【AKB】小説スレ【48】

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345松本氏 ◆Gl3jYdoy9.

ついさっき告白してきたはずの彼は、もう居ない。
麻衣には黙っててと言われたけど、これで正解だったんだと思う。
今更ながらに彼に興味を惹かれてしまったのは、彼の真剣な眼差しに吸い込まれたからだ。
遅すぎたときめきに、軽く後悔する。
ただ、彼の向かう場所がここではなかっただけのことだ。
彼もまた、今更ながら気付かされた想いに、後悔しているだろう。
だけど、二人の想いが重なった今、結ばれるのに時間は掛からないとはずだ。
私はただ、親友として麻衣を、いや、二人を笑顔で祝福してあげなければならない。
それが、親友としての私の役目だろうから。
「………ふぅ」
口を付けていないティーカップをテーブルに置いて、溜め息をついた。
カップの中に注がれたダージリンティーは、一度も飲まれることなく、時間とともに温度を下げ、今では冷たくなっている。
ティーカップの取っ手を人差し指で軽く弾いた。
キン、と言う音が小さく鳴り、中の液体が波打った。
「………はぁ」
優子はもう一度溜め息を付く。

優子の前のティーカップが片付けられたのは、それから数時間後のことだった。
346松本氏 ◆Gl3jYdoy9. :2008/07/17(木) 05:38:39

「いらっしゃいませ〜」
店内に響く元気な声に、今、入店してきた客は驚いた表情をした。
「ちょっとちょっと、声が大きすぎますって」
慌てたみなみが、苦笑いで注意する。
「あ、ごめんごめん」
照れ笑いをしながら、右手で頭を掻いた。
まったく。と言いたそうな顔で、みなみが軽く溜め息をついた。
「みなみちゃんも大変だね」
麻衣がパンの陳列をしながら笑った。
「あっ、まいまいさん、新しいパンは後ろから並べないと」
みなみがレジから飛び出して、パンの賞味期限を確認しながら並べ直し始めた。
麻衣は、あはははと笑って誤魔化した。


あの日、麻衣の涙が止むのを待ち、二人で家路に就いた。
何かを喋るわけでもなく、ただ、二人並んで歩いた。
麻衣の家の前まで送り届け、しばらく向かい合った後、「またね」とだけ言い、笑顔で見送ってくれた。
たったそれだけの出来事だったが、ようやく見せた麻衣の笑顔に、俺はホッと胸を撫で下ろした。


「あ、みなみちゃん、俺やるよ」
賞味期限の表示と格闘しているみなみから、パンを受け取り、陳列棚に一つ一つ置いて行く。
「あ、じゃあよろしくお願いします」
軽く頭を下げると、レジの奥へと小走りに向かった。
俺が賞味期限を確認し、それを順番通り麻衣が並べる。その工程を繰り返す。
「なあ、麻衣」
「え、なに?」
一生懸命にパンを並べる麻衣が、慌ててこちらを向く。
また一つパンを渡す。
サボってると思われないように、手はしっかり動かした。
麻衣は、二つ同時に出来ないらしく、こちらを見たり、パンを見たりと忙しい。

「好きだ。付き合おう」

突然の告白に、驚いた顔をした麻衣が、渡したパンを落とした。
それを拾い上げ、再び麻衣に渡す。
驚いた表情のまま、麻衣は固まっている。今度は落とさないように、しっかりとパンを持っている。

「もう一回、言って」

呆気にとられた顔のまま、麻衣は確認するように言った。

「麻衣のことが、好きだ」

今度は言葉を変えてから言った。
理解したのだろう。麻衣の頬に涙が伝った。
瞬間、顔をくしゃくしゃにして、声を殺して泣き出した。
麻衣の頭を、自身の胸に抱き寄せる。

みなみが戻ってきたら、どんな顔をするだろうか。
そんなことを考えながら、俺はずっと麻衣を抱き締めていた。
347松本氏 ◆Gl3jYdoy9. :2008/07/17(木) 06:20:30
空の向こう側、散り散りに並ぶ星達を、俺は麻衣と手を繋ぎながら見ていた。
下弦の月が地上にぼんやりと明かりを灯した。
「ねえ」
麻衣が小さな声で呟く。「ん?」
二人とも、首は上を見上げたまま。
「ほんとに、麻衣で良かったの?」
見上げていた顔を、横に向けた。
「ん…、まあ」
顔は星を眺めたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「ちょっとぉ、まあって何よ?」
麻衣が怒るふりをしながら、繋いだ手とは反対の手で太腿辺りを叩いた。
イシシ、と悪戯っぽく笑ってやる。
麻衣の叩く手が、さらに強くなった。
繋いだ手を軽く引っ張る。
「わあっ」
麻衣の身体がバランスを失い、こらへ急接近した。
麻衣の顔が15センチまで近付く。
瞳に映る星達が、キラキラと輝いているように見えた。
互いの顔が近付く。
5センチ程まで近付いたとき、自然と瞳を閉じていた。

触れる唇。

温かく、柔らかい感触に、酩酊した時のような感覚を思い起こした。

ゆっくりと唇を離す。
麻衣が目を軽く伏せて笑む。その表情はひどく大人びていた。

「…バカ」

麻衣の言ったその言葉は、本当にそう思ったわけではなく、気恥ずかしさを隠すために言った冗談だった。

「麻衣」

無防備な麻衣の両手を取る。
遠くで車の走る音が聞こえた。

「好きだよ」

今日、何度目だろうその言葉を、もう一度口にした。

麻衣の耳が朱色に染まる。

伏せていた目を上げ、照れ笑いをした。

「私も、好きだよ」





おわり。