朝娘市と日本を結ぶ唯一の橋、朝娘橋のゲートが閉じられたのは、
里見がハロー製薬に報告をしてから3時間後の午前10時だった。
ハロー製薬の緊急取締役会が開かれて、安全と確認されるまでゲートを開けない事が決まり、
その意見を、これまた緊急招集された朝娘市議会に持ち込み了承された。
財前が書き残した遺書が本当だったら、すでに万単位で感染し発病した『元人間』が
暴れだしてもおかしくない時間だったが、そのような報告は届いていない。
朝娘市が決めた事。
感染を防ぐワクチンのアンプルを、市民の数40万本を直ちに作る事。
日本政府に報告、感染者の特定、隔離、排除を速やかに促す事。
安全と確認されるまでの期間、最低7日間は朝娘橋のゲートは開けない事。
発病者が出るまで、つまり事件が公(おおやけ)になるまで報道管制を敷く事。
朝娘市警察も動いた。
財前が乗るセダンが橋を渡り、市外に出た事を確認。
高速道路で東京に向かった事も確認。
それ以降の足取りを調査中。
そして…
財前が朝娘市を出て、3日が過ぎた。
未だに財前を捕まえる事が出来ず、感染者及び、発病者の報告も無い。
朝娘市議会及びハロー製薬幹部の間に、安堵感が漂い始めた。
勿論、事態を重要視していた日本政府にも、何も起こらない事に対し
胸を撫で下ろし安心し始めた者が出てきた。
その筆頭が、小泉総理だ。
この問題を政府レベルから、警視庁公安レベルに格下げし、
安全対策も『特秘重要事項』から『一般注意』に引き下げ、容疑者確保だけに力を注ぐ事にしたのだ。
日本政府は勿論、朝娘市も知らない事実がある。
財前吾郎が魔界医師と呼ばれる、人造舎登録の魔人という事実だ。
その事実を知っている人間は、極僅か。
権力側に近い人間としては、入院中の飯田圭織と、妖人福田明日香の2人だけだ。
だが、その2人の魔界刑事には、事件が報告されていなかった。
ハロー大学医学部教授が、人造舎所属の魔人とは夢にも思っていない権力上層部は、
事件解決に、魔界刑事は必要無しと判断したのだ。
(財前の遺言に書かれていた「魔に取り憑かれた魔界医師」の言葉は、心の病と勝手に判断された)
その3日間で財前がした事。
東京に車を乗り捨てた直後に、自分で自分の顔を整形し、別人になった事。
自分の人差し指に、小さな注射針を埋め込み、刺しただけで自分の感染血液が感染るようにした事。
都会の人ごみに紛れて、すれ違う全ての人間に、針を刺した事。
国際空港でも同様に感染に専念した事。
魔界医師財前の腕を持って事に当たれば、人差し指の注射針に
刺された人間は、蚊に刺された程度にしか感じない。
致命的な傷を負わなければ、感染した患者の発病に至るまでの期間は約4日から7日、
財前の計画は、一気に爆発的に発病者を広げる事だったのだ。
事件が動いたのは4日目だった。
普段は一匹狼として単独で警察活動をしている魔界刑事の妖人福田明日香が、
他の事件で朝娘橋を渡る必要が生じ、ゲートを守る警備隊と押し問答の末、埒が明かず、
ゲートが開いていない理由と開けるように要望する事を、警察署長に電話で問い質した事から始まった。
人造舎を乗っ取った小川直也の傍に、付き従うように居た財前の存在を
福田からの電話で初めて知った朝娘市側は再び慌てだした。
慌てだしたが、出来る事は無いに等しい。
犯人の財前の確保に全力を尽くす事と、この事件を、何時発表するかぐらいだった。
署長が調査署員全員に号令を出しても、財前の足取りは全く掴めない。
焦る署員を横目に、福田が入院中の飯田に連絡を取り、皆無に近かった手掛かりを一つだけ掴んだ。
財前の黒い鞄の事だ。
財前が何時も持ち歩いている、自分の研究室と時空を超えて繋がる黒い鞄。
福田が財前の研究室に飛び込んだ時、怪しげな研究品が入っている冷蔵棚の中に蠢く手が見えた。
財前は人に感染しまくった自分の血が足りなくなると、研究室の棚に置いていた輸血用血液を
次元を越える黒い鞄から取り出して、自分で輸血していた。
今回で3回目だ。
そして、これが最後だった。
鞄を閉めようとしたら、鞄の中から手が出てきて、鞄を開けて人がノソリと出てきた。
ガンベルトの代わりに自在鞭を腰に巻いた、ウエスタンスタイルの福田明日香は周りを見回した。
広い空間に忙しそうな人達が行きかい、旅行鞄を持った外国人や日本人が家族単位で談笑している。
「ここは、大阪国際空港ですよ」
目の前にいた、見知らぬ顔の男が白い歯を見せて笑う。
「…顔を変えたか?」
見知らぬ男の声は財前の声だ。
「東京は、あらかた終えましたので…」
ソロリソロリと、後ずさりする財前は肩を竦めて大仰に手を広げて見せた。
「日本は、世界は…もうお終いです」
シュルシュルと伸びた福田の自在鞭が財前の首に掛かる。
「ただ一つ残念なのは、この目で世界の週末を見れない事です」
言いながら財前は、駆け寄ってきた空港職員と警備中の警官に、
目にも留まらぬ速さでメスを投げ、心臓を潰し殺した。
「僕の首を刎ねるのは簡単でしょうが…
見てください、あの家族も、そっちで笑っている団体旅行の客も…
そして、今殺した、2人の人間も…
全員感染してますよ」
死んだ筈の職員と警官がムクリと起き上がり、人とは思えぬ叫び声を上げながら、
抱きかかえる同僚の首に噛み付いた。
「キサマ…どれくらいの人数を感染させた?」
その光景を横目に、福田の自在鞭は キリキリと財前の首に食い込む。
「さぁ?…貴女は すれ違う人間の数を数えてますか?」
ニヤリと笑いながら答えた言葉を最後に、ボトリと落ちる財前の首…
落ちた財前の首は、目を剥き、声を出さずにガタガタと動き始めた。
歯を見せて威嚇する財前の首に近寄り、ブーツの踵で頭を潰した福田は
周りで起こり始めた阿鼻叫喚の地獄絵図を、ただ黙って見詰める事しか出来なかった。
30分後、広大な大阪国際空港は歩く死人で埋め尽くされた…
短いが今日はココまでっすです。
>>266褒め杉です。照れます。でもアリ
>>268次回も未定でスマソ。。。。では。
>>275 いやいや充分すごすぎな感じでっしょう
あと書き込み無いのは賞賛のしるしと思いましょう