孤独なオレ日記。

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8名無しさん@お腹いっぱい。:2005/11/28(月) 22:31:17 ID:QWUcR3qr0
>>1
いい文章書くね。
オリジナル?
もしかしてそういう仕事してる人?
9裸電球:2005/11/30(水) 16:18:15 ID:d/Qt0Lgb0
 子供の頃だって孤独を感じる時はあった。
ふと昼寝から目が覚めた時に辺りに誰もいなくて、たまらなく心細くなって
必死で親を探したような幼い記憶は誰にだってあるだろう。
そして親の姿を発見した時の安堵する気持ちもまたハッキリと覚えている。
 学生時代にだって孤独を感じる時はあった。
自分以外の奴らがやたら自信在り気に見えて卑屈になったり、取り得はないが
人間はそんなに悪くないと思っていた自分自身を、ついには疑い始めて
絶望にも落ちた時もある。
 だけどいつしかまた友人と大笑いしながら過ごす時間をむかえ、その度に
友人に恵まれた幸運に感謝の気持ちをあらたにしたものだ。
 そこに向かって努力するわけでもないのに、何時の日か自分の人生が好転するような
予感だけは漠然と持っていた。
それが希望的観測なんてものではなく、ただの現実逃避だと本当にあの頃は思って
いなかったのかもしれない。 

「それでもまだあの頃は、まだまだ
         先のほうが長い自分の人生に安心して生きていたなあ」
 
 そんな事を考えながら夜中の街をトボトボ歩いた。
10裸電球:2005/11/30(水) 16:19:44 ID:d/Qt0Lgb0
 こうして一人で夜中の街を歩いている時の僕は本当に謙虚だ。
今日の僕のあの態度は相手にとって確かに不愉快であっただろうとか
子供の頃はもう少し友人に対して親身にあるべきだったんだだとか、若い頃には
聞き流してばかりいた諸先輩方の言葉は本当にその通りだったなとか・・
延々と自分を振り返っては、新しい埃や古い埃を払い心の掃除をした。
 
 まばらとはいえ夜中でも人影の絶えることのない繁華街をぬけ、24時間営業の
健康ランドに向かった。
見知らぬ大勢の人同士が同じ空間で裸になり、他人の前で身体を洗いそれぞれの
表情でくつろぐこの習慣が、どんな国にもあるものだろうかと思うとその光景は急に
異様なものにも見えた。
安いアパートに住んでいるとはいえ風呂がないわけでもないのに、僕もよく
その光景の中に身を置いた。
11裸電球:2005/11/30(水) 16:22:52 ID:d/Qt0Lgb0
他人の中にポツリと身を構えながら何気に周囲を観察し、初めて見る顔のその
表情や仕草を観察していると、不思議とその人の人柄や暮らしぶりが見えるような気がする。
やたらとにやけた顔、おどおどした顔、無駄にエネルギーを放つ挑発的な顔・・
「きっとみんな、それぞれ様々な日々を過ごしているんだろうな」
そう思うと僕の孤独な毎日も、其の中のただの一つの人生でしかないような気がしてくる。
 誰と言葉を交わすわけでもないここに、人恋しくて足が向くのだとは思っていない。
むしろ僕はここに自分の孤独を再認識する為に来るのだ。
上手く言葉には出来ないが孤独であるという事をしっかり自覚することで、逆に
それに付随する感傷が膨らむ事を防ぐ事が出来るような気がするのだ。
 孤独である事に嘆いたり感傷に浸ったりせず、自身を見失わず省みながら今を過ごす事で
少しでも他人の気持ちが量れる人間に近づけそうな予感に期待した。
12裸電球:2005/11/30(水) 16:23:48 ID:d/Qt0Lgb0
 まだまだ自分がこのまま朽ちるとは考えにくい。 
しかし、自分はただ待っているのだと言いたくても「なにを?」と問われれば
口をつぐんでしまうだろう事も知っている。
 答えを探そうともせず、思考だけがグルグルとめぐる。
何も考えずに生きてはいないのだ、という自己満足に到達するとやがてそれは止まり
感傷を削ぎ落とした心地よい孤独感が自分を包んでくれる。
 今日も昨日と同じように生きた、明日も今日と同じように生きるのだろう。

 僕はまた少しまばらになった繁華街を抜けて、自分のアパートに向かいほてった身体で
のらりくらりと歩いた。
13名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/03(土) 00:15:37 ID:XC410buhO
ムズカシ。
14マルコメ ◆gGJ7pww5QM :2005/12/23(金) 12:23:23 ID:jhwRU62o0
ちょwww
日記書いていいの?
15名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/23(金) 13:13:27 ID:c0VSL8ExO
先生あのね
16裸電球:2005/12/28(水) 17:28:52 ID:fDUrBnck0
なんですか?
17名無しさん@お腹いっぱい。:2005/12/28(水) 18:41:08 ID:wUMBR70t0
読ませてくれるじゃないの。
って、もう終わっちゃったの?このスレ。
18裸電球:2006/01/12(木) 21:27:21 ID:Bbp83uMh0
一人でいる時の寂しさなんていうのは想像できる範囲の寂しさで
しかないし、一人でいる時に寂しさを感じるのはむしろ自然な事だろう。
だけど大勢の中にいて感じる孤独は、自分を救いようが無く慰めようもない。
周りが賑やかであればあるほど他人の笑顔が弾けていればいるほど、それを見る僕は
孤独を感じてしょうがない。

「おい、楽しんでるか」

必ずこんな声をかけてくる人がいる。
「ああ、ありがとう楽しんでるよ」
ついそう答えながらうかべたこの愛想笑いを、僕はいつ止めればいいんだろう。
いきなり真顔に戻すのは実はこの場が苦痛だ≠ニいうあからさまな意思表示になるだろう。
もしそんな僕をたまたま誰かに観察されてなんかちょっと暗い感じ≠ネんていう
曖昧な評価で印象に残されるのも不本意だ。
それは明日からの僕の生活にきっと好まざる影響をもたらすだろう。
 
 僕のしょぼくれた愛想笑いは、しょぼくれたまま表情の片隅に延々と余韻を残す。

 急激な表情の変化だとか、早い動きは必要以上に自分の存在を周囲に告知する。
そしてまた、無表情である事もジッと動かないことも同様の効果を導きだしてしまう。
満面の笑みであっても静かな優しい笑顔であってもいけない、誰かの印象に残ることは
必ず自分にも影響がでてくるからだ。
 愛想笑いは、しょぼくれているぐらいが丁度いい。

 飲み物を手に取って口につけてみたり盛り上がっている連中に目を向けてみたり
あたり障りのない動きを絶やさず、話し掛けられたら愛想良すぎず悪すぎず対応し
姿勢は良すぎず卑屈にならず、とにかく場の空気に同化してただそこにいる。
 
この賑わいは一過性のまやかし≠ネのだ。
19裸電球:2006/01/12(木) 21:29:11 ID:Bbp83uMh0
 寒さを噛み締めながら宴会の帰りの道をサクサク歩いた。
決して愉快な時間ではなかったがこの開放感を得る為だったのだと思うと、案外人生は
都合よくさえ考えれば苦痛ではないのかも知れない、とさえ思えた。
 ふわりと雪の舞う街の中を、僕は自分のアパートに向かってサクサク歩いた。

 ソファーにうつ伏せに倒れこんで、深く大きな溜息をつくと自然に笑いが込み上げる。
脱力感を伴うそれは更にもう一回のゆっくりと長い溜息を誘う。
一人は心地いい・・

 大勢の人間の中にあっての孤独と一人でいる時の寂しさとの対比に依って、ならば
他から影響されないほうが居心地がいい事を知る。
一人が心地いいなんて事を、誰に報告するつもりも同意を求めるつもりもない。
わからない人にはわからないだろうし、わかる人のその心地よさと僕の心地よさは
それはそれでまた違うものだろう。
 寂しくはないのかなどいう質問でもされたらそれこそ一気に興ざめだし
そんな連中の興味の対象として、暗に説明を求められるのがせいぜいのオチだろう。

 一人であることの寂しさが心地よく感じるのは、僕の自己が確立されつつ
あるからなのかも知れない。
自分が何者であるのか誰にどう評価されているのかが気になったあの頃には、それは
ただのどうしようもない寂しさだった。
そしてその寂しさに裏付けられた偽善の優しさや気遣いを周囲に振りまいていたのだ。
それが若い思想から生まれたまったく貧弱な自己防衛法だと知った時から、僕の成長は
はじまったような気がする。
20裸電球:2006/01/14(土) 19:49:38 ID:SRualc7e0
 自分は孤独だという事にすべては端を発しすべては凝縮される。
ふとそれを忘れ生活する事は些細な過ちであり、孤独で在るが故の安らぎは
守られるであろう。
罪なる事はそれに眼を背け必死で否定を続けることである。
社会的道義的な強迫観念に自らを押し潰し期待し依存しては失望し、時にはそれを
誰かや何かの責任にし嘆く事だろう。
  
21裸電球:2006/01/14(土) 19:50:24 ID:SRualc7e0
 孤独は決して愛をも葬りはせず、愛は淡々と存在をする。
元来を孤独とするところから発生した愛は、依存せず期待せず見返りを求めず無償の
ものであり、ただただ淡々と存在をする。
深いだとか浅いだとか量だとか質でそれを論じる事は比較の対象を必要とし、比較に依って
得た満足はまた比較に依る不満に依って打ち消される日をも迎えるであろう。
愛は淡々と存在し、故に揺るぐ要素を持たない。
自らの孤独を知り他の孤独を理解するところとなり、孤独と孤独が寄り添うところに
淡々と愛は存在する。
22裸電球:2006/01/14(土) 21:53:55 ID:aT+8Cs500
孤独すぎてホモになってきた
http://that4.2ch.net/test/read.cgi/alone/1132501007/
23名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 03:18:31 ID:uTv8UOZsO
ホモにもなるべ
24名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 19:14:37 ID:ZSXo0BpR0
「愛の試み」を読んだんですね>>1
25裸電球:2006/01/15(日) 22:06:01 ID:dQTEVi6T0
>>24ぐぐってみましたが・・・

愛の試み. のなかで"孤独は彼自身のものであり、初めも なく終わりもなく、また繰り返しもない"(新潮文庫140ページ)とあります。 ...

全然ちがうじゃありませんか・・・・
26名無しさん@お腹いっぱい。:2006/01/15(日) 22:51:28 ID:ZSXo0BpR0
>>25
それは一部です。ぐぐるだけじゃなくてよんでみてください

全然違うだなんてそんな決め付けたいいかたしないでね
27裸電球:2006/01/16(月) 02:43:46 ID:L79Rbr4O0
僕の書いたものに対して〜にもそんな事が書いてありますね≠ネどの
表現をせず〜を読んだんですか≠ネらまだしも読んだんですね≠ニいう
決め付けた言い方は非情に不愉快ですね。
あたかも僕がそれを参考にしたかのように決め付けています。

全然ちがうというのは、読んでないという意思表示なんですから
貴方は自分の無礼にきづくべきなのに、今度は読んでみろと言う・・
貴方のレスからは貴方のピリピリした孤独が伝わってきます。
貴方も寂しい人なのですね・・
 (無論、これは僕の決め付けた言い方ですが・・

28名無し投票中:2006/01/22(日) 23:44:32 ID:c4l5aNi30
ホー
29名無し投票中:2006/01/24(火) 02:08:21 ID:SAupSnvVO
>>27
誰も、アンタのことそこまで真剣に考えちゃいないよ。
30裸電球:2006/01/24(火) 14:36:40 ID:PnlvURjl0
誰も≠ニは書く必要がありませんでしたね。
そんな確実性のない表現をしてしまったことで、折角の貴方の
コメントのインパクトが弱くなってしまいました。
そこまで≠ニいうのはどこまでかというと、多分>>27を読んで
貴方が勝手に思ったことです。
その言葉を借りれば、僕も別にそこまで真剣にコメントしたわけでも
ありません。

とりあえず、あんなどうでもいい僕の書き込みに反応してくれたのは
貴方だけです。
真剣には考えてはいなくてもスルーはしなかったわけですね。
貴方のレスからは貴方のピリピリした孤独が伝わってきます。
貴方もやはり寂しい人なのですね・・




別に≠ニいう表現の方がよかったと思います。
31名無し投票中:2006/01/25(水) 01:04:10 ID:JwpcF37l0
カキコするのは半年ROMってから
32名無し投票中:2006/01/25(水) 01:30:15 ID:+2Xcd5LH0
日記は自己紹介版や夢・独り言とかに立てなくちゃいけないんじゃ
なかったっけ?
ルール違反だよ〜〜。
33名無し投票中:2006/01/26(木) 01:54:36 ID:PS+2zAXeO
スレタイが日記であるだけであって、全然日記じゃないと思われ。
34名無し投票中:2006/01/28(土) 16:46:56 ID:84sa11/J0
なにここ・・
35名無し投票中:2006/01/28(土) 16:48:21 ID:kUXaeAY60
割り切りエッチでもいいよ
http://ayadayo.blog48.fc2.com/
36名無し投票中:2006/01/28(土) 16:53:41 ID:RDp9rvEwO
こんなスレでもおいらが来たからには
もう大丈夫!!w
37名前は誰も知らない:2006/03/05(日) 22:09:16 ID:61fRGtqv0
裸電球最近どうだい?
38裸電球:2006/03/06(月) 11:23:54 ID:2yxKYEp10
>>37
二月にひとつも書き込みがなかったここに、三月に入ってポツリと
こうして書き込みがある。
その内容が裸電球最近どうだい?≠セ。
これが2ちゃんねるが僕に与えてくれる独特の優しさだ・・・
これだからひと月以上も書き込みが無くても、自分のスレを毎日覗いて
しまうのだろうな。





僕は相変わらず孤独ですよ。

39名前は誰も知らない:2006/03/12(日) 19:26:59 ID:ePUII1LMO
40万部のベストセラー『嫌韓流』の第2弾

『嫌韓流2』発売中

意外とおもしれーぞ
40名前は誰も知らない:2006/04/12(水) 21:54:20 ID:YCOA7byQ0
裸さんは今日も孤独ですか
41裸電球:2006/04/19(水) 19:11:30 ID:xrE+wiIG0
>>40
そんな何気ないたったひと言の書き込みが、今日の僕をどれだけ
励ましてくれるか解りますか・・
一週間もここを覗いていなかった事を後悔しています。


42裸電球:2006/04/19(水) 19:17:17 ID:xrE+wiIG0
そろそろいい季節だ、蕗の薹を摘みに行こう。

 ・・・と言ってもまだまだこの地の春は遠い。
山々の尾根は依然として白く、吹き降ろす風は相変わらず冷たい。
耳に目に届く桜前線の北上も他所の賑わいにしか感じないこの時期に、ふと思い立って
僕はいつも蕗の薹を摘みに行くのだ。
恒例のごときこの習慣ではあるが、しかしそれは特に待ち遠しい≠ニいう程のもでもない。
 蕗の薹が顔を出しているのならば春ももう近かろうとしか考えが及ばない土地の
住人には、この地の皮肉が理解出来ようもあるまいが長く厳しい冬もなかなかに緩んで来たと
感じるこの時期に冬でも春でもないもう一つの季節が存在し、春を待ちわびる我々の想いを
ジリジリと焦らすのだ。
 
 桜が舞う光景にはまだ届かないが、河原にはもう蕗の薹があるだろう。
無理やりに冬の終わりを感じる為になのか、無理やりに春の訪れを引き寄せる為にだろうか・・
一年経つとまたこうして蕗の薹を摘みに河原に向う。
そして春にも夏にも秋にも、ゆっくりと一年の半分もの間この地を凍らせる冬にでさえ
この時期に蕗の薹を摘んだことなど思い出す事はないのだ。
ただただ桜の咲く春を待つ厳寒の日々も終わりを匂わせ、雪が溶けて流れだし川の水も
勢いを増し、喰いしばった歯をやっと緩めて空を見上げてもまだ桜の花びらは舞ってはいない。
それはまだ早いだろう
そんなお預けをくらった気分でまたこうして蕗の薹を摘んでいる。
43裸電球:2006/04/19(水) 19:20:26 ID:xrE+wiIG0
 もうあの春は来ないよ
誰かにそんな宣告を受けそうな恐怖に怯えながら冬を過ごした子供時代を
思い出しながら、土手沿いに蕗の薹を探す。
手にとっただけで特有の苦味を思い出して唾液がでるそれを、こうして摘み
食す習慣がなぜ何時から自分に身に付いたものか。
父親がそうする姿を見て育ったからか・・
無表情でこの蕗の薹の揚げたものを口にする父親を、そういえば自分も
口にする度に思い出す。
 苦味のもとであるアクに薬用効果があるのだと聞きかじったことも、大して
美味くもない蕗の薹を毎年摘みにくる要因なのかもしれない。
雪に埋もれる長い冬の間、ろくな食材もなく暮らした胃腸にこれから春になり夏がきて
様々なものを消化し吸収する仕事をさせる準備が、このアクを摂ることに依って出来る。
そう考えるとなるほど蕗の薹に限らず春野菜は往々にしてアクがつよく、そうした自然の理に
叶ったものかも知れない。
 粉の衣を着せて揚げたら、熱いうちに甘味のある天つゆにつけて口に放り込み直ぐに口に
広がるその苦味に見合った量の御飯を掻き込むのがいつものやり方だ。
お世辞にも美味くはない、しかしもう何年とこの時節に続く習慣なのだ。
何年も続けた事を止める理由が見つからないのもまた蕗の薹を摘む理由なのか・・
44裸電球:2006/04/19(水) 19:24:35 ID:xrE+wiIG0
 この地を離れ生活していた学生時代に、こいつを揚げて喰うかと友人にもちかけて
驚かれたことがある。
あれがこの蕗の薹を食するキッカケとなったのか、いやそうかもしれない。
喰えるのかと言う友人の問いに、我が郷土では春の慣わしだなどと実は父親のそれを
見てきただけで自らは口にした事もないのにそう言い切った。
ほろ苦いのが癖になるのだよと言いながら、友人の前で初めて口にした時の苦さは涙を
こらえなければならないほどであった。
次々に口にしてはあまりの苦さに顔をしかめる友人達に、最初はそうしたものだと
知り顔で言いのけながら笑ってみせたのだった。
(あの時は少しばかり嘘をついてしまったのかもしれないが、こうして今年も摘みに
来て口にするのだし何年も慣習化しているのだから今となっては結果として事実と言えよう)
前年つまらぬことをしてしまったが故に、仕方なく今年もあの苦い蕗の薹を口にするイベントを
しなければと思った学生時代のあの想い出を・・・・
嘘をついたということ以外の処理をするために今もこうして摘みに来るのだろうか。
45裸電球:2006/04/19(水) 19:27:00 ID:xrE+wiIG0
 風があってもなくてもとにかく寒いのが冬であって、吹く風も心地よくなってくるのが春ならば
この時期はやはり冬でもなければ春でもないあやふやな季節だ・・・
今日は暖かい日だという人と、まだなかなかに冷えるという人の声を同じ日に聞きながら
長い冬はどうやら終わりだ、しかしまだ春ではないと感じる。
 こうして蕗の薹を摘みにはきてはいる自分が、特にこれがどうしても欲しかったり
口にしたかったりする理由でもなく、ましてや好物なんかではありようもないのだ。
不確かながら言えることは、これが心も弾む春然り行動的になる夏然り食材豊富な秋にも
無論、蕗の薹など摘みには来やしないだろうということだ。
まるで長い冬の記憶をかき消すかのように、自分の中の何かをリセットするかのように河原の
土手に這いつくばり蕗の薹を探す、探す≠ニいう目的を達するために・・
 既に舞う桜の下で酔い心地の土地の住人には、この狭い島国でその日こうしてまだ来ぬ春を
待ちながら蕗の薹を探す同胞がいることなど想像もつくまい。
46名前は誰も知らない:2006/04/19(水) 19:30:04 ID:wv1N8v2TO
おぉ、こんなスレがあったとは、こんにちは裸電球さん
47裸電球:2006/04/19(水) 19:35:10 ID:xrE+wiIG0
>>46
こんにちは・・
初対面の者へのお気遣いとはいえさん≠テけは抵抗を感じます。
以後呼び捨てでお願い出来ましょうか・・
48名前は誰も知らない:2006/04/19(水) 19:39:44 ID:bhWr3ZQG0
裸電球様ごきげんうるわしゅう。
49名前は誰も知らない:2006/04/20(木) 01:07:12 ID:3UND0Jy7O
暫く泣いていなかったが、久々に堪え切れず号泣して
驚いた同室の人が看護士を呼んだ。
よくわからない注射と点滴。終わらない入院生活。
誰の為に摘む訳でないなら俺の為に詰んで下さい。
俺もあの人の為にだけ詰んだ花束を君にも作ろう。


キモいだけか。
50裸電球:2006/04/20(木) 10:55:56 ID:1D85V1wc0
>>48
正直に言って、どう反応したらいいものか困惑しています。
貴方がまだ義務教育課程の人間であるならばこのレスにも頷けるのですが・・
もし大人である上に僕の反応を期待した上でのレスならば、貴方の孤独には
必然的なものを感じます。
孤独に慣れてはいけないという事ではありませんが、我慢する事には慣れても
それが我慢でなくなってはいけないのではないでしょうか。
内なる孤独は時に孤高と評されることもありますが、それと独りよがりの
結果で客観的に孤独を招くこととは本質的に違います。
常に孤独≠ナあることと常に寂しい≠アと、自己評価と客観的な評価が
常に同じはないように・・
51裸電球:2006/04/20(木) 11:07:16 ID:1D85V1wc0
>>49
実生活においてあの人の為にだけ摘んだ花束を君にも作ろう≠ネんて台詞を
言ってのける人間を身近には知りません。
しかしここは仮想の世界でもあります、貴方がどのような人間でどのような気持ちで
ここにレスをしたのかなど誰も謀りようがないのです。
最後のキモイだけか≠ヘなくてもよかったのではないでしょうか・・
それでもこのひと言が追加されていることで貴方のことがほんの少しですが
見えたような気がしました。
貴方の孤独が寂しいものではなくなりますように・・

52名前は誰も知らない:2006/04/20(木) 11:53:18 ID:3UND0Jy7O
公にした時からそれは個人のものではなくなる事を
理解してスレ立てをしているんだと思いましたが違うのですか?

いや、返事がレスがついていたので少し驚いて動揺しますたよ。
単に懐かしい人を思い出して感傷的になっただけです。深い意味はありません。
頭悪いから、読んでもよく分かりませんが知っていた人に
似ていたから、夜中だったから、
それ以上でもそれ以下でもありません。


そういえば蕗味噌をよく食べたと以前何度か聞かされましたが旨いんですか?
結局調理法も知らないまま終わりました。多分この先も知る事はありません。
53裸電球:2006/04/20(木) 12:33:12 ID:1D85V1wc0
>>52
蕗味噌を暖かい御飯にのせると、蕗の薹の香が味噌特有のそれにも
負けずに鼻先に漂います。
御飯の上で小山になった蕗味噌を崩して少量を御飯と一緒に口に入れ、噛みながら
鼻から息を抜くとまた一段とその香が増します。
「ああこれだこの風味と味だ」
蕗味噌を口にするといつもそう感じます。
これは慣れ親しんだ食べ物であることがベースである感想ですが、逆に
初めて口にする方の感想を聞いてみたいものです。

子供の頃から食べていて大好きだった食べ物に南部煎餅(御存知でしょうか)と
いうものがあって、やはり学生時代に寮の人間にふるまって大方不評だった苦い
思い出があります。

蕗味噌を食べる機会がありましたら是非その感想をお聞かせください。

54名前は誰も知らない:2006/04/20(木) 12:56:05 ID:3UND0Jy7O
南部煎餅…間違えだと思いますが
味噌汁に入れて食べたりする胡麻の入った硬いアレですか?
アレならあります。ほのかに甘かった記憶があるので多分俺の記憶違いです。



蕗味噌は食べてみたいですが、…今は無理ですね。
精神的にも状況的にも無理です。いつか、いつかは食べてみたいと思いますが
知人に関する記憶に触れるのは今の俺にはまだ堪えます。
ただ知人がこのレスを読んだらとても喜びそうです。
笑い顔が目に浮かびます。
知った人が言いそうな事を書いてて懐かしくてダラダラしてしまいました。
55裸電球:2006/04/20(木) 13:32:07 ID:1D85V1wc0
南部煎餅は普通にお菓子として食べるものです。
ですが割って味噌汁に入れるという食べ方は、僕の郷里にそれもまた普通に
存在します。
なかなか他の土地の方にアレを割って味噌汁にいれるという食べ方はない
発想だと思います。
ほのかに甘かったという貴方の記憶に少々驚いています。
南部煎餅を味噌汁に入れる時に、どの程度熱を通すかでその食感も味も
違ってきます。
甘味を感じるのは、本当に程よく熱を通し汁を吸わせた状態でしか殆ど
感じません。
(無論その人それぞれの好みではありましょうが、僕はそのタイミングで
食べるのが好きです)

しかし、どうやら僕と同郷ではないらしき貴方が味噌汁に入った南部煎餅の
甘さを覚えていたというのは感激です。
そして貴方にそれをふるまった方はどうやらその食べ方にも慣れていらっしゃるの
ではないでしょうか。


今日はとても有意義でした。
56名前は誰も知らない:2006/04/21(金) 02:08:45 ID:hz4cLzdEO
また無意味にカキコですよ。



南部…て岩手ですか?俺の知人は裏日本の出身でしたが若い頃よく
東北へ行ったらしいです。酔った気まぐれでしか話しませんでしたが
俺自身聞きたくなかったのでよく覚えていない。
南部は南部鉄瓶しか知らなかったのに
今ではすぐ煎餅を思い出す。
一緒に立石寺の話をしていたから全部混ぜて覚えた…
全く嘘覚えてどーすんだって感じですよ、本当。スレ汚しスマソ。
57名前は誰も知らない
…orz
調べたら(暇なんで)中善寺と勘違えてますた
立石は山形だった…山寺の事なんでしょうね
奥州藤原三代とか読むとリア厨の頃思い出すな、一緒に俳句の暗記もしたり。『岩に染み入る〜』は山寺で、とか。


あーもう何話てんすかね、俺。ガキの妄言に付き合わせて
失礼しました。