『トグサさんは僕と違って戦闘能力があります。今後生じるであろう戦闘に備えておいてください。
ドラえもんも怪我をしているみたいだし、ドラえもんの未来知識はどこかで活用できる機会があるかもしれない。
でも、僕は……僕だけは、何も無いんですよ。戦闘能力も、知識も、特殊な技術も。
だから、誰がしても良い作業ならば……それは、僕がすべきなんですよ。
いえ、寧ろ僕にやらせて欲しい。僕だって、皆のために、あの仮面の男に一矢報いるために、なにかをしたいんです。
これ以上犠牲者を出さないための、何かを!
だから……僕が、装置を作ります。作らせてください!
そのために、ずっと機械類の構造を把握するべく解体作業をやっていたんですから。
今なら、きっと僕が一番うまく技術手袋をつかえるんです!』
「ゲイナー君……」
彼の熱い想いに、思わず彼の名を呟いてしまう。
ゲイナー君、ごめんよ。僕は君の事を勘違いしていたみたいだ。
君が放送を見なかったのは、その僅かな時間も惜しんでいたからなんだね。
君は、君なりに心を痛めていたんだね。
君は人知れず、自分の出来ることを探して、それを一生懸命頑張っていたんだね。
君がこんなにも熱い心を持っていてくれて……僕は、なんだか嬉しいよ。
『でも、それじゃ凛さんやゲインさんにも話しておいた方がいいんじゃあないの?』
『凛さんは「そういう機械系統の問題は苦手」だそうでして。ゲイン達には……後で、目処が立ち次第報告しますよ』
『分かった。じゃあ、首輪解除機の製作はゲイナーに任せるが……あんまり無茶するなよ?
お前がへばっちまったらしょうがないんだからな?』
『ありがとうございます。……でも、僕が死んでも、代わりは居ますから……』
「何?」
僕とトグサさんは、思わず顔を見合わせる。
『ところで、さっき聞きそびれたんですが……先ほどの放送で伝えられた死者は何人で、誰と誰だったんですか』
『え、ああ、死者は8人だったよ。
のび太君や 劉鳳さん、 エルルゥさん、水銀燈が死んだのは分かっていたけれど、
その他にもセラスさん、魅音ちゃん、沙都子ちゃんと、それに峰不二子って人が死んでしまったらしいんだ……』
『それじゃあ、残りは14人。内、僕らの仲間と言える人数が13人。で、残りが14回……うん、ギリギリだけれど何とかなる』
『? 何の話だい?』
『ああ、技術手袋の話ですよ。回数制限があるから、無駄に乱用は出来ませんからね。
とは言え、材料の確保に一回は使わざるを得ませんでしたから、先ほどは使ってしまいましたが……
残り人数がそれだけなら、後二回、首輪解除機とジャミング用の電波撹乱機の分は確保できそうですね』
『ああ、そうか。皆の首輪を取り外すことを考えれば、残りの仲間人数分は回数を確保しておかないといけないんだね』
『ええ。非情なようですが、残り人数が減れば、それだけ技術手袋を使える回数が増え、首輪解除機等を作る余裕が出る……皮肉なものですね』
『だが、ちょっと待てよゲイナー。計算がおかしくないか?
仲間の数が13人で、残り使用回数が14回なら、使える回数は後一回だけだろ?』
『いえ、違います。残り使用回数から引くのは、“僕以外の12人分”でいいんです。14−(13−1)=2 でしょ?
「ゲイナー、お前……!!
「自分が犠牲になるつもりなの!?」
僕とトグサさんは思わず画面から目を離し、ゲイナー君に詰め寄った。
でも、ゲイナー君はさも当然かのように、キーボードで文字を綴る。
『ええ。だから、この話はお二人には是非聞いておいて欲しかったんです。
あと、僕にもしものことがあれば、その空いた一回分をお二人に有効に活用して欲しい。
これはある意味当然の、最も合理的な判断ですよ。言ったでしょう? 僕には何も無いって。だから、せめて皆の役に立とうと思って……
以上が僕の希望です。……ということで、後はお願いできますか?』
ゲイナー君がそのメッセージが打ち終わらない内に。
――ゴン!
鈍い音が室内に響き渡った。トグサさんの拳骨がゲイナー君の脳天を直撃したのだ。
「子供が調子に乗るんじゃない!」
「い、痛いッ! お、大人はすぐそうやって!!
それに大体、こうする以外に道が無いじゃないですか! 誰かが犠牲になるなら、能力的に低いものが――」
「なら、お前はしんのすけ君を犠牲に出来るのか?」
「――!! そ、それは……」
ゲイナー君が反論に詰まる。
「そうやってすぐに視野を狭めて、格好つけて自己犠牲に陶酔してるからガキだってんだよ。
自分が綺麗に死んでそれで満足してる内は子供なんだ。
汚い手使っても、格好悪くても、最後まで諦めずに足掻いてこそ一人前なんだよ!」
「で、ですが……!」
殴られた頭を抑えながら、ゲイナー君がモニターの方に向き直る。
興奮しているみたいだけど、そこはちゃんと冷静なようだった。
『ですが、でもそれじゃあどうするって言うんですか!? どちらにせよ使用回数から考えれば、最低ひとりは犠牲にならざるを得ませんよ!』
『いや、まだ分からないぞ。長門の隠したデータの中身が分からない以上、全てを決め付けることは出来ない。
もしかしたら、首輪の遠隔操作や電波遮断に関しての情報が入っているかもしれないし、それで手袋の使用回数を節約できるかもしれない。
過度に楽観的になるわけには行かないが……かといって、望みを捨てるにはまだ早すぎる』
トグサさんはそう画面に打ち込むと、改めてゲイナー君を見る。真剣に。
「いいか、ゲイナー。お前が皆の為に頑張ろうって考えるのは良いことだ。凄く、な。
だが、だからって自分を蔑ろにするのは止めろ。
自分の命を粗末にするのは、死んでいった者に対する侮辱だ。
志半ばで死んじまった奴等の為にも……お前には生きる義務がある。
だから……軽々しく自分の命を投げ出すような真似は止めろ。わかったな?」
まっすぐにゲイナー君の目を見据えるトグサさんは、大人の顔をしていた。
対するゲイナー君は、おどおどと目を逸らす。
「ぼ、僕だって別に死にたいと思ってるわけじゃ……!そ、それに結果的にはまだ死ぬと決まったわけでもないし……!」
「馬ぁ鹿!」
――ゴン!
「痛い! またぶった!」
「だからガキだって言ってんだよ。こういうときは素直に『ごめんなさい』って言っとくもんなんだよ!」
そう言いながら、トグサさんはゲイナー君の頭を鷲?みにする。
「ほら、言ってみろ。『ごめんなさい、もう死ぬなんていいません』ってな!」
「またそうやって子供扱いするッ……!」
「まだ殴られ足らないのか? ほら、早く」
「う……わ、分かりましたよ、言えば良いんでしょ? ご……ごめんなさい。もう軽々しく死ぬだなんて言いません……」
「よし、よく言えたな」
そのままトグサさんは、ゲイナー君の頭をわしわしと乱暴に撫でる。
「大体なあ、お前だってそんなに卑下するほどの役立たずってワケじゃないんだからな?
『敵を知り己を知らば百戦危うからず』って言うだろ。お前も胸張って自信持てよ!」
「わかりましたよ……。 じゃあ、お返しに言いますけど、トグサさんはちゃんとお休みになってるんですか?
トグサさん、しばらくの間働き詰めでしょう?仕事を頼んじゃった僕が言うのもなんですけど……少し休まれてはどうですか?
もしもの時に動けなくなったらいけませんからね。『敵を知り己を知らば百戦危うからず』でしょ?」
「こいつ……口の減らない奴だなあ……!」
苦笑いするトグサさんと目が合った。
――もう、心配無いな。
トグサさんの目はそう言っているように見えた。
「さてと。じゃあ、俺はもう行くぞ? お言葉に甘えて、そろそろ休ませて貰うからな」
「ああ、待って下さい!」
ゲイナー君は部屋を立ち去ろうとするトグサさんを呼び止めると、キーボードを急いで叩き出した。
『思ったんですが、首輪解除装置の副産物として……『電波?』を受信する装置が出来ます。
それを利用すれば、電波の発信源……つまり、主催者の本拠地が分かるかも知れません』
「……たいした奴だよ、お前はな!」
「わあ、だから子ども扱いは止めてって言ってるのに!」
そうしてひとしきりゲイナー君の頭をぐしゃぐしゃとなでてから、トグサさんは笑いながら部屋を出て行った。
部屋に僕とゲイナー君だけが残された。
「ドラえもんも僕のことは気にせずに、ご飯を食べるなり休むなりしてくれればいいですよ?」
「ううん、僕はもうしばらくここに居るよ。何かゲイナー君の助けになれるかもしれないしね」
「そう……ありがとう、ドラえもん」
そして、ゲイナー君はまた、首輪解除装置の作成のために、作業を再開した。
僕は、その彼の姿を、ただただ見守っている。
でも、それがなんだか暖かくて、嬉しかった。
頑張れ、ゲイナー君。
君なら、きっと上手くいくよ。
のび太君、きみがいなくなったら なんだか部屋がガラ―ンとしちゃったよ……
だけど、すぐに慣れると思う。
だから心配するなよ、のび太君。君の仇はきっととってやるからな……!
【D-3/病院-レントゲン室/2日目-日中】
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:疲労蓄積、風邪の初期症状、腹部と後頭部と顔面に打撲(処置済み)、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い。
[装備]:技術手袋(使用回数:残り14回)、コルトガバメント(残弾7/7、予備残弾×38発)、トウカの日本刀、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料一日分消費)、スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳
クーガーのサングラス、グラーフアイゼン(待機状態、残弾0/3)、エクソダス計画書
病院内で見つけた工具箱、解体された首輪、機械の部品多数
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。
1: 首輪解除機の作成。
2: エクソダス計画に対し自分のできることをする。
3: カズマが戻ってきたらクーガーのサングラスを渡す。
4: グラーフアイゼンを誰かふさわしい人に譲る。
[備考]
※名簿と地図を暗記しています。また、名簿から引き出せる限りの情報を引き出し、最大限活用するつもりです。
※なのはシリーズの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています。
※基礎的な工学知識を得ました。
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:中程度のダメージ(修理によりやや回復)、頭部に強い衝撃、のび太の死による喪失感
[装備]:虎竹刀
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-1)、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"のゲームCD
[思考]
基本:ひみつ道具と仲間を集めて仇を取る。ギガゾンビを何とかする。
1:エクソダス計画に対し自分のできることをする。
2:ゲイナーを温かい目で見守る
[備考]
※Fateの魔術知識、リリカルなのはの魔法知識を学びました。
※だいぶ落ち着きましたが、まだかなり落ち込んでいます。
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気、特に足には相当な疲労、SOS団団員辞退は不許可
[装備]:S&W M19(残弾6/6発、予備弾薬×28発)
[道具]:デイバッグ、支給品一式、警察手帳、
タチコマのメモリチップ、エクソダス計画書
[思考]
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護。
1:今の内に休息を取る。
2:キョンが来るのを待って、彼から謎のデータを受け取る。
3:謎のデータが電脳通信に関するものだったら、それを使ってハックの準備を行う。
4:ハルヒか他の人間にロケ地巡りをしてもらうよう頼む。
【全体の備考】
・手術室には分解済みの部品が多数放置されています。
【ゲイナーの首輪解除機について】
・首輪の部品を利用。
・使用にはソフトウェアが必要。自作可能だが、それには更なる時間が必要。
・完成までに必要な時間数は不明。
・解除は遮蔽性の高いレントゲン室で行う。
・解除の際には外からの電波を遮蔽する装置も使用する(レントゲン室で十分に遮蔽できていると確認できたなら不要)。
・技術手袋は生存している仲間の数と同数回だけは温存。
・副次的に、電波の発生源=主催者の居場所を特定できるかもしれない。
・その理論はゲイナーの他、ドラ・トグサが知っている。
◆
最初に響いたのは、音だ。
その数は無数。全く同時ではなく、僅かなずれを孕んで響き渡る。
最初のそれはごくごく軽い、大地を足裏が叩く音。
病院を背にした黒衣の男が剣を右手に振りかぶり、滑空じみた跳躍をもって接近。
速度はさながら鷹。風と等速で迫る白刃。
「バルディッシュ!」
続くは即応したフェイトの一声。そして、その手に構えられた杖から響く三つの金属音。
コッキングカバーがスライドし一つ、リボルバーに装填されたカートリッジに撃針が叩き込まれ二つ。
斧頭が雷光を撒き散らしつつ魔力刃の基部として展開し三つ。そして、
『Haken Form』
鎌の一閃。精製された刃の先端が、聖剣の打突を辛うじて受け止めた。
(速い……!)
フェイトやシグナムのような、高速戦を主体とする戦闘者でなければ反応すら出来ない。
その領域の速度だ。真横にいた凛ではなく、正面のフェイトに斬りかかってきたのは幸運だった。
そうでなければ、彼女は心臓を刺し貫かれて即死していただろう。
現に、未だ眼を見開いたまま硬直している。
それを脇目に剣戟は続く。鎌の刃に受け流された袈裟が反転し、
「■■■■―――!!」
咆哮、逆袈裟の一撃。
しかし、それは妨げられる。
「させない……!」
漆黒の魔弾が、頭部を覆う兜を狙う。
動き出した凛の一手目、ガンド撃ち。凝縮され物理的破壊力を備えた呪詛の弾丸。
それも三点速射、狙点は額と側頭、後頭部。前後左右、どちらに頭を傾けようが二発は直撃する。
人間では―――否、並の化物であっても、避けられない。
だが、今のグリフィスは、並でもなければ人間でもなく、故に―――
「え……!?」
―――避ける必要すら、無い。
兜に直撃した弾丸は、しかし風と解けて掻き消える。
「「無効化した……!?」」
凛の視界、黒衣の騎士が、銀の騎士王と重なった。
(あの剣……エクスカリバー!?
でも有り得ない。対魔力はクラスに依存する、宝具を持っても得られるものじゃない。
私達が知っているものとは違うディスペル能力……!?)
あまりにも情報が少なく、憶測が精々だ。だが、対応は変わらない。
「こいつは敵ね―――やるわよ!レイジングハート、リインフォース!」
『Load cartridge』
『―――ユニゾン・イン』
薬莢が弾け飛ぶと同時に、凛の肉体に変化が訪れる。
まずは内面。筋肉、骨格、神経、そして魔術回路の全てが変成され、強度、性能を共に人外の域にまで押し上げる。
そして外面。漆黒の髪は、月光に近い白銀へ。虹彩は深く沈み、空の果てに近い蒼へとその色を変えた。
からん、と軽い音を立て、空薬莢が地面に転がった。
聖骸布が翻る。背には黒翼、左手に魔導の書、右手に杖を構え、銀髪を腰へと流すその姿は、語り継がれる魔法使いそのものだ。
『損耗率、およそ三割……無茶は出来んぞ』
『回路の修復はほぼ完了しています。外殻、フレームはほぼ手付かずですが、砲撃を行う分には問題ありません』
現状を伝える従者の声に、魔術師はその意思を返す。
「―――充分よ」
翼が大気を叩き、飛ぶ。杖―――否、砲を眼下の敵へと向け、
「アクセルシューター!」
『Accel Shooter』
十二発の同時射撃。弧を描く弾道が、フェイトと切り結ぶ黒衣を全方位から囲い込む。
だが、それすらも、
「効きゃあしないってわけ!?」
前方左右は事も無げに打ち払い、後方と上から迫るものは一瞥すらしない。
鎧の表面で、その全てが霧散するからだ。
「なら!」
闇の書を掲げ、
『Schwalbefliegen』
八つの鉄弾が魔力光を曳き、一直線に飛翔。
直線弾では容易く避けられる。故に、
『フェイト!動き止めて!』
『はい!』
一諾と共に、聖剣を受け止めたバルディッシュから、一つの魔法が放たれる。
『Lightning Bind』
雷撃の輪が両足を拘束。滑空を強制的に中断させた。
剣技とは足首の捻りと膝の屈伸、腰の旋回から肩、肘、手首と動作を連ねる全身運動。故に、足を動かせなければ剣速は落ちる。
左から袈裟に首を刈らんとするフェイトの一撃と、右上空から迫る弾丸。防御出来るとすれば片方だけだ。
鎧の左腕が強く振られた。その反動と腕力のみで、剣を右腰から左へと振り上げる。
狙いは中腹。鎌をその担い手ごと弾き飛ばした。
しかしそこで終わり。捻り切った腰と肩、この体勢から、八連弾を防ぐ速度を叩き出すのは不可能だ。
だが―――この男は、その道理さえも覆す。
背面左肩、そして右腕から魔力が噴き上がり、振り上げられた剣を強引に軌道変更。弾道上に白刃を割り込ませる。
後は容易い。握力によって剣を支えておけば、その強度によって全て弾かれる。
同時、足を縛る魔法陣が、硝子の擦れる音を立て、しかし耐え切れずに砕け散る。
両足に渦を巻く魔力によって、だ。
(魔力が噴き出した……!?つまり、あの無効化は―――)
その瞬間、遠坂凛は、防御の仕組みを看破した。
あまりにも単純過ぎる。それ故に、彼女達の盲点だったのだ。
知らず、凛の口から声が漏れた。
「―――なんて、デタラメ」
その結論を、フェイトに伝える。
『あれは『魔力放出』よ!全身が魔力の流れで覆われてて……それが魔力弾より強いから、攻撃が相殺されて呑み込まれたのよ!』
―――あらゆる神秘は、より強い神秘に打ち消される。
魔術の基本法則だ。魔力弾を魔力の流れにぶつけるのは、水流に水の弾丸を叩き付けるのと同じ事。強い方が流れを決める。
だが、それで防御されるなど有り得ない。ただ垂れ流すだけの流れと、弾丸として集束させた魔力。どちらが強いのかは明白だ。
その疑問は、バインドを破壊した瞬間に見極めた。
噴き出される魔力の密度はさほど高くもない。それだけでバインドが砕かれる事は無い。
鎧に接触した途端、滲み出る魔力が枷を砕いたのだ。
その空隙、鎧から薄皮一枚程の空間に、超高密度の魔力が流れている。
急激な放出は、それを解放して行ったのだろう。
ならば、
『接近戦か……直射型の砲撃を当てるしかありませんね』
それ以外に、突破する手段は無い。
白兵ならば、魔力刃の密度任せで貫ける。
直射型の砲撃は、曖昧な防御を強引に押し流すことが可能。
開かれた世界に、大気を裂く音が響き渡った。
◆
「■■■■■■―――!!」
狂戦士の咆哮が、病院の窓硝子を震わせた。
打ち合う光鎌と聖剣。フェイトが射線から外れる瞬間を慎重に狙い、
「ディバインバスター!」
後方に備えた凛の一撃。同時にリインフォースも同じ魔法を編み上げている。
『『Divine Buster』』
合計八つの環状魔法陣が、鎧に向けられたレイジングハートと凛の左腕を覆い双砲とする。
射撃した。
「―――シュートッ!」
飛び退る鷹、動作だけを見れば付け入る隙はある。だが、一挙に魔力を放ったその反動による加速は、到底追いつけるものではない。
男が魔力放出、魔弾の相殺を行ったのは一度や二度ではない。仮にサーヴァントがそれだけの行動を行ったのならば、例えマスターが凛であったとしても干乾びる。
これだけの魔力を放ち続けることが可能なアーティファクトなど、凛の知識には存在しない。
『……一体、何なのよ。ジュエルシードって』
敵が退いた空白に念話。それに対し、
『宝石です。願いに反応し、魔力を解放する……そして殆どの場合、動植物を取り込み暴走に至ります』
簡潔に答えを返すフェイト。
再び黒衣が宙を舞う。狙いは凛、今までより僅かに速いが、回り込んだフェイトが受け止める。
『魔力の篭った宝石……魔力量は? 無限とか言わないでしょうね!?』
念話を行使しながらも、刃を受け止める手は揺ぎ無い。凛も同様だ。次の攻撃を構築しつつ、隙を窺っている。
『……上手く使えば、世界を十は壊せます』
『脱出に使えるわね……』
(取り出す方法。体内で融合して魔力を放っている『願いに反応する』宝石……なら!)
『ルールブレイカー、持ってる?』
破戒すべき全ての符。ありとあらゆる魔術契約を破棄させるあの宝具を突き立てれば、
(分離したジュエルシードを手に入れられる……!)
『あの短剣なら、私は持っていません。病院の机に置いてあると思います……ッ!?』
『な!?』
驚愕の声が、同時に挙がった。
黒衣の男が、その速度を大幅に増したのだ。
フェイトとバルディッシュは、躊躇わなかった。
『Sonic Form』
外套が紫電を散らして弾け飛び、同時に四肢へ雷光が宿る。
羽根だ。
その加速によって鎌を振り上げ、長剣の打ち下ろしを受け止める。
(……ソニックフォームじゃないと、止められなかった……!)
何故、速度が上がったのか。
簡単だ。人は歩くことによって走る方法を知る。魔力放出による機動制御に慣れたというだけの話。
そして、剣速が上がればその衝撃は重くなる。つまり、
(潰される……!)
圧し合うエクスカリバーとバルディッシュ。上に位置し、重量の全てを攻撃に回せるエクスカリバーが勝つのは道理。
だが、救いの手は訪れた。
『跳んで!』
凛の念話。反射的に刃を流し、真上へと飛翔した。
フェイトの前には鎧の男。
フェイトの後ろには凛がいた。
そして、男は振り下ろした剣を受け流された状態だ。いかに魔力放出を行おうとも、慣性に重力が加わっては、刃を返すのは難しい。
絶対の隙だ。
レイジングハートを左にスイッチし、右の拳を握り込む。
身を捻り半身へ。左脚を僅かに上げ、そして大地を打ち据えた。
震脚。その反動、筋肉の収縮、重心の移動、呼吸法、それら全てが複雑に絡み合い相乗し、ヒトの拳を、一つの兵器にまで練り上げる。
加えて、
『Schwarze Wirkung』
漆黒の魔法陣が拳に力を付与し、
「――――――はぁッ!」
四千年の歴史を謳う拳技の一つが、鎧の中央、鳩尾を直撃した。
巨岩をも粉微塵に消し飛ばすであろう一撃。鋼は軋み、しかし、
(手応えが浅い!?)
剣を振り上げる事を捨て、退避のみに魔力を注いだ黒衣は、一瞬だけ早く跳んでいた。
拳の打撃に跳躍のベクトルを合わせ、その衝撃を受け流したのだ。
鎧は僅かに罅割れているが、肉体にダメージは無い。
だが、遠坂凛は諦めなかった。レイジングハートを右へと戻し、左の拳を握り、
「吼えなさい!」
『Eisengeheul』
生成された紅い球体に、一撃を叩き込んだ。
炸裂する。
殺傷能力は無い。だが、圧倒的な轟音と閃光は、術者を除いた全ての者の感覚を殺す。
鋼の咆哮が、放たれた。
◆
黒衣の男が視聴覚を喪っていたのは、極めて短い間だけだった。
人間が何の用意も無く受ければ一分近くの行動不能に陥るが、化物に対してそれを期待する方が間違っているというものだ。
視界に映ったのは、杖を持った黒髪の少女が一人だけ。
内から湧き出る衝動に従い、剣を構えて打ち掛かる。
(……?)
言い知れぬ違和感を感じた。だが彼は気にも留めない。ただ切り殺すのみ。
一刀。首を落とす筈だった一撃は、
「レイジングハート……!」
『Protection Powered』
展開された桜色の障壁に阻まれる。魔力の余波が、少女の黒檀じみた黒髪を舞い上げる。
ゆっくりと、しかし確実に、切先が盾を切り裂いていく。
その時だ。彼が、彼女の浮かべる表情に気付いたのは。
――――――世界を見据えてなお揺るがない、不敵な笑み。
「分からなかったのね。さっきの一瞬、私が何を手放して、私が何を託したか」
彼女は言った。白銀ではなく、漆黒の髪を翻し―――
危険を直感し身を引いたその刹那、奔流が、黒衣の全身に襲い掛かった。
◆
上空から、真下を見据える視線がある。
アサルトフォームのバルディッシュを右手に掴み、金髪を風に流した彼女は、ただ一言を呟いた。
「―――ユニゾン・イン」
金髪が、青白い燐光を放つ稲妻じみた白へと転ずる。
同時、眼下の黒衣に向けて降下。
自由落下に背の四翼と四肢のフィンを加えたその速度が、音速の壁を打ち破る。
右手一本で構えた戦斧が紙を引き裂く音を立て、水蒸気の霧を曳く。
選択する魔法は一つ。射程距離を切り捨て、一撃の威力に特化する、ベルカ式の基礎にして真髄たる魔法。
『Load cartridge』
リボルバーが回転し、定位置に移動したカートリッジが衝撃を受け、魔力を解放する。
刃が噴き上げるのは、金に輝く雷ではない。
焔だ。
叫ぶ。その技の名を。かつて己の武器を断ち切った、その名を。
「紫電、一閃!」
振り下ろした。
直撃―――ではない。直前で避けられた。
爆焔の余波が、その鎧たる魔力を吹き飛ばす。
そして、フェイトの左手にはあるものが握られている。
雷によって編まれた光剣だ。
サンダーブレイド。
速度はフェイトが手に入れた。
敵の防御を奪ったのはバルディッシュ。
ならば―――それを解き放つのが、彼女の持つ役割だ。
509 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/18(金) 18:11:55 ID:8qRXWPkc
『リインフォース、蒼穹を渡る祝福の風。そして今は―――』
彼女の独白。それは、決意を告げるようで。
『―――雷の元へと集う風の名だ……!』
それに応えるように、彼と彼女が声を挙げた。
「疾風、迅雷……!」
雷光の刃は放たれず、しかし、
『Jet Zamber!』
その切先が風を纏って伸長し、黒衣の腕を、左肩から切り落とす。
「今です!」
「足止め、頼むわよ!」
フェイトの声に応え、凛は駆け出した。黒衣の横を飛翔によって抜け、病院へと飛び込んで行く。
優秀な猟犬は得物を逃さない。鎧の男はそれを追おうとする。
「追わせない……封鎖領域、展開……!」
『Gefangnis der Magie』
だが、展開された漆黒の壁がそれを押し留めた。
「私達の役目は足止め、だね……やるよ、バルディッシュ、リインフォース!」
『Yes,sir.』
バルディッシュがコアを明滅させ、応えた。
『フェイト・T・ハラオウン。一つだけ、確認しても良いか?』
だが、リインフォースは違った。返答は問い掛けだ。
「……何ですか?」
若干気勢を削がれたフェイトが言葉を返す。
リインフォースは、魔弾の構成を編みながら、
『ああ、時間を稼ぐのはいいが―――
――――――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』
声色に笑みを滲ませ、そう言った。
【D-3・病院裏口/2日目/午後】
※『封鎖領域』は、『入れるけど出れない結界』です。内部の魔力も外には漏れません。
参照↓
ttp://nanoha.julynet.jp/?%A5%D9%A5%EB%A5%AB%BC%B0%28%CB%C9%B8%E6%A1%A6%CA%E1%B3%CD%A1%A6%B7%EB%B3%A6%A1%A6%CA%E4%BD%F5%29#wa36495d 【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、中程度の魔力消費、バリアジャケット装備、リインフォースと融合中
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム/弾倉内カートリッジ残り1〜3/予備カートリッジ×12発)
夜天の書(消耗中、回復まで時間が必要/多重プロテクト)
[道具]:デイバッグ、支給品一式、クラールヴィント、西瓜×1個、ローザミスティカ(銀)、エクソダス計画書
[思考]
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す。
1:目の前の人物(グリフィス)を足止めor倒してジュエルシード回収。
2:後でトグサにタチコマとのことを謝っておく。
3:光球(ローザミスティカ)の正体を凛に尋ねる。
4:遠坂凛と協力して魔法による首輪解除の方法を模索する。
5:ベルカ式魔法についてクラールヴィントと相談してみる。
6:念のためリインフォースの動向には注意を向けておく。
7:カルラや桃色の髪の少女(ルイズ)の仲間に会えたら謝る。
[備考]
※襲撃者(グリフィス)については、髪の色や背丈などの外見的特徴しか捉えていません。素顔は未見。
※首輪の盗聴器は、ルイズとの空中戦での轟音により故障しているようです。
※リインフォースを装備してもそれほど容姿は変わりません。はやて同様、髪と瞳の色が変わる程度です。
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:中程度の疲労、全身に中度の打撲、中程度の魔力消費、バリアジャケット装備(アーチャーフォーム)
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(/修復中 ※破損の自動修復完了まで数時間必要/カートリッジ三発〜消費)
予備カートリッジ×11発、アーチャーの聖骸布
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料残り1食。水4割消費、残り1本)、石化した劉鳳の右腕、エクソダス計画書
[思考]
基本:レイジングハートのマスターとして、脱出案を練る。
1:ルールブレイカーを回収。
2:セイバーの再襲撃に備えて体力と魔力はある程度温存。
3:フェイトと協力して魔法による首輪解除の方法を模索する。
4:ベルカ式魔法についてリインフォースと相談してみる。
5:カズマが戻ってきたら劉鳳の腕の話をする。
6:変な耳の少女(エルルゥ)を捜索。
[備考]:
※リリカルなのはの魔法知識、ドラえもんの科学知識を学びました。
※リインフォースを装備してもそれほど容姿は変わりません。はやて同様、髪と瞳の色が変わる程度です。
[推測]
※ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い。
※膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能。
その為にジュエルシードを入手する。
【グリフィス@ベルセルク】
[状態]:魔力暴走、全身に軽い火傷、打撲、左腕が肩口から落ちた、自我崩壊
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night、耐刃防護服、ジュエルシードもどき、フェムトの甲冑@ベルセルク
[道具]:マイクロUZI(残弾数6/50)、やや短くなったターザンロープ@ドラえもん、支給品一式×6(食料一つ分、ディパック五つ分)
オレンジジュース二缶、破損したスタンガン@ひぐらしのなく頃に
ビール二缶、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ、ハルコンネンの弾(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾4発 劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING
[思考・状況]
基本:殺す。
1:目に付く存在を殺す。
[備考]
※グリフィスは生存者の名前と容姿、特徴についてユービックから話を聞きました。
※A-8エリア全域、及びA-8周辺エリアはスパイセットで監視しています。
※スラン及びユービックがノートパソコンの入手を目的としている事は知りません。
[ジュエルシードの暴走について]
※グリフィスは現在自我を失っており、己の戦闘本能に従って行動しています。
剣術などの身体に染み付いた技能は例外として、デイパックにしまった銃を使うなど、頭を使った戦法は取ることは出来ません。
『約束された勝利の剣』は使用可能ですが、直前で既に一回使っているため、これ以上の乱用は自己崩壊の恐れがあります。
なんらかの形でジュエルシードの機能を停止させれば、グリフィスの自我も元に戻ります。
また、このジュエルシードは『もどき』のため、これ以上の変化(外見の変貌など)が起こることはありません。
※常に全身から魔力を垂れ流しています。純粋魔力弾の射撃はそれに相殺されるためまず通用しません。
また、それを利用した高速機動の方法を学習しつつあります。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!」
野原しんのすけは駆ける。
市街地西部を南北に貫く道路を病院に向かって南の方角へ。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
しかし、その小さな背中に背負うデイパックは幼稚園児の体にはまだ大きくのしかかるサイズだ。
彼の足取りは、徐々に遅くなってゆき、そして最後には立ち止まってしまう。
「ふぅ、ふぅ……リュックが大きくて走りにくいゾ……」
背中の荷物さえなければもっと速く走れるかもしれない。
だが、少年はそれをしない。
なぜなら、その荷物は青年に病院に託された大切なものなのだから。
――ともかく、このデイパックを持って病院まで行ってくれ。
青年の目は真剣そのものだった。
そんな目を見てしまっては、しんのすけも男としては断るわけにはいかない。
そう、これは男と男のお約束なのだ(あのポーズをしたわけではないが)。
男と男のお約束は、決して破るわけにはいかない神聖なもの。
しかも、その青年は一人でとても強い剣士の下へと向かっていった。
今、彼の為に助けを呼べるのはしんのすけ以外にいない。
「そうだゾ……オラがこんなところで弱音なんて吐いちゃ、シメジがつかないんだゾ……!!」
しんのすけは肩からずれそうになっていたベルトを正すと、再度道の向こうを見据える。
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!!!!」
そして、少年は再度走り出した。
白髪の少年と一緒に女剣士から逃げた道をまっすぐ走る。
アスファルト舗装が剥がれ、破壊の痕跡の残る通りを走る。
たとえ、石につまずいて転んだとしても、すぐに起き上がる。
疲労がピークに達しようと、膝をすりむこうと、鼻血が垂れようと気にしない。
彼には立ち止まっている暇などないのだから。
全ては自分に荷物を託した青年との約束を果たす為。仲間のピンチを救う為。そして、皆が元気な姿で帰る為。
――自分を含めた皆の未来の為に少年は走り続けた。
◆
しんのすけが走り出したのと時を同じくして。
そのしんのすけを迎えに行こうと病院を飛び出したゲインが、彼らのいたとされる民家に到着していた。
ただし、彼が到着した時は既にそこには探していた少年を含めたロックの仲間達の姿はなかったが。
静寂が支配するそこに残っているのは、生々しい破壊の痕跡。
そして……。
「遅かった……のか」
民家の庭らしき場所に来ていた彼の足元には、一人の少女が倒れていた。
血にまみれ、完全に絶命した状態の少女が。
その普通の人間とは違う形をした耳や髪形から察するに、彼女はロックの仲間の一人だったトウカという武士だろう。
武士――ニンポーを使うニンジャと同じ時代にヤーパンに存在したという剣士。
一度で良いから、その剣術とやらを見てみたかったのだが、それがどうやら叶わないようだ。
そして、更にその少女の遺体の横へ目を向けると、そこには小高く盛られた土の山が2つ並んでいた。
――それが墓なのだと仮定すると、恐らくこの土の下には山の数だけ、すなわち二人分の遺体が眠っているはず。
更に言うならば、その二人というのは、ここに残っていたメンバーであり、先程の放送で名前を呼ばれた園崎魅音と北条沙都子という二人の少女だろう。
「こんな場所でご婦人が3人も犠牲に……いや、4人か」
破壊された民家の中を一度捜索したゲインはそこでもう一人の妙齢の女性の遺体を見つけていた。
そして、それが民家襲撃の最有力容疑者であり、二人と同じく放送で名前を呼ばれた女性、峰不二子であることも彼は気付いていた。
不二子はエクソダスを目指すゲインらから見れば敵ともいえる参加者であったが、それでも彼は彼女の遺体を無碍にはせずに、その見開いた目を閉じさせ、近くにあった毛布を被せてやっていた。
――たとえ敵でも、息絶えた女性をそのまま野ざらしになど出来ない。
それが、ゲイン・ビジョウという男だった。
「しかし、こいつは納得がいかないな」
彼は、トウカの体に民家から引っ張り出した毛布を被せながら、1つの疑問を抱いていた。
その疑問の原因は、他ならないこのトウカという少女の遺体という存在。
彼女がここで息絶えているという事は単純に考えると、仲間二人と共にここに戻ってきた際に、何かしらの戦闘に巻き込まれたということだ。
そして、そうだとするならば、ここに遺体のない他の仲間達は何故、同じ仲間である彼女をこのように野晒しにしていったのだろうか。
たとえ、何かをする間もなくレヴィとカズマがここに到着したのだとしても、彼らは彼女をこのまま放置したまま病院に戻るだろうか。
――答えはは否だ。ロックから聞いていた仲間内での信頼関係から察すればそれは無いはず。
しかし、事実として彼女は放置されていた。
まるで、彼女を弔う暇もなく何かしらのアクシデントに巻き込まれたかのごとく。
「…………予感で済めばいい話なんだけどな」
ただの予感であってほしい。
実際はレヴィ達に連れられて病院に向かっている真っ最中、異常なんて微塵もない――そんな現実であってほしい。
そう願いつつも、ゲインは立ち上がる。
病院に戻り、しんのすけらがきちんと到着しているのかを確認する為に。。
「……申し訳ない、ご婦人方。俺は諸事情から病院に戻らなくてはならなくなってしまいました。ですが、必ずやここに戻ってきて、あなた方を弔って差し上げます。ですから、しばしの間待っていてください。……それでは!」
トウカの遺体、そして不二子の遺体のある方角を一瞥すると、ゲインは再度走り出した。
しんのすけらが自分の予想を裏切って、無事に病院に到着している事を祈りながら。
民家を飛び出たゲインが再び病院へ繋がる大通りに戻るのにそう時間はかからなかった。
「ただの無駄足で済んでくれよぉ……」
脳裏をよぎる嫌な予感を振り払いつつ、彼は病院の方向へと足を向ける。
――と、その時だった。
背後から僅かにだが何かが爆発したかような音が聞こえたかと思うと、突如自分達を見下ろしていた空が歪んだ。
文字通り、映像を写していたスクリーンが波打ち、引き裂かれたかのように。
「な、何だ!? 一体何が……」
突然の事態にゲインは思わずその場に立ち止まり、空を見渡す。
すると、北を向いた彼はそこで“ないはず”のものを見つけてしまった。
「あ、あれは何だ……? 城……か?」
歴史の本でしか見たことのないような形をした建造物。
今までなかったはずのそのような建物が、北の空に確かに現れていたのだ。
そして、そこで彼は薄々気づき始めた。
その現象が何故起こったのか、あの城のような建物は何なのかに。
「亜空間破壊装置……誰かが残りを破壊したってのか? 俺たちじゃない誰かが……」
空が歪み、今まで見えなかった城が姿を現す――それを大規模な空間の変動だと仮定するならば、それは恐らくゲインらが行おうとしてた亜空間破壊装置の破壊の結果によるものと考えられる。
そして、そうだとするならば現れた城は即ち、自分達が最初に集められた場所であり、今もこのゲームを管理している地――ギガゾンビの拠点であろう。
しかし、そう仮定するも、この仮定には決定的な矛盾がある。
それが、『誰が破壊したのか』という点。
現在まで生存している自分以外の参加者12名のうち、自分達の仲間であるのがセイバーという剣士を除く11名。
そして、そのうち6名は病院で待機しており、残る5名も病院に向かっている最中のはず。
装置を破壊する為の人員などいない上に、残りの装置がある寺と温泉に向かうは距離的にも不可能なはずだった。
「――ったく、ここに来て気になることが一気に増えるとはな……。俺って、そんなに日頃の行い悪いかねぇ」
勿論、今回の現象が装置破壊に寄らない別の現象であると考えることも出来る。
だが、それでも装置破壊の可能性を拭いきれない彼は、その事実の確認についても話をしようと決め、今度こそ病院へ向かって歩を進めようとする。
――しかし。
「ふぁいや〜〜〜、わぶっ!!」
「うぉっと! な、何だ何だ?」
その歩はまたも止められた。
今度は、彼の足に突如としてぶつかってきた小さな少年によって。
「いてててて……。モ、モ〜、何でこんなところに電柱があるんだゾ……」
「おいおい、そんな血まみれで大丈夫か、ボウz――――――!!」
自分の足にぶつかり、転んだ少年に手を差し伸べようとしたゲインはここで気付いた。
生存者の中で最も年下であろうその体躯、特徴的なジャガイモ頭、そしてその服装……。
何もかもが、彼の探し続けた人物のものと合致していた。
――しんのすけ……を……よろし……く…………
身を呈して自分を助けてくれた女性の愛する子供であり、彼が絶対に守り通すと心に決めていた少年。
それが今目の前に……。
ゲインは改めて少年に声を掛けた。
「ボウズ……野原しんのすけ、だな?」
◆
しんのすけは突然見知らぬ男に名前を呼ばれ、顔をキョトンとさせる。
「え? 何でオラの名前をおじさんが知ってるの? てゆーか、おじさん誰?」
「おいおい、おじさんはよしてくれや。俺はまだ若いつもりなんだからな」
苦笑しながら男はしゃがんで、しんのすけと目線を合わせる。
「俺はゲイン・ビジョウ。ミサエからお前の事を任されたエクソダス請負人だ」
ゲインと名乗った男は、そう言ってしんのすけの頭を撫でる。
「え? おじさん、母ちゃんのこと知ってるの?」
「あぁ。短い間だった一緒にいてな……」
ゲインはそう言いながら、何やら表情を曇らせる。
だが、その表情の変化にしんのすけは気付かない。
「――ところで、お前は一人なのか? その……誰かと一緒じゃなかったのか?」
「う〜ん、ついさっきまで、キョンのお兄さんとハルヒお姉さん、トウカお姉さんだったんだけど、剣を持ったお姉さんがいきなり襲ってきて、そしたら変なハニワに変なところに飛ばされて、そしたらキョンのお兄さんがやってきてそれで…………」
そこまで言ったところで、しんのすけは顔をはっとさせる。
「そ、そうだゾ!! オラ、これを病院にお届けしなくちゃいけないんだゾ!!」
「これって……その荷物の事か?」
「そうだゾ! オラ、キョンお兄さんから頼まれたんだゾ! 荷物を届けてくれ、って!」
「……ちょっと見せてもらってもいいか?」
ゲインはしんのすけが背負ったままのデイパックを開くと、何やら小さい端末が繋がったままのノート型のパソコンが姿を見せた。
そして、それを見るとゲインは真剣な面持ちで、再度しんのすけの頭を撫でる。
「なるほどな。確かにこれは病院に急いで届けなくちゃいけない代物だ」
「そうなんだゾ! だから早――おぉぉぉっ!!」
しんのすけがまくし立てようとすると、その体はいきなり宙に浮く。
そして、その浮いた体はゲインの腕の中にすっぽり納まる。
「よくここまで頑張ったな、しんのすけ。流石、みさえの息子だ。……後は俺に任せろ。俺が病院までお前さんごと運んでやるよ」
「お〜! オラごと宅急便されちゃってる〜」
「そんじゃ、出発だ。しっかり掴まっとけよ!」
「ほっほ〜い! 出発おしんこ、キュウリの糠漬け〜!」
しんのすけの掛け声と共に、ゲインは地面を蹴った。
一路、病院へと戻るために。
◆
「……なるほど。キョンとやらは一人でどこかに行っちまった、ってわけか」
「うん。お兄さんはハルヒお姉さんをお助けに行っちゃったんだゾ。キスをした女を助けないのは男じゃないって言って」
「ほぉ、そういうことか……」
しんのすけから聞いた話から鑑みるに、やはり事態はまさにゲインの想定していた悪い方向に進んでいるようだった。
しかも、ツチダマ――しんのすけ曰く変なハニワ――が参加者に干渉しはじめているということは、ギガゾンビが自ら動き出し始めている可能性がある。
これは是が非でも病院に戻り、一度対策を練り直すべきだろう。
今後、エクソダスのこれ以上の詳細についてギガゾンビに勘付かれないように。
そして、しんのすけが別離したというハルヒやキョンの捜索を行うために。
「ねぇねぇ、ちょっといい?」
そんな風に今後の事を考えていると、不意にしんのすけが声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「お兄さん、病院に誰がいるか知ってるの〜?」
「あぁ、知ってるとも。あそこには俺たちの仲間が大勢いる。ま、中には俺みたいに、少しその場を離れてる奴もいるけどな」
「ふ〜ん。それじゃあ、父ちゃんや母ちゃんもそこにいるの?」
「……え?」
それは彼にとっては、あまりに今更な質問だった。
何せ、彼の父親ひろしと母親みさえは既に……。
「とーちゃんもかーちゃんも、オラがいなくてもシッカリやってるか不安なんだゾ。やれやれ……」
腕に抱きかかえた少年は、さも両親がまだ存在していることが当然かのように言葉を紡ぐ。
そして、そのあまりの無邪気な声を聞いていてゲインは気付く。
――彼はまだ両親の死を知らないのでは、と。
「早く皆で春日部に帰らないと、ひまやシロがお腹ペコペコで倒れちゃうから心配だゾ〜」
恐らく、ロック達がしんのすけを気遣って、今までその事実を隠し通してきたのだろう。
まだ年端もいかない少年に、両親の死という事実は酷すぎるだろうということで。
それは確かに正しい判断だったかもしれない。
しかし、この両親の死を隠された優しい虚構の世界は時に遅効性の毒のように人をじわじわと苦しめる。
まるで、ぬるま湯のように。
ぬるま湯は、確かに人にとって心地よい空間であり、いつまでも浸かっていたくなる。
だが、いつまでも浸かっていると、いざそこから出た時に外の世界の冷たさに余計に衝撃を受けてしまう。
つまり、隠し通せば隠し通すほど、後に現実と直面したしんのすけに多大なダメージを与えてしまうことになるのだ。
ましてや、両親の死などという事実はいつまでも隠しとおせるものではなく、時間が経てば必ずばれてしまう。
そう考えるとすると、目の前の少年をそのぬるま湯から引き上げるなら今がチャンス……。
今なら、まだ受ける衝撃も小さくて済むはずなのだ。
(悪いなロック。お前の気持ちは痛いくらいに分かるんだが……)
心の中で今までしんのすけを保護してきた男に詫びを入れると、ゲインは立ち止まり、抱いていたしんのすけを地面に下ろす。
「お? どーしたの、おじさん。まだ病院じゃないゾ?」
「……病院に戻る前にお前に話しておかなきゃならないことがある」
そこでゲインは一呼吸入れて、気持ちを落ち着かせると、再び口を開く。
「いいかシンノスケ。お前の父親と母親はな――――――」
◆
「……え?」
しんのすけはゲインの言葉を聞いて、硬直する。
「おじさん、ウ、ウソついちゃダメだゾ。ウソつきはドロボーの始まりだって母ちゃんも言ってるし……」
「嘘じゃない。二人とも、もうこの世にはいない。……死んだんだ」
「だ、だって、さっきおじさん、母ちゃんに頼まれたって……」
「あぁ、頼まれたとも。俺の事を庇って死んだ時、その遺言として託されたんだ」
ゲインは一度立ち止まり、真剣な眼差しでしんのすけを見ながら喋る。
その顔からは、彼が嘘をついているようには聞こえない。
「でも……でも! ロックお兄さんもキョンのお兄さんさんも、ハルヒお姉さんも魅音お姉さんもサトちゃんもトウカお姉さんもエルルゥお姉さんもそんなこと一言も……。それじゃ、皆オラに嘘ついてたってことなの!? そんなはずないゾ!」
「ロック達はお前の事を思って、あえて言わなかったんだよ。……そこらへんの嘘つきとは違う」
「それじゃ……それじゃ、本当に父ちゃんと母ちゃんは…………?」
ゲインの顔を見上げると、彼は黙って首を縦に振った。
その彼の言葉や表情を見るに、それは嘘や冗談などではなく、紛う事なき事実なのだろう。
いや、ゲインから話を聞き始めた時から、しんのすけは薄々本当の事なのだろうと考えていた。
ただ、それを信じたくなかったのだ。
しかし、現実はそんなしんのすけの期待通りにはならなかったようで……。
「父ちゃん……」
ヒゲがジョリジョリして、足は臭く、いつも妻のみさえの尻に敷かれていた冴えない父親のひろし。
だが、それでも彼はしんのすけにとって愛すべき、唯一の父であった。
――父ちゃんは、いつでも見守ってる。おまえの心の中にいる。……だからな、泣くんじゃないぞ。
夢の中の父は、そう言って力強く抱きしめてくれた。
まるで今生の別れのように。
「母ちゃん…………」
尻が大きく、口うるさい上に、すぐにぐりぐり攻撃をしてきた厳しい母親のみさえ。
そんな彼女もまた、しんのすけにとっては何者にも代え難い母親であった。
「みさえは本当に勇敢で、そして優しいご婦人だった。お前は、そのことを誇りに思っていい。胸を張っていい」
ゲインに頭を撫でられながら、しんのすけは俯き、震える。
――泣きたかった。声を出して、涙を流したかった。
だが、しんのすけはそれを堪える。
“泣くんじゃないぞ”をいう父の言葉を思い出して。
ひろしも言っていたじゃないか。
いつでも見守ってる。心の中にいる、と。
そう、しんのすけが存在する限り、二人は自身の中に生き続けるのだ。
無論、ヘンゼルや魅音、沙都子たちもまた然りだ。
そして、だからこそそんな彼ら達の分も、しんのすけは生きなければならない。生きて春日部に帰らなくてはならない。
その為にも――――。
「オラ……頑張るゾ。父ちゃんや母ちゃんの分も、皆をお助けするんだゾ……!!」
しんのすけは顔を上げ、まっすぐ前を見ると、その足で病院への一歩をしっかりと踏み出した。
◆
「……もう、大丈夫なのか?」
「うん。それにオラがこれを病院にお届けしないと、キョンお兄さんとのお約束を守れないし、ハルヒお姉さん達をお助けできないんだゾ!」
(大した子供だ……)
ゲインは目の前を歩く少年を見ながら、素直に感嘆していた。
この少年、しんのすけはこの歳ありながら両親の死という現実と直面した。
しかし、彼はその現実を受け入れ、その上で前へと、未来へと足を進める決意をしたのだ。
自分でさえ、ウッブスでのエクソダス失敗による惨劇の直後は、しばらく塞ぎこんだというのに。
(やはりこの子は、紛う事無いミサエの息子なんだな)
最期の最期まで気丈だった女性、野原みさえ。
彼女の心の強さは、きちんと息子にも受け継がれていた。
……いや、きっと彼女だけではない。
恐らく、彼女の夫でありしんのすけの父親であるひろしという男もまた、みさえと同じように強い人物だったのだろう。
だからこそ、その間に生まれた子は、こんなにも強くまっすぐに育ったのだ。
「おじさーーん! 早く早くぅー!!」
「だから、おじさんはよせって言ってるだろうが!」
ゲインは目の前を走るしんのすけを追いかけながら、ふと空を見上げる。
「……ミサエ。それにヒロシ。お前らの息子は、この俺が必ずエクソダスさせてみせる。だから、安心してくれ」
首輪解除に亜空間破壊装置、更に突如現れた城や消えたキョンとハルヒなど、まだまだ問題は山積みのまま。
だが、それでもゲインは決してエクソダスを諦めない。
主催者を打ち倒す為。
ウッブスの悲劇を繰り返さない為。
みさえとの約束を果たす為。
そして、しんのすけの未来を守る為に……。
【C-3・道路上/2日目・午後】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)
[装備]:ウィンチェスターM1897(残弾数5/5、予備弾薬×25発)、NTW20対物ライフル(弾数3/3)、悟史のバット
[道具]:デイパック、支給品一式、スパイセットの目玉と耳(×2セット)
トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ、エクソダス計画書
[思考]
基本:ギガゾンビを打倒し、ここからエクソダス(脱出)する。
1:しんのすけと共に病院に戻り、見聞きした情報を整理する(謎の城について、キョンとハルヒについて等)
2:しんのすけを守り抜く。
3:皆を率いてエクソダス計画を進行させる。
4:時間に余裕があれば、是非ともトウカと不二子を埋葬しに戻りたい。
[備考]
※仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
※首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
※モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
※亜空間破壊装置が完全に破壊されたのでは、と少なからず考えています。
◆
少年は駆ける。
病院へ向けて。
ただ、まっすぐに。
ただ、ひたすらに。
ただ、がむしゃらに。
青年に託された荷物を背負いながら。
仲間を助けたいという願いを持ちながら。
そして、死んでいった両親の想いを胸に秘めながら。
(オラ、絶対に春日部に帰るんだゾ。そしたら、ひまやシロのドーメンをちゃんと見るゾ。幼稚園にも遅刻しないゾ。
お片づけもちゃんとするゾ。だから……だから、オラのこと、ちゃんと見ていて欲しいんだゾ!)
「野原しんのすけ、ファイヤー!!!」
世界はいつだって“こんなはずじゃない事”だらけだ。
それは遥か昔から、いつの時代でも、誰でも同じ事。
それに、背を向けるのは楽なこと。
それに、面と向かうのは辛いこと。
そのどちらを選ぶのかは、その人次第だけれど――――少年は選んだ。
前を向き、真っ向から立ち向かう道を。
その先にある未来を信じて。
【現在地・時間はゲインに同じく】
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、
SOS団名誉団員認定、全身が沙都子の血で汚れている
[装備]:なし
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、
キートンの大学の名刺 ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:皆でここから脱出して、春日部に帰る
1:病院に向かって助けを呼ぶ。
2:何か出来ることを探したい。
[備考]
※両親の死を知りました。
◆
最初に響いたのは、音だ。
その数は無数。全く同時ではなく、僅かなずれを孕んで響き渡る。
最初のそれはごくごく軽い、大地を足裏が叩く音。
病院を背にした黒衣の男が剣を右手に振りかぶり、滑空じみた跳躍をもって接近。
速度はさながら鷹。風と等速で迫る白刃。
「バルディッシュ!」
続くは即応したフェイトの一声。そして、その手に構えられた杖から響く三つの金属音。
コッキングカバーがスライドし一つ、リボルバーに装填されたカートリッジに撃針が叩き込まれ二つ。
斧頭が雷光を撒き散らしつつ魔力刃の基部として展開し三つ。そして、
『Haken Form』
鎌の一閃。精製された刃の先端が、聖剣の打突を辛うじて受け止めた。
(速い……!)
フェイトやシグナムのような、高速戦を主体とする戦闘者でなければ反応すら出来ない。
その領域の速度だ。真横にいた凛ではなく、正面のフェイトに斬りかかってきたのは幸運だった。
そうでなければ、彼女は心臓を刺し貫かれて即死していただろう。
現に、未だ眼を見開いたまま硬直している。
それを脇目に剣戟は続く。鎌の刃に受け流された袈裟が反転し、
「ゥォォッッ―――!!」
咆哮、逆袈裟の一撃。
しかし、それは妨げられる。
「させない……!」
漆黒の魔弾が、頭部を覆う兜を狙う。
動き出した凛の一手目、ガンド撃ち。凝縮され物理的破壊力を備えた呪詛の弾丸。
それも三点速射、狙点は額と側頭、後頭部。前後左右、どちらに頭を傾けようが二発は直撃する。
人間では―――否、並の化物であっても、避けられない。
だが、今のグリフィスは、並でもなければ人間でもなく、故に―――
「え……!?」
―――避ける必要すら、無い。
兜に直撃した弾丸は、しかし風と解けて掻き消える。
「「無効化した……!?」」
凛の視界、黒衣の騎士が、銀の騎士王と重なった。
(あの剣……エクスカリバー!?
でも有り得ない。対魔力はクラスに依存する、宝具を持っても得られるものじゃない。
私達が知っているものとは違うディスペル能力……!?)
あまりにも情報が少なく、憶測が精々だ。だが対応は変わらない。
「こいつは敵ね―――やるわよ!レイジングハート、リインフォース!」
『Load cartridge』
『―――ユニゾン・イン』
薬莢が弾け飛ぶと同時に、凛の肉体に変化が訪れる。
まずは内面。筋肉、骨格、神経、そして魔術回路の全てが変成され、強度、性能を共に人外の域にまで押し上げる。
そして外面。漆黒の髪は、月光に近い白銀へ。虹彩は深く沈み、空の果てに近い蒼へとその色を変えた。
からん、と軽い音を立て、空薬莢が地面に転がった。
聖骸布が翻る。背には黒翼、左手に魔導の書、右手に杖を構え、銀髪を腰へと流すその姿は、語り継がれる魔法使いそのものだ。
『損耗率、およそ三割……無茶は出来んぞ』
『回路の修復はほぼ完了しています。外殻、フレームはほぼ手付かずですが、砲撃を行う分には問題ありません』
現状を伝える従者の声に、魔術師はその意思を返す。
「―――充分よ」
翼が大気を叩き、飛ぶ。杖―――否、砲を眼下の敵へと向け、
「アクセルシューター!」
『Accel Shooter』
十二発の同時射撃。弧を描く弾道が、フェイトと切り結ぶ黒衣を全方位から囲い込む。
だが、それすらも、
「効きゃあしないってわけ!?」
前方左右は事も無げに打ち払い、後方と上から迫るものは一瞥すらしない。
鎧の表面で、その全てが霧散するからだ。
「なら!」
闇の書を掲げ、
『Schwalbefliegen』
八つの鉄弾が魔力光を曳き、一直線に飛翔。
直線弾では容易く避けられる。故に、
『フェイト!動き止めて!』
『はい!』
一諾と共に、聖剣を受け止めたバルディッシュから、一つの魔法が放たれる。
『Lightning Bind』
雷撃の輪が両足を拘束。滑空を強制的に中断させた。
剣技とは足首の捻りと膝の屈伸、腰の旋回から肩、肘、手首と動作を連ねる全身運動。故に、足を動かせなければ剣速は落ちる。
左から袈裟に首を刈らんとするフェイトの一撃と、右上空から迫る弾丸。防御出来るとすれば片方だけだ。
鎧の左腕が強く振られた。その反動と腕力のみで、剣を右腰から左へと振り上げる。
狙いは中腹。鎌をその担い手ごと弾き飛ばした。
しかしそこで終わり。捻り切った腰と肩、この体勢から、八連弾を防ぐ速度を叩き出すのは不可能だ。
だが―――この男は、その道理さえも覆す。
背面左肩、そして右腕から魔力が噴き上がり、振り上げられた剣を強引に軌道変更。弾道上に白刃を割り込ませる。
後は僅かな調整だけで構わない。握力によって剣を支えておけば、その強度によって全て弾かれる。
同時、足を縛る魔法陣が、硝子の擦れる音を立て、しかし耐え切れずに砕け散る。
両足に渦を巻く魔力によって、だ。
(魔力が噴き出した……!?つまり、あの無効化は―――)
その瞬間、遠坂凛は、防御の仕組みを看破した。
あまりにも単純過ぎる。それ故に、彼女達の盲点だったのだ。
知らず、凛の口から声が漏れた。
「―――なんて、デタラメ」
その結論を、フェイトに伝える。
『あれは『魔力放出』よ!全身が魔力の流れで覆われてて……それが魔力弾より強いから、攻撃が相殺されて呑み込まれたのよ!』
―――あらゆる神秘は、より強い神秘に打ち消される。
魔術の基本法則だ。魔力弾を魔力の流れにぶつけるのは、水流に水の弾丸を叩き付けるのと同じ事。強い方が流れを決める。
だが、それで防御されるなど有り得ない。ただ垂れ流すだけの流れと、弾丸として集束させた魔力。どちらが強いのかは明白だ。
その疑問は、バインドを破壊した瞬間に見極めた。
噴き出される魔力の密度はさほど高くもない。それだけでバインドが砕かれる事は無い。
鎧に接触した途端、滲み出る魔力が枷を砕いたのだ。
その空隙、鎧から薄皮一枚程の空間に、超高密度の魔力が流れている。
急激な放出は、それを解放して行ったのだろう。
ならば、
『接近戦か……直射型の砲撃を当てるしかありませんね』
それ以外に、突破する手段は無い。
白兵ならば、魔力刃の密度任せで貫ける。
直射型の砲撃は、曖昧な防御を強引に押し流すことが可能だ。
開かれた世界に、大気を裂く音が響き渡った。
◆
「ォォォォッッッ―――!!」
狂戦士の咆哮が、病院の窓硝子を震わせた。
打ち合う光鎌と聖剣。フェイトが射線から外れる瞬間を慎重に狙い、
「ディバインバスター!」
後方に備えた凛の一撃。同時にリインフォースも同じ魔法を編み上げている。
『『Divine Buster』』
合計八つの環状魔法陣が、鎧に向けられたレイジングハートと凛の左腕を覆い双砲とする。
射撃した。
「―――シュートッ!」
二双の砲撃から飛び退る鷹、動作だけを見れば付け入る隙はある。だが、一挙に魔力を放ったその反動による加速は、到底追いつけるものではない。
男が魔力放出、魔弾の相殺を行ったのは一度や二度ではない。仮にサーヴァントがそれだけの行動を行ったのならば、例えマスターが凛であったとしても干乾びる。
これだけの魔力を放ち続けることが可能なアーティファクトなど、凛の知識には存在しない。
『……一体、何なのよ。ジュエルシードって』
敵が退いた空白に念話。それに対し、
『宝石です。願いに反応し、魔力を解放する……そして殆どの場合、動植物を取り込み暴走に至ります』
簡潔に答えを返すフェイト。
再び黒衣が宙を舞う。狙いは凛、今までより僅かに速いが、回り込んだフェイトが受け止める。
『魔力の篭った宝石……魔力量は? 無限とか言わないでしょうね!?』
念話を行使しながらも、刃を受け止める手は揺ぎ無い。凛も同様だ。次の攻撃を構築しつつ、隙を窺っている。
『……上手く使えば、世界を十は壊せます』
『脱出に使えるわね……』
(取り出す方法。体内で融合して魔力を放っている『願いに反応する』宝石……なら!)
『ルールブレイカー、持ってる?』
『あの短剣なら、私は持っていません。病院の机に置いてあると思います』
『使えば、こいつを倒せるわ』
破戒すべき全ての符。ありとあらゆる魔術契約を破棄させるあの宝具を突き立てれば、
(ジュエルシードも、恐らくは分離する……!)
だが、
『病院の、中?』
切り結ぶフェイト。その背後から援護射撃を行う凛からは、病院の外壁が見えている。
黒衣の男の肩越しに、だ。
『二手に別れるのは?』
『駄目ね。あのスピードで背中を狙われて避け切れる?』
『どちらかが足止めして、その隙に取りに行けば……ッ!?』
『嘘……!?』
驚愕の声が、同時に挙がった。
刃を振るっていた黒衣の男が、突如その速度を大幅に増したのだ。
フェイトとバルディッシュは躊躇わなかった。
『Sonic Form』
外套が紫電を散らして弾け飛び、同時に四肢へ光が宿る。
風を巻き起こし推進力へと変えるそれは、雷の色を宿した羽根だ。
その加速によって鎌を振り上げ、長剣の打ち下ろしを受け止める。
(……ソニックフォームじゃないと、止められなかった……!)
何故、速度が上がったのか。
簡単だ。人は歩くことによって走る方法を知る。魔力放出による機動制御に慣れたというだけの話。
そして、剣速が上がればその衝撃は重くなる。つまり、
(潰される……!)
圧し合うエクスカリバーとバルディッシュ。上に位置し、重量の全てを攻撃に回せるエクスカリバーが勝つのは道理。
だが、救いの手は訪れた。
『跳んで!』
凛の念話。反射的に刃を流し、真上へと飛翔した。
男は振り下ろした剣を受け流された状態だ。いかに魔力放出を行おうとも、慣性に重力が加わっては、刃を返すのは難しい。
フェイトの真後ろに備えていた凛にしてみれば、絶対の隙だ。
レイジングハートを左にスイッチし、右の拳を握り込む。
身を捻り半身へ。脚を僅かに上げ、そして大地を打ち据えた。
震脚。その反動、筋肉の収縮、重心の移動、呼吸法、それら全てが複雑に絡み合い相乗し、ヒトの拳を、一つの兵器にまで練り上げる。
加えて、
『Schwarze Wirkung』
漆黒の魔法陣が拳に力を付与し、
「――――――はぁッ!」
四千年の歴史を謳う拳技の一つが、鎧の中央、鳩尾を直撃した。
巨岩をも粉微塵に消し飛ばすであろう一撃。鋼は軋み、しかし、
(手応えが浅い!?)
剣を振り上げる事を捨て、退避のみに魔力を注いだ黒衣は、一瞬だけ早く跳んでいた。
拳の打撃に跳躍のベクトルを合わせ、その衝撃を受け流したのだ。
鎧は僅かに罅割れているが、肉体にダメージは無い。
だが、遠坂凛は諦めなかった。レイジングハートを右へと戻し、左の拳を握り、
「吼えなさい!」
『Eisengeheul』
生成された紅い球体に、一撃を叩き込んだ。
炸裂する。
殺傷能力は無い。だが、圧倒的な轟音と閃光は、術者を除いた全ての者の感覚を殺す。
鋼の咆哮が、放たれた。
◆
黒衣の男が視聴覚を喪っていたのは、極めて短い間だけだった。
人間が何の用意も無く受ければ一分近くの行動不能に陥るが、化物に対してそれを期待する方が間違っているというものだ。
視界に映ったのは、杖を持った黒髪の少女が一人だけ。
内から湧き出る衝動に従い、剣を構えて打ち掛かる。
(……?)
言い知れぬ違和感を感じた。だが彼は気にも留めない。ただ切り殺すのみ。
一刀。首を落とす筈だった一撃は、
「レイジングハート……!」
『Protection Powered』
展開された桜色の障壁に阻まれた。魔力の余波が、少女の黒檀じみた黒髪を舞い上げる。
ゆっくりと、しかし確実に、切先が盾を切り裂いていく。
その時だ。彼が、彼女の浮かべる表情に気付いたのは。
――――――世界を見据えてなお揺るがない、不敵な笑み。
翻る髪は、白銀ではなく漆黒。
危険を直感し身を引いた刹那、黒衣の全身に、それが襲い掛かった。
◆
『ねえフェイト。足止めなら、何秒持つ?』
『……六秒が精々です』
速度は追随されつつあり、力においては完全に押し負けている。
凛の援護射撃が牽制として作用していたからこその互角。
『そう……私はきっと、一秒だって持たないわ。今のスピードじゃ、動きを追うのが限界よ』
書の状態が万全であり接近戦をこなせれば、話は別だったのだろうが。
或いは彼女の素の能力が人から外れていれば。
しかし遠坂凛という魔術師は―――彼女の世界における魔術師は、戦闘者ではなく研究者だ。
それなりに練られた体術とて、黒衣の剣技に比べれば児戯に等しい。
到底、勝てはしないのだ。
だが彼女は誓った。喪わせた命は償うと。自らの決断の誤りによる喪失は、正しく迷わぬ決意によって贖うと。
この場において、最も間違った決断とは、
(私かフェイトが命を捨てること……!)
自己犠牲は美しい。だがそれだけだ。後には何も残しはしない。
自分達の死は、セイバーやギガゾンビに対する反逆の一歩を鈍らせる。
ならば、
『……足止め、頼んだわ』
『……!?』
その驚愕は、リインフォースのものだ。
凛が、自ら融合を解除した。
そして、淡々と事実を告げる。自らの弱さに目を逸らさないのが、今の彼女の在り方だ。
『コイツを相手に、私は戦力に入らない。今闘えているのは私じゃなくて、リインとレイジングハートの力よ。
貴方とバルディッシュを足して四人。それだけで、コイツと互角に闘っている。
なら―――三人掛かりならどう?』
その言葉で、皆が全てを理解した。
フェイトも、バルディッシュも、レイジングハートも、リインフォースも。
『私はもう迷わない。同じ過ちを繰り返すような、そんな道は選ばない。
―――フェイト・T・ハラオウン。貴方はどうするの?』
その問いに、運命を見据え立ち向かうことを決めた少女は―――
◆
上空から、真下を見据える視線がある。
(……私達が、勝つ為です)
黒鉄の戦斧を右手に掴む。金髪を風に流した彼女は迷いを振り払い、ただ一言を呟いた。
「―――ユニゾン・イン」
金髪が、青白い燐光を放つ稲妻じみた白へと転ずる。
同時、眼下の黒衣に向けて動力降下。
自由落下に背の四翼と四肢のフィンを加えたその速度が、音速の壁を打ち破った。
右手一本で構えた戦斧が紙を引き裂く音を立て、水蒸気の霧を曳く。
選択する魔法は一つ。射程距離を切り捨て、一撃の威力に特化した、ベルカ式の基礎にして真髄たる魔法。
『Load cartridge』
リボルバーが回転、定位置に移動したカートリッジが強烈な衝撃を受け圧縮魔力を解放する。
しかし、刃が噴き上げるのは金に輝く雷ではない。
それは風に舞い散る緋桜の色。
焔だ。
叫ぶ。その技の名を。かつて己の武器を断ち切った、その名を。
「紫電、一閃!」
振り下ろした。
直撃―――ではない。直前で避けられた。
だが爆焔の余波が、その鎧たる魔力を吹き飛ばす。
そして、フェイトの左手にはあるものが握られていた。
雷によって編まれ、しかし幅広の刃と鍔を備えたそれは一振りの長剣。
サンダーブレイド。
速度はフェイトが手に入れた。
敵の防御を剥ぎ取ったのはバルディッシュ。
ならば―――それを解き放つのが、彼女の持つ役割だ。
『リインフォース、蒼穹を渡る祝福の風。そして今は―――』
彼女の独白。それもまた決意を告げるようで。
『―――雷の元へと集う風の名だ……!』
応えるように、彼と彼女が声を挙げた。
「疾風、迅雷……!」
疾風を纏った迅雷の刃、それが得るのは加速ではない。
『Jet Zamber』
光を放つ切先が雷鳴を上げて伸長し、黒衣の腕を、左肩から切り落とす。
「今です!」
「ええ!」
フェイトの声に応え、凛は駆け出した。黒衣の横を飛翔によって抜け、病院へと飛び込んで行く。
優秀な猟犬は得物を逃さない。鎧の男はそれを追おうと足裏から魔力を放つ。
「追わせない……!」
だが、残像さえも残さず正面に回り込んだフェイトが、その進撃を停めさせた。
「私達の役目は足止め、だね……やるよ、バルディッシュ、リインフォース!」
『Yes,sir.』
バルディッシュがコアを明滅させ、応える。
『……一つだけ、聞いておきたい事がある』
だが、リインフォースは違った。その返答は問い掛けだ。
「……何ですか?」
若干気勢を削がれたフェイトが言葉を返す。
リインフォースは魔弾の構成を編みながら、
『ああ、時間を稼ぐのはいいが―――』
何の気負いも無く、まるでそれが当然であるかのように、
『――――――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?』
そう、言った。