人生をやりなおしたい

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1名前は誰も知らない
5月で40歳になる。
身長160cm。体重90kg弱。
胴長・短足。ブサ面。
我ながら酷いチビ・デブ・ブ男のオッサンです。

おまけに短小包茎、女性経験もほとんどなし。
糖尿病のためか最近めっきり起つこともなくなった。
高級ソープとかにいって試してみたらダメだった。

そして、借金持ち。任意整理中でブラックリストに載ってる。
人生なんてクソだと思ってたし、孤独だったし、ひきこもりだったし、どうしようもないほど絶望してた。
今は、けっこう持ち直したけれど、我ながらよく生きてこれたと思う。

だけど、こんなオレでも今は好きな人がいる。
結婚したいと思ってるし、子供も欲しいなんて密かに思ってる。
なんだか絶望的な状況で無謀な夢だということはわかってるのだけど、生きてるあいだはがんばってみようと思う。

8月に任意整理が終わって借金がなくなるのでそこから遅まきながら人生をやりなおしたい。


こんなオレが言うのも何だが、みんなもあきらめないでほしい。

2名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:13:30 ID:/QE7PFHP0

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3名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:15:00 ID:/QE7PFHP0
すまん板間違えた
4名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:15:40 ID:yRBvi1PM0
おれは人生というか別の遺伝子で生まれてきたかったな。
俺はちっちゃい時からありえないくらい引っ込み思案でおとなしかった。
親からもっと積極的になれと何度も言われたが直らなかった。
おれってだからそういう遺伝子を持って生まれてきたんだと思った。
もういまさら遅いし。
5名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:17:03 ID:gTbFQWvS0
>>2
くだらないものを貼るな。さっさと退散しろ。
6名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:22:11 ID:yqnGd9x40
>4
人間の遺伝子なんて99%以上はみんな同じらしいよ。
なんかの本で読んだけど遺伝子の中のスイッチをオンにするといいって書いてた。
村上和男教授の本、読んでみるといいよ。

って、なんでいきなり遺伝子の話になってるんだろうね?
7名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:34:28 ID:5bF51GuCO
>>5そうだ!そうだ!
8名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:35:54 ID:0aMqm3350
陰ながら応援しますよ
俺もそうだし
9名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:46:25 ID:yqnGd9x40
>>8
ありがとう!
とりあえず体重を落とさなきゃね。
これからジムです。
でもリバウンドに気をつけなきゃ。。。
10名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:49:15 ID:gTbFQWvS0
>>9
頑張って!
11名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 19:50:25 ID:0aMqm3350
無理して体重落とすと体がだるくなったりしますよ
負担かけすぎないように頑張ってください
12名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 20:02:30 ID:ENPIYs8B0
>>1
奥さんや、
生まれてくる子供のためにも、
もう少し体重を落として、
身体には気を付けてっ

そういえば、糖尿病って最近、
インシュリン注射しなくても、
飲む錠剤とかが出来たんですよね?
日本では、まだ認可されないのかな。
13名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 20:14:42 ID:CcGfVTf40
>>1
頑張れ!
まだまだ、やりなおせるって!!
14名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 21:24:18 ID:rJohaPpY0
>>1
やり直したいんじゃなくって アドバイスをしたかったのか・・・・優しいな・・


俺は中学にはいったあたりからやり直したい
15名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 21:33:41 ID:UgYClqQJO
そんな1さえも結婚できるのか
すこしうらやましくなった
16名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 21:34:01 ID:OX4xk2yyO
俺は小学校入学の頃からやり直したい。
17名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 21:58:12 ID:wGHENvk40
>>15
1は未婚だと思うんだが・・・
18名前は誰も知らない:2006/03/23(木) 21:59:54 ID:/zaVN6ik0
オレは中学からやり直したい。皆と同じようにうまく笑えれば
もっと違ってたはず。でも 今の状況から復活できたら
順調に生きてきた人よりも些細なことに幸せを感じられる様な
気がする。嬉し涙ってのを死ぬまでに一度流してみたいな。
1さん お互い頑張りましょう。
191:2006/03/23(木) 23:45:14 ID:+67ajesz0
みんな、ありがとう。がんばります(^-^


一応、誤解してる人がいるかもしれないので断っておきますけどオレは独身です(笑)

それに好きな人がいるといっても一方的な片想いです。
40になろうというのに借金や糖尿病などもあって、
これからプロポーズして結婚して子供を生んで育てるなんて夢物語としか思えないんだけど、
それでも、がんばってみようかなと。

こういう、無謀な挑戦をするというシチュエーションが自分でたまんないですね。

でも、本当の勝負は9月以降になると思うので、長期戦になりそう。

>そういえば、糖尿病って最近、
>インシュリン注射しなくても、
>飲む錠剤とかが出来たんですよね?

今のところインシュリンは使ってないですね。体内のインシュリンを効率よく働かせる作用の薬は使ってます。
たまに低血糖症状になるのでつらいです。

小学校や中学校くらいに戻りたい人が多いんですね。。。
自分は、中学のころは、学校中の嫌われ者だったなぁ・・・あまり戻りたくないかも(^-^;

みんな、お互いがんばっていきましょう。
201:2006/03/24(金) 11:31:52 ID:Pi6ZA/Kd0
1年近く、ほぼたった1人の職場で一日を過ごしてきた。
一日に誰とも会わないで誰とも話をしない、という生活。

その間の孤独感というのはすさまじいものがあった。発狂しそうだった。いや、発狂してたのかもしれない。
で、1年で体重が15Kg増えた。もともと肥満だったのに、さらに肥満になって糖尿病も悪化していった。
孤独というの実際に病気になると思う。それを体験した。

今週から職場を移ったので生活は少しは改善されると思う。
21名前は誰も知らない:2006/03/24(金) 11:36:32 ID:nrVNHjOs0
>>20
大変だな…。ストレスとかもかなり感じていただろ。
221:2006/03/24(金) 11:47:27 ID:Pi6ZA/Kd0
>>21
そうなんだよ。ストレスを異常に感じてた。

前の職場は社長の自宅のマンションで開発室専用に部屋を用意された。
で、社長は自宅が他にもあって、1週間に1度くらいしか姿を現さない。
徹夜や休日出勤もある仕事なので、普通のビルの中よりも寝泊まりのできるマンションのほうが
仕事がはかどるだろうという名目でマンションつとめだったけど、もう嫌だね。

鳥かごの中のとべないカナリヤみたいだった。
23名前は誰も知らない:2006/03/24(金) 11:53:10 ID:nrVNHjOs0
>>22
あまり自由な時間(趣味を楽しむ時間)はとれていないみたいだな。
そうだとすると凄くキツイな…。
241:2006/03/24(金) 12:02:43 ID:Pi6ZA/Kd0
>>23
いや、忙しいときはめちゃくちゃ忙しいんだけど、
暇なときはおもいきり暇なので趣味を楽しむことはできるよ。

ちなみに音楽活動とかやってます。
25名前は誰も知らない:2006/03/24(金) 12:07:34 ID:nrVNHjOs0
>>24
趣味を楽しむゆとりはあったのか。それは良かった。もしゆとりがほとんど無かったとしたら、
仕事を辞めてるかも(自分ならだけど)。
261:2006/03/24(金) 14:33:33 ID:Pi6ZA/Kd0
もう辞める辞めないの話は年中行事のようにしてますね(苦笑)
借金がなけりゃとっくの昔に辞めてるけど、
あと、音楽活動とかやるのも、あまりうるさいことは言わないので続けてます。。。
27名前は誰も知らない:2006/03/24(金) 14:43:07 ID:nrVNHjOs0
>>26
この先借金を返せたら今の仕事を辞めるつもりなんですね。
でも今の仕事を辞めたらこれからの就職先というのは大丈夫
でしょうか…。
281:2006/03/24(金) 15:24:26 ID:Pi6ZA/Kd0
>>27
まだはっきりと決めたわけではないけど、そうなるかもしれないですね。
これからの就職先とかはともかく40越えて開発の仕事は厳しいかな、とも思ってます。
29名前は誰も知らない:2006/03/24(金) 18:03:50 ID:DOKxSCo70
過去の嫌な事全部忘れて別人になって生きていきたい
301:2006/03/24(金) 19:11:25 ID:Pi6ZA/Kd0
>>29
そうすればいいと思うよ。
大丈夫、やりなおせる!
311:2006/03/25(土) 13:02:05 ID:XayVWRIn0
2chからしばらく離れていたので、
こういう板ができてたのも知らなかったんだけど、
弧板って他とぜんぜん雰囲気が違うね・・・

実は以前、他の板で自分のこれまでの人生を書こうとしたら、
さんざんネタ扱いされて、潰されてしまった。
本当のこと書いてたんだけどね。

だから、2chからは遠ざかってたんだけど、
この板なら書いてもいいのではという気がしてきた。

とても長い話なんだけど、気が向いたときにでも、
ゆっくりと書いていってみようと思う。

他のスレ、読んでて、そう思った。
32名前は誰も知らない:2006/03/25(土) 13:12:23 ID:u3DPIVOF0
自己紹介板とかなかったっけ?
33名前は誰も知らない:2006/03/25(土) 13:18:00 ID:DJCWD24dO
いや、ここに書いてくれ
341:2006/03/25(土) 14:20:54 ID:b/VyL11P0
すんません、自己紹介がしたいわけじゃないです(^-^;

自分と同じように孤独や虚無、それにいろんなコンプレックスや悩みを抱えてる人たちにとって、
ボクの体験を書くことで、お互いに生きるためのヒントをなにか見つけれればいいのではないかと考えてます。
ちょっと長い話だけど、まるきり板違いなことは書くつもりはないので寛容にみてもらえればと。

それに、自分だけじゃなく、みんなの体験も聞きたい。
351 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/25(土) 14:42:54 ID:b/VyL11P0
トリ装着テスト
361 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/25(土) 15:30:46 ID:b/VyL11P0
オレは○○県の田舎に産まれた。
妹と弟がいて、オレは長男。

この年は60年に一度訪れる、丙午の年で、
丙午生まれの女は男を食い殺すという恐ろしい言い伝えがあり、
そのために極端に人口が少ない。

生活は普通の家庭より貧乏だったような気がする。

家族揃って見てくれは悪い。周りからはかなり不細工な家族に見えたと思う。
オレはズングリムックリとした肥満体型で足が短く胴が長い。
俊敏な動きが出来ずに、肉体的には他の人よりかなり劣っていたと思う。

背は小学生の頃は小さくはなかったけど、中学にあがる頃にはクラスで一番低かった。
舌がうまくまわらず思ったことをうまく喋れなかった。
言葉がいつも、こもって相手に聞き取りにくいので話が通じないことが多かった。

学校の中でも一番の醜男だったのではないだろうか。
どうしようもないほどのコンプレックスの塊だった。
371 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/25(土) 15:39:24 ID:b/VyL11P0
子供の頃はマンガ少年だった。

特に水島新司の野球マンガやアニメが好きでよく見ていた。
「野球狂の詩」「球道くん」「一球さん」「ドカベン」。よく読んだ。
登場人物に感情移入して泣いたり笑ったり、
自分もこんなふうに青春したいとよく思ったものだ。

だから中学に入ると迷わず野球部に入った。

毎日、毎日、練習と声出し。走りこみに球拾い・・・。
練習はとても辛かった。
それでも上手くなりたいと、自分なりに一生懸命やっていたつもりだった。

だけど、マンガの世界と現実は、まったく違っていた。

オレはいつまでたっても下手くそだった。

381 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/25(土) 15:39:55 ID:b/VyL11P0

周りの野球部員からはボロクソに言われ、おまけに監督からも、「野球部の癌」と、言われる始末だった。
それくらい下手だった。当時、野球部員は40人くらいいたが、オレが一番ヘタだったのではないだろうか。

オレはいつしか野球部の中で孤立し、練習もたまにしか行かなくなった。
練習をよくサボるので、さらに野球部の連中と険悪なムードになる。
そして、野球部のやつ等だけでなく、ほかの生徒にまで、「あいつは口ばっかりの厄病神だ」と、
言われるようになって、学年の中でも孤立していった。

相手にしてくれる先輩もいないし、2年に進級して新入生が入ってきてからは、
後輩にもバカにされるようになった。
オレはどうしようもないくらい、「学校中の嫌われ者」だったのだ。


不細工なくせに、不器用なくせに、舌足らずなくせに、大きな口ばっかり叩いていた。
オレがいるとなにをやっても負けたし、うまくいかなかった。


いつしか、コンプレックスと孤独感は膨れ上がっていった。
391 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 10:26:45 ID:W90KDMiy0
松山千春に憧れていた。
今ではヘッドスキンのコワモテで
宗男とつるんでて危ない人という印象があるけど、
当時はスーパースターだった。

1つ上のO野先輩が文化祭で松山千春の弾き語りをやってるのをみて、
カッコいいなぁと思った。O野先輩は、顔はそこそこだったが、
足が短くスタイルがあまりよくなかった。それでも、文化際以降、
O野先輩は女の子にはモテモテで、学校中の人気者だった。

コンプレックスだらけのオレにO野先輩は勇気をくれた。
「これしかない!」って感じで松山千春に、のめりこむ。


中学2年になってギターをはじめたのもこのころだ。
文化祭でギターの弾語りをやったが、玉砕した。
生徒からも先生からもヒンシュクものの演奏で
オレはさらに学校の嫌われ者となった。
けっこうヘコんだが、しかし、本気でギターや、
歌がうまくなりたいと思い始める。
401 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 10:27:43 ID:W90KDMiy0
同じ文化祭で、後に親友となるYが弾語りで演奏してるのを見た。
この年もO野先輩が松山千春をやったが、Yは先輩以上の喝采を浴びた。
Yはあっという間に学校内でO野先輩以上の人気者となった。

このときのYの演奏には衝撃を受けた。
オレはYと友達になりたいと思った。

暗くてコンプレックだらけのオレは、学校内でボス的存在となっている
Yに相手にされないのではないかと思っていたが、
Yはそんなに小さな人間ではなかった。
急速に親しくなりギターの腕を磨きあうようになる。

それからはYと2人で長淵剛ばっかり練習してた。
よく、飽きもせず、毎日毎日、ギターばかり弾いていたもんだと思う。

411 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 10:28:14 ID:W90KDMiy0
この頃から、オレは変わり始める。
それまで、友達も少なく、閉鎖的でどちらかというと、
嫌われ者だったが、ギターを弾くことで、友達が増えていった。

当時、ドラマの「金八先生」がほぼ同じ世代だったといえば想像できるかもしれないが、
校内暴力が問題となっていてツッパリといわれる連中がハバを聞かせていた。

*ツッパリ=今で言うとヤンキー、昔で言うと、不良

それでも、オレの中学ではそういった連中のボスがYだったので、
ツッパリどももギターを弾いていた。Yはケンカも強かった。

オレは不良どもにギターを教えていた。
だから、オレ自身、ケンカが弱くても、そんな荒れた学校の中
をツッパリどもと渡りあっていけた。Yのお陰といったところだが。

421 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 10:30:26 ID:W90KDMiy0
ちなみにYは不良どものボスだったが先生にも人気があった。
Yがギターを弾いていることで他の学校ほどには荒れていなかったからというのある。
それに陸上部のエースでもあった。足の速さは地区大会でもトップクラスで、
走り幅跳びになると県内で5本の指に入っていた。

Yの弟は後にドラフト2位指名でプロ野球選手になったほどなので、
そういう血筋なのだろう。学校側から見てもYは貴重な存在だった。

子供心にYは大人になったらとんでもないくらいの大物になると思っていた。

そして、オレにとって、もう、ギターがすべてになっていた。
たいした交際ではなかったけど、まがりなりにも、
つきあっている女の子もいた。
いつしか、コンプレックスは少なくなっていた。

431 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:17:27 ID:W90KDMiy0
中学を卒業すると、地元の高校に通った。

Yは、別の私立高校に進学した。
ちなみにYが通った高校は県下でも1・2を争うワルが集まる高校で、
Yはそこの副番クラスだったようだ。オレにはもう関係ないことだったが。


高校に入ってすぐ、例によって、例の如く、
オレの高校でも出身中学別の派閥によるツッパリどもの抗争があった。
同じツッパリ同士でのケンカが絶えず、
また、ケンカが弱い者はパシリにされた。

中学までは、そんな連中はYがいくらでも押さえつけていたが、
Yのいない高校では自力で相手にしなければならなかった。

しかし、案ずることはなかった。
中学の頃と同じで、ギターを武器にツッパリどもと対等に、
あるいは、対等以上に渡っていけた。
当時、「長渕剛」が神様的存在だったので、
ギターを弾くことと、教えることで学校内での地位を固めていった。
441 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:17:58 ID:W90KDMiy0
けれども時代は変わりつつあった。
オレのやってる音楽のジャンルはフォークだった。
しかし、フォークの時代は終焉した。
フォークという言葉も死語になりつつあった。

ギターや歌に変わる新しいなにかが必要だと感じていた。

進路を決めた。
「コンピュータ」の勉強をすることにした。
京都の専門学校に行くことになった。
当時は誰もコンピュータについて知る者がいなかった。
パソコンは、別名マイコンとも呼ばれることもあった時代だ。
451 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:19:30 ID:W90KDMiy0
同じクラスにIというパソコンを持っているヤツがいて、
オレもバイトして購入した。
高校の終盤になると学校内ではIと親しくなっていて、
パソコンの話をすることが多くなった。
Iも神戸の専門学校に行くことが決まっていた。

異様な不安がまとわりついていた。
これからのコンピュータ社会とフォークの終焉。

そして、時代は、バブル期を迎えようとしていた。
あまり希望を感じることができなかった。
とても、おかしな腐敗した社会になりつつあった。
そしてオレは高校を卒業した。
461 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:21:22 ID:W90KDMiy0
京都にはコンピュータの勉強をするために行っていた。

が、勉強にはついていけなかった。まったくといっていいほど。
もともと、頭がいいわけでもなく勉強とかできるわけでもない。
コンピュータが好きだったわけでもない。


いつしか専門学校には行かなくなり、ひきこもりとなった。
寮に住んでたので一人暮らしではなかったが、ビデオを見たり、麻雀ばっかりやってた。
あとはローソンでバイト。
学校に行こうとすると、頭痛や吐き気がした。登校拒否症か。

471 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:23:20 ID:W90KDMiy0
中学や高校の頃の成績もあまり良くなかった。
それも、たいして頭のいい中学・高校だったわけではない。

それでも、中学・高校の頃は別に学校の成績とか悪くても気にならなかった。
留年さえしなければ、なんとかなると思ってた。


が、専門学校1年目で単位を落とした。留年だ。

当時、専門学校で留年するやつは珍しかった。
そうなったらたいてい辞める。

が、学校を途中でやめたくはなかった。
せっかく親に高いお金出してもらって学校に行かせてもらってるのに、
それに答えられない自分が情けなかった。

思ってることと現実が正反対だった。

どんどん鬱状態になる。

481 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:24:32 ID:W90KDMiy0
バブルの時代だった。
価値観が他の時代とはまるで違う。

みんな裕福だった。
オレの家は貧乏だったけど、時代そのものが豊かだったのでそんなに悲惨な状態でもなかった。
あの当時は貧乏人でもそこそこの贅沢は出来ていたと思う。

若者はみんなオシャレなカッコしてディスコにサーフィンにスキーに繰り出していた。
バイトや就職など苦労がなかった時代だ。
当時の若者は黒光りした異様な瞳をしていたと思う。

ブランド商品が飛ぶように売れ、高級な時計や宝石など、金持ちでなくても身につけてた。
安い品が売れなかった。嘘でも金額を高くする方が売れた。
海外旅行が当たり前のようになった。
491 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:25:51 ID:W90KDMiy0
マジメなやつが嫌われた。
ふまじめなやつがもてはやされた。

努力や根性とか最も忌み嫌われていた。
汚職や賄賂などは当たり前の風潮で、それを批判するやつの方が世間から抹殺されていた。

外国からは金満日本と叩かれた。
アメリカでさえ日本の裕福さに嫉妬していた。

猫も杓子も財テクだった。
なんの苦労もしないで楽にお金を増やすことが美徳だった。

地上げが横行していた。
土地の売買による長者があふれていた。

究極のグルメ時代だった。
高級料理や高価な珍味が普通に食されていた。



史上最大の飽食の時代。

これが「バブル」だ。
そんな時代があったのだ。
501 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:26:45 ID:W90KDMiy0
音楽的にはBOOWYなどのビジュアル系がもてはやされ、おにゃんこクラブなどアイドルが主流だった。

フォークなど間違っても口に出せなかった。
完全に死語となっていた。

当時、フォークグループの「ガロ」の一人がそんな時代に絶望し自殺してニュースになったのを覚えている。
テレビであからさまにフォーク系アーチストをこきおろして見下していたのを見て、吐き気がした。



オレはギターをやめた。



歌も歌わなくなった。



ギターを弾いて歌うと、屈辱的にバカにされるからだ。


うまいへたとか関係ない。
フォークというジャンル、ギターの弾き語りというスタイルがこの世から消えてしまっていた。


唯一の生き甲斐、唯一の支えを失った。

おまけにコンピュータの勉強にもついてゆけない。

宗教にも手を出したが結局ダメだった。

511 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/26(日) 14:28:32 ID:W90KDMiy0
バブルという時代が大嫌いだった。
どんなにいい服を着たとしても、髪型とかカッコよくしようとしてもオレみたいな醜男は所詮、醜男でしかない。

努力や根性で渡っていこうとしても、それが一番嫌われる時代だった。
まったく、為す術がない。

まるで社会から「生きるな」と言われてるようだった。
社会不適合者の烙印を押されてしまった気がした。

ますます人前に出るのが嫌になり、まったく人と話さなくなった。
生き甲斐も何もなく、ただ、ボーっと生きてる。

2年目、また、単位を落とした。さすがにジ・エンドだった。
ぼろぼろの精神状態で○○県の実家に帰った。

このころ、はじめて廃人のようになった。 世捨て人だった。
52名前は誰も知らない:2006/03/26(日) 14:30:16 ID:/rkhaqvn0
人生は一度きり
53名前は誰も知らない:2006/03/26(日) 21:01:34 ID:K9M5gJPO0
レスするのを我慢してたけど、どうぞ続けてください
541 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:26:28 ID:9F49XSZe0
>>52
そうだね。人生、一度きりだから死ぬときに後悔しない生き方をしたいですね。

>>53
レス、我慢しないで書き込んでね(^-^
といっても話が最後まで終わらないとレスしようがないかな?
長い話なのでゆっくりと書いていくつもりだけど。
一応、希望のもてる話ではあると思うよ。
551 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:50:33 ID:0QgJjXsW0
続き

京都から帰ってきたオレを見て、中学・高校の頃の友達がびっくりしていた。
オレがあまりにも変わってしまったから。
生気がなく無気力で、マイナス思考で、暗くて・・・。

以前はギターを持てば怖いものなどなかった。
こわもてのツッパリ・ヤンキー連中でさえ従えることができた。

しかし、このバブルという時代では無意味だ。
アコースティックギターを弾き、歌を歌うことは、タブーだった。

それに、もっと大きな傷になったのは、コンピュータの勉強について行けず挫折してしまったことだ。
高いお金を払ってわざわざ京都までいったのに、結局、無駄にしてしまった。

家族は気を遣ってこのことについて触れなかった。
逆にそれが悲しくもあるが、見えないプレッシャーはあった。
家族の、親の目が怖かった。
561 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:51:17 ID:0QgJjXsW0
自分は挫折した。
負け犬だと、心底、思いこんだ。
生きている意味がわからない。

このころ、中学・高校時代の仲間だったNとSが立て続けに死んだ。
NとSは中学が一緒で高校の時は一緒にバイトしていた。

オレは高校の頃、海が見渡せる海岸沿いのスーパーで、休日と学校帰りに毎日バイトしていた。
専門学校にいく費用の一部やパソコンを買う費用を稼ぐためだった。

NもSもそのスーパーで学校帰りと休日はバイトしていた。

オレは肉屋。Nはバーガーショップ。Sは魚屋だった。
休憩時間になると3人で海を身ながら一服してダベっていたものだ。
571 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:51:56 ID:0QgJjXsW0
Sは子供の頃からテンカン発作の持病を持っていて、何の前触れもなく意識を失い倒れる。
何度か発作を起こして倒れるのを見たことがある。
よく救急車のお世話になっていた。

それは授業中だろうとバイト中だろうと自転車に乗ってるときだろうと容赦なく突然襲ってきていた。
現代医学ではテンカンの原因は解明できてなくて医者でも治せないとても恐ろしい病気だった。


Nは体中の間接が生まれつきあちこり曲がっていて、身体が弱かった。
普通に生活するには支障が無くて身体障害者の認定まではされていない。
それでも体育の授業や大きなイベントで、明らかに他の生徒よりもハンディがあって、苦労をしていた。
それでもNは根性があるヤツで、ツッパリ・ヤンキーなんかに絡まれても殴り返すくらいのヤツだった。
581 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:53:30 ID:0QgJjXsW0
高校を卒業してからはSは警備会社に就職した。
が、病気のせいですぐにクビになり、海岸沿いのスーパーに戻ってバイトをしていた。

オレもNもいなくなったそのスーパーの裏の海岸で、休憩時間にたばこを吸っていて、発作を起こし海に落ちて死んだ。
20歳の時だった。

Sは自分が長く生きられないのを知っていたと思う。
毎日、死への恐怖と向き合いどんな思いで生きていたんだろう?
不憫でならない。
591 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:54:04 ID:0QgJjXsW0
それからしばらくしてNが海に入った。
「もうこれ以上、生きていとうないわ!」
それが最後の言葉だったらしい。
高校を卒業してからは会っていなかったので、Nがどんな日常を送っていたのかは知らない。
ただ、他の人間よりは苦労を強いられたのは間違いないだろう。

Nの遺体は海を一週間漂い、隣の○○県に打ち上げられた。
新聞の片隅の記事に載っていた。
21歳の時だった。

海に入ったとき、心臓が止まる瞬間、どんな気持ちだったんだろう?
冷たかったろう。苦しかったろう。
そして、悔しかったろう。
それとも、やっと楽になれると思ったのか?
601 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:55:12 ID:0QgJjXsW0
それから、よく彼らが夢に出て来た。
あの海岸沿いのスーパーで、ぶらぶらしていると、NやSがオレを見つけて話しかけてくる。

「よぉ、元気か?今何してる?」

そして、「海に行こうぜ。一服しようぜ」と誘う。
まるで、高校時代のバイトしてるときのように。

同じ夢を何度も何度も見た。

NとSは他の誰よりも一生懸命生きてきたはずだ。
なのに死んでしまった。

理不尽さが募る・・・。
611 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:55:59 ID:0QgJjXsW0
京都から帰ってきてからは、ひきこもりがちだったがアルバイトはやった。

今で言うとフリーターだ。当時はぷー太郎とかいってた。
高校のとき通っていたスーパーでもしばらくの間、バイトしていた。

が、当時、被害妄想が酷くてどの仕事もうまくいかなかった。
完全に対人恐怖症だった。総合失調症もあったかもしれない。

オレは元来肥満体質だが、この頃、拒食症になった。
体重が激減し、ガリガリに痩せて、アルバイトの仕事や生活にも支障が出ていた。
指一本動かすことが辛かった。

息を、すって、吐いて、という作業さえそのうちできなくなるのではないかと思った。
あのころはわからなかったけど今から考えると栄養失調だったようだ。
脱水症状も起こしていたと思う。手が震えてしびれてたりしてた。
621 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:56:31 ID:0QgJjXsW0
このままでは気が狂うか、体がおかしくなってしまいそうだった。

NとSが海に誘いに来ている。
彼らはオレをあちらの世界へ連れて行こうとする。

自分の中でなにかがキレた。

アルバイトをすっぽかして、軽自動車で北海道まで突っ走った。
岡山から北海道だ。とんでもない旅行だった。
北海道ではただやみくもに車で走りまくった。2週くらいしただろうか。

北海道の壮大な自然の中でそのときに、もう自分を責めるまい。と、思った。

そして、北海道から帰ったら再び、音楽をやろう、と思った。
631 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:57:54 ID:0QgJjXsW0
フォークがだめならポップスやロックをやればいい。
ギターがだめならキーボードをやればいい。

自信は全然なかった。
が、なにもしないよりはマシだ。

あいかわらず夜になると夢の中であいつらが誘いに来ていた。
だけど、NとSには悪いけど、もう遊んではやれない。

オレはまだ生きてるのだから。
641 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 00:59:34 ID:0QgJjXsW0
しまった・・・○○県、伏字にするのを忘れてた。まぁそのくらいはいいか。
651 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 14:03:12 ID:r2Nzmjdd0
ここで、中学の同級生で親友だったYが再び登場する。

Yは高校を卒業したあと、一度、電気店に就職したがすぐにやめた。
その後、土建屋の親父の仕事を手伝いながら、若くして親方になっていた。

当時、Yは21〜22歳で親方をやって、年上の、ゴッツイ、オッサンどもを従えて、
何百万円もの仕事をいくつも請け負ってたんだからやっぱり大物としか言いようがない。

いつも大金を持ち歩いてて、誰彼とも無く奢りまくっていて羽振りが良かった。
いかにも親分という感じだ。


そしてYの弟は、このころ、超高校級のエースとしてプロ野球でも注目の存在だった。
高校野球の夏の大会ではオレもYと家族ぐるみで応援した。というかさせられた。
惜しくも甲子園にはいけなかったが、Yの弟の活躍は岡山大会でかなり目立っていた。
そして、翌年、ロッテオリオンズに2位指名されプロ野球入りした。
当時、高卒で甲子園出場もない選手が2位指名されるのは異例ではなかったろうか。

また、母親もお好み焼き屋が繁盛していて家族揃って大騒ぎという感じだった。
相変わらず、この一家はほかの家庭とはまるっきり違っていた。
661 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 14:04:06 ID:r2Nzmjdd0
そんなYがあるとき、オレに打ち明けた。

プロのミュージシャンになりたい、と言う。

Yは土建屋の親方の仕事のかたわら、バンドを組んでいた。
そのバンドは人気があった。
あのころ、地元では瀬戸大橋ができたばかりで、その関係のイベントが目白押しにあり、
Yのバンドは、ひっぱりだこになっていた。

常にYの周りには20〜30人の取り巻きがいた。
地元ではちょっとしたスターだった。

Yには黙っていても親方という仕事があり、人の上に立つことができる人間だ。
お金も当時の同世代では比較しようのない金額を動かしていた。
親が金持ちで弟も有名人でなにも文句がつけようのない暮らしをしていた。

しかし、それをすべて捨ててでもミュージシャンになりたいという。

Yはオレに言った。
「オレと一緒にやらないか?」

671 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 14:04:53 ID:r2Nzmjdd0
そのころ、既にオレは、ギターをやめていた。
キーボードに転向しようと練習してたがあまりうまくはならなかった。

それでもYがオレをバンドにひきこうもとしたのには理由がある。
当時、作詞作曲をしている者が周りに他にいなかったからだ。

Y自身は作詞作曲をしていたがまだ荒削りで幼ない感じだった。
オレもまだ、曲作りをはじめたばかりで、お互い競って作っていた。


当時のYはロックやポップスの作品を作っていたと思う。
最初のころはYのセンスのよさに舌を巻いたものだった。

それだけでなはない。

Yはオレが作った作品もオレ以上に演奏し、歌いこなしていた。
オレはキーボードがうまく弾けなくて、バンドにはまだ参加していなかったが、
オレの作った作品はバンドで何度か採用された。


681 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 14:05:23 ID:r2Nzmjdd0
だから、自分が演奏したり歌ったりしなくても、Yさえいればやっていけると思っていた。
自分を救ってくれる人間は、もはやYしかいなかった。

オレに足りないものをすべて持っている。
こんなにもスター性を持った人間を他に見たことがない。


自分の中で失いかけたなにかが再び燃え上がろうとしていた。


京都であったことは忘れよう。
NやSのことも、気にしないことにしよう。

今はYと一緒に音楽をやろう。そう思った。

22歳の時だった。

691 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:38:19 ID:r2Nzmjdd0
しかし、けっきょくオレは、Yと一緒にやることはなくケンカ別れした。

当時のオレの書く詞はネガティブだった。
宗教的で”孤独”や”虚無”、”憎悪”や”絶望”について書いていた。

自分で自分の書く詞が嫌いだった。
なぜ、こんな詞しか書けないのだろう?と悩んでいた。
これでは、誰も聞く人はいないだろうし、なんのために詞を書いてるのかわからない。

自分では吹っ切れたつもりでいたが、京都での挫折と、バブルという世の中に対する憎悪が、ネガティブな詞しか書かさないのだと思った。

どうすればポジティブな詞が書けるのだろうか?
本気で悩んだ。

本をたくさん読んだ。

書籍代だけで月に2〜3万円は使っていた。
人の何倍、何十倍も、毎日毎日本を読んでいたと思う。

いろいろなジャンルの本を読んだがコンピュータ関連の書籍もたくさん読んだ。
コンピュータに対する劣等感がよくないのだと思ったからだ。

それでも、納得のいく詞は書けなかった。
701 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:39:54 ID:r2Nzmjdd0
そんなオレが作った詞や曲でも不思議なことにYが演奏し歌うと、軽いロックになっていた。
本当に頼れるヤツだ。と思っていた。

だが、あるときからYに対して不安を感じはじめた。

Yの書く詞までもが、ネガティブになってきた。
詞の内容や表現方法がオレの作る詞に触発され始めたようだった。

それに、作曲も雑になりショボくなっていった。

これにはオレが気分が悪くなった。
なぜなら、Yの詞はオレが書く詞みたいだったからだ。
オレ自身が自分の書く詞が嫌いだったし納得できなかったから、Yの書く詞にも嫌悪感を覚えた。

曲についても、それまでのYらしさがなくなってきた。

”孤独”と”虚無”がYを飲み込もうとしている。

Yは、太陽そのもので、いつも光の中にいて、希望に満ちた存在でないといけない。
オレが作ることのできないポジティブで明るい作品を作るべきだ。そう勝手に思っていた。
711 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:40:44 ID:r2Nzmjdd0
Yが変わっていくことに我慢が出来なかった。
だから、少々、きつい言い方をしたかもしれない。

自分のことは棚に上げて、Yを責めたらケンカになった。

彼はバカにされたと思ったようだ。
今まで見たことがないくらい激怒した。

中学・高校時代を含めてYがオレに対して本気で怒ったのは、これが初めてだったのではないだろうか。
昔からケンカばかりしていたヤツだったが、オレに対して本気で怒ったことはなかった。

暗雲が立ちこみはじめていた。

このころ、Yはバンドの連中ともうまくいかなくなっていた。
日に日に荒れていき、ついにバンドは解散した。


一度もオレはバンドの演奏に参加することはなかった。
721 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:41:32 ID:r2Nzmjdd0
Yの家族とも、このころ、一悶着があったようだ。
周りから、苦労知らずのお坊ちゃんだとか親の七光りだとか言われ、弟と比較されたりもして、カッとなっていたと思う。

知らないうちに親方の仕事も辞めてしまっていた。
「あいつは、いい親方になると思っていたのに・・・」
周りの人からそんな声を聞いた。

Yが孤立していく。
いつもイライラしているようだった。


そして、Yは一時期、行方不明になった。
隣の広島や大阪など渡り歩いてライブハウスなどで修行という名目で演奏していたみたいだ。

帰ってきてからオレを呼び出し、彼が作った曲を無理やり聴かされた。


ひどい歌だった。
あの太陽のように輝き、つねに何十人も取り巻きを引き連れて歩くスターのようだった姿はなくなっていた。


終わってしまった、と思った。
731 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:47:22 ID:r2Nzmjdd0
Yがこんなふうになったのは自分の詞が影響したのだろうか?
だとしたら、オレは詞を書いてはいけない。

「詞」「言葉」は人の運命や人生を変えてしまう。
オレがネガティブで”孤独””虚無””憎悪””絶望”について、詞を書いたばかりにYは変わってしまったのか?


オレは詞を書くのをやめた。


再び詞を書くには、自分の中にあるコンプレックスを消し去り、絶望感や孤独感や虚無感を消し去らなければならない。


すでに、フォークは死んでしまっている。
かつてのようにフォークギターで自分を支えることはできない。

キーボードも結局うまくならなかった。
唯一の頼みの綱のYも変わってしまった。

完全に行き詰まってしまっている。もうどうすることもできない。
これ以上、音楽を続けるのは困難な状態になっていた。
741 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:47:52 ID:r2Nzmjdd0
八方ふさがりだ。
それでも、いろいろなことを考えた。

今のオレに出来ることがあるとしたら・・・
コンピュータに対するコンプレックスを消すしかないのではないか?
当時、コンピュータ関連の書籍を毎日かたっぱしから読んでいたので、技術的なことは理解できるようになっていた。


コンピュータ技術者になろう。


このバブルという腐敗した時代を生き抜くには、そして、これからの未来の社会を生き抜くにはコンピュータの技術者になるしかない。
このどうしようもなくオレを悩ませるコンピュータというものを自分の思いのとおりに支配することができたら・・・。

少しはポジティブになれるかな?
751 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 15:48:55 ID:r2Nzmjdd0
音楽とコンピュータ・・・揺れる2者択一だった。
気持ちとして音楽に未練があったが、バブルという時代、そして世間体に勝てなかった。

オレは岡山のコンピュータ会社に就職した。


同時期、Yはミュージシャンになるためにたった一人で上京した。

Yが上京することを知って激しく心が揺れた。
本音を言えばついてゆきたい。

しかし、けっきょく当時の荒れたYについてゆくことはできなかった。

迷いを残したままコンピュータ業界に入った。


それぞれに進む道は分かれた。
23歳のときだった。
761 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:02:44 ID:r2Nzmjdd0
と、ここまで書いてみたものの・・・内容的には、この板にあってるのではないかと我ながら思ってるんだけど(^-^;
小説風で作り話っぽいけど、一応、ノンフィクションです。
77名前は誰も知らない:2006/03/27(月) 16:18:28 ID:nVBWtdJs0

【友達】小学校の旧友を2chで探そ【仲間】2校目
http://bubble4.2ch.net/test/read.cgi/mukashi/1095442422/
78名前は誰も知らない:2006/03/27(月) 16:20:58 ID:NFk5kq+j0
>>1
とりあえず、自己紹介続けて。

私、女だけど、覗くくらいはいいよね。
791 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:36:12 ID:r2Nzmjdd0
>>78
では、お言葉に甘えて続けます(^-^ヾ
801 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:36:50 ID:r2Nzmjdd0
オレがこの業界に入ったとき、もう一人Iというやつと、同じ岡山のコンピュータ会社に就職した。
前に書いたけどIは高校の同級生で同じクラスでパソコンを持っていた。

高校の頃、パソコンはマイコンと言われることもあった時代で学校で3人くらいしか持っていなかった。
そのIの影響でオレもパソコンをやりだしてその道に進むことになったのだが、
実は23歳までIもプー太郎(フリーター)をしていた。

Iは神戸のコンピュータの専門学校を卒業してたが、なぜかハンバーガー屋のマネージャーをやっていた。
で、お互い、そろそろ就職したほうがいいよな、ということで、夜間のビジネス学校の情報処理学科に行きながら就職先を探した。

夜間のビジネス学科で学ぶことは2人とも理解できてたので3ヶ月足らずであっさり卒業証書をもらって、おまけに就職先もすぐに見つかった。
実はその専門学校の校長は、コンピュータの会社も経営していて単にそこに就職しただけなのだが。

派遣がメインの仕事だったけど、当時はバブル時代で猫も杓子もという状況だったので簡単に就職できた。

だが・・・。
811 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:37:25 ID:r2Nzmjdd0
初めてオレに与えられた仕事は人材派遣会社のシステムのメンテナンスで、東京に出張だった。
出張期間は2ヶ月間。

この仕事にはN田君というオレと同じく若手の技術者が出張に出された。
N田君はオレよりひとつ上の24歳で、RX−7を乗り回す派手目の性格のやつだった。

で、その人材派遣会社のシステムなのだが、複数のシステム会社が開発に携わっていて、
請求システムに 仕様 ミスがあり大混乱していた。
当然、システム会社同士で大喧嘩になってた。
殺し合いになってもおかしくない状態だったと思う。
「殺してやる」「 裁判 だ!」
なんて、怒号が毎日、飛び交っていた。

N田君とは宿泊先が一緒のことが多かったのでよくご飯とか一緒に食べに行った。
まだ就職したばかりでお金がないというのに、やたらとファッションヘルスや風俗店に誘うので困ったヤツだった。

よくは知らないのだが、N田君はたまに凄く深刻な顔をして悩んでいた。
大きくクビを垂れて、ため息を漏らすことがたまにあった。
出張先の職場でもあまりとけ込めていなかったようだった。
それでも風俗店には誰彼とも無く誘っていたのだが。
821 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:38:06 ID:r2Nzmjdd0
けっきょく2ヶ月の出張だった。

その2ヶ月で、オレは太った(苦笑)。
そして、花粉症になった。
オレにとっては仕事よりもそちらのほうが辛かった。

そして、出張が終わって、岡山に帰ってきた。
が、一緒に帰ってくるはずだったN田君が行方不明になった。
N田君が行方不明になったということでオレもいろいろ聞かれたが、このときはあまり気にしていなかった。

それからしばらくしてN田君はなぜか北海道で死体となって発見された。
RX−7の中で 練炭を炊いたらしい。

当時、 練炭自殺とかあまり聞いたことがなかったので、事故とも自殺ともよくわからなかった。
悩んでいた姿を思い出した。
今から思うと自殺だったのかもしれない。

当時は単に寒いから車の中で練炭を炊いて寝てしまったという事故ということで表向きは片付けられたような記憶がある。
実際のところ、自殺か事故かはいまだに謎だ。

オレが業界に入ってきて初めてやった仕事はこんな顛末だった。
人と人とが憎しみあい、責任をなすりつけ合う。

人間の醜い姿をごく当たり前のように見せつけられた。

そして、一人死んだ。
831 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:38:41 ID:r2Nzmjdd0
オレが出張に行ってる間、Iも岡山でいきなりプログラム組まされて大変だったみたいだが、
オレが帰ってきてからは、2人ともK製鉄のシステムを組む仕事が中心になってきた。
入社して数ヵ月後、2人ともK製鉄に出向に出ることになった。

Iとオレは高校時代の同級生で同じクラスで、最初は仲はよかったが、
出向に出たくらいから、あまりいい関係ではなくなっていた。

当時はバブル期全盛でIはその時代が生んだ若者そのものだった。
彼は今で言うとかなりのイケメンで、女にもモテて、社交性があり、最先端の流行を常に意識して行動していた。
大型のバイクや4輪駆動車を乗り回し、ラップやレゲェを好んで聴いていた。
DJもどきみたいなこともしていたと思う。
後々から見ると、時代の流行がIを追いかけてるように見えるくらい、先をいっていたと思う。

逆に当時のオレはIとは正反対の「ヲタク」に近かったと思う。

しかも、まだ、フォークを捨てきれずにいた。
フォークはすでに死語になっていた。
当時の時代感覚の中ではオレはかなりダサいやつだった。

そして、Iがあからさまにオレをバカにするようになったので、話をしなくなった。
オレはバブルという時代そのものが大嫌いだった。
841 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:39:16 ID:r2Nzmjdd0
K製鉄ではオレは比較的、緩やかなプロジェクトに配属になった。
が、Iが配属されたプロジェクトは厳しいところだった。
そのプロジェクトは小難しい管理職や技術者がいて精神的にキツいプロジェクトだったかもしれない。

で、あるときからIの様子がおかしくなった。
見るからに痩せていき口数が少なくなっていって、仕事も休むようになった。
仕事がハードで精神的に疲れているのではないか、と周囲は見ていた。

同僚など、周りから、「お前がIに冷たくするからだ」
とか、「Iを励ましてやれよ」とか、言われて、
おいおい、これじゃオレが悪者じゃないかとか思いつつ、
ほんとうにIには元気がなくなっていたので声をかけて励ますことにした。

話をするとIは、食欲がなく頭痛が酷いと悩んでいた。
休養して病院にいくことを勧めたけど、以前のIとはまったく別人になっていた。

それからIはまったく出勤しなくなった。
851 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 16:40:40 ID:r2Nzmjdd0
しばらくして、Iが「脳腫瘍」と診断されて、入院して手術することになったと連絡を受けた。
このときはさすがにオレもショックだった。
あぁ、もっとやさしくしてあげれたのになぁ、とか、オレが気をつけてればもう少し早くわかったかも、と思った。

幸いなことに、手術で直るということだった。
が、もう、この仕事には復帰できない。事実上の引退だ。
見舞いに行ったが面会謝絶だった。

それから月日が流れて一度だけIに会ったことがある。
思ったよりは元気そうだったが、かつてのイケメンで社交的な面影はなかった。
大きな病気をした影響はもろに出ていて、やせ細っていて、手術の影響なのか病気のせいなのか髪の毛がなかった。

Iとは高校の時、一番、仲のいいヤツだった。見ているのがつらかった。

Iの家族は大変だったろう。もうコンピュータ関連の仕事はさせない。といっていた。

オレがコンピュータの仕事に誘わなければ・・・あるいは。
脳腫瘍と仕事との因果関係は不明だけど、一人の友人の人生を大きく狂わせてしまったことには違いない。

オレのまわりからどんどんと人がいなくなっていた。
いいようのない孤独感がオレを包み込んでゆく。
861 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 18:44:10 ID:r2Nzmjdd0
>>78
そういえば”孤独な女性”という板がないよね。なんでだろ?
孤女板を作るかこの板を男女共通にすればいいのにね。
87名前は誰も知らない:2006/03/27(月) 18:46:23 ID:75TKbF+V0
>>86
男女共通はなんとなくいかんと思う。孤女板を作ったほうがいい。
8887:2006/03/27(月) 19:00:26 ID:75TKbF+V0
>>86
考えてみたがやっぱり無いほうがいい。ネカマがたくさん棲み付くから…。
891 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:09:12 ID:r2Nzmjdd0
なるほど。ネカマ防止ですか。。。
901 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:48:33 ID:r2Nzmjdd0
暗黒の時代だった。世紀末に向けてオレは転落していった。

25歳の時だったけど親とケンカして実家を出た。
一人暮らしを始めた。


バブルが崩壊して、リストラされた。26歳の時だった。

バブルの崩壊をあれほど望んでいたはずだったのに、バブルという時代に負けて、就職した。
ところが数年でバブルは崩壊してリストラされるとは、なんともチグハグで笑い話にもならない。
同僚などには数年前からバブルが崩壊することを予言していて、見事に的中させたのだがまるで意味がない。

だけど、苦しいのは自分だけではない。
世の中、たくさんの人がリストラされ、バブル時に抱えた借金で苦しんでる人を見て、嬉しくなった。
そんなことでしか喜べなかった。オレ自身、人間的に腐っていった。

自分の借金が増え始めたのもこのころだったと思う。
お金なんて貯める気にもならなかった。
消費ばかりして節約を一切しなかった。
将来のこともお金のことも、もうどうでもよかった。
911 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:49:20 ID:r2Nzmjdd0
27歳。
自動車のライン工の仕事に就いた。
期間労働者というやつで過酷な肉体労働だった。
コンピュータ上がりの人間には無謀とも思える仕事だった。
だけど3年間やった。

実家には出たり帰ったりを繰り返した。
勘当同然だったがそれさえも無視した。
実家で暴れて警察沙汰になったこともある。
あと一歩間違えば、家に火をつけたかもしれない。

親はオレのやることに対して一言も口をださなくなっていた。
なにか言えばめちゃくちゃになるだけだったからだ。

家族がどう思おうと世間がどう見ようがもうどうでもよかった。
今まで家族に気を遣った自分がばかばかしく思えた。

最初から家族や世間体なんか無視しておけばよかったのだ。
高校なんて卒業しなけりゃよかった。京都なんて行くんじゃなかった。

ここまで生きてきたことや、生まれてきたことさえバカバカしい。

社会に対し、人間に対し、親に対し、憎悪の固まりとなっていた。
そして、人間の社会に完全に興味をなくしていった。

もう、人生なんてどうでもよかったし、クソだと思っていた。
なにもかも、もうどうでもよかったし、どうすることもできない。
921 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:50:04 ID:r2Nzmjdd0
音楽も趣味といえるほどもやらなくなっていた。
だから、歌も全く歌わない。ギターも全く弾かなかった。
どんどんと下手になっていくばかりだった。

年に1度くらいYが東京から帰省していたので、たまに会っていた。

が、会うたびに絶望的な気分になる。
Yの歌は、”孤独”と”虚無”に取り憑かれていた。
世の中に対し、社会に対し、人間に対しての”憎悪”や”絶望”について歌っていた。
しかも、オレでさえ書かなかった”死”への欲求についても触れている。
パンクやヘビメタならわかるが、それとも違う。

岡山にいたときより、詞も曲もギターの演奏も歌も荒くなっていた。
それに、言っていること話すことがネガティブで後ろ向きだった。

それでも、東京ではプロとしてやっているらしい。
CDも1枚出してライブはいつも盛況だと言っていた。
「オレの歌には魂がある」
と、言っていたが信じられなかった。
931 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:50:44 ID:r2Nzmjdd0
Yは言い訳や屁理屈がやたらと多くなっていた。
売れっ子のバンドや有名なミュージシャンを妬むようなことを言うようになっていた。
東京でバンドを組んでいたらしいが、うまくいかなくて解散したことを、バンドのメンバーのせいにしていた。

思わず、Yに対して言ってしまった。
「言い訳するな!才能がないんじゃねぇのか!」

暴言だった。自分のことは完全に棚に上げている。
岡山から出る勇気がなく、就職してしまったオレが言うべきことではない。
ましてや、Yはたった一人で上京して夢を追いかけていたのだから。

だけど、Yが落ちぶれていくのを見るのは我慢できなかった。
だから、きついことも言ってしまう。

しかし、このときはさすがにYもショックを受けたようだった。
今までで見せたことのない、落胆した顔を見せた。
翌日にはなにも言わず東京に帰ってしまった。
941 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 19:51:36 ID:r2Nzmjdd0
それから、しばらくしてから東京のYから電話がかかってきた。
Yは低い声で淡々と話をした。

・式はあげないが入籍したこと。
・プロとしてやって行くには限界を超えていること。
・音楽の夢はあきらめたこと。
・今後は音楽は趣味でやっていくこと。
・プロをあきらめたことで、ものすごく気が楽になったこと。
・本来の自分を取り戻せたとのこと。

そんなことを言っていた。
そして、Yは「じゃぁな。お前もがんばれよな」と言って電話を切った。


これが最後の電話だった。
オレと・・・そして、音楽の夢との決別の電話だった。

Yさえも”夢”をあきらめてしまった・・・。

オレはなにもかも失ってしまった。まったくの”独りぼっち”になってしまった。
28歳の時だった。
95名前は誰も知らない:2006/03/27(月) 19:58:16 ID:texfQHdM0
書き込みの途中で悪いけど、>>1さんはこのHPの人じゃないですか?
ttp://brian.jp/column/itnouragawa.htm
コレ、ローカルに保存して、よく読ませてもらってました。
IT業界で活躍されてた(されてる?)なんて凄いですよ。
私などはC言語すらロクに分かってません。
まさかここでご本人にお会いするとは…
961 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 21:44:30 ID:r2Nzmjdd0
>>95
す、すみません(^-^; 
一応、ここでは別人ということで(^-^;;

C言語は自分も得意じゃないっす(^-^;;;
9795:2006/03/27(月) 22:39:59 ID:l0L48/cP0
そうですか…分かりました。
私は、今まさに人生をやり直そうとしているところです。
>>1さんと違って本物の駄目人間ですが^^;
そんなわけでこのスレにフラリとやってきてしまいました。
楽しみに読ませてもらってますので、是非続けて下さい。
981 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/27(月) 23:38:52 ID:QHX2s+pL0
>>97
すみませんね(^-^; 匿名じゃないと書けないようなこと書くのでご理解のほどをm(__)m

>私は、今まさに人生をやり直そうとしているところです。

人生はいつだってやり直せますよ。本人しだいです。
どんなに絶望的な状況でも生きている間はあきらめないでくださいね。

>楽しみに読ませてもらってますので、是非続けて下さい。

ありがとうです。まだまだ続きますよぉ(笑
991 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:09:07 ID:y2q/sEbY0
ライン工の仕事は慣れるまで1年かかった。

水島工業地帯にある自動車工場に毎日通っていた。
オレはドアラッチの取り付けをやっていた。
1分に1台の自動車を作るという、厳しい仕事だ。

ミスをするとこっぴどく叱られた。
ミスでラインを1分止めると、車一台分の損害が出るのだから当然か。
10分止めると何千万円という損失だ。
肉体的な過酷さより品質を守ることの方が厳しかった。

コンピュータとも無縁の仕事で誰とも話をしなくてよかった。
過酷だが身体が慣れれば、頭を使わなくてもできる仕事だった。
2年目からは仕事をしながら頭の中で競馬ソフトのプログラムを組むようになった。
人間の社会には完全に興味がなかった。友達ももちろん恋人もいなかった。
1001 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:09:49 ID:y2q/sEbY0
VBにハマった。
そのプログラミング言語が日本に上陸したときには、他のすべてを忘れて没頭した。

 *VB=VisualBasicの略
  マイクロソフトのWindows上で動くソフトを開発するプログラミング言語。
  当時、パソコンはMS−DOSが主流だったがVBの登場で時代は大きく変わろうとしていた。
  その後、Windows95が出荷されるようになるとコンピュータ業界は大型汎用マシンから、
  オープン系(Windowsなどのパソコン)の業務が主流となっていった。
  VBは業界の勢力図を塗り替える革命的な言語だった。
  
家では競馬のデータベースや予想ソフトをVBで作るようになっていた。
競馬はもともと、コンピュータの勉強が目的で始めたことだった。
当時、JRA−VANがサービスを開始した頃で、このサービスは時代の最先端をいっていたと思う。
そこから提供されるデータをいろいろと加工して研究に研究を重ねる日々が続いた。

自分が作ったソフトをネット上で公開するとそこそこの人気を得た。
当時はインターネットはまだ主流じゃなくパソコン通信の時代だ。
しかもJRA−VANはVTX通信(キャプテンシステムと同じ。ダイヤルQ2のサービスもあった)で
他のサービスよりお金がたくさんかかった。
1011 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:11:18 ID:y2q/sEbY0
仲間といえばパソコン通信で知り合った、競馬ソフトの作者や電脳競馬を自称する予想屋ばかりだった。
毎日、毎日、予想理論や競馬データベースの小難しい理屈を議論していた。

そんな、議論好きな強者たちの中でもオレは中心的な存在となっていて、とても心地よかった。
ある意味、有頂天になっていたかもしれない。

そこは完全に現実社会とは切り離された世界で、誹謗中傷やケンカもあって嫌な思いをすることもあったけど、とても楽しかった。
とにかく、VBと競馬が生き甲斐だった。

だから、競馬のデータベースやソフト開発にはかなりのお金を使った。
それこそ、家が建つくらい使ったと思う。
ローンとかも組みまくっていた。当然、借金が触れあがっていった。

部屋には常に最新のマシンが何台も置かれ、最先端のツールやソフトを購入し続けた。
通信環境も揃えていたし、競馬のデータ関連も高いお金を払って収集していた。
1021 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:12:31 ID:y2q/sEbY0
馬券を買うと、ほとんど負けなかった。
外れることより的中することの方が圧倒的に多い。
かといって、それで家が建ったり生活できるほど勝つこともなかった。

馬券で勝って得られる収入よりも、マシンやソフトの購入費や月々の支払いのほうがはるかに大きくなったこともあって、
次第に馬券を買わなくなっていった。

予想屋や馬券士になるつもりはなかった。

「運」の使い方を間違えている。と思った。
もともとオレには「運」というものがない。
しかし、競馬や麻雀など、ギャンブルで負けることはあまりなかった。
ほんの僅かなギャンブルで勝つ「運」がある変わりに、他のすべての「運」を捨てているような気がした。

ギャンブルで「運」を使うと必ず他のことで「運」が悪くなる。不幸が訪れる。
ギャンブルで勝つということはそういうことだ。

オレが馬券を買わなくなったのはそういう理由もあった。
自暴自棄な生活を送っていたが、完全に人生をあきらめていたわけではなかった。
1031 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:13:14 ID:y2q/sEbY0
皮肉なことに、この3年間の競馬データベースやソフト作成の成果で、技術的には格段に進歩していた。
リストラされる前よりも技術や知識は遙かに向上していたと思う。

3年という月日とライン工で得た収入のほとんどをこれに費やしていたのだから、
一般の技術者にはない技術力や知識を得たのではないか?

時代は、マイクロソフトがWINDOWS95を世に送り出し、パソコンブームを迎えようとしていた。
そして、VBはWINDOWS95の主力言語だった。

この時代の流れと、自分の技術力の向上。
ここで、業界復帰しなくていつするのか?

ライン工を3年間やったあと、満を持してコンピュータ業界に復帰した。

自分のコンピュータの技術や知識がどれほどのものなのか、
業界の中で自分の力を確かめたかった。

30歳だった。
1041 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:26:10 ID:y2q/sEbY0
舞台は変わって、この頃の、東京でのYのできごとを記す。

23歳で東京に出てきたYは、西国分寺のアパートに住んだ。
ちょうどオレが出張で東京に出て来たときと同じタイミングだったので出張期間中にYのアパートに泊まったこともある。

が、ほどなく西国分寺のアパートを追い出され、吉祥寺や新宿大久保あたり、友人宅のアパートを点々とするようになった。
そして、Yはバイトをしながら音楽をやった。

バイトは寿司屋や土建屋の作業員、音楽イベントの裏方、バーテンなどいろいろやった。
中でも音楽イベントの裏方の仕事はY自身がミュージシャンということもあって、
レコード会社や放送局、マスコミなどの関係者と多く知り合った。
某テレビ局の女子アナウンサーとも知り合い、仲が良くなった。

バンドも組んでライブとかしていて、そのうち雑誌にも掲載されて人気が出てきた。
ライブではいつも100人くらいは客がいて、ライブが終わったあとも何十人も取り囲まれてチヤホヤされたらしい。

そのうち事務所に所属し、プロのミュージシャンとしてやっていくことになり全国ツアーとかも組んだ。
レコード会社にも目をつけられ、Yの作詞作曲編曲で、女性ボーカリストの歌でCDを出した。
当時はインディーズなどない頃なので、どこかの大きなレコード会社から出したと思う。
1051 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:26:40 ID:y2q/sEbY0
が、Yとバンドの連中とはうまくいかなかった。
事務所ともうまくいかなかった。
レコード会社からもほどなく縁を切られた。

後になってオレに、うまくいかなかった理由をあれこれ言い訳していたが、単にYの作品が酷かっただけだと思う。
このときのCDを聴いたことがある。
”絶望”と”死への欲求”が歌われていた。

Yの作った歌は、周りの人間を不幸にするだけだ。と思った。
オレの”詞”がYを不幸にしたのと同じだ。
”言葉””詞”に書かれたことは伝染していく。
オレが発端だったとはいえ、それがわからないYに腹も立ちもした。

それでも、Yは周りの人間を惹きこんで虜にしてたんだから本当に不思議なヤツだ。

きっと、レコード会社や事務所の関係者は、最初はYのスター性や素質に魅了され、大物アーチストになることを期待していたことだろう。
ところが、できあがった作品がこれでは、関係者の落胆も大きかっただろう。
特にYの作った歌を歌わされた女性ボーカリストが不憫でならなかった。
1061 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:27:25 ID:y2q/sEbY0
それから、Yは転落する。

新宿の闇の世界に染まっていった。
人に言えないような裏の仕事をやるようになる。や○○の仕事だ。
違法な薬の売買、売春斡旋、その他非合法の商売、違法バー、それに、暴力!

毎日毎日、酒と薬におぼれた。

新宿の大久保あたりの小さなビルの一室で生活した。
アジアのいろいろな国の人達が集まって共同生活している。
部屋は不衛生でもあった。

病気で死ぬヤツもいた。何の病気かもわからない。
何人も、目の前で人が死んでいくのを見た。

こういう、裏の仕事は逃げたくても逃げれない。
仲間の何人かが逃げて、捕まり、海に沈められた。
1071 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:28:00 ID:y2q/sEbY0
Y自身、ボロボロになっていった。

瞳が白く濁ってゆく。
白内障ではない。心が死ぬと目の中の瞳が白く濁ってゆくのだ。
病気でもないのに瞳が白くなるのは”魂”が死んだことを意味していた。

まわりの人間が次から次へ死んでゆく。
病死するやつ。
殺されるやつ。
自殺するやつ。

死んで捨てられるヤツはたいてい海外からの違法入国者で警察もまともに捜査しない。

あるとき、Yは耐え切れずについに逃げ出した。
ここにいたらいつか死ぬだけだ。
逃げて捕まって殺されるのも同じだ。
決死の逃避行だった。
1081 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:28:36 ID:y2q/sEbY0
偶然だったが、逃げた日に警察のガサ入れがあり、や○○の元締めが逮捕された。
Yの仲間達も一斉に逮捕された。
幸運だったとしかいいようがない。

Yは警察にも、や○○にも捕まらず、かろうじて生き延びるが、それでも安心はできない。

身を隠すために、ホームレスに近い生活をした。
ボロボロの服をまとって、拾ってきた毛布や新聞紙で寝泊まりすることもあった。

それまでのYを知る者は誰もが、Yはもう終わってしまったと思った。
Yはただのホームレスでしかなくなっていた。

かつての夢はもうない。希望もない。
これ以上、生きていくことさえも難しい。


だが・・・救いの手は差しのばされる。
1091 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:29:20 ID:y2q/sEbY0
一人で逃げるのに疲れ果て、以前、知り合った某テレビ局の女子アナウンサーと再会した。
彼女とは音楽イベントのバイトをしていたときに親しくなっていてYが危機にあると知ると、かくまってくれた。

どん底の中から救ってくれた彼女は献身的にYに尽した。
それからYは次第に人間の感情と生活を取り戻すようになっていく。
瞳の色も黒に戻っていった。
そして、かたぎの世界に戻った。

その女子アナウンサーはYの奥さんとなった。
籍を入れて娘を一人授かった。

すでに、音楽の夢、プロのミュージシャンになることはあきらめていた。
だけど、ギターと歌は続けていた。
音楽はあくまで趣味だ。気休めになればいい。

オレに最後の電話をよこしたのはこの頃だったと思う。28歳の頃だ。

1101 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:31:31 ID:y2q/sEbY0
そして、Yは東京で土建屋の親方をはじめた。
ノウハウは岡山にいるときにつかんでいる。
当時はまだ日本の無意味な公共事業や談合がうるさくない頃で仕事は腐るほどあった。

Yを慕ってくる若いヤツらを引き連れて働いた。
朝も昼も夜も、休みもなく働いた。

親方として成功するには時間はかからなかった。
あっというまに年収数千万円の親方となった。

家も世田谷に移り住んだ。
二子玉川のマンション。「住みたい街の全国で一番の街」
誰もが憧れる生活。
1111 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 00:32:24 ID:y2q/sEbY0
お金に余裕ができるとYは音楽活動も再開した。
ライブもやるようになった。
あくまで親方の仕事の傍ら、趣味としてだが。

気楽に楽しんでやるようになったのが良かったのかもしれない。
たまにやるYのライブは盛況だったようだ。

まさに、仕事も趣味も飛ぶ鳥を落とす勢いだった。
30代の前半の頃か。

が、そんな安穏とした生活も長くは続かない。
この数年後、東京でオレと再会した頃にはYの状況は大きく変わっていた。
1121 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 01:58:46 ID:y2q/sEbY0
舞台は岡山のオレの話に戻る。

30歳で業界復帰した。
が、復帰一番の仕事がデスマーチだった。デスマーチとは地獄プロジェクトのことで、別名、死の行進ともいう。
要はトラブル続出でプロジェクト事態が火を噴いて、そこに関わる人すべてが地獄を見ている状態のことだ。

この仕事は1年間続いた。もちろん、人間関係はボロボロ。
オレ自身も一般の社会人とはまるで違う人間になっていった。
まぁ、もともと人間関係なんてどうでも良かったのだが。

そして、32歳で会社を移った。

移籍した会社では、次第に営業的な面やお客との折衝面でも任されるようになった。
そのうちに、オレは会社の中で、リーダー的な役割も担うようになっていき、
いつしか、社長や上司からも将来の指導者として期待されるようになっていた。
オレ自身も技術者としての誇りと自信を持ち、また、リーダーとしての責任感を感じながら仕事をするようになっていった頃だ。

もう少し、あと一歩で、誰もが認めてくれる一人前の技術者になれる。そんなところまできていた。
1998年。32歳。21世紀が間近に迫っていた。

1131 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 01:59:36 ID:y2q/sEbY0
会社では20人以上の技術者を抱えていた。
岡山の中小規模のソフト開発会社としてはけっこうな技術集団だったと思う。

そんな中でオレは4〜5人程度の小さなプロジェクトを受け持つことが多く、見積もりからお客との折衝、
そして、開発、進捗管理、納品作業、メンテナンスまですべて面倒みていた。
移籍前の会社では、派遣が中心で大きなプロジェクトの開発担当員にすぎなかったことがほとんどなので、
小さなプロジェクトといえど全体的なことを任せられるのは、やりがいはあった。

しかし、毎日毎日、仕事に忙殺された。休日などほとんどなかった。
トラブル案件を扱うことが多かったので、いつも、きつい仕事になる。

移籍前とは責任感が全く違う。
よく、若い頃には上位の技術者や上司のやってることに納得できなくて、不満を漏らしていたが、
いざ、自分がプロジェクトを管理し、人に指示を与える立場になると、それがいかに大変か思い知らされることにもなった。
1141 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:00:20 ID:y2q/sEbY0
そして、1999年の年末のこと。

オレが担当しているシステムが次々と火を噴きはじめた。
もともとトラブル案件を引き継いでいたり、ほかのシステム会社が敬遠するようなきつい仕事を請け負っていたりしたので、
火を噴くのは当たり前といえば当たり前だったけど、このときはトラブルの対応とプレッシャーとで押しつぶされそうになった。

何人も配下に技術者を抱えて、深夜残業や休日出勤を強要しなければいけなかった。
巷では2000年問題で揺れに揺れていた。
もちろん、2000年対応もしなければいけなかったが、それとは関係なしに年末年始も出勤して複数のシステムの納品対応やトラブル対応をしていた。

11月と12月は1日も休んでいなかった。毎日、朝4時くらいまで仕事をしていたし、徹夜も何回かあった。
12月31日も仕事だった。
この日は自分の仕様ミスが原因でプログラムを大幅に修正し、正月休み明けに納品しなければならなかったが、対応する人間がいなくて自分でメンテナンスをやっていた。
ほかにもクレームやら納品前の案件やらがあってとっくに限界を超えていた。
1151 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:00:52 ID:y2q/sEbY0
クレーム対応も厳しかった。
客先に出向いて対応しているときに胃液が逆流して何度も何度も口の中に溢れてくる。
そのたびに無理やりに胃液を飲み込んで対応するという繰り返しだった。

県外の仕事もあったのでそういう対応はリモートでやる。
が、巷では正月休みということで、休み明けに対応するつもりで、ひとつクレームを無視したらお客が激怒して、さらに厳しいクレームとなったものもある。

O乳業のシステムはオフコンで作成された旧システムを新システムに作り変えるプロジェクトだったが、
旧システムは1999年12月31日までしか正常に動作しないようになっている。
いわゆる2000年問題の典型的なやつだ。
2000年以降は新システムが動かなければO乳業の業務そのものがストップしてしまい、下手をすれば訴訟問題にもなりかねない。

そんな異常なプレッシャーの中でも容赦なくトラブルは続発した。

当たり前のように徹夜となって1月1日の朝を迎えた。
で、1月1日も丸一日仕事して1月2日を迎えた。
1161 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:01:27 ID:y2q/sEbY0
もう気が狂いそうだった。
疲労でどんどんと頭がまわらなくなる。
自分がバカになっていくのがわかる。
小学生でもできそうな単純な計算さえできなくなっていく。

業界では2000年問題が思ったほどのトラブルとならないで安堵感が流れていた。
この年は年末年始に2000年問題対応で会社に出勤して待機させられていた技術者が多かったが、オレにはもうどうでもよくなっていた。

1月2日深夜・・・ついに心が折れた。
もうダメだ・・・

このとき、初めて業界からの引退を決意し、その日の内に上司にメールで辞表を出した。
発狂寸前だったと思う。

そのあと、いろいろなシステムの担当を降りたが、会社はすぐには辞めさせてくれなかった。
1171 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:02:01 ID:y2q/sEbY0
会社はすぐには辞めさせてくれなかった。

社内で請け負っていた仕事は同僚に任せて、出向に出ることになった。
出向先は大手電気メーカー系列のOソフト。銀行系のシステムを主に開発している。
社長はリハビリ程度の軽い気持ちで出向に出したつもりだったらしいが、とんでもなかった。

オレが入ったプロジェクトは印鑑照会システムだった。
銀行の印鑑がホンモノかニセモノか識別するためのシステムだ。そのカスタマイズSEだ。

システムはほぼできあがっていて、各銀行や支店によって銀行の用紙やフォーマットが違うためにそのカスタマイズを行う作業だった。
ほかに銀行や支店別にマニュアルや仕様書などを作成していた。
この仕事自体はそんなにたいしたことはなかった。
オレ自身、プログラミングはしなくてよかった。
1181 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:02:32 ID:y2q/sEbY0
が、会社から一緒に出向に来ていた若手のプログラマーのY田君はけっこう大変であった。
銀行系システムのプログラミングは厳しい。

2週間でY田君は行方不明になった。

Oソフトは激怒して会社にクレームをつけたのは言うまでもない。
なんというか、Oソフトに限ったことではないけど、出向社員や派遣社員は使い捨てで徹底的に酷使しまくるというスタイルだったと思う。
人間の1人や2人、潰れようが病気になろうが知ったこっちゃないという感じだった。

Y田君は潰される前に逃げたんだろう。
ま、この業界、よくある話ではある。
1191 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:03:07 ID:y2q/sEbY0
あるとき、オレの斜め後ろで作業してたKさんが、突然、
「うひゃ〜ひゃ〜ひゃらひゃらぁ〜〜」
とか、わけのわからない奇声を発したかと思ったらバッタリ倒れた。
すぐに救急車が来て連れて行かれた。

働きすぎだ。脳の血管が切れたらしい。
Kさんは2度と職場に戻ってくることはなかった。
救急車が去った後も職場ではなにごともなかったようにみんな仕事をしていた。

印鑑照会のカスタマイズも本当はもっと厳しい仕事だったのだろうけど、オレは体調不良を理由に仕事をあまりしなかった。
会社にはもう辞める旨を伝えていた。こんなところにいたら病院送りになることは目に見えていた。

実際、体調は極度に悪かった。特に肩こりは酷く、常に激痛が走っていてまともに動くことが出来ず生活や仕事に支障が出ていた。
このころ、夜に寝ているときに、呼吸が止まって目が覚めることがよくあった。
息がまともにできなくて、死ぬような目に何度もあった。
医者からは「死の四重奏」と言われ、いつ大きな病気になってもおかしくないと脅された。
1201 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 02:03:43 ID:y2q/sEbY0
オレが辞めることを知って、Oソフトはやっぱり激怒してうちの会社にクレームをつけた。
が、もう知ったこっちゃなかった。結局、自分の身は自分で守るしかない。

そしてオレは6月で辞めた。
会社も退職した。

最後の日は仕事の引継ぎがうまくできなくてトラブった。
Oソフトの人から罵声を浴びせられた。
自分よりも10歳も年下のヤツらに罵られる。

最後の最後まで生きた心地がしなかったが、その日の24時に開放された。

次の日から寝込んだ。
退職した後は死人のようになった。
またしても、世捨て人のようになった。
1211 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:16:36 ID:NCuDm6jP0
心身ともに壊れてしまった。
このとき、34歳だったが、またしても、すっかり人間嫌いになって、ひきこもりになった。
以前、20代の前半にも同じようなことになったが、今回の鬱状態は前回をうわまわっていた。

しかも、このときすでにけっこうな額の借金があった。
高額なパソコンやらソフトの購入やらでさんざんお金を使いまくってた。
人よりも多くの知識や経験を得るために、パソコンやらソフト他、通信回線費など、会社で使わない場合でも自腹で購入していた。
コンピュータ関連書籍も月に2〜3万円買うのは当たり前で、とにかく他のSE/PGよりも上の技術レベルを保とうと必死だった。

しかし、自分が壊れてはなんの意味もない。
会社内の地位争いは、いいところまで行ったが結局は自滅してリタイアしてしまった。

借金はあったが働きたくなかったし、とにかく人に会うのが嫌だった。
だから、自分でソフトを作ったり会員制のホームページ作ったりして収入を得ようと考えていた。
カッコよくいえばインターネット事業だ。


1221 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:17:11 ID:NCuDm6jP0
勤めていた頃、クレジットカードや銀行のローン用の口座を作りまくってたので、それを使ってお金を借りまくった。
そして、またまた最新のマシンとツールを購入し、オリジナルソフトとホームページを製作した。
実に安易な考えだった。

で、ソフトを売り出して会員募集して運営を始めたが当然のごとくまったく売れなかった。
すでに数ヶ月がたっていて、ほとんどのカードの限度額を使っていた。
このときいくら借金があるのかもわかっていなかった。

これでは拙いと思い、アングラなサイトや本とか読んだりして危ないこともした。
違法なカード換金とかグレーゾーンのサイト運営とか。
確かにそういうアングラのサイトは、合法的なサイトよりもお金になったし、カード換金は簡単にけっこうな額のお金を手にすることが出来た。
それで、お金は入ってきていたが波状するのは目に見えていた。

自転車操業どころか、雪だるま式操業だ。

いつしか、支払いのほうが追いつかなくなってくる。
催促の電話や手紙がバリバリくるようになった。
気が狂いそうだ。恐怖心が膨れあがっていく。

ついに。。。
1231 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:18:46 ID:NCuDm6jP0
月末の支払いが100万円近くある・・・。
それを払えたとしても翌月にもまた、同じくらいの支払がある。

なんだかわけがわからないくらい借金が急激に大きくなっていた。
はっきりいって払えない。
まったく払えない。
それどころか、たったの1,000円のお金を作るのも必死で、まるっきり話にならなかった。

いろいろ考えた。

まだ、クレジットカードと銀行に借りてるだけで、サラ金やヤミ金に手を出していなかったので、サラ金から金を借りてつなぐことも考えた。
が、破滅は目に見えている。

逃げるか?

支払期日前日に家を飛び出して車で岡山中を走り回っていた。
車で走り回ったところでなにかが解決するわけではない。

家にいたら電話や督促状がきて発狂しそうだった。
このまま車で海につっこんだら楽だろうな・・・とか思った。
1241 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:19:53 ID:NCuDm6jP0
あぁ・・自分の人生は終わってしまったなぁ。

というかずいぶん前から終わっていたよなぁ。

強烈な絶望感に襲われた。

きっと、なにをどうやってもダメだったんだろうな。
もう、どうやっても、自分の人生を修復するのは不可能だなぁ。

自分の人生を後悔した。
こんなことなら、みじめに野垂れ死にしようとも、まわりからどんなにバカにされようとも、音楽やっときゃよかったな。


若いときのことを思い出した。


23歳の時、Yがミュージシャンになるために上京した。
あのとき、Yについていこうか、それともコンピュータ技術者になろうか、迷っていた。
けっきょく、上京する度胸がなくてコンピュータの技術者になった。

後悔した。

1251 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:20:47 ID:NCuDm6jP0
どうせ、こんなクソみたいな人生で終わるんだったらミュージシャン目指して上京しとけばよかったんだ。
死ぬほどの後悔とはこういうこと、か。

そういえば高校を卒業したころ、フォークギター弾いて歌うことをバカにされるのが嫌でギターをやめてしまった。
あのとき、高校を退学して音楽やりゃよかったんだよな。
こんな終わり方するくらいなら、フォークをやって、バカにされて死んでいくほうがどんなに幸せだったろうか。

振り返ると、その機会やチャンスはあったんだ。
自分が弱かっただけだ。
もっと強い信念があれば、こうはならなかったはずだ。

が、悔やんでももう遅い。
もう、すべて終わってしまった。

次に生まれてくるときはミュージシャンになろう。フォークをやろう。
1261 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:25:13 ID:NCuDm6jP0
ある結論にたっした。
弁護士に相談しよう。

たしかアングラのサイトや本に書いてあるのをなんとなく思い出した。
任意整理というヤツなら、借金取りに追い掛け回されることもなく、しかも誰にも知られることなく借金を整理することができる。

そんなことを思い出した。
わずかばかり残ったお金で、本屋に行き、その手の本を探して買った。

その本には任意整理や破産宣告の方法が載っていて、各地方の弁護士会の連絡先も載っていた。
さっそく、オレは弁護士会に連絡し、相談に乗ってもらうことになった。

任意整理するには、無職だと拙いので、その前に職を探した。
警備員の仕事を見つけて働くことになった。

パチンコの駐車場での交通整理および警備で一日の勤務時間が長く、立ちっぱなしの仕事だった。
辛いとか言ってられなかったのでかなりマジメにやった。
一週間程度でそのパチンコの駐車場警備の隊長になった。
警備員というのは入れ替わりが激しいらしい。

とりあえずは定期的に収入が入ることになる。
1271 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:30:26 ID:NCuDm6jP0
その、S木という弁護士はオレよりも若かった。
最初はS木弁護士は、オレが破産宣告にきたのかと勘違いしたようだった。
金額的にも任意整理するには厳しく、破産のほうが妥当の額だったようだ。

破産について説明をはじめて、かなり厳しい口調でオレを諭した。
が、借金は返すつもりがある、任意整理をしたい、と告げると、その若い弁護士は和らいだ表情になって相談にのってくれることになった。
弁護士にとって破産宣告というのはとても嫌な仕事なんだろうな、とそのとき思った。

 *
  任意整理は、弁護士を通して返済方法を変えるというだけで、基本的には借金はすべて返す。
  利子はかなり安くなる場合が多い。場合によってはほとんどなくなることもある。

  破産宣告とはまったく違うので誤解のないようにお願いしたい。
  破産宣告は合法的な踏み倒しではあるが、簡単にできるわけでもないし、破産の話はここでは関係ないので書かない。

  ただし、任意整理でもその手のブラックリストに載ることになる。オレはもちろんブラックだ。
  そのためにトラブルになったこともあるし、疎遠になった知人もいる。
1281 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:32:38 ID:NCuDm6jP0
あとで知ったのだが、任意整理も嫌がる弁護士も多いらしい。
結局、トラぶって借金を返しきれない人も多いらしいので、S木というその若い弁護士は良心的だったと思う。
オレの任意整理をこころよく引き受けてくれた。

余談だけど、そのS木弁護士がテレビの子供向けの番組に出演していたのを見たことがある。
子供向けに、法律のことをやわらかい言葉でわかりやすく解説していた。
カジュアルな服装で、お堅い弁護士という印象もなかった。
それまでオレがもっていた弁護士というイメージをこの若い弁護士は覆してしまった。
が、こういう弁護士は多くないのかもしれない。

そして、次の週から、借金の催促がパタリと止まった。

弁護士が計算して出した借金の総額を聞いて、「なんて自分はバカだったんだろう」と思った。
「バカは死ななきゃ直らない」ということわざがあるが、よく言ったものだ。
本当に死ぬような目にあわなければ自分の愚かさはわからないものだ。

サラ金やヤミ金に手を出していないので比較的、大きなトラブルになることはなさそうだ、
とS木弁護士は言ったのでそこでやっと安心した。
1291 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:33:14 ID:NCuDm6jP0
銀行やカード会社と交渉し、返済計画をたてた。
翌月から6年間に渡り返済していくことになる。
通常、任意整理は5年以内の返済がほとんどだが、金額が多いのと返済のバランスを考慮して6年かけての返済となった。

あっさりと示談が成立してゆく。
弁護士様々だ。というか弁護士の持つ力に恐れ入った。
頭のいいヤツには叶わない。
自分の無力さを思い知った。

しかし、示談は成立したとはいえ、月々の返済額は少額ではない。
一般の住宅ローンなみかそれよりも大きい。
警備員の収入では、6年間は身動き取れないで、厳しい生活を強いられることになる。

それでも、オレは生き延びることができた。
生きているのが不思議だ。そんな気持ちになる。

以前、20代の前半でボロボロになったとき、よく死んだNとSが迎えに来ていた。
若い頃は、まるで”死”が間近にあるような感覚に囚われて恐怖を感じることがあったが、それはしょせん妄想でしかない。
正直、幽霊に取り憑かれるよりも、借金が膨らんでいくことの方がよっぽど怖い。

この数ヶ月は生きた心地がしなかったが、やっと一息入れることが出来た。
今はもうそれだけでいい。
1301 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 13:49:38 ID:NCuDm6jP0
今日は体重87k。一番、重いときからいうと2k落ちた。
というか去年の今頃って70k台の前半だったような気がするんだよな・・・涙
131名前は誰も知らない:2006/03/28(火) 17:15:59 ID:W7+6/9ED0
体に気をつけてください
1321 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 18:08:01 ID:NCuDm6jP0
気をつけます;
1331 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 18:08:52 ID:NCuDm6jP0
警備員の仕事は身体的には辛かったが、でも、技術者やってた頃よりは健康だったと思う。
警備員ってほんとうは儲からないんだけど、オレは他の人りもマジメに働いたので仕事はたくさんくれた。
朝から晩まで立ちん棒で働きまくった。

返済はけこうな額を支払っていたが、 借金取りの催促がないので心理的にも楽だった。
住宅ローンとか組んでるみたいなものか。
そのうち時間的にもいくらか余裕ができてきた。

これからのことを考えた。

このとき既に35歳だったが、再び音楽をやろう。と思った。
部屋の片隅で誇りをかぶっていたギターを手に取った。

で、前々からやりたいと思ってた作詞作曲をはじめた。

何曲か作った。
でも、当時は友達なんて一人もいなかったし、誰も聴いてくれる人がいなかった。
ギターも歌もどうしようもないほど、かなり下手になっていてライブとかもできる状態ではなかった。
1341 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 18:09:23 ID:NCuDm6jP0
インターネットでKさんというオレよりも少し年上のミュージシャンと知り合った。
ミュージシャンといっても本業は会社員だけど岡山でライブハウスにも毎月、出演してるという。
ブルースと酒をこよなく愛する音楽野郎で、実際に会うと背の高い巨人でびっくりした。

また、KさんはMuzieという音楽配信サイトでオリジナル作品の配信もしていた。
このKさんには、いろいろなことを教えてもらった。

そして、このKさんの紹介で生まれて初めてライブハウスに出演することになった。
オレは若い頃もライブハウスに出たことがなかった。

岡山のライブハウスに出演した結果はボロボロだった。
30分の出演枠でお客さんはけっこういたけど、誰もまったくといっていいほど聴いてくれない。
観客席から大きな声で雑談する人や、笑い声がはっきりとたくさん聞こえてきて演奏どころじゃなかった。

演奏が終わった後、飲めない酒をたくさん飲んだ。
下半身が痺れだして、意識が飛んで、店の中でぶっ倒れた。
気がついたらお店のソファに寝かされてた。

マスターとKさんには迷惑をかけた。
急性アルコール中毒なのか?低血糖症状かなの?よくわからない。
初めてのライブは非常に苦いものとなった。
1351 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 18:09:54 ID:NCuDm6jP0
この頃、わずかばかり貯まったお金を使って録音機材を購入した。
安いMTRとマイク等。 なんとか時間をやりくりして、自宅録音をした。

ライブでは散々だったけど、録音したものであれば、いけるんではないかと安易に考えていた。
何曲か録音して、Kさんに教えてもらった音楽配信サイトMuzieに登録した。
Yahooのコミュニティで紹介したらボロクソに貶された。

「ひきこもりの音楽」 「キーがあってない」
「作曲の基本がなってない」「詞がマイナスのイメージ」
「エフェクターかけすぎ」「ピッチがあっていない」
「心に響かない」「不快だ」
「ひとりぽっちの歌だ」
「なにを目的で音楽やってるのかわからない」

コミュニティではさんざんバカにされた。
最初は荒らしかと思って、無視していたら、同じようなことを複数の人に言われ、本当にダメダメなんだと思い知らされる。

Kさんだけはオレの味方をしてくれて、擁護してくれた。
「音楽は人それぞれの楽しみ方があるんだから、他人の言うことを気にすることはない。自分の好きなようにやればいい」
Kさんは、そんな考え方の人だった。Kさんがいなかったら、精神的にやばかったかもしれない。
1361 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 18:10:38 ID:NCuDm6jP0
けど、このときは、相当にヘコんだ。

やっぱり17年もまともにギターも歌もやってないのは、致命的だった。
いや、たとえ17年前の状態に戻れたとしても時代は大きく変わっているし、若いときとは違う。

それだけではない。もっと大きな問題は”孤独”であることだ。
”孤独”が詞や曲、それに歌に影響している。
オレに対する批判を冷静に判断してみると”孤独”であることがネックになっているようだった。

どちらにせよ、ちょっとやそっとじゃ、どうにもなりそうにない。

思った通り、と言うより、思った以上に状況は厳しい。
これほど、苦戦しまくりで、バカにされまくるとは、実のところ思ってなかった。

それでも、あの日、死ぬほどの後悔した日のことを思い出す。
他のことで失敗して後悔するよりは絶対にこちらがいいはずだ。
そう、バカにされようが、誰からも相手にされまいが、もう同じことだ。

「あきらめるな。たとえ状況は絶望的でも」
あきらめたら、そこですべてが終わる。
137名前は誰も知らない:2006/03/28(火) 19:25:26 ID:F7dlPJfO0
チャレンジャーさん、デビューはその後どうなったんですか?
138名前は誰も知らない:2006/03/28(火) 19:37:09 ID:61cGQqKFO
          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) 兄者は十年後にはきっと、せめて十年でいいから
  煤i;´_ゝ`) /   ⌒i  もどってやり直したいと 思っているのだろう。
   /   \     | |  今やり直せよ。未来を。
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |   十年後か、二十年後か、五十年後からもどってきたんだよ今。
__(__ニつ/  FMV  / .| .|____                    
    \/____/ (u ⊃
1391 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 21:15:05 ID:wer0USzI0
>>137
一応、別人ということで(苦笑)
だけど、まぁ、小さなレーベルだけど無事CD発売までこぎつけましたよぉ。
1401 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 21:22:33 ID:wer0USzI0
>>138
いいこというねぇ。
1411 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 21:55:10 ID:wer0USzI0
ちょっと話が逸れるけどYの弟の話。

たまたま偶然だったけどYの弟の最後の試合をラジオで聞いた。

横浜Vs中日戦だったと思う。
横浜がリードしていて中日は苦戦していた。
このときの中日の監督は星野仙一だったが、2番手の投手にYの弟を起用した。
ところが、Yの弟はいいところがなく打ち込まれてしまった。2点を追加される。
それでも我慢して続投させる星野監督。

ラジオの解説者が冷ややかな口調で、
「もう変えたほうがいい。まだまだ打たれるよ、この投手は。」
といっていたのを聞いて悲しくなった。

さらに打たれて2点を追加されたところで、星野監督はやっとYの弟を交代させた。
この試合がYの弟の最後の試合だった。
1421 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 21:55:40 ID:wer0USzI0
Yの弟は最初、ロッテに入団して2軍で数年間、下積みしたあとに
1軍に上がるといきなり大活躍し注目された。
当時、けっこう強かったオリックスを完封してプロ野球ニュースで大きく取り扱われたこともあった。
西部にも完投勝ちして、すごい投手になったなぁと思ってたら、肩を壊して2軍落ちした。
その後はまったく名前を聞かなくなってしまった。

ロッテをクビになって同郷の星野監督が手を差し伸べてくれて中日に入ったがけっきょく復活することなく引退した。
この試合は星野監督の配慮だったんだろう。Yの弟の引退試合として最後に登板させたことはなんとなくわかった。

Yにしても、Yの弟にしても、あれだけズバ抜けた恵まれた身体と環境でもプロでは通用しなかった。
彼らは本当にすごいやつらだったけど、現実はやっぱり厳しい。
なんとなく寂しさを感じた。
1431 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 22:25:23 ID:wer0USzI0
Kさんに教えてもらった音楽配信サイトのMuzie。
他人がアップロードした音源もよく聴いていたし、自分自身も何曲か作ってアップしていた。

そして、このMuzieで、フォーク系のアーチストのGさんと知り合った。

Gさんはそれほど目立った存在ではなく、ヒッソリと活動されていたようで、
あまり注目されてはいなかったのだが、彼の歌声はオレの心に響いてきた。

しっかりとしたメロディに、やさしく、切ない歌声。
そしてアコースティックギターの弾き語りというスタイル。

彼の音楽のジャンルは、叙情派フォークだった。
この時代、叙情派フォークなんてやって、聴いてくれる人がいるのか疑問だったけど、彼は40歳を超えて活動していた。

オレも同じジャンルなのでわかるが、このジャンルの風当たりは強い。
というより誰にも相手にされないことが多い。
だからというわけではないのだが、彼のネット上での活動にはいつも気にかけていた。
1441 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 22:25:55 ID:wer0USzI0
Gさんのホームページを見た。
やさしそうな顔をしていたけど、すごく痩せていたのが気がかりだった。
中学校に通う娘さんがいるらしかった。
だけど、仕事もやめて音楽に専念してるらしいことが書いてあった。

リンク先にはGさんの中学高校時代の友達のサイトなどがあった。

そのリンク先の中に、その靴屋さんのサイトがあった。
そのサイトには靴のことが多く書かれてあったけど、
そういう情報に混じって中学・高校時代の音楽活動の話やギターの話が書かれていた。

学生時代、靴屋さんとGさんともう一人の仲間とでフォークグループを作って活動していたらしかった。
そして、ライブ前にGさんが足を骨折して大けがしてているにも関わらず、
松葉杖をついてやって来て、ライブを成功させた話などが載っていた。

しかし、大人になってからは靴屋さんもGさんも音楽はやめたようだ。
Gさんには才能はあったのだろうけど時代はフォークの終焉を迎えていた。
普通に仕事と家庭を持ったようだ。
1451 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 22:26:33 ID:wer0USzI0
ところが、Gさんは40歳間近になったころ、突然、音楽活動を再開した。
かつてのグループのメンバーはなく、一人だけの活動再開となった。

長い間、音楽活動を休止していて、突然、活動を再開した彼には、不思議なエネルギーを感じた。
一体、なんのために彼は歌い、MUZIEに登録していたのかはそのときはわからなかった。
それでもオレは彼の歌が大好きになり、そして、励まされ、数少ないファンのひとりになっていった。

あるとき、Gさんの曲をCDなどのちゃんとした音源で聴きたくなって、問い合わせてみたことがあった。
「CDは製作しないのですか?」と。
返信は意外なものだった。
「今は体調を崩していて作れそうにないけど、いずれ作りたいと思っています」とのことだった。
1461 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 22:27:09 ID:wer0USzI0
それから何ヶ月かの間、彼はネットから姿を消した。
一時期、すごい勢いで楽曲を登録していた彼のエネルギーはすっかり影を潜めていた。

数ヶ月の間、まるで、音沙汰がなかった。

そして、ある日・・・Gさんの友人という人から、MUZIEの掲示板に書き込みがあった。

その書き込みは、Gさんがガンのため亡くなった事を伝えていた。
享年42歳とのことだった。

突然の報せには驚いた。
そして、泣いた。涙が止まらなかった。

このときの衝撃は今も忘れられない。
このときに、彼の、やりたかったこと、残したかったこと、
伝えたかったこと、そして途方もないエネルギーの正体を知った気がした。
1471 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/28(火) 22:28:49 ID:wer0USzI0
彼は自分の死が近いことを知ったとき、この世に自分が生きてきた証を残したかったのだろう。
だから、音楽活動を再開し、残っている時間をフルに使って楽曲を登録していったのだろう。
そして、その想いは少なくともオレの心には届いた。

彼の歌をはじめて聴いたときの、あの不思議な感覚は命の息吹そのものだった。

もし、自分が病に侵されて、死が近いことを知ったら、どうするだろう?
やはり、Gさんと同じことをするのではないかと思う。

すべてを投げ打って、自分の生きた証を、残せるとしたら、それは歌だ。
たとえ、オレが作る歌が誰にも聴いてもらえない取るに足らない作品だったとしても、そうせずにはいられない。

Gさんは、オレにとても大切な生き方を教えてくれた。
その、Gさんが教えてくれた生き方を忘れないためにも、歌い続けよう。
1481 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:00:26 ID:wer0USzI0
このころ、叔父が死んだ。
叔父は親父の兄貴で、妻も子供もいなかった。まるっきりの独り者だった。

叔父は若い頃はお金持ちだったけど、歳をとるたびに破滅していき、病気になって廃人状態となり最後はミジメな死に方をした。
身寄りがなかったので、葬式は一番、血縁が近い、オレの親父が喪主をすることになった。

葬式に参列したのはわずかばかりの身内10人くらいだったろうか。
こんなミジメな葬式は見たことがなかった。
叔父は”孤独”なまま生き、”孤独”のまま死んでいったようだった。

叔父の青白い死に顔を見てたら30年後の自分に見えた。
まるでオレ自身の葬式を見てるようだった。
母にポツリと「おまえも叔父さんのようになるぞ」と言われた。
1491 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:01:01 ID:wer0USzI0
叔父は中学・高校の頃はスポーツ万能で学業もできた。
中学の頃は学校の野球部のエースだった。そして、地区のマラソン大会で優勝していた。
ある意味、スーパーマンか。だから、女性にも男性にも人気があったらしい。

大人になってからはちょっとした資産家だったようだ。
といっても、経営者とか投資家とかではない。ギャンブラーだ。

地元は競艇がありギャンブルが盛んな土地だった。
なぜか、叔父はギャンブルで負けたことがなく、競艇場やその他のギャンブルの胴元から、
頭を下げられて、「うちで賭けないで欲しい」と懇願されることがよくあったという。

土地や不動産をやりとりしていたこともあったのでその勝ちっぷりというのは凄まじいものがあったのだろう。
当時は、社会的に貧乏人が多い頃で、みんな苦労していたにも関わらず、親戚縁者の中で最も羽振りが良くみんなからの憧れの的だったらしい。

思い出すと、オレが子供の頃、そんなお金持ちの叔父さんがいて、豪華なお土産やプレゼントをくれたので兄弟揃って、叔父が来ることを楽しみにしていた。
親父(叔父の弟)だけは、そんな叔父(兄貴)を嫌っていて、あまり話をしようとしなかったのだが。
1501 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:01:38 ID:wer0USzI0
そんな、叔父も歳とともに落ちぶれていった。
大きな病気を何度もして、そのうちに土地も不動産もなくなっていった。
妻も子もいないので施設に頼るしかない。

晩年は施設とオレの実家とを行ったり来たりしていた。
もう廃人だった。歩くこともほとんどできず、ロクに喋ることもできなくなり、最後はタンを喉に詰まらせて死んだ。
もう、生きていても意味がなかったと思う。

この叔父の「死」は、オレにとって大きな意味を持つ。

20代の頃、オレは本ばかり読んでいた。
競馬の血統についても深く調べたことがある。
その中で「隔世遺伝」という考え方があって、何世代か前の先祖が現代に「生まれ変わってくる」という。
宗教的に言うと「輪廻転生」のことで、要は「前世」というのは血統論的に存在するということだ。
1511 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:02:13 ID:wer0USzI0
で、この隔世遺伝は、不思議なことに斜めに遺伝することがある。
親から子の直径の血だけでなく、叔父から甥という斜めの血の流れが存在する。
だから、競走馬は必ずしも、能力や容姿など父や祖父の血を引き継いでいない場合がある。
叔父や、場合によっては遠縁の血を引き継いでいる場合もある。

これは人間にも当てはめることができる。

家系について書かれてある書籍を調べていった。
すると、同じようなことが書かれてある。
あまり詳しくは触れないが、家系にまつわる恐ろしい話が書いてあった。

現代ではあまり関係ないが、ほんの少し前の時代までは家を継ぐのは長男というのが当たり前だった。
しかし、希に長男が家を継げないで次男に引き継がれていく場合がある。
血の因縁でだ。

なんらかの理由により長男が事故や病気で早く死んだり、または、妻も子も持たず、血がとぎれてしまう。
この現象が何代も何代も続いていくのである。
その家系の長男に生まれた者はけっして家を継ぐことは出来ないし、まともな死に方をすることもない。
宗教的に言うと因果応報というやつか。
ある意味、”孤独”というものも生まれる前から与えられた”運命”なのかもしれない。
1521 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:02:51 ID:wer0USzI0
そして、我が家の家系はまさしくこの長男断絶の家系であるのだ。
このことは20代の頃知った。
オレの家系の長男はことごとく早死にか変死している。
中には鉄道自殺した者もいるし、叔父もその延長線上にいた。

だから叔父は妻も子もいないし、廃人になってミジメな死に方をしたし、実家も実質は親父(次男)が引き継いだ。
実は親父も脳卒中など大きな病気を6回もしている。叔父よりもはるかに多い。
しかし、親父は命を落とすことも廃人になることもなかった。普通ならとっくに死んでいる。
これも血の因縁か。

その叔父が死んだ。昔から、子供の頃から感じていた恐怖は現実のものとなった。
叔父は自分の前世といえるかもしれない。そして、叔父の辿った”孤独”の運命は長男であるオレに引き継がれる。
同じ死に方をする可能性が高いし、未来の自分を見ているようだ。

オレがギャンブルでまったくといっていいほど負けないことなど、叔父とオレには共通点が多く見られる。
そして、破滅的な生活を送って、妻も子もなく、最後は惨めな死に方をするところまでの道筋が見えている。
どんな病気をするのかもわかっているし、実家は弟が継ぐことも見えている。
1531 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:04:05 ID:wer0USzI0
母がうっかり「お前も叔父さんと同じようになるぞ」と漏らしたのをみると、母もこの血の因縁のことは知っているようだ。
そして、弟も知っているだろう。弟も思うことがあったのか、家系図を調べていたことがあるので気づいているのではないかと思う。

オレが競馬で滅多に負けないのに、馬券を買わなくなったのも、この運命を知ってしまったからというのがある。
競馬で勝っても最後がこれでは意味がない。

オレが今後、やろうとしてることは神様への敵対行為かもしれない。
神様が与えた”孤独”の運命に逆らってみようと思う。
1541 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:29:41 ID:h+5DSpui0
叔父は最後は廃人となってミジメな死に方をしたが、わずかばかり財産があった。

ほかに身寄りがなかったので実家にその財産が入ることになった。
このときの財産分けでオレにも100万円の現金が手に入った。
親から「それで借金を返せ」といわれた。

親には借金があることは話していなかったが、知っていた。
それでも、100万円程度だと思ってたらしい。
借金の総額はそんな小さな額ではなかったのでそれを返済に充てたところで焼け石に水に近い。

またしても、考えた。

この100万円で借金を返すのが良策だろうか?
6年の返済期間が5年になるといったところだろう。
あまり意味があるとも思えなかった。

1551 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:31:27 ID:h+5DSpui0
商売することも考えた。
100万円あればそれなりのシェアウェアソフトや商用サイトを作ることができる。
しかし、一度、失敗したようにオレに商才があるとは思えなかった。

ふっと、頭によぎった。

100万円あれば、上京できる・・・。
東京で生活するための資金に出来る。

しかし、この状況で東京に出るのは無謀なのではないか?
借金は少し減っていたがそれでもかなりの額が残っており、まだまだこれから本格的に返済していこうというところだ。

コンピュータの仕事でボロボロとなり、借金を抱えた。
ライブでもぼろぼろとなり、インターネットのコミュニティでは散々バカにされた。
1561 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:32:05 ID:h+5DSpui0
ルックスもよくない。オレはかなりの醜男だ。
そして、36歳になろうとしていた。
36歳は一般的には夢を見てはいけない年齢だろう。
そういうことを言う人はたくさんいた。

警備員の仕事はしていたがひきこもりに近かった。
上京するとなると、その警備員もやめることになる。
また、無職だ。

東京にアテがあるわけでもなく住むところも仕事も何もない。
上京 = 野垂れ死に

簡単に結果が想像できる。

それでも、もう、頭の中は東京に出ることしか考えれなくなっていた。
ダメでもいい。ホームレスになってもいい。野垂れ死にしてもいい。

叔父の死に顔が浮かんだ。
このまま岡山にいたら叔父と同じように”孤独”のまま死んでしまう。
1571 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 00:33:19 ID:h+5DSpui0
決心した。東京に出よう。

このとき36歳だった。
絶望的な状態だが上京を決意した。

家を出る当日まで誰にも何も言わなかった。
家にあったものを処分し、退職手続きをし、車を処分する手続きをした。

2002年9月某日、深夜。
家を出た。母に「東京に行く」と一言だけ告げた。

借金はまだまだたくさん残っていたが、また、無職になった。
東京に仕事のあてがあるわけでも無し、コネやツテもあるわけでもない。
住居も決まっていない。

36歳、独身、無職、借金を抱えてのの出発だった。
正直、うまくいくなんて想像できないし、東京には死にに行くようなものかもしれない。

夜が明けた。東京行きの新幹線に乗り込んだ。
1581 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 01:11:47 ID:h+5DSpui0
他のスレ読んでて気づいたこと

孤独な男に似合う車
http://that4.2ch.net/test/read.cgi/alone/1132497833/
>1 名前:孤独なミラアバ海苔 2005/11/20(日) 23:43:53 ID:bIbgqlae0
>  ミゼットU
>  1シーターだし

岡山にいるとき、オレもミゼットUずっと乗ってた(苦笑
しかも1シーター
1591 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 14:47:39 ID:+OytC7Y30
・・・話が長すぎたなぁ、これは。内容、固いし(苦)
まぁ、それでも、つづけてみようか。
160名前は誰も知らない:2006/03/29(水) 15:03:00 ID:2vgiklHZ0
俺はとても楽しみにしてますよ
このスレを読んで勇気をもらってやらなければいけないことを少しでも
行動に移せたし、俺は影響を受けさせてもらってます。
1611 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 15:09:15 ID:+OytC7Y30
東京に来てからしばらくは警備員の仕事をやっていたが、食えなかった。
警備員は賃金が安すぎて、とてもじゃないが借金を返していくことが出来ない。
その日1日の生活さえままならない。これじゃなにしに東京に来たのかわからない。

どうしても手に負えなくなったので、コンピュータの仕事を探した。
これが事態をさらに悪化させることになる。

あまりキツい仕事はやりたくなかったが、そんな甘い案件はなかった。
なんのツテもコネもなく、しかも2年以上のブランクがあるとなると、仕事を選んでいられなかった。

銀行系システムのトラブル案件をやって一発で身体を壊した。
たった1ヶ月やっただけなのに1ヶ月、寝込んだ。
1621 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 15:12:06 ID:+OytC7Y30
>>160
そういっていただけるとうれしいっす(^-^ヾ
1631 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 15:12:43 ID:+OytC7Y30
またしても警備員や派遣の肉体労働で食いつないでいくがかなり厳しい。
賃金が安いのもあるが、いつも仕事があるわけではない。

仕事がないのが一番辛い。
そういう仕事は雨が降るとたいてい流れた。

最初に持ってきた100万円やシステム開発の請負の報酬の80万円は底をついていた。
それでも月々の返済と家賃や生活費など容赦なくお金が飛んでいく。

1日1食インスタントラーメンという日が続いた。

状況はさらに厳しくなっていく。
ホームレスになるのは時間の問題だった。
岡山にいるときよりもさらに”孤独”だった。

これが東京に来て1年間の生活だ。
1641 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 16:45:30 ID:+OytC7Y30
この食えない時代に何曲か作った。

”孤独”で”希望がない状況”だったのだけど、こういうときこそ”孤独ではなく””希望のある”曲を歌うべきではないのか?
嘘でもいいから、現実離れしててもいいから、そういう前向きな歌を作ってみようと思った。

「自分は1人ではない。いつでも仲間がいて支えてくれている。けっして1人ではないのだと。」そんな内容の詞を書いた。
ウソっぱちだ。本当はそんなこと思っていない。

所詮、人間はひとりで生きて、1人で死んでいくものなのだ。
人間なんて信用できない。それがオレの考え方だし、本音だった。

だけど、ウソでも、”孤独”とは正反対の歌を作って歌い続けるとどうなるのだろう?
実験的な意味も込めて作った。

このことは”言霊”(ことだま)という。
言葉には精霊が宿っていて、例え嘘でもそれを言葉にしてしまうと現実になるという考え方だ。
言葉に魂を込めて、発声すると本当になってしまうというのを「神道系」の書籍に書かれていたのを思いだした。
1651 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 16:46:45 ID:+OytC7Y30
そして、ラブソングを作った。

男の友達さえロクにいないオレは、もちろん、恋人どころか女の友達さえいたことがない。
中学の頃、一時期、つきあっていた女もいたことがあるがそれでさえもう20年も前の遠い昔だ。

オレには、好きな人もいなかったし、このさき人を好きになることもないと思っていた。
恋愛なんてロクにしたことないし、一生、女とは縁がなく独り者で終わるのだと思っていた。

だけども、軽いラブソングを作ってみたかった。
コミカルでまったりとして、恋人との楽しい生活を描いたラブソング。
ちまたでイケメンのアーチストやアイドルが歌ってそうな甘ったるいラブソング。

そんな、甘ったるいラブソングは大嫌いだったけど、それでも、そういう歌を作って歌うとどうなるのか試したかった。

言葉というものには魔力がある。そんな気がした。
昔、”孤独”や”虚無”について詞を書いたばかりにオレだけでなくYさえ不幸にしてしまった。
だから、その逆をやってみようということだ。

このころ、他にも家族や子供の成長をテーマにした歌も作った。
そしてそれが、このあと、自分の運命を大きく変えるとは思っていなかった。
1661 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 17:14:33 ID:+OytC7Y30
東京に来て1年がたった。
どうしようもなくなってしまったので、コンピュータの会社に就職することにした。
コンピュータの仕事はしたくなかったが、仕方ない。

その会社は表向きはベンチャー企業ということだった。
とても不思議な会社で、他の企業とは違う雰囲気の会社だった。

入ってからは、いろいろなことをしたが、ベンチャーの起ちあげということで事業計画書も作った。
なぜかその事業計画書が通って、銀行から事業資金が会社に融資されることになった。

会社の事業としてはホスティングサービスやオリジナルのマニアックなコンピュータを製造することになった。
毎日、毎日、鬼のように忙しい。
他にもシステムの提案書書いたりソフト制作したり、DB構築したり、頭の中がウニになりそうなくらい、いろんなことをしてた。
一応、それでも、安定した収入は入るようになった。

音楽活動はほとんどしていなかった。
これだったら岡山にいたときの方がよほどたくさん活動できていたかもしれない。
1671 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 17:19:50 ID:+OytC7Y30
そんな、10月のある日のことだった。

ある土曜日のことだ。その日は仕事が休みだった。
オレは疲れていた。ストレスもかなり溜まっていた。
新しい会社は、今までオレが持っている社会の常識や倫理感、あるいは一般の社会常識とも違っていたので慣れるのに苦労していた。

そんな疲れた心と体を癒したくても、友達もいなくて、どうしていいかわからなかった。
どこにいくということもなく、汚いジャージ姿で、自転車に乗って地元の街をフラフラしていた。

すると、急に雨が降ってきた。
急いで雨宿りができるところを探した。
道路わきにライブハウスの看板があるのが目に入った。

「こんなところにライブハウスなんてあったっけ?」

どうやらまだ新しくできたばかりのライブハウスらしかった。
ポスターのチラシを見ると音楽教室もやっているらしかった。
1681 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 17:24:31 ID:+OytC7Y30
雨はやみそうにない。
服も髪も濡れてきた。
しかし、なんだか、店の名前からして、危なそうな雰囲気だった。

もしかしてパンク系かなぁ?
怖い人たちがたくさんいたりして・・・
入るのに躊躇していた。

地下へ続く入り口の前で、うろうろしながら、どうしたものか迷っていたら、女の人が声をかけてきた。

「これからセッションがはじまりますよ。どうぞどうぞ中に入ってくださいな」

お店の人かな?
20代に見えるけど、もしかしたら10代なのかもしれないし、30代かもしれない。
不思議な感じの女の人だった。

それにセッションてなんだ?

吸い込まれるように地下の階段を下りてお店の中に入ってみた。
169名前は誰も知らない:2006/03/29(水) 17:32:04 ID:GbXUF/vS0
面白い。どんどん続けて。
1701 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 17:45:28 ID:+OytC7Y30
そこでは、まさにセッションがはじまろうとしていた。
セッションとはアマチュアのミュージシャンが集まってお互いに演奏しあうことのようだった。
聴くのが目的ではなく演奏するのが目的ということらしい。

小さなお店の中に30人はいただろうか。
まず、人の多さに驚いた。

「この人達はいったい何者だ?」

セッションがはじまると、ホスト役(司会)の人が、パートと人を指定する。
すると即席のバンドがあっというまにできあがって、演奏が始まった。
次から次へと絶え間なく、曲目とプレイヤーとが入れ替わって演奏が続く。

お店の中は熱気でムンムンとしていた。
10月の少し肌寒い雨の日だというのに、冷房をがんがんかけていた。
それでも熱気は収まらない。

ジャズやブルース、ソウルやファンクなどが次から次へと演奏されてゆく。
また、同じことを思った。

「この人達はいったい何者なんだ?」

どうやら、多摩地域を中心とするアマチュアミュージシャン達が集まってるらしかった。
本業は会社員が多く、土曜日の休日にこうして集まって派手に演奏しまくるのである。
1711 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 17:52:47 ID:+OytC7Y30
気がつくと、入り口で声をかけてきた女の人が、ほとんのどの曲で演奏に参加していたので、それにも驚いた。
彼女はキーボードを演奏していた。小さな身体で、眠そうな顔しているけど、その演奏は大の男に負けないくらい力強かった。

彼ら彼女たちの熱気に圧倒された。
ただ、最初から最後まで、呆然と見ているだけだった。
そして、彼らは気さくにオレに声をかけてきた。
見ず知らずの人が一度あっただけで友達となり、音楽仲間となる。
そんな音楽のお店。

カルチャーショックというヤツだ。
こんな場所が、こんな人たちが、こんな音楽の楽しみ方があるとは・・・。

難点なのは、自分のやってる音楽はアコースティック系でポップスやフォークというジャンルだったので、そのセッションは敷居が高く感じた。
そのライブハウス自体も当時はオレのジャンルや弾き語りのスタイルには向いてない感じがした。

しかし、この10月の雨の土曜日を境に、オレの日常生活は大きく変わっていくことになる。

それから毎週のように通うようになった。
ただし、演奏はしない。他の人の演奏を黙って聴いてるだけだし、演奏しろといわれても、全然レベルもジャンルも違っているので無理だ。

そして、彼女はいつもその店にいた。
172名前は誰も知らない:2006/03/29(水) 17:54:31 ID:GbXUF/vS0
おお!まさかその女の事を…。
1731 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 18:40:33 ID:+OytC7Y30
>>172
ふっふっふのふ('ー`
1741 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 19:39:43 ID:+OytC7Y30
それからの日々は夢のごとくすぎてゆく。
平日は会社でコンピュータの仕事をする。
給与は通常のコンピュータの仕事に比べると少ないが、警備員や肉体労働の仕事よりは良い。

贅沢さえしなければお金の心配をすることはなくなった。
仕事は忙しかったが休日出勤はあまりなかったので今までの仕事よりは融通が利いた。

土曜日はライブハウスでセッションに参加。
なんとなく気になっているキーボードの彼女の演奏を聴くのが楽しみだった。

やっと、音楽に触れる生活ができるようになった。
つい、数ヶ月前までの、食えない、音楽出来ない、の生活が嘘のように一変した。

あるとき、そのライブハウスのマスターの奥さん(お店のオーナー)から、日曜日のジョイントライブに出てみないかと誘われた。
実はオレは、お店に範疇に出入りするようになっていたが、セッションなどで演奏はしたことがなかった。
オレの実力など知らないはずなので、このお誘いにはビックリした。

当時、お店は新しくできたばかりで、ライブをする人がなかなかいなくて出演者を探しているらしかった。
土曜日はセッションで繁盛していたが、日曜日のジョイントライブでは苦戦しているようだった。
奥さんは路上ライブで歌ってる人とか片っ端からスカウトしていた。
それでも出演者が足りないとのことで、もう、猫でも杓子でもという状態だった。
1751 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 19:40:29 ID:+OytC7Y30
オレは東京に来てからライブハウスで演奏したことがなかったし、自信は全然なかった。
この1年間は酷い生活していたので、岡山にいたときよりも下手になっていたと思う。
それでも、出演することにした。いい機会だ。こんなに身近にライブが出来る場所があることが幸運に思えた。

で、ライブをやったのだけど、内容は酷かったと思う。
緊張してぜんぜん思うように歌えなかったし、ギターの演奏もロクにできなかった。
それでも、岡山のライブハウスでやったときのように誰も聴いてくれないということはなかった。

お客さんは最後まで聴いてくれた。へたくそだったけど、それがせめてもの救いだった。
お店はアットホームな雰囲気でとけ込みやすい雰囲気だったが、そこに来るお客さんも暖かかった。

お店からはもうお誘いは来ないだろうと思ってた。 が、しばらくしてからまた出てみないかと誘われた。
物好きだなぁ、よくこんなオレなんか出演させる気になるなぁ。
と、なんだか悪いような気がしたが、こんなにありがたいこともない。
そこで2度目の出演となった。

2度目の出演のときは、同じく対バンだったM兄弟が、「いい歌ですね。感動しました。」と声をかけてきた。
自分の歌が人に褒められたのは初めてのことだった。
ほかにも、褒めてくれた人がいて、まんざら悪くないのかもしれないと思うようになった。

それから、3度目、4度目と出演するようになった。
ライブは月に2度はやるようになった。
1761 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 20:05:01 ID:+OytC7Y30
何度目かのライブの時に、たまたまではあるけど、あのキーボードの女性が見に来ていた。
いつも土曜日のセッションには顔を見せているのだけど日曜日のライブを見に来るのは珍しい。
その日は彼女の知り合いがライブに出ていたのでそれを見に来たらしい。

ボクのライブがちょうど始まりかけたときに彼女が店に入ってきて一番前に座った。
小さなお店なので目と鼻の先にいる。顔もはっきりと見える位置だ。

これも、たまたまなのだけど、ちょうど、前に作った甘ったるいラブソングを歌い始めていた。
オレはビックリした。彼女はまるでその詞のなかから飛び出して目の前に現れたヒロインのようだった。そんな錯覚を覚えた。

そのラブソングに書かれているのヒロインというのは勝手な妄想で作ったのだけど、彼女とだぶっているところがある。
たとえば血液型がB型だとか、ノーテンキそうな性格や、パソコンスクールに通ってる。そんな詞を書いていた。

「言霊(ことだま)」を思い出した。どういう原理かはわからないけど、詞に書いたことは現実の世界に影響すると思う。
今、目の前で彼女はオレの歌を、演奏を聴いている。

だけど、このときかなり焦って、まともに歌うことが出来なかったし、ギターの演奏もかなりミスった。
彼女にはいいところは見せれなかったけど、それでもこのときから、はっきりと彼女のことを意識するようになった。
1771 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 20:45:38 ID:+OytC7Y30
実は、この日のライブは別の意味でも、忘れられないライブとなった。
前出のラブソングはうまく歌えなかったけど、それ以外は充実した内容だった。

彼女はいつも自分の運命の曲がり角に立っているような気がする。
このときのことを、もう少し、詳しく書いてみる。

当時、充実した生活は送っていたものの、いいことばかりが、あるわけではない。
ときには、大きな”悪意”と出くわすこともある。

このころ、ある仕事上のトラブルに関わった。
この業界は「弱肉強食」だ。”悪意”の塊といっていい。
強い者は、弱い者を容赦なく、喰い殺す。

そして、生きるために巨大な敵に立ち向かわないといけないときがある。
オレは一匹の獣となって敵に食らいついていった。それは、確かに風向きを変えた。

だけど、人が一人死んでしまった。
そして、もう一人、死の淵に片足を突っ込んだ男がいた。

その男に狂ったように笑いながら土下座され泣きつかれ懇願された。
死を前にした人間というのは発狂すると笑うのである。

一時はその男を見捨てようとしたが、結果的にはオレはその男を救うことになった。
仕事としては無理はしたが、このときの功績で給料が上がり、社内での待遇も良くなった。
さらに「今後は会社の仕事よりも音楽活動を優先する」という要求も通った。
1781 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 20:47:45 ID:+OytC7Y30
しかし、後味は悪い仕事だった。
自分自身、「人が人でなくなる感覚」というのを味わった。
「自分には本当に赤い血が流れているのだろうか?」
「自分は越えてはいけない壁を越えてしまったのではないか?」
そんな感覚に襲われた。

そして、この事件のど真ん中で、ライブを行った。7月初旬だった。
この時点ではまだ会社やその死の淵にたった男を救ってやるかどうか迷っていた。
オレ自身命がけの仕事になるかもしれないと危機感を持っていた。

だから、もしかしたら、これが自分の最後のライブになるかもしれない。
そんな気持ちで望んだ。ある意味、死地に赴く覚悟は決めていた。
そんなライブで、彼女は一番前の席に座って聴いていたのだ。

仕事上のトラブルで心身共にボロボロだったはずなのに、充実したライブになった。
それまでのライブとは違っていたと思うし、その日、なにかが自分を変えたと思う。

観客にもそれは伝わったようだった。終わった後、若い男の子達が真剣な顔で感想を述べてくれた。

そして、この日のライブを境にオレ自身の音楽に対する取り組みや心構えなど変わっていくことになる。
今までおっかなびっくりで、自信なさげに演奏していたのがなくなっていった。
へたは、へたなりに、ひとつの壁を越えたのかもしれない。
1791 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 20:59:23 ID:+OytC7Y30
そのライブハウスはマスターと奥さんの2人で運営していた。

ライブハウスだけではなく、音楽スクールもやっていて、さらに新たにCD製作販売のレーベル事業もやりはじめていた。
レーベル起ち上げに際して、夫妻が関係者やボランティアスタッフを集めて大きな夢を語ったことがある。

マスターが言った。
「ここは日本のモータウンなんだよ」

モータウンてなに?と、思ったが、その言葉の響きに感動した。
そこにいた者も俄に色めき立った。

それは、みんなの心に火をつけるには十分の言葉だったようだ。

そのライブハウスだけではない。
○○の街を中心に、何かが始まり何かが動き出そうとしていた。
街そのものが、大きな可能性を秘めている気がした。
きっとこの街には他の街にはない、何かがあるんだと思う。

その「何か」とは”夢”や”希望”そういったものだ。
そして、そんな夢や希望を持った素敵な仲間達が集まってくる、とても不思議な街。

本当にここは「日本のモータウン」なのかもしれない。
1801 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 21:04:09 ID:+OytC7Y30
レーベル起ち上げには、まず、前出のM兄弟がCDを製作し発売した。
それともう1人、T男というミュージシャンもレーベルに参加しCDを発売した。

夫妻は精力的に活動し全国発売の流通ルートも確保した。
M兄弟とT男は全国区となった。

ひとつのライブハウスがレーベルをたちあげ大きくなっていくのを、まざまざと見せ付けられてるようだった。

オレも会社をまきこんでインターネットラジオやネットライブ中継など企画し、レーベルの事業に参加するようになった。
会社には「仕事よりも音楽を優先する」とはいってあるものの、協力的なのは少し意外だった。
ジョイント形式であるものの、ライブは月に2回はやっていた。

他にもいろいろなイベントを企画したり、フォーク系のセッションのホストをやるなど、 そのお店の中でも積極的にに動いた。
長年の夢だったフォークの復活も果たされることになった。

自分の中の過去のわだかまりや因縁めいた憎悪など消えていくのがわかった。
1811 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 21:37:53 ID:+OytC7Y30
あるとき、ジョイントライブの企画でカバー特集をすることになりオレも出演することになった。

出演者はなにかしらのバンドやアーチストのカバーをやる。
このカバー大会には実はキーボーディストの彼女も別のバンドで参加することが決まっていた。

少しだけ触れると、彼女は小柄な独身女性で、お店の常連客でもあり、メインのキーボーディストでもあった。
前にも書いたとおり、B型で少しノーテンキな性格で、WEB系の仕事をしている。
見た目は凄く若いけど、歳はけっこういってる(苦笑)
といってもオレよりは若い。実はオレの妹と同じ歳だったりする(笑)

彼女のキーボードの腕は相当なものだと思う。
ソウルが中心だったけど、ポップスもジャズもボサノバもファンクもなんでもこなした。
カバーバンド大会ではユーミンのカバーバンドでキーボードをやるようだった。

で、オレは大胆にも「さだまさし」のカバーをやることにした。
これは非常に勇気がいる行為ではある。
1821 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 21:39:45 ID:+OytC7Y30
しかも「親父の一番長い日」をフルコーラスでやることにした。
この歌は一人の女の子が生まれてから結婚するまでの物語を歌っているのだが12分半ある。
壮大なウェディングソングだ。
歌う方も大変だが、聴く人も大変だ。

実際、演奏して歌ってみると、大きな反応があった。
観客に泣いている人がいる。それも一人や二人ではない。
演奏し終えるとかつてない拍手をもらった。

一番、泣いていたのは彼女だった。
彼女も、もういい歳なので、こういう歌には涙線がゆるむのだろう。
なぜ、彼女がいままで結婚しないで、いまも独りでいるのかは理由はわからないけど、
この歌に反応するということは結婚に対する憧れがあるのだろうと思う。

もちろん、彼女はオレのことなど眼中にはないだろうけど、少し愛しく思えた。
1831 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 21:40:40 ID:+OytC7Y30
彼女の反応を見て考え方が変わりつつあった。

本当は軽いポップスをやりたいと思っていた。
ポジティブで明るい歌。メロディ先行で作曲重視。
そういうのをやっていこうと思っていたが、この日の試みで考えが変わった。

自分の目指す音楽はポップスではないのだと改めて思い知った。
メロディよりも詞をメインにするべきなのではないのか。

現代音楽は特に最近の流行のJ−POPは、曲やサウンドが重要視される。
詞などほとんど見向きもされない。ほんの添え物という感じだ。

だけど、本当に求められているのは言葉であり、詞なのではないか?

オレは新たな作品作りを模索し始めた。
1841 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:01:52 ID:+OytC7Y30
体調が悪い・・・。
原因はどう考えても太りすぎだ(苦笑)
体重、落とさなきゃなぁ・・・。糖尿病も治さなきゃなぁ・・・。

多分、コンピュータの仕事が身体に向いてないんだよな。
肉体労働をやりたいけど、賃金が安いからなぁ。
借金さえ無くなりゃ、コンピュータの仕事辞めれるんだけど、8月までは返さなきゃなぁ。

まだ半年あるよ。長いなぁ。
185名前は誰も知らない:2006/03/29(水) 22:07:21 ID:GbXUF/vS0
>>184
借金返さないといけないし、ダイエットしないといけないし大変だな…。
頑張れるよう応援するよ。
1861 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:33:09 ID:+OytC7Y30
>>185
うん、がんばるよ。。。
あと半年、いや5ヶ月の我慢だな。
1871 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:34:24 ID:+OytC7Y30
ここで、Yのことをまた書く。

Yと再会したのはオレが東京に来て1年くらいのときだったと思う。
最後の電話から、約9年間音沙汰がなかったことになる。実際に会うのは10年以上ぶりか。

その頃のYは土木建築の親方の仕事でてんてこまいのようで、音楽どころではなかったようだ。
音沙汰のなかった9年間というのは、少し触れているが、概要を記しておく。

23歳で上京したYは、一時期、音楽事務所に所属し、バンドで活動していた。
そこそこ人気があって、YのプロデュースでCDも出したことがある。
が、事務所ともバンドともうまくいかず、新宿の闇の世界に転落していった。

そこでは裏の仕事をしていて凄惨な生活を送っていた。
人がたくさん死んでゆくのを日常的に体験する。
病死するやつもいれば殺されるやつも自殺するやつもいた。

そこから決死の逃避行を行ったYは、警察と、や○○に追われ、ホームレスに近い生活を送る。
なにもかもに絶望し、もう音楽どころではなかった。

しかし、音楽の仕事をしていたときに知り合ったテレビ局の女子アナウンサーがかくまってくれた。
そして立ち直ったYは、籍を入れ、娘を一人授かる。
1881 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:34:57 ID:+OytC7Y30
そこからは土木建築の親方の仕事をやるようになり、成功を収める。
一時は飛ぶ鳥を落とす勢いだった。Yは上流社会の人間になったといっていい。
一般の人間の、何倍も何十倍もの収入を得るようになった。

音楽は趣味として気楽にやる程度だったが、まさに悠々自適の生活を送るようになった。
ここまではすでに書いた。

しかし、そこから時代は変わった。
ゼネンコンの不祥事などがテレビのニュースなどで騒がれだし、公共事業が減った。
Yの全盛期は終わり、仕事が極端になくなっていった。

その後は、資金繰りに苦労することになる。

オレなどとは比べ物にならないくらいの借金を背負っていくことになった。
従業員は50人くらい抱えている。
Yとその家族、そしてたくさんの若い衆を食わさなければいけない。
寝る間も惜しんで仕事を取ってくることになる。

それとは別に、Yは友人の保証人になっていた。
その友人は行方不明となり借金だけがYに残された。
仕事が減った上に、友人の借金まで抱えることになった。
1891 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:36:23 ID:+OytC7Y30
Yと再会したのは、この資金繰りに苦悩していた頃だったと思う。

このころのYは、かなり怪しい雰囲気をしていた。
目がいっていたと思う。
かつて、借金で追い込まれたときのオレのようだ。
いや、桁が違う分、むしろYのほうが厳しい状況か。

それでも、なんとか、やりくりしてるから凄いことは凄い。
なぜか窮地に立たされると、突然、大きな仕事が入ったり、金融機関から融資があったりするらしい。
Yは今まで「運」に見放されたことがないらしい。

しかし、いずれは破滅するのではないかという不安はいつも抱えている。
金を工面してくるのはいいが、金使いの荒さや、どんぶり勘定などはオレの比ではない。

いずれ、オレの二の舞になるような気がした。
その場合、金額が大きいし、家族がいる。それに若い衆もいる。
Yにとって、ほとんど眠れない日々が続いた。
1901 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:37:01 ID:+OytC7Y30
当然、Yは音楽どころじゃなかった。
もう、音楽は暇なときにやるだけで、完全にあきらめたようなことを言っていた。
何度か、説得したが、「再び本気で音楽をやる気はない」と、口を濁した。

「オレはお前が思ってるほど、強い人間じゃない。もう、これ以上は言うな。」
「オレを買いかぶりすぎている。オレは負け犬なんだ。」

Yらしくない言葉だと思った。
もちろん、今の状況では音楽どころじゃないのはわかっているが、それが本音ならガッカリだ。

その一方では「オレが本気でライブすれば100人はいつでも客は集まる」とか、「オレの歌には魂がある」と豪語している。
それに、過去に自分が音楽で成功できなかった理由を事務所やバンドのメンバーのせいにしている。
言い訳や屁理屈だけは、変わっていない。

しかし、逆に言えば音楽に未練を残してるようにも見えた。
というか、未練タラタラではないか。

どうにか、Yのハートを突付けば再び火がつくかもしれない、と思った。
このままでは、借金で押しつぶされてダメになっていくだけではないか?
Yをこのまま、終わらせるには惜しい。
1911 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:38:09 ID:+OytC7Y30
それからしばらくして、オレは○○の街でライブをやるようになった。
Yは、オレのライブには時間が許せば、見に来てくれるようになった。

そして、なにかしらの助言をくれる。

「声がこもっている。もっとはっきり発声しろ。」
「声が弱い。腹式呼吸をしろ。」
「ギター、下手になったな。もっと練習しろ。ギターが死んでるぞ。」
「緊張感や自信のなさが客に伝わる。もっとリラックスしてやれ。」


なかなか手厳しい(汗)

なんとなく、Yの中でくすぶっているものがあるのがわかった。
少しはやる気を戻したと、そう感じた。

うずうずしてるんだ。
1921 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:47:24 ID:+OytC7Y30
それにしても、オレの人生もなかなか波乱にとんだものだが、Yは次元が違う。

相変わらず浮き沈みが激しいやつで、資金繰りに苦しんで今にも夜逃げしそうだなと思ってると、突如「1億円近い仕事が取れた!」といって羽振りが良くなったりする。

仕事も何ヶ月もまるまる休みなしで昼夜問わず働いてるかと思うと、まるで無職のぷー太郎かと思うくらい暇をもてあましてるときもある。
しかも、1年に何回もこの浮き沈みが繰り返される。

Yには、まさに「波瀾万丈」という言葉がぴたりとくる。

そして、時間が合えばYと飲みに行ったり、家でギターを弾きながらグダグダと話した。
まるで若い頃のようだ。

Yも時間があればギターは弾くし、歌も作っているという事だった。

ギターや歌についてはYに厳しいことを言われても素直に聞けるのだが、作詞や作曲の話になると立場は逆転する。
1931 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:48:24 ID:+OytC7Y30
オレの作曲方法は主にポップスの「理論」だ。

そして、作詞方法は文学的なものを目指していた。
辞書を引くことはもちろん、類語辞典や英和和英・カタカナ辞典、それにインターネットを駆使して書く。
書く前には必ずテーマを決めてそれに添った形で書く。
前にも書いた「言霊〜ことだま〜」も意識している。

それに対して、Yは直感で作る。
理論などまるで関係ない。
それでもYがプロでやってた頃に作ってた曲よりは、現在は聴きやすくなっている。

Yいわく「魂の叫び」を歌にする。それだけだ。
いつも「オレは『魂の歌』を歌いたいんじゃ!」といっていた。

1941 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:49:12 ID:+OytC7Y30
オレには、それが、わからない。

若い頃、Yは「プロのミュージシャンになる」「大物アーチストになってやる」と啖呵を切って東京に出ていった。
オレには、そうなってないことの言い訳を歌ってるようにしか聞こえない。
音楽で成功できなかったことを、事務所のせいにして、バンドのメンバーのせいにして、
新宿の闇の世界のせいにして、それを歌にして撒き散らしている。

あげくのはてには「おれには学歴がないから・・・」とか「生まれた土地で差別されてきたから・・・」とか。
愚痴を聞かされる。聞いていると情けなくなる。
思わず「そんなの関係ない。情けないぞ!」と口に出すこともある。

しかし、Yはオレの言うことなど聞こうとはしない。
「言霊〜ことだま〜」にさえ、興味を示さない。

思ってること、感じることを書くだけだ。
たとえ、それが言い訳がましくとも、クソ文句であろうとも、そう書きたいし、そう歌いたいだけだ。
という。
1951 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:50:32 ID:+OytC7Y30
すると、今度はオレが作る歌がネガティブになってきた。
もともとのオレがそうだったとはいえ、いらだちを隠せなくなってくる。

またしても、堂々巡りになっている。

するとYも業を煮やしたのか、「オレのライブを見せてやる」ということになった。まぁ、うずうずしてたのだろう。
オレもYがそこまでいうなら、見せてみろという感じで、オレがいつも出ている○○のライブハウスに急遽、出演させてみた。
オレ自身、東京でYのライブを見るのは初めてだ。
どんな風に変わったのか。

ところが、だ・・・。

小さなライブハウスがYのファンでギッシリと埋まってしまった。
Yが久しぶりにライブをやるというので、どこからともなくファンが○○まで押し寄せてきた感じだ。
これにはオレだけでなく、マスターや常連客もビックリした。
1961 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 22:52:13 ID:+OytC7Y30
Yのライブは華があった。

ギター1本の弾き語りだったが、見た者は誰もがその魅力に惹きつけられるだろう。
ギターを弾く指一本にも華やかさがあり美しい。
そして歌声は荒々しく、魂の雄叫びを上げる。

ひとつひとつの仕草が期待感に溢れていて、こいつはとてつもない大物だという雰囲気をかもし出している。
そこにいる者はYの一挙手一動を固唾を呑んで見守っている。

ライブが終わったあとも、いつまでも数十人の若いファンに取り囲まれて、まるでスターだ。
なんてヤツだ。と思った。

持って生まれたものが、普通の人間とは違いすぎる。

常人離れしたオーラを漂わせている。
なるほど、バンドのやつらがYに嫉妬してうまくいかなかった、というのも満更思い上がりだけでもないんだろう。

Yの言う「オレは『魂の歌』を歌いたいんだ」と、いってる意味もわかるような気がした。

いつも情けないことばかり言ってるが、やっぱり凄いヤツだ。
ますます、埋もれさせるには、惜しい。
1971 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:16:11 ID:+OytC7Y30
Yのライブはオレに強烈な印象を残した。
一見、ネガティブな詞でもその表現方法やパフォーマンスで人への伝わり方が変わる。
Yのライブはけっしてネガティブではなかったし、多くの人を魅了していた。

「言霊〜ことだま〜」だけがすべてではない。

時には自分の嫌な部分や、汚い部分、弱い部分をさらけ出すのも、また良し。

Yはいう。
「お前は昔から自分のせいにしすぎる。
いつも理想ばっかり追って、がんばって努力して、それでダメだったら自分を責めて。
お前にはお前の心の叫びがあるはずなのに、なぜそれを出さない?
自分をもっとさらけだしてみてもいいんじゃないか。」

まるで、オレ以上にオレ自身のことをYは知っているようだ。
これは意外だった。
1981 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:17:28 ID:+OytC7Y30
そして、話は戻る。
オレは新しい曲を作った。

彼女に伝えたいことがある。彼女への想いを込めて歌にした。
恥ずかしくて直接、言えないけど、プロポーズの歌だ。

”孤独”な生き方をしてきた男が、最後にたどり着いた街で、やっと、出会った人。
彼女は知らないだろう。オレが彼女のことを愛していることは。

ライブでなにげなく歌っているけど、彼女に対するプロポーズの歌だ。
いつか、この歌を「キミのために作ったんだ」と言える日が来るといい。
これは、ある意味、”言霊”だ。

この言霊は、いつか彼女に届くだろうか?
それは、2006年9月以降のお楽しみだ。
それまで、何度も何度もこの歌を彼女の前で歌ってやろう。

だけど、この想いは、届かなくてもいい。
もともと、結婚なんて、あきらめていたことだ。
この歌を作れただけで、彼女の前で歌えただけで、オレはもう十分だ。
1991 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:17:59 ID:+OytC7Y30
そして、Yにも伝えたいことがある。Yへのメッセージを歌にした。
その歌詞カードを、Yに手渡した。

そして、オレはこう言った。
「オレは中学・高校の頃、子供心にYは絶対に大物になるんだと思っていた。
だから、このまま終わるなよ。お前ならもっと上に行ける。『あきらめた』なんて言うなよ。」

今までも同じようなことを言って奮起させようとしたが、いつも消極的な返事しか返ってこなかった。

が、この頃になると、Yにも言い訳がましいことや、人のせいにしたりする言動が無くなっていた。
人間的にも変わってきてるような気がした。オレは満を持してそのメッセージを渡したのだ。

Yがその詞を真剣な表情でまじまじと読んでいる。
その表情が見る見る変わっていく。しばらくその詞に釘付となっていた。

読み終わった後、Yはポツリと言った。
「そうか・・・お前の言うこともわかるような気がするよ」

今までと反応が違う。あきらかに、その詞に、なにかを感じてくれたようだ。

そして、Yは目をギラギラさせて言った。

「オレはこのままじゃ終わらんよ。もっと上に行ってやるから、見てろ!」

やっと・・・か。長かったな。
オレは、その言葉が聞きたかったのだ。
2001 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:26:37 ID:+OytC7Y30
それから、Yは行方不明になった。連絡が一切取れない。

今までも資金繰りが怪しくなるとまるで連絡が取れなくなるのでよくあることなのだが、このときはちょっと困った。
初夏にツーマンライブをやる予定で、Yにギターサポートを頼んでいたのだが、その直前に行方不明になった。

しかたないのでYのサポートはあきらて対応したが、このときはキレそうになった。
多分、資金繰りで音楽どころじゃなくなったんだろうが、せっかく、やる気になったと思いきや・・・まぁ、仕方ない。
YはYなりに大変なんだろう。

それから、オレの方ではいろいろと動きがあった。

彼女へのプロポーズの歌はライブでは思った以上に好評だった。
しかし、この歌が彼女へのプロポーズソングだとはまだ誰も気づいていないだろう。

Yへのメッセージソングは一度だけのつもりでライブハウスで演奏すると、おもいもよらず反響があった。
この歌は非公開にするつもりだったけど、それからは範疇に演奏するようになりオレの代表曲になっていった。
2011 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:28:55 ID:+OytC7Y30
そして、路上ライブを始めた。
○○の駅前では毎日毎日、新しい発見がある。
路上ライブには一期一会の出会いがある。
とても充実した日々だ。

また、夏に行われたオレの企画のアコースティックライブは、盛り上がりった。
このイベントは自分自身大きなエネルギーを消費したようで、終わった後、酷い夏バテに襲われてしまった。

が、バテてる暇などはなかった。

すぐその後にレーベルでCD制作の話が浮上した。
あの、プロポーズの歌を、マスターが気に入ってくれてCDにしようということになった。
それと、YへのメッセージソングもCDにして発売することになった。

ハードスケジュールだ。しかもオレにとっては初めてのCD制作。

東京に来てから3年が過ぎ、そして、4年目に入ろうとしていた。
毎日毎日慌ただしい日々が続く。

さすがに、疲れているかもしれない。
体調を崩すこともあるし、気分が滅入ることもある。
2021 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/29(水) 23:31:07 ID:+OytC7Y30
そんな、秋のある日、Yから連絡が入った。
3ヶ月は行方不明だったろうか。
約束をすっぽかされていたので、少しフテ気味に話を聞いてやった。

なんでもYは行方不明の間、一人で旅をしていたという。
で、自分自身を見つめ直していたと。

新潟で滝に打たれていたと言っていた。

「(なぜに滝に打たれる必要がある?)」
とか思ったが、それがYなりの努力の仕方なのだろう。

そして、この秋から本格的に音楽活動を再開するということだ。
ワンマンライブが決まって今はその準備をしている、とのことだった。

なんだ、借金取りに追われてたんじゃないのか・・・(苦笑)

まぁ、なんだかんだで、Yは本気で音楽をやるつもりになったらしい。

とりあえず、「それでこそオレのライバルだ!」と言っておこう。
Yはオレのことをライバルだなんて思ってないだろうけど(笑)

オレもがんばらなきゃなぁ。
2031 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 01:54:01 ID:mPEGsLtS0
新しい歌を発表するたびに彼女はいろいろと感想を言ってくれる。
ときには涙を流してくれることもある。

誰よりも何よりも彼女からの言葉がうれしかったし、励みになった。
この人と一緒になれるなら・・・。そんな想いが強くなっていく。


そして、昨年の終わりから今年のはじめにかけて3枚のマキシシングルCDを製作し、発売までこぎつけた。
初めての製作だったので思ったとおりの仕上がりにはならなかったけど、
最初から満足いくものを作るほうが無理というものなのだろう。
製作にはけっこう苦労した。

それに、はっきりと形にするといろんなことが見えてくる。
まだまだ実力不足な点もある。

地道にライブをこなして実力をつけないと、全国展開への道も難しいだろう。
(今回はプレスではなくCD−Rでの発売。)

2041 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 01:55:33 ID:mPEGsLtS0
が、それはいい。

生活面や仕事面は全然、ダメになってしまった。
職場がマンションの一室になってから精神的におかしくなった。
1年近く、たった一人の職場で過ごした。

1週間のうち1から2日くらいしか人と話をすることがなかった。
これほどの”孤独”は、今までも経験したことがなかった。
まるで、鳥かごに閉じ込められたカナリアだ。

その間、ストレスと運動不足で体重が10Kg以上増えた。
毎月、病院に通っているが、糖尿やら高血圧やら、コレステロールやらどんどんと悪化している。

今の会社はハッキリいってもうダメだ。将来性がないのはわかっている。
あと2,3年持てばいいほうか。
多分、今の会社なら、がんばれば部長とか役員とかにはなれると思う。
だけど、いくらがんばっても、会社自体が存続できなければ意味がないし給料がもらえなくなれば意味はない。
2051 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 01:56:16 ID:mPEGsLtS0
本当は会社も社長も切って捨てたい。
しかし、いつもいつもいつも苦しめられるのが”任意整理中”の借金だ。
もう、支払いはあと僅かしか残っていない。金額にすれば本当にたいした額ではない。
だけど、その、あと僅かがオレを苦しめている。

今、会社をやめたとしてもコンピュータの仕事以外はお金にはならない。
一度でも支払いが滞るとヤッカイなことになる。だから、やめたくてもやめられない。

今は我慢のときだ。
少なくとも8月の支払いが終わるまでは耐えなければいけない。

そのあとを、どうするか、なんて考えていないけど、新しい人生を9月からはじめたい。
それまでに借金を払い終えて、できたら、体重を落として健康になりたい。

彼女とのことも結婚も今後の音楽活動も、今はどうすることもできないけど、9月になれば・・・。
2061 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 01:57:49 ID:mPEGsLtS0
というわけで、やっと現在のところまでやってきました。(長かった)
今後はリアルの書き込みになります。
でも、9月まで長いよな。
このさきどうなることやら。

お金には気をつけましょう!
なにが一番辛いかというと、やっぱりお金がないことが一番辛いです。
正直、”孤独”よりも”借金”のほうが怖いような気がする。
というか、”孤独”は慣れると案外、心地よかったりするし。。。(苦笑)
207名前は誰も知らない:2006/03/30(木) 13:58:02 ID:d0lmcKHM0
波乱万丈の半生ですね
俺には経験の絶対量が少ない・・得にこの4年間は半引きこもりみたいな
もんだったし
208名前は誰も知らない:2006/03/30(木) 17:18:51 ID:f50E1IGF0
範疇は頻繁の書き間違いですかね?
ネット上の言葉だけだけど応援してます。
2091 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 21:50:10 ID:kag7VWTb0
>>207
大丈夫、オレも引きこもりだったし。というか多いよこの業界。
人とまともにしゃべれない対人恐怖症の人が、あちこちのプロジェクトで引っ張りダコだったり、
うちの社長も超ヲタクです(笑)。
社長という立場じゃなかったら絶対に引きこもりになってるね、あれは(笑)

>>208
確かに頻繁のほうが意味はあってますねぇ(汗)
なにか間違えて解釈してたかも(^-^;;
210名前は誰も知らない:2006/03/30(木) 21:57:51 ID:/W17/EJJ0
>>209
結婚したい女性というのはよく話に出てきた「彼女」?
2111 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 22:01:00 ID:kag7VWTb0
>>210
そのとおりです。
212名前は誰も知らない:2006/03/30(木) 22:02:43 ID:/W17/EJJ0
>>211
身の回りの整理ができたら告白するの?
2131 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 22:05:09 ID:kag7VWTb0
>>212
する。
というか、間接的にもうしている。
そのための歌を作って、人前でよく歌っています。
あとは、直接いう時期をまっている。
別に振られてもいい。
やれるだけのことはやるつもり。
214名前は誰も知らない:2006/03/30(木) 22:08:48 ID:/W17/EJJ0
>>213
ここまで頑張ってきたんだから報われてほしいよ。
2151 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/30(木) 22:21:54 ID:kag7VWTb0
>>214
ありがとう・・・まだまだ、先の話ではあるけどね。
216名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 01:09:09 ID:kcTXVwha0
ライブみたいです。
ちらし配りは協力したい。
2171 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/31(金) 10:30:19 ID:xTYGkCGE0
オレはあまりうまくないですよ(苦笑)
ライブはどちらかというと若い人より、年配の人にうけてるかな。
でもいつか見て貰いたいですね。
2181 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/31(金) 14:19:30 ID:xTYGkCGE0
この板って”孤独”で苦しんでる人や悩んでる人が多いのかと思ったらそれだけじゃないようだね。
むしろ”孤独”を楽しんでる人もいるみたいだね。”孤独愛好家”みたいな。。。
人、それぞれなんだなぁ。
2191 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/31(金) 14:33:46 ID:xTYGkCGE0
この板でこういう事書いていいのかわからないけど、音楽はいい。
”孤独”から逃げたいとか友達がほしいと思うなら楽器や歌を趣味にするといいと思う。
特に女の子の友達とかたくさんできるし、出会い系サイトよりも出会いはたくさんあると思う。
220名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 18:30:10 ID:hQulYhyc0
畜生! なんか>>1は格好良いなあ! おい!
221名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 20:22:28 ID:Yxps9roL0
>>1はいいなぁ。羨ましい
俺は人生やり直しても今と変わらない気がする
222名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 20:41:01 ID:5XNORruj0
何とかしてこの無気力状態から脱しないと
わかってるけどできない
223名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 20:41:19 ID:BWdOLKeO0
20代から音楽など出来るのかね?
224名前は誰も知らない:2006/03/31(金) 22:53:13 ID:Y7T5jSp40
趣味でやる分には、何歳からでもOKだろ。
それで飯食ってく訳じゃなし。
俺は22〜23位の時に、ちょっとだけギター弾く練習したりしてた。
Fというコードが押さえられなくて苦労したなぁ。
2251 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/31(金) 23:11:49 ID:gUx0j73y0
今日は友達のライブを見に行きました。あいかわらず体調悪いけど癒されました。
その友達って、若くてすごくかわいい女の子で歌がめちゃうまのジャズシンガーだけど、今度一緒にライブやることになりました。
3年前まで男の友達さえいなかったのにライブをやりはじめてからは、こんなショボいオッサンでも女の子の友達増えた。

>>220
いやぁ、オレはリアルだと、ほんとショボいよ(笑)

>>221
若いころは自分もそう思ってました。人生なんてやりなおしがきかない、って。
だけど、堕ちるところまで堕ちて、いい意味で開き直れたと思う。
まだまだこれからこれから。

>>222
無気力な時期も必要だと思う。
ここ最近、オレも無気力な状態になってるけど、また、新しい風が吹くと思う。
何度か書いたけど、前向きな”言葉”を発生し続けると現実になるよ。

>>223
オレの恋敵は27歳で歌を始めて、今、30歳だけど、ライブハウスのエース的存在になってる。
恋敵といっても、あまりにもイケメンすぎて逆に安全パイなんだけどね(笑)

それから、同じく27歳でギターとボーカルをはじめた引きこもりのアキバ青年がいた。
この青年も今は30歳になったけど、最初はホントにへたでどうしようもなかったけど、今では、ライブでよく対バンしてる。
その青年の人生って音楽やりはじめて大きく変わったと思う。

年齢は関係ないと思うよ(^-^ヾ

音楽じゃなくても、なにか打ちこめれるものがあれば、人は変われると思う。
2261 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/31(金) 23:20:37 ID:gUx0j73y0
>>224
そのとおりですね。
オレの場合は始めたのは10代のころだけど、20代から30代前半までほとんどやらなかったけどなんとかなった。
何歳でも遅くないと思う。

Fは最初の壁ですよね(笑)
2271 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/32(土) 01:54:03 ID:pjv/cbLs0
今日って4月1日だよな。借金はあと5ヶ月!
228名前は誰も知らない:2006/03/32(土) 07:06:41 ID:JD8QfTAD0
以前、1の歌が聴けるって言うから1が作った避難場所をお気に入り登録して待って
たんだが、結局、聴けなくて残念だったな。
ま、そのうち煽りや叩きも出るだろうけど、あんたみたいな人間もいるって思うと
残りの人生も(今30独身低所得)そこそこ楽しめるんじゃないか、って気がしてくるんで
書き込み続けて欲しいな。
2291 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/32(土) 08:31:59 ID:pjv/cbLs0
>>228

>ま、そのうち煽りや叩きも出るだろうけど、あんたみたいな人間もいるって思うと
>残りの人生も(今30独身低所得)そこそこ楽しめるんじゃないか、って気がしてくるんで
>書き込み続けて欲しいな。

実は音楽やってる人というのは、”孤独”とか”下流”じゃない人が多くて、
今まで自分が背負ってきた”孤独”や”虚無”を理解してもらうのは難しい。
2chに書き込んでるのはそのため。ここには自分と同じような感性の人がたくさんいる。
今後もできれば書き込みたいです。”孤独な人”や”下流社会の人”でも有意義な生き方があると思う。

>避難場所
ここではあくまで匿名でやりたいのであまり詳しくは書かないけど、
避難場所から音源まではたどりつけるようにはしてありますよ。
わかりやすくはしてないけどね(汗)
230名前は誰も知らない:2006/03/32(土) 10:22:51 ID:gwOvsYqM0
>実は音楽やってる人というのは、”孤独”とか”下流”じゃない人が多くて、
今まで自分が背負ってきた”孤独”や”虚無”を理解してもらうのは難しい。

俺も音楽やってたからこの感覚はすごくわかる。音楽やってる人は社交的、外交的
な人多いよね。音楽活動は金もかかるから貧乏じゃ続けられないし・・・
俺は真逆なタイプだからやめました。
231名前は誰も知らない:2006/03/32(土) 15:35:21 ID:UO+39vRhO
スタジオで一言も話さない。
ライブで余計なこと話して客を引かせる。
曲作りに参加しない。
バンドの方向性を無視して自分の好きな曲をコピーする。
練習後、速攻で帰宅。
曲を練習日までに覚えてこない。
ライブ後の打ち上げ参加を拒否。

こんな俺に音楽をやる資格は無い。
232名前は誰も知らない:2006/03/32(土) 15:50:39 ID:8nOOe3f30
>>231
だが、この板にはふさわしい
2331 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/32(土) 16:15:24 ID:pjv/cbLs0
>>230
30代以降の人たちは大体そうですね。
ライブハウスやちゃんとした施設でやるのはそれなりに収入がないと厳しいかも。
まぁ、路上とかでやればお金はかからないし社交的でなくてもかまわないけどね、
年齢層が低いので路上は10代からさすがに20代前半までかなぁ。
オレはやってるけどね、路上(笑)(冬は寒くてやらないけど)

>>231,232
やっぱ”孤男”ならギター一本で弾き語りで勝負だね!
バンドとかオレには無理っぽい。いつか試してみようとは思ってるけど。
234230:2006/03/32(土) 16:41:39 ID:gwOvsYqM0
>>1
俺が思うにあなたは孤独ではないんじゃないの?
孤独な人なんか構ってないで自分の夢追いかければ
いいだけのことなんでない?
あなたは行動力があるし大切に思える人もいるのは分かる。
だからこそ俺はあなたがここで書き込むのが理解できない。
煽りじゃないよ、俺はあなたみたいな人が成功すればいいと思ってる。


2351 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/32(土) 19:08:45 ID:pjv/cbLs0
>>234
確かに2、3年前までの状況から比べると”孤独”ではなくなっていますね。
だけど、人生の大半、三十数年という孤独の期間というのは絶対に消せないと思う。
リアル世界では理解してもらえない感性というのが、ここにはあるんですね。

それに今回書いたようなことを相談できる人間がリアルではいないです。
音楽仲間や友達は増えたけど、こういう話はできないですから。
最近は借金のことは隠さないようになりましたが、まだまだ一人で秘密を抱えてて胸のうちは苦しいというのが正直なところです。
そういう意味じゃ、まだまだ”孤独”です。
でも、この板の人から見れば贅沢なのかもしれませんね。

さすがに、”彼女”がオレを受け入れてくれるとか、相談できる人がリアルの世界に現れれば、
ここには書き込むこともなくなるでしょうけどね(^^;;
2361 ◆TuQCG0cacQ :2006/03/32(土) 19:19:12 ID:pjv/cbLs0
あ、なんかしんみりしたこと書いたな。
まぁ、息抜きというか、ストレス解消というか、そんな感じ書いてる感じかな。
あまり気にしないでやってください(^^ヾ
237名前は誰も知らない:2006/04/02(日) 20:08:03 ID:aPiGHck40
生きてますか?
2381 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/03(月) 01:00:58 ID:GKio7hjj0
今日はYと知人のライブを見に行った。
例の”彼女”も来ていた。
しかし、オレともYとも一言も話さなかった(^-^;

Yと彼女が顔を合わせたのは、もう4、5回目くらいだけどYは彼女の名前をいまだに覚えていない様子。
よっぽど彼女の印象って薄いんだろうな。誰か他の人と間違えてるかもしれない。
もちろんYはオレが彼女のことを好きだということを知らない。

「彼女の人生になにがあったのか知らないけど、
自分の存在を消して他人とのかかわりを断とうとしているように見える」
とYは彼女についての印象を言っていた。

実はオレも彼女とまともに話をしたことがない。
ネットで会話することがほとんどだ。
リアルではあまり人と話をしないとっつきにくい女性だ。

不思議な人だ。
239名前は誰も知らない:2006/04/03(月) 19:03:55 ID:37+1B2yT0
>1さん
全部読ませてもらいました。
んー、なんかありがとう。
240名前は誰も知らない:2006/04/03(月) 19:15:22 ID:9xopANuK0
音楽かあ
いいなあ
2411 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/04(火) 23:23:18 ID:AHrkv/PN0
>>239
全部読みましたかぁ。大変だったでしょう(笑)
>>240
音楽はいいですよぉ。
2421 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/04(火) 23:26:05 ID:AHrkv/PN0
太っていると孤独になる
孤独だと太っていく

って、思わないですか?
243名前は誰も知らない:2006/04/04(火) 23:38:39 ID:HHArKTEY0
>>242
>太っていると孤独になる

太っていることにコンプレックスを感じていて皆の輪から自分から
外れようとしたり、周りから阻害されていたら孤独になる…かもしれんな。

>孤独だと太っていく

孤独によって受けるストレスを、食べることだけに発散したり
していたら有り得るかもしれないな。

2441 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/04(火) 23:46:41 ID:AHrkv/PN0
>>243
あぁぁ、悪循環だ
この板の人って太ってる人のほうが多いんだろうか?
245名前は誰も知らない:2006/04/04(火) 23:56:44 ID:7msou2vDO
>>242

太る太らないは自己管理の問題。
孤独とは関係ないだろ?
自己管理出来ないヤツは
孤独じゃなくても太るだろうし
痩せてても孤独なヤツもいるし
孤独であろうとなかろうと
結局自らの不摂生で太るし糖尿にもなる
太る太らないは体質もあるし
孤独だからどうだと言うのはただの甘えだな。
2461 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 00:09:16 ID:3vukq2qa0
>>245
たしかにそのとおりだけど。


ひとつの仮説だよ。
太っているのと痩せているのではもしかしたら太っているほうが若干、孤独になりやすいのではないではないかと。
もちろん、他の要素があるのはわかっているし、オレもそれだけで孤独を感じてきたわけではないよ。
247名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 00:31:32 ID:E40VqGKHO
>>246

じゃあ仮説なんか関係なくないか?
痩せない理由をそこに求めている
ようにしか見えないな。
俺も経験あるけど人生変えるつもりなら
自分に厳しくしないとな。
自分は自分、他人は他人、同意を求めて馴れ合っても
しかたがないだろ?
仮に仮説が成り立ったとしても
孤独と不摂生が解決するわけもないだろ?
結局自ら律することが出来なきゃ駄目だからな
2481 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 01:03:36 ID:3vukq2qa0
いわれてることはそのとおりなんだけど。。。
自分に厳しくなればなるほどしっぺ返しが大きくなっていく。
でもまぁ、実際、”孤独”とはあまり関係ないと思うのでここではやめときます。
確かに同意を求めて甘えてるだけかもね。
すまなかった。
249名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 01:33:47 ID:f6wvWnxx0
俺はガリガリの痩せ孤男
食っても食っても太らない
でも隠れ肥満かも

>自分に厳しくなればなるほどしっぺ返しが大きくなっていく。
コレ分かるなぁ…
250名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 02:04:19 ID:E40VqGKHO
>>248

あやまってもらうために言ったのではないし
煽りでもないから間違えないで欲しい

>自分に厳しくなればなるほどしっぺ返しが大きくなっていく。
との事なら、ならばどうしたら良いだろうか?
と言うような前に向かった意見交換の方が
このスレタイに相応しいし
>>1のように本気で生まれ変わろうと努力している者の
在り方だと思う。
馴れ合いは生まれ変われった後で幾らでも出来る
実は俺は>>1と同い年で
仕事での裏切り→借金→鬱病→自殺未遂→自己破産
…とすべてを失い、不規則な生活のおかげで
同じ様に糖尿を患ってしまった
しかし今は仕事も生活も持ち直し
糖尿も習慣さえ変えなければ問題はなくなった
考えて努力すれば大抵の事はなんとかなるはずだ
改善されないのは考えと努力がたらないと
思って頑張って欲しい!
251名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 05:55:40 ID:oY6KTXUP0
孤独だと太っていくか・・。
ストレス発散の選択肢が少ないと、とりあえず食っちゃうってのは同意。
252名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 05:58:28 ID:oY6KTXUP0
>>250
お!、1の世代は熱い人多いですね。参考になります
2531 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 10:54:54 ID:ZBZDqdXS0
>>249
もしかしたら痩せかデブの両極端なのかもしれないね。

>>251
なるほど。そういうことでしたか。
では今後はそういう在り方でいこうと思います。

>実は俺は>>1と同い年で
>仕事での裏切り→借金→鬱病→自殺未遂→自己破産
>…とすべてを失い、不規則な生活のおかげで
>同じ様に糖尿を患ってしまった

似たような境遇の人が。。。(笑)
いろいろ参考にさせて頂きますよ。

>>251
ストレス発散の場はあるにはあるのだけど・・・

>>252
若い人からはそう言われることがあるなぁ
逆に団塊の世代あたりからは「冷めてる」と言われていた・・・
2541 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 13:02:59 ID:ZBZDqdXS0
糖尿の薬を飲んでるとたまに低血糖症状を起こす。

低血糖症状というのはめまいがしたり、立ちくらみがしたり、身体に力が入らなくなって立っていられなくなる。
意識がもうろうとすることもあって、薬剤師の話ではけっこう危険な状態だそうな。
で、そういうときは砂糖やチョコレートや甘いジュースなんか飲むと回復する。

この低血糖症状がとにかく嫌だ。ほんとう倒れそうになるよ。
ごはんを抜くとなるので、だから、食べないわけにはいけない。
ごはんをちゃんと食べてるときでもライブをやったり、ときにはライブを見に行ったりするだけでなることもある。

食べすぎたら太るのはわかるけど、普通に3度食事してるだけでも低血糖症状を起こすので、食事がほんとうに難しい。
常に食べてたら低血糖症状にはならないけどね。

あと、アルコール飲んだら症状が出る。だから、あまり飲めない。

板違いの内容だけど、一応、話の流れとして問題点とかあげていってみます。
2551 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 13:15:35 ID:ZBZDqdXS0
今日からマンナンヒカリっていうのを使ってお米を炊くようにしました。
これはこんにゃくで出来ていてごはんに混ぜて炊くと3分の1ほどカロリーを下げることが出来るそうです。
あと、麦もまぜてみたりする。
256名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 13:22:35 ID:6OybffWp0
ぶよぶよしてる米なんですかね>
2571 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 13:40:36 ID:ZBZDqdXS0
ぷよぷよしてないですよ
見た目は普通のお米とあまりかわらないような気がする
というか納豆にまぜて食べたので味とか食感とかよくわからなかった
258名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 13:55:11 ID:6OybffWp0
ああ、そうなんですか
俺今ダイエットしようと思ってるんですけど食事減らすと空腹感で
ほかの事に集中できないんで、低カロリーで腹いっぱいになるもの
を探していたんです
259名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 14:12:27 ID:E40VqGKHO
>>254
低血糖か…それは命にかかわるからな〜
今は一日、何kcalでやってるんだ?
>>1の身長でいったら56kgぐらいが標準体重だろ?
一日のカロリーは、軽めで1400〜1690kcalぐらいか?
普通の活動強度だと〜1970kcalぐらい
だがそれでは採りすぎになるしな。
痩せるには超過体重分に当たる
エネルギーを減らせばいい訳だが、
減らす量は大体一日に必要な
カロリー数の30%を越えないのが条件だな。
しかしカロリー摂取が少ないと低血糖になるし…
糖尿のデススパイラルか…
俺の時の低血糖対策はショ糖が低い目の
野菜ジュースとスポーツドリンクを
食間に飲んでたよ。
水分も採れて一石二鳥ってヤツだ。
生活パターンがわからないから何とも
言えない所だが、まあ、命に関わるから
まず医者と糖尿教室での相談を勧めるよ。
260名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 14:20:57 ID:E40VqGKHO
>>258
腹をふくらせるだけなら
海藻類・きのこ類・コンニャクがお勧めだな。
低カロリーだから糖尿患者でもほぼ制限無しの
お勧め食材だしな。
あっ!基本的に干してないやつな
干しシイタケやキクラゲはいきなりカロリー高くなるぞ。
261名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 14:36:36 ID:6OybffWp0
とりあえず試してみます
果たして満足できるか・・・・
262名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 14:45:00 ID:E40VqGKHO
>>261
ところで何kgぐらいダイエットしたいんだ?
できたら現状値と目標値がわかれば力になるぜ
2631 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 15:00:03 ID:ZBZDqdXS0
そういえば、毎日カロリー計算してないなぁ・・・。
医者からは1700くらいにしろと言われてる。
だけど、ライブとかするときは2000カロリーあっても足りなような気がする。
ライブあるときは1日4食とか5食くらい食べないとへなへなになってしまう。

あぁ、そういえば秋まで路上ライブやってたのに冬は寒くてやめたんだ。。。
それがもしかしたら一番の原因かも?路上ライブ、エネルギー使ってるんだろうな。
暖かくなってきたし路上ライブを再開しようかな。

ベスト体重は、自分は筋肉比率が高いので65kgだそうです。
身長から計算すると55kgなんだけど、昔、拒食症だったころが58kgでガリガリで栄養失調状態だった。
60kg切るのは拙いような気がする。

干しシイタケってカロリー高いんですか?オレ喰ってるよ。
あと、乾燥ワカメとかも。

>>261
よし、ここで、一緒に健康のための競争をしよう(笑)。

とりあえずオレは現在体重87kg(目標まで18kg)
264名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 15:15:01 ID:E40VqGKHO
>>263
各自適性体重があるから
血糖値が安定してから医者に判断して
もらったら良いと思う。


乾燥ワカメは低カロリーだからOKだな。
でも穀類は血糖値が界境値以下に
なるまではちゃんと採った方がいぞ
カロリー計算しにくくなるし

俺の書き込みの文章ちょっと横柄だな
すまない。
直していくから勘弁なm(_ _)m
265名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 15:23:04 ID:E40VqGKHO
糖尿患者にはカロリー計算は必須だぞ!
糖尿教室か指導で習ったはずだから
呼吸するように毎日しなきゃな
266名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 15:36:44 ID:E40VqGKHO
>>263
ちなみに俺は糖尿治療で
175cm89kgから67kgまで落としたから
不参加になるけど、
聞きたい事があったら、わかる範囲で
答えるからなんでも聞いてくれ
2671 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 15:46:56 ID:ZBZDqdXS0
やっぱり毎日、カロリー計算しないといけないかぁ(苦笑)
>>266
ありがとう。

一番気になるのはリバウンド対策かなぁ。
10kgくらいはけっこう簡単に落ちるんだよね。
だけど増えるのはもっと簡単なんだけどね(笑)
落としたあとの体重維持が難しい。。。
268名前は誰も知らない:2006/04/05(水) 16:02:40 ID:E40VqGKHO
>>267
判る範囲だけどいくらでも協力するよ。

リバウンド対策は、摂取カロリーを
維持するのが一番簡単だよ。
過食しないこと。
あと食べてから20分後の運動だな。
運動と言っても大層な運動じゃなくて
早足散歩でもいいしTVみながらの
バランスボールでもいい
軽く汗をかく程度の運動だな。
時間にしたら20〜40分ぐらいでいいだろう。
あとは…減塩食を心掛けるぐらいだろうな
減塩食は体内水分の脱水効果があるからな。
2691 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/05(水) 19:16:30 ID:ZBZDqdXS0
>>268
なるほど。いろいろありがとうです。


さて、今日はスポーツジムに行って水泳やります。
んで、明日から路上ライブやろう。
2701 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/06(木) 11:37:22 ID:pYaupjfU0
マンナンヒカリ・・・普通のご飯と同じ感覚で喰ってるとお腹が膨れる膨れる。
空腹感はなくなるけど栄養がないのでパワーは不足してるなぁ。

そういえば、昔、Yの弟が飲んでいたスタミナジュースをもらって飲んだことがある。
小さな缶ジュースだったんだけど(180mlくらいかな)、それだけで1日、なにも食わなくていいくらいの栄養があるらしい。
1本飲んだらお腹一杯になった。これこそ仙豆だと思った。

マンナンヒカリはパワーの出ない仙豆というところだなー。
271名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 15:47:12 ID:jQtji523O
>>270
そう言えば…
血糖値を下げるなら、コーヒーや紅茶に
シナモンパウダーを入れて飲むのもいいぜ
やってみた当時180mg/dlだったのが
一滴に130mg/dlまで下がった気がついたら110mg/dl
これのおかげでグリミクロンの内服が必要なくなった。

ジュースなら
リンゴ1/4(皮ごと)
ニンジン1/2〜1/4(きれいに洗う)
キュウリ1/2〜1/4(きれいに洗う)
ミネラルウォーター100〜180cc
にがり1〜2滴

この材料をミキサーでジュースにする。
これを朝昼晩の三回、もしくは午前と午後の二回飲む
ダイエット食で不足がちになるビタミンや
ミネラルが採れるし空腹対策にもなる。
おまけに食物繊維も採れるからお腹すっきりだよ。

このジュースだけを2日〜3日続ければ
プチ断食(-.-;)にもなるぜ。
2721 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/06(木) 18:22:05 ID:pYaupjfU0
シナモンっていいんだ。。。

ミキサーは持ってるんだけど、使っていない。
野菜は冷凍食品使ってる(苦笑)

プチ断食したいけど、ジュースだけだと低血糖にならないか心配だなぁ。
273名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 18:51:31 ID:jQtji523O
>>272
プチ断食は自分でカロリー調整が
出来るようになってからの方が無難(-.-;)
他にいたダイエッター向けのつもりだった
すまないm(_ _)m
>>1の場合は食間に飲むと良いと思う。
う〜ん…冷凍食品でもOKだけど、出来れば
フレッシュの方が良いと言えば良い。
ただ最近の冷凍食品やチルド食品には、
糖尿患者向けに作られた便利なのもあるから
それを食べるならOKじゃないかな?
274名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 21:14:33 ID:OVcCnjyh0
このスレ・・ネタじゃねぇんだな?
絶対に。釣りでそこまで鮮明に人生えがけないよね。
応援する!>>1を。
275名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 21:21:04 ID:a/r33Eqq0
身長があと3センチ高ければ

もうすこし顔がかっこよければ

もうすこし頭がよかったら

言い訳と無いものねだりはウマイです

10年前に戻りたい
276名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 21:30:53 ID:k2711kHU0
まだこれからじゃないか
277名前は誰も知らない:2006/04/06(木) 21:35:13 ID:jQtji523O
>>275
足らないままなら10年前に
戻っても同じじゃないか?
足らないモノを修正するんじゃなくて
新しいモノを加えて、自らを高める
気持ちでがんばれ!
2781 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/07(金) 10:31:31 ID:V5IyNCVZ0
>>273
普通のダイエッター用でしたか。

糖尿病患者用の冷凍食品でググって見た
http://www.dm-net.co.jp/joho/0100/0102/

ちょっと割高だなあ。。。


>>274
ネタ扱いされるのはもう慣れてるけどね(笑)。
がんばります。

>>275
オレの場合、23歳のとき東京にでなかったことを35歳で後悔した。
たけど36歳で出て来た。23歳の時に戻れたらなんて言ってたら出てこれなかったと思う。

今、できなければ、10年前に戻れたとしてもなにもできないよ。
10年前に戻れればなんとかなると思ってるなら、今でもなんとかなる。
やりなおせるよ。
2791 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/07(金) 11:22:26 ID:V5IyNCVZ0
昨日は久しぶりに路上ライブをやった。
若い兄ちゃん達が1,000円くれた。一緒にスピッツや尾崎豊を大合唱。
ほとんど人通りが無くなった23時頃、姉ちゃんがコーヒーを奢ってくれた。
この時期、夜はまだ寒いね。だけど、やっぱり路上はいい。
280名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 12:25:43 ID:FU2cAnfs0
今日は違うところから繋いでる。
普段は携帯だから俺も適当なコテでもつけようかな?

糖尿病患者用の冷凍食品は確かに高いが、計算なしで
カロリー制限ができるのは魅力的だな。
まあ、自分で作ったほうが安上がりなのは当然だが、
計算に慣れるまではなかなか苦労も多いだろうし冷凍食品の
選択肢もありと言えばありだね。
金と労力に割く時間との両天秤をどう傾けるかだな。
糖尿指導で聞いてるだろうが、料理のコツを教えようか?
余計なお世話っぽいか。。。

それはそうと。。。
路上ライブは趣味であり生きる行動のひとつだから仕方がないのだが。。。
できれば控えたほうが無難だぞ。
血糖値が界境値以下になるまで、生活リズムはできるだけ
安定させたほうがよいぞ。医者にも言われなかったか?
インスリンの安定作用が効かなくなるからな。
夜八時以降の飲食禁止や十二時以降就寝とか、まあ人によって生活パターンは
違うから、仕方がないことだが。。。
しかもストレス解消も兼ねてるのだからやめる訳にもいけないだろうしな
1にとっては最大の障害と共に悩ましいトレードオフという事になるな。
場合によっては薬の服用期間を延ばすことになりかねないから、
余計なお世話だとは思うが、1の体が心配だから程々にな。

なんだか余計なお世話なレスになったな。。。
まあたまにはこんなのもいいか。。。
2811 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/07(金) 12:50:11 ID:V5IyNCVZ0
>>280
なかなか参考になりますね。糖尿病の食事については本とか読んだり
栄養士とか話を聞いてはいますね。カロリー計算はあまりしてないけど。

それよりも問題だったのは、食事をきちんとしているときでも、
低血糖症状を起こすことだったんだ。それで、食べないわけにはいかなくて限度を超えて食べてしまう。
けっきょく、医者や栄養士の言う通りなんてできないや、って思ってたんだけど、
でも、>>280さんの書き込みで理由がわかりました。

路上ライブとかライブハウスでの活動が原因だったようですね。
医者からは適度な運動はするように言われてるので、ライブとか適度な運動の範囲内だと思ってました。

自分が思ってる以上にライブはエネルギーを消耗するんだね。
よく食べてるのに低血糖症状になる原因てこれだな。

だとすると、普通の糖尿病患者と同じような治療法じゃダメだよな。
だけど、忠告はありがたいけど、ライブハウスでの活動や路上ライブはやめるわけにはいかないですね。

医者やに相談するなりして、薬を減らしたり別の治療法を考えてみます。
>>280さんの書き込み参考になります。ありがとうございます。


あと、そろそろ、コテハンでいってもいいかもしれないね。オレも。
282名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 13:42:02 ID:qu5CuAPuO
考えられる方法は…なくもないな…
大体通常の活動強度からいくと、激しい活動の場合は、
カロリーを20〜30%増にしたらいいから〜
ライブをする前の食事をターゲットにして
計算すれば問題はない。
仮に一日1600として、普段は三等分+αだから
一回分は約500〜600…ならばライブ前の食事を
900までとしてそれ以外を400程度に押さえればいいだろう。
ただしライブ前の食事は出来るだけ熱量に
変換しやすい食事する必要がある。
熱量にかわりやすいものって言ったら
格闘マンガなんかに出て来るバナナや炭酸抜きコーラやおじや
なんかがわかりやすいかな?
アミノ酸が豊富で熱量に変わりやすい食事ってことだな。
じっくり栄養士に聞いてみたらいいよ。
283名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 14:39:55 ID:qu5CuAPuO
>>281
あ〜っと1はカロリー計算苦手みたいだけど
絶対してほしい。糖尿患者の義務な(-.-;)
なぜ必要か一例をあげてみようか
まずコンビニなんかで売ってる菓子パンに
サンドロールってのがあるけど…まあ…あれだ…
給食に出たコッペパンの真ん中を半分に切って
なかにバナナクリームやピーナッツクリームを
はさんだヤツだな…そのパンは大体440kcal前後だ。
じゃあちゃんとカロリー計算した食事で同程度の
カロリーを持つものを考えて見たら…
まずは
ご飯小さめの茶碗に軽く一杯(200kcal)
牛肉60gと玉葱60gのガーリックいため(140kcal)
油揚げとじゃがいもの味噌汁(100kcal)
これでご飯・オカズ・汁ものがそろったな…
合計は200+140+100=440kcalになる訳だ。
菓子パンと比べてもカロリーは同程度だが
栄養も満足度も違うのは一目瞭然じゃないかな?

カロリー計算は食べられない辛い闘病を
バラ色の食生活にかえてくれるぜ!
上に示したのはあくまで例だから
サラダなんかを足したりしなきゃいけないけど
(野菜なんて300g食べたって80kca程度だからな…
300gなんて草食動物ですか?なんて量だしね)
まあ…栄養士に四群点数法とかを、みっちり
しっかり叩き込んでもらうのを勧めるよ。
2841 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/07(金) 18:46:17 ID:V5IyNCVZ0
なるほど。
カロリー計算が出来るとうまいものが食えるというわけだね(笑)

でも、カロリー計算苦手は苦手だけど、ライブとかすることを考えたら
2000カロリーくらいは必要ではないかと思う。。。
いろいろと考えるとさらに計算が複雑になりそう。

今までのやり方ではダメなような気がしてきた。

猪木とか医者や栄養士のいうことが信じられなくて自分で糖尿病の治療法考えたらしいけど、
普通のやり方では無理なんだろう。

スポーツ選手とかの糖尿病治療を参考にしてみようかな。
あと、新浦とかいたなぁ。


カロリー計算はできるようにしたいです。
そういう、ソフト作ろうかな。携帯からいつでも入力できるようなヤツを。
会社がWEBサーバー1台くれたので、暇なときに試しに作ってみるか。
285名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 18:52:52 ID:enb53oX1O
>>279 いいなぁ・・・缶コーヒーおごってもらうなんて


スピッツを熱唱・・・
286名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 19:00:19 ID:qx1+LYbM0
160cm
75kg
の俺よりデブがいるってことがわかって安心した
287名前は誰も知らない:2006/04/07(金) 19:44:04 ID:qu5CuAPuO
>>284
猪木って…キャベツ丼の事か?…(-.-;)
どんな治療法を取り入れるにしろ
1)食生活の改善によるカロリーコントロール
2)一日三回の食事など規則正しい生活する
ことによるインスリンの需要の増加と脾臓への負担減
3)適度な運動によってインスリン受容体を活発化&無駄なカロリーの消費
(ただし…食後40〜60分の血糖値が上がる
時に運動するとインスリンの節約になる。
低血糖時には運動しない)
4)ストレスと疲労を蓄積しない
これが基本だから絶対わすれないでくれ!
そして朝昼晩の食事には意味があると言うこと
朝食→体温や活動力を高める
昼食→食べたものをエネルギーに変える時間帯
夕食→一日に使った不足分のエネルギー補給
これらがわかっていれば何を食べたら良いか理解も速い

糖尿病は怖い病気じゃないが、合併症が怖い。
合併症=糖尿病だって事を忘れないように
眼底出血・失明・網膜症・腎症…
勃起不全は経験済みだったな(>_<)気をつけてくれ!

カロリー計算用のプログラムを作るなら
「食品成分表」を手に入れることを勧めるよ。
それが出来たらダイエッターにもいいし
うれるんじゃないか?
2881 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 00:43:32 ID:S928zOtD0
>>285
誰も声をかけてくれないときもあるよ。そりゃむなしいもんだよ(泣)。
「この人もう終わっとるわ」と後ろ指差されて、貶されることもある(苦笑)
そういうこともたまにはあるけど、路上ライブは楽しいよ。

>>286
1年位前のオレの体格だね。それだと苦労してるだろう。
気をつけないと糖尿病になるぞ。

>>267
猪木の糖尿病対策はチラッとなにかで読んだだけだけど、
特性スタミナジュースのみの食事でプチ断食。
入院中は毎日階段の昇り降りを数十往復で猛特訓(笑)
医者の指導とはまるで逆だね。

別に猪木のことを真に受けてるわけではないけど、今まで糖尿病の治療をやってきて思うのは、
医者から処方される薬や食事療法より、猪木のやり方のほうが正しいのではないかと思いはじめてる。
普通の人と同じ治療方法ではよくならないどころか悪くなる一方の気がしてならない。

薬を使ってるときは2000カロリーは必要だ。逆に薬がなければ一日くらい何も食わなくても平気だ。


>4)ストレスと疲労を蓄積しない
これが一番悪いな。ストレスが一番の敵だ。これをどうにかしようと思ったら仕事をやめるしかない。
多分、コンピュータの仕事をやめて薬もやめてプチ断食しながらライブやりまくれば体重は落ちると思う。

これを今、やれないのは8月までは借金の返済があるから。
けっきょく金が一番やっかいな問題かもしれない。


カロリー計算はできるようにしたいけど、だんだんと薬をやめる方向で考えてます。
2891 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 01:08:22 ID:S928zOtD0
オレはフォーク上がりのオッサンだけど、最近、HIPHOPに興味を持ち始めてる。

エミネムって、もう古いのかな?
マイブームなんだけど。
290名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 01:49:59 ID:FVBUyGQfO
>>288
仕事が終わってのぞいてみれば…なんだかな…
言いたい事はわかるし気持ちもわかる
しかし…
ちょっとひどい言い方になるが何か勘違いしてないか?
そもそも自分が病人だと言う自覚が無さすぎだ。
高血糖の影響で1の身体ではすでに毛細血管の破壊が始まってるんだぞ
合併症を甘く見ないほうがいい。甘くみてたら簡単に死ぬぞ。
今必要なのは、猪木のやり方の方が正しいじゃないか…と思うことでなく
今の薬と治療法が自分にあっているかどうかを検証して
医者に相談する事じゃないのか?
糖尿治療をする俺たちのような弧男の弱点はなんだと思う?
そばにケアしてくれるパートナーがいないって事だ。
全てを一人で判断するのは不可能だ…だからこそ医者と話し合って
ケアしてもらう必要がある。
医者と対等に話をするために俺は糖尿の事を調べて、カロリー計算も
出来るようにした。主治医と喧嘩もしたけど、結果的にはお互いに信頼を得て
ここまでこられたんだ。
丸々医者を信じろとは言わない…が…間違った治療法だけは勝手にしちゃだめだ!
291名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 02:01:58 ID:FVBUyGQfO
それに、糖尿は痩せれば良いと言うものではない。治療の結果痩せるだけだ。
一日食べなければ確実に血糖のコントロールは狂う、一日にとるカロリーが適正でも
食事回数が少なくなれば、まとめ食いになって、また血糖値コントロールが悪化する。
生活習慣病といわれる所以だ。医者に言われたはずだ。
焦る気持ちはわかるが…
今は生活の改善も含めて、自分を見つめ直す必要があるんじゃないか?
292名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 02:10:12 ID:EpV9EX4IO
永平寺に修行に行け。その曲がった精神と肥えた身体を鍛えてもらえ。
293名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 02:55:41 ID:FVBUyGQfO
>>292が良いこと言った!(o^-')b
2941 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 07:34:26 ID:S928zOtD0
>>290
言われてることはそのとおりだと思う、
別に猪木のやり方を真似するわけじゃないので。

だけど、低血糖症状ってそんなによくなるものなのか不思議なんだ。
治療を受ける前は、年に一度あるかないかくらいだったけど、
治療を受け始めてから軽いのも含めると月に2、3度はある。

医者は数字しか見てないような気がする。薬が増えていくだけだし。
まぁ、次に医者に行くときはもうすこし突っ込んで相談してみます。

>>292,293
それもいいかもしれないね、マジで。今はいけないけど。
295名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 07:59:55 ID:cjAlLZBF0
28歳、借金はないけど高額医療費のかかる両親を抱え
1年前に仕事をやめた。もう貯金も尽きたし。
年齢=彼女いない暦、生きててもいい事なさそうだし
昨日ある出来事もあって、本当に今日(8日)死のうと思ってた。

なんとなく寝れなくて早朝から2ちゃん見ててここにたどり着き
>>1 から読んだ。

もう少し生きてみようかなと思ったよ。まじで
まあ、ネタと思われるかもだが。

 1氏の作る音楽はどんなもんだかわからないけど、少なくとも
ここの文章見て感じいる物はありましたよ。

チラシの裏ですみません。今後の活躍を応援しています。
296名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 08:17:32 ID:2FRPVRIv0
年下の俺が言うのもなんですが28なんてまだまだこれからですよ
頑張ってください
2971 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 09:53:11 ID:S928zOtD0
>>295
>高額医療費のかかる両親を抱え

それは大変ですね。気の利いたことはあまりいってあげられないけど、
がんばって生きてほしいです。


今日は休日出勤が少しあって、それが終わったら食品成分表でも買いにいこうと思う。
夜はセッションに参加して、明日はライブ(20分程度だけど)。
ライブには例の彼女も参加予定。
298名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 12:19:39 ID:FVBUyGQfO
まあいいや…
糖尿という病気は、今まで自分が行ってきた生活の結果だ…間違いなくな!
原因は自らのなかにあるんだから
自分を見つめ直してそれを自覚する必要がある。
やり直す為にはそのツケに利子付けて返さなきゃな。
あれもしたい、これもしたい、これはいや、
などと言う戯言は病気の前では通用しない。
習慣病気一つ克服するには人生をやり直す覚悟が必要になる。
今まで現実を見ないで他に夢を求め続けたから
そうなったんじゃないのか?
俺も体験してるだけに、痛いほどわかるが…
…まあ自分の人生だ好きにしてくれ…
299名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 12:52:31 ID:Sl0zKqlN0
>>289エミネム良いじゃないか。
カッコよすぎるぜ。
「今ホットか」って聞かれるとうんとは言えないけど
娘への曲聞いてると、本気で泣ける。
月並みな事言うけど、好きな曲だったら古さとか関係ないよ。
300名前は誰も知らない:2006/04/08(土) 19:10:35 ID:BGYTdHd50
エミネムHIPHOP板じゃあんまり人気無いような気がするけどね。
soldierとか好きだな。ただ歌詞見ないと何言ってるか分らないな。
>>1はどの曲いいと思う?ってか歌詞重視の1がどんな曲が好みなのか気になる
3011 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 21:50:16 ID:S928zOtD0
食品成分表を購入。ネットでも調べれるのね。
ttp://food.tokyo.jst.go.jp/


エミネムはどの曲も好きだね。なんか圧倒されるというか、魂の叫びみたいなのを感じるよ。
でも実は詞の意味がわからない。CDとかにも歌詞カード入ってないし。

映画は見に行ったので8マイル関連の詞は訳されてたけど、日本語にするとひどいね(汗)。
英語でのあの独特のマシンガントークみたいなノリがいいのかもしれないね。
いまのところHIPHOPをよく知らないけど、エミネムはなぜか聴いてると熱くなるよ。

オレがやってる音楽はノリとかあまりよくないし、ぜんぜん若者にはうけない。
一般的にはダサいのではないかと思う。だからHIPHOPの要素を取り入れれないか模索中。。。

soldierね。今度聞いてみます。
他にもお勧めがあったら教えてね。
3021 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/08(土) 22:01:47 ID:S928zOtD0
soldier、エミネムだった(笑)この曲も好きだよ。タイトルあまり覚えてないや。
White America、Square Dance、CleaningOut My Closetとかもいいね。
303名前は誰も知らない:2006/04/09(日) 00:14:15 ID:Lr6nyTjf0
フォークにHIPHOP!
あれだな、ボンドとかヨーヨーマのクラシカルクロスミュージックって感じかな?

>日本語にするとひどいね
確かにめちゃくちゃかも。
って自分もそんなに詳しくは分んないけど。

フォーク音楽(フォークソングって言うのかな?)で1が好きな曲とかはあるのかな?
最初の方に書いてあったっけ?
3041 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/09(日) 02:31:52 ID:/tufuUaT0
>>303
フォークにもいろいろあるけどオレが聴いてたのは、ニューミュージックというジャンルで、
松山千春、さだまさし、オフコース、長渕剛、風、といったあたりかな。
一番影響受けてるのは、さだまさしだと思う。詞とか特に。

スピッツとかミスチルもよく聴くよ。

案外、昔のフォークって最近の若い人が聴いても斬新かもよ。
3051 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/10(月) 11:21:34 ID:pixwlj1x0
昨日のライブでは、あの女性キーボーディス例が来ていたので、プロポーズソングを歌った。
MCで体重ネタで観客の笑いを誘うも、ちょっと自虐的だったな
306名前は誰も知らない:2006/04/11(火) 21:10:07 ID:MVKcF2DP0
307名前は誰も知らない:2006/04/11(火) 21:19:43 ID:MVKcF2DP0
3081 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/12(水) 10:21:34 ID:ZHuqMTi50
>>306,307
ありがとうです。
今、PCで音を出せない環境なんで画像だけ見ましたがアコースティックギター弾きながらやってるんだね。
買ってみようかな。
3091 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/12(水) 13:39:02 ID:ZHuqMTi50
エミネムの仲間が射殺されたようだね.あっちは怖いね.
310名前は誰も知らない:2006/04/12(水) 14:37:11 ID:1MjXminF0
孤独板に行くとこのスレタイが目にとまった
気付いたら1時間くらい1の発言を読みふけっていた
大学生で社会に出たことすらないのに
「どーせ社会なんて・・・」と分かった振りをする
このスレを見て、やれることはやってみようと思った

余談だが、1のルックスは
ブレイク工業の人かサンボマスターのボーカルの人
と勝手に思いこんでいるw
311名前は誰も知らない:2006/04/12(水) 19:44:35 ID:02U5JJj70
>>309
ヒップホップってギャングの争いの延長のような文化だからね。
日本で言えばヤンキー、チンピラのネガティブなエネルギーが
音楽や踊りに昇華したみたいなもん。
そういう状況をパッケージにしたのがレコード屋で売られてるラップ音楽だから、
ヒップホップの真骨頂を味合うならバトルを見ることだと思う。
ただ殺し合いの一歩手前まで争っていたのに、どうしていきなりラップしたり
頭でくるくる回りだしたのかっていうのは、黒人奴隷やプエルトリカンの移民たちの
もつ文化的背景を知るとよくわかる。

8 mile battles ↓
http://www.youtube.com/watch?v=cPAJAgJ2NFM&search=8%20mile

Jin dusts verse in an underground battle in the New York subways ↓
http://www.youtube.com/watch?v=erCYX9mbjPk&search=new%20york%20underground

3121 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/13(木) 02:00:51 ID:NTAuBrwT0
家のパソコン、あまりにも古すぎて映像やら音声やらヤバい。
6年以上前に買ったPCをまだ使ってるし。
かといって、職場のパソコンで音声とか出すとまずいし・・・

>>306,307,311
上のサイトは今週末に休日出勤して独りで見ることにするよ(笑)

一応、映画の「8マイル」は見たな。
ネガティブなエネルギーって、うまい表現だね。

>>310
1時間かけてわざわざ読んでくれてありがとう。
オレのルックスはそうだな・・・サンボマスターのほうがはるかにカッコいいと思う。
やせたらブレイク工業の人みたいなルックスかもしれない。

昔、少年マガジンに「エイジ」っていう漫画があったけどそれに出てくる婦人警官のカッコしたデブヲタに似てるかもしれない。
あと、大山トチローに似てると最近言われた。他では山田太郎とかドラえもんに似ていると言われる。
アニメやマンガによくでてくるキャラに似ているといわれることが多い(苦笑)
他には「ツインズ」に出てくるシュワルツネッガーの兄貴役のできそこないに似ているかもしれない。
313名前は誰も知らない:2006/04/13(木) 02:02:56 ID:UF2Fefo00
1さん初めまして。
今日の昼にたまたまこのスレを見つけ気付いたら何時間か読んでいました。
僕も今バンド組んでいて先月に22歳になった若造です。

僕はベースをやっています。
今実家にいてバイトをしているのですが、一人っ子で親が鬱病ですごく孤独を
感じる事が多く正直ベースもいくら頑張っても駄目だなんて思っていました。
でも最近こつこつ機材を調べたり、色々やっていくうちに少しずつ積み重ねて
やっていけば何とかなるかなと。。
そんな時1さんのこのスレを見つけました。
ものすごく励みになったし救われた感じがします。

今まで甘えて投げ出してばかりの人生でしたが本気で頑張ります。
その女性と上手くいく事願ってます。

ところで1さんはどういう作曲方法していますか?
もし宜しければ作曲に関する1さんのストーリーお聞きしたいです。
3141 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/13(木) 13:21:12 ID:M58BEnFy0
>>313
初めまして。
ベースやってるんですね。がんばってくださいね。
ひとつのことを一生懸命に習得するって大事なことですよね。

>ところで1さんはどういう作曲方法していますか?

ボクの作曲法は主にポップスのコード理論を元にしてます。それとメロディ重視ですね。
いろいろな楽曲のコードを見てギターとかピアノを弾いてみればなんとなくコード論はわかかってくると思います。

でも、これからはリズムや語呂やフレーズのキレ、みたいなのを重視して作っていこうかなと考えてます。
特に若い人たちにとってはメロディやコード論はあまり重要じゃないみたい。
3151 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/13(木) 19:04:52 ID:M58BEnFy0
来月5月で40代に突入。。。
実は例の彼女も5月生まれ。
他にも5月生まれのミュージシャンたちが集まって合同で誕生日企画ライブをやることになった。

いい年してお誕生会だ(笑)
316名前は誰も知らない:2006/04/13(木) 21:47:22 ID:ffH66lw10
>>315
曲をウプしてくれませんか。
それとあなたのライブが見れる場所を教えてください。
317名前は誰も知らない:2006/04/13(木) 22:16:21 ID:rqN2mZ150
おれ高知だけどそのためだけに東京逝くかも試練
3181 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/14(金) 14:20:52 ID:cNgynEr90
>>316
以前、別の板で音源やライブ情報の公開をするしない、で
揉めたので、もう少し様子を見させてください。
悪影響がなさそうなら近いうちに。

>>317
それはいいことだと思う。がんばってくださいね。
中途半端な気持ちならきびしいとおもうので、覚悟は決めてやらないとね。
3191 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/14(金) 18:40:05 ID:cNgynEr90
なんか知らないがFMラジオに出演することになった。。。(汗)
320名前は誰も知らない:2006/04/14(金) 20:44:52 ID:R6OG/vh30
ききてえから局おしえれ
321名前は誰も知らない:2006/04/15(土) 05:42:22 ID:wogvPTYo0
>>318
ここにupしる
【アコギ】弾き語りをうpするスレ PART4
http://music4.2ch.net/test/read.cgi/compose/1141900926/l50
3221 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/15(土) 10:02:39 ID:l9diqvtu0
ここでupする
ttp://www10.muzie.co.jp/download/156710/songs272/08sundaysilence.mp3

1年位前のライブでの弾き語りの音源
少し暗くて切ない曲だけど・・・
多分、ラジオではこの曲のCD音源のほうとあわせて3曲流れると思う。

>>320
FMやまと・・・神奈川県の局のようだけどオレの住んでるところじゃ聴けないみたいだ

>>321
そういうスレもあったんだ。みんな上手いね。
3231 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/15(土) 13:30:21 ID:l9diqvtu0
物語中、出てきたYへのメッセージソングで10分以上ある(汗)。

ttp://www10.muzie.co.jp/download/183858/songs308/tamasiinouta1.mp3

これもけっこう前のライブ音源でMDで直録りしてるので音質はかなり悪いです。
小さなお店で雑音がいろいろ聴こえるけど我慢してやってください。
かなり重い内容。
324名前は誰も知らない:2006/04/15(土) 21:59:43 ID:MnpVQbsF0
方言の歌い方がいいなあ
おれ愛媛でしゃべり方似てるから親近感沸くわ

てか、うまい。聴きづらいときもあるけど、魂を感じた。
「俺の人生はおわっちまったんや」

かぐや姫とか陽水好きじゃない?
おれかなり好きで、藻前の曲も好きだなあ
個人的に良い意味で古くさい路線で行ってほしいところ
325313:2006/04/15(土) 23:37:34 ID:zEBje7I00
sundaysilenceという唄感動しました。魂の歌も。
すごく暖かくなる曲ですしギターも歌も上手くて驚きました。
これからも素敵な唄を歌い続けて下さい。
3261 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/16(日) 10:34:05 ID:oKv2O9Wl0
>>324
愛媛は岡山と言葉の感じが似てますよね。
かぐや姫も井上陽水もちょっと時代が違いますけど好きですよ。
来月のライブでは「風」のカバーバンドやります。

>>325
ありがとうございます。
これからもがんばりたいです(^-^
327名前は誰も知らない:2006/04/16(日) 16:30:29 ID:ixsWboo40
1さん、はじめまして。偶然このスレを見つけて、過去ログを全部読みました。
最初のうちは自分と似てるなぁ・・・と思っていたのですが、最後の方はただただ
凄い人だなぁ、と感動してしまいました。あなたは本当に強い人だと思います。

自分は関東の某県に住んでいる30代半ばの独身男です。
大学の電子情報工学科のソフトコースを4年の時に中退して、父親が脱サラして
起こしたソフトハウスを手伝っています。大学に入ってから完全に孤立してしまい、
現在に至るまで15年くらい友達も彼女もいません。ずっと自宅で仕事をしてるので
ほどんと引きこもりのような毎日です。しかも生活環境がかなり悪くて(特に近所の
犬の鳴き声)ノイローゼになりそうです。今もキャンキャン鳴いてるし・・・

会社の経営状態も最悪で、負債額は1さんの借金の比ではないと思います。
会社の借金=父親の借金=家族の借金、ということです。
あまりの給料の低さにキレてしまい、ネットで売ってはいけないものを売って、
警察のお世話になったこともあります。20日間ほど留置所で過ごしました。

すでにソフト開発に対する熱意は完全になくなり、毎日ボーっとネットサーフィン
しているような状態です。たまにバグ修正やメンテナンスをするくらいです。

2chは今年に入ってから見るようになりました。以前、ネットで公開していた
シェアウェアがここでボロクソに批判されているのを見つけてしまい、あまりの
ショックに公開を中止して2chには近寄らないようにしていました。
今でもソフト関連の板には行きません。そのソフトはフリーソフトにして再開しました。

他にもいろいろと共通点があります。
自分は糖尿ではありませんが、慢性の蓄膿症、軽度のアトピー、重度の歯周病です。
ストレスの影響か偏頭痛もよく出ます。命に関わるような病気ではないのですが、
かなりのコンプレックスです。おそらく40前には総入歯になると思います。

ちなみに、ギターは弾けないのですが自分はピアノが大好きです。作曲などは
できないのですが、クラシックやニューエイジ系のピアノ曲をよく聴いています。
岩代太郎や倉本裕基、アンドレ・ギャニオンなどの曲が好きです。
最近はすっかり無気力になってしまい、ほとんど弾いていませんが・・・

やり直せるものなら人生をやり直したいです。

1さんのカキコで印象的だったのが「言霊」という考え方です。
今の自分の頭の中は、すべてにおいてネガティブになっています。
「どうせ自分なんて」「自分の人生は終わってる」「早く死にたい」
「友達も彼女もできっこない」「結婚なんてあり得ない」・・・

ウソでもいいからポジティブな事を言ってれば変わるんですかね?
3281 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/17(月) 11:09:34 ID:B6utFBEo0
>>327
はじめまして。同じ業界の方ですね(^-^

>会社の経営状態も最悪で、負債額は1さんの借金の比ではないと思います。
>会社の借金=父親の借金=家族の借金、ということです。

もしかしたら知ってるかもしれませんが「吉田猫次郎」さんが同じような状況から持ち直してきたようですね。
以下、猫次郎さんのサイトです。
ttp://www.nekojiro.net/

>あまりの給料の低さにキレてしまい、ネットで売ってはいけないものを売って、
>警察のお世話になったこともあります。20日間ほど留置所で過ごしました。

そういう話をタネにいろいろ人との交流を広げられるような気がする。
ブログとかHPでそういうこと書いたら受けるかもですよ。
人というのは自分が体験しないような話とか、自分より不幸で悲惨な人の話って好きなんですね。

その話ここでもう少し詳しく書いて欲しいな(笑)


>2chは今年に入ってから見るようになりました。以前、ネットで公開していた
>シェアウェアがここでボロクソに批判されているのを見つけてしまい、あまりの
>ショックに公開を中止して2chには近寄らないようにしていました。

自分もシェアウェア作ったことがあります。いろいろあってけっきょくフリーにしましたが(苦笑)

>やり直せるものなら人生をやり直したいです。

オレが任意整理して人生をやり直そうと思ったのが35歳のとき。
で、今年の8月に借金の整理が終わってやっと本当の意味で新しい人生が始まる。
まだまだやり直せますよ。

>1さんのカキコで印象的だったのが「言霊」という考え方です。

言霊は存在すると思ってます。
あまりマジメに信じてるわけではないけど、作詞してるとそう思えるようなことがありましたからね。
別の機会にでももう少し詳しく書いてみようかな。

>ウソでもいいからポジティブな事を言ってれば変わるんですかね?

多分、「おまじない」とか「呪文」というのが言霊と同じ原理だと思う。
ポジティブな言葉や自分の願いを言葉にして、唱えれば叶うかもね。


あきらめないで、生き続ければ、人生捨てたもんではないと思うこともあるよ。
3291 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/17(月) 14:55:34 ID:B6utFBEo0
言霊について、具体例を書いてみます。

>>165で作ったラブソングはこれ
http://www10.muzie.co.jp/download/156711/songs272/09kidoairaku.mp3

これはまるっきり自分の妄想で書いた歌。
ありえないと思いつつも、恋人と過ごす甘い生活とはこんな感じだろうかと想像して作ってみた。

で、>>167,168のように彼女が現れた。

彼女は、パソコンスクールに通ってWEBデザインを勉強してた。
B型の独身女性で当時、無職で仕事を探してた。もういい年齢だ。
無職で独身といっても悲壮感がなく、すごくノーテンキで前向きな性格だ。

で、>>176で書いたようにあるライブでこの歌を歌ってると彼女が店に入ってきて
一番前に座って聞いていた。
まるで、この歌のヒロインが現実に現れたみたいで驚いた。

このとき「言霊」というのは本当にあるんだなと思った。
330名前は誰も知らない:2006/04/20(木) 23:42:52 ID:eFHaBEKB0
で、体重は減ってるのか?
3311 ◆TuQCG0cacQ :2006/04/21(金) 21:10:38 ID:X3aaEF9y0
現在、85Kg。

実はiBookを買ったのだけど、なかなか入力に苦労してる。
ついにオレもMACユーザーになった。

そして、来週。
Yがうちの会社の親会社の社長や役員と会うことになった。オレの紹介だが。
ほんとはうちの会社にはもうなにも期待してないのだけど、Yが親会社経由で風穴をあけることをちょっと期待している。

Yは最近ちょっと変わったように思う。なんか漫画でいうと「サラリーマン金太郎」みたいなオーラを出してる。
ちょっと今後が楽しみ。
332名前は誰も知らない:2006/04/22(土) 23:55:02 ID:wYMuzOzp0
俺、死ぬ前に小学生の頃の何気ない一日をやり直してみたい
たった一日でいいから、またやってみたいんだ
わいわい授業受けて、体育で外で遊んで、学校終わったら夕方までまた遊ぶんだ

空き地に夕焼け、金木犀の香りの中家に帰ると、家族が「おかえり〜」と迎えてくれて
TV見ながら談笑して、お母さんが晩御飯作ってくれる(ホントありがたいよな)
お風呂に入って上がったらみんな映画に夢中になってて、子供なのにさもわかってるように見入ってみたり
でも、全部見終える前に眠くなって、お部屋に戻って布団に入る
みんなのいる部屋の光が名残惜しいけど、そのうち意識がなくなって・・・・・


そして、死にたい
333名前は誰も知らない:2006/05/08(月) 04:29:21 ID:djzr6x1S0
age
334名前は誰も知らない:2006/05/08(月) 10:55:03 ID:WHKQWYGz0
>>1
ここに書いてあることよみました
人生まだまだ何度でもやり直しがきくと思います
自分も周りのことや将来のことでいろいろしんどいですががんばっていこうと
思えました 1さん、がんばってください
335名前は誰も知らない:2006/05/08(月) 11:27:26 ID:UW2ZQ8Lu0
最近2chやらなくなってきたから久しぶりにきたけど
1さんはどうしてるのかな
3361 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/10(水) 17:35:02 ID:TYm+krRY0
久しぶりに書き込みます。
>>332
コピペですよね?

>>334
ありがとうございます。がんばります。

>>335
仕事でトラぶってます。大変な状況となりました。
ここに書き込む余裕などほんとはないけど、たまにはね(^-^;

8月で会社を辞めるつもりでしたが繰り上げて来月に辞めることにしました。
今回のトラブルで完全に会社に見切りをつけることに躊躇が無くなったので逆に良かったかも。

現在、体重83Kg。少しづつ減ってるけど落ちてるけど嫌な落ち方だな。。。
337名前は誰も知らない:2006/05/10(水) 17:37:52 ID:AoUimlFX0
ああ1サン久しぶりです。体重は順調なようですね
俺も頑張らないと 頑張ってください
3381 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/10(水) 19:14:33 ID:TYm+krRY0
>>337
お互いがんばりましょう(^-^


会社にはいろいろな理由をつけて辞めさせてくれと言ったのだけれど、
「音楽を本気でやります」という理由で納得してくれた。
他の理由では辞めさせてくれない。つくづく変わった会社だな。

今回のトラブルはちょっととんでもなかった。というか、あまりにもばかげている。
それでも平然としてられる神経には参った。


来月までかなりきつい仕事になる。が。

だけど、7月からはいよいよ、新しい人生だ。(若干フライイング気味)
3391 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/10(水) 21:26:24 ID:TYm+krRY0
音源あげてもあまり影響なさそうなので、ちょくちょくあげていきます。

思い切って東京に出て来て良かったと思う。
あの人に出会えて良かった。そんな歌です。プロポーズソングではないけどね。
http://www10.muzie.co.jp/download/156708/songs272/06pacificus.mp3


あしたはFMラジオに出演する日だ・・・はじめてなのでどうなるのかわからん。
340名前は誰も知らない:2006/05/10(水) 22:07:02 ID:7ZEdqtmTO
クソスレ立てるな
孤男板にくるな
馴合い声援と自己満足が欲しいならほかでやれ
341名前は誰も知らない:2006/05/12(金) 14:05:44 ID:Yo/fZF0g0
>>340
アホか
342名前は誰も知らない:2006/05/12(金) 18:25:55 ID:MCxAO9wz0
>>340は単なる寂しがり屋と孤独を履き違えてるんだよ
343名前は誰も知らない:2006/05/14(日) 14:43:06 ID:q2i2NXhp0
>>340
孤立と孤独は違う。
誰も友達がいなくて孤立しているのと、
友達はたくさんいるが孤独を感じる男の違いが理解できないのか?
ここは孤立板ではないのだよ。
344名前は誰も知らない:2006/05/21(日) 17:55:46 ID:2iCuq39yO
>1…覚えてるか?俺は前に糖尿のアドバイスした者だが…
久しぶりに来たら、なんか荒れてんのな…やれやれだな
ココたてた>1の本意でも無いだろうし
スルーでいいんじゃねぇ?
ところで>1は順調に体重落ちてるか?
43才の知り合いが糖尿が原因で帰らぬ人になっちまった…
他人ごとじゃねえ…長生きしなきゃダメだぞ…
3451 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/22(月) 16:02:04 ID:WqSSfym60
>>344
お久しぶり。

>久しぶりに来たら、なんか荒れてんのな…やれやれだな
基本的にスルーしてます

>ところで>1は順調に体重落ちてるか?

今、体重は82kg。嫌な落ち方してるかも。
仕事が大変な状況なんだけど6月一杯でやめることになった。
なさけないけど今の仕事(SE)では身体の自己管理はできそうにないっす。


ついでに報告
昨日バースデイライブだった。あの女性と合同で。
ついに40歳です。40歳になって誕生会(笑)
確かに今の状況は孤独じゃないよなぁ(^-^;
3461 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/22(月) 16:08:16 ID:WqSSfym60
でも、孤独が嫌いでそこから逃れたいと思ってる人も多いと思う。
自分も孤独から脱出する過程をここに書いてると思ってる。
それでもこのスレが嫌だという人はいるんだろうけど。。。
347名前は誰も知らない:2006/05/22(月) 16:38:13 ID:73j1R1SYO
82kgか…まあいいんじゃないか?
急に落とすのも身体に負担かけるしな
一ヶ月2kgとしたら半年で12kg…それを維持出来たら上等だろ
SEとは言え俺だって昼夜兼行なデザイン業してんだしな…
やり方や考え方次第でなんとでもなるよ
前にも書いたけど治療に必要なのは、正確な知識と、ココからは引けないって言う強い意思だ
そんなんじゃ好きな女一人幸せにしてやれないぜ?
俺はともかく、みんな応援してんだから
がんばれよ
348名前は誰も知らない:2006/05/22(月) 20:03:34 ID:M+OeNWTi0
俺も応援してますぜ
1さん書き込み続けてください
349名前は誰も知らない:2006/05/23(火) 03:08:38 ID:HYO9PGaDO
手に届かないものに手を伸ばすから寂しくなるんだよ
350名前は誰も知らない:2006/05/24(水) 01:49:58 ID:Ge1RxHMq0
糖尿を言い訳に人生投げてる奴もいる
ちゃんと直す気があるだけでも立派だ
351名前は誰も知らない:2006/05/24(水) 01:50:33 ID:Ge1RxHMq0
あげてすみません
352名前は誰も知らない:2006/05/24(水) 02:02:04 ID:Yw6F4wTE0
>>1
がんばれ!応援してるぞ
似たような環境のオレが
なんかこのスレ見て和んでる
353名前は誰も知らない:2006/05/24(水) 02:03:19 ID:bj43Womh0
6月04日(日) 日本代表 vs トンガ(P5N/福岡・本城陸上競技場 15:00)
6月11日(日) 日本代表 vs イタリア(東京・秩父宮 14:00)
6月17日(土) 日本代表 vs サモア(P5N/NZ 14:00)
6月24日(土) 日本代表 vs オールブラックス・ジュニア(P5N/NZ 14:30)
7月01日(土) 日本代表 vs フィジー(P5N/大阪・長居 19:00)

ラグビー見に行け!!!人生変わる。


3541 ◆TuQCG0cacQ :2006/05/31(水) 22:36:59 ID:YYBX6iRm0
ちょっと前のバースデイライブは盛り上がったのだけど、
チケットの清算ミスがあって、お店と例の彼女がけんかしてしまった。
こんなに切れた彼女を見るのは初めてだ。怖いな女の人って。
だけど、自分の性格の方がもっと怖いかも。

チケットの扱いについては彼女は慣れていない部分があって、ボクから見たら彼女にも否があるように思った。
だから、ちょっと彼女を責めた。言い方はちょっと酷かったかもしれない。
ていうか完全にねじ伏せてしまった。
ボクがかなり怒ってると見て彼女はおとなしくなったけど、嫌われたかもしれないな。

なんか憂鬱だ。
一応、フォローのメールを送って、ついでにこれから作ろうとしてるバンドにも誘ったけど、
果たしてどういう返答がくるか。それか返信はもうこないかな。
3551 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/01(木) 13:03:45 ID:Bgrs5lNW0
バンド断られた。。。ヤバ
すごく険悪な関係になりそうで怖い・・・(オレが切れてしまいそう)
356名前は誰も知らない:2006/06/01(木) 19:46:05 ID:XnVDOoYz0
イ`
3571 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/02(金) 05:17:33 ID:zSaCb02C0
さて、終わっちゃった感があるなー。完全にこじれました。
もう終わりなのかなー
あー
358名前は誰も知らない:2006/06/02(金) 06:34:16 ID:ue9bjVLw0
真の意味でこの板の住人になるのだな

ようこそ!
3591 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/02(金) 16:34:01 ID:rZnUc2F00
ふっ
孤独だ・・・

>>358
よろしく!
360名前は誰も知らない:2006/06/03(土) 10:00:52 ID:WXkPZ9yH0
あげていいよな
3611 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/04(日) 16:36:25 ID:9t9TewlI0
関係修復!雨降って地固まるか?
前より親しくなったような気がする(^^
なので、またこの板にふさわしくないアンチ孤男になったわけだ。
よってsage進行。

そして、ただいま、78kg。
362名前は誰も知らない:2006/06/06(火) 00:44:26 ID:wgBHOyWy0
なんだ つまらんな

うそだよ
よかったじゃないか!
3631 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/06(火) 12:01:37 ID:KRyICZLI0
>>362
申し訳ないですね(^−^ヾ

でも、やっぱりただの友達っぽい印象(-_-)
で、ただいま77kg
3641 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/13(火) 13:45:21 ID:PG1n3LCf0
仲直りはしたもののどうも距離を感じるようになった。
表向きは前よりも親しくなったはずなのに心情的なものは離れていってるような気がしてならない。
もう、ボクの歌を聴いて涙を流してくれることはないのかもしれない。

なんかやっぱり孤独だな。

76kg
3651 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/20(火) 17:56:40 ID:aQdliJ730
そろそろ、この板ともお別れの時がきたようです。
といっても、彼女とうまくいってるわけではないです。
むしろ距離を置いているかな。

自分が今まで抱えていた「孤独」や「虚無」が
いま、ボクの中から消えようとしています。

激しくケンカした中で彼女にいくつか教えられたことがあります。
彼女にはどうしても見逃せない欠点があってそれを許せなくて
修正しようとしてたのですが、そうではないと気づきました。

今は彼女のそういう欠点も含めてそれが彼女なのだということをうけとめてあげて
見守ろうと思っています。彼女を・・・人間というものを理解してあげると
いうことはそういうことだったんですね。

そして、もうひとつ大きかったこと。
今まで自分は、人を信じたり愛したりとか、その意味がわからなくて
ずっとその答えを探してきました。
固く心を閉ざしていたのですが、彼女がボクの心を開いてくれました。
ずっと抱えていた蟠りがあって、それを告白することで肩の荷が下りた。
心の中が溶かされたようになって、探していた答えが今、見つかろうとしています。

思えば2年ほど前に作った歌は彼女に対するメッセージソングでした。
「人を信じること、人を愛すること」それがなんなのか教えて欲しい、
そう問いかけた歌でした。そして、「自分は孤独なんだ」「ここから救い出してほしい」
という言葉にはできなかった心の叫びを歌いました。

彼女は知っていたのかもしれない。ボクが抱えてきた「孤独」を。
2年の月日を経てその回答をもらったような気がします。
「心を開いて!」
彼女は何度もそう、自分に言ってくれました。
そして、今、やっと心を開くことができたと思います。

前よりもずっと好きだ。
だけど、彼女にはまだ直接告げることは出来ないです。
それでも、彼女が実の親のように慕っているレーベルのオーナーには
告げることにしました。
この秋からCDの制作をします。そのCDを制作する上でボクが作ったすべての
ラブソングは彼女のために作ったということを理解してもらう必要があると
思ったから。
そして、ボクと彼女を見守ってほしい。真の親でないにせよ、ボクらが出会った
きっかけを作ってくれた人たちだから。感謝しています。

今でも思い出す。
あの日、あのとき、運命の扉を開けてくれたのは彼女だったということを。
あれから、3年。そして、今、「孤独」「虚無」とはさよならです。

75kg
3661 ◆TuQCG0cacQ :2006/06/20(火) 18:17:45 ID:aQdliJ730
最後になりそうなのであげさせてもらいます。

この板には「孤独」を抱えてる人がたくさんいると思います。
中には「孤独」が好きで、それを心地よいと思ってる人もいると思いますが、
だいたいの人は「孤独」から解放されたいと思ってるのではないでしょうか。

自分は4年前にネットの掲示板で匿名の人から「おまえの歌はひとりぽっち」と
言われてからずっと、そこから抜け出したいと考えてきました。
そして、長い長い、葛藤の末、抜け出すことができそうです。

もしも、この板で「孤独」から解放されたいと思ってる人がいるとしたら、
できることならあきらめないで、あっちの世界へ目をむけてほしいです。

ああ、なんか説教臭いな。すみません。
367名前は誰も知らない:2006/06/20(火) 19:12:49 ID:0xsNAIQHO
久しぶりに来てみたら終了か…
…結局、自分語り…か…
彼女の欠点ね…人を愛するね…
まあ賢明な孤男が多いだろうし、俺が言う必要もないか…
そうなると、以前必死に糖尿アドバイスしてた俺は道化だな。
まあいいや…
とりあえず、1乙カレー
368名前は誰も知らない:2006/06/22(木) 03:50:32 ID:ofI+PX71O
これは壮大な自分語りですね
369473:2006/07/04(火) 17:18:12 ID:2w0m1Bju0
>>1
たまには近況報告もいいのでは?
370名前は誰も知らない:2006/07/07(金) 07:13:05 ID:9tHgeob/O
いちいちあげるな
別にこなくていいよ最後の最後にケツ捲ったヤツなんかな
371名前は誰も知らない:2006/07/13(木) 23:59:54 ID:V/tpcOK40
まぁ、
何はともあれ良かったんじゃないの。
おめでとう。
372名前は誰も知らない:2006/07/19(水) 19:41:13 ID:vIWRoR5TO
女性経験もない奴が愛をかたり
自分の歌を語る事しかしてない自分語りが
孤独を抜け出して世界へ目を向けて欲しい…ふーん…
色々アドバイスしてた人や応援してた人にとっては
片腹いたいですね。
上の方で孤独と孤立について偉そうに語ってた奴から解説が欲しいとこだな。
偉そうに言ったところで、自らの枠からは抜け出せず
見当違いな擁護をしてたわけだ…
俺たちは身の程を知るべきだな
373名前は誰も知らない:2006/07/19(水) 20:11:11 ID:i0UuresH0
>>372
肝心なのは、読んで楽しめる内容かどうかだ。
その意味で、オマイのカキコはダメだ
374名前は誰も知らない:2006/07/19(水) 20:18:49 ID:vIWRoR5TO
>>373
自分が何言ってんのかわかってるのか?
375名前は誰も知らない
>>374よ…カスに何言っても無駄だよ
言い返せないから下らない事いってんだよ
察してやれ