――― 33話 真昼の決闘 ―――
約束の時間の1時間前。
吉澤と石川は飯田のコルベットに、藤本は自分のリムジンに、
小川神社を見上げる駐車場で待機していた。
見る限りでは小川神社の結界は消滅してはいない。
「やっぱり無理だったか…」
溜息を付く吉澤の肩をチョンチョンと石川が叩いた。
「ちょっとアレ見てよ」
「うん?」
石川が指差す先には、見た事が有るワゴン車が止めてあった。
「アレって、松浦のワゴンじゃない?」
「…ああ、見た事ある車だな」
学校に送り迎いに来る松浦のワゴン車に見覚えがあった。
そのワゴン車が同じ駐車場に止めてある。
吉澤と石川は顔を見合わせ、頷きあい、タバコをふかしている飯田をよそに
コルベットから降りて確かめに行く。
「ああ!ちょっと見てよ、よっすぃ!」
スモークガラスに顔を近付けて、車内の様子を伺った石川が呆れた声を上げる。
「寝てるな…」
吉澤の声も呆れ気味だ。
「でも、なんで なっちと矢口も一緒に寝てるの?」
「…知らん」
口をあけてイビキをかいている矢口と、矢口の腹に足を乗っけている安倍、
丸まって猫みたいに寝ている松浦と、運転席で腕を組んで目を開けながら寝ているマネージャー。
「ちょっと!なにやってんのよ!起きなさいよ!」
石川がドンドンとワゴン車を叩くと、マネージャーの真矢が真っ先に起きて、時計を見て
慌てて車から飛び出し、全速力で駆け出し視界から消えた。
ポカーンと寝ぼけ眼(まなこ)で、辺りをキョロキョロと見回す安倍と、
まだ寝ている矢口、松浦は機嫌が悪そうに目を擦っている。
「ちょっとアンタ達!今 何時だと思ってるのよ!」
運転席から車内に入った石川が大声で怒鳴りつけた。
「ええ?まだ時間有るでしょ?…って、な、なんでアンタがいるのよ!」
松浦が石川に気付いて、文句を言うが、ある事に気付く。
「あれ?マネージャーは?」
「今、逃げたわよ」
フンと鼻を鳴らす石川。
「……」
吉澤は、ワゴンの車体にマッチを擦って火を点け、
タバコに火を点けて、紫煙と共に長い溜息を付いた…
何故、安倍と矢口が松浦を手伝っているのかは知らないが、
松浦達が慌てて飛んで行って、もう一時間が経つ。
「時間だ…」
結界は消滅していない。
しかし、時間を伸ばすことは出来ない。
飯田はコルベットから降りて、少し背伸びをした。
「行くのか?」
コルベットに寄りかかり、気だるそうに聞く吉澤。
「計画が変わった…お前達は残ってていいよ」
そう言い残し、飯田は振り向きもせずに小川神社へ向かう。
「冗談」
ヘヘッと吉澤は鼻の頭を掻きながら、飯田の後を着いて行く。
その後に続く藤本。
石川は駐車場でお留守番だった。
当初の計画から、3人とも正面から乗り込むつもりだった。
でもそれは、結界が破れ、魔人達の洗脳が解け、こちらの動向が相手に分からず、
魔人達との戦闘も極力避けられるという計算の基での計画である。
洗脳が解けず、こちらの動きを手に取るように分かられては、
戦闘は必至、いや戦争と言ってもいいだろう。
小川神社の鳥居を見上げ、一呼吸置いてから おもむろに踏み込んで立ち止まる。
一時(いっとき)待ったが気配は無い。
「…どうやら、お呼びのようだな」
吉澤は吸っていたタバコを捨て、足で踏み消した。
「ああ‥」
「参りましょう」
襲って来ない所を見ると、境内に誘っているようだ。
飯田、吉澤、藤本の3人は、それでも慎重に気配を探りながら石階段を上り、境内に出た。
「よく来たな!魔界街の刑事よ!」
上半身裸の小川直也は腕を組みながら、よく通る大きな声で出迎える。
広い境内には小川直也を真ん中に、小川流拳法の胴着を着た約30名の魔人が
ズラリと並び、飯田達を待ち受けていた。
「大層な出迎えだな」
ハハと笑いながら吉澤が呟いた。
「壮観ですわ」
藤本もフフと笑う。
「…麻琴は?」
一歩前に出た飯田が聞いた。
「ふん」
鼻で笑いながらも直也は、身を引き、顎をしゃくって本堂を見ろと促す。
直也達の後ろに堂々と居を構える、境内を見下ろす形の小川本堂。
その本堂の30畳もある広い本座敷の中央に
敷いた布団の中で、スヤスヤと眠る小川麻琴の姿が見える。
そして、麻琴の傍には白い医服を着た魔界医師 財前がひっそりと立っていた。
瀕死の麻琴を治療した財前は、無表情のまま唇だけで笑う。
飯田の怒りがフツフツと沸いてきた。
「テメエ!自分の妹を人質に取るとは、どういう了見だよ!」
指を突き上げて非難する飯田。
「それを救出に来るオマエもどうかしてるぜ」
「こっちは……け、警察活動だ‥」
最後の言葉は言い澱(よど)んだ。
「ふん、まあいい。用件を言おう。こちらの魔人達と一対一で闘ってもらおう。
決着は勿論どちらかの死だ」
「3人対30人か…随分とお優しいことだな」
皮肉を込めて言ったが、正直ホッとした。
一対一では負ける気がしない。
「ふふふ、こいつ等も欲求が溜まっていてな。
たまには 憂さを晴らしてやらないと…余興よ!」
余裕の小川直也は不適に笑った。
「今のうちに笑ってろ」
飯田も吐き捨てるように笑い返す。
「くっくっく…それでは噂に聞く、魔人ハンターの実力、見せてもらおうか!
以前ここに潜入した2人の魔人ハンターにはガッカリさせられたからな!」
直也の自信はソコにあった。
魔人ハンター如き、与し易いと…
「2人…?」
銃人次元が取り込まれたのは知っている。
だが…
「知らなかったようだな」
飯田の前にスウッと音も無く現れたのは、もう一人の魔人ハンター。
「オマエは!?」
『妖人』の異名を持つ3人目の『魔界刑事』福田明日香は軽く会釈をした。
「久しぶり…」
妖人の手には超硬軟質ラバー製の黒い鞭が丸めて握られている。
そして、美しき その無表情な顔からは、何を考えているのかは読み取れない。
そっと一歩を踏み出そうとした福田の肩を掴んだ魔人が、ズイッと前に出た。
男の名前は橋本真也、強烈な足技を得意とする魔人だ。
「最初は俺だ」
闘魂の文字が入った白く長い鉢巻を巻いた巨漢が、パンパンと拳を鳴らしながら
履いていた下駄を投げ捨てた。
丸太のように太い両足を大地に踏みしめると、足の甲にメリメリと血管が浮き出る。
「さっそくだが修行した発主流(ハッスル)を使わせてもらうぜ!」
「ご自由に…」
発主流が何かは分からないが、橋本の足の甲に浮き出た梵字を見れば、おおよその見当はつく。
要するに鬼拳の足バージョンと飯田は理解した。
「発主流!発主流!」
叫ぶと同時に、橋本の背中が見えた。
それが、橋本の旋風脚と理解する前に飯田は両腕でブロックする。
ガシッと、ぶつかる音。
ビリビリと腕の骨が痺れる感覚。
だが、飯田の体は、少しもその場所からズレてはいない。
「キサマ!」
愕然としながらも、丸太のような脚でミドルキックを繰り出す橋本の顔が更に驚愕する。
橋本の太腿に食い込んだ飯田のカウンターの左肘。
大木(たいぼく)さえ折る自慢の右足の骨がボキリと折れたのだ。
膝を突いた橋本の視界に広がる飯田の右拳。
パンッと子気味良い音に似つかわしくない、
首から上が無くなった橋本の首からは、噴水のように鮮血が溢れた。
ゴロゴロと橋本の頭が『妖人』福田明日香の足元に転がる。
何の感情も無くソレを見る福田が今度こそと、動き出そうとすると、
福田の後ろから頭上をクルクルと回転しながら飛び越えて、
飯田の前で着地したのは、黒い覆面を被った魔人サスケ。
苦笑いの福田は後ろを向いて、引き下がった。
「プロレスラーみたいのばっかり出てくるな」
余裕の飯田の言葉に、カチンときたサスケ。
「俺様の空中殺法を受けてみろでがんす!」
ブアッと高く飛んだサスケ。
だが、何かに足を掴まれて地面に叩きつけられた。
勿論その「何か」とは、吉澤の『見えざる右手』の事だ。
「ぐあ!だ、誰だ!」
クスッと笑った吉澤に対して、サスケの覆面の奥の目が血走る。
「キサマァ!バカにしたな!ようし、キサマに発主流を岩手県風にアレンジした、
俺様の奥義を喰らわせてやるでがんす!」
「岩手県?」
ハァ?と聞き返す吉澤。
「また、バカにしたでがんすな!」
「いいから、さっさとやれよ」
「…おのれ!」
腰を下ろし両手を腰に溜める体勢は『発主流』と同じだ。
「ケッパレ!ケッパレ!」
言うと同時に、サスケは血を吐き、胸を押さえて蹲(うずくま)り、そのまま動かなくなる。
「なにがケッパレだ。言い方を変えただけじゃねえか」
ポケットに手を突っ込んだまま吐き捨てた吉澤は、動いた気配さえない。
何が起こったかも解らず、ざわめく魔人達。
それもその筈、テレポートさせた吉澤の右手がサスケの心臓を握りつぶしただけ…
魔人達に見えるはずが無い。
だが、見える奴もいる。
異様な眼つきの黒タイツの男が、四つん這いでワラワラと蜘蛛の様に這い出る。
「俺の名は、エスパー伊藤!」
あがっているのか、声が甲高く うわずっている。
そして、もう一人、ゴロゴロと転がりながら出てきた小太りの背虫男。
「俺の名は、蜜魔ジャパン!…ま、そんな事はどうでもいいんですけど」
こっちは、独り言のように呟いた。
「2対1か…」
なんだコイツ等は?と思いつつ、
余裕の吉澤が前に出る。
が、表情が固まった。
ピクリとも体が動かない。
右手も動かせない。
「俺の『金縛りの術』はどうだ!その変な手も動かせまい!
…ま、そんな事はどうでもいいんですけど」
訳の分らない事を言いながら、顔が真っ赤になるほど、気張っている蜜魔ジャパンの超能力。
四つん這いのエスパー伊藤の口がカパンと開いた。
異様な関節を持つ、蜘蛛魔人のエスパー伊藤は、
ビューッと白い蜘蛛の糸を吐き出し、吉澤に巻き付け、窒息させるつもりだ。
だが、巻きついた物は白い一輪の薔薇だった。
藤本がフワリと投げた、たった1本の薔薇は、蜘蛛の糸の束の勢いを止めて、
エスパー伊藤の口に戻す。
「私がお相手しますわ」
ムシャムシャと薔薇を食べたエスパー伊藤はニヤリと不気味に笑い、
今度は藤本に向かって口を開けた。
エスパー伊藤が再度口を開き、吐かれた物は蜘蛛の糸ではない。
それは、シュルシュルと伸びた、束ねられた棘(いばら)の茎。
エスパー伊藤が意図して吐いたのか、それとも藤本の術なのか。
その答えは、すぐに出た。
見る間にミイラのように干乾びたエスパー伊藤は、
口から薔薇の茎を漏らしながら絶命したのだ。
ツカツカと蜘蛛の魔人に近寄り、その口から棘の茎を引き抜いた藤本は、
ビュンと鞭のように棘の茎を振った。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000073.jpg 振ったその先には、顔を真っ赤にしている蜜魔ジャパンが動かずにいた。
全神経を集中する『金縛りの術』は術者自身も金縛りにするのだ。
薔薇の棘を全身に巻かれて「ギャー!」と声を上げる間抜けな魔人。
吉澤の金縛りは、あっさりと解けた。
瞬間、ブチブチと心臓を引き抜かれる間隔に身悶えする蜜魔ジャパン。
ポケットから右手を抜いた吉澤の右手には、ドクドクと脈打つ心臓。
「か、返して…」
「今度は『そんな事はどうでもいい』と、言わないのか?」
蜜魔ジャパンが最後に見たもの。
それは、自身の心臓が握りつぶされる光景だった。
見守る魔人達の間に動揺が広がる。
こいつ等は手強いと…
「おいどんが殺るでごわす」
ドシンドシンと大地を踏みしめて登場したのは、西郷どん みたいな髷を結った相撲取りだ。
「武蔵丸と申す!」
ブワッと足を上げて四股を踏むと、ズズンと地震みたいに境内が揺れる。
「おまん達を踏み潰して見せるでごわす!」
ガッハッハと豪快に笑う超巨漢。
その武蔵丸を覆う、真っ黒い風呂敷状の物体。
「貴方じゃ無理だ…」
福田明日香の握る超硬軟質性の特殊ラバー鞭は、その形を自由に変形させることが出来る。
ギュギューッと縮まる、武蔵丸を飲み込んだラバー製の鞭。
ボキボキと骨の折れる音と絶叫が、武蔵丸を包んだラバーの中から聞こえた。
シュルシュルと福田の手に戻る妖人の鞭。
残ったのは元武蔵丸の肉の塊だけだった。
「キサマァ!」
武蔵丸を更に一回り大きくした魔人が福田に詰め寄る。
武蔵丸を弟のように可愛がってた、魔人曙太郎だ。
「この人達を殺し終わったら、相手になってあげる」
そっと、曙太郎を押しのけて、飯田の前に改めて立つ福田明日香。
「ソノ前ニ、俺ガ相手ダ!」
福田の肩を掴もうと手を伸ばす曙。
そこに、
「あけぼのぉおお!!」
ビリビリと境内に響く声に、曙が凍り付く。
「引っ込んでろ!」
腕を組み、仁王立ちの小川直也の命令は絶対だ。
ギリリと歯噛みする曙は福田を睨み付けながらも、その場から身を引いた。
無表情の福田の瞳には感情の色が無い。
その虚ろな瞳と視線が合った。
「…こんな形で対峙するとは思わなかったけど」
右手に自在鞭を握る福田は、腰を落として鞭を肩に掛けた。
「いいだろう…来な」
飯田はダラリと両手を伸ばした自然体のままだ。
ジリジリと少しづつ間合いを詰める福田は、飯田の実力は知っているつもりだ。
あと数センチで確実に仕留められる自分の間合いに入る。
だが、その数センチに、ためらいが生じる。
飯田の間合いだ。
飯田の剛拳を受ければ、いや、かすっただけでも華奢な福田には致命傷になる。
その飯田の間合いが分からない。
飯田は素手だ。
鞭と素手の間合いには雲泥の差が有る事などは分かりきっている。
だが…だが、相手は『超人』と呼ばれている魔人ハンターなのだ。
福田の心に初めて不安が生じる。
そして、初めて その瞳に感情の色がともった。
ツーッと汗が、額から落ちて福田の左目に入った。
左目を僅かに閉じた。
刹那、飯田が消えたと思ったら、左側に風圧を感じた。
ペチンとグーで左頬を小突かれる。
「もう一回やるか?」
そう言って、飯田は背を向けて元の位置に戻った。
振り向く飯田に向かって
「いや、いいです」
福田は鞭を収めた。
その福田と飯田の間合いの中心、つまり境内の中心にズーンと何かが落ちてきた。
銀色に煌くソレは、純銀で出来た三角錐の円柱だ。
ドリルのように回転する円柱は境内の中心にめり込み、地中深く埋まる。
その場所に突然出来る、光る六芒星。
「どいてー!」
叫びながら降りてきたのは銀ボウキに乗った松浦亜弥。
降り立った松浦は、間髪入れずに銀ボウキを振って、早口で呪文を唱えた。
バチバチと境内に青い放電。
その放電は、結界を破り、魔人達の頭を駆け巡る。
瞬間、パーッと空が晴れた。
元々晴れた空だったが、意味が違っている。
妖気に包まれた空が晴れたのだ。
小さなお堂の中で髑髏の水晶を見詰め監視をする六鬼聖。
その髑髏水晶がパリンと割れた。
「結界が消えた!」
「有り得ないよ!」
「でも、どうやって!」
六鬼聖と一緒にいた新垣はお堂を飛び出た。
「まさか、魔界と繋がったの?」
言い様の無い不安が胸を掻き毟った。
魔界と繋がったら、もう終わりだと思った。
小川神社から、魔界街から、逃げなきゃと思った。
その不安は嬉しい事に、裏切られた。
空は晴れ晴れとし、魔人達は洗脳が解けて、呆然と立ち尽くしていた。
「やった…やったぁ!妖気が晴れた!」
両手を挙げて万歳をしていると、六鬼聖が駆け寄ってきた。
「何がバンザイだよ!」
「裏切り者!」
「死ねよ!」
六鬼聖が印を結んで新垣に術を掛けようとする。
その六鬼聖達の頬が新垣のビンタでパンパンパンと鳴った。
「黙れ!魔人達の洗脳は解けたんだよ!オマエ達は負けたんだ!」
新垣が指差す方を見た六鬼聖は「うわぁぁああ!」と叫びながら、境内に駆け出した。
「す、素晴らしい…」
小川麻琴を診ていた魔界医師 財前は、目の前に広がる光景を感動を持って見守っている。
財前は洗脳を受けた訳ではない。
魔界街が どうなるのかを見届けたくて、自ら望んで小川直也の下に残っただけだ。
妖気に誘われて、小川神社に降臨する真の魔界の化け物に何故か胸が躍った。
ソレを物ともせずに粉砕する小川直也の強さに惹かれた。
化け物が魔界街を跋扈する姿を夢想し、狂喜する自分に気付いた。
財前は魔界に魅入られたのだ。
眼下に広がる光景は、自分が望んでいた光景ではない。
だが、それでも満足だ。
傍観者として、これ以上のショーは見られない。
満足気に頷く財前の唇は、久しぶりに白い歯を見せて開いていた。
何が何だか分からず辺りをキョロキョロと見回す曙太郎の巨体を
黒い鋭利な鞭が縦横無尽に巻きついた。
福田が手を振ると同時にバラバラと肉片になって崩れ落ちる曙。
その曙の首を持って、境内を降りようとする福田の背中に飯田が声を掛けた。
「オマエ、仕事は?小川神社の壊滅に乗り出したんじゃなかったのか?」
そっと首を振った福田は、曙の首をかざした。
「…私の仕事は、この曙を捕らえる事。
この神社に用が有った訳ではないの」
「そうか。でも、洗脳されるとはオマエらしくなかったな」
一緒に階段を下りながら、福田の失敗を笑いながら咎める。
「次から気をつけるわ」
フッと笑った福田に本来の表情が戻っていた。
そして、
「…小川直也は人間ではないわよ。気をつけてね」
そう言い残して、『妖人』は階段を下りていった。
福田を見送っていたら、ゾクゾクと背中に来た…
今まで感じたことも無い、異様で禍々しいオーラの存在を…
それは、飯田に浴びせかかるように、境内から立ち昇っていた…
「思ったより早かったじゃないか」
晴れた空を眺めた吉澤が、松浦を褒めながらタバコに火を点けた。
「寝てたんだから、そのくらいやって貰わないと困りますわ」
嫌味を言わずには いられない藤本。
「安倍と矢口はどうした?」
散り散りに小川神社を出て行く魔人達を眺めながら、吉澤が聞いた。
「駐車場で待ってる筈よ。今頃は石川さんと お喋りしてんじゃない?」
なんとか間に合わせた自信が松浦に余裕を持たせた。
「それより、アレ見てよ」
松浦が指す方には、呆然と天を見上げたままの小川直也がいた。
「アイツだけは殺した方がいいわね」
ニッと笑った松浦が、銀ボウキを直也に向けて振る。
ホウキから出る無数の銀の針。
その針がブスブスと直也に刺さった。
瞬時に両手で顔面を防御した直也の体に。
殺ったネ!と松浦は思い、ガッツポーズを取る。
だが、針ネズミになった直也は倒れる事も無く、血も噴き出ない。
「詰まらぬ…」
ボソリと直也が言った。
「下らぬ技だ…」
顔面を防御した腕を下ろした直也の顔には、狂気が宿っている。
そして、額には鬼の角が二本生えていた。
「むん!」
気合と同時に、全ての針が何事も無かったかのように抜け落ちる。
「…あ、有り得ない」
ポカーンと口を半開きにした松浦は、信じられない面持ちだ。
松浦に向かってニヤリと一瞥をくれた直也は、一本の銀の針を摘み上げて、唇に含む。
見る間に直也の頬が膨れ、プッと吹き出した銀の針は
松浦の心臓に突き刺さり、爆(は)ぜた。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000071.jpg 声も無く、人形のように崩れ落ちる松浦亜弥。
「キ、キッサマァ!」
吉澤が叫びながら右手を突き出す。
そして、テレポートさせた右手で直也の心臓を握った。
だが、直也の強靭な鬼の心臓は吉澤の握力では潰せない。
それどころか、直也の筋肉が吉澤の右手を逆に押し潰す。
「ぐあっ!」
戻した右手はグシャグシャに潰れていた。
「その右手を飛ばすのがオマエの技か…」
ギラリと牙を見せて笑った直也が、ドーンッと跳んだ。
吉澤との距離、10メートルをあっという間に縮めた直也の手刀は、
吉澤の肩口から右腕と体をズルリと引き剥がした。
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000072.jpg 直也は、ボトリと落ちた吉澤の右腕を拾い上げ、
滴る鮮血をゴクゴクと飲み干し、そのままゴミのように捨てた。
右肩から血を噴き上げて転げまわる吉澤は、蹲(うずくま)るように動かなくなる。
「おのれぇ!」
シュルシュルと音を立てながら投げつけられた藤本の薔薇は、
プスリと直也の胸に突き刺さり、見る間に鬼の体に根を張った。
「…痒いだけだ!」
その突き刺さった薔薇を無造作に引き抜いた直也の右手には、
数メートルにも伸びた薔薇の根と茎がウネウネと くねっている。
ズン!と藤本に向かって進む直也の前に黒い影が飛び出た。
「お嬢様!」
影のように付き従う藤本家最高のボディガードの手には銃が握られている。
パンパンパンパンパンパン!全ての弾丸6発を、たて続けに撃った。
「邪魔なり!」
しかし、凶大なオーラを纏った直也の剛拳は、全ての銃弾を弾きながら
岡村の胸の中心に食い込み、「ぬん!」と体内に送り込んだ鬼拳は、
ボディガードの体を木っ端微塵に噴き散らかした。
バラバラと地面に落ちる岡村の肉片。
藤本の顔は恐怖に引き攣った。
境内に駆け上って見た、目の前に広がる光景に、
飯田は一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。
怯える藤本を襲うとする直也と飯田の視線が合う。
「や、やめろぉぉおお!!」
直也の体が飯田のタックルで、ズズーッと下がった。
福田を見送った僅か2,3分の間に松浦と吉澤と岡村が殺され、
藤本が恐怖に放心していた。
「オマエの仲間は全員死んだ!いや、まだその小娘が残っているか」
ギラつく直也の目は藤本を一瞥し、飯田を舐める様に見る。
「…キサマ」
直也に見据えられた飯田の額の傷痕がズキリと痛む。
「バカめ!あれぐらいで勝ったと思うな!
オマエを殺した後、また同じ物を復活させるだけだ!」
直也には、まだ六鬼聖がいるし、魔人と連絡を取れる新垣もいる。
境内の隅で震えながら此方を見ている新垣と、
信者のごとく目を輝かせる六鬼聖。
甘かった…
結界を破った後、
実の兄に自分の事、そして麻琴の事を話せば
分かってもらえるんじゃないかと、漠然と思っていた。
兄は、そんな人間では無かった…
目の前にいる物は、角の生えた鬼そのものだった…
http://blanch-web.hp.infoseek.co.jp/cgi-bin/data/IMG_000069.jpg そして、甘かった自分に、自分の仲間を奪った鬼に対し、
湧き上がる憎しみの感情を抑えることが出来ずに体が震えた…
「許せない…」
たとえ実の兄でも…
「殺してやる…」
それが、麻琴の愛する家族でも…
フウフウと出る荒い呼吸と、ブルブルと震える体の戦慄(わなな)きは、
ズキンズキンと痛み出した飯田の額の傷痕の痛みを、憎しみと共に更に増幅させる。
そして、その額の痛みと連動するかのように、直也の首に掛かっている、
組み紐にぶら下がったオニ子の形見の鬼の角がブルブルと振動しだした。