『愛しい人。薔薇の園で待っています』
そして後は時刻だけの便せんを封筒に戻しながら、私の意識は混濁していた。
高等部に進んで間もない私でも、薔薇の園と呼ばれる場所は知っている。
高い植え込みが迷路のように入り組んだ、逢い引きには格好の場所。
いや、ここは女子校だから逢い引きとは言わないか。
でも自分の下足箱にあったものの相手にはまるで心当たりがない。
姉妹の申し込みでもされるのかと思ったが、、『愛しい人』だなんて。
無視しようかと思いながら、でもリリアン育ちの性ゆえそうもできず。
結局下校時間後のその時間に、足を運んでしまった。
かばんを置き、かわいい封筒を手に相手を待つ。
姉妹の申し込みか何かはわからないが相手の好意は受け止めないと失礼。
と考えると急に『好意』という言葉を意識し出してちょっと鼓動が早くなる。
そして人の気配が近付くと、もっと早くなってしまう。
植え込みの影から現われたその人は見覚えのある2年生で、手には同じ封筒。
え?でもこの人って、、!
お互いびっくりしながら顔を見合わせていると、突然大きな叫び声があがる。
「お姉さま!どういうことですか!」
それは私のクラスメイトの一年生。
この2年生と契りを結んだばかりの初々しい妹。
この後彼女はわんわん泣き叫び修羅場になってしまった。
「今日は朝からお姉さまはなんだか落ち着きが無くて」
「お声をかけても御用があるからっておっしゃって」
「ちょっと不安になって影から見守らせていただいていたら」
「お手紙を手に薔薇の園へ入っていかれて」
「そこで真美さんと密会していたなんて」
「お姉さまどういうことですか一体どういうことですか」
「真美さんお姉さまをとらないでわたしに返して」
断片的に語られる中の聞き捨てならない言葉にちょっと割り込ませてもらう。
「私、そんなつもり全然ないわよ。だって」
「でも真美さん、お姉さまと同じお手紙をお持ちじゃない」
「これは…」
「中を読ませていただけない?何でもないなら見せられるはずよ」
まずい。『愛しい人』なんて書かれてあるのを読まれたらもっと誤解される。
彼女のお姉さまはあたふたしたままで頼りにならない。
ど、どうすれば!絶体絶命!
突然場違いな声が響いた。
「真美〜待っててくれたのね!」
そこに現われたのは、学園のあちこちを駆け回るポニーテール。
彼女はささっと寄ってきて、ひょいと2年生から手紙を摘み上げた。
「ゴメン、これ私宛のよ。真美も下足箱間違えないでよね?」
唇の端が笑ってる。
そうか、そういうことか。
「はい!お姉さま、すみません!」
私はポニーテールの人と一緒に薔薇の園から緊急離脱。
おっとその前に。
「そういうことだから、誤解させてごめんなさい」
『だから、これからもお姉さまと仲良くね』
雨降って地固まる、かな。
一緒に正門に向かって歩く。
「先程はありがとうございました」
「いえいえ、私が間違ってあなたのところへ手紙を入れたせいだから」
そう、私とあの一年生は下足箱が隣りだから。
「なんかあの姉妹、五月病状態だって聞きつけてね」
「で、あそこで引き合わせてまた仲直りさせようとされたのですか」
「そうよ。まだ始まったばかりの姉妹の関係が失われるなんて良くないもの」
「で盗み聴きして記事にするおつもりだったんですか、『新聞部築山三奈子さま』?」
「ボツにするけどね。でもきっとあの二人、これでまた上手くいくわよ」
突然三奈子さまは二三歩先を行き、そこでくるりと半回転。
私は制された形になって立ち止まらざる得ない。
「…まだなにかあるんですか?三奈子さま」
「いやね、真美さん。私が何か仕掛けてるみたいじゃない」
さっきのは違うのか、と思ったけれど失礼過ぎるので顔には出さない。
三奈子さまはさらりと、こういわれた。
「本当に私の妹にならない?」
息が止まる。そして深く息を吸い、ゆっくりとはく。
どういうつもりだろう。
唐突にそんなことを言うなんて。
あんな騒ぎを起こしておいて、迷惑をかけておいて。
でも、だからこそ。
だからこそ、そうなのかもしれない。
私が必要なのかもしれない。
「お姉さま、私も新聞部に入部したいのですが」
「大歓迎よ」
次の瞬間、ヤラレタと思った。
丁度そこはマリア像の前で。
お姉さまはご自分のロザリオをポケットから取り出されたのだから。