先程吸ったタバコの残り香が鼻に付く。
一体、何が起こったのだろう。
この後麻衣が、タイミングを見計らって立ち去ってくれるはずだった。
なのに、先に立ち去ったのは大島は大島でも、優子の方だ。
唖然として、去り行く優子の姿を眺めていた。
麻衣はと言うと、そんな優子をどうにか引き止めようとしていた。
去り際に優子が軽く手を振り、麻衣に向かって口をパクパクと開いた。
二人取り残されたテーブルには、三人分のティーカップと灰皿。
灰皿の上には、先程吸ってすぐに消したタバコ。
「……ごめん、ね」
俯き加減に謝る麻衣に、俺は「もう、いいよ」としか言えなかった。
再び流れる沈黙が、居心地を悪くさせた。
傍から見れば、別れ話でもしているカップルにでも見えていたかもしれない。
タバコを一本取り出し火を点けた。
今度は噎せなかった。
大変なことになった。
彼に対する気持ちを優子に知られたのも、予定にないこの状況も。
最後に優子が、口の形だけで『ガンバレ』と言ったが、今はそれどころじゃない。
上目遣いで彼の様子を伺う。
彼がタバコを吸う時は、気持ちを落ち着かせようとしているときが殆どだ。
今は、どっちなんだろうか。もう一度、「ごめんね」と謝罪した。
「謝らなくていいよ。用事があるんなら仕方ないだろ?」
チャンスは今回だけって訳じゃないんだし。そう付け加えると、タバコの煙をフーッと噴き出した。
「また今度頼――」
彼が喋り終わるか終わらないかのとこで、麻衣の携帯が鳴った。
ディスプレイには“優子”の文字。
彼に断って、席を離れ携帯を耳に当てた。
「もしもし? もう、どういうつもり!」
開口一番、麻衣は勝手な行動を取る優子に対し、怒りにもとれる不満をぶつけた。
自分が優子と同じ事をしようとしていたことを、棚に上げて。
『どう? 上手く行ってる?』
電話の向こう側から、優子の楽しそうな声が聞こえる。
「何も用事ないなら、早く戻ってきてよ」
『えー、なんでよぉ?』
優子の当たり前な疑問に、何も答えられずにいると、通話口の向こうから、ふふっと笑い声が聞こえた。
『麻衣ちゃん、自信持って告白しなよ。今更二人きりが緊張するなんてことないでしょ?』
違う。そうじゃない。
彼は、麻衣のことじゃなくて、優子のことが好きなんだ。
そんなこと等言える訳もなく、返答に困っていると、誰かが肩を叩いた。
びっくりして振り返ると、彼が口元だけで笑みを作っていた。
「え、あ、ど、どうしたの?」
通話口を手で押さえ、慌てて姿勢を正した。
「ん、いや…俺、帰るわ」
「え?」
もう一度口元だけで笑うと、彼は扉に手を掛けて店内を後にした。
どこで、何を、間違ってしまったのか。
麻衣の思考は、停止した。
涙が頬を伝う。
通話口の向こうから、優子の「もしもーし」と言う声が、何度も聞こえた。