔をするゲインを見て、レヴィの顔が暗い笑みに歪む。
「ああ、どうせもうこれで最後だ。あんたとは一度やり合いたいと思っていたのさ。
ルールは簡単。これからどっちがより多く獲物を刈れるかだ。
――判りやすいだろう?」
その時、ロビーを挟んで反対側に位置する通路から、二人が隠れる通路に向って榴弾が発射された。
それは放物線を描いてロビーを渡り、その頂点――ロビーの丁度中央に到達したところで爆ぜた。
狙われた通路の中。そこにはライフルの先から煙を揺蕩たたせるゲインの姿がある。
「今のも点数に入るのか?」
冗談めかして質問するゲインに、レヴィは楽しそうに返答する。
「――オーライ。ツチダマは一体1点で、飛んでくる爆弾は一つで2点だ」
その回答に、それだと君に不利じゃないのか? とゲインは尋ねるが――次の瞬間、幾重ものマズルフラッシュが瞬いた。
それと同時に、ロビーにへと飛び出してきていた二体のツチダマが、頭を撃ち抜かれ床の上に転がる。
「あたしは、テメェの倍撃つから、これぐらいで丁度いいんだよ」
そうと言うと、二挺のソードカトラスを両手にレヴィは不敵に顔を歪ませた。
551 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:21:48 ID:sWLb8f5V
[ Scrimmage ]
深い森の中、スコップ片手に一体のツチダマが喧騒の元へと走っている。
その先では、彼らの追う反逆者――涼宮ハルヒと彼の仲間達が戦っているのだ。
仲間達――最初は数百体もいたその仲間達も、すでに十数体へと数を減らしている。
追っている涼宮ハルヒと、彼女が操る神人と呼ばれる巨人にみんな粉々に砕かれてしまったのだ。
しかし、ついにその巨人は地に伏せ、逃げる涼宮ハルヒをこの森の中へ追い詰めた。
「ああ、……もうすぐ終わるギガ。……全部、終わらせるギガ! そう、ひぐらしのな――」
言葉の途中で、ツチダマの頭に上から降ってきた何かがめり込んだ。
それは重いコンダラ――ではなく、手押し用の小さな整地ローラー。そして、それを構えた涼宮ハルヒだった。
ツチダマはそれに気付く間もなく――もちろん脱出などは出来るはずもなく、そのまま地面へと押し潰されてしまう。
地面に降り立ったハルヒは額に張り付いた髪を拭い、ツチダマが持っていたドイツ製の軍用スコップを手に取ると、
重すぎて使いづらいローラーと潰されたツチダマをその場に残し、「自分達」が戦う戦場へと駆け戻った。
夜天を貫く幾本もの杉の木。その合間で、涼宮ハルヒとツチダマ達による乱闘が繰り広げられていた。
クローンリキッドによって姿を増やした15人の涼宮ハルヒと、生き残った15体のツチダマ。
互いに戦いが始まってからは徐々にその数を減らし、今はどちらも生き残りは十人に満たない。
当初は、暗がりから奇襲をかけるハルヒ側が優勢で、数を増やした彼女にツチダマ達は大いに混乱したが、
その種が割れるとツチダマは冷静さを取り戻し、持ってきた武器を振り回して劣勢を挽回した。
現在は、互いに一進一退の攻防を繰り広げている。
◆ ◆ ◆
森の一角。そこで一体のツチダマと一人のハルヒが対峙していた。
素手で挑むハルヒに対するツチダマの手には、唸りを上げて回転する金属製のアメリカンクラッカーが握られている。
「刻むぜ! ツチダマのビートギガァァァッ!」
短い腕でアメリカンクラッカーを振り回し、ツチダマがそれを振り上げ襲い掛かる。
それに対し、受けの構えを見せるハルヒだが――、
(――このマヌケ女がぁ! この金属製のアメリカンクラッカーには電流が流されている。触れれば感電よォッ!)
それを見たツチダマは勝利を確信し、そのまま帯電したアメリカンクラッカーを振り下ろした。
「な、何ィ――!」
絶対の勝利を確信して振り下ろされた鉄球は、振り上げられた靴の踵――絶縁体であるゴムによって受け止められていた。
頭よりも高く上がった踵はその位置から、策が破れた衝撃と、目の前に咲いた真っ白なフリルの華の衝撃に身体を強張らせた
ツチダマの顔面に叩き落された。
鼻からセラミック片と循環オイルを撒き散らしてふらつくツチダマに、更にハルヒのローキックがお見舞いされる。
超女子高生級のローキックにもんどりを打って倒れた所に、止めの踵落としが炸裂しツチダマはそのまま沈黙した。
560 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:22:35 ID:+EPaNAha
◆ ◆ ◆
また別の一角。そこでは互いに刀を持ち、切り結ぶハルヒとツチダマがいた。
「ギガゾンビ様の旗の下に散っていった、土魂たちへの鎮魂のためにも――!」
暗闇の中で白刃が二度三度と煌き、キィンと澄んだ金属音が森の中に響き渡る。
そして、互いに二足、三足と間合いを取ると、勝敗を決すべくそれぞれが持つ必殺の構えを取った。
ツチダマの手にあるのは、刃に大きく波打って走る波紋が華やかな名刀――鬼神丸国重。
それを左手に持ち、刃を平に構え大きく身を引いて逆の手を仇の方へと水平に伸ばす。
対する涼宮ハルヒの手には、刃に入った二重の刃文が特徴的な名刀――加州清光。
彼女がとったのは、同じ平突きではあるが刀を真正面に構える正眼の構え。重心を前に移動させ切先に力を込める。
先の先を狙うツチダマと、後の先を狙うハルヒ。切先を向け合うその間に緊張が高まる。
互いの視線が交わるその刹那――先を取ったツチダマが前へと飛び出した。
絞りきった自身の身体を一つの発射装置とし、五足の間合いを一瞬で越え神速の突きを繰り出す。
――悪! ――即! ――斬!
鈍い音を立てて両者が衝突し、それきりに動かなくなる。
ツチダマが突き出した刀の先――それはハルヒの胸板を貫き、心臓を破って彼女を絶命に至らしめていた。
そして、ハルヒが放った突きもまた相手を捕らえていた。すでに、顔面を貫かれていたツチダマも絶命している。
分身であるハルヒの姿が煙と消えると、ツチダマは一人前のめりに伏し、其処には彼と二本の刀だけが残された。
◆ ◆ ◆
「ツチダマ! ワープ進化アアァァァァァァ――ッ!」
森の中でも少し開けた場所。窪みの中に月光を湛える、自然のコロッセオ。
その中央で一体のツチダマが、四人のハルヒを相手に大暴れしていた。
そのツチダマが両腕に装着しているのは、ドラモンキラーと呼ばれる巨大な爪を持った盾だ。
撃ちつけられる弾丸を容易く弾き返し、振るえば岩をバターの様にあっさりと切り裂く。
対する四人のハルヒは、二人が前面に出て隙を誘い、後ろの二人が銃で本体を狙うという作戦を取るものの、
それは未だうまくは行っていない。それどころか、すでに幾人かのハルヒがこのツチダマにやられている。
シエン
571 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:23:39 ID:sWLb8f5V
ハルヒの一人がすんでのところで刃爪を避け、その隙を狙って別のハルヒが拳銃を撃つが、
それはもう片方のドラモンキラーによってあっさりと跳ね返された。
前衛にいたもう一人のハルヒがそこに取り付き、それを奪おうとするもこれも簡単に振りほどかれる。
「悪あがきをしおって……、跡形もなく全滅にしてくれるギガ!」
そう言うと、ツチダマは一気に攻勢へと出た。
振りほどかれて尻餅をつくハルヒを爪で串刺しにすると、その勢いのままにもう一人のハルヒも横薙ぎにする。
小うるさい前衛を全滅させると、両方の盾を正面に構え後方のハルヒ達へ向けて突進し――ようとして止まった。
逃げるかと思われたハルヒ達が、逆にツチダマがいる窪みの中へと降りてきたのだ。
見れば、その後ろには彼の仲間である他のツチダマ達が迫っていた。
あまり広くはない窪みの中に、五体のツチダマと二人の涼宮ハルヒ。
すでに勝利は貰ったと生き残ったツチダマは確信したが――、彼らは大きな勘違いをしていた。
一つに、目の前の涼宮ハルヒはあくまで分身であり、倒したとしてもそれが終わりではないという事。
もう一つは、すでに生き残りのツチダマはここにいるだけで、彼らはまんまとこの場所に誘き寄せられていたという事だ。
ドラモンキラーの凶刃が瞬く間に残った二人の涼宮ハルヒを切り裂く。
そして、彼らが勝利の凱歌を上げようとしたその瞬間――、
――地中より天に向けて突き出された神人の拳が、彼らをまとめて夜空の星屑と変えた。
◆ ◆ ◆
「……どう? うまくいったかしら」
分身を生み出す元となった本物の涼宮ハルヒ。彼女はすでに森の中にはいなかった。
今は山の麓と市街地が隣接する、その境界にまで戻ってきている。
『敵の全滅を確認。――また、同時に分身も全て消滅しました』
魔法の鎚の返答にハルヒは息を吐いた。
ギリギリではあったが、作戦は成功し彼女を追っていたツチダマは一体残らず撃破された。
腰を下ろしていた地面から立ち上がり、スカートに付いた土を払うとハルヒは西へ向けて走り出す。
「全くあの二人は何をやってるのかしら! こっちは片付いたっていうのに、まだ戻って帰やしない。
SOS団の団則じゃあ、遅刻は死刑って決まっているのに……」
――だから、私が行くまでは死ぬんじゃない!
眼前に見える巨大な異形――触れるものに終末をもたらす不吉な魔導書――闇の書。その暴走した防衛機構。
それと、そこに囚われた仲間達の元へと、小さな神様――涼宮ハルヒは懸命に走った。
583 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:24:44 ID:sWLb8f5V
[ interval ]
夜空に輝く七色の光、空気を震わす爆音。そして、それに曝される二体のツチダマ。
そこはギガゾンビ城の中でも最頂に位置する主塔の屋上、見張り台の上だった。
見張り役として、体良く楽な仕事にありついた彼らは、何をするでもなく眼下の光景を眺めている。
「……あれ、ちょっとヤバくないギガか?」「……神様。ダマ達はなんて……、なんて無力なんだギガ」
厭世的な台詞を吐くツチダマの後ろで電子音が一つ鳴る。振り向いた先には、彼らの主がそこに現れていた。
「何を貴様らはこんなところでザボっておるか! 働け! 働け!」
エレベータのドアを潜り、ひどい剣幕で捲くし立てながら詰め寄ると、ギガゾンビは取り寄せバッグから
それぞれに武器を宛がい、フロアの端にある階段を指差した。
「さぁ、貴様らはワシに楯突く愚か者を迎え撃ちに行け! さもなくば、この場で壊してしまうぞっ!」
ギガゾンビの脅しに震え上がると、二体のツチダマは逃げるように階段を降りて行く。
それを確認すると、ギガゾンビは屋上の端から顔を出して地上の様子を窺ったが、吹き上げる熱風に退いてしまう。
「……くそう、あいつら無茶苦茶しよって。
ザンダクロさえあれば……、ザンダクロスさえあれば……、あんなやつらなど一蹴してくれるのにっ!」
ギガゾンビはその場で地団駄を踏む。
彼が最後の一手を求めるように、今この舞台にいる全ての者達がそれぞれの最後の一手へと向っていた。
――この物語。その結末も、もう遠くはない。
602 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:26:47 ID:sWLb8f5V
[ On the landing ]
ギガゾンビ城を縦に貫く、豪奢で壮大な螺旋階段。
そこを50メートルも登れば、さすがに元気有り余るしんのすけといえども辟易とせざるを得なかった。
彼に遅れて続く、ドラえもん、ロック、ユービックの三人の顔にも疲労は色濃い。
だが、もうゴールは近かった。見上げれば屋上にへと出る扉が――と、そこに彼らの前に立ち塞がる影があった。
一本の刀を腰に佩き、一体のツチダマが静かに影の中から姿を現す。
「十万億土の冥土の使者が、闇に裁いて地獄に送る――江戸のギガ参上!」
江戸のギガを名乗る一体のツチダマ。それが持つ、見覚えのある刀を見てドラえもんの顔が青褪めた。
「アレは、名刀・電光丸っ!」
持ち主の強さや意識とは無関係に、自動で相手の動きを解析して戦う無敵の刀――名刀・電光丸。
ただのツチダマ一体ではあったが、それを聞くと残りの三人にも緊張が走った。
「何でもいいからバラバラにしたいギガァァァァァァァァァァァ――ッ!」
目の前の敵に気を取られていた四人の頭上に、もう一体のツチダマが飛び降りてくる。
こちらのツチダマが持つのは、同じく23世紀の道具の一つ――分解ドライバー。
触れれば、生物、無生物の区別なしにバラバラにしてしまう、武器として使うと極めて恐ろしい道具だ。
「――しんのすけっ!」
狙われたしんのすけをかばいにロックが飛びつく。間一髪で、奇襲を避けられたかのように見えたが、
分解ドライバーの先端が二人の身体を掠っていた。そして、それはそれで十分に効果を発揮する。
「ああああああああっ!」
ドラえもんが見ている目前で、宙を飛んでいた二人の身体がバラバラに解体され、階段の上を転がり落ちてゆく。
「隙ありーっ!」
驚愕するドラえもんを背後から襲ったのは刀を持ったツチダマだ。
この場面ならば、例え刀の機能がなくてもドラえもんを仕留めることができただろう。だが、そうはならなかった。
横合いからユービックの放った電撃が彼を襲い、刀はそれをツチダマの意志とは無関係に受け止める。
その間にドラえもんは手にしたスタンロッドを構え直すが……、
ドラえもんとユービックの二人に対し、目の前には電光丸と分解ドライバーを持った二体のツチダマ。
ギガゾンビを目前にして、彼らは絶体絶命の危機に陥っていた。
◆ ◆ ◆
「……なんなんだ。コレは?」
階段の上に転がるロックの首。その口からその言葉は漏れた。
バラバラになった瞬間――スローになった視界の中で、自身の首のない胴体を見た時は
彼も死んだと錯覚し、ギロチンで首を落とされるのはこんな気持ちなのかと思ったのだが、彼はまだ生きていた。
生きていたというだけでなく、離れ離れになった身体の感覚もまだある。
ドラえもんの世界の道具の無茶苦茶さ加減に改めて呆れると、ロックは自分の身体を捜そうと首を動かした。
周りには自分の身体だけでなく、一緒にバラバラにされたしんのすけの身体も転がっている。
「接着合体〜っ!」
身体がバラバラになるということに面白さを感じているのか、しんのすけは上機嫌だった。
ロックが見ている前で、器用に身体を組み立てる。そして、ロボットの様に合体すると最後に自分の頭を持ち上げ、
――それを、ロックの胴体へとくっつけた。
609 :
sage:2007/07/20(金) 23:27:16 ID:UMNh0qjd
「おまえ何やってるんだ野原しんのすけーーっ! 冗談はともかくワケを言えーーっ!」
絶叫するロックをよそに、しんのすけとその身体はガシーン! ガシーン! とロックの身体を組上げてゆく。
そして――、
「サラリーマンしんのすけ、とーじょー♪」
頭脳は5歳。身体は大人な、奇妙な人物がそこに誕生した。
実によく馴染むその身体にしんのすけは満足すると、床に落ちていたスタンロッドを拾い上げ
窮地に立たされたドラえもん達を救うべく、雄叫びを上げながら階段を三段飛ばしで駆け上がって行った。
そして、
「俺の身体を返してくれーっ」
その後ろから、身体は5歳。頭脳は大人となってしまったロックが、バランスの悪さに苦戦しながら彼を追いかける。
◆ ◆ ◆
「えい、えい、えい、えい、えい、えいーーっ!」
声を発しながらドラえもんはスタンロッドを振り回す。
むこうから攻められては負けだと、出鱈目に棒を振って相手に防御を強いていた。
だが、自動的に防御する機能を利用して動きを止めていても、それで相手を倒せるわけではない。
極端な話、むこうは寝ていたとしても腕に持ってさえいれば機能するのだ。そして、逆にドラえもんはすでに消耗も限界だった。
この一方的に見える攻撃も、実際には見た目とは逆でドラえもんはギリギリにまで追い詰められていた。
そして、もう一方のユービックも追い詰められていた。
手にしたノートPCを分解されてはたまらないと、広い階段の上を逃げ回っている。
腕から発する電撃で追い払おうにも、むこうは一瞬でも触れればよいわけで、猛突進してくる相手にその隙はなかった。
ギガゾンビを目前にして窮地に立たされたドラえもんとユービック。
――そこに、階下より救世主が現れた。
「野原しんのすけ。ぎによっておたすけいたすでもうす〜!」
目を丸くするドラえもんとユービックの前に、大人のバディを手に入れたしんのすけが飛び出した。
階段を滝を遡る鯉のように一気に駆け上り、分解ドライバーを構えるツチダマの前へと肉薄する。
「コテーーッ!」
スタンロッドを後ろに引いた脇構えから一気に振り上げ、手にした分解ドライバーごと腕を折る。さらに――、
「ドウーーッ!」
返す刀でツチダマの胴体を横薙ぎにして、その身体を階段の外へと放り出した。
618 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:28:33 ID:sWLb8f5V
624 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:29:11 ID:IvG4mVnl
「安心せい。みねうちで、ゴザった」
……フ、とキザな風に笑うしんのすけ。その背後よりドラえもんを退けた江戸のギガが歩み寄る。
「貴殿は中々の武士とお見受けした。――ならば、我と一戦を交えんッ!」
「のぞむところダゾ〜!」
仲間が見守る中、ジリジリと互いが間合いを詰める。
そして、どこからともなく巻き上がってきた風が、結ばれた二人の視線の間を塵で遮った次の瞬間――、
四つの打ち合わせる音を同時に鳴らし、何時の間にかに近づいていた二人は再び飛び退った。
互いの電気を流す獲物が打ち合った後には、残光と飛び散った火花が残っている。
床に片足がつくと、ツチダマはもう片足でそこを蹴ってしんのすけへと再び突進――電光丸を振るう!
対するしんのすけは、獲物の腹でそれを受けると背後へと跳躍。空中で一回転して欄干の上へと立つ。
追いすがり、しんのすけの足を狙って払われる刃を跳ねて避けると、交差する剣戟で宙に星空を描きながら欄干の上を走った。
追ってくるツチダマを引き離すと、しんのすけは再び階段にへと降り、ツチダマに正対する。
間を置いて追いついたツチダマに、八双の構えから獲物を振り下ろした。
渾身の力を籠められて振り下ろされた一撃に、それを受けたツチダマの身体が軋み、合わせた獲物から激しい火花が散った。
さらに獲物を合わせたままの状態から、しんのすけの長い足が伸びてツチダマを階下へと蹴飛ばす。
蹴飛ばされ宙を舞うツチダマは、階段に身体を打ち付けるとその耐性の限界から、砕けてただの土塊と化した。
「……お前がオラと同じ人間だったら、負けていたのはオラのほうだったかも知れない」
好敵手であった江戸のギガ。
それを下し、神妙な目で見つめるしんのすけ。そこに階下から彼の勝利を称える仲間達が登ってきていた。
635 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:30:21 ID:sWLb8f5V
[ Gainer over ]
「――新手の、オーバーマンッ!?」
粗方のツチダマとその戦力を掃討したキングゲイナー。その直下より急接近する新手の人型機動兵器があった。
キングゲイナーよりも二回り以上も大きく、マッチョなフォルムをトリコロールカラーで彩ったそれは、
ギガゾンビ側が持つ最後の切り札――最強のロボット、ザンダクロスだ。
「ギガゾンビ様に楯突く無法者め! 主への手土産に、今ここで貴様を落としてやる!」
フェムトの操作するザンダクロスがキングゲイナーへと突進し、唸りを上げてその豪腕を振るう。
「そんなスピードで――!」
高機動を売りにするキングゲイナーはそれを易々と避けると、チェーンガンの弾丸をザンダクロスへとぶつけた。
「そんなものが、このザンダクロスに通用するか――!」
磨き上げられたボディで無造作に弾丸を受け止めると、ザンダクロスはキングゲイナーを猛追する。
追いすがるザンダクロスから逃げ回りながら、キングゲイナーは攻撃を繰り返す。
左胸のポケットから予備弾を取り出し、豪腕を避けながらリロード。そして、間近から頭部へと集中砲火を浴びせた。
だが、煙の中から再び顔を出したザンダクロスには傷一つついていない。
「なんて頑丈なんだ。――だったら!」
チェーンガンの刃の部分。そこが回転を始め赤熱化し、そこからさらにフォトンマットを取り込み蒼い刃と化す。
それを構えると、キングゲイナーは超加速でザンダクロスの懐へと飛び込んだ。
「小癪な――ッ!」
刃を振り回し飛び回るキングゲイナーを、ザンダクロスは鬱陶しそうに両手を振るって追い払おうとする。
だが、振るう腕よりもキングゲイナーは速く、ただいたずらにザンダクロスの傷が増えるだけであった。
それでも遂にザンダクロスの拳がキングゲイナーを捉えた――と思いきや、それはゲイナーの生み出した残像だった。
拳を突き出し、宙を泳ぐ体勢となってしまったザンダクロス。その背後にキングゲイナーが現れ渾身の一撃を与えた。
辛うじて身を捩り、最悪の一撃を逃れたザンダクロスの肩のアーマーが地上へと落下する。
それを見て、操縦席に座っていたフェムトは激怒した。
「よくもギガゾンビ様のザンダクロスを! 貴様だけは許さんぞ――スゲーナスゴイデスッ!」
フェムトの片手には主より授けられた魔法のトランプ。
それが効果を発揮すると、目にも止まらなかったキングゲイナーの動きがピタリと止まった。
「これはっ、タイム――――うわぁっ!」
ザンダクロスの時間止め張り手を喰らったキングゲイナーが、空中を錐揉みに落下していく。
そして、それを見下ろすザンダクロスの腹部収納が開き、唯一の武装にして最強の攻撃――レーザー砲が現れる。
「堕ちろォ、蚊トンボ――!」
号令と共に超熱量を持ったレーザーが空中を走り、キングゲイナーに触れると――大爆発を起こした。
夜空に浮かぶ超高温のプラズマ火球。
その炎の中から黒煙に包まれたキングゲイナーが、地上へと墜落するのを確認すると、
ザンダクロスはロケットを噴かせて上昇を始め、哄笑をその場に残しながら主が待つ城の頂上へと飛び去った。
[ Dust to dust ]
一発の銃声が鳴り響き、一体のツチダマが電子頭脳をばら撒き床に転がる。
また、一発の銃声が鳴り響き、胴を撃ち抜かれたツチダマが床に油溜まりを作る。
一発、一殺。
開けたエレベータホールには無数のツチダマの残骸。そして、そこから漏れる油と硝煙の匂いで充満していた。
……――89、……――90、……――91、……――92、――――93、――――――94。
「……94。……これがあたしの、スコアだ。……ゲイ……ン」
最後の薬莢が血溜まりの中に落ち、ソードカトラスのスライドが下がりっぱなしになって弾切れを知らせる。
「もう……、喋れなく、なっちまってたの、か……」
気だるげに視線をやったその先、そこには力尽き自らの血で引いたシーツの上で眠るゲインの姿があった。
その半身は熱線銃の一撃を受けて真っ黒に炭化しており、生きていた頃のような精悍さはもうなかった。
――テメェのスコアを聞かなきゃ、あたしが勝っているのかどうかが判らねえじゃないか。
床の上、銃を持った腕を下ろし目を瞑って、レヴィはその時を待つ。
すでに息絶えたゲイン同様、彼女もまた死の淵のギリギリの場所に立っていた。
その身体を通り抜けた弾丸の数はゆうに十を越える。骨を断たれた右腕はとうに使い物にならなくなっていたし、
大量出血に下半身は弛緩し、立ち上がることもできなくっていた。床を濡らす血に紛れているが、失禁だってしている。
鼻の中も口の中も血に溢れ気持ちが悪い。視界は電灯を落としたかの様に暗いし、耳は壊れたラジオの様に遠い。
解るのはまだ生きているという事。そして、もう死ぬという事。
飛来した弾丸がレヴィの腹に吸い込まれ新しい傷を作った。
レヴィは反応しない。ただ、傷口から黒く濁った血を溢すだけだ。
――向こうに着いたら、テメェのスコアを聞いてやるからな。絶対、誤魔化したりするんじゃ……。
間際――レヴィの目の前に真っ白な羽毛が舞ったような気がした。
そして、その次の瞬間にレヴィは眉間を弾丸に貫かれ――死んだ。
血と硝煙の匂いで充満する通路の中。
真赤なシーツの上で、レヴィとゲインは並んで眠るように死に――殺戮の舞台より退場した。
【レヴィ@BLACK LAGOON 死亡】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー 死亡】
651 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:32:15 ID:sWLb8f5V
a
[ Climax ]
遂には集束を始めた物語。
ギガゾンビ城の頂上。そこでも、また一つの決着がつこうとしていた。
吹きさらしになっている屋上の、その端には追い詰められたギガゾンビが一人。
そして、地上より繋がる階段の入り口には、そこを上ってきたドラえもん達四人の姿があった。
じりじりと間を詰める四人の腕にはそれぞれの武器がある。
対して、ギガゾンビの手中には電撃を放てる杖と、スゲーナスゴイデスのトランプが一枚のみ。
取り寄せバッグを使おうにも、すでに有用な道具は出払ってしまっていた。
「ワシに近づくんじゃあないっ!」
ギガゾンビを取り囲むように広がり、半分の距離まで詰めてきた四人に対しギガゾンビはトランプを突きつけた。
ぴたりと四人の動きが止まる。だが、その魔法のトランプの力もすでに程度は知れ渡っているのだ。
「……ギガゾンビ。もう、無駄な抵抗は止すんだ」
元の身体を取り戻し、電光丸を手にしたロックが一歩前進する。
「素直に投降すれば、殺しはしない」
言いながら、もう一歩前進する。
「ハッ! 何を馬鹿なことを。何が殺しはしない――だ。
どうせタイムパトロールに突き出されれば、死んだも同然。そんな言葉にだれが――」
勢いのままに言葉を発していたギガゾンビは、唐突にそれを止めた。
そして先程とは打って変わった、気持ちの悪い猫なで声で話しはじめる。
「条件をつけないかぁ、君達?」
唐突に豹変したギガゾンビの態度に四人は訝しがる。
「そうだ。ワシはもう君達とは争うのを止めにするよ。だから君達も、そんな武器は捨ててくれないか?
何。その内、ここにはタイムパトロールがやってくる。君達は彼らに助けてもらうといい。
だから、ワシを一足先にここから逃してくれ。
そうだ! 欲しいというのなら、何か願いを叶えてやっても構わんぞ。
特別サービスに、生き残った君達全員が優勝者ということにしてやろう。
どうだ? 何か叶えて欲しい願いの一つや二つ、君達にもあるだろう……?
……どうした? ワシの言葉が信じられないのか? それなら…………」
取り囲む四人の前で饒舌に語るギガゾンビに、ロックは違和感を持つ。
ただの命乞い――いや、そうじゃない。こんな時、こんな奴が、こんなことを言い出すのは、それは、そう――時間稼ぎだ!
ロックと他の三人が、ギガゾンビの意図に気付いて動こうとしたその時――、
そこに、ギガゾンビ最後の切り札――ザンダクロスが彼の背後より姿を現した。
664 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:33:40 ID:sWLb8f5V
全員が動いた。
ギガゾンビは振り返り、彼の後ろに現れたザンダクロスに飛び乗ろうと走る。
ドラえもん、しんのすけ、ロック、ユービックの四人はそれを阻止しようと、ギガゾンビを追う。
真っ先に追いつたのはしんのすけだ。
ギガゾンビに捕りかかろうと跳躍する――が、すんでの所でその姿を豚にされ、腕が宙を切る。
最後のトランプを使い切ると、ギガゾンビは最大出力で杖の電撃を放った。撃たれた床が爆ぜ、破片を撒き散らす。
そして、足を止めた残りの三人を尻目に、ギガゾンビは遂に屋上の縁にへと足をかけザンダクロスへと手を伸ばした。
◆ ◆ ◆
邪魔者を排し、遂にギガゾンビの元へと到着したフェムトと彼が操るザンダクロス。
見下ろせば、まさに彼の主が追い詰められようとしているところだった。
だが、彼の主は追っ手を振り払いこちらへと駆け寄り手を伸ばしている。
フェムトは、駆け寄る我が主を受け止めるため、ザンダクロスの長い腕をそこに向けて伸ばす。
この瞬間。フェムトの電子頭脳の中には達成感と奉仕する歓喜。そして、勝利の確信によって満たされていた。
ドスン――と、フェムトが座る操縦席が震えた。
操縦席の下から何かが飛び出して、目の前のコンソールを越えて胸部の装甲版を貫いていた。
(――なんだコレは? いったい、コレはなんなのだ? この、――”熱い”モノは?)
それはものすごい熱を持っていた。瞬く間に操縦席の中が、ザンダクロス自身が熱されていく。
(――コレは! 忌々しい羽虫のような音を立てる――この刃は!)
フェムトは操縦席より降りて背後を振り返った。
そんなことをしても壁に阻まれてそれを見ることはできなかいが、彼にはそれが何者かということはすでに解っていた。
「……キ、……キ、……キング・ゲイナアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ――ッ!」
その絶叫がギガゾンビの唯一の腹心――フェムトの断末魔となった。
頑張れ
676 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:35:04 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
目の前で起こった大爆発。
屋上の端より身を乗り出していたギガゾンビは、その爆風に吹き飛ばされ屋上の中へと引き戻された。
床の上に転がるギガゾンビ。どこかへと飛んでいってしまった仮面の下の素顔は、貧相な老人のものだ。
呆然とそれを見上げる彼の前で、爆裂したザンダクロスの燃える破片が地上へと降り注ぐ。
後一歩のところで彼の切り札は失われ、また杖もなく、最早そこにはただの憐れな老人しか残っていなかった。
そして、漂う煙が夜風によって払われると、そこには彼の希望を断ったキングゲイナーのその姿があった。
纏っていた純白のオーバーコートは焼け焦げて煤の色に染まっており、所々に失われている場所もある凄惨な姿ではあったが、
安定した飛行を見せるとそのまま屋上へと降り立つ。
そこに、彼の偉業を称えながらドラえもん、そして元の姿に戻ったしんのすけの二人が駆け寄る。
そして、茫然自失と化したギガゾンビの元にはロックと、元の主の没落を複雑な目で見るユービックの姿があった。
ロックは項垂れるギガゾンビの首筋に刀を当て、彼にそれを宣言する。
「――ゲームオーバーだ。ギガゾンビ。」
◆ ◆ ◆
二日足らず前に始められた殺戮遊戯。その終結を宣言したロックの足元で、ギガゾンビの身体が震えていた。
最初は、それは恐怖や絶望からだとロックは推測したが、すぐにそうでないことが解る。
「ハ、ハ、ハッ! ハアーーッ、ハハハハハハハハハハハーーッ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ…………!」
狂った様ににギガゾンビが笑い出し、それにロックと振り返ったドラえもん達は何事かと目を見張る。
涎を撒き散らし、目を剥いて壊れた様に笑うギガゾンビは狂っている。――いや、とうの昔に狂っていた。
一通り笑い終わり、顔を上げたギガゾンビの両目を見た時、ロックの脳裏に悪い予感が走った。
引ん剥かれた老人の凶眼から読み取れるのは――、自暴自棄、破滅、自爆、無差別。そんなキーワード。
そして、そのロックの予感は最悪の形で的中した。
――零時ジャストにこの世界そのものが消えてなくなる。そうギガゾンビは言った。
「ハハハ! ハハハ! 嘘じゃないぞ! 嘘じゃないぞ!
もう誰も地球破壊爆弾には手出しすることはできん。このワシにもな。絶対に――ダ!」
地球破壊爆弾という単語にドラえもんの顔が青褪める。それを見て、他の者達はギガゾンビの言葉が嘘でないと知った。
「地球破壊爆弾」――その名のとおり、地球そのものを宇宙の塵に変えてしまえる程の威力を持った爆弾。
「もう終わりだ! 何もかも終わりダ!
死ね! 死ね! 死ね! 死ぬぞ! 死ぬぞ! お前も死ぬ! お前もだ! お前達の仲間も全い――ッ!」
ドサリと音を立てて、電光丸の一撃を受けたギガゾンビは崩れ落ち気を失った。
電光丸を振るったロックは、怒りと焦り。そして、恐怖に肩を震わせている。そして、ただ――、
「病院へ、戻ろう……」
……と、それだけを蒼くなった唇から溢した。
[ Bereave ]
眼下に病院へと戻る救急車を見送ると、ゲイナーと彼の乗るキングゲイナーは闇の書へと向けて移動を始めた。
月光の下を飛ぶキングゲイナーのコクピットの中。操縦席に座るゲイナーの心の中には、なんとも言えない感情があった。
先程、あれからすぐにトグサへと連絡を取ったゲイナー達は、驚愕の事実を彼より聞かされる。
――ゲインとレヴィは死んでしまった。
ゲイナーを日常から非日常。停滞の毎日から、激動の大脱出。そして、仮想の戦いから、本当の戦いへと駆りだした男。
その態度が鼻につき、とても頼りになり、自分をいつまでも子供扱いし、大人の姿を示した――ゲイン・ビジョウが死んだ。
エクソダスの請負人。黒いサザンクロス。常に逆境へと飛び込み、それを越えてきたゲイン・ビジョウが――死んだ?
そんな予想外の事にゲイナーの心は混乱している。
戦友を失ったと泣けばよいのか? それともだらしないと叱責すればよいのか? 本当は彼の事をどう思っていたのか?
涙よりも、心の中から溢れ出るのは困惑と不安だ。まだ、言葉で聞いただけの死というものが理解できなかった。
ゲイナーは、いつぞやのドラえもんとの会話を思い出す。なるほど、さぞかしあの時の自分は冷酷に見えただろうと。
(――みんな、こんな気持ちを乗り越えてきたのか?)
最後に残った、病院へと集結した十人。彼らは皆、多くの仲間達を失ってきていた。
恋人だったり、肉親だったり、友達だったり、そして一人だけなく、中には何人もの仲間を失ってきていた。
(――ああ。やっぱり僕は子供なんだなぁ)
しんのすけは両親を、ドラえもんやハルヒはそれぞれに五人もの友人をこの場で失っている。
しかし、ゲイナーの前ではそんなことをおくびにも出さず、只々脱出に向けて邁進していた。
その時、ゲイナーの耳に獣の咆哮が聞こえた。
気付けば、何時の間にやら闇の書の攻撃圏内へと入り込んでしまっている。
目前に迫った光線を回転して避けると、そのまま地上へと降りてビルの谷間に隠れる。
ゲイナーが一人別れてこの場所へと来たのは、課せられた仕事があるからだ。
行方の知れなくなった遠坂凛とフェイト、涼宮ハルヒの三人の少女の捜索。そして、彼女達の救出。
すでに、許された猶予は一時間を切っており、考え事に当てる時間の余裕はない。
ゲイナーはコクピットの中で首を振って心の靄を振り払うと、キングゲイナーを市街の中へと走らせた
686 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:36:21 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
行きの時と同じように、ロックは救急車を運転している。
だが、あの時とは違って、屋根の上で暴れるじゃじゃ馬も居なければ、軽口を叩く頼れる男も隣にはいない。
――レヴィ。彼女は最後に何を想ってこの世を去ったのか。
犯罪都市ロアナプラ――炉辺の屋台で売られる果実程度か、それ以上に人の命が安い街。
そんな場所で、そこに迷い込んだ男と、そこで生きて来た女が偶然にも出会った。
生まれも育ちも違う彼と彼女はとことん反発し合い、時には妥協し、またいつの時には互いを尊重した。
出会ってからは同じ道を歩き、同じ死線を潜り、そして成果を分かち合った。しかし、それでも――、
――解らない、な。
ハンドルの向こう側、車のライトがつくる光の環を見ながらロックは溜息をついた。
他人の心の中など、真の意味で解るわけがない。考えても詮無きこと――そういう風に理屈を捏ねても溜息は漏れる。
彼女の胸中に思い当たる事がない。彼女の本心、その心の内を一度でも垣間見ることができたのか。
そして、彼女が死んだと聞いても意外と冷静さを保っている自分自身。それらに、彼の気持ちは憂鬱になる。
今は非常事態だからかも知れない。車の後ろに乗っている仲間を保護する立場でもあり、気は抜けない。
だから、今は冷静でいられるのであろう。
きっと、ロアナプラに返って鎮魂のグラスでも傾ければ、自分の本心もポロリと姿を現すに違いない。
――ロアナプラに帰る。
それを改めて決心すると、ロックはアクセルを踏む足に力を入れ、病院へと向う救急車を急かさせた。
702 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:38:03 ID:sWLb8f5V
[ Brave phoenix ]
闇の書とツチダマの応酬によって戦場と化し、半ば焼け野原となった河沿いの住宅街。
それよりは少し離れた戦火の影響も少なく、また闇の書に対してもそう遠くはない場所。その一角にあるビルの屋上。
そこに、闇の書を見つめただ一人佇む涼宮ハルヒがいた。
涼宮ハルヒの視線の先、南へと流れる河の中で蠢く闇の書の姿は、彼女が最初に見た時よりも大きく変化を遂げていた。
辛うじて一つの生き物と見れていたその姿は、度重なる破壊と自己再生の繰り返しによって、原型も留めぬ異形と化している。
金属質な表皮を持った巨大な爬虫類。粘液に塗れ不気味に照り輝く獣の顔。人よりも大きな牙を口の中に覗かせる奇妙な魚。
さらに、瘴気を包んで吹き上がる泡。止め処なく溢れ出る七色の油。そして、周囲で蠢く何十本の触手とその先についた口。
それらが渾然一体と化し、尚も異常な新陳代謝を繰り返して姿を刻一刻と変化させている。
成すすべなく立ち尽くすハルヒの頭上に風が吹きつけ、そこにキングゲイナーが降りてきた。
「こんな所にいたんですか。探しましたよ」
近づいてきた巨人から聞き覚えのある声を聞くと、ハルヒは別行動していた仲間達が成果を上げたであろう事を察した。
「どうやらそっちはうまくいったみたいじゃない。それが、ゲイナー君が言ってたキングゲイナーってやつ?
随分とみすぼらしい姿だけど、せっかく来たんなら手伝ってもらうわよ」
言いながら彼女が指差す先にあるのは、暴走を続けている闇の書だ。
「手伝うって……、まさかアレをですか?」
ゲイナーがここに来た目的はハルヒと残りの二人を助けるためで、その残りの二人である遠坂凛とフェイトが
あの闇の書の中にいるであろう事はトグサから伝えられていた。
だがそれでも、今までに見たこともないような化物である闇の書を見ると躊躇してしまう。
それに、取り込まれた二人を助ける方法はゲイナーの頭の中にはなく、また正面からぶつかって勝つというのも無理に思えた。
「あんたね。あれが今どうなっているか解る?」
と、ハルヒに言われゲイナーは改めて水面の浮かぶ闇の書を窺うが――やはり、混沌や化物と言った感想しか浮かんでこない。
そんなゲイナーに、ハルヒは胸を張って自説を披露した。
「あいつはね、今お腹を壊して苦しんでるのよ」
予想外の言葉に呆気に取られたゲイナーは、それを鸚鵡返しにすることしかできなかった。
そして、そんなゲイナーに構うことなくハルヒは言葉を続ける。
「――そう。きっと、中で凛とフェイトちゃんが大暴れしてるんだと思う。
だからね、話は簡単。わたしとあなたであいつの土手ッ腹をぶっ叩く!
そうすりゃ、アイツはどっかの口から二人を吐き出すわ!」
キングゲイナーの方へと振り返ると、ハルヒはニッと微笑み自信に溢れる笑顔を見せた。
「そんな、無茶な――」
「無茶も苦茶も、キュウリもヘチマももうないのよっ!
どれだけ無理だって言われても、私は私が思ったことを絶対にやるし、やるからには絶対成功させるわ。
それにね。私は目の前で窮地に立たされている仲間を放っておけるほど、冷たい神様じゃあないの。
私の前では徹頭徹尾、燃えと萌えに満ちた最高のハッピーエンドしか認めないんだから!」
ハルヒの、無茶苦茶で自分勝手な宣言にゲイナーは呆れて言葉を失った。だが彼は――、
「さあ、あんたも協力しなさい!
まぁ、正直なところ私だけじゃあどうしようもなくて困ってたのよね」
その笑顔と破天荒さに、
彼女には何か周囲を巻き込んで突き動かす不思議な力。そんなものがあるんじゃないかと思って――しまったのだ。
714 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:39:15 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
キングゲイナーが再び月光の下を疾走する。
飛び掛ってくる触手や魔法の矢を避けて、ハルヒに言われた通りに時間を稼いでいる。
――私の神人は動きが遅いから、近づけるまであなたはアイツも引き止めておきなさい!
水面から彼に向って手を伸ばす数十本の触手を引き付け、光子の環を潜り自由に宙を舞う。
そして、市街地を今までで最も巨大な神人が闊歩している。その腕には、再び発動した巨大な魔法の鎚が握られていた。
――チャンスは一度。一気に決めるわ。ちゃんと私の神人に合わせて攻撃するのよ。――いい?
「なんて勝手な女の子なんだ。――けど、やってみせるさ!」
加速のオーバースキルを最大限に発揮すると、キングゲイナーは一瞬で遥か上空へと移動する。
届かない触手を未だ天へと向けて伸ばす闇の書を眼下に、キングゲイナーは左足の亜空間ポケットから特別な弾丸を取り出した。
先刻、ギガゾンビ城の頂上でザンダクロスを撃破したのは、
加速のオーバースキルをプラス方向に極限にまで高めた、全てを溶かす究極の力――「オーバーヒート」
そして、今取り出した弾丸の持つ能力はその真逆。オーバースキルをマイナス方向へと究極に高めた力――、
全てを凍らせる力――「オーバーフリーズ」
キングゲイナーの構えるチェーンガンの先端より、直下へと弾丸が放たれた。
それが真っ直ぐに水面へと飛び込むと――瞬間、氷の柱が立ち上り、波打つ形をそのままに、河を凍らせ始める。
その場所から川上へと、そして川下へと白氷が何もかもを凍らせてゆく。そして、それは闇の書とて例外ではない。
水面を走る氷が触れると、それは暴走する化物をも氷の中に包み込み始めた。
構成する物質の性質に関わらず全てが凍らされてゆく。そして熱を奪われた表面には、さらに氷と霜が生えてそこを白色に包む。
天に伸ばした触手。その先端にまでそれが達した時。河の真ん中には巨大な氷の塔が出来上がっていた。
ズンと、一際大きい音を地に響かせ、神人が河の間際へと足を踏み降ろした。
「さぁ! 神の鉄槌をそいつにお見舞いしてやりなさい! もうこの後はないわ。だから――全力全開で!」
遥か後方。ビルの上で命令するハルヒ。その言葉に神人はグラーフアイゼンを頭上へと振り上げる。
そして、スライドが連続で引かれ、チャンバー内のローザミスティカが全て注ぎ込まれると、それはさらに大きさを増した。
ビルの天辺より顔を出す大きさの神人が持ってもなお、アンバランスに見えるほどの巨大な鎚。それが――振り下ろされた。
大質量の塊が真っ白な柱にめり込むと、そのまま――叩き折り。――押し潰し。――粉砕する。
その衝撃に天が轟き、空に残っていた雲が全て払われる。そして、地に走った衝撃に水面を覆っていた氷が砕けて爆ぜた。
散った氷の欠片が月光を受け止め輝き、夜天に白光を溢れさせ、氷霧に満たされた地上を照らす。
724 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:40:23 ID:sWLb8f5V
上空よりゲイナーが、そして地上よりハルヒが闇の書があった場所を見つめている。
それを隠していた氷霧はほどなくして水の中に溶け、そしてそれは――闇の書はまだそこにあった。
覆っていた結界も、包んでいた異形の身体も諸共に砕かれても、まだそこに残っていた。
無限の魔力を糧に、再び新しい姿を生み出す。失われた時より倍の速さでその身体を再構成してゆく。
「――足りなかったのか!?」「いいえ。アレで十分よ!」
ハルヒはその予感に拳を握り締めて勝利を確信した。そして――、
――『Plasma Zamber』
雷光が天を突いた。
闇の書より、逆向けの雷が二度三度と天へと遡り、雷鳴を夜空に鳴り響かせた。
そして、一際力強い蒼い雷が閃くと、そこに天を指す光の柱が立ち上がる。
雷を内に集め、高温のプラズマ柱と化した――バルディッシュザンバー。それが、闇の書の内より振るわれる。
その熱により断片を焼かれながら、闇の書は二つにへと断じられた。闇の書の絶叫が夜を震わせ、そして――
――『Broken Phantasm』
漆黒の爆発がそれを掻き消した。
石の中に閉じ込められていた正義の意志が爆ぜ、同じく閉じ込められていた少女の遺志を解放する。
闇の書の闇よりなお黒い、真黒の風切り羽が無数に解き放たれ、内側より刺し貫く。
心を壊す激しい痛みに闇の書がその身を震わせ、水面に激しい波を立てた。そして――、さらに――!
――『Star Light Breaker』
桜色の奔流が現世へと溢れ出した。
溢れ出した光は触れたもの全てを飲み込み、分解して桜の花弁と夜に散らした。
奮い立たせる者。彼女の主であった幼い大魔法使い。そして、その力を託された一人の魔術師。
三人の想う力が闇の書の闇を桜色にへと染めてゆく。
そして、内外より五大魔法――『氷』『破』『雷』『闇』『光』――の連続攻撃を受けた闇の書は、静かに水の中へと沈み始めた。
734 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:41:31 ID:sWLb8f5V
さるさる規制
◆ ◆ ◆
沈み行く闇の書、その暴走した防衛プログラム。それを三人の少女が空より見下ろしていた。
闇の書の内部より現世に帰還を果たした、遠坂凛とフェイト。そして、リインフォースの三人だ。
「全く無茶をするな……」
遠坂凛に寄りそるリインフォースの顔は半ば呆れ顔で、もう半分には喜びが浮かんでいた。
「結果オーライ――でしょ。うまくいったんだから文句はなしよ」
振り返る遠坂凛の顔には満面の笑みと、仕事をやり遂げた達成感が浮かんでいた。
しかし、そんな遠坂凛にリインフォースは文句をぶつける。
「……しかしだな。下手をすれば私が分解されるだけでなく、お前にも悪影響が出たかも知れないのに」
脱出の間際。遠坂凛は破戒すべき全ての符――ルールブレイカーを彼女に刺して、闇の書の契約より彼女を解放した。
だが、リインフォースが言うようにそれは高いリスクを伴ったものだった。
まず一つに、リインフォースは正確にではないが、闇の書と遠坂凛の二人に対し契約していた状態だった。
そしてもう一つに、リインフォースは魔法に依る存在で、ルールブレイカーを刺した段階で分解される可能性もあった。
リインフォースが闇の書との関係のみを断ち切られたのは、リインフォース自身が宝具に相等すると判断されたのと
彼女達に幸運があったからだ。
「……ジュエルシード。封印できませんでしたね」
少し暗い声を零したのはフェイトだ。
沈み行く闇の書と、そこに取り残されたジュエルシードを複雑な表情で見つめている。
「仕方あるまい。場合が場合だったからな。
だが、アレももう終わりだろう。この辺境の時空で時間をかけて自壊へと進むはずだ」
大魔法を受けてより異常再生を繰り返している闇の書は、すでに暴走を超えて自壊へと進んでいた。
闇の書が暴走を開始する直前に、リインフォースが改変を加えた効果が現れているためだ。
次から次へと再生する異形の存在が、互いに喰らい合ってそれを取り込み、さらに生まれたものと喰らい合う。
または、その存在が膨れ上がりすぎ限界を迎えて崩壊。そして、その破片を別のものが取り込みそれを繰り返す。
再生と破壊を永遠に繰り返す、無限輪廻の奈落へと落ち込んだ闇の書。
それは危険な存在ではあるが、最早敵ではない。そして、悠久の時を使っていつかは無へと帰すはずであった。
「無茶と言えば、あの子よ」
遠坂凛が言うあの子とは神人を操る涼宮ハルヒのことだ。
「大体、あの子が外からあんな無茶しなければ、こっちもゆっくりとジュエルシードの封印に取り掛かれたんだから」
「とは言え、私とおまえはヴォルケンリッターに押されていたではないか。もし、助けがなければ……」
「そうですね。彼女の助けがなければ、今頃は三人とも闇の書に囚われていたかもしれない」
三人が、無制限に魔力を供給されるヴォルケンリッターに手こずっていた時。それを救ったのがハルヒ達の攻撃だった。
ハルヒ達が闇の書の外側から強い負荷を掛けた事で、内側へと流れていた魔力の圧が一時的に落ちた。
その結果、三人は目の前のヴォルケンリッターを撃破することができたのだ。
もっとも、神人の強力な一撃は闇の書のシステムの内部までに衝撃を与えたため、
崩壊する闇の書の中で三人はまた別の危機に曝されたわけだったのだが……。
「まぁ、これも結果オーライ――だしね。とりあえず、病院へと戻りましょうか」
そう言うと、三人は頷きあい彼女たちに向って手を振る神人――涼宮ハルヒへの元へと飛んだ。
746 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:42:48 ID:sWLb8f5V
[ Last count ]
――エクソダス計画。
それを協力して練り出した、脱出へと向う生存者達。
彼、彼女達が三度、病院の例の大部屋へと集っている。
彼らが集まる時。一度目も、二度目も彼らは大きな問題を抱えていた。
そしてそれは回を増すごとに、より危険で深刻なものへと変わっていった。そして、やはり今回も――。
――零時ジャストに地球破壊爆弾が爆発し、この世界そのものが消えてなくなる。
それが、今回の唯一にして最大の問題だった。
「後、8分か……」
ロックが見た壁掛け時計は、現在の時間を11時52分と指し示している。
極めて短い時間で、しかもそれは刻一刻と減じてゆくのだ。
「本当にそんな威力の爆弾が……?」
ただの一個で星を破壊する。そんな爆弾が存在するのかとフェイトは尋ねるが……、
「……うん。信じられないかもしれないけど、23世紀にはそういったものもあるんだ」
ドラえもんは、その存在を改めて肯定した。何人かの口から溜息が漏れる。
――後、7分。
「カートリッジも使い切ったし、ジュエルシードの回収も今からじゃあ無理よね……」
遠坂凛が言う。彼女達は、もうすでに手持ちの手段は使い果たしていた。
「しかし、仮にそれらがあったとしても、星を破壊する程の爆破を防ぐシールドは展開できないだろう……」
例え爆弾と同等の魔力を持っていたとしても、そんな力を制御できる存在はいないとリインフォースは言った。
――後、6分。
「……有希。本当に、そのゲートってのは間に合わないの?」
蘇り、そして素性を知った長門有希へのハルヒの態度は少しぎこちない。
普段何を言っていたとしても、やはり現実を前にするとなにもかもが思い通りとは行かなかった。
「残念ながら。彼女が作業を終えるのは零時より4分後が、最短となります」
作業にかかりきっている長門有希に代わって答えたのは、ディスプレイの中の喜緑江美里だ。
彼女の正体はキョンより聞いていなかったため、その存在はハルヒを大いに驚かせた。
757 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:44:14 ID:sWLb8f5V
――後、5分。
「う〜ん。もうトッペマのトランプもないゾ〜……」
気絶したままのギガゾンビの懐を探りながらしんのすけが言う。
なんでも願いの叶う魔法のトランプ。残念なことに、それはもう一枚も残っていなかった。
「……魔法のトランプ、地球破壊爆弾、ザンダクロス……、…………」
どれも一介のツチダマであったユービックには知らされていないものだった。
今考えれば、なるほど臆病なギガゾンビらしいと思うことができる。
そして、ならば他にも切り札があるんではないかと考えるが――彼の電子頭脳に思い当たるものはなかった。
――後、4分。
「……爆弾。……爆弾。……爆弾」
オーバースキル。技術手袋。その他仲間達の能力。ゲイナーはそれらを頭の中でシャッフルする。
自分達が取り得る手段の中で、地球破壊爆弾に対処できる方法を探して。だが、焦りが募るばかりで回答は出ない。
「…………………………………………」
トグサは無言で壁に掛けられた時計を見ている。それは一秒一秒と律儀に針を刻み、時を進めている。
残された時間はもう僅かだ。
――後、3分。
「ひぃぃぃぃっ! いやだ! やっぱり死にたくない!」
唐突に大声を張り上げたのは、縛られたまま床に転がされていた、ギガゾンビを名乗っていた老人だった。
みすぼらしい老人は顔をくしゃくしゃに歪め、涙と涎を撒き散らして泣いていた。
ついさっきまでは、自分が起こした大それた事に酔っていた為に、
自分自身が成就を願って止まなかった、バトルロワイアルの一登場人物として振舞うことが出来ていたが、
その顔と心に被っていた仮面も失い、ただ冷たい床に転がされているだけとなっては、もうそれも醒めきっていた。
「タイムパトロールでもなんでもいいから助けてくれえ――っ!」
見得も外聞もかなぐり捨て、ギガゾンビだった老人は泣き喚く。
――後、2分。
泣き喚くギガゾンビに、残った生存者達は言葉を失った。
何故なら、これで本当にこの状況から脱出する手段はないと、そう証明されたようなものだからだ。
もし、この期に及んでギガゾンビが交渉を持ちかけて来ていたなら――譲歩してもよい。そう考えてもいた。
しかし、その可能性もここにきて否定されてしまった。
成す術を失った生存者達は一様に時計を見た。
――後、1分……を切った。
時計の針が進むのがとても早く感じられる。気付くと、すでに残り時間の6分の1が過ぎていた。
そして、時は止まることなく進む。
――この物語はこのまま終わりを迎えるのだろうか?
767 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:45:28 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
ギガゾンビがバトルロワイアルの開始を宣告してより、丁度2日。
80人以上いた不幸な参加者達は、今やその10分の1しか生存していない。
最初は、誰もが一人一人手探りでこの舞台の上を歩いていた。
中には始まってよりすぐに命を落とした者もいる。また逆に、頼れる味方と出会えた者もいた。
少しずつその速度を加速させてゆくバトルロワイアル。
その中で、参加者達は懸命に戦った。ある時は襲い来る敵と。またある時は己の心と。
ゲームのルールに則って自身が生き残る術を模索する者。逆にルールに反逆してバトルロワイアルの破壊を目論む者。
ルールなど無視してただ己が目的を成さんとするもの。ルールなどに気を配ることなくただ怯え恐怖に竦む者。
刻一刻と脱落者が出る中で、参加者達はそれぞれの道を見出そうとしていた。
そして、バトルロワイアルはさらに加速してゆく。
生き残った者達は徒党を組みだすようになる。一人が二人、二人が三人、四人へと……。
集まった参加者達は仲間となり、目的を一致させ互いに励ましあい協力しあう。
だが、生きた人間の中ではそううまくいかないこともある。些細な事で諍いあったり、それが殺し合いにまで発展することもあった。
そして、彼らとは別にただひたすら孤高を貫く者達もいた。
バトルロワイアルはさらにさらに加速する。
増える脱落者。その状況の中で、親しい者を失う参加者も少なくなかった。
その死を直接に、あるいは人伝に知った時。
あるものはただ悲嘆に暮れ、あるものはその者に自身の生還を誓い。またあるものは復讐を決心した。
そして失った者達が交わるにつれ、悲劇はその重さを増してゆく。
バトルロワイアルは止まらない。
疑惑と復讐が殺戮を呼び、殺戮は悲しみと怒りを呼び、それはまた疑惑と復讐を呼んだ。
脱落者が増える中で、失った者はそれらの遺志を心に刻み。失わせた者はそれらの業を背中に負った。
この頃より、物語は少しずつ集束に向う。
バトルロワイアルの終わりが始まる。
生き残った数少ない参加者の中で、明確に立ち位置が別れる様になる。
ある者達は、徒党を組んで団結し、バトルロワイアルからの脱出を模索してそれを実行に移した。
また、ある者達はギガゾンビの介入に力を増し、自分以外の何者をも殲滅せんと剣を振るった。
その衝突に脱落者はまた増え、そしてその余波はゲームマスターであるギガゾンビの元までも及ぶようになってくる。
バトルロワイアルは遂に終わりを迎える。
生き残った参加者達が進む道は遂に一本へと絞り込まれ、彼らはそのギガゾンビへと続く道を邁進した。
そして、彼らは勝利を得て、生還へと後一歩の所まで辿り着いたのだ。
――バトルロワイアルは終了する。
781 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:46:50 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
――零時ジャスト。ギガゾンビ城の司令室に置かれた地球破壊爆弾が爆発した。
796 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:48:03 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
北向きの壁にあった窓から真っ白な閃光が差し込んだ時、彼らはギガゾンビの言葉がやはり本当だったのだと理解した。
星を破壊するほどの威力を持った爆弾。それに気付いた時にはもう御終いだろうと、生存を諦めた。だが――、
「何? どうなったの?」「生きて……いるのか?」「…………?」「何が…………?」
地球破壊爆弾は確かにギガゾンビ城の中で爆発した。
だが、その爆発は「まだ」この世界を飲み込むまでには至っていなかった。
「あれは一体何――?」
窓辺に寄って北の空を見上げる遠坂凛。彼女の目には山よりも大きい、巨大で真っ白な光を発する球が映っていた。
その巨大な球は少しずつ発する光の明るさを落としていくと、間もなく完全に真黒な球と化した。
突如として現れた、舞台の5分の1ほどを包み込む謎の球体。その正体は――、
「地球破壊爆弾の爆発によって生じたエネルギー。超高温のプラズマフィールドです」
その声に、窓際へと駆け寄っていた全員が振り返る。
発言者は、カウンターの上に置かれたノートPCのディスプレイに映る喜緑江美里。
そして、その傍らにはトグサが立っている。
「彼女が時を止めた。……地球破壊爆弾が爆発した次の瞬間にな」
その言葉に彼らは彼女を探す。だが、彼女――涼宮ハルヒはこの場より忽然と姿を消していた。
「今彼女は、あの爆発の中心で完全に時間を止めるべく超減速を行っている……俺たちを救うために」
言って、トグサは窓の向こうを見た。他の者達もそれに倣い窓の外。そこにある真黒な球を見る。
時間が停止。つまりは物質が停滞している場。そこは光さえも逃さないので、外からは真黒にしか見えない。
「なんで……!」
トグサに詰め寄る遠坂凛の口は戦慄いており、その言葉は震えていた。
「他に脱出する手段が全くなかったわけじゃない。……だが、俺たちに取れる手段はこれしかなかったんだ」
「――知ってて!」
「ああ。彼女達が来た段階で因果律は繋がり、この結果は予測の内だと――」
言葉の途中で、遠坂凛の拳がトグサの顔面へとめり込み振りぬかれた。
派手に吹っ飛ばされたトグサは、血が垂れる鼻を押さえながら立ち上がる。
「……俺達全員が助かるには、この方法しかなかった!」
「だからって!」
遠坂凛はトグサへと突進しようとする。だが、それをリインフォースが止めた。
「止めろ凛。彼は責められるべきではない。それに、彼女は自分の意思であそこへと跳んだのだ」
リインフォースの方へと振り返る遠坂凛の目には怒り――そして、悲しみを表す涙の粒が浮かんでいた。
「あんな所に……、あんな所にいたら……っ! あなただって解るでしょっ? リインフォース!」
涼宮ハルヒが超爆発に対して行ったのは、時間の停止ではなく、時間の超減速。
何故前者でなく後者を選んだのかというその理由は、
自分諸共時間を停止してしまうと、自分も含めて誰にもそれを制御できなくなってしまうからだ。
故に彼女は後者を選んだ。だが、それは彼女に想像を絶する苦難を味あわせることになる。
時間を倍の遅さに減速すれば、1秒が2秒に感じられる。10倍なら10秒に。100倍なら100秒にだ。
爆発した地球破壊爆弾が仲間の集まった病院を吹き飛ばすのには、0.001秒もかからない。
彼女はそれを脱出に必要な4分以上へと延長するために、時間を30万倍以上へと減速している。
そして、超減速したその世界で彼女は体感時間にして、数十年。感覚的には無限と思える時間を過ごすことになる。
その最後に死を覚悟して、だ。
「……落ち着くんだ凛。彼女のためを思うんだったら、いち早くここより脱出するのが彼女のためになる」
遠坂凛を押さえるリンフォースには、ハルヒが現在体験している苦しみがよく理解できる。
彼女もまた生まれてより、悠久の時間のほとんどを闇の書の中で孤独に過ごしてきたのだから。
だからこそ、ハルヒを助けられない事を口惜しく思う。自分を解放した八神はやてのように彼女を助けたい。
だが、現在の自分にそれだけの能力はなかったし、仮にその能力があったとしても、
爆弾を抑えている彼女をその場より解放するということは、彼女を含めて全員の命を奪うことと同じだ。
――そして、全員が複雑な心境で真黒の球を見上げる中で、四分の時が経った。
高速言語によるダウンロードを終えた長門有希が、その手に持ったステッキでドアを叩く。
そして静かにそのドアを開くと、その中には病院の廊下ではなく、空間を越えた別の場所があった。
そして、一人また一人とドアを潜ってこの殺戮遊戯の盤上から姿を消してゆく。
「向こう側に不要な混乱を与えないためにも、まずあなたがあちらへと向うべき」
そんな理由で、時空管理局。そして、その時空航空艦アースラに縁のあるフェイトが一番にドアの前へと立った。
願って止まなかったこの舞台よりの脱出。仲間との再会が、足を踏み出した所にある。
だが、ここに残してゆく仲間。そして、それを報告することを考えると、いくつもの傷を負っていたフェイトの心は痛んだ。
おさげに結んだ親友のリボン。
それが確かにあることを確認すると、死んだ親友とそれを結んでくれたハルヒの姿が心の中に浮かぶ。
彼女達を救えなかった事を無言で謝罪すると、フェイトは意を決してそのドアを潜った。
そして、それに続いて仲間達も次々とドアを潜った。
「どうした、しんのすけ……」
窓辺に残り、真黒の球を見上げるしんのすけに、トグサが歩み寄り声を掛ける。
しんのすけはじっと真黒の球を見つめ、振り返ることなく言葉を返した。
「……ハルヒおねーちゃんに、声とどくかな?」
視界の中に捉えきれないほど巨大なそれは、光を通すこともなければ音を通すこともない。でも……、
「ガンバレー! ハルヒねーちゃーん! オラまってるからーっ!」
最後に彼女への激励を残すと、しんのすけは踵を返しドアの向こうへと駆け込んだ。
807 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:49:53 ID:sWLb8f5V
その部屋の中。最後に残ったのはトグサと長門有希の二人。
「……信じていいんだな」
畳まれたノートPCを脇に持ち、ドアの縁に手をかけるトグサは、部屋の中央に立つ長門有希へと問いかける。
彼女達がこの舞台に立った時より、全ては計画通りに進められていた――と、トグサは爆発の直前に教えられた。
そして、それは計画通りに終了すると。
だからこそ、トグサはハルヒが時の彼方へと飛び去るのを、心を殺して見送ったのだ。
「……信じて欲しい」
彼女の小さな口から言葉が発せられた。そして、頷くトグサにもう一言、彼女は己の感情を伝える。
「感謝する。憎まれ役を買って出てくれた」
その言葉に、トグサは赤く腫れた鼻をこすりながら苦笑した。
「女の子同士が喧嘩するのは見たくなかったからな」
そして、それを最後にトグサもドアの向こうへと姿を消した。
一番最後に残ったのは、長門有希。
彼女の瞳に映るのは、真黒な壁。その向こうに続く、遥かな時間の壁。
「……これが私の仕事。この時のために私は此処へと送り込まれた」
そう呟くと、彼女は目の前に向かって足を進めた。
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
【遠坂凛@Fate/stay night】
【リインフォース@魔法少女リリカルなのはA's】
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
【ロック@BLACK LAGOON】
【ドラえもん@ドラえもん】
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
【住職ダマB(ユービック)】
【ギガゾンビ@ドラえもん のび太の日本誕生】
【以上、10名。バトルロワイアルより――生還】
818 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:51:10 ID:sWLb8f5V
[ The World end of Haruhi Suzumiya ]
時の流れが限りなくゼロに近い真っ白な世界の中心。
僅かずつに崩れていく自分の存在を意識しながら、ハルヒは無限に近い一瞬の時間を過ごしていた。
……ああ、もうどれぐらい時間が経ったのかしら。
10秒くらい? それとも、1時間ぐらいは経ったのかな?
みんなはもう元の世界に戻れたのかな? それとも、まだあの病院の中でぐずぐずしてるのかしら?
凛は……きっと、怒っているわよね。
あの時だってあの剣幕だったんだから、目の前にいたらきっと引っ叩かれるに違いないわ。
最も、わたしだって立場が逆だったら彼女を許さないけど……。
しんちゃんが何か無茶してないか心配だわ。ロックさんが面倒を見ててくれるとよいんだけど……。
それにしても何もないわ。
何でも出来るって言うんなら、せめてここに入ってきた時に時計を作るべきだったわね。
……いや、余計に辛いだけか。
…………退屈。
何度も何度も、同じ思考を繰り返している。
退屈は嫌いな言葉の中でも、常に週間ベスト10入りしているワーストワード。
他にも、普通とか常識とか、後はしょうがないとか……大体そんな言葉よねランキングしているのは。
そこに、時々……キョンが入ることも。キョンは時々、わたしをすごく怒らせるのよ。
でもまぁ……、逆に好きな言葉ベスト10の中にも……たまには入れたり、入れなかったり……もするわ。
あいつでも使える時はあるしね。むしろ、あんな奴でも使いこなせるわたしがすごいんだけど。
「そいつは光栄な話だな」
……キョン?
ああ、そろそろこの涼宮ハルヒも年貢の納め時かしら、幻聴が聞こえるなんて。
それとも、これが話に聞く走馬灯というものかしら。だったら、それを体験できるのはラッキーね。
もうそろそろ限界だと思っていたのよ。
「諦めるなんてらしくないな」
キョンの分際で言ってくれるじゃない。
いくらわたしが神様だって言われてもね、神様にだって出来ることと出来ないことがあるの。
あんたに言っても解らないだろうけど、これはこれで大変なのよ。
……全く、余計なお節介だったわ。
「SOS団はどうするんだ? お前が作った団だろうが」
そんなことここで言われてもね。こういう成り行きなんだから仕方がないじゃない。
まぁ、残った古泉くんは如才無いし、彼なりにうまくやってくれるわよ、多分。
「涼宮ハルヒが世界を大いに盛り上げる――んじゃあなかったのか?」
あんたの割にはちゃんと覚えているじゃない。ちょっとだけ褒めてあげるわ。
けどね、さっきも言ったけど無理なものは無理なのよ。
大体私は精一杯の努力をしたのよ。ここにきて、あんたなんかに文句を言われる筋合いはないわ。
829 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:52:22 ID:sWLb8f5V
「…………ハルヒ」
何よ。わたしだってたまには泣き言を言ったっていいじゃない。
頑張ったのよ。みんなの命を救ったわ。それだけじゃあ、不満だって言うの?
そりゃあ、わたしも帰れたらいいけど、そんな方法は思いつかないし出来っこない。
大体あんた、わたしの走馬灯の癖に五月蝿いのよ。もっと労ったり優しくしなさいよ!
「……ハルヒ、俺が好きだった女はな」
は? 何それ? ここにきて、なんでわたしがあんたの惚気話なんか聞かされなきゃいけないのよ。
やっぱりあんたムカつくわ。決めた! キョンってワードは永久殿堂入りのワーストワードに登録しておく。
「自分勝手で、我がままで、すぐに機嫌を悪くしては他人に当たり、常に食事代を俺に押し付け……」
あんたマゾだったの? なによソレ。っていうか聞きたくない!
ここはわたしだけの世界なんだから、あんたはもう出て行きなさいよ!
「……それでも、前だけを見つめて、楽しいことに貪欲で、本当は可愛らしくて人に優しい。そして――」
何言って……?
「ポニーテールが反則的なまでに似合う。涼宮ハルヒって名前の、――普通の女の子だ」
……………………。
「さあ、俺は本心をぶちまけたぞ。これで怖いものなしだ。だから、ハルヒ。お前も答えを聞かせてくれないか?」
何よその手。掴めばわたしをここから連れ出してくれるって言うの? この退屈な世界から。
それに何よ答えって! そんな、そんなもの――決まってるじゃない! 私の答えはあの時から――――。
――答えはいつも私の胸に。
涼宮ハルヒが差し伸べられた手を取った瞬間――時間の奔流が光となって彼女と世界を白く染めた。
842 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:53:46 ID:sWLb8f5V
◆ ◆ ◆
パチリと目を開き、涼宮ハルヒは目を覚ました。
その顔は戸惑いに満ちている。彼女は気付けばベッドの上で横になっていた。
何時ぞやのように全て夢だったのか? そう思いながら身体を起こす。しかし、そうではないと解る。
彼女は制服を着たまま寝所に着くほどだらしなくはないし、そこは彼女の部屋でも、また知った場所でもなかった。
そして部屋の角、一人がけの椅子の上に本を開く長門有希の姿があった。
「……そっか、有希が助けてくれたんだ」
ハルヒは彼から聞いた彼女の素性を思い出す。
慌ただしかったために全ては覚えていないが、情報統合なんとか……とか言う万能の宇宙人ロボットだと。
その宇宙人によって作られた彼女は本から顔を上げると、ただ「そう」と言葉を発してハルヒを助けた事を肯定した。
「ここは?」
言いながらハルヒは部屋の中を見回す。
ベッドをはじめ、どこも清潔に保たれたそこは、どこかの病室であろうと推測される。
「時空管理局に所属する時空航行艦――アースラ。その中にある医務室の一つ」
返ってきた答えにハルヒは苦笑した。
望んではいたものではあるが、実際に目の当たりにするとどうしても荒唐無稽に感じてしまう。
まるで、これも自分が見ている夢なのでは……と、そして。
「……夢だったのかもしれないけど、キョンに会った。……それとも、あれは有希が私に見せたものだったりするの?」
ハルヒは自分を無表情に見たままの長門有希に尋ねる。
「あなたがあの空間で何を見たとしても、私は関知してはいない」
その返答にハルヒは瞼を伏せる。そんな彼女に長門有希は言葉を続けた。
「――しかし、必ずしもそれは夢だったとは限らない」
伏せられていた目を開きハルヒが長門有希を見た。彼女は相変わらず無表情にそれを語る。
「人は死ぬ。生命体と呼ばれるものは死という新陳代謝を持って、その種族の寿命を延ばし後世へと歴史を紡ぐ。
しかし、それは生命体に限らないもの。無生物もそれ以外のものも、変化しそれを伝達することでこの世に残ろうとする。
その点では、人間も道端に転がる石でもなんら変わりはしない。
そして、残されるもの――それは物質だけには限られない。例えば、記憶。文化。意志。残した結果、痕跡。――情報。
どんな些細な事でも、それは残されたものに変わりなく世界を構成するエッセンスとなる。
例えば、足を踏み降ろした地面。吐いた空気。見た光景。見られた姿。交わした会話。想った心。
それら、ありとあらゆるものがこの世界を構成するエッセンスとなって、それが繋がることで因果となり後世へと影響を残す。
残されたものはそこに過去の情報を内包し、組み合わさり変化する事で、時には意志となって複雑な情報を伝達することもある」
初めて見る饒舌な長門有希に、ハルヒは呆気に取られていた。
話も、なぜこんな話をするのかも要領を得ず、ただそれを聞き取っているだけだ。
「つまり、彼があの場所で行った全てのことは痕跡となり、エッセンスとなって世界に伝播していった。
そして亜空間破壊装置によって閉鎖系とされていたこの空間の中、
彼のエッセンスは他のエッセンスと反応してエントロピーを増し、世界に満ちる。
それを、あなたは受け取ったのかも知れない。あなたにはそれだけの情報操作をする能力がある」
喋り終わり、ピタリと動きを止めた長門有希に、ハルヒは目を瞬きながら質問をする。
「……つまりは、あれは幽霊みたいなもので。それで……、つまるところ……、本物のキョンだった?」
おずおずと問う、そのハルヒの質問に長門有希は、
「その可能性は極僅かだが、ありえない事ではない」
とだけ答えた。
856 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:55:12 ID:sWLb8f5V
ハルヒの肩が小刻みに揺れていた。
「だとすると、私またあいつに助けられたってことなのかなぁ……」
その様を見ても反応を示さない長門有希に、ハルヒは途切れ途切れに語り始めた。
「有希は……知ってるんだっけ?
前にも私、どっかよく分からない世界にいて。そして、キョンもそこにいて。
最初は、怖かったんだけど……、キョンも一緒だったし、これもこれでいいかな……って。
でも、キョンは違うって……帰ろうって、言ったのよ。
けどそんなこと言われても、私にはどうすれば解らなかったし……。
でね。その時、キョンが……、キョンが、私に…………キス、したのよ。
そしたらいつのまにか戻ってきてた。悪い夢だ……って思ってたけど、アレも本当のことだった。
それで、その時から私悔しくてしょうがなかったのよ。キョンの癖に、って。
だから、だから、今度そんなことがあったら、そんな夢を見ることがあったら……。
次は私がキョンを、驚かせる番だって……、こっちからキスしてやって、アイツを…………。
私が、キョンを助け出して、やるって……。なのに、アイツは……死んじゃって。
それなのに、……それなのに、また、私を…………っ!」
ハルヒは言葉を句切ると、唇を噛み締めた。手を握り締め、耐えるように俯く。
閉じた両目からは涙がとめどなく零れていた。頬を伝い、ベッドの上にへとポタリ、ポタリと落ちる。
「この部屋に空間ブロックを施した」
それを見ていた長門有希は、唐突にそんなことを言い出した。
「だから、あなたの回復に気付いてもしばらくはこの部屋には誰もこない」
だから――、
「あなたは今、泣いてもいい……」
亜空間の中でに揺れる、鍵を掛けられた一つの小さな箱。
その中に、ただただ声を上げて泣く少女。たった一人の普通の女の子がいた。
そして、その箱の角、そこに置かれた一冊の本。開かれたページには滲んだ文字が一つ。
【長門有希@涼宮ハルヒの憂鬱】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
【以上、2名。バトルロワイアルより――生還】
870 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:56:24 ID:sWLb8f5V
[ In the result ]
時空管理局巡航L級八番艦アースラ。
その中にある、大きなテーブルを中央に置いたミーティングルーム。その一室。
そのテーブルを挟んで、3人の人間が対面していた。
テーブルの片方には、時空管理局提督で巡行艦アースラの艦長を勤めるリンディ・ハラオウンと、
30世紀の未来から派遣されてきたタイムパトロール隊員、リング・スノーストームの二人の女性が、
そしてもう片方には、23世紀より派遣されてきたタイムパトロール。その隊長である壮年の男性が座っていた。
彼らが話し合っているのは、ギガゾンビの処遇と今回の事件をどう収拾させるかということだ。
だが、先程より彼らの議論は平行線を辿っており、少なくともリンディやリングが望む結果とはなりそうもなかった。
「ギガゾンビの逮捕に協力してくださったことは感謝します。ですがね――」
そこで、隊長は一旦言葉を句切って目の前の二人を見た。そして、話を続ける。
「歴史を遡って不都合な出来事を改変する。そんなことを繰り返してしていけば、
我々人類は最終的に原罪を負う、アダムとイブにまで遡るということになりましょう。
それに、起こってしまった出来事を変えるということは、すでに確定している未来の人類に対する
権利侵害行為となってしまいます。なので、我々としては安易のそちらの提案を呑む事は出来かねます」
「しかし、行方の知れなくなったロストギアは、いくつもの次元の人類に――」
割って入ったリンディの言葉は、隊長が上げる手の平によって制された。
ギガゾンビによって持ち出された闇の書や、模造されたジュエルシード。
すでにそれらは、地球破壊爆弾の影響によって見失われ、回収や破壊の確認には至っていなかった。
そして、その表向きの理由とは別に、失われたなのはやはやての命を救いたいという気持ちもある。
「リング殿はどう考えますかな?
私の言っていることは23世紀の時空犯罪防止倫理に則ったものですが、それは30世紀でも変わりあるますまい」
隊長の言葉に、リンディの隣に座るリングも反論することができない。
彼女と縁のある野原一家。その内で、帰ってこれたのはしんのすけ一人なのだ。
恩がある野原一家を助けたいという気持ちもあるが、23世紀のタイムパトロールが言うことも尤もだった。
そして、壮年の隊長はさらに言葉を続けた。
「また、他次元世界については、今確認した現在の状況が我々にとっての正史となる訳であり、
我々にはあなた達の要請を受けて時間改変を行う、正当な理由が存在しません」
そして席を立とうとする隊長に、リングが食い下がる。
「ギガゾンビはあなたの世界の犯罪者じゃないですか。だったら、その補償をしてもらわないと」
それに、隊長はテーブルの上の帽子を取り上げながら簡潔に答えた。
「……ギガゾンビには、我々の法を以ってただ刑に処するのみです」
879 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:57:39 ID:sWLb8f5V
「あなた達が、私達と時空間犯罪においての多次元捜査協定に加わりたいのであれば、
申請は喜んで申し受けます。その後であれば、何らかの補償も検討できるかも知れません。
行方の知れないロストギアについても、こちらの世界で発見したなら情報は提供しましょう」
最後にそう言い残して、23世紀のタイムパトロール隊長は二人の前より姿を消した。
残された二人はただ大きく溜息をつくだけだ。
「大変な事になったわね」「……お互い様に」
不幸な事件に巻き込まれたお互いを励ましあいながら、二人も椅子から立ち上がる。
「まずは、生き残った彼女達を労ってあげましょう」
「……そうね。それは私達にしかできないことだし」
そう言いながら二人は部屋を出て、生き残りである者達の元へと通路を歩み進んだ。
【アニメキャラ・バトルロワイアル――完】
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:衰弱
[装備]:グラーフアイゼン・ハンマーフォルム(カートリッジ-0/0)
[道具]:デイバッグと支給品一式
クローンリキッドごくう(使用回数:残り1回)、タヌ機(1回使用可能)
インスタントカメラ×2(内一台は使いかけ)、高性能デジタルカメラ(記憶媒体はSDカード)
着せ替えカメラ(使用回数:残り15回)、どんな病気にも効く薬
トグサが書いた首輪の情報等が書かれたメモ1枚
[思考]:元の世界に帰る
[備考]
※神の如し力について認識しています
※神人の力は、ハルヒ自身の体調とシンクロしてその力が強弱します
※閉鎖空間を作るつもりはもうありません
【長門有希@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:普通
[装備]:なし
[道具]:びっくり箱ステッキ
[思考]:元の世界に帰り、情報統合思念体の指示を仰ぐ
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:疲労、全身に浅い刀傷、魔力-大きく消費
※髪型が変わりました。全体的にはショート、右サイドにおさげを垂らしています
[装備]:バルディッシュ・アサルト(カートリッジ-0/6)、なのはのリボン
[道具]:デイバッグと支給品一式、クラールヴィント、西瓜、エクソダス計画書
[思考]:事件のあらましを報告。それと、タチコマのAIと話をしていたい
[備考]
※クラールヴィントはリインフォースにより改造が施されています。
※トライデントスマッシャーは未完成のため、StrikerS時点よりカートリッジを多く消費し、威力もStrikerS時点より劣ります。
【遠坂凛@Fate/stay night】+【リインフォース@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:疲労、全身に打撲痕、魔力-大きく消費
[装備]:干将莫耶、ルールブレイカー
[道具]:デイバッグと支給品(食料残り1食分、水残り1本と6割)、エクソダス計画書
[思考]:リインフォースとのことなどを、フェイトや時空管理局と相談する
[備考]
※リリカルなのはの世界の魔法、薔薇乙女とアリスゲーム、ドラえもんの世界の科学――の知識があります
※闇の書の防衛プログラムとその暴走――の知識があります
※ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い――と推測しています
※膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能――と推測しています
※レイジングハートからなのはの魔法を継承しました。
※リインフォースの姿は、A's12話と同じ姿となっています。
※リインフォースは彼女を通して具現化しているため、凛が死亡した場合リインフォースも消えます
※リインフォースはStrikerSのリインフォースU程度の性能にまで弱体化しています
※リインフォースの『投影』には回数制限があります
896 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/20(金) 23:59:14 ID:sWLb8f5V
sien
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:疲労、腹部と後頭部と顔面に打撲(処置済み)
[装備]:AK-47カラシニコフ (弾数:30/30-予備弾薬×10発)、トウカの日本刀、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費)、技術手袋(使用回数:残り9回)
スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳、クーガーのサングラス、エクソダス計画書
病院内で見つけた工具箱、解体された首輪、機械の部品多数
[思考]:元の世界に帰る
[備考]
※名簿と地図を暗記しています
※リリカルなのはの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています
※基礎的な工学知識を得ました
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、鼻を骨折(手当て済み)
[装備]:名刀・電光丸、ゲイナー製スタンロッド (電気14%、軽油2回分)、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグと支給品一式、現金数千円、たずね人ステッキ、エクソダス計画書
[思考]:元の世界に帰る
[備考]
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました
※レヴィの趣味に関して致命的な勘違いをしつつあります
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:疲労、大程度のダメージ、頭部に強い衝撃
[装備]:ゲイナー製スタンロッド (電気23%、軽油2回分)
[道具]:デイバッグと支給品一式(食料1食分消費) 、虎竹刀
[思考]:???
[備考]
※Fateの世界の魔術、リリカルなのはの世界の魔法――の知識があります
※ドラえもんがTPに連れられて帰ったか、時空管理局によって帰されたかは、次の書き手に任せます
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:疲労、全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている
[装備]:ひらりマント
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料5食分消費)、わすれろ草、キートンの名刺(大学)、ロープ
[思考]:お家に帰る
[備考]
※両親の死を知りました
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気、足に結構な疲労、SOS団団員辞退は不許可
[装備]:コルトM1917 (弾数:6/6発-予備弾薬×114発)
S&W M19 (残弾6/6発-予備弾薬×51発)、コルトガバメント (残弾:7/7-予備残弾×78発)
[道具]:デイバッグと支給品一式、警察手帳、i-pod、エクソダス計画書
ノートパソコン、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"のゲームCD、タチコマのメモリ
[思考]:元の世界に帰り、九課に事件を報告する
【ギガゾンビ@ドラえもん のび太の日本誕生】
[状態]:意気消沈
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]:???
[備考]
※ギガゾンビは、23世紀のタイムパトロールに逮捕されました
【住職ダマB(ユービック)】
[状態]:一応修復済み(下半身はつぎはぎ)、電脳通信可能、孔を増設
[装備]:なし ※手の先から電撃を放てる
[道具]:なし
[思考]:???
[備考]
※ユービックは、23世紀のタイムパトロールに重要参考人として拘束されました
※ユービックのノートPCは証拠品としてTPに押収されました
※タチコマのメモリはトグサに返却しています
※病院に集められていた支給品は、アースラの中へと持ち込まれています
※地球破壊爆弾の爆発によって、キングゲイナーは失われました
※地球破壊爆弾の爆発によって、闇の書とジュエルシードは消し飛び行方不明です
糸冬了
終わったのか・・・
後日談またはそれぞれのキャラENDが欲しいという俺は欲張りか?
エピローグは明日0時予約合戦だからもう少し待て
それは、真作を真似て作り出されたフェイク。
宝玉から得た魔力の残滓から読み取り作り出された、所詮は拙い模造品。
魔術やユニゾンデバイスの業などを始め様々な技術と知識を集めてなんとか編み上げ、
それでもやはりかの高名な人形師のモノには及ばぬ贋作。
――けれど。
数ヶ月間前からまた不機嫌になった少女は、やることもなくなってよく不貞寝するようになった。
いつも何もない病室のベッドに寝ていなくてはならないのだから、当然と言えば当然だ。
ある夜のこと。物音に目を覚ました少女は、窓の外に何かいるのに気付いた。
だが眠気を払った目がしっかりと視界を確保した頃には、それはもういなくなっていた。
ただ残滓のように、赤い色だけがちらりと見えただけ。
いったいなんだったのか、少女は訝しがり……ふとベッドの脇にふと小さな女の子が寝ているのに気付いた。
小さい、といっても幼いという意味ではない。その子は本当に小さいのだ。まるで人形のように。
……いや、人形のようにではない。その関節などを見れば、本当にソレが人形だと分かった。
だが、ソレは生きている。銀色の髪に、黒い服を着ているソレは。
「……分からない。
気がついたらここにいて、いったい何がなんだか……」
少女の問いに、ソレはそう答えた。その言葉に、少しだけ少女は落胆する。
ソレはかつて彼女が天使だと呼んでいたモノにとてもよく似ていたけれど、結局ソレは違ったのだ。
しかし、一方とふと思った。ソレは、きっとあの天使と同じモノなのだと。
「じゃあきっと、あなたは迷子の天使様なのね」
「てん……し?」
「そう、天使! ね、あなた……名前は?」
「……分からない」
「じゃ、名前をあげる。あなたね、この名前の子にそっくりなのよ。
そう、あなたは今日から……」
少女はかつての天使と同じ名を、口から紡いだ。
少女の天使が望んでいた、笑顔で。
――そう。こんな贋作でも、その少女に救いを与えるには十分だったのだ。
――だって、水銀燈が遺した想い出は……めぐの心に残っているのだから。
20世紀末に相次いだ、世界国家間での軍事的衝突。
無論、その影響を日本だけが逃れることなど不可能であった。
度重なる騒乱に、揺らぐ国際関係。
そして、1999年。日本旧首都圏である関東地方に、核が打ち込まれることとなる。
戦火の中で物理的、精神的両面から日本が負った傷は深く、そしてその治癒は同時に、深刻な社会的不安定をもたらすことになった。
増加する一途の凶悪犯罪。混迷する社会。
それら事態の収拾の為に、事件を未然に防ぐことを目的に結成された、攻性の公安組織。
表向きは八つしかない警察組織における、第九番目の公安課。
それが、公安九課――通称、攻殻機動隊である。
神戸沖合いに浮かぶ新浜ニューポートシティ。
それは、戦災で傷ついた日本における、復興と再生ののシンボルとも言える。
乱立するコンクリート製の林。その中の一つが、九課が本部を構えるビルである。
そして、この重厚なドアの向うに、その九課を束ねる男――荒巻大輔が居た。
「トグサです。入ります」
そう断り、トグサは課長室内に入った。
だが、それを横目に、荒巻は渋い表情で手元の紙束を睨んでいる。
それは、トグサが前日に提出した始末書であった。
「で……だ」
机を挟んで立つトグサを前に、荒巻がもったいぶるように言葉を選ぶ。
その顔には、明らかな不快感がありありと浮かんでいた。
「トグサ。お前は今の自分の状況をどの程度把握している?」
唐突な質問。
だが、トグサはそれをある程度予想していたように、答えを返す。
「そう……ですね。本来なら、『電脳硬化症及びその類似疾患疑い』の名目で、
病院――それも精神性疾患専門の病院に叩き込まれる寸前の猶予期間中――といったところですか」
「ふむ。病識はあるようだな」
荒巻はそう言いながら、皺の寄った己の眉間を指で揉む。
荒巻がここまで露骨に感情を表に出すのは、極めて異例なことである。
つまり、事態がそれだけ『異例』のことなのだ。
前触れなく生じた、九課メンバーの失踪。
そして、再び前触れ無く帰還した隊員による、同メンバーの死亡報告。
更には、それらの原因を「魔法」だの「未来科学」だので説明する事後レポート。
これら『有り得ない』事態の集積が、荒巻の神経を酷く苛んでいた。
「では、お前は自分で書いたこのレポートがどんな意味を持つのか、理解できているのか?
これを要約すれば――少佐とバトーという貴重な人材の損失の原因を、フィクションそのものに求めるということだぞ。
更には、そのフィクションの存在証明は、この世界への影響を考慮して差し控える、だと?
内閣広報部でももう少しマシな言い訳をするぞ。
それとも、公安を辞めて小説家にでもなるつもりなのか? それならば馴染みの出版社を紹介してやらんこともない――」
「課長」
珍しく感情的に叱責する荒巻を、トグサが遮る。
そして、荒巻の非難が再開するまでの間隙を縫い、ささやかな弁明を紡ぎだす。
しっかりとした声で。明確な意思の力を込めて。
「確かに、そのレポートの内容は荒唐無稽で根拠薄弱もいいところです。
ですが信じてください。それは紛れも無い事実ですなんです。
事実として、少佐とバトーは死に、俺は生き残った。
だから、生き残った俺には、それを課長に正確に報告する義務があると考えています。
まあ、信じろって言っても、この内容じゃあ信じられないのも仕方が無いかもしれませんが……
でも、どうか……あいつらの最後ぐらいは、課長は知ってやってください。お願いします」
荒巻を見るトグサの目には、一点の曇りも無い。
その目を見た荒巻が出来ることと言えば、ただ一度、深いため息を付くことだけだった。
重苦しい空気の中、荒巻が再びその重い口を開く。
「……言っておくが、今回の失踪事件に関して、儂の独自ルートで関連の疑いのあった背後関係を徹底的に洗ってある。
そのせいで、痛くも無い腹を探られた者共からの圧力が増していてな。
それを躱すにしては、このレポートではいささか共感性が乏しいな」
「課長、それでしたら後日俺から辻褄のあうレポートを改めて……」
「いや、事態はお前が思っている以上にデリケートだ。
臆気もなくこんなレポートを出すような男に、その繊細なバランスが取れるとは期待していない。
それよりもお前にはやって貰う事がある」
そう言って、荒巻は一冊のファイルをトグサに投げ渡した。
それは、ラボによるタチコマのニューロチップ分析結果の途中報告レポートだった。
「お前が持ち帰ったタチコマのニューロチップ……その中に、未知のプログラムの痕跡が含まれていることが判明した。
現在ラボにてそのデータの解析作業中だが、実際にそのプログラムを使用したというお前なら解析の手助けにもなるだろう。
今すぐラボに行き、その解析作業に協力しろ」
「――課長! それって、俺のレポートの裏付けになる証拠じゃないですか!
それを知ってるんなら、最初から俺のレポートを信じてくれても……!」
「勘違いするな。お前のレポートが現実味に乏しいことと、タチコマのチップに未解析データが含まれることは、全く別の事象だ。
それらを安易に関連付けるべきでは無い。が――
現状では、それらを限定的にでも関連付けることが、最も可能性を拡張できると判断したまでだ。
人的損失を少しでも補填できる可能性があるのなら、今はそれを無視する訳にもいくまい。
そもそも、お前の電脳汚染の疑いがある中で、お前を第一線の捜査に戻すのにはリスクが高すぎる。
その是非を測るテストとリハビリを兼ねている、とでも思っておけ」
荒巻の一方的な命令は、つまりは――トグサの、現場復帰許可と同意である。
「言っておくが『辞意を持って今回の責任を取る』などという甘ったれた考えを持っているのなら、さっさと捨ててしまうことだな。
唯でさえ人員不足な上での欠員だ。貴様には辞職などする権利は無いと思え。
せいぜいこき使ってやるから、己の働きで持って責務を果たすのだな。
さあ、さっさと仕事に戻れ! 自分の精神疾患疑いなど、医師の手を煩わせずに自分の行動で晴らして見せろ!」
つい先ほどまでの、退職勧告とも取れる叱責からの一転。
この、周到なまでの事前工作と情報掌握力。
そして、有無を言わさぬ政治的手腕。
これが、九課を纏め上げ維持していく上での、荒巻の持つ武装である。
――全く、この狸オヤジが。
「ん? 何か言ったか?」
「いえ。それでは、俺は仕事に戻ります。失礼しました」
だが、課長室を出るトグサの耳には、恐らくこの言葉は届かなかっただろう。
「……よく、生きて戻ったな。それだけは褒めてやろう」
・
・・
・・・
・・・・
・・・・・
――サ君、トグサ君!
「……ん、ああ、タチコマか。どうした?」
電脳からの通信がいつの間にかオープンになっていた。
即座に思考を現実世界に呼び戻す。
「どうしたじゃないよトグサ君! 作戦開始時刻まであと10分切ってるよ! そんなぼさっとしてて良いのかな? かな?」
「おいおいトグサ、また例の魔法世界の空想に浸ってたんじゃあないだろうな?」
イシカワの冷やかしが耳に痛い。
だが、その皮肉を黙殺し、改めて現場の状況を再確認する。
状況は相も変わらず、極めてシビアだ。
だが、その不可能を可能にする。それが我々――攻殻機動隊なのだ。
「状況を再度確認する。制圧対象は誘拐犯グループ、保護対象は財務省副長官及び次官2名。
制圧対象は重火器にて武装している。複数の思考戦車の存在も確認。
尚、当案件は非公式事例であり、マスコミなどへの暴露を最小限に抑えるためにも、作戦遂行は極めて短時間に行わなければならない。
作戦開始時間は1900、1930までに制圧対象を鎮圧、無力化し保護対象を救出、現場から撤収する。
俺とボーマ、パズ、は現場施設内への突入、サイトーは遠距離からの行動支援、
イシカワは現場のネットワークに侵入、撹乱を計れ。タチコマ各機は思考戦車の足止めだ。戦闘は最大限小規模に抑えろ。
連絡は以上だ。各員、配置に付け!」
「へえ、少しはそれっぽくなってきたじゃねえか。まだまだ青臭いがな」
「もう勘弁してくれよ。小言なら仕事の後に聞かせてくれ。今は目の前の任務に集中する」
「了〜解。しっかりやってくれよ? 頼りにしてるぜ、隊長さん!」
人は、時の流れに逆行することは出来ない。
過去は、情報として記憶、蓄積されるだけだ。
死は、不可逆で、覆らない。
だが、死した人間の価値を決めるのは、今生きている人間だ。
そして、その価値は、生きている人間が絶えず証明し続けなければならない。
それが、死んだ者を、彼らが残した“情報”を、生かし続けるということなのだ。
それが……生き残った人間の――
そう、それが、俺の責務だ。
18:59:58
18:59:59
19:00:00――――作戦、開始。
アニメキャラ・バトルロワイアル 攻殻機動隊 END
あたしは、ある部屋にいた。
本が敷き詰められた棚があり、アナログゲームが格納された棚があり、壁にはメイド服を始めとした衣装が掛けられている。
元文芸部部室、現SOS団部室。
見慣れたその部屋にいるのは、同様に見慣れた、しかし決して見飽きてなどいない人たちだ。
部室の隅、本棚の前に置かれたパイプ椅子に座り、本を読む有希。
忙しなくパタパタと駆け、お茶を入れて回るメイド服姿のみくるちゃん。
部屋の真ん中にある机を挟んでゲームをしている、古泉くんとキョン。
あたしはいつものように、団長席に座っている。
そんな日常風景の中、あたしはぼんやりと部室中を見渡していた。
平和だと、あたしは思う。
何事もなく、静かで、穏やかで、そして、退屈だ。
だというのに、憂鬱じゃない。
退屈な日々に飽き飽きして、面白いものを求めるために、あたしはSOS団を作った。
そのはずなのにあたしは、今のような何事もない時間に浸っていたいと、そんなことを考えている。
どうしてだろう。
もっと胸が躍るような時間を過ごしたかったはずなのに。
普通の人間では体験できないような、面白くてワクワクする、非日常的な経験をしたかったはずなのに。
こんな退屈が、何故か妙に心地よく感じられる。いつまでも続けばいいと、そんなことさえ望んでしまう。
自分のことが、分からない。
心地よいのに、不安だった。何か、大切なことが変わってしまったような感じだ。
何がどう変わったのだろう。どうして変わってしまったのだろう。
あたしは頬杖を付き、もう一度部室中を眺めてみる。
キョンがいる。有希がいる。みくるちゃんがいる。古泉くんがいる。
やっぱり、いつも通りだ。
そう思い直した直後、不意に、扉が外側から勢いよく開かれた。
反射的にそこへと視線を移すと、足元まで届きそうな長い髪の女生徒が、眩いくらいの笑顔で立っていた。
「やっほーぃ! 遊びに来たよーっ」
底抜けに明るい声をした彼女、鶴屋さんは大きく手を振りながら部室に入ってくる。
キョンと古泉くんが鶴屋さんに挨拶をし、みくるちゃんが湯飲みを取りに行く。
あたしはただ見守るように、みんなの様子を眺めていた。
そんなあたしを前に、鶴屋さんは首を傾げて口を開く。
「おやおや、どうしたんだいハルにゃん? 元気ないみたいだけど、具合よくないの?」
その声に、あたしはふと我に返った。
気が付けば、みんなの心配げな視線があたしに向いている。そんなに不景気そうな顔をしていただろうか。
あたしは表情が緩むのを自覚しながら、内心で小さく息を抜く。
考えるのは、やめよう。
何かが変わっていようと、そんなことはどうでもいいじゃない。
大切なのは、楽しむことだ。今このときが心地よいと感じられれば、それを楽しめばいい。
みんながいるんだから。
あたしが選んだSOS団員と、名誉顧問がいれば、どんなことだって楽しいに決まっている。
そう、こんな日常だって、退屈すら楽しいに違いないんだ。
あたしは、手付かずだった湯飲みに口を付ける。
熱かったはずのお茶はすっかり冷めていたが、構わずそれを一気に飲み干す。
面白くもない不安を、全部流し込んでしまうように。
あっという間に空になった湯飲みを、机に置く。
乾いた音が、ことりと鳴った。
「みくるちゃん、お代わ……」
絶句せずには、いられなかった。
甲斐甲斐しくお茶を汲んでくれるSOS団のマスコットの姿は、跡形もなく消失していたから。
足元から虫が這い上がってきたかのように、あたしの背筋に怖気が走る。
墨汁が半紙に染み入るように、あたしの胸に不安がじわりと広がっていく。
――何かが、変わっているような気がする。
押し流したはずの思考が、蘇ってくる。
忘れることなどできはしないと、そう嘲笑うように。
あたしは、思わず立ち上がっていた。その勢いで椅子が後ろに倒れるが、構ってなんていられない。
慌てて、部室中を見回す。縋るように、求めるように。
その行動は、あたしの不安を瞬く間に増大させた。
消えていたのは、みくるちゃんだけではなかったから。
ついさっきやって来たばかりの、陰りのない笑顔を持つ鶴屋さんも。
そして。
いつも気だるそうに、面倒臭そうにしていながら、それでも付き合ってくれる、キョンも。
忽然と、姿を消していた。
背骨を直接ヤスリか何かで削られたかのような、強烈な悪寒があたしの背筋を駆け抜ける。
胸の奥が、黒い塊に押し潰されていく。胸に入り切らないその塊は、気管支にまで及び、呼吸を妨げているようだった。
体が震え始める。声が出せない。
せっかく楽しめると思った日常が、退屈が、幻想であったかのように感じられる。
離れていく。何もかもが、すり抜けるように、消えていく。
あたしは、声にならない叫びを上げていた。
抗するように。逆らうように。
まるで、泣きじゃくる子供のように。
◆◆
チャイムの音が、酷く遠くで響いているように聞こえる。
がたがたと、椅子と机が耳障りな音を立てている。
喧騒が徐々に広がり、周囲を満たしていく。
あたしは、突っ伏していた顔を上げた。
瞼を持ち上げると、やけに視界が滲んでいて、あたりの様子がよく見えない。
だがそれでも。ぼやけて滲んで不明瞭な視界でも。
あたしの前の席が空だということは、分かってしまう。
歯を食い縛って鞄を引っつかむと、あたしは立ち上がる。
これ以上、その空席を見ていられなかった。
悪夢の欠片は、残滓と呼ぶには大きく色濃く、あたしの瞼の裏に焼きついている。
それを頭の中から追い出そうとしながら、あたしは早足で教室を後にした。
◆◆
放課後の空気が満ちる、北高の部室棟。
その一室、SOS団によって支配された部屋にあるのは、二つの人影だ。
「“彼”からのメールを見たときは肝を冷やしましたが、涼宮さんとあなただけでも帰ってきたことは僥倖でした。
……いえ、あるいは、“彼”が帰らぬ人となった事実を鑑みれば、
涼宮さんの帰還は警戒すべき事態だと考えるべきでしょうか」
腕を組んで壁に背を預けた、秀麗な顔立ちの少年が口を開いていた。
彼、古泉一樹が神妙な面持ちで言葉を投げかける相手は、パイプ椅子に腰掛け、
膝の上に分厚いハードカバーの本を広げている少女だ。
少女はしかしハードカバーに目を落としてはおらず、そのガラスのような瞳を古泉へと向けている。
「涼宮ハルヒは彼女自身の特異性にも、我々の特異性について知った。
そのことも考慮しながらも、涼宮ハルヒの行動には従来通り注意すべき」
「長門さんはこれからどうするつもりです?」
「情報統合思念体がわたしに下した指令は、従来同様涼宮ハルヒの監視」
淡々とした長門の言葉に、古泉は大仰に頷いた。
演技然とした古泉と、瞬きを確認することすら困難な長門の様子は非常に対照的だ。
「なるほど。真実を知った彼女がどのようなアクションを見せるか、あくまでも静観すると言うわけですね。
僕も機関に指示を仰いだ方がよさそうです。個人的には、僕もあなたと同じようなスタンスでいたいものですが」
古泉はそこで言葉を切ると、ポケットから携帯電話を取り出す。
だが、そのまま何処かへ連絡を取ろうとはせず、それを手の中で弄ぶだけだった。
「あなたとも僕とも立場が違う彼女たちなら、どうするでしょうね?
そもそも未来人である彼女が、本来存在すべきでない時間軸で亡くなった今、もう一人の彼女はどうなったと思います?」
いつものような試すような口調ではなく、単純に疑問を口にする古泉。
長門が返答を口にする前に、彼は視線を移した。
その先にあるのは湯沸しポットと急須、茶葉の入った缶と湯飲みだった。
「それはわたしのあずかり知るところではない。彼女らには彼女らの考えがある。
確実に言えるのは我々の知っている朝比奈みくるが極めて特殊な、隔離された時空内で死亡したということのみ。
それが朝比奈みくるの異時間同位体に与える影響まで推測することは不可能」
長門の声音に、古泉は震えのようなものを感じた。いつもとは違った長門の様子を、自分の錯覚だとは思わない。
「……僕は、無力ですね」
思わず、ぽつりと呟きが落ちていた。
古泉の表情には、笑みが浮かんでいる。だが、彼がいつも浮かべている爽やかなそれとは異なる笑みだった。
口を片端だけ吊り上げた歪なその笑みから読み取ることができる感情は、強い自嘲の念だ。
「あなた方の巻き込まれた状況を外から知っていながら、何もできなかった。本当に、無力だ」
押し殺したようなその声は悲痛で、彼の感情が漏れ出ているようだった。
その直後、閉ざされていた扉がゆっくりと開く。
二人の会話が止まる。自然と、彼らの視線は開いた扉へと向いていた。
◆◆
部室のドアが、なんだかいつもより重く感じられる。
さっきの夢のせいか、あたしの気分は暗雲に包まれていた。
憂鬱な気分を引きずって、あたしはドアノブに力を込めた。
体重を掛けるようにしてドアを開けると、真正面にある団長机が目に入った。
ちょっと来ていなかっただけなのに、随分懐かしさを感じる部室を、あたしは見渡す。
中にいる、古泉くんと有希。二人しかいない、部室。
部室って、こんなに広かったっけ。
そう思いながら、扉を閉める。
キョンとみくるちゃんのことを、あたしは口にできなかった。
あたしは黙って部室を横切ると、そのまま団長席に座る。いつもの椅子が、少しだけ軋んだような気がした。
「涼宮さん」
ふと聞こえた呼び声に応えるように、古泉くんの顔を見る。
古泉くんは申し訳なさそうな表情で、あたしを見下ろしていた。
「……大筋は、長門さんから伺いました。僕は、あなたに謝罪しなければなりません」
そう言う古泉くんは、本当に恐縮しているようだった。
「まず、僕の素性と涼宮さんの能力のことをあなたに黙っていたこと。
こちらにも事情があったとはいえ、あなたを裏切っていたことに変わりはありません。
そしてもう一つ。
僕は、涼宮さんたちが巻き込まれた事件を知っていました。“彼”が、メールで知らせてくれましたから。
それなのに、僕はあなたたちの力になれなかった。あなたたちが苦しんでいるのに、苦しみを共有することができなかった」
そう一気に言って、古泉くんは深々と頭を下げた。
「涼宮さん。本当に、申し訳ありませんでした」
今あたしが見えるのは、古泉くんのつむじだけだ。だけどきっと、目を閉じて自分を責めているのだと思う。
そんな古泉くんの顔を想像すると、怒る気にはなれなかった。
「気にしなくていいわ。内緒にしてたのはちょっと気に入らないけど、団員のことに気付けなかったあたしにも問題はあるし。
それに、あのことは仕方ないわよ。あたしが言うのも何だけど、滅茶苦茶なことだったと思うしね」
告げる。すると、古泉くんはそっと顔を上げ、眉尻を下げた微笑をあたしに向けてくる。
「そう言って頂けると助かります」
そして、パイプ椅子に腰を下ろす古泉くん。すると、部室から音が消える。
仕方ない、か。
あたしは、古泉くんに言ったことを内心で反芻する。
そんな言葉で済ませられるようなことなんかじゃない。
そうやって流してしまうには、余りに大きすぎる。そんな簡単に、納得できるはずがない。
あたしは認めない。認めたくない。SOS団員が二人もいなくなったなんて、考えたくない。
だけどそれは厳然と、目を背けられない事実としてここにある。
メイド服を着てお茶を用意してくれるマスコットの姿はない。
いつだってかったるそうにした雑用係の姿は、ない。
会えない。声を聞けない。もう、二度と。
これが悪夢ならと、あたしは願ってしまう。悪夢なら、いつか覚めることを期待できるから。
もしも揺ぎない現実ならば。
夢を見ることを望んでも、罰は当たらないはずだ。
面白くて楽しい夢を。
憂鬱も退屈も溜息も、そんなことすらも楽しめる夢を。
みんながいる、そんな夢を。
あたしは、望んでしまう。
静かな部屋に、小さな音が届く。紙が擦れるその音は、有希がページを繰る音だ。
何かパーッと、楽しいことをして遊びたかった。今、あたしの周りにいるのは宇宙人と超能力者だ。
そんな普通じゃない人たちと遊びたいと、ずっとあたしは思っていた。
一緒に遊べればきっと、とても楽しくて愉快なはずだ。
そうすれば、こんなブルーな気分だってどこかへ吹っ飛ばせると思うのに。
それなのに。
今のあたしは、何をしても楽しめそうになかった。
広いと感じる部室にいるのが、辛かった。
足りない部員を見ているのが、苦しかった。
だから。
「……帰る。今日はもう、解散」
あたしは、そう口にしていた。
◆◆
空が、青い。
気が遠くなるほど広く真っ青で、太陽は世界を照らしているのに、空気は冷え切っている。
もう、冬も本番を迎えようとしているんだと、あたしは実感した。
春には綺麗な花を乱れさせる桜並木も、とても寒々しい。
三人で歩く並木道は、なんだか随分人通りが少なかった。
映画撮影をしたときに咲き誇った、季節外れの桜を思い出す。
あれも、あたしが望んだからそうなったんだっけ。
望めば、それが現実になる。とんでもなく現実離れしたことも、現実にしてしまえる。
そんなの有り得ないし、文字通り夢物語だ。
そう思っていた。でも、だけど。
あのとき、桜は咲いたのだ。
北風があたしの肌を撫で、有希のスカートをはためかせ、古泉くんの髪を揺らす。
冷たい風は、あたしを責め苛むように痛々しく感じられた。
こんなに気分が弾まない帰り道は、久しぶりだ。
「……僕は、ここで失礼します。バイト先に寄っていかなければならないので」
古泉くんが、口を開く。帰り道の中で、それは唯一の言葉だった。
「分かったわ。じゃあ、また明日」
答えるあたしの声が、なんだか遠く感じられる。
また明日。そのフレーズが、気味が悪くなるほどに現実感を伴っていなかった。
片手を上げ、立ち去ろうとする古泉くん。
少し歩いたところで、ふとその背中が止まった。
「涼宮さん」
肩越しに振り向く古泉くんの顔は、いつものような爽やかな笑顔だ。
「僕はあなたの、SOS団の団員です。ですから」
言葉を継げないあたしに、古泉くんは頷いて見せた。
「あなたを、信じています」
そう言い残すと、古泉くんはあたしに再び背を向ける。
古泉くんは、もう振り返ることなく歩いていく。その姿は、すぐに見えなくなった。
三人が、二人になる。
そのことが何故か怖く感じて、あたしは慌てて隣を見る。
いつもと変わらない、どこか無機質さを感じさせる有希の顔がすぐそこにあって、少しだけ安堵できた。
「帰ろっか、有希」
微かな有希の頷きを確認してから、あたしは再び歩き始めた。
二人分の足音が、冷たい空気に溶けていく。
随分気になるほどの、音だった。
単調な音は、あたしをまた思考の海へと誘ってくる。
その思考は、不安を伴う。
だから足を止め、あたしは有希に話しかけていた。
「……ねぇ、有希。あたし、よく信じられないの。ううん、信じたくないんだと思う」
そんな弱音めいたことを吐いたのは、同じ体験をした有希だけが隣にいたからかもしれない。
「さっき、夢を見てたの。
部室にキョンがいて、有希がいて、みくるちゃんがいて、古泉くんがいて、もちろんあたしもいて。それで、鶴屋さんが遊びに来るの。
そんな、当たり前で楽しい夢、見てた……」
悔しさが、悲しさが、切なさが、空しさが、胸中で渦を巻く。
言葉が、出せなくなった。その代わりとでもいうように、涙が滲み出ていた。
涙が枯れるなんて嘘だ。全てが終わってベッドで目覚めたときに、あんなに泣いたのに。
まだ、涙は止まらなかった。
「あなたなら夢を現実にできる」
有希の呟きに、あたしの鼓動が一際大きく高鳴った。寒いのに、掌が汗ばんでくる。
あたしは、呆然と有希を見つめる。有希の視線は、真正面からあたしを捉えていた。
「古泉一樹とわたしの意見は一致する。わたしもあなたを信頼している。
あなたは、わたしたちの団長。団長を信じるのは団員の役目」
「有希……」
「もう一度言う。わたしはあなたを信頼している。あなたが、過ちを起こしはしないと」
思わず呟く涙声のあたしに、有希は告げた。
そして黙ったまま、真っ直ぐ、あたしを見てくれていた。
◆◆
有希と別れて、あたしは当てもなく町中をふらふらと彷徨っていた。
目的があったわけじゃない。
ただこうやって町を歩いていれば、何かが見つかるんじゃないかって思ったから。
色々、回った。
商店街に図書館、野球場やファミレス。映画の撮影のときに訪れた、神社に溜池。駅と、駅前の喫茶店。
それだけ回っても、あたしの気分がよくなるようなものは全く見つからない。
それどころか、新しい場所に行くたび、心が締め付けられるような感覚は増していた。
思わず、溜息が漏れる。白く煙ったその息は、既に暗くなった空に溶けて消える。
次は何処へ行こうかと考えながら、あたしはとぼとぼと歩く。
疲れなんて感じない。もしかしたら、それを感じるだけの余裕がないのかもしれなかった。
一つになった、足音。あたしだけの、足音。
アスファルトを叩く、靴裏の音。こつりこつりと、響いて消える。
等間隔に並ぶ街灯が道を照らしている。だけどそれでも、闇を払い切ることなどできはしない。
むしろ闇に屈したかのように、目の前にある街灯は明滅を繰り返していて、消えてしまいそうだった。
「全く、情けないわね」
呟いて、街灯に触れる。すると息を吹き返したかのように、街灯は眩い光を放ち始めた。
あたしは、再び歩き始める。
本当に情けないのは、誰だろうと思いながら。
足音が、響く。こつり、こつりと、夜に響く。
どれくらい歩いたのかも、もう分からない。
ふと顔を上げれば、目の前には大きな建物があった。
門柱にある文字を見て、あたしは学校に戻ってきたことに気が付いた。
なんとなく校門を潜り、グラウンドに出る。
夜闇の中に聳え立つ学校。
その光景に、あたしは青い巨人の出てくる夢を思い出した。
ううん、あれは夢じゃなかった。
どうしてあの時、あんなにワクワクしたのか、ようやく理解できた。
きっと無意識に、分かってたんだ。
つまらない世界を壊して、もっと面白くて愉快な世界をあたしが作れるんだって、分かってたんだ。
でも、あたしはそうしなかった。
アイツが、キョンが、あたしの手を取って引っ張ってくれてたから。
でも、もういない。
もう二度と、キョンはあたしを引っ張ってくれない。
あたしは、掌を眺める。冷え切った手に、キョンの温かさが蘇ってくるような気がした。
――また、あの温もりを感じたい。
あたしは、右手をそっと唇へと持っていく。
乾いた唇に触れると、キョンの唇の柔らかさが戻ってくる気がした。
――もう一度、あの感触が欲しい。
そっと、目を伏せる。
あたしが願えば、みくるちゃんは戻ってくる。
あたしが望めば、キョンは帰ってくる。
だけど。
あたしは、願えなかった。望めなかった。
だってそれは、裏切りのように思えたから。
キョンが死んだと知ったあのとき、暴走したあたしを止めてくれたみんなを。
あたしを信じると言ってくれた、古泉くんと有希を。
あたしの手を握って走ってくれた、キョンを。
裏切るように、思えたから。
伏せていた目を、開ける。そこには、変わらないまま佇む学校がある。
そこは以前、無意識のうちに、世界を作り変えようとした場所だ。
その記憶に流されて、心に生まれた虚無感に引っ張られて、意図的に世界を作り変えようとした。
それが過ちだと、学んだはずなのに。
それは逃げだと、教えられたはずなのに。
情けないのは、あたしだ。
分かっていたつもりだったのに、また過ちを犯そうとした。
「……ごめん」
届かないと分かっていながら、あたしはそう呟かずにはいられなかった。
あたしは、深く空気を吸う。
よく冷えた空気が、あたしの頭をクールダウンさせてくれる。
もう、止めよう。
泣くのも、悩むのも、逃げるのも。
そんなの、勿体ないから。
この世界を、今ある現実を、心から楽しまなきゃ勿体ないから。
あたしとキョンが共にいたこの世界なんだ。楽しいに決まってる。
楽しくなくても、絶対に楽しんでやる。
まずはその宣言を、今ここでしてやるんだから。
あたしは、リボンを解いて髪を束ねる。
鏡がなくても、ポニーテールならきちんと結べる自信があった。
手早く髪を纏めると、あたしは体育倉庫へと走った。
鉄製の引き戸に、手を掛ける。中学のときのように周到な準備をしていないけど、鍵の心配はしなかった。
力を込めなくとも、引き戸は簡単に開いてくれる。
手探りで見つけた電気のスイッチを押してから、あたしは白線引きと石灰の袋を引っ張り出す。
石灰がいっぱいに詰まった袋は結構な重さだったけど、全然苦にはならない。
これは、あたしがやらなきゃならないことなんだから。
頭の後ろで、纏めた髪が揺れている。
それに心地よさを感じながら、あたしはグラウンドに白線で文字を書いていく。
バカキョンに分かるように、今回はちゃんと日本語で書いてあげるわ。
だから。
きちんと、見てなさいよ。
これからはずっとポニーテールでいてあげるから。
ずっと、ずっと、見てなさい。
――ありがとう、キョン。
――これからは、あんたの分までめいっぱい楽しんであげるから。
――だから、心配しないで。
【アニメキャラ・バトルロワイアル 涼宮ハルヒの憂鬱 完】
[Now -Will the scar on the mind remain forever?-]
「……帰ってきたんだ」
自分の家の扉の前。
最初に私が言った言葉が、それだった。
でも、言葉に感慨なんてない。気持ちはそれこそ曇天のように沈んでいた。
「どう説明すればいいのかしらね……」
歯を噛み締める。
あの子はきっと泣くだろう。
下手すれば藤村先生やイリヤまで泣くかも……いや、確実に泣く。
その覚悟ができていないから……私は、逃げている。
最初は衛宮邸に行くつもりだったのに、いつの間にか足は自分の家に向いていた。
ほんと、私は弱い。イヤになる。
いっそ無理を言ってでも連れてくればよかった。
話相手がいれば、少しは気分が紛れただろうに。
「Abzug Bedienung Mittelstand……」
陰鬱な気分に浸りながら鍵開けの呪文を口に出した。
すぐに靴を脱ぎ捨てて、寝室を目指す。できれば当分休んで気持ちを落ち着けたい。
けれど、それはなぜか……家の中から聞こえた足音に、止められた。
「え……?」
いったいどういうことか、考える時間さえない。
誰もいないはずの、その家に。
「もう、どこ行ってたんですか! 心配しましたよ」
エプロンをつけた桜が、本当に心配そうな表情で住んでいた。
「さ、桜……!? あんたなんでここにいるのよ!」
「? 何を言ってるんですか?
聖杯戦争が終わってから、姉さんが家で住まないかって誘ったんじゃないですか」
「あ……え、え!?」
思考が更に混乱する。
姉さん。そう呼んでくれたら、どれほど嬉しいと思っただろう。
けど、日常的に呼んでくれるほどまでには……仲良くなんてなっていない。
そんな私の混乱を少しも気遣わないで、桜はのんびりと首を傾げていた。
「時計塔から推薦状が来てましたけど、何か関係有るんですか?」
「推薦状……?」
「ええ。姉さんは聖杯戦争を優勝したんですから、当然だと思いますけど」
「なっ……!?」
「……どうしたんですか?
姉さん、本当に何かおかしいですよ……?」
本当に心配そうな顔で、桜は私の顔を覗き込んでいる。そこに、嘘とか遊びとか冗談とかはなかった。
けれど。私はそれに背中を向けて、入ってきた扉へ走り出していた。
「姉さん!? いったいどこに――」
「ちょっと……忘れ物……」
苦しい言い訳を告げて、靴を履いて走り出す。
強化魔術さえ使った自分の全速力で、広い庭を数秒も掛けずに突っ切った。
そのまま背中を確信めいた強迫観念に押されて、私はひたすら走り続ける。
流れていく風景にも気を止めず、息が上がるのも魔力が消耗するのも気にせずに。
優等生ぶるなんてことは少しもせず、一秒も休まないで私は走り続けた。
向かう先は、衛宮邸。
[Truth -Move the future -]
そうして、やっと私は立ち止まった。
目の前には、もう見慣れた門と塀がしっかりと聳え立っている。
感慨も感じる余裕も無く、息を切らせながら武家屋敷の門を開け、中へと足を踏み出した。
手入れが行き届いていたはずの衛宮邸は、所々に雑草が生え始めていた。
かと言って廃墟というわけでもない。せいぜい二ヶ月程度放置されたくらいだろう。
……二ヶ月。聖杯戦争が終わってから、ちょうど二ヶ月だ。
「来たのね、リン」
「……!? イリヤ!」
声が発せられたのは縁側から。
そこには白い少女が、のんびりと優雅に座っていた。
「だいぶ混乱してるみたいね。
何があったのかは知らないけど」
「ねえ、聞きたいことがあるんだけど。えっと……」
そう言ってみたはいいけれど、何を言えばいいのか分からない。
あまりにも分からないことが多すぎる。
そんな私を見て、イリヤはくすりと笑って……
「……シロウとリンに何があったのかは知らないわ。
けれど、この世界に起きたことは知ってる」
真剣な口調で、話し始めた。
「ある事件が起きたわ。シロウとリンが、消えてしまう事件。そして帰ってきたのはリンだけ。
けれどシロウが消えたのは、バーサーカーが死んだ後。そしてリンが消えたのは、聖杯戦争が終わった後なの。
当然、矛盾が生じるわ。
シロウがあのタイミングでいなくなったのに、シロウが最後までいた聖杯戦争の終わりを体験したリンは存在する。
だから、世界からの矛盾の矯正が行われた。
世界だって生きてるもの。矛盾は世界にとって傷みたいなもの。だから、傷を治そうと世界から力が働いたの。
シロウ抜きで、かつ私達が行った聖杯戦争にもっとも近いような形に抑止力が歴史を作り変えた。
だからリンはサクラを一人で助けて、仲良くなったことになって……
家主が死んだこの家にはもう、誰も来なくなった。タイガさえ」
イリヤの最後の言葉は、少しだけ暗くて……私も知らず知らずのうちに、歯を噛み締めていた。
納得がいかない。いくはずがない。
私がやったことじゃない。私が頑張ったことじゃない。
けれど世界は何の変わりもなく流れ、それどころか私は士郎の代わりに色んな物を得てしまっている――
それでも。イリヤは顔を下げずに、明るい顔で続けていく。
「でも、安心したら?
貴女はちゃんとセイバーに答えを教えられた。シロウと同じようにね。
世界からのプレゼントだもの、いわば天からの贈り物。
貰っておいた方がいいわ」
「…………」
答えはない。漏らした吐息は、少しだけ吹いた風にかき消された。
分かってる。返したって士郎が帰ってくるわけじゃない。
けれど……理解はできたって、納得できないことは、ある。
「……でも、だとしたらおかしいわよ。
なんであんたは、両方の記憶をしっかりと持ってるわけ?」
だから、答えを受け入れなくて、そんな言葉を出した。
それが――より陰惨な答えを紡ぐものだとは知らず。
「……単純よ。矛盾を矯正するために、大聖杯が溜め込んでる魔力が少しだけ使われたの。
だから当事者の貴女と清純な聖杯である私だけが、前の世界の記憶を保持することができた。
あんな聖杯でも、少しは力になれたみたいね」
愕然とした。
イリヤの言っていることは、つまり。
「じゃ、つまり……あの聖杯、まだ残ってるって事!?」
「貴女の取った戦法は最善よ、リン……ま、世界が矛盾を矯正するために「取らせた」行動なんだから当たり前か。
セイバーは私と契約させて貴女はランサーと組む。
さすがの英雄王だって、二人がかりじゃ流石に負けの目も出てくる。
鞘無しでセイバーが勝つには、それしかなかったでしょう。
けれど世界が矯正したのは『あなたがいなくなるまでの』世界。
つまり、未来のことを考慮に入れていない矯正だった」
「…………」
「記憶を探れば、思い出す……いえ、世界が思い出させるはずよ、リン」
イリヤの言葉を聞くまでもなく、脳裏に黒い光景が浮かんでくる。
薄暗い地下聖堂。そこにあったのは、聖杯の真実。
セイバーは遠い過去をおぼろげに思い出したかのような仕草の後、黒い聖杯を否定した。
凛とセイバーを片付けるように命じた言峰に、彼のサーヴァントの一人・ランサーが反旗を翻す。
自害しろという言峰の令呪。ランサー自身の槍がランサーを貫く瞬間、イリヤがセイバーに令呪を使いそれを阻止させる。
素早く凛と再契約したランサーに舌打ちし、言峰は英雄王にその場を任せて離脱した……イリヤという手土産を持ち出して。
撃ち出される宝具の雨と乖離剣。僅か二分の間に地下聖堂は崩壊し、戦場は地上へと移る。
そして、その後決着がつくまでに所要した時間は五分。
跡形も残していない言峰教会の前に膝を付くランサーとセイバー。それを英雄王が嘲笑い、慢心した瞬間。
凛の令呪が光り、ランサーにその宝具を通常以上の力で以って使わせた。
素早く英雄王は蔵に手をかけ、それに応えた鎖がランサーを束縛する。しかし、因果を逆転する槍は止まらない。
それでも自らの幸運により魔槍を回避した英雄王が見たものは……自らの鎧を斬り砕く『約束された勝利の剣』。
英雄王は最期まで愉悦の笑みを浮かべたまま消え、消耗しきったセイバーとランサーもまた凛に後を任せて消えた。
『大丈夫ですよリン。
私もこれから、頑張っていきますから』
そう言うセイバーの笑顔が、頭に浮かんでくる。
……そして、言峰は聖杯を起動させて。そこから。
「リンはサクラの力を借りて、コトミネを倒した……圧巻だったわ。
二人とも凄い息が合ってて、あいつを相手にさえしなかったんだもん。
けどサクラと二人がかりでも、貴方達は聖杯を破壊できなかった……仕方ないけどね。
だから、私を助けただけで聖杯は放置された。蓄えられた魔力を使うことなく。
十年経てば、起こらなかったはずの第六回聖杯戦争が始まるでしょうね。いえ、もっと早いかもしれない」
イリヤの言葉に、私は俯いた。
どこまで私は間抜けなんだろう。
結局、世界だとか抑止力だとかそんな神様じみたモノに後押しされても、私は士郎のように出来なかったんだ。
しばらくして、私はゆっくりとイリヤに背を向けた。
「どうするの、リン?」
「決まってるわ。準備するの。
きっちり優勝した後、あの聖杯を今度こそぶっ壊す。
士郎が出来なくなっちゃったことは、私が必ず……」
風に髪をなびかせて、私はそう断言した。
だって、そうするしかない。
聖杯戦争を頑張って勝ち抜いたのはアイツだ。
私に優勝者としての栄誉なんて受け取る資格はない。私が努力して手に入れたものじゃ、ないから。
だけど、返すことなんてできない。返しようがない。
こんな方法でこんな栄誉をアイツから奪ったって、ただ腹立たしいだけなのに。
そもそも、今こうやって桜と話せているのも、私が頑張っているからじゃない。
アイツが死んで矛盾が生じた結果、それこそ棚からボタ餅のようにこんな結果が手に入っただけ。
貰える物は確かに貰う主義だけど。こんな貰い方なんて、しても嬉しくなんかない
だから――貰ったぶん、ちゃんと違うものを私の手で返さないと――
「イリヤはどうするの? なんなら私の家に……」
「……家族は一緒にいるものよ、リン。貴女とサクラが一緒になれたように」
そのか細い、どこか悟ったような声で、やっと私は気付けた。
どうして、今まで気がつかなかったんだろうとさえ思う。
彼女の様子は、まるで死期を悟った動物のようだと。
「私は、長くない。
だからせめて……家族が過ごしてた家で最期を迎えたいかな……」
イリヤの声は、私じゃなく遠くに向けられていた。
私の喉まで上がってきた声は、言葉にならずに息として漏れる。
もし世界の矛盾矯正のために聖杯の力が使われたと言うなら。
その聖杯の器であるイリヤの体は……もう限界なんだ。
「……っ」
また、失うものが増える。
けれど、私はイリヤに挨拶をして、しっかりと歩き出した。
支えてくれる、人達がいる。支えてくれた、人達がいる。
それなのに立ち止まってしまうのは……きっと彼らに、失礼だ。
「エミヤくん、私ね――」
ちょうど衛宮邸の敷地を出たところで、またひとしきり風が吹いて。
それに釣られるように空を見上げ――彼の名を呼んで、誓いを立てた。
[Battle -The decisive-]
最後の、戦いだった。
闇の書内部空間。薄暗いそこで行われていた戦いは、
衛宮士郎と言峰綺礼の戦い、アルトリアとギルガメッシュの戦いと酷似していた。
紅の鉄騎の動きは、どこまでも機械的。
故に……彼女が撃ち出した鉄の燕には容赦も油断も傲慢もない。
同時に凛が返したのはディバインシューター。まるで贋物のような拙い魔弾は、たった一つさえ撃ち落とせない。
まるで出来損ない。精度が違う。技術は未熟。威力は劣化。魔力は遠く及ばない。
それでも――それでも、膝は折らなかった。
回避し、防ぎ、受け続け。それはいったい何度目の攻防か。
ついに十羽ほどの燕が直撃した。いや、直撃ではない。砕かれたのは夫婦剣。
体勢を崩さえ、吹き飛ばされながら、それでも赤色の防御壁に覆われた凛に傷はない。
それを飲み込もうとするかのように、三十羽にまで増えた鉄の燕が飛翔する。
刹那――燕の目前に比類なく美麗な黄金剣が立ちふさがり、爆発した。
幻想はより強い幻想の前に敗北する。壊れた幻想は燕を一つ残らず砕き、天井までも、空間までも砕きゆく。
凛は破壊の痕を見ない。天井も見ない。
爆破に続いて撃ち出され、地に突き刺さって輝く幻想だけを見た。
素早く駆け寄った凛が鞘から剣を抜き放つ。
逃すまいと、紅の鉄騎の武器が巨大化する。振り下ろされたそれを、鞘が輝きながら阻む。
否、輝くのは鞘だけではない。
魔術刻印に刻まれた「魔法」。その業を以って、凛は聖剣に魔力を集束させる。
黄金剣の名を、カリバーン。失われた騎士王の剣。
鞘の名を、アヴァロン。全て遥か遠き理想郷。
魔法の名を、スターライトブレイカー。星の名を冠する魔法。
聖剣の名を、エクスカリバー。星に鍛え上げられた神造兵器。
まばゆい星の光が、あたりを包み込む。
その光を見てやっと、凛はあの英霊の真名を知ったのだ。
[6 years after -Fate/stay night-]
「あー、肩こった」
腕を回しながら、私はそれなりに立派な感じの建物を後にする。
あれから、私はたまにミッドチルダとの間を往復しながら時計塔を卒業、一人前の魔術師として認められた。
その後は時計塔に自分の研究室を構えながら、たまにミッドチルダで研究者としての仕事をこなしている。
ミッドチルダでは私の世界の資料はそれほどないらしい。まあ、こっちの魔術師の基本は神秘を隠匿することだから当然か。
おかげで、第三魔法と異世界の転移を絡めれば研究することなんて腐るほどあった。
そして今日もまた、ちょっと色々と発表してきたところというわけだ。
「あんまり遅れるとリイン達が文句言うしね……」
風景はもうとっくに夜の闇に染まっている。
あくびをしながら、外で待っているだろう彼女達のところへ歩き出した。
だけど、待っていたのはリイン達だけじゃない。そこに、同業者がいた。
「あら、ユーノじゃない? どうしたの?」
「やあ、凛。たまたま僕も出席したからね。ついでだから一緒に帰ろうと思って」
車の前でリイン達と一緒にいたのは、女の子みたいな顔の美少年。
彼はユーノ・スクライア。無限書庫の司書長だ。
研究者として私の同業者であり、様々本を貸してくれる協力者であり、私の世界の内容を記した本を売る商売相手でもある。
手を上げて挨拶した私に、横からリインが口を出した。
「遅かったな」
「あ、リイン。待ってた?」
「それなりに。それより凛、周囲の反応はどうだった?」
リインは未だに私をマイスターと呼ばずに凛と呼ぶ。
いつかマイスターと呼ばせてやる、というのが私のささやかな野望だったりする。
「そこそこってとこかしら。
ま、第三魔法を絡めればなんでもウケるってわけでもないわね、当たり前だけど。
根本的に違う部分も多いから、結構現実離れしてるところも多いし」
「謙遜するなあ。
君の発表した理論のおかげで管理局の仕事がすごいスムーズになるって話じゃないか」
「そうなんだけどね……」
とりあえず車に乗りましょ、と告げて私は車の鍵を開けた。
皆が乗り込んだのを確認して、エンジンを掛けて走り出す。
周囲はもう夜。夜景を視界に捉えながら、私はアクセルを踏みつつ会話を続けた。
「あれは第三魔法の理論のほんの一部だけをミッドチルダの魔法に転用したものに過ぎないわ。
私ができたのはあくまで異世界の管理だけ。まだ並行世界の管理の手前なのよ。
ミッドチルダの技術じゃ完全に違う世界には行けても、
この世界ととてもよく似通った、けれど少しだけ違う世界には行くことはできないでしょう?
そういう点では私の研究はまだまだ終わってないの。大師父が私の前に現れてないのがその証拠。
……ま、異世界に行ける時点でじゅうぶん「魔法使い」なんだけどね。
それより、そっちの研究はどう? 確か、ロストロギアの研究って聞いたけど」
「まずまず、ってとこかな。
君の教えてくれた宝具って存在は非常に参考になったよ」
ユーノは魔法ではなくそういった古い遺跡とか物の研究をしているらしい。
宝具とかそういったものは、彼にとってそれこそ宝物のようだ。
とある執行者に現存する宝具を見せてもらったときは、彼はそれこそ子供みたいに大喜びだった……いや、子供だけど。
だからなんだろうか。
ここまでやたら学術的な方向だった会話は、急に日常的な方向に変わり始める。
「その時はリインフォースにも手伝ってもらったっけど、まだあの頃は小さくはなかったなぁ」
「そういえばそうねぇ」
「…………」
過去を懐かしむように笑顔で言ったユーノに釣られるようにして、思わず私も笑い出す。
フロントミラーを見れば、後ろでリインが頬を膨らませている。そのサイズは私よりずっと小さい。
そう、リインフォースは最近小さくなった。
まるで妖精みたいなサイズで周囲を飛び回るし、容姿も幼い。無愛想だけど。
その理由は魔力消費を抑えるために普段は体を小さくするようにした、とか。
なんだかんだ言って私を気遣ってくれてるみたいだ。
まあ、当然と言えば当然か。ことあるごとに彼女は、私があんまり情けなくて放っておけないから残ったのだ、とか言うんだから。
「アルフだって魔力消費を抑えるために姿を変えただろう。
私もそれに倣っただけだ」
「でも、小さいリインとそっくりなのはどうかなぁ……」
むくれたリインに、ユーノは顔を後ろに向けながら言葉を返した。
後部座席にいた女の子は二人。
リインの脇にいるのは、小さくなったリインとそっくりで大きさの女の子。彼女もまた、デバイスだ。
リインフォースは、暴走プログラムと共に失われた魔法を時間と共に少しずつ確実に使えるようになってきた。
それはミッドチルダ式だったりベルカ式だったり守護騎士プログラムだったりバラバラだけど、着実に回復したものは増えてきてる。
けど、修復のめどが立ってないものもまた多い。融合機能もその一つ。
小さいリインことリインフォース・ツヴァイは、それを補うために作り出されたユニゾン・デバイスだ。
逆に言えば初代の方はデバイスとしてはそれほど機能できていないため、実質的には使い魔のような状態だということも意味している。
魔力消費を抑えるようにしたのは、実は本人がそれを気にしているからだったりする。
「私からすれば双子みたいで嬉しいのですよ〜、お姉さま」
「お、お姉さまと言うのはやめろと言っただろう!」
「じゃあお姉ちゃん」
「なぜそうなる!?」
車の後部座席から聞こえてくるほほえましい言い争いに、思わず私もユーノも笑っていた。
二人はほとんど同じ容姿なのに性格はぜんぜん違う。
初代リインの方はぶっきらぼうなのに、リインUはとても素直で可愛らしい。
……まあ、感情が豊かなのはどっちも同じだ。
その証拠に、初代の方は言葉とは裏腹に頬を真っ赤に染めている始末。
そもそもUは妹みたいな感じで作って欲しい、なんてことを言い出したのは初代本人だったし。
私が笑っているのに気付いたのか、初代リインは私の方に矛先を向けた。
「よそ見するな、こちらを見るな! 運転中に危険だ!」
「いやあ、僕だったら運転しててもこんな光景は見逃さないよ」
「あ、やっぱりユーノもそう思う?」
「……ぐ」
「お姉ちゃん、落ち込んじゃ駄目なのですよ。そんなお姉さまもかわいいです」
「……せめて統一してくれ」
「ほんとちびリインには弱いわよね〜、リインって」
「…………」
あくまめ、などと初代リインが呟いた……その瞬間だった。
突如爆音が響き、炎が舞い上がる。
思わず反応して振り向いた先にあったのは、真っ赤に炎上している空港だ。
そして鳴り響く警報と、何かの魔力反応。そして慌てて飛んでくる管理局員。
私はすぐに事態を把握した。すぐに車を停止させて、外に出る。
「ちびリイン、貴女は皆を呼んで。そっちの指揮は貴女に任せる。
リインは単独で行動、現場の隊長の許可を取った後消火に務めて頂戴。私は中の要救助者を救出するから!」
「はいです、凛ちゃん!」
「了解した!」
命令を出しながら、素早く私は赤い宝石を取り出してバリアジャケットを纏った。
同時にリインが本来の姿……私と同じくらいの女性の姿に戻る。
二人が飛び立ったのに遅れて私も行こうとした矢先。
ユーノの声が、私を止めた。
「二人に任せて君は休んだほうがいい。さっき色々と仕事してきたばっかりじゃないか」
「これでも管理局の予備役やってるのよ、私。行かないわけにはいかないでしょう」
「……よく体が持つなあ」
「だからリインやヴォルケンリッターがいるのよ。冬木の管理は桜に任せてるしね」
「でも、君は並行世界の管理って魔法を目指してるんだろ?
予備役は関係無いと思うんだけど……」
思わず、立ち止まる。
ユーノの言葉はもっともだろう。
二兎を追うものは一兎をも得ず。遠坂家の宿願は、寄り道をしながら得られるほど容易くはない。
……けれど。それでも、私はもう一つの方も追い求めたいんだ。
父さんから受け継いだものと同じくらい、大切なものだから。
「本当の目的はね。
けど、死んじゃった人達から、モノを色々と貰うはめになっちゃったから」
それは、その人が頑張った結果とか。
その子が大切にしていた杖とか。
彼らが頑張って作り出した、魔法とか。
「……ムカつくのよ、そういうの。等価交換じゃないもの。
そんな理不尽な貰い方して貰ったモノの分は、ちゃんと返さないと。
だから……望んでいた夢も、叶えてやってもいいって思った」
自分の――遠坂家の宿願を捨てたわけじゃない。
けれど彼が求めた夢も彼女が持っていた意志も、魔法使いになるのと同じくらいに簡単に手に入るものじゃない。
それは自分の力を人を守るために使うという、強い心だったり。
――正義の味方という、夢物語だったり。
「それに、もうしばらくすれば私の街が大変なことになるから。
次の聖杯戦争に備えて間桐の蟲爺が何かやってるみたいだし、
桜がふわふわ浮いてる変な機械を見かけたって言ってたし。
それまでにできるだけ実力を付けておかないと、アイツを召還した時に笑われちゃう」
あの中で気付いたのだ。聖杯戦争で私の呼べる英霊は一人しかないことに。
遠坂凛が呼ぶのは、あの赤い英霊以外に在り得ない。だって、あいつはアイツだから。
だから、今度はミスをしないでしっかりと呼んでやる。そうして……伝えたい。
ユーノは以前私から聖杯戦争について聞いているからか、私の言葉に疑問を挟む事はしなかった。
代わりに。いつの間にか、スーツからバリアジャケットに着替えていた。
「ユーノ?」
「僕も手伝うよ。
これでもヴィータから逃げ切れた身だからね、戦力にはなれると思う。
僕の役割は背中を守ることだって、なのはと一緒にいて分かったからね」
「……うん、頼むわ。ちびリイン達の援護、お願い」
二人の後を追うようにユーノが飛んでいくのと、。私が愛用のデバイスに魔力を逃しこんだのは、ほぼ同時。
すぐに、赤い宝石は桜色の魔杖に形を変えた。
黄金に光る先端が、周囲に煌く星の光を反射する。
「久しぶりの実戦、いけるわよね?」
『All right, my second master』
「よし――飛ばすわよ!!!」
愛杖の答えに笑みを浮かべて、私は夜空へと飛び立った。
空港で起こった事件を、解決するために。
これから私の知りうる範囲で起こっていく事件を――解決していくために。
いくら手を伸ばしても、掴めないものはある。
……それでも、届かなくても胸に残るものがある。
同じ時間にいて、同じものを見上げた。だからこそ、覚えているものがある。
今は走り続けようと思う。一人じゃなくて、みんなと一緒に。
そうすれば、彼らが目指していたものも、きっと――
[an epilogue -Starlight-]
これは、世界のほんの片隅のお話。
人間が短い生の間に紡いだ、星から見れば塵のようなお話。
――Withstood pain to create weapons. waiting for one's arrival.
数人が欠けたところで、世界には何の矛盾も起こらない。
正義の味方も魔術師も、星の少女も消えはしない。ただ一人の少女が兼任することになっただけ。
だから世界にとって、それはただその程度のお話だったけれど。
――I have no regrets.This is the only path.
少女にとっては、とても、冷たくて、大きくて――忘れても変えてもいけない、お話で。
―――My whole life was “unlimited blade works”.
だからその体はきっと……無限の思いを継いでいた。
Fin
――後悔はある。
エミヤシロウの身勝手な夢を、大切な師であり友人である相手にまで付き合わせてしまった事が腹立たしい。
エミヤシロウとは自分の都合で親密な人さえ道連れにするものかと、憤ったこともある。
けれどその姿を見届けるうちに、思いはじめたのだ。
彼女の強い意志と、彼女が新たに得た仲間たちなら……遠坂を磨耗させることなく、オレの夢を追わせてくれるではないのか、と。
そう。
オレは、間違っていたセイギのミカタだ。所詮、オレはフェイカーだ。
けれど、彼女と言う真作を作る糧となれたのなら、オレは――
彼女は笑っていた。
使い魔をからかいながら、その反応を見て友と一緒に楽しそうに笑っていた。
彼女が冗談に付き合えるだけの余裕があるのが、嬉しい。それは、彼女が彼女自身も救えているという証だ。
彼女は、ただ正義を求めるだけのロボットになんて、なっていない。オレとは違う。
だからきっと――彼女なら、きっと大丈夫。
贋作から真作を生み出すことができたのなら、オレも間違えてなどいなかったのだと自分の胸を張れる。
今のオレの願いは、一つだけ。それは決して自分殺しなどではない。
それは、夢の続きを見ること。
本物の正義の味方が存在する、遥か遠き理想郷を夢見て。
アルトリアが、安らかに夢の続きを見ていることを願い。
無残な敗残者は勝利者を信じ、英霊エミヤは独り赤い剣の丘で静かに眠ろう――
This is un epilogue. It's an answer.
あたしが持ってるでっかい銃は、神様から奪い取ったものさ。
正義なんて吐き気がする。あんたさえいればそれでいい。
頭に輪っかはないけれど、あたしはあんたの天使様。
あんたがどんな野郎でも、今はあんたをやっちまいたくなるよ。
すべてはあんた次第だよ。死なないヤツなんて居やしないんだから。
地獄の業火よ、ブタどもを焼き尽くせ、ってな。
生れ落ちてからというもの、あたしにとってこの世は常に地獄だったよ。
たとえ奴等がどんな人間だろうと、あたしは全部やっちまいたくなるのさ。
跪きな、出来のいいオツムが乗っかってんだろ。
仲間のためを謳うなら、地の果てを目指してみなよ。
全部差し出して、思うがままにやってみな。
あたしがあんたの苦痛を消し去ってやるからさ。
神に祈るなんて無駄なのさ。だからあたしは銃を手放さない。
自分自身のために、躊躇無く引き金を引けるぜ。
これは単なるビジネス、女々しいブタに割く時間なんてないよ。
セイレーンが死の歌をあんたに歌ってくれるだろうさ。
考える必要なんてないだろ? やるかやられるか、だぜ。
泣こうがどうしようが、現実は変わらないのさ。
あたしには鋼の意志がある。あたしの行く手を邪魔するなよ。
人生の貸し分は全部返してもらうのさ。弱さなんてしゃぶって捨てちまえ。
キリスト様の後光が差すこの腐った世界で、あんたは下手を打ったんだ。
運の無い野郎だね。あたしの側から見てごらん。
燃える炎が照らし出す、力と武器が真実さ……それがすべてだよ。
MELL「Red fraction」より
◇ ◇ ◇
――あのブラッド・パーティーから、数週間が過ぎた。
一方的に招待状を突きつけられ、参加を余儀なくされた傍迷惑なゲーム。
俺はその数少ない生還者の一人として、元の暮らしに舞い戻ることができた。
そう、このロアナプラに。
「ペプシを一本」
「この街でガキの飲みモン買うたぁ珍しいな。なんだ、禁酒同盟にでも入ったか?」
「俺が飲むんじゃないよ。仕事……いや、趣味の一環みたいなものさ」
犯罪都市ロアナプラ。タイの一角に聳えるこの街は、世界政府が黙認して然るべき悪の巣窟だ。
酒、女、銃弾、麻薬、罵詈雑言……ハードボイルドを売りにしたハリウッド映画には付き物の単語が、安売りのように飛び交う。
俺は、少し前までは日本のしがない商社マンだった。死体の腐臭とも、引き金の重みとも無縁の生活を送ってきた。
それが一転して、今じゃ立派な悪党の仲間入りだ。どう人生を転んだって、こんな顛末を辿る人間はいない。
それに加え、最近じゃあ次元間規模の殺し合いまで経験してしまった。
人生経験は富みより貴重と言うが、あんな地獄は二度と御免だ。
もし第二幕を開こうとしている人間がいるなら、俺は飛んでいってでもそいつを殴り倒す。
……そうだ。人間は変わる。
善人が悪人に、悪人が善人に、俺が突如としてトリガーハッピーになる未来だって否定できない。
ただ、限度はある。いくらなんでも、スーパーマンがゴジラと協力してNY市街を破壊するなんてストーリーは認められないだろう。
なら、俺は?
商社マンが悪人の街で暮らし始めたとして、俺はどこまでブラックに染まることができる?
たまにゃ御法に触れることもする――俺がラグーン商会に飛び込む際確認したのは、たったそれだけだった。
あのとき俺は、悪人と善人の境界線に、つま先を踏み込んだ程度の覚悟しか持ち合わせていなかった。
人は生まれながらに良心を抱いている。それがどこで磨耗し壊れるかは、生き方しだいだ。
俺はどうだ? 俺はまだ、あまっちょろい悪党見習いか? 銃も撃てない偽善者か?
ガルシア君に同情し、双子の幸せを願い、そしてあの世界ではクソッタレジジイを殴り飛ばしたいと心の底から願った。
今の俺は、レヴィという名のお守りを失ったやんちゃな赤ん坊だ。
親の目から離れた赤ん坊がどんな人生を送るかなんて、子持ちじゃなくても想像できる。
ただでさえ、ここはロアナプラなんだぜ?
どんな生き方をするのが一番利口か、いいかげん理解しようぜ。
なぁ、ロック――――。
◇ ◇ ◇
昼。ロアナプラ市街のある一角。
住人不在の廃棄されたボロ屋の入り口に向けて、ワイシャツにネクタイで身を固めた青年が歩を進めていた。
傍目から見て、就職活動に繰り出す大学生か訪問販売に出たセールスマンの印象を受ける。が、どちらもこの街では異質な存在だ。
元の世界に戻ったとて、彼のファッションに特に変化はなく。
今は亡き相棒が残したあの悪趣味なアロハでさえ、住まいのどこかに眠っている。
ホワイトカラーは彼の代名詞でもあり、お気に入りだった。
一缶のペプシと未開封のマイルドセブンを一箱持って、ロックはボロ屋の扉を開く。
この貧相な建物は、彼の所属するラグーン商会のアジトではない。縁も所縁もない空き家である。
だというのに、我が家に帰るような様子でそのボロ屋に入室したロックは、中を見て思わず目を疑った。
ロックの帰りを出迎えたのは、数にして三人。男が二人、女が一人。
色の濃いサングラスにスキンヘッド、屈強な筋肉をこれでもかと誇示する大柄な黒人の名は、ダッチ。
線の細い体つきに、ぼさぼさの髪型。陽気なアロハシャツを携えた無精ヒゲの男の名は、ベニー。
ダッチとベニー。二人とも、ロックと同じラグーン商会のメンバーである。
そして、もう一人。
ボロ屋を支える支柱の一つに荒縄で身を縛られ、むくれっ面を見せる少女がいた。
歳は10かそこら。おそらくはルーマニア系。容姿は変態が好みそうな整った顔立ち。
この少女に、名はない。
「……ダッチ、今すぐその子の縄を解くんだ。その子は俺たちを襲ったりはしない。そうならないよう教育されているんだ」
ロックは若干青ざめた顔で、仕事仲間であるはずのダッチにそう語りかけた。
その表情からは、どこか警戒心のようなものが窺える。周囲一帯の空気も、妙に張り詰めているようだった。
「だろうな。俺がふんじばろうとしても、このガキまったく抵抗しなかった」
「なら――」
「だがなロック。事はそういう問題じゃねぇんだ。こいつが俺たちに危害を加えなくても、火の粉は降りかかる。
厳密に言うと、このお嬢ちゃんと、このお嬢ちゃんに構ってやがるテメェが原因でだ」
ロアナプラの住人といえば、気性が荒く、敬語も満足に扱えぬような荒くれ者ばかりだ。
そんな荒くれ者どもの中でも、ダッチは極めて稀な、良識人の部類に入る。
無闇に罵声を飛ばしたりはせず、いついかなるときもクールに物事を進める。
そんなダッチが、声に明らかな怒りを含めてロックと対峙している。
「……重々承知のうえさ。だからこそ、この件はダッチにもベニーにも話さなかった」
「いいや、わかっちゃいねぇなロック。おまえがこのお嬢ちゃんを匿うってことは、俺たち全員の問題だ。
ただでさえ、相手にしてるのは世界で一番おっかない女なんだぜ。睨まれただけで卒倒もんのな。
奴等はガキの悪戯を小事とは考えねぇ。吐き捨てた唾が、そのまま戦争の引き金になっちまう。
根っからのソルダートなんだよ。いつもの調子で善意を働かせてるってんなら、とんだ筋違いだぜロック」
説教……いや、これは忠告だった。
これ以上先に足を踏み入れてはいけない、おまえはボーダーラインのギリギリに立っているんだぞ――という、ダッチの仲間に対する思いやり。
それを正面から受け止めてなお、ロックの決心は揺るがない。そもそも、こうなることは想定していた。
ダッチにもベニーにも頼らず、自分一人でここまで事を進めてきたのは、今回のゲームに味方は望めないと覚悟していたからだ。
「……ダッチ。あんた、人を殺したことはあるか?」
緊張感の続く視線を介し、ロックがふとそんな質問を投げかけた。
「そりゃなんのジョークだ? この街の住人にそんなこと訊くなんてなぁ……『足し算はできるか?』って訊くくらいクソのつまらねぇ質問だぜ」
「ダッチ、俺は答えが欲しいんだ。それがおもしろい、つまらないなんてのはどうだっていい」
ロックのいつにも増して真剣な様相に、ダッチは笑いかけた口元をキュッと閉ざす。
――趣味に没頭するときのロックは、いつだって本気だ。そんなことはとっくの昔に知っている。
「……答えはイエスだ。相手のどてっ腹に風穴開けたこともありゃ、RPGで脳漿ブチ撒けさせたことだってある」
「そうか……そうだな。やっぱりあんたは、こっち側の人間だ」
一言二言交えると、二人はそのまま黙り込んだ。
睨み合うでも掴みかかるでもなく、ただ何も語らず、同じ空間に存在して己を保っている。
静寂は人を殺す。何もしない、何もしようとしない静けさは、他者には理解できない。仲間でさえ。
ロックはただ、その場に佇んで考え事をしていた。必死なまでに。
「……腹が減ったな」
不意に、ダッチがそんな言葉を口にする。
「ベニー、そろそろ昼時だ。後のことはおまえに任せるぜ。なにせ、『カオハン』のチャイナ・ボウルは売り切れるのが早い」
「了解。ロック、僕らはピザでも頼もうか。ランチを取るにはちょいとばかし埃っぽい場所だが、外で食べる気分じゃないだろ」
腕時計の短針は、昼時を告げていた。
二人の狙いすましたかのような提案に息をつきながらも、ロックはボロ屋を出ていくダッチの背中を見送る。
続けて、ベニーがピザ屋に電話をかけに外に出ている間、ロックは柱に縛られた少女の拘束を解いていた。
ロックの身長の半分ほどしかない低い背丈、乱雑で手入れの後も見受けられない栗色の髪。
顔立ちは見事だが、育ちはよくなさそうな――少女からは、そんな印象を受けた。
「ごめんな、痛かったろう? さぁ、これで自由に――ぶふぇ!?」
「――畜生! あンのクソオヤジ、人が抵抗できねぇのいいことにやりたい放題やりやがって!
あの命令がなかったら、今ごろケツ穴増やしてヒィヒィ言わせてやるところだぜ!」
拘束からの解放と同時に、ロックは自由になった少女から、八つ当たりの鉄拳を貰い受けた。
歳不相応な、それでいてロアナプラの住人としては花丸を上げたい出来の罵声が、ナチュラルに飛び出す。
血に飢えた瞳と、血色のいい溌剌とした表情。ロックは、少女にある女性の面影を重ねながら――改めてこう思った。
ああ、似ているな、と。
「……お怒りはごもっとも。今回は俺の仲間が悪いことをした。だけど、とりあえず胸ぐらを掴むのはやめてくれないか?」
「あぁ!? そりゃなんの冗談だ?
ロック、あんたにゃ感謝してるがよ、今のあたしはテールライト並みに真っ赤っ赤になる寸前なんだ。
今すぐあのスキンヘッドにブチ込みてェ気分だが、あいにく命令違反になるからそれはできねェ!
なんだったら、このままのボルテージで『ホテル・モスクワ』に突攻してやっても…………痛ぅっ!?」
ロックの胸ぐらを掴みながら息巻いていた少女が、急に悶絶し痛みを訴え始めた。
腹部を押さえている様子から見て、どうやら怪我をしているらしい。
「言わんこっちゃない。君は怪我人なんだから、もう少し大人しく――」
「るせェ! 大人ぶるンじゃねェよこのホワイトカラーが! もういい、知るか! あたしは出ていくぜ!」
「あ、おい!」
「ついてくンな!」
ロックの制止を振り払い、少女はぶっちょう面をさげたままボロ屋を出て行ってしまった。
追い縋ろうとした手が虚しく引っ込む中、入れ違いに戻ってきたベニーが、目を白黒させてロックに尋ねる。
「彼女、勝手に行かせちゃっていいのかい? 匿っていたんだろう?」
「……あとで、探しに行く」
やれやれと頭を俯かせながら、ロックは盛大に溜め息をついた。
◇ ◇ ◇
男二人、チーズ特盛のミックスピザに食らいつきながら、会話を進める。
と言っても、会話はベニーが尋ねてロックが答えるだけの質疑形式。
ロックが独断で行った今回の一件については、ダッチもベニーも深くは関与していない。
が、見過ごすわけにもいかないのが厄介なところ。それゆえの質疑である。
「彼女がどんな境遇に置かれている人間で、誰を敵に回しているか、どれくらいまで把握してるんだい?」
「……全部、知っているさ。その上での覚悟だ」
「だとしたらロック、君はとんだ大バカだ。赤ん坊を庇いながらケサン基地に乗り込む母親がいるとでも?」
「いない、だろうな。このまま抗い続けたら、俺には遠くない未来、ミートパテになる運命が待っている」
「そこまでわかっていて、なぜ? 同情かい?」
「……」
ロックの言葉が、不意に途絶える。
ややあっても答えは返ってこず、ベニーが再度言葉を紡いだ。
「ロック、もし君が双子のときのやり直しをしようとしているなら――悪いことは言わない、手を引くべきだ。
人食い虎を元の温厚な子猫に戻すなんて芸当は、どんなに優秀な調教師だって不可能なんだよ。
ましてや、眼前では野生の獅子が見張ってる。綱渡りなんてレベルじゃない、信念を貫くにはリスクがデカすぎる」
ベニーの忠告を受けて、ロックはまた沈み込んだ。
食べかけのピザを手に持ったまま、俯いた視線をひび割れた床に向ける。
数々の逆境を乗り越えてきた彼からは想像もできないような、陰気な面構え。
彼女なら、見かけた途端に殴り倒していたかもしれない。
「彼女、ベレッタを使うそうじゃないか。それも二挺拳銃(トゥーハンド)」
ベニーは残り1ピースとなったピザに手をつけながら、小さな声でそう囁いた。
「ロック、これは僕の勝手な憶測の上に、君のプライドを傷つける要因にもなりかねないが……言わせてもらう。
彼女をレヴィの後釜にしようとしているんなら、諦めるんだ。
君がどれほどレヴィのことを引きずっているかは知らないが――」
「それは杞憂だよ、ベニー」
ぽてっ、と。ロックが手にしていたピザのひとかけらが、埃塗れの床に落ちた。
ロックは静かに立ち上がると、「あの子を捜してくる」とだけ言い残し、ベニーには一瞥もくれずボロ屋を出て行こうとする。
ベニーには、その思いつめた背中を見送ることしかできなかった。
「あぁ、そうそう。一つ聞き忘れてた」
去り際、ロックが振り返らぬままベニーに質問を投げかける。
「ベニー、あんたは人を殺したことはあるかい?」
「……あいにく、他人の眉間に鉛玉をブチ込む趣味は僕にはない。
だが、僕だってなんだかんだでロアナプラにいる人間だ。それ相応のことはやってきたさ」
「そうか」
答えを得ると、ロックはそのままボロ屋から退出した。
結局最後までベニーと視線を合わせようとしなかったところが、どこか虚しく、仲間の心配を誘う。
「どんな英雄譚に感化されてきたかは知らないが……自分の立ち位置を見誤らないことだ、ロック」
誰もが自覚している。自覚しなければ、ここにはいられない。
ここはロアナプラ。ここにしか存在しない、この世界特有の街。
◇ ◇ ◇
――バトルロワイアル。ギガゾンビはあの殺し合いのゲームを、そう呼称していた。
ロボットや吸血鬼、魔術師に亜人まで……今を思えば、異文化交流の極みだったな、あれは。
悪夢から覚めた後の現実ってのは、かくも淡白なものだった。
記憶も事実もそのままに、元の世界に帰された俺は、それ以後他のみんながどうなったかなんて知らない。
両親を失ったしんのすけの将来、事の発端であるギガゾンビの処遇、俺に行く末を知る術は与えられていない。
気になることは他にも山ほどある。
エルルゥが気にかけ、皇を失ったトゥスクルのその後。北条沙都子や園崎魅音が帰りたいと願った雛見沢のその後。
どちらも、飛行機を飛ばしたって辿り着けない場所にあるんだろうな。
俺の知っている日本にも、春日部はあった。だが、そこに野原しんのすけは住んでないい。
みんな、バラバラになっちまった。帰るべき世界に納まって、よろしくやってることだろう。
いや、なにも放浪癖が生まれたわけじゃないさ。ただ、俺はあそこでなにかを植え付けられちまった。
それがなにか、確かめたい。でも具体的な方法が見つからなくて、足掻いてる。
……その末路が、現在の状況だ。俺は今、とんでもない泥沼に嵌ってる。
ロアナプラへの帰還後、俺はダッチとベニーに事の説明を求められた。
連絡もよこさず数週間どこ行ってやがった……って。俺があっちにいたのは僅か二日足らずだが、少しばかり時差が生じたらしい。
タイムパラドクスの弊害ってやつだろうか。二人の話によれば、俺とレヴィが消えたのはほぼ同時期。
ついでに言えば、あの双子やロベルタのことも、二人の記憶にちゃんとあった。
仮面の変態に拉致されて殺し合いに参加させられてた。って馬鹿正直に答えてもよかったんだがな。
残念ながら、俺は脳異常患者として仲間に冷たい目で見られる趣味はない。なので、真相は暈しておいた。
ただし、レヴィの死については正直に伝えた。
最後の最後まで勇猛にカトラス振るいながら死んだ、ってね。
もちろん、二人はそんな説明で納得などしなかった。
だがどんなに説明を求められたって、殺し合いをやっていたと証明する術がないのだから仕方がない。
俺は今日まで黙認を続け、前よりも少し微妙になった空気の中で、生を謳歌していた。
ラグーン商会の稼ぎ頭である女ガンマンと一緒に姿を消し、一人だけ戻ってきた男。そりゃ居た堪れないさ。
レヴィの死が尾を引いていないといえば嘘になる。
俺をこっちに引き込んだのは紛れもなくレヴィであり、彼女には何度も命を救ってもらった。
気休めに傾けた鎮魂のグラスも、死者の魂を呼びよせる儀式にはならない。
レヴィの死に際に立ち会えなかった俺には……もう、なにも知ることはできない。
しんのすけやエルルゥが味わった消失感とは違う、どこか冷めた感じの虚無感が胸に蟠っている。
この妙な気持ちも、今の泥沼に嵌った一因なのかもな。
「よぉーロック。しけたツラしてんなぁ。色男が台無しだぜ?」
あの子を捜して街を練り歩く最中、聖堂女の制服を着たシスターに声をかけられた。
シスターといっても、煙草をくわえ、サングラスをかけた不良シスターだ。
「……エダか」
「聞いたぜぇーロック。レヴィと地獄に駆け落ちして、一人だけ生還したんだってぇ?
や〜るじゃないの。さすがはあたしが惚れ込んだ男だ」
「ふざけるのはよしてくれ。悪いけど、今は冗談につき合える気分じゃないんだ」
「ヘーイ、どうしたってんだよロック。冷たいじゃないのさ〜。
こちとら貴重な酒飲み仲間がおっちんで寂しい思いしてんだ。ちょっとくらい付き合ってくれたっていいじゃないの」
ロアナプラの一角に立つ暴力教会。おかしなことに、こんな街にも教会はある。
教会といってもそれは表の顔だ。裏の顔は、ロアナプラで唯一武器の売買を公認されている手配屋……うちもよくお世話になっている、顔馴染みだ。
特にこのエダは、レヴィとも個人的に親交を持っていたらしい。
おともだち、なんていうお上品な間柄ではないだろうが、彼女の死に無関心なはずはない。
「こいつぁ風の噂で聞いたんだがよぉ、なんだかまた面倒なことに首突っ込んでるらしいじゃないかい。
なんなら、レヴィの代わりにあたしが力貸してやってもいいんだぜ? 高くつくけどよ」
「遠慮しておくよ、エダ」
素っ気なく返し、俺はエダの脇を通り過ぎようと歩を進めた。
今はとてもじゃないが、彼女の軽口に付き合ってやれる気分じゃない。
レヴィのこともそうだが、今はあの子のことで頭を悩ませっぱなしだ。
抱え込まなくていい面倒事を自ら呼び込み、己の首を絞める。つくづく、俺は早死にするタイプだと思う。
ただ、これは俺の性分だ。今さら変えられるもんでもない。
……もしかしたら、うつしちまったのかもな。
レヴィに、こんな俺のどうしようもない性格が。
「そうだエダ、一つ馬鹿な質問に答えてくれないか?」
「あーん? なんだい?」
「人を殺したことはあるかい?」
「ぶひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃははははははは!」
◇ ◇ ◇
エダへの質問を爆笑で返された後、俺は港の付近で件の少女を発見した。
埠頭に座り、ただぼんやりと海を眺めている。
既に空は茜色に染まっており、水平線の彼方に、太陽の沈む光景が映し出されていた。
水面を見つめる少女の瞳は、覗き込むのもおこがましいほど無垢で、まだ子供なのだということを実感させてくれる。
「海が好きなのか?」
「……なんだよロック、あんたも随分構うじゃねーか。こんな厄介者、とっとと手放したほうが身のためだぜ」
声をかけ、返ってきた言葉は、どこか懐かしい。
ああ、そうだな。
ベニーの憶測を肯定するわけじゃないが、彼女は確かに、レヴィに似ている。
――数日前、俺がこの港で拾った少女。彼女に名はない。俺が知らないのではなく、誰にも名づけられたことがないのだ。
発見当初は、それはそれは酷い有様だった。弾丸に射抜かれた腹部は血に塗れ、死の淵に立たされた状態。
誰にやられたのか、そもそもこの少女は何者なのか、そんなことを考えるより前に、身体が動いた。
俺が彼女について知ったのは、彼女の怪我が安静にしていれば問題ない程度にまで回復してからだった。
双子の再来――極一部じゃ、この一件はそんな呼称で面白おかしく話題になっている。
ルーマニアの政変以後、施設から闇社会に売られていった多くの子供たち。彼女はその中の一人だった。
そんな哀れな少女が、二挺のベレッタを携えこのロアナプラにやってきた理由……それは、彼女に与えられた『命令』を果たすため。
ホテル・モスクワのバラライカさんに喧嘩を売れ、という荒唐無稽な命令に。
かつて、同じ目的を持ってロアナプラを震撼させた子供がいた。
あの殺し合いにも参加していた双子――ヘンゼルとグレーテルは、変態どもの享楽に付き合わされた末に化けた、快楽殺人者だ。
だが、この少女は違う。幼少の頃から授業という形で人の殺し方を学び、主の命令を忠実に実行するよう教育された。
それがたとえどんな命令でも、必ず遂行する。子供ながらに、子供だからこそ、逆らえないように。
いわば、調教を施された精巧な殺人マシーンだ。彼女は殺人に快楽を求めない。だから、標的外のダッチには抵抗しなかった。
彼女の標的は、このロアナプラの裏を牛耳る一人、バラライカさん含めたホテル・モスクワの構成員全員。
奴等を皆殺しにしろ。
そう、誰かが指示した。かつての双子を仕向けたヴェロッキオのように。
彼女と双子が違う点は、殺人に快楽を求めないこと、命令に忠実なことと、もう一つ。感情の起伏が激しいことが挙げられる。
ダッチの横暴に怒りを表し、またその怒りを抑制することもできている。
命令を命令と割り切り、標的以外は狙わない。行動だけ見れば、立派なプロの殺し屋だ。
単なる快楽殺人者にならないよう調整したのは、裏社会における厄介ごとを背負い込まないためだろう。
ここでは、無闇な殺しが波紋を呼ぶ。依頼者の望む望まないに関わらず、うっかり対象外の人間でも殺してしまったら、
今度はその人間の組する組織に睨まれることになる。この子の教育者は優秀な反面、どこか程度が低く思える。
……つまりだ。
俺は今、ロアナプラの大ボスとも言えるホテル・モスクワのトップ、バラライカさんの敵を匿っている。
これが自殺行為にも等しい愚かな真似だってことは、重々承知している。
俺は今、狙撃兵にスナイパースコープで覗かれている状態だ。あとは弾が飛んでくればアウト……。
今回ばっかりはヤバイかもな。レヴィはもちろんのこと、ダッチもベニーも突き放して、俺は単独で動いている。
どう考えたって無謀だ。なのに、不思議と引き下がる気にはなれない。
つくづく思うよ。どうして俺は、こんなに命知らずなのかってね。
「なぁ、もうそろそろやめにしないか? ホテル・モスクワは君が考えているほどガードの緩い組織じゃない。
仮に命を捨てる覚悟で挑んだって、返り討ちに遭うのが関の山だ」
「またその話かよロック。説得……ってのをしようってンなら無駄だぜ。あたしは退かねェ。
あたしは、お天道様の下歩いて暮らしてきたあんたとは違うンだ。機械みたいなもンよ。
与えられた命令をまっとうする。命なんてのはその代価でしかねェ。飛ンでったら戻ってこねェ弾丸と同じさ」
「自覚しているうちは、まだ歯止めが利く。君は弾丸とは違うんだ。標的から逸れる意志を持ってる」
「鉛の玉が勝手に道を逸れるって? ハッ、そんなことが許されるかよ」
「許すよ。俺が許す」
「……つくづくハッピーな野郎だなぁ、あんたは」
ハッピー、か。ま、そうかもな。
俺がやろうとしていることは、蛇に睨まれた蛙を救済しようとしているのと同義……ただ、俺の立場は蛙よりも弱い蟻だ。
それを理解していながら――勝算皆無と知りながら――俺は俺の望む結果を導き出そうとしている。
ガキだな、ロック。バニラアイスより甘ったるい、ガキの考えだ。反吐が出らぁ。
……最近、前にも増して自虐的になってきた気がする。ここらへんが境界線なんだと、認識させられる。
「? なんだそりゃ、見ねぇ銃だな。カスタムか?」
少女が覗く傍ら、俺は懐から一丁の銃を取り出した。
グリップ部に二本のサーベルとドクロのマークが装飾された、こじゃれた銃。
俺があの世界から、唯一持ち帰ったものだった。
「ベレッタM92カスタム……通称ソード・カトラス。君も愛用しているベレッタのカスタム銃さ」
「なんだよロック、イカした銃持ってンじゃねェか。やっぱホワイトカラーでも悪党は悪党ってわけか?」
「あいにく、俺は銃を撃つのも持つのも趣味じゃなくてね。これは形だけの……そう、モデルガンみたいなものさ」
なんだよつまんねー、と返す少女に、俺は苦笑を漏らした。
――ギガゾンビ城での戦いで、レヴィが最後まで握っていたソード・カトラス。これはその復元品だ。
復元といっても、あの世界は地球破壊爆弾で木っ端微塵に砕け散ってしまった。原型など残ろうはずがない。
なのでこのカトラスは、一から作りなおした別物と言ってしまっていい。
見てくれは銃だが、引き金を引くことも、弾を装填することもできないよう作りなおされている。
こうやって女々しく携帯しているのも、レヴィの遺品としての意味合いが強い。
気に入らないことがあれば、カトラス振るって大暴れ……そんな、少年海賊みたいな真似が、俺もしたかったのかもしれない。
「知ってるかい? 世の中にゃ、銃じゃ解決しないこともあるんだぜ」
「あぁ? なんだそりゃ」
呆れた声を出し、少女は溜め息をついた。いいかげん、俺の小言にもうんざりしてきたのかもしれない。
おせっかい焼きってのは、そう簡単に受け入れられるもんじゃない。この子みたいなタイプならなおさらだ。
「あんたの言いたいことはイマイチわかんねぇけどさ。あたしは振り上げた拳を降ろすつもりはないぜ。
……ま、それでもあんたにゃ借りがある。怪我もあるし、もう一日くらいは大人しくしてやるさ。
命令の邪魔するヤツはウザってェが、役に立つヤツは利用してやって損なしだ……って教わったんでね」
「そいつぁ立派な教えだ。君の教育者は、どこか平和な街で教師になるべきだな」
「……機会があったら、伝えといてやるよ」
そのときだ。ゆっくり立ち上がった少女に凶弾の銃声が降りかかったのは。
◇ ◇ ◇
少女の身が揺れる。額から真っ赤なシャワーを噴き出し、物言わぬまま前倒れになる。
一秒後には、もう死人が完成していた。脳天に一発ブチ込まれて人生終了。あっけない最後を、俺は見届けた。
潮の香りがする埠頭全体を、血と硝煙の臭いが包み込む。気分は一気に最悪だ。
俺は弾丸の射出先に目をやる。そこには、身を震わせながら銃を構える、小太りの男が立っていた。
「……なん、でっ!」
「し、知らなかったんだ! お、俺はなにも、依頼主がよりにもよってホテル・モスクワに喧嘩吹っかけてるなんてことも!
あいつらはやべぇ、やばすぎる! とばっちりが俺にまで回ってこねぇとも限らねぇ、いや、絶対回ってくる!
おお俺はただ、おもしろおかしくガキどもを調教できればよかったんだ! あんな奴等に喧嘩吹っかける気はなかったんだよ!」
少女を撃った男は、錯乱しているのか呂律の回らない口ぶりでなにやら弁明している。
だが――ああ、クソッタレ。知ったことかよ。
あの子は、この男に殺された。見るべき結果はただそれだけだ。
あるのかよ、こんな胸糞の悪い終わり方が。
双子とは違う。なんの望みもなく、支えにしていた命令さえ果たせず死んだ。
こんな……ことがあってたまるかよッ!
「な、なんだ!? や、やるってのかよ!」
気づけば、俺はカトラスの銃口を男に向けていた。
ああ、馬鹿だな。こんな模造品を向けてる俺も、その模造品にビビってるあいつも。
――ロアナプラに吹き溜ってる連中は、どいつも皆、くたばり損ないだ。
――墓石の下で虫に食われてる連中と違うところがあるとすりゃ、たった一つ。
――生きるの死ぬのは大した問題じゃねぇ。こだわるべきは、地べた這ってくたばることを、許せるか許せねェか、だ。
ああそうだよ、他人の死なんてクソの役にも立ちゃしない。ここはそういう街さ。
けどな、俺にはそれが我慢ならねぇ。
子供も大人も皆平等で、死にながらに生き永らえてる。ダッチも、エダも、バラライカさんも、あの子だって!
ああそうさ、俺はどこまでいったってホワイトカラーの日本人だ。ロアナプラの連中とは違う。
連中のようになりたいとも思わない。だけど、俺はここにいる。岡島の性より、ロックの名を取った!
そんなことは最初からわかり切ってたのさ。だから俺は、俺なりに割り切ろうとした。双子の一件がそうだった。
でもなぁ、俺はあそこで浸かっちまったんだ。思い出しちまったんだよ!
――死んじゃったら大人になれないよ?
命は尊いものだって、救える命があるってことを教わっちまった。
俺は、あのときはまだロアナプラの住人でいられた。北条沙都子を切り捨てようとした俺は……!
みんなが助かる上での最善の方法を考えるだとか、願った結末に導くための取捨選択をするなんてのは、腐った大人のやることだ。
それをアイツは、しんのすけは真っ向から否定しちまった。
しんのすけだけじゃない。ドラえもん、ハルヒ、ゲイナー、ゲイン、トグサ、凛、フェイト、誰も諦めたりなんてしなかった。
割り切ったり妥協したりなんて考えは持っちゃいない。最高の結末を望んで、それを掴み取った。
笑っちまうよな。俺もその一員だったんだぜ? なのに、元の世界に帰ればこのザマだ。
女の子一人救えない。ただ命の綱渡りを楽しんでるだけのド変態だ。
クソッタレなブラッド・パーティー? 子供を交えた殺し合い?
なに言ってやがる。ロアナプラのほうが、帰ってきた現実のほうが、よっぽど地獄じゃねぇか!