AKB前田「あたしはAKBにいてもいい人間なのかな…」

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1 ◆TNI/P5TIQU

前田「空が…黒い…」

前田は呆然と空を仰いだ。
それは一瞬の出来事だった。
コンサートのリハーサル中、ぐらりと地面の揺れる感覚がした。
隣にいた高橋を見る間もなく、続いて起こった爆音と突風。
反射的に頭を抱え、目を閉じた。
次に目を開けた時、眼前に広がっていたのは崩れ落ちた瓦礫の山とえぐれた地面。
東京は一瞬のうちに崩壊した。

高橋「んん…」

前田の足元でうめき声が聞こえる。

前田「たかみな!?」

前田は瞬時に屈みこみ、高橋を助け起こした。
どうやら怪我はしていないようだ。

前田「大丈夫?立てる?」

高橋「ん…ありがと…」

前田に支えられ立ち上がった高橋は、やはり前田と同じように崩壊した世界を見渡し、言葉を失っていた。
2 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:30:36.03 ID:Gq9yVzS50
前田「これ…一体何が起きたの?どうして…みんなは…」

前田は不安げに表情を歪め、高橋を見た。
少しの間硬直していた高橋が、ハッと我に返る。

高橋「まさか…いや、考えられない…」

前田「え?」

高橋「だけどこれは…たぶん…ロストクリスマスが起こったんだ…」

高橋が何事か呟く。

前田「え?クリスマス?何言ってるのたかみな…」

高橋の様子に前田は戦慄した。

――たかみな…さっきの衝撃で頭打ったのかもしれない…。

高橋は何かにとりつかれたようにぶつぶつと呟いている。
近くに他のメンバーは見当たらない。
凄まじい爆風に、吹き飛ばされたのか――。
それ程の衝撃に自分の体が耐えられたこと自体奇跡だった。
だから高橋が頭を打って、一時的に混乱しているのも予想がつく。
前田はそんな高橋を労るように、優しく声をかけた。
3 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:31:13.61 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな…?何があったか思い出せる?」

すると高橋は前田に視線を向けた。
その瞳に混乱は見られない。
むしろライブ直前の時のような、緊張と興奮が入り交じった鋭い目付きをしていた。
そんな高橋の変化に、前田はたじろぐ。
高橋が低い声で言った。

高橋「ここは危ない。行こう、あっちゃん」

そうして高橋は前田の腕を掴み、瓦礫の上を歩き出した。

前田「え、ちょっ、行くってどこへ?」

前田はわけもわからず、高橋の斜め後ろをついていく。

高橋「ここにいたら見つかる。とにかく身を隠せる場所を探して、話はそれからだよ」
4名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 13:31:18.83 ID:0VG4SNv30
小説
5名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 13:31:35.62 ID:Bq7mVuq00
何コレ!?
やだコレ!?
6 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:32:18.82 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、篠田は――。

篠田「なんで…」

篠田もまた、目の前に広がる信じられない世界に動揺していた。
しかし彼女の場合、立ち直りが早い。
すぐに他のメンバーの安否を確認しに歩いた。
近くにある崩れかけのビルから、自分の立っている位置を把握する。

――随分吹き飛ばされたみたいだな…。

あの衝撃は何だったのか。
ほんの数分前まで、自分はコンサートに向けたリハーサルをメンバーとこなしていたはずだ。
仕事で前日入りしていた珠理奈と玲奈もいて、和やかさと緊張が入り交じった心地よい空間だった。
それが今は――。

篠田「みんな無事かな…」

篠田は次々と頭に浮かぶ疑問を打ち消し、必死にメンバーを捜索した。
瓦礫の上を歩くのに手間取る。
7 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:33:25.54 ID:Gq9yVzS50
篠田「誰かー?返事してー!!」

先程から、メンバーはおろか人の姿さえ見ていない。
どこまで行っても荒れ果てた土地だけが続く。

――もしかして、生き残っているのはあたしだけ…?

そんな不安が頭をもたげた時だった。

篠田「え…?」

一瞬、人の声が聞こえた気がした。
篠田は立ち止まり、耳を澄ます。
聞こえる。
そしてこの声はきっと――。

篠田「陽菜!!」

篠田は声のしたほうに走り寄り、瓦礫をどけた。
現れたのは見慣れた美しい顔――。

小嶋「麻里ちゃーん、良かった助けてー出られないの」

こんな状況に置いても、小嶋はおっとりとした口調で、篠田に笑いかけてくる。
そんな小嶋の様子に、篠田は思わず笑みをこぼした。
すると肩の力が抜け、さっきまでの不安がどこかに吹き飛んでしまう。
篠田は小嶋の持つ、こうした柔らかな空気が好きだった。
8 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:34:02.99 ID:Gq9yVzS50
小嶋「ちょっと麻里ちゃん何笑ってるのー?助けてよー」

篠田「ごめん、待っててすぐ出してあげるから」

篠田はそれから苦労して重い瓦礫を持ち上げ、小嶋を助け出した。

小嶋「わーい出られたー!ありがと麻里ちゃん」

小嶋はその場で自分の体を確かめると、またしても笑顔を浮かべる。

小嶋「ちょっと擦りむいちゃったけど大丈夫みたい」

それから小嶋はしげしげと辺りの様子を眺め、首を傾げた。

小嶋「?」

その間に篠田は頭を切り替え、小嶋を促す。

篠田「まだ他の子達も陽菜みたいに瓦礫に埋まってるかもしれない。探しに行こう」

小嶋「へ?う、うん…」
9 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:34:55.32 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、横山は――。

横山「どうなってんやろ、これ…」

横山もまた目に飛び込んできた風景に震えていた。
自分の身に何が起きたのか理解出来ない。
それでも反射的に、近くに誰かいないか視線をさ迷わせた。

横山「あれ?」

瓦礫の下からはみ出している細い足に気付く。
女性のようだ。
横山は駆け寄り、瓦礫をどけはじめた。

――どうか生きていますように…。

この状況でひとりぼっちは心細いという念もあるが、横山の中では目の前の人の命を助けたい気持ちのほうが強かった。
とにかく無我夢中で瓦礫を持ち上げる。
すると見えて来たのは華奢な背中。
それが僅かに上下しているのを確認すると、横山はほっと息を吐いた。
それからまたすぐに瓦礫を引き摺り、投げ捨てる。
そして気がついた。

――この子は…。
10 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:35:51.02 ID:Gq9yVzS50
横山「やぎしゃん!!」

横山は嬉しさの反面、不安感からきゅっと胸を縮めた。
うつ伏せで倒れているからわからなかったが、これは間違いなく永尾だ。
そして息をしている。
だけど――。

――なんか様子がおかしい…。

横山は永尾の体を挟んでいた最後の瓦礫をどけると、おそるおそるその体を揺すった。

横山「やぎしゃん…やぎしゃん!しっかりして!」

横山の声に、僅かだか永尾の体が動く。

永尾「…由依…なの…?あたし…」

横山「大丈夫?やぎしゃん…体、どうもなってない?」

永尾がゆっくりと体を起こす。
そのまましばらく座りこんでいたが、ふと気がついて横山を振り返った。

永尾「ありがとう。大丈夫みたい」

そう言った永尾は、すぐに横山の表情を見て不審に思った。
横山はじっと永尾を見つめ、唇を震わせている。
11 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:36:37.83 ID:Gq9yVzS50

永尾「由依…?」

永尾が首をかしげた。
目の前で、横山はじわじわと表情を歪め、涙ぐんでいる。

永尾「え?」

そんな横山の変化に、永尾は不安を覚えた。
慌てて自分の体を触ってみる。
大丈夫だ。
どこからも血が出ていないし、痛いところもない。
だとしたらなぜ横山は泣くのか。

横山「やぎしゃん…その顔…」

横山はそれだけ言うと、耐えきれなくなって永尾から視線を反らした。

永尾「何?やだ…」

永尾は震える手で、今度は自分の頬に触れてみる。
この違和感はなんだろう…。
12 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:37:42.95 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田と高橋は――。

高橋「とりあえずここに隠れよう」

高橋は崩れかけたビルを見つけると、前田を引き入れた。
中はがらんとしていて、人の気配はない。
元々使われてはいなかったビルなのか、カーテンもなく、隅のほうに古びたデスクと椅子が投げ捨てられていた。

前田「隠れるって誰から?」

前田は高橋のただならぬ様子に息を呑むばかりだった。
前田の疑問を無視して、高橋は椅子を引き摺って来ると、前田を座らせた。
自分もその横に腰を下ろす。
そして神妙な面持ちで口を開いた。

高橋「恐らく今の状況を引き起こしたのは…レジスタンスの残党だよ」

前田「レジスタンス?」

聞き慣れない言葉に前田は首をかしげる。
13名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 13:38:08.08 ID:dIs0vNZdi
支援
14 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:42:25.55 ID:Gq9yVzS50
高橋「うん。あ、えーっと、順を追って説明するね。あっちゃんはロストクリスマスって聞いたことない?」

前田「ロストクリスマス…何だっけ?うーん…」

前田は少しの間考える仕草を見せたが、やがてパッと目を見開いた。

前田「思い出した!あたし達が小学生の頃にあった事件だよね?確か…化学物質を扱う工場が爆発したんじゃなかったっけ?かなりの数の被害者が出たって…あ、たかみながさっき言ったのは、今のこれも工場の事故が原因てこと?」

高橋「表向きはね…たぶん今回もそういうことにするんじゃないかな」

前田「?違うの?」

高橋「うん。これは工場の事故が原因じゃない。たぶんウイルスのバランスが崩れて…弱っていたところをレジスタンスに狙われたんだよ」

前田「ウイルス…?たかみな、全然話が見えないよ」

高橋「いい?あっちゃん、これから重大なことを話すからよく聞いて。あたしと秋元さんが隠してきた秘密…」

高橋が真剣な眼差しで前田を見る。
前田はごくりと唾を呑んだ。
高橋の決心に応えるよう、慎重に頷く。
15 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:43:46.02 ID:Gq9yVzS50
高橋「昔、この国を襲った大惨事…化学工場の爆発炎上事故。その真相はあるウイルスの暴走が原因だったの」

前田「うん…」

高橋「そのウイルスの名前はA488-KB型ウイルス…。元々はこの国に落ちた隕石に付着していた物質から、化学兵器を作れないかと戦時中研究が進められていたウイルスなの」

高橋「戦後のドタバタで一度は終了したプロジェクトだったんだけど、データだけは残ってた。そして当時の関係者がそのデータを外部に漏らしてしまったことが、後の大惨事へと繋がるの」

前田「化学兵器、か…。そのウイルスって、そんなに危険なものなの?」

前田の問いかけに、高橋は重々しく首を縦に振った。

高橋「感染した人間は徐々にその体がキャンサー化して、やがて砕けちる。最後は跡形もなく消え去ってしまうの」

前田「キャンサー…?」

高橋「簡単に言うと体が結晶化してしまうってことかな?」

前田「そんな…!じゃあ今こうしている間にも、あたし達ウイルスに感染しちゃってるんじゃ…」

前田はそう言うと、自分の肩を抱いて身を縮めた。
不安げに高橋を見る。
次に高橋が発した言葉は、想像もしないものだった。

高橋「ううん、国民は既に全員このウイルスに感染してる」
16 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:44:25.10 ID:Gq9yVzS50
前田「…へ?」

前田が目を丸くする。
高橋の言葉が本当なら、自分もいつ結晶化して消え去ってもおかしくない。
体が…キャンサー化する…。
それは苦痛を伴うものなのだろうか。
発症したらどれくらいのスピードで進行するのだろう。
助かる方法はないのだろうか――。

高橋「大丈夫。感染してるからといってすぐに発症するものじゃないし。あたし達はみんな生まれた時点で既に感染してたんだから。だけど今までなんともなかったでしょ?」

前田「生まれた時から?そんな…あたし全然知らなかった…」

高橋「無理もないよ。国民にはウイルスに関することは伏せられてる。あたしが知ったのもAKBになってからだもん」

前田「なんで?ウイルスとAKB…何か関係があるの?」

高橋「うん。AKBはウイルス発症を抑えるための手段として作られたグループなんだから」

前田「え…?ちょっ、どういうことなのそれ」

前田は高橋の話がほとんど信じられなかった。
しかしこれまでに高橋が自分に嘘をついたことがあっただろうか。
いや、そんなことは一度もなかった。
だったらこれはやはり本当なのだ。
17名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 13:45:44.32 ID:8Np3xh/B0
支援

仕事が進まん(-_-)
18 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:46:52.60 ID:Gq9yVzS50
高橋「ロストクリスマスが起こった後、政府は極秘下でウイルスを抑える方法を研究した。そしてわかったことは、様々な基準をクリアした少女達の存在。少女達の姿を見たり声を聞いたりすることで、ウイルスの発症を抑え続けることができる」

高橋「政府は少女達を国民の目に触れさせるため、アイドルグループを作ることを決めた。そして日本中から基準をクリアしている少女達を見つけるためオーディションを開催。こうして集められたあたし達が、AKB48ととなった」

高橋「最初は拒絶反応が起きないように小さなグループとして始め、反応を見ながら人数を増やし、活動の場を広げさせたの。その中でもウイルスに対して抑制する力の強い者を選抜、一番強力な者がセンター…あっちゃんのことだよ」

前田「あ、あたし?そんな…じゃあ秋元さんはもしかして…」

高橋「うん、政府の人間だ。あたしはAKB発足直後に秋元さんからこの話を打ち明けられ、以後みんなの監視役として働いてきたの。ごめんね、黙ってて」

高橋はそう言うと、気まずそうに肩をすくめた。
前田はすぐにはその事実が受け止められなかった。
秋元が政府の人間…。
そして、自分達がこれまで行って来たすべての活動がウイルス抑制のための手段だった…。

前田「でもなんで…今まで平気だったじゃん…。あたし達はウイルス発症を抑制してきたんでしょ?だったらなんで今さらこんな爆発が起こるの?」
19 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:48:17.57 ID:Gq9yVzS50
高橋「…レジスタンスだよ」

前田「?」

高橋「研究所から漏洩したウイルスデータを元に、ウイルスを増長、暴走させ…今ある世界を壊してまた新たに作り替えようとしている反政府組織――レジスタンスの連中だ。ロストクリスマスを起こしたのもレジスタンス」

高橋「随分取り締まったけど、まだ生き残りがいたみたい。今回のことはたぶんそいつらの仕業だよ。レジスタンスは再び世界を滅ぼそうとしてるんだ」

前田「たかみな、さっきウイルスのバランスが崩れてるって言ってたけど…」

高橋「うん、思い当たる原因は…あっちゃんの卒業…」

高橋が目を伏せる。

前田「……」

高橋「あ、でもあっちゃんのせいじゃないよ。あっちゃんが抜けても抑制の力は弱くならない。下の子達も頑張ってくれてるしね。でも…」

高橋は焦ったようにそう言うと、最後には言葉を詰まらせた。
20 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:54:54.01 ID:+Lzy0J9yO
前田「でも…何?」

高橋「あっちゃん卒業で混乱しているメンバーもまだ多い。だから一時的に抑制の力が弱くなってたんだ。そこをレジスタンスに狙われて、今のようなことが…」

前田「やっぱり…あたしのせいなんだ…。あたしが卒業なんて発表するから…こんな…こんな…。ごめんなさい!あたしのせいで何の罪もない人達が…」

前田はそう言うと、堪えきれなくなって涙をこぼした。
自分のせいだった。
きっとさっきの爆発でたくさんの人が命を落としただろう。
自分があんな決断なんてするから…。

高橋「あっちゃん…」

ぼろぼろと涙を流す前田を見て、高橋は眉を下げた。
前田に例の件を告げるのが躊躇われる。
しかし、前田は知らなければならない。

――言わなくちゃ…。

21 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:56:14.40 ID:Gq9yVzS50
一方、前田達から遠く離れた場所では――。

峯岸「ねぇどこまで歩けばいいのー?」

2人の後ろを歩いていた峯岸が、とうとう根を上げた。

大島「頑張って、みぃちゃん」

大島が立ち止まり、振り返る。
その横で、板野は無言のまま峯岸を見つめた。

峯岸「でもさっきからずっと歩いてるのに、誰とも出会えないよ」

爆発の直後、気を失っていた峯岸を助けたのは大島だった。
その後、2人でさ迷っていると、板野の姿を見つけたのだ。
3人は他にも生き残っている人間がいないかどうか、あちこち探し回っていた。
しかしそれももう限界だ。
瓦礫の山が行く手を阻み、足はなんだか自分のものじゃないみたいだ。
傷つき、浮腫んで、感覚すらとうになくなっている。
大島と板野は何かを見つけようと視線を走らせ、歩みもしっかりしていたが、峯岸はかなり前から、惰性で歩いているような状態だった。
周囲に気を配るほどの気力がない。
最も、周りを見渡したところで、崩壊した街の破片ばかりが目につき、絶望を深くするだけなのだが。
22名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 13:56:42.18 ID:RM2qXXqpO
やぎしゃん・・・
23 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 13:57:14.49 ID:Gq9yVzS50
大島「ともちんともこうして出会えたし、きっとまだ近くにメンバーがいるはずだよ。見つけてあげなきゃ」

大島が元気づけるように言う。

板野「怪我してる子もいるかもしれないし、早く見つけて助けてあげないと…」

板野は辺りをきょろきょろと探った。

峯岸「でもさー、今は具体的に何が起きたのか知るほうが先じゃない?闇雲に動いたって…」

大島「じゃあ情報が入る場所に行くか…」

板野「それどこ?さっきから歩いてるけど無事な建物すらないよ」

峯岸「きっとあたし達が知らないだけで、みんなどこかの避難場所に集まってるんじゃないかな?そこへ行けば何が起きたのかわかるかもよ」

板野「避難場所…学校とか?」

峯岸「あ、そうそう!」

大島「今あたし達がいる場所がどこなのかさっぱりわからないけど…とにかく校舎らしき物を見つけたら入ってみよう!誰かと出会えるかも」

板野「うん、そうだね。あ、みぃちゃん歩ける?」

峯岸「平気」

目的地が決まったことで、峯岸は幾分疲労を回復した。

大島「じゃ、行こうか」

大島は峯岸の現金さに頬を緩ませた。
その時だった――。
24 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:01:32.87 ID:Gq9yVzS50
板野「な、何…?」

遠くで聞こえる地響きのような音。
3人はすぐさま辺りに視線を走らせた。
立ち上る砂埃。
その中から姿を現したのは――。

峯岸「何あれやばいよやばい、どうしよう」

大島「しぃっ!みぃちゃんこっち…ともちんも」

板野「う、うん…」

大島が2人の腕を引っ張る。
物陰に身を隠し、様子を窺った。

大島「……」

それは物凄い勢いで近づいてくる。
瓦礫を吹き飛ばし、かろうじて形が残っていた建物を壊し、砂埃を巻き上げて――。
25 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:02:41.44 ID:Gq9yVzS50
峯岸「ひぃっ…」

峯岸は祈った。
どうか気付かれませんように…。
それはどう見ても、自分達をこの状況から救出してくれる類のものには思えなかった。
むしろ状況を悪くするような…もしかしたらそれが元凶とも考えられる。
それが発する禍々しさ、絶望感。
峯岸は本能的に判断する。
それの存在は――悪だ。

板野「……」

それはすぐに3人の近くまでやって来て、停止した。
およそ感情を感じられないその佇まい。
無機質な機体から発せられる鋭利な冷たさ。
しかしそれは確かに何かの目的を持って、辺りを探っていた。

――もしかして、あたし達のことを探してるの…?
26 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:04:08.26 ID:Gq9yVzS50
板野は物陰からそれの様子を盗み見た。
隣では峯岸が頭を抱え、息を殺している。
大島は睨むようにそれを観察していた。

――お願い…どっか行って…。

3人の願いが通じたのか、やがてそれはどこかへ行ってしまった。
それの足音がだいぶ遠ざかったところで、物陰から這い出る。
地面はそれによって踏み荒らされ、無惨にえぐれていた。
それの持つ破壊力が窺い知れる。

板野「さっきのあれ…一体何?」

峯岸「わかんないよ!わかんないけど…危険なことに間違いないと思う」

板野「まだ他にもいるのかな?何してたんだと思う?」

峯岸「わかんない。あたし達のことを…探してた…?」

板野「うん、あたしもなんかそんな感じに見えた。怖いよ…ねぇあれ何なの?」

大島「あれはたぶん…ロボットだ…!」
27 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:10:06.79 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、柏木と渡辺は――。

渡辺「わわわ…やびゃっ…!」

柏木「麻友!大丈夫?」

よろけた渡辺を柏木が支える。
爆発が起こった直後、お互いの姿を確認した2人はあてもなくさ迷い続けていた。
メンバーは皆無事なのか。
一体、今何が起こっているのか。
最初は互いの無事を喜んだ2人だったが、時間が経つにつれ、様々な疑問が胸にのしかかった。
渡辺は不安と恐怖でいっぱいのようだった。
そんな渡辺を支えようと、柏木は何度も声をかける。

柏木「もう少し歩いたら何か見えて来るかもしれないよ?ね、頑張ろう」

しかし柏木も内心では、この状況に困り果て、精神を磨り減らしている。
何より、型通りの励ましの言葉しか渡辺にかけてやれない自分が不甲斐ない。
柏木は渡辺に気づかれないよう、小さくため息をついた。
その時――。
28名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 14:10:11.13 ID:8jbQYjTt0
ギルティクラウンとのクロス?期待!
29 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:11:11.87 ID:Gq9yVzS50
>>28
そうですー。ギルティクラウン大好きなんです
30名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 14:12:07.40 ID:cEHzo8Gi0
支援
31 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:12:31.27 ID:Gq9yVzS50
渡辺「これ…学校…?」

渡辺がすぐそばの塀を指差した。
下ばかり見て歩いていたので、気付くのが遅れた。
崩れかけてはいるものの、この妙に懐かしい感じの佇まい。
その先に続くフェンスとプール。

柏木「そうだね、学校だ。中に入ってみようか?誰かいるかもしれないし」

柏木の言葉に、不安そうだった渡辺の表情が和らぐ。
今の状況では、なるべく大勢でかたまっていたほうが安心できる気がした。
誰かから、先ほどの爆発についての詳細を教えてもらえるかもしれない。

渡辺「あ、待ってよゆきりん」

入り口を探して歩き出した柏木を、慌てて追いかける渡辺。
2人はそのまま塀に沿って歩き、門から学校の敷地内に足を踏み入れた。
校庭にはどこから飛んできたのか、道路標識や看板の類いが転がっている。
そして壊れて破片だけになった遊具や朝礼台。
どうやらここは小学校のようだ。
32 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:20:48.12 ID:Gq9yVzS50
柏木「校舎の中に入ってみよう」

渡辺「う、うん…」

自分が通っていた校舎でなくとも、小学校という空間はどこか懐かしく、胸をきゅっと締め付ける。
2人は物珍しげに掲示物を眺めたり、下駄箱を覗いたりした。
しかしそんな余裕も、校舎の中を進むにつれ、なくなってくる。

人の気配がない。
物音一つしない。

廊下に投げ出された上履きの山、空気の抜けたサッカーボールと折れた傘、散乱する学用品。
ここでも、爆発の混乱が見てとれる。
この学校の児童達は無事なのか。
一体どこへ行ってしまったのか。

渡辺「誰もいないね…」

柏木と渡辺は途方に暮れた。
自分達以外の人間はどこへ避難しているのだろう。
33 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:21:27.94 ID:Gq9yVzS50
柏木「もしかして…」

渡辺「え?」

柏木「あ、ううん…何でもない」

柏木は思わず口走りそうになった仮説を、慌てて呑み込んだ。

――駄目…こんなこと言ったら、余計に麻友を不安がらせるだけだもん…。

柏木は少し前から考えていた。
そして校舎の中を探索するうち、その考えはより現実的なものとなっていった。

――もしかして、生き残ってるのってあたしと麻友だけ…?

爆発の後、まだ渡辺以外の誰とも出会っていないことに違和感を持っていた。

柏木「う、上の階も探してみようか?」

渡辺「そうだね」

2人が階段を目指して歩きはじめた時だった――。
34 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:22:11.23 ID:Gq9yVzS50
渡辺「あれ?」

聞こえる。
誰かの足音。
それはどんどんこちらへ近づいてくる。
渡辺は足音のする方向を探して、視線を走らせた。
と同時に、肩の辺りに衝撃を感じる。

渡辺「わぁっ!何?」

柏木「…ちょっ、嘘ー!!」

現れたのは見慣れた顔。
見慣れたツインテール。
見慣れたえくぼ。

多田「麻友ー!ゆきりんー!無事だったんだ?良かったー」

多田が渡辺に抱きついていた。
渡辺は驚きのあまり目を白黒させている。
35 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:23:48.87 ID:Gq9yVzS50
渡辺「愛佳?どうしてここに?」

多田「みんなと一緒に避難してきたんだよー」

渡辺「そうだったんだ?びっくりしたぁ。でも安心したよ、愛佳が無事で」

渡辺はそこで多田の肩をぎゅっと抱き締めた。

柏木「あれ?みんなって…らぶたん1人じゃないの?」

柏木に問われ、多田は渡辺から離れた。
くるりと顔を向ける。

多田「うん。ワロタのみんなも避難して来てるよ?」
36 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:24:46.25 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田と高橋は――。

前田「たかみな…これからどうしたらいいの?」

高橋の突然の告白を聞き、前田は狼狽えていた。

高橋「あたし達は条件を満たした人間。メンバーが集まれば、ウイルスに対抗する力が強まるはず。とにかく今は他のメンバーを探そう」

高橋はそう言うと、ビルの外へ出た。
しかしすぐに辺りを見回し、途方に暮れる。
爆発の衝撃で、きっとメンバーはあちこちに吹き飛ばされているはずだ。
この広い世界から、果たして全員を見つけ出すことは出来るのだろうか。
ここに来るまで人の姿を見ていないのは、きっとレジスタンスによるウイルスの暴走で、大半の人がキャンサー化して消え去ってしまったからだろう。
メンバーについてはウイルスに対抗する力を持っているのである程度無事だとは思うが、怪我を負って歩けないでいる可能性も考えられる。

前田「だけど…レジスタンスはどうするの?レジスタンスの人達があたし達を狙うこともあり得るんでしょ?ウイルスを暴走させたいレジスタンスにとって、抗ウイルス対策の存在であるあたし達は邪魔でしかないもん…」

高橋「うん、そのこともいずれ考えなきゃね…」
37 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:26:00.97 ID:Gq9yVzS50
前田の指摘に、高橋の表情は曇った。
やはり今すぐにでも例のことを前田に告げるべきか…。
高橋は決めかねていた。
それは前田にとって重圧でしかない話。
しかし迷ったところで、近いうちに必ずその時が来る。
高橋は決心すると、前田に向き合った。

前田「たかみな…?」

高橋の強い視線に射抜かれ、前田が肩を強張らせる。

高橋「あっちゃん、驚かないで聞いてね。あっちゃんは実は、」

高橋が口を開いたその時だった。
背後に響く衝撃音。

高橋「…来たか…!」

前田「え?嘘…あれロボット?あれが…レジスタンスなの…?」

5メートル程はありそうな鋼の兵器。
鈍く光る機体からは、言い知れぬ物々しさが感じられる。
それが一歩踏み出すたび、地面が揺れ、見る者を萎縮させるような迫力が辺りを支配する。
この壊滅した世界で、その存在はもう脅威でしかなかった。
38 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:26:51.94 ID:Gq9yVzS50
前田「……」

高橋「あっちゃん!」

硬直する前田を、高橋が今出てきたばかりのビルの中へ引き入れる。
前田は恐怖で言葉も出ない状態だった。

高橋「大丈夫、まだ向こうには気づかれてない。やり過ごせるよ」

高橋は震える前田を宥めた。

前田「レジスタンスってすごい組織なんだね…あんなロボットまで…。あれに捕まったらあたし達どうなっちゃうの?怖い…怖いよたかみな…」

前田は胸に手を当て、恐怖を鎮めようと頑張る。
しかし高橋に問いかける声は裏返り、ちっとも安定しなかった。

高橋「しっ!あっちゃん黙って」

ロボットが歩く音は徐々にこちらへ近づいてくる。
前田の心臓は早鐘を打った。

――お願い、どっか行って…。

前田が願った瞬間、ロボットが停止したのがわかった。
39 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:27:42.02 ID:Gq9yVzS50
高橋「あれ?」

高橋が眉間に皺を寄せる。

前田「止まったよね、ロボット。何が起きたの?エネルギー切れとか?」

高橋「さぁ…なんだろう…?」

前田と顔を見合わせて首をかしげる高橋。
それからすぐに気がついて、窓へ駆け寄った。

高橋「まさか…!」

外の様子を探る。
それからすぐに落胆の声を洩らした。

高橋「やっぱり…」

前田「え?」

高橋の様子を見て、前田も窓へ飛び付いた。
そこから見えたのは――。

前田「そんな…陽菜!麻里子…!」
40 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:28:31.26 ID:Gq9yVzS50
歩みを止めたしたロボット。
それが見下ろしている先には、小嶋と篠田がいた。
2人は驚愕の表情で、目の前のロボットを凝視している。
何が起きているのか、状況を把握するのに時間がかかっているようだ。

前田「どうしようたかみな、このままだと2人がレジスタンスに捕まっちゃうよ。ねぇ、どうしたらいい?」

前田の声が上擦る。
全身が震え、奥歯を噛むことが出来ない。
そんな前田の肩を、高橋は強い力で押さえつけた。

高橋「しっかりしてあっちゃん!やるの…2人をあのロボットから助けるんだよ!」

前田「そ、そんな…どうやって?」

高橋「大丈夫。あっちゃんには力があるから。選ばれた…女王の力…」

前田「は?何言ってんのたかみな。女王って何?あたしどうしたらいいの?」

前田が焦りの声を上げた瞬間、外から小嶋の悲鳴が聞こえた。
窓を見やる。
今まさに、ロボットは小嶋と篠田に襲いかかろうとしていた。

高橋「時間がない。あっちゃん、左手を出して!」

前田「えぇ?」
41 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:29:24.21 ID:Gq9yVzS50
高橋「集中してあたしの胸の辺りに手を置くの。あっちゃんなら出来る。あたしの体から武器を取り出して、あのロボットと戦うんだよ」

前田「何それたかみな…。こんな時に冗談なんて…全然笑えないよ!出来るわけないじゃん」

高橋「冗談じゃないよ!」

前田の言葉を、高橋はぴしゃりとはね除けた。

高橋「あたしはあっちゃんを信じてる。陽菜と麻里子を助けたいんでしょ?!だからお願いあっちゃん…あたしを…あたしを使って…」

高橋はそう言うと、強引に前田の手を導いた。
前田の手が、高橋の体に触れる。
瞬間、高橋の熱が掌から伝わってくる。
それだけじゃない。
高橋の持つ恐怖、迷い、怒り、悲しみ…すべての感情が左手を通して前田の中になだれ込んでくる。

前田「これは…!」

前田に触れられた高橋の体が光を放ちはじめた。

高橋「……うっ…」

そして、高橋は気を失う。
42 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:30:18.31 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな!?」

咄嗟に前田は手を引っ込めた。
高橋の体から放たれた光は、前田の手に張り付いている。
光はすぐに、ごつごつとした槍のような形を作り、前田の手の中に落ち着いた。

前田「なんなのこれ…これが…あたしの持つ力?これであのロボットと戦うの!?」

前田は槍を握ったまま、おそるおそる高橋に近付いた。
高橋は意識を失い、床に倒れている。

前田「たかみな?ねぇたかみな返事してよ!これどういうこと?今何が起こったの?これであたしにどうしろと言うの?」

高橋の返事はない。

――あたしがたかみなからこれを取り出したから?そんな…そんな…。

高橋は自分を使ってロボットと戦えと言った。
それはそのまま、高橋自身を犠牲にして戦えという意味だったのだ。
前田は気がついた。
そして恐怖に全身を震わせた。

――ロボットと戦う…。そんなことあたしに出来るの?

頼りの高橋は意識を取り戻す気配もない。
前田はひとり、決断を迫られた。

――怖い…怖い…もし戦って、駄目だったらどうなるの?陽菜と麻里子を守れなかったら…それにあたしから武器を取り出されたたかみなは…その時どうなっちゃうの?

呆然とその場に立ち尽くした。
それは時間にしてほんの数秒。
その僅かな間にも、ロボットは小嶋と篠田を追い詰め、捕らえようと手を伸ばしている。
43 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:31:18.79 ID:Gq9yVzS50
小嶋「キャーー!」

前田の耳に、小嶋の悲痛な声が届く。

前田「!!陽菜…!!」

前田は我に返った。
そして同時に決断した。
何かを考える間もなく、体が動く。
ビルから飛び出し、2人のもとへ走った。

前田「お願い…やめてーー!!!」

篠田「あ、あっちゃん…」

前田の声に反応したのか、ロボットはその体ごとこちらへ向きを変えた。
そしてそのまま向かって来る。

前田「は、速い…!」

さっき見た時とは比べ物にならない。
ロボットはまるで地面をスライドしているかのようなスピードで、距離を詰めてくる。

篠田「危ない!あっちゃん避けて!」

篠田が叫んだ。
前田は立ち尽くしたまま、ロボットを正面に見据えている。
44 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:32:06.66 ID:Gq9yVzS50
篠田「あっちゃーん!!」

篠田の叫び声が前田に届いたと同時に、ロボットは急停止し、ゆっくりと体を2つに折った。
篠田はその少し前に、何かの衝撃音を聞いた気がした。
しかしそれが何なのか確かめようにも、舞い上がる砂埃で視界が遮られてしまう。

小嶋「何が起きたのー?何にも見えないよー」

いつの間にか地面にへたりこんでいた小嶋が、しぱしぱと瞬きを繰り返した。
篠田は無言で、食い入るように砂埃の先を見つめている。

篠田「……」

やがて砂埃の中に1人の人影が浮かび上がった。
初めはぼんやりと、しかしすぐに輪郭がはっきりしてくる。
その人影は――前田だ。

前田「麻里子…陽菜も…大丈夫だった?」

前田は服を手で払いながら、2人に問いかけた。
先程まで手に握られていた槍は、もう消えている。
45 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:32:48.06 ID:Gq9yVzS50
篠田「大丈夫…でも、何があったの?」

篠田は小嶋に手を貸して、立たせてやりながら聞き返す。

前田「うん、ちょっとね…」

前田は言葉を濁した。

篠田「あっちゃんがやったの?あのロボット…あっちゃんが退治したんでしょ?それにさっき持ってたなんか物騒なやつ…あれは何?」

前田「えーっと…あれはね…」

説明しようにも、前田自身まだ信じられない気分だった。
確かにあの時、前田はロボットを破壊した。
目の前にロボットの武骨な機体が迫って来て、驚きと恐怖に立ち尽くすことしかできなかった。
しかしいよいよ身の危険を感じた時に、左手が動いたのだ。
高橋から取り出した武器でロボットを一突きにし、その動きを完全に封じた。

――あれは本当にあたしが自分の手でやったことなの…?

前田はまじまじと自分の左手を見つめる。

篠田「あっちゃん…?」

前田「……」

高橋「あっちゃん!良かった、やってくれたんだね!あぁ陽菜…麻里子…無事で良かった…」

背後から高橋の声が響き、3人は振り返った。
46 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:33:48.38 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな大丈夫なの?体、なんともない?」

前田は急いで高橋に駆け寄ると、心配そうにその顔を覗き込む。

高橋「平気。役目を終えればヴォイドは持ち主の体に戻る。なんともないよ」

前田「ヴォイド…?」

高橋「そう…人の心を具現化したもの…かな?あっちゃんには人からヴォイドを取り出す力が備わってるの」

前田「そんな…全然知らなかった…」

高橋「前にインフルエンザの予防接種を受けたでしょ?あの時の注射の中身はヴォイドゲノムという物質だったの。体質によって反応しない場合がほとんどなんだけど、後の血液検査であっちゃんの数字だけ異常に跳ね上がってた。つまり…あっちゃんはヴォイドゲノムに反応した」

前田「う、うん…?」

高橋「メンバーの中であっちゃんだけ、人からヴォイドを取り出せる力を手に入れたってことだよ」

高橋が説明すると、前田は憤りを隠せない表情になった。
そんな得体の知れないものを自分の許可なく注射され、そのせいでロボットと戦う羽目になったのだ。
こんな理不尽なことがあるだろうか――。
47 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:35:25.18 ID:Gq9yVzS50
前田「そ、そんなの聞いてないよ!なんでそんな勝手なことしたの?!なんであたしだったの?!」

高橋「あっちゃん…」

珍しく怒りを露にした前田に、高橋は申し訳なさそうに眉を下げる。

高橋「ごめんね…。もしもの時のために、誰かはヴォイドゲノムの力を手に入れる必要があったの。ウイルスに対抗する力を持つあたし達の中から、誰かを選出しなければならなかったんだよ」

高橋「あたしは反対したんだけど、秋元さんが…もしかしたら秋元さんは今回のようなことが起こることを、予感していたのかもしれない…。だからいざという時、あたし達がレジスタンスと戦えるよう、ゲノムの力を授けようとしたのかも…」

高橋は途切れ途切れにそう言うと、深々と頭を下げた。
48 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:36:03.95 ID:Gq9yVzS50
高橋「ごめん、あっちゃん。1人で戦わせたりして…」

高橋に謝罪され、前田は怒りの行き場をなくす。
そして気付く。
高橋はもう充分苦しんだはずだ。
以前からメンバーに打ち明けることも出来ず、秋元に命じられた監視役を全うしてきたはず。
たった独りで、大きな秘密を抱えて――。

――そうだ、たかみなは悪くない。それにさっき…。

前田はロボットと向き合った時のことを思い返した。
怖かった。
もう駄目かと思った。
自分はここで死ぬのだと、本気で覚悟した。
だけどあの瞬間、確かに感じたのだ。
高橋が傍にいる気配。
高橋の想い。
あれはきっと、高橋から取り出したヴォイドが自分に訴えかけてきていたんじゃないだろうか。

――そう…だからあたしは戦えたんだ。

前田はそこで、はっきりと自分の考えの浅さを自覚した。
自分のことばかり考えて、被害者ぶるのはやめよう。
まだ頭を下げ続ける高橋の肩に、そっと手を置く。
49名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 14:37:32.42 ID:Wv2279gg0
こんなトンデモ展開…嫌いじゃない
50 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:39:28.82 ID:Gq9yVzS50
前田「頭を上げてたかみな。ごめんね、あたしが間違ってた。あたしはひとりでなんて戦ってないよ。さっき確かに感じたんだ。たかみなの心…麻里子と陽菜を助けたいっていうたかみなの想い…」

前田「あたしはさっき、たかみなと一緒に戦ってたの。ヴォイドという形で…ね、ヴォイドってそういうものなんでしょ?」

前田はそう言うと、高橋に優しく微笑みかけた。
高橋はなぜか照れたような表情を浮かべる。
2人の間に、目には見えない温かなものが流れた。
しかし、その間に割って入る人物が――。

小嶋「ねぇさっきから2人で何話してるのー?」

篠田「うん、たかみな…あたし達にもわかるように説明してよ」

篠田が真剣な眼差しで見つめる。
高橋はふっと息を吐くと、最初から説明をはじめた。
51 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:40:11.53 ID:Gq9yVzS50
数分後――。

篠田「……」

小嶋「……」

高橋の説明を聞いた2人は、顔を見合わせて黙り込んでしまった。
前田に緊張が走る。
2人から拒絶されることが怖かった。
いくら力があるとはいえ、自分はさっき高橋を使って戦ったのだ。
きっと、気味が悪いと思うはずだ。
自分の体から心を取り出され、武器として使われてしまう。
こんな恐ろしいことはない。
前田自身、何か大事な物を失くしてしまったかのような、あるいはまったくの別人に生まれ変わってしまったような孤独感に苛まされていた。
しかし高橋の立場を考えれば、もうそんな不満を言ってはいられない。
これからもロボット――レジスタンスの攻撃が続くのなら、自分は再び誰かを武器として使い、戦わなければならない。

高橋「…すぐには…信じられないよね、こんな話…」

沈黙を続ける篠田と小嶋を、高橋は窺い見た。
その瞬間、篠田の表情が変わる。
52 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:40:57.38 ID:Gq9yVzS50
篠田「え?ていうかさっき見たのが本当なんでしょ?あっちゃんが戦ってロボットを倒した…すごいじゃんあっちゃん!」

篠田が笑う。
いつものように優しく目尻を下げて、きれいな歯を覗かせて。
その笑顔に嘘は見られない。

前田「え…?」

小嶋「んー…なんかよくわかんなかったけど、あっちゃんがいればもうロボットなんて怖くないんでしょ?良かったー」

小嶋も安心しきった笑顔で前田を見る。

前田「陽菜…麻里子…あたしが怖くないの?こんな変な力持って…あたし…」

前田は篠田と小嶋の発言が信じられなかった。
2人は、変わってしまった自分を受け入れてくれるのだろうか。

篠田「え?なんで?確かにあっちゃんの力はすごいけど、それであっちゃんが変わっちゃうわけじゃないじゃん。あっちゃんはあっちゃん、でしょ?」

前田「麻里子…」

篠田「全然怖くないよ。ね?陽菜?」

小嶋「うん」

小嶋が大きく頷く。
その瞬間、肩の力が抜けた。
53 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:41:43.69 ID:Gq9yVzS50
前田「ありがとう…麻里子、陽菜…。あたしね…」

緊張の糸が切れたのか、前田はそこで涙ぐんだ。
すかさず篠田が前田の頭に手を置く。
それから腰をかがめ、前田の顔を覗きこんだ。

篠田「あっちゃんは何も悪いことなんかしてない。あたしと陽菜を救ってくれた。そうでしょ?ありがとね…あっちゃん」

小嶋もまた、前田に歩みより、礼を述べる。
前田はそこでようやく泣き笑いの表情を見せた。
そんな3人のやりとりを、高橋は安堵の表情で眺めている。

篠田「でさ、ヴォイド?ってやつ、たかみなの体からじゃなくても取り出せるの?」

前田が泣き止むと、篠田は高橋を振り返った。

高橋「出来るよ。人の心は様々だから、その人によって出てくるヴォイドは違ったものになるはずなの」

篠田「へぇ、面白い。ねぇあっちゃん、試しにあたしからも出してみてよ、ヴォイド」

前田「え?麻里子から…?」

篠田「うん。何かあった時に、たかみなだけじゃなくあたしも役に立ちたいの」

篠田はそこで笑顔を引っ込め、真剣な眼差しを前田へと向けた。

篠田「お願い…あっちゃん…」

篠田の気迫に押され、前田はおずおずと手を伸ばす。
篠田の体へ触れた。
そして――。
54 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:42:59.61 ID:Gq9yVzS50
篠田「…うぅっ…!」

前田の左手が閃光する。
次の瞬間、篠田の体から現れたのは、網目状の物体を広げたようなもの。

小嶋「何これー?なんか変」

高橋「うん」

前田「麻里子のヴォイドは…網…?にしてはなんか硬そうだよね…あ、たかみなこれどうやって麻里子の体へ戻すの?」

高橋「役目を終えるか、あっちゃんが戻したいと思った時に自然と戻るよ」

前田「あ、消えた…。戻ったみたい」

光は糸状になり、前田の手からすっと消えた。
ほどなくして篠田が意識を取り戻す。

高橋「ヴォイドを取り出されている間は、心を失っている状態。だから一時的に意識がなくなるの」

篠田「で?どうだった?あたしのヴォイド」

篠田がけろりとした顔で尋ねる。

前田「……」

小嶋「えー?なんかよくわかんない」

篠田「え?どういうこと?」
55 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:43:36.37 ID:Gq9yVzS50
高橋「まぁいつかどう使うかわかるよ」

高橋はなぜか励ますように言った。
篠田が首をかしげる。
ヴォイドの形は人によって様々。
中には武器として使い物にならない場合もある。
高橋は少し、篠田を気の毒に思った。

篠田「あ、じゃあ次は陽菜!ヴォイドを見せてよ」

篠田がにやにやと笑う。

前田「じゃあちょっと…いい?陽菜…」

前田は遠慮がちに尋ねる。
断られたらすぐに身を引くつもりだった。
しかし意外なことに、小嶋はあっさり承諾した。

小嶋「いいよー」

前田「うん…」

小嶋に向かって手を伸ばす。
そうして取り出したヴォイドは、大砲のようなものだった。
当たればかなりのダメージを受けそうだ。
小嶋の雰囲気にはそぐわない代物に、前田は困惑した。
56 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:44:33.53 ID:Gq9yVzS50
前田「たかみな、なんで陽菜のヴォイドはこんな…こんな強そうなの?」

高橋「にゃんにゃんの心…たぶんあんまり悩んだり落ち込んだりしないタイプだから強いんじゃないかな」

前田「すごい…」

それから意識を取り戻した小嶋は、自分のヴォイドについて聞くと、単純に喜んだ。

小嶋「じゃあまたロボット来たらあたしでやっつけられるねー」

小嶋はなぜか呑気である。
つられて前田も微笑んだ。

高橋「だけど…」

しかし高橋は怖い顔をしていた。

前田「何ー?」

高橋「一応教えておくね。あっちゃんがそんなことするわけないって信じてるけど…」

前田「…?」

高橋「ヴォイドを壊せば、その持ち主も消滅する。人の心はそれだけ繊細に出来てるの」

前田「そ、そんな…消滅するって…死ぬってこと?」

前田が問いかける。
高橋は無言で頷いた。
57名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 14:47:26.00 ID:Dty6kYC90
俺「うんちが出そう。ぶりぶり」
58 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:47:40.52 ID:+Lzy0J9yO
篠田「だ、大丈夫だよたかみな!あっちゃんがそんなことするわけないし、さっきだってたかみなはあっちゃんを信じて、ヴォイドを預けたんでしょ?」

高橋「うん、それはもちろん。だけど…あっちゃんに壊す気はなくても、戦いの最中に相手に壊されたら…」

前田「……」

高橋「だから扱いには注意してね、あっちゃん」

高橋がそう言うと、前田は神妙な面持ちで頷いた。
それで前田の覚悟が伝わったのか、高橋はふっと笑顔を浮かべ、仕切り直すように手の平を打つ。

高橋「さっ、こんなとこでいつまでも立ち止まってなんていられないよ!早くメンバーを探さなきゃ!」

小嶋「そうだよねー。心配だよね」

4人はそれから、新たにメンバーを見つけられないかと歩き出した。
この時の4人は気がついていなかった。
すぐ近くで、一連の会話を立ち聞きしていた人物の存在に――。
59 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:48:34.78 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

島田「誰かいませんかー?あのー、いたら返事してくださーい!」

市川「すみませーん!」

爆発から生還した島田と市川は、中学校を見つけて助けを求めた。
しかし返事はない。
なんとなく物が片付いている気がするので、他に人がいると思ったのだが、勘違いなのだろうか。

島田「駄目だみおりん、他探そう」

島田は諦めて、市川の小さな頭を見下ろした。
ここに来るまで、生還者を探して声を張り上げ続けていたため、さすがの島田も声が枯れはじめている。

市川「そうですね…やっぱりここも駄目ですぃたか…」

市川は島田の言葉にがっくりと肩を落とした。
しかしすぐに何かに気がつき、目を見開く。

島田「?みおりん?どうかしたの?」

市川「今、足音が聞こえたような…」

島田「え?」

その時、背後で人の気配がした。
2人同時に振り返る。
60 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:49:55.56 ID:Gq9yVzS50
市川「あー!」

島田「嘘…」

そこにいたのは、阿部と加藤だった。
阿部は冷静な顔で、しかし口元だけ薄く笑みを浮かべて。
加藤は仔犬のような目で、人懐こい笑顔を見せていた。

島田「マリア…玲奈っち…良かった生きてたんだ…」

島田は束の間驚愕の表情を浮かべていたが、すぐに歓喜の声を上げて2人のもとへ走り寄った。
市川もちょこちょことその後を追う。
4人は少しの間、互いの無事を喜び合った。

島田「2人はいつからここに居たの?誰か他にも避難してきてる人はいるの?」

加藤「はい。だいたいのメンバーがここにいますよ」

市川「ほんとにー?じゃあちょっとだけ安心だね」

市川がそう言うと、それまで笑顔だった加藤が声を落とした。

加藤「それが…そうでもないんです…」
61 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:51:00.32 ID:Gq9yVzS50
島田「え…?」

その瞬間、島田はじわりと不安を覚えた。
それはみるみるうちに拡大し、島田を包む。
背筋にスッーっと冷たいものが走った。
これから嫌な話がはじまる。
そしてそれはきっと途方もない絶望を自分に与える。
聞く前から、島田はそう確信した。

島田「…何か問題があるの…?」

どんな最悪な話でも、自分はそれに向き合わなければならない。
島田は決心して尋ねた。
隣ではすでに、市川が泣きそうな顔で肩を縮めている。

加藤「はい…あの…」

加藤はそれだけ言うと、言葉を詰まらせた。
助けを求めて、阿部を仰ぎ見る。

阿部「あ、なんかさっき大島さん達が避難してきたんですけど、ここに来るまでの間に変な物見たって言ってたんですよ」

阿部はあっさりと説明した。

市川「変な物って?」

阿部「あ、ロボットらしいですよ」
62 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:53:09.87 ID:+Lzy0J9yO
島田「はぁ?ロボット?」

阿部「はい」

驚く島田と市川を見て、阿部はきょとんとした顔で言った。

阿部「しかもそのロボット、大島さん達を探してたみたいで…なんか味方じゃないっぽいです。今日の爆発もそのロボットが関係してるんじゃないかって今話してて…あ、みんなのとこ行きます?もうすぐ日が暮れるから体育館に布団敷いてたとこなんですよ」

島田「え?あ、うん…」

島田は阿部の言葉に、慌てて頷いた。
それから阿部はつらつらと詳しい状況を説明しだしたが、もう島田の耳には入って来ない。

――ロボット…?なんでそんなものが…しかも味方じゃないってどういうこと…?

島田の頭は混乱していた。
これが悪い冗談だったらいいのに。
63 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:54:39.50 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃん!」

だいぶ日も落ちて来て、寝床を探した前田達は、小学校の中に入った。
結局あれから誰1人メンバーを見つけることが出来なかった。
しかし校舎の中で、待ち望んだ顔と再会する。

前田「ごんちゃん良かった、生きてたんだね」

前田の姿を確認して駆け寄って来た仲川は、そのままの勢いで抱きついた。

仲川「あっちゃーん!会いたかったよー」

前田「あはは、ごんちゃんこんな時でも変わらないね」

仲川「あ、ねぇねぇこっち来て!みんなもいるよ」

仲川はひとしきり再会の喜びを表現すると、廊下の奥を指差した。

高橋「え?みんないるの?」

小嶋「えー?今まで探し回ってたの無駄だったんだー」

篠田「はるごん、ほんとにみんな揃ってるの?ちゃんと確認した?」
64 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 14:58:54.63 ID:+Lzy0J9yO
仲川「うーん、わさみんとあやかとこもりん、愛佳。あとゆきりんとまゆゆもいるよ!」

前田「そっか、全員じゃないんだ…。でも良かった。これで7人の無事は確認できたし」

前田はそう言うものの、落胆は隠しきれない。
早くメンバーを全員探さなければ。

――今頃みんな…どうしてるんだろ…。

高橋「残りのメンバーはまた明日探そう。大丈夫、みんな絶対どこかで生きてるよ」

高橋は前田の心情を汲んで、励ますように言った。

小嶋「おなかすいたねー」

しかし小嶋は話の流れを無視して、思ったままを口にする。

仲川「給食室に余ってたパンがあるよー。みんなで食べようよ」

仲川もまた空腹を思い出したのか、その場で足踏みをはじめた。
と、次の瞬間にはもう走り出している。

仲川「先行ってるよー!あれ?みんな何やってるの?パンなくなっちゃうよー」

仲川の呼びかけに、4人は慌ててその後を追った。
65 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:04:13.09 ID:+Lzy0J9yO
翌朝――。

目を覚ました前田は、すぐには自分がどこで寝ているのかわからなかった。
ぼんやりとした頭で考える。
見慣れぬ天井。
飾り気のない蛍光灯。
徐々に意識が覚醒すると、昨日の出来事を思い出した。
破壊された世界。
ほとんど無人となった街。
知らぬうちに植えつけられていた恐ろしい力。
高橋から取り出したヴォイドを握る感触。
迫り来るロボット。

前田「ここは…学校か…」

メンバーはまだ夢の中。
昨夜はあれからみんなでパンを分け合い、音楽室にマットや毛布を持ち込んで眠りについた。
厚ぼったい壁とメンバーの寝息に包まれ、息苦しさを感じる室内。
なんだかひとりになりたい気分だった。
ひとりになって、頭を整理させたかった。

前田「……」

メンバーを起こさないように立ち上がると、廊下へ出る。
外の空気を吸いに昇降口へ向かいかけたが、思い直して屋上へと続く階段に足をかけた。

前田「あ、鍵…」

それから職員室を探して鍵を取って来ると、再び階段を上り、屋上扉の鍵穴に差し込んだ。
屋上へ出る。
昨日は黒かった空がいくらか薄くなっていた。
雲の切れ間から、弱い朝日を拝むことも出来た。

――こうやって空は少しずつ元通りになっていくのかもしれない。でもあたし達は…あたし達はどうなるんだろう。元に…戻れるのかな…。

フェンスに寄りかかり、前田はため息をついた。
その時、僅かに扉が開いて、仲川が顔を出す。

前田「あれ?」
66名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 15:04:16.42 ID:aSS8noVz0
( ゚д゚)ハッ!
67 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:08:47.37 ID:+Lzy0J9yO
仲川「あっちゃんおはよー!」

仲川は寝起きを感じさせない健やかな笑顔で、前田のもとへ駆け寄って来た。

前田「どうしてここがわかったの?」

仲川「起きたらあっちゃんいないんだもん。学校中探しちゃったよ」

前田「え?みんなは?」

仲川「まだ寝てるよー」

仲川が無邪気に答える。

前田「あ、そう…」

――たぶん今頃みんなは、あたしを探すごんちゃんの足音で目を覚ましちゃってるはず…。

仲川同様、目覚めて自分がいないことに気づいたら、メンバーを心配させてしまうかもしれない。
前田は考えに耽るのを諦め、音楽室に戻ろうとする。

前田「行こうごんちゃん。ここちょっと風が冷たいよ」

そう言って仲川を促した。
しかし仲川はすでにいつもの調子で屋上を走り回っている。

前田「ごんちゃん行くよー」

前田は呆れながら声をかけた。
とことこと仲川が戻って来る。
そうしてじいっと前田の顔を覗きこんだ。

前田「え?何…?」

仲川「あっちゃん?昨日からなんか変だよ?元気ないよ?」

確かに自分は気持ちの浮き沈みをメンバーから見破られやすい。
しかし昨夜はうまくやっていたはずだ。
余計な心配をかけないよう努めて明るく振る舞っていた。
それなのになぜ仲川にばれてしまったのだろう…。
68名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 15:10:28.62 ID:Wv2279gg0
>65
がエヴァっぽい
69 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:22:50.52 ID:Gq9yVzS50
前田「そ、そんなことないよ…」

仲川の真っ直ぐな視線を受け止めるのが怖かった。
反射的に目を反らす。
しかし仲川は諦めなかった。

仲川「えー?そんなの嘘だよ。遥香あっちゃんのこと大好きだもん。ずっとあっちゃんのこと見てたもん。いつもと違うのわかるよ」

仲川はそう言って、頬を膨らませる。

仲川「あっちゃん遥香のこと信用してないでしょ?そりゃたかみなみたいなアドバイスは出来ないかもしれないけど、何か不安があるなら話聞くよ?もうちょっと頼ってよー。遥香も大人になるからさぁ」

前田「ごんちゃん…」

仲川「あっちゃんが卒業を発表して悲しかったけど、それから遥香なりにいっぱい考えたんだよ。あっちゃんに何かしてあげられることはないかなーって」

そうして仲川はその場に座り込んだ。

――いつのまにこんな大人っぽくなったんだろう…。

前田は仲川の姿に目を見張った。
仲川はじっと、前田が隣に腰を下ろすのを待っている。
落ち着きがないはずの仲川が、今はきちんと1つのところに座り、前田を受け止めようとしているのだ。

――あたしは…ごんちゃんの気持ちに応えないと…。

前田は決心して口を開いた。
70 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:23:29.74 ID:Gq9yVzS50
前田「じゃあごんちゃん、ちょっと…聞いてくれる…?」

それから仲川の隣に腰を下ろした。
仲川は当たり前のように距離を詰め、前田と肩をくっつける。

仲川「話して、あっちゃん」

前田「うん…」

前田は打ち明けた。
昨日自分の身に起こったこと。
AKB48が作られた本当の目的。
レジスタンスとロボット、人間をキャンサー化させ死に至らしめるウイルスの存在。
そして、レジスタンスに対抗しうる力…ヴォイド…。
だが、ヴォイドの消滅が持ち主本人の死に繋がることは、どうしても言い出せなかった。

前田「びっくりしたでしょ?ごめんね…」

話している間中、前田は下を向いていた。
仲川の反応は素直だ。
誰よりも嘘がない。
だからこそ、それを見るのが怖かった。
もし、仲川に拒絶されたら…。

仲川「じゃあさ、これまでと変わらないんだね」

しかし仲川は安心しきった顔で言ってのけた。
71 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:25:35.89 ID:Gq9yVzS50
仲川「今まで通りあっちゃんを中心にして、みんなで力を合わせて頑張ればいいんでしょ?」

そうして仲川は弾かれたように立つと、フェンスへと駆け寄って行った。
しきりに頭を動かす様は、何かを探しているようにも見える。

前田「ごんちゃん?何してるの?」

前田は首を傾げた。

仲川「どこにいるのかな、そのロボット。遥香も…遥香も早くあっちゃんと一緒に戦いたいよ」

前田「え…?」

仲川「だって今の話、あっちゃんはもう少しみんなと一緒に頑張ってくれるってことなんだよね?だったら遥香は全然怖くないよ。嬉しいよ。こんなことになっちゃったけど…まだまだあっちゃんと一緒にいられるってことがわかったんだもん」

仲川「だから…ね?頑張ろ?頑張ってそのレジスタンスってやつを倒そう?」

仲川は一気にそう言うと、くるりと前田を振り返った。
その顔は今にも泣き出しそうな、だけど笑いをこらえているようにも見える不思議な表情。

仲川「約束だよあっちゃん、遥香やみんなのことを置いて行ったりしないでね。みんなあっちゃんの傍にいるよ?」

仲川が宙を掴むように手を伸ばした。
僅かにその手は震えている。
前田は立ち上がり、仲川の元へ歩み寄った。
手を握る。
仲川の体温が指先に伝わってくる。
温かく、柔らかな手の感触。
それはとてつもなく尊くて、何物にも代えがたい美しさ。

――この手を、この命を、守っていきたい…。

心からそう思えた。
72 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:26:11.45 ID:Gq9yVzS50
前田「ありがとう、ごんちゃん…」

仲川「え?何が?」

前田が礼を述べると、仲川は不思議そうにまばたきを繰り返した。
それがすべてを物語っていた。
前田を励まそう、元気づけてやろうなどという傲りがまったくない、本心から出た言葉。
だからこそ仲川の言葉は、前田の胸に響いたのだ。

仲川「ねぇロボットってどういう形してるの?何色?うーん…全然見つからないよ」

仲川はすでにいつもの調子に戻り、落ち着きなく下の景色を観察している。

前田「えーっとね…わりと見た目はシンプルなんだけど…」

前田も前方に視線を戻す。
その瞬間、信じられない風景が目に飛び込んできた。

――嘘でしょ…。

フェンスにしがみつき、食い入るようにそれを見つめる。

仲川「?あっちゃん…?」

仲川は突然言葉を切った前田を、訝しげに見た。

仲川「どうしたの?」

すると前田は真剣な目を仲川に向け、早口で伝えた。

前田「今すぐたかみなを…みんなをここに呼んできて!お願い!」
73 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:27:05.21 ID:Gq9yVzS50
数分後、屋上――。

高橋「本当だ…確かにいる。かなりの人数だ…」

仲川の呼びかけに屋上へ集まったメンバー達。
前田の示した方角に目を凝らすと、見えたのは爆発に耐え残った校舎だった。
少しの間観察していると、ちらほらとメンバーらしき人物が出入りする様子が確認出来た。

柏木「あ、佐江ちゃん!向こうに避難してたんだ…」

渡辺「今校舎から出て来たのは優子ちゃん…だよね?」

柏木と渡辺が同時に反応する。
先程前田が目撃したのは、校舎の陰に座る板野の姿だった。
それから仲川が高橋達を呼びに行っている間に、板野の他にもメンバーが避難していることが確認できた。

高橋「良かった、取り合えずみんな無事で…」

高橋は安堵のあまり、へなへなとその場に座りこんだ。
だがすぐに、安心している暇はないと気づき、立ち上がる。

高橋「みんなのところへ急ごう。起きたばっかりで悪いけど、今すぐ出発するよ」
74 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:29:06.37 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

板野「……」

峯岸「ともちんどうしたの?こんなとこで…」

1人鬱いだ様子の板野を心配し、峯岸が声をかけた。

板野「うん、ちょっと寝不足で…頭がぼーっとする」

板野はそう言って、疲れた笑顔を浮かべた。
反射的に笑っただけといった感じで、それは余計に痛々しく見える。
峯岸は眉をひそめた。

峯岸「昨日見たロボットのことだよね…。一応みんなにも伝えたけど、本気で怖がってる子と妙に楽観的な子と半々だったね…」

板野「それが心配なの。ロボットというと漫画やテレビの世界みたいに感じるけど、これは現実だもん」

板野「だけど実際にあれを見たわけじゃない子には、あたし達の恐怖が伝わらない。軽はずみな行動をとって、危険な目に遭わなければいいけど…どうやったらあのロボットの恐ろしさを伝えられるのかな?」

板野は不安だった。
取り合えずはメンバーと再会することが出来たが、今後どうしていったらいいかまったく検討がつかない。
先が見えない。
そんな中では、用心に用心を重ねたって足りないくらいだ。
板野はもうこれ以上、犠牲者を出したくなかった。
なんの躊躇もなく――もとよりロボットに感情があるのかは不明だが――瓦礫を踏み荒らしていたロボット。
瓦礫といっても、あれは最近まで街の一部だったものだ。
誰かの思い出が染み付いた一片なのだ。
それなのに、昨日目撃したロボットは平然と瓦礫を踏み潰し、残っていた建物を壊していた。
あんな残酷なことが出来るなんて……ショックだった。
もしあのロボットに他のメンバーが遭遇していたらと考えるとぞっとする。
75 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:29:45.77 ID:Gq9yVzS50
峯岸「もっときつく言わないと駄目だったかな?取り合えず学校の敷地からは出ないようにするとか?」

峯岸もまた、板野と同じことを考えていた。
幸いこの中学校は防災対策に力を入れていたらしく、水や食料の備蓄は豊富にある。
しばらくの間はここに避難していられる。
今は無駄な考えを捨て、助けが来るまで待つべきだ。

板野「やっぱりたかみながいないと…統率者不在だといまいちメンバーをまとめられないのかな…」

峯岸「今は優子や才加が色々と手を回してくれてるけど…」

板野「優子も才加も疲れてるみたいだった。特に才加は…繊細だし、優しいし…。本当は誰よりも人に嫌われたくない、仲良くしたいって思ってるはずなのに、無理して…」

峯岸「うん。優子もみんなに気を配ろうとして、かなり無理してたよ。結局昨日からずっとみんなの不安を聞いて回って、ほとんど眠れてないんじゃないかな」

峯岸はそう言って、肩を落とした。

――自分には何が出来るのだろう…。

頑張る仲間を見て、いつしか峯岸はそう考えるようになっていた。

――みんなのためにしてあげられること、ないのかな…。

そして板野もまた、同様のことを考えている。
様々な考えが浮かんでは消え、消えては浮かび、これだという結論が見えない。

――あたしは色々なことを、難しく考え過ぎてるのかな…。
76名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 15:29:52.37 ID:v9kYVAHX0
支援
77 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:30:57.80 ID:Gq9yVzS50
支援してくださる方ありがとうございます。
連投規制があるので本当に助かります。
78 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:33:25.83 ID:+Lzy0J9yO
今はただ、疲れていた。
あの人の笑顔を見たいと思った。
あのくしゃくしゃの笑顔を見ることが出来たら、このどんずまりの思考も解消される気がする。
だけどあの人は今、ここにいない。
その事実が、板野を苦しめる。
一体今どこで何をしているのか――。

――あっちゃん、どこにいるの…?

板野が姿の見えない前田に思いを馳せたその時だった。

峯岸「ひぃっ…!」

遠くで、何かが崩れる音がした。
それはどんどんこちらへ近づいてくる。

板野「みぃちゃん…これって…」

峯岸「来る。あいつがこっちに来る。ロボットだ…早くみんなに知らせないと」

板野と峯岸は、体育館へと走った。
79 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:34:13.65 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「もうすぐ中学校に着くよ!」

高橋「着いたらすぐにメンバーを確認しよう。全員揃ってればいいんだけど…」

目標の校舎が視界に入り、前田達は自然と速足になった。
あと少し。
あと少しで求め続けたメンバーの顔と再会できる。
しかしここまで来て、気付いてしまった。
近付いてくる不吉な音に――。

前田「たかみな…」

前田は絶望的な表情になり、高橋を見る。

高橋「わかってる。ロボットだ。このまま逃げ切って身を隠すか、だけどいざとなったらまたあたしを使って」

前田「う、うん…」

前田は迷いを見せながら、しかし頷くことしか出来なかった。
今一緒にいるメンバー、そしてすぐ先の中学校にいるメンバーを守らなければ…。
80 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:34:54.95 ID:Gq9yVzS50
小森「あれ?なんか変な音すると思ったら、誰かこっちに来ますよ?おーい!こっちこっち!こっちでーす!ヘルプミー!エスオーエース!」

小嶋「あぁあれ、ロボットだよー」

小森「へぇロボットですか」

高橋「ばっ、にゃんにゃんなんで言っちゃうの!ロボットのことはみんなと再会して落ち着いたら話そうと思ってたのに」

小嶋「あ、ごめーん」

篠田「たかみな昨日の話、こもりん達に伝えてなかったんだ?」

柏木「ロボット?何の話ですか?」

渡辺「アニメ?」

多田「アニメじゃない?」

渡辺「今期のアニメでロボット物だと…」

岩佐「それよりまずくないですか?あれどんどんこっちに近付いて来てますよ!」

渡辺「ほんとだ、やだ怖い…」

小森「くぅーん…」

高橋「あっちゃん…いい?」

高橋は決めた。
この距離で逃げきることは不可能。
さっきの小森の呼び掛けで、向こうは恐らくこちらの存在を認識したはずだ。
戦う。
戦って勝つしか方法はない。

前田「わかった。頑張る」
81 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:39:53.98 ID:+Lzy0J9yO
高橋「にゃんにゃんと麻里子もこっちへ。あっちゃんの傍にいて。最初はあたし、次ににゃんにゃん。いいね?」

小嶋「はーい」

高橋「それから菊地!今すぐ中学校に走って、みんなを校舎の一番奥に避難するよう誘導して。絶対に外へ出ないように伝えるの!」

高橋の言葉が終わるか終わらないかのうちに、菊地は地面を蹴っていた。
無駄のないフォームで、あっという間に小さくなっていく背中。

柏木「え?ちょっ、えぇ?一体何の話してるんですか?」

柏木は状況が掴めず、目を白黒させた。
渡辺は泣きそうな顔で柏木に寄りそう。

渡辺「何かまずいの?わたし達危ないの?」

高橋はそんな渡辺達に短く指示を出した。

高橋「あそこが死角になる。まゆゆ達はあたしがいいっていうまで隠れてて。何を見ても何を聞いても、絶対に出てきちゃ駄目!必ずあとで説明するから」

そう言うが早いか、前田の手を引いて駆け出す。
篠田と小嶋がその後を追った。
渡辺達から充分距離を取ったところで、ロボットの来る方向をもう一度確認する。
ロボットは3体。
今日は小嶋と篠田のヴォイドも使える。
勝ち目はある。

高橋「あっちゃん昨日みたいにお願い」

高橋は前田を振り替えると、目を閉じた。

前田「わかった。いくよ…たかみな…」

前田が遠慮がちに手を伸ばす。
高橋との距離が縮まる。
しかしその間に滑り込む別の人影。

前田「え?なんで…」
82名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 15:40:34.07 ID:ot9Hv97H0
中二発症したラノベの出来そこないか
自己顕示欲強いようだが小説上げれば何でもまとめんばーに載せてもらえると思うなよ
83 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:44:53.21 ID:+Lzy0J9yO
それはあっという間のことで、予期していなかった前田は、うっかりその人影に触れてしまう。

高橋「そ、そんな…」

前田の手に握られているのは高橋のヴォイドではない。
巨大なプロペラを有した謎のヴォイド。

高橋「なんで…ゆきりん達と隠れているように言ったのに…」

高橋は焦った。
ロボットはすでに目の前に迫っている。

高橋「一度に2つのヴォイドは持てないの。あっちゃん早くそのヴォイドを持ち主に戻して!そしてあたしに触れて!」

前田「駄目…間に合わない。えぇぇぇぇっいっ!!」

前田がヴォイドを構える。
するとプロペラが回り、強風が起こった。
辺りに積み上がっていた瓦礫を吹き飛ばす程の風。
ロボットはその風に押され、じりじりと後退した。

高橋「今だ!あっちゃん!」

前田「うん!」

持っていたヴォイドを持ち主に戻すと、素早く高橋に触れた。

高橋「うっ…!」

今度は高橋のヴォイドを構え、ロボットに向かう体勢を作る。
風に押され、瓦礫に激突していたロボット達が起き上がり、砂埃をあげて突進してきた。

前田「うわぁぁぁぁぁ!!」
84 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:50:13.59 ID:+Lzy0J9yO
その時、篠田は目撃した。
前田の恐ろしい目付き。
必死の形相。
そして放たれた、恐怖を含んだ叫び。

篠田「こんなの…いつものあっちゃんじゃない…」

前田はめちゃくちゃにヴォイドを振り回す。
戦い方を知らない。
暴力の本質を知らないからこそできる無茶。
篠田は前田が今にも壊れてしまいそうで、変わってしまいそうで、やるせなかった。

――あっちゃん…無理してる…。もし昨日あたしと陽菜を助けた時もこんなことしていたのなら……。

いつか前田の精神は崩壊してしまうだろう。
前田は争い事を嫌う。
というより、人に嫌われるくらいなら自らが身を引こうとする。
多少の我満をしても、心穏やかでいられるならそれでいいと考えるタイプだ。
そんな前田が、そもそもロボット相手に戦うなんて――さらに武器とするのはメンバーの心なのだ。
いつか前田はその罪の意識に押し潰されてしまうかもしれない。

前田「駄目。一体は倒したけど…陽菜お願い…」

小嶋「…あっ…」

前田は今度、高橋のヴォイドを戻し、小嶋に触れた。
小嶋の意識が消失する。
その間にロボットは銃のようなものを振りかざし、前田に襲いかかった。

篠田「あっちゃん危ない!!」

篠田が叫ぶ。
と同時に前田は小嶋のヴォイドを肩に担いだ。
85名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 15:51:51.56 ID:M4CqaAt/O
おぉ新作キター!
86 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:53:21.69 ID:+Lzy0J9yO
前田「……っ…」

打ち上げ花火のような音が響く。
前田は反動で後方に飛び退きながら、再びヴォイドを構え直した。
続けざまに撃つ、撃つ、撃つ。
辺りはもう滅茶苦茶だ。
焦る前田は小嶋のヴォイド――大砲を外してばかりいる。

――このままだと、陽菜のヴォイドが壊されてしまうかも…。

篠田は決めた。

篠田「あっちゃんお願い!あたしを…陽菜の代わりにあたしを使って…」

辺りはもうもうと煙が立ち上り、ほとんど目を開けていられない。
そんな中を篠田は駆け抜け、前田に訴えた。

前田「え…麻里子の…?」

躊躇する前田。
篠田は煙の中、なんとか目を見開くと、強く頷いてみせた。

前田「でも麻里子のヴォイドは…キャッ!!」

篠田「えぇぇ!?」
87 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 15:57:50.91 ID:+Lzy0J9yO
小嶋のヴォイドでとどめを差せなかったロボットが、反撃をはめた。
ロボットは2体とも銃のようなものを持っており、そこからレーザーが放たれる。
前田と篠田は咄嗟に頭を抱え、横飛びにそれを避けた。
直後、自分達の立っていた場所が黒く焦げているのを見てぞっとする。
こんなものを…もしまともに食らっていたら…。

前田「麻里子!」

前田は意を決して、篠田に向かい手を伸ばす。
迷っている暇はなかった。

篠田「……うっ…」

篠田が短く呻く。
次の瞬間、小嶋のヴォイドは消え、篠田のヴォイド――鉄網のようなものが出現した。

――これが網として使えるなら、少しの間ロボットの動きを抑えられるかもしれない。そうしたらその間に体勢を建て直して…。

思考の途中で、ロボットに向かいヴォイドを投げつけた。
篠田のヴォイドは空中で一度旋回し、ロボット達に覆いかぶさった。
ロボット達が網から抜け出そうともがく。
前田との距離は目と鼻の先。
これ以上近づかれていたら危なかった。

前田「よしっ…」

前田はその場から這うようにして抜け出すと、ロボットとの距離を取った。
一度深呼吸する。
衝撃、そして軋んだ音が耳に届く。
ぎしぎしと耳障りなその音。
前田は目の前の光景に、息を呑んだ。
88 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:01:14.66 ID:+Lzy0J9yO
前田「嘘…」

ロボット達を覆った篠田のヴォイドは、そのまま包み込むように動いている。
音はそこから発せられていた。
よほどの力なのか、ロボットはヴォイドから逃れることも出来ず、どんどん握り潰されていく。

前田「違う…麻里子のヴォイドは相手を捕まえ拘束するんじゃない…相手を包んで息の根を止める物だったんだ…」

やがて前田の見ている前で、ロボット達は完全に停止した。
篠田のヴォイドが消える。
残ったのは鉄屑。
ついさっきまでロボットだったものの破片。

前田「すごい…一気に2体のロボットを…」

前田は足の力が抜け、へなへなと座り込んだ。

――終わった…取りあえずみんなを守りきれた…。
89 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:05:26.32 ID:+Lzy0J9yO
放心状態となった前田の元に、メンバーが駆け寄って来る。

高橋「あっちゃん、大丈夫だった?」

小嶋「やっつけたのー?」

高橋に支えられ、前田はよろよろと立ち上がった。

前田「へ?あ、うん…」

小嶋「ねぇこれ、ロボット…だよね?すごいねどうやってやったのー?」

小嶋は周囲に残された戦いの爪痕に恐怖するでもなく、あっけらかんとロボットの破片を指差した。

前田「あぁそれは麻里子のヴォイドで…」

高橋「え?麻里子の?!」

高橋が驚きの声をあげる。
その背後から、篠田が顔を出した。

篠田「良かった。どうやらあたしも役に立ったみたいだね」

篠田がほっと胸を撫で下ろす。

前田「ううん…役に立つ立たないどころじゃなかったの。麻里子のヴォイドは凄かった…」

前田はそう言うと、なぜか暗い表情を浮かべた。

篠田「?」

小嶋「あ、そういえばみんなは?」

高橋「そうだった!おーい、もう出て来て大丈夫だよー!」

高橋の呼び掛けに、隠れていた柏木達がぞろぞろと姿を現す。
全員、驚きと困惑が入り交じった表情をしていた。
前田は彼女達の反応を見て、もじもじと高橋の背中に隠れる。
90 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:07:24.67 ID:+Lzy0J9yO
仲川「あっちゃんすごかったよー!かっこいー!」

と、背中から仲川に抱きつかれた。

前田「ごんちゃん!どこにいたの?」

仲川「あの後ちゃんと隠れたよ?駄目だった?」

前田「ううん、駄目じゃないけど…危ないよ!ああいうことしたら…」

仲川「えー?」

前田に叱られ、仲川は拗ねたように唇を尖らせた。
背中から離れる。

仲川「遥香のヴォイド、役に立たなかったの?」

前田「ううん、そんなことないよ。でも、もしかしたらあれで怪我したり、死んでたかもしれない。だからああいうことはもうやめてね」

前田はくるりと体を回転させると、真剣な顔で仲川と向き合った。
高橋のヴォイドを取り出そうと手を伸ばした瞬間、高橋を遮るようにして割り込んできたのは仲川だった。
前田はそのまま予期せず仲川のヴォイドを取り出してしまったのだ。
おかげで迫っていたロボットを少し後退させ、体勢を崩すことは出来たが、やはり土壇場で未知のヴォイドを使うのは不安だ。
自分はいいが、仲川の身に何かあってからではそれこそ意味がない。

――あたしはみんなを守るために戦う。だからその戦いでメンバーから犠牲者を出しちゃいけないんだ…。
91名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 16:07:50.77 ID:BOHk36MH0
支援
92 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:09:21.97 ID:+Lzy0J9yO
前田「ね?約束してごんちゃん。これからは今まで通りたかみなの指示に従う。1人で勝手な真似はしない」

前田は仲川の目をじっと見つめ、諭すように言った。
元来素直な仲川は、その言葉にこくりと頷いた。

仲川「はーい。約束する」

仲川が返事をしたところで、今度は渡辺が口を開いた。

渡辺「どういうこと?はるごんはさっきの出来事を知ってたの?」

渡辺はよほど頭が混乱するのか、しきりに前髪をいじりながら尋ねた。

多田「あたし全然わかんない。さっきのロボットってなんなんですか?」

岩佐「それより前田さんが使ってた武器、あれは何ですか?なんか…たかみなさん達の体から取り出したように見えたけど…」

岩佐は早口で訴え、まばたきを繰り返した。

前田「あれは…えっと…」

前田が口ごもる。

柏木「あたしも聞きたい。何なのかわからないほうが怖いから…」

柏木は怯える渡辺を守るようにして、いつになく強い視線を前田達に向けた。
その背後から、待っていたかのように声がかかる。
93 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:11:09.94 ID:+Lzy0J9yO
大島「あたし達にもちゃんと説明してもらえる?」

前田「あ、優子…みんな…」

前田は柏木の肩越しにメンバーの姿を確認した。
やはりあれだけの騒ぎがあれば、気付くだろう。
知らせに走った菊地の説明が足りなかったのかもしれない。
中学校の門の周りには、中に避難していたはずのメンバーが集まり、一様に不信感を漂わせた表情で前田達を見つめていた。

秋元「何が起きてるの?あのロボットの正体も知ってるんでしょ?」

秋元が責めるように言う。

――出来れば現場を見せる前に説明しておきたかったな…あっちゃんがみんなから妙な勘違いされたら可哀想だし…。

高橋は後悔した。
しかしあの場では、ロボットを撃退するのが先決だった。
自分の判断に間違いはなかったと信じたい。
あの距離では逃げることなど不可能だったのだ。

高橋「一から説明するよ。取りあえずみんな校舎の中に入ろう」
94 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:12:02.73 ID:Gq9yVzS50
数十分後――。

峯岸「じゃあそのヴォイドってやつで、あっちゃんはさっきロボットと戦ってたってこと?」

高橋が話し終えると、真っ先に峯岸が口を開いた。

高橋「そうだね」

河西「なんか不思議な力だった…ヴォイド…。あたしにもあるのかな?」

高橋「うん」

体育館に集まったメンバーは、高橋の話を聞き、様々な反応を見せていた。
興味を持つ者。
考えこむ者。
恐怖する者。
泣き出す者。
メンバーから出る質問に、高橋は一つ一つ丁寧に答えていく。
一方前田は高橋からやや離れた場所で膝を抱え、ひとり内に篭っていた。
高橋は質問に答えながら、ちらちらとそんな前田を気にする。

宮澤「ヴォイドはあっちゃんにしか取り出すことは出来ないの?」

高橋「うん、今のところは…。ヴォイドゲノムに反応したのはあっちゃんだけだったから…」

宮澤「そっか…」

しかし宮澤は納得がいかないようで、何度も頭を振っている。
そんな宮澤の肩を柏木が叩いた。
95 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:13:59.73 ID:Gq9yVzS50
柏木「え?佐江ちゃん何考えてるの?今はヴォイドよりもウイルスの心配しなきゃ」

宮澤「そうだよね。どうしたらウイルスの暴走を止められるの?」

秋元「そうそう!AKBが抗ウイルス対策のグループっていうなら、あたしらほとんど今ここに集まってるわけだし、ウイルスは抑えられてるってことだよね?」

宮澤の問いかけに、秋元も身を乗り出す。

渡辺「でも…全然メンバー以外の人を見かけないよね…。みんな無事なのかな…」

渡辺はそう呟き、目を伏せた。
隣では多田が同調するように頷いている。

高橋「他の人はたぶん昨日の爆発で一気にキャンサー化してしまったのかもしれない。残念だけど、姿を見かけない以上、それは覚悟していたほうがいいと思う」

高橋「ウイルスの暴走が止まったのかどうかは、現時点ではわからない。ただ…レジスタンスの動きが気になる。奴らがあたし達を狙っているのは間違いない。昨日の爆発の被害がどこまで拡がっているのか…でもね、レジスタンスを止めない限り、今以上の被害が出ると思うんだ」

峯岸「じゃあ…あたし達はこれからどうすればいいの…?」

高橋「…レジスタンスを追い詰め、活動を阻止するしかない。今までなりを潜めていたレジスタンスがなぜか昨日になって突然ウイルスを暴走させた。あんな爆発…どうやって起こしたのか…」

高橋「一時的にあたし達の持つ抗ウイルス作用が弱まっていたのだとしても、ここまで被害が拡がるなんて…向こうには絶対何か切り札があるはず。だったらこっちも切り札を使うしかない」

板野「その切り札があっちゃんの持つ力ってことだよね」

それまでおとなしく事の成り行きを見守っていた板野が口を挟む。
高橋は神妙な面持ちで頷いてみせた。

秋元「要するにあっちゃんを中心にレジスタンスと戦い、壊滅させるしか現状を打破する道はない。そのためにあたし達はみんな、あっちゃんに自分のヴォイドを提供する…ってことで間違いない?」

秋元は話をまとめると、高橋に問いかけた。
96 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:15:02.91 ID:Gq9yVzS50
高橋「うん、だいたいそんな感じ。ごめんあっちゃん、だから悪いけどもうしばらくその力で…」

高橋は一度秋元に向かって頷くと、体育館の隅にいる前田を見やった。

前田「うん、わかってるよたかみな」

前田が無表情に返事する。
高橋は一瞬困ったように眉を下げたが、すぐに表情を引き締め、全員に呼び掛けた。

高橋「ということなので、これからはレジスタンスと戦いつつ、奴らの本拠地を探ります。さっきも説明したけど、ヴォイドはその人の心の在り方によって様々です。ヴォイドの提供は強制ではありません」

高橋「なるべくたくさんの提供者がいるにこしたことはないけど、みんな色々と心の準備があるだろうからね。もしあっちゃんにヴォイドを提供してもいいと考える人がいたら、後で名乗り出てください。そして今後は提供者数名を1グループとした戦闘体制を作ります」

高橋「もちろん提供する意思がなくても、戦闘に参加は可能です。ううん、むしろ大歓迎。ヴォイドを取り出されている間は意識を失うので、自力で動くことはできません。だからヴォイド提供者を戦いの渦の中から安全な場所へ移動させる役割の人が必要になってくるんです」

高橋「大丈夫、みんなで力を合わせれば出来ないことなんてない!あたしはそう信じています」

高橋はそこで言葉を結び、集まったメンバー達を見渡した。
みんなの反応が返って来ない。
静まり返った体育館。
高橋は動揺を隠し、祈るようにメンバーを見つめる。
すると、メンバーの間から返事が上がった。
97 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:15:59.90 ID:Gq9yVzS50
篠田「はい!あたしはあっちゃんに協力するよ。だって仕方ないじゃん。このままここに避難してたって、いつかは戦わなきゃいけなくなるんでしょ?だったら今のうちから体制を整えておいたほうがいいと思う」

高橋「麻里子…」

高橋はそれ以上言葉が出ず、唇を噛んだ。
篠田の気遣いが心に染みる。
きっと篠田は自分が先頭を切れば、他のメンバーが提供者として名乗りやすいと考えたのだろう。

篠田「陽菜も大丈夫だよね?さっき一度戦ってるんだし、陽菜のヴォイドは絶対に戦力になる」

篠田は立ち上がると、隣に座る小嶋を見下ろした。
小嶋は少しの間迷っていたが、相変わらず隅で俯いたままの前田を見やり、立ち上がった。

小嶋「うん。麻里ちゃんがやるならあたしも協力するよー」

小嶋の柔らかな声が体育館に響くと、メンバーは皆、強張っていた肩をいくらか下げた。

篠田「ね?みんなも頑張ろうよ。ヴォイドを取り出される時は痛みもないし、そしてそのヴォイドを使うのはあっちゃん。みんなあっちゃんのこと信じられるよね?だったら協力して一緒に戦おう」

篠田はそう言って、まだ座っているメンバーを優しく諭す。
3人目の協力者が、音もなく立ち上がった。
98 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:16:40.98 ID:Gq9yVzS50
板野「あたしもやる。それでみんなが助かるなら」

板野は普段と変わらぬ表情で、しかし内心は使命感に燃えて身震いしていた。

菊地「え?ともちんがやるならあたしも…」

つられて菊地も立ち上がる。

大島「……」

と同時に、大島も無言で起立した。
いつもの人懐こい笑顔は引っ込み、今はひたすら強い視線で宙を睨んでいる。
高橋は大島のその表情だけで、並々ならぬ決意を感じ取った。
その後もちらほらと協力を約束する者が立ち上がり、高橋はその人数の多さに圧倒された。
高橋は当初からメンバーが難色を示すものと覚悟していたのだ。

――これならレジスタンスと戦えるかも…。

高橋はレジスタンスがどの程度の集団で、どのような攻撃をしかけてくるのか知らない。
しかし協力するメンバーの顔ぶれから、希望を見出だした。
ただ1つの不安材料が気がかりではあるが…。
前田は協力者が名乗り出ても、俯いたまま無言を貫いている。
99 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:18:02.73 ID:Gq9yVzS50
数分後、屋上――。

板野「あっちゃん、そんなに思い詰めないでよ…」

板野と2人、屋上のフェンスに寄りかかった前田は、言葉少なにため息ばかりついている。
板野もまた体育館での前田の様子が気になり、何とか出来ないものかとこうして屋上へ連れ出したのだった。
外の空気を吸えば、少しは前田の気が紛れると思ったのだ。

板野「あっちゃんが怖がるのもわかるよ。いきなりよくわからない力があるとか言われて、メンバーを武器に戦うことになって…。あたしだって正直…怖いもん…」

前田「そんな…!無理しなくても良かったのに。なんでともちんは体育館でヴォイドを提供するなんて名乗り出たの?」

板野「うん、怖いよ。さっき外であっちゃんがロボットと戦っているのを見て、震えが止まらなかった。でもね、これがもし他の子に自分のヴォイドを預けるんだったら、名乗り出なかったと思うんだ。あたしはヴォイドを使うのがあっちゃんだったからこそ名乗り出たんだよ」

前田「え…」

前田はそこで視線を上げ、すぐ隣に立つ板野を見つめた。
板野はくるりと体を回転させ、フェンスの外側に体を向けると、照れ笑いを浮かべる。

板野「あっちゃんだから信じられる。あ、これ、別に他の子を信じられないってわけじゃないよ?でもあたしにとって、あっちゃんは特別な友達だから…ずっと前からあたしはあっちゃんを見てきたんだもん」

前田「ともちんは…あたしが怖くないの?だってもしヴォイドが、」

板野「え?」

前田「あ、ううん…何でもない…」

ヴォイドが壊れれば、持ち主も消滅する。
その一言がどうしても言い出せない。
高橋も先程行った体育館での説明で、その部分だけは省いていた。

――たぶん、みんながこのことを知ったらあたしを避ける。絶対にヴォイドを取り出させてはくれなくなる。誰だって自分の命は大切だもん…。
100名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 16:24:05.05 ID:scYLhJoyO
支援
101 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:29:42.49 ID:Gq9yVzS50
メンバーを守るためには、メンバーを武器として戦わなければならない。
しかしそのことで、メンバー自身を危険な状態に置かなければいけなくなる。
このジレンマが、前田の精神を途方もなく疲弊させていた。

自分はメンバーを守るということを建前に、本当に伝えなければならないことを隠している。
真実を隠蔽するはメンバーのため?

――違う。自分のためだ。非難されるのが怖いから、あたしは口をつぐんでる。ずるい…ずるいあたし…こんな自分、大嫌い…。

前田は自分の心がどろどろと汚れていく感覚がして、許せなかった。
このまま取り返しのつかないところまで、堕ちていってしまう気がする。

板野「ねぇあっちゃん、あたしのヴォイド…取り出してみてくれない?」

前田の葛藤など知るよしもない板野が、妙に明るく申し出た。

前田「え?でも取り出されてる間は意識を失ってるから、自分のヴォイドを見ることはできないよ?」

板野「ううん、違うの。あっちゃんに見ておいてほしいだけ」

前田「あたしに?」

板野「そう。だってロボットを前にしていきなりどんな物かもわからないヴォイドを取り出すのだと不安でしょ?ヴォイドの形は人それぞれだってたかみな言ってたし」

前田「ともちん…でも、本当にいいの?」

板野「いいよ。あ、あたしどうしてたらいい?」

前田「力を抜いて…普通に立ってて」

板野が頷くと、前田は一度深呼吸し、手を伸ばした。
板野に触れる。
体温とともに伝わってくる、板野の心。
前田はスッと板野の体から手を離した。

前田「これは…?」

前田の手に握られているもの。
板野のヴォイド。
それは――。
102 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:30:14.33 ID:Gq9yVzS50
前田「望遠鏡…かな…?」

長い筒の先にはレンズがついている。
前田は試しに覗いてみた。
思った通り、遠くの風景がよく映る。

――ともちんのヴォイドを使えば、ロボットが近づいて来るより先に、こちらで気づくことができる。向こうの動きを遠くから確認出来るから、準備する余裕が持てる。すごいな…。

前田はそのまま、辺りをぐるりと観察してみた。
するとこちらに向かって来るロボットの姿が目に飛びこんで来る。

前田「来る…早くみんなに知らせなきゃ」

慌てて板野のヴォイドを戻そうとした。
その時、ロボットの前方を行く人影に気づく。
ある人物がロボットから逃れようと、必死に走っていた。

――あれは…もっちぃ?

倉持とロボットはどんどんメンバーのいる中学校へ向かって来ている。
このままだと倉持がきっかけとなり、この校舎も攻め入られてしまうだろう。

――誰か強力なヴォイドの持ち主に会わなきゃ…。

前田は板野のヴォイドを戻すとすぐに、屋上扉に飛び付いた。
階段をかけおりる。

――たかみなはまだ体育館かな?どうしよう…たかみなに会う間に、もっちぃがロボットにやられちゃう…。

前田は焦る。
こんな時に限って階段の手すりはつるつる滑り、前田は何度もバランスを崩しかけた。
103 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:31:26.02 ID:Gq9yVzS50
仲川「あれ?あっちゃんどうしたの?そんなに慌てて…」

最初に出会ったのは仲川だった。
仲川のヴォイドを使い、ロボットと倉持との距離を開くことはできるか。
そうすれば倉持が逃げ終えるまでの時間稼ぎにはなるかもしれない。

――あ!でも待って…ごんちゃんのヴォイドを使ったら、もっちぃまで吹き飛んじゃうかもしれない…。

仲川「あっちゃん?」

不思議そうに目を見開く仲川。
前田は迷った。
一か八か、仲川のヴォイドを使ってみるか、それともやはり高橋のヴォイドに頼るか。
もう時間はない。

大島「ちょっとー、何騒いでんの?」

その時、仲川の後方から大島が歩いてきた。

大島「何?喧嘩?まーたはるごんはあっちゃんに絡んで…」

仲川「違うよー。遥香なんにもしてないよ?」

大島「え?じゃあ何…」

そこで大島は前田のただならぬ様子に気がついた。

大島「まさかあっちゃん…」

前田「どうしよう優子…このままだともっちぃが…もっちぃがロボットに襲われそうなの!さっき屋上から見えて…」

前田の声は裏返り、目は赤く充血している。
大島はぐっと唇を噛み、表情を引き締めた。

大島「しっかりしてあっちゃん!行くよ!」

前田「え…?」

大島は前田の腕を取ると、屋上への階段を駆け上がる。
屋上では意識を取り戻した板野が、驚愕の表情でフェンスの外を見つめていた。
104 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:32:49.82 ID:Gq9yVzS50
板野「あ、あっちゃん優子!どうなってんの?下にもっちぃが…」

大島「ごめんともちん、後で!」

大島はフェンスの際まで前田を引っ張ってくると、厳しい目を向けた。

大島「いい?あたしを使うの。それであのロボットを退治するの。必ず…必ずもっちぃを助けて!」

前田「あ、ちょっと待って優子…」

しかし大島は前田の言葉を聞かず、無理矢理にその手を自分の胸に引き寄せた。

大島「……」

そして例のごとく、前田の手に伝わる大島の心。
引き出されたヴォイドは――。

板野「え?何それ?怖っ…!」

板野が目を丸くした。
咄嗟に後退りする。
前田の手には小さな円盤上の物が張り付き、光を放っていた。

前田「…どうしようこれ…」

前田はこの期に及んでまだ迷っていた。
もし大島のヴォイドを使って、ロボットだけではなく倉持まで危ない目に遭わせてしまったら…。
105 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:36:14.94 ID:+Lzy0J9yO
板野「あっちゃん何やってるの?早くしないともっちぃが…」

板野は焦った様子で前田を急かす。
後から追いかけてきた仲川も、同じく声を掛けた。

仲川「うわぁぁ…もっちぃが…もっちぃが…あっちゃん早くもっちぃを助けてあげてよぉ」

その時、下から倉持の悲鳴が響いてきた。

板野「あっちゃん早く!」

仲川「あっちゃん!!」

2人の声に責められ、前田は手にした円盤を素早くロボットに向ける。

前田「お願い…!!」

と、鋭い閃光が放たれ、次の瞬間には焦げた臭いが辺りに漂った。

仲川「え?何?何が起こったの?」

仲川はフェンスによじ登り、きょろきょろと頭を動かす。

板野「嘘…」

板野には最早、仲川の子供じみた行動を注意する余裕もない。
ただ目の前の信じられない光景を受け入れることに必死だった。
板野は前田の手から光が放たれた瞬間から、次に起こった出来事までを確かに目撃していた。
倉持を追っていたロボットは光に射抜かれ、一瞬の内に機体の上部分が熔けた。
無様に残った下部分と、鼻をつく焦げた臭い。
板野の呼吸が速まる。
知らぬうちに自分の胸に手を当て、息を呑んでいた。
106 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:37:52.48 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃん…もっちぃは…?」

意識を取り戻した大島が、ふらふらと立ち上がる。

仲川「もっちぃ大丈夫だよー」

前田が口を開くより先に、仲川が答えた。

大島「そっか…良かった…」

大島はほっと息を吐くと、前田の手を取り、優しく握る。
掠れた声で言った。

大島「ありがとう。あっちゃん」
107名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 16:38:56.62 ID:scYLhJoyO
支援
108 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:39:48.90 ID:+Lzy0J9yO
数十分後――。

倉持「ほんとびっくりしたよ。みんなを探して歩いていたらいきなりロボットが現れて、追いかけてくるんだもん」

その後無事救出された倉持は、体育館でメンバーと合流した。
倉持の証言からわかったのは、ロボットにも銃を持っている物といない物がいること。
倉持を追いかけていたのは銃を持っていなかったため、捕獲用ではないかと思われる。
厄介なのは銃を所持する戦闘用ロボットだ。
救出から時間が経った今、倉持は落ち着いて話が出来るようになっていた。

高城「明日香ちゃんが無事で、亜樹も安心したよー」

柏木「怪我もないみたいで良かったね。もっちぃの身に何かあったらって考えたら、あたし…」

松原「もっちぃもういいの?まだ休んでなくて平気?」

倉持の周りにはメンバーが集まり、口々に労りの言葉をかけている。
その喧騒から少し離れたところで、高橋と篠田は険しい表情を張り付かせていた。
109 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:42:18.47 ID:+Lzy0J9yO
高橋「もっちぃが見つかって、これでまだ避難してきていないメンバーは…」

篠田「珠理奈がいない…」

高橋「それから由依とクリス、永尾…合わせて4人か…。ロボットと遭遇してなきゃいいんだけど…」

篠田「うん…早く見つけ出してあげないと」

高橋「探しに行く。だけど…それにはあっちゃんを同伴させないと。いざという時、ヴォイドを使えるのはあっちゃんだけだから」

篠田「あっちゃん…大丈夫なの?」

篠田は眉をひそめた。
高橋が無言で首を振る。

篠田「そっか…あっちゃんひとりに今後を託すみたいになっちゃって、プレッシャー感じてなければいいんだけど…」

高橋「あっちゃんはヴォイドを使ってあたし達を守ろうとしてくれてる。だったら逆にあたしは、そのあっちゃんを守るよ。あっちゃんの不満も、恐怖も、全部あたしが受け止める」

高橋はそう言うと、強い視線で篠田を見た。
その瞳の奥には、決意の炎が燃えている。

篠田「あたしもなるべく力になれるよう考えてみるよ」

篠田もいつになく真剣な表情で答えた。

高橋「うん、お願い麻里子」
110 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:46:16.33 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、図書室では――。

前田「……」

前田はひとり、ぼんやりと窓の外を見つめていた。
もうすぐ日が暮れる。
沈む夕陽に照らされ、前田の頬は赤く染まっていた。
そこに、一筋の涙がつたう。

――いつまで続くの、こんな生活…。

ヴォイドはその人の心を形となって現す。
つまり自分は、他人の心を覗いて、踏み荒らしてるのと同じなんだ。
ヴォイドを取り出すたび、前田は自分が卑しい人間に成り下がっていく気がして、たまらく怖かった。

――それにあたしは屋上でともちんとごんちゃんの2人に急かされて、優子のヴォイドを使うことを決めたんだ…。

結果的に倉持を助けることになったが、もし大島のヴォイドがもっと違った形の物だったら…。

――もっちぃを巻き添えにしていたかもしれない…。

そう考えるたび、体は震え、暑くもないのに口が渇いた。
だけどこの恐怖は、倉持を危険な目に遭わせていたかもしれないという考えからきているのではないと、前田は本心で気づいている。
あの時、大島なヴォイドを使うべきか悩んでいた屋上で、自分が一番怖かったのは板野と仲川の視線だ。
ヴォイドを使えるのに使おうとしなかった自分は、2人から倉持を見殺しにするのかと責められているようで、いたたまれなかったのだ。
111 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:48:01.02 ID:+Lzy0J9yO
――あたしは自分をいい人に見せたいから、あの時ヴォイドを使ったのかな…。

保身ばかり考えて、倉持の安全をはかることをやめてしまった。

――最低だ、あたし…。

きゅっと唇を噛む。
ふいに、叫び出したい衝動にかられた。
自分の中の黒い気持ち、嫌な自分、最低な自分、すべてを吐き出したかった。
前田がそれを堪えたのは、近づいてくる足音に気づいたからだ。
校舎の中は狭い。
一方メンバーの人数は多い。
どこに行っても、ひとりきりになれる場所などないのだ。

前田「……」

カラカラと扉を引く音が響いた。
咄嗟に服の袖で涙を拭う。

前田「誰?」

逆光で相手の顔は見えない。
しかしその小柄な体つきは――。
112 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:50:05.44 ID:+Lzy0J9yO
前田「優子?」

前田が問いかけると、大島はこちらに歩みよりながら息を吐いた。

大島「あっちゃん、ここにいたんだね」

大島は前田の隣に並んで立つと、静かに言った。

前田「うん」

泣いていたのを悟られないように、前田は明るい声を意識した。

前田「どうかしたの、優子?」

大島「うん…あたしあっちゃんに謝らなきゃいけないなって思って…」

前田「?」

大島「さっき…ごめんね。無理矢理ヴォイドを使わせたりして。あっちゃんにも心の準備があっただろうに…」

前田「……」

大島「あたしには、あっちゃんのような力はない。正直、くやしいよ。もっちぃが危ないってわかってるのに何も出来ない自分が情けない。だからせめてあたしのヴォイドを、あっちゃんに使って欲しかったんだ」

前田「でも…そんなにいい力じゃないよ、これ…」

前田は自分の左手を見つめながら言った。
見慣れた手。
だけど何も知らずに過ごしていたこれまでとは、確実に変わった手。

大島「あたしはさ、あっちゃんが…あっちゃんだけがその力を持った理由がなんとなくわかるんだ」

前田「え、何…?」
113名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 16:52:04.06 ID:5PySoJ++0
なにことオナニー小説
114 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:52:42.97 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃんはみんなの希望だから。絶対的エースと呼ばれ、批判を一身に受けて、それでも輝き続ける、みんなの光だから。あっちゃんが持っているのは女王の力。センターとしてみんなを引っ張ってきた精神力があるからこそ、その力を持つことが許されたんだよ」

前田「そんな…あたしなんて、」

大島「ううん。今だって、まぁ多少の混乱はあるけど、みんな落ち着いてるじゃない?こんな状況だってのに、にゃんにゃんなんておなかすいたー、お風呂入りたいとか言ってぼやいてるし」

大島「やっぱりあっちゃんの力があるからみんな落ち着いてられるんだと思う。たかみなの言ってたレジスタンスっていうのは怖いけど、それに太刀打ちできるあっちゃんの力があるから、平穏を保ててる」

前田「みんな…あたしのことそんなふうに思ってるのかな?不気味がってないの?」

大島「大丈夫だよ。メンバーを信じてあげて」

前田「う、うん…」

大島「それにもしあっちゃんの力がなかったら、あたし達は今頃、連れ去られたもっちぃを心配して泣き叫んでいたと思う。ありがとう…あっちゃん」

大島の言葉が、静かに前田の心に染み渡る。
嬉しかった。
もっと他にも言いたいことはあっただろう。
まったく不安がないとも言い切れないはずだ。
それでも大島は自身の気持ちを抑え、前田を元気づけることだけを考えてくれた。
そうして言葉を選んで、わざわざここまで自分を探しに来てくれたのだ。
前田は大島に対して頭の下がる思いだった。

――戦おう。もう迷わない。優子の気持ちに応えるためにも、あたしはヴォイドを使って、レジスタンスを制圧してみせる…!
115 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:55:46.02 ID:+Lzy0J9yO
翌日――。

前田「珠理奈ー?ゆいはーん!」

佐藤夏「クリスー?いたら返事してー!」

山内「まりやー!まりやいないのー?!」

前田達は中学校から離れ、まだ見つかっていないメンバーの捜索にあたっていた。

高橋「誰か生存者がいるなら返事してください!あたし達は味方です!」

もちろんメンバー以外の生存者がいるかもしれないという希望も捨ててはいない。
しかし聞こえてくるのは風の音と、何かの拍子に瓦礫が崩れる乾いた音ばかりである。

前田「みんなどうしちゃったんだろう…」

歩いても、声をかけ続けても、反応が返って来ることはない。
メンバーの間に諦めた空気が漂いはじめる。
その時だった――。

大島「今、悲鳴みたいなの聞こえなかった?」

大島の顔色が変わる。
続いて耳に届いたのは、助けを求める少女の声。
聞き覚えのあるこの声は――。
116 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 16:57:41.32 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

前田達を送り出し、留守を預かることになったメンバーは、体育館に集まっていた。
話題にのぼるのは未だ行方がわからないメンバーのことと、前田の持つ不思議な力。

小林「あっちゃんのあの力、どう思った?」

佐藤す「…怖い…よね?正直言うと」

鈴木紫「うん…」

近野「でも自分のヴォイドを前田さんに使ってもらって、レジスタンスを倒せるならいいと思う!」

沈むメンバーの中で、近野だけは妙に明るい。
すみれは近野の態度に若干の暑苦しさを感じていた。
密かに奥歯を噛み締める。

佐藤す「ヴォイドを取り出されている間は意識がなくなっちゃうんだよ?怖いよ。それに心を取り出されて武器に使われるなんて…考えただけでも鳥肌が立つ!絶対イヤだよ!」

鈴木紫「あ、でもたかみなさん、ヴォイドの提供は強制じゃないって言ってたよね?」

小林「え?でもやっぱりここはみんな協力しないと…」

近野「そうだよ!みんなで協力して頑張ろうよ!」

佐藤す「……」

その時、4人のすぐ傍でうとうとしていた河西が、はっと目を見開いた。

小林「あ、起きた?」

小林が声をかける。
河西は寝起きとは思えない素早さで立ち上がると、4人を見下ろした。

小林「?」
117 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:03:23.06 ID:Gq9yVzS50
河西「そんな簡単に…言わないでよ…」

河西の様子に、4人は無言で顔を見合わせる。
河西は実は、眠ってなどいなかった。
昨日から繰り返し考え、悩み、それでも結論は出ず、ただ疲れきって顔を伏せていただけだったのだ。
4人の会話はなんとなく耳に入れていたが、迷いのない近野の言葉が妙に勘に障った。

河西「みんなで協力しようって言うけど…相手は一瞬のうちに街を滅ぼすくらいの攻撃力を持ってるんだよ?」

河西はその声に似合わぬ物騒な単語を並べると、ほとんど近野に対して説得するように話した。
近野はきょとんと河西の顔を見上げている。

河西「確かにあっちゃんの力は凄いよ?あの力があればレジスタンスと戦えるかもしれない。だけど…なんでヴォイドを使えるのはあっちゃんだけなの?いくらあっちゃんでも、そんな簡単に自分の心を預けるなんて出来ないよ。怖いよ」

河西は今度、涙声で訴える。
それに対してすみれが同調した。

佐藤す「なんか…心の中を覗かれてるみたいで…フェアじゃない気がする。ずるいよ…あたし達はみんな使われるだけなんて…」

河西「うん。あたしだって協力したい気持ちはあるよ。だけどこの先何が起こるかわかんないし、安全の保障もない。昨日からずっと考えてるけど、まだ気持ちが決まらないの」

河西「だからあっちゃんにヴォイドを提供するべきかどうか…今はまだ決断する時じゃないんだと思う。中途半端な気持ちでヴォイドを提供するのも、頑張ってるあっちゃんやたかみなに失礼だし…」

河西はそこで、長い睫毛を微かに震わせた。
話しているうちに気持ちが高ぶり、ついに涙がこぼれてしまう。

小林「……」

小林は思わず立ち上がったが、かけるべき言葉が見つからず、おろおろと河西の周囲を歩き回る。
近野は気まずそうに河西から目を逸らした。

鈴木紫「どうしたらいいのかわからないのは…河西さんだけじゃないですよ。あたしだって…まだ迷ってます…」

鈴木が静かな声で打ち明けると、後はただ、河西の嗚咽だけが辺りに響いた。
118名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 17:03:58.75 ID:Mf9BgQhIO
あっちゃんかっけぇぇぇ
やっぱり正義の味方だ
119 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:03:59.22 ID:Gq9yVzS50
その時、同じ体育館の片隅では――。

倉持「玲奈ちゃん、元気出してよ…」

河西と同じく嗚咽を洩らしているメンバーがいた。
松井玲奈だ。
しかし彼女の場合、現状を恐れての涙ではない。
未だ見つからない珠理奈の安否を気にかけるあまり、不安にとりつかれていたのだった。

倉持「ごめんね、あたしが昨日ロボットの話なんかしたから、余計に心配になっちゃったんだよね…」

倉持は昨秋危険な目に遭ったばかりにもかかわらず、自身の態度を反省した。
良かれと思ってロボットの詳細を話したが、そのことで不安を募らせるメンバーも出てくるだろうことまでは考えが至らなかったのだ。

高城「大丈夫だよー。きっとあっちゃん達が珠理奈ちゃんを見つけて、一緒に帰って来てくれるよっ」

高城がいつも通りの柔らかなトーンで励ますと、玲奈は小さく数回頷いてみせた。
それと同じくして、今度は北原が深いため息を洩らす。

北原「横山…」

珠理奈と同じく、横山、中塚、永尾も行方がわからぬまま。
北原やメンバーの心を深い悲しみが支配していた。
120 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:05:45.18 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃんこっち!」

前田は咄嗟に仲川を呼んだ。
すでに仲川は前田の傍に走り寄っていたところで、瞬時にヴォイドを取り出され、意識を失った。

前田「お願い、間に合って…」

前田が素早く仲川のヴォイドを構える。
次の瞬間、強風がロボットを襲った。
じりじりと後退したかと思うと、耐えきれず数メートルほど吹き飛ばされる。

前田「麻里子!」

篠田「オッケー」

この隙を逃すわけにはいかない。
前田は今度、篠田のヴォイドを構えた。
吹き飛ばされた3体のロボットのうち、2体を破壊する。

小嶋「わーすごいすごい!」

既に勝利を確信した小嶋が、呑気に喜びの声を上げた。

前田「まだ1体残ってる…陽菜早くこっちに!」

小嶋「え?あたしー?ちょっと待って…」

小嶋がてけてけと走ってくる。
その直後、何かに足を取られて転んだ。
ロボットはすでに体勢を整え、前田へと向かって来ている。

高橋「あっちゃん!!」

少し離れた場所で負傷者を救護していた高橋が、鋭い声を上げた。

前田「そんな…間に合わない…」
121 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:07:25.70 ID:Gq9yVzS50
前田の足元にはまだ意識の戻らない仲川と篠田が横たわっている。
今ロボットに近づかれたら…。
一瞬のうちに恐怖が前田を支配する。
足がすくむ。
冷たいものが背中を走った。

――どうしようどうしようどうしようどうしよう…。

必死に周囲のメンバーを探った。
小嶋は瓦礫に足をとられ、呻いている。
高橋とは距離がある。
板野は戦闘タイプのヴォイドではない。

――そうだ、優子…。

しかし高橋のすぐ隣に大島の顔を見つけ、前田を絶望が襲った。

――他に誰か…誰かいないの…?

その時、前田の目の前にひとりの人影が滑り込んで来る。
ロボットはすぐそこ。
選択の余地はない。
前田はその人物のヴォイドを取り出した。
構える。

前田「…くっ…!」

必死だった。
それこそ死に物狂いで撃った。
取り出したヴォイドはマシンガンのような形をしている。
方法は明確だった。

高橋「あっちゃん!もういいから、もう終わったから!」

気がつくと、前田は腕を高橋に押さえつけられていた。
122 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:13:30.26 ID:Gq9yVzS50
前田「へ?」

マシンガンを下ろす。
前田はそこで初めて、異変に気づいた。
さっきまで離れた場所にいた高橋が、なぜ今はすぐ傍にいるのか…。

大島「大丈夫だよ。みんな助かったから…」

隣には大島もいて、困ったように眉を下げていた。

前田「あたし…」

驚く前田に、高橋は無言で前方を指差した。
そこには煙を上げて停止したロボットが、まるで何かのオブジェのように立っている。

前田「倒した…の?」

高橋「うん」

前田「あたし…あたしただ夢中で…」

口を開くと、なぜか弁解するような言葉が出た。
前田はまだ、自分が本当に正しい行いをしているのか自信がない。

大島「あっちゃん頑張ったね。えらいよ…かっこ良かったよ」

大島に微笑みかけられ、前田はようやく肩の力を抜いた。

前田「それで…珠理奈は?」
123 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:14:31.21 ID:Gq9yVzS50
高橋「怪我はしてるけど、意識ははっきりしてる。早く学校に連れて帰ろう。手当てしなきゃ」

前田「う、うん…」

前田達が悲鳴を聞いて駆けつけた時にはすでに、珠理奈は血を流し倒れていた。
周りにはロボットが3体。
珠理奈が攻撃を受けたのは明らかだった。

――あたしがもっと早く駆けつけていれば…。

珠理奈は今、佐藤夏希と大家に支えられ、座りこんでいる。
目は虚ろで、時折苦痛に顔を歪ませていた。
その姿を見て、前田はただただ自分を責めた。

――メンバーを守るって誓ったのに……。

篠田「珠理奈!」

その間、意識を取り戻した篠田が、血相を変えて珠理奈のもとへ駆け寄っていく。
仲川も後に続いた。
そしてその背後でふらふらと立ち上がる人物。

前田「島ちゃん!」

島田ははじめ、きょとんとした表情を浮かべていたが、前田の様子を見て笑顔になった。

島田「あたしのヴォイド…役に立ったんですね…」

前田「うん、島ちゃんのお陰だよ。ありがとう」

島田「いえ、そんな…うちはただ夢中で…なんとかしなきゃって思ったら体が勝手に…」

前田「うん」
124 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:15:15.29 ID:Gq9yVzS50
ロボットが向かって来る瞬間、前田の前に滑り込んで来たのは島田だった。
島田の咄嗟の行動が、勝利へと導いたのである。
しかしあの状況で前田のもとへ駆けつけるなど、並外れた勇気がなければ出来ない。

前田「すごいよ、島ちゃん」

前田が素直に称賛の言葉を告げると、島田は今度、照れたように笑った。
そこに自分の行動を傲るような気配は見られない。
島田の視線は真っ直ぐだった。
そしてそれは、前田の心に一筋の光を射すこととなる。
島田のようにがむしゃらに、目の前のことと対峙できたらいい。

――たぶん今は、何かを考えて迷っている時間なんてないんだ。もう、やるしかないんだ。

後輩の姿から、前田は思わぬ勇気をもらった。


――すべてが終わったら、あたしは宣言通りAKBを卒業する。メンバーと一緒にいられる時間は少ない。だからこれからの時を大切にして、みんなを守ることだけを考えよう。

そして前田は再び強く胸に誓ったのだった。
125 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:15:52.62 ID:Gq9yVzS50
山内「……」

島田の行動に感化されたのは前田だけではない。
山内もまた、決断していた。
先程の戦闘で、山内は何も出来ず、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
そんな自分が情けなく、惨めだった。
幼い頃から何不自由なく育った山内が感じた、初めての劣等感。
山内の中に動揺が走る。

――なんで…なんではるぅは咄嗟にあんなこと出来たの…?

次の瞬間には、山内の拳は強く握られていた。
生来の負けず嫌いが発揮される。

――次こそはあたしも自分のヴォイドを…活躍させてみせる…!

愛らしい山内の目元が、険しいものへと変わった。

大家「うちも…」

佐藤夏「うん…」

珠理奈を介抱する大家は、声を上擦らせた。
頭のいい夏希は、その時点で大家の言いたいことを理解している。
夏希もまた、大家と同じ気持ちだった。

――これがレジスタンスと戦うということなんだ…そしてあたし達は必ず勝利してみせる。自身のヴォイドを提供して…戦うんだ…。

2人もまた、島田の行動から自身の弱さと向き合う覚悟をしたのだ。

――怖い…けど、やるしかないんだ。
126 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:17:58.63 ID:Gq9yVzS50
数時間後、中学校――。

峯岸「今日はもう捜索切り上げるの?」

峯岸が尋ねると、宮澤は力なく頷いた。

宮澤「今は珠理奈の手当てが先決だし、戦闘に当たったメンバーも疲れてるみたいだからって聞いたよ」

峯岸「そっか…心配だね…」

宮澤「さっき保健室覗いて来たけど、やっぱり病院と違って最低限のものしか揃ってないみたいで…。たかみなの話だと珠理奈、結構やばいらしい。傷口を縫合しないとだって」

峯岸「そんなにひどいの?いくらなんでもここでそんな処置できないよ…」

宮澤「うん…」

珠理奈が中学校へ運ばれて来てから、メンバーは一時騒然となった。
珠理奈の容体を心配する声とともに再び沸き上がったロボットへの恐怖。
詳しいことを聞きたくても、肝心の前田や高橋の姿ははない。
メンバーは今はひたすら怯えることしかできないでいた。
高橋を中心とした数人のメンバーは、先程から珠理奈について保健室に篭りきりである。
そこで痺れをきらした宮澤がメンバーを代表して保健室に赴き、高橋から詳しい状況を聞いてきたのである。

松井玲「そんな…珠理奈が…」

宮澤と峯岸の会話を聞いていた玲奈が、その場に崩れ落ちた。

峯岸「玲奈ちゃん!」

峯岸が慌てて玲奈の体を支える。
玲奈の白い肌は青ざめ、表情には悲壮感が漂っている。

宮澤「……」

そんな玲奈の姿が痛々しく、宮澤は思わず目を逸らした。
その時、体育館にやって来る大家達が目に入った。
127 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:19:46.71 ID:Gq9yVzS50
宮澤「あ、休んでなくていいの?」

大家「うん、もう大丈夫やけん、うちらちょっと伝えたいことがあるんよ」

大家は連れ立って来た夏希と山内に目配せをすると、宣言するように言った。

大家「珠理奈ちゃんがあんなことになって、みんな不安かもしれん。でも、このままみんなしてここに隠れて、何もしないでいて、本当にいいんかな?うち達はさっき、ロボットとの戦闘を間近で見たけん。正直、怖かった。だけどこうも考えた」

大家「あっちゃんは今日、たった数人のヴォイドだけで戦って勝った。これって凄いことだと思う。じゃあもっとたくさんのヴォイドが集まれば、レジスタンスを制圧することも可能なんじゃないかな?」

大家が口を閉じると、夏希がその後を繋いだ。

佐藤夏「あたしは今日の戦闘を見て確信したの。あたし達はもう怖がっていられない。やるしかないところまで来てるんだって…」

佐藤夏「それに珠理奈ちゃんの件、みんな心配で、腹が立ってるんじゃない?珠理奈ちゃんをあんな目に遭わせたレジスタンスは絶対許せない!みんなもそうでしょ?」

夏希の言葉に、先程まで震えていた玲奈が、ハッと頭を上げた。
静かな表情の中に、もう怯えの色はない。
あるのはレジスタンスへの怒りのみ。
玲奈が腹を立てるのは、決まって自分のことではなく、仲間のことがきっかけだった。
その優しさゆえに、仲間が不当な扱いをされている状況が許せないのだ。

玲奈「わたし…戦う!前田さんにヴォイドを提供する!」

玲奈はそう言うと、一目散に体育館の出口へと走って行く。
128 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:24:03.19 ID:+Lzy0J9yO
峯岸「あ、ちょっと待って玲奈ちゃん!どこ行くの?」

峯岸が慌ててその後を追った。

河西「佐江ちゃん…」

河西は答えを求めるように、宮澤を見た。

宮澤「たぶん玲奈ちゃんは、保健室に行ったんだよ。保健室にはあっちゃんがいる。自分のヴォイドを取り出してもらいに行ったんだ。珠理奈の仇を取るために…」

宮澤が静かに語ると、河西は考え込むように俯いた。

宮澤「あたしも戦うことに決めた」

宮澤が小さく呟くのを、河西は驚きとともに耳にする。
体育館は互いに相手を窺うような雰囲気で満たされていた。
やがて1人、また1人とメンバーが体育館を後にする。
その想いは皆同じだった。

――戦う。これ以上の犠牲者は出したくない。
129名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 17:24:08.89 ID:DMCT1Oyk0
支援
130 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:26:06.66 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、保健室では――。

前田「じゃあ…行くね…」

前田が確かめると、相手は神妙な面持ちで頷いた。
そして、目を閉じる。
前田は左手を伸ばした。
光に包まれる。
手の平から伝わってくる、温かい心。
優しい心。
相手を思いやる犠牲心。

前田「何…これ…」

そうして現れたヴォイドは、紐状になった白い布。
それはまるで――。

篠田「包帯…みたいだね…」

篠田は珠理奈の手足に巻かれた包帯と、前田の手にしたヴォイドとを見比べて、驚いたように言った。
その言葉に、前田が動く。

高橋「あっちゃん駄目…!」

すかさず高橋が制止したが、前田はほとんど操られるように、それを行う。
別に確信があったわけではない。
なんとなく、と言ってしまえばそれまでの、だが確かに前田の中の本能を司る部分が、命令していた。
ヴォイドを、珠理奈に向けて使えと――。

高橋「駄目だよあっちゃん、ヴォイドを人に向けたら…やめて!!」

高橋が叫んだのと、ヴォイドが反応を示したのはほとんど同時だった。

小嶋「何これー?蛇みたい」

ヴォイドはまるで意思があるかのように動き、珠理奈の体に巻きついていく。
それからほどなくして、脱力したように床へ落ちると、すっと消えた。
131 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:27:53.80 ID:+Lzy0J9yO
松井珠「……」

珠理奈がベッドの上で半身を起こす。

篠田「珠理奈!」

篠田が慌てて駆け寄った。
珠理奈は何が起きたのかわからないようで、ぼおっとした表情を浮かべている。
それからすぐに気がついて、自分の手足を確認した。
篠田が止めるのも聞かずに、床へ足をつけると、立ち上がる。
いつもの凛とした佇まい。
体中から元気が溢れて、周りを笑顔にさせるような雰囲気。
先ほどまで怪我の苦痛に呻いていたはずなのに…。

篠田「珠理奈…怪我、大丈夫なの?」

篠田が訝しげに眉を寄せた。
珠理奈は今度、驚愕の表情で辺りを見渡している。

松井珠「痛く…ない…。なんで?」

大島「ごめん、ちょっと捲るね」

大島は珠理奈の服を捲り上げると、しげしげとその体を眺めた。
ついには巻かれていた包帯までも剥ぎ取ってしまう。
それは大島だからこそ許される行動だった。

――もしあたしがやったら、変態扱いされてたのかな…。

大島の動きを見て、高橋は不謹慎にもそう考えていた。
ちらりと小嶋のほうを見やる。
それにしてもヴォイドを向けられたのに、珠理奈は平気なんだろうか――。

大島「あれー?なんで?」

大島が驚きとともに、歓声を上げた。
振り返ったその顔は、やはり歓喜の表情。

前田「?」
132 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:29:46.81 ID:+Lzy0J9yO
大島「傷…塞がってるよ!全然なんともない!」

小嶋「わーい、すごいねー。良かったね」

小嶋も一緒になって喜んだ。
珠理奈はわけもわからぬまま、篠田に飛びつき、はしゃいだ笑顔を浮かべている。

前田「たかみな…」

首をかしげてる高橋に、前田が話しかけた。

高橋「ヴォイドは武器だけじゃない…。そうか、ともちんも戦闘タイプのヴォイドじゃなかったし。なんで早く気付かなかったんだろう。ヴォイドの形は人それぞれ。中には傷を癒すヴォイドだってあってもおかしくない」

高橋はぶつぶつと呟くと、前田の手を取った。

高橋「あっちゃん、やったね!」

前田「え…う、うん…」

高橋の声に、珠理奈が反応した。
篠田から離れると、前田の傍へ歩み寄る。

松井珠「前田さんが治してくれたんですか?あたしの怪我…」

珠理奈に人懐こい笑顔を向けられ、前田はたじろいだ。

前田「ううん、違うの。珠理奈の怪我を治したのはね…」

前田はそう言うと、ちらりと背後を振り返った。
そこにいたのは意識が戻ったばかりのヴォイドの持ち主。

松井珠「玲奈ちゃん!」
133名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 17:30:09.95 ID:TcKLBt8OO
元ネタを知らないんで設定が良く分からないんですけど、ここまで勢いに釣られて一気に読みました
敵はレジスタンスと言うよりテロリストだろ?
って思いますがw
続き楽しみです
134 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:31:40.22 ID:+Lzy0J9yO
玲奈ははじめ、信じられないといった目つきで、元気に跳ね回る珠理奈を見つめていたが、やがてふっと息を漏らした。
緊張の糸が切れたように、表情を緩ませる。
それからきゅっと唇を結んだ。
笑いたいのに、涙が溢れてくる。
必死に堪えたが、無邪気な珠理奈に抱きつかれ、ついに涙腺は崩壊した。

松井珠「玲奈ちゃん!玲奈ちゃんありがとう!」

松井玲「うぁーん、珠理奈治った、珠理奈治った…良かったよぉ…」

泣きじゃくる玲奈を、高橋は脅威の眼差しで見つめている。

――戦いは何も、戦闘タイプのヴォイドだけが重要じゃない…。いくらレジスタンスを倒せたとしても、メンバーがみんな揃っていなければ意味がないんだ。玲奈ちゃんのヴォイドは…メンバーを救う唯一のヴォイド。そして、玲奈ちゃんは…。

高橋「レジスタンスへの怒り…恐怖、憎しみ。それだけが糧となったヴォイドは脆い。玲奈ちゃんの持つメンバーへの思いやり、優しさを象徴したヴォイドが、時として重要な戦力になる…」

保健室は今、歓喜の声で包まれている。
その時、扉が小さく開き、メンバー達が顔を覗かせた。

前田亜「あの、あたし…」

倉持「ちょっといいかな?」

それから体育館にいたはずのメンバーのほとんどが、保健室になだれ込んできた。

小嶋「えー?どうしたのー?」

高橋「ちょちょちょ、みんな待って、保健室狭いんだから…」

高橋が目を丸くした。
するとメンバーの中から宮澤が一歩前に踏み出す。

宮澤「あたしも協力するよ。あっちゃんに、ヴォイドを提供する」

前田「佐江ちゃん…」

前田亜「あたしもお願いします!」

倉持「あたしも!」

それから次々と、メンバーは名乗りをあげた。
詳しいことをまだ説明されていない珠理奈は、不思議そうにその光景を眺めている。
玲奈は涙を引っ込め、そっと珠理奈に解説をはじめた。
その間、前田は呆然とメンバー達の顔を眺めている。

前田「みんな…協力してくれるの?あたしを、信じてくれるの…?ありがとう…」
135 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:34:29.02 ID:+Lzy0J9yO
数日後――。

前田「佐江ちゃん!」

前田が手を伸ばす。
次の瞬間、握られていたのは宮澤のヴォイド――バズーカ砲のようなものだ。

前田「これで最後…!」

ロボットに向けて構える。
撃った。
一瞬遅れて、爆発音が耳に届く。
ロボットは木っ端微塵に吹き飛んだ。

仲川「痛たた…」

飛んできた破片で、前田の周りをうろちょろしていた仲川の頬に切り傷が走る。

前田「ごんちゃん、大丈夫?」

前田が問いかけたと同時に、玲奈が駆け寄った。

前田「玲奈ちゃん、いい?」

松井玲「はい、もちろん」

玲奈はきゅっと口角を上げた。
すぐに仲川は玲奈のヴォイドによって傷を処置してもらい、元気に走り出す。
他のメンバーはすでに物陰から這い出してきており、壊れたロボットをしげしげと眺めたり、指でつついてみたりしていた。
遭遇した際には7体いたロボット達は、すべてヴォイドにより破壊され、原型を留めているのは2体だけである。

倉持「これすごいね。中に人が乗ってるわけでもないし、どうやって動いてるんだろう…」

倉持はロボットに興味津々だ。
襲われた際の恐怖は既に克服できたようである。

倉持「耳に該当する部分はないんだね、残念」

そんな倉持の横では、松原が優しげな笑顔を浮かべていた。

仲川「なっつみぃのヴォイドすごかったねー。遥香びっくりしたよー」

仲川は次々とメンバーに話しかけては、走り回っている。
すでにこの生活に順応しているのがすごいところだ。
136 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:36:29.66 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あっちゃん大丈夫?疲れた?」

高橋が前田のもとへ駆け寄った。

前田「大丈夫だよー。でもなんか、日に日に遭遇するロボットの数が増えてる気がする」

高橋「うん、そうだね…」

前田達は日中、何人かのグループとなってロボットを捜索することにしていた。
レジスタンスの正体はわからぬまま、しかし戦力であるロボットを倒していけば、いつかはレジスタンスの力は弱まるはずだと信じている。
ヴォイド提供者が増えた今、ロボットを倒すことは簡単だ。
ただ、倒しても倒しても、次の日には少し歩いただけでまた新たなロボットと遭遇する。
先の見えない戦いだった。
そして、ロボット狩りと平行して、未だ行方のわからないメンバーの捜索にも当たっているのだが、消息はつかめないまま。
今やロボットの攻撃よりも、心配なのは行方不明者達の安否である。

高橋「じゃあもう暗くなってきたし、そろそろ中学校へ戻ろうか」

高橋が声をかけると、メンバーをぞろぞろと歩き出した。
戦闘を終え、緊張の糸が切れたのか、歩きながら徐々におしゃべりの声が増えていく。

倉持「あれ?しーちゃんは?」

倉持が気がついて、きょろきょろと視線を動かした。

仁藤「しーちゃんは昨日ロボット狩り参加したから、今日は休みだよ」

仁藤がのんびりと答える。
ヴォイドを提供するメンバーは増えたが、前田は同時に複数のヴォイドを取り出すことはできない。
そこで、日替わりでロボット狩りに出ることにしていた。
今日の当番は仁藤と倉持、宮澤、高橋、仲川、松原、山内、川栄の8人だ。
それに加え、戦闘の際に負傷したメンバーを治療するためのヴォイドとして玲奈が常に加わるという体制を取っていた。
137 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:38:05.91 ID:+Lzy0J9yO
山内「疲れた?大丈夫?」

先程から山内が心配そうに声をかけているのは川栄である。
川栄は笑顔で頷くが、少し気を抜くと暗い表情になってしまう。
そんな川栄を気遣い、山内はそっと距離を置いた。
何か考え事でもしたいのだろう。

川栄「……」

確かに川栄は考えている。
このままでいいのだろうかと自答していた。

――みんなはヴォイドを提供してるのに…。

川栄が今日ロボット狩りに参加しているのは、ヴォイドを取り出され意識を失っているメンバーを安全な場所へと移動させるためだった。
他のメンバーは前田にいつ呼ばれてもいいように待機している。
メンバーを移動させる余裕はない。
するとどうしても、移動要員が必要になってくるのだ。
そしてその役目は、非ヴォイド提供者が行うことになっていた。
もちろん川栄も、まだヴォイドを取り出された経験はない。
なんとなく怖くて、拒否しているのだ。

仁藤「佐江ちゃんのヴォイドすごいよねー」

宮澤「え?萌乃だってすごいじゃん。刀だっけ?」

仁藤「うん、そうみたい。どんなのなんだろう。自分で見られないのが残念」

いつしか集団から外れた川栄の耳に、楽しげに話すメンバーの声が届いた。
同じ戦いをくぐり抜けたからこその仲間意識。
互いを労う会話。

――あたしはあの輪の中に参加出来ないんだ…。だってヴォイドを提供してないんだもん。

川栄は疎外感を味わった。
ヴォイドを提供していない川栄を責める者はいない。
むしろ川栄の活躍にみんな感謝している。
しかし川栄自身は、納得がいかなかった。
もちろん自分に向けられる感謝の言葉を、嘘だとは思っていない。
みんな本心から礼を言っているのはわかる。
だからこそ、辛いのだった。

――だってあたしはみんなのように戦ってないのに…。

そうして自身を責め、自ら孤独の殻の中に閉じこもってしまうのだった。
川栄は今、自分の弱さと対峙しようとしている…。
138 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:40:53.70 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

阿部「みおりん、ヴォイドが水鉄砲だったってほんと?」

留守番を任せられたメンバーは、それぞれの時を過ごしている。
ゆっくりと休養する者。
食事の支度をする者。
屋上に出て見張りをする者。
おしゃべりに興じる者。
阿部はふらふらと中学校内を探索していたが、やがてそれにも飽きて体育館に戻ると、適当な集まりに加わったのだった。

阿部「わたしのヴォイドと似てるね」

隣に座っている市川に話しかける。
市川はそれまで、にこにこと聞き役に徹していたが、阿部の言葉に反応して口を開いた。

市川「えー?わたすぃのは水鉄砲じゃないよー」

阿部「え?違うの?」

阿部は心底驚いたが、いまいちそれが表情に出ない。
手をぱたぱたと動かしながら言った。

阿部「えー…あー、すみません。勘違いですね。あーどうして勘違いしちゃったんだろう?なんで?」

市川「え?知らないよ」

市川は困ったように笑うと、小さく首をかしげた。
それに合わせて長い髪がさらさらと頬にかかる。

大場「…ぷっ…」

2人のやりとりを聞いていた大場が、堪えきれずに吹き出した。

竹内「え?何…?」

竹内が不思議そうに大場を見る。
139 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:42:21.38 ID:+Lzy0J9yO
大場「みおりんのヴォイド、レモン汁なんだよ」

大場はそこまで言うと、ついに笑い声を上げた。

竹内「わぁすごい!キャラ通りなんだ!」

竹内は呑気に納得していたが、当の市川は慌ただしく視線を泳がせている。
大場は市川の反応が面白いのか、さらに続けた。

大場「見た目は水鉄砲みたいなんだけど、引き金を引くとレモン汁を発射するらしいよ」

阿部「あ、あれですね?唐揚げ食べる時に使える…」

大場「そうそう!ていうかそういう時にしか使えないヴォイド!」

市川は大場の言葉に顔を赤く染め、俯いた。
微かに肩を震わせている。
それからキッと視線を上げ、大場を睨んだ。
残念ながらそこに迫力は感じられなかったのだが、大場はひとまず口をつぐむ。

――言い過ぎたかな…冗談だったのに…。

こういう時だからこそ、お互い本音で接するべきだと大場は考えていた。
団結が必要だとして、気を遣うような間柄で出来るのは欠陥住宅のような物に過ぎない。
きちんとした骨組みがないから、何かのきっかけですぐに壊れてしまう。
お互い言いたいことを言い合ってこそ、強い関係が築けるのだ。

市川「そんなことみんなの前で言わなくてもいいじゃないですか!」

しかし市川は怒りを露にし、目に涙をためた。
その予想外の反応に、周りにいたメンバーは息を呑む。
140 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:45:29.36 ID:Gq9yVzS50
阿部「え?なんで怒ってるの?」

阿部だけは状況がわからず、きょとんとしていた。

市川「確かにわたすぃは役に立たないヴォイドかもすぃれないけど、他にもたくさん戦闘に向かないヴォイドの人がいるんです!そういう人達の気持ちが、みなるんさんにわかりますか?」

市川「みんな歯痒くて、でもどうすぃようもなくて、悩んでるんです!そんな…傷口を抉るようなことすぃなくたっていいじゃないですか…ひどい…ひどいよ…」

市川はそう言うと、子供のように泣きじゃくった。

中村「みおりん…」

中村が市川を宥めながら、座らせようとする。
竹内はうまい言葉が出ず、おろおろと市川と大場とを見比べていた。
そんな中、加藤は不安そうに阿部の体へ腕を巻きつける。

阿部「あれ?どうしたの?」

加藤「うん…あたしもみおりんさんの気持ちわかるなって…だってあたし…」

加藤はそう言って、声を詰まらせた。
先程の市川は、加藤の気持ちを代弁したようなものだったのだ。
加藤のヴォイドはカチューシャのような形状で、その見た目から戦闘向きではないと判断されていた。

市川「…ひ、ひっく…」

市川は泣き止む気配もなく、大場は気まずそうに俯いている。
ヴォイドによって対レジスタンスへの希望が見えてきた今、メンバーは新たな問題に直面していた。
ヴォイドによって力の差、役割の差が明らかとなったのだ。
役に立たないヴォイドを持つメンバーは、肩身の狭い思いを抱えることとなる。
141 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:46:18.00 ID:Gq9yVzS50
1時間後、調理室――。

北原「缶詰持って来たよー。何かに使えると思って」

備蓄倉庫から戻って来た北原は、抱えている缶詰をテーブルの上へと移しはじめた。
中学校には災害時用の備蓄倉庫があり、食料に困ることはない。
問題は電気とガスが止まっているので、満足な調理方法がないことだった。
使えるとすればカセット式コンロくらいだ。
それでも数台しかないため、極力使用しないようにしていた。
替えのガスボンベも数が限られている。
おかげでメンバーはもう何日も、温かい食事を口にしていなかった。

大家「あ、このタイプの缶詰は無理やけん、里英ちゃん」

温める前のレトルト食品を皿に移していた大家が、悲しげに指摘する。
今日の夕飯は冷たいカレーのようだ。
大家の手元を確認した北原は、げんなりとした表情を浮かべた。

北原「またカレーか…」

菊地「あ、乾パンもまだあるよー」

菊地が口を挟む。
北原は静かに首を振った。

北原「そうじゃなくて、あったかいごはんが食べたいなーっと思って」

おかずなんかいらない。
ただ炊きたての艶やかなごはんに塩を振ったものだけでいい。
いや、出来れば熱い味噌汁もあれば…。
北原は今、心底それを願っていた。
142 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:47:20.14 ID:Gq9yVzS50
北原「あ、そうだ!なんでこの缶詰駄目なの?」

しかしそんな夢、現在の避難生活では叶うはずもない。
気を取り直して、大家に尋ねた。

大家「家庭科の授業で缶詰を使った料理なんて普通作らんやろ?だからこの学校には缶切りがないけん。そのタイプの缶詰は缶切りがないと開けられんのよ」

北原「そんなぁ…」

北原は肩を落とした。
菊地は黙々とカレーを皿に移している。
夕日の差し込んだ調理室。
日が暮れるのは近い。
暗くなる前に食事の準備をしなければ、電気が通っていないので夜には何をするにも不便だ。

菊地「明日はあたしロボット狩りに出るから、今日は早くごはん食べて寝たいな…」

菊地が誰にともなく呟いた。

大家「あ、うちも明日はロボット狩り」

大家も思い出したように言う。
すると北原の顔色が変わった。
慌てて調理台に飛びつく。

北原「ごめんね、カレーの仕度手伝うよ」

北原のヴォイドはマグネットである。
戦闘には使えない。
それどころか使い道さえわからない代物。
それに対して大家と菊地のヴォイドはそれぞれ鎖型の鞭とブーメラン型の鎌だ。
ロボットに決定的な打撃は与えられないものの、大事な戦力となっていた。
無意識に北原は、戦力のあるメンバーに対してへりくだった態度になってしまう。
143 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:47:57.86 ID:Gq9yVzS50
大家「ありがとう。そっちの棚にまだレトルトのカレーが入ってるから」

北原「ここ?え、入ってないよ」

大家の指し示した棚を開く北原。
しかし中は空である。

大家「え、なんで…昨日倉庫からたくさん運んでおいたのに…」

大家も棚に駆け寄り、中をのぞきこむ。

大家「誰か夜中に盗み食いしたのかな?」

菊地「え?誰?」

北原「みゃおじゃない?」

大家「うん、みゃおだ」

3人はなんとなく宮崎を犯人扱いし、納得した。

菊地「あ!そういえばここに入れておいたレトルトのごはんもなんか減ってる気がする」

北原「まったくしょうがないなぁ、みゃおは。あたしもう一回倉庫行って、食料取って来るよ」

大家「うん、ありがと里英ちゃん」

しかし、宮崎は盗み食いなどしていないのだった――。
144 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:49:10.16 ID:Gq9yVzS50
翌日――。

高橋「じゃあ狩りに行って来るから、みんなお願いね」

高橋は留守を預かるメンバーに声をかけると、中学校を出発した。
前田を中心に、その周りをメンバーが囲むような体勢を取って歩く。
最後尾を歩くのは昨日に引き続き川栄だ。
本来は留守番の予定であったが、当番である加藤に無理を言って交代してもらっていた。
川栄はとぼとぼと歩きながら、前田の頭を見つめている。

――言うなら、今日しかない……。

川栄の目的は前田に話しかけることだった。
中学校にいる間、前田の周囲にはいつも先輩メンバーがいて、声をかける隙がない。
狩りの最中であれば、何かと話すチャンスが訪れるのではと期待していた。

――今日言わなかったら、きっと一生言えない気がする。この決意が揺るがないうちに、伝えなきゃ…。

川栄は密かに意気込んでいた。
そして川栄の期待はほどなくして現実のものとなる。

前田「なんか…気配が…」

前田は立ち止まり、辺りを見回した。

大家「ロボット?別に何も見えんけど」

前田「でもなんかいる気配がする。ともちんお願い」

前田が声をかけると、板野が一歩踏み出した。
互いに見合い、頷く。
板野が目を閉じたと同時に、ヴォイドが取り出された。
すぐに高橋が意識を失った板野の体を支える。

前田「やっぱりだ」

板野のヴォイドを使い、遠くを確認した前田は、小さく呟いた。
145 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:50:14.53 ID:Gq9yVzS50
篠田「何が見えるの?」

前田「まだかなり遠いけど、ロボット。4体いる」

前田は問いかけてきた篠田にそう答え、ひとまず板野のヴォイドを戻した。
メンバーを見渡す。

高橋「近づかれる前に1体でも戦闘不能にさせておこう。ただ、注意して。ロボットが自力で動ける程度には攻撃する。とどめは差さない。わかってるよね?」

高橋が忠告した。
前田が頷く。
昨晩相談して決めたことだった。
戦闘不能になったロボットは、おそらくレジスタンスの本拠地に戻ることになるだろう。
そこで修理、あるいは強化されるはずだ。
だとすれば、そのロボットの帰路を辿ることで、レジスタンスのアジトが判明する。
この状況で敵の本拠地を知っておくことはかなり有利になるだろう。

前田「わかってるよ。今日はあくまでロボットを傷つけるだけ」

篠田「じゃああたしの出番はなしか」

強力なヴォイドを持った篠田が、やや残念そうに肩をすくめた。

藤江「あたしも無理だ…」

藤江もまた、拍子抜けした表情を浮かべる。

大家「れいにゃんのヴォイドだとロボット一撃で停止しちゃうもんね」

藤江「うん、そうなの」

藤江のヴォイドは弓矢で、強靭なロボットの機体を射抜く力を持っていた。
篠田、藤江、そして高橋の3人はロボットに決定的な打撃を与えてしまうため、取り合えず様子を見ることにする。
146 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:51:10.42 ID:Gq9yVzS50
前田「でも危なくなったら助けてね。その時は悪いけど、ロボットを破壊するよ」

高橋「うん、お願いね。今日でなくても、チャンスはまたあるだろうし。くれぐれも無理はしないで」

残るヴォイドは大家と菊地、鈴木まりやと佐藤すみれの4人である。
まりやのヴォイドは巨大な泡立て機、すみれのヴォイドはハリセン。
一見すると戦闘には不向きなように思われるが、これで叩かれたロボットはひしゃげて歩行不能になる。
今回の作戦では使うわけにいかない。

前田「えっと…」

前田は困ったように大家と菊地を見つめた。
高橋が何かに気がつき、名案とばかりに声を高くした。

高橋「菊地だ!菊地のヴォイドなら遠距離戦に適してるし、ロボットをうまく傷つけることが出来るかも!」

菊地「え?あたしですか?」

菊地がおずおずと前田の前に歩み出る。
前田は真剣な眼差しで左手を伸ばすと、ヴォイドを取り出した。

前田「ともちんと玲奈ちゃんは遠くに避難してて。ロボットが近づいて来たらしーちゃんのヴォイドで行く!たかみな達は念のためあたしの傍に待機」

慌ただしく指示を出す。
メンバーは思い思いに返事をした。
147 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:52:01.05 ID:Gq9yVzS50
板野「玲奈ちゃん向こうに…」

松井玲「はい!」

板野と玲奈が離れたのを確認すると、前田は菊地のヴォイドを構えた。
投げる。
ヴォイドは凄まじい勢いで飛び、次の瞬間には前田の手の中に戻ってきた。

――やっぱりすごい…あやりんのヴォイド。

前田は手にしたヴォイドをまじまじと眺める。
すでに肉眼で確認できるところまで迫って来ていたロボット。
その中の1体はヴォイドに右腕を切り飛ばされ、バランスを失いふらついていた。
残るは3体。
前田は再びヴォイドを構える。
その時、高橋が何かに気がついた。

高橋「あいつら…銃を持ってない…。戦闘用じゃなくて捕獲用ロボットだ」

篠田「ラッキーじゃん。適当にダメージ与えておいたら、巣に戻るところを見られるかも」

いける。
勝てる。
誰もがそう思った。
しかし突然、すみれがガタガタと震え出す。

鈴木ま「すみれ…?」

まりやが駆け寄る。
すみれの目は見開き、恐怖の色を湛えていた。

佐藤す「おかしいよ…あのロボット達、止まってるよ?これ以上近づいて来ないよ?なんか…変だよ」
148 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:52:46.60 ID:Gq9yVzS50
鈴木ま「すみれ落ち着いて。あれは捕獲用。攻撃は仕掛けてこないって」

佐藤す「だったらなんですぐこっちに来ないの?捕獲用ならあたし達を捕まえに向かってくるはずなのに…」

高橋「まさか…」

前田「え?」

佐藤す「あのロボット達、こっちの様子を窺ってるみたい。まるで…」

すみれが言葉を切るのを待たずに、辺りを閃光が包んだ。
爆音。
爆風。
前田が目を開けた時には、周りにいたはずのメンバーの姿が消えていた。

――手榴弾…!油断してた…。

前田「たかみな?みんなー!無事なの?どこにいるの?」

地面から立ち上る煙で、視界は完全に覆われた。
メンバーを探すことが出来ない。
前田はおろおろと辺りを這いつくばり、メンバーの名前を繰り返した。
手探りで辺りを探るも、メンバーらしき人はいない。
そうこうしている間にも、ロボット達の気配が近づいて来る。
全身から汗が吹き出した。
焦りからか、菊地のヴォイドを戻してしまう。

――どうしよう…ヴォイドがなかったらあたし…。

無力だ。
戦えるわけない。
前田の心を絶望が襲った。
ロボットの足音。
近づいて来る恐怖。
耳を澄ます。

――聞こえる…!これは…麻里子の声!

篠田の呻き声が前田の耳に届く。
149 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 17:53:33.18 ID:Gq9yVzS50
前田「麻里子どこ?無事なの?」

前田が声を掛けると、篠田が今にも消え入りそうな声で返事をした。
それを頼りに、なんとか篠田の吹き飛ばされた方向を把握する。

――玲奈ちゃんを呼んで麻里子を治療してもらわないと…でもその前にロボットをなんとかして…あぁそれより玲奈ちゃんやともちんは無事なのかな…。

手榴弾の威力は板野達が隠れている場所まで及んだのだろうか。
前田の頭に不安がよぎる。
しかしすぐ近くまで迫って来たロボットの足音に、その思考は中断する。

――誰か…誰かのヴォイドを使って早く撃退しないと…。

いくらか視界は晴れてきたが、やはりメンバーの姿は確認出来ない。
と、煙の中から人影が飛び出して来た。

前田「嘘…平気なの?」

現れたのは――川栄だ。
150名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:04:13.73 ID:BOHk36MH0
支援
151 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:16:03.78 ID:+Lzy0J9yO
川栄「平気です。わたしはちょっと離れたところで待機してたんで」

川栄は泥と埃に汚れた顔で、そう説明した。

前田「みんなは?」

川栄「わかりません。ロボットは?」

前田「向かって来る。早くたかみなかれいにゃん…誰かのヴォイドを準備しないと」

川栄「みなさん吹き飛ばされたみたいです…」

前田「どうしよう…」

前田は血の気の失せた顔で川栄を見た。
川栄は力をこめて言う。

川栄「前田さん、わたしを…わたしを使ってください!」

――言えた。ついに言えた。

その瞬間、川栄の心は完全に迷いを捨てた。
言ってしまえば後はもう、ヴォイドを取り出されることへの抵抗などなくなっていることに気付く。

川栄「お願いします!」

頭を下げる川栄。
一方前田にしても迷っている暇はない。
川栄の目を見つめて頷くと、即座にヴォイドを引き出した。

――これは…弾丸か何か…?それにしては妙に軽いけど…。

戸惑う前田。
迫るロボット。

前田「キャッ…!」
152 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:18:03.67 ID:+Lzy0J9yO
前田は咄嗟に、川栄のヴォイドを投げつけた。
弾丸は当たった。
しかしロボットはびくともしない。

――駄目だ、この子のヴォイドは戦闘タイプじゃないんだ…。

川栄のヴォイドが通用しないとなると、もはや残る手立てはない。
絶体絶命だった。
硬直する前田。
迫るロボット。

――やられる…!

前田は反射的に目を閉じた。

前田「……?」

しかしいつまで経ってもロボットが襲って来る様子はない。

――え…?

おそるおそる瞼を上げた。
途端に飛び込んでくるロボットの背中。

前田「嘘…やだ…やだよ…」

なぜか前田から離れていくロボット。
標的を変えたのだ。
ロボットが次に目をつけたのは――。

前田「麻里子逃げてぇぇぇ…!!」

前田が叫ぶ。
153 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:20:13.06 ID:+Lzy0J9yO
――麻里子を助けなきゃ…。

しかし誰のヴォイドも所持していない前田は、ロボットを前にして圧倒的に無力だった。

――どうして…どうして麻里子なの?あたしじゃなくて…。もしも麻里子がいなくなったら…そんなの…そんな世界なんて…。

前田「嫌だ!!」

前田の怒りが極限に達した。
自分は何に対して怒っているのだろう。
篠田を狙うロボット?
世界をこんなにしたレジスタンス?
違う――。
仲間の危機に何も出来ない無力な自分。
弱くて情けない自分。
前田は自分自身が許せなかった。

――このままでいいの…?

自分に問いかける。
既に答えは出ていた。

前田「……」

走る。
目指す場所はわからない。
背後で篠田の悲鳴が聞こえた。
一瞬、足がすくむ。
しかし前田はそれを振り切るようにして足を速めた。
まだ地面に残る煙の先、見えてきたのは――。

前田「やっぱり…」
154 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:22:11.92 ID:+Lzy0J9yO
煙を抜けたところでは、板野と玲奈が負傷したメンバーを避難させているところだった。

藤江「あっちゃん…」

藤江が気がついて、片足を引きずりながら歩み寄って来る。

前田「れいにゃんその足…」

藤江「あ、ううん大丈夫」

前田「他の子達は?」

藤江「みんな気を失ってる。それより今の悲鳴…」

前田「麻里子が大変なの!れいにゃん、怪我してるとこ悪いけど、ヴォイド…借りるね…」

前田は藤江の返事を聞かずに左手を伸ばした。
すぐさま駆け出す。

――急がなきゃ急がなきゃ…。

気持ちばかりが焦る。
足がもつれて、何度も転びそうになる。
篠田のいる場所が、遥か遠くに感じた。

板野「あっちゃん…」

板野は去っていく前田の背中を見つめながら、小さく呟いた。
その傍らでは、玲奈が必死に負傷者へ声を掛けている。

松井玲「板野さんこっち、傷口押さえてあげててください!」

板野「あ、ごめんね」

玲奈に言われ、板野は慌ててすみれの右腕を止血しにかかった。

藤江「わたしも手伝います」

藤江も負傷者の救護に加わる。

板野「え?」

松井玲「なんで…」

板野と玲奈は、信じられないものを見る目付きで、藤江を見た。

藤江「え?どうかしたんですか?」

藤江が尋ねる。

板野「なんで…なんでれいにゃん、ヴォイド取り出されてるのに意識があるの?」
155 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:24:03.95 ID:+Lzy0J9yO
一方前田は篠田の元へたどり着き、藤江のヴォイドを構えたところだった。
篠田は今、ロボットに捕まりぐったりとしている。

前田「麻里子…ごめんね」

弓を引く。
狙いを定める。
放つ。

篠田「……うっ…」

矢に射抜かれたロボットはその場に崩れ落ち、篠田は地面に投げ出された。

前田「麻里子!」

篠田に駆け寄る。
が、その瞬間、何かが上から覆い被さって来た。

前田「何これ…網?」

前田は蜘蛛の巣にかかったように、滅茶苦茶にもがいた。
後悔が襲う。

――油断した、ロボットはまだ2体残ってたんだった…。

どこに潜んでいたのか、突如前田の前に姿を現したロボットは、腕から網を発射し、前田を捕獲した。

前田「くっ…」

前田は網にかかったままなんとか体勢を整え、ヴォイドを構える。
しかし網が邪魔をしてうまく狙いを定めることが出来ない。

――やだやだやだやだ…ここで…こんなところで終わるわけにいかないのに…。

必死に抵抗する。
動けば動くたび、網は体にまとわりついてきた。
そのまま網ごと引きずられる前田。

――みんな…ごめんね…。

静かにヴォイドを下ろす。
悔し涙が頬をつたった。

――最後に玲奈ちゃんのヴォイドで、みんなの体を治してあげたかったな…。

もっとこうすれば良かった、ああすれば助かったかもしれない。
頭に浮かぶのは後悔ばかり。

――最後にもう一度、たかみなと話したかったよ…。

前田がそう考えた時だった。
156 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:25:52.36 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あっちゃーん!!」

前田「嘘!たかみな?」

最初は幻聴かと思った。
高橋は今、板野と玲奈に救出され、気を失っているはずだ。
しかし目を見開いた前田の前に現れたのは、確かに高橋だった。
額から血を流し、長い髪は熱で焼かれてチリチリになっている。

前田「たかみなこっち来ちゃ駄目だよ!たかみなまで捕まっちゃう!」

前田は声を張り上げた。
高橋はどんどん近づいてくる。
ロボットが高橋に対し、臨戦体制を取る気配がした。

前田「あたしはいいから、たかみな逃げて!」

高橋「駄目だよあっちゃん。あっちゃんは、奇跡を起こしたんだ。自分を信じて…あたしの…あたしのヴォイドを取り出して!」

高橋は叫びながら、前田の捕まる網に飛び付いた。
前田は咄嗟に網目から左手を伸ばす。
高橋に触れた。

高橋「……」

出現したヴォイドをキャッチすると、高橋は不適な笑みを浮かべてそれをロボットに向けた。

高橋「よくもあっちゃんや麻里子…みんなを…」

殺気立った空気が高橋を包む。

高橋「うわぁぁぁぁ…!!」

高橋は飛び上がり、槍型のヴォイドをロボットに突き刺した。
前田はそれを網の中から目撃した。
高橋は日頃のレッスンで鍛えた俊敏な動作で、2体のロボットを痛めつけていく。

高橋「新しい戦力を備えて来ても、あっちゃんの起こした奇跡には及ばなかったみたいだね」

やがて動かなくなったロボットを前に、高橋は肩で息をしながら言い捨てた。

前田「たかみなこれ…どういうこと?何が起きてるの…?」

前田が呆然とした表情で問いかける。
157 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:27:08.38 ID:+Lzy0J9yO
高橋「あぁごめんあっちゃん、今出してあげるね」

高橋が駆け寄ってくる。

前田「うん…」

高橋の手を借りて網から抜け出た前田は、訝しげにヴォイドを見つめた。

高橋「あ、これ?」

前田の視線に気付き、高橋が自分のヴォイドを軽く上げてみせる。

前田「どうしてヴォイドが取り出されているのにたかみなは気を失ってないの?それに、自分のヴォイドを自分で使えるなんて…なんで?今まではこんなことなかったのに」

高橋「わからないけど、なんとなく予想はつく。でも話は後でにしよう」

前田「え?」

高橋「早く玲奈ちゃんのヴォイドを取り出して。みんなを…手当てしなきゃ」
158 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:30:27.21 ID:+Lzy0J9yO
数時間後、体育館――。

峯岸「それってじゃあ…ヴォイドが進化したってこと?」

高橋の話を聞き終えた峯岸は、首をひねりながら尋ねた。
メンバーは全員体育館に集合しており、先ほどのロボット戦について説明を受けた直後である。

高橋「うん、正確にはヴォイドを取り出すあっちゃんの力が進化したってことだけど」

高橋はそう言って、ちらりと前田を見た。
前田は今、堂々とメンバーの前に立ち、高橋の言葉に頷いている。

高橋「以前のようにヴォイドを取り出されている人間が意識を失うことはない。それどころか、自分のヴォイドを持って戦うことができる」

峯岸「てことは…」

高橋「うん、そう」

仲川「わーい、じゃあこれからはあっちゃんがひとりで戦うことはないんだね。良かったね、あっちゃん」

前田「う、うん…」

高橋「そういうこと。これまではロボットに対してあっちゃんひとりの攻撃しかできなかった。でもこれからは同時に複数の攻撃を仕掛けることができる。それで、本題はここからなんだけど…みんな自分のヴォイドを持って、戦ってくれるよね…?」

高橋はメンバーを見渡すと、窺うようにそう切り出した。

高橋「みんなで力を合わせれば、今までより楽にロボットを倒せると思うんだよ」

北原「あのぉ…でもあたし、ロボットと戦えるようなヴォイドじゃないんですけど…。ていゆうかそもそもどんなことが出来るヴォイドなのかも不明のままだし…えっと、そういう場合はどうしたらいいんですか?」

北原がおずおずと挙手する。
その左隣では亜美が同意するように深く頷いていた。

河西「あたしも自分のヴォイドが何に使えるかわかんないし…、それにやっぱり取り出されるのはまだちょっと怖いな…」

河西が呟く。
しかし独特の声質は本人の思っている以上に体育館によく響き、メンバーの間に波紋を呼んだ。
159 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:32:36.72 ID:+Lzy0J9yO
佐藤す「あたしはロボットと戦うのが怖いな…今日の戦いで改めてそう思った」

玲奈に傷を治してもらったとはいえ、手榴弾への恐怖までは癒えない。
すれみは自身の肩を抱くようにして、小さく震えた。

峯岸「あたしのヴォイドも用途不明」

佐藤亜「亜美菜もだー」

小林「才加あのね、香菜のヴォイドは、」

秋元「気にしないで大丈夫。あたしのヴォイドだって用途がわかったところで戦闘には使えない」

島崎「あたしのヴォイド…鋏…」

島田「鋏?つ、使えるよ」

島崎「何に?」

島田「えーっと…紙切ったりとか?」

島崎「……」

市川「鋏ならまだいいですよ。わたすぃなんて…レモン汁…」

メンバーの動揺は際限なく広がっていく。

役に立たないヴォイドを持った者は肩身の狭い思いをし、未だ用途不明のヴォイドを持った者は不安とプレッシャーに挟まれ…。
役に立たないと判明してしまえば、戦闘に駆り出される可能性はなくなるので一先ずの安全を得る。
しかしその代償として役立たずの烙印を押され、隅に追いやられるのだった。
どちらに転んでも、結果は最悪だ。
そして既に戦闘向きのヴォイドと判断されている者は、今後の戦いに恐怖と迷いを感じていた。
160 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:34:29.28 ID:+Lzy0J9yO
高橋「みんな聞いて!」

高橋が声を張り上げる。

高橋「もちろんさっき言ったことは強制じゃないよ。戦えるヴォイドを持ってる子でも、嫌なら無理に戦わせることはない。だけどもう一度、考えてみてくれないかな?あっちゃんはこれまでひとりで戦ってきた。その負担を、少しでも軽くしてあげたいんだよ」

すると話を聞いていたのかいないのか、小嶋が突拍子もないことを言い出した。

小嶋「ねぇー?今誰がどんなヴォイドを持ってるかわかんないから、チーム分けしてくれない?」

高橋「は?にゃんにゃん何言ってんの?今はそんな話じゃなくて、みんなの意思を確認したいというか…」

高橋が慌てて小嶋に答える。
それを大島が遮った。

大島「にゃんにゃんの案、あたしはいいと思う。あたしも同じこと考えてた」

高橋「ちょっ、優子まで…」

チーム分け。
高橋も考えていなかったわけではない。
今後レジスタンスとの戦いはさらに激化することだろう。
現に今日、見たではないか。
手榴弾という新しい戦力。
相手もまた、進化してきている。
捕獲用ロボットまで武器を所持しはじめた今、被害者が出るのも時間の問題。
一刻も早く戦闘の体制を整えなければならない。
そのためにはまずメンバーそれぞれの役割を明確にさせておくべきだ。

――だけど…。

チーム分けとは呼び名の問題であって、ようはヴォイドによるランク付け。
戦闘向きのヴォイドを持つメンバーはいいが、そうでない者は暗に役立たずと言われているようなもの。
レジスタンスとの戦い。
不便な避難生活。
未だ行方のわからないメンバーもいる。
そんな状況下でみんなの心は疲労し、バラバラになりかけている。
そこでもしランク付けなどしたら…いさかいの種を撒くだけではないか。
メンバーを信じていないわけじゃない。
確かに性格の違いでぶつかることもあったにはあったが、1人1人を見ればみんないい子達だ。
だからこそ、ランク付けでメンバーの仲を壊したくない。

――それに、追い詰められた人間は、何をしでかすかわからない――。

高橋「そ、そんなわざわざチーム分けしなくたって大丈夫だよ。これまでどおり戦えば、」

大島「違うのたかみな!」

高橋「?」

大島はそこで思い詰めた表情になり、一度口を閉じた。
それから慎重に話しはじめる。
161名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:39:46.96 ID:scYLhJoyO
支援
162 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:42:43.26 ID:Gq9yVzS50
大島「心配なの。あっちゃん達がロボット狩りに出ている間、この中学校は隙だらけになる。もしレジスタンスにここが見つかって攻めこまれたりしたら、残っているメンバーはどうやって戦うの?」

高橋「……」

大島「ロボットを倒すのも、レジスタンスの本拠地を突き止めるのも、すごく大事なことだと思うよ。でもね、あたし達はそれ以外にも、まずここで生活しなきゃいけない」

大島「この戦いが終わるまで全員無事にここで生活していかなきゃいけないんだよ。誰か1人でも欠けるのは嫌。たかみなも…みんなも同じ気持ちだよね?」

高橋「うん…」

前田「あと…まだ見つかっていないメンバーも探さないと」

大島「うん、そう。だからあたし達がやるべきことは戦うだけじゃない。まず戦闘に赴く者、生活を整える者、ここが攻めこまれた時に備えて対策を練る者、そして、行方のわからないメンバーを探す者。仕事はたくさんあるんだよ」

大島「その割り振りをするためには、現時点でのみんなのヴォイドの状態を確認しておく必要がある。もちろん急ぎはしないよ。みんな色々と思うところがあるだろうし」

大島「でも、こういう考え方もあるってことを、知っておいてほしいんだ。そしてもう一度、考えてみてほしい。にゃんにゃんもきっとそう思ってチーム分けなんて言い出したんだよね?」

大島は小嶋に問いかけた。

小嶋「え?あ、そうそうー」

篠田「陽菜、今絶対優子の話聞いてなかったでしょ?」

小嶋「えー?聞いてたよー」

大島は2人のやりとりを聞いて、大げさに肩をすくめてみせた。

大島「ま、いいや。ごめんねたかみな、出しゃばって」

大島は今度、高橋を見た。
163 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:43:17.94 ID:Gq9yVzS50
高橋「え?あぁいいよいいよ。みんなも優子みたいに言いたいことがあったら溜めこまずにどんどんあたしに言ってね。遠慮しないで」

高橋はそう言って、とりあえず場をお開きにした。
その場で考え込む者。
近くのメンバーと意見を交換し合う者。
そっと体育館を出て行く者。
そして何人かのメンバーが高橋のもとへ寄ってきて、ぽつぽつと心情を吐露しはじめる。
高橋はそれを神妙な面持ちで受け止めていた。

――駄目だ、今日はたかみなと話せそうにないな…。

その様子を見て、前田は密かにため息を洩らした。
じゃれついてきた仲川とともに、体育館を後にする。
すると、出入り口のところで川栄と出くわした。

川栄「あ、あ、あのっ、お疲れ様でした」

がばりと頭を下げる川栄。

前田「あ、お疲れさまー」

前田も挨拶を返すと、仲川と並んで川栄の前を横切る。
前田は気付いていない。
川栄の頬に残る涙の痕に…。
164 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:44:00.37 ID:Gq9yVzS50
――あたしがあの時、あんなこと言い出さなければ…。

川栄は今、激しく後悔していた。
あの戦闘の場で、自分のヴォイドが役立たなかったばっかりに、篠田を怪我させてしまった。
篠田を救えなかった。

――わかってたことじゃない…。所詮あたしのヴォイドなんて、たいしたことないって…。

それでも、メンバーの一員として認めてもらいたかったのだ。
一緒に戦い、メンバーを助け、同じ気持ちを共有したかった。

――でも、それはあたしの自己満でしかないのかな。やっぱり、先輩達の絆には入り込めないんだ。だからあたしのヴォイドは…こんなに弱いんだ。きっと神様はあたしに、分不相応なことはするなって言ってるんだな。

あれから川栄は何度も篠田や前田に謝った。
玲奈により処置された篠田は、そんな川栄に辛く当たるどころか、優しく励ますような言葉をかけた。
それが一番辛かった。
逃げ出したかった。
優しくされるより、ののしられたほうがまだいい。
そんなに優しくされたら――涙が堪えられないではないか。
高橋や大島の話を聞き終え、トイレでこっそり泣いてきた川栄は、あることを心に決めた。

――もう上を目指すのはやめよう。あたしみたいな人間は、下でくすぶっているのがお似合いなんだ…。
165 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:44:54.12 ID:Gq9yVzS50
数日後、職員室――。

秋元「本当に動くの?」

秋元は訝しげに小林を見た。

小林「うん、見てて」

小林は自分のヴォイドを手に、一度大きく深呼吸した。

秋元「聴診器?」

小林「うん、香菜のヴォイドだよ」

小林は聴診器を装着すると、それをパソコンに向けた。
静かに目を閉じる。
それから数分間、小林はそのままの姿勢でパソコンと向き合った。

秋元「ちょっと香菜、何してんの?」

さすがに心配になった秋元が、小林の肩をつつく。
すると小林はすっと聴診器を外し、秋元に顔を向ける。
大きな目を輝かせ、にっと笑ってみせた。

小林「これで話はついたよ」

秋元「はぁ?何言ってんの…」

小林「見て、ほら起動した」

小林がモニターを指差す。
秋元はそれを見て、息を呑んだ。

秋元「どうして…」

電気は通っていないはずである。
それなのに今モニターは秋元の前で光を放ち、薄暗い職員室を静かに照らしている。

秋元「どうやったの?これ」
166 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:45:49.22 ID:Gq9yVzS50
小林「ヴォイドを使って直接パソコンと話したんだよ」

秋元「そんなことできるの?電気通ってないのに」

小林「うん、香菜そういうのよくわかんないんだけど、きちんと話してお願いすれば動いてくれるよ?」

秋元「すごい…すごいよ香菜」

秋元が目を丸くする。
しかし小林は至って冷静である。
まだ自分のヴォイドの凄さに気づいていないのか。

秋元「香菜のヴォイドを使えば学校中の電化製品が使えるようになる。これで少しは生活がましになるよ」

小林「うん、そうだね。これから学校中回って電化製品にお願いしてみるよ」

秋元「あ、このことみんなには言ったの?」

小林「あっちゃん達は知ってるけど…なんで?」

秋元「え?」

小林「先に調理室のほう行ったからまだ全員には話してないや」

秋元はまじまじと小林の顔を見つめた。
小林に自身のヴォイドを誇示しようとする気はない。
本当であればみんなを集めて今の力を披露したっていいくらいだ。
そうすれば小林はメンバーから賞賛されるだろう。
しかしそうしなかった。
まるでちょっとした手品を披露するような感覚で秋元だけを職員室に呼び出して――。

秋元「香菜…」
167 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:46:36.06 ID:Gq9yVzS50
こんな状況でも、小林は自分を見失わない。
変わらず真面目で純粋で…。
秋元は小林の態度に感動を覚えた。
未だ自身のヴォイドの持つ能力を理解出来ていないメンバーも多い。
そういうメンバーの中には、諦めて投げ出してしまっている者もいる。
その中で小林は、きっと人知れず努力していたのだろう。
根気よく何度もヴォイドを試し、さっきの力を発見した。

――香菜の純粋な心は、人間以外の物をも動かしてしまう力を秘めていたんだ…。

秋元は小林に対して、尊敬の眼差しを向けた。
小林は無邪気に笑いながら、ヴォイドを首にかける。

小林「見て見て―。こうすると香菜、病院の先生みたいじゃない?」

秋元「うん、そうだね…」

小林「じゃあ香菜はこれから電化製品と話しに行ってくる。才加、付き合ってくれてありがとね」

秋元「うん、いってらっしゃい」

小林はデスクの間を通り、職員室の出口へ向かった。
しかし途中で思い出したように立ち止まり、秋元を振り返る。

秋元「?」

小林「さっき調理室のレンジ使えるようにしたんだ。だから今日は久しぶりにあったかいごはんが食べられるよ!楽しみにしてて」

秋元「ほんと?うれしい!」

小林は秋元の喜ぶ様を満足気に見ると、軽い足取りで職員室を出ていった。
168 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:47:13.26 ID:Gq9yVzS50
秋元「……」

小林の姿がなくなると、秋元はポケットを探り、グローブを取り出した。
右手に嵌めてみる。
それが秋元のヴォイドだった。

秋元「レンジ…使えるようになったんだ…」

秋元はグローブを嵌めると、その手をじっと見下ろした。

秋元「あたしのヴォイド…料理の時に使えるかと思ったんだけど、駄目だったな…」

握った手をそっと開く。
そこに現れたのは小さな火。

秋元「こんなんじゃ全然みんなの役に立たないよね…」

薄暗い職員室に、秋元の呟きだけが響く。
彼女はその後長いこと、ひとり佇んでいた。
169 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:47:53.24 ID:Gq9yVzS50
その夜――。

高城「うわっ、玲奈ちゃん何してるの?」

なかなか寝付けずにいた高城は、気晴らしに散歩をしていた。
昼間は飛んでばかりいたので、自分の足で大地を歩くのが気持ちいい。
高城のヴォイドは羽根のため、上空からの偵察係としてロボット狩りのグループに加わっていたのである。
日頃から夜更かしは好きなほうだ。
ついつい調子にのって、校舎の裏手まで来てしまった。
いざとなれば飛んで逃げればいいとしても、さすがに一人歩きは危ない。
そろそろ戻ろうかと踵を返した時、視界の端に玲奈の姿が映った。

高城「玲奈ちゃんもお散歩?」

高城は尋ねながら、秋元が寝る前に点けておいたローソクの火を、玲奈に向けた。
仄かな明かりに照らされ、玲奈はバツの悪い表情を浮かべている。

高城「?」

松井玲「あ、あのね、散歩じゃなくて、わたし…ヴォイドを試していたの」

高城「え?でも玲奈ちゃんのヴォイドって傷を治す力でしょ?何を試してるの?」

高城はおっとりとした口調でそう言うと、これまたおっとりと首をかしげてみせた。
一方玲奈は何やら気まずそうに口ごもると、緊張したように何度もまばたきを繰り返す。
しかし高城はそんな玲奈の様子を見ても、気を利かせて立ち去るようなことはしない。
にこにこと笑いながら、玲奈を見つめていた。
ついに玲奈のほうが観念して、口を開く。
玲奈は自分のヴォイドの可能性について実験していたことを、高城に説明した。
170 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:49:13.00 ID:Gq9yVzS50
高城「玲奈ちゃんえらいねー。亜樹は飛ぶだけしか出来ないけど、玲奈ちゃんはきっとまだまだいろんなことが出来るようになるんだね!すごいね!」

高城は玲奈の説明を半分も理解していなかったが、素直な感想を述べると、持っていたローソクを玲奈に差し出した。

松井玲「え…?」

高城「あげる。暗いと大変でしょ?」

松井玲「う、うん…でもいいの?あきちゃさんは…」

高城「亜樹は飛んで帰るから大丈夫だよ」

松井玲「あ、じゃあ…ありがとう」

玲奈がローソクを受け取ると、高城は満足気に頷き、ふわりと宙に浮いた。
ヴォイドを羽ばたかせ、玲奈におやすみを言うと、颯爽と飛び去っていく。
その姿は雲の切れ間から射しこんだ月明かりに照らされ、輝いて見えた。
玲奈はしばらくの間、高城の飛んでいった方向をぼんやり眺めていたが、月が雲に隠れると、改めて気合いを入れ直した。

――わたしも頑張らないと…。

ヴォイドについての実験を再開した。
結果は玲奈の考えた通りであっているようだ。
そうして長いこと、玲奈は実験に集中していた。
それは時間の経過など気にならないほどの集中力であった。

――よし、出来た!

すべての作業が終わった時、まるで謀ったようにローソクの火が消えた。
171 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 18:49:51.23 ID:Gq9yVzS50
松井玲「あ…」

辺りを暗闇が包む。
高城と別れてからどのくらいの時間が経ったのか、玲奈にはまったく見当がつかなかった。
しかし空気の感じから、今が人間の活動時間をとうに超えていることだけはわかる。
実験の興奮がまだ収まらなかった――睡魔の気配すら忘れていた――が、ふと気づいてみると、真夜中にひとりで外にいるというこの状況が、とてつもなく危険で恐ろしいことを思い出した。
スッと血の気が引く。

――やだやだ、早く校舎に戻ろう。

玲奈は真っ暗な中を歩みはじめた。
そしてそのまま消息を絶つ。
メンバーがそのことに気づいたのは翌朝であった。
172名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:51:52.17 ID:ztwdvcuZ0
あれ?みんながヴォイドを使えるならあっちゃんは…?
支援
173名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:54:54.22 ID:4phgr1j+0
敦の存在意義が?
174名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:55:36.96 ID:J8aHhC0L0
あっちゃんがいなかったらヴォイド取り出せないだろ
175名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 18:57:33.28 ID:TcKLBt8OO
ヴォイドって出しっぱなしで平気なの?
もの凄く消耗しそうか気がするんだけど?
176名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 19:07:03.92 ID:uZ+cSULQ0
あっちゃんのヴォイドが凄いんじゃないか?
177名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 19:28:03.13 ID:X6/DK0sO0
今一気に読んだ
支援
178名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 19:28:30.32 ID:4OyEAWku0
ヴォイドがコップとかだったら手を放したらパリーンッだな
179名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 19:37:48.15 ID:vjVQwruA0
支援
180 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:49:10.06 ID:+Lzy0J9yO
翌朝――。

河西「たかみな、玲奈ちゃんがいないって…」

河西が目を覚ました時、すでに校舎内は半狂乱の状態であった。
自分では早起きをしたつもりだったが、実際はメンバー全員とうに起床していて、玲奈がいないことに気づき、捜索にあたっていたのである。
河西は自分がみんなより出遅れていたことに、目覚めて早々気づかされたのだった。

高橋「そうなんだよ。あきちゃが昨日の夜に学校裏で会ったのが最後」

河西「ひっ…!もしかして玲奈ちゃん…」

河西は口元に手で覆い、目を見開いた。
それから悪い想像を頭から追い出すように、激しく頭を振った。

高橋「だ、大丈夫だよ。みんなで探してるんだし、きっとそのうち見つかるよ」

高橋はそう言って河西を宥めたが、実際のところ心の中では河西と同じことを考えていた。

――玲奈ちゃんは、レジスタンスに連れ去られた…?

あの玲奈が勝手にどこかへ行くとは考えにくい。
考えられる可能性はレジスタンスに連れ去られたということ。

高橋「もう少し探して見つからなかったら、一度メンバーを体育館に集める。ともーみも早く捜索に合流して」

河西「うん、わかったよ。あたし行ってくる」

河西はすっかり眠気が覚めたようで、血の気の失せた顔のままふらふらと走り出した。
181 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:51:02.66 ID:+Lzy0J9yO
ひとりになった高橋は、宙を睨み、襲い来る恐怖と絶望をやり込めることに集中する。

――あたしが弱気になっちゃ駄目なんだ…。

高橋の責任感が、涙の気配を遮断する。
本当は誰よりも涙もろいはずなのに、高橋は戦いがはじまってからずっと、泣いてはいけないと自分に言い聞かせてきた。

――泣いていいのは、レジスタンスを制圧して、もとの生活が戻ってきた時だ。

高橋は怖かった。
しかしそれを誰かに打ち明けることは出来なかった。
自分が崩れれば、メンバーに動揺が走る。
余計な不安を与えてしまう。
そうなった場合、一番影響を受けるのは前田だろう。
今は申し訳ないけれど、前田の持つ力だけが頼りだ。
それは恐らく、前田にとってかなりのプレッシャーだろう。
本当に玲奈が連れ去られたのだとしたら、前田はきっと自分のせいだと思いこむはずだ。
そうなった場合高橋に出来ることといったら、前田を精神的にサポートして、これからもヴォイドを使いやすいように配慮してやることだけ。
前田がもしヴォイドを使うことに不安や矛盾を感じたのなら、その負の感情はすべて自分が受け止めよう。
高橋はそう決心していた。

――すべてはみんなのため。あっちゃんを利用するようで悪いけど、もとの平和な生活を取り戻すためには、レジスタンスを倒すしかないんだ…。

高橋は気づいていない。
ひとり涙をこらえ、不安に耐える彼女の姿を、前田がこっそり盗み見ていたことに――。
182 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:52:58.73 ID:Gq9yVzS50
数時間後――。

大島「えいっ…!」

大島の放った一撃が、最後のロボットを破壊する。

前田「優子…」

大島「ごめんあっちゃん、とどめは差さないって決めてたのに」

前田「ううん、いいよ。でも…ロボットからレジスタンスについての手掛かりが掴めれば、玲奈ちゃんを助けに行くことができるのに…」

大島「そうだね…」

大島は肩を落とした。
メンバーの必死の捜索にも玲奈の行方はわからず、そして横山、中塚、永尾の3名も爆発以来消息不明である。
おそらく全員レジスタンスに捕まったのだろう。
無事でいれば…何かひどいことをされていなければと祈るばかりだ。

前田「早くみんなを助けに行きたいのに…」

何か手掛かりが掴めればとロボット狩りに出てみたが、遭遇したのは戦闘用ロボットでかなり手強く、やむを得ず全滅させてしまった。
今は高橋達がロボットの機体を探っている。

高城「もう近くにはいないみたいですー」

と、上空から偵察していた高城が舞い戻って来た。
183 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:54:01.71 ID:Gq9yVzS50
前田「今日のところは引き上げるしかないのかな…」

前田が渋い顔で決断する。
すでに辺りは薄暗い。

板野「うん、あたしもちょっと見えずらくなってきた」

板野は自身のヴォイド――望遠鏡――を握り直すと、悔しげに唇を噛みしめた。

仁藤「駄目。手掛かりになりそうなものは見つからなかったよ」

高橋らと一緒になって機体を調べていた仁藤が、浮かない顔つきで戻ってきた。

高城「そっかー、駄目だったんだ」

仁藤「うん、やっぱり明日、あきちゃが行くしか…」

高城「え?」

仁藤の言葉に、高城は目を見開いた。

高城「そんな…亜樹にできるかな…」

仁藤「ううん、これが出来るのはあきちゃだけだもん」

仁藤は何かを強制するというより、信頼のこもった眼差しで高城を見つめた。
しかし大島は、そんな仁藤を物凄い剣幕で叱り飛ばす。

大島「駄目だよ!萌乃何言ってんの?それは危険すぎるってさっきたかみなも言ってたじゃん!」

仁藤「え…でも」

仁藤は思わず縮み上がった。

大島「あきちゃをひとりで行かせて、何かあってからじゃ遅いんだよ?」

仁藤「ごめんなさい…でもみんなが心配で…」

仁藤は素直に謝った。
すると大島は自分も言いすぎたと頭を下げる。
今は仲間割れしている時ではないと思い出したのだ。
184 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:54:43.34 ID:Gq9yVzS50
前田「何か、別の方法を考えなきゃね…」

玲奈が行方不明となり、レジスタンスの本拠地を突き止めることは最優先事項となった。
メンバーは話し合い、そこで出されたのは高城にロボットを尾行させてはどうかという案だった。
高城ならヴォイドを使って飛ぶことが出来る。
上空からロボットを見張り、アジトに戻るところを掴めれば、自ずとレジスタンスの居場所が判明する。
しかしこの案は、高橋らの反対により却下された。
高城がもし見つかり、攻撃されてしまったらと考えると、認めるわけにはいかなかったのだ。
捕まったメンバーを救出することも大事だが、高橋にはこれ以上中学校にいるメンバーを欠けさせたくない、守らなければならないという思いがあった。
とりあえず今は地道に戦い、手掛かりを掴んでいくしかない。

大島「それにしても…人数減ったね…」

大島は悲しげに眉をひそめると、辺りを見渡した。
今回ロボット狩りに参加しているメンバーは、前田や大島の他に高橋、板野、篠田、小嶋、柏木、渡辺、仁藤、高城、宮澤、仲川、梅田、増田、藤江、倉持、珠理奈の17人である。
他にも戦闘タイプのヴォイドを持つメンバーはいるのだが、玲奈が連れ去られたことが影響してか狩りにはついてこなかった。
仲間も大事だが、やはり自分の命が一番大事――。
その考えを責めることなど、誰にも出来ないのだった。
185 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:55:20.07 ID:Gq9yVzS50
高橋「よし、今日は戻るよー」

高橋が声をかけ、メンバーはぞろぞろと歩き出した。
しばらくすると板野が何かを見つけて足を止める。

前田「ともちん?」

板野「大変…」

板野の声が上擦る。

板野「これを見て」

板野が差し出したヴォイド。
受け取った前田は息を呑んだ。

前田「そんな…」

それからすぐにメンバーへ報告する。

前田「ロボットの大軍が中学校に向かってる。みんなが…みんなが危ない!」
186 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:56:09.19 ID:Gq9yVzS50
一方その頃、中学校では――。

田名部「お肉解凍できたよー。なかやんお願い」

仲谷「はーい」

仲谷がステッキ型のヴォイドをかざす。
田名部の持っている皿の上には解凍したばかりのかたまり肉がのっていた。
小林が片っ端から電化製品を使えるようにしたおかげで、今や缶詰やレトルトに頼らない食事作りが可能になっている。
調理室には玲奈連れ去りの不安から逃避するかのように、料理に熱中するメンバーが溢れていた。
みんな考えは同じだ。
何かをしていれば、気が紛れる。
食事作りは格好の逃避手段だった。

仲谷「うーん、たぶんこれでいいかな」

仲谷はヴォイドを下ろした。
田名部が確認する。

田名部「すごい…ほんとにお肉が軟らかくなってるよ」

仲谷「うん…」

仲谷のヴォイドは物を軟化させるという力を持っていた。
田名部は嬉しそうにかたまり肉をまな板へ運んでいく。
しかし仲谷は浮かない顔だ。
今のところ、彼女のヴォイドは安くて硬い肉を軟らかくしたり、硬いマットを寝心地よく整えるくらいにしか使い道がないのだった。
仲谷はそのことで自分を不甲斐なく感じている。
187 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:56:56.57 ID:Gq9yVzS50
――ヴォイドでも、あたしは非選抜か…。

落ち込む仲谷の傍では、河西が似たようなヴォイドを使ってコロッケを丸めていた。
河西のヴォイドは物を球体にする。
これもまた料理以外には使えないヴォイドだったが、本人は丸いおにぎりやドーナツを作るなどして楽しそうだ。
戦闘用のヴォイドを持ってしまったために狩りに同行させられるより、メンバーのために料理をしているほうがよほどいいと河西は割りきっていた。

――役立ずみたいに思われたって、ロボットと戦うよりはいいもん…。

河西は次々ときれいな球体のコロッケを作っていく。
この生活がはじまってからだいぶ時間が経ち、メンバーはそれぞれ自分のヴォイドが持つ能力に気づきはじめていた。

北原「これをこうして…ほらっ」

秋元「ちょっ、何やっての?中身飛び散ってるよ?わかってる?」

北原「あ、ごめんなさい…」

北原も自分のヴォイドの力を見せようと、珍しく張り切って料理に取り組んでいた。
缶詰を開けようとしたものの、まだうまく使いこなせないヴォイド。
結果、缶詰の中身は辺りに飛び散り、散々なことになってしまった。

大家「あぁいいよ。しーちゃんが拭くけん」

北原「ごめんねー、ありがとう」

大家が後片付けをかって出ると、北原は申し訳なさそうに下唇を噛んだ。
その間、秋元はぷりぷりと腹を立て続けている。
秋元は、ロボット狩りに参加出来ないことが不本意で仕方ないのだ。
なぜ自分のヴォイドはこんなにも無力なのか。
メンバーのために何かしたいという気持ちが強いぶん、何も出来ない現状が秋元を苛立たせる。
188 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:57:58.35 ID:Gq9yVzS50
大家「里英ちゃんのヴォイドって、もしかして缶詰開けられるの?」

大家は床を拭きながら、何気なく訊いた。
そうだとすれば、今まで開けることが出来なかった缶詰を食べられるようになるのだ。
食料は豊富にあるといっても、メンバーは大勢いる。
食べ盛りの子も多い。
いつかは尽きる食料に、大家は不安を感じていたのだ。

――もしそうなったら、レジスタンスと戦うどころかみんなここで飢え死に…。

それだけはどうしても避けたかった。
惨めに死んでいくのは御免だ。

北原「うーん、どうやらそうっぽいんだけど、なかなかうまく使いこなせなくて、今みたいに中身が飛び散っちゃうんだよね…」

大家「そうか…何でだろうね」

北原「缶詰を開けるっていうか…あたしのヴォイドは圧力を高めて無理やり缶を破裂させてるってぽくて…あー、難しい」

大家「焦らなんとゆっくり練習したらいいけん」

北原「うん。しーちゃんのヴォイドはいいな。ロボットと戦えるもんね」

大家「うちのは戦えるといっても、たかみなさんや優子ちゃんみたいにとどめを差せるほどの威力はないんよ。なんていうか…中途半端…うちはいっつもそうやけん」

大家はそう言って、自虐的に笑った。

北原「しーちゃん…」

北原が眉を下げる。
どんなヴォイドを持ったとしても、それぞれ悩みはあるようだ。
189 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:58:33.09 ID:Gq9yVzS50
佐藤亜「ねぇねぇやっぱりおかしいよー。食材の減りが早い」

互いに肩を落とした大家と北原の間に、亜美菜が割って入った。
唇を尖らせ、その瞳は不信感に満ちている。

北原「どうしてだろう?昨日食料庫から持ってきて補充したのに。レトルトのリゾットとかパスタソースとか」

佐藤亜「でもないよー」

大家「?何それ?おかしくない?」

佐藤亜「ちょっとみゃおー?」

亜美菜は即座に犯人の目星をつけ、宮崎を呼んだ。
奥でじゃがいもの皮を剥くのに悪戦苦闘していた宮崎が顔を上げる。
亜美菜に手招きされ、こちらにやって来た。

宮崎「え?何ー?どうしたの?」

佐藤亜「みゃお昨日盗み食いした?」

宮崎「え?してないよー。あたしダイエット中だもん」

北原「あ、そうだったね。じゃあ…誰…?」

佐藤亜「えー?もう誰なんだろう。貴重な食料なのにぃ…」

だが結局盗み食いをした犯人は名乗り出ることはなく、うやむやのまま話を終わった。

秋元「今度同じことがあったら徹底的に調べよう」

秋元が言う。
その時、凄まじい爆風が窓を叩いた。
メンバーは一斉に外を見る。
190 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 19:59:19.56 ID:Gq9yVzS50
秋元「嘘…」

校舎のすぐそこまで、ロボットの大軍が迫ってきていた。

河西「そんな…強いヴォイドを持ってる子達はみんな狩りに出ちゃってるのに」

河西が早くも泣き出す。
と、どこかに行っていたはずの峯岸が調理室に飛びこんできた。

峯岸「外見た!?どうしよう…」

秋元「あっちゃん達はまだ帰らないし…みんなで、戦うしかないね」

峯岸「そんな…あたし達だけでどうやって戦うの?強いヴォイドを持ってる子はほとんど狩りに出ちゃってるし」

峯岸の顔が青ざめる。
秋元は悔しげに拳を握った。
その手は微かに震えているが、ロボット襲撃の危機に騒ぐメンバー達に気づかれることはない。

秋元「誰か…誰か戦える人はいる?」

竹内「はるぅが戦えるけど、今は放送室に行ってて…」

秋元「すぐ呼んで来て!」

竹内「は、はいっ…!」

峯岸「才加…」

秋元「え?」

峯岸「すごい勢いでこっちに来る。あんなにたくさん…倒せるわけないよ」

秋元「だったらどうする?おとなしく降伏するの?あたしは嫌だよ」

峯岸「でも…」

中田「あ、なっつみぃ…?!」

中田が慌てる。
松原がメンバーの間から飛び出した。
窓を開け、身を乗り出す。
191名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 20:00:02.27 ID:OXKFe4JHO
支援
192 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:00:18.83 ID:Gq9yVzS50
峯岸「え…?」

と、次の瞬間には数体のロボットがひざまずくようにして倒れた。

松原「あたしがここで出来るだけロボットを食い止める!戦える人は下へ。そうじゃない人は避難!何がなんでもあいつらをここへ侵入させるわけにはいかないんだよ!みんなが…あっちゃん達が帰って来る。帰る場所はここなんだ。それをあいつらなんかに壊させちゃいけない!」

秋元「なっつみぃ…」

松原は続けざまにヴォイド――手裏剣――を投げた。

そのたび、確実にロボットが倒れていく。
しかし相手は大軍だ。
どこまで食い止められるか――。

松原「くっ…」

秋元「……」

秋元は戦う松原をぎりぎりまで見守っていたが、諦めて避難することにした。
と、そこで菊地の姿を見つける。
193 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:00:51.75 ID:Gq9yVzS50
秋元「避難するの?」

菊地「あ、はいー」

秋元「菊地のヴォイドはブーメランみたいなものだって聞いたけど」

菊地「そうそう」

秋元「だったら菊地はなっつみぃの援護しなよ。遠距離で戦えるんだから」

菊地「あ、はーい」

菊地は秋元に背中を押され、窓に近づいた。
ヴォイドを投げる。
しかしこれだけであの大軍を制圧できるとは考えにくかった。

松原「あ、下に晴香ちゃん達が出て来た!晴加ちゃーん、こっちはこっちでなるべく数減らせるように頑張るから、絶対に中学校の門は突破させないでねー」

松原が下に向かって声をかける。
すぐに島田の大声が返ってきた。

島田「任せてー!」

島田の傍には山内。
遅れて駆け寄る大家、中田、田名部、宮崎、石田、紫帆里、夏希、すみれ、鈴木まりやの9人。
全員がほぼ同時にヴォイドを構えると、校舎を守るように整列した。
194 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:01:36.34 ID:Gq9yVzS50
島田「来た…」

島田がぎゅっと前方を睨む。
松原達はだいぶ頑張ってくれたが、まだまだロボットの数は多い。
そしてほとんどのロボットが手にレーザー銃を所持している。

――いけるか…でも、やるしかない!!

島田「うわぁぁぁぁ!!」

先に攻撃をしかけたのは島田だった。
島田のヴォイド――マシンガン――が次々とロボットを倒していく。

山内「はるぅすごい…でもあたしだって…負けないんだから」

山内の負けず嫌い精神に火がついた。
以前の戦いの際は島田に先越され、くやしい思いをしたのだ。
今回こそは活躍してみせる。
山内はそう決心していた。

山内「……!!」

ヴォイドを片手に、山内は走り出した。
そのまま大軍を回りこむようにしてサイドにつける。
そうして片っ端からロボットを破壊しにかかる。

山内「ゴルフクラブなめなぁぁぁぁ」

山内は叫びながら、ヴォイド――ゴルフクラブ――を振りかざした。
しかしここでおとなしくやられるロボットではない。
すぐに山内はロボットに囲まれた。
そして向けられるレーザー銃。
195 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:02:15.86 ID:Gq9yVzS50
山内「ひっ…」

忘れていた恐怖が一気に山内を襲う。
それを打ち消すかのように、滅茶苦茶にクラブを振り回した。
相手が怯む様子はない。
感情のないロボット達は、じりじりと山内に迫ってくる。

――やられる…!!

山内の力が抜ける。
と、その時、目の前を高速で何かが横切った。
それは山内に向けられたレーザーを包み込むと、今度はふわふわと漂いはじめる。

――しゃぼん玉…?

山内はロボットに包囲されていることも忘れ、呆然と辺りを見回した。
その間に飛び出してきた石田がヴォイド――鞭――で、山内を包囲していたロボットを次々となぎ倒していく。

山内「はるきゃんさん!」

石田「ったく、無茶すぎるんだよあんた」

石田は戦いながら、ちらりと山内を睨んだ。
山内は石田のその表情から、優しさを感じ取る。

山内「ありがとうございます」

石田「お礼ならみゃおに。ほら、あんたもさっさと戦ってよ」

山内「え…?」

山内が振り返ると、そこでは宮崎がこの状況下において神経を疑うような行動を取っていた。
196 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:02:48.60 ID:Gq9yVzS50
宮崎「ふぅ…」

宮崎はなんとロボットを前にして、しゃぼん玉で遊んでいる。
呆気にとられる山内。
が、すぐに思い至った。

宮崎「えー?もうロボット多すぎ。間に合わないよ」

宮崎は文句を垂れながらも、しゃぼん玉を作り続ける。
それは次々とレーザー銃の攻撃を包みこみ、戦う石田を守っていた。

山内「みゃおさんのヴォイド…そういうことだったんですね」

山内は納得すると宮崎に礼を言い、石田の援護に回った。
一方大軍を正面から受け止めるのは中田と大家、夏希、紫帆里の4人。
中田はヴォイド――ボウガン――を確実に決めていく。
それを援護する形で大家と夏希、紫帆里が戦っていた。
さらにその3人の後ろには、前方での攻撃をかいくぐって責めてきたロボットを倒すための砦として、田名部、すみれ、まりやが控える。
後列のロボットは松原達が相変わらず攻撃し続けていた。

――これならあっちゃん達が戻って来るまで持ちこたえられるかも…。

減少したロボットを見て、中田は密かに勝利を確信している。
それも束の間、背後で絶望的な悲鳴を聞いた。
197 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:03:36.12 ID:Gq9yVzS50
田名部「キャーーー!!」

中田「たなみん?!」

一体何が起こったのか。
しかしロボットと対峙している今、後ろを振り返ることが出来ない。
中田の背すじがすっと冷たくなり、全身に鳥肌が立った。
大家と夏希、紫帆里も同じように硬直した表情をを張り付かせ、しかし攻撃の手を休めることができない状況に苛立っていた。

大家「何があったの?」

鈴木紫「大丈夫?」

すみれ「ひぃっ…」

鈴木ま「たなみん逃げてぇぇぇぇ!」

中田は急いで大家に目で合図する。
大家は頷くと、すっと身を引いて後ろに駆けていった。
大家が抜けた穴を夏希と紫帆里がカバーする。

大家「たなみん…」

そこで大家が目にしたものは、自身のヴォイド――鉄扇――を弾き飛ばされ、レーザー銃を前に無防備となった田名部の姿だった。

すみれ「やめてよ…やめて…」

すみれは泣きじゃくりながら、しかし田名部を助けに行く余裕はなく、戦い続けている。
まりやも同じく、なかなか田名部のもとへ駆け寄る隙が出来ない。
田名部は腰を抜かして、自分に向けられたレーザー銃を凝視していた。

大家「たなみんよけて!」

大家はヴォイドを振り上げる。
その瞬間、田名部の前に立ちはだかっていたロボットが音を立てて崩れ落ちた。
198 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:04:14.74 ID:Gq9yVzS50
大家「え…?」

ロボットが倒れた先に見えたのは、高橋のヴォイドを持った前田の姿。

前田「ごめんね、遅くなっちゃった」

前田が鼻に皺を寄せて笑う。
田名部に続き、今度は大家が腰を抜かした。

大家「あっちゃん…みんな…」

前田の背後には狩りに出ていたメンバーが勢ぞろいしていた。
板野は気がついて、田名部を助け起こしてやる。
宮澤が田名部のヴォイドを拾い上げ、手渡した。

宮澤「大丈夫?」

田名部「ありがとう…」

大島「さーて、いっちょやっちゃいますかー?」

大島はにやりと笑うと、俊敏な動作でロボットの間に割って入っていった。
それに続いて、メンバーも前田の背後から飛び出していく。
最後に高橋が前田からヴォイドを受け取り、ロボットに向かっていった。
前田はメンバー達が戦う様子をぐるりと見渡していたが、ふっとため息をつくと、大家に歩み寄ってくる。
199 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:05:02.34 ID:Gq9yVzS50
前田「しーちゃん、みんなで学校を守ってくれてたんだね。ありがとう」

大家「ううん、うちは何もしてないけん。なっつみぃがみんなを先導して、それを見たからうちも頑張らなきゃって思えたんよ。でも全然駄目。あっちゃんが来なかったら、うちがたなみんを助けてあげられてたかどうか…」

前田「しーちゃんは凄いよ。大丈夫」

前田はにっと歯を見せると、大家に手を伸ばした。
その笑顔は少し悲しげに見える。
大家はとまどいながら、前田の手を握った。
立ち上がる。

前田「大丈夫そう?」

大家「うん。ありがとう。うち…行ってくるわ」

大家はヴォイドを握り直すと、再び大軍に向かっていった。
残された前田は、もう出来ることがない。
今や自分自身でヴォイドを使うことが出来るようになったメンバー達。
前田はまたしても、言いようのない疎外感を味わっていた。
200 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:05:52.78 ID:Gq9yVzS50
数時間後――。

前田「ふぅ…」

前田はひとり屋上でため息をついていた。
フェンスにもたれかかると、そのままずるずる腰を下ろす。
月明かりが前田の横顔を照らしていた。
その表情は疲れ、思い詰めている。
メンバーの前では決して見せられない顔だ。

――今朝、たかみなひとりで震えてた…。みんなの前では平気なふりしてるけど、たかみなだって怖いんだ…。

前田は高橋の弱気な姿にショックを受けていた。
そしてその高橋を追い詰めているのは、きっと自分なのだ。

――この力…ヴォイドを取り出す力がなかったら、戦わずに済んだのかな…。あたしがこんな力持ったばっかりに…。

前田はじっと左手を見つめた。
レジスタンスとの戦いを決めたのは高橋だ。
前田の力に未来を託したのだ。
しかし高橋は今、自分の決断に迷いを感じている。
玲奈が連れ去られ、次は自分が…と不安に思うメンバー達。
すべては自分がレジスタンスとの戦いを決めたせいだと、ひとり責任を背負いこんで…。
201 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:06:30.34 ID:Gq9yVzS50
――このままだと…たかみながおかしくなっちゃうよ…。

前田は高橋が心配でたまらなかった。
今も高橋は体育館でメンバーの不安を一身に受け止め、相手が落ち着くまで話を聞いている。

――あたしさえこんな力を持たなければ、たかみなはきっと今とは違う決断をしてた。そうしたらあんなに責任を感じてひとり震えることなんてしなくてすんだ。全部、あたしのせいなんだ…。あたしがたかみなを苦しめてる。

前田はぎゅっと拳を握ると、力任せに床を殴った。
瞬間、痛みに飛びのき、左手をさする。
涙が滲んだ。
嗚咽が洩れそうで、唇を噛み必死に耐えた。
前田はそのまま呆然と宙を睨み続ける。
どのくらいの時間が経っただろうか――。

大島「あっちゃん、ここにいたんだ?」

大島がひょっこりと顔を出した。
手にはローソクを持っている。

前田「優子…」

前田は火に照らされた大島の顔を見つめた。
大島は優しい眼差しで見返してくる。
そうして無言のまま前田の横に腰を下ろした。
ローソクを床に置くと、膝を抱え、肌寒いねぇと言ったきり、また黙ってしまう。

――寒くなんかないよ。

大島の体から発せられる熱を、前田はほんのり感じていた。
しかしそれ以上に、隣にいる大島からは何か大きくて温かいものが伝わってくる気がした。
大島は何も言わない。
前田はなぜか安心して、めそめそと泣き出した。
それから長いこと前田の涙は止まらなかった。
202名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 20:22:30.94 ID:qKe8Ni8l0
最初は?と思って読んでたが面白くなってきた
最後まで頑張ってくれ
203 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:25:25.59 ID:+Lzy0J9yO
前田「ありがとう…優子…」

やがて前田が掠れた声で言うと、大島は小さく微笑んだ。
それから2人はぽつぽつと言葉を交わし始める。

前田「今日は大変だったね」

大島「うん、でも中まで攻めこまれなくて良かったよ。ロボットは全部制圧したし」

前田「すごい数だった」

大島「うん」

前田「優子は…怖かった?戦ってる時」

前田の問いかけに、大島は少しの間黙りこんだ。
言葉を探すように唸ると、ゆっくりと口を開く。

大島「怖かった…のかな?玲奈ちゃんもいないし」

前田「致命傷を負えば助からない」

大島「うん、戦いながらそういうことがちらちらよぎったよ。失敗したらそこで終わり。次はないって」

前田「……」

大島「でもね、そのたびあっちゃんの顔が浮かんだ。あたし達に特別な力を与えてくれた、あっちゃんの女王としての能力。それに恥じることがないようしっかり戦おうって思ったんだよ」
204名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 20:29:10.29 ID:MDzHePQ/0
がんばれ、いいぞ。
205 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:33:43.12 ID:+Lzy0J9yO
前田「あたしは…女王なんかじゃない。最初はいい気になってみんなのヴォイドを使って、だけど今はそのヴォイドを取り出すことしかしてない。後は遠くからみんなが戦ってる姿を見てるだけ」

前田「ヴォイドを手にしてなければ、あたしはただの役立たずなんだよ。高みの見物してるの。たかみなや…ヴォイドを取り出された子達はみんな戦いの恐怖と向き合って、悩んで…それなのにあたしは取り出すだけ取り出したら後は何もしない」

前田「無責任だと思わない?ずるいと思わない?こんなのが女王なんて呼ばれる資格ないよ。最低だよ…あたし…」

大島「それは違うと思う」

大島は毅然とした表情で前田の言葉を否定した。

前田「え…?」

前田が叱られた子供のような顔で大島を見る。

大島「あっちゃんがいなければ、そもそもあたし達は戦うことができない。戦うあっちゃんの姿を見て、あたし達もようやくレジスタンスと対決する決心がついた」

大島「やっぱりあっちゃんは正真正銘のセンターなんだよ。みんな…あっちゃんの背中を見てる。あっちゃんに追いつきたくて必死になってる」

大島「ロボットとの戦いは厳しい。玲奈ちゃんがいなくなった今、命の危機と隣合わせで戦ってる。それでも今日、みんなは戦おうとしてたでしょ?逃げないで、この校舎を…みんなの居場所を守ろうと戦ってくれた」

大島「それだってあっちゃんがいてくれたからなんだよ。みんなを守りたいというあっちゃんの気持ちが、メンバーを変えたんだよ」

前田「あたしが…?でも、」

前田が何か言おうとするのを、大島は手で制した。

大島「女王がそんなにうじうじしてたら、みんなの士気が下がっちゃうよ。大丈夫、あっちゃんは役立たずでもずるくもない。救世主なんだよ。この世界で、ただ一つ残された希望なんだよ」

前田「優子…」

大島「だから…あっちゃんならきっとこれからもみんなをまとめて、優しい女王になれる。あたしもたかみなもサポートするから、みんなで戦おう」

前田「う、うん」

大島「それでこの前の話なんだけど…」

前田「?」
206 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:35:38.50 ID:+Lzy0J9yO
大島「メンバーをヴォイドによってチーム分けするって話」

前田「え?でもあの話は、メンバーの間に不満がたまるだけだからって、たかみなが終わりにしたはずだよ?」

大島「うん、でもね、あたし考えたんだ。今のあっちゃんなら、みんな信じてついてきてくれると思うの。だってこれまでだってずっとそうだったじゃない」

大島「それに今日のことを考えたら、やっぱり校舎の警備や修繕、玲奈ちゃんの救出、行方不明のメンバーの捜索…やらなきゃいけないことがたくさんあるんだよね。だからもう、みんなのヴォイドの力をはっきりさせる必要があると思う」

前田「でも…」

大島「あっちゃんがメンバーを思って決断したことなら、時間はかかっても必ずみんなには伝わる。それともあっちゃんはメンバーのこと、信じてないの?」

前田「そ、そんなことないよ!みんな大切な仲間だよ」

大島「でしょ?無理にとは言わないけど、たかみなとも相談してちょっと考えてみてくれないかな?」

大島はそう言うと、重くなった空気を変えるかのように片目をつぶってみせた。

前田「わかったよ…」

しかし前田は今のことを高橋に相談する気はない。
これ以上、高橋に負担をかけるわけにはいかないのだ。
207 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:36:56.75 ID:+Lzy0J9yO
大島「さーってと、じゃあそろそろ下に戻ろうか?こんなとこいつまでもいたら風邪ひいちゃうよ」

大島は立ち上がると、服を軽く手ではたいた。
前田も慌てて腰を上げる。
それからふと気になって、大島に問いかけた。

前田「前から気になってたんだけど…」

大島「?」

前田「どうして優子のヴォイドは、」

仲川「あぁ2人ともやっぱりここにいたんだ」

前田の言葉を遮るように、仲川が屋上に飛びこんできた。
また走り回っていたのか、息が切れている。

前田「何?もう戻るところだよ。どうしたの?」

仲川「大変なの。ぱるるが…ぱるるが行方不明になっちゃったんだよ」

前田「えぇ?!」
208 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:48:13.29 ID:+Lzy0J9yO
翌日――。

島田「ぱるる…どこ行っちゃったんだろう…」

結局あれからメンバー総出で捜索したが、島崎は発見できなかった。
メンバーは不安のまま朝を迎える。

山内「確か…シャワーを浴びに行くって言ってたんだよね?」

島田「うん」

シャワー室はプールの横にある。
一旦校舎から出て外を歩いていかなければならない場所だった。
島崎はおそらくシャワー室に行く途中か、校舎に戻る間に連れ去られたのだろうとメンバーはみていた。
臆病な島崎が、ひとりでどこかへ行くとは考えにくい。

島田「らんらん…今日狩りは?」

山内「今日はおやすみしなさいってたかみなさんが…たぶん、うちらがぱるるのことでショック受けてると思って、気を遣ってくれたんだよ」

島田「でもただこうして体育館に座ってるより、まだ狩りに出ていたほうが気が紛れるっていうか…。うち馬鹿だから体動かしてるほうが余計なこと考えなくていい」

山内「たかみなさん達が戻ってきたら相談してみようよ。うちらだけでもぱるるの捜索をさせてほしいって」

山内「しばらく狩りに参加は出来なくなっちゃうけど、そこは許してもらえると思う。それにみなるんにも一緒に来てもらえば、もし捜索の途中でロボットに遭遇してもなんとか戦えるじゃん」

島田「だけどそうして…もし昨日みたいな大軍と遭遇しちゃったら?」

山内「……」

島田の鋭い問いに、山内は口ごもった。
島田も島崎が心配なことに変わりはない。
しかし自分達がここで出過ぎた行動を起こした結果、またメンバーを悲しませるようなことがあってはならないのだ。
島田はそういったことをよく自覚していた。

島田「今は時期を待とう。大丈夫、ぱるるはきっと無事だよ…」

そして気になるのは永尾の行方だった。

山内「まりや…」

山内も同じことが頭をよぎったらしく、小さく呟いている。

山内「みんな…今どこにいるの…」
209 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:50:53.38 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、前田は――。

前田「やっぱり昨日の大軍の後だから、今日はロボット少ないね…」

ロボット狩りに出たものの、出くわすのは捕獲用の武器を所持していないロボットばかりだった。
メンバーは昨日のこともあってか、すっかりヴォイドを使いこなしている。
淡々とロボットを破壊し、調べ、しかしレジスタンスに繋がる手がかりは出て来ない。

――何かおかしい…。

前田は考える。
さっきから妙な胸騒ぎがする。
静かすぎるのだ。
出会うロボットみんな簡単に倒れていく。
ヴォイドの力が勝っているとも考えられるが、やはり妙だ。

――もしかして…レジスタンスは何かを企んでる…?

そこまで考えると、背中の辺りがぞくりと冷たくなった。

高橋「あっちゃん…?」

高橋が心配そうに前田の顔を覗きこむ。
前田は返事をすることも忘れ、考え耽っていた。

今日出会った捕獲用ロボットは武器を所持していなかった。
以前は手榴弾を投げてきたこともあったはずなのに…なぜ?
それに昨日までと比べて明らかに数が少ない。
まるで自分達を油断させるためにわざとやられてるみたいだ。

――油断…。

そうだ。
相手はこれから大きな作戦を仕掛けてくるつもりなのだ。
油断させて、一気に攻めるつもりだ。

前田「みんなちょっと待って、」

前田が口を開いたのと、板野が緊迫した声を上げたのはほとんど同時であった。
210 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 20:53:57.34 ID:+Lzy0J9yO
板野「来る!すごい数だよ!」

高橋「昨日みたいな?」

板野「ううん、そこまでは…でも…あ、やばいかも」

板野はヴォイドを使いながら、反射的に後ずさりした。

前田「ともちん?」

板野「数は昨日ほどじゃない。でも、見たことない武器を持ってる。あ、なんか投げてきた」

その瞬間、辺りは閃光し、凄まじい爆音とともにメンバーは吹き飛ばされた。
直前に高橋は前田の手を引いて、半壊したビルの地下階段へと避難させが、他のメンバーがどこへ飛ばされたのかまでは不明だ。

前田「手榴弾…でも前よりパワーアップしてるみたい」

高橋「奴らも馬鹿じゃないからね。一度試して効果がなかった武器を改良くらいするよ」

前田「みんな大丈夫かな?」

高橋「…わからない」

階段から顔だけを出して、外を確認してみる。
辺りは厚ぼったい煙に包まれていた。
耳を澄ます。
かすかに聞こえるメンバー達の呻き声。
それをかき消すかのように、ロボットの押し寄せる音が響いてくる。
211名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 20:54:57.33 ID:TcKLBt8OO
佐江がバズーカ砲ならオカロは核兵器とかでも良さそうだけどw
後でなんかあるのかな?
212 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:02:50.89 ID:+Lzy0J9yO
前田「すぐ近くまで来てる。急がなきゃ」

飛び出した前田は、何かにぶつかってよろめいた。

前田「痛…」

板野「その声は…あっちゃん…?」

前田とぶつかり尻もちをついた板野が、おそるおそる問いかける。

前田「ともちん!!大丈夫?」

板野「平気。それよりこれを…」

板野にヴォイドを差し出され、前田はそれを手探りで受け取った。
覗く。
見える――メンバーの姿。
みんな地面に横たわり、痛みに呻いている。
そして持ち主を離れ、転がっているヴォイド――。

前田「あれは…陽菜の大砲…!!」

前田は板野を助け起こすと、その手にヴォイドを握らせた。

前田「向こうに地下階段がある。ともちんはそこに隠れてて」

板野「う、うん…」

高橋「状況は?」

前田「あ、たかみな」

高橋も地下から這い出し、前田に駆け寄った。
入れ替わりに板野が階段の奥へと避難する。
213 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:05:55.36 ID:+Lzy0J9yO
前田「向こうに陽菜のヴォイドが落ちてる。たぶんさっきの衝撃で手放しちゃったみたい。あたしはそれで戦いながら、陽菜を救助する。たかみなはあっちをお願い」

高橋「わかった」

高橋が煙の中へと飛び込んでいく。
前田は反対方向へ駆けた。
小嶋のヴォイドを拾い上げる。
すぐさま1体目のロボットが襲いかかってきた。
タッチの差で前田が勝つ。
小嶋のヴォイドで機体に穴を開け、さらに先へと進む。

――陽菜は今無防備な状態。早く見つけ出してヴォイドを持たせてあげないと。でも…。

煙のせいで前田は自分の足元すらはっきり見ることができない。
次第に目が痛み出す。
このような状態で、どうやって小嶋を探すというのか。
さらにいつロボットが視界に飛び出してくるかわからない。
前田を焦りと緊張が襲う。

――どうしよう…。

と、突然視界が晴れてきた。
煙は一瞬のうちに吹き飛んでいく。
そして前田が見たものは、圧倒的なロボットの力を前にして、無抵抗となったメンバー達の姿だった。

前田「なんで…」

右手から足音が近づいてくる。

仲川「あっちゃん!」

前田「ごんちゃん!」
214 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:07:55.04 ID:+Lzy0J9yO
仲川「遥香頑張ったよ。自分でヴォイドの力を制御できたよ。煙、晴れたでしょ?」

前田「ありがとう。でもこれ以上は駄目。メンバーまで吹き飛ばされちゃう。向こうにともちんが隠れてるからごんちゃんも早く行って!」

仲川「でも、」

前田「行って!怪我する前に」

仲川「わ、わかった…」

仲川がその場を離れたと同時に前田はヴォイドを構えた。
宮澤を担ぎ、連れ去ろうとしていたロボットに狙いを定める。

前田「佐江ちゃん…ごめんっ!!」

次の瞬間、崩れ落ちたロボットとともに、宮澤は地面へ投げ出された。
気を失っているようだが、とりあえず今は次のメンバーを救うことが先と判断する。

前田「萌乃ちゃん!!」

今度は仁藤を抱えたロボットを撃つ。
躊躇している暇などなかった。
頭を狙う。
反動で、仁藤はその体を回転させながら、地面に倒れた。
それから前田は周囲にいるロボットを次々と破壊すると、宮澤と仁藤のもとへ駆け寄った。

宮崎「あっちゃん…」

と、瓦礫の隙間から宮崎が顔を出した。
215 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:10:13.76 ID:+Lzy0J9yO
前田「ちょうど良かったみゃお、2人を攻撃から守りながら、向こうの地下階段へ避難させてあげてくれる?」

宮崎「わかった」

宮崎が宮澤と仁藤の体を揺する。
前田はそのまま2人を宮崎に任せ、走り出した。
そうして片っ端からロボットを撃つ。
相手が倒れたのを確認している余裕はない。
ただひたすらに走り、撃った。
今はロボットを完璧に制圧することより、メンバーを探すことのほうが大事だ。

小嶋「あ、あっちゃーん」

視界の端に、小嶋が両手を挙げて跳ねているのが映る。

――無事だったんだ…。

小嶋のもとへ駆け寄った。

前田「はい、陽菜のヴォイドだよ」

小嶋「ありがとー…!!あっちゃん危ないっ!後ろ!」

前田「…え?」

ジュッ…――。

背後で短い音が聞こえた。
前田が振り返った時にはすでに、後ろにいたはずのロボットはその原型がわからないほどに溶けて崩れている。

前田「……」

そしてそのロボットだった物の後ろから、大島が顔を出した。
216 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:12:21.12 ID:+Lzy0J9yO
大島「間一髪…てところかな」

ニッと八重歯を見せると、大島は軽快にロボットの残骸を飛び越え、前田達のもとへやって来た。

前田「ありがとう、優子…」

大島「いいってお礼なんて。それより残ってるロボットの数は?」

前田「陽菜のヴォイドでだいぶ撃ったけど、完璧に当たったかどうかはわからない。とにかく夢中だったから…」

大島「とにかくやらなきゃ駄目ってことだね。行こう」

前田「うん」
217 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:15:07.57 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、高橋は――。

高橋「ゆきりん!!」

戦いの最中で、高橋の視界の先に横たわる柏木の姿が見えた。
攻撃の手を休めることなく、呼びかける。

高橋「ゆきりん、返事して!」

柏木「…ん、んんっ…」

柏木は苦しげに眉を寄せながら、微かに瞼を開いた。
それからすぐに高橋の声を聞き、飛び起きる。
自分に何が起きたのか。
理解するより先に体が動いた。
幸いヴォイドは無事に手の中にある。

柏木「たかみなさん!」

柏木は高橋の背後から回りこむと、残りのロボットを破壊しにかかった。
柏木は夢中だった。
とにかく目の前のロボットを倒すことだけを考える。
思いは一つ。
早くこの戦いを終わらせたい。
早くみんなの待つ学校に帰りたい。
それだけだった。

高橋「……」

やがて視界にあったすべてのロボットを破壊すると、高橋はへなへなと座りこんだ。
柏木がふらつきながら、高橋のもとへやって来る。
218名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 21:15:21.94 ID:scYLhJoyO
支援
219 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:18:13.86 ID:+Lzy0J9yO
柏木「まだ残りはいるんでしょうか?もうこの辺りにはロボットいないみたいですけど」

高橋「あっちゃんが向こうで戦ってる。早くあたし達も行かなきゃね」

高橋は立ち上がろうとして、しかし再び腰を下ろした。

柏木「?」

高橋「あれ?あはは…ちょっと安心したら力が抜けたみたい。情けないね。悪いけどゆきりん、手貸してくれる?」

高橋は眉を下げ、力なく笑う。
柏木は優しく目じりを下げると、高橋に手を差し出した。
だが――。

高橋「あれ?おかしいな、立てないよ」

柏木「…ハッ…!!」

高橋「え?」

柏木は気付いた。
そして、がくりとうな垂れた。
柏木の変化を見て、高橋に焦りの表情が浮かぶ。

高橋「どうしたの?」

高橋の問いに、柏木はくぐもった声で答えた。

柏木「たかみなさん…足、折れてます…」
220 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:20:19.46 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、板野は――。

板野「あっちゃんは陽菜と優子に会えたみたい。他のメンバーはわからないけど」

板野は階段の上に身を伏せ、辺りの様子を窺っていた。
奥に避難しているメンバーに声をかける。

仲川「良かった、3人ならきっと強いよ。すぐにロボットやっつけちゃうよ」

仲川が歓声を上げる。
その隣では宮澤と仁藤が暗い顔でうつむいていた。

宮澤「あたし達のヴォイド…」

仁藤「どこ行っちゃったんだろうね」

宮崎にカバーしてもらいながら階段へと逃げ込んだ2人だったが、ここへ来るまでに自分達のヴォイドを見つけることはできなかった。
前田が探してくれていればいいのだが、ヴォイドを所持していないことに心細さを感じる。

板野「大丈夫だよ。ほら、優子と陽菜にカバーしてもらいながら、あっちゃん地面ばかり見てるもん。絶対あれ、ヴォイドを探しているんだよ」

板野はそう言って、自分のヴォイドを2人に貸そうとした。
しかし2人は受け取ろうとしない。

板野「あ、そうだった…。他人のヴォイドを使うことが出来るのはあっちゃんだけだったね…」

板野はバツの悪い表情を浮かべると、再び外の様子を窺おうと向き直った。
そして、こちらへ近づく足音に気付く。
221 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:22:33.21 ID:+Lzy0J9yO
板野「まゆゆ…」

板野は呟くと、今度は大声でこちらの場所を知らせた。

板野「まゆゆこっち!こっちにみんな隠れてるよ」

渡辺は少しの間きょろきょろと声のした方向を探していたが、手を振る板野の姿に気付くと、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
そして階段まで来ると、手にしていたヴォイド――盾――を下ろす。
現れたのは篠田、倉持、松原、藤江、すみれ、鈴木まりやの6人。
渡辺はその巨大な盾でメンバーを守りながら、避難する場所を探していたのだった。
6人のメンバーは全員ヴォイドを所持していない。

宮澤「みんなもヴォイド失くしたの?」

篠田「気を失って、気がついた時には持ってなかった」

倉持「あたしもそう」

藤江「あたしも。気を失って、気がついたらみんながいて、まゆゆの盾で守ってもらいながら逃げてきたんだ」

それから避難した面々は次々に爆発直後の様子を口にした。
話を聞いていた板野はふと、おかしなことに気付く。

板野「まゆゆはヴォイド持ってるよね?あの爆発の勢いで手放さなかったのはすごいね」

渡辺「うん、わたしはしっかり握ってたから…。それで爆発が起きてからみんなを探して、ここに辿り着いたんだよ」

板野「やっぱり…」

宮澤「ともちん?」
222 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 21:24:45.05 ID:+Lzy0J9yO
板野「たぶん、進化したヴォイドは今度、持ち主が意識を失うと元に戻っちゃうんじゃないのかな」

篠田「どういうこと?」

板野「話を聞くと、ヴォイドをなくした人達はみんな爆発の衝撃で一度気を失っている。そして気がつくとヴォイドを持っていなかった。だけど意識を失わなかったまゆゆはヴォイドを失くしていない。これってつまり、そういうことなんじゃないかなって…」

宮澤「じゃあまたあっちゃんに頼めばヴォイドを取り出してもらえるってこと?失くしたんじゃなければ」

板野「うん、たぶん」

宮澤「急いであっちゃんを探そう」

宮澤は慌てて立ち上がると、駆け出した。
しかし篠田に引き止められる。

篠田「待って、ヴォイドを持っていない状態で外に出るのは危ないよ。まだ敵がうろうろしているかもしれない」

宮澤「でも、あっちゃんやたかみなだけに戦わせるわけには…」

篠田「それで今無理して出て行って、もし佐江ちゃんに何かあったら、みんなが悲しむんだよ?そんな危ない真似されても、敦子とみなみは喜ばないと思う」

宮澤「……」

篠田「今は2人を信じて待とう。ヴォイドが戻れば、また戦うことはできる。自分の命を大切にできない人は、メンバーを守ることもできないとあたしは思うな」

宮澤「…そうだね…」

宮澤が肩を落とす。
と同時に、またしても何かが爆発する音が響いた。
砂埃が吹き込んでくる。
メンバーは互いに抱き合いながら、恐怖に震えた。

渡辺「……」

入り口を渡辺が盾で塞ぐ。

板野「外…見えなくなっちゃった…」

篠田「衝撃がおさまるまではまゆゆに入り口を塞いでいてもらおう。大丈夫?まゆゆ」

渡辺「平気」

こうして外の様子がわからなくなった地下階段で、メンバーは不安を抱えたまま、ただ時間が経過するのを待つしかなかった。
223名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 21:36:25.33 ID:DMCT1Oyk0
支援
224名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 21:53:00.67 ID:ztwdvcuZ0
たかみな……支援
225名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 22:28:27.58 ID:X6/DK0sO0
支援。
226名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 22:40:23.60 ID:TcKLBt8OO

ここまでスレタイと内容が合っていない件
227 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:43:54.90 ID:+Lzy0J9yO
一方前田達は――。

前田「今ので…最後かな…」

小嶋の放った一撃で相手が倒れると、地面に伏せいていた前田が立ち上がった。

大島「うん、たぶん。もう見あたらない」

前田「良かった…」

小嶋「ねーねー?それよりみんなのヴォイド、見つかった?」

前田「ううん…どうしてだろう?これだけ探してるのに」

大島「もっと遠くに飛ばされたのかな?とりあえず他のメンバーを探そう。今ならみんなで手分けしてヴォイドを見つけだせるでしょ」

前田「そうだね」

前田は焦っていた。
ヴォイドを破壊されれば、持ち主の人間は死ぬことになる。
この状況下で、メンバーのヴォイドは無事なのだろうか――。

大島「あっちゃん?」

大島が不思議そうに前田の顔を覗きこむ。
ヴォイドの真実を知らされていない大島には、前田の焦りが理解できない。

前田「え?ううん…なんでもないよ」
228 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:46:48.69 ID:+Lzy0J9yO
大島「そ?行こう。たかみなはひとりで戦ってるんだっけ?大丈夫かな?」

前田「向こうよりこっちのほうがロボットの数は多いみたいだったから、平気だと思うけど…」

大島「誰かメンバーを見つけて一緒に戦ってたかもしれないしね。とりあえず探すとしたらたかみなが先かな?もうロボットは全滅したって教えてあげなきゃ、いつまでも警戒させたままだとかわいそうだよ」

小嶋「普通に教えたんじゃつまんないから驚かせようよ」

大島「たかみなを?」

小嶋「うん。みなみのリアクション面白い」

大島「にゃんにゃん悪っ!」

小嶋「えー?そんなことないよ」

大島「またまたぁ〜。ほんと小嶋さんにはかないませんよ、……っ……」

大島は突然放心した表情になり、ゆっくりと地面に倒れた。
229 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:50:23.53 ID:+Lzy0J9yO
前田「優子!?」

大島を助け起こし、その肩を揺する。

小嶋「え?優子撃たれたの?変に動かしちゃまずくない?」

小嶋が前田の腕を掴んだ。
大島は浅い呼吸を繰り返しながら、目を閉じている。

前田「うわっ…うわぁぁぁ…」

前田の手に温かいものが触れた。
大島から流れ出た血が、前田の手を赤く染めている。

前田「優子!!そんな…優子…!!」

前田が呼びかけると、大島は薄く瞼を開いた。

大島「警戒しなきゃいけなかったのは…たかみなじゃなくて…あたし…だったんだね…」

大島はこんな時でも前田や小嶋に心配をかけたくないのか、無理に笑ってみせる。

前田「大丈夫だよ!大丈夫だから…みんなのとこ行こう」

前田が大島の体を起こそうとすると、小嶋も恐々手を差しのべた。
しかしそれを大島自身が制止する。

大島「駄目!!」

大島は目を見開くと、鋭い声を上げた。
小嶋の手がびくりと震えた後、引っこむ。

大島「あたしが撃たれたってことは…まだ敵が近くに残ってるってこと…。あたしはいいから、あっちゃん達は次の攻撃に…備えないと…危ない…よ…」

前田「危ないのは優子のほうだよ」

大島「あたしは…平気…こんなの掠り傷だから…」

前田「嘘!!こんなに血が出てるのに…」

小嶋「あっちゃん…なんか気配がするよ…」

小嶋が両腕を抱くようにして、辺りを窺う。

前田「そんな…」
230 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:53:44.77 ID:+Lzy0J9yO
大島「あっちゃん…陽菜…みんな…大好きだったよ。ずっと一緒にいたかったよ…」

前田「優子それ以上喋んないで!一緒にいるよ。これからもずっとずっとみんな一緒にいるんだよ!」

小嶋「うん」

大島「あたしがいなくなっても…あっちゃんはみんなを引っ張って行って。決して自棄を起こさないで。今まで通りみんなをまとめて…女王になるの。あっちゃんを中心とした平和で穏やかな王国…。誰も何も不満なんかない…幸せな王国になるよ」

前田「何言ってんの優子」

小嶋「そうだよもう黙りなよ」

大島「……」

前田「優子?」

大島「なれるよ。あっちゃんなら優しい女王に…なれると思うんだ…だから…」

大島は最後の力を振り絞って前田を突き飛ばした。

前田「優子!!」

大島「陽菜!あっちゃんを連れて走れ!早く!」

小嶋「うん!」

大島のもとを離れまいと抵抗する前田を、小嶋は無理に引っ張った。
小嶋は密かに泣いていた。
大島の言葉に従った時点で、大島の死を受け入れたということなのだ。
悲しい決断だった。
出来ることなら小嶋も大島の傍についていたい。助けたい。
しかしそれが叶わないことを、小嶋はすでに悟っていた。
その場から離れた直後、大島のもとに爆弾のようなものが投下された。
231 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:55:44.55 ID:+Lzy0J9yO
前田「……」

小嶋に羽交い締めにされ、地面に伏せていた前田は、爆風がおさまるより先に顔を上げた。
そこにあるのはえぐれて焦げた地面だけ。
大島の体は跡形もなく消えていた。

前田「嘘だよ…こんなの嘘だ…嘘だぁぁぁぁ!!」

前田は小嶋のヴォイドを奪うと、滅茶苦茶に撃った。
すべてを壊してしまいたかった。
レジスタンスも、ロボットも、そして大島のいないこの世界を――。
すべて壊れて消えてしまえばいい。

小嶋「あっちゃんやめて!返して!メンバーに当たったらどうするの?」

前田「うるさいな!」

小嶋「えーん」

一心不乱に撃ち続けると、おそらく先ほどの攻撃の主らしき生き残りのロボットに当たった。
ロボットは瓦礫の下敷きになりながら、それでも最後まで自分の役目を全うするがごとく攻撃してきたのだった。
もうほとんど壊れ、かろうじて腕を動かすだけのロボットを、前田はいつまでも撃ち続けていた。

板野「あっちゃん…」

遠くからその姿を確認していた板野は、言葉を失った。
板野の目に、前田は錯乱しているように映ったのだ。
232 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 22:57:27.84 ID:+Lzy0J9yO
ロボットはついに粉々に壊れ、飛び散り、それでも攻撃をやめない前田。
だがふいに手を休めると、放心したように宙を見つめた。
その目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

――どうして優子が死ななきゃならなかったの?優子は何も悪いことしてないのにどうして?こんなの…ないよ…。せめて体だけでもみんなのいる所に連れて行ってあげたかった。それすらも許されないなんて…ひどすぎる…。

泣き崩れる前田を、小嶋はただ見守ることしか出来ない。
そして静かに友人の死を悼んだ。
きれいな顔を歪ませ、涙は流れるままに拭おうともしない。

前田「…決めたよ」

突然、前田が低い声で呟いた。

小嶋「……」

前田「絶対にレジスタンスを許さない。奴らを倒すためだったらなんだってやる。嫌われてもいい恨まれてもいい。レジスタンスと戦う。あたしはみんなをまとめる…女王になるよ…!」
233 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:00:39.07 ID:+Lzy0J9yO
数日後――。

小森「いいですよー」

小森の気の抜けた呼び声に、片山と亜美は地面を探りはじめた。

片山「こもりん、ここもうちょっと上げてくれる?」

小森「あ、はーい」

小森が自身のヴォイドであるグローブを嵌めた手を、ふわりと動かした。
足元の瓦礫が浮かび上がる。

前田亜「小森さんのヴォイドはいいな、便利だね」

亜美はそう言いながら、休みなく両手を動かした。
亜美の手には軍手。
それは片山も同じである。

片山「あった!これなんかどう?金網?何かに使えそうじゃない?」

片山が、泥だらけの金網を引っ張り出した。

前田亜「持って帰りましょう」

片山「うん」

3人は今、防壁を作るための材料探しをしている。
次にいつまたロボットが襲ってくるかわからない。
そのための対策が急がれていた。
現在メンバーはそのヴォイドの力によってグループ分けされ、それぞれの仕事をこなす日々を送っている。
戦闘や行方不明のメンバー捜索などに使えないヴォイドを持った片山と亜美は、最も格下の仕事。
一日中ひたすら瓦礫の下を探り、使えそうなものを拾うという作業だ。
小森はそのサポートをしていた。
彼女のヴォイドは物を浮かせる力を有している。
234名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:02:23.74 ID:scYLhJoyO
支援
235 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:03:55.68 ID:+Lzy0J9yO
小森「あのぉ…」

片山「何?どうしたのこもりん」

小森「わたしもう飽きちゃったんですけど」

片山「え?早っ!まだ午前中だよ?」

小森「でも片山さん達がそうやって色々掘り起こしている間、わたしはずーっと瓦礫を浮かせてるだけなんですよね」

片山「え?やめてよ。途中で瓦礫下ろしたりしたら片山達潰されちゃうんだからね」

片山が危険を察知して飛びのいた。

小森「え?それはちゃんとやりますよ?でもなんか…地味っていうか…」

前田亜「いいじゃないですかー。地味でも」

小森「でも他の皆さんは戦ったり、監視したり、ごはんの準備をして感謝されたりしてて…。それなのにわたし達はごみ拾いみたいなもんじゃないですか?なんか…ずるくないですか?色々」

片山「し、しょうがないよ。ヴォイドランク制が実施されたんだから。力のない者はこうして裏方に回ってみんなをサポートする。決まったことじゃない」

小森「でもなぁ…。あやりんとか狩りに出ててかっこいいんだよなぁ」

前田亜「あ、わかるー。しーちゃんもかっこいい。本人はあんまり納得してないみたいだけど」

片山「まゆゆの盾もいいよね。みんなを守る!みたいな感じで…」

前田亜「はぁ…」

小森「つまんないの…」
236 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:05:34.48 ID:+Lzy0J9yO
片山「って、さっきから片山達全然作業進んでないじゃん!もうこもりんが変なこと言うから」

小森「え?わたしのせいなんですか?」

大島という存在が消え、メンバーは悲しみに浸る間もなく、前田からある宣言をされた。
前田の決断に、すべてのメンバーは衝撃を受けた。
中でも高橋の動揺はひどかったが、前田は顔色一つ変えず言ったのだ。
「ヴォイドランク制を導入する。すべてのヴォイドはあたしの管理下にある」
メンバーに反論する余地を与えぬ、強い口調だった。
その瞬間、メンバーはようやく自分達の置かれている状況に気付いたのだ。
前田に逆らえば、自分達は力を失う。
前田は簡単にヴォイドを引き出すことも出来れば、それを戻すことも出来てしまう。
危険と隣合わせの生活の中で、どんなちっぽけなヴォイドだって、持っていないよりはマシなのだ。
前田にヴォイドを取り上げられてしまうくらいなら、言うことを聞こう。
こうしてヴォイドランク制がはじまった。
メンバーは能力分けされ、仕事を割り振られた。
前田は大島の一件以来、メンバーに対して壁を作り、極端に口数が少なくなった。
笑わなくなり、いつも不機嫌な顔でメンバーの仕事ぶりを監視して回っている。
そこにはもう、昔の面影はない。
柔らかな空気を振りまき、明るく笑う前田敦子はもういない。
ここにいる前田は、冷酷な眼差しでメンバーを管理する、独裁者だ。
そんな前田が傍を横切るだけで、メンバーは緊張に表情を強張らせるだった。
237名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:06:09.28 ID:X6/DK0sO0
小嶋「えーん」
吹いたwww
238名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:06:50.89 ID:DMCT1Oyk0
この作者さんはあーつくなぁれ!も採用するくらいだからなw
239 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:10:05.32 ID:+Lzy0J9yO
一方その頃、中学校では――。

高橋「ありがとう、みぃちゃん」

高橋は包帯を巻き直してくれた峯岸に礼を述べた。
峯岸が疲れた顔で頷く。

高橋「いいの?行かなくて」

手当てが終わった後も出て行く気配のない峯岸に、高橋は問いかけた。

峯岸「うん…。まだ材料が集まってないから、あたしのヴォイドは出番なし」

高橋「そっか…」

峯岸のヴォイドは目盛りの入った三角形の盾のようなもので、それは三角定規に似ていた。
目的の物に向けてかざせば、その物を長く伸ばすことが出来る。
使い道は限られていて、主にメンバーが集めた材料を伸ばし、防壁作りのために使用していた。

峯岸「それより怪我の具合はどう?」

高橋「うん、大丈夫」

高橋の右足は柏木が指摘した通り、折れていた。
あの場で動いて戦えたのが不思議なくらいだった。
現在高橋は、前田を避けるかのように、最上階の奥にある薄暗い美術室に閉じこもり、静養している。

高橋「あたしはもういいから、みぃちゃん行って。じゃないと、」

小嶋「あ、たかみな元気ー?大丈夫?」

高橋が切羽詰った様子で何か言いかけた時、美術室の扉が開いて、小嶋が顔を出した。
240 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:18:02.38 ID:+Lzy0J9yO
高橋「にゃんにゃん!」

小嶋「あ、みぃちゃんもいたんだ?」

峯岸「うん」

小嶋「あーあ、なんか疲れちゃった」

小嶋はそう言っててくてくと部屋の中央まで歩いてくると、手近な椅子を引き寄せて高橋達の前に座った。

高橋「にゃんにゃん、こんなとこ来てていいの?もしさぼってるのがあっちゃんに見つかったら…」

小嶋「いいよ。なんかあたし、今のあっちゃん苦手…」

高橋「そんなこと言っちゃ駄目だよ。あっちゃんはあっちゃんなりにみんなのことを思って、決断したんだと思うよ。何の考えもなしにこんなことする子じゃない」

小嶋「うん、それはわかってるんだけどー、なんかわざとみんなに嫌われるような言葉を選んだりしてるみたいに見えるんだよね。あたし達のことも遠ざけようとしてるみたいで」

峯岸「あ、わかるわかる。なんかこの間までのあっちゃんと違う。別人だよ。怖いもん。すぐ怒って、メンバーを脅して働かせるようなこと言うし」

小嶋「今のあっちゃんを見てるのやだー」

高橋「…もう少し付き合ってあげてよ。ほらあたしは今こんなだし、それに今の状況でメンバーをまとめるのはあたしじゃなくてあっちゃんだと思う」

高橋は申し訳なさそうに、自分の右足を指差した。
241 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:20:24.43 ID:+Lzy0J9yO
小嶋「優子がいてくれたなら…」

小嶋がぼそりと呟く。

高橋「にゃんにゃん…」

峯岸「やっぱりあっちゃんが変わっちゃったのって、優子のことがあるから?あの日からあっちゃん、顔つきが変わった」

小嶋「ずるいよ。優子がいなくなって辛いのはあっちゃんだけじゃないのに」

大島の最後の瞬間を小嶋も目撃していた。
だからこそ、もっと前田と支え合いたいと思っているのだ。

小嶋「またみんなで歌ったり踊ったりしたいよ…」

小嶋は珍しく弱気な顔で、深いため息をついた。
その時、美術室の扉が勢いよく開け放たれる。
3人は一斉にびくりと肩を震わせた。

小嶋「あ、あっちゃん!」
242 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:22:46.17 ID:+Lzy0J9yO
扉に向こうに立った前田は、じろりと室内を見渡すと、荒々しい足取りで小嶋に近づいた。
無言で腕を引っ張る。

小嶋「い、痛いよあっちゃん」

小嶋がしかめ面になって抗議する。

前田「陽菜、もうすぐ狩りの時間だよ。行こう」

しかし前田は抑揚のない声で言った。
小嶋は助けを求めるように高橋と峯岸を見る。
2人は今、驚愕の表情で前田を見つめていた。

前田「行くよ。早くして」

小嶋「…わかったよ…」

渋々立ち上がった小嶋を引き連れ、前田は踵を返した。
美術室を出て行く。
しかし扉のところで立ち止まると、峯岸を振り返った。

峯岸「?」

前田「みぃちゃん…たかみなを、お願いね」

前田はそれだけ言うと、後は振り返らずに離れて行った。

高橋「……」
243 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:26:25.47 ID:+Lzy0J9yO
《ヴォイドランク》

A(ロボットに対して決定的な打撃を与える)
小嶋陽菜――大砲
篠田麻里子―鉄網。強靭な力で対象を包み、押し潰す
高橋みなみ―槍
中田ちさと―ボウガン
松原夏海――手裏剣
藤江れいな―弓矢
仁藤萌乃――刀
宮澤佐江――バズーカ砲
柏木由紀――クレセントアックス
佐藤すみれ―ハリセン
鈴木まりや―泡立て機
増田有華――剣
島田晴香――マシンガン
松井珠理奈―ピストル

B(ロボットに対して決定的な打撃は与えられないものの、戦闘向きではある)
大家志津香―鎖
倉持明日香―金属バット
梅田彩佳――猫手
菊地あやか―ブーメラン型の鎌
田名部生来―鉄扇
石田晴香――鞭
佐藤夏希――スパイクド・クラブ
鈴木紫帆里―グレイブ
大場美奈――トマホーク
山内鈴蘭――ゴルフクラブ
244 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:29:59.87 ID:+Lzy0J9yO
C(戦闘を補助する)
高城亜樹――羽。上空からの偵察
仲川遥香――プロペラ。強風を起こして対象を吹き飛ばす
板野友美――望遠鏡。地上からの偵察
渡辺麻友――盾
宮崎美穂――しゃぼん玉。敵の攻撃を閉じ込め、無効化する

D(戦闘に適さない)
多田愛佳――旗。光を放ち、対象を保温する。
片山陽加――懐中時計。対象になった物の時間を経過させる。
仲谷明香――ステッキ。対象を軟化させる。
秋元才加――グローブ。火を出現させる。
内田眞由美―ハンマー。岩を出現させる。
峯岸みなみ―定規。物体を伸長させる。
河西智美――ブレスレット。対象物を球体に変える。
小林香菜――聴診器。電気機器と会話し、使用可能にする
小森美果――グローブ。物体を浮かせる。
佐藤亜美菜―杖。対象となった物を太くする。
阿部マリア―ホース。水を出す。
高橋朱里――グローブ。物体を凍結させる。
田野優花――グローブ。怪力を発揮する。
245 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/09(月) 23:32:03.45 ID:+Lzy0J9yO
E(用途未確定、あるいは不明)
岩佐美咲、前田亜美、野中美郷、松井咲子、北原里英、近野莉菜
市川美織、入山杏奈、岩田華怜、加藤玲奈、川栄李奈、竹内美宥、仲俣汐里、中村麻里子
246名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:33:11.86 ID:DMCT1Oyk0
支援
247名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:36:43.41 ID:ztwdvcuZ0
誰か早くあっちゃんの目覚ましたってや支援
248名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:46:05.28 ID:qclRkq04O
Dでも戦闘に使えるのがあるが… 支援
249名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:49:02.68 ID:3lW8iW8V0
わかってたことだけどあいつはいないんだな
250名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:50:42.45 ID:4OyEAWku0
こんだけ居てまだ歌やダンス関係のヴォイドがないのがAKBだから?
251名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:53:03.23 ID:4OyEAWku0
>>249
きっとレジスタンスの一員で生き生きとしてるよ
252名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:54:03.88 ID:36stu54L0
良いも何もお前が自身がAKBだろ
253名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:58:15.97 ID:imn6Qa890
でも、あいつが何かのキーパーソンな気がする…
254名無しさん@実況は禁止です:2012/07/09(月) 23:59:14.22 ID:23RVGINM0
田野ちゃんつよそうじゃねーかw
255名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:15:05.07 ID:pP92vbS1O
>>249
敵の黒幕かもしれないw
256名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:18:31.50 ID:8+b4B8Eo0
伏線はってるよな
続きが楽しみだC
257名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:35:54.01 ID:bNf/gLT/0
猫手ってなんぞw
258名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:47:36.06 ID:HPtME1ID0
>>231
優ちゃんを死なせるなよー
259名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:53:07.63 ID:pP92vbS1O
>>258
でもあのシーンは前半のハイライトでしょ?
映像作品だったら主役以上に美味しい場面だったと思うよ
260名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:54:46.59 ID:bNf/gLT/0
エアリスだってDisc1で死ぬんだぞ(違うか
261名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 00:55:16.26 ID:HPtME1ID0
>>259
そうだけどやっぱ推しが死ぬのは辛いの
262名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 01:09:54.58 ID:pP92vbS1O
今日は終わりかな?

>>261
気持ちは分かるけど
263名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 01:17:52.08 ID:h3XhZOtA0
久々に面白いのきたな
264名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 01:31:54.69 ID:n2sUcfFq0
元ネタのウィキペディア見たら、ランク制の導入により独裁者が出来て差別が始まるって書いてあったからどうなるかと思ってたけど
やっぱそっちの方向に話進んでいくのね
265名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 01:33:10.33 ID:00xzddD80
あげ
266名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 01:52:11.29 ID:pP92vbS1O
>>264
おぉ
そうなんだありがとう
267名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 02:07:20.24 ID:2rabfx9L0
とりあえず保守ついでに予想しよう


犯人は米沢
268名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 02:07:38.11 ID:JW3wxcJg0
指リーノ…
269!njnja:2012/07/10(火) 02:54:14.94 ID:2rabfx9L0
寝る前に保守
270名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 03:42:08.62 ID:Bof/+cKI0
おもしろい
271名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 03:56:58.41 ID:17HgkNjvO
食糧を盗んでいる奴は食欲旺盛なアイツだろうな
272名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 05:58:55.19 ID:s8anZFlxP
(бвб)未だのあっちゃんにがてー!
273名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 06:35:09.13 ID:ze3xgYTn0
保守ダジョ♪
274名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 07:30:59.12 ID:QSWPhIaxO
猫手
275 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:35:15.16 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、篠田は――。

篠田「……みんな…無事?」

砂埃が舞う荒野で、篠田は声を張り上げた。
あちこちでメンバーの返事が上がる。

宮澤「なんか今日の簡単だったね」

宮澤が首をかしげた。

増田「あっさりしすぎてて調子狂わ」

増田は納得のいかない表情を浮かべる。
ロボット狩りはたった今決着がついたばかりだった。
戦闘グループのメンバーはそれぞれ辺りに転がるロボットを不思議そうに眺めている。
ここ何日かでロボットは数を増すものの、力は逆に弱まっている気がした。
まるで自分達を本気で襲う気などないみたいだ。
そしてメンバーの誰もがこの事実を勝利の兆しとは思っておらず、ただただ不気味であった。
嵐の前の静けさとならなければいいが…。

宮澤「このロボット、一体くらい持ち帰って香菜に調べてもらわない?香菜なら機械と会話できるし、レジスタンスについて手がかりを掴めるかも」

藤江「あ、それいい!」

宮澤の提案に、藤江は飛び上がって同意した。
276 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:36:06.26 ID:cKc6HvOD0
宮澤「でしょ?もし何もわからなくても鉄屑にして防壁の材料にすればいいし」

柏木「でも佐江ちゃん、これどうやって学校まで運ぶの?」

宮澤「あ…、もぉこんなことなら田野ちゃん連れてくればよかったぁぁ」

柏木「そうだねぇ…」

篠田「だけどロボットの構造がわかったくらいでレジスタンスの居場所がわかるとも思えないよ」

篠田が落胆の表情で呟いた。
隣では柏木が何やら身をよじり、抵抗をこころみている。

柏木「ちょっ、麻友?変なとこ触らないでよ…」

柏木は渡辺にしがみつかれ、たしなめるように声をかけていた。
しかしすぐに渡辺の様子がおかしいことに気付き、眉をひそめる。

柏木「麻友…?どうしたの?」

渡辺「あ、あそこ…今、なんか光った…」

渡辺は怯えた顔をぐいぐいと柏木の胸に押し付け、指だけでそちらの方向を示す。
増田が駆け出した。
277 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:36:37.09 ID:cKc6HvOD0
篠田「あ、ゆったん気をつけてよ?」

増田「平気平気」

増田はヴォイドを掲げてみせると、そのまま渡辺が示した方向を探った。
光の元はすぐに判明する。
破壊され地面に転がったロボットのうち一機が、胸に嵌めこまれたカプセルを光らせていた。

増田「何やろこれ…」

他のロボットと比べてみる。
カプセルを嵌めこまれているのはこのロボットだけだ。
おそるおそる手を伸ばす。
カプセルを取り出した。
それはちょうどペットボトルくらいの大きさで、青白い光を点滅させている。
持ってみると案外軽い。

増田「……」

と、突然増田の手の中でカプセルが回転し、音もなく開いた。
中には一枚の紙が折りたたまれた状態で入っている。

増田「手紙…?」

増田はカプセルを脇に抱え直すと、ゆっくりとその紙を開いた。
278 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:37:29.40 ID:cKc6HvOD0
その夜――。

篠田「相手は直接対決を望んでいる。明日の正午、ここから西に五キロほど進んだ地点でレジスタンスが待っている」

篠田はそう言って、体育館に集まったメンバーの顔を確認するように見渡した。
その手には一枚の紙が握られている。
昼間、増田がカプセルから取り出したレジスタンスからの手紙だった。

篠田「明日、ついにレジスタンスの正体がわかる。向こうはどのくらいの戦力、武器を持っているかわからない。念には念を入れて、なるべく多くの人に同行してもらいたいんだ」

手紙の内容は、レジスタンスからの要求を示すものだった。
この長い戦いに、明日で決着をつけようというもの。
こちらが勝てば、全員おとなしく投降し、一切をレジスタンスの指示に従う。
しかし負ければ、自分達は退却し、全員の無事を約束する。
その際、現在レジスタンスが捕らえているメンバーを解放する。
手紙にはそう書かれていた。
願ってもいないチャンスだった。
もしこの機会を逃せば、終わりのない戦いへとまた逆戻りすることになり、レジスタンスの正体を知るきっかけをなくす。
そして、捕われたメンバーを救出することが困難になる。

秋元「…向こうからこんなこと言ってくるなんて、それだけ敵も苦戦してるってわけか」

秋元が首をひねる。
279 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:38:19.66 ID:cKc6HvOD0
梅田「戦力であるロボットはあたし達がだいぶ倒しちゃったってことなんだろうね、きっと」

宮澤「うん」

篠田「あたし達はもちろんこの戦いを受ける。戦闘タイプのヴォイドを持つ者で、これに協力してくれる人はー?」

篠田は軽く手を挙げると、もう一度メンバーを見渡した。
すぐに宮澤が立ち上がる。

宮澤「もちろんあたしはやるよ!優子の仇だ」

河西「佐江ちゃん…大丈夫なの?」

宮澤「平気。今までだって戦ってきたんだもん」

河西「でも、レジスタンスがどんな戦力で攻めて来るかわからないんだよ?こんなこと言ってくるくらいだから、ロボット以上の兵器を用意してるかもしれないよ」

河西はそう言って、涙ぐんだ。
全員が河西の言葉に絶句する。
宮澤に続いて立ち上がりかけていたメンバーのうち何人かが、再び腰を下ろしてしまった。

篠田「お願い、なるべくたくさんの人の力がいるの」

しかし、メンバーは動かない。
すでに宮澤に続いて立ち上がっていた珠理奈以外、全員が目を伏せ、かたまっていた。
その様子を見て、黙っていた前田が動く。
篠田の前に立ちはだかると、睨むようにメンバーを見つめた。

前田「みんなで決められないなら、あたしが決める」
280 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:39:20.94 ID:cKc6HvOD0
篠田「え?そんなあっちゃん…」

前田「麻里子は黙ってて。あたし達は絶対に優子の仇を取らなきゃいけない。そのためだったらなんだってする。何も怖くないはず。これは全員の戦い。だったら誰がその戦いに挑むか、あたしが選んでも文句はないでしょ」

前田が厳しい声で言い放つと、渡辺は思わず隣の柏木にしがみついた。
柏木はそんな渡辺をなだめるように、頭をなでる。
前田はまずその2人に目をつけた。

前田「まゆゆは参加でいいよね?」

渡辺「ひぃっ…」

柏木「待って、」

しかし前田は柏木の言葉を無視して、今度は珠理奈に顔を向けた。

前田「珠理奈は念のため最初は学校に残って。待機組のメンバーを警護。もしもの時はあきちゃが飛んで呼びにくるから、その時はただちに戦いの輪に加わること。あきちゃ、お願いね」

高城「はい…」

松井珠「そんな、なんであたしは最初から参加しちゃ駄目なんですか?優子ちゃんのこともあるけど、あたしは…あたしは玲奈ちゃんを助け出したいんです。この手で、玲奈ちゃんを助けたい!!」
281名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 07:39:34.78 ID:9IfmQ2CW0
※顔面センターのテレビ露出お断りします

  /\___/\
/ /    ヽ ::: \
| (●), 、(●)、 |
|  ,,ノ(、_, )ヽ、,,   |
|   ,;‐=‐ヽ   .:::::|
\  `ニニ´  .:::/      NO THANK YOU  
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      nf|||    | | |^!n
      f|.| | ∩  ∩|..| |.|
      |: ::  ! }  {! ::: :|
      ヽ  ,イ   ヽ  :イ
282 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:40:11.72 ID:cKc6HvOD0
前田「玲奈ちゃんは責任を持ってあたし達が救出する。全員が潰れるわけにいかないの。だから珠理奈は残って」

前田と珠理奈はしばらくの間睨み合った。
メンバーが緊張の面持ちで見守る中、先に目を逸らしたのは珠理奈だ。

松井珠「絶対に、玲奈ちゃんを助けてくださいね」

前田「約束する」

珠理奈は前田の言葉を聞くと、渋々腰を下ろした。
それから前田は淡々と、しかし強制力のある言葉でメンバーを割り振っていく。
明日の戦いには、前田、篠田、小嶋、板野、渡辺、宮澤、高城、倉持、松原、宮崎、仁藤、藤江、山内、佐藤すみれ、鈴木まりやが赴くこととなった。
一方戦闘タイプのヴォイドを持ちながら学校に残る珠理奈、柏木、梅田、菊地、増田、石田、中田、大家、田名部、佐藤夏希、鈴木紫帆里、大場、島田は、その他のメンバーを警護しながら、第2陣として戦いに備えることとなる。
明日で、すべてが決まる。
メンバーはそれぞれ、眠れぬ夜を過ごした。
283 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:40:59.10 ID:cKc6HvOD0
音楽室――。

藤江「あれー?ちか来てない?」

藤江は困ったように問いかけると、肩を落とした。
音楽室で布団を並べていた野中が、小さく首を振る。

野中「ちかりな?来てないよ。どこか他の部屋で寝てるんじゃないかな」

藤江「そっか、じゃあもし来たら教えてくれる?」

野中「うん、なんか用事だったの?」

藤江「…うん、わたし明日、レジスタンスと対決しなきゃいけないから…」

藤江はそう言うと、隣に立つ石田に腕をからめた。
やはり強力なヴォイドを持っているとはいっても、明日のことを考えると不安なのだ。
さっきまで石田に激励を受けていたが、それでもまだいつもの調子を取り戻すことができないでいる。
このままだと眠れそうにない。
元気のない自分は、自分じゃない。

――明日は絶対に笑顔でみんなに勝利の報告をするんだ。それまでは泣かない。流していいのは嬉し涙だけなんだから…。みんなの前で元気のない顔を見せちゃいけないよね。

だから明るい近野と一緒にいれば、いつもの自分に戻れる気がした。
あの底抜けに明るい笑顔を見れば、不安に怯えている自分が馬鹿らしく思えてくるだろう。

藤江「今日は一緒に寝ようって伝えてくれる?あたしははるきゃんと茶道室にいるから」

野中「うん、わかった伝えとく」

藤江「じゃあおやすみ」

野中「れいにゃん、明日頑張ってね」

藤江「はーい」
284 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:41:49.20 ID:cKc6HvOD0
藤江と石田は野中に挨拶をすると、音楽室を後にした。
歩き出して間もなく、仁藤と出くわす。

仁藤「あ、れいにゃん、はるきゃん」

藤江「今ね、ちか探してるの。どこにいるか知らない?」

藤江が尋ねると、仁藤が不思議そうな顔をした。

仁藤「ちかちゃんなら今一緒に…って、あれ??」

藤江「?」

仁藤はきょろきょろと視線を動かし、ついには首をかしげる。

仁藤「おかしいな、今一緒にいたんだけど」

石田「…いないよ?」

仁藤「うん。あれー?」

藤江「もうちか、明日は大事な日なのにどこうろついてるんだろう」

石田「困った人だね」

仁藤「まぁいいや、来たられいにゃんが探してたって言っとく」

藤江「ありがとう。じゃあおやすみー」

藤江と石田が立ち去る。
仁藤はそれからもしばらくその場にとどまり、近野を探していたが、結局諦め、音楽室に向かった。
285 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:42:28.69 ID:cKc6HvOD0
野中「あれ?早かったね」

野中はすでに布団を敷き終え、ストレッチをしていた。

仁藤「うん、シャワー混んでなかったから」

仁藤は濡れた髪をほどきながら、布団の上に座る。

仁藤「さっきそこでれいにゃんとはるきゃんに会ったよ」

野中「うん、ちかりな探してるんでしょ。あれ?萌乃ちゃん一緒じゃないの?」

仁藤「一緒だったんだけど…いつの間にかいなくなっちゃった」

野中「お手洗いかな?」

仁藤「さあわかんない」

それから仁藤と野中は近野を忘れ、明日のことを話し合った。
仁藤は明日、レジスタンスとの対決に赴くことになっている。
しかし藤江のように不安を抱えてはいなかった。
仁藤はすでに腹をくくっているのだ。

――やると決めたことを後悔している暇なんてないんだよね。

仁藤の中に、逃げるという選択肢は存在しない。

しばらくすると近野が現れ、野中から伝言を聞くと、茶道室に行ってしまった。
やがて野中の口数が少なくなり、仁藤もまた言葉が重たくなった。
数分後、音楽室には2人に安らかな寝息が響く。
286名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 07:51:15.01 ID:EPs3f9Y/i
保守
287 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:51:23.29 ID:ieVPZnSiO
深夜――。

松井珠「あんなのないよ。なんであたしは明日の戦いに参加しちゃいけないんだろう」

篠田と小嶋に挟まれるようにして布団を敷いた珠理奈は、前田への不満を2人にぶつけた。
日頃他人の悪口や愚痴を口にしたことのない珠理奈にしては珍しい言動だったが、それだけ同じグループである玲奈への思いが強いのであろう。
2人はしばらく珠理奈の話に付き合ってやることを決め、布団の上に座った。

篠田「珠理奈はあっちゃんが意地悪で、珠理奈を第2陣にしたと思ってるの?」

松井珠「…そうじゃないと思うけど…」

小嶋「きっとあっちゃんにはあっちゃんの考えがあるんだと思うよー」

松井珠「でも、あたしはやっぱりこの手で玲奈ちゃんを助けたい。それに優子ちゃんのことで、レジスタンスを許せないのはあたしも同じです」

松井珠「それなのに前田さんは、自分だけが優子ちゃんのことで傷ついているみたいなふりして、あたしそういうの許せないの。優子ちゃんがいなくなって悲しいのはみんな一緒なのに、ひとりで責任をおって、メンバーを遠ざけて…」

篠田「あっちゃんはね、なんていうか不器用というか頑固というか…ひとりで考えこむところがあるから…」

小嶋「心配になっちゃうよね」

松井珠「でも、」
288 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:53:59.78 ID:ieVPZnSiO
篠田「今のあっちゃんは正直冷静じゃない。それでもちゃんとみんなのことを考えて、珠理奈を第2陣にしたんだと思う」

篠田「明日は相手の戦力がわからないとこに飛びこんで、決着を着けなきゃいけない。一先ず退却したり、隠れたりすることも出来ない」

篠田「だから万が一のことを考えて、あたし達が全滅した時、珠理奈にみんなをまとめて欲しいんだと思うよ。それだけあっちゃんは珠理奈のことを認めてるってこと、わかってあげて」

松井珠「麻里ちゃん…」

小嶋「玲奈ちゃんはきっと助かるよ。大丈夫」

小嶋は枕を胸の前に抱え、眠たそうに言った。
それが睡魔と闘いながら適当に発した言葉であっても、なぜだか小嶋の言葉は人の心を捉える。
珠理奈は納得すると、布団にもぐりこんだ。

松井珠「明日は、お願いします。そして…必ず無事に帰ってきてください」
289 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 07:57:40.21 ID:ieVPZnSiO
おはようございます。
保守してくださった方、ありがとうございます。
午前中バイトなのでまた午後から更新します。
290名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 09:15:19.93 ID:EtjalF470
待ってますよん
291名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 09:31:04.49 ID:ZDNBlwdz0
ほんとおもしろい
保守
292名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 10:13:56.03 ID:jGG0DOG30
続きが気になる
保守
293名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 10:27:01.32 ID:EPs3f9Y/i
ポニーテールと保守
294名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 10:31:23.84 ID:pP92vbS1O
中塚が消息不明のままになってる
忘れられてる?
295名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 10:42:20.80 ID:VHxwqmnA0
保守
やぎしゃんが気になる
やぎしゃん無事だといいけど
296 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/10(火) 10:47:03.02 ID:MiNHU9Myi
やぎしゃんならうちの隣で寝てるで
297名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 11:19:21.91 ID:VHxwqmnA0
>>296
さてはお前、レジスタンスだな
298名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 11:40:23.70 ID:fguJnZyzO
いてほしかった
あと一ヶ月で卒業なんて実感ないし今だ認めたくないな
299 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/10(火) 12:31:30.32 ID:MiNHU9Myi
>>297
つ≡≡≡≡手榴弾
300名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 13:16:40.17 ID:aPy1z3SVi
これって前にバイオのやつ書いてた人?
301 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:07:57.16 ID:cKc6HvOD0
早朝――。

ほとんど眠れずに朝を迎えたメンバー達は、誰が言い出したわけでもなく、自然と校舎裏に集まっていた。

川栄「今日はね、防壁作りはお休みだって。みんなで校舎の中に避難」

川栄は眠い目をこすりながら、田野に言った。

田野「そっか…何かしてれば気が紛れるんだけどな」

川栄「さすがに先輩達が戦っている間、寝てるわけにもいかないしね。あたしのヴォイドがもっと優秀だったらな…」

川栄はそう言うと、寂しそうにうつむいた。

田野「まだどんな力かわからないんですか?」

川栄「うん…。なんか銃弾?みたいなやつと、リストバンドのセットなんだけど、何に使っていいのか…」

田野の問いかけに、川栄は困ったように説明する。
すると、傍で聞いていた市川が割って入った。

市川「それならまだいいよ。変にヴォイドの力が判明すぃて、わたすぃみたいにぽんこつのヴォイドだった場合、すっごく馬鹿にされるよ」
302名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:08:59.24 ID:X9Xp7BtB0
>>301
まってました!
303 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:09:29.59 ID:cKc6HvOD0
仲俣「ぽんこつといえば…ぱるる…」

市川「あ…」

仲俣「今日で無事に戻ってこれるかな、ぱるる…」

仲俣が不安げに呟いた。

市川「まりやぎさんも…」

竹内「由依ちゃん…」

中村「それに、中塚さんもだよね」

仲俣「わたし達…このままここでおとなしく待つ以外しか出来ないのかな…」

仲俣がぽつりとこぼす。
それに市川が噛み付いた。

市川「だってどうすぃようもないじゃない!わたすぃ達全員、意味不明のヴォイドで、役立たずなんだよ?こんなわたすぃ達にどうすぃろっていうの!」

入山「みおりん落ち着いて…」

入山が消え入りそうな声で市川をなだめる。
そう言う入山も、激しく動揺し、自分の無力さに苛立っていた。
304 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:10:45.02 ID:cKc6HvOD0
仲俣「ご、ごめんね。だいそれたことだとは思うの。でもね、なんかあたし達、何もしないうちから諦めているような気がして…」

竹内「……」

仲俣の言葉に、竹内は考えこんだ。
痛いところをつかれた気がした。
確かに仲俣の言ったとおり、自分は使い方がわからないからと言って、ヴォイドの可能性を探すことを諦めてしまっている。
だけど、ダンスがわからないから、劇場に立つことを諦めたりするだろうか。
わからなければ、わかるまで練習する。
絶対に劇場に立つ。
今までだってそうしてきた。
ヴォイドも同じだ。

竹内「美宥、練習する。このヴォイドを使いこなせるようになるまで、いっぱい練習すればいいんだよ」

竹内はそう言って、自身のブォイドを胸の前でぎゅっと握ってみせた。
先程前田に会って、全員ヴォイドを取り出してもらっていたのだ。

中村「美宥…」

竹内の決意はすぐさまメンバーに影響を与える。

中村「あたしもやるよ。練習」

岩田「あたしも」

こうして校舎裏に集まっていた面々は、それぞれ自分のヴォイドの力を試しはじめた。
一体どんな力が秘められているのか。
それを知るため、様々な方法を試みる。
誰も、何も不平や不満を口にするものはいなかった。
ただひたすらにヴォイドと向き合い、数時間が経過した頃――。
305 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:12:21.32 ID:cKc6HvOD0
竹内「美宥、なんかわかった気がする」

竹内が口を開いた。
入山が頷く。

入山「わたしも…なんとなくだけど…」

仲俣「わたしも、たぶんそうかなって思うことがある。もっと試してみないと確信はないけど」

仲俣の言葉に、中村は笑みを見せた。

中村「すごい…良かったね」

それからすぐに表情を曇らせ、うつむいた。

中村「あたしは全然駄目。どうしたらいいんだろう…」

中村は首から小さな鏡を下げている。
それが彼女のヴォイドだった。
その形状からして、戦闘タイプのヴォイドであるとは考えにくい。
ならば何かメンバーの役に立てるヴォイドであってほしいと中村は願っていた。

川栄「わたしも駄目でした。よくわかんない」

落ち込んだ様子の中村を気遣うように、川栄が告げる。
ヴォイドを役立てることが出来ない自分が、情けなくて仕方なかった。

――あたしのせいで前に篠田さんに怪我させてしまったこと…せめてあれを挽回できるくらいの力がこのヴォイドにあれば…。

川栄は未だあの日のことを引きずっていた。
そして、実は竹内に言われるより以前から密かにヴォイドを試し、その力を探ることを続けていたのだった。
しかし、未だ成果が見えない現状に、焦りを感じていた。
つい先ほどまで同じ役立たず組と思っていた竹内や入山、仲俣が自分のヴォイドの持つ力に気付きはじめたというのに、自分は一体何をやっているのだろう。

――このままで、いいのかな…。ううん、駄目だ。もっともっと努力しなきゃ。

川栄はそう思い、自分を追いこんだ。
306 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:13:10.44 ID:cKc6HvOD0
仲俣「あ、そろそろ朝食の時間だからみんなのとこ戻ろう。早く行かないと余計な心配かけちゃう」

仲俣がお姉さんらしくメンバーに声をかける。

川栄「だ、駄目です!」

すかさず川栄が叫んだ。

仲俣「え?」

川栄「あ、あたしはもう少しここで練習してから行きます」

仲俣「でも…」

仲俣が困ったように首をかしげる。
すると今度は中村が宣言するように言った。

中村「わたしももっと練習する!このままずっとみんなの後ろに隠れて、何も出来ないなんて嫌なの!」

中村は地面を見つめ、小さく肩を震わせた。
温厚な中村が初めて怒りを見せた瞬間。
彼女は今、自分自身の弱さに怒り、必死に戦ってそれを打ち負かそうとしているのだった。
307 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:14:11.74 ID:cKc6HvOD0
竹内「じゃあ美宥も一緒に練習する」

岩田「わたしも…練習します。まだ自分のヴォイドがどんなだかわからないままだし」

中村の言葉に感化されてか、残りのメンバーも練習続行を宣言しはじめた。

仲俣「しょうがないなぁ…じゃあわたしはみんながここに居る事、報告してくるよ。そうすれば心配かけずにじっくり練習できるでしょう」

中村「ありがとう」

仲俣は呆れ顔で、校舎に向かって歩き出そうとする。
しかし内心では、頼もしいチームメイト達の姿に、感動を覚えていた。

――大丈夫、わたし達はみんなやれる。必ず…先輩方のように活躍してみせるんだから…。

仲俣をそうして、小さく笑みを洩らした。
と、次の瞬間、驚きに目を見開いた。
その目標とする先輩が目の前に現れたのだ。

仲俣「あ、おはようございます」

すぐさま丁寧に頭を下げる。
ちょうど朝食の時間を知らせるため自分達を探していたという先輩に、練習のことを告げた。

――!!

その時、耳元で何かを呟かれた気がした。
308 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:14:48.31 ID:cKc6HvOD0
仲俣「え?どういう意味ですか?」

すぐさま聞き返す。
しかし相手は踵を返すと、立ち去ってしまった。
仲俣は呆然とその場に立ち尽くす。

――何で…。

今のは冗談?
あるいは自分達への嫌味?
それともわたしの聞き間違い?

――だってあの人がこんなこと言うわけないし…。

仲俣は混乱する頭で考える。
自分の勘違いであってほしい。
だけど、確かにそう聞こえたのだ。
耳元で呟かれた言葉。
「練習なんかしても無駄になるだけだよ。これから起きること、何もわかってないんだね…」
仲俣は妙な胸騒ぎを覚えた。

――嫌な予感がする…。
309 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:15:47.59 ID:cKc6HvOD0
校庭――。

前田「じゃあ、行ってくるね」

レジスタンスとの約束に合わせ、前田達は学校を後にした。

峯岸「必ず無事で帰って来てね」

前田「うん、みぃちゃん、たかみなをお願いします」

峯岸「わかった、まかせて」

篠田「あきちゃー?行くよー?」

篠田が頭上に向けて呼びかける。
上空ではすでに高城が出発の準備を整え、スタンバイしていた。
篠田の言葉に、羽ばたきで返す。
篠田はそれを確認すると、改めて自分のヴォイドを握り直した。

小嶋「あっちゃん、このヴォイド一旦元に戻してくれる?持って歩くの重たくて」

小嶋は緊張感のない声で、前田に話しかけた。
310 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:16:17.73 ID:cKc6HvOD0
前田「駄目。約束の場所に行くまでに襲撃されるかもしれないから、いつでも使えるように持ってて。そもそも今日のこと自体、向こうが仕掛けた罠かもしれない。警戒したほうがいいよ」

すぐさま前田は厳しい声を返す。
小嶋は不服そうに唇を尖らせた。

小嶋「ともちんのヴォイドはいいなー。軽そうで」

板野「……」

仁藤「もう時間ないですよ」

仁藤が急かすと、そこでようやく一行は出発した。
前田は先頭に、目的の場所を目指す。

――見ててね、優子。優子の仇は必ず取るよ。

前田の胸に、レジスタンスへの憎悪が燃え上がる。
もう何日も、それだけを支えに生きてきた。

――ついに、この日が来たんだ…。
311名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:17:01.51 ID:hwzQ83rK0
支援
312 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:17:34.89 ID:cKc6HvOD0
数十分後、調理室――。

阿部「水これくらいでいいですかー?」

阿部は自身のヴォイドであるホースから水を桶に移すと、河西に尋ねた。

河西「うん、ありがとう。持ってくね」

河西が駆け寄り、水の入った桶を持ち上げようとする。
しかし桶は予想以上に重たく、河西は苦笑いを浮かべた。

河西「ちょっと、多すぎちゃったかな」

阿部「あ、すみません」

秋元「ともーみ、あたしが持つよ」

すかさず秋元が救いの手を差し伸べる。
しかしそれより先に桶は田野が持ち上げていた。

河西「わぁー、すごいね!すごいね!」

河西は嬉しそうに拍手をすると、田野を賞賛した。
田野のヴォイドは怪力を発揮する。
秋元はそんな田野を見つめながら、行き場のなくなった手を静かに下ろした。

――同じグローブ型のヴォイドなのに、向こうは力仕事が出来て、あたしはただ火を放つだけ…。

他人と比べたって意味がない。
頭ではわかっている。
しかしヴォイドの力で優劣を判断されてしまう今の状況では、劣等感を持たずにいられることが難しい。
秋元は他人に嫉妬してしまう自分が、嫌で仕方なかった。

――だけど、今日でこんな生活は終わるんだ。あっちゃん達が勝利すれば、もうヴォイドなんて必要なくなる。

秋元はそう自分に言い聞かせ、動揺する心を落ち着かせようとつとめた。
313名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:20:18.18 ID:17HgkNjvO
支援
オカロがバトル物で活躍しないのって珍しいな
314 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:21:33.49 ID:ieVPZnSiO
河西「さてと、お水も準備できたし、スープ作りをはじめようか。勝利を信じて、お祝いの料理だよ」

河西はそう言うと、包丁を動かしはじめた。
その傍では市川がちょこまかと動きまわり、手伝いをしている。
いつもより多めに食材を使い、出来る限り豪勢な食事を作るつもりだ。

河西「みおりん、あそこの棚からアンチョビの缶詰持って来てくれる?」

市川「はーい、わかりますぃたー」

河西に言われ、市川は棚に駆け寄る。
それから困ったように河西を振り返った。

市川「河西さーん…」

河西「?」

市川「缶詰、なくなってます。一つもありません」

河西「え?またぁ?昨日も食材がちょっと減ってたよね?」

市川「はい…」

秋元「一体誰が盗んでるの…?」

秋元は薄気味の悪さを感じて、空になった棚を見つめた。
315 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:23:53.26 ID:ieVPZnSiO
河西「怖いよね、ネズミかな?」

秋元「そんなことあるわけないじゃん。犯人は絶対人間だよ」

市川「え?それってやっぱり、メンバーの中に犯人がいるってことですよね?」

阿部「あ、中塚さんおはようございます」

河西「……」

秋元「……」

河西「え?」

秋元「なんでいるの?」

秋元と河西は同時に阿部のほうを振り返った。
阿部の見つめる先には、準備室へと続く扉がある。
上半分がガラスなっている扉で、中が覗けるようになっていた。
阿部はその扉に向かって頭を下げている。
そして河西達が見守る中で、ゆっくりと扉が開かれた。
316名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:25:56.25 ID:17HgkNjvO
料理部長キタ━━(゜∀゜)━━!!
317 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:26:47.60 ID:ieVPZnSiO
秋元「……」

河西「あ、由依ちゃん…」

阿部「あ、まりやだ」

準備室から出て来たのは、これまで探し続けていたメンバーの姿。
中塚は憔悴しきった顔でうつむき、横山は怯えた表情を浮かべている。
そしてそんな横山に支えられるようにして、永尾は小さく会釈をした。

秋元「なんでここにいるの?みんな今までどれだけ3人のことを探したか…」

河西「ずっとここにいたの?」

市川「隠れてたんですか?あ、もすぃかすぃて、たまに食材がなくなってたのは…」

3人に次々と問われ、中塚達はおろおろと顔を見合わせた。
最初に口を開いたのは横山だった。

横山「自分の命を守るためやったら、仕方ないじゃないですか!」

横山はまるで逆ギレするかのように、秋元達を睨んだ。

横山「こうしないと、前田さんから逃げられないと思ったんです。いけませんか?」

河西「逃げるって…なんで…?」

河西がおそるおそる聞き返す。

中塚「わたし…聞いちゃったんです…」

今度は中塚が、暗い声で言った。

秋元「聞いた?何を?」
318 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:30:11.66 ID:ieVPZnSiO
中塚「爆発があった日。あの日、爆発の衝撃で気を失っていたわたしは、目が覚めてすぐにメンバーを探して歩きました。たくさん歩き回って、やっと篠田さんと小嶋さんの姿を見つけて…うれしくて駆け寄ろうとしたら、気付いたんです。お2人を襲おうとしている…」

秋元「ロボットのことか。あれはレジスタンスのロボットで、」

中塚「知ってます。調理室でみんなが話しているのをずっとこの部屋から聞いていましたから」

中塚はそう言って、準備室の扉を指差した。

中塚「わたし怖くてその場から動けなくて、ずっと様子を窺っていることしか出来なくて。そうしたら前田さんが出て来て、ヴォイドって言うんですか?その武器でロボットを倒したんです」

河西「うん」

河西は真剣な顔で中塚の話に耳を傾ける。
中塚は一度河西に向かって頷き返すと、感情を抑えようと必死の声で続きを話した。

中塚「その後、たかみなさんも来て、4人は話しこんでいました。前田さんは篠田さんと小嶋さんからもヴォイドを取り出してみせました。そして、説明してたんです」

中塚「たかみなさん言ってました。ヴォイドを使って、レジスタンスを倒すしかないって」

秋元「そうだよ。だからみんな頑張って、今もそのレジスタンスと対決しに行ってる」

横山「駄目ですそんなの!駄目…絶対駄目…」

突然横山が叫んだ。
319名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:33:26.09 ID:17HgkNjvO
ゆいはんキレキャラワロタw
320名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:33:58.59 ID:VHxwqmnA0
クリスきたー支援
321 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:35:45.25 ID:ieVPZnSiO
秋元「ゆいはん…?」

興奮してがくがくと震えだした横山を、中塚がなだめる。
少しして横山の呼吸が落ち着くと、中塚は話を再開した。

中塚「そしてその後、わたしは聞きました。ヴォイドについての恐ろしい真実…」

河西「何を聞いたの?」

中塚「ヴォイドが壊れればその持ち主である人間も同時に…死ぬ」

河西「ひぃっ…!」

河西が小さく悲鳴を洩らす。
それきり、調理室は静まり返った。
秋元は驚愕の表情で目を見開き、市川は河西と抱き合い、涙ぐんだ。
田野と阿部はぽかんとした表情で立ち尽くしている。

中塚「それからわたしは逃げて、その途中で由依ちゃんとまりやちゃんに会ったんです。なんとか身を隠せる場所を探してこの中学校にたどり着いて、そうしたら前田さんや他のメンバーも避難してきた」

中塚「わたしは由依ちゃんとまりやちゃんにもヴォイドのことを話し、相談して、ここに隠れることにしたんです。前田さんに見つからないように。見つかれば、ヴォイドを取り出されてしまう。そうなったらあの恐ろしいロボット達と戦うはめになるかもしれない」

中塚「ヴォイドを使って戦うということは、自分の命を無防備にさらして…命を消耗しながらいつ死ぬかもしれない危険と隣合わせで戦うってことなんです。そんなこと…出来ますか?」

河西「そんな…全然知らなかったよ」

中塚「言えば、誰もヴォイドを使おうとしなくなる。だからあえてメンバーには黙ってたんじゃないですか」

秋元「……」
322名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:36:04.86 ID:VHxwqmnA0
やぎしゃん無事で一安心
323 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:38:00.36 ID:ieVPZnSiO
横山「みなさんは前田さんに騙されてるんです。そんな簡単に前田さんに命を差し出していいんですか?前田さんはずるいです。みんなは前田さんにいいように使われているだけなんですよ!!」

そこでまたしても横山が叫んだ。
激しく震えだす。
横山に支えられていた永尾が苦しげにうめいた。

横山「あ、やぎしゃん…」

横山はそこで我に返り、永尾の顔を覗き込んだ。

秋元「あのさ、さっきから気になってたんだけど、まりやちゃん…具合悪いの?」

河西「うん、なんか顔が青いよ?大丈夫?座る?」

阿部「吐く?桶あるよ」

田野「あ、それ料理用の桶ですよ」

永尾「へ…平気…です…」

秋元「そんなわけないでしょ、いいから無理しないで座りなよ」

秋元は永尾に駆け寄り、肩をかそうとした。

永尾「あ、ほんとに…大丈夫、です…」

しかし永尾は抵抗する力もなく、秋元にしなだれかかる。
その瞬間、永尾の長い髪がふわりとなびいた。

阿部「あ…」

阿部が何かに気がついて、口をあんぐりとあけた。
その隣で田野が息を呑む。
324 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:40:12.71 ID:ieVPZnSiO
秋元「ちょっ、どうしたのこれ…」

秋元は驚きの声を上げると、思わず永尾の両肩をつかんで、自分のほうに向けさせた。
永尾は秋元の視線を避けるように、顎をずらす。
髪に隠されていた部分、永尾の右頬が露になった。
そこには魚の鱗のように、びっしりと結晶が生えている。

秋元「…キャンサー化してる…」

河西「いや…いやぁぁぁぁぁ」

秋元「どうして?発症したの?いつから?」

永尾「……」

永尾は今にも泣き出しそうな顔で唇を噛んだ。
しかし結晶化した右頬は動かせないらしく、その表情は奇妙なものとして秋元の目に映る。
秋元の中に絶望が広がった。

横山「今の河西さんみたいな反応が返ってくると思ったから、人目を避けるためもあってわたし達はずっとここに隠れてたんですよ。こんなふうになって、メンバーの前に出られますか?」

秋元「……」

横山「わたしはレジスタンスとかもうどうでもいいんです。そいつらを倒したらやぎしゃんは元の顔に戻れるんですか?そんなものと戦う暇があったら、やぎしゃんの顔が治るような治療法を見つけるほうが先だと思うんです」

横山は無表情にそういい捨てると、何も文句は言わせないとばかりに秋元から永尾を引き剥がした。

横山「前田さんはみんなのためとか言って戦ってるみたいですけど、今本当に助けを必要しているのはやぎしゃんなんですよ」
325 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:41:34.74 ID:ieVPZnSiO
河西「…うっ…うぅぅっ…」

とうとう河西が泣き崩れた。
河西はもう、何を信じたらいいのかわからなくなっていた。
今までヴォイドをこの生活の唯一の救いだと思っていた。
そしてそんなヴォイドを与えてくれた前田に、感謝すらしていた。
まさか自分がこれまで喜んで使っていたものが、自身の命だったとは思いもしなかった。

――怖い…。

ヴォイドについて、河西の中で再び恐怖が湧き上がる。

――それに、キャンサー化したら…。

メンバーに発症者はいなかった。
それだけで、河西は安心していた。
何の根拠もなく、みんなに発症者がいないのだから自分も大丈夫だろうと思いこんでいたのだ。
しかし今それは、ただの現実逃避に過ぎなかったのだと痛感した。
永尾は発症している。
だったら自分も、いつ発症してもおかしくないのではないか。

――あんなふうには絶対なりたくない…。

永尾には悪いが、素直にそう願った。
ヴォイド――自身の命――を使うことへの恐怖、キャンサー化への不安、そして、前田の裏切りを知って味わう絶望と怒り。
様々な感情が河西を襲う。
それは河西の許容範囲をとうに超えていた。

市川「あ、河西さん!河西さん!大丈夫ですか?すぃっかりすぃてくださいっ!」

河西はゆっくりと後方に倒れ、そして、失神した。
326名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:43:50.25 ID:17HgkNjvO
NGO…(´;ω;`)
327名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:44:43.08 ID:VHxwqmnA0
一安心したのは間違いだった…
やぎしゃん…
328名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:46:53.25 ID:pP92vbS1O
あの盗み聞きしてたのが中塚だったのかw(°O°)w
329 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:48:26.45 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「見えてきた!」

学校を出てから、目的地目指してひたすら歩いた。
はじめはいくらか会話もあったが、徐々にそれも減り、ついにはみんな無言になった。
勝利を願い、信じてやまない者はごく少数で、大半は何かしらの不信感を抱いている。
しかし復讐に燃える前田を前にして、誰も胸のうちを打ち明ける者はいなかった。
前田の気持ちは痛いほどわかる。
そして自分達もまた、大島の仇を討ちたい考えている。
だけど――。
前田はちょっと焦りすぎてはいないだろうか。
物事を冷静に見ることはできているのだろうか。
我を失った状態の前田を信じていいのだろうか。
メンバーはいつしか、前田の言葉に懐疑的になっていた。
辺りの静けさが、それに拍車をかける。
こんなにもおとなしく、敵は自分達を待ち構えているものなのだろうか。
なんだか自分達は今、敵の罠の中へと足を踏み入れているような気がしてならない。
敵の思惑通りに動かされているような…。

板野「ロボットの数、少ないね」

瓦礫は片付けられ、開けた場所に数体のロボットが整列して待ち構えていた。
まだ攻撃をしかけてくる様子はない。

宮澤「で、レジスタンスの連中はどこにいるんだろう?ロボット相手ならいつもの狩りと変わらないよ」

宮澤は拍子抜けした様子で辺りを見渡す。
330名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:48:51.28 ID:17HgkNjvO
ドラマだったらバックに命の意味が流れてそう
331 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:51:07.00 ID:ieVPZnSiO
篠田「まずはロボット相手に腕試しでもさせる気かな?大元が出てくるのはその後だよ」

小嶋「なんか面倒臭いね」

前田「いい?みんな気を抜かないで。先に仕掛けるよ」

前田がメンバーに合図を出す。
メンバーは一斉にヴォイドを構えた。

板野「まずい…」

が、板野が苦い顔をした。

板野「みんな一先ず退却!退却だよ!」

ヴォイドを振り回しながら板野が叫んだ。

前田「え?何言ってるともちん。これからなのに…」

板野「危ない!!」

前田が怪訝そうに訴えたと同時に板野は前田の腕を引いて地面に伏せた。
間一髪のところで、宮崎が攻撃を受け止める。

篠田「仕掛けてきたか…」

渡辺「みゃお…」

出遅れた渡辺が小さく呟いた。
その間にメンバーは身を隠す場所を探して走り回る。
相手からの攻撃がやむことはない。
そして予想を越えた破壊力である。
332 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:54:12.50 ID:cKc6HvOD0
前田「どうして?あのロボットの数でこの攻撃…おかしいよ!」

そう言う前田の耳元で、空気の切れる音がした。

宮崎「すみませんわたしのヴォイドだとこれ以上の防御は…」

板野「…人がいる。ロボットの後ろに大勢隠れてる。覆面をして…たぶんあの人達がレジスタンスだ」

前田「あのロボットは囮だったってこと?」

板野「うん、そして同時にあのロボットは盾の役割。レジスタンスはロボットに身を隠して、隙間から攻撃してきてる」

前田「いけそう?」

板野「わかんない。でも向こうの武器は拳銃みたいなやつだけみたい」

前田「だとしたらみんなで一気に向かえば…」

宮崎「あっちゃん!早くどうするか決めて!」

前田と板野が話している間も、宮崎は防御し続ける。
しかしひとりでは賄いきれず、銃弾はたびたび3人をかすめた。

前田「先手を取られたけど…ここでやられるわけにはいかないよ。みんないるー?!本当の相手はロボットじゃない!その後ろを狙って!」

前田が叫ぶと、あちこちからメンバーの返事が上がった。
333 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:54:51.57 ID:cKc6HvOD0
藤江「でもでも、どうしたらいいの?この攻撃をかいくぐるなんて無理だよ!」

藤江は完全にテンパっている。

篠田「落ち着いてれいにゃん。れいにゃんのヴォイドなら充分射程内だから」

藤江「でもわたしひとりじゃ…」

藤江は弓を持ち直した。
手には早くも嫌な汗をかいている。

前田「麻里子はロボットを全機破壊!向こうが盾となるロボットを失ったところで反撃する!」

篠田「でもどうやってあそこまで近付くの?」

渡辺「…わたし行く…!」

篠田の問いかけに、渡辺が答えた。

渡辺「わたしの盾に隠れて、ぎりぎりのところまで近づけるんじゃない?」

前田「わかった!全員まゆゆの後ろについて!前進!」

メンバーは走り出した。
レジスタンスの攻撃は止まず、何度も砂が跳ねる。
渡辺の後ろで、篠田はその華奢な背中を見つめた。

――麻友がこんなに積極的に動くなんて…。

渡辺は今、必死に盾を構え、メンバーを守っている。
その姿は頼もしく、篠田は目を見張った。

――あたしも頑張らなきゃな…。

成長した渡辺を目の当たりにし、篠田はいよいよ身を正した。

――絶対に…勝つ…!!
334 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:55:51.18 ID:cKc6HvOD0
走り続け、ついにレジスタンスと対峙するところまで来た。
前田が合図すると、メンバーは立ち止まり、指示を仰ぐように彼女を見る。

前田「まゆゆ?わたしが合図するまで盾を下ろさないで。もう少し近づいたところで合図するから、そうしたら一斉に攻撃開始!一気に相手を壊滅に追いやる!まゆゆとみゃお、ともちんは攻撃を避けながら退却。この作戦は最初の攻撃にかかってるから、みんなしっかりね!」

宮澤「もちろん!」

小嶋「緊張するね麻里ちゃん」

篠田「陽菜、顔笑ってるよ?」

前田「さ、行こうまゆゆ」

渡辺「わかったよ…」

渡辺がくぐもった声で返事をした。
しかしその場から動こうとしない。

前田「まゆゆ…?何やってるの?」

渡辺「……」

メンバーの見ている前で、渡辺の肩が激しく震え出す。

宮崎「大丈夫だよ。ここまで来れたんだし、いざとなったらあたしもカバーするから」

宮崎が眉を下げた。
やはり渡辺も限界か。
本番を前にして足がすくんだらしい。
メンバーは渡辺を励まそうと、その肩に手を伸ばした。
渡辺が俯く。
ツインテールが小さく揺れた。
335 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:56:48.07 ID:cKc6HvOD0
篠田「みんないるから。ここまでまゆゆのおかげで来れたんだよ。みんなまゆゆを信じてるから大丈夫だよ」

篠田は渡辺の背中に優しく声をかける。

篠田「だから、」

渡辺「違うの!」

突然、渡辺が金切り声を上げる。

渡辺「信じなくていいの…みんな…みんな…ごめんなさい!」

渡辺は叫ぶと同時に、盾を下ろした。
ふいを突かれたメンバーは銃弾に当たり、倒れる。
一瞬のうちに立っているのは前田と渡辺だけになった。

前田「なんで…」

渡辺「……」

前田「なんで盾を下ろしたりしたの?まだみんな攻撃の準備をしてなかったのに!こんなことしたらまともに攻撃を受けることになるってわからなかったの?あたしが合図するって…言ったじゃん…」

前田はおろおろと倒れたメンバーを見下ろした。
いつの間にか相手の攻撃は止み、辺りを静けさが包んでいる。
そんな中、渡辺はその場に立ち尽くし、感情の見えない目で前田を捉えていた。
336 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:57:55.42 ID:cKc6HvOD0
渡辺「大丈夫。麻酔銃だから。みんな眠ってるだけ」

渡辺が言うと、倒れているメンバーの手元が光りだし、次々とヴォイドが消失した。
意識を失っている証拠だ。

前田「ひどいよ…なんでこんなことするの…」

前田はその場に崩れ落ち、両手で顔を覆った。
予想だにしなかった出来事を前に、完全に思考が停止している。
ただ泣くしかなかった。
意識を失っている間はヴォイドを取り出すことはできない。
仮に倒れているメンバーからヴォイドを取り出せたとしても、今更自分ひとりでどうやってレジスタンスと戦うことが出来るのか。
ヴォイドを持たない前田はただのアイドル。
圧倒的に無力だった。
ついさっきまで、勝利を信じてやまなかったのに――。

――なんでこんなことになっちゃったの…なんで…。

しゃくり上げる前田を残して、渡辺が歩き出す。
迷いなく向かった先は覆面を被ったレジスタンスの場所。
覆面部隊は渡辺を当たり前のように受け入れると、倒れたメンバーに近づいてくる。

前田「やめて…来ないで!あっち行って!」

前田はばたばたと手を動かした。
しかし覆面部隊は前田の姿など見えていないかのように、淡々とメンバーを抱え上げ、そのまま連れ去ろうとする。
前田は思わずそんな覆面隊員にすがり付いていた。
337 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:58:31.34 ID:cKc6HvOD0
前田「やめて!連れてかないで!お願い…みんなを連れていかないで…お願いします!お願いします!」

もうなりふりなんて構っていられなかった。
今の前田に出来ることといったら、ただ頭を下げるしかない。

前田「お願い…やめてください!お願いします!」

前田にすがりつかれた覆面隊員が、忌々しげに体を揺する。
前田を振りきると、銃口を向けた。

覆面隊員「しつこいぞ!これ以上邪魔するなら撃つ!」

前田「…いいです。その代わりみんなのことは見逃してください」

覆面隊員「……」

カチャリと冷たい音が響く。
続いて額に硬いものが当たる。
銃口を突き付けられたのだ。
前田は覚悟して、目を閉じた。
覆面隊員は笑っている。
マスクの下で愉快げに。

覆面隊員「……」

いよいよ引き金を引くその時になって、一陣の風が舞い上がった。
覆面隊員の前を、空から降りてきた何かが横切った。
次の瞬間にはもう、前田の姿は消えている。
だが覆面隊員が慌てることはない。
見上げれば、遠ざかっていく2人の影を確認することができる。

覆面隊員「高城のヴォイドに救われたか…。まあいい、前田を相手にするのはボスの仕事だ…」
338 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 14:59:42.72 ID:cKc6HvOD0
中学校――。

峯岸「あっちゃん!」

中学校に戻った前田と高城を最初に見つけたのは峯岸だった。
峯岸は心配で、ずっと窓の外を気にしていたのだ。
高城に抱えられながら飛んできた前田は、ひどく混乱していた。
来ている服は汚れ、あちこちが切れてしまっている。
しかし峯岸が一番驚かされたのは、一点を見つめて何事か呟き続ける前田の様子だった。
その目は完全に正気を失っている。
一体何があったというのか。
峯岸の背中にぞわりと冷たいものが走る。

峯岸「あっちゃん何があったの?みんなは?みんなはどうしたの?あっちゃんとあきちゃだけ?」

前田「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

峯岸「え…?」

峯岸は前田の肩を掴み、激しく揺すった。

峯岸「どうしたの?おかしいよあっちゃん。あきちゃ…?」

一向に目を合わせようとしない前田を諦め、峯岸は今度、呆然と立ち尽くす高城に説明を求めた。
高城は必死に感情を抑えながら、自分が見たことを話して聞かせる。
上空から見ていた戦いの風景と、渡辺の裏切り。
連れ去られたメンバーと、自分が咄嗟に前田を抱え上げ、死に物狂いでここまで飛び逃げてきたこと。
339名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 14:59:55.85 ID:QSWPhIaxO
なるほどなるほど
340 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:00:31.59 ID:cKc6HvOD0
峯岸「嘘…でしょ…」

すべてを知った峯岸は、唇を震わせた。
がくりと膝を落とす。

峯岸「嘘だよ…嘘だと言ってよあきちゃ!」

高城「本当なんです…」

高城が苦しげに答える。
それを聞いた瞬間、峯岸は駆け出した。

高城「あ、みぃちゃん…!」

峯岸は闇雲に校舎内を走り、そして人影のない場所までやって来ると、声を上げて号泣した。
今まで経験したことのない悲しみが彼女の心を貫いている。
連れ去られたメンバー。
前田の悲痛な姿。
失った希望。
そして、渡辺のとった行動。
すべてが暗い影となって峯岸を包む。

――まゆゆは…レジスタンスの一員だったの?

信じたくなかった。
しかし錯乱した前田の様子を尋常ではない。
峯岸は暗い現実をなんとか受け止めようと、懸命に息を整えた。
341 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:02:11.12 ID:cKc6HvOD0
一方その時、前田は――。

高城「あっちゃん…これからどうするの?」

峯岸が立ち去った後、高城は思いつく限りの言葉をかけ、前田を落ち着かせようとしていた。
難しい言葉はわからない。
効果的な言葉の使い方もわからない。
だから高城は、一つ一つに気持ちをこめて、前田に話しかけた。
何の計算もない高城の言葉は、いつしか前田の心の奥に響く。
高城の思いが、前田に正気を取り戻させた。

前田「ごめんね…」

高城「ううん、亜樹は大丈夫だよ」

高城に支えられ、前田は立ち上がる。
すると慌しい足音とともに、仲川が現れた。

仲川「あ、あっちゃんあきちゃお帰りー」

前田「ごんちゃん…」

仲川がいつもと変わらぬ態度で前田に抱きつく。
前田はしかし、後ろめたさから身を引いてしまった。
仲川が拍子抜けした表情で首をかしげる。
それから思い出したように、問いかけた。

仲川「あ、そういえば由依ちゃん達が言ってたんだけど、ヴォイドが壊れると持ち主も死んじゃうって本当?」
342 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:03:38.15 ID:cKc6HvOD0
前田「な、なんでそのこと…」

高城「あれ?由依ちゃん見つかったの?どこにいたの?」

仲川にはなんの悪意もなかった。
ただ自身の疑問を解決しようと思っただけの問いだった。
しかしその無邪気さが、かえって前田の心を締め付ける。

仲川「うん、なんか由依ちゃん達、ずっと調理室の奥の準備室に隠れてたみたいだよ。あ、それでね、今そのことで体育館が大騒ぎなの。ヴォイドが壊れると死ぬなんて嘘だよね?」

仲川「もうみんな怖がっちゃってさぁ、あっちゃん早く来て、みんなに本当のこと教えてあげてくれる?なんか泣いてる子までいて、心配だから早く安心させてあげないと」

仲川はもう一度前田に手を伸ばし、その腕を強く引いた。
前田は思わずその場に踏ん張ってしまう。

仲川「あっちゃん?」

前田「…ほんと…だよ。ヴォイドが壊れると、その持ち主は消滅する」

仲川「え?なんで今まで教えてくれなかったの?」

前田「…ごめん」

仲川「え、えぇ?やだよ遥香死にたくないよー」

前田「……」

高城「あっちゃん…」
343名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:03:39.43 ID:nCw3T5vHO
>>330
そこは命の使い道orBeginnerで
344名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:04:05.36 ID:f+B6a6GEO
支援
345 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:04:16.73 ID:cKc6HvOD0
前田「ごめんね。本当にごめんなさい。みんな体育館に集まってるんだよね?あたし、これからみんなに本当のことを言う」

仲川「でもね、みんな今すごく混乱してて…あれ?そういえばみんなは?一緒じゃないの?」

仲川はそこでようやく状況に気がついた。

仲川「ねぇみんなは?みんなどこー?」

前田「そのことでも、みんなに伝えなきゃいけないことがあるんだ…」

前田は苦しげに顔を歪める。

高城「あっちゃん、みんなには亜樹から説明しようか?亜樹出来るよ。ずっと上から見てたもん。うまくは説明できないかもしれないけど、今はあっちゃん休んでたほうが…」

前田「いい。あたしはちゃんと本当のことをみんなに伝えなきゃいけないから」

高城の申し出を、前田はきっぱりと断る。
即座に顔を上げ、体育館へと歩き出した。
高城と仲川は無言で前田の後について行った。
覚悟を決めた前田の背中。
だが、高城は気付いてしまった。
前田の足が震えていることに――。
346 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:05:07.15 ID:cKc6HvOD0
体育館――。

高橋「ヴォイドの真実について、黙っていたことを謝罪します」

メンバーの騒ぎに気付いた高橋は、足の痛みに堪えながら体育館まで下りてきていた。
高橋の隣には泣き腫らした目の峯岸が、寄り添うように立っている。
今、メンバーはその2人を取り囲むようにして、説明を求めていた。

高橋「確かにクリスや由依が指摘したとおり、ヴォイドが破壊されると持ち主は消滅します。みんなが混乱しないよう、時期を見て話そうと思ってました」

河西「そんな…知ってたらあたし、絶対ヴォイドを使ったりしなかったよ」

失神から回復した河西が涙声で訴える。

大家「うちはもし知ってたら、少なくとも今より慎重に使うようにはしてたかもしれんな」

中田「うん…」

島田「あの、そのことは前田さんも知ってたんですか?」

島田が核心をついた。

内田「もし知っててみんなからヴォイドを取り出してたのなら…ずるくない?」

野中「え?わたしに聞かれても…」

内田の問いかけに、野中がうろたえる。
今は何を言っても、前田を非難しているようにしか聞こえない気がした。
野中は前田を悪者にはしたくなかったのだ。
だがそんな野中の思いとは裏腹に、メンバーの間からは次々と前田を責める言葉が上がる。
結局野中は、メンバーの手前、どっちつかずの態度を取ることしか出来なかった。
347 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:06:34.70 ID:cKc6HvOD0
高橋「あっちゃんにはあたしから、みんなにこのことを伏せておくよう助言したんです。悪いのはあっちゃんじゃなくあたしです」

高橋はそう言い切ると、深々と頭を下げた。
しかし一度興奮したメンバーがそれでおさまるわけもなく、ますます不満が増大する。
その矛先は高橋ではなく、やはり前田。

大場「でも、結局ヴォイドを取り出していたのは前田さんです。いくらたかみなさんから助言されたのだとしても、前田さんにはみんなに真実を伝えるべきかどうか、判断する権利があったはずです」

大場「だけど、前田さんは今までそのことをみんなに黙り、ヴォイドを取り出し続けました。やっぱり本当に責められるべきは前田さんではないでしょうか。たかみなさんは前田さんを守るため、わざと自分が悪者になろうとしているようにしかわたしには見えません」

仲俣「みなるん、言いすぎだよ…」

仲俣が止めに入る。
大場はだが毅然とした態度で前田を非難した。

大場「前田さんはわたし達を騙し、今までいいように使ってきました。少しでもわたし達の命を大切に思うのなら、こんなこと出来なかったはずです。所詮わたし達は前田さんにとって、道具でしかない。前田さんはずるいです!!」

大場の言葉が、高橋にとどめをさす。
高橋は口ごもった。
大場の意見には、口を挟む余地がない。
どうしたら、前田の思いを的確に伝えられるだろうか。
前田がどんな思いで戦うことを選んだのか。
結局のところ、その心内は本人にしか語ることができない。

横山「わたし、曖昧なのは嫌いです。ちゃんと本人の口から真相を聞きたいです」

高橋の考えを読みとったかのように、横山が発言した。
横山の隣では永尾がタオルを被り、顔を隠すようにしてうつむいている。
348 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:07:42.57 ID:cKc6HvOD0
高橋「……」

場違いなほど明るく穏やかな太陽の光が、窓から差し込んでいる。
それはきらきらと、体育館に舞い上がる埃を映した。
メンバーは前田への不信感を露にした表情で、ただ、その時を待っている。
そして前田がやって来た。

高橋「あっちゃん…ごめんね…」

高橋が眉を下げる。
前田は視線だけでそれに答え、メンバーの前に歩み出た。

前田「まずはじめに伝えなきゃいけないことがあります。作戦は失敗しました。あたしとあきちゃ以外のみんなは…レジスタンスに連れ去られました」

前田の言葉に、メンバーの間には衝撃が走る。

石田「そんな…れいにゃん…」

石田が俯いた。

松井珠「どうしてですか?必ず…必ず無事で帰って来るって、玲奈ちゃん達を助け出すって、約束したじゃないですか…」

珠理奈は思わず立ち上がった。
泣くのをこらえているのか、顔を強張らせている。

前田「アクシデントがあったんです。まゆゆが…」

柏木「麻友?」

前田「まゆゆはレジスタンス側の人間でした。あたし達はまゆゆの裏切りに遭い、作戦は失敗したんです。でも、今責められるのはまゆゆじゃなくてあたしですよね。ごめんなさい。ヴォイドのこと黙ってて…本当にごめんなさい!」

前田ががばりと頭を下げる。
メンバーは何か言おうとして、しかし感情ばかりが先に出て肝心の言葉が見つからない。
ただ憤りだけをぶつけるように、前田を睨んだ。
349 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:08:32.39 ID:cKc6HvOD0
前田「……ひっ、うぅっ…」

長いこと頭を下げ続ける前田に、峯岸が駆け寄った。
峯岸の肩を揺すられ、頭を上げた前田は、苦しげに胸を押さえ、しゃくり上げた。
そしてそのまま後ろに倒れこんでしまう。
呼吸が速い。

峯岸「まずい、過呼吸だ…!」

高橋「あっちゃん!」

前田は声を出すことが出来ないのか、激しく胸を上下させながら呻いた。
メンバーの間から秋元が飛び出す。

秋元「ちょっと横にさせたほうがいい」

秋元と峯岸に支えられ、前田は体育館から運ばれていく。
残されたメンバーは府に落ちない表情で、しかしそれ以上どうすることも出来ず、無言で膝を抱えた。

横山「うち、前田さんに言いたいことがあったのに…」

横山が消え入りそうな声で呟いたのを、北原は密かに耳にする。
350 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:10:25.54 ID:cKc6HvOD0
数時間後――。

永尾「心配かけてごめんね」

島田と合流した永尾は、申し訳なさそうに肩をすぼめた。

島田「いいよ。永尾が無事で本当に良かった」

そこまで言ったところで、島田は永尾の頬についた結晶を思い出し、口をつぐむ。

永尾「気にしないでよ。ひどい顔でしょ?ほんと…変…」

永尾は島田を気遣って、笑おうとした。
確かに笑おうとしたのだ。
しかし――。

――あれ…?

本人の思いとはうらはらに、涙がこぼれる。

島田「永尾…」

島田が気まずそうに目を反らした。

永尾「あのね、わたしはるぅにお願いがあるんだ…」

島田「お願い?何?」

永尾「前田さんを責めないであげてほしいの」

島田「え…?」
351 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:11:52.79 ID:cKc6HvOD0
永尾「知ってるよ。わたしずっと調理室でみんなが話しているのを盗み聞きしてた。わたし達がレジスタンスに攫われたと思って、みんなで探してくれてたんでしょ?たくさんたくさんロボットと戦って、なんとかわたし達を見つけようとしてくれてたんでしょ?」

島田「う、うん…」

永尾「それなのにわたし達は今日までずっと隠れてた。今日見つからなかったら、今もまだ隠れていたかもしれない」

永尾「前田さんをずるいというなら、わたし達も同罪だと思うんだ。みんなにばっかりヴォイドを使わせて戦わせて、わたし達は安全なところに隠れてたんだもん」

島田「だって永尾はその…キャンサー化してるし…」

永尾「そう。わたしはもうキャンサー化してる。このまま進行すればやがて体全体が結晶化して最後には砕け散る。すごく…怖いよ…」

島田「……」

永尾「でもね、こんな体になって気がついたこともあるんだ。命は大事だよ。そしてその命を守れるのは自分自身でしかない」

永尾「だけどね、命は温存するだけじゃなくて、どう使うかが重要なんだと思うの。はるぅ…わたしはこの命を、どう使うべきかな?わたしに出来ることはないのかな?」

島田「命を…使う…。それってヴォイドも同じってこと?」
352名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:13:19.54 ID:17HgkNjvO
黒幕候補は2人いる
どちらかだな
353名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:13:24.48 ID:hwzQ83rK0
支援
354 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:16:41.11 ID:ieVPZnSiO
永尾「そう。ヴォイドをどう使い、どう守り抜くか。それは結局自分次第。取り出した前田さんは悪くないと思うの。それにこのままレジスタンスの思い通りにさせていたら、いずれみんなもわたしのようにキャンサー化することになる」

永尾「わたしはそれを食い止めたい。こんなの、わたしだけで充分だよ。みんなには辛い思いさせたくないよ。キャンサー化して死ぬか、死ぬ気でヴォイドを使うか。どっちがみんなのためになるか、はるぅはわかるよね?」

島田「そ、それは…」

永尾の言葉に、島田ははっと目を見開いた。
今この瞬間まで、失礼ながら島田は永尾のことを弱者として見ていた。
キャンサー化して、ただ死を待つしかない永尾は、しかし生きる希望を忘れてはいない。
生きるとは、どうやって命を長引かせるかではない。
どうやって命を輝かせるかなのだ。
島田は永尾からそう教えられた気がした。
そして同時に、自分はどのように命を使うべきか考えた。
だが、答えをもう出ている。
永尾は言ったではないか。
ヴォイドをどう使い、どう守り抜くか。

島田「もし次があるのなら、うちは必ずレジスタンスと戦う。そして、みんなの仇をとる。はじめから心配なんていらなかったんだ。ヴォイドを守ればいい」

島田「壊されることばかり考えて何もしないのは、自分の力を信じていないだけ。逃げてるだけ。あたしはやるよ、永尾」

島田は永尾を見つめ、強く頷いた。
永尾が満足そうに微笑む。
キャンサー化により頬は引きつっているが、それは島田がこれまで見たこともないほど、美しい笑顔だった。
355名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:17:49.55 ID:pP92vbS1O
麻友は死亡フラグかと思った
敵の攻撃に盾が耐えきれずに破壊されて・・・
かな?って
356 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:19:54.96 ID:ieVPZnSiO
一方その頃川栄は――。

川栄「……」

――わたしに出来ることってなんだろう…。

川栄は島田と永尾の話を立ち聞きしていた。
そして、考えた。

――わたしも何かみんなのために出来ることを見つけなくちゃ。誰かのせいにして、現実から逃げていたら駄目なんだ…。

川栄はようやく自分と向き合う覚悟を決めた。
これまで犯した失態。
不甲斐ない自分。
無力な自分。
いつまでもみんなに頼ってばかりの自分。
後輩だからって、いつまでも誰かに甘えていては駄目なんだ。
自分がどうしたいか、どうするか。
きちんと自分自身で決めなければ。

――わたしは…やっぱりもう一度戦いたい。

役立たずなのはわかっている。
それでももう、現実から目を逸らさないと決めた。
島田と永尾を呼びに来た川栄だったが、2人には声をかけず、静かにその場を立ち去った。
その足取りは決意に満ちて、力強い。
川栄はそのまま誰もいない教室を見つけると、中に入った。
今日はもう誰とも話さない。
気持ちが揺るがないうちに、自分には何が出来るか見つけるんだ。
川栄はひとり考えはじめた。
357 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:22:16.63 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田は――。

前田「みぃちゃんもういいよ。大丈夫だからみぃちゃんも休んで」

峯岸「でも、」

いつの間にか日は暮れ、薄暗くなった美術室で、前田は静かに声をかけた。
もう呼吸は落ち着いている。
今までずっと、峯岸が背中をさすってくれていたのだ。

高橋「あっちゃん、本当にごめんね。こうなったのはあたしのせいだよ」

高橋が力なく言う。

前田「ううん、たかみなのせいじゃないよ。あたしがいけないの」

高橋「そんなことない!!…つっ…」

高橋は思わず立ち上がろうとして、しかし足の痛みに顔を歪めた。

峯岸「いいからたかみな座ってて!それに今はどちらが悪いとか決めてる場合じゃないよ」

前田「……」

高橋「だけどこんな状態じゃ、みんなの協力は期待できないよ」
358名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:22:24.26 ID:a23aMpwD0
保守ついでに
地下板でAKB小説見かけると優子は序盤で死ぬのが多い気がするw
バイオもそうだった気が
359名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:23:31.77 ID:hwzQ83rK0
本家ギルティクラウンちらっと見てきたら優子復活する気がしてならないw
360 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:24:15.12 ID:ieVPZnSiO
前田「…もう…どうしたらいいの…」

前田は頭を抱えた。
考えなければならないことがたくさんある。
これからどうすべきか。
どうやってメンバーを救えばいいのか。
しかし、今の前田の頭に浮かぶことはただ一つしかなかった。

――ごめんね、優子…。あたし、優子の言った優しい女王にはなれなかったよ…。

信頼を失って初めて気がついた、メンバーの優しさ。

――あたしはこの力で、メンバーを守っていたんじゃんない。メンバーがあたしを守ってくれてたんだ。それなのにあたしは勘違いして、みんなにきつく当たってた…。

いくら謝ったところで、もうメンバーは戻ってきてはくれないだろう。
それだけ自分はひどいことをしてきたのだ。
ヴォイドランク制だってその一つ。
他人の個性をとやかく言って順位をつけるほど、自分は優れた人間だったろうか。
いや、そんなことはない。
手に入れた能力に傲慢になり、力でメンバーをねじ伏せようとした自分は、最低な人間だ。
周囲の冷ややかな視線に気付かず、自分で自分を祀り上げた、哀れで滑稽な女王――それがあたし。

――もし優子が生きていたら、そしてあたしと同じ能力を持っていたら、きっとこんな失敗は犯さなかった。メンバーも優子になら信じてついていっただろうな。そこがあたしと優子の大きく違う点。あたし…もう駄目だ…駄目だよ優子…。

峯岸「あっちゃん、あたし…今でもあっちゃんのことが好きだよ」

前田の苦悩を見透かしたように、峯岸が語りかけた。
361名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:26:16.67 ID:pP92vbS1O
死亡を確認してないから実は生きてるかもw
362 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:29:17.91 ID:ieVPZnSiO
峯岸「ヴォイドのことはショックだったし、ヴォイドランク制も反対だった。でも今まであっちゃんが決めたことに誰も文句を言わず従っていたのは、すごいことだと思うの」

峯岸「みんなどこかで不満を抱えながらも、やっぱりあっちゃんを信じていたんだよ。だからこそ、信じる心が強かったぶん、今回はショックが大きかったんじゃないかな。大丈夫、どれだけ時間がかかっても、みんないつかはあっちゃんのことを許してくれるよ」

峯岸「あたしはわかる。それだけあっちゃんと一緒にいた時間が長いんだもん、あっちゃんがどれだけ不器用で一生懸命で頑固なのか、知ってるよ。あっちゃんが自分の都合だけでメンバーに嘘をついていたんじゃないって、みんなちゃんとわかってくれるよ」

峯岸「こういうのは時間が解決してくれる。だからさ、元気出してよ」

前田「みぃちゃん…」

峯岸「うん」

前田「でも、今は時間がないの。連れ去られたみんなを早く助けないと」

363 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:30:38.61 ID:ieVPZnSiO
峯岸「そうだったね。あたし、戦闘タイプのヴォイドを持ってる子達にかけあってみようか。ほら、あたしはさっきの体育館で矢面には立たされていないわけだから、ちょっとは聞く耳持ってもらえるんじゃないかな」

前田「ありがとうみぃちゃん。でも、いいの。そんなふうにしてみんなの自由を潰すことはもうやめにするの」

峯岸「え…でもじゃあ、これからどうするの?行くんでしょ?また戦いに」

高橋「レジスタンスの本拠地はわかったの?」

前田「ううん」

高橋「そっか…」

高橋は無念そうに肩を落とした。

前田「ごめん、ちょっとひとりで頭冷やしてくる」

前田はそう言って、ふらふらと美術室から出て行った。
そしてそれ以降、高橋と峯岸の前に姿を現さなかった。
前田は消えた。
中学校に残されたメンバーは、ぶつけようのない不満を抱え、じりじりとした時を過ごす。
364 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:33:01.13 ID:ieVPZnSiO
数日後――。

柏木「…はぁ…」

柏木はひとり、校舎の壁にもたれていた。
外は風が強く吹いていて、柏木の長い髪は美しくなびき、彼女の表情を隠す。
柏木はまだ、渡辺のことでショックを引きずっていた。

――麻友…どうしてみんなを裏切ったの…?

前田のことよりも、渡辺の一件のほうが今の柏木を悩ませている。

――麻友がそう簡単にみんなを裏切るわけない。きっと理由があるんだと思う。だとしたらそれに気付いてあげられなかったあたしにも責任がある。

柏木「麻友、ごめんね。もっと麻友の話、聞いてあげていれば良かったね」

柏木は姿の見えない渡辺に向け、口の中で呟いてみた。
ずっと一緒だと思っていた。
可愛い同期。
可愛いチームメイト。
そして大切な…友達。
柏木の中で、渡辺の存在は大きい。
それは裏切られた今も変わらない。
365 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:35:19.27 ID:ieVPZnSiO
仲谷「ゆきりん…?」

可憐な声に気付き、柏木が顔を上げると、仲谷が心配そうにこちらを見ていた。
柏木はそれまで、仲谷がそばにいることに気付いていなかった。
きっと風で足音が消されてしまったのだろう。

柏木「ん?」

柏木はなるべく平静を装って、尋ねるように目を見開いた。
仲谷はじっと柏木の顔を覗きこんでいる。

仲谷「たぶん…まゆゆ…のことだよね?ゆきりんがそんな顔になるなんて」

柏木「え?何?あたしそんな変な顔してた?」

柏木は慌てて自分の頬に両手をおく。

仲谷「うん、すごく険しい顔してたよ。いつものゆきりんじゃなかった」

柏木「あ、えーっと、ほら、風が強いからだよ」

仲谷「そう…」

柏木「なかやんは?どうしたの?あ、たなみんは一緒じゃないの?」

仲谷「たなみんは、みんなと一緒に防壁を作ってるよ」

柏木「そっか、そうだったね。あたしも手伝わなきゃ」
366 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:36:58.86 ID:ieVPZnSiO
メンバーは今、防壁作りを再開していた。
またいつレジスタンスが襲ってくるかわからない。
瓦礫で作った簡素な防壁でも、ないよりはましだと思った。
そして何よりも、体を動かしている間は余計なことを考えないで済む。
メンバーは現在、誰もヴォイドを所持していない。
持ち主が意識を失えばヴォイドは元に戻ってしまう。
つまり、深い眠りに落ちれば消えてしまうのだ。
これまでは毎朝前田が全員のヴォイドを取り出していたが、今は肝心の前田がいない。
前田はあの一件以来、メンバーの前から姿を消していた。
逃げたのではないか。
メンバーは前田の行動に憤りをつのらせていたが、やがてそれにも疲れてしまった。
怒りの炎を燃やし続けるには、それなりのエネルギーが必要なのだ。
そして今さら理解する。
大島の件で怒り続けていた前田の精神力は、やはり並外れていたのだと。
それだけ大島への想いが深かったのだろう。
そこだけは評価したいと、素直に思えた。

仲谷「ねぇ、あっちゃんどこに行っちゃたんだと思う?」

踵を返した柏木の背中に、仲谷が問いかけた。

柏木「わかんない。どこで…何をしているのか…」

振り向いた柏木が、深く眉を下げる。

仲谷「わたし、みんなの前では言ってないけど、本当はもうあっちゃんのこと、許してるんだ」

柏木「なかやん…」
367 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:39:23.31 ID:ieVPZnSiO
仲谷「だから、もしあっちゃんが現れたら言うの。わたしはあっちゃんの味方だよって。わたしのヴォイドは全然使えないし、弱い人間だけど、せめてあっちゃんの心の支えになりたい。それから、まゆゆとも会ったら、何も言わず抱きしめてあげるんだ」

仲谷「まゆゆはきっとひとりで考えすぎて、おかしくなってるだけなんだよ。本当はすごくいい子だもん。わたしやゆきりんが傍にいるってことを思い出したら、また元のまゆゆに戻ってくれるよ。元の優しいまゆゆに…」

柏木「……」

仲谷「ね?ゆきりんもそう思うでしょ?」

仲谷が笑いかける。
柏木は唇を噛んだ。

柏木「あたしは…そうは思わない」

仲谷「え…?」

柏木「なかやんは弱い人間なんかじゃない。それからまゆゆよりも…もっとずっと優しいのはなかやんだよ」

仲谷「ゆきりん…」

柏木はウインクをすると、静かに去っていった。
残された仲谷は、いつまでもその背中を見つめている。
368 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:44:04.66 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、前田は――。

前田「…早くしないと…」

前田はメンバーのいる中学校から離れたところに位置するビルの中にいた。
あれ以来、ここで何をするでもなく一日を過ごしている。
焦る気持ちはあるものの、どう行動すべきかわからない。
ただ一つ決めたことは、誰にも迷惑をかけず、自分だけで決断するということ。

前田「例えばあたしがひとりで投降して、その代わりにメンバーを自由の身にしてもらうっていうのはどうかな。あたしがいなくなれば、みんなはヴォイドを使えなくなる」

前田「そのほうがレジスタンスは動きやすくなるし、みんなを攻撃する理由もなくなる。あたしがいなくなればいいんだよね。最初から、あたしなんかいなければ…」

――だけど…。

前田「たかみなはレジスタンスを倒して、みんなで生き残ろうって言ってたんだ。これだとあたしは、たかみなまで裏切ることになっちゃう…」

誰もが納得し、平穏が訪れる解決策はないものだろうか。

前田「あたしひとりで出来ること…」

何度考えても、決まって同じ着地点に落ち着く。

――あたしさえいなければ…。

そして前田が今日何度目かのため息をついたその時だった。

前田「…え…?」

突然、外から誰かの声が聞こえてくる。
いや、気付かなかっただけで声はもうずっとビルの外から響いていたのかもしれない。
369 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:44:56.12 ID:cKc6HvOD0
前田「誰だろう?」

前田は忍び足で窓まで近づくと、そっと外を覗き見た。
そこではひとりの少女がかけ声を上げながら、地面を転がったり、鉄パイプを振り回したりしている。
少女の幼い顔立ちには見覚えがあった。

前田「あれは確か…」

と、前田の視線に気付いたのか、少女がくるりとこちらに顔を向けた。
前田は咄嗟にしゃがみこむ。
しかし少女はその一瞬を見逃さなかった。
慌しい足音が近づいてきたかと思うと、前田の目の前に細い足が並ぶ。
前田はおそるおそる見上げた。
少女が驚愕の表情で立っている。

前田「川栄ちゃん…だっけ?」

川栄「はい。前田さん、こんなところで何やってるんですか?」

姿を見られ観念した前田は、ゆっくりと立ち上がると、気まずそうに問いかけた。

前田「川栄ちゃんこそ、何やってたの?」

川栄「わたしですか?わたしは、えーっとその…練習、してたんです…」

川栄もまた、気まずそうに答えた。

前田「練習?」
370名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:45:47.98 ID:oNGjSqXm0
期待
371 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:46:10.12 ID:cKc6HvOD0
川栄「はい。わたしのヴォイド、全然使えないじゃないですか。だったらもう、素手で戦うしかないなって。わたし、もうみんなの背中に隠れているのは嫌なんです」

川栄「わたしに出来ることは何かないかって考えて、これしか思い浮かびませんでした。次にレジスタンスと戦う時はわたしも頑張ります!」

前田「戦うって…その鉄パイプで…?」

川栄の手には錆びた鉄パイプが握られている。
こんなもので本当に戦えると思ってるのか。
これではロボットの機体に掠り傷を与えるよりも先に、鉄パイプのほうが折れてしまうだろう。

川栄「はい。わたし戦います。練習したんです。こんな武器でも、相手の隙をつけばうまく攻撃できるんじゃないですか?それにほら、受身の練習だって…」

川栄は鉄パイプを手放すと、おもむろに床を転がりはじめた。
前田は呆然とその様子を眺める。
しかしいつまでたっても川栄が転がり続けるので、さすがに止めに入った。

前田「わかったから、わかったからもういいよ川栄ちゃん。立って」

川栄「えぇ?あ、はい…」

川栄はなぜか不服そうに立ち上がる。
それから真っ直ぐに前田を見つめた。

川栄「どうでしたか?」

前田「え?今の?えーっと…」

前田は困ったように視線を泳がせる。
なんとも答えずらい質問だ。
すると川栄は悲しげに眉をひそめた。
372名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:47:26.33 ID:a23aMpwD0
川栄かわええw
373 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:47:30.56 ID:cKc6HvOD0
川栄「こんなんじゃまだ駄目ですか?わたし、一緒に戦えませんか?」

前田「一緒に戦うも何も、あたしはもうみんなを巻きこむつもりはないんだよ」

川栄「そんな…巻きこむだなんて。わたし全然そんなふうに思ってません」

前田「いいよ無理しなくても。川栄ちゃんだってあたしのこと、恨んでるんでしょ?」

川栄「恨む?何でですか?」

前田「え、だって…あたしみんなに本当のことを伝えないままヴォイドを取り出してたし…」

川栄「そんなこともう気にしてないですよ。少なくともわたしは、前田さんに感謝しています」

川栄はけろりとした顔でそう言った。

前田「感謝…?」

川栄「はい。ヴォイドをランク付けされて、最初はすごく落ち込んだけど、でもそのおかげで今のわたしがあるんです。わたし、たくさん考えました。たくさん悩みました。そして、初めて自分で答えを出しました。前に進もうって思えました」

川栄「下の位置にランク付けされているのなら、それより下はない。あとは上を目指すだけ。ヴォイドが最弱でも、それをカバーできるくらい自分自身が強くなればいいんです。努力すればいいんです」

川栄「そんなふうに考えられる自分のことを、わたしちょっとだけ好きになれました。ヴォイドランク制は前田さんがわたし達に与えてくれた試練だと思っています」

前田「川栄ちゃん…」
374 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:49:02.83 ID:cKc6HvOD0
川栄「だけどそうやって自分を好きになり、自分を信じられるようになるには、まずメンバーのことを信じることが大切だとわたしは思います」

前田「メンバーを…信じる…?」

川栄「そうですよ。前田さん、もっとわたし達のことを信じてくれませんか?前田さんがわたし達を信じてくれたら、きっとメンバーも前田さんのことを信じられると思います。お願いします、ひとりで考えこまないでください。もっと、メンバーを頼ってください」

前田「だけど…あたしはもうメンバーを頼らないって決めたの。これはあたしひとりで解決する。それにもう…みんなからヴォイドを取り出すことが怖いの…」

川栄「怖い?」

前田「ヴォイドを取り出す時、みんなの心があたしの中に流れこんでくる。みんなの抱える恐怖や不安、嫉妬…負の感情も全部。みんなを裏切っておきながら、そんな個人的な感情まで覗き見るなんてフェアじゃないでしょう」

川栄「前田さん…」

川栄はそこで深呼吸すると、前田の手を掴んだ。
素早く自分の胸元に持っていく。

前田「駄目、川栄ちゃん!」

慌てて前田は手を引こうとした。
しかし川栄の力は案外強い。
身動きができないまま、前田は川栄を睨んだ。

前田「あたしが触れたら、ヴォイドを取り出されちゃうんだよ?」
375 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:50:41.69 ID:cKc6HvOD0
川栄「いいです。あたし、前田さんが好きですから。信じてますから。ヴォイドを取り出される時、ちょっと怖いけど、取り出されるわたしのほうにも伝わるんです。前田さんの怒り…悲しみ…」

川栄「そしてそういうのがわかると、なんかうまく言えないんですけど、安心するんですよ。あぁ、前田さんもわたし達の同じ。悩んで怒って泣いて、普通の女の子なんだなぁって。そして前田さんと分かり合えた気がしてくるんです」

川栄「大島さんの件以来、前田さんから伝わってくる感情は怒りばかりだった。それがすごく辛かった。でも、今なら大丈夫な気がします。お願いします。わたしのヴォイドを…取り出してください!!」

川栄の切実な瞳に捉えられ、前田は覚悟を決めた。
自ら手を伸ばし、川栄に触れる。
川栄は目を閉じた。
前田もまた、そんな川栄と何かを共有するかのように瞳を閉じる。
瞼に光を感じた。
ゆっくりと目を開ける。

川栄「ほら、大丈夫じゃないですか」

川栄は自身のヴォイド――銃弾――を両手に包み込むように持って、にっこりと微笑んでいた。

前田「銃弾…」
376 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:51:24.33 ID:cKc6HvOD0
川栄「そうです。前にロボットに向かって投げたけど、全然効き目なかったんですよね」

前田「あとそれは、リストバンド?」

前田は川栄の両腕を見つめた。
手首に黒いバンドが巻かれている。
よく見ると、それには小さなメモリやボタンのようなものがついていた。

川栄「はい、これもヴォイドですね。色々試したけど、やっぱりこれもいまいち使い方がわからなくて」

川栄はなぜか照れ臭そうに笑うと、適当にボタンを押した。
その瞬間、室内に男の声が響く。

『おい、これで全部か?』

前田「え?な、何?」

前田は硬直したまま、辺りに視線を走らせた。
しかしそれらしい人影は見えない。

『っかぁー!!派手にやってくれたねぇまったくっ』

続いて別の男の声が聞こえた。
川栄が慌てた様子でリストバンドを振る。

川栄「こ、これです。このバンドから声が聞こえてくるんですよ」

前田「えぇ?」

川栄「今までこんなことなかったのに…」

前田「しっ…今なんか、まゆゆって言ったような…」

前田と川栄は無言で、リストバンドに耳を澄ました。
2人の男の音声は続く。
377 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:52:15.31 ID:cKc6HvOD0
『渡辺がこちら側の人間だってわかって、奴ら相当慌ててるかもな』

『これで戦意喪失して、あっさり捕獲されてくれればいいんだが』

『そうだな。おっと、早くこのロボット達を修理するぞ。全員捕獲作戦までに間に合わせないと』

『これで前田達に破壊されたロボットは全部なんだよな?』

『あぁ、あちこちに転がってるのを回収してここまで運んでくるのに、随分時間がかかったぜ。しかし…中学校に残っている奴らに強力なヴォイドを持ってる奴はもういないのか?』

『いや、松井珠理奈には気をつけたほうがいい。あいつのヴォイドは協力だ。あとは…島田かな。あ、あと秋元にも注意が必要だな』

『秋元?なんでだよ?』

『あいつは火を出現させるらしい。気をつけないと、火達磨にされるぞ』

『ははは、火っていってもどうせ小さいやつだろ。そんな威力ねぇよ。第一、あいつが戦闘に参加したことはないからな』

『本当だろうな?』

『間違いない。ボスが言ってた』
378 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:53:30.95 ID:cKc6HvOD0
『しっかし、ボスはやるよなぁ。まさか奴らが必死になってロボット狩りしていた位置から間逆の方向にアジトを作るとは』

『いや、それは順番が違う。アジトの場所がばれないようにロボットを餌にしてたんだからな。おかげで奴らはこの場所にまったく気付いてねぇよ』

『おぉ、そうだったそうだった』

『さ、無駄話はこれくらいにして、さっさとロボットの修理始めるぞ』

『おう。んん?なんだこりゃ機体に何か張り付いてるぞ』

『銃弾だろ?さっさと抜いて、その穴修繕しろよ』

『いや、それがこの銃弾、刺さってるわけじゃないんだよ。張り付いてるんだって!』

『ごちゃごちゃうるせぇな。貸せ!ん?銃弾じゃないのか?まぁいい、こんなもん踏み潰してごみ箱行きだ』ガツッ

『ツーツーツー…』

そこで音声は終了した。
静まり返った室内で、前田と川栄は顔を見合わせる。

川栄「今のってもしかして…」

前田「銃弾って、前に川栄ちゃんのヴォイドを使った時のやつだよきっと。まだ機体に残ってたんだ」

川栄「だけど…銃弾じゃなかった…」

前田「うん、川栄ちゃんのヴォイドは…」

川栄「盗聴器だったんだ!」
379名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 15:57:27.69 ID:hwzQ83rK0
支援
380 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 15:58:08.58 ID:ieVPZnSiO
その夜――。

高橋「あっちゃん、どこ行っちゃったんだろう…」

峯岸に包帯を変えてもらいながら、高橋は呟いた。

峯岸「やっぱりみんなにあんなふうに責められたら、居ずらいよね…」

峯岸が唇を噛む。
以前から前田にはあらぬ勘違いや噂が絶えなかった。
本当は優しくて、誰よりもメンバーのことを考えている子なのに、それがいまいち周囲に浸透しないことが歯痒い。
時間をかけて話せば、きっとみんな前田の思いに気づくだろうに、それが出来ない今がくやしくて仕方なかった。

――あっちゃん、もう出てきてよ。たかみなもみんなも、心配してるんだよ…。

峯岸は心の中で前田に語りかける。
と、廊下から声が洩れてくることに気付いた。

峯岸「?」

高橋「この声…まさか!!」

峯岸は慌てて飛び上がると、乱暴に美術室の扉を開いた。
廊下の声が室内に流れこんでくる。
それは校内放送だった。

峯岸「あっちゃんだ!あっちゃんの声だ!」

そして校内にいるメンバーへ向け、前田の放送がはじまる。
381名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:00:12.81 ID:/SRYLM1Ti
支援(´・ω・`)面白い!
382 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:01:13.47 ID:cKc6HvOD0
前田『みんなにお話ししたいことがあります。まず今回のこと、本当にごめんなさい。許してほしいとかお願い出来る立場じゃないことはわかっています。だけどもう一度だけ、みんなに謝るチャンスをください。みんな…ごめんね』

前田は感情の高ぶりを抑えこむように、ゆっくりと語りはじめた。
時々裏返る声が、聞く者の心を締め付ける。

前田『あたしは本当に嫌な人間でした。みんなに大切なことを伝えないままヴォイドを取りだし、ランク付けまでして、みんなの心を踏みにじりました』

前田『みんなにはきっと、あたしがひどく横暴で自分勝手な人間に見えただろうね。あたしは…自分を見失ってたんです。それはあたしが弱くて卑怯な人間だから』

峯岸「そんなことない!そんなことないのに…」

峯岸は思わず叫んだ。
放送室にいる前田にこの声が届くわけないとわかっていたが、叫ばずにはいられなかった。

峯岸「そうだよね?たかみな…」

背後で押し黙ったままの高橋を振り返る。
高橋は重々しく頷いた。

前田『他人の体からヴォイドを取り出すという力。女王の力。あたしはこの力を持ったことで、どこか優越感のようなものを抱いていたんだと思います。努力したわけでもなく、たまたま手に入れた力のくせに、あたしは謙虚さを忘れ、これまで自らの力に溺れていたんです』

前田『そしてみんなに辛い仕打ちを与えました。あたしは女王にはなれなかった。みんなの手本となり、みんなを先導する強く優しい女王には…最後までなれなかった』

高橋「最後…?」

高橋の眉がぴくりと動く。
心がざわついた。

峯岸「最後って、何言ってるのあっちゃん…」
383 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:03:07.66 ID:cKc6HvOD0
前田『仲間を…メンバーを武器にして戦う。あたしが手にしたのはそんな罪深き王冠でした。滑稽な女王でした。これを償うため、あたしは明日、レジスタンスのもとへ投降します。そして代わりにメンバーを解放してもらいます』

高橋「……」

峯岸「たかみな…」

峯岸はいつしか、高橋の横にぴったりと寄り添っている。
そうして前田の声に耳を澄ませた。

前田『思えばあたしがセンターでいられたのも、みんなの支えがあったからでした。ヴォイドも同じ。あたしの力がすごいんじゃない。本当にすごいのはみんなのほう。なのにあたしはそれを忘れ…取り返しのつかないことをしてしまった』

前田はそこで声を詰まらせた。
しばらく沈黙が続く。

高橋「大丈夫あっちゃん、みんな聞いてるよ…」

高橋が祈るように両手を組んだ。
前田の次の言葉を待つ。
そして再開された放送は、涙声だった。

前田『あたしはみんなの笑顔が好き。みんなの歌が好き。みんなのダンスが好き。みんなのことが…AKBのことが…本当に大好きだったよ。みんなと一緒に活動できた日々を誇りに思う。だけどあたしはみんなに助けてもらうばかりで、何もしてあげられてなかった』

前田『あたしはもうすぐAKBを去ります。だから最後に、謝罪と一緒に恩返しをさせてください。これはあたしがみんなに出来る唯一のこと。あたしが投降すれば、レジスタンスもいくらか妥協してくれると思うんです』

前田『そうしたらみんなでまた一からやり直してください。あたしの好きだったAKBを再建して、新たな希望をみんなに与えてください。あたしは…』

突然前田の言葉が途切れる。
奥でドアの開かれる音が聞こえた。

前田『え?珠理奈…』
384名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:03:55.23 ID:a23aMpwD0
珠理奈キター
385 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:05:26.56 ID:cKc6HvOD0
放送室――。

松井珠「ひとりでかっこつけないでください!」

放送室に飛びこんだ珠理奈は、真っ直ぐに前田を睨んだ。
走ってきたのか、肩が激しく上下している。

松井珠「前田さんひとりが犠牲になれば、それですべて丸くおさまるんですか?こんなことでメンバーが納得すると思ってるんですか?前田さんにはまだまだやらなきゃいけないことがあるはずです」

松井珠「これから長い時間かけてメンバーに謝罪していかなきゃ駄目ですよ。こんなのただの逃げですよ。あたし達はいつだって、前田さんのすべてをを受け止める準備は出来てるんです。前田さんが向かって来ないだけなんです!」

珠理奈は激しい口調で問いかけながら、その目は悲しみを湛えて濡れ光っていた。
前田は息を詰まらせる。
2人のやりとりは放送を通じて全員が耳にしていた。

松井珠「馬鹿にするのもいい加減にしてくださいよ。あたしだって前田さんと同じくらいみなさんのことが好きです」

松井珠「あたしがこれまで頑張って超えようとしてきたAKBは、こんな簡単に壊れちゃうものだったんですか?違うでしょ!前田さん…もっとあたし達のことを信じてください」

珠理奈の言葉に、前田ははっと息を呑む。
川栄にも同じことを言われたと思い出した。

――あたし…また間違えてる…。

そうだ、自分はいつもどこかで諦めていた。
頑張って話したところで、所詮気持ちが通じ合うことなどない。
いくら謝ったって、きっとみんな許してくれない。
そう考えて、努力することを投げ出していた。
メンバーはいつだって自分を受け止めてくれようとしていたのに、ずっとそれに気づかないふりをしていた。
必死になって、それが失敗に終わったら傷つくから。
傷つくのは怖い。
惨めで格好悪い。
だけどそこで立ち止まったら、何も変わらない。

――わかりあうための努力を諦めるということ。それはそのままメンバーを信じていないことと同じ。
386名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:05:43.15 ID:17HgkNjvO
うむ
387 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:06:32.70 ID:cKc6HvOD0
前田「あたし…間違ってた。今やっと気付いたよ」

松井珠「はい。だから前田さんひとりでは行かせませんよ。もう一度戦いましょう。あたしも一緒に行きます」

前田「ありがとう珠理奈。ありがとう…ごめんね」

この期に及んで、簡単な言葉しか思い付かない自分が情けない。
しかし一方で、これでいいのだと思える自分がいた。
珠理奈にはちゃんと伝わっている気がする。
その証拠に珠理奈は穏やかに微笑んで、前田を抱き締める。
と、タイミングを見計らったかのように背後で声が聞こえた。

秋元「あたしじゃなくて、あたし達の間違いでしょ?珠理奈」

そこには秋元が扉に寄りかかり、悪戯っぽい笑顔を浮かべている。

松井珠「才加ちゃん…」

珠理奈は驚いて、前田から離れた。

前田「才加…」

秋元「何が出来るかわからないけど…あたしも一緒に行くよ」

秋元はそう言って、今度はにやりと笑ってみせた。
その肩越しに、亜美菜が顔を覗かせる。
388 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:07:07.06 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「亜美菜も行くよ?頑張るよ!」

前田「亜美菜ちゃんまで…あっ!」

仲川「へへへ」

そして仲川が人懐こい笑顔を浮かべて飛び込んできた。

仲川「遥香も頑張る!みんなを助ける!」

前田「ごんちゃん、亜美菜ちゃん…みんなありがとう」

前田は信じられないものでも見るかのように、賛同したメンバーの顔を眺めた。
誰ひとりとして不安に揺れる者などいない。
そればかりか、賛同者達は皆、慈愛に満ちた表情で前田を見つめ返している。
それは不思議な光景だった。
前田は初めて心からメンバーと繋がれた気がした。

佐藤亜「あ、あれ?」

と、亜美菜が廊下に立つメンバーの気配に気づき、放送室の中に引き入れた。
憮然とした表情で現れたその少女は――。
389 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:08:06.98 ID:cKc6HvOD0
石田「べ、別に前田さんを許したわけじゃないですからね」

前田「はるきゃん!」

石田「れいにゃんやみんなのことが心配なだけだし、それにあたし、やっぱり前田さんのことが…」

松井咲「好きなんでしょ?」

石田と一緒に現れた咲子が、茶化すように言った。

石田「ばっ、なんで言うの?」

石田は今度は不貞腐れたように咲子の肩を小突いた。

松井咲「あらわたし、はるきゃんのそういうとこ好きよ?」

石田「ふざけないで!」

秋元「まあまあ2人とも、来てくれて嬉しいよ。ね、あっちゃん?」

前田「うん。ありがとうはるきゃん、咲子ちゃん」

石田「……」

放送室は一気に和やかな雰囲気になった。
だが前田はまだ不安を拭いきれずにいる。
他のメンバーは、今頃どうしているのだろうか――。
390名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:08:45.92 ID:17HgkNjvO
( ゚∀゚)o彡゚あみな!
( ゚∀゚)o彡゚あみな!
391 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:12:10.35 ID:cKc6HvOD0
その時、体育館では――。

放送がはじまり、誰が言い出すでもなく体育館に集まっていたメンバー達は、それぞれ考えに耽っていた。

田名部「才加ちゃんも明日前田さんと一緒に行くみたいだね。なかやんはどうするの?」

田名部が問いかける。
仲谷は悲しげに眉を下げた。

仲谷「わたしも一緒に行きたい。あっちゃんを助けたい。でも…わたし足手まといになるんじゃないかな…」

田名部「え?なんで?」

仲谷「だってわたしのヴォイドは…」

田名部「そんなの関係ないよ!」

仲谷「ううん、いいの。わたしのことは気にせず、たなみんは明日行ってね。せっかく強いヴォイド持ってるんだから」

仲谷の言葉に、田名部は少しの間考えこんだ。
しかしゆっくりと首を横に振る。

田名部「あたしは行かない。最後までなかやんと一緒にいるよ」

仲谷「そう…ありがとう」

田名部の決断に、仲谷はふにゃりと笑ってみせた。
その表情はこころなしか悲しげである。
392 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:13:03.16 ID:cKc6HvOD0
一方高城は――。

高城「美郷ちゃん、行こう」

高城は立ち上がると、野中の手を取った。

野中「え?行くってどこへ?」

野中が焦る。
高城は当たり前のように言った。

高城「あっちゃんのところだよ?」

野中「そ、そんなだいそれたこと…わたしなんか何の役にも立たないヴォイドだし」

野中は泣き出しそうな表情で首を振った。

高城「美郷ちゃんのヴォイドってなんだっけ?」

野中「コントローラーみたいなやつ…。だけどまだ使い道がよくわからないの」

高城「ふうん…」

高城はそこでふと、あの夜見た光景を思い出した。

――もしかして美郷ちゃんならあれが出来るかもしれない…。

思い付いたらすぐに行動したくなる。
高城は強引に野中の腕を引っ張った。

野中「え?えぇ?」

野中がよろめきながら立ち上がる。

高城「美郷ちゃんに見てもらいたいものがあるんだ」

高城は好奇心に満ちた目をぱちぱちとしばたかせた。

野中「見てもらいたいもの…?」
393名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:13:18.71 ID:re/hrVB+0
面白い!
394 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:14:26.35 ID:cKc6HvOD0
一方島田は――。

島田「うちも前田さんとこ行く!」

島田は勢いよく立ち上がった。
隣に座る永尾が、びくりと肩を震わせる。

永尾「はるぅ…」

島田「大丈夫。永尾は待ってて」

島田はそう言うと、慌ただしく体育館を後にした。

加藤「あたしも行きます!」

つられて加藤も立ち上がる。

阿部「あ、行くんだ?頑張ってね」

阿部は加藤の決断を見ても平然としている。
代わりに市川が大袈裟なほど狼狽えた。

市川「えぇ?無謀だよ!何かあってからじゃ遅いんだよ?」

加藤「でも…島田さんも行ったし、あたしも頑張らなきゃ…」

市川「でも、」

大場「いいじゃん。本人が行きたがってるんだから行かせてあげなよ」

と、大場が口を挟んだ。
すかさず阿部が指摘する。

阿部「大場さんは行かなくていいんですか?戦闘タイプのヴォイドなのに」
395 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:15:31.35 ID:cKc6HvOD0
大場「え、うん…」

市川「あれー?怖いんですか?」

大場「え?そんなんじゃないけど…。みおりん行けば?」

市川「わたすぃですか?」

市川がわかりやすく視線を泳がせた。
その仕草は可愛らしく、大場はまたしても市川をからかいたくなってしまう。

大場「あれ?みおりんのほうこそ怖いんじゃないの?」

すると市川は立ち上がり、大場を見据えた。

市川「わたすぃは…わたすぃは…」

小さな拳を震わせる。

大場「?」

市川「怖いですよ。怖いけど、わたすぃ…行きます!」

加藤「え…でもさっきは…」

大場「だけどみおりんのヴォイドじゃ無理なんじゃ…」

市川「無理じゃないですよ!できますよ!いざとなったら頭突きで戦えばいんです。玲奈っち行こう」

市川は強引に加藤の腕を取り、出て行ってしまった。
そんな中、永尾はひとり考えている。
今こそ動く時だ。

永尾「……」

無言で立ち上がる。
すると横山が駆け寄ってきた。

横山「やぎしゃんまさか…」
396 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:18:29.84 ID:ieVPZnSiO
永尾「ごめんね由依、あたし行くね」

永尾はあえて横山を見ずに言った。
横山は捨てられた仔犬のような目で永尾にすがりついた。

横山「何ゆうてんの?そんな体で…」

永尾「こんな体だからだよ。時間がないの。まだ体が動くうちにやらないと、あたし絶対後悔する」

横山「でも前田さんは…」

永尾「前田さんは充分苦しんだよ。だからもう解放してあげなきゃ。ごめんね、あたし行きます」

横山の視線を振り切って駆け出す。
横山はそんな永尾の後ろ姿を呆然と見送った。

北原「横山…」

いつの間に来たのか、横山の肩に手を置く北原。

北原「まりやちゃんは大人になったんだよ。たくさん苦しんで考えて、その上であっちゃんを許した。あたし達もまりやちゃんの姿勢を見習わなきゃいけないのかもね…」

北原が諭すように言う。
だが北原ははなから前田のことを憎んではいなかった。
それよりも今は、自分のヴォイドの無能さが情けなくて心苦しい。

横山「北原さん…」

横山は案外きっぱりとした視線で北原に向き合う。

横山「うちはまだ、前田さんを許しませんよ」
397名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:19:26.44 ID:Xtwq+gTa0
支援!
398名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:20:26.33 ID:a23aMpwD0
そういえばやぎしゃん達のヴォイドはなんだろう
399 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:20:54.70 ID:ieVPZnSiO
数分後、放送室――。

前田「本当にいいんだよね?」

永尾「はい…」

放送室に集まったメンバーが、前田と永尾を取り囲む。
結局あれから柏木、増田、梅田、高城、野中、菊地、小林、島田、市川、加藤が加わり、室内に人が溢れた。
最後に現れたのは永尾で、彼女は前田に自分の決心を伝えると、ヴォイドを取り出してほしいと願い出た。
前田は永尾の意思を確認した後、左手を伸ばす。
放送室が光に満たされる。
そして出現したヴォイドは、メンバーをひどく驚かせた。

前田「こ、これは…」
400 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:23:36.04 ID:ieVPZnSiO
翌朝、美術室――。

前田「たかみな、行ってくるね…」

横になったままの高橋に、前田は声をかけた。
高橋はハッとして、目を見開く。

高橋「あっちゃん…」

前田の顔はここ数日で驚くほど変化していた。
険しさが消え、今はとても穏やかな顔をしている。
自分の弱さ、甘え、そういった感情を受け止めた上で、それでも前に進もうとする者の表情。

高橋「場所はわかってるの?」

前田「うん、大丈夫だよー」

高橋「そう…」

前田「必ずみんなを助けるから。みんな帰ってくるからね」

高橋「みんなっていうのは、あっちゃんも含まれてるんだよね?」

前田「……」

高橋「お願いだから必ず全員無事で帰って来てよ」

前田「わかったよ。約束するよ」

前田は優しく高橋を宥めた。
なんだか立場が逆転したみたいで、くすぐったい。
今日は高橋のほうが子供みたいだ。
401 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:25:26.69 ID:ieVPZnSiO
前田「あ、それからみぃちゃん…」

前田は今度、峯岸に顔を向けた。
峯岸が微笑む。

峯岸「わかってるよ。たかみなのことは任せて」

前田「ありがとう。玲奈ちゃんが戻れば、たかみなの足もすぐに治るはずだから」

峯岸「うん」

前田「あと、みぃちゃん悪いけど…ヴォイドを取り出させてもらってもいいかな?」

峯岸「?」

前田「もし何かあった時、みぃちゃんのヴォイドでたかみなを守ってほしいの」

峯岸「でもあたしのヴォイドは…」

前田「大丈夫。役に立たないヴォイドなんてないんだよ。みぃちゃんはきっとやってくれる」

前田の言葉に、峯岸はゆっくりと頷いた。
前田も頷き返す。
左手を伸ばした。
峯岸の感情が流れこんでくる。
強がりばかり言うのは、周りに迷惑をかけたくないから。
本当は傷ついているのに、笑顔を絶やさないのは、まだ自分はやれると信じているから。
意地っ張りで繊細な峯岸の心――。

峯岸「ありがとうあっちゃん」

峯岸は自分のヴォイドを胸の前で抱いた。
402 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:27:19.68 ID:ieVPZnSiO
前田「じゃあみんなのいる体育館に顔を出したら出発するね。了解が得られれば他の子からもヴォイドを引き出して行くつもり」

峯岸「そっか、行ってらっしゃい」

前田「うん」

前田は2人に背を向けると、部屋を出ていこうとした。
それを高橋が呼び止める。

高橋「待ってあっちゃん」

前田「え?」

高橋「あたしのヴォイドを…持って行ってくれないかな?」

高橋は懇願するように切り出した。

高橋「あたしはヴォイドを持っていたって、この足じゃ戦えない。あっちゃんと一緒に行けない。だからせめてヴォイドだけでも、一緒に行かせてほしいんだ」

前田「でもそんなことしたらたかみなは…」

高橋「わかってる。ヴォイドが壊れたら死ぬ。それを承知の上で、あたしはあっちゃんに持って行ってほしいんだよ。不吉なこと言うみたいだけど、あっちゃんが死ぬ時はあたしも一緒だよ。お願い…あたしを使って戦って」

前田「で、出来ないよ!出来るわけないじゃん」
403名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:28:39.67 ID:nCw3T5vHO
>>389
はるきゃん△
404 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:28:40.40 ID:ieVPZnSiO
高橋「出来るよ。あたしはあっちゃんを信じてる。必ずみんなを連れて戻ってきてくれる。あたしのヴォイドを持っている間は、あっちゃんもそう簡単には死ねないでしょ。あたしはいつもあっちゃんの傍にいる。あたしもみんなと一緒に戦いたいの」

前田「たかみな…」

峯岸「あっちゃん、たかみなのお願いきいてあげなよ」

前田「わ、わかったよ」

前田は神妙な面持ちで高橋のヴォイドを取り出すと、美術室を後にした。
ひとりになると、ふいに涙が零れた。
戦いを前にして不安だからじゃない。
それは嬉し涙だった。
高橋のヴォイドが掌にずしりと重みを与える。
高橋の命の重み。
何物にも変えられない貴さ。
前田はそれをぎゅっと抱き締めると、体育館に向かった。
405 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:31:17.54 ID:ieVPZnSiO
体育館――。

前田「ありがとう…」

川栄のヴォイドを取り出して終えた前田が、礼を口にする。

川栄「前田さん、やっぱりわたしも一緒に…」

前田「大丈夫だよ。川栄ちゃんは昨日だけで充分すごい力をあたしに与えてくれた。だから今日はみんなとここに隠れてて。お願い」

川栄「前田さん…じゃあ、わたしのお願いも聞いてくれますか?」

前田「何ー?いいよー」

川栄「失礼します」

川栄はそこで、思い切って前田に抱きついてみた。
ずっと憧れだったのだ。

前田「あはは、重たいよー」

前田はそんな川栄を笑顔で受け止めた。

川栄「前田さん、どうか無事で…」

川栄が耳打ちする。
前田はこくりと頷いた。

大家「あっちゃん、次うちの番」

大家が隣にやって来て、催促する。
川栄は前田から離れた。
それから前田はすぐに大家のヴォイドを取り出し、これで体育館に集まったメンバーのほとんどがヴォイドを所持していることになる。
残るは1名――。

前田「えっと…智実ちゃん…?」

みんなの輪から外れ、ひとり俯いている中塚に声をかけた。
中塚は気まずそうに体を揺する。

中塚「……」

前田はしゅんとして中塚から視線を外した。

――やっぱり、あたしに触れられるのは怖いよね…。
406 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:33:10.05 ID:ieVPZnSiO
大家「あ、あっちゃんそろそろ出発したほうが…」

大家が気を利かせて声をかける。
結局前田は中塚のヴォイドを取り出すことなく、出発に向け体育館を後にした。

前田「あ、えっと由依ちゃんは?」

北原「声かけたんだけど教室にこもったまま出てこないんです」

前田「そっか…そうだよね…」

中塚の反応を見ればわかることである。
横山はまだ自分を許してくれていない。

北原「なにか伝えますか?」

前田「じゃあ…色々と怖がらせてごめんねって伝えてくれる?これからのAKBを頼みますって」

北原「はい…」

前田「あ、最後のはきたりえにも言ってるんだからね」

前田はそこで照れたように笑った。

北原「必ず無事に帰ってきてくださいね…。前田さんがいなくなったら、これからAKBの成長を見る人がいなくなっちゃう…」
407 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:35:47.20 ID:ieVPZnSiO
そして、出発の時――。

前田「行こう…」

前田に賛同してレジスタンスのアジト行きを決意したメンバー達が、校門の前に集合している。
それぞれがヴォイドを手にする中、永尾だけは手持ちぶさたに視線を泳がせていた。

前田「大丈夫だよ」

そんな永尾へ前田が気遣うように声をかけた。

永尾「はい…」

秋元「あっちゃん、向こうの方角で合ってるんだよね?」

前田「うん、そのはずだけど」

松井珠「それらしいものは何も見えませんね…」

珠理奈が額に手をかざしながら背伸びをする。

松井珠「アジトはかなり遠い…とか?」

菊地「走る?」

秋元「いや、あまり体力を消費したくない」

前田「仕方ないよ。歩こう」

仲川「うん、遥香いっぱい寝たから歩けるよ。遠くても平気だよ」

仲川は両手を握り、自身の体力をアピールした。

秋元「よっしゃ、出発!」

自身のヴォイドがどこまで役に立つのか。
果たしてちゃんと戦えるのか。
そんな不安な思いを吹き飛ばすように、秋元は声を張り上げた。
戦えなくても、いざとなれば脅しくらいにはなるだろうとも考える。

柏木「あ、ちょっと待ってください!」

秋元の声で気合いを入れ直したメンバーを、柏木がひき止める。
408 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:37:53.94 ID:ieVPZnSiO
前田「どうしたの?」

柏木「あきちゃが見当たらないような…」

柏木はそう言って、周囲を見渡した。

前田「あぁそういえば!んー…先に上から偵察に行ったのかな?」

松井咲「あ、でもみちゃもまだ来てませんよ?」

秋元「ほんとだ…んん?」

増田「何やろ?この音…」

こちらへ近づいてくるエンジン音。
メンバーは瞬時にヴォイドを構えた。
門の死角から一台のトラックが現れる。
メンバーが息を呑む中、トラックはゆっくりと近づき、停止した。
助手席のドアが開く。
中から飛び降りて来たのは――。

仲川「あ、あきちゃだー!」

現れた高城の姿を見て、仲川が飛び跳ねた。
409 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:40:32.67 ID:cKc6HvOD0
仲川「そのトラックどうしたのー?」

高城「これは玲奈ちゃんが前に直してたものだよ」

高城はおっとりと説明する。

高城「亜樹ね、前に玲奈ちゃんが壊れたトラックに包帯を巻いてあげてたの見たんだよ。すごいよね、怪我だけじゃなくて、トラックまで直しちゃうんだよ玲奈ちゃん。だからね、アジトまでこれに乗って行ったらどうかなーって。ほら荷台、こんなに広いし」

高城は両手を広げて、荷台を指し示す。

仲川「いいなーいいなー。あ、でも遥香運転したい!」

仲川の言葉に、柏木が大袈裟なほど目を丸くする。
全員が全力で仲川の申し出を拒否した。

前田「ごんちゃん免許持ってないじゃん」

柏木「え?それより免許持ってる人ってこの中にいないでしょ…」

秋元「てかこのトラック、誰がここまで運転してきたの?」

高城「あ、それは…」

全員の目が運転席に集中する。
そんな中降りてきたのは――。

松井咲「みちゃ?!」

野中はメンバーの元までやって来ると、恐縮したように微笑んだ。
410 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:41:10.93 ID:cKc6HvOD0
松井咲「なんで?みちゃ免許持ってたっけ?」

野中「ううん…」

石田「車運転したことは?」

野中「な、ないよ。だけどこれ…」

前田「ヴォイド?」

野中「わたしのヴォイド、プレステのコントローラーみたいなやつじゃないですか。今まで色々試したけど何が出来るヴォイドなのかさっぱりわからなくて。でも昨日の夜、亜樹ちゃんに言われて試してみたんです。わたしのヴォイドは車を操縦できる…」

前田「え、すごーい…いいなー」

高城「ね?すごいよねー」

高城はメンバーの反応を見て、それがまるで自分のことかのように微笑んだ。

野中「随分遅れちゃったけど、やっとわたしのヴォイドも活躍できた。気づかせてくれてありがとう、亜樹ちゃん」

野中は高城に向き合うと、きゅっと口角を上げてみせた。

秋元「みちゃやったなー!だけど本当に活躍するのはこれからだよ。さ、早く運転席に。みんなは荷台へ移るよ」

菊地「はーい」

秋元の声に、メンバーは慌てて荷台によじ登る。
411 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:41:42.87 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「亜美菜トラックの荷台に乗るなんて初めてだよー」

仲川「遥香も。一度やってみたかったんだ。わーい!」

増田「ちょっ、遥香!早くどこかに掴まらんと。走り出したらコケるで」

前田「そうだよごんちゃん、はしゃぎすぎだよー」

前田が苦笑する。
と、背中に視線を感じた気がした。
振り返る。
校門の陰から、ひとりの少女がこちらを窺っていた。
前田と視線が合うと、さっと目を反らす。
前田は荷台から飛び降りると、少女に歩み寄った。

前田「どうかしたの?」
412 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:42:20.11 ID:cKc6HvOD0
その時、校舎2階では――。

北原「行ったよ。みんな…」

教室の隅で膝を抱えて座る横山に、北原は声をかけた。
横山はさして興味のない表情で、短く返事をするだけだった。
だが北原は勘づいている。
横山が激しく動揺していることに。
レジスタンスの元へ行ったメンバーを心配しているのか。
永尾のことが気になるのか。
確かにそれもあるだろうが、なんとなく違う気がした。
横山にはもっと別の、核心的な部分があるはずだ。
そしてそれを自分の中で認めるか認めないべきか葛藤している。

北原「あ、あたしちょっと外の空気を吸ってからまた来るね」

しばらくひとりにしてあげたほうがいいと判断して、北原は退出した。
廊下に出ると、後輩達がヴォイドを手に、何か集まってやっている。
練習でもしているのだろうか。
微笑ましさと同時に、北原は焦りを感じた。
413 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:43:04.37 ID:cKc6HvOD0
その頃、1階教室では――。

仲谷「たなみん、わたしに遠慮なんかしなくていいんだよ」

仲谷はさっぱりとした笑顔で、そう切り出した。

田名部「遠慮?してないよ」

仲谷「じゃあ気付いてないのかな。たなみんはわたしに遠慮してるんだよ。本当はあっちゃん達と一緒に行きたかったのに、そうしなかった。自分まで行ったら、わたしが傷つくと思ったんでしょ?」

田名部「傷つく?なかやんが?」

田名部は目を丸くして聞き返した。

仲谷「そう。わたしはたなみんも知ってのとおり、戦えないヴォイド。たなみんはそのことでわたしが、みんなに負い目を感じてると思ってる?」

仲谷は悟りきった顔で言った。

田名部「そ、そんな…」

田名部が口ごもる。

仲谷「確かに最初はそうだったよ。でもね、わたし待つことは全然苦じゃないんだ。待ったぶんだけ、自分が成長出来るって信じてるから。わたしのヴォイドもそう。いつか必ず、役に立つ時が来るんだ」

田名部「なかやん…」

仲谷「だからわたしに遠慮なんかしないで、たなみんのしたいようにすればいいんだよ。堂々とそのヴォイドを使って、みんなを助ければいい。わたしはいつだって、たなみんを応援してるよ」

仲谷はそっと、本当に優しく田名部の背中を押した。
だがそれで、田名部の心は決まった。

田名部「あたし…今から前田さん達を追いかけてみる!」

仲谷「うん、まだ出発したばかりだから間に合うよ」

田名部は一目散に校舎を飛び出した。
前田達の姿はすでに消えている。
代わりに校門の前でトラックのタイヤ痕を見つけた。
昨日まではここにこんなものはなかったはずだ。
田名部は少しを考えた末、そのタイヤ痕を辿っていくことにした。
一歩、また一歩と地面を確かめるように歩く。
先へ、先へ。
次第に歩みは速まり、いつしか田名部は駆け出していた。
走る。
メンバーを助けるために――。
414 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:43:47.74 ID:cKc6HvOD0
一方、アジトに向かう前田達は――。

あれから長いこと走った。
だが、レジスタンスのアジトらしき建物は見えてこない。

――もしかして、あたしの見当違いとかじゃ…。

次第に不安が募る。
荷台に座るメンバーは絶えず緊張し続けたせいか、疲労しているように見えた。

高城「あっちゃん、そろそろ亜樹、様子見てこようか?」

揺れる荷台の上で、高城が前田のもとへ這いずってきた。

前田「本当?行ってくれる?」

高城「うん」

高城は返事をした次の瞬間には、上空へと飛び立っていた。

松井咲「あ、あきちゃパンツ見えてる」

石田「ちょっ、今はそんなこといいから」

高城はぐんぐんと上昇したかと思うと、突然何かに弾かれたかのように方向転換し、目指す方角へと飛んでいった。
あっという間にその姿が見えなくなる。

秋元「あきちゃが何か見つけてくれるといいんだけど…」

メンバーは祈るように、高城の帰りを待った。
そして予想より早く、高城は戻って来る。

前田「どうだった?」
415 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:44:35.68 ID:cKc6HvOD0
高城「うん、たぶんあれで間違いないと思うんだけど…あっちゃんの言ったとおり、向こうにそれっぽいのがあったよ。なんかお城みたいなの?」

秋元「城?」

増田「城って…またずいぶんとわかりやすいな…」

高城「うん、見てみればわかるよ。ほんとにお城だから」

目的地が明確になったところで、俄然緊張感が増してくる。
前田が運転席側の窓を叩いて合図すると、野中はスピードを上げた。
そのまま走り続けて、やがて高城が見たという建物が見えてくる。

前田「トラックのまま行ったら目立つから、ここからは歩いて近づこう」

地面に降り立ったメンバー達は、正面に聳え立つ建物を見上げた。
周囲の建物が皆爆発の影響で倒壊、もしくは半壊している状態なのに対して、それはひび一つなく、堂々とした佇まいでメンバーを迎える。

仲川「すごいねー。ほんとにお城だね」

和と洋が合わさったような中途半端なデザイン。
一見すると単純な造りのようだが、その門構えからは鼠一匹でも通さない厳格さが感じ取れた。
さらにメンバーを躊躇させたのは、ぐるりと城を囲む水路の存在である。
これもやはり、侵入者対策なのか。
間違いない、これはやはりレジスタンスのアジトだ。

秋元「おかしいな、門番がいないなんて…」

秋元が眉間に皺を寄せる。
416 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:45:09.32 ID:cKc6HvOD0
佐藤亜「それだけセキュリティーに自信があるんだよ。門に触れた途端電流が走るとか、底が抜けて穴に落とされるとか、それくらいは準備してありそう」

とにかく今は他の進入口がないかどうか探る必要があった。
前田達はおそるおそるとアジトに近づくと、忍び足で周囲を探索する。

前田「水路は…深そうだね」

秋元「うん、これを抜けるには正面の橋を使うしかないか」

松井珠「あ、こっちこっち!なんか通路みたいなのが続いてますよ」

と、裏側を探っていた珠理奈が手招きをした。
そこにはレールのついた鉄橋が、水路を越えて城の裏口へと伸びていた。
その先は暗く、中を確認することができない。

前田「ここから入るほうがいいかな?裏口のほうが見張りは少なさそうだし」

前田はここへ来て、あることを懸念していた。
敵はロボットだけではない。
覆面部隊もいるのだ。
もちろん覆面の下は、彼らも自分達と同じ人間。
なるべくなら傷つけたくなかった。
なんとか覆面部隊の目をくぐり抜け、レジスタンスのボスまでたどり着けないものだろうか。
前田は直接、レジスタンスの大元と話をつけるつもりだった。

秋元「それよりあっちゃん、あたしに考えがあるんだけど…」

悩む前田の横で、同じく頬に手を当てて考えこんでいた秋元が、ある提案をした。
417 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:46:11.83 ID:cKc6HvOD0
数分後――。

野中「行きます!」

野中の合図とともに、トラックは猛スピードで走り出した。
砂埃を巻き上げて城まで突進する。
と、途中で荷台から秋元、柏木、珠理奈、梅田、咲子、菊地が飛び降りた。
彼女達は正面の橋まで一気に走る。
そして手前まで来ると、菊地がヴォイドを放った。
耳障りな音を立てて、それは門を破壊していく。
何度か試すうちに、鍵の外れたような音が聞こえた。

秋元「前進!」

秋元のかけ声で、そのまま城への侵入を試みる。
が、その直後、背後から複数の足音が近づいてきた。

覆面隊員「お前達!何やってる!」

柏木「ちょっ、ちゃんと見張りいるんじゃないですか!どうするんですか?」

秋元「そのまま走れ!奴らはあたしがひきつける」

松井珠「だったらあたしも…」

秋元「駄目だ。珠理奈のヴォイドだと奴らが死ぬ。憎いけど、絶対に殺しちゃ駄目なんだ。殺したら珠理奈まで奴らと同類になる。走れ!珠理奈走れ!」

もう考えている暇などなかった。
一行は橋を渡り、門を抜ける。
アジトの中に侵入した。
が、秋元は入ってこない。
彼女はひとり、橋にとどまっていた。
418 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:47:00.98 ID:cKc6HvOD0
覆面隊員「お前…何する気だ…」

秋元は今、橋の上で覆面隊員と対峙した。
不敵な笑みを浮かべて、ヴォイドを構える。
その様子に、覆面隊員達は身構えた。
隊員達は秋元を警戒するあまり、自身の立ち位置を忘れたようだ。
秋元はその瞬間を見逃さなかった。
すっと身を引くと、後ろに飛びのく。
と同時に、火を放った。
橋が赤く染まっていく。

覆面隊員「わぁぁぁぁ」

覆面隊員「退却!退却だぁぁぁ」

慌てたのは橋の上にいる覆面隊員達だった。
咄嗟に秋元側へと飛び移ろうとするも、距離が足りない。
やむなくアジトの外へと追い出される形となった。

秋元「これで少しは時間稼ぎになるかな」

とりあえずの追っ手はやり過ごした。
秋元は急いでアジトの中へと侵入する。
419 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:50:17.77 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「このまま突入するよ。美郷ちゃん」

野中「わかりました」

前田達はトラックごと鉄橋を突破する気だった。
すべては秋元の計画だ。
二手に分かれれば、全滅を防げる可能性がぐっと上がる。
秋元達は正面から侵入し、敵の注意を引く。
向こうには珠理奈を筆頭に、戦闘タイプのヴォイドを集めた。
もしも追っ手が現れた時、充分戦えるように。
その間に前田達は捕らえれたメンバーを探し、ボスを見つけて直接交渉する。

岩佐「なんか…静かすぎて逆に怖いですね」

計画通り、橋を越えて城の内部へと侵入した。
どこまでも続く広い通路。
壁にはところどころに工具のようなものがぶら下っているだけで、脇道らしきものはない。

前田「みんなヴォイドの準備はいい?油断しないで」

島田「はい!」

野中「え?え?」

突然、運転席の野中が慌て出した。
420 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:51:47.14 ID:ieVPZnSiO
前田「どうしたの?」

野中「前から…何か来ます…!」

岩佐「何なんですか、何か変な音しますけど」

荷台に座るメンバーに緊張が走る。
前田は身を乗り出すと、野中に指示をした。

前田「避けて!」

野中「無理ですよ。通路が狭すぎます。このままだと…衝突します…」

増田「下がるんや!後ろに下がれば…」

野中「駄目!相手が速すぎる。キャーー!!」

野中は衝突に構えて身を縮めた。
ぎゅっと目を閉じる。
同じく荷台にいるメンバーも互いに抱き合い、頭を伏せた。

野中「……」

だが、いつまで経っても衝撃がやってこない。
野中はおそるおそる目を開けた。
すぐ隣を、横たわった状態のロボット達が滑っていく。

野中「何が起きたの…?通路が…通路が広くなってる!」

野中はきょろきょろと周囲を見渡し、口をあんぐりと開けた。
ふとバックミラーを見やる。
そこには荷台の様子が映っていた。
驚愕の表情をしたメンバー達が、ひとりの人物を見上げている。
その人物は杖を手に立ち上がり、荒い呼吸を繰り返していた。
421 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:53:15.63 ID:ieVPZnSiO
佐藤亜「間に合った…」

亜美菜は肩で息をしている。
その間にもすぐ横を、次々とロボット達が流れていく。

島田「あの、今のってまさか…」

島田が尋ねた。

佐藤亜「これでちょっと通路の幅を広げてみたの」

亜美菜がはにかんだ顔で、杖を掲げる。
パステルカラーであちこちに装飾品のついたファンシーなその杖は、亜美菜によく似合っていた。
彼女のヴォイドは、対象となった物を太くすることができる。

前田「亜美菜ちゃん…」

佐藤亜「さ、もう大丈夫だよ。先へ進もう」

前田「ありがとう」

佐藤亜「あ、でもこのロボット達、どうしてあたし達を襲ってこないんだろう」

亜美菜はそこで思い出したように、流れるロボットの群れを眺めた。

増田「この通路は、ロボットの出動用やったんやな。レールがあるのもそのためやろ」

前田「…ロボットの目的は…あたし達じゃないんだよ…」

前田が低い声で言った。

加藤「え?どういうことですか?」

前田「あきちゃ、急いで中学校にいるみんなのところに戻って知らせて!たぶんこのロボット達は、みんなを襲おうとしているのかもしれない!」
422名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 16:54:01.20 ID:nCw3T5vHO
>>417
長坂橋かww
423 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 16:58:05.68 ID:ieVPZnSiO
中学校、渡り廊下――。

竹内「大丈夫かな…」

竹内は背中を壁に預け、遠い眼差しで呟いた。

仲俣「前田さん達?」

仲俣は竹内のもとへ歩み寄りながら問いかけた。
そのまま足元へ腰を下ろす。

仲俣「大丈夫だよ。きっとうまくいくって」

竹内「うん、あとみおりんと玲奈っち…無茶しないといいけど…」

仲俣「はるぅのヴォイドはマシンガンだからいいとして、その2人は確かに心配だよね…」

大場「みおりん…」

結果的に市川を焚き付ける形となってしまった大場は、責任を感じていた。
市川の身に何かあったらと思うと、いてもたってもいられなかった。

――無事に帰って来て…みおりん…。

祈るように両手を組む。
市川が戻って来たら、昨日のことを謝ろうと考えた。

中村「あ、そういえば玲奈っちのヴォイドって何だっけ?」

竹内「え、何だろう…」

阿部「あれ?知らないんですか?」

仲俣「確かカチューシャだったよね?」

仲俣は視線を上げると、思い出したように言った。

竹内「じゃあ美宥と同じアクセサリータイプのヴォイドだ」

竹内はそう言って、耳につけたイヤリングを揺らした。
それが彼女のヴォイドである。

中村「あたしのもネックレスだから同じかな。未だにどんな力なのかよくわかんないけど」

仲俣「そこがアクセサリータイプの難点だよね。見た目でどんな力が隠れているか想像つきにくい」

そう言う仲俣もまた、ヴォイドには苦戦していた。
彼女のヴォイドはリングである。

――これを使う機会はたぶんないだろうな…。

そして仲俣は自身のヴォイドが持つ能力に気付いていた。
424 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:00:18.41 ID:ieVPZnSiO
大場「……」

渡り廊下に集まっている5人のうち、ただひとり戦闘タイプのヴォイドを所持する大場は、なんとなく疎外感を持つ。

阿部「あのー、ところであれ、何だと思います?」

先程からボーッと庇の向こうを眺めていた阿部が、唐突に口を開いた。
しなやかな動作で、長い手を向ける。

仲俣「ん、何ー?」

仲俣はのんびりと阿部の示した先に視線を向けた。
その顔は瞬時に歪み、青ざめていく。

大場「どうしたの?…うわっ!」

そして、彼女達は目撃する。
学校を包囲するように集まったロボット軍。

中村「なんで?なんで来てるの?どうすんの?」

大場「わたしに聞かないでよ」

仲俣「と、とにかくみんなに知らせなきゃ。早く!」

5人は校内に戻ろうと動き出した。
すると頭上から奇妙な音声が振ってくる。
425名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:01:08.23 ID:pP92vbS1O
イヤリング
もしかして合体できるとか?
426 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:02:16.31 ID:ieVPZnSiO
『ミナサン、スミヤカニコウシャカラデテクダサイ。ワレワレハ、ミナサンニキガイヲクワエルツモリハアリマセン。タダシ、ハンコウスルバアイ、ヨウシャナクコウゲキシマス。イマカラニフンマチマス。タダチニトウコウシ、ワレワレノカンシカニハイッテクダサイ』

それは金属を擦り合わせたかのような不快な声だった。

中村「どうする?」

中村がチームメイト達の顔色を窺う。

竹内「おとなしく出て行けば攻撃しないって…」

大場「でも要するにこれってあいつらに捕まるわけでしょ?何されるかわかんないよ」

阿部「向こうが嘘ついてるかもしれませんしね」

中村「ちょっ、怖いこと言わないでよ」

仲俣「わたし達だけじゃ決められないよ。とりあえずみんなのとこに…たかみなさんのとこに行こう」

中村「でも時間ないよ」

阿部「あ、そうですね」

竹内「……」

そして、彼女達が何も決められないまま時間が経過した。

『ジカンデス』
427 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:04:17.56 ID:ieVPZnSiO
竹内「やだ怖いよ…」

竹内は今にも泣き出しそうな顔で、阿部に抱きついた。

大場「仕方ない。先輩達も誰も出て行っていないみたいだし、戦うってことだ。あたし行って来る」

大場はヴォイドを構えると、外へ出ようとした。
その瞬間、激しい頭痛を覚えてしゃがみこむ。

大場「……くっ…」

痛みに耐えながら、大場は見た。
苦痛の表情で頭を押さえ、倒れこむメンバー達。

――何が…起きてるの…?

大場は立ち上がろうとこころみる。
しかし割れるような頭の痛みに、体が言うことをきかない。
同時に今度は耳の奥がキンキンと痛む。
今まで経験したことのない感覚に、大場は成す術もなかった。
何かを考えようにも、頭が働かない。

中村「超音波だ!あたし達が自分から出て行くのを待ってるんだ!」

中村が叫んだ。

竹内「やだよ…頭が…頭が…」

竹内は身を縮めて、ぽろぽろと涙を流した。
その隣では仲俣が倒れこんでいる。

仲俣「……」

痺れるような痛みが仲俣の全身を襲う。

――こんなところで…終わらせるもんか…!

超音波が与える不快感。
極限に達した痛み。
頭がどうにかなりそうだった。
メンバーはすでに体の自由を奪われ、悶絶し、床をのた打ち回っている。
そんな中、仲俣は懸命に左腕を伸ばそうとしていた。
動かすたびに、全身の筋肉が悲鳴を上げる。
それでも彼女は諦めなかった。
少しずつ、少しずつ動かし、ついに体の下敷きになっていた左手を露出させる。
その手に輝くリング。
仲俣のヴォイド。
428 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:06:21.44 ID:ieVPZnSiO
仲俣「お願い…みんなを…みんなを助けて!!!」

仲俣が声を振り絞る。
突如、リングが輝き出した。
そして、時が止まったかのような静けさ。
光は学校全体を包んだかと思うと、弾けるように消えた。

大場「え…?」

瞬間、大場は長い呪縛から解き放たれたかのように、勢いよく立ち上がった。

大場「動く…痛くない…」

不思議そうに手足を曲げ伸ばしてみる。
痛みは嘘のように消えていた。

中村「なかまったー!!」

中村の声に驚き、振り返ると、すでにメンバーは仲俣の周囲に集まっている。
大場も遅れて駆け寄った。
仲俣は阿部に体を支えられながら、荒い呼吸を繰り返している。
しかしその表情は安堵して、優しい笑みを浮かべていた。

阿部「どうなってんですか?今の…」

阿部が先ほどの痛みなどなかったかのように、けろりとした顔で問いかけた。

仲俣「これが…あたしのヴォイド…」

大場「何?」

仲俣「音を遮断することができるの。リングが光った瞬間、何も聞こえなくなったでしょ?」

仲俣はそう言うと、リングをそっと撫でて見せた。
429 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:07:35.82 ID:ieVPZnSiO
仲俣「お願い…みんなを…みんなを助けて!!!」

仲俣が声を振り絞る。
突如、リングが輝き出した。
そして、時が止まったかのような静けさ。
光は学校全体を包んだかと思うと、弾けるように消えた。

大場「え…?」

瞬間、大場は長い呪縛から解き放たれたかのように、勢いよく立ち上がった。

大場「動く…痛くない…」

不思議そうに手足を曲げ伸ばしてみる。
痛みは嘘のように消えていた。

中村「なかまったー!!」

中村の声に驚き、振り返ると、すでにメンバーは仲俣の周囲に集まっている。
大場も遅れて駆け寄った。
仲俣は阿部に体を支えられながら、荒い呼吸を繰り返している。
しかしその表情は安堵して、優しい笑みを浮かべていた。

阿部「どうなってんですか?今の…」

阿部が先ほどの痛みなどなかったかのように、けろりとした顔で問いかけた。

仲俣「これが…あたしのヴォイド…」

大場「何?」

仲俣「音を遮断することができるの。リングが光った瞬間、何も聞こえなくなったでしょ?」

仲俣はそう言うと、リングをそっと撫でて見せた。
430名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:09:23.14 ID:hwzQ83rK0
支援
431 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:09:30.55 ID:ieVPZnSiO
竹内「すごい…」

仲俣「だけど敵も馬鹿じゃない。超音波が利かないとわかったら、次の攻撃を仕掛けてくるはず。早く…先輩方のところに行かないと…反撃しないと…」

阿部「仲俣さん立てますか?」

仲俣「うん、もう大丈夫。初めてちゃんとヴォイド使ったから、体がびっくりしてるだけ」

仲俣が立ち上がると、5人は渡り廊下を駆け抜けた。
校舎に飛び込むと、他のメンバーを探す。
時間がなかった。

大場「早く!マリアなんで歩いてるの?」

大場が急かす。

阿部「あ、すみません」

阿部は軽く頭を下げた。
そしてそのままよろめいて、壁に激突する。

阿部「おっと…」

仲俣「え?今度は何?」

はじめは廊下が湾曲したのかと思った。
しかしすぐに間違いに気付く。
校舎全体が揺れているのだ。
すぐに彼女達は立っていられなくなり、床に伏せた。

阿部「地震ですかね?」

阿部はきょとんとした顔で、中村に尋ねた。
突っ伏していた中村が頭を上げる。

中村「違うよ。どういう仕組みかわかんないけど、校舎を振動させられてるんだ。今度は力づくであたし達を外へ引きずり出す気だよ」

仲俣「あ、危ないっ!!」

大場「キャッ!」

仲俣の声に、大場が頭を抱える。
音を立てて揺れる校舎。
耐え切れなくなった蛍光灯が、頭上から降ってくる。
それは彼女達の頭を掠めると、廊下に無数の破片を散らした。
嘘のような光景だった。
あっという間に壁には亀裂が走り、ぼろぼろと崩れ落ちる。
432 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:11:12.60 ID:ieVPZnSiO
大場「引きずり出す以前に、このままあたし達を校舎ごと潰す気じゃん」

中村「もうやだやだやだ…」

今や校舎そのものが怒り狂う生き物かのように、激しく振動している。

竹内「……」

そして、ついに竹内が動いた。

――もしかしたら、これが使えるかも。学校の授業で習ったもん。美宥いっぱい勉強したもん。美宥だって、いつまでもみんなに助けられてばっかりじゃいられない…!!

竹内「…お願い…」

竹内は丸めていた体を起こした。
その途端、彼女の体は激しく壁に叩きつけられる。

仲俣「美宥ちゃんっ!!」

竹内「お願いします…」

竹内は苦しげに呟くと、残っている力を振り絞って、自身のつけているイヤリングに触れた。

竹内「お願いします…美宥は…美宥は…みんなと一緒にいたい!こんなところで終わりたくない…!」

竹内の切実な願いが、廊下に響く。
メンバーは目を見張った。
校舎全体に流れる不思議な音色。
そのリズムに合わせるようにして、揺れは徐々に小さくなり、やがてぴたりと止まったのだ。
433 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:12:26.64 ID:ieVPZnSiO
仲俣「どうして…」

仲俣が驚愕の表情で呟く。
竹内を見つめた。

仲俣「美宥ちゃんがやったの?今の揺れ…美宥ちゃんが止めたの?」

竹内「そう…かな…?」

竹内は照れたように笑った。

仲俣「美宥ちゃんのヴォイドは、振動していたものを止める…」

竹内「ううん、違うよ。美宥のヴォイドは対象のものを振動させるの」

仲俣「え?どういうこと…あっ!」

仲俣は最初不思議そうに首をかしげたが、すぐに思い至って納得の声を上げた。

阿部「え?何ですか?」

今度は阿部が尋ねる。

竹内「たぶんさっきのは校舎全体が揺れているんじゃなくて、それを支えている地面が揺れていたんじゃないかなって考えて…だからその揺れと同じ振り幅の揺れをこの校舎に与えてみたんだ」

阿部「全然わかんないです」

仲俣「まぁとにかく、そうすると揺れはおさまるんだよ」

阿部「へぇ」

竹内「それより早く…みんな大丈夫かな?」

中村「探してみよう。あ、廊下破片がすごいから気をつけて」

大場「うん」
434名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:13:00.22 ID:pP92vbS1O
敵もスゲーな
超音波ビームに地震発生装置?
普通に世界制服出来そうじゃん
435 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:14:11.87 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「ここからは二手に分かれよう」

すでにトラックから下り、アジト内を探索してた前田は、そう言ってメンバーを見渡した。

佐藤亜「なんでー?大勢でいたほうがもしもの時心強いじゃん」

亜美菜が口を尖らせる。

前田「さっきのロボット達が気になるの。たぶんアジトのどこかにロボットを制御している場所があるはず。香菜ちゃんはそこを探して、ロボット達を止めて欲しいんだ。いいかな?」

小林「わ、わかった。やってみるよ」

小林は返事をしながら、自身のヴォイドである聴診器を首をかけた。

前田「ありがとう。それから有華とはるきゃん玲奈っちは、香菜ちゃんの護衛として一緒に行って。もし覆面隊員と遭遇しても、絶対に殺しちゃ駄目だよ。動きを封じて、逃げるの。いい?」

増田「任せて」

石田「わかりました」

前田「残りの子達はあたしと一緒に捕まったメンバーを探しながら、ボスの居所を探ろう。行って!」

彼女達は今、ちょうど通路の分かれ道にいた。
前田達はずらりと扉の続く通路へ、小林達は薄暗い細道へと、それぞれ分かれる。
島田はスッと、前田の前に進み出ると、先頭を歩いた。

前田「え?」

島田「戦闘タイプのヴォイドはうちと、前田さんが持ってるたかみなさんのヴォイドだけですから。うちがみんなを…守ります」

島田が真剣な顔でそう説明する。
前田はしばらく考えた結果、すっかり逞しくなったこの後輩に、任せてみることにした。
こうして後輩達の成長を間近で見られるのも、あと少しなのだ――。
436 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:15:52.41 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、秋元達は――。

秋元「じゃあ、お互い無事で会おう。約束だよ」

秋元もまた、これから先のことを考えて二手に分かれようとしてた。

柏木「はい」

柏木のもとには梅田と咲子。
秋元は珠理奈と菊地と行く。

――捕まったメンバーを救出したら、わたしは麻友を探す。麻友は必ずこの建物の中にいるはずだもん。探して、説得しなきゃ。今ならまだメンバーもきっと麻友の間違いを許してくれる…。

柏木は密かに決意を燃やしていた。
そんな柏木を、梅田が急かす。

梅田「ゆきりん、急ごう」

柏木「う、うん」

秋元達はすでに出発していた。
柏木グループも反対の方向へと歩き出す。
壁際には一定の間隔で正方形の穴があり、風が中まで吹き込んできていた。
柏木はそこから顔を出し、外の様子を窺ってみる。
湿った風が頬に当たった。

柏木「雨が降るかも…」

天気の崩れが、これから先の戦況を暗示しているように感じ、ぞくりとした。
慌てて首を振る。
そうして柏木は突如沸いた悲観的考えを、頭の中から追い出そうとした。
437 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:18:45.74 ID:cKc6HvOD0
柏木「こっちにはそれらしい部屋はなさそうですね…」

3人は長く続く通路を、周囲に警戒しながら歩いた。
特に曲がり角は気をつけなければいけない。
レジスタンスの連中と鉢合わせになることだけは避けたかった。

松井咲「あ、あそこのドア…」

しばらく進むと、鉄扉に遭遇した。
頑丈そうな鍵がかけられている。

梅田「あの感じだと、中にメンバーが捕まっているのかもしれないね。あたしのヴォイドで壊せるかな…」

梅田はひそひそと2人に耳打ちした。
彼女の手には猫手が嵌められている。

柏木「静かにやらないと、誰かが気付いてやって来るかも…」

梅田「うん」

3人は忍び足で扉へと近づく。
と、目の前に来たところで、突然扉が開いた。

松井咲「あ…」

咲子が硬直する。
戦闘慣れしていた柏木と梅田はすぐに距離を取った。

柏木「咲子ちゃん!」

逃げ遅れた咲子。
彼女は何が起こったのか把握できないまま、壁に押し付けられた。
438名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:21:10.82 ID:a23aMpwD0
島田△
439 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:21:31.64 ID:cKc6HvOD0
覆面隊員「おまえら…こんなところに…!」

扉から出てきた覆面隊員もまた、柏木と梅田同様、瞬時に戦闘態勢に入っていた。
咲子を捕まえると、そのこめかみに銃口をつきつける。

梅田「…くっ…」

こうなっては手も足も出なかった。
梅田のヴォイドは至近距離でないと使えない。
それは柏木も同様だった。
それに加えて、覆面隊員の手の内には咲子がいるのだ。
下手に攻撃は出来ない。

松井咲「やめて…やめてぇぇぇ」

咲子がもがく。

覆面隊員「おとなしくしろ!おまえ達だけか?何人で来た?こいつを殺されたくなかったらヴォイドを床に下ろせ!」

覆面隊員の要求に、柏木と梅田はそれぞれヴォイドを下ろした。
すぐ傍にいるのに何も出来ない。
その悔しさから、2人の体はぶるぶると震えている。
その間にも咲子は覆面隊員の手から逃れようと、もがき続けていた。

覆面隊員「ふざけんなてめぇ!この銃は本物だぞ!撃つぞ!」

松井咲「ひいっ…!!」

そう言われると、ますます銃口から距離を置きたくなる。
咲子は今度、後ろに身を引いた。

覆面隊員「あ、おいっ…!」

その瞬間、覆面隊員の手から咲子の姿が消える。
慌てる覆面隊員。
柏木はその隙を見逃さなかった。
ヴォイドを拾い上げると、即座に距離を詰める。
440 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:22:07.15 ID:cKc6HvOD0
柏木「ごめんなさぁぁぁぁい…!!」

クレセントアックスの柄を使い、覆面隊員の頭を叩いた。
ふいを突かれた形となった覆面隊員は、呆気に取られた表情でふらふらと動き回った挙句、地面に伸びてしまう。

梅田「やったぁ!」

それを見た梅田は、思わず飛び上がった。
それから気がついて、壁際の穴に飛びつく。
頭を出して、下の様子を確認した。

梅田「大丈夫ー?」

呼びかける。
すぐ下は水路となっていて、その中に咲子の姿があった。
彼女は城の外壁に掴まり、ずぶ濡れの状態でこくこくと頷いている。

柏木「びっくりしたよ…」

柏木は口元に手をやり、目を丸くした。
覆面隊員の銃に怯えた咲子は、逃れようとするあまり、勢いをつけすぎて、穴から外に落ちたのだ。
下から咲子の声が届く。

松井咲「とりあえず泳いで、また城の中に入れないか探ってみる。無理そうだったらごめん、一旦向こう岸に渡って城を離れるわ。わたしのことはいいから、先に行って」

柏木「どうしましょう…」

柏木と梅田は顔を見合わせた。
だが、今は目の前のドアのことが気になる。
覆面隊員が出てきたばかりということは、鍵は現在、開いている状態。
早く中を探って、メンバーがいるなら解放しなければ。
考えた末、2人は咲子が戻るのを待つことを諦めた。

梅田「よし、部屋の中に入ってみよう…」
441 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:23:09.84 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中学校では――。

蛍光灯や窓ガラスの破片が散乱する廊下を、5人のメンバーが走っていた。
大場、中村、竹内、仲俣、阿部である。
5人は他のメンバーと合流しようと、校内を探す。
昇降口まで来た。

仲俣「あ、あれ…」

突然、先頭を走っていた仲俣が立ち止まる。
視線の先には、先輩達の姿。

竹内「何してるの…」

昇降口に背を向ける体勢で、中田、夏希、紫帆里がヴォイドを手にしていた。
彼女達が対峙しているのはロボットの軍団。

中村「まさか…3人だけで戦う気なんだ!」

中村が叫んだ時、中田が動き出した。
中田は凄まじい速さで、次々とロボットを仕留めていく。
その背後から飛び出すように、夏希がスパイクド・クラブを振るった。
そして彼女達2人の間から、紫帆里がその長身を生かしてグレイブを投げる。
それはロボットの機体を貫いた。
すぐに紫帆里は倒れかかるロボット飛びつくと、グレイブを引き抜き、回転させる。
周囲に迫っていたロボット達をなぎ倒した。

大場「あたしも行かなきゃ」

大場は慌ててヴォイドを構える。
戦えるのに、戦わないのは罪だと思った。逃げだと思った。
442 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:23:46.20 ID:cKc6HvOD0
中村「みなるん、頑張って!」

中村が大場の背中を押す。

大場「うん」

大場は決意に満ちた表情で、中村を振り返った。
直後、自身のヴォイドであるトマホークを中村に向かって投げつけた。
中村は咄嗟に身を縮めてそれを避ける。

中村「ちょっ、何してんの?危ないじゃん。敵はあっちでしょあっち!」

中村はトマホークが掠ったらしく、頭を押さえながら立ち上がった。
腰が引けて、足が震える。
あと数ミリずれていたら危なかったかもしれない。

中村「ねぇ聞いてる?」

抗議する中村。
しかし大場は彼女の肩越しに、何かをじっと見つめていた。

中村「え?」

大場の視線に気付き、中村は振り返る。
そこには覆面隊員が右腕を押さえ、呻いていた。
その足元に転がるレーザー銃。

竹内「うわっ、うわっ、うわっ…」

中村「まさか…助けてくれたの?」
443 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:24:28.95 ID:cKc6HvOD0
大場「危ないところだったね」

大場は振り返った瞬間、中村の背後に迫る覆面隊員の姿を見つけたのである。
咄嗟にトマホークを投げたはいいが、もし中村にまで当たっていたらと思うと、今更ながら背すじが凍った。
慌てて中村に謝罪する。

中村「いいよ、ありがとう」

気のいい中村はそれをすぐに許した。
覆面隊員は大場に攻撃された箇所が痛むのか、床でのたうち回っている。
少しかわいそうな気がしたが、今は構っている余裕などない。

仲俣「この人がここにいるってことは…」

阿部「まだ他にも覆面の人達が侵入してきてるかもしれないですね」

仲俣の呟きを、阿部がさらりと引き継いだ。

竹内が仲俣の腕にしがみつく。
5人は肩を寄せ合い、周囲を警戒した。
大場はヴォイドを構え、臨戦態勢に入る。
なぜかずきずきと頭が痛んだ。
隣に立つ中村もまだ頭を押さえている。

大場「なんかあたしまで頭痛くなってきた。さっきの超音波の影響かな」

中村「えっ…」

やがて近づいてくる足音。
今度は複数だ。
外ではまだ、中田達がロボットと戦い続けている。
444 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:26:19.58 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、咲子は――。

松井咲「駄目だ…なんかだんだん寒くなってきちゃった」

咲子は壁づたいに水路を泳ぎ、再びアジト内へ侵入できるところがないか探っていた。
だがそれも体力の限界である。

――ひとまず岸に戻って考えよう。あ、前田さん達が入って行った裏口に回ればいいかな。向こうは見張りとかいなさそうだったし。

咲子はそう考え、体の向きを変えた。
と、水面がポツポツと浮き立つ。

松井咲「えっ…」

咲子は頭上を見上げた。
今度はばらばらと砂粒が落下してくる。
水面が激しく揺れた。

松井咲「キャー!!」

岸すれすれにロボット達が立ち並んでいた。
一斉に咲子を見下ろしている。

――なんで?さっきは城の外にロボットなんていなかったじゃん…。

慌てる咲子に、ロボットは容赦なくレーザー銃を向けた。
複数の銃口が咲子を狙う。

――どうしよう…ルパンとかだとこういう時水の中に逃げ込むんだよね。レーザーって水の中にまで侵入するのかな…。

咲子は必死に過去の記憶を辿ると、水中に潜ろうとした。
大きく息を吸い込む。
だが途中で、完全に息が止まってしまった。
驚きのあまり、あんぐりと口を開けたまま、硬直する。

――嘘…。
445 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:26:55.18 ID:cKc6HvOD0
まず手前のロボットが倒れた。
それをきっかけとして、並んでいたロボット達はまるでドミノのように次々と体勢を崩していく。
岸から落ちる砂や石が、強雨のように水面を揺らした。
その騒ぎが落ち着きはじめた時、見知った顔が岸から覗く。

松井咲「たなみん!」

田名部は肩で息をしながら、水中の咲子へと呼びかけた。

田名部「大丈夫ー?」

松井咲「たなみんなんで…学校に残ってたはずじゃ…」

田名部「みんなが戦うって決めたんだもん。あたしだけ何もせずにはいられないよ」

田名部はにっこりと笑うと、咲子に向けて軽くヴォイドを振ってみせた。
が、次の瞬間に岸から飛びのき、再び体勢を整えたロボット達と戦いはじめる。
咲子はその姿をボーッと眺めていたが、ふと気がついて、泳ぎだした。

――岸に戻ること考えてたけど、諦めちゃ駄目だ。たなみんだって戦ってるんだもん。わたしはわたしに出来ること…今はまたアジトに戻って、捕まってる子達を探そう。

少し泳いだところで、今度は運良く地下に繋がっているらしい入り口を見つける。
咲子はそこへ飛び込むと、再びアジトの内部を目指した。
446 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:28:02.34 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中田達は――。

中田「ハァ…ハァ…」

佐藤夏「倒しても倒してもきりがないね」

鈴木紫「それにさっき、覆面をした人達が校舎に入って行くのを見ました。中にいるみんなが危ないです」

中田達はいつしかロボットに取り囲まれる形となっていた。
互いに背中を預け、息を切らしながら会話する。
その間にも戦いの手を休めることはない。

中田「でもわたし達はロボットで手いっぱいだし…」

佐藤夏「中には一応しーちゃんと、あと大場ちゃんがいるけど…」

中田「何にしても戦力が足りなさすぎる…」

そして3人は今、じりじりと追い詰められている。
はじめは優勢だったが、すでに立場は逆転していた。
集まったロボットを攻撃するよりも、向けられたレーザー銃を防ぐことで精一杯だった。
そんな3人の様子を、3階の窓から見守る者がいた。
447 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:28:57.20 ID:cKc6HvOD0
内田「……」

内田は戦況を見つめて、いつしか拳を握っている自分に気付いた。
もう片方の手には、自身のヴォイドであるハンマーがある。

――あたしは…あたしは…このまま何も出来ないで終わるの?何もしないままで、あいつらに捕まるの?

内田の心が激しく揺れ動く。

――怖い…怖いけど…。

内田「逃げちゃ駄目だ!」

そうだ。
自分はいつだって闘争心を忘れたことなどなかったではないか。
どんなに辛くても、諦めそうになっても、自分を奮い立たせてきた。
欲しいものは自分の手で勝ち取った。

――そしてあたしが今欲しいものは…メンバーがいて、みんな揃って立つあのステージ!!

内田「……」

内田は窓から離れると、あるメンバーを探して廊下を駆け出した。
448名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:29:58.44 ID:aPy1z3SVi
岩のヴォイド気になってたんだよね
449 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:32:38.97 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、同じく廊下を走るメンバーがいた。
彼女は仲谷、片山と一緒に隠れていた保健室を飛び出し、奥の教室にいた朱里を連れ出す。

高橋朱「ちょっ、えぇ?どこに行くんですか?今は隠れてたほうがいいですよ」

しかし彼女は朱里の質問を振り切って再び走り出した。
昇降口まで来ると、運良く阿部の姿を見つける。
朱里の時同様、強引に連れ出した。
外へ出る。
追い詰められた中田達の姿が視界に入った。
もう時間がない。

阿部「あのぉ、どうしたんですか?」

阿部が尋ねた。

高橋朱「一体何を…」

怪訝な顔をした2人を、彼女は真剣な面持ちで見つめた。
そこにはもう、いつものあどけなさはない。
彼女は覚悟を決めたのだ。
戦う覚悟――。

阿部「何するつもりですか?らぶたんさん」
450 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:34:03.40 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、柏木と梅田は――。

梅田「そうだ、あっちゃんのところに行こうよ。ヴォイドを取り出してもらおう」

梅田が提案する。
柏木と梅田が入った部屋には、板野と仁藤、佐藤すみれが拘束されていた。
2人は手分けして板野達を解放したのだった。

板野「え?あっちゃん来てるの?」

梅田「うん」

仁藤「じゃあ早く行きましょうよ」

そうして5人が部屋の外に出た時、事態は急変していた。

柏木「たなみん…」

梅田「なんで…?」

咲子が落ちた穴から、外の様子を窺った2人は、ほとんど同時に驚きの声を上げた。
アジトの外。
そこでは複数のロボットを相手に、田名部が孤軍奮闘している。

柏木「あんなにたくさん…たなみんひとりじゃもたないよ!」

梅田「助けに行かなきゃ…ゆきりん、後をお願い出来る?」

梅田が凛とした眼差しを柏木に向ける。
柏木は姿勢を正した。

柏木「わかりました」

梅田は何の迷いもなく、走り去っていく。
その背中を見つめながら、柏木は言った。

柏木「さあ、あっちゃんを探しましょう」
451 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:36:39.35 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「ごんちゃん!!」

仲川「はいっ!」

前田達は今、通路の奥へと追い詰められていた。
じりじりと詰め寄るのは覆面部隊。
ついに見つかってしまったのだ。

仲川「悪いことしちゃ…いけないんだよ…!!」

仲川がヴォイドを構える。
たちまち強風が覆面部隊の足を遅らせた。
しかしまだ弱い。
少しずつではあるが、敵は距離を詰めてくる。

仲川「もっとパワー上げちゃう?」

前田「駄目!ごんちゃんが本気出したら建物ごと吹っ飛ぶかもしれないでしょ」

島田「やっぱりここはうちが…いいですよね?前田さん」

前田「出来るの?あの人達が持ってる武器を取り上げるだけだよ?」

島田「そんな無理ですよ。うちのヴォイド、マシンガンですよ?」

前田「…なんとか殺さずにこの場を切り抜けなくちゃ。人殺しなんてあの人達と同類になっちゃうよ」

永尾「……」

市川「……」

佐藤亜「えーっと…さっきみたいに通路の幅を広げれば…って駄目だ。どっちにしても逃げ道がないよ」

仲川のヴォイドで時間稼ぎしていても、埒があかない。

――決着をつけなくちゃ…でもどうやって…?

前田は悩んだ。
やはり小林と一緒に増田や石田まで行かせたのは間違いだったのか。
自分達だけで、どうやって覆面隊員と対決すればいいのだろう。
452 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:38:29.34 ID:ieVPZnSiO
前田「みんな、ごんちゃんが時間稼ぎしている間に抜け道がないか探して」

佐藤亜「無理だよ〜。亜美菜さっきから探してるもん」

亜美菜がおろおろと周囲を見渡した。

島田「いざとなったらうち、やりますよ?その覚悟は出来てます」

前田「嫌!島ちゃんを人殺しになんて絶対させないよ!」

島田「前田さん…」

その時、島田の背後から岩佐が歩み出た。

前田「わさみん…?」

岩佐は無言で仲川の隣に立つと、握った手を前へ突き出した。
ゆっくりと開く。
その手に乗っていたのは不思議な光を放つ小さな球体。
それが彼女のヴォイドだった。

岩佐「はるごん、そのまま風を送り続けて」

仲川「オッケー!」

仲川がこの場にそぐわぬ無邪気な返事をした。

前田「何する気?」

前田が小声で問いかける。
岩佐はしかし、そんな前田を突き放すように言った。
453 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:40:42.90 ID:ieVPZnSiO
岩佐「離れててください!自分でも成功するかわからないんです」

その物言いは、普段の岩佐からは想像もつかないほど厳しかった。
岩佐は今、はっきりと理解した。
ヴォイドの意味。
メンバーを守るために使う、奇跡の力。
ここまで来るのに、たくさんのヴォイドの力を見てきた。
それを使うメンバーは皆、輝いて見えた。
その奇跡を、ずっと見てきた。
見てるだけだったんだ。

――やっとわかったよ。与えられた奇跡をどう繋げるか…自分自身で決断して、動くことにかかっている。今までのわたしに足りなかったものそれは…積極性…!

岩佐のヴォイドがより一層の輝きを放ち、回転しはじめた。

佐藤亜「えー?何何?」

そして、前田達は目撃した。
強烈な風と、耳に痛い風音。
それでも自分達は岩佐の起こす奇跡を見届けなくてはならないと思った。
乱れる前髪を掻き分け、しっかりと目をこらす。

岩佐「……」

仲川の起こした風が、ぐるぐると向きを変える。
それは小さな竜巻となって覆面部隊を襲った。
まるでヒーローショーの悪役を見ているかのように、前田達の目の前で、覆面部隊は体を回転させ、宙を舞い、地面に落下していく。
あっという間の出来事だった。
竜巻が抜けた後には、失神する覆面部隊と、床に転がるレーザー銃。
454 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:42:43.12 ID:ieVPZnSiO
岩佐「うまくいった…」

岩佐は緊張が解けたのか、ふらふらと床に膝を着いた。

島田「大丈夫ですか?」

すぐに島田が駆け寄り、岩佐に肩を貸す。
一方仲川はその場でぴょんぴょんと跳びはねながら、歓声を上げていた。

仲川「うわーい、やったよやったよー」

仲川はそのまま前田に抱きついた。
前田は仲川の興奮がおさまるのを待って、しかし一向にその気配がないので最後は引き剥がしてから、岩佐に歩み寄る。

前田「わさみん…」

岩佐「あ、前田さん。これ…わたしのヴォイド。対象となった物を回転させることができるんです。一か八かでしたけど、もしかしたらその…風も回転させられるんじゃないかって…」

前田「そうだったんだ。ありがとう。ごんちゃんも。2人のお陰で助かったよ」

岩佐「いえ、そんな…でもわたし、嬉しいです。やっと皆さんと同じ土俵に立てたようで…。ずっとずっと、何も出来ない自分が嫌で、勝手に疎外されてる気分になって拗ねてたんですよ、わたし」

岩佐「だけど出来ないは言い訳だったんだって気付きました。わたしは出来ないんじゃない、しようとしなかっただけだったんだって」

前田「そんな…最初からわさみんは大事な仲間だよ。ちょっと頼りないけど本当はすごく頑張りやで努力家な、可愛い仲間だよ」

岩佐「前田さん…」

岩佐はそこで本当に心から安堵した。
するとなぜか、涙が溢れてくる。
前田の言葉がうれしかった。

佐藤亜「ほらほら、なんか湿っぽくなってるよ?泣くのはメンバーを全員助けて、レジスタンスに勝利してからなんでしょ?流していいのは、嬉し涙だけなんだから」

亜美菜がわざと空気を壊すように口を挟む。
そうしてけらけらと笑った。
途端に場が和む。
亜美菜の持つ雰囲気が、メンバーを癒した。

岩佐「これは…嬉し涙ですよ。だから流してもいいんです」

岩佐は負け惜しみのように言うと、島田から離れ、自分の力で立ち直した。

岩佐「さっ、先を急ぎましょう」
455 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:44:47.40 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、内田は――。

内田「ともーみさんっ!」

校内を探し回り、内田はついに目的の人物を探しあてた。

河西「うっちー?どうしたの?あ、外の様子はどう?」

室内に飛び込んできた内田の様子に、河西がびくりと肩を震わせる。
ロボットからの要求音声が流れた直後から、河西は美術室の高橋達のもとへ身を寄せていたのだった。

河西「良かった、心配してたんだよ?夏希ちゃん達が外で戦ってくれてるのはわかったんだけど、他の子達はどうしてるかわからなかったから…。うっちーもおいでよ。今みんなでこれからどうすればいいか話しあってたんだ」

そう言って手招きする河西のもとには、高橋、峯岸に加えて片山と仲谷、入山が座っていた。

内田「違うんです。あたし…あたし…ともーみさんに手伝ってもらいたいことがあるんですよ!」

しかし内田はその場から動かず、真っ直ぐに河西を見据えている。

河西「あたしに…?」

河西が首をかしげた。
456 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:46:36.10 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、多田は――。

多田「マリアちゃん、いいよ!」

多田は中田達を包囲するロボットに、背後からそっと近づいた。
阿部に合図を出す。
阿部は無表情に頷くと、おもむろにヴォイドを取り出した。
これまでの生活でメンバーに水を配給し続け、料理の際にも活躍したホースである。
阿部はそのホースから、ロボットへと水を放射した。

中田「うわっ、何やってんの阿部ちゃん」

その飛沫が目に入った中田が、悲鳴を上げる。

阿部「あ、なるべく濡れないように気をつけてくださーい」

ロボットはすでに阿部の姿を見つけて、迫ってきている。
しかし阿部は微動だにせず、そんなロボット達に水を放射し続けていた。

多田「今だよ、朱里ちゃん」

多田は今度、朱里に合図する。
しかし朱里は阿部のようには動かなかった。
恐怖で足がすくみ、立っているのがやっとだ。
今までこんな間近にロボットを見たのは初めてだった。

多田「急いで!じゃないとマリアちゃんが危ない!」

高橋朱「え…でも…本当にわたしに出来るんでしょうか…」

朱里はグローブを嵌めた手を、小刻みに震わせた。
457 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:48:20.33 ID:ieVPZnSiO
多田「信じて。あたしはこう見えても朱里ちゃんの先輩だよ?今までそれなりに経験積んできたんだから、信用してよ」

多田はこれまでメンバーに見せたことのない大人びた表情で言った。

高橋朱「だって…わたしのヴォイドは…それにもし成功しても、らぶたんさんはどうなるんですか?」

多田「大丈夫。あたし達はひとりじゃちっぽけな存在かもしれない。まだひとりじゃ輝けないかもしれない。だけどそのための仲間でしょ?協力して、高めあって、それが仲間なんじゃないの?あたし達が力を合わせれば、きっとやれる。あたしは平気だよ」

高橋朱「らぶたんさん…」

多田の強い視線に射抜かれ、朱里の手に力がみなぎる。

高橋朱「わたし…行きます!」

そして、朱里は走り出した。
阿部に差し迫るロボットへと、突進していく。
ヴォイドを構えた。

高橋朱「行っけぇぇぇぇぇぇ…!!」

朱里の掛け声とともに、ロボットへ向けたグローブから霧のようなものが噴射される。
みるみるうちにロボットは白く染まり、動きを止めた。
その間から、中田達が抜け出て来た。
458 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:50:03.05 ID:ieVPZnSiO
鈴木紫「何?なんで止まったの?」

紫帆里は驚愕の表情で、阿部と朱里を交互に見つめた。
それから多田に気付き、息を呑む。

多田「みんな…早く逃げて!!」

多田が切羽詰った声で叫ぶ。

中田「らぶたん…なんで…」

中田が呟いた。
彼女達の目の前で、多田はその体に似合わぬ大きな旗を振っている。
それが多田のヴォイド。
身長の倍はあろうという長さの柄と重さに、多田は早くも額に汗を滲ませながら、一心不乱に振り続けていた。

佐藤夏「朱里ちゃん、何したの?らぶたんはなんで…」

夏希が説明を求めると、朱里は気まずそうに目を伏せた。

高橋朱「わたしは反対したんですけど…」

そう言って口ごもった朱里の代わりに、阿部が先を続けた。

阿部「あたしと朱里のヴォイドで、ロボットを凍らせたんです。そうすれば停止するだろうってらぶたんさんが言い出して」

鈴木紫「だからさっき水を…」

高橋朱「はい」

佐藤夏「そっか、朱里ちゃんのヴォイドは物質を冷凍させるんだったね」

中田「で、らぶたんは今何やってるの?早く避難しないとじゃない?凍らせたはいいけど、いつかは溶けるんだし。そうしたらまた襲って来るかもしれないよ?」

中田は不思議そうに多田を見つめた。
多田は今もまだヴォイドを振り続けている。
よほど重たいのか、時折体をよろめかせながら、しかし止める気配はない。
そうして中田達を無言で睨んでいた。

佐藤夏「なんからぶたん怒ってない?」

中田「うん、でもかわいいよね」

鈴木紫「そ、そんなことより今はここから逃げないと…」

佐藤夏「おーいらぶたん、行くよー」

夏希が手を振った。
459 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:52:31.94 ID:cKc6HvOD0
高橋朱「無理なんですよ」

朱里が低い声で言う。

佐藤夏「え?無理って?」

高橋朱「あたしと阿部さんでロボットを凍結させる。だけどそのままだと溶けてまた動き出してしまうから、らぶたんさんがそれを阻止しているんです」

鈴木紫「え…まさか…」

阿部「らぶたんさんのヴォイドは対象となった物の温度を一定に保つ力があるんです。らぶたんさんがああしている限り、凍結したロボットが動くことはありません。凍ったままです」

中田「そんな…今すぐ止めさせなきゃ。あんな重たそうな物、ずっと振り続けていられるわけないじゃん。もうあんなにふらふらになって…」

中田はそう言うと、多田のもとへ駆け出した。
しかし朱里に呼び止められる。

高橋朱「それがらぶたんさんの計画だったんです。自分が犠牲になってもいいから、みんなを逃がすって。らぶたんさんの思いを…無駄にしないでください!」

鈴木紫「あ、じゃあロボットが凍っているうちにうちらで破壊しちゃえばいいんじゃないですか?」

阿部「無理だと思います。うまく一回で破壊できればいいですけど、衝撃を与えればロボットを覆っている氷が割れて、再び動きだす」

鈴木紫「じゃあどうしたら…」

高橋朱「行きましょう…このままここに居ても、らぶたんさんがますます辛くなるだけです…お願いですから…」

朱里は振り絞るように言うと、その場に泣き崩れた。

阿部「……」

中田「そんな…嘘だよ…これしか…これしか方法はなかったの?」

中田の悲痛な声が、虚しく響く。
460 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:55:28.21 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、咲子は――。

松井咲「…っくしゅんっ!」

水路から生還した咲子はひとり、暗い通路を進んでいた。
水中からの入り口を見つけて入ってみたはいいが、そこは幅が狭く、這って歩くのが精一杯だった。
おまけに全身が濡れているせいか、先ほどから震えが止まらない。
石造りの通路が、咲子の体温を急激に奪っていく。

松井咲「このまま進んで…どうしたいいんだろう?」

咲子は一度立ち止まると、かじかんだ指に息を吹きかけた。
必ず生きて、もう一度ピアノを弾く。
それを希望に、また進み出す。
とうとう、前方に明かりを見つけた。
弱く洩れ出たような明かりだけれど、咲子には充分すぎるほど、希望の光に見えた。

――明かりがあるってことは、何かあるはず。急ごう。

俄然やる気が湧いてきた咲子は、足を速めた。
と、ふいに感覚を失い、息を呑む。
そこにはあるはずの物がなかった。

松井咲「キャー…!!」

そうして咲子はまたしても落下する。
しかし今度落ちたところは水路ではない。
硬い床の感触に、咲子は打ちつけた腰をさすった。
見上げると、そこにさっきまで自分が這っていた通路が見える。
461 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:56:31.71 ID:cKc6HvOD0
松井咲「痛てて…まさか途中で床が途切れてるなんて…」

それから気がついて、周囲を見渡した。
ぼんやりとした明かり。
室内のようだ。
先ほど通路から見えた明かりはここから洩れていたのだろうか。

松井咲「ひいいっ…!」

そこで、咲子は悲鳴を上げた。
部屋の奥で人の動く気配がしたのだ。

――やだやだやだやだ…来ないで…!

しかし相手はこちらに向かって来るどころか、むしろ咲子を警戒しているようである。

松井咲「な、何?」

相手に名前を呼ばれた。

松井咲「なんであたしの名前知ってるの?」

咲子はそこでようやく、相手の様子を冷静に見つめた。
どうりで相手は向かってこないはずである。
ロープで縛られているのだから。
462名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 17:56:44.03 ID:jft09PJN0
支援
463 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:57:21.59 ID:cKc6HvOD0
松井咲「佐江ちゃん!」

咲子は飛び上がると、慌てて縛られている宮澤のもとへ駆け寄った。

宮澤「びっくりしたよー。いきなり咲子さんが落ちてくるんだもん」

宮澤は明るく話していたが、その顔は少しやつれたようである。
咲子はかじかんだ指を必死に動かし、宮澤の体に巻きついたロープを解いた。

宮澤「ありがとう。1人で来たの?みんなは?今どうしてる?」

松井咲「ううん、前田さんや才加ちゃん達と来たんだけど、まぁ色々あってあたしだけはぐれちゃって…」

宮澤「そっか。あっちゃんは今どこに?」

松井咲「さあ、別々に侵入したんでわからないけど…なんで?」

宮澤「大変なんでしょ?あたし、あっちゃんに会ってヴォイドを取り出してもらう」

宮澤は監禁されていたはずなのに、希望を捨ててはいなかった。
その逞しさに咲子は頭が下がる。
464 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:58:10.30 ID:cKc6HvOD0
松井咲「でも探すにしても下手に動いたらまた捕まっちゃうし…、あ、てかこの部屋、長くいたら危険なんじゃないの?あ、その前に出られるの?」

宮澤「それは大丈夫。あたしはわりとおとなしくしてるほうだったから、拘束されるだけで部屋自体には鍵かけられてないし。なっつみぃやみゃおは暴れてたからかなり頑丈なとこに閉じ込められたみたいだけど」

松井咲「そんな…ひどい…」

宮澤「だけど確かに迂闊に出歩いたら危険だよね。咲子さんまで巻きこんじゃうし」

松井咲「あたしは最初からその覚悟で来てるから、まあ構わないけど…捕まるのはな…」

宮澤「なんとか目立たずに動くしかないか」

松井咲「目立たずに?あぁ!!」

咲子はそこで何かに気付き、声を上げた。

宮澤「びっくりしたー。どうしたの?ていうか静かにして」

松井咲「ご、ごめんね」

咲子は頭を下げると、胸元からヴォイドを取り出した。
首から提げて、服の下に隠していたのである。
465 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 17:59:16.64 ID:cKc6HvOD0
宮澤「あぁそんなとこに。どうりで今日の咲子さんまな板じゃないと思ったんだ」

宮澤は冗談めかしてそう言った。
咲子が好きな、宮澤の明るい笑顔。

松井咲「どうして今まで気付かなかったんだろう…これを使えば良かったんだ。あ、でもさっき水に落ちちゃったから壊れたかな?いや、壊れてたらあたしも同時に死んでるか、アハハ…」

宮澤「咲子さん…?何ぶつぶつ言ってるの?」

ひとりニヤつく咲子を、宮澤は気味悪そうに眺めた。

松井咲「あ、ごめん」

咲子が我に返る。
ヴォイドを構えると、宮澤へと向けた。

宮澤「な、何?何考えてるの?」

宮澤が後ずさる。

松井咲「いいから佐江ちゃん、ちょっとそこに立ってみてくれる?」

咲子は今度、にんまりと笑みを浮かべた。
466 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:00:13.61 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、秋元達は――。

秋元「あのドア見て!」

未だ1階を捜索していた秋元達は、上へと続く階段を見つけた。
すでに1階部分は捜索しつくしている。
ここにはもうメンバーはいないと判断した。
3人は上の階へと上がってみることにする。
しかしそこで、階段下に小さな扉を発見した。

菊地「物置…かな?」

菊地はさほど気にせず、先へ進もうとする。
だが秋元と珠理奈はその場に留まり、じっと目を凝らしていた。

松井珠「それにしては変ですよね。鎖でぐるぐる巻きの上、あんな鍵までつけて」

秋元「そうなんだよ。おかしいでしょ?ちょっと調べてみる価値がありそうだよね」

2人が動いたので、菊地も後に続いた。
扉に近づくと、周囲を警戒しながら耳を押し付けてみる。
中に人がいる気配がするようなしないような、それだけでは判断がつかなかった。
扉が怪しいと思いこんでいるせいで、無意識のうちに気配を感じ取っているのであって、実際扉の向こうは菊地の言う通り物置なのかもしれない。

菊地「も、もう行きましょうよ。ここでもし誰かに見つかったら、逃げ道ないですよ」

確かにその先は突き当たりになっている。
菊地は緊張のためか、何度も唾を飲んだ。
が、運悪く気管に入り、咳き込んでしまう。

秋元「し!静かにして!」

菊地は慌てて両手を口許にやった。
それからハッと気が付き、秋元と顔を見合わせる。
467 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:00:56.27 ID:cKc6HvOD0
菊地「あれ?今なんか…」

秋元「中から聞こえたよね?」

松井珠「あたしも聞きました」

次の瞬間には、3人ともヴォイドを構えている。
扉を睨んだ。
嫌な想像が頭の中を駆け巡る。
今にも目の前の扉が開き、レジスタンスが襲って来るような気がした。

秋元「……」

しかし、いつまで経っても何も起こらない。
気のせいだったのか。
そう思った矢先、扉の向こうから聞き覚えのある声が洩れてきた。

松井珠「麻里ちゃん!」

珠理奈が我を忘れて扉に飛び付く。

松井珠「麻里ちゃん!麻里ちゃんだよね?助けに来たよ!」

篠田「その声は…珠理奈?なんでここにいるの?」

松井珠「みんなで来たんです。才加ちゃんとあやりんさんも居ますよ!」

篠田は最初、珠理奈がいることに渋い返事をした。
まだ若い珠理奈には、きっと自分よりも遥かにやり残したことがあるだろうと思ったのだ。
こんな危ない場所には来ずに、出来れば遠く離れたところに避難していてほしかった。
これ以上辛い現実を見ることがないよう、これからものびのびと成長してほしいと願っていたのである。
468 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:02:13.35 ID:cKc6HvOD0
松井珠「あたしは大丈夫だよ!もう高校生です。自分の行動に責任を持つこと、教えてくれたのは麻里ちゃんでしょ?]

松井珠「わかってる、何が起ころうとあたしは決して絶望したりはしない。責任持って、すべての現実を受け入れる覚悟だもん。そうやって手に入れる未来は、きっとすごく明るいよ。麻里ちゃん、今鍵を壊すから扉から離れてて!」

珠理奈は自身のヴォイド、ピストルを構えると、鍵に向けて撃った。
それから扉に巻かれた鎖にも弾丸を撃ち込む。
鎖はじゃらじゃらと音を立てて、床に落ちた。
急いで扉の取っ手に飛び付く。
しかしそれよりも早く、扉が内側から開かれた。

篠田「珠理奈…3人ともありがとね」

探し求めた篠田の笑顔がそこにあった。
珠理奈が目を赤くする。
篠田はいつも通り余裕の窺える笑みを浮かべると、秋元を見やった。

篠田「みんな…本気なんだね。本気でレジスタンスを壊滅させようとここへ来た」

秋元「当たり前じゃん。そうでなきゃあたしみたいな弱小ヴォイドの奴まで来ないでしょ」

秋元は自虐的に笑う。
しかし篠田にはそれが秋元の本心でないとすぐにわかった。
ある種の開き直り。
秋元は決して自分自身を蔑んだり、貶めたりはしないのだ。
それが秋元の持つ品格。
469 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:03:38.28 ID:cKc6HvOD0
秋元「もうなりふり構っていられないところまで来てるんだよあたし達は」

篠田「わかったよ。だけど相手もなかなか手強いよ。あたし達が結託して何か起こさないように、数人に分けて監禁してるんだ。戦闘力は計り知れない上、警戒心も強い。そう簡単に倒せるかどうか…」

秋元「……」

菊地「あの、さっきから思ってたんですけど、今の銃声で敵に気づかれたりしてないですよね?」

菊地が怯える。
仕切りに視線を動かし、耳を澄ませた。

篠田「行こう。あたしも戦うよ。あっちゃんはどこ?」

秋元「散々この階を歩いてて出くわさなかったってことは、もう上に移動してるかも」

松井珠「あそこに階段があるんだよ、麻里ちゃん。行こう」

篠田「わかった」

4人は扉から離れると、階段に向かって走り出した。
だがそこで、窓の外の様子が視界に飛びこんでくる。

菊地「あ、たなみん…」

菊地が窓にへばりつく。
外では田名部がひとり、ロボット相手に戦い続けていた。
470 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:04:24.99 ID:cKc6HvOD0
秋元「そんな…中学校に残ってたはずじゃ…」

松井珠「きっとあたし達に加勢しようと、追いかけて来てくれたんですよ」

篠田「だけどあの数のロボット相手に、たなみん1人じゃ…。それにたなみんのヴォイドには確か、ロボットに対して致命傷を負わせるまでの力はないはず」

秋元「じゃあ、ああしていても終わりはないってこと?たなみんの体力が尽きるまであれは続くの?」

篠田「そういうことになるね…」

松井珠「どうしますか?」

秋元「……」

4人は顔を見合わせた。
まさか全員で田名部を助けに行くわけにはいかない。
篠田はまだ、ヴォイドを取り出してもらっていないのだ。

菊地「あたし行きます!」

菊地が外を見つめたまま言った。

松井珠「あやりんさん?」

珠理奈は驚いて、菊地の横顔を見つめる。
いつもにこにことしていて、優しい菊地。
しかし今は、きりりとした眼差しで状況を見守っていた。
471 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:04:57.54 ID:cKc6HvOD0
菊地「あ、駄目ですか?」

返事がないのを不安に思ったのか、菊地は篠田と秋元のほうを振り返った。

菊地「だってたなみんは仲間ですよね?あたし、たなみんを助けたいんです。そりゃ、あたしのヴォイドだって致命傷は負わせなられないけど、1人より2人ですよね?」

菊地は篠田と秋元に、詰め寄るようにして言った。
その瞬間、菊地の頭の中からは2人が先輩であることなど忘れ去れていた。
ただ考えることは、田名部を助けたい。
それだけだった。

篠田「…ふっ…」

ずっと無表情に菊地を見つめていた篠田が、ふいに息を洩らす。
優しく目尻を下げ、感慨深げに菊地に笑いかけた。

菊地「え…?」

篠田「いいこと言うじゃん」

秋元「こんなガツガツしてるあやか、初めて見た…」

秋元は呆然としていたが、すぐに篠田同様、笑顔を見せる。

菊地「え?え?」

菊地は2人の反応に、おろおろと視線を泳がせた。

秋元「行って来なよ。ううん…お願い、行って。たなみんを助けて。今のあやかならやれる。かっこいいもん、すごく」

菊地「そんな…あたし…」

戸惑う菊地だったが、2人に背中を押され、走り出した。

菊地「行きます。絶対にたなみんを助けます」

遠ざかっていく菊地の後ろ姿。
残った篠田達3人は少しの間それを眺めていたが、気がついて、階段を駆け上がる。
472 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:05:44.84 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、中学校では――。

川栄「うわっ、どうしたんですか?どうしたんですか?」

外の騒ぎを怖がり、教室に隠れていた川栄と岩田、田野だったが、急に静かになったことで様子を窺うため、廊下に出て来ていた。
多田に連れて行かれたまま帰って来ない朱里も気になる。
しかしそこで、こちらに向かってくる大場達の姿に気付き、慌てふためいた。
彼女達の背後からは、大勢の覆面隊員が迫ってきていたのだ。

岩田「え?やだ…こっち来ないでくださいよ。うわっ…うえっ」

だが覆面部隊から逃げる大場達に、岩田の言葉が届くわけもない。

田野「なんで?なんで追いかけられてるんですか?あの覆面をした人達誰ですか?」

川栄「キャッ…」

結局大場達に巻きこまれる形で、3人もまた逃走しはじめた。

大場「知らないよもう、やっつけてもやっつけてもうようよ現れて…もうかなりの人数が校内に侵入してきてる」

岩田「そんなぁ、ロボットだけじゃないんですか?」

大場「無駄口叩いてないで走って!あいつら銃持ってるんだから」

川栄「えぇ?…つっ…」

川栄が驚きの声を上げた瞬間、壁に火花が走った。
銃が撃たれたのだ。
川栄は頭を抱えながら、懸命に走った。
後ろを振り返る余裕も、疑問を投げかける暇もない。
ただひたすらに足を動かす。
473 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:06:34.70 ID:cKc6HvOD0
中村「行き止まりだよ!」

先頭を走っていた中村が叫ぶ。
残る逃げ道は階段を駆け上がるしかない。

大場「上!上に!」

大場は階段を指差した。
と、その時、踊り場に2人の人影が現れる。

大場「あ、逃げてください!逃げてください!こっちは危険です」

大場はその2人の影に向かって叫んだ。
しかし2人は逃げようとしない。
それどころか余裕たっぷりの笑みを浮かべ、大場達を手招きしていた。

河西「みんな早く!美術室にたかみな達がいるから、そこへ逃げて!」

内田「これで全員?逃げ遅れた子はいない?」

河西と内田は、大場達後輩を呼び寄せると、覆面部隊から守るかのように前へ歩み出た。
大場達は息を切らせながら、踊り場に倒れこむ。

中村「これで…逃げてきたのは全員です」

中村はそれだけ言うと、息を吐き出した。

河西「わかったよ。後はあたしとうっちーに任せて」

河西は色っぽい笑顔を後輩達に向ける。
それから覆面部隊が階段下に現れるのを待ち受けた。
474 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:07:17.46 ID:cKc6HvOD0
内田「ほら休んでる暇ないよ。逃げて」

竹内「でも…」

内田「あたし達は大丈夫だから!」

河西「あ、うっちー!来たみたいだよ」

河西が声を上げる。
覆面部隊が姿を現した。
若いチーム4メンバーとの鬼ごっこで、彼らもだいぶ疲労しているようである。

覆面隊員「…観念しろ…お前達…」

河西と内田の姿を見つけると、覆面隊員は勝ち誇ったように言った。
彼らはすでに勝利への確信を、その言動から漂わせている。

河西「え?なんでー?」

そんな覆面部隊に対して、河西は怪しく微笑んで見せた。
もうそこには、以前のようにレジスタンスを怖がり震える河西の姿はなかった。
彼女を変えたのは、内田の言葉だった。
いつまでも自分の殻に閉じこもったままでは、何も変えられない。
欲しい物は自分の力で手に入れる。
幼い頃から可愛いと持てはやされ、常に他人から優しくされてきた河西は、自ら動いて何かを勝ち取ろうとすることを忘れていた。

――あたしに足りなかったものそれは…闘争心。

その優しい性格から、河西は他人と争うことを避けて生きてきた。
他人を蹴落とすくらいなら、自分が損したほうがマシだと考えてきた。
そのために、これまで何度チャンスを逃してきただろう…。

――時には戦うことも大事なんだ。みんなを守るために戦うのなら、あたしは全然怖くない。
475 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:08:01.09 ID:cKc6HvOD0
河西「うっちー!」

内田「行きます…」

内田はヴォイド――小型のハンマー――を取り出すと、空気を切るように動かした。
岩が出現する。
すかさず河西が手に嵌めたブレスレットを指で弾いた。

覆面隊員「ぎゃあぁぁぁぁぁ…」

鈍い音がして、覆面隊員が廊下に転がる。
階段を上りかけていた覆面部隊は慌てて後退し、逃げ道を確保しようと大混雑になった。
そんな彼らを襲うのは巨大な球体。

仲俣「嘘…こんな方法が…」

河西達の背後で状況を見守っていた仲俣が、呆然とした表情で呟いた。
今や完全に形勢は逆転した。
階段下に集まっていた覆面隊員達のもとへ、次々と巨大な球体が転がっていく。
果たして球体はどこから現れたのか。
それを作ったのは河西と内田である。

河西「うまくいったね、うっちー」

河西は内田に目配せした。

内田「はい。ありがとうございます」
476名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:09:19.79 ID:a23aMpwD0
岩wwww
477名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:11:33.59 ID:pP92vbS1O
インディージョーンズ
478 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:11:44.09 ID:ieVPZnSiO
内田がヴォイドで出現させた岩を、河西が球体へと変える。
そうして作り出された巨大な球体は、最悪のトラップとなった。
2人が階段上で覆面部隊を待ち構えていたのも、作戦のうちである。
覆面部隊めがけて、階段を転がる球体。
岩を丸くしただけのものだが、効果は抜群だった。
覆面部隊は蜘蛛の子を散らしたように、逃げ去っていく。

河西「やったぁ、みんな、早く…?え?」

河西が歓声を上げながら、後ろを振り返る。
しかし一緒に喜んでくれるかと思っていた後輩達は、河西と内田とは別な方向を凝視していた。
顔を引きつらせ、足はがくがくと震えている。

河西「!?」

河西も遅れて、異変に気付いた。

内田「どうしたの?」

内田も振り返る。

内田「あぁ…」

大場達が見つめる視線の先。
河西達がいる踊り場の向こう。
2階の廊下には、別の覆面部隊が整列していた。

河西「え?どうして?どうやって上に上がったの?この階段はあたし達がずっと見張っていたのに…」

河西は混乱して、目を潤ませた。
部隊のリーダーらしき人物が、気味の悪い笑い声を洩らす。
479名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:11:55.23 ID:Xtwq+gTa0
TUEEEE!
480 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:13:28.55 ID:ieVPZnSiO
覆面隊員「地上からの侵入がすべてだと思ったか?最初からお前達が素直に投降するとは考えてなかった」

覆面隊員「お前達がロボットに気を取られている隙に、我々は地上と、そして空からの侵入を行っていたんだよ。気付かなかったのか?ヘリの音に。今もまだ、我々の仲間が屋上へ着陸を続けている」

内田「くそっ…」

内田が悔しげに舌打ちする。

覆面隊員「こちらが上の階にいたのでは、さっきの戦法も使えない。観念しろ。お前達はもう我々の手のうちにいるんだよ」

河西「……」

気付かなかった。
まったく考えもしなかった。
河西はかつて味わったことのない屈辱に、全身を震わせた。

――みんなのために戦うって決めたのに。可愛い後輩達を守るって、そう決めたのに…。

その時、硬直していたチーム4の中から、大場が歩み出る。

中村「あ、みなるん…」

大場「あたしこういうの嫌いなんです。例え先輩でも、人に借りを作るのは許せないんです。今度はあたしが戦います」

大場は強い視線で、覆面部隊を睨んだ。

大場「大丈夫ですよ。さっきに比べたら、今度のは人数も少ないし。あたしひとりで戦えます」

――本当にそうなの?本当に、戦えるの?

大場は軽口を叩きながら、心の中で自答した。
こういうところがいけないんだ。
いつも素直になれなくて、強がりばかり言って。

――本当にあたしひとりで…これだけの人数を相手にできるの?

小刻みに震える手。
大場はそれを必死に宥めながら、ぎゅっとヴォイドを握り直した。
481名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:30:28.41 ID:VHxwqmnA0
あきちゃが上空からスマッシュぶちかませば…勝てる!
482 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:35:09.68 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、柏木達は――。

柏木「何、この音…」

すでに1階の捜索を諦め、2階へと上がった柏木と板野、仁藤、すみれの4人は、通路の先から聞こえる轟音に足をすくめた。

板野「風の音?」

板野が首をかしげる。
続いて耳に届いたのは、複数の呻き声だった。
女性の声ではない。

仁藤「もしかして誰かが覆面の人達を倒してます?」

佐藤す「うん。きっとそうだよ!」

4人は顔を見合わせると、誰が言い出したでもなく走り出した。
角を曲がる。
するとそこには前田達の姿があった。
そしてその目の前には、失神した覆面部隊。

前田「あ、ゆきりん!えぇ?ともちん?」

覆面部隊を見下ろしていた前田が、4人の視線に気付き顔を上げた。
柏木の後ろに板野達の姿を見つけると、驚きと歓喜の入り混じった複雑な表情を浮かべる。
483 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:36:24.98 ID:ieVPZnSiO
仲川「あ、ともちん無事だったのー?良かったー」

仲川が飛び出した。
床に転がる覆面部隊を避けながら、しかし途中で面倒臭くなったのか、最後には踏みつけて、板野のもとまで走りよっていく。
その後ろから、前田達も駆け寄ってきた。

前田「ともちん…」

板野と向き合った前田は、それだけ言うと、後は無言で板野を抱きしめた。
長い監禁生活でやつれ、服も汚れている板野は、それでも変わらぬ笑顔で前田を受け止める。
長い抱擁の末、前田は板野から顔を離した。

前田「萌乃ちゃんとすみれちゃんも…無事で良かった」

佐藤す「ゆきりんと梅ちゃんが助けてくれたんだよ」

前田「え?でも梅ちゃんは?」

前田はそこで気がついて、辺りをきょろきょろと見回す。

柏木「そうなの。大変なの!外でたなみんがロボット相手に戦ってて、梅ちゃんはそれを助けに行ったのよ」

柏木が説明した。

仁藤「前田さん、あたし達のヴォイドを取り出してください!あたし達も、たなみんを助けに行きます!」
484 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:38:24.02 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、小林達は――。

小林「地図とかないのかな?」

小林が呟いた。

石田「ないですよ」

石田がすげなく答える。

増田「もしそんなん手に入ったって、香菜は地図読めないんとちゃう?」

小林「え?そうなのかな?」

加藤「あのー、それより、さっきから同じところをぐるぐる回っているような気がするんですけど…」

制御室を探す4人だったが、ここへきて完全に道に迷っていた。
これまでいくつかのドアを見つけて中を確認してきたが、制御室はおろか、捕まったメンバーを発見することも出来ていない。

小林「あ、こっち!絶対こっち!」

小林は慌てて、手前にあった通路を指差す。

石田「ほんとですか?」

小林「ほんとだよ?だってさっきはあっちに曲がった気がするもん。だから次はこっち行ってみよう」

加藤「さっきはって…やっぱり迷ってるんじゃないですか、あたし達…」

結局小林の言うまま、4人は手前の通路に入った。
しばらく歩く。
だが、それらしいドアは見えてこなかった。
485もう限界。 ◆KB/88TZr6c :2012/07/10(火) 18:39:39.31 ID:h2GPq3XL0
486 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:40:18.50 ID:ieVPZnSiO
増田「やっぱり戻ったほうがええんとちゃう?」

増田が呆れ顔で提案する。
辺りにはミシミシと嫌な音が響いた。

小林「え?」

音の正体に気付いた小林が、視線を下げる。
だが一瞬遅く、小林と増田の足元の床が崩れ落ちた。

小林「キャー…」

石田「危ないっ!掴まって!」

一気に視界が降下していく。
何かに引きずり込まれるかのように、小林と増田は、石田と加藤の前から姿を消した。

増田「……」

自分の体が不安定に揺れている感覚がする。
増田は落下の瞬間に閉じていた目を、おそるおそる開いた。

石田「大丈夫ですかー?」

頭上から石田の声が降ってくる。

小林「うわっ、なんだこれ?」

小林も状況を理解したようだ。

石田「今引っ張りますから」

石田は2人が落ちた穴から顔を覗かせ、声をかけた。
咄嗟の機転で、ヴォイドを投げたのが功を奏した。
石田のヴォイドは鞭である。
ロープの代わりになったようだ。

小林「ありがとー」

無我夢中で石田のヴォイドにしがみついたお陰で、小林と増田は完全には落下しないで済んだ。
石田が引っ張り上げてくれるのを、じっと待つ。
華奢な石田は、加藤の手伝いがありながらも、やはり苦戦しているようだ。
上から石田の荒い息遣いが聞こえてくる。
増田は思いついて、そっと足を伸ばしてみた。
足先に硬い感触がする。

――床がある…。
487 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:42:13.60 ID:ieVPZnSiO
増田「やっぱええよはるきゃん。床に届きそうだからとりあえず下りてみるわ」

増田は声をかけると、鞭から手を放し、飛び降りた。
思ったとおり、そこは何かの部屋である。
もしかして自分達が落ちたのは制御室ではないか。
そんな期待を膨らませたが、現実は甘くない。
壁際にはよくわからない書物やパイプ椅子が並べられている。
埃臭さが鼻をついた。
長い間人が足を踏み入れていないことは確かだ。

小林「おっと…」

増田に続き、小林も部屋に降り立った。
しげしげと室内を見渡し、ため息をつく。
どうやら小林も少し期待していたようだ。

石田「平気そうですかー?」

見上げると、自分達が落ちた穴からは石田が顔を覗かせ、声をかけてきていた。

増田「大丈夫や、ただの倉庫みたい。どうにか脱出する方法を考えて、」

返事をしようとした増田だったが、途中で言葉を詰まらせた。

小林「キャー!!」

小林も気付いたのか、悲鳴を上げた。
石田は不思議そうに、慌てふためく2人を見下ろしている。
彼女は気付いていない。
背後に忍び寄る黒い影。
小林と増田は、石田に飛びかかろうとしている覆面隊員の姿を見つけてしまったのだった。

小林「はるきゃん後ろ!」

石田の顔が引きつる。
ゆっくりと背後を振り返った。
488 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:44:43.61 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、田名部は――。

田名部「…くぅっ…!!」

もう体力の限界だった。
それに対して、機械であるロボットは疲労することがない。
田名部のヴォイドによって機体の一部が破壊されてはいるが、それでも動きに支障は出ていないようだった。
田名部を絶望が襲う。

――やっぱりあたしひとりじゃ…何も…出来ないのかな…。

頭をもたげた不安が、田名部の動きを鈍らせた。

田名部「キャッ…!」

ロボットの攻撃に弾かれて、頼りのヴォイドである鉄扇が吹き飛ぶ。
慌てて拾い上げようと走った。
その背中を、ロボットが狙う。

田名部「…っ…!!」

すぐ後ろで、熱を感じた。

――レーザー銃…!

少しでも距離を取ろうと、飛び上がる。
そのまま地面に転がった。
即座に立ち上がる。
さっきまで田名部がいた辺りは、地面が黒く焦げ、煙を上げていた。
それを確認した田名部の背中に冷たいものが走る。
しかし恐怖している暇など、今の彼女にはなかった。

――早くヴォイドを拾わないと…。

脇目もふらず、ヴォイドめがけて走った。
だがまたしても背後が熱い。
ポイントが自分に合わされ、今にもレーザーが放たれそうな気配がする。

――もう駄目…。

とうとう田名部は覚悟した。
続いて背後からは、凄まじい衝撃音が響いてくる。
それはまるで金属を引っ掻いたような、切り付けたような、絶望的な音。

――何…?
489 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:46:16.71 ID:ieVPZnSiO
レーザーの気配が消えている。
不審に思ったが、今は振り返るよりもヴォイドを手にするほうが先だ。
このチャンスを逃すものかと、田名部は残る力を振り絞って、ヴォイドまで駆けた。
拾い上げる。
それから急いで、今度こそ音のする背後を振り返った。

田名部「…え…?」

田名部を狙っていたロボットは機体から火花を散らし、地面に膝をついている。
その傍らには梅田。
全身から水を滴らせ、機体にヴォイドを突き立てていた。

田名部「どうして…」

田名部は呆然と、その光景を見つめた。
梅田が振り返る。
490名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:47:04.14 ID:ncGR0DLVO
松原「いや〜ケツ痒い痒い」
近野「わき臭い〜」
491 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:47:29.68 ID:ieVPZnSiO
梅田「あたしも一緒に戦うよ。たなみんだけに負担をかけるわけにはいかないから」

濡れた髪を頬に張り付かせ、梅田はにんまりと笑った。
おそらく水路を渡って、ここまで助けに来てくれたのだろう。
水も滴るなんとやら…田名部はこの状況で梅田の姿に見とれてしまった。
それほど、戦う梅田は美しかった。

菊地「えぇぇぇぇぇぇいっ…!!」

と、今度は遠くから菊地の声が聞こえてくる。

田名部「あれ?」

梅田「菊地もアジトから抜けてきたんだよ」

驚く田名部に、梅田が説明した。

田名部「そんな…せっかくアジトに侵入したのに…あたしなんかのために…」

梅田「何言ってんの?そんなこと考えちゃ駄目だよ。チームKの絆はこのロボットの機体よりずっとずっと頑丈なんだから」

田名部「梅田さん…」

梅田「たなみんまだ戦えるよね?こっちは任せて、菊地のほうに行ってあげて」

田名部「はいっ!」

田名部は勢いよく返事をすると、駆け出した。
体が軽い。
全身に力がみなぎってくる。

――大丈夫、あたしはまだまだ戦える…。
492 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:50:58.35 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、横山は――。

横山「……」

横山の見つめる先には、覆面部隊の姿があった。
幸い、向こうはこちらに気付いてはいない。
横山は教室の扉に付いた小さな窓から、廊下の様子を窺っているのだった。

――どうやって侵入してきたんだろう…。

そんな疑問が引っかかったが、それよりもまず、恐怖に足がすくんだ。
覆面部隊は階段の淵に立ち、踊り場のほうを見下ろしている。
さらにはそこから、河西やチーム4達の声が聞こえてくるのだ。
彼女らが覆面部隊に追い詰められている状況が、容易に想像できた。
だが横山は動けない。
戦う術もなければ、考えもない。
ただただ、全身を震わせるしかなかった。

――みんなを見捨てるの?

もうひとりの自分が、弱気な横山を問い詰める。

――自分だけ安全なところに隠れて何もしないんなんて、恥ずかしくないの?
493 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:51:40.95 ID:cKc6HvOD0
横山「だって、」

だって。
これから言い訳をする際に使う言葉。
横山の嫌いな言葉。
それなのに今、横山はそれを口にした。
途端に心臓の辺りが苦しくなり、息が詰まった。
例えば今、教室を飛び出して誰か他のメンバーの助けを呼びに行くことも自分には出来る。

――覆面隊員に見つかってもいいのなら――。

例えば今、教室を飛び出して覆面隊員の注意を引き、踊り場にいるみんなを逃がすことが自分には出来る。

――代わりに自分が覆面隊員に捕まってもいいのなら――。

だけど自分はそうしようとしない。
暗く重たいものが、横山の心にのしかかる。
その時、急に階段の辺りが騒がしくなった。

横山「何…」

横山は慌てて視線を向けた。

――!!
494 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:52:40.20 ID:cKc6HvOD0
ひとりの少女が覆面部隊に立ち向かっていく。
少女は見たところ、武装もしてなく、丸腰だった。
それなのに堂々とした態度で、臆する気配などまるで見せず、背後から覆面部隊へと歩み寄っているのだ。
少女に気付いた覆面部隊が一斉に振り返り、銃口を向けた。
少女は怯まない。
そして、手に握った何かを祈るように胸の前に掲げた。

横山「中塚さん…」

横山が目にしたは、中塚の姿。

横山「確か3階の教室に隠れていたはずじゃ…」

驚く横山の視線に、中塚は気付いていない。
真っ直ぐに覆面部隊を見据えていた。
495 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:53:19.94 ID:cKc6HvOD0
中塚「……」

中塚は神経を研ぎ澄ませ、自分の中の何かと向き合おうとしている。
何か。
それは中塚にとって大事なこと。
どんな境遇に置かれようと、進んだ先が茨の道であろうとも、自分を信じること。自分を貫くこと――。

中塚「いつまでもうじうじ悩んで恨み言ばかり言ってるあたしは、あたしじゃないっ!」

中塚の手が動いた。
握っていた砂時計を傾ける。
同時に覆面部隊のレーザー銃が放たれた。
だがそれは、中塚の体を貫くことは出来ない。
一部始終を見守っていた横山は一瞬、時が止まったのではと錯覚した。

中塚「これがあたしのヴォイド」

中塚は砂時計を再び胸の前で抱きしめる。
銃から放たれたレーザーは、宙で停止したまま。
だが目を凝らしてよく見れば、レーザーは止まっているわけではない。
ちゃんと中塚に向かっているのである。
だがそれはスローモーションにかけられたかのようなゆっくりとした歩みなのだった。
496 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:53:54.60 ID:cKc6HvOD0
中塚「対象の速度を緩める。どう?あんた達もイライラするでしょ?体が思うように動かなくて。あたしもずっとそんな心境だったんだよ。進みたいのに進めない。その苦しみをあんた達も味わえばいい」

中塚は端正な顔立ちに似合わぬさばさばとした口調でそう言い放った。
覆面隊員もまた、のろのろともがくだけで、中塚には手出し出来ないでいる。

内田「クリスー!!」

中塚に助けられたメンバーが、踊り場から駆け上がってくる。
あっという間に中塚はメンバーに囲まれ、賞賛を浴びた。

中塚「前田さんが出発する時、声をかけてみたの。ヴォイドを取り出してほしいって。弱気な自分はもう嫌だから。昨日までのあたしは、本当の姿じゃないって思えたから」

内田「それでこそクリスだよ。やっぱクリスはさ、そうして笑ってるほうがずっと可愛いよ」

内田の言葉に、中塚は照れ笑いを浮かべた。
その様子を、横山はじっと窺い見る。

――まさか中塚さんまでヴォイドを使うなんて…。わたしは…わたしは…。
497 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:54:30.30 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、亜美は――。

前田亜「ふへへ…」

亜美はニヤついていた。
両腕にはフラフープ。
亜美はそれを新体操のように回転させているのだった。
もちろん遊んでいるわけではない。
ただ、悪戯と呼べなくもなかった。

覆面部隊「あれ?ここさっき来たぞ」

覆面部隊「しっかりしろよ。こっちだろ?ん?また同じところに出たぞ」

覆面隊員達は先ほどから亜美の目の前で、おかしな動きをしている。
亜美はそれを階段の上から眺めた。
校舎には東側と西側にそれぞれ階段があり、河西達が覆面部隊を封じたのが東側。
亜美はもう一方の西階段を封じられないものかと、密かに動いていたのである。

大家「亜美ー?もうそれくらいで充分でしょ?あんまりやるとかわいそうやけん」

なぜかテンションの上がっている亜美を、やって来た大家がたしなめる。
一度調子に乗ると、亜美はとことんふざけるのでタチが悪かった。

前田亜「はーい」

だがそこは素直な亜美である。
先輩である大家の言葉に従い、フラフープを止めると、肩にかけた。
だがまだ効果は続いているようで、覆面部隊は同じ動きを繰り返している。
498 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:55:05.74 ID:cKc6HvOD0
大家「さ、早くたかみなさんとこに戻ろう」

前田亜「東階段は?」

大家「うっちー達が岩で塞いだけん、大丈夫。それに詳しくは聞いてないけど、クリスのヴォイドが役立ったらしい」

前田亜「中塚さん、ヴォイド取り出してもらってたんですね」

大家「そうみたいだね。あ、亜美も良かったね、ようやくヴォイドを使う時がきて」

前田亜「うん!」

大家の言葉に、亜美は満面の笑みで肩にかけたフラフープを揺すってみせた。
それが彼女のヴォイド。無限ループ。
対象となった人物に同じ動きを繰り返させるのだった。
亜美のヴォイドに襲われた覆面隊員達は、同じところをぐるぐると回り、見つかるはずのないメンバーを探して、1階をさ迷い続ける。
自分達がそのループに嵌っていることなど気付かず、永遠に。

前田亜「これでもう安心だね」

亜美が言った。

大家「そうだね」

大家が微笑む。
だが、覆面部隊との戦いはすでに、思わぬところで始まろうとしていた――。
499名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 18:55:49.09 ID:VHxwqmnA0
がんばれゆいちゃん!
500 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:56:01.12 ID:cKc6HvOD0
一方その頃、美術室では――。

河西「覆面部隊のリーダーみたいな人が言ってたの。ヘリで屋上から侵入してきたって。まだ仲間が来るって」

美術室には高橋を中心に、峯岸、仲谷、片山、北原、近野、小森、入山が集まっていたが、そこへ河西達も遅れて合流した。
そして先ほど耳にした話を説明する。
高橋の顔が曇った。

高橋「もうここは危険だ。逃げなきゃ…」

内田「そうですね。外のロボットは紫帆里達がなんとかしてくれたみたいなんで、逃げるなら今のうちですよ」

大場「行きましょう!」

高橋「……」

河西「でもたかみな…その足で走れるの?」

河西が心配そうに眉根を寄せ、尋ねる。
高橋は無言で首を横に振った。

高橋「無理だと思う。だからみんなはあたしを置いて逃げ、」

北原「だ、駄目ですよ。そんなの!」

河西「そうだよ。逃げるならみんなで逃げる。それが無理なら…あたしはたかみなとここに残る!」

河西が神妙な面持ちで言い切る。

高橋「ともーみ…」

高橋はハッとして、河西を見上げた。
一瞬そこに希望を見出したような表情を浮かべたが、すぐに俯いてしまう。
501 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:56:51.35 ID:cKc6HvOD0
高橋「気持ちは嬉しいけど、あたしは、」

峯岸「あたしも!あたしも残る!ね?」

高橋の言葉を遮って、今度は峯岸が声を上げた。
それを合図にしたかのように、メンバーは次々と立ち上がる。

内田「あたしも残ります」

北原「はい!」

仲谷「わたしもです」

高橋「み、みんな…」

高橋の胸に、温かいものがこみ上げる。
いつも自分がしっかりしなきゃと思っていた。
メンバーに弱っているところは見せられない。
人に何か注意したいのなら、自分はその100倍の努力をしてからでないと発言する資格はない。
そう考えて、ひたすら前を向き、頑張ってきた。
そんな自分の姿を見せれば、メンバーを必ずついてきてくれると。
だが、高橋は今、自身の考えを改める。
自分がこれまで前を向いて来られていたのは、メンバーが後ろでそっと背中を押してくれていたからではないのか。

――あたしはずっと、メンバーに支えられて前を向いていたんだ…。
502 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 18:57:30.17 ID:cKc6HvOD0
峯岸「さてと、じゃあ考えなきゃね。どうやって覆面部隊を撃退するか」

俄然峯岸が張り切りだした。

中塚「あたし、時間稼ぎできます」

河西「もしまた侵入されても、階段のところまで誘き出せればあたしとうっちーで撃退させられるかも」

田野「階段まで行かなくても大丈夫ですよ。あたしのヴォイドなら岩くらい軽く放り投げられますから」

峯岸「みんな頼もしいね」

岩田「あ、ドアも閉めといたほうがいいですよね。ついでに突破されないよう硬化させときます」

岩田は気がついて、美術室の入り口までへこへこと走り寄った。
自分にしては気の利いたことが言えたと、岩田は内心浮かれている。
銃型のヴォイドを取り出すと、扉に向かって撃った。
それを見た峯岸が首をかしげる。

峯岸「空気銃?」

すると内田が答えた。

内田「岩田ちゃんのヴォイドは対象物を硬化させられるんですよ」

峯岸「へぇ」

岩田は飼い主に褒められた犬のように、嬉しさを全身から発しながら、メンバーのもとへ戻って来た。
川栄の隣にちょこんと腰掛ける。
峯岸が話を再開した。
503 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:01:36.72 ID:ieVPZnSiO
峯岸「じゃあ作戦はこうでいい?まずこの中で戦闘タイプのヴォイドは…」

大場「はい!あたしそうです!」

大場がきりりとした顔で挙手する。

峯岸「じゃあここに残って、もしもの時のためにたかみなの護衛。残りのメンバーはここから出て、ともーみちゃん、うっちー、クリス、田野ちゃんを中心に戦う」

峯岸「自分のヴォイドが役立ちそうだと思う場面が来たら、遠慮なく使って。あたしも頑張るから。ただし、覆面部隊を殺すのだけは駄目だよ。目標は覆面部隊を回避、あるいは捕獲!で、いいよね?たかみな」

高橋「ごめんね、あたしの体がこんなじゃなければ…」

峯岸「気にしないでよ、たかみならしくない」

峯岸は弱った高橋の姿に調子を狂わされ、そっぽを向く。

峯岸「あ、そこ窓開いてる。小森、念のため閉めといて」

小森「あ、はいー」

一番窓の近くにいた小森が、おっとりと立ち上がる。
窓に歩み寄った。
その時、小森は、窓の外の人物と、正面からばっちり目が合ってしまう。

――え?ここ3階だよね?

慌てて飛びのいた。
直後、美術室にはガラスの割れる音が響き渡る。
504名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:02:10.33 ID:VHxwqmnA0
勉強しなきゃと思いつつひたすらこのスレ見ちゃう…
映画化かアニメ化してくれww
505名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:02:44.49 ID:a23aMpwD0
>>504
仕事しなきゃと思いつつ見ちゃってるww
506 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:03:36.60 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、前田達は――。

前田「……」

前田達は今、2人の覆面隊員と対峙していた。
先ほど柏木達と合流したことで、前田グループは大人数になっている。
それが仇となったのか、アジト内を捜索していてこれほど目立つ要因はないだろう。

柏木「萌乃ちゃん!」

仁藤「うん、すーちゃんも」

佐藤す「わ、わかってるよ」

柏木が動くと、前田にヴォイドを取り出してもらったばかりの仁藤とすみれも後に続いた。
背後から前田を守るように、仲川、岩佐、島田も飛び出す。
一斉にヴォイドを構えた。
だがその時、覆面隊員を見つめていた前田が、何かに気付く。

前田「みんな、ちょっと待って!」

仲川「えー?でもあの人達は…」

前田の声に、仲川が不服そうな顔で振り返った。
だが他のメンバーは隙を見せず、未だ覆面隊員を睨み続けている。

前田「ねぇちょっと待ってよ!なんかあの人達、様子がおかしいよ」

前田は今度、ヴォイドを構えるメンバーの間に割って入った。
507 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:05:30.14 ID:ieVPZnSiO
柏木「どういうことですか?」

板野「あぁ…」

柏木が尋ねたと同時に、板野は気がついて、納得の声を上げた。

前田「あの人達、これまで会ってきた覆面隊員と何か違う。ほら、銃を持ってないよ?」

柏木「あ、そういえば…」

岩佐「戦わないってことですか?襲って来ないの?」

仁藤「そんなまさか」

警戒を解くべきか。
まさか武装していない相手を前に、ヴォイドを向けるわけにはいかない。
メンバーが戸惑う中、仁藤はまだ鋭い目つきで2人の覆面隊員を睨み続けていた。
すると、覆面隊員が話しかけてくる。

覆面隊員「ひどいなぁ、萌乃ちゃん。疑り深いんだから」

覆面隊員「そうだよ、怖いよ」

仁藤「え?え?」

そしてメンバーが狼狽する前で、覆面隊員はゆらゆらと奇妙に揺れたかと思うと、魔法のようにその姿を変えていく。
508名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:06:12.07 ID:a23aMpwD0
なるほど!
509 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:07:34.78 ID:ieVPZnSiO
板野「佐江ちゃん…」

板野が呆然と呟く。

野中「咲子!」

続いて今度は野中が叫んだ。
さっきまで覆面隊員だった2人が、今や完全に宮澤と咲子の姿に変身している。

前田「どういうことなの…」

驚くメンバーをよそに、宮澤と咲子はまるで悪戯が成功かのように喜び飛び上がった。
それから向き直り、にやにやと笑う。

宮澤「やっぱさ、覆面部隊に見つからないように歩くには、変装したほうがいいかと思って」

柏木「?」

宮澤「ここに来るまで結構さ、覆面隊員達とすれ違ったけど、普通に挨拶されちゃったよね?ね?」

松井咲「うん、全然バレてなかった」

仁藤「咲子さん、どうやって変装したの?あたし全然気付かなかったよ」

板野「ていうかどうやって元に戻ったの?」

松井咲「あ、それは…」

咲子は尋ねられると、ごそごそと胸元を探った。

野中「カメラ?」

そうして取り出した物を、みんなに見えるよう掲げる。
野中が疑問の声を上げた。
510 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:09:26.61 ID:ieVPZnSiO
松井咲「これ、あたしのヴォイドです。これで撮影されると、思い描いたとおりの姿に変身できるんですよ」

岩佐「あ、だからか。変身…変体…変態…咲子さん…」

松井咲「うるさいよ!わさみんに言われたくないわ!」

仲川「じゃあねー、遥香はね、大人の女に変身したい!」

前田「ごんちゃん、それは自分でなんとかして。今はそんなこと言ってる場合じゃないよ」

宮澤「あ、あたしは監禁されていた部屋から咲子に救出されて、このカメラで撮影してもらったの。それで2人で覆面隊員に成りすましたってわけ」

前田「そうだったんだ…」

前田は束の間拍子抜けした表情を浮かべていたが、すぐ我に返り、2人との再会を喜んだ。
宮澤の要求に答え、ヴォイドを取り出す。
自身のヴォイドを再び手にし直した宮澤は、表情を一変させた。

宮澤「で?状況は?他のみんなはどうしてる?」

前田「まだ救出されていないメンバーがほとんど。ともちん達もゆきりんと梅ちゃんに助けられて、今合流したばっかりだし」

宮澤「外は?どうなってるの?」

宮澤は次々と前田に疑問をぶつけた。
監禁されていた時間を取り戻そうと必死なのだ。
511 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:11:32.46 ID:ieVPZnSiO
松井咲「あ、そういえばたなみんがひとりで戦ってるんだった!」

咲子が思い出す。

前田「それなら梅ちゃんが援護しに行ってくれたよ」

宮澤「梅ちゃんが?」

仁藤「これからあたし達もそっちに行こうかと思ってたんだよ。ね?」

仁藤が口を挟む。
同意を求めるようにすみれへ視線を向けた。
すみれがこくこくと頷く。

宮澤「じゃああたしも、」

宮澤が言いかけると同時に、前田が口を開く。

前田「待って、佐江ちゃんには別にお願いしたいことがあるの」

宮澤「お願い?」

前田「そう。ここに侵入する時、たくさんのロボットが外へ出て行くのを目撃したの。外には…中学校にはまだメンバーが残ってる。念のためあきちゃに様子を見に行ってもらったんだけど、全然戻ってこなくて…」

前田「心配だから、佐江ちゃんはそっちに向かってくれる?あたしは引き続きこの中を捜索する。美郷ちゃん、トラックを止めた場所覚えてる?」

野中「はい」

前田「じゃあそのトラックに佐江ちゃん達を乗せて脱出して!」

野中「わ、わかりました!皆さんこっちです」

野中が声をかける。
宮澤、仁藤、すみれ、咲子が動いた。
512 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:13:02.38 ID:ieVPZnSiO
松井咲「あ、その前に、皆さん変身しておきますか?覆面隊員に成りすませば、アジトの中動きやすいですよ?」

咲子ははたと気がついて、提案する。
だが前田は静かに首を振った。

前田「ありがとう。でもいいよ。才加や珠理奈がいるし。2人が変身したあたし達を見て攻撃してきたり、逃げたりするかもしれないでしょ?変に誤解されたくないから…」

松井咲「あ、そうですよね…」

宮澤「ともちんもほら、美郷ちゃんについて、」

なぜか動かない板野を、宮澤が急かす。

板野「あたしは…いいよ。ここに残る」

宮澤「え…?」

板野は思いつめた顔で、宮澤の誘いを断った。
彼女なりに考え、出した結論なのだ。

板野「あたしは佐江ちゃん達と一緒に脱出しても、戦闘タイプのヴォイドじゃないし。だったら覚悟を決めて、あっちゃんの傍についてることにする。いいよね?あっちゃん」

板野はそう言うと、前田を正面から見つめた。

板野「今までも、これからも、あたしはずっとあっちゃんの傍にいるよ」

そして前田の返事を待たずに、板野はふっと笑みを洩らした。
口角がきれいな形に上がり、反対に目じりは優しく下がる。
いつもの笑顔。
辛い時、苦しい時、板野のこの笑顔に何度救われてきただろう。

前田「ともちん…ありがとう」

前田はお返しとばかりに、くしゃりと笑った。
513名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:15:23.96 ID:BhDW4e830
>>432
推しがうまく描かれていて嬉しい
514名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:22:00.30 ID:QSWPhIaxO
わくわくさん
515 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 19:26:37.73 ID:ieVPZnSiO
>>513
おぉ!自分も最近美宥ちゃんが気になり出してたので嬉しい!


今から旦那帰って来るので一旦更新ストップします
支援してくださった方、ありがとうございます
516名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:32:04.01 ID:pP92vbS1O
>>515
お疲れ様です
続き楽しみにしてます(^^)
517名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:33:12.40 ID:VHxwqmnA0
えぇwwww
作者人妻だったのかww

本当に面白いので更新楽しみにしてます!
518名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 19:34:31.67 ID:n2sUcfFq0
人妻さんだったんだw
でも一気に読ませる文筆力は中々のものがあるね
519名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 20:04:06.44 ID:aPy1z3SVi
人妻だったのかーそれに一番びっくりしたわ
520名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 20:21:29.91 ID:EPs3f9Y/i
保守
521名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 20:35:53.04 ID:3xJJsp6li
篠田が高橋呼ぶときは[みなみ]って呼ぶから途中で読みづらくなった。
522名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 20:49:05.52 ID:VHxwqmnA0
麻里子は普段みなみ呼びだからその方が自然でいいと思う
てか作者はメンバーの特徴をよく捉えて書いてるなぁと
緊迫した場面でもみおりんの「わたすぃ」で和む
523名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:11:56.12 ID:xSu44DjG0
前もこの作者の一気に読んだ気がする
脱出ものだったような
524名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:20:02.60 ID:szr09a3d0
指原は意図的に出さないで居るのかな?
今後の展開に期待します(^^ゞ
525名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:20:04.96 ID:VHxwqmnA0
>>523
麻里子が黒幕だったやつか!
526名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:21:10.54 ID:xSu44DjG0
>>525
ラスボスは珠理奈率いるSKEだった気がするが記憶は曖昧
527名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:21:56.29 ID:/SRYLM1Ti
>>525
看守と囚人のやつだよね?
作者さんの文才ホントに凄いわ
528 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/10(火) 21:26:25.55 ID:MiNHU9Myi
板野「ここから脱獄する」ってやつか
529名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:26:28.39 ID:xSu44DjG0
場面を短く細切れにするのがここでの発表っていうスタイルにピッタリなんだろうね
上手いと思う
530名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:27:58.18 ID:xSu44DjG0
>>528
それだ!
どっかで読めたりすんのかな?
531名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:30:27.43 ID:VHxwqmnA0
>>526
多分それ!
脱出したら森でSKEと遭遇したんだっけ

>>527
そうそう
あれも面白かったなぁ
萌乃が消しゴムで耳せん作ったり相変わらずみおりんが滑舌悪かったり…w
文才はもちろんだけどメンバーの性格とかもよく描けてるのがアッパレ\(^o^)/
532名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:31:43.83 ID:VHxwqmnA0
>>530
まとめんばーにスレがまとめられてたよ!
533名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:35:29.00 ID:ZDNBlwdz0
>>1の作品はどれも完成度高くてほんとおもしろい!
続き期待してます
534名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:43:49.56 ID:BhDW4e830
>>515
気になり始めたって言ってくれて嬉しい!
人妻でしたかww
勉強の合間にゆっくり読んでます。支援
535名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 21:52:36.14 ID:qyuIz6xXO
落ちた?
536名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:20:40.82 ID:VHxwqmnA0
ほしゅ!
537名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:35:51.88 ID:OVk9D5Pn0
ほしゅ。

538 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:42:36.03 ID:ieVPZnSiO
一方その頃、石田は――。

石田「嘘…」

小林と増田に教えられ、背後に注意を向けた石田。
シュッと空気の切れる音。
最初に目に飛びこんで来たのは覆面隊員の履く黒いブーツだった。

――いつの間に…。

瞬時にヴォイドを構え、戦闘体勢に入ろうとした。
が、そこで何やら様子がおかしいことに気づいた。

――何してんだろこの人…。

覆面隊員はそれ以上襲って来ない。
右腕を押さえ、苦痛の声を洩らしている。
石田は不審の目を向けた。

――何が起きたの…?

実は石田が振り返るまでの僅かの間に、事は片付いていた。
幸いにも石田に襲いかかろうとしていた覆面隊員は1人。
石田達を捕まえにきたというより、別の用事でアジト内を歩いていただけなのだろう。
相手も石田の姿を見て、相当焦ったに違いない。
だが石田は、床下を覗きこみ、完全に油断していた。
今ならいける。
そう思って襲いかかったまではいいが、いかんせんその覆面隊員には戦いの準備も経験も備わっていなかった。
本当の意味で油断していたのは、石田ではなく覆面隊員のほうだったのだ。
石田に背後からそっと近づくと覆面隊員の背中。
それを加藤が狙っていることに、覆面隊員は気付けなかった。
一方加藤の頭の中は、石田を守ることしかない。
とにかく夢中だった。
夢中で動いた。
ふと気づけば、目の前で覆面隊員は悶絶していたのである。
539 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:44:38.08 ID:ieVPZnSiO
加藤「……」

石田「玲奈ちゃん、それって…」

呆然と佇む加藤を、石田が驚愕の表情で見つめる。

石田「なんで鞭持ってるの?」

先程まで何も手にしていなかった加藤。
加藤のヴォイドはカチューシャで、こうしている今もまだ、それはちゃんと彼女の頭の上にある。
では、鞭はどこから入手したのか――。

加藤「わ、わかんないんです。気がついたら持ってて…だからとにかく夢中で振り回した感じで…」

加藤自身も薄気味悪そうに鞭を凝視している。
本当に覚えがないようだ。

石田「まさか…もしかして…」

覆面隊員「…ん、んん…」

石田が何か言いかけた時、呻いていた覆面隊員が復活した。
石田は瞬時に後方へ飛び退き、距離を取る。
加藤もそれに倣い、やや後退した。
震える手で鞭を構える。
覆面隊員は鞭を持った2人の少女に挟まれ、焦りながら懐を探る。
取り出したのは警棒。
石田は内心拍子抜けしたが、それでも油断はならないと気を引き締め直した。
ちらりと加藤を見やる。
加藤の緊張が石田に伝わる。
540名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:45:03.52 ID:00xzddD80
>>528
これおもしろかったな
同じ作者なんだ\(^o^)/
541名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:45:46.64 ID:/SRYLM1Ti
作者さんキター\(^o^)/
頑張ってくださあた
542名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:46:38.35 ID:/SRYLM1Ti
>>541
なあたあ的な打ち間違いしてしまったorz
頑張ってください
543 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:47:12.07 ID:ieVPZnSiO
加藤「……」

石田「大丈夫、さっきみたいに振り回すだけでいいから」

加藤「はい…」

覆面隊員「うぉぉぉぉぉぉ…!!」

覆面隊員が警棒を振り上げた。
こちらもめちゃくちゃに振り回すばかりである。

――隙だらけなんだよ。

石田が目を細める。
素早く鞭を振り上げ、体を回転させる。
ヒュンッ!
空気の切れる、小気味良い音。

石田「もらった…」

さらに体を回転させる。
その勢いを利用して、うまく鞭を引いた。

覆面隊員「ギャッ…」

短い悲鳴の後には、警棒が転がる甲高い音。

覆面隊員「くっ…」

石田の鞭が警棒に絡まり、覆面隊員の手から叩き落とされたのである。
唯一の武器を失った覆面隊員は悔しげに声を洩らした。
だが彼は諦めない。
なぜレジスタンスの自分が、こんな小娘2人に踊らされなければならないのか。
考えると腸が煮えくり返った。

覆面隊員「……」

すでに警棒は石田が手にしている。
覆面は素早く石田と加藤とを見比べた。
ターゲットは……。
544 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:49:31.54 ID:ieVPZnSiO
加藤「あたし?」

覆面隊員に顔を向けられ、加藤はびくりと肩を震わせた。
覆面隊員が一歩踏み出す。
加藤は後退し、壁に背中を預ける形となった。

加藤「…やだ、来ないで…」

しかし加藤の怯える様は、覆面隊員に余裕を与えてしまう。

――取りあえずこっちのチビを組み伏せて武器を取り上げてから向こうのチビを倒せば…。

覆面隊員はそう頭の中で手順を決めていた。

加藤「ごめんなさい…ごめんなさい…」

涙ぐみ、全身を震わせる加藤には戦う意志が見られない。
さっきは咄嗟のことで対処出来なかったが、こうして向き合えば倒せない相手ではないと、覆面隊員は覆面の下で密かにほくそ笑んだ。
相手はまだ幼さの残るほんの子供だ。

覆面隊員「ほら、それを貸せ!おとなしく渡せば何もしないから」

うるうると瞳を潤ませる加藤の様子に、覆面隊員は温情をかけてやることにした。
レジスタンスであれど、美少女には弱い。

加藤「本当ですか?見逃してくれるんですか?」

覆面隊員「あぁ…」

――嘘だがな。

石田「玲奈ちゃん駄目!」
545 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:51:45.30 ID:ieVPZnSiO
加藤「あ、じゃあこれ渡すんで、あたしと石田さん、それから下にいる増田さん達も見逃してください。あたし達だってレジスタンスさんを殺すとかは考えてないんです。和解して、考えを改めてもらいたいだけなんです」

加藤が鞭を差し出す。

石田「だから渡しちゃ駄目だってば!」

それを見た石田が動いた。
もう加藤に任せてはおけない。

――この子はまだ素直すぎる。ほんとに戦う意志があるなら、あたしくらいひねくれてないと…。

無防備に背中を向ける覆面隊員に、鞭を降り下ろす。
だがそれより早く、宙を切り裂く鋭い音が響いた。
同時に覆面隊員が崩れ落ちる。
真正面からの攻撃に、避ける余裕もなかったようだ。
覆面隊員を倒したのは――、加藤。

加藤「やりました石田さん!あたし、あたし戦えました!」

初めての体験で興奮しきりの加藤が、飛び上がって喜びを表現する。
そのまま石田のもとへ駆け寄ろうとして、屈みこんでいた覆面隊員を予期せず蹴ってしまった。

石田「あ…」
546名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 22:53:03.97 ID:MTFYTXyS0
楽しい
547 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/10(火) 22:53:36.83 ID:ieVPZnSiO
蹴られた覆面隊員は背中から倒れ、小林と増田が落ちた穴へと落下した。

覆面隊員「グエッ…」

衝撃を受け、覆面隊員はえびぞりになり悶絶する。
だがそうしているうち、自分を見下ろす2人の人影に気づいた。

――くそっ、どいつもこいつも勝手にうろちょろしやがって…。

痛みをこらえ、半身を起こす。
こういう場合、先に動いたほうが有利だ。
すぐにでも飛びかかろうと、筋肉を緊張させた。
そして、覆面隊員は硬直する。

――!!

喉元に突きつけられた剣先。
一歩でも動けば、剣は自分を貫き、死に至らしめるだろう。
覆面隊員は冷や汗を流しながら、敗北を受け入れた。
剣を構えた増田が、にやりと笑う。

増田「チェックメイトやな…」
548名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 23:00:01.37 ID:JW3wxcJg0
黒幕は指リーノか?
549名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 23:25:10.93 ID:BhDW4e830
>>548
HKTだけど出るのか?
松井でてるから出るのかなあ
550名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 23:25:15.64 ID:VHxwqmnA0
やすすだったりして
551名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 23:47:46.59 ID:nCw3T5vHO
あげ
552 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/10(火) 23:54:20.40 ID:2rabfx9L0
く…今日はもう無いのか…?
553名無しさん@実況は禁止です:2012/07/10(火) 23:58:00.68 ID:Xtwq+gTa0
前の作品の時も夜中は更新なかった気がする…とりあえずほしゅ
554名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:11:51.99 ID:4+EErjBu0
そしてほしゅ。
555名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:18:11.21 ID:DHkmxA8f0
出かけてる間の分一気に読んじゃった保守!
556名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:35:51.34 ID:Bnghh6E40
保守保守保守保守\(^o^)/
557名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:40:50.10 ID:t4+uGi6A0
ほしゅ
558名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:45:34.52 ID:K61kwXzOO
今頃旦那とお楽しみの真っ最中なんだろ
そっとしておくのが変態紳士の努めやん
559名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:53:04.83 ID:QzWRmpBZ0
いっきに読んじゃった。楽しみー!
560名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 00:58:16.66 ID:DHkmxA8f0
ほしゅほしゅ!
561名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 01:10:04.00 ID:4q/p7qas0
ほしゅ
562名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 01:21:13.21 ID:VcOrysjVi
寝る前に保守(´・ω・`)
563名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 02:01:35.79 ID:/4qpmVSW0
ほちゅ
564名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 02:27:08.73 ID:DHkmxA8f0
ほしゅ
565名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 02:31:28.40 ID:4q/p7qas0
ほしゅ
566名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 02:49:01.15 ID:zcr1MZhLO
ほしゆ
567名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 03:18:07.00 ID:+g381Mc60
ねるまえの保守
568名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 03:29:38.20 ID:7up8G85s0
保守
569名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 03:53:43.97 ID:yWRbhd4s0
正捕手
570名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 04:33:21.25 ID:S3KsdCQ60
571名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 04:35:45.77 ID:DHkmxA8f0
572名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 05:03:24.00 ID:ThieEkBJ0
伏線の回収いいねー!
保守
573名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 07:02:51.36 ID:S3KsdCQ60
574名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 07:35:24.49 ID:msvMbwbn0
保守

>>485
おめーなにやってんだよww
575 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:41:21.87 ID:qAhU43P/0
一方その頃、小森は――。

小森「…やっ!!」

窓の外の人物と目が合った。
小森が気付いた時にはもう手遅れで、甲高い音とともに窓ガラスは割れ、外から覆面隊員が飛びこんでくる。
小森は最初に飛びこんできた隊員にがっちりと腕を取られ、声を発する間もなく後ろ手に拘束された。
そうしているうちにも、屋上から垂らしたワイヤーをつたい、その揺れを利用して次々と覆面隊員達は室内に侵入してくる。
メンバーは高橋を守るように後退し、壁際に追い詰められた。

小森「助けてください。やだ、痛いよ…くぅーん…」

捕獲された小森が泣き声を洩らすが、今は下手に動けない。
先ほど岩田がドアを固めてしまったため、逃げ道がないのだ。

覆面隊員「全員は…揃ってないみたいだな。まあいい。おとなしくしろ!」

峯岸「やだ!!」

覆面隊員の言葉に、峯岸は間髪入れずに怒鳴った。

高橋「みぃちゃん…」

峯岸「みんなさっき決めたじゃん。戦おうって。弱気になっちゃ駄目だよ」

峯岸がメンバーに視線を走らせる。
と同時に、中塚が一歩前に歩み出た。

中塚「行きます!」

中塚が砂時計を返す。
と、覆面隊員の動きは緩やかになった。
河西と近野が飛び出し、小森を救出に走る。
576 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:42:13.57 ID:qAhU43P/0
中塚「今のうちに決めてください。どうしますか?この砂が落ちきれば、またあいつらはもとのスピードの戻ってしまいます」

中塚が焦る。

峯岸「もちろん戦うに決まってるじゃん。ね?」

内田「はい!田野ちゃん、準備はいい?」

内田がハンマーを構える。
田野は慌ててグローブを嵌め直した。

田野「大丈夫です。内田さんが出した岩を、あの人達に投げればいいんですよね?」

高橋「ちょっ、致命傷になるような真似はしちゃ駄目だよ」

河西「こもりん連れて来たよー」

小森「怖かったよぉ、くぅーん…」

仲谷「よしよし」

泣きじゃくる小森の頭を、仲谷が背伸びして撫でてやる。

大場「あたしはなんとかドアが壊せないかやってみます」

岩田「すみません、なんかあたし余計なことしちゃったみたいで…」

大場「いいから」

中塚「やばい、そろそろ砂が落ちきります。みなさん、準備はいいですか?」

中塚が合図して間もなく、覆面隊員は場面が切り替わったように動き出した。
一斉に銃を構える。
そこへ投げられる岩。
577 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:42:52.90 ID:qAhU43P/0
覆面隊員「うわっ!」

少々大袈裟な動作で、覆面隊員が転がる。
内田は一心不乱にハンマーを振るった。
田野は内田の岩を軽々と投げてみせる。
その間に大場は入り口へと走り、ヴォイドをドアに突き立てた。
木製の扉はメリメリと音を立てたが、まだ逃げ道としては充分でない。
岩田のヴォイドによって硬化させられているので、少しの攻撃では破壊できないのだ。

覆面隊員「……」

大場がひとり苦戦しているうちに、覆面隊員は要領を覚えてしまった。
投げつけられる岩を避けながら、レーザー銃を放つ。

仲谷「キャッ…」

それは仲谷の横すれすれを通って、背後にあった机を焼き切った。
仲谷が硬直する。

河西「負けちゃ駄目だよ」

戦慄の表情を浮かべる仲谷に、河西が走り寄った。

河西「あたし達もうっちー達の手助けしなきゃ」

仲谷「でも…どうやって…」

戸惑う仲谷に、河西が耳打ちする。
それは伝言ゲームのようにメンバーに伝わり、すぐに整列が出来上がった。
578 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:43:36.00 ID:qAhU43P/0
河西「いくよ、せーのっ!」

河西が掛け声をかける。
メンバーがそれぞれ運んできた椅子や机が、球体へと変化した。
勢いをつけて、それを覆面部隊目掛け転がす。
一つではただの球体でも、横一列に揃って転がれば、相手を圧倒させるに充分の威力を放っていた。
今度は覆面隊員のほうが壁際に追いやられる。
この機を逃すまいと、河西は立て続けに球体を転がすよう指示した。
しかし、その数は最初から限られている。
いつしか球体に変えられるような家具類はなくなり、後は内田の岩のみが頼りとなった。

田野「うわぇぇぇぃっ!…ハァ…ハァ…」

だが、田野はもう限界が近い。
ヴォイドの力で怪力になっているだけで、体力は普通の女の子並なのだ。

内田「田野ちゃん、大丈夫?」

田野「へ、平気です。まだまだいけます…」

強がりを言う田野だが、額には無数の汗粒が浮かび、息が荒い。
もう覆面部隊側の壁には田野が投げた岩が天井近くまで積みあがっていた。
それだけの数を投げ続けていれば、体が悲鳴を上げるはずである。
579 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:44:44.19 ID:qAhU43P/0
大場「……くっ…」

一方メンバーが覆面隊員を食い止める傍で、大場はひたすら扉を破ろうと動いていた。
何度もヴォイドを握りしめるうち、手の平の皮は破れ、血が滲む。
それでも大場は、動くことをやめなかった。

――あたしは強いヴォイドを持ってることに満足して、その次のステップに進もうとしていなかった。優れたヴォイドを持っていても、それを使う人間が無能なら、なんの意味もない。

――あたしは…あたしは…変わるんだ!みんなのために、自分のために、もっと上を目指して。恰好悪くてもいい、泥臭くてもいい。なりふりなんて構ってられるか!

いつも涼しい顔で相手を分析してり、他人のミスを指摘する大場はもういない。
ここにいる大場は、がむしゃらに生きることだけを考える、本当の意味での美少女。

――生き残る。そしてあたしは、みんなのために出ていったあの子にまた会って、今までの暴言を謝らなきゃいけないんだ。

大場「うわぁぁぁぁ…」

信念を持って放ったヴォイドが、ついに扉を破壊する。
と同時に、廊下から大家と亜美が飛びこんできた。

大家「何が起きてるの…?」

室内の状態を見渡し、大家は呆然とした表情で言った。

大場「みなさん、ドアが開きました!」

大場が叫ぶ。
振り返った峯岸の目に、最初に飛び込んできたのは、開いたドアよりも、その傍に立つ大家。
大家の手には彼女のヴォイドである鎖が握られている。
その瞬間、峯岸は頭に電流が走ったような衝撃を覚えた。

――これだ…。

気がついたと同時に、大家に向かって叫んだ。
580 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:45:19.18 ID:qAhU43P/0
峯岸「しーちゃん!あいつらに向かって鎖を投げて!」

峯岸の声に、大家はわけもわからず従った。
考えている余裕などなかったのだ。

大家「お、おう…」

高橋「みぃちゃん何するの!」

峯岸「…くっ…」

大家の鎖が鋭い音を立てて覆面部隊に向かう。
その時を見計らって、峯岸はヴォイドを構えた。

覆面部隊「ぎぃぃぃっ…」

覆面隊員達は、断末魔の声を上げ、もがいた。
互いに肩をぶつけながら、ぐいぐいと小さくまとまっていく。
その体には大家の鎖が食いこんでいた。

高橋「そんな…」

すべてを目撃していた高橋が、驚きの声を洩らす。
内田と田野も攻撃の手を止め、呆然と事の成り行きを見守った。

覆面隊員「く、苦しい…」

そうして覆面隊員達は鎖に拘束された。
その痛みから、ばたばたとレーザー銃を取り落とす。
まだ銃を構えようとしている者も、きつい鎖に、身動きがとれないでいた。
581 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:45:56.38 ID:qAhU43P/0
大家「そういうことか…」

大家は先ほどの峯岸の言葉にようやく合点がいった様子で、うんうんと頷いてみせた。

大家「うちの鎖をみぃちゃんのヴォイドで伸長させ、覆面隊員を一つに拘束する」

峯岸「良かった、うまくいって…」

峯岸はほっとして、肩の力を抜いた。

高橋「でも、これからどうするの…?」

高橋がおそるおそる尋ねた。

大家「そうだ、うちのヴォイドずっとこのままにしとくの?」

峯岸「あ、そこまでは考えてなかった…」

片山「それなら片山のヴォイドが使えそうですよ」

高橋「え?」

困惑する大家に、片山は片目を瞑ってみせた。
ヴォイド――懐中時計――を取り出すと、何やら針を操作しながら、拘束された覆面部隊の周りをてくてくと歩く。
一周したところで、ぱたりと時計を閉じた。
582 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:46:46.91 ID:qAhU43P/0
片山「あ、これでたぶん大丈夫です。とりあえず部屋から出ましょう」

片山が自信たっぷりに言う。
メンバーは半信半疑のまま、だがここは片山の言葉を信じて、廊下に出ることにした。
峯岸に支えられた高橋が扉をくぐり、次に大家が脱出する。
最後の出た片山は、そこで大家にヴォイドを回収するよう言った。

大家「え、でも…そうしたらまたあいつらが自由になっちゃうけん…」

片山「平気平気」

片山は安心感のある笑顔を浮かべた。
それからキッと表情を一変させ、覆面部隊を睨みつける。

片山「さっき片山が何してたかわかる?あなた達の立ってる周り全部、時間を経過させておいたから」

片山「そこから一歩でも動けば、朽ち果てた床が抜け、あなた達は真っ逆さまに落下する。運が悪ければ首の骨を骨折…なんてね。だからお願い、そこから動かないでね。命がおしいなら」

片山の言葉に、覆面部隊は震え上がった。

片山「ね?だから大丈夫だって言ったでしょ?」

片山は再び大家へ顔を向けると、にっこりと笑った。

大家「はーちゃん、あんた鬼だね」
583 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:47:35.37 ID:qAhU43P/0
一方その頃、前田は――。

前田「麻里子!」

宮澤達を送り出し、いまだ2階を捜索し続ける前田達の前に、秋元が現れた。
秋元の隣には篠田。
前田達は喜びの声を上げた。

篠田「才加達が助けてくれて。それに、ほら…」

篠田はひとしきり前田達との再会を喜ぶと、意味ありげに秋元を指差した。

前田「え?才加がどうしたの…?」

前田が首をかしげる。
秋元はにやにやと笑いながら、道を開けるかのように、体を捻った。
すると、秋元に背後に隠されていたメンバー達の顔がひょっこりと覗く。

永尾「鈴蘭!」

仲川「あ、なつみぃだぁー」

佐藤亜「みゃお!まりやんぬ!」

前田「みんな助かったんだね、良かった」

秋元と珠理奈、篠田は前田と合流する以前に、松原、宮崎、鈴木まりや、山内が監禁されている場所を探り当て、救出していた。
4人はそれぞれ、階段を上がったすぐ近くに閉じこめられていたのだった。

秋元「後は佐江と陽菜、もっちぃ…えーっとそれから…」

前田「佐江ちゃん達はもう救出されたよ。ともちんと萌乃ちゃんと、すーちゃん」

秋元「あ、ほんとだともちんいる。てことは後は陽菜ともっちぃとれいにゃんか」

松井珠「そして、玲奈ちゃん…」

島田「ぱるるもです」
584 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:48:09.14 ID:qAhU43P/0
篠田「残りは5人…てことになるのかな」

篠田は一瞬考えて、そう言った。
渡辺が人数に入っていないことに、柏木は心を痛める。
柏木の中ではまだ、渡辺はメンバーの一員だった。
もし再会したなら、その時は全力で説得するつもりだ。

篠田「あっちゃん、それで…あたし達のヴォイドを…」

前田「うん、わかった」

そうしてヴォイドを取り出された篠田達は、外で戦う田名部や梅田、菊地に合流するため、脱出していった。

秋元「これからどうする?あっちゃん」

秋元が尋ねる。

松井珠「2階はどうですか?」

前田「この階はもう探し尽くしたけど、誰もいなかった。出会うのは覆面隊員ばっかり」

秋元「廊下で失神してる奴らが結構いたけど、もしかしてあっちゃん達がやったの?」

前田「ごんちゃんとわさみんがね」

松井珠「すごいです!」

秋元「じゃあ残るは3階と最上階…」

前田「うん」

秋元「よし、行こう」

こうして秋元と珠理奈が合流したことで、さらに大人数となった前田達は、3階を目指し階段を駆け上がった。
果たして残るメンバーはどこにいるのか――。
585 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:53:30.24 ID:bJeVS0wMO
一方その頃、高城は――。

高城「すごい数だなー」

前田に言われアジトを飛び出した高城は、休まず飛び続け、群れとなって移動するロボットを上空から観察していた。
ロボット達は、間違いなくメンバーのいる中学校へと向かっている。

高城「さっきはヘリコプターの音も聞こえたし、みんな大丈夫かな…」

高城の胸に不安がつのる。
中学校はもう近い。
早くみんなにロボットのことを知らせなければ。
ラストスパートとばかりにスピードを上げた。
と、そこで高城の頭に一つの疑問が浮かぶ。

――あれ?なんかおかしい…。

高城「なんでレジスタンスさんは、みんなが中学校にいることを知ってるんだろう…」

そう、ロボットの進む方向からして、レジスタンスはメンバーが中学校に潜んでいることを知っている可能性が高い。
だとしたらなぜそんなことをレジスタンスが知りえたのか。
確かに以前にも、中学校をロボットに襲われたことがあった。
しかしあれは偶然見つかってしまったと考えていいだろう。
ロボットに遭遇するのは中学校からさほど距離が離れていない地点が多かったので、発見されるのは時間の問題だったからだ。
そしてその時は、みんなで協力し、ロボットを全滅させたのである。
念には念を入れて、壊れたロボットは中学校から離れた場所まで仲川が吹き飛ばしておいた。
レジスタンスが中学校のことに気付く要因はなかったはずである。
それなのに今回のロボット軍は、迷いなく中学校を目指している。
586 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:54:52.99 ID:bJeVS0wMO
――変だな…。

だがそれ以上の思考は、高城の脳の限界であった。
深く考えず、中学校へ向け飛び進める。
ロボットのスピードは、高城よりも遅い。
軽く飛び越えて、ようやく中学校が視界に入った。
だが高城は、みんなのいる校舎をも飛び越え、さらに先へと進んでしまう。

高城「みんなが避難できる隠れ場所も探しておかないと」

そうして、倒壊をまぬがれた大きな建物を発見する。
この距離であれば、メンバーが走って移動出来そうだ。
高城が発見した建物。
それは初日に柏木と渡辺らが避難した小学校であった。

高城「急ごう。でないとロボットに追いつかれちゃう」

小学校を一回りした高城は、今度こそメンバーに危険を知らせようと、中学校に向かった。
587 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 07:57:14.86 ID:bJeVS0wMO
おはようございます
保守してくださった方々、ありがとうございました
また午後から更新します
今日で終わらせられたらなーと考えています
588名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 08:10:14.92 ID:pxzcGZQCi
>>587
おつ
お仕事頑張ってな
589 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/11(水) 08:20:07.76 ID:kFr+paDai
頑張ってください!
590名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 08:37:30.81 ID:fJ/oe+/nO
岩田が硬化させた扉はなかやんが軟化すれば良かったんじゃあるまいか?
591名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 09:38:21.87 ID:CKFZ0wMIO


>>587
おはようです
無理しないで下さいね

>>590
何か理由が有るのかも?

592名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 09:45:40.66 ID:Ftr5GgU20

キャラクター・文体ともに失敗している。(平林)

えーっと……これ、小説じゃないですよね?(平林)

かっこいい言葉遣いを目指す前に、日本語の文法を勉強しよう!(平林)

設定・文体など、全体的に幼すぎる。(山中)

つまらなかったです。(柿内)


2012年春 星海社FICTIONS新人賞 編集者座談会
http://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa005/01/01.html
593名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 10:05:07.48 ID:zHz+TvpK0
ほしゅ
594名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 10:16:36.90 ID:OzmoPRkN0
もしかして無人島のやつも書いた人?
595名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 10:25:37.86 ID:svlHt6pG0
優子のヴォイドのくだりが気になる
596名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 10:42:38.29 ID:3i9YnQTRi
あっちゃん自分からはヴォイド取り出せないのかね
597名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 10:51:53.64 ID:1GipTKjx0
あっちゃんは仲間がいれば最強だけど独りだと最弱、ってことだね
いい設定だと思う
598名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 11:56:00.58 ID:fFRqQVXHi
保守しときます
599名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 11:59:06.32 ID:fJ/oe+/nO
・玲奈は姿を消したがレジスタンスに捕まったという記述がない
・優子の死体が見つかっていない
・指原や康は登場しないの?出るとしたら黒幕?

気になるのはこのあたり
600名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:00:42.33 ID:pxzcGZQCi
保守\(^o^)/
601名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:15:18.63 ID:CKFZ0wMIO

>>592
このコメント見るとまず審査員のレベルが低過ぎる
602名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:20:45.15 ID:fFRqQVXHi
というかスレ投下型を小説という軸で批判するのが無理
ソフトボール選手にそんなんじゃプロ野球には入れないと言ってるようなもん
603名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:22:32.08 ID:3i9YnQTRi
まだ内通者がいるな
604 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:29:38.80 ID:bJeVS0wMO
一方その頃、北原は――。

北原「……」

侵入してきた覆面部隊を抑え、無事を確保したメンバーを今度、体育館へと集まっていた。
この生活の間、何かあるたびにみんなでここへ集まり、様々な意見が飛び交った体育館。
だが、北原はそこに居心地を悪さを感じて、こっそり抜け出していた。
あてもなく、校舎内を徘徊する。
校内のあちこちに、みんなが頑張って戦った爪痕が残されていた。
今の北原には、それが勲章のように見える。

――みんなはそれぞれ自分のヴォイドを使い、この戦争に貢献してる。それに比べてあたしは…。

元来ネガティブな北原は、すっかり自信をなくし、自分を蚊帳の外だと錯覚していた。

――後輩ですらみんなの役に立ってるのに、あたし、何やってんだろう。自分が情けない…。

ともに戦ったメンバーは今、体育館で互いを労わり、賞賛し合い、和気藹々とした空気に包まれいる。
その中に自分も身を置くことが、とんでもなく図々しい行為に思えた。

――あたしはみんなと一緒にあそこで過ごす資格ないよ…。

北原の謙虚さは時に、残酷なほど自身を追い詰める材料となるのだった。
あてもなく歩き、昇降口までやって来る。
605 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:31:24.25 ID:bJeVS0wMO
北原「あれ…?」

そこでは中田、夏希、紫帆里、阿部、朱里の5人が呆然と座りこみ、外を眺めていた。

北原「何してる?あ、ロボットは?」

北原が問いかけると、紫帆里は黙って前方を指差した。
そちらへ視線を向ける。
多田がふらふらになりながら、巨大な旗を振っていた。

北原「らぶたんは…何してるんですか?」

そうして北原は、夏希からすべてを聞かされた。
多田の考えた作戦の全貌。
その結果、多田は今命がけでロボットを防いでいるということ。

北原「そんな…」

北原の顔色が、そして唇の色までもが青ざめる。

北原「ずっとああしているなんて無理ですよ」

佐藤夏希「仕方ないんだよ。らぶたんがあたし達を救ってくれた。あたし達は戦闘タイプのヴォイドを持っていながら、たった1本の旗しか持たないらぶたんに救われて今ここにいるんだよ。全部出し尽くしたんだ。らぶたんにここまでされたら、もう手出し出来ない」

中田「せめてあの数のロボットと対等に戦えるくらいの戦闘タイプヴォイドがここに集まっていれば…」

中田が祈るように天を仰ぎ見た。
それはやはり、一緒に戦った者だけが出来る行為だった。
戦いもしない自分が、口出しするのもおこがましい。
北原はため息をつき、そっとその場を離れた。
とぼとぼと歩き回り、いつしか校舎の裏手まで出てしまう。
606名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:32:23.92 ID:q915EfLZ0
面白い
あっちゃんいいね
607 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:33:18.37 ID:bJeVS0wMO
北原「あ…」

そこで北原はある物を見つけた。
脳裏にはぼろぼろになりながら旗を振り続ける、多田の姿があった。

――見つけた。らぶたんを…みんなを救える方法…。

だが、それには4人のメンバーの手助けがいる。
北原はその場に座りこみ、しばらくの間考えを巡らせた。
ふいに、空が翳る。

――そういえば雨が降りそうだったな…。

ふいと顔を上げた。
だが、頭上にあったのは雨雲ではなく――。

北原「あきちゃ!」

驚く北原の前に、高城が着地する。

高城「里英ちゃん、大変なの!」
608 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:34:27.63 ID:bJeVS0wMO
北原「どうしたの?あっちゃん達と一緒にレジスタンスのとこに行ったはずじゃ…」

高城「行ったよ。行ったけど、ロボットの大軍が出て行くのが見えて、観察してたの。今、見たこともないほど大勢のロボットがこっちに向かってる。向こうに小学校があるから、みんなはそこに避難して。ここに居たら危ないよ」

北原「…わかった」

高城「急いでね。もうロボットはすぐそこだ。走って移動しないと」

北原「……」

高城「たかみなさん達はどこかな?みんなにもこのこと教えないと…」

北原「大丈夫、みんなにはあたしから伝えるよ。あきちゃはもう行っていいよ」

高城「え、でも…」

北原「たかみなさんはあたしが背負って移動させるし、平気だよ」

高城「……」

高城は、それからも心配でその場にとどまろうとした。
だが最後には北原に押し切られる形で、納得する。
空へと戻る。
飛び去る際、ちらりと北原を盗み見た。
北原は決意に満ちた表情で、体育館へと走っていく。
609名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:34:59.23 ID:VcOrysjVi
保守(´・ω・`)続き楽しみっ!wktk
610名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:35:42.34 ID:vreZmhgKi
仕事の休憩入ったらいいタイミングで更新されてた wktk
611 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:36:28.53 ID:qAhU43P/0
一方その頃、田名部達は――。

田名部「なんかもう…キリがないような…」

梅田「それにロボット数、どんどん増えていってない?」

菊地「あ、やっぱりそうなんですか?あたしの勘違いかと思ってた」

アジトの外で戦う3人は、互いをサポートし合いながらロボットに立ち向かっていた。
だがここへ来て、数を増したロボットに対処しきれなくなっている。
3人の知らぬところでロボットは着々と勢力を増大させていたのだった。

梅田「3人でかたまっていたほうがいいかもね。背後まで注意してる余裕ないかも」

菊地「はい」

そうして3人は互いに背中を預ける形で、三角形を作った。
一方では梅田が向かってきたロボットに爪を立て、一方では田名部が機体に打撃痕を残す。
そしてもう一方で菊地は鎌を投げ、遠距離戦を仕掛けていた。
完成された体制。
だがそれはこの戦いにおいて、付け焼き刃でしなかった。
三角形が崩されたのは、一瞬の出来事。
3人はバラバラに地面を転がる。
何が起きたのか。

田名部「手榴弾…」

新たに戦闘の輪へ加わったロボットの中に、レーザー銃以外の戦力を持つタイプのものが含まれていたのだ。
早めに気付いて回避したはいいが、3人の距離は離れてしまった。
これを好機とみたのか、間髪入れずに残りのロボット達が襲いかかって来る。
612 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:37:12.53 ID:qAhU43P/0
菊地「やだもう来ないでよ!来ないで気持ち悪い!」

間近に迫ったロボットに気付いた菊地は、持ち前の運動神経を駆使し飛び上がりながらその身を起こした。
着地と同時に体を回転させ、鎌を振るう。
ロボットをなぎ倒す。
巻き上がる砂埃と疾風。

菊地「やった!」

その直後、背後で聞き慣れない音が響いた。

――え…?

ぎくりと肩を強張らせれ菊地。
希望を打ち砕くに等しい機械音。
振り向いた菊地が目にしたのは、腕をミサイル型に改造されたロボットだった。

――嘘、こんなタイプの奴今までいなかったのに…。

菊地の頭はパニックになった。
鎌を投げようとする手が震える。
未知のロボット。
これまでに体験したことのない恐怖が、菊地の体を支配する。
とにかく落ち着いて。
相手の隙を見つけて攻撃すれば大丈夫。
頭の片隅ではそんな声も上がったが、うまく考えがまとまらない。
いや、考えることすら出来ない。
そして無情にも、小型ミサイルが発射される。

菊地「キャァァァァァァ…!!」

金切り声を上げる菊地。
と、視界の隅にしゃぼん玉が映った。
それは菊地へ向かう小型ミサイルを次々と包みこみ、この場に似合わぬふわふわとした呑気さで宙を漂う。
613 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:37:52.30 ID:qAhU43P/0
菊地「え…」

宮崎「今のうち!下がって!」

見れば菊地のすぐ傍、ヴォイドを構えた宮崎が、真剣な顔で怒鳴っている。

菊地「どうして…」

宮崎「いいから下がったらすぐに攻撃!撃たれることは考えないでいいよ。あたしが全力で防ぐから。あやりんは自由に動いて!」

宮崎に言われ、菊地は後退した。
誰かの肩とぶつかる。

松原「おっと…」

菊地「なっつみぃさん!!」

菊地にぶつかられた松原が、にやりと笑みを洩らす。

松原「どうやらみんな無事だったみたいね。良かった」

菊地「あの、あたし…」

松原「援護するよ。あたしも遠距離戦タイプのヴォイドだから」

松原はそう言って、手裏剣を菊地に見せた。

松原「出来るよね?」

菊地「あたし…あたし…出来ます!やります!」

松原「よし!行けぇぇぇぇぇ…」

松原の掛け声に合わせ、菊地はヴォイドを放った。
614 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:38:26.68 ID:qAhU43P/0
一方、梅田は――。

梅田「う、うぅ…」

手榴弾の衝撃を避けるため地面を転がった梅田は、痛む体を必死に奮い立たせていた。
その隙にロボット達は梅田を取り囲む。

梅田「……」

四方を塞がれ、菊地は途方に暮れた。
だがその時、聞き覚えのある声とともに、2人のメンバーが走り寄ってくる。
梅田を囲むロボットをなぎ倒し、スッと背中を預けた。
ちょうど先ほど田名部達と作っていた三角形の体勢が、再び出来上がる。

仁藤「大丈夫でしたか?」

梅田の右後方で、仁藤の声がした。

佐藤す「も、もう大丈夫ですよ。たぶん…いえ、平気です」

左方向ではすみれの声。

梅田「2人とも…」

じんと背中が熱い。
再び感じる人の温もり。
メンバーがいるということ。
今まで当たり前だと思っていたことが、こんなにも尊いと、初めて気付いた。

仁藤「一気に攻撃をしかけて隙を作ります。そこから一目散に逃げましょう。なるべくこのロボットの輪からは離れたほうがいいです」

梅田「何を企んでるの…?」

梅田が不安げな声を洩らす。

佐藤す「し、信じましょう」

すみれが言った。
615 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:39:07.64 ID:qAhU43P/0
佐藤す「いっせーの…」

ダッと地面を蹴る音がして、仁藤がロボットに切りかかる。
梅田は猫手をロボットの機体に突き立てた。
すみれは轟音とともに、ハリセンを振るう。
それから後は夢中で走った。
3人の攻撃で、ロボットの包囲に穴ができる。
そこから抜けて、後ろを振り返ることなく、ひたすら走って走って――。

梅田「…はぁ…は…」

背後でぐしゃりと何かをねじ曲げるような音が聞こえた。
その僅か前には、頭上を飛ぶ鉄網の陰を梅田は見た。
終わったのだと悟る。
そして膝をつき、呼吸を整える梅田のもとに、篠田がゆったりとした仕草で歩み寄ってきた。

篠田「おつかれ」

当たり前のように言う篠田。
いつもの涼しい顔。

梅田「ロ、ロボットは…」

篠田「とりあえず梅ちゃんの周りに集まっていた奴は、全部まとめて潰したよ」

梅田「あ、ありがとう…。あ、萌乃ちゃんとすーちゃん…」

篠田「2人ならほら…あっちに…」

篠田が指差す方向に視線を向けると、仁藤とすみれが両手を振っていた。
616 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:39:38.54 ID:qAhU43P/0
篠田「萌乃ちゃんには作戦を話しておいたから。3人とも逃げ切れて良かった」

篠田はそう言うと、ロボットを潰したばかりの鉄網を回収する。
久々に使うヴォイドの感覚。

梅田「あ、たなみんと菊地が…」

篠田「平気。たなみんはまりやんぬと鈴蘭ちゃんが援護してるし、あやりんのとこにはなっつみぃとみゃおが行ってるから」

梅田「良かった。みんな…アジトから救出されたんだね」

篠田「うん、まだ何人かは監禁されたままだけど、この調子ならすぐまた全員が揃えるよ」

篠田の言葉に、梅田はほっと息を洩らし、周囲の様子を眺めた。
田名部グループ、菊地グループともに、対峙したロボット達を無事破壊し終えたようだ。

梅田「とりあえずここは安心、かな?」

だが、梅田の声に被さる形で、篠田が指摘した。

篠田「そうでもないみたい」

梅田「え?」

篠田はいつものように親指と人差し指で丸を作ると、それを目元に当てた。
そうして遠くを確認しているようだ。

梅田「何を見てるの?」

梅田が尋ねる。

篠田「すごい大群…ロボットだけじゃない、覆面部隊もいる。こっちに押し寄せて来るよ」
617 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:40:10.76 ID:qAhU43P/0
一方その頃、高城は――。

高城「なんか嫌な予感がするな…」

ロボット軍が中学校へ向かっていることを北原に報告し、高城は再びレジスタンスのアジトへと急いでいた。
ふと見下ろせば、荒らされた土地が広がる。
なぎ倒された瓦礫と、えぐれた地面。
そこにはロボットが通った痕が生々しく残されていた。

――とりあえずみんな小学校に移動してくれれば、時間稼ぎにはなるし、向こうに戻ったら誰か戦闘タイプのヴォイドの子を助っ人として亜樹が連れて行けばいいかな。

中学校にいるメンバーだけであの数のロボットを相手にするのは無理がある。
それくらい高城でもわかっていた。
だから早くアジトに戻り、誰かの助けを呼ばなければならない。
高城は焦る気持ちを抑え、ひたすら飛び続けた。
だが焦りはいつしか、妙な胸騒ぎへと変化する。

高城「みんな…大丈夫かな…」

この胸騒ぎの正体がわからぬまま、今の高城に出来ることは飛ぶしかないのだった。
618 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:40:46.76 ID:qAhU43P/0
一方その頃、石田と加藤は――。

加藤「これから…どうしますか…?」

加藤が尋ねる。

石田「とりあえずまだ救出されていないメンバーを探しながら、前田さんのところに戻るよ」

石田はすでにやるべきことを頭の中で整理し終えていた。

石田「前田さんのところに行けば、あたしよりもっと強いヴォイドを持った人が集まっているかもしれないから」

加藤「あの、あたしのヴォイドって…」

加藤がさっきから疑問に思っていたことを口にした。

加藤「一体なんなんですかね。いきなり石田さんと同じ鞭持ってるし」

混乱する加藤に、石田が短く答える。

石田「コピーだね」

加藤「コピー?」
619 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:41:37.06 ID:qAhU43P/0
石田「そう。たぶん近くにいる人のヴォイドをそのままコピーして自分のものにしちゃうんだ」

加藤「え?でもあたし、自分のヴォイド…このカチューシャずっとつけてたけど、今までそんなこと一度も起きなかったですよ?」

石田「玲奈ちゃん、あたしが覆面隊員に背後を襲われそうになった時、そのカチューシャに何かしなかった?」

加藤「え?あの時ですか?えーっと…とにかく石田さんを助けなきゃって思って、あたしすごい焦って…」

石田「頭に触ったりしなかった?」

加藤「頭?あ、したかも!緊張したりすると無意識に前髪いじっちゃったりするんです」

石田「たぶんそれだ。その時カチューシャに手が触れて、それがきっかけとなりヴォイドの力が発動したんだよ」

加藤「そんな仕掛けが…」

石田「これではっきりした。玲奈ちゃんは一度前田さんのところに戻って、誰か別の強いヴォイドの人からコピーさせてもらったほうがいいよ。せっかくの力なんだから、もっと有効に使わないと」

加藤「でも、あたしには今石田さんのヴォイドと同じのがあるし…」

石田「これで満足しちゃ駄目。いくら戦闘タイプヴォイドだといっても、あたしのヴォイドには出来る限界がある。自分でもよくわかってるの。そしてそれをカバーしながら戦ってる。だけど、玲奈ちゃんにはその技術があるの?」

加藤「ありません」
620 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:42:36.80 ID:qAhU43P/0
石田「でしょ。それにせっかく強いヴォイドが持てるチャンスなんだから、もっと上を目指したほうがいいよ。玲奈ちゃんに足りないのはそういう欲深さだと思う」

石田「ま、あたしが言えた義理じゃないけどね。あたし基本謙虚だし。いつも申し訳ないって気持ちで物事を考えてるからさ」

石田は冗談まじりにそう言うと、笑みをこぼした。
加藤もつられて笑う。

石田「さ、行こう。もう増田さん達も出発したみたいだし」

加藤「あ、そうですね」

増田と小林の2人はすでに、覆面隊員を脅して案内役に置き、制御室へと向かっていた。
石田と加藤によって落下させられた覆面隊員は、増田に剣を突きつけられ、言いなりになるしかなかったのだ。

加藤「これでロボットが停止すれば、だいぶ動きやすくなりますよね」

石田「あぁ、あと問題は、覆面部隊だけか」

石田はそこで思い出したように周囲を警戒した。
覆面隊員が1人で出歩いていた通路である。
まだ他にも仲間が潜んでいるかもしれない。
全神経を研ぎ澄まし、辺りを窺う。
隣で加藤が、びくりと肩を震わせた。

加藤「キャッ…」
621 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:44:29.67 ID:bJeVS0wMO
石田「え?何?」

加藤「今なんか、人の声が聞こえたような…」

石田「え?」

石田の体に緊張が走る。
耳を澄ませた。
確かに聞こえる。
人の声。
か細い声。

――この声まさか…。

石田「れいにゃん?!れいにゃん居るの?!」

石田は覆面部隊に見つかる危険など忘れ、叫んだ。
しばらく待つと、どこからか藤江の声が洩れ聞こえてくる。
石田は壁に耳を押し付けた。

石田「この奥から聞こえる…」

確信した。
藤江はこの壁の向こうにいる。
加藤が走った。
通路を抜け、角を曲がる。
それから頭と手だけを出し、石田を手招きした。

加藤「こっちです石田さん!たぶんこの部屋の扉がそうだと思います」

石田はすぐに扉の前へと回り、ノブに手をかけた。
勢いよく回そうとしたが、ガチャガチャと虚しい音が響くばかりである。
622 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 12:45:49.40 ID:bJeVS0wMO
石田「れいにゃん?!無事なの?今助けるからね」

石田は我を忘れて扉の向こうの藤江へと怒鳴る。
いつものクールなキャラなど、どこかへ吹き飛んでいた。
石田は必死だった。
扉を蹴り、乱暴にノブを回す。
鉄扉はそんな石田をあざ笑うかのように硬く重く、閉ざされたままである。
それでも石田は、動くことをやめなかった。

加藤「石田さん…」

そんな石田の姿に、加藤は胸を痛める。
もう見ていられなかった。

加藤「あたしも手伝います。この扉、絶対に壊しましょう」

そうして鞭を構えた。
石田も気付き、扉から距離を取ると、鞭を打ちつけはじめる。
通路には2人が鞭を振るう、ピシリピシリという音が響き渡った。

――待っててれいにゃん…絶対に助けてあげるから…。
623名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 12:48:30.54 ID:/4qpmVSW0
面白い。
624 忍法帖【Lv=3,xxxP】 :2012/07/11(水) 12:50:02.92 ID:h/1+cOwsi
旦那、イケメンやな
625名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 13:07:17.16 ID:HzYmc1Fj0
石田△
626名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 13:08:28.77 ID:D+R6gruwO
猫手って肉球ついてるのかな
627 忍法帖【Lv=40,xxxPT】 :2012/07/11(水) 13:18:45.97 ID:5wBiXnsh0
前田「容疑者はAKB48の89人引く2人!」
628 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:50:14.19 ID:qAhU43P/0
一方その頃、中学校では――。

高橋「話があるって…何かな?」

高橋がぎこちない笑顔で問いかける。
久しぶりに校内を歩き回ったので、怪我をした足がじくじくと痛んだ。
メンバーは今、仲俣によって2階の教室へと集められていた。
室内に貼られた掲示物から推測するに、2年生の教室だろうか。
机と椅子が散乱していたのを峯岸と片山が手早く片付け、全員が座れる場所を確保した。

仲俣「それが…わたしもよくわからないんです」

仲俣が困ったように言った。

峯岸「どういうこと?たかみな足痛いのにここまで集まってくれたんだよ?階段上るのだって辛かったのに」

体育館に避難していた高橋にここまで肩を貸してきたのは峯岸である。

高橋「みぃちゃん、そんなこと言わないの!なかまったー?説明してくれる?」

仲俣「はい…」

高橋に優しく問われ、仲俣は一度、竹内と岩田を見やった。
それから簡単に説明した。

仲俣「北原さんに言われたんです。みなさんをここに集めてくれって。北原さんは何かやることがあるらしくて、後から来ます。北原さん、覆面隊員の1人から重要な手がかりを発見したらしいんですよ…」
629 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:51:29.60 ID:qAhU43P/0
高橋「手がかり?何の?」

仲俣「わかりません。訊いたんですけど、みんなが集まってから説明するって…。あ、あとこれからわたしと美宥ちゃんと華怜はヴォイドを使わせていただきます」

峯岸「何?なんで?」

仲俣「たぶん、それだけ重要な話だからじゃないでしょうか。みなさんの気が散らないように、あたしに外の音を遮断してほしいって」

高橋「2人は?」

竹内「あ、わたしはよくわかんないんですけど、校舎が揺れたりすると落ち着いて話が出来ないからって言われて。ロボットのせいでだいぶ地盤が緩んでるらしいんですよ、ここ」

峯岸「へぇ、そう言われればそんな気がする。きたりえよく気がつくね」

岩田「たぶんあたしも竹内さんと同じ感じだと思います。建物全体を硬化させておくように言われて、校内走り回って今やっと完了したとこです」

ひとりだけ汗だくの岩田が、息切れを起こしながら報告する。

峯岸「そこまで念を入れてみんなに話したいことって、なんだろう…」

峯岸は首をかしげた。
その時、扉の開く音がして、教室の後ろから人が入って来た。
それは北原ではなく、横山と多田。

中田「らぶたん!」

中田は飛び上がり、多田に駆け寄った。
ずっと外で旗を振り続けていた多田は、岩田以上に汗だくである。
横山に手を引かれ、ふて腐れた顔でメンバーのところまで歩いてきた。
630 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:52:02.91 ID:qAhU43P/0
多田「由依ちゃんが、ちょっとくらい休んだって大丈夫だろうって、無理やり…」

多田が不満まじりに言う。

横山「わたし里英ちゃんに言われたんです。らぶたんさんをここに連れて来るようにって」

佐藤夏「夏希があれだけ言ってもらぶたん言うこと聞かなかったのに、よく連れて来られてたね」

夏希が目を見張った。
その隣で紫帆里もうんうんと同意を示す。

鈴木紫「すごい説得力…」

横山「あの、ところで里英ちゃんは…?」

高橋「まだ来てないよ。今みんなで待ってるとこ。由依もこっち来て座りなよ」

横山「あ、はい…」

横山が高橋の隣に腰を下ろす。
それからメンバーは北原が来るのを待ち続けた。
北原は一向に姿を現さない。
時間だけが悪戯に流れた。
ついに痺れを切らした峯岸が、椅子から立ち上がる。
631 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:53:24.56 ID:qAhU43P/0
高橋「みぃちゃん…?」

峯岸「あたし気になる。ちょっときたりえ探して来るよ」

高橋「そっか、もうこんな時間だしね…」

高橋はそう言って、教室内を見渡した。
室内は外からの光で赤く染まっている。

峯岸「もう日が落ちてきたんだ…って、早くない?」

そこで峯岸はハッとして、窓の外へと視線を走らせた。
一瞬、それが夕焼けのせいかと錯覚した。
だが違う。
やはり峯岸の言うとおり、時間が早すぎる。
高橋もまた、峯岸につらえて窓の外を見やった。

高橋「嘘…」

外は、火の海だった。
だがすでにその勢いは沈静化してきている頃である。

峯岸「なんで…」

メンバーも慌てて立ち上がり、窓へと駆け寄る。
校舎前一帯を炎が包み、何もかもをも焼きつくしていた。
かろうじて残っていた門も、みんなで苦労して作った防壁も、今は跡形もない。
632 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:54:09.91 ID:qAhU43P/0
中田「あ、あそこ!らぶたん達が凍らせて動きを抑えてくれてたロボット達も、この炎で焼け焦げてるよ」

中田が発見し、激しく多田の肩を叩く。

佐藤夏「良かったねらぶたん、これでもう旗を振り続けなくてよくなったよ」

多田「わーい、正直あれ、きつかったんだよね…」

多田は苦しみから解放され、手放しで喜んだ。
多田の起こした作戦で、責任を感じていた阿部と朱里も、ほっと胸を撫で下ろす。

鈴木紫「だけどこれって…」

大家「たぶん何かしらんけど、爆発が起きたんだよ」

前田亜「全然気付かなかったー」

河西「ラッキーだったねー。仲俣ちゃん達のヴォイドが発動してたおかげで、爆発の衝撃からこの校舎だけ助かったんだよ」

入山「爆発音も聞こえませんでしたね」

片山「あ、それなら万々歳ですね!外にいたロボットもいなくなって、これで安心安全」

中田「はーちゃんなんか言い方古い…」

片山「あはは…」
633 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:55:09.63 ID:qAhU43P/0
手を取り合い、喜ぶメンバー達。
そんな中、高橋だけは渋い顔をしていた。
じっと、炎を見つめる。

――外にいたロボットが爆発に巻きこまれたお陰で、らぶたんがヴォイドを使い続けることもなくなり、仲俣達のヴォイドのお陰であたし達は校舎ごと守られた。

高橋「ちょっとこれ、妙だな。いくらなんでも都合が良すぎるよ…」

高橋が呟く。

峯岸「たかみな?」

峯岸はメンバーの輪から外れ、心配そうに高橋の顔を覗きこんだ。

高橋「もしかしてきたりえ、謀ったな…」

峯岸「えぇ?きたりえが?」

峯岸の声が室内に響く。
メンバーはハッと我に返り、互いに顔を見合わせた。

河西「そういえばきたりえは今…」
634 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:55:54.72 ID:qAhU43P/0
横山「里英ちゃん…!!」

横山が教室を飛び出す。
廊下を走り、すべての教室の中を確認していく。
その間もひたすら北原の名を呼び続けた。
メンバーも横山に遅れること数秒、教室を出ると、手分けして北原を捜索する。
だが校内のどこにも、北原の姿はなかった。

――里英ちゃん…まさか…まさかそんな…。

そしてとうとう横山は、昇降口から外へ飛び出した。
炎はすでに落ち着き、焼き焦げた地面にぽつぽつと残り火が燃えているばかりである。
何もなくなった焼け野原を、横山は当てもなく走る。
むっとした熱風が、横山を襲った。
全身に汗が滲む。
だが今はそんなことどうでもいい。
北原に会いたい。
会って、無事を確認したい。

横山「里英ちゃん…どこ…」

やがて横山は力尽き、その場に崩れ落ちた。
と同時に、焦げた臭いが鼻をつく。
喉が痛い。
ずっと叫び続けていた。
北原の名前。
大好きな人の名前。
635 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:56:33.15 ID:qAhU43P/0
横山「うっ…げほっ、げほっ…」

ついに耐え切れなくなり、横山は咳き込んだ。
そんな横山の背中を優しくさする手。

横山「中塚さん…」

気がつけば、そこにはメンバーが全員集まっていた。
その浮かない顔つきから、誰も北原の姿をまだ発見していないことが窺い知れる。
落胆する横山に、中塚がそっと何かを差し出した。

横山「これ…」

中塚「さっきそこの地面に落ちてるの見つけたの」

中塚が見せたのは、何の変哲もない鉄片。
薄く、少し湾曲している。
だいぶ焦げていたけれど、そこに書かれた文字を読むことは出来た。
『…ガス』

横山「まさか里英ちゃんこれを使って…」

横山はすべてを悟り、ハッと中塚を見た。
中塚は無言で首を振る。
その瞬間、横山の目に涙が溢れた。

田野「ごめんなさいごめんなさい…」

と、横山とほぼ同時に、田野が泣き崩れる。

大場「ちょっ、どうしたの?」

大場が慌てて駆け寄った。
その周りでは岩田がどうしたものかとおろおろ歩き回っている。
636 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 13:57:49.56 ID:qAhU43P/0
田野「あたし、北原さんに言われて…それ…運んじゃったんです。校舎の裏に落ちてたんですけど、門の前に並べて運んで欲しいって言われて、何も考えずに…。あたしのせいなんです。こんなことになるってわかってたらあたし、絶対運んだりしなかったのに…」

高橋「どういうこと?」

高橋が一歩踏み出す。
峯岸はその体を支えようと、手を伸ばした。
だが高橋はそれを断り、片足で田野のもとまで歩み寄る。
もう一度、今度はゆっくり尋ねた。

高橋「どういうことなの?何を運んだって?」

田野「あたしが運んだのは…運んだ、のは…ガスタンクです…」

大家「ガスタンク?!」

大家が気がつき、目を見開いた。

大家「じゃあ北原はそのガスタンクをヴォイドを使って…」

高橋「きたりえのヴォイドは対象となった物の圧力を高めること。きたりえはそのヴォイドを使い、ガスタンクを破裂させたんだ。そして大爆発を起こし、ロボットを丸焼きにした」

高橋「なかまったー達にヴォイドを使うよう指示し、みんなを一つの教室に集め、誰にも気付かれないうちにこっそりそれを実行したんだ。なんだってそんな無茶を…」

高橋は悔しさに顔を歪ませ、足の痛みも忘れ地面を蹴り上げた。
637名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 13:58:55.18 ID:VcOrysjVi
きたりえ△泣けるっ
638 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:00:24.28 ID:bJeVS0wMO
大家「北原のヴォイドは対象物の近くにいないと使えない」

河西「じゃあ、きたりえは…」

河西が震える声で問う。
だがもう答えを予期し、涙ぐんでいた。

高橋「この爆発に巻き込まれたら、まず助からないだろう…」

高橋が吐き出すように言った。
これを言うのは何より辛かった。
だがメンバーにはすべてを知る義務があると思ったのだ。
北原がメンバーのためにしてくれたことを、ちゃんと伝えなければと。

横山「北原さん北原さん…里英ちゃん、里英ちゃーーん…うぅぅ…うっ…うっ…」

横山の悲痛な声が、焼け野原にこだまする。
メンバーはただ呆然と拳を握り、宙を見つめていた。
639 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:03:39.47 ID:bJeVS0wMO
一方その頃、前田達は――。

前田「これで残りは玲奈ちゃんとぱるるの2人か…」

小嶋と倉持、藤江のヴォイドを取り出し終えると、前田が考えるように言った。
3階まで上がったところで、同じ部屋に監禁されていた小嶋と倉持を救出した。
ちょうどその頃になって、石田達が藤江を連れて戻ってきたのである。

前田「あ、そういえば有華達は?一緒じゃなかったの?」

前田はそこではたと気がつき、石田に尋ねた。

石田「拘束した覆面隊員に制御室を案内させてるんです」

前田「ほんとにー?じゃあもうすぐ外のロボットは止まるんだね」

石田「はい、うまくいけばですけど…」

秋元「大丈夫、香菜がきっとやってくれるよ」

秋元が自信満々に言い切った。

小嶋「ねー?外のロボットって?」

小嶋が話の流れを半ば無視して、前田に尋ねる。
前田は外の状況を説明した。
640 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:10:22.31 ID:bJeVS0wMO
小嶋「あ、麻里ちゃん今、外でロボットと戦ってるんだ?」

前田「麻里子だけじゃないけどね」

倉持「じゃああたし達も急いで外に…」

前田「陽菜行ける?」

小嶋「うーん…やめとく」

小嶋はなぜかそこで、白い歯を見せた。

小嶋「あたし行っても活躍出来そうにないし。あっちゃんと一緒に残るよ」

前田「陽菜…」

加藤「そ、そんなことないです!小嶋さんのヴォイドなら大活躍ですよ!」

そこで突然、加藤が勢いこんで発言した。

小嶋「?」

加藤「あたし…あたし…小嶋さんのヴォイドが羨ましいです!」

その瞬間、加藤の右手には小嶋と同じ大砲が現れる。

秋元「えぇ?どういうこと?」

小嶋「……」

一同の視線が、加藤に注がれた。
加藤は目をぱちくりさせながら、手にした大砲を観察している。
本人が一番驚いているようだ。

石田「あ、えーっと…」

代わりに石田が加藤の持つヴォイドの力について説明した。
641 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:12:56.22 ID:bJeVS0wMO
永尾「れなっちすごい…」

加藤「あたし、戦います!今からでも外に行って、みなさんと一緒に」

加藤はすぐさま宣言した。
決意が揺らぐ前に伝える必要があったのだ。

――言ったからにはもう後戻りは出来ない…。

ずっと憧れていた。
だけど、恐れ多くて口に出すのも憚られた。
「自分も一緒に戦いたい」
そうして初めて自分もメンバーの一員だと胸を張れる気がした。
今動かなければ、後々必ず後悔する時がくるだろう。
加藤はそう予感していたのだ。

前田「ちょうどいい機会だから、みんなにお願いがあるんだけど…」

前田は少し前から悩んでいた。
だがたった今、加藤の言葉を聞き切り出す決意を固めた。

秋元「どうしたの?改まって」

前田「うん、その前に陽菜、さっきの話をみんなにしてあげてよ」

小嶋「え?何?」

前田「ほら、覆面隊員達が話してたってやつ」
642 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:15:48.55 ID:bJeVS0wMO
小嶋「あ、そっか。あたし聞いたんだよ。ボスが最上階にいるってこと、覆面した人達が話してて…」

石田「最上階って、この上のことじゃないですか」

前田「そうなの。ここから先はもっと厳しい戦いになると思う。だからその前に、みんなはここから脱出してほしいんだ」

秋元「脱出って…そんな、ここまで来たんだよ?最後まであたしはあっちゃんと一緒にいるよ」

前田「うれしいけど、駄目だよ才加」

秋元「なんで?」

前田「才加には、島ちゃん達と一緒に脱出してほしいの。もしもの時のために」

秋元「でもあたしのヴォイドは…」

前田「違うよ。ヴォイドなんて関係ないんだよ。才加は才加だもん。才加がいるだけで、安心できるんだよ。才加には、才加が思っている以上の力があるんだよ」

秋元「あっちゃん…」

島田「あの、うちも脱出するなら、秋元さんについてきてほしいです。また覆面隊員と遭遇した時、うちこんな性格だから落ち着いていられないっていうか、平常心でいられる自信ないです。テンパってヴォイドで覆面隊員殺しちゃうかもしれないし…」

加藤「あたしもです。お願いします、秋元さん!」

島田と加藤の言葉に、秋元を感動を覚えた。
根っからの情の深さが、秋元に一歩踏み出す勇気を与える。
643 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:17:25.27 ID:bJeVS0wMO
秋元「わ、わかったよ。あたしは今からここを脱出する。ついてくる人は…」

秋元は目の端に涙を滲ませながら、豪快に笑った。

秋元「さっさとついて来ないと追いて行っちゃうよー?」

すぐに島田と加藤に続き、市川が挙手する。
石田と藤江も目配せを交わすと、揃って手を挙げた。
亜美菜もしぶしぶ頷く。
最後まで前田と一緒に戦えないことは残念であるが、外にはまだロボットと戦う仲間がいるのだ。
ボスを相手にするかロボットを相手にするか。
対する相手は違っても、みんなと一緒に戦っていることに変わりはない。

前田「ごんちゃんとわさみんもほら…」

仲川「えー?遥香ここに残っちゃ駄目ー?」

前田「外にはみんないるから。きっとごんちゃんの助けを必要としてるよ」

仲川「うん…」

前田に促され、仲川は秋元のほうに歩み寄った。
岩佐もその後に従う。

松井珠「あたしはまだ出ていきませんよ」

珠理奈は前田の視線が自分に向くより先に、そう宣言した。
644 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:20:13.20 ID:bJeVS0wMO
松井珠「玲奈ちゃんを助けるんです」

前田「珠理奈…」

前田は聞き分けのない子供を見るような目で、珠理奈を凝視した。
珠理奈はそんな前田を無言で見据えている。
そこにいる珠理奈はもう、子供ではなかった。
大人っぽい顔立ちながらまだあどけなさも残り、手足だって華奢で柔らかいけれど、表情には強い意志が感じられる。

倉持「じゃああたしが珠理奈ちゃんについて、一緒に玲奈ちゃんを探すよ。いいでしょう?」

前田と珠理奈の間に割って入るようにして、倉持が提案する。

松井珠「倉持さん…」

倉持「まだちゃんと玲奈ちゃんの耳たぶ堪能してないし…」

倉持はそう言って、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
内心は結構本気である。

こうして前田、板野、小嶋、柏木、永尾の5人が最上階を目指すことになり、秋元を筆頭に、石田と藤江、仲川、岩佐、亜美菜、島田、加藤、市川の9人が脱出することにした。
珠理奈と倉持は2人で玲奈と島崎の捜索する。
645名無しさん@実況は禁止です:2012/07/11(水) 14:20:32.30 ID:cqOEtO4oO
支援
646 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:21:22.81 ID:bJeVS0wMO
島田「あれ?永尾は…?」

島田は不思議そうに永尾を見つめた。
永尾は無言で笑ってみせる。
キャンサー化したせいでぎこちない笑顔ではあるが、口元からは変わらずきれいな八重歯が覗いていた。

前田「まりやちゃんにはもう少しここに残ってもらうね」

前田が代わりに答えた。
その時、まだ何か言いたげな島田の腕を、秋元が引っ張る。

秋元「ほら行くよー?」

島田「は、はい…」

秋元達が去ると、辺りは途端に静かになった。

板野「でもあっちゃん、ボスに会って、どうやって説得するか考えてるの?」

板野が問う。
前田は意味深に笑うばかりである。
647 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:24:11.64 ID:bJeVS0wMO
一方その頃、宮澤達は――。

宮澤「さっきの爆発、何だったんだろう…中学校のほうから聞こえたけど」

宮澤は爆発音を聞き、不安を募らせていた。

松井咲「あ、煙!すごい…」

咲子が立ち上がり、指を差す。
途端にバランスを崩し、宮澤の上に倒れこんだ。
2人は今、野中が操縦するトラックの荷台にいる。

宮澤「みちゃ、もう少し急げるー?ほら咲子どいて」

宮澤は大声で運転席の野中に呼びかけた。
野中は了解の合図として、窓から片手を出し、ひらひらと振る。
次の瞬間、トラックはスピードを上げた。
視界に入ってはぐんぐんと後ろに遠ざかる景色。
そのどれもがロボットによって踏み荒らされている。
やはり前田が不安視したとおり、かなりの数のロボットが中学校へ向かったのだろう。

――みんな無事だといいけど…。それにさっきの爆発も気になる…。

宮澤は荷台から顔を出し、祈るように前方を見つめた。
ほどなくして、トラックを中学校の前に停車する。
降り立った宮澤は、激変した風景に息を呑んだ。
校舎前は焼け野原である。
間違いなく戦闘があった証拠だ。

――やっぱりさっきの爆発はロボットが起こしたものだったんだ…!
648 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:25:47.99 ID:bJeVS0wMO
宮澤「みんなー?いるー?」

宮澤が声を張り上げる。
野中と咲子もトラックから降り、メンバーを探した。
3人はまだ希望を捨ててはいない。
なぜなら爆発があったにもかかわらず、校舎は影響を受けていないからだ。

――みんなきっと無事なはず…。

そうして何度か呼びかけるうち、メンバー達がわらわらと校舎から飛び出してきた。
宮澤達の姿を見て、駆け寄ってくる。
宮澤は飛び上がり、喜びの声を上げようとした。
だがそれは中断される。
メンバーの様子がおかしいのだ。
全員暗い顔をして、目は泣き腫らしたように赤く染まっている。
宮澤はひとまず再会の喜びを胸に押し留め、尋ねた。

宮澤「何か…あったの…?」

高橋「佐江ちゃん…」

高橋が説明する。
それを聞くうち、宮澤の表情は曇った。
野中と咲子は顔を見合わせ、まだ現実を受け止められないようだ。
649 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:30:19.42 ID:qAhU43P/0
宮澤「そんな…きたりえが…たぶんさらなるロボット軍が攻めてきていることを知って、先手を打ったんだな…」

宮澤はそれから、実はアジトから出たロボット軍がこちらに向かっていたことを教えた。
メンバーはそこでようやく、北原がなぜあのような暴挙に出たのか理解する。
そして改めて、北原の決断に敬意を示した。
両手を合わせ、静かに俯く。
しばらくすると、高橋が口を開いた。

高橋「優子に続き、きたりえが犠牲になった。あたし達も、いつまでもこんなとこに隠れてるわけにいかない」

高橋「ほんとだったら優子の時にもう動くべきだったんだ。それなのに…お願い佐江ちゃん、みちゃ!あたし達を…レジスタンスのアジトに連れて行って!みんなその覚悟は出来てる」

宮澤「たかみな…」

宮澤は驚愕の表情でメンバーを見渡した。
自分が監禁されている間、メンバーに何があったのか。
メンバーは今、悲しみを乗り越え、復讐の炎を燃やしている。

峯岸「ここにいたって何も変わらない。すべては今、レジスタンスのアジトで起きてるんだよ。あたし達はもう、傍観者にはなれない」

高橋と峯岸の言葉に、メンバーはうんうんと頷いてみせた。
中でも横山は、目尻を吊り上げ、いつもの柔和さを完全に消し去っている。

宮澤「よし、行こう!」
650 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:30:52.07 ID:qAhU43P/0
野中「トラックを出します。みなさん荷台に移ってください」

メンバーが次々と荷台に飛び乗り、野中はトラックを発進させる。
これまで生活してきた校舎を捨て、アジトを目指した。
野中はぐんぐんとスピードを上げる。
メンバーはトラックに揺られながら、それぞれの未来に思いを馳せた。
やがて遠くにアジトの影が見えてくる。

宮澤「あそこだよ!あれ…?」

宮澤は指差した。
そして、アジトを出発した時とは違う変化に気付く。

宮澤「ロボットの数が増えてる…」

高橋「アジトの外にもロボットがいるの?」

宮澤「うん。たなみん達が戦ってくれてたんだけど…」

仲谷「たなみんが…?」

仲谷はそこで、胸に熱いものが込み上げるのを感じた。

――たなみん、頑張ったんだ…。

峯岸「あ、麻里子もいる!」

今度は峯岸が気付き、荷台から首を伸ばした。
アジトの前では、たくさんのメンバーがロボットと戦っている。

大家「うちらも負けてられんけん…」

大家はその重さを確かめるように、ヴォイドを握り直した。
トラックはアジトの手前で停車する。
メンバーは荷台から飛び降りると、それぞれ戦いの輪に向かって走り出した。
だがその時になって、河西があることに気付き、悲鳴を上げる。

峯岸「どうしたの?」

河西「ちかりなが…ちかりながいない…。トラックに乗ってない」

高橋「えぇぇ?!」
651 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:31:34.14 ID:qAhU43P/0
一方その頃小林と増田は――。

小林「この子達、全然香菜の話を聞いてくれない…」

覆面隊員に案内させ、制御室に辿りついた小林と増田だったが、そこは多種類のコンピュータとモニターに囲まれていた。
小林がこれらの機器と対話し、ロボットを停止させるには時間がかかりそうだ。

小林「この子達、すごく頑固なの」

早速ヴォイドである聴診器を片手に、説得をはじめた小林だったが、相手は今までのように言うことを聞いてくれない。
むしろ小林の言葉に反抗して、よくわからないエラーを出す始末だ。

増田「早よせんと、こいつらが戻って来ないのを怪しんで、他の覆面隊員が探しに来ると面倒やで」

増田もまた、焦っている。
制御室の隅には、案内をした覆面隊員に加え、元々室内にいた隊員達が、増田の手によって縛り上げられていた。
増田は今、相手が妙な気を起こさないよう、剣先を向け続けている。

小林「どうしよう…」

小林は今にも泣き出しそうな顔で、増田を見た。

増田「大丈夫や。香菜なら出来る。相手はちょっとへそ曲がりなだけや。ちゃんと話せば、香菜の正直さが伝わる。香菜がええ子やってことがわかる。香菜のような子を前にしたら、向こうだって心開くしかないやろ」

小林「ゆったん…、香菜、香菜やってみる!頑張るよ!」

増田の言葉に背中を押され、小林は再び聴診器を構えた。
652 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:32:07.00 ID:qAhU43P/0
一方その頃、珠理奈と倉持は――。

松井珠「玲奈ちゃんはあんまりべらべら自分のこと話す人じゃないけど、一緒にいるとわかるんです。優しくて、SKEのことを誰よりも考えてて、真面目で不器用で頑固で、でもすっごく努力家で、絶対に人の悪口を言わない」

倉持「うん…」

松井珠「何か納得がいかないことがあると、とことん努力するんです。見た目はあんな綺麗で可憐だけど、ほんとは暑苦しいほど熱心なんです。そんな玲奈ちゃんに感化されて、あたしも負けないように頑張ってこれた…」

倉持「うん…」

松井珠「あたし、まだまだ玲奈ちゃんと一緒にやりたいことたくさんあるんです。ほんとはもっともっとたくさん話したいし、たくさん話を聞いてほしいし、いっぱい喧嘩したり、笑いあったり…」

倉持「うん…」

松井珠「だから必ず玲奈ちゃんをこの手で助けて…って、聞いてます?倉持さん。さっきから何やってるんですか?」

倉持「あ、ごめんごめん」

珠理奈が口を尖らせると、倉持は慌てて苦笑いを浮かべた。
先ほどから倉持は珠理奈の話を聞き流し、壁を叩いて歩いてたのだ。

松井珠「どうしたんですか?」

珠理奈はすぐに機嫌を直し、問いかけた。
653 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:32:47.46 ID:qAhU43P/0
倉持「うん、ほらこの通路、さっきから歩いてるけど、おかしくない?」

松井珠「え?何がですか?」

倉持「見て、こんなに長く続いているのに、壁ばかりで全然扉がない。さっきの曲がり角からいって絶対にこの向こうには何かしらの部屋があるはずなのに…」

松井珠「そういえばそうですね…。でもそれと、壁を叩くのと何か関係あるんですか?」

倉持「うん、まずは聞いてて。こっちの壁を叩くと…こんな音。でもこっちの壁だと…ほらこういう音」

松井珠「なんか…音の響き方が違うみたいな…」

倉持「そうなの。さっきから一定の間隔で壁を叩いて歩いてたんだけど、ここだけ叩いた時の音が違うのよ。もしかしたら…」

倉持が首を捻ると、その先を珠理奈が続けた。

松井珠「隠し扉?」

倉持「そうそう!そしてこのアジトの中であたし達の目から隠しておきたいものといえば?」

松井珠「捕られたメンバー!ってことはこの壁の向こうに玲奈ちゃんが?」

倉持「もしくはぱるるちゃん。あるいは2人ともいるのかもしれない」

松井珠「すぐに壁を壊しましょう」

珠理奈は慌ててヴォイドを壁に向けた。
654 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:33:30.15 ID:qAhU43P/0
倉持「待って珠理奈ちゃん!何が出てくるか保障はないから、壁はあたしが壊す。珠理奈ちゃんは万が一のことも考えて、後ろでヴォイドを準備してて」

松井珠「はい…」

倉持はおもむろに肩を回すと、自身のヴォイドである金属バットを構えた。

倉持「この感覚久しぶり…さぁて、一暴れしますか!」

そう言うや否や、ヴォイドを振り上げた。
綺麗なフォームで壁を壊しにかかる。
やはりそこは倉持の睨んだとおり、隠し扉であった。
数回の打撃で、壁には長方形の切れ込みが浮かびあがり、忍者屋敷よろしくくるりと回転した。
室内の様子が飛びこんでくる。

松井珠「あ…」

倉持の背後で、珠理奈がヴォイドを取り落とす音が響いた。
珠理奈はそのまま壁だった部分に飛びこむと、玲奈を支えて戻って来る。

倉持「玲奈ちゃん…」

玲奈の顔色はすっかり青ざめていたが、その足取りは思いのほかしっかりしていた。
すぐに珠理奈の支えなしに立つことが出来る。
655 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:34:02.53 ID:qAhU43P/0
松井玲「あの…あたし…」

松井珠「玲奈ちゃん!」

何が起きたのかまだ把握しきれていない玲奈は、遠い目をしていた。
そんな玲奈に珠理奈が抱きつく。
みるみるうちに玲奈の瞳に色が戻った。

倉持「玲奈ちゃんひとり?ぱるるちゃんは?」

松井玲「ここにはいません。ぱるるも監禁されてるんですか?」

倉持「そうだよ。まさかほんとに壁の向こうに監禁されてたなんて…。あたしなんて普通の部屋に、しかもひとりきりじゃなくて、こじはるちゃんと一緒だったよ」

松井玲「え?倉持さんも監禁されてたんですか?小嶋さんも?」

倉持「あ、そっか。玲奈ちゃん知らないんだっけ」

松井珠「とにかく玲奈ちゃんが無事で良かった。みんなでね、助けにきたんだよ。他にもたくさん監禁されてたんだけど、みんなで助けてね、それで、」

松井玲「え?え?え?」

倉持「珠理奈ちゃん、あんまり一度に話しても玲奈ちゃんが混乱するだけだよ」

松井玲「あの、それでこれからわたしは…」

玲奈がおずおずと尋ねる。
頭に浮かぶ疑問はとりあえず無視だ。
今がとにかく大変な時だということを、珠理奈と倉持の様子から感じ取った。

倉持「とりあえずあっちゃん達のとこに行きましょう。それから…」

松井珠「たかみなさんのもとへ行く。玲奈ちゃん、あなたの力が必要なんだよ!」
656 ◆TNI/P5TIQU :2012/07/11(水) 14:34:44.72 ID:qAhU43P/0
一方その頃、アジトの外では――。

山内「えぇぇぇぃっ…!!」

河西「鈴蘭ちゃんナイスショット!」

河西が球体へと整えた岩を、山内がゴルフクラブを使って飛ばしていく。
その命中率は凄まじく、ロボットは地面に崩れ落ちた。

内田「ガンガンいきますよー」

その横では内田が次々と岩を出現させていく。

岩田「はい!」

その岩をさらに硬化させ、破壊力を高めるのは岩田のヴォイド。
ここに4人の完璧なチームプレーが出来上がりつつあった。
一方でロボットではなく覆面部隊を相手にするのは松原。

松原「狙いは…レーザー銃…!」

松原が目を細めると、覆面隊員達が持つ銃に向け、手裏剣を投げた。

覆面隊員「うわっ…!」

バタバタと地面に転がるレーザー銃。
それに懐中時計を向けるのは片山だった。
657 ◆TNI/P5TIQU
片山「よしっと!これでもう銃は劣化した。悪いけど使い物にはならないよ。しーちゃん!」

大家「オッケー!」

今度は大家が飛び出し、鎖を放つ。

大家「みぃちゃんお願いしまーす…」

大家が投げた鎖は峯岸により伸長し、銃をなくしておろおろする覆面隊員達に巻きつく。
その直後、大家は駒を回す要領で、鎖を思い切り引いた。

覆面隊員「うわぁぁぁぁぁ」

体に巻きついていた鎖の反動で、くるくると回転する覆面隊員達。
そこへ駆けつけたのが亜美だ。

前田亜「ごめんなさい…」

遠慮がちにそう言いながらも、なぜか笑みを浮かべている亜美。
彼女がフラフープを回すと、覆面隊員達はその場でぐるぐると回転し続けることとなった。
亜美のヴォイドの力により、無限ループが発動したのだ。

大家「よしっと、亜美ありがとう。これでこの人達はもう攻撃をしかけてこれんけん」

前田亜「目が回っちゃってかわいそうだけど…」

峯岸「今はそんなこと気にしない気にしない」