Boys Side 1
夏休みが終って一週間ほどたった昼休みのことだ。
給食を食べ終わってボーッとしてると、泉紅葉(いずみこうよう)、
またの名を鏡花泉水(きょうかせんすい)が教室に来た。
ドア近くの女子に物憂い表情で
「あゆみ、いるかな?」
と、渋く話しかけている。
いるもいないも、俺は廊下側からニ列目の一番前に座っている。
見ればすぐ分かるのに、それをわざわざ聞くところが普通じゃない。
あいつがすぐに呼ばない理由は分かっている。
教室の出入り口でそうやってると、教室中の女子があいつに気付いて、
「紅葉君よ」
「いつ見てもかっこいい!」
「やっぱり気品ね。育ちが違うって感じ」
なんて囁き合う。あいつはそれが聞きたいんだ。
セコイやりかただが、”見せ方”を知っているんだよな・・・と妙に感心してしまう。
さすがは舞踊家の卵というところか。紅葉の家は日本舞踊の鏡花流分家の家元で、
鏡花泉水というのは紅葉の名取り名だ。
「あゆみちゃん?いるわよ。あゆみちゃん、紅葉君が呼んでるよ」
女は声を張り上げた。俺は真っ赤になって立ち上がった。
「あゆみちゃんて呼ぶなって言ってるだろ。名字で呼べよ!」
同級生の男をちゃん付けで呼ぶ神経を疑うよ。
「千堂と呼べよ。何度も言ってるだろう」
「だって、あゆみちゃんが一番ぴったりだもん、いいじゃない。
三年間そう呼ばれてきたんだから、いい加減慣れなさいよ。
いまさら千堂なんて言われても、誰のことか分からないわよ。ね、紅葉君」
「ああ、そうだね」
紅葉がニヤけた顔で頷くのも憎らしく、腕を引っ張って廊下に出た。
「お前なあ、今度から呼ぶ時は名字で呼べよ。
親友のお前がそういう呼び方するから駄目なんだ」
「細かいことを気にするなよ」