ここは
「アニメ作品のキャラクターがバトルロワイアルをしたら?」
というテーマで作られたリレー形式の二次創作スレです。
参加資格は全員。
全てのレスは、スレ冒頭にあるルールとここまでのストーリー上
破綻の無い展開である限りは、原則として受け入れられます。
「作品に対する物言い」
「感想」
「予約」
「投下宣言」
以上の書き込みは雑談スレで行ってください。
sage進行でお願いします。
現行雑談スレ:アニメキャラ・バトルロワイアル感想雑談スレ17
http://anime2.2ch.net/test/read.cgi/anichara/1176643347/ 【基本ルール】
全員で殺し合いをしてもらい、最後まで生き残った一人が勝者となる。
勝者のみ元の世界に帰ることができる。
ゲームに参加するプレイヤー間でのやりとりに反則はない。
ゲーム開始時、プレイヤーはスタート地点からテレポートさせられMAP上にバラバラに配置される。
プレイヤー全員が死亡した場合、ゲームオーバー(勝者なし)となる。
【スタート時の持ち物】
プレイヤーがあらかじめ所有していた武器、装備品、所持品は全て没収。
ただし、義手など体と一体化している武器、装置はその限りではない。
また、衣服とポケットに入るくらいの雑貨(武器は除く)は持ち込みを許される。
ゲーム開始直前にプレイヤーは開催側から以下の物を支給され、「デイパック」にまとめられている。
「地図」「コンパス」「筆記用具」「水と食料」「名簿」「時計」「ランタン」「ランダムアイテム」
「デイパック」→他の荷物を運ぶための小さいリュック。詳しくは別項参照。
「地図」 → MAP-Cのあの図と、禁止エリアを判別するための境界線と座標が記されている。
「コンパス」 → 安っぽい普通のコンパス。東西南北がわかる。
「筆記用具」 → 普通の鉛筆と紙。
「水と食料」 → 通常の成人男性で二日分。
「名簿」→全ての参加キャラの名前がのっている。
「時計」 → 普通の時計。時刻がわかる。開催者側が指定する時刻はこの時計で確認する。
「ランタン」 → 暗闇を照らすことができる。
「ランダムアイテム」 → 何かのアイテムが1〜3個入っている。内容はランダム。
【バトルロワイアルの舞台】
ttp://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5f/34/617dc63bfb1f26533522b2f318b0219f.jpg まとめサイト(wiki)
http://www23.atwiki.jp/animerowa/
「――いっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜でェッ!!!」
注射を痛がる子供のような声を上げて、レヴィは瞳から涙を零した。
「こっのバカゲイナー! もっとまともに治療できねェのか!」
「無茶言わないでください。こっちは下手なりに頑張ってるんですから。死なないだけマシだと思ってください」
場所はフェイトとの合流地点に定めておいたE-6駅舎内……ではなく、駅周辺の喫茶店。
ゲイナーはその辺の薬局でくすねてきた痛み止めと包帯を用い、レヴィの銃創を治療していた。
医療の心得がないゲイナーの処置など急場凌ぎの意味しかもたないが、それでも放置しておくよりは幾分かマシである。
レヴィも拙い手つきに度々文句は垂れるものの、手当て自体を拒んだりはしなかった。
「――レヴィも怪我の割には元気みたいで、少し安心しました」
ゲイナーとフェイトのやり取りを見て、側にいたフェイトが柔和な笑みを浮かべる。
「そっちは変わったじゃねェか。あたしはてっきり、まだ泣きべそかいてるもんかと思ったんだけどよ」
「もう立ち止まらないって決めたから……それに、レヴィにも負けてられませんから」
「ハッ、ガキらしいハッピーな考え方だな。ま、あたしにゃ関係ねェけどよ」
悪態づくレヴィだったが、フェイトはそんな彼女の態度をやんわりと流している。
レヴィも必要以上に絡もうとはしないので、心労が溜まるほどの険悪な雰囲気になることはなかった。
時間の経過に伴って、互いが互いを認め合い始めたのかもしれない。思う存分銃を撃ち鳴らした反動で、ただレヴィが上機嫌なだけかもしれないが。
どちらにせよ、ゲイナーにとってはホッと息の休まる穏やかな時が流れていた。
五回目の放送で呼ばれた死者の人数は7人。これで残りは23人となってしまった。
ゲイナーたち三人を差し引いても20人。そこからトグサや橋での襲撃者を除いていけば、人数はさらに減る。
まだ見ぬ参加者の中に、果たして脱出の鍵を握る者はいるのだろうか。
ゲイナーは即渡すはずだった首輪に関するメモを手中で弄びつつ、ただ時の流れを待った。
「んなことよりよぉ、いつまでこんなチンケなとこで燻ってるつもりだ? 本当に来るんだろうな、テメェの見つけた仲間ってのは」
「ええ。六時にこの喫茶店で合流する……はずだったんですけど、さすがに遅いですね」
わざわざ合流地点の駅から場所を付近の喫茶店に移したのには、訳がある。
その訳というのも、フェイトがゲイナーたちと別行動中に新しく仲間にしたという人物との取り決めで、
当初の予定では六時前にこの喫茶店でフェイトとその人物が合流、そこから駅にてゲイナーたちと合流する手筈だったらしい。
だが言い出しっぺである新たな仲間は六時になっても喫茶店に現れず、このまま喫茶店で待ち続けるのも非効率的なので、先に駅でゲイナーたちと合流したというわけだ。
そして三人揃った上で、改めてその新たな仲間とやらの帰りを待っている。
「フェイトちゃんが見つけた新しい仲間っていうのは、人探しをするために市街地を探索してるんだよね?
ここまで待って現れないっていうことは、何かトラブルに巻き込まれたと考えた方がいいんじゃないかな?」
「そうですね。もう少し待って来ないようなら探しに…………」
『Sir』
フェイトが捜索に躍り出る意志を示したあたりで、彼女の傍らにある斧のようなデバイス、バルディッシュが喋り出した。
一人と一本が二、三言葉を交わし、やがてフェイトは安心したような笑みを浮かべてゲイナーに向き直った。
「探しに行こうかと思いましたけど、もうすぐ近くまで来てるみたいです。迎えに行ってきますね」
そう告げて、フェイトは喫茶店の外へ出て行った。
バルディッシュがフェイトに何らかの情報を与えていた様子から察するに、彼女が話していたエリアサーチなる魔法が、仲間の接近を感知したのだろう。
喫茶店に残されたゲイナーはまだ見ぬ仲間の到来を心待ちにしつつ、やや高揚した気分でレヴィにこんな言葉を投げかけた。
「どんな人なんでしょうね、フェイトちゃんが見つけた仲間って」
「興味ねェけどな。ま、こういう時のお決まりパターンとして、大概はどこかで会った顔見知りだったりするもんさ」
「ひょっとしたら、映画館で分かれたカズマさんだったり?」
「もしそうなら顔合わせた瞬間にBANGしてTHE ENDだ。スタッフロールの準備でもしとくんだなー」
実のところ、その新しい仲間の正体というのはまだ知らされていないでいる。
フェイトによると、とにかく心強くて頼りになる人物らしく、協力関係を結ぶことで幸を齎すことは確実だという。
何故フェイトがその人物の正体を秘密にしておくのかは分からない。
もしかしたら子供特有の遊び心でも働いているのかもしれないし、その人物に口止めされている可能性も考えられた。
要は、会うまでのお楽しみ、ということらしい。
故にゲイナーはトグサと出会ったことや首輪の解体に成功したこともまだ告げておらず、その新たな仲間の到来を待ち望んでいた。
今までに抱いてきた数々の希望は、どういう形であれ必ずと言っていいほど打ち崩されてきたというのに。
「――よぉチャンプ。久しく見てなかったが、随分と逞しい顔つきになったじゃないか」
あぁ、だから言ったのに。
不意に開けけられた扉の向こうから覗いた顔は、ゲイナーにとってとても見知った顔だった。
それはもう、嫌というほどに。ゲイナーは深く溜め息をつき、思わず顔を俯かせた。
「……っておい、なんだその無反応は。顔馴染みに再会したってのに、挨拶なしか」
「……まだ生きてたんですね、ゲイン・ビジョウさん。道中影も噂もなかったんで、てっきりどっかでのたれ死んでるのかと思いましたよ」
これまでの良識溢れるゲイナー少年のものとは思えない、冷めた視線と嫌みったらしい中傷が飛ぶ。
ゲイナーが初めて見せる物臭な態度に隣のレヴィが失笑していたが、ここはあえてスルーしておく。
――ともあれ、フェイトが連れてきた新たなる同志というのは、ゲイナー・サンガにとって最も因縁深い人物、ゲイン・ビジョウだった。
狙撃の名手で、アナ姫の誘拐実行犯で、女たらしで、シルエットマシン・ガチコのパイロットで、エクソダス請負人のゲイン・ビジョウ。
それこそフェイトが知らない事細かなプロフィールだって知っている。出会う以前の過去の素性については、アスハムに付け狙われるようなことをした、くらいしか知らないが。
「フェイトちゃん、この人に何かされなかった? 暗闇の藪の中に押し込まれたり、誰もいない個室に連れ込まれたり」
「へ、えっ?」
ゲイナーが投げかけた思いもよらぬ質問内容に、ゲインの後ろで入り口の扉をそっと締めたフェイトは目を白黒させる。
フェイトも律儀なもので、気遣いの眼差しを向けてくるゲイナーに対し、つい真実を口にしてしまう。
「えっと……暗い部屋で二人一緒にお話ならしましたけど」
「おい、俺を無視しておいてフェイトに尋ねることがまずそれか? ってコラ、やれやれと言わんばかりに首を振るなゲイナー!」
新たな仲間は、確かに『心強くて頼りになる仲間』ではあった。
実際のところ、彼がいなければヤーパンへのエクソダスなど当の昔に潰えていただろうし、様々な面で自分より秀でていることは認める。
女性の信頼を勝ち取るのも彼ならば容易いだろうし、このサバイバル空間で八面六臂の大活躍をする姿も優に想像できた。
だが根本的な問題として、ゲイナーはゲイン・ビジョウという人間があまり好きではない。
理由は簡単。それはゲインが、ゲイナーの嫌う最もな傾向である『嘘つきな大人』だからだ。
もっとも、これは初遭遇の時に植えつけられた悪しき印象であり、生活を共にしていく上でその認識もある程度は緩和された。
だが第一印象というのは根強く残るもので、あくまでも緩和された程度にすぎない。
ゲイナーにとってゲインという男は、イマイチ信用の置けない微妙な位置にいるのだ。
「……っと、そちらの麗しいご婦人はゲイナーのお連れさんかな?
いやはやゲイナー少年は奥手かと思ったが、なかなかどうして……サラが知ったらなんと言うか」
「ヘイ、オッサン。こいつの知り合いらしいが、あんまふざけたことぬかすなよ? こちとら仲良しごっこするためにいるんじゃねェんだ」
女性は女性、幼女であろうと熟女であろうと紳士な対応を変えないゲインは、ゲイナーの隣にいるレヴィに声をかけた。
レヴィもゲイン同様自己のスタンスは崩さず、相手が知り合いの知り合いだからといって、牙のように研ぎ澄まされた警戒心を解くことはしない。
「オッサンとは手厳しい。しかしその凛々しい物言いも魅力的です」
「ヘーイ、ゲイナー……このオッサンは何言ってやがるんだ? できたら通訳してくれ」
「どうです? この茶番が終わった暁にはぜひ一緒にお食事でも」
「食事に誘ってるみたいですよ」
「ヘーイ、ヘイヘイヘイヘイヘイ、ちゃんと耳に穴開いてるかオッサン? あたしはふざけたことぬかすなって言ってんだ。
要するに『ダ・マ・レ』だ。理解が追いついてんならちゃんと返事しな」
「ゲイナー、このご婦人のお名前は?」
「レヴィさんです」
「レヴィか……それはそれはときめくお名前で――」
――瞬間、レヴィの頭にある『何か』が弾けた。
腰元から即座にベレッタを引き抜き、同様にゲインもウェインチェスターを振り翳し、互いの銃口を向かい合わせる。
あっという間に両者が銃を向け合うという最悪な状況が出来上がり、その場にいた誰もが硬直した。
「……あたしは人の話を聞かないヤローってのが大嫌いでね。ついでに言うとくだらないジョークを並べるオッサンも大嫌いだ」
「それは失礼を。だがあいにく、俺はまだ28でね。オッサンと呼ばれるほどの歳じゃない」
レヴィの唯我独尊な性格を知ってかしらずか、ゲインは普段どおりの冗談めいた言動をやめようとしない。
猟犬と銀狼の視線が交差し、スラム街でなければ味わえないような張り詰めた緊張感を漂わせる。
「あいにくと、あたしはこのアマチャンほどお人好しじゃなくってね。気に入らねェ奴は誰彼構わずぶっ殺す。
そこら辺理解してんならさっさとその銃下ろして消えな。んで、二度とあたしの前に姿見せんな」
「そいつは大変だ。だが俺はこれからこの二人と大事な話をしなくちゃならない……が、命も大事だ。
今の銃を抜く手際の良さから察するに、早撃ちじゃ君には敵いそうにない。
これでも、向こうじゃ『黒いサザンクロス』なんて呼ばれてたんだが、形なしだな」
「ヘー。テメェもガンマンかよ。だったらおもしれェ。退屈しのぎにあたしと早撃ち勝負でもしてみるか?」
「ガンマンというよりはスナイパーと呼んでもらった方が性に合ってるな。
早撃ちはそれほどでもないが、飛んでくる銃弾を後発の弾で撃ち落すくらいの狙撃の腕は自負してるつもりだ」
「そりゃますますおもしれェ。ヘイゲイナー、合図よこしな。このオッサンに目にもの見せてやる」
まただ。レヴィと一日を共にし、いったい何度こういった境遇に巻き込まれただろうか。
ゲイナーは何度目になるか分からない溜め息を吐き、今度はどうやってレヴィを沈静化しようかと悩んでいると、
ふとゲインが空いた手でポケットを探っていることに気がついた。ただでさえ一触即発な状況に、この男は何を加えようというのか。
ゲイナーがハラハラした面持ちでゲインの動向を見守っていると、ゲインは一枚の紙をレヴィの眼前に指し示した。
ゲイナーの目にも入ったそれには、こう書かれていた。
『脱出に繋がるかなり重要な情報を握っている。協力をして欲しい』
それは、かつてフェイトとの筆談に用いられた用紙の一枚であり、それ一枚でこの硬直状態を解くには十分な威力を秘めたものだった。
「テメェ……このあたしと取引しようってのか?」
「君がそういった性格なのは理解した。そして理解した上で考えさせてもらった。君がゲイナーと行動を共にしていた理由をだ」
ゲインは一足先にウェインチェスターを下ろし、レヴィから銃口を背ける。
「銃の扱いに長けたピープルといったら、大抵は軍人か裏家業につく奴がほとんどだ。そしてそういったスキルは、この殺し合いでも遺憾なく発揮される。
だが見たところ、君はゲームに乗った快楽殺人者というわけでもない。ゲイナーと行動するメリットはなんら感じられないな。
だとするとだ。君はゲイナーとなんらかの取り決めをしたんじゃないか? 例えば、ゲイナーをガードする変わりに物資を要求したりな――」
ゲインの立てた推測は、概ね九十点くらいは上げて問題ないデキだった。
事実、レヴィは首輪の解除を報酬にゲイナーのボディガードをするという契約を果たしている。
これはギガゾンビの言いなりになって他者を殺しまくるよりは、首輪を外して一泡吹かせてやる方が面白いと判断したからだ。
それ故に、脱出というキーワードはレヴィの中でも相当なウェイトを占める。決して無視することはできない誘いだった。
「……ハッ、いっけ好かねェー。また人が増えたかと思ったら、ことごとくあたしの気にいらねェヤローばかりだ。
オーライだオッサン。滅茶苦茶ムカツクが、ここは一先ず休戦ってことにしといてやるよ」
「それはありがたい。だがさっきも言ったとおり、俺はオッサンじゃない。俺の名前はゲイン・ビジョウだ」
「へいへい、それはときめくお名前で」
「でしたらどうです? 改めてお食事の約束でも――」
「「ゲインさん!」」
このままではいつまで経っても話が進まない。
痺れを切らしたゲイナーとフェイトはゲインを叱り飛ばし、これ以上いざこざが起きないよう見張った。
当の本人はやれやれと肩を竦め、椅子に腰を押しつかせる。
そしてようやっと、『脱出』と『首輪』、二つの情報がリンクする時がやってきた――
◇ ◇ ◇
「そ、そんな……」
四人が向かい合って座る円卓に無数の紙を広げ、筆談でやり取りしているにも関わらず、ゲイナーはゲインの提示した情報に声を上げて仰天せざるを得なかった。
ゲイナーの両隣では、彼の驚愕顔を微笑ましく見つめるフェイト、大した驚きも見せず頬杖をつくレヴィ、そして向かいには、ニヤついたゲインが座っている。
「どうだゲイナー? 俺が一日を懸けて入手した情報の数々は」
「……不本意ですけど、あなたがエクソダス請負人だってことを、改めて思い知らされたような気がしますよ。ホント不本意ですけど」
ゲイン・ビジョウが提示した一枚のメモ。ビッシリと書かれたその紙面には、驚くべき有力情報の数々が記されていた。
中でも特筆して有益だったのは、この世界が六つの亜空間破壊装置によって維持されているという情報だ。
会場内に隠された六つの装置を破壊すれば、タイムパトロールや時空管理局といった外部組織との連絡が可能。
そしてその装置は、残すところを寺と温泉に隠された二つのみだという。
度肝を抜かれるとは正にこのことだった。禁止エリアの不可解な配列とギガゾンビの漏らした僅かなキーワードから、これだけの答えを導いてしまうとは。
エクソダス請負人という肩書きは伊達ではない。世界は違えども、ゲインはここでも立派に先導者として機能していた。
『亜空間破壊装置、それに監視と盗聴の仕組みについては理解したな?
なら問題は、ゲイナーとレヴィ二人の首輪にある盗聴機が健在かどうかなんだが、これまでの経緯を思い返してみてどうだ?』
『そうですね……銃撃戦やそれ以上の規模の戦闘に巻き込まれたことはありますけど、壊れているかどうかと聞かれたら正直微妙です。
フェイトちゃんの関与した戦闘にも僕たちは不干渉だったし……レヴィさんはどうですか』
「知るかよ。じゅ……」
「レヴィさん!」
筆談進行を心がけている三人から三叉槍のような突き刺さる視線を浴びせられ、レヴィは不承不承ながらもペンを握った。
「チッ、メンドクセェなぁ……『銃ぶっ放したくらいじゃ壊れねェってんなら、たぶん壊れてないんじゃねェか』」
落書きのような筆跡でその一枚だけを指し示し、それ以降レヴィは不貞腐れたような剥れっ面をして押し黙ってしまった。
ゲイナーとレヴィの盗聴機がまだ機能しているかどうかが未知数なこの現状では、不用意な発言も命取りとなる。
レヴィも与えられた仕事はそつなくこなす人間なだけに、ちゃんとした信頼関係の下ならこのようなハラハラした思いもしなくて済むのだが……明らかにゲインとの一件がマイナス作用を生んでいた。
『でも、これでまた前に進めますね。まさかゲイナーたちがトグサに接触できていて、しかも首輪の解体にも成功していたなんて』
『ああ。これには俺が一番驚いてるよ。ただのゲームチャンプが、意外な活躍を見せてくれたもんだ』
『それはどうも。でもゲインさんの功績の前では、僕の活躍なんて足元にも及びませんけどね』
レヴィ同様に頬杖をつき、不貞腐れたような態度でゲイナーはそう記した。
首輪の解体に成功したといっても、それはトグサの技術手袋があったから成しえた功績。
その上、中身の機械に関してはまるで正体を見い出させていなかった。対してゲインは、既に首輪の内部構造を主催側の人形から聞いている。
まだ確実な首輪解除の足掛かりを掴んだわけでもないゲイナーが、それほど誇らしい気分でいられるはずもなかった。
『拗ねるなよゲイナー。お前さんがトグサと接触できたというのは実に大きな功績だ。
それに、ラッシュロッドの時間停止を使って首輪の機能を一時的に麻痺させるという発想も面白い。
が、残念ながらこの世界にラッシュロッドは存在しないだろうな。巨大兵器は人の手にあまる』
『分かってますよそんなこと。それでフェイトちゃん、質問なんだけど、魔法の力で首輪の機能を一時的に停止させたりはできないかな?』
『そうですね……機械の機能を停めるっていう類の魔法もあるにはありますけど、
それはいずれも大掛かりな動きを停めるためのバインド系の魔法になります。
この首輪みたいに小さくて、それも内部の導火線が作用しないように制御するとなると、私の技術では……』
『そっか……魔法でも駄目か……』
『魔法というからには、時間を止めるくらいのことはできそうだがな。なにせオーバースキルでも可能なことだ。その辺はどうなんだ?』
『時間を止めるというのとはちょっと違いますけど、似たような魔法ならあります。
封時結界と呼ばれる結界魔法なんですが、これは通常空間から特定の空間を切り取り時間信号を
ズラす魔法で……言ってしまえば、亜空間破壊装置と同じような効果を持ちます。
この結界内ならギガゾンビの遠隔爆破にも対応できますが、機械の機能を停止させるまでには至りません。
そもそもこの世界では魔法の力が制限されていて、私の実力じゃ結界魔法は張れなくなってるみたいです』
『力の制御が成されている……魔法といっても、万能ではないというわけか。ギガゾンビも抜かりのないことを』
言葉を発することなく唸り合う三人と、それを面白みもなく眺める一人の時間は、無情にも過ぎ去っていく。
こうしている間にも、残りの人数は減少の一歩を辿っているに違いない。
不条理な世の中に己の無力さを噛み締めながらも、今はあるのかどうかも分からない答えを、想像の海から探し出す他なかった。
「ったく、なに小難しいことタラタラ並べてやがんだよ。ようはこれが外れりゃいいわけだろ? もっとシンプルにいこうぜ」
筆談に参加する気ゼロのレヴィが、進展を見せない様に文句を垂れる。
「そのシンプルにいく方法が見つからないから、小難しいことタラタラ並べて考えてるわけじゃないですか」
「頭がカテェなゲイナー。根積めてお勉強もいいがよ、時には脳ミソ空っぽにしてリラックスするのも手だぜ?」
「僕たちはレヴィさんほど簡単な思考はしてませんから」
「へぇへぇそうですか」
場の空気を読まないレヴィの発言に苛立つゲイナーだったが、向かいに座る男はそれを無碍に扱おうとはしなかった。
口元に手を当て、しばし思案顔になる。
『……いや、確かに俺たちは、少し小難しく考えすぎてるのかもしれない。レヴィ、君の意見も聞いてみたいんだが、一筆お願いできるかな?』
それまで何も考えていなかったであろうレヴィに対し、ゲインはそっとペンと紙を差し出した。
納得いかないのはゲイナーだ。レヴィは『力のある大人』ではあるが、精神年齢は著しく低い。
こういった作戦会議の場で有益な意見を出したことなど皆無だし、そもそも会話に参加しようとしたことすら稀だ。
ゲイナーはそういう認識でいたために、このゲインの取った行動を「どうせ無駄」としか思わなかった。
しかし、予想に反してレヴィはペンを取り、
『そうさな……シンプルに考えて、分かんねェことは知ってる奴に聞くのが一番手っ取り早い。
武器のことなら武器屋、病気のことなら医者、裏のことならマフィアって具合にな。
なら聞けばいいのさ。知ってる奴に。ゲイン、テメェの持ってきた情報だって、そのツチダマとかいう人形からぶんどってきたんだろ?』
相変わらずの乱暴な筆跡で、そう記した。
レヴィが易々と筆談に応じたのも意外だったが、その考え方についても感嘆せざるを得なかった。
分からないなら知っている人間に聞けばいい。学生が教師に教えを請うのと同じだ。実にシンプル。
一見、そんな教師的人物などいるわけがない、と呆れるような内容ではあるが、ゲインの前例を考えると一概にそうとも言えない。
そう、ツチダマだ。参加者と同じくゲーム内に滞在し、主催側にも通じているキーパーソン……レヴィの考えはつまり、そいつらから首輪解除の情報を聞き出すということだった。
『そんな、裏技みたいな真似……』
『だが実際、俺はツチダマを尋問し情報を得ることに成功している。レヴィの考えはシンプルではあるが、それ故に俺たちでは思いつかなかった』
『確かに盲点でした……ゲインの話によるとツチダマは亜空間破壊装置の側、つまり私たちが破壊した分を除いても、寺と温泉にいるはずなんですよね?』
『ああ。そいつらから情報を搾り出せれば、俺たちの悩みは一発で解決する』
『でも、首輪は解除できないことを前提として作られているんですよ? だからゲームも成り立つ。
ツチダマを問い質したとしても、僕たちの望む答えが返ってくる保障なんてない!』
『もっともな意見だ。だが試してみる価値はある。どうせ装置を潰しに行けば嫌でもツチダマと会うことになるんだしな』
レヴィの意見で話が進展したことが不満なのか、それともレヴィから意見を引き出したゲインの手腕が気に入らないのか、ゲイナーは複雑な顔を作っていた。
この一日、ゲイナーとレヴィはほとんどと言っていいほど一緒に行動していたわけだが、彼は彼女をただのトリガーハッピーとしか見ていなかった。
その点、ゲインは違う。下手な先入観を持たぬ分、公平な目でレヴィの本質を見抜くことが出来る。
さすがは生粋の女たらし。女性を見る目が鋭いというかなんというか……改めて、ゲイナーは色々な意味でゲインを見直した。
『だとすると、やっぱりここは当初の予定通り、ゲイナーとレヴィの二人に残り二つの亜空間破壊装置を潰しにいってもらいましょうか?』
『そうだな……ゲイナー、お前はどう思う?』
『僕は反対ですね。理由は四つあります。
まず一つ目、レヴィさんは怪我人です。主催者が罠を施しているとも限らない場所に向かわせるには、不安要素が付きまとう。
二つ目、レヴィさんはそんな繊細な仕事をこなせる人じゃない。派手にドンパチやらかして、主催者に気づかれるのがオチですよ。
三つ目、レヴィさんは他人の指図を易々と受けるような人じゃない。物で釣るか何かしないと、動きやしませんよ。
それに四つ目ですが――』
「……ヘイ、ゲイナー。お前、最近ヤケに勇敢になったじゃねェか。ここいらでもう一度、レヴェッカ姐さんの調教が必要か? あン?」
横から蛇のような睨みを利かせ、ゲイナーの筆が止まる。
かなり特殊なデコボココンビにゲインとフェイトの二人は苦笑し、筆談を再開させた。
『四つ目は――ギガゾンビに気づかれる可能性が高い。これ以上装置の破壊を続けるなら、首輪を解除してからの方が安全だ。
そう言いたいんじゃないか、ゲイナー?』
『え? ああはい、そのとおりです』
震える筆跡を考慮して、ゲインがゲイナーの言わんとすることを先に言い当てた。
『残りの装置はあとたったの二つだ。そしてその二つはいずれも北東に位置し、近場にある。
片方が破壊されたと知れれば、当然もう片方の守りは堅いものとなるだろう。
例えば、施設に近づいただけでボカン……とかな。ただでさえ、既に四つの装置が破壊されているんだ。奴さんの警戒心も強まるさ』
『そうなってしまったら目も当てられない。残りの二つは、幸運にもすぐ近くの位置関係にあります。
潰すならまず首輪を解除して遠隔爆破の心配を除去、その上で一気に畳み掛ければ、相手に罠を施す暇は与えません』
『さすがはゲームチャンプだ。対戦相手の思考を的確に捉えている』
ゲイナー本来の持ち味がやっと発揮され、ゲインは作戦を共同する仲間として微笑まずにいられなかった。
バトルロワイアルなどというのは、言ってしまえばサバイバルゲームのようなものだ。
対戦相手やルールの裏に隠された盲点を突き、先の先を読むのことこそ勝利の鉄則。
そしてゲームチャンプたるゲイナーは、その鉄則を十二分に心がけている。
相棒としておくには、これ以上ないほどに頼れる存在なのだ。
……などということがゲインの口から漏れることは絶対になく、煽てるような口調でゲイナーと接するのは相変わらずだった。
『いやはやさすがだ。俺なんか足元にも及ばない。これからはゲイナーくんのことを、ミスター・チャンプと呼ぶことにしよう』
『ふざけたこと言わないでください。それより、話を進めますよ。
とにかく僕の意見としては、これ以上ギガゾンビの警戒心を悪戯に強める行為は危険だと思います。
装置の破壊は一旦保留にして、首輪解除の方に全力を注いだ方がいい』
『私もゲイナーに賛成です。装置を全て破壊すれば外部との連絡も可能になり、ギガゾンビを追い詰めることは容易になります。
でもその反面、相手もそれ相応の措置を取ってくるはずです。
遠隔爆破が可能という今の状況では、装置を破壊したとしても私たちの不利は覆らない』
『つまり二人は、まず首輪をどうにかしてから装置を潰しにいくのが懸命だと。レヴィ、君はどう思う?』
『その辺の算段はあんたらに任せるさ』
『そうか』
さて、どうするべきか。
レヴィの提案した『ツチダマを尋問し首輪解除の方法を聞きだす』という作戦も一考の余地はあるが、『今寺や温泉に近づくのはギガゾンビの警戒心を強めるだけ』というのがゲイナーとフェイトの意見。
いつの間にか四人のリーダーポジションについていたゲインが、この先の指針を定める決定権を握っていた。
悩むこと数十秒。ゲインは天井を仰いだり、記憶の海をひたすら遡行してみたり、窓の外を眺めたりして、皆の視線を集めた。
粛々とした雰囲気が喫茶店内を包み込む。判断を待つ三人の誰かがゲインに話しかけようとしたところで、
「……よし!」
小さく、ゲインが気合を入れた。
決意定まったような速筆でペンを走らせ、これからの方針を書き記す。
『まず今後のことについてだが、ゲイナー、フェイト、レヴィの三人は、このまま病院に向かってトグサと合流してくれ。
合流後はそのまま病院で待機。12時を目安に俺も病院で合流する』
『三人って……ゲインはどうするの?』
『俺はここより南に位置する施設、遊園地に向かってみようと思う』
『遊園地?』
顔を見合わせて首を傾げるゲイナーとフェイトの二人に、ゲインは説明のための一文を書き記した。
『遊園地にも亜空間破壊装置が配置されていたんだが、これは劉鳳という参加者の手によって偶発的に損壊してしまったらしい。
この情報をモールダマが知っていたということは、遊園地にいたツチダマがそれを仲間内に連絡したということだ。
なら、恐らく遊園地にもツチダマはまだいる。俺はそいつを探し出し、改めて情報収集をしてみようと思う』
『なるほど……でもそれは危険です。ただでさえゲインは怪しい単独行動が多いんだし、もしギガゾンビに目を付けられていたら……』
『なーに、駄目でもともと、ツチダマが見つからないようならすんなり撤退するさ。
それにまだ立ち寄っていない施設なら、有益な情報が取り残されている可能性だってある。
ちょっとした冒険心からくる流れ旅だ。一人で突っ走ったりはしない』
『でも、あまり利益を齎しそうな行動とは言えませんね。そんなことをするくらいなら、四人で固まって安全度を優先した方がいいと思いますけど』
『あまいなゲイナー。確かにフェイトやゲイナーたちを襲った襲撃者がまだ蔓延っている現状、安全確保は最重要事項と言える。
だが何も全員が凝り固まっているばかりが最良というわけじゃない。いざという時に動ける伏兵がいた方がいいとは思わないか?』
『一理ありますね』
『確かにそうかもしれませんけど』
『それになゲイナー、もう一度この紙面をよく見て欲しいんだが、何か気づくことはないか?』
そう言って、ゲインはゲイナーの目の前に一枚のメモを指し示す。
それは、首輪に関する事項を纏めたメモだった。気づくも何も、これを書き記したのは他でもないゲイナー本人である。
今さら注目するところなどないように思えるが……
『あまいな。大あまだゲイナー。お前は俺に何を教えられた?
首輪を解体した時点で気づかなかったのはしょうがないとしても、今のお前は俺の情報によって首輪の中身をほぼ全て把握しているはずだ。
首輪を構成している機具は五つ。爆弾と盗聴機、禁止エリアと遠隔装置の電波を受信する機械、そして戦闘データの計測器。
あ る べ き は ず の も の が な い こ と に 気 づ か な い か ? 』
行間を開けてその一文を強調してみせるゲイン。
ゲイナーはその意図を捉えることができず、同様にフェイトも首を傾げ、レヴィは黙ったままペンを握ろうともしなかった。
『分からないなら仕方がない。これが最終ヒントだ――お前が解体した首輪は、どうして解体できたんだ?』
その一文を目に捉えた瞬間、ゲイナーはハッと口を開き、雄々しく立ち上がった。
「――そうか! そういうことか!」
何かに気づいたゲイナーは意気揚々とペンを握り、自らの脳が組み立てた論理を文字に変えていく。
『どうして解体できたかって? そんなの決まってます。首輪が既に機能を停止していたからですよ!
そうなんだ。首輪は機能さえ停止させれば、技術手袋で解体できる。そして首輪の機能を停止させるには――』
『そうだ。首輪の機能を停止させる方法……それは、「装着者の死」だ』
『そうですよ! 首輪は付けている人が死んだ時点で機能を失う。だからこそ、僕らは首輪の解除に成功できたんだ』
『ちょ、ちょっと待ってください。つまり、どういう意味なんですか?』
『あたしらにも分かるように説明しな』
二人で無言のまま盛り上がる男たち。
その妙な光景を諦観していたレヴィとフェイトだったが、さすがに口を挟まずにはいられない。
死ねば首輪の機能が停止するなど、レヴィが技術手袋での解体に成功した時点で明らかになったことではないか。
それなのに、何を今さら喜ぶことがあるのか。
『分からないんですか!? 僕たちが解体に成功した首輪は、付けていた人が死んで既に機能を失っていた首輪です。
そんなことは分かりきっていたことなのに、僕は今まで抱くべき疑問をずっと失念していたんだ!』
『ま、実のところ俺も今ハッとひらめいたんだがな』
ペンを走らせながらにやつく男二人は、お世辞にも見ていて気持ちのいいものではなかった。
ひたすら疑問符を浮かべるだけの女性陣二人に、ゲイナーが説明めいた一文を記す。
『そう、首輪は死ねば機能が停止する。じゃあ、その「死」を判別する方法はなんだと思います?』
『ギガゾンビが監視映像を見て……遠隔操作で死んだ人の首輪を停止させている?』
『それはまるで意味のない行為だ。首輪を停止させるのに、わざわざ遠隔操作するほどのメリットは感じられない』
『普通に考えて、その首輪に死んだかどうか判別する機械が付いてんじゃねェのか?』
『まさにそれです。でも、この首輪の中にある機械は爆弾に盗聴機、電波の受信と送信を行う機械と戦闘データの計測値だけ。
ツチダマの話からしても、生死を判別する機具なんてのは入ってないんですよ!』
『まどろっこしいな。だったらいったいなんだってんだよ』
『爆弾……盗聴機……受信装置と送信装置と……そうか』
『フェイトちゃんは気がついたみたいだね。レヴィさんは分かりませんか』
「ワカランね」
もったいぶってばかりでイマイチ要領を得ないゲイナーに対し、レヴィはやる気をなくしたかのように筆談放棄してしまった。
木製の椅子をギコギコ揺らしながら、さっさと答えを出せと目で訴えてくる。
『覚えてますか? 僕らが解体した首輪には、二本の導火線が繋がれた爆弾が搭載されていた。
その内の一本は、首輪の内側部分に接触していました。これは外部からの振動を受けた場合、すぐに起爆するよう施されたものです。
この仕掛けによって、強引な方法での首輪解除は不可能となっている。もし強引にやれば即ドカンです。
問題はもう一方の配線……これが繋がっていた「戦闘データ計測器」こそ、生死を判別する機械だったんだ!』
「な、なんだってェー!!?………………は?」
ゲイナーが自信満々に提示したその紙面に驚きのリアクションを見せたレヴィだったが、その口元は次第に逆向きの弦月型へと変わっていく。
『モールダマの話では、戦闘データの計測は装着者の体温と振りかかる運動エネルギーを基盤にしているらしい。
装着者が死ぬ、つまり体温が著しく低下したり身体が寸毫も動かなくなったりすれば、計測器は装着者を死亡したものと断定する』
『そして戦闘データの送信作業は中断され、同様に爆弾や電波受信装置も機能を停止する。
戦闘データの送信が中断されれば、ギガゾンビ側もこれを死亡したものと判断できる。
戦闘データの計測器には、ただ単に要注意参加者をリサーチするだけではなく、生死を判別する機能も隠されていたわけですね』
『そのとおりだフェイト。まったくモールダマも分かりにくい説明をしてくれる。もっと早くこれに気づけていれば……』
「ヘイ、ちょっと待てよ」
満足げな顔で首肯を繰り返す三者だったが、現状何が解決したのかまったく理解できていない者が一人。
口を挟んだレヴィは、再びペンを握って拙い質問文を書き起こした。
『戦闘データの計測器が生死の判別道具になってる。ここまではオーケイだ。
だがよ、それがなんだってんだ? テメェらやたら納得してるみてェだが、そんなもんが分かったってなんの解決にもなりゃしねェだろうがよ』
『いや、なりますよ。ここはレヴィさんがさっき教えてくれたとおり、シンプルに物事を考えればいいんです』
『そうだ。物事は至ってシンプル。戦闘データの計測器で生死の判別を行っているっていうんなら……』
『その計測器を壊す。もしくは故障させて、装着者が死亡したと誤認させればいいんです』
レヴィ以外の答えに辿り着いた三人が、各々の文面で解決策へと先導する。
しかし、そのどれもが直接的な答えには繋がっておらず、レヴィは今一歩要領を得ない。
『……イマイチよく分からねェな。
計測器が死んだって決めつけるにゃ、体温を死体並に低くして、手足はもちろん心臓とかもまったく動かなくさせりゃいいわけだろ?
そんなんどうやってやる? マグロ用の冷凍庫にでもブチ込むのか?
フェイトの言うような首輪の中の計測器を壊すってのも論外だ。
そんな器用な真似ができりゃ、導火線に触れないように首輪をバラすことだってできるだろうからな』
『確かに破壊はできません。でも、フェイトちゃんの言うように外部から計測器を故障させて、装着者が死亡したと誤認させることはできます』
『ハァ? んなもん、どうやってやるんだよ』
『リモコンを作るのさ』
ゲインの提示したその一枚が、首輪解除への決定的かつ明瞭な『答え』だった。
もちろん、その一文だけでレヴィが納得などできるはずもない。
他三名はやたら物分りがいいようだが、疑問を抱き続けるレヴィの反応こそが普通と言えるだろう。
『何も装着者の身体を死体と同じ状態にする必要はない。外部から計測器を狂わせ戦闘データをゼロと誤認させる電波発生装置を作ればいいのさ。
幸いにも、首輪には電波を受信する装置が付いているからな。外部から悪質な電波を流し込むことは可能だ。
材料はさっき言ったリモコンの他にも、無線機などの電波を発生させる機械ならなんでもいい。
それにゲイナーが分解した首輪の計測器と受信・送信装置を組み合わせれば、特性の障害電波装置が完成だ』
『ヘーイ……随分と簡単に言ってくれるがよ、誰がそんなエジソンみてェな真似できるんだよ。まさか、ここまで言って当てがねェわけじゃないよな?』
確かに、レヴィの言い分はもっともだった。
ゲインの構想を実現させるには、理想どおりの機械を製作できる技術者の協力が必要不可欠であり、このメンバーの中にそれほどの科学力を持つ者はいない。
だがゲイナーはあっけらかんとした顔で、ああそうですね、と言わんばかりの顔を作り出す。
『いえ、僕たちの知り合いにそんな技術者はいないし、今から探すのも絶望的です。でもレヴィさん、あなたは一つ、重要な見落としをしている』
「?」
『改造を施せるピープルはいないけど、それを可能にする道具ならある――そう、「技術手袋」ですよ。
あれの特性は分解と修理、そして改造です。トグサさんの話なら、ラジコンを兵器に変えることも可能らしいですからね。
実際の首輪の中身を部品に使えば、誤認電波を送る機械を作ることなんて簡単なはずです』
そう――首輪解除のキーアイテムにして、キーすぎる故にそれ以外の用途を考えようともしなかったのが盲点だった。
技術手袋でまず首輪解除の関門となるブロックを破壊する装置を『製作』し、そして破壊が終了した後で『分解』を行う。
ゲインが得た、首輪が持つ様々な機能に関する情報。
ゲイナーが得た、首輪の詳細な内部構造図と技術手袋という重要アイテムの情報。
ゲインとゲイナー。奇しくもウルグスクのエクソダス仲間二人の提示した情報が重なり合い、これまでにない確かな光明を導き出した。
「やるじゃねェかゲイナー! 少し、いやかなり見直したゼッ!!」
「わ、わわ、ちょ、ちょっと! 首、くびしま……」
ついに指先が掛かった首輪脱出への足掛かりに欣喜雀躍するレヴィ。
重大な功績を挙げた男二人の片割れであるゲイナーにアームロックを仕掛け、ゲーム開始当初のイライラが嘘のような上機嫌振りを見せる。
『でもゲイン……それならわざわざ別行動を取らなくても、まずみんなでトグサの所へ行って、先に首輪の解除作業に入った方がいいんじゃ?』
『いや、物事が計画どおりうまくいくとは限らないからな……さっきも言ったとおり、凝り固まって動くことが最良とは言えないさ。
それに俺が遊園地へ行く目的だが、取り残された情報を入手する他に、隠れている参加者を捜すという意味もある』
『隠れた参加者を捜す?』
『ああ。全体の人数は残り22人だが、俺たち四人が噂も聞いたことのない参加者はまだいる。「園崎魅音」や「北条沙都子」なんかがそれだ。
ピープル同士の殺し合いなんていう恐ろしすぎる状況で、そういった未遭遇者がどこかに隠れ潜んでいる確率は高い。
首輪解除への足掛かりが掴めた以上、そういう弱者の方々を保護しておくのも重要かと思ってね』
ただでさえ、ゲインにはみさえとの約束がある。
野原しんのすけ少年が常識の枠に収まる五歳児であるならば、どこか人気のないところに隠れていても不思議じゃない。
『確かに……どこかに隠れて怯えている子がいるとしたら、先に助けてあげないと。
ならゲイン、私もゲイナーたちとは別行動を取って、参加者の捜索に向かわせてくれませんか?』
フェイトは机上に地図を広げ、北西のエリアに位置する名前付きの建物を指差した。
『学校……? 確かに隠れてやり過ごすにはもってこいの場所だが』
『私のスピードなら、学校を捜索してそこからトグサのいる病院まで戻るのにも時間はかかりません。集合時間はそのままでいいですから』
『いいだろう。ゲイナー少年には優秀なボディガードが付いてるようだし、なかなかいいコンビでもあるようだしな。しばらく二人きりを満喫させてやるのも悪くはない』
「ははっ……」
こんな緊迫した状況でも冗談めいた言動を徹底するゲインに、フェイトは失笑してしまう。
ゲインがじゃれる男女二人を呼びつけ、今後の方針を説明する。
ここまで来るのには辛く遠い道のりだったけれど、やっと、やっとヒカリを掴むことができた。
タチコマやなのは、みさえや光――四人が心中で回顧する犠牲者の思いは、無駄にはならなかった。
やれる。この人たちとなら。
レヴィも含めて、四人全員がそう確信していた。
◇ ◇ ◇
「おい、オイオイオイオイマジかよ!」
一人、サンタクロースと対面した子供のようにはしゃぐレヴィの姿があった。
それもそのはず。彼女の手には、やたらと馴染む海賊刀――の名を冠する愛銃が握られていた。
ベレッタM92カスタム、通称ソード・カトラス。ラグーン商会の女ガンマン『二挺拳銃(トゥーハンド)』の代名詞とも言える銃である。
「お喜び頂いた様で光栄の限り。物々交換がお望みなら俺はこのライフルを頂きたいのだが、よろしいかな?」
「オーケイ、商談成立だゲイン。いやぁ〜話の分かる相手ってのは嫌いじゃないぜ。ちったぁ見習えゲイナー」
「はいはい……」
「ゲインが遅れた理由って、これだったんですね」
喫茶店の机上には、銃器や刀剣、多種多様な武器の数々が広がっていた。
レヴィの愛銃ソード・カトラスや守護騎士シャマルの専用アームドデバイス・クラールヴィントなど、正に多種多様。
これこそが、ゲインの合流が遅れた理由――彼は市街で参加者の捜索を行うついでとして、E-7に残されていた物資を採集してきたのだ。
「ふと、ヒカルが水に溶ける剣をデイパック越しに持っていたことを思い出してな……それにあのご婦人がフェイトの友人と知ってしまった以上、無碍にすることもできまい」
「……ありがとう、ゲイン」
己の尊厳を懸け火花をぶつけ合った者――シグナム、次元大介、ぶりぶりざえもんの遺体は、今は土の中である。
仲間が増えると分かったならば、限りある武器を無駄に放置させておくのは勿体無い。
それにご婦人の遺体を風に晒しておくのも、ゲインの信条に反する愚行である。
結果として、待ち合わせの時間に遅れたり新たな仲間を得ることには失敗したものの、チーム内の戦力は補強できた。
何より、かつての戦友にしてライバルだった女性が弔われたことが、フェイトにとって救いとなった。
「ゲイナー、この銃はお前にプレゼントだ。男がご婦人に守られてばかりというわけにはいかないだろうしな。
この首輪もお前が持っておけ。トグサの方でトラブルがあったとしたら困るからな」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ……あれ、ゲインさん、このサングラスは?」
「ん、見覚えがあるのか? 誰かのデイパックに取り残されていたものなんだが」
「このフォルム、間違えようがない。クーガーさんが付けていたものだ……これ、僕がもらっていいですか? カズマさんに会ったら渡してあげたいんで」
「よく分からんが、知り合いのものならお前が持ってるのが一番いいだろう」
その他、大量の物品を各々で分配していく。
フェイトはバルディッシュがあれば十分と武器を他の者に譲り、スパイセットは解体の余地があるかもしれないとゲイナーへ渡された。
レヴィも二挺とはいかないが愛銃を取り戻したことによりご機嫌、これで全ての支度は整った。
「じゃあ再確認だ。ゲイナーとレヴィは病院へ向かい、トグサと合流。俺は遊園地、フェイトは学校で参加者の捜索だ」
「了解です。でもゲインさん、今度は時間に遅れないようにしてくださいよ」
「心得ておこう。集合場所は病院、不測の事態が起きた場合の臨時集合地点はこの喫茶店だ」
「はい。じゃあゲイナー、レヴィ、方向は一緒だけど、私は先に行きますね。それと、タチコマのメモリチップの件、お願いします」
「うん。フェイトちゃんも遅れないよ――グェ!」
「オラゲイナー! テメェはこっちだ。さっさときやがれッ!!」
フェイトが地上の光景に微笑みつつも飛翔し、北西へと飛び去っていく。
ゲイナーはレヴィに首根っこを掴まれながら、文句を垂れつつも西への勾配を駆け進む。
「……さて、俺も行くとしますかね」
エクソダス請負人は仲間を見つけた。
それはかつての同胞であったゲームチャンプの少年であり、それを警護するボディガード兼運び屋であり、極めつけは魔法少女だった。
少数精鋭ながら、頼りがいのある同志たちだ。エクソダスを志す、強いピープルだ。
「頼むぜゲイナー。エクソダスに邪魔者は付き物だ。この世界でも、いつシベ鉄やセントレーガンみたいな奴等が介入してくるか分からない。
そんな時なんとかするのは、お前の役目だ。……あークワバラクワバラアクリョウタイサンっと」
ヤーパンにはそんな言葉があったけな。意味はよく覚えていないが。……そんなことを思いつつ、ゲインは南へ向かった。
【E-6・上空/2日目/朝】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、背中に打撲、魔力消費(中)/バリアジャケット装備
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム、残弾4/6)魔法少女リリカルなのはA's、双眼鏡
[道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド、クラールヴィント@魔法少女リリカルなのはA's、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:ルルゥの斧@BLOOD+、ルールブレイカー@Fate/stay night
[思考・状況]
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す。
1:A-1の高校へ向かい、隠れている参加者がいないか捜索。発見しだい保護する。
2:12時を目安に病院でゲイナー、トグサ等と合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
3:ゲームの脱出に役立つ参加者と接触する。
4:カルラの仲間やトグサ、桃色の髪の少女の仲間に会えたら謝る。
※その他、共通思考も参照。
[備考]:襲撃者(グリフィス)については、髪の色や背丈などの外見的特徴しか捉えていません。素顔は未見。
:首輪の盗聴器は、ルイズとの空中戦での轟音により故障しているようです。
【E-6/2日目/朝】
【魔法少女ラジカルレヴィちゃんチーム】
【レヴィ@BLACK LAGOON】
[状態]:上機嫌。脇腹、及び右腕に銃創(応急処置済み)頭にタンコブ(ほぼ全快)、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い。
[装備]:ソード・カトラス@BLACK LAGOON(残弾15/15 予備残弾31発)、ベレッタM92F(残弾10/15、マガジン15発)
:グラーフアイゼン(待機状態、残弾0/3)@魔法少女リリカルなのはA's
[道具]:デイバッグ×2、支給品一式×2、イングラムM10サブマシンガン(残弾13/30 予備弾倉30発 残り2つ)
:グルメテーブルかけ(使用回数:残り16品)@ドラえもん、ぬけ穴ライト@ドラえもん 、テキオー灯@ドラえもん
:バカルディ(ラム酒)×1本、割れた酒瓶(凶器として使える)、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。物事なんでも速攻解決!! 銃で!!
1:病院へ向かいトグサと合流。
2:そのまま病院で待機し、12時を目安にフェイト、ゲインと合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
3:見敵必殺ゥでゲイナーの首輪解除に関するお悩みごとを「現実的に」解決する。
4:魔法戦闘の際はやむなくバリアジャケットを着用?
5:カズマとはいつかケジメをつける。
6:ロックに会えたらバリアジャケットの姿はできる限り見せない。
[備考]
※双子の名前は知りません。
※魔法などに対し、ある意味で悟りの境地に達しました。
※ゲイナー、レヴィ共にテキオー灯の効果は知りません。
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:風邪の初期症状、腹部と後頭部と顔面に相当なダメージ(応急処置済み)、頭にたんこぶ(ほぼ全快)、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い。
[装備]:コルトガバメント(残弾7/7 予備残弾38発)、トウカの日本刀@うたわれるもの、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料一日分消費)、ロープ、フェイトのメモ、画鋲数個、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:タチコマのメモリチップ、スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳@ドラえもん、鶴屋さんの首輪、クーガーのサングラス
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。
1:病院へ向かいトグサと合流。
2:そのまま病院で待機し、12時を目安にフェイト、ゲインと合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
3:トグサの技術手袋と預けた首輪の部品を使い、計測器を死亡と誤認させる電波発生装置を製作する。
4:3で製作した装置を用い首輪の機能を停止させ、技術手袋で首輪の解除を試みる。
5:機械に詳しい人物、首輪の機能を停止できる能力者及び道具(時間を止めるなど)の探索。
[備考]
※名簿と地図を暗記しています。また、名簿から引き出せる限りの情報を引き出し、最大限活用するつもりです。
※なのはシリーズの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています。
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)、ギガゾンビへの怒り
[装備]:ウィンチェスターM1897(残弾数5/5)、NTW20対物ライフル(弾数3/3)、悟史のバット@ひぐらしのなく頃に
[道具]:デイパック、支給品一式×14(食料4食分消費)、ウィンチェスターM1897の予備弾(25発)
:9mmパラベラム弾(40発)、ワルサーP38の弾(24発)、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ。カトラスの予備弾はレヴィへ)、
:極細の鋼線 、医療キット(×1)、マッチ一箱、ロウソク2本、スパイセットの目玉と耳@ドラえもん(×2セット)
:ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの
:13mm爆裂鉄鋼弾(21発) デイバッグ(×4) 、レイピア、ハリセン、ボロボロの拡声器(使用可)、望遠鏡、双眼鏡
:蒼星石の亡骸(首輪つき)、リボン、ナイフを背負う紐、ローザミスティカ(蒼)(翠)
:トグサの考察メモ、トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ 、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:獅堂光の剣@魔法騎士レイアース、鳳凰寺風の弓(矢18本)魔法騎士レイアース、454カスール カスタムオート(残弾:0/7発)
[思考・状況]
基本:ここからのエクソダス(脱出)
1:遊園地へ向かい、隠れている参加者がいないか捜索。発見しだい保護する。
2:その際、ツチダマがいるようであれば首輪解除の件に関して再度尋問を試みる。
3:12時を目安に病院でゲイナー、トグサ等と合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
4:信頼できる仲間を捜す。
(トグサ、トラック組み、トラック組みの知人を優先し、この内の誰でもいいから接触し、得た知識を伝え、情報交換を行う)
5:しんのすけを見つけ出し、保護する。
6:エクソダスの計画が露見しないように行動する。
7:場合によっては協力者を募る為に拡声器の使用も……?
8:ギガゾンビを倒す。
※その他、共通思考も参照。
[備考]:仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
:首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
:モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
※次元大介、ぶりぶりざえもん、シグナムの遺体は埋葬されました。
※『エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ』に書かれているのは以下の通り。
・亜空間破壊装置の所在とツチダマについての説明
・首輪の内部構造と解除手段についての考察の説明
・監視方法についての説明
――アーハッハッハッハ!! ヒィィィィハッハァ―――――ッツ!!
目を覚ますと同時に、私の耳にはそんな男の人の笑い声が聞こえてきた。
この殺し合いを取り仕切っているギガゾンビの声が。
そして、放送が流れているという事は…………
「朝、ですのね」
窓から差す明るい陽の光に目を細めて、ここに来て2回目の朝が始まったことを確認すると、私は体を起こす。
だけど、立つ事はそう容易に叶わない。
……そう、私の右足はもう使い物にならないのですから。
なんとか松葉杖を使って立ち上って、今自分のいるこの部屋を見渡してみると、そこにあるのはもぬけの殻の布団だけ。
「私が最後でしたのね」
確か放送が始まるのは朝の6時のはずだったから、皆さん6時前には起きていることになる。
まったく、早起きさんが多いですわ。
「……お? 物音がしたと思ったら、やっぱ起きてたんだね沙都子」
――すると、突然部屋のふすまが開いて、向こうから魅音さんが入ってきた。
「み、魅音さん……」
「……あ、そうかそうか。いきなり出てきて驚いた? 沙都子はあの時寝てたんだっけね」
すると、魅音さんは私が寝ている間に、仲間と一緒にここに来たと説明してくれた。
……本当は私、魅音さんが来た時は寝た振りをしていただけで起きていたからその事はもう知っている――とは流石に言えませんでしたわ。
そして、魅音さんは説明を終えても尚、今までの苦労話を口にする。
聞けば、魅音さんも梨花やいろんな人達と出会い、そして分かれてきたみたいですわね。
「魅音さんも、色々と苦労したんですのね」
「――んー、まぁね。本当に色々あったよ……。変な奴に会ったり、おっかない奴に襲われたり、面白い人と一緒に行動したり……」
そう喋る魅音さんの顔はどこか寂しげに見える。
……でも、それからすぐに、魅音さんの顔は笑顔に変わる。
「――でも、本当に良かったよ。こうして沙都子と無事に会えたんだからね」
その言葉からは、全然悪意なんて感じられない。
部活の時のような駆け引きをする言葉じゃない、心の底から生まれ出たそのままの言葉だった。
でも、それはあの日、私を鬼の様な形相で睨んだ魅音さんからは想像もできないような言葉で……
「……どうしたの沙都子? 体の調子が悪――――って、ご、ごめん! 私、沙都子の足のことすっかり忘れちゃってたよ! 私、沙都子の足がそんななのに“無事”なんて言葉言っちゃって…………」
「い、いえ、全く構わないのですことよ。私も魅音さんに会えて本当に嬉しいのですから」
それは、半分本当で半分嘘。
確かに部活メンバーで気心の知れた魅音さんと再会できたのは、嬉しい。
だけど、今はバトルロワイアルという名の生き残りを賭けたゲームの真っ最中。
……だから、心の中では魅音さんも圭一さんやレナさんのように、私の知らないところで死んでいてほしいと思っていた。
(部活メンバーとしては最低の考えですわね……)
死んでいることを望むなんて……どうかしていると思われても仕方ないと思うけど、これは部活なんかと訳が違う本物の殺し合いで、雛見沢に帰れるのは生き残った一人だけ。
だったら………………
「沙都子も色々あったと思うけどさ、私が来たからにはもう大丈夫だよ! 私達は圭ちゃん達の為にも生きて雛見沢に帰ろ!」
「私、達……って、でも帰れるのは……」
「大丈夫大丈夫! 皆で力を合わせれば何とかなるって! 三人寄れば何とやら、ってね!」
……確かに、人がいっぱい集まれば、何か思いつくかもしれない。
だけど、私達の首には富竹さんを*したのと同じ爆弾がついている。
そんな状況では、結局そんな願い叶わないはず。
そうですわ。どうにもならないことなんて、この世にごまんとあるのですわ。
両親の事も、梨花の両親の事も、にーにーの事も…………結局、どうにもならないまま。
「みおーん!! そろそろ朝食よ、朝食!! とっととダイニングに来なさーい!!!!」
すると、そんな時、ふすまの向こうから魅音さんのものとは違う女の人の声が。
「分かったー! 沙都子も起きたから、一緒に今向かうよー!!!」
魅音さんは、ふすまの方に向かってそう叫ぶと、手を差し伸べてくる。
「ほら、呼んでるから行こ」
その優しげな顔を見るたびに私の胸は締め付けられるように痛くなる。
こんな魅音さんをも殺して私は勝たなければいけないのだろうか。
ロックさんやエルルゥさん、それにしんのすけという子も、悪い人ではないはずですし…………。
でも……でも……それでも、そうするしかにーにーに会う方法が無いのなら私は――――――
◆
アルちゃんはやっぱり死んでいた。
あの不二子って悪女に連れ去られたヤマトも、ヤマトにすごく信頼されていたぶりぶりざえもんっていう豚も、ルパンの仲間だった次元も、それにルパンを殺したあのシグナムっていうピンク髪の女も…………みんな死んだ。
鶴屋さんの死から始まって、本当に色んな人が死んでいった。
SOS団団員やクラスメート、それに特別団員に、顔も知らないような大勢の人達……。
皆は、何を思って死んでいったのだろうか。
どれだけ痛かったり、悔しかったりしたんだろう?
それを考えるだけで、あたしは体が震えてしまう。
……怖い。
死ぬのが怖い。
これ以上誰かが死ぬのが、キョンやトウカさんが死ぬのが、そして何より自分が死ぬことが怖い。
怖い怖い怖い怖い………………
「……おい、大丈夫か?」
すると、不意に横から声がしてきた。
声の主は、勿論普段どおりに間抜け面しているあいつで……
「顔色悪いようだが、食欲無いのか? だったら無理しないd――――」
「あんたなんかに心配されなくても平気よ、あたしは!」
そう言って、あたしは家に置いてあったジャムを塗ったパンを口に頬張る。
そうよ! バカキョンなんかに心配されちゃおしまいだわ!
あたしは、SOS団の団長なんだから……!
団長は団長らしく、団員諸君にしめしがつくようにしていなくちゃ!
怖い怖いなんて怯えてる暇なんて、この団長の私には無いのよ!
みくるちゃんや有希だって、あたしがこんなじゃ成仏してくれないかもしれないし……。
そうね、そうと決まったらさっそ――――!?
「……!! むぐっ!? ふぐぐぐ!!」
「お、おい、大丈夫か!?」
「ふぁ、ふぁんがふぉどに……(パ、パンが喉に……)」
「…………やれやれ。そんなに慌てて食うからだろうが」
溜息をつきながらも、キョンはコップに水を汲んで持ってきて……って、あれ? キョンよりも前にコップが差し出された?
「お姉さんがお困りの時に助けないほど、オラは男がすだれじゃないゾ!!」
「それを言うなら『男が廃れていない』だろ」
「そうとも言う〜」
溜息交じりにロックさんがしんのすけ君の言葉を訂正するのを聞きながら、あたしは差し出された水を一気に飲む。
う〜ん、こう見てみるとロックさんってどこかキョンに似てるわよねぇ……。
――え、キョン? あいつなら汲んできた水の扱いに困って自分で一気飲みしてるわ。
「……ふうっ! 助かったわ、しんのすけ君。この功績を讃えて、君を今日からSOS団名誉会員に認定よ!」
「おぉ〜! 何だか分からないけどスゴいゾ〜! ……あ、それとオラのことは“しんちゃん”って呼んでいいゾ」
話を聞くと、このしんのすけ君――しんちゃんも両親をここで既に失っているらしい。
そして、魅音の横に座る沙都子ちゃんっていう女の子は友達を失った上に自分の足も砕かれたとか何とか……。
こんな不条理なことがあっていいのだろうか。
いくら退屈な毎日に飽きていたからって、こんなに馬鹿馬鹿しいことは起ってなんかほしくない。
あんな子供達に苦痛を強いるようなことなら尚更。
だったらどうする?
決まってるでしょ?
ブチ壊すのよ、こんな腐ったゲームを、ゲームに乗った馬鹿な奴らや主催者もろともね!
SOS団に不可能なんてないんだから!
◆
「それじゃ、そろそろSOS団緊急ミーティングを始めるわよ!!!」
食事が終ってから少しして。
ハルヒさんは、そう声高らかに宣言すると、皆を居間に集めた。
ちなみに“えすおーえす団”というのは、ハルヒさんの立ち上げた集まりのようで、私やロックさんもその中にもう入っているらしい。
……何のことだかさっぱり分からないけど、あまり気にはしない。
ハルヒさんやキョンさん、ロックさんの話は、私には少し難しい気がするから……。
そんな私が皆の為に出来ることといえば……
「そ、それじゃ、私お皿洗ってお茶でも入れてきますね」
私に出来るのは食事や身の回りの世話をすることくらい。
だから、私はその場を抜けて、一度お台所へと行くことにした。
「ならば、某もお手伝い致しま――」
「トウカさんはそっちで二人が危険なことしないように見張ってて下さい」
「エルルゥ殿がそう言うのであれば……了解した!」
折角の申し出だったけど、私はそれを断った。
普通の台所仕事なら、トウカさんに手伝ってもらっても良かったかもしれない。
……だけど、私は一人で台所に行きたかった。
……うぅん、一人になりたかった――のかもしれない。
なぜなら…………
「うぅっ……ひぐっ……アルルゥ……アルルゥ……」
“ほうそう”が告げたのはアルルゥの明確な死だった。
それは、ロックさんの推測が本当になったということ。
大体分かってはいたことだったけど、改めて言われて私は、涙を出さずには入られなかった。
でも、皆の前で泣いてしまっては要らない心配をかけてしまう。
だから、私は一人になりたかった。
……そして、一人になった今、私は……。
「アルルゥ…………アルルゥ…………」
無鉄砲で人に色々心配をかける妹だったけど、それでもあの子は私にとってかわくて思いやりのある妹であり、大事な肉親だった。
あの子の笑顔が二度と見られないと思うと………………。
「………………」
……一度はこの命を絶とうと考えた。
だけど、トウカさんに諭されて、それをするのを私は諦めた。
――アルルゥ殿のためにも……。某たちは生きなければならんのだ!!
トウカさんはそう言った。
死んでいった人達の為に……遺された人は生きなければならないと。
思えばハクオロさんも、死んだおばあちゃんや村の皆のためにいつもがんばってくれた。
死んだ人達の分まで私やアルルゥを守ってくれると言ってくれた。
……だったら、私もそうするべきなのかもしれない。
もういないハクオロさやカルラさん、アルルゥの為にも、そして今ここにいる沙都子ちゃんやしんのすけ君のような子供達の為に、ロックさん達皆の為に。
今の私には、フーさんに使い方を教えてもらった“こんろ”を使ってお茶を入れることくらいしかできないけど、願うのは唯一つ。
――もうこんな悲しいことは起きてほしくない。
◆
「だからその“部活”って何なのよ? 何部なわけ?」
「部活は部活だよ。それも、そんじゃそこらの部活とは一味も二味も厳しくて楽しいんだよ!」
「ふん! どうせ、子供の遊びなんでしょ? そんなことよりも――」
「あ、遊びでやってんじゃないんだよ!!」
「いや、そんなことは今はどうでもいいだろうが……」
オラがトイレでひと時のブレーキタイムを過ごした後、部屋に戻ってみると、お姉さん達が何やら言い争いをしていた。
「お、しんのすけ殿、戻っていらしたか」
すると、オラの横にトウカお姉さんがやってきた。
トウカお姉さんはお侍さんみたいな格好で、オマタのおじさんみたいな喋り方をする少し変わったコスプレのお姉さん。
耳の形も変わってるけど、それでも美人なお姉さんなんだゾ。
「一人で厠に行けるとは、しんのすけ殿はえらいのですな」
「う〜ん、こんなの今時常識だゾ〜。それよりも……」
オラは、言い争いを続けるお姉さん達の方を向く。
「……お姉さん達が何で喧嘩しているのか、お姉さんは知ってる?」
「う、うむ……某にもよくは分からないのですが、どうにも“えすおーえす団”と“ぶかつ”のどちらが凄いか、という話を先ほどからしているようなのですが……」
トウカお姉さんは首を横に振る。
「どうにもこうにも、某にはよく分からない話で……」
「……で、お姉さんは止めないの?」
「………………はっ!! し、しまった! 某としたことがついぼーっと見ていてしまった! ……お、お二方〜、喧嘩はやめて下さ――あぶっ!!」
オラの言葉で気が付いたのか、トウカお姉さんは慌ててハルヒお姉さん達のところへ駆け寄ろうとしたけど、その途中で転んでしまった。
う〜ん、エルルゥお姉さんに加えて、ハルヒお姉さんに魅音お姉さん、トウカお姉さんと美人さんばかりが揃ってきて、オラとしては嬉しい限りなんだけど……
「やれやれ、皆子供っぽいんだゾ……」
作戦会議をやろうとしているのに、お姉さん達はずっとこの調子。
これなら、カスカベ防衛隊の方がトーソツが取れてるゾ。
「……まったく! 魅音さんもハルヒさんも本当に子供ですわね!」
――と、気付くと今度は横に松葉杖をついたサトちゃんが立っていた。
「おぉ、サトちゃん、いつの間に?」
「その呼び方、やめて下さいまし。なんだかどこかの薬の会社のマスコットキャラみたいで、嬉しくありませんわ」
「んん〜、いけず〜」
サトちゃんは、そっぽを向いてしまう。
「……でも、あぁやって元気でいることいい事なんだゾ」
「……え?」
「笑っていれば、コーウンってのがやってくるって母ちゃんは言ってた。父ちゃんも上を向いて歩こうって歌をよく歌ってたゾ」
「……………………」
オラが喋ると、サトちゃんは俯いたまま喋らなくなってしまう。
……あ、あれ? オラ、何か変な事言っちゃったかな?
「あ、あの、サトちゃ――――」
「はい、どうぞ」
オラがサトちゃんに声を掛けようとすると、今度はエルルゥお姉さんが湯飲みを持ってやってきてくれた。
「お茶、飲める?」
「おぉっ! オラ、熱くてしぶーいお茶茶が好きだゾ! 特にお姉さんが入れてくれたお茶は最高だゾ!」
そう言って、お姉さんから湯のみを受け取ると、オラは早速そのお茶を飲む。
……う〜ん、やっぱりお茶は静岡に限るのぉ〜。
「おぉ、美味しいゾ! お姉さん、結構なお手前だなぁ」
「え? あ、ありがとう……」
エルルゥお姉さんは、今までずっと悲しそうな顔をしていたけど、こうやって笑っていたほうがキレイなんだと思った。
うんうん、女に涙は似合わ……ねぇ……ぜ…………。
……あ、あれ?
何だろう、急に体が……重くなってきた…………ゾ?
それにさっき起きたばっかりなの……に、また眠く…………なって………………
「……したの? ねぇ、……の調子………………? しっ…………して………………」
お姉さんに抱きかかえられるけど、もうイシキがモーローだゾ。
…………オ、オラ、どうしちゃったんだろ…………う…………。
◆
「どうしたの? ねぇ、体の調子が悪いの? しっかりして! 返事をして!」
ハルヒと園崎の不毛な口論に辟易していたその時、急にエルルゥさんが大声を出した。
「……ど、どうしたんです?」
「どうなされた、エルルゥ殿!?」
俺やトウカさん、それに皆がその声に気付いて、エルルゥさんのところへ近寄ると彼女はしんのすけ少年を抱えていた。
そして、少年は目を閉じたままぐったりとしていて……
「こ、この子、お茶を飲んですぐに、ぐったりして倒れちゃったんです!」
……おいおい、それってまさか…………。
「……ちょっといいかい?」
ロックさんがしんのすけ少年の細い腕に指を当てる。
すると、首を縦に振って、安堵したような表情を浮かべる。
「――大丈夫だ。脈はある」
……良かった。
まさかとは思ったが、どうやら想定していた最悪の事態は見当はずれで済んだようだった。
だが、ロックさんはその表情を再び険しくする。
「だけど、おかしいな。人がそんな急にぐったりして倒れるものか? 持病持ちっていうのなら分からないけど……」
「いえ、持病を持っていたとしても、発作等の症状が先行して起こる場合が多いので、こんな急に糸が切れたように倒れるなんてことは……」
エルルゥさんはしんのすけ少年を抱きかかえながら、不安そうに言う。
……そういえば、エルルゥさんは薬師――要するに医者兼薬剤師みたいな立場らしい――だった。
ならば、それは一般論として通じる話だろう。
「……た、ただ寝ているというわけではありませんの? この子、いかにも良く食べて良く寝るような健康優良児のようですし……」
「それなら、揺さぶったり刺激を与えたりした時点で起きるはず。…………でも、この子は起きないんです…………」
すると、園崎が堪らなくなった様に、声を張り上げる。
「だ、だったら何だって言うの!? 何で、しんのすけはいきなり倒れたわけ!? 寝てるわけじゃなくて病気じゃないとしたら……」
「……何者かが毒か何かを盛った、と考えるべきでしょうね」
……そうだ。
考えたくないことだが、ハルヒの言う通りの可能性が非常に高い。
お茶を飲んだ直後、というのがその可能性を更に大きくしている。
ハルヒもそれに気付いたようで、しんのすけ少年が落としたと思われる湯飲みを持ち上げる。
「毒を入れたとしたならば、この湯飲みに入っていたお茶に――っていうのが王道でしょうね」
「お茶ってことは、もしかして…………」
沙都子ちゃんが振り向いて、お茶を入れた張本人の方を見る。
「……わ、私じゃありません! そんな……そんな子供に毒を使うなんてこと……!!」
「そうだ! エルルゥ殿に限って、そんな童を陥れるような非道な狼藉を働くはずがない!!」
そうだよな。
普通なら、トウカさんと同じ考えを持つはずだ。
……だけど、何者かが毒を使ってしんのすけ少年を昏睡状態にさせたのは限りなく正解に近い答え。
そして、この家に俺たちしかいない以上、それを行った犯人は………………。
――クソッ! 一体、誰が何でこんな馬鹿げたことをしたんだ!?
◆
――犯人はこの中にいる。
そんな推理小説にありがちな状況が本当に起こるなんて夢にも思わなかった。
だけど、これは夢じゃない。
目の前で本当に起ったことなんだ。
ということは、しんのすけを倒れさせた犯人が、今も私達の輪の中で平然と会話してるってことで………………。
「誰? 誰がこんなことやったの!?」
私は、リビングに集まる皆の顔を見やる。
……当たり前だけど、私の言葉には誰も返事をしない。
そりゃそうだ。
こんなことやっておいて、自分がやったなんてあっさり言う筈がない。
だったら、考えるんだ。誰が犯人なのかを。
そうだ、部活の推理ゲームの延長線上に、これはあるんだ。
ならば部活部長として、この私がこの謎を解かなくちゃいけない!
――まず整理すると、ここにいるのは私としんのすけを入れて全部で8人。
私としんのすけを犯人から除外すると、残るのは沙都子にキョン、ハルヒにトウカさん、ロックさん、それにエルルゥさん。
まず当たり前だけど、沙都子は違う。
沙都子はそんなことをする子じゃないし、第一足を怪我してるんだ。
わざわざ毒を入れるなんて真似をするはずが……。
そして、次にキョンとハルヒだけど、この二人も違う。
二人とも、朝食以来殆どずっと一緒にいたし、エルルゥさんが持ってきたお茶に毒を入れる隙なんてなかったはず。
トウカさんもなんというか……嘘をつけなさそうな性格だし、もし誰かを殺す意志があったとしても、腕が立つんだしその刀を使えばいつでも、それこそ人目のつかないところにでも連れ込めば簡単に殺せる。
わざわざ、こんな衆人環視の中で毒を使って参加者をいたぶるなんて手を使いそうに無い。
そうなると、残るのはエルルゥさんとロックさん。
エルルゥさんはお茶を淹れた張本人だし、ロックさんは妙に現実主義者で何を考えてるか分からない時がある。
だからこの二人が怪しんだけど…………
「エルルゥ殿、何とかしんのすけ殿を助ける方法はないのですか?」
「使われた薬が分かれば、何とか対処薬を調合したり出来るんですけど、原因が分からないことには下手に何かをすると――――」
エルルゥさんは、今もしんのすけを抱きかかえて、色々と対処法を考えている。
もし毒を盛る意志があるのならば、こんなことをするだろうか。
演技と言われればそれまでだけど、エルルゥさんは精神的にまだ不安定なところがありそうだし、そんな演技を出来る余地は無さそう。
――となると残るのはただ一人。
私は、部屋の隅に置いておいたそれを持ち出すと、彼にその先を向けた。
「――きゃぁっ!」
「お、おい、園崎……! 一体何を……」
「キョンは黙ってて。私は確認したいことがあるだけなの」
そう、彼に確認したいことは唯一つ。
「ねぇ、ロックさん。ちょっといい?」
「な、なんだい?」
「…………あなたの荷物、調べさせてもらっていい?」
確認したいことは唯一つ。
彼の荷物の中に、例の毒があるか否か……。
◆
俺がしんのすけ君に毒を?
とんだ濡れ衣だ。
馬鹿げた話にも程がある。
………………いや、あながち馬鹿げてもないか。
毒を使った犯人がこの中にいるのはほぼ確実だし、ここにいる子達はそれぞれ信頼できる友達や仲間が同伴している。
となれば、最も怪しいのは、俺の身元を証明してくれるヤツのいないこの俺だけってわけだ。
よって、ここでひたすら犯行を否定していれば、余計に怪しまれてしまう。
「――で、調べて何も出なかったら、無実を認めてくれるのか?」
「……一応は、ね」
やれやれ、随分と慎重なんだなぁ、今時の子供っていうのは……。
「それじゃ、私荷物もって来るわ!」
「おいハルヒ、待てって……!」
銃を持った魅音をそのままに、ハルヒとキョンが荷物を置いてある隣の部屋へと行く。
そして、それからすぐに……
「……ちょ、ちょっと! 何なのこれ!?」
……? 何だろうか。
ハルヒの驚く声が聞こえてきた。
そして、キョンと一緒に部屋から出てきた彼女はデイパックを開けて、中からなにやら小箱のようなものを取り出していた。
あんなもの、俺のデイパックに入っていたっけ……?
すると、ハルヒはそのまま俺へと詰め寄ってきた。
「いかにも〜って感じの木箱の中にいかにも〜って感じの粉末が入ってたんだけど、これってどういうこと?」
「ど、どういうこと……って言われても……」
木箱? 粉末? そんなのが入っていた記憶これっぽっちもないというのに一体どういうことだ?
「――!! そ、それって!!」
すると、その木箱の中身を見てエルルゥが驚いたような声を出し、、しんのすけ君をトウカに任せてこちらに歩み寄ってきた。
「やっぱり……。これ、ワブアブです」
「わぶ……あぶ?」
「えぇ。薬として使う粉末なんですが……これ単体だと筋力を低下させて体を弱らせる効果があるはずです」
筋力を低下させて弱らせるって……まさか!!?
「言われてみれば、しんのすけ君の症状ってワブアブを誤飲した時の初期症状に似ている気がします」
――ということは何だ?
つまり、しんのすけ君が倒れたのは、このワブアブっていう粉を飲んだせいってわけか?
そして、その粉が俺の荷物の中から何の因果か見つかったってことは…………
「……い、一体誰がそんなものを――――」
「や、やっぱりアンタがやったのか!!!! この人でなし!!!」
魅音が語気を強めて、改めて俺へと銃口を向ける。
「……違う。俺じゃな――――」
「証拠が出てきたんだ。下手な言い逃れなんて出来ないよ…………。私達の信頼を裏切ってこんなことをした罪……絶対に許さない!! あんたなんか……あんたなんか……」
「やめろ、園崎!!!」
「うるさい! これは……これは、しんのすけの仇なんだぁぁ!!!!」
魅音はそう叫ぶと同時に、その引き金に添えた指に力をこめていた。
……だが、流石に俺だってそこから放たれる銃弾をそのまま受け止めるほどお人よしじゃないし、頑丈でもない。
すかさず俺は横に飛び、カラシニコフの銃弾から間一髪逃れると、俺の背後にあった壁にいくつもの穴があく。
「避けるんじゃないよぉぉぉ!!!」
「お、落ち着いてくれ。俺は何もやってない。だから――」
「うるさいうるさいうるさい!!! 今度こそっっ!!」
魅音は、すかさず横に飛び体勢を崩していた俺に照準を合わせる。
どうやら彼女は、見た目の幼さからは想像できないくらい銃を扱いに慣れているようだ。
……いや、そんな分析をしている場合じゃないな。
こんな崩れた体勢のまま、銃なんか撃たれたら俺は………………
「いけない、魅音殿っっ!!!!」
「あんたなんか……あんたなんかぁぁぁあ!!!」
だが、俺のそんな思いなど露知らず、魅音はその引き金を引いた。
……突撃銃によるフルオート射撃。
いくらフルオートの精度が悪いとはいえ、こんな至近距離ならば銃の撃ち方さえ知ってれば、それこそ子供が撃ったって命中させられる。
だからこそ、俺は死を覚悟した。
こんなところでこんな形で死んだとなれば、死んでも死に切れないだろうけどな……。
………………だが、いくらたっても、俺の体には痛みはやってこない。
まさか、痛みも感じることなく死んだってのか?
それはそれで、幸せなのかもしれないけど……おかしい。
手先の感覚はあるし、肌が空気と触れ合う感触もある。
それになにより、この硝煙臭さは、ここで銃撃のあった場所であることを示しているわけで……。
俺は恐る恐る閉じていた目を開く。
すると、目の前に広がっていたのは………………
「――――っっ!!」
俺の目の前にいたのは、一人の少女だった。
その少女は、日本史の教科書や社会科見学で行った民俗資料館で見たこともあるような古めかしい衣装を纏った黒い長髪、そして獣の耳と尻尾を持っており…………
「……ぶ、無事でしたか、ロックさん…………?」
振り返ったその口元からは、一筋の赤い液体が流れていた。
「エ、エルルゥ? 君は…………」
「もう……こんな悲しいことを繰り返さないでください………………」
それは誰に言った言葉なのは分からない。
だが、確実に分かるのは、それを行った瞬間に彼女が崩れるように倒れたという事だ。
◆
それはまさしく刹那の出来事。
某が気を動転させた魅音殿をなんとかしようとして動こうとしたその瞬間、魅音殿の持つその飛び道具らしきものから弾が飛び出し、それと同時にエルルゥ殿がその弾とロック殿の間に飛び込んだのだ。
そして、その結果導き出されるものはただ一つ。
即ち…………
「え、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
弾を直に受け止めたエルルゥ殿は、その体のあちこちから血を噴き出して崩れ落ちた。
その光景を目にして某は、しんのすけ殿を傍にあった“そふぁ”に寝かすと、エルルゥ殿の傍に駆け寄る。
「エルルゥ殿っ! エルルゥ殿!! し、しっかりして下され!!」
某は身にまとう衣に血が付くことなど全く気にせずにエルルゥ殿を抱きかかえると、その体を揺さぶる。
すると、エルルゥ殿は弱弱しいながらも、目を開き、口を動かしだした。
「……ト、トウカさん……?」
「そ、そうでございます! 某がトウカでございます!!」
エルルゥ殿に聞こえるように、某は声を張り上げて喋る。
「……な、何故……何故エルルゥ殿はこんなことを……!!」
「……も、もう誰かが死ぬのを見たくなかったから…………私みたいに誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから…………」
そう言うと、エルルゥ殿はその首を弱弱しく動かしてロック殿の方を向く。
「それに私……ロックさんが毒を入れたとは思えないんです…………。私は、私に優しくしてくれたロックさんを信じたい…………」
「………………」
それは某も一緒だ。
聡明で状況を冷静に判断できるロック殿が、このようなことをするはずがない。
……だが、事実としてしんのすけ殿は倒れ、その倒れた原因と思われる毒はロック殿の荷物の中から見つかったのだ。
現実としては、疑うなというほうが難しい。
「……うぅっ、げほっ、げほっ!!」
――と、その時、いきなりエルルゥ殿が咳き込んだかと思うと、その口から血飛沫が飛んだ。
「エルルゥ殿!!??」
「……全身を弾で撃たれたんです。……もう私の命も……」
「そ、そんなことはありませぬ!! い、今から急いで治療をすれば……!!!」
「……これでも私、薬師の端くれですよ? ……これだけの傷を負って自分がどうなるかくらい分かります」
辛そうな顔で微笑むエルルゥ殿を、某は強く抱きしめる。
「そうだ。治療といえば、ワブアブの効果についてなんですけど…………」
エルルゥ殿の視線がしんのすけ殿の眠る“そふぁ”へと向く。
「あの粉自体では死ぬことは……ありません。一時的に昏睡状態にはなりますけど…………時間がたてば意識が戻るはずですし、歩いたりすることも……。……ただ、体のだるさは残ってしまいますが……」
「エ、エルルゥ殿……?」
「病院でワブアブの効果を中和するようなお薬が見つかれば、それを使って回復させることも…………げほっ! ごほっ!!」
「わ、分かりました!! このトウカ、必ずやしんのすけ殿を助けてみせます!! ですから、もう喋らないで安静に……!!」
「……ありがとうございます。これでもう……言い残すことはありま…………せん」
……え?
今、エルルゥ殿は一体何を……?
「トウカ……さん達は……絶対に……生きて帰ってください…………。もう……悲しいのは……嫌です」
声が徐々にかすれ、小さくなってゆく。
「エルルゥ殿! 気をしっかり持たれよ!! エルルゥ殿!!」
「……どうか……皆……お互いを…………信じ……………――――――――――」
――エルルゥ殿の言葉は続くことは無かった。
――某の体の中で…………また一人、守るべき御方が消えていった…………。
「――――エ、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!」
エルルゥ殿が亡くなった。
何故? あの飛び道具から放たれた無数の弾のせいだ
そして、その誰その飛び道具を使っていたのは――――
「魅音殿っっ!!!! 何て……何という事をっっっ!!!!」
某は流れる涙も気にせずに、怒りに身を任せて腰の刀に手をかけようとする。
だが、それはキョン殿が某の手を押さえつけたことにより、不可能になってしまう。
「は、離してくだされ、キョン殿っっ!! 魅音殿は……魅音殿は……!!!」
「気持ちは分かります! ですが……どうか落ち着いてください、トウカさん!!」
……そんな事を言われても、某には我慢ができない。
……アルルゥ殿亡き後ただ一人になってしまった聖上の大事なご家族であるエルルゥ殿をこのような目に遭わせたとなれば、魅音殿といえど某は……某は……!!
「あぁ……ああ、私…………そんな……う、嘘……でしょ……あぁ……あぁあぁぁぁああ……」
すると、いきなり魅音殿は、何やらうめき声のようなものを出しながら、後ずさりを始める。
「ち、違う……私、エルルゥさんを狙ったわけじゃ…………か、勝手に飛び出してきて………………」
魅音殿は、持っていた黒光りするそれを落とすと、ぶつぶつと言いながら更に後ろへと退いてゆく。
「お、落ち着け。とりあえず話はそこから――――」
「う、うわぁああああああああ!!!!!!!!」
そして、キョン殿がそんな魅音殿の肩に触れた瞬間、彼女は弾かれたように部屋を飛び出していってしまった。
「園崎っ! おいっ、どうしたんだ!? ――――くそっ!!!」
すると、キョン殿は魅音殿が出て行ったほうの出口に体を向け、今にも駆け出そうになっていた。
「キョン殿、一体何を……」
「園崎を追いかけるんですよ。あいつ、何も持たないまま出て行ったし、あのままじゃ何しでかすか分からないですし」
「そ、それなら某も……!」
「いや、トウカさんはここに残っていてください」
「――な!」
某はキョン殿を守り通すと大神ウィツァルネミテアに、そして聖上に誓った。
だから、キョン殿の行くところには必ず某も同行しなければならないのに……何故!?
「……園崎はまだそんなに遠くには行ってない筈です。何、すぐに戻ってきますよ。…………それに」
キョン殿はソファの上の子供達や、穏やかな表情で眠るエルルゥ殿を交互に見やる。
「俺が不在の間、少年達を守れるのはトウカさんしかいません。……エルルゥさんをそのままにしておくわけにもいきませんし……」
……そうだった。
ここには、まだぐったりしているしんのすけ殿や足を怪我した沙都子殿、それに……エルルゥ殿もいる。
もし、某がいなくなってしまっては、ここを守護する者がいなくなってしまう。
……だが、それでもキョン殿が1人になってしまうことには変わりなく…………。
「仕方ないわね。それじゃ、トウカさんの代わりにこのあたしがついていってあげるわ!」
すると、そんな某の迷いに気付いたように、魅音殿の落とした飛び道具を拾いながら、ハルヒ殿がそう提案してきた。
「……お、おい、ハルヒ……」
「流石にあんた一人じゃ不安だしね。でもだからといってトウカさんがここを離れたら、ここの守りも薄くなっちゃうし……だったら、あたしがあんたについていくことにしたってわけ」
「……いいのか?」
「勿論! 団員の命を守るのも団長の立派な仕事だからね! それに――――」
ここでハルヒ殿は某とキョン殿に向けて小声で喋り始めた。
「……それに、トウカさんにはロックさんを見張っててほしいの。……お願いできる?」
……どうやら、そういうことのようだ。
確かにこの段階で、ロック殿はしんのすけ殿に毒を飲ませた犯人の最有力候補だ。……考えたくはないが。
そして、もし本当に彼が犯人ならば某らがいなくなった瞬間、沙都子殿や意識を失ったしんのすけ殿の命は…………。
「――了解した。……だが、キョン殿とハルヒ殿もくれぐれも無茶をなさらぬようにしてくだされ」
「……勿論ですよ」
「ほらっ! そうと決まったらとっとと出発よ! 魅音が遠くに行かないうちに追いつかなくちゃ!!」
ハルヒ殿に促され、キョン殿も部屋を出てゆく。
――某は、そんな二人の背中を見て、彼らの無事を祈る。
だが、もしキョン殿達とともに魅音殿が戻ってきた時、某は気持ちを抑えることが出来るだろうか……。
……いや、理屈では分かっている。
魅音殿がエルルゥ殿を撃ってしまったのは、何かの間違いなのだ。
トゥスクルを謀略に乗せられ襲ったクッチャ・ケッチャと同じ立場にあるといってもいい。
そう、それは分かっているつもり………………だが、某は魅音殿を……許せるのだろうか……?
29 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 02:58:31 ID:dulM6ncY
◆
それは余りに早すぎる展開だった。
エルルゥが俺の目の前で死に、魅音が逃走、それをキョンとハルヒが追いかけていった。
残ったのは俺と沙都子ちゃんとしんのすけ君、そして――
「エルルゥ殿……」
倒れる少女のそばで膝をつき、嗚咽を漏らすトウカの計4人。
……さっきまで賑やかだったこの家もすっかり寂しくなってしまった。
「うぅっ……エルルゥ殿……エルルゥ殿………………」
嗚咽を聞きながら、俺は自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。
……俺は、今まで何をしていた?
エルルゥが撃たれてから今まで間、ただ目の前の光景に呆然としていただけじゃないのか?
まったく呆れる話だ。
エルルゥに命を救われ、出て行った魅音をキョンとハルヒに任せ、そしてエルルゥの死を悼むのをトウカ一人に任せている俺は一体何様のつもりだ。
自分がヒーローでもなんでもないことは百も承知だが、こんなにも無様な姿を曝していい理由にはならない。
――誰かが死ぬのを見たくなかったから
――誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから
……そうだ。
俺だって、同じ気持ちだ。
だったら、こんなところでぼーっとしている時間なんて無い。
暇があるなら体を動かし、頭を働かせ、そして少しでも前へ進む。
それしか、ここで死んでいった君島やエルルゥ達に報いる方法は無い。
「…………すまない」
俺はエルルゥの傍で膝をつくと、目を閉じたままの彼女の顔を撫でながら、そう呟く。
そして、今度はトウカの方を向いて口を開く。
「信じて欲しい。俺は毒を盛った覚えなんてない」
「………………」
そう言っても、簡単に信じてもらえるような状況じゃないのは百も承知だ。
だが言わないことには何も始まらない。
「……後でキョン達が戻ってきたらエルルゥを弔ってやろう。そうしたら、しんのすけ君や沙都子ちゃんを助ける手立てを探そう」
「………………あぁ」
トウカは最後の最後で小さく返事をしてくれた。
……これで、信用してくれるといいのだが。
俺はその返事を聞くと、エルルゥをトウカに任せて、一人ダイニングの椅子に座った。
……考えるのはしんのすけ君の毒の事。
彼が倒れてしまったという事実がある以上、自殺目的で無い限り、誰かが毒を意図的に使ったことは明らか。
しんのすけ君の歳や性格からして自殺はしそうにないし、つまり――――
「………………」
考えたくないが、それが事実だ。
事実から目を背けては何も始まらない。
だとすると、誰がやったんだ?
犯人は、エルルゥがお茶を淹れにキッチンに発った後にキッチンに向かい、彼女の隙をついて毒を入れたことになるが……。
確かあの時、エルルゥの後にこの部屋から出たのはしんのすけ君とそして………………。
……いや、まさかな。
あの子は子供な上に足を怪我してるんだ。
………………まさか、な。
30 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 02:59:23 ID:dulM6ncY
◆
――撃ってしまった。
私は、ロックと間違えてエルルゥさんを撃ってしまった。
悪いのはロックなのに……無関係のエルルゥさんを私は*してしまった!!
「あぁ……あああ……!!!」
私のせいじゃない!
私がロックを撃とうとした瞬間にエルルゥさんが自ら飛び込んできたんだ。
意図的にエルルゥさんを*したわけじゃないんだ!
……私はそう主張したくてたまらない。
――だけど、それは叶わない。
撃ってしまったことはどうしようもない事実だし、エルルゥさんはトウカさんにとって掛け替えのない仲間だったんだ。
どんな理由であれ、そのエルルゥさんを※してしまった私をトウカさんが許してくれるはずがない!
だから私は逃げ出した。
トウカさんから憎しみの目で見られるのが怖くて。
キョンやハルヒに驚きと侮蔑の目で見られるのが怖くて。
沙都子に恐怖の目で見られるのが怖くて。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い…………!!!
「おい、待ってくれ園崎!!!」
「待ちなさいってば!!!」
……気付くと、私の背後にはキョンとハルヒが私を捕まえようと追いかけてきていた。
私は、その二人を振り切ろうと今まで以上に地面を蹴って加速する。
「……待つんだ園崎! このまま一人になったら危ないだろ!!」
「そうよ! ひとまず家に戻るわよ!!」
……もう無理だよ。
私はあそこには戻れない。
だって……だって、私は……もう、正真正銘の人*しになっちゃったんだから……。
「……二人とも……ごめん!!」
本当は戻りたい。
沙都子を守るためにも、脱出の手がかりを皆で集める為にも。
……でも……でも……!
――――貴方はもっと強い人だ!
やっぱり違うよ、クーガー。
私は…………心の弱いただの尻の青い子供なんだよ……。
31 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 03:00:15 ID:dulM6ncY
◆
クソッ!
園崎の奴、妙にいい脚してるじゃないか。
……是非ともウチの陸上部にでも入ってもらいたいわな。
――って、今はそれどころじゃないんだよ。
陽が差してきたこともあって何とか姿を見失わずには済んでるが、一向に俺たちの距離は縮まらない。
このままだと、本当に体力が尽きたほうが負けになる消耗戦になっちまう。
こんなことで無駄に体力を消費している場合じゃないのにな。
……ここで無駄に体力を消費することが分かってることなら、園崎を見捨てるってのも一つの手だ。
あいつは今パニックになってるし、例え捕まえられたとしてもその時に錯乱していたら俺たちにどんな害をなすか分かりゃしない。
ならば、最初から放置してこのまま戻った方が得策のように見える。
……だがな。そうは問屋が下ろさない。
園崎は、ここで出会った目的を共にする仲間だ。
そんな仲間を見捨ててまで脱出を考えようとするほど、俺はまだ現実主義者じゃない。
仲間全員揃ってこその脱出だ。
誰一人として欠けちゃいけない。
長門だって、きっとそういう願望を持って、俺達に情報を残してくれたんだ。
…………だったら、追うしかないだろ。
その仲間の一人の園崎をな!
◆
「園崎の奴、意外と速いな」
「……そうみたいね」
「…………お前は大丈夫なのか、ハルヒ? 疲れるんだったら無理についてこなくても……」
「――団員を置いてく訳には行かないでしょ、このスカポンタン!!」
――と、強がってみるものの、実際は体の節々が疲労により軋み始めているのが分かる。
いくらあたしが運動が得意だっていっても、こんなに走らされたらそりゃ疲れるわよ。
……うぅん、それだけじゃないわね。
あたし、知らないうちに頭に大怪我してるみたいだし、そんな状態で激しい運動をしたらどうなるかは目にも明らかよ。
だけど、だからってここで退いたら、団長の名が廃るわ。
団長が団員の前でみっともない姿を見せるわけにはいかないし。
……それに、今あそこに一人では戻りたくない。
あの家には、しんちゃんに毒を飲ませた犯人がいるかもしれないと思うとそれだけでぞっとする。
犯人の最有力候補はやっぱりロックだけど、他にもトウカさんや沙都子ちゃんだって心情的なものを抜きにして考えたら、物理的には可能なわけだし……。
その理論で言ったら、キョンも容疑者な一人なわけだけど、キョンだけは信じたい。
だって、キョンを信じられなくなったら、誰を信じていいかわからなくなるし……。
だから私はキョンについていく。
キョンだけは、絶対に信じられるから。
「キョン……あんたのこと頼りにしてるんだからね! しっかりしなさいよ?」
「……ん? 俺はいつでもしっかりしてるつもりなんだがな」
……信じてるんだからね、キョン。
32 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 03:01:09 ID:dulM6ncY
◆
いくら希望を持とうと、首輪がついている以上待っているのは絶望だけ。
だったら、最初からこんな希望持たないほうがいいのですわ。
ロックさん達の言う脱出の希望に賭けるよりも、最後の一人になってここから脱出する道を選ぶほうが確実なんですから。
だけど……それでも希望とやらの話をこれ以上聞かされたら、本当に実現できるのではないかと無意味な期待をしてしまうかもしれない。
だからこそ私は、エルルゥさんが見ていない隙を突いてお茶に例の薬を入れた。
勿論、使った薬の残りは事前にロックさんのデイパックに入れ替えておいて。
使わなかった他の薬の入った箱も、デイパックから出して部屋の押入れの中に隠しておいた。
これでいざ毒のことが露見して荷物検査になっても、自分には疑いがかからないはず。
しかも、私は皆さんよりもはるかに年下で、しかも怪我人。
……元から疑う余地などないはずなのですわ。
……そして、物事は大方は予定通りに進みましたわ。
あの薬の効果が考えていたよりも弱いのは気になりましたが……まぁ、いいですわ。
とにかく、これでこの輪を乱すことには成功したんですもの。
この調子で、皆さんを利用しながら互いに潰し合わせれば…………いつかは…………いつかはきっと。
でも、魅音さんがあそこまでしたことについては予想外でしたわ。
まさか、エルルゥさんを*してしまうなんて……。
あの時の魅音さんは、私に酷いことをしたあの時の魅音さんそっくりでしたし、あんなに優しい顔をしていてもやっぱり中身は変わらないということが分かりましたわ。
……おほほ、私だって部活で鍛えられているんです。
そう簡単に騙されはしませんわよ。
あの優しさは、やっぱり私を騙すための偽りに過ぎなかったったんですわ……。
…………。
……でも、思惑通りに進んでいるのにどうして私、目から涙が流れてるんですの?
これでまた一歩、にーにーに会う道筋を進んだというのに……。
どうしてですの?
何だか、道が遠ざかっているような気がしますわ。
生き残るためには、どんな手も使うと誓ったはずなのに……どうして……どうしてなんですの……?
誰か……誰か教えてくださいまし。
圭一さん、レナさん、梨花……にーにー…………。
33 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 03:02:01 ID:dulM6ncY
【C-4・山間部と市街地の境目付近にある民家(居間)/2日目・朝】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:右足粉砕(一応処置済み) 、何故か悲しい
[装備]:スペツナズナイフ×1
[道具]:基本支給品一式(食料 -1)、トラップ材料(ロープ、紐、竹竿、木材、蔓、石など) 簡易松葉杖、どんな病気にも効く薬
[思考]
基本:生き残ってにーにーに会い、そして梨花達の分まで生きる。
1:何で……涙が……?
2: ロックらを『足』として利用し、参加者減らしのための作戦を画策する。
3:十分な資材が入手できた後、新たな拠点を作り罠を張り巡らせる。
4:準備が整うまでは人の集まる場所には行きたくない。
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、苦悩
[装備]:ルイズの杖、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグ×2、支給品一式×2(-2食)、黒い篭手?、現金数千円、びっくり箱ステッキ(使用回数:10回)
[思考]:
基本:力を合わせ皆でゲームから脱出する。
1:……まさかあの子が?
2:キョンらが帰ってくるまで待機する。
3:キョンらが帰ってきたらエルルゥを埋葬、その後に子供二人の処置について考える。
4:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
5:うまく、遠坂凛と水銀燈を出し抜く方法を考える。
6:君島の知り合いと出会えたら彼のことを伝える。
[備考]
※しんのすけに両親が死んだことは伏せておきます。
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています。
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています。
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【トウカ@うたわれるもの】
[状態]:左手に切り傷、全身各所に擦り傷、精神疲労(大)、深い悲しみ
[装備]:斬鉄剣
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-3)、出刃包丁(折れている)、物干し竿(刀/折れている)
[思考]
基本:無用な殺生はしない。だが積極的に参加者を殺して回っている人間は別。
1:ロックに注意しつつ、沙都子としんのすけを守る。
2:キョン達の帰りを待つ。
3:キョンらが帰ってきたらエルルゥを埋葬、その後に子供二人の処置について考える。
4:エヴェンクルガの誇りにかけ、キョン、魅音を守り通す。
5:魅音についての処置に苦悩中。
3:アルルゥの仇を討つ。
4:セイバーを討つ。
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、SOS団名誉団員認定、筋力低下剤の服用による一時的な昏睡
[装備]:ニューナンブ(残弾4)、ひらりマント
[道具]:デイバッグ、支給品一式(-1食) 、プラボトル(水満タン)×2
[思考]:
基本:家族揃って春日部に帰る。
1:………………
[備考]
※ワブアブの粉末の影響で一時的に昏睡状態にありますが、しばらくすると目を覚まします。
ただし、起きた後も体のだるさや不快感は残ります。
34 :
暁を乱す者:2007/04/16(月) 03:02:54 ID:dulM6ncY
【C-4・市街地/2日目・朝】
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り)、恐怖、エルルゥを誤射したことによる動揺
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:バトルロワイアルの打倒
1:キョンらから逃げる。
2:……出来ることなら皆に協力はしたいけれど、それは叶わないと考えている。
[備考]
※キョン、ハルヒ、トウカ、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:眠気と疲労、全身各所に擦り傷、憤りと強い決意
[装備]:バールのようなもの、スコップ
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、キートンの大学の名刺
ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:殺し合いをする気はない、絶対に皆で帰る
1:魅音に追いついて落ち着かせる。
2:1の後、ロックらと合流
3:トグサと連絡を取る手段を考え、連絡が取れたら凛と水銀燈のことを伝える。
4:トグサと直接会えたら、謎のデータを検分してもらう。
5:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
6:落ち込んでいる女性達のフォローができるよう努力する。
[備考]
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「ミステリックサイン」参照。
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「仲間を探して」参照。
※ハルヒ、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:頭部に中度の打撲(動くのに問題は無し)、激しい憤り、軽い人間不信(キョン以外に対して)、疲労及び眩暈
[装備]:AK-47カラシニコフ(10/30)、AK-47用マガジン(30発×3)
[道具]:クローンリキッドごくう(使用回数:残り2回)、着せ替えカメラ(使用回数:残り17回)
[思考]
基本:SOS団のメンバーや知り合いと一緒にゲームから脱出する。
1:キョンとともに魅音を追いかける。
2:トグサと連絡を取る手段を考え、連絡が取れたら凛と水銀燈のことを伝える。
3:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
4:遠坂凛と水銀燈は絶対に許さない。
[備考] :
※腕と頭部には、風の包帯が巻かれています。
※偽凛がアルルゥの殺害犯だと思っているので、劉鳳とセラスを敵視しなくなりました
※キョン、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
[全体備考]
※魅音のデイパックが民家に残されたままです。
※デイパックの中身:支給品一式(-2食)、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着、パチンコ
※ロック、エルルゥ、沙都子、しんのすけのデイパックは沙都子らの寝ていた部屋に纏めて置かれています。
※エルルゥの薬箱(嘔吐感をもたらす香、揮発性幻覚剤、揮発性麻酔薬、興奮剤、覚醒剤など)は沙都子らの寝ていた部屋の押入れに隠されています。
※ワブアブの粉末(筋力低下剤)がリビングのテーブルの上に置いてあります。
【エルルゥ@うたわれるもの 死亡】
【残り22名(21名)】
高い高い山頂にはグリフィスと3体のツチダマがあり、彼らよりも更に高くギガゾンビのホログラムとやらが現れた。
ギガゾンビは彼ら、そして殺し合いの参加者達を見下ろしながら尊大に放送内容を告げていった。
――ふむ……そういうことか。
仮面の男、グリフィスにとっては仮初の主であるギガゾンビ。その放送内容を聞き、思惑を理解する。
自分の手で、目の前でかつての旧友と別れを告げた今、ギガゾンビが告げた名に対して感傷や驚きといったものは無かった。
これから告げられ続ける名前は、夢への糧となる哀れな贄だけであるから。
注目するべきは、脱落者と禁止エリア。
脱落者の数が、今回最小となった。それ自体には意味が無く、動向を探ることに意味がある。
初回の放送では20人近くの脱落者が発生し、二回目で半数近くに減少、三回目は横這い、そして四度目で再度上昇。
四度目の放送で、殺し合いが加速していただろうという事実が読み取ることが出来る。
放送全体の傾向からいって参加者が減れば減るほど遭遇が減少し、殺し合いも減速をする。
初回の放送が今だ最大の脱落者を誇っていることからも、この傾向は間違いないだろう。
グリフィス自身がこの舞台で踊り続け観察してきた事実と重ね合わせることで、知ることが出来るものがある。
脱落者数が増加に転じた第四回放送、そこでグリフィスが観察したのは大規模なホテルでの戦い。そして崩壊。
何故第四回放送で脱落者が増加に転じたか、という疑問に対する推察は簡単である。
ホテルという重要な拠点に参加者の大部分が集まり、遭遇と殺し合いが頻発したという推論である。
事実グリフィスが今までに遭遇した参加者7人のうち、3人がホテル周辺での遭遇である。
彼自身の体験からも、ホテル周辺に参加者が集まったと推察する材料は十分である。
そして今回、第五回放送で脱落者が最小となった。つまり殺し合いが減速しているという推察ができる。
ホテルで大規模な戦闘や遭遇が頻発しただろう後、後に残るのは二種類の参加者。
殺し合いに乗ったものか、乗らないものか。どちらか一つである。
殺し合いに乗ったものが残れば、再び戦闘となり、最後の一人か、あるいは相打ちとなる。
どちらの結果に転んでも、戦闘はもう起こらない。
参加者の大半が集まっていると推察できる以上、新たな戦闘の期待はもうできないだろうという結論だけが残る。
参加者はグリフィス自身を含めなければ残り22人。
最初の80人と比べれば四分の一程度まで減少しているが、それでもグリフィスにとっては多すぎる。
これからの防衛戦にて各個別に戦闘するならばともかく、高い確率で多数の参加者を相手にすることとなるだろう。
仮定として殺し合いに乗ったものが誰も残らず、殺し合いを止めようとする参加者しか残っていないのならば彼にとって都合が悪い。
彼ら反逆者が今すぐにでも徒党を成して攻め込んでくれば、現在の戦力では防衛など出来はしない。
いかにギガゾンビから強大な力を得たとはいえ彼、そして4つの手駒では20人を超える参加者の相手にすることはできない。
欲を言えば更なる戦力増強及び駒の追加が欲しい所だが、自身の立ち位置を考えればこれ以上の贅沢は望めないだろう。
殺し合いを否定し、亜空間破壊装置とやらを壊している反逆者の男、そして名も知らぬ小さな金髪の魔女。
彼らのような強者が脱落しないのならば、いずれは合間見えることになるだろう。
彼らのような殺し合いを肯定しない者達に大挙して攻め込まれたならば、防衛などという話ではなく、数の論理に押されて必然の敗北が待つこととなる。
故に殺し合いが減速したというのは、最後の一人を目指すグリフィスにとって好ましくない話であり、その可能性は高い。
だが第五回放送では最小となれど今だ脱落者は発生し、殺し合いは継続していると考えることも出来る。
もし次回の放送で更に脱落者が減少するならば、傾向から言えばこの余興"バトルロワイヤル"というゲームがほぼ終了したと考えることが出来る。
そのような状況が発生する前に、手を打たなければいけない。
朝日が昇り、地上に煌く星たちの存在がそれによって奪われる。
朝日はこのバトルロワイヤルの舞台をさんさんと照らし、彼らに舞台を一望できるだけの条件を与える。
彼らが佇む山頂から見下した舞台は、見るも無残な破壊の光景に変わり果てていた。
その中の一つには、彼が古き鷹との別れを告げたホテルの残骸も含まれていた。
グリフィスは戦場を注意深く眺め、敵を探る。
市外を走る道路上にに4人ぐらいと思われる参加者を発見し、彼らが合流したのが見て取れた。
空中を翔ける……恐らくは金髪の魔女、二人の参加者は道路沿いを北西へ行くのが見て取れた。
そして最後の一人は南の遊園地へと移動中である。
あの四人の参加者の中には反逆者の男と魔女があり、後に合流した二人も恐らくは亜空間破壊装置の情報を得ているのであろう。
しかし彼らは残りの亜空間破壊装置のあるこちらへと進行せず、バラバラの方向へ分離したことが確認できた。
グリフィスが山頂で観測できた範囲には4人、山頂から温泉にかけて散見する林の影にも、他者の姿は見えない。
すなわち、彼の防衛することとなる温泉周辺には残りの18人の参加者はいないということである。
防衛における当面の不安要素が無いことを確認すると、彼の手駒、ツチダマ達に命令を与える。
「ボイド、スラン」
グリフィスが山頂のベンチでだらしなく休憩をしているツチダマ達のうち運転手ダマボイド、住職ダマAであるスランに声をかける。
グリフィスの声からワンテンポ遅れて、ボイドとスランが同時に反応を返す。
『『何ギガ〜?』』
「このどこでもドアという道具、ここにある一つのほかにまだあるのか?」
と、グリフィスは山頂へと一瞬で彼らを導いたどこでもドアに手をかける。
『生憎だけど、ギガが交代の時に持ってきたこの一つだけギガ。ゲーム内にいるツチダマはみんな基本的に裸一貫ギガよ〜』
「なるほど、ということは温泉にいるユービックが交代する時はどこでもドアを使って交代するんだな?」
『……番頭ダマの奴は一日中シフト入れてるから交代しないギガ、むかつくギガ』
ボイドがグリフィスの問いかけに答える。スランはうらやましいギガ〜などと付け加える。
グリフィスは一考した後、ボイドとスランに新たな指示を下す。
「お前達にやってもらいたいことがある。ボイドはここから南の市外を見張れ、スランはあそこ見える小川を見張れ」
グリフィスは指を指し示し、ツチダマ達に分かるように見張りの範囲を説明する。
「ボイドはこちらに参加者が向かってきたら、スランは小川を越える参加者がいたらこのどこでもドアを使い、温泉にいる俺に報告しろ。
出来る限りでいい、発見した参加者の特徴や情報も覚えておいて欲しい」
グリフィスは山頂へ一瞬で到達することの出来た不思議な道具、ボイドの持つどこでもドアを指しながら指示を下す。
『了解ギガ〜』『参加者の名前と顔ぐらい全部覚えてるギガ、舐めないで欲しいギガ』
ボイドとスランは二つのベンチに腰かけ、早速グリフィスの指示通りの仕事をこなし始めた。
「ボイド、スラン。報告の際には参加者の首輪を特に注意深く観察しておいてほしい」
『何でギガ〜? 首輪に何の意味があるギガ〜?』
ボイドがグリフィスの指示について疑問を唱える。同調するようにスランもギガギガと唸る。
「何、反逆者たちが首輪を外して禁止エリアを通ってくるかもしれないから、用心するということだけだ」
『ハハーン……言っておくけど、あんたは首輪を外そうなんて考えないギガよ〜?』
「ああ、分かっているさ……」
『何か含みを感じるギガ〜、変なことは考えない方がいいギガよ』
グリフィスの発言にボイドが釘を刺し、スランも最後に言葉を付け加える。
だが彼らもグリフィスの言うべきことは分かったらしく、再び仕事に戻ることになった。
といってもギガギガ雑談をしながら、監視はそのついでといったところである。
「真面目にやってくれボイド、スラン。お前達の働きにかかっているんだ。本当に頼む」
グリフィスはボイドとスランに叱咤の一言を投げかけた後、丁寧な態度で頭を下げてボイドとスランに依頼をする。
『……任せろギガ!』
『監視はツチダマの十八番ギガ、心配無用ギガ!』
それにに対してボイドとスランはハキハキとした声で返答する。
「ありがとう、ボイド、スラン」
『お礼なんていらないギガ』
『同じギガゾンビ様に仕える部下同士に堅い言葉は不要ギガ!』
傲慢で尊大なギガゾンビに怒鳴られてばかりのツチダマ達は感謝の言葉というのを主から貰ったことがなく、故に上司(?)から初めて貰った感謝にすっかり機嫌をよくしていた。
イマイチやる気が無いと見て取れたボイドとスランは、うって変わって熱心に仕事を始める。
『ギ〜ガ〜、ギガは何をすればいいギガ?』
先ほどからグリフィスに無視されていた(?)ように感じた住職ダマBことユービックはグリフィスの外套、黒いマントをくいくいと引いて自分をアピールする。
「ユービック、お前と温泉にいるコンラッドにはやってもらいたい事がある。オレと一緒に温泉へ向かうぞ」
『わ、分かったギガ〜』
「ボイド、スラン、他の参加者との接触は避けろ。接触しそうになったらどこでもドアを使って温泉の方へと来い」
『がってんギ〜ガ〜』
グリフィスはユービックに声をかけるとともに、ボイドとスランにもう一つ指示を与えた。
指示を与えるとともに、グリフィスは温泉へ向かって歩き出した。
それにワンテンポ遅れて、ユービックがグリフィスの後をあわてて追いかける。
「ユービック、温泉につくまでの間参加者の名前と顔と特徴について分かっている範囲で教えてくれないか?」
『分かったギガ、まずは掲示板ストーカーのキョンって奴から……』
グリフィスは温泉へと続く山道を歩きながら、拠点防衛について思惑をまとめていた。
先ほどの放送でギガゾンビが告げた禁止エリア、そこには面白いほどの必然性が働いていることを、グリフィスは見抜いていた。
9時にA-7、11時にB-6、これは"防衛しやすくしてやったぞ、感謝するがよい"というギガゾンビからのメッセージ。
この禁止エリアが施行されることで、温泉へと向かう道は一つになる。
拠点防衛のセオリーは、進行ルートの固定である。進行ルートさえ決まっているならば、相手の戦術に絡まらざるを得ないのである。
故に、防衛側が人数で劣っていたとしても、有利に戦を進めることが出来る。
(とはいえ、できれば10人。最低でも15人までは減ってほしい所だな……)
攻城戦において、攻め手は守り手の三倍の兵を用意するのがセオリーといった所である。
グリフィスの持つ手駒は自身を含め、五。この状況下ならば悪くはない防衛力はあるだろう。
だがツチダマ達がまともな戦闘能力を有するならばともかく、まともに戦えるのはグリフィス一人。
運否天賦に賭けたとしても、15人。これ以上を超えたのならば対処のしようが無いだろうと判断する。
まともば防衛をするのならば、10人以下にまで参加者が減少するのが望ましいと考えていた。
人数の差があれど、取れる戦術はグリフィス自身の力を利用した各個撃破ぐらい。
ツチダマ達の戦闘能力は不安どころか考慮外なのは周知である。
武装を持たせた所で大して戦力が向上するわけでもなく、敵に武器を奪われればそのまま損失となってしまう。
罠を駆使したところで、グリフィス自身が戦わずに撃退するのは困難、あるいは無理だろう。
せいぜい、進軍の遅延が妥当といった所か。
だが、罠による進軍の遅延自体は大きな意味がある。罠により足並みが崩れればやがて軍団は秩序を失う。
士気の減衰した敵戦力をつつき、戦力を分散させ、各個撃破。定石通りだが確かな戦術である。
こちらが持つ最大の優位点は、どこでもドアを活用した最強の機動力にこそある。
常に敵の裏を掻き確実な先制攻撃を仕掛けることが出来る、未来の英知の結晶。
ボイドとスランを利用した万全の監視体制からどこでもドアを活用し、奇襲を仕掛けて一気に戦力を散らし、始末する。
これが当面の戦術プランであった。
……最もグリフィス自身としては防衛などといった回りくどいことをせず、そのままどこでもドアで参加者を始末して回りたい所であった。
戦力の集中が始まる前に潰して起きたかったが、与えられた役割以上の大立ち回りはまだ出来ない、今はまだ。
グリフィスが有効な一手を打つことの出来ないもう一つの根拠、それは情報。
彼の持つ情報は他の参加者よりもかなり少ないだろうと推測される。
戦において情報というものは重要である。相手の戦力と思考さえ分かれば、奇策で絡めとり一網打尽にするのもたやすい。
だがグリフィスは自身を情報弱者と考えたため、奇策は打てない。
この戦場で、終盤にもかかわらず彼が出会った参加者は全体の十分の一にも満たない。更に言えば出会った参加者の大半は既に死亡している。
既に、大半が脱落となったその名簿に記載された名前を見ても、彼らがどのような力、知識、情報、仲間がいるのか全く分からないのである。
故に奇策を駆使することが躊躇われる。失敗すれば飛ぶのは自身の首であり、防衛戦で撤退するということはできない。
情報が無いままうかつな行動を取ることは自殺行為であるがゆえ、定石を利用するしかない。
ツチダマという駒は戦力扱いはできないが、彼らの持つ情報を活用することで幾らでも状況は変えることが出来る。
だからこそ情報を可能な限り集め、アドバンテージを取る。
グリフィスは温泉へと続く地形を眺めながら、想定される進軍ルート、効果的な罠、ユービックの話す参加者情報について考えを巡らせていた。
それからしばらくして、椎七寺同様、年季の入った和風建築が見えてくる。
『ようこそエイハチ温せ……ギガ? 住職ダマがいるってことはお前はグリフィスギガ〜?』
「そうだ、話を聞いたと思うが、俺が主ギガゾンビ様から温泉防衛の任務を授かったグリフィスだ」
番頭ダマが温泉へと進入してきたグリフィスをいつものように歓迎しようとして、ファンファーレだけが間抜けに響いた。
「番頭ダマ、これからお前をコンラッドと呼ぶ」
『コンラッドギガか〜、なかなかカッコイイ名前ギガね〜』
グリフィスが与えられた魔名に気をよくする番頭ダマことコンラッド。
ユービックこと住職ダマBは、お前みたいな性犯罪者には分不相応ギガ。という愚痴をこっそり漏らしていたが。
「ユービック。お前にはやって貰いたいことがある」
『何をすればいいギガ〜』
ユービックが応答し、コンラッドもグリフィスの元へと向かってきた。
「ユービック、お前には資材調達を頼みたい。このディパックの中に木や竹、石等の他、支給品も集めてもらう」
『了解ギガ〜』
ユービックがそれぞれグリフィスの命令を受け、グリフィスからディパックを手渡される。
「ユービックはここから西の方向へと向かえ。
参加者との接触を避けるよう、できるだけ禁止エリアの中を通っていけ。
次の放送までにはここに戻ってきて貰いたい。できるな? 」
『がってんギガ、それぐらい出来なきゃツチダマが廃るギガ〜』
ユービックがはきはきとグリフィスの命令を受ける。グリフィスはそれにもう一言付け加える。
「ユービック、他の参加者と出会ったら荷物を捨ててでもこちらへと真っ直ぐ戻って来い。
できれば出会った参加者の特徴も覚えておいてほしい」
『お安い御用ギガ〜』
「頼んだ、ユービック」
グリフィスの願いに答えるとともに、ユービックは温泉から一目散に飛び出していった。
そして、グリフィスのそばにいるコンラッドへと指示を下す。
「コンラッド、お前にはこの温泉の構造とその周りの地形を教えてほしい」
『分かったギガ、ついてくるギガ』
コンラッドがギガギガと歩き出し、その後をグリフィスがついていく。
『この建物は見た目は古いけど、完全防弾仕様だからとっても頑丈ギガ〜』
「ほう、どれぐらい頑丈か試してみるか……」
『ちょっと、いったい何するギガ!』
グリフィスは腰元のエクスカリバーを手に持ち、建物の窓ガラスへと突き立てる。
窓ガラスはバラバラに破壊されこそはしなかったが、そこには大きな亀裂が走る。
「これでは、とても頑丈とは言えないだろう」
『ギ〜ガ〜、施設の破壊はとか勘弁して欲しいギガ……』
「すまないな、頑丈かどうか試してみたかっただけだ」
先ほどの実験で温泉の強度を確認するが、期待外れの結果に終わった。
このような強度ではエクスカリバーの真名である約束された勝利の剣、あるいは同程度の力を使えばこの温泉、亜空間破壊装置は簡単に破壊できるだろう。
グリフィスは拠点の防壁が気休め程度にしか役に立たないことを確認する。
『それじゃ、気を取り直して温泉内の各施設を案内するギガ』
コンラッドは少し機嫌を悪くしたものの、頼まれた案内の役割を果たし始めた。
『こちらが脱衣所と大浴場ギガ、体にいい成分が一杯含まれているギガ。ちなみに混浴ギガよ〜』
「ほう……」
『サウナに水風呂、ジャグジーに露天風呂もあるギガ』
コンラッドはまず温泉のメイン施設、大浴場を紹介し、グリフィスが感嘆の意を漏らす。
このバトルロワイヤルの会場は彼の住んでいたミッドランドとは比べ物にならないほど発展し、王宮でさえありえないような豪華な設備が各所に設けられている。
その設備の中でも特に素晴らしい、これほど豪華な浴場というものは、戦場を翔け続けていた彼の目にはとても魅力的なものに見えた。
「それじゃあ、後でお前に背中でも流してもらおうかな?」
『悪いけど、いくら綺麗でも男の体に興味は無いギガ』
グリフィスがコンラッドにニヤニヤと笑いかけ、コンラッドはグリフィスを何か変な物かのような目で見つめる。
グリフィスが笑いを漏らし、冗談だよ。と一言付け加える。
コンラッドはグリフィスとの距離を広げ、次の場所へと向かう。
『これはマッサージチェアギガ、全部無料で利用できるギガ。気持ちいいギガよ〜
こっちはお土産店、残念だけどスペースだけで何も無いギガ』
マッサージチェアとやらが何のための道具かは知らないが、役に立つものではなさそうだと判断する。
お土産店とやらも、何も無いならば思考に入れる余地も無い。
「次へ行こう」
『あ、トイレの紹介がまだギガ〜』
グリフィスは踵を返して正面玄関の方向へと戻り、コンラッドはグリフィスを追いかけてギガギガと行進する。
『ここはゲームコーナーギガ、温泉でリフレッシュした後は殺し合いを忘れて卓球で汗を流すギガ』
と、コンラッドは卓球台を指し示す。残念ながらこの殺し合いの場において遊具と戯れる暇など無い。
『この奥が管理部屋ギガ、といっても管理することなんて何も無いギガ』
「亜空間破壊装置は、その管理部屋にあるのか? 」
『その通りギガ、あんたカンがいいギガね〜』
「管理部屋に案内してくれ」
コンラッドは通路の奥へと移動し、どこからか取り出した鍵でドアを開ける。
管理室にはいくつか机と椅子が並べられ、さながら小さなオフィスのようであった。
そこにある物といえば温泉内部の様子を監視しているスパイセットと同じ映像を写すモニタがそれぞれ二つ。
そして傍らには"ツチダマ掲示板へようこそ!"と表示されたパソコンが机の上に置かれていた。
『左の扉がボイラー室へと続く扉ギガ、お湯の温度は何もしなくても勝手に管理してくれるから触らないで欲しいギガ』
「分かった、覚えておくよ」
『それでこの扉の中に、亜空間破壊装置があるギガ』
備品倉庫と書かれた扉をコンラッドが開けると、そこには大掛かりな機械が鎮座していた。
グリフィスがギガゾンビから防衛を命令された、亜空間破壊装置。
この場で剣を振るえばそれは簡単に破壊されてしまう。
だが、亜空間破壊装置はもうこれ一つしか残っていない。
この場で亜空間破壊装置に手を出すなど、ギガゾンビの機嫌を損ねるうかつな行動に出れば殺されることになるだろう。
だからこそ扉の中まで踏み込まず、眺めるだけとする。
残り一つをグリフィスがいつでも破壊できるというのは、すなわち彼がこのゲームの鍵を握っているのと同じことである。
その気になれば、あの仮面の男さえも役者として舞台の上に引きずり込むこともできる。そうなればさぞかし面白いことになるだろう。
グリフィスにとっての亜空間破壊装置はギガゾンビに対するカード、防衛が苦しくなったとでも報告すれば、まだまだ助力を引き出せることも可能。
利用価値の高さゆえに、今はまだ動かない。
「分かった、そっちはもういい」
『じゃ、閉めるギガ』
「それで、この画面について教えて欲しいんだが……」
と、グリフィスは監視カメラのモニターを指す。
『これは温泉専用の監視装置ギガ、スパイセットの監視映像を大画面で見れるようにしているギガ』
「なるほど……」
グリフィスは四分割された監視モニタに、先ほど案内してもらった正面玄関、マッサージチェア、ゲームコーナー、そして女子トイレの様子が表示されている。
隣のモニタは同様に四分割され、脱衣所に温泉内部、サウナに露天風呂が表示されている。
温泉側を表示するのモニタからはケーブルが出ており、グリフィスがそれを引っ張るとパソコンがずるっと動いた。
『ちょっと、引っ張っちゃ駄目ギガ!』
「いや、なんでこっちだけこれが出ているのか気になってな」
『気にしたら負けギガ、さっきも言ったけど変な行動は本当に止めて欲しいギガ!』
と、ケーブルを指し示すグリフィスにぷりぷりとコンラッドが注意をする。
「これからは気をつけるよコンラッド。スパイセットの監視映像がここで見れるということは、当然温泉の周りも見ることも出来るんだろう?」
『出来るギガ、これをこうしてああして……』
コンラッドがスパイセットを弄くると温泉内部を監視していた四分割のモニターが16分割となり、A-8温泉エリア周辺を写す映像へと変化した。
「ほう……これは凄いな」
『スパイセットを操作すれば視点変更や位置変更も思いのままギガ』
「スパイセットの使い方を教えてもらえるか?」
『ギガの説明をちゃんと聞くギガよ』
グリフィスはコンラッドに注意を押され、彼の指導の下スパイセットの操作をする。
未来の道具が非常に直感的インターフェースであったためか、グリフィスは数分としないうちに使い方を理解した。
グリフィスはスパイセットの監視体制をA-8エリアから別のエリアに移動しようとする。
『ちょっとちょっと、変な所に動かしちゃ駄目ギガ!』
「駄目なのか?」
『言い忘れたけど他のエリアは別のツチダマが担当してるギガ、スパイセットは与えられたエリア以外監視できないようになってるギガ』
「そうか、それなら……」
グリフィスはスパイセットを操作し、視点を上空へと移動させる。
『あんまり上空も駄目ギガ、ギガゾンビ様に禁止されてるからやっちゃいけないギガ』
「そうなのか?それでどれぐらいの高さまでなら問題ないんだ?」
『もうこの高さでギリギリギガ』
スパイセットの監視映像のうち一つはA-8エリアのはるか上空、温泉を中心とする半径500m圏内を表示している。
A-8エリア周辺が表示され、その中には舞台の外にある禁止エリアも含まれている。
監視半径を確認すると、他のスパイセットをA-8エリア圏内の高低多彩な場所に映像を切り替える。
『そんなところ見て何が面白いギガ? 何もないギガよ』
「いや、これでいいんだ。使い方はよく分かったよ。ありがとう」
グリフィスはスパイセットの操作を終えると、興味を別の場所へと示した。
それはコンラッドが鎮座し、監視モニターとケーブルでつながっているパソコン。
コンラッドは指導を終えると、もう一言付け加える。
『これで温泉の中は全部案内したギガよ、スパイセットで見たから分かると思うけど外はただ森が広がってるだけで何もないギガ』
「そうか、オレはコンラッドの目の前にあるその道具について聞きたいんだが……」
と、グリフィスはパソコンを指差す。
『これはパソコンギガ、ギガの私物だから触らないで欲しいギガ』
そういってパソコンを隠す。が、隠されると気になるのが人の性というものである。グリフィスも例外なく。
「なあコンラッド、少しでいいから使わせてもらえないか」
『駄目ギガ、パソコンも知らないような奴に壊されたらたまらないギガ』
そういって明確にノーをグリフィスに突きつける。
強硬手段に出ることも出来るが、そんな馬鹿馬鹿しいことをやるわけにもいかないので大人しく引き下がることにした。
「他のツチダマ達と協力して監視できるエリアを増やしたり、参加者と支給品の細かい情報や状況を調べることはできないか?」
『禁則事項ギガ、そういうことはギガゾンビ様に直接言って欲しいギガ』
「そうか、分かったよ」
グリフィスはまあしょうがないか、といった様子でコンラッドから引き下がる。
一方のコンラッドは次は一体何をするのかといったジト目でグリフィスを凝視している。
「しょうがない、オレは温泉にでも入ってくるよ。コンラッドは監視を頼む。ボイドとスランがこちらへ来たら教えてくれ」
『ボイドとスランってのがよく分からないけど、ツチダマが来たら知らせるギガ』
グリフィスは管理部屋を出ると、再び温泉の正面玄関に戻る。
正面には番台と男湯、女湯という暖簾、右手には先ほど案内してもらったマッサージチェアとお土産店。
左手にはゲームコーナー、そして亜空間破壊装置のある管理部屋。
コンラッドの案内によって、温泉内部の施設配置は全て確認することが出来た。
結局の所、温泉に立てこもって防衛というには小さく、温泉正面の三つ又の分岐も気休め程度の地形効果ぐらいしか得られない。
結論から言えば温泉内部に侵入者を寄せ付けないようにしなければならず、グリフィス自身が外へと討って出るしかない。
(結局の所、今後の動向次第か……)
温泉自体の防衛力に期待できない以上、自身と手駒であるツチダマによる陣地構築を行うことでしか防衛力を高められない。
陣地構築には多大な時間と労力が居る。その間に温泉へと攻め込まれれば終わり。そういうことである。
参加者同士の殺し合いが収束すれば、脱出のキーである亜空間破壊装置目指してこちらへと攻め込んでくるだろう。
資材調達に向かわせたユービックが戻り、陣地構築をする時間を考えれば、こちらへと大挙して向かってくるのは半日は待って欲しい所であった。
数時間はユービックが戻らず情報も少ない以上、出来る手は一通り打った。
今後発生するだろう連戦、激戦に備えるべく休息できるうちに休息しておき、万全の体調を保つ。
そう考えたグリフィスは男湯の暖簾を潜り、脱衣所へと向かう。
脱衣所へと入ったグリフィスは、ジュエルシードを使用した自分がどのような姿になっているのかを鏡で確認する。
鏡には、黒き甲冑に包まれ、翼を模した巨大なマントを携える存在が一人映し出されていた。
鏡に映ったグリフィスは、彼自身がこの場へと招待される直前、あの水面に移ったちっぽけな自分のように、自身の表情は覆い隠されていた。
あいつが言っていた闇の翼のという、ここには居ない"If"のグリフィスは鏡に映る自分自身のようであったのでだろう。
目の前に移る自身の姿は、『 』が復讐の対象として憎み続けた存在。彼は根拠もなくそう確信した。
――あいつが語った未来と全く同じ。ここにいるオレも全てを捧げながら夢へとひた走る。全てを踏み台としながら……
グリフィスが入浴の準備を始めようとした矢先、脱衣所にツチダマの声が響く。
『グリフィス様! B-6エリアを川沿いに女の参加者を発見したギガ!』
グリフィスが正面に戻るとそこにはスランとどこでもドアが出現していた。
【A-8・温泉正面玄関/2日目/朝】
【新生鷹の団】
【グリフィス@ベルセルク】
[状態]:魔力全快?、全身に軽い火傷、打撲
[装備]:エクスカリバー@Fate/stay night、耐刃防護服、ジュエルシード@魔法少女リリカルなのは、フェムトの甲冑@ベルセルク
[道具]:マイクロUZI(残弾数6/50)、やや短くなったターザンロープ@ドラえもん、支給品一式×7(食料三つ分、ディパック六つ分)
オレンジジュース二缶、破損したスタンガン@ひぐらしのなく頃に
ビール二缶、庭師の鋏@ローゼンメイデンシリーズ、ハルコンネンの弾(爆裂鉄鋼焼夷弾:残弾4発 劣化ウラン弾:残弾6発)@HELLSING
[思考・状況]
1:スランの報告を聞き、スランの言う女の参加者に対して接触を図る
2:ユービックが戻り次第、A-8エリアに罠を敷き、陣地構築を行う。
3:コンラッドのパソコンが気になる。
4:ジュエルシードの力を過信、乱用しない(ギガゾンビが何らかの罠を仕掛けていると考えている)。
5:そして――
※グリフィスは生存者の名前と容姿、特徴についてユービックから話を聞きました。
※A-8エリア全域、及びA-8周辺エリアはスパイセットで監視しています。
【住職ダマA(スラン)】
[道具]:どこでもドア
[思考・状況]
1:グリフィスに発見した峰不二子のことを報告する。
2:グリフィスが何かしようものなら即ギガゾンビ様に密告。
※スランはB-6エリアの川沿いを歩く峰不二子を発見しました。
【A-8・温泉管理部屋/2日目/朝】
【番頭ダマ(コンラッド)】
[思考・状況]
1:森なんか監視しても何も面白くないギガ……
2:グリフィスの監視を行う。パソコンは絶対触らせない。
3:グリフィスが何かしようものなら即ギガゾンビ様に密告。
※温泉管理部屋のコンラッドのパソコンからはツチダマ掲示板を初めとする主催者側のネットワークにアクセスできます。
※コンラッドのパソコンには監視キャプチャ画像、動画コレクションが保存されています。
【B-7・山頂/2日目/朝】
【運転士ダマ(ボイド)】
[思考・状況]
1:グリフィスの指示通り、南部の監視を行う。
2:グリフィスが何かしようものなら即ギガゾンビ様に密告。
【A-8・山岳部/2日目/朝】
【住職ダマB(ユービック)】
[道具]:空のディパック
[思考・状況]
1:グリフィスの指示通り、西部で資材調達を行う。
2:グリフィスが何かしようものなら即ギガゾンビ様に密告。
放送が終わる。ホログラムが消える。
病院の玄関の外、入り口の脇に背を預けながらトグサは毒づいていた。
「……くそ、いったいどうなってるんだ」
考え込んでいる余裕は無い。しかし考えずにいられない。
最悪、病院に向かったメンバー全てが放送で呼ばれることさえ覚悟していた。
だが、劉鳳とセラスは無事だ。それがトグサの思考に引っかかりを残している。
武が放送で呼ばれた以上、彼らは戦闘に巻き込まれ、犠牲者を出しながら撤退に成功したと考えるのが普通で自然だ。
ならば、なぜ進路を変えて映画館へと来なかったのか――
たかだか500m程度の道のり。避ける理由はないし、すれ違いにもなりにくいはずだ。
(来られないほどの重傷を負った? だからどこに隠れて休んでる?
いや、それならぴんぴんしているあいつらが追撃しない理由がない……)
仲間の死は痛ましいことだ。だがそれよりも警官としての思考回路が、トグサの頭に疑問符を浮かばせる。
もっとも、考え込む余裕など今のトグサにはない。薬莢の排出音が意識の端に届くと同時に、彼は反射的に伏せていた。
あくまで警官としての経験から動いただけ。ほとんど反射的に動いたようなものだったが……結果的には幸いだった。
『Divine Buster Extension』
間一髪、桜色の魔力光が壁を破壊しながらその上を掠めていく。
光が止んでしばらくしても、トグサの言葉はない。いや、出せない。
トグサ自身は無傷だ。だが、その破壊の痕は彼を黙らせるには十分すぎる。
「冗談だろ……」
やっと出たのは、そんな月並みな言葉だけ。
彼の目の前にあるのは、病院の壁。そして、そこに穿たれた穴。
――ただし、その穴は人を易々と飲み込めそうな幅があったが。
それを生み出したのは物理設定のディバインバスター・エクステンション。
砲撃においては凛は高町なのはに及ばないとは言えど、それでもその威力や射程は壁ごと敵を吹き飛ばすに足る。
魔法に疎いトグサでも、それは嫌になるほど理解できた。
(立ち止まってたらやられるだけだ……!)
そう判断したトグサは素早く立ち上がって走り出した。
離れるためではない。だが玄関から馬鹿正直に突入するためでもない。
(何かがおかしい。ここで退いたら、それはきっと分からない)
ただひたすら、病院の外壁に沿って走り出した。上手く隙を突いて、内部に侵入するために。
■
病院の玄関に、魔力が満ちていく。
霧散した魔力の残り香が、水蒸気のようにその場に増えていく。
『Reload』
弾丸が再び装填されると同時に、機械音が響く。
デバイスから発せられる煙がその場の魔力を更に増していく中、
凛は険しい表情で先ほど穿った穴を見つめていた。
「レイジングハート」
『All right, Area search』
凛の言葉に従って、レイジングハートは魔法を行使した。
障害物が多い屋内戦において、相手の位置が分かるエリアサーチは非常に有効だ。
もちろん、位置が分かっても間に障害物があるのには変わりない。
しかし、凛の魔力とレイジングハートの魔法なら障害物など関係なく砲撃できる。
隠れているなら障害物ごとまとめて吹き飛ばせばいいという考えはある意味なのはらしく、
そういう意味では凛もレイジングハートのマスターらしくなってきたと言えるのだが、しかし。
――高町なのはは、絶対に人を傷つけない。
『He is still alive』
「位置は?」
『正面左30°。
しかし相手は走っているようです。障害物がある以上砲撃の狙いを付けるのは難しいかと』
「……でしょうね。
上手く部屋に入ってくれれば、結界を仕掛けておしまいにするんだけど。
撤退したわけじゃないのよね?」
『Yes』
溜め息を吐きながら、凛は左手を顔に当てて考え込む。
エリアサーチの行使とディバインバスターの発射にはそれぞれ少しずつ時間が掛かる。
そして、エリアサーチとディバインバスターを同時に行使することはできない……
つまり、姿を隠して動き回ればなんとか回避し続けられるということだ。
さっきトグサが吹き飛ばされかけたのも、一つの場所に留まっていたから。
凛にできるのはあくまでおおまかに位置を探ることだけ。
壁と言う障害物がある以上、凛一人で相手の正確な位置を探るのは不可能だ。
凛、一人なら。
「水銀燈。これから共感知覚を掛けるわ」
「……何それぇ?」
「魔力のパスが繋がってる相手の知覚を共有する魔術よ。
これを使えば、私は水銀燈の目を通しても見ることができる。
あんたの方が小回りが利くでしょうし、相手に接近して牽制をして。
私はそっちの視界を参考にして砲撃を仕掛ける」
手を顔から離した凛は、すぐに水銀燈に向き直ってそう告げた。
共有知覚。かつて凛の父、時臣が言峰綺礼に伝授したもの。
使い魔を通して遠くの場所を見られる……この状況下においてはこれ以上なく役立つ魔術だ。
しかし、凛の言葉にすぐさま反対の声が返ってきた。それも、当事者以外から。
『また彼女に単独行動をさせるのですか、マスター?』
「……しょうがないでしょう。隠れたまま砲撃の狙いを付けるにはこれが一番いい」
『……ですが!』
微妙に歯切れの悪い凛の言葉に、レイジングハートは語気を荒げていた。
一応凛自身も、疑うべきだと理性では分かっているのだが……感情はまた、別の話だ。
そもそも、いきなり不意打ちで銃撃を喰らったことに対する恨みもあるのだから。
だが、不平の声を上げたのはレイジングハートだけではなく。
「ふぅん。でもそれ、私だけ相手に姿を晒すってことよねぇ?」
「……分かったわよ。強化魔術も掛けとく」
『…………』
水銀燈の言葉に、凛はそう答えて……その対応への不満を、レイジングハートは沈黙を以って表現した。
それでも機械である以上、やることは変わらない。不満があっても主の意志に従うだけだ。
レイジングハートが弾丸を排出。同時に、凛の左腕が淡く光り出す。
「Gros zwei―――Satz.
Beklagter, meine Warter werden geglaubt.
Weis ist schwarz.
richtige Richtige Peitsche.
Die Vergeltu ng von Himmel」
光が水銀燈を包む。
連続した魔術の詠唱が人形の体を変化させていく。
本来、他人に対して掛ける強化魔術は難しい。最高難度と言ってもいい。
だが、水銀燈は生物ではない。更に、凛と魔力の流れが既に繋がっている。
だからこそ、簡単に魔術を掛けられる――強化に限らず。
しばらくして、水銀燈は少し不機嫌そうに声を上げた。
「なんか、変な感じぃ」
「……強化で身体能力も上がってるもの。そのうち慣れるわよ。
レイジングハート」
『……相手の現在地は左50°』
「そ。じゃ、行ってくるわぁ。先に言っておくけど、危なくなったらすぐに逃げるから」
「ええ、そうして」
『…………』
レイジングハートの指示に従い、水銀燈が廊下をふわりと飛んでいく。
もっとも、指示した杖自身はこの作戦を心よく思っていない。適当に嘘でも吐けばよかったとさえ思っている。
その証拠に、水銀燈の姿が見えなくなってすぐにレイジングハートは声を上げていた。
『マスター!』
「……裏切られる危険性はないわよ。私も水銀燈の視点から見えるんだし」
『彼女は自由にパスを繋いだり切断したりできる可能性があります。
その場合共感知覚も切断されてしまい、何の意味もありません』
「大丈夫よ。切断されることで異常があったって分かるんだから。
それよりサポートお願い。私の視界はあっちに移すから」
『…………』
そう告げて、凛は目を閉じた。だが、その様子は瞑想と表現するにはほど遠い。
彼女の表情はどこかばつが悪そうな……そんな表情。
いくらなんでもお人よし過ぎる……そう沈みかけたレイジングハートの気持ちは、次の言葉に引き上げられた。
「保険も……掛けたから」
水銀燈に対してすまなさそうな表情は変わっていないけれど。
それでも、凛はそうはっきり口にしていた。
■
「……ここも、駄目か」
病院の周り。窓の中を覗きながらトグサは走る。
内部構造が全て分かっているわけではない以上、下手に窓から侵入することはできない。
最悪、どこかの部屋で追い詰められることも有りうる。
入るとすれば裏口か……もしくは、廊下の窓だ。
部屋から侵入した場合、扉と窓、二つしか進路がなくなる可能性がある。
だが廊下の場合、進路となる部屋の扉が多く袋小路の心配はない。それに、相手の姿を視界に入れられるかもしれない。
身を隠す遮蔽物がないという欠点もあるが、あの砲撃ではどのみちあてにできないだろう。
どうせ防げない攻撃なら、見えない攻撃より見える攻撃の方がマシだ。そうトグサは判断した。
ともかく、今必要なのは走ることだ。
壁に沿って走り、次の窓を目指して疾走して……頬に、痛みを感じた。
「……っ!?」
ぽたりと一滴、血が落ちる。
足元を見れば、黒い羽根が地面に突き刺さっている。
そして宙には、白い朝日を背に舞う黒い人形の姿。
「……ふふっ」
「くそ、随分とふざけた構造の義体だな!」
そう口走りながら、トグサは銃を構える……だが、銃口から弾丸が放たれることはない。
狙いをつけようとした瞬間には、既に水銀燈は出てきた窓へと戻っていた。
翼がないトグサには、相手を追って三階に侵入することなど不可能だ。
「どうす……る!?」
そう呟きながら足を止めて……慌てて伏せた。
その頭上を桜色の魔弾――ディバインシューターが通り過ぎていく。
回避できたことを喜ぶ余裕は無い。通り過ぎたはずの魔弾は停止し、再びトグサへと狙いを付けていた。
「誘導弾かよ……!」
いったいどんな原理なのか不思議に思っても、それを気にする余裕はトグサにはない。
そもそも吸血鬼が存在する世界だ、詳しく考えるだけ無駄だろう。今すべきなのは、ひたすら走ること。
地を蹴ると同時に、上空から羽根が再び降り注いだ。上空には再び姿を現している水銀燈の姿。
トグサは撃たない。いや、撃てない。銃を撃つために必要なプロセス――構える、狙う、撃つ――の間に魔弾に撃ち抜かれてしまう。
二正面攻撃。それも、一発一発は威力が低いが連射が利く羽根と、隙が大きいが喰らえば致命傷になりうる魔弾による挟み撃ち。
足止めして必殺の攻撃をぶつける――使い古された手と言えばそうだが、有効な手だからこそ使い古されているとも言えるのだ。
デイパックを盾にして羽根を防ぎながら、トグサは走る。
逃げ切れるとは思っていない。魔弾に追いつかれるまでの時間をできる限り稼げれば御の字だ。
……しかし、トグサが思っていた以上に魔弾は速かった。
ほんの数秒でディバインシューターは反転を完了し、トグサの背後へと迫り……
「くそったれ!」
舌打ちと共に、顔を庇いつつ窓へと飛び込んだ。部屋ではなく、狙っていた通り廊下の窓だったのは不幸中の幸いだ。
だが安心する暇も痛みで怯んでいる暇も無い。背後からは未だに魔弾が迫っている。
捕まればただで済まない非生物相手の鬼ごっこに辟易しつつ、トグサは再び走り出した。
■
『マスター、相手の内部への侵入を確認』
「うん、分かってる。見たから」
レイジングハートの言葉に、凛はそう返した。
その目は閉じられているが、物を見ていないわけではない。
今の彼女の視界は水銀燈の視界。聴覚などは移していないが、それはレイジングハートのナビゲーションを受けるためだ。
す、とレイジングハートが僅かに動く。ここで見る限りは何も変わったようには見えない。
だが凛にはディバインシューターが方向を変えたのが見えている。
相手を追って二階へ。そして、相手は逃げている。
このまま行けば、狙い通りの位置へ誘導できるはず……
だが、作戦とは大抵想定外の妨害が入るものだ。
「なんなののび太くん、ここまで引っ張ってきて……」
「え、えっと……」
「!?」
レイジングハート以外はいないはずの玄関に、予想外の声が響く。
聞こえた声に凛は振り向きかけ……視界を移していたことを思い出した。
振り向いた所で声の主が見えるわけではない。もっとも、見えなくてもすぐに分かるが。
「何かあったわけ?」
「う、ううん何もないけど……」
「…………」
結果として、凛は振り向かずに目を閉じたまま声を掛けることになった。
だが、のび太とドラえもん、どちらもどこか歯切れが悪い。
のび太は先ほどまでの行動をどう説明すればいいのかと言う悩み。
ドラえもんは先ほどからののび太の行動に対する混乱。
それが二人(正確には一人と一体)の口を縫い止めていた。
あいにく、凛には二人が口を開くまで待つような余裕は無い。
どうやって追い返すか考え込んだものの、あいにくそんな時間もまた、無い。
『マスター、相手がそろそろ目標地点に到達します』
レイジングハートがのび太との会話を中断させてきた。
一階なら玄関へと繋がる扉の前、それ以外の階なら凛がいまいる場所の真っ直ぐ上。
そこまで到達したところでディバインバスターを撃ち込む。それが凛の立てた戦法だ。
単純明快な待ち伏せ……それ故に、機会を逸するわけにはいかない。外してしまえば位置を悟られてしまうからだ。
喋っている暇は、無い。
「ここは危ないからさっさと戻りなさい。
いくわよ、レイジングハート!」
『All right.
Divine Buster Full Burst』
■
後ろから魔弾と水銀燈に追われながら、トグサは走る。
その目に迷いは無い。ただ一点だけを見つめていた。
魔弾が消える。同時に砲撃が撃ち出される――刹那。
トグサは素早く、走る進路とペースを変えた。
一筋の砲撃が、彼に当たらずにその目前を掠めていく。
(よし、予想通り……!)
目の前を走る砲撃の光に、トグサは安堵の息を吐きかけていた。
彼が立てていた予想はこうだ。
少なくともあれほどの火力と射程を持つ攻撃ができる以上、相手がそれほど動いているとは思えない。動く必要はない。
それなら、最初見た位置からそれほど動いていないはず……この考えを元に、トグサは相手の位置に対して見当を付けていた。
そして、ディバインシューターと水銀燈の動きから誘導されていると看破し、敢えて踊らされているフリをしたというわけだ。
待ち伏せで砲撃をするなら、見えない場所のうちのもっとも近い位置から行うはず。そう判断し、撃たれる前から回避運動。
至近距離からのディバインバスターでも、これなら十分に避けることは可能だ。後はそのまま走り抜けて内部を探索すればいい。
トグサの予想は間違っていなかった。確かに、いくらディバインバスターとはいえ撃たれる前から回避運動に移られては当たらない。
――ただの、ディバインバスターなら。
トグサが安心できたのは最初の一瞬だけ。
砲撃は一筋だけではなく、そしてその全てが次々に廊下の床を撃ち抜いていく。
拡散した砲撃の幅はトグサが予想していたより遥かに広い。
それでも結果から言えば、トグサ自身はそれほど傷を負ったわけではない。ないが……
「しまった!」
砲撃がもたらした結果に、思わずトグサは声を上げていた。
砲撃の一つが右腕を掠め、焼きつくような痛みを覚えた時にはもう遅い。
銃が手元から落ち、運悪く砲撃によって穿たれた穴へと落下していく。
唯一の強力な武器の喪失。この結果は致命的だ。こうしている間にも水銀燈は攻撃態勢に入っている。
ともかく逃げるしかない――そう判断して、トグサは足を上げかけ。
下から響いてきた声に、止まった。
「劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
それは声と言うよりは叫び。もっとも、だからこそトグサにも聞こえたのだが。
その内容だけでも十分衝撃的だが、更にあの声。間違いなくトグサにも聞き覚えがある声だ。
そう、主催者ギガゾンビと言い争った少年、のび太の声に間違いは無い。
「いったいどうなってるんだよ、ちくしょう!?」
気付いた時には、トグサはそう毒づいていた。
考えを落ち着かせるために休暇を申請したいところだが、
あいにく後ろからは水銀燈が永遠の休暇を押し売り中だ。今は走ることしか道はない。
羽根が舞う。それも、今まで以上の苛烈さで。
全力疾走するトグサの背に、容赦なく羽根は突進していく。
とっさに角を曲がって回避したものの、それで安心するにはまだ早すぎる。
「今まではあくまで牽制だったってことか……!」
明らかな事実に、トグサは歯を噛み締めていた。
さっきまでの攻撃の主役はあくまでディバインシューター。水銀燈は視界確保と牽制が目的だ。
それに、銃を失ったとなれば反撃を気にする必要も無く攻撃を叩き込める。今のトグサは正真正銘、狩られる側だ。
……もっとも、だからといって諦めてやる気も義理も無い。
勝てないならできる限りの手を尽くして逃げるまでだ。
だから、走る。
ひたすら走って、走って、走って……ふと、気付いた。
「……追ってこない?」
相手も角を曲がってこられるほど時間が経っただろうに、追撃が来ない。
見失ったということは在り得ないはずだ。目前で角を曲がった相手を見失う馬鹿はいない。
立ち止まってみたものの、水銀燈が追ってくる様子はさっぱりなかった。
気になって戻ってみれば、慌てて撤退している人形の姿。
「……何があったんだ?」
息を落ち着かせながらトグサは考え込んだが、
度重なる長距離走で酸素不足の頭はさっぱり答えを出してくれそうになかった。
のび太少年の言葉、そもそものび太少年がここにいること、そして突然の撤退……
これらを理解するには、自分の足で情報を見つけ出さない限り無理だろう。
ただ、それでも今言えることが一つだけある。
「探索は早めに終わらせた方がよさそうだな……」
警察官としての第六感が告げていた。
間違いなく……事件の匂いがすると。
■
時間軸は、先ほどより少し戻る。
「……避けられたみたいね。勘がいいわ……それとも頭がいいのかしら。
でも当分は水銀燈だけで十分ね」
レイジングハートから煙を噴き上げながら、そう凛は呟いて目を開けた。
あいにく、彼女には他にやることがある。目線より低い位置にいる二人へ振り向いた凛は、迷わずに口を開いて告げた。
「私はこれから相手を追い詰めにいくけど……いくら銃を落としたって言っても、他に武器があるかもしれない。
危ないから早くセラス達の所に……」
「い、嫌だ……劉鳳さん達の所になんか、戻りたくない!」
「のび太くん!?」
のび太の叫びに、ドラえもんと凛の表情が変わる。
ドラえもんはなぜこうまでのび太が怯えているのかさっぱり分からないという驚きの表情に。
凛はどうやって説得するかという表情に。
(ハルヒって子に何か吹き込まれたのかしらね……よくわかんないけど)
溜め息を吐きながら、凛はそう思った。それなら疑うのも分からないでもない。
……それに、さっき水銀燈に何をしたのか分かったものでもないし。
万が一追っている相手がのび太達の方へ相手が行ってしまう可能性もあるし、
このまま行かせるのは危ないか……凛はそう思った。
「分かったわよ。じゃ、これを持ってきなさい」
決断は早い。落ちてきた拳銃を拾い上げてドラえもんへと投げ渡し、杖を向ける。
そのまま、ドラえもんに強化魔術を掛ける。正確に言うと、ドラえもんの表面に。
「これで大分ましになったと思うわ。
大抵の攻撃なら跳ね返せるし、逃げるくらいなら簡単にできる。早く戻りなさい」
凛の言葉を聞いてやっとドラえもんが、そしてそれに引き連れられるようにのび太が離れていく。
のび太の表情は渋々と言った様子だったが、それをドラえもんが歩きながら説得して離れていく。
それを見送る凛の表情は複雑だ。安心すべきなのか不安に思うべきなのか、自分でも分かっていない表情。
それでも、慌てて凛は頭を振った。今はそんなことを考えている場合ではない。
「それじゃレイジングハート、もう一回視界を水銀燈に繋がるから……」
『外に新たな魔力反応を確認。相当な魔力量です』
「え?」
レイジングハートの言葉に、凛は向きを変えた。
そこには、朝日を背にこちらに歩いてくる一人の小柄な騎士。
妙な兜を付けているが間違いようが無い。セイバーだ。
怪訝に思ったものの、凛は知り合いとして今までの行動を聞いてみようとして。
「セイバー? あんたいったいどうし……!!!」
『Protection Powered』
その時には、既にセイバーが踏み込んできていた。離れていた距離をあっさりと。
反応できなかった凛の代わりにレイジングハートが自動でカートリッジをロード、防壁を展開する。
カートリッジを使用してまで作った障壁だ、そうそう突破されるものではない。
だが……実際には桜色の障壁はあっさりとひび割れていた。まるでガラスのように。
「駄目、突破される――!」
『Barrier Burst』
凛の顔が歪んだ瞬間、衝撃が爆発した。
だがあくまで吹き飛ばすためだけの爆発は、どちらにも傷を与えない。
吹き飛ばすことに意義がある……この場合は、距離を取るため。
なんとか安全圏まで退避した凛は、魔術式を組み立てるより先にセイバーを睨みつけていた。
「何のつもりよ、セイバー! 私にいきなり斬りかかるなんて……」
「……貴女と会った覚えはありませんが」
「なっ!?」
セイバーからの答えはそっけないもの。
思わず凛は絶句したものの、すぐに気を取り直した。
再びセイバーが構えている。このままではまた距離を詰められるだけだ。
明らかに敵意のある相手を無策で迎え撃つ真似なんて、凛はしたくもない。
「そっちがその気なら――Anfang.
Los! Zweihander――!」
『Divine Buster』
レイジングハートが再び魔力の帯を放つ。トグサを散々苦戦させた砲撃。
しかしそれを意に介することは無く、セイバーは疾走する。
桜色の砲撃がセイバーへと迫り……目前で、霧散した。
「まさか――対魔力はここまで!?」
凛の表情が驚愕に染まる。
自信はあった。あの時とは違う――ディバインバスターなら通るだろうと。
だが、所詮それは慢心でしかなく。
「……今のは見事でした、メイガス」
凛が後退するより早く、不可視の剣が唸りを上げ――
■
「この形跡……明らかに、まだ誰かいるな」
息を落ち着かせながらも、トグサはじっくりと探索を進めていた。
警官としての経験は、捜査の上でも役に立つ。カップの温かさのような細かいことさえしっかりと調査する。
そうして、結論を出していた。
「……やっぱり、劉鳳とセラスがここにいるのか?」
トグサにはいろいろとおかしく思えるが、一番自然な答えはこれしかない。
疑問を浮かべながらも、トグサは歩き出した。走りはしない。
速く動けばそれだけ注意が散漫になるからだ。まだ警戒を怠れるような状況ではない。
……しかし、ずっと全力疾走し続けた結果として、かなりの疲労が溜まっていたのも事実。
そして……疲労は油断を生む。
突然、青い帯が伸びた。
「うわっ!?」
回避する間も無くトグサは足を取られ、転倒する。
とっさに頭を庇ったものの、恐ろしく無防備な姿勢なことには変わりない。
覚悟を決めて顔を上げる。その視界の先にいたのは……
「トグサだったか……」
「そうかもしれないって言ったじゃん」
機械的とも生物的とも付かない物体――アルター・絶影を従えた劉鳳。
脇には頬を含まらせたセラスがいる。
色んな感情を籠めて溜め息を吐きながらも、トグサはひとまず立ち上がった。
「無事でよかったと言うべきなのかな、ここは」
「すまん、少々イラついていたようだ」
「いや、そこまでしなくていい。別に大した怪我はしてない」
頭を下げて絶影を消す劉鳳に、トグサは素早くフォローを入れた。
別に責めるつもりはしないし……聞きたいことは他にある。
「それより聞きたいことがある。
なんであんな危険人物と一緒にいる……いや、いられるんだ?」
「危険人物?」
「あのツインテールの女のことだ。
いきなり襲い掛かられとかしなかったのか?」
トグサの言葉に、セラス達は全く同じ反応を取った。
互いに向き合って、「やっぱり」と言わんばかりの表情になって、溜め息。
混乱するトグサを尻目に、セラスが口を開いた。
「いい、まずよく聞いて――」
■
水銀燈の羽根が舞う。ただし、水銀燈が自分の意志で飛ばしたものではない。
圧倒的な剣圧が掠めた翼が、風に吹かれて羽根を散らせたのだ。
その間に水銀燈はできるだけ距離を取る。セイバーから距離を取るため、そして凛からできるだけ離れるため。
(もう少し持ちこたえなさいよ、この役立たず!)
念話に呼ばれて戻った時にはとっくに壁に寄りかかってのびていた凛を思い出して、水銀燈はそう八つ当たりをしていた。
別に死んだわけではなさそうだ。その証拠に魔力は水銀燈へしっかりと流れてきている。
切り傷もない辺り、攻撃は防御できたものの衝撃は吸収できず、
吹き飛ばされて壁にぶつかり気絶したと言ったところだろう。
戦闘不能の相手にとどめを刺すより新たに現れた相手を潰すべきだとセイバーは判断したのか、
到着早々水銀燈はセイバーに追いかけられる羽目になり……結論は一秒で出た。
(こんなのに一人で勝てる訳ないでしょお!?)
間一髪で剣を避けながら逃げ惑う水銀燈の出した答えは、こんな情けないもの。
もっとも、戦力差を考えれば仕方の無いことだろう。
羽根を飛ばせばあっさり弾かれ、相手に剣を振り回されれば当たらなくても吹き飛ばされかける。
このままで勝てる相手ではない。
(しょうがないわねぇ……せっかくいいところまでいったのに!)
心の中でそう呟いて、水銀燈はデイパックに手を突っ込んだ。
策略も何も、死んでしまってはどうしようもない。
凛から十分な距離が取れたかどうかは怪しいが、迷っている暇は無かった。
このままでこれ以上逃げられるとはとても思えない。
「悪いけど、手間取る訳にはいかない……
すぐ片付けさせてもらうわぁ!」
■
セラスの話がひと段落して。
首を傾げながら、トグサは言葉を返した。
「要するにあの義……じゃなかった、人形が色々と仕組んでる、ってわけか?」
「要約するとそうだな」
トグサの言葉に劉鳳はそう告げて首肯する。その表情は苦々しい。
「その凛って子は気付いてないのか? それに、セラスや劉鳳からそういう事を言ったりは?」
「どうやらだいぶ長い付き合いらしい。下手をすると最初からずっといたのかもしれん。
色々と怪しくは思っているようだが、それでも大分甘やかしている。お人よし過ぎるほどにな」
「それに個人的に入れ込んでるみたいで、私達が下手に言うと逆に疑われそうなんだよ」
むむ、とトグサは考え込んだ。内容は決まっている。
警官として、犯罪者を無理なく立件、確保するにはどうすればいいか。
正確に言うとこれは検事の領分だろうが、それでもトグサがこういったことに無知だと言うわけでもない。
「セラス達の見解が正しいとして……その場合、なんとかして尻尾を掴む必要がある。
ぶりぶりざえもんが生きていれば俺の時の証言が取れたんだろうけどな……」
「…………」
暗い表情で呟くトグサに引き摺られたかのように、セラスと劉鳳の表情も沈む。
ぶりぶりざえもんはもういない。いや、永遠に逢うことは叶わない。
溜め息を吐きながらもトグサは次の言葉を告げようとして。
「ともかく、俺は一旦魅音達のところに行ってこの事を……」
「のび太くん、ちょっと……!」
ドラえもんの声に、三人が振り向く。だが、遅すぎた。
三人が振り向いた時には既に。
拳銃を奪い取ったのび太が狙いを定めていたのだから。
■
名前:SECRET AMBITION ◆2kGkudiwr6[sage] 投稿日:2007/04/19(木) 18:56:46 ID:Ef62yx4.
「飛龍――」
「風王――」
二つの剣が奔る。
一つは炎の魔剣・レヴァンティンを模した長剣。
もう一つは風で覆い隠された竜殺しの大剣。
その二つが、激突する。
「一閃!」
「結界!」
風と炎がぶつかり合い、破壊の嵐を巻き起こす。
壁を始めとする周囲の物体は吹き飛び、削れ、溶解する。
遠く離れた劉鳳たちのいる場所にさえ届きかねない大音響さえ巻き起こっているが、
あいにく水銀燈にそんなことを気にする余裕は無い。
(この体でさえ互角だなんて……!)
知らず、水銀燈はセイバーを睨みつけていた。
リインフォースと融合した水銀燈の身体能力は生半可なものではない。
少なくとも、ただの人間なら魔法を使わずに殺せるほど。
更に、凛の強化による身体能力向上は未だに継続している。つまり、身体能力は劉鳳や凛と戦った時以上。
それなのに、互角。いや、下手をすれば押されているかもしれない。
距離を離せば別かもしれないが、あいにくセイバーはそれを許すほど甘くない。
「はぁっ!」
「盾!」
『Panzerschild』
不可視の剣が生み出された盾に衝突、火花を上げる。
軋む腕を無視しながら、水銀燈は羽根を舞わせて魔術式を展開した。
黒い羽根は地面に張り付き、魔力の基点へと姿を変えていく。
「鋼の……くびきっ!」
「チッ!」
羽根から、銀色の刃が伸びた。
さすがのセイバーと言えど、ここまでの魔術は無視できない。
素早く後退しながら、魔力で編まれた刃を切り払う。その顔には、汗。
そう、この状況には不満があるのはセイバーも同じだ。
手早く片付けるはずが、相手は予想以上の強さ。
技術では小次郎に遥かに劣っているものの、それを数々の魔術で補っている。
近接戦闘でさえこれなのだから、離れればどうなるか分かったものではない。
油断無く剣を構え、隙さえあればすぐに飛びかかれるようにセイバーは相手に相対する。
だが……水銀燈は予想外の対応を見せた。
「ねえ、手を組まなぁい?」
彼女が提案したのは、同盟。
何を言い出すのか……不思議に思うセイバーをよそに水銀燈は続けていく。
「実は私、優勝狙ってるのよ。
善人のふりしてこっそり仲間割れの種を撒いてるってワケ」
「…………」
セイバーに反応は無い。それに苛立ちながらも、水銀燈は言葉を紡いだ。
「貴女も優勝を狙ってるみたいじゃない?
だったらもう少し参加者が減るまで一旦停戦といかないかしらぁ?
まだまだ、人殺しを嫌がる正義面した奴はたくさんいるものぉ」
水銀燈は、少なくとも嘘は言っていない。
ここでこれ以上戦えば消耗してしまうし、凛にまた襲われるのは避けたい。
要するに水銀燈としては、さっさとセイバーに撤退してほしかった。
「確かに理はありますね」
その言葉に、水銀燈はほくそ笑んだ。
確かに今戦う気はない。だが、この後の展開次第では違う。
今度会った時後ろから撃つのもいいし、凛を裏切った後の主として使うのもいい。
どの道自分が甘い汁を吸い尽くすのには変わりない――
――そんな企みは、次の言葉に斬って捨てられた。
「――ですが、断る」
「!?」
セイバーが迫る。言葉どころかその身をも斬り捨てんと剣が唸る。
慌てて水銀燈は防御魔法を展開した。
無表情のまま、セイバーは辛辣な言葉を追い討ちとばかりに続けていく。
「貴女のような輩の言葉。
何の確証も無く信じられると思いますか?」
「……のぉ、人が下手に出てれば調子に乗ってぇ!」
叫びながら水銀燈はセイバーを押し返した。壁に叩きつけられることも無く、軽やかに騎士は着地する。
悪意をむき出しにした言葉を受けても、セイバーの表情は変わらない。
変わらないまま、言葉を続ける。
「……つまり、確証があれば
その言葉が真実だと言う事を教える証拠。それがあれば、休戦という事にしても構いません」
「?」
水銀燈が首を傾げる。
セイバーは分かりやすく伝えるために、水銀燈の後ろを指差した。
「ですから、彼女を殺すのは任せました」
「!?」
思わず振り向いて……水銀燈は絶句した。
後ろにいたのは、凛。しっかりとレイジングハートを水銀燈に突きつけて。
慌てて水銀燈が向き直った時には、セイバーの姿はもういない。
潰し合うように上手く仕向けられたと気付くには遅すぎた。
「また会ったわね、『リインフォース』」
「……う」
凛は淡々と言葉を紡いでいく。
水銀燈はとっさに頭を巡らしたものの、都合のいい言い訳は少しも思いつかない。
「あんたが誰かは今は考えない。
さっきの会話の内容も考えない。
なんでパスがあんたと繋がってるのかも考えないし、それがなんで切れないのかも考えない」
言葉は淡々と。表情は限りなく無表情。
ただ瞳だけが、怒りの炎を映し出している。
「……悪魔みたいな方法で、話を聞かせてもらうわ。
自分がどんなミスをしていたのかを……あんたが生きていたら、だけどね!」
■
銃声と同時にセラスはベッドを押し倒し、急場のバリケードにしていた。
そのままベッドの陰に劉鳳とトグサごと倒れこんだものの、今の有様を思うと泣きたくなる。
状況は最悪。どうやら、のび太は劉鳳とセラスが裏切り者だと誤認したらしい。
「やめなよのび太くん、こんなことしたって……!」
「うるさい! あの二人はどう見ても僕達を裏切ってたんじゃないか!」
せめてもの救いは、まだドラえもんが冷静だったことくらいだろうか。
あいにく、顔を出してその話に割り込む気は三人は無い……というよりできない。
それをするのに問題なのは、予想以上にのび太が早撃ちと狙撃を得意としていたこと。
おまけに完全な不意打ちとくれば、避けるのは相当に難しい。
そう……最初の一撃も、避けきれたわけではなかった。
「劉鳳、大丈夫か!?」
「ああ、大丈夫、だ……」
トグサの声に、劉鳳はそう返した。明らかに内容と声の調子が釣り合っていない。
苦しそうなのは当然だ。先ほどの銃弾
幸運にも心臓や肺、動脈には当たっていないようだが……それでも銃弾で撃ち抜かれたことには変わりない。
もっとも、守るべき民間人に撃たれたという精神的ショックも多分にあるが。
「ちょっと、私達の話を……って、うわっ!」
セラスが顔を出して説得しようとしたものの、すぐに銃弾を撃ち込まれて慌てて顔を引っ込めた。
このままでは状況は悪化するばかり。下手をすれば凛と水銀燈が来て更に話がこじれかねない。
だが、下手に撃ち返すわけにもいかない。
そんなことをすればまず間違いなく場を穏便に済ますことができなくなる。
「……セラス、俺が絶影を出す。盾にしてのび太を取り押さえてくれ」
「何言って……そんな体じゃ無理でしょ!
だいたいそれじゃ事態が余計こじれて……」
「待ってくれ、二人とも。足音がする」
トグサの言葉に、劉鳳とセラスは黙り込んだ。
確かに足音がする。誰なのか確認したいところだが、下手に顔を出して撃たれるわけにはいかない。
だから、歩いてきた人物に反応できたのはドラえもんとのび太だけだ。
そう……セイバーに。
そして、のび太とドラえもんは彼女に対して正反対の対応を見せた。
ドラえもんは、カズマ達との交戦を思い出して後ずさり。
逆にのび太はいつもドラえもんにしているように、駆け寄った。
「駄目だよのび太くん、その女の人は!」
「お姉さぁん、助けてよ〜! また僕達襲われて……」
答えはない。言葉の続きも無い。
ただ、セイバーは不可視の剣を一閃しただけ。
一瞬にしてのび太の首は刎ねられ、ドラえもんはその剣圧で吹き飛ばされてセラスの脇に倒れこむ。
表情に疑問を浮かべたまま……自分がなぜ死んだかわからないまま、のび太はその生涯を終えた。
そのまま、セイバーはセラス達へと向き直る。その圧倒的な剣気に……思わず、セラスは戦慄していた。
吸血鬼だからこそ、分かる。勘が只者ではないと分からせる。
最悪だったはずの状況は……更に底があった。
■
凛が病院の廊下を舞う。
その速度は人としては在り得ない。常人には反応できるかどうか。
だが、それでもリインフォースの前には遅すぎた。
水銀燈が拳を振り下ろす。素早くレイジングハートが防御壁を展開、受け止める。
しかし、均衡していたのも一瞬だけ。桜色の障壁はあっさりと破壊された。
『Schwarze Wirkung』
「ッ!」
夜天の書の声が響く。
とっさにレイジングハート本体で受け止めたものの、そんな防御で衝撃を緩和できるはずも無く。
凛は吹き飛ばされ、廊下の床を転がっていった。
だが、水銀燈の追撃はない。彼女は追わない。正確には、追えない。
まるで金縛りにあったのようなその様子を見て、凛は立ち上がりながら言葉を吐き捨てた。
「ふん。掛けておいた呪いが効いてるみたいね」
「……信用してなかったってわけぇ」
「保険よ。レイジングハートの言葉に押されて掛けたようなものだったけど、
正解だったみたいね」
水銀燈にかけられているのは強制……ギアスの呪い。強化を掛けた際、密かにかけておいたものだ。
効果は文字通り、強制。凛の意に反した行動を取るとき、水銀燈は金縛りを受ける。
もっとも仮にもリインフォースと融合している状態だ、最高位の呪いとは言えそれほど効力を発揮できてはいない。
それでも……攻撃を鈍らせることくらいはできている。
『Reload』
「予備のカートリッジ残り28発……
ギアスはいつまで続くかわかんないし、早々にケリを付けないと」
再び水銀燈から距離を取りながら、凛はレイジングハートに弾を込め直した。
相手は冬木の聖杯なんて比較にもならない古代の産物。放っておけば呪い程度、間違いなく解呪されてしまう。
魔力を奪われていることやカートリッジのことを鑑みても、早期決着を図るしかない。
だが、果たして自分にできるのか――?
頭の中で策を浮かばせては消す凛だったが、彼女が結論を出すより早くレイジングハートが声を上げた。
「I have a method(手段はあります)」
「え?」
「Call me "Excellion mode"」
エクセリオンモード。レイジングハートのフルドライブ……つまりは、リミッターを外した形態。
凛も、一応はレイジングハートから説明を聞いていた。だから、それの意味するところが分かる。
分かるから、慌てて反論した。
「で、でも!
私は本当の持ち主じゃないし、下手に扱ってレイジングハートを壊しちゃうんじゃ……」
フルドライブモードは他の形態よりも圧倒的な魔力量の放出を可能とする形態だ。
だがそれ故に、レイジングハートには多大な負荷が掛かる。
他のモードと比較にならない圧倒的な量の魔力を扱うのだから当然だ。
魔力の制御をしくじれば、レイジングハートが破壊されることにもなりかねない。
「Call me」
それでも、レイジングハートは繰り返した。
自分の破壊に繋がりかねない行為をするようにと。
「Call me, my 『master』」
かつての主に言った時と、同じように。
その言葉に、凛の表情が曇る。レイジングハートが見せたもの……これ以上ない、決意に。
もっとも、感傷に浸っている余裕は無かった。
「いい加減しつこいわねぇ……。
命乞いをすれば、最後まで殺さずに幸せな夢を見させてあげるくらいで許してあげるわよぉ?」
のんびりと接近してきた水銀燈から放たれたのは、そんな無粋な言葉。
思わず、凛は歯を噛み締めて……同様に、決意した。
「命乞いをするのはあんたの方よ……
レイジングハート・エクセリオンモード――ドライブ!」
『Ignition』
凛の言葉に、レイジングハートは応える。
内部で弾丸を装填、魔力を開放。
同時にその先端が伸長し、隙間を閉じる。その様子はまるで刃物だ。
そこにあるのは、もはや杖とは呼べない黄金の槍。
そして流れ出すのは、力強い魔力の奔流。
「……使いこなして、みせる!」
■
凛と水銀燈の戦闘の音は、セラス達までは届かない。
こちらでも喧騒を生み出しているのだから、当然と言えば当然だ。
「んのお!」
セラスがナイフを投げつける。それも、三本同時。
吸血鬼の膂力で投げつけられるその速さは半端なものではない。だが、セイバーはあっさりと、首をずらすだけで回避した。
奪われた銃を拾い上げてトグサが撃ち込んだものの、こちらもまた竜殺しに阻まれる。
不可視の剣は、予想以上に厄介な産物だった。
攻撃だけではない。剣がどこにあるか分からないということは、防御においても役に立つ。
剣の大きさが分からないということは、どこが無防備なのか分かりないということも意味するからだ。
そして、セラス達にはレイジングハートやリインフォースのように自動で防御を組み立てる存在はない。
(このままじゃ駄目だ……)
犬歯を覗かせて、セラスは呟いていた。呟くしかなかった。
劉鳳の銃創も一刻を争うものだが、何よりも問題なのは……倒れているドラえもん。
いくら強化魔術が掛けてあったとは言っても、セイバーの剣に耐え切れるはずも無い。
まともに当たっていなかったのは幸運だが……このまま機能停止されれば、ギガゾンビに詳しい人物は全滅という事になる。
そんなことになれば、脱出など夢のまた夢だ。だから、セラスは決意した。
「でぇい!」
「チッ!」
次にセラスが持ち上げたのはベッド。それも片手に一つずつ、計二つ。
まるでボールかなにかのようにそれを軽々と持ち上げて、セラスはセイバーへと向けて投げつけた。
さすがのセイバーと言えども、これを両断する気にはならなかった。というより、しても無駄だ。
これほどの質量と速度だと、両断したところで真っ二つになったベッドがぶつかってくる。
素早く竜殺しを地に突き立てて防御。元々竜殺しの大きさはセイバーの背に上回るほど大きい。
盾としての役割も十分にあるのだ。
結果として衝突したベッドが轟音を立て、竜殺しの前に粉々になる。
土煙が上がり、セイバーの姿が見えなくなり……すぐにセラスは声を上げた。
「トグサさん!
劉鳳とドラえもんを連れて離れて!」
「な!?」
「お、おい?」
「この青ダヌキには、聞かなくちゃいけないことがいっぱいある。違う?」
その言葉に、トグサは黙り込んだ。
ドラえもんがこのゲームを打破するキーパーソンであることに疑いは無い。
そして何より、トグサのデイパックには技術手袋がある。
ドラえもんを修理できるのはまずトグサだけ。
消去法でいけば、この場に残るべきなのはセラスしかありえない。
……もっとも、そんな理論では納得できない男もいるが。
「ふざけるな! 俺も……」
「今の劉鳳じゃ、駄目だよ。
そもそも、この狭い病室じゃ劉鳳が先に狙われるから、速さでかく乱する絶影の効果は薄い」
息を切らせながら反論する劉鳳に、あっさりとセラスは返答する。真っ当な理屈で。
それでも納得できない劉鳳が口を開くより先に、セラスは続けて。
「だから、凛ちゃんに怪我を治してもらったらここに来て。
――それまで、私がここでこいつを止める!」
「行かせると思いますか?」
それに言葉を返したのは、セイバーだった。
慌ててトグサが劉鳳とドラえもんを連れ出そうとしたが、反応が遅れている。
何よりも予想外だったのはドラえもんの重さだ。100kgを越えるその重量、そうそう持ち上げられるものではない。
トグサはなんとか引きずって動いているものの、明らかにその動きは遅い。
そんな彼が視界に入っているのかいないのか、セイバーが踏み込んで距離を詰めた相手はセラス。
だが竜殺しの大きさは半端なものではない。このままいけば、セラスどころかトグサも一緒に真っ二つだろう。
だから。
「違う……あんたは行かせるしかない!」
セラスは、ジャッカルを竜殺しに押し当てた。
吸血鬼特有の「第三の目」。それを使って不可視の剣を見抜き、恐ろしい速度で迫る剣に銃をぶつける。
言うだけなら簡単だが、実行は恐ろしく難しいのは言うまでも無い。
もっともそれだけでは終わらない。押し当てたままセラスはジャッカルを六点連射。
竜殺しの軌道は逸れ、壁へと突き刺さり……その隙になんとかトグサ達はその場から離脱した。
「勇敢ですね、貴女は」
「ふん。あんたに言われてもちっとも嬉しくない」
セイバーの言葉に、そうセラスは即答した。あくまで強気に。
しかし実際には、セラスの状況は最悪の極みと言っていい。
無茶なゼロ距離射撃の代償として、ジャッカルの銃口は焼け付き、煙が上がっている。
どう見ても無事には見えない。そして、残りの武器はナイフぐらいしかない。
これ以上無い「最悪」……それでも、セラスは迷い無く断言する。
「持ちこたえて、みせる!」
■
68 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:24:08 ID:LhJFlVAM
戦いの場は、既に移っている。
病院上空。朝日に照らされながら、赤い流星と黒い極光がぶつかり合う。
だが……
「遅いッ!」
「ぐ……!」
桜色の羽根が散る。
赤い流星は地に落ちかけながらも……寸前で体勢を立て直した。
上空には、余裕綽々といった風情の水銀燈。
「一つ覚えの砲撃……通るとでも思ってるのかしらぁ?」
「――通すっ!
レイジングハートが、力をくれてる!
命と心を賭けて、応えてくれてる! だから……」
凛の言葉と同時に、レイジングハートがカートリッジをロード。
同時に、大きく力強い翼が展開される。
かつてなのはがそうしたように。
レイジングハートがそうしたように。
凛は、切り札を切った。
「絶対、負けるわけにはいかないのよ!」
『A.C.S. stand by』
レイジングハートの言葉と共に、魔法陣が展開。
まるで足場のように凛の足元に広がるそれは……今までにないほど強く光り輝いていた。
「アクセルチャージャー起動、ストライクフレーム!」
『Open』
言葉は意志を表すもの。
レイジングハートの先端から、光の槍の刃先が生み出される。
鋭く、猛々しい力の意志が。
「エクセリオンバスターA.C.S.……ドライブ!!!」
同時に、凛は魔法陣から飛び立った。
その身を一つの砲弾と化し、凛は水銀燈へと肉薄する!
それは回避などできるはずもないスピード……正真正銘の砲弾だ。
狙うは至近距離からのエクセリオンバスター。防御を省みないゼロ距離砲撃。
光の刃と防御壁がぶつかり合い、爆ぜあう。互いを押し合い、均衡する。
いや……均衡と言うのは間違いだ。
「……う、嘘!? こんなはず……!」
「届いて……ッ!」
凛の方が、明らかに押していた。
桜色の刃が青い障壁を破りかけ。
水銀燈の表情が驚愕に染まり、凛はエクセリオンバスター発射のコマンドワードを口に出そうとして。
69 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:25:46 ID:LhJFlVAM
ぱきりと、レイジングハートに亀裂が走った。
「…………!!!」
「ふ……ふふふ、あはははは! 残念だったわねえ!!!」
光の刃が細くなる。勢いそのものが失速していく。
それでも凛は諦めずに魔力を注ぎ込む。だがレイジングハートが破損していくだけで、結果は変わらない。
それを嘲笑いながら、水銀燈はもう片方の手を向けて。
『Divine Buster』
撃ち出されるのは、なのはの魔砲。
しかしその声を紡いだのはレイジングハートではなく、リインフォースだった。
まるで木の葉のように軽々と凛は吹き飛ばされ、宙を舞う。
そして……轟音と共に病院の一角に土煙が上がった。
「あ……ぐ、ぅ……」
全身の痛みと脳震盪に体をふらつかせながらも、なんとか凛は立ち上がった。
目の前には間髪入れずに追撃してきた、水銀燈の姿。
ギアスはもう、何の役にも立たなくなっていた。
『Schwarze Wirkung』
『Protection』
凛は立ち上がれたことさえできない。朦朧とした意識では、魔法を使うことは不可能。
それでも主を守るべく、レイジングハートが防壁を展開した。
だが小破したレイジングハートではプロテクションが限界。
その程度の防御魔法でシュヴァルツェ・ヴィルクングが防ぎきれるはずも無い。
紙の様に障壁は舞い散り、凛は思わず目を閉じて。
――寸前で、拳を青い帯が縫いとめていた。
『Master!』
「え……?」
レイジングハートの声に、凛は目を開けて。
70 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:27:09 ID:LhJFlVAM
「ついに本性を表したか、水銀燈。
この毒虫が」
確かに見た。
胸から血を流してなお。
戦意を失わずに水銀燈と相対する劉鳳の姿を。
「こいつが……さっきの人形だって言うのか?」
「トグサ、間違いない。
俺の勘が告げている……こいつは悪だと。あの気に喰わない人形と同一人物だと!」
「……何のことかしら?」
「とぼけるな。そもそも、ちょうどいい時に現れすぎだ。そうそう偶然が続くものか」
「ま、いいけど。だいたい貴方、死にかけじゃなぁい」
雄雄しいとさえ思えるその勇姿を、そう水銀燈は嘲笑った。
だが、劉鳳は答えない。答えないまま、腕を振る。
絶影の拘束具が破壊され、その真の姿が露となり……同時に、劉鳳は血を吐いた。
「おばかさぁん。
そんなザマじゃ私に勝っても死んじゃうと思うけど?」
「……構わん」
「なんですって?」
劉鳳の声は苦しげだった。だが、その声は鋭く、決して迷いは無い。
今、劉鳳に迷いは存在しない。自分の身がどうなるかなどということは考慮の外だ。
今の彼にあるのは、たった一つ。
「いらない……何も。命さえ!
俺が欲しいのは、ただ一つ。
正義を為したという、証だけだッ!!!」
凛の意識が暗転する。
それでも、しっかりと彼女は聞いていた。
劉鳳が今。たった一つだけ追い求めるものを。
正義の味方になりたいと言う、願いを。
■
71 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:29:13 ID:LhJFlVAM
絶影が水銀燈に対峙する一方で、劉鳳は気絶した凛を持ち上げて。
一瞬ふらつきながらも、そのまま彼女を後ろにいたトグサへと投げ渡した。
「できるだけ、離れてくれ。後は頼む」
「おい、約束が違うんじゃないか!?」
トグサが思わず声を荒げるのも道理だろう。
明らかに劉鳳はふらついていて、満身創痍。
そしてそれとは正反対に……あれほど魔法を連発してなお、水銀燈にはそれほど消耗した様子は無い。
本来の水銀燈の魔力量を考えれば明らかに異常だが、種を明かせば簡単な話。
凛から魔力を奪い取り、行使しているだけ。
自動回復と瀕死の重傷。どちらが有利かは歴然としている。
「死にぞこないなんてお呼びじゃないんだけどぉ?」
「それは俺のセリフだ。
俺は貴様をさっさと断罪し、セラスの救援に向かねばならない。
早くこの大地から消え失せろ」
それでもなお、なんの怯えも無く劉鳳はそう言い放った。
水銀燈の眉が吊りあがる。もともと彼女は我慢強い方ではない。
おまけに、今まで立てていた策略は完全に壊れてしまったときている。
お世辞にも機嫌がいいとは言えない。
「――言うじゃない」
『Diabolic Emission』
怒りを籠めて、水銀燈は片手を天へと掲げた。
生み出されたのは明らかに禍々しい黒い光球。
宙に浮かんだそれは突如爆発し――肥大化した。
「闇に――染まれ」
「行け、トグサ!」
水銀燈が行使したのは、デアボリック・エミッション。空間攻撃とも言われる魔法。
それは文字通りに周辺一体の空間を包み込んでいく。
目の前で広がる光景と劉鳳の声に急かされ、慌ててトグサは走り出した。
後ろは見ない。見る余裕が無い。
まるで雷のような轟音だけで、とんでもないことになっていると十分分かる。
だから、自分の役割を果たすことに専念する。
「長門といい、なんでそう……!」
歯がゆい思いを、胸に抱きながら。
転がるように玄関から病院を脱出。ドラえもんには悪いが引き摺りながら民家を探して走る。
トグサにとって、こんな役割の自分は歯痒くて仕方が無い。それでも約束は破らない。
凛とドラえもんを安全な場所に避難させ、技術手袋でドラえもんの応急処置をする。
それは変わらない。ただし、その後は好きにやらせてもらう。
そう、トグサは決めていた。
「拳銃だけの援護でも、きっと無いよりはマシなはずだ!
72 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:31:42 ID:LhJFlVAM
【D-3 病院西部・崩壊した病室 2日目・朝】
【水銀燈@ローゼンメイデンシリーズ】
[状態]:服の一部損傷、消毒液の臭い、魔力中消費、疲労、凛との『契約』による自動回復
人間モード、強化魔術による身体能力向上
[装備]:真紅のローザミスティカ、夜天の書(多重プロテクト状態)
[道具]: デイパック、支給品一式(食料と水はなし)
ストリキニーネ(粉末状の毒物。苦味が強く、致死量を摂取すると呼吸困難または循環障害を起こし死亡する)
ドールの螺子巻き@ローゼンメイデン、ブレイブシールド@デジモンアドベンチャー、照明弾
ヘンゼルの手斧@BLACK LAGOON
くんくんの人形@ローゼンメイデン、ドールの鞄@ローゼンメイデン 、透明マント@ドラえもん
[思考]基本:魔力補給を考慮して、魔力を持たない強者を最優先で殺す。
1:劉鳳の抹殺。
2:なんとかしてセイバーを利用する。
3:凛を動けなくし、無理やり魔力タンクとして利用してやる。
[備考]:
※透明マントは子供一人がすっぽりと収まるサイズ。複数の人間や、大人の男性では全身を覆うことできません。また、かなり破れやすいです。
※透明マントとデイパック内の荷物に関しては誰に対しても秘密。
※レイジングハートをかなり警戒。
※デイパックに収納された夜天の書は、レイジングハートの魔力感知に引っかかることは無い。
※夜天の書装備時は、リインフォース(vsなのは戦モデル)と完全に同一の姿となります。
※夜天の書装備時は、水銀燈の各能力がそれと似たベルカ式魔法に変更されます。
真紅のローザミスティカを装備したことにより使用魔法が増えました。
※リインフォースは水銀燈に助言する気は全くありません。ただし馬鹿にはします。
※水銀燈の『契約』について:省略
※水銀燈ver.リインフォースの『契約』について
魔力収奪量が上昇しており、相手や場合によっては命に関わります。
※水銀燈の吐いた嘘について。
名前は『遠坂凛』。
病院の近くで襲われ、デイバックを失った。残ったのはドールの鞄とくんくん人形だけ。
一日目は、ずっと逃げたり隠れたりしていた。
【劉鳳@スクライド】
[状態]:全身に重いダメージ、若干の疲労、胸部に致命傷。
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式(-3食)、SOS団腕章『団長』、ビスクドール
[思考]
基本:自分の正義を貫く。
仲間、闘う力のない者を守ることを最優先。
悪の断罪は、守るべき者を守るための手段と認識。
1:水銀燈を断罪する。
[備考]
※ジュンを殺害し、E-4で爆発を起こした犯人を朝倉涼子と思っています。
※朝倉涼子については名前(偽名でなく本名)を知りません。
※凛は信用している
※水銀燈が自分達を襲った犯人だと確信
73 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:33:27 ID:LhJFlVAM
【D-3 病院東部 2日目・朝】
【セイバー@Fate/ Stay night】
[状態]:全身に軽度の裂傷と火傷、魔力消費(中)
[装備]:ドラゴンころし@ベルセルク、アヴァロン@Fate/ Stay night
[道具]:支給品一式(食糧なし)、スコップ、なぐられうさぎ(黒焦げで、かつ眉間を割られています)@クレヨンしんちゃん
コンバットナイフ、鉈@ひぐらしのなく頃に
[思考・状況]
1:セラスの撃破。
2:水銀燈が生き残っているなら利用し返す。
3:エクスカリバーを探してみる。
4:優勝し、王の選定をやり直させてもらう。
5:エヴェンクルガのトウカに預けた勝負を果たす。
6:迷いは断ち切った。この先は例え誰と遭遇しようとも殺す覚悟。
※アヴァロンが展開できないことに気付いています。
※防具に兜が追加されています。ビジュアルは桜ルートの黒セイバー参照。
【セラス・ヴィクトリア@ヘルシング】
[状態]:全身打撲、裂傷及び複数の銃創(※ほぼ全快)、
[装備]:対化物戦闘用13mm拳銃ジャッカル(故障により発射不能)、アーカードの首輪
13mm炸裂徹鋼弾×36発、スペツナズナイフ×1、ナイフとフォーク×各10本、中華包丁
銃火器の予備弾セット(各40発ずつ、※Ak-47、.454スカール、
S&W M19を消費。デバイスカートリッジはなし)
[道具]:デイバッグ、支給品一式(×2)(メモ半分消費)(食料-2)、糸無し糸電話
[思考]
基本:トグサに従って脱出を目指す。守るべき人を守る。
1:セイバーは絶対に通さない。
[備考]
※セラスの吸血について:略
※現在セラスは使役される吸血鬼から、一人前の吸血鬼にランクアップしたので
初期状態に比べると若干能力が底上げされています。
※凛を全面的に信用しています。偽凛は敵だと判断。水銀燈は敵だと判断し、要警戒だと思っている
74 :
代理投下:2007/04/19(木) 19:34:32 ID:LhJFlVAM
【D-2 2日目・朝】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:かなりの疲労と眠気、特に足には相当な疲労。SOS団団員辞退は不許可
[装備]:S&W M19(残弾0/6発)、刺身包丁、ナイフとフォーク×各10本、マウンテンバイク
[道具]:デイバッグと支給品一式×2(食料-4)、S&W M19の弾丸(34発)、警察手帳(持参していた物)
技術手袋(使用回数:残り16回)@ドラえもん、首輪の情報等が書かれたメモ1枚(内部構造について追記済み)
解体された首輪、フェイトのメモの写し
[思考]
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護。
1:劉鳳とセラスの話を信じて、凛とドラえもんを抱えて病院から離れる。
ただし一応警戒は怠らないでおく。
2:ドラえもんを技術手袋で修理し凛をどこかの民家に隠した後、戻って劉鳳とセラスを援護。
3:ハルヒや魅音など、他の人間はどこにいったか探す。
4:機械に詳しい人物、首輪の機能を停止できる能力者及び道具(時間を止めるなど)の探索。
5:ハルヒからインスタントカメラを借りてロケ地巡りをやり直す。
6:情報および協力者の収集、情報端末の入手。
7:エルルゥの捜索。
[備考]
※風、次元と探している参加者について情報交換済み。
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:魔力大消費、かなり疲労、全身に中度の打撲、脳震盪、水銀燈と『契約』、気絶
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(カートリッジ残り三発・破損の自動修復完了まで数時間必要)@魔法少女リリカルなのは
バリアジャケットアーチャーフォーム(アーチャーの聖骸布+バリアジャケット)
デバイス予備カートリッジ残り28発
[道具]:支給品一式(食料残り1食。水4割消費、残り1本)、ヤクルト一本
:エルルゥのデイパック(支給品一式(食料なし)、惚れ薬@ゼロの使い魔、たずね人ステッキ@ドラえもん、
:五寸釘(残り30本)&金槌@ひぐらしのなく頃に
:市販の医薬品多数(胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)、紅茶セット(残り2パック)
[思考]基本:レイジングハートのマスターとして、脱出案を練る。
1:気絶中
[備考]:
※緑の髪のポニーテールの女(園崎魅音)の判断は保留。
※リリカルなのはの魔法知識、ドラえもんの科学知識を学びました。
※水銀燈の正体に気付きました。
[推測]:
ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い(推測)
膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能(推測)
首輪には盗聴器がある
首輪は盗聴したデータ以外に何らかのデータを計測、送信している
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:大程度のダメージ、頭部に強い衝撃、気絶中、強化魔術による防御力上昇
[装備]:虎竹刀
[道具]:支給品一式(食料-1)、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"ゲームCD@涼宮ハルヒの憂鬱
[思考・状況] 気絶中
基本:ひみつ道具と仲間を集めて仇を取る。ギガゾンビを何とかする。
[備考]
※Fateの魔術知識、リリカルなのはの魔法知識を学びました。
※凛とハルヒが戦ってしまったのは勘違いに基づく不幸な事故だと思っています。
偽凛については、判断を保留中。
【野比のび太@ドラえもん 死亡】
※のび太の所持品は、病院内に置き去りにしてあります。
――アーハッハッハッハ!! ヒィィィィハッハァ―――――ッツ!!
目を覚ますと同時に、私の耳にはそんな男の人の笑い声が聞こえてきた。
この殺し合いを取り仕切っているギガゾンビの声が。
そして、放送が流れているという事は…………
「朝、ですのね」
窓から差す明るい陽の光に目を細めて、ここに来て2回目の朝が始まったことを確認すると、私は体を起こす。
だけど、立つ事はそう容易に叶わない。
……そう、私の右足はもう使い物にならないのですから。
なんとか松葉杖を使って立ち上って、今自分のいるこの部屋を見渡してみると、そこにあるのはもぬけの殻の布団だけ。
「私が最後でしたのね」
確か放送が始まるのは朝の6時のはずだったから、皆さん6時前には起きていることになる。
まったく、早起きさんが多いですわ。
「……お? 物音がしたと思ったら、やっぱ起きてたんだね沙都子」
――すると、突然部屋のふすまが開いて、向こうから魅音さんが入ってきた。
「み、魅音さん……」
「……あ、そうかそうか。いきなり出てきて驚いた? 沙都子はあの時寝てたんだっけね」
すると、魅音さんは私が寝ている間に、仲間と一緒にここに来たと説明してくれた。
……本当は私、魅音さんが来た時は寝た振りをしていただけで起きていたからその事はもう知っている――とは流石に言えませんでしたわ。
そして、魅音さんは説明を終えても尚、今までの苦労話を口にする。
聞けば、魅音さんも梨花やいろんな人達と出会い、そして分かれてきたみたいですわね。
「魅音さんも、色々と苦労したんですのね」
「――んー、まぁね。本当に色々あったよ……。変な奴に会ったり、おっかない奴に襲われたり、面白い人と一緒に行動したり……」
そう喋る魅音さんの顔はどこか寂しげに見える。
……でも、それからすぐに、魅音さんの顔は笑顔に変わる。
「――でも、本当に良かったよ。こうして沙都子と無事に会えたんだからね」
その言葉からは、全然悪意なんて感じられない。
部活の時のような駆け引きをする言葉じゃない、心の底から生まれ出たそのままの言葉だった。
でも、それはあの日、私を鬼の様な形相で睨んだ魅音さんからは想像もできないような言葉で……
「……どうしたの沙都子? 体の調子が悪――――って、ご、ごめん! 私、沙都子の足のことすっかり忘れちゃってたよ! 私、沙都子の足がそんななのに“無事”なんて言葉言っちゃって…………」
「い、いえ、全く構わないのですことよ。私も魅音さんに会えて本当に嬉しいのですから」
それは、半分本当で半分嘘。
確かに部活メンバーで気心の知れた魅音さんと再会できたのは、嬉しい。
だけど、今はバトルロワイアルという名の生き残りを賭けたゲームの真っ最中。
……だから、心の中では魅音さんも圭一さんやレナさんのように、私の知らないところで死んでいてほしいと思っていた。
「沙都子も色々あったと思うけどさ、私が来たからにはもう大丈夫だよ! 私達は圭ちゃん達の為にも生きて雛見沢に帰ろ!」
「私、達……って、でも帰れるのは……」
「大丈夫大丈夫! 皆で力を合わせれば何とかなるって! 三人寄れば何とやら、ってね!」
……確かに、人がいっぱい集まれば、何か思いつくかもしれない。
だけど、私達の首には富竹さんを殺したのと同じ爆弾がついている。
そんな状況では、結局そんな願い叶わないはず。
だったら、そんなぬるま湯のような希望、最初から持たないほうがいいに決まっていますわ。
それにこれ以上、ここで皆さんと和気藹々としていたら、それこそ己の身を滅ぼしかねない事態になってしまう。
「みおーん!! そろそろ朝食よ、朝食!! とっととダイニングに来なさーい!!!!」
すると、そんな時、ふすまの向こうから魅音さんのものとは違う女の人の声が。
「分かったー! 沙都子も起きたから、一緒に今向かうよー!!!」
魅音さんは、ふすまの方に向かってそう叫ぶと、手を差し伸べてくる。
「ほら、呼んでるから行こ」
その優しげな顔を見るたびに私の胸は締め付けられるように痛くなる。
こんな魅音さんをも殺して私は勝たなければいけないのだろうか。
ロックさんやエルルゥさん、それにしんのすけという子も、悪い人ではないはずですし……。
………………だけど。
「わ、私、少し用事があるので先に行ってて下さいまし」
「へ? 用事? 何かやることあるんだったら私も――」
「け、結構ですわ! 私一人で十分ですわ!」
「……そう? そう言うならいいけど……無理しちゃだめだよ?」
だけど、私はにーにーのために生き残らなくてはならない。
魅音さんは部屋を後にしたのを確認すると、私は自分のデイパックを開いて――――
朝食は、この家で見つけたという各種のジャムを支給品のパンに塗っただけの簡単なものでしたわ。
それでも、空腹の私には、そのパンがとても美味しく感じられましたけど。
「ほっほ〜い! キレイなお姉さん達と朝ごはんを一緒に食べれるなんて、オラ幸せ者だゾ〜!」
……私の隣には、私よりも更に年下のしんのすけさんが座っている。
しんのすけさんは、何やら楽しげな表情を浮かべてますけど、今どんな状況なのか分かっていらっしゃるのかしら。
……私達は、殺し合いの真っ最中ですのよ?
それなのに、どうして……。
「おい、ハルヒ。そんなに慌てて食べたら喉に詰まらせるぞ?」
「うっさいわね〜! そんな間抜けなこと、このあたしがするわけ――――むぐ!!! んぐぐぐぐ!!」
「――ったく、言わんこっちゃない」
しんのすけさんだけじゃない。
新しく来たハルヒさんやキョンさん、トウカさん、それに魅音さんもその胸には、絶望ではなく希望を抱いているように見えてしまう。
そんな希望、所詮はまやかしにしかならないのに……。
「……おや? 沙都子殿、食が進んでいないようですが大丈夫ですか?」
「あ、もしかして怪我のせいで体調が崩れてるのかしら? だったら、何か食べやすいように――」
「だ、大丈夫ですわ! むしろお腹はペコペコすぎるくらいですもの!」
トウカさんとエルルゥさんが心配そうに見てくるので、私は慌ててパンを口に頬張り、笑顔を見せる。
「本当に大丈夫か? 無理はしないでいいんだぞ」
「そうそう〜。困ったことがあったら、このロックお兄さんに言えば、きっと3つまでなら何でもかなえてくれるはず〜」
「……いや、俺はランプの精でも和尚さんの御札でもないから」
……本当、私には温かすぎる場所ですわね。
確かに、こんな場所なら希望が実現するように錯覚してしまっても仕方ないかもしれない。
でも、やっぱり錯覚は錯覚。所詮は幻想に過ぎないのですわ。
利用できる足としては十分すぎるけれど、長い間ここにいてしまっては幻想に囚われてしまう。
そして、幻想に囚われてしまったら、もう後には引き返せない。
だから、私はこの幻想を断ち切るためにも…………。
◆
「それじゃ、そろそろSOS団緊急ミーティングを始めるわよ!!!」
食事が終ってから少しして。
ハルヒさんは、そう声高らかに宣言すると、皆をリビングに集めた。
ちなみに“えすおーえす団”というのは、ハルヒさんの立ち上げた集まりのようで、私やロックさんもその中にもう入っているらしい。
……何のことだかさっぱり分からないけど、あまり気にはしない。
ハルヒさんやキョンさん、ロックさんの話は、私には少し難しい気がするから……。
そんな私が皆の為に出来ることといえば……
「そ、それじゃ、私お皿洗ってお茶でも入れてきますね」
私に出来るのは食事や身の回りの世話をすることくらい。
だから、私はその場を抜けて、一度お台所へと行くことにした。
「ならば、某もお手伝い致しまつ――」
「トウカさんはそっちで二人が危険なことしないように見張ってて下さい」
「エルルゥ殿がそう言うのであれば……了解した!」
折角の申し出だったけど、私はそれを断った。
普通の台所仕事なら、トウカさんに手伝ってもらっても良かったかもしれない。
……だけど、私は一人で台所に行きたかった。
……うぅん、一人になりたかった――のかもしれない。
なぜなら…………
「うぅっ……ひぐっ……アルルゥ……アルルゥ……」
“ほうそう”が告げたのはアルルゥの明確な死だった。
それは、ロックさんの推測が本当になったということ。
大体分かってはいたことだったけど、改めて言われて私は、涙を出さずには入られなかった。
でも、皆の前で泣いてしまっては要らない心配をかけてしまう。
だから、私は一人になりたかった。
……そして、一人になった今、私は……。
「アルルゥ…………アルルゥ…………」
無鉄砲で人に色々心配をかける妹だったけど、それでもあの子は私にとってかわくて思いやりのある妹であり、大事な肉親だった。
あの子の笑顔が二度と見られないと思うと………………。
「………………」
……一度はこの命を絶とうと考えた。
だけど、トウカさんに諭されて、それをするのを私は諦めた。
――アルルゥ殿のためにも……。某たちは生きなければならんのだ!!
トウカさんはそう言った。
死んでいった人達の為に……遺された人は生きなければならないと。
思えばハクオロさんも、死んだおばあちゃんや村の皆のためにいつもがんばってくれた。
死んだ人達の分まで私やアルルゥを守ってくれると言ってくれた。
……だったら、私もそうするべきなのかもしれない。
もういないハクオロさやカルラさん、アルルゥの為にも、そして今ここにいる沙都子ちゃんやしんのすけ君のような子供達の為に、ロックさん達皆の為に。
今の私には、フーさんに使い方を教えてもらった“こんろ”を使ってお茶を入れることくらいしかできないけど、願いは唯一つ。
――もうこんな悲しいことは起きてほしくない。
◆
「だからその“部活”って何なのよ? 何部なわけ?」
「部活は部活だよ。それも、そんじゃそこらの部活とは一味も二味も厳しくて楽しいんだよ!」
「ふん! どうせ、子供の遊びなんでしょ? そんなことよりも――」
「あ、遊びでやってんじゃないんだよ!!」
「いや、そんなことは今はどうでもいいだろうが……」
オラがトイレでひと時のブレーキタイムを過ごした後、部屋に戻ってみると、お姉さん達が何やら言い争いをしていた。
「お、しんのすけ殿、戻っていらしたか」
すると、オラの横にトウカお姉さんがやってきた。
トウカお姉さんはお侍さんみたいな格好で、オマタのおじさんみたいな喋り方をする少し変わったコスプレのお姉さん。
耳の形も変わってるけど、それでも美人なお姉さんなのには変わらない。
「一人で厠に行けるとは、しんのすけ殿はえらいのですな」
「う〜ん、こんなの今時常識だゾ〜。それよりも……」
オラは、言い争いを続けるお姉さん達の方を向く。
「……お姉さん達が何で喧嘩しているのか、お姉さんは知ってる?」
「う、うむ……某にもよくは分からないのですが、どうにも“えすおーえす団”と“ぶかつ”のどちらが凄いか、という話を先ほどからしているようなのですが……」
トウカお姉さんは首を横に振る。
「どうにもこうにも、某にはよく分からない話で……」
「……で、お姉さんは止めないの?」
「………………はっ!! し、しまった! 某としたことがついぼーっと見ていてしまった! ……お、お二方〜、喧嘩はやめて下さ――あぶっ!!」
オラの言葉で気が付いたのか、トウカお姉さんは慌ててハルヒお姉さん達のところへ駆け寄ろうとしたけど、その途中で転んでしまった。
う〜ん、エルルゥお姉さんに加えて、ハルヒお姉さんに魅音お姉さん、トウカお姉さんと美人さんばかりが揃ってきて、オラとしては嬉しい限りなんだけど……
「やれやれ、皆子供っぽいんだゾ……」
作戦会議をやろうとしているのに、お姉さん達はずっとこの調子。
これなら、カスカベ防衛隊の方がトーソツが取れてるゾ……。
「……まったく! 魅音さんもハルヒさんも本当に子供ですわね!」
――と、気付くと今度は横に松葉杖をついたサトちゃんが立っていた。
「おぉ、サトちゃん、いつの間に?」
「その呼び方、やめて下さいまし。なんだかどこかの薬の会社のマスコットキャラみたいで、嬉しくありませんわ」
「んん〜、いけず〜」
サトちゃんは、そっぽを向いてしまう。
「……でも、あぁやって元気でいることいい事なんだゾ」
「……え?」
「笑っていれば、コーウンってのがやってくるって母ちゃんは言ってた。それに父ちゃんも上を向いて歩こうって歌をよく歌ってたし〜」
「……………………」
オラが喋ると、サトちゃんは俯いたまま喋らなくなってしまう。
……あ、あれ? オラ、何か変な事言っちゃったかな?
「あ、あの、サトちゃ――――」
「はい、どうぞ」
オラがサトちゃんに声を掛けようとすると、今度はエルルゥお姉さんが湯飲みを持ってやってきてくれた。
「お茶、飲める?」
「おぉっ! オラ、熱くてしぶーいお茶茶は大好き! 特にお姉さんが入れてくれたお茶は最高だゾ!」
そう言って、お姉さんから湯のみを受け取ると、オラは早速そのお茶を飲む。
……う〜ん、やっぱりお茶は静岡に限るのぉ〜。
「おぉ、美味い! お姉さん、結構なお手前だなぁ」
「え? あ、ありがとう……」
エルルゥお姉さんは、今までずっと悲しそうな顔をしていたけど、こうやって笑っていたほうがキレイなんだと思った。
うんうん、女に涙は似合わ……ねぇ……ぜ…………。
……あ、あれ?
何だろう、急に体が……重くなってきた…………ゾ?
それにさっき起きたばっかりなの……に、また眠く…………なって………………
「……したの? ねぇ、……の調子………………? しっ…………して………………」
お姉さんに抱きかかえられるけど、もうイシキがモーローとしてきて……。
…………オ、オラ、どうしちゃったんだろ…………う…………。
◆
「どうしたの? ねぇ、体の調子が悪いの? しっかりして! 返事をして!」
ハルヒと園崎の不毛な口論に辟易していたその時、急にエルルゥさんが大声を出した。
「……ど、どうしたんです?」
「どうなされた、エルルゥ殿!?」
俺やトウカさん、それに皆がその声に気付いて、エルルゥさんのところへ近寄ると彼女はしんのすけ少年を抱えていた。
そして、少年は目を閉じたままぐったりとしていて……
「こ、この子、お茶を飲んですぐに、ぐったりして倒れちゃったんです!」
……おいおい、それってまさか…………。
「……ちょっといいかい?」
ロックさんがしんのすけ少年の細い腕に指を当てる。
すると、首を縦に振って、安堵したような表情を浮かべる。
「――大丈夫だ。脈はある」
……良かった。
まさかとは思ったが、どうやら想定していた最悪の事態は見当はずれで済んだようだった。
だが、ロックさんはその表情を再び険しくする。
「だけど、おかしいな。人がそんな急にぐったりして倒れるものか? 持病持ちっていうのなら分からないけど……」
「いえ、持病を持っていたとしても、発作等の症状が先行して起こる場合が多いので、こんな急に糸が切れたように倒れるなんてことは……」
エルルゥさんはしんのすけ少年を抱きかかえながら、不安そうに言う。
……そういえば、エルルゥさんは薬師――要するに医者兼薬剤師みたいな立場らしい――だった。
ならば、それは一般論として通じる話だろう。
「……た、ただ寝ているというわけではありませんの? この子、いかにも良く食べて良く寝るような健康優良児のようですし……」
「それなら、揺さぶったり刺激を与えたりした時点で起きるはず。…………でも、この子は起きないんです…………」
すると、園崎が堪らなくなった様に、声を張り上げる。
「だ、だったら何だって言うの!? 何で、しんのすけはいきなり倒れたわけ!? 寝てるわけじゃなくて病気じゃないとしたら……」
「……何者かが毒か何かを盛った、と考えるべきでしょうね」
……そうだ。
考えたくないことだが、ハルヒの言う通りの可能性が非常に高い。
お茶を飲んだ直後、というのがその可能性を更に大きくしている。
ハルヒもそれに気付いたようで、しんのすけ少年が落としたと思われる湯飲みを持ち上げる。
「毒を入れたとしたならば、この湯飲みに入っていたお茶に――っていうのが王道でしょうね」
「お茶ってことは、もしかして…………」
沙都子ちゃんが振り向いて、お茶を入れた張本人の方を見る。
「……わ、私じゃありません! そんな……そんな子供に毒を使うなんてこと……!!」
「そうだ! エルルゥ殿に限って、そんな童を陥れるような非道な狼藉を働くはずがない!!」
そうだよな。
普通なら、トウカさんと同じ考えを持つはずだ。
……だが、何者かが毒を使ってしんのすけ少年を昏睡状態にさせたのは限りなく正解に近い答え。
そして、この家に俺たちしかいない以上、それを行った犯人は………………。
一体、誰が何でこんな馬鹿げたことを……。
「きゃあっ!!?」
――ん? ひゃあ?
何やらエルルゥさんの可愛らしい声が聞こえてきたような気が…………――――って!
「お、おい、園崎! お前、何を……!」
首を動かしてみると、そこではなんと園崎がカラシニコフ銃をロックさんにつきつけていた。
……一体何のつもりだ!?
「な、何がどうしたか知らんが、とりあえず落ち着け! その物騒なものを――」
「私は冷静だよ。……冷静に考えた結果がこれだよ」
冷静に考えた結果、銃を人につきつけただと?
「……それじゃ、話を聞かせてもらえないか? ……どうして俺に銃なんか向けてるのかを」
ロックさんは、目の前に銃口があるというのに至って冷静だ。
そして、園崎はそんな冷静なロックさんをキッと一回睨むと、銃口と視線をロックさんへ向けたまま口を開き始めた。
「……そこまで言うなら、教えてあげるよ。ロック……あんたが一番怪しい理由をね。キョン達もちょっと聞いてもらえるかな」
ロックさんが怪しい?
それじゃ、まさか園崎はロックさんを毒を盛った犯人だと疑ってるのか?
「まず確認すると、ここにいるのは私達8人。毒を飲んだしんのすけを除いたら7人だよね」
確かにそうだ。
俺とハルヒ、トウカさんに園崎、沙都子ちゃんにエルルゥ、それにロックさんだから合計で7人だ。
「……で、毒はお茶に入ってたわけだから、毒を入れたタイミングとしてはエルルゥさんが台所にお茶を淹れた時に限定される。……エルルゥさん、お茶から目を離したりしませんでしたか?」
「え? は、はい……。ちょっと考え事をしてたので、ずっとお茶を見ていたわけじゃ…………」
園崎がそれを聞いて頷く。
「――ということは、やっぱりお茶を淹れたのは朝食以降ってわけになるね。――ということはこの時点で、食後はずっと居間で話をしてた私とハルヒ、それにキョンは犯人じゃないってことになる」
なるほど納得だ。
これは、いわゆるアリバイ証明ってやつだな。
古泉のアホに孤島に招待された時にも嫌というほど証明したりしたから、それはしっかり覚えてる。
すると、隣にいたハルヒもうんうんと頷き始めていた。
「……ということは、残るは4人。トウカさん、エルルゥさん、沙都子ちゃんにロックさんってわけね」
「うん。……この4人については食後は全員バラバラに動いてたからね。……でも、沙都子は足を怪我したままなわけだし、それに何よりまだ子供だからね。……こんなことするはずないよ」
考えてみれば、沙都子ちゃんはウチの妹並みの歳だ。
あの妹の年代で、毒を使って誰かを陥れるなんてことは普通考えそうにない。
「そしてトウカさんも、荷物は前に確認済で毒なんか見つかんなかったし、何より毒なんか使わなくても腕が立つわけだからね。誰かを殺す気なら、こんなところで毒を使うよりも、闇に紛れて刀でズバッと――」
「そ、某はそのような卑劣な真似などしない!!!!」
「ご、ごめんごめん。言い過ぎたよ……。……で、残るのはエルルゥさんとロックなんだけど……」
「私が犯人ならエルルゥさんの立場では毒は入れないわね。あからさま過ぎるもの」
ハルヒの言う通りだ。
自分で淹れたお茶に毒も混入する――――そんなこと自分で自分の首を絞めるも同然だ。
それに、エルルゥさんはただでさえ妹さんの死を知って、精神が不安定だからなぁ……しらばっくれる演技なんかできそうに無い。
園崎も、それには同意のようでしっかり頷く。
「そういうこと。……んで、残ったのはさ結局、ロック――あんただけってわけ。……納得できた?」
園崎の考え方からいくと、確かにその通りだ。
周囲の賛同は大いに得られることだろう。
……しかし、毒物を使う意図があるなら、俺たちが来る前にでもこっそりやれたのではないかとも同時に俺は思ったりした。
俺たちが来る前ならば、連れはエルルゥさんと子供二人のみでロックさんが体力的に、そして精神的に優位で、殺すチャンスならいくらでもあったというのに。
いや、こんな状況下だから、突然気が変わったということも大いに考えられるわけだが。
「……そうだな。確かに消去法だと俺が一番怪しいな。……だが、俺はやってない。それは信じてほしい」
しかし、当該者のロックさんは、それでも平静を保っていた。
……これが大人の余裕という奴か?
「で、でも、それじゃ犯人がいないことになるじゃない! そんなの――」
「に、荷物を調べてみたらいかがでございましょう!?」
声を荒げようとしていた園崎を止めたのは、沙都子ちゃんだった。
沙都子ちゃんは、ソファに座ったまま、少し動揺しながら言葉を続ける。
「犯人はこういう時、凶器を大事に所持していることが多いそうですし、一度ボディーチェックとデイパックの中身の調査をしてみるのも手だと思うのですが……」
「なるほどね。それで毒が出てきたら犯人確定ってわけね。……流石沙都子。頭がさえてるねぇ」
園崎は沙都子ちゃんの方を一瞬振り返り微笑むと、再びロックさんのほうを睨んだ。
「――てなわけで、一度調べさせてもらってもいい?」
「……あぁ。それで俺の無実が証明できるなら」
ロックさんは少し笑みを浮かべていた。
……ここまでの余裕があるってことは……本当に犯人じゃないのか? それとも絶対にバレないトリックがあるのか?
どっちなんだ……。
>>218 分からん。
俺も支援するから、手伝ってくれ。
こうして、俺と園崎はロックさんのボディーチェックを、ハルヒとトウカさんとエルルゥさんでデイパックの調査をすることになったのだが……。
「……な、何なのこれ?」
「――え? こ、これって……!!」
俺達がロックさんの服を調べていると、テーブルの上でデイパックを調べていたハルヒ達が急に声を出し始めた。
その声に釣られて、俺たちもチェックを中断して、そちらに向かうと……。
「これ私の使ってる小箱……それにこれ、ワブアブです」
「わぶ……あぶ?」
「えぇ。薬の材料として使う粉末なんですが……これ単体だと筋力を低下させて体を弱らせる効果があるんです」
ハルヒからエルルゥさんの手に渡ったその小さい木箱の中には何やら粉末が入っていた。
これが薬の材料…………てか、筋力を低下させて弱らせるってまさか!!?
「言われてみれば、しんのすけ君の症状ってワブアブを誤飲した時の初期症状に似ている気がします」
――ということは何だ?
つまり、少年が倒れたのは、このワブアブっていう粉を飲んだせいってわけか?
そして、その粉がロックさんの荷物の中から見つかったってことは…………
「……ちょっと待て。何でこんなものが……」
ロックさんは急に顔を青くして、一歩引く。
すると、園崎もそれに反応するようにカラシニコフを持ち上げる。
「や、やっぱりアンタがやったのか!!!! この人でなし!!!」
銃口は再び、ロックさんへ。
おいおい、マズいんじゃないのかこの状況は……。
こんなところで銃なんか撃ったら……いや、事実としてロックさんの荷物から件の毒らしきものが出てきたのは確かなんだが……。
「落ち着いてくれ。俺はこんなもの本当に知らな――――」
「証拠が出てきたんだ。下手な言い逃れなんて出来ないよ…………。あんたのこと信じようとしてたのに…………それなのに、皆を裏切って………………」
「魅音殿……」
トウカさんもどうすべきか迷ってるようだ。
もし、ロックさんが本当に犯人なのだとしたら、悪を許さないという勧善懲悪的立場を貫かんとするトウカさんは、ロックさんを切り捨て御免にするだろうし、もし違うのなら全力で止めなければならない。
そして、今まさにどちらが真実なのか大きく揺らいでいる時なのだ。
「……あの時……あの時、私は光を助けられなかった。光が殺されるのを見てるしか出来なかった。だから、もう私は迷わない。………………誰か仲間を傷つける奴がいるなら私は――――」
そして、園崎は銃を持つ手に力を入れて…………
――って、やっぱそれでも銃はマズいだろ!
ロックさんは、あのアーカードとかいう大男やセイバーとかいう西洋騎士とは違って、殺人者と自ら宣言したわけでもないんだ。
ここはひとつ、熱くなる前に縛るなりして戦力を喪失させてから話を聞いたほうがいいはずだ。
「やめろ、園崎!!!」
俺は銃を止めようと急いで園崎の肩を掴む――――が!
「離してよ、キョン!!!」
「ぶほっ!!」
見事に肘鉄が決まり、俺は後ろに大きく飛ばされる。
「キョン殿っ!!」
それに反応するように今まで固まっていたトウカさんとハルヒが俺に近づく。
……って、待ってくれ。
今は俺を気遣うよりも園崎を止めて――――
「あんたなんか……あんたなんかぁぁぁあ!!!」
だが、時既に遅し。
園崎がその引き金に当てた指に力を入れると、軽快な音を立てて複数の銃弾がロックさんに避ける暇も与えずに…………
「…………え?」
当たる筈だった。
しかし、結果から言えば、それはロックさんには一発も命中しなかった。
「……ぶ、無事でしたか、ロックさん…………?」
何故ならば、ロックさんと園崎の間にはいつの間にか獣耳に尻尾というハルヒ曰く萌え要素たっぷりの少女が立っていたからだ。
彼女はロックさんの代わりにその銃弾を全身に浴びてなお、立っていた。
「エ、エルルゥ? 君は…………」
「もう……こんな悲しいことを繰り返さないでください………………」
それは誰に言った言葉なのは分からない。
だが、確実に分かるのは、それを行った瞬間に彼女が崩れるように倒れたという事だ。
◆
それはまさしく刹那の出来事。
某が床に転がったキョン殿に気を取られたその瞬間、魅音殿の持つその飛び道具らしきものから弾が飛び出し、それと同時にエルルゥ殿がその弾とロック殿の間に飛び込んだのだ。
そして、その結果導き出されるものはただ一つ。
即ち…………
「え、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
弾を直に受け止めたエルルゥ殿は、その体のあちこちから血を噴き出して崩れ落ちた。
その光景を目にして某は、しんのすけ殿を傍にあった“そふぁ”に寝かすと、エルルゥ殿の傍に駆け寄る。
「エルルゥ殿っ! エルルゥ殿!! し、しっかりして下され!!」
某は身にまとう衣に血が付くことなど全く気にせずにエルルゥ殿を抱きかかえると、その体を揺さぶる。
すると、エルルゥ殿は弱弱しいながらも、目を開き、口を動かしだした。
「……ト、トウカさん……?」
「そ、そうでございます! 某がトウカでございます!!」
エルルゥ殿に聞こえるように、某は声を張り上げて喋る。
「……な、何故……何故エルルゥ殿はこんなことを……!!」
「……も、もう誰かが死ぬのを見たくなかったから…………私みたいに誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから…………」
そう言うと、エルルゥ殿はその首を弱弱しく動かしてロック殿の方を向く。
「それに私……ロックさんが毒を入れたとは思えないんです…………。私は、私に優しくしてくれたロックさんを信じたい…………」
「………………」
それは某も一緒だ。
聡明で状況を冷静に判断できるロック殿が、このようなことをするはずがない。
……だが、事実としてしんのすけ殿は倒れ、その倒れた原因と思われる毒はロック殿の荷物の中から見つかったのだ。
今も某の中では、どちらが真実なのか激しくせめぎあっている。
「……うぅっ、げほっ、げほっ!!」
――と、その時、いきなりエルルゥ殿が咳き込んだかと思うと、その口から血飛沫が飛んだ。
「エルルゥ殿!!??」
「……全身を弾で撃たれたんです。……もう私の命も……」
「そ、そんなことはありませぬ!! い、今から急いで治療をすれば……!!!」
「……これでも私、薬師の端くれですよ? ……これだけの傷を負って自分がどうなるかくらい分かります」
弱弱しく微笑むエルルゥ殿を、某は強く抱きしめる。
「そうだ。治療といえば、ワブアブの効果についてなんですけど…………」
エルルゥ殿の視線がしんのすけ殿の眠る“そふぁ”へと向く。
「あの粉自体では死ぬことは……ありません。一時的に昏睡状態にはなりますけど…………時間がたてば意識が戻るはずですし、歩いたりすることも……。……ただ、体のだるさは残ってしまいますが……」
「エ、エルルゥ殿……?」
「病院でワブアブの効果を中和するようなお薬が見つかれば、それを使って回復させることも…………げほっ! ごほっ!!」
「わ、分かりました!! このトウカ、必ずやしんのすけ殿を助けてみせます!! ですから、もう喋らないで安静に……!!」
「……ありがとうございます。これでもう……言い残すことはありま…………せん」
……え?
今、エルルゥ殿は一体何を……?
「トウカ……さん達は……絶対に……生きて帰ってください…………。もう……悲しいのは……嫌です」
声が徐々にかすれ、小さくなってゆく。
「エルルゥ殿! 気をしっかり持たれよ!! エルルゥ殿!!」
「……どうか……皆……お互いを…………信じ……………――――――――――」
――エルルゥ殿の言葉は続くことは無かった。
――某の体の中で…………また一人、守るべき御方が消えていった…………。
「――――エ、エルルゥ殿ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!」
siem
エルルゥ殿が亡くなった。
何故? あの飛び道具から放たれた無数の弾のせいだ
そして、その誰その飛び道具を使っていたのは――――
「魅音殿っっ!!!! 何て……何という事をっっっ!!!!」
某は流れる涙も気にせずに、怒りに身を任せて腰の刀に手をかけようとする。
だが、それはキョン殿が某の手を押さえつけたことにより、不可能になってしまう。
「は、離してくだされ、キョン殿っっ!! 魅音殿は……魅音殿は……!!!」
「気持ちは分かります! ですが……どうか落ち着いてください、トウカさん!!」
……そんな事を言われても、某にはもう我慢ができない。
折角再会できたエルルゥ殿を……アルルゥ殿亡き後ただ一人になってしまった聖上の大事なご家族であるエルルゥ殿をこのような目に遭わせたとなれば、魅音殿といえど某は……某は……!!
「わ、私…………そんな……う、嘘……でしょ…………」
すると、いきなり魅音殿は、何やら呟きながら、後ずさりを始める。
「ち、違う……私、エルルゥさんを狙ったわけじゃ…………か、勝手に飛び出してきて………………」
魅音殿は、持っていた黒光りするそれを落とすと、ぶつぶつと言いながら更に後ろへと退いてゆく。
「園崎も、まずは冷静になってだな――」
「う、うわぁああああああああ!!!!!!!!」
そして、キョン殿がそんな魅音殿の肩に触れた瞬間、彼女は弾かれたように部屋を飛び出していってしまった。
「園崎っ! おいっ、どうしたんだ!? ――――くそっ!!!」
すると、キョン殿は魅音殿が出て行ったほうの出口に体を向け、今にも駆け出そうになっていた。
「キョン殿、一体何を……」
「園崎を追いかけるんですよ。あいつ、何も持たないまま出て行ったし、あのままじゃ何しでかすか分からないですし」
「そ、それなら某も……!」
「いや、トウカさんはここに残っていてください」
「――な!」
某はキョン殿を守り通すと大神ウィツァルネミテアに、そして聖上に誓った。
だから、キョン殿の行くところには必ず某も同行しなければならないのに……何故!?
「……園崎はまだそんなに遠くには行ってない筈です。何、すぐに戻ってきますよ。…………それに」
キョン殿はソファの上の子供達や、穏やかな表情で眠るエルルゥ殿を交互に見やる。
「俺が不在の間、少年達を守れるのはトウカさんしかいません。……エルルゥさんをそのままにしておくわけにもいきませんし……」
……そうだった。
ここには、まだぐったりしているしんのすけ殿や足を怪我した沙都子殿、それに……エルルゥ殿もいる。
もし、某がいなくなってしまっては、ここを守護する者がいなくなってしまう。
……だが、それでもキョン殿が1人になってしまうことには変わりなく…………。
「仕方ないわね。それじゃ、トウカさんの代わりにこのあたしがついていってあげるわ!」
すると、そんな某の迷いに気付いたように、魅音殿の落とした飛び道具を拾いながら、ハルヒ殿がそう提案してきた。
「……お、おい、ハルヒ……」
「流石にあんた一人じゃ不安だしね。でもだからといってトウカさんがここを離れたら、ここの守りも薄くなっちゃうし……だったら、あたしがあんたについていくことにしたってわけ」
「……いいのか?」
「勿論! 団員の命を守るのも団長の立派な仕事だからね! それに――――」
ここでハルヒ殿は某とキョン殿に向けて小声で喋り始めた。
「……それに、トウカさんにはロックさんを見張っててほしいの。……お願いできる?」
……どうやら、そういうことのようだ。
揺らぐ心があるが、ロック殿はまだ完全に容疑から外れたわけではない。
……心苦しくはあるが、見張りをしておいて損はないはずだ。
「――承知した。……だが、キョン殿とハルヒ殿もくれぐれも無茶をなさらぬようにしてくだされ」
「……勿論ですよ」
「ほらっ! そうと決まったらとっとと出発よ! 魅音が遠くに行かないうちに追いつかなくちゃ!!」
ハルヒ殿に促され、キョン殿も部屋を出てゆく。
――某は、そんな二人の背中を見て、彼らの無事を祈る。
だが、もしキョン殿達とともに魅音殿が戻ってきた時、某は気持ちを抑えることが出来るだろうか……。
……いや、理屈では分かっている。
魅音殿がエルルゥ殿を撃ってしまったのは、何かの間違いなのだ。
トゥスクルを謀略に乗せられ襲ったクッチャ・ケッチャと同じ立場にあるといってもいい。
そう、それは分かっているつもり………………だが、某は魅音殿を……許せるのだろうか……?
◆
それは余りに早すぎる展開だった。
エルルゥが俺の目の前で死に、魅音が逃走、それをキョンとハルヒが追いかけていった。
残ったのは俺と沙都子ちゃんとしんのすけ君、そして――
「エルルゥ殿……」
倒れる少女のそばで膝をつき、嗚咽を漏らすトウカの計4人。
……さっきまで賑やかだったこの家もすっかり寂しくなってしまった。
「うぅっ……エルルゥ殿……エルルゥ殿………………」
嗚咽を聞きながら、俺は自分の不甲斐なさに怒りを覚えた。
……俺は、今まで何をしていた?
エルルゥが撃たれてから今まで間、ただ目の前の光景に呆然としていただけじゃないのか?
――まったく呆れる話だ。
エルルゥに命を救われ、出て行った魅音をキョンとハルヒに任せ、そしてエルルゥの死を悼むのをトウカ一人に任せている俺は一体何様のつもりだ。
自分がヒーローでもなんでもないことは百も承知だが、こんなにも無様な姿を曝していい理由にはならない。
――誰かが死ぬのを見たくなかったから
――誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから
……そうだ。
俺だって、同じ気持ちだ。
だったら、こんなところでぼーっとしている時間なんて無い。
暇があるなら体を動かし、頭を働かせ、そして少しでも前へ進む。
それしか、ここで死んでいった君島やエルルゥ達に報いる方法は無い。
「…………すまない」
俺はエルルゥの傍で膝をつくと、目を閉じたままの彼女の顔を撫でながら、そう呟く。
そして、今度はトウカの方を向いて口を開く。
「信じて欲しい。俺は毒を盛った覚えなんてない」
「………………」
そう言っても、簡単に信じてもらえるような状況じゃないのは百も承知だ。
だが言わないことには何も始まらない。
「……後でキョン達が戻ってきたらエルルゥを弔ってやろう。そうしたら、しんのすけ君や沙都子ちゃんを助ける手立てを探そう」
「………………勿論だ」
トウカは最後の最後で小さく返事をしてくれた。
……これで、信用してくれるといいのだが。
俺はその返事を聞くと、エルルゥをトウカに任せて、一人ダイニングの椅子に座った。
……考えるのはしんのすけ君の毒の事。
彼が倒れてしまったという事実がある以上、自殺目的で無い限り、誰かが毒を意図的に使ったことは明らか。
しんのすけ君の歳や性格からして自殺はしそうにないし、つまり――――
「………………」
考えたくないが、それが事実だ。
事実から目を背けては何も始まらない。
だとすると、誰がやったんだ?
誰が、荷物に毒の箱を入れるなんていう込んだ手口で俺を陥れようとしたんだ?
犯人は、魅音の言うように食後に個別に動いていた人間の中にいることになるが…………。
エルルゥにトウカ、沙都子ちゃん。
最期の言葉からしてエルルゥの可能性が低いとすると、残るは二人だが…………両方ともそんなことしそうにない。
……いや、固定観念に囚われないほうがいいか。
世の中にはターミネーターみたいなメイドや、武器商人を兼業するシスター、殺人快楽者の幼い双子なんてのも存在するんだ。
見た目とその行動を一緒にしないほうが身の為だな。
……ただ問題なのは、俺の話を他の皆が聞いてくれるかどうかだろうな。
◆
許せなかった。
私やキョン達を裏切ったロックがどうしても許せなかった。
折角、皆で力を合わせて脱出しようって誓ったばかりだというのに、その矢先にあんなことをするなんて……。
やっぱり、あいつは人殺しだったんだ。
薬の衝動だか何だか知らないけど、一度子供を殺してるみたいだし、そういう願望をきっと元から持っていたんだ。
……だったら、そんな危険な奴を野晒しになんか出来ない。
誰かが助けてくれるのを待っている暇なんてないんだ。
光もクーガーも梨花ちゃんも……私の対応が後手に回ったせいで、死んでしまったんだ。
もう二度とそんなことになってほしくないから、今度こそ私は待つ側から動く側に移らなくちゃと思った。
だからこそ、ロックは私の手で…………そう思ったのに…………。
「どうして……なんでエルルゥさんが……」
実際に撃ってしまったのはエルルゥさんの方だった。
……あれは事故だったんだ。
ロックを撃とうとした瞬間に、エルルゥさんが盾になるように飛び出してきたから……。
でも、どうして?
どうして、エルルゥさんはロックなんかを守ろうとしたの?
――私に優しくしてくれたロックさんを信じたい…………
そりゃ、私だって頭のキレるあいつが人を殺してまで生き残るなんて馬鹿げた考えをするわけがないと思いたい。
だけど、荷物から毒が出てきた以上、ロックが犯人じゃないって証明するほうが難しいし…………。
それに、もし仮にロックが犯人じゃないとしても、あんなことになってしまった以上、私はあそこに戻れないよ。
どんな理由であれエルルゥさんを殺してしまった私を、エルルゥさんを守り通すと意気込んでいたトウカさんが許してくれるはずがない!
――だから私は逃げ出した。
トウカさんから憎しみの目で見られるのが怖くて。
キョンやハルヒに驚きと侮蔑の目で見られるのが怖くて。
沙都子に恐怖の目で見られるのが怖くて。
「おい、待ってくれ園崎!!!」
「待ちなさいってば!!!」
……気付くと、私の背後にはキョンとハルヒが私を捕まえようと追いかけてきていた。
私は、その二人を振り切ろうと今まで以上に地面を蹴って加速する。
「……待つんだ園崎! このまま一人になったら危ないだろ!!」
「そうよ! ひとまず家に戻るわよ!!」
……もう無理だよ。
私はあそこには戻れない。
だって……だって、私は……もう、正真正銘の人殺しになっちゃったんだから……。
「……二人とも……ごめん!!」
本当は戻りたい。
沙都子を守るためにも、脱出の手がかりを皆で集める為にも。
……でも……でも……!
◆
私とキョンは目の前を走る魅音を必死に追いかける。
その私の手にはAK-47、カラシニコフって呼ばれるよく内戦の映像とかでも出てくる銃が握られてる。
まさか、本物の銃を持つことになるなんて夢にも思わなかったけど、これも私やキョンの命を守るためだからね。
私がしっかりしないと――!!
「園崎の奴、意外と速いな」
「……そうみたいね」
「…………お前は大丈夫なのか、ハルヒ? 疲れるんだったら無理についてこなくても……」
「――団員を置いてく訳には行かないでしょ、このスカポンタン!!」
――と、強がってみるものの、実際は体の節々が疲労により軋み始めているのが分かる。
いくらあたしが運動が得意だっていっても、こんなに走らされたらそりゃ疲れるわよ。
……うぅん、それだけじゃないわね。
あたし、知らないうちに頭に大怪我してるみたいだし、そんな状態で激しい運動をしたらどうなるかは目にも明らかよ。
だけど、だからってここで退いたら、団長の名が廃るわ。
団長が団員の前でみっともない姿を見せるわけにはいかないし。
……それに、今あそこに一人では戻りたくない。
あの家には、しんちゃんに毒を飲ませた犯人がいるかもしれないと思うとそれだけでぞっとする。
犯人の最有力候補はやっぱりロックだけど、あいつがあのタイミングで毒を自分の荷物に入れたままにしておくっても、よくよく考えてみたら間抜けなような……。
だとすると、残るトウカさんや沙都子ちゃんが犯人候補?
……確かに心情的なものを抜きにして考えたら、物理的には可能なわけだし……。
ロックもトウカさんも沙都子ちゃんも怪しいし、魅音は事故とはいえエルルゥさんを撃っちゃったし…………何よ、確実に信じられるのがキョンだけになっちゃったの?
でも……でもキョンを信じられなくなったら誰を信じていいかわからなくなるし、なら私はキョンについていく。
キョンだけは、絶対に信じられるから。
「キョン……あんたのこと頼りにしてるんだからね! しっかりしなさいよ?」
「……ん? 俺はいつでもしっかりしてるつもりなんだがな」
……信じてるんだからね、キョン。
◆
いくら希望を持とうと、首輪がついている以上待っているのは絶望だけ。
だったら、最初からこんな希望持たないほうがいいのですわ。
ロックさん達の言う脱出の希望に賭けるよりも、最後の一人になってここから脱出する道を選ぶほうが確実なんですから。
だけど……それでも希望とやらの話をこれ以上聞かされたら、本当に実現できるのではないかと無意味な期待をしてしまうかもしれない。
だからこそ私は、エルルゥさんが見ていない隙を突いてお茶に例の薬を入れた。
勿論、使った薬の残りは事前にロックさんのデイパックに入れ替えておいて。
使わなかった他の薬の入った箱も、デイパックから出して部屋の押入れの中に隠しておいた。
これでいざ毒のことが露見して荷物検査になっても、自分には疑いがかからないはず。
しかも、私は皆さんよりもはるかに年下で、しかも怪我人。
……元から疑う余地などないはずなのですわ。
ちなみにロックさんを犯人に仕立てようとしたのは、たまたまデイパックが私のそれの傍にあったからもあるけれど、何よりあの人はこの集団の中で一番年上で、物事を冷静に判断することの出来るキレ者だったから。
あのような方が集団を取り仕切っていては、結束や信頼を簡単に崩すことは容易ではない。
だから、集団の頭である彼を私は陥れようと決めた。
そうすれば、集団の中での信頼関係にたちまち歪みが生じることは必至。
なおかつ、私はその集団の中でも依然として弱者としてみなされているので、仮にロックさんを放逐した後でも、誰かしらが足になってくれるはず。
エルルゥさんもトウカさんもキョンさんもハルヒさんも、そろいも揃ってお人よしそうでしたし、ロックさんの代わりとして利用するには十分すぎる。
……そして、物事は大方は予定通りに進んだ。
あの薬の効果が考えていたよりも弱いのは気になりましたが……まぁ、いいですわ。
とにかく、これでこの輪を乱すことには成功したんですもの。
でも、魅音さんがあそこまでしたことについては予想外でしたわね。
まさか、エルルゥさんを殺してしまうなんて……。
そして、その魅音さんが逃げ出して、キョンさんとハルヒさんがそれを追いかけにいってしまったのも予想外。
……でも、ここにはトウカさんという新たな足代わりになってくれそうな人がいることですし、魅音さん達が戻ってこないにしてもどうにでもなる。
むしろ、このまま戻ってこないとなれば好都合なくらいですわね。
……そう、順調に物事は進んでいる。
これは嬉しいこと………………なのですけど。
…………。
……でも、思惑通りに進んでいるのにどうして私、目から涙が流れてるんですの?
これでまた一歩、にーにーに会う道筋を進んだというのに……。
どうしてですの?
何だか、道が遠ざかっているような気がしますわ。
生き残るためには、どんな手も使うと誓ったはずなのに……どうして……どうしてなんですの……?
誰か……誰か教えてくださいまし。
圭一さん、レナさん、梨花……にーにー…………。
【C-4・山間部と市街地の境目付近にある民家(居間)/2日目・朝】
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:右足粉砕(一応処置済み) 、何故か悲しい
[装備]:スペツナズナイフ×1
[道具]:基本支給品一式(食料 -1)、トラップ材料(ロープ、紐、竹竿、木材、蔓、石など) 簡易松葉杖、どんな病気にも効く薬
[思考]
基本:生き残ってにーにーに会い、そして梨花達の分まで生きる。
1:何で……涙が……?
2: トウカ(orロック)を『足』として利用し、参加者減らしのための作戦を画策する。
3:十分な資材が入手できた後、新たな拠点を作り罠を張り巡らせる。
4:準備が整うまでは人の集まる場所には行きたくない。
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、苦悩
[装備]:ルイズの杖、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグ×2、支給品一式×2(-2食)、黒い篭手?、現金数千円、びっくり箱ステッキ(使用回数:10回)
[思考]:
基本:力を合わせ皆でゲームから脱出する。
1:自分を陥れようとしている犯人を調べたい。
2:キョンらが帰ってくるまで待機する。
3:キョンらが帰ってきたらエルルゥを埋葬、その後に子供二人の処置について考える。
4:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
5:うまく、遠坂凛と水銀燈を出し抜く方法を考える。
6:君島の知り合いと出会えたら彼のことを伝える。
[備考]
※しんのすけに両親が死んだことは伏せておきます。
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています。
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています。
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【トウカ@うたわれるもの】
[状態]:左手に切り傷、全身各所に擦り傷、精神疲労(大)、深い悲しみ
[装備]:斬鉄剣
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-3)、出刃包丁(折れている)、物干し竿(刀/折れている)
[思考]
基本:無用な殺生はしない。だが積極的に参加者を殺して回っている人間は別。
1:ロックの動向に注意しつつ、キョン達が帰ってくるまで沙都子としんのすけを守る。
2:キョンらが帰ってきたらエルルゥを埋葬、その後に子供二人の処置について考える。
3:エヴェンクルガの誇りにかけ、キョン、魅音(?)を守り通す。
4:魅音についての処置に苦悩中(3についても苦悩中)
5:アルルゥの仇を討つ。
6:セイバーを討つ。
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、SOS団名誉団員認定、筋力低下剤の服用による一時的な昏睡
[装備]:ニューナンブ(残弾4)、ひらりマント
[道具]:デイバッグ、支給品一式(-1食) 、プラボトル(水満タン)×2
[思考]:
基本:家族揃って春日部に帰る。
1:昏睡中
[備考]
※ワブアブの粉末の影響で一時的に昏睡状態にありますが、しばらくすると目を覚まします。
ただし、起きた後も体のだるさや不快感は残ります。
【C-4・市街地/2日目・朝】
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り)、恐怖、エルルゥを誤射したことによる動揺
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]
基本:バトルロワイアルの打倒
1:キョンらから逃げる。
2:……出来ることなら皆に協力はしたい。
[備考]
※キョン、ハルヒ、トウカ、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
※ロックが犯人だと8割方思い込んでいます。
【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労、全身各所に擦り傷、憤りと強い決意
[装備]:バールのようなもの、スコップ
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、キートンの大学の名刺
ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:殺し合いをする気はない、絶対に皆で帰る
1:魅音に追いついて落ち着かせる。
2:1の後、ロックらと合流
3:トグサと連絡を取る手段を考え、連絡が取れたら凛と水銀燈のことを伝える。
4:トグサと直接会えたら、謎のデータを検分してもらう。
5:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
6:落ち込んでいる女性達のフォローができるよう努力する。
[備考]
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「ミステリックサイン」参照。
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「仲間を探して」参照。
※ハルヒ、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※ロック犯人説に疑問を抱いています。
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:頭部に中度の打撲(動くのに問題は無し)、激しい憤り、軽い人間不信(キョン以外に対して)、疲労及び眩暈
[装備]:AK-47カラシニコフ(20/30)、AK-47用マガジン(30発×3)
[道具]:クローンリキッドごくう(使用回数:残り2回)、着せ替えカメラ(使用回数:残り17回)
[思考]
基本:SOS団のメンバーや知り合いと一緒にゲームから脱出する。
1:キョンとともに魅音を追いかける。
2:トグサと連絡を取る手段を考え、連絡が取れたら凛と水銀燈のことを伝える。
3:ドラえもんが持つというディスク(射手座の日)を入手する方法を考える。
4:遠坂凛と水銀燈は絶対に許さない。
[備考] :
※腕と頭部には、風の包帯が巻かれています。
※偽凛がアルルゥの殺害犯だと思っているので、劉鳳とセラスを敵視しなくなりました
※キョン、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
[全体備考]
※魅音のデイパックが民家に残されたままです。
※デイパックの中身:支給品一式(-2食)、スルメ二枚、表記なしの缶詰二缶、レジャー用の衣服数着、パチンコ
※ロック、エルルゥ、沙都子、しんのすけのデイパックは沙都子らの寝ていた部屋に纏めて置かれています。
※エルルゥの薬箱(嘔吐感をもたらす香、揮発性幻覚剤、揮発性麻酔薬、興奮剤、覚醒剤など)は沙都子らの寝ていた部屋の押入れに隠されています。
※ワブアブの粉末(筋力低下剤)が居間のテーブルの上に置いてあります。
【エルルゥ@うたわれるもの 死亡】
【残り22名(21名)】
97 :
キモいよ^^;:2007/04/22(日) 03:23:34 ID:ck2WBzsL
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◆
正義の味方。
誰もが一度は憧憬し、誰もが何時しか挫折する。
見果てぬユメと呼ばれるに相応しい、届く筈の無い気高き理想。
◆
漆黒が迫る。
膨張する闇と雷。絶影が飲み込まれるまで一弾指。
破滅の円から逃れんと全速力で絶影を機動させる。直撃まであと―――
―――ホワイトアウト。
◆
刹那、解き放たれた深淵の闇は、漆黒の雷を纏い世界を侵す。
半径にして五十メートル余り。それだけの空間が一挙に埋め尽くされた。
「……殺った、のかしらねぇ?」
その爆心地に立つ水銀燈の独白。
彼女が放った魔法はデアボリック・エミッション。ランクにしてS−の広域攻撃魔法。
その攻撃範囲は、フェイトのソニックフォームをして回避不能と言わしめた程のものだ。
純粋魔力攻撃である為、物理的破壊力は無い。しかし、魔力を持たない人間にとってはそれだけで致命傷。
拡大速度、範囲共に制限されているとはいえ、あの男は重傷を負っていた上に疲労困憊。避けられよう筈も無い。
だが、とどめは確実に刺す。油断した所に手痛い反撃を貰うのは御免だ。
拡散し切った闇は急激に薄れ、消えた。視界が晴れる。
彼女が見据えるそこには、倒れ込む男の姿が―――
「―――何を喜んでいる。
そんなもので―――俺を、絶影を捉え切れるとでも思ったか」
―――無い。
(……嘘、でしょう!?)
それは、二重の驚愕だった。
一つは、デアボリック・エミッションを回避されたこと。
もう一つは、声の聞こえた方角だ。
―――背後。
振り返るのと同時に、声が響く。
正義の味方の、声が。
◆
人形が振り返るのを、何処か曖昧な視界で捉える。
意識が白く染まった次の瞬間には、異形の蛇へと転じた絶影と共に、奴の背後へと移動していた。
全身に虚脱感が満ち、今にも脚から崩れ落ちそうだが、そんな事はどうでもいい。
疑問は一つ。何故、絶影は今に限ってここまでの速度を発揮出来たのか。
「―――何だ。簡単なことじゃないか」
元より、俺に出来たのはたった一つだけ。
否、あらゆるアルター使いにとって、出来ることはただ一つ。
一口にアルターと言っても、能力や形態は千差万別。中には姿を持たないアルターまで存在する。
だが、一つだけ、あらゆるアルターに共通する事がある。
それは、
「……意志だ。俺には、それが足りなかった」
そう。違ったのはそれだけだ。
何もかもをかなぐり捨てて、それを貫き通さんとする意志。
それこそが、全てのアルターを駆動させる唯一無二にして最強の動力源。
「……なぁんですってぇ?」
胸の銃創から流れ出す血液。生命そのものが刻一刻と目減りしていく。
だが―――火の点いた魂には、燃え尽きる気配など無い。
「……答えなさい!」
人形の、苛立ちを込めた言葉。同時にその翼から放たれた漆黒の羽根が驟雨として襲い来る。
しかし―――遅い。羽根の速度は絶影に比して余りにもスロウリィ。
「柔らかなる拳―――烈迅」
大気を切り裂き奔る二本の触鞭。かつて無いほど軽く鋭く宙を駆け抜ける。
最初の一振りで、軌道上の羽根を二十九、断ち切った。
返しの二撃目は複雑に変化する曲線軌道を描き、初撃から逃れた三十五を撃ち落す。
六十四の黒い切先。その全てが、役目を果たせず四散した。
愕然とする陶器じみた顔に視線を投げ、
「……どうした。その程度か。
ならば―――こちらから行くぞ! 絶影ッ!」
その巨体が、四つに裂けて掻き消える。
否、それは錯覚だ。単に、その速度が人間の視覚によって捕捉可能な限界を超えているというだけ。
前後左右へのフェイント、尾で大地を叩いて空中へと跳び、病院の壁を打ち据え粉砕し方向転換。
着地まで零秒、即座に反転全速機動。物理法則から半歩はみ出た理不尽な機動力によって攪乱する、絶影の基本戦術。
奴の視線が、泳いだ。その瞬間を狙い、
「……剛なる右拳、伏龍ッ!」
絶影の副腕、右肩背部に接続された鈍色の螺旋を射出する。
高速旋回するそれは、分厚い岩盤すら容易く貫く必殺の槍。
「―――楯!」
人形が左手を掲げ、平面の楯でそれを受け止めた。
火花を散らし軋みを上げる円陣の楯。穿たんと後端より炎を噴き上げる伏龍。
拮抗状態。だがそれは、一瞬にして終焉を迎えた。
差し伸べられる人形の右手。響く声。
『Photon Lancer』
稲妻が球体へと収斂。放電によって大気を灼く円錐が、こちらへとその切先を向ける。
「死に……な、さいっ!」
数は、八。尾を曳いて飛翔する雷光の鏃。
「剛なる左拳、臥竜ッ!」
左の副腕、銀の閃光が五つの魔弾を破砕。
残り三つ、伏龍を引き戻せば撃ち落せる。
攻撃に全力を注いでいる今、雷撃を避ける術は無い。伏龍を戻さなければ、三発が直撃してしまう。
だが、
「その程度で―――往くべき道を退けるものかッ!」
鮮血を吐き捨て、叫ぶ。
伏龍は楯を穿ち続け、臥龍もそれに続く。
そうだ、命などいらない。必要なモノは唯一つ、正義を果たした証。それだけで―――充分だ。
◆
伏臥する龍が漆黒の楯を打ち抜き、水銀燈の左肩に喰らい付いた。
光子の槍が異形の蛇に直撃し、劉鳳もろとも吹き飛ばす。
水銀燈は辛うじて受身を取るも、全身を襲った衝撃と肩の激痛によって意識を失った。
劉鳳はフォトンランサーの直撃は免れたものの、絶影が受けた衝撃によって意識を失った。
僅かに十秒。静寂が、大気を支配する。
◆
――――――夢を見ていた。とても幸せで、暖かい夢を。
―――からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ―――
「ねえ……その歌、何て歌なのぉ?」
―――自分はジャンクではなかった。
「あ、この歌、タイトルは知らないんだ。おばあちゃんがよく謡ってくれたの。
……一緒に謡う?」
―――彼女は病気ではなかった。
「いいわよぉ、別にぃ……」
―――そんな風に笑顔を浮かべる、幸福な日々の夢を。
◆
―――また、俺は届かないのか。
老人の時のように。
少年の時のように。
人形の時のように。
少女の時のように。
剛田武の、時のように。
―――違う。
護れなかった過去があるなら、その遺志を背負って進め。
護れなかった悔恨の全てを、未来を護る意志へと変えて突き進め。
過去を背負い、果てしない未来へと手を伸ばし―――
―――掴み、取る!
◆
―――そして、彼らは眼を開き―――現実を、その瞳に映し出す。
◆
幸福の幻影は、身を苛む激痛によって掻き消えた。
左肩の貫通創。出血は止まったが、完治にはほど遠い。筋肉や神経だけではなく、骨が完膚なきまでに砕かれている。
「……いい夢、見させて貰ったわぁ……」
だが、それはただの夢に過ぎない。有り得なかった可能性。
現実のifなど、何の力も持ちはしない。
しかし、自分が闘う理由はそれだけだ。
めぐの病気を治す、その為だけに闘ってきた。
「……だから……!」
眼の前の敵を、この男を打倒する―――
契約対象とし、力を吸い上げて殺すという手も有る。
だが、恐らく得られる力は微々たるものだ。そして、それによって殺してしまえば、魔力の供給が完全に途絶えてしまう。
生命が尽きようと、その意志を以って駆動させられるあの人形は止まらない。魔力供給の無い自分にそれを防げるか―――
結論―――そうなれば、あの男は必ずこの身に喰らい付く。
よって、契約の対象は凛のまま。距離が離れた所為か収奪量が落ちているが、それでも充分な量だ。
魔力を振り分ける。再生治癒、自身の強化、攻撃で均等だったものを、それぞれ一対一対八へ。
飛翔、浮遊の魔術を停止、肉体は彫像のように静止させ、魔術式の構成、展開のみに全てを注ぎ込む。
自分が得手とするのは中距離から長距離での射撃戦だ。近距離に入られた時点で敗北と同義。
ならば、それに備える意味は無い。この一戦、負ける訳にはいかないのだから。
「―――私は、あなたを殺す!」
持ち上げた右手を、祝福を与えるように差し伸べる。
一瞬にして、二百弱もの羽根を周囲に撒き散らした。
弾丸としての射出はしない。今のあの男に、そんなものは通用しない。
周囲に滞空させ、魔術の基点とする為のものだ。
半径四十メートルの球状に、光沢を備えた闇が満ちる。
―――漆黒の羽根が形作る結界は、まるで真夜中を固めた天球図。
堕天使が空を翔る為の、闇より昏い道標。
◆
覚醒は色褪せた鉄の味だ。心に苦く染み渡る。
絶影の背中に倒れこんでいた体を強引に引き起こし、眼を閉じた。
―――掴み取ったのは、言葉だった。
たった六文字のアルファベットで構成される、しかし、何よりも強い言葉。
―――眼を、開いた。
眼前の女。黒い半球上に旋回する羽根、それに隠れた姿を見据える。
「―――貴様は言ったな、俺を殺すと。
ならば―――人類全てを、歴史もろとも殺す気で来い。
唯一無二の力を―――アルターがアルターと呼ばれる所以を見せてやる!」
体は未だ満身創痍、三度目の吐血が体に響く。
―――もう、長くは無い。
命が燃え尽きぬ内に、この女を断罪せねばならない。
口許を拭った右手を、歪な十字架を象るように振り払い、
「■.■■■.■■」と、
それを―――掴み取ったモノを呟いた。
―――大地、樹木、岩塊、周囲の全てが、片端から切り刻まれては虹色の粒子へと霧散する。
―――二本の腕と四本の副腕、人間の顔と胸の巨眼を備えた異形の蛇、絶影が虹色の粒子へと霧散する。
――――――そしてその全てが渦を巻き集束し群青色の光を放ち、紺碧の、刃そのものに等しい装甲を構築していく。
全身を覆う蒼穹の藍。
両手には、魚の鰭に似た純白の刃。
頭の左右を覆う鋭角的なヘッドギア。
双の肩から生え出した、最も強固にして鋭利な装甲である巨刃。
「……まぁだそんなものを隠し持ってたのぉ?」
女の言葉。それを鼻で笑い、
「隠し持つ? 馬鹿を言うな。
これは――――――進化だ。俺が『得た』、力だッ!」
意志を以ってアルターを―――身体を駆動させ、右手を一閃。生じた衝撃波が宙を奔る。
球状結界に接触。その瞬間、幾本かの羽根が光と化してそれを相殺した。
……対策済み、か……だが!
ゆっくりと、左腕を上げる。鋭く伸ばした五指が、奴を指向する。
―――覇、と鋭く呼気を吐き、
「正面から切り裂くッ!」
―――距離、八十メートル。
二、四、八、十六、三十二と増える残像を背後に駆け抜ける。
「通すとでも―――思っているのかしらぁ!?」
黒翼の支配圏から羽根が飛び出し、即座に百花繚乱の魔弾へと変じる。
滑空を阻まんとする魔弾の群、クーゲルの軌道は六種、速度は悉くが可変。隙間を潰すように組まれた弾幕。
往くべき道は、奴の元へと到達する為の道は唯一つ。
右ではない。
左ではない。
上ではない。
避けて行ける場面ではない。
そうだ、ここは――――――全霊を以って、抗う場面だ!!
「ォおおおおおおおおッッッッ!!」
―――七十メートル。
曲線軌道を描く鉄弾を左手で弾く。大地から生え出す純白の槍を右膝でいなす。
―――六十メートル。
定点から速射される雷撃魔弾の隙間を身を捻って潜り抜け、胴の旋回に倣った右腕が桜色の球体を両断。
―――五十メートル。
強烈な気配を放って迫り来る鉄矢をあらぬ方向に弾き飛ばし、八を連ねて放たれた鮮血の刃を肩の装甲で受け流す。
「『アルター』の意味を教えてやる!
―――――――『進化する』という意味だ!」
拳を、大地へと叩き付ける。
巻き上がった衝撃波が羽根を吹き散らし、束の間の空白地帯を生み出した。
右手を払う。両肩の楯、ヘッドギアを共にパージ。右拳にその全てが移行。
半回転した右肩の楯の後端に左肩のそれが合致し、巨大な菱形の刃―――攻防一体の武装を形成する。
全攻撃力を前方へと集中し、唯一人を断罪する為の形態。
その全身を捻り、断罪の意志を右腕へと集中させ、
「受けてみろ―――俺の正義を、俺の進化を――――――俺が背負った意志の篭った、一撃をッ!」
振り抜いた。何よりも疾く、何よりも鋭く、全ての罪を断たんと無形の刃が解き放たれる。
◆
「―――俺が背負った意志の篭った、一撃をッ!」
死に体だった筈の男が放った衝撃波。それは、進路上の羽根を次々と切り裂きこちらへと進行する。
羽根が転じた幾多の障壁も、羽根が転じた幾多の魔弾も、その進撃を止められはしなかった。
あれだけの魔術を放ったのだ。隙は当然のように生じ、避ける余裕は無い。
―――なら―――!
僅かに、右へと体をずらす。 それが限界だ。最早使い物にならない左腕は犠牲にし、致命的な損傷だけは避ける。
「―――私にも、背負っているものはあるのよぉ……!!」
但し、それだけで済ませる心算は毛頭無い。防御、回避の構成を諦めたという事は、つまりそれ以外に全てを賭けるという事だ。
――――――攻撃に。
「―――彼方より来たれ、やどりぎの枝―――」
外観は単なる魔力の槍。だがその内に秘めるのは、死へ至る絶対の呪詛。
「―――銀月の槍となりて、撃ち、貫け!」
―――北欧の神話に曰く、やどりぎの枝は、ただ一投を以って不死の神を刺し殺したという。
男の周囲、七つの羽根を基点に魔法陣が展開。光を放ち―――
「石化の槍―――ミストルテイン!」
―――槍が、その右腕を滅多刺しに貫いた。
他の部分は狙わない。唯一点、最も厄介な箇所―――右腕だけは逃さないよう、周到に計算された射線で解き放った。
同時、真空の刃が、左腕を肩口から切り落とす。
歯を食い縛り、激痛に震える喉を押さえ込む。
お互いに、片腕を喪った。
しかし、状況は対等ではなくこちらが有利。自分は左腕を落とされただけだ。繋げる事も出来るし、そうでなくともこの体にとって致命傷ではない。
奴は違う。石化の呪詛は右腕を這い登っている。それが胴に至れば、循環系の停止が死に直結するのだ。
だが油断はしない。魔力配分を零、零、十へ。次なる攻撃魔術の構成を次々と編み上げ、展開する。
全ての羽根を前方へと散らし、全方位から取り囲む。
魔術式を解放、莫大量の魔弾を同時に生成する。
過剰な魔術行使に赤く染まり、無数の罅割れが走る視界。
その程度の代償ならば構わない。今はただ、眼の前の男を、
――――――絶対に、殺す!
「―――これで、終わり、よっ!!」
―――めぐの為に、彼女を救う為に―――!!
◆
全力で一撃を放った、その隙を突かれた。
最も近接に存在した七本の羽、それらが全てが槍と化す。
まるで檻。前後左右、上下を問わずに射出された七連槍を、避け切る事は出来なかった。
四本は意地で避け、弾いた。だが三本が、右手を装甲ごと貫く。
ただ、衝撃だけがあった。
痛みは感じない。当然だ。生命の危険信号など、死体にとっては何の意味も持たない。
だが―――アルターの感覚までもが消えていく。
「何……!?」
見れば、槍が貫いた手の甲、肘、上腕から、群青が灰に侵されていく。
アルターが石へと変じ、力の感触が消えていく―――
……拙い……!
判断は、一瞬だった。
左腕を持ち上げ、拳を握り、純白の刃を以って―――
「……くッ……!」
右腕を、肩口から切り落とす。
硬い音を立てて落下したそれは、地面に堕ちると同時に石像と化した。
石化の毒を排除し、前を見据えると―――
――――――百余りもの魔弾が、こちらを睨み据えていた。
前だけではない。感覚で分かる。
後方、左右と上の全てに、それと等しい密度の弾幕が、主の命を待っている。
「―――これで、終わり、よっ!!」
下された言葉、それに発射への予兆を感じ、動いた。
喪失したのは右腕のみ、機動力は未だ損なわれてはいない。
114 :
代理投下:2007/04/22(日) 18:57:28 ID:wUXBOHQl
絶えよ影、と。
自らのアルターの名を叫び、駆ける。
―――四十メートル。
羽根を交えた嵐じみた光の奔流。存在しない右腕では弾けない。
故に、
「覇あああああああああああああッ!!」
前方からの第一波を左腕で振り払い、上は半身によって強引に掻い潜る。多少の被弾は無視。
左右は全身を旋回させ蹴り返し、後方は――――――この速度に、追いつけよう筈も無い。
―――三十メートル。
「轟天、爆砕―――」
圧倒的な質量によって押し潰さんと、縦横八メートルの鉄槌が迫る。
「―――ギガント・シュラァァァァァァクッッ!!」
古代の城壁じみたその威に対し、左手を腰へ、五指を揃え―――
「こんなもので――――――俺の正義を止められると思うなぁッ!
切り裂かれて、灰となれぇぇぇぇぇッ!!」
鋼と純白、火花が散ったのは一瞬限り。その拮抗を代償に、巨大な鉄塊は両断された。
―――二十メートル。
眼前、弓を引き絞った女の姿。
「引っ掛かったわねぇ!?」
理解―――鉄槌の目的は攻撃ではなかった。目隠しだ。
単なる幻影や、生半可な壁では衝撃波によって両断されると踏んだのだろう。
故に鉄槌、限界まで振り上げ、崩れ落ちる方向さえ制御してやれば、攻撃に平行して弓を構えることも可能。
「翔けよ、隼―――」
そこまで看破しても―――自分には、どうしようも無い。
「―――シュツルムファルケン!」
迫り来る一矢、一度は容易く弾いたものだが、今は右腕が無く、また姿勢が崩れている。
狙いは左肩、回避、防御共に不可―――受けるしか、ない!
支援するぜ!
116 :
代理投下:2007/04/22(日) 18:58:20 ID:wUXBOHQl
◆
爆音が、蒼穹へと木霊する。押し寄せた熱風、反射的に腕で眼を庇う。
全ては、この一撃の為の布石だった。
放ったのは単なる矢ではない。ヴォルケンリッター烈火の将、シグナムが最終奥義シュツルムファルケン。
到達速度、破壊力の二点を重視した疾風の隼だ。
濛々と立ち込める土煙。着弾直後に集積魔力を解放するファルケンは、強烈な爆風を巻き起こす。
「―――縛れ、鋼の軛」
駄目押し。奴がいるであろう位置へと向けて、ばら撒かれた羽根を基点とした捕縛魔術、そして羽根の弾丸を放った。
流石に、辛い。凛から奪い取っている魔力だけでは賄い切れず、蓄積していた魔力と真紅のローザミスティカまでもが削られた。
土煙が晴れる。それだけの代償を払った結果が、視界へと映し出される。
―――吹き飛ばされた距離は二十メートル余り。
―――群青の装甲は消え、
―――右腕は無く、
―――左腕は焼け焦げ、肩から千切れ飛び、
―――脇腹は槍に貫かれ、
―――両足には無数の羽根が突き刺さり、
―――唇からは血を零し、
――――――眼を閉じている、男の姿があった。
あの蛇の姿は、無い。
「随分とてこずらせてくれたわねぇ……でも、今度こそ……!!」
完全に、殺し切る。
剣十字の杖を生み、振り上げた。
真円の魔法陣が、足元に展開した。
それに連動し、背面には三角形の陣が展開。頂点へと、莫大な魔力が集束していく。
闇の書が記録している中でも、最強の直射型砲撃魔法。
―――ラグナロク。
「―――響け、終焉の笛―――」
―――ギャランホルンが鳴り響く。
――――――男は眼を閉じている。
掻き集められた魔力。圧迫された大気が悲鳴を上げた。
――――――男は眼を閉じている。
眼を閉じ、全霊を魔力の制御へと傾ける。ここで制御に失敗し、暴発させては笑い話にもならない。
―――――――――だから、彼女は気が付かなかった。
―――――――――劉鳳が、その双眸を見開いたということに。
118 :
代理投下:2007/04/22(日) 18:59:10 ID:wUXBOHQl
◆
剣十字の杖が、一際強い光を放ち―――振り下ろされる。
「―――ラグナロク―――!!」
―――黄昏の前兆、収斂する破滅の光球。
劉鳳の視線―――断罪を諦めない、それだけを告げているような。
劉鳳の絶叫―――言葉にならない意志の発露。断罪を果たす為の叫び。
「■■■■――――――!!」
音―――大気が穿孔される高音。
水銀燈の驚愕―――首だけを背後に振り向ける。
劉鳳の断罪―――ヴェイパートレイル、音速超過の白い霧を曳いて飛翔する銀の閃光が二つ。
劉鳳の断罪―――眼を閉じない。意識を保ち、体の芯から最後の力―――命を一滴残さず搾り出す。
劉鳳の、断罪――――――伏臥の龍が、水銀燈を背後から貫いた。
120 :
代理投下:2007/04/22(日) 18:59:56 ID:wUXBOHQl
◆
氷が砕け散る音。三つの光球が、跡形も無く消え去った。
体を貫き、支えていた槍が消え去り、うつ伏せに倒れこんだ。
消えていく絶影。僅かに悲しげな表情だったのは、錯覚なのだろうか。
同時に、からん、と乾いた音。
女が手にしていた杖が、地面へと転がり落ちた音だ。
倒れ込んだ女の胸には、臥龍が穿った風穴。
倒れ込んだ女の左目には、伏龍が穿った風穴。
「それ……どう……やってぇ……?」
それは疑問。感覚が消え始めた肺と喉で答える。
「俺、の鎧は、壊れたんじゃあ、ない。
自分、から……消した、んだ……」
そう。絶影の鎧は壊れたのではない。矢が着弾する寸前に、自ら解除したのだ。
爆風に紛れて第二形態を再構成し背後へ回り込ませ、隙を窺った。
眼を閉じていたのは、絶影のコントロールに集中する為。
左腕は落ち、全身に幾多の傷を負ったが、痛みは当の昔に喪っている。傷は、アルターを制御する妨げとはならなかった。
隙が生まれるかどうかは、賭け。
勝てば、臥龍と伏龍を打ち込める。
負ければ、自分は何も為せずに死ぬ。
分の悪い賭けだったが―――勝った。
だが、一つだけ。腑に落ちないことがある。
絶影を構成した際の速度。構成速度そのものが、明らかに限界を超えていたのだ。
――――――ここに、劉鳳が気付かなかった事実が存在する。
『魔力を取り込んだアルターの構成速度は、異常に促進される』
再構成の際、劉鳳は幾つかの黒い羽根を分解し、それに宿る魔力をも取り込んでいたのだ。
「私は……覚悟の、差で、負けた……そう……いう事、なのぉ……?」
命の熱が段々と消えていく。入れ替わるように、死の冷たさが体を侵す。
「違、うな……背負った、ものの、差だ……
己の、正義と……何、より、救え、なかった、者が、五人……それ、より、重いもの、など……ありは、しない」
閉じようとした視界に、石と化した自分の右腕が、映った。
「ふ、ふ……私は、一人、しか、背負って、なかった、もの、ねぇ……
めぐ……わた、し、あな、たを、助け、られ、なかった、わぁ……」
女が、残された右目を、ゆっくりと閉じた。
―――死体寸前の体で、アルターを行使する。
分解するだけだ。再構成するような力は無い。
右腕、菱形の刃の表面が、極彩色の粒子として空へと昇っていく。
「俺、は、正、義を、果た、した、ぞ……貴、様も、己、の、責、務を、果た、せ……カズマぁッ!」
122 :
代理投下:2007/04/22(日) 19:00:42 ID:wUXBOHQl
◆
その右腕には、削り取られたかのような傷があった。
石という素材に、六文字のアルファベットが刻み込まれている。
脚を止めるな、先へ進め、進み続けろ―――進化せよ、と。
――――――s.CRY.ed
そう、刻まれていた。
◆
【劉鳳@スクライド 死亡】
【水銀燈@ローゼンメイデン 死亡】
※二人の所持品、死体はエリア3-D、病院横にあります。
※進化の言葉『s.CRY.ed』は、何ら特殊な効果を持ちません。
※闇の書の状態は不明です。
突然、ドラえもんの青皮が破けた。
中にいたのは、高校生くらいの少年、タカヤと言う。
タカヤは、道化のような表情で辺りを見渡す。
慌てて、騒ぎ出すのび太達。
「ぎゃー、ぎゃー、うっせーよ!!ゴミ共が!!!」
タカヤはのび太達を殺害すると、上空へ飛び上がった。
そして、シャウトする。
「いるんだろ!!!ヤムチャぁぁぁぁぁ!!!!!
必ず、ブチ殺してやるぞぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
タカヤは音速を超えるスピードで飛び立っていった。
【E-6・上空/2日目/朝】
【タカヤ@夜明けの焔塵王】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、背中に打撲、魔力消費(中)/バリアジャケット装備
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム、残弾4/6)魔法少女リリカルなのはA's、双眼鏡
[道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド、クラールヴィント@魔法少女リリカルなのはA's、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:ルルゥの斧@BLOOD+、ルールブレイカー@Fate/stay night
[思考・状況]
基本:ヤムチャを探す。
【野比 のび太他@死亡確認】
「信じてもらえないかもしれないけど、私はこの時代の人間ではありません。もっと未来から来ました」
真っ白な世界に、一台の小型テレビと、パイプ椅子が二つ置かれていた。
それぞれが三角形を成すように配置され、パイプ椅子にはセーラー服を着た女子高生と、ミニスカートの警官服を着たドラキュリーナが一人、テレビに視線をやりながら会話をしている。
「いつ、どの時間平面からここに来たのかは言えません。過去の人に、未来のことを伝えるのは厳重に制限されています」
「時間というのは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです」
「アニメーションを想像してみて。あれってまるで動いているように見えるけど、本体は一枚一枚描かれた静止画でしかないですよね」
「時間と時間との間には断絶があるの。それは限りなくゼロに近い断絶だけどだから時間と時間には本質的には連続性がない」
「時間移動は積み重なった時間平面を三次元方向に移動すること。未来から来た私は、この時代の時間平面上ではパラパラ漫画の――」
ただひたすらに口を動かし、薀蓄に近いワカランチン講釈を垂れ流しているのが、自称・未来人の朝比奈みくる。
それをまったく理解していないおとぼけ面で聞き流しているのが、ドラキュリーナであるセラス・ヴィクトリア。
二人は共にした時間こそ短かったけれど、死線を掻い潜った末に互いの血を共有し合うくらいには友達でいた。
だからといって、セラスはどこぞの平凡な少年のように時間の歪みの中心人物と親しい間柄にあるわけでもないし、未来知識を与えられるような使命を背負っているわけでもない。
だから、ツッコミを入れてみた。「それは別に今するべき話ではないんじゃ?」と。
「あ、そうですね。すいません。久々の登場だったんで、ちょっと力みすぎちゃったみたいです」
可愛げに頭を垂れてみせるみくるに、セラスは心の底から穏やかな気持ちを抱いた。
未来から来たという彼女は、きっと吸血鬼とかヴァチカンとか「諸君、私は戦争が大好きだ」とかとはまったく無縁な、平和な時代に生きるべき少女なのだろう。
セラスだって、本当ならそういう人間になりたかった。
幼い頃に両親を強盗に惨殺され、恨み、妬み、荒み、それでも正義を志し、警察官という職業に就くまでは人間でいられた。
それ以降の人生は――どこぞの誰かが好きで好きで、発情期のオスがメスに抱く感情くらいこよなく愛している、『戦争』だった、と言ってしまって構わない。
死と隣り合わせの人生。死後は大人しく天使さんとわいわいしていたかったのに、死んでまで戦いを強要されている。これでは生き地獄だ。
並の精神患者ならすぐにでも挫折して、自害なりなんなりすると思う。そう考えると、未だ生者として存在しているセラスは末期患者か、それとも馬鹿か。
一度死を迎えながら、それでも生を望んだのは、現世への未練と偉大なる主による誘いが原因だった。
今思えば、誤った選択だったかもしれない。あそこで大人しく死んでおけば、セラスはこんな馬鹿げたイベントで苦しむこともなかった。
でも、もしあそこで死んでいたら。
出会えはしなかった。アーカードには、インテグラには、ウォルターやベルナドットやアンデルセンやトグサやみくるやクーガーや風や劉鳳や武やあとそれから――
「あ、ここ。セラスさん大活躍の場面ですよ。怖い騎士王さんから、仲間の皆さんを逃がすシーン。私、見ていて感動しちゃいました」
二人が視線を傾けるテレビモニターには、病院を襲う騎士王と、それから逃げる複数名の人間の姿が映し出されていた。
正義感の強い新米刑事に気絶した仲間を託し、傷を負ったアルター使いの制止を振り払って騎士王と対峙するのは、我らがセラス・ヴィクトリアだ。
その躍動感溢れる映像は見る者のアドレナリンを刺激し、絶望した者に勇気と希望を与えてくれる。
吸血鬼なんて美女の生き血を吸う恐ろしいモンスターだ。そんな認識を改めさせてしまうくらい、セラスは勇敢な正義の使者として活躍していた。
「これから先はどうなるんですかね。わくわくするけど、でもちょっぴり怖いような……あ、ネタバレはNGですよ? 私は直にセラスさんの生き様を見たいんです」
子供みたいに無邪気な瞳を爛々と輝かせて、ときどきおっかなびっくりした表情を作ってみたりもして、みくるは映し出される映像の虜となっていた。
そんな当たり前のようで不自然な光景を見つつ、セラスは今さらな疑問を抱く。
ここは、どこなのだろう。
私はついさっきまで、のび太くんの首を斬り落とした女性と戦っていたはずなのに。それこそ、今テレビで放送中の内容と寸毫変わらず。
この真っ白な空間は、雰囲気だけなら過去にも来たあの世界と似ているような気もする。
ウィンダムやらカラシニコフの精やら、やたら平○耕太ワールドっぽい夢、というか悪夢の世界だ。
しかし、私の夢にみくるちゃんが出てくるなんてどういう風の吹き回しだろう。
吸血鬼になった時から、私の夢空間はギャグシーンの一環と化したのではなかったのか。
てっきり今回はジャッカルの精登場で声が玄田哲章なデブマフィアを助けたりスティーブブシュミと隕石ブッ壊す展開がくると思ってったのにウィリス。
路線変更……シリアス展開につき編集からのギャグ禁止令……単にヒ○コーが飽きた……いや、いやいやいや。
これはアニ○キャラバトル○ワイアルだったはずだ。ヤン○キングア○ーズ好評連載中の本編やゴ○ゾ、サ○ライト製作のアニメ版とは関係ない。
それこそ原作者が介入するなんていうイレギュラーが発生する確率もゼロなわけで…………って、何を深く考え込んでるんだ私は。
死んだはずのみくるちゃんが側にいるという事実は、どうせ夢なのだろうから否定したりはしない。
むしろ喜ぶべき再会である。死に別れた友人に、もう一度会うことができたのだから。
しかしあれだ。戦闘の最中にこんな夢を見るということは、もしかしてあれだろうか。
先に死んだ友人が前触れもなくいきなり現れる……これはよくあるお決まりパターンでは……いやぁ、まっさかぁ…………でもひょっとして。
私は意を決して、みくるちゃんに尋ねてみた。
「ねぇ、みくるちゃん。このシチュエーションってさ……」
「はい?」
テレビに夢中だったみくるちゃんは、私の質問にキョトンとした顔を返し、ああ可愛いなもう、私の言葉の続きを待った。
で、言ったのだ私は。そして返答はすぐ返ってきた。
「…………ひょっとして、死亡フラグ?」
「それは、禁則事項です♪」
口元に人差し指を可愛く当てちゃったりしてもう。
◇ ◇ ◇
「――風王結界(インビジブル・エア)!」
逆巻く突風は竜巻の形状を成し、セラスごと病室の壁をぶち抜く。
床から足の離れたセラスは、空中でジタバタもがきつつも体勢を維持。追い立ててくるセイバーの一撃を辛うじて受け止めた。
今やただの鈍器と成り果てたジャッカルと、不可視のドラゴンころし。交錯の際の衝撃で両者が弾かれ合う。
パラパラと宙に舞ったコンクリート片は、雨粒のようにアスファルトに落ち、その雨中に二人の女性が降り立った。
セイバーのサーヴァントにしてアーサー王の真名を持つ者、向かい合うは不死のドラキュリーナ。
西洋に生き、西洋に死んだ女性二人の戦いは、病院内から日の差す外へと移行する。
「そろそろ道を開けなさい。力の差は明瞭、貴女の抗いは無意味だ」
「それはお生憎様。でも、私にも譲れないものってのがありましてね」
兜の裏に厳格な鉄面皮を忍ばせる金髪の騎士――セイバーは、セラス・ヴィクトリアに忠告を放った。
その忠告を受けて尚、埃を被った警官服を戦闘装束とし、乱雑な金髪と鋭い犬歯を覗かせるセラスが立ち塞がる。
片や亡国のため、片や仲間を守るため、双方共に拳と剣の握り手に力を込めた。
「譲れないものがるのは私とて同じ。そのためにも、立ちはだかる者は斬り捨て、進み続けなければならない!」
愚かな王の、生涯最高の我が侭である。
数多の犠牲を払い、一つの国を救わんがために剣を取る。騎士としてはこれ以上ないほどの大業と言えた。
ただ悲願を叶えたいが一心で、君島邦彦を、幼き鉄槌の騎士を、兵を求めた侍を、主催者に挑みかかった少年を、その信念と共に斬り捨ててきた。
今さら後になど引けるわけがない。
悪役や道化は最後まで役柄を変えることなく、舞台に立ち続けなければならないのだから。
「へぇ……その譲れないものってのは……」
セラスにとって、身勝手な王の我が侭などはどうでもいいことだった。語られたとしても知ったこっちゃない。
重要なのは、ただ仲間が殺されたという事実と、今も尚セイバーが仲間を窮地に追いやろうとしている事実。
生きるか死ぬか。このゲームの本質を語るには、その言葉だけで事足りる。
ただ、セラスの生死に対する認識がそこまでシンプルかどうかは、別の話。
「――死ぬことにビクビク怯えてたのび太くんの! 首を跳ね飛ばすほど大事なものかァァァー!!!」
セイバーの実力に苦笑気味だったセラスの表情が、途端に怒りの形相へと変わる。
少年の首が飛んだ。だが軽い。彼女の主人が繰り広げる殺戮劇の中では、もっと悲惨でグロテスクな死が、それこそ山のようにあった。
あれ見た後ならB級ホラー映画なんて目じゃないね。死体洗いとか墓荒らしとかも平然とできる。そう、彼女は自嘲するだろう。
しかし、吸血鬼にとっては取るに足らない死も、セラス・ヴィクトリアにとっては激昂の引き金となった。
いつまで経っても人間から卒業できない青臭い婦警の心情としては、平然と子供を殺してみせる輩が許せない。
だから、拳を握る。銃口を向けられる。刃を突き立てられる。眼光を光らせられる。敵意を越えて殺意を漲らせられる。
彼女が戦う理由はたったそれだけで、それだけだからこそ戦えて、これからもずっとそれだけでいい。
「鉄拳! 粉ッッッッ砕――!!」
握った拳を天高く持ち上げ、真っ直ぐ地表に打ち下ろす。
足元に放たれた正拳突きは隕石のような勢いでアスファルトを砕き、亀裂を生じさせた。
それこそ卵に皹を入れるかのように容易く、病院敷地内の大地を拳で破壊する。
衝撃は向かい合うセイバーの下にも届き、一瞬の内に両者の足場が崩壊した。
(馬鹿な、なんという無茶を――)
宙に浮遊する感覚を覚えたセイバーは、自身の身を庇いつつ、粉砕されたアスファルトの残骸と共に落ちていく。
地表の下部に位置する空間、即ち地下へと。
ドラゴンころしに纏わせた風王結界の風圧、そして面積の広い刃の腹を盾にして、落下速度を減少。
確かな足場を確認できるその時まで、ゆっくり下降していく。
最初に掴み取ったのは、水音だった。
チャプン、という静かな音が足元でまず鳴り、その倍以上となる騒音が周囲で連続していく。アスファルト片の崩落によるものだった。
足元の薄汚れた水、さらにやたら反響する音、双方から分析して、どうやらここは地下を流れる下水道のようだ。
拳で岩盤を砕くなど、普通の人間にできる技ではない。それこそサーヴァントであったとしても難しい。
敵に対する認識を改める必要がありそうだ――セイバーは気を引き締め、剣の柄を握り直そうとした、その時、
「――――ッ!?」
不意に、顔面に強い衝撃を受けた。
顔全体が、万力にでも締め付けられたかのような感覚を訴える。
それが人の、五本の指と小さな掌によって顔を掴まれているのだと認知し、反射的に剣を振り上げようとした時にはもう遅い。
セイバーの身体は抗いようのない圧力に捕らわれ、そのまま片手で振り回された。
煉瓦造りでできている下水道の壁面に頭部を叩きつけられ、間髪入れる暇もなく、横滑りに押し付けられていく。
木材に鉋を当てるような要領でセイバーの頭部を掴んで離さず、掌握の主はそのまま激走を開始する。
「ウッ……らあああぁぁぁああアアアあああぁァアアああああああああアァ――」
セイバーの顔面を片手で掴み外壁に押し付け、そのままの体勢で併走するなど、吸血鬼であるセラスにしかできない荒業だ。
岩盤を拳で砕き、そして今なお怯むこともなく、サーヴァントの顔面を掌握するほどの握力を見せている。
人間離れした怪力をこれでもかというくらいに有効活用した、セラス特有の無茶苦茶すぎる戦法だった。
瞬時の荒業に対応が遅れたセイバーは、掌で塞がれた視界の裏に悪質な殺意を感じ、危機信号に促されるまま身を捩る。
だがもう手遅れだ。サーヴァントの体捌きを持ったとしても、人知外の豪力には抗えない。
壁面と後頭部が擦れ合い、摩擦熱による熱気を帯びながら痛覚を刺激する。
艶やかな金髪は散り散りに裂かれ、頭皮がガリガリと削り取られていく音が鳴った。
摩擦で火花が奔るその間も、セラスは直進をやめようとはしない。
外壁の果てが訪れるまで、人の肉を抉る不快音は反響し続ける。
「ガ! ぐァッ!」
短い嗚咽は壁を伝う轟音に掻き消され、行われている所業の荒々しさを演出する。
兜はとっくに破壊され、状況はセイバーの頭部と下水道外壁の直接対決となっていた。
溝鼠も逃げ出す戦慄の一方的攻防が、薄暗い洞穴内を鮮血の色に染め上げ、そこに慈悲は欠片もない。
「――あアアアあぁぁぁぁぁああァァあああああアアアあああぁあぁああアァっ!!!」
摩り下ろされる林檎のような扱いを受けた後、セイバーの身体は泥水の流れる地面へと投げ捨てられた。
使い終わったボロ雑巾を破棄するような酷すぎる仕打ちも、殺し合いの場では冷酷な攻撃としか受け取られない。
セイバーはそのことを途絶えそうな意識の中で自覚していたからこそ、闘争の意思が絶える前に立ち上がろうとしていた。
常人なら途中で首がもげてもおかしくないほどの衝撃を受けてなお、セイバーは己の闘争本能に従ったのだった。
削られた頭皮からは夥しい量の出血が確認でき、今も継続的に痛覚を爆撃している。
擦り傷を負った時などによく用いられる、ズキズキなんて表現では収まらない。『ガリガリ』痛む。
ひょっとしたら頭蓋骨の一部も削り取られたのではないかと心配したが、その確認は事後にでも行えばいい。
まだ生きている以上、今は目の前の敵に立ち向かわねば――セイバーが剣を振り翳そうとするが、寸前で違和感に気づいた。
柄の感触がない。掴み取れるのは空気だけ。
先ほどの攻撃で、セイバーはドラゴンころしを取りこぼしていた。
そして、鉄塊と言い表しても問題ないような重剣は今、目の前の怪力淑女、セラスの手に握られている。
それも片手で軽々と、綿か何かと錯覚してしまうような涼しい顔で持ち上げていた。
衝撃的な映像も、地表を拳で破壊し、サーヴァントが抗えないほどの握力を見せ付けてくれた今となっては、さほど驚きはしない。
ただ、吸血鬼であるセラスの腕力が――少なくともセイバークラスの――サーヴァントのそれより上なのは、認めざるを得ないだろう。
「女性ながらに頑健な方だ。まったく、恐れ入る。しかし、私とて退くわけには――」
「煩い! そんなに殺し合いがしたいんなら! 一人で勝手に戦って一人で勝手に死ねッ!!」
怒り心頭のセラスの前では、セイバーのちょっとした言葉が起爆剤になりかねない。
それが中傷だろうと称賛だろうと火薬量は変わらず、毀誉褒貶共に等しく危険な代物として受け取られた。
セラスが跳び、略奪したドラゴンころしをセイバーに向けて振るう。
血で霞む視界で敵の姿を追い、なんとか反応してこれを避ける。
重剣・ドラゴンころしは剣というよりは鉄塊というべきじゃじゃ馬だったが、剣技の心得を持たぬセラスは正にそのまま、棍棒でも扱うような要領でそれを振り回していた。
全ては、吸血鬼という種族が持つ異常な腕力の成せる業。
この怪力の前では、あのじゃじゃ馬を巧みに操っていた剣の達人すら小者に思えてしまう。
得物を奪われた以上、セイバーは別の対処手段でこれを迎え撃つしかない。
打って変わる武器はデイパックの中に収納されていたが、これを取り出している暇はなかった。
「おまえはッ! ここでェ!」
我武者羅な剣捌きで襲い掛かるセラスには、待つという動作がない。
「私がァァー! やッつけェェるッッ!!」
先手必勝。攻めて攻めて攻めまくる、ある意味ドラゴンころし本来の持ち主に見合った常識外れのバトルスタイルだった。
体制を立て直すには、一度大幅な距離を稼ぐしかない。そう判断したセイバーは、踵を返してその場から逃走した。
◇ ◇ ◇
「ハァッ、は、あ、はぁ…………」
幸いにも、走力差はそれほどでもなかったらしい。
ハイエナのように追い縋るセラスを撒き、セイバーはどうにか逃げ果せた。
とはいえ、足音の響きやすい下水道内での遁走劇は、なかなかに決着のつきにくいものだった。
結果的に逃げ通せたとはいえ、長時間に亘る追いかけっこは、負傷中のセイバーから着実に体力を掠め取っていた。
途切れる息を整え、高ぶった鼓動を治め、かつての泰然とした面持ちを取り戻していく。
ゆっくりと時が流れていき、精神統一を図りながら現状の問題点と解決策を練る。
フィールドは薄暗い地下水道内。足元には汚水が流れ、歩くだけで水音が鳴り、周囲の壁に反響して己の場所を知らせてしまう。
遁走の末に辿り着いたこの地点は、マップ上で言うところのどの区域に分類されるのか。それすらも分からない。
セイバーは知る由もないが、この太陽光の届かぬ地下空間では吸血鬼のポテンシャルが阻害されることもなく、ある意味、敵地同然の環境と言えた。
入り組んだ迷宮の中、身を潜めるには最適かもしれないが、臭いが酷い。長時間滞在するだけで鼻が利かなくなってしまうだろう。
こんなところからは一刻も早く脱出したかったが、ドラゴンころしを奪われたまま引き下がるのは惜しい。
かといって、現状の装備で対抗するのはかなり厳しかった。
ドラゴンころしの代わりと成り得る刃物は、鉈とコンバットナイフの二つ。しかし、両方とも剣と呼ぶにはリーチが足りなさ過ぎる。
アヴァロンやスコップに風王結界を纏わせ風の剣とした方が幾分かマシのようにも思えたが、刀身がなければ結局は五十歩百歩だ。
攻撃力とリーチ、どちらを優先させたとしても、勝算は薄い。
だからこそ退けない。やはり、これからの戦いを生き抜くには、剣が必須だ――
「……!」
思案を重ねていく最中、セイバーの耳に微かな粉砕音が届いた。
岩か何かを砕いているような音が徐々に近づくのを感じ、訪れるべき相手が接近しているのだと自覚する。
セイバーは数秒考え抜いた末に、ドラゴンころしとやり合う得物として鉈を選んだ。
数時間前に首を跳ね飛ばした少年、野比のび太と同じように、疑心暗鬼に打ち負けた少女が握っていた刃物。
微かな血痕が刻まれた刃に、どんな因縁があるかは知らない。ただセイバーは、これを吸血鬼と渡り合うための武器として扱う。
――全ては、悲願のための覇業を進捗させるため。
やがて、セイバーの前方にあった壁が音を立てて崩れ去った。
その向こう側から、怒りに満ちた相貌を覗かせるドラキュリーナ一人。
ドラゴンころしを担いだセラス・ヴィクトリア。
使徒をも斬り殺せる大剣をドリルか何かと錯覚しているのか、ここまで壁を破壊しながら突き進んできたらしい。
あまりに強引な力技を目の当たりにし、セラスは苦虫を踏み潰したような顔で呟く。
「化け物め……」
「化け物でいいよ。のび太くんに言われた時の痛みに比べれば、ずっとマシ」
口調は穏やかではあったが、その瞳に宿った殺意の滾りは、底が知れない。
未熟者と言われ、半人前と罵られ、それでもここぞという時には吸血鬼の本能に従事してきたセラス。
マスターであるアーカードが不在の今、彼女を繋ぎ止めるものは何もない。
――ここなら、誰にも見られなくて済む。
――トグサさんや劉鳳やドラえもんを、怯えさせる心配もない。
――ここでなら、思いっきり『化け物』になれる。
――――殺せ、セラス・ヴィクトリア。
鉄火を以って闘争を始める者に、人間や非人間といった区別はない。
彼女は来た。殺し、打ち倒し、朽ち果てさせるために。
彼女は来た。殺されに、打ち倒されに、朽ち果たされるために。
戦争とはそれが全て。それは、違えることの出来ない世の理。
神にも悪魔にも、ミディアンやサーヴァントにも、誰であろうと。
――今宵の命令(オーダー)は、見敵必殺(サーチ・アンド・デストロイ)。
「……了解(ヤーッ)。
Yes Sir, MY MASTERRRRRRRRR!!!」
その瞬間、セラスの双眸が明らかに変わった。
街を守る穏やかな婦警の瞳は、血肉を喰らうことを生業とする夜族の瞳へと変貌を遂げる。
狂ったような眼光は、かつての不死王に通ずるところがあった。
セラス・ヴィクトリアが、駆ける。
視界が捉えた、眼前の敵へと。
「見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺見敵必殺ッッ!!!」
セラスは大剣を高々と振るい上げ、敵に叩きつける。
対するセイバーはそれを正面から受けようとはせず、脚部に意識を集中させて後ろに跳んだ。
達人の剣筋となんら変わらない速度に驚嘆するも、回避のための足は休めない。
無駄を省いた微細な動きで後方に下がりつつ、セラスから武器を奪うチャンスを探る。
隙だらけの剣捌きは避けることこそ簡単だったが、攻め込むとなればその倍の難度を要する。
城壁を一撃で打ち崩さん勢いの剣打は、直撃すれば脳漿が弾け飛ぶ恐れすらあった。
故に、真っ向からはやり合わず、距離を取る。
相手に剣術の心得がないというならば、こちら側の剣技は十二分に意味を成す。
セイバーは鉈に風王結界を施し、不可視の刃を作り上げた。
(小次郎よ……貴方との一戦で、私は己の剣技を今一度見直すことが出来た。『ただ振るうだけの剣』に、恐れを感じる必要などないのだ)
呼吸を整え、後進していたセイバーの足が止まる。
ただ剣を振るいながら突進してくるセラスを正面から迎え、防御の体制に入った。
頭上から振り下ろされる斬撃は当たれば即死確実の威力であることを、風圧の凄まじさが告げている。
とはいえ、それは当たればの話。剣術に於ける防御とは、何も漫然と攻撃を受け止めるだけではない。
セイバーはセラスの斬撃を鉈の切っ先で受け止め、重力に逆らうことなく衝撃を下へと逸らす。
その際、己の身は横へと動かし、鉈の切っ先が吸収した衝撃を遠心力へと変換。
相手の間合いで素早く身を旋回し、回転動作を加えた捻り手で相手の首下を狙い撃つ。
攻撃を受けるではなく流し、即座に反撃へと切り替える――セイバーが見せたのは、剣術の定石とも言える刹那の動作だった。
その刹那で、攻防の関係が完全に逆転する。
「もらったァ!」
敵の怪力を利用した、完璧な受け流し動作。そこから連なる反撃の一閃。
決まれば斬首確定の一撃が、セラスの首に到達――
「――――なッ!?」
――する寸前、セラスの研磨されたような牙が、不可視の刃に噛み付いた。
セイバーの顔が驚愕に歪み、時が一瞬停止する。
吸血鬼特有の頑強な犬歯が、鉈の刀身を文字通り『喰い』止めたのだ。
予想外の防御法に動きが止まってしまったが、そのまま押し切ろうと再び力を込める。
が、上顎と下顎にサンドイッチされた刃は微動だにしない。
このままでは攻めあぐねると悟ったセイバーだったが、思考動作はセラスの戦闘本能よりも遅く、頬に裏拳が飛び込んできた。
傭兵をデコピンで血祭りに挙げることすら可能なセラスの怪力がダイレクトに身を揺さぶり、弾き飛ばす。
セイバーの身体がセラスから離れ、水飛沫を上げながら水面を転がっていった。
距離が生まれたその間、セラスは捉えた鉈を噛み砕き、僅かに切れた口の両端から血を垂らす。
まるで口裂け女のような奇怪な形相で、水の上を這いずるセイバーを睨みつけた。
(くっ、まさかこれほどとは……!)
振動する脳漿に渇を入れ、セイバーは身を奮い立たせた。
身を持って知ることとなった吸血鬼の馬鹿力。そして何より、闘争本能に任せた規格外の戦法。
戦術的な脅威は感じないが、ゴリ押しが通るということはそれだけ素の力が強いということだ。
パラディン……グラディエーター…………いや、言うならば正に狂戦士――バーサーカーの称号こそが相応しい。
セイバーは血の唾を吐き捨て、人知外の怪物を睨み返した。
刹那の反撃を返されたのには驚いたが、セイバーはまだ本気を出し切ったわけではない。
風王結界を施したコンバットナイフを構え、今度は自らから攻めに出た。
ないも同然の短いリーチ、そしてセラスが持つ真実を見通す眼――『第三の眼』――を考慮すれば、刃を不可視とする力にそれほどの意味はない。
だが、風王結界が持つ能力は物体の隠蔽のみにあらず。
「らアあああぁぁっぁぁぁあアあぁあっっっッっぁあ!!!」
直進するセイバーを叩き伏せようと、セラスがドラゴンころしを振りかぶった。
刃が地に下りるタイミングを見計らい、ナイフに宿した風王結界を解放。
水面で突風が巻き起こり、セイバーの軽身がふわりと浮き上がる。
ジャンプでは到底届かぬ高さまで上昇し、セラスの剣は標的を捉えきれず、水面に叩きつけられる。
風に乗ったセイバーはしなやかな動作でセラスの背後に降り立ち、振り向きざまに、一閃。
ナイフの剣尖が、ドラゴンころしを握るその手に突きつけられた。
ただのナイフの切れ味ではどうにかなろうはずもない吸血鬼の皮膚も、風が付加された刃が相手となっては別だ。
皮膚どころか肉、そして骨をも断ち、セラスの右手から一、二本、指が切断される。
握力が弱まり、ついにドラゴンころしを手放した。
セイバーはその一瞬を逃さず、大剣の柄を拾い上げ、再びセラスから距離を取る。
指を跳ね飛ばされれば、誰とてさすがに怯むだろう――そう思われたが、吸血鬼にそんな常識が通用するはずもなく。
セラスの猛威は得物の奪取に成功したセイバーへと、休むことなく追い縋る。
武器の損失ことなど、セラスの豪腕にとっては大したことではない。
何せ肉を砕き心臓を握りつぶすには、拳一つあれば事足りるのだから。
「HAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
驀進、猛進、激進、愚直特攻――――セイバーに剣が渡ったことなど些事としか捉えず、セラスは拳を頼りに挑みかかった。
繰り出される拳打の嵐を前に、セイバーはドラゴンころしを平に構え、盾の役割を持たせる。
巨大な刀身が拳打の衝撃を受け止め、使い手へのダメージを防ぐ。
鐘を打ち鳴らすような音が轟然と響き、連打の速度に合わせて軽快なリズムを刻む。
その音のテンポが良ければ良いほど、即ち連打の荒々しさを物語り、セイバーの劣勢を意味していた。
防御範囲が広く頑強な刀身を持つドラゴンころしだったが、それでも攻撃の威力を全て掻き消せるわけではない。
拳打の衝撃は刃伝いにセイバーへと行き渡り、次第に柄を握る手も痺れ出してきた。
それだけならまだいいものの、徐々に後退させられつつもある。
「こんんのぉぉぉぉぉ…………ぶっ壊れろォォォォォォォォ!!!」
既にボロボロとなっていた拳を気遣ったのか、セラスはパンチによる連打をやめ、身を捩った。
そのまま回転し、刃の盾に渾身の後ろ回し蹴りを放つ。
拳打の倍近い衝撃が、大剣ごとセイバーを弾き飛ばした。
諸手がビリビリ痺れ、一瞬手放しそうになりながらも同時に体制維持を忘れない。
これだけの攻撃を防いで壊れぬドラゴンころしもさすがだったが、それ以上にセイバーの体捌きが絶妙だった。
頭部に重傷を負いながらも、戦意と闘志は未だ潰えずにいる。
これも民を想う王の強さであり、その意思はこれから先、どんな荒波に揉まれようと崩れることはない。
――そう思っていた。今は、まだ。
「戦士よ!」
蹴りによって生まれた一定の距離感で、セイバーはドラゴンころしの切っ先を向けてセラスに声をかけた。
「我が名はアーサー・ペンドラゴン。セイバーのサーヴァントにして、ブリテンの騎士王。
我が好敵手の大いなる力に敬意を評し、騎士としてこの名を名乗る。
そして、今こそ求めよう――貴女の名乗りを!」
それは、決闘の前口上。
セイバーはセラスを誇れるべき好敵手と認め、定例に沿ってその名を求めた。
セラスもセイバーの求めを無視しして襲い掛かったりはせず、怒りの目つきをそのままにゆっくり口を開いていく。
「私は…………セラス。セラス・ヴィクトリア。
元婦警で元人間、今はヘルシング機関の新米ドラキュリーナ、セラス・ヴィクトリアだーッ!!」
口を閉じると同時に、セラスが素手の状態で進撃を再開した。
たとえ王の首を刈り取るつるぎがなかろうとも、ケモノはその野生だけで喉元を食い千切れる。
セラスはセイバーの言う戦士などではない。
ただ、群れの仲間を守るために奮戦する、はぐれの化け物だった。
(竜殺しの大剣よ。おまえが幻想種最強と謳われるあの竜種すら斬り殺せるというのなら、私にその本懐を示してみろ)
突っ込んで来るセラスを前に、セイバーは穏やかに呼気する。
宝具でないとはいえ、エクスカリバーや翼主の矛、アヴァロンの風刃と渡り歩いたこの大剣は、正しく竜殺しの名を冠するに相応しい。
これまでの功績を賛美し、アーサー王の名の下に今一度力を与えよう。
魔術を成し、宝具と同等の力を持った剣としよう。
――竜殺しよ。目の前の化け物を、見事斬り伏せてみよ!
風王結界がドラゴンころしの刀身に宿り、不可視の刃を形成する。
その身を覆う風の幕は、切れ味の強化と物体の隠蔽の他に、もう一つ効果を持っている。
たった一度きりとなる、飛び道具としての使用。
「風王結界――――」
ドラゴンころしを横薙ぎに振るい、纏わせた風をセラスに向けて放出する。
解き放たれた風は、渦巻く暴風と化して敵を襲う。
その風は、竜巻――竜の姿をした風の化身だった。
風の竜は驀進してきたセラスの姿態を飲み込み、その身に閉じ込め拘束する。
風の檻に捕まった、もしくは、風の竜に喰われたように見えた。
竜がセラスを捉えたその間、セイバーも攻勢を止めない。
横に払った大剣は遠心力に従い、セイバーの身を支点にそのまま回転。
元々の重量がセイバーの身体を円周の外回りへと引っ張り、さながらハンマー投げのような要領を得る。
弧を描く剣の軌道が一周――する直前で、セイバーが跳んだ。
目標は、竜の腹に住む人外の敵。民を脅かさんとする畏怖の対象。
風に捕縛された、セラス・ヴィクトリア。
「――――竜殺!!!」
胃袋に収められた吸血鬼ごと、その大剣は風の竜を斬り殺した。
◇ ◇ ◇
セイバーが何をやったのか、見たままの状況を説明するのは簡単だ。
まず初撃として、剣に纏わせた風王結界をセラスに解放。竜巻による攻撃を繰り出す。
暴風の攻撃を食らったセラスは風刃に身を斬り刻まれながらも、吸血鬼の底力を持ってして、吹き飛ばされまいとその場で踏ん張る。
この間、セラスの動きは一時的に停止する。
セイバーはそこを狙い、風王結界を放った薙ぎの勢いを二撃目に転化。
独楽のように回ってみせ、風により停止中のセラスにドラゴンころしを叩きつけたのだった。
その流れるような連撃は、この場にかつての好敵手がいれば「美しい」と評したことだろう。
ドラゴンころしの重量に振り回されることなく、逆にそれを利用し、見事風竜と吸血鬼を斬り伏せた。
汚水に身を沈めるセラスの姿が――セイバーの勝利の――何よりの証だった。
肩を落とし、その場にしゃがみ込む。
整然としていた息は闘争の終焉と共に穏やかさを失い、途端に荒々しくなる。
一目瞭然でその度合いが分かる、疲労の表れだった。
頭部の外傷に多大な魔力の放出、ギリギリの攻防の連続による体力消耗。
卒倒しなかったのが不思議なくらいの疲弊感が、セイバーを襲う。
「……まだ、倒れるわけには……」
敵はまだ残っている。
セラスには梃子摺らされたが、病院には狩り頃の弱者がまだ残っているのだ。
あの銀髪の女がどうなったかも気になるところではあったし、この好機を逃すのは惜しい。
剣が振れる今を有効に活用し、力が途絶えるその瞬間まで諦めない――
――何をしている、セラス・ヴィクトリア。
ドラゴンころしを杖代わりに、セイバーが立ち上がる。
――敵はまだ残っているのだぞ? 貴様の殺意は敵を殲滅する前に潰えるような安っぽい篝火なのか?
去り際、うつ伏せに倒れるセラスを一瞥し、軋む身体を動かしていく。
――泣き言を言うな。貴様はもはや我が従僕ではない。無論、私も貴様の主人ではない。
足取りは重い。ダメージを受けすぎていた。
――分かったのなら立ち上がれ。さっさと闘争を再開しろ。HURRY! HURRY! HURRY! HURRY!
だが、身体が動くのなら移動は可能――そんな甘い考えを、してしまった。
「――がッ!!?」
セイバーがセラスの横を通り過ぎようとしたその時、何者かの手が首根っこを掌握してきた。
驚きの色を瞳に宿して、その手の先を目で追っていく。
そこには、何故か起き上がっているセラス・ヴィクトリアがいた。
馬鹿な……という声も出ない。
竜ごと斬り殺したと思っていたセラスは、再動を果たしセイバーの首を握りつぶそうとしている。
身体が持ち上がり、吸血鬼の握力に翻弄されたまま投げ捨てられる。
水面を滑るように転がりながらも即座に体制を整え、ドラゴンころしを構えた。
が、かつてのような怒涛の追撃はない。
ダメージが残っているのか、セラスは立ち上がりはしたものの、ミミズのように鈍く蠕動している。
身体は悲鳴を上げているものの、無理矢理渇を入れて動かせているといった風に思えた。
その証拠に、セラスの顔に色濃く宿った殺意は未だ消え失せていない。どころか、より狂気的にセイバーを睨みつけている。
(そんな……あの技を喰らいなおも立ち上がるなど…………ッ!)
ゾンビのようにゆったりと向かってくるセラスに対し、セイバーはこれまでにない畏怖を感じていた。
風王結界とドラゴンころし。双方の特性を活かし、佐々木小次郎との一戦を踏まえて編み出したオリジナルの技。
暴風の直撃と超重量の斬撃による連続攻撃は、確かにセラスの胸ぐらを叩いたはずだった。
――そう、確かに叩いたはずだった。
ならば何故、セラスの身体は両断されていないのか。
「……ま、さか……」
セイバーは今頃な疑問を抱き、そして今頃な答えに気づいた。
セラスに向けていたドラゴンころしの刀身。その切っ先が、折れていたのだ。
恐らく初撃の風王結界を放ち、二撃目となる斬撃を繰り出した時に。
命中したかと思われた二撃目は、セラスの身体を両断するより先に、風の竜の外皮を斬ったところで限界を迎えた。
故に、本命であるセラスには届かず。結果としてセイバーは攻撃をしくじったのだ。
ドラゴンころしの耐久度を過信したのがまず一つ。
使徒をも斬り殺す竜殺しの鉄塊といえど、翼手、サーヴァント、そして吸血鬼といった数々の敵との連戦を重ねて消耗しないわけがない。
なまじ盾として使用していたこともあだとなった。
使い勝手がいいとはいえ、吸血鬼の怪力を一身に受け止め続けたのではいずれ限界が訪れる。これがセイバーの犯した二つ目のミス。
そして彼女はまだ認められずにいたが、そのことにしばらく気づけなかった原因である、三つ目の要因も存在していた。
勝負は仕切りなおしだ。
疲労感にうんざりしていたセイバーと、風王結界の放出によるダメージを受けたセラス。
限界ギリギリの二人が、再び互いの矛を向け合う。
かに思われた。
「…………」
遅速ながらも、荒々しい呼吸をしながら歩み寄ってくるセラス。
一方セイバーはというと、その姿を視野に入れたまま棒立ち同然の状態で絶句していた。
何もかもが信じられない。
刹那の好機をふいにし、攻撃をしくじったという事実。
不完全とはいえ、風王結界の直撃を受けたセラスが立ち上がったという事実。
そして何より、自分の身に起こった劇的変化が信じられない。
(振るえが……止まらない…………?)
セイバーの両手が、ぷるぷると微動していた。
ドラゴンころしを満足に持ち上げることができず、柄を握り締めようとしてもすぐに拳はすぐに開いてしまう。
手だけではない。全身も僅かながら振動している。
無論、この窮地に及んで武者震いなどという解釈はできない。
振るえの元凶はすぐ目の前、全世界の生態系から逸脱した、畏怖の対象にあった。
(恐怖しているというのか……千の兵を前にしても恐れず、国のために剣を振るってきた私が、たかだか一人の化け物に!)
それは、認めがたい事実だった。
セラスがいかに人外の化け物であるとはいえ、その姿は人間と変わりない。
戦場を駆け抜けてきた騎士王が、今さら死線に近づいたくらいで恐れを感じるはずがなかった。
だが事実として、セイバーの身体は蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなっている。
動物的本能が、何度も立ち上がってくるセラスを恐怖の対象として認め始めたのだった。
(……私は、わた、しは…………)
天敵に遭遇した生物は、どんなに抗ったところで死の運命から逃れられない。
弱肉強食の理は、この殺し合いの世界でも通用している。
現に、君島邦彦や野比のび太はサーヴァントという人間より高位な戦闘能力を有する存在に殺された。
弱者は強者を恐れ、戦慄したまま哀れに食われて死ぬ。それが世界の必定。
吸血鬼がサーヴァントより高位であるというわけではないが、今の現実を見る限りは否定のしようもなく、
セイバーは、セラスに恐怖していた。
「――ッ! わた……しはァァァ――――ッ!!!」
死ぬわけにはいかない。
セイバーは震える身を揺さぶり起こし、再度剣の柄を握り締めた。
折れたとはいえ、まだ普通の剣の長さくらいの刀身は残しているドラゴンころし。それに風王結界を纏わせる。
そして、即座に解放。矢庭に放たれた暴風の渦は、セラスの頭上に向かっていった。
風竜が天を昇り、下水道の天井に喰らいついた。
破砕された残骸が直下のセラスに降りかかり、その身を埋めていく。
今の彼女に、残骸の猛襲を振り払うほどの力はないはずだ。
それが分かった時、セイバーの顔は微かに綻んでしまった。
これで助かる、と。
吸血鬼から逃れられる、と。
それが騎士にあるまじき行為だということにも気づかず。
ただ本能の赴くままに、セイバーは敵前逃亡を果たした。
◇ ◇ ◇
ベディヴィエールよ。どうか、私の過ちを聞いて欲しい。
私は、王として恥ずべき行いをしてきたと思う。だが、違ったのだ。
私は王どころか、騎士と呼ぶにも不相応な、臆病者だったのだ。
勝利を掴むための戦略的撤退ならまだ申し訳が立つ。だが、そうではないのだ。
私は敵を恐れ、身を震わせ、死の香りを感じて逃げてきた。
背中を向け、戦意を捨て、振り返る勇気もなく、哀れに逃亡した。
こんな臆病者を誰が王などと、騎士などと認めるだろうか。
彼女があれしきのことで死ぬとは思えない。
私は地下の水道から地上に出ることに成功したが、まだ足を動かし続けている。
折れた剣は途中で捨ててきた。震える手では、あの重量を持ち上げられなかったのだ。
振り返れば、また彼女が私に向かってくるような気がして、怖い。
だから振り返らず、私は走り続けた。何もかも捨てて。
……信じられないかもしれないが、これは全て事実なのだ。
アーサー王の名を冠していた者が一人の化け物に恐怖し、遁走している。
私とて信じたくはない。信じたくないが!
ただ恐ろしい。ただ、セラス・ヴィクトリアと対峙することが恐ろしい。
小次郎よ、貴方も天上からこの私を罵ることだろう。
私は兵などではなかった。それを思い知らされた。
命は捨てなかった。それは、貪欲なまでに生を欲したから。
誇りを失ってまで、私の本能は生きることを選んだ。
――誰であろうと、私を王と認めはしない。
――私は、完全な敗北者だった。
――だからこそ、
◇ ◇ ◇
警察官になろうと、正義を志そうとしたきっかけは、なんだったろうか。
セラスはその身を煉瓦やアスファルトの残骸に埋めたまま、過去の記憶を回顧していた。
吸血鬼になる以前の、苦難の人生。二人の強盗に狂わされた、一人の少女の人生。
立ち直った矢先、人の道を外れることとなったセラス・ヴィクトリアの生涯。
順風満帆などはなく、かといって波乱万丈というわけでもない。傍から見れば喜劇のようだった一生。
セラスは自らの行いを見つめ直して、「私っていったいなんだったのかな?」と考えていた。
『……ジジッ……禁止区域に抵触しています。あと30秒以内に爆破します』
戦いの最後、自分はセイバーを打ち倒すことができたのだろうか。それすらも分からない。
ただ朦朧とする意識の中で、本能に身を任せていたように思える。
それが正義感溢れる婦警の本能だったのか、殺戮を求める吸血鬼の本能だったのかは、定かではない。
仲間たちは無事だろうか。そればかりが気がかりで、心配事はむしろそれくらいしかなかった。
『警告します。禁止区域に抵触しています。あと20秒以内に爆破します』
今となっては、全てが懐かしい。
アーカードの暴虐な振る舞いも、インテグラやウォルターのスパルタも、アンデルセンの滅茶苦茶ぶりも。
トグサの考察に希望を感じたことも、キャスカの襲撃に絶望を感じたことも、みくるの死でちょっと悲しくなったことも。
メイドやバトーさんと乱闘繰り広げたり、たくさん増えた仲間にまた希望を見たり、クーガーの背中で思いっきり酔ったり。
風ちゃんやマスターとの別れも忘れられない。劉鳳の正義にも感銘を受けた。のび太くんの首が跳んだ時の怒りは、まだ残ってる。
『警告します。禁止区域に抵触しています。あと10秒以内に爆破します』
……戦争ってなんなんだろう。
人の生き死にとか、人生の意味とか、そんな哲学的なことを考えていた。
残骸に埋もれたドラキュリーナは、そこから這い上がろうとはしなかった。
頭上、砕けて穴の開いた天上から差し込めてくる陽光が、なんだかとっても不快だったから。
あぁ、私って吸血鬼なんだな、と改めて自覚させてくれる。
吸血鬼だから、こんな無茶が罷り通ったんだろうな。なーんて。
セラスは、にへへっと微笑みながら、静かに愚痴を漏らした。
「はぁ〜、しんどかった……」
首輪が爆ぜたのは、その直後のこと。
【B-4/2日目/午前】
【セイバー@Fate/ Stay night】
[状態]:全身に軽度の裂傷と火傷、頭部に重傷(手当てをしなければ危険)、疲労(大)、魔力消費(大)
:セラスに対する抗いようのない恐怖
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:支給品一式(食糧なし)、スコップ、なぐられうさぎ(黒焦げで、かつ眉間を割られています)@クレヨンしんちゃん
:アヴァロン@Fate/ Stay night
[思考・状況]
1:セラスから逃げる。
2:震えが治まるのを待つ。
[備考]
※アヴァロンが展開できないことに気付いています。
※折れたドラゴンころし@ベルセルクは逃走の際に破棄。B-4のどこかに放置されています。
※セラスの荷物一式はA-4の下水道内に放置されています。
【セラス・ヴィクトリア@ヘルシング 死亡】
◇ ◇ ◇
「――あー……死んじゃいましたね、わたし」
「ましたね。でも最後まで立派でしたよ。私、感動しちゃいました」
「ましたか」
「ました」
モニター上の戦いが終わり、テレビの画面がぷっつりと途絶える。
鑑賞者の二人、セラスとみくるは余韻に浸りながら、ぼけーっと天を仰いでいた。
真っ白い空間に二人きり。何もない天上を見ながら、ふとした疑問を口に出してみる。
「っていうかさ、なんで最後に私の首輪、爆発したのかな?」
「セラスさんたちが戦ってたあそこ、A-4の禁止エリアだったんですよ。セラスさんは三十秒ルールに抵触して、首輪が破裂したんです」
「でも、なんで最後の最後になって?」
「セラスさんたちはまだ答えに辿り着いていなかったと思いますけど、禁止エリア侵入の判別って、電波によって行われていたんです。
でもセラスさんたちは下水道、つまり電波の届きにくい地下で戦ってましたから、禁止エリアに侵入してもすぐには爆発しなかったんです。
だけど最後の最後、セイバーさんが天井を壊して外界とのトンネルを作ってしまったから……」
「そこから流れ込んできた禁止エリアの電波が、私の首輪の受信装置に引っかかったと」
「そういうことです」
なんてことはない種明かしに、セラスはがっくりと項垂れた。
我ながら、不運というか報われないというか、間抜けな結末を迎えてしまったような気がする。
みくるはそんなことはないとフォローしてくれているが、どうにも居た堪れない。
「ふん。実に未熟なおまえらしい最後ではないか、婦警よ」
「あ、マスター」
すぐ後ろで懐かしい声がして、反射的に振り返ってみる。
すると、そこにはアーカードの姿があった。
「あれ、マスター地獄に行くとか言ってませんでしたっけ? っていうとここが地獄? え、私も道づれ?」
「そんなことはどうでもいい。それに言ったはずだぞ。私は最早、おまえの主人ではないと」
「いや〜……まぁでも、今さら呼称を改めるのもあれですし」
「……まぁいい。貴様の独り立ちは撤回だ。
吸血鬼であるならばその身に終焉が訪れまで戦い抜き、敵に討ち滅ぼされて死んでみせろ。
それができぬようでは婦警、貴様は未熟なドラキュリーナのままだ」
既に死んでいる身だというのに、無茶を言う。
セラスは内心で苦笑しながら、遠ざかっていくアーカードの後を追った。
大きな背中は尊大な威厳に満ちていて、引力のようなものすら感じる。
結局、セラスはこの大きな背中から離れることができなかったのかもしれない。
◇ ◇ ◇
ねぇ、マスター。わたし、うまくやれましたかね?
どの口がそんな戯言をほざく。貴様は生前も死後も、未熟な婦警のままだ。
ハハハ……そっスか。婦警ね、ふけい…………。
何をグズグズしている。征くぞ、セラス・ヴィクトリア。
…………え? あ、は、ハイ!……へへっ。
気味の悪い顔をするな婦警。
ちょ、名前で呼んでくださいよ、名前でぇ〜!?
知るか。
――ヴァチカン法王庁特務局第13課……通称『特務機関イスカリオテ』所属、神父アレクサンド・アンデルセン。
――王立国教騎士団……通称『ヘルシング機関』所属、執事ウォルター・C・ドルネーズ、吸血鬼アーカード、セラス・ヴィクトリア。
――以上四名死亡確認。残存勢力ゼロ。
――特務機関イスカリオテ及びヘルシング機関――――共に全滅。
[残り17人]
(っつぅ……)
肩から痛みが走り、魅音は顔をしかめた。
汗がしたたり、顎へとつたう。
魅音を既視感が襲った。
誰かから逃げようとして、肩に痛みを感じながら、走っている。
(そうだ……。あの時もこうして……)
魅音の脳裏に、昨日の出来事が次々と浮かびあがった。
翠星石がいきなり梨花を撃って、隣にいた武も敵に見えて、二人から逃げ出そうと必死に走った。
その後、色んなことがあった。
――光とクーガーに、もう逃げないと、強くなると、誓った。
それなのにまた、自分は逃げている。
トウカから憎しみの目で見られるのが、怖いから
キョンやハルヒに、驚きと侮蔑の目で見られるのが、怖いから。
沙都子に恐怖の目で見られるのが、怖いから。
(どうして私は……。こんなにダメなんだ……)
光が踏み殺されるのを、黙ってみていることしかできなかった自分。
恐怖に怯えで、立ち向かうことができなかった自分。
そんな自分が嫌で、変わりたいって、思ったはずなのに。
――また、逃げている。
立ち向かおうとせずに、向き合おうとせずに、逃げている。
(……私また……間違っちゃった……)
悪党を倒し、みんなを守るつもりだったのに。
自分は銃を撃って、エルルゥさんを殺してしまった。
――人殺しになってしまった
「アハハッ……ハッハッ……」
誰かが笑っている。
誰だろう?
自分だ。自分の声だ。
――なんて気味の悪い声。
魅音の足から急速に力が抜けた。
二つの足音が近づいてくる。
ゆっくりと、魅音はその足音の方へ、顔を向けた。
■
(やっと……。止まって……。くれたか……)
キョンは、ホッと胸を撫で下ろした。
声をかけたいのだが、息が切れてしまって、言葉が出てこない。
体がやたらと重く、喉どころか肺まで痛む。
しまいには、しゃっくりまで飛び出した。
それでも、キョンは自分の体力に多少感心していた。
(まったく……。ハルヒのヤツに、引っ張りまわされてたことを感謝する時が、くるなんてな……)
涼宮ハルヒの『パトロール』とやらで、やたらと町内を歩き回ることが増えたせいで、体力が多少ついていたらしい。
そうでなければ、帰宅部の自分が、昨日あれだけ動いて、その上で全力疾走など、できるはずもない。
「園崎……。とにかく、戻ろう……。この状況で一人になるのは、ヤバ……すぎる」
荒い息を吐きながら、キョンは切れ切れに、言葉を吐き出した。
「そうよ。ひとまず家に、戻りましょ?」
隣のハルヒもキョンに続くが、その声音はどこか硬かった。
(無理も無いがな……)
キョンは顔をしかめた。
魅音が走りながら発していた、狂気を含んだ笑い声。
ハルヒが、魅音の内に潜む狂気に触れるのは、始めてだ。
(俺も始めは、驚いたからな……。無理もない反応だぜ)
キョンは、魅音の顔を凝視した。
魅音の眼は空ろで、先ほどまでの生気にあふれたていた眼差しは、どこかに消えうせている。
「……無理だよ」
声に秘められたあまりの空虚さに、ぞくり、と怖気がキョンの背筋を這い登った。
「私は、ひと……ひと……」
魅音の体が震え始めた。
両手で頭を抱え、うわ言のように何か呟いている。
その全身から発せられる得体の知れないオーラは、キョンもハルヒを戦慄させた。
唐突に、魅音の体の震えが止まった。
魅音が、ゆっくりと顔を上げた。
「私は、人殺しなんだよ。キョン!!」
心臓を氷の刃で刺し貫かれたような感覚が、キョンを襲った。
隣でハルヒが絶句している気配が伝わってくる。
(何て、眼を、声を、しやがるんだ……)
魅音の瞳には、絶望の黒い炎と狂気の光があった。
「戻れるわけないじゃないか……。ト、トウカ……さ……」
ぐにゃり、と魅音の顔が歪んだ。
「トウカさんになんていえばいいのさっ!? ごめんなさい!? そんななことで……。そんなことで、許してもらえるわけ、ないじゃないか」
そうだ、許してもらえるわけが無い。
魅音の心には、絶望と恐怖の嵐が吹き荒れていた。
ハルヒが、朝食の前にやった情報交換で、何度も「ごめん」と言ったとき、自分は何と思った?
――謝られると責めてしまうから。
そう思っていた。
謝罪の言葉なんて白々しいだけだと、そう思っていた。
トウカも同じコトを感じるはずだ。きっと、許してくれない。
あんなに悲しんでいた、あんなに怒っていた。
魅音の瞼に、涙を流しながら刀に手をかけていたトウカの姿が浮かぶ。
トウカの目にあったのは、紛れもない、憎しみの光。
(きっと……。梨花が殺された時、私もあんな目をしてたんだ……)
大事な人を目の前で殺された時、どれほどの怒りが湧き上がるか、自分は知っている。
――怖い。
トウカに、優しくしてくれたあの人に、落ち込む自分を抱きしめてくれたあの人に、憎しみの目を向けられるのが、怖い。
――嫌だ。
もう、苦しむのはたくさんだ。
自己嫌悪も、悲しいのも、辛いのも。
顔を背けたい、逃げたい。
それに――
「キョン! ハルヒ! 私は鬼なんだよ!!」
魅音の中で何かが弾けた。
「私の中には、園崎家の血が、鬼の末裔の血が流れてる!! その血がね……。叫ぶんだよ!
殺せ! 殺せ! 狂え! 狂え! って!!」
魅音は絶叫した。
梨花が殺された時も、武と再会したときも、さっき、しんのすけが毒が盛られた知ったときも、
激しい感情がわきあがった。
抑えようとしても抑えられない、殺意と怒りの奔流。
ロックを撃った時、自分は普通ではなかった。
冷静に考えてみれば、拘束するなりして話を聞くべきだった。
腑に落ちない点だってあったのだから。
落ち着いて思考を展開しているつもりだったのに、できていなかった。
あの時の自分は、怒りに囚われていた。殺意に押し流されていた。
「私は、みんなと一緒にいられない!! いちゃいけないんだよ!!」
きっとまたあの激しい感情に囚われて、取り返しのつかないことをしてしまうに、決まっている。
どうしようもなく弱くて、人殺しで、感情が高ぶると、殺意に囚われてしまうような人間。
こういう人間をなんていう?
狂人、だ。
(……ていうか、もうとっくに狂ってるのかな? 私……)
さっき、自分の口から漏れ出ていた、変な笑い声。
あんな声を出す人間が、普通の人間のはずはない。
自分は、キョンやトウカと一緒にいていい人間じゃない。
「キョン……ハルヒ……。だから、私のことは、ほって、おいて……」
視線を地面に落とし、ひび割れた声で魅音は言った。
「でも、その……。頼めた立場じゃないのは、分かってるけど……。沙都子のこと……お願い……あの子のこと、守って……あげて……欲しいんだ」
それきり深い沈黙が満ちた。
魅音は、顔を上げることができなかった。
キョンやハルヒが、自分をどんな眼で見ているか、知るのが怖い。
「それはできん」
沈黙を破った平坦な声音に、魅音は思わず顔を上げた。
その視線の先には、どこか静かなものを浮かべるキョンの顔があった。
「仲間をこんな危険地帯に一人にしておくなんてこと、できるわけないだろうが!」
思わず魅音は口を開きかけるが、キョンは、魅音の返答を待たずに続けた。
「園崎は……。ここから脱出したいと思わんのか?」
「……キョ、キョン?」
魅音の顔に、困惑の皺が刻まれた。
「大事なことだ。答えてくれ」
キョンが、淡々とした声音で尋ねてくる。
「……脱出したいよ。そんなの、決まってるじゃないか」
「そのために、誰かを殺そうって思うか?」
「そんな!!」
カッと魅音の頭に血が上った。
「そんなこと……するわけ……できるわけ、ないだろ……」
自分の声が弱まっていくのを、魅音は感じた。
(キョンにそう思われても、仕方ないよね……)
自分はもう、人殺しなのだから。
「ああ! そうだろうさ!」
確信に満ちた声だった。
意表を突かれた思いで、魅音はキョンをまじまじと見た。
キョンの瞳の中には、真っ直ぐな光があった。
「小さな子に毒を盛るってことをあんなに怒れるお前が、大事な誰かを奪われることの痛みを知ってるお前が……。人殺しなんかするはずねえ!!」
「キョン……」
魅音の瞳が揺らいだ。
「鬼の末裔!? 何だか知らんが、それなら逆に歓迎するぜ。俺達のSOS団は、普通じゃない人間を探して、一緒に遊ぶことを目的にしてるんだからな!
園崎……お前は、俺達の仲間だ! 仲間を1人で置き去りになんか、できるかよっ!!」
「……ありがとう、キョン」
こんな自分でも、まだ、仲間だといってくれる彼の気持ちは、本当に嬉しい。
でも、だからこそ一緒にはいられない。
一緒にいたらきっと迷惑をかけてしまうから。
魅音が口を開きかけたその時、
「だめよ、キョン」
冷然とした、ハルヒの声が響いた。
「魅音を団員に、私達の仲間にするわけには、いかないわ」
「ハルヒ……お前?」
驚きに眼を見張るキョンに、強い視線でハルヒは答えた。
「魅音……。あんた、一番謝らなきゃならない人のこと、忘れてんじゃない?」
キョンから視線を外し、ハルヒは魅音に鋭い視線を叩きつけた。
「あんたが一番謝らなきゃならない人は、エルルゥさんでしょ!! それなのに何よ!
さっきから、被害者みたいな顔して! 図々しいわよ!!」
ハルヒが吐き捨てるように言った。
「だ、だって!!」
「だって何よ!? まさか、わざとじゃない、とか言うつもりじゃないでしょうね!?
あんたが、銃を撃ったりしなけりゃ、あんなことにならなかった。そうでしょ!?」
「ハルヒ!! よせ!!」
「あんたは黙ってなさい!!」
キョンの静止を振り切り、ハルヒはついに決定的な一言を口にしてしまう。
「魅音、あんたが、何の罪もないエルルゥさんを撃ち殺したってことは、変わらないのよ!?」
言葉の槍が、魅音の胸を深々と刺し貫いた。
無意識にブレーキをかけて自分で自分を責めるのと、他人から責められるのでは、まったく違った。
きいんと、耳鳴りがし、魅音の世界から音が消え、何も聞こえなくなった。
目の前で、ハルヒがぱくぱくと口を開け、何かを叫んでいる。
――なんて滑稽なんだ
ふとそう思った瞬間、魅音の心の中の黒い炎に火が点いた。
黒い炎は一瞬で心を埋め尽くし、怒りと憎悪が込み上げ来る。
「そういうあんたはどうなのさ!?」
底冷えのするような魅音の声に、思わずハルヒは押し黙る。
ふんと、鼻を鳴らし、
「私が人殺しだってのは、間違いないよ。でもハルヒ、あんただって大差ないんじゃない?
だって、あんたがアルルゥっていうエルルゥさんの妹とヤマトって子を、映画館から連れ出さなければ、
その子達は、死ななくてすんだんだからさっ!!」
ハルヒの顔が見る見るうちに青ざめていく。
――いい気味だ
魅音の心の中の黒い炎が、勢いを増した。
「……あ、あたしは、アルちゃんのためを……」
「あはははっ! そりゃないだろ、ハルヒ! わざとじゃありません、が通用しないって言ったのは、あんたじゃないか!!」
魅音は嘲笑を叩きつけた。
「あんたの話を聞いてて、ずっと思ってたんだけどさぁ……」
魅音はそこで一度言葉を切った。
顔に冷笑の皺を刻み、悪意を視線に存分に込め、
「団長って言う割には、あんた、みんなの足を引っ張ってるだけだよねぇ?」
ハルヒの体がびくん、と震えた。
「やめろ!! 園崎」
魅音は、薄笑いを浮かべてキョンを見た。
案の定というべきか、キョンの顔には、はっきりと怒りの感情が浮かんでいた。
やっぱり、と思う。
(キョンは、この子の味方をするんだ。ま、当然だけどね)
口では仲間とか言っていても、結局こんなものだ。
黒い衝動に突き動かされるままに、魅音はさらに言葉を紡ぐ。
「キョンも大変だよね! 役立たずなくせに、態度ばっかり大きい団長さんの尻拭いをさせられてさぁ……。
おじさん同情しちゃうよ!」
「黙れっ!!」
悲鳴染みたハルヒの絶叫に、魅音は口の端を吊り上げた。
「何さ? 私は、あんたがいう所の「事実」っていうやつを指摘しただけなんだけど!? ひょっとして痛いところついっちゃったかなぁ!?
ごめんねぇ〜。おじさん、嘘がつけない性分でさぁ!」
魅音は大げさに肩をすくめてみせた。
「……黙れっつってんでしょ!! 聞こえないの!?」
激しい憎悪をその瞳に宿し、ハルヒが銃を向けてくる。
魅音の目が細められた。
(へぇ、見よう見まねの割には……。観察力はあるみたいだね)
なかなかの構え方だ。
「撃ちたきゃ、撃ちなよ。だけどあんたのせいで、アルルゥって子とヤマトって子が死んだのは変わらないんだからね?
そこんとこ分かってるかなぁ!? 団長さぁ〜ん!?」
「あんた……。ぶっ殺されたいのね!?」
血走った目には殺意が浮かび、ハルヒの銃を持つ手は、ぶるぶると震えている。
いつ、引き金が引かれるかも分からない。
命の危険の感じながらも、魅音は悪鬼の笑みを浮かべたまま、銃口を睨んだ。
(撃てばいさ……。私なんかどうせ、生きてたって……)
でも、死ぬ前に、目の前の女を傷つけてやる。
徹底的に心を砕いて、滅茶苦茶にしてやる。
吹き上げる黒い炎の命じるままに、魅音が、ハルヒを言葉の刃で貫かんとした、まさにその時、
「てめえらっ!! いい加減にしろっっ!!」
それまで響いていた怒声に更に倍する怒号が轟いた。
その声に秘められた怒りの風は澄んでいた。二人の少女の心で燃え盛る黒炎を、一瞬吹き払ってしまうくらいに。
キョンは、わずかに発生した彼女達の心の間隙をぬって、彼女達の心に言葉を叩きつける。
「お前ら……。お前ら、自分が何をやってんのか、分かってんのかよっ!? 罵り合って、仲間に銃向けて……。
そんなことして、誰が喜ぶんだよ!? お前ら、今の姿を……」
キョンは、鋭い視線を、魅音とハルヒに交互に向けた。
「園崎! 今のお前の姿を、クーガーって人や光って子に見せられるのか!?
ハルヒ! お前もだ! ヤマトやアルルゥって子だけじゃない、朝比奈さんや長門に、鶴屋さんに、今の自分――」
「そんなこと分かってるさっ!!」
「分かってるわよ!! そんなことっ!!」
重なった魂の悲鳴が、大気を引き裂いた。
キョンの言葉は、少女達の心を覆っていた黒炎を消し飛ばしたが、同時に彼女達の心を守っていた最後の壁をも、突き崩してしまっていた。
「頑張ってみたんだ!! クーガーが、私は強いって言ってくれたから!! 光が私のこと守ってくれたから!!
でも、でも……。ダメだったんだ!! 私にはできなかったんだよっ!! これ以上どうしろって……いうのさ……。
無理だよ……クーガー……光……。あんた達みたいになんか、なれないよっ!!」
髪を掻き毟りながらひっくり返った声で魅音が喚く。
「あんたに言われるまでもないわよ!! 団長として、しっかりやんなきゃって、ずっと思ってきたわよ!! だけど……。だけど……」
くたっと、ハルヒの体から力が抜けた。
がちゃん、という音ともに銃が地面に落ち、鈍い音を立てた。
「全然……上手くいかなくて……。アルちゃんを、お姉さんに、合わせてあげたかっただけなのに……。
ヤマトのこと、助けてあげたかったのに……。あいつ、私のこと団長って、呼んでくれた……。
二人とも、あたしのこと、あの女から助けてくれたのに……」
ハルヒが地面に崩れ落ち、涙を流す。
嗚咽と悲鳴が響く中、
「……でもよ、お前らが傷つけあったら、その人たちがもっと……悲しむと、思う。だから……。
傷つけあうのだけは、やめてくれ……。頼む……ハルヒ……園崎……」
力の無い声で、呟くようにキョンは言った。
ただ、それだけしか出来ず、立ち尽くしていた。
■
嵐のような激情を吐き出した後、虚脱が3人を襲っていた。
地面に座り込んだ三人を、太陽がじりじりと焦がす。
――どれくらいそうしていだろうか?
ふぅっという小さな吐息が、魅音の口から漏れた。
「ハルヒ……。あんたの、言うとおりだよ……」
魅音は力の無い笑みを浮かべた。
「私、まだ……。エルルゥさんに、謝ってなかったね……。謝って、何が変わるってわけじゃないけど……。
それでも、謝らなきゃね……。トウカ、さんにも……」
魅音はきつく眼を閉じた。
「……それくらいは、しないとね……」
『迷惑かけるから一緒にいられない』なんてキョンには言ったけれど、結局自分は、逃げたかっただけだ。罪悪感から、自己嫌悪から。
今も、逃げたくて仕方ない。
トウカの責める声を聞きたくない、沙都子の自分を恐れる眼をみたくない。
この期に及んで、まだ自分は、自分自身を守ろうとしている。
(……血のせいにしてれば、世話ないよ)
生来の激しい感情を御せぬ自分が未熟極まりないというだけのことを、まるで、呪いの運命を背負ったヘラクレスにでもなったかのように、
告白するとは。
みっともないことこの上ない。心底自分が嫌になる。
(けどせめて、謝るくらいはしないと、みんなに申し訳が、たたなさすぎるもんね……)
自分は、どうしようもなくダメな人間だ。クーガーが言っていたような強い人間ではない。
それでも、謝ることくらいはしなければ、と思う。
最後の、本当に最後の薄皮一枚残った意地が、魅音の身体を突き動かしていた。
「私、行くから……。キョンは、ハルヒと一緒にいてあげてよ」
魅音は立ち上がった。
「……待ちなさいよ」
歩き去ろうとした魅音を、ハルヒが制した。
振り返らずに、魅音は口を開いた。
「ハルヒ、ごめんね……。酷いこと言って……。でも、早く行って謝ら――」
「あたしは――」
魅音の言葉をハルヒは遮った。
一度大きく深呼吸し、ハルヒは魅音を、正面から見つめた。
「――団長として、団員の独断専行を許すわけには、いかないわ」
驚いて魅音は振り返り、ハルヒの顔を凝視する。
ハルヒの瞳には、意志の光が戻っていた。
魅音は、小さく首を横に振った。
「ハルヒ……。私は……。何度も間違いを繰り返す、どうしようもなくダメなヤツで……その上、人殺しで……」
「そんな人間には、ダメな団長で十分だって……。思わない?」
視線をそらさず、ハルヒが問いかけてくる。
魅音の瞳孔が、その大きさを増した。
ややあって、大きなため息を一つつき、
「ハルヒ……。あんた、馬鹿だよ……」
「……そうみたいね。自分ではもうちょっとまともだと、思ってたんだけど……」
ハルヒは、自嘲の笑みを浮かべた。
魅音に指摘されるまでは、眼を逸らしていた。見ているつもりで、見ていなかった。
自分の行動は、本当に、どうしようもなく軽率だった。
――映画館から二人を連れ出さなければ、二人は死ななかった
それが事実。だから、二人が死んだのは自分の過失。
そのことから目を逸らし、あまつさえ、自分の命のことばかり考えていた。
支援。
――なんて醜いんだろう
ハルヒの心が悲鳴を上げた。
目を逸らしたくなる、顔を背けて、逃げ出したくなる。
――でも、団長であり続けなければと、思うから。
メッセージを託してくれた長門有希の思いを、無念の死を遂げたであろう鶴屋さん、朝比奈みくるの思いを、
そして死んでいった――
(違うでしょ……)
心を切り裂く激痛に、ハルヒは奥歯を食いしばった
――自分が死なせてしまった、アルルゥの、ヤマトの
――思いだけは、踏みにじらないために
団長であり続けなければ、二人に謝ることにならない。
そう、思うから。
「……返事は、やることをやってからで……いいかな?」
目元を拭いながら魅音が言い、
「……いいわよ」
静かな声でハルヒは答えた。
二人のやり取りに心底安堵しつつも、キョンはやりきれないものを感じて、天を仰いだ。
最も目を逸らしたかったことを他人に突きつけられたこと、溜まり溜まったストレスをさらけ出し、吐き出した事、
この二つが、たまたまプラスに働いてことなきを得た。
しかし、一歩間違えれば、殺し合いになっていてもおかしくなかった。
(二人とも、自分が何とかしなきゃって、思っちまうタイプだからな)
なまじ元の世界では、能力が高い部類に入っていたものだから、余計にギャップが堪えていたのだろう。
しかし、生半可な能力や精神力では大した差異が作れないほど、人間を超越した者が多すぎた。状況が過酷すぎた。
結果、二人の少女は、深く傷ついていしまった。
どうしようもなく深く傷ついていて、必死に塞ごうとしても、そこにまた傷が増えていく。
(何とか、しないとな。本当に、なんとか……しないといかん……)
早く脱出への道を開かないと、取り返しのつかないことになる。
「じゃあ……。行くか」
キョンは立ち上がった。
一刻も早く、トグサと連絡をつけ、ドラえもんというロボットの持つディスクを手に入れたい。
心底そう思う。
「待って。キョン、魅音……」
「ハルヒ……。歩きながらじゃ、駄目か?」
今は、とにかく時間が惜しい。
少量の苛立ちを込めたキョンの視線を、ハルヒはアッサリと跳ね返した。
「駄目よ。今から、考えなきゃならないことは、絶対に、間違いが許されないもの」
ハルヒの眉間には、深い皺が刻まれていた。
「誰がしんちゃんのお茶に毒を入れたのか、それをはっきりさせる必要があるわ」
■
水で塗らしたハンカチで、丹念に血をふき取る。
だが、水でぬらす必要は、なかったのかもしれない。
トウカの目から零れ落ちた水滴が、いくつもいくつもエルルゥの顔に落下し、ハンカチを塗らしていく。
(すまぬ……。エルルゥ殿……すまぬ……)
自害しようとしたエルルゥを止めた時、友として、仲間として、彼女を守りたいと強く思った。
ともにトゥスクルへ、帰りたかった。
(よくも……。よくも、エルルゥ殿を……)
噛み締めた唇から赤い線が糸を引き、顎まで達した。
あの、たおやかで優しいエルルゥを、こんな無残な有様に変えてしまった者。
――園崎魅音
だが、その名前を思い浮かべた時、トウカの怒りの炎は、その火勢を弱めてしまう。
魅音は共に怪物と闘った戦友であり、その人となりに、トウカは好感を持っている。
(魅音殿は某の過失を咎めず、それどころか、某を仲間と呼んでくれた……)
どうして彼女なのだ、とトウカは歯噛みをする。
――魅音殿でなければ、一刀の元に叩き斬っているものを。
トウカは大きく首を振った。
(……いかん、それではいかんのだ)
あれはあくまで事故のようなもの。誰であったとしても、斬ってはならない。
――理屈では分かる。
だが、荒れ狂う感情は、容易に収まってくれない。
トウカは、大きく息を吐いた。
考えてばかりいては、余計に怒りが募る。それよりも、やるべきことをやる方がいい。
(とにかく……形見の一つも探して、持ち帰らねば……)
しかし、それを渡すべき相手を思い浮かべようとして、トウカは硬直する。
エルルゥ、アルルゥの故郷には、誰もいない。
彼女達の故郷、ヤマユラは、クッチャケッチャ軍の攻撃によって、消えてしまっている。
自分の加担したクッチャケッチャ軍の攻撃によって。
今更ながらにトウカは、エルルゥとアルルゥの強さに圧倒される。
二人にとって、自分は仇と呼べる存在なのだ。
無論、理屈で反論しようと思えばできる。
だが、そんな理屈など容易く吹き飛ばしてしまえるほど、大切な人を殺されたと怒りは強い。
今自分が味わっている怒りを、二人はきっと感じたはずだ。
それなのに、二人は自分に笑いかけてくれた。
(某は、未熟だ……。どうしようもなく、未熟者だ……)
自分にも、エルルゥやアルルゥのような強さが欲しいと、痛切にトウカは思った。
――私みたいに誰かが死んで悲しむ人を増やしたくなかったから
エルルゥが残した言葉が、トウカの耳の奥に響いた。
エルルゥは、人が死ぬことの重みを、喪失の痛みを、誰よりも知っていた。
だから、自分の命を失うことになろうとも、彼女は悲しみが生まれるのを止めることを、選んだのだ。
――もう……こんな悲しいことを、繰り返さないでください
(……分かり申した。エルルゥ殿)
新たな悲しみを生むこと。
それは、エルルゥの最期の願いを、踏みにじることだ。
トウカは、エルルゥの身体に向き直ると、刀を立て、僅かに鞘から抜き、手を放した。
キィンという澄んだ音が、静まった部屋に響いた。
「エルルゥ殿……。どうか、安らかに……」
呟いたトウカの目から、一筋の涙がつたった。
■
ダイニングの椅子に座り、ロックは思考を巡らせていた。
(さて、もう一度考えてみるか……)
ロックは、天井の一点を見つめた。
(トウカは除外していい。彼女はその気になれば、俺達全員を簡単に殺せる。そんな人間が毒殺という手段を使う必要はない)
伊達に、歩けば殺し屋にぶつかる町で、生活してはいない。
物腰からして、トウカが相当な使い手だということが、ロックには分かる。
(キョン君、魅音ちゃん、ハルヒちゃん……。あんなに、首輪を外すことに熱心だった彼らが、
いきなりしんのすけ君を殺害しようとするだろうか?八方塞ならともかく、『ディスク』やipodという希望が出てきたばかりの段階で……。
まあ、彼らのうちの誰かが、遠坂凛と同じ『リアリスト』である可能性は捨て切れないけど……)
そこまで考えて、ロックは思考を取りやめた。
(動機から追っても、犯人には辿り着けそうにないな)
会って数時間しか立っていないのだから、彼らの人となりの深いところまで、分かるはずもない。
(犯人は、エルルゥがお茶を淹れにキッチンに発った後にキッチンに向かい、彼女の隙をついて毒を入れた。
エルルゥの後にこの部屋から出た、アリバイの無い人間を考えると……)
ロックは頭を抱えた。
(とまあ、結局同じ結論に辿り着いちまうわけだ)
この推理を皆に話した場合、どういう反応が返ってくるであろうか?
暗澹たる思いでロックはため息をついた。
――あまりにも常識ハズレすぎる。
気狂い扱いされるのが、関の山だ。
戻ってくるかどうか分からないが、沙都子を心から気にかけている魅音は、さぞかし逆上するだろうし、
普通の生活を送っていたハルヒやキョンが、信じるとも思えない。
どうにかして、自分の無実と真犯人があの子だということを、証明しなくてはならないのだが……。
――どうやって?
ろくな方策も考え付かぬまま、無情にも時間だけが過ぎていき――
玄関のドアが開く音がした。
■
居間に足を踏み入れたキョン、ハルヒ、魅音の3人を迎えたのはトウカだった。
魅音の体がこわばり、呼吸が荒くなる。
何度も口を開け、息だけをむなしく吐き出す魅音に、トウカが歩み寄っていく。
「……よく、戻られた。何事もなくて……よかった」
そう言って、トウカは、何かを堪えるような笑みを浮かべた。
魅音の表情が、崩れた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……ごめ……なさ」
「……もうよい。もう、何も申されるな」
トウカの指が魅音の頬に触れた。
「こんなに、目を赤くして……」
指に伝う涙を拭ってやりながら、
「そんな顔をなさるな。魅音殿がそんな顔をすることを、きっと……エルルゥ殿は喜ばぬ」
「でも、私がっ!! 私が……。エルルゥさんを――」
強く抱きしめられ、魅音の悲鳴は途切れさせられた。
「許しておられる! きっと、エルルゥ殿は許しておられる……。エルルゥ殿はそういうお方だ。だから……。
だから魅音殿、そんなに自分を責めてなくてよいのだ」
優しく、そして悲しげに、トウカは魅音に笑いかけた。
「さあ……。共に、エルルゥ殿を弔おう」
「……うん」
魅音は小さく頷いた。
トウカに促され、魅音、そしてキョンがエルルゥの遺体が安置されている部屋へと入り、手を合わせた後、その体を抱えあげた。
戸を開け、4人が再び居間に入った時、そこにはロックの姿があった。
キョン、魅音、ハルヒの顔が一斉にしかめられ、その目に敵意の光が宿った。
内心で大きく嘆息しつつ、
「……俺にも手伝わせてくれ。彼女にはちゃんと、礼と別れがいいたいんだ」
何もしてやれなかった自分を救ってくれたエルルゥに、せめて最期の別れを告げ、遺体の前で誓いたかった。
彼女の遺志を継ぎ、もう誰にも悲しい思いをさせないために力を尽くすと、誓いたかった。
自分にできることはもう、それくらいだから。
ロックは頭を下げた。
「……止めはせん」
顔は背けたままだったが、トウカに許諾の意を示され、ロックは小さく安堵の息を吐いた。
その時、ハルヒが口を開いた。
「あたし、ロックさんに大事な話があるから、その後にしてくれる? そんなに手間を取らせるつもりはないわ」
目の端の角度が上がるのを、ロックは感じた。
(この、脳タリンのクソ餓鬼が……。大概にしやがれ)
凶暴な感情が口から迸りそうになるのを、ロックは必死に抑え込んだ。
涼宮ハルヒの手には、銃がある。
彼女の目付きと態度からして、下手にに反抗すれば、また撃たれかねない。
「……オーケィ。手早く頼むよ」
トウカが何か言いかけたが、キョンに制せられ、キョン、トウカ、魅音は居間から出て行く。
ほどなくして、玄関の戸が閉まる音がした。
その音がするのを待っていたかのように、ハルヒが口を開いた。
「……あたし達、3人でよぉく考えたわ。誰が、しんちゃんのお茶に毒を入れたのかを、ね……」
医師の透徹するような視線をハルヒに送りながら、ロックは無言で先を促した。
「で、一つの結論に達したわ」
ハルヒの手の中のAKの銃口が跳ね上がり、ぴたりとロックに突きつけられた。
「ロック……。やっぱりどう考えてもあんたしか犯人はいないって、結論にね」
支援
■
「俺のカバンに、薬が入っていたのを疑っているなら――」
「ええ、それが証拠よ」
あっさりとハルヒは言った。
「俺が言うのもなんだけど、証拠品を残しておく犯人ってのは、間抜けすぎやしないか?
俺がそこまで間抜けに見えるっていうなら仕方ないけどな」
皮肉を混じらせて、ロックは言った。。
「そうね。でも、逆に言えば、そこが怪しいのよ」
「……どういうことだい?」
「証拠を自分のディパックに残せば疑われるなんてこと、それこそ小学生でも高学年になれば思いつくわ。
少し考えれば、誰か別の人間がロックに罪を着せるために仕組んだに違いない、という結論に達するでしょうね。
そしてそれが、あんたの狙いだったのよ」
ハルヒの声は淡々としており、彼女の確信の強さをうかがわせた。
「一度分かりやすく疑われることで、完全に容疑者から外れる。単純だけど、強力な心理トリックだわ。
調査済みだと思ったものをもう一度調査する人間は、いないもの」
「……動機は?」
抑えてはいたが、その響きには苛立ちが感じられた。
「俺は、ずっとしんのすけ君と行動してきた。危害を加えるつもりなら、とっくにやっていたと思わないのか?」
「そうね。足手まといの子供を連れ歩くなんて、デメリットにしかならない……。これも、単純に考えたらそうよ。
単純に考えたら、だけど」
「……単純に考えなければ?」
「足手まといの子供を連れ歩いていれば、『人に危害を加える人間じゃない』と他の参加者に思わせられるってメリットがあるわ。
そうなればしめたものよ。善人面をして集団にもぐりこむことができるんだもの。
この腐れゲームで、誰かの信頼を勝ち取るのは、簡単なことじゃないけど、子供を連れ歩くほどの善人ともなれば別だわ。
現にあったは、エルルゥさんという、傷の治療が出来る薬師を味方につけることもできたし、今もこうして集団にもぐりこむ事ができてる」
ややあって、
「よくもまあそれだけ、悪意てんこ盛りの発想ができるもんだ」
心底呆れたという風に、ロックが吐き捨てた。
「……集団に潜り込んだあんたは、用無しになった足手まといを切り捨て、ついでにあたし達を度疑心暗鬼に追い込んで、切り崩そうともくろんだ。
そりゃそうよね。全員がスクラム組んでる集団じゃあ、万が一の時、皆殺しにできないもの」
ハルヒの声は、どこまでも決まりきったことを読み上げるようだった。
「ちょっと待ってくれ。俺は、君達にアレを提供しただろう? 優勝狙いだとするなら矛盾してるじゃないか」
「保険よ! 生き残る道は、多いほうがいいに決まってるもの。リアリストのあんたなら、分かるでしょ?」
「……だが結局、君の言ってることは全部推測だ。何一つ証拠はありゃしない」
「証拠? 証拠ですって!?」
ハルヒの声が甲高くなった。
「そんなもん、必要ないわ! だって、どう考えたって、犯人はあんたしかいないもの!
トウカさんは、毒なんか使う必要がない。しんちゃんは自殺する動機がない。沙都子ちゃんは論外の外!
キョンは絶対に違うし、沙都子ちゃんをあんなに心配してる魅音が最後の一人になろうなんて考えるはずがない!
だから……。あんたしかいないのよっ!!」
絶叫が居間のドアを震わせた。
「トウカを先に行かせたのは、そういうことか……」
「そうよ! エルルゥさんが庇った人だってことで、あんたを庇うかもしれないもの」
「……そこまで疑ってるなら、さっさと撃てばいいだろう。どうして、こんな風に長々と?」
氷のような声で、ロックは尋ねた。
「あたしわね、陰険なやつが大嫌いなのよ。人を舐めきって、どうせ分からないだろうと心の中でせせら笑ってるようなやつが大っ嫌い。
だから、そいつがどれだけ大したことのない人間か、分からせてから……。殺してやろうと思ったのよ!!」
鉛のような沈黙が満ちた。
「……撃つ前に一つだけ、俺の願いを聞いてくれないか?」
「懺悔なんかしたって無駄よっ!!」
冷酷にもハルヒは、一言の下に斬って捨てた。
「そうじゃない……。しんのすけ君が起きるまで、待って欲しい」
「はぁ? 時間稼ぎしようってつもりなら……」
ハルヒの声音に、初めて疑問の成分が混じった。
「さっき思い出したんだが……。しんのすけ君が、台所の方をうかがっているのを、俺は見たんだ。君はみかけなかったか?」
「……確かにやたらと、うろちょろしてた気もするけど……。それがどうしたっていうのよ!?」
ハルヒの怒鳴り声が響いた。
「やっぱりな……。しんのすけ君はエルルゥに懐いてたから、手伝おうとしてたか、話しかけようとしてたんじゃないかと思ったが、
案の定か」
「あんたの話は、まわりくどいのよっ!! 結局、何だっていうわけ!?」
「簡単なことさ。あのお茶に毒が入っていたのは間違いない。だから――」
「……しんちゃんが、犯人らしき人を見たかもしれない。そういうわけ?」
「いくらエルルゥが精神的に消耗していたとはいえ、彼女の隙を伺うためにはそれなりの時間、台所周辺にいなきゃならなかったはずだ。
だから、しんのすけ君が台所周辺にいた人物を思い出してくれれば――」
それきり声は途切れ、長い沈黙が満ちた。
「悪あがきが過ぎるとは思うけど……。分かったわ、撃つのは待ってあげるわ」
「……ありがとう。今の俺には、君のその言葉がカーネギー名語録全てより、ありがたく聞えるよ」
心底安堵したというように、ロックが言った。
「ゴチャゴチャ言ってないで立ちなさい! ほらっ! とっとと歩くのよ!」
「バターン半島への行軍じゃないだろうね?」
「待ってあげるって行ったでしょ!? けど、しんちゃんが起きるまで、あんたには和室に居てもらうからね」
ロックはため息をついた。
「あそこなら、窓もないからな……。やれやれ、トイレ休憩はくれるのかい?」
「舐めた言うんじゃないわよっ!! 部屋から出ようとしたら、容赦しないからね!!」
二人の足音が遠ざかっていくのを確認し、沙都子は居間へ通じるドアから、耳を放した。
(……出て行かずに聞いておいて、よかったですわ……)
沙都子は胸を押さえた。
(そういえば確かに、しんのすけさんは、やたらとエルルゥさんの側にいきたがってましたわね……)
山の中でのしんのすけの行動を思い出し、沙都子は顔をしかめた。
背後には気を配っていたが、自分はエルルゥの隙を伺うことに、集中力の大半を裂いていた。
――見られたかもしれない
心の中に不安の黒雲が立ちこめ、心臓がばくばくと音を立てている。
(どうすれば、どうすれば、どうすれば、いいんですの?)
ハルヒがロックの申し出を受け入れた時、ロックの口調は確かに明るさを増した。
(もしかして……)
――ロックは自分が犯人だと気づいている?
沙都子の胸を、氷の槍が刺し貫いた。
息が乱れ、嫌な汗が吹き出る。
(落ち着いて……。仮にしんのすけさんが、私を見たと証言しても、それで何が変わるっていうんですの?)
沙都子の心の水面が、その揺らぎを弱めた。
(そうですわ……。ハルヒさんも私のことを警戒しているようすはありませんでしたし……)
必死に自分を落ち着けようと、沙都子は安心材料を心の中で繰り返す。
でも、でも……
――魅音がまた鬼のような表情になって、自分が悪いと言い出したら?
自分の体がおこりのように震えだすのを、沙都子は感じた。
(そうですわ……。魅音さん、あの人だけは、私のことを疑ってもおかしくない……)
不安の風は、たちまちの内にその強さを増していく。
どうしよう、どうしよう、どうしたら……。
不安にかられるまま、意味も無く視線をあちこちにさ迷わせるうちに、沙都子の目が一点に吸い寄せられた。
沙都子の視線の先には、寝息を立てるしんのすけの姿があった。
ありったけの憎悪をこめて、沙都子は、しんのすけを睨んだ。
(この子が死んでさえいれば、全部上手くいったのに! どうして死んでくれなかったんですの!?)
飛び掛って首を絞めたくなる衝動を、沙都子は抑えつけた。
そんなことをしたら、自分が犯人だと白状するようなものだ。
――待て
しんのすけが、このまま目覚めなければ、全ては丸く収まるのではないか?
要は、ばれなければいいのだ。
(……エルルゥさんはああ言ってましたけど、異世界の薬が、異世界の人間にどんな効果をもたらすかなんて、誰にも断定できませんわ。
ましてやしんのすけさんは幼児。
大人には問題ない量でも、幼児に強い薬をたくさん飲ませれば危険だということなんて、誰でも知っている常識ですもの)
死ななくてもいい、薬のせいでしゃべれなくなるだけでもかまわない。
古今東西、犯罪者は証拠品を徹底的に隠滅したがあるものである。
その例にもれず、沙都子の心は、しんのすけという証拠を消すことに、一気に傾いていった。
(これは……乗り越えるべき壁なんですわ。私の中にある甘えを消し去り、覚悟をきめるための儀式……)
エルルゥが死んだとき、自分は涙を流していた。
あんなことではいけない。
弱いままでは、最後の一人になんて、なれるはずがない。
幸運なことにこの家には今、人はほとんどいない。
ハルヒとロックは奥の和室、魅音たちは埋葬のために外に出ている。
(急がないといけませんわ……。魅音さんたちがいつ戻ってくるか、わかりませんもの)
躊躇っていては、絶好の機会を逸してしまう。
そのことが、沙都子を更に駆り立てる。
松葉杖をついて立ち上がり、部屋のドアを開けた。
――誰もいない。
台所までの距離がやたらと遠く感じられた。
コップを取り出して、水をいれ、薬を溶かす。
(速く、速く、速くしないと……。魅音さんたちが戻ってくる前に、終わらせてしまわないと……)
沙都子の頭には、もうそれだけしかなかった。
『人を殺す』という異常な行為に対する興奮と狂気は、沙都子から判断力を奪い去っていた。
(これだけ溶かしたものを飲ませれば、きっと……)
しんのすけが死ぬかどうか、今の沙都子には、それすらも関係なかった。
証拠を消せるかもしれないことを、何でもいいから、やりたくてたまらなかった。
コップを抱え、居間を抜けて襖に手をかけ、引き開けようとしたその時。
首筋に冷たいものが触れた。
「……いくらキョン殿の言うこととはいえ、まさかと思ってはいたが……」
沙都子が振り返ると、そこには白刃を構え、顔を歪めるトウカの姿があった。
「沙都子……どうして……」
驚きと困惑の表情を浮かべながら魅音が廊下から姿を現し、続いて厳しい表情をしたキョンが入ってくる。
そして最後に、
「君の脚本どおりになったな……」
「……別の結末になってほしかったわ。こんな結末……。最低よ」
ハルヒは呻いた。
エルルゥが台所に立った後あの場にいなかった人間は、ロック、エルルゥ、しんのすけ、沙都子の4人に間違いなかった。
これは、3人の記憶を何度も照らし合わせてみたから、間違いない。
トウカは、不協和音などおこさなくとも、その気になれば、全員をいつでも皆殺しに出来る力がある。
次にロックだが……。
正直なことを言えば、沙都子に聞えるように話した――沙都子が犯人だとするなら、聞いていないはずがない――
あの内容は、最後まで残った2つの仮説のうちの1つだったのだ。
だがロックが、小学生の女の子と天秤にかけられるリスクを犯すほど馬鹿だとは、どうしても思えなかった。
エルルゥが仮に死ななかったとして、彼女はお茶を入れに行くと提案した人間であり、薬師だ。
疑いがかかるようなやり方を取る犯人がいるはずがないから、彼女も外れる。
3択にはなりえず、ロックと沙都子の2択ということに、結局なってしまう。そんな馬鹿なことをロックがするだろうか?
――となれば、結論は1つ。
リアリストのロックならば同じ結論に辿り着いているとは思った。
ロックが自分の言葉から、自分達もロックと同じ結論に達していることを読み取ってくれるかどうかは賭けだったが、
ロックは読み取るばかりでなく、的確にアシストまでしてくれた。
自分も同じようなことをやる予定ではあったが、瞬時に考え付くあたりは、流石ロックというところか。
芝居は成功した。
けれど、ちっとも嬉しくない。
(ロックが、犯行動機を白状し出すとか、そういう展開だったらよかったんだけど……)
トウカが家の中にいないと思わせたのは、ロックが反撃に出た時の保険の意味が大きかったというのに。
しかしロックは終始大人しく、こういう結末を迎えることになってしまった。
ハルヒは沈痛な眼差しで沙都子を見つめた。
■
――はめられた。
沙都子の体から力が抜けた。
全てはお芝居だったのだ。
コップが落ち、畳の上で跳ねて液体がこぼれた。
「……沙都子、どうして……」
信じられない、という表情で魅音が尋ねてくる。
(……私を疑って、こんな大掛かりなお芝居までしておいて、白々しいですわ)
沙都子が犯人かもしれないと、ハルヒやキョンに吹き込んだのは魅音に決まっているのに。
「……魅音さんなら、ご存知でしょう?」
「分からない、分からないよ、沙都子……」
沙都子は唇を噛んだ。
この人は、この期に及んでも自分に対して保護者ぶることで、周りに対して自分が善人だという印象を与えようとしている。
沙都子の胸に怒りが込み上げた。
(このまま魅音さんに利用されて終わるなんて……。冗談じゃないですわ)
怒りが絶望をおしやり、沙都子の身体に力を蘇らせた。
沙都子は全員に視線を走らせた。
どの顔も困惑の表情を浮かべ、どこか痛ましげな視線を、自分に注いでいる。
気取られないように俯きながら、沙都子は思考する。
自分は子供、年齢を重ねたものにとって守るべき、そして純真であるべき存在だ。
――そこを突く
沙都子の心は決まった。
「……私……にーにーに、会いたかったんですもの」
「け、今朝いったじゃないか! きっと帰れるって!」
「そんなの無理に決まってますわ!! こんな、こんな爆弾がつけられてるんですもの!! 外せるわけ、ないじゃありませんか!」
絶望し、怯えきった子供の表情を浮かべながら、沙都子は声を振り絞った。
「あの仮面の男が行ってましたわ……。この世界から、出ることができるのは一人だけだって……」
「……だからって、しんのすけをっ!」
「生きて帰れる方法がそれしかないのなら、そうするしかないじゃありませんの!! 死んでしまったらもう……にーにーに会えない……」
喋っているうちに感情が高ぶり始め、沙都子の目から、自然と涙が零れ落ちた。
激情に身を委ねながらも、沙都子は集中力を振り絞る。
自分は、恐怖のあまりおかしくなってしまった子供だ。演技などではなく、心からそう思い込まなければならない。
そう、思わせなくてはならない。
「……そんなの嫌……。いやぁぁぁっっ!!」
髪を振り乱し、悲痛な声で泣き叫ぶ少女のあまりの痛ましさに、沙都子を取り巻く人間達は、思わず目を逸らした。
「ちょっ……落ちつい……」
ハルヒが思わず手を差し伸べようとする。
「……いやぁぁぁっっ!!」
耳をつんざくような絶叫が空間を埋め尽くした。
「……いやっ!! 撃たないで、撃たないでよぉぉ!! 誰か助けてっ!! にーにー……助けて……」
涙を流しながら片足で少女が這いずり回る様は、あまりにも悲惨な光景だった。
ハルヒはぎょっとして棒立ちになり、
「えっ!? あっ……。ご、ごめん」
手にした銃に気づくや否や、銃を放り投げた。
「落ちつけよ。誰もその……なんだ。君をどうこうしようなんて、思っとらんから」
あやすように言って、キョンが沙都子に近づこうとする。
誰もがすでに、沙都子がしんのすけを殺害しようとしたことを忘れているかのようだった。
(……上手く、いきましたわ……)
泣き喚きながら、沙都子は計算する。
おそらくもう、ハルヒやキョンは、自分を殺すことなどできすまい。
これも心理戦だ。嘘の顔で相手を欺き、人のウイークポイントをつく。
沙都子が、さらに泣き声を響かせようと息を吸い込んだ、その時。
「末期の言葉は、それだけでよいのだな?」
絶対零度の声音に、誰もが凍りついたように動きを止めた。
■
――やらねばならない。
守らなくてはならない人を、守るために。
エルルゥに誓ったことを、破らぬために。
災いの根は、絶たなくてはならない。
そために。
――鬼にでも、なる。
静寂の中、トウカが沙都子に歩み寄っていく。
「しんのすけ殿に毒を盛り、エルルゥ殿の死を呼び込んだ罪は重いっ!! 成敗する! そこへ直れっ!!」
トウカの体から殺気が炸裂した。
その場にいたものが、部屋が吹き飛んだかと錯覚するほどの殺気の放出であった。
肉食獣の檻に放り込まれたような感覚がその場にいる者達を襲う。
否、今のトウカは獣などという優しい存在ではない。もっと恐ろしい何かだ。
白刃が抜き放たれ、刀身が鈍く光った。
「……ま……まって……」
恐怖を必死に振り払い、魅音が震える手を前に出した。
「魅音殿。こやつは卑劣にも幼子に毒を盛り、そして露見するかもしれぬとみるや、再度殺害をもくろんだ。捨て置くわけにはいかぬ!」
魅音の方を見ようともせず、トウカは、怯えきって動けない沙都子を冷然と見下ろした。
「何か他に、言い残すことはあるか?」
「あっ……う……」
沙都子は金魚のようにパクパクと、口を動かすことしかできなかった。
演技を続けようとする気力も、力も、何処かへ消し飛んでいた。
ただ、目の前の存在が、怖くてしかたなかった。
「無いのか。ならば……」
トウカが、剣を宙に舞い上げた。
――本当に斬る気だ。
「待ってよ!!」
恐怖の金縛りを渾身の力で断ち切り、魅音は叫んだ。
「トウカさん! 私が……私が言えたことじゃないのは、分かってる……。でも、沙都子を許してあげてよ!
沙都子はただ、怖かっただけなんだ! いきなり殺し合いをさせられて……。仕方ないじゃないか! 沙都子はまだ子供で……女の子なんだよ!?」
必死で魅音は訴えた。
「園崎の言うとおりですよ! そりゃ、殺そうとしたのは、なんていうか……その……あれですけど……。
こんな酷い状況じゃあ、沙都子ちゃんがおかしくなったって、仕方ないじゃないですか!!」
魅音から少し遅れて金縛りから脱したキョンは、魅音を援護した。
(どうしちまったんだよ? トウカさん)
子供を情け容赦なく斬ろうとするなんて、らしくないにも程がある。
魅音を許した彼女とは、別人のようだ。
(違う……。むしろ、そのせいか?)
鉄の自制心で魅音を許すことはできても、トウカの怒りは、消えたわけではなかったのだろう。
寧ろ、抑え込んだことで行き場を失って凝縮されていた怒りが、脱出口を見つけて噴出しているのかもしれない。
「……魅音殿やキョン殿の故郷ではどうか知らぬが、トゥスクルでは、罪の軽重に大人と子供の区別は存在せん」
思わずキョンは顔をしかめた。
(おいおい、文明の衝突かよ……。こんな時に、少年法の有難みを知りたくなんぞ、なかったぜ)
どうやらトウカの世界では、大人も子供の平等に裁かれるらしい。
価値観が違うというのは厄介極まる問題だ。
「それに、キョン殿と魅音殿は子供と言うが、他人に罪を着せようと工作する狡猾さに、躊躇なく自分よりも幼い少年を害する冷酷さ……。
もはやこの者は、子供の範疇にはおさまらぬ!」
「それでも、大人ですら狂っちまいかねない状況を考慮しないってのは、あんまりですよ!」
周囲の環境と人格の未熟さを考慮しないにも、程があるではないか。
「トウカさん……お願いだよ!! 私が……。私が悪いんだ。ちゃんと沙都子に首輪のこと、説明しなかったから!!」
「あ、あたしも、キョンと魅音に賛成よ! しんちゃんは、無事だったんだし……。
沙都子ちゃんだって、言って聞かせればきっと落ち着いて……」
「それは違うな」
冷め切った声に、思わずキョンと魅音、そしてハルヒはロックを凝視した。
「その子は冷静だ。冷静に俺達を殺そうとした……。そうだろ? 沙都子ちゃん」
沙都子の瞳に怯えの色彩が浮かび上がった。
「な、何を根拠にそんなこと言うのさ!?」
魅音が噛み付くが、ロックは眉一つ動かすことなく、
「その子は、さっき泣き喚いている時ですら、冷静さを残してた。冷静に俺達の反応を測ってた」
「ロックさん。罪を着せられて、頭に来るのは分かりますけど……」
顔をしかめてキョンは言った。
「俺は冷静だし、根にもってもいやしない。信じるかどうかは、君たちの自由だが、俺の目にはそう見えた」
いつの間にかロックの目には暗黒の光が宿っており、それにキョンや魅音達を圧倒する。
(まったく……。レヴィの台詞じゃないが、惑っちまってたな……)
悪人しかいない場所から急に移動させられたせいで、人を見極める目が狂っていたようだ。
いつもの全てを疑う目で見るなら、色々なものが見えてくる。
――恐ろしいほど、見えてくる。
誰かの命を守ろうとするなら、悲しみを止めようとするなら、そうなる必要があったというのに。
惑っていたせいで、できていなかった。
自分が惑っていなければ、エルルゥは死なずにすんだかもしれない。
後悔しても仕方がないが、彼女の遺志を継ぐためにも、ここからは間違うわけにはいかない。
ロックは、感情を排した冷徹な視線を沙都子に向けた。
トウカが、わが意を得たりとばかりに頷いた。
「某もロック殿と同じ考えだ。この者は、悔い改めたりはすまい」
宙に浮いた刃が、動い――
「だったら、私を斬って!! エルルゥさんを撃ったのは私だ! 罪は私の方が多く背負うべきでしょっ!?」
咄嗟に身体をトウカと沙都子の間に割り込ませ、魅音が叫んだ。
「それは違う! その鬼の子が災禍の根源だ。魅音殿はただ――」
「私があんなことしなければ、誰も死なずにすんだんだ! 冷静に犯人を捜して、沙都子をちゃんと止めてたら、エルルゥさんは死ななかった!
斬るなら私を斬って!! でも、沙都子のことは、許してあげてよっ!!」
身体は震えていたが、魅音の表情には覚悟があった。
「魅音殿……」
トウカの声に、始めて感情の色が混じり、沙都子に向けられていた殺気がわずかに緩む。
圧迫から開放され、沙都子は、胸の中に混乱を抱えたまま思考する。
(どうして……。どうして魅音さんは……。私のために、そこまでしてくれるんですの?)
分からない。さっぱり分からない。
――自分が犯人かもしれないと皆に吹き込んだに違いない魅音が、どうして今度は自分を庇うのか。
沙都子の思考は混乱を極めていた。
魅音のやることは、矛盾だらけだ。
鬼のような顔をした魅音、笑顔の魅音、皆に自分の悪口を吹き込む魅音、目の前で自分を庇っている魅音……。
分からない。頭がおかしくなりそうだ。
(どれが演技で、どれが本当の魅音さんなんですの!?)
――演技
沙都子の頭に閃くものがあった。
(そうですわ……。この状況全てがお芝居だとしたら、説明がつくじゃありませんの)
何故こんなことに気づかなかったのだろう。
乱れていた思考が、急速に収束していくのを沙都子は感じた。
(さっきと同じですわ。きっとこれは、私がどう反応するかを確かめるためのお芝居……)
そう仮定すれば、魅音の不自然な行動にも説明がつく。
山の中で、あれほど自分に優しかったロックや、どうみてもお人よしのトウカが急に冷酷になったことにも、魅音の不自然な行動にも説明がつく。
――だとするならば
(このまま、魅音さんの後ろに隠れていては、正真正銘の悪人であるという烙印を押されてしまいますわ……)
沙都子は口を開いた。
「……魅音さん、ありがとう。私の……私なんかのために……」
俯き、声を詰まらせながら沙都子は言った。
「でも……その人の言うとおりですわ……。私は、取り返しのつかないことを、してしまったんですもの……」
心底後悔しているというように、沙都子は声を震わせる。
「だから……。いいんです……。もう、十分ですから……」
「沙都子!?」
沙都子は、魅音に小さく笑ってみせた。
運命を受けいれたというように、心の整理はついたというように。
「……勝手なもので……死ぬのは……怖いですけど……。それしか、償う道がないなら……。私は……」
――涙を流せ。感情に訴えろ。
沙都子は自分を叱咤した。
全身全霊を振り絞って演技をし、沙都子は結果を待つ。
だが、聞こえた言葉は。
「――良い覚悟だ。せめてもの情け。苦しまぬよう一太刀であの世へ送ってやろう」
沙都子は、愕然として頭上のトウカの顔を見上げた。
トウカの瞳に宿るのは、凍てついた殺意のみ。
処刑人というものの目は、おそらくこうであろうと沙都子は直感する。
――芝居なんかじゃない
恐怖が、沙都子の全身を貫いた。
トウカの目が細められ、殺気が沙都子を襲う。
――殺される!!
思わず沙都子は目を閉じ、無我夢中で我が身を守ろうとした。
「あっ……」
誰のものとも分からぬ声が聞こえた。存在すべきでないものを見てしまった、そんな思いが秘められた声だった。
おそるおそる沙都子が目を開けると、目の前には魅音の背中があった。
自分の手が魅音の体を掴んでいた。
白刃が魅音の額すれすれで止まっていた。
魅音を盾にしてしまった
その事実に気づくと同時に、沙都子の体から力が抜けた。
――もう終わりだ。
沙都子は、湧き上がる絶望に身を委ねた。
■
「……まさか……。本当に……鬼の子であったとは……」
トウカは肩を落とした。
ハクオロ、アルルゥ、カルラ、エルルゥ、自分が守らなければならなかった人々は全て死に絶えた。
だからせめて、この世界に来てから守ると決めた者達だけは絶対に守りたかった。
エルルゥの遺志を継ぎたかった。
故に、鬼のふりをした。
目の前の子供が心底自分の犯した罪を悔い、二度とせぬと誓うことを、祈った。
ほんの少しでも、剣を受け入れるそぶりをみせたなら、斬るつもりはなかった。
だが、あろうことか目の前の少女は、自分を庇い続けた魅音を盾にした。
(斬らねばならぬ……。斬らねば……守れぬ!)
砂を噛む思いでトウカは、剣を振り上げた。
「駄目だ!! トウカさんっ!! 斬っちゃ駄目だっ!!」
喉の底から声を振り絞り、キョンは叫んだ。
今の今まで、疑いはしても、心のどこかで思っていた、信じていた。
――トウカが子供を斬るはずがない
だが、今は違う。トウカは本気だ。
「とめるな!! キョン殿!!」
「止めますっ!! 駄目なもんは駄目ですっ!!」
明確な論理はキョンにはない。
集団内に沙都子のような人間を抱えていては危険だということぐらい、百も承知だ。
ここで災いの根を絶って置いたほうがいいことも、分かる。
だがそれでも、キョンはリアリストになどなりたくなかった。
(理屈なんかしったことか! 駄目なもんは駄目だ!)
ここで、小学生の女の子を殺すことを許容してまったら。
――戻れなくなる
きっと元の世界に帰れても笑えない。
そしてそれは……。
(トウカさんだって同じことだ)
キョンは、大きく息を吸い込んだ。
「俺は、トウカさんに手を汚してなんか、もらいたくねえ!!」
目の前の人は、きっと傷つく。
仲間を次々と失って十分すぎるほど傷ついているのに、その上にまた傷が増えてしまう。
出会ってから何度か見たトウカの屈託のない笑顔が、キョンの頭をよぎる。
まるで小さな子供ようなトウカの笑顔が、キョンは好きだった。
(今、沙都子ちゃんを斬っちまったら……)
――トウカはきっと、元の世界に帰ってもあんな風に笑えない。
「やめてくれ! 剣をおろしてくれっ! トウカさんっっ!!」
キョンは声を振り絞った。
ロックは迷っていた。
さっきまでのトウカの行動が演技だということは分かっていた。
だから止めずに静観していた。
だが、今は本気だ。本気で斬る気だ
(どうする……。止めるか……)
ロックの顔に苦悩の皺が刻まれた。
沙都子のような存在を、集団の中に抱える危険性は、言うまでもない。
合理的に考えるなら、生かしておいて得なことなど、何一つ無い。
けれど、沙都子は幼い女の子だ。
幾らなんでも……。
――もう……悲しいのは……嫌です
(そうだったよな……エルルゥ。分かってる、分かってるさ……)
心の中でエルルゥに語りかけながら、ロックがトウカを止めるために足を踏み出そうとした、その時。
――あの子は殺しをやめられないよ。
耳の奥に蘇った別の声が、ロックを金縛りにした。
正体が露見しても、最後の最後まで、少女であるという自分の長所と迫真の演技で、周囲を欺こうとし続けた北条沙都子。
その精神力、狡猾さはトウカの言うとおり、子供の範疇を越えたものだ。
(あの時と同じだ! ギガゾンビの野郎が、このクソったれな状況が、あの子を人食い虎に変えちまったんだ! 畜生っ!)
――本当ならこの子は、学校に通い、友達をつくって幸せに暮らしたんだろう。
――でも、そうはならなかった。ならなかったんだ。
ごりっとロックの奥歯が軋んだ。
――だから、この話はここで、お終いなんだ。
違う、と叫びたかった。
今からでも遅くは無い、言い聞かせれば分かってくれるはずだ、そう叫んでトウカを止めたかった。
だが、動けなかった。
人食い虎となった少女を集団の中においておけば、エルルゥの恐れた『悲しいこと』がもっともっと起こってしまうかもしれない。
拳を震わせ、苦悩に顔を歪めながらも、ロックは動けなかった。
自分の息が荒くなるのをハルヒは感じた。
目の前で、小さな女の子が斬られようとしている。キョンが、必死にトウカをおしとどめようとしている。
やめろ、と叫びたかった。
どんな理由があるにしたって、そんなの間違っている。小さな女の子が殺される所なんて見たくない。
ハルヒの心は、全力でキョンに賛同していた。
それでも、ハルヒは動けなかった。
(アルちゃん……。ヤマト……)
ハルヒの頭に浮かぶのは、アルルゥとヤマトの顔。自分の短慮で死なせてしまった、二人の幼い団員達。
団長として、二度とあんなミスを犯すわけにはいかない。そうでなければ二人に申し訳が立たない。
歯を食いしばり、暴れる心の手綱を取りながらハルヒは思考を展開する。
沙都子を集団の中に置いて置くメリットは、ゼロ。
いつ背後から襲われるともしれないし、内部分裂の火種にもなりかねない。
長は、集団全体のことを考えなくてはならない。
そして、全体のことを考えるなら――
――答えは決まっている。
顔面を蒼白にし、唇を震わせながら、ハルヒは立ち尽くしていた。
キョンとトウカが言い争っているのを、沙都子は他人事のように見ていた。
ハルヒとロックは、厳しい目でこちらを見ている。
沙都子は、心の中で自嘲の笑みを浮かべた。
(当然の反応ですわね……)
自分のやったことが最低最悪の行為であることぐらい、わかる。
沙都子は小さくため息をついた。
それにしても、と沙都子は思う。
(どうして、こんなに……。心が痛いんでしょう?)
魅音を盾にしてしまったことが、ショックだったのだろうか?
そんなはず、ないのに……。
沙都子は、座り込んだまま動こうとしない魅音の背中を見つめた。
「御免!!」
鋭い声と共に、トウカがキョンを突き飛ばし、近寄ってくる。
(死ぬんですのね、私……)
何故か、あまり怖いという気持ちはなかった。
生きたいという気持ちが、あまり湧かない。
あれほど最後の一人になると、硬く誓っていたはずなのに。
――こんな自分なんか、生きていても仕方ない
空虚な心に、いつの間にか心の中にそんな考えが浮かんでいて、それを受け入れている自分に、沙都子は驚いていた。
トウカが刀を逆手に持ち替えた。
突然、沙都子の視界が真っ暗になった。
――死んだ?
そんな馬鹿な考えが、沙都子の頭をよぎる。
数瞬を置いて、沙都子は状況を理解した。
目の前にあるのは魅音の胸。
自分は、魅音に抱きかかえられている。
沙都子は信じられない思いで、その事実を確認する。
耳の近くで、魅音の声が響いた。
「……殺させない……。沙都子は……絶対に、殺させない……」
■
「み、魅音殿!? なぜ……」
トウカの声は驚きと困惑に満ちていた。
「その者は、魅音殿を……」
「……かまわない……」
自分を完膚なきまでに裏切った沙都子に対する怒りが全くないといえば、嘘になる。
小さな子に毒を盛り、周りの人間に罪を着せ、疑心暗鬼を引き起こして最後の一人になろうとした沙都子に、
まったく恐怖を感じないといえば、嘘になる。
その行為の醜悪さに全く嫌悪感を抱かないといえば、嘘になる。
でも、それでも。
「沙都子が、私のこと裏切ってても……人を殺そうとしたんだとしても……かまわない……」
沙都子は自分だから。
弱くて、身勝手で……。光に、クーガーに、トウカに、救われ、教えられても、
突き上げる感情を抑えきれずに過ちを繰り返してしまう、
どうしようもなく駄目な自分だから。
人殺しに堕ちてしまった、園崎魅音自身だから。
だから許せる、許したい、そう思う。
――それに
「……魅音さん……どうして……」
耳元で沙都子の声がする。
分からない、という思いが伝わってきて、魅音は小さく笑った。
――強い思いが、叫ぶから。
「沙都子……。あんたは、私の友達だ……」
沙都子がそう思っていなくても、かまわない。
魅音は、沙都子を抱く腕に力を入れた。
「あんたを殺すことなんて……できないよ」
■
(魅音殿……そこまで……)
トウカは、心の中で声にならぬ呻き声をあげた。
完膚なきまでに裏切られたというのに、魅音はそれでも、沙都子を許すという。
その優しさと懐の深さには、感嘆の念を禁じえない。
(だが……だが、しかし……)
沙都子という少女の行いは、あまりにも人の道を外れすぎている。
姦計を巡らし、幼子を手にかけようとし、人の心を利用し、裏切り、踏みにじる。
(生かして、おくわけには……いかん)
しかし、魅音が沙都子を抱きかかえているために、刀を振るえば魅音を傷つけてしまう。
トウカが歯噛みしたその時、
「トウカさん、もうやめてくださいよ」
振り返ると、背後にはキョンがいた。
突き飛ばされて転倒したときにぶつけた箇所をさすりながら、
「……この子だって分かってくれますよ。園崎が、言って聞かせれば、きっと分かってくれます。
仮に分かってくれなくても……何か考えましょうよ」
キョンがそう言うであろうことは、トウカには分かっていた。
キョンは、真っ直ぐで強い少年だ。
身が危険になるかもしれないという理由で、少女を殺すという決断を絶対にするまい。
(……さすがは、キョン殿)
自分の剣を捧げるべき人物だ。
だが、この場合は、その人柄の大きさが仇になってしまうのだ。
「……キョン殿も……魅音殿も……甘い……。甘すぎる!」
気づいた時には、トウカはそう口にしていた。
キョンは、困ったなというように顔をしかめ、
「……甘いって、言われたらそうなのかもしれませんけど……。何というか、そういうのって大事なことじゃないかって……俺は、思うんですよ」
押し黙ったままのトウカに、キョンは静かな口調で続けた。
「……トウカさんは、昨日、全然知らない人を……侍の格好をした人を弔ってあげてましたけど……。
あれだって、その……極論しちゃえば意味の無いことで……。合理的とか、そういう類の言葉で表せる行動じゃないですか」
トウカの眉が上がった。
「ああいうことも多分、甘さとか、そういうのに分類されると思うんですけど……。けど、ああいうものって、なくしちゃいけないものじゃないんですか?」
感情が高ぶり始めるのをキョンは感じた。
「……トウカさんは、この子を斬っちまったら、きっと後悔します!」
「某は、後悔などせぬ!」
「あなたは、そんな人じゃない!!」
怒気がキョンの口をついて出た。
「子供を殺して後悔しないなんて、そんなの嘘っぱちだ! 俺はもう、誰にも悲しい思いも、辛い思いもして欲しくないんだ。あなたにもっ!!」
キョンは、思いを込めた視線をトウカの瞳に叩きつけた。
「俺は……。トウカさんは、トウカさんのまんまで元の世界に帰って、笑って……欲しいんだ」
真摯な眼差しで自分を見つめてくる少年を、トウカは無言で見返した。
少年の視線は一瞬たりとも揺るぐことはなかった。
しばらくそうしていた後、トウカは大きく嘆息の息を吐いた。
「……分かった」
剣を鞘に戻しながら、
「魅音殿も……。お立ちくだされ」
苦笑の入り混じったトウカの声に、魅音は恐る恐るトウカを見上げた。
「まったく……。キョン殿と魅音殿は……」
呆れて物が言えないというように、トウカは天井を仰いだ。
キョンが頭をかき、魅音が苦しげに顔を歪めながら立ちあがる。
「ごめんなさい、トウカさん……。物凄く勝手で、許されないこと言ってるって分かってるけど……」
「それはよいのだが――」
トウカは、魅音の言葉を遮った。
「つくづく……。魅音殿とキョン殿は、お人よしだな。自身のことより、人のことばかり考えている」
トウカは暖かい笑みを浮かべた。
「だが、それがいい」
白い鞘が高速で閃き、くぐもった打撃音が二つ響いた。
悲鳴すら上げることなく、キョンと魅音の体は崩れ落ちた。
(某の全てをかけてもいいと、思えるほどに)
優しさと強さを秘めたこの二人を守りたいと、心から思う。
「……と、トウカさん!?」
「心配なさるな。強く打ってはおらぬゆえ、二人とも、すぐに目を覚ます」
ハルヒに返答し、トウカは先ほどまでとは打って変わった冷酷な目線を、下に落とした。
先ほどとは違い、沙都子は逃げようとも、命乞いをしようともせず、目を閉じてじっとしている。
「言い残すことは、あるか?」
「……しんのすけさんに、ごめんなさいと。魅音さんに……。ごめんなさい、今までありがとうございましたと、伝えてください」
トウカの心の水面が大きく揺らいだ。
今の沙都子は、自分の罪を悔い、甘んじて罰を受けようとしているように見える。
トウカの心に迷いの風が吹き荒れ、心の水面が大きく波打った。
(……いや、駄目だ。エルルゥ殿との誓いのために、キョン殿と魅音殿とお守りするために……。鬼に、ならねば!)
トウカは自分を叱咤した。
悲しみを増やさないために、守るべき人を守るために、禍根は絶たなくてはならない。
たとえ、魅音に恨まれようと、キョンに罵られようと、やらねばならない。
彼らの命を、尊い心を、踏みにじろうとする敵から、守るために。
トウカの瞳に殺意が戻り――
剣が、弧を描いた。
両断されたものが、とん、と床に落ちて転がった。
■
トウカは、沈痛な面持ちで口を開いた。
「……しんのすけ殿」
トウカの視線の先には、湯のみを投擲したままのポーズのまま、息を荒くするしんのすけの姿があった。
(しんのすけ殿が、目覚める前にコトを終えられぬとは……不覚)
トウカは顔を歪めた。
(しんのすけ殿には、知らせたくなかった……)
幼い少年には、あまりにも酷な事実だ。きっと心の傷になる。
「……おねーさん……。どうして、さとちゃんを……殺そうとするの?」
少年の瞳には深い悲しみの色があった。
「……しんじゃったら……あそぶことも……おしゃべりすることも、できなくなっちゃうのに……。どうして殺そうとするの!?」
目の前で喋るらなくなっていったヘンゼルの姿が、しんのすけの脳裏に浮かぶ。
――止めなくてはならない
あんなことは、もうあってはならない。
体は重く、頭がぼーっとする。それでも、止めなくてはならないという強い思いが、しんのすけを突き動かす。
「……ロックお兄さん……ハルヒお姉さん……止めてよ……さとちゃんを、助けてあげてよ……」
荒い息を吐きながら、しんのすけはハルヒとロックに懇願する。
だが、ハルヒとロックは激しい痛みに耐えるように顔をゆがめるだけで、動こうとしない。
「……どうして?」
しんのすけの顔が、驚きに染まる。
誰も答えてくれない。
みんな顔を歪め、視線をそらすだけで、答えてくれない。
「いいんですのよ。しんのすけさん……」
沙都子の言葉に、しんのすけの困惑の皺が深さを増した。
「……さ、さとちゃん……何でそんなこと……いうの?」
しんのすけの問いかけに答えず、沙都子は、悲しげな笑顔を浮かべた。
いきなり身体を掴まれ、しんのすけは振り返る。
しんのすけの先には、暗い目をしたロックの顔があった。
「……しんのすけ君、こっちへ」
ロックが手を伸ばしてくる。
「ちょっ……やっやめてよ……」
しんのすけは身体を捩るが、薬のせいもあってその抵抗は弱弱しく、あっさりとロックに抱えられあげてしまう。
「ふ、ふんぬ〜。ふん……ぬ……。はな……せぇ……」
「君は見ちゃ駄目だ……。傷になる」
ロックの圧し殺した声が聞こえた。
しんのすけの心に絶望が這い上がった。
(……このままじゃ、さとちゃんが……殺されちゃう……)
目の前にテーブルの足がある。
しんのすけは手と足を伸ばし、机の柱にしがみついた。
「しんのすけ君……」
しんのすけの抵抗の激しさに、ロックの手が緩む。
「さ、さとちゃん……にげて……」
出ない力を振り絞り、テーブルの足にしがみついたまま必死で訴えるが、沙都子は逃げようとしない。
ただ、黙って悲しそうに笑っているだけ。
しんのすけの心に、怒りにも似た感情が湧き上がった。
「さとちゃん……逃げなきゃだめだよ! 死んじゃったら、さとちゃんは、お父さんとも、お母さんとも……一緒にいられなくなっちゃうんだよ?
それに……それに……」
薬の効果と大声を出しすぎたせいで、しんのすけの視界が揺れる。
意識が遠のきそうになるのを、頭をふってこらえ、
「……死んじゃったら大人になれないよ? 大人になって……綺麗な……じゃなくて、カッコいいお兄さんとお付き合いできないよ?
諦めちゃだめだよ!」
もてる力を振り絞って、しんのすけは叫んだ。
「……ありがとう。しんのすけさん……。でも、私にそんな資格はありませんの……」
「四角でも丸でもいいから……早く、逃げてよ……」
「だって、しんのすけさんに毒を飲ませたのは、私ですもの……。今、しんのすけさんは、体が重いでしょう?頭がぼーっとするでしょう?
それは、私があなたのお茶に薬を入れたせいですわ」
部屋の空気が凍りついたように、動きを止めた。
「……嘘だよね?」
喘ぐように尋ねるしんのすけに、
「いいえ、本当ですわ」
淡々とした答えが入ってきた。
「……オラ、何かさとちゃんに悪いこと……した?」
「いいえ。しんのすけさんがどうこうという問題ではありませんわ」
沙都子の唇が吊り上った。
「あなたを殺せばみなさんが、疑心暗鬼に陥って殺し合いを始めると思ったから、やったんですもの。
みなさんに殺しあってもらって、生き残った人を利用して、他の人を殺してもらって……。最後に残った人を私が殺して……」
――心が痛い
沙都子の心は、悲鳴を上げていた、
自分のやったような行いを、考えもつかなさそうなしんのすけの目が、痛い。
純粋な黒い瞳で見つめられると、自分がいかに穢れきった存在か思い知らされるようで……。
ぎりっと、沙都子の奥歯が音を立てた。
「最後の一人になるつもりだったからに、決まってるじゃないですか! そんなことも、お分かりになりませんの?
マセてるようでも、所詮はお子ちゃま――」
頭と身体を床に押しけられ、沙都子の言葉は強制的に中断させられた。
「黙れっ! 鬼の子。ロック殿! ハルヒ殿! しんのすけ殿を早く別室へ! このような者と同じ部屋に置いておいてはいかん!」
沙都子を抑えつけたまま、トウカが鋭い声をあげた。
床に押し付けられながら、沙都子は歪んだ笑みを浮かべた。
(鬼の子……。本当に、その通りですわ……)
まともな人間なら、進めない道を、自分は進んでしまった。
自分の事を心底大事に思っていてくれた魅音を疑い、裏切ってしまった。
もう、戻れない、戻る資格などありはしない。
「お、オラは……。さとちゃんと仲直りしたいゾ。……オラの母ちゃんが言ってた……。『頭を下げてごめんなさい』をしたら、皆仲直りって。
だから……だから……サトちゃんが、ごめんなさい、って言えば……みんな……許してくれるよ!」
沙都子は眩しいものを見るように、目を細めてしんのすけを見た。
――だからって、謝ってる子供を殺そうとするなんて駄目よ!
彼女は、野原みさえは、そう言ってあの大男を止めてくれた。
自分は彼女を殺そうとしたというのに、みさえは許してくれた。優しくしてくれた。
しんのすけは、野原みさえという善良で優しい母親と、おそらくは立派な父親に囲まれて、幸福に育ってきたのだろう。
母親の精神が、しっかりとしんのすけに受け継がれていることからも、それは明らかだ。
(私とは全然、違いますのね……)
沙都子の頭に忌まわしい映像が、次々と浮かびあがり、チカチカと明滅する。
――起こせといわれた時間に起こしたのに、殴られた。
――作ったご飯をひっくり返され、味噌汁を頭からかけられた。
――熱湯のような風呂に1万秒入っていろと言われた。
しんのすけはきっと、そんなことをする大人がいるなんて、思ってもいないだろう。
だから、あんなに澄んだ目をしていられる。
綺麗な目だなあ、と思う。
――どうして自分は濁っているのだろう?
人殺しをしてしまうくらい、魅音を盾にしていまうくらい、いつの間に自分は濁ってしまったのだろう?
そんな疑問が心の中に浮かんだ時、沙都子の心に憎悪の炎が灯った。
「私の引き起こした混乱のせいで、しんのすけさんの大好きなエルルゥさんは、死にましたわ……」
「……エルルゥ……おねーさんが……死んだ?」
しんのすけの顔が引きつるのを見て、沙都子の中の闇が大きさを増した。
「それだけじゃありませんわ……。私はさっき魅音さんを、この乱暴なお姉さんの刀から身を守るために、盾としてつかいました。
まあ、しんのすけさんのことは、会った時から盾にするつもりでしたけど……。なんの役にも立ちそうにありませんから」
ほほっと甲高い狂ったような笑声を上げ、
「さあっ!! 本当にこんな私と仲直りしたいしたいですの!? 謝ったらみんなが、許してくれるって思いますの? 答えてくださいなっ!?」
沙都子は狂気を宿した視線を、しんのすけに叩きつけた。
「黙れと言った!!」
怒声と共に、沙都子の顔面は床に叩きつけられた。
「しんのすけ君!」
「しんちゃん!!」
ロックとハルヒが同時に動き、しんのすけを無理矢理テーブルの足から引き剥がし、抱えあげて隣の部屋へつれていこうとする。
(そうですわ……。これが当然の反応、人間というものですわ)
人は人を許さない、自分を欺いた者を許さない。
悪いことをした者を、裏切った者を、二度と信じない。
昔、一度嘘をついて父親に虐待されたと訴えたことがあった。
後で嘘だと分かって、謝ったら、みんな許してくれた。
――その時は、そう思った。
だけど、みんな本当は許してくれてなんか、いなかった。
叔父の仕打ちに耐えかねて訴えた時、大人はみんな信じてくれなかった。
――あの子は嘘つきだから。
そう言って、自分の言うことを嘘だと決め付けた。
(しんのすけさんの顔が見えないのが、残念ですわ)
きっと恐怖と憎悪で顔を歪め、嫌なものをみるような目で自分を見ているだろう。
――それでいい
沙都子は暗い喜びに浸った。
――汚してやった
あの子に、人の恐ろしさ、汚さを見せてやることができた。
ほんの少し闇に染めてやった。
しんのすけの瞳の澄んだ光を、濁らせてやっ――
「なんで……無理して……そんなこと言うの?」
頭の中が真っ白になったように、沙都子は感じた。
(どうして……まだ、そんなことが……言えるんですの?)
激しい感情が沙都子の中で吹き荒れた。
渾身の力を込めて身を捩り、顔だけを起こし、
「……何を言ってるんですの!? 無理なんかしていませんわ!!
これが……。これが私の本性ですものっ!!」
(さとちゃんの目……どっかで……見たことあるゾ……)
沙都子の目は、しんのすけが見たことがある目だった。
(そっか、あの時の、風間君の目とおんなじ目だ……)
いつだったか、映画の中に入ってしまった時の友達と、同じ目をしている。
似合ってないのに、似合っていると思い込もうとしている。
無理に演じようとして、疲れてしまっている。それなのにやせ我慢して、口では辛くないと言う。
(ここはちゃんと言ってやるのが、お友達ってもんだよね……)
しんのすけは、口を開いた。
「さとちゃんに、悪役は似合わないよ」
沙都子の表情が凍りつき――
砕けた。
「あっ……」
一筋の涙が沙都子の頬をつたった。
そうするしかないと、思っていた。
生きてここから脱出するためには、にーにーに会うためには、最後の一人になるしかないと思っていた。
圭一だろうと、レナだろうと、梨花だろうと、魅音だろうと殺すつもりだった。
――でも本当は、人殺しなんて、したくなかった。
「うっ……あぁ……」
涙の筋は幾重にもつらなり、床に辿り着いて小さな水溜りを作っていく。
――しんのすけに毒を盛ったとき、エルルゥが死んだとき、魅音を傷つけたとき、もう戻れないと思った。
――自分はもう許されないと思った。
――でも、本当は――
「ごめんなさい……」
口からその言葉が漏れ出た瞬間、止まらなくなった。
涙が、感情が、堰を打ち壊してあふれ出した。
「ごめんなさい、エルルゥさん、魅音さん、しんのすけさん、ロックさん、トウカさん、ハルヒさん、キョンさん……ごめんなさい……。
ごめん……なさい……ごめんなさ……い……」
号泣しながら口にする謝罪の言葉には、溢れんばかりの悔恨の思いが込められていた。
思わずトウカが抑えつける腕を緩め、全員が絶句して動きを止める中、
「……さと……子?」
魅音が身体を起こした。
「沙都子っ!!」
状況を把握するやいなや、魅音は脱兎の如く沙都子に駆け寄ると、トウカを突き飛ばし、沙都子を胸にかき抱いた。
「……魅音さん……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめ……なさ」
「いい! 謝らなくていい! 分かってる、分かってるから……」
魅音と沙都子を呆然と見つめるトウカの肩を、誰かが叩いた。
「……しんのすけ殿」
「さとちゃんもそうだけど……。おねぇさんも……ああいう顔は似合わないよ」
トウカは力なく笑った。
さぞかし、凄まじい形相を浮かべていたのだろう。先ほどまでの自分は、身も心も鬼になっていたのだから。
「……お姉さんみたいに綺麗な人には、笑顔しか似合わないんだぜ?」
思いもかけぬしんのすけの言葉に、トウカは唖然として、目をしばたたかせた。
数瞬の沈黙の後、トウカはクスリと笑い、
「……かたじけない、しんのすけ殿」
「な、何か、そんな風に言われると……オラ、照れちゃうゾ」
顔を赤くするしんのすけに、トウカは柔らかな眼差しを注いだ。
この少年がいなければ、少女の心は救われず、自分は鬼となり、キョンの言っていた大事な物を失っていただろう。
そうなっても後悔はしなかっただろうが、やはり自分もこの少年に救われたと、そう思う。
「本当に……かたじけない」
「い、いやぁ〜。困っちゃうなぁ〜もう……」
深々と頭を下げられ、しんのすけは顔を真っ赤にして頭をかいた。
■
「――大したもんだ」
「本当にね……」
ロックとハルヒは、揃って嘆息したをついた。
自分達では、というより他の誰にも同じ真似はできないだろう。
合理的に考えれば、リスクを考えれば、という大人の論理を、アッサリと少年は蹴散らして見せた。
人を許し、人の心を救う。
途方もなく難しいことを、あの少年はやってのけたのだ。
感嘆のため息をもう一度つきつつ、
「――沙都子ちゃんにはもう、危険はないって思うかい?」
ロックの問いに、ハルヒは沙都子に視線を走らせた。
「アレが演技だとしたら、沙都子ちゃんは、アカデミー主演女優になれるわね」
「同感だね」
悪人の目で見ても、あの涙と謝罪は真実のものに見えた。
「ていうか……」
ハルヒは、ロックを見上げた。
「あんたはいいの?」
「人の過去に拘ってたらキリがない稼業についてるせいかな……。もう、忘れたよ」
ロックは軽く肩をすくめた。
「君は?」
「しんちゃんと一番裏切られた魅音が、いいっていってるのに、私が駄目って言えるわけないでしょ!
それに――」
「それに?」
「……エルルゥさんの遺志を、踏みにじるわけにはいかないわ。彼女のおかげで、私達、こうしてられるんだもの」
エルルゥがロックを庇わなければ、今頃自分達は疑心暗鬼の只中にあったろうし、
沙都子は第二、第三の犯行を犯し、引き返すことはなかっただろう。
エルルゥの死というある意味イレギュラーな死に伴う混乱が、皆に思考の時間を与えたのだ。
そして何よりも。
彼女は復讐を、これ以上の悲劇を、望まなかった。
故にこそ、トウカは沙都子を斬らぬことを、今の自分達は沙都子を許すことを、許された。
「薬師は人を救うもの……。エルルゥはそう言っていたよ」
呟くようにロックが言った。
「そう……」
ハルヒは、拳をぐっと握った。
(流石、アルちゃんの大好きだったお姉さんだわ)
大切な想い人を奪われ、最愛の妹を奪われても、彼女は他の命を奪わなかった。
エルルゥという少女は、最後の最後まで薬師であることを選択し、薬師であることを貫いて死んでいった。
(あたしも……)
――団長であることを、最後まで貫いてみせる。
「キョン! いつまで寝てんの!? いい加減おきなさい!!」
気絶したままの少年に向かって歩を進めながら、ハルヒは心の中でそう誓った。
■
市街地から少し離れた、日当たりの良い山の中腹に彼らはいた。
爽やかな春風がそよぎ、居並ぶ者達の頬を撫でていく。
彼らの目の前には、小さな盛り土があった。
誰もが沈痛な面持ちだった。
しんのすけですら、無言でじっと盛り土を見つめ、魅音と沙都子は、互いの手を握り合い、
激しい苦痛に耐えるような表情をしている。
「黙祷!」
ハルヒの号令と共に、全員が目を閉じ、思い思いのやり方で祈りを捧げた。
しばらくして、
「やめ!」
ハルヒは号令を発した。
素早く視線を走らせ、全員が目を開けたのを確認し、ハルヒは口を開いた。
「これより、SOS団特別ミーティングを行います!」
こんな時に何を、と思う者は誰も言わなかった。
それほど涼宮ハルヒの声は気迫に満ちていた。
「この場において、SOS団本来の活動を一時凍結し、臨時の活動目的を宣言します! それは――」
大きく息を吸い込み、
「全員、誰一人欠けることなくこの腐れゲームから脱出することっ!! 異議がある人間は、全部終わった後に、北高のSOS団HPまでメールしなさい!
一応、目だけは通してあげるわ!」
この場に異議がある人間などいようはずもない。
全員が大きく頷いた。
なおもハルヒの言葉は続く。
「活動内容の変更に伴い、団則も全て一時廃棄します。今、この場におけるSOS団の団則は一つ! たった一つの、シンプルな内容よ」
黒曜石の瞳に決意の光を宿し、ハルヒがその言葉を発しようとしたその時。
「……ねえ、団則って何?」
ハルヒはしんのすけに視線を向けた。
その視線に、怒りはなかった。
しんのすけの声が、あまりにも真剣だったから。
この少年は、大事な何かを感じ取り、その大事な何かを確固たる形で認識するために疑問を発したのだと、分かったから。
「団則っていうのは、みんなで守る約束のことよ」
「お約束……」
納得したように呟くしんのすけに、小さく頷いてみせ、
「臨時SOS団の特別団則は……。『互いを信じること』以上っ!」
――どうか皆お互いを信じて
それは、どこまでも優しかった少女の遺言。
この修羅の庭においては、もっとも難しいこと。
だからこそ、守らなければならない、貫かねば、ならない。
その場にいた全員が謹厳な面持ちで、改めて自分の心にくさびを打ちこもうとしたその時。
「……オラ、知ってる。大事なお約束をする時は……。こうするんだゾ」
しんのすけが、トウカに歩み寄った。
「トウカおねーさん。その刀……オラに貸して」
トウカは、真剣な眼差しで剣をしんのすけに手渡した。
誰もが無言で、しんのすけを見つめていた。
しんのすけが、何をしようとしているのか、皆には分かった。
少年の黒い瞳が、瞳に宿る輝きが全てを語っていた。
少年は、刀の重さによろけそうになりながらも、盛り土に近づいていく。
歩みは盛り土の前で止められ、剣が掲げられた。
その場にいた者達の心は、何かに引き寄せられるかのように、自然と一つになった。
一つになった心は、その時を待つ。
数瞬の間があり、少年の唇が動いた。
「きんちょう」
その言葉はあまりにも短く、込められた思いはあまりにも重く。
だが、居並ぶ者達は、少年の言葉が空高く登っていくのを感じていた。
どこまでも高く。
蒼天に浮かぶ白雲すら越え、どこまでも高く、高く――
■
「――みんな、異論はないわね?」
ハルヒが確認するように問いかけ、ロック、キョン、トウカ、魅音は頷いた。
墓を作りに行く前、念のため、病院に電話をかけてみたが、誰も出なかった。
異常事態が起こっている可能性がある。
故にこれから、ハルヒ、ロック、キョン、トウカの4人で病院に向かう。
病院にトグサがいればよし、ipodの中身を確認してもらい、ドラえもんがいれば接触し、ディスクを手に入れる。
慎重意見も出たが、キョンは病院に行くことを強く主張した。
水銀燈や遠坂凛は危険だが、彼らのスタンスからして、そうそう仲間の前で暴れたりはするまい。
こちらが終始、交渉だけで済ませようとすれば、まさか仲間の前で実力行使にでることはないだろう。
それでも危険は伴うが、待っていたところで幸運などやってくることはないということは、これまでの例で明らかだ。
(ハルヒや園崎を、早く楽にしてやらんとな……)
強く病院行きを主張するキョンに、ハルヒが賛成し、トウカもそれを支持したため、慎重派のロックが折れるという格好となった。
ただ、反対していたロックが同行を申し出てくれたのは、予想外だったが、ありがたい。
頭が切れて、交渉の場数を踏んでいる彼がいれば、話し合いは上手くまとまるだろう。
「ハルヒ……。やっぱりお前は、園崎達と……」
魅音は、しんのすけ、沙都子と共に民家に残ることになっていた。
沙都子は骨折しているし、しんのすけには薬の後遺症がある。
この二人を連れて危険人物がいる場所へ向かうわけにはいかないが、となる誰かが残ってこの二人を守る必要がある。
そしてトウカ以外で、戦力になりそうな人間となると、魅音しかいない。
「団員だけ、危険な場所に突っ込ませるわけにはいかないでしょ!」
「しかしだな……」
キョンは眉間に皺を寄せた。
病院にいるのは、危険人物の疑い濃厚な遠坂凛と水銀燈という人形だ。
いくら運動神経が発達しているとはいえ、ハルヒは生物学的には女性であるわけだし、怪我もしている。
「何と言うかだな……。王将というものは、後ろに鎮座しているもんじゃないのか?」
無駄だとは知りつつ、キョンは説得を試みた。
「まあまあ、キョン……。ハルヒの気持ちも汲んであげなよ」
思わずキョンは、忠臣だと思っていた人間が実は奸臣だったときづいたような将軍の目で魅音を見た。
「気持ちとやらは十分、分かった上で言ってるんだがな」
「いや、そういうことじゃなくてさぁ……」
魅音はやれやれと言うように、かぶりを振った。
――分かってねーな、コイツ
とでも言いたげな感情がその動作に込められているようで、キョンは憮然とする。
(何だってんだ?)
まったくもって不可解だ。
ところが何故か、トウカまでが、魅音と同じような顔をしている。
キョンは首をかしげた。
「大体ねえっ! ヒラのあんたが、団長たるあたしに異を唱えるなんて10年速いのよ!」
頬に朱をのぼらせて、ハルヒが怒鳴る。
「分かった、分かった」
キョンは嘆息した。
(何も、真っ赤になるほど怒らんでもいいだろう)
まあ、元気が出たのはいいことだ。
落ち込んでいるハルヒを見ていると、どうも調子が狂う。
(だが、空元気も混じってるのは確かだろうしな……)
今朝方の騒動の時見せたハルヒの表情を思い出し、キョンは嘆息した。
危険な所にいけば、また心の傷が増えるかもしれない。
命の危険もだが、それも心配だ。
だから、ハルヒには魅音達とあの家で待っていて欲しかったのだが……。
「ほらっ! グズグズしない!」
腕を掴まれて引き摺られながら、キョンはもう一度嘆息した。
その様子を苦笑交じりに見ていた魅音に、
「魅音……あんたなら分かってると思うけど……」
「大丈夫だよ、ハルヒ。窓際に立たなけりゃ、見つかる心配もないからさ。こっちのことは心配しなくていいよ」
実際問題、数あるうちの民家の一軒を敵が襲う可能性は低いといえた。
人がいるかどうかなど、分かろうはずも無いからだ。
「……くれぐれも、油断しちゃだめだよ、ハルヒ」
どう考えても、遠坂凛や水銀燈のいる病院へ向かう、4人の方が危険だ。
魅音は、表情を引き締めながら言った。
「分かってるわ。じゃ、また後で」
「――ハルヒ!」
どこか苦いものが混じった魅音の呼びかけに、ハルヒは足を止めた。
「今朝は、本当に……ごめんね」
「何のこと? 過去を振り返ってちゃ、明日は見えないっていうわ」
不敵に笑って、ハルヒは右手を差し出した。
「また、後でね。魅音」
「うん……。後でね」
魅音はその手をしっかりと握った。
「よしっ……。出発するわよ!」
ハルヒが歩き出し、引き摺られながらキョンがその後に続く。
「魅音殿、すまぬ。魅音殿のこともお守りしたいのだが、某の身体は一つしかないゆえ……」
「そんな……。そんなこと……」
トウカに頭を下げられ、魅音は声を詰まらせた。
エルルゥを殺してしまった自分には、トウカに守ってもらう資格などありはしないのに。
トウカの声はどこまでも優しく、本当に心配そうで……。
「そんな顔をしては、いかんというのに」
トウカは微笑んだ。
「……魅音殿は、笑顔でいてくだされ。それを、エルルゥ殿もきっと望んでおられる!」
両手で力づけるように魅音の両肩を叩き、トウカは言った。
涙をこらえ、魅音は何とか笑顔らしきものを浮かべてみせた。
「トウカさん。気をつけてね……。無茶、しないでね」
「ああ! 某は、トゥスクルに帰らねばならぬ。だから必ず……戻る」
トウカは大きく首肯しながら言った。
自分がトゥスクルに帰ることは、エルルゥの最後の望みの1つだ。
誓ったからには、必ず守る。
トウカは、もう一度魅音に笑いかけると、キョンとハルヒの方へと歩き出した。
集団の輪の中から少しはなれた場所に沙都子はいた。
まだ、あの中には入っていけない気がして……。
「沙都子ちゃん」
「ロックさん……」
沙都子は、目を伏せた。
「……沙都子ちゃん、目を逸らしちゃ駄目だ」
沙都子の体がびくりと震えた。
「魅音ちゃんが持ってる銃が、見えるかい?」
沙都子が顔を上げるのを待って、ロックは続けた。
「あの銃の引き金を引いたのは、君だ……。分かるね?」
沙都子が口元に手を当てた。顔から血の気が引き、目に涙が浮かぶ。
だが、苦しそうに、本当に苦しそうに顔をゆがめながらも、沙都子はコクリと頷いた。
「それが分かってるなら、いい」
それだけを言って立ち去ろうとして――
ロックは足を止めた。
「行かないのかい?」
「……行って……いいんでしょうか?」
沙都子の声は震えていた。
「……君が望み、それを許す人がいるのなら、俺はいいと――」
「沙都子――っ!! こっちきなよっ!! キョン達、行っちゃうよ!?」
沙都子とロックは思わず顔を見合わせた。
「……どうするんだい?」
答えは返ってこなかったが、沙都子の表情から答えは明らかだった。
涙を拭って顔を上げ、
「少し、待ってくださいまし!! 今、行きますわ!!」
松葉杖をついて遠ざかっていく沙都子を見ながら、ロックは大きく息を吐いた。
(エルルゥ……これで、いいんだろ?)
きっと彼女なら、沙都子を許してくれるはずだ。
ロックは、エルルゥの墓に目をやった。
(俺に何が出来るか分からないが……。出来るだけのことはする。どうか見ていてくれ)
ハルヒ達と合流すべく、ロックは歩を進めた。
「んしょ……っと」
泥だらけになった手で、額の汗を拭いながらしんのすけは、立ち上がった。
「う〜む」
眉根に皺をよせ、横から、斜めから、角度を変えて見てみる。
「うん! かんぺき!!」
しんのすけは満足そうに頷いた。
しんのすけの視線の先で、彼によって植えられた2本の花が、風に揺れていた。
「まったくもぉ〜。お墓には、お花が必要だってこと、みんなど忘れして、お話してるんだからぁ〜」
仕方が無いなあ、と肩をすくめ、しんのすけはもう一度、花を見やった。
隣同士に咲いていた2本の花は、やっぱりとても、綺麗に思える。
苦労して探してきた甲斐が、あったというものだ。
「おね〜さん。気にいったぁ?」
返事は返ってこなかった。
でも、きっとエルルゥお姉さんなら、ニッコリ笑ってありがとうって言ってくれる、そんな気がした。
ちょこんと、盛り土の前に座り、
「……オラ……もっと、お姉さんとお話したかったな……」
優しい声を、もっと聞きたかった。
あの綺麗な子守唄を、もう一度聞かせて欲しかった。
心からの笑顔を、見てみたかった。
――でも、もう無理だ。
死者は、しゃべらない、歌わない、笑わない、何もできない。
それを、しんのすけは知っている。
視界が揺れそうになるのを、しんのすけは、歯を食いしばって堪えた。
(泣いちゃ……駄目だ……)
悲しいことがたくさんあったせいで、エルルゥお姉さんは、とっても悲しそうな顔をしていた。
自分が泣いたら、きっとあの優しいお姉さんは、もっと悲しそうな顔をするだろう。
そんな顔をさせては、いけない。
だって。
「女に涙は……似合わねぇ……ぜ」
一言一言、噛み締めるように言って、しんのすけは乱暴に目元を拭った。
「しんのすけ――っ!! ハルヒ達のお見送りしようよ――っ!!」
「ほっほ〜い!!」
魅音の呼びかけに、力いっぱい叫び返し、しんのすけは走り出す。
(バイバイ……。オラ……エルルゥお姉さんのこと……絶対忘れないから……)
悲しい瞳も、優しい声も、あの歌も、決して忘れない。
少年は、強く心に誓い、地を蹴った。
■
山の中腹に集った者達は、二つに分かれていく。
別れの言葉はすませた、言うべき言葉も言った。
だから、見送る者達はただ、こう口にする。
「行ってらっしゃい」と。
歩む者達は、足を止めない。
止めている時間がないことを、知っているから。
だから、一度だけ振り返ってこう口にする。
「行ってきます」と。
再会を誓い、彼らは分かれていく。
彼らを照らすのは、朝日の赤光ではなく、登った日の、白光。
暁の時は、幕開けの時は、終わったのだ。
蒼天の空の下、彼らは、別れていく。
同じ誓いを胸に、歩みを進めていく。
きっとまた会えることを、信じて。
【C-4・山間部と市街地の境目付近/2日目・午前】
【ロック@BLACK LAGOON】
[状態]:眠気と疲労、苦悩
[装備]:ルイズの杖、マイクロ補聴器
[道具]:デイバッグ×2、支給品一式×2(-2食)、黒い篭手?、現金数千円、びっくり箱ステッキ(使用回数:10回) ひらりマント
[思考]:
基本:力を合わせ皆でゲームから脱出する。
1:トグサと接触し、ドラえもんのディスクを手に入れる
2:交渉で、何とか遠坂凛と水銀燈を出し抜く。(彼女達は最大限に警戒)
3:君島の知り合いと出会えたら彼のことを伝える。
[備考]
※しんのすけに両親が死んだことは伏せておきます。
※顔写真付き名簿に一通り目を通しています。
※参加者は四次元デイバッグに入れないということを確認しています。
※ハルヒ、キョン、トウカ、魅音、エルルゥらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【トウカ@うたわれるもの】
[状態]:左手に切り傷、全身各所に擦り傷、精神疲労(中)、強い決意
[装備]:斬鉄剣
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-3)、出刃包丁(折れている)、物干し竿(刀/折れている)
[思考]
基本:無用な殺生はしない。だが積極的に参加者を殺して回っている人間は別。
これ以上の犠牲は絶対に出さない、何が何でもキョン達は守り抜く。
1:キョン、ロック、ハルヒを守る
2:魅音、沙都子、しんのすけを守る
3:生きてトゥスクルに帰還する
4:アルルゥの仇を討つ。
5:セイバーを討つ。
【キョン@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:疲労、全身各所に擦り傷、憤りと強い決意
[装備]:バールのようなもの、スコップ
[道具]:デイバッグと支給品一式×4(食料-5)、わすれろ草、ニューナンブ(残弾4)、
キートンの大学の名刺 ロープ、ノートパソコン+ipod(つながっている)
[思考]
基本:殺し合いをする気はない、絶対に皆で帰る
1:是が非でも、トグサと接触してデーターを検分してもらい、ディスクも手に入れる
2:ハルヒや魅音が心配
3:その場にいるであろう凛と水銀燈には、最大限、警戒を払う
[備考]
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「ミステリックサイン」参照。
※キョンがノートパソコンから得た情報、その他考察は「仲間を探して」参照。
※ハルヒ、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
【涼宮ハルヒ@涼宮ハルヒの憂鬱】
[状態]:頭部に中度の打撲(動くのに問題は無し)、疲労、
[装備]:クローンリキッドごくう(使用回数:残り2回)、
[道具]:着せ替えカメラ(使用回数:残り17回)
[思考]
基本:団長として、SOS団のメンバーや知り合いと一緒にゲームから脱出するために力を尽くす。
1:病院にいるというトグサと接触し、ドラえもんからディスクを手に入れる。
2:その場にいるかもしれない凛と水銀燈は最大限に警戒
3:団員の命を危機に陥らせるかもしれない行動は、できるだけ避ける
3:遠坂凛と水銀燈は絶対に許さない(だが、団員の命を守るために、今は戦いを避ける)
[備考] :
※腕と頭部には、風の包帯が巻かれています。
※偽凛がアルルゥの殺害犯だと思っているので、劉鳳とセラスを敵視しなくなりました
※キョン、トウカ、魅音、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【園崎魅音@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:疲労、右肩に銃創(弾は貫通、応急処置済、動作に支障有り)、
[装備]:AK-47カラシニコフ(20/30)、AK-47用マガジン(30発×3)
[道具]:なし
[思考]
基本:バトルロワイアルの打倒
1:民家に戻る
2:沙都子としんのすけを守る
3:病院へ向かったみんなが心配
[備考]
※キョン、ハルヒ、トウカ、エルルゥ、ロックらと詳しい情報交換を行いました。
※キョンの持つノートPC内の情報を得て、考察しました。
【野原しんのすけ@クレヨンしんちゃん】
[状態]:全身にかすり傷、頭にふたつのたんこぶ、腹部に軽傷、SOS団名誉団員認定、筋力低下剤の服用によるだるさあり(会話くらいはできる)
[装備]:
[道具]:デイバッグ、支給品一式(-1食) 、プラボトル(水満タン)×2
[思考]:
基本:家族揃って春日部に帰る。
1:民家へ戻る
2:沙都子と魅音と一緒に、ロック達が帰ってくるのを待つ
【北条沙都子@ひぐらしのなく頃に】
[状態]:右足粉砕(一応処置済み) 、
[装備]:スペツナズナイフ×1
[道具]:基本支給品一式(食料 -1)、トラップ材料(ロープ、紐、竹竿、木材、蔓、石など) 簡易松葉杖、どんな病気にも効く薬
[思考]
基本:みんなで一緒に脱出する。
1:民家へ戻る
2:ロックたちを待つ
3:自分を許してくれた魅音としんのすけを守りたい。
風が、山の中腹にある、小さな盛り土の側に植えられた2本の花を揺らした。
1本は、6枚の花弁を持ち、その色は赤。
1本は、袋形の花をいくつもつけていて、その色は青。
2つの花は、ある世界の、ある国の花によく似ていた。
悲しい伝説を持つ2つの花に、よく似ていた。
その、花の名は――
水飛沫とともに、私の顔が川より引き上げられる。
「ぐ…っ、うううううっ…………あああっ……」
私の意識を奪わんと活動を続けている痛みは水面から空気へと移され、更なる鋭さを増して襲い掛かっていた。
それに耐え切れずか、先ほどの戦闘による余波か私の体は崩れ落ち地面へとへたり込む。
治療のため河川の水で洗浄した後頭部の傷口の痛みは、もはや形容しがたい物となり私の意識を奪おうとする。
それでも、私は意識を失うわけにはいかない。
今意識が無くなれば二度と目覚めることは無いという感覚だけが、私の意識を苦痛の最中へと踏み止める。
痛みだけが、私の思考を支配する。故に余計なことを考えなくて良い。
――そう、私の体を震わせてた畏怖すべき存在、セラス・ヴィクトリアのことでさえ今は考えなくて良い。
アヴァロンから供給される魔力を使い、逐次傷を修復する。
それが幾時ほど続いたか、私の体を紅く染め続けていた出血はようやく止まる。
傷は予想以上に深かった。
形容でなく骨さえも削り捨てたあの一撃により、ほぼ全ての体力が血とともに失われることになった。
あの場からの遁走後、使えるだけの魔力を傷の処置に費やした。それでも傷口から血はまだ止まらなかった。
傷口は魔力によって応急処置程度の治療は施されたが、汚水にまみれたその傷がいつ悪化するとも限らなかった。
だから河川の水で汚れを落とし、これ以上の悪化を防ぐというわけであった。
治療こそ一段落したが体力も、魔力も無い。今この場で交戦すれば何も出来ずに死ぬだろう。
その事実に気がついた私の心を、恐怖が再び染め上げる。
……死にたくない。逃げ出したい。そう思っても体は動かない。
私の意志と反して、再び体が震えだした。
セラスへの畏怖が、異形への恐れが再び思考を支配する。
――誰かに罵られている。それはセラス・ヴィクトリアであった。
それは君島邦彦であり、鉄槌の騎士であり、無名の剣士であり、眼鏡の少年でもあった。
『失望した』『死んでしまえ、臆病者』『勝負を汚した下賎なるものめ』『それでも騎士か』
次々に私を罵る声が増えていく。そこには私の守りたかった民もまた居た。
お前なんか王じゃない。敵前逃亡など国の恥だ。とまで言われた。それでも構わなかった。
なぜなら、私は彼らの言うとおりの人間であったから、真実だから受け入れるしかない。
私は王でも騎士でも無い、何も出来なかったアルトリアという少女なのだから。
それでも、譲れないものがたった一つだけある。
「……私は課せられた責務を果たすために居るっ! 責務を果たすためならばどれだけ罵られようとも、下衆であろうとも構わない!
貴方達が死を望もうとも、私はまだ死ぬわけにはいかない! 」
罵りの声は止んだ、最後に一つの問いかけを残して。
『貴方にそれが出来るの?』
私は地に伏していることに気がついた。気絶していたことに気がついたのはそれから数刻後。
空を見上げ、太陽の位置を確認する。
空に浮ぶ太陽は真南へと到達しておらず、まだ昼に達していないことを示していた。
その位置の進みから考えて、あの戦いから数時間経過といった所か。
立ち上がることさえできなかった私の体は、ようやく立ち上がるほどの体力を戻していた。
アヴァロンを杖として体を支えながら、より休息しやすい近くの民家へと移動を開始する。
足取りは重かった、最後の言葉が重かった。
「私…は……」
迷ってばかりいた。迷わないと決意したのに迷ってしまった。良心の呵責に苛まれ何度も失敗を犯した。
本当に願いを叶えたいのなら、何故一思いに殺さなかったのか。
何故一思いに君島邦彦を貫ぬけなかったのか。
あの救いのヒーローと答えたぶりぶりざえもんを、何故あの時生かしてしまったのか。
何故私はセラス・ヴィクトリアを恐れ、遁走してしまったのか。
私のつまらない意地のために、この殺し合いの場において沢山の罪も無い人々を殺した、死んでいった。
私の望みを叶えるためならば、罵られようと、蔑まれようと、意地を通して全てを切り捨てていかなければならなかった。
私はあの時それをしなかった。そうすることができたのにしなかった。
迷いのために臆病者と成り果て、騎士王としての誇りさえも失った。
何故、選定をやり直すという目的のために全てを捨てることができなかったのか。
願いを諦めることは出来ない、でもその自信は揺らいでいた。
程なく民家へ辿り着き、私はそのままベッドへと倒れこんだ。
その手にあるのは剣ではなく再び剣の鞘、アヴァロン。
剣は三度折れた。二度は選定の剣、そして竜殺しの大剣。
折れずに残ったのは剣の鞘だけであった。
……また、鞘を剣として戦わねばならなくなった。
剣よりも強い鞘というのは、何たる皮肉か。
……いや、剣よりも鞘が強かったのだ。
仲間を守り意地を通した君島邦彦、鉄槌の騎士、そしてセラス・ヴィクトリア。
彼らは私よりも力量で劣っていた。だが彼らは私に打ち勝った。
そう、彼らは鞘だった。仲間を護り、思いやる鞘だった。
私は剣だった。無慈悲に敵を打ち砕く剣であった。
剣は誰かを護ることは出来ない。私が国を護ることなど出来はしなかったのだ。
私が王としてふさわしくなかった理由、王に必要なのは民や仲間を思いやり、理解する心だったのだ。
その意志の力は剣さえも凌駕し、打ち砕いた。
――だが私は鞘であることを選ばなかった。剣を取り民を護ろうとしたことがそもそもの間違いだったのだ。
今ならマーリンが何故剣を選んだ私を怒りつけたのか理解できる。最初から間違えていたからだ。
彼らの意思を理解できなかった。誰かを護るということを理解していなかった。
理解できなかったから、自分にはその生き方を真似できないから、怖かったのだ。
間違いだらけの自分を彼らの意地によって完璧に否定されたから、震えが止まらなかったのだ。
私は、ブリテン王の器たる人物では無かったのだ。
「ははははっ……」
乾いた声が室内に木霊する。それは自嘲であり、諦めの声であった。
何故私が国を滅ぼしたか、それは私が王たる資質を持っていなかったからだ。
そう理解してしまえば、私が長い間抱き続けていた疑問にも確信が宿る。
――選定の剣は間違っていた。自分よりもふさわしい者があの剣を引き抜くべきだったのだ。
私は剣でしかない。剣士のクラスであるセイバーのサーヴァントであり、それ以上でも以下でも無い。
今から鞘の生き方を真似しようとしても、血塗られた剣となった私にもうそれはできない。
鞘を失ったために私の国を護れなかったように、出来はしない。
私に出来ることは、剣を取り敵を打ち倒すことだけなのだから。
もう私は誰かを護ることなど出来はしないのだ。
それでも私は国を、民を護りたかった。その心に偽りなど無かった。
でも、私には国を護る資格などありはしなかった。
だから私は私の変わりに国を護ってくれる者に王位を譲り、国を護って貰いたい。
失望されようと、臆病者であろうと、敗北者であろうと、騎士王でなくても、決して譲るわけにはいかない。
私が私であるために、それだけは絶対に譲るわけにはいかない。
――あのセラスや君島邦彦、鉄槌の騎士のような仲間を護る鞘のような人間に王位を譲ることこそが私の責務。
だからこそ私は負けるわけには、死ぬわけにはいかなくなった。
死んでしまえば間違いを正すことが出来ない。私が産んでしまった不幸を正すことが出来ない。
本当に手に入れたいものの為に、私は全てを捨てて進むしかないのだ。
だから私が剣として出来る最良の手段。全てを切り捨てて、全てを無かったことにする。
どれだけ怖くても、どれだけ困難な道であろうとも、立ち向かわなければならないのだ。
君島邦彦が、ぶりぶりざえもんが、鉄槌の騎士達が、セラス・ヴィクトリアが通した意地というのは、きっとそういうものであったのだ。
それが私には、なかった。
もう迷いも震えも無い。私は矮小な人間であり、ただ剣を振るって不幸を生むだけの哀れな道化だ。
理解することを諦めてしまえば、恐怖など何も無い。
だから出来る事をする。剣として一つの不幸を切り捨て、一つの不幸を無かったことにする。
救いたいのは護りたかった国、救えないのは哀れなこの殺し合い。
私の我侭を、責務を果たすのはそれだけしかない。
そのためなら何を使っても、どんな犠牲を払ってでも成し遂げなければいけない。
――剣が欲しくなった。私の間違いとともにあったあの剣が……
無名の剣士、アサシンのサーヴァントである小次郎が漏らしていたエクスカリバーの情報。
それによれば、この殺し合いの場にて私の剣であるエクスカリバーを持つ者がいるらしい。
その者から剣を奪い、私の間違いとともにあり続けた剣で全てを清算しよう。
勝ち残るためならば黒き少女であろうとなんであろうと、利用できるものは利用する。
結局の所、私はあの仮面の男と同じ畜生道に生きるしかないのだ。
――私は絶対に生き残らなければならない。最初の過ちを正すために…………
彼女は間違っていた。本当に必要だったのは鞘となり彼女を護る人間であった。
――それはもう何処にもいないから、彼女も決して救われない。
【B-4 民家/2日目/昼】
【セイバー@Fate/ Stay night】
[状態]:全身に軽度の裂傷と火傷、頭部に重傷(治療済み)、疲労(大)、魔力消費(大)、強い決意
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:支給品一式(食糧なし)、スコップ、なぐられうさぎ(黒焦げで、かつ眉間を割られています)@クレヨンしんちゃん
:アヴァロン@Fate/ Stay night
[思考・状況]
1:休息し、魔力と体力の回復を待つ。
2:エクスカリバーを手に入れる、必要ならば所持者を殺害する。
3:水銀燈との休戦協定、同盟を考慮する。
4:エヴェンクルガのトウカに預けた勝負を果たす。
5:絶対に生き残り、願いを叶えて選定の儀式をやり直す。
[備考]
※アヴァロンが展開できないことに気付いています。
「イマイチ腑に落ちねェな」
病院へ向かう道中、ふとレヴィがそんなことを呟いた。
「腑に落ちないって、何がです?」
「あのゲインとかいうヤローさ。
あいつ、エクソダス請負人とかいってたが、要は獄中に入れられた囚人を連れ出す逃がし屋みてェなもんなんだろ?」
「本人は捕らわれのお姫様を助け出すナイトのつもりでいるんでしょうけどね。
エクソダスを請け負うこと自体、逃亡の手助けをしているようなもんですから……まぁ言ってみればそんなとこでしょうね」
でも、なんだって急にそんなことを?」
「なに、あいつからはあたしと似たような臭いを感じたからよ……大声でみんなを脱出させてやるなんて言ってやがったが、
その目的はなんだ? 逃がし屋ってのは報酬がなけりゃ動かない。まさか、正義のヒーロー様を気取りたいわけでもないだろ?
善人ぶった仮面の下で、どんな腹の黒いことを考えてるか分かったもんじゃねぇぜ?」
「案外、後で助けた女性全員から口づけでも要求してくるかもしれませんよ?」
「そんときゃあたしが真っ先にくれてやるよ。ベーゼの変わりに9mmパラベラム弾を嫌ってほどな」
「はは……」
腰元の愛銃ソード・カトラスに手をやりつつ、レヴィは妖艶に微笑んで見せた。
彼女の隣を歩くゲイナーは、得体の知れない冷や汗が頬を伝うのを感じ、僅かに青ざめる。
お気に入りをの銃を手に入れたレヴィは、正に水を得た魚だ。
二挺拳銃(トゥーハンド)の代名詞たる銃は二挺揃ってこその代物と言えたが、対成す銃、ベレッタM92Fはカトラスの基盤ともなった銃である。
本質的にはどちらも同じ。ベレッタとベレッタカスタムの二挺を携えたレヴィは、狂犬本来の性質を取り戻しつつあった。
このゲームで長らくレヴィに連れ添ったゲイナーは、その恐ろしさをおぼろげながら感じ取っていたのだ。
故に、不安に思う。ゲインはもしかしたら、渡してはいけないものを渡してしまったんじゃないだろうかと。
「そうだゲイナー、たしかアイツ、黒いサザンクロスとか言ってたよな。ちょうどいい、その話詳しく聞かせろ」
単なる目的地までの移動時間、無駄口を好まないレヴィとしては、珍しく饒舌だった。
人の過去を詮索するという行為は、裏の世界において言えば自らの寿命を縮めることに繋がる。
カトラスを得たことで余裕を持ったのか否かは定かではないが、今のレヴィに反抗するのは、なんとなく危うい香りがした。
ゲイナーは自分の知る範疇でゲインの詳細について話し、黒いサザンクロスと恐れられる所以、それほどの名を勝ち得た狙撃の腕前などを説明する。
「へぇ……そいつァおもしれェ。カズマほどじゃねェが、まだまだ楽しめそうな奴はいるってことか。
イイネ、最高だ。相棒も長いこと燻らせちまったことだし……ここらでもうひとドンパチ起こすとするかね」
心の底から嬉しそうな表情をするレヴィに、ゲイナーは思わず戦慄する。
今のレヴィは、血に飢えた獣だ。これは比喩表現などではなく、その獣性は正しく荒野を駆ける狼のそれと大差ない。
ここから先、橋の付近でまた件の襲撃者が訪れないとも限らない。
もしそうなれば、恐らくレヴィは喜んで銃を抜くことだろう。
着々と心労を蓄積させるゲイナー少年は溜め息一つ、いつか狂犬の海賊刀の餌食になるかもしれない男を思った。
単身で数々の情報入手を果たし、今も一人で動いているゲイン・ビジョウ――無茶をしていなければいいのだが。
▼ ▼ ▼
ゲインが訪れた夢のテーマパークは、想像の域を超えた地獄絵図と化していた。
破壊された遊具が地上のアスファルトに亀裂を与え、ここで行われた戦闘の荒々しさを物語っている。
銃撃戦や格闘戦などではこうはならない。大砲のような大掛かりな武器を用いたか、それともフェイトのような魔法使いによる戦闘でもあったのか。
ほぼないであろうと思っていた、オーバーマンの運用すら考えざるを得ない凄惨な光景。
並の思考回路を持つ人間ならば、こんなところに身を潜めようとは思わない。
特に、この北門付近に置かれた事務所などには。
「酷いなこりゃ……」
黒く濁った血液と、半液化した桃色の脳漿、乾燥して本来の質感を失いつつある皮膚や肉。
それらが床一面に散らばり、拷問部屋と化していた事務室内部。
そして極めつけは、事務室前に供物のように安置された、長い物体と白い物体。
長い物体の正体は、その長さと太さから、十代くらいの少年の片腕と判別することができた。
もう一方の白い物体は、恐らく頭蓋骨……一部分をハンマーか何かで砕かれ、脳漿や血、目玉なども全て刳り出された、人間の頭部だったモノ。
「エグい殺し方をする。このゲームは意思の強いご婦人が多数参加しているようだが、一方でどうしようもない快楽殺人者がいるようだ」
舌打ちし、ゲインは心中で憤怒の炎を燃え上がらせた。
無差別破壊活動の痕跡に、精神が狂ってるとしか思えない虐殺の惨状。
もしや、偶発的に亜空間破壊装置を破壊したという劉鳳なる人物の仕業だろうか……?
まだ詳細の知れぬ人物故に、十分警戒する必要があった。
ともかく、今は当面の目的を果たさなければ。
こんな戦争跡地のような場所に好んで隠れる輩がいるとも思えないが、その逆の真理を突く者がいないとも限らない。
ゲインは遊園地内を数時間渡り歩いたが、人気はまったくなく。
怯えすすり泣く子供の声も聞こえないし、一人でのこのこと遊園地を徘徊する男を狙う殺気も感じない。
ツチダマの影もまったく見当たらず、ゲインは途方にくれていた。
これでは完全な無駄足である。ゲインは近くのベンチに腰を落ち着かせ、頭を抱えた。
(恐らく、俺みたいな体格のいい男が仏頂面掲げて探し回ったところで、隠れている子は出てきてはくれないだろう。
身を隠すくらいしか防衛の手段がない弱者から信頼を得るにはどうするか……並大抵の方法じゃ難しいだろうな。
だが、俺はその唯一と言ってもいい信頼を得る手段を持っている。あれを使えば、隠れた子猫もあるいは出てきてくれるだろう。
問題は、リスクが馬鹿でかいところなんだがな)
ゲインは肩に下げていたデイパックを開き、中から古ぼけた機械を取り出す。
それは、一台の拡声器だった。
(これなら遊園地の全域にまで俺の声が届く。隠れた参加者に、俺に戦意がないという事実を知らせることが可能だ。
だがもし近くに殺人者がいた場合を考慮すると……こいつは大きな賭けになる。覚悟は必要だろうな)
警戒心を怠ることは、死に直結する。
ゲインはそれを理解していたからこそ慎重に動き、常に最善の行動を心がけていた。
昔も、そしてこれからも。
常に、最善の選択を。
――…………しんのすけ……を……よろし……く…………
最善の、選択。
(今さら、どの口がそんな戯言をほざくんだか)
ゲインは既に、道を誤っていた。
目の前で女性を、一心に我が子を思っていた母を死なせるという、男にあるまじき愚行を働いてしまった。
事故などという言い訳をするつもりはない。みさえを助けられなかったのは、ゲインの責任だ。
彼女の願いを叶え、エクソダスを遂行するためにも、ゲインは行動しなくてはならない。
最善の選択というのは、決して安全策を取ることばかりではないのだから。
ゲインは決意し立ち上がると、羽織っていたコートでしっかりと身を隠し、フードも深々と被る。
幸いにも、ゲインのコートは防弾性だ。万が一不意の狙撃に見舞われた場合にも、ある程度は対応できる。
あとは、運に身を任せるだけ。
ゲインは拡声器のスイッチを入れ、遊園地の中央広場で高々と叫んだ。
『――俺の声が聞こえているか!? 俺の名前はゲイン・ビジョウ!
俺は今エクソダス……このゲームに反逆し、脱出する意思のある仲間を集めている!
どうか、俺の声に耳を貸して欲しい! そしてもしこの世界から脱出したいという意思があるなら、怖がらずに姿を見せてくれ!』
恐れる素振りを毛ほども見せず、勇猛果敢に声を張り上げる。
しばらく待ってみるが……周囲からのリアクションは、ない。
(まだだ。もし俺の声が届いているなら、今は悩んでいる最中のはずだ。男は根気と粘り強さが勝負――!)
再び口元に拡声器を当て、叫ぶ。
脱出への意思表明を。
皆を照らす、希望の光となって。
▼ ▼ ▼
318 :
名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/27(金) 02:25:05 ID:TPep/qkF
数十分後。
園内のベンチには、項垂れるゲインの姿があった。
「収穫は……なし、か」
リスクを伴った決死のトライ――結果として、ゲインの声に賛同し、姿を現してくれた者はいなかった。
ゲインの意志が届かなかったのか、それとも単に、周囲に人がいなかっただけなのか。
どちらにせよ、ゲインは新たな仲間を見つけることも、殺人鬼に怯える弱者を保護することもできず。
不甲斐ない。なんと不甲斐ない。残った感情は、それだけだった。
時刻は既に10時を回っている。
そろそろ遊園地を出発しなければ、集合時間に遅れてしまう。
(このままゲイナーにどやされるのも敵わんからな。これ以上ここで燻っていても結果は同じだろうし、そろそろ発つか)
ゲインは手に握った拡声器をデイパックに戻し、ベンチから腰を上げた。
元は高校の校舎に置かれていた、ボロボロの拡声器。
傷だらけだったそれは、見た目どおり壊れかけのオンボロだったらしく、しばらく運用してすぐに故障してしまった。
伝家の宝刀はその本懐を発揮することなく、その仕事を終える。
「……機会があれば、またここに来る。今度は仲間も一緒にな。その時は、姿を見せてくれると嬉しいよ」
誰にでもなく、そんな言葉を漏らし、ゲインは中央広場から去っていった。
(ノハラ・シンノスケ……君はいったいどこにいるんだ?)
みさえがゲインに託した、野原家最後の希望。
ゲインのエクソダスは、彼を無事に保護しないことには終われない。
請負人は、一度請け負った仕事は完璧にこなさなければならない。
それがご婦人の頼みともなれば、なおさら――
ゲインは拡声器を使った!
しかし、何も起こらなかった!
【D-4・路上/2日目/午前】
【魔法少女ラジカルレヴィちゃんチーム】
【レヴィ@BLACK LAGOON】
[状態]:上機嫌。脇腹、及び右腕に銃創(応急処置済み)頭にタンコブ(ほぼ全快)、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い。
[装備]:ソード・カトラス@BLACK LAGOON(残弾15/15 予備残弾31発)、ベレッタM92F(残弾10/15、マガジン15発)
:グラーフアイゼン(待機状態、残弾0/3)@魔法少女リリカルなのはA's
[道具]:デイバッグ×2、支給品一式×2、イングラムM10サブマシンガン(残弾13/30 予備弾倉30発 残り2つ)
:グルメテーブルかけ(使用回数:残り16品)@ドラえもん、ぬけ穴ライト@ドラえもん 、テキオー灯@ドラえもん
:バカルディ(ラム酒)×1本、割れた酒瓶(凶器として使える)、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。物事なんでも速攻解決!! 銃で!!
1:病院へ向かいトグサと合流。
2:そのまま病院で待機し、12時を目安にフェイト、ゲインと合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
3:見敵必殺ゥでゲイナーの首輪解除に関するお悩みごとを「現実的に」解決する。
4:魔法戦闘の際はやむなくバリアジャケットを着用?
5:カズマとはいつかケジメをつける。
6:機会があればゲインともやり合いたい。
7:ロックに会えたらバリアジャケットの姿はできる限り見せない。
[備考]
※双子の名前は知りません。
※魔法などに対し、ある意味で悟りの境地に達しました。
※ゲイナー、レヴィ共にテキオー灯の効果は知りません。
【ゲイナー・サンガ@OVERMAN キングゲイナー】
[状態]:風邪の初期症状、腹部と後頭部と顔面に相当なダメージ(応急処置済み)、頭にたんこぶ(ほぼ全快)、頭からバカルディを被ったため少々酒臭い。
[装備]:コルトガバメント(残弾7/7 予備残弾38発)、トウカの日本刀@うたわれるもの、コンバットナイフ
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料一日分消費)、ロープ、フェイトのメモ、画鋲数個、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:タチコマのメモリチップ、スタングレネード×2、スパイセットの目玉と耳@ドラえもん、鶴屋さんの首輪、クーガーのサングラス
[思考]
基本:バトルロワイアルからの脱出。
1:病院へ向かいトグサと合流。
2:そのまま病院で待機し、12時を目安にフェイト、ゲインと合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
3:トグサの技術手袋と預けた首輪の部品を使い、計測器を死亡と誤認させる電波発生装置を製作する。
4:3で製作した装置を用い首輪の機能を停止させ、技術手袋で首輪の解除を試みる。
5:機械に詳しい人物、首輪の機能を停止できる能力者及び道具(時間を止めるなど)の探索。
[備考]
※名簿と地図を暗記しています。また、名簿から引き出せる限りの情報を引き出し、最大限活用するつもりです。
※なのはシリーズの世界、攻殻機動隊の世界に関する様々な情報を有しています。
【F-3・遊園地西門付近/2日目/昼】
【ゲイン・ビジョウ@OVERMANキングゲイナー】
[状態]:右手に火傷(小)、全身各所に軽傷(擦り傷・打撲)、腹部に重度の損傷(外傷は塞がった)、ギガゾンビへの怒り
[装備]:ウィンチェスターM1897(残弾数5/5)、NTW20対物ライフル(弾数3/3)、悟史のバット@ひぐらしのなく頃に
[道具]:デイパック、支給品一式×14(食料4食分消費)、ウィンチェスターM1897の予備弾(25発)
:9mmパラベラム弾(40発)、ワルサーP38の弾(24発)、銃火器の予備弾セット(各40発ずつ。カトラスの予備弾はレヴィへ)、
:極細の鋼線 、医療キット(×1)、マッチ一箱、ロウソク2本、スパイセットの目玉と耳@ドラえもん(×2セット)
:ドラムセット(SONOR S-4522S TLA、クラッシュシンバル一つを解体)、クラッシュシンバルスタンドを解体したもの
:13mm爆裂鉄鋼弾(21発) デイバッグ(×4) 、レイピア、ハリセン、ボロボロの拡声器(故障中)、望遠鏡、双眼鏡
:蒼星石の亡骸(首輪つき)、リボン、ナイフを背負う紐、ローザミスティカ(蒼)(翠)
:トグサの考察メモ、トラック組の知人宛てのメッセージを書いたメモ 、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:獅堂光の剣@魔法騎士レイアース、鳳凰寺風の弓(矢18本)魔法騎士レイアース、454カスール カスタムオート(残弾:0/7発)
[思考・状況]
基本:ここからのエクソダス(脱出)
1:12時を目安に病院でゲイナー、トグサ等と合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
2:しんのすけを見つけ出し、保護する。
3:信頼できる仲間を捜す。
(トグサ、トラック組み、トラック組みの知人を優先し、この内の誰でもいいから接触し、得た知識を伝え、情報交換を行う)
4:エクソダスの計画が露見しないように行動する。
5:場合によっては協力者を募る為に拡声器の使用も……?
6:ギガゾンビを倒す。
[備考]:仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
:首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
:モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
>>323修正
[思考・状況]
基本:ここからのエクソダス(脱出)
1:12時を目安に病院でゲイナー、トグサ等と合流。無理ならE-6の駅前喫茶店へ。
2:しんのすけを見つけ出し、保護する。
3:信頼できる仲間を捜す。
(トグサ、トラック組み、トラック組みの知人を優先し、この内の誰でもいいから接触し、得た知識を伝え、情報交換を行う)
4:エクソダスの計画が露見しないように行動する。
5:ギガゾンビを倒す。
[備考]:仲間から聞き逃した第三放送の内容を得ました。
:首輪の盗聴器は、ホテル倒壊の轟音によって故障しています。
:モールダマから得た情報及び考察をメモに記しました。
「……ふぅっ! ここらへんなら問題無さそうだな……」
激戦の続く病院を出てからしばらく。
凛とドラえもんを運んできたトグサは、道路沿いに合った普通の民家よりもやや豪勢な雰囲気の漂う住宅――世間で言うところの豪邸――へと足を踏み入れていた。
そして、彼はその豪邸の一室に入ると、ドラえもんをソファに横にし、次いで凛をベッドの上に寝かせた。
「さて、どうするかね、と」
トグサは目を閉じたままの凛を見ながら、一考する。
セラスと劉鳳が言うには、彼女はあの銀髪の人形に唆されているだけとのことだ。
それは、人形と決別して戦っている姿を目撃したこともあって、限りなく事実に近い話だろう。
だが、彼がそう思っていても目の前の彼女が自分に対して今どのような感情を抱いているかは分からない。
自分が善意でここまで運んできたことなど、運ばれている間ずっと気絶していた彼女が知る由もないだろうし、彼女目掛けて銃弾を撃ち込んだ事実もある。
突然目覚めて、自分の姿を見た瞬間に襲われる――などという可能性も大いにある。
「怪しいとなると、こいつをどうするかも問題になってくるが……」
そう言ってデイパックから取り出したのは、気絶している間も凛が握っていたピンクの柄に金色の金具、赤の宝玉というファンシーな色彩の杖。
トグサは、これこそが自分を追い詰める程の砲撃を放っていた武器と推測していた。
そしてその推測を正しいとするならば、この杖は凛に不用意に使われないように遠ざけておく必要があった。
(しかし、こんな杖のどこにあんなレーザー顔負けの砲撃を行う機構が取り付けられてるっていうんだ……)
自分に支給された技術手袋といい、ギガゾンビを映し出す巨大ホログラムといい、長門やセラスのような強化義体といい、ここには自分にとって未知のものが多すぎる。
杖から砲撃など、娘の見る魔法少女アニメだけで十分なように思いたかったのだが……
『待ってください』
突如、どこからともなく大人の女性の声が聞こえた。
トグサはその声に驚き、声の出所を探そうとあたりを見渡すが、ここにいる3人以外に人の気配などしない。
……そして、何より声はすぐ間近――そう手元から聞こえてきたわけで……
「まさかこの杖が……?」
『はい、そうです』
「おいおい、一体どんなAI積んだらこんなに流暢に――」
『私の名前はレイジングハート。魔法発動の補助を行うインテリジェントデバイスです。そして彼女、遠坂凛は私の――』
「あ〜、ちょっと待ってくれ!」
トグサがレイジングハートの言葉を遮る。
「俺はこの義体を修理し次第、すぐに病院に戻るつもりなんだ。だから、面と向き合って話を聞いてる暇は無い。……話はこいつを修理しながらの片手間になるが、構わないか?」
『構いません。どうぞ仕事を続けてください』
「そりゃ、どうも、っと」
声の調子から察するに、このレイジングハートという杖には剥き出しの敵意はない。
凛の攻撃手段であるだろう杖がこの様子ならば、まず目覚め一発で砲撃を喰らって死亡という事は無さそうだ。
トグサはそう判断し、レイジングハートをそばの壁に立てかけると、技術手袋をドラえもんに近づけ、彼の修理を開始した。
それから少しして。
修理を続けるトグサは、レイジングハートから今まで彼女が見聞き(?)した情報や魔法の概念についての大まかな説明を聞き終えた。
「なるほどな。要するにお前さんと凛は、その水銀燈っていう人形型の義体にまんまと騙されてたって訳だ」
『はい。悔しいですが事実です』
「となると、最初に俺達を襲った時もきっかけは水銀燈が作ったと考えるのが適当か……」
全てを見てきたという彼女が言うならば、間違いはないだろう。
つまりセラスと劉鳳の仮説は正しかったことになる。
ならば、こちらが凛に敵対する理由はもう完全になくなったという事だ。
「だったら、後はお姫様が目覚めてから、だな」
『大丈夫です。マスターならきっとそんな短気は起こさないはずです。……もし何かあっても私が説得してみせます』
「はは、頼もしいな」
口では笑うが、トグサの目には焦りの表情が浮かんでいた。
とはいっても別に、凛の事について焦っているのではない。
問題は、レインジングハートの話を聞きながら並行して行っていたドラえもんの修理だ。
この修理は、トグサの予想以上に時間を食う作業であった。
それもそのはずで、このドラえもんはトグサがいた時代よりももっと未来、それこそ技術手袋と同じ年代に製造された未知の技術がふんだんに使われたロボットなのだ。
そして、その修理を行うのだから時間が掛かっても仕方がなかった。
(……クソッ。こうしてる間にも劉鳳が窮地に立たされてるのかもしれないっていうのに……)
自分達を逃がすべく水銀燈の前に立ちはだかった少年はあまりに傷つきすぎていた。
あのままでは負けて――死んでしまうかもしれない。
それだけはなんとか避けたいと、彼はただひたすらに早く修理が終ることを祈る。
すると……。
『マスター!』
突如、横から聞こえてきたそんなレイジングハートの声に、彼女が“マスター”と呼ぶ少女の方を振り向く。
するとそこには、ベッドの上で上半身を起こした凛の姿があった。
「う、うぅん……頭がガンガンするぅ…………ってあれ? ……あれ?」
凛はどうやら自分がいる場所がベッドの上であることに違和感を覚えているようで首をせわしなく動かす。
そして、そうして動かしているうちにその視線は、ドラえもんの修理を続けるトグサを捉えることになり――
「やぁ、お目覚めかい?」
とりあえずトグサは、自分なりに親しげな調子でそう声を掛けた。
◆
頭を押さえながら目覚めた凛が目にしたのは、自宅並に豪奢な部屋とその片隅の壁に立てかけてあるレイジングハート、そしてソファの横になるドラえもんとそれに何やら手をかざしている男の姿。
いきなり大量に入る真新しい情報に彼女は思わずこれを夢だと思うが、その頭に僅かに残る鈍痛や身に纏うバリアジャケットがまだ自分が血塗られたゲームに参加中であることを否が応にも教えてくれた。
「……ここはどこ?」
「病院から西に少し行ったところにある民家の一室だ」
「あんたは一体誰なの?」
「俺はトグサ。警察関係者だ。一応参加者ってことになってるが、俺にはまったくそのつもりはない」
凛の問いに、目の前の男――トグサは一つ一つ答えてくれた。
彼女は、彼が先ほどまで対峙していた男であることは既に分かっている。
だが、水銀燈が自分を姦計に陥れようとしていたことが分かった以上、彼がゲームに乗っている一味の一人だという彼女の話の信憑性も限りなくゼロに近いものになった。
そして、それに加えて、自分が意識を失う直前に見た劉鳳と一緒にいる姿と先ほどの彼の言葉や今までの行動を鑑みるに導かれる答えは――
「……それじゃ要するに、私があなたと敵対する理由はもうないわけね」
「ま、そういうことだ」
『流石、マスター。理解が早いですね』
どこかレイジングハートだけは自分を小馬鹿にしているような気がしないでもなかったが、深くは考えない。
「で、病院にいた他の連中はどうしたの?」
「劉鳳は水銀燈の相手をしている。セラスも同様に甲冑の騎士の相手をな。俺はセラスと劉鳳の二人に気絶していた君らを遠くに逃がすように頼まれた」
「……のび太君はどうしたの?」
「彼は……………………殺されたよ。甲冑の騎士に剣で首を刎ねられてね」
のび太が視界に入らなかった時点でしていた嫌な予感は的中した。
しかも最悪な経緯を経て。
「そう……。教えてくれてありがと」
すると凛は、完全に起き上がり床に足をつけると、そのまま壁に立てかけてあったレイジングハートを掴み、そばに置いてあったデイパックを拾い上げる。
トグサはドラえもんの修理をしながら、驚いた表情でそんな彼女の方を向いた。
「お、おいおい。まさかとは思うが、そんな起きたばっかりの体で動くつもりか?」
「……水銀燈とのパスが途絶えたのよ。あいつ、また何か悪巧みを考えてるのかもしれないし確かめに行かないと……」
「待て。だったら俺もついてい――」
「ダメよ。だって、あなたにはそれよりも先にやるべきことがあるでしょ?」
凛は、そう言って未だ気を失ったままで修理を受けている猫型ロボットを一瞥する。
「彼……ドラえもんはあのギガゾンビの持つ科学技術についてを知る最後の生き残り。……いわばギガゾンビに対抗する為の切り札って言っても過言じゃないわ」
「あぁ。それは分かってるさ」
「……だったら、あなたは彼の修理に専念していて。私達は彼という脱出の切り札を手放すわけにはいかないんだから」
確かに凛の言う通りだ。
トグサ自身は現在、ドラえもんの修理中であり、ここから離れるという事はその修理を中断してしまうことになる。
「……どうしても行く気なんだな?」
「水銀燈を今までのさばらせていたのは私の責任だし、それにセイバーの方も気になるしね」
この様子では、無理に止めようとすれば、何をされるか分かったものではないだろう。
トグサは、自分が知り合う人間の度重なる無謀な決断に頭を抱えつつも、最後は頭を縦に振る。
「分かった。……だが、無茶はするなよ。お前もレイジングハートもまだ……」
『大丈夫です。凛は私がコントロールしてみせます』
「――って、ちょっと何であなたが私をコントロールするわけよ! 逆でしょ、逆!」
凛はレインジングハートのそんな言葉に反論する。
だが、トグサからしてみれば、一通り話した中でレイジングハートの聡明さを理解していた為、その言葉はあながち正論に聞こえていた。
「よし、それじゃ頼んだぞ、レイジングハート」
『All right』
「――って、あなたまでっ…………。まぁ、いいわ。それじゃ、彼の事は頼んだわよ」
「任せておいてくれ。俺も修理が終ったらそっちへ向かうからな」
凛はトグサの言葉に頷くと、部屋を飛び出していった。
残るのは、依然気を失ったままのドラえもんとそれを修理するドラえもんのみ……。
「さて、こっちも早めに仕上げないとな」
◆
トグサ達が豪邸にいる頃。
彼らが気にかけていた病院には、満身創痍になりつつもまだその目をギラつかせた少年カズマが到着していた。
「どーなってやがる……。ここで何があった……?」
照明の落ちた薄暗い廊下を歩き、その周囲の無残な光景を見ながらカズマは呟く。
元々、いくつかの戦闘の痕跡のあったこの建物であったが、カズマが最後に見たときよりも明らかにその見た目は外観、室内ともに酷くなっていた。
――それは明らかに、新たな戦闘がここで行われた痕跡。
「クソッ!! 次から次へと俺のいないところでドンパチしやがって…………」
ここで大規模な戦闘があったことが確実である以上、最も気がかりなのはここに残してきた少年とロボットのこと。
二人が戦闘を得意としない弱者であることを彼は知っていたし、それ故にその戦闘に巻き込まれたらひとたまりもないことも分かっていた。
「あいつら一体どこに行きやがっ――――おうわっ!!!」
そして、周囲を警戒しつつそんな二人を探していると、不意に足を滑らせ転倒した。
「――っつつ…………。何だ何だ? 足元が急にヌルヌルしやが……って………………」
尻餅をついたまま、足を滑らせた原因を見ようと床を見たカズマは、そこで気付いた。
床には粘性のある赤い液体が撒き散らされており、その液体の中心には首と胴体の分かれた少年の遺体があることに。
そして、その少年の服装に彼は見覚えがあったわけで……。
「お、おい…………冗談……だよな?」
カズマは、その光景に半信半疑でありつつも起き上がると少年の首の正面へと回り込む。
すると、そこには正真正銘、彼の知る野比のび太の呆然とした表情が張り付いており――――
「く……くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
彼はそのアルター化した拳を目一杯床に叩きつけた。
「チクショウ! お前まで死んじまってどうするんだよ、のび太……」
アルルゥに次ぎ、のび太もまた自分のいないところで死んでいってしまった。
だが、そこで自分の無力さを嘆き、立ち止まっている暇など彼にはない。
――立ち止まっている暇があるなら、のび太やアルルゥ、それにかなみや君島、ヴィータ、太一といった仲間を殺していった連中を叩き潰して、ついでに気に入らないギガゾンビも最終的には潰す!
そう彼は心に決めていたのだ。
「誰だ……一体誰がやりやがった……」
のび太の首と胴体を廊下の端に寄せながら彼は、その断面を見る。
すると、その断面は骨まで綺麗に切断されており、昨日見た少女の首の断面を切断したようなナイフよりももっと鋭利な刃物で斬られた事が分かる。
そして、これだけ出血している以上、生きている時に切断が行われたことも。
ということは、即ちのび太を殺害した相手は、首を刈る素振りを直前まで見せずに一瞬のうちに凶行に至ったという事になる。
そのような早業を誰もが出来るわけもなく、出来るとするならば恐らくは今は亡きヴィータと共に立ち向かったあの甲冑の剣士くらいの実力を持った人物くらいだろう。
――と、そこまで思考をめぐらせたその時。
――カツン、カツン、カツン…………
彼は背後で聞こえる足音に気づいた。
その足音は、徐々にこちらに近づいている。
当然だが、足音を聞いただけではカズマには、一体どんな人物が近づいているのかは全く分からない。
だが、ここにのび太の死体がある以上、まだここにその犯人がいる可能性は大いに考えられる。
そして、足音の主がその犯人であるならば、カズマが行うべきことは唯一つ。
「――!!!」
そう意気込んで彼は後ろを振り返ってみたが、そこにいたのは太一を殺しヤマトを連れ去った女でも例の甲冑剣士でもなく、長い金髪を二つに分けた小さな少女だった。
「……な、ガキか?」
一瞬気を緩めるカズマであったが、アルター能力者に歳は関係ない上にヴィータのような実例もある。
子供といえど、力量に関して油断は出来ない。
すぐに拳に力を入れなおし、少女を見据える。
「一体どこのどいつは分からねぇが、それ以上近づく前に一つ聞きたいことがある」
「あ、あの私は……」
「つべこべ言う前に答えろ。いいか? まずは――」
すると、その時少女は何かを思いついたような顔になる。
「あの……もしかしてあなたはカズマさん……ですか?」
◆
――学校には誰もいなかった。
それを確認したフェイトは、早々に探索を切り上げ、病院へ向かった。
ゲインやゲイナーらとの合流時間にはまだ早いものの、病院内を先に調べておきたい気持ちがあったのだ。
そうしてフェイトは病院についたわけだが……
「これは……」
彼女もカズマ同様にまずその酷く損壊した外観に呆然とした。
「明らかに人の手で破壊された痕跡だけど……誰か中にいるのかな」
『内部に一人分の生体反応があります』
「一人…………か」
バルディッシュの答えを聞いて、フェイトは病院の内部へと入ってゆく。
これだけ崩壊している以上、内部にいる人間がその破壊に関わっている可能性は大いにある。
しかし、だからといって彼女は逃げるわけにはいかない。
むしろ、何かしらの悪意を以って破壊を行っているのだとすれば、それを止めなければならなかったのだから。
「……どっちの方にいる?」
『この先の廊下を左方に曲がった先約50ヤード、依然その場に留まっています』
バルディッシュの指示に従いながら、薄暗い廊下をフェイトは進む。
――すると、その先にいたのは目をギラつかせた一人の少年であり…………
「ほぉ、お前があの女とゲイナーの仲間だったのか」
「はい。レヴィ達とは12時にここで合流することになっています」
フェイトが出会った少年の身体的特徴は、ゲイナーが教えてくれたカズマという少年の物と一致していた。
それに気付いた彼女は、咄嗟に彼の名を呼び、レヴィとゲイナーの名前を出し、自分の素性を明かした。
その結果、カズマは拳を収め、彼女との会話に応じ、今に至っているのである。
……いや、それだけではカズマは素直に話を聞かなかったかもしれない。
彼が話を聞く気になった最大の理由、それは――
「それにしても、お前があのフェイトだったとはな……」
フェイトがカズマの事を伝え聞いていたように、彼もまた彼女の名前を高町なのはとヴィータというフェイトにとっては亡くなってもなお大切な二人の仲間から伝え聞いていたのだ。
「なのはとカズマさんが一緒だったことはゲイナーから聞きましたが……ヴィータとも一緒だったんですね」
「短い間だったけどな。……あんなちっこい体してるガキの癖に大した奴だったよ」
聞けば、ヴィータはカズマとともにとても強大な力を持つ襲撃者に立ち向かい、そして消えていったのだという。
消えた――という言葉にフェイトは一瞬違和感を持つが、彼女が夜天の書が魔力から作り出したプログラムであり、その体を構成する魔力を全て使い果たしたという事にすぐうに気付いた。
――何故、同じ守護騎士なのに、シグナムとヴィータでこれ程にも異なる道を歩んでしまっただのだろう。
自分の知らないうちに道を違え、それぞれ散っていった二人の事を思い、フェイトは胸を詰まらせる。
すると今度は、カズマがフェイトの髪を束ねる片方のリボンを見ながらそんなフェイトに尋ねる。
「そのリボンをしてるってことは……お前もなのはには会えたんだよな?」
「……はい。これはなのはの大切な形見です」
「………………そうか」
そこまで聞くとカズマは、再びその顔をフェイトへと向ける。
「で、お前はどうするんだ? こんなところまで来て、一体どうする気だ?」
「勿論、なのはやヴィータ、それにカルラさんやタチコマの為にも、私は何としてもこれ以上の犠牲を無くして皆でここを脱出する手立てを探します。その為なら、私は力を使うことも厭いません。……カズマさんも協力してくれませんか?」
レヴィやゲイナーから聞いたところによると、カズマもまた相当の実力の持ち主という。
ならば、協力を仰ぎたいのがフェイトとしての本音だった。
だが……
「俺は誰かに指図されて動くなんてまっぴらだね。俺は俺の好きなようにやるさ」
「そう、ですか……」
フェイトは顔を暗くするが、これ以上言い寄ることもなかった。
そして、そんなフェイトの顔を見ると、カズマは足元に転がる少年の遺体を見やりながら言葉を続けた。
「……ま、でも、お前らがあの仮面ヤローみたいな気に食わない奴らと戦うってんなら、そん時は俺も参加させてもらうぜ。俺にも、太一やアルルゥ……それにこいつの仇を討たなきゃ気がすまないからな。それでいいなら……」
これは、つまり肯定と捉えていいのだろう。
素直でないカズマのそんな態度にフェイトは笑みを浮かべる。
「はい。ありがとうございます、カズマさん」
それから。
カズマはのび太と太一の埋葬すると言い出したことによって、二人は別行動をとる事となった。
本来、フェイトも二人の少年の埋葬を手伝おうと名乗り出たのだが――
「――これは俺の仕事だ。お前はお前のやることを先にやっておけ」
カズマがその申し出を断ったのだ。
既に、彼は毛布に包んだのび太と別の部屋に安置していた太一の遺体を抱え、二人を埋葬すべく外へと出ていってしまっている。
そして、残されたフェイトはといえば――
「……ここで合ってるの?」
『――はい。彼女の体の傍から魔力を関知できます』
彼女は院内捜索中にバルディッシュに告げられた“付近から微弱な魔力の反応がある”との知らせに従い、その発生源を調べに病院のとある地点へと向かっていた。
そこは、既に病院“内部”と言うべきかどうか微妙な――病院の壁を突き破ったその先であり、瓦礫や抉れた樹木に混じって、二人の男女が息絶え倒れていた。
一人は、白と青、そして血の赤に染められた服を身に纏った少年。
もう一人は、白と黒のゴシックドレスをこれまた血の赤に染めた状態で倒れている少女の……人形。
この酷く損壊した人形こそが魔力の発生源らしかったのだ。
「でも何で人形がこんなところに……」
よく見れば人形の首には自分に付けられたのと同じ首輪がついている。
つまりこの人形もまた、参加者の一人ということのようだ。
そして、良く見てみるとそのうつ伏せになった体の下敷きになるように何かが挟まっており――
「これは――!!」
それを拾ったフェイトは酷く驚いた。
なぜなら、それはかつて自分となのはで破壊したはずの融合型デバイス――闇の書だったのだから。
――何故、消滅したはずのデバイスがここにあるのか?
その疑問に関しては答えはすぐに出る。
ギガゾンビが何らかの時空干渉を行い、不正に入手したのだろう。
今疑問なのは、“持ち主であるはずのはやて亡き今、何故転移せずにこの場に存在するのか”という点だった。
守護騎士の件といい、この空間には自分のまだ知りえない未知の技術やまだ使われているらしい。
「でも、こんなものまであるってことは……」
何故、闇の書がこの銀髪の人形の下敷きになっていたのかは分からない。
何故、人形と少年が相打ちになるような形で息絶えているのかも分からない。
ただフェイトが分かっていることはただ一つ。
闇の書が極めて危険なアイテムであるという事だ。
彼女は思い出す。
かつて、はやてを飲み込み暴走を開始した闇の書――正確には闇の書の防御プログラム――の凄まじい魔法の力を。
もし、時空管理局のような組織のバックアップ無しにこの場で融合事故が発生してそのような暴走を起こされたりしたら、手に負えなくなってしまう。
(これを……早くどうにかしないと)
管制人格リィンフォースが応答をしない以上、いつどんな災厄を及ぼすとも分からない。
最悪の場合、ギガゾンビが手を下すまでもなく書が暴走して全滅などというシナリオすらも描かれかねない。
しかし、だからといって自分ひとりであの時の儀式のように完全に破壊できるかどうかも分からない。
そんな危機感を抱きつつ、フェイトはその対処法を見つけるまでの間の処置として、その闇の書を自らのデイパックで保管することにした。
「よぉ、病院の中の捜索はもう終tt――――って、おい。これはどういう……」
カズマがフェイトに声を掛けたのは、まさに闇の書をデイパックにしまっていたその時だった。
◆
「……こんなもんか」
外に出たカズマが病院横の庭で二人の少年の埋葬を終わるまでには、そう時間は掛からなかった。
かなみの時同様の、音を全く気にしない拳を使った穴掘りが時間を大幅に短縮したのだ。
「せっかく俺が墓を作ってやったんだ。二人一緒の穴で狭いとかっちゅう文句は受けつねーからな」
二人を埋めた上に小高い山を作り、その前にはのび太のものと思われるデイパックから取り出したうちわを刺す。
――そんな物言わぬ質素な墓にカズマは一言言うと、その墓に背を向ける。
見てみれば、病院の庭には二人の墓以外にも、いくつかの墓がある。
その内の三つの並んだ墓は、まさに今埋めたのび太がドラえもんとともに作ったものであり……。
「テメーまでここに埋まってちゃ話にならないってんだよ……」
拳を強く握り、カズマは再び悔しさを露にする。
そして、そのイラついた顔で周囲を改めて見渡すと、瓦礫や倒木が散乱する奥の方で金髪の少女を見つけた。
それは、つい先ほど出会ったばかりのフェイトという少女であり、院内を捜索していたはずだった。
「あいつ、何しに外になんか……」
もう院内は調査し終わったのだろうか――埋葬を終え手持ち無沙汰になったカズマはとりあえず彼女の方に近づいて見ることにした。
そして――
「よぉ、病院の中の捜索はもう終tt――――って、おい。これはどういう……」
フェイトに声を掛けていた最中に彼は気づいてしまった。
彼女の傍に転がる二人の死体の存在に。
双方ともに知っている顔であった。
一人は、ドラえもん達と病院へ向かう途中で出会ったいけ好かない喋り方をする人形。――名前は水銀燈だったか。
そして、もう一人はロストグラウンドで幾度となく戦い、そしてこの地でも一度顔を合わせた宿敵の……
「劉鳳だと……!? おい、なんでこいつがこんなところに……」
誰に言うでもなくカズマが呟くと、それを聞いていたフェイトは首を振って答えた。
「私がここに来た時にはもう二人は……。…………この人は劉鳳さんと言うのですか?」
「あぁ。こいつは俺たちの敵、ホーリーの劉鳳。……絶影の劉鳳さ……」
そう言うとカズマは膝をつき、倒れたまま何も言わない劉鳳の髪を掴み、持ち上げる。
「カ、カズマさん!? 何を……」
「おい、劉鳳。こんなところで寝てんじゃねーよ。まだ勝負の決着がついてねーだろ、あぁ? なのに何でこんなところで寝てるんだよ。なんとか言ってみろよ……なぁ!」
カズマは叫ぶが、劉鳳は目を閉じたまま何も答えない。
「お前が何も言わないんじゃ分からねーだろ? テメーがのび太やアルルゥを殺したのかどうかも、お前がどーして寝てたのかもよぉ……」
既にカズマにも分かっている。
劉鳳はもう死んでしまっているのだ。
森の中で倒れていたかなみのように。病院前で見つけた車椅子の少女のように。廊下で見つけたのび太のように。
そして、ダース部隊との戦いの後、共にかなみの元に帰った後の君島のように。
「ふざけんじゃ……ねーよ……」
宿敵である劉鳳の死に対しては、悲しみはこみ上げない。
変わりに湧き出てくるのはもう二度と戦えない、叩き潰せないことへの悔しさと苛立ち。
劉鳳の髪から手を離し、項垂れるカズマをフェイトは呆然と見ているしかできなかった。
……だが、次の瞬間。
『Sir,病院に何者かが近づいてきています』
バルディッシュの声がフェイトの目を覚ました。
「……誰かが来てる?」
『はい。……それも、魔力反応を伴っています』
「魔力……」
その言葉に自分以外の未知の魔導師の存在の可能性を覚え、フェイトは緊張をする。
――だが、カズマは違った。
「上等じゃねぇか。誰が来ようと俺は構わないぜ……。気に入らねぇ奴だったらボコる……ただそれだけなんだからよぉ」
先ほどまでの姿からは一転、立ち上がったカズマはそう言って目をギラつかせると拳を構える。
そう、のび太が死のうと、劉鳳が死のうと、彼の意志は決して変わらない。
相手が誰であれ、今の状況がどうであれ、今の彼のの意志を曲げることは不可能なのだ。
『……距離60ヤード。……そろそろ目視できるはずです!』
「さぁ、誰だ? 誰なんだ? 一体誰が来るってんだぁ?」
緊張の面持ちのフェイトと興奮気味のカズマ。
その二人の前に姿を現したのは――。
◆
「……本当に2人いるのね?」
『間違いありません。2人とも近い位置にいるようで、一方からは魔力の反応もします』
病院に向かいながら、凛は念を押すようにレイジングハートに話していた。
トグサ曰く、自分達が病院を離れた後にそこに残っていたのはセラスとセイバー、そして劉鳳と水銀燈の4人。
ということは、少なくともその内2人は何かしらの理由があってその場からいなくなったということだ。
何らかの理由――それは戦闘の場を移動したのかもしれないし、生存者として反応しないだけかもしれない。
生存者として反応しない――それは即ち死亡してしまったということであり……
「……ダメね。弱い考えなんか持っちゃ」
想像する最悪の事態のイメージを頭から払拭すると、レイジングハートを握る手に力をこめる。
……魔力反応を伴う生存者の反応。
劉鳳とセラスがどうなったかは別としても、それがあるのは確かな事実。
そして、それに該当する参加者として、真っ先に思いつくのは他ならないリィンフォース形態の水銀燈のみ。
その彼女が自分とのパスを断ち、別の参加者といるのだとしたら、考えられる理由は一つ。
――新たなカモを見つけたのだろう。
「パスを断ったかと思ったら……そういうことなのかしらね」
『まだ確定したわけではありませんが、注意することに越したことはありません』
「分かってるって。……さて、もうすぐそこね……」
白塗りの病院の姿が大きくなってゆく。
そして、その病院の横にある庭に二人の参加者はいるのだ。
相手が誰であれ、油断は出来ない。
凛は、静かにその場所へと向かう。
そして――――
◇
Fate。
運命の名を冠し、決して運命に背を向けないと誓った少女が一人。
運命の名を嫌い、その壁を叩き潰そうと意気込む反逆者の少年が一人。
運命の名の元に、いいように翻弄され続けた少女が一人。
三者三様の様相だが、主催に反旗を翻す意志は同じ。
今、その三人が顔を合わせる。
それは運命か、はたまた…………。
【D-3・病院横の庭/2日目/午前】
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、魔力消費(中)/バリアジャケット装備
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム、残弾4/6)魔法少女リリカルなのはA's、双眼鏡
[道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド、クラールヴィント@魔法少女リリカルなのはA's、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:ルルゥの斧@BLOOD+、ルールブレイカー@Fate/stay night、闇の書@魔法少女リリカルなのはA's
[思考・状況]
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す。
1:接近してくる参加者を警戒。
2:病院にてゲイナー、トグサ等との合流を待つ。
3:ゲームの脱出に役立つ参加者と接触する。
4:闇の書への対処法を考える。
5:カルラの仲間やトグサ、桃色の髪の少女の仲間に会えたら謝る。
※その他、共通思考も参照。
[備考]:襲撃者(グリフィス)については、髪の色や背丈などの外見的特徴しか捉えていません。素顔は未見。
:首輪の盗聴器は、ルイズとの空中戦での轟音により故障しているようです。
【カズマ@スクライド】
[状態]:中程度の疲労、全身に重度の負傷(一部処置済)、西瓜臭い
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ、支給品一式(食料-1)、翠星石の首輪、エンジェルモートの制服
[思考・状況]
基本:気にいらねぇモンは叩き潰す、欲しいモンは奪う。もう止まったりはしねぇ、あとは進むだけだ!
1:接近する参加者を警戒。
2:変装ヤローを見つけ次第ぶっ飛ばす!
3:べ、別にドラえもんが気にかかっていないわけじゃねぇぞ!
4:気にいらねぇ奴はぶっ飛ばす!
5:レヴィにはいずれ借りを返す!
[備考] :いろいろ在ったのでグリフィスのことは覚えていません。
:のび太のデイパックを回収しました。
【D-3・病院横の庭付近/2日目/午前】
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]:魔力中消費、中程度の疲労、全身に中度の打撲 ※気絶中の休養でやや回復しました。
[装備]:レイジングハート・エクセリオン(カートリッジ残り三発・修復中、破損の自動修復完了まで数時間必要)@魔法少女リリカルなのは
バリアジャケットアーチャーフォーム(アーチャーの聖骸布+バリアジャケット)
デバイス予備カートリッジ残り28発
[道具]:支給品一式(食料残り1食。水4割消費、残り1本)、ヤクルト一本
エルルゥのデイパック(支給品一式(食料なし)、惚れ薬@ゼロの使い魔、たずね人ステッキ@ドラえもん、
五寸釘(残り30本)&金槌@ひぐらしのなく頃に
市販の医薬品多数(胃腸薬、二日酔い用薬、風邪薬、湿布、傷薬、正露丸、絆創膏etc)、紅茶セット(残り2パック)
[思考]
基本:レイジングハートのマスターとして、脱出案を練る。
1:庭にいると思われる参加者を警戒。
2:1の参加者が水銀燈ならば、今度こそ倒す。
3:劉鳳、セラスと合流。トグサ&ドラえもんともいずれ。
4:変な耳の少女(エルルゥ)を捜索。
5:セイバーについては捜索を一時保留する。
6:自分の身が危険なら手加減しない。
[備考]:
※リリカルなのはの魔法知識、ドラえもんの科学知識を学びました。
※水銀燈の正体に気付きました。
[推測]:
ギガゾンビは第二魔法絡みの方向には疎い(推測)
膨大な魔力を消費すれば、時空管理局へ向けて何らかの救難信号を送る事が可能(推測)
首輪には盗聴器がある
首輪は盗聴したデータ以外に何らかのデータを計測、送信している
[全体備考]
※野比のび太と八神太一が埋葬されました。二人の墓には「風神うちわ@ドラえもん」が刺さっています。
※水銀燈の人間形態は死亡後、自動的に解除された模様です。
◆
一方その頃。
「……ふぅ、ようやく終ったか」
ドラえもんの修理を終えたトグサは、手袋を外し、大きく伸びをしながら時計を見やった。
あの病院からの脱出から既に随分と時間が経過している。
「これで何の収穫も無しだったら、喜劇にもなりゃしないな、本当に……」
そう言いながら、トグサは自らの拳銃に弾を装填しておく。
大分遅れてしまったが、今からでも病院に向かえば凛のサポートは出来るはずだ。
それに劉鳳やセラスの様子も気になる。
トグサとしては少しでも早く、病院に戻りたいところであったが――――
「う、う〜ん…………」
そんな時に限って、予想外の出来事は起るものである。
「あ、あれ、ここは…………のび太君…………ん? あれれ?」
起き上がったそのまん丸ボディのロボットは周囲を見ながら、困惑の表情を浮かべる。
(……やれやれだな)
起きてしまった以上、放置することは出来ない。
彼はドラえもんの方へ向き直ると、面と向かって凛にしたのと同じような言葉を口にした。
「……調子はどうだい? ドラえもん」
◇
そして。
ここでもまた、運命を左右する切り札になりうる男とロボットが再起動しようとしていた。
【D-2・豪邸/2日目・午前】
【トグサ@攻殻機動隊S.A.C】
[状態]:疲労と眠気、特に足には相当な疲労。SOS団団員辞退は不許可
[装備]:S&W M19(残弾6/6発)、刺身包丁、ナイフとフォーク×各10本、マウンテンバイク
[道具]:デイバッグと支給品一式×2(食料-4)、S&W M19の弾丸(28発)、警察手帳(持参していた物)
技術手袋(使用回数:残り15回)@ドラえもん、首輪の情報等が書かれたメモ1枚(内部構造について追記済み)
解体された首輪、フェイトのメモの写し
[思考]
基本:情報を収集し脱出策を講じる。協力者を集めて保護。
1:ドラえもんに事情を説明する。
2:1の後、病院へ直行。
3:ハルヒや魅音など、他の人間はどこにいったか探す。
4:機械に詳しい人物、首輪の機能を停止できる能力者及び道具(時間を止めるなど)の探索。
5:ハルヒからインスタントカメラを借りてロケ地巡りをやり直す。
6:情報および協力者の収集、情報端末の入手。
7:エルルゥの捜索。
[備考]
※風、次元と探している参加者について情報交換済み。
【ドラえもん@ドラえもん】
[状態]:中程度のダメージ(修理によりやや回復)、頭部に強い衝撃、強化魔術による防御力上昇
[装備]:虎竹刀
[道具]:支給品一式(食料-1)、"THE DAY OF SAGITTARIUS III"ゲームCD@涼宮ハルヒの憂鬱
[思考・状況]
基本:ひみつ道具と仲間を集めて仇を取る。ギガゾンビを何とかする。
1:状況を把握したい。
[備考]
※Fateの魔術知識、リリカルなのはの魔法知識を学びました。
※凛とハルヒが戦ってしまったのは勘違いに基づく不幸な事故だと思っています。
偽凛については、判断を保留中。
早速修正いたします。
>>327 誤:残るのは、依然気を失ったままのドラえもんとそれを修理するドラえもんのみ……
↓
正:残るのは、依然気を失ったままのドラえもんとそれを修理するトグサのみ……
>>332 途中より以下のように修正させてもらいます。
「……ここで合ってるの?」
『はい。彼女の体の傍から魔力を関知できます』
彼女は院内捜索中にバルディッシュに告げられた“付近から無視できない量の魔力反応がある”との知らせに従い、その発生源を調べに病院のとある地点へと向かっていた。
そこは、既に病院“内部”と言うべきかどうか微妙な――病院の壁を突き破ったその先であり、瓦礫や抉れた樹木に混じって、二人の男女が息絶え倒れていた。
一人は、白と青、そして血の赤に染められた服を身に纏った少年。
もう一人は、白と黒のゴシックドレスをこれまた血の赤に染めた状態で倒れている少女……を象った人形。
この酷く損壊した人形こそが魔力の発生源らしかったのだ。
「でも何で人形がこんなところに……」
よく見ればその首には自分に付けられたのと同じ首輪がついている。
つまりこの人形――彼女もまた、参加者の一人ということのようだ。
そして、体の上には小さな光が浮いているのを見ると、彼女はそれを手に取ってみる。
「もしかして、これが魔力を出しているの?」
『その通りです。魔力の反応、極めて大です。……それに人形の衣服の中からも同様の反応があります』
「服の中から?」
バルディッシュの報告に訝しげになりつつも、確認したい気持ちが強いフェイトは「ごめんなさい」と一言言って人形のドレスへと手を入れる。
すると、中からは確かに浮いていたのと同様の光が出てきた。
また、その光を見つけるのとほぼ同時に、そのうつ伏せになった体の下敷きになるように何かが挟まっているのを見つけ――
「これは――!!」
それを拾ったフェイトは酷く驚いた。
なぜなら、それはかつて自分となのはで破壊したはずの融合型デバイス――闇の書だったのだから。
――何故、消滅したはずのデバイスがここにあるのか?
その疑問に関しては答えはすぐに出る。
ギガゾンビが何らかの時空干渉を行い、不正に入手したのだろう。
今疑問なのは、“持ち主であるはずのはやて亡き今、何故転移せずにこの場に存在するのか”という点だった。
守護騎士の件といい、この空間には自分のまだ知りえない未知の技術やまだ使われているらしい。
「でも、こんなものまであるってことは……」
何故、闇の書がこの銀髪の人形の下敷きになっていたのかは分からない。
何故、人形と少年が相打ちになるような形で息絶えているのかも分からない。
ただフェイトが分かっていることはただ一つ。
闇の書が極めて危険なアイテムであるという事だ。
彼女は思い出す。
かつて、はやてを飲み込み暴走を開始した闇の書――正確には闇の書の防御プログラム――の凄まじい魔法の力を。
もし、時空管理局のような組織のバックアップ無しにこの場で融合事故が発生してそのような暴走を起こされたりしたら、手に負えなくなってしまう。
(これを……早くどうにかしないと)
管制人格リィンフォースが応答をしない以上、いつどんな災厄を及ぼすとも分からない。
最悪の場合、ギガゾンビが手を下すまでもなく書が暴走して全滅などというシナリオすらも描かれかねない。
しかし、だからといって自分ひとりであの時の儀式のように完全に破壊できるかどうかも分からない。
そんな危機感を抱きつつ、フェイトはその対処法を見つけるまでの間の処置として、その闇の書を、正体不明の魔力の塊である光球ともども自らのデイパックで保管することにした。
「よぉ、病院の中の捜索はもう終tt――――って、おい。これはどういう……」
カズマがフェイトに声を掛けたのは、まさにそんな2種類のアイテムをデイパックにしまっていたその時だった。
>>341の修正にあわせ、フェイトの状態表も修正します。
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、魔力消費(中)/バリアジャケット装備
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム、残弾4/6)魔法少女リリカルなのはA's、双眼鏡
[道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド、クラールヴィント@魔法少女リリカルなのはA's、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:ルルゥの斧@BLOOD+、ルールブレイカー@Fate/stay night、闇の書@魔法少女リリカルなのはA's
:ローザミスティカ(真紅、水銀燈)@ローゼンメイデン
[思考・状況]
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す。
1:接近してくる参加者を警戒。
2:病院にてゲイナー、トグサ等との合流を待つ。
3:ゲームの脱出に役立つ参加者と接触する。
4:闇の書への対処法を考える。
5:カルラの仲間やトグサ、桃色の髪の少女の仲間に会えたら謝る。
6:人形から入手した光球の正体について知りたい。
[備考]:襲撃者(グリフィス)については、髪の色や背丈などの外見的特徴しか捉えていません。素顔は未見。
:首輪の盗聴器は、ルイズとの空中戦での轟音により故障しているようです。
度々申し訳ありません。
真紅のローザミスティカはもう消費されていましたねorz
以下のように再修正します。
>>341の一部
「もしかして、これが魔力を出しているの?」
『その通りです。魔力の反応、極めて大です。……それに体の下からも大きな反応があります』
「服の下から?」
バルディッシュの報告に訝しげになりつつも、確認したい気持ちが強いフェイトは「ごめんなさい」と一言言って人形の体をゆっくり持ち上げる。
すると、そのうつ伏せになった体の下敷きになるように何かが挟まっているのを見つけ――
>>342の状態表
【フェイト・T・ハラオウン@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]:全身に中程度の傷(初歩的な処置済み)、魔力消費(中)/バリアジャケット装備
[装備]:バルディッシュ・アサルト(アサルトフォーム、残弾4/6)魔法少女リリカルなのはA's、双眼鏡
[道具]:支給品一式、西瓜1個@スクライド、クラールヴィント@魔法少女リリカルなのはA's、エクソダスと首輪解除に関して纏めたメモ
:ルルゥの斧@BLOOD+、ルールブレイカー@Fate/stay night、闇の書@魔法少女リリカルなのはA's
:ローザミスティカ(水銀燈)@ローゼンメイデン
[思考・状況]
基本:戦闘の中断及び抑制。協力者を募って脱出を目指す。
1:接近してくる参加者を警戒。
2:病院にてゲイナー、トグサ等との合流を待つ。
3:ゲームの脱出に役立つ参加者と接触する。
4:闇の書への対処法を考える。
5:カルラの仲間やトグサ、桃色の髪の少女の仲間に会えたら謝る。
6:人形から入手した光球の正体について知りたい。
[備考]:襲撃者(グリフィス)については、髪の色や背丈などの外見的特徴しか捉えていません。素顔は未見。
:首輪の盗聴器は、ルイズとの空中戦での轟音により故障しているようです。
その姿を一言で現すならば――それは、まさに『異形』だった。
それには、人として不可欠な要素……頭部が欠損している。
頭があると予想される部分は肌色の丘陵と一つの孔と……そして、未発達な突起物が見え隠れしていた。
だというのにそれは、あらぬ場所から生やした手足をばたつかせながら、走るのだ。
器用に、すばしこく。
その光景に生きながらに居合わせた人間には、ただただ狼狽し悲鳴を上げることしか許されないのである。
そして、それは、鳴いた。
「ケツだけ星人〜〜〜〜!!!」
「きゃあ〜〜〜〜〜ッ!! お、お下品ですわよしんのすけさん!! 早くパンツをお履きになって!!」
「あはははははは!! 何ソレ!? しんちゃんの得意技? しんちゃんも中々の芸達者だねぇ」
「うん! これぞ野原家流奥義、ケツだけ星人の舞〜! 因みにロックさんにも伝授したよ」
「う゛……そっちは流石に見たくはないなあ……」
「し、しんのすけさんの馬鹿〜〜! 思い出したくない記憶が〜〜!!!」
「もう、ダメだゾサトちゃん、お馬鹿って言う人がお馬鹿なんだってみさえも言ってたゾ!」
今、私たちは三人で民家に戻り、病院へ行ったロックさん達の帰りを待っていた。
病院には水銀燈や遠坂凛が居るワケで。
でも、仲間の仲間だった人達も居るワケで。
ロックさんたちが無事に帰ってきてくれる保障も無いし、もしものことを考えていると胸が潰れそうになる。
でも、今の私たちに出来ることといえば、ただ彼らの無事を祈って待っていることだけ。
ただ、彼らが無事に帰ってきたときに、笑顔で迎えてあげる事だけ。
だから、私は思う。今は無理してでも笑っておく時なんだって。
でも、なんだかうっかりすると、今自分が最悪の殺し合いの中に居て、仲間の多くが既に死んでしまっていることを忘れそうになる。
……ううん、忘れたりはしない。絶対に。
でも、ここで皆のことを思ってくよくよしていたって、何も進歩が無いと思う。
過去の過ちに立ち止まってるのは、弱いこと。
それを乗り越えて前に進むのが、強いこと。
ちょっと陳腐だけど、結局はそういう単純なことを地道に繰り返していけるのが、本当の強さなんじゃないのかな、と私は思う。
しんちゃんは、まだ薬が残ってるみたいで時々ふらつくけど、それでも元気一杯にはしゃいでくれる。
沙都子も、そんなしんちゃんに普段通りの笑顔を見せる。
ついさっき、ここで仲間が死んだなんて思えないほどに……いや、違う。
みんな、そのことを忘れてなんていない。むしろ、逆だろう。
黙っていれば、彼女の事ばかり考えて、自分の罪を悔やみ、沈んでいってしまいそうになる。
自分が落ち込めば、周りの二人もつられて落ち込んでしまうに決まっている。
そして何より、彼女は自分の為に皆が落ち込むことを嫌うはずだ。
それが嫌だから、私たちは笑う。
皆がお互いを信じて……それが、あの人の遺言だから……。
ひとしきり笑いあった私たちだが、私は流石に気を緩めすぎている気が少ししてきた。
「ねえ、沙都子、私が言うのもなんだけど。私たちちょっと騒ぎすぎじゃない? これで他の危ない人にでも見つかったら……」
「い、言われてみればそうですわね。迂闊ですわ。でも……魅音さん、アレはちゃんと用意なさったんでしょう?」
「ああ、言われたとおりにちゃんと作ったよ。でも、あんな簡単なので大丈夫なのかなあ……?」
「お〜〜っほっほっほっ、魅音さん、この私を誰と心得ておられまして?
私はトラップマスター・沙都子なのですわよ!? 私のトラップに抜かりはございませんわ!!」
私が沙都子に作らされたのは、簡単な警報装置。
ありあわせの紐や木片で作ったもので、この小屋に近付くものそれに触れると、音が鳴って私たちに知らせてくれるというものだ。
「でも油断は禁物だよ沙都子。私たちじゃ応戦するなんてもっての他だしね。もし誰か来ても、一目散に逃げ出さなきゃ」
「そうですわね……私が足手まといになるのが口惜しいですわ……でも、もしもの時は私を……!」
途中まで言いかけた沙都子の口を、私が抑える。
「沙都子、その先を言っちゃダメだよ。私たちは仲間だ。見捨てたりなんかしない。
ハルヒたちと別れるときに約束したろ? 皆で脱出するんだって。自分だけ先に諦めちゃうのは、約束破りだよ?」
「そうだゾ。お約束守れない子は母ちゃんにグリグリされるんだゾ!」
「あ……御免なさい。……そうですわよね。私だけ諦めるなんていけませんわよね」
そう言った直後は落ち込む沙都子だったけれど、 すぐに元気を取り戻す。
「まあ、私にとっては足一本なんてちょうど良いハンデですわ!
そこいらの運動不足な成人男性ぐらいなら、ケンケンで追い抜いて差し上げますのことよー!」
沙都子は、明らかに無理をしていた。私でもわかるくらいに。
きっと、自分がしてしまった罪を悔いて、でも沙都子なりにそれを贖おうとしているんだと思う。
沙都子は、私たちに気遣われ、私たちの負担になることを嫌っているんだ。
だから、無理にでも明るく振舞って、逆に私たちを元気付けようとしているんだろう。
……強くなったね、沙都子。
ここに来てからというもの、沙都子にはいくつもの不幸が降り注いできている。
いきなり殺し合いの場に放り込まれ、足を砕かれ、仲間を殺され、そして自分の責任で人が死に……
……アレ? でもソレって私も似たようなもんじゃない?
で、それってしんちゃんにも当てはまっちゃうんじゃ……?
「はは、なんだ、みんな一緒じゃん……」
「魅音さん? どうなされたのかしら?」
「なんか変なものでも食べた?」
突然笑い出した私を、二人が不思議そうに眺める。
なんと言うことはない。だが、その時はすごく大きな発見をした気になってしまった。
この子達も、私も同じ。
この子達も、私も……強い。強くなれた。
独りで悩んでた時は、何が強さなのか、どうしたら強くなれるのかなんて全然分からなかったけれど、
仲間がいれば、何のことは無い。ただの些細な問題に見えてしまう。
それは、簡単な事だったのかもしれない。
ただ、仲間と共に悩んで、苦しんで、それでも仲間を信じる。たったそれだけのことだったのかもしれない。
「ごめん、何でもないよ。ただ、二人とも強いなあ、大人だなあ、って思っただけだよ」
「? 本当に変な魅音さんですわね」
「オラはひまわりのお兄さんだから、大人なのは当たり前だゾ! お寿司だってワサビ入り食べられるんだゾ!」
「へえ、しんちゃんはお兄さんなのか〜」
「うん、一児と一犬のお兄さんなのさぁ〜! ところで、おねーさんは兄弟とかいるの?」
「ああ、詩音、っていう双子の妹がいるよ。顔は同じだけど、性格は私と違っておっかないんだから!」
「ふ〜ん、なるほど〜。じゃ、サトちゃんには兄弟とかいるの?」
――!! しまった! それは沙都子に言っちゃあ……!!
「し、しんちゃん! 沙都子は――」
「ええ、悟史という名前の兄がひとりおりますわ」
「えっ!?」
沙都子にとっての悟史は人に触れて欲しくないタブーなのだと、私は理解していた。
だけど、そのときの沙都子は、さも当たり前のように悟史のことを口にした。
「ふーん。そのおにーさんは何してるおにーさんなの?」
そんなこととは露も知らないしんちゃんは、沙都子のタブーをどんどんと侵してゆく。
私はただハラハラしながら二人を見守ることしかできない。
「にーにーは……今は、とても遠いところにいますの。どこに居るのか分からないくらい、遠いところに。
でも……きっと生きていますわ。今もどこかで」
沙都子の声が、少しづつ震えだす。
「へー。でも、なんで遠くに行っちゃったの? サトちゃん放っておいてどこかに行くなんて、酷いおにーさんだなあ!」
「酷いのは、にーにーではなくて、私なの!!」
急に声を荒げた沙都子に、しんちゃんはあとずさる。
沙都子は……話を止めない。
「にーにーは、いつも私を庇ってくれた。意地悪な継母から私のことを守ってくれた。
それを私は……それが当たり前であるかのように思ってしまった。
にーにーが私を守ってくれて当然だと思って、にーにーに甘えてしまった。
それでもにーにーは私のために、辛いことも苦しいことも全部全部我慢して、耐えてきてくれた。
なのに私は……自分のことしか考えていなくて……。
だからとうとう、にーにーはいなくなってしまった」
「サトちゃん……」
沙都子はもう、しんちゃんを見ていない。
沙都子が話している相手は……沙都子自身だ。
「にーにーが居なくなって、はじめて私は気付いた。
私はなんて酷い妹だったのだろうって。これじゃにーにーがいなくなるのも当たり前だって。
にーにーがいなくなったのは、きっと私のせいなんだって……」
沙都子の目から、一筋の涙が零れ落ちる。
「だから、私は決めた。
にーにーがいなくても、ひとりでもちゃんと出来るようになろうって。
にーにーに守って貰えなくても、ひとりでも頑張れるようになろうって。
そして、いつかにーにーが帰ってきたときに、見せてあげるの。
沙都子はこんなに大きくなったよって。沙都子はこんなに強くなったよって。
だから、私は頑張らなくちゃいけなかったの。強くならなくちゃならなかったの。
そうしないと、いつまでもにーにーが帰って来れなくなってしまうから……」
「沙都子……」
沙都子の声を聞いているのが、辛かった。
悟史くんの辛さも、沙都子のつらさも、十分に分かっていたはずなのに……それでも辛かった。
「でも……私は罪を犯してしまった。人を死なせてしまった。
自分が生き残るためなら、他の皆が死んでしまっても良いって、本気で思ってしまった。
そんな、そんな悪い子、にーにーが好きなはず無いって、分かってたのに……」
「サトちゃんは悪くないゾ! 悪いのはあの変態仮面のおじさんだゾ!」
沙都子にいたたまれなくなったのか、しんちゃんが沙都子を慰める。
そのしんちゃんを見ながら、沙都子は……笑った。
見ていると胸が張り裂けてしまいそうな切ない笑顔で、笑った。
「ありがとう、しんのすけさん。
でも、悪いのは私。どんなにあの仮面の男が悪い状況を作っても、実際に悪い事をしたのは私。
だから……私は、自分の罪を償わないといけない。
私が死なせてしまったあの人のためにできることを、あの人の代わりにしてあげないといけない。
そうしないと、にーにーは……私に会ってなんてくれない。
でも、私がちゃんと罪を償って、今までどおり、いいえ、いままで以上にいい子にしていれば、もしかしたらにーにーも許してくれるかもしれない。
ううん、そうするしかありませんの。にーにーに認めてもらうには。
それを教えてくれたのが……しんのすけさん、あなたでしたのよ。
本当に、本当にありがとう、しんのすけさん」
「おお! なんだかわからないけど褒められた〜! えっへん、どういたまして〜」
しんちゃんは沙都子の話を理解できたのか出来なかったのか、誇らしげに照れている。
でも、私はそのしんちゃんの姿をはっきりとは見られなかった。
私の目も、涙で滲んでいたのだから。
沙都子の言葉は、私の胸にも深く突き刺さっていた。
だって、私も沙都子と同じ。
多くの人達に守られて、その彼らに何も返せなくて。
私はただ守られるだけで。そして、私を守って何人もの人が死んでいって。
それどころか、私自身の手で罪無き人を殺してしまって。
罪に汚れているのは、私の方だ。
でも、うん、わかってる。
罪を犯しても、それをただ悔やんでいたんじゃ意味が無い。
その罪を少しでも贖おうとしないと、意味が無いんだ。
どんなに罵声を浴びせられても、泥を投げかけられても、私は前に進まないといけない。
そして、大丈夫。
私には、私たちには、一緒に歩いていける仲間がいるんだから。
「あれ? おねえさんどうしたの? 拾い食いしておなか壊した?」
俯いている私に気付いたしんちゃんが、心配そうに話かけてくれる。
「はは、ちょっと目にゴミが入っちゃってね。私は大丈夫だよ。ありがとう、しんちゃん」
「おやおや、なんだかオラ、モテモテ〜? ふっ、オラも罪なお子様だぜ〜」
しんちゃんを見ていると、思わずクスリと笑ってしまう。
この子を見ていると、殺し合いなんてのが心底馬鹿らしく思えてしまうから不思議なものだ。
でも、このしんのすけって子は、案外すごい子供なのかもしれない。
なにせ、もう既に何人もの人間を救って来ているんだから。
「え〜っと、でさあ、何の話だったかなあ……ああ、そうだ。実際に誰かが来た時にどうするか、って話だ」
みんな、というか私と沙都子が落ち着いた頃合を見計らって、私は話を元に戻す。
「沙都子は移動に難アリだし、銃は二丁あるけど私しか使える人がいない。
だから……基本は『隠れてやり過ごす』ってトコかな。
ただ、仕掛けたトラップが心配なんだよな……アレってさ、ここに人がいますよ〜って目印にもなるんじゃないの?」
そんな私の心配にも、沙都子は自信満々だ。
「ご心配には及びませんわ! 魅音さんが私の言った通りにトラップを仕掛けたのなら、
そしてトラップにかかったのが危険人物なら、かなりの確率で『隣の民家』に入るはずですわ。 そういう風に仕掛けましたから。
だから、トラップに誰かがかかり、私たちがその音を聞いたら……一目散に逃げ出せば良いのですわ。
そうすれば、危険人物はこの民家一帯に釘付け。その間に私たちはみんなと合流して……という算段ですわ。いかがかしら?」
「へえ、やるね沙都子! じゃあ、人が来たら取りあえずは逃げの一手だね。沙都子は私がおぶるとして……しんちゃん、走れる?」
「うん! オラ、かけっこは得意だゾ!」
しんちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねてみせてくれる。うん、薬の影響ももうなさそうだ。
「よし……とりあえずはこれで万全だね。後はみんなが帰ってくるのを待つだけか」
そう思うと、少し肩の力が抜けた。
……と、イテテ。そういや右肩怪我してたんだっけ。
病院に行ったついでに、薬とか調達してくれてると助かるんだけどなあ……
先ほどの喧騒から落ち着いた室内は、心地よい朝の空気で満たされている。
窓の隙間から風に運ばれてくる音に耳を傾けると、奇妙な既視感――既聴感というべきか――を感じてしまう。
……ああ、分かった。この音は。
――ひぐらしの鳴く声だ。
こんな世界の果てでも、ひぐらしは同じ声で鳴いている。
このまま目を閉じれば、ここが雛見沢だと簡単に錯覚してしまいそうだ。
ああ、このまま目を開ければ、いつの間にか本当の雛見沢に帰っていた、なんてことは無いだろうか?
そんな、淡い、でも、今までに何度も繰り返した妄想を厭きもせず抱きながら、私はゆっくりと目を開ける。
目の前には、小さな二人の仲間。
はは、現実だって、そんなに捨てたもんじゃないよね。
「つか、自分で言っておいてなんだけど、ここには多分だれも来ないと思うよ。
人に会いたいならもっと市街地の真ん中の方に行くだろうし、会いたくないならもっと隅っこで隠れてるだろうし。
万が一誰か近づいてきても、沙都子のトラップが教えてくれるしね。
ま、気楽にのんびりしますかね〜」
私がそう呟いたまさにその瞬間だった。
静寂が破られる。
それも予想外の大轟音で。
――どごおおおおおおおおおおおおん!!!!!!!
民家全体が震える。
「きゃあっ!」
「うわあ、何、何!?」
うろたえる私たちの元に、大量の土煙が吹き付ける。
これは……爆発、それも近い!
恐らく、台所のあった近辺から生じた爆風だ。
でも何故!? 事故? それともまさか……何者かの襲撃!? 爆弾!!??
しかし、それを考える時間はさほどは確保できそうも無い。
そんな私の自問に答えるかのように、第二の異変が到来する。
今度は派手な音は響かなかったが、その代わりに、黒々とした煙が部屋中、いや、この建物全体に立ち込める。
「ごほっ、ごほっ、魅音さん、これって……!?」
「わ、分からないよ! でも、まさか……!」
敵襲……それは考えにくい。
私たちがこの民家に来る時も、トラップを仕掛けるときだって、これ以上ないくらいに周りを警戒していたハズだ。
そんな私たちを、トラップの圏内よりもさらに遠方から、しかも幾つかある民家の中で、『この民家』だけを集中的に攻撃するなんて……
ありえない。それこそ、全てを見透かすような魔法でも使わない限り。
でも、現実はそんな言い訳を聞いてくれそうも無い。
「事故でも敵の攻撃でも、ここに留まってちゃ危険だ! まずは脱出するよ!!」
そう言って沙都子を抱えて駆け出そうとした瞬間に、第三の異変が到来する。
それは、一つ目の異変と同じく、大轟音と、激しい衝撃。
そして、そこで私の意識は途絶えた。
◆
峰不二子は、ぼんやりと川のせせらぎを眺めていた。
時刻は、もうすぐ不二子の設定した時間――9時にさしかかろうとしていた。
9時になれば、不二子が今いるこの地域も禁止地域になってしまう。
つまり、不二子がこのままここでのんびりしていれば、いずれ彼女の首輪の爆弾が起動し、起爆するのだ。
そう、不二子が嘗て利用した、あの少年のように。
――それもいいかもね。
「フフッ」
そう心の中で呟いた不二子はしかし、自分のジョークに堪えきれずに破顔する。
なにせ、不二子にはそんな気持ちは毛頭無いのだ。
不二子は、自分に得があることなら、そしてここで生き延びるためならどんなことでもするだろう。
他人を騙し、幼子を殺し、善人を踏み台にして――そう、実際にそうしてきたのだから。
不二子はただなにげなく、そんな自分にも嘘をついてみたくなっただけなのだ。
時の移ろいに身を浸し、世の無常を憂う……
――駄目。やっぱりこういうのは柄じゃないわ。さて、さっさと温泉にいくとしますか。
誰に見られたわけでも、聞かれたわけでも無かったが、なんとも気恥ずかしそうに頭を掻いて不二子は立ち上がる。
だがそこで、不二子は初めて気付いた。
本当に、自分を見ている者がいることに。
黒い、巨鳥――鷹。
それが、不二子が感じた、その男の第一印象だった。
男はその全身を、漆黒のプロテクターのようなもので覆っていた。
まるで中世の騎士――いや、それよりももっと幻想的な――悪魔、とでも言うのが適切なのだろうか?
悪魔……いや、そんな分かりやすいものでもない。
もっと曖昧で、複雑で、簡潔な何か……。
そう、『言葉では言い表しにくい』という言葉が、その男に最も相応しい。
ただ、その目だけは……今までに見たことが無い程に、深く、深く……
「失礼。お声を掛ける機会を伺っていたのですが、驚かせてしまいましたか?」
男を凝視したまま言葉を失っていた不二子に、男が話しかけてきた。
その外見のにしては、礼儀正しく、知性に溢れる声で。
いや、それは寧ろ外見通りと言うべきなのだろうか。
「貴方……誰?」
「ああ、これは失礼しました。私のなはグリフィスと申します、ミス不二子」
「――えッ!?」
グリフィスと名乗るその男の挨拶が余りにも自然だったので、不二子の反応が一瞬遅れる。
この男は、私のことを不二子、と呼んだ。不二子とは初対面であるはずなのにも関わらず。
そして、そんな不二子の驚きすらも予想通りと言わんばかりに、グリフィスの言葉は滑らかに続く。
「驚かせてしまって申し訳ありません。ですが、これも当然のこと。
何故なら私は貴方のことならなんだって分かるのですから。お待ちしておりましたよ、峰不二子」
――この男は、一体何を言っているんだ?
知るはずの無い私の名前を知っていて、それどころか私の全てを知っている?
……馬鹿らしい。
この男はただ私の名前を知っているだけ。まあ、それでも不思議なことではあるが。
私の全てを知るだなんて、そんなの私の心でも読まない限りは……
そのとき、グリフィスの目を見た不二子の背筋に、ぞくりと悪寒が走る。
――ま、まさか?
「フフ、貴方が疑うのも無理はありません。貴方程の聡明な方ならば、私を疑うのも当然のこと。
どこかで名前を知る機会があっただけ――そうお思いでしょうが、そうではないのです」
グリフィスの言葉には、絶対的な自信と確信が満ち溢れている。
――で、でも、この男が知っているのは名前だけ。それじゃあ証拠には……!
「ええ、そうですね。名前だけでは、私が貴方のことを全て知っているという証拠にはならない。
ですが……何を言えば、貴方は私の言葉を信じてくれるのか。これは少々難しい問題ですね」
グリフィスは、不二子の言葉を待たずに話を続けていく。
実際、不二子はほとんど言葉を口にはしていない。
だというのに、この場では明らかに『会話』が成立しているのだ。
「例えば……貴方は仲間の死を大して意にも介さず、それどころかそれを如何に利用するかに苦心する冷静さを持っている。
また、自身の目的の為には、例え相手が力を持たない子供でも容赦はしない意思の力を持っている。
それも、最初は少し迷っておられたようですが……貴方はもう覚悟をお決めになっているようだ。
まったく、貴方の強さには感服するばかりです」
「――!?」
グリフィスがさも当たり前であるかのように口にする言葉の一つ一つに、不二子の心は激しく揺れる。
「そして、貴方の目的は……単純明快。『最後の一人になること』……そうでしょう?
その為には他の強者には潰しあって欲しい。だから自分は彼らが潰し合っている間の避難と、
先ほど浴びた刺激物を洗い落とすためにC-8地区にある温泉を目指していた……。
とはいえ、こちらの都合で恐縮ですが、温泉には何人たりとも近づかせるワケには行かないのですがね。
……どうです? 少しは私のことを信じていただけましたか?」
――どういうこと!?
このグリフィスという男は、まるで見てきたかの様に私の全てを正確に言い当てていく。
ありえない。何かトリックがあるはずなんだ。
例えば……そう、この男は、ずっと私に気付かれること無く私を観察し続けてきたとしたら?
……いいえ。それはありえない。私が今まで監視されていることに気付かないなんてありえないし、
そもそも車を使ったり禁止地区を横切ったりする移動についてこれるはずが無い。それも私に気付かれること無く。
では何故……?
やはり、この男は……私の心を読む能力がある……?
「フフ、やっと私のことを信じてくれる気になってくれましたか。ですから――」
そう言いながら、グリフィスは懐から一丁の軽機関銃を取り出し、その銃口を不二子に向ける。
「不意打ちで私を倒そう、などという無駄な考えはお捨てになるべきですね」
不二子の体が――グリフィスに見えないように拳銃を取り出そうとする右腕が、びくりと震える。
――ああ、駄目だ。この男には、全て読まれている。
どういう理屈か、どんな魔法を使っているのかは分からないが、確実に分かることが一つある。
……この男は私よりも一枚も二枚も上手で、私はこの男の掌の上で踊らされているだけなのだ。
だが、一つだけ分からないことがある。
「一つ、質問してもいいかしら? ……といっても、私が喋らなくても貴方にはお見通しなのかも知れないけどね。
貴方の目的は何? 殺し合いがしたいなら、その力でさっさと私を殺してしまえば良いのに、貴方はそうしない。
貴方は……一体、何がしたいの?」
不二子の問いかけに、グリフィスの口元がにやりと歪む。
『笑う』という所作の根源は、獣が獲物に牙を剥く動作に由来するという話を、不二子はその身を持って実感する。
「素晴らしい。貴方はやはり私が見込んだ通りの方だ。私が貴方に望むこと、それは……
単刀直入に申し上げれば、私に協力して欲しいのです」
「協力……? 手下になれ、っていうの? この私に?」
「いえ、あくまで協力です。上下関係の無い対等な……ね」
「対等? 何を言ってるのよ。協力だなんだって言っておきながら、どうせ最後には始末されるんでしょ?
アンタに顎で使われて、その挙句にはいさようならだなんて、まっぴら御免よ!
それとも私自身が目当てなのかしら? それなら話は別なんだけど」
心を読まれているかもしれない、という不安と焦りに、不二子は追い詰められていた。
普段ならば決して口には出さない思案や姦計をもが、不二子の口から滑り落ちてゆく。
――この男には、チンケな小細工は通用しない。下手に動こうにもコイツの考えが読めない。それどころか逆に……
どうする? どうすればいいの!?
対するグリフィスは、不二子と対照的に静かに言葉を紡ぎだす。
「いえ、私には貴方を殺すつもりはありませんよ。私には貴方を殺しても何のメリットも無い」
「何言ってるのよ! 最後の一人になるためだったら、アンタはいずれ私を……!」
「いいえ。そんなことをする必要はないのです。冷静になれば貴方にもわかるはずですよ」
グリフィスは、極めて優しく、そう言った。
「なにしろ私はもう既に死んでいるのですから」
「……えっ?」
「私の名前……どこかで聞いた覚えはありませんか?」
「な、グリフィスなんて聞いたこと…………あっ!」
「思い出していただけたようですね。そうです。私の名前は先の放送で既に呼ばれているのですよ。
勿論、私が死者の名前を偽り騙っているわけではこざいません。貴方と違って、ね」
――思い出した。確かにグリフィスってのは、さっきの放送で呼ばれた名前だ。
私としたことが、最初に名乗った時に気付けなかったとは……
でも、一体どういうつもりなのだろうか? わざわざ死者として読み上げられたばかりの名前を名乗るだなんて。
そのうえ、自分でそのことを暴露するなんて……全く意図が読めない。
本当にこの男が幽霊の類ならば……寧ろ、その方が全てを上手く説明できるのではあるまいか?
……馬鹿な。ありえない。
でも……
不二子の思考が、オーバーヒート寸前にまで加熱してゆく。
不二子が常人よりも遥かに知恵が回ることは、自他共が認める、まごう事無き事実である。
だが、だからこそ、不二子の混乱は加速する。
不二子しか知るはずの無い事実を語る、死者の名を名乗る男。
その、不二子の理解を超えた存在そのものに対して、不二子は徐々にある感情を芽生えさせてゆく。
……恐怖を。
死霊の濡れた唇が、ゆっくりと動きだす。
「これは、少し混乱させてしまったかもしれませんね。
勿論、私は肉体的には生きていますよ。御覧の通りね。この首の装置もまだ動いている。
ですが、私は社会的には、つまりこの殺し合いゲームの上では、既に死んだと判断されているのですよ。
つまり、私はもう既にこのゲームの盤上から一歩外に踏み出している。
だから、私は貴方を殺す必要は全く無い。
もし最後に貴方と私の二人が生き残ったのなら、その時は貴方の優勝でこのゲームの幕が閉じるだけのことです」
「死んだと判断って……ギガゾンビのミスってこと?」
「いいえ。ギガゾンビ様は一切のミスなど犯しておられません。寧ろ賢明なご判断を幾つもなされておいでだ。
その一つが……私を徴用したことなのですよ」
「徴用……? それってつまり……ギガゾンビとアンタが手を組んだ、ってこと!?」
「御明察です。実は、このゲームを根底から破壊しようと目論む輩が居りましてね。
そういった不貞の輩を懲らしめる役を買って出たのが、この私だったのですよ。
そして、ギガゾンビ様は私の申し出を受け入れ、私にこの特別な役目をお与えになったのです」
――成程。それならまだ、納得できる。
この男は、ただギガゾンビの命令を遂行することだけが目的なのだ。
だから、私たちがどこで殺し合おうが、誰が最後に生き残ろうが、どうでもいいのだ。
むしろ心配なのは、その殺し合いがちゃんと行われるかどうか。
「だから、私は貴方にとって都合が良いのね。私は最後の一人になるのが望み。
その為に、参加者を殺し、不和をバラ撒いてきた実績も十分……ってワケね」
「ご理解が早くて助かります。
そして、ご理解が早い貴方ならば、貴方には私達――ギガゾンビ様に、言いたいことがあるはずですね?」
「ええ、その通り」
不二子の顔に、久方ぶりに笑顔が戻る。
「私も、貴方達の仲間に入れて下さらないかしら?」
「貴方は本当に期待を裏切らない方だ」
グリフィスも、不二子に笑みで答える。だが。
「しかし、残念ながら、今はまだ貴方の願いを聞き入れることは叶いませんね」
「あら、つれないわね。でも、“今はまだ”ってことは、いずれは考えてくれる、ってことなのかしら?
それが貴方の言う協力、ってのに関係してるのね?」
「ええ。その通りです。私にはどうしても手が離せない用件を抱えておりましてね。
ですから、貴方には他の地区の参加者同士の殺し合いを促進させて戴きたい。
具体的に言えば……C-4地区にある民家と、C-3地区にある病院。
この二箇所が、殺し合いを是としない集団の拠点となっています。
ですから、それらを何らかの形で崩壊させてやって欲しいのですよ。
無論、手段は問いません。物理的、精神的、そのどちらでも、お好きなように」
「……なによ。結局、私にも殺し合いを真面目にしろ、って言いたいわけ?」
「いえいえ、何も貴方が直接手を下す必要は有りません。結果的に人が死ねば、何でも良いのです。
それこそ、貴方のもっている爆発物でも使えば、彼らは動揺し、その結果思わぬ事態が生じるかもしれない。それだけでいいのですよ。
私は、参加者達が殺し合いを放棄して、みんなで仲良く脱出を図る……という状況を好ましく思わないのでしてね。
その為なら……限りはありますが、私の知る情報を貴方に教えてもいい。
それが、“協力”ですよ」
――やっと分かりやすくなってきた。
つまり、コイツはただの現場監督で、ゲームにおける審判のようなもの。
そして、私がルール通りにゲームをすれば、贔屓目の判定をしてくれる……って事なのだ。
「情報以外に、私に援助なんかはしてくれないの? 強力な武器とかがあると助かるんだけど」
「残念ながら、私にそこまでの権限はございません。それに、貴方はもう既に幾つも強力な武器を持っているじゃありませんか」
「あら、ホントに何でもお見通しなのね。まあいいわ。それなら、くれるって言う情報ぐらいは奮発してよね?」
「ええ、出来得る限りに」
――やっと、やっと運が向いてきた。やっぱり私の悪運も捨てたもんじゃない。
ここまで裏目ばかりだったけれど、ここに来て主催者陣営に取り入れるのは僥倖に尽きる。
ここで新たな情報を得られるだけでも私にとってはプラスだし、なにより主催サイドの人間と接触できたのはなにより大きい。
これでコイツの言う通りに動いて適当に恩を売っておけば、後々になってからこいつらに取り入る際には絶対に役に立つ。
それに、もしもの時には、参加者をコイツに押し付けて、主催者側に駆逐してもらうのも悪くない。
脱出を図ってる連中には、こいつらの存在そのものが、私にとってのこの上ない交渉材料になり得るんだから……
その時の不二子は、浮かれていた。やっと自分の持ち味を生かせる状況になったことに、舞い上がっていた。
だが、それも長くは続かなかった。
不二子は、うっかり見てしまったのだから。
グリフィスの目を。
――!!! 見られてる……読まれてる!?
そのグリフィスの目は、先ほどと同じく深く、そして、冥い。
先ほどまでと同じく、神秘的で、吸い込まれそうで……だが、それを見て生まれる感情は唯一つ。
……恐怖。
「断っておきますが、ここで私と会い、話した内容は、一切他言無用でお願いします。
我々の存在を触れ回るのは勿論、今更になって脱出派陣営に寝返る、というのも許しません。
もし、それを破って我々に仇成すと判断された時は……貴方の首にあるそれが、貴方の罪を罰してくれるでしょう」
いつの間にかグリフィスの声は、今までとは全く違う声になっていた。
威圧感と有無を言わせぬ迫力が言葉の間から溢れ出し、不二子の心臓を握りつぶしてゆく。
不二子の心拍数が上がり、不二子の息が、乱れる。
――駄目だ。取り入るとか、利用するとか、そんな次元の話じゃない。
コイツは危険だ。これ以上関わっちゃいけない。そう私の本能が叫んでる。
今は、今はとにかく早くコイツから離れるべきだ!
「わ、分かってるわよ! それよりさっさとその“脱出派の拠点”とやらの場所を教えなさいよ!
さっさと仕事済ませてくるから、アンタはちゃんとギガゾンビに私のこと伝えておいてよ!?」
「ええ。それは貴方の働きしだいです。」
そう言って微笑むグリフィスの顔も、今の不二子にとっては凶暴な獣の威嚇にしか見えない。
――嫌だ。食べられるのは、死ぬのは嫌だ。
「コンラッド! いるか!?」
「ここにギガ〜」
グリフィスの呼び声と共に、一体の土偶が姿を現す。
「コンラッド、ミス不二子を例の民家にご案内しろ。どこでもドアを使っても構わん。
その間に、出来る限りの情報を伝えて差し上げろ。無論、お前に許されている範囲内でな」
「御意ギガ〜」
するとコンラッドと呼ばれた土偶は、どこからともなく巨大な一枚の扉を取り出した。
「どこでもドア〜! このドアを使えば、どんなところでも一瞬で行けるギガ〜。
では、まずは……って、ちょっとアンタ、人の話は最後まで〜〜!」
コンラッドの言葉が終わるよりも前に、不二子はドアに飛び込んでいた。
一分一秒でも早く、グリフィスの視線が届かない場所に逃げたかったからだ。
獣に追われる、兎のように。
◆
「……というワケなんだギガ。分かったギガ?」
「…………」
「ちょっと? ダマの話をちゃんと聞いてたギガ!?」
「え、ああ、御免なさい。一応聞いてたわよ。結局、あの家と病院をどうにかすればいい、ってことでしょ?」
「その通りだギガ。因みにダマの調査によれば、今あの民家にはたいした奴は居ないハズギガ。
つうことで、健闘を祈るギガ。オマエが死ぬのはダマにとっても損失ギガ〜」
そう言いながら、コンラッドは再びドアを取り出して、そのドアを開ける。
しかし土偶は扉をくぐる時に、一言ぼそりと呟いた。
「オマエはダマが監視しているギガ。くれぐれもおかしなことをしないようにギガ」
コンラッドの去った後も、暫くの間不二子は思考の渦から抜け出せなかった。
――つい今しがた私が体験したことは……一体なんだったのか?
あの男が言った言葉――ギガゾンビに取り入って、私に殺し合いを助長させる――その言葉だけなら理解できる。
だが、あの男……あの男そのものについてはどうだろう。
あの男は一体何だったのか?
私の事を仔細に渡って知り尽くし、私の思考を全て読みきって……。
いや、思考をただ読んでいるだけならまだ良い。寧ろ、私の思考を完全に把握し、コントロールされたかのようにすら思えてしまう。
あの時の私は……私の思考は、感情は、果たして本当に私のものだったのか?
私の精神が、あの男に操られ、弄ばれ、捻じ曲げられていたのではないのだろうか?
――私は、これまでにいろんな化け物共を目にしてきた。
鋼鉄を切り裂く化け物。数km先の米粒を打ち抜く化け物。あらゆるものを盗み出す化け物。
残虐な殺戮人形を操る化け物に、全てを粉砕する拳を持った化け物。
だが、そんな化け物共など、恐れるには値しない。
道具は、使うものなのだから。それを恐れるなんて、ナンセンス。
ただ強さを誇るだけの猛獣なんて、飼いならしてしまえばどうということはない。
だが……あの男は道具ではなく、道具を使う側の存在だ。
今までにも、そういった側に立とうとする者は沢山いた。
だが、そのどれもがそうと気付かぬうちに私に使われ、飼いならされていった。
でも、あの男には……それが出来ない。いや、そういう問題ではない。
あれは、道具でも、獣でもない。もっと恐ろしい何かだ。
死霊。あの男は自分のことをそう例えた。
実体を持たず、人の心に入り込み、内側から食い殺すゴースト……まさに、あの男はそれだ。
歯向かえない。既に死んだ人間を殺すことなんて、出来るはずがない。
ただ、その存在を恐れ、逃げ隠れるだけ……それだけが、生きた人間に出来ることじゃないのか。
――いや……そもそも私は、本当にまだ生きているのか?
知らないうちに、あの死霊に食い殺されてしまっているんじゃないのだろうか……?
不二子の心は、グリフィスから離れた今もまだ、グリフィスに侵食され続けている。
グリフィスにつけられた傷から染み込んだ毒が、不二子の心を蝕み続けている。
そして、それはいずれ不二子の心を丸ごと飲み込んでしまう。そんな確信が、不二子にはあった。
――逃げなければいけない。
――でも、どこへ?
――どこでもいい。出来ればこの殺戮ゲームの外へ。
――でも、どうやって?
――簡単なこと。さっさとこのゲームを終わらせてしまえばいい。
――グリフィスは、確かに私に言った。“協力”だと。私を殺す理由など無いのだと。
そしてギガゾンビにしても、自分の望みどおりの働きをする者ならば、わざわざ殺す必要も無いはずだ。
ならば、私のすることは――他の参加者を殺すこと。
いいえ、何も私が手を下す必要は無い。それはグリフィスも言っていたこと。
殺し合いを、させればいい。そして、弱りきった最後の一人を、私が殺してしまえばいい。
そう、最初から考えていた、単純明快なその答えで十分だ。
そうすれば、私はあの男から逃れることが出来る。晴れて自由の身になれる。
だけど……出来るならば、早く自由になりたいものだ。
不二子は、目下に目を下ろす。木々の隙間から、何件かの民家の屋根が顔を覗かせている。
土偶の言うことが正しいならば、あの中の一軒が脱出派の拠点になっているということになる。
この殺人ゲームからの脱出。それは、余りにも狭い道だ。
それが成功する確率など、どう考えても低すぎる。
だが、その気になってしまった頭の弱い人達がそのことに気付き、絶望するまでには、なかなかの時間がかかるだろう。
――無駄な時間だ。
そんな時間の浪費をしている間に、一人でも多くの人間を殺してくれれば、それだけこのゲームが終わるのが早まるというのに。
そんなことにも気付かず、いや、寧ろそのことから目をそらし、自分は時間が経つのをただただ隠れて待っている。
私が一刻も早くこのゲームを終わらせようと躍起になっているのに、そいつらはダラダラと時間を浪費しているだけ。
……なんて迷惑な。
そいつらがいなくなれば、私がここから逃げ出せるのも早まるというのに。
そもそもそんな受身の弱虫が最後まで生き残れるとでも考えているのだろうか?
ああ、だったら早いうちに引導を渡してあげるのも、良いかもしれない。
そいつらにとっても、真面目に殺し合いをしている人達にとっても。
不二子は自分の苛立ちと、その怒りがただの八つ当たりであることを、本当は自覚していた。
グリフィスに感じた恐怖を、他者に対する怒りで誤魔化しているだけなのだ。
だが、不二子はそれでも良いのだと考えていた。
少なくとも、グリフィスの恐怖から少しでも気が逸らせる。
そして、どっちにしろこれからする行動は同じ。ならば、すこしでも良い気分になれた方が良い。
不二子は、デイパックを空ける。
その中には、彼女が今までに掠め取ってきた、様々な道具が入っていた。
そのうちに幾つかは使い方の分からない道具ではあったが、使い道の明確な、有用な物も数多く入っている。
不二子はそのうちの一つを取り出し、それを肩に担ぐ。
――さあ、さっさと仕事を片付けるとしますか。
不二子が引き金を引くと、轟音と共にRPG-7の弾頭は、民家の一角に飛び込んでいった。
――ドオォォン
爆音が響き渡る。
だが不二子はそれにも動じず、第二、第三の砲撃を加えていく。
向うからの反撃が無いように、煙幕弾も射出しておく。反撃で自分が死んでしまったら身も蓋も無い。
――ドオォォン
不二子の放った砲撃は、全て狙い通りの民家に着弾していった。
だが、不二子は何の達成感も得られなかった。
標的となる人間を確認したわけでもなく、ただ言われるがままに民家を砲撃しただけなのだから、当然といえば当然なのだが。
そして、すべきことを終えてしまうと、行き場の無くなった感情がまたその鎌首を擡げだす。
それは、不意に不二子の脳裏を掠めた、一つの疑問であった。
しかしその疑問の真意は、不二子を大きく動揺させる。
――これで、グリフィスは許してくれるのか?
「許す!? 何言ってるのよ! これは対等な協力関係、ただのギブ&テイクなのよ!? 私がなんであの男に許しを請わないといけないのよ!」
だが、不二子は理解している。
グリフィスと不二子との力の差を。両者の間の、力関係を。
グリフィスは主催側の人間であり、底の見えない力を持ち、不二子はそれに恐怖している。
明らかに、グリフィスが絶対的な優位に立っているのだ。
協力などといっても、実際はグリフィスが齎した情報に従って、不二子が命令を遂行しているに過ぎない。
それを不二子が是としているのは、要はグリフィスを恐れているからなのだ。
『私はこんなに役に立つんだから、殺さないでくれますよね?』
不二子の行動を意訳すれば、そう言い換えることが出来てしまうのだ。
――でも、それじゃ……私があの男のことを、逆らえないほど心底恐れてるみたいじゃないの!!
その通り。
グリフィスの命令に従ったのだって、要は彼グリフィスが怖かったから。
そして、結局不二子はグリフィスの掌の上で踊るのだ。
最後の一人になるその時まで。