灼熱のアスガン

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51書いた人
…どうしても書いてみたいものが見つかったので、始めます。
やっぱりハァハァはできませんが。
52書いた人:04/11/03 09:00:15 ID:FUNYGQ8+

「以上! ハロプロワイドでしたッ!!」
「…バイバ〜イ」
「はい! カーーーット! チェック入りまーす!」

赤いランプが点いたカメラに向かって3秒くらい手をひらひらさせると、ADさんの威勢のいい声がスタジオに響く。
前髪を左手の二本の指で軽く梳いて、中澤さんが軽く吐息を漏らした。
まだオッケーが出ていないスタジオの空気に、けして相好を崩さない。
ファンデーションと香水が混じった、化粧品特有の甘い匂いが私の鼻腔をうつ。

このコーナーで中澤さんの隣に座るときに必ず嗅ぐ匂い。
今日もこの匂いだ。

…いや、正確には…6回目の今日もこの匂いだってことだ。
この匂いはけして嫌いじゃないのだけれど、無理矢理にでも私に現実を教えてくれる匂い。

「オッケーでーーーす!! お疲れさまでした!!」

モニターチェックをしていたADさんが大きく頭の上で輪を作ったと同時に、スタジオ内の緊張が解けた。
53書いた人:04/11/03 09:00:50 ID:FUNYGQ8+

「お疲れ〜、あんたも慣れてきたなぁ」

ずっと肩に入れていた力を少し緩めて、中澤さんが私に笑いかける。
斜め45度に首を傾けて、フリップで鼻から下を隠して私は照れ笑い。
ふふっと、中澤さんが笑って何かを言いかけたその時、キャルキャルとした声がスタジオに響く。

「紺野さぁ〜ん、中澤さぁ〜ん、お疲れさまでしたぁ〜」
「……まあ、あの子も慣れてきた…っていうか、変わらんなぁ」
「ですね」
「何がですかぁ?」

ほっそい目の中で黒目が揺れながら笑っているように見えた。
……今日も、今回も、亀子は笑っていた。
もう見慣れたこの景色…そう言うとちょっとニュアンスが違うかもしれないけど。
何回も見ている景色。
そして…私が抜け出したいと願っている景色。

また、ここに来てしまった。
54書いた人:04/11/03 09:02:14 ID:FUNYGQ8+

控え室に戻ろうとする私の肩に、グッと鷲づかみされる感覚が走る。
私は予定されているように振り向いて、背後でちょっと憂鬱気味な目をした中澤さんに首を傾げた。
洒落っ気と悪戯心と、ちょっとの期待感を込めて、中澤さんがブレスをするのとほぼ同時に、
私は言葉を紡ぐためのエネルギーを充填する。

どうか、どうか私たちがこのメビウスの環から、抜け出せますように。

「「紺野、最近石川の調子どんな感じや? あと1週間であの娘の引退コンサートでしょ?
昔みたいに変なネガティブにはならんとは思うけど、それでもやっぱり…心配だからさ。
私や明日香やあやっぺみたいに、自分の意思で出て行くわけじゃない……
圭坊だって、最後の一週間、酒ばっか飲んでたしなぁ……」」

中澤さんの眼が段々細く細くなって、そして訝しげに私を見つめる。
私は笑うでもなく、それでも冷たくするでもなく、努めて冷静に中澤さんを見返す。

「紺野…どうなってんの?」

眉間に皺を何本か刻んで、まるで汚物でも見るみたいに私を見下ろす。
私はただ、目を伏せてその視線に耐えるしかない。
そう…ただ願いながら、今分岐したこの未来の先に、
ダルセーニョが付いていないことを祈りながら。
55書いた人:04/11/03 09:03:13 ID:FUNYGQ8+

中澤さんの足音が遠ざかるのを耳で確認してから、顔を上げる。
ある程度の覚悟をしていたとしても、あの厳しい目付きには最後まで耐えられなかった。
しばらくは中澤さんから気持ち悪いとか思われるのかもしれない、それでも…しょうがない。
と、スタジオの出口で扉に背中を預けている矢口さんを視線が捉えた。

「紺野…」
「矢口さん」

矢口さんがスタジオに来るのは4回目の今日から、ずっと続いていたこと。
多分、次に出てくる言葉は、私の予想通りのもの。
矢口さんがその言葉を出しても、この環から逃れられないことはもう4回目で分かってる。それでも矢口さんはここに来た。

私には彼女を責める資格は無い。
いまここに来ても無駄だって分かってるはずじゃないですか、なんて言ってもしょうがない。
だって…矢口さんの気持ちは痛いほど分かるから。

「また来ちゃったなぁ…紺野」
「ですねぇ…6回目…ですよね」
「「ハァ……」」

吐き出した溜息は、スタジオの上の方の冷たい空気に吸い込まれていった。
6回目のこの一週間が、また始まる。
56書いた人:04/11/03 09:04:06 ID:FUNYGQ8+



            「永遠から何小節か向こうに」


57書いた人:04/11/03 09:05:11 ID:XGR0/+v+

スタジオを出て白い廊下を歩くと、外から漏れる光が眩しい。
春が来たってことを嫌ってほど主張する、この陽射し。
私の大好きな冬が、もうとっくの昔に飛び去っていったのを思い知らされる。
隣を歩く矢口さんなんか、もうノースリーブだ。
さっきそのことを言ったら、

「紺野、お洒落は薄着からだぜ?」

と、よく分からないご高説を頂いた。
いつもならお前の私服はダサいとか、石川の私服は最早人類の域を越えている、とか言い始めるんだけど、
今日の矢口さんは、ご高説の後、立てた人差し指を唇に当てて、しばらく「うーん」と唸る。
春らしいピンクのリップに彩られた唇が、お餅みたいに弾力よく潰れる。

「うーん、それにさ」

ずっと前を見ていた矢口さんが、初めて私の方を向いた。

「それに…同じ日に同じ服着るのって、芸が無いじゃん?」
「…」

悪戯っぽく笑うその瞳の中で、ちょっぴり冷静な白目が覗いていた。
いつも明るく振舞ってる矢口さんの瞳でさえこんなにさせてしまう現実。
私にはとても耐えられなくて、思わず廊下の遥か向こうに視線を移した。

窓の外で、桜の花が散り始めていた。
58書いた人:04/11/03 09:05:50 ID:XGR0/+v+

楽屋まで、自然とゆっくりになる足取り。

確かに矢口さんは、6度過ごしたこの日を、みんな違う服装で過ごしている。
そしてその理由が、そんな洒落っ気だけじゃないことを、私は知っている。

矢口さんも期待しているんだ。
心のどこかで、この輪廻から抜け出せないかと。
それはどんなところからでもいい、日常の些細な変化がもたらしてくれるかもしれない。
さっき私が中澤さんの口調を真似たのと、そのまま同じ理由。
まあこの人の場合、照れて認めてくれないだろうけどさ。

「紺野…分かってるな」
「ええ…」

楽屋のドアに手を掛けて、矢口さんが寂しげに私を見上げた。
そう、この繰り返しに気付いているのは、私と矢口さんだけ。
他の誰もがこの異様な状況を知らない。
もうデジャヴでは済まされないこの繰り返し。
59書いた人:04/11/03 09:06:40 ID:XGR0/+v+

ドアの向こうでは、吉澤さんとまこっちゃんがサンドイッチを食べている。
亀子とシゲさんはあっち向いてホイをして遊んでいる。
おマメは愛ちゃんと歌の予習。
れいなは藤本さんと焼肉の話をしてるはず。
石川さんは部屋の隅でボーっと、でもニヤニヤしながらみんなを見つめている。
分かってるんだから。

矢口さん、言われなくても大丈夫です。
私はこの先の景色が変わっていることを、少しも期待していませんから。

そろそろ心のバランスが崩れそうになってくる。
だからこそ、下手に期待をするのはやめよう。
みんながこの繰り返しに気付いているとか、全然違う一週間がスタートしてるんじゃないかとか、期待しないでおこう。
期待しちゃえば、それが破れたとき心が耐えられなくなるから。

…4回目の明後日、矢口さんが言った言葉だ。
60書いた人:04/11/03 09:07:44 ID:XGR0/+v+

今日はここまで。
ちゃんと終わらせるように、頑張らないといけませんな。
過去のとかは、気が向いたら紹介。
61名無し募集中。。。:04/11/03 09:52:35 ID:QrTtaP1j
うわー今度はこう来ましたか
期待してます
62書いた人:04/11/03 23:30:00 ID:Lkn5JddF

扉を開けた先には、予想した通りの風景が広がっていた。
白い部屋の中で、色とりどりの衣装を着たみんながくつろいでいて。
そのくつろぎ方といったら、私が何度も見ているそれ、そのまま。

「おつかれ〜」
「お疲れさまですぅ」
「よっし! 本編の撮影入るぞ!」
「うぃ〜す」

矢口さんの声に口々に返事しながら、それでもやっていたことを止めもしないみんな。
予想通り…ううん、録画していたDVDを何度も見るみたいに、果てしない繰り返し。
矢口さんが唇の端のほうで、軽く溜息を漏らしたのが聞こえる。
63書いた人:04/11/03 23:30:31 ID:Lkn5JddF

私たちがこの1週間を過ごすのは6回目だ。

ホント、最初は何事かと思った。
自分が病気になったんじゃないかと思ったほどだ。

石川さんの卒業コンサート、最後の最後の曲…アンコールが「I wish」で。
最後のユニゾンをみんなで声を合わせていた。

♪ 人生って素晴らしい ほら誰かと 出会ったり恋をしてみたり
    Ah 素晴らしい Ah 夢中で 笑ったり泣いたり出来る

みんな泣いていて、石川さんは一番真ん中で、無理矢理笑っていた。
肩を組みながら、お互いの顔を何度も何度も確かめながら。
このみんなが「モーニング娘。」であることは、もう永遠に存在しないから。

♪ 人生って素晴らしい ほらいつもと 同じ道だって なんか見つけよう!
    Ah 素晴らしい Ah 誰かと 巡り会う道となれ!
64書いた人:04/11/03 23:31:16 ID:Lkn5JddF

もう涙で歌になっていなかった。
石川さんと過ごしてきた、色んなことが頭の中を駆け巡って。

そのまま終わるはずだったのに、「でも笑顔は…」って石川さんが歌い始めるはずだったのに。
みんなと肩を組んでいた腕を解いて、石川さんは一歩踏み出した。
まるでこれからを象徴しているかのような絵。
フットライトの色が青色に変わる。
スポットライトがみんな消えて、1台のサスペンションライトの青い色だけが石川さんを映し出す。

一連の光の点滅に眼が追いつかなくて、一瞬私は目を閉じた…



次の瞬間


65書いた人:04/11/03 23:31:56 ID:Lkn5JddF

私の目の前には毎朝見ているシーツの青色が広がっていた。
口が石川さんの最後のフレーズを口ずさもうと動いた。
脚がさっきまでのステップを続けようと、一瞬ピクッとしたような気がした。

夢じゃないことくらいいくらなんでも分かる。
携帯の日付は、1週間、時間が戻っていた。
自分の脳味噌を、正直疑った。

仕事に向かった私を待っていたのは、1週間前のハロモニの収録。
誰もが疑問を一つも口にしないで、当たり前のように過ごしていて。
あまりの気味の悪さに、誰かに尋ねることもできなかった。
66書いた人:04/11/03 23:32:29 ID:Lkn5JddF


―――

「矢口さん、どうします?」
「何が?」

収録後のカフェテラス、矢口さんとする作戦会議もこれで3度目。
今回、私はアイスコーヒーとアラビアータを。
矢口さんはキャラメルラテとほうれん草のクリームパスタを。
こんなことで輪廻から抜け出せるとは、正直あんまり考えていない。
この程度のことならいくらでも今までやってるから。
それでも……やらなきゃ落ち着かないって感じ。

「何がって…これからどうしましょうってことですよ」

クルクルとフォークを操っていた手がピタッと止まる。
ガラス張りの右側から差し込むお昼過ぎの光が、矢口さんの髪に輪を作っていた。

「どうしようっつっても…どうしようもないなぁ」
「ぶぅ」

投げっ放しの回答に、ちょっぴりむくれた。
わざとらしく窓の外の桜に目を移して、矢口さんは目を細める。
67書いた人:04/11/03 23:33:13 ID:Lkn5JddF

「なんかさぁ、段々馬鹿馬鹿しくなってきちゃってんだよなぁ」
「何がですか?」

桜の花びらを追っているかのように、矢口さんの黒目は上から下へと忙しなく動く。
思わず私も視線を外に移した。

「足掻いても足掻いても、どうしようもねーじゃん? だったら、任せてみようよ」
「……私たち以外に世界のどこかにいるかもしれない、このことに気付いてる人に、ですか?」
「うーん…どっちかっつーと、流れに任せてみよう、ってところ?」

正直、心のどこかで同じことを思っていたのかもしれない。
その証拠に、矢口さんのそんな言葉を聞いても、散っていく桜から私の視線は動かない。
視界の端に入る矢口さんは、左手で顎を支えたまま、ボーっと外を見遣る。

「それにさ…桜がこんなに何回も見られるなんて、滅多に無いぜ?」
「風流ですね」

私たちは、どこかおかしくなっているかもしれない。
68書いた人:04/11/03 23:33:52 ID:Lkn5JddF

他に私たちと同じように、このことに気付いている人がいる…かもしれない。
最初のうちはそう思っていた。
でもこの1週間が6回目に入った今、自分で言うのもなんだけどありえないような気がする。

私と矢口さんは、この1週間がリプレイされたその日にお互いが気付いた。
ホント、呆気ないほどすぐに。
ハロプロワイドの収録を終えてキョロキョロしている私に、矢口さんが後ろから近付いてきたのだ。

『紺野……お前、もしかして…』
『って…矢口さんも?』

矢口さん曰く『1週間前のお前とは全然違う動きをしてたから、すぐに分かった』そうだ。
私は全然分からなかったんだけどね。
だって、1週間前に他の人たちがしていた1シーン1シーンを覚えてる人なんかいる?

矢口さんがよっぽど鋭かったか……私がにぶにぶなのか、どっちかだ。
69書いた人:04/11/03 23:34:25 ID:Lkn5JddF

しばらく無言のまま、私たちはパスタを口に運ぶ。
アラビアータの酸味が舌の上で躍っている。
1週間の間に他の色んなところへ行って、私たちの仲間を探すことだって考えた。
でもね…このスケジュールの中そんな暇は無い。

「おい…キャラメルラテって甘いなぁ…」
「知らなかったんですか?」
「うん、初めて飲んだから」

顔を顰めながらストローを口から離す矢口さん。
慌ててお冷を口に運ぶ。

記憶ってのはおかしなもので。
今、目の前で話す矢口さんが、ホントの矢口さんのような気すらしてくる。
正直な話、最初のこの1週間はどうだったのかなんて記憶があやふやだ。
間違い探しをするには、そろそろ限界になってきている。

だって…ホントのこの1週間から、もう一月以上経っているから。
矢口さんが私を見つけてくれたみたいに他の人を見つけ出すのは、もう不可能だと思う。
70書いた人:04/11/03 23:35:09 ID:Lkn5JddF

「紺野さぁ…それ、美味いか?」
「アイスコーヒーですか? そりゃ甘くないですからねぇ…ガムシロップ入れましたけど。
キャラメルラテほどじゃないと思いますよ?」
「じゃ、ちょっと交換な」

強引にそして手際よく、私の前には薄茶色の、見るからにカロリー過多を主張する液体が運ばれた。
矢口さんはアイスコーヒーを口に含むと、グッと親指を立てる。

「うん、やっぱ美味いなぁ。無理して口に合わないの頼むもんじゃないな」
「ええ」
「あのさ・・・一応言っておくけど…」
「いいえ、大丈夫です」

私が無理矢理言葉を封じ込めたけど、矢口さんはちょっと儚げにニコッと笑った。
能天気に飲み物の話をしてるんじゃない。
分かってますよ、矢口さん。
ホントはこのスパイラルから抜け出したくてたまらないんですよね?
何度も何度も石川さんの卒業シーンを見続けるの、結構辛いってことくらい、私でも…

私の視線に気付いた矢口さんは、照れ隠しに、一気にアイスコーヒーを飲み干す。
…って、それ、私のですよ!!

確実なことが一つだけ、この繰り返しの中で、私と矢口さんは随分仲が良くなった。
71書いた人:04/11/03 23:37:24 ID:Lkn5JddF

今回はここまで。
明日から出張でパソコンのない環境に行きますので、続きは日曜日頃です。
アメリカ人は選挙の才能が無いと思う。

>>61 見つけるの早すぎません?