灼熱のアスガン

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224書いた人

―――

すこし暗くした部屋。
スクリーンの前に立つ私に、部屋中のみんなが鷹みたいな目を向ける。
これからスクリーンに映し出す全てを記憶しようとするみたいに。
これから私の口から発する全てを聞き取ろうとするみたいに。

ロの字型の会議室。
暗いからぼんやりとしか見えないけれど、手前から段々奥に行くにしたがって歳が若くなる。
変なグラデーション、ちょっとおかしかった。
一番奥に座っているはずの彼女の姿は私の視力では捕らえられない。

でも知っている。
彼女が絶対に私を見ていてくれることを。
胸の前で手を組んで、心の中で私に声援を送ってくれていることも。
そう…小学1年生のあの日みたいに…
225書いた人:04/12/26 18:08:59 ID:Vw4JePkQ

立体スクリーンを使って、噛み砕くように原理を説明する。
ただ…理論の枠組み自体は30年前に発見されていたものだから、私は別に応用したに過ぎないんだけど。
1時間くらい経って私の喉がカラカラになったころ、不意に声が上がった。

「原理は分かった…実現可能性も。ただ一つ気に掛かる。
時間分岐発生の可能性についてどう考える?」

室長が…つまりこの会議室の一番手前に座っている、私の一番上の上司が、
メガネを拭きながらにやりと笑った。
むかし、先輩に教わったことがある。
室長がこの顔をするときは、室長なりの答えが出ているとき。

「分岐については、私は二つの可能性を考えています。
一つは平行時間として存在することです。
つまり…私たちが時間移動をした瞬間、私たちとは別の未来が発生するのではないかと。
私たちが仮に過去で何かを変えたとしても、それは一つの未来の発生を促しただけです。
私たちの未来も、そちらの世界の未来も…両立しえます」
226書いた人:04/12/26 18:11:05 ID:Vw4JePkQ

予想できていた質問。
だけど矢張り緊張した。微弱鎮静剤のお世話になる必要なんて今まで感じたこと無かったけど。
顔に上る血を抑えきれない。
私の答えに満足げに頷くと、室長はメガネをかけ直す。
細く垂れた目の奥で、鋭いものが光っているように見えた。

「もう一つは?」
「もう一つは分岐は発生しない、ということです」
「?」
「ああ、分岐の話をする前提として、私がパラドクスについてどう考えているかも話します。
過去の事象をを変えれば、当然に因果関係というものが変化します。
法律では条件関係というものがあって「AなければBなし」というらしいですけど。
このAがなくなるのですから、未来のいくつものBが消失すると考えます。
ただし『過去に変化を与えたその行為自体を、つまりAを、否定してしまうような行為』
こういうような行為はできないのではないかと」
「過去に行って、幼少の自分を殺す、が分かりやすいな」

乗ってきた自分がいることに分かった。
室長は気難しいけど、でも頭がいいから。
言葉をキャッチボールできるから当然話も弾んでくる。
227書いた人:04/12/26 18:13:11 ID:Vw4JePkQ

「だからこそ…私個人としては、単体時間論を支持しています」
「おかしくないか? 君の言うようにパラドクスの発生を前提とすれば、
単数時間論で行く方が説明ができないはずだ。複数時間論は何故否定される?」
「複数時間論は、パラドクスを切り抜ける要素にはなります。
ただし時間が無限であるという根拠が存在しません」
「それを言えば、時間が…定常でないにしろ、単体であることも根拠は無いが。
大体君の主張に基づけば、世界には必然とそれ以外が存在すると言う、神学的な話になる。」
「そこは試してみないと分からない、と思います」

痛いところを突かれた、とは特に思わなかった。
だって何のデータも無いものだから、私の言ってることが真実かどうかなんて分からない。
それは室長も同じであって。

「…試してみないと分からない…だから、実験が必要なんです」
「なるほど…科学者としては、当然の欲求だ」

満足げに頷く室長。
恐らく私と同じ結論だったんだろう。
単数時間論を主張しようと、複数時間論を主張しようと、結局はデータが足りない。
そのためには…必要なんだ。
228書いた人:04/12/26 18:15:01 ID:Vw4JePkQ

部屋の電気が点けられる。
眩しくて目を細めていたその時、室長の凛とした声が響いた。

「私個人としては、紺野主査に発表を任せようと思うが…他の意見も聞こうか」

何のことだか分からなかった。
でも部屋に響く拍手で徐々に状況が理解できる。
私は照れくさくて、お辞儀っていうかひたすら目を伏せちゃう。

でも…やっぱり気になって顔を上げる。
そう、彼女の姿を一刻も早く探したくて。

(お・め・で・と・う)

目を細めて、手を口の横に添えて叫ぶような仕草で、口パクで言っているのが分かる。
私は……ニヤニヤと返すしかなかった。

今日は一緒にご飯でも食べに行こうよ、まだお酒飲めないけど、ジュースで乾杯しよう?
229書いた人:04/12/26 18:16:37 ID:Vw4JePkQ



ねえ、梨華ちゃん?


230書いた人:04/12/26 18:18:37 ID:Vw4JePkQ

―――

朝、すこし寒くて目が覚めた。
暖房切れてたのかぁ…枕元のエアコンのダイヤルを捻ると、鈍く温風を送り出す音がする。
隣ではまこっちゃんの寝息が微かに聞こえた。

携帯の時間は、朝6時半。
ちょっと…早いね。

もう一眠りしようと思ったけれど、無理だった。
お布団を頭までかぶって考える。
さっきの夢はなんだったんだろう?

夢のくせに何でデジャヴを感じる?
昔心理学の本を抱えながら、保田さんがデジャヴについて説明してくれたことがある。

『人間の記憶ってさ、ある程度順序付けられてるのよ。
でもね、記憶の中で、時々その順番がごっちゃになっちゃう。
いま入ったばかりの情報なのに、それが昔からあるように感じることがある。
それが、あの変な感じになるのよ。いやぁ、心理学って奥が深いわねえ』
231書いた人:04/12/26 18:20:10 ID:Vw4JePkQ

妙なタイミングでウインクをしながら語るその様子が、今もすぐそこに感じられる。
でもでもでも…そんなんじゃない。
あんなふわふわとした感覚じゃないもん。

確かに…私自身があの状況にいた気する。
今はそんな覚えないんだけど、でも夢を見ていた瞬間は『懐かしいな』って感じたもん。
私はどうなってんだろう?
232書いた人:04/12/26 18:21:33 ID:Vw4JePkQ

北海道出身
1986年生まれ
紺野あさ美
家はお父さんとお母さんと、妹の4人で
食べるの大好きで
運動も結構好きで
勉強も…まあ、人よりはできて

私は…
私は私だよね。
私は……ホントに私?

首をぶんぶんと振って否定する。
違う違う違う。
何を言ってるんだろう、私ってば。
今日は…大切な日なんだから。
美貴ちゃんが私たちを信じてくれるか確かめる、大切な日なんだから。

色んなことに押し潰されそうで、布団の中でどうしようもなく不安になって、
私は枕を抱き締めた。