282 :
書いた人:
謝罪を込めて。
3日で終わる連載小説。
第1回。
283 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:53:23 ID:fp+eciKm
学校の屋上を走り抜ける風は、下にいるときと比べて随分強く感じた。
暖かな南風にいつもなら少しの楽しさを覚えるのに、
私ときたらその生暖かさが不快にすら感じる。
多分春が来るたびに思い出すだろう。
そしてきっと春が嫌いになるだろう。
でももういいんだ。
私が春を嫌いになることは、ない。
だって私って存在はここで終わるから。
あの日から続く眠れない夜も終わり。
町を歩いていてふと立ち止まって思い出して、涙を止めるのに必死になるのも終わり。
伝えられなかった想いを、喉の奥に秘めておくことも…
「あんた、死ぬ気でしょ?」
振り返った先には屋上の紅い扉を背にして女の子が立っていた。
もう一度強く、風が吹いた。
284 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:54:28 ID:fp+eciKm
「Love Letter」
285 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:55:38 ID:fp+eciKm
隣の席の彼を見ると心が騒ぐようになったのはいつからか、そんなことは覚えていない。
気が付いたときには、その横顔を一日中眺めていた。
最初はただの友達だと思っていたのに、いつの間にか。
「紺野、あいつのこと好きなんじゃないのぉ?」
部活の友達の冗談半分の言葉は私の心をかき乱すには十分だった。
ほわほわした気持ちは確信に変わる。
冗談を言って私の頭を小突く彼に、前みたいに笑うことは不可能で。
真っ赤になったであろう頬に、彼は気付かない。
286 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:57:28 ID:fp+eciKm
何度心の中で「好きだ」って繰り返しただろう。
夏は汗を浮かべながら、夜の校舎でやった肝試し。
私と彼がペアになったのはけして偶然じゃない。
懐中電灯の先に浮かぶ、昇降口に飾られた昔の学生の写真。
「この人…屋上から間違って落ちて死んだらしいよ…」
「ちょっと! ぼそっとそういうこと言わないでよぉ」
「いや、ホントだって。先輩に聞いたし」
ギュッと彼の腕にすがりついた。
ちょっぴり汗が滲んで、それが不思議なほど不快じゃなくて。
ドキドキしていたのは、彼の怪談話のせいだけじゃない。
287 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:58:43 ID:fp+eciKm
冬は雪を一緒に見ながら、いつも一緒に笑いながら。
いや…見ていたのは雪じゃなくて彼の横顔だったっけ。
「寒いの…やだなぁ」
「そうか?」
「だって寒いんだよ?」
「なんか身が引き締まっていいじゃん」
「そう…かな?」
あの日以来、私が冬を好きになったことだって、彼は知らないだろう。
ううん、それ以上に。
いつも私に新しい発見をさせてくれる彼をどんどん好きになっていった。
288 :
書いた人:2005/03/25(金) 20:59:47 ID:fp+eciKm
でも言葉に出すことは憚られた。
今の関係が崩れてしまうのが怖かった。
とても人気のある彼に、こんなにぼやぼやした私だもん。
こうやって一緒に笑って、二人で遊んだり、そんな関係になってることだって奇跡みたいだったから。
次二人になったときこそ告白しよう。
何度そう思ったかな。
でも、無理だった。
二人になったその瞬間、彼はすごく輝いて見えた。
そんな人と一緒にいられることが嬉しくて誇らしくて、そして今を失うのが怖くて。
そしてもう一つ、そんな人に今の私が見合っているのか考えちゃって。
もっと自分を磨いて、もっと自分に自信を持って。
そうじゃないと告白なんて無理だった。
でも…多分永遠に自信なんか持てなかったんだろうけどね。
289 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:00:52 ID:fp+eciKm
協力してくれるみんなは背中を押してくれる。
同じクラスで同じ部活のまこっちゃんは
「あさ美ちゃん、チャンスの神様は待ってくれないよ?
お似合いだと思うんだけどなぁ、二人」
って言ってくれた。
いつだったか、授業中に手紙を回してきたこともあったっけ。
いつものルーズリーフとは違ったちゃんとした封筒に入ってたのがおかしかった。
「今が楽しくてたまらないのは分かるけど、今が踏み出すときだよ」
って言葉。
自分のことじゃないのに自分のことみたいに考えてくれた。
名前書き忘れるほど焦ってたのかな?
字だっていつもと違う変な字になってるし。
嬉しくて、いつかは踏み出さなくちゃいけないって分かってた。
分かってたけど…勇気がなかった。
290 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:05:16 ID:tQRWB4H8
彼に近づく女の子がいるとき、身が張り裂けそうになっただろう。
何度かは相談にも乗ったっけ。
「噂になってるよ、愛ちゃんと」
「そんなはずないのになぁ。ちゃんと俺断ったのに」
「ホントにちゃんと伝えた? 愛ちゃんオッケーだと思ったんじゃないの?」
「…あやふやだったりして」
「ダメだよ、それって向こうを傷つけないつもりかもしれないけど、
ホントは自分がいいかっこしたいだけじゃない。きちっと言うのも優しさだよ」
「そうだなぁ…ちゃんと断るか」
「それがいいよ」
「紺野?」
「?」
「ありがとな」
ホントはずっと彼の近くにいて、彼にどんな噂があるのか知りたかっただけで。
お礼なんかよりも、彼が誰かと恋人になっちゃうのを防げたのが、何よりも嬉しくて。
291 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:05:59 ID:tQRWB4H8
「なんかさぁ、ラブレター貰ったんだけど」
いつか、はにかみながらそう言ってたっけ。
いつもとは違うアプローチに彼は嬉しそうで、それがすごく不安で。
私は彼の協力者って立場を利用して、何とかしてそれを捻りつぶすことに必死。
最悪の人間だったと思う。
でもその話が出たのはそれっきり。
確かめたかったけどどうしようもなかった。
でもいつも通りに彼が私の頭を撫でてくれたとき、もう心配ないんだなって思った。
私の顔、多分すっごく喜んでただろう。
彼がまだ、私の傍にいてくれる。その事実だけで嬉しかったんだ。
高校最初の一年間はあっという間に過ぎていった。
でも
292 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:06:45 ID:tQRWB4H8
いつもは絶対出てくれる電話に出なかった。
メールの返事がいつもよりちょっと遅かった。
やっとのことで、そんなことさえ、ただの偶然だと思えるようになったのに。
私が誘えば彼も笑顔で来てくれて、一緒に遊べるって思ってたのに。
…なのに。
卒業式が終わって、新入生の歓迎企画を部活で会議した後、
呼び止められた言葉に私は言葉を失った。
「紺野、あいつ…いっこ上の石川先輩と付き合ってるらしいよ?」
「…え?」
「いや、本人から聞いたんだけど」
そんなの冗談だよ。
そう言いたかった。
そう言って笑って終わりたかった。
293 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:07:43 ID:tQRWB4H8
本人に確かめたかったけれど、確かめるチャンスもない。
春休みじゃ一緒にいるのを見て、納得することもできない。
漠然とした不安が心を占めて。
眠れなかった。
電話やメールで聞くこともできたと思う。
でも今まではあんなに平気でできたのに、ボタンを押す指は止まる。
もしも出てくれなかったら、きっと石川先輩と一緒にいるんだろう。
そして出てくれたとして、私は何を言うんだろう。
付き合ってるって聞いたって、どう反応する?
今更好きだって言ったって、困らせるだけじゃない。
彼の口からちゃんと聞きたかったよ。
でもさ…もう、私知っちゃったんだ。
294 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:09:00 ID:tQRWB4H8
私はどうしたらいいんだろう。
私はこの気持ちをどうすればいいんだろう。
まこっちゃんにも相談したけど、
「それは…あさ美ちゃん次第だよ」って。
そのとおりだよ。
そのとおりだから分かんないんだよ。
部活をやっていても、街を歩いていても、突然彼の顔が浮かぶ。
石川先輩と腕を組んで、二人で笑って、二人で見つめ合って。
耐えられなかった。
もう…いいや…
295 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:11:59 ID:NsbuY4xL
「あんた、死ぬ気でしょ?」
もう一度その女の子は繰り返した。
ショートの髪はやや茶色がかって。
うちの制服に身を包んで、私にニヤリと笑いかけた。
「え…」
「隠さなくていいよ。春休みにこんな所に一人で来てさ。
お花見にはまだ早いし、何か観測するわけじゃないでしょ? 手ぶらじゃん」
脚を開いて腕を組んで、平たい胸をつっと張って彼女は私を見据える。
ちょっときつい感じの目つき。
どこかで見たことがある…新3年生かな?
「大体あれだよ? 飛び降りなんて、かなり最悪な部類に入る自殺方法だよ?
あんたの可愛い顔も白い肌も、血でぐっちゃぐちゃになって、
トラックにひかれたヒキガエルみたいにアスファルトに飛び散るんだよ?
しかも血とかなかなか取れなくて、みんながあんたの血の染みの上を踏みつけるんだよ?
まるでそこであんたが死んだことなんか忘れちゃったみたいに」
彼女はまるで私のことを空気のように、淡々と語っている。
その調子が淡々としすぎて、却ってさっきまでは全く感じていなかった恐怖感を心の中に流し込む。
296 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:13:34 ID:NsbuY4xL
「あ〜好きな男に彼女ができたんだぁ。
なるほどねぇ。でも死ぬことないって。
ね? と…紺野あさ美さん?」
「何で私の名前…あああ!!」
いつの間にポケットから抜き出したのか、彼女の手には一晩掛けて書いた遺書が握られている。
私が泣きながら書いたものなのに、鼻で笑いながら彼女はそれを読み流す。
「うわぁ『ずっと言えなかったけど、好きでした』だって。
ねえ、こんな遺書で告白されたってさ、相手困るよ?
断ることもできないで、あんたはこれで満足するだろうけど、
向こうはどうしようもないでしょ?」
「ちょっと! 人の勝手に読まないで!」
飛びかかったらひらりとかわされた。
上半身をスウェーした拍子に制服の裾がまくれて白いお腹が見えた。
「言うんだったらちゃんと自分の口で言いなって」
「だって…」
声が詰まる。
頭の中には石川先輩と仲良く肩を並べる彼の姿。
私があの位置にいられると思ってたのに。ずっといられると思ってたのに…
297 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:14:43 ID:NsbuY4xL
「だって…もしも今言ったってッ…言えないもん。
困るだけだもん…だから…私がいなくなっちゃえば、別に無視してくれれば…」
「ああ、もう! 泣くな!」
声が涙でぐずぐずになる。
彼女の少しめんどくさそうな声でさえ、私の感情を追い立てるのには十分。
「じゃあ…何も言わずに…死んだ方がいいの?」
「そもそも死ぬなって言ってるんだけどなぁ」
頭をがしがしと掻いて彼女は横目で空中をにらむ。
298 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:15:54 ID:NsbuY4xL
「私はッ……伝えたいよ。
好きだったって伝えたい。でも…もう無理だから…だから、伝えるには…」
視界が霞む。
そうだよ。
私が今気持ちを伝えれば、彼はきっと困る。
だから私が気持ちを伝えるには、彼が返事をしなくていいようにならなきゃ。
彼女はもう一度後頭部をがしがしと掻くと、ふっと笑った。
「優しいね」
声に出した後、彼女は「うん、優しいな」ともう一度呟いた。
その姿がなんだかおかしくて、泣きながら私は笑った。
でも…その笑いは、彼の横で笑えたときの笑いとは全然違って。
心の隅に何か切ない感じを私はひしひしと感じている。
そんな私を少し悲しげに彼女は見ていた。
「やっぱり…死ぬの?」
「…ずっとこんな気持ちでいるの、耐えられない…」
「相談に乗るよ? いくらでも。私、3−Aの藤本美貴。
美貴ちゃんでもなんでもいいよ」
「私は…今度2年になる、紺野あさ美…です」
「いいよ、タメ語で」
「うん」
299 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:17:31 ID:NsbuY4xL
でも、藤本先輩…いや、美貴ちゃんが親身になって話してくれればくれるほど、
心の中に広がった隙間は却って広がっていくように感じる。
「ホントにもう付き合ってるの?」
「うん、彼から直接聞いた子だっている…私には直に言ってくれないけど」
銀色の柵に二人で腕を乗せて、はるか向こうに見える藍色の海を見ながら
ぽつりぽつりと話し始めた。
美貴ちゃんは、年上の余裕って言うんだろうか、上手に私から言葉を引き出しながら、静かに聞いてくれる。
「せめて…本人から聞きたかった?」
「それも…あるよ。あんなに仲良かったのに、まるでもう他人みたい」
「そっか…」
美貴ちゃんは空をじっと見つめた。
そして一言だけ「決めた」と呟く。
その呟きは私にではなく、彼女自身に向けられたモノだってことはなんとなく分かった。
300 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:18:57 ID:gD1EIzDb
「紺ちゃん、ポケット…手、入れてご覧?」
「?」
言われるままにブレザーのポケットに触れる。
浅いポケットの中では自己主張が強すぎる紙に、すぐ指先が触れた。
…手紙?
「何て書いてある?」
まるで反抗することが許されないみたい。
私の指は封筒を開けると半分に折りたたまれた便箋をすっと開いた。
1枚しかない便箋には、ちょっと神経質そうな細い字が並ぶ。
それを…読み上げたそのとき、私の声に美貴ちゃんの声が重なった。
「「紺ちゃんへ
この手紙は過去に出すことができる手紙です。
時間と場所を指定すれば、そこに手紙が届きます。
これは「紺ちゃんのポケットの中。2005年3月30日14時って書いたんだけどね。
目の前にいる私から貰うこの手紙を上手に使って、そして死のうなんて考えは捨てちゃえ。
ちなみに、手紙に署名することは許されません。それに字も変わっちゃうから。
それだけ注意して、上手く使ってね」」
301 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:20:12 ID:gD1EIzDb
「え…?」
何のマジックだろう。
いつの間に美貴ちゃんは私のポケットにこの手紙をねじ込んだんだろう?
私の心を見透かすかのように美貴ちゃんはにやりと笑う。
「手品なんかじゃないよ。ホントに未来の私から紺ちゃんに出したんだ。
書いたのが私だもん、多分今考えてた言葉通りに未来の私も書いてくれると思ってたからね。
だから、私もちゃんと中身を間違えずに言えたってわけ。
ほら…証拠に最後のこれ見てみ?」
「…あ?」
その部分だけ違う字。
そこには「春を嫌いになんかならないでね」って文字。
さっきまで…この季節を嫌いになるに違いないって考えてた私の心の中。
どうして美貴ちゃんが…?
「この部分、多分紺ちゃんが書いたんだよ。
この封筒使ったから、紺ちゃんの字とはちょっと変わってるけどね」
私を置いてけぼりにして美貴ちゃんは私と同じようにポケットをまさぐった。
指先に白い封筒が挟まれている。
「3回分…あげる。
これを使って彼に想いを伝えたっていい。勿論…紺ちゃんの名前は出せないけどね。
でも、今の彼女と付き合う前の彼に伝えることはできるでしょ?」
ちょっと強めに吹いた風で、美貴ちゃんの指先で封筒が小さく音を立てた。
それを顔の横まで掲げて、ちょっとだけ澄ました顔をする。
私よりもちょっと低い背なのに、美貴ちゃんが何故か大きく見えた。
302 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:21:25 ID:gD1EIzDb
「名前も出さない告白に…意味があるのか、分からないけどね」
考えていたことをそのまま声にされて、下瞼にじわっと涙が浮かぶ。
でも…もう答えはできていた。
今のままでいるよりも前に進める気がするから。
「あるよ、たぶん」
「紺ちゃんはそう思う?」
「たぶん…だって、今の彼には言えないから。
何ヶ月か前の彼になら…」
「それが名前が出ない手紙でも?」
「今なら、例え名前の無いラブレター貰っても、あの人は悩んじゃうよ」
ちょっと下を向いて、屋上の緑色の床面を見つめる。
ラブレター貰ったって、たぶん彼は悩む。
それはどうやってラブレターに応えるかだけでなく、石川先輩に罪悪感さえ覚えるかも知れない。
いや、きっとそうだ。
この1年間ずっと近くにいたんだもん。それくらい分かる。
「彼も優しいんだね」
風が美貴ちゃんの髪を流して、表情を見えにくくする。
でも、美貴ちゃんが微笑んでいることは分かる。
「うん!」
今日初めて。
初めて心の底から清々しい声が出せたような気がした。
303 :
書いた人:2005/03/25(金) 21:21:56 ID:gD1EIzDb
続きはまた明日
更新乙。
わーいお帰り書いた人さん。めっちゃ待ってましたよ。
おぉ!待ったかいがあった。乙です。
更新乙。
おかえり!
307 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:07:14 ID:4haM4GzZ
さて…
夜1時半
とっくに濡れた髪を乾かし終った私は机の前で便箋と睨めっこ。
結局美貴ちゃんは
「落ち着いて後悔のないように書きなよ。じっくりと、ね。
それまでは死ぬのも…取っておけばいいよ」
って言って私の背中を無理無理に押して屋上から追い出した。
なんだか…今考えると美貴ちゃんにはめられた気がしてならない。
大体死のうとしている人間はそのときの季節を嫌いになりそうな感じじゃない。
私が春を嫌いになりそうだったように、冬に自殺した人は冬が嫌いで。
そんなの…別に私じゃなくても書けそうな気もする。
ちっ…美貴ちゃん、さてはプロだな。
308 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:08:11 ID:4haM4GzZ
屋上から飛び降りる以外にも色々考えてはみた。
でも、首吊りは死ねるまでに人に見つかっちゃうかもしれない。
溺死はすっごく死体が醜いっていうし、
リストカットなんて、コンビニであれほどリスカ済のバイトとか見てると、
絶対死ねない方法のような気がしてならない。
焼身自殺とか最悪っぽいしなぁ…やっぱり飛び降りだよね。
今日は…まあしょうがない。
明日死のう。
明日もう一度、屋上へ行こう。
便箋を放棄してさっさとベッドに潜り込む。
309 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:08:58 ID:4haM4GzZ
あいつ…石川先輩が好きなんて話したこと無かった。
そりゃあ石川先輩は美人で有名だから、彼も知らないなんてことはないだろう。
でも、なんで石川先輩だったんだろう?
どっちから告白したかも分からないけど、石川先輩からだとしたら、
そのとき、一瞬でも私のことを思い浮かべてくれたんだろうか。
今までずっと一緒にいて、それでも思いは伝わっていなかったんだろうか。
まだいいよ?
告白して振られました、それだったら。
でも…私には告白の時間さえなかった。
いや、性格には時間はあったのにできなかった。
暗い部屋の中で私の目はパッチリ開いて。
…はめられてみるか。
どうせ気休めにしかならないけど。
310 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:10:08 ID:4haM4GzZ
遺書は美貴ちゃんにとられちゃったもんね。
しょうがない、これに遺書代わりに書こう。
電気を点けて枕もとの眼鏡をかける。
ペンを持ったそのとき、もう迷いは無かった。
だって…遺書だもん。
昨日書いたようなこと、そのまま書けば良いんだよ。
…でも私の話を一応は聞いてくれた美貴ちゃんにも義理立て。
一応、過去の彼に充てて書くとするか。
馬鹿馬鹿しいけどさ。
311 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:12:29 ID:4haM4GzZ
「○○へ
お元気ですか?
ちょっと理由があって私の名前は書けないけど、○○のことをいつも見てます。
いつも勇気がなくて言えないけど、今日は頑張って言おうと思うの。
高校に入って初めてあなたと会って…それからずっと、色んなことを○○とは話してきました。
○○は私が元気がないと励ましてくれたし、いつも笑ってくれたよね。
だから…私はずっと、あなたのことが好きです。
あなたのことが好きで、私はこの気持ちを伝えたかった。
だから今日、手紙を出しました。
でも返事はいらないから。
ただひとつだけ、あなたのことを好きで好きでたまらないってこと、
それだけ覚えていてくれませんか?
私は明日、屋上へ行くつもりです。
最後にこれだけ伝えたかった。
じゃあね。
2005.3.31」
312 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:13:25 ID:4haM4GzZ
名前は…許されなかったよね。
一応その流儀にも則ってみる。
でもアスファルトの死体を見れば、遺書が誰のかくらい分かってくれるでしょ?
封筒に宛名を書く。
時期は…いつでもいいんだけど。
「2004年11月19日、○○の下駄箱の中」これでいいや。
下駄箱だったら気付いてくれるね。
つーか、馬鹿馬鹿しいなぁ。
過去に手紙なんか出せるわけ無いじゃん。
313 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:14:20 ID:4haM4GzZ
封筒に封をしたあと、もう一度ベッドに入る。
…私、馬鹿やってんなぁ…なにやってんだろ
溺れる者は藁をも掴む、だったかな?
こんなことしたって何の意味も無いのに。
好きだって言いたかったけど、遺書で言ったってあんまり意味ないよね?
ましてや過去の彼に言ったって意味なんかなくない?
せめてなぁ…自分自身でちゃんと伝えたかったなぁ…
美貴ちゃんには「口で言わない告白に意味はある」って言ったけど、
私ったら相当のかっこつけだ。
ホントはそれに意味があるかないかなんて、私がちゃんと知ってたのに。
ちょっと意地になってたかな。
314 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:15:10 ID:4haM4GzZ
…口で言う………待てよ。
暗闇の中でパッと目が開いた。
今、口で言うことはできない。
できないけど……言わせることはできるんじゃない?
そうだよ。
さっきまで美貴ちゃんを疑ってたけど、今は違う。
むしろ、そうあってほしいって願望。
どうかこの手紙が、本当に過去への手紙でありますように。
2通目の手紙。
封筒の宛名はもう決まってる。
「2004年9月19日 教室の紺野あさ美の机の中」
頑張れ、私。
いままで色んな人に言われた励ましの言葉をそのまま手紙にぶつける。
今の私は言えないけれど、過去の私に告白させればいいんだ。
勇気を出して。
今のあなたが楽しいことは十分知ってる。
でも…だからこそ、一歩前に踏み出して!!
315 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:16:50 ID:4haM4GzZ
彼に書いた遺書よりはよっぽど書く気力が沸く。
もしもこれを読んで私が告白すれば、もしかしたら、彼がオッケーしてくれたら。
私と彼は恋人同士になれる。
石川先輩が口を差し挟む余地は無い。
そう…過去が変われば未来も変わる。
つまり…今も変わる。
人生でここまで頭を使ったことが無いくらい。
平面幾何もsinもcosもtanも、阿部比羅夫も薄葬令も宗尊親王も
浸透圧もゴルジ体もコルチ器も、こんなことを考えるときよりもよっぽど頭を使って。
頑張って私。
後で後悔をするくらいなら…今、後悔しようよ。
だって、そうじゃないと私…ずっとずっと後悔して、耐えられなくなってる!
手紙を書き終わったとき、カーテンの外が白み始めていた。
ふらふらと立ち上がって、身体をベッドに思いっきり預けた。
美貴ちゃん…私、上手く手紙、使えてる…よね……?
316 :
書いた人:2005/03/27(日) 01:18:08 ID:4haM4GzZ
ちょい短いですが3回で終わらせるとなるとここで切らざるをえず
続きはまた明日
ご自由に結末は予想してください
楽しみなのであえて予想とかせずに頭空っぽで待ってます
元から空っぽとか言わないで('A`)
更新乙ですー
319 :
書いた人:2005/03/27(日) 22:43:09 ID:DBVnboJi
失礼、死ぬほど忙しいので明日書きます
どうなってるんだうちの会社は
更新乙。頑張れ書いた人さん
年度末
322 :
書いた人:2005/03/29(火) 21:35:02 ID:DCluUHsd
すまん
ちゃんと書くのでもうちょっと待ってくださいな
仕事に戻ります
てすと
てすと
325 :
ねぇ、名乗って:2005/03/31(木) 18:01:37 ID:YNF9DpNi
てすと
テスト
保全。
328 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:08:55 ID:KDH28ZDy
―――
「あさ美! 春休みだからっていつまでも寝てんじゃないの!」
「ん…うん」
お母さんの怒声で目が覚める。
随分久しぶり…ずっと眠れなかったもん。
こんな風に怒られて、部活に行って、でもやっぱり彼のことを考えていられて…
つい一週間前までは、そんな日常だったんだ。
懐かしいな。
ベッドで上半身だけを起こして考える。
そしてすぐに、惨めさって言うか寂しさって言うか、微妙な感覚が心に広がる。
もう何日だろ?
こんなに長い間メールも電話もしないのって初めてってくらい。
329 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:10:18 ID:KDH28ZDy
昨日の私どうかしてたな。
あそこでちゃんと飛び降りてれば、もうこんな気持ちになる必要なんてなかったのに。
美貴ちゃんが変な手紙くれるから…
テーブルの上に視線が行く。
あれ?
二通並んでいたはずの封筒。
両方とも、封筒が消えていた。
!!
ベッドから跳ね起きて廊下と階段を駆け下りる。
リビングには一通り家事を終えて、のほほんと紅茶を飲むお母さん。
330 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:11:07 ID:KDH28ZDy
「お母さん! 昨日の夜から私の部屋…入った!?」
「あんたねぇ、いい歳なんだから家の中をどすどす音たてて動くのやめなさい。
しかもそんなパジャマ姿で。挨拶もないし」
私の言うことなんかお構いなしに、ティーカップを操る動作がむかつく。
「あ、えっと…おはよ」
「もう11時だけどね。朝ご飯どうすんの? お昼と一緒にする?」
「いや、えっと…私の部屋には…?」
「入ってないわよ。大体あんた勝手に入ると般若みたいに怒るじゃない」
思わずその場にへたりこんだ。
私は確かにあの手紙を書いた。
ってことは…私が書いたあの手紙は?
美貴ちゃん、ホントのこと言ってたの?
331 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:11:52 ID:KDH28ZDy
―――
「来ると思ったよ。紺ちゃん」
屋上でじっと街の方を見つめながら、振り向きもせずに美貴ちゃんは呟いた。
私は息を弾ませながら、制服のリボンも満足に結んでないまま、
ここまで酷使した肺を整える。
「美貴ちゃんッ! あの手紙…」
「言ったでしょ? 過去に出せる手紙だって。信じてなかったな?」
振り向いた美貴ちゃんの顔は、不思議なほど真っ白でゾクゾクする。
後ろ髪を手で梳いて、美貴ちゃんはニッコリと微笑んだ。
「で、ちゃんと書いたの?」
「え? うん。彼にと…あと、私に…」
「やっぱそう使うか」
私の行動なんて予測済とばかりに美貴ちゃんは平然としていて。
332 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:12:35 ID:KDH28ZDy
「美貴ちゃん、私…本当にありがとう!!」
今美貴ちゃんに確かめて、確信が持てた。
過去の私は絶対に、告白しているはず。
だって…あんなに、今からは想像もつかないくらいに、私たちは一緒にいたから。
だからきっと、告白だって成功している。
美貴ちゃんは楽しそうに右頬を手のひらで押さえて、ちょっと頭を傾ける。
「お礼を言うのは、結果を知ってから」
「うん…でも、やっぱりちょっといきなり彼に聞くのも変だよね…
よっし! まこっちゃんに聞いてみるよ」
「友達?」
「うん」
私の答えに満足げにうなずきながら、美貴ちゃんは目線を外した。
でも…私はちっともそんなことなんか気にならず、アドレス帳を繰っていた。
333 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:16:36 ID:X8LbqumI
ワンコールですぐに聞こえる親友の声。
「あ! あさ美ちゃん?」
「うん、まこっちゃん…元気?」
どこかまこっちゃんの声が急いでいるようにも聞こえる。
電話の向こうからはちょっとがやがやした声。
「あのさ…変なこと聞いて悪いんだけど」
「うん」
「私と○○ってさ、付き合ってるよね?」
「え…?」
一瞬、後ろのざわめきさえも止まったような感覚。
まこっちゃんはその短い音節だけを発して、そして何もしゃべらない。
耳鳴りみたいな音が聞こえた感じもする。
美貴ちゃんは鉄柵に腰掛けて、脚をばたつかせながら私を見下ろしていた。
その動作とは正反対に、ちょっとだけ視線は虚ろで。
334 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:18:00 ID:X8LbqumI
「………あさ美ちゃん…」
さっきまでの気分はどこかに行っちゃって。
私は漸く出てきたまこっちゃんの言葉に、返事をすることすらできなくて。
「…あさ美ちゃん…」
風が強く吹いた気がした。
美貴ちゃんがまるでお母さんみたいに大人びた、笑みを浮かべているように見えた。
「違うよ。石川先輩だよ…付き合ってるのは」
まこっちゃんの声は今まで聞いたどんな声よりも優しくて。
私はそれに耐えられなくて、電話を切った。
335 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:18:43 ID:X8LbqumI
電話を切った後も、ずっと私たちは無言のまま。
美貴ちゃんは鉄柵に腰掛けて、流れる雲をずっと見上げていた。
髪が風に流されて、スカートがひらひらと舞っていて。
私は灰色のコンクリートの上で、ずっと下を向いたまま。
ポツポツと黒い染みができているのが、自分の涙だと分かっていてもどうしようもなく。
私は…ダメだった。
やっぱりダメなんだ。
…ホントに手紙、届いてたのかな?
すっと顔を上げたそのとき、まるで待ち受けていたみたいに美貴ちゃんが口を開いた。
「手紙は、届いたよ」
「…」
「手紙は届いたよ、ちゃんと。2004年9月19日、紺ちゃんの机の中に。
そして、ちゃんと…紺ちゃんはそれ、読んだんだよ」
336 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:19:27 ID:X8LbqumI
「嘘!」
「ホント」
勢いよく鉄柵からコンクリートに降りても、美貴ちゃんの足音なんか聞こえずに。
私は屋上を巻く空気の流れの中で、美貴ちゃんの言葉が信じられなくて。
「ホントだよ。紺ちゃん、思い出してごらん?
確か…手紙を貰ってるはずだよ?」
「…」
「それでも紺ちゃんが告白しなかったのは、紺ちゃんがそれを選んだから。関係が壊れないまま、近くにいられることを」
美貴ちゃんは私をまっすぐに見つめたまま微笑む。
337 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:20:59 ID:X8LbqumI
あのとき…まこっちゃんからかと思ったあの手紙…
そうか…
結局私が意気地がなかったからなんだ…
涙がぼろぼろと零れる。
私はそれを拭きもせずに、自分のバカさ加減に笑った。
おかしかった。
泣いているのに、おもしろくてたまらなかった。
338 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:21:35 ID:X8LbqumI
「紺ちゃん…」
「私って、どうしようもないね」
どうフォローしていいのか分からないみたいな美貴ちゃんを困らせることはない。
どうしようもないもんね。
「結局、私が選んだことだもんね。
変な望みを掛けるからいけなかったんだよね」
「しょうがないよ。普通はあの手紙渡されたら、誰だってそうするって」
でもさ、もう一通の方は届いているはずだよ? 彼の下駄箱に」
「でも…」
でも、どうしようもないよ。
言ったら気持ちが晴れると思っていたけど。そんなことないもん。
彼の口から返事が聞きたかった。
彼の目を見て告白したかった。
昨日の偽善者の私からうって変わって、出てくるのは我が儘な私の心。
339 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:22:14 ID:X8LbqumI
「後悔してる?」
「うん」
昨日までならこんな大きい返事はできなかっただろう。
状況は何も変わってないけど……
なにか
そう、なにか、吹っ切れた感じ。
屋上の景色も、吹いている風も、目の前の美貴ちゃんも。
何も変わっていない。
だけど…ちょっとだけ、心の雲が晴れた感じ。
不思議だった。
「言えないよ、もう。直接には」
「直接言えないで終わる恋愛もあるよ。悲しいけどさ」
いっこ上なのに、それだけの歳の違いなのに、
美貴ちゃんが言うとホントにそんな気がした。
340 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:24:27 ID:XCa9ZtAA
「まだ、死ぬ気?」
「それは…」
ちょっと下から覗き込んで美貴ちゃんが呟く。
私は考えていた。
死のうか死ぬまいかそんなことじゃなくて。
昨日までの憂鬱な私と今の何か色々見えてきてちょっと心の透き間を感じる私、その違いを考えていた。
なんで今こんな気持ちなのか。
つまり…何でダメだったのか。
私は勇気が無くて、それは後悔してもしょうがなくて
だったら…
もちろん、もう時間は戻らないけど。
「美貴ちゃん…」
顔を上げて美貴ちゃんに向き直ったとき、彼女の姿はなかった。
風が柔らかに吹いた音と、後ろでドアが開く音が、同時に鼓膜を打った。
341 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:25:08 ID:XCa9ZtAA
「紺野…」
すこし低めの声が懐かしくて。
この一週間、この声を聞きたくて、でも聞きたくなくて、その二律背反に悩まされてたっけ。
美貴ちゃんに宛てた言葉を喉の奥に飲み込んで、
それをそのまま息だけにして振り向いた。
「やっぱり紺野だったんだ…」
走ってきたんだろう。
息を整えるために胸を上下しながら。
そしてそれでもいつも通り落ち着いているように見せようと、涼しい目だけは変わっていなくて。
あれだけ逢いたくて仕方なかった、彼がいた。
342 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:25:41 ID:XCa9ZtAA
「えっと…なんで?」
せっかくの場面なのに、こんなとんちんかんな受け答えしかできない自分が悩ましい。
それでもいつも通り。
私がどんなに変なことを言っても笑ってフォローしてくれたように。
「ん? これ」
「…あ」
ポケットに手を入れて差し出したそれ。
ちょっと色が落ちて、ちょっと皺が寄ってるけど…それって。
封筒の表書きからは私が書いた文字は消えているけど間違いない。
「手紙…」
「お前が書いたんだろ?」
「うん」
343 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:26:34 ID:XCa9ZtAA
風が止んだ。
空はずっとずっと先まで蒼くて。
私は昨日書いたばかりのそれが目の前にあることに、違和感なんかなくって。
「名前がなかったし字も違ったから、確信がなかったけど。
一度紺野に「ラブレター貰った」ってカマかけてみたけど、全然知らないふりだっしな」
「うん…」
「で、それっきり、ずっと忘れてた」
何も感情が湧いてこない。
目の前の人のことを好きで好きで好きでたまらないはずなのに。
気持ちが伝わって嬉しいとか、今更なんて悔しいとか、
もしかしたら大どんでん返しがあるんじゃないかって期待とか。
そんなの何もなくて。
「でもさ…昨日の夜、携帯に変な電話かかってきてさ。
なんつったかな…藤本とかいう人だったかな?
机の引出しを開けて奥の方にしまってある手紙を百万回読み返せ、って。
それで思い出した。で…明日屋上に行くって書いてあるから…」
「美貴ちゃん…」
「知り合いか?」
「うん……友だち」
344 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:27:31 ID:XCa9ZtAA
「紺野の気持ちは嬉しいよ。だけど、今は…」
ちょっと思いつめたような顔。
真面目なんだもんね、知ってるよ。
これから言おうとすることに、あなたがどれだけのエネルギーを必要としているか。
いつもなら途中で遮って、そんなエネルギー使わせないけど。
「今は…俺」
でもね、今ここで言ってもらわないと、私は……先に進めない。
折角なんだもん。
ホントは過去向かって告白して終わり、それだけのはずなのに。
でも私が書いた余計な言葉と美貴ちゃんのおかしな機転のお陰で、
折角のチャンスなんだもん。
「俺、石川先輩と付き合ってるから。ごめんな」
「うん、知ってる」
自分の返事がこんなにも爽やかなことに、自分自身でビックリしていた。
知ってるよ。
知ってるから、あなたから聞きたかったんだよ。
345 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:28:33 ID:YIRKQmTV
「よかったね」
「…うん」
「なによ! 初めて恋人ができたんでしょ!?
もっと嬉しそうな顔してよ!」
私に小突かれて、彼は初めてニヤニヤと笑った。
自分のこんな行動、無理してるわけでもない。
意外なほど素直に出てきた、私自身。
優しさも大切だけど、ちょっとずつでも進んでいくためには、厳しさも必要なんだよね。
でもその厳しさこそ、ホントの優しさなんだろうね。
彼が屋上を出て行くのを後ろからずっと見送って、そんなことを考えた。
346 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:30:13 ID:YIRKQmTV
―――
「一区切り、かな?」
「どこ行ってたのよ? 美貴ちゃん。
突然消えちゃったからびっくりした」
「流石にあの場にくっついているほど下衆じゃないよ」
背後から呼びかける声に振り向くと、美貴ちゃんは優しく笑っていた。
涙は出てこない。
もうこの一週間で出し尽くしちゃったから。
「美貴ちゃん、ありがとね」
「何が?」
「電話」
「ああ、気にしないで」
「何で彼の番号知ってたのよ?」
「ん? 秘密」
ケラケラと美貴ちゃんは笑う。
私もそれに釣られて笑う。
347 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:31:43 ID:YIRKQmTV
しばらくは休憩。
またもう少しすれば、私は人を好きになるだろう。
それが彼なのか、それとも別の人なのか、それは分からないけれど。
でも、今は美貴ちゃんと笑っておこう。
「紺ちゃん、これ」
「ん?」
美貴ちゃんはひとしきり笑うと、ポケットから封筒を取り出す。
宛名は「紺ちゃんのポケットの中。2005年3月30日14時」。
「紺ちゃんが書く部分、書いてよ。
私が書いたのだけじゃ、昨日の紺ちゃんは信じてくれないから」
「うん!」
灰色の床にかがみこんで続きを書く。
昨日私が読んだとおりの言葉を正確に。
がんばってね、私。
348 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:32:51 ID:YIRKQmTV
「もう死のうなんて思ってないんでしょ?」
「まあ、ね」
私から封筒を受け取ると美貴ちゃんはあさってのほうを見ながら呟いた。
私の返答が、美貴ちゃんの予想を外れることがないってことを知ってるみたいに。
と、携帯のバイブが震える。
メールは…まこっちゃんからだ。
「なんだって?」
「ケーキ食べに行くけど、来ないかって」
「行きなよ。心配してるんだよ、一応。
いきなり私現実が見えてませんみたいなこと言っちゃったんだから、心配するでしょ?」
「美貴ちゃんもどう?」
「遠慮しとく。甘いのあんまし好きじゃないし」
屋上を降りる私を、美貴ちゃんはずっと見ていた。
『新学期始まったらすぐに教室行くから』って言葉に、美貴ちゃんは手だけ振って応えた。
349 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:33:46 ID:YIRKQmTV
……美貴ちゃんに会った、最後のシーンだった。
350 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:34:28 ID:YIRKQmTV
―――
「藤本? そんな奴いないよ」
始業式が終わった後の3−Aの前で、訝しげな視線を浴びる。
私にそれだけ返事をすると、その先輩はすぐに話の輪に戻っていった。
「えっと…」
私の呟きにも彼は耳を貸してくれなくて。
嘘をついているわけじゃない。
美貴ちゃんは…いない。
ホームルームの教室に戻るべきはずの足は、そのまま屋上に向かっていく。
351 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:36:08 ID:uy2GVBYA
足元に三分咲きの桜が広がる。
春休み中よりも風ははるかに暖かくなっている。
朝、彼が石川先輩と歩いているのを見た。
心の中にはそりゃあ、ちょっと切ない気持ちが浮かんだけれど。
でも……逃げ出そうとはしなかったよ。
ちゃんと後ろから「おはよ」って声掛けて、そのまま追い越したよ。
そんなことを伝えようと思ったのに。
美貴ちゃんは屋上にもいない。
なんとなく気付いてたのに寂しい。
352 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:37:26 ID:uy2GVBYA
美貴ちゃんがあんな手紙を持っていて。
それを惜しげもなく渡してくれたとき。
そしてそれがホンモノの手紙だってわかったとき。
あの時から、なんとなく心の隅で気付いていた。
美貴ちゃんは、多分うちの生徒じゃなくて、別の何かだってこと。
尋ねるチャンスが無かったわけじゃない。
最後に話したとき、聞けば教えてくれただろう。
きっと、笑いながら、ちょっと視線を外して空を見つめて。
でも躊躇われた。
それは…たったひとつだけ、美貴ちゃんをどこかで見たことがある気がしていたから。
それが心のどこかに引っ掛かっていた。
うちの生徒じゃない別の何かなら、何故私は美貴ちゃんを知ってるんだろう?
353 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:38:28 ID:uy2GVBYA
「答え出ないよなぁ…」
いつか美貴ちゃんが腰掛けていた鉄柵に両肘を乗せて、
ホームルームで静まり返った校内の空気に耳を澄ませる。
もう…会えないのかな。
…!!
あ…あれ。
慌ててポケットに手を突っ込む。
美貴ちゃんがくれた最後の手紙。
一通は過去の私、一通は過去の彼、最後の一通は使わなかった。
そうか…どうしよっかな…
もうちょっと…取っておこうか。
美貴ちゃんに会えることを期待していたわけではないけれど、
会えたはずの場所にいなかったことに寂しさを抱き締めて、階段を下った。
354 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:39:37 ID:uy2GVBYA
階段を下りて、実験室の前を通って、昇降口を通って、2年棟へ向かう。
伝えたい…
あれほど学んだのに。
伝えたい言葉はいつでも伝えられるわけじゃないから、
だから伝えられるときに、伝えたいって気持ちが湧いたときに伝えるべきだって。
美貴ちゃんにありがとうは言ってるけど。
でもやっぱり、もう一度言いたいよね。
それはただの自己満足だけどさ。
考えながら昇降口の前を通ったとき、ふっと何かに見られてる気がした。
…上?
……写真?
355 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:40:24 ID:uy2GVBYA
―――
『この写真のこの人…屋上から間違って落ちて死んだらしいよ…』
『ちょっと! ぼそっとそういうこと言わないでよぉ』
『いや、ホントだって。先輩に聞いたし』
―――
いつかの肝試し、彼と並んで歩いたとき、そんなこと言ってたっけ…
ちょっとの懐かしさに、昼間見ると全然怖くない写真を見上げる。
卒業式だろうか?
筒を抱えた制服姿の女の子たちが、カメラに向かって微笑んでいる。
そして一番端でちょっと緊張した顔で映ってるショートカット。
あ…
汗が一気に引く。
心臓がドキドキする。
…だから会ったことがあるって分かったんだね、美貴ちゃん…
写真の隅にかかれている日付を必死に覚える。
平成6年3月18日…
ホームルームの教室に、一気に私は走り出した。
356 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:41:36 ID:vm5dLEVQ
− エピローグ
部室に入ってきたまこっちゃんがギャーギャー喚いていたのは、それから4日後のことだ。
喚いているのはいつものことだけど、今日は内容が内容だけに、みんなが彼女を中心に輪を作る。
「ま〜た見間違えたんじゃないの?」
「絶対違うよ! だってこの前まで笑ってなかったのに、今日見たら笑ってたもん!」
「麻琴、今日から狼少女って呼んであげよっか?」
「だったら付いて来てよ! 昇降口!」
ぷりぷり怒ったまこっちゃんが何人かの手を引っ張って出て行く。
私たち残された部員も、金魚のフンみたいにくっ付いて。
357 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:42:25 ID:vm5dLEVQ
「ほら! 笑ってるでしょ!!」
「あ…ホントだ」
昇降口でまこっちゃんはあの写真を、あの彼女を…いや、美貴ちゃんを指差した。
美貴ちゃんは満面の笑みでカメラに向かってピースしてる。
「でもさぁ、前から笑ってなかったっけ?
この人の表情なんか今一覚えてないし」
「絶対笑ってなかったよ! 疑ってるな!?」
「あんたみたいに暇人じゃないのよ…紺野はどう思う?」
「ん・・・私?」
写真をもう一度見上げる。
隣の友達の肩をギュッと抱いて、その指でピースして、
そしてもう片方の手で卒業証書を握り締める美貴ちゃん。
ショートカットも、涼しげな目元も、何もかも変わらずに。
そして、最後にケラケラ笑ったときのあの笑顔も変わらずに。
358 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:43:16 ID:vm5dLEVQ
「笑ってたよ、確か」
「ウソぉ〜!! あさ美ちゃん、絶対笑ってなかったよ!」
顔を真っ赤にして怒るまこっちゃん。
…でもね、多分美貴ちゃんは笑ってたよ。
美貴ちゃんが言ったように、あの手紙が過去を変えるようなものじゃないのなら。
多分、美貴ちゃんはずっと笑ってたはず。
だって…
もう一度写真を見上げた。
美貴ちゃんの制服のポケット、ホントに小さくだけど、白いものが覗いている。
ちゃんと届いたんだね、私の最後の手紙。
359 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:44:13 ID:vm5dLEVQ
「おい!! お前ら! アップ終わったのか!?」
「ヤバッ…先生だ! 早く戻ろ!!」
先生の怒鳴り声を合図にして、一斉にみんなが走り出す。
ほんのワンテンポだけ遅れて私はスタートを切った。
伝わらなくてもいい言葉だけど、美貴ちゃんを前に言いたかったからさ。
「それじゃ、美貴ちゃん、バイバイ。色々ありがとね」
360 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:45:15 ID:vm5dLEVQ
Love Letter
おわり
361 :
書いた人:2005/04/03(日) 21:49:17 ID:9ujwWPI9
あとがきおよび言い訳
更新できないことの言い訳に短編にしたつもりが、またまた滞りました
お前の3日は1週間のことを言うのか、という趣旨の突っ込みはご容赦
とりあえず「永遠から〜」は終わらせるつもりではいます
お詫びがてら書いてみた次第
狼の上田スレの何スレか前に出ていた、
好きな人に彼氏がいたことが発覚した人に捧げます
ご感想などよろしくお願いいたします