AKB大島「あたしが犯人を逮捕します!」

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1 ◆x1G.Xq6aH2
【SUPER MEGA COP STORY】

大島「署長から呼び出し…あたし何かやらかしたかなぁ…」

聞き込みから帰った大島は、重い足取りで署長室へと向かう。
堅物で有名の中尾署長は、ノンキャリアからの叩き上げで署長へと上り詰めた所謂努力と根性の人で、自分の娘の同年代の大島をよく気にかけてくれていた。
しかしこうして改まって署長室へ呼び出されるのは初めてのことだったので、大島はいくらか緊張している。

大島「あーあ、何言われるんだろう…」
2 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:42:49.98 ID:3JEpidkd0
署長室の扉が近づいてくる。
すると中から荒々しい女性の声が聞こえてきた。

前田「署長!やめさせてもらいます!」

――あれ?この声…前田先輩?

前田は大島より年下だが、刑事としては先輩だった。
合法化されて間もない潜入捜査において、かなりの活躍を見せている実力派である。
過去にはロボットや男子生徒のふりをして高校に潜入したこともあるというから驚きだ。
そのくせ仕事から離れた途端に、おっとりと可愛らしい性格を見せる不思議な人だった。

前田「次のエースを見つけてもらうしかないです!」

前田は引き留める署長の声を無視して、署長室から飛び出していった。
あまりの剣幕に、大島は声を掛けそびれてしまう。
前田のほうでも、こちらに気づいた様子はなかった。
かなり興奮していたのだろう。

大島「大島です。只今戻りました」

大島は前田と入れ替わるように署長室へ足を踏み入れると、敬礼した。
署長は取り繕うように笑い、まあ座りなさいとソファを指し示す。
そうして大島は署長からある提案をされた。
3 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:43:34.00 ID:3JEpidkd0
署長「例の窃盗グループの話はよく耳にするだろう?」

大島「あの、前田さんが追っているという3人組ですよね…」

署長「そうだ。ふざけた3人組だよまったく…」

署長は難しい顔で指を組んだ。
大島は神妙な面持ちで頷く。
数年前からこの辺り一帯で多発する、大手企業や投資家を狙った窃盗事件。
犯人グループは揃いの派手な衣裳に覆面姿の3人組。
体型からみて、全員女性。
それもかなり若い女性だと思われる。
はじめの頃は、犯人の目撃情報が多数挙がっていることから、逮捕は時間の問題だろうと考えられていた。
相手は年端もいかない女性であり、かなりの派手好きだ。
すぐに尻尾を出すだろう。
しかしいざ捜査が始まってみれば、犯人の尻尾どころか、影さえも掴めない。
短絡的犯行に見えて、調べれば調べるほど、犯人グループの大胆さと繊細さという両極端な特徴が浮き彫りになり、捜査本部は行き詰まりを実感していた。
当然、事件に関する世間から警察への風当たりは厳しい。
4 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:44:18.63 ID:3JEpidkd0
署長「…てくれないか?」
大島「え?」
署長「犯人グループを追ってくれないか?」

大島が聞き返すと、署長は今度、ゆっくりと言い直した。

大島「犯人グループを…あたしがですか?」

突拍子のない提案に、大島の声が裏返る。
世間からのバッシングに、署長は血迷ってしまったとしか思えない。

――あたしに事件を解決しろと?

無理だ。
ついこの間刑事になったばかりの自分には、荷が重すぎる。

大島「…でも、あたしなんかまだ前田さんの足を引っ張るばかりで、とても捜査なんて…」

大島は遠慮がちに言った。

署長「彼女ならついさっき、事件から下りたよ。前々から無茶な潜入捜査に疑問を感じていたらしい。本当に悪いことをした」

大島「あぁ…」

署長が頭を抱える。
大島は先ほどの前田の様子に合点がいった。
だからあれほどまでに興奮していたのか。
5 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:46:09.22 ID:3JEpidkd0
署長「彼女は以前から海外研修を希望していたんだ。それを私が無理に引き留めていた。しかしついに言われてしまったよ。次のエースを見つけてくれと…」

大島「次の…エース…」

署長「君の捜査本部参加は、前田くんの推薦だ。自分の後任は君しかいないと」

大島「そんな買いかぶりすぎですよ」

署長「まあ突然のことで不安なのはわかる。君の新しい相棒を紹介しよう。わからないことは彼に聞きなさい」

署長はそう言うと、デスクの上の受話器を取った。
二言三言話した後、電話を切る。
少し待つと、署長室の扉がノックされた。

署長「入りなさい」

そして入ってきた人物。
彼は以前から女子署員の会話によく名前が上がっている男性刑事だった。
大島は普段、興味がないので署員同士のそういった噂話は聞き流してしまう。
だから彼がなんという名前だったか、正確には思い出せなかった。
6 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:46:50.50 ID:3JEpidkd0
大島「えっと…」

口ごもっていると、相手のほうから挨拶してきた。

本多「本多です。よろしくお願いします」
大島「大島です。よろしくお願いします」

慌ててソファから飛び上がり、頭を下げる。
瞬間、額に感じる鈍い痛み。
どうやら相手も同じタイミングで頭を下げたらしく、ぶつかってしまったらしい。
大島は額を押さえると、照れ笑いを浮かべた。
その際、初めて本多と真正面から視線を合わせる。
本多も笑っていた。
刑事という職業からは想像出来ない、優しい笑顔だった。
7 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:52:35.38 ID:3JEpidkd0
【THE GHOST SHOW】

渡辺「病院…ですか…?」

渡辺はきょとんとした顔で聞き返した。
直後、声を上擦らせる。

渡辺「それって町外れの閉鎖になった病院じゃないですか!」

とある地方都市。
何の特色もない公立高校。
裏庭に建てられた部室という名のプレハブ小屋で、渡辺は2人の先輩を前に、抗議の態度を露にしていた。

小嶋「だって今年の文化祭はホラー映画を上映しようって決めてたじゃん」

小嶋は渡辺の態度などお構い無しに、穏やかな笑みを浮かべる。
8 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:53:19.68 ID:3JEpidkd0
渡辺「それをあの廃病院で撮影するつもりですか?」

1年上にあたるこの先輩は、日頃から掴み所がなく、気紛れにやる気を見せたかと思えば、面倒なことは後輩に丸投げしたりと、なかなか一筋縄ではいかない。
しかし妙に人好きする点や、最後の最後で救いの手を差し伸べてきたりする優しい性格からか、学園のマドンナ的存在になっていた。
当然、この映画研究会に置いて彼女の役割は演じ手だ。
去年の文化祭で上映したSF映画でも、小嶋は主役の魔法使い役を演じていた。
そして今年はホラー映画を製作し、文化祭で上映しようと計画している。
さてここで問題になるのが映画の舞台となる場所であるが、小嶋達の案では、町外れの廃病院がいいロケーションになるのではという。
渡辺は気が進まなかった。

河西「ちょっと怖いけど、場所のわりに変な噂が立ったりはしてないから大丈夫だと思うよ」

小嶋の隣で可愛らしい声を発したのは、同じく渡辺の1年上となる河西である。
少々サボり癖があるのが玉にキズだが、基本的に優しく穏やかで、後輩である渡辺をよく気にかけてくれていた。
9 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:54:06.69 ID:3JEpidkd0
渡辺「でも、勝手に忍び込んだら叱られませんか?ましてや撮影となれば色々と許可も必要になってくるし…」

2人の先輩はいい人だが、どこか浮世離れした部分があり、事務的なことを苦手としていた。
必然的に撮影場所の確保やスケジュールなどは渡辺が管理することになる。
渡辺としても細々とした仕事は得意ではないのだが、誰も引き受ける者がいないので仕方がないのだ。
誰かがやらなければ、部活動として成り立たない。
だから渡辺は今、病院の持ち主や地主を探しだし、事情を説明して自主製作映画の撮影に使わせてもらえないだろうか打診するという大仕事に対して、及び腰を見せているのだった。
心霊現象云々については心配していない。

渡辺「今年も校内だけの撮影にしましょうよ。部費も少ないですし。それに脚本だってまだですよね?」

小嶋「脚本ならさっしーが書いて来るって。病院を舞台にしたサイコスリラー」

渡辺「え?わたし全然聞いてないですよ」

その時、タイミング良く部室に指原が顔を出した。
10 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:55:22.75 ID:3JEpidkd0
指原「コピーしてきましたよー!」

彼女の手には閉じられた紙の束。
聞かなくてもわかる。
すでに脚本を書き上げ、人数分コピーしてきたのだ。

小嶋「さっしー早ーい」

小嶋がのんびりと称賛の声を上げる中、指原はバタバタと動き回り、部員に脚本を配る。
渡辺は早速手にした脚本を開いてみた。
ざっと目を通す。
悔しいけれど、なかなかの出来だ。
こういう裏方的なことを振ると指原は俄然やる気になり、普段以上の力を発揮してしまうことを忘れていた。
この脚本なら、部員はみんな賛成するだろう。

指原「細かい部分は実際に病院を見てみないとわかんないんですけど、内容としてはどうですか?いけますかね?」

肩にかけたリュックサックがずり落ちるのを手で押さえ、指原はおずおずと尋ねた。
猫背なうえに撫で肩なので、押さえてもすぐにリュックサックは落ちて来てしまう。
それでもなぜか彼女はずっとその鞄を愛用していた。
11 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:56:15.62 ID:3JEpidkd0
河西「すごいよー。よく一日でここまで書けたね」

指原「いや、普通に徹夜っすよ」

小嶋「これだとあたし悲鳴上げてばっかりの役だぁ…。しかもここに書いてあるパンチラのシーンて必要なの?」

指原「すみません。ホラーだとどうしても萌え要素が少ない気がして、勢いで書いちゃいました」

小嶋「今年もまたパンチラか…」

河西「ていうかあたし達にとっては今回の映画が最後の作品になるんだよね…」

河西がそう言うと、途端に部室内はしんみりとしたムードに包まれた。

渡辺「……」

そうだった。
自分達2年生はまた来年もあるが、3年の小嶋と河西にとっては最後の文化祭である。
気合いが入るのも当然だった。
最後だから、少し無茶してでも最良のロケーションで納得のいく映画を作りたい。
そんな純粋な思いを、撮影の許可云々で頭ごなしに否定していいものだろうか。
12 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:57:28.11 ID:3JEpidkd0
河西「あ、でも麻友ちゃんは病院を舞台にするの反対なんだよね?」

河西が脚本から視線を上げ、気遣うように渡辺を見る。
渡辺の胸が、ちくりと痛んだ。

渡辺「そ、そんなことないです。やりましょう。頑張りましょうよ!」

河西「本当にいいの?」

渡辺「はい」

多少の引っ掛かりを感じながらも、渡辺は快く返事をした。

指原「じゃあ一度、病院の中を確認しに行かないとですよね。今からみんなで行きますか?」

指原はコピーしたばかりの脚本をくるくると丸めながら言った。

河西「昼間はあの辺人通り多いから、忍び込めないよ」

小嶋「じゃあ夜だね」

指原「え?夜?じゃあ懐中電灯必要ですよね。指原んちいっぱいあるんで、持って来ますよ」

小嶋「ありがとー」

渡辺「え?こ、今夜いきなり行くつもりですか?」

渡辺が尋ねると、小嶋は当然とばかりに頷いた。
13 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 09:58:13.78 ID:3JEpidkd0
小嶋「だって時間ないし。早く撮影に入りたいでしょ?」

渡辺「そ、それはそうですけど…」

結局、押しきられる形で渡辺は今夜の病院行きを決断する。
誰も学園のマドンナには逆らえないのだ。
気がつけば今夜の待ち合わせについて話し合いは終わっていた。

渡辺「……」

渡辺はそこで、映画研究会ただ一人の男子部員、博を窺い見た。
博は最初から部員の会話に入らず、何を考えているのかわからない顔で脚本を熟読している。

渡辺「博くん…」

渡辺は小声で呼び掛けた。
博は廃病院を舞台にすることについて、疑問がないのだろうか。

博「大丈夫だよ…麻友ちゃん。出来るだけ俺もフォローするから」

博はこちらに視線を向けると、渡辺の心を見透かしたように答えた。
本当に大丈夫なんだろうか。
渡辺の気持ちはまだ不安なままである。
14 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:01:32.17 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP STORY】

署長「捜査についての詳しいことは彼から聞きなさい」

署長に促され、大島と本多は別室に移る。

本多「毎日あれだけニュースに取り上げられているから、今更って気がするだろうけど聞いて欲しい…」

本多はそう前置きした後に、念のためといった様子で事件についての説明を始めた。

犯人グループの4人は犯行までに綿密な計画を立てている可能性が高い。
これは大手企業や投資家など、通常は容易に近づくことなど出来ない相手をターゲットに選んでいるからで、事件後、被害者達の周辺から決まって一人ないし二人の人物が消えることからも予測できる。
この日本で、まったく痕跡を残さずに人間が消えることなど不可能に近いが、本当に、まるで最初からそんな人間など存在していなかったように消えてしまうのだ。
該当者の個人データから写真、小さなメモに至るまで、昨日まであったものが事件後にはきれいになくなっている。
当然、指紋が検出されることもない。
おそらく消えた人物は、犯行に関わっている。
そうやって事前にターゲットの情報を掴み、犯行に及んでいるのだ。
15名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:01:57.80 ID:Jf2bmCkcP
つまんね
16 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:02:54.69 ID:3JEpidkd0
大島「そして消える人物は毎回女性…」

本多「そう、世間で言われている犯人グループの性別も全員女性」

大島「被害額はどのくらいなんでしょう…」

本多「さあね」

本多は意味ありげに口の端を上げて見せた。

大島「?」

本多「大島さん、コーヒーでも飲まない?奢るよ」

本多は突然席を立ち、部屋を出て行ってしまう。
大島は首を傾げながら、黙ってついていった。
自販機の前まで来ると、本多は適当に選んで、大島へ紙コップを差し出す。
安っぽい、しかし不思議と落ち着くコーヒーの香り。
本当はミルク入りが良かったのだが、奢ってもらう手前、言い出しにくく、大島は無言でブラックを啜った。

本多「衝立の向こうに人がいたろう?」

本多がソファに座ったので、大島は向かいに腰を下ろした。

大島「あ、さっきの部屋ですか?全然気づきませんでした」

本多「いたんだよ」

大島「はぁ…」
17名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:03:45.45 ID:nGYhf4JLP
安価まだ?
18名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:04:11.68 ID:zTx7Ez82O
タマキン刑事?
19 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:04:13.82 ID:3JEpidkd0
本多「それでさっきの続きだけど、被害額云々より、盗まれた物自体がちょっとまずいんだ」

本多はそこで声を落とした。

本多「本来そこにあってはいけない物を、犯人グループは盗み出している。つまり被害者が違法に手に入れた品だ」

大島「そもそも被害者自身が犯罪者…」

本多「犯人グループは依頼されて、それを盗み返しているだけだ。盗んで、きちんと元の持ち主に返している。もちろん元の持ち主に聞いたところで、それらが手元に戻って来てるなんて口が裂けても言わないだろうけどね」

大島「だけどなんで元の持ち主は最初に警察に訴えなかったんだろう…。わざわざ犯人グループに頼んで盗み返させるなんて…」

本多「騙されて盗られた権利書や美術品…その他価値ある物…。本来であればすぐに被害届を出せばいい。だけど、どうしても被害届を出せない理由があるんだ」

大島「相手は大手企業や投資家…全員政財界に名の通った人物の息がかかっている。もし訴えでもしたら、こちらの身が危なくなる」

本多「うん…泣き寝入りするしかなかったんだよ」

大島「ひどい話ですね…」

本多「あぁ…しかし警察組織としてはそちら側に味方するしかない」
20名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:04:40.17 ID:Jf2bmCkcP
糞スレ
21 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:06:00.68 ID:3JEpidkd0
大島「わかってます。それにその他にも犯人グループは毎回ある程度の現金や貴金属を盗み出しています。それらを当面の生活費や次の犯行資金に当てているはずです」

大島「どうせ依頼人からも報酬を受け取っているんだろうし、ヒーロー気取りだかなんだか知りませんけど、やっぱりこんなこと許せませんよ。本多さん、絶対に犯人を捕まえましょう」

本多「そうだね…」

本多と視線を合わせる。
本多はまだ新米の自分を、対等に見てくれている気がする。
その期待に、答えてみせよう。

本多「それからこれまでの聞き込みからわかっていることだけど、犯人グループひとりひとりの特徴は…」

大島「あ、ちょっと待ってください。ここであんまり捜査情報を喋らないほうが…」

大島は早速、先程から気になっていたことを指摘した。
いくら周りに人がいないとはいえ、ここは署員共通の休憩スペースである。

大島「続きは捜査本部でお願いします」

本多「おっ、急に大島さん、顔付き変わったなぁ…」

澄まし顔の大島に対し、本多はおどけたように返した。
22 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:07:30.05 ID:3JEpidkd0
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「やっと定時に帰れた…」

会社を出ると、空はまだ明るく、途端に解放感に包まれる。
この一週間は本当に多忙だった。
今日は待ちに待った金曜日である。
このまま真っ直ぐ帰るのは勿体ない。
寄り道でもしていこうか。
そういえばこの近くに最近出来たカフェ、まだ行ったことがない。
同期の子達の話では、なかなかおしゃれな雰囲気で居心地がいいと聞く。

柏木「おしゃれ…か…」

どこにでもいるOLの自分には、少々敷居が高い気がしてきた。
清楚系と言えば聞こえはいいが、柏木は地味なほうである。
同期の女の子達のような男性に媚びたファッションでもなければ、ブランド物を身につけたりもしていない。
着る服といえば母親と一緒に選んだ無難な形のブラウスとスカートである。
おしゃれなカフェに入る自分を、柏木はうまく想像出来なかった。
23 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:08:20.31 ID:3JEpidkd0
柏木「たこ焼き買って帰ろうかな…」

結局柏木はカフェの前を素通りし、たこ焼き屋の前で足を止める。
帰宅したら母と一緒にたこ焼きを食べよう。
ついでに母のパート先の愚痴でも聞いてあげよう。
柏木は今時珍しい親孝行な娘だった。

柏木「ただいまー。お母さーん?」

平凡なマンションの一室を開けると、柏木は奥へ向かって呼び掛ける。
母の返事が聞こえた。

柏木「たこ焼き買って来たよ」

柏木母「あら由紀ちゃん、今日は随分帰り早いのね」

母は娘の顔を見ると、お茶の用意にとりかかりながら言った。

柏木「うん、今週ずっと遅かったから」

柏木母「お疲れさま。お仕事大丈夫なの?」

柏木「ほんとはまだ終わってないんだ」

柏木はそこで、悪戯っぽい笑みを浮かべると、小さく舌を出した。
母の表情が咎めるような険しいものへと変わる。
24 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:09:03.72 ID:3JEpidkd0
柏木「でもあとちょっとだから、明日家で片付けるよ」

柏木は慌てて言い直すと、たこ焼きに手を伸ばす。
少し冷めたたこ焼きは、ぼんやりとした味をしている。

柏木「うん、まあまあおいしいよ」

柏木は仕事からたこ焼きへと、うまく話題を反らした。
母もたこ焼きを頬張ると、それ以上柏木を問いただそうとはしてこない。
その代わり、パート先の愚痴をこぼし始めた。

柏木母「店長たら、面接に来たのが若い子だとすぐ雇っちゃうのよ。ほら若い人ってせっかく仕事教えてもすぐ辞めちゃうでしょ?困るのよねぇ…」

柏木「そういえばこの間バイトで入った女の子、あたしと同じ年くらいだっけ?あの子はまだ続いてるの?」

柏木母「そうねぇ、最初はオドオドしてて心配だったけど、今はひとりで出前にも行けるようになったわ」
25 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:10:22.63 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP STORY】

大島「あ、今からお昼?」

交通課の前まで来ると、同期の梅田に呼び止められた。

梅田「そうなのー」

梅田はいつも、にっこりと目を細くし、きゅっと口角を上げたお手本のような笑顔を浮かべる。
小さめのランチバッグを顔の横まで上げ、一緒に食べないかと誘ってきた。

梅田「優子もお弁当でしょ?」

大島「ごめん、今日は出前頼んじゃった。それにこれから食べながら捜査についての会議なんだ」

梅田「うわぁ…さすが刑事課は違うな。あたし達交通課は気楽なもんよ」

梅田は冗談交じりにそう言うと、身を乗り出して外を眺めた。

梅田「出前まだ来そうにないねぇ…」

交通課は入り口に一番近いところに位置しているので、人の出入りをよく見ることが出来る。
逆に刑事課は署内では奥のほうにあるので、慣れていない人だとちょっとわかりにくい。
だから大島はいつも、出前を頼んだ際は交通課の前で待って、受け取ることにしていた。
26 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:11:13.51 ID:3JEpidkd0
梅田「ランチの時まで会議なんて、新しい事件?」

大島「ううん、例の3人組窃盗グループ」

梅田「何、優子ついに捜査本部に加えてもらったの?すごいじゃん」

大島「いやいやあたしなんかまだ先輩方の足引っ張っちゃいそうで不安だよ」

梅田「優子なら大丈夫だって。同期の間では一番優秀だったじゃない」

大島「そうかなぁ…」

梅田「すごいなぁーあの窃盗グループを優子が追うのかぁ…ね、ぶっちゃけどこまで捜査進んでるの?」

大島「何、梅ちゃん興味あるの?」

梅田「そりゃあ世間で話題になってるからね、一応。それに噂だと、3人ともすごい美人だっていうし、犯行も無駄がなく鮮やかで大胆不敵!かっこいいじゃない。あたしもし警察官じゃなければ、窃盗グループのほうを応援しちゃってたかな」

梅田はうっとりとした表情で言った。
そうなのだ。
最近ではマスコミが窃盗グループについての様々な憶測記事を書くので、一般人の間には窃盗グループをまるでアイドルのように崇めたてる風潮が起きつつある。
それもまた捜査本部の悩みの種だった。
窃盗グループを捕まえ損ねれば厳しく責められ、そしていざ捕まえてしまうと、きっと彼女達を擁護する輩が現れる。
どちらにせよ警察のイメージは悪くなるのだ。
27 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:12:12.66 ID:3JEpidkd0
大島「全然かっこよくないよ。どんな理由があるにせよ、盗みは犯罪。あの3人組は最低の犯罪者なんだから」

大島は思わず梅田に言い返してしまった。
梅田は驚いたのか、ちょっと眉を上げて見せる。

梅田「確かに法律上は犯罪だけど、別に窃盗グループは私利私欲のために盗みをしてるわけじゃないでしょ?目撃者や現場に居合わせた人物を殺したりもしないし。弱きを助け、悪に鉄槌を喰らわすための犯行なら、少しくらいおおめに見てあげても…」

大島「そうだとしても、やっぱり駄目なものは駄目だよ。でないとあたし達警察の存在意義が危うくなる」

梅田「うん、まあそうなんだけどね」

梅田はまだ何か言いたそうであったが、出前が来てしまったため口をつぐんだ。

大島「あ、それ中身エビチリですよね?あたしですあたし」

大島が出前を持ってきた少女に向かって片手を上げた。
今時珍しく割烹着姿に三角巾を被った店員は、大島に気づいて笑顔で歩み寄ってくる。
注文した料理を受け取ると、大島は梅田に軽くウインクした。

大島「じゃあまた後でね」

足早に刑事課へと戻っていく。
28 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:14:12.22 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP ANOTHER STORY】

篠田「え?今日帰国?」

篠田は受話器に向かって驚きの声を上げた。
それでももう片方の手では休みなく鍋の中身をかき混ぜている。
安アパートの一室は、カレーの香りで充満していた。

篠田「佐江?今どこなの?え?もう羽田って…」

毎度のことながら、宮澤のフットワークの軽さには舌を巻いてしまう。

篠田「じゃあ気を付けて帰って来てね」

それだけ言うと、篠田は電話を切った。
直後、今度は騒々しい足音が玄関へ近づいてくる。

松井珠「ただいま麻里姉!」

元気良く帰宅したのは、珠理奈だ。
篠田はすでに足音の時点でそれが誰かわかっていた。
端正な顔立ちをしながら、いつも明るく無邪気な珠理奈は、この家の末っ子にあたる。
29 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:15:09.49 ID:3JEpidkd0
松井珠「またカレー?」

珠理奈は鞄を放り出すと、鍋を覗いてがっくりと肩を落とした。

篠田「文句があるなら食べなくていいよ」

篠田は姉らしく、ちょっと意地悪な口調で言う。
珠理奈は案の定、篠田の肩に抱きついて、語尾を伸ばした。

松井珠「嘘嘘、麻里姉の作るカレー大好きー」

大人っぽく見えて、中身はまだまだ甘えたがりの子供である。

篠田「制服着替えてきて。サラダ作るの手伝ってよ」

松井珠「はーい」

珠理奈は素直に返事をすると、高校の制服から私服へ着替えに、和室へと入っていった。

篠田「あぁまたこんなところに鞄放り出して…」

篠田はガスコンロの火を止めると、床から珠理奈の放り出した通学鞄を拾い上げる。
その際、鞄の中身がバラバラとこぼれ落ちた。
30 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:16:05.29 ID:3JEpidkd0
篠田「……!」

床に出来た参考書の山。
タイトルを見て、篠田はぎょっとした。
どれも普通の高校生が読むものとは思えない。
さらに鞄の中身を探ると、怪しげな薬品が入った小瓶が見つかった。

松井珠「あー!麻里姉勝手に鞄の中見ないでよ!」

着替えを終えた珠理奈が和室から出て来て、ひったくるように鞄を取り返す。
篠田は眉を吊り上げた。

篠田「珠理奈…こういうことはやめなさいって前にも言ったよね?」

松井珠「だって…」

篠田「だってじゃないでしょ!だいたい家の中でこういうことされて、何かあったらどうするの?このアパートだってやっと借りられたのに…何か起こしてここ追い出されたら、あたし達みんな生きていけないんだよ!」

松井珠「ごめんなさい…」

篠田は普段温厚で優しい人だが、怒らせるとかなり怖い。
珠理奈はしゅんと肩をすぼめた。

松井珠「あたしだって麻里姉達の役に立ちたかっただけなのに…」
31 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:17:01.35 ID:3JEpidkd0
篠田「あのね、珠理奈は普通に毎日学校へ行ってくれるだけで充分役目を果たしてるんだよ」

松井珠「嘘…あたしの学費とか稼ぐために麻里姉達だけ苦労させるわけにいかないよ!」

珠理奈は頑固だ。
篠田は呆れたように首を振った。
確かに珠理奈の言い分は理解できる。
そちらの方面で才能があることも知っている。
しかしこれ以上自分達の仕事に首を突っ込まれては、本末転倒なのだ。
珠理奈にだけは、自分達のような人生を歩ませたくない。
普通の女の子のように友達を作り、恋をして、おしゃれを楽しんで、真っ当な人生を歩んでほしい。
今の自分達にとって、珠理奈が人並みの幸せを手に入れることこそが希望なのだ。
そのためにはいくら手を汚したっていい。
しかし最近、篠田は疑問を感じはじめている。
そもそも自分達のような人間と一緒にいる自体、珠理奈に悪影響を及ぼしているのではないか。

――じゃあ珠理奈をまたあのような施設に戻す?

そう考えた時、次に頭に浮かぶ問いかけは必ずこれである。
珠理奈を施設に戻したほうがいいのか。
探せばそれなりの施設は見つかるだろう。
だが――。

――もしまたあの時のような悲劇が起きたら?

そこまで考えて、いつも篠田は躊躇してしまう。
結局珠理奈をこのまま手元に置いておいたほうがいい気がしてくる。
結論は出ない。
決まって堂々巡り、現状維持。
我ながら決断力のなさに辟易してしまう。
32 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:18:11.56 ID:3JEpidkd0
篠田「とにかくこれ以上危ないことはしないで!」

結局篠田はそう言って話を切り上げると、再び鍋に向かった。
それから思い出し、まだいじけている珠理奈に声をかける。

篠田「そういえばさっき電話があって、佐江ちゃんもう日本に着いたみたいだよ」

松井珠「ほんと!?」

珠理奈の表情がパッと明るくなる。
立ち直りの早さは彼女の数多い長所の中の一つだ。

松井珠「やった、今日は久しぶりにみんなでごはんだー」

珠理奈が小躍りを始めるのを、篠田は微笑ましく眺めた。

松井珠「あ、おかえりー」

と、突然珠理奈が玄関の方を向く。
宮澤が帰って来たのかと思ったが、空港から真っ直ぐ来たにしても早すぎる。
ということは――。
33 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:18:55.22 ID:3JEpidkd0
篠田「梅ちゃん…」

篠田は歩いて行って、玄関でヒールを脱ぐのに手間取る梅田の鞄を持ってやった。

梅田「ありがとう。もう一日働くと足がパンパン…」

梅田がしんどそうに笑う。

篠田「お疲れさま」

松井珠「彩姉、佐江姉が今日帰って来るってー」

梅田「佐江が…」

梅田はハッとして、篠田と視線を合わせた。
篠田がゆっくりと頷く。

篠田「いよいよだね…」
34名無し:2013/07/26(金) 10:25:02.93 ID:STL17H8W0
続きよろしく
35 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:30:27.42 ID:3JEpidkd0
【THE GHOST SHOW】

夜になった。

渡辺「怖いなぁ…」

待ち合わせ場所である廃病院前には、博と一緒に向かった。
道中、渡辺の心臓は壊れそうなほど激しく鼓動していた。
真面目な学生である彼女は、これまで深夜に出歩くなどほとんどなかった上に、これから足を踏み入れる場所は潰れた病院である。
しかも、無断で侵入するのだ。
禁忌を重ねるという罪悪感が、渡辺の心を蝕む。

渡辺「あ、小嶋さん!河西さん!」

2人の先輩はすでに到着していた。
なんとなく学校外で会うと新鮮な気分である。

渡辺「あとはさっしーだけですか?」

河西「さっしーちゃんと懐中電灯持って来てくれるかな…」

渡辺「ここ、思ったより外灯が届かないもんですね」

渡辺は暗闇に目を凝らす。
街の明かりは遥か遠く、今は自分の足先すら確認するのが難しい。
先輩2人が到着していることに気付いたのも、ほとんど声で判断した部分が大きかった。
2人それぞれ、可愛らしい声の持ち主である。
36 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:31:25.24 ID:3JEpidkd0
小嶋「遅刻した罰として帰りはさっしーにアイス奢ってもらおう」

小嶋は甘い声で厳しいことを言う。

河西「あたしはアイスよりミルクティーがいいな」

河西は独特の鼻にかかった声を放った。
そうこうしているうちに自転車のライトが近付いて来て、指原が現れた。

指原「遅れてすみません」

謝った拍子に、例のリュックサックが肩からずり落ちる。

指原「これ、懐中電灯」

指原はよほど飛ばして来たのか、息を弾ませながら言った。
自転車の篭から懐中電灯を4本取り出す。

小嶋「わぁーありがとー」

渡辺「あれ?1つ足りないよ?」

博「俺と麻友ちゃんで一緒に使えばいいよ」

河西「麻友ちゃん、大丈夫?」

渡辺「あぁはい、平気です」

そうしていよいよ病院の中に足を踏み入れた。
37名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:31:38.01 ID:1Zzmvlva0
はよはよ
38 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:32:34.43 ID:3JEpidkd0
小嶋「わぁ…」

中は想像していたほどに荒れていなかった。
もちろん埃は被っているが、ロビーに置かれたソファやカウンターなどはまだ充分使えそうである。
壁に落書きや、侵入者に荒らされた形跡もなく、病院特有の神聖な雰囲気が未だ維持されていた。
ただ、よく観察してみると、床がところどころ剥がれていたり、枯れた観葉植物が残されていたりと、なんとも物寂しい。
改めて、ここが世間から見捨てられた場所なのだと認識する。

博「じゃあ俺たちはあっちを下見してこよう」

渡辺「うん。集合場所はこのロビーでいいですか?」

小嶋「わかったー」

河西「あたし達はこの辺りから見て行こうか」

渡辺と博は階段を上り、小嶋と河西は1階を下見することにする。
39 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:33:24.42 ID:3JEpidkd0
渡辺「行ってきます」

思わぬアクシデントで、博と一緒に行動出来ることになった。
渡辺は内心、安堵している。
薄々気づいていたが、2人の先輩は頼りにならない。
しかし唯一の男子部員である博といれば、何か起きても大丈夫な気がした。
そこまで考えて、渡辺ははたと気付いた。

――何かって…何?

自分は今、一体何を想像したのだろう。
こんな深夜に自分達の侵入を咎める者などいない。
それにここは廃病院とはいえ、今まで一度も所謂出ると噂されたこともなく、つまり心霊スポットとは違うのだ。
何も起きるわけない。
自分達は無事に下見を終えるだろう。

博「麻友ちゃん…?」

先ほどから黙ったままの渡辺を心配して、博が顔を覗きこんでくる。

渡辺「何でもないよ」

渡辺は慌てて作り笑いを浮かべた。
40 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:34:21.57 ID:3JEpidkd0
一方同じ頃、1階では小嶋と河西がキャーキャーいいながら下見をしていた。

小嶋「見て見て!聴診器見つけたよ。撮影の小道具で使えるかなー?」

河西「もっといかにもな物がいいよ。注射器とか…メスとか!ホラー映画なんだから」

小嶋「そっかぁ…あ、さっしーはどう思う?」

小嶋は聴診器を持ちながら振り返った。

小嶋「さっしー…?」

てっきり後ろからついてきてると思った指原が、いない。

河西「さっしーは麻友ちゃん達と一緒に2階に行ったんじゃない?」

小嶋「え?そうなの?」

小嶋はびっくりして、思わず聴診器を取り落とした。

河西「あたし達ずっと2人だったじゃない」

河西が呆れたように言う。
それから奥に移動式のベッドがあるのを見つけ、駆けていった。

小嶋「変なの…」

小嶋はまだその場で、腑に落ちない表情をしている。

――じゃあずっと後ろについて来てた足音は何…?
41 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:36:01.26 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP ANOTHER STORY】

松井珠「いっただっきまーす!」

行儀よく両手を合わせ、珠理奈は夕食に取りかかる。
篠田作のカレーはいつも絶妙な辛さでおいしい。
さすがに頻繁に食卓へ出されると飽きてしまうし、文句も言うが、実のところ珠理奈はこのカレーが大好物である。

松井珠「……」

しかし今日はゆっくりとカレーを味わう余裕はない。
さっさと皿を空にすると、珠理奈はそっと襖に近づいた。
リビングでは篠田達の話し合いが始まっている。
宮澤が帰宅したので、間違いなく仕事の打ち合わせだ。
まだ子供だからという理由で、一人だけ除け者なんて許せなかった。
だから珠理奈は和室から、そっと姉達の声に耳を澄ます。
怪しまれないように時折カレー皿とスプーンを合わせ、わざと音を立てるのを忘れない。
篠田達はきっと、自分が呑気に夕食を食べていると思い込んでいるはずだ。
42 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:37:07.01 ID:3JEpidkd0
宮澤「例の会社が中国の野生パンダ保護団体に多額の寄付をしたなんて真っ赤な嘘。そんな事実は確認出来なかった」

宮澤が中国に渡り、調べた事柄を述べる。

梅田「じゃあまだお金はあの会社の金庫の中?」

宮澤「うん」

篠田「ううん、もしかしたら権利書のまま残されているのかも。頃合いを見て現金化する気だよ」

梅田「依頼主の要求は、権利書を取り返して欲しいってことでしょ?じゃあ今ならまだ間に合うかも」

篠田「うん…明日、決行する…」

宮澤「よっしゃ!」

篠田「佐江ちゃん、帰国したばっかりで大丈夫?」

宮澤「平気平気。今回の依頼人は報酬かなり弾んでくれるんでしょ?明日決行すれば、来月の珠理奈の修学旅行代が余裕で払えるじゃん」

梅田「そうだね、頑張らなきゃ…」

篠田「警察の動きはどう?」

篠田は梅田に問いかけた。
梅田は以前から警察に潜入している。
43 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:38:29.43 ID:3JEpidkd0
梅田「今のとこ特には…あ、でも捜査からエースが下りたみたい」

宮澤「捜査本部が縮小されたの?」

梅田「さぁ…でもエースの後任にあたしの同期が選ばれた」

篠田「それって、用心したほうがいい?」

梅田「まだなんとも言えないかな?彼女、同期の中では確かに優秀だったけど、刑事としての経験は浅い。まああの様子からだと、まだ警察は全然あたし達に近づけてないね」

篠田「だけどいつか必ず警察はあたし達に辿り着く。今回の仕事で最後になればいいんだけど…」

篠田はそう言って、ちらりと襖を見やった。
先程から珠理奈がやけに騒々しい。
普段なら気をつけるはずなのに、今日は無駄に食器のぶつかる音が聞こえる。
行儀のいい珠理奈にしては珍しいことだった。
ようやく施設の呪縛から解放され、伸び伸びと食事出来るようになった証拠だろうか。
だとすればいい傾向だ。
あんな施設の記憶など、早く消えてしまえばいい。
あの場所で、自分達はこの世の地獄を見た。

篠田「あれからもう3年になるのか…」
44 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:39:53.70 ID:3JEpidkd0
篠田には両親がいなかった。
なぜいないのか、理由は知らない。
教えてくれる人もいない。
生まれた時から施設という場所で育った。
途中、様々な事情で施設を点々としたことはあったけれど、概ねどこも同じだった。
施設にいる子供はみんな何かに怯えるように周囲の大人達に甘え、顔色を窺い、そのくせ心の底のほうでは拒絶している。
大人を、子供を、教師を、つまり世界のすべてを。
誰も本音で語る子供などいない。
3人に出会ったのは、最後にいた施設だ。
明るく面倒見のいい宮澤は、子供達の間では常にムードメーカーだった。
彼女がいるだけで、空気が柔らかくなる。
無邪気で優しく、いつも花のように笑う梅田からは、両親がいない子特有の暗さや悲壮感が感じられなかった。
彼女が何か言うと、大抵の問題は解決される。
そして珠理奈。
まだ幼かった彼女は、出会った当初、あまり笑わなかった。
いつも心を閉ざし、他人を遠ざけ、孤立していた。
しかしそれが本当に彼女自ら望んだ結果でないことを、篠田は見抜いていた。
だから例え無視されようと、辛抱強く声を掛け続けた。
そんな篠田の努力が実ったのか、珠理奈は少しずつ笑顔を見せるようになり、大人びた外見の奥に隠されていた無垢な素顔を露にし始めた。
いつの頃からか、4人で過ごす時間が多くなった。
互いの虚しさや寂しさを埋めようとしたら、まるでぴったりとパズルのピースが嵌まるように、自分達はよく気が合った。
周囲からはまるで4姉妹みたいだねと冗談を言われた。
本当にそうだったらいいのに、と何度も篠田は思った。
しかし平和な日々はある日突然、呆気なく壊れた。
45 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:41:51.73 ID:3JEpidkd0
施設の新しい経営者として、あの夫婦が現れた。
外面が良く、社会的信用度も高かった夫婦が、まさか裏では自分達をこき使い、気に入らないことがあれば殴り、罵倒し、家畜のように扱っていたことを、世間は気付いていなかっただろう。
いつか施設を卒業する時のためにと、こつこつ貯めていたお金は、すべて夫婦に奪われてしまった。
食事のマナーがなっていないと言っては、髪を掴んで引きずり回された。
掃除後のチェックで、床に髪の毛が1本落ちていただけで頬を張られ、日暮れまで頭から水を掛けられ続けた。
そんな生活でも、篠田達年長者は要領を覚え、夫婦の攻撃を回避する術を身につけられたのだが、まだ純真な珠理奈には無理だった。
すぐに限界が来た。
次第にやつれ、疲弊していく珠理奈の、一体何が気に障ったというのか、夫婦は彼女ばかりを攻撃するようになった。
珠理奈は食事中も、寝るときも、耐えず緊張し、気を配っていなければならなくなった。
夫婦はそれでも意地の悪い視線で珠理奈を監視し続け、少しのミスも見逃さなかった。
珠理奈が何か間違えばすぐに追及し、責め立て、そして殴った。
あの日々を地獄と呼ばないで、他に何があるというのだろう。
篠田達にとっても眠れない日々が続いた。
なんとか珠理奈を救えないものか。
そんなある夜、施設で火災が起きた。
出火したのは夫婦と年少者達が眠る建物だったため、同じ敷地内のプレハブ小屋にいた篠田達年長組は難を逃れた。
さらに幸運だったのは、その夜、珠理奈がお仕置き部屋と呼ばれる物置小屋に拘束されていたために無事だったことである。
真冬の、とても乾燥した日だった。
46 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:43:42.49 ID:3JEpidkd0
建物はあっという間に燃え尽き、中の子供達を助け出す隙もなかった。
だがこれで、自分達を虐待し続けた夫婦もこの世から消えたことになる。
赤々と燃える炎を、4人並んで茫然と眺めた。
遠くで消防車のサイレンが鳴り響いていた。
まだ火事の野次馬も集まっていない。
あの時、最初に逃げようと言い出したのは誰だったか。
今となっては思い出せないけれど、とにかく自分達はその場から一目散に逃げた。
施設が燃えても、自分達はまた別の施設に移されるだけだ。
もしかしたら、4人バラバラにされるかもしれない。
新しい施設に、またあの夫婦のような人間がいないという保証はどこにもない。
親がいないというだけで、自分達は他人から攻撃対象にされてしまうことを知った。
それならいっそ、4人で行ける所まで行ってみよう。
自分達がここから消えても、きっと世間は火事の死傷者リストに含めるだけだ。
今までの自分は、あの火事の夜に燃えて消えた。
これからは生まれ変わり、4人で力を合わせて生きていこう。
3年前、篠田はそう誓ったのだ。

篠田「あーあ…3年間あっという間だったな…」
47 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:45:17.07 ID:3JEpidkd0
施設から姿をくらまし、目まぐるしく日々は過ぎた。
住む所もない。
お金もない。
戸籍もない。
そんな4人が集まったところで、生活なんか出来るわけがない。
まともな所へなんか行けない。
しばらくの間、人目を忍ぶようにして生きた。
お金のためなら、どんな怪しげな仕事にも手を染めた。
怪しい物事の傍には、怪しい人間が集まるものである。
周辺には、太陽の下を歩けないような者達が集まりだした。
なぜかそういう人達は決まって片足を引き摺っていたり、歯が抜けていたりした。
戸籍屋も、その中のひとりだった。
篠田達に戸籍がないとわかると、戸籍屋は4人分の戸籍を用意してやると持ち掛けてきた。
ただし、要求された額はとても払えるものではなかった。
一刻も早くまともな仕事や生活を送るには、一番に戸籍が必要である。
篠田は喉から手が出るほど、それが欲しかった。
だから、次に戸籍屋が提案してきた話に乗った。
戸籍代を支払えないのなら、稼げる仕事を紹介してやる。
その仕事を引き受けるのなら、今すぐに使える戸籍を用意してやってもいい。
ただし、一度引き受けたら、支払い額に達するまで絶対に仕事をやめることは出来ない。
篠田はこの条件を呑んだのである。
以来、篠田達は裏社会専門の窃盗グループとなった。
あれから3年。
戸籍屋への借金返済は、あと少しで終わる――。

松井珠「明日…決行…」

一方、篠田が過去を振り返っている時、珠理奈は襖の向こうで今を見つめていた。
今、自分に出来ることはないだろうか。
48 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:47:32.33 ID:3JEpidkd0
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「おはようございます」

ビルの中に入ったところで、警備員が2人立っていた。
休みの日にまでご苦労なことである。
そういう自分も、休日出勤をしているのだが。

柏木「休みの日にまで会社に来ちゃうなんて、最悪…」

セキュリティカードを翳し、無人のオフィスに入ると、柏木はため息をついた。
今朝、持ち帰った仕事を自宅で片付けようとしたところ、資料をデスクに置き忘れてきてしまったことに気づいた。
資料がなければ仕事が出来ない。
仕方なく、柏木は重い足取りで会社までやって来たのである。

柏木「あーあ…あったあった」

デスクの引き出しを開け、ファイルを取り出す。
苛々しているので、多少荒っぽい動作だった。
背後で掲示物か何かが外れ、床に落ちる音がした。

柏木「?」

振り返るとそこに、派手なスーツを来た男が立っていた。
49名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:49:02.36 ID:1Zzmvlva0
遅い
50 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:53:20.70 ID:3JEpidkd0
柏木「専務…!!い、いらしてたんですか?」

男はこの会社の専務で、その役職は会長の息子だから与えられているというものだった。
絵に描いたような高慢で、ずる賢く、甘ったれた男で、柏木は苦手である。
普段は仕事と偽ってふらふら外出ばかりしているくせに、たまにオフィスに顔を出したかと思えばえらそうに見当違いな指図をする嫌われ者だ。

専務「あ、あぁちょっと必要な物があってね…」

専務のほうも、柏木がここに居ることに驚いた様子だった。
手にしたアタッシュケースを大事そうに胸の前で抱えながら、目を丸くしている。
それから柏木の顔をまじまじと眺め、にやりと笑った。

――嫌だな…。

柏木の胸は早くも悪い予感でいっぱいになる。
ここで専務の相手をしている暇などない。
早く帰って仕事を片付けなければ。

専務「柏木くんは今日どうしたの?休みの日にまで出勤なんて、今頃彼氏が寂しがっているんじゃない?」

案の定、専務は手近な椅子に腰を下ろすと、ねっとりとした口調で話しかけてきた。

柏木「ちょっと忘れ物してしまったので…。それに彼氏なんかいません」

柏木は嫌悪感を押し殺し、愛想笑いを浮かべた。
51 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:54:33.29 ID:3JEpidkd0
専務「ふうん…」

専務はまたニヤニヤ笑い。
柏木は全身に鳥肌が立つのを感じた。
一刻も早くここから立ち去りたい。
しかし曲がりなりにもこの男は専務である。
邪険に扱うことなど出来ない。

柏木「せ、専務?コーヒーでもお淹れしましょうか?」

柏木は取りあえず給湯室に逃げる作戦を思いついた。
コーヒー一杯でも飲ませれば、後はなんとなく帰宅する雰囲気に持って行けそうである。
しかし、そもそも専務は急ぎの用事だから、普段滅多に来ないオフィスにわざわざ出向いて来たんじゃないだろうか。
だとすれば、コーヒーは断ってきそうである。

専務「ああ、じゃあ頼むよ」

柏木「はい」

――ちぇっ、飲むのか…。

自分から言い出しておいて、柏木は心の中で舌打ちした。
給湯室へと向かう。
ここは一応来客用の高価なコーヒーカップを使ったほうがいいだろう。
来客じゃないけど。
コーヒーカップは食器棚の一番上の段にあり、柏木は背伸びをして、さらに腕を伸ばさなければ届かなかった。
無理な体勢をしたせいで、足元がふらつく。
52 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:55:40.60 ID:3JEpidkd0
柏木「キャッ…」

すぐ隣の冷蔵庫のぶつかってしまった。
その拍子にマグネットで留められていたデリバリーのメニュー表がバサバサと床に散らばる。

柏木「もお…今日はほんとツイてないな…」

柏木は肩を落とすと、屈みこんでメニュー表をかき集めた。
ピザ屋に蕎麦屋に弁当屋――、中には柏木の母がパートをしている店のメニュー表もある。
母は今日も朝からパートに出かけた。
自宅で仕事を終えたら、母の代わりに家事のひとつでも片付けてあげようと思っていたのに、とんだ邪魔が入ったものである。
それに、ここで大嫌いな専務にコーヒーを淹れるより、家で大好きな父にお茶を出してあげたい。
親孝行な柏木は心底そう思った。

柏木「さーってと、適当にコーヒー淹れて帰ろう」

柏木は気を取り直すと、コーヒーカップを持ち出し、本当に適当な分量でインスタントコーヒーを作る。
給湯室にはドリップ式のコーヒーも常備してあったし、そのほうが断然香りがいいのだが、もうどうでもいい。
柏木はほとんど自棄になっていた。

柏木「専務、コーヒーはいりました」

泥のようなコーヒーを持って、オフィスに戻る。
53名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 10:56:54.24 ID:1Zzmvlva0
いいぞ
54 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:57:52.49 ID:3JEpidkd0
【THE GHOST SHOW】

小嶋「ねぇー?ほんとにさっき後ろで足音聞こえたんだってば」

河西「やめてよ怖いこと言うの」

小嶋と河西は病院内をさらに奥へと進んでいた。

河西「あ、あれ?」

突然、河西が焦ったように手を振る。
手元の光がチカチカと点滅した後、ふっと消えた。

河西「懐中電灯、電池切れちゃったみたい」

小嶋「まだあたしのがあるから大丈夫だよ」

小嶋は大きく手を上げると、電灯の光を足元から前方へ移した。
その時、光の届く範囲ぎりぎりのところで何か黒い影が動いた気がしたが、次の瞬間には消えている。

――気のせい…だよね…、うん。

河西「もうそろそろ…ロビーに戻ろうか。麻友ちゃん待ってるかもしれないし」

河西が消え入りそうな声で言った。
先ほどから小嶋が不可思議なことを言うので、怖くなってしまったのである。

小嶋「そうだね」

そうして小嶋が踵を返した時だった。
55 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 10:59:03.01 ID:3JEpidkd0
小嶋「え?」

今度は小嶋の持つ懐中電灯が消えた。
周囲が暗闇に包まれる。

小嶋「もうさっしーの奴め、欠陥品持って来たんだな」

河西「どうしよう…暗くて先が見えないよ」

小嶋「携帯のライトは?」

河西「そ、そうか…あ、あれ?」

小嶋「?」

河西「携帯、電源切れてる。嘘…ちゃんと充電してあったのになんで?」

小嶋「あたしのものだ。おかしいねぇ」

河西「何なのこれ…さっきから変だよ…なんか…あたし達以外に誰か居そうな気がしてきた」

小嶋「ふうん」

河西「ほんとだよ!?陽菜ちゃんだってさっき後ろで足音がしたって言ってたじゃない!もしかしてこの病院…呪われて、」

河西が言い終わらぬうち、衝撃音とともに非常灯が点いた。
56 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:00:14.14 ID:3JEpidkd0
河西「キャー…!!!」

廃病院に電気が通っているわけない。
もし通っていたとしても、一体誰がスイッチを押したのだ。
その事実が、河西をパニックに陥れる。

河西「もうやだこんなとこ、帰りたいよ…」

河西は滅茶苦茶な方向へと駆けて行ってしまう。

小嶋「あ、待ってよー」

このような事態においても、小嶋には余裕が窺える。
特に河西を追いかけようともせず、不思議そうに頭上の非常灯を眺めていた。

河西「帰る…絶対帰るんだから」

一方河西はひとり、無我夢中で通路を進む。
どこかに外へ繋がる所があったら、すぐにでも飛び出すつもりだ。
もう河西の頭の中には、他の部員を心配するという気持ちもない。
とにかく自分だけでもここから出て、賑やかな場所に行きたい。
ただそれだけだった。
もつれる足で、角を曲がる。
瞬間、目の前には知らない女の顔があった。
長い髪を振り乱し、恨みがましい目でこちらを覗き込んでいる。

河西「……!!」

声を上げようとしたが、どんなに振り絞っても河西の喉からは空気しか出なかった。
女があまりにもこちらを睨むので、ふいと視線を下げる。
小刻みに震える自分の足の向かいで、女の足は完全に床から浮いていた。

――この子…人間じゃない…!

そこでようやく声が出る。
河西は喉が張り裂けそうなほどの悲鳴を上げた。
57 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:01:24.11 ID:3JEpidkd0
一方その頃、渡辺は――。

渡辺「非常灯が点いた…なんで?」

渡辺は周囲を警戒し、きょろきょろと視線を動かした。
小嶋か河西が点けてくれたのだろうか。
お陰でだいぶ足元が明るくなり、動きやすくなったが、病院内の不気味さは増した気がする。

博「大丈夫だよ、麻友ちゃん」

突然、博が渡辺の手を握る。
渡辺はたいして恐怖を感じていなかったのだが、心の奥のほうがきゅんとこそばゆくて、不思議と嫌じゃなかった。
握られた手をそのままにしておく。

渡辺「手、冷たいね」

博「麻友ちゃんの手は温かい」

渡辺は恥ずかしさにうつむきながら、博に引かれるようにして通路を進む。
と、前方にある扉から人影が飛び出して来た。
58 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:02:43.56 ID:3JEpidkd0
指原「良かったまゆゆ〜、探しちゃったよ」

指原だった。
渡辺と博は反射的に繋いだ手を振りほどく。
なんとなく指原に手を繋いでいるところを見られるのが気まずい。
指原は半泣きになりがら、へっぴり腰でこちらに歩いてきた。

渡辺「さっしー!ひとりだったの?小嶋さん達と一緒だったんじゃ…」

指原「途中までついて行ってたんだけど、いつの間にか見失っちゃって…てかいきなり非常灯点くから怖くて怖くて…」

渡辺「さっしー、一緒に周る?」

指原「お願い…もうひとりじゃ怖くて腰が抜けちゃって、」

渡辺「……?!」

突然、指原の動きが止まった。

渡辺「さっしー?」

指原は目を白黒させて、ただ口をパクパクと動かす。
次の瞬間、何かに引っ張られるように床に伏せると、ずるずると後退し始めた。

指原「うわぁぁぁぁぁぁ…助けて助けて助けて助けて…!!」

指原は本当に、誰かに引き摺られているような仕草を見せ始める。
見えない手に足を掴まれ、必死に抵抗している様子である。
死に物狂いで腕を伸ばし、床に手を付き、助けを求めて来た。
59 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:04:01.60 ID:3JEpidkd0
渡辺「さっしー!!」

渡辺は走った。
しかし指原は物凄いスピードで後退していく。
追いつけない。
そしてついに指原は通路の突き当たりを折れ、その姿は完全に渡辺の視界から消える。
直後、断末魔のような声が響いた。

――何が起きてるの…?

渡辺の心臓が早鐘を打つ。
一歩一歩を躊躇する。
確かめるのが怖い。
向こうからは、もう指原の声や物音が聞こえなくなっている。

博「俺が行くよ」

立ちすくむ渡辺を追い越し、博が先に突き当たりの向こうを確認する。

渡辺「博くん?どう?さっしー見つかった?」

渡辺は震える声で問いかけた。
博の返事はない。

渡辺「博くん、どうしたの?」

不安に押しつぶされそうになる。
60 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:05:05.05 ID:3JEpidkd0
博「来ちゃ駄目だ…。麻友ちゃん、見ないほうがいい」

渡辺「え?」

反射的に、渡辺は突き当りの向こうに顔を出してしまった。

渡辺「ハッ…」

変わり果てた姿の指原が、そこにいた。
床には血らしき液体が広がっている。
誰の仕業か、彼女の右肩には斧が突き刺さっていた。

渡辺「さっしー!どうしたの?何があったの?」

思わず駆け寄ろとした渡辺を、博が制止する。

渡辺「放して!さっしーを…さっしーを助けなきゃ…」

博の腕の中で、渡辺は必死にもがく。
だが所詮華奢な渡辺が博にかなうはずもなく、差し出した右手が虚しく宙を掻くばかりだった。

博「もう…手遅れなんだよ…」

博が静かに告げる。
渡辺は声にならない声を上げ、泣きじゃくった。
61 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:08:02.57 ID:3JEpidkd0
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「あはは、専務お上手ですね…」

乾いた声で言う。
そろそろ顔の筋肉が限界に近づいてきた。
専務のつまならい話に付き合うのは本当にしんどい。
柏木は髪をかき上げるふりをして、密かに壁の時計を確認した。

――そろそろ解放してくれないかな…。あたし早く帰りたいんだけど。

しかし専務の話をまだまだ終わりそうになかった。
柏木が新たに淹れ直したコーヒーに口を付けず、夢中で喋り続けている。

柏木「はぁ…そうですね…」

最早適当以外何物でもない相槌。

専務「あ!あれは何かな?」

退屈しているのが伝わったのか、専務は突如、柏木の気を引くような声を上げた。
血相を変えて窓の外を指差す。

柏木「あぁはい…」

柏木は面倒臭げに返事をすると、窓の外に目をやった。
特別変わりはない、見慣れた風景だ。
左手に保険会社の入ったビル。
その斜め後ろに見えるのが老舗デパートの看板で、そこからさらに視線をずらすと小さく高速道路が確認出来た。
そして高速道路を跨ぐようにして歩いているのが巨大怪獣――。
62名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 11:08:03.64 ID:1Zzmvlva0
死んじゃったよ一位様…
63 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:08:54.69 ID:3JEpidkd0
柏木「え?怪獣?」

柏木は思わず窓に貼り付き、何度も瞬きをしながらその姿を確認した。
自分は夢でも見ているのだろうか。
映画や漫画の世界じゃあるまいし、この現実に、果たして怪獣が存在するものか。

専務「まずいな…こっちに向かって来てるぞ」

いつの間にか、専務が隣に立っていた。
大都会に突如現れた巨大怪獣。
なんともシュールな光景である。
しかし今はその特異さを楽しんでいる余裕はない。
あれに近付かれて、危険はないのだろうか。
これまた特撮映画のように、火を吹いたり、暴れまわって街中めちゃくちゃに壊して回ったりするのだろうか。
何にせよ、今はあの怪獣と距離を置いたほうが良さそうである。

柏木「とにかくここを出ましょう」

専務「下に僕のスポーツカーがとめてある。それに乗ってここから離れよう」
64 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:10:38.11 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP STORY】

対象者が尾行に気づいた様子はない。

大島「…ここに何があるの…?」

対象者がやって来たのはありふれた外観のビルで、入り口付近をうろうろした後、向かいの喫茶店に入ってしまう。
大島も後を追って入店しようと思ったが、小さな店である。
中に入れば必ず対象者と顔を合わせることになりそうだったので、しばらく外から様子を見ることにした。
対象者が座った席は運良く窓際である。
道路を挟んで監視する大島には、その動きがよく確認出来た。

――このビルを、気にしてる?

対象者はゆったりとティーカップを口元へ運びながら、ひとりの時間を過ごしている。
しかし大島にはそれが取り繕った姿に思えてならなかった。
その証拠に、時折ちらちらとビルのほうを盗み見るのだ。

大島「やっぱりここに何かあるんだ…」
65 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:11:21.46 ID:3JEpidkd0
大島はビルの中を捜索してみることにした。
対象者が下を向いた隙に素早く入り口を通り、警備員に警察手帳を見せる。
エレベーターの横にいくつかの社名が並んでいた。
そのどれもが怪しげに思えてきてしまう。
横文字を羅列するばかりの社名は、それだけで業務内容をはかり知ることが出来ず、厄介だった。
大島はそのまましばらく、社名のプレートを睨んでいた。
しかし途中でエレベーターから男女の2人組が下りて来たので、さっとその場を離れる。
2人組は普通の勤め人に見えた。
怪しげな仕事をしている雰囲気ではない。
大島は手始めに1階部分のテナントを見て回ることにする。

大島「見たところ普通のビル…何にも怪しい所はないな…。次は2階へ行ってみるか」

大島の捜査は続く。
66 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:12:52.53 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP ANOTHER STORY】

梅田「遅いよ」

待ち合わせ場所に、篠田と宮澤は15分遅れで姿を現した。
すでに到着していた梅田に怒られながら、篠田は紙袋を差し出す。
大きさのわりに、紙袋は軽い。

宮澤「麻里子が変にこだわるから遅刻しちゃった」

篠田「だって大事なことじゃん。それより梅ちゃん、珠理奈はどうだった?」

梅田「ちゃんと映画館まで送り届けたよ。ポップコーン買ってあげたらはしゃいでた」

宮澤「怪しんでなかった?」

梅田「大丈夫だと思う」

篠田「よし、それじゃあ映画が終わるまでにちゃちゃっとお仕事片付けちゃいますか」

篠田がパンッと両手を合わせながら言った。
最近の珠理奈は篠田達の仕事に首を突っ込みたがっている。
日々の暮らしの中で、彼女がうずうずしているのを感じる。
しかし珠理奈を違法な仕事に巻き込むわけにいかない。
間が悪いことに今日は土曜日で学校が休みのため、自分達から珠理奈を遠ざけておく必要があった。
そこで篠田は梅田に頼み、うまく珠理奈を連れ出してもらっておいたのだった。
今頃、見たがっていたハリウッド映画に、夢中でスクリーンを眺めているはずだ。
篠田達にとっては、その映画が終わるまでの2時間20分が勝負である。
67 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:17:48.92 ID:9v/qEbvBO
宮澤「梅ちゃんそれ、どこで着るの?」

宮澤が紙袋を指差す。
中身は篠田がチョイスしたコスチュームが入っている。
同じものを、すでに篠田と宮澤は服の下に着込んでいた。
なぜわざわざ目立つような格好をして仕事に臨むのか。
自分達は世間を騒がせる窃盗グループである。
本来であればなるべく目立たない格好を選ぶはずだが、篠田達は逆に、奇抜なコスチュームを好んだ。
普段の自分達とはかけ離れた姿で働いたほうが、正体を辿られにくいと考えてのことだ。
もし誰かに犯行を目撃されても、まずそのコスチュームに目がいくため、顔を認識されるというリスクが少なくなる。

梅田「トイレで着て来るよ」

梅田が立ち上がり、奥へと向かう。
そうしてすべての準備を整えた後、3人はターゲットととなる場所へ向かった。
まずはじめに、何食わぬ顔で入口を通る。
直後、肩口に手をやり、着ている服を手品の要領で払いのける。
現れたのはボーダー柄の全身スーツ。
奇妙な3人組の来訪に、対面した警備員達は目を丸くした。
3人組は手にそれぞれ銃のような物を持ち、そのうちひとりがペットボトル大の物体を投げつけてくる。

警備員「くそっ…」

慌てて警棒を構えようとして、警備員達の視界はぐにゃぐにゃと歪み始める。
危険を察知するのがあと一歩遅かったのだ。
どこかでシューシューと気体の漏れる音がする。
自分達は一体何を投げつけられ、何をされたのか。
判断出来ないまま、意識が遠のいた。
68 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:21:26.28 ID:9v/qEbvBO
篠田「佐江ちゃんナイス!」

完全に気を失った警備員達の姿を見て、篠田は宮澤の肩にポンと手を乗せた。
人の神経系に作用するガスの入ったボトルを投げた宮澤は、なんてことはない顔で、それに答える。

宮澤「こんなの余裕だよ」

梅田「それより早く行こう。時間ないよ」

梅田が手首を指差し、時間に追われるポーズをする。
篠田は、倒れた警備員を長い脚で跨ぐと、エレベーターに近づいた。
7階を選択する。
エレベーターの扉はすぐに開いた。

篠田「乗って」

7階には、貿易系の会社が入っている。
そこそこ有名で、そこそこ新しく、業績だけが異常にいい。
最も、業績の話はあくまで裏社会においてであって、表向きの数字はやはりそこそこだ。
この会社の経営陣が、違法取引で荒稼ぎしていることは調べがついている。
依頼人が取り返して欲しいと訴えた権利書も、おそらくその違法取引に使われるのだろう。
そうなる前に、絶対に奪い返さなければ。
69 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 11:24:22.21 ID:9v/qEbvBO
宮澤「セキュリティカードが必要みたい」

7階に到着すると、宮澤が言った。
篠田はサッとカードを取り出し、慣れた手つきでかざす。
カードは偽造ではなく、正真正銘、この会社の社員に渡されているものだ。
ただし、そこに印字された氏名だけは偽名だった。
篠田は以前から社員として、会社に潜入している。

宮澤「さーってと、金庫はどこかな?」

宮澤はひとまず銃を適当なデスクに置くと、興味津々に辺りを見回した。
潜入という行為について、宮澤の役割はいつもターゲットの家に家政婦として雇われたり、相手の趣味の場に赴いて言葉巧みに友人関係を築くといったことだった。
だからこういう、いかにもオフィスといった雰囲気が物珍しく仕方がない。

宮澤「すごいね、麻里子普通にここで働いてたんだよね」

梅田「佐江ちゃん、あんまりその辺りベタベタ触んないでね。後が大変だから」

梅田はパソコンを立ち上げ、篠田のセキュリティカードの記録を消していく。
さらに篠田の社員としてのデータや痕跡を抹消する作業に取り掛かった。
恐るべき速さでキーボードを叩く。

篠田「奥が社長室。たぶんそこに金庫がある」

篠田はそわそわと動きまわる宮澤に向かって言った。
と、そこで違和感を嗅ぎ取り、神経を張り詰める。
70名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 11:31:38.04 ID:1Zzmvlva0
はよはよはよ
71名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 11:35:55.56 ID:epOxCfHkO
いまさらギンガムPVか?もう覚えてないから恋するゲロブスクッキーでやってくれ
72名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 11:39:27.64 ID:1Zzmvlva0
>>71
あれストーリー無いじゃん
73名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 11:51:35.55 ID:1Zzmvlva0
まだかい
74 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:20:03.24 ID:9v/qEbvBO
宮澤「どうしたの?麻里子」

篠田「これ、まだ温かい…」

篠田はデスクの上に置かれたカップに触れた。
中のコーヒーはまだ湯気が立っている。
今の今までこのオフィスに誰かがいた証拠だ。
いや、もしかしたらまだいるのかもしれない。

梅田「……」

梅田も篠田の異変に気づいて、作業を止め、耳を澄ます。
オフィス内はしんと静まり返った。
人の気配はない。
しかしまだ安心は出来ない。
自分達が入って来たことに気づいて、どこかへ隠れ、息を潜めている可能性も考えられる。
篠田は宮澤と梅田に目で合図した。
2人が頷く。
もし自分達以外に人がいるのなら、犯行を邪魔される前に捕まえておかなければ――。
75名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 12:27:28.24 ID:1Zzmvlva0
ほしゅ
76 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:30:18.82 ID:9v/qEbvBO
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「専務、どこへ向かってるんですか!」

柏木はシートベルトを握り締め、運転席に向かって叫んだ。
専務はこめかみに汗を流し、必死の形相でハンドルを掴んでいる。
趣味の悪いオープンカーに乗せられ、柏木は巨大怪獣から逃げ回っていた。
しかし道路の端には放置された車と、逃げまどう人々がごった返し、なかなか前へ進めない。
もういっそ車を乗り捨てて、自分の足で逃げたほうが早い気がしてきた。

柏木「あ、そこ!地下鉄の駅!専務、地下へ逃げたらいいんじゃないですか」

専務「いいや、僕は柏木くん…ううん、由紀ちゃんを守ると決めたんだ。僕の傍を離れないで。絶対に助けてあげるから」

柏木「あのぉ、そういうことじゃなくて、ちゃんと状況見てくださいよ」

車だけでなく、このまま専務ごと見捨てて行きたい。
柏木はシートベルト外そうとした。
その時、突然頭上が暗くなる。

柏木「あ…」

すぐ目の前に、怪獣の足が迫っていた。

――踏み潰される…!
77 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:34:01.87 ID:9v/qEbvBO
専務「うわぁぁぁぁ…」

専務が情けない声を上げて、車を急発進させる。
柏木は背中を激しくシートに押し付けられ、しばし呼吸をするのを忘れた。
路上のポストやベンチ、標識をなぎ倒し、怪獣の下を潜ることでなんとか危険を回避する。
真下から見上げた怪獣の体は、グロテスクだった。
それなのに、視線を逸らすことが出来ず、柏木はそれをまじまじと見てしまう。

――何これ…文字?

一瞬、怪獣の体にサインのような物が書かれている気がした。
するとなんだか、それ自体が作り物のように思えてくる。
我ながら、妙なところで冷静さを発揮するものだ。

専務「よ、よーし…もう大丈夫だ。このまま逃げよう」

柏木「もうこの車ボロボロですね」

専務「だけどエンジンは最高レベルだよ。あんな怪獣ごときが追いつけるわけない。追いつけるわけ…うわぁぁぁぁぁ…」

柏木「キャー…!」
78 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:38:25.06 ID:9v/qEbvBO
ぐるぐると視界が回転する。
それと同時に、自分の体がどこを向いているのかわからなくなった。
とにかく滅茶苦茶に体を打ち付けられ、気がつくと、どこかの屋上を見下ろしていた。

柏木「嘘…」

車ごと掴まれ、振り回されていることに気づいた。
柏木は振り落とされないよう、無我夢中で車内のどこかにしがみつく。
隣で専務が顔面を蒼白させているのが見えた。
怪獣の生温かい息が頭上から降りかかる。
殺される。いや、このまま食べられてしまうのか。
柏木は本気で死を覚悟した。
その時、耳元で誰かの声がした。
専務の声とは違う。
もっと若い、女性の声だ。
直後、ぐいと腕を引かれ、柏木はバランスを崩した。
車外に飛び出す。
恐怖のあまり、ぎゅっと瞼を閉じる。
「大丈夫ですか」
また、誰かの声が聞こえた。
硬い床の感触。
自分は果たしてどうなったのだろう。
おそるおそる目を開ける。
視界に飛び込んできたのは、涼やかな目をした若い女性の顔だった。
遅れて、柏木は自分がその女性に抱きかかえられていることに気づく。
79 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:42:57.16 ID:9v/qEbvBO
柏木「す、すみません…」

慌てて女性から離れた。
周囲に視線を走らせる。
どうやら先ほど車内から見下ろした屋上に、自分は着地したらしい。
腕を引き、助けてくれたのはこの女性だろうか。
なんだか奇妙ななりをした人だ。

専務「返せ!返せよ!持ってかないでくれよぉ…」

悲鳴のような声に振り返ると、専務が必死に怪獣の持つ車にしがみついていた。
危険です、離れてくださいと女性が鋭い声を上げる。
しかし専務は聞こえていないのか、その行為をやめようとしない。
女性は呆れ顔で、おもちゃのような銃を取り出すと、怪獣の手に向けた。
引き金を引く。
赤いレーザーのようなものが発射され、怪獣の手を焼きつける。
辺りに焦げた臭いが漂う。
その間に専務は車の中からアタッシュケースを奪還し、へなへなと屋上の床に座り込んだ。
怪獣が言い表しようのない声を上げ、後退していく。
女性はこの機を逃すものかと、さらに銃を向けた。
いつの間にか怪獣を取り囲むように、ヘリコプターが集まっている。
それを確認したところで、ようやく女性は銃を下ろした。

柏木「あの、助けてくれてありがとうございます。あなたは…」

柏木は女性に話しかけるチャンスを得た。
落ち着いて見ると、ますます若い。
自分と同じ年くらいだろうか。
80 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:47:10.34 ID:9v/qEbvBO
横山「地球防衛軍、第3部隊所属の横山です」

女性は横山と名乗り、抑揚のない声で続けた。

横山「お怪我はございませんか?」

柏木「あ、は、はい…」

柏木は小刻みに数度、うなづいて見せる。
横山は今度、専務に向き直り、声を張り上げた。

横山「あなた何を考えてるんですか?常識的に考えて、この状況で車だの鞄だの、どうだっていいでしょう!一番に大切なのは自分の命。そんなこともわからないんですか?本当に危ないところだったんですよ。こちらの女性も…」

柏木「あ、柏木です」

横山「…そう柏木さんまで危険な目に遭わせて、彼女にもしものことがあったらどう責任取るつもりだったんですか?取れませんよね?」

横山に責められ、専務は返す言葉もなく、あうあうと息を洩らすばかりである。
柏木と横山はアイコンタクトだけで、互いに呆れ果てていることを共感し合った。
その時、給水塔の影から、横山と同じ出で立ちの女性が飛び出してきた。

横山「あ、ボス!」

柏木「ボス?」
81 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:54:59.14 ID:3JEpidkd0
横山「彼女はわたしの所属する部隊の隊長、峯岸さんです」

峯岸は真っ直ぐ横山の前までやって来た。

峯岸「八つ橋、どうだ?」

横山「車に乗っていた2名を無事救出しました」

横山が敬礼のようなポーズを取った。

柏木「あの、八つ橋って呼ばれてらっしゃるんですか?」

横山「コードネームみたいなものです」

柏木「へ、へぇ…」

峯岸「今からあなた方をシェルターまで誘導します。以降、我々の指示に従ってください」

峯岸は今度、柏木に顔を向けた。

峯岸「何をニヤニヤしてるんです?」

そうして柏木の反応に、怪訝な表情を浮かべる。

柏木「い、いや、だってあんまりボスっぽくないから…あ、ごめんなさい、いい意味でですよ?」

柏木は手で口元を押さえ、必死に笑いを引っ込めようとした。
峯岸は丸い目をした可愛らしい顔立ちをしており、とても隊長などと呼ばれる人間に見えない。
それに対し、怒りを露にしたのは峯岸本人でなく、横山のほうだった。
82 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 12:55:42.90 ID:3JEpidkd0
横山「ボスは尊敬に値する方です。戦闘服の下にボスTシャツを着ているほど、根っからのボスなんですよ」

柏木「あ、それ戦闘服なんですか?」

てっきり2人とも戦隊ヒーローもののコスプレでもしているのかと思っていた。

横山「それ、今気にすることですか?違いますよね?柏木さん、失礼な発言をしたことをボスに謝ってください」

峯岸「八つ橋、そう熱くなるな。わたしはもういいから…」

横山「駄目です!柏木さん、謝ってください」

柏木「え?あ、すみませんでした…」

横山「峯岸さん、本人もこう言ってますし、許してあげてください」

峯岸「いや別にわたしはじめから怒ってないから。柏木さん?なんかごめんね、うちの隊員が」

峯岸がくしゃりと笑う。
人懐こい笑顔。
それに対して、横山は生真面目な表情を崩さない。
本当にこの人達についていけば、無事怪獣から逃れることは出来るのだろうか。
柏木はまだ半信半疑である。

柏木「それであの、お2人は自衛隊の方なんですよね?」

横山「地球防衛軍だと先ほど説明しましたが?」

柏木「……」
83 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 13:58:54.79 ID:9v/qEbvBO
【THE GHOST SHOW】

渡辺「どうしてあんなことに…」

渡辺は指原についてのショックを引きずりながら、まだ病院内をさ迷っていた。

博「麻友ちゃん、今は外に出ることだけを考えよう」

博が言う。
あれからすぐに1階に戻り、外へ出ようとした。
しかし入り口はかたく閉ざされ、びくともしない。
廃病院とはいえさほど古い建物ではなく、たてつけが問題だとは考えられなかった。
だとすれば、導き出される答えは一つ。
誰かが故意に入り口を封じたのだ。
おそらく指原殺害の犯人だろう。
相手はきっと、自分達のことも狙ってくるはずだ。
そうでなければ入り口を封じる理由はない。
しかしここで疑問なのだが、犯人はどうやって指原を引きずり、自分達の視界から消したところで犯行に及んだのだろう。
あの時、2階には自分達と指原の3人しかいなかったはずだ。
指原を引きずりこんだ人影は、渡辺の位置から見えなかった。
84 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:02:36.25 ID:9v/qEbvBO
渡辺「やっぱりこの病院、出るんだよ!面白半分に忍び込んだから、わたし達全員呪われたんだ。だからさっしーはあんな目に…次はわたしだ…わたしが殺されるんだ…」

渡辺は恐怖のあまり頭を抱えてしゃがみこんだ。
それを博が必死に宥め、立ち上がらせる。

博「止まっちゃ駄目だ。諦めちゃ駄目だ。早く外に出られる所を探そう」

博が一緒で良かった。
自分ひとりだったらとっくに挫けていたかもしれない。

渡辺「そ、そうだね…出口を探している間に小嶋先輩達とも出会えるかもしれないし」

渡辺は落ち着きを取り戻し、近くの窓に手をかける。

渡辺「やっぱり駄目だ…この窓も鍵がかかってる」

外の景色はすぐ近くに見えるのに、触れることが出来ない。
なんとももどかしい。
先程から手当たり次第窓や扉を見つけては、外に出られないかと試しているのだが、空振りが続いている。
窓を割ることも試みたが、どういう作りになっているのかヒビすら入らない始末。
投げつけた消火器を跳ね返してしまう頑丈さである。

博「次の窓を探そう」

そうして2人はついに、1階の突き当たりまで来てしまった。
残る部屋は後、レントゲン室だけである。
85 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:05:07.30 ID:9v/qEbvBO
博「こういう場合、外からの光を遮断するためにはじめから窓が設置されていないことが多いんだけど…」

ここへきて、博が弱気な発言をする。
渡辺は今度は自分が頑張る番だと思い、前に立ってレントゲン室に足を踏み入れた。

渡辺「あった!博くん、窓あったよ!」

博の予想に反し、小さな窓がそこにはあった。
小さいといっても人が通れそうな幅くらいはある。
渡辺は最後の希望を胸に、窓へ駆け寄る。
するとなぜか、すぐ手前の水道に目が吸い寄せられた。
水を溜めたバッドの中、ゆらゆらと何かが揺れている。

――ネガかな?ん…写真…?

それは一枚の紙だった。
渡辺が覗き込むと、不思議なことに紙はさらにゆらめき、そこに黒い影が浮かび上がる。
86 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:07:03.61 ID:9v/qEbvBO
渡辺「……!」

現れたのは黒いワンピース姿の女だった。
まるでそれを見る渡辺を睨むように佇む、不気味な女の写真。
あまりの気味悪さに渡辺は身を引こうとした。
次の瞬間、写真の中からぬっと手が飛び出てくる。

渡辺「ひっ…」

みるみるうちに両腕、肩口、頭の順に飛び出し、写真の中の女が実態として現れた。
そして渡辺の両肩にしがみついてくる。
女の手も服もぐっしょりと濡れていて、無言で渡辺に顔を近づけてくる。
女と目が合った。
どこか暗い淵を見つめるような瞳。
この世に生きる者とは違う、絶望を湛えた眼差し。

渡辺「キャアァァァァ…」

叫び声を上げると、頭がくらくらした。
87 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:12:51.81 ID:9v/qEbvBO
【MOTORGIRLS VS CAR DEVILS】

河西「麻友さん?麻友さん起きてくださいよぉ…」

可愛らしいアニメ声。
甘い香り。
なんだろう…すごく懐かしい感じがする。

渡辺「…んー…」

渡辺はゆっくりと目を開けた。
最初に見たのは、心配そうにこちらを覗きこむ河西の顔。

渡辺「あ、河西先輩…」

河西「先輩?」

河西の表情が怪訝なものへと変わる。
辺りが妙に明るい。
ここはどこだろう…。

渡辺「うわっ!」

渡辺は寝ていた古いソファから、がばりと半身を起こした。
積み上げられた古タイヤと、油のついた工具類。
塗装用の器具に、汚れたタオル。
そうだ、ここは整備工場だ。
中央に並んでいるのは自慢の愛車達と、大事な仲間。
すぐ傍で河西が動く度、彼女のつけた香水の香りが漂う。

河西「麻友さん寝ぼけてます?先輩って、誰のことですか?」

渡辺「ううん、何でもない」

寝起きだったとはいえ、なんたる失態を犯してしまったのだろう。
河西を先輩呼ばわりするなんて。
自分はカーデビルスのリーダーとして、常に可愛く、だけど威厳ある姿を見せなければいけない。
でないと河西のような下についている者達を不安にさせてしまう。
88 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:14:04.96 ID:3JEpidkd0
渡辺「全員揃ってる?」

渡辺はすぐさまソファから立ち上がると、仲間達を見回し、腕を組んだ。

指原「います!」

指原がびくびくと返事をする。

渡辺「よし、それならいいよ。でも返事をする時はもっと可愛くね!猫背は直して。わたし達のコンセプトは強くて可愛い女の子なんだから。そのこと、忘れないで」

わかりました、と仲間達が口々に返事をする。
全員、赤と白をメインカラーにした衣装姿。
デザイン自体を個々に変化させ、ある者はスカート、ある者はショートパンツといったように、一見するとバラバラなようでいて、全体が集まると統一感が出るように工夫されている。
渡辺は満足気に顎を引いた。

渡辺「今日が勝負だよ。バイクなんて着られる服が限定されていておしゃれじゃないし、うるさくて男っぽくて野蛮な乗り物。あんなチームがこの街のシンボルになるなんて許せない。だから今日は絶対にわたし達が勝つよ!」

愛車のオープンカーに歩みより、渡辺はいとおしそうにその車体を撫でた。
白いカラーはドライバーの着る服を選ばず、そのフォルムからは計算し尽くされたような美しさを漂わせている。
これほど女性的な乗り物が他にあるだろうか。
この街のシンボルとなり、気品高く君臨するのは絶対に自分達のチームしかあり得ない。

――あの大島とかいう奴が仕切るチーム…あんなのをのさばらせておいたら、またこの街は衰退してしまう…。
89 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:15:24.19 ID:3JEpidkd0
昔、この辺り一帯は大きな工場地帯だった。
チームに属する渡辺ら少女達は全員、工員の娘だ。
幼い頃から、勤勉に働く両親の姿を見、憧れ、自分もいつか工員となるのだと、当たり前のように思って育った。
少女達には、はなから街を出ようという気はなかった。
この街が好きだった。
工場の煙突から排出される煙で常に空気は濁り、街を囲むように黒い川が流れ、知らない人間から見たらただの汚い、ありふれた街かもしれない。
それでもここで生活する人々は笑顔と希望に満ち溢れていた。
人の温かさを感じられる街。
通りを歩けば誰でも気さくに挨拶し合い、助け合いが当たり前の街。
だがある日、平和な街は一変する。
その分野での研究が大きく進み、作業はより簡略化、機械化された。
昔ながらの工場は、まるで砂の城を蹴散らすように、呆気なく潰れていった。
街は仕事を失った人間で溢れ、そうした人々はやがて職を求めて別の街へと移るようになる。
空家と廃工場ばかりが並ぶ、死んだ街になるまで、そう時間はかからなかった。
それでも過去の夢が忘れられず街にとどまった人間達は、絶望感に押し潰されそうになる毎日を、必死に生きた。
だがそれも、最近では限界に近づきつつあった。
90 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:16:20.54 ID:3JEpidkd0
鬱屈とした空気がかつての街を覆い尽くそうとしていたある日のこと、少女達は現れた。
派手な衣装と車で人々を惹きつけ、圧巻のパフォーマンスで見る者の心を奪う。
少女達のライブは街のいたる所でゲリラ的に行われ、事前告知というものはない。
会えるか会えないかは運次第。
そのため、少女達目当てに、連日この街に通い続けるファンが続出した。
寂しかった街が、活気づいた。
何もなかった街には宿泊施設や、少女達に関連した土産店、飲食店が立ち並ぶようになり、それらはすべて仕事にあぶれていた街の住人が運営している。
死にかけた街は急激に潤い、かつての、いやそれ以上の明るさが戻った。
可愛らしい少女達のパフォーマンスが、訪れる人々だけでなく、この街で暮らす人々をも笑顔にさせた。
そしてここから先がいわゆる裏話というやつだ。
渡辺達のようにパフォーマンスを行うチームは、1つだけではない。
街には他にも、主にバイクを乗り回し、男性顔負けのアクロバットパフォーマンスを行う少女達がいる。
一方は渡辺率いる可愛いカーデビルス、もう一方は大島率いるかっこいいモーターガールズ、対極の位置にいるこの2つのグループが、影で潰し合いの大戦争を始めようとしていることはあまり知られていない。
どちらのチームが街のシンボルとして相応しいか。
決着をつける時が近づいていた。

渡辺「さあ、始めようか…」
91名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 14:16:52.28 ID:pRp6Sjbt0
>>71を見てギンガムPVだと分かったw
92 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:17:56.73 ID:3JEpidkd0
【SUPER MEGA COP STORY】

大島「本多さん!」

フロアの真ん中で、向こうから誰か歩いてきたと思ったら、本多だった。

大島「どうしてここに?」

尾行捜査については大島が単独で判断したことである。
本多には知らせていない。

本多「君をつけてきた」

大島「え?」

本多「ほら大島さん、朝からなんとなくおかしかったから。上の空というか…。会議が終わったら何も言わずに飛び出していくし、心配だったから後をつけさせてもらったよ」

大島「すみません」

大島は顔がカーっと熱くなるのを感じた。
ずっと見られていた。
得意になって尾行し、対象者を追い詰めている感覚に浸り、いざ乗り込んでみたら何も収穫はなく、さてこれからどうしようかと迷っている今の現状。
これら一連の動きを観察され続けていたことと、本多の尾行にまったく気づかなかった自分の馬鹿さ加減が、たまらく恥ずかしかった。

本多「なぜ単独で動いた?」

本多が責めるように言う。

本多「大島さんの相棒は俺だ。そりゃあ手柄を独り占めしたい気持ちもわからなくはないが、」
93 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:19:13.13 ID:3JEpidkd0
大島「ちがっ、違います!手柄なんてそんなあたし…考えていません!単独で動いたのは謝ります。でも、いまいち確証がなかったから…あたしの思いつきだけで本多さんまで動かすわけにいかないと思って…」

本多「大島さん、俺は相棒になった時から、君を全力で信じると心に誓ったんだ。例えそれが馬鹿らしい仮説でも、徒労に終わったとしてもだよ」

大島「本多さん…」

本多「それで、何を掴んだんだ?ここに何があるんだ?」

大島「はい…」

大島は深呼吸すると、すべてを本多に打ち明けようとした。

大島「まず始めにですね…」

その時、本多の顔がゆらりと近づいてくる。

大島「え?」
94 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:21:13.41 ID:3JEpidkd0
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
続いて肩に感じた重みで、ハッと我に返る。
本多が倒れ込んできたことを知った。

大島「本多さんしっかりしてください!本多さん!え…?」

先ほどまで本多が立っていた位置に、今は別の誰かの姿があった。

大島「誰…?」

問いかけた瞬間、頭に衝撃が走った。

――殴られた…!

次に感じたのは、硬い床の感触。
すぐさま体勢を整えようとしたが、腕に力が入らない。
視界がぼやける。
そのまま、大島は意識を失った。
95 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:23:31.54 ID:3JEpidkd0
【MOTORGIRLS VS CAR DEVILS】

大島「あ、あれ?」

目の前には、人形と見間違うほど美しい顔をした少女がひとり。
その後ろには少女と似通った服装の女の子達がそれぞれ、車に寄りかかるようにして立っている。
腕組みをし、挑戦的な視線を向けてくる。
そうか、これから対決するのだ。

――危ない危ない、あたし何をボーッとしていたんだろう。

大島は自分がリーダーを務めるチームのメンバーを確認するため、ちらりと背後を見た。
バイクに跨り、整列したメンバーが無言でうなづく。
大島が再び前を向くと、相手チームのリーダーが生意気そうな顔でつんと顎を反らした。
確か、渡辺というやつだ。
相変わらずひらひらした格好で鬱陶しい。
そんな服の何がいいのだろう。
自分たちのように、もっと無駄をなくした、大人っぽい格好をしたらどうなのだ。
だいたい、車を乗り回していることにも腹が立つ。
オープンカー?
笑わせるな、中途半端もいい加減にしろ。
バイクこそ、本当の意味で風と一帯になれ、時の変化を感じられる極めて情緒的な乗り物なのだ。

大島「今日はまたどちらへお出掛けですか?お嬢さん方」

大島が先制し、渡辺を煽る。
渡辺がこちらをキッと睨みつけた。

渡辺「やだなんかその格好…汗臭そう…」

負けじと鼻をつまむ仕草をして、渡辺がしかめ面をして見せる。
渡辺チームのメンバーがクスクスと笑った。
96 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:24:19.85 ID:3JEpidkd0
大島「あぁん!?」

大島は目に力を入れると、渡辺に詰め寄った。

大島「ふざけてんじゃねーぞコラァ!」

渡辺「下品な言葉使わないで」

渡辺はそんな大島のこめかみの辺りを軽く小突いた。
大島が舌打ちをして離れていく。
仕切り直しだと言わんばかりに、メンバーに向かって肩をすくめて見せた。
それを合図に、メンバーは所定の位置につく。
振り返ると、渡辺のチームはすでにパフォーマンスのスタンバイを終えていた。

大島「手加減して欲しかったら今のうちに言えよ」

渡辺「そっちこそ、後で泣きを見ても知らないからね」

音楽が鳴る。
さあ、踊ろう。
どちらがこの街のシンボルにふさわしいか。
正々堂々と勝負しよう。
97 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:26:10.92 ID:3JEpidkd0
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「あの、シェルターまで後どのくらいですか?」

柏木は先頭を走る峯岸に尋ねた。

峯岸「もうすぐだ」

峯岸はさっきからそれしか言わない。
柏木は不安になってきた。
避難させてくれるというから黙ってついてきたが、ひょっとして自分は峯岸達にかつがれているんじゃないだろうか。
しかし巨大怪獣によって瓦礫と化した街の風景を目にするたび、これが間違いなく現実に今起こっていることなのだと認識する。
頭上のヘリコプターの音も鳴り止まない。

専務「柏木くん大丈夫かい?疲れてないかい?」

そして専務は依然として鬱陶しい。

横山「ボス!」

峯岸「なんだ八つ橋!」

最後尾を走る横山が、大声を上げた。
98 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:26:59.96 ID:3JEpidkd0
横山「先ほどから同じところを回っているようであります!」

峯岸「そうか、街並みが大きく変化しているから、そういうこともある」

柏木「えぇ?もしかして道に迷ったんですか?」

峯岸「迷ってはいない」

柏木「嘘、今の絶対嘘。だって今一瞬顔が引きつったじゃないですか」

峯岸「見間違いだ」

横山「そうです見間違いです。柏木さん、ボスに謝ってください」

柏木「横山さんそれしか言わないんだから…もういい加減にしてください!あたし、ひとりで帰ります。実家まで地下鉄さえ動いていればなんとか乗り継いで…」

峯岸「待ちなさい!動くな!」

横山「謝ってください!」

専務「か、柏木くん!」

柏木「し、失礼します!」

柏木はちょうど目に付いた駅に飛び込もうとした。
その時――。
99 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:32:45.92 ID:9v/qEbvBO
柏木「キャッ…!」

峯岸が覆い被さってきた。

柏木「ちょっと何なんですかもぉ…え…?」

峯岸の背中が赤く染まっている。

横山「くそっ、流れ弾だ…」

横山が頭上を見上げ、舌打ちした。

横山「だから動くなと言ったのに…」

柏木「え?え?もしかして…」

横山「手を貸してください。この場所は危険です。あなたを守るためにボスは負傷したんですよ」

柏木「そんな…そんな…」

横山「泣いてないで早く!」

横山が峯岸の体を抱き起こす。
峯岸は傷が痛むのか、うめき声を上げた。
しかし柏木と目が合うと、ふっと笑みを洩らす。

峯岸「良かった…無事だったんだね」
100 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:35:01.94 ID:9v/qEbvBO
柏木「峯岸さん!峯岸さんごめんなさい…あたし…あたし…」

横山「早く!あの陰に移動しなければ!」

柏木「は、はい!」

柏木も手を差し出し、峯岸の脇を抱える体勢を作った。
全身の力が抜けた様子の峯岸は意外に重く、女2人の力ではとても運べそうにない。
柏木は専務にも手を貸すよう頼んだ。
しかし専務は頑として首を縦に振らない。

専務「だって手が汚れるし…それにほら僕、アタッシュケースで手が塞がってて…」

専務はもごもごと言い訳した。

柏木「お願いします専務!もう今はそんなケースどうだっていいじゃないですか。ちょっとここに置いておいても、誰も盗む人なんていませんよ」

専務「で、でもこの中には大事な物が…」

柏木「…っもおぉ!!」
101 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 14:37:29.98 ID:9v/qEbvBO
柏木はついに痺れを切らし、峯岸の体をひとまず横山に預けると、専務に食ってかかった。
本気を出した柏木の形相はあまりに恐ろしく、専務の足ががくがくと震える。

柏木「女性ひとりの命より大切な物なんですか?そのケースの中身は!」

柏木は専務からアタッシュケースをひったくると、力任せにこじ開けた。

専務「あ、駄目だよそれは…」

柏木「うるさい!」

ケースの中には、一枚の書類が入っているだけだった。

柏木「こんなもの…」

柏木はそのまま勢いに任せ破り捨てようとして、文面に目が吸い寄せられる。

柏木「何よ…これ…」

それは、書類などではなかった。
102 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:31:47.01 ID:9v/qEbvBO
【THE GHOST SHOW】

渡辺「誰…?」

誰かが自分の名前を呼んでいる。
ゆっくりと目を開いた。
博の顔が視界に飛び込んでくる。

渡辺「博くん…あれ?わたし…」

博「レントゲン室で幽霊に襲われて、気を失っていたんだよ」

そうなのか。
渡辺はまるで他人事のように思った。
なんだかさっきまで、もっと大人数で、別のことをしていたような気がする。

渡辺「博くんが助けてくれたの?」

博「うん、麻友ちゃん、意外と重いんだね」

渡辺「やだ…」

博が渡辺の気を紛らわせようと、冗談を言ってくれているのがわかった。

渡辺「ここは?」

それから渡辺は自分が今いる部屋を見回した。
置かれている機材だけでは、何のための場所なのか判断出来ない。
103 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:35:16.06 ID:9v/qEbvBO
博「さあ、取りあえず空いている所に逃げ込んだから、俺もよくわからないんだ」

渡辺「物置みたいなものかな?」

渡辺は今座っている木箱のような椅子の上で、スカートの裾を直しながら尋ねた。

博「そうかもしれない」

渡辺「これからどうする?」

博「うん…考えたんだけど、もう動き回らず、ここに隠れたまま朝を待つのはどうだろう?朝が来れば、幽霊も俺達に手出し出来ない気がしない?」

渡辺「…する。幽霊の活動時間は夜だけって気がする」

博「そうだね。ほら、道に迷った時だって、変に動き回らないほうがいいっていうだろ?今だって同じようなものだと思おうよ」

渡辺「そう思うと、なんだか気が楽になってきたかも」

渡辺は僅かに微笑んで見せた。
しかし今は一体何時なのだろうか。
夜明けまでどのくらい待てばいいのだろう。
104 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:38:27.63 ID:9v/qEbvBO
渡辺「博くん、時計持ってる?」

博「持ってるけど、ここへ入った時に壊れていることに気づいたんだ」

渡辺「携帯の電源も切れちゃうし…。あぁ!もしかしてこれも幽霊の仕業?」

博「わからない。違うよ。気のせいだよ」

渡辺「そうだといいけど、もしかして幽霊が時間という概念を無視出来る存在だとしたら…だからこんなにタイミング良く携帯の電源が切れて、博くんの時計が壊れたんだよ。きっとそうだ…」

博「考えすぎだよ。今は恐怖が優っているから、普段なら気にならないことでも悪いほうへ考えがちになっているんだ」

渡辺「キャッ…」

その時、どこか遠くで何かが割れる音がした。

博「大丈夫。ふとしたことで物が落ちることくらいあるし」

渡辺「違うよ!きっと幽霊がわたし達を探してるんだ…。このままずっと夜明けなんかこなくて、わたし達はみんな幽霊に呪い殺されちゃうんだよ!」

渡辺が叫んだ。

博「麻友ちゃん…」

恐怖に我を失いかけた渡辺へ、博が手を差し伸べてくる。
105 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:40:18.17 ID:9v/qEbvBO
博「大丈夫。俺が傍にいるから。もし幽霊に襲われたとしても、俺が麻友ちゃんの盾になる」

渡辺「博くん…」

渡辺は博に触れようと、手を伸ばした。
2人の指先が重なるまで、あと数センチ。
その隙間から、別の手がぬっと現れた。

渡辺「え?」

その手は渡辺と博が座る木箱の中から出ているようである。
人間のものとは思えない青白さと、冷たさ。
異様に爪が長く、よく見れば赤い液体を滴らせている。

渡辺「キャァァァァァ…!!」

渡辺は声の限りに叫んだ。
106 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:44:29.37 ID:9v/qEbvBO
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「こんなに君を好きでいるのに、僕は誤魔化してる…」

柏木はアタッシュケースから出てきた紙に書かれた文面を、音読した。

柏木「何これ?歌詞カード?専務、ポエムなんか書いてたんですか?」

柏木の問いかけに、専務は深く項垂れていて答えない。

柏木「?」

首を傾げ、続きを読もうとした。
なぜか読まなければいけない気がした。
そうして今の状況を忘れて読みふけると、突如、目の前が、正確には歌詞カードが輝き始めた。

柏木「え?」

あまりの眩しさに、目を細める。
薄く開いた視界の中で、小さな人影が動いていた。
107 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:48:44.65 ID:9v/qEbvBO
柏木「嘘ー?」

それは2体の妖精だった。
お決まりのひらひらした衣装姿でスティックを振り回し、背中には羽。
絵本などでよく見る一般的な妖精の装いだ。

――怪獣が現れたと思ったら、次は妖精?まったく今日はどうなってるの…。

急な展開に理解がついていけず、頭がくらくらした。
すると、妖精達が話しかけてくる。

高橋「やっとたどり着いたね、ゆきりん」

板野「ありがとね」

片方の妖精は妙にハキハキと喋り、もう片方は気だるそうに礼を述べる。

柏木「あ、あのぉ…」

高橋「時間がないよ、急いでゆきりん」

板野「早くしないと、完全にこの世界に閉じ込められちゃうよ」

柏木「あのぉ…お2人はさっきの怪獣と関連した何かですか?」

高橋「駄目か、まだ気づいていない」

板野「あ、そうだこれ見て」

板野妖精は歌詞カードの上からふいと飛び立つと、倒れている峯岸の元へ行った。
横山に何やら話しかけている。
横山は一度大きく頷くと、峯岸の自称戦闘服を脱がせた。
下に着ているボスTシャツが露になる。
108 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:52:46.30 ID:9v/qEbvBO
板野「ゆきりん、ちょっとこれ見てみてよ」

柏木「あ、はい」

妖精は普通に自分のことをゆきりんと呼ぶ。
確かに柏木の下の名前は由紀だが、そんなあだ名で呼ばれた記憶はない。

板野「ほらここのロゴのところ」

横山「これはボスだけが着ることを許されている貴重なTシャツです」

柏木は峯岸の胸元を覗き込んだ。
アルファベットが並ぶ、普通のTシャツだ。

柏木「別にただボスってプリントされてるだけじゃないですか」

板野「よく見てよ。BKA7」

柏木「は?」

そこにあるのはBOZEの文字。

柏木「やだこれ綴り間違ってる。これじゃあボスじゃなくてぼうず…ぼうず…え?坊主?そうだよ!坊主だよ」

柏木は頭を抱えて座り込んだ。
なぜ今まで気づかなかったんだろう。

柏木「この人…ボスじゃない!みぃちゃんだ!それにともちん…ゆいはん…たかみなさん!えぇ?どうしたんですかこれ」

そうだ。
自分はアイドルの柏木由紀。
周りにいるのは同じグループの先輩後輩。
じゃあ巨大怪獣は何?
109 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:59:07.98 ID:3JEpidkd0
高橋「思い出した?」

高橋が言う。
その隙に板野はスティックを振るい、峯岸の背中の傷を治してしまった。
ゆいはんと呼ばれたことに、横山は不思議そうな顔をしている。
峯岸も同じ反応だ。

高橋「気づいているのはあたしとともちん、ゆきりんの3人だけだよ」

柏木「たかみなさん、これ何ですか?なんで小さくなってるんですか?」

高橋「それはあたしとともちんがこの世界で、妖精という役柄だからだよ」

板野「ゆきりんの役はOLでしょ?それと同じだよ」

柏木「言ってる意味がわからないんですけど」

高橋「いいゆきりん?よく聞いて。あたし達メンバーは今、一見すると別々の世界に閉じ込められ、違う人格、記憶を与えられているの」

高橋「それぞれの世界は壁のようなもので仕切られ、まったく違う時間の流れ方をしている。みんな、自分が本当は何者で、なぜこんな世界にいるのか気づいていない」

柏木「閉じ込められてって…え?どういうことですか?」

高橋「たぶんここは、メンバー誰か深層心理が作った世界。あたし達は今、そこに閉じ込められているんだよ」

柏木「誰かって…誰ですか?」

板野「それがわかんないんだよね」

柏木「はぁ…」
110 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 15:59:59.48 ID:3JEpidkd0
高橋「あたしとともちんは、この世界のヒントみたいなものなの。ここから抜け出すためのヒント。だからゆきりんの前に現れた」

柏木「だったらもっと早く出て来てくださいよ」

板野「だってそこの人に閉じ込められていたんだもん」

板野がスティックで専務を示した。
専務は呆けた表情で座り込み、こちらの会話が聞こえているのかいないのか。

板野「アタッシュケース、ずっと持ち歩いてたでしょその人。歌詞カードが誰にも渡らないように」

高橋「歌詞カードを読まれると、あたし達が飛び出し、ヒントを与える。それがわかっていたから、その人は肌身離さず持ち歩いてたわけ」

柏木「なんでそんなこと…」

高橋「だってヒントをもらって誰かがこの世界を壊したら、この世界の住人である彼は消えてしまうでしょ?彼は現実には存在しない。深層心理が作り出した偽者なんだよ。その人は自分の存在を守るために、歌詞カードを隠しちゃってたの」

高橋の解説に、柏木はキッと専務を睨んだ。
だがすぐに視線を戻し、話の続きを促す。
111 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 16:01:12.99 ID:3JEpidkd0
柏木「それで、これからどうしたらいいんですか?」

その質問に対し、高橋は困ったように眉間を狭くした。

高橋「それがよくわかんないんだよね」

柏木「え?」

板野「あたしとたかみなはこの世界の実情を説明するだけだから。そこから先は考えなきゃ」

柏木「……」

高橋「あ、でも今のところ一番有利なところにいるのがゆきりんだよ」

柏木「あたしですか…?」

板野「そうそう」

高橋「ゆきりんは最初からこの世界を疑っていた。自覚はなかったんだろうけど、この世界…もっと言えばこの世界の住人に不信感を抱いてたでしょ?」

柏木「専務のことですね」

高橋「そう。だからゆきりんの置かれてる世界は、他のメンバーよりちょっとだけ世界の壁みたいなものが曖昧になっているの」

柏木「曖昧…じゃあその気になれば他の世界にいるメンバーとも接触できるかもしれないんですか?あたし達を隔てているのは壁っていうか、要は仕切りみたいなものなんですよね?」

板野「そうかもね」

柏木「でも一体どうやって…少なくともこの世界はかなり遠くまで広がっているみたいだし、さらにその先を進んで、どこまで行けば壁に突き当たるんだろう」
112名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 19:56:27.07 ID:1Zzmvlva0
ほしゅ
113名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 20:53:53.52 ID:nGYhf4JLP
あげ
114名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 21:34:06.78 ID:1Zzmvlva0
ほしゅ
115名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 21:53:58.06 ID:xqnP2kfQI
面白いです!
116名無しさん@実況は禁止です:2013/07/26(金) 22:31:04.96 ID:59n/UMLE0
続けたまへ
117 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 23:46:30.51 ID:9v/qEbvBO
横山「それって物理的なことやないんじゃないですか?」

と、ここで横山が口を挟んだ。
気がつけば峯岸も立ち上がり、2人して柏木達のほうへ視線を向けている。

横山「今の話、SFの世界の話ですよね?はい、これでもう議論は解決しましたか?だったら早くここから避難しましょう。またいつあの巨大怪獣が襲って来るかわかりません。あ、妖精の方、ボスの怪我を治してくださいましてありがとうございます」

横山が丁寧に頭を下げる。

柏木「あの、ゆいはん達はいつになったら正気に戻るんですか?このままだと話が通じなくてすごい面倒臭いんですけど」

柏木はさすがに心配になってきて尋ねた。

板野「あ、忘れてた」

板野がスティックを振るう。

横山「わぁ、ともちんさんどうしたんですか?」

峯岸「たかみな何その格好…どうしたの?ウケるんだけど」

2人は本来の人格を取り戻した。
驚愕の表情で、高橋達に現状について問いかける。
高橋が説明している間、柏木はひとり、頭を整理した。
このおかしな世界を抜け出せるかどうかは、目下のところ自分の手腕に掛かっているらしい。
118 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 23:52:04.54 ID:9v/qEbvBO
柏木「うーん…どうしたらいいんだろう…」

すると精神的ショックから復活した専務が、柏木に掴みかかってくる。

柏木「ちょっ、放してくださいよ!」

専務「駄目だ柏木くん!君は僕と一緒にこの世界に留まるべきなんだ!」

専務は必死の形相で怒鳴ると、柏木の顔に唇を近づけてきた。

柏木「やだもぉ…やめてって言ってるでしょ!」

柏木は思わず、専務の顔を平手打ちする。
まったく何を考えてるんだこの人は。
専務は地面に伏せ、おいおいと泣きじゃくり始めた。
もう面倒なので放っておくことにする。
ふいと専務から視線を反らすと、地面に見覚えのあるものが転がっているのを見つけた。

柏木「えーっと、何だっけ?あ、そうだ!取り合えず物理的に壁を壊すのは無理そうだから、違う方法で他の世界とコンタクトを取ってみよう。それでみんなが集まれれば、何かいいアイディアが浮かぶかもしれない」

柏木は歩いていって、それを拾い上げる。

柏木「まずはこれで呼び掛けてみよう。声だけなら届くかも」

手にしたのは、コンサートのリハーサルなどで高橋が使っている拡声器だった。
119 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/26(金) 23:57:02.22 ID:9v/qEbvBO
柏木「聞こえるー?誰かー!助けが必要なんですー!返事してー!」

拡声器を使い、柏木は他の世界に閉じ込められているらしいメンバーに向かって呼び掛けてみた。
しばらく待つ。
しかし変化は起きない。

柏木「駄目みたい…」

峯岸「ねぇ2人、妖精でしょ?さっきみたいに魔法使えるんでしょ?だったらたかみなとともちんが飛んでいって他の世界にいるメンバーに知らせてよ」

そこで現状を理解し終えた峯岸が言った。

板野「駄目。歌詞カードの傍から離れられないの」

板野が残念そうに肩をすくめた。

横山「だったら歌詞カードごと行けばいいんやないですか?」

高橋「歌詞カードは自分で動かせない」

横山「変なところで融通利かないんですね」

柏木「あ、それなら…」

柏木は閃いて、おもむろに歌詞カードを折り始めた。
120 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 00:00:08.28 ID:0asSOAHlO
峯岸「ゆきりん何してんの?」

その手元を峯岸が覗きこむ。

柏木「飛ばしてみましょうよ」

柏木は顔を上げると、歌詞カードで折った紙ヒコーキをメンバーに見せた。

柏木「ダメ元ですけどね」

軽く苦笑いする。
そうして柔軟な腕を使い、絶妙な力加減で紙ヒコーキを空へと投げた。
紙ヒコーキは空中をふわふわと漂い――。

横山「消えた…!」

紙ヒコーキが遠ざかるのと同時に、高橋と板野の姿は消失した。
121 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 00:07:33.77 ID:0asSOAHlO
大島「…んっ…んん…」

誰かに名前を呼ばれた気がして、大島は薄らと目を開けた。
眠っていたようだ。
視界にあるのはオフィスのような風景。
なぜ自分はこんなところにいるのだろう。
直前までの記憶が曖昧だ。
徐々に頭が覚醒していくと、自分の体が椅子に縛り付けられていることに気づいた。
そして、背中に感じる温かさ。
名前を呼ぶ声は、背後から聞こえていた。

本多「大島さん!気がついたか!」

大島「本多…さん…?」

大島は本多と背中合わせにロープで縛られていた。
これでは身動きがとれず、本多と顔を合わせて話すことが出来ない。
どうしてこうなった?
思い出す。
自分は見知らぬ少女に頭を殴られ、本多とともに気を失ったのだ。
意識がない間に、拘束されたのだろう。
不覚だった。
あの時、本多との思わぬ再会で集中を解いてしまったからだ。
忍び寄る少女の姿に、気づくことが出来なかった。
122名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 00:25:23.52 ID:Ifh4nSRU0
ほしゅ
123名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 01:29:23.18 ID:sdF3XOOY0
ほしゅ
124名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 02:04:12.99 ID:TMxa5+WRP
ほしゅ
125名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 06:20:17.41 ID:ndqNZGcl0
あげ
126 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 06:44:46.00 ID:0asSOAHlO
大島「誰がこんなことを…」

本多「おそらく、例の窃盗グループの仕業だろう。大島さんの読みは当たっていたんだ。俺たちは今、奴らの犯行現場にいる」

大島「なんでそんなことわかるんですか?」

本多「結構前に俺は意識を取り戻してたんだ。それで、奴らの会話を聞いた。そこから推測した結果だよ」

大島「そんな…早く奴らを捕まえないと!くっ…これどうやって解けばいいの…」

大島は左右に激しく身を捩った。
ロープはきつく、簡単には解けそうにない。
大島は焦った。
すぐ近くに、追っていた犯罪者が居るというのに。

本多「動くな大島さん!俺のポケットにナイフがある。君の位置からなら取れるはずだ」

本多が言う。
大島は目だけ動かし、確かに本多のポケットの中が鈍く光っているのを確認した。
本人はそれを取ることが出来ないけれど、背中合わせに縛られている大島なら頑張れば触れることができるかもしれない。
大島は一度大きく息を吐くと、慎重に腕を伸ばした。
大島が動くと本多の拘束がよりきつくなるらしく、背後で彼の呻き声が洩れる。
127 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 06:47:14.09 ID:0asSOAHlO
大島「すみません本多さん…あとちょっとです…」

そうして大島はナイフを手にすると、逆さに持ち替え、刃をロープに当てた。
窮屈な姿勢でナイフを動かす。
ふいに呼吸がしやすくなった瞬間があり、間もなくして切れたロープが床に落ちた。

大島「やった…」

本多「ありがとう大島さん」

本多は礼を口にしながら、素早く銃を構える。
大島もそれにならい、腰を屈めると、周囲を警戒した。

――犯人達はどこにいる…?

本多「おそらく声のした位置からいって、隣の部屋だ」

大島「武器は?」

本多「もちろん所持しているだろうな…。ここで応援を待つか、2人だけで踏み込むか」
128 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 06:50:36.88 ID:0asSOAHlO
大島「応援なんて待っていたら逃げられちゃいますよ」

本多「いけるのか?」

大島「もちろんです」

大島は決意に満ちた瞳で、強く頷いた。
そろそろと扉に張り付き、タイミングを待つ。
まずは本多が飛び出した。
次に大島が床を転がり、素早くデスクの陰に身を隠す。
すぐ傍の壁が軽い音を立てて崩れた。
相手も当然、こちらの動きには敏感になっているだろう。
飛び出した大島達に気づき、発砲してきたのだ。
大島はデスクの下の隙間から、犯人の位置を確認しよとした。
ほとんど正面の位置に、4人分の靴先が見える。

――4人…?

窃盗グループは3人組のはずだ。
まだ他に仲間がいたのか。
それとも、追っていた窃盗グループとは別の奴らなのだろうか。
129 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 06:54:22.62 ID:0asSOAHlO
【SUPER MEGA COP ANOTHER STORY】

30分程前――。

篠田「珠理奈はすぐにここから出なさい」

篠田は厳しい声で言った。
しかし珠理奈は縮み上がるどころか、反抗的な視線で篠田を睨む。

松井珠「何で?あたしがいなかったら麻里姉達は今頃、この2人に犯行現場を押さえられていたかもしれないんだよ?危ないところだったんだよ?それなのに…そんな言い方ないじゃん!」

少し前、珠理奈が台車を押して現れた時は、心臓が止まるかと思った。
台車の上には、意識を失った男女2人の警官。
ここに警官の姿があること自体、おかしい。
自分達を追って来たのは明らかだった。
一体いつ気づかれた?
そんなに近くまで捜査の手は及んでいたのか。
さらに、珠理奈が警官に気づいて捕らえ、運んで来たのもおかしい。
なぜ珠理奈がここにいる?

篠田「映画見てたんじゃなかったの?」
130 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 06:59:07.32 ID:0asSOAHlO
松井珠「ごめん、昨日の夜聞いちゃったんだよ。麻里姉達はまたあたしを抜きにして、仕事するつもりだって…。あたしもう子供じゃないもん。麻里姉達の役に立てるようにたくさん勉強したし、覚悟だって出来てるし、だから…」

梅田「ごめん、あたしのせいだ」

そこで梅田が気まずそうに言った。

篠田「映画館に入るふりをして、梅ちゃんの後をつけたんだね?それであたし達がここに入るのを見て、やって来た」

松井珠「うん」

梅田「あたしがもっと慎重に行動すれば良かったんだよ」

篠田「ううん、珠理奈を連れ出すように頼んだのはあたし。梅ちゃんは悪くないよ。その時、こんな事態になることも予想しておけば良かったんだ」

松井珠「ねえあたし、本当に帰らなきゃ駄目なの?コスチュームだってほら、麻里姉達とお揃いの用意してきたんだよ?」

珠理奈は篠田達と同じ、ボーダー柄の全身スーツを着ていた。
その用意周到さに、篠田は呆れてしまう。
確かに覚悟を決めて自分たちを追いかけてきたのであろうことは理解出来た。

篠田「でもね珠理奈、あたし達がやっていることは仕事とはいえ、犯罪なんだよ」

松井珠「わかってるよ」

篠田「じゃあここは見なかったふりをして、帰りなさい。今日のことは忘れなさい」
131 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 07:05:02.21 ID:0asSOAHlO
松井珠「だけど、もうあたしのために麻里姉達だけが手を汚すことないよ!あたしもう我慢出来ないんだよ!麻里姉達にばっかり仕事させて、自分は手を汚さずにのうのうと生きてる」

松井珠「そんなのずるいよ!情けないよ!あたしだって麻里姉達の役に立ちたい!本当の仲間になりたい!お願い…ひとりにしないでよ…」

珠理奈は最後、涙交じりに訴えた。

篠田「珠理奈…」

珠理奈の言葉に、篠田はハッと息を呑む。
施設での暮らし。
同じような子供達と一緒に生活していたが、それはただ同じ空間にいただけのことで、本当の意味ではみんな、ひとりぼっちだった。
珠理奈が感じている孤独と等しく、篠田もひとりだった。
だけど施設を出た時から、仲間が出来た。
同じように違法な仕事に手を染めることで、一体感が生まれた。
自分たちは家族だ。
誇れることなんて何もない人生だったけど、これだけは言える。
あたし達は、家族。
ひとりなんかじゃない。
だが篠田の気づかないところで、珠理奈がまだ孤独の中にいるのだとしたら?
珠理奈にしてみたら、ひとりだけ仕事の会話に入れず、いつも置いてけぼりで、だからまだ仲間としての実感が持てないでいるのだろう。
珠理奈の心は、施設に居た時のままなのだ。

宮澤「ねえ麻里ちゃん?取りあえず今日は珠理奈のお陰で命びろいしたわけだし、その功績を讃えて、参加を許可したらどうかな?」

睨み合う篠田と珠理奈を心配して、宮澤が助け舟を出した。

宮澤「ね?そうしようよ。だいたい今ここで言い争っていて、この2人が目を覚ましたらどうするの?2人が意識を失っているうちに仕事を終えて、ここから去らないと厄介だよ」
132 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 07:08:30.75 ID:0asSOAHlO
梅田「そうだね…」

松井珠「麻里姉、お願い」

ダメ押しに、珠理奈が上目遣いをする。
篠田はこれに弱い。
ついつい甘やかしたくなってしまう。

篠田「…今日だけだよ」

松井珠「やった!」

梅田「じゃあ一応珠理奈も仮面着けてね。素顔バレるとまずいから」

梅田が自分がつけているのと同じ仮面を取り出し、珠理奈に渡した。
目元だけ覆うタイプの仮面である。

宮澤「さてと、じゃあ仕事が終わるまでこの2人は隣の部屋で縛っておきますか」

宮澤が台車を押して、隣のオフィスに警官2人を運びにいった。
珠理奈は窮屈な仮面を調節しながら、篠田に尋ねる。

松井珠「ここに何を探しに来たの?」

篠田「大事な書類だよ。それさえ手に入れて依頼人に渡せば、みんなで海外旅行に行けちゃうくらいの余裕が出来るんだ」
133名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 08:53:02.46 ID:Ifh4nSRU0
ほしゅ
134名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 12:09:12.54 ID:sdF3XOOY0
ほしゅ
135名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 14:31:34.74 ID:dzFmxDzr0
…なんなのこのスレ(笑)
136名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 14:35:58.12 ID:ZtIUtuqKO
優子バトロワとか柏木推理とか前田20世紀少年とか板野脱走とかはるごん結婚とか光宗チームBとかの人?
てかこれが全員同じ人かもわからないけど
137 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:30:47.39 ID:Y8MjJUI80
【SUPER MEGA COP STORY】

そして、現在時刻――。

激しい撃ち合いが展開されていた。
すでにオフィスの中は滅茶苦茶である。

大島「落ち着け…落ち着け自分…」

大島は銃を構えながら、必死に言い聞かせる。
もう窃盗グループ4人の姿は確認した。
一番長身の女がリーダー格らしく、「肩を狙って」やら「絶対に殺さないで」などと他の3人に指示を出していることに腹が立つ。
どうやら話に聞いていたとおり、極力人を傷つけずに犯行を終えたいスタンスらしい。
中途半端な悪意。
この期に及んで、最後の域には踏み込まない。
かろうじて真っ当な人間であり続けようとする強欲さ。
大島に言わせれば、例え人を殺めなくても、盗みをする時点でもうそれは真っ当とは言えない。
犯罪に大きいも小さいもない。

――お前たちは全員、犯罪者だ。そして…。

大島「梅ちゃん!」

大島は叫んだ。
窃盗グループのうち、長髪のひとりが、びくりと肩を震わせる。

大島「梅ちゃんでしょ?あなた、梅ちゃんなんでしょ?」

梅田は観念したように、目元の仮面を外す。
138 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:32:42.81 ID:Y8MjJUI80
梅田「優子…気づいてたんだ?」

大島「うん」

梅田「ここに優子が来ていることに気づいた時から、もしかしたらって思ってたんだ…。なんでわかったの?あたしが窃盗グループの一員だってこと…」

大島「昨日の昼、話した時」

梅田「あたしが窃盗グループを擁護するようなことを言ったから?」

大島「ううん、それだけだったら、まあそういう考え方をする人もいるなってことで納得できた。でもあの時、梅ちゃんは墓穴を掘ったんだよ」

梅田「……」

大島「窃盗グループが実際は、法的な手段に出られない弱者のために犯行を重ねていること」

梅田「だってそれは、優子が頭ごなしに窃盗グループを否定しているような雰囲気だったからつい…」

大島「違う。捜査本部の人間以外、その情報は知らないはずなの。表向きは資産家や大手企業ばかりを狙った、大金目当ての悪質な犯行ってことになってる」

大島「それなのに梅ちゃんは、窃盗グループの目的の真実を知っていた。交通課の梅ちゃんがなぜそんなことを知っていたのか、考えた時、ひとつの仮説に辿り着いたの」

大島「もしかして梅ちゃんは、窃盗グループ側の人間なんじゃないかってね…。それで今日、梅ちゃんの後をつけてみたらビンゴ。ここに行き着いたってわけ」

梅田「あはは…肝心なところで爪が甘いんだよな、あたし」

大島「お願い梅ちゃん、もうこんなことやめて!」

梅田「無理だよ。出来ないよ、だってあたし…あたし…もうあんな生活には…戻りたくないんだよ!!」

梅田が銃口を定めた。
大島もそれに応じ、銃を構える。
139 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:33:45.69 ID:Y8MjJUI80
松井珠「彩姉危ないっ…!!」

と、そこへ珠理奈が飛び出す。
大島が撃った銃弾が、珠理奈に当たる。

松井珠「え…?」

まず始めに、珠理奈の手から銃がこぼれ落ちた。
梅田が金切り声を上げて、その隙に撃ってきた本多の弾を避ける。
すぐさま反撃に出る。
その間、篠田は珠理奈の元へ駆け寄った。
珠理奈の体が、まるでスローモーションのように、ゆっくりと傾いていく。

篠田「珠理奈!」

床に倒れる寸前で、篠田は珠理奈の体を受け止めた。
宮澤がサッと前へ出て、大島から2人を守るように銃を構える。

篠田「しっかりして…お願い目を開けて…」

珠理奈からは何の反応を見られない。

――そんな…嘘…こんなこと…嘘だよね…?

篠田「珠理奈ぁぁぁぁぁぁ…!!」

篠田は絶叫した。
140 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:35:16.07 ID:Y8MjJUI80
【MOTORGIRLS VS CAR DEVILS】

篠田「何ボーッとしてんの?」

篠田に肩を叩かれ、珠理奈は我に返った。
両手を見る。
さっきまであったはずの銃がない。
周囲を見回した。
どこかの工場跡地である。

――オフィス…じゃない…?

白昼夢でも見ていたのだろうか。
おかしな夢だ。
オフィスで銃弾を放つ自分。
現実とかけ離れた風景。

――何やってるんだろうあたし…今は大事な時なのに。

今自分は、対立するチームとダンスバトルの真っ最中なのだ。

篠田「埓が明かないね。気長に行こう。仕切り直しみたい」

渡辺率いるカーガールズとのバトルはなかなか決着がつかず、そろそろ次の段階に移る頃合だった。
その前に作戦会議を兼ねて、互いに休憩を取ることにする。
篠田から水の入ったボトルを渡され、珠理奈はそれを一気に飲み干した。
気持ちが高ぶっている。
ずっと踊り続けていたからだ。
それなのになぜだろう…大好きなダンスのはずなのに、今日は全然楽しい気分にならない。
珠理奈はメンバーの輪に加わる前に、愛車に触っておこうと考えた。
そうしたら、いくらかいつもの自分を取り戻せる気がした。
141 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:36:18.62 ID:Y8MjJUI80
松井珠「はぁ…」

深く息をつき、愛車にまたがる。
やはりバイクはいい。
こうしていると気持ちが落ち着く。
そうして珠理奈は、次のダンスのフォーメーションを頭に思い描こうとした。
だが足に何か触れた気配がして、ふとそちらに意識を奪われる。
足元には、紙ヒコーキが落ちていた。
さっきバイクを降りた時には、こんなものなかったはずだ。

松井珠「なんか文字が書いてある…」

珠理奈はバイクから降りると、紙ヒコーキを広げてみた。
何かの文章が並んでいる。

松井珠「こんなに君を好きでいるのに…」

文章を読み上げた瞬間、目の前が明るくなった。
2体の妖精が現れる。
驚いた珠理奈が声を発しようとするより先に、妖精が手の中のスティックを振るった。

松井珠「えぇーーーーー!!!」

頭の中で、様々な記憶、風景がフラッシュする。
脳が物凄いスピードで回転しているような感覚を覚えた。

松井珠「あ、あたし…」

珠理奈はすべてを思い出す。
一体、この世界は何なんだ?
自分はバイクなんて興味ないし、第一運転出来ない。
今までの自分は何だったのだろう。
混乱する珠理奈に、妖精の高橋と板野が語りかけた。
142 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:37:17.52 ID:Y8MjJUI80
数分後――。

松井珠「そっか、そうだったんですね」

高橋達の話を、珠理奈はすんなり受け入れた。
質問を挟むことすらしない。
若いぶん、頭が柔軟なのだ。

高橋「それで、今別の世界ではゆきりんが壁を壊せないか考えてくれてるんだ」

松井珠「まずは成功ですね。壁は壊せなくても、紙ヒコーキをこっちの世界に送ることが出来た」

板野「うん」

高橋「悪いけど、珠理奈は珠理奈で、こっちの世界を壊せるかどうか試してみてくれない?」

松井珠「あ、でも壊せなくてもあたし、別の世界に行く方法なんとなくわかりますよ」

高橋「マジか!」

板野「どうやるの?」

松井珠「ていうかたぶんさっきまであたし、別の世界にいたんです。こっちの世界には来たばっかり。あの、だからたぶん意識を失えばいいんじゃないかと思うんですよ」

高橋「意識を…失う?」
143 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:38:32.03 ID:Y8MjJUI80
松井珠「あ、はい。あたしさっき別の世界で撃たれたんです、警官の優子ちゃんに」

板野「うわぁ…」

高橋「何?意識を失うって、死ぬの?珠理奈死んだの?」

松井珠「死んでませんよ。撃たれて、ちょっと気を失っただけです。あ、だからさっきみたいに魔法?で、あたしを眠らせてくれませんか?」

板野「戻りたいの?でもその世界って、結構危険なんでしょ?」

松井珠「そうなんですけど…あっちの世界でも麻里ちゃん達と一緒にいて、それで今こっちの世界にあたしの意識が来ちゃってるということは、あっちの世界のあたしは意識を失ったままになってると思うんです」

松井珠「いい加減目を覚まさないと、あっちの世界にいる麻里ちゃんが心配するし」

高橋「お、おぉ…わかったわかった。その前に歌詞カードをまた紙ヒコーキの状態に戻して、飛ばしてくれない?じゃないとあたしとともちん、他の世界に飛べないみたいだから」

板野「珠理奈が飛ばした瞬間に、ともが魔法で珠理奈を眠らせるよ」

松井珠「わかりました」

珠理奈はバイクを机代わりに、手早く歌詞カードを折った。
空へと放つ。
瞬間、ぐにゃりと視界がぼやけて、眠りに落ちた。
板野との連携は、うまくいったらしい。
144 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:40:02.95 ID:Y8MjJUI80
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「聞こえるー?誰かー!助けが必要なんですー!返事してー!誰かー!助けてくださーい!」

柏木は歩きながら、時折拡声器を使って呼びかけを続けていた。

峯岸「歩いても歩いても、世界の壁らしき所は見つからない」

峯岸がくたびれた声で言う。
怪獣に荒らされた街は瓦礫が散乱し、とても歩きづらかった。

横山「だから物理的な方法じゃないとうちは思うんですよ」

横山が先ほどから持論を展開しているが、柏木も峯岸も面倒臭がって聞いていない。

柏木「誰かー!聞こえますかー?」

峯岸「ゆきりんもう諦めなよ。ていうかそれ、うるさいよ」

峯岸は忌々しげに拡声器を睨む。

柏木「でもこれたかみなさんが普段使っているやつだし、これが目の前に現れたってことは、何か意味がある気がして…」

峯岸「意味なんかないよ。ここはメンバーの誰かの深層心理の中でしょ?当然、その子が目にしたことのある物が登場することぐらいあるよ」

横山「ということは、逆を返せば、その子が見たことない、想像出来ない範疇のものは、この世界に現れないってことですよね?」

横山が何かに気がつき、眉を上げた。

峯岸「ん?あぁ…そうかもしれないね」

横山「そうですよね…そうか…」

柏木「?」
145 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:41:06.00 ID:Y8MjJUI80
横山「さっきから考えてて、どうもおかしいんですよね。この世界、巨大怪獣とか妖精とか、地球防衛軍とか、どう考えって現実的じゃないじゃないですか」

峯岸「だって現実じゃないもん」

横山「いや、そうなんですけど、これがもしわたしの深層心理なら、絶対ありえないんですよ。怪獣なんてだって、普通に考えて存在しませんよね?」

横山「存在しないものを存在するように考えること自体、不毛ですよ。現実が見えていない証拠ですね。たぶん現実から逃げているんですよ」

柏木「う、うん?」

横山「じゃあなんで現実から逃げてるんだろうって考えて、周りを見回した時、おかしなことに気づきません?」

峯岸「おかしなこと?」

横山「はい、だってここ、メンバーの中の誰かの深層心理ですよね?だとしたら絶対なきゃいけない、メンバーなら誰でも頭に刷り込まれているはずの文字がないんです。きれいさっぱり、なかったことにされているんです」

柏木「……」

横山に言われ、柏木は周囲に目を凝らした。
自分は今まで何を見落としていのか。
自分が気づかず、横山だけが気づいたものは何なのか。
辺りは崩れた建物や、散乱した細々としたものに溢れている。
剥がれたポスター、本屋の店先から溢れた雑誌、柏木の足元には、缶コーヒーの空き缶が転がっていた。

柏木「あぁ…そういうこと?」

柏木は気がついて、驚きの声を洩らす。
と同時に、巨大怪獣の下を車で通り抜けた時、目にした文字が何だったのか思い出した。
わかった気がする。
そんな柏木の反応を見て、横山がにやりと笑った。

横山「そうです。想像出来ないんじゃない。想像したくないんですよ」
146 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:42:19.33 ID:Y8MjJUI80
【THE GHOST SHOW】

渡辺「追いかけては来てないみたいだね」

渡辺は息を切らせながら言った。
博の手を取ろうとした瞬間、それを遮るようにして現れた別の手。
幽霊の手。
渡辺と博はそれまでいた部屋を飛び出し、闇雲に病院内を走り回ったのだった。
最早自分達がどの階の、どの辺りにいるのかわからない。
時折非常灯が点滅し、闇に包まれる瞬間が増えてきた気がする。
朝日が差し込む気配は感じられない。
やはり渡辺が考えたとおり、この病院内にいる限り、明日が来ることはないのだろうか。
自分たちはいずれ幽霊に呪い殺されるまで、延々とこの中をさまよい続けるのだろうか。
恐怖と不安に包まれる渡辺に、追い討ちをかけるように、どこからか奇妙な呻き声が聞こえてきた。

『誰…か…助け…で…』

渡辺「キャーッ…!!」

博「落ち着いて麻友ちゃん、ほらよく聞いて、この声、スピーカーから聞こえて来てる」

渡辺「スピーカー?」

博「長い間使っていなかった設備だから、呻き声みたいな恐ろしい声に聞こえてるけど、幽霊が放送をかけたりするかい?もしかしたらこれ、小嶋先輩達が俺達に呼びかけているのかもしれないよ」

渡辺「良かった、先輩達無事なんだ」

渡辺の顔に、少しだけ血の気がかよった。
147 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:45:38.75 ID:0asSOAHlO
渡辺「じゃあ放送の設備がある場所を探せば、そこに小嶋先輩と河西先輩がいるかもしれない」

博「うん、行こう麻友ちゃん。その部屋を探すんだ」

博に手を引かれ、渡辺は歩き出した。

『誰…か…助け…』

放送はまだ、途切れ途切れに続いている。

――あれ?なんだろう…今なんか…。

渡辺はふと、放送の声に懐かしさを覚えた。
ノイズが入り、乱れた声。
それでも聞いているうち、耳に心地良い、優しい声に思えてきた。
一瞬、頭の中に知らない女性の顔が浮かんだ。
長い黒髪、ふんわりと目尻が下がった、穏やかな瞳、ちょっと大きめの鼻。

――誰…?

わからない。
だけど渡辺は無性に今、その彼女に会いたいと思った。
148 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 15:52:35.04 ID:0asSOAHlO
【GIANT MONSTER KITTY ALIEN】

柏木「あーあ、とうとう会社まで戻って来ちゃった」

散々歩いた末に、柏木はこの世界で自分が勤めている会社の入ったビルの前までたどり着いた。

峯岸「へぇ、ゆきりんここの社員ってことになってるんだ?」

柏木「そうみたい」

実際に会社勤めをしていた記憶は、今はもうほとんど頭に残っていない。
それでもまだなんとなく、事務仕事にうんざりしていた意識だけは、自分の中にあった。
反射的にため息をつき、目と肩に重みを感じる。
首を回そうとして、柏木は空を見上げた。
その時、視界の端に白い物体が映った。

柏木「あ、紙ヒコーキ…」

もしかしたらあれは、歌詞カードではなかろうか。
別の世界に飛んで、また戻って来た?

峯岸「おぉ!」

峯岸と横山も気がついて、紙ヒコーキの行方を目で追った。
紙ヒコーキは真っ直ぐビルに向かい、ちょうど開いていたらしい窓から、どこかの階に入り込んでいった。

峯岸「拾いに行こうか?」

柏木「…ていうか今入っていった所、あたしの職場がある階なんだけど…」
149 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 16:35:01.00 ID:0asSOAHlO
【SUPER MEGA COP STORY】

篠田「珠理奈!」

珠理奈が目を覚ました。
篠田はまだ信じられないといった表情で彼女の顔を覗き込む。

松井珠「麻里ちゃん、心配かけてごめんね」

意識が戻ったばかりだというのに、珠理奈はやけにハキハキとした口調で言う。
それに、いつものように麻里姉という呼び方をしない。
篠田は不審に思い、珠理奈の頭に手をやった。
大丈夫、倒れる瞬間、自分はちゃんと珠理奈を受け止めたはずだ。
頭は打っていないはずだ。

松井珠「もう大丈夫だよ」

動こうとする珠理奈を、篠田は慌てて引き止める。

篠田「まだ動いちゃ駄目」

松井珠「本当に平気なんだよ。ほら弾はどこに当たっていない。すぐ傍を掠っただけなの。あたしは驚いて、失神しちゃっただけだから」

そう言って珠理奈は腰を浮かせ、ハッと気がついて宮澤の前に飛び出す。

松井珠「佐江ちゃん駄目!優子ちゃんを撃たないで!」

宮澤は今まさに、大島に向けて発砲しようというところだった。

宮澤「珠理奈どいて!また撃たれるよ!」

しかし珠理奈は頑として目の前を動かない。
大島のほうへ向け、声を張り上げた。
150 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 16:38:05.53 ID:0asSOAHlO
松井珠「優子ちゃん、もうやめようよ!」

名前を呼ばれた大島は、なぜ窃盗グループのメンバーにそのような呼ばれ方をされるのか、不審な表情を浮かべた。

大島「なぜ…」

しんと静まりかえりオフィス内。
全員何が起きたのかわからず、硬直している。
そこへタイミング良く、割れた窓ガラスを抜けて紙ヒコーキが飛び込んできた。

松井珠「あ!ここへ飛んできたんだ…」

すぐさま珠理奈は走って行って、紙ヒコーキを拾い上げる。
折れた箇所を引き伸ばし、文面が露になると、高橋と板野が飛び出した。

松井珠「早く!みんなを本当の人格に戻してください!」

今度は高橋が宙高く飛び上がり、大きくスティックを振った。

大島「あぁぁぁ…」

大島がこめかみの辺りを押さえ、声を洩らす。
篠田は目を閉じ、苦悶の表情を浮かべて下唇を噛んだ。
宮澤、梅田はともに顔を見合わせ、それぞれが本来の人格を取り戻す。

篠田「珠理奈…え?なんで?」

宮澤「たかみな!ともちん!なんて格好してるの?」

梅田「頭痛い…なんか色々ありすぎて吐き気もしてきた」

大島「あ、みぃちゃん!」

高橋「え?」
151 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 16:41:06.91 ID:0asSOAHlO
【THE WORLD COMMUNICATED】

大島の声で、その場にいた全員が一斉にオフィスの入口を見た。
そこに立っているのは、峯岸。
その両脇に柏木と横山がいる。

柏木「紙ヒコーキが入っていくのが見えたから、追いかけて来てみたら…」

オフィスにいる全員が目を丸くしているが、それ以上に驚いているのは柏木だった。

――会えた…。やっとみんなを見つけられた…。

柏木「えーっと、これはあたし達がついに別の世界に到達したと考えていいんですかね?」

高橋に尋ねる。

高橋「うん、そうだと思うよ」

高橋が嬉しそうに頷いた。

横山「だから物理的な壁じゃないって言ったじゃないですか。たぶんさっきこの世界についての理解を深めたから、壁…というか仕切りが外れて、自由に行き来できるようになったんですよ」

横山がドヤ顔で言う。
152名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 17:54:22.68 ID:Ifh4nSRU0
ほしゅ
153名無しさん@実況は禁止です:2013/07/27(土) 19:55:10.54 ID:N4mWkf+T0
支援
154 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 20:18:37.65 ID:0asSOAHlO
柏木「信じられない…さっきまであたしが居たオフィスを、今は別の世界と共有している…」

板野「これでだいぶメンツが揃ったね」

板野がメンバーを見回して言う。

大島「あ、はい!」

そこで大島が挙手した。

大島「これはどういうこと?なんで麻里子達は変な全身スーツ姿なの?あたしも警官の格好だし、たかみなとともちんはそれ、妖精か何か?一体何が起きているのか教えてよ」

大島「今の口ぶりだと、たかみなやゆきりん達は知ってるんでしょ?」

大島が説明を求める。
またもや高橋と板野が解説を始めた。
その間に柏木は散々たる様子のオフィスを見渡し、目を丸くしていた。
やがて全員がこれまでの経緯を理解すると、ここからの脱出方法を見つけるための議論が始まった。

大島「まだ他にも別の世界は存在するの?あたしがいる世界と、ゆきりんのいる世界は元々別だったんでしょ?今みたいに、2つの世界を一緒にすることは出来る?」

柏木「一緒にするというか、あたし達のほうが優子ちゃんの世界に踏み入っちゃった感じじゃないですかね」

宮澤「うわぁ、あたし頭パンクしそう。ほんとどうしたらいいの?」
155 ◆x1G.Xq6aH2 :2013/07/27(土) 20:25:07.71 ID:0asSOAHlO
篠田「みなみ、他にこの深層心理の世界に閉じ込められているのは誰?」

高橋「あとはたぶん陽菜達かなぁ…」

篠田「陽菜?陽菜も今、こういうわけわかんない世界にいるの?だとしたら早く助けなきゃ」

松井珠「あ、もう一度紙ヒコーキを飛ばしてみますか?」

板野「うーん…ていうかさっきの着地でもう歌詞カード自体ぼろぼろ…もう一回飛べたとしても、またこの世界には戻っては来られないかもしれない」

大島「じゃあやめたほうがいいよ。せっかくメンバーが集まれたのに、また別々の世界に行くことない」

梅田「じゃあどうする?」

柏木「あ、そうだ!疑えばいいんですよ!この世界を疑って見るんです。そうですよね?たかみなさん?」

柏木に振られ、高橋は慌てて頷いた。

高橋「お、おぉ…そうだった」

柏木「はい。疑えば、世界を隔てる仕切りが曖昧になるんです」

宮澤「疑う…」

柏木「具体的に言うと、この世界…この世界に存在する人物を嫌うんだよ、佐江ちゃん」

宮澤が首を傾げたので、柏木はそう言ってウインクしてみせた。
156名無しさん@実況は禁止です
ほしゅ
何で末尾が変わってるんだ?