大阪国際空港の出来事に触発されたように、各地で感染者が次々と発病し始めた。
薄紙にインクを垂らしたようにジワリと滲み広がる、全国に散らばる発病者達。
4日間で財前が感染させた人間は十数万人にも及ぶ。
東京で知れずに感染された人々は各地に散り、それは世界の各都市にも移動していた。
その人間達が、無自覚に更なる感染者を増やし(唾液、粘膜でも感染)、その時を待つ…
そして、狼煙が上がったの如く、一斉に死の咆哮を叫び始めたのだ。
桜中学校3年B組。
「いいですかぁ?人という字は支えあって出来ているんですぅ」
ホームルームの時間に、担任の金八が黒板に「人」と言う字を書いて説教を得意気に話している。
聞いている生徒達はアクビを押し殺し眠そうだ。
一人の生徒がガラガラとドアを開けて、ふて腐れた様に入ってきた。
「コラ!加藤!今何時だと思ってるんですかぁ?!」
ドカリと自分の席に座り、金八を無視する加藤にツカツカと詰め寄り、
襟を持って立ち上がらせた金八は、
「オマエは腐ったミカンになるつもりなんですかぁ?!」
と、拳を振り上げた。
金八の振り上げた拳は止まった。
加藤が急にグッタリとしたからだ。
泡を吹いて白目を剥く加藤は、その場に倒れ、動かなくなった。
「おい、加藤!」
体を抱き起こし揺する金八は、加藤の目が急に開き、ケモノのような声を出しながら
自分の首筋に噛み付いた事を自覚した。
そして、20分後、桜中学は汚染された。
田舎の、とある空港。
不治の病で余命いくばくも無い恋人のアキを、病院から連れ出したサクは
慣れない乗便の手続きに手間取っていた。
「どうせ死ぬのなら、大好きなウルルの空を最後に見たい」
と言う、アキの願いを叶えるべく、無謀な逃避行に出たサクには
日本を出てからの計画は立てていない。
3ヶ月前に病の宣告を受けてから、日に日に弱り、笑顔さえ消えていくアキに対し、
自分に出来る事といえば、最後の願いを叶えてやるぐらいしかない。
先の見えない旅の始まりに不安を感じながら、元気だった頃のアキに想いを寄せた。
天真爛漫な笑顔を振りまくアキは、サクに語りかける。
「好きよ、サクちゃん。大好きだよ」
ゴトリと、何かが倒れる音が背後から聞こえた。
振り返ると、椅子に座っていたアキが倒れていた。
「アキ!」
駆け寄り、抱き起こすと、鼻血で真っ赤に染まったアキの顔。
声も無いアキを抱きしめ、自身の無力を嘆きながら叫ぶ。
「助けてください!」
叫ばずにはいられなかった。
「だずげでぐだざい!!!」
叫びは神様には届かない。
「誰か…助けて…」
届いた先は魔界だった。
アキは甦った…
生ける死人となって…
無菌室に居た筈のアキが、何故感染したかは分らない。
接触したのはサクだけ。
そのサクとキスをしたのは今朝の事だった。
動物王国。
「高けえよ!」
と、料金の高さから非難を浴びながらも、王国ツアーが人気なのは、
勿論、動物王国の王様「ウツゴロウ」を見たいからだ。
「ウツさん」と呼ばれる自称動物博士は笑顔いっぱいで観光客を迎える。
目玉は動物との触れ合いだ。
ウツゴロウが愛犬のオオカミ犬「タロウ」を無邪気に抱えて、
ゴロゴロと草の生えた大地を転げまわる。
それを見る観光客と王国の住民は、手を叩いて喜ぶ。
ゴロゴロと転げ回っているうちに、タロウが「キャンキャン」と悲鳴を上げ始めた。
何事かと、近寄るスタッフ達が悲鳴を上げながらも、ウツゴロウを押さえ込む。
ウツゴロウはタロウをムシャムシャと食べていた。
そして、その矛先は押さえ付けるスタッフに及び、
感染発病したスタッフは、観光客を襲い始める。
こうして動物王国は終焉を迎えたのだ。
東京ドーム地下格闘技場。
「バーキ!バーキ!バーキ!」
チャンピオン刃牙が、対戦者の猪狩を一蹴し、両手を上げてガッツポーズをした時だ。
客席から背広を着た一人の観客が、ズルリと転げ落ちて
刃牙に向かってヨタヨタと歩き出した。
目を剥いて涎をたらす顔は、狂人そのもの。
止めようとする係員を制し、刃牙は狂ったサラリーマンの首筋に余裕の手刀を当てた。
ドウと崩れ落ちるサラリーマンは、気絶もせず、そのまま刃牙の足の甲に噛み付いた。
ベリッと捲れる刃牙の足の皮。
そして、狂人は刃牙の足に絡み付き、次々に噛み付き始めた。
業を煮やした刃牙は、つい本気で打ち込んでしまった。
ドーンと吹っ飛ぶ狂人。
だが、狂人はすぐさま立ち上がり、ガチガチと歯を鳴らしながら刃牙に向かう。
その狂人が刃牙を見て、動きを止めた。
そして、特等席で観戦している徳川老に矛先を変えた。
刃牙は…
猛然とダッシュをして観客席に飛び込む。
客席は阿鼻叫喚に包まれる。
チャンピオン刃牙は、その格闘センスそのままに発病したのだ。
止めに入った他の競技者も刃牙の体術には敵わず、感染発病し、死せる格闘軍団に変貌していった。
報道ステーション。
キャスターの古舘が、のべつ幕無しに耳障りな実況を続けている。
最初はテロが起きたとの一報。
それが全国各地で起きているとの情報が入り、各テレビ局は特別報道体制を取る事になった。
レポーターの女性が、生中継中に襲われ発病した所で、古舘の何かがプチンと切れた。
「喋り屋」としての人生最大の山場。
政府が戒厳令を出すにいたって、自説を説き始め、矛先は政府批判、
そして政権移譲へと話しは膨れ上がった。
管直人をスタジオに呼んで、
「今必要なのは政権交代ではないか?」
との言葉を引き出し、したり顔で頷いてみせる。
実際、政府の判断は甘すぎた。
いらぬ混乱を避けようと、保身が働いた小泉首相は、朝娘市からの情報、
つまり「Zウィルス」による疫病被害を隠し、戒厳令を出す事によって、
国民を感染から守れると踏んだのだ。
だが、今の日本に、政府の発動する戒厳令を守る気風も無く、
増殖する発病者を押さえる手立ても無く、警察は発砲も許可されず、
全てが後手に回る悪循環に陥った。
それに輪を掛けるのが、反政府系メディアの報道である。
一連の出来事を、反政府組織によるクーデターと捉え、
こうなってしまった以上、政府は白旗を上げるべきだと唱える報道番組も出てきた。
その筆頭が古舘の報ステと筑紫のN23だ。
口から泡を飛ばし、喋り捲る古舘が、絶叫しながら逝ってしまった。
隣に座る、解説加藤の薄くなった頭髪を毟り取り、ハゲてしまった頭部にガブリと噛み付いた。
取り押さえるスタッフに歯を剥き出し威嚇する古舘の姿は、
お茶の間に座る国民に衝撃を与え、更なるパニックを引き起こす。
国民は、事件の異様さを肌で感じ取り、脱出する方法を模索し始める。
脱出する所など、世界中探しても無いに等しいのに…
同じ事は世界各国で起き始めていたのだ…
湾岸署。
「事件は会議室で起こってるんじゃない!現場で起きてるんだ!」
青島刑事がパトカーの無線を叩き付けた。
いたる所で交通事故が起き、住民が逃げ惑い、パニックが広がる お台場の全てが現場なのだが、
会議室とやらで指示だけを出す、お偉い様方に一言ガツンと言いたかった。
この現場は広大すぎる…
途方に暮れ、同僚の恩田刑事と顔を見合す。
どこから手をつけていいのか分らないのが、正直な気持ちなのだ。
広い湾岸公園には、逃げる人々と追い掛ける狂人、炎上する車…
未だに発砲許可は出ていない。
数人の狂人が、こちらに近付いてきた。
青黒く変色した顔と、死んだ魚のような目…
「近付くと撃つわよ!」
恩田刑事が狂人に拳銃を向けた。
「恩田さん!発砲許可は出てない!」
「じゃあ、どうすればいいのよ!」
言い合ってる暇は無い。
恩田刑事は青島刑事を襲うとした狂人に向けて発砲した。
しかし、撃たれた狂人は一瞬動きを止めただけで、何事も無かったかのように
青島に襲い掛かった。
胸を蹴って引き剥がした青島は、間一髪噛み付かれてはいない。
「青島君!どいて!」
転んだ狂人に向かって3発の発砲。
だが、胸に弾丸を浴びても平気で立ち上がる狂人。
「…こ、こいつ等」
ここでようやく、有り得ない現実に気付き始めた。
「ゾ…ゾンビ…」
青島が頭に向けて1発撃った。
脳漿を撒き散らし、ゾンビは死んだ。
「に、逃げるわよ!青島君!」
「どこへ?」
「いいから、早く!」
急発進した、恩田の操るパトカーはゾンビ達を跳ね飛ばす。
「まだ、生きてる人が残っている!」
「気付かないの?青島君!」
「…な、なにを…?」
「手遅れなのよ!何もかも!」
サイレンを鳴らし、お台場から脱出する湾岸署の刑事2人…
レインボーブリッジを渡り切る前に、そのパトカーは止まる。
「ゴメン…恩田さん。俺、残ってる人達を見殺しには出来ないや…」
パトカーを降りて、一人 来た道を歩いて戻る青島刑事。
暫くの間、動かずにいたパロカーは、青島を追い掛けるように戻っていった…
それから三日後…
世界に静寂が訪れ始めた…
「怖いのです」
膝を抱えながらテレビを見る辻がブルブルと震えている。
「うち等、いったい、どないなってしまうんや?」
頭を掻き毟る加護も、不安を隠そうとしない。
朝娘市内の学校は3日前から休校になっている…
そして、MAHO堂に集まってテレビ中継を見ているのは、いつものメンバー。
安倍、矢口、辻、加護、紺野、それと高橋愛がいた。
辛うじて放送をしているのは、テレビはNHKとTBS、ラジオはNHKだけだった。
それも、途切れがちになり、NHKの屋上から映すだけのライブカメラの時間が
ダラダラと続き、そこに映し出される光景は、この世の物とは到底思えない。
街を道路を埋め尽くすゾンビが無軌道に蠢いているだけだ。
TBSでは、酒に酔った筑紫が日本を嘆き、この先どうすれば良いのかの情報すら無い。
「あ、喧嘩が始まったべ」
「アホだな」
安倍と矢口が、取っ組み合いの喧嘩を始めた筑紫と佐古をバカにしたように半笑いだ。
日本政府の取り組みは完全に失敗に終わった。
2日目に出した自衛隊による掃討作戦も、人口の半分以上に膨れ上がったゾンビに太刀打ちできず、
自衛官の中にも発病者が広がり、敗走を繰り広げるだけに終わり、
今は自陣の防衛に専念するのみになったと、昨日の夜のNHKで報道してた。
そして今朝は、小泉首相が自衛隊のヘリコプターで、東部駐屯地に逃げたとの報道。
ゾンビの数は人口の三分の二以上になり、世界規模でも同様の事が起こっているとの事だ。
NHKでは放送局を自衛隊に明け渡すか どうかで、論争を続けているらしい。
『朝娘市が悪い!』
『そうだ!即刻ミサイル攻撃をすべきだ!』
さっきまで殴り合いの喧嘩をしてた筑紫と佐古が、今度はタッグを組んで魔界街批判を展開しだした。
「物騒な事を言いますね、この人達」
「フン、どうせすぐ死ぬよ、コイツ等」
紺野がちょっと怒り、高橋は鼻で笑った。
朝娘市は この三日間、完全に沈黙を守っていた。
事件の発端が、この街なので、物を言えば批判に晒される事を理解していたのと、
変な論争に巻き込まれ、先程 筑紫が語っていたようにミサイル攻撃でも受けかねん状況に
なる可能性も有ったからだ。
「全て魔界街が悪い」という雰囲気を嫌っての沈黙である。
だが、いつまでも沈黙している訳にはいかない。
隔離された この街だけは、一切の被害が無い唯一の小都市だが、
その平穏を脅かす事態が起こり始めているのだ。
その為に今日、中澤裕子と石黒彩が、つんくに呼ばれた。
安倍達、魔女見習いは中澤の帰りを待っているのだ。
MAHO堂の外から市局のスピーカーの声が聞こえてきた。
『予防ワクチンの接種を行ないます。まだの方はIDカードを持って此方の救急車までおこしください』
Zウィルスの抗体を持つワクチンは、ゾンビに噛まれても感染を防ぐ事が出来る。
「みんな打ったべか?」
安倍が皆に聞いた。
「ののと あいぼんは、まだなのです」
ハーイと手を上げる辻と加護。
「じゃあ、注射してもらってきな」
矢口が促し、辻と加護が出て行った。
「私もまだです…」
チョコンと手を上げる紺野。
「ですが、私に効くかどうか?」
特異体質の紺野に、ワクチンが効くのかは疑問の残る所だが、
「いいから、打ってきたほうがいいよ」
と、高橋が紺野の手を取って、予防接種に出て行った。
「本当に、この先どうなるのやら…」
「不安だべさ…」
ハ〜ッと溜息を付く矢口と安倍。
「あっ!」
矢口がテレビを指差した。
「怖いべ!」
そう言いながらも、画面に噛り付く安倍。
画面には、ゾンビに侵入され、断末魔をあげる筑紫と佐古が映し出されていた。