176 :
書いた人:
―――
うーんと…あとは、確か…サーモンのマリネだったかなぁ?
ケータリングを前に、お皿にお料理をてんこもりにしたうえで、さらに考え込む私。
昼公演を終えたあとのケータリングは、忙しなさで殺伐としてるんだけど、
それでも一瞬だけ、気が抜ける。
私の予想は当たっていた。
つまり…昨日も一昨日も、最初の一週間からはまったく違う1日だったのに。
それなのに、今朝はすべてがリセットされたみたいに、同じ1日が始まっている。
まこっちゃんが私の部屋に呼びにきたっていう変化も、それっきり。
あとはまったく同じ一日。
『まったく同じように、一週間を過ごしてみよう』
矢口さんはこの意見を変えてくれていないみたいだった。
何度か、矢口さんに返事を催促する目線を送ってみたけれど、
気付いていないのか、隣の石川さんと笑ってばかり。
177 :
書いた人:04/12/12 01:20:35 ID:Z0rC39xD
トングでマリネを少しだけ取って、お皿の端のほうに乗せる。
お酢のちょっとつんとした匂いが鼻を刺して、
その匂いが、確かに最初のこの日にマリネをとったことを思い出させてくれる。
みんなで一気に現状を変えてみたら、この輪廻を抜け出せるかもしれない。
でももうひとつ、まったく同じ一週間…いや、同じ一日を過ごせば、この輪廻を抜け出せるかもしれない。
まったく予測がつかないからこそ、どっちも試してみる価値があるような気がする。
今朝まこっちゃんが私の部屋にきた時点で、もう無駄になっているけど、
それでもやっぱり平常を保つべき…って気もするし。
よく分かんないや。
とりあえず、今現状として、私がサーモンマリネを食べたいのはれっきとした事実。
丸テーブルでは、愛ちゃんとまこっちゃんが大きく手招きしていた。
178 :
書いた人:04/12/12 01:21:50 ID:Z0rC39xD
「あさ美ちゃん、もう身体大丈夫なんだねぇ」
「うん、まあ…昨日寝まくったから」
「いきなりほっぺから倒れるから、驚いたよ」
席についた私を出迎えるまこっちゃんは、どこか嬉しそうだ。
私が倒れる瞬間を見届けた張本人、愛ちゃんはやっぱり目の中にどこか憂いを込めていて。
変えようとしないこと。
多分それは、劇的な変化を起こすことより何倍も難しい。
ロボットやコンピューターじゃない限り、すべてを覚えてなんていられないから。
他愛もない会話の中にも、精一杯緊張感を持たなきゃいけない。
そもそもこんな会話、最初のこの日にしてたわけないからなぁ。
基本的に、一週間の一番最初から「普通どおり」を実践しないと、無理なのかもしれない。
179 :
書いた人:04/12/12 01:22:58 ID:Z0rC39xD
「石川さん卒業しちゃうって、実感湧かないなぁ」
フォークに巻きつけたペペロンチーノをお皿において、まこっちゃんが小さく呟く。
後藤さん、保田さん、のんちゃんに加護ちゃん、飯田さん…そして、石川さん。
私たちが見送る4人目の人。
ラストステージを5回やっているけど、唯一感謝していることがある。
それは、石川さんとこんなにも長くいられるってことだ。
まこっちゃんの溜息混じりの言葉は、同時にまこっちゃんの感傷を乗せて、
テーブル上のお皿の群れを通ると私たちの心に届く。
「当たり前なんだよね、石川さんがいるの」
「そうそう、そんな感じ」
まこっちゃんは愛ちゃんに笑って頷いたけれど、唇の端が笑っていなかった。
石川さんがいるのが当たり前のモーニング娘。
でも…石川さんが抜けてしばらくすれば、石川さんがいないの当たり前のモーニング娘。になる。
今までもそうだったように。
180 :
書いた人:04/12/12 01:24:01 ID:Z0rC39xD
考えながら、ぼんやりと二人が盛り上がっているのを眺めていた。
次に私が発する言葉は、二人の非難の眼差しを受ける。
最初の1週間で、なんで私がこの言葉を言ったのかよく分からないけれど。
この場面はよく覚えてるから、再現しようと思えば簡単だ。
私は、次にこう言うはずだ。」
『私たち同期の中で、一番最初に卒業するのは誰だろう?』
自分でも、なんでこんなことを言ったのかわからない。
先輩が一人卒業しようとする今、そんな先走ったことをいう理由がない。
ただ、なぜか、そう言いたかったのだ。
別に答えを期待していたわけではないけど。
「だから…私たちもしっかりしないとダメなんだよねぇ」
「さっすが愛ちゃん、いいこと言うなぁ。ね? あさ美ちゃん?」
まこっちゃんが私に話を振ったこのときが合図。
181 :
書いた人:04/12/12 01:25:12 ID:Z0rC39xD
「あのさ…」
「ん? なに?」
小首を傾げる二人。
仕方ないよね…言わなくちゃいけない。
私たちが、これから先に進むために、試してみる価値はある。
「あのさ…私たちの中で、同期の中で…」
「ぽんちゃん!! ちょっと教えてくれん!?」
…あれ?
なんでだろ?
なんで私の言葉は、遮られたんだろう?
「さゆも絵里も分からんから、教えてくれん?
さっきテレビでやっとったんけどな…」
無反応な私を無視するかのように、暗号? よく分かんないけど、
れいなが英数字の羅列が書かれた紙を突きつけてくる。
182 :
書いた人:04/12/12 01:26:33 ID:Z0rC39xD
やっぱり…一週間最初からやり直さないとダメなんだ。
それじゃ、やっぱり最後の一日に、みんなで思いっきり一日を変えてみる、これしかないよ。
そう考えると、思いのほか切り替えが早かった。
うん、そうだよね。
失敗しても許される。
甘えきった考えだと思うけど、でもしょうがないよね。
こんな異常な状態だからさ。
一生懸命英数字をぺしぺしとペンで示して、れいなが説明をしている。
初めて見る光景…なんだか微笑ましくて。
最後の一日に全てがあるんだったら…今日は楽しく行こうか。
183 :
書いた人:04/12/12 01:28:05 ID:Z0rC39xD
「で…って! ぽんちゃん聞いとる? これができればIQ150なんよ?」
「そんなにIQいらないでしょ?」
「うーん、分かっとらんね? チャレンジすることに意味があるんよ?」
まこっちゃんの突込みを軽くいなして、ぷりぷりとするのがコミカルで。
IQ150って相当だと思うんだけどなぁ…
岡女で1位とか言っても、こういうの関係ないよね。
……あれ?
「ねえ、れいな? 答えってさ…『甘さも苦さも人生には必要』?」
「ん? 答えは分かんないけど。なんでその答えになんの?」
「え? いや…だってさぁ」
自分の目を疑った。
指が、口が、まるで他人のもののように動いている。
一瞬で解いた暗号を、すらすらと噛み砕いていく。
でも心のどこかで、この答えがわかりきっている自分もいる。
なんだろう、私が二人いるみたい。
184 :
書いた人:04/12/12 01:29:51 ID:Z0rC39xD
いつの間にか、私たちのテーブルの周りには人垣ができていた。
みんなが私の指先を覗き込んで、感嘆の声を漏らす。
口を開けっ放しのまこっちゃん。
目を輝かして私を見つめるれいな。
私が注目を浴びるのが気に入らないのか、ぷんぷんと頬を膨らませるシゲさん。
矢口さんは、どこか満足げで。
石川さんは、ニコニコと私を見つめている。
証明を完璧に解いたその瞬間、拍手が自然と湧き起こった。
ちょっと照れくさくて、ちょっと誇らしくて、でもなんだか当たり前で。
そして心の隅で、私が言い掛けた問いの答えが何故か見えた。
…同期の中で一番最初に辞めるのは、自分じゃないだろうか。