二年後…
新宿区内の野外音楽堂。
2千人の観客の前で、マイクを持って可愛らしい振り付けで歌うのは、
安部、矢口、紺野、高橋、辻、加護の5人グループ『モーニング娘。』通称モームスだ。
舞台袖で腕組みをしてニンマリと唇を歪める石黒社長が、
新生魔界街の復興のシンボルにと作った新しいアイドルグループは、
この後に出てくるぁゃゃの前座なのだが、
今や、そのぁゃゃをも凌ぐ程の人気を持つアイドルになりつつあるのだ。
ぁゃゃに繋ぐ最後の曲を歌おうとした時に、照明が落ちて
緊急のアナウンスが流れた。
「業務連絡、業務連絡、ただ今、新朝娘市に向かって飛行する魔物を確認しました。
モーニング娘。のメンバーは大至急、現場に向かってください。
繰り返します。〜〜〜」
そのアナウンスを聞いた安部が客席に向かって「ゴメンネ」とペコリと頭を下げた。
「30分ぐらいで戻ってくるから、みんな我慢して待ってて!」
高橋がマイクを持って観客達に手を振り、
メンバーそれぞれの手には(紺野だけは杖)ホウキが握られている。
「あとはぁゃゃが歌うから!」
そう言ってホウキに跨る面々は次々と会場を飛び去って行った…
朝娘市の市民達は当初の計画通り、新宿区を新天地にする事に成功していた。
高圧電線で区を区切るようにバリケードを造り、今はその面積を徐々に広げている最中だ。
30万人弱だった新都市の人口は、テレビ局とラジオ局を確保し、国民に向かって放送した、
新政府樹立と国民の保護に全力を注ぐとの呼び掛けにより、
生き残った国民が集まりだし、来れないとSOSを出した人々には救出隊を送り込み、
今の新生魔界街の人工は倍以上の80万人強に達している。
生き残った自衛隊は新政府の配下となり、その重火器を防衛のために使っていた。
そして、ゾンビは未だに腐らりもせず、バリケードの外側を徘徊し、
魔界から溢れ出た魔物は、新朝娘市を襲おうとする。
当初、その魔物群は自衛隊が押さえていた。
魔物は自衛隊の重火器には怯む。
でも、それだけだ。
奴等は銃器での攻撃に、死んだように見えたが、数時間後には復活する。
魔界から這い出る化け物共には、銃器が効かないのだ。
だが、魔物を葬り去る術があった。
唯一の対抗策、それは…
20メートルも有る体長をうねらせながら、巨大なナメクジがバリケードに向かって突進してくる。
ニュルリと伸びたナメクジの目の部分には下卑た笑いを発する人の顔…
その突進を止めるのは、巫女姿の一人の少女。
トンッと軽く跳んだ小川麻琴は、巨大ナメクジの正面から鬼拳を叩き込む。
絶叫と共に、内部から捲り上がるように肉塊を撒き散らし絶命する巨大ナメクジ。
「ホッホッホ、さまになってきたのぅ。麻琴よ」
燐とした佇まいの孫に目を細めるのは、その仕留方を傍観していた小川龍拳。
「お爺さま」
ニコリと微笑む麻琴は、道路角を曲がり新たに出現した
トカゲのような魔物をキッと睨み付けた。
魔界の魔物を屠る方法。
それは鬼拳小川流。
今や人口の半分以上が護身の為に、小川流拳法を習っていた。
教えるのは、小川直也から鬼拳を習った元人造舎の魔人達。
計らずとも、今は亡き小川直也の野望は、達成され始めていた。。
人々は小川流拳法を学び、小川姓の発祥の神話を学ぶ。
小川流伝承者の小川龍拳は、新政府の防衛大臣に無理矢理任命されていた。
小川家による日本支配と言えば大袈裟かもしれない。
兎に角、新たなる小川家の伝説が始まろうとしていたのだ…
ビューッ!
風を切って滑空する、コンサート会場を後にしたホウキに跨った若き魔女達。
小川流拳法の他に、もう一つ有る魔界の魔物を殺す方法。
安部達の前方に、巨大な翼を持った獣が咆哮しながら新朝娘市に向かっていた。
コウモリのような翼は50メートル以上あり、体長は有に30メートルは有るだろうか。
「みんな!用意はいいべか?!」
安部が周りを見回すと、メンバーそれぞれの手には変った形の装飾が付いた魔法銃が握られていた。
中澤裕子が作る、銃弾には魔物を殺す魔術が込められている。
空を自由に飛ぶことが出来るようになった安部達に与えられた任務。
それは、新朝娘市の防空だ。
「いっせーので、撃つべ!」
と安部が言った途端にパンパンと銃声が聞こえた。
「もう、またオマエ達!」
矢口が、キッと辻と加護を睨み付ける。
「だって、安部さんが いっせーの って言ったからです」
「そやで、ウチ等は悪くあらへん」
銃口から出る硝煙をフウッと吹きつつ、エヘヘと笑う辻と加護。
「もう片づいたからいいんじゃない?」
「…そうですね」
高橋と紺野は、空中で爆発したように内蔵を撒き散らし落下する、空飛ぶ獣を見下ろしていた。
「…まったくもう…」
ホッペを膨らませる矢口のインカムに新たな情報。
「また出たようだ。今日は多くねえ?」
そう言いながら、矢口は猛然と西の方角にホウキを滑らせた。
「あっ!一人で殺るつもりなのです!」
「ずるいでぇ!矢口さん!」
追いかける辻と加護。
呆然と見送る、安部と高橋と紺野。
「…コンサートに戻るべか?」
半笑いの安部に向かって、高橋と紺野はニコリと笑い返した…
「あっ!返ってきた」
「あれ?3人だけだよ」
「格好イイね、やっぱり」
コンサート会場の舞台袖で、石黒と一緒に空から戻ってきた安部達を出迎えたのは、
六鬼聖の3人組と、数曲歌い終わって 同じく舞台袖で
ジュースを飲んで椅子にふんぞり返っているぁゃゃと、その肩を揉んでる新垣だ。
空から戻って、観客に手を振る安部、高橋、紺野を羨ましそうに見ながら、
「社長〜、私達も早くデビューさせてくださぁい」
と石黒に猫なで声で哀願する新垣は、今はぁゃゃの付き人をしてる。
「六鬼聖は兎も角、アンタ全然 魔女の見込みが無いじゃん」
ぁゃゃに言われてカチンときた新垣の肩を揉む手に力が籠もる。
「イタイ!もうバカ見習い!」
毒づかれても、我慢するしかない新垣。
暫くの間、この関係は終わりそうもなかった…
新宿歌舞伎町…
『スナック梨華』には、いつものメンバー。
二年前、六本木ヒルズを乗っ取るために乗り込んだ石川達は、
唖然とするしかなかった。
セキュリティがしっかりとしていた高級マンションには、ほぼ全世帯の住人達が
マンションに立て籠もっていたのだ。
住人達を救出し、朝娘市の市民にしたのだが、マンションの所有権は勿論住人達の物だ。
結局、元の鞘に収まって、今の生活になっている。
と言うか、石川のスナックママと吉沢のバーテンは本職になっていた。
藤本の父親は新政府の法務大臣に収まり、藤本のお嬢様振りも相変わらず…
更に旧朝娘市の時の常連達も目ざとく この店を見付け、
相も変わらず石川を口説いている。
この店に居ないのはただ一人…
「もう一年以上経つのか…飯田さん、今頃 何してるんだろう…?」
ふと思い出したように石川。
「そうだな」
ちょっぴり寂しげな吉沢。
「知らせがないのは良い知らせなんじゃなくて?」
カクテルを傾ける藤本。
3人は、今は居ない魔界刑事を思い、一様に溜息をついた…
北海道にある廃墟と化した温泉街…
人は居ないが、湯煙は上っている。
荒れ果てた道路に2台のドカティが停車した。
「温泉がある!今日はココでゆっくりとするか?」
「いいですね」
会話の主は、長い黒髪をバッサリと切り落とした飯田圭織と、ある理由によって行動を共にする後藤真希。
二人は魔界から甦った魔人を追って、一年以上も旅をしている。
その魔人は保田圭。
魔界より甦った保田と後藤。
後藤は小川龍拳の鬼拳によって人間性を取り戻したが、未だ半分は魔界の血が流れている。
魔界の血を押さえることが出来るのは、鬼の子孫の小川家の人間だけ…
鬼の血をより濃く受け継いだ飯田と行動を共にする後藤は、人間に戻りたかった。
だが、どうやったら戻るのかは、誰一人として知らない。
分るとしたら魔界の住人だけだ。
しかし、聞き出そうにも、魔界の魔物は人の言葉を喋らない。
人語を理解し、話すのは、ただ一人しか居なかった。
保田圭が後藤を人間に戻す術(すべ)を知っているかどうかは分らない。
分らないが、ほんの少しでも可能性が有るなら探し出す。
人間に戻るためのヒントを保田から聞き出す旅。
2年前に飯田達の前から逃げた保田は、それ以来、姿を現していない。
飯田達の実力を知り、別の生き方に逃げたのだ。
バイクを降りる飯田と後藤に気付き、ヨタヨタと近づくゾンビが約10体。
意に介さない飯田と後藤は、無人の温泉旅館に向かい歩きながら、
寄ってくるゾンビを拳で粉砕する。
「…お、おまえらか…ヤスダさまを追っている人間とは…」
一匹のゾンビが言葉を話した。
そう、保田の行く先には人語を話すゾンビが存在する。
保田はゾンビを下僕とする能力を使い、王国を造ろうとしていた。
だが、保田を追う飯田と後藤に邪魔されて、未だ実現に至っていない。
逃げる保田と、追う飯田と後藤。
着実に距離は縮まっている。
行く先々で、確実に使徒ゾンビの数が増えているのだ。