あわてて立ち上がろうとした権藤の腕に、ジョーは顔を近づけて
「血の・・・匂いがする。」
と呟いた。
下から覗き込むような目で、とがめられるように言われて権藤はあせった。
「すみません。なんせ、仕事帰りだったもんですから・・・。」
言いよどむ権藤の腕に鼻先をこすりつけたジョーは言葉を続けた。
「あいつも・・・・同じ匂いがした。」
強烈な色気を感じどきりとする。
これでは、まるで誘われているようだ。
そう思ってふと、一つの疑問が生まれた。
(力石とはどんな関係だったのだろう。ただのライバルではないようだ。これではまるで・・・。)
そこまで考えて、体の奥に凶暴な衝動が生まれた。
「矢吹さん。悪いことはいいません。この手を離してください。」
男相手に信じられないが、理性を保つ自信がなくなりそうだ。
「なんでだよぉ。」
権藤の気持ちを知ってか知らずか、ジョーは、いたずらっぽく笑いながら体自体を寄せてきた。完全に酔っ払っている。
「矢吹さん。」
胸の奥で何かがはじけ、気がついたときにはジョーを組み伏せていた。
「あ?」
目を大きく見開き、不思議そうに権藤を見ている姿は子供のようだ。そのくせ、薄く開いた唇がやけに扇情的でぞくぞくした。
「嫌なら嫌と、今、言ってください。」
何をとはいわなかったが、押し付けた下半身の状態でわかるだろう。
ぱちぱちと瞬きをくりかえすしぐさが可愛らしくて、頬に手を伸ばす。
ジョーは、しばらくされるがままに任せていたが、そのうち、はめたままだった権藤の手袋に歯を立て、器用にするりと引き抜いた。艶かしい光景に目が離せない。ジョーは咥えた手袋を吐き捨て、指に鼻を寄せた。
血の匂いを求めているようだ。いや、力石を、か・・・。
そう考えた途端、熱い塊がが胸を押した。嫉妬だ。今度は、はっきりと自覚した。
そんな権藤をあおるように、ジョーは権藤の人差し指をぺろりと舐め、目だけを動かして見上げてきた。
少し潤んだ瞳にはいつもの鋭さはなく、絡みつくような欲望が見え隠れしていた。
「いや・・じゃ、ねえ・・・よ。酒・・・飲んじまったからな。寝る前に運動、しねえとな・・・。」
その言葉に権藤は自分を抑えることを放棄した。いい年をしておかしいくらいに興奮している。
彼の赤いシャツを乱暴に捲り上げ、直接肌をまさぐった。ハリのあるしなやかな筋肉に覆われた胸は吸い付くように指になじんだ。
極上の体だ。この体を先にむさぼった男がいるのかと思うとどす黒い嫉妬が湧きあがる。すべて消し去ってやりたいという凶暴な感情に飲み込まれそうだ。乱暴にその胸をなでまわし、そこで、気がついた。
随分、やせている。減量なのか・・・。
ハードなトレーニングに加え、食事もろくにとっていないのだろう。
この人は自分を追い詰めるようなことばかりしている。
何かに急きたてられているかの様に・・・。
いや、逆か。
追いかけているのか、あの男をーー
自分の手で殺してしまった力石に償うため、自分に罰を科している様に見える。
それは、きっと無意識なのだろうけれど・・・。
この人は、そういう人だ。
「ごん・・・どう・・・。」
手を止めてしまった権藤にじれたのか、ジョーは薄く目を開いて名前をよんだ。
(たぶん、私に抱かれることも、あなたにとっては罰なのでしょうね。)
やりきれない思いでジョーを見ると、覗き込むようなジョーと目が合った。
おびえたような、すがるような目が、助けて欲しいと訴えていた。
一体、何から逃れたいのか・・・。
死してなお、あなたを縛り付ける力石からか、それとも、彼のいない世界で生きることから か・・・・。
「今だけ、私のものでいてください。」
ささやくと、ジョーの胸に顔をよせ、ポツリと立ち上がった乳首を口に含んだ。
「ん・・・・。」
鼻に抜けるような甘い声を合図に、若い肌におぼれてゆく。
今だけは、何も考えず、ただ快楽に酔って欲しかった。
たとえ、それが、彼の代わりだったとしても・・・・。