灼熱のアスガン

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192書いた人

―――

「今日一番びっくりしたのは、あさ美ちゃんがめちゃくちゃ天才だったこと!!
小川麻琴でーす!!」
「…小川、いきなり台本無視すんのはどうにかしてくれ」

ステージの上、スポットライトが暑い。
横でボソッと矢口さんが呟くと、向こう隣の美貴ちゃんもちょっとだけ頷くのが見えた。
『紺野あさ美暗号を瞬時に解答』は、娘。内のトップトピックスとなっていた。
あの後、テレビで確かめたらやっぱり私の答えが大正解で。
そのあともテレビで流れ続ける問題も、殆ど考えることなく、私は答えを口にしていた。

「ホント! 今日だけはぽんちゃんを見直しましたーーー!!」

こら待て、れいな。
今まではどうだったんだ、今までは。
会場内に湧き起こる笑いが、非常に不愉快だ。
…しょうがないと言えば、しょうがないのかな。
193書いた人:04/12/15 23:20:16 ID:BK0Adg6G

笑いに包まれた会場だけど、それでもやっぱり、これは石川さんの卒業コンサート。
終盤になるにつれて、自然と石川さんへの声援が、まるで悲鳴に近い声が大きくなる。
いつも、いつもというのは、この繰り返された一週間の中で、と言う意味も持つんだけど。
いつも石川さんは、コンサートでニコニコしながら躍っている。
私たちと過ごすことができる最後のこの時間を、心から楽しもうとしているみたいに。

事実、最終日のI wishの直前になっても、石川さんは泣かない。
もしかしたら、リバースボタンが押されるあの瞬間から何小節か先では、泣いてるかもしれないけど。

「モーニング娘。の石川がやるのも、あと3日しかありませんッ!!
だから! みなさんご一緒に!! せーーーーのッ!!」

「「「ハッピーーーーーーーッッッ!!!!」」」

『こいつどうしようもねえな』
矢口さんが悪態をついているけれど、その目は温かい。
今日の石川さんは、ホントに楽しそうだ。
3年半一緒にいて感じる、ただの勘なのかもしれないけれど、楽しそう。
194書いた人:04/12/15 23:21:20 ID:BK0Adg6G

それは…そう、私が初めてオソロで『梨華ちゃん』って呼ばされたあの時。
あのときに見せた、妙な照れ笑いに似ている。
収録が終わった後も、石川さんはしばらく私を弄(いじ)り続けた。

『ほら、紺野!! もう一回、梨華ちゃんって言って御覧なさい!』
『え〜〜!! 無理です』
『それじゃ私もあさ美ちゃんって言ってあげるから』
『梨華ちゃん!! 紺ちゃんが困ってるでしょ!!』
『柴ちゃんはほっといて!』

そんな会話をしたこともあったっけ。
あの時の表情を不意に思い出したのは、やっぱりそれだけ心に残る何かがあったんだろう。
何故、それが心に残ることになったのか、その取捨選択の基準はよく分かんない。

私は…石川さんと、その「心に残るシーン」を、いくつ繰り広げることができたのだろう。
スポットライトに目を細めて、蒼いフットライトに浮力を感じて、そんなことを考えた。
195書いた人:04/12/15 23:23:16 ID:BK0Adg6G

―――

「どーせあさ美ちゃんお菓子溜め込んでるんでしょ? ちょっと出してよ」
「あぅ…それは自分用に取っておいたポルテなのに…」
「いや、麻琴、別に私はお菓子とかいいんだけど…」

私の荷物をごそごそと漁るまこっちゃん。
私とまこっちゃんの部屋には、美貴ちゃんが私の回復祝いにきてくれていた。
妙にこういうところは、義理堅いというか優しい。
まあその反面、日頃がアシュラマンの冷血みたいな感じだからなぁ。

「なんにしてもよかったじゃない。変な病気とかじゃなくてさ」
「変な病気って、なんですか?」
「いやぁ、それを私の口から言うのは憚られる」
「?」

子どもの私たちにはよく分からない会話を、美貴ちゃんは一人で推し進める。
ベッドの縁に腰掛けてコロコロと笑いながら、彼女にしては珍しくお菓子をつまむ。
まこっちゃんはその横で、ベッドにべたーっと横になったまま。
196書いた人:04/12/15 23:24:41 ID:BK0Adg6G

「でもさぁ、何にそんな疲れてるのよ?
これと同じくらいのスケジュールだったら、今までだってこなしてるんじゃないの?」
「えっと……」

その先を言うのは躊躇われた。
美貴ちゃんは並んだベッドに座る私をじっと見据えている。
いつもと同じ、落ち着いた感じの目線。
その目線にじっと見られると、なんだか落ち着かない。
ノースリーブの真っ白な腕の先にチョコレートをちょんと摘んで、
それを指先で弄ぶようにしながら、私の返事を待っている。

矢口さんとの約束。
破りたい…けど、破っていいんだろうか。

「もしかしてさ、言いにくいこと?」

少しだけ美貴ちゃんの声が潜んだものになる。
ベッドにうつ伏せになっていたまこっちゃんは、枕を抱きながらテレビの映像をボーっと見ている。
197書いた人:04/12/15 23:26:18 ID:BK0Adg6G

コク…

ゆっくりと、まるでさも当然のように、頭が縦に動いた。
一瞬だけ悲しそうな目付きをして、美貴ちゃんも頷き返す。
そしてすぐに、いつもの意地悪な笑いを唇に浮かべた。

「おい、麻琴! ちょっと藤本さんジュース飲みたいから買ってきて。
バヤリースのオレンジね。バヤ坊が横顔でプリントされてるのじゃないと却下だから」
「いやいや、そんなの売ってないですよぅ…」
「うん、そうか。よろしく頼むから。
で、ついでに紺ちゃんがジャズイン飲みたいって」
「なんですか? それ?」
「ジャワティーに炭酸入ってるやつだよ! 知らないの?
10年位前、北海道で売ってたから、多分ここでも売ってるでしょ? さぁ、行きなさい!!」

あんた…鬼だよ。
ジャズインなんて飲み物、私知らないし。
ってか、バヤリースのあのマーク、バヤ坊って言うんだ…

「えぇ〜、せめてあさ美ちゃんも連れてかせて下さいよ」
「紺ちゃんは病み上がりなの!! さ! 行きなさい!!」

情けない声を出して、まこっちゃんは廊下の外に消えていった。
まこっちゃん、お話終わったら、すぐに電話してあげるからね。
198書いた人:04/12/15 23:28:22 ID:BK0Adg6G

カチャ…とドアが閉まる音、そしてオートロックが掛かる微かな音がした。
チョコレートを包装の上に戻すとすこし崩していた姿勢を正して、美貴ちゃんが大きく息をつく。
この時点で、私は覚悟を決めていた。

矢口さん、これはけして、矢口さんを裏切るわけではないです。
ただ、私も私なりに、何とかしてみたいだけなんです。

心の中で何度も言い訳をする。
美貴ちゃんは何も言ってこない。
私から口を開くのを、ひたすら待っているみたい。

「この1週間が…ずっと繰り返されてるんです」

美貴ちゃんが眉を顰める。
眉間にうっすらと、縦の皺が刻まれた。
エアコンの微かな音、廊下から聞こえる吉澤さんの妙な雄叫び。
そんな音波に身を任せているみたいに、私の言葉を聞いた美貴ちゃんからは呼吸の音しか聞こえてこない。
199書いた人:04/12/15 23:29:35 ID:BK0Adg6G

「…えっと……」

先を続ける自信が一気に萎む。
話したって…信じてくれないよ。
膝の上で握った両手を見つめてしまう。
でも、その瞬間、今まで聞いたことのない口調で美貴ちゃんが言葉を紡ぐ。

「信じるか信じないかは、聞いてから決める。
何も聞いてない今、全部を信じるなんて無責任は言えない。
だから…話して?」

真面目さ、優しさ、一抹の悲しさ、色んなものがその言葉にはブレンドされてる。
とっても美味しいコーヒーみたい。

決めた。
全てを打ち明けよう。
美貴ちゃんに話してどんな結果になっても、後悔はしない。
するはずがない。

私の頭からは、今ごろ半泣きでコンビニを巡っているまこっちゃんの姿は吹っ飛んでいた。