差別とヤクザ
私の体験
20数年前のことであるが、私は同和地区内のいわゆる同和企業で数ヶ月ほどアルバイトをしたことがあった。
当然被差別部落民と呼ばれる人たちと毎日接することになる。その際に彼らと違和感を持つことが多かった。
その一つは彼らのヤクザに対する寛容な態度であった。
「あそこの弟さん、手や足まで刺青していて、それは立派なもんやったよ。組でもかなりの幹部になってるらしいよ。」
「へー。それはすごいねえ。」
こんな会話を最初に聞いたときは逆説的ジョークかと思ったのだが、そうではなく本心からの感心の言葉であった。
これでは差別されても仕方がないではないか、誰か注意する人はいないのかと感じたのだが、周囲の人々も全く同調し
ているとしか思えなかった。しかもこのような見聞は一回や二回ではなく、何回もあったのである。
この体験をしてようやく、解放運動団体が主張していた「清く正しく生きる部落民をなぜ差別するのか」に示される
部落民像とは全く相反する部落民が、現実の目の前にいることを実感した。
そしてその時以来、差別問題とヤクザとはイコールではないが、かなり関係のあることだと感覚的に思ってきた。
以上は前述したように、二十年以上も前の、しかもごく狭い範囲での体験である。
部落民すべてがこのような人たちであるわけではないだろうし、多くがヤクザへの嫌悪感をもっているだろう。
それは頭では分かっていながら、現実にはあのような部落民が多くいたことを体験した、ということである。
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