【ともると!】◆本田朋子Part30◆【トモポン】
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名無しがお伝えします:
180 :(=゚∀゚)◆KITaaAAATU:2008/09/01(月) 10:32:10
かつては寺社の雑役や死んだ牛馬の処理に携わる職業を指していたが、
後に皮革産業や刑吏に携わる人々の身分を指すようになった。室町時
代初期の資料には「かわた」と呼ばれている。皮革の扱いに水が必要
であったこと、また異臭が発生することなどから、居住地の多くは町
村の外れに形成された。また矢などの武具の生産にたずさ
わることも多くあり、それらの居住地は「宿」「夙と呼ばれ、町外れの「坂」
に形成された。関西では「枝村」→(えだは細い木)→(糸の様に細い木)→「糸木村」などと呼ばれていた 。
弓矢や皮製品は軍事物資と独占するため、時の権力者は被差別民の専業とさせ、
川の氾濫の恐れのある場所や、坂のある場所に「宿」(住居) とさせたことから、
被差別民の別称「坂の者」「矢の者」と言われるようになった。