【小説】魔界街【ハナゲ】

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80ハナゲ ◆hANagEBvfs

――― 30話 魔界決戦前夜祭 ―――



水晶球に映る小川神社の風景は普通の風景ではない。
本尊から立ち上がる妖気が黒い渦を巻き、広がり、朝娘市に拡散する。
自室で ソレを見守る中澤は深い溜め息をついた。

そして、ノックをして入ってきた弟子の石黒彩には
「何しに来たんじゃ?」
と、素っ気ない。

「久しぶりに来たのに、ご挨拶ね」
そう言いながら、石黒は中澤の水晶球を覗いた。

「やっぱり…気付いてたわね」

「…ふん」

石黒は中澤の正面にある椅子に座る。

「ヤバイわよ。師匠、どうする?」

石黒の心配は、至極まともだ。

小川神社の妖気は、当主 小川直也が発する本物の鬼の気と
魔界の深遠から噴出す『魔』そのものが融合した
危険極まりない代物なのだ。
81ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:22 ID:qhPYXth5

「このままじゃ、魔界街ではなくなる。
街自体が、魔気に飲み込まれて人の住めない本物の魔界になってしまうわ」

「どうするも、こうするも、ワシ等では、どうにもならん。
オマエも知っている筈じゃ」

「分かってるわよ、だから師匠と手を組もうと来たんじゃないの」

「オマエとワシの2人だけで、あの化け物軍団を相手に勝てるかのぅ?
返り討ちに会うのがオチじゃ」

「……」

小川神社に集結した『人造舎』登録魔人…
彼等は新総帥の小川直也の鬼拳を受けて、言いなりに動く木偶と化した。

そして小川神社の妖気を浴びて、超能力を増幅させた魔人達は
小川流念法を教え込まれ、神社を守る、使徒となっている。
小川神社には、結界が張られ、足を踏み込んだ者は
一般参拝者と信者意外、不審者は囚われの身になる。

異変に気付いたのは、中澤と石黒だけではない。
奇異な事件解決を生業とする、魔人狩人や、
警察の中にも、異変に気付き潜入捜査を開始しようと試みる者もいた。

だが、その者達は全て捕まり、生死さえ分からず、帰っては来ない。

業を煮やした警察署長が、魔人ハンターに出動を要請したが、
『超人』飯田香織からは、にべも無く断りの電話が入った。
『銃人』デューク次元に期待したが、彼も囚われの身になり捜査は打ち切られた。
魔人ハンターがやられる相手に、警察の力が及ぶ筈が無いからだ。
82ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:23 ID:qhPYXth5

「ワシはのぅ、このまま、この街が魔界に飲み込まれてもよい、と思っておる」

「魔力が戻るから?」

「…うむ、ワシは未だに若さを取り戻す事を諦めておらん」

「戻らないかも、しれないわよ。それに師匠の弟子達はどうするの?」

「ふん、あんな勝手気ままな娘共は知らんわ」

「…顔には、そう書いてないわね」

クスッと含み笑いの石黒は
「私は困るのよ」と、続けた。

「ようやく事務所も軌道に乗って来たんだから、
こんな事で魔界街を出るのは嫌なのよ」



「一人だけ、あの小川という鬼を殺せる奴を知っておる」

「誰?」

「たぶん、オマエも知っていよう」

「…あっ」
石黒は気付いた。
以前、接触した事が有る飯田圭織という魔人ハンターだ。
83ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:27 ID:qhPYXth5

「あやつの気は『鬼の気』じゃ。たぶん、身内がおるのじゃろう」

「鬼には鬼を当たらせる訳ね…」

そう言って、少し考えてから石黒が出した答え。

「私の一番弟子を、あの魔界刑事に付ける…
取り巻きの魔人連中ぐらいは殺せる魔力を持ってるわ。
…暫くの間、仕事はキャンセルという事になるわね」

「おぬしは手伝わんのか?」

「私?…私は自分の手で人を殺すのが嫌なの。
それに、あの飯田って刑事と手を組む気にはなれないし…」

「…」

「松浦の魔力は私より上だわ」

複雑な表情で語る石黒は、フと小さな溜息を付いた…






84ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:28 ID:qhPYXth5





商店街の外れに有る、小さなスナックの前には
毎夜のように大型のリムジンが停車してある。

運転席に座る小柄な猿(ましら)のような従者を横目に、
飯田圭織は『スナック梨華』に入った。

---カランカラン---

「いらっしゃい…」
飯田に気付いた吉澤が、薄く笑う。

小さいながらもモノトーンで統一された、洒落た店内にいる客は何時も決まっている。
カウンターに座るセーラー服の藤本美貴と、
テーブルに陣取る、石川目当てのサラリーマン諸氏達だ。

「久しぶり…」
カウンターでグラスを拭く吉澤は、藤本と椅子一つ分を空けて座る
飯田に、何時もの水割りを作ってテーブルに置く。

「週一回は来てるだろ」
毎日のように来ている藤本と比べれば、それは久しぶりの筈だ。
飯田は少し苦笑しながら答えた。

85ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:29 ID:qhPYXth5


「…どうした?」
飯田の表情が、何時もより幾分沈んでいる事に気付いた吉澤。

「…石川に用事が有ってな」
飯田がチラリとテーブルを見ると、ほろ酔い加減の石川梨華が
ケラケラ笑いながら接客していた。

「まぁ、他の客が帰るまで待つよ」
そう言いながら水割りのグラスを傾けた。



石川と客の声とは別の、静かな時間が店内に流れる。

飯田の周りの空気だけが止まっているようだった。


86ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:31 ID:qhPYXth5

石川が客から解放されたのは、1時間半後の9時を回った頃だ。

ガチャガチャとテーブルのグラス類を片す石川が、
カウンターに戻り、一息ついて吉澤にしな垂れかかった。
藤本に対し、これ見よがしな態度をとる石川は、
今の時間まで、藤本に吉澤を独占された憂さを晴らしているようだ。

何か言いかけた藤本を制し、飯田が静かに話し始めた。

「石川…紺野という少女を憶えているか?」

「紺野?」
小首をかしげる石川に代わって、思い出したように吉澤が答えた。
「ああ、小川神社に着いてきた大人しそうな子…?」

「そうだ」

「…その子が、どうかしたの?」
吉澤に言われて思い出した石川は、
やっと、飯田の微妙な雰囲気に気付いた。

「その少女の彼氏が殺された」

エッと小さく驚く石川のカウンター前に、コトリと鉛の弾が置かれた。

「浜口という少年でね。私も知らない仲じゃなかった。
で、その少年の胸に突き刺さったのが、この弾なの」

銀色に鈍く光る鉛の弾…
87ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:32 ID:qhPYXth5

「ちょっと、店を閉めてくる」
危険な事件の匂いに、吉澤がカウンターから離れて、CLOSEの看板を出しに外へ出た。

「…な、なんで、私に?」
石川は、飯田が自分に弾を見せた意味が良く分からない。

「オマエは、みっちゃんの能力を受け継いだんろ?」

「へ?」
能力と言われても、ピンとこない。

「その弾から、犯人像を調べてくれ」

「調べる?」
確かに平家の記憶は貰ったが、貰ったのは『記憶』だけの筈…
と、思っていた石川は、今まで平家の能力とやらを試した事がない。

「サイコメトラーなんだろ」
そう言いながら、飯田は鉛の弾を石川の手の平に乗せた。

キョトンとする石川を見ながら、溜め息を付いたのは藤本だ。

「何も知らなそうね。本当に能力なんて有るのかしら?」
小バカにしたように聞く藤本は、勿論 面識もない平家の事は知らない。
知らないが、自分の心臓が盗まれた『KEI事件』後の事の顛末は、
吉澤から聞いて知っていた。
だから、その平家という人物が石川に能力を授けた事も知っていたが、
今の態度の石川を見ていると、どうにも信用できないでいたのだ。
88ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:34 ID:qhPYXth5

藤本の挑発にカチンときた石川。

やり方は知っている。

平家の記憶が、そうしろと言っている。

弾を手の平に置いたまま瞑想する事10分。


石川の酔いは完全に醒めた。


「飯田さん…飯田さんは犯人を知っていたの?」
そっと、銃弾をカウンターに置いた石川が、寂しそうに聞いた。

黙って頷く飯田。

確認したかっただけだ。

銃の線状痕は一致していた。

犯人は朝娘市警察の魔人ハンター『銃人』ことデューク次元なのだ。

「奴は何故、少年を殺した?」

それが知りたかったのだ。


89ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:42 ID:qhPYXth5

小川家と自分の出生の秘密がリンクしている事を知った飯田は、
小川神社が魔人の巣窟になっている事の事実を確認し、
殲滅するという署長命令の捜査を断った。
訝(いぶか)しがる署長は、それでも何か理由でも有るのだろうと、
飯田の辞退の申し出を受け取った。

それで、飯田の代わりに選ばれたのデューク次元だったのだ。
しかし、次元の捜査は失敗に終る。
小川直也の鬼拳『洗脳術』を受け、魔人に堕した。
その時点で、魔人ハンターとしての役目は終った筈だった。
終った筈の役目は、弟子の後藤との死闘で受けた傷で蘇る。

死という代償を以って…

だが、死しても尚、本能にしたがった魔人ハンターは、最後の仕事をしただけだった。

魔女の魔力を撃ち抜くために…


石川の言葉を黙って聞いていた飯田は、
カランと氷の音を響かせて、カウンターに空になった水割りのグラスを置き、
物憂げに視線を落とし、タバコに火を点けた。

「何もアンタのせいじゃない…」
空になったグラスにスコッチとミネラルウォーターを注ぎ、
新たな水割りを作った吉澤が、慰めとも言えない 慰めの水割りを差し出した。

「だが、腹は決まったようだな」

一気に水割りを飲み干した飯田の表情は変わっていた。
小川神社に巣食う魔人達を殲滅すると、その顔は語っている。
90ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:45 ID:qhPYXth5

「手伝うぜ…」
ひっそりと言う吉澤の透き通るような瞳は、微かに据わっていた。

「私(わたくし)も参加させていただきますわ」
痺れるように格好イイ、吉澤の物憂げな表情に頬を染めながら、
藤本も魔人殺しを申し出る。

「じゃあ、私も…」
チョコンと手を上げた石川。

「貴女の役目は、今ので終わりましたわ」
石川のサイコメトラーの能力を見てしまった藤本は、その能力に少し驚きつつも、
これ以上 石川の出番は無いと、醒めた態度だ。


「死ぬ覚悟はあるのか?」

そっと呟く飯田。

「…今回は『警察ごっこ』じゃないんだよ」

飯田は一人で行くつもりだった。


だが、吉澤と藤本の唇の端はキューッと吊り上がる。

死ぬ覚悟など無い。

そして、死ぬつもりも勿論無い。

絶対的な自分への自信が、唇に表れただけだ。
91ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:46 ID:qhPYXth5

「フッ、勝手にしな」
肩をすくめる飯田。

「あのぅ…私は?」
オズオズと聞いてきた石川。
「小川神社に行けば、オマエは確実に死ぬ」
飯田が間髪入れずに断言する。

「で、ですよねぇ♪」

能力のカテゴリーが違う石川の役目は、藤本の言う通り、ここで終る予定。

「だが、やってもらう事が有る」

石川の仕事は残っていた。

「オマエが知っている魔人達の能力を全てレクチャーしてもらう」

人造舎登録魔人KEIの記憶を奪った平家の記憶は、石川に受け継がれているのだ。

「…え?そ、それは…」

平家の記憶が言っている…
タダでは教えるなと。

「イヤとは言わせない」
覚悟を決めた飯田が、石川を見据える。

「じ、じゃあ、こっちも情報料を頂くわよ」
飯田の視線は怖かったが、踏ん張って答えた。
92ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:48 ID:qhPYXth5

「いくらだ?」

「う〜…お、思い切って一億!」
ピンと人差し指を一本立てた石川。

「払おう」
「私が払いますわ」
飯田と藤本が同時に即答する。

「や、ややややっぱり、二億は貰わないと」
一発返事の2人に、一億じゃ安かったのかと、ビビりながらも指を二本立てて様子を伺う。

「分かった」
「小切手でよろしいかしら?」
これまた即答。

「じゃあ、さささささ三億…」

「いったい、いくら欲しいんだ?」
「呆れますわ。金の亡者ですわね」
蔑(さげす)むような2人の視線。

「…や、やっぱり、い、一億でいいです」
自分の浅ましさに真っ赤になりながら、最後は消え入りそうな声で答えた。

呆れ顔の吉澤は、それでも
「いいから二億で手を打っておけ」
と、助け舟を出した。


93ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:49 ID:qhPYXth5


「じゃあ、その人の代わりに、魔人討伐隊には私を入れて♪」
カランカランとドアを開けて入ってきたのは、スーパーアイドル。

いきなりのぁゃゃ登場で、「エッ」と全員 目が点になった。

「社長に言われて来たんだけど、飯田さんって貴女?」
ニコニコしながら、松浦は飯田に歩み寄った。

「そ、そうだけど…社長って?」
何故アイドルが?と、怪訝な顔の飯田。

「石黒芸能事務所の社長よ。
貴女とは少なからず因縁が有るみたいな言い方だったわよ」

「あの時の魔女か…」
言われて、ハッと納得する飯田は、藤本の事件の時の
ハロー製薬ビルでの初対面の事を思い出した。

「でも、因縁が有るのは、私より吉澤の方じゃないか?」
飯田は顎をしゃくって吉澤を指した。
石黒のお気に入りは確か、飯田よりも吉澤の筈だ。
吉澤の身を案じて、ペンダントに魔人に反応する術を掛けてやった位だ。

「あの時はどうも」
カウンターの吉澤に嫌味ったらしい笑みを浮かべて、
マネージャーの真矢を半殺しにした吉澤の事をチクリと刺す松浦。

「あ、ああ…」
その事を憶えている吉澤も、曖昧に返事を返した。
94ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:52 ID:qhPYXth5

「待ってくださる?アイドルの貴女には関係の無い場所よ、ここは」
自分よりもチヤホヤされている松浦を快く思わない生徒会長。

「人殺しの生徒会長が何か言ってるよ」
アイドルは藤本の顔も見ずに、ボソリと返す。

「なっ!」
藤本は、怒りで顔が紅潮した。

「…これで、文句はないでしょう?」
そう言いながら、松浦がドアから引きずり入れたのは血だらけの運転手。

「お、岡村」
愕然とする藤本。
藤本家最高の腕を持つボディガードは、どんな技を掛けられたのか、あっさりと半殺しにされた。

「あっ、私は悪くないですよ。
この人が、店に入ろうとした私の腕を取ったから…やっちゃった♪」
ペロッと舌を出して、おどけてみせる。


「オマエ…学校では猫を被っていたな…」
呆れたように、半笑いの吉澤。
松浦のマネージャーを半殺しにした時の、アイドルの怯えた表情は、造った嘘の顔だったのだ。

「エヘヘ…でも、あの時の貴方は格好良かったよ。ちょっと惚れたかも」

どこまでが演技か分からないアイドルの言動に「ハハハ」と笑って返す事しかできない吉澤は、
突き刺すような藤本と石川の視線を全身に感じ、表情が固まった。

95ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:57 ID:qhPYXth5


「腕は分かった。で、なんで私に付く?」
飯田は、もっとも素朴な疑問を口にした。

「社長が言ってたの。このままでは、この街が本物の魔界に飲まれると」

「…で?」

「鬼を殺す事ができるのは、鬼しかないって言ってたわ」

ピクリと飯田の眉が動く。

「だから、鬼退治のお手伝いをしなさいって」

「……」

「アイドルの仕事も、暫くはキャンセルされたわ」

「…ごくろうなこった」

「と言う訳で、よろしくお願いします」

と、飯田と吉澤だけにペコリと頭を下げる松浦亜弥。
96ハナゲ ◆hANagEBvfs :04/08/02 17:59 ID:qhPYXth5

その松浦を睨み付ける、石川と藤本。

傍から見ても、松浦、石川、藤本は仲が良さそうには見えない。
事実、実際に仲は悪い上に、憎み合っている感じさえする。

飯田と吉澤の視線が合った。

諦めにも似た、その視線は、今後のチームの状況を物語っているようだった。




そして、岡村は…



忘れられていた…