亀井絵里。
夏美会館とハロープロレスが激闘を繰り広げる境内に姿を見せたのは、彼女であった。
「四人抜きだぁ?笑わせるなよクソガキ」
現れた娘がいかにも弱そうであった為、ソニンはなめてかかった。
彼女が石黒を倒し、あのジョンソン飯田までも追い込んだ娘と知らない。
ソニンはドンと亀井の肩を突き飛ばした。
異様な感触が掌に伝わる。
まるで骨がないかの様な柔軟さ。
クネクネッと亀井がソニンにまとわりつく。
その一瞬。
里田は目を見開く。
自分と30分も互角以上の闘いをし続けたソニンを、ほんの一瞬!
バキバキバキバキィィィィィ!!!!
全身の骨をこなごなに砕く音。
崩れ落ちるソニン。
ニィッと微笑む亀井。
「貴様!なにをした!」
「エヘヘェ、折っちゃいましたぁ♪」
「邪魔するな!二人は空手家として!レスラーとして!魂をかけて戦っているんだ!
お前も格闘家ならば、一対一の神聖な決闘を邪魔なんてできないはずだろ!!」
「ん〜?」
「やめろぉぉぉぉ!!!!」
新垣里沙は熱くなっていた。
ようやく出遭えた。心の奥底から燃え上がる闘いを共にできる相手。
こういう闘いをしたかったんだ。
なぁお前もそうだろう、紺野あさ美。
やってやろうぜトコトンまで。
「ギィヤァァァァァ!!!!!」
悲鳴?
横から悲鳴が聞こえてきた。誰の悲鳴だ?
ああ、そうだ。すぐ隣でソニンさんと夏美館の里田も戦っているんだった。
これほどの悲鳴が聞こえたってことは、そっちが終わったってことか。
どっちが勝ったんだろう?
気になるけれど余所見しているヒマは無い。
少しでも余所見したらすぐに紺野が殴りかかってくるからだ。
だけど私だってお前が余所見したらすぐに飛び掛るからな。
ん?
なんだあの手は?
おい紺野!お前の後ろに立っているそいつは誰だ!?
気がついてないのか!
待て!私のタックルに備えて身をかがめている場合じゃないぞ。
後ろのそいつがお前の首に手を回そうとしているぞ。
ソニンさんでもない。里田舞でもない。
じゃあ?じゃあさっきの悲鳴は一体誰の悲鳴だ?
(…二人とも倒れている!)
しまった!……余所見を!……紺野!
余所見した隙をついて私に飛び掛った紺野の、その隙をついて飛び掛る娘。
「紺野ぉぉぉぉぉ!!!!!」
私は叫んでいた。
たしかに私はたった今まで紺野と殴りあっていた。だが嫌いな訳じゃない。
むしろ好意すらもっている。
空手とプロレスの違いはあれど、共に格闘技に人生を賭けた仲間だ。
そりゃあ試合となれば挑発もするし、喧嘩腰の態度もとる。
だが嫌いじゃない。
中には根性のひねくれたクソ女もいるさ。
だが紺野は違う。根性ある奴だ。敵だけど今は尊敬すらしてるぜ。
そうだよ、私はプロレスも好きだが、格闘技自体が好きなんだ。
ガキの頃はレスラーのトレカ買ってたさ。今だってたまに欲しくなる。
何かに命賭けてる人ってのはやっぱりかっこいいよ。
私は、そうなりたかった。
そうなりたくてプロレスラーを目指したんだ。
だから許せないこともある。
一番許せないのは、互いが命賭けたタイマンを横からムチャクチャにする奴だ!
「エリも遊んじゃうよ?」
「うおわあああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!」
私は紺野に飛び掛ったそいつに飛び掛った。
許せない。
こういう奴だけは許せない!そう思ったんだ。
足を掴んで、投げ飛ばしてやろうと思った。
だが信じられないことが起きた。
奴の足を掴んだ瞬間、その足が物凄い動きで私の手に絡み付いてきたのだ。
太くて、強くて、早い!
何か別の生き物を相手にしている様だった。
そいつの上半身は確かに紺野の首を締め付けている所である。
奴は下半身の力だけで、プロレスラーの私の動きを封じてしまっているのである。
「冗談じゃねえ!」
吼えた。
この世界にそんなことができる奴がいてたまるか!
右手。左手。右足。左足。
鍛え上げた四本をフルに使って引き剥がそうとした。
だがまるでビクともしない。
奴の両足は完全に私の胴を挟み込んで動かなくなった。
なんなんだ!?
どういうことなんだこれは?
まさかソニンさんと里田もこいつ一人にやられちまったのか?
そして私と紺野も今こいつにやられようとしているのか?
その辺の素人4人じゃないぞ。
空手界とプロレス界でトップクラスに立つ4人だぞ。
認めていいはずがねえ!
これまで信じてきた人生の概念が崩されちまう。
最強なんだ。
プロレスこそ最強なんだ!そうだろう飯田社長!!
「まゆげビーム!!」
プロレスラー新垣里沙、最高のフィニッシュホールド。
私の栄光はこの技から始まった。
私と辻が組み、相手はソニンさんと松浦だった。
負けはしたけど、それ以上に大切なものを知った試合だった。
辻は辞めさせられて、松浦も去り、ソニンさんもこいつにやられた。
もう私だけなんだ。
飯田社長がプロレス最強を証明する助けができるのは私だけなんだ!!
すべてを込める。
新垣里沙のすべてを込めたまゆげビームだ。
クネン。
まゆげを形取ったチョップが簡単に弾き返される。
異常にクネクネした皮膚。
本当に…冗談はこれくらいにしてくれ。
こいつには何も効かないのか?
それじゃあ逃れる術がないじゃねえか。
こんな、こんな所でやられちまうのかよ。
「くそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!」
新垣里沙は悔しさに叫んだ。
(プロレスは…最強…)
そのとき、首を絞められていた紺野の右手がある形を造り上げていた。
「っ―――――――――!!!」
新垣は何が起きたのか判断に迷った。
前触れもなく、自分と紺野を締めていたそいつがバッと飛んで離れたのだ。
少し離れた場所で奴は右腕を抱えている。
よく見ると紺野の首を絞めていた上腕部が赤く腫れ上がっている。
「何をしたの?」「何をした!」
亀井と新垣は同時に紺野あさ美を見た。
ようやく首絞めから開放された紺野はまだ地面で呼吸を整えている。
「…ゲホッ、ゴホゴホ……本当は使いたくありませんでした」
紺野は拳を造ってみせた。
その拳から薄っすらと光の様なものが漏れている。
「初めて宿ったのは一ヶ月前…
でもあまりの破壊力が人の手に余ると思い封印するつもりでした」
静かに、だが確固たる意思を秘めて立ち上がる紺野あさ美。
「今のような不完全な体勢からでもこの威力。
まともに体勢で使えば本当に人を殺しかねません。この拳は…」
―――――――――――神の拳!!
「新垣さん。あなたの様に純粋な格闘家とは、純粋な私の力のみで闘いたかった」
「…紺野」
「だけどこの人には、そういう訳にはいかない様です」
紺野は亀井を見た。
亀井を赤く腫れ上がった腕を抱えながら、ニコォ〜と笑ってみせた。
「だから新垣さん。残念ですけど勝負はおあずけです。ここは引いてください」
「なんだよ。二人であのクソガキ倒して、それからまた続きをすればいいじゃねえか」
「それはできません。私は空手家です。一人相手に二人がかりなんてできない」
「クソ真面目」
「すいません」
「あ〜わかったよ。いなくなればいいんだろ!」
「…」
「だけど絶対負けんなよ!お前の勝利放送を聞いたらまたすぐ戻ってくるからな!」
「楽しみにしてます」
「プロレスと空手の決着も!ハロプロと夏美会館の決着も!私とお前の決着も!
まだ何一つ着いちゃあいないんだからな!」
そう言って、新垣は山の方へ走り出した。
亀井の目が光る。
「逃がすと思いますかぁ〜?」
「いいえ。あなたの遊びはここで終わりです」
その前に、紺野あさ美が立ち塞がった。
右腕が動かない。
このダメージから推測するに、半日は休めないと戻らないだろう。
(まぁいいや、エヘヘ、しばらく片腕でも)
しかし亀井絵里はあいかわらずニコニコと笑みを崩さない。
まるで「困る」「悩む」といった感情が存在していない様だ。
そして亀井は立ち塞がる紺野を見た。
「トロそうなのに意外と強いんですね〜」
挑発か?ただの本音か?
どちらにしろ紺野は亀井のこのセリフを冷静に受け流す。
こういうタイプはいちいち相手にしない方がよい。
「でも、エリなら片腕でも勝てそうだなぁ、うん」
そういって亀井は左手をスッと上げた。
紺野は、骨を砕かれ倒れている里田とソニンをチラリと見て、構えた。
「あんな酷い事をして笑っていられるなんて、あなたは悪魔ですか?」
「アクマじゃないよエリだよ♪エヘヘ」
「良かった。貴女の様な人になら、遠慮なく全力を叩きつけることができます」
紺野の拳の光がさらに力を増す。
その光の生み出す影が、亀井絵里の笑みに潜む邪悪さをほのかに照らしていた。
紺野あさ美vs亀井絵里
一方、神社の境内から抜け出した新垣里沙は、山中を全力疾走していた。
胸騒ぎがまだ収まらない。
あのエリと名乗る娘が出てきてからずっとだ。
かなり離れた所まで来てようやく新垣は足を止めて呼吸を整える。
(本当に、勝ってくれよ、紺野)
強気な振りをしてはいたが、本当はあのエリという娘から離れたくて仕方なかった。
今気付いたが、体が震えていた。
「なんだよ!これじゃ昔の臆病な自分と変わってねえじゃんか!」
独り言ちる。強くなったつもりだった。
もう昔の自分とは違うって。そう………
(……っ!!……後ろに…誰かいる!)
迂闊だった。全力疾走していて周囲に気を配っていなかった。
誰かが自分の背後をとっている事に今気付いた。
一気に血の気が引いた。
おそるおそる新垣は背後を振り返る。
「―――――――――――おっ!!!お前っ!!!!!!」
そういえば昔ひとりだけいた。
これほどに体が震えて…「怖い」と心から思った相手。悪魔の様な女。
「おひさしぶりですね、新垣先輩」
松浦亜弥が立っていた。
島の中央・つんく城。
ついに闇の戦士以外の娘がここに辿り着いた。
「いよっしゃー!それじゃ行こうかい!!」
その名は小川麻琴。
喧嘩柔道の使い手である彼女は、アニキ分の吉澤ひとみを救う為、参加したのだ。
つんくの側近アヤカを倒し、彼女から吉澤を植物状態に追い込んだ者の名を聞いた。
「違わないわ。吉澤ひとみを半殺しにしたのは石川梨華よ」
にわかに信じ難いその真相を確かめる為にも、ここを目指した。
「失礼しやーす!」
まったくためらいもせず城の扉を開く小川。
広々とした玄関ホール。
そこに待ち受けていたのは一人の美しい女性であった。
小川も知っている。まさに会って話を聞きたかったその人である。
「いきなり会えるとはツイてんなー」
「……」
「なぁ石川梨華さん」
闇の女王は眉一つ動かさず、歩み出す。
もう戻れない魔の道を。
第40話「魔の饗宴」終わり
次回予告
神の拳vsクネクネ悪魔!!
因縁の松浦と再会した新垣の行方は!?
そして吉澤の仇を前に、小川が吼える!!
ヒートアップする激戦の数々!!乞うご期待!!
To be continued