【TBSの】出水麻衣は恋人募集中♪Part15【褐色娘】

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751名無しがお伝えします
シュリーヴィジャヤ王国は
インドネシアやマレー半島、フィリピンに大きな影響を与えたスマトラ島のマレー系海上交易国家
中国語では室利仏逝、三仏斉という
王国の起源ははっきりしないが
7世紀にはマラッカ海峡を支配して東西貿易で重要な位置をしめるようになった


シュリーヴィジャヤ王国は現在のパレンバンを拠点とする沿岸貿易の中心であった
この海上帝国はスマトラ島からマレー半島に跨る連合国家で
中国やインドとも通商をおこなった。旅行者の記録ではスマトラ沿岸部では
金貨が流通していたが、内陸部には及んでいなかったとしている

タイ南部スラーターニー県のチャイヤーが
シュリーヴィジャヤの一時的な首都だったのではないかと主張する歴史家もいるが
これには多くの異議が唱えられている

しかし、チャイヤーが王国の地域的な中心のひとつであった可能性は高い
チャイヤのボーロマタート寺院にはシュリーヴィジャヤ様式で再建されたパゴダがある

中国語(『新唐書』)では室利仏逝(Sribhoja)と書かれている国が
古マレー語碑文にいうシュリーヴィジャヤだと気付いたフランス人歴史学者
ジョルジュ・セデスによって1920年代に再発見された