もし小嶋、柏木、小森が美人スリ三姉妹だったら妄想

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1名無しさん@お腹いっぱい。
2時間ドラマ風AKB妄想劇場

はるな、ゆき、みか、美人スリ三姉妹がゆく
伊豆下田湯けむり無銭旅行記!
― 特急踊り子三分停車
― 殺しの証拠の借用証を狙え!!

をお送りします。

注:
この妄想は、テレビ朝日系列で放送されていた
『花ふぶき三姉妹シリーズ』を下敷きにした、ラノベ風読み物です。
三姉妹がお色気と指技を武器に、事件解決のために活躍しますが、
題材的にアイドルとしてのイメージを損なう描写が満載ですので、
そういうのを冗談として楽しめない方は避けたほうが良いと思います。
2にじどら:2012/03/17(土) 00:45:34.98 ID:H57TwNF00
プロローグ ― 花ふぶき三姉妹参上!

「美果ー、起きろー。春休みだからっていつまで寝てるんだー」
すっかり寝坊が癖になった三女美果を叩き起こすのは、いつも次女由紀の役割だ。
(まったく、お父さんが生きていたら嘆くぞ・・・・・・)
由紀は腰に両手を当てて、布団の中に潜り込んでしまった美果を見下ろす。
こうしていても埒が明かないので、無理やり布団を引き剥がしにかかる。
「起きろー」
「あと五分」
こうして姉妹で布団を奪い合うのも毎朝の光景だ。
だが、腕力では年上の由紀の方が圧倒的に強い。美果はあっさりと布団を剥ぎ取られてしまう。
「そんなにダラけて、それでも名門花ふぶき家の娘か!」
由紀があまりにも勝ち誇ったように言うので、美果はベッドに腰掛けたまま、頬を膨らませて拗ねた。
「由紀お姉ちゃんこわーい」
由紀はそんな妹を相手にせずに部屋を出て行く。朝から余計なことに神経を使いたくないという省エネ主義者なのだ。
美果も渋々と立ち上がると、寝癖を爆発させたまま食卓へと歩いていく。
テーブルの上には、由紀が用意したスクランブルエッグとサラダが並べられている。
最近、由紀は料理が趣味のようだ。腕前が上達したのは結構なのだが、皿洗いの仕事は大体美果に押し付けられる。
このため、美果にしてみれば、朝から姉が張り切るのも必ずしも歓迎すべきことではなかった。
「今、トースト焼いてあげるから」
妹の思いを他所に、由紀はそう言うと、食卓と一続きになっている台所の方へと歩いていく。
美果は椅子に腰を下ろすと、まだボーっとする意識をなんとか覚醒させようと、目をパチクリと瞬かせた。鳥のさえずりが喧しい。
3名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 00:47:06.03 ID:Vh8/ZZ3X0
【小説】ってスレタイに入れたほうが分かりやすかったかも支援
4にじどら:2012/03/17(土) 00:48:07.30 ID:H57TwNF00
『みなさん、おはようございまーす』
不意に聞き覚えのある声がして、美果はテレビの方を振り向く。
「あー、陽菜お姉ちゃん出てるー」
花ふぶき家長女の陽菜は、タレントとして最近活躍が目覚しい。
今出演している朝の情報番組に加えて、バラエティ番組、クイズ番組等に引っ張りだこのほか、三人組『ノースリーブス』の一員として発売したCDも売行き好調だ。
そんな陽菜は、ミーハーの美果にとって羨ましくもあり、憧れの存在でもある。
さて、この陽菜、由紀、美果の三姉妹、他人にはとても言えない秘密があるのだ。それは―。

美果がテレビに見入っていると、台所から由紀が声をかけた。
「そうだ、朝御飯の前にお仏壇に手を合わせなさい。今日、お父さんの月命日だから」
美果は、「はーい」と返事をすると、再び立ち上がり、食卓の隣にある和室へと歩いて行く。
「今日は天気も良いし、お墓参りに行こうかー」
由紀の機嫌の良さそうな声と、トーストの焼けるチンッという音を背中に聞きながら、美果はマッチを擦った。
仏壇の蝋燭に炎が灯る。線香に火を移しながら、美果は父親の位牌を見つめた。
(もうすぐ三回忌か・・・・・・)
5にじどら:2012/03/17(土) 00:50:56.82 ID:H57TwNF00
テレビジャパンでの生放送を終えた陽菜は、ひとり楽屋でゆっくりと過ごしていた。
次の仕事は、三人組の『ノースリーブス』での音楽番組の収録だが、それまで暫く時間があった。
マネージャーを通してテレビ局に無理を言い、放送後も長めに楽屋を押さえて貰ったのだ。
陽菜もまた、父親のことをそっと思い出していた。
私服のときいつも胸につけているペンダントは、生前に父親が誕生日プレゼントとして買ってくれたものだ。
(必ずお父さんの名にかけて、名門花ふぶき家を再興してみせます)
目を閉じると、今も優しかった父親の姿が瞼に浮かぶ。

「失礼します」
急に扉が開いて、深夜番組のディレクターをしている、汗っかきの宇野が入ってきた。
(げっ、ビチャ男)
陽菜は、内心面倒臭いなと思いながらも、それを表情には出さず、「何ですか」と尋ねた。
「あの、いつもお世話になっているんで、お菓子でもどうかと思いまして。ちょっと失礼しますね」
そう言って宇野は、ズカズカと楽屋に上がりこむ。
この男は、こうして何かと菓子の類を差し入れてくるのだが、最近は自分で差し入れた菓子を陽菜と一緒に食べて行くのだ。
「これ、この間見つけた薩摩芋のスティックケーキ。メチャメチャ美味いですよ」
宇野は、菓子の箱を陽菜の前に置きながら、自分も既に包装を破いてケーキに齧りついていた。
「はぁ。いただきます」
鬱陶しいとは思いつつも、断るのは気まずい。陽菜も菓子に手を伸ばす。
こうした差し入れも最初のうちは有り難がっていたのだが、段々とこの男の下心が見え隠れするようになって、陽菜は警戒していた。
タレントとして大事な今、余計なスキャンダルは御免だ。
6にじどら:2012/03/17(土) 00:54:49.37 ID:H57TwNF00
(うーん、しかし鬱陶しいなァ・・・・・・)
そんな陽菜の思いを他所に、宇野は陽菜の方にジリジリと寄ってくる。
陽菜のラフな格好の私服、特にシャツの襟元から見え隠れする豊かな胸が宇野を刺激したのだろうか。
「陽菜さん、今日も素敵ですね」
大胆にも宇野は、陽菜の肩に手を回してきた。陽菜は思わずたじろいで身を引く。
(もう、ほんと馴れ馴れしい!この野郎ぉ)
本来ならマネージャーに言いつけてしまうところだが、ここは花ふぶき家の長女らしい方法で仕返ししてやることにした。
「宇野さぁん・・・・・・」
陽菜は、宇野のことを真っ直ぐに見つめたまま、物欲しそうな顔で詰め寄る。ぷっくりとした唇がなんとも艶かしい。
今度は宇野の方がたじろぐ。顔が紅潮し、興奮しているのが分かる。男とはなんと単純な生き物か!
その隙に陽菜は、宇野の胸元から長財布を抜き取ると、サッと投げて鏡台の下へ滑らせた。
「宇野さん、目の下、インクか何かの汚れがついてますよー」
陽菜がそう言うと、宇野は慌てて我に返った。
「え、本当に。何か恥ずかしいな。ははは・・・・・・ちょっとトイレで見てきます」
宇野は、目の下を擦りながら、楽屋から出て行った。
それを見届けると、陽菜は鏡台の下の財布を拾い上げる。一万円札を五枚抜き取ってニヤリと笑う。
「まあワンタッチだし、こんなもんで許してやっかー」
(免許証とか無いと困るだろうし、財布はスタジオにでも置いておいてあげよう)
自分はなんて善良なスリだろうと思いながら、陽菜は唇を舐めた。

<花ふぶき家、家訓その一: 指先は日々に使え休まずに>

花ふぶき家は、代々続くスリの名門なのだ。
7にじどら:2012/03/17(土) 01:00:18.70 ID:H57TwNF00
今日は空がどこまでも澄んでいる。
その空の青さと、寺の境内に立ち込める線香のにおいが、普段は鬼と呼ばれる警視庁捜査一課の堀田を安らかな心地にさせていた。
堀田は、今年で五十二歳になるベテラン刑事だ。
警視庁に移ってからは二十年近く、殺人や強盗などの凶悪事件を専門に扱っているが、所轄にいた若い頃は、窃盗、特にスリの犯人検挙にも定評があった。
よれよれのコートにハンチング・ベレーという出で立ちは、如何にもひと昔前の刑事を思わせ、
後輩の刑事達からも「堀田さん、今どきその格好は無いんじゃないですか」と笑われている。
しかし、こと捜査となると、ベテランの彼の手腕に対し誰もが一目置いているのだ。
堀田は、立ち並ぶ墓石の中から迷わず花ふぶき家のものを見つけると、手に持った花を生けた。
住職による管理が行き届いているのか、墓周りは綺麗に掃除されており、枯葉ひとつ落ちていない。
堀田は、コートのポケットから取り出した線香にライターで火をつけてから、そっと墓に手を合わせた。
(もうすぐ三回忌かよ。早いもんだな。お前さんが逝っちまってから、なんだか張り合いがないよ・・・・・・
だけど、陽菜ちゃんも、由紀ちゃんも、美果ちゃんも、皆立派に育ってるぞ)
8にじどら:2012/03/17(土) 01:03:49.75 ID:H57TwNF00
「おっちゃん!」
聞き覚えのある声の方を振り向くと、由紀と美果が墓に向かって歩いて来る所だった。
「なんだ、おっちゃん、来てくれてたんだ」
由紀が満面の笑みを堀田に向ける。後ろから、美果も遠慮がちに会釈する。
堀田もゆっくりと立ち上がると、ふたりに微笑み返す。
「見つかっちゃったな。俺が三回忌の法要に出る訳にもいかないから、こうして月命日に来たってことだよ」
「お父さん、きっと喜んでる。おっちゃんのことは、一目も二目も置いてたんだから・・・・・・」
灰と白のボーダーのセーターに薄桃色のロングスカートを合わせた由紀の格好が、随分大人っぽく見えて、堀田は思わずドキリとした。
(ついこの間まで、ちっちゃな子供だったのになぁ)
「お久しぶりです」
そう言って頭を下げた美果の方は、白いロングスカートを穿いていた。
薄い青のシャツには小さな花柄の模様が幾つもあしらってあり、彼女の雰囲気に合った女の子らしい格好だ。
由紀と美果は、ふたりそろって墓に手を合わせた。ポカポカと暖かく、長閑な雰囲気のする春の一日だ。
墓参りの後、住職への挨拶を済ませると、三人は砂利道をゆっくり出口へ歩いた。
「昼飯、まだ食ってないんだろ。おっちゃんがご馳走してやろう。この近くに美味い蕎麦を食わせる店があるんだよ」
9にじどら:2012/03/17(土) 01:09:10.82 ID:H57TwNF00
寺町を抜けると、閑静な住宅地が続く。車の通りも少ない一方通行の道に面して、お目当ての蕎麦処『長命庵』の暖簾が出ている。
店の引き戸は、年季が入った木製サッシにガラスを嵌め込んだ作りになっている。
場所こそ分かり難いが、この清潔感のある店構えからは老舗の風格が漂っていた。
店内に入ると、食事時とあって結構な混雑だ。
「俺も江戸っ子だから、待たされるのは嫌なんだが、ここの蕎麦は待ってでも食う価値があるよ。
本当はビールでも飲めると良いんだけど、そうも行かないから・・・・・・」
堀田が残念そうに嘆いているうちに女中が来て、三人を座敷の席に案内してくれた。
夜は個室にして使うのだろうが、昼間は衝立を挟んで何組かが食事できるようになっている。
窓際の席に座れたのは幸いだった。春の柔らかな陽射しが心地よい。
隣の家との隙間には、細長い小庭のようなものがこしらえてあって、獅子脅しが置いてある。
運ばれてきた温かい茶を啜りながら、三人は自然に互いの近況を話した。
「おっちゃん、例の吉祥寺の殺人事件、あれ、おっちゃんの担当でしょう。今日で一年になるってニュースでやってたけど・・・・・・」
由紀が興味深そうに堀田に尋ねる。
「ああ。篠原秋絵というスナック経営者が、吉祥寺の自宅マンションで首を絞められて殺害された。
最初は単なる物盗りかと思われたが、いくつかの貴金属類などが手付かずで残されていたため、どうも違うとなった」
堀田は周囲を気にして声を潜める。
「事件直前、秋絵はスナックの店舗を売り払っているんだが、その代金がどこからも見つからない。実は、店の女の子達の給料も未払いのままだったらしい。
さらに調べていくうちに、どうもその秋絵ってママに金銭のトラブルがあったらしいことが分かった」
10名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 01:09:59.82 ID:u3PUhgEU0
元ネタ知らないんだけど読んでみるわ支援
11にじどら:2012/03/17(土) 01:15:41.64 ID:H57TwNF00
堀田はそこでひと呼吸置いて、茶を口に含んだ。由紀も美果も、固唾を呑んで堀田の話に聞き入っている。
「聞き込みなどの情報を総合すると、どうもそのママ、大正ファイナンスという会社から金を借りていたらしい。
俺は、この会社が今回の事件に絡んでるんじゃないかと睨んでるんだ」
「大正ファイナンス?テレビのコマーシャルで見たことある」
美果が口を挟む。
「そう。表向きは登録貸金業者として消費者ローンなんかをやってる風に装っているが、どうも裏ではヤミ金というか、法外に高い利率で、事業性のローンなんかを貸し付けているようなんだ。
社長の岸郁夫って奴も、元々は札付きのヤクザだよ。今は足を洗ったってことになっているけどね。
ところが、警察と金融庁が何度調べても、違法な金利で金を貸していたっていう証拠が掴めない。
勿論、殺された篠原秋絵との関係も何も出てこない」
「それはどうしてなの」
由紀が不思議そうに堀田の顔を覗き込む。
「おそらくそうした違法な貸付けは、社長が隠し口座か何かをどこかに作って、金のやり取りをしてたんだろうな。表からはまったく見えないんだ。
当然社員も知らぬ存ぜぬだし、辞めた元社員なんかに無理やり口を割らせようとしても、本当に何も知らない様子なんだ」
堀田はそう言うと、悩ましげに眉間に皺を寄せ、腕を組んだ。
「つまり、その社長の岸って人が、ひとりで違法な貸付けを行っていたってこと?」
そう問いかける由紀に、堀田は深く頷いた。
「その可能性が高い。社長ひとりか、せいぜい幹部数人」
美果は話が難しすぎたのか、すっかり興味を失って山葵を擦っている。
「美果、あんた山葵なんて、辛くて食べられないでしょ」
由紀が呆れたように溜息をつく。
12にじどら:2012/03/17(土) 01:28:14.07 ID:H57TwNF00
そこへ丁度、冷たい蒸篭蕎麦三枚と天麩羅の盛り合わせが運ばれてくる。
色の白い更科蕎麦は、蒸篭の上で艶やかに光を反射していた。
「おおー」
美味しそうな蕎麦を前にして、美果が目を輝かせる。
「さあ食おう」
堀田がそう言ったのを合図に、三人は次々に蕎麦を啜る。滑らかな喉越しと、仄かに鼻へ抜ける風味が堪らない。
鰹出汁のつゆも、決して蕎麦の味を損ねない上品なものだ。
天麩羅も程よく衣がついており、豪快さはないが、蕎麦の邪魔をしないよう絶妙に計算されている。

蒸篭が半分ほど空いたところで、隣の席の客が帰った。
その頃合いを見計らって、堀田が姉妹に話しかける。
「お前達の親父さんは、確かに見事な仕事人で、最後まで俺達に尻尾を掴ませなかった。
だけどもな、お前達は親父さんみたいな真似は絶対にするんじゃねーぞ。人様に言えないようなことだけは、やっちゃいけない」
堀田は、刑事としての鋭い眼差しで姉妹の顔を見つめる。
「おっちゃん、そんな心配はしなくても大丈夫!」
由紀が殊更に明るい調子で、そう強調する。
「そうそう、私もお姉ちゃん達も普通の女の子」
美果も姉に調子を合わせる。ふたりが念を押すのを聞いて、堀田の眼差しも、娘達を見るような優しいものに変化する。
「そうか、それなら良いんだ」
堀田はそう言うと、また蕎麦を啜る。ズルズルという音が、如何にも江戸っ子らしい食べっぷりで、気持ちが良い。
「それにしても、春休みが明けたら、由紀ちゃんは大学三年生、美果ちゃんは高校三年生か・・・・・・大きくなったなぁ」
「私は就活、美果は受験でこれから本当に大変。それなのに美果ったらこの所、怠けてばっかりで」
由紀がそう言うと、美果は、あどけなさの残る丸顔をさらに膨らませて拗ねた。
堀田は刑事らしく豪快に笑いながら、「それじゃあ、陽菜ちゃんは婚活かな」と冗談めかして言った。
13にじどら:2012/03/17(土) 01:31:18.15 ID:H57TwNF00
三人組『ノースリーブス』での音楽番組出演のため、関東テレビの楽屋で控えていた陽菜は、急に大きなクシャミをした。
「あれ、にゃんにゃん大丈夫?」
同じ『ノースリーブス』の一員、高橋みなみが心配して声をかける。
仲間内で陽菜は、その一見おっとりとしつつも気ままな性格ゆえか、にゃんにゃんという愛称で呼ばれている。
「うーん、風邪かな・・・・・・」
「もしかして、どこかで噂されてるんじゃないの?」
もう一人の『ノースリーブス』メンバーである峯岸みなみが、茶化しながら陽菜の顔を覗き込む。
「まさか・・・・・・」
そう言い終わらないうちに、陽菜はまたクシャミをした。
あまりにクシャミが大きかったせいか、壁に掛けてあったカレンダーがコトリと落ちた。
14:2012/03/17(土) 01:34:35.17 ID:H57TwNF00
「第一幕 ― 美女三人、伊豆下田湯けむりの旅」 につづく

例のKKKスレ見ているうちに、どうしても妄想が膨らんでしまいました。
ちょっと作業もあるため、続きはのちほど
15にじどら:2012/03/17(土) 05:37:44.37 ID:H57TwNF00
第一幕 ― 美女三人、伊豆下田湯けむりの旅

久々に陽菜の仕事が夕方までに終わり、今日は花ふぶき三姉妹揃っての夕食となった。
由紀が腕によりをかけてこしらえたというロールキャベツだが、どことなく不恰好なのはご愛嬌だ。
どういう訳だか今日は、三人が三人とも、長い髪をポニーテールに束ね、ジャージにTシャツというラフな格好だ。
時々妙なところで波長が一致するのは、やはり血が繋がっている故だろうか。
「へー、お墓で堀田のおっちゃんに会ったんだー」
そう言うと陽菜は、ロールキャベツを口に入れ、熱そうに転がす。
「アツッ・・・・・・ん、おいしい」
やっと口の中のものを飲み込んでから、陽菜が続ける。
「だけどゆきりん、スリと茶羽織が仲良くお蕎麦啜ってるなんて、想像すると笑えちゃうねー」<茶羽織=刑事>
そう言って陽菜は、はははと笑った。
「おっちゃんは特別だよ。私達が子供の頃から、ずっと知ってるんだもん」
由紀はそう言いながら、箸でロールキャベツを一口サイズに切り分ける。こうやって、何でも小さくしないと気がすまない性分なのだ。
美果はというと、丸のままのロールキャベツに齧りついている。
「そうやって気を許してると、ゆきりん、おっちゃんに手錠かけられちゃうぞー」
陽菜が悪戯っぽい雰囲気で言う。
「私も由緒ある花ふぶき家の次女。そんなヘマはやりません!」
そう反駁しながら、由紀の皿の上でロールキャベツは、殆ど原型を留めないほど粉々になっていた。
「由紀お姉ちゃん、そんなにしちゃって美味しいの?」
美果が目を丸くして尋ねる。
「美果の方こそ、女の子が丸齧りなんかして、行儀が悪い」
由紀がカリカリと反論する。
「ほらぁ、ふたりとも喧嘩しないー」
陽菜がまあまあといった感じで宥める― いつもの光景だ。
16にじどら:2012/03/17(土) 05:43:15.93 ID:H57TwNF00
食事を終えて一息ついたところで、由紀が例のスナック経営者殺害事件の話を始めた。
「おっちゃんのヤマ、ホシの目星は付いてるみたいなんだけど、まだ当分解決しそうにないみたい」
由紀は、昼間堀田から聞いた内容を陽菜に伝える。陽菜は、時々訳が分からないというような表情をして見せたが、最後には全体像を掴んだようだ。
「要するにー、その殺されたスナックのママと、大正ファイナンスとの間にお金のやり取りがあったっていう証拠が何も無いって訳ね」
椅子の背もたれに顎を乗せたまま、陽菜が納得したという口調で言った。
由紀は陽菜の言葉に頷いてから続ける。
「おっちゃんが言うには、その大正ファイナンスの岸って社長をマークして、暫く動向を追っていたみたいなんだけど、
違法な高利で貸し付けていた顧客とのやり取りや、そのために使った口座の所在なんかも全然掴めないんだって」
由紀がそう言うと、陽菜は首を傾げた。
「それって、何か変じゃない?だって、その違法な貸付け― ヤミ金っていうの? ― それは、社長がひとりでやっていたか、せいぜい幹部数人でやっていたんでしょ?
会社の帳簿にも一切記載がない。だとしたら、社長かその幹部が自ら顧客と接触するしか仕方がないじゃない」
陽菜の言うことは尤もなのだ。由紀も頷いてみたものの、疑問に対する回答は持ち合わせていなかった。
17にじどら:2012/03/17(土) 05:45:12.39 ID:H57TwNF00
「あ、そうそう」
陽菜が急に表情を明るくして話題を転換する。
「明々後日から二日連続でオフが貰えたの。由紀と美果も春休みだし、久々にみんなで温泉でも行かない?」
陽菜の言葉に、ソファに転がって眠り込んでいた美果が反応し、クワッと体を起こす。
「温泉?行く行く!」
由紀がそれを見て吹き出す。
「もう、美果ったらゲンキンねー」
美果は、言葉の意味が分からなかったのか、「ゲンキン?」と頭に疑問符を浮かべている。
陽菜はふたりの妹の前にパンフレットを広げる。
「収録の帰りに、旅行会社の前に並んでるパンフレットを貰ってきたんだけど、パッと行って帰って来るなら下田が良いと思うんだよねー」
「特急の踊り子号に乗れば、東京駅から伊豆急下田駅まで二時間四十分てところかァ」
由紀がパンフレットに乗っている交通案内を眺めながら呟く。
「私、最近冷え性だから、温泉で解消したいなー」
美果も、興味津々でパンフレットを覗き込む。
18にじどら:2012/03/17(土) 05:48:12.66 ID:H57TwNF00
金曜日の朝、陽菜、由紀、美果の三姉妹は、東京駅から吐き出される人の群れを眺めていた。
旅行用のキャリーバッグはコインロッカーに預けてある。
芸能人である陽菜は、周囲に気づかれないように大きなサングラスをかけている。
彼女達の財布の中は空である。

<花ふぶき家、家訓その二: 旅立ちは金を持たずに指で行け>

「太郎さんは・・・・・・あっ、あの信号待ちしてるオジサン、景気良さそうだなー」<太郎さん=被害者>
由紀が値踏みすると、陽菜が頷く。
「これは、オーソドックスに尻バー抜きですね」<尻バー抜き=ズボンの後ろポケットからスリ盗ること>
確かに尻の膨らみから、財布の在り処は明らかだった。
「ちょっと待って」
美果の心のセンサーが何かを感じ取ったようで、動こうとする陽菜に小声でストップをかけた。
「あの柱の陰に居るの、茶羽織じゃない?」
美果が目配せした方向に、陽菜と由紀も顔を向ける。確かに柱に隠れている二人組の動きは、刑事のように見える。
「おーっと、あぶない、あぶない」
陽菜がほっと胸を撫で下ろす。作戦変更だ。
19にじどら:2012/03/17(土) 05:51:26.84 ID:H57TwNF00
「きゃー、心臓がぁ」
美果が胸を押さえたまま大声を上げて、大袈裟に路上にへたり込む。
「どうしたんですか?」
先ほどの刑事らしき二人組が美果に駆け寄る。今がチャンスだ。
由紀が信号待ちの男のところへ走っていく。
「あの、私この辺にお財布落としちゃったと思うんですけど、見ませんでしたか?」
そう言いながら、緊迫した様子で男の腕を両手で握る。
若干前かがみになりつつ脇を狭め、ブラウスの胸元を強調させることを忘れない。
信号が変わり人の往来が始まると、周囲から視界が遮られる。
「鞄の中とか、ちゃんと調べたの?」
男は、ちらりと覗く由紀の胸に気を取られつつも、彼女の肩に掛かっている鞄を指差した。
その一瞬の隙をついて、陽菜が男の尻ポケットから財布をスリ盗った。
由紀は一生懸命に鞄の中を探す演技をする。
「あっ、ありました。すみませんお騒がせして」
由紀は、自分の鞄の中を男に見せると、大袈裟に謝ってみせた。
「本当にあの、ありがとうございます」
そう言いながら、しっかりと両手で男と握手する。
「いやいや、とんでもない」
走り去る由紀と自分の手を見比べながら、男はニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。
20にじどら:2012/03/17(土) 05:56:54.83 ID:H57TwNF00
由紀と陽菜は改札の手前で落ち合った。
「七万円かァ。まあ切符代には十分かな」
陽菜が一万円札を数えながら呟く。現金以外は用がない。カード類に手を出しても、足が付くだけだ。
丁度その時、改札を抜けて、如何にも真面目そうな男子小学生がこちらへ歩いてきた。
由紀が声をかける。
「ねぇ君。お姉ちゃんね、この財布拾ったんだ。でも急いでいるから、君が代わりに交番に届けてくれない?」
驚いている彼に有無を言わさず財布を渡すと、陽菜と由紀はコインロッカーの方へ駆け出した。美果ともそこで落ち合う手筈だ。
走っている途中、年配の女性と擦れ違った。首から下がったガマ口が大きく開いているのに気づいたので、陽菜が声をかけてあげる。
「お婆さん、中が丸見えですよ。気をつけてください」
女性は慌ててガマ口を閉じると、恭しく礼を言った。
「どうも、ありがとうねぇ」

<花ふぶき家、家訓その三: 年寄りと子供と病人手を出すな>

三人は、コインロッカーからキャリーバッグを取り出したあと、東京駅を午前九時丁度に発車する踊り子一○五号に乗り込んだ。
踊り子号は東海道本線を熱海まで走行する。小田原を過ぎた辺りから、左手の車窓に雄大な太平洋が広がり、旅行くものの胸を高鳴らせる。
列車は、熱海で伊豆急下田行きと修善寺行きに分割され、三姉妹を乗せた伊豆急下田行きは伊東線に入る。
伊東から先はそのまま伊豆急行線に直通し、終点の伊豆急下田には午前十一時四十三分に到着する。
21にじどら:2012/03/17(土) 06:00:12.68 ID:H57TwNF00
下田市は、伊豆半島の東南部に位置する、ペリー来航でも知られる港町である。
天城山系の南端に当たり、急峻な山並みと太平洋との織り成す美しい海岸線は、開国の歴史を伝える数多くの史跡とともに、町の魅力を高めている。
下田温泉というのは、この下田市を中心に位置する四つの温泉の総称であり、単純泉の蓮台寺温泉、河内温泉、白浜温泉と、強アルカリ泉の観音温泉から成る。

三姉妹は、伊豆急下田駅で下車し、駅前で軽い昼食を済ませた後、旅館の送迎バスに乗った。
パンフレットで由紀が目をつけた旅館『しまだ』は、蓮台寺の温泉街にある老舗旅館だった。
威風堂々とした門を潜ると、そこから玄関までが石畳の前庭になっている。
温泉旅館らしい木造の佇まいに胸を躍らせながら、三人は扉を開けて中へ入る。
優しい木目調に統一された玄関の内装は、老舗の風格を漂わせつつも、不思議と木材の息遣いが聞こえてくる、暖かい雰囲気だ。
「ようこそいらっしゃいました」
若女将の島田晴香が三人を客室まで案内してくれた。年の頃なら三十手前くらいだろうか。
老舗旅館の若女将というには、何だか元気の良すぎるくらいだが、却って気取らない雰囲気の笑顔が好感の持てる女性だ。
陽菜は、大き目のサングラスで目元を隠しているが、やはり芸能人としてのオーラを完全に消すことは出来ない。
若女将も口にこそ出さないが、どうも陽菜のことに気が付いた様子だった。
22にじどら:2012/03/17(土) 06:06:26.85 ID:H57TwNF00
部屋に入ると、畳の青々とした香りと、窓からの稲生沢川の眺めに、三人は思わず歓声を上げた。
「来てよかったァ」
そう言いながら、窓際で陽菜が伸びをする。
「由紀お姉ちゃんの旅館選び、センスあるー」
美果も、はしゃぐ気持ちを抑えられないといった口調で言う。
そう言われた由紀も得意気な表情だ。
若女将の島田晴香は、そんな三人の様子を見て、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「では、私は失礼いたしますが、何かありましたらお気軽にお申し付けください」
若女将が去ったところで、陽菜はサングラスを外す。
「やっぱりバレちゃうねー」
陽菜が溜息混じりに呟くが、芸能人として認知されていることが嬉しいのか、声に明るい色が付いていた。
由紀は、やれやれといった感じで返事をする。
「仕方ないよ。外に出るときはサングラス必要だけど、旅館の中は良いんじゃない? 誰もプライベートのところ、声かけて来ないでしょ」
「ねっ、まだ早いけど、早速温泉入ろうよ」
美果が目をキラキラとさせながら、そう提案する。
「そうだね。その後でまた下田まで出て、ペリーロードの方も散策してみようよ」
由紀がガイドブックを見ながら言う。

浴衣に着替えた三人が、廊下を浴場へと向かう途中、若女将の島田晴香を見かけた。
声をかけようかと思ったのだが、どうも誰かと話をしている様子だった。
相手は男のようで、若女将が「ミチオさん」と呼んでいるのが分かった。
深刻な会話のようだったが、どことなく親しげな雰囲気だ。
やがて、若女将は三人に気が付いて、「ごゆっくりどうぞ」と会釈をすると、何か慌てたようにその場を立ち去った。
三人にも、柱の陰からちらりと男の顔が見えた。若女将と同じ、三十手前くらいの男だった。
23にじどら:2012/03/17(土) 06:20:03.33 ID:H57TwNF00
蓮台寺温泉の泉質は、弱アルカリ性の単純泉で、無色透明でにおいも無い。
陽菜、由紀、美果の三人は露天風呂に浸かりながら、ゆっくりと体を温めていた。
時間が早いこともあって、三人のほかには誰も居ない。
青空の下、広い岩風呂を独占するのは気分が良かった。
陽菜が湯を救い上げて肩にかけると、水の中で豊かな乳房がゆらめく。
それを見て、美果が溜息をつく。
「いいなぁ。陽菜お姉ちゃんも、由紀お姉ちゃんも大きくて・・・・・・」
由紀がふふふと笑う。
「美果だって、別に小さくはないじゃない。それに美果はまだまだこれからだよ」
美果は納得行かない様子で、自分の胸に手を重ねてみる。
「陽菜お姉ちゃんの、触ってもいい?」
陽菜は、笑いながら首を傾げる。
「うーん、それは妹でもちょっと恥ずかしいかな」
湯けむりの中、取り留めの無い会話をしながら、長閑に時間が流れて行く。
由紀は、先ほど廊下で見かけた男のことを、ふと思い出した。
「ねぇ、さっきのミチオって男、妙に若女将と親しげだったよね。でも夫婦って訳でもないよね」
「ちらっと顔を見たけど、結構イケメンだった」
と、美果が話を継ぐ。
「旅館の従業員とか、出入りの業者って感じでもなかったんだよねー」
と、陽菜が続ける。
「何か引っかかるんだよなァ」
由紀が考え込むような仕草をしたところで、陽菜が立ち上がる。
「私、もうだめ、のぼせちゃう」
露天風呂から上がる陽菜のツルリとした肌を、美果は興味津々といった目で凝視した。
この末娘は姉のことが好きで堪らないのだ。
「もう、みかぽん、そんなに見ないで、エッチィ」
そう言った陽菜も、満更ではない様子で、額にかかる濡れた髪をかき上げた。
24にじどら:2012/03/17(土) 06:30:31.54 ID:H57TwNF00
温泉から上がった後、三人は列車で再び伊豆急下田へ出た。
まず、明治から大正にかけて建てられた旧家が並ぶ、異国情緒豊かなペリーロード周辺を巡る。
こうした旧家も、現在は例えば喫茶店として利用されている。三姉妹も、遥か開国の頃の日本に思いを馳せつつ、紅茶を楽しんだ。
ペリーロードの散策を楽しんだ後は、わが国最初の米国領事館が置かれた玉泉寺や、黒船に関する資料が展示されている了仙寺などの史跡を巡った。
途中、地元の高校生と土産物屋の店主が、陽菜に気が付いた様子だったが、声を掛けては来なかった。
陽菜は、妙な騒ぎにならなくて良かったと胸を撫で下ろしつつも、少し物足りなく感じていた。

タクシーで再び旅館『しまだ』に戻って来た頃には、既に午後六時近くになっていた。
丁度三人のタクシーと入れ違いになるように、黒塗りの高級車が走り去っていった。
玄関に入ると、その車に乗ってきたのであろう、仕立ての良いスーツを着た五十前後の男が立っていて、大女将と若女将の二人で対応していた。
男の眼鏡の奥に覗く目つきがどことなく冷たい感じがして、三人には不気味に思えた。
大女将が男の荷物を持って、客室へ案内する。若女将の方は三姉妹に気づき、歩み寄って来た。
「お帰りなさいませ。どういたしましょう、もうお食事のご用意をいたしましょうか」
そう問われて、三人は顔を見合わせた。代表して陽菜が口を開く。
「お腹は空いたけど、汗もかいたところだし、もう一回温泉に浸かってからお食事にします」
25にじどら:2012/03/17(土) 06:34:48.73 ID:H57TwNF00
食事は、地元の海産物をふんだんに使った豪華な日本料理だった。
三人は、伊勢海老の刺身やかさごの天麩羅など、普段なかなか口にできない料理に舌鼓を打つ。
「すっごーい、海老がまだ動いてるー」
美果が、食材の新鮮さに興奮して声を上げる。
「うーん、この鯛のお刺身も最高」
陽菜はそう言いながら、ウィンクするように目をギュッと瞑った。
相当な分量であったが、調子に乗って三人で殆ど平らげてしまった。
「もーう、食べられない」
そう言って、陽菜が苦しそうにお腹を押さえる。

食事を下げに来た若女将の島田晴香に、陽菜が尋ねる。
「若女将さんが居るっていうことは、若旦那さんもいらっしゃるの」
島田晴香はニコリと微笑んで答える。
「いいえ。実は私が大女将のひとり娘なんです。今はこの旅館の経理を担当しつつ、女将修行をしております。
いずれは、誰かと一緒になって、この旅館を継ぐことになると思います」
「てっきり、お嫁さんなのかと思っていました」
由紀が、意外だという風な顔をして言った。
ふと陽菜の脳裏に、廊下で若女将と会話していた、ミチオという男が浮かんだ。
「もしかして、お昼間、廊下で話していた男の人って、若女将さんの良い人だったりしますか?いや、従業員さんには見えなかったもので・・・・・・」
陽菜の問いかけに対し、若女将は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐにいつもの笑顔に戻ってこう答えた。
「あの人は、高校の時の同級生なんです。でも、あの人と一緒になるだなんて、滅相もないことです」
若女将の笑顔の中に見え隠れする陰に、由紀はまた引っかかるものを感じた。
26にじどら:2012/03/17(土) 06:43:35.58 ID:H57TwNF00
一日はしゃぎ回って疲れたのか、陽菜と美果は、食事が終わるとすっかり布団の上に寝転がっていた。
温泉旅館ならではの、パリッと糊の利いたシーツが嬉しい。
「私、ちょっとお庭を散歩してくる」
由紀だけは何となく落ち着かず、ひとり部屋を出て行った。

庭園に出ると、石畳の道に沿って、足元にポツポツと外灯が点っている。
浴衣に羽織一枚だが、今日は比較的暖かく、夜風が肌に心地よい。
庭の中ほどにある池の辺りまで歩いてきた。
由紀が引き返そうかと考えたとき、夕方スーツ姿を見かけた、あの眼鏡の男が反対側から歩いてきた。
今は男も、ポロシャツにジャケット、足元はサンダルというラフな格好だ。
由紀が構わず踵を返すと、男が声を掛けてきた。
「お姉ちゃん、ちょっと待ちなや」
明らかに酒に酔った声だ。
「何ですか」
そう言って振り返った瞬間に口をふさがれた。驚く間もなく岩陰に引きずり込まれた。
「お姉ちゃん、おじさんと良いことしようや、なぁ」
男が耳元で囁きかける。由紀は恐怖で全身が震えた。抵抗を試みても力が入らない。
男は、口を押さえているのと反対の手を、浴衣から伸びる由紀の白い太ももに這わせる。由紀は目を瞑った。
(もうお終いだ・・・・・・)
由紀の頭の中が真っ白になったその時、「やめろ」と別の男の声がした。
次の瞬間には二人の男が取っ組み合いになっていた。不意を付かれた酔っ払い男の眼鏡がどこか茂みの中へ飛ぶ。
由紀はその隙に立ち上がり、明かりのある道に逃げる。はだけた襟元と裾を直す。
暗がりの中ではあったが、由紀を助けてくれたのは、昼間ちらりと見たミチオという男に間違いなかった。
酔っ払った男は、ミチオの手を振り切るようにして、何とか逃げて行った。
しかし、由紀は見た― ミチオが男の背広に手を入れ、封筒のような物を抜き盗ったのを。
27にじどら:2012/03/17(土) 06:47:43.94 ID:H57TwNF00
ミチオは、酔っ払いが逃げていくのを見送ると、由紀の方へ歩み寄った。
「怪我はありませんか?」
浴衣に泥が付いてしまったが、幸い怪我はしていなかった。
「いいえ、大丈夫です。あの・・・・・・ありがとうございます」
外灯の下まで来ると、なるほどミチオというのは顔の整った男だ。
由紀の頬が思わず紅潮する。しかし、この男は一体何者なのか。
「あの男のことは、僕から旅館に伝えておきましょう。それより、また何かあるといけません。お部屋までお送りします」
そう言うと、ミチオは先に立って歩き出した。
館内に入ると、ミチオが由紀の方を振り返って名乗った。
「申し遅れました。僕は井原道雄と言います。下田の駅前で電気機器店を経営しているんです。漢字は、井戸の井に・・・・・・」
道雄が名乗り終えると、今度は由紀の番になる。
「私は花ふぶき由紀と言います」
そう言うと、道雄はやっぱりという顔をした。
「貴女のお姉さん、花ふぶき陽菜さんでしょ。いや、昼間一緒に居るのを偶然見かけたものですから。実は僕、ファンなんですよ」
井原道雄が姉のことをやや興奮気味に話すのが、由紀にしてみれば少し面白くない。
「あっ、いや、妹さんの前で、失礼しました」
道雄は恥ずかしそうに頭を掻く。その内に部屋の前まで辿り着いた。
「先ほどは、本当にありがとうございました」
そう言いながら、由紀が深々と頭を下げる。
「どういたしまして。どうぞお気をつけて」
それだけ言って、道雄は歩いていってしまう。
28にじどら:2012/03/17(土) 06:50:06.82 ID:H57TwNF00
「ゆきりん、やるねー」
どこで見ていたのか、陽菜が声をかけた。
「やっぱイケメンだなー」
後ろから美果も、うっとりとした様子で顔を出す。
「でもダメだよー、若女将さんのいい人横取りしちゃ」
陽菜が茶化すようにそう言う。
「そんなんじゃないって」
由紀は、事の顛末を二人に聞かせる。流石に、陽菜と美果も心配した表情になる。
「ゆきりんに乱暴しようとするなんて、あのエロ眼鏡野郎、許せない」
陽菜の目に怒りの炎が灯る。
29:2012/03/17(土) 06:52:41.98 ID:H57TwNF00
「第二幕 ― 真夜中の殺人事件」 につづく

また後ほど
30名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 07:15:40.83 ID:6f/b0SR4O
保守
31名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 08:08:05.96 ID:IxULELYU0
エロ眼鏡野郎 ぶっとばしてやる
32名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 10:16:50.47 ID:XnVoX7MU0
いま始まって30分くらいてとこかな
33名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 10:48:33.08 ID:YabII1hSO
ここか
34名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 11:39:36.99 ID:9zPpuaEM0
稲生沢川ってワードを散りばめるあたり筆者は下田界隈出身なのかな?
35名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 11:44:11.99 ID:NE5Xh1Ks0
面白そう
出来れば1レス内にも改行あると読みやすくてありがたいんだが
36名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 12:30:05.24 ID:YAS26nPV0
m9(`●ω●´)<最後まで書け。でなきゃお前は終わりだ。
37名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 14:52:44.52 ID:YabII1hSO
>>29
楽しみにしてる
38名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 15:38:38.31 ID:1sRyWkqK0
期待してるぞ
39名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 15:41:00.34 ID:OgoUi1Rj0
キャッツアイ的な事かと思いきや
40名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 16:17:10.84 ID:3X8kc2sp0
ふむ、つづけたまえ
41名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 18:26:43.92 ID:Bdt+v5Fo0
>>39
そっちも同じ登場人物と設定でいけるね
42名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 19:19:56.99 ID:DN9wYjSU0
やっと追い付いた
元ネタわかんないけど普通に面白い読み物支援
43名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 19:52:23.45 ID:YabII1hSO
また夜にくるまで待機
44名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 20:42:00.19 ID:xIqFTFv0O
面白いわ。一気に読んでしまった
つまらん作品ならスルーしたんだが、いい文章だからこそ敢えて言わせてほしい
ししおどしの漢字は本来の「鹿威し」を使ってほしかった
45名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 21:09:51.68 ID:YabII1hSO
このスレではゆきりん強いな
46名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 22:18:45.30 ID:L33ONy1C0
いいぞー
47名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 22:30:24.65 ID:MwOR66JZ0
m9(`●ω●´)<おい、いい加減続きをうpしろ。警告はした。
48名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 22:42:43.52 ID:q+DTASjj0
m9(`●ω●´)<必ずお前らを塀の中へブチ込んでやる!
49名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 22:48:43.19 ID:YabII1hSO
バーン・ノーティス
50名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 22:54:26.29 ID:FWzu12px0
泣く子も黙るホレイショ様や!
51名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/17(土) 23:48:30.94 ID:3X8kc2sp0
つづきは深夜か
キャッツにはふさわしいなw
52名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 00:32:51.25 ID:c8ayzsFH0
m9(`●ω●´)<このエロ眼鏡野郎!今度ゆきりんに近づいたら容赦しない。
53にじどら:2012/03/18(日) 00:57:22.28 ID:zDxyKFPX0
第二幕 ― 真夜中の殺人事件

翌日の観光に備えて早く寝るつもりだったのに、由紀が襲われたことの衝撃のせいか、三人とも十一時を過ぎても寝付けずにいた。
「なんだか眠れないね・・・・・・」
陽菜が呟いたその時、外で何かがぶつかるような音がした。
続いて、車が急ブレーキをかける音が響く。
それに続いて、微かながら男の叫び声が聞こえた。
「今の聞いた?」
陽菜が問いかけると、由紀と美果が頷く。
三人は、布団を抜け出ると、浴衣姿のまま玄関へと向かう。
しかし、時間が遅いためか、正面玄関の扉が施錠されており開かない。
「お姉ちゃん、こっち」
美果が避難用の出入り口を指差す。
他の客室は、既に寝静まっているか、深夜の宴会に興じているかの何れかで、陽菜達三人のほかに外の異変に気づいた者はいないようだった。
石畳の前庭に出たときには、既に、ブレーキの音がしてから五分以上経過していた。
54名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:00:18.54 ID:z4WvgaNS0
きてああああ
55名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:10:15.82 ID:c8ayzsFH0
m9(`●ω●´)<これは俺の出番だな。
56にじどら:2012/03/18(日) 01:12:58.81 ID:zDxyKFPX0
一番最初に門を飛び出たのは由紀だった。
しかし、旅館の正面を走る道路には、何の異変も見受けられない。
(あそこの路地だ!)
由紀は直感を頼りにT字路まで走り、塀の角から暗い道を覗き込む。
手前から奥にかけての一方通行で、車の幅よりはやや広いくらいの小道だ。
暗闇の中、由紀の視界の端にちらりと、一人の男が車の運転席に乗り込むのが見えた。
男の手には、刃物と、何か封筒のような物が握り締められていた。
そして、助手席にも別の男が乗っているような気がした。
由紀は、殆ど本能的に、壁の裏に身を隠す。男達は、まったく由紀に気が付いていないようだった。
狭い道にも関わらず、車は、猛スピードで走り去って行った。
白のペイント、伊豆ナンバーのセダンだ。
路上には、別の男が全身血まみれで倒れていた。井原道雄だ。
「井原さん」
由紀が駆け寄る。遅れて、陽菜と美果も現れる。
「救急車を!」
由紀が叫ぶと、美果が急いで旅館へと引き返す。
「井原さん、しっかりしてください」
由紀が悲痛な声で呼びかける。道雄は、腹の辺りを刺されており、大量に血を流していた。
陽菜は、道雄が何か言葉を発しようとしているのに気づいて、耳を近づけた。
しかし、言葉は聞き取れない。
道雄は、今度は自分の血を指につけ、アスファルトをなぞる。
そして、バツ印のようなものを書いたところで、ぱたりと動かなくなった。
「井原さん」
陽菜と由紀が、声を合わせて叫ぶ。
そこへ、救急車を呼んだ美果が戻って来る。傍らには若女将の島田晴香も一緒だ。
「道雄さん」
若女将が道雄に駆け寄る。顔をくしゃくしゃにして泣いている。
「どうして、どうして」
余りにも悲しい光景だった。
57名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:16:09.01 ID:c8ayzsFH0
(`●ω●´)<犯人は俺が暴いてやる。
58にじどら:2012/03/18(日) 01:19:54.65 ID:zDxyKFPX0
救急車はすぐに到着したが、その時には井原道雄は心停止状態で、病院に搬送されると同時に、正式に死亡が確認された。
静岡県警の下田警察署に殺人事件の捜査本部が設置されたのは、日付が変わって、土曜日なった頃である。
事件の目撃者として、陽菜、由紀、美果の三姉妹、それに若女将の島田晴香が、警察署で事情を聞かれた。
四人の中で、事件をもっともハッキリと見ていたのは、由紀だった。
特に車のナンバーの情報は、捜査の進展にとって非常に重要だった。
由紀から主に事情を聞いたのは、北原里英という若い女性刑事だ。
年齢の若さにも関わらず、周囲から警部と呼ばれている。
真面目ではあるが、どことなく思い込みの激しそうな印象を受ける。
警察官としては、少し危険なタイプだ。

由紀達が下田署に連れて来られてから一時間余りが経とうという頃になって、北原が上機嫌な様子で由紀に話しかけた。
「いやぁ、貴女のご協力もあって、事件は割合早く解決しそうですよ」
そう言いながら、北原は紙コップの茶を由紀に差し出す。
そして、胸元から一枚の写真を取り出す。
「この男、見覚え有るでしょ」
由紀は思わず息を呑んだ。そこに写っていたのは、酔った勢いで由紀に乱暴しようとした、例の眼鏡の男である。
「はい、同じ旅館に宿泊していた男性だと思います」
由紀が答えると、北原は自分自身に納得したように頷き、さらに質問を続けた。
「中村修一郎、五十四歳、東都銀行の静岡支部長。
あなたが、車に乗るのを目撃したと言ったのは、この男のことじゃありませんか」
北原警部はまるで決めてかかったように言う。
「いいえ、はっきりとは見ていないので・・・・・・」
しかし、刃物を手にし、運転席に乗り込んだ男の背格好は、なんとなく中村とは違うように思えた。
59名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:21:43.95 ID:i7zhsrcYO
きてたあああああ
60名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:23:25.27 ID:ayLx6q4s0
m9(`●ω●´)<この事件。俺に任せろ。

イエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!!!!!!!!!
61名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:31:06.05 ID:gANmI13t0
泣く子も黙るホレイショ様や!
62にじどら:2012/03/18(日) 01:35:35.58 ID:zDxyKFPX0
北原は眉間に皺を寄せる。
「貴女が目撃した車のナンバーと特徴。それがこの男の車と一致したんですよ。
それに旅館の他の宿泊客が、中村と井原が言い争っているのを目撃している。
さらに言えば、最後に井原が、自分の血で残したダイイング・メッセージ。
あれは、バツ印じゃなくてカタカナのナですよ。ナカムラのナ」
北原は畳み掛けるような調子で言う。
「あの、先ほどもお話ししたと思うんですが、何となく車に乗り込んだのは二人いるように思うんです」
由紀が自信なさ気に言うのが気に食わなかったのか、北原が反論する。
「しかしそれだって、はっきりと見た訳じゃないんでしょ?
事実、お姉さんと妹さんは、見ていないと言っている」
北原が強い調子で言うので、由紀はそれ以上何も言えなくなってしまった。
「まぁ、犯行の動機は今ひとつはっきりしませんけれど、言い争いになったってことは、何かしら、その原因があるんでしょう」
北原が、部屋の中を歩きながらそう言った。
由紀が黙っていると、北原は満足したのか、さらに演説を続ける。
「そうそう、遺体には致命傷になった腹部の刺し傷のほかに、手で首を絞めようとしたような痕もありました。
あなたのおっしゃったことと併せて考えると、中村はまず井原を車ではねた後、倒れている井原の首を絞めた。
最初から殺意があったかどうかは謎ですが、思いのほか抵抗されて、念のために隠し持っていた刃物で、井原を刺したんでしょう」
63にじどら:2012/03/18(日) 01:45:16.53 ID:zDxyKFPX0
北原警部の話を聞きながらも、由紀は懸命に事件のことを思い出そうと努めていた。
まず、由紀が庭園で中村に襲われた時だ。
井原道雄は、中村の背広から何かをスリ盗ったのでは無かったか。
きっと普通の人ならば気が付かなかっただろうが、自分自身もスリである由紀の目には、確かに封筒のような物が見えたのだ。あれは一体何だったのか。
そして、道雄が殺された時も、由紀は封筒のような物を目にしている。
この二つは同じ物ではないか。
(もしかしたら、道雄がスリ盗ったあの封筒を、誰かが奪い返そうとしたのではないか)
常識的に考えれば、それは中村本人だろう。
そうすると、井原道雄を刺し殺したのが中村であるという北原の推理が正しいことになる。
だが由紀には、運転席に乗り込んだ男の背格好は、中村とは違うように見えた。
あるいは、助手席に乗った方の男が中村だったのかもしれない。
そうだとすれば、運転席の男は誰なのか。
色々な思考が由紀の頭を駆け巡ったが、一向に結論には達しなかった。
「中村にはもう逮捕状が出ています。
車の検問も実施していますから、そう遠くには逃げられません。
犯人逮捕までは、時間の問題ですよ」
北原里英警部が自信満々に言った。
64にじどら:2012/03/18(日) 01:55:49.02 ID:zDxyKFPX0
せっかく姉妹水入らずの温泉旅行の筈が、とんだ事件に巻き込まれてしまった。
しかも、目撃者のひとりがタレントの花ふぶき陽菜だと聞きつけた、どこかの雑誌記者が、下田署に押しかけて来たようだった。
下田署からは、目撃者に関することは何もコメントできないと返答しているようだ。
陽菜は、深夜ではあるが、マネージャーに電話をかけ対応を協議している。
結局、三姉妹と島田晴香の四人は、二時間以上を警察署で過ごした。
陽菜のことがあるので、四人はメディアの目を避けるように裏口から二台の覆面パトカーに分乗し、刑事たちに旅館『しまだ』まで送り届けて貰う。
由紀が事件を目撃したT字路の脇に、車が差し掛かる。
事件のあった細い道では、検証作業も大方終わり、残った警官達も撤収の準備をしている所だった。
何人かの野次馬と報道陣が、周辺をうろうろしている。

三人が旅館の部屋に戻ると、浴衣やシーツなどが、すべて新しいものに取り替えられていた。
興奮してとても寝付けないと思っていたが、三人とも、布団に入るとすぐに睡魔に襲われた。
65名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 01:58:55.37 ID:MUQkjaJ30
m9(`●ω●´)<おいまだ寝るんじゃない!!!!!!!!!!続くぞ。
66にじどら:2012/03/18(日) 02:00:25.92 ID:zDxyKFPX0
陽菜、由紀、美果の三人が目覚めたのは、午前十時を過ぎた頃だった。
朝食の時間はとっくに過ぎていたが、若女将の島田晴香が、気を利かせて朝食の膳を部屋まで運んできてくれた。
「昨晩は、とんでもないことになりまして・・・・・・」
事件直後は最も取り乱していた晴香だったが、今は気丈に振舞っている。
「若女将さん」
由紀が聞きにくそうに問いかける。
「亡くなった井原道雄さんというのは、一体どういう方なんです?」
晴香は何も答えずに俯いてしまった。
「実は昨晩、私が中村修一郎に襲われそうになった所を、井原さんに助けていただいたんです。
だから、井原さんは私にとっても恩人なんです」
暫く沈黙が流れた後、晴香がやっと顔を上げる。
「昨日も申し上げた通りです。井原さんは、私の高校時代の同級生です。それ以上のことは何も存じません」
島田晴香は何かを隠している― 由紀はそう確信した。
気まずい空気を感じつつも、陽菜が別の質問をする。
「被疑者の中村修一郎って人、この旅館にとっては重要なお客さんだったんでしょう?
大女将とふたりで丁寧に対応なさってたから」
晴香はゆっくりと頷いた。
「この旅館には、地元の伊東銀行さんが三分の二、東都銀行さんが残りの三分の一融資してくださっています。
中村さんはその東都銀行の静岡支部長さんでしたから。
私も、この旅館の経理を預かっておりますので、中村さんには大変お世話になりました」
67名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 02:05:39.87 ID:MUQkjaJ30
m9(`●ω●´)<なるほど。続けろ。
68にじどら:2012/03/18(日) 02:16:11.72 ID:zDxyKFPX0
伊豆半島の海岸線は、砂浜と岩礁が交互に入れ替わるようになっている。
伊豆急下田駅から少し南へ行ったところに多々戸浜という砂浜があるが、この砂浜にも岩礁が隣接している。
この岩礁で中村修一郎の死体が発見されたのは、土曜日の午前十一時過ぎだった。
現場は丁度、崖の真下に位置している。
まず、パトロール中の警察官が、付近のスーパーに乗り捨てられている中村のセダンを発見した。
それから、下田署員総出で周辺の捜索をするうちに、岩場に頭を打ち付けて死んでいる中村修一郎を発見したのだ。
周囲に遺書等は無かったが、捜査本部の見解は、検問等で逃げられないと悟った中村が、追い詰められて崖から飛び降り、自殺したというものだった。
車のシート等に多数の血痕が見つかったが、これは井原道雄のDNAと完全に一致した。
井原を刺した際、犯人― 捜査本部は、中村と断定している― は相当の返り血を浴びた筈である。
犯人はその返り血が衣服に付着したまま運転席に座ったため、シートにも血が付着したと考えられた。
また、周辺の捜索で、井原道雄の殺害に使われたと思われる包丁も発見された。
これに付着した血液のDNAも井原道雄のものと一致し、柄の部分からは中村の指紋が検出された。
井原道雄が殺害された事件は、被疑者死亡という形で幕切れようとしていた。
69名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 02:20:11.81 ID:MUQkjaJ30
m9(`●ω●´)<いや真犯人は別にいる。
70:2012/03/18(日) 02:22:46.34 ID:zDxyKFPX0
「第三幕 ― 若女将の苦悩」 につづく

念のため保険かけときますが、
あくまで二時間ドラマ風の妄想なので、ちゃんとした謎解きとかミステリとか
そんな高尚なものはありません
なんとなーく話が進みますので、ゆるーい感じでお読みいただけると幸甚です

では、また後ほど
71名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 02:33:11.27 ID:i7zhsrcYO
>>70

今から続きを読んでみる
72名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 03:24:28.33 ID:MKOS1VYp0
期待あげ
73名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 06:35:46.76 ID:xMC7WA0P0
エロ眼鏡野郎が うーん
74名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 08:44:31.38 ID:i7zhsrcYO
続きに期待
75名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 08:50:22.07 ID:YTJta61I0
小嶋はそんなに美人じゃない
柏木小森はブス
小森は性格もブス
76名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 09:01:29.75 ID:9A6dqIbi0
m9(`●ω●´)<あんまり俺を待たせるんじゃないぞ。分かったか?
77名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 11:21:37.95 ID:Shl05KRr0
>>76
泣く子も黙るホレイショ様や!
78名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 11:33:50.67 ID:7xemKJSp0
>>75
うっせバカ
79名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 11:38:31.11 ID:ZzeKE95s0
xx見て嫌いになったよあのフグ
しっかりしたモラルある人なら絶対いい気はしない
ムスっとしてるし、ポケットに手突っ込んでるし、だれてるし
宮崎嫌いだったけど子供とかに愛嬌振り撒いてるし、ふざけたりできるしまだマシ
80名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 11:54:29.56 ID:ePfB2VYt0
m9(`●ω●´)<おい黙れ!ここでメンの悪口は絶対に許さない。
81名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 12:10:21.01 ID:7xemKJSp0
>>80
カッコいい
82名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 13:17:43.35 ID:nEYZV+/I0
顔パンパン小森
83名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 14:10:31.89 ID:ePfB2VYt0
m9(`●ω●´)<おい、早く続きを書かないと荒れるぞ。
84名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 14:13:21.94 ID:i7zhsrcYO
いつものゴミがここにも来てるのかw
85名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 18:30:10.48 ID:i7zhsrcYO
保守
86名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 18:46:13.29 ID:IRPCKhLhO
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
あーつくなーれ あーつくなーれ!
あーつくなーれ あーつくなーれ!
87名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 19:15:01.72 ID:BW5DAWnuO
つうか柏木って美人ちゃうし
88名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 19:18:01.10 ID:IRPCKhLhO
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
あーつくなーれ あーつくなーれ!
あーつくなーれ あーつくなーれ!
89名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 20:24:39.25 ID:TpAJ/WVO0
すいませんぷうき~♪
90名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 20:54:01.74 ID:Z5cDmfer0
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
おりゃ おりゃ おりゃ おりゃ
あーつくなーれ あーつくなーれ!
あーつくなーれ あーつくなーれ!
91名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 21:02:34.58 ID:i7zhsrcYO
かなり温まった
92にじどら:2012/03/18(日) 23:04:32.18 ID:zDxyKFPX0
第三幕 ― 若女将の苦悩

土曜日の午後、陽菜、由紀、美果の三姉妹は、下田発十五時○一分発、上りの踊り子一一六号で東京へと戻ることにした。
三人ともすっかり疲れきっていたが、車内でも事件のことは頭を離れなかった。
中村修一郎の死体が発見されたことと、捜査本部が井原殺害について被疑者死亡で捜査を終結させようとしていることは、テレビのニュースで見た。
「あの北原里英って茶羽織が中心になって捜査しているみたいだけど、何だか危なっかしいんだよなぁ」<茶羽織=刑事>
由紀がしみじみと言うと、美果がそれに呼応する。
「あの茶羽織、陽菜お姉ちゃんとそんなに年も変わらなさそうに見えるのに、警部なんだね」
「警察組織は、職種とかで出世のスピードに大分差が出るらしいからね」
そう合いの手を入れたのは陽菜だ。
「ということは、あっという間に堀田のおっちゃんなんかより偉くなっちゃうのかもね」
美果が不満そうに言う。
「なんでも、もともとは警察庁で関係法令の整備をするのが本職のようだから、現場の経験はあんまり無いみたいね」
由紀は、北原本人から聞いたことを思い返しながら、そう言った。
「しかし、本部長とかベテランとかも沢山いるだろうに、そんな若手の言動に左右されるなんて、静岡県警も情けないねー」
そう陽菜が嘆く。
「しかし、あの茶羽織の推理も一応筋が通っているからね」
由紀はそう言ってから窓の外を眺める。来るときにはあんなに興奮した太平洋の波が、今はもの悲しげに見える。
93にじどら:2012/03/18(日) 23:14:28.98 ID:zDxyKFPX0
暫く沈黙が続いた後、由紀が口を開いた。
「私やっぱり、白いセダンを運転していたのは中村じゃないと思うな」
陽菜と美果がまっすぐ由紀の方を見つめる。由紀は、「推測だけれど」と前置きしてから、話を続ける。
「中村と井原道雄さんが争ったとき、中村の眼鏡がどこかへ飛んだの。
中村の視力がいくつか知らないけど、あの暗がりの中、再び庭園に戻って眼鏡を見つけられたとは考え難いな。
予備の眼鏡があったのなら別だけど、裸眼で車の運転ができたのかな」
陽菜はなるほどと言うように頷いた。
「もしゆきりんの言う通り、車を運転していたのが中村以外の誰かだとして、一体どんな点が疑問になってくるだろう」
陽菜の言葉を受けて、疑問点を整理しようということになった。
美果が鞄から手帳を取り出す。ピンク色の表紙の女の子らしい手帳だ。

 (1) 白のセダンを運転していたのは誰か
 (2) 助手席に誰かが乗っていたか(乗っていたのは中村か)
 (3) 井原道雄を殺害したのは、運転者か同乗者か
 (4) 殺害の動機は何か
 (5) 井原が中村からスリ盗った封筒のようなものは何か
 (6) 犯人が井原を殺害した際に手にしていたものは何か(5と同一か)
 (7) 中村は何のために旅館『しまだ』に宿泊したのか
 (8) 中村の死は本当に自殺か
 (9) 井原の正体は何か
 (10) 若女将、島田晴香は何を隠しているのか
 (11) 井原が血で書いたバツ印は何を示すのか

ざっと、これだけの項目が挙がった。
94名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:18:57.96 ID:1Z8mksov0
きてあーー
95名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/18(日) 23:35:01.12 ID:i7zhsrcYO
きたか!
96にじどら:2012/03/18(日) 23:35:25.33 ID:zDxyKFPX0
このうち2については、運転者が中村でないとすれば、助手席に乗っていたのが中村だと考えるのが妥当だ。
このセダンは中村の所有物なのだ。
3については、運転席に乗り込んだ方の男が刃物を手にしていたのを、由紀が目撃している。
6について、確証は無いが、犯人が手にしていた封筒のようなものと、井原が中村からスリ盗ったものが同一であると考えるのは、自然な推理だ。
そうなると、井原が中村からスリ取った「何か」を、犯人は奪い返そうとした― そのことが4の殺害動機の、少なくとも一部を形成しそうだった。
8については何とも言えないが、もし中村と一緒にセダンに乗っていた男がいるならば、この男が中村を殺したと考えても不思議ではない。
9についてだが、井原は少なくとも、三姉妹と同様にスリの技術を身につけていた。
その他については、確からしいことは何も言えなかった。

「捜査本部が、中村犯人説に行き着く中で、一番見落としている情報って何だろう」
と、陽菜が言う。
三人は暫く手帳に書かれた文字を見つめる。口を開いたのは由紀だった。
「旅館『しまだ』・・・・・・」
そうポツリと呟いた由紀の方を、陽菜と美果が見る。
「捜査本部は、旅館『しまだ』を完全に思考の対象から外している」
由紀はそう言いながら、陽菜と美果を交互に見比べる。
捜査本部が旅館『しまだ』に興味を抱かないのも、無理はない話だった。
きっと晴香は、捜査本部でも、道雄が高校の同級生に過ぎないと話したのだろう。
そうだとすれば、今度の事件と旅館『しまだ』の接点など殆どない。
しかし、島田晴香と井原道雄が深く繋がっているのだとすれば、旅館『しまだ』に一気に推理の焦点が合う。
97名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 00:07:11.60 ID:SyIYidxnO
ふむ。いいぞ
98名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 00:17:17.04 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<こういう時は科学を使え。科学は嘘をつかない。
99にじどら:2012/03/19(月) 00:24:04.30 ID:Qev3ZIPn0
美果が、手帳の次のページを開き、中央に「しまだ」と書く。
そのすぐ下に小さく「島田晴香」、そして「しまだ」を取り囲むように、「井原道雄」、「中村修一郎」、「セダンの運転手」と書き加える。
その図に由紀が指を這わせる。
「島田晴香と井原道雄の関係は、高校の同級生プラスアルファってところね。
あの親密な様子からすると、二人が相思相愛の関係だったってことも考えられる」
由紀の次に陽菜も口を開く。
「そして、中村修一郎の東都銀行にとって、旅館『しまだ』は融資先だった。
資金を絶たれたら、旅館は成り立たない。
『しまだ』の生殺与奪は中村が握っていたと言っても過言ではない」
『しまだ』を中心に据えることで、今度は『しまだ』と東都銀行の関係が問題になってきた。
「何れにしても、東都銀行静岡支部のこと、もう少し調べてみたい」
由紀がそう言ったころ、列車は大船まで進んでいた。
今ごろ、井原道雄の通夜が営まれている筈だった。
「しかし、どうする? 銀行にとって、融資に関する情報なんて、機密情報もいいところ。
警察ならまだしも、私達に調べられるかな」
陽菜が諦め半分に言う。
「まさか東都銀行の建物に忍び込んで、情報を盗んで来るって訳にも行かないもんね。そんなのは私達の専門外だし」
そう言って由紀も困った顔をした。

<花ふぶき家、家訓その四:白波やスリと泥棒違うなり>
100名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 00:31:00.99 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<法を守らないやつを俺は絶対許さない!
101にじどら:2012/03/19(月) 00:41:19.26 ID:Qev3ZIPn0
帰宅した姉妹三人を、意外な人物が待っていた。
「おっちゃん・・・・・・」
玄関の前で新聞を読んでいるのは、警視庁捜査一課の堀田刑事に他ならなかった。
よれよれのコートにハンチング・ベレーという出で立ちは相変わらずだ。
「知り合いの雑誌記者から、陽菜ちゃんが事件に巻き込まれたって聞いてね。
幸い記事にはなっていないけど。この辺りにも変な記者が何人か居たから、蹴散らしておいたよ」
立ち話という訳にも行かないので、三人は堀田を家の中に招じ入れる。
テーブルに陽菜、由紀、そして堀田が腰を下ろし、美果は茶の用意をしている。
「美果ちゃん、旅の疲れもあるだろうから、そんな気を遣わなくていいよ」
堀田が上半身を捻って、美果に声をかける。
「いいの、おっちゃん。私達もお茶飲みたかったところだから」
と、陽菜が言った。
堀田が陽菜達のほうに向き直る。
「お前達のことだから、今度の事件にも首を突っ込みたくなってるんじゃないかと思うんだがね、悪いことは言わない、今度ばかりはやめておきなさい」
そう言ってから堀田は、美果が淹れた茶を受け取る。「ありがとう」と片手で宙を切り、拝むような仕草をする。
「おっちゃん、そんな忠告をしに来たの?」
陽菜はそう言ってから、由紀と顔を見合わせる。
「被疑者になっている中村修一郎って男だがね・・・・・・」
堀田はそう言いながら茶を啜る。
「俺のヤマの中で、捜査線上に挙がっているんだ」
全員分の茶を淹れ終って、美果もテーブルに就く。
「おっちゃんのヤマって、例の吉祥寺のママ殺し?」
陽菜が身を乗り出して尋ねる。
102にじどら:2012/03/19(月) 00:54:24.11 ID:Qev3ZIPn0
堀田はゆっくりと話し始める。
「殺された篠原秋絵っていうママは、大正ファイナンスという会社から金を借りていたらしい。
『らしい』というのは、聞き込みの情報以外に裏付けるものが何も無いからだ。
なぜ会社の帳簿にすら、金のやり取りの記載が無いのか?
それはこの貸付けが違法な金利のもとで行われている、所謂ヤミ金に属するもので、金の流れを表から隠す必要があったからだ。
恐らく社長が隠し口座をどこかに作り、金はそこで管理していたのだろう。
合法な消費者ローン事業については、電子的なデータ管理を行う一方、違法な貸付けについては、おそらく最もアナログな方法、借用証のみで管理していた可能性がある」
陽菜は、話の流れが見えないというように首を傾げた。
由紀は、黙って聞きながらも、目で先を促す。
美果は、聞いているのかいないのか、ずっと指先を眺めている。
「いいか、話はここからだ。このヤミ金事業は、社長の岸という男だけの秘密の事業だった。
社長の岸がひとりで金の貸付けから回収まで行っているのだとすれば、岸がそうした顧客と物理的に接触しない筈がない。
ところが、事件後ふた月もの間、岸や会社の幹部をマークしていたのだが、その形跡はまったくない」
黙って聞いていた由紀が、ここで口を開く。
「考えられる可能性は二つ。大正ファイナンスがヤミ金に手を染めていたという仮定自体が間違っているか、もうひとつは会社の外部に岸のエージェントが居るか」
堀田は、その通りだという風に頷く。
「そこで俺は、その可能性を徹底的に調べたんだ。
岸と関係が有る人物の集合と、殺害されたママと関係がある人物の集合―
この二つに重なり合う部分が無いかを調べた。
要するに、岸とママの両方と関係がある人物ってことだ」
堀田の言い方から、彼が岸の関係者のリストと、ママの関係者のリストをそれぞれ用意し、もう一方との関係がないか、虱潰しに調べたであろうことが連想された。
103名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 00:54:51.66 ID:SyIYidxnO
ここでの小森はたくまし
104名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:02:55.24 ID:U45MALgn0
小説としては地下板史上最高のクオリティだ
しかし、主人公が小嶋柏木小森である必然性が感じられない
105にじどら:2012/03/19(月) 01:03:43.78 ID:Qev3ZIPn0
「そして、おっちゃんが見つけたその人物こそが、東都銀行の中村修一郎だったってことか」
陽菜の呟きに対して、堀田が深く頷く。
「まさにその通り。まず中村は、東都銀行の本店に勤務していた時代、ヤクザや暴力団の対策なんかを行っていた。
その時代に、元々ヤクザだった岸との接触がある。
中村という男は、同期の中でも出世頭で、一時は法人営業部長にまでなった。
しかし、セクハラで問題を起こし、その後は小口融資の担当部長になっている」
堀田の話を聞きながら、由紀は自分を襲おうとした中村のイヤらしい顔を思い出していた― 虫唾が走る顔だ。
由紀の表情から読み取れる中村に対するあからさまな嫌悪に共感しつつ、陽菜は別の観点から考えを述べる。
「でも、今までエリート街道を歩んできた銀行員が出世レースから転落したら、その後は何を張り合いに生きるんだろう」
堀田は深く頷き、茶を口に含む。空になった湯のみに、美果が茶を継ぎ足す。
「次に、中村と篠原秋絵ってママの関係だが・・・・・・」
陽菜と由紀は、堀田を食い入るように見つめる。
「篠原秋絵の経営していたスナックに融資していたのは、長らく東都銀行だった。
そしてその東都銀行の小口融資担当部長に、中村修一郎が就く。
この途端だよ、東都銀行のスナックへの融資がストップしたのは」
段々と話の全体像が見えてきた。
「ここから先は、まったくの俺の推理だ」
こう前置きをして、堀田は話を進める。
「大正ファイナンス社長の岸がヤミ金を始めるに当たって、まずはおそらく、大正ファイナンスの消費者ローンを利用した顧客の中から、これだと思う顧客に営業をかけて、金を貸し付けていたのだろう。
合法な消費者ローン事業で集めた膨大な顧客情報を利用しない手はないからね。
だが、それでは限界がある。岸は、もっと確実に、しかも切実に金を欲しがる顧客を得たいと考えた。
そこで、すっかり出世競争からは落ちぶれた東都銀行の中村に目をつけた」
106にじどら:2012/03/19(月) 01:09:42.63 ID:Qev3ZIPn0
ここで由紀が合いの手を入れる。
「出世の道も閉ざされ、自暴自棄になっていた中村は、岸の誘いに乗った。
尤もらしい理由をつけてスナックへの融資を打ち切ったあと、ママに大正ファイナンスから高利で金を借りさせた。
さらに岸のエージェントの役まで担ったってわけか」
そこまで言って由紀は気が付いた― 堀田の推理の確からしさを高める方法がひとつあることに。
「おっちゃん、中村が東都銀行静岡支部長になったのはいつ? その前後で旅館『しまだ』に対する融資姿勢は変わったの?」
由紀は興奮の余り、テーブルに両手をついて立ち上がっていた。
堀田は、落ち着くようにと両手で宥める様なジェスチャーをしながら、こう言った。
「中村が静岡支部長になったのは半年前だ。融資の状況については、今、静岡県警に頼んで調べて貰っている。だからお前達は何も心配するな。
とにかく、岸って男は元は札付きのヤクザなんだ。危険だから、後は警察に任せて欲しい」
由紀の脳裏に、北原里英警部の自信満々な顔が浮かび、どことなく不安な気持ちになった。
107名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:13:30.84 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<俺の出番はまだか?
108にじどら:2012/03/19(月) 01:16:18.13 ID:Qev3ZIPn0
堀田が帰ったあと、姉妹三人は、真剣な表情でテーブルを囲んでいた。
三人とも、余所行きの衣装を脱ぎ捨てて、ジャージにTシャツという格好だ。
長い髪はポニーテールにまとめている。
「おっちゃん、はっきり言わなかったけれど、きっと中村は岸に殺されたと思っているな」
そう言ったのは陽菜だった。確かに中村は、岸にとって欠かせない共犯者ではあったけれど、あまりにも多くの秘密を共有している。
吉祥寺ママ殺しの捜査が、中村に及ぼうとしているこのタイミングで、口を封じたいと考えてもおかしくはない。
三人は、テーブルの上に美果の手帳を広げ、電車の中で整理した疑問点をもう一度検討してみる。
 
 (1) 白のセダンを運転していたのは誰か
 (2) 助手席に誰かが乗っていたか(乗っていたのは中村か)
 (3) 井原道雄を殺害したのは、運転者か同乗者か
 (4) 殺害の動機は何か
 (5) 井原が中村からスリ盗った封筒のようなものは何か
 (6) 犯人が井原を殺害した際に手にしていたものは何か(5と同一か)
 (7) 中村は何のために旅館『しまだ』に宿泊したのか
 (8) 中村の死は本当に自殺か
 (9) 井原の正体は何か
 (10) 若女将、島田晴香は何を隠しているのか
 (11) 井原が血で書いたバツ印は何を示すのか
109名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:24:18.32 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<何かあれば俺に聞け。
110にじどら:2012/03/19(月) 01:31:31.35 ID:Qev3ZIPn0
「もしおっちゃんの推理が正しいなら、8番の中村の死は、岸の手による殺害。
だとすると、ゆきりんが目撃した、1番の車の運転者も岸ってことになるね。
そうすると3番、井原道雄を殺したのも岸ってことになりそうだけど、まだイマイチ動機が見えてこないな」
陽菜がそう言ったのに対し、由紀が頷く。由紀が口を開く。
「若女将の島田晴香さんは、旅館『しまだ』で経理を担当してたんだよね。
とすると、10番の若女将の隠し事の一つは、東都銀行から旅館『しまだ』への融資の状況。
東都銀行が突然『しまだ』への融資を打ち切ったとすれば、『しまだ』は資金の三分の一を失うことになる。
財務内容に疑問を持たれても困るため、メインバンクの伊東銀行にも相談できない。
困った若女将が、悪魔の誘惑に負けて、大正ファイナンスから高利で借りたとすれば・・・・・・」
由紀がそう言ったところで、突然思いついたように美果が口を開く。
「あっ、ダイイング・メッセージ・・・・・・」
陽菜と由紀は、キョトンとして美果を見つめる。
「道雄さんが死ぬ間際に、自分の血で書いたバツ印。
あれ、ナカムラのナじゃなくて、大正ファイナンスの大の字を書きたかったんじゃないの?」
美果が言い終わると、陽菜と由紀は大きく口を開けた。
「そっかァ、その可能性もあるね」
由紀が目を丸くしながら言う。それに陽菜も同調する。
「道雄さんは、私達に事件の背景を知らせようとしたのか。
だとすれば、ますます岸犯人説が濃くなるねー」
しかし、すべては推理に過ぎないのだ。
由紀はそっと目を閉じた。そして、心の中でこう考えた。
(おっちゃんの地道な捜査のおかげで、点と線は結ばれて来たけど、岸って男を逮捕出来るような証拠は何も無いな。
井原道雄さんの殺害については未だに全体が見えて来ないし)
由紀の思考の中にふと、中村の手から自分を救ってくれた、道雄の笑顔が浮かんだ。
「お姉ちゃんは、明日から仕事だよね。私は、もう一度晴香さんに合って、事件のことを聞いてくる」
「私も行く」
美果も、いつになく真面目な顔つきで、由紀に従った。
111名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:34:11.99 ID:SyIYidxnO
今日の分は終わったと思ったらまたきてたー
112にじどら:2012/03/19(月) 01:37:06.90 ID:Qev3ZIPn0
翌日曜日、関東地方は、朝から生憎の雨となった。
井原道雄の告別式で手を合わせようということになり、由紀と美果は早起きをして、朝一番の下り踊り子一○一号に乗った。
東京発が七時三十分、伊豆急下田着が十時十五分の列車だ。十一時からの告別式には十分に間に合う。
洋装の喪服に身を包んだふたりは、雨の打ち付ける太平洋を悲しい気持ちで眺めた。
(一昨日から、三度目の太平洋か・・・・・・)
由紀は、そう思いながら、視線を車窓から膝の上の手帳に移した。美果のピンク色の手帳だ。
昨日の上り踊り子号で整理した、今回の事件に関する疑問点が列挙されている。
「私、どうして中村が一昨日金曜日の晩、『しまだ』に宿泊しに来たかを考えてたの」
由紀はそう言いながら、美果の方に視線を上げる。美果は、黙ったまま、姉の次の言葉を待っている。
「もし、『しまだ』が大正ファイナンスから金を借りていて、岸がそのエージェントとして動いていたのだと仮定すれば、考えられる理由はこれしかないと思う」
そう言いながら、由紀は、もう一度視線を雨に時化る海に投げかける。
「今日は晴香さんに、直接それを確かめる」
由紀は、決意を込めてそう言った。

告別式の参列者はそれほど多くなかった。
島田晴香は、和装の喪服を着て、友人席の後方で静かに経を聞いていた。
しかし、出棺の際には、こみ上げるものを堪え切れなかったのか、顔を両手で覆いながら嗚咽した。
その姿を見た由紀と美果の目にも、うっすらと涙が浮かぶ。
113名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:44:23.76 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<にじどらさん。あなたは鉄道ヲタですか?
114にじどら:2012/03/19(月) 01:47:10.62 ID:Qev3ZIPn0
参列者の殆どが去ったあとの、告別式会場の廊下で、島田晴香、由紀、美果の三人が向き合って立っている。
晴香の顔には、まだ泣き腫らした跡がはっきりと残っていた。
「何でしょう、お話って・・・・・・」
晴香は、元気の無い、どこか迷惑そうな表情で由紀達を見る。
「一昨日の晩、中村は何の目的で、旅館『しまだ』に宿泊したんですか」
由紀の目がまっすぐに晴香を見つめる。
「さあ、お客様の目的までは、私には・・・・・・」
晴香が首を捻る。
「あの日、あなたは中村に、借りていたお金の利息を支払う予定だったんじゃありませんか」
由紀の問いかけに、晴香の顔が強張る。
「何のことでしょう。東都銀行さんへの利息の支払いは、小切手でちゃんと月々・・・・・・」
晴香の言葉を由紀が遮る。
「晴香さん、今静岡県警が、東都銀行から『しまだ』への融資の状況を調べています。もう嘘はやめましょうよ」
晴香は黙り込んだ。表情から動揺を隠せない。由紀が話を続ける。
「東都銀行からの融資は、中村修一郎が静岡支部長になった半年前以降のどこかのタイミングで、打ち切られていますね」
晴香は観念したように、小さく首を縦に振った。由紀は哀れみの目で晴香を見つめる。
「融資打ち切りの話が中村からされたとき、あなたは理由がまったく分からず、パニックになった筈。
ただ経理一切を任されているということから、酷く責任を感じ、中村の誘導に乗って大正ファイナンスからの金に手を出してしまった」
由紀がそこまで言うと、やっと晴香が口を開いた。
「誰にも言えなかったんです。メインバンクの伊東銀行に知られたら、そちらの融資すらどうなるか分からない。
それに、心臓の弱い母に知られることも恐れました・・・・・・」
115名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:48:35.62 ID:SyIYidxnO
結構本格派だよな
116名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 01:49:19.89 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<寝ているやつは起きろ!まだ終わってないぞ。
117にじどら:2012/03/19(月) 01:55:11.69 ID:Qev3ZIPn0
「でも、恋焦がれていた井原道雄さんにだけは本当のことを話した」
と、今度は美果が言った。さらに、由紀が話を続ける。
「晴香さん、道雄さんとあなたは愛し合っていましたね。でも、彼の本職はスリ。
あなたのお母さん、大女将はそのことに薄々勘付いていた。
だから、ふたりの結婚には反対していたのでしょう」
晴香が観念したように話し始める。
「はじめは、ちゃんと融資してくれる金融機関が現れるまでのつなぎ。
そういうつもりで大正ファイナンスからお金を借りました」
晴香は顔を上げて、じっと由紀の方を見つめる。窓の外は、まだ雨が降り続いている。
「小切手や銀行振込みは、足が付く。大正ファイナンスとのやり取りはすべて現金と借用証の交換でした。
万が一の時に、裁判等で借用証を使えるように、その借用証の上では、貸し主は社長の岸本人ということになっていました。
大正ファイナンスの融資でありながら、会社の帳簿に記載が無いということになれば、彼らとしては問題ですからね」
晴香はゆっくりと窓の方へ歩いて行く。そして、窓ガラスに右手を当て、降りしきる雨を見つめる。
118にじどら:2012/03/19(月) 02:04:13.12 ID:Qev3ZIPn0
「大正ファイナンスからの融資は、借用証の形式上は、期間が三ヶ月、満期に一括返済というものでした。
でも実態は三ヶ月に一度、利息を現金で中村に支払い、その度に借用証も更新することになっていました。
新しい借用証に私が署名、捺印し、古い借用証はその場で処分してしまいます」
そう言ってまた、晴香は由紀達のほうに向き直った。喪服が、表情の憂いを一層引き立たせている。
「でも、年率で三十パーセントを越える金利は、とても払い続けられるものではありませんでした。
私は、道雄さんに相談を持ちかけたんです」
晴香は、そこまで言ってから俯いて黙り込んだ。雨だけが、悲しい音色を奏でている。
沈黙を破って由紀が口を開く。
「あの夜、一昨日の晩に起こったことを、正直に話していただけませんか」
晴香はじっと目を閉じた。由紀と、美果は黙って次の言葉を待っている。
「あの日、大女将の目を盗んで、夜の九時半に私が中村の部屋へ現金を持っていく約束になっていました。
けれども、その前に道雄さんが、酔った中村から借用証をスリ盗ったんです」
そう言った晴香の言葉を受けて、由紀が念を押す。
「やはり、あの日道雄さんがスリ取ったのは、借金の借用証だったんですね」
晴香は頷いてから続ける。
「私は怖かった。でも、あの人は『大丈夫だから』って・・・・・・」
そう言ってから、晴香はその場に泣き崩れた。
119:2012/03/19(月) 02:08:27.98 ID:Qev3ZIPn0
「第四幕 ― 特急踊り子号、血染めの借用証を狙え!」 につづく

皆さん、
いつも感想くださったり、保守していただいたり、ありがとうございます

鉄ヲタではありませんが、たぶん電車好きなんでしょうね
120名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 02:19:40.79 ID:cg/re3bk0
(`●ω●´) <良スレを保守する。それが俺の仕事だ。明日も期待してるからな。
121名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 04:51:32.47 ID:yrpvhHcc0
岸のヤロー
122名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 06:34:34.95 ID:yrpvhHcc0
>>104
>>14を読め
123名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 08:43:53.39 ID:cg/re3bk0
m9(`●ω●´)<岸を塀の中へブチ込んでやる。
124名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 11:03:22.29 ID:jBv3GnJ+0
ほしゆ
125名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 11:06:11.29 ID:jBv3GnJ+0
なんか独特の雰囲気というか
今まで地下で書かれた推理ものと比べるとちょっと異色やね
126名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 11:10:04.23 ID:U071tjX30
>>119
っていうより
二時間サスペンスドラマが大好きなんでそ?
127名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 14:20:01.72 ID:yrpvhHcc0
もう後半に入るとこか
128名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 14:44:34.95 ID:SyIYidxnO
原稿用紙100枚とか言ってたからまだ前半じゃないのか?
129名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 17:30:44.53 ID:SyIYidxnO
また夜に期待
130名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 19:36:25.05 ID:yrpvhHcc0
本当の犯人は…
131名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 21:31:14.34 ID:SyIYidxnO
岸悪すぎ
132にじどら:2012/03/19(月) 22:55:51.63 ID:Qev3ZIPn0
第四幕 ― 特急踊り子号、血染めの借用証を狙え!

午後になり、雨足はさらに強まった。
告別式会場の廊下に、なおも島田晴香の泣く声が響いている。
由紀も、晴香に同情して、目に涙を浮かべた。しかし、あくまで冷静な声で話を続ける。
「『しまだ』が金を借りていることを証明できるものは、その借用証以外に無い。
借用証が無いことに気づいた中村は、必死にどこで失くしたかを考えた筈。
そして、道雄さんに取られたことに気が付いた。
中村は何とか借用証を取り返そうと、焦って道雄さんに詰め寄ったのでしょう。
宿泊客が、言い争うふたりを目撃している。
道雄さんとしても、後のことを考えると、借用証を破棄して借金をチャラにしようとまではしなかった。
けれど、何とか東都銀行からの融資を再開させるか、せめて利息の条件を見直させようとした」
晴香はハンカチを目に当てているが、次から次へと溢れ出てくる涙を、拭いきることはできない。
由紀は推理を続ける。
「中村の年齢は五十四。三十手前の道雄さんには腕力でも敵わない。
自分ひとりで借用証を取り返せないと悟った中村は、慌てて岸に電話をした。
そして、岸を含めて借金の条件について話し合いたいという名目で、道雄さんを旅館の脇の道に呼び出した」
由紀の胸にも、熱いものがこみ上げてきた。由紀は一度息を吸って、気分を鎮める。
「中村と一緒にいる道雄さんを、岸の運転する白いセダンがはねた。
けれども狭い道では、車が出せるスピードにも限界がある。
うまく受身を取った道雄さんに致命傷を与えるには至らなかった。
岸は倒れている道雄さんの首を絞め、なんとか借用証を奪おうとした。
しかし、道雄さんの抵抗は思いのほか激しかった。
岸は仕方なく、持っていた刃物で道雄さんの腹を刺した。そして、漸く借用証を奪い返した」
133にじどら:2012/03/19(月) 22:59:56.09 ID:Qev3ZIPn0
由紀の脳裏に、一昨日の夜に見た光景が蘇る。
「道雄さんを刺したあと、岸と中村は急いで車に乗り込んだ。
丁度そこへ私達姉妹三人が現れたけど、彼らは気が付かなかった。
中村としては、道雄さんを殺すつもりは無かったのかもしれない。でも岸は、道雄さんを刺し殺してしまった。
中村は焦った筈。直前に道雄さんと言い争っているところを見られているし、車には大量の血痕が付いてしまった。
もうお終いだと思い、自首しようとでも言い出したのかもしれない。
岸としては、そんな中村は危険な存在でしかなかった。その上ヘマをして借用証を取られている。
この男に道雄さんを殺害した罪を被せて、この世から消してしまおう。きっと岸はそう考えた。
推理に過ぎないけれど、こう考えるとすべて辻褄が合うんです」
由紀が言い終わるのを待っていたかのように、晴香が力なく立ち上がった。
「でも警察には言えません。もし、大正ファイナンスからの借金の話を警察にしたら、岸って男から何をされるか分からない」
晴香の言葉に頷きつつ、由紀はさらに続ける。
「それにもし、あなたが大正ファイナンスと旅館『しまだ』の関係を証言したとしても、それだけでは岸が道雄さんを殺したという証拠にはならない。
目撃者の私も犯人の顔をハッキリと見ていない以上、証拠となるものはひとつだけ。それは、あの借用証です」
由紀の言葉に、晴香と美果がハッと息を呑む。由紀は、話を続ける。
「私、記憶をよく思い返してみたんです。そして気が付いたんです。
犯人が手にしていた封筒のようなもの、あれには僅かながら返り血が付いていました。
道雄さんの血と、岸の指紋がハッキリと残っている借用証。
しかも借用証の上での貸主は岸になっている。
これとあなたの証言を合わせれば、立派な証拠になります」
晴香が、じっと由紀を見つめ返す。
134にじどら:2012/03/19(月) 23:05:08.80 ID:Qev3ZIPn0
「岸は、血の付いた借用証をいつまでも手元に置いておきたくはない筈です。
それに、あなたから金曜の晩に受け取る筈だった利息も、受け取っていない。
岸としては、早く契約を更新して、あなたに新しい借用証に署名させたい。
エージェントの中村を失った以上、きっと岸本人が、近いうちに接触してくるはずです」
由紀は、そう言ってから、続けて晴香に尋ねる。
「晴香さん、利息の受け渡しと借用証の更新は、いつも旅館『しまだ』で行われていたのですか」
晴香は頷く。
「中村は、いつも一番良い部屋に宿泊して、温泉を楽しんでいました」
「きっと、岸も同じようにすると思います。
東京の大正ファイナンスは、いつ警察が目を光らせているか分かりません。
あなたが訪ねて行くところを見つかったら、関係について言い訳ができない。
旅館『しまだ』ならば、万が一警察に見られても、ただの宿泊客だと言い逃れできる」
由紀はそう言いながら、晴香の背中に手を添える。
「岸から連絡があったら、私達に知らせてください。
証拠の借用証を必ず手に入れて、道雄さんの無念を晴らしてみせます」
由紀の言葉に、晴香は静かに頷いた。
135にじどら:2012/03/19(月) 23:12:18.01 ID:Qev3ZIPn0
東京に帰った由紀に、島田晴香から電話があったのは、その週の水曜日のことだった。
「岸から連絡がありました。利息は、今回は約束の半分で良いから用意しろとのことです。
次の土曜日、踊り子一○五号で伊豆急下田まで来るとのことで、私が車を運転して迎えに行きます。
私からは、新しい借用証には署名するから、古い方はいつも通り目の前で処分して欲しいと伝えました」
島田からの電話を切ると、由紀は、陽菜と美果に言った。
「これで岸が、借用証を持って伊豆に出かけることがハッキリした。
岸の自宅から東京駅までは、きっと車で移動する筈。伊豆急下田から先も、晴香さんの車に乗り込む。
借用証をスリ盗るなら、駅か踊り子号の車内だと思う。私達も土曜日、踊り子一○五号に乗り込もう」
「幸い私も、その日は夜のレコーディングまで仕事が無いし」
と陽菜が言う。
美果が、大正ファイナンスのウェブサイトからカラー印刷した、岸郁夫の写真をテーブルに載せる。
「なんだか、如何にも元ヤクザって感じのオジサン」
美果の言葉に陽菜も頷く。
「派手なスーツ着て、任侠物の映画に出てそうな顔つきだね」
136名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 23:17:52.51 ID:HzbmWn9y0
m9(`●ω●´)<岸!どこにいる?出てこい!八つ裂きにしてやる。
137にじどら:2012/03/19(月) 23:19:18.06 ID:Qev3ZIPn0
そして土曜日の朝、早起きをした陽菜達三姉妹は、揃って仏壇に手を合わせた。
(お父さん、どうか天から私達を助けてください)
三人は、心をひとつにして、物言わぬ父親の位牌に語りかけた。陽菜の胸には、誕生日に父親から貰ったペンダントが光る。

午前七時半、陽菜は自分が運転する車を、岸郁夫の自宅が見える位置に停めた。
目黒区の閑静な住宅街である。助手席には由紀、後部座席には美果が乗っている。
岸が動き出したのは八時十五分である。自宅に横付けされた黒塗りの高級車に、岸が乗り込む。
その車が走り出したのを確認してから、陽菜もゆっくりとアクセルを踏む。
岸の車は、東京駅の八重洲口近くのある、小さなビルの脇に停車された。
岸は車から降りると、そのビルの中へと入っていった。
陽菜は車の中で待機、由紀と美果が様子を見に行く。
入り口からそっと中を覗くと、岸がエレベーターに吸い込まれていくのが見える。
表示を確かめると、岸の乗ったエレベーターは三階まで上がった様だ。
エレベーターの脇の表札に、『貸しロッカー』と出ている。
ふたりは、エレベーター脇の階段を三階まで駆け上がり、そっと柱の陰に隠れる。
フロアには大小様々なロッカーが並んでおり、空間が、そのロッカー自体によって区切られている。
その中の一区画に岸の姿を見つけ、由紀と美果はそっと近づいていく。
岸はロッカーを開けると、中から封筒のような物を取り出し、左胸のポケットに入れた。
(なるほど。借用証を自宅や会社に置いておくのも危険だから、こんな所に隠しておいたのか・・・・・・)
由紀は納得して、心の中でポンと手を叩いた。
岸はロッカーに施錠し、三階で待機していたエレベーターに乗り込む。
そして足早に車に戻り、そのまま八重洲口へ向かう。陽菜達三人もすぐ後を追う。
138名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 23:21:25.05 ID:HzbmWn9y0
m9(`●ω●´)<無茶するな!あとは俺に任せろ。
139名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 23:23:14.02 ID:SyIYidxnO
岸を許さん
140にじどら:2012/03/19(月) 23:24:34.95 ID:Qev3ZIPn0
陽菜は、路上駐車も仕方が無いと思っていたが、まだ踊り子号の発車まで幾らか時間がある。
八重洲口で由紀と美果を下ろした後、東海道線のホームで落ち合う約束をして、陽菜は車を近くの駐車場に停めに行った。
由紀と美果は、岸を尾行しつつ、借用証をスリ盗るチャンスを窺う。
しかし、岸はなかなか隙を見せない。そのまま東海道線のホームへと上がって行く。
すぐにその後を追おうとした由紀の腕の袖口を、美果が強く引く。
美果が目配せする方を見て、由紀は目を丸くする。
(おっちゃん!)
ふたりの視線の先の堀田は、やはり岸から隠れるようにしながらホームに上がる。
堀田も、どこからか岸を尾行していたのだ。
堀田も踊り子号に乗るのだとすれば、車内で借用証をスリ盗るのは確実に難しくなる。
141名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/19(月) 23:26:16.13 ID:HzbmWn9y0
m9(`●ω●´)<間違った選択をするんじゃない。でなきゃ君たちを救えなくなる。
142にじどら:2012/03/19(月) 23:29:44.14 ID:Qev3ZIPn0
踊り子一○五号は、発車時刻の九時少し前に入線した。
岸はグリーン席になっている五号車に乗り込んだ。堀田が乗ったのは、九号車の自由席だ。
ふたりの乗車を見届けた頃、陽菜がホームに姿を現した。
いつもの大きなサングラスで目元を隠している。
「おまたせー」
明るい陽菜の声に、由紀と美果が困った顔で振り返る。
「堀田のおっちゃんが乗ってる」
と、由紀が言う。
「えっ」
陽菜が驚きの声を上げる。
別々の車両に乗り込んだところを見ると、堀田の目的は、伊豆急下田到着後の岸の動向を追うことだ。
腰の重い静岡県警に任せず、自分で岸が旅館『しまだ』に向かうことを確かめようというのだ。
そうは言っても恐らく、列車の中で堀田は、岸の様子を何度か確かめに来るだろう。
きっと定期的にグリーン車のデッキに張り付き、中の様子を窺う筈だ。
岸の居る五号車を横切らないといけないため、一号車から四号車まで来る可能性は少ないが、これとて無いとは言い切れない。
もし、三姉妹が同じ列車に乗っていることが堀田に知られたら、とても借用証を奪う計画は実行できないだろう。
143にじどら:2012/03/19(月) 23:32:52.99 ID:Qev3ZIPn0
「どうしよう・・・・・・」
陽菜が焦りながら呟く。もう発車まで時間が無い。
「あれ見て」
そう言いながら、美果が列車の後方を指差す。
踊り子号には、伊豆急下田行きの十両の後方に、修善寺行きの五両が連結されている。
伊豆急下田行きと修善寺行きの双方の間は、車内では行き来ができない。
「そうね。とりあえずあちらに乗ろう」
由紀がそう言った途端、発車ベルが鳴り出した。
三人はギリギリのタイミングで、修善寺行きの十一号車に駆け込む。列車が動き出す。
とりあえず、修善寺行きの踊り子号に乗っている間は、堀田に見つかる心配はない。
しかし、ターゲットの岸は、連結の向こう側、伊豆急下田行きの踊り子号に乗っている。
どこかのタイミングで、移動しなければならない。
三人は、出発前に印刷してきた踊り子号の時刻表を眺める。
144にじどら:2012/03/19(月) 23:33:46.04 ID:Qev3ZIPn0
踊り子105号

東京   09 00発
品川   09 07
川崎   09 16
横浜   09 24
大船   09 37
小田原  10 02
湯河原  10 14
熱海   10 20着     ↓分割
      10 23発   10 25発
来宮   10 25      ||
網代   10 35      ||
伊東   10 45      ||
伊豆高原11 04      ||
伊豆熱川11 15      ||
伊豆稲取11 25      ||
河津   11 33      ||
伊豆急             ||
 下田  11 43着     ||
三島            10 40
三島田町         10 44
大場             10 48
伊豆長岡         10 56
大仁             11 03
修善寺           11 08
145にじどら:2012/03/19(月) 23:38:11.83 ID:Qev3ZIPn0
「大船と小田原の間が二十五分あるね。
大船で乗り移れば、チャンスは十分にあるけれど、その分おっちゃんに見つかる可能性も高くなる」
陽菜が、指で時刻表をなぞりながら言った。
列車は、再開発のビルが立ち並ぶ品川に近づく。
「湯河原から熱海までは六分間。ここならどうだろう」
そう言ったのは美果だ。由紀は首を横に振る。
「わずか六分間と言っても、走行中の列車は密室同然。
仮におっちゃんに見つからなかったとしても、私達は仕事した後、ずっと車内に留まらないと行けない。
万が一その間に岸に気づかれたら・・・・・・」
「じゃあどうするの。列車が分かれる熱海までには、向こうに行かないと」
陽菜が当然の疑問を口にする。
「狙い目はここ」
由紀は時刻表に指を落とす。
「熱海?」
そう言って美果が頭に疑問符を浮かべる。由紀が説明をする。
「熱海では、伊豆急下田行きと修善寺行きの連結切り離しが行われる。
だからここで三分間の停車時間がある」
「一か八か、やるしかないか」
陽菜がそう言ったことで、計画が決まった。
「いつも通り、私が真打ち、由紀が幕、美果が吸い取りね」
<真打ち=スリ盗る主役、幕=スリやすくする脇役、吸い取り=持って逃げる役>
陽菜の言葉に、由紀と美果が頷く。
146にじどら:2012/03/19(月) 23:43:50.77 ID:Qev3ZIPn0
踊り子一○五号は定刻どおりの十時二十分、熱海駅に到着した。
到着と同時に、三人は五号車へ走り、車内に乗り込む。
「太郎さんはあそこ」<太郎さん=被害者(スリの標的)>
由紀が指差すとおり、通路側の岸の席はすぐに分かった。幸い堀田の目は無い。
ここまでで、既に一分が経過していた。残りは二分。時間が無い。
由紀と陽菜が前後に並んで通路を歩いて行く。段々と岸に近づく。
そして、前を行く由紀が岸の前に達した。
「キャッ」
由紀は派手に転んで、岸の膝の上に倒れ込む。
「すいませーん」
由紀は立ち上がろうとしては、わざと何度もよろめく。
由紀が穿いた膝丈の黒いスカートは、太ももの半分辺りから下がレース状になっている。
由紀がふらついて揺れる度に、白い太ももがちらちらと見え隠れする。
「おい、大丈夫か」
岸が思わず手を貸して、一緒に立ち上がる。
丁度そのタイミングで、陽菜が岸の脇を通り抜ける。
すれ違うために体を捻ったように見せかけ、陽菜は岸の胸ポケットに手を伸ばした。扇返しの応用技だ。
<扇返し=すれ違う時、身体を回転させてスリ盗るハイテクニック>
陽菜がまさに岸の胸ポケットから借用証をスリ盗ろうというその時、デッキから中を覗く堀田と目が合った。
(おっちゃん・・・・・・でも、今やるしかない!)
陽菜は素早く封筒を抜き盗り、代わりにダミーとして用意した別の封筒を差し込む。
スリ盗った封筒は、通路の端、車両の入り口付近で控えている美果に投げる。
美果は封筒を受け取ると、すぐに車両の外に走り去った。
147にじどら:2012/03/19(月) 23:46:03.02 ID:Qev3ZIPn0
発車のベルが鳴っている。
「本当にすいませんでした」
由紀が謝る。
「いや、気にするな」
岸も思わずニヤケ顔になる。
陽菜と由紀は、堀田の居るのと逆方向のデッキに走り、列車を下りる。
それとほぼ同時に自動ドアが閉まった。
「おっちゃんに見られた・・・・・・」
陽菜が呟く。三人は青ざめて顔を見合わせた。だが、借用証は手に入れた。
そして、その借用証には、少量だが間違いなく血痕と思われる、褐色の染みがポツポツと付いていた。
148にじどら:2012/03/19(月) 23:49:27.15 ID:Qev3ZIPn0
下田署の捜査本部に、血の付いた借用証が到達したのは、その日の午後のことだ。
借用書はすぐに、県警科学捜査研究所によるDNAの照合に回された。
既に警視庁の堀田刑事から、岸が旅館『しまだ』へと向かったとの報告を受けていた捜査本部は、DNA照合の結果を待たず、逮捕状請求の手続きを行った。
北原里英警部らの手により、岸郁夫が逮捕されたのは、その日の午後四時頃のことである。

借用証に付着した染みは、やはり井原道雄の血液であった。
また、封筒、借用証の双方から岸の指紋が検出された。
動かぬ証拠を突きつけられた岸は、逮捕された当日のうちに、井原道雄、中村修一郎両名の殺害を認めた。
翌日には東京駅八重洲口近くのロッカーの捜索も行われ、何枚かの借用証が押収された。
北原らによる根気強い取調べにより、岸は、ヤミ金ビジネスに利用していた隠し口座の所在についても自白した。

スナック経営者の篠原秋絵の殺害に関しては、最後まで容疑を否認していた岸だが、ヤミ金ビジネスの全貌が明らかになるに連れ、言い逃れができなくなる。
篠原秋絵に対する借用証の発見や、秋絵が店を売却した翌日に、代金と同額が隠し口座に振り込まれていることなどを突きつけられ、岸は犯行を認めた。
秋絵を脅して、借金の返済をさせたものの、ヤミ金ビジネスのすべてを警察に話すと言われ、衝動的に首を絞めたのだという。

後日、大正ファイナンスに金融庁からの臨時の検査が入り、違法な貸付けや、報告書類への虚偽記載等を理由に業務停止命令が下った。
149にじどら:2012/03/19(月) 23:54:54.71 ID:Qev3ZIPn0
エピローグ ― 人を見たらスリと思え

事件解決から幾日かの時が流れた。
「陽菜さーん、聞いてください!」
テレビジャパンの宇野ディレクターが、嬉々として、廊下を陽菜の方に走ってくる。
陽菜が宇野の方を振り返る。
「ゴールデンタイムで『ノースリーブス』の新番組、始まりますよ。
僕が出したバラエティ番組の企画が通ったんです。
制作畑が長い先輩プロデューサーと組んで、僕がチーフディレクターをやります。
いろいろ挑戦していただくので、どうぞ宜しくお願いします」
宇野は興奮しているようで、顔を真っ赤にして、いつものように大量の汗をかいている。
きっと、企画が通ったことを、つい先ほど聞いたばかりなのだろう。
「わー、宜しくお願いします」
陽菜は笑顔で応じる。
鬱陶しい男ではあるが、わざわざいの一番に自分に報告に来てくれたのは、陽菜としても少し嬉しかった。
「今度、景気づけに飲みにいきましょう」
そう言いながら宇野は、そっと陽菜の肩に手を置く。
宇野は、似合っていないジャケットの胸元から、相変わらず長財布を覗かせている。
陽菜が手を伸ばせば、簡単にスリ盗れそうだ。
(まあ、今日は許してやっか・・・・・・)
陽菜は、ひとつ咳払いをすると、身をかわして宇野の手を振り落とす。
「そうですね、そのうちスタッフ皆で」
陽菜は笑顔でそう言って、廊下をスタスタと歩いて行く。
150にじどら:2012/03/19(月) 23:59:50.89 ID:Qev3ZIPn0
「おー、十二万円」
ある日の街角、スリ盗った財布を確認しながら、由紀が目を丸くする。
「これで、新しい服でも買っちゃおうかなァ」
美果が弾んだ声でそう言った。
しかし、陽菜が美果を抑えて提案する。
「いいや、これで今からまた下田の温泉に行くよー」
陽菜の言葉に、由紀と美果が顔を見合わせる。
「えー、今からって言った?」
そう言った由紀に対し、陽菜がニッコリと微笑みながら答える。
「だって、明日の午前中の仕事、キャンセルになっちゃったんだもん。
それに、色々大変な今こそ、旅館『しまだ』の売上げに貢献したいなー。
あんなに素敵なお宿だもん」
唐突な陽菜の提案に、由紀と美果は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔で応えた。

<花ふぶき家、家訓その五:スッた金綺麗に使え人の為>
151名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 00:01:45.71 ID:SyIYidxnO
たくさんきてた
152にじどら:2012/03/20(火) 00:03:35.75 ID:Qev3ZIPn0
久しぶりに旅館『しまだ』を訪れた三人を、若女将の島田晴香が笑顔で出迎える。
「あー、お久しぶりです。先ほどお電話でご予約いただいて」
「その後、いかがですか」
と、由紀が近況を尋ねる。晴香は笑顔を作って、三人に見せる。
「実は、東都銀行さんからの融資が再開されることになったんです。
中村の後任でいらっしゃった支部長さんが、こんな優良な貸出先を放っておくなんてできないって」
晴香の言葉を聞いて、三人の顔が綻ぶ。
「良かったー。実は少し心配していたんです」
陽菜が満面の笑みでそう言った。
「心配が解消されたところで、早速温泉、温泉!」
美果が待ちきれない様子で言う。旅館の玄関が、明るい笑い声で包まれた。

温泉で一服した後、蓮台寺の温泉街をブラブラと歩いていた三姉妹の目に、不審な男が飛び込んできた。
その男は年配の女性二人組の後ろにぴったりと付いて歩いている。
「あれ、きっと同業者ね」
陽菜がそう呟いた途端、男は懐からナイフを取り出し、片方の女性の鞄を切りつける。
陽菜達三人は、はっと息を呑む。男は、鞄の裂けた口から財布を盗み取る。
「あんな荒っぽい手口・・・・・・」
由紀が言葉を詰まらせる。
「しかもあんなお婆さんを」
陽菜も眉間に皺を寄せる。

<花ふぶき家、家訓その六:腕力や刃もの使うはスリの恥>
153にじどら:2012/03/20(火) 00:11:56.75 ID:zi8mjqFV0
「待てー」
突然どこかから声がして、ひとつの影が男に飛びかかる。
男は地面に倒され、影が馬乗りになる。
その影の正体は、下田警察署の北原里英警部だった。
「窃盗の現行犯で逮捕する」
北原がそう叫んで、男の両手に手錠をはめる。男は観念したように項垂れる。
そこへもうひとり、やはり刑事と思われる若い男が現れ、窃盗犯を車に押し込む。
陽菜達三人が、そちらの方へ歩いて行くと、北原はすぐに気が付いて笑顔を見せる。
「おー、お三方とも久しぶりですね」
北原が片手を上げて挨拶する。
「偶然見かけたものですから」
ペコリと頭を下げながら、由紀も挨拶する。
「いや、この辺りを別件で聞き込みしておったのですが、たまたまスリの現場を目撃しましてね。
しかし、現行犯逮捕ってのは初めての経験ですよ」
北原警部はそう言いながら、照れたように頭を掻いた。
「それより、井原道雄の事件、テレビでご存知かもしれませんが、無事解決しましたよ。
なんでも警視庁の堀田さんって方に随分ご協力いただいて・・・・・・あの方、皆さんもご存知なんでしょう。
いや、骨のある刑事って感じで、格好良いですねー」
里英が、珍しく女性らしい、憧れの眼差しをして言った。
里英から堀田の名前を聞いて、陽菜達三人は顔を見合わせる。
特急踊り子号で、岸から借用証をスリ盗る現場を目撃されたことを思い出したからだ。
そんな三人の心情は露と知らず、北原は続ける。
「まあ、東京に帰りましたら、堀田さんに宜しくお伝えください。じゃあ、私はこれで」
里英はそう言うと、車に乗り込んで去って行った。
154名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 00:17:35.01 ID:urw0F1cs0
m9(`●ω●´)<岸には問答無用で死刑判決が下るだろう。
155にじどら:2012/03/20(火) 00:26:04.22 ID:zi8mjqFV0
警視庁捜査一課の堀田は、いつもふらりと三姉妹を訪ねてくる。
その日は、たまたま三人の都合が良く、外で夕食をとった。
すっかり暗くなった道を家に帰って来ると、堀田が玄関の前に居た。
堀田は、門灯の光を利用して新聞を読んでいた。三人はビクリとして、顔を見合わせる。
「よう、お前さん達、元気か?」
陽菜達三姉妹に気づいた堀田は、新聞を折り畳み、よれよれのコートのポケットに捻じ込んだ。
刑事らしい大きな手を挙げて、ゆっくりと三姉妹の方へ歩み寄る。
「例の吉祥寺のママ殺しのヤマが解決したんでな、お前達にも報告しておこうと思って来た」
堀田は、三姉妹に笑顔を見せる。周囲の薄暗さの中、浅黒い顔の中央で覗く白い歯が目立つ。
しかし、それとは反対に陽菜達は、しおれた表情をしている。
「おっちゃん、私達おっちゃんに捕まえられるんなら本望だから」
陽菜は、悲しそうに下を向くと、そっと両手を堀田に突き出した。
手錠をかけてくれというポーズだ。由紀と美果も、それに続く。
156名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 00:35:42.81 ID:urw0F1cs0
m9(`●ω●´)<罪は償うべきだ。
157にじどら:2012/03/20(火) 00:43:32.26 ID:zi8mjqFV0
堀田は、そんな三人の姿を驚いたように見比べる。
そして、一瞬間を空けたあと、豪快に笑った。
「おいおい、何の真似だよこれは。いくら刑事だって、何もしていない一般人を逮捕できないよ」
「おっちゃん・・・・・・」
陽菜が、そう呟いて堀田の顔を見つめる。
三人の泣きそうな顔を見て、堀田は、また大きく笑った。
「そういえば下田の事件、誰かが下田署の捜査本部に送った血の付いた借用証が、岸逮捕の決め手になったそうだよ。
どこの誰だか知らないが、もし会ったら、うんと礼を言いたいところだな」
堀田は、そこまで言ってから、今度は急に険しい表情になる。
「そうそう。お前達は、死んだ親父さんみたいな仕事はするんじゃないぞ。
人様に顔向けできないような人生は歩んじゃいけない」
堀田は、それだけ言うと、「じゃあな」っと手を振って、歩いていってしまう。
「おっちゃん、たまには休んでね。体に気をつけて」
由紀が背中に声をかけたが、堀田は振り向きもせず、夜の闇に消えていった。

<花ふぶき家、家訓 番外:時には、茶羽織にも協力せよ。これ最高の秘術なり>

三人は、堀田の姿が見えなくなると、顔を見合わせて微笑んだ。堀田の優しさが胸に沁みた。



<教訓:人を見たらスリと思え>


〜皆様、懐中ものにはくれぐれも御用心を〜
158:2012/03/20(火) 00:55:30.63 ID:zi8mjqFV0
おしまい
(この妄想は、2012年3月現在の鉄道ダイヤに基づいています)


これで四百字詰めの原稿用紙にすると九十枚(三万六千字)強です。
ここまでお付き合い頂いた皆様、ありがとうございます。

二時間ドラマのゆるーい感じを表現しきれたかどうか分かりませんが、
少しでも皆様の暇つぶしに貢献できたとすれば、幸甚です。


引用作品等は、以下の3つです。

・ 花ふぶき三姉妹シリーズ(水川淳三、皆元洋之助ほか/朝日放送・東通企画/1988年−2000年)

・ L特急踊り子号殺人事件(西村京太郎/講談社/1984年)

・ もし世界が柏木小森小嶋の三人だったら(2chスレッド)
159:2012/03/20(火) 00:59:12.56 ID:zi8mjqFV0
あとは、KKKスレの読者に戻ります
160名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 01:15:47.59 ID:urw0F1cs0
m9(`●ω●´)<まとめんばーに載せる価値あり。絶対載せろ。
161名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 01:18:11.20 ID:urw0F1cs0
m9(`●ω●´)<にじどらよ。よくやった。君は素晴らしい作品を書いた。これは生涯の誇りにするといい。
162名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 01:28:00.11 ID:HIy/wbXT0
ホレイショ様のありがたいお言葉や!
163名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 01:28:12.36 ID:Eo4yIFmxO
にじどらさん、投稿お疲れ様です。全部読ませてもらいました。第二弾あれば、楽しみにしてます。
164名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 01:44:06.50 ID:O4L8BVmeO
>>158
お疲れ様
続き読んで寝ます
165名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 03:26:28.02 ID:BnkeDLEZ0
>>159
ありがとう面白かった!土曜ワイドなつかしい
166名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 03:35:18.55 ID:8iYi5xAC0
温泉、美人、列車、観光地、殺人事件・・・
二時間ドラマの世界観
167名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 08:05:09.72 ID:fhqMuOJB0
終わってしまった 面白い作品をありがとう
168名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 08:51:38.07 ID:O4L8BVmeO
原稿用紙100枚近くもあっと言う間だな
169名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 13:14:27.94 ID:TZGA1JMM0
お疲れさま
最高におもしろかったよ
170名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 16:50:53.57 ID:Y/gF25+tO
完成度高くて素晴らしい
またお願いします!
171名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 17:10:22.73 ID:JhSgSv6C0
まとめんばーに載せて
172名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 17:10:38.35 ID:O4L8BVmeO
これだけ書くには膨大な時間がかかるだろうな
173名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 19:13:37.49 ID:zlZH0OqB0
やっと追い付いた
と思ったら完結してたのか
お疲れさま
無駄がないテンポ良い話の進め方は惚れ惚れしました
また機会があったら作ってくださいね
174名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 21:55:54.27 ID:O4L8BVmeO
地下では珍しく良スレだった
175名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/20(火) 23:26:49.60 ID:O4L8BVmeO
あげ
176名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 01:34:19.61 ID:Tf6lX712O
まとめんばーになかなか載らないな
177名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 01:38:23.14 ID:1+gTsSQk0
ちょっとエロいシーンが多すぎてまとめサイト向きじゃないかも
178名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 03:01:32.19 ID:ksUCSAdm0
(´●ω●`)<これを載せないで何を載せるというのだ。
179名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 04:39:09.35 ID:me9fbFdg0
ぜひともまとめんばーには載せてほしい
180名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 08:18:37.01 ID:x9YKN1NE0
ゆきりん・・・
181名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 10:57:15.99 ID:ZjX0IomS0
あげ
182名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 14:47:41.26 ID:Tf6lX712O
ホレイショ様もご機嫌ななめ
183名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 16:32:44.69 ID:1+gTsSQk0
悪役商会の八名信夫が出てたんだな
184名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 19:55:23.26 ID:Tf6lX712O
続編期待
185名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/21(水) 23:44:01.03 ID:Tf6lX712O
揚げ
186名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 01:52:34.48 ID:aZyvYYnNO
良スレ
187名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 10:18:29.36 ID:aZyvYYnNO
あげ
188名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 10:55:52.21 ID:rwgU0whY0
この3人が仕立屋だって?イッパツで掴まると思うよ。
189名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 11:42:31.15 ID:kmQPKiMs0
速報 まとめサイト掲載

http://blog.livedoor.jp/ngzk46/archives/4439809.html
190名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 14:50:29.57 ID:aZyvYYnNO
>>189
やったじゃん!
191名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 16:38:49.80 ID:FbbueHbmO
>>189
完成度高かったからね
192名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 19:24:58.63 ID:aZyvYYnNO
後半はまだかいな
193名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 21:28:51.23 ID:q017f9JR0
とりあえず支援
194名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 23:19:00.00 ID:aZyvYYnNO
後方支援
195名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/22(木) 23:44:26.24 ID:A2FejS430
>>189
やっときたか
196名無しさん@お腹いっぱい。:2012/03/23(金) 01:55:37.80 ID:HDvBBk/iO
努力は必ず報われる
197名無しさん@お腹いっぱい。