>>155の
>「麻琴という少女を預かっている。取り戻したければ明日の夜、小川神社に来るように。との事だ」
は、「麻琴という少女を預かっている。取り戻したければ明日の『昼』、小川神社に来るように。との事だ」
に訂正です。 ↑
安倍の住むハロー製薬の社宅はセキュリティーレベルが最も高い地区にある。
泊まりに来た矢口と、自室で他愛も無い話しをしてると携帯が鳴った。
「誰だべ?」
出ると不貞腐れたような松浦の声。
「なんだべ?」
矢口の耳に、甲高い声が携帯から漏れ聞こえる。
「え!!もう11時ちかいよ!」
漏れる声のトーンで何を言っているのか、だいたい分かった。
「え〜っ!眠いよ」
困惑した安倍の顔はもっともだ。
「……う〜〜、分かったべさ」
なっち では拒否出来ないだろうな と、思った。
ピッと携帯を切った安倍が「ハ〜ッ」と溜息を付く。
「なになに?」
分かっているが聞いてみた。
「ぁゃゃが今から出て来いって…」
「やっぱり…」
フーッと溜息混じりの矢口。
「時間が無いらしいべ…」
言いながら、パジャマを脱いで、安倍は私服に着替えだす。
「アイツ…明日の朝って言ってなかったか?」
明日、約束してた松浦に付き合うために、今日 矢口は安倍の家に泊まりに来たのだ。
「理由が有るんだべ。向こうに行ったら聞こう」
「…しゃあないなぁ」
ホウキに跨って、窓から外に出る安倍と矢口。
スーッと月に向かって飛ぶ姿は立派な魔女に見える。
今こうして空を飛ぶことが出来るのは松浦のお蔭だった。
小川神社の一件以来仲良くなった松浦は、安倍達の飛ぶ練習に付き合い、
何度か安倍の家にも遊びに来た。
だから夜中の呼び出しに「NO」と言えなかった。
ワゴン車の後部座席でアクビをする松浦は、時計を見て「おそ〜〜い!」と、頬を膨らませた。
携帯で連絡を取ってから1時間近く経つ。
飛べば30分も掛からない筈の この場所は、小川神社から少し離れた公園の駐車場だ。
この時間に安倍と矢口を呼び出したのには訳がある。
明日の昼までに、ある物を造らなければならなくなったからだ。
その為に徹夜作業をする必要があった。
そして、それを造るには魔力を持つ人間の手伝いが必要だった。
使い勝手が良い、安倍と矢口を計画に入れた理由だ。
妹分の高橋愛は、呼び出しても絶対に来ないという確信があったから、
当初からこの計画には入れてなかった。
「小腹が減った!おでん買ってきて!」
「え?歩いてか?」
「そうよ、早く買ってきて!」
マネージャーの真也に、来る途中で見つけた屋台から焼き鳥と おでんを買いに出かけさせて、
松浦はイライラしながらワゴンの後部座席に置いてある、高さ1メートル以上も有る
6本の大きな水晶柱を見た。
---魔法陣を造って封印する---
松浦の目がスウッと細まった。
計画はこうだ。
6本の水晶柱を小川神社を中心とする小川山を囲むように、六角形に置き、六芒星を作る。
魔法の儀式を行い、魔法陣を完成させる。
そして、小川神社を囲むように造った魔法陣で、神社を守る結界を破り、
噴き出る魔界の妖気を封印し、魔界街から隔離する。
つまり、魔界街の中に、もう一つの小さな魔界街を作るつもりなのだ。
松浦を含め、飯田と吉澤と藤本の4人で30人近い魔人を正面から相手にするのは不利に決まっている。
侵入者を察知し、その動向を魔人達に伝える 小川神社に張りめぐされた結界を破壊すれば、
飯田達が小川神社に侵入しても気付かれないし、小川直也に術を掛けられた魔人達の洗脳も解ける筈。
そうなれば相手は小川直也ただ一人になるのだ。
魔人達の殲滅は後日やればいい。
という、当初の計画は、小川麻琴が人質に取られた事で変わった。
計画変更の責は、「時間が無い」という理由で松浦の肩に圧し掛かった。
松浦の計算では結界を破る魔法陣を作るのには、あと2日は必要なのだ。
それを明日の昼までにやれと言う…
「なんで私が!」
一人、ブーたれても仕方が無かったが、誰かに八つ当たりしたい気分だ。
その八つ当たりの相手の安倍と矢口が、コンコンとワゴンのドアを叩いた。
「おっそぉい!何して…」
ドアを開けた松浦は、ハハハ…と半笑いになった。
「ゴメ〜ん」
と言って入ってきた安倍と矢口の手には、
コンビニから買い込んできたお菓子の袋でいっぱいになっていたのだ。
ワゴン車内で、真也が買ってきた焼き鳥と おでんと、安倍と矢口が買ってきたお菓子を
食べながら、計画と作業の手順を説明する。
「なんか。お腹が膨れてきたら眠くなってきたべ…」
「おいらも…」
ファ〜っとアクビをする安部と矢口に「コラ!」と怒りつけて、松浦は車外に2人を出す。
「もう、しっかりしてよ!」
言いながら、変わった形の小型測量機と菓子袋を持つ松浦は、銀ホウキに跨ってフワリと飛んだ。
「私の指示通りの場所に水晶柱を埋め込んでね」
プルルルと鳴った安部の携帯から松浦の声が聞こえた。
松浦は小川神社の上空、結界の届かない高さまで飛び、そこから魔法測量機を使って、
水晶柱を埋め込む場所を特定し、安倍と矢口に携帯で指示を出す。
「重いべさ…」
「キツイぜ」
一柱100キロはあると思われる水晶柱を、ロープで安倍と矢口のホウキに縛りつけ、
安倍はスコップ、矢口は発電機を背負い、ヨタヨタしながら飛んでいく。
それでも松浦の指示通りの場所に水晶柱を運び、スコップで穴を掘り、
発電機を取り付けた水晶柱を埋め、自分達の魔力を注いだ。
その一つの作業に2時間がかかった。
それを後5回繰り返すと思うとウンザリとしてくる。
「なっち、オヤツにしようか?」
「それがいいべ」
お菓子の袋を破いてポリポリとやってると、松浦からの携帯が鳴る。
『なにやってんの!まだ一箇所しかやってないじゃない!』
矢口が安倍から携帯を取り上げて、文句を言う。
「ちょっとぐらい休憩させろ!こっちは無給でやってんだ!夜中に!」
『…給金は出すわよ!私じゃないけど』
「誰が、いくら出すんだ!?」
『今は名前は言えないけど、出すのは貴女達が知ってる人よ。一人百万円は出るんじゃない?』
「ひ、ひゃひゃひゃ百万!か、からかってるんじゃねえだろうな!」
『本当よ。なんなら値上げするように私が掛け合ってあげるわよ』
「……」
ピッと携帯を切った矢口は、スクッと立ち上がる。
「どうしたの?」
「なっち、次行くぞ」
「へ?」
矢口の眠気は完全に覚め、さっきまでパシパシしていた瞳はギラギラと燃えていた。
「ひゃっくまんえん!ひゃっくまんえん!」
驚くほどスピーディになった矢口と安倍の作業は、当初の予定よりも半分の時間で終わる。
そして、滞りなく五箇所目も終わろうとしていた。
「なぁなぁ、なっち、百万円もらったら何に使う?」
「う〜ん。とりあえず貯金するかな」
空は白々と青みがかり、夜が明けようとしていた午前5時。
五箇所目は朝娘川の川縁だ。
小砂利をスコップで掘って、水晶柱を埋めようとしている所に、後ろから誰かが声を掛けてきた。
「お嬢ちゃん達、何をしているのかな?」
「うわっ!」
思わず声が出て、矢口と安倍は後ろに跳ねた。
「何を怖がっているんだい?」
ゲフゲフと含み笑いが漏れる男に、2人が驚き怖がるのは当たり前だ。
川から上がって来たばかりのように深緑色のコートをズブ濡れにした、
ハゲ頭の男の顔は滑(ぬめ)るように光っていて、
目と目の間隔が異様に開き、薄い唇は蛇のように裂けていた。
肌の色が無い真っ青なその顔色は、まるで半漁人そのものだ。
「ここここここんばんわ」
ヒクヒクと顔を引きつりながら挨拶をする安部。
「ケヘヘヘ、もう朝だよ。それより僕と川に入って遊ぼうよぅ」
スウッと伸びた魚顔の男の腕が、ペタリと矢口の腕に触れた。
「ぎゃ!気持ちワル!」
男の腕を払って、安倍の後ろに隠れる矢口。
「気持ち悪い…?」
ピクピクと滑(ぬめ)るハゲ頭の血管が浮き出る魚男。
「俺が気持ち悪いだとぉおお!!」
叫んだ口は、矢口の頭がスッポリ入りそうなくらいに裂けていた。
「ヤヤヤヤヤヤバイよ!」
「ホホホホウキ、ホウキ!」
2人同時にホウキを掴んで、間髪入れずに振った。
ブオン!と風が鳴り、魚男の体を傾ける。
「矢口!」
「お、おう!」
安倍の合図に矢口が魚男の後ろに回り、魚男を前後に挟んでホウキを振る。
前後から吹く突風は、旋風(つむじ)を起こし、魚男を巻き込み上空に上げた。
以前、松浦から言われた「必殺技」を二人で考えて編み出した、ホウキの風を利用した技だ。
ちなみに技の名前は考案中である。
「飛んじゃえ!」
風で巻き上がった魚男を下からホウキを振って、もっと高みに巻き上げる。
あれよあれよという間に、魚男の体は上空30メートルにまで達した。
普通なら、このまま地面に叩きつけられて即死コースだが、魚男は小川神社の魔人だった。
川に向かって落ちれば、無傷で助かる可能性が高い。
そして態勢を整えて、すぐに反撃して、この不思議な少女達を陵辱してやる。
と、地面を見下ろしながら考えている魚男の全身に、無数の銀の針が音も無く突き刺さった。
全身を銀の針山にし、血を噴出しながら、ドスンと地面に落ちた魚男は、すでに絶命していた。
遅れて下りてくるのは銀ボウキに乗った松浦亜弥。
「結構ヤルじゃん」
ニカッと白い歯を見せて笑う松浦は、2人にハイタッチしようと手を上げた。
「うん?どうしたの?」
放心状態の2人の膝はカクカクと震えている。
「ハハハ、今頃怖くなったの?」
「ハ ハ ハ ハ …」
乾いた笑いで返す矢口を、なんとも不思議な気持ちで見てしまう安倍なつみ。
つい数ヶ月前までには考えられない出来事が起こっている。
朝娘市に来る前は本当に普通の高校生だった。
それが、今では魔女見習いとなり、空を飛び、危険な目に会い、
そして、人を殺した。
それでも、不思議と心は落ち着いている。
自分の心が麻痺してしまったのかと、少し不安になったのだ。
「安倍さん、心配しないでいいよ」
そんな安倍の心を見透かしたような松浦の言葉。
「え?」
「こいつ、警察から懸賞金が懸かってる殺人犯だよ。
つまり、貴女達2人は、社会にとって良い事をしたと思っていいわ」
魚男の顔を見た松浦がフンと鼻で笑った。
「ほ、本当?」
確かに、この男の顔は普通ではない。
「名前は確か、サカナ君ってヤツだよ。まぁ、名前に似合わない立派な魔人ね。
確か、水に人間を引きずりこんで殺す人造舎所属の殺し屋だよ」
石川のレクチャーで憶えた魚顔の男は、水中では無敵な男だったのだ。
「し、賞金って?」
懸賞金との言葉が気になる矢口。
「300万ぐらいだったと思うけど…」
「ささささ300万!!」
矢口は素っ頓狂な声を上げて「どうしよう、どうしよう」と、安倍に縋る。
「ととと兎に角、警察に連絡するべさ」
震える手で、携帯を取り出す安倍の手を松浦が押さえた。
「ちょっとぉ、後にしてよ、そんなの!それよりヤル事があるでしょ」
「でも、300万だよ!300万!」
安倍も、死んだサカナ君の事より、賞金の方が気になって仕方ない。
「そうだよ、それにこっちの仕事も後、一箇所だけだろ。昼までには余裕で片付くよ」
矢口も譲る気は無いらしい。
「仕方ないなぁ…じゃあ、私は隠れてるから勝手にやってよ。
私はアイドルなんだから、殺人事件とは係われないの」
松浦は自分無しでは、どうしようもないだろうと、タカをくくって肩を竦める。
しかし、安倍と矢口は、松浦の意に反して電話で警察を呼び出した。
一通りの検証と事情聴取を受けた安倍と矢口は、ホクホク顔で
ワゴン車に隠れてた松浦の元に帰ってきた。
「本当に300万、もらえる事になったべさ!」
「賞金稼ぎになれるかもしれないって警察の人に言われたぜ」
キャッキャッとはしゃぐ安倍と矢口は、殺人を犯して震えていた事など
すっかりと忘れているようだ。
「家族には知られたの?」
ヤレヤレと聞く松浦。
この2人も完全に魔界街の人間になったなと、クスリと笑ってしまう。
「黙っててくれるって言ってたべ」
「いい人ばっかりだったな」
「ね〜♪」と顔を見合す安倍と矢口。
「じゃあ、そろそろ仕事を再開しますか」
呆れ顔の松浦は、時計を見た。
朝の7時を回る所だった。
「え〜っ!ちょっと休憩しようよ」
「そうだべ、なっちは疲れたよ。それにまだお昼には時間があるべ」
2時間もあれば残りの仕事は終わる。
徹夜の仕事と、警察の事情聴取は2人の体力を奪った。
「……じゃあ、2時間ぐらい仮眠しようか」
同意した松浦も、さすがに疲れていた。
マネージャーに時間になったら起こすように言って、座席を倒して車内で仮眠を取る3人。
しかし、マネージャーの真也もウトウトと寝てしまう…
彼も疲れていたのだった…